もし黒のアサシンがジャックちゃんではなく、インド大戦不可避になったら(仮) (お空と北極)
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1.「狙撃...アーチャーですね!」

ジャックちゃんが嫌いってわけじゃないんです…寧ろ好き。
だけどどうしても、どうしてもインド大戦が欲しかったんじゃ…


 ──聖杯戦争。

 

 かつて日本の冬木という街で行われた、7人の魔術師とそのサーヴァントによる戦い。しかし聖杯というあらゆる願いを叶えるの願望器は、第二次世界大戦の混乱の最中、奪われてしまう。

 

 奪ったのはユグドミレニアという一族。聖杯戦争のシステムは、本来の7騎が戦い形ではなく、7騎対7騎というかつてない規模のものに変質する。

 

 ──聖杯戦争改め、聖杯大戦。

 

 さて、此度は誰が聖杯を手にするのか。

 

 

 

 おや、この世界は……

 

 

 時計塔で1人の翁が小さく笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。 祖にはわが大祖。手向ける色は"黒"。降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ。」

 

「閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する。」

 

「────告げる。

 汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ。」

 

「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、

 我は常世総ての悪を敷く者。」

 

「汝三大の言霊を纏う七天、

 抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ──!」

 

 

 

 

 

 

 

 あ、引っ張られる、と感じて素直に従い、限界した時、目の前に広がっていたのは、一言で言えば惨状、と呼ぶ他なかった。

 

 足元には、無残に切り裂かれた腹から大量の血を流す虚ろな瞳の美女が横たわっており、その傍らには恍惚とした明らかに意思の薄弱そうな優男が体を震わせて何かをブツブツと言っていた。

 

「ついに……やったぞ……俺は……もうネズミなんて……あいつらを見返してやれる……もう誰も俺を……」

 

 まあ状況から鑑みるに、この死んでしまった女性を生贄にしてこの男が私を召喚したのだろうという見当がつく。そして、開かれた腹の具合と周りに散らばった拷問具からして明らかにこの下衆が殺戮を楽しんでいたであろうということも。

 

 

「お、おお、お前が俺のサーヴァントだな!!!早速だがこの女の処理を────……あ」

「煩い。下衆が。」

 

 

 ひとつ睨みを効かせると男は情けなく床にへたりこんで粗相をした。こんな男の為にこの女性の命が奪われ、それを糧として俺が召喚されたというだけでもまったくもって不愉快だというのに。

 

 しかし、こんなのでもこの男はマスターだ。

 どうしたものか。

 

「ヒッ! 殺さないでくれ!殺さないで下さい!何でもしますから!!……うう、ああそうだ!俺には令呪が!!」

「そうだな、令呪が厄介だな 。」

 

 男の腕への魔力の収束を感じて腰に指した剣を抜き切り飛ばす。

 返り血が穢らわしい。

 

「あああぐぐぐぐあああああ!!!!俺の!俺の腕があぁぁぁぁ!」

「俺としたことが失敗してしまったか。先に殺すべきだったな。俺は貴様と違って人を苦しませて楽しむ趣味はないのでな。……疾く死ね。」

 

 軽く腕を振ると首が簡単に飛んだ。

 重い音をたてて転がる室内は更に血の匂いがむわりと濃くなる。

 

 パスが切れる感覚に確かにマスターだった男の死を認識した。急いで男の腕についた令呪を自らの腕へと移植する。

 

 まあこんなものは単なる応急処置だ。早々に代わりのマスターを見つけることが急務である。なるべく魔力を温存する為にもしばらく魔術は控えておくべきか。探索の魔術は使えない。足で探すしかないか。

 

「……おっと。その前にこの部屋の片付けだな。」

 

 

 男は……まあ、その辺の道端に捨てておこう。殺害に魔術の類は一切使っていないのでサーヴァントの仕業というのはバレないはずである。女性は綺麗にした上でここに残しておこうと思う。去り際に近くを巡回する警官にでも軽い暗示をかけてここに誘導するつもりだ。女性の遺体は発見されて丁寧に埋葬されることだろう。

 

 

 さて、今後の方針についてだ。

 今回の現界は俺自身は黒のアサシンとして呼ばれたようだが、だからといって黒の陣営につくと決めた訳では無い。俺は、俺の目で確認して好きなやり方でこの戦争を生きる。

 

 ──そして聖杯で願いを叶える。

 ──────の横顔が頭をよぎった。

 

 やめだ、感傷に浸る前に前に進もう。

 

 私は私ができることをやるだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここが、最近魔術師が次々と魔力を奪われているというシギショアラ……。」

 

 ロードエルメロイ2世の忠告を無視して元気に時計塔を飛び出した魔術師の青年、フラット・エスカルドスはのどかな中世の街並みを残したシギショアラを歩いていた。

 

 彼がルーマニアに来て初めにやったのはニュースのチェックだった。不可解な事件の元に、神秘。彼はここ最近起こる変な事件をいくつか探し当てた。

 

 公園のベンチに座ってさっき買ってきた新聞を読む。

 

《森で突如ガス爆発! 原因は調査中。周辺住民は暫く避難を余儀なくされるとのこと。》

《謎の閃光。隕石の落下か?!》

《不可解な連続誘拐事件。全員翌日に帰還。被害者の全員が意識を失ったと思ったらここにいた、と証言。 》

 

 これだ、とフラットは3つ目の事件を調べそして、正解だったことに気付く。

 

 被害者はほとんどが魔術師協会から派遣された魔術師で、しかも全員魔力を抜かれていたと、被害者の1人から情報を得た。

 

 

 犯人は間違いなくサーヴァント。

 そして魔力の供給に不満のあるサーヴァント。

 

 

「もしはぐれサーヴァントだったら、俺と契約してくれるかなあ。」

「なになに。契約したいの、君。」

「うわっ。」

 

 フラッドが横を向くと不敵な笑みをたたえた女性が座っていた。パーカーにジーンズとラフな格好で休日を楽しむ一般人にしか見えないが、契約? それに、この感じは、

 

「あなたはサーヴァント? あ、どうぞ。」

 

 んー! 冷たい! とアイスを頬張る女性に席のスペースを譲りながら訪ねる。

 

「そうだね。そういう君は魔術師だね? もう1回聞くけど君は契約してくれるの?」

「うん!したいです!是非お願いします!」

「じゃあしよっか。」

 

 思ったより、というより余りにもあっさりとOKをする相手にフラットは少し疑問を覚えた。

 

「してくれるなら俺はそれでいいんだけど、そんなに簡単に俺と契約しちゃっていいんですか? 契約した途端俺が令呪使って自害を命じるとか、するかもしれないですよ?」

「見くびらないでよ君。私は、いや、俺は(・・)己の主人(マスター)くらい見極められる確信がある。君となら契約してもいい。今までの魔術師とは違うからな。なんてったって、私がはぐれサーヴァントと明かした瞬間に全員が全員契約を強引に迫ってきたからね。頭の中覗かせてもらったらやることなすこと、あぁこいつらダメだなって分かったし。」

「俺だって契約して欲しいって言ったけど大丈夫なんですか?」

「でも、会話をしただろ? 獣と人の差は毛の量とか牙の有無とかではなく、会話が成立するか否かだよ。」

 

 

 

「さて、」

 

 サーヴァント──黒のアサシンはベンチから立ち上がりフラットの前で主従の契約のその文言を讃える。

 

「問おう。あなたが私の主人(マスター)か。」

「俺はフラット。フラット・エスカルドス。あなたのマスターです。」

 

 私の腕から令呪が消えて、フラットの手の甲に新たな令呪が浮かび上がる。私とフラットの間に確かなパスが生まれた。

 

「了解した。私は、黒のアサシンは今から君の臣下(サーヴァント)だ。さて、マスター。まずは何をする?」

 

 

 

 

 沈黙のあとキューっと胃の動く音、有り体にいえば、お腹を減らした音が鳴る。

 

 

「腹ごしらえかな。」

「ベタだね。」

「聖杯の与える知識にはそんな言葉もあるんですね。」

 

 

 

 

 

 

 

 

「喜べセイバー。お前さんに朗報だ。」

「ん?」

 

 魔術師協会から派遣された魔術師の1人、獅子劫界離は己のサーヴァントに告げた。

 

「誘拐事件の被害者に確認してきた。被害者の中には記憶の残っているのもはいなかったが、己の魔術礼装の消耗によって確かに何者かに襲われたということは理解している者がいた。そして、全員魔力を吸い取られている。人間の命の源である心臓の上に魔術的な跡が見つかってもいる。」

「心臓? 直接抜かれてるようだったら、ゾッとしねえな。まあ、ともかくサーヴァントであることを期待するぜ。」

「そう見て間違いないだろう。初期の被害者はブカレストのチンピラやギャングだったが、魔術協会が展開してからは……フッ……魔術師だけを襲っている。」

 

 碧眼の金髪を輝かせたサーヴァントはマスターと同じく顔に喜色を浮かべた。戦いがこの身を待っている。

 

「そうなると、今この街にいる唯一の魔術師が狙われるってことだな。」

 

 唯一の魔術師、獅子劫へと指を向けた。

 

「幸い、誘拐犯の噂で街はもちきり。夜間に出歩く馬鹿はいない。セイバー鎧は身につけておけ。」

 

「うっし。」

 

 途端濃密な魔力と灼雷を迸らせ、パーカーと半ズボン姿からサーヴァント──赤のセイバーは銀色に光る重厚な騎士の鎧に身を包んだ。

 

「出陣だ、マスター!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱりサーヴァントって凄いですね!魔術も使わずにちょっと頼んだだけで、タダでご飯が食べられちゃって! く──! これならもっと高いの頼んでおけばよかった!」

 

 今、私達は看板を片付けている最中の閉店間際の店主に、私が"お願い"をしてテラスで早めの夕食をとっていた。

 

「やめときなよ。人間欲張りすぎると後で痛い目みる人を私はいっぱい見てきたから。それくらいが丁度いいんだよ。これは人生の先輩からのありがたいお言葉だと思って聞いて頂戴。」

「お姉さんがそういうなら、そうしときます。」

 

 お姉さん、か。ハンバーガーを美味しそうに頬張る少年、いや、フラットを見てついつい弟を思い出す。無邪気なあの笑顔が恋しいなぁ……もう会うことは無いのだろうけど。

 

「どうしました?あ、お姉さん呼びダメでしたか?では、アサシンと」

「いや、ぜひそのままで。」

 

 食い気味にお願いするとフラットはキョトンとした。コホン、と誤魔化すように私は咳をする。

 

「ま、まあ、ぼちぼちこれからのことを話そうか。私からは黒に必ずしもつかなきゃいけないって言うわけじゃないのを言っとくよ。そもそも君は魔術師協会から来た人間だそうから、赤側だろうしね。」

「もぐもぐ……そうですね。そしたらまずは聖杯戦争の監督のところに行くのが無難でしょうね。黒側にいきなり行くと俺が殺されそうですし。」

「いざとなったら逃げさせる位は可能だからそこは任せて。お姉さんに!お姉さんに!」

「は、はい。では──」

 

「伏せて。」

 

 

 咄嗟にフラットの首の後ろを掴み地面に押し倒す。フラットから呻き声が漏れるが、構わずそのまま無理矢理担いでその場を離れる。

 

 パーカーとジーンズから、白地に黒の線の入ったシャルワニと腕や脚に金の輪を着けた戦闘用の装いに変えた。

 

 先程まで食事をしていたテーブルは上空からの狙撃によって粉微塵になっているのが見えた。店主には申し訳ないことをしたと思いつつ、敏捷性にものを言わせて走り抜ける。

 

 

「狙撃……アーチャーですね!」

「マスター!今からとりあえず元凶となるサーヴァントを止めてくる!だから、」

「相手のマスターは任せてください!」

 

 よし、がんばれと私はフラットの背を2回叩くと同時に、守護と気配を消す印をつけ路地へ放り込んだ。これなら1発くらいなら攻撃が当たっても無傷でしのげるだろう。それに、マスターの力量はそこそこあるようだし。

 

「ま、説得が通じなかったらマスター連れて逃げるけど。正面切っての荒事は苦手だし。」

 

 次の矢が飛んでくる前に私は闇夜に溶け込んだ。




1代目マスター、1分で死ぬ。
インドはインドだからね!仕方ないね!

ただし魂喰いはしない。マスターとしてはアウトだが、人間としてはセーフの内、とのこと。


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2.「これがパンクラチオンです」

戦闘シーンは難しい。
Apocrypha見返してて思ったんですけど、やっぱりカルナさん規格外ですな!(今更感)


「む、姿が消えましたね。やはりあれは黒のアサシンですか。」

 

 シギショアラを見渡せる塔の上でサーヴァント──黒のアーチャーはひとりごちた。先程まで隣にいた黒のアーチャーのマスターは、黒のアサシンの元へと既に向かっている。で、あればアサシンの姿が消えた今、マスターが危険だ。

 

「私もマスターを追いましょうか。」

「いや、その必要はないよ。」

 

 振り向きざまに黒のアーチャーは魔力を込めた弓矢を放った。黒のアサシンはひらりと避け、塔の一角が爆発で瓦礫になった。

 

「ちょ、ちょっとタンマ! いきなり狙撃だなんて酷いよ? ほら、武器なんて持ってないから!」

 

 次の矢を引こうと構える黒のアーチャーに黒のアサシンは両手を上げて戦闘の意思が無いことを示す。

 

「……貴方は、黒のアサシンですね?今まで何故こちらに参戦しなかったのですか? 単独で魔力を回収して、貴方は何がしたかったのですか?こちらに合流すれば魔力不足など起こりえなかったのに。」

「だって、どっちにつくか見極めてるところだから。黒で召喚されたからって絶対にこっちにつかないといけないとか、無いでしょ?貴方だってそうだったはずだ。」

「いえ、黒のサーヴァントは黒として召喚されたのですから、こちらに与するのが道理です。私が聞いているのは、貴方が合流しなかった理由、貴方の目的です。」

「そうだね。じゃ、そもそも、黒って何だろうって考えよっか。」

 

 こうやって話している間も全く油断を見せない黒のアーチャーに黒のアサシンは苦笑いしながら言った。

 

「聖杯に与えられた知識と人伝に聞いた話だから詳しいところはまだ知らないけど、黒のサーヴァントっていうのはユグドミレニアがユグドミレニアの勝利のために召喚したサーヴァントだ。言い方を変えれば、ユグドミレニアの人間がユグドミレニアの為の戦士を用意した、ということだろうね。」

「……。」

「さて、黒のアサシンのマスターは一体どういう人間なのか、答えはそこにあるんだよ。」

「……勿体ぶらずに早く言いなさい。」

「ハイハイ。結論から言うと私のマスターは完全にはユグドミレニアの人間ではなかったんだ。只の数合わせの雇われ三流魔術師。島国生まれの生贄を使った魔術の使い手だった。私の召喚も人間の命と苦痛を生贄にして行われた。だから、」

 

「殺した。」

 

「貴方、まさかマスター殺し──!」

 

 引き絞られていた弓矢が高速で差し迫る。黒のアサシンはすんでのところで避けて、また塔が壊れた。あと一発できっと崩れるだろう。

 

 仕方なく黒のアサシンは腰の剣を抜いて構えた。

 

「もう話を聞かないの?」

「一度裏切りをした者は二度としないとは限りませんから。それに、あとは分かります。魔力を回収していたのは単独行動に必要な分を集めていたのですね?」

「まあそんだけ聞けば分かるよねえ。それなら、交渉決裂ってことで、充分時間も稼いだし今日のところはお暇しますか!」

「行かせません。」

 

 黒のアサシンは後に倒れるように塔から落ちる。後を追って上か黒のアーチャーが飛び、下へと向かって矢を射った。黒のアサシンは辛うじて剣で弾き着地する。

 

 黒のアサシンとてあの爆発する矢を受けることは無駄に丈夫と自負するその体でもただでは済まないと理解していた。

 

 塔のしたの広場で後を追って着地した黒のアーチャーに斬り掛かるが世界がぐるりと回った。どうやら投げ飛ばされたらしい、と背中を地面に打ちつけられながら黒のアサシンは遅れて認識する。

 

「チィッ……!」

 

 すかさず、この塔に登る前に設置していた爆発印を起動して黒のアーチャーから視界を遮る爆風を起こす。

 

 その風に乗り跳ね上がるように立って黒のアサシンは相手が素手で構えるのを見、驚いた。

 

「素手? アーチャーなのに?」

「ええ、失礼。これがパンクラチオンです。」

 

 黒のアサシンは口を開けて心底驚いているようだった。

 

「……あー……英雄ってのはほんとに……」

「?!」

 

 動きの止まった黒のアサシンに黒のアーチャーは警戒を高めた。空を仰いだ黒のアサシンの顔は見えない。だが、確かに黒のアサシンから今まで無かった肌に刺すような殺意が出るのを肌に感じた。

 

「英雄、黒のアーチャー。気が変わった。俺が(……)逃げずに相手をしてやろう。ただしお前は俺から逃げることを許す。何時でも、逃げていいだろう。逃げないのなら、ここで倒れ伏せろ!」

「……行きますよ!」

 

 剣と拳が交わされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわ、大丈夫かなあお姉さん……結構バンバン音がするけど。でもこっちだってマスターは任せてとは言ったものの、どうするかまだ考えてないんだよなあ。」

 

 幸い、アサシンのくれた印はかなり優秀なようで自分からなにか仕掛けない限りは見つからない筈だ。で、あればこの有利性をどうにかして生かしていきたいけど。

 

「やっぱり味方が欲しいところだよね。サーヴァントがアーチャーだけとは限らないし。」

 

 

 フラットは少し悩んでからある番号に電話をかけた。

 

「もしもし獅子劫さん。俺です。フラットです。」

『あん? お前誰だ。……いや、もしかして時計塔にいた金髪の小僧か?! なんで俺の電話番号知ってやがる!』

「今はそんなことどうでもいいです。実はお願いがあって。……助けてくれません? 今シギショアラにいるんですけど。」

『はああああああ???』

「声が大きいです! 今追われてるんですから! 電話口から声が漏れちゃいます! 兎も角、シギショアラの街の3番通りで待ってますんでお願いしますよ!」

『待て! 俺はまだ一言も助けるだなんて』

 

「あら、お電話はもういいのですか?」

「大丈夫。あの人は多分お人好しだから。」

 

 電話を切ってフラットは目の前のユグドミレニアの服を着た魔術師──フィオレ・フォルヴェッジ・ユグドミレニアに相対した。体を支える無骨な機械で建物と建物の間に浮かんでいるのを見て、場違いにもカッコイイと感じた。

 

 いつだって世界中の少年はロボットが好きに決まっている。時計塔は頭の固い連中が多いから、こんな奇抜なのは中々見ることはできない。

 

「?? ……貴方は黒のアサシンのマスターですね? 本来のマスターとはどう見ても違うようですから、貴方はユグドミレニアの人間ではないようですので、一応警告せていただけないでしょうか?」

「いいですよ。」

「立ち去りなさい。ここは遍く全て我ら千界樹ユグドミレニアの大地。踏み入った無礼は不問に処します。この警告を看過するようであれば死という等価をもって愚行の代償を支払っていただきます。」

「それは嫌だなあ。俺は俺の思うとおりに動きたいし。」

 

 フラットは魔術回路を起こした。遠くの音と魔力のパスの流れからアサシンの方も戦闘が始まったようだ。

 

接続開始(プレイボール)。」

「マルス射撃命令。」

 

 フィオレの接続強化型魔術礼装(ブロンズリンク・マニピュレーター)が火を噴き、フラットは身体強化魔術で飛び出そうとした。

 

「オラァアアアアアッ!」

 

 両者の目の前が真っ赤な雷で覆われる。

 鎧の騎士がフィオレの弾丸をすべてフィオレの方へと弾き飛ばし、フィオレが回避を迫られた。

 

「おい! こっちだ!」

 

 フラットは獅子劫の言う通りに近くにあった車の背後へと隠れた。

 

「やっぱり来てくれたんですね!」

「1つ貸しだからな!事情も後で話して貰うぞ!セイバー!深追いはするな!」

 

 車の影から様子を伺うとフィオレは既に撤退を余儀なくされているようだった。サーヴァントにやれることなど人間には数える程しかない。道理だった。

 

「仕方ありませんね……アーチャー、撤退です。」

 

 

 

 

 

 

 

 

『アーチャー、撤退です。』

 

 パスを通じて念話でマスターの指示を聞いた黒のアーチャーは黒のアサシンから距離をとった。そもそもアサシンとまともに正面から戦って未だ仕留められない時点であまり状況は良くないのだ。

 

「どうした? 動きが鈍くなったぞ(■■特権:EXー魔力放出)?」

「くっ!」

 

 黒のアサシンは、アーチャーの癖に、と言っていたが、黒のアサシンこそアサシンらしくない、と黒のアーチャーは思う。

 割に合わない。

 

『マスター、申し訳ありません。こちらもこれ以上は無理かと。』

『分かりました。では所定の位置で合流しましょう。』

『了解しました。ありがとうマスター。』

 

「そろそろ終いにしようか(■■特権:EXー天性の肉体)。」

 

 黒のアサシンが全身の筋肉に力を巡らせるのを見て、黒のアーチャーは地面に向かって矢を乱打した。途端に煙と爆発で視界が奪われ、黒のアサシンは怯む。

 

 視界が開いた時には黒のアーチャーは消えていた。多少の釈然としない感じは残るが、

 

「まあ、良い。逃げてもいいと言ったのは私だし、こちらもマスターに呼ばれているからな。」

 

『お姉さん! 戦闘が終わったらこっちに来てください! 紹介したい人達がいるので!』

「──おーけい。くれぐれも下手なことしちゃダメだからね。その人達に迷惑かけるのもダメよ。」

 

 黒のアサシンは、その紹介したいという人達がマスターの敵にならないことを切に願いながら急いだ。




アーチャー??弓はフェイント用です。
アサシン??気配遮断スキルとか持ってないよ?■■特権でなんとかなるでしょ。

黒のアサシン情報1
見た目はグレーの髪で肩のあたりで少しだけ緩くまとめて、顔は中性的。少しつり目気味で瞳はよく見たら赤みがかった黒。


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3.「構えろ。時が近い」

満を持してApocryphaコラボ。
石の貯蔵が足りない…カルナさんをこれではお迎えできない…。



「──! ──!」

 

「我が王よ!」

 

 は、と気付くと見たことも無い場所に座らされていた。白を基調とした荘厳な大広間の段差の上の玉座にどうやら自分はいるらしい、と。

 

 そして、段の下はこれまた我が王などと呼ばれる覚えのない見知らぬ青年がこちらを心配そうに見上げていた。

 

 ふと自分の体を見下ろすとお姉さん──アサシンの着ていた服で、ああこれはアサシンの記憶かと納得する。自分の意思で動くようではないので、本当に記憶を覗いているだけの状態なのだろう。

 

「我が王よ、どうかされましたか?」

『いや、何でもない。』

「お疲れなのでしょう。最近働き詰めすぎなのですよ。我が王も休息を取られた方が良いかと。」

『何を言うか!』

 

 急に怒気を滲ませたからか、目の前の臣下だけでなく屈強な近衛兵が総じて肩を震わせていた。フラットも自由に動ける肉体があったら同じ様になっていたことだろう。

 

『俺が休んでいる間にも子供達が腹を減らし、大人達が食い扶持を減らすためにまた子供を捨てるのだぞ! 俺が休んでいられるか!』

「ですが」

『くどい!そもそも神なんぞに人間が頼りすぎなければこんな事には……確かに神は人間より強大で頼ってしまえば楽ではあるが、決して人間の味方ではないというのにっ……。』

「我が王…いえ、兄上、これは臣下としてだけではなく弟としても進言しているのです。どうか、ご自愛下さい。兄上のお体は不死身なのではないのですから。」

『……分かっている……。』

 

 少し落ち着いたものの、ブツブツと愚痴りアサシンは玉座の肘掛をパシリと叩いた。一人称といい、喋り方といい、フラットの知っているアサシンとは雰囲気が違う事に戸惑う。

 

『おい、神といえばアイツらはまだ見つからないのか!』

 

 近衛兵の方へ視点が行く。フラットはそろそろこの兵士達がとても気の毒に思えてきた。

 

「はっ、申し訳ありません!現在多くの兵が探しておりますが、未だ……。」

『その返答は聞き飽きたぞ!朗報や手掛かりのひとつも未だ持ち帰って来ないとは、お前達はそれでも戦士(クシャトリヤ)か!』

 

 空気をビリビリと震わせる怒声に誰も何も言えなくなった時、アサシンの横に誰か、どこか静謐な気配が佇んだのを感じた。

 

 フラットはアサシンの視点越しにその人物を見る。

 

 今まで結構なタイプの人を見てきたけど、この人は、違う。何が違うって人の格が違うって感じがする。

 

 鋭い目付きだが、それを有り余る美貌と白い肌に白い髪の毛、そして胸元に燦然と煌めく紅い石。見惚れるほど美しく輝く黄金の鎧。

 

「落ち着け。」

『む、』

 

 そしてその男は前のめりになった姿勢のアサシンの肩に軽く手を置いて座らせた。

 

『あ──……悪かった。言い過ぎたな。戦士(クシャトリヤ)という誇りを傷付けるような事を言ってしまったこと、心から謝罪しよう。』

「は! いえ! どうか頭をお上げ下さい!! 我が王が仰られるように私達が成果を挙げられるぬということもまた真実、貴方様は悪くありません!」

『いいから、俺が謝ると言ったんだ。受け取れ。これ以上は言わんぞ。分かったら下がれ。ほら、お前達もちょっとは気を使え。俺は今からこいつと2人で語らうのだからな。』

 

 近衛兵含め、臣下を全員下がらせてアサシンは友と呼びあう青年に向き合う。

 

『さて、わざわざここまで来たということは、何か言いたいことがあるんだろう?』

「お前は相変わらずだな。」

『お前は相変わらず私の言うことが分かってしまうのだな、だろう? お前だって相変わらず口下手にも程がある!』

 

 アサシンの"友"はあまり表情の動かないの動かない青年だが、それでも少しフラットには今この青年が一瞬笑ったように見えた。しかし、一瞬。すぐに厳しい視線を向けてくる。

 

「構えろ。時が近い。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次にフラットが気付いた時、周りは全く別の景色へと切り替わっていた。

 

 見渡す限りボコボコに荒れた一面の大地。遠くで雄叫びと地面を揺らす轟音が鳴り響き、閃光がチラついていた。よく目を凝らすと血を流し惨たらしい死を迎えた人間だったものが沢山あった。

 

 どこかの戦場だろうか。余りにも現実離れした光景に、見慣れぬ死体に吐き気も湧かなかった。

 

 もう少し、アサシンの記憶は続くようだ。

 一歩一歩、ゆっくりと踏みしめながら進み、ある亡骸を確認してアサシンはいきなり駆け出した。

 

『は…………。』

 

 その辺に転がった死体とあまり変わらないが、特筆すべき点として、その死体にはあるはずのものがなかった。アサシンは()があったはずの場所に手を伸ばしかけ、やめた。強くその死体を抱き締め、唇を血が滲むほど噛んでいた。

 

『クソ、クソ、クソ……っ!』

 

 大切な人だったのだろうか。

 それなら何故涙を流すことを拒むのだろうか。

 

「■■■■■■■。」

 

 最後に記憶越しに背後にいた、声の主は誰だったのだろうか? 

 

 ──何かの花の香りがした気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私がセイバーのマスターからここまでとこれからの聖杯大戦について一通り語り終えたくらいに、フラットは目を覚ました。

 

「おはよう、フラット。いい夢でも見れたかな?」

「……ん──? 不思議な夢ではありましたけど。」

 

 答え辛そうにするフラットに私は勝手に納得する。年頃の男の子だからね。言いたくない夢もあるんだろう。ここは大人な私が見逃してあげるのだ。

 

 ──あれ? なんだこの匂い。フラットから香るこの匂い、何処かで... 

 

 まだ寝ぼけ眼のフラットの首筋に鼻を近付けてみたが、あと少しの所で思い出したい何かは引っかかる。記憶力は悪くないつもりだったが、どうしても思い出せない。

 

「……お前さんなあ……。」

「ん、何か?すまないね。ちょっとぼーっとしてて聞いてなかった。」

「いや、何でもない。」

 

 セイバーのマスターも何か言いたげだったようだが本人が別に良いなら深く掘り下げる気は無い。私も思い出す事は一旦諦め、何故か慌てているフラットを解放した。と、そこへやけに似合った赤のパーカーのラフな姿のセイバーが現れる。

 

「それにしても随分マスターの知り合いってのは寝坊助野郎なんだなぁ。そんなにマスターと仲良いのか?」

「今回で会ったのは2回目だ。」

「マジか!何で助けでやったんだよ!お人好しか!」

「それは同感。」

「だよな!」

 

 まだ会って間も無いがこのセイバーの事がだんだん分かってきた。うちの弟とそっくりだ。結構波長が合うかもしれない。

 

「そ、それで、昨日話したように同盟を組むってことで、いいのか? お前達は。一様、黒なんだろ?」

 

 ゲラゲラと腹を抱えて笑うセイバーに頭痛を感じているのか頭を抑えるセイバーのマスター、獅子劫界離は私達に問うてきた。

 

「そもそも選択肢なんか無いですしね。獅子劫さんに助けを求めた時から俺はそのつもりでしたよ。」

「それに私のマスターはこう見えて魔術協会から来てるから。自然とそうなるだろうし、フラットが助けを求めた相手だったら私はある程度信用するよ。」

 

 あ、そういえば監督役のコトミネ神父? だったっけ。会いに行かなきゃなあ、と呟くとセイバーが心底嫌そうに顔を顰めた。

 

「あいつと会うのは、なんて言うか……やめた方がいいぜ(直感:B)?」

「ん──、」

 

 私は行った方がいい(■■特権:EX──直感)と思うのだが、同盟相手の助言だ。迷いどころではあるが、ここでの決定権はもちろん私のマスターにあるだろう。目配せして答えを任せる。

 

「セイバーさん、確かその神父さんのところにはサーヴァントがいるんですよね?」

「そうだな、俺が会った奴以外にもきっといるだろうな。赤のサーヴァント共が」

「じゃあ行きます!」

 

 へ? とセイバーとそのマスターは揃って面白い顔をした。親子か、と突っ込みたくなる。どうにもその話をしたら同盟が終わりを迎えそうな気もするのでやめておくけど。

 

「俺は英霊に会ってみたいんです! こんな機会一生に一度あるかないかくらいなんですよ! それになんかあったら俺にはお姉さんがいますから大丈夫です!」

 

 片や泣く子も黙るド迫力の強面、片や戦闘となると尋常ではない力を発揮するサーヴァント相手に、底抜けに無邪気な笑顔でフラットはそう言ってのけた。

 

 

 任せておいて、と私が口を開こうとした、その時。

 

 ──莫大な魔力の動きに同時に全員が空を見上げた。

 

 

 

 それは空を割いてそこから流れ星が零れるように大量の矢が地上へと降り注ぐ光景。ただの幻想的な天文学的現象ではなく、間違いなく宝具級のサーヴァントの攻撃。

 

 開幕の狼煙だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今一度言います。赤の陣営に来ませんか? フランケンシュタイン。」

「ウゥウ!」

 

 昏い森の中で白髪の神父は黒のバーサーカー、真名フランケンシュタインと対峙する。もちろん、フランケンシュタインはその誘いに首を縦に振らない。寧ろ警戒と敵意を増す一方だった。

 

「それは無理でしょう。我がマスター。」

 

 神父の後ろにひらりと霊体化を解いて現れたサーヴァントにフランケンシュタインは唸り声を上げる。

 

「いや、今は戦いません。僕は君とは、戦わない。」

 

 夜闇に溶けそうな蒼のゆったりとしたコートを着た穏やかな顔つきの男は見たままのイメージ通り言葉をゆっくり、ゆっくり、噛み締めるように発する。

 

「そう、戦うのはこの私。シロウ・コトミネです。もしもこちらにつく気がありましたらいつでも申し出てください。」

 

 神父はそう言って指の間に挟むようにして三本の刃物を持つ。魔術の世界で呼ばれところの、黒鍵。聖堂教会にある特殊な組織の代名詞とも言える武器を構える。

 

 駆ける。唸る。避ける。振り下ろす。唱える。振り下ろす。ぶつかる。弾く。

 

 戦いの音がただ木霊する。

 

 

 

 

 ──夜は始まったばかりだ。

 




おシェイの出番も無くしてしまったよ…。

黒のアサシン情報2
王様やってた。直接戦うのは苦手とは本人の談。どちらかというと計画を練って人を使って舞台を整えあげて、最後の仕上げは自分の手でやるのが好み。


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4.「主役は遅れて登場する」

被告は「後悔も反省もしてない!ノッブゥ!」と証言しており…


「お姉さん…はっ……どうしてっ……聖杯がほし、いのっ?」

「この状況でそんなに、よっと、頑張ってでも聞く?」

 

 フラット曰く、『開幕宝具ブッパ』という大規模な戦闘の兆しを確認して私達2組の主従は現場へ急行していた。セイバー組は主にセイバーが戦場に遅参するのは騎士の名折れ、と意気込み、こっちはフラットが戦闘を見たい!と目をキラキラさせて興奮していた。

 

 まあ、私も獅子劫もどうせ戦わなくちゃ行けないし異論はないということで、シギショアラの街に放置されていた車を強奪、そこから全速力で運転していた。

 

 セイバーが。

 

 それはもう、セイバーの苛烈な性格を表す運転で、現在進行形で道路ではない場所を爆走している。今扉を開ければ間違いなくフラットは放り出されて数十メートル先で地面に叩きつけられること間違い無しだ。大丈夫。しっかりドアロックは確認した。

 

 ヒヤヒヤする場面も多々あったが1回も大きくぶつけていない所を見ると騎乗スキルは確かに持っているようだ。

 

 この悪走行ぶりは弟を思い出すけど。アイツを御者にして戦車に何回乗らされたことか……誇らしげに自慢するから断るに断れないのがタチが悪い。

 

 そんな中、フラットは盛大に揺らされながら聖杯を求める目的について問うてきた。

 

「俺のっねが、いは、聖杯戦争にっ……参加、することっ…だったから、もう……半分くらっいかなってるんだけど、……おね、えさんはっ、どうかなって!」

「あ、オレもお前の願いっての聞きてえ!」

 

 運転席からも元気な声が上がる。獅子劫はグロッキー状態でもう声を出すのも億劫なようだが。あ、また急なターンに吐きそうになってる。

 

「そんなに大層なもんじゃないよ?」

「おうよ!それでもさ!」

「聞き、た、いです!」

 

 吐き気で眉に皺を寄せながらも真っ直ぐに見つめるフラットから思わず目を逸らしかけ、やめた。ここで逃げるのはフェアじゃない。

 

 ──私の願いは

 

「受肉してね、幸せに過ごしたい、ってお願いしようかなって。全員は無理があるかもしれないけど、家族を呼び寄せて普通の人間としていきたくてって、かなりありきたりだよなぁ。多分ほかの英霊と違って小さい願いだけど……でも、私にとっては大切な願いなんだ。」

 

 相変わらず激しく揺れる車内に沈黙が降りる。

 そして返ってきた反応は意外なものだった。

 

「いいんじゃねえの?」

 

 正直、セイバーがそう言うとは思わなかった。腰抜け、とかヘタレてる、とかその辺りだと覚悟していたのだが。セイバーがサイドミラー越しに真剣な表情を一瞬だけして、またいつものように笑ったのが見えた。

 

「だって、どうせオレがお前も倒して聖杯手に入れるんだからよ!願う分にはタダだろ!」

「まったく……いや、負けないよ私も。聖杯を手に入れるのは私達、ね?フラット。」

 

 横に座ったフラットを伺うと初めて見る表情の抜けた顔に背筋がゾッとした。

 

 

「…………。」

 

 何も言葉を発さない彼に何と声をかけようか逡巡し、恐る恐る手を伸ばす。

 

「フラ……」

「着いたぞ!」

 

 言葉を紡ぐ前にセイバーが到着の報告と同時にドアを蹴るように開けて飛び出した。確かにもうここは懐かしい戦場の空気が漂っている。すぐそこに見える城がユグドミレニアの本拠地であること、そして空に浮かぶ巨大な、なんだろう、庭園?アレごと赤の陣営は攻めていったのか!いや、面白すぎる戦略だろう!誰だあんな計画立てたやつ!話してみたい!

 

 と、その前に。

 

「獅子劫、フラットを頼む。」

「あいよ。」

「フラット!何かあったらバックアップ頼むよ!」

「りょーかいです!お姉さん!」

 

 ああ、良かった。返事はいつものフラットだった。先程の様子が嘘のようで逆に嫌な予感がする。幸いなことに即効性のものでは無いが遅効性の毒のようなぬるりとした嫌な気配が……

 

 いや、マスターの分析は後から構わないか、と気を取り直す。今は目の前の戦場をどう生きるかだ。

 

「なんだ?残って俺の勇姿を見届けねえのか?」

 

 セイバーはなんでちょっと不服そうなんだ。

 

「戦場の真っ只中だからな。あとは任せたぞ。」

 

 言うが否や獅子劫はフラットを乗せて安全運転だが、それなりのスピードで戦場を離れていった。私がいた時代もああいう逃げ足の早い手合いは厄介な奴が多かった。獅子劫達とは最後まで殺り合いたくは無いものだ。

 

「行ったね。私達も大遅刻だけど参戦しよっか。」

「まったく、オレ抜きで開戦するとはふざけているにも程がある。まぁいい。主役は遅れて登場する、王は戦場に悠々と参陣するのが世の通りだ。」

「なんだそりゃ。私の時は王様は後方にいても遅刻はしなかったけどなぁ。まあ、せかせかすることは無いってのは同意。」

 

 徹夜をして翌日寝坊し、遅刻しかけて慌てて準備して参陣した時は酷かった。兵にも動揺が伝わって散々な結果になったし、流石に皆に怒らて参った。

(直感:B)?」

 

 セイバーが走る足を止めたので私も隣に並ぶように止まる。と、目の前にピンクの人影が急に落ちてきた。いてててて、と声がしているので生きているのは分かる。というか、あの速さでの落下で生きている時点でサーヴァントだよな?これ。

 

 リボンとまとめたピンクの髪に白い大きなマント、軽めの武具に身を包んだ英霊……魔術師達が言っていた黒のライダーの外見特徴と一致する。

 

「やば……セイバー……ちょっとこの黒のライダーは君に任せちゃってもいい?」

「おう、最初からそのつもりだ。聞きてえこともあるしな。」

「お、ありがとう!それじゃあ後は頼んだ!」

 

 そそくさと黒のライダーから距離をとる。

 魔術を使用してアサシンらしく気配を消して地を駆けた。

 

 あれは、話さなくてもわかる。あれは、私の天敵だ。見た目ボロボロだったが、直接戦った場合五分五分の確率で勝利をもぎ取られる。確かに力では圧倒出来るだろう。倒すことは出来るかもしれない。だが勝ちにくい。三騎士のどれかのクラスで召喚されていたらまだマシだったかもしれないが、それでも善戦される。

 

 あれは最後の最後で運を掴み取るタイプの英雄だ。私が、俺が、どうしても得られなかったソレで己の道を切り開くタイプの英雄だ。

 

 だから分かる。無理なものは無理。致命的に巡り合わせが悪い。

 

「生きてる時はそんなこと無かったんだろうけど……サーヴァントになるってのも難儀だよなぁ。」

 

 サーヴァントは得てして、人々の伝承、イメージに引っ張られる特性があるらしく、私もどうやらその影響を強く受けているらしい。

 

 生前、神に背いて悪と断定された私は、神の名の元の正義と戦って死んだ。私からすれば完璧な正義などそんなものはないと思っているのだが、それでも悪として処された。

 

 正義に敗れて負けた、という伝承が私を縛る。

 

 最期にアイツに一矢くれてやったおかげで神の生まれの者には悪くない戦いを出来るのだろうが、善性の人間相手は妙に弱体化する。そんな者は庇護対象であって攻撃対象ではないと心のどこかで感じているのも作用しているのだろうが、分かっていても敵は敵。だったら自分ではなく仲間に任せてしまうしかない。

 

 だとしたら、私は何をするか、だ。

 

 ぶっちゃけあの空を飛んでるお庭が気にならないでもないが、一様、同盟相手と協力体制を敷いている赤の陣営のものだろうし、フラットも今いないことだから行っても意味が無い。

 

 戦場は皆対戦相手を見つけてるのか複数存在する。あれ、実は今黒の陣営の領地手薄だったりしないだろうか。

 

 令呪でいざとなったら呼び戻される可能性は高いがこっちはアサシンクラスだ。こと、逃走の速さに関しては他のクラスに負けは取らないだろう。マスターさっくりやって一騎位は落とそうか。

 

 

 せわしなく城内を駆け回る幾人もの黒の陣営の兵士達とすれ違う(・・・・)。私は気配遮断スキルは有していないが、こうやって魔術で誤魔化すことにより隠密行動を可能にしている。

 

 気配遮断は読んで字のごとく気配を絶って相手に存在を気づかせない方法だが、私は存在の意味を考えさせないようにしている。足元に地面があること、すぐそこに大気があることを人は常に認識していはしない。全部情報として考えていたらたちまちのうちに狂ってしまう。

 

 無意識下への潜伏は、こんなことも出来る。

 

「そこの君。君は今から何をしようとしてるの?」

「仲間達を自由にする。」

 

 ふと呼び止められた兵はたんたんと対応してまた走り去った。……自由?なにかに縛られでもしているのだろうか?……まあいいや。

 

 あの兵は無意識下でこの応答をした故に、この会話は記憶にも止めない。情報収集もできてしまう分気配遮断よりも便利、ではあるのだが、実はこれには欠点もある。

 

 

 

 対魔力の高い者には効きづらい。

 あとそもそも意識の無いモノには通じない。

 

「うわ、またゴーレムだ……。」

 

 時々現れるゴーレムからは自力で身を隠さなければならない。それになぜだか先程より明らかに兵の数が減り、ゴーレムとの遭遇率が上がっている。今は場内の敵のほとんどがゴーレムだ。

 

 人を束ねていた"俺"の部分の経験的にこの状況が飲み込めてきた。

 

「反乱でも起きたかな?そこまで行かなくて、離反、か。」

 

 

 戦いの最中に内側から瓦解することはよくあることだ。そうさせた事もある。

 

 

 内側から、瓦解……

 

 

 いいね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先生!大変です!先生!」

「ああ、状況は僕も分かっているとも。」

 

 黒の陣営のマスターの1人、ロシェ・フレイン・ユグドミレニアは扉を勢いよく開いて先生と慕うサーヴァント、アヴィケブロンに駆け寄った。

 

 アヴィケブロンは哲学者、詩人としても有名なカバラの術を扱う高名なカバリストで、彼の作ったゴーレムは城中の様子を彼自身に伝えていた。

 

 

「なぜ、城が燃えている(・・・・・)のだ……!」

「先生!荷物をまとめて外へ!もう限界です!」

「駄目だ!研究資料は全て持って出る!君も手伝ってくれ!誰だかわからないがやってくれたな……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アッハッハッハッハ──!!!!燃えろ!燃えろ燃えろ燃えろ!あ─!!!最ッ高に気持ちいいいい!!そんな水じゃ太刀打ち出来ないしさせないぞ!!!!どうにかしたいならヴィドラでも呼んでこい!!」

 

 城内に無数にいるゴーレムのほとんど全てに背後から魔術でゴーレムに仕掛けを施した甲斐があった。走り回っている時に城も至る所に燃やすくなるようにしていたので、連鎖的に燃え広がっているのだ。文字通り、城の内側から、爆発、瓦解させている。

 

 中のサーヴァントやマスターは流石に死んではいないと思うが、魔術師にとって魔術師の拠点、魔術工房を失うのは痛いだろう。

 

 加えて火事の時の逃げ道は限られている。

 そして、大体火に慌てて逃げてきた者は周りが見えない。

 

 ここから見える人間は、髪の長い陰湿そうな男と肥太った男、車椅子の女性にその女性の車椅子を押してきたと思われる眼鏡の青年。

 

「おじ様……城が……。」

「相手のサーヴァントの仕業だろう。姿を見せないキャスター辺りか。」

「いや、相手のキャスターはバーサーカーに幻覚を見せてきましたが、直接的に攻撃するタイプではなかったです。」

「何でもいいがこっちのあの小僧とキャスターは何処に行ったんだ!」

 

 ダメだな、今出てきた奴らは周りが見えるほどには冷静だ。令呪でサーヴァントを呼び戻せるくらいには落ち着いている。

 

「ハァハァ……1、2、3、……あ、あれ、18枚目が無い……無い……!ご、ごごめんなさい先生!」

「何やってるんだ!仕方ない……僕だけでも戻って取りに行く!」

 

 

 ──ーあぁ、ビンゴだ。

 あれだけ混乱していれば充分。

 

 矢を手に顕現させる。

 

(アグニ)よ。」

 

 この距離なら私でも外さない。

 先に火の灯った矢を黒弓につがえる。

 

 

「え」

 

 黒のキャスターのマスターと思わしき人間の腕に火矢が突き刺さる。周りの人間達が魔力を巡らせて助けようとするが、そこで私も間に合わさせるほど馬鹿じゃない。

 

燃え広がれ炎威の花(クシャナ・プシュパム)

 

 

 

 

 

 

 

 

 後世の人間は、芸術は爆発だと称したという。

 爆発、最高。

 

 

『なかなかやりますね、お姉さん。』

「だろ?」




ハイテンション、爆☆破
なるほど、ここは本能寺だったのか…

黒のアサシン情報3
王様らしく興味のないものは考えない。ホムンクルスも単なる雑兵としてしか認識しない。全てを気にかけていたらいざと言う時に捨てるものが無くなって破裂してしまうから。


解禁宝具
燃え広がれ炎威の花(クシャナ・プシュパム)
ランク:D
種別:対軍宝具 
レンジ:50
最大補足:500人
黒のアサシンが触った場所、または触ったものに触れているものに、任意のタイミングで爆発させる。また、魔術的な防御機構はこの炎に触れた瞬間、炎の糧へとなるので、一層火は強くなる。

まさに放火のためにある宝具


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5.「焼いてたんだね?!」

すみません!自分を叱咤する用に更新。短くても更新すれば続けられる…!
夏休みが味方だ!

なんで更新が途切れたか…それは人理修復だけじゃなくて騎空士も始めちゃったのと、勉強だね…。


 戦場から離れた場所で遠視の魔術とお互いのサーヴァントとの念話でマスター達は様子を伺っていた。

 

「獅子劫さん、今お姉さんが黒のキャスターのマスターを暗殺、キャスターの消滅を確認しました。もうちょっとしたらそっちに行くー、って言ってます。」

「おう、そしたら、こっちじゃなくてあの空に浮かんでる島に現地集合と伝えておいてくれ。にしても、すげえな。ここからでもしっかり城が燃えるのが確認できるぜ………って、はぁああ?」

「どうしました?」

 

 何かに気付いたらしい獅子劫が驚きの声をあげ舌打ちをした。

 

「何があったかわからんが黒のセイバーは消滅したっていうのは話したよな?」

「はい、それにさっき獅子劫さんがセイバーさんから聞いていた通り、黒のライダーも確かに死んだと言っていましたね。…え、まさか?」

「今セイバーは黒のセイバーと戦っている。」

「サーヴァントって復活するんですか?」

「これは聖杯大戦だ。なんだってありさ。流石にサーヴァントが蘇るとは思わなかったが…いや、これは蘇ったというより憑依に近いな。さっきまでいたホムンクルスの姿がないからホムンクルスに憑依している…のか?だが、やることは変わらねえな。」

 

 

 

「あれが、宝具…。」

 

 獅子劫が念話でセイバーと話しながら令呪を1つ切ってしばらくすると遠くで赤と青の光の柱が立つのが見えた。膨大な魔力の奔流と神秘に指が震える。神秘の濃かった頃はこんな英雄が沢山いたのかと思うとフラットは溢れる想像が止まらなかった。

 

 

 

 

 

 

「もうちょっとしたらそっち行くって伝えておいて。」

『了解!…あ、セイバーさんの方に来なくていいそうです。空中庭園に直接合流だそうです。』

 

 念話ほんと便利。生きてた頃にこれが全員使えてたらどんなに軍の間の連絡が劇的に変わったことか。

 

 現在、私はなるべく他のサーヴァントと出くわさないように森の木々の上を移動している。昔師匠にこんな訓練を受けさせられたなぁとなんだか感慨深くなる。あのハゲ頭め、何回こっちが死にかけたと思ってんだこちとら腐っても王族だぞ。なんで木の下に人喰い魔獣配備しやがるんだ。

 

 …雑念が入った。

 

 集中して周囲の状況を再確認する。

 

 今存在する戦場は2つ。

 

 まず1つ目。宝具を今まさに打たんとしているのは赤のセイバーとそれに相対した(蘇った?)黒のセイバーで確かだ。

 

 2つ目はここからそう遠くはない平原で行われている戦闘。かなりの1つ目の戦場よりも激しい魔力のぶつかり合いを感じる。赤側は連戦、黒側は憑依体だということを差し引いても最優のセイバー同士の戦いより激しい戦いだというのは感嘆するべきだろう。

 

 おや、戦闘が中断された?

 あ、放火したからかな?一騎はそっちに向かったかようだ。全速力で城へと向かうサーヴァントが木の上から確認できる。流石に燃えてる本拠地ほっぽり出して戦闘を続けるサーヴァントは少ないか。

 

 残りの一騎の姿は…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは唐突だった。

 その姿を確認した瞬間、大地にポツリと立つ一騎の澄んだ蒼い目がこちらを捉えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「────……は。」

 

 震えた。

 全身が雷に打ち据えられたように歓喜に震えた。

 

 ああ、なんてことだ!

 なんてことだ!なんてことだ!

 今だったら神に感謝してやってもいいくらいだ!

 

 相変わらずだ!

 私がどれだけ己を隠していようが容赦無く暴いてきたお前に、こんな児戯のような気配沈めの真言(マントラ)効くわけがない!

 

 

 ()を、見つけてくれて、ありがとう…!

 

「ごめんね、フラット!」

『うん、いいですよ。大切なことなんでしょう。』

「とても。」

 

 たったそれだけで分かってくれる優秀な主人に感謝せねばならないな。

 

 

 私は右手に巨大な棍棒を顕現させる。アサシンで現界した身としては使う予定のなかったものだが、あの子がいて全力を出さないというのはあり得ない。

 懐かしい感触と確かな重みがじわりとクる。

 久しぶり、私の棍棒。早速出番だ。

 

「お前が黒のアサシンだったとはな。」

「君が赤のランサーだったとはね。さァ…再開の挨拶と行こうか、私のヴァイカルナ。」

 

 

 

 

 

梵天よ、地を抉れ(ブラフマーストラ)

梵天よ、地を覆え(ブラフマーストラ)

 

 

 

 かつて神が人間に直接干渉していた時代に編み出された奥義がぶつかり打ち消し合う。一方はその黒い棍棒から、一方はその左目から光の奔流を生み出していた。

 

 周囲の地は余波で砂埃を上げ、木は葉を多く撒き散らした。

 

 このまま続ければ周囲が荒野になってしまうというところで、唐突に示し合わせたようにどちらも攻撃をやめる。

 

 

 

 ふぅ…。

 

 

 

「カルナあぁあああ!!!!」

「…よし、こい。」

 

 カルナの方へジャンプして飛び込むとカルナはされるがままに返事をしてくれた。鎧の棘が刺さらないような小さな気遣いも変わっていない。

 

 

「カルナカルナカルナ!!会えて嬉しいよカルナ!あれ、なんか見ないうちにまた秀麗さが上がった?はあぁぁぁぁぁ…夢を見てるみたいだ。あ、待って。嬉しすぎて会った時に言おうと思ってたこと全部吹っ飛んだ。」

 

 夢じゃないよね?ここまで上げておいて落とすことはないよね?夢だったら多分悲しすぎて自害しそう。

 

 首元の匂いを嗅いでみよう。いや、確かにカルナの匂いだ。間違いない。今私の目の前にカルナがいる。

 

「お前につられて奥義を打ってしまったオレの言えたことではないが、落ち着けドゥルヨーダナ(・・・・・・・)。」

「これが、落ち着いていられる?馬鹿な!私は今なら聖杯ですら簡単に手に入れてみせられそうだ!マスター!私越しにこっち見てるでしょ?」

『見てます。お姉さんのお友達…ですか?』

正解(ハナマル)!私の友兼部下兼家族のカルナだよ。」

『……会えて良かったですね。』

「うん。」

 

 今の間は何だったのだろう。まあいっか、と思いつつカルナの鎧を足場にしてよじ登る。肩に足をかけて頭に手を置き、髪をクシャリとした。ああ、五感の全てが目の前の人物がカルナだと証明してくれる。

 

「よし、細かいことは移動中に話す!とにかく出発!目的地はあの空中庭園ね!」

「…お前は昔から突拍子もないことをやり始めては周りを振り回すような奴だったな。では行くか。」

「あれ、聞かないの?私は黒のアサシンだよ。なんで敵対しないんだ、とかさ。」

 

「お前は敵なら、オレを見つけたら挨拶なぞせずに全力で逃げるか本気で考えた搦手で来るだろうよ。それに、話してくれるのだろう?」

 

 

 ああ、もう分かってくれているなコイツ。

 

 盛大に緩んでしまった顔が見えない位置で良かったと、私は今までの経緯を話し始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、さっきの見間違いじゃなきゃ奇跡的に焼け残ってた城の東側から聖杯があの島に吸い込まれてったんだけど、ひょっとして一歩間違えたら私聖杯焼いてた?」

「飛ぶぞ。しっかり掴まっておけ。」

「焼いてたんだね?!」

 

 はっきり言わないカルナの頭をポコポコと殴りながら笑う。こんなやり取りがまた君と出来て本当に嬉しい。

 

 今日はいい日だ。

 

 心の底からそう思った。

 

 思っていた。

 

 

 

「最悪…最っ悪だ。今日はカルナと会えたこと差し引いても最低最悪の日だ。」

 

 1時間後、私はこう言っていた。

 




ここに私の勘違い解釈はなかった…いいね?
ギルガメッシュにブラフマれるのが悪いんや…


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6.「令呪をもって命ずる。自害せよ、ランサー!」

令呪をもって命ずる、早く続きを書け私


 カルナの肩の上で揺られること少し。空中庭園──あの島は宝具だったそうだ──の中の薄暗い通路に入るとすぐそこから戦闘の匂いを嗅ぎとった。

 

 ひらりとカルナの上から降りて剣をとる。

 

「そんなもので良いのか?」

 

 カルナの目線を辿ると剣にヒビが少し入っていた。しかし、問題は無い。

 

「あーこれ? 君みたいな戦士相手に真名っていう弱点晒して戦うのはなるべく避けたいってことで真名隠しとして適当に作ったやつだから大丈夫。壊れたらまた新しいの作るよ。」

 

 それに、いつでも棍棒は出せるようにしている。本当にどうしようもなくなった時に出せる切り札というのは必要だ。今も。昔も。

 

 戦場となっているところを覗き見る(真言:B)と大混戦になっていた。私が1度戦闘した黒のアーチャーは緑の髪の美丈夫と肉弾戦を繰り広げている。獣のような女性はカルナがさっきまで槍を交えていた顔色の悪い髭に"真っ黒な"矢を浴びせているがいまいち決め手にかけるようだ。

 

「カルナ。」

「ああ。任せる。」

 

 一言。一言だけ交わして私達は別の方向へ地を蹴った。カルナはカルナの闘いを。私は私の闘いを始めよう。私はいつも通り、裏で暗躍するのが性にに合う。正直な話、真正面からぶつかるのは嫌だ。

 

 術を唱えて無意識下への潜伏をする。なるべく戦況の見える高い場所からしばらく観察することにした。

 

 遠見の真言を使って特等席気分で観戦してる気分だ。

 

 だが、カルナと再び槍を交え始めた黒のランサーに違和感を感じる。先程よりカルナの一回一回の攻撃に対して危ない場面が増えていたのだ。一方で、杭の攻撃はカルナに全く届かない。

 

 この短時間の間にカルナが強くなったのかという疑問をすぐに打ち消す。カルナが強くなったのではなく、逆だ。

 

 口には出さなかったはずだが距離を一旦置いたカルナが槍を下ろし、今にも飛びかからんとする獣のサーヴァントを止めた。口が開いたのが見えて慌てて聞き耳の真言も使う。

 

「身を引く覚悟はあるか?」

「何のつもりだ?」

「この空中庭園はこちらのアサシンが支配する領域。お前の力は故郷であるルーマニアだったからこそのものだ。お前を称える歴史がその身を強化していた。だが今異国の王よ。今のお前にその力はない。」

 

 教えてあげちゃうのか。

 優しすぎる。優しすぎるよカルナ。相手に不利な今だからこそ叩くべき時なのに確認までとるのか。

 

「逃げるというならオレは追わない。だがその代償として聖杯は諦めてもらおう。」

「笑止。」

 

 そりゃそうだ。ここで諦める馬鹿はなかなかいない。そもそも聖杯が欲しくて始めた戦争だ。この戦闘がこれで終わるはずが無い。

 

 2人はまた槍を持つと激しくぶつかった。だがその先は一方的にカルナの攻撃がささって終わるだろう。既にあの黒のランサーは押されている。カルナは苛烈に、そして繊細にその大きな槍を捌いて黒のランサーに膝をつかせた。おどろおどろしい魔力が獣のサーヴァントから湧き上がりトドメを刺さんとする。

 

 行け!行け!と手に汗握って応援していると隣に気配を感じた。

 

 全身の鳥肌がたつ。

 

「立ちなさい。ルーマニアの王よ。このような所で無様に消えたくはないでしょう。それでも願望を抱きこの地に召喚されし者ですか。」

 

 なんだこいつは。

 気持ちが悪い。

 気持ちが悪かった。ガワは確かに若い身体だが、中身が完全に濁りきっている。魂が普通ではない。外と中がチグハグだ。大方、生を繋ぐのに外法を使った類の術師なのだろう。

 

 相手はこちらを認識することは出来ないだろうが、本能的に矢を構えた。

 

「宝具を解放なさい。勝機はそれしかありません。」

「余はあの宝具は使わぬと言ったぞ、忘れたか!」

「忘れているのはお前の方だ使い魔が!」

 

 その名も知らない術師は何かを喚き散らしながら右手を掲げた。右手に宿るのは確かに令呪。こいつはあのランサーのマスターか。

 

 

 

 

 

 ーじゃあ、殺しちゃお。

 

 

 ふと思考に霞がかかったかのようになり、つがえた矢を放つべくギリギリと腕に力が入った。ああ殺そう。こいつは殺そう。殺してバラバラにしよう。このひとはおかあさんじゃないけれど、わたしたちと同じような子達をいっぱいころしたにおいがするひとだから、バラバラにしても、いいよね? 

バラバラに、かいたいするよ? 

 

 

 

 

 

 

 

 チラリと赤い誰か──カルナが目に入り霞が嘘のように晴れた。冷や汗が吹き出して呼吸が整わない。術の維持で精一杯になり矢がぶれた。

 

「今のは……私は…」

 

 頭がズキズキして思考がうまく回らない。混乱する間にも魔術師の男は様子のおかしい黒のランサーに刺されながらももう一度令呪を使い、そして最後の令呪を切った。

 

 よく聞こえない。

 

『お姉さん!どうしましたか!』

 

 フラットの声が遠くの方で響く。ああ、すまない。何も聞こえないんだ。

 

 いやこのままでは不味い。仮にも戦場で肉壁以下に成り下がるのは駄目だ。余り使いたくない方法だが無理矢理、自分の体に真言の印を叩きつけて頭をクリアにさせた。

 

「いっっっっっ……クソ!"私"としたことがナニカに乗っ取られかけたか。確かに"俺"に変わればそれも抑えやすいだろうが。」

 

 "俺"頼りはあんまりよろしくないだろうよ、と手元に顕現しつがえた矢を放つ。何故か融合しもはやバケモノと化したランサーと魔術師を貫くが効果が見られない。

 

 霊核を確かに撃ち抜いたはずだが、令呪のおかしな作用で意味が無いようだ。あのナニカが無ければ先手をうてたはずだ。悔やまれる。

 

 相手に攻撃したことで身を隠していた術も薄まったので術自体を消す。これ以降は無駄な魔力消費になる。

 

 その場から飛び降りて不機嫌そうなカルナの隣に立つ。

 

「不服そうだな。カルナ。だが喜べ。最早アイツは誇りを背負った王でも人でもなく、憐れにも取り憑かれてしまった只のバケモノ。ここからはバケモノ退治だ。ハッ! よく考えてみればいつもと変わらんな!」

「そのようだな。……戦友(トモ)よ。」

 

 いきなり現れた俺にバケモノに目を取られていた他のサーヴァント達の目がこちらにも注視された。

 

「私は聞こえていなかったようだが、なるほど。令呪で魂を縛り聖杯を求める妄執そのものに変えたか。」

「馬鹿な……ありえん!」

 

 真っ黒な毛皮を纏った獣のサーヴァントが驚愕の声を出す。確かにサーヴァントを乗っ取ることは人には無理だろうが、変質させることなら出来る。現に目の前に証拠があるのだ。

 

さぁ、私の聖杯を返してくれ。私はあの大聖杯で一族の悲願を

 

 魔力放出により、並のサーヴァントでは避けることすら叶わないカルナの突きがバケモノの胸を穿つ。だが効いた様子がない。抜き放った剣に(マントラ)を付与し飛び上がる。頭上から剣を振り下ろすが予想以上に素早い槍の反撃が襲ってきた。攻撃に回そうとしていた剣を咄嗟に体の前へと運ぶ。上手くガードしたものの衝撃で吹き飛びそうになるがカルナが途中で俺を掴み、働いている力を利用してそのまま投げ飛ばしてくれたお陰で体制を立て直す時間が出来た。

 

 間髪入れずに緑髪のサーヴァントが──驚いたあれは素の早さか──槍を持って飛び込む。

 

「ハァアアアッ!」

 

 神速と呼ぶに相応しい接近にバケモノは槍を掴むことで対処した。勿論バケモノの指は切れるが、即座に肉が蠢き再生し始め意味は無い。バケモノが大きな口を開けて懐に入った獲物を喰らおうとする。

 

「ちっ!」

 

 大きな舌打ちをしながらそのサーヴァントは逃走を図るが間に合わない。あのままでは喰われ──

 

「はァッ!」

 

 ──なかった。あのアーチャーの癖に素手で戦うとめっぽう強い黒のアーチャーが低い蹴りで彼を吹き飛ばした事で、解決する。飛ばされた方は直ぐに体勢を立て直しながら悪態をついていた。……どうやらお互いに知り合いらしい。

 

 一方バケモノはその間に黒の陣営の兵士達を食い散らかしていた。先程から牽制の矢を放っていたが、バケモノの勢いは収まらず途中から暴走し出す黒の兵士のトドメを担い始めている。

 

「吸血鬼は仲間を増やす事が出来る。あなたもああはなりたく無いでしょう。」

「見境無しってことかよ!」

「彼の手に聖杯が渡ったが最後、最悪世界中にこの状態が広がる可能性すらあります。そうなれば私達でも手が付けられない。絶対に庭園から出さないでください」

 

 

 ああ、本当に随分と節操のない生き物だ。

 

 黒のランサーがこの姿、この在り方を心底嫌っていたのも頷ける。

 

 神速の槍使いと拳で戦うアーチャーがランサーの行く手を阻む。

 獣を纏った女がバケモノの生み出した成れの果てに弓を向ける。

 カルナが黒のランサーの凶刃を止める。

 

 弓を番えろ。頭を回せ。剣を持て。警戒を解くな。今此処で一番の理想の成果を出すにはどうすればいい。それは勿論、バケモノを倒した直後の緩んだ隙、もしくはバケモノに深手を負わされた瞬間に──

 

「…いや、この際、敵も味方も無いな。やめだやめ!」

「……。」

 

 カルナの肩を踏み台にしてバケモノの頭上を飛び越える瞬間、お前の悪い癖だ、とでも言いたげなカルナの視線を感じた。悪かったな。

 

 破邪の印を載せた剣を真横に振り抜く。少し治りが遅くなるが本質までには届かなかったようで、直ぐにお返しと言わんばかりの槍が霊核一直線に突き出される。だが、槍の上から踵を落としそれを防ぐ。その隙を逃さず神速のサーヴァントと拳のアーチャーが攻撃を叩き込もうとした、が、攻撃は空を切る。

 

「消えた?!?」

「いえ、霧になったようですね」

 

 黒い靄が少し離れた場所でまた実態を持ち残っていた黒の兵士を捕食していた。すかさず獣を纏った女が弓を引き絞るが間に合わない。

 

グオオォォォォォォォオオ!! 

 

 大口を開けるバケモノに思わず舌打ちした。トドメに成り得る一手が足りない。カルナも俺も宝具(ブラフマーストラ)があるがこんな狭い室内で使えるものでは無い。ここの庭園とやらを破壊しても構わないならいいが、恐らく、それは悪手だ。ここを出てしまえば『ルーマニア(吸血鬼伝承の本拠地)』なのだから。

 

 一手を掴めるまで辛抱強く耐えるか、と持久戦の構えを取ろうとする。

 

 

 しかし、望んでいた一手は予想よりも早く訪れた。

 

 

 バケモノの横っ面を殴り飛ばし新たに現れたサーヴァントにカルナの眉が少し上がった。

 

「令呪をもって命ずる。」

 

 

 滑らかな金色の髪を揺らした旗を持った少女は、正しくこの場において流れを変える一手だった。

 

 

「自害せよ、ランサー!」




弓で戦うアサシンとバーサーカー、拳で戦うアーチャー

これ、もうわっかんねえなあ!!!


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7.「怒ってはないぞ。」

明日は更新休みます。
古戦場の準備とラスベガスと課題のせいです

追記(6.16)
次の更新は月曜日になりますって言いましたが今週中に変更します。すみません


「事情は把握しています。彼を倒すまでは休戦を。」

 

 旗持ちの少女、ルーラーが提案したのは一時的な休戦だった。

 

 

「いいでしょう。」

「了解した。あれはオレ達英雄全てにとっての敵だ。」

 

 無言で頷く獣のサーヴァントに肯定の笑みを浮かべる神速のサーヴァント。俺も当然頷いた。

 

「勿論、もとより其のつもりだった!」

「お前のそういうところは変わらないな。」

 

 カルナからそっと目線を逸らす。ルーラーは一瞬きょとん、としたが今考えるべき事ではないと思い直したのか手を前に突き出し令呪切った。

 

「ルーラー、ジャンヌ・ダルクの名においてこの場に集う全サーヴァントに令呪をもって命ずる。吸血鬼を、打倒せよ!!」

 

 その言葉と共に身体中を構成する霊子が活性化したのを感じた。腕を軽く振って見ると心做しか軽い。それにそもそもの魔力の出力が段違いになっている。成程、令呪が確かに切り札と言われている訳だ。

 

「私と黒のアサシンと黒のアーチャーで援護する。ライダーとランサー。お前達は好きにするといい」

「はいよ姐さん」

「承知」

 

 姐さんと呼ばれた獣のサーヴァントが先程より更に禍々しい魔力で弓を引き絞る。黒のアーチャーは獣のサーヴァントより一撃一撃が重くはないが、彼の精緻で的確に撃ち抜く確かな技術に舌を巻かされた。

 

「雑兵は俺が露払いしてこよう」

「任せましたよ」

 

 ここは任せておいても良いと判断し弓をしまう。代わりに、押し上げられた魔力を使ってアレを出した。やはり棍棒(バフダーラ)はよく馴染む。

 

「はっはァ!いいねェ!上がってきた。相手がバケモノというのが残念だがカルナと肩を並べられただけでも価値のある闘いになり、そう、だ!!!!!」

 

 腰を低くし振り被った棍棒でバケモノの眷属に成り果てた黒の兵士の頭を薙ぎ払う。頭を失った体がゆらゆらと床に倒れふす前に、次の眷属の頭をまた潰した。

 

 

 その間にバケモノ本体と闘うカルナと赤のライダーもバケモノを追い詰めていく。そもそも速さにおいて有利を取れる赤のライダーと、太陽の子であるカルナが確かな魔力供給の元に負けるはずも無いのだ。

 

「詰みだ。未練を残すなバケモノ。消え去るが良い」

「大聖杯を手に入れるまで私は!絶対に!死なん!そう、聖杯さえあれば私はウガアァァギギギイイイイイ゛!!!」

「言っただろう。詰みだ。」

 

 炎がバケモノを燃やし尽くす。バケモノに逃げられないよう、祝福された炎が絡みつき堕ちたその身を焦がしていく。棍棒についた血を軽く振り落としながらこれで終わりだろうか、と思い、いや、違う。まだ終わらない(人帝特権:EXー直感)

 

「っ…!」

「なんっ…だ?!」

「くっ…マスターか!?」

 

 急に呻き膝を着いた赤のサーヴァント達の隙を見てボロボロになったバケモノが飛んでいく。当然、バケモノは鋭いルーラーの静止に聞き耳を持つ程お利口ではない。黒のアーチャーとルーラーとバケモノの後を追うべく走り出した。

 

「黒のアーチャー、黒のアサシン。先程、赤のサーヴァントが動きを止めた理由に心当たりは有りますか?」

「赤のマスターが共闘を拒んたのかとも思いましたがタイミングがおかしい。」

「あの赤のランサーが動きを止めたんだ。余程の事があったと考えて良いだろ──うよッと!」

 

 角を曲がった瞬間に四方八方から魔力弾が飛び出してきた。後退し角の前まで戻ると静かになる。襲撃というよりもこれは

 

「自動防衛機構ですね。」

「怪物ではなく我々を狙っているのでしょうか。」

「ほう?」

 

 怪物の味方をする庭園の防衛機構、突然赤のサーヴァントに膝を付かせバケモノを逃がした誰か。無関係では無いだろう。そう思った瞬間に飛び出していた。

 

「黒のアーチャー、援護を頼む。突っ切るぞ!」

「分かりました。」

 

 唐突だったにも関わらず冷静に対処する黒のアーチャーの援護を信じ突き進む。カルナの闘いに茶々を入れやがった不粋極まりない下手人を殴り飛ばすまでこの怒りは収まらない。

 

 ああ、俺は怒っているのか、と今更ながら気付く。

 

 怒っていないはずがない。

 別に手段自体に不満は無い。俺も卑怯な手はさんざん使ってきた。寧ろ策謀策略は人間(弱者)の持つ強力な武器だ。好んで使った覚えすらある。だが、カルナは駄目だ。

 

 カルナは許すだろう。それもまた結果だと受け入れる。

 

 しかし、駄目だ。カルナにはカルナの望んでいた純粋な闘いをさせてあげたい。家族で友達で仲間で王だったくせに()はさせてやれなかった。

 

 彼の生涯を掛けたあの闘いですら──

 

 

 

 ──花の香りがした。

 

 ──甘くそれでいて心を引っ掻く花の香り

 

 

 

 驚きに目を見開くルーラーからでは無い。

 

「そんな…16人目のサーヴァントなんて…」

 

 既に浄化され灰となったバケモノだったものを踏みながら此方へ近付く神父からでも無い。

 

「そんなに驚かれると少し面映ゆいですね。それに私は16人目ではありません。私は1人目のサーヴァント。そしてあなたと同じルーラーだ。」

 

 

 神父の後ろに佇む蒼色を()は知っている。

 腹が立つ程憎んだ蓮華(・・)の匂いを知っている。

 最後の闘いで全てを掻き乱し滅茶苦茶にしたアイツを知っている。

 此奴のせいで因果は捻じ曲げられ死に方を違えた者の何と多い事か!

 ヤーダヴァ族の王、ヴァースデーヴァ。

 (ヴィシュヌ)の化身、全てに愛されし者!

 

 

「おやおや、どうしましたか。黒のアサシン。まるで仇を見るかのような目をしていますよ。恐ろしい目だ。悪魔の目だ。瓶詰め王子は相変わらずですね。」

 

「クゥゥウウリシュナァァアアアアアアア!!!!」

 

 

「猛るな、黒のアサシン。」

 

 踏み出した脚に鎖が巻き付き地面に縫い止められる。吸血鬼が倒れた今令呪の後押しは消えたが、知るかそんなこと(狂化:C)。鎖を魔力放出で引きちぎり棍棒をもう一本顕現する。

 

「邪魔を、するなァァァァアアア!!!!」

「我の庭園で暴れて貰っては困る。…キャスター。早くあの蛮族を大人しくさせぬか。」

 

 次々と現れる鎖が肌を削り巻きついてくるのを引きちぎりながら進む。痛みは感じない。そんな事よりも早くアレを殺さなければ。殺す殺す殺す殺す殺す殺す。()が、早く、殺さなきゃ。

 

 

「仕方ないですね…私がいる限りこうでしょうし少し離れていますよ。また会いましょうね、黒のアサシン。」

 

 霊体化して消えていくクリシュナの気配に無性に焦りで胸が焦がれた。

 

「待て、待て待て待て!クリシュナ!逃げるな!!!」

 

 またか。

 またみすみす逃してアレの天運に皆巻き込まれて死んでいくのか。

 嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。死ね。嫌だ。殺す。ばらばらに。私が、かいたいする。にくい。ゆるさない。わたしは、どうして、

《/font》

 

 

「ふん、ようやく静かになったな。」

「…アッシリアの女帝、最初の毒殺者。赤のアサシンはあなたでしたか、セミラミス。」

「如何にも。」

「天草四郎時貞とクリシュナ、その2人と共犯関係と考えてもいいのでしょうか?それともあなたの企みですか?」

「彼奴は否定するかもしれんが、クリシュナとは確かにそう言えるかもしれぬな。だが、我がこのマスターを誑かし悪の道へと引き込んだとでも?ふふ、外れだルーラー。我はサーヴァント。マスターに従うのが道理であろう。」

 

 

 ──まさかクリシュナが出てくるとは予想外にも程がある。

 

 ──クリシュナもそうだが、赤側はきな臭い。

 

 ──天草四郎時貞はマスターを赤側のマスターを掌握したのか。

 

 鎖に絡み取られ気を失った振りを続けながら()は考える。実際、()の意識は落ちていた。これ以上の無茶はフラットの体を削る事になる。勿論()もクリシュナをの頬に1発2発…じゃ足りないがとにかく殴りたいのは山々だ。しかし、それは今じゃない。俺が今ここを切り抜けないと間違いなく、フラットにも天草四郎時貞の毒手は伸びる。

 

『聞こえますか!』

(フラットか!)

『あ、やっと繋がった!良かったー!無事ですか?流石に英霊の防衛機構をすり抜けるのは大変だったんですよー。それに急にごっそり魔力持ってかれるから何かあったのかと焦っちゃって。』

(良くやった。帰ったら沢山褒めてやろう。因みに無事ではないぞ。完全に拘束されて正直参っている。まあ直ぐには殺されないだろうが。)

 

 赤が内部分裂を起こしているらしくもう少し時間がある。強引な手段に反発を覚えたライダーとバーサーカーがアサシンと天草四郎時貞に襲いかかっているが、…この場で1番冷静な戦士がそれを制した。カルナはもう少し俺を心配してもいいと思うのだが。どうせ彼には意識がある事がバレているのだろうけど。ああ、それにクリシュナの事も黙っていたのは問い正したい。

 

 …聞かれてないからとか言わないだろうな。

 

『どうしようも無くなったら令呪を切りますが、もう少しでセイバーさんが到着するんで耐えて貰えますか?』

(了解した。獅子劫に宜しく頼む。)

『はーい。』

 

 

「ほれ、起きよ」

 

 丁度念話が終わった時、髪を掴まれ顔を上げさせられた。セミラミスの鋭い視線が突き刺さる。

 

「随分と乱暴な扱いをしてくれるじゃないか、女帝よ。お陰で夢から醒めてしまった。」

「お主と雑談に興じる気は毛頭ない。この場で選べ。このまま二度目の死を迎えるか、我がマスターと契約を結び直すか。」

「…そうだな。俺はこんな所で死ぬ気は無い。」

 

 

 

 

「だが、俺が知る限り、臣下(サーヴァント)は王を裏切らないものだ。」

「ならば死ね」

 

 セミラミスの頭上に浮かび上がった魔術陣から鎖が急所に届く前に、口の中を切って貯めていた血を全て吐き出した。

 

燃え広がれ炎威の花(クシャナ・プシュパム)!そら、燃えろ!」

 

 セミラミスの庭園は宝具で対魔力は普通の建物とは段違いだが、直接体の一部を媒介にすれば燃えないことも無い。鎖を焼ききり目くらましの炎の壁を作ることくらいなら可能だろうと踏んでの事だった。

 

 博打は昔から強い方だが、今回も乗り切ったらしい。

 

 揺らめく炎の向こうで憤怒の形相をセミラミスが浮かべていた。

 

「おのれ、我が庭園に傷を付けたな!」

「残念です。黒のアーチャー共々ルーラーも貴方も滅んで頂きます。」

 

 此方へ伸びてきた鎖を腰から引き抜いた剣で弾き飛ばす。天草四郎時貞の投げた礼装は黒のアーチャーが撃ち落としてくれたお陰で合流が出来た。

 

 礼を言う間も与えられず天井からの爆撃を避ける。避けた先にまた鎖が現れるがそれはもう、

 

「見飽きたなァ!」

 

 手で鎖を掴み取り剣を投擲した。セミラミスの目の前に鱗の様な防壁が光り剣は防がれるが、それももう見ている。

 

 本命はこっちだ。

 

「なっ、後ろか!」

 

 剣に気を取られている間に意識逸らしの真言(マントラ)で炎を超え背後まで迫る。今気付いてもこの女帝には対応出来まい。無防備な背中から刃を差し込もうとし──見覚えのある槍に阻まれる。

 

「…本当に、お前が敵に回ると厄介だ。」

「それはこちらの台詞だ。」

 

 ──カルナの槍を掻い潜りながら女帝に一撃入れるのは難しいだろう。剣と槍を打ち合いながら絶好のチャンスを逃したことを悟る。

 

 

 だが十分だ。

 

「狙っていたな?ドゥルヨーダナ。」

「知っての通り、俺はいつも仲間に生かされる王だからな。」

 

 

 時間稼ぎは慣れている、と笑うとカルナは槍を引いた。同時に剣を仕舞うと地面を蹴り距離を取る。

 

 一筋の赤雷がすぐ横の壁を切り裂き、風圧で乱れた髪を掻き上げた。

 

 天草四郎時貞は現れた金髪の溌剌とした少女剣士を一瞥(真名看破)して口を開く。

 

 

「成程、セイバーはあなたでしたか。叛逆の騎士モードレッド。」

「気安くオレの名前を呼んでるんじゃねぇぞ!!」

 

 咆哮とともに隣で膨れ上がる魔力に肌がざわめいた。最優のクラスは伊達じゃない。やはり己もセイバーで召喚されたかったと思ってしまうくらいには妬ましくも思う。

 

 

「丁度良い所に来たな、セイバー。」

「礼はいらねぇよ。その代わり貸一つ、だ!」

「裏切るかセイバー!」

「ばーか、オレのマスターに手出そうとした時点で敵なんだよカメムシ女ァ!」

「おい、セイバー行くぞ。」

 

 踏み出そうとするセイバーの首元を引っ張って止める。ちっ、と派手な舌打ちをするが思ったより素直に言うことを聞いたあたり獅子劫からも指示があったのかもしれない。

 

 要塞庭園に開けられた大きな穴から飛び降りる直前にふと後ろを振り返る。ここで仕留めるつもりでいたのかセミラミスが大層憎々しげに睨んでいた。

 

「あっはっはははは!」

「急に笑い出して気持ち悪ぃな…。」

「カルナも本気じゃない。クリシュナも引っ込めた。それから大切な玩具(庭園)を守りながら俺を仕留める??余りにも俺を舐め過ぎじゃないか。くっ、ふふふあははははは!」

「貴方、怒ってます?」

 

 すぐ真横を現在進行形で飛び降りる聖女が面白い顔をしていた。

 

 

 

「怒ってはないぞ。ただ次会ったらクリシュナ共々叩き潰す。」




数日後焦土になるトゥリファス


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8.「くっ、妹力が高過ぎる。」

...難産!
少し長めです。あと予約投稿に失敗してたので変な時間になりました。


「全人類の救済だと?!」

「全人類の救済?」

 

 狭い室内に長机と椅子を並べただけの簡素な仮の会議室にゴルドとやらと俺の驚きの声が響き渡った。

 

 昨日の戦闘により最早黒だの赤だの言ってられない状況になったお陰で、同じテーブルを囲む仲になったわけだが、向かいに座るルーラーが首を傾げていた。

 

「アサシンも一緒に聞いていたでしょう?」

「いや、私はその時それどころじゃなかったからな。覚えてない。」

「...そうですか。」

「面目ないな。話を続けてくれ。」

 

 ルーラーの何か含みのある言い方を感じて肩を竦めてみせる。事実、あの時の事は霞がかかったかのように思い出しにくい。俺が「私」である間、覚えているのはクリシュナの事くらいだ。

 

「で、全人類の救済なんて本当にできるんですか?」

 

 フラットの発言に話が引き戻され車椅子に乗った少女──フィオレが頷いた。フラットから聞いた話によるとあの車椅子が大層格好良く変形するらしい。人の技術と努力の跡がなかなか滲み出ている一品で興味が惹かれる、と考えた辺りで彼女の後ろにいるアーチャーが諫めるような視線を向けてきた。

 

「恐らく。大聖杯は魔力の塊そのものです。理論や過程を全て飛ばし結論だけを実現させるでしょう。」

「ではもしシロウという男が具体的な手段を知っていたら...」

 

 間違いなく生きている人間である筈なのに何故か英霊の気配を漂わせるジークというライダーのマスターの言葉をルーラーが繋ぐ。

 

「ええ、もちろん全人類の救済は実行されます。」

 

 ほとんどが顔を曇らせたが、いまいちピンと来てないのか曖昧な相槌を打っているフラットに助け舟を出した。どうもゴルドと言う男もライダーのマスターも同じく分かっていないようなので敢えて念話ではなく声に出す。

 

「あのなあ、フラット。全人類の救済って大真面目に唱えている奴なんて狂人かそれとも論理も倫理も通じない人でなしくらいだ。そいつらが手段として何を考えると思う?」

 

 そこまで言うと流石に気付いたらしく「あっ!」と握った拳をもう片方の掌で軽く受け止めた。ゴルドも再度驚きの声をあげジークも想像してしまったのか眉間にシワが寄っていた。

 

「もしシロウさんが死こそ人の救いって解釈なら、全人類まるっと死んでしまいますね。少なくともそのレベルのえげつない手段を覚悟しないと全人類の救済にはなり得ないでしょうし。」

「そんな馬鹿な!そんな事は許さないぞ!できるはずもない!」

「ですからそれを阻止するためにもこれからのことを話し合いましょう。」

 

 

 フィオレが机の上に地図を広げる。

 

「彼らは空中庭園で移動しています。距離だけを考えるなら追いつくのは容易です。」

「飛行機で追いかければいい。」

 

 この辺りの地理感はまだ(・・)ないのでフィオレが動かす駒がどこを指しているかは分からない。が、相当な距離を飛んでいるのは理解した。だがそんな宝具に追いつく兵器...魔術を使わずとも運転可能で、しかも複数人を一気にこの速さで運べる輸送手段が存在しているという事実に驚きを禁じ得ない。

 

 是非乗りたいところだが。

 

「そうは簡単には行かないだろう。残念だが向こうにもアーチャーがいる。」

 

 獅子劫の言う通りあちらには何かの黒い獣の皮の鎧に獣の耳、目、尻尾を持った英霊がいた。禍々しい魔力の強弓といい、見た目といい魔獣と融合した伝説を持つ英霊なのだろう。少しでも近付けば圧倒的な勘と獲物を見つけるその目で撃ち抜かれてしまうのは想像に容易い。

 

 流石アーチャークラス、と感心しているとルーラーから思わぬ情報が追加された。

 

「彼女はアーチャーではありません。バーサーカーです。」

「何それずっるーい!理性があって喋れるバーサーカーなんてずるい!」

 

ライダーがじたばたしながら抗議の声をあげる。同感だ。バーサーカーは軒並みステータスが強い代わりに狂化というデメリットがあるのだ。それが無いという事は単純に強さのみが残っている事になる。

 

「ええ?!弓使ってたし狂化もかかってるようには見えなかったのに?クラス詐欺ですよ!」

「お前んとこのアサシンもどっこいどっこいだぞ。」

 

 フラットの叫びにそれまで静観していたセイバーが呆れたように口を挟んだ。「なんでも使ってこその暗殺者(アサシン)だぞ」と反論するが完全に無視される。

 

「アサシンのクラス詐欺も今更です。話を戻しますね。」

「皆ちょっと俺に不敬じゃない?」

「話を戻しますね?」

「────済まないアーチャー。続けてくれ。」

 

 気の所為か冷や汗がだくだくに流れて背中が冷たい気がした。顔は恐ろしい程穏やかなのに目が笑っていない。あれは忠告を聞かずに従兄弟とド突きあった時の師と同じ目だ。逆らってはいけないと本能が警鐘を鳴らしていた。

 

 

「赤のバーサーカー、アタランテはギリシャ神話でも指折りの弓の名手です。彼女なら飛行機を落とすことも容易いでしょう。加えて相手のアーチャーもまだ姿を現してはいません。何も分からないというのは言わばどんな可能性も考えられると言う事。警戒は解けません。そもそも、既にこちらは三騎失っている。」

「手助けが必要、という事ですね。」

 

 つまり、赤のセイバーと俺達への協力要請を改めて確実にしておこうという事らしい。

 

 赤のセイバーは黒のセイバーとの決着に多少心残りはあるものの気に食わない方を相手にすると決めた。セイバーの意思を尊重する獅子劫もそれに賛同しフィオレと握手をした。

 

 もちろん俺もフラットこの同盟の提案には是だ。確実にクリシュナをブチのめすなら味方が多いに越した事はない。大体赤の陣営はクリシュナとカルナがいる時点で過剰戦力なのだ。フラット自身も赤のセイバーのマスターと方針は同じにしておきたいようだし、庭園脱出での借りもある。

 

「よろしくね!フィオレちゃん!」

 

 一度闘ったはずのユグドミレニアの現当主の握手した腕を思いっきり振るフラットの事だ。うまくやれるだろう。幸いマスターの図太さじゃどの陣営にも負けない自信がある。俺が受け入れてもらえるかは実に微妙だが、と明らかに警戒の解けないフィオレをに肩を竦めるしかなかった。

 

 私が手にかけたキャスターのマスターがまだ子供だった事を気にしているのだろう。黒の魔術師を束ねるマスターは存外まともな感性を持った少女であるらしい。

 

 

 

 ──曲がりなりにも戦争に参加している魔術師としては致命的なほどに。

 

 

 

 

 

 

 

 フラットが眠ったのを確認して静かに扉を閉める。侵入者用の印も残しておいたので離れても問題はない。

 

 月のほのかな光に照らされた廊下を歩く。窓の外には生前に生きた場所とはどこか違った静かな夜の森が広がっている。異国の夜の空気を肴に異国の酒を飲むというのは中々オツで楽しそうだ。厨房に侵入するくらいは許して欲しいと思いながら一番大切に飾られていた酒を拝借した。どうせあのランサーに取り憑いた妄執の遺していった酒だ。有効に活用してやろうというのだから寧ろ感謝して欲しい。

 

 

「ん?」

 

 厨房を出ると毛布を大量に抱えたジークにばったりと出会った。ジーク自身は抱える毛布のせいで前が見えなくなってこちらには気付いていないようだった。

 

「こんな時間まで仕事か?」

「アサシンか。いや、これは俺がやりたくてやっている事だ。仕事では無い。」

「なら手伝おう。どうせ暇だったからな。俺もやりたくなった。どこまで運べばいい?」

「ああ、突き当たりを右に行って暫く進めばすぐだ。」

 

 ジークの毛布を半分奪いその天辺に酒瓶を乗せて彼の横を歩いた。ちらりと横を見やると毛布を持つ彼の右手の令呪が見える。作戦会議の後にルーラーが補充したというその令呪は、発動すればただびとの彼のその身に英雄ジークフリートを降ろしてしまうものらしい。少年の精神がいくらその英雄の精神性と共鳴するものであったとしても、少年の身を蝕むに違いない。

 

 ルーラーはジークに確かに警告していた。

 

「絶対に最後の一画は使わないでください。」

 

 何て意味のない警告だ、と横でその忠告を聞いていた俺は思った。この手の献身を厭わない人間が、使える力(呪い)を前にして躊躇などあるものか。

 

 そんな判断を少年が背負うタイミングが来ないようにするしかない。その為にサーヴァントだっている。

 

 

「おかえりマスター!毛布がないのはあっち方の...ってげえええアサシン。」

「ライダーか、何だその反応は。俺が来たら問題でもあるのか?残念だなあ、いい酒も持ってきたのに。俺は帰るとするよ。」

「え?!ホント?待って待って。行かないで!作業が終わったら飲みたいなあ!」

 

 

 …ノリがいいなこいつ。特に私とは気が合いそうだ。

 

 

「すまない。ライダーはちょっと…いやかなり奔放なんだ。」

 

そんなライダーにマスターの少年はけろりとした顔で謝罪した。いつものことらしく気にした風でもない。理性の蒸発したライダーに器の大きすぎる生まれて数日の純真幼子マスター。ルーラーが頭を抱える姿が目に浮かぶ。

 

「良い、騒がしいのは寧ろ好きだ。それに多少気が紛れて楽に...と、こいつらを毛布まで運べばいいんだよな?」

「ひッ...!」

「なんか、怯えてない?」

 

 酒を一旦置き、割れ物を扱うかの如く丁寧に抱き上げた筈なのに捕まった小動物のように震えるジークの同胞...ホムンルクスというらしい。ホムンルクスの怯えにライダーが気付いた。俺が彼らに直接何かした覚えはないが、強いていうならば、

 

「観てしまったのだろうなあ。俺の認知を薄める術印(マントラ)は無機物やら感覚が特別鋭い者...例えば生まれて数日の赤子には効かないからな。私が大笑いしながら火を放ち、キャスターらを討った場面に逃走中、偶然でくわした...まあその辺りだろうよ。」

「お城の東側が焦げたのは君のせいか!!!」

「かつては敵の雑兵のであろうと今は俺の庇護にある者達だ。無碍に扱いはせん。寧ろ甘やかし尽くすことも吝かではないぞ?さあ何を望む?遠慮はするな。」

「ひッ...ぁ..あ!!!」

 

 英霊でもない限り己で死は確認できない。他人の死や人間関係を通じてやっと認識出来るものだ。大して血肉の飛び散る戦闘まではしていないが、初めての殺意と命の消えゆく瞬間は赤子にあまりにも刺激が強く恐怖を残してしまったらしい。

 

「もー。脅かし過ぎだよ!」

「彼は俺が面倒を見る。アサシンはこの同胞を見ていてもらいたい。できれば優しく頼む。」

 

 ぐったりしたホムンクルスを毛布の上に横たえジークに引き渡す。代わりにジークの看病していたホムンクルスの横に座った。要望通りどう優しくしてやろうかと考えていると、苦しそうに胸を上下しながらも、ジークと同じ色の目がこちらをじっと見つめていた。痛み止めと精神を落ち着ける術印を肺の上辺りに与えて様子を伺った。

 

「呼吸が苦しそうだな。応急処置だが...これで楽になるか?」

「...ぁり...がとうございま......す。」

「グウッ...!!」

 

 ほとんど表情筋は動いていないが、長年カルナを見てきた俺には分かった。僅かに動いた口の端と透明感のある紅い目が柔らかな光をたたえており不意打ちの弟妹力に私がやられていた。俺も幾分かダメージを負ってしまったようでその場で崩れ落ちる。

 

「アサシン?どうしたんだ...?胸が痛むのか?まさか、敵の精神攻撃か?!」

「いや、味方からの精神攻撃...だ。くっ、妹力が高過ぎる。」

「何て?!てか何してんの?!」

 

 何ってちょっとしたサービスだが。

 この場のホムンクルスは何人いただろうかとざっと数えると20人程度だった。まあ他にもっといた時の為にこれくらいでいいか。

 顕現させた棍棒の端を少し削り取ってできた数十の木片をすぐそこにあった籠に放り込んで彼女の横に置いた。

 

「?」

「如意樹の加護と俺の悪運の籠もった御守りだ。仲間で分け合うといい。大切にしておけば病くらいは跳ね除けてくれるぞ。煩わしかったら適当に地面に埋めておけ。」

「...そんな、ほう...ぐを...。」

「気にするな。如意樹は生命の象徴の樹だ。末端のそのまた末端の枝から作られたこの棍棒もどうせ放っておけば勝手に再生する。それにお前達は俺の下の方の弟妹達とよく重なる。年上のお節介だと思って受け取れ。そうだ、名前も聞いておかねばな。」

 

 ふるふると横に首を振るホムンクルスの少女。何とも怠慢なことではあるが、名付けはまだされていないらしい。名前が貰えたら教えてもらうことを約束して寝かしつけると他のホムンクルスはもう寝たのか仕事を終えた雰囲気のライダーが胡乱げな目でこちらを見ていた。

 

「シャルかと思ったけどリナルドと同じタイプかあ。あ、飲み切っちゃった。」

「おい今なんて言った。その手にした空の瓶は何だ?」

「美味しかったからついつい進んじゃってさ、美味しかったよ。え、拳を握りしめて今度はどうしたの?」

「そうか遺言はそれだけか。」

 

 マスターに別れの挨拶は済んだか?と握った拳に更に力を込める。フラットが起きない程度に魔力も混ぜているのでサーヴァントでも当たったら相当痛い拳になるだろう。大丈夫だ。この程度では死なない。俺が師から何度もその身を以て食らった拳骨を真似しているから保証はできる。

 

「マスター!アサシンが怖いよ!止めてよ!」

「──俺はライダーが悪いと思う。」

「そんなぁ?!」

 

 

 

 ──あまりの騒がしさに堪忍袋の尾が切れたアーチャーから二人まとめて追いかけられるまであと数十分。




ある穏やかな昼下がりの部下からの苦言

「アイツは感情で動くけど、旦那も結構理性的に見えて結局感情で動くよな。優先順位は違うが、どっちも部下バカで弟妹バカのお調子者で姑息で...まあ旦那はアイツから分かれた物だし当然っちゃ当然か。ハァ?喜ぶな。褒め言葉じゃねえよ。調子に乗るな。反省しろ。」


弟妹力判定ガバガバ兄さん。


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