【老烏】 (らすてー)
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【老烏】

『老烏』

 

 

 

あれから、どれくらい経った---?

 

 

皺と傷の刻まれた右手の手のひら、所々にタコの出来た部節操な指。

 

何を思ったのか、しばらく見つめている。

 

暗い機体、コンソールが照らす明かりの中、ふと昔の事を思い出していた。

 

アリーナの声援、そこで凌ぎを削った悪友たち。自らが選び、歩んできた筈の道。

その行いの数々はきっと、正しいものではない。血と金に塗れた殺しの軌跡。

それを生業にして、今の自分がここに存在している。

 

気がつけば、もう数十年戦場に身を置いていた。

かつて共に戦い、お互いを称えあった者達ももう既に無い。

悲しみに身を震わせ、眠ったこともあった。恐ろしい敵を目の当たりにして、逃げたこともあった。

何もかもが未熟だった頃の自分。あの頃の記憶が走馬灯のように頭を駆け巡る。

それでもなお生きてこれたのは、一重に言って悪運が強かったのだろう。

 

 

よくもまぁこんな腕で生きてこれたものだ---。

 

 

開かれた手のひらを握りしめた後、コンソールの点滅するボタンに触れる。通信だ。

 

<大老(ターロン)、任務を前にすまない>

 

聞き慣れた男の声、声から察するに、どうやら良い報告ではなさそうだ。

 

<Ωが、戦死した>

 

「…そうか」

 

ごく短い報告に、ごく短い返事で応える。

 

Ωは同じバーテックス所属のレイヴンだった。殺人を何よりも好む、血に飢えた狂犬のような男。

危険な男だったが実力派であり、対アライアンス戦線では、アライアンスに組みする幾多のレイヴンを葬った実績があった。

実力が実力なだけに、バーテックスにとって手痛い損失である。

 

<Ωの戦死は我々にとって大きな損失だ、大老、ここは慎重に行動してはくれないだろうか?>

 

連合統治機構・アライアンスに対し、ジャック・O率いるバーテックスが全戦力を投入した総力戦を予告したのが明朝6:00。それから約22時間が経過していた。

 

それ以前から両勢力の小競り合いは幾度もあったものの、ジャックが襲撃予告を明確に宣言してから戦闘は激しさを増した。

結果、ここに至るまで両陣営に組みする多くのレイヴンが戦死している。

 

ライウンやンジャムジ、Ωといった実力派レイヴンがここ数時間でことごとく戦死するほどの戦いだ。

 

<最後の戦いには、大老の存在が不可欠だ。貴方に全軍の指揮を任せたい>

 

「老婆心というのは年配者からするものだ、ジャック」

 

フッ、と通信越しにジャックが笑う。

 

<これは失礼した、貴方には余計な心配だったな>

 

「いつも通り、それだけだ」

 

通信を切り、下へ下へと下る大型エレベーターの壁を見つめていた。

 

企業同士による「資源」を巡った騒乱の果て---。

旧世代の残した遺産を我がものにせんと、欲にまみれた人間たちが破滅への引き金を引いた。

 

遺産が人類にもたらしたのは、決して繁栄などではなかった。

 

空を埋め尽くし、無差別な破壊を繰り返す無数の無人兵器の飛来。

 

夥しい数の人間たちがその犠牲になった。

 

地上のありとあらゆるものを破壊し尽くした無人兵器の群れはある日を境に忽然と姿を消す。

 

人類が選択した答えの代償の傷跡は深く、大きかった。

 

生き残った人類は残された僅かな資源を元に、復興を始める。

 

企業も、人々も、全てが疲弊しきっていた。

 

それでも、残された僅かな希望を胸に新たな時代を作ろうと、生き残った人々は歩みを進めた。

 

それでも尚、人は争うことをやめない。どうしようもなく醜く、愚かで、救いようのない世界。

 

そういう世界に、俺達は生きている。

 

 

エレベーターが止まり、大きな扉が開かれる。

 

旧・ナイアー産業区---。

 

かつてクレスト・インダストリアルの本社で栄えた産業地区。

 

目の前に広がるのは敵味方の入り乱れた機体の残骸。破壊され、炎の上がるビルの数々が戦いの激しさを物語っている。

 

かつて栄えた面影はもはや、そこには無い。

 

レーダーに映っているのは味方識別信号のない赤い点のみ。

それ以外は誰一人、生きてはいないようだ。

 

不気味なまでの静寂が辺りを包んでいる。

 

 

「一足遅れか…」

 

ゆっくりと辺りを見回し、機体を歩ませる。

 

「まさかアライアンスごときにここまで追いつめられるとは」

 

コンソールを使い、レーダーに反応している赤い点へ通信を開く。

 

「このまま易々と帰す訳にはいかんな」

 

 

旧クレスト本社の見える坂の手前まで歩を進める。産業区の防衛機能はとうに破壊されたのか機能していないようだった。

 

『遅かったですね…』

 

若く、涼やかな声。

 

『バーテックスの下らない計画など絶対に実現させません…!貴方達の行動は世界に混乱を生むだけだ!』

 

アライアンスの掲げる理想を盲信し、忠実に戦い続ける若きレイヴン。

経験の浅さをセンスで補い、幾多のバーテックスのレイヴンを屠ってきた存在。

 

ここで出会ったのもまた、巡り合わせか。

 

『終わりにしましょう…』

 

生意気なヒヨッコが---。

 

「小僧…命を粗末にしたな」

 

にやりと笑い、獰猛な猛禽類の如く、眼前の獲物を睨みつける。

ほぼ同時に、2つの機影は踏み込んだ。

 

----------------

 

静寂が砕かれる。

 

張り詰めていた空気が弾ける感覚。爆発と破壊音があたり一面に鳴り響く。

 

津波のように押し寄せるミサイルが産業区のメインストリートを火の海に変えた。

燃え盛る炎を斬り払い、鋼鉄の巨人・ヘヴンズレイが突進してくる。

此方に放ったミサイルが効かぬと見るや、猛然と突撃してきた。

 

多少の被弾は物ともせず、一直線に向かってくる姿は正に猪突猛進の若武者。

 

視野の狭さは若さゆえか、装甲への自信の表れか。

トリプルロケットの一発が肩の装甲を吹き飛ばす。

 

だが、ヘヴンズレイは止まらない。

 

「まるで闘牛だな」

 

マイクロミサイルでコンクリートの地面を吹き飛ばす。

派手な爆炎と煙がエイミングホークの臙脂色の機体をカモフラージュさせる。

ビルの壁を蹴り上げ、上空へと飛び上がると同時に、ダガーブレードの刀身が虚しく空を切った。

 

狙うは頭上。

 

ガトリングマシンガンの砲身が回転を始め、撃ちだされる弾丸。

左腕のレーザーライフルと絡めた上空からの強襲。

獰猛な猛禽類が獲物を狩るようなその猛攻が、ヘヴンズレイの機体を抉り取る。

 

トリプルロケットによる上空からの空爆。

ロケットに追尾機能は無いが、長年の勘と経験での偏差射撃。

まともに喰らえばいくら装甲が厚かろうが無事では済まない。

 

衝撃に耐え切れず、後退するヘヴンズレイをマイクロミサイルがロックオン。

放たれたミサイルの白い軌跡を追うようにエイミングホークのブースターが弾ける。

 

迫り来るミサイルに対し、機体を左右に振ることで回避するヘヴンズレイ。

狭い戦場ながらそれをやってのけるジャウザーのセンスは中々のものだが、まだまだ甘い。

 

ミサイルの網を抜け出たヘヴンズレイをロケットが襲う。

吹き飛ばされる群青色の機体。

 

『ぐうぅッ……!!』

 

悲痛な声が伝わってくる。

 

「この程度か小僧、時間の無駄だったな」

 

『まだ…まだッ!!』

 

エネルギーマシンガンの光の帯が機体を掠めてゆく。

まるでホースで水を撒くかのような弾幕、だがそんな破れかぶれのサイティングでは軽逆関節の軽快な機動には着いては来れない。

ましてや自らの得意な間合いに堂々と踏み込んで来る相手なら、これ程戦いやすい相手は居ない。

 

一方的に見える戦闘だが、烏大老は何か違和感を感じていた。

 

杞憂に終わればいいが、こういうのは大抵ロクだった試しがない。

 

ヘヴンズレイが大きく踏み込む。

レーザーブレードの間合い、重厚な重量機にですら致命傷を与えるダガーブレード。

 

分厚く、短い刀身が展開される。

 

この距離ならそれが正解だ、だが、お手本通りの戦い方程読みやすいものはない。

反射的にフットペダルを踏み込んで後退。コンクリートを蹴り上げて上空へ退避。

 

再び空を切るレーザーブレードの閃光。

無防備な頭上へ向けられる2つの銃身。

 

ただのヒヨッコならここで蜂の巣にされて終わっていた。

 

空を切ったブレードの遠心力で鋭いスピンを見せるヘヴンズレイ。

コンクリートと機体の摩擦する耳障りな金切り音が辺りに響き渡る。

上空へ飛び上がったエイミングホークをギラリと狙う肩の銃身。

 

『させませんよ…!』

 

「ちッ…!」

 

強化スラッグガンによる散弾砲撃。

まるで花火のように広がる高熱弾を至近距離で諸に浴びせられる。

被弾した各装甲が高熱を受け、弾け飛んだ。

 

戦術コンピュータが機体に受けた熱量を計算、此方に危険を告げている。

即座に機体のエネルギーを回避に割り振り、残りをラジエーターの冷却機能に回すようにコマンドを叩き込む。

 

なかなか小癪な戦い方をする小僧だ。

 

ヘヴンズレイを見失わぬよう頭部のアイセンサーで捉えながらの後退。

間髪入れずにミサイルのロックオンアラートがコクピットに鳴り響く。

 

ヘヴンズレイのデュアルミサイルの発射に連動し、エクステンションのミサイルが襲い来る。

コアの自動迎撃機能だけでは防ぎきれない。

 

巧みに機体を左右に振り、ミサイルの熱誘導を狂わせる。

対象を見失ったミサイルが周りのビルに突き刺さり、爆発した。

 

降り注ぐ炎塵からのヘヴンズレイの追撃。

 

網を掻い潜ったエイミングホークへレーザーブレードによる斬撃。

寸前で回避するもコアの銃身を切り飛ばされる。

刹那、フットペダルとブレーキコマンドを利用した超急旋回。

突進してくるヘヴンズレイをいなすようにギリギリを回避。

 

「見えているぞ、ヒヨッコが」

 

ガトリングマシンガンでは遅い。

トリプルロケットとレーザーライフルを脚部に絞って一斉射撃。

ドリフトのようにターンしたヘヴンズレイの脚部へ突き刺さる高威力ロケット弾。

 

手応えあり。

 

<敵、脚部損傷>

 

コンピュータが告げてくる。

 

この流れは逃さん。このまま畳み掛けて一気に終わらせる。

マイクロミサイルでヘヴンズレイを捉えた瞬間、不意に両機の間を横切るように、装甲の張られた民間の輸送トラックの様な車両が現れる。

 

ナイアー産業区の避難施設に生き残りが居たのか。

 

何故このタイミングで出てきた---。

 

思考すると同時に放たれるミサイル、今更逃げ遅れた民間人の犠牲など考慮しては居られない。

 

オーバードブーストの爆音---。

 

今正に、死を覚悟したであろうトラックを守るように正面へ躍り出るヘヴンズレイ。

エネルギーマシンガンを乱射し、ミサイルを撃ち落とす。

その殆どは失敗し、マイクロミサイルを傷ついた機体に受ける。

 

<敵、コア損傷、右腕部、損傷、敵、脚部、破損>

 

馬鹿が、何をしているんだあの小僧は--。

 

煙が晴れ、ボロボロになった機体を此方へ晒す。

遠目から見ても致命傷だと分かる損傷具合だ。

 

『早く……逃げなさい…ッ!』

 

無謀な横断を試みたトラックに向けられたジャウザーの言葉。

 

<あ、ありがとうございます…!>

 

民間人からの通信、後ろで泣き叫んでいる大勢の子供の声も聞こえる。

一瞥の例を告げると、トラックは去って行く。

 

「……下らん真似をしていると長生きできんぞ」

 

『…私がまだ幼い頃、同じ様に、私を守ってくれたACが居ました。』

 

どの道長くは持たない、遺言として聞いておく。

 

『自らの依頼とは関係ない、誤って戦闘に巻き込まれてしまった私を、そのACは身を挺して守ってくれました…クレストに雇われたレイヴンだったそうです』

 

………。

 

『レイヴンズアーク無き今、彼はもう、生きてはいないのかもしれません』

 

 

--慣れないことは、するものではないな

 

 

『もし生きていたとしても、貴方達の様な秩序なき輩に彼が組みするはずがない!』

 

 

--早く行け、二度は言わんぞ

 

 

『アライアンスが導き、ようやく人々は平和に向かって歩みを始めました…人々の平和と希望を…何故貴方達は壊すのですか!』

 

薄っすらと思い出した。

 

随分と昔に受けた任務で、民間人の子供へ向けられた無差別攻撃を、一度だけ機体を張って防いだことがあった。確かクレストの任務だったか。

 

その時咄嗟に守ったのが。

 

『力なき人々の希望を、壊させはしません!』

 

そうか、あの時の小僧が。

 

『此処で殺されるのは…』

 

お前か--。

 

『貴方だッッッ!!』

 

緑青に輝くヘヴンズレイのモノアイがエイミングホークを睨みつけた。

 

迷いなき若きレイヴンの咆哮を掻き消すかのように、それは突然現れる。

外部に通じる巨大エレベーターの扉を吹き飛ばし、現れたのはまるで二つ鎌を持った死神。

橙色と鈍色の身体にクリスタルのようなパーツが淀めいている。

 

此処数時間中に現れ、アライアンス、バーテックスを問わず、動くもの全てに無差別攻撃を加えているという正体不明の機動兵器。

 

『あれは…!?』

 

あれがジャックの言っていた【パルヴァライザー(粉砕者)】か、初めて見るな。

 

先ほど感じた嫌な予感は、どうやらコイツのせいだったようだ--。

 

--------

 

 

X字の高出力ブレード光波が2人のレイヴンを襲う。

回避行動を取った2機の間をすり抜け、道に着弾。

着弾したコンクリートが高熱を受け、ドロドロに溶解してしまっている。

 

凄まじいまでの熱量だ--。

 

「速いな…」

 

数時間前に確認されたタンク型や四脚型とは違う二脚タイプの個体。

脚部は違えど、既存のACのそれを遥かに超えるエネルギー量で動いているのが分かる。

パルスレーザーを織り交ぜながらあの高機動は並のジェネレーターの成せる技ではない。

 

「ぬぅッ…!」

 

突進してきたパルヴァライザーのブレードを間一髪、機体を斜めにずらして避けきる。

機体越しに高エネルギーの発する熱量を感じ取る。こんなものを喰らえばひとたまりもない。

 

壁を蹴り上げ、頭上からガトリングマシンガンとレーザーライフルを浴びせる。

同時に離れた所から、ヘヴンズレイのミサイルによるロックオンアラートが耳を劈いた。

デュアルミサイルが上空のエイミングホークを捉える。

挟み込むように迫るミサイルをオーバードブーストで急降下回避。

 

強烈なGを感じながらメインストリートを滑るように疾走する。

標的をヘヴンズレイへと変えたパルヴァライザーの背後を捉え、右手のガトリングマシンガンを撃ち込んだ。

 

弾かれる弾丸。

細身のくせに随分と強靭な装甲だ。

 

すれ違うパルヴァライザーがヘヴンズレイのエクステンションを斬り飛ばす。

仰け反るヘヴンズレイへ向けて容赦無くロケット砲を叩き込む。

ジャウザーは咄嗟に機体を捻ってこれを回避、ロケット弾は旧クレスト本社ビルに着弾、爆発した。

 

あれを避けるか、確かに非凡だな。

 

三つ巴の激戦、旧ナイアー産業区は炎の舞う地獄と化した。

 

片やこの戦いで成長を続けるヒヨッコ、片や異常な戦闘力を見せる正体不明機。

 

烏大老の身体にふつふつと湧いてくるものがあった。

 

<--大老、退いてくれ>

 

燃え上がり始めた炎に、冷や水を浴びせるような通信。

 

 

<アレとこれ以上戦ってはならない--頼む、此処で貴方を失うわけにはいかない>

 

戦わずに退く、この理由をジャックの口から今の今まで聞いてはいなかった。察するに、撃破してはならない理由があるのだ。

 

<理由は必ず後で話すと約束し-->

 

「【インターネサイン】--だろう?」

 

<…!!知っていたのか、大老>

 

長く生きていると、どうしても知らなくていいことまで知ってしまう。

 

 

<尚更退いてくれ、大老。パルヴァライザーをこれ以上進化させてはならない!>

 

先程から産業区の避難所らしき所からチラチラと人影が見える。

恐らくはまだ生き残りがいるのだろう。ジャウザーもこれに気がついているのか避難所のシェルター付近で戦おうとはしていない。

 

そして幾ら軽量機とはいえ、パルヴァライザーのあの機動力から逃げるのは困難を極める。

 

それに--。

 

「此処まで来ると、後には退けなくてな」

 

<大老--!>

 

冷や水をかけられようと、一度火が着いた闘志はそう簡単に消えることはない。

 

強敵か、久しく無かった感覚だ。

 

「すぐに戻る」

 

ジャックからの通信を無理やり切ると、エイミングホークのアイセンサーがパルヴァライザーを睨みつける。

 

遠くでヘヴンズレイがパルヴァライザーの猛攻を受けていた。

左肩の装甲をバッサリ斬り落とされ、デュアルミサイルがハードポイントごと吹き飛ばされてしまっている。

破損した脚部で中々の動きを見せて入るが、このままでは何れ撃破されるのは目に見えていた。

 

マイクロミサイルがパルヴァライザーに肉薄する。

ヘヴンズレイに気を取られ、後方から諸にミサイルを受ける。

流石に耐え切れないのか吹き飛ばされる橙色の機体。

 

「小僧、手を貸せ、コイツが邪魔だ」

 

チラリと避難所の方を見ながら言う。

ジャウザーもそれを察したのかエイミングホークへの攻撃を止める。

 

『奇遇ですね、考えが同じとは』

 

生意気を言うだけまだ余裕があるということだ。

 

ヘヴンズレイから味方識別信号が送られてくる。

エイミングホークが信号を受け取り、コードを転送。レーダーの敵勢反応が敵を表すレッドから友軍を表すグリーンへと切り替わる。

 

立ち上がったパルヴァライザーが光の無い目でエイミングホークを睨んだ。

 

全弾命中でまだ動けるのか、相当タフだな。

 

ブレード光波。

咄嗟に回避、後方にそびえ立つビルの柱に高エネルギー派が着弾する。

衝撃によってグラつくビルが威力の高さを物語っている。

 

昆虫の様な繊細な外見とは裏腹に、強靭な強度、強力なエネルギー武装、そして圧倒的なスピード。

これが単なる機械ではなく、進化し続ける生物の様な兵器だとしたら、ジャックがあれだけ焦るのも頷ける。

 

ガトリングマシンガンとレーザーライフルの狙いを一点に絞り、腕部の接合部をピンポイント射撃。

 

仮に、インターネサインが古代の人間の手によって造られたものなら、産み出されたアレが人間の手によって造られたものなら--。

 

パルヴァライザーの被弾した間接部位がバチバチと火花を上げている。

 

「破壊できん筈がない」

 

確かな手応え。

堅牢に見える物にも、必ず弱点はある。無駄なことはせず、元を断つ。

 

掻い潜ってきた修羅場の数と、経験に基づく行動の結果、それが今この日、烏大老をこの戦場に立たせている。

 

「構造がACと同じなのが幸いしたな、勝機はある」

 

ガトリングマシンガンが再装填するのと、パルヴァライザーが飛び上がったのはほぼ同時だった。

 

撃ち降ろされる二連装パルスレーザーの雨。

再装填に掛かった一瞬の隙が被弾を許し、ガトリングマシンガンの砲身が高熱で焼き付く。

 

撃つことが叶わなくなったガトリングマシンガンを投げ捨て、そのまま後進。

フットペダルとサイドレバーを全開まで引き踏みし、全力でブースターを唸らせる。

 

「……そう簡単には逃がしてはくれんか!」

 

スピードは向こうに利がある。それに加え、高位力レーザーの雨霰ときた。

 

回避が間に合わない。

 

<コア、損傷>

 

戦術コンピュータの抑揚のない声が響き渡る。

被弾した部位が表示され、異常な熱量値を示していた。

 

<AP50%、機体ダメージが増大しています>

 

「くッ……!!」

 

畳み掛ける様にもう一撃。これ以上の連続被弾は不味い。マニピュレータが高熱で焼き付いて動けなくなる。

 

反撃に転ずる暇すら無かった。追い詰められる。

 

一瞬。

 

ほんの一瞬だが、二連装レーザー砲の砲身が僅かに動きを止めた。

この隙を突いてパルヴァライザーの左側面を抜け出す。

 

道の正面に広がる無数にバラ撒かれた浮遊物、これがパルヴァライザーの狙いを狂わせた。

 

「ECMか…!」

 

『長くは持ちません…!』

 

抜けだしたエイミングホークの脇をすれ違うようにヘヴンズレイが突撃してゆく。

 

エネルギーマシンガンをパルヴァライザーの左腕部目掛けバースト射撃。

 

飛び散る火花が大きくなる。

 

『うおおおおおッッッ!!!』

 

咆哮。エネルギーを高出力に引き上げ、収縮させたダガーブレードの橙色の刀身がパルヴァライザーを左腕部を斬りつけ、斬り飛ばす。

 

死神の大鎌の一振りが宙に舞い、地に落ちる。

 

だが、深入りしすぎだ。

 

「離れろ小僧!」

 

接敵しすぎて身動きの取れないヘヴンズレイにもう片方の大鎌が振り下ろされ、右腕部を叩き斬られる。

それでも踏みとどまるヘヴンズレイ。パルヴァライザーに向けられるのは切り札のスラッグガン。

 

瞬時に放たれたパルスレーザーの一斉射撃が、ヘヴンズレイの切り札を消し飛ばす。

 

『……ッッ!!』

 

不味い--。

 

即座にターンし、ロケットを撃ちまくる。ヘヴンズレイに斬りかかろうとしたパルヴァライザーは多数のロケットの熱源に瞬時に反応し、これをすべて避ける。

 

一振りとなった光波が疾走するエイミングホークを襲う。

槍のように突き出されるパルヴァライザーのブレードを機体を捻って避けきった。

地面に火花を散らしながらドリフトターン。マイクロミサイルを撃ち放ち後進。

 

ビルに叩きつけられ、もたれ掛かっているヘヴンズレイ。大破寸前だ。

 

「借りるぞ、小僧」

 

腕部ごと斬り捨てられていたエネルギーマシンガンを拾い上げる。

 

残弾が少ない、が、無いよりマシだ。

 

ミサイルを突き抜け、パルスレーザーが襲い来る。唸るブースター。

最小限の動きで避けきる、迫るパルヴァライザーに両腕を振り上げ応戦。

エネルギー武装の光の撃ち合い、威力でも手数でもあちらのほうが上、削り取られるエイミングホークの装甲。

 

確実なダメージを与えるには接敵するしかない。

天雷のように撃ち降ろされるレーザー、狂ったように舞う大鎌。

 

 

経験の全てを、今此処に注ぐ。

 

 

猛禽類のごとく鋭く光る烏大老の目が、粉砕者の動きを捉える。

フットペダルを全開まで踏切り、高出力ブースターが唸り声をあげる。

 

流れるような回避から、突き刺さるような突進。マイクロミサイルのミサイルポッドが一斉に開き、ロックオン。

 

至近距離で爆発するマイクロミサイル。その全てがパルヴァライザーの懐に突き刺さり、その繊細な橙色の機体を吹き飛ばした。

 

「ぐあぁッ…!!」

 

吹き飛ばされるエイミングホーク。衝撃を後ろに上手く逃がしながらトリプルロケットで追い打ち、命中したロケットがパルヴァライザーの機体を炎に包んだ。

 

何とか踏みとどまる。が、荒業の代償は大きい。

 

<AP10%、危険です>

 

マイクロミサイルのポッドが吹き飛び、AC前面の装甲がことごとく吹き飛んでしまった。

頭部のアイセンサーも右側のアンテナがへし折れている。その代わりパルヴァライザーは---。

 

立ち上がる機影。黒焦げになった大鎌と不気味に光るクリスタルが見えた。

 

「………あれだけ喰らってまだ動くのか、化物が」

 

<AP10%、危険です、退避して下さい>

 

抑揚のない声が何度も何度もコクピットに響き渡る。退避など、一体どこへ逃げろというのか。

 

 

少ない武装、大破寸前の自機。

 

動けぬヘヴンズレイ、燃え盛り、今にも崩れそうなビル。

 

渾身の一撃を喰らい、尚、立ち上がる粉砕者。

 

 

死地か--。

 

 

それでも。

 

 

 

「退けるか、ド阿呆が」

 

 

 

全力でブースターを吹かせる。同時に踏み込んでくるパルヴァライザー。

 

横一文字のブレード光波。左肩を掠り、装甲が剥がれ落ちる。

反撃はせず、すれ違う様に鎌のない方をすり抜ける。反転し、追撃してくるパルヴァライザー。

 

燃える正面のビルの柱めがけて、トリプルロケットを乱れ撃ち。次々に柱へ突き刺さり、瞬く間に崩れ落ちそうになりかける。

後方からパルスレーザーの砲撃、もはや勘を頼りに全弾を回避。

更に追い打ちのブレード光波。もう軽快とはいえぬ跳躍力で辛くも避けきる。

 

高エネルギー武器の衝撃力で倒壊を始める巨大ビル。

 

サイドレバーを引き絞り急旋回のドリフトターン。パルヴァライザーを正面に捉え、ギリギリまで引き付ける。

 

突き出されるブレード。オーバードブースターが弾け、横方向へ機体を突き動かす。

 

夥しいまでの質量が鉄槌のごとく降り注ぐ。

 

倒壊した巨大なビルにそのまま飲み込まれ、噴煙と炎に巻かれながらパルヴァライザーは押しつぶされていった。

 

 

レーダーから敵勢反応が消える---。

 

 

 

何とか---やれたようだ。

 

 

 

ラジエーターの冷却機能をフル稼働し、機体を休ませる。

 

機体の損傷状態をコンソールでチェックし始めると同時に、通信が入った。

 

『……奴は、破壊したのですか…?』

 

ノイズ混じりの通信、生きていたようだ。

 

 

「そのビルの下だ」

 

『そうですか……あれを…』

 

束の間の休息を破る様に、レーダーに敵勢反応、20余りが映しだされる。

 

『同じ戦術部隊の反応…』

 

 

 

 

来たか。

 

 

 

 

<<バーテックスのAC、エイミングホーク及び戦術部隊機、ヘヴンズレイを確認!!2機とも消耗している筈だ!撃破せよ!!>>

 

『…!?何故です!?私は…!』

 

「これがアライアンスの掲げる『平和』と『秩序』だ、小僧。奴らにとって、俺たちレイヴンはもう必要ない存在らしい」

 

エイミングホークを再び戦闘モードへと切り替え。

 

立ち上がり、右腕に装備していたエネルギーマシンガンをビルの反対側のヘヴンズレイへ投げ捨てる。

 

「お前はまだ若い、慣れないことは、俺一人で十分だ」

 

『……』

 

「さっさと行け、二度は言わんぞ」

 

敵が見えてきた。アライアンス戦術部隊のコアードMTが20機程確認できる。

 

『貴方は……』

 

感づいたのか、声を震わせるジャウザー。

 

「小僧………しっかり生きろ」

 

ブースターを吹かせる。

 

<<来たぞ!!バーテックスのACだ!!>>

 

<敵は大破寸前だ!包囲して殲滅しろ!!逃がすな!>

 

 

 

 

 

ヒヨッコ共が---。

 

 

 

 

 

正面に立ったMTをレーザーライフルで撃ち抜き、蹴り飛ばす。

 

 

 

 

何十機でも掛かってくればいい、一機残らず潰してやる。

 

 

 

老烏の魂が、今、再び燃え上がった。

 

 

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報告記録---。

 

旧・ナイアー産業区にて、アライアンス及びバーテックスによる戦闘。

 

アライアンス攻略部隊(構成・MT及びコアードMT 16機)全滅。

バーテックス産業区防衛部隊(構成・コアードMT及び狙撃型MT 11機)全滅。

 

AC・エイミングホーク(搭乗者・烏大老、戦死)

AC・ヘヴンズレイ (搭乗者・ジャウザー ベルザ高原にて大破したACを確認 ※死亡?)

 

アライアンス戦術部隊機(構成・コアードMT 20機)全滅。

 

ナイアー産業区の避難施設にて生存者を多数確認、救出部隊を派遣されたし。

 

正体不明機の残骸を一部確認、研究班へ調査を依頼されたし。

 

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彼には、愛する妻も、子もなかった。

 

生涯の全てをレイヴンとして生き、高齢でありながら、最後まで戦場に在った。

 

かつて共に戦った者達も既に亡く、残されたものも何も無い。

 

誰も寄らない筈の彼の墓に、年に一度だけ、花が添えられている。

 

青く、綺麗なブルーワンダーの花束が。

 

 

---END



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