女神転生 クロス (ダークボーイ)
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PART1 CONNECT

 いつ溜まったかも分からない程のよどんだ水溜りの水面を、靴底が踏み抜く。

 

「ちっ!」

 

 ヒザまで跳ねてきた汚水に舌打ち一つしながら、踏み抜いた人物は構わず走り出した。

 いつから住人が消えたかも分からないような廃ビルの地下棟をひた走るその人物は、チラリと後ろを確認する。

 その背後から、異様な音がその人物を追いかけていた。

 

「マテ…………」

 

 乾いた木をこすり合わせたり、ぶつけたりするような音に続いて、これも軋み音と聞き間違えそうな声が響く。

 それを確認すると、また走り出す。

 しかし、徐々にだが逃げる者の足音と、追う者の異様な音が近くなっていった。

 

「はあっ、はあっ」

 

 段々息が荒くなってきた時、不意に逃げる者の足音が止まる。

 そこには、行く手を阻むためだけに存在するかのような、薄汚れた壁があった。

 

「オイツイタ………」

 

 立ち止まった人物の背後で、追う者の音も止まる。

 そこで、ちょうど瓦解した天井の穴から上階の窓から差し込む満月の光が両者を照らした。

 もしその光景を見た第三者がいたら、間違いなく自分の目と正気を疑うであろう場面がそこにはあった。

 追われていたのは、まだ二十歳を過ぎたばかりのような青年だった。

 緑地のジャケットに白地のスラックスといった格好に身を包み、子供が持つ無邪気さの名残を持つ青年は、額に上げておいたサングラスを無言で下げて追っていた者と対峙した。

 その視線の先にいたのは、人ではなかった。

 そこには、恐ろしい程巨大なしゃれこうべがあった。

 上半身だけしかないにも関わらず、天井に頭がつかえそうになる程巨大なそのしゃれこうべは、何の支えもなくそこに存在していた。

 その骨だけの顎が、微かに動く。

 それに応じて、軋んだ笑い声がその場に響いた。

 

「ザンネンダッタナ………ソレデハ食ワセテモラウゾ………」

 

 しゃれこうべが笑い声を上げる、という自然の摂理を無視した現象を起こしながら、あちこちの歯が抜け落ちている顎が大きく開いた。

 普通の人間ならば卒倒してもおかしくない状況に、青年はなぜか笑みをこぼした。

 

「そいつはどうかな!?」

 

 青年は素早くジャケットの懐に手を入れると、そこから何かを取り出した。

 途端、轟音が周囲に響き渡る。

 

「ホウ………」

 

 しゃれこうべがどこか驚いたような声を上げた、

 青年の手には、一丁の拳銃が握られていた。

 H&K(ヘッケラー&コック)MK23ソーコムピストル、合衆国特殊部隊統合軍の正式採用にもなっている高性能拳銃から放たれた銃弾が、しゃれこうべの額や肩に突き刺さる。

 

「テッポウナゾ効クト思ッ…」

 

 嘲笑しようとしたしゃれこうべが、不意に言葉を詰まらせる。

 

「コ、コレハ!?」

 

 銃弾の命中した所を中心に、しゃれこうべの動きが目に見えて滞り始める。

 

「葛葉御用達神経弾、結構効くだろ?」

「クズノハ、ダト!?」

 

 青年の口から出た言葉に、しゃれこうべが驚愕する。

 それを悠然と見ながら青年はソーコムピストルを懐に戻すと、今度はそこから奇妙な物を取り出した。

 それは、一見すると銃によく似ていたが、弾丸を発射するマズル(銃口)がなく、スライドに当たる部分は薄く縦に伸びている。

 更には、グリップ下部から伸びたコードが青年の腰に付けられたポーチの中へと消えた。

 

「貴様、マサカ!?」

「そのまさか」

 

 いたずらめいた笑みを浮かべながら、青年がそれのトリガーを引いた。

 すると、その手にした物体の前部がスライドしつつ、左右へと開いていく。やがて完全に左右に分かれた部分がそのまま前へと旋回し、また戻った。

 そしてそれは、ルーン文字の書かれたキーボードと小型ディスプレイを持った奇怪な形のPCと化した。

 

「オレは、サマナーだ」

 

 青年の指が素早くキーボードをタイプし、ENTERキーを押した。

 途端にPCの小型ディスプレイに魔方陣が浮かび上がり、そこから光が画面外へと吹き出した。

 吹き出した光は粒子となり、そしてその粒子の塊が形を取りながら青年の傍らへと降り立つ。

 段々光が薄れていき、そこにはトカゲの尾を持つ獣が現れた。

 

「ゴ命令ヲ、召喚士殿」

 

 口から呼気に混じって炎を吐き出す獣の口から、明らかに人間の言葉が漏れる。

 

「焼き尽くせ、ケルベロス!」

「ハッ!」

 

 その獣、地獄の門の番犬を勤めるという魔獣 ケルベロスに青年が攻撃を指示する。

 

「ヒィ…」

 

 ケルベロスの口から放たれた業火が、悲鳴ごとしゃれこうべー野垂れ死にした人々の怨念が集まって生まれるとされる邪鬼 ガシャドクロを飲み込んだ。

 数秒間その場を荒れ狂った業火が消えると、そこには一つの炭化しかかった普通の人間サイズの頭蓋骨が落ちていた。

 

「こいつが核になってた奴か………」

 

 青年がその頭蓋骨に手を触れると、限界に来ていたのか頭蓋骨はあっさりと砕けて、そのままチリとなってその場に崩れ落ちた。

 

「……ま、とにかくこれで依頼終了っと。帰るぞ」

「ハイ」

 

 ケルベロスを伴った青年は、おもむろにその場を立ち去り、後はただ静寂だけがその場を包んでいた……………

 

 

 

 

 

 

 

 

PART1 CONNECT

 

 

件名 近況報告№………幾つだったっけ?

FROM クラウド

TO ヒトミ

 

>よ、お久しぶり。元気してるか?

こっちは相変わらずだ。

毎日悪魔相手に斬ったり噛まれたり話し掛けたり魔法食らったり撃ち返したりしてる。

お陰でたまに親から危ない事してるんじゃないかなんて言われてちょっとドッキリ?

怪我は回復させてるのに、なんで気付かれるんだろうかな~?(いや、この間家に帰った時に未使用弾丸落としたのトモコに見られたのまずかったかも………)

オマケにレイホウさんは相変わらずキツイ仕事ばっか回してくるし。

ま、しがない下っ端サマナーの悲しい所なんだろけどね…………

そう言えば、この間送ってもらった本なんだけど、一応ヒトミの名前はかろうじて分かったけど、あとは全然………

オレが英語赤点だったって覚えてないのか?

もし英語分かったとしても、オレの脳味噌じゃ考古学だの民俗学だのの学術書なんて全然分かんないだろうけど(笑)

とにかく、勉強頑張ってくれ。(オレの分まで?)

じゃ、元気で。

 

PS 最近ユーイチに年上の彼女が出来たって話、本当だと思うか?

 

 

「これでよし、と」

 

 出来上がったメールをスプキーズ用暗号ツールで暗号化、そして送信。

 最早クセとしかいいようのない手順でメールを打ち終えた青年、HNクラウドこと小岩 八雲は大きく伸びをした。

 彼がいる居住用に改造されたトレーラーコンテナの中には、山のようなジャンクパーツや銃火器や刀剣、防具などが納められた棚が所狭しと並び、その中に埋もれるようにして自作PCを操作していた八雲は、足元にある何日前に飲んだか忘れたコーラの空き缶を蹴飛ばしながらコンテナ奥になんとか確保されたテーブルに脚を運んだ。

 

「小岩召喚士殿、ご飯できましたよ」

「お、サンキュー」

 

 四年前のアルゴン・スキャンダルの頃から彼に従っている仲魔、英雄 ジャンヌ・ダルク(正確にはその魂をドリー・カドモンという人形に封じ込めて作り上げた人造悪魔)が、なぜか甲冑の上からエプロンをつけているという奇妙な格好で作った昼食の載ったトレイを、テーブルの上に置いたのを見ると、八雲は大分使いこまれた感のあるソファーに腰掛けてハシを手に取る。

 

「じゃ、いただきま…」

 

 皿の上に有ったから揚げにハシを伸ばそうとした所で、横から伸びてき舌がから揚げの半数を一回でさらっていった。

 

「ウン、ウマイ」

「………おい」

 

 先程までテーブルの脇で昼寝をしていたはずのケルベロスが、口の中のから揚げを上手そうに咀嚼するのを八雲はジト目で睨みつけた。

 

「それはオレのメシだ!」

「コノ間ノ分ノボーナス、モラッテナイ」

「ニワトリ一羽まるでやっただろ、それじゃ不足か?」

「アレハ危険手当、コレボーナス」

「どこでそんな言葉覚えた………」

 

 言い争う気すら失せたのか、八雲は肩を落として食事に戻ろうとした所で、ジャンヌ・ダルクが声をかけてきた。

 

「あの、召喚士殿、まだ残ってますから」

「うう、素直に言う事聞いてくれるのお前だけだよ………」

 

 嬉し涙を流しながら、八雲がまた食われまいと猛烈な勢いで食事をかきこんでいた時、ふと懐の携帯が鳴り始めた。

 

「ふぁい、こひらやふも」

『あら、食事中だった?』

「あ、ふぇいふぉうふぁん」

『……飲んでからにして』

 

 電話口から聞こえる女性の声に従い、八雲は口腔内に詰まった食物をよ~く咀嚼してから一息に飲み込んだ。

 

「で、レイホウさん何か御用で?」

『ちょっと任せたい仕事が出来たの。来てもらえるかしら?』

「またですか!? 一昨日やっと帰ってきたばっかですよ!?」

『イヤならいいのよ、誰か別の人に』

「はい、すぐ向かいます」

『急いでね、マダムを待たせたらダメよ』

 

 コロコロ態度を変える相手に苦笑しながら、電話は切れた。

 

「また仕事ですか?」

「そ、売れっ子は忙しくて困るね」

 

 ため息をつきながら食事に戻ろうとした八雲は、僅かな間に残っていたから揚げが全部消えているのと、ケルベロスが満ち足りた表情で再度横になろうとしているのに気付いた。

 

「貴様―!!!」

 

 

 

 古来より、人は力を求めてきた。

 ある者は己の体を鍛え上げ、ある者は英知を追求した。

 弱者であるがゆえに強者となりえる可能性を秘めた人は、長い歴史の中で少しずつ自らの領土を広げていった。

 だが、人はけして最強ではなかった。

 人が自らの力を持って領土を広げても、決して踏み込めぬ領域が存在したからだ。

 その人が踏み込めぬ闇の領域には、闇の住人達がいた。

 人を遥かに上回る強靭さと、人とは違う体系の英知、そして人が過去の遺物として捨て去った魔力を自在に操るその闇の住人達を、人は《悪魔》と名付け、恐れた。

 人の世が進み、悪魔達の存在すら忘却のかなたに沈めようとしても、それは不可能だった。

 時に人に牙を向き、暴虐の限りを尽くす悪魔達に、人はいつも恐怖した。

 

 しかし、人は諦めなかった。

 

 人はその一番の武器である英知を持って悪魔に抗する術を研鑚した。

 時には世界の仕組みを解し、時には悪魔と契約してその英知を盗んだ。

 長い長い研鑚の末、人の中に悪魔に抗する術を持った者達が生まれた。

《魔術》という古代の英知から生み出された召喚術を用い、悪魔その者を味方として悪魔と闘う者達、その名を《デビルサマナー》と言う…………

 

 

 一台の大型トレーラーが、商店街の一角に止まった。

 コンテナ部分に《Spookies》と書かれたロゴと、幽霊をコミカライズしたペインティングが施されたトレーラーから降りた八雲は、車のキーを指先で回しながら、《バー クレティシャス》と書かれた看板の出ている扉を無造作に開けて店内へと入る。

 

「ども~、小岩探偵事務所の者ですが、ご依頼の件でお伺いしました~」

「あら、来たわね」

 

 カウンターでグラスを磨いていたバーテンダー姿をした栗色の髪をショートカットにした女性がにこやかに微笑んだ。

 

「レイホウさん、最近なんか妙に仕事多くありません?」

「仕方ないわよ、人手不足が深刻でね。それよりマダムがお待ちよ」

「はいはい………」

 

 口の中で何か呟きながら八雲はおとなしく奥へと通じる扉に向かう。

 扉を開けると、中には香が立ち込めた薄暗い部屋が広がっていた。

 

「おや、いらっしゃい………」

「お呼びでしょうか、マダム」

 

 部屋の中央に置かれたロングソファーに腰掛けてキセルを吸っていたチャイナドレス姿の妖艶な雰囲気を全身にまとった女性、日本有数のサマナー組織《葛葉》の統括役であるマダム銀子が八雲を向かいに座るよう促した。

 

「早速だけど、いいかしら」

「オレに出来る範囲の事なら」

(また服装変えたのか………)

 

 なんでか定期的に服装も雰囲気もガラリと変わるナゾの上司に微妙な疑問を持ちつつ、八雲はマダム銀子の説明に耳を傾けた。

 

「三日前の事よ。出雲大社の係累に当たる神社が何物かに襲撃され、神主は死亡、奉られていた神剣が強奪されたわ」

「そこまでなら警察の管轄じゃ?」

「神主が巨大な獣のような物に引き裂かれて死んでなければね」

「!」

 

 それの意味する事に気付いた八雲の全身が少し硬直する。

 

「あなたに依頼するのは二つ、一つは犯人の発見及び処理、もう一つは神剣の奪回よ。最悪、犯人の処理を優先させて。こんな芸当が出来るのは間違いなくサマナーに違いないから」

「分かりました」

「あ、あともう一つ」

「?」

 

 席を立とうとした八雲を引き止め、マダム銀子が手を叩く。

 

「はい」

 

 すると、カウンターへと通じる扉から、小さな声と共に一人の少女が入ってきた。

 

「この子を今日から一緒に仕事に連れてって欲しいの」

「え?」

 

 唐突なマダム銀子の言葉に、八雲が目を丸くして少女を見た。

 見ようによっては中学生にも見えるような小柄な体を黒地のジャケットに包み、それとは対照的なキレイな銀髪が背中の半ばまで伸びている。

 まるで小動物みたいなどこか怯えた感じのする薄い鳶色の瞳を持った限りなく白に近い顔をこちらに向けた少女が、じっと八雲を見ていた。

 

「ほら、自己紹介なさい」

「あ、あの、カチーヤ・音葉(おとは)です」

 

 おずおずと頭を下げた少女をポカンと見つめていた八雲が、ゆっくりとマダム銀子に向き直った。

 

「………あの」

「レイホウの弟子よ。見た目はそんなだけど、術者としては結構な腕を持ってるわよ」

「そうじゃなくて」

「あと、見た目がそんななのは父親にロシア系の血が入ってたらしくてね。戸籍の上ではれっきとした日本人だから、変に意識しないように」

「はあ………」

 

 何を言っても最早無駄らしい事に気付いた八雲が、諦めて右手をカチーヤに差し出した。

 

「小岩 八雲。よろしく」

「よ、よろしくお願いします………」

 

 何かに怯えるようにゆっくりと手を出したカチーヤが、そっと八雲の手を握って握手する。

 

「今回がその子の初仕事だからね。くれぐれも無茶させないように」

「………させる奴がいたら見てみたいですけど………」

 

 目を離すとどこかに消えそうなはかない印象を持つ少女の手を引きながら、八雲はその場を後にした。

 

 

 

同時刻 出雲 戸塚神社

 

「それもう、酷い有様でした」

「確かにそのようですね」

 

 崩壊どころか、半ば粉砕されている観音開きの扉を潜り、スーツ姿でカラーサングラスを掛けた若い刑事が社の中を見た。

 

「なにか気付いた事は?」

 

 几帳面なのか、一点の隙もなく整えられたスタイルを、その鋭い視線で完全に刑事の雰囲気にしている刑事が、扉に劣らぬ状態に壊されている社を観察しながら第一発見者の中年男性に問い掛けた。

 

「気付くも何も、こんな状況じゃただ腰抜かすしか出来ませんでしたわ。真夜中に破壊音みたいなのが聞こえて何事かと来て見たら、ちょうど刑事さんが立ってる辺りに神主さんが血まみれで倒れてまして………もう見れた姿じゃありませんでした」

 

 その時の事を思い出したのか、顔を青くしながら口に手を当てている男性の言う事をメモしながら、刑事は聴取を続ける。

 

「それで、犯人らしい人影は誰も見ていない、と」

「ええ、それもう大きな音でしたから、近所の人間は全員飛び起きて見に来ましたけんど、誰も妙な人は見なかった言ってます。まあ、あれが人の仕業とはとても思えませんけんど………」

「悪魔の仕業、か………」

「え?」

「いや、何でもありません」

 

 刑事の口から漏れた言葉に首を傾げる男性をそのままに、刑事はしばし黙考する。

 

「あ、そう言えば神主さんの姪御さんが誘拐されたって話、本当ですか?」

「え、ええ。僕はその誘拐事件の担当でしてね。関連が無いかと思って調べに来たんです」

「なんとまあ………神主さん殺すだけでなく、誘拐までやるなんて、どこの誰がそんなひどい事を…………」

「それを調べるのが警察の役目です。どんな些細な事や妙な事でもいいから、何か思い出したらここに連絡を下さい」

「あ、はい」

 

 手渡されたメモを男性は見た。そこには携帯電話の番号と、刑事の名前が記されていた。

 

 周防 克哉 TEL ×××―××××―××××

 

「それではよろしくお願いします」

「犯人、絶対に捕まえてくださいね」

「……検挙できれば、ですが………」

「は?」

 

 男性の疑問を背に、周防 克哉警部補はその場を後にした。

 

 

 

 一つの事件が全く違う立場の2人の『力ある者』を巡り合わせる事となる。

 その偶然がどのような事態を呼ぶのか、未だ誰にも想像しえなかった………

 

 



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PART2 SEARCH

 

「説明をもらいたい!」

 

 机を叩きつける音と、怒声とも取れる大声が室内に響き渡る。

 ドアの前を通りがかった若い警官が、突然の事に思わず体を硬直させて署長室のプレートが掛かったドアに聞き耳を立てる。

 

「事件が発生して一週間も経過してないのに、捜査打ち切りとはどういう事です!」

「落ち着きたまえ、周防警部補」

 

 凄まじい剣幕で迫る克哉に、警察官の制服の中に筋肉をむりやり押し込んだような感じのする超筋肉質の署長はイスに座ったまま相対した。

 

「説明をもらいたいのはこちらの方なのだ。突然県警の方から捜査打ち切りの指示が届いたのが今朝方だ。こちらからも幾度となく真偽を確かめたが、ナシのつぶてだ。こちらとしてはおとなしく指示に従うしかない」

「どうしてです! 人が一人死んで、一人誘拐されているんですよ! 警察が捜査しなくてどうするのです!」

「……一度だけ、県警から『専門家に任せた』と言われたよ。何故かは分からないが、警察の関与する事件ではすでになくなっているようだ」

「なぜそこで納得するんです! せめてどこに委託したのかくらいは知ろうと思わなかったのですか!」

「それが出来ないのが公務員という者だ。君も警察官なら、上からの指示には素直に従いたまえ」

「市民を危険から守らなくて何が警察だ! 真相を追究する事こそが警察官の勤めではないのですか!」

「いい加減にしろ! 階級と命令に従わないのが貴様のいう警官か!?」

「あなたこそ機密主義を守るのが警官の仕事だと思っているのか!」

 

 口論に混じって、明らかに危険な音が混じり始めたのに気付いた廊下の警官は、大慌てで二人を止めるべく室内に突入した。

 

 

 

十五分後 警察署資料室

 

「大丈夫ですか?」

「ああ、すまない。迷惑をかけた」

 

 危うく乱闘になりかけた所を突入した警官と彼の声を聞いた他の警官達に止められた克哉は、額にバンソウコを張ってもらいながら素直に最初に突入してきた警官に謝罪した。

 

「署長にあそこまで歯向かったの、あなたが初めてですよ」

「ああ、外身も中身もとんでもない石頭だったな」

 

 額を突き合わせただけでコブになった部分に張られたバンソウコに触れながら、克哉が苦笑する。

「頭だけじゃないですよ。ウチの署最強の漢って言われてるんですよ、あの署長。柔道五段、合気道二段、剣道三段の猛者で、署対抗の柔道大会でいっつも大将やってるとんでもない人なんですから………本気になったら機動隊員でも歯が立たないって噂もあるくらいで」

「そういう話もあったな。それで、さっきの件だが………」

「ああ、これですね」

 

 若い警官が、データ整理用のパソコンを操作して目的の資料を探し出す。

 

「資料はまだ破棄されてませんでしたが、元々捜査も進展してない物でして、たいした情報は在りませんね」

「些細な事でいい。何か無いかな?」

「………う~ん、状況が状況でしたから、何から捜査したらいいのか捜査課の人達も頭抱えてましたしね………中には付近で怪しい改造人間でもいなかったかという話も在ったくらいで…………」

「普通の人間で、怪しい人物は?」

「え~と、これかな? 数日前、民俗学者を名乗る妙な男が事件の起きた神社を尋ねてきたらしいって情報が」

「詳しい事は?」

「さあ………あ、そういえば昨日モンタージュを作るとか言ってたような?」

 

 パソコンを捜査してモンタージュ用ソフトの履歴を調べている警官を見ながら、ふと克哉が隣の動かしていないはずのパソコンのHDD起動ランプが明滅している事に気付いた。

 

「? 隣の、何かに使っているのか?」

「え? 誰も使ってなんか…………」

 

 何気なく隣のパソコンを見た警官が、誰の操作も無しに動いているパソコンを数秒間見て、ゆっくりと顔色を変えていく。

 

「ひょっとして…………ハッキング!?」

「なに!?」

「ああああ!!おい、誰か千葉の奴呼んできてくれ!! ハッキングされてる!!」

 

 慌てて隣のディスプレイのスイッチを入れ、ハッキングを防ごうとした警官が自分にそれが不可能と判断してパソコンに詳しい人物を呼ぶ。

 

「仕方ない……!」

 

 克哉がとっさにコネクタケーブルを引っこ抜き、ハッキングを強引に中断させる。

 

「これで、多分は………」

「ハッキングって本当か!?」

 

 そこに、太目でメガネの警官が慌てて資料室に飛び込んでくるが、それとほぼ同時にディスプレイが暗転し、『BYE・BYE』という文字が現れた途端に画面がでたらめな文字列で瞬く間に埋め尽くされていき、挙句にパソコンは妙な音を立てて起動停止した。

 

「!? 抜いたんですか!?」

「あ、ああ。データを取られるよりはマシかと思って………」

 太目の警官がパソコンを再起動するが、妙な音を立ててパソコンは完全に沈黙した。

 

「ありゃあ…………HDクラッシュしてる。こりゃやられちまったか…………多分、自立型足跡消去プログラムかな?」

「す、すまない、とっさだったんでつい」

「いや、警察のデータ盗まれるよりはマシでしょう。第一、こりゃ恐らく相手が自分の足跡を消すのに接続切れると同時に起動するウイルスが送り込まれたんですな。まぁ説明した所でパソコンオンチの部長が理解できずに怒鳴るでしょうけど…………」

「何を覗かれたか分かるか?」

「さあ………復旧できれば何とか………」

 

 システム復旧を試みる太目の警官の脇で、プリントアウトされたモンタージュが克哉に手渡される。

 

「こいつか……………」

 

 

 

同時刻 スプーキーズコンテナ内

 

「どこの馬鹿だ、起動中のPCのケーブル引っこ抜くのは………まぁ、お陰で向こうはとんでもない事になったろうな。無理しなければ穏便に済ませたもんを」

「あの、これってハッキングって言う奴じゃ…………」

 

 警察のデータバンクから目標のデータを(違法的手段で)調べていた八雲が、突然接続が切られた事に舌打ちしながら、入手したデータを整理する。

 

「あのなカチーヤ、この商売じゃ警察はどっちかって言うと敵に近いんだよ」

「そうなんですか?」

「そうなんだよ、仕事押し付ける時はもみ手擦り切れんばかりのくせに、そうじゃない時はやたらと目の敵にしやがる。しょせんサマナーなんて裏稼業の一つなんだよって、コレだ」

 

 目的のデータを探し出した八雲が、そのモンタージュをプリントアウトする。

 

「とりあえず、当面の目的はこの男か……………」

 

 そこには、頬の薄いどこか冷徹な雰囲気を感じさせるとても学者とは思えない男の顔がプリントされていた。

 

 

 

「いやあ、こんな奴は知りませんね」

「そうですか、お手数かけました」

 

 三つ目になる大学の民俗学課を尋ねた克哉は、今までと同じく首を横に振られて仕方な

く立ち去る。

 

「どこの大学にも該当する人物は無し、か。身分詐称だとすると、残るアテは………」

 

 しばし考えた後、克哉は携帯に登録されている短縮ダイアルに電話を架ける。

 コール数回で相手が出た。

 

『はい、こちらSSマンサーチ…』

「うらら君か?僕だ、周防だ」

『ああ、克哉さんお久しぶり!元気にやってた?』

「なんとかね。パオフゥはいるかな?」

『あ、ちょっと待ってて。パ~オ~、克哉さんから電話~』

 

 電話口からの楽しそうな女性の声に向こうの状態を察しつつ、電話が変わるのを待つ。

 ほどなくして、電話口に男が出た。

 

『おう、まだ生きてたか』

「アイサツだな、少し頼みたい事があるんだが……」

『……また消息不明の犯人でも探せって言うのか?』

「ああ、その通りだ」

『あのな周防、ここは主に行方不明の家出人なんかを探すのが仕事の会社だ。そういうのは正真正銘、警官の仕事だろ? いちいち余計な仕事増やさないでくれ』

「相手が能力者の可能性がある、と言っても?」

『!? 本当か?』

 

 ガラリと態度の変わった向こうに畳み掛けるように、克哉は話を続ける

「島根の方で四日前起きた殺人事件を知っているか?」

『ああ、あの神社の神主が惨殺されて祭られていた神宝が盗まれたってアレか』

「惨殺、というより虐殺だな。殺された神主は何者かに引き裂かれて死んでいたらしい」

『引き裂かれてって、そいつは!』

「間違いないだろう。犯人は悪魔か、ペルソナ使いだ。その神主の姪に当たる女性が一週間前に誘拐されてな、そちらの方を捜査している内にこの事件に行き当たった。その事件の起きた神社を尋ねてきた自称民俗学者を探しているのだが、どうにもこれが身分詐称らしくてな」

『OK、事がそっち絡みっていうのなら話は別だ。仲間のよしみで格安で調べとこう』

「頼む、後でモンタージュを送ろう」

『無茶すんじゃねえぞ、弟の学費を二階級特進で払う羽目になったりしても知らねえからな。ヤバくなったらすぐにオレ達を呼べ』

「ああ、その時は頼む。そうなる前に解決したいのだがな」

『そう上手く行った事なんか一度もねえだろうがよ。じゃあ死ぬんじゃねえぞ』

「分かっている。それでは頼んだぞ」

 

 電話を切ると、克哉はそれを懐に戻そうとして、ふと何気なく胸の内ポケットに入れられた一枚のカードを手に取った。

 

「……使わずに越した事はないがな」

 

 それは、占いに使われるタロットカードによく似たカードで、表面には《JUSTICE》と振られ、黒衣に身を包んだ神の姿が鮮やかに印刷されていた。

 

 

 

「ちぃ~っす」

「おや、いらっしゃい」

 

 明らかに寂れているという表現がピッタリ来そうなレンタルビデオショップ《ビデオマッスルⅡ》のカウンターに、普段と変わらないエプロンにメガネ姿の中年店長にあいさつをしながら、八雲はカチーヤを連れて店内に足を踏み入れた。

 

「おや? 可愛い子連れてるね、彼女かい?」

「いんや、マダムに世話頼まれた新人」

「カチーヤ・音葉です。よろしく…………」

「いいよいいよ、堅苦しい挨拶なんて」

 

 ペコリと頭を下げたカチーヤに店長は気さくに笑みを返す。

 

「店長、シックスいる?」

「ん?シンゴ君ならいつものとこにいるよ。新しいのが手に入ったんで、調整してもらってるとこ」

「そ」

 

 マスターが指差した方に八雲はカチーヤを伴って進んでいく。

 程なくして、店の奥の〈副店長お勧め!怪奇世界の部屋!〉と銘打たれたプレートの出ている小部屋へと入る。

 

「ここはオレの知り合いがやってる店でな。銃でも剣でも弾でも大抵そろえてくれる。利用するといい」

「はい…………」

 

 室内に所狭しと並べられた有名、無名、海外直輸入までそろったホラービデオを見回しつつ、八雲が目的の物を探す。

 

「これが鍵だから覚えておいて」

「これが?」

 

 八雲が取り出した〈恐怖! 殺人凍り豆腐の怪!〉と書かれたビデオテープを何気なく見ていたカチーヤだったが、八雲がそれを手にしたまま、僅かに空いたラックの隙間から手を突っ込むと、そこに壁に偽装されたスイッチを押し込むのに気付いた。

 カチリとスイッチを押す音が響くと、微かな音を立てて横手のラックが壁ごとスライドし、そこにある隠し部屋への扉となった。

 

「お、お前か」

「よ、元気してるかシックス」

 

 その隠し部屋の奥にあるカウンターの向こうで、作業着姿で何か作業をしていたHNシックスこと迫 真悟が八雲に気付くとその手を休めた。

 

「どうよ、調子は?」

「ま、ボチボチってとこだ」

 

 薄暗い隠し部屋に入りながら、八雲は左右を見回す。

 そこには、武器と名のつく物なら銃火器、刀剣を問わず山のように並べられた棚が整然と並んでいた。

 

「お、なんだよその可愛い子? 新しいGFか?」

「彼女連れてこんな物騒なとこ来ると思うか?」

「そりゃそうだ!」

 

 ギャハハと貧相のない笑いをしながら、シックスがガンオイルの染み込んだ手を作業着で吹いてからカチーヤに差し出した。

 

「オレはこの店の副店長でガン・スミス(銃職人)やってる迫 真悟、シックスでいいぜ」

「カチーヤ・音葉です。よろしく」

 

 ちゃんとガンオイルの拭いきれてない手を臆面なく握ったカチーヤにやたらと微笑みながら、真悟は握った手をやたらと振る。

 

「お~し、カチーヤちゃんには初会サービスしちゃう。今ならこのC―15 OICW(OICW=FCS(ファイアコントロールシステム)内臓型多用途突撃ライフルの事)に高速グレネード弾オマケにつけて…」

「そんな物騒な代物どう持ち歩けって言うんだよ」

 

 一抱えはある、アサルトライフルとグレネードランチャーを一体化させたとんでもない銃を喜々として売り込もうとするシックスに呆れながら、八雲が右手の棚から補充用の弾丸を手にしていく。

 

「麻酔弾あるか?ハンドガン用の」

「45(45ACP、破壊力を重視した大口径の拳銃弾)のなら確かここいらに…………」

 作業に使っていた奥のテーブルの下から弾丸ケースを取り出したシックスが、それをカウンターに置いた。

「カチーヤちゃんは何使ってるの? 今なら安くしとくよ」

「あ、あの私は9パラで神経弾を……2ケース程」

「OKOK、スペアマグも付けようか?」

「お、お願いします。コレのを」

 

 ジャケットの中のショルダーホルスターからカチーヤが抜いた拳銃を見たシックスの眉根がより、それをしげしげと見つめる。

 

「………グロックG18C? また過激なの使ってんねえ………」

「私射撃へたくそなんで、これ使えってレイホウさんに………」

「ああ、あの人ならそういうかもなあー……グロックのマガジン有ったかな?」

「あ、オレもスペアマグくれ。この間落っことして一つ無くしちまった」

「使用済みの奴だろうな? 前みたいにフル装填したの落として警察ざたはごめんだぞ?」

「ああ、まさかガンマニアに拾われっとは思ってなくってな~モデルガン改造して撃とうとして暴発させて大問題になったっけなあ…………」

 

 明後日の方を見ながら頬を流れる一筋の汗を見られないようにした八雲が、並んでいるナイフを手に取りつつなんとかその場をごまかす。

 

「それ最新のHV(高周波振動)ナイフだぞ。ちと高くつくが、買うか?」

「切れ味は?」

「これくらい」

 

 シックスが半ばから真っ二つになっている辞書(本来の目的で使用された形跡皆無)を見せつつ、レジに買い上げ金額を打ち込んでいく。

 

「一応もらっとく。カチーヤは他に何かあるか?」

「あ、もう結構です」

「じゃ、こん位で」

 

 シックスが右手の指を4本まとめて立てる。

 

「もうちょいまけろよ」

「マガジン無くさなくなったらな」

「ケチ」

 

 懐から取り出したカードで清算を済ませた八雲が、持参してきたバッグを広げて買った弾丸とナイフを詰め込んでいく。

 

「さてと、今回は島根まで行かなきゃなんねえからな。これだけありゃ間に合うか?」

「島根? またエライ遠くまで行くじゃねえか」

「この間起きた神主殺人事件の調査なんです。悪魔が起こした可能性が高いらしくて………」

「カチーヤちゃん、ヤバくなったらこの馬鹿身代わりにしてとっと逃げていいぜ。オレが許可する」

「何でお前にそんな権限あんだよ」

「い、一応足手まといにならないくらいの修行は積んでますから……」

「無理すんなよ。オレだって初めて悪魔と闘った時は腰抜かしそうになったんだから。本当に抜かした奴はそこにいるけど」

「言うんじゃねえ!!」

「じゃ、また!」

 

 赤面しながらカウンターの下から瞬時にステアーAUGを取り出したシックスから逃げるように、八雲はカチーヤを連れてその場を逃げるように後にした。

 

 

 

「おや、安部君じゃないかな?」

「知ってるんですか!?」

 

 大学八校、博物館及び資料館七つを巡り、最後に来た元大学教授の民俗学者の所でようやく今までと違う反応を聞いた克哉が、メモ用に警察手帳を取り出しつつモンタージュを手ににじり寄る。

 

「確か、20年も前、まだ私が大学にいた頃教え子の一人だった阿部……才季(さいき)君だったかな? 彼に似ている気がする」

「詳しくお聞かせ願えますか?」

「ああ、随分と前の事だが、よく覚えている。何せ、変わった子だったから」

「変わった?」

 

 克哉の言葉に老人は重々しく頷く。

 

「そもそも、民俗学という物は、歴史の中で廃れていった神話を掘り出し、形にしていく事こそ意義がある。しかし、彼は違った。『神の実在を証明する』、いつもそう言って斬新な仮説を立てては研究を進めていた。ただ……目的のためには手段を選ばないという節があってね。他の学生達と問題ばかり起こして、ある日突然大学を辞めてどこかに消えてしまって、それきりだったよ…………」

 

 当時を思い出してか、老人の表情に苦々しい物が浮かぶ。

 

「これはあくまで過程の話なのですが。」

 

 克哉は前置きをしてから、静かに言葉を繋げる。

 

「手段を選ばないとなると、例え殺人でもやるような人でしたか?」

 

 その言葉に、老人の顔に驚愕の色が浮かぶ。

 

「殺人………彼ならば、あるいは」

「そうですか………」

 

苦渋の表情をした老人の返答に、克哉は表面は平静を装いつつも、胸の内ではモンタージュの男の立場は参考人から容疑者に変わる。

 

「彼の住所は分かりますか?」

「さあ、大学を辞めてすぐ住んでいたアパートも引き払ってしまって、今では何をしているのやら……………」

「そうですか。他に何か思い出した事が有ったら、連絡もらえますか?」

「ああ、いいですよ。もし彼が間違いを犯しているのなら、恩師としては何としても辞めさせなくてはいけませんからな」

「そうですね…………」

 

 沈痛そうな表情で呟く老学者に、連絡用の携帯番号を渡すと克哉は黙ってその場を去った。

 だが、それと同時に遠くからその光景を見ていた小さな影が、その場から飛び去るのに気付く者はいなかった。

 

 

 

「そうか、警察も馬鹿にはできんな」

 

 どこかの洞窟内と思われる薄暗く湿った空間の中で、祭壇の準備をしていた男が、耳元で何事か囁いている半透明の翼を持った子供の姿をした妖精 パックの報告に耳を傾けていた。

 

「教授なら私の事を覚えてるかもしれんと思っていたが、そこまで探し当てる警官がいるとはな…………儀式までの間、時間を稼がなくてはならんな」

「心得ております、安部様」

 

 いつからそこにいたのか、薄汚れたコートを羽織って顔に卑しげな笑みを始終浮かべている男が、儀式の準備をしている男の背後で頷いた。

 

「誰にも邪魔はさせるでない。葛葉の連中が嗅ぎ付けてきている可能性も在り得る」

「その時はその時、とりあえずハエを落としてきます」

「頼むぞ」

「御意のままに…………」

 

 背後の気配が消えるのを確認すると、男は祭壇の中央に設えた石台で眠っている女性に目を向けた。

 

「剣に姫、あとは媒体となる草薙が揃えば………祭り返しの準備は整う。今こそ、人は神を欲する時なのだ………」

 

 どこか虚ろな瞳で、男―阿部 才季は黙々と儀式の準備を進めていた。

 

 

 

「そうか、分かった」

 

 ハッキングされた形跡を調べていた例の太めの警官から、モデムに僅かに残されていた通信記録のデータ移動の痕跡から、何か画像データが盗まれたらしい、と告げられた克哉は何気なく懐にあるモンタージュの事を思い出しつつ、電話を切る。

 

「データをコピーしていったとなると、証拠隠滅の類ではなし、かといって、モンタージュの類を盗むとなると一体何が目的だ?」

 

 ブツブツと呟きながら、露天のクレープを軽食に買ってかじる。

 スーツ姿でサングラスの男がクレープかじりながら何事か考えながら歩くという、傍目から見たら微妙に怪しい状態を維持していた克哉が、クレープの最後の一片を口の中に放り込んでそのクレープの総合採点をしようとした時だった。

 

「ちょっといいですかい?」

「何だ?」

 

『チョコバナナカスタードクレープ 65点』と口に出しそうになったのを脳内に留め、声を架けてきた人物の方に振り向く。

 

「あんたが、周防刑事さん?」

「正しくは警部補だ。僕に何か用か?」

「あんたが今捜査している事件の耳寄りな情報、買ってもらえませんかね?」

 

 薄汚れたコート姿で卑しげな笑みを浮かべている男を上から下まで観察した克哉が、疑わしげな視線で男の目を凝視した。

 

「で、何を知っている?」

「ここじゃちょっと………向こうまで来てもらえませんか?」

「待て、まだ買うとは言ってない!」

 

 返事も待たずすたすたと歩き出した男の後を克哉が慌てて追う。

 男が予想外の速さで路地を横切り、小さな公園へと入った所で克哉へと振り返った。

 

「ここならいいでしょう」

「何を、だ?」

 

 男の顔に、危険な笑みが浮かんでいる事に気付いた克哉が、最大限の警戒を取りつつ、男と相対した。

 

「こういう事です」

 

 男は、懐から小さな土鈴(土製の鈴・祭具の一種)を取り出すと、それを振る。

 見た目よりも澄んだ音が響くと同時に、突然周囲にあった人の喧騒や道を行く車のエンジン音といった全ての音が消失した。

 

「今、安部様は大事な儀式の準備中でね。あんたみたいなうるさく嗅ぎ回る人間が邪魔なんですよ」

「ほう、それは貴重な情報だ。で、報酬は幾ら払えばいい?」

 

 この状況に克哉が一切動じていないのも気付かず、男は酷薄な笑みを浮かべる。

 

「高いですよ、何せ、あんたの命ですから!」

 

 男が、懐からいきなり銃を取り出して克哉へと突き付ける。

 とっさに自分も銃を抜こうとした克哉だったが、すぐにそれが実銃ではなく、ガンシューティングゲームに使われる光線銃によく似た物だと気付いた。

 

「………何のつもりだ?そんなオモチャを突き付けるとは?」

「なに、こいつは便利なオモチャでしてね」

 

 ニタニタとした笑みを浮かべながら、男の指がセーフティ型スイッチをONに入れ、それの電源が入る。

 

「使う人間が使えば、すこぶる便利なんですよ」

 

 男はハンマーの位置にあるトラックボールを親指で操作し、銃の上部に取り付けられたダットサイト(拳銃などに装備する無倍率のレンズ型照準装置)を二回り程大きくした投射ディスプレイ内のカーソルを合わせる。

 

「このようにね!」

 

 トリガー型ENTERキーを、男は握り込む。

 銃口内に小さな魔方陣が浮かび上がるのを見た克哉が、とっさに横へと飛んだ次の瞬間、銃口から飛び出した何かが、背後にあったベンチを一撃で食い千切った。

 

「こいつは!?」

「ほう、避けたか…………」

 

 銃口の中から飛び出してきたワニに似た怪物、エジプト神話において罪人の魂を食らうとされる魔獣 アーマーンがその巨大な顎でベンチを噛み砕くと、脇へと吐き捨てた。

 

「マズイ………ウマイノ食イタイ……」

「そいつを食っていいぞ、アーマーン」

「グウウ……」

 

 男の指示に従って自分の方を振り向いた克哉の顔色が変わった。

 

「貴様、悪魔使いか!」

「デビルサマナーって呼んで欲しいですね。まあ、死ぬ人間に言うだけ無駄でしょうけど!」

 

 男の言葉を合図にしたかのように、アーマーンが克哉へと襲い掛かる。

 

「そう来るのなら、こちらもそれなりの対処はさせてもらう」

 

 アーマーンの攻撃をかわしながら、克哉が懐から一枚のカードを取り出す。

 

「ヒューペリオン!」

 

 それをかざした克哉が叫ぶと同時に、カードが瞬時にして光の粒子となって霧散し、克哉の周囲を取り囲む。

 そして、それが克哉の体内からさらなる光の粒子を導き出し、そしてそれはカードに描かれていた黒衣に身を包んだギリシア神話の古代神の一人、ヒューペリオンの姿となって克哉の背後に現れた。

 

「撃て!」

 

 克哉の声に応じて、ヒューペリオンの両手に光の弾丸が現れ、そこから放たれた三連射の弾丸が、アーマーンの頭部を貫いた。

 

「グガアアァァ!」

 

 予想外の反撃に、アーマーンが絶叫と共に周囲の街灯やゴミ箱を蹴散らしながらのた打ち回る。

 

「てめえ、ペルソナ使い!」

 

 ペルソナ、全てがそこから産まれたとされる混沌の世界に赴いてなお、己を見失わない者のみが持つとされる、神や悪魔の姿をした己の分身を克哉が呼び出した事に、男が驚愕する。

 その驚愕をよそに、克哉は男へと鋭い視線を向けた。

 

「そうだ。無駄な抵抗はやめて、おとなしく捕縛される事を勧告する」

 

 ショルダーホルスターから抜いたニューナンブを構えた克哉と、同じように手の平に光の弾丸を構えたヒューペリオンが男に銃口をポイントする。

 

「なめるな!」

 

 男は横っ飛びに跳んで銃口から逃れながら、西部劇に見られるファニング(早撃ち技能の一つ)のように左手でトラックボールを操作しながら、連続してトリガーを引いた。

 光線銃GUMPから古代中国の火の精とされる火をまとったネズミの姿をした魔獣 カソが、古代ギリシアで大地の下の下から蒸気で神託を伝えたとされる雲を身にまとった巨大な蛇の姿の邪龍 ピュートーンが、北アフリカに実在したとされる右の乳房を切り落とした女性の姿をした鬼女 アマゾーンが次々と召喚される。

 

「殺れ、殺っちまえ!」

『了解!』

 

 男の指示を受けた悪魔達が次々克哉へと襲い掛かる。

 

「投降の意思無しか。ならば行くぞ!」

 

 ヒューペリオンの手に炎が点ったかと思うと、瞬く間にそれは辺りを紅く照らし出す業火へと変じていく。

 

『マハラギダイン!』

 

 放たれた業火が、悪魔達を一瞬にして飲み込み、焼き尽くしていく。

 

「キキィッ!」

 

 ただ一体、火炎を吸収する能力を持ったカソが業火を突っ切り克哉へと迫るが、そこを的確に狙ってニューナンブから放たれた銃弾が、カソの頭を撃ち抜いた。

 

「く、くそう…………」

「諦めろ、今ならまだ暴行罪で検挙する。だが、これ以上やるならば殺人未遂罪になるぞ」

「殺っちまえば未遂もクソもあるか!」

 

 男が光線銃GUMPのイジェクトボタンを押すと、グリップ下部からマガジンのようにフラッシュメモリーが排出され、それを素早く別の物に替えて装填した。

 

「こいつは一味違うぜ! 出でよ!」

 

 光線銃GUMPの銃口が一際強く輝くと、そこから手にグングニルの槍を携えた北欧神話の最高神である魔神 オーディンが召喚された。

 

「殺せ、オーディン!」

「……いくぞ」

 

 厳かに宣言しながらオーディンが槍をかざすと、そこから猛烈な雷撃が放たれた。

 

「ぐっ!」

 

 それをモロに食らった克哉の体が吹き飛ばされ、その影響を受けてかヒューべりオンの姿が揺らぐ。

数瞬の滑空の後に克哉の体が公園内に植えられていた木に激突してその場に崩れ落ちた。

 

「トドメだ! 仕留めろ、オーディン」

 

 オーディンがトドメを刺そうと、槍を投げる体勢に入る。

 雷撃の余波で体に痺れが走る中、克哉は気力を振り絞って強引に立ち上がる。

 

「この程度で、僕が倒せると思ったか!ヒューペリオン!」

 

 残った精神力を全てペルソナに注ぎ込んだ克哉の背後で、ヒューペリオンの両手に無数の光の弾丸が産み出されていく。

 それを見たオーディンが僅かに怯んだ様子を見せる。

 

「!? オーディン!」

 

 男の疑問の声を受けてか、それを振り払うようにオーディンが再度、槍を構えなおす。

 

「滅べ……」

 

 オーディンの手から、砲弾のごとき勢いで槍が克哉の心臓目掛けて投じられる。

 だが、克哉はそれを避けようともしなかった。

 

『Crime And Punishment!(罪と罰!)』

 

 克哉の声と同時にヒューペリオンの両手から、機関砲のごとき勢いで無数の光の弾丸が連続発射される。

 発射された無数の光の弾丸は、投じられた槍を撃ち砕き、オーディンの体を霧散させ、光線銃GUMPを破壊し、男の体に次々と炸裂する。

 

「がはあっ!」

 

 血反吐を吐きながら、男の体が吹き飛ばされ。地面へと倒れ込んだ。

 

「公務執行妨害、殺人未遂及び殺人幇助、誘拐幇助の疑いで逮捕する!」

 

 罪状を読み上げながらゆっくりと男に歩み寄った克哉が、男の手に手錠を架ける。

 

「安心しろ、命に別状が無い程度には加減しておいた。知っている事を全部吐いてもらわねばならんからな」

「く、くくくく………」

 

 引っ立てられた男が、低い笑みを漏らす。

 

「何がおかしい?」

 

 不信に思った克哉が男を問いただすが、男は笑みを止めようとしない。

 

「安部様は、非常に疑り深い人でしてね。例えどんなに忠誠を誓っても、必ず保険を掛けておくんですよ」

「保険?」

「くくく、くふっ!?」

 

 男が、不意に奇怪な呼吸を漏らしたかと思うと、その口から血が吐き出される。

 

「ほうら、こういう具合に、ね!」

 

 男が吐血しながら、膝から崩れ落ちる。男の腹の中で、何かが蠢いているのに克哉が気付いた瞬間、それは一気に上へと昇ってきた。

 

「ぐ、がはああぁ!」

 

 男の口から、膨大な量の鮮血と肉片が吐き出される。そして、男の口から巨大な芋虫が男の臓物を食い破りながらその姿を現す。

 

「これは!?」

 

 人体から出現したとは思えない巨大な芋虫がその体を全て男の口から這い出した時、すでに男は絶命していた。

 その男の死体に巨大芋虫が食らいつき、咀嚼し始めたのを見た克哉は、とっさにニューナンブを向けて残っていた全弾を芋虫に叩き込んだ。

 

「何だ、これは…………」

 

 立て続けに弾丸を食らった芋虫が、何度かケイレンしたかと思うと、その体が砂のように崩れて虚空へと消えていく。

 

「予想以上にやっかいな事件になりそうだな………」

「キャー!!」

 

 その時になって、克哉は周囲の喧騒が戻ているのと、血まみれの男の死体を見た女性が悲鳴を上げているのに気付いた。

 

 

「やれやれ………」

 戦闘の疲れを癒す暇無く、克哉は地元警察への番号を携帯電話にプッシュし始めた。

 

 

 

「警察の方にも見せられたけど、知らないなあ………」

「そうですか、それは失礼しました」

 

 擬装用の新聞記者の名刺と共に見せたモンタージュに首を横に振られた八雲が、頭を一つ下げると、同じく新聞記者という事にして首からカメラを下げているカチーヤが何か遠くを見ている事に気付いた。

 

「どした?」

「……強い力を感じました。誰か、向こうで戦ってたみたいです」

「分かるのか?」

「はい、何者にも捕らわれず、ただ己の信念をどこまでも貫き通す、そんなまっすぐな力を感じました」

「そっか、誰かオレ達以外にもこの事件に首突っ込んでいる奴がいるみたいだな」

「どこかで出会うかもしれませんね。その人と」

「そうだな、取り合えず行ってみるか」

「はい」

 

 

 細い糸の両端を握った者同士が、今、少しずつお互いへと近づいていく。

 その先に何があるのか、知り得る者は、誰もいない…………

 



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PART3 HIT

 

「………なんだね、これは」

「検死報告書ですが?」

 

 年配の監察医に手渡されたばかりの検死報告書を途中まで読んだ捜査課長が、今の自分と同じように気難しい表情をしている監察医に意見を求める。

 

「ま、実際に見てもらった方がいいでしょう」

「そうさせてくれ」

 

 困惑のまま、遺体保存室に二人で赴く。

 警察署の中でも近寄りたくない場所の一、ニを争う部屋の一番手前に、司法解剖を終えて間もない遺体に架けられているシーツを、監察医が一気に取り去る。

 

「……ひどいな」

「ええ、今まで色んなホトケを見てきましたが、ここまでひどいのは滅多にありません。この間の神主もひどかったが、これはそれ以上ですよ」

 

 縫合されてなお、大きくへこんでいる男の胴体を見ながら、捜査課長が顔をしかめる。

 

「まず目に付くのがこの跡です」

 

 遺体の全身に、ソフトボールくらいの無数のアザのような物が有るのを、監察医が指差す。

 

「拷問の跡か?」

「いえ、幾つか切開してみたんですが、皮下出血がそれ程深くないんですよ。それにアザだけでなく火傷も併発してるんです。質量が極めて軽く、それでいてかなりの高温を帯びた物で殴打されたんだと思いますが、それが何か皆目検討もつかないんです」

「確かにな、警察官になって二十年以上になるが、こんな傷は私も見るのは初めてだ」

「しかも、それが死因じゃないときている。死因は一応内臓損傷によるショック死としましたけど、肺の三分の二、心臓の半分、そして胃全部が内側から食い千切られてるんですよ…………」

「内側から? 寄生虫か何かか?」

「宿主がこんな状態になる寄生虫なんて存在しません。エイリアンにでも寄生されていたとしか………」

「いい加減にしてくれ、ただでさえ最近忙しいのに、何でこうもややこしい事件ばかり………」

 

 本気で頭を抱え込んだ捜査課長に、監察医も同様に頭を抱え込む。

 

「そういえば、このホトケを発見した……なんて人でしたっけ? 彼はなんて?」

「ああ、周防警部補の事か。それも頭の痛いとこだ。よりにもよって、悪魔の仕業だとか言っていてな」

「悪魔?」

 

 

同時刻 署長室

 

「………何を言っているか自分で理解しているのか?」

「無論です」

 

 不機嫌と懐疑をそのままの形で口にした署長に、克哉はさも当然と言った口調で応える。

 

「で、どこからどこまでが現実の事かな」

「全部です」

 

 真顔で言い放つ克哉に、署長の片眉が跳ね上がった。

 

「容疑者の目星を突けた事を知った犯人が悪魔使いをけしかけてきて、それと闘ったなんて報告が警察で通用すると思っているのかね?」

「通用しないならそれで結構です。しかし、これは間違いなく事実です」

 

 あくまで意見を曲げない克哉を署長はしばし無言で睨みつけていたが、やがてため息一つついて視線をそらした。

 

「好きにしろ。もう付き合ってられん」

「そうさせてもらいます」

 

 一礼して部屋を出て行く克哉と入れ替わりに、捜査課長が室内へと入ってくる。

 

「ちょっといいですか?」

「周防警部補の事か?」

「はい、彼が発見したホトケなんですが、どうにも死因どころか、何で傷を受けたのかすら分からない状態らしくて、報告書の書きようが無いのですが…………」

「一応周防警部補からの報告は聞いた。もっとも長年警察官やっててこんな報告をしてきた奴は初めて見たがね」

 

 頭痛でもするかのようにコメカミに指を押し当てている署長の様子を見ながら、捜査課長が重いため息を吐いた。

 

「……港南警察署からはなんと?」

「全て周防警部補に任せろ、そうすれば問題ない。だそうだ」

「全て、ね………」

 

 とても現実に起きた事とは思えない一連の事件をどう扱うべきか、この難題を解決すべき方法を二人はため息交じりに模索を始めていた。

 

 

 

「ここか?」

「みたいですね」

 

 八雲とカチーヤの二人は、四番目に聞き込みに行った大学で前に聞き込みに来た刑事に教えたと言われた住所を探し出していた。

 

「さっきの現場の近くですね」

「警察がうるさくて中見れずじまいだったが、なんか有ったのは確かだしな。案外ここの奴が関係してたりして」

 

あまり洒落になってない事を言いつつ、古びた家の玄関に立って八雲は呼び鈴を押した。

 待つ事数分。

 

「……留守かな?」

「さあ?」

 

 応答が無いのに首を傾げつつ、八雲が玄関を開ける。

 その先には、玄関に不釣合いな程広く、向こう側が見えない程に長い通路が伸びていた。

 

「………随分とご立派なお宅で」

 

 僅かに緊張しつつ、八雲が玄関から一歩足を踏み入れると、途端にGUMPが警報音を鳴らした。

 

「完全に異界化してますね……」

「どうやら大当たりだ」

 

 八雲が額に架けていたサングラスを下ろすと、その蝶つがい部分にあるジャックにGUMPから伸ばしたコードを繋ぐ。

 GUMPから送られたデータが、サングラスに内臓された超小型ディスプレイに投射される。

 そこには悪魔の所在を示すグラフが無数に表示されていた。

 

「悪魔だらけか………どこの馬鹿だ、こんな一般家屋ダンジョンにしやがったのは」

「この様子だと、ここに住んでいた人は…………」

「かもな」

 

 最悪のパターンを予想しつつ、八雲がソーコムピストルの残弾を確かめ、カチーヤは懐から湾曲した刃渡り40cmはある刃を取り出すと、それを一振りする。

 途端に収納されていた柄が伸び、それはカチーヤの身長よりも長い本式の青龍刀となった。

 

「随分と凶悪な得物使うんだな………」

「色々試してみたんですけど、これが一番なんです」

 

 カチーヤは何回か青龍刀を振り回し、それを構える。

 隙の無い構えに、八雲は小さく口笛を吹く。

 

「イエローレベルか、注意しておくに越した事はないな」

 

 八雲が手早くGUMPを操作し、仲魔を召喚していく。

 召喚に応じて魔獣 ケルベロスが、英雄 ジャンヌダルクが、そして蝶の羽根を持った老人の姿をした妖精 オベロンが召喚される。

 

「オレとケルベロスは先頭で警戒、カチーヤとオベロンは真中、ジャンヌは最後尾を頼む」

「リョウカイ」

「はい」

「分かり申した」

「は!」

 

パーティに指示を出すと、全員がダンジョンと化している邸内に足を踏み入れる。

 

「トラップの類は無さそうだな。急ごしらえで作ったダンジョンといった所か」

「こんな物を簡単に作れるとしたら、相当な術者が関与してますね…………」

「ナニカ来ルゾ!」

 

 ケルベロスの警告に、全員が臨戦体勢に移行する。

 八雲がソーコムピストルのセーフティを外し、銃口を廊下の向こう側へと向ける。

 サイト(銃の上に付いている照準用の出っ張り)越しに影が現れ、それは妙な軋み音を立ててこちらへと近づいてくる。

 やがてその姿を確認した八雲の顔が怪訝な顔になった。

 

「な?」

「なんだこいつは!?」

 

 姿を現した相手に、思わず声が漏れる。

 それは、人と同じくらいの大きさの、飛鳥時代の鎧をまとったハニワだった。

 巨大なハニワが、いきなり腰にある陶製の剣を抜いて一行に切りかかってくる。

 

「問答無用か!」

「ゴガアアァァ!」

 

 先頭にいたケルベロスが巨大ハニワの腕に噛み付くが、陶製のハニワは予想外の頑強さで牙を阻み、そしてケルベロスを振り解こうとする。

 

「この土器野郎!」

 

 動きの封じられた巨大ハニワの額に八雲が銃口を突き付け、連続してトリガーを引く。

 放たれた弾丸がハニワの額に突き刺さり、三発目で命中部分に大きなヒビが生じた。

 

「ダメ押し!」

 

 腰のナイフホルスターからHVナイフを抜いた八雲が、柄尻の高周波振動スイッチを押して弾丸の命中部分に逆手でHVナイフを突き刺す。

 一撃で刃が半ばまで突き刺さり、そこから無数のヒビが生じたかと思うと澄んだ音を立てて巨大ハニワは砕け散る。

 

「ま、ざっとこんな物…」

 

 HVナイフをホルスターに仕舞おうとした八雲の目に、通路の向こうからさらにもう数体の鎧ハニワと、更には馬型のハニワまでが出現してきた。

 

「まだいやがったか!」

「こちらもです! 召喚士殿!」

 

 ジャンヌダルクの声に後ろを向くと、背後から鎧ハニワと髪を結った女性の姿をした姫ハニワが近づいてきているのが見えた。

 

「挟み撃ちか!」

「イヤアアッ!」

 

 気合と共に、カチーヤが大上段から青龍刀を振り下ろして先頭の鎧ハニワを両断して砕くが、返す刃でその隣の鎧ハニワを横薙ぎにしようとするが、初撃程の力のこもっていない刃は相手の胴に食い込んだ所で止まる。

 

「あっ……」

「危ない!」

 

 胴に刃の食い込んだままの状態で陶製の剣を振りかざしてきた鎧ハニワの攻撃を、とっさにジャンヌダルクが間に飛び込んで自らの剣で受け止める。

 

『マハ・ラギオン!』

 

 オベロンの放った火炎魔法が鎧ハニワの頭部を襲うが、炎耐性があるのかわずかによろけるだけで退こうとはしない。

 

『ブフーラ!』

 

 僅かによろけた隙を突いて、カチーヤの氷結魔法が続けて鎧ハニワの頭部に炸裂し、温度差で鎧ハニワの頭部が砕け散る。

 

「こっちはオレとケルベロスでどうにかする! そっちを頼む!」

「心得ました! 召喚士殿!『ラクカジャ!』」

 

 ジャンヌダルクの防御力上昇魔法が発動し、淡い光が皆を包み、そのまま体に光がまとわりつく。

 

「カチーヤ、無理するなよ!」

「分かってます!」

 

 ケルベロスが足に噛み付いて動きを止めた所で、手にしたHVナイフですれ違い様に勢いを乗せて鎧ハニワの首を斬り飛ばしながら、八雲がカチーヤに注意を向ける。

 

「来ます! 離れないで!」

「はい!」

 

 ジャンヌダルクとコンビを組むようにしてオベロンの魔法援護を受けつつ、カチーヤが青龍刀を振るう。

 長柄武器の破壊力を生かしつつ、振り回した後の隙をジャンヌダルクが上手くふさいでいるのを確認すると、八雲がこちらに注意を向ける。

 馬ハニワがいななきもせず突っ込んでくるのを横っ飛びにかわし、その胴体に八雲は弾丸を叩き込む。

 

「ちっ、拳銃弾じゃ効かないか………」

「危ない!」

 

 カチーヤの言葉に、八雲がそちらを向こうとした時、その視界に風景が揺らぐ様が飛び込んできたのに気付いた八雲は、床を転がるようにその〈揺らぎ〉を避けた。

〈揺らぎ〉はそのまま先程まで八雲がいた位置にぶつかり、分散した衝撃波が八雲のジャケットをはためかせる。

 

「ザンマ!? 魔法も使えるのか!」

 

 ザンマを放ってきた姫ハニワが再度魔法を放とうとしているのに気付いた八雲は、ジャケットの内ポケットからチャイカムTNTを取り出すと起爆スイッチを押して姫ハニワに投げ付ける。

 

「伏せろ!」

 

 八雲の指示に従って、馬ハニワの脚に噛み付いていたケルベロスがそれを離して馬ハニワを壁にするようにその背後に回り込み、ジャンヌダルクがオベロンとカチーヤを押し倒すようにして床へと伏せる。

 直後大きな爆発が起こり、爆風が周囲一帯に吹き荒れる。

 

「おわ!?」

 

 予想していたよりも強い爆風に、八雲が思わず声を漏らした時、爆風に吹き飛ばされた鎧ハニワがこちらに倒れこんできた。

 

「おわわ!?」

 

 再度転がりながら八雲は鎧ハニワの落下予想地点から逃げ、ついでにその位置にHVナイフを上に向けて突き立てておく。

 倒れこむと同時に澄んだ音が響き、自重で深々と刃が突き刺さった部分から鎧ハニワが砕け散る。

 

「次!」

 

 素早く起き上がりながら、八雲はカチーヤの攻撃で片腕を失っている鎧ハニワの胴体に突撃の勢いを付けてHVナイフを突き刺し、さらに相手の足を踏みつけて固定した後、両手で一気に上へと切り上げ、さらにそれによって生じた切れ目から駄目押しに弾丸を叩き込む。

 

「ラスト!」

 

 内部で跳弾を起こした鎧ハニワの体の各所が着弾の衝撃でヒビ割れていくのを確認すると、八雲が最後に残った馬ハニワに向き直る。

 

「足を止めろ!」

「ガアアアァァ!」

「ヤアアァァッ!」

 

 右前足にケルベロスが噛み付き、左前足をカチーヤの青龍刀が半ばまで打ち砕く。

 

『マハ・ブフーラ!』

「そこだ!」

 

 さらにオベロンの凍結魔法が後ろ足をまとめて凍りつかせ、ジャンヌダルクの剣が胴に斜めにスジを入れる。

 

「線を狙え!」

「はい!」

 

 強固な防御力を誇る馬ハニワの胴に入った唯一の線に向けて、八雲とカチーヤが銃口を向けた。

 二つのトリガーが同時に引かれ、狙い澄ました銃弾が片方は単発で、片方はフルオートで発射された。

 

「あっ!?」

 

 グロッグG18C、単発と連射の切り替えが効く極めて珍しいハンドガンのセレクターを、フルオートの方にしていた事を撃った瞬間気付いたカチーヤが、思わず声を漏らしている間に、マガジンの全弾が前方にばら撒かれる。

 半分近くが狙いを外れ、残る半分が馬ハニワに突き刺さり、その内一発がようやく狙っていた線の至近距離に当たる。

 

「下がれカチーヤ!」

 

 慌ててマガジンを交換しているカチーヤを、八雲が半ば突き飛ばすように後ろへと下がらせる。

 猛烈に暴れて強引に戒めを振り解いた馬ハニワが突撃してくるのを見た八雲が、背後にいるカチーヤをかばうようにして守りを固める。

 

「ぐっ!」

「八雲さん!」

 

 体当たりをまともに食らった八雲の体が吹き飛ばされ、背後のカチーヤがその体をなんとか受け止める。

 

 

「おのれ!」

「ゴガアアァァァ!」

 

 高々と前足を上げてそれを八雲に向けて振り下ろそうとしている馬ハニワに、ジャンヌダルクの剣とケルベロスの牙が首筋の左右から襲い掛かる。

 本物の馬並に太く、かつ強靭な硬度を誇る馬ハニワの首の前に剣は弾かれ、牙は致命傷に至らない。

 

「ガルルル!」

 

 強引に抱きつくようにして更に牙を食い込ませようとするケルベロスを引き剥がそうと、馬ハニワが暴れまくる。

 

「ケルベロス! あと少しだけ持ち応えろ!」

 

 ふらつく足取りで立ちながら懐から素早くGUMPを取り出した八雲が、キーボードをタイプ。温存していた仲魔を召喚させる。

 小型ディスプレイから溢れ出した光が形となり、そしてそれは六つの腕を持ち、無数の頭蓋骨をアクセサリー代わりに身につけているインド神話の猛々しい女神、地母神 カーリーとなった。

 

「あの馬を砕け!」

「アアアァァ!」

 

 雄たけびと共に、カーリーが手にした六本の剣を次々と馬ハニワに繰り出す。

 無数の斬撃が馬ハニワの体を打ち据え、ヒビ割れさせていった。

 

「一気に行くぞ!」

「はい!」

「おう!」

「ハッ!」

「ガアアァァ!」

 

  執拗に攻撃を続けるカーリーに続いて、二つの銃口から放たれた弾丸が、オベロンの放ったマハ・ラギオンが、ジャンヌダルクの剣が、ケルベロスの口から放た れた業火が馬ハニワを襲い、そしてその一斉攻撃に耐え切れなかった馬ハニワの体が、カーリーの六本同時の上段切りを最後に粉々に砕け散った。

 

「硬いだけが特技かい、土人形風情が」

 

 砕け散ったハニワの破片を見つつ、カーリーが獰猛な笑みを浮かながら振り向く。

 

「さっさとアタイを呼べばもっと簡単に片ついたろうが」

「……そうは思うが、お前たまにオレの背中狙ってないか?」

「さあて、なんの事かねえ…………」

 

 含みのある笑いを漏らすカーリーを胡散臭げに見つつ、八雲が傷の具合を確かめる。

 

「大丈夫ですか? 召喚士殿」

「少し傷めたが、骨まではイってないな」

「す、すいません、足手まといで…………」

「ま、初仕事じゃこんなもんだろ」

 

 カチーヤが謝りつつ回復魔法をかけて八雲の傷を癒す。

 ふと、その光景が何かとダブって八雲の視界に広がる。

 

『何やってんのよ、まったく足手まといなんだから』

『悪かったな、第一お前も…』

 

「ネミッサ………」

「え?」

 

 四年前の相棒の名前を思わず呟いた八雲を、カチーヤは怪訝な表情で振り向く。

 

「わり、忘れてくれ」

「はあ……」

 

 それだけ言うと、八雲は無言でマガジンの残弾を確かめて足りない分を装填していく。

 その態度にカチーヤは疑問を覚えたが、あえて何も聞かないで自分も空になったマガジンを交換する。

 

「………もう来やがったか」

 

 初弾をチェンバーに送った所で、遠くからまたハニワ達が近づいてくる音に気付いたカチーヤが、緊張した顔で銃口を足音の方へと向けた。

 

「相手の特性さえ分かりゃこっちのもんだ。オベロンとケルベロスは相手が見えると同時に、けん制して足を止めろ、その隙にカーリーとジャンヌとオレが先頭に集中攻撃で破壊、カチーヤは後方からサポートに当たれ」

「おう!」

「グルルル………」

「分かったよ」

「はっ!」

「はい!」

「来るぞ!」

 

 オベロンの放った火炎魔法とケルベロスの口から吐き出された業火が姿を現したハニワ達を嘗め尽くし、その炎が途切れると同時に繰り出された都合八つの刃が、先頭の鎧ハニワを一瞬にして粉々に打ち砕く。

 

「カチーヤ、左を!」

「は、はい!」

 

 次の狙いを魔法を放とうとしている姫ハニワに決めた八雲が、反対側の鎧ハニワをカチーヤに任せて突撃をかける。

 

「させないっ!」

 

 陶製の剣を振りかぶった鎧ハニワに向けて、カチーヤは今度こそ狙い澄ました弾丸を、立て続けに撃ち込んだ。

 

 

 

「これは!?」

 状況説明(という名を借りた尋問)からようやく開放された克哉が、容疑者の事を聞くと同時に襲撃された事を疑問に思い、再度老民俗学者の所に足を運んでいた。

 だが、つい数時間前に訪れたはずの邸宅からは、明らかに異様な気配が漂ってきているのが目に見えて分かった。

 

「いる、なにか危険な者が………」

 

 ペルソナがそこにいる何かに強く反応するのを感じた克哉が、玄関を開けると同時にそこに広がっている迷宮を見て絶句する。

 

『あ の阿部って奴、とんでもなくヤバイ奴だ。過去に遺跡盗掘の疑いが十件以上あるが、そんなのは序の口だ。桐島に聞いてみたら、そっち畑じゃ有名な実践派サタ ニストらしい。ウソかホントかはまだ不明だが、やばい奴を幾度となく召喚に成功しているって話だ。そんな奴が殺人までやらかして何するかは分からねえが、 ろくでもない事なのは確かだ! オレ達もすぐそっちに向かうから不用意に動くな! いいな!』

 

 数分前に届いたパオフゥからの電話を思い出し、克哉はしばし迷ったが、やがてニューナンブ片手に邸内へと侵入する。

 だが、少し進んだ所で散らばっているハニワの破片に気づき、それを手に取る。

 

「これは…………」

 

 破片の中に弾丸が混じって落ちているのを目ざとく見つけた克哉が、もう片方の手でそれを手に取り、破片と交互に見つめてみる。

 

「誰かが、戦った………しかも、ついさっき」

 

 まだほのかに暖かい弾丸を握り締めた克哉が、通路の先を鋭い視線で見つめた。

 

「何者だ? 何が目的で? いや、まずは………」

 

 通路の向こうから姿を現した一体の鎧ハニワを見ながら、克哉は懐からペルソナカードを取り出す。

 

「答えは、この先にある!」

 

 召喚したヒューペリオンから放たれた光の弾丸が鎧ハニワを打ち砕きつつ、克哉は先へと向かって走り出した。

 

 

「…………ここがゴールか」

「みたいですね」

 

 今まで長く続いてきたダンジョンとは明らかに不釣合いな、ごく普通のドアと、その向こうから感じられる強い妖気に八雲が僅かに顔を強張らせる。

 

「全員回復しとけ。カチーヤ、予備マグの確認を」

 

 MP回復のチャクラドロップをオベロンとジャンヌダルク、カチーヤに渡しつつ、八雲が手にしたHVナイフの刃の損傷を確かめる。

 

『メ・デイアラマ』

 

 ジャンヌダルクの回復魔法が淡い光となって皆を包み、傷を残さず癒す。

 

「行くぞ」

 

 緊張、嘲笑、威嚇、とそれぞれの反応を皆が示す中、八雲がドアを開く。

 そこには、山と詰まれた資料に埋もれるようにあるデスクに向かって、こちらからちょうど背を向ける格好で何か作業をしている老人の姿があった。

 

「なあ、ちょっと聞きたい事があるんだけど」

「ん? なんだね、君達は」

 

 体をそのままに、首だけを僅かにこちらへと向けた老人が、八雲達を胡散臭げに見つめた。

 

「こいつの事、何か知ってないか?」

「……………」

 

 老人が相変わらず背を向けたまま、首だけを八雲の取り出したモンタージュをへと向かって振り返る。

 

「ほう、それは………」

 

 モンタージュを見た首が、そのままの動きで動き続け、そしてそれは背をこちらに向けたまま、完全に頭部を反転させる形となった。

 

「ヒッ………!!」

 

 カチーヤが思わず悲鳴を漏らしそうになったのを必死に押し留め、明らかに人間に出来ない動きをした老人に向けて青龍刀を構えた。

 

「そう、知っているよ、よく知っている。そのお方の事は」

「ほう、それじゃあそれを聞かせてほしいんだけどな」

「さて、どうしようか………」

 

 困惑と侮蔑が混じったような妙な表情をしたまま、老人の首が再度先程と同じ方向にさらに回り始める。

 老人が答えぬまま、首は一回転して何事も無かったように元へと戻る。

 

「おお、思い出したよ」

 

 先程と同じ方向、同じ動きで今度は急激的に首が真後ろに振り返る。

 背後でカチーヤが唾を飲み込む音を聞きながら、八雲も油断無くナイフの柄に手を伸ばした。

 

「もし、自分の事を聞きにきた奴がいたら殺せ。そういう命令じゃったな」

「ほう…………」

 

 都合540°動いた首をそのままに、老人が立ち上がる。

 そして、突然その体のあちこちが突然膨らみ始める。

 

「! 伏せろ!」

 

 老人の皮膚の下で小爆発が連続して起きているかのような動きに危険を感じた八雲が、怒鳴りながら伏せつつ、棒立ちになっているカチーヤに足払いを架けて強引に転ばせた。

 

「キャ…」

 

 突然の事に悲鳴を出しそうになったカチーヤの視界に、内側から老人が爆発するのが飛び込んでくる。

 

「!?」

 

 急激的に視界が下へと移動する中、爆発した老人の破片が彼女の髪をかすめ、その数本を吹き飛ばして周囲に飛び散りまくる。

 

「ぐおっ!」

「オベロン!」

 

 唯一反応が遅れたオベロンが、老人の破片を食らってよろめく。

 弾丸と化した老人の肉の破片が、室内の壁を貫き、その異常な破壊力に八雲もさすがに顔を青くする。

 

「ほうほう、なかなか出来るな………」

 

 耳に届いた老人の声に、八雲が顔を上げる。数秒前まで老人が立っていたはずの場所に、文字通りの異形の怪物が立っていた。

 

「なるほど、モノホンの化けの皮って奴か………」

「皮は本物じゃったよ。皮はな…………」

 

 それは、人の形をした肉と臓物の塊だった。学校の人体模型の皮をはがれた半身を重ね合わせたような姿をしたそれは、歯が無く舌だけがよく見える口から嘲笑を上げながら、それは八雲達と対峙した。

 

「骨の無い臓物だけの異形………ヒルコガミか!」

「さよう…………」

 

 日本神話でイザナギとイザナミから一番最初に産み出された異形の邪神 ヒルコガミが肉だけで構成された両腕を大きく広げ、交戦の意思を示す。

 

「参られよ、そして我に主命を果たさせておくれ」

「参って、やるよ!」

 

 起き上がりざま、HVナイフを抜いた八雲が全力を込めてヒルコガミに斬りかかる。

 分子間結合の剥離を目的とする高周波振動を帯びた刃が、ヒルコガミの胴体を形成する臓物を鮮やかに斬り裂き、通り抜ける。

 

「なかなか」

 

 眼球だけの目を八雲に向け、ヒルコガミが斬撃のダメージを意にも介さず片腕を振るう。

 それを予め予期していたのか、八雲はバックステップでその攻撃をかわした。

 

「ほほう、これは……」

「あんなに手応えが無いんじゃ、効いてないと思ってたがやっぱりだったな」

 

 ニャリと笑いながら、八雲は血刃をそのままにソーコムピストルを抜くと連続で銃撃する。

 

「ジャンヌ! 防御と素早さを上げられるだけ上げろ! カチーヤはオベロンの回復! ケルベロスとカーリーは攻撃だ!」

 

 銃撃を受けつつ、体中から血とも体液とも取れる液体を撒き散らしながら高速で襲い掛かってくるヒルコガミに全弾を叩き込んだ八雲が、両脇から飛び出したケルベロスとカーリーに対処を任せ、自分は後ろに下がってマガジンを交換する。

 

「くくくく……」

 

 自らの体を食い千切り、斬り裂いていく攻撃を防ごうともよけようともせず、ヒルコガミは腸を引きずり出していたケルベロスの顔面を掴むとそこに不気味な色をした粘液を吐きつける。

 

「ギャウッ!」

「ケルベロス!」

 

 避ける事すら出来ず粘液を食らったケルベロスが悲鳴と共にのたうち回る。

 

「毒か!?」

 

 GUMPからのデータがケルベロスの状態異常を示しているのを見た八雲がジャケットの内ポケットからディスポイズンを取り出すとケルベロスの口に突っ込む。

 

「スマヌ、召喚士殿」

「これでボーナスはちゃらだぞ」

「このモツ野郎!」

 

 カーリーが六本の剣を縦横無尽に振るい、ヒルコガミの全身を切り刻む。

 臓物や肉片が飛び散っていくのを気に止めないかのように、カーリーの攻撃を平然と食らいながら再度ヒルコガミが毒液を吐き出す。

 

「食らうかい!」

「じゃあ、これでは?」

 

 軽々避けたカーリーが、とどめとばかりにヒルコガミの首を左右から同時に狙うが、その目前で突然舌だけがよく見えるヒルコガミの口が肉と臓物の中に埋もれるようにして消え、そしてそれを逆再生するかのようにしてヒルコガミの右手に口が現れる。

 

「なに!?」

 

 肉と舌だけで構成される口が手の中で僅かに歪みー恐らく笑ったのだろうー、そこから毒液が吐き出される。

 

「くそっ!」

「下がれカーリー!」

 

 毒にはかろうじて犯されなかったが、両目に毒液を食らったカーリーがよろめくように下がる。

 

『スクカジャ!』

『ブフーラ!』

 

 ジャンヌダルクの命中力上昇魔法の淡い黄色の光がパーティを包む中、カチーヤが氷結魔法をヒルコガミに放つ。

 

「ぐお………」

「効いてる!一 気に行け!」

 

 氷結魔法を食らってヒルコガミがたじろいたのを見た八雲が、一斉攻撃を支持しつつジャケットの内側に取り付けてある攻撃アイテムから液化チッ素が入った小型ボンベを取り出して投げ付け、ヒルコガミの目前でそれを撃ち抜いて中身をヒルコガミの全身に浴びせ掛ける。

 

「おおぉぉ………」

 

 マイナス196℃に達する最高ランクの冷却材をモロに食らったヒルコガミの動きが目に見えて鈍る。

 

『マハ・ブフーラ!』

『ブフーラ!』

 

 そこにオベロンとカチーヤの氷結魔法が連続でヒルコガミの全身を凍りつかせていく。

 

「なめるな、小僧」

 

 ギクシャクとした動きで持ち上げたヒルコガミの片腕が、突然伸びて八雲の首を掴む。

 

「ぐっ!」

「死ね……」

 

 肉だけで関節があるかどうかも怪しい手が、圧倒的な握力で八雲の首を絞めていく。

 

『ラクカジャ!』

「イヤアァァ!」

「ガアアアァァ!」

「ヒャハハハハ!」

 

  ジャンヌダルクの防御力上昇魔法が淡い白の光となって八雲を包み、八雲の首が絞め潰されようとするのを僅かに遅らせ、そこに気合と共に降り下ろされたカチーヤの青龍刀が手首からヒルコガミの腕を切り落とし、突撃したケルベロスが伸びきっている上腕に噛み付くとゼロ距離で業火を吐いて口の中の腕を焼き千切り、さらにカーリーが分断され床に落ちようとする腕を無数の肉片へと切り刻んだ。

 

「この…………」

 

 片腕を失ったのはさすがに効いたのか、ヒルコガミが身じろぎして僅かに下がる。

 首に食い込んだままの手を剥がしつつ、倒せる、と確信した八雲がHVナイフを構えた瞬間、突如としてヒルコガミの全身が泡立つかのように無数に膨れ始めた。

 

「死ね」

 

 ヒルコガミの体表面全てが、表面を覆う氷ごと無数の弾丸となって襲い掛かる。

 

「二度も食らうか!」

 

 最初に食らった全身肉弾が来る、と踏んでいた八雲が、前に出ながら懐から八角形の遁行盤(とんこうばん、道教で使われる魔方陣)の形をした鏡―物理攻撃反射の力を持つ物反鏡を突き出す。

 その鏡から光が走り、その光が無数の八角形で構成された網となってパーティを覆う。

 それに降り注ぐ形となった凍りついた肉と生の肉の混成肉弾は、その網に触れると同時に全てがベクトルを反転してヒルコガミへと襲い掛かる。

 

「グガァ!?」

「チェックメイト」

 

 跳ね返ってきた肉弾を食らい、原型を留めなくなる寸前まで傷め付けられたヒルコガミに、八雲は一気に間合いを詰めると手にしたHVナイフで一瞬にしてその首を切り落とす。

 

「がはっ…………」

「おっと、ワリぃがまだ死ぬなよ。どうせそれくらいじゃ死なないだろうけどな」

 

 力を失ったのか、胴体がただの肉と臓物の塊となって崩れ落ちる中、唯一原型を保っている頭部の真横に、八雲はナイフを突き刺す。

 

「てめえみたいな不定形悪魔は破魔系魔法で浄化するか、燃やし尽くすか、ミンチになるまですりつぶすかしないと死なないって事はよく知ってんだ。お前が知ってる事、あらいざらいしゃべってもらうぞ」

「ぐ………」

 

 眼球だけのヒルコガミの目が、八雲と眼前に突き立つ刃を交互に見る。

 

「四年もサマナーやってるとな、頑固な悪魔の口の割らせ方くらい…」

「動くな! 警察だ!」

 

 突然背後からドアの開く音と同時に男の声が響く。

その場にいる全員の視線がその声の主へと向けられた。無論、床に転がっている者も。

 全員の注意がそちらへと向かった隙を突いて、崩れ落ちたはずのヒルコガミの胴体がアメーバのように広がり、頭部をその一部として飲み込みながら入ってきた男―克哉へと襲い掛かる。

 

「ちっ…」

 

 ヒルコガミの狙いが克哉を人質に取る事であろう事を瞬時に悟りながら、無意味と知りつつ八雲は銃口をそちらに向けようとする。

 しかし、それは予想外の形で不発に終わる。

 

『ヒートカイザー!』

 

 突如として吹き荒れた超高温の熱風が、襲いかかろうとしていたヒルコガミを一瞬にして跡形も無く焼却させる。

 熱風が止むと、そこには厳しい顔でニューナンブ片手にこちらを睨むように見ている克哉の姿が露わになる。

 

「今のは?」

 

 魔法とも違う力の発言に、カチーヤが首を傾げる中、八雲が無造作に克哉へと近寄る。

 互いの距離が1mを切った時、双方がまったく同じ動作を取った。

 

「!八雲さん!?」

「てめえ、何者だ?本当に警官か?」

 

 カチーヤの驚愕を聞きながら、克哉の額にソーコムピストルの銃口を突き付けた八雲が問う。

 

「それはこちらの台詞だ。悪魔使いがここで何をしている?」

 

 八雲の額にニューナンブの銃口を突き付けながら、克哉が問う。

 

 

「おまわりはお呼びじゃねえんだ。とっとと帰れ」

「そういう訳には行かない。ここで何が起きたかを説明してもらうまではな」

「……イヤだ、と言ったら?」

 

 八雲のトリガーを握る指に僅かに力がこもる。克哉も同じくトリガーを握る指に力がこもる。

 八雲の背後では彼の仲魔達がいつでも飛び掛れるように臨戦体勢で待ち構え、克哉の背後では姿を現したヒューペリオンが両手に無数の光の弾丸を構える。

 

「あ、あの八雲さんも、そちらの人も、穏便に………」

 

 唯一取り残されたカチーヤがオロオロする中、二人の目が細まり、その間に凄まじいまでの殺気と緊張感が充満していく。

 

「え、ええぃ!」

 

 そこに、緊張感からは無縁の戸惑ったようなカチーヤの声と、風切り音が響いた。

 

「おわっ!」

「なっ!」

 

 ちょうど両者の中間に振り下ろされた青龍刀の刃が、とっさに腕を引いた両者の袖を少しずつ切り飛ばしながら床へと突き刺さる。

 

「か、カチーヤ! 危ないじゃないか!」

「いや、その、レイホウさんからもしメンバー内で仲たがいしている奴がいたらこうしろって…………」

「……随分と物騒な和解方法だな」

 

 毒気を抜かれたのか、克哉が呆れた顔でニューナンブを懐に仕舞い、ヒューペリオンをかき消す。

 

「ま、ここはカチーヤに免じてそうするか。ご苦労だったなお前らも、オレはこいつと話があるから少し休んでくれ」

「ワカッタ」

「了解した」

「ご自愛を、召喚士殿」

「何だ、つまらん」

 

 同じく八雲もソーコムピストルを仕舞うと、仲魔達の召喚を解いた。

 

「さっき、レイホウという名を出したな。ひょっとして君達は葛葉の人間か?」

「! 葛葉を知っているのか?」

「ああ、葛葉のたまき君とは知り合いでね」

「………たまき先輩の知り合いで変わった力を使う凄腕かつ生真面目過ぎる警官……あんた、周防 克哉か?」

 

 克哉は頷くと、警察手帳を取り出してそれを見せる。

 

「港南警察署 刑事一課所属の周防 克哉警部補だ」

 

 それを確認した八雲はGUMPを操作して、ディスプレイに浮かび上がった五芒星を基調とし葛葉の紋章を見せる。

 

「葛葉所属サマナー、小岩 八雲」

「同じく、葛葉所属術者、カチーヤ・音葉」

 

 青龍刀の鍔元に刻まれた紋章を見せつつ、カチーヤが八雲の隣に並ぶ。

 

「なるほど、専門家に任せたとは君達の事だったか…………」

「そういう事のようだな。で、なんであんたはここにいるんだ?」

「独自捜査という奴だ。そうそう簡単によそに捜査権を持っていかれて納得できるような達じゃなくてな」

「それじゃあ、目的は一緒ですね」

「……そういう…」

「事になるか?」

 

 カチーヤの一言に、なんとなく頷きながら、八雲と克哉が顔を見合わせる。

 

「目的が一緒だったら、手を組んだ方がいいと思いますけど?」

 

 カチーヤの無邪気ともいえる提案に、八雲と克哉が顔をしかめる。

 

「目的が同じでも、それを解決する方法が同じとは限らないぞ」

「その通りだ。ましてやいきなり銃を付き付けてくるような相手ではな」

「それはてめえもだろ」

「生憎と職務で実行したまでだ」

「……ダメ………ですか?」

 

 そこで、何か落ち込んだ表情をしているカチーヤを見て、二人がいたたまれない罪悪感を覚える。

 

「ま、こっちも情報不足だしな、完全に情報共有って事なら構わないぜ」

「それはこちらの台詞だ。市民は警察に治安維持のための協力をするべきだからな」

 

 お互いに不信感を拭いきれないまま、克哉が片手を差し出す。

 それを不承不承ながら八雲が握り返すと、カチーヤがそれに自分の手も重ねた。

 

「それじゃあよろしくお願いします。周防刑事さん」

「克哉でいい。こちらこそよろしく頼む」

 

 カチーヤに微笑みながら、克哉が八雲に鋭い視線を送りつつ彼女に聞こえないように囁く。

 

「言っておくが、完全にお前を信用した訳じゃない」

「奇遇だな。オレもだ」

 

 表面上はにこやかに笑いながら、握られている手にお互い必要以上に力がこもる。

 ただ一人、それに気付いていないカチーヤがにこやかに笑っているのが場違いだった。

 

 

「……出来るな」

 薄暗いどこかの洞窟内で、鼎(かなえ、祭事に使われる水入れ)に満たされた水に映る三人の映像に、男―才季は僅かに顔を曇らせる。

「葛葉の者があそこまで強いとは計算外だ。手を打たねばなるまい」

 

 鼎から離れた才季は、しばし考えると洞窟の天井近くにいた妖精 パックを呼び寄せ、幾つかの命令を与える。

 パックが飛び去っていくのを見ながら、才季はしばし瞑目する。

 

「これはむしろ好奇かもしれん。葛葉ならば、草薙の在り処を知っている可能性が高い」

 

 辺りを包む暗闇の中、才季は一人ほくそえんでいた。

 

 

 互いを見つけ出した糸の端を握る者達。

 だが、もつれた糸を解く術はまだ見つからない。

 それがいかに困難かを、まだ知る術は無かった…………

 



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PART4 LINK

 

「で、こいつが犯人って訳か」

「容疑者だ、検挙し証拠を揃えて立件しない限り、犯人ではない」

「知るか、ンな事」

 

 数時間前、お互いのコメカミに銃口を突きつけあった八雲と克哉、そしてそれを止めたカチーヤの三人は、異界化の解けた老学者宅の現場検証に付き合った(正確には克哉に強引に付き合わされた)後、互いの情報交換を兼ねて全国チェーンのファミレスで夕食を取っていた。

 

「現場検証の時からずっと思ってたんだが、お前こいつを逮捕するつもりなのか?」

「無論だ」

 

 ミックスグリルセット・ライス、スープ、サラダ全大盛りのいかにも安っぽそうなポークリブの肉を強引に歯で噛み千切りつつ聞いてくる八雲に、超甘口トロピカルフルーツカレーを口に運びながら克哉が断言する。

 

「サマナーが悪魔使って悪い事してました、か? そんなのが警察のエライさんに通用すっと思ってるのか?」

「何度かその手の事件は担当している。報告書も幾度となく出した。だが、犯人を検挙出来た事が無いのが残念だが」

「この業界、食うか食われるかが普通だろ。そんな調子でやってっと足元すくわれるぞ」

「だが、これが僕のやり方だ」

「………二人とも、よく普通に食べられますね」

 

 お互いを睨むようにしながら食事を続ける二人を見ながら、少し青い顔をしたカチーヤがオーガニックサラダ和風ドレッシング風味をちびちびとかじっている。

 

「あんな動くモツだの飛び散った皮だのくらいで食欲無くしてたら体持たないぞ。オレも昔はそうだったがな」

「初仕事というのでは無理も無いだろう。むしろ平然としていられた方が問題がある」

「それは一理有りますね、周防刑事」

 

 カチーヤの隣で優雅ささえ感じる動きで有機栽培コーンのポタージュスープをすすっていたジャンヌが、食の進まないカチーヤを見やる。

 

「ようは慣れじゃよ。嬢ちゃんも一人前になる頃にはなんとかなってるじゃろ」

「ふァまっちろいひゃけひゃはいか?(生ッ白いだけじゃないか?)」

「ヒハマモフラベルナ(貴様ト比ベルナ)」

 

 三種のフルーツケーキセットを味わうオベロンの脇で、カーリーとケルベロスがお互いのシーズンサービスメニュー・ガーリックTボーンステーキを六本の腕に持ったナイフとフォーク、牙と爪と尾を使って壮絶な奪い合いをしている。

 

「その場でぶちまけなかったのは上等だ、あんなのはまだサワリだからな。オレが知ってるので一番スゴかったのは○○に○○○た○○が○○○○○を○○○○って」

 

 顔色が一気に青くなったカチーヤの手から、フォークがテーブルに滑り落ちて乾いた音を立てる。

 ちなみに、互いに自分の分のステーキにフォークとナイフ、爪と牙を突きたてているカーリーとケルベロスは、残ったナイフとフォーク、旋回する尾で壮絶な空中戦を繰り広げていた。

 

「なる程、あれはそちらの事件だったか。その一月後に起きた模倣事件では、○○が○○した○○を○○して○○○○○…」

 

 音を立てて席を立ったカチーヤが、口に手を当てながらトイレへと駆け込んでいく。

 なお、その隙にカーリーは爪を突き立てていたケルベロスの足にナイフを突き刺して緩んだ隙に別のナイフを駆使して肉を解体してそれを全てナイフとフォークに突き刺して口に運び、ケルベロスは一瞬牙を離したかと思うと突き刺さっていたフォーク及びカーリーの手ごと肉を丸呑みにする。

 

「ギィヤアアアァ!」

「ガルオオオオォォ!」

「……静かにしろ、結界が解けたらどうする? あんま騒ぐとRETURNさせっぞ」

 

 口から肉片を飛び散らせながら絶叫する仲魔を冷めた目で見ながら、八雲は食事を続ける。

 

「便利な物だな、そのGUMPという物は」

 

 テーブルの端で画面に人払い用の魔法陣を描き続けるGUMPを見た克哉に、八雲は食事の手を止めてそれを手に取った。

 

「扱いこなせれば、だがな。オレは偶然にこいつを拾ってサマナーになったが、サマナーの素質がない人間にはセキュリティが働いて起動すらしない。それにセット出来るプログラムも限りがあるから、どれをチョイスしてどう使うか、それが重要だ」

「一長一短か。ペルソナと同じだな」

「それはともかく、これからどう動くかだな。他になんか情報は無いのか?」

「今、知り合いのマンサーチャーがこちらに向かっている。彼なら何か知っているかもしれない」

「だといいがな」

 

 ちょうどそこへ、ハンカチを口にあてながらカチーヤが席へと戻ってくる。

 

「スイマセン、見苦しい所を………」

「戻した分、無理にでも食っておけ。腹が減っては戦は出来ぬってのはホントだからな」

「……はい」

「ゆっくり食べるといい。消化できない食べ方では意味が無いから」

 

 自分とは比べ物にならない戦闘経験を持つ二人の意見を守りながら、カチーヤはそっとフォークを手に取る。

 余談だが、自分の分を食い尽くしたカーリーとケルベロスは八雲の皿に残っているハンバーグとポークリブを虎視眈々と狙っていた。

 

 

 

「ここいらのはずよね、克哉さんからの連絡だと」

「ああ、そうだな」

 

 夜の闇が辺りを覆い、すこし暗めの街灯の光が照らす公園の中で、二人の男女が佇んでいた。

 一人は赤く染めた髪をアップでまとめ、タイトなツーピースを着込んだ勝気そうな女性、もう一人は腰まである長髪にサングラス、それに何が入っているか分からない大き目のアタッシュケースを持った、スーツ姿のニヒルな男性だった。

 

「反応が無いのが気になるが………いや、今来たか」

 

 かつて周防 克哉と共に闘ったペルソナ使い、芹沢 うららとパオフゥこと嵯峨 薫はペルソナの共鳴が近づいてきているのを確かめ、そちらへと歩を進める。

公園の入り口に、デフォルメされた幽霊のロゴが描かれたコンテナトレーラーが止まる。

 そのコンテナ部分に設けられたドアが開き、そこから目当ての人物が顔を出すのを見た二人はそちらへと急いだ。

 

「すまない、わざわざ来てもらって」

「何言ってるの、そんなのナシナシ」

「安心しな、安くしといてやるぜ」

「……パオ」

 

 笑顔のままパオフゥの腕をうららがつねる。

 

「とりあえず中へ」

「おう、ジャマす…」

 

 コンテナの中に足を一歩踏み込んだ所で、パオフゥの右手が素早くポケットに入ると、そこから一枚のコインを取り出す。

 

「……何のつもりだ?」

「生憎と、自分の家にそうそう他人を入れない主義でね」

 

 振り向かず後ろに目を向けた克哉の背後で、パオフゥに向けてソーコムピストルを構えていた八雲が、用心深く外にいる二人を確かめると、ゆっくりと銃口を下ろす。

 

「ま、確かにただ者じゃないようだな」

「てめえもな」

 

 銃弾と指弾、どちらも必殺の状態だった二人が緊張を解くと、乗客を増やしてトレーラーは再度走り出した。

 

「紹介しよう。こちらは芹沢 うらら君と嵯峨…」

「パオフゥだ」

 

 克哉の説明を途中で遮ったパオフゥが、改めてコンテナ内を見る。

 

「……随分と物騒だな」

「あんたらと違って、こっちは生身で闘うしか能がなくてな」

 

 コンテナに満載された銃火器やPC類をジロジロと見るパオフゥに、八雲が視線を突き刺す。

 先程の返礼か、また緊張状態に入るパオフゥと八雲を止めるように、慌てて克哉が中へと入って紹介を続ける。

 

「こちらは葛葉のサマナー、小岩 八雲君に、術者のカチーヤ・音葉君。今回の事件を任されているそうだ」

「カチーヤ・音葉です。よろしく」

「うららよ、よろしく」

 

 にこやかに握手する女性二人に対し、男性二人は未だ睨み合っている。

 

「とにかく、話を進めたいのだが……」

「……そうだな、こんな狭い所でにらめっこしても始まらねえ」

「悪かったな狭くて。《噂屋》さんよ」

 

 どんどん険悪になっていく二人の和解を諦めた克哉は、先程コンテナ内で作ったばかりの資料を広げる。

 

「今分かっているのは、港南警察署管内で起こった謎の女性誘拐事件、そしてこの街で起こった神主惨殺事件、この二つにこの男、安部 才季が関わっているという事。そして彼は悪魔使いであるという可能性が極めて高いという事だ」

「……そんだけ?」

「ああ、何しろ情報が極めて少ない。現在全力でこの阿部 才季の情報を洗っているのだが………」

「相変わらず警察はずさんだな。二件じゃない九件だ」

「九件?」

 

 いきなり増えた数字に、皆の視線が言った当人のパオフゥに集中する。

 パオフゥは意味ありげな表情をしながら、持参していたアタッシュケースからノートPCを取り出すと、それに電源を入れて操作する。

 そこに浮かび上がるデータを皆が押し合いへし合いしながら覗き込んだ。

 

「一件目は八年前東京で、その一年後に次は島根、そのまた翌年に秋田と一年おきに今回と同じ女性の誘拐もしくは失踪事件が起きている。そのいずれもが、未解決のままだな」

「失踪事件ならそれこそどこででも一つくらいあるだろ。共通点は?」

「オレも最初そう思った。だが、こういう事だ」

 

 パオフゥが操作すると、そこに一つの図形が浮かび上がる。

 

「……家系図?」

「ああ、桐島に言われて誘拐された女性と神主の家系を手繰っていったら、血筋としてはえらく離れているが、行方不明になった女性がぼこぼこ出てきやがった」

「! 血縁、いや血族か。だが、何の?」

「そこまでは分からねえ、その神社ってのを徹底的に洗い直す必要があるな」

「現場百辺か。何がしかの証拠がつかめるかもしれん」

「すぐに向かった方がいいな。儀式がらみだとしたら、ヤバイ」

「ヤバイって、何がよ?」

「……明後日に月齢が満ちます。もし儀式を執行するのなら、満月が天頂に昇った時が一番効果的なんです」

「タイムリミットは、あと55時間弱か」

 

 克哉が手首に巻かれた多機能ウオッチを見る。デジタルで表示される文字盤は夕刻から夜へと移ろうとしていた。

 

 

1時間後 戸塚神社

 

「到着しました、召喚士殿」

「おう」

 

 ハンドルを握っていたジャンヌダルクの声を聞いた皆が、外へと出る。

 

「先程から気になっていたのだが」

「何が?」

「……彼女は免許を持っているのか?」

「大丈夫、ちゃんと発行しておいたし、交通省に登録もしてる」

「……てめえでか?」

「無論」

「偽造じゃないか!」

 

 胸を張る八雲を克哉が怒鳴り散らす。

 

「免許偽造に無免許運転とは! れっきとした犯罪だぞ!」

「GUMPの調整で手が離せなかったんだよ。文句あるなら悪魔用の自動車学校紹介してくれ、大型取れるとこ」

 

 適当に返答しながら、八雲はGUMPの電源を入れて探索用ソフトを幾つか起動させていく。

 

「特に反応はなし、地道に探すしかねえな」

「何を探せばいいのさ?」

「何か。出来れば、家系図か建立の言われ書きが有ればいいんだが…………」

「こんなボロ神社に都合よくあるモンか?」

「あくまで殺人事件としての鑑識捜査だけだったからな。案外あるかもしれない」

 

 すでに暗い神社の境内や社の中を、皆が捜索(というか家捜し)を始める。

 

「これって、不法侵入になるんじゃないですか?」

「厳密に言えばそうなるが、犯罪捜査のためだ。間違っても窃盗なぞ働かないように」

 

 微妙に血痕らしき物が付いている崩壊寸前の祭壇をカチーヤが恐る恐る探るのを、克哉が手伝う。

 

「金目の物なんざ無さそうだがな」

 

 ライターの灯りで照らしながら年季の入りまくった鳥居を見ていたパオフゥが年号の類が無いかとそれに触れてみるが、そこに戦前の年号が刻まれているのを発見すると鼻を一つならして他を探す。

 

「どちらにしても、なんか泥棒してるみたい」

「あんまり妙な事するなよ、人払い用の弱い結界張っておいたが、気休めみたいな物だからな」

 

 うららが住居部分の茶の間から出てきた土地権利書を元の場所に戻しつつ、他の棚を探す。

 八雲は居間の畳を引っぺがしてみたり、挙句それを切り裂いてみたりとどうみてもヤクザか地上げ屋の家捜しをしている。

 

「難しい物ですね。家人が誰かいれば何がしかの話が聞けたかもしれないのですが…………」

「生憎、神主は3年前に奥さんを亡くして以来一人暮らしだったそうだし、他に類縁は誘拐された姪だけだそうだ」

 

 社に飾られていた板絵を下ろして調べていたジャンヌダルクが、それが最近書き直された物に気付いて嘆息し、祭壇を調べがてら片付けた克哉は、屋外を探し始める。

 

「屋根裏に隠し部屋とか、秘密の地下室とかないかしら?」

「都合よくあるか、んなモン」

 

 縁の下を覗き込むうららに、パオフゥは天井板を外してホコリが濃厚に積もった屋根裏を見回す。

 神社の裏手に回った克哉は、そこに大きなタンクを発見した。

 

「ガスじゃないな、地下水かな?」

「だな、こっちに井戸がある」

 

 古びた井戸のつるべを八雲が調べていたが、ふとしたはずみでそこにあった桶を井戸の中へと落っことした。

 

「ありゃ?」

 

 桶はそのまま落下し、井戸の底に当たって乾いた音を立てた。

 

「?」

「どうかしたか?」

 

 訝しげに八雲が井戸を覗き込み、そのあとタンクを見る。そして無造作に懐からソーコムピストルを抜くと、いきなりタンクを撃ち抜いた。

 

「な、何をする!」

「何、今の銃声!」

「敵か!?」

「八雲さん!?」

「召喚士殿!」

 

 銃声を聞いて全員が集まる中、八雲は弾痕から漏れ出す水にまったく澱みがないのを確かめてほくそ笑む。

 

「見つけた………」

「……あ!」

 

 流れ出している水の意味する事に気付いた克哉が、井戸へと歩み寄る。

 

「この井戸は………」

「フェイクだ。枯れ井戸から水がくみ出せる訳がないからな」

「じゃあ、ここに?」

「ちょっと待ってろ」

 

 八雲はGUMPを操作して透き通った女性の姿をした四台元素の風を司る精霊 シルフを召喚する。

 

「なあに?」

「ちょっとこの中を調べてきてくれ。危険だと思ったらすぐに引き返せ」

「分かったわ」

 

 ウインク一つしてシルフは井戸の中に入っていく。が、なぜかすぐに帰ってきた。

 

「底に横穴が有って部屋みたいなのが広がっているけど、結界があって私じゃ進めないわ」

「そうか、降りてみるしかないな…………ご苦労だったな」

「いいえ」

 

 GUMPの帰還プログラムを起動させ、八雲はシルフの召喚を解く。シルフは無数の光となってGUMPの小型ディスプレイの魔法陣へと吸い込まれていく。

 

「この下に何かあるのは確かだな」

「でも、結構深いですね……」

「ロープか何かない?」

「待ってろ、今取ってくる」

 

 八雲は一度コンテナへと戻ると、その中を引っ掻き回して装備を整える。

 戻ってきた八雲が大荷物を抱えているのを見た全員が唖然とする。

 

「何をそんなに持ってきてんだよ」

「色々とだよ」

 

 ライト付きヘルメットをパオフゥへと投げ渡しながら、八雲が荷物を広げていく。

 

「念のためだ、必要なのは持っていってくれ」

「げ!」

 

 ロープ、ライト、コンパスなどの冒険道具と一緒に、拳銃、ショットガン、サブマシンガン、マチェット(山刀)、短刀、ショートスピア、スタングレネードなどの武器が辺りに広げられていくのを見たうららが思わず絶句する。

 

「銀行強盗し放題だな、こんだけありゃ」

「やりたきゃ、てめえ一人でやってくれ」

 

 悪態を付きつつ、八雲はモスバーグM500ショットガンにコロナシェルを詰めていく。

 

「あまり重火器を使うのはあとで問題に……」

「ほれ拳銃!」

 

 投げ渡されたガンケースを受け取った克哉が、その中に納められたハンディキャノンの俗称で呼ばれる最強クラスのオートマチックピストル、デザートイーグル50AEを見て絶句する。

 

「何もここまでしなくても……」

「この事件、そうとうヤバイぞ。甘く見ない方がいい」

 

 肉球の付いた手袋から爪のように刃が出ている魔獣 ネコマタの魂を武器へと変化させた格闘用武器のニャン2クローをはめ、うららが具合を確かめるために何度かパンチを打ってみる。

 

「準備OKです」

 

 ライト付きヘルメットがしこたま似合っていないカチーヤが、ジャンヌダルクと協力してロープを固定し、井戸の中へと垂らす。

 

「誰から行く?」

「僕が行こう」

 

 克哉が率先してロープを掴み、井戸の中へと降りていく。

 ハイビームライトでもようやく底が照らせるかどうかの深い井戸を、慎重に降りつつ井戸の中を観察する。

 

「克哉さん、下の方どう~?」

「かなり深いな。だが、誰かが降りた形跡はある」

 

 不自然に生え方が薄くなっている部分のあるコケや、補強か何かのために打ち込んだと思われる杭を見つけながら、克哉はようやく底へと降り立つ。

 

「ああ、確かに横穴がある。大人が一人通れるかどうかだが」

「ちょっと中を覗いて見てくれ~、シルフが言うには結界があるらしい~」

「分かった」

 

 スーツが汚れるのに舌打ちしながら、克哉が横穴に首を突っ込む。その先には、不意に大きな空間が広がっていた。

 

「大きな部屋がある! 明らかに人工的な物だ!」

「不用意に動くなよ~、オレも今行く~」

 

 八雲がそのすぐ後に続いて井戸へとおり、次にうらら、カチーヤ、ジャンヌダルクが降りると、最後にパオフゥが底へと降りて謎の空間に入る。

 

「こいつはたまげた………」

「上の神社は飾りだな。恐らくこっちが本殿だ」

 

 空間の奥にそびえる年季の入った石灯籠が両脇に立った、石造りの扉の前に全員が立つ。

 

「古いな………いつの物だろう?」

「分からんが、この古さじゃ江戸時代以前かもな………」

「こっちに祭壇みたいな物があります」

「こいつは新しいな。ここは神事用の儀礼場ってとこじゃねえのか?」

 

 祭壇にある真新しい徳利や護摩壇(祈祷用に火を焚く物)をカチーヤとパオフゥがしげしげと手にとって見る。

 

「で、結界ってコレ?」

 

 うららが石灯籠の間に張られたさほど古びていない注連縄をつつく。

 

「不用意に触るなよ、隠し社があるようなとこじゃ何が出てくるか分からないぞ」

「悪魔がいたらペルソナで分かるわよ。ここにはそんな反応は何も…」

 

 横を向いた拍子に、ニャン2クローの刃が注連縄を浅く切る。すると、突然注連縄がはじけるように震え始める。

 

「何? 何? あたし何かした!?」

「違う! そうかここは!」

 

 八雲の言葉の途中で、注連縄が粉々に千切れ飛ぶ。

 飛び散ってきた注連縄の破片を浴びながら、全員が扉へと注目する。扉は一度内側から弾けるように膨らんだかにみえたが、すぐに元の静寂を取り戻した。

 

「な、何だ今のは………」

「くそっ、オレとした事がこんな簡単な事を思いつかなかったなんて…………」

「どういう事です?」

 

 八雲が歯軋りしながら扉へと近寄ると、そこにGUMPを近づける。

 扉に触った途端、GUMPからはエネミーソナーの警告音が響いてきた。

 

「あ、あたしが悪いの?」

「違う、ここは封印された場所なんだ。そして上の神社と御神体はここの封印の要だったんだ。神社が破壊され、御神体が奪われた事で封印が限界に達してた所で、力を持った人間が触っちまったから、結界その物が弾けちまった。おそらく、ここにいる誰が一番最初に触っても同じ結果だったろう」

「寝ている虎を起こしちまった訳か。問題は」

「何が封印されているか、だな」

 

 頭をかきながら、パオフゥが扉に手を触れつつ、ペルソナの反応を確かめる。

 

「悪魔の気配はするが、ヤバイ奴が封印されているって気配はないな」

「それが引っかかる所なんだよな。何かが封印されてるなら、その伝承が何らかの形で残っていてもおかしくないし」

「完全に隠された存在という線は?」

「封印してあるのが悪魔とは限らんさ。前に中世に作られ封印された幻の金属って奴を発見して開けてみたら、アルミ製の杯が出てきたなんて事も有ったぞ」

「じゃあ、ここにあるのはスチールの徳利かな?」

「そんなの封印しても…………」

「ま、入ってみりゃ分かるだろ」

 

 八雲がGUMPを操作してケルベロスを召喚すると、扉の前に待機させる。

 

「開けた途端に、って事も有り得る。注意しろ」

「お任せを、召喚士殿」

「グルルル……」

「アステリア!」

 

 用心深く剣を構えたジャンヌの隣にケルベロスが身構え、両者の背後でうららが《STAR》のカードを手に、古代ギリシアの星座を意味する女神アステリアのペルソナを召喚して備える。

 

「行くぞ」

「ああ」

「どうぞ」

「おら、よっと!」

 

 八雲とパオフゥがそれぞれの扉を持って、力任せに開けていく。

 石造りの扉は、開放を拒むかのようにゆっくりと、重々しいい音を立てて開いていく。

 僅かに空いた隙間に、克哉のデザートイーグルとカチーヤのイングラムM10サブマシンガンの銃口が突きつけられる。

 時間をかけて開かれた扉の向こう側に皆が用心する中、扉はやがて全開した。

 

「………大丈夫みたいね」

「入り口はな」

「こりゃ……少なくても数十年は開けてなかったな……」

「ああ………」

 

 予想以上の扉の重さにすでに息が切れている八雲とパオフゥが改めて扉の向こうを見た。

 

「ご丁寧にダンジョンだな」

「相当ヤバイ物が有りそうだな、これは」

 

 天然の洞窟を利用したらしい通路が延々と伸びているのを見ながら、八雲が先頭に立って扉をくぐり、ケルベロスがその隣に並んだ。

 

「匂ウゾ、屍鬼ノ匂イガアチコチカラ」

「ハニワの次はゾンビか? 嫌な話だ」

「コウモリとかいそうねぇ」

「外に繋がってでもいねえ限り、いねえよ」

「結構深くまで繋がってるみたいですよ、ここ」

「皆様、足元にお気をつけて」

「この先に、何があるのだろうか…………」

 

 先頭に続き、うらら、パオフゥ、カチーヤ、ジャンヌダルク、克哉の順に一行がダンジョンの中へと入る。

 扉からある程度進んだ所で、いきなり先程の重々しさとはうって変わって扉が急激的に閉じた。

 

「ちょっ、ちょっと! 閉じちゃったわよ!?」

「閉じたな」

「ああ、閉じた」

「閉じちゃいました………」

「閉じたか………」

 

 完全に閉ざされた背後を見ると、八雲がそのまま進み出す。

 

「ちょっと! 開けとかなくていいの!?」

「閉じたって事は出す気が無いって事だ。用件済ませてから開け方を考えよう」

「開かねえ時は?」

「ぶち破る」

「最悪、それしかあるまい」

「ぶち破るって…………」

 

 閉じ込められた事をさほど気にせず先に進む男性陣をポカンと見ていたうららが、一人取り残されそうになって慌てて後を追いかける。

 

「カチーヤちゃんも大変ねえ、あんなのの相棒なんて」

「八雲さん、結構いい人ですよ。頼りになりますし」

「小さい時から男頼りにしてると、後で苦労するわよ」

「実体験か?」

「パオうるさい」

「あの、あたし一応…」

「来ル!」

 

 ケルベロスの声に、全員が同時に戦闘態勢を取る。

 通路の岩陰から、腹の突き出た奇妙な子鬼と、奇怪な泣き声を上げる怪鳥がこちらへと向かってきた。

 

「ガキにオンモラキ? 雑魚じゃないか。焼き尽くせケルベロス!」

「ハッ!」

 

 ケルベロスの口から吐き出された業火が、瞬時に襲ってきた幽鬼 ガキと凶鳥 オンモラキを焼失させる。

 

「なんだ、ビックリして損した」

「危ない!」

 

 構えていた拳を下ろそうとしたうららの脇をかすめて、カチーヤの青龍刀がその背後に繰り出される。

 

「ぐっ……」

 

背後から聞こえたくぐもった声に、うららが振り返りながら拳を構える。

そこには、矛を手にした黄泉の国に住むとされる妖鬼 ヨモツイクサが傷を押さえていた。

 

「いつの間に!?」

「まだ来るぞ!」

 

やや高くなっている天井から逆さになりながらこちらを見ている邪鬼 ガシャドクロに向かって克哉がデザートイーグルを向け、消し炭となったガキやオンモラキの死骸を踏み潰しながら、さらに無数のヨモツイクサが迫ってくる。

 

「黄泉平坂(よもつひらさか)か、ここは……」

「貴様らにとって、そうなるのは確かだ」

 

 カチーヤの攻撃を食らったヨモツイクサが、立ち上がりながら矛を構える。その背後にも、無数の屍鬼達が現れていた。

 

「どうやら、すっかり罠にはまっちまったみてえだな」

「カチーヤ、ジャンヌ! そちらを頼む!」

「はいっ!」

「はっ!」

「パオ、そっちお願い」

「おう」

「上のは僕が引き受ける!」

「死ね!」

 

 負傷したヨモツイクサの号令で、悪魔達が一斉に襲い掛かる。

 それに応じて、無数の銃声が通路内に響き渡る。

 八雲の放ったコロナシェルが襲い掛かってきた者達に突き刺さるが、僅かに怯んだだけで再度攻撃を再開しようとするが、そこにケルベロスのファイアブレスとパオフゥのペルソナ、人々に火を与えたとされる虚神 プロメテウスの雷撃が縦横無尽に周囲を嘗め尽くす。

 

『マハラギダイン!』

『ツインクルネビュラ!』

 

 克哉のヒューぺリオンの業火とうららのアステリアの旋風が狭い洞窟内を所狭しと暴れまくる。

 

「少しは加減しろ! 崩れてきたらどうする!」

「向こうに言って!」

 

 ペルソナの圧倒的攻撃力に八雲がどなりながら、モスバーグを連射する。

 うららが旋風を抜けてきた者にコンビネーションブローをぶち込み、相手が怯んだ所でカチーヤの青龍刀が相手の首を切り飛ばす。

 

「カチーヤちゃんナイス!」

「次来ます!」

「オラァッ!」

 

 うららのアッパーカットが、ニャン2クローの刃をヨモツイクサの顎から脳天まで貫き通す。

 

『ガルダイン!』

 

 刃を引き抜くとダメ押しとばかりに疾風魔法を叩き込み、うららが下がる。

 ズタズタに引き裂かれて倒れたヨモツイクサの屍骸を超えて迫ってきたガシャドクロにカチーヤがフルオートで弾丸を叩き込み、その額を蜂の巣にした後、ジャンヌダルクの剣がそれを粉々に打ち砕く。

 

「キリがねえ、アレ行くぞ!」

「ああ!」

 

敵の数の多さに、パオフゥが一歩引くと克哉とペルソナを同調させていく。

それに応じ、ヒューペリオンの両手に無数の光の弾丸が、プロメテウスの両手には無数の闇の弾丸が産み出されていく。

 

『アンクェル・バプテスマ(不平等な洗礼)!』

 

 同調した二人のペルソナが、光と闇の弾丸を一斉に放つ。

 撃ち出された光の弾丸と弾き飛ばされた闇の弾丸が、周囲を取り囲む悪魔達を次々と貫く。

 瞬く間に悪魔達はなぎ倒され、冷たい洞窟の岩盤へとその屍を倒れ込ませる。

 

「ひ、ひええぇぇぇ!」

 

 運良く残ったヨモツイクサが逃げ出そうとするのを、そのつま先にパオフゥが放った指弾が突き刺さり、無様に転倒する。

 

「待ちな」

「ちょっと聞きたい事があるんだが」

「ひいいぃぃ!」

 

 指弾用のコインを弄ぶパオフゥと、悪魔の魂を融合させて作り出した合体剣を手にした八雲が生き残りのヨモツイクサをにじり寄る。

 

「安心しろ、こちらの質問に答えれば殺しはしない」

「答えれば、な」

 

 頬に当てられる刃の感触に、ヨモツイクサの喉が鳴った。

 

「ああやってると、まるでヤクザかマフィアに見えるわね………」

「もっと物騒だと思いますけど」

「悪党と悪魔とでは行使する力の差が……」

「実際にやる分、こっちの方が物騒なんじゃ……」

「悪かったな」

「あ、聞こえてた?」

 

 女性陣の内緒話を黙らせつつ、男性陣の尋問が始まる。

 

「まず、君には黙秘権と弁護士を呼ぶ権利が…」

「ある訳ねえだろ」

「しかし、法律的には」

「いいからこちらに任せろ。まず、ここはなんだ?」

 

 克哉を黙らせつつ、八雲が相手の肩を刃の腹で軽く叩きつつ聞く。

 

「し、知らない……ギャアッ!」

 

 縦に降ろされた刃がヨモツイクサの肩を浅く斬る。

 

「本当だ! ただオレ達は大昔の契約で呼び出されただけだ!」

「それはいつの事だ?」

「昔過ぎて覚えてねえが、500年は前だ………」

「500年!?」

「それくらいで驚くな。神格クラスになると二千年三千年クラスもザラだ。じゃあ次の質問だ」

 

 血の付いた刃で反対側の肩を叩きつつ、八雲は続ける。

 

「どうやって現れた? エネミーソナーは反応しなかった」

「わ、罠だ! 侵入者が来て闘うと、それに反応してオレ達が呼び出される仕組みがこの先にある!」

「トラップサモンか、どうりでな。じゃあ最後の質問だ。ここを作ったのは誰だ?」

「わ、分からない。だが、代々この土地で何かを封印してきた一族らしい」

「……他には?」

「知らない! オレが知ってるのはこれで全部だ!」

「本当か?」

「ほ、本当だ! あとは何も知らない!」

 

 パオフゥの弾いた指弾がヨモツイクサの頬をかすめる。

 震えるヨモツイクサが必死になって弁解するのに偽りが無いと判断した最悪の尋問官二人が、手にした武器を収めた。

 

「やりすぎじゃあ……………」

「悪魔相手には絶対隙を見せるな。人間でも同じだけどな」

 

 腰を抜かして震えているヨモツイクサにカチーヤが近寄ると、黙って回復魔法をかけてやる。

 

「す、すまねえ……」

「いえ」

「ほっとけ、時間がおしい」

「ま、待ってくれ。オレと契約しないか!?」

「主を変えるのか?」

「どうせ前の奴はくたばってるんだ。アンタとなら上手くやれそうだしな」

「……いいだろう」

 

 八雲はGUMPを操作して契約ソフトを立ち上げる。

 

「汝の真の名は?」

「オレの名は§※*∴∋だ」

 

 人間には理解する事が出来ない言語の名を、GUMPが登録。それを元に、悪魔との契約書が自動的に作成、記録される。

 それと同時に、ヨモツイクサの体が光の粒子となってGUMPへと吸い込まれていった。

 

「それが契約という物か」

「へ~、初めて見た」

「そうか?」

 

 契約の済んだヨモツイクサのデータをチェックする八雲の両脇から、克哉とうららが興味深そうにGUMPを覗き込む。

 

「触るなよ、下手にいじって契約解除になったらスンゴイ事になる」

「そうなの? どっちにしても、あたしはパソコン苦手だし……」

「それでこの先の戦闘を避ける事は出来ないか?」

「こいつはただの使役用の道具に過ぎない。向こうがやる気なんら、どうしようもないさ」

「同様のトラップが幾つあるか、か…………」

「召喚士殿! こちらを!」

 

 ジャンヌダルクの声に、八雲はそちらを見る。

 

「召喚儀礼、ですね」

「ああ、よくここまで小さくまとめたもんだ」

 

 少し先の壁に、壁をくり抜いて作ってある小さな祭壇をカチーヤと八雲は調べ始める。

 

「それがトラップか?」

「ああ、無茶苦茶古いが、れっきとした召喚用だ。一応停止させとこう」

 

 そう言いつつ、八雲は祭壇の中央に飾られた黒ずんでいる恐らくは銀杯と思われる物を手に取った時だった。

 どこからか、妙に重い音が響く。

 

「ん?」

 

 八雲が手の中の銀杯と小さな祭壇を交互に見、銀杯の下にある小さなくぼみに気付いた。

 

「………悪ぃ」

「何かしたか?」

「あの、二重トラップみたいなんですけど………」

 

 カチーヤが小さくなって謝る中、巨大な何かが転がるような音が響き、しかも凄まじい勢いで近付いてくる。

 

「おい………」

「これって………」

「まさか、そんなベタな………」

 

 自分達が来た方向を、総計十四の瞳が見た。

 洞窟の暗がりの向こうから、巨大な岩が壮絶な音を立てて転がるのが全員の視界に同時に飛び込む。

 

「冗談だろ、オイ!」

「逃げろ!」

「ジャンヌ、ケルベロス、戻れ!」

 

 古い冒険映画のワンシーンのような光景が迫ってくる中、全員が一斉に走り出す。

 狭い洞窟でのスペース確保の為に仲魔を戻した八雲が、GUMPを仕舞いながら転がってくる大岩を見る。

 

「本物の岩だ! 潰されたらオダブツだぞ!」

「どうにかならないのか! あれを止められそうな仲魔は!?」

「ストックに無い! そっちこそどうにかできないか!」

「どうしろってのよ!」

「時を止めてる間に砕くとか、周囲の壁に融合させるとか、殴った物を生物に変化させるとか!」

「何の話だ!」

「解いて編んでネットにするって手も出来ないわよ!」

「きゃっ……」

 

 足の長さの違いか、遅れそうになっていたカチーヤの足がもつれ、転倒する。

 

「カチーヤ!」

「カチーヤちゃん!」

 

 それに気付いた八雲とうららが彼女を起こそうとするが、すでに岩は目前まで迫っていた。

 

「ヒューペリオン!」

「プロメテウス!」

 

 克哉とパオフゥが岩を止めようと攻撃するが、岩の圧倒的質量の前にはわずかにその勢いを緩めただけだった。

 

「仕方ねえ!」

 

 間に合わないと悟った八雲が、いきなりジャケットを脱いで岩へと投げ付け、それに向かって発砲した。

 ジャケットの裏や内ポケットにあった無数の攻撃用アイテムが、コロナシェルの直撃を受け、一斉に発動する。

爆風や液体窒素が洞窟内に吹き荒れ、全員がその場から吹き飛ばされる。

 

「おわっ!」

「くっ!」

「きゃあっ!」

 

 突然の事に、ペルソナ使い達は反射的に自らのペルソナで爆風を防ぐが、それが出来ない八雲がカチーヤを抱くようにしてモロに吹き飛ばされる。

 爆風が止み、目を開けたペルソナ使い達は、粉々に砕けた大岩の残骸を見て嘆息する。

 

「何を持ち歩ってたんだ、野郎………」

「さあ…………?」

「二人は!?」

「生きてるよ…………」

 

 通路の少し先で、行き止まりの壁にもたれるようにしていた八雲が手を上げるのを見た皆がそちらに駆け寄る。

 

「怪我は………!?」

「怪我はあんまないようだ、これのお陰で」

 

 八雲の全身を、いつの間にかまるで鎧のように氷が覆っている。それのお陰で爆風で壁に叩きつけられた割には、軽症の八雲が懐のカチーヤを見た。

 

「これは、お前の?」

「え?」

 

 爆発で半ば呆然としていたカチーヤが、その言葉に我に返って現状を確かめる。

 

「これ、あの一瞬で?」

「だろうな」

 

 まるでクリスタルのように透明な氷の鎧を、うららが突付いてみる。

 触れない限り、とても氷とは思えないそれを皆が不思議そうに凝視する。

 

「すいません、足手まといで………」

「いや、そうでもないさ。ところで」

「はい」

「冷たいんだけど………」

「え、え~と…………」

 

 小さくなっていたカチーヤが、八雲の全身を覆う氷を見て、視線を泳がせる。

 無言で、どうにも出来ない事を如実に語っていた。

 

「……じっとしてろ。今溶かす」

「こっちまで焼くなよ」

 

 克哉が手に高熱魔法を生み出しつつあるヒューペリオンを背に、八雲へと近付く。

 

「いくぞ」

「ああ、あちいぃぃぃーーー!!」

「克哉さん、焦げてる!焦げてる!」

「むう、なかなか溶けないな………」

「ぎぃやああああ!!」

「我慢しろ、ようやく溶けてきてるぜ」

「その前に八雲さんが焦げちゃいます!」

「もう少しだ。頑張ってくれ」

「ぐおぉぉぉぉー!……………」

 

 五分後、全身から焦げた匂いがする八雲が、ふらつく足取りで歩きながら、爆発の影響で少し損傷したGUMPをチェックしていく。

 

「やばいな、内部が少しイカレてる」

「使えないのか?」

「召喚プログラムはなんとかなるが、ソフトがフリーズ気味だ。実戦には使えねぇな………」

「す、すいません。私がドジしなければ………」

「こんな洞窟内じゃ、ほっといても誰か転ぶさ。たまたまそれがお前さんだっただけだ」

「でも…………」

「言わない言わない。さっ、先行こ」

「ちょっと待て、一応召喚してみる」

 

 セクタ不良が幾つか起きているGUMPを操作し、八雲は仲魔を召喚する。

 画面から溢れ出した光が形となり、仲魔を異界から具現化させる。

 

「……………ねえ」

「………言うな」

「一度退去させた方が…………」

「ん~………?」

 

 召喚された仲魔、なぜかピンクのネグリジェ姿で大きなラッコのヌイグルミ(八雲がジョークで贈ったプレゼント)を抱いて寝ていたカーリーが、寝ぼけ眼でこちらを見る。

 

「あれ? 呼ばれたんかい?」

「呼んだよ。なんだその格好は………」

「予兆も何も無かったんだけどね………今準備すっから」

「一遍RETURNするから向こうでやれ!」

 

 その場でネグリジェを脱ぎ始めたカーリーを八雲が慌ててRETURNさせる。

 あとには、気まずい沈黙が残った。

 

「何だったんだ、今のは…………」

「見なかった事にしてくれ」

「COMP修理してもらわないとダメみたいですね」

「ヴィクトルのおっさん、いればいいんだけどな…………」

 

 HDユニットの調子を見つつ、再度召喚。今度はちゃんとした姿のカーリーが召喚される。

 

「また、凶悪そうな奴呼び出したな」

「凶悪とはごあいさつだね、グラサンロン毛」

「口も悪いし」

「気にするな。よりにもよってこいつしか呼べなくなってやがるし………」

「さて、じゃあどいつを血祭りに上げればいいんだい?」

「これから出てくる敵全てだ」

「……大丈夫なのか?」

「たまに背中から狙ってるから気をつけろ」

「ひどいねえ、こんなに尽くしてる悪魔なんざいないよ」

「………行くか」

 

 全員一致の意見でカーリーを先頭にした一行は、さらにダンジョンの奥へと進んでいく。

 途中、矢が飛んできたり(カーリーが全て叩き斬る)、落とし穴があったり(底にあった槍を全てペルソナで破壊して無事)、つり天井が落ちてきたり(カチーヤが氷結させて止まっている間に突破)と無数のトラップが立ちふさがり、全員心身共に疲労が蓄積していった。

 

「一度戻った方がよくない?」

「時間があればな」

 

 持参していたチューインソウルを齧りつつ、うららがぼやくのを八雲が一撃で却下する。

 

「大分下まで来てるな」

「よくもまあこんな古いのが何百年も埋まったり崩れたりしねえで残ってたもんだ」

「あちこちに地気を高める刻印が彫ってあるからな。地震くらいじゃビクともしないだろ。ここの製作には相当な術者が関与しているな」

 

 自分で言った事に、八雲はふと違和感を覚える。

 

「……カチーヤ、ここいら辺に封じられた悪魔や祭器なんて記録知ってるか?」

「いえ」

「これだけの物が、葛葉の情報網にないなんて訳ないんだがな…………」

「案外アテにならない情報網なんじゃねえのか?」

「でなくば、余程の機密性を持って建造されたか、だ」

「お、ゴールに着いたみたいだよ」

 

 目の前に、地下に作られたとは思えない程の緻密さで彫刻された、石造りの扉が見えてくる。

 そして、そこから漏れてくる凄まじい妖気に全員が息を飲んだ。

 

「いるな…………」

「ええ………」

「最後のガーディアンか……」

「注意しろ、恐らく神格クラスだぞ」

「さっきからペルソナが派手に反応してやがるからな、イヤでも分かるさ」

「克哉さん、これ最後のチューインソウル」

「カチーヤ、回復アイテムを確認しとけ」

「まだ、なんとか………」

「じゃあ、行くぞ」

「ああ」

「OK」

「いつでもいいぜ」

「準備万端です」

「さあ、殺ろうかい」

 

 八雲が先頭に立ち、扉を開く。

 思ってたよりも軽く、扉は開いていく。

 皆が固唾を飲んで開いていく扉の向こうを凝視した。

 

「おや、一体どれくらいぶりの客人ですかね」

 

 扉の先には広い空間と、そこに佇む楚々とした雰囲気を持った古代の神官のような装束の女性がいた。

 

「何、すぐに帰るからお構いなく………」

「そういう訳にもいきません。せっかく来られたのですから」

「あなたが守っている物に用がある、と言っても?」

「だからこそです。お相手しなくては、ねえ!」

 

 瞬時にして、女性の姿が醜くおぞましい姿へと変貌し、その体から妖気がほとばしる。

 黄泉平坂を統べる闇の女神 イザナミが、その本性を現して襲い掛かってきた。

 

『トリプルダウン!』

『ガルダイン!』

 

 克哉のヒューペリオンが放った三連続の光の弾丸と、うららのアステリアが放った疾風魔法がイザナミに炸裂するが、イザナミはそれを食らっても平然としつつ、片手を突き出す。

 

『ムド!』

「食らうか!」

 

 イザナミの呪殺魔法を、八雲が指にはめていた対呪殺効果のあるラウリンの指輪でそれを弾く。

 

「そこだ!」

「イヤアァッ!」

 

 パオフゥの指弾がイザナミの両目を狙い、その隙にカチーヤの青龍刀が振り下ろされる。

 

「甘いですわね」

 

 イザナミは妖気で指弾を弾き、片手で青龍刀を軽々と受け止める。

 

「アアアァァァ!」

 

 そこにカーリーが六刀を振るって襲い掛かるが、イザナミはもう片方の手で六刀を次々とさばいていく。

 

「これならどうだ!」

 

 八雲がモスバーグM500を連射するが、コロナシェルもイザナミの妖気に阻まれる。

 

「その程度なのですか?」

 

 体からほとばしる妖気で攻撃を無効化していくイザナミの圧倒的強さを前にして、皆は少しも退こうとはせず、更に攻撃を強烈にさせていく。

 

「取っておきいくわよ!」

『Gone With the Wind(風と共に去りぬ)!』

 

 超高圧にまで圧縮、射出された空気の塊が、イザナミに触れると同時にその圧力を開放、無数の風の刃となって暴れまくるうららの必殺技が、妖気の防御を突破してイザナミの体に初めて傷を付けた。

 

「ぐぅ………」

「効いてる!」

「イヤアアァッ!」

 

 イザナミがたじろいだ隙を狙って、カチーヤの青龍刀がその肩口を斬り裂く。

 

「があっ!?」

「いける! 続けるぞ!」

 

 黒ずんだ血しぶきを上げてイザナミが絶叫し、周囲を覆っていた妖気が揺らぐ隙を縫って、コロナシェルと50AE弾と指弾が飛ぶ。

 それぞれがイザナミの体を穿つが、弾痕から黒血を吹き出しながらもイザナミは再度妖気の障壁を張り巡らす。

 

「無駄だ!」

『ジャスティスショット!』

 

 ヒューペリオンの手から、一際大きく、強く輝く光の弾丸がイザナミへと放たれる。

 

『死反(まかるがえし)の闇!』

 

 しかし太陽を彷彿とさせる輝きを持った正義の弾丸は、妖気が突如として濃縮した闇に飲み込まれ、そして反射される。

 

「くっ!」

「反射能力か!」

 

 反射された自らの攻撃をからくも克哉は避けるが、足元に大穴が穿たれた。

 

「次は、こちらから」

 

 イザナミが、妖気を濃縮させながら舞う。その舞の動作一つ一つが召喚儀礼となり、冥界から無数の亡者達を召喚させていく。

 

『黄泉路舞(よみじまい)…………』

「多量同時召喚だと!?」

『マハラギダイン!』

『ブフーラ!』

『雷の洗礼!』

『ツィンクルネビュラ!』

 

 大量に召喚された亡者達が押し寄せるのを、ペルソナとカチーヤの攻撃魔法が迎え撃つが、それでもなお亡者達は押し寄せてくる。

 

「きりが無い!」

「合体魔法で一気に行くぞ! うらら!」

「OK、スクルド!」

 

 うららが《FORTUNE》と振られ、表面に北欧神話の運命を司る姉妹神の末妹が描かれたタロットカードをかざす。

 するとアステリアが光の粒子となり、その光の粒子はスクルドの姿へと変わる。

 

「行くぞ!」

『ヒートクラッシュ!』

 

 ペルソナの同調を利用し、その力を融合させる合体魔法の灼熱の炎が降り注ぎ、亡者達を焼き尽くす。

 

「おのれ!」

「こちらのターンだ!」

「アアアァァァ!」

 

 呼び出した亡者達が全滅したのを歯噛みしたイザナミの背後から、合体剣を振りかざす八雲と六刀を振りかざすカーリーが肉薄する。

 

「食らうものか!」

 

 妖気を収束させて七振りの刃を受け止めたイザナミに、八雲は不適な笑みを浮かべる。

 

「ばーか」

「!?」

 

 合体剣を受け止められた状態で、八雲はいきなりモスバーグM500を真上へと向けて発砲。戦闘の余波でもろくなっていた天井の一部が、その一発で砕けて破片となってイザナミの脳天を直撃する。

 

「がっ!?」

「こっちに気を取られてると他が防御できない。ワンパターンなんだよ」

 

 自らも肩に破片の直撃を食らいながら、八雲はにやりと笑う。

 脳天から流れ出した血を額から滴らせつつ、イザナミが夜叉その物の顔で八雲を睨みつける。

 

「ふ、ふざけるなあ!!」

「がっ!」

「ぐふっ!」

 

 八雲とカーリーを妖気で吹き飛ばしたイザナミが、最大級の妖気を練り上げ、それを闇その物へと変換させていく。

 

「来るぞ!」

「まず…」

『禍魂振(まがつたまふり)!』

 

 闇の中から、無数の闇の槍が周囲へと降り注ぐ。

 

「がはっ!」

「ぐうっ!」

「キャアッ!」

 

 ペルソナの防御をも貫通する闇の槍が、全員を貫く。

 誰もが負傷し、地に膝を付きかける。

 

「たわいもない………」

 

 至近距離で無数の闇の槍を浴びた八雲とカーリーは重傷で、全身から流れ出した血が床へと血溜まりを作っていく。

 

「限界……だよ……」

 

 カーリーに至ってはとうとう現実界での具現化能力の限界を突破し、無数の光となってGUMPへと戻る。

 

「さて、どうしてくれようか………」

 

 八雲の首を掴んで持ち上げたイザナミが、ピクリともしない八雲をどう料理するかを考えてほくそ笑む。

 

「八雲さん!」

「まずい!」

「助けるんだ!」

『死反の闇!』

 

 八雲を助けようと全員が攻撃するが、イザナミの反射の闇の前に全てが無駄と化す。

 

「仲間の前で無残な屍になるがよい。フフフフ……」

「そいつは、どうかな?」

 

 全身を朱に染めながら、八雲が唇の端を持ち上げて笑みを作る。

 次の瞬間、八雲は片方の靴をちょうど顔の高さまで脱ぎ飛ばし、目をつぶった。

 すると、それは突然眩いばかりの閃光を発して爆発した。

 

「ギャアアアァァァァ!!」

 

 突然の閃光に、イザナミは八雲を投げ捨て、目を押さえて暴れまくる。

 

「護摩木の灰と聖別済みの硫化銀の粉末を加えた特性ホーリー・スタングレネードだ。CHAOSの奴にはよく効くだろ」

「しゃべらないで下さい! 今回復させます!」

「あとにしろカチーヤ。今攻撃しなきゃ勝てないぞ」

「で、でも……」

「そこかあああああぁぁぁ!!」

 

 視界を失ったイザナミが、音だけを頼りに八雲へと攻撃を繰り出す。

 

「くっ!」

 

 カチーヤが青龍刀を振るってなんとか攻撃を受け止めるが、イザナミの妖気が再度練り上げられ、闇を作り出していく。

 

(またあれを食らったら!)

『Crime And Punishment!』

『ワイズマンスナップ!』

 

 闇が練りあがる前に、無数の光の弾丸と、超高速の闇の弾丸がイザナミを貫く。

 

「ギィヤアアアァァ! おのれ、おのれえぇぇぇ!!」

「まだ倒れないのか!」

「ちっ!」

『Gone With the Wind!』

 

 負傷しながらも攻撃した克哉とパオフゥが、イザナミの予想以上のしぶとさに舌打ちした時、ペルソナを再度アステリアに変えたうららの攻撃が更にイザナミを撃つ。

 

「全力で行くぜ!」

『Forbidden knowledge(禁じられた知識)!』

 

 プロメテウスが両腕を合わせるようにして持ち上げ、それを振り払うように広げると同時に、衝撃波、飛針、雷撃、漆黒の弾丸を一斉に放出する。

 濃厚な攻撃の嵐が、イザナミの全身を破砕していく。

 

「おのれ………せめて………」

「決めろ、カチーヤ」

「イヤアアアァァァッ!!」

 

 余力を振り絞って八雲に狙いを付けたイザナミに、カチーヤが全身全霊を振り絞り、青龍刀を大上段から一気に振り下ろした。

 

「がっ…………」

 

 額から股間まで一気に切り裂かれたイザナミが、全身から膨大な血を吹き出しつつ、その場に崩れる。

 それを数秒間見たカチーヤが、大きく息を吐いてその場に座り込んだ。

 

「上出来、グッ……!」

「八雲さん!」

 

 放心しかけていたカチーヤが、慌てて八雲に治癒魔法を架ける。

 

「無茶しやがる」

「言っただろ、こっちは生身でどうにかするしかないって」

「限度という物があるだろう」

「忘れた」

 

 治癒魔法で傷がふさがった八雲だが、体力までは回復しようもなく、同じようにうららに傷を治してもらった克哉に肩を貸してもらって立ち上がる。

 

「カチーヤ、さっきみたいな攻めるか守るか二者択一の状況で迷うなら、ためらいなく攻めろ。そうすりゃなんとかなる」

「変な事教えない」

 

 八雲の脳天を軽く小突いたうららが、部屋の一番奥に設けられた祭壇に目を向ける。

 

「で、お宝はこいつか?」

「みたいだな」

 

 祭壇の前にある石造りの棺を見た八雲は、トラップの類がないか確かめると、それの蓋に手をかける。

 

「ミイラなんて入ってたりして…………」

「さあ?」

「……入ってるぞ」

「ヒッ!?」

 

 棺の中、一体のミイラがその胸に抱くようにしている古い銅剣を、八雲はミイラの手から抜き取る。

 

「こいつは………」

「霊剣か? 随分と力を秘めているようだが」

「まさか、これって………」

「間違いない。てっきり消失したモンだと思ってたが………」

「何がだよ」

 

 手にした銅剣をしげしげと見つめた八雲が、それを軽く振ってみる。

 それが何か理解出来ないペルソナ使い達が、全員一様に首を傾げた。

 

「で、結局なんなのそれ?」

「800年前、壇ノ浦の合戦で失われたと言われていた代物。ここまで厳重に封印してある訳だ」

「…………草薙の剣か!」

「ご名答」

「クサナギって、あのでっかい蛇から出てきたって妙な剣だっけ?」

「かつて、天皇家に伝わっていたとされる三種の神器の一つの霊剣。葛葉でも存在は確認されてなかったが、こんな穴倉にあるとはな」

 

 ふとそこで、八雲の脳内で今までの事件が、パズルのように組み合わさっていく。

 

「剣………7人の誘拐………サマナー………儀式………草薙………まさか!?」

「どうした?」

「奴の狙いは…」

 

 そこまで言った所で、突然禍々しい妖気が吹き出す。

 

「!?」

「まだ生きてたのか!」

 

 全員が一斉に背後に振り返る。そこには、中央から微妙にずれているイザナミが、ありありと死相の出た夜叉の顔で、こちらを見ていた。

 そのイザナミの隣で、吹き出した妖気が集束し、やがて空間に漆黒の穴を穿つ。

 

『黄泉路迎え…………』

 

 同時に、周辺にある物全てが、その穴へと吸い込まれ始める。

 

「なに? なに? ブラックホール!?」

「違う! 冥界の門を開きやがった! 吸い込まれたら生きたままあの世にご案内だぞ!」

 

 空間内に突如として現れた穴の向こうに、無数の亡者の姿を見た八雲が吸い込まれまいと棺にすがる。

 

「このっ!」

「往生際が悪ぃ!」

 

 ペルソナで体を固定しつつ、克哉とパオフゥがイザナミに弾丸と指弾を浴びせるが、すでに死にかけているイザナミはそれを意にも介さない。

 

「堪えろ! そう長時間は門を維持できないはずだ!」

「無理言わないで!」

 

 うららが怒鳴りつつ、冥界の門から亡者達が手招きしているのを見て顔色を失う。

 カチーヤの頭から外れたライト付きヘルメットが門の中へと吸い込まれ、亡者達がそれに群がるがそれが人でないと分かった時点で、再度怨嗟の声を上げつつ、こちらに恨めしそうな視線を向ける。

 

「わらわと共に黄泉平坂へと落ちるがよい………」

「70年後だったら考えてやるよ!」

 

 吸い込まれそうになるのを必死に堪えながら、八雲が怒鳴る。

 

「あっ!」

「カチーヤ!」

 

 八雲の隣で青龍刀を床に突き刺して抵抗していたカチーヤが一瞬の油断で手が滑り、吸い込まれそうになるのを八雲がその手を取る。

 しかし、その手が重くなった。

 

「カチーヤちゃん! 足!」

「!!」

 

 いつの間にか冥界の門から這い出した亡者達の手が、仲間を求めてカチーヤの足を掴んでいる。

 

「ぐぐぐ………」

「くぅ………」

 

 一本、また一本と手は増えていき、抵抗する二人を引きずり込もうとする。

 

「どうせやるなら老人ホームに行きな!」

「そういう場合か!」

 

 パオフゥと克哉が必死になって腕を攻撃するが、増えていく亡者の数に追いつかなくなっていく。

 

「落ちろ…………」

 

 イザナミの声と同時に、吸い込む力が更に強くなり、とうとう八雲が掴んでいた石の棺までもが吸い込まれ始める。

 

「くっ!」

「八雲さん!」

「八雲君!」

「カチーヤちゃん!」

「ダメか………」

 

 二人の体がドンドンと冥界の門に近付いていく中、八雲が信じられない行動を取った。

 吸い寄せらる事で逆に亡者達の力が弱まった隙に、カチーヤの手を引っ張って棺へと捕まらせ、自らはその手を離す。

 

「何を!」

「たった一つの冴えたやり方って奴」

 

 そのまま吸い込まれる力に自らを任せつつ、八雲は手にした草薙の剣で亡者達の腕を一気に両断する。

 

「野郎!」

「なんて事を!」

「ば、バカ!」

「八雲さん!!」

「後、頼む」

 

 亡者達の力が無くなった事で、再び動かなくなった棺にすがりつつ、カチーヤの目が冥界へと吸い込まれていく八雲の顔を見た。

 諦め混じりの苦笑を浮かべた八雲が遠ざかっていくを見ていたカチーヤの中で、それは目を覚ました。

 

「ダメええぇぇぇぇ!!!」

 

 瞬間、起きた事を誰もが理解出来なかった。

 漆黒に染まっていた空間が、一瞬にして白く染まる。

 それと同時に、吸い込む力も消えた。

 

「!?」

 

 何が起きたか理解できず、突然床に投げ出される形となった八雲が、空間に開いたまま中の亡者ごと白く染まっている冥界の門を見た。

 

「凍ってる?」

「そ、そんなバカな!?」

 

 イザナミも何が起きたか理解出来ず困惑する中、次の変化が起きる。

 

「!?」

「!」

「えっ!?」

 

 ペルソナ使い達が、ペルソナからの反応を信じられない目をしながら感じた。

 その目前で、大気が音を立てて凍っていく。

 

「カチーヤ!?」

『アブソリュート・ゼロ!』

 

 全身から凄まじい凍気を吹き出して周囲を凍らせていくカチーヤの目が、怪しく光る。

 すると、イザナミの体が端から白く変じていった。

 

「そ、そんな!これはなんなのだ!」

 

 自らの体の変化、冷気で温度を奪われるのでなく、体を構成する体液その物が氷結していく異常事態を理解出来ぬまま、イザナミが白い彫像と成り果てる。

 

「駄目押し!」

 

 八雲が白い彫像向けて、草薙の剣を横薙ぎに振るう。

 上下に両断された彫像は、床へと落ちて粉々に砕け散り、凍り付いていた冥界の門も虚空へと消失した。

 それを見たカチーヤが、力を使い果たしたのかその場で失神して崩れ落ちる。

 

「カチーヤ!」

 

 八雲が駆け寄り、その体を抱き起こす。

 全身から吹き出していた凍気はすでに消え、先程見せていた圧倒的な力は片鱗も見えなくなっていた。

 

「カチーヤ! カチーヤ!」

「う………ん」

 

 名前を呼びつつ、八雲が頬を叩く。

 やがて、ゆっくりとカチーヤは目を開いた。

 

「大丈夫………ですか………」

「それはこっちの台詞だ。無茶しやがって…………」

「お互い………さまです…………」

 

 そう言いながら小さく笑うカチーヤを見た八雲が、大きく安堵の息を吐いた。

 

「あ、あのさ…………」

「一つ、聞きたい事がある」

 

 二人のそばに来たペルソナ使い達が、言いにくそうに口を開く。

 

「嬢ちゃん、あんた、人間じゃないのか?」

「パオ!」

 

 一人物怖じしないて口を開いたパオフゥの問いに、カチーヤが体を硬くする。

 

「先程の力、そしてペルソナの反応。人間の物ではなかった」

「あ、あのさ言いたくなかったら………」

「いや、はっきりさせてもらいたいね。あんたひょっとして、悪魔なのか?」

 

 タバコを取り出してそれに火をつけつつ、パオフゥがカチーヤに詰め寄る。

 それを、八雲が差し止めた。

 

「生憎と気にする程じゃないだろ。ハーフ・プルートなんて」

「ハーフ・プルート?」

 

 聞きなれない言葉に、克哉が首を傾げる。

 

「半悪魔、悪魔と人間の混血だ。この業界じゃ珍しくない」

「混血!? そんな事あるの!?」

「不勉強な奴だな。神話や伝承には人外との混血なんでゴロゴロいるだろ。妖狐を母に持つ大陰陽師 安部 清明なんかが有名だがな。悪魔憑きだった前の相棒よりはマシ……かもな」

「…………」

 

 うつむいたまま黙っているカチーヤを立たせると、八雲は自らも立ち上がる。

 

「取り合えず、この穴倉からとっとと出よう」

「その案には賛成だな」

「ああ」

「あ、待って!」

 

 カチーヤを伴って踵を返した八雲に克哉が続き、半ば不審を抱きながらもパオフゥ、うららも続く。

 皆押し黙り、一言も発しないまま来た道を戻り、再び開いた門をくぐって井戸を昇っていく。

 

「………もう朝か」

「徹夜になっちゃったわね」

 

 白々と明けてきている空を見ながら、八雲が体を伸ばし、うららはあくびを噛み殺す。

 

「ま、一寝入りしてからやる事考えるか」

 

 手にした草薙の剣をどうするかを今考える事を破棄しようとした八雲だったが、ふいに何かの気配を感じた。

 

「誰だ!」

 

 振り返ろうとした八雲の手の中から、草薙が何者かに奪われる。

 

「!!」

 

 草薙の剣を奪った者、三本足のカラスの姿をした霊鳥 ヤタガラスが、草薙の剣を足につかみ、そのまま飛び去る。

 

「待て!!」

「クソ!」

 

 無数の銃弾が飛び去ろうとする影を狙うが、それを巧みにかわし、ヤタガラスは朝日の昇る空へと消えていった。

 

「………ちくしょう!」

 

 自分の油断で草薙の剣を奪われた八雲が、拳を地面へと振り下ろす。

 

「八雲さん………」

「だが、向こうの狙いはこれではっきりした」

「……オロチか」

 

 克哉の言葉に、八雲は頷く。

 

「相手は、日本神話最大の魔獣、八又ノ大蛇を甦らせようととしてるんだ!」

「そんな物が甦ったら!」

「させない、絶対にな」

 

 八雲は強く歯をかみ締めつつ、草薙の剣が消えていった空を見つめていた……………

 

 

もつれた糸は、解かれると同時にその手から滑り落ちる。

それを再度手にする事を誓う者達の前には、更なる困難が待ち受けようとしている。

だが、それを避けようとする者はいない。

全ては、己が信じる信念のままに………

 



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PART5 COUNT

 

「間違いない………」

 

 薄暗い洞窟内で、使役した霊鳥 ヤタガラスから渡された古びた銅剣を手にした才季は、その感触を確かめてほくそ笑んだ。

 

「まごうことなき、草薙。まさか十柄の力で封ぜられていたとはな…………」

 

 銅剣を撫で回しながら、才季は低く笑う。

 

「これで、供物はそろった。あとは時を待つだけ………」

 

 草薙の剣を、洞窟の奥に設えた祭壇に飾る。

 ろうそくの明かりで照らされた祭壇の中央には行方不明になっている女性が、そして祭壇の手前の段にはそれぞれ少し質が違う、女性の物と思われる髪が奉られていた。

 

「向こうも手傷は負っている。が、回復に左程もかかるまいな………」

「確かに」

 

 才季の声に、応える声があった。

 いつの間にか、彼の背後にスーツ姿の壮年の男が立っていた。

 

「お任せください、才季様」

「注意しろ、相手は相当な力を持った者達だ。油断をしてはならぬ」

「我が力、油断するべき個所なぞありませぬ。では………」

 

 男の気配が消え、あとにはただ時を待つだけの者と物が残った。

 

 

 

「だから、なるべくデカイのだ! あ? 非売品? じゃあレンタルだ! ……そこんとこはまけろ。ああ、分かった。すぐ頼む!……割増分は費用として回しておいてくれ! できれば今日中! じゃあ頼んだぞ!」

 

 パオフゥの運転で移動するトレーラーのコンテナ内で、ゼリー状栄養食をすすりながら何件か電話していた八雲が、最後の一件を終えた所ですすり尽くした容器をゴミ箱に放り込み、備え付けのレンジで冷凍していたのを解凍したおじやを掻きこみ始める。

 

「にしても、まあ………」

「なんだ?」

 

 片手だけでおじやを貪り食う八雲を見ながら、渡されたバナナの皮をむいていた克哉が呆れるように八雲の様子を観察する。

 負傷した傷は回復魔法や回復アイテムでふさいだが、回復していない体力を補うべく、右手には食料、左腕には冷蔵保存していたリンゲル点滴を摂取する八雲の様子は、ある種壮絶だった。

 

「準備いいのね~」

「まあな。こんな事はザラだ」

 

 同じように渡された梅干を齧っていたうららが、炭酸を抜いたコーラ(1・5リットル・ペットボトル)をラッパ飲みする八雲を呆然と見る。

 

「いいのかい、盗まれた剣を追わなくてよ」

「相手の目的は大体分かった。どうせほっといても向こうから来るだろうしな、今は体力の回復が先だ」

 

 それだけ言うと、用意した食料を食い尽くした八雲は横になる。

 ほどなく、寝息が響いてきた。

 

「寝てる…………」

「大分疲労しているのだろう。しばし寝かせておいた方がいい」

 

 探していた手がかりが盗まれたにも関わらず、平然といびきをかいている八雲の姿に克哉も少し呆れ気味に言い放つ。

 

「それに、これじゃね~」

 

 半ばジャンクと化したGUMPを持ち上げつつ、うららがすでにレム睡眠に突入したらしい八雲の幸せそうな寝顔に呆れた視線を送る。

 

「修理できる奴を呼ぶって行ってたが、どこで待ち合わせするつもりなんだ? 市街地からドンドン離れていきやがるぜ?」

 

 八雲が入力した座標に従い、道順を表示していくカーナビを見ながらハンドルを操作するパオフゥが、行き先の方向を見て首を傾げる。

 

「そもそも、それ作った人ってどんな人?」

「たまき君が、全てのCOMPを作ったのは同じ一人の人間だと言っていたが…………」

 

 そこで、イザナミと闘った後から妙に口数の少ないカチーヤがそれが自分への質問だと気付いてようやく口を開く。

 

「………ヴィクトルさんっていう、稀代の悪魔研究家の方です。悪魔召喚プログラムの基礎は違う人が作ったそうですけど、それを簡略化、及びデバイスの製作をしたのはその人だそうです」

「ふ~ん、頭いいんだ、その人」

「紙一重って奴じゃねえのか?」

「会ってみれば分かるだろう。僕も多少興味がある」

「それもそうね~」

 

 そこで、会話が途切れる。地下ダンジョンでの疲労に付け加え、カチーヤの見せた圧倒的な潜在能力を誰もがあえて明言を避けるため、ただ気まずい沈黙だけがその場を支配していた。

 

「……………」

「……………」

「…………………あ、あのさ」

「…………何でしょう」

「あの、そのね、言いたくなかったら別に言わなくてもいいんだけど………」

 

 言いよどむうららに、何を言いたいのかを察したカチーヤが、わずかに身を固くする。

 

「その、カチーヤちゃんて………」

「うご!?」

 

 八雲の体が、妙な寝息と共にビクッっと跳ね上がる。

 それに驚いたうららが、思わず口を閉ざした。

 ほどなく、八雲が何かうなされ始める。

 

「何か悪い夢でも見てるのか?」

「さあ………」

「……やめろ、やめてくれ、ネミッサ…………」

「ネミッサって、女の名前か?」

「さあ? 私も知らない人ですが…………」

「頼む、やめてくれ………これ以上買われたら、財布が、残高が……………」

「女に貢がされる夢でも見てるんじゃあねえのか?」

 

 多分、正解。

 

「食ったり寝たりうなされたり、忙しい奴だな………」

「でも、いい人ですよ」

「いや、それは間違いないんだけどね…………」

 

 まだ何かぶつぶつと言いながらうなされている八雲を叩き越すかどうか悩んでいる内に、うららは質問の続きを聞く事をすっかり忘れていた。

 

 

2時間後

 

「ここか?」

 

 八雲が入力した場所、山の中の開発途中で廃棄されたらしいなんらかの工事現場の空き地に、トレーラーは停止した。

 

「こんな所で待ち合わせ?」

「こんな所じゃないと、ちょっと問題が有るんで」

「問題? 何の?」

 

 外へと降りたうらら、カチーヤ、克哉の三人が、周囲を見回す。

 

「誰もいないみたいだけど?」

「そろそろなんですけど…………」

 

 そこで、コンテナの中から何かの電子信号が響く。

 

「なに?」

「…………来たか」

 

 それで目を覚ましたらしい八雲が、着替えて車外へと出てくる。

 

「はて、仮眠取った割には妙に疲れてる気がする。しかも精神的に」

「………覚えていないならそれがいいかもな」

「何が?」

「女の名前呼びながらうなされてれやがったぜ、それ以上買うなとか、どうとかって」

「ああ、あの時の事か」

「苦労してたのねえ~」

「あ、来ました」

「………どこにかね?」

「あっちだよ、あっち」

 

 八雲が指差す方向、東側の空を見たペルソナ使い達が思わず絶句する。

 

「な!?」

「おいおい…………」

「あ、あれって………」

「見りゃ分かるだろ。飛行船だ」

 

 東の空からこちらへと向かってくる大型飛行船『業魔殿』の姿が、どんどんと大きくなってくる。

 

「でけえ…………」

「どうやってこんな物を保有しているんだ?」

「表向きは観光遊覧船、裏の顔は世界有数の悪魔研究所って寸法だ。見学してみるか?」

「いいの?」

「口外しないと約束してもらえるのなら、問題は無いと思います」

「しゃべった所で、どこの誰が信じるってんだよ」

「それもそうだ」

 

 ちょうど頭上に来た所で、乗降用と思われるゴンドラがゆっくりと降りてくる。

 ゴンドラが地面へと降りた時点で、そのゴンドラに乗っていた赤い瞳に首にエメラルドをあしらったチョーカーを着けたメイド姿の若い女性が深々と一礼しました。

 

「ようこそ業魔殿へ。お待ちしておりました、八雲様、カチーヤ様」

「メアリ、お久しぶり。連れがいるんだが、いいかな?」

「承りました」

 

 そのメイド、メアリがゴンドラのドアを開き、皆を中へと招き入れると、ゴンドラが上昇を始める。

 

「こってるわねー」

「普段は観光用のお客様を乗せるための物ですので」

「お陰で近くに来てたのを呼べたのが救いだったな。ヴィクトルのおっさんはいるかい?」

「ヴィクトル様はいつもの場所にてお待ちです」

「HDバックアップとスキャンを頼みたいが、準備は?」

「万全です。アルファ様とベータ様から幾つか新しいソフトもいただいております」

「最悪、システムのフルコンパーチプルが必要になるな…………」

「代替機を用意いたしましょうか?」

「いい、下手に替えると使いこなすのに手間がかかるからな」

「了解しました」

 

 6人の乗員を乗せたゴンドラが客室部へと収納される。

 客室部の中には、まるで高級ホテルのようなシックな装飾が広がり、初めて訪れたペルソナ使い達を絶句させた。

 

「ふえ~、高そうなインテリア………」

「事実、高級品だなこいつは」

「不用意に破損したら、確実に弁償せねばなるまいな………」

 

 足元に広がる真紅の絨毯を踏みしめつつ、一行は客室の奥へと進んでいく。

 先頭を行くメアリと、その後ろを歩いていた八雲があるドアを通り過ぎた途端、そのドアが内側から勢いよく開かれた。

 

「お兄ちゃん来てるって!?」

 

 ドアが開く音に、何かがぶつかる音が続き、程なく何かが崩れ落ちる音が響く。

 

「え?」

 

 開いたドアから出てきたのは、メアリと瓜二つの同じメイド姿の女性だった。

 唯一の違いといえば、首にサファイアをあしらったチョーカーを付けているのと、メアリの物静かな雰囲気とは対照的な活発な雰囲気を持ったメイドは、皆の視線が自分の開けたドアに向いているのを確認すると、恐る恐るドアの向こうに顔を覗かせる。

 そこには、床にノビたカエルのような状態で這いつくばっている八雲と、それを心配そうに見ているメアリの姿が有った。

 

「あ…………」

「直撃したな、こいつは」

「八雲さん?」

 

 開けたままのドアから縦に並んで覗き込む視線群の先で、八雲の手足がびくびくとケイレンしている。

 だが、いきなりその状態から八雲はがばっと立ち上がると、ドアを開けたメイドへと詰め寄る。

 

「アリサ~!!」

「ゴ、ゴメン!」

 

 憤怒の表情で怒鳴りつける八雲に、加害者のメイドーアリサは両手を合わせて必死に謝る。

 

「申し訳ありません、八雲様。お怪我はございませんでしょうか?」

「ああ、コブくらいは出来たかも……」

 

 メアリの心配そうな問いに、後頭部を押さえ込みながら八雲が涙目で答える。

 

「ねえ………」

「気付いてるよ」

「だが……」

 

 その様子を見ていたペルソナ使い達が、小声で何か話し合いつつ、二人のメイドを見る。

 

「……どうかしました?」

「いや、その………」

「少し、な」

「何で人形がしゃべってるんだ? 悪魔か?」

「パオ!」

「あら」

「……分かるのですか?」

 

 平然と聞いたパオフゥをうららがたしなめるが、《人形》と呼ばれた二人は、意外そうな顔でペルソナ使い達を見ただけだった。

 

「ペルソナ使いってのは、そういうのも分かるのか?」

「ああ、だが悪魔にしてもこの二人は……」

「少し違います。この船の主であらせられるヴィクトル様が悪魔研究の一環として作られたテトラ・グラマトン式成長型人造魂魄保有型半有機自動人形初期型、それが私、メアリです」

「そして、そのノウハウを応用して作られたパーソナル デバイス設定式二期型が私、アリサって訳。驚いた?」

「いや、妙な物だったら散々見てきたんでな。今さら自我を持った人形くらいじゃ…」

「え~と、保有ペルソナがHANGEDMAN プロメテウスにCHARIOT マハーカーラにTOWER ハスター? 随分と攻撃的ね」

「な!?」

 

 所持していたペルソナを言い当てられたパオフゥが驚いてアリサを見て、彼女の瞳の中に文字列が次々と浮かび上がっていくのを発見する。

 

「ANALYSEシステムをバージョンアップしたのか?」

「うん、属性相性と憑依・降神状態の確認機能追加してみたの」

「……彼女自身がCOMPなのか?」

「機能は付いてるんだがな、こいつはまだソウルの発展が途上だから一人じゃ召喚も制御も出来ない」

「う~……………」

「なんとも中途半端な機能がついてやがるもんだな」

「悪かったな、付けたのはオレだよ」

「アリサのパーソナル デバイス・マトリクスと、付随機能は全て八雲様の手による物です。そのどれもが余程のプラグラム能力が無ければ出来ない物なのです」

「……失敗してない?」

「ああ、甘えてくれる妹系メイドを目指したつもりだったのに…………やはりシ○プリではなく、双○を参考にするべきだった…………」

「ひど~い!」

 

 むくれるアリサを横目兼遠い目で見つつ、八雲が視線を明後日の方向へと向ける。

 

「随分とにぎやかな事だな」

 

 そこへ、赤地のマントと水夫帽に杖をついた、まるで前時代の海賊船長のような格好をしたどこか威圧感を漂わせるひげ面の壮年男性が現れた。

 

「あ、ヴィクトルさん。こんにちは」

「よ、おっさん久しぶり」

「業魔殿へヨーソロー。ペルソナ使いの方が訪れるとは珍しい。私がこの船の船長、ヴィクトルという者だ」

「港南警察署 刑事一課所属の周防 克哉警部補だ。今回捜査していた事件が悪魔使いがらみで、彼らと知り合った」

「あたしは芹沢 うらら。職業はマンサーチャー。克哉さんの仲間よ」

「パオフゥだ。そこの堅物とは腐れ縁ってとこだ」

「さて、緊急の要件と聞いていたが詳細は?」

「こいつ」

 

 八雲が、故障したGUMPをヴィクトルへと手渡す。

 それを受け取ったヴィクトルが、鋭い視線で各所を操作しながら破損状況をチェックしていく。

 

「メインCPUまでは破損しなかったのが不幸中の幸いだな。ただ、内部プログラムをスキャンして見ないと使用可能かどうかは不明だ」

「大至急で。次がいつ来てもおかしくないんでね」

「うむ、了解した。アリサ」

「OK、パパ。2時間もあれば………」

「90分」

 

 八雲の言葉に、アリサの片頬が微かに引きつるが、即座にそれを消すと、にこやかな笑顔でメイド服のポケットをまさぐると、何かのチラシのような物を手渡した。

 

「明後日発売なの、初会予約入れ忘れちゃって♪」

「…………分かったよ、なんとか入手しておく」

「ありがと、おにいちゃん♪」

 

 手渡された人気アニメ初回限定DVD(ネット上ではプレミア必至との評判)発売予定のチラシを引きつりまくった顔でポケットにねじ込む八雲にアリサは笑顔で礼を言いつつ、片袖を捲り上げ、手首を軽く捻る。

 

「え!?」

「な………」

「ほう………」

 

 手首を軽く捻ったとたん、腕から現れた無数のPC接続端子が並んでいるのを見たペルソナ使い達が絶句するが、アリサは気にもしないでポケットから接続コードを取り出し、手馴れた手つきで腕の端子の一つとGUMPを接続していく。

 

「ACCESS」

 

 アリサの瞳に、無数のプログラムの文字列が浮かび上がり、すさまじいスピードでロールしていく。

 数秒間それを続けながら気難しい顔をしていたアリサの顔が、ふいに微笑を浮かべる。

 

「何とかなりそ、ちょうどいいソフトがあるし」

「入れるならオレの見ている前でな。妙なソフト入れられたらかなわん」

「……ダメ?」

「女悪魔の服をシースルーに、男悪魔をフンドシにするソフトなんてどこから手に入れた!?」

「アルファさんとベータさんにおねだりしたら作ってくれたの」

「あのカマ双子が…………」

「オレも見学させてもらっていいか? 興味があるんでな」

「いいけど、手伝ってね」

「他の方はこちらへ、今お茶をお出しします」

「それはすまない」

 

ヴィクトルの操作で上階に上がる階段が反転し、船内図に存在しない下階へと続く階段を下がる八雲とパオフゥを見送りつつ、残った面々はメアリの後に続いて食堂へと向かう。

 窓から雲の流れていく様を間近で見られる絶景の食堂のテーブルの一つに、カチーヤ、克哉、うららの三人が腰掛ける。

 メアリが厨房からティーセットを載せた台車を持ち寄り、洗練された動きでティーポットにお湯を注ぐ。

 程よく蒸らし、香りを引き出された紅茶がカップを満たし、三人へと配られる。

 

「ほう、これはいい葉を使っているね。シッキムとは珍しい。入れ具合もちょうどだ」

「お褒めに預かり、光栄です」

 

 ゆっくりと香りをかぎながら口に含む克哉の脇で、味も見ない内にうららが用意されてあったブランデーを、カチーヤが砂糖とミルクを入れていく。

 

「せめて、味を見てから入れたらどうかね?」

「あ、あたしはいつもこうしてるから」

「私もです」

「スーパーのティーパックとは物が違うのだが………」

「カチーヤ様にはいつも召し上がってもらってます。克哉様はストレートでよろしいのでしょうか?」

「ああ、こんないいお茶は滅多に飲めないからね」

「そうですか、八雲様はいつもミルクとハチミツを入れてシナモンスティックで混ぜた後、スコーンに浸して召し上がられるので」

「………ジャンクフード食べながらキーボード叩くタイプね……」

「マナーという物を知らないのか?」

「冷ましたのをティーポットから直に飲まれたりもしますが」

「…………後でテーブルマナーを一から教えておこう」

「そうしてもらえるとうれしいですね、ムッシュウ」

 

 背後から掛けられた声に克哉が振り返ると、そこに派手な赤地のコック服に身を包んだ男性が、大きめのトレーを載せた台車を押してテーブルのそばまで来ると、優雅に一礼する。

 

「ボンソワール・ムッシュウ! ボン・ソワール・マドモワゼル! 私、ここを取り仕切るシェフ・ムラマサと言います。お茶請けに焼きたてのスコーンなぞいかがですか?」

「う~ん、あんまりお腹減ってないけど、少しもらおっかな?」

 

 差し出されたスコーンの香ばしいニオイに、三人の手が伸びる。

 

「ふむ、いいバターを使っている。しかも地卵を使っているとは………」

「よくお判りで、ムッシュウ。北海道産の無塩バターの直送品と、岩手産の地鶏の物を使用しております」

「地卵は前に使ってみた事があるんだけど、僕が作った時はどうにも味がまとまらなくてね」

「オゥ、それは粉の選別と焼き方にコツが………」

「………克哉さんて、お菓子作りが趣味なんですか?」

「刑事目指す前はお菓子職人になりたかったらしいわよ。去年のクリスマスなんてスゴイの作ってたし」

「多芸な方のようですね」

 

 ムラマサとお菓子作りで熱論を交わしている克哉を女性陣が少し引き気味で見つつ、ティータイムが進んでいた頃………

 

「ほう、こいつはすげえ」

「私が作り出した悪魔合成機だ。悪魔をテトラ・グラマトン方式で数式化した後、それを合体ソフトで数値、因子双方に融合・変換させて新たな存在とする」

「なんなら合体してみる?」

「遠慮しとく。ペルソナだけで十分だ」

「何だ、残念」

「……用心しろ、こいつは本気でやりかねないぞ」

 

 目の前に広がる巨大なマシン(なぜか、上に「力が欲しければ、くれてやる!」と書かれた横断幕付き)を眺めていたパオフゥが、周囲に広がる無数のマシン群を観察する。

 

「勝手に触んないでね、危ないから」

「また妙な物でも作ったか?」

「お兄ちゃんが前に考えたアレの試作品があるの。安定化に問題があるのもあるから、下手に触ると封印してる悪魔が開放されるかも」

「何を作ってやがるんだか」

 

 バスーカだかただの煙突だか区別のつかない物や妙にごついガントレットのような物、長い竿のような物などをよけつつ、その奥に無数のマシンを複雑怪奇な結線でLANを構築している超ハイスペックPC(こちらは『MAGIプロトタイプ』とマジックで書かれている)へと皆が歩み寄る。

 アリサは本体部(と思われる物)から伸ばしたコードをGUMPが繋いであるのとは別の腕の端子に接続し、自らを媒介としてGUMP内の全データを無数のディスプレイに表示させていく。

 

「あら~………これは………」

「結構やられてやがるな」

「ふむ、召喚マトリクスの損傷もあるな……」

「こっちも欠損してやがるな」

「よくまあさっき動いたもんだな」

 

 展開されたデータを見ながら、皆がそれぞれを解析する。

 

「ストック用の欠損はそのまま合体にまわした方がいいかもな」

「ふむ、だが召喚マトリクスの欠損を補うには素体が必要だ」

「御魂のデータがこっちに入ってる。これで」

「ふむ、これならなんとかなりそうだ」

「じゃあ、召喚プログラムの方はこっちでなんとかしとくわね」

「これならオレでもなんとかなりそうだ。手伝うぜ」

 

 アリサとパオフゥがプログラムの修復に取り掛かる中、八雲は手持ちの悪魔のデータを幾つか悪魔合成機へと移動させていく。

 

「確か、ニャルモットがストックにあったな」

「ふむ、ヨモツイクサとでいいのだな?」

 

 同一の種族同士をセットした悪魔合成機の起動手順をヴィクトルが行うと、セットされた悪魔の存在その物が機械内部で数値へと変換、それを数秘学的に合成させ、それで導き出された数値を存在へと変換、まったく違う存在へと変質させる。

 同一種族同士の因子が合成により純化され、もっとも因子の存在が強い《精霊》が合成された。

 合成された土を司る妖精 ノームに、今度はストックしておいた風の精霊 シルフを合成させ、更に因子を純化させた《魂》が作り出された。

 

「こいつはジャンヌに、と」

 

 欠損していたマトリクスに御魂が補充され、ジャンヌ・ダルクのマトリクスの数値が正常化される。

 

『我が博愛、あなたに捧げましょう……』

「ああ、頼むぜ」

「ほう、悪魔合体ってのはそうやるのか」

 

 作業を進めながら、パオフゥが悪魔合体を興味深そうに見る。

 

「こいつが合体用プログラムか。計算シーケンスは複雑だが、あとは結構単純に出来てやがるんだな」

「下手にいじるなよ。すごい事になるから」

「テトラ・グラマトンが解析できれば改造も可能だがな」

「オレは前に失敗したけどな。意味不明の悪魔が出来た挙句、襲い掛かってきて苦労したっけ………」

「あ、召喚ソフトの新型入れとくね」

「あんまり妙なのは入れるなよ………」

 

 他の仲魔のマトリクスをチェックしていた八雲が、ふと克哉が言っていた事を思い出す。

 

「そういやおっさん。光線銃みたいなCOMPって覚えあるか?」

「光線銃型? 確か前に試作した中にあったはずだが、知人にゆずってしまったが」

「……その知人って、安部 才季って奴じゃねえか?」

「ああ、そうだが知っているのか?」

「今回の事件の黒幕だよ。どうにも八又ノ大蛇の復活をたくらんでるらしくてな」

「! オロチを!? なる程それでか…………」

「知ってる事が有ったら教えてくれ。どんな奴なんだ、そのイカレ学者は?」

 

 八雲の問いに、ヴィクトルはしばし考えると、口を開いた。

 

「あれはそう、十年は前になるか………悪魔合成機の製造に成功した私の元を、彼が尋ねてきた。お互い、悪魔研究に身を置く者として、色々な事を話し合った。彼がある妄執に取り付かれていなければ、よき友となっていただろう………」

「妄執?」

 

その一言にヴィクトルの表情が一瞬陰る。

 

「……完全なる、神の復活だ」

「……正気か? 創生の混沌期ならともかく、現在に完全な神は呼び出せないはずじゃ?」

「それを成し遂げる方法を、彼は研究していたのだ。そして、ある結論に辿り着いた」

「どうやるんだい、そいつは?」

「幾つか方法はある。何らかのネットワークを通じてソウルを収集し、それをくべてやるか、極めて純粋に近い空間で召喚を行うか」

「少し違うな。彼は、異界の因子を大量に満ちさせ、そこで古式に準じた儀礼を行う事で《神》を復活させるという手を考え出した」

「因子っていうと、何をするつもりなんだ?」

「馬鹿でかい門でも開く気か? そんな事すりゃ一発で葛葉が気付くし、下手すりゃ呼んでない奴まで這い出てくるが」

「いや、大きな門を開かず、小さな門を無数に作ればいい。小中クラスの悪魔は大量に出てくるが、上位ランクが出てきて因子を食う事は無くなる」

 

 それを聞いたパオフゥと八雲の手が、同時に止まる。

 

「正気の沙汰じゃあ無いな。」

「そいつは、どれくらい掛かる?」

「準備さえ済ませれば、一日もかかるまい。もし阻止したいのなら、その前だ」

 

 八雲の顔に苦笑が浮かぶ。

 

「おそらく、そっちは手遅れだな。明日あたりにはどこかに雲霞がごとく悪魔が湧いてくる。………儀式を阻止するなら、そのど真ん中に突撃かますしかないな」

「………てめえも正気か?」

 

パオフゥの苦笑に八雲が皮肉った笑みで返す。

 

「これがオレの仕事だ。なんなら今から逃げても文句は言わねえぜ?」

「ここまで関わっといて、今更尻尾巻いて逃げ出せるかい。人手を集めとくぜ」

「そいつはありがたいな。こっちも集められるだけは集めるが…………」

「あ、お兄ちゃんコレ」

「完成したのか?」

 

 それまで無言で作業していたアリサが投げた物を、八雲は受け取る。それは、最新型のメモリ内蔵型腕時計だった。

 

「そいつもCOMPかい」

「ああ、もっともワンウェイ(使い捨て)が限度だろうけどな。ちょっとした奥の手が入ってる」

「仕掛けが好きな奴だな」

「小心者なんだよ」

 

 クスリと笑うと、八雲もGUMPの修理へと取り掛かった。

 

 

「大多数召喚の可能性だと!?」

 

 手にシェフ・ムラマサから分けてもらったハチミツだの小麦粉だのをいっぱい持っている克哉が、八雲の言葉に仰天する。

 

「それって、どれくらい?」

「神一体分ってとこか?」

「……数で言えば?」

「聖書的、仏経典的、その他もろもろ、どれで言ってほしい?」

「そんなに!?」

 

 うららが唖然とする中、八雲は修理の終えたGUMPの状態をチェックする。

 

「南条の坊ちゃんには連絡しといた。おっつけ、増援が来るぜ」

「こちらもマダムが動いてくれる。派手になりそうだ」

「で、でも………」

「マドモアゼル・カチーヤ、これを忘れる所でした」

 

 顔を蒼くしているカチーヤに、シェフ・ムラマサがトレーに載せたある物を渡す。

 

「マドモアゼル・レイホウからオーダー頂き、腕によりを掛けて仕上げた一品です。どうぞご賞味を」

「これ…………」

 

 そこには、槍の穂先の両側に三日月状の刃を付けた、方天戟(ほうてんげき)と呼ばれる中国の武器だった。

 

「女性の守護を司る天仙娘々のソウルを宿しておる空碧双月(くうへきそうげつ)です。味わい深い一品になっていると思いますが………」

 

 30cm程のそれをカチーヤが手に取り、一振りすると収納されていた柄が伸び、槍程の長さになる。

 その穂先からは、月光を思わせる光が湛えられていた。

 

「ありがとうございます」

「満足いただいて何よりです、マドモアゼル」

「八雲様」

「ん?」

「先程より、八雲様のお車のそばに不審人物がおられるのですが」

 

 メアリが持ってきた小型ディスプレイの中には、この飛行船のどこかに設置されているらしい望遠カメラの映像が映され、そこには八雲のトレーラーの側に立つ男が映し出されていた。

 

「見覚えない奴だな、あんたらは?」

「いや、知らない人物だな」

「そうね」

「じゃあ……」

「もう来やがったらしいな。せめて昼寝くらいはしたかったが………」

 

 それを、敵だと判断した八雲は、懐から取り出したソーコムピストルの残弾を確かめる。

 

「休んだら働けって事?」

「どうやらそうらしい」

「オレは休んでねえぞ」

「それじゃあ休んでいてください。私達でなんとか………」

「ま、いいさ」

 

 おのおの戦闘準備を整える中、メアリが昇降用のゴンドラの扉を開く。

 戦闘準備を終えた皆がそれに乗ると、メアリはそれを操作する。

 

「お兄ちゃん頑張って!」

「おう」

「ムッシュウ・克哉、いつでもおいで下さい。まだ教えていないレシピがありますから」

「ああ、そうさせてもらうよ」

 

 降りていくゴンドラの中、業魔殿の乗務員達が思い思い声を掛ける。

 静かに下りていくゴンドラが地表に着き、扉が開かれる。

 

「八雲様、ご無事で………」

「分かってるさ」

 

 メアリの頭を軽く叩きながら、八雲がゴンドラから降りて待っていたスーツ姿の壮年の男へと向き直る。

 

「どうも、小岩探偵事務所 代表取締役、小岩 八雲です。仕事のご依頼で?」

「ええ、すごく簡単な仕事を頼みたいのです」

 

 事務的な口調とは裏腹に、両者の間に濃密な殺気が満ちていく。

 

「それで、ご依頼内容は? 素行調査、浮気調査、ストーカー対策等うけたまわっておりますが?」

「生憎と、そのどれでもありませんね………」

 

 男は、腕に嵌めていた妙にゴツイ腕時計の文字盤を押し込む。

 それが機動スイッチだったのか、男の腕時計型COMPから突如として膨大な光の粒子が噴き出す。

 

「やはりサマナーか!」

「来るぞ!」

「先手必勝! アステリア!」

『ツインクルネビュラ!』

 

 うららのペルソナ、アステリアが旋風を男へと叩きつけようするが、それは男の足元へと溜まっていく膨大な光の粒子から突き出した、とてつもなく巨大な《腕》に阻まれた。

 

「えっ?」

「何を召喚しやがった!」

「ふ、はははははは!」

 

 膨大な光の粒子は、地面へと降り積もっていき、やがて何かの形を取りながら男を押し上げていく。

 

「うそ………」

「そ、そんな!」

「ふ、ははははは!」

 

 それは、正真正銘の《巨人》だった。

 肩に乗せた男の身長よりもなお大きい顔が、皆を見る。

 

「私が依頼したいのは皆さんの死です。行け、ダイダラボッチ!」

『ゴガアアア…………』

 

 男の命令で、巨人―神話で日本の山々を作ったとされる巨神 ダイダラボッチが、地響きのような咆哮をあげつつ軽自動車程はある拳を振り上げる。

 

「! 来るぞ!」

「マジか!」

 

 全員が慌てて散開し、誰もいなくなった地面に巨大な拳が振り下ろされる。

 直下型地震のような地響きと共に、地面が爆発したような粉塵と衝撃を巻き上げ、隕石が落ちたかのようなクレーターが穿たれる。

 

「ちょ、ちょっと洒落になってないわよ!」

「こんなのとどう戦えば………」

「今考える!」

 

 八雲がGUMPを起動させ、先程インストールした新型召喚ソフトを立ち上げる。

 

「出し惜しみ無しだ!」

 

 手持ちの仲魔を全て選ぶと、新型召喚ソフトの特性である一斉召喚を起動させる。

 

「なんと、これは……」

「グルルルル……」

「このような者相手にどう戦えば………」

「は、斬りがいがあるじゃねえか!」

「いざ、参らん!」

「行くぜぇ!」

 

 召喚された妖精 オベロン、魔獣 ケルベロス、英雄 ジャンヌ・ダルク、地母神 カーリー、全身から光を放つ白装束の戦士の姿をした幻魔 クルースニク、全身から水を滴らせる大蛇の龍王 ミズチが、ある者は目前の巨大すぎる敵影に絶句し、ある者は闘争本能を剥き出しにする。

 

「ジャンヌ、補助魔法をありったけ使え! 他の奴はかく乱させつつ、足を集中攻撃! 無理はするな! お前らも少し時間を稼いでくれ!」

 

 指示を出しつつ、八雲は装備を取りにコンテナの中へと駆け込む。

 

「早めに頼むぜ、プロメテウス!」

『雷の洗礼!』

「ヒューペリオン!」

『ヒートカイザー!』

「アステリア!」

『ツインクルネビュラ!』

 

 ペルソナの放つ三種の攻撃魔法がダイダラボッチに命中するが、腹に炸裂した無数の雷も、足を覆い尽くす超高温の熱波も、巨人を中心として渦巻いた旋風も、それが消えた後にはかすり傷しか負っていないダイダラボッチの姿が現れるだけだった。

 

「ゾウ相手にアリが勝てるとでも思っているのか?」

 

 悠然と巨人の肩で男はほくそ笑む。

 

「イヤアアアァァ!!」

 

 気合と共に、カチーヤが空碧双月でダイダラボッチのかかとを切り裂く。

 月光のごとき残光を帯びつつ繰り出された刃が岩のような強度の表皮を切り裂き、肉をえぐるが、ダイダラボッチの巨体の前には小さな切り傷程度のダメージにしかならない。

 

「パオ! あれ行くわよ!」

「おう!」

『Black Howl(黒き咆哮)!』

 

 プロメテウスの放った超高速の闇の弾丸が、アステリアの旋風を砲身とし、更なる加速を持ってダイダラボッチの胴体へと炸裂する。

 周囲一帯に響き渡る爆音と共に、ダイダラボッチの体が大きく揺らいだ。

 

「ダイダラボッチ!?」

『ゴグルルル………』

 

 肩に乗っていた男が振り落とされそうになりながら、ダイダラボッチを見やる。

 地から響くような唸り声を上げながら、ダイダラボッチの体から、淡い光を生じる。

 

「ディアラハンだと!」

「回復魔法まで使えるのか!」

「パオ! もう一回…」

『浮嶽震鳴(ふがくしんめい)』

 

 再度合体魔法を放つ前に、ダイダラボッチが大地に両手を叩きつける。

 そこから、余震も無しに突如として起きた強力な直下型地震が皆を襲った。

 

「うわっ!」

「ちっ!」

「これはっ!?」

「きゃああ!」

「くそっ!」

「ガルルル!」

 

 立つ事すらままならない震動が、人間も悪魔もお構いなしに大地を荒れ狂わせる。

 

「あっ!?」

「! 周防!」

「周防殿!」

 

 震動で突如生じた地割れに克哉の体が飲み込まれるのを、とっさにパオフゥとジャンヌ・ダルクがそれぞれ片手を掴んで止める。

 

「くっ………」

 

 地割れの底に、懐に仕舞いこんでおいたもらったばかりの材料が吸い込まれていくのを克哉は悔しげに見ながら、揺れが収まりかけた所で這い上がろうとするが、そこに巨大な影が差した。

 

「……手を貸そうか?」

「ちぃ……」

「卑怯な!」

 

 こちらを見下ろす男とダイダラボッチの視線が、動くに動けない三人を捕らえる。

 

「パオ、克哉さん!」

『ブフーラ!』

「アアアアァァ!」

「グルオオオオオ!」

『マハ・ラギオン!』

 

 拳を振り上げようとするダイダラボッチにありったけの攻撃が加えられるが、蚊でも刺したかのように気にも止めず、巨拳が振り下ろされる。

 だが、その寸前にダイダラボッチの肩口で大きな爆発が起こり、その巨体が大きく揺らいだ。

 

「!?」

「こっちを無視すんなよ…………」

 

 コンテナからありったけの武器を持ち出した八雲が、手にしたチャイカムTNTの束を再度ダイダラボッチへと投げ付ける。

 振り返ったダイダラボッチの手がそれを払おうとするが、振り払う前にそれは爆発し、ダイダラボッチの手を焦がした。

 

『ゴガアアア………』

「貴様ぁ!」

「お次はこいつだ!」

 

 八雲が背からパイプの先にポットのような部品の付いた物、通称RPG7と呼ばれる対戦車用ロケットランチャーを取り出し、ためらわずトリガーを引いた。

 

「!?」

 

 噴煙を上げながら飛んでくるロケット弾に男が度肝を抜かれている間に、ロケット弾が目標に命中、大爆発を起こす。

 

『ガアアアア!!』

 

 爆炎の中から衝撃を伴った絶叫が、ダイダラボッチの口から吐き出される。

 煙が晴れると、そこには胸からおびただしい血を溢れ出させるダイダラボッチの姿が有った。

 

「高いだけあって、結構効いたか」

「八雲さん、どこからそんな物騒な物……………」

「今度シックスにねだってみろ。かわいい子だったら、リボン付けてプレゼントしてくれるかも」

「……後でその人物に事情聴取させてもらえるかな?」

「後でな! 一斉攻撃、ヒット&アウェイ!」

 

 回復させる間を与えないために、八雲の指示でフォーメーションを組んだ仲魔達が一斉に攻撃を開始する。

 

『マハ・ラギオン!』

「ガアァァ!!」

 

 オベロンとクルースニクの火炎魔法とケルベロスの口から放たれた業火が、一点に集中されてダイダラボッチのくるぶしを焼く。

 

「ハッ!」

「アアアァァ!」

「イヤァ!」

 

 ジャンヌ・ダルク、カーリー、それにカチーヤが突撃し、炎を浴びせたのとは反対のくるぶしを通り過ぎざまに剣、六刀、空碧双月で斬り裂いていく。

 

「おのれ、ちょこざいな!」

「どっちがだ!」

 

 八雲がM249ミニミマシンガンをフルオートでダイダラボッチの目に向かって乱射しまくり、ミズチがその体をダイダラボッチに巻きつかせて頭部まで昇ると、零距離でダイダラボッチの顔面に吹雪を吐き出して即座に離れていく。

 

「やれ、やってしまえダイダラボッチ!」

『ゴグググ………』

 

 集中して攻撃してはすぐに散開し、そしてまた別個に集中し、を繰り返す相手に、ダイダラボッチの巨拳が闇雲にクレーターを穿つ。

 

「ヴリトラ! 行くぞ!」

「おうよ!」

『ゴッドハンド!』

 

 克哉が《STRENGTH》と振られ、炎から生み出されたとされる魔龍が描かれたタロットをかざしてペルソナをチェンジさせると、パオフゥとの合体魔法を発動。

 天からダイダラボッチのよりも大きな拳が振り下ろされ、ダイダラボッチは両手を上げてそれをなんとか受け止める。

 

「おのれ!」

「ボディが甘いわよ!」

『Gone With the Wind!』

『ゴガ……アアアアァァァ!!』

 

 アステリアの必殺技が炸裂し、超高圧の風の炸裂に、ダイダラボッチの体が揺らぎ、そして力が緩んだ隙にゴッドハンドの拳がダイダラボッチを打ち据え、空気その物を震動させる咆哮を上げながら、とうとうその巨体が崩れ、膝をついた

 

「いけるぞ!」

「一斉攻撃、フルバースト!」

「行くぞ!」

「アアアァァァ!!」

 

 よろめいたダイダラボッチに向けて、クルースニクのイナズマ突きが、カーリーの木っ端みじん斬りがその皮膚を貫き切り裂く。

 

「はっ!」

「ガルルル!」

「シュー…………」

 

 切り裂かれた皮膚から露出した肉へとジャンヌ・ダルクの剣とケルベロス・ミズチの二種の牙が突き立てられ、その傷口を広げていく。

 

「ヤアアアァァ!」

 

 さらにそこに全力を込めてカチーヤが空碧双月を深々と突き刺し、そのまま一気に振り上げて傷を一気に拡大させる。

 

「立て、ダイダラボッチ!」

『マハ・ブフーラ!』

 

 体勢を立て直そうとするダイダラボッチの顔面にオベロンの氷結魔法を食らう。

 

「克哉さん、ここならアレいけるわ!」

「分かった、ヒューペリオン!」

「一気に仕留めるぞ!」

『トリニティー・ロンド!』

 

 おのおのが最高のペルソナの必殺技を同時に繰り出す協力無比な合体魔法が、ダイダラボッチの体を埋め尽くす。

 

『ゴ…グウウウウ……』

「うわあああぁぁ!」

 

 ダイダラボッチの苦痛のうめきと、男の絶叫が響き渡る。

 誰もが勝機を確信し始めた時だった。

 

『大神(震)祭!』

 

 突然、今までで最大規模の地震が全員を襲った。

 

「うわ…」

「キャ…」

 

 悲鳴までもが凄まじい地鳴りの音にかき消され、立つどころか体その物が上下に激しく揺さぶられる凄まじい震動が、皆の体を幾度となく地面へと激突させる。

 さらに生じた地割れや、突き出てきた大地の槍が、駄目押しとばかりに襲い掛かる。

 

「ジャスティスショット!」

 

 飛んできた岩をペルソナで砕きながら、克哉が皆の安全を確認しようとするが、激しく揺れる視界ではそれすらもままならない。

 

「こんヤロー!」

 

 近くに生じた地割れからうららが気合と共にペルソナで強引に抜け出すのが分かったが、視界の向こうで仲魔のどれか一体が光となってGUMPへと戻るのもわずかに見える。

 

「ぐっ!」

 

 再度地面に叩きつけられた衝撃で克哉のトレードマークでもあるカラーサングラスが外れ、地面で粉々に砕け散る。

 そして、嵐のような震動が収まった時、その場に立っていたのはそれを引き起こしたダイダラボッチと、その肩にいる男だけだった。

 

「バカめ、あなどるからだ……………」

 

 他の者は皆、地面にうずくまってダメージのため動けず、仲魔の半数はGUMPへと戻っている。

 

「さて、どいつからトドメを刺すか………」

 

 男の視界に、一番体重が軽かったためにダメージが少なかったカチーヤが、なんとか立ち上がるのが見えた。

 

「よし、そこの…」

 

 カチーヤに狙いを定め、ダイダラボッチが腕を伸ばそうとした瞬間、突然その手首が飛来した何かに切り裂かれた。

 

「!?」

 

 さらに、ダイダラボッチの頭部に無数の炎の弾丸が炸裂し、体勢が揺らぐ。

 

「まだ仲間がいたのか!?」

 

 男が驚いて、弾丸の飛来してきた方向を見た。

 そこには、上空にいる飛行船から降りてきているゴンドラと、そこにいる二つの人影があった。

 人影の一つは、手を上げるとダイダラボッチの手首を切り裂いてブーメランのように戻ってきたそれ、死神が使うような巨大な漆黒の大鎌を受け止める。

 

「八雲様、及ばずながら御助勢致します」

 

 大鎌を構え、メイド服の上からブレストアーマーを装備し、頭にインカムを付けたメアリが、ゴンドラから地面へと降り立つ。

 

「お兄ちゃんは私が守るんだから!」

 

 その後ろ、こちらはメイド服の上からタクティカルジャケットを装備したアリサが、両腕に装備したガントレット状の銃―アームガンと呼ばれるタイプーをダイダラボッチへと向ける。

 

「ぶ、ドヒャヒャヒャヒャ!何が来たかと思えば、メイドが二人!? 何の冗談だ!」

「何よ! 最強属性 メイドをバカにするの!」

「冗談ではございません、参ります」

 

 新手の二人を姿を見た男が爆笑する中、メアリとアリサの二人が突撃を開始する。

 

「潰せ、ダイダラボッチ!」

『ゴガアア……』

 

 ダイダラボッチの繰り出す巨拳をわずかに身をよじってかわしたメアリが、すれ違い様に大鎌でその拳を切り裂く。

 さらに、フレアスカートのすそがひるがえったかと思うと、そこから無数の攻撃アイテムがばら撒かれ、立て続けに発動する。

 

「ちっ!」

「こっちもよ!」

 

 ばら撒かれた炎や液体窒素に相手が気を取られた隙に、ダイダラボッチの横へと回り込みながらアリサが銃口を向けるとグリップスイッチ型のトリガーを引いた。

 銃口から放たれる炎の弾丸が炸裂するが、大したダメージにならないと判断した男は、アリサへの攻撃をダイダラボッチに指示する。

 

「そちらから潰せ!」

「そう簡単にはやられないわよ!」

 

 振りかぶられる拳を見ながら、アリサは素早くタクティカルジャケットのポケットからサブマシンガンのマガジンを思わせるカートリッジを二つ取り出すと、それを手早くアームガンにセットされているのと交換する。

 

「食らいなさい!」

「そんなチンケな炎など!?」

 

 アームガンの銃口から、炎ではなく氷の弾丸が次々と放たれる。

 虚を突かれたダイダラボッチの眼球に、人の拳ほどはある氷の弾丸が突き刺さる。

 

『グガアアア………』

「ダイダラボッチ!? くそ、魔法銃だと!」

「どう?私のES(エレメント・ソウル)ガンの威力!」

「アリサ、誇るのは勝機を確信した時だけです」

 

 目を押さえてうめくダイダラボッチのかかとを、大鎌が切り裂く。

 

『ゴオオオオ………』

「くそ、ただの鎌じゃないな!」

「魔界公爵が一人、バールのソウルを封じたこの《デューク・サイズ》に切れない物はございません」

「ほう、そうか!」

 

 メアリの一言に、男は懐から素早く退魔の水の入った小ビンを取り出し、大鎌へと向けて投げ付ける。

 カオスの属性を持つであろう鎌を封じる策は、意外な事で破られた。

 メアリが柄尻を回すと、瞬時にして漆黒の大鎌は純白のハルバードへと変化した。

 

「!?」

「その程度は予測済みです」

 

 ハルバードを一閃してメアリは小ビンを払い落とす。

 

「この《ジャッジメント・トマホーク》、天使位階第三位 座天使が一人、オファニムのソウルを封じてあります。破邪の力は効きません」

「属性が変化する武具だと!」

「そういう事♪」

 

 アリサのESガンの銃口から、今度は圧縮された疾風の弾丸が吐き出され、命中した地点を中心に無数のカマイタチとなって弾ける。

 

「その程度!」

 

 おされ気味になりながらも、目から血を滴らせたダイダラボッチが憤怒を込めた拳を繰り出した。

 

 

「つ、強い………」

「あの二人、あんなに強かったのか?」

「オマケに闘い方が誰かにそっくりだ」

「悪かったな」

 

 メイド姉妹が戦っている間に、カチーヤとペルソナをLOVERS ヴィヴィアンにチェンジしたうららが回復に回りながら、二人の戦いぶりを見ていた。

 

「まずいな………」

 

 全員が驚嘆する中で、唯一八雲だけが顔を曇らせていた。

 

「あの闘い方に何か問題でも?」

「ああ、オレが前に送った戦闘シュミレーションその物なんだよ。そぞろボロが出るぞ」

 

 そう言う八雲の視線の先で、攻撃を完全にかわし損ねたメアリが、攻撃の余波で宙へと舞って地面に叩きつけられる。

 

「まずい、行くぞ!」

「克哉さん、肩がまだ!」

 

 先程の大地震で骨折していた肩を回復魔法で癒したばかりで、まだ思うように動かせないにも関わらず、克哉は銃を構える。

 

「オレに考えがある。とにかく、あの男の気をそらし続けてくれ」

「イヤでもそうするしかねえだろ!」

 

 メアリの元に駆け寄ろうとしたアリサに拳が向けられたのを見たパオフゥとうららが、即座にペルソナを発動させ援護に入る。

 

「他の連中も援護に向かえ! カチーヤは下がって回復に重視してくれ」

「は、はい!」

 

 何とか残っているカーリー、オベロン、ミズチが突撃を掛ける中、八雲はカチーヤだけ下がらせて自らも合体剣を片手に突撃する。

 連続する攻撃で傷を負っていたダイダラボッチが、攻撃の隙に回復魔法を発動させるのを見たカチーヤは、手の空碧双月を強く握り締める。

 彼我の能力差が大き過ぎる。このままではジリ貧になるのも時間の問題だった。

 

(あの力………)

 

 ふいに、地下迷宮で無意識に発動させた、自分の潜在能力の事を思い出す。

 

(あれなら、勝てる……)

 

 ペルソナ使い達の合体魔法が再度炸裂するが、致命傷には遠い。

 

(あれなら!)

 

 メアリとアリサをかばって、八雲が横殴りの拳を食らって吹っ飛んだ瞬間、カチーヤの意識が、弾けた。

 

 

「なんだ?」

 

 突然感じた威圧感に、男はそちらを見た。

 そこに居た者を理解するのに、男は数秒を要した。

 そこには、目に怪しい光を宿し、全身から凄まじいまでの冷気を噴出しているカチーヤの姿があった。

 

「悪魔憑き、いや混血か! あいつを全力で潰せ!」

『地裂牙(ちれつが)!』

『アブソリュート・ゼロ!』

 

 ダイダラボッチが放った大地を引き裂きながら疾走する震動と、カチーヤの放った万物を氷結させる冷気が、正面からぶつかり合う。

 お互いを砕き、凍らせる壮絶な死闘が両者の中間で段々とその規模を増していく。

 

「う、うそ!?」

「あの力、まるでネミッサ様のよう………」

「やめろカチーヤ! それ以上その力を使えば!」

 

 アリサとメアリが初めて見る自分達のレベルを遥かに超えた戦いに呆然とする中、八雲が叫ぶ。

 だが、カチーヤの目は怪しい光を湛えたまま、更に凄まじい凍気を放出し続ける。

 

「くそっ、間に合え!」

 

 八雲が合体剣を投げ捨て、カチーヤの元に向かって走る。

 ぶつかり合う二つの力の余波を食らいながらも、八雲は必死にカチーヤの側へと駆け寄ると、自らが凍るのも構わず、カチーヤの体を抱きながら横へと跳んだ。

 力の均衡を失い、震動が八雲の足をかすめるようにして大地を引き裂いて通り過ぎる。

 

「八雲……さん?」

 

 意識を取り戻したカチーヤは、自分に覆い被さるようにしている傷だらけの八雲の真剣な表情に、言葉を詰まらせる。

 

「よく聞けカチーヤ! お前の力は恐らく神格か精霊王クラス、そんな力を使い続ければ、お前のソウルは力に耐え切れない! 最悪、力にソウルを飲み込まれてお前の意識は永遠に消滅するぞ!」

「え………」

「ネミッサは、オレの前の相棒はそれで危うくオレの幼馴染のソウルを消しちまう所だった! それを知っていたから、お前はオレに預けられたんだ! 分かるか!」

「で、でも…………」

「大丈夫、勝機は見えた。オレ達の勝ちだ」

「自分から攻撃を止めさせておいて、下らん負け惜しみを言うな! 2人揃って潰せ、ダイダラボッチ!」

 

 ダイダラボッチが再度、拳を振り上げる。

 

「そうはさせん!」

「そうよ!」

「ったり前だ!」

 

 ペルソナ使い達が最後の力を振り絞って一斉攻撃をかける。

 それを援護に仲魔達とメイド姉妹がダイダラボッチに突撃していく。

 

「小癪な!」

 

 男の注意が一瞬、完全にこちらからそれた瞬間に八雲がニッと笑いながら、凍傷に侵されかかっている手で、左手の腕時計を取った。

 それを、オーバースローで振り被り、ダイダラボッチの肩にいる男へと投げた。

 

「SUMMON!」

「! COMPか!」

 

 思わず身構えた男の眼前で、投じられた腕時計から光の粒子が吹き出し、召喚された悪魔が具現化する。

 召喚された悪魔、小さな有翼の少女の姿をした妖精 ピクシーが、その透き通った羽を羽ばたかせながら男に向かって身構える。

 

「ピクシーだと? そんな最弱クラスの悪魔を呼び出して何をする気だ?」

「こうするの♪」

 

 あざ笑う男にピクシーは可愛くウインクすると、両手を上へと掲げる。その先に、魔力が凝縮していくのを見た男の顔色が変わった。

 

「は?」

『メギドラオン!』

「ダイダラ…!」

 

 凝縮された魔力を爆発させる最強クラスの攻撃魔法が、男を飲み込む。

 まったく予想外の攻撃に、ダイダラボッチに防御させることすら出来なかった男は、驚愕の顔のままメギドラオンをまともに食らい、断末魔の絶叫も上げられぬまま爆発四散した。

 爆風が消えていく中、主を失ったダイダラボッチも、具現化する力を失って光の粒子となって霧散していく。

 

「油断大敵だ、バーカ。悪魔に頼りすぎなんだよ」

 

八雲は捨て台詞を吐きながら、その場に崩れるように座り込む。

途端に残っていた仲魔達がピクシー一体だけを残して光となってGUMPに戻っていく。

 

「八雲さ…」

「八雲様!」

「お兄ちゃん!」

 

 カチーヤが助け起こすより早く、メアリとアリサが八雲に駆け寄る。

 

「大丈夫ですか!?す ぐに治療の手はずを!」

「魔石! 魔石!」

「……すぐに死ぬような怪我じゃないから、ゆっくりでいいぞ………」

「というか、出来ればこっちを先にしてほしいんだがよ…………」

 

 額から血を垂れ流しているパオフゥが、こちらそっちのけで八雲の治療に当たるメイド二人を冷めた視線で見るが、二人は気付かず八雲の治療に当たる。

 

「あの、私が」

「おう、頼むぜ。あっちのバカはほっといて」

「結構モテるのね~、ただし人間以外に」

 

 うららが笑いながら、カチーヤと分担して傷の回復をする。

 

「それにしても、このピクシーはどうやってあれだけの力を?」

「こう見えても、あたしは悪魔合体研究の粋を尽くして作られたハイブリッドなの。バカにしないでね♪」

「そうなのか? でも何故ピクシーに………」

「さあ? 彼の趣味じゃないかしら?」

「さてな」

 

 そこに、業魔殿から降りてきたヴィクトルが言葉を掛ける。

 

「あ、パパ…………」

「ヴィクトル様………」

 

 ヴィクトルの姿を認めたメイド達が、思わず手を止める。

 

「あ、あの………」

「申し訳ありません、勝手に出撃などして………」

「やっぱ勝手に出てきやがったのか」

 

 ヴィクトルに頭を下げる二人を見た八雲が、ため息一つ漏らしてヴィクトルへと歩み寄る。

 

「オレが貧弱だから、こいつらが勝手に飛び出してきただけだ。問題があるとしたら、オレの方だろ?」

「八雲様………」

「お兄ちゃん!?」

「最早、それは問題ではない」

 

 ヴィクトルが周囲の惨状を見回す。

 

「あのCOMPにあれだけの悪魔を封ずるとは、どうやら彼は容易ならざる者を配下に加えているようだ。無論、それらを従えるだけの実力を持って、の事だろう」

「だろうな………」

「これから予想される災害からかんがみて、我も中立の立場を破棄せざるをえない。微力ながら、二人を助力として遣わそう」

「ヴィクトル様………ありがとうございます」

「ありがとう、パパ!」

 

 メアリはヴィクトルに深々と頭を下げ、アリサは歓喜しながらヴィクトルに抱きついた。

 

「あれ以上の敵と戦わなくてはならないのか……」

「やめとくか? 別に一人二人抜けてもオレは構わないぞ」

「今更何言ってるのよ、すでにみんな一蓮托生よ」

「そん通りだ」

「そうですね、こんなに頼もしい仲間がいるんだから、きっとなんとかなりますよ」

「そうだな、じゃ行くか」

『オ~!』

 

 

 見失った糸の導く先には、想像も出来ない試練が待ち受けていた。

 だが、それを追おうとする者はあえてその試練に挑む。

 糸のその先にある、僅かな光を追い求めて…………

 



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PART6 MEMORIAL

 

夕刻 南条財団ビル 屋上ヘリポート

 

 大型ヘリの二重ローターの風切り音が周囲に響き渡り、ローターの巻き起こす突風がヘリの周囲に立つ者達に容赦なく吹き付ける。

 

「ひゃー、こいつはすげえね、オイ」

「事は重大らしい。出し惜しみをしている場合ではないのでな」

 

 薄地のカラーサングラスを掛けた、軽薄とも能天気とも取れる雰囲気のカジュアルな男性と、その隣にいるめがねを掛け生真面目を絵に描いたようなスーツ姿の青年実業家風の男性が、ヘリへと乗り込む。

 

「克哉さんにうらら、それにパオフゥまで一緒で解決出来ない事件なんて…………」

「相当やばいね、これは」

「Oh、Full Armamentsでとの話ですし」

 

 肩口で髪を切りそろえ、軽快な服装の温和な女性、いかにも姉御肌の強気そうなGパンルックの女性、クールな雰囲気を漂わせる、英語訛りのある女性がそれぞれヘリへと向かう。

 見た目の華やかさとは裏腹に、それぞれの腰にはホルスターに収められた二丁の拳銃、ベルトに繋がれた無数のチャクラム、細身のレイピアが鈍い光を放っている。

 

「ったく八雲の奴、余計な面倒を…………お陰で予定が………」

「有給取れて三日だけなんだよな………それまでにもし終わらなかったら…………」

「あそこ二人、なんか暗いな」

「まあ、色々あるらしくて………」

 

 腰にGUMPを吊るしている茶色地のパンツスーツ姿の女性と、整えられたスーツ姿が逆に違和感をかもし出しているやや凄みのある男性が何か呟いているのを、帽子がトレードマークのお調子者そうな男性とショートカットの優しげな雰囲気の女性が心配そうに見る。

 

「……無理に呼んでしまったようだな」

「あ、いいのいいの、文句はあのろくでなしにまとめてつけとくから。式の予定は来月だから、数日くらい準備が遅れたって大丈夫」

 

 額に目に見えるほど青筋を立て、背後に灼熱のオーラのような物(多分、目の錯覚)をまとっているGUMPを持った女性を、皆がやや遠巻きにする。

 

「Tamaki、何か随分とご機嫌斜めですが?」

「確か、明日ウェディングドレスの寸法合わせって聞いてたけど………」

「バッドタイミングって奴?」

「本番で無い分、マシなんでない?」

「十分悪いわよ」

 

 軽口を叩いたカラーサングラスの男性の頭を、Gパンルックの女性が小突く。

 

「うん、いいのよ。別に。所長は「ちょっと悪いが」の一言で済ますし、レイホウさんからは「頼りにしてるから」って言われるし………なんで八雲の奴はこうも面倒事ばっか………」

 

 背に暗雲(雷鳴付き)を背負いつつ、GUMPを持った女性がヘリへと乗り込む。

 

「城戸、なんなら今から帰ってもいいぞ?」

「………そういう訳にもいかないだろ」

「来年二人目が生まれるんだろう? 何かあったら困るんじゃないのか?」

「え、マジ?」

「それ初めて聞きましたわ」

「私も」

「ああ、先週分かったばっかりだったんだ」

「大変じゃない、それなら私達だけでなんとか………」

「………友人見捨てる父親にはなりたくない」

「じゃあ、行くか」

 

 鋭い瞳でこちらを見る凄みのある男性に微笑しつつ、皆がヘリへと乗り込んでいく。

 

「準備はいいか? すぐにでも出るぞ」

「待って、ただしとレイホウさんがまだ………」

「お~い………」

「待って~」

 

 今にも飛び立とうとするヘリに、屋上への直通エレベーターから出てきた、大荷物を背負った少し頼り無さそうな青年と、白地にストライプ柄のパンツスーツに身を包んだショートカットの女性が慌てて乗り込んでくる。

 

「遅いです!」

「ゴメンゴメン、ちょっと準備に手間取って」

「ちょ、ちょっと、装備多すぎ………」

 

 GUMPを持った女性にスーツを着た女性が小さく謝る。その隣ではヘリに乗り込むと同時に力尽きた青年が、荷物に潰されるようにへたり込んで肩で息をしていた。

 

「こんなに何持ってきたんです?」

「大丈夫、みんなの分もたくさん持ってきたから」

 

 スーツの女性が青年の背負っていた中身がみっちり詰まった登山用リュックを開ける。

 その中には、無数の攻撃・回復アイテムから弾薬、予備の武器などが所狭しと詰められていた。

 

「これはまた」

「重装備~」

「みんなで必要なのは分けて持って。回復アイテムは絶対ね」

「つまり、それだけの装備が必要な事態という事か」

「そうよ」

 

 実業家風の男性の言葉を、スーツの女性はあっさりと肯定する。

 リュックの中身を騒ぎながら広げていた面々の手が止まり、緊張が走る。

 

「ま、こんだけの面子がそろってんだ。矢でも鉄砲でも持ってこいってんだ」

「お前、アメリカ行っててなまってねえだろな?」

「荒事の本場仕込みの技を見せてやるってよ」

「あら、そう言えばNaoとAyaseは?」

「藤堂は現場の側にいるから直接向かうそうだ。あやせは来月臨月らしくてな」

「あいつが? ちゃんと育児出来るのかね~」

「案外いい母親になれるかもしれんぞ。名前をどうしたらいいか相談されたしな」

「拓哉とか慎吾なんて付けんじゃね~の?」

「双子だから男の子だったら光一に剛、女の子だったらジュリアとレナにしようかなってこの間電話で言ってたけど………」

「止めさせた方がいいんじゃない? さすがにそれは」

「後で皆で考えよう、帰ってきてからな」

『賛成!』

 

『いかに強大な敵であろうとも恐れない』強い信頼で結ばれた仲間達を乗せたヘリは、まっすぐに《戦友》の元へと向かっていた。

 

 

同時刻 業魔殿

 

「ふむ………」

「広えな」

「どう行くべきか、だ」

「ふ~ん」

 

 船内のティーサロン内、大型テーブルに偽装された大型ディスプレイに映し出される地図に、ヴィクトル、パオフゥ、克哉、そしてなんでか克哉の肩に留まっているピクシーの三人+一体が顔を突き合わせて唸っていた。

 

「僕はくわしくないからよく分からないが、本当にこの山河その物が魔法陣となると?」

「正確な意味では少し異なるが、伝承によればヤマタノオロチは斐伊川から発生したと言われている。このポイントそれぞれにて召喚術式を起動させれば、漏れでた瘴気は川の流れをさかのぼり、水源の船通山の山頂へと運ばれる。伝承に基づき、《神》と呼ばれるだけの存在を確実に召喚させたければこれだけ大規模にならざるを得んのだ」

「マジかよ、一体直径何kmに渡って幾つ有りやがるんだ……」

「これは八雲殿の話から私が推測した物だ。しかもこれは予測される最低数値から換算した物になる故に、これ以上の可能性も有り得る」

「悪魔がらみでは、県警の応援も望めない。僕達だけでやるしかないか…………」

「いま、葛葉の全サマナー達もこちらへと向かっている。アルゴン・スキャンダル以来の大仕事になりそうだな」

「皆様、ご夕食の準備が整いました。ラウンジへとお越しください」

「ご飯~」

 

 男三人が悩んでいる所に、何でか相変わらずメイド服の上からブレストアーマーを着けたままのメアリがうやうやしく夕食を告げ、それを聞いたピクシーが即座に飛んでいく。

 

「ああ、いただこうか」

「小岩と嬢ちゃんは?」

「八雲様は相変わらず部屋にこもって出てこられません。泣き寝入りしてるから、後で適当に持ってきてくれと言い付かっております。カチーヤ様はアリサが呼びに行きました」

「まあ、泣き寝入りしたくなるのも分かるが…………」

 

 ラウンジへと向かう克哉の脳裏に、先程のダイダラボッチとの戦闘の余波で、事務所兼住居のコンテナトレーラーから、ただのタイヤの付いた金属隗になってしまった物を思い出す。

 

「ありゃ、修理効かねえかもな。あのままスクラップ置き場に置いてたって違和感ありやしねえ」

「愛機のPCがオシャカになったとも言っていたな………もっとも、そう簡単に寝込むようなタイプにも見えないが」

「はい、室内からずっとキーボードを叩く音が聞こえておりました」

「何か秘策を練っておるのかもな……」

「秘策……か」

 

 ラウンジへと到着すると、うららとカチーヤが席へと腰掛け、うららはすでに目の前の皿に盛られた料理に夢中になっていた。

 

「あ、パオ! このビーフシチューすごいおいしいわよ!」

「貪るな、みっともない………」

 

 舌の上でとろけるヒレ肉に感動しているうららに呆れつつ、パオフゥがその隣の席に腰を降ろす。

 ヴィクトルと克哉がその隣のテーブルに付き、テーブルの上を旋回していたピクシーが克哉の頭上に滞空する。

 

「どうでしょう? 皆様今日はお忙しくて疲れておられるようなので、正規のディナーではなくなるべく食べやすい簡素な物にさせていただきましたが………」

「すごいおいしいです~♪」

 

 克哉達の皿にメインのビーフシチューを盛り付けながらのムラマサの言葉通り、テーブルにはサラダやパンが並び、コースではなくセットメニューのような夕食が用意されていた。

 

「フルコース食いたい状況じゃねえしな」

「そんな大層な物出されたら流石に経費に出来ないだろうし…………」

「状況が状況だ。代金は考えずとも結構」

「いいんですか?」

「私からの僅かながらの力添えとお考えください」

「そいつはありがたいな」

 

 後ろから突然聞こえてきた声に、皆が振り返る。

 そこには、少し目が血走っている八雲が気だるげにラウンジへと入ってくる所だった。

 

「泣き寝入りしてんじゃなかったの?」

「ちょっとな、オレの分あるか?」

「ただ今用意致します。席に座ってお待ちを」

「ちょっと待っててね~」

「ああ、頼む」

 

 食器を用意するためにメアリとアリサ(こちらもメイド服の上からタクティカルジャケットを着たまま)が厨房へと向かう中、八雲は空いていたカチーヤの隣の席へと無造作に腰を降ろした。

 

「何をしていたんだ? 寝ていたようには見えないが」

「ちょっと悪あがきって奴」

 

 ムラマサの手によってグラスへと注がれた赤ワインを味わいもしないで飲み干し、八雲は目じりを揉む。

 

「大丈夫ですか八雲さん。休んだ方がいいんじゃ………」

「ああ、飯食ったらそうさせてもらう。明日は忙しくなりそうだからな」

 

 八雲は用意された皿に盛られたシチューにパンを突っ込み、そのまま貪り食うというテーブルマナーを根底から無視した食い方で夕食を平らげていく。

 

「少し聞きたいがいいか?」

「ん?」

「……これはなんで僕に付いているんだ?」

 

 克哉がテーブルの上でティースプーンを使って克哉の皿からビーフシチューを食べているピクシーを指差す。

 

「ああ、予想以上にそいつの魔力が強くてな、媒体となるCOMPがショートしちまってオレの契約から外れたんだ」

「ではなぜ僕に?」

「なんかいいニオイするから~」

「ニオイ?」

 

 ピクシーの返答に首を傾げる克哉に、カチーヤが笑いながら説明する。

 

「本来、ピクシーはお菓子を捧げて契約するんです。克哉さんの体からケーキの匂いがするからなついたんじゃないですか?」

「そういう物なのか?」

「相手を好くからこそ、仕える。人も悪魔も本来そういう物だ。恩義を持って接すれば、かならずや応えてくれる」

「へ~、そうなんだ」

「なんならくれてやってもいいぞ、そいつをSUMMONするには専用システムが必要なんだが、どうにも専属COMPじゃないとシステムがかち合って上手くいかねえんでな」

「週別ケーキ1ピース、希望時以外同種連続は禁止、危険手当は気持ち次第でいいわよ♪」

「まあ、それで力を貸してくれるなら安い物だが………」

「随分と俗っぽい契約なんだな」

「雲母1トンとか処女の生贄とか言われたいのか?」

「それコスト高過ぎ」

「原初派の方々は今でもそうしてるそうですけど……」

「やってるの!?」

「それを防ぎに行くんだろが」

 

なごやか(?)に食事が進む中、八雲がサラダにフォークを逆手で底まで貫通させたところでふと手を止める。

 

「……おっさん、アレ出してくれるか?」

「使うのか、《ストームブリンガー》を」

 

 自らが言ったその言葉に、ヴィクトルの眉が微かに跳ね上がる。

 

「もう四の五の六の言ってられる状態じゃないんでな」

「ストームブリンガー?」

「名前から察するに、武器の類か?」

「ああ、理論上最強のな。食後に見せてやるから」

「最強………」

 

 皆の疑問の視線に答えず、八雲はただ黙々とテーブルマナーを無視しつつ食事を続けた。

 

 

 

「…………で」

「ここにあんのか?」

「でもここって………」

 

 食後、八雲とヴィクトルを先頭に、後片付けをしているムラマサを除いた全員が、船体中央のある扉の前に立っていた。

 

「〈気嚢部立ち入り禁止〉とあるが?」

「名目上はな。この船はガスで飛んでいる訳ではないのでな」

「………何で飛んでいるのよ、それ」

「エーテルを利用した浮揚機関に、精霊石を用いた補助機関を助装させて推進には」

「あ、あとでお願いします」

 

 手にデザートのクリームプリン(三個目)を持ったままのうららがヴィクトルの説明に思わず逃げ出しかける。

 

「では、ここには何が?」

「これ」

 

 八雲が無造作に鍵を開けて無造作にドアを開くと、そこには表面に魔法陣が描かれたもう一つのドアがあった。

 

「……封印か」

「そ、業魔殿の封印庫って奴だ。やばいのもあるから勝手に手ぇ出すなよ」

「何を引っ張り出すつもりなんです?」

「見てのお楽しみ」

 

 ヴィクトルがドアに描かれた魔法陣に手をかざす。

 すると、ヴィクトルの手と魔法陣の双方が淡い光を放ち始め、程なくしてロックの外れた音が響く。

 

「では、注意して後を参るがいい」

「魅惑の力を持った呪具も有るからな~」

「……物騒な飛行船なこった」

 

 ドアの向こうに進むヴィクトルと八雲の後に一行が続く。

 室内には、なにか奇怪な人形、厳重に注連縄の掛けられた刀剣、デスマスクを思わせる古代の石仮面、紅い布が何十にも巻かれて吊るされている古い槍、ガラスケースの中で不可思議な発光を続ける香炉、ビンの中に満たされた濁った液体の中で蠢いている物体、中央にローマ数字の刻印が入った材質不明の六角形の金属片、その他不気味な物が整然と並んでいた。

 

「肝試しするには絶好の場所ね………」

「肝だけじゃなくて実力とソウルの強さも試す羽目になるぞ」

「あのフランス人形、見るたびにこちらに向き直ってきているのだが………」

「ロゼッタは寂しがりやなので、あまり相手になさると永久に遊び相手にされますからご注意を」

「さっきからペルソナが反応しっぱなしだ。一体こんな物騒なとこから何を引っ張り出すつもりだい?」

「こいつだ」

 

 封印庫の奥、大型の金庫の前でヴィクトルと八雲の足が止まる。

 そして、八雲とヴィクトルがそれぞれ懐から鍵を取り出すと、二つある鍵穴に入れてロックを外す。

 さらにテンキーに八雲がパスコードを入力し、重々しい音を立てて金庫が開いていく。

 

「………これが?」

「最強?」

 

 その中から出てきた物に、皆が首を傾げる。

 それは、砲身にも見える長い金属筒と、それに繋がれた制御部からなる、奇妙な機械だった。

 

「てっきり、何か強力な悪魔の具象武器かと思っていたのだが………」

「何も感じないわね?」

 

 うららがスプーンを口に咥えたまま、その機械を突付いてみる。

 しかし、機械は何も反応しない。

 

「そりゃそうだ、そいつはただの機械だからな」

「何のための機械なんです?」

「デバイスだ」

『は?』

 

 意味がまったく分からない皆が更に首を傾げる中、八雲は金庫の中から小さな手提げ金庫を取り出す。

 

「こいつはオレが偶然作り出した、ある物の入力用デバイスだ。本命はこっち」

 

 八雲が手提げ金庫を開けると、それからは小さな御札が貼られたフラッシュメモリが大量に出てきた。

 

「ひょっとして、こいつはCOMPなのか?」

「まあな」

「こんな大きいCOMP、見た事ないんですけど……………」

「通常のCOMPの逆の機能しかもってないがな」

「逆? まさか、悪魔を退去させられるのか?」

「ご名答」

 

 八雲が、手提げ金庫から取り出したフラッシュメモリを手に説明を始める。

 

「そもそも、悪魔の召喚っていうのは、召喚、契約、退去の三つからなる。COMPはこの召喚、契約の部分をプラグラムで簡易化した物だ。オレは、その召喚プラグラムを独自に研究し、反転させる事に成功した」

「反転?」

「そう、この中に入っているのはオレが作り出した、悪魔の強制退去プログラムだ。こいつをこのデバイスを使って悪魔にレーザー投射する事で入力する。すると、こいつを食らった悪魔は物理具現マトリクスが崩壊し、物理世界に存在する事が不可能となる寸法だ」

「! 可能なのか!?」

「実験は成功した。こいつを食らって無事な悪魔は存在しない」

「スゴイ…………」

「じゃあ、なんでこいつは封印されてんだい?」

「あ」

 

 パオフゥのもっともな質問に、うららが間抜けな声を漏らして咥えていたスプーンを落とし、八雲が表情を固くした。

 

「……こいつは、強力過ぎる。いや、元の悪魔召喚プログラムが完璧過ぎたのかもしれない。効果があるのは悪魔だけじゃないんだ」

「まさか、人間にも!」

「理論上はな。悪魔が食らえば、魔界に強制送還されるだけで済む。だが、人間が食らえばどうなるかは分からない。元々物理的存在である肉体は影響がないが、精神やソウルはただじゃ済まない。オレも試した事が無いから断言は出来ないが、運がよければソウルが強制剥離されて植物人間になるし、悪ければあの世に直行する。まあ、気合があれば戻って来れるが」

「………来れるの?」

「轟のおっさんがいい例だが」

「ウソっ!?」

「あれ、知らなかったんですか?」

「オレも初耳なんだが………まあ前からなんか妙だとは思ってたが………」

「そろそろ新しい体が欲しいとか言ってたな」

「悪魔より達が悪いな…………」

 

 八雲がその悪魔強制退去プログラム入力用レーザーデバイス《ストームブリンガー》を起動させ、チェックしていく。

 カートリッジを取り出すと、それにフラッシュメモリをマガジンに弾丸を込めるように装填していく。

 

「なんだ、ワンウェイ(使い捨て)プログラムなのか?」

「安定性に問題が有ってな、一度起動させると二度目からはバグが生じた挙句に内部素子まで影響受けやがる。お陰で一発一発が高くつきやがんだよな、これ」

 

 装填の終わったカートリッジをセットすると、イジェクションレバーを操作して《初弾》を装弾する。

 

「チェックシーケンス問題なし、レーザー投射システム問題なし、と。試射してみたいところだが………」

 

 八雲がストームブリンガーを構えると、即座にうららとピクシーがパオフゥと克哉の背後に隠れる。

 

「……冗談に決まってるだろ。ぶっつけ本番だ」

「実戦に使用した事は?」

「試験的にはな。報酬よりも弾代の方が高くついたんで後は使ってない」

「そっちが封印した本当の理由なんじゃねえか?」

「経費に認めてもらうにゃ、ちと高過ぎてな………」

「サマナーも大変ね~」

「オレにはGUMPを扱える以外の特殊能力は無いからな。勇気と努力とイカサマでどうにかするしかない」

「……何か違くありません?」

「いや、間違っちゃいねえ」

 

 ニヤリとパオフゥが含み笑いしたのを、八雲が同じ笑みで返す。

 

「応援とやらはあとどれくらいで到着するんだ?」

「装備を整えてから出たので夜中になるそうだ」

「じゃあ、それまで一寝入りしとくか。来たら作戦会議だ」

「了~解。あたしも休ませてもらうわ」

「オレはちょっとここに使える物が無いか探しとく」

「私もお手伝いさせていただきます」

「では僕は県警に連絡して周辺に異常が無いか確かめておこう」

「じゃあ私はネットに何か噂が流れてないか確かめとくね~」

「それじゃ私は装備の準備を…」

 

 封印庫から倉庫へと向かおうとするカチーヤの首根っこを八雲は引っつかんで制止。

 

「お前も休め。まだ疲労が回復してきてないはずだ」

「大丈夫です、これくら……」

 

 最後まで聞かず、八雲はストームブリンガーのレーザー投射砲身でカチーヤの膝裏を軽く薙いだ。

 

「あ……」

 

 軽い一撃だったにも関わらず、カチーヤの膝が崩れそうになるのを彼女はなんとか堪えた。

 

「言わんこっちゃない。足腰に来るようじゃヤバイぞ。休める時に休んでおけ」

「……はい、分かりました………」

 

 肩を落とし、しょげ返ったカチーヤがすごすごと用意された部屋へと戻っていく。

 

「大丈夫なのか、あの嬢ちゃん」

「余力と無理の区別が付いてないだろうからな。それに………」

「あの力か」

 

 克哉の指摘に、八雲の表情が曇る。

 

「……ネミッサの時は、まだしもあいつは力を失っていたから症状はゆっくりと進んだ。だが、カチーヤは力は更にその上だ。もしこれ以上あの力を使えば、あいつのソウルが耐え切れるかどうか………」

「使うな、つっても聞きそうにねえな」

「そうね、あの性格じゃ」

「………どうするつもりなんだ?」

 

 しばし悩んだ後、八雲は鼻を鳴らして悩むの止めた。

 

「一寝入りしてから考える。流石に今回はハードなんでな。メアリ、後でドリンク剤でも持ってきてくれ、カチーヤのとこにもな」

「かしこまりました」

 

 ストームブリンガーを肩越しに抱えつつ、八雲はその場を後にする。

 

「さて、どうしようかね…………」

 

 

 

 深い闇の中、どこまでも駆けていく。

 どこかから聞こえる、絶叫。

 息を切らせ、必死になって走る。

 辿り着いた先にいたのは、異形の影と、それに襲われている見知らぬ男性。

 ためらわず、力を異形の影へと解き放つ。

 断末魔の咆哮。

 凍りついた影は、そのまま粉々に崩れ落ちていく。

 

「大丈夫ですか?」

 

 安堵の息を漏らしつつ、男性へと振り返って気付く。

 そこに浮かぶのは、恐怖。

 

「あ、悪魔………」

「え………」

「よるな、悪魔!」

「あの、落ち着いて……」

 

 自らを振り払おうとする男性をどうにかなだめようとして、ふと気付く。

 男性の顔と声が、見知った物へと変わっていた。

 

「パ、パパ………」

「来るな、悪魔!」

「落ち着いて、パパ。私よ……」

「悪魔、 悪魔!!」

「イヤアアアァァァ! 」

 

 

「ハァ……ハァ………」

 

 自らの絶叫で、カチーヤは目覚めた。

 

「ゆ、夢………」

 

 言葉に出して、気付く。

 先程まで見ていた夢が、過去に本当に有った事だと。

 乱れている息を整えようとして、カチーヤは目尻が濡れているのを感じた。

 

「何事!?」

 

 いきなり、ドアを突き破ってうららが室内に突入してくる。

 

「カチーヤちゃん大丈夫!? 今の悲鳴何!? 思い余った馬鹿が夜這いでも掛けた!?」

 

 突入してきたうららがまくし立てつつ、素早く室内に目を走らせる。

 

「あ、あの大丈夫です。ちょっと怖い夢見ちゃって………」

「夢?」

「何事だ!」

「カチーヤ!」

「敵襲か!」

「なに? なに?」

「ご無事ですか!」

 

 ベッドから体を起こしたカチーヤが説明しようとした所に、ワンテンポ遅れて武装した面々が部屋へと突入してくる。

 

「あ、なんでもないなんでもない、あたしの勘違いだった」

「勘違いって、今彼女の悲鳴が」

「いいから女の部屋に大勢で押しかけない!」

 

 うららが力任せに突入してきた面々を部屋から叩き出し、ちょっと壊れているドアを閉めて鍵を掛けた。

 

「これでよし、と」

「え~と、何もそこまでしなくても………」

「目、涙」

「あ………」

 

 呆然としていたカチーヤが、目一杯に溜まっていた涙が起きた拍子に頬を伝っているのに気付いて慌てて拭う。

 

「いやさ、部屋の前通ったらなんかうなされてるし、挙句に今の悲鳴でしょう? てっきりなんかまずい事でも起きてんじゃないかと思っちゃって」

「すいません、お騒がせして………」

「だいぶひどい夢だったみたいね、あんなうなされてたんじゃ。ちゃんと寝れた?」

「ええ、少しは」

「ホントにだいじょぶ? 無理しちゃダメよ」

「大丈夫……です」

 

 何か沈んだ表情のカチーヤに、うららは何かを察したのか微笑を浮かべつつ、カチーヤの隣に腰掛ける。

 

「ま、その歳でこんな仕事やってんだから、訳ありなのは当たり前か」

「そう……ですけど………」

「あたしもそう。昔ね、友達を呪い殺そうとした事有ったんだ」

「えっ………」

「パオは昔パートナーを死なせちゃってるし、克哉さんは夢を諦めてまで刑事になった。誰もそんな物よ。気にしちゃダメダメ」

「はあ…………」

「でも、捨てちゃダメ。それを乗り越えないとね。後で気が向いたら、話してみて。話ちゃえば結構すっきりするから」

「そう……ですね」

「そうそう簡単な事じゃ驚かないから。実は男でしたとかあたしよか年上ですとか言われたら驚くかもしんないかも」

「あの、ら……」

「ん?」

 

 遠くから響いてくるローター音に、うららが天井を見上げ、それにつられてカチーヤも上を見る。

 ローター音はだんだん大きくなっていき、やがて真上から直に響くようになった。

 

「おっと、みんな来てくれたみたい。続きは全部終わった後でね」

「はい」

 

 ウインク一つ残して部屋を出ていくうららに元気付けられたカチーヤは、ベッドから出ると身支度を整えて自らも出迎えへと向かった。

 

 

 

「ヘリポート付きなんて、すごい飛行船ね」

「あれ。飛行船ってでっかい風船じゃないっけ? なんでヘリが降りれるんだ?」

「ひねくれてんだからじゃねえの? 何せ非行船って言うくらいだから」

 

 絶対零度のブリザードが吹き荒れる(ような気がする)空気の中、駆けつけたペルソナ使いとサマナー達が続々と業魔殿へと降り立つ。

 

「諸君、業魔殿へヨーソロー。私がこの船の船長、ヴィクトルという者だ」

「南条 圭という。お呼びに預かり、微力ながら仲間と共に助勢に参上した」

 

 メアリを伴って出迎えに参上したヴィクトルに、青年実業家風の青年―南条が右手を差し出す。

 

「ペルソナ使い達がこれほど大勢来てくれるとはな」

「共に苦楽を乗り越えた仲間が助けを求めているとあっては、駆けつけぬ訳には行くまい」

「わりぃな」

「ありがとう」

 

 南条とヴィクトルの握手に、パオフゥと克哉が自らの手を重ねる。

 

「うらら、大丈夫?」

「ダイジョブよ、マーヤ。結構ハードだったけどね」

「敵はどこだ! このブラウン様がぜ~んぶケチョンケチョンにしてやるぜ!」

「何を~! オレの方がもっと倒してやる!」

「数なんてどうでもいい、全部殴り倒してやる…………」

「このairship、ガスも入ってないのに飛んでますわ……それに表面一面に刻まれたこのmagic pattern、mysteriousですわ~」

「ちょっとうるさいかもしんないけど、アレで結構頼りになる連中だから」

「アレってのは言い過ぎじゃ………」

 

 いろいろな意味でやる気満々のエルミンOBペルソナ使い達に、初めて会うカチーヤなどはちと押され気味になった所に、何か殺気(っぽい物)をまとった女性サマナー たまきが歩み寄って肩を叩く。

 

「カチーヤちゃん、あの馬鹿は?」

「えと、八雲さんなら多分まだ寝てるかと………」

「ふ~ん、じゃあ起こさないとね」

「お、落ち着けたまき」

 

 ホルスターからベレッタM92Fを取り出して初弾を装弾しつつ向かおうとするのを、大分減ったがそれでもまだ大荷物を背負った青年―たまきのパートナーにして婚約者のただしがなんとか背後から止める。

 

「ハードな初仕事になっちゃったわね。怪我とかしてない?」

「はい、八雲さんが守ってくれましたから」

 

 白地のパンツスーツ姿の女性―カチーヤの師であり、葛葉屈指の術者でもあるレイ・レイホウがカチーヤに声を掛けた所で、ふと彼女の気配が微妙に変わっている事に気付く。

 

「とりあえず、積もる話も有るかもしれないけど、現状把握が先ね。ヴィクトルさん、会議の準備は?」

「出来ておる」

「じゃあ、カチーヤは八雲起こしてきて。当事者が寝てるんじゃ話にならないから」

「はい」

「みんなはこっちに。メアリ、コーヒーお願い」

「すでにアリサが準備しております」

「ありがと、じゃあ作戦会議といきましょうか」

 

 

 

「八雲さん、起きてください。皆さん来ましたよ」

 

 八雲が寝ている部屋のドアをカチーヤがノックすると、即座にドアが開く。

 

「これはカチーヤ殿」

「八雲さんは?」

「まだお休みになられております」

 

 ドアを開けた先には、SUMMONされていたらしいジャンヌ・ダルクがおり、カチーヤを中へと通す。

 一歩入ったカチーヤは、その室内を見て驚愕する。

 そこには、種々の機械や起動しっぱなしのPCとそれに接続されているらしいスパコン(スーパーコンピューターの略)、製作中と思われるなんらかの装置が所狭しと並んでいた。

 

「これ………」

「召喚士殿の研究室です。ヴィクトル殿の研究を全面的に補助する代りに、こちらの部屋を無償で貸してもらっているのです」

「一体、何の研究を?」

「私もよく知りませぬが、召喚システムの改良や再構築を行っているとか」

「…………」

 

 八雲の意外な一面に、カチーヤが絶句する。

 部屋の片隅、ソファーの上で毛布を被っていびきをかいている八雲は、カチーヤの来室にも気付かず、そのまま爆睡を続けている。

 

「あの、八雲さん起きてください・レイホウさんが読んでますよ」

「グゥ~~~~~………」

「あの、起きてください。たまきさんがちょっと怖いんですけど………」

「ガァ~~~………」

「カチーヤ殿、これを」

 

 まったく目を覚まそうとしない八雲にカチーヤが困っている所に、ジャンヌ・ダルクが散らかりまくっている机の上に用意されていた刻印の施された小さな石を手渡す。

 

「メ・パトラの石?これで起こすんですか?」「睡眠効果のある秘薬で眠っておられます。普通の起こし方では目覚められません」

「秘薬!? そんなので寝てるんですか!?」

「グゥ~~~~……」

「体を完全に休養させるためだそうです。これだけの激戦は久しぶりですので………」

 

 微動だにせず爆睡を続ける八雲を起こすべきかどうかカチーヤが悩んでいる時、部屋のドアが荒々しく開かれる。

 

「……寝太郎は起きたかしら?」

「あ、今起こしますから………」

 

 全身から瘴気(っぽい何か)を漂わせているたまきが、ぎらついた目で室内を舐めまわすように睨む。

 そのあまりの迫力に、カチーヤとジャンヌ・ダルクが思わずたじろぐ。

 たまきの視線が、爆睡している八雲を見つけると怪しく光った(ような気がした)。

 

「大変ね、起こすの手伝ってあげるわ」

「あの、大丈夫ですから」

「そ、そうです。だからそれを収めてくださいませんか」

 

 たまきが刀身から雷気を放ち続ける合体剣、雷神剣をゆっくりと鞘から抜こうとするのを、二人がかりで必死に止める。

 

「八雲さん起きてください!」

「んが?」

 

 慌ててカチーヤがメ・パトラの石を使用し、八雲が目を覚ます。

 

「ん~?」

 

 頭をかきながら八雲は起き上がると、寝ぼけ眼で左右を見回し、また横になる。

 それを見たたまきの額に、音を立てて青筋が浮かんだ。

 

<big>「起・き・ろ~!!」</big>

「おごぼげ!?」

 

 ぶち切れたたまきの真空肘鉄が八雲のみぞおちに直撃。珍妙な断末魔と共に八雲の体がくの字に折れ曲がる。

 

「さあ、ちゃっちゃとサロンに来て説明する! みんな待ってるし!」

「八雲さん泡吹いちゃってますけど………」

「失神されたのでは?」

「貧弱ね~、よくそんなのでサマナーが勤まるわ」

「お前が無茶苦茶過ぎるんだ………」

 

 遅れて部屋に訪れたただし(なぜか頭にコブ付き)が、部屋の惨状に呆れ果てる。

 

「とにかく、連れて行きましょう。そっち持って」

「荷物扱いですか…………」

「目を覚まされないのではいたしかたないかと」

「本当に大丈夫か? こいつ………」

 

 結局、たまきとただしが手足を持って、荷物がごとく八雲は連行されていった。

 

 

 

「……で、作戦会議を始めたいんだけどいいかしら?」

「よくない」

 

 居並ぶ面々とテーブル状の大型ディスプレイに表示されている無数の情報から、さながら作戦司令部と化しているティーサロンで、レイホウの言葉に苦虫を噛み潰した顔の八雲一人が異論を唱える。

 

「うう、うずきやがる………」

「見事に痣になってやがったからな~」

「たまきさん、やり過ぎじゃ?」

「起きない方が悪いの」

 

 みぞおちをさすっている八雲に、たまきは悪びれもせずに言い放つ。

 

「ま、ともかく始めましょう。とりあえず、今分かっている事を」

「では僕から」

 

 克哉が進み出ると、ディスプレイに彼の捜査データが表示される。

 

「まず、九日前に起きた誘拐事件から事は始まる。被害者が戸塚 秋代(あきよ) 24歳。勤めていた会社からの帰り道、突如として姿を消した。繁華街から住宅街に抜ける道の途中で消息を立ったにも関わらず、目撃者は皆無。捜査は暗礁に乗り上げかかっていたが、五日前、今度はこの被害者の叔父に当たる戸塚 裕彦 61歳が自宅の神社内で何者かに惨殺され、奉られていた宝剣が奪われるという事件が起きた。死因は巨大な刃物、というよりは爪による刀傷で即死。この二つの事件に関連性が有ると見た僕は、この事件を捜査した結果、ある人物に行き当たった」

 

 そこでディスプレイに一人の男のモンタージュが映し出された。

 

「この男、安部 才季 42歳。民俗学者を自称するこの男が、数日前に戸塚神社を訪れていた事が判明。だが、この男を調査していた途中、僕は突然この男の部下と思われる悪魔使いに襲われた」

「ちょっと待った。部下って事は、彼は何らかの組織を構成しているのか?」

「生憎と、詳細は不明だ。だが、彼の部下もしくは彼が使役したと思われる悪魔に幾度となく遭遇している」

 

 南条からの問いへの克哉の返答に一同がざわめく。

 

「しかも、魔神 オーディン、邪神 ヒルコガミ、巨神 ダイダラボッチと神格クラスのオンパレードだ。ボスはどれだけの力持ってるのか見当もつきやしねえ」

「マジ!?」

「なんの冗談よ…………」

 

 八雲の説明に、葛葉の面々も頭を抱え込む。

 

「問題はこれだけじゃない。昨夜、僕達は戸塚神社の再調査に赴き、そこで地下にある隠し社を発見。そこから驚くべき物が発見された」

「驚くべき物?」

「草薙の剣だ」

「Really!? GenPeiWARでLostしたのでは?」

「葛葉でもそう思ってたわ。まさか本物が現存していたとはね………」

「ホントにモノホンかよ? ズバズバ鑑定団に出したのか?」

 

 クールな雰囲気の英語訛りの女性―ペルソナ使いにして有数のオカルトマニアのエリーこと桐島 英理子が驚くが、先程から絶対零度のギャグばかりとばしている軽薄そうなカジュアルな男―ブラウンこと上杉 秀彦がそれに異を唱える。

 

「鑑定なんてオレは出来ねえが、ペルソナがかなり反応してやがった。相当な力を持った剣だった事は確かだな」

「ボロかったけどね」

「で、それはどこにあるの?」

「奪われた」

『!』

「草薙を封じ続けてきた神剣と、草薙を封じ続けてきた一族の末裔。自ずと導かれる答えは一つだ」

「なに?」

 

 状況を理解してないのか、生来の能天気か自分のした質問の返答に首を傾げる軽快な服装の女性―うららの親友でルームメイトの天野 舞耶に八雲が胡乱な目を向ける。

 

「……ペルソナ使いは全員ただ力持ってるだけか?」

「A Reverse Feast Ritual…………」

「なんだそれ?」

 

 エリーの呟いた言葉に、帽子をかぶったお調子者の男性―マークこと稲葉 正男が疑問符を浮かべた。

 

「日本語で言えば祭り返し、本来祭りとは奉りを意味し、神話や伝承に基づいた儀礼を行う事で神仏に力を与え、加護を賜る物だけど、黒魔術なんかではそれを逆に行う事によって伝承の逆を引き起こす。つまり、この場合は姫を召し出し、剣を奉じる事によって滅ぼされた神、ヤマタノオロチを黄泉帰らせようとしている訳よ」

「へ~、そうなんだ」

「つまり、え~とアレだ」

「分かってないだろ、お前ら」

 

 レイホウの説明にうなずくマークとブラウンに、スーツ姿の凄みのある男性―レイジこと城戸 玲司が一言呟くと二人の動きが完全に止まる。

 

「知ったかぶりは止めときな。痛い目見ても知らないよ。アタシもよく分かんないけど」

「悪魔相手にするなら神話と魔術の基礎くらい知っておけ!」

「あんたもサマナーなったばっかの頃は全然知らなかったじゃない」

「う!」

 

 Gパンルックの姉御肌の女性―ゆきのこと黛 ゆきのの発言に怒鳴る八雲を、たまきが混ぜ返す。

 

「さて、その儀式と我らを呼んだ理由は?」

「ただ儀式を行っただけでは、神を呼び出す事は出来ても、完全な復活までは出来ん」

「そなの?」

「顔見せだけで帰っちまうってワケ? ノリわりぃね~」

「それをノせる準備を阻んでほしいんだが」

「じゃあオレ様のギャグ百連発で…」

「あんた黙ってなさい!」

 

 ゆきのの拳がブラウンの脳天に振り下ろされ、ブラウン沈黙。

「この手の復活儀式を行うには、そうとう量の瘴気もしくはマグネダイトが必要になるわ」

「なる程、媒介か」

「Oh、japan神話最大のEvil GODを復活に必要な量といったら……………」

「見当もつかねえ。今、葛葉の先遣隊が調査に向かってるはずだが………」

「ちょっと連絡取ってみるわ」

 

 レイホウが携帯を取り出し、短縮ダイアルで先遣隊の一人をコールしてみる。

 しばし電話が繋がるのを皆が無言で待つ中、やや長めのコールの後に相手が出た。

 

「あ、小次郎君、そちらの様子は……ちょっ、大丈夫!? もうそこまで!?」

 

 レイホウのただならぬ様子を察したメアリがイヤホンコードをレイホウの携帯に繋ぎ、アリサが手早くそれを艦内放送へと接続した。

 

『すでに船通山は異界化してます! 周辺にも最下級クラスですが悪魔の実体化を確認しました!』

 

 スピーカーから少年の物といって差し支えない若い男性の声の報告に、銃声や獣の咆哮が混じってティーサロン内に響き渡る。

 

『召還陣は多すぎて特定不能! 幾つか発見しましたが、まだ正式起動しているのは僅かです!』

「必要以上の交戦は避けて! もう直夜明けだから、下級の悪魔は実体化を維持できないわ!」

『了解しました! 退くぞパスカル!』

『ガアアァァ!』

 

 魔獣の咆哮を最後に、電話は切られた。

 後には、思い沈黙だけがその場を支配していた…………

 

「予想的中だ。相手は無数の小型の召還術式を用意し、それを一斉に起動させてそれから沸いた瘴気を持ってヤマタノオロチを復活させるつもりだ」

「無数って、どれくらい?」

「予想図はこれだ」

 

 舞耶の問いに、ヴィクトルが予想図を表示させる。

 

「こんなにかよ!?」

「なる程、猫の手も借りたいわね、こりゃ」

「ドラ猫ばかりがそろってやがるがな」

 

 表示された地図上の無数の光点に、全員が絶句する。

 そこへ、レイホウが淡々と作戦概要の説明を始めた。

 

「これは一応予想であって、正式じゃないわ。みんなにお願いしたいのは、この場所とそれ以外の召喚陣の捜索と発見、そして破壊。ただし、これは陽の気が強い日中に限られるわ」

「日が暮れっとどうなんだ?」

「簡単だ、日没と同時に強くなる陰の気によって、一斉に全部の召喚陣が起動する。そうなったらもう前代未聞の大乱戦になるな」

「………チューインソウルだ! チューインソウルをトラック一台分!」

「チャカと弾! なるべくデカイの!」

「ベルベットルーム! ここから一番近いベルベットルームどこだ!」

「落ち着くんだよ!」

 

 ゆきのの拳(×2)が慌てふためくマークとブラウンを沈黙させる。

 

「すぐに松岡に手配させよう。人員も多い方がいいだろうな」

「装備はともかく、人員はやめとけ。どんなトラップが仕掛けられてるか分からん。対悪魔戦が出きる奴ならともかくな」

「む、そうだな」

 

 八雲の指摘を元に、南条が自らの携帯で連絡を取り始める。

 

「で、オレ達はまずどうすればいい?」

「準備を整えて夜明けと同時に数チームに分かれて予測ポイントに向かって。あと何人かは遊撃部隊としてここに待機してくれる?」

「じゃあ私が。回復魔法が得意なペルソナを待機させておいた方がいいでしょうし」

「じゃ、じゃあオレも残る!」

「そうだな、では待機班は園村と稲葉に任せよう。残ったメンバーで班割とルートの作成を」

「Oh、全てを破壊しなくても、瘴気のルートをCutしてしまえば………」

「だとしたらまずどこから当たるべきだろうか?」

「広えぜ、何で移動すんだヨ? クルマか?」

 

 作戦を話し合う中、八雲は無言で席を立つ。

 それに気付いたカチーヤが、何気なく八雲の後を追った。

 ティーサロンから少し離れたフロアのソファーに八雲は腰掛け、首筋を鳴らしていた。

 

「……大丈夫ですか?」

「ん? 流石に今回はハードだからな」

 

視線だけカチーヤに向けた八雲は、大きく伸びをするとソファーにもたれかかる。

 

「…………アルゴン・スキャンダルを思い出すな」

「八雲さんがサマナーになるきっかけになった事件でしたっけ」

 

 八雲の隣にチョコンと腰掛けたカチーヤに、八雲は語り始めた。

 

「ま、あん時はこんなもんじゃなかったな。トレーラーに爆弾仕掛けられるわ、仲間誘拐されるわ、挙句に指名手配されるわ…………何度も死にそうな目に有った」

「でも、生きてますよ」

「運が良かったんだろ。もっとも運なんてのは実力で自分の所に引きずり込むモンだがな」

「はぁ…………」

 

 そのまま、しばし無言で八雲はカチーヤを見ていたが、そこである事を切り出した。

 

「カチーヤ」

「なんですか?」

「お前もここに残れ」

「え!?」

「もし、もう一度あの力を使えば、お前の精神はどうなるか保証出来ない。これ以上使うな」

 

 驚くカチーヤに向けて、八雲は断言する。

 

「で、でも……」

「レイホウさんと相談して、制御法を見つけるまで、術も使うな。すでに何らかの形で影響も出始めているはずだ」

「そ、そんなの在りません!」

 

 否定するカチーヤに、八雲は無言で立ち上がり、側に飾ってあった花瓶を取ると無造作にカチーヤの顔面に向けて投げつけた。

 

「キャァ!」

 

 思わず両手を上げてカチーヤは身構えるが、衝撃は来ず、何かが床に転がる音だけが響いた。

 両手を下げ、床を見たカチーヤの視界に、氷の塊に覆われた花瓶が転がっているのが飛び込んできた。

 

「!!」

「多少疲れ目だが、オレの目はさっきお前が手にしたコーヒーから瞬時に湯気が消えるのが見えてたぞ」

「あ、あれアイスじゃなかったんですか?」

「カップにアイスを入れる訳ないだろ? 自覚無しで力が発動するのは危険レベルだ。おとなしくしていろ。じゃなければ………」

「イヤです!」

 

 強い口調で叫びつつ、カチーヤは八雲にすがりつく。

 

「私も葛葉の一員です! 一緒に戦います!」

「………分かったよ」

 

 カチーヤの肩が震えているのを見た八雲が、諦めたような口調でカチーヤの頭を叩く。

 

「作戦の立案は賢い連中に任しておいて、少し休んでいろ。山登りの途中で倒れられたら適わん」

「……はい」

 

 小さく頷いてその場を去るカチーヤの姿が見えなくなってから、八雲は再度ソファーに腰掛ける。

 

「あんないい子泣かせるつもり?」

「生憎と、オレはいつも泣かされるほうですよ」

 

 頃合を見計らっていたのか、気配すら感じさせなかったレイホウが、通路の影から現れた。

 

「まさか、あの子の力がここまでとはね」

 

 つま先で花瓶を内包した氷塊を軽く蹴飛ばし、レイホウは八雲の側へと歩み寄る。

 

「あいつ、何の血を引いているんです?」

「分からないわ。少なくても、両親は普通の人間だったみたい」

「んな馬鹿な」

「これは推測だけど、おそらくは両親の両方の先祖の血が、あの子に受け継がれたとしたら?」

「! 隔世のハイブリッド………」

「仮説でしかないわ。それに、カチーヤの父親は力を持った彼女を恐れていたらしいの。母親は彼女を生んですぐ死んだらしいしね。そこを私が拾って修行させたのよ」

「……ま、この業界じゃ珍しくも無い話か」

「私としちゃ、あの子にあそこまで信用されてるのが不思議だけどね。結構人見知りする子なんだけど」

「さあ? インプリィンテイングでもしたかな?」

「ヒヨコじゃないのよ。信用されてる分はしっかり面倒みてあげなさい」

「ハッカーが信用されたら元も子も無いんだけどな~…………」

 

 山積みとなっている問題をどこから片付けるか、八雲は脳内に無数のフローチャートを思い浮かべつつ、頭をかきむしっていた。

 

 

 

「か・つ・や・さ・ん♪」

「ああ、舞耶君か」

 

 各々が準備に取り掛かり、誰もいなくなったティーサロンで都合三杯目のコーヒーをすすりつつ、作戦概要を地図と照らし合わせていた克哉に舞耶が寄ってきた。

 

「すまなかったね、仕事で忙しかったんじゃないのか?」

「いいえ、克哉さんやうららが困っているって聞いて、じっとしてられなかったし」

「そうか……」

「ねえ、この人コレ?」

「な!」

 

 克哉の肩に止まっていたピクシーが小指を突き出して動かすのを見た克哉の顔が赤くなった。

 

「図星?」

「う~ん、どうかな? 克哉さん、この子どこから?」

「いや、ちょっとなつかれてね」

 

小さく笑いながら、舞耶がピクシーを指差すと、赤面したまま克哉が説明する。

 

「あなたも一緒に行くの?」

「うん、ボーナスもらえるし♪」

「……フルーツタルトでいいかな?」

「あ、それ私も食べたい♪」

「……了解した」

 

 事件後の予定がすでに一つ出来た事に、克哉は諦めの溜息をもらした。

 

 

 

「ん………」

 

 微かに感じた気配に、カチーヤは目を覚ます。

 

「……起こしたか」

「あ、八雲さん。もう時間ですか?」

「いや、まだちと早い」

「でも、そろそろ準備しておいた方が」

 

 ベッドから起き上がったカチーヤは、そばに置いてあった上着に手を伸ばす。

 しかし、その手を八雲の手が掴んだ。

 

「?」

「今なら、まだやめられるぞ」

「……いえ、行きます」

「そうか」

 

 八雲の言葉をきっぱりとカチーヤは否定する。それを聞いた八雲は突然カチーヤの体を抱きしめる。

 

「なな、何を!?」

「覚悟は出来ているようだな、餞別くらいはやっておこう」

 

 赤面するカチーヤの顔をこちらに振り向かせて、八雲はその瞳を深く覗き込む。

 そのままゆっくりと、八雲の顔がカチーヤに近づいていく。

 

(え? えええ? これってひょっとして!?)

 

 耳まで赤くしながら、カチーヤが近づいてくる八雲の顔を見るが、やがて直視できなくなってまぶたを閉ざし、されるがままにする。

 カチーヤの唇に暖かい感触が触れるのと同時に、首筋に鋭い痛みが走った。

 

「!?」

「悪いな」

「八雲…さ……」

 

 何をされたのか理解する前に、カチーヤの意識が深く沈んでいく。

 ベッドに倒れこんだ時には、すでにカチーヤの口からは静かな寝息が漏れていた。

 

「………端から見れば犯罪だな」

 

 八雲が手の中に隠し持っていた無針注射器を一度跳ね上げると、それを受けとってポケットへと仕舞う。

 カチーヤをベッドへと横にし、その体に毛布を掛けてやると黙って部屋を出た。

 部屋を一歩出た所で、何時からいたのか克哉がそこに立っていた。

 

「見てたのか?」

「最後の方だけな。あれがお前の選択か?」

「一遍パートナーが目の前からいなくなればあんたにも分かるさ」

 

 それだけ言うと、八雲はその場を後にし、克哉も黙ってその後へと続いた…………

 

 

 滑り落ちた糸へと伸ばす手は、それを支える多くの手によって、その端を掴もうとする。

 ただ、己を傷つけても伸ばそうとする一つの手を静かに押さえながら…………

 



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PART7 COMMEMORATION

「追跡! スレの真相!」

「第133スレ、船通山で怪奇現象!?」

「真相追求のため、私達は実際に現場まで来ちゃいました~」

 

 朝にも関わらず、重い雲が垂れ込めている船通山の麓で、人気アイドルユニット《MUSES》の三人が人気番組の収録を行っていた。

 MUSESの一人、リサ・シルバーマンはまるで山その物を畏怖するかの如く、上空で渦巻く暗雲に言い知れぬ不安を覚えていた。

 

「どしたの、リサ?」

「うん、何か変な予感がするの………」

「マジ? リサって霊感有るからね~」

 

 メンバーの未歩と麻美が、リサの言葉に不安げに山の方を見詰め、続くようにその場にいるスタッフ全員が不安にかられるように空を見る。

 

「チーフ、本当に大丈夫なんですか?」

「大丈夫よ、天気予報はちゃんと調べてんだし」

「でも、昨夜から入山規制がしかれてるはずじゃ………」

「火山じゃあるまいし、猛獣が出るわけでなし、何が危険だっての? スケジュールも押してるし、いい絵が取れるじゃないの」

 

 チーフディレクターの女性の指示に皆がしぶしぶ従おうとした時だった。

 

「!?」

 

 リサの背を、強烈な悪寒が襲う。

 

「? 大丈夫?」

「……来る!」

「何が?」

 

 思わずリサが体をすくめた瞬間、それは現れた。

 

「ギャギャギャギャ!」

「えっ…キャアアァァ!」

 

 奇声と共に、側の藪から何かがチーフプロデューサーの女性に襲い掛かる。

 

「チーフ!」

「六舞さん!」

「何!? こいつ何!?」

 

 襲い掛かってきたそれを払いのけようとする女性が、それを間近で見てパニックに陥る。

 それは、幼児くらいの体躯に突き出た腹と長い手足、そして死人の肌を持つ奇怪な子鬼だった。

 

「ば、化け物!?」

「ガキ!?」

 

 襲い掛かってきたその怪物が、不規則に伸びた乱杭歯を女性に突き立てようとした時、突然乾いた音が響くと同時に、怪物が血飛沫を上げて吹っ飛んだ。

 

「え?」

「お前ら、何をやっているんだ!」

 

 響いてきた音を探ると、その先には体をプロテクターで覆い、左腕にキーボードと小型ディスプレイがセットされた奇妙な篭手をつけ、それから伸ばされたコードが接続された分厚いゴーグルをかけた高校生くらいの少年と、ミニスカート姿に同じようなプロテクターを身に着けた少年と同年代の少女がそこにいた。

 

「ここは立ち入り禁止です!」

「そ、それ以前になんでアンタ拳銃なんて持ってるんだ!」

 

 混乱しつつも、少年の手に硝煙を上げる拳銃が握られているのに気付いたスタッフがそれを問いただす。

 しかし、それは周囲から先程と同じ奇声が無数に聞こえてきた事で中断された。

 

「ま、まだいるのか!?」

「チ、チーフ…………」

 

 スタッフ達が震える声でチーフに指示を仰ごうとした時、周囲から一斉に怪物達が襲い掛かってきた。

 

「うわああぁぁぁ!!」

「パスカル!」

「ゴガアアアァァ!」

『ジオンガ!』

 

 皆が絶叫を上げる中、少年と少女だけが別の言葉を叫ぶ。

 少年の声に応じるように、どこからか現れた獣がその口から業火を吐き出し、少女の手から放たれた電撃と相まって怪物達を薙ぎ払う。

 

「ギギギ!」

「しまった!」

 

 だが、業火と電撃の隙間を縫って突破した怪物の一匹が、MUSESへと襲い掛かり、少年はとっさに銃口を向けようとする。

 

(間に合わ…)

「ハィィイヤアアァ!」

 

 怪物の顔面に、気合と共に強烈な真空飛び膝蹴りが炸裂する。

 

「……え?」

「ホアタタタタ、ホァチャア!」

 

 そのまま拳が連続で打ち込まれ、駄目押しの掌底打が怪物の体を吹っ飛ばした。

 

「ヒュウウゥゥ……」

「カンフー使いのアイドルかよ………」

「つ、強い……」

 

 カンフー技で怪物を倒したリサを、少年と少女は呆然と見つめる。

 

「リサすごい!」

「かっこいい~!」

「う、うん………」

 

 反射的に怪物を倒してしまった自分の拳を、不思議そうな顔でリサは見る。

 

(何で、わたしこんな事出来るの?それにどこかで似たような事をしてる?)

「ボサッとしてるな、まだいるぞ!」

「ウソ!?」

「ひぃっ!」

 

山の方から、奇妙な唸り声が無数に迫って来ている事に気付いたスタッフが悲鳴を上げて後退る。

 

「ここは私達が死守します!」

「とっとと逃げろ!」

「そんな訳にはいかないわ! これ程のスクープ!」

「アイヤー!? 六舞さん、本気!?」

「チーフ! そんな状態じゃ有りませんよ!」

「黙りなさい! こんなおいしいネタから逃げ出すなんてTVスタッフの名がすた……」

 

 逃げ出そうとするスタッフ達を叱咤するチーフディレクターの鼻先をかすめ、何かが天から降ってくる。

 

「……え?」

 

 いきなり轟音と共に自分の前に出現したそれを確認しようと、チーフディレクターは数歩下がる。

 そして、それが日本の昔話に欠かせないある怪物の愛用武器である事に気付いた。

 

「か、金棒?」

「なんでこんな物が降ってきたん………」

「グウウゥゥ………」

 

 疑問は即座に氷解する。

 一同の前に悠々と現れた、一体の鬼の出現によって。

 

「うそぉ!?」

「ま、マジ!?」

「マジだ! 早く逃げろ!!」

 

 拳銃を鬼へと向けて乱射しつつ、少年が叫ぶ。

 だが、逃げ出したスタッフ達を囲むように、無数の怪物達が出現する。

 

「ひいいぃぃ!」

「ホァチョー!」

 

 腰を抜かしたスタッフの前に素早く出たリサが、迫ってきていた鬼に旋風脚を叩き込むが、鬼はそれをモロに食らっても平然としている。

 

「唔可似(ンホーイ)!」

「どいて!」

 

 少女は腰から下げていた鞭を手に取り、それを鬼の目めがけてふるって牽制し、少年は弾が切れた拳銃をホルスターに仕舞うと、腕のアームターミナルを操作。

 小型ディスプレイから突如出現した角を持った白馬と、体が水で出来た男が鬼へと襲い掛かる。

 

「夜が明けたのに、なんでこんなに!?」

(召喚陣だけじゃなく、封印陣まで張り巡らされている! 何とか持ち応えないと!)

 

 怯えすくむスタッフ達を守りながら、少年は状況の打開策を思考してた時だった。

 突然、騒々しいローター音が上空から轟く。

 

「あれは………」

 

 人間達も怪物達も思わずその音の方を向いた時、上空に飛来した大型ヘリから何かが射出された。

 

「今度は何!?」

「なんだあれは!」

 

 そのシルエットを認識すると同時に、凄まじいまでの銃火が怪物達の体を貫く。

 ヘリから降下したそれは、パラシュートと己のバーニアで姿勢を制御しつつ、呆然とするスタッフ達の側へと降り立った。

 それは、SFアニメにでも出てくるような大型のパワードスーツだった。

 青い塗装が施され、右肩に《N・SST XX―1》と刻印されているパワードスーツは、その頭部のセンサーで周囲を探る中、一機、もう一機と計三機がヘリから降りてきた。

 

「ホオオォォォウ! このミッシェル様が相手になってやるぜ!」

 

 最初に降りてきた青い塗装が施され、左肩に《blau(ドイツ語で青)》と刻印された一機が、手にしたM134バルカンを乱射して、怪物達を瞬く間に掃討していく。

 

「………オレ達、夢見てるのか?」

「ひはうみはいはよ?」

「ふん」

 

 未歩と麻美があまりの現実離れした光景にお互いの頬をつねりあっているが、その目に涙が浮かんでいる事からどうみても現実だった。

 

「な、何やってるのよ! 撮りなさい! 凄まじいスクープよ!」

「は、はい!」

 

 カメラマンがカメラを回そうとするが、飛来した妙なメカユニットが付いた槍がカメラを粉砕する。

 

「悪いが、トップシークレットだ」

「すいませんね、部外秘にしてくれとの指示でして」

 

 最初の一機に続いて、槍を投じた左肩に《schwarz(黒)》と刻印された黒いパワードスーツと、大型のライフルを装備して左肩に《weis(白)》と刻印された白いパワードスーツが着地する。

 

「そちらが葛葉の方々ですね?」

「ええ、そうですけど……」

「アンタ達は?」

「私達は南条財団特殊警備部の者です。葛葉の方達をバックアップするようにとの命令を受けてきました」

「もっとも、これが初仕事だがな」

「南条のアニキもハードなバイトさせてくれるぜ………」

「自己紹介は後にした方がいいみたい………」

 

 山麓から、また新たな影が来るのを確認した皆が、一斉に戦闘体勢を取る。

 

「あなた方はすぐに逃げてください!」

「あ、あんた達は?」

「決まってんだろ、戦うんだよ。邪魔だからとっとと失せろ」

 

 黒いパワードースーツが、槍の穂先でスタッフ達を追い払う。

 その間にも、影は更に迫ってきていた。

 

「さあ、何匹でもかかって来やがれ!」

「この対悪魔戦闘用機動装甲 XX(ダブルエックス)―1の実戦テスト、させてもらいます」

「ホオオオォォォゥ!」

「来るぞ!」

 

 激戦の戦端が、今ここで開かれた。

 

 

 

「夜明け後もなお悪魔はその数を増加。夜明けをキーとした封印陣の存在を多数確認した模様です。先行隊はすでに交戦状態に突入しました」

「開発中の物でも構わん! 動かせるXX―1を全てこちらに回せ! 幾ら掛かっても構わん! 騎乗候補者をリスト上位から引き抜いて来い!」

 

 業魔殿の各種のレーダーやセンサーを操作しながらのメアリの報告を聞きながら、南条が携帯電話で矢継ぎ早に指示を出す。

 船通山へと向かう業魔殿の中で、予想を上回る速度で悪化していく事態に、皆は焦燥感を募らせていった。

 

「これはもう、ノンビリしてられる状況じゃないわね………」

「いや、おそらくこれは陽動だ。今出てる連中を叩けば一息つける」

 

 ただ一人平然としている八雲の言葉に、全員が首を傾げる。

 

「……その言葉の根拠は?」

「簡単だ。封印陣の開放には条件の成立が必要だが、そうホイホイ出てくるような封印だとすれば、封印自体は簡単な物だ。そして、それを自動的に解く条件はそんな多くない」

「Sun…………」

「なるほど、数秘術封印で日にちだけ封印しておいて、後は日が昇れば勝手に解けるって訳ね」

「そういう事。一体どれだけ手間隙かけたらそんだけ仕掛けられるのか、見当もつかないがな」

「つまり、アレンジも無い一発芸ってワケ?」

「しかも誰かさんみてえにくだらないな」

「あにぃ~! もっぺん言ってみろ!」

「およし!」

 

 戦闘前にダメージ(軽微)を負ったブラウンとマークが涙目で脳天を押さえる中、業魔殿のエネミーソナーが捕らえた悪魔と、目的地の地図が重ね合わせて表示される。

 

「特に多いのは北側登山道近辺ね、あからさまな妨害よ」

「だが、効果的ではあるな」

「異界化の影響で上から特攻は無理だな。地道に登ってくしかないって寸法か………」

「あたし達で突破口開くっきゃないね」

「ハードな登山になりそうだな。アウトドアは趣味じゃねえんだが………」

「そう言ってられる状況でもあるまい。到着予定時刻は?」

「あと15分くらい~」

「みんな、準備はいい?」

『おう!』

「メアリ、アリサ。皆さんを案内してくれ」

「分かりました、ヴィクトル様。それでは皆様こちらへ」

「パパ、後よろしく」

「任せたまえ」

 

 二人の案内で皆がゾロゾロと移動する。

 通されたのは、降下用デッキだった。

そこでメアリとアリサが手分けして、全員にパラシュートとインカムを渡していく。

 

「……オイ」

「すかいだいびんぐ?」

「正確には空挺作戦と言った所だろう」

「スカイダイビングなんてやった事ある?」

「Noですわ」

「お、降ろしてくれるんじゃないの?」

「悪魔がわんさかいる所にノンキに降りてくつもりか?」

 

 手際よくインカムを付け、パラシュートを背負う八雲の言葉に、皆が顔を見合わせる。

 

「ま、前に炎上する飛行船から飛び降りた時に比べりゃマシか………」

「あの時は本気で死ぬかと思ったしね~」

「だが、危険度は今回の方が上かもしれんぞ」

「現在の高度ですと、飛び降りて三秒立ってから右のフックをお引きください。注意して点検はしておりますが、もし開かなかった場合は、右上部の切り離し用フックをお引きの上、左側の予備パラシュート用のフックをお引きください」

「こ、こっちだな?」

「も、もし開かなかったら?」

「ちゃんと香典出すぞ」

「ちょっと!?」

「だだだ、大丈夫だよよよよ、たた、多分………」

 

 手持ちのバッグを前に担ぎ、パラシュートを背に背負って大荷物になっているただしが、蒼白になった顔で震えながら明後日の方向に呟いている。

 彼ほど極端でないとしても、他の者達もどこか顔色は優れていない。

 

「いざという時、我々はペルソナが自動発動して何とかなると思うが……」

「あ、そっか」

「ちょっと待って、それじゃあたし達は?」

「なるようになるしかないだろ」

「心配なら、飛行系の仲魔呼んでおけば?」

「ストックにあったかな~?」

「そろそろ第一ポイントです」

「じゃあ、第一陣は誰から行く?」

「おし、このブラウン様のブラボ~なダイビングを見せてやるぜ!」

「大丈夫? 膝震えてるけど」

「ふっ、武者震いって奴よ」

 

 パラシュートを背負ったブラウンが、ぎこちない足取りで点検用の開閉ハッチを開け、その下に広がる風景に絶句する。

 

「……ゴクリ」

「替わろうか?」

「芸能人ナメんなよ、オラ~!」

「では、先に行ってくる」

「じゃ、行ってくるぜ」

 

 ブラウンに続いて、南条、レイジが宙へと踊り出す。

 

「ぐぇ、いっぱいいやがるぜ」

「ペルソナが疼いてやがる……」

「注意しろ、着陸寸前に…」

 

 地表へと向けて降下しながらも己のペルソナから伝わる反応に、三人が身震いしながらパラシュートを開こうとした時だった。

 

「ん?」

「何だ? 何か……」

「来る!」

「うわああぁぁ!」

 

 突然強力な突風が吹き上げ、三人の体を木の葉のように巻き上げる。

 

 

「何だい、ありゃ!」

「おい、どうなってやがんだ!」

「南条君! 上杉君! 城戸君!」

「急激的な上昇気流が発生! 気象学的には有り得ません」

「しまった、待ち伏せだ!」

 

 業魔殿よりも高くまで吹き上げられる三人の姿を見た者達が騒ぐ中、眼下に広がる山野から妖魔 テング、凶鳥 オンモラキ、妖獣 ヌエ、妖鳥 タクヒ等の飛行系悪魔が一斉に飛び立ち、宙を舞う三人と業魔殿に群がってくる。

 

 

「熱烈歓迎、ありがとォう! ビシャモンテン!」『ジオダイン!』

「ヤマオカ!」『刹那五月雨撃!』

「ニャルラトホテプ!」『ムドオン!』

 

 体勢が立て直せない中、三人はそれぞれ《JUSTICE》《HIEROPHANT》《TOWER》と振られたカードをかざしてペルソナを発動させ、仏法にて北方を守護する武神の放った電撃が、悪魔から女性をかばって死んだ南条家の老執事の放った無数の矢の雨が、クトゥルー神話において「這い寄る混沌」と称される邪神の放った即死の呪破が群がってきた悪魔達を薙ぎ払う。

 だが、更なる突風と共に新手が押し寄せて来る。

 

 

「どうしよう、このままじゃ………」

「待ってろ、今行く!」

「馬鹿…」

 

 静止も聞かず、マークが外へと飛び出す。

 すぐにその体は突風にあおられ、激戦を繰り広げる仲間達の元へと向かった。

 

「私達も!」

「これ以上馬鹿を増やすな! 他にやる事がある! アリサ、サーチサポート!」

「了解!」

 

 トルネードもかくやという突風で揺られる業魔殿の中で、八雲はストームブリンガーを起動させ、構える。

 アリサがストームブリンガーの制御部の端子にコードを差し込むと、自らをインターフェイスにして業魔殿のセンサーとストームブリンガーを直結させた。

 

「いきなりこんな状態で使うとはな……」

 

 トレードマークの額のサングラスを降ろし、それにストームブリンガーから伸ばしたコードを接続、サングラスに無数の敵影が表示されていく。

 

「SET」

 

 短くコマンドを呟くと、ストームブリンガーのレーザーデバイスの照準用レーザーが目標を補足。八雲のサングラス内に照準マークが現れる。

 

「RUN」

 

 八雲は実行コマンドを呟きながら、トリガーを引いた。一瞬レーザーデバイス部の銃口が光ったかと思うと、照準されていたテングに光の魔法陣が現れ、直後テングの体がまるで砂像のように崩れていく。

 

「うわ………」

「すげえ威力だな、オイ」

「メアリ! エネミーソナーで地面を直接サーチしてくれ! この状態を作り出している奴がいるはずだ!」

「先程から行っているのですが、発見できません」

「じゃあ逆だ。まったく反応の無い所にいる! そいつを叩けば……」

「だが、どう降りる?」

 

 立っているのも困難な程揺れ始めた業魔殿のキャビンで、皆があちこちに掴まって体を支えつつ、外を見た。

 脳内で素早く現在の状況と打開策を考えた八雲が、通信用コンソールへと駆け寄り、スイッチを入れる。

 

「おっさん、非常脱出用の射出ポッドが有ったはずだな? 耐魔法性が掛かってるはずだから、それを逆用して魔法を食らわせて撃ち出せば、この風を突破できないか?」

『上手くいけば、の話だな。だが、可能性は有るだろう。すぐに準備しよう』

「で、誰が行く?」

 

 通信を聞いた者達が顔を見合わせ、何人かが頷いた。

 

「僕が行こう。容疑者の発見は得意だ」

「じゃ、私も」

「魔法で撃ち出すんだったら、サマナーじゃ無理ね。私も行くわ」

「た、たまきが行くならオレも」

「Oh、Occult知識も必要ですわ。お供しますわ」

「脱出ポッドはその通路をまっすぐ、非常用の表示看板に従ってお進みください」

 

 克哉(+ピクシー)、舞耶、たまき、ただし、エリーの五人が名乗り出、メアリの指示に従ってその場を飛び出す。

 

「トンでもない無茶考え付く野郎だな」

「サマナーやる前はもうちょっと大人しかったぞ」

「どうだか?」

 

 会話は、強化ガラスの破砕音で中断した。

 

「こっちまで来やがった!」

「ちっ!」

「お任せください」

 

 ガラスを突き破って進入してきた悪魔達が、メアリのデューク・サイズの一閃で薙ぎ払われる。

 

「あの、この飛行船、簡単には落ちませんよね?」

「大丈夫です。聖書級災害、もしくは反応兵器影響下までは無理ですが、全天候性及び物理、魔法両耐久性は十二分に考慮されて設計、建造されております」

「それって、戦艦って言わない?」

「武器一つしか付いてないから、戦艦とはちょっと違うと思うけど」

「付いてるの!?」

「話は後にしときな、来やがったぞ!」

 

 女性陣の会話を黙らせつつ、パオフゥの指弾がガラスの破れた個所から進入しようとしていたテングを迎撃する。

 

「ヴェルザンディ!」『終焉の青!』

「カーリー!」『メギドラ!』

『サイオ!』

 

 麻希が《PRIESTESS》、ゆきのが《EMPLESS》と振られたカードをかざして己のペルソナ、北欧神話の運命を司る三女神の現在を司る女神の火炎魔法が、ヒンドゥ神話の破壊の女神の核熱魔法を放ち、レイホウが衝撃魔法を発動させる。

 連続の攻撃魔法が、続けて進入してきた悪魔と外壁の一部をまとめて吹き飛ばす。

 砕かれた破片が突風と共に内部へと吹き込み、中にいる者達の肌を打つ。

 

「あまり派手にやるな! 自分達で墜落させる気か!」

「じゃあどうしろってのよ!」

「この状態じゃ、銃も剣も使えないわね………」

 

 突風と吹き飛ばされてくる破片から顔をかばいつつ、レイホウが必死になって空中戦を演じているペルソナ使い達に視線を向ける。

 

「ぁぁぁぁあああっ!」

「稲葉君!?」

 

 大音響と共に、こちら側に吹き飛ばされてきたマークの体が壊れかかっていた窓枠に直撃した。

 

「大丈夫!?」

「わり、園村回復頼む………」

「いま治してあげる!」『ディアラマ!』

 

 血まみれで窓枠にしがみ付いているマークに、マキが慌てて回復魔法をかける。

 

「サンキュ、行くぜスサノオ!」『血の烈風!』

 

 傷が癒えると即座に、マークは《CHARIOT》と振られたカードをかざして自らのペルソナ、イザナギの鼻から生まれたとされる日本神話の有数の軍神を発動させ、再度宙へと舞い上がりながら疾風魔法を繰り出す。

 

「RUN」

 

 マークの背後から襲いかかろうとしていたタクヒにプログラムを撃ち込んだ八雲が、歯軋りしながらイジェクトレバーを操作、微かにスパークしているフラッシュメモリを排出して〈次弾〉を装填する。

 

「くそ、使えるのはこいつだけか………」

「この距離と強風じゃ、魔法のサポートも届かないし………」

「そういや、カチーヤちゃんは? 姿見えないけど?」

「ああ、疲労でぶっ倒れたから強引に眠らせておいた。奥にいるはずだ」

「じゃ、戦闘は無理ね!」

 

 応えつつレイホウが吹き荒れる風に乗せて振り回した三節棍が、悪魔と一緒に周辺の花瓶やライトを粉砕する。

 

「ちょ、それ高そうよ!?」

「マイセンの官窯です。時価にして…」

「弁償は八雲にお願い!」

「なんでオレが……っ!」

 

 さらりととんでもない事を行っているレイホウに文句を言おうとした所で、自分へと襲い掛かってきたヌエに八雲はとっさにストームブリンガーの狙いをそちらへと代えてプラグラムを機動、その鋭い爪が八雲へと届く寸前でヌエの体は光の粒子となって分解する。

 

「文句言ってる暇も無いってか!」

「防御用シャッター、降ろします」

「7、12、22、31は閉めるな!そこから援護する!」

「了解しました」

 

 状況不利と見たメアリが、室内のコンソールを操作すると、分厚いシャッターが次々と外に面した窓全てに降りていく。

 

「どういう仕掛けしてるの、これ?」

「いや、設計段階にパパがあちこちのサマナーの意見取り入れてたら、こんな船になっちゃったらしくて………」

「なお、脱出ポッドと防御シャッターは八雲様のアイデアです。他に人型変型機能、分離・合体機能を申し出た方々もおりましたが、技術上却下されました」

「誰だ、そんなアホ考えた奴」

「たまきちゃんと私」

「前にオレにドリル持たせようとしたり、キョウジさんにトマホーク持たせようとしてたのはそのためか………」

『射出準備が出来た、射出してほしい』

「その話はあと、行くわよみんな!」

「おうさ!」

「じゃ、頼んだぜ!」

「了解。アリサ、サポートを中止してメアリと右舷につけ、オレは左舷につく」

「OK、お兄ちゃん」

「了解しました、八雲様」

 

 アリサに繋いでいたコードを抜くと、八雲はそれをGUMPに繋ぎなおし、さらにGUMPを操作してケルベロスとジャンヌ・ダルクを呼び出す。

 

「ケルベロス、そっちから入ってこようとする奴を蹴散らせ! ジャンヌは二人のサポート!」

「グルルル!」

「はっ! 心得ました、召喚士殿」

「よーし、姉さん私達も召喚いくわよー」

 

 その言葉と同時にアリサの瞳に光のロジックが浮かび上がる。そして左手を高々とかざす。

 

「SUMMON SYSTEM START、D―DATA DEVICE SET。お願い姉さん!」

「分かったわ、アリサ」

 

メアリもアリサと同じように右手をかざす。それにあわせるように、メアリの瞳には魔力の輝きが浮かび上がる。

2人の瞳の輝きが同調し、明滅する。

そして、その明滅が最高に早くなった途端、2人は背中合わせに立ち、かざした手を重ね合わせて前へと突き出す、そこに瞳と同じロジックと魔力の融合した輝きが出現する。

 

『SUMMON』

 

 内蔵COMPシステムを起動させたアリサに、メアリが召喚命令を出す。

 2つの輝きは融合し魔法陣と化して、仲魔達を召喚する。

 

「ヒ~ホ~、呼ばれて参上だホ!」

「ご命令はなんでしょうか?」

 

 召喚された沼地に住む悪戯好きの妖精 ジャックランタンと、天使階級第八位に属する天使 アークエンジェルが二人のサポートへと回る。

 

「それが限度か? まだまだだな」

「こ、これでも頑張ったんだから!」

「申し訳ありません、未熟でして………」

「これが終わったら鍛えてやるよ。来たぞ!ここは任せて、早い所連中をポッドに連れてけ!」

 

 メイド姉妹に微笑しつつ、八雲は迫ってきている悪魔に向けてストームブリンガーのトリガーを引いた。

 

 

「こいつかい、ポッドてのは………」

「ふぇ~、まるでSF映画ね」

 

『緊急脱出用 使用の際はスタッフの指示に従ってください』と書かれたプレートの張られたポッドとその射出装置を見ながら、《発射要員》達がおのおの適当なポッドに並ぶ。

 それに合わせるかのように、すぐ側の通信用コンソールにヴィクトルが現れる。

 

『全員が乗り込んだな? これは本来はメインがエーテルカタパルト、サブはリニアカタパルトで射出するのだが、この強風ではまともに射出する事すら難しいと思われる。頼むぞ』

「思いっきりやっちゃっていいんですか? 爆発したり、中の人潰れたりしません?」

「それが問題ね」

『さすがにマハインクラスになると問題だが、それ以下なら耐えられる設計になっている』

『お、お手柔らかにお願いします………』

『うらら、これ中すごいわよ♪ うららも乗ってみたら?』

『こちらはいつでもいいぞ』

『急いで!』

『Good Luckですわ』

 

 船長室からポッド内部の映像を映し出してる小型ディスプレイの様子を確認すると、ヴィクトルが射出用コンソールを操作する。

 

『上部のランプが青から赤に変わると同時に、ロックが外れる。その瞬間に当てて欲しい』

「じゃ、ちょっと力を抜いて思いっきりね」

「マーヤ、潰れないでね」

「こっちもいいぞ」

「では……」

 

 ヴィクトルの操作で、ポッドの射出装置が重々しい音と共に起動を始める。

 射出装置に青いランプが点り、最後のロックが外れる音と同時に赤へと変わった。

 

『マハ・サイオ!』

「アステリア!」『ガルダイン!』

「プロメテウス!」『ザンダイン!』

「カーリー!」『メギドラ!』

「ヴェルザンディ!」『終焉の青!』

『うぎゃあああぁぁぁぁ』

『ヤッホー~~~』

『くっ!』

『キャアァァ』

『Waaaooooo』

 

 悲鳴や絶叫を残しつつ、ポッドは弾丸のごとき勢いで地面へと向けて降下していく。

 

「……あれでホントに大丈夫か?」

「ちょっと威力強かったかも………」

『本来は業魔殿の物と同じエーテルクラフトで減速しパラシュートを開くのだが、今回は両方とも切ってある。内部の衝撃緩和能力と各々の体力に期待するしかない』

「ただし辺りやばそうね…………」

「ショックはあるかもしれんが、重傷や致命傷は負わないはずだ」

「それなら大丈夫か」

「そうかな~?」

 

 そこで、突風に煽られた業魔殿の船体が大きく揺れる。

 

「きゃっ!」

「ちっ、向こうよりもこっちの心配が先みてえだな。オレとうららは上に回る!」

「私は前に回りながら進入してきた悪魔を駆除してくわ」

「それじゃ、あたしと園村は後ろに!」

『私は引き続き、船長室でサポートに回ろう』

 

 どこかから響いてくる破壊音に、三手に分かれたメンバー達はそれぞれの配置へと駆け出した。

 

 

 

 大きな騒音と共に、五つのポッドが地表に突き刺さる。

 騒音を聞きつけ、悪魔達がポッドへと集まり始めた。

 幽鬼 ガキがポッドへと群がり、次々とポッドに齧りついていく。

 特殊合金と複合素材製のポッドに乱杭歯が突き立てられ、噛み千切られる異音が周囲へと響き渡る

 

『Crime And Punishment!』

『Twilight Phantom!(薄命の幻影)!』

『リリーズジェイル!』

 

 突如として、五つのポッドの内の三つから無数の光の弾丸が、触れた物を瞬時にして氷結、分解して消滅させる純白の霧が、捉えた、物を逃がさぬ氷結の檻がポッドを粉砕しながら放たれ、周囲に群がっていた悪魔達を吹き飛ばす。

 

「無事か!?」

「大丈夫!」

「fineですわ!」

 

 自らのペルソナを発動させたペルソナ使い三人が半壊したポッドから飛び出しながら、周囲を警戒する。

 未だ開かないポッドの一つから、突然剣が突き出され、ポッドが強引にこじ開けられる。

 

「問題ないようだ、召喚士殿」

「うう、狭い………」

 

 こじ開けられたポッドの中から、インド神話の女神 カーリーの次女とされる四腕の鬼女 ダーキニーと、それを召喚したたまきが出てくる。

 

「ただし、生きてる?」

 

 たった一つだけ突き刺さったまま微動だにしないポッドをたまきが駆け寄ってノックするが、変化は無い。

 

「まさか、怪我でもしたか!?」

 

 異変を察した克哉がヒューペリオンでポッドを強引にこじ開ける。

 ポッドの中には、上下反転した状態で頭を打って目を回しているただしの姿があった。

 

「ちょっと、起きなさいよ!」

「おぶわ!?」

 

 たまきの容赦ない往復びんたがただしの目を強引に覚ます。

 

「うう、落っこちてくる途中で何かに当たったら急に重力が反転を……」

「悪魔でも引っ掛けたみたいね」

「追突事故が起きたのか………」

「Oh、DANGERですわ」

 

 たまきに助け起こされたただしが何か呟きながらなんとか立ち上がる。

 

「こちら降下部隊、無事着地に成功。敵の予想地点は?」

『そこから南西方向、距離にして約200mの地点と思われるが、エネミーソナーの反応が多数出ている。注意されよ』

「了解」

 

 周囲を警戒しつつ、克哉が広げた地図を覗き込んだ皆がヴィクトルからの通信を元にポイントを推定する。

 

「多分ここいら辺ね」

「Well、風水学と気学から見れば西からの木気を受けて術を発動させられるPoint。この辺りで間違いないと思いますわ」

「近いわね」

「道があったらだけど………」

 

 大体の予想を付けたポイントへと向かおうとする面々の前に無数の悪魔達が立ちはだかる。

 

「ここは私が!」

 

 たまきが自らのGUMPを抜いてトリガーを引いて起動させて素早くタイプ、手持ちの仲間を次々と召喚する。

 

「行くわよ、Tamakiガールズ!」

『おう!』

 

 召喚された二股の尾を持つ猫人の姿をした魔獣 ネコマタ、インド神話の主神シヴァの后とされる女神 パールヴァディ、ギリシャ神話の黒い衣をまとった夜の女神とされる夜魔 ニュクスと召喚されていた鬼女 ダーキニーがたまきの号令と共に、一斉に悪魔へと襲い掛かる。

 

『ムハマド!』

『マハンマ!』

 

 ダーキニーの呪殺魔法と、パールヴァディの破魔魔法が悪魔達をまとめて仕留め、それを逃れた悪魔にはニュクスの吐き出した極寒の息吹がその動きを封じ、ネコマタとたまき、ただしがそれを打ち砕いていく。

 

「やる~♪」

「これくらいはね♪」

「一気に行くぞ! ヴリトラ!」

「アルテミス!」

「ガブリエル!」

『アイスジハード!』

 

 克哉がペルソナをチェンジし、舞耶は《MOON》のカードをかざしてギリシャ神話の月と狩猟を司る純潔の女神アルテミス、エリーが《JUDGEMENT》のカードをかざして聖母マリアに受胎告知したとされる四大天使の中で唯一の女性の天使ガブリエルのペルソナを呼び出すと、合体魔法を発動。周囲の敵をまとめて氷で覆い尽くす。

 

「すげ……」

「感心してないで行くわよ!」

 

 襲ってくる悪魔達を次々と倒しつつ、五人+悪魔四体は予想されるポイントへと向かう。

 

「そろそろのはずなのですが………」

「何も無いような? ねぇヴィクトルさん、本当にここなの?」

『何かはある筈だ。そこだけ不自然なまでにエーテル反応が安定している』

 

 山間の何も無い林の中を、注意しながら探索するが、悪魔がときたま襲ってくる以外は別におかしい所はなかった。

 

「………そこか!」『ジャスティスショット!』

 

 突然、克哉がヒューペリオンで強い輝きを持った光の弾丸を何も無い空間へと撃った。

 光の弾丸は何も無い空間を破砕し、その中に有った祭壇と、そこに潜んでいた者を露わにした。

 

「ほう……人間のくせに気付きおったか」

「やるじゃないか………」

「オモイカネにタケナミカタ!? 神格クラスが二体一緒とはね…………」

 

 巨大な脳の怪物の姿をした日本神話で知識を司る天津神 オモイカネと、鬼神のごとき姿をした暴風と戦を司る国津神 タケナミカタが、こちらを見て楽しげに口を歪める。

 

「あなた達ね! 上を楽しくない遊園地にしたのは!」

「集団騒乱、傷害、器物破損の容疑で捕縛する! おとなしくしろ!」

「人の法で神を縛ろうとは、片腹痛いの………」

「その通り。やめてほしくば、力ずくで来い!」

「ならば、行かせてもらう!」

 

 克哉がホルスターから素早くデザートイ―グルを抜く。

 重々しい銃声が、戦いの始まりを告げた。

 

 

同時刻 業魔殿船長室

 

「むう、これは………」

 

 無数の計器が並ぶ船長室の中、複数の制御用コンソールを操作して業魔殿に取り付けられた各種センサーからの情報を解析しつつ、強風に煽られる業魔殿の舵を取るヴィクトルが地上からの反応を見て眼を細めた。

 

「これ程までに安定した状態で神格レベルを召喚出来るとは、少々予測が甘かったかもしれん………」

 

 地上からの情報を解析していた時、横殴りの衝撃で船体が大きく揺れる。

 

「右側面エーテルクラフト、出力12%上昇、2秒後に標準値に修正」

 

 ヴィクトルは慌てる事なくボイスコマンドで出力を制御しつつ、ゲームのコントローラーのような制御舵を使って船体を安定させる。

 

「さて、出来る限りの事をせねばな」

 

 再度センサーからの情報を解析に移ったヴィクトルは、ふとそこで空中にも強力なエネミー反応が出現した事に気付いた。

 

「これは、幻魔クラスだと……!?」

 

 

同時刻 業魔殿 上部デッキ

 

「くうっ!」

 

 攻撃をモロに食らって弾き飛ばされた南条の体が、業魔殿の上部デッキのそばに叩き付けられる。

 

「南条君!」

「大丈夫か!」

「問題ない……」

 

 上部デッキで固定用の命綱を付けて戦っていたうららとパオフゥに応えながら、立ち上がろうとした南条の体が強風で再度舞い上がろうとする。

 

「こっちに!」

「すまない!」

 

 自らのペルソナで強風を和らげつつ、うららがロープを南条へと伸ばす。

 南条は這うようにしてなんとかロープに手を伸ばすが、その手がロープを掴んだ瞬間、同じように弾き飛ばされてきたレイジの体が間近に叩き付けられた。

 

「城戸! 手を伸ばせ!」

「ダメだ! 来やがった!」

 

 動きの取れない二人に向かって、悪魔達が襲い掛かってくる。

 

「危ねぇ!」『ワイズマンスナップ!』

 

 プロメテウスの放った超高速の漆黒の弾丸が、強風を貫きながら悪魔を撃ち抜く。

 

「あと何匹いやがる!」

「半分は倒したはずだ、だが………」

 

 トルネードにさらわれた木の葉の如く、空中で上下左右の区別無く振り回されながらも必死に戦っている者達を見ながら、全員がこの状況の打開策を必死になって考える。

 

「周防の奴はまだなのか!? このままじゃやべえ!」

『すでに下に下りた者達は術を執行している者と交戦状態に突入しておる。しばしもたせて欲しい』

「そいつらがくたばるのが先か、オレ達がくたばるのが先か…………」

 

 業魔殿の外壁にしがみ付きながら、レイジは迫ってきている悪魔を睨みつける。

 

「城戸! アレを行くぞ!」

「はっ、そうだな! モト!」

 

 外壁に片手でしがみ付きながら、レイジが《DEATH》と振られたカードをかざし、古代バビロニアの死の神をペルソナとして発動させ、南条のペルソナ ヤマオカと共鳴させて合体魔法を発動した。

 

『アブソルト・コンデネィション!(絶対の断罪)』

 

 業魔殿に群がろうとしていた悪魔達を、光の呪縛が一斉に取り押さえ、虚空に出現した無数の大鎌が、動けない悪魔達の首を一撃の元に切り落としてまた虚空へと消える。

 絶命した悪魔達の体が、光の呪縛が消えると同時に地面へと落ちていく。

 

「強烈~………」

「またすげえ合体魔法だな」

「ああ、だが強力過ぎる………」

 

 今の合体魔法で精神力を使い果たした南条とレイジのぺルソナが、霞むようにして消える。

 

「! こっちに、早く!」

「ああ……!」

 

 外壁を這ってデッキへと向かおうとしていたレイジの体が、突然の横殴りの強風で大きく業魔殿が揺れた拍子に宙へと投げ出され、再度強風へとさらわれていく。

 

「城戸!」

「まずい!」

「オウリャアアア!」

 

 レイジは自分に群がってきた悪魔を力任せに殴りつけ、蹴り飛ばす。

 しかし、ぺルソナが使えないと分かったのか他の悪魔達も一斉にレイジへと向かってくる。

 

「パオ!  ロープ長いの!」

「ダメだ!この風じゃ届かねえ!」

「やむをえん…………!」

 

 南条が懐から取り出したチューインソウルを咀嚼もしないで飲み込みつつ、ロープを手放そうとした時だった。

 

「んぎゃあああああああああああああー!!」

「ぐおっ!?」

 

 悪魔数体を巻き込み、吹き飛ばされてきたブラウンの体がレイジの脳天に直撃する。

 

「今だ!」

 

 もつれた二人の体を、南条が自らのペルソナを使ってこちらへと手繰り寄せる。

 

「よ、ただいま…………」

「ちょ、血まみれじゃない! すぐ回復しないと!」

「先にこっちを……」

 

 ブラウンが自らの上着を使って手首に結び付けておいた瀕死状態のマークをデッキ上に引き上げる。

 

「! 何があった……!」

「いるぜ、すこぶるつきでヤベえのが………」

 

 ブラウンが指差した先、もっとも風が強い中心部に一つの影がその場に微動だにしないで仁王立ちしていた。

 

「! あいつが空のボスか!」

 

 全員のペルソナが、一斉にそれの脅威を感じ取る。

 高く伸びた鼻、山伏を思わせる装束、右手にヤツデの扇、左手に一際大きな錫杖を持った日本妖怪の中でも最強クラスの一角を占める幻魔 オオテングがこちらを鋭すぎるまでの視線で射抜く。

 

「随分と図に乗ってやがるぜ、野郎………」

「確かに、正真正銘テングになっているからな」

「少しだけもたせて、二人を回復する間」

「安心しな、ダチをやられた分はたっぷりとやり返させてもらうからな」

 

 レイジがチューインソウルを数枚まとめて咀嚼しながら、拳を鳴らして凄みのある笑みを浮かべる。

 何かを察したのか、オオテングは手にした錫杖で合図して他の悪魔達をその場から退かせる。

 

「てめえだけで大丈夫かい、ナメられたモンだな」

「ならば、来い!」

 

 オオテングは無言で、手にした扇を大きく横薙ぎに振るう。

 突如として、殺人的という表現その物の突風が、一同を襲う。

 

「くっ!」

「そこか!」

 

 命綱を必死に掴み、目を開ける事すら不可能な突風の中、南条が半ば本能的に腰の刀を抜いて風の中を突撃してきたオオテングの錫杖を受け止める。

 

「出来るな」

「そちらこそ」

 

 初めて口を開いたオオテングが、奇襲を防いだ事を素直に誉める。

 だが、錫杖は徐々に受け止めている刃を押していた。

 

「ふっ!」

「ほお……」

 

 死角から近寄ったレイジの拳が、オオテングの扇で無造作に受け止められる。

 

「若輩の割には出来る。だが、それだけだ」

「ふざけんじゃねえ!」

 

 レイジの更に背後から近寄ったパオフゥが、指弾の連射を避け様のない距離でオオテングの顔面を狙う。

 

「カハアアアァァ!」

 

 しかし、必殺の攻撃はオオテングの口から吐き出された水流で弾き返される。

 

「人如きの技で天狗を超えられると思うたか?」

『思ってるよ!!』「ティール!」「スサノオ!」

 

 まだ回復しきっていないブラウンとマークが、己がペルソナの北欧神話の隻手の神と日本神話有数の闘神を発動させ、オオテングへと襲い掛かる。

 

「ハードに行こうぜ!」

「おお! 食らえ必殺!」

『ウルトラハイパーグレードデリシャスワンダホーデラックスゴールデンラッシュ!』

 

 ティールが北欧神話の巨狼フェンリルを封じた魔法の紐でオオテングの上半身を、スサノオが手にした七枝刀でオオテングの足を貫いて動きを封じると、身動き出来なくなったオオテングに向かって凄まじいまでのパンチとキックのラッシュを叩き込む。

 

『オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!』『無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無無駄無駄無駄!』

「がっ、この!」

『オラァ!!』『無駄ァ!!』

 

 トドメのティールのパンチとスサノオのキックが、オオテングの顔面を前後から挟み込む。

 オオテングは口から血反吐を吐き出し、その場に片膝を落とす。

 

「へへっ、思い知ったか………」

「オレ達がちょっとその気になりゃてめえなんか………」

 

 言葉の途中で、力を使い果たしたマークとブラウンの体が崩れ落ちる。

 

「おい、大丈夫か!」

「中に!」

「そうはさせん………」

 

 猛烈な攻撃にダメージを負ったオオテングが、腰の後ろに吊るしておいた法螺貝を取ると、それを咥えてマークとブラウンの方へと向けた。

 

『鵺鳴きの笛!』

 

 法螺貝から、衝撃すら伴った音が二人とその周囲にいた者達を同時に襲う。

 

「!! なんだ、これ!」

「ああああぁぁ!」

「耳が、頭が!」

「わ、割れちゃいそう!」

「てめえ、何を!」

 

 レイジがオオテングの攻撃を止めさせようと襲い掛かるが、目標をそちらへと変えた法螺貝の音の直撃を食らって彼もその場に崩れ落ちる。

 

「超音波か! セイリュウ!」『大気の壁!』

 

 攻撃の正体を見破った南条が《WORLD》のカードをかざして中国で四方の内の東方を守る四聖獣を召喚し、大気の防御場を作り出して攻撃を相殺させる。

 

「天狗道を舐めぬ方がいいわ!」

「なんの!」

 

 法螺貝を戻したオオテングが、南条へと向けて錫杖を上段から振り下ろす。

 南条は刀でそれを受け流すが、流されたはずの錫杖は瞬時に横薙ぎの軌道に変じて南条の胴に食い込んだ。

 

「うっ……!」

「五十年早いわ!」

 

 錫杖は即座に引かれ、山なりの軌道を描いて南条の反対側の胴に更なる一撃を叩き込む。

 

「ぐぅ……」

「滅!」

 

 一度手元に引かれた錫杖が、真槍の一撃をも上回る力を秘めた突きと化して南条の喉を狙う。

 しかし、必死確定の一撃は飛来したコインが直撃した事によって狙いがそれ、南条のこめかみをかするだけに終わった。

 

「いつまで調子こいてやがる…………!」

「こなくそ!」

「なめんな~!」

 

 パオフゥの指弾が錫杖に続いて、オオテングの持ち手と肩を狙い、マークとブラウンが余力を振り絞ってオオテングの手足を押さえ込む。

 

「離せ下郎!」

「誰が離すもんか!」

「ツれない事言うなよ、旦那~」

「この!」

「野郎!」

 

 もがくオオテングのボディにうららとレイジのダブルストレートが食い込む。

 

「二人とも離れて! パオ!」

「おうよ!」

『Black Howl(黒き咆哮)!』

「甘い!」

 

 アステリアの旋風で加速したプロメテウスの放った漆黒の弾丸に、束縛から開放されたオオテングは真っ向から扇の剛風で対抗する。

 衝突する二つの旋風の衝撃波が、周囲一体に吹きすさぶ。

 

「こぅのおおおお!」

「ちぃい!」

「はははは!」

 

 うららとパオフゥは自らのペルソナに力を込めるが、徐々に漆黒の弾丸は押し返されていく。

 

「そうれ、どうした!」

 

 オオテングが大きく扇を振るう度に、剛風は勢いを増していく。

 

「あう……!」

「ダメだ、押し負ける………」

「ジーザス! サイテンタイセイ!」『メギドラ!』

 

 用意しておいたチューインソウル全てを強引に喉の奥に飲み込んだマークが、孫悟空の名で有名な石から生まれたとされる猿神のペルソナを発動させてオオテングへと向けて核熱魔法を打ち出す。

 

「!?」

「これは!?」

 

 ペルソナの共鳴に皆が気付いた時、押されつつあった漆黒の弾丸は放たれた核熱魔法を取り込み、灼熱の弾丸へと変わっていくのが見えた。

 

「こいつは!」

「いけるぜ! ビシャモンテン!」

『ストライク・コメット!』

 

 合体魔法発動の予兆である共鳴に、自分のペルソナが反応しているのを知ったブラウンが、包みを取らずにチューインソウルを咀嚼してペルソナを発動させる。

 ビシャモンテンの放った重力魔法が、拮抗状態にあった灼熱の弾丸を撃ち出す。

 拮抗状態から放たれた弾丸は、自らの衝撃波と高音で周囲を陽炎のように揺らめかせながら、オオテングへと向けて突き進む。

 

「おおおおぉぉぉおお!」

 

 必死になってそれを押し戻そうとするオオテングの腕を扇ごと吹き飛ばしつつ、灼熱の弾丸はその胴に炸裂した。

 

 

同時刻 地表

 

「ふんっ!」

「ぐふっ!」

「ふぎゃ!」

 

 タケナミカタの強力な張り手が克哉の腹に直撃し、一撃で吹き飛ばされた克哉の体が背後にいたただしを巻き込んで樹木へと激突する。

 

「克哉さん!」

「Mr Suou!」

「ただし!」

「大丈……夫だ」

「みぎゅうぅぅぅ………」

「回復してあげる!『ディアラハン!』」

 

 口の端から血を滴らせながら立ち上がろうとする克哉に慌てて飛び寄ったピクシーが(克哉だけに)回復魔法を掛ける

 

「ふん、一撃で逝かぬとは中々の奴よ」

 

 さも愉快そうに口の端をゆがめながら、タケナミカタは大きく足を左右に広げ、深く腰を落とす日本人なら誰でもよく知っている構えを取る。

 

「なんで神様がスモウ取る訳!?」

「Oh、タケナミカタと言えば軍神タケミカヅチとSUMOUでDuelしたAnecdote(逸話)が有りますわ」

「腕っ節に自信ありか……それにひきかえ………」

 

 たまきがちらりと克哉と木にサンドイッチされて目を回しながらも、のそのそと回復アイテムを取り出そうとしているただしを見て小さくため息をもらす。

 

『ブフダイン!』

「フウウウゥゥ!」

 

 パールヴァディの氷結魔法とニュクスの氷の吐息がタケナミカタを狙うが、素早くタケナミカタの前に出たオモイカネが防御もせずにそれらをモロに食らうが、その体に魔法が触れた途端に、まるで砂地に巻いた水のようにそれはタケナミカタの体に吸い込まれていった。

 

「魔法吸収か! ならば!」『ジャスティスショット!』

「ふんっ!」

 

 ヒューペリオンが放った光り輝く弾丸にタケナミカタは無造作に腕を振るい、なんとそれを明後日の方向へと弾き飛ばしてしまう。

 

「ぬるい!」

「そこだ!」

「そこぉっ!」

 

 体勢の崩れたタケナミカタに、克哉と舞耶が同時に銃口を向け、トリガーを引いた。

 情け容赦ない銃撃が立て続けにタケナミカタの体に突き刺さる。

 

「ぐぅ……!」

「のこってないで、逝きなさい!」

 

 たまきも自らの銃を抜くと、タケナミカタの頭部に狙いを定める。

 

『矢返しの奉り!』

「!?」

 

 たまきがトリガーを引く寸前、オモイカネが薄明かりの障壁を作り出す。

 経験からの直感でたまきはとっさに銃口を上げる。

 しかし、一瞬反応が遅れた克哉と麻耶の放った弾丸は、光の障壁に触れると同時にベクトルを反転させ、自らを放った者へと襲い掛かった。

 

「物理反射!」

「くっ!」

 

 反射的に克哉は自らのペルソナで弾丸を防ぐが、まともに食らった麻耶の腕から血が滴り落ちる。

 

「天野君!」

「麻耶さん!」

「大丈夫……これくらいならすぐ癒せるし」

「それはどうかな、『静寂(シジマ)の呪法(しゅほう)!』」

 

 一瞬、オモイカネから黒い波動が放たれ、その場にいる者達を突き抜ける。

 それが通り過ぎた時、ペルソナ使い達が一斉に異変に気付いた。

 

「No!」

「しまった、魔法封じか!」

 

 ペルソナが出せなくなった事を知ったペルソナ使い達は、絶対の防御状態になった二人の神を歯噛みしながら見た。

 

「何も出来まい、そちらからは! ふんっ!」

「ああっ!?」

 

 タケナミカタが障壁の中から張り手を突き出すと、そこから放たれた衝撃波が麻耶を突き飛ばす。

 

「Miss Amano!」

「余所見してる暇なぞ無いぞ、食らえ『連ね旋風(つむじ)!』」

 

 タケナミカタの手から、連続して衝撃波が放たれる。

 その圧倒的な攻撃量に、その場にいる者達が木々諸共次々と弾き飛ばされていく。

 

「ウッ………」

「フギャン!」

「がはっ!」

「ああっ!」

「ぐふっ!」

「ふはははは、弱い、弱いのう。まるで木っ葉のようじゃ」

「ほほほほ、このままこの場で木々の肥やしにするも一興………」

 

 傷つき倒れていく者達を笑う二神の元に、ふいに何かが飛んできた。

 ゆっくりとした放物線を描いて飛んできたそれは、物理防御の障壁を超えて彼らの足元に転がった。

 

「? なんじゃこれは?」

「いかん、それは!」

 

 その転がってきた物を拾おうとしたタケナミカタを、オモイカネが止めようとする。

 しかし、タケナミカタが手を伸ばした瞬間、飛んできたその物体、安全ピンの抜かれたチャイカムTNTは爆発を起こす。

 

「な、なに!?」

「しまった! これは………!」

「物理反射は攻撃の意思を持つ物にしか反応しない、例えば爆発してない爆弾なんかには何の意味も無いんだよね…………」

 

 いの一番に吹き飛ばされて木にもたれかかっていたただしが、苦笑しながら懐から次のチャイカムTNTを取り出してピンを抜いた。

 

「という訳でホイ♪」

「させるか!」

 

 飛んできたチャイカムTNTをタケナミカタは衝撃波で吹き飛ばすが、その隙を狙って地面を転がってきた次弾が足元で炸裂する。

 

「この程度で!」

「じゃ、もっと」

 

 ただしが背中のサックから、次々と攻撃アイテムを投げていく。

 

「同じ手をそう何度も!」

 

 タケナミカタが頭上に来た小さなボンベを撃墜すると、その中から解放された液体窒素をモロに浴びてしまう。

 

「な、なんだこれは!?」

「液体窒素も知らないなんて、遅れてるな~」

「舐めるな、凡人風情が!『神凪衝(かんなぎしょう)!』」

「がふっ!」

 

 オモイカネの放った強力な衝撃波が、ただしの体を凄まじい勢いでもたれかかっていた木ごと吹き飛ばす。

 

「ただし!」

「………八雲の言う通りだな、凡人はまともに戦ったら勝てないって」

 

 重傷で身動き出来ない状態で、ただしは何気に上の方を見た。

 

「ふん、すぐに全員冥土に送って……」

「せ~のっ!」

 

 凍りついた体を強引に動かそうとしているタケナミカタの頭上から、小さな気合の声が響く。

 

「今度は何だ?」

「それっ!」

 

 何気なく頭上を見たタケナミカタは、そこに飛んでいるピクシーが真っ赤になりながら両手で抱えたミニペットボトルを振り落とすのを見た。

 

「またつまらん事を!」

 

 落ちてきたミニペットボトルを、タケナミカタは片手で振り払う。

 が、何か細工されていたのか、ミニペットボトルはタケナミカタの手に触れると同時に破砕し、中身を二神へとぶち撒けた。

 

「何だこれは、毒ではないようだが………」

「妙にすえた匂いがするが?」

「! 離れて!」

「危ない、危ないよ~!」

 

ぶちまけられた液体をいぶかしむ二神から漂ってきた匂いを嗅いだたまきが、それが何か気付いて慌てて身を伏せる。

 警告しながらピクシーもその場を離脱し、慌てて克哉の懐に潜り込んで隠れる。

 

「タイムオーバー、答えはナパームオイルでした……」

 

 何とか半身だけ起こしたただしが、懐からオイルライターを取り出し、それに火を付けてタケナミカタへと投じた。

 

「まずい!」

 

 オモイカネがなんとかライターを弾こうとするが、ナパーム弾の原料にもなる極めて気化性・燃焼性が強いオイルはライターが触れる前に着火した。

 

「ぐぎゃあああああぁぁぁぁ!」

「ごおおおぉぉぉぉぉおおぉ!」

「……神様ってよく燃えるな~」

 

 周囲を照らし出す業火を見ながら、全員が唖然と燃える二神と平然としているただしを見た。

 

「おおおおぉぉ、のおおぉぉぉ、れええええぇぇぇ!!! この程度で神を殺せるとでも!」

「思ってないよ、オレの役目は時間稼ぎだから」

「アタック!」

 

 炎に包まれ、物理反射の障壁が掻き消えてもなおこちらに向かってくるタケナミカタに、号令と共にたまきの仲魔達が一斉に襲い掛かる。

 

「じゃ、悪いけどあと頼みます」

「分かった、休んでいるといい」

 

 魔法封じが時間切れになると同時に、ペルソナ使い達は一斉に己のペルソナを発動させる。

 

「急いでいるのでな、これで終わりだ!」

「こんな小細工で、神に勝てるとでも!」

 

 襲ってきた仲魔達を薙ぎ払い、更にヒューペリオンの放った三連射の弾丸をタケナミカタは全て叩き落す。

 

「邪魔はさせぬ! 神々の世の再来の礎となれ!」

「NO Thank youですわ」

「あたしもゴメンだわ、そんなの」

『アイスブラスト!』

「がはあっ!」

 

 ガブリエルとアルテミスの放った氷結魔法が融合し、巨大な氷柱となってタケナミカタの体を貫く。

 しかし、それでもなおタケナミカタはペルソナ使い達に向けての戦意を落とそうとしなかった。

 

「こんな物で我を倒したつもりか! こんな氷なぞ砕いてしまえば…」

「砕ければな、ヒューペリオン!」『ジャスティスショット!』

『メギドラオン!』

 

 ヒューペリオンの放った光り輝く弾丸と、ピクシーの放った凝縮された魔法の光球が、重なり合うような螺旋を描きながら氷柱から逃れようともがくタケナミカタへと向かう。

 

「お、おのれえええええぇぇぇぇぇ!!!」

 

 壮絶な断末魔を咆哮しながら、タケナミカタの体が光の爆発と共に崩壊していく。

 二つの魔力が融合した爆発が、タケナミカタの体を貫いていた氷柱ごと、跡形も無く吹き飛ばした。

 

「ロンド!」

 

 息もつかせず、たまきの号令と共に仲魔達がオモイカネの周囲を包囲し、輪舞を舞うがごとく回りながら攻撃しては離れる。

 

「そのような子供だましで倒せると思うたか!」

 

 オモイカネが立て続けに衝撃波を放つが、巧みにリズムを変え、距離を変える仲魔達にただ闇雲に周囲を破壊するだけだった。

 ダーキニーの四刀とネコマタの爪がオモイカネの半ば炭化した体を切り裂き、ニュクスとパールヴァディーの魔法がサポートする。

 四体の女魔達に囚われ、オモイカネは徐々に追い詰められていく。

 

「いい気になるな、下郎!」

 

 何を思ったのか、オモイカネはダーキニーの突き出した刃に無造作に身を乗り出す。

 

「なっ……!」

『神凪衝!』

「RETURN!」

 

 己の体で相手の動きを止めたオモイカネの衝撃波がダーキニーに直撃しようとするが、とっさにGUMPのRETURNキーをたまきが押す方が早かった。

 幾分ダメージを食らいながらも、ダーキニーが光の粒子となってGUMPへと戻る。

 

「形勢逆転よの………」

「フウゥゥ!」

「くっ………」

「このままでは………」

 

 フォーメーションの崩れた仲魔達が、お互いに目配せして次の手を算段する。

 

「ジョスト!」

『! 了解!』

 

 たまきの号令と同時に、仲魔達は一度退いたかと思うと、いきなり一塊となってオモイカネに向かって突撃を開始する。

 

「馬鹿が!」

 

 あまりの密着体勢に回避も出来ないだろうと読んだオモイカネが、無造作に仲魔達へと向かって衝撃波を放った。

 

「ALL RETURN!」

 

 衝撃波が炸裂する寸前、突如として仲魔達が一斉に光の粒子と化した。

 

「!?」

 

 それが、全員同時にRETURNされたという事をオモイカネが悟った時、身を低くして仲魔の影に隠れて突撃していたたまきが、光の粒子を突っ切り、オモイカネの体に鍔元まで雷神剣を深々と突き刺した。

 

「ば、ばかなあああぁぁぁ!!」

「認めることね、あなたの負けよ!」

 

 柄を強く握り締め、全身全霊を込めてたまきがオモイカネの体を両断する。

 驚愕のまま、オモイカネの体から力は抜けていき、焦げた不定形の物体となってその場に崩れ落ちた。

 

「神様って、なんでいっつも人間ナメてるんだか…………」

「強大な力を持つが故の驕りだろう、人にも言える事だがな」

「だから、こんな貧弱な手に引っかかる…うつっ!」

「大丈夫? 今回復するから」

「手伝った分、約束のイチゴショート忘れないでね♪」

「これでこちらはMission Completeですわ」

 

 並んでいた祭壇を、エリーが手際よく解除していく。

 やがて、吹き荒れていた強風は徐々に霧散していき、ただどこか重苦しい曇天だけが空に残った。

 

 

再度 上空 業魔殿

 

「うざいんだよ!」

 

 ティーサロンの中で、圧し掛かってきたテングの口の中にソーコムピストルを突っ込んだ八雲が、ためらいなくトリガーを連射。かわしようのない弾丸がテングの口腔を通って後頭部へと貫通する。

 

「くそ、悪魔に襲われる趣味はないぞ………」

 

 力を失ってもたれかかってきたテングの体をぞんざいに押しのけ、立ち上がろうとしていた八雲は、業魔殿の揺れが無くなってきているのに気付いた。

 

「やったか」

『術式の解除に成功したそうだ。もう大丈夫だろう』

「こっちももうちょい!」

「あとはこれで最後です」

「ゴガアアアァァ!」

 

 アリサのESガンが頭を覗かせたオンモラキを撃ち落し、メアリのジャッジメント・トマホークが通路を塞いでいたヌエの頭を叩き割る。

 進入していた最後の悪魔をケルベロスが噛み殺し、ようやくサロン内に静寂が訪れた。

 

「こっちは片付いた。他に反応は?」

「無い模様です。上部デッキでの戦闘は今だ続行中ですが、レイホウ様、麻希様、ゆきの様が増援に向かわれた模様です」

「そうか」

 

 床に投げ捨てておいたストームブリンガーを拾い、損傷と残弾数をチェックした八雲はそれを再度肩へと掛けた。

 

「体勢を整え直した方がいいな、もう猶予は無いようだし…」

 

 背中のパラシュートが使えるかどうかチェックをしようとした時、突然また大きな揺れが業魔殿を襲った。

 

「何が起きた!?」

「これは?」

 

 事態を示すがごとく、八雲のGUMPは甲高い警戒音を鳴らした。

 

 

 数分前 業魔殿 上部デッキ

 

「風が……!」

「どうやら、連中上手くやってくれたようだな………」

 

 風が吹かなくなった事でようやく安定した業魔殿の上で、ペルソナ使い達は安堵の息を漏らす。

 

「おのれ……………」

「諦めの悪い旦那だな………」

「まったく、モテねえぞ、そんなじゃよ~」

 

 彼らの見る先、強力な合体魔法の直撃を食らい、片腕を失い満身創痍ながらもまだ殺気の衰えないオオテングが凄まじいまでの形相でペルソナ使い達を睨みつける。

 

「勝った気か! 今それを吹き飛ばしてやる!」

「! 気をつけろ! まだ何かするつもりのようだ!」

 

 南条の言葉を聞くまでも無く、全員が一斉に臨戦体勢を取る。

 

「疾風(はやて)よ! 旋風よ! 巻け! 吹き荒べ! 荒れ狂うがよい!!」

 

 残った左腕で高々と錫杖を掲げ、オオテングが高らかに叫び、あちこち千切れてかろうじて原型を留めているだけの翼を羽ばたかせる。

 翼が一度羽ばたくと風が吹き、二度羽ばたくと疾風となり、三度羽ばたくとそれは旋風となっていく。

 そしてそれは数秒と置かず、大竜巻へと成長していった。

 

「これぞ天狗道が奥義、《神風》」

「うわああああぁぁ!」

「んぎゃあああぁぁ!」

「おぼろげえええぇぇぇ!」

 

 大竜巻に囚われた業魔殿が、その船体を風にさらわれた木の葉のように揺らし、その余りの衝撃に船体その物が軋み始める。

 デッキ上にいた者達は、船内に逃れる事も適わず、風に巻かれ、気圧差で発生したカマイタチにその身を切り刻まれていく。

 

「セイリュウ!」『大気の壁!』

「無駄だ!」

 

 とっさに南条が張った大気の防御場も、あまりのエネルギー量の違いに一瞬にして霧散する。

 

「全て微塵となりて吹き飛ぶがいい!」

「それはごめんだわ、『リフトマ!』」

 

 荒れ狂う嵐の中に、突然無風状態の空間が出現し、吹き飛ばされる寸前だったペルソナ使い達がデッキ上に落ちる。

 

「あだっ!」

「ぶげっ!?」

「おがっ!」

 

 情けない悲鳴を上げるペルソナ使い達が、デッキ上に結界を張った人物を見上げる。

 

「この神風を防ぐとは………何者だ?」

「葛葉筆頭術士、レイ・レイホウ」

 

 三節棍を肩に回し、片手で印を組んで結界を張っているレイホウが、こちらを睨みつけるオオテングと相対する。

 

「その程度の結界で、防ぎきれると思うたか!」

 

 オオテングが扇を縦横に振るう度に風は業魔殿を揺らし、生じたカマイタチが結界を震わせる。

 

「これくらい……!」

「ならば、もろとも死ね!」

 

 オオテングが大きく扇を振り下ろす。空間が揺らいで見える程の風、いや圧力を持った空気の渦がレイホウを狙う。

 だが、誰もが恐怖するような破壊力を前にして、レイホウは小さく笑った。

 

『シャッフラー!』

「!?」

 

 レイホウは突然結界を解除すると、両手で瞬く間に印を結び、前へと突き出す。

 それと同時に、彼女を狙っていた渦はその姿をそのままに一枚の大きなカードへと変じた。

 

「封印術………!」

 

 オオテングがその術の正体に気付いた時には、その体も一枚のカードへと変じていく途中だった。

 

「今よ!」

「カーリー!」「ヴェルザンディ!」

『始原の炎!』

 

 デッキの入り口でタイミングを待っていた麻希とゆきのの二人が同時にペルソナを発動、カーリーの放った超高熱のミサイルをヴェルザンディの青い炎が覆い、熔けあってあらゆる物を焼き尽くす極限までの高温を持った剛炎がカードを瞬時に焼き尽くし、消滅させた。

 

「一丁あがり、と」

「スゲ…………」

「みんなが頑張ってくれたお陰よ、抵抗が強いと封じられてくれない術だから」

「大丈夫!? 今回復させるから集まって!」

「だ~れか~……」

「誰か手貸しておくれ、稲葉の奴があそこで逆さ吊りになってやがる」

「なんつう強運………」

「下の状況は? 装備の補充もせねばならん」

『葛葉の者達が頑張っているようだ、大分沈静化してきておる』

「だが、ボスをやらなきゃ、どうしようもねえ………」

「これで前座かよ………」

「アタシ達も早く下に降りないと!舞 耶や克哉さん達は大丈夫!?」

「落ち着いて、まずは体勢を整えるのが先よ」

『そういう事だ。じゃ、お先に』

「え?」

 

 通信から響いてきた八雲の声に訝しげに下を見た者達の目に、業魔殿から飛び降りる三つの人影が見えた。

 

「行動早~………」

「またあいつは勝手に………」

 

 大きく開いた三つのパラシュートを呆れた顔で見つつ、レイホウも回復に回る。

 すでに、太陽は中天を回ろうとしていた…………

 

 

 落ち続ける糸の前に、幾多の壁が立ちはだかる。

 それらの壁を打ち破り、それでもなお糸を掴もうと手は力強く差し出される。

 だが、糸はまだ掴まれてはいない…………

 



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PART8 PRESENTATION(前編)

 

 自然というフィールドの中、己が生命力を誇示するがごとく生い茂る木々の中を、無数の異形達が闊歩していた。

 

「フウウゥゥ………」

 

 本来なら無数の小さな生命達が活動するべき森の中、生態系から大きく掛け離れた異形達は周囲を探りつつ、獲物を探す。

 その時、異形の一つが己の周囲がふいにかげった事に気づく。

 何気なく上を見た異形が見たのは、白い両足とその周囲に広がる黒地のフリルスカート、そして己に振り下ろされようとする純白のトマホークだった。

 

 

 落下の勢いを乗せて振り下ろされたジャッジメント・トマホークが、足元にいた額に角を有し、金棒を持った日本の童謡に欠かせない妖怪、妖鬼 オニを一撃で脳天から割り裂く。

 

「アリサ、三時方向を確保!メアリはそのまま正面に突撃!」

「OK、お兄ちゃん!」

「心得ました、八雲様」

 

 一足早く空中でパラシュートを切り離して急落下しながら初撃を繰り出したメアリに続いて、こちらはゆっくりと降下しながら八雲とアリサが左右に銃弾と炎弾をばら撒いて周囲にいる悪魔達を掃討していく。

 

「ラスッ!」

 

 木の上から跳びかかろうとしていた幽鬼 ガキにM16アサルトライフルの残弾を叩き込み、空になったマガジンをイジェクトしながら八雲は着地する。

 

「よっと…………」

 

 多少よろめきながらもアリサも着地し、周囲を警戒しながら背負っていたパラシュートを降ろした。

 

「お兄ちゃん、周辺50m内に反応無いわ」

「こちら八雲、三人とも着地に成功。北側に迂回し、亀石コース登山道から山頂を目指す」

『了解した。そのポイントから300m程登頂してから迂回すれば密集地点は回避できるだろう』

「………300m、ね」

 

 上空のヴィクトルから通信を聞きながら、八雲は目の前に広がる道無き斜面を見上げる。

 

「登山なんて、中学のウォークラリー以来だな………」

「晴れていればいいハイキング日和なのですが」

「そうすっと、陽射しがきつくなる。あの時は好き好んで山に登る連中の正気を疑ったな~。ついでにGPS隠して持って行ったのばれて先生に怒られたな」

 

 ぶちぶちとこぼしながら八雲は前に吊るしていたストームブリンガーの巨大なユニットを背中へと背負いなおすと、M16アサルトライフルに新しいマガジンをセットして初弾を装弾、セーフティーを掛けると肩に吊るした。

 

「とにかく、登ろ♪」

「待て」

 

 勝手に登ろうとするアリサの肩を八雲が掴んで制止させる。

 

「……一応聞くが、登山もしくはハイキングの経験は?」

「有りません」

「初めて♪」

「……………」

 

 八雲が登山とはかけ離れたメイド服にパンプス(+防具)姿の二人を見て額を押さえる。

 

「ハイヒールじゃないだけマシか。オレの後を着いて来い。無理はするなよ」

 

 二人に指示をしながら八雲はGUMPを操作、魔獣 ケルベロス、英雄 ジャンヌ・ダルク、地母神 カーリーを呼び出す。

 

「ケルベロスは先頭、その次がオレ、メアリとアリサは中間でカーリーとジャンヌは後ろを頼む。接敵はなるべく避けろ」

「リョウカイ」

「分かったよ」

「心得ました」

「さて、じゃあハイキングと洒落込むか」

 

 重い雲が垂れ込めている山頂を苦々しく見ながら、八雲達は登頂を開始した。

 

 

 

同時刻 船通山北西 烏上コース登山道

 

「ホアタッ!」

 

 掛け声と共に繰り出された鋼の掌底打が、上から襲い掛かろうとしていた妖魔 テングを一撃で吹き飛ばす。

 

「タ・タ・タ…………キャッ!」

 

 が、その鋼の掌底打を繰り出した者、左肩に《rosa(ドイツ語でピンク)》と刻印された対悪魔戦闘用機動装甲 XX―1がバランスを崩して盛大にコケた。

 

「救命呀(カゥメンア)~~……」

「何やってんだ、たく………」

「素人なんて乗せるからだ」

「一応騎乗候補者の上位ですからね、現場に居合わせたのが良かったというべきか、悪かったというべきか………」

 

 他の三体のXX―1がため息をつきながら、コケた《rosa》機を起こす。

 

「南条のアニキは大丈夫か?山中バケモンだらけじゃねえか………」

「今上空からの降下を開始したそうです。直に合流するとか。あと研究所から最後の2機の騎乗者の確保に成功、現在最高速でこちらに向かってるそうです」

「6機もあるのか、それ………」

「クーデターでも起こす気?」

 

 敵影が無いのを確認しながら銃のマガジンを交換していたサマナーの少年と術者の少女が驚異的な戦闘力を示すXX―1を凝視する。

 

「乗るのにある種の適正が必要なそうですから、そう誰にでも簡単に乗れる代物じゃないんですよ」

「占いで選んでるなんてアホな話もありやがったな」

「ふんふん、なるほどね………」

 

 関心する声に、全員がうんざりした顔で後ろを振り向く。

 そこには、あちこちボロボロになりながらも、撮影用カメラ片手に着いてきているチーフディレクターの姿が有った。

 

「……どうする、アレ………」

「ほっとけ、直に食われるだろ」

「そういう訳にも………」

「言って聞く人じゃないよ、六舞さんは………」

「でも、ここからは更に危険に………」

「何やってるの!さあ山頂に急ぐわよ!」

「なんか仕切ってるぞ………」

 

 他のスタッフ達は当の昔に逃げ出したにも関わらず、一人取材を続けようとしているチーフディレクターの扱いにほとほと困り果てていた。

 

「……隙見て縛り上げて退魔の水でもぶっ掛けて放置するというのは」

「効果が切れたらダメじゃない。それに麓に縛って置いてきたはずなのに、15分経ったら追ってきたの忘れたの?」

「ル○ン三世か、あのアマ………」

「この間やった《大暴露!これがイリュージョンの正体だ!》の総合プロデュースしたの六舞さんだよ、縄抜けのトリックくらい知ってるはず………」

「手足全部へし折って麓に向けてブン投げるのは?」

「殺す気ですか?そんなのダメに決まってるでしょう。おとなしく同行取材させて後で圧力を掛けて放送させないという手もあります」

「それやったら、何で発表されるか分かった物じゃないよ、あの人手段選ばないから………」

「何やってるの!事件は現場で起きてるのよ!」

「その通りだな」

 

 そこで、上空から響いた声に皆がそちらを向いた。

 上空から三つのパラシュートがまっすぐこちらに向かって降下してきていた。

 

「アニキ!」

「現状は?」

「目下進撃中、オマケ一人」

「そうか」

 

 着陸すると同時に状況を確認した南条が、パラシュートを外すと強引に動向しているチーフディレクターの方に向いた。

 

「あなた……確か南条財閥の!」

「南条 圭と申します。実は……」

 

 優雅な姿勢で挨拶しながら、南条は懐から名刺を取り出すように見せつつ、《HIEROPHANT》のカードを取り出す。

 

「ヤマオカ」『催眠波!』

 

 瞬時に発動された南条のペルソナの催眠波をモロに食らったチーフディレクターは、その場に崩れ落ちると安らかな寝息を立て始める。

 完全に寝ているのを確認した後、南条は手際よく持参していたディスガイズグッズが山と付いている妙なナップサックをチーフディレクターに背負わせると、クリーンソルトを掛けてからそのナップサックのスイッチを押した。

 すると、そのナップサックから突然風船が出たかと思うとみるみる大きくなっていき、それに応じてゆっくりとチーフディレクターの体が宙へと浮かんでいく。

 

「上空で回収してもらえるよう手配はしてある。目を覚ます前に葛葉で記憶操作を施してもらう予定だ」

「さすがアニキ!」

「妙に手馴れている感じなのが気になるけど………」

「ペルソナ使いなんてやってると、色々覚えるモンだ」

「そういう事」

 

 南条に続いて降りてきたレイジ、ブラウンが自分達と入れ替わりに上空へと上がっていくチーフディレクターを見送る。

 

「大丈夫かな~?」

「他のメンバーが入れ替わりに降りてくる。すれ違いで護衛するから大丈夫だ」

「?作戦では複数部隊による多方進行のはずでは?」

「いささか状況が変わった。この烏上コースに戦力を集中させ、敵の目をこちらに向けさせる。その間に最精鋭部隊が別コースから頂上を目指す」

「………オトリって訳かい」

「なるべく派手に大暴れしてやろうって事だよ」

「その最精鋭部隊って頼りになるの?こっちで頑張ってるのにそっちがやられちゃった、なんて事になったらヤだよ?」

「大丈夫だろう、彼らならば」

 

 確信に満ちた声で断言しながら、南条は登山道の先に視線を向ける。

 

「どうやら、早くも目をつけられたようだ」

「もう来やがったか………」

「XX―1の残る機動可能時間は?」

「あと二時間といった所です」

「じゃあ、残った分はこっちで受け持とう」

 

 現在状態をチェックしつつ戦闘体勢を取るXX―1の隣で、サマナーの少年が自らのハンドヘルトコンピューターを操作し、戦闘用ソフトを幾つか立ち上げていく。

 

「それじゃあ、行くわよ!『ジオンガ!』」

「ホアチョオオー!」

 

 こちらに近づいてくる敵影のど真ん中に電撃魔法が叩き込まれ、それに続いて《rosa》機が突撃していく。

 

「遅れをとんなよ!」

「そちらこそ!」

 

 迫り来る敵へと向けて、ペルソナが発動し、銃火が吐き出され、白刃が閃いた。

 

 

 

30分後 船通山 西側斜面

 

「始まったか……」

 

 悪魔達が続々と北側登山道へと移動するのを感じながら、周防 克哉を中心としたパーティは悪魔達に見つからないように息を潜めていた。

 

「大分数は減ったけど、まだスゴイ数よ………」

「Oh、大丈夫でしょうか………」

「任せるしかないだろう、僕達はもっと重要な仕事がある」

 

 克哉は暗雲が垂れ込めている山頂を睨むように見つめる。

 

「行こう、あそこにいる主犯を確保すれば全てが終わる」

「オ、オレ達だけで?」

「レッツ・ポジティブシンキング!皆で頑張れば、なんとかなるでしょ♪」

「そうそう♪」

「ほらただし、とっとと行くわよ」

 

 やたらと元気な舞耶とピクシーを先頭に、一行は山頂を目指し始めた。

 

 

 

同時刻 船通山 東側斜面

 

「ふぅ~」

 

 軽く息を吐きながら、白のスラックススーツ姿の若い男が、胸のポケットから櫛を取り出して乱れた髪をなで上げる。

 

「なかなかやるな、あんた」

「そちらこそ」

 

 スーツの男の傍ら、ジャケット姿のクールな目をした二十歳を幾分過ぎたかどうかの男が微笑を返す。

 にこやかな雰囲気とは裏腹に、スーツの男の背には六つの枝刃を持つ七枝刀が、ジャケットの男の腰には鏡のような澄んだ刃を持つシュピーゲル・ブレードが光を放っており、周囲にはおびただしい数の悪魔の屍が転がっていた。

 壮絶な死闘を物語るように周辺の樹木は引き裂かれ、地面はえぐれているが、当の二人は傷らしい傷すら負っていない。

 生命活動停止と同時に物理存在能力を失った悪魔達の屍が虚空へと消えていく中、二人はそれを気にも止めないように談笑を交わしていた。

 ところが、二人が油断する時を密かに身を隠して待っていた蜘蛛の体に牛頭を持つ妖獣 ギュウキと日本神話で蛇の精霊とされる龍王 ノズチが二人の背後から襲い掛かる。

 それに対して二人は同時に振り向きながら、自らの懐に手を入れる。

 そこから、銀色のGUMPと《EMPEROR》と振られたカードが取り出される。

 

「シヴァ!」

「アメン・ラー!」

 

 トリガーが引かれると同時に音声コマンドを入力、GUMPからヒンドゥ神話の三神の一神、四腕を持つ破壊神 シヴァが召喚され、カードから変じた光の粒子が男の心の奥底から青い肌を持つエジプト神話の最高神 アメン・ラーを呼び出す。

 

「ぶちかませシヴァ!」

『マハ・ジオンガ!』

『集雷撃!』

 

 二神から放たれた雷撃が、周辺を嘗め尽くし、襲いかかろうとして悪魔は数瞬を持って完全に炭化して地面へと落ちた。

 

「この辺の連中は全部潰したと思ったが、まだ残ってやがったか………」

「逃げてきた奴かもな。皆頑張っているようだから」

 

 ジャケットの男が視線を山へと向け、山の各所から感じられる激戦の気配を感じ取る。

 

「さて、それじゃあオレは頼りない後輩の応援に向かうとするか」

「オレはこっちに、ちょっと苦戦してる友達がいるみたいなんで」

 

 お互い左右へと分かれて歩こうとした所で、ふとスーツの男が足を止める。

 

「そういや、名前をまだ聞いてなかったな」

「そういえば」

 

 振り向いたジャケットの男が、クスリと笑う。

 

「藤堂、藤堂尚也。エミルン学園OBペルソナ使い」

「デビルサマナーのキョウジ、葛葉キョウジだ」

 

 お互い名乗りながら軽く握手を交わすと、再び背を向けて歩き出す。

 

「じゃあな、縁があったらまた会おうや」

「ええ」

 

 二人は、そのまま歩き出す。

 仲間達の元へと向かって。

 

 

 

「あっ!?」

「アリサ!」

 

 山道の斜面で足を踏み外しそうになったアリサの手を、とっさに前にいたメアリが掴むが、支えきれず彼女も滑り落ちそうになる。

 

「くっ!」

「グルッ!?」

 

 慌てて八雲が右手でメアリの手を、左手で前にいたケルベロスの尻尾を掴み、なんとか落下を食い止める。

 

「ありがとう、お兄ちゃん………」

「申し訳ありません、八雲様」

「まったく世話の焼けるメイドだな」

「仕方有りません、山歩きなぞ慣れた者は誰もいないのですから」

 

 後続のカーリーとジャンヌ・ダルクも手伝い、なんとか二人を押し上げる。

 

「少し休むか。ここいら辺にはヤバイのはいなさそうだし」

「しかし………」

「気付いておられないのですか、お二人とも先程から歩測が落ちてきてます」

「ま、全員でもあるがな」

 

 ジャンヌ・ダルクの指摘を多少訂正しながら八雲は木の幹を背にその場に座り込み、ポケットから持参していた携帯用ゼリー食料を出してそれを啜り始める。

 

「ったく、なんだって悪党は高い所か地面の下が好きかね………」

「馬鹿ダカラカ、ヤマシイ事ダト分カッテイルカラダ」

「獣に言われちゃお終いだね、クククク………」

 

 仲魔達も座ったり木の幹にもたれかかったりして休息に入り、仕方なくメイド二人もそれにならった。

 

「退治する方の身にもなってほしいぜ。これが終わったら二度と山に登る仕事はしねえ……」

「仕事でなければよろしいのですか?」

「あ~、自分の足以外で登れてレストハウス付きの山ならな」

「はっきり山登りなんてしないって言っちまえばいいだろが」

「そんな断言すると後で泣き見るかもしれんし」

「そう言えば、麻希様が今度は何も無い時にみんなで来ようと言っておられましたが」

「………その中にオレは入れないでくれ。あとメアリ」

「なんでしょうか?」

「……ずっと聞こうかどうか悩んでいたんだが」

「何がでしょうか?」

「…………黒なのはお前の趣味か?」

「は?」

「お兄ちゃん………」

 

 八雲の問いにしばし考え込んだメアリは、やがてそれが意味する事に気付いた。

 

「ああ、これは勝負事にはこのような物を着ける物だとたまき様から」

「何教えてんだ、あの人は…………」

「お兄ちゃんも黒がいい?」

「プ○キュアのバックプリントだった奴に言われてもな」

「ど○みとどっちにしようか悩んだんだけど」

「……………」

 

 八雲はなんとなく前に“戦闘装束は死に装束だから自分にもっともふさわしい一張羅を着る物だ”、と誰かから聞いた事を思い出していたが、あえて口には出さないでおく。

 

「この調子なら、もう直に正規の登山道に出れるな」

 

 現在位置を確認しつつ、八雲は腕時計を見て舌打ちした。

 

「もう正午は過ぎたか………」

「夜までにはなんとかなりそうですね、召喚士殿」

「向こうがバカ正直にやっててくれてればな」

「どういう事?」

「山頂に結界が張られてただろ?あの中が完全に異界化していたとしたら、こんなモンは役に立たない」

 

 精度と強度には定評のある軍用腕時計を八雲は指で弾く。

 

「下手したら、もう手遅れかもな」

「え~!?」

「そうなのですか?八雲様」

「あくまで可能性の話だ。もしそうだとしたら、ここまで面倒な手間暇掛けて手数用意する必要はないだろうしな」

「そうなんだ………」

「どっちにしろ、ここのボスは相当な臆病モンさ。雑魚ばっか用意した所で役に立ちやしないってのに」

「しかし、我々の足止めには効果的でしょう。事実、未だ誰も山頂には到達しておりません」

「何とか間に合わせないと、報酬もらえねえだろうしな。面倒な仕事受けちまったな~」

「八雲様、それなら休んでいる暇は無いのでは?」

「そうよお兄ちゃん、急がないと!」

「ちょっと待て」

 

 立ち上がって先に進もうとするメアリとアリサの肩を八雲は掴むと、二人の手に持ってきていたチョコバーとチャクラドロップを握らせる。

 

「食っておいた方がいい。精神力と体力と魔力を温存しておかないと話になんないからな」

「……すいません」

「あ、ありがとう」

「オレモ腹減ッタゾ」

「アタイも」

「これで我慢しろ!さっきからマグネタイトばか食いしやがってる癖に……」

 

 八雲がコンビーフの缶をケルベロスとカーリに投げ付ける。

 

「何だい、これだけかい」

「全然足リナイゾ」

「報酬もらえたらまたサワムラに食い放題で連れてってやるよ」

 

 文句を言いつつコンビーフを(ケルベロスは缶ごと)齧る仲魔に八雲は舌打ちすると、背中のストームブリンガーを吊るし直す。

 

「残った弾で果たして通じるかね、神に………」

 

 

 

 戦闘が一段落し、搭乗していたほとんどの者が出撃して静かになった業魔殿の一室のベッドで、身じろぎ一つしないでカチーヤは眠り続けていた。

 しかし、その閉ざされた瞳が微かに動いたかと思った後、その幼さの残る顔は苦渋に歪む。

 

「く、ごふっ……かっ、はあっ………」

 

 その身を苦しげによじり、そして咳き込むと口から暗褐色に染まっている氷の小片が複数飛び出した。

 

「はっ、はあ……はあ………」

 

 ベッドから半身を跳ね起こし、何度か呼吸をして息を整えたカチーヤが室内を見回す。

 

「えっと…………私………!八雲さん!?」

 

 自分がなぜ寝ていたかを思い出したカチーヤは、慌ててベッドを飛び出して部屋から外に出ようとするが、ドアにはなぜか外側からカギが掛けられている。

 

「開けて、開けてください!八雲さんの所に行かないと!!」

「生憎とそれは出来ない」

 

響いてきた声にカチーヤが向き直ると、そこには幻魔 クーフーリンがその場に立っていた。

 

「召喚士殿からの命令は二つ、あんたを守れ、そしてここから出すな」

「どいてください!」

 

手にした槍を構えるクーフーリンに、カチーヤは思わず怒鳴る。

 

「!?これは…」

 

次の瞬間、クーフーリンの体を突然透明な氷が覆い完全にその中へと埋没させた。

 

「あ………これ、私が………」

 

 自分がした事に呆然とするカチーヤに、外から小さなノックの音が響く。

 

「お目覚めになりましたか、マドモワゼル」

 

 挨拶ともに、シェフ・ムラマサがドアを開ける。

 ちなみにその背中にはぐったりとしながらもメモ帳とカメラを手放そうとしない女性がおぶわされていた。

 

「最低でも三日は目を覚まさないはずの秘薬を使われたはずなのですが、解毒できた模様ですね」

「三日?」

 

 カチーヤは先程まで寝ていた枕元に転がっている、少しずつ溶けてきている暗褐色の氷へと視線を向け、その正体に気付いた。

 

「!八雲さんは!?」

「ムッシュウ・八雲は下で戦っておられます。なかなか健闘しておられるようで」

「行かないと!レイホウさんやたまきさんも頑張ってるのに、私だけ…」

「その制御出来ない力で、ですか?」

「!」

 

 シェフ・ムラマサの一言にカチーヤの動きが止まる。

 

「でも、行かないと……」

「扱いきれぬ力は抜く場を選ばぬ凶刃のような物、いつ仲間を傷付けるか分かりませぬよ?」

「…………」

「分かっていただけましたか?」

 

 完全に沈黙してしまったカチーヤだが、いきなり黙ったままシェフ・ムラマサの制止を振り切って通路へと飛び出す。

 

「!お待ちを…」

「きゃっ!」

「わっ!」

 

 通路を曲がろうとした所で、カチーヤはこちらに来ようとしていた人影とぶつかり、もつれ合って倒れ込む。

 

「あたたた……」

「す、すいません!」

「危ないわよ、こんな狭いとこ走っちゃ」

 

 謝りつつ起き上がろうとするカチーヤに、ぶつかった相手、どこか落ち着きのある長髪の女性が手を差し出す。

 

「ところで、八雲の奴どこ?」

「……八雲さんのお知りあいですか?」

「幼馴染よ、あいつに急に来てくれって言われてね。大学にいきなりジェット戦闘機が下りて来た時はさすがにびっくりしたけど」

 

 彼女の苦笑混じりの自己紹介に、カチーヤにもなんとなく2人の関係が見える。

 

「おやマドモアゼル・ヒトミ、お久しぶりです」

「ムラマサさんもお久しぶり。ヴィクトルさんとメアリは元気?」

「ウィ、ムッシュウ・ヴィクトルは船長室に、マドモアゼル・メアリはマドモワゼル・アリサと共にムッシュウ・ヤクモのお供を」

「あいつ、メアリまで巻き込んだか………」

「?あの……」

「ああ、初対面でしたな。こちらはムッシュウ・ヤクモの元パートナーの方です」

「私が、じゃなくてネミッサがだけどね」

「!じゃあ、八雲さんが言ってた……!」

 

 ムラマサの説明に、カチーヤが元スプーキーズメンバー・遠野 瞳に驚きの目を向ける。

 

「で、八雲が言ってた力を貸してほしいって、この子?」

「ウィ、葛葉の新人術者のカチーヤ・音葉様。今回から八雲様のパートナーになられた方です」

「……葛葉の人達ってホント何考えているのか分からないわね。こんなかわいい子あの馬鹿に押し付けるなんて」

「でも、八雲さんはよくしてくれますけど………」

「中途半端にフェミニストなだけよ。それじゃ始めましょうか」

「何をですか?」

「分かりやすく言えば……改造手術?」

「え?」

「八雲が研究していた“力”と“ソウル”の分離・制御のシステムを完成させるの。今そのために皆こっちに向かってるわ」

「みんな?」

「たとえばあたし達ね」

 

 背後から聞こえてきた声にカチーヤは振り向く。

 そこには、スキンヘッドで黒服に身を包んだ独特な雰囲気を持った双子の男達の姿があった。

 

「アルファさん、ベータさんお久しぶり」

「あらヒトミちゃん、かれこれ四年ぶりね。元気してたかしら?」

「お陰様で。お二人は相変わらずね」

「もう元気よ~。今回は八雲ちゃんから特別の指名だから、もう頑張っちゃうわ」

「他の子はまだかしら?インターフェイスの設定はランチちゃんに任せてるはずなんだけど」

「直到着なさるはずです。研究室でムッシュウ・ヴィクトルがすでに準備に入られております」

「あらん、ヴィクトルのおじさまやる気満々ね~」

「それじゃあ、始められる所から始めましょうか」

「そうね、まず属性確定シーケンスから………」

「あの………」

「なあに?」

「ありがとうございます、皆さん。私のために………」

 

 おずおずと口を開いたカチーヤがそう言いつつ、頭を下げる。

 みんながその様を見るとお互いの顔を見合わせて一斉に破顔した。

 

「いいのよ、別に。礼なら八雲ちゃんに言って」

「そうそう、あの子のお願いだから来たようなもんだし………」

「でも………」

「やぼは言いっこなし。じゃ、行きましょうか」

 

 ヒトミに肩を押され、カチーヤは少し困った顔をしながら、彼らの後に続いた。

 

 

 

「てめえで、最後だぁっ!」

 

 振り下ろされた《schwarz》機の槍が最後の幽鬼 ガキを切り裂く。

 それと同時に、甲高い電子音が《schwarz》機から響き、その動きが停止する。

 

「ちっ、電池切れかよ」

「ギリギリでしたね。こちらもあと数分といった所です」

「ま、こんだけ動きゃ充分じゃねえかな」

「確かにな、本来長時間戦闘は想定していない。君達は予想以上の戦果を上げてくれた」

「へへっ、照れるぜアニキ」

「現在白川と芳賀が替えのバッテリーを緊急搬送中だ。しばし待機していてくれ」

 

 南条の指示に従い、XX―1の騎乗者達が機体を停止させる。

 その周囲には、先程までの激戦を物語る弾痕やクレーターなどが多々あり、全力を尽くした者達が思い思いに休息を取っていた。

 

「だぁ~~~~疲れたぜ~~」

「目に付く連中は大体片付いたな……」

「あとは周防警部と八雲が頑張ってくれてるといいんだけど」

「周防警部なら多分山頂目前まで行っている頃だろう。桐島やたまき君も一緒だからな」

「問題は八雲の奴か………あいつアウトドア苦手そうだからね………」

「仕事以外で野外は出歩かないって公言してましたよ………」

「そう簡単に音を上げそうな男には見えなかったが……な……」

「……なんだ?」

「これは…………?」

 

 ふと感じた違和感に、ペルソナ使い達が何気なく山頂の方を見た。

 そして、そこで起きている異変に気付いた。

 

「な……に?」

「なんだありゃあ!?」

「雲が……渦を!」

 

 山頂付近に垂れ込めていた雲が、まるで倍速再生のように激しく動き、山頂を中心として渦を巻いていた。

 

「!始まったわ!」

「もう!?」

「まさか、まだ日没までは時間が………」

 

 南条が腕時計を見るが、そこには異変が起きていた。

 

「これは………!」

「あ、あれ壊れたかな?」

「いや、オレのもだ!」

「しまった…………!」

 

 レイホウが自らの腕時計、急回転と急停止をランダムに繰り返す文字盤を見て原因を悟った。

 

「これだけの戦闘、今この山には陰気が満ちてるわ。それを山頂を基点とした螺旋を描いて集束させ、一気に周辺を異界化して時を進める気だわ!」

「ありかそんなイカサマ!」

「この商売、なんでもありよ。力とその制御が出来ればね」

「くっ、間に合うか!?」

「芳賀君!聞こえいていますか!?バッテーリー到着まであと何分かかります!」

「すぐに山頂に向かおう!君達はバッテリー到着後、換装して山頂へ!」

「くそっ!ユミとユーイチはまだ来ねえのか!」

「小次郎君、咲ちゃんとバッテリーが届くまで彼らの警護お願い!私も山頂に向かうわ!」

「レイホウさん!」

「間に合ってね………」

 

 後ろも振り向かず、彼らは走り出した。

 

 

 

「流れたまえ、移りたまえ、はつるはつる先へと………」

 

 山頂に拵えられた祭壇の前で、一人の男が一心不乱に呪文を唱えていた。

 彼の前の祭壇には古代の神官を思わせる装束を着せられた一人の女性が横たえられ、その手前には古びた銅剣が添えられている。

 

「満つる夜、紅の眼持つるクチナワ、今現れん。八つの頭(カシラ)持つ大いなる禍神、今宵その御身を我が前に………」

 

 男の呪文に応じるように、山頂の光景は目まぐるしく変化していき、頭上から差していた陽は急激的にその角度を落とし、夕方を越えて夜の帳が訪れようとしていた。

 

「降りたまえ、吼えたまえ、満つる夜の元に………」

 

 通常を遥かに超える速度で徐々に登ってくる月に、男がほくそ笑んだ時だった。

 

「そこまでだ!」

 

 突然の声に、男は振り向く。

 そこには、男に向かって銃口を向ける克哉の姿が有った。

 

「安部 才季!貴様を連続誘拐及び連続殺人の容疑で逮捕する!おとなしくする事だ!」

「ほう、ここまで来る者がいるとはな………」

 

 男、才季は自らに向けられている銃口に驚きもせず、唇の端を吊り上げる。

 

「少しでも妙な素振りを見せたら、撃つ!」

「そうよ、チョメチョメしちゃうから!」

「しちゃうんだから!」

「CHECK MATEですわ!」

 三人のペルソナ使い(+ピクシー)がそれぞれの得物を才季へと突きつける。

 しかし、才季の顔からは嘲笑が消える様子は無い。

 

「ほう、神降ろしが三人。いや、麓にもっといるか……葛葉にここまでの戦力が有るとは予想外だったな」

「その通りだ。麓にいる葛葉のサマナー達とペルソナ使い達が全員山頂へと向かっている!無駄な抵抗はやめる事だ!」

「くくくく、幾ら集まろうと、しょせんは人の子、真なる神の前にはアリの群れよ」

「それはSUMMONに成功すれば、の話では?Tamaki!」

「!」

 

 エリーの言葉が終わると同時に、才季の元に握りこぶしより一回り小さい石がどこからともなく飛んでくる。

 命中する寸前、その石は突然無数の雷撃となって才季を襲った。

 

「ぬっ!」

「隙あり!」

 

 才季がマハジオストーンの雷撃を食らって怯んだ瞬間、側の林の中からダーキニーとネコマタが飛び出し、生贄になろとしていた女性と草薙の剣を横からかっさらった。

 

「作戦成功♪」

「Sacrifice(生贄)とMediation(媒介)無くしてはRitual(儀式)は完成しませんわ」

「お前のたくらみもここまで……!」

 

 あらかじめ予定していた奇襲が成功したのを確認したたまきとただしが林の中から出てくるが、その直後にペルソナ使い達のペルソナが反応するのと、たまきのGUMPが警告音を鳴らすのは同時だった。

 

「Tamaki!」

「それは偽者よ!」

「!それを放して!」

 

 たまきが仲魔達に命令を送るが、その時すでに生贄と思われた女性は、目を見開くと自分を抱きかかえているダーキニーの首を片手で締め上げる。

 

「がっ……これ……は……!」

「下がりなさい、下郎」

「ダーキニー!」

 

 たまきが慌ててダーキニーをRETURNさせ、女性がダーキニーの首を握り潰す寸前にその姿は光の粒子となってGUMPへと吸い込まれる。

 

「ミギィヤアァ!」

「ネコマタ!」

 

 絶叫にたまきがネコマタを見ると、口に加えられていたはずの剣が、ネコマタの腹を貫いていた。

 

「ウウ……ア……」

「あれも偽物か!」

「任せて!『ディアラハン!』」

 

 ネコマタの腹を貫通して女性の下へと飛ぶ剣と入れ替わるように、ネコマタへ向かったピクシーが即座に回復魔法でネコマタを治癒する。

 

「所詮その程度の浅知恵、読めぬ訳が無い」

「確かに」

 

 才季が指を一つ鳴らすと、祭壇が砕け散りその中からもう一つの祭壇と本物の生贄の女性と草薙の剣が現れた。

 そのそばで、腰から落ちる事無く地面へと降り立った女性の姿が、見る間に変わっていき、やがてそれは日本神話の太陽を司る女神、天津神 アマテラスへとその姿を変え、彼女の元へと飛んだ剣も人の背丈ほどもある長剣へと姿を変えてその手元へと収まる。

 

「布都御魂(ふつのみたま)!?そんな物まで!」

「よくご存知ね。ならば、その威力も知っているでしょう」

 

 アマテラスが、手にした神剣 布都御魂をゆっくりと持ち上げ、構える。

 

「では、相手を頼むぞ」

「分かっております。神々の世の再来のために」

「させるか!ヒューペリオン!」『ジャスティスショット!』

「アルテミス!」『クレセントミラー!』

「ガブリエル!」『リリーズジェイル!』

「その程度ですか、下郎」

 

 ペルソナの一斉攻撃をアマテラスは嘲笑すると、布都御魂を一閃。

 たった一撃で、光り輝く弾丸も貫く月光も封じようとする氷の檻も粉々に打ち砕かれた。

 

「つ、強い………」

「Tamaki!こちらはなんとかします!早くRitualの阻止を!」

「お願い!」

「させませんわ」

 

 才季の元へと向かおうとするたまき達にアマテラスは布都御魂を振るうと、発生した斬撃波がたまきの鼻先をかすめてその軌道上にある物を全て切り裂いて虚空へと消える。

 

「どこを見ております?そなたらの相手はわらわです」

「先約あるんで後でお願いしまっす!」

 

 ただしが背のバッグから次々と攻撃アイテムを取り出してアマテラスへと投げ付ける。

 

「非力ですわね、『岩戸開き!』」

 

 攻撃アイテムが命中する寸前、突然アマテラスの全身が強烈な光を放ち、それはそのまま熱を伴った衝撃波となって周囲にある物全てを吹き飛ばす。

 

「うわあっ!」

「きゃあぁ!」

「くぅっ!」

 

 吹き飛ばされた者達が、地面に叩き付けられて全身から焦げた匂いを漂わせる。

 

「あまり派手にやるな。儀式に支障が出ては困る」

「それは失礼しました」

 

 何らかの力を用いたのか、才季の周囲と祭壇だけは熱衝撃波の影響は無く、才季は再び儀式へと取り掛かる。

 

「では、静かにさせるとしましょうか………」

「させないんだから!『メギドラオン!』」

 

 克哉の背後に隠れて熱衝撃波をやり過ごしたピクシーが、前へと飛び出してアマテラスの顔面へと向けて凝縮された魔法の光球を叩きつける。

 

「ほう、小妖精風情がなかなかの力を持っていますね……」

「う、ウソ!?」

 

 しかし、アマテラスはあろう事かメギドラオンを片手で掴んで止めると、それを爆発さえる事なく押さえ込んでいる。

 

「どれ………」

 

 挙句、アマテラスはそれを口へと運ぶと、一息に飲み込んだ。

 

「ふむ、悪くない」

「げっ…………」

「な…………」

「め、メギドラオンを食べた………」

「Really!?」

 

 完全に予想外の行動に、全員が呆気に取られる。

 

「この程度の力では、腹を満たすには至りませぬね」

「ならば、満たせてやる!」

「食らいなさい!」

<big>『Truth in MOONLIGHT!(月光の中の真実)』</big>

 

 ヒューペリオンの放った光の弾丸が、アルテミスの放つ無数の月光に打たれ、その軌道を目まぐるしく変化させつつ加速し、最後に直撃した月光と共にアマテラスへと突き刺さる。

 

「がっ……!しかし、この程度ではまだまだですよ……」

「There!」

「そこっ!」

 

 正面から多少のダメージを食らいながらも布都御魂で攻撃を受け止めたアマテラスの背後から、アルテミスの月光の影に隠れて近寄ったエリーとたまきが手にしたレイピアと雷神剣を同時に突き出す。

 

「……たわいない」

「う……」

「これは!?」

 

 二つの剣が、切っ先がわずかにアマテラスに食い込んだ状態で止まっている事に二人は気づくと、瞬時に剣を引いて後ろへと下がる。

 

「その程度の武器で、わらわの体を傷つけるには至りません。おとなしく神の世の再来を見届けなさい………」

<big><big>「待てぃ!」</big></big>

『!』

 

 突然響いてきた声に、全員が声のする方を見る。

 その視線の先、木の頂上に立つ影があった。

 

「神の時代が終わり、いかに世に混沌が溢れようと、人は己が命を懸命に生き続ける。人それを…」

「黙りなさい」

「のわ~~!」

 

 樹上の人影に向かってアマテラスは布都御魂を振るい、放たれた斬撃波をかわそうとした樹上の人物は情けない悲鳴を上げながら落下した。

 

「今のって………」

「……恐らくは」

「………あの馬鹿……」

「何するんだ!人がせっかくキめようと思って苦労して木登りしたのに!」

「………パクリじゃん」

 

 落下しながらもあらかじめ結んでおいた命綱で逆さにぶら下がっている人物―八雲に呆れた視線が集中する。

 

「あそこは最後まで聞いて『何者だ!』と聞く所だぞ!」

「知りませんわ。そして死になさい」

 

 俗物と判断したアマテラスが再度布都御魂を振るおうとした時、八雲の顔に笑みが浮かんだ。

 

「今だ!」

「!?」

 

 アマテラスの背後に、何かが飛び出す。

 振り下ろそうとした布都御魂を背後に向けつつ、振り返ったアマテラスが見たのは、白のフリルカチューシャを付け、似顔絵(ド下手くそな)が書かれた二つの丸太だった。

 

「ゴガアアアァァ!」

「そんな単純な手は!」

 

 アマテラスの隙を突くように逆さ吊り状態の八雲の背後からケルベロスが飛び出すが、アマテラスが迎撃しようとした瞬間、八雲の腰のGUMPから電子音が響いてケルベロスの体が光の粒子となって吸い込まれていく。

 

「!」

「タイマー式RETURNのダミーだ。本命は………」

「こちらです!」

「こっちよ!」

 

 投じられた丸太の背後に隠れていたメアリとアリサが手にしたデューク・サイズを振るい、ESガンを乱射する。

 

『日輪鏡(ひのわかがみ)!』

 

 アマテラスが手を突き出すと、そこに光が凝縮されて盾が形勢され、繰り出された攻撃を完全に阻む。

 

「その程度ですか?」

「そんな訳ないだろ、RUN」

 

 八雲の声にアマテラスが再度振り向くが、その時には八雲は背から降ろしたストームブリンガーのトリガースイッチを引いていた。

 

「!これは“呪”か!」

「最新型のな。RUN!RUN!」

 

 ストームブリンガーから次々と撃ち出されるプログラムが、アマテラスに当たるとその周囲がまるで揺れる水面のように歪んでいく。

 

「甘いですわ、こんな下等な呪で神を倒せるとお思いで?」

「無理だろうな、オレじゃあ」

<big>『Truth in MOONLIGHT!』</big>

 

 ヒューペリオンとアルテミスの合体魔法が、八雲がプログラムを撃ち込んで存在が不安定になっている部分に直撃する。

 

「あああぁぁぁ!!」

「ダミーを無数に放ってガードを甘くする。ハッキングの基本だ」

「全部計算づくか………恐ろしい奴だな」

「そういう奴なのよ、あいつは」

「油断しましたわ………しかしこの程度の傷」

 

 大きく穿たれ、血が溢れ出している腹にアマテラスが手を当てると、そこに光が集ってみるみる傷が癒えていく。

 

「神を汚した罪、その命であがなってもらいますわ!『照矢(てらしや)!』」

 

 アマテラスが左手を突き出すと、そこから放たれた閃光が八雲を狙う。

 

「ちっ!」

 

 片腕を叩きつけるようにかたわらの木の幹に突っ張り、その反動で八雲は閃光をからくもかわす。

 

「カーリー!」

「ァァァアアアア!」

 

 続けて閃光を放とうとするアマテラスに、樹上に身を潜めていたカーリーが六刀を持って襲い掛かる。

 

「なんの!」

「こっちもいるわよ!」

「Me too!」

 

 布都御魂で六刀をさばくアマテラスに、たまきとエリーも加わって計八つの刃がアマテラスを狙う。

 

「ジャンヌ!サポートを!」

「心得ました、召喚士殿!『スクカジャ!』」

 

 用心のために後ろに控えていたジャンヌが飛び出しながら皆に補助魔法を掛ける。

 淡い黄色の光が皆を覆うと、その動きがさらに早くなる。

 

「こっちはどうにかする!儀式をぶち壊せ!」

「了解した!」

「オッケー!」

 

 命綱を切って地面へと(誤って頭から)落ちつつ、八雲が叫ぶ。

 克哉と舞耶がそれに応え、黙々と儀式を続ける才季へと銃口を向けた。

 

「最終警告だ!すぐに儀式の停止を勧告する!」

「当たったら痛いわよ!すぐに止めなさい!」

「しばし黙っておれ。もう儀式は完成目前なのだ………」

「ならば、撃つ!」

 

 克哉がためらい無く、才季へと向かってトリガーを引いた。

 しかし、放たれた弾丸は突如として才季の背後から陽炎がごとく出現した影によって阻まれる。

 

「!」

「え!」

「Such a thing!?」

 

 それが何か気付いたペルソナ使い達が、一斉に驚愕する。

 

「な………」

「あれは何!?」

「まさか、アレ………」

 

 才季の背後に、遮光器土偶のような姿をした日本神話最古の神、アラハバキがその姿を浮かび上がらせる。

 

「貴様もペルソナ使いか!」

「お前達はそう呼ぶが、これは本来神降ろしと呼ばれていた力だ。今では使える者も少ないがな」

「サマナーでペルソナ使い!?そんなイカサマありなの!」

「それは己の身を持って理解せよ、アラハバキ!」『天凶雷!』

「くぅ……」

「あぁ!!」

「キャン!」

 

 アラハバキの放つ紫電が、克哉と舞耶とピクシーをまとめて吹き飛ばす。

 

「Mr Suou!」

「舞耶さん!」

「どちらを見ているのですか?『岩戸開き!』」

 

 思わずアマテラスへの攻撃が揺るんだ瞬間、アマテラスの熱衝撃波がエリーとたまきを吹き飛ばす。

 

「ぐっ!なめるんじゃないよ!」

「どちらが?」

 

 なんとか堪えたカーリーが六刀を振るうが、生彩を欠く刃はアマテラスの振るう布都御魂に弾かれ、あまつさえ腕を数本深く切り裂かれる。

 

「があっ!?」

「下がれカーリー!ジャンヌ回復を!」

「心得ました!」

 

 得物をM16に変えた八雲が仲魔に命令を出しながら、牽制のためにアマテラスへと向けて乱射する。

 

「クソ、日本神話トップクラスが二体も……ヤバイかもな」

 

 八雲の目は、すでに天頂まであと僅かとなっている月を捕らえていた………

 

 

 

「……八雲さん?」

「あ、ちょっと動かないで。今同調シーケンスの最中だから」

「す、すいません………」

 

 無数の計測器の中にうずもれるようにして座っているカチーヤの周囲で、元スプーキーズメンバー達が中心となって、あるシステムの調整を行っていた。

 

「マグネタイトバイパス、OKよ」

「エレメント・クリプトチップ、予想よりも上手くいってるぜ」

「アライメントの微調整はこれで問題ないはずだ」

 

 カチーヤの前には、二つの四角形の奇妙なチップが置かれ、その中央、透明な球状の核の中で透明な羽根を持った蝶によく似た精霊が無数の冷気をまといながらも優雅に舞っていた。

 

「まさか、こいつを使う日が来るとは思ってなかったぜ」

「そうね、私達には忘れたくても忘れられない物だから…………」

 

 ドレッドヘアにカラーゴーグルをかけた男、元スプーキーズメンバー・ランチこと北川 潤之介のつぶやきに、ヒトミが応えつつシステムの中核を成す物、劣化キャリアを内封した新型スポアを使用したエレメント・クリプトチップを見る。

 

「あたし達には見えないけど、中がキラキラしててキレイね~」

「これがあのアルゴンスキャンダルを起こした元凶なんて、とても信じられないわ」

「だが、元となったチップはとてつもなく危険な代物だった。それの改良案を彼が言い出した時はさすがに驚いたがな」

「あいつらしいと言えばあいつらしいけどね。小さい時から転んでも絶対タダじゃ起きないタチだったから…………余計な物拾う方が多かったけど」

「ヤッホ~、みんな待った?」

「おせーぞユーイチ!」

「ユーイチ君お久しぶり、元気してた?」

 

 虎縞の角帽子がトレードマークの純真な少年のような性格をした元スプーキーズメンバー・ユーイチこと芳賀 佑一が能天気な挨拶をしながら室内へと入ってくる。

 

「いや~、バイト忙しくって。ボスがクールなんだけど人使い荒くってさ~」

「何言ってんのさ、職権乱用しまくってる癖に」

「ユミちゃん、それは言わない約束」

 

 ユーイチの後ろに続いて、少し派手目の格好をした強気そうな女性が入ってくる。

 

「ひょっとして、その人?前言ってた……」

「そ、ガールフレンドの白川 由美ちゃん。見た目は怖そうだけど、二人きりの時だと、ムグ………」

「はいそれ以上はストップ」

 

 ユミが強引にユーイチの口を強引に塞いで言葉を途切れさせる。

 

「ボスに言われて、ここで待機してるよう言われたんだけど」

「下は今相当危険な状態になっている。戦闘力を持たない君達は確かにここにいた方が安全だろう」

「Rot(ドイツ語で赤)機とGrün(ドイツ語で緑)機がヘリの中でブレークインの真っ最中だしね。終わるまでこっち手伝うよ」

「お前がオペレーターやってるっていう時点で先行き不安な組織だな」

「ひどいよランチ!これでも腕買われてスカウトされたんだから!」

「ボスのプライベートPCにハックしたのがスカウトの原因だろが。あんま気にしてなかったけど」

「それがさ、ほとんど経済学だの社会学の論文ばっかでさ~、見ててちっとも面白くなかった」

「それで特殊警備部の企画書見ちゃったんでしょうが。口封じされなかっただけマシだと思いなって」

「ん~、そかな?」

「相変わらず能天気だな。そういやシックスは来ないのか?」

「今スクランブルで向かってるとかって連絡あったよ。何かスンゴイの持ってくるとか」

 

 ユーイチが側のディスプレイを覗き込み、流れていくプログラムを見つめる。

 

「へ~、これ八雲が?」

「そうよ、益々腕上げてるわね」

「じゃ、こっちの調整やっとくよ。まだ時間かかりそうだし」

「すいません、皆さん………」

「いいのいいの、八雲には世話なってるしね」

「何、また何かトラブル八雲ちゃんに押し付けたの?」

「うむ、この業魔殿への格安ツアーの仲介を頼んだらしい。来た客はなぜか瞬きを滅多にしてなかったが」

「大成功だったよ、“ドキッ!生美少女メイドに会える旅!”ツアー」

「次そんなの企画したら縁切るよ」

「そんな!もう第二回の人員募集締め切っちゃったのに!」

「やるならもう少しマトモなサイドビジネスしなさいよ…………」

 

 皆が作業の手を止めずに話していた時、突然甲高い警報が船内に響き渡る。

 

「何だ!?」

「これは……召喚が最終段階に移行した事を知らせる合図だ」

「……召喚完了までの残る時間は?」

「ちょっと待て……」

 

 ヴィクトルが傍らのPCに数値を幾つか記入、程なくして演算結果がディスプレイに表示される。

 

「……30分!?」

「くそ、話が違うぜ!」

「マジヤバイ!急ごう!」

(……待っててください、今行きます!)

 

 皆がキーボードを叩く手を加速させる中、カチーヤは黙ってシステムの完成を待った。

 拳を強く握り締めながら……

 

 

 

「ちぃっ!」

 

 八雲の手の中で、布都御魂の直撃を食らったM16が一撃で両断される。

 

「安かねえんだぞ!」

 

 八雲は無造作にスクラップになったM16を投げ捨て、懐のホルスターからソーコムピストルを抜くとアマテラスの顔面へと向けて連射する。

 

「……その程度ですか?」

「ちっとは効いてくれると嬉しいんだが……」

 

 顔面に掌をかざし、弾丸をいともたやすく防いだアマテラスに、八雲の額から汗が一筋流れ落ちる。

 

「どけっ!八雲!」

 

 ただしが怒鳴りつつ、肩に担いだ筒状の物体、ドラゴンATM(対戦車用使い捨てミサイルランチャー)のトリガーを引いた。

 噴煙を上げて飛んだミサイルが、アマテラスに直撃して大爆発を起こす。

 

「こいつなら………」

「いや……」

 

 八雲の架けてるサングラスに、GUMPから送られてくるデータが投射される。

 そこには、今だ敵の存在を示すマークが表示されていた。

 

「今のは、少々効きました………」

「じゃあさっさとくたばってくれ。戦車装甲以上に厚い面の皮しやがって…………」

 

 爆風が晴れると、そこからあちこちが多少焦げた程度のアマテラスが現れる。

 

「それはそちらの事でしょう?そら来ますよ」

『凶つ嵐(まがつあらし)!』

 

 横手から飛んできた風雷が一体となった攻撃を、八雲とただしは慌てて避けるが、完全にかわしきれずに多少食らってしまう。

 

「何やってるんだ!こっちまでよこすな!」

「こっちだって手一杯だ!文句があるなら手伝ってくれ!」

「ンな暇あるか!こっちが手伝って欲しいくらいだ!」

「ふふ、仲間割れとは愚かよの………」

 

 克哉と八雲の口論を才季はほくそ笑みつつ、祭壇に目を向ける。

 祭壇に掲げられた草薙の剣が、微かに輝き鳴動を始めていた。

 

「参られるぞ、神の世の再来を告げる者が………」

「させないわ!」

 

 たまきが雷神剣を手に祭壇を破壊しようとするが、才季のペルソナ アラハバキの攻撃の前に近寄る事すら出来ずに吹き飛ばされる。

 

「まずい……もうそこまで来ている」

「Personaが怯えてますわ………」

「時間がもう無いわ」

「くそ、どうする………」

 

 皆が目配せして、現状を打破する手段を考察する。

 すでに月は天頂間近まで迫り、徐々に何かとてつもなく巨大な影が見え始めていた。

 

「時間が無い!こいつはオレが倒す!5分だけそっちを完全に防いでくれ!」

「……分かった!こっちはなんとかする!」

「舐められた物ですね、その程度の時間で何をする気です?」

 

 八雲の宣言を冷ややかな目で見つつ、アマテラスが布都御魂をかざす。

 

「メアリ!アリサ!ジャンヌ!ケルベロス!カーリー!アイツを1分だけ固定しろ!」

 

 八雲が叫びながら機銃の大口径弾の薬莢によく似たクラッキングモード用バーストユニットを懐から取り出してストームブリンガーにセット、それと同時にストームブリンガーのサイドからバーストレバーが飛び出し、ストームブリンガーは一種のパイルバンカー(杭打ち機)へと変貌する。

 

「きっついのをかましてやるぜ!」

 

 不敵な笑みを浮かべながら、ユニットに設けられた2列に並ぶ、計10個のスリットにメモリースティックを次々と差し込んでいき、ストームブリンガーのトリガーを引く。

 するとストームブリンガー本体から、低い作動音が響き始める。

 

「了解しました、八雲様」

「分かったお兄ちゃん!」

「心得ました!」

「ガアアアァァ!」

「やってやろうかい!」

 

 その脇で八雲への返答と同時に、仲魔達が一斉にアマテラスへと襲い掛かる。

 

『岩戸開き!』

「きゃあっ!」

「ぐっ!」

「ゴルル………」

 

 アマテラスの放った熱衝撃波が、襲いかかろうとした者達を逆に吹き飛ばす。

 

「無駄です。おとなしく絶望の時を待ちなさい………」

「その意見は却下致します」

 

 傷つきながらも、メアリがデューク・サイズを手に立ち上がる。

 

「八雲様は私達に“心”を与えてくださったかけがえの無いお方です。その恩に報いるため、最大限の尽力を行う事に致します」

 

 デューク・サイズの柄尻をメアリは引くと、僅かに柄が伸びる。

 その伸びた柄をメアリは手の平で回転させ、その回転に応じて手にした得物がサイズからトマホーク、そしてサイズへと目まぐるしく変わる。

 

「戦いの時には切り札となる絶対的な力を用意しておく物だそうです。故に、私はそれを今用いようと致します」

「姉さん!」

「作られし身ゆえに宿りし無垢なる混沌の力、解き放たせてもらいます。これが私の最大の力!」

 

 メアリが言い放つと同時に、その瞳に魔力の輝きが産まれ、それに呼応するようにサイズが漆黒の炎に包まれる。

 

『Die Frau、 die noch an der Dammerung steht(たそがれに在りし人形)!』

 

 メアリの手にしたサイズが大上段で振り下ろされる。

 アマテラスが手にした布都御魂でそれを受け止めるが、寸前にトマホークへと変じたそれは漆黒の炎を純白の光へと変化させ、更なる強力な一撃となって布都御魂を押す。

 瞬時に引かれたトマホークは再度、黒炎を纏ったサイズとなって横殴りの斬撃として襲い掛かり、次は白光を纏ったトマホークの切り上げとなって襲う。

 

「これは!?」

 

 無限に変化しつつ迫る凄まじいメアリの連撃に、アマテラスも徐々に押され、その身に傷を負っていく。

 

「おのれぇ!」

「トドメです」

 

 メアリの武器が大きく振り上げられると、今まで交互に発生していた黒炎と白光が二つの螺旋を描くようにその柄を覆い尽くし、先端の刃がサイズとトマホークの二つの形状が重なり合うように現れる。

 

「これが私の切り札です!」

 

 振り下ろされた刃がアマテラスの肩口へと突き刺さると同時に、その刃は半ばから砕け散り、それを追う様に、黒炎と白光がアマテラスへと伝っていき、その姿を包み込む。

 

「うおおお!」

 

 しかしアマテラスも、半ばしか残ってない鎌刃が肩口に刺さり動けなくなっているメアリに向かって、黒炎と白光の隙間から突き出された布都御魂がメアリの脇腹を切り裂く。

 

「姉さん!」

 

 メアリの傷口から吹いた血とマグネタイトの飛沫にアリサが絶叫する中、動いた影が有った。

 

「!?」

 

 メアリの背後から突き出された巨大な塊が、アマテラスの腹に押し当てられる。

 

「Huck you!」

 

 八雲が叫ぶと同時に、重低音を響かせ始めていたストームブリンガーのバーストレバーのスイッチを押す。

 アマテラスの腹に押し当てられたストームブリンガーの先端からダイレクトインポート(直接入力)用のハッキング・パイル(杭)が炸薬で射出、表面に魔法陣のような特殊なパターンが掘り込まれたパイルが、そのパターンに同時に5つの強制退去用プログラムを走らせ、アマテラスの防御マトリクスを崩壊させながら一気に突き刺さった。

 

「がふ………」

「Crack!」

 

 その一撃でユニットのスリットから一列分、5個のメモリスティックがイジェクトされ弾け飛ぶ。八雲はその破片を顔面に浴びながらも、笑みを浮かべる。

 

「これで終わりじゃないぜ!」

 バーストレバーのスイッチを再度押す。

 それに応じてストームブリンガー全体に激しいスパークを生じさせながら、起動されたプログラムがパイルを通じてアマテラスの体内に直接“入力”される。

 

「オ……A………」

「幾ら神格でも、この世界じゃ物理的に肉体を構成するマトリクスが必要になる。だけどこれでお前はアカバンだ」

「OノれEEE………」

「まだやるのか?」

 

 八雲はストームブリンガーを手放し前へと進む。

 体の各所が歪み、崩れつつあるアマテラスがそれでもなお布都御魂を振るおうとするが、八雲の手はアマテラスの肩口に突き刺さったままのデューク・サイズの柄を、それを握ったまま離そうとしないメアリの手ごと掴む。

 

「これで、デリートだ!」

「御引取り願います」

 

 八雲はメアリの力も込め、デューク・サイズを引きおろす。

 半ばまでして残っていなかった曲刃はアマテラスの肩から胴体を斜めに切り裂き、わずかに残して手前へと抜ける。

 

「ば、baカなああぁぁAAA…………」

 

 驚愕の表情を貼り付けたまま、アマテラスの体が斜めに崩れ、地面へと落ちる前に無数のチリとなって崩壊していく。

 最後に手にしていた布都御魂がチリの山の上に突き刺さり、あたかも墓標のようにその場に留まった。

 

「う………」

「メアリ!」

 

 強敵を倒せた事で気が抜けたのか、八雲の腕の中でメアリの体が力を失って崩れそうになる。

 

「姉さん!姉さん!」

「ジャンヌ!すぐに回復だ!アリサはメアリのそばを離れるな!」

 

 叫びながら近寄ってきたアリサにメアリを預けると、八雲は突き刺さっていた布都御魂を手に取った。

 

「よもや、アマテラスまでやられようとはな………」

「いちいちうるさいんだよ、時代錯誤の懐古主義者が!今は21世紀、ITの時代なんだよ!」

「そんな物は今に意味をなさなくなる。そら、もうそこまで来ているぞ」

『!!』

 

 死闘を繰り広げていた全員が、才季の見た方向を向いた。

 そして気づく。

 そこにとてつもない巨大な影がある事を………

 

 

 

「な、なんだよ…………アレ………」

「山が、二つある!?」

 

 山頂間近まで登っていたXX―1のレーダーが突如として最大級の警報を鳴らし始める。

 しかし、騎乗者達はそれよりも自分達の目の前に出現した巨大な影に視線を奪われていた。

 

「違う、山じゃない。あれは、敵だ!」

「冗談……だよな?アニキ」

「どこ見てんだよ、ようく見てみな」

 

 レイジが影の方を指差す。

 その影から、巨大な八つの鎌首が持ち上がろうとしていた………

 

 

 

「最終シーケンス終了したよ!」

「まじい、もうエネミーソナーは真っ赤だ!」

 

 業魔殿の気嚢上部にあるヘリポートから、一機の大型ヘリが飛び立とうとしている。

 コクピットに乗り込んだオペレーターの青年とパイロットの女性が大急ぎで出撃準備を進めていく。

 ヘリポートの側に立っていたカチーヤは手にした空碧双月を握り締め、口を一文字に結んでヘリの出撃準備を待ちながら、背後にいるスプーキーズの面々に向き直って深々と頭を下げた。

 

「ありがとうございました。なんとか間に合いました」

「いいのよ、私達に出来る事をやっただけなんだから」

「オレ達に出来るのはココまでだ。あとはあんたの頑張り次第だ」

「八雲ちゃんによろしくね、今度二人でお店にいらっしゃい。サービスするから」

「ヘマすんじゃないのよ、あの子が一緒ならそれはないでしょうけど」

 

 口々に声援を送る皆の後ろから、ヴィクトルが深刻な表情でその場に現れる。

 

「召喚が安定段階にまで移行し始めている。最悪、日本神話史上最強の怪物と戦う事になるだろう。覚悟は出来ているか?」

「……はい」

「準備出来たよ~、乗っちゃって~」

「今行きます!」

「あ、ちょっと待って」

 

 ヘリに乗り込もうとするカチーヤに、ヒトミはポケットから取り出した物をその手に渡す。

 

「これは………」

「お守りよ、彼女が使ってた物」

 

 手渡された物、黒のルージュを見たカチーヤがヒトミに一度頭を下げるとヘリへと向かう。

 

「それじゃ、行ってきます!」

「頑張ってね~!」

「死ぬなよ!」

 

 一度ホバリングしてから、下へと向かうヘリに向かって手を降っていた皆が、ヘリが小さくなっていくのを見て小さくため息をつく。

 

「さて、じゃあオレ達はオレ達の仕事を始めるか」

「え、何を?」

「これだけの事態よ、そろそろ隠蔽しきれなくなってきてるはずだから、情報を誤魔化さないと」

「警察は葛葉で何とかしてるはずだから、民間のサイトね、ダミーを幾つか用意しておかないと」

「オレはマスコミ関係を当たる。すでにネタは幾つか用意してあるしな」

「みんな準備いいのね、それじゃ私達は私達の戦場に向かいましょうか」

 

 船内へと向かう所で、ヒトミは足を止めて船通山の方を見る。

 何の力を持たない彼女にも、山頂付近から見える何かの影が見え始めていた。

 

「死ぬんじゃないわよ、八雲……………」

 

 

 

「ヒューペリオン!」『トリプルショット!』

「アラハバキ」『響祟り(ひびきたたり)!』

 

 ヒューペリオンの放った光の弾丸の三連射が、アラハバキが噴き出した黒い息に飲み込まれ、消滅する。

 

「このアナクロがっ!」

「ガアアアァァ!」

「発!」

 

 布都御魂を手にした八雲とケルベロスが突撃をかけるが、才季はそちらに手を伸ばして一言呪文を唱えると、そこから発した衝撃波が八雲とケルベロスを一撃で吹き飛ばす。

 

「がはっ!」

「八雲!」

「No、SummonとPersonaだけでなく、Magicまで!?」

「そんなのイカサマよ!」

「違うな、これが本当の魔術師と言われる者の力なのだ。お前達が使っている力なぞ、所詮細分化された劣悪な模倣に過ぎん」

「言ってろ、時代錯誤!技術は進化すんだよ!RUN!」

 

 八雲が手にしたストームブリンガーを才季に向け、トリガーを引く。

 放たれたプログラムは、才季の手前で不可視の衝撃に阻まれ、小さな光の煌きを伴って弾かれる。

 

「その程度か、たわいない」

「ちっ、属性無効か………」

「きゃあっ!」

 

 八雲に気を取られている隙を突いて祭壇の女性を救出しようとしたたまきが、祭壇を覆っている結界に阻まれ吹き飛ばされる。

 

「無駄だ、神はおのれの供物を奪われる事は好まない」

 

 祭壇の向こう、段々と輪郭が明確になっていく八つの巨大な鎌首が、八つの紅い双眸でこちらを見ている。

 そして、祭壇の上の草薙の剣はそれらを呼ぶかのように鳴動を始め、すでに召喚儀式の完成は目前まで迫っていた。

 

「無粋な者達だ。静かに神の顕現をなぜ待てない?」

「簡単な事だ」

「ああ、簡単だな」

 

 克哉と八雲が互いに静かな笑みを浮かべ、才季を見る。

 

「かつて神という存在は必要だったかもしれない」

「だけど、今は人間の時代なんだよ」

<big> <big>『神なんて邪魔だ!』</big></big>

 

 期せずして同じ言葉を叫びながら、克哉はヒューペリオンにありったけの力を注ぎ込み、八雲は布都御魂を振りかざして仲間達と一緒に駆け出す。

 

『Crime And Punishment!』

「フルアタック!」

『オオオォォォ!』

 

 ヒューペリオンの放つ無数の光の弾丸と共に、八雲が雄たけびを上げる仲魔達と総突撃を掛ける。

 

『果つる天運!』

 

 アラハバキの吐く吐息が、雷雨を伴った無数の小規模の嵐となって迎え撃つ。

 

「ぐっ!」

「ガフッ!」

「ううっ!」

「うぐ………」

 

 無数の雷と轟風の前に、光の弾丸は次々と叩き落され、カーリー、ケルベロス、ジャンヌ・ダルクは弾き飛ばされ、直撃を食らった八雲はその場に膝を付く。

 

「克目して見よ、神の再来を」

 

 攻撃した者達に目もくれず、才季は祭壇、そしてその向こうから迫ってくる紅い双眸へと迎え入れるが如く大きく両手を広げる。

 それに応じるがごとく、祭壇から生贄の女性と鳴動する草薙の剣がゆっくりと浮遊し、紅い双眸はその大きな口腔を開いていく。

 

「させるもんですか!」

「Me too!」

<big>『アイスブラスト!』</big>

「Tamakiガールズ!デストラクション!」

『おお!』

 

 今にも女性と草薙の剣を飲み込もうとする鎌首に向かって、舞耶とエリーの合体魔法による巨大な氷柱が突き進み、たまきがありったけの仲魔を召喚して突撃を試みる。

 しかし、影から突き出してきたもう二つの鎌首が氷柱を噛み砕き、仲魔達を弾き飛ばす。

 

「まだまだ!」

「こっちも忘れないでね♪『メギドラオン!』」

「その通り!」

 

 続けてただしが最後のドラゴンATMを発射し、ピクシーのメギドラオンとアリサのESガンから放たれた氷弾が口腔内へと炸裂する。

 

「……そんな物で神が傷つくと思っておるのか?」

 

 爆炎が晴れると、そこには口腔を閉じ、こちらを睨みつける紅い双眸が有った。

 

「ダメか!?」

「諦めるのは一番最後だ!」

 

 八雲がソーコムピストルを抜くとありったけの弾丸を双眸へと向けて叩き付ける。

 放たれた弾丸は、鎌首の表面であっさりと弾かれ、八雲の手の中には弾切れを起こしたソーコムピストルだけが残った。

 

「詰まらんな、葛葉もしょせんこの程度か………」

「そうだよな、こんな事しなくても、てめえを倒せば済む事だ!」

 

 八雲の目前に立ち、哀れみにも似た視線を向ける才季に向け、八雲は布都御魂を振り上げ、全力でそれを投じた。

 

「……フン」

 

 投じられた布都御魂が自分にかすりもしない軌道を描いているを見た才季が小さく鼻を鳴らす。

 だが、明後日の方向に飛んでいったはずの布都御魂は才季の背後で大きな金属音を奏でた。

 

「何だ!?」

「詰まらんな、てめえも所詮この程度だ」

 

 八雲が才季の口ぶりを真似てほくそ笑む。

 投じられた布都御魂は狙いどおり、飲み込まれようとしていた草薙の剣の腹に突き刺さり、それを真っ二つにへし折っていた。

 

「お、おおおおおおお!!」

「これでディレクトリ破損だ。召喚は失敗する」

 

 絶叫を上げる才季の前に、空間その物を引き裂くような絶叫を上げて八つ首の影が急速的に薄れていく。

 

「馬鹿な、そんな馬鹿な………」

「ここまでだ。殺人未遂罪で現行犯逮捕する!」

 

 懐から手錠を取り出した克哉が、両膝を付いて呆然とする才季へと歩み寄る。

 

「お、おお、ぉぉぉぉ………」

「キれたか?」

「多分ね、とっとと刑務所にでも送ったら?」

 

 眠ったままの生贄の女性を救い出したたまきが、一瞥もくれずに彼女の様態を確認する。

 

「さて、来てもらおうか」

「……させぬ、このまま無にはさせぬ!」

 

 手錠を掛けようとした克哉の手を振り解き、才季が祭壇へと向かって駆け出す。

 

「!?」

「八又ノ大蛇よ!今、剣と贄を捧げまする!」

「!止めろ!」

 

 八雲の制止も間に合わず、才季は二つに折れた草薙の剣を自らの体に突き立てる。

 

「自殺!?」

「No!彼は自分を依代にするつもりですわ!」

「間に合え!」

 

 八雲が素早くソーコムピストルのマガジンを変えると、傷口からおびただしい血を流しながら消えようとする影に向かって感涙している才季へと向けてトリガーを引いた。

 しかし、弾丸が当たる寸前、才季の体は巨大な口腔に一息に飲み込まれた。

 

「………しまった!」

「……来るわ!」

「Japan神話最強最大のMonster…………」

「こいつが………」

<big>『八又ノ大蛇!!』</big>

 



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PART9 PRESENTATION(後編)

 

 神話において、八つの山と八つの谷を跨いだとされる体が、実体化して大地を鳴動させる。

 ホオズキがごとくとも称される血走った紅い瞳が、山頂でこちらを呆然と見ている者達を捕らえた。

 人間どころか軽自動車でも一口で飲み込めそうな巨大な口からは、割れた細い舌が艶かしく蠢いている。

 

「お、大きい………」

「マジかよ…………」

「クソ、最後の最後でとんでもないイカサマかましやがって…………」

「どうする?」

「どうするもこうするも、考えられる最悪のパターンになっただけだ。やる事は変わらねえだろ」

「……そうだな」

 

 愕然とする皆を差し置いて、八雲が布都御魂を手に取り、克哉がチューインソウルをかみながらヒューペリオンを呼び出す。

 

「神を相手にするのは初めてじゃない」

「奇遇だな、オレもだ」

「じゃあ、やるか」

「ああ、相手が神だろうか大蛇だろうが…」

『倒すまでだ!』

 

 ヒューペリオンの放った光の弾丸が、大蛇の顔面の一つに炸裂する。

 

<big>「シュゴオオオオォォ!!」</big>

 

 鎌首の一つがたじろいた隙を突いて、八雲がその首の胴に布都御魂を叩きつけるように振り下ろす。

 噴き出した血飛沫が八雲を染め上げる中、大蛇は更なる絶叫を上げた。

 

「効いてる!」

「は、実体化した分、攻撃も当たるようになった訳だ!神話通り首一本ずつ…」

「お兄ちゃん!」

「八雲様!」

 

 続けて布都御魂を振り被った八雲の体が、横から迫ってきた別の鎌首に弾き飛ばされる。

 

「がはっ!」

「八雲!」

「この野郎!」

 

 ただしが残った僅かな攻撃アイテム全てを投げ付け、鎌首の一つにぶつけて爆発させるが、爆風の中から無傷の鱗が現れただけだった。

 

「うっ………」

「ただし、その人連れて逃げて!一般人のアンタじゃこいつの相手は無理よ!」

「で、でもたまき………」

「いいからとっとと行け!!」

「は、はいぃ!」

 

 未だ意識を失っている生贄の女性を背負い、ただしが猛烈な勢いで登山道を下っていく。

 それを横目で見ながら、たまきは雷神剣を構える。

 

「と言った物の、ちょっとキツイかも………」

「頑張って!みんなが今急いでこっちに来てる!」

「例え相手がどれだけ大きかろうと、これだけの精鋭が揃えば……」

 

 ヒューペリオンで絶え間なく攻撃を続ける克哉に向かって、鎌首の一つが大きく口を広げる。

 その咽喉の奥から、何か轟音のような物が響いてくる事に気付いた克哉が慌てて横へと飛ぶ。

 克哉の足先を、鎌首の一つが吐き出した膨大な量の土砂混じりの激流がかすめ、そのまま軌道上の木々を根こそぎ薙ぎ払い、山を穿ち、地形までをも変えていく。

 

「何だこれは!?」

「こいつ、土石流を吐いてくるのか!」

「No!あんな物食らったら一撃でDeadですわ!」

「!また来るよ!」

 

 他の鎌首からも轟音が響いてきているのを気付いたピクシーが叫ぶ。

 しかし、八つの鎌首全てがこちらを狙い、逃げ場は一切無い。

 

「くそっ!持ってくれ!」

 

 八雲がありったけの物反鏡と魔反鏡を向けようとした時、突然飛来した何かが鎌首に命中し、大爆発を起こす。

 

「砲撃!?」

「どこから!?」

「克哉さん!あれ!!」

 

 登山道から、大きな機動音と共に巨大な鉄の箱に手足を付けたような異形の二足歩行戦車、X―1が登ってくるのを見た克哉の目が驚愕で大きく見開かれる。

 

『待たせたな八雲!ご注文の品到着だぜ!』

「遅いぞシックス!」

『無理言うなよ、昨夜から店長と徹夜で無理やり起動状態まで持ってったんだぜ?レンタル料ボるからな!』

 

 X―1のスピーカーから搭乗しているシックスの声が響く。

 それから味方だと判断したペルソナ使い達がそちらに向けていた緊張を解いた。

 

「レンタル料は領収書付けてマダムに経費で請求してくれ!出前を早く!」

『それ!こいつだ!』

 

 X―1のハッチが開き、そこから長大な電磁レールバレルを持ったレールガンが投じられる。

 

『ビデオ・マッスル2の待望の最新作だぜぇ!大事に使えよ!』

「言ってる場合か!来るぞ!」

 

 再度土石流を吐こうとする鎌首の群れに、シックスは手早く火器管制を制御して狙いを付ける。

 

『このX―1C(カスタム)をなめるなよ!FIRE!』

 

 X―1Cの両腕のM249MINIMI機関銃が、背中の81mm迫撃砲L16が、両脇の増加ウエポンパックの対戦車用TOWミサイルが一斉に放たれる。

 壮絶な轟音とも取れる無数の銃声と砲声、爆音を響かせ、放たれた火器が次々と八又ノ大蛇に炸裂する。

 

『おっと、やり過ぎちまったかな?』

「いいえ」

「全くそんな事はないな…………」

 

 ペルソナの反応が全く衰えていないのに気付いているペルソナ使い達が、信じられない物を見る目で大蛇を見る。

 壮絶な爆発の中から、わずかに負傷した鎌首が憤怒の表情でX―1Cを狙って飛び出してきた。

 

『んげ!?』

「馬鹿避けろ!」

 

 とっさの回避行動が遅れたX―1Cが巨大な顎(あざと)に飲み込まれそうになった瞬間、横合いから飛び出したたまきの雷神剣とエリーのレイピアが大蛇の目を貫く。

 

「うわっ……」

「No!」

 

 目を貫かれた大蛇が咆哮を上げつつ、二人をぶら下げたまま鎌首を振り回す。

 

「まずい!」

「反対側を狙うんだ!ヒューペリオン!」『ジャスティスショット!』

『メギドラオン!』

 

 レールガンから放たれた超高速弾と、光り輝く弾丸、魔法の光球が炸裂し、一時的に動きが止まった瞬間に二人は同時に剣を目から引き抜く。

 

「お願い!」

「心得ました!」

 

 落下する二人の体を、たまきの仲魔達が受け止める。

 

「他の連中が来るまで持ち堪えろ!八又も相手にしてられねえ!」

「じゃあ一本こっちで受け持つぜ」

「そうね」

<big>『Black Howl!』</big>

 

 疾風で加速された超高速の闇の弾丸が、鎌首の一つに炸裂する。

 

「パオフゥ!」

「うらら!」

「Yukino!Makiも!」

「間に合ったみてえだな………」

「それはどうかしら?改めて見るとスンゴイんだけど………」

「倒しちまえばおんなじさ、カーリー!」

「行くわよヴェルザンディ!」

<big>『始原の炎!』</big>

 

 駄目押しとばかりにあらゆる物を焼き尽くす極限の剛炎が鎌首に叩き付けられる。

 鱗と肉が焼ける異臭をあげながら鎌首が焼け焦げ、大きな咆哮を上げる。

 だが、別の二つの鎌首が即座にこちらを狙って迫る。

 

<big>『ウルトラハイパーグレードデリシャスワンダホーデラックスゴールデンラッシュ!』</big>

<big>『オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!』『無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無無駄無駄無駄!』</big>

「パスカル!」

「ゴガアアァァ!」

『マハ・サイオ!』

『ジオンガ!』

 

 鎌首の片方に魔法の紐が結びつき、そこにすさまじいまでのパンチとキックのラッシュが叩き込まれ、もう片方には魔獣の吐く業火と衝撃魔法、電撃魔法が炸裂する。

 

「間近で見ると随分とでけえな、オイ!」

「USAじゃこれくらいレギュラーサイズだったぜ!」

「小次郎君はサポート!咲ちゃんは負傷者の治療に当たって!八雲は査定覚悟しなさい!」

「了解!」

「分かりました!」

「なんでオレだけ!」

 

 八雲の意見を完全に無視しつつ、レイホウが眼前の“神”と相対する。

 

「正真正銘、上位神格の完全召喚………最悪のパターンね」

「葛葉にこのような場合の対処法は?」

「巨神相手にマトモに闘う馬鹿はいないわ、普通はね」

「いるぜ、ここにいっぱいな」

「確かに」

 

 レイホウの言葉を裏切るがごとく、レイジと南条が自らのペルソナを呼び出す。

 

「これが本当に神話通りの存在なら、それになぞらえて倒すのみ!撃て!」

『了解!』

 

 上空を飛来した大型ヘリが、偽装されたミサイルポッドから大型ミサイルを連続して発射する。

 目標寸前で近接信管が発動して爆発したミサイルから、無数の飛沫が八又ノ大蛇へと降りかかる。

 

「これは!?」

「酒か!」

 

 辺り一帯に満ちていくアルコール臭に、何人かが慌てて口と鼻を塞ぐ。

 

「さて、こいつで効いてくれれば………」

 

 八雲の呟きを否定するように、三つのCOMPから同時に警告音が鳴り響く。

 

「!逃げて!」

「回避だ!」

「えっ……!」

 

 たまきの絶叫と、南条の指示でヘリの操縦桿を握っていたユミは慌てて機体を逸らす。

 大蛇の口全てから一斉に激流が放たれ、大気中の酒を洗い流しつつ、圧倒的な質量をもった水が全員に襲い掛かってくる。

 

『!!』

「守れラーマ!」

『大地の壁!』

 

 膨大な水が皆を押し潰す寸前、突如として周辺の地面が盛り上がり、巨大な壁となって水を押し返す。

 

「これは………」

「何やってやがるんだ、雁首そろえててこずりやがって」

「キョウジ!」

「キョウジさん!」

「あの人まで来てたのか………」

 

 皆の背後、白のスラックススーツの男―葛葉筆頭の最強サマナー、葛葉キョウジが呆れ顔で苦戦している後輩達を見た。

 

「馬鹿丁寧に神話になぞらえる必要は無え、ようは倒せばいいんだよ」

「そう言っても、オレ達の仲魔はあんた程強くないんだが………」

 

 キョウジに付き従う仲魔、破壊神 シヴァ、インド叙事詩ラーマヤーナの主人公で半神とされるヴィシュヌの化身・英雄 ラーマ、その目が昼夜を司るとされる中国神話の龍神 ショクイン、エジプト神話の大気の神とされる魔王 シュウ、どれもが八雲やたまきの仲魔とは比べ物にならない程ハイレベルの悪魔達だった。

 

「仲魔の強さだけが戦いを決める訳じゃねえ、押して駄目なら引いてみろ」

「そういう手もありでしょうね、アメン・ラー!」『集雷撃!』

 

 大蛇の右端の鎌首に、横から強力な雷撃が炸裂する。

 雷撃を放った人物へと視線を向けたエミルンOBペルソナ使い達が破願する。

 

「藤堂!」

「Nao!」

「藤堂君!」

「お久しぶり、話はあとで」

 

 微笑を浮かべながらエミルンペルソナ使いの元リーダー、藤堂 尚也はペルソナの攻撃の手を休めようとしない。

 

「何人かでチームになって、首を一本ずつ相手するんだ。そうすればこいつの攻撃力は八分の一で戦える」

「その通りだ、やっちまえ!」

『オオ!』

 

 キョウジの号令と共に、彼の仲魔達が左端の鎌首へと一斉に攻撃魔法を解き放つ。

 壮絶な雷撃や衝撃、魔力などがまとめて吹き荒れ、鎌首が大きく揺れる。

 しかし、そこで隣の鎌首がキョウジへと向かってきた。

 

「レイ!頼むぞ!」

「任せて!行くわよ小次郎君!咲ちゃん!」

「は、はい!」

「行きます!」

「お手伝いしますわ、ガブリエル!」

「行きな!カーリー!」

<big>『Saint’s mother audience(聖母拝謁)!』</big>

 

 三節棍を構えるレイホウの両脇で、サマナーの少年と術者の少女がベレッタM92とMP5マシンガンを襲ってくる鎌首へと向けて乱射する。

 それを弾きつつ迫る鎌首を、2つのペルソナの前に生まれた光の十字架を中心とした慈愛の光で形勢された壁が阻んで拮抗する。

 

「じゃあこっちはオレ達で!ビシャモンテン!」

「アレやるぜナオ!ティール!」

「ああ!味あわせてやろう、ペルソナの恐ろしさを!」

 

 アメン・ラーの生み出した純白の光に、ビシャモンテンの雷撃とティールの衝撃波が融合され、太陽を思わせん限りの閃光の塊へと変じていく。

<big> 『煌陽投射(おうようとうしゃ)!』</big>

 

 光り輝く巨大な光球が、大気までをも燃やしつつうねりくねって鎌首へと迫る。

 絶叫すらもかき消され、すさまじいエネルギーの奔流が鎌首の一つを焼いていく。

 

「行けえぇ!」

「いや!」

 

 決まるかと思った瞬間、隣の鎌首が自らを焼きながらも、光球を横から弾き飛ばす。

 上半分を焼き、片目を焼け爛れさせながらも、紅い瞳がこちらを見る。

 

「個別の攻撃ではダメだ。防がれるか、弾かれてしまう!」

「八本全部を相手にしろってか………モト!」『ウルバーン!』

 

 ペルソナの力で人狼と化したレイジが、鎌首の一つに突撃をかける。

 

「総員、出撃体勢は!?」

『完了しました!』

『いつでも行けるぜアニキ!』

「全機出撃!目標、八又ノ大蛇!」

『了解!!』

 

 南条の命令の元、六機のXX―1が次々とヘリから射出される。

 

「助太刀致します!」

「くたばりやがれ!」

 

 純白の《weis》機と漆黒の《schwarz》機がレイジの援護について鎌首への攻撃を始める。

 人狼の爪が鎌首の鱗を抉り、大型ライフル弾が穿ち、槍がその身を貫くが、巨大な鎌首には大したダメージにもならない。

 

「効かぬか、ならば行くぞヤマオカ!」『ガーディアンハンマー!』

 

 南条が大上段から振り下ろした刀に、ヤマオカの雷撃が直撃し、雷気を伴った大斬撃が鎌首を大きく斬り裂く。

 

「これぞ南条一刀流最終奥義、紫電一文字斬り!」

「さすがアニキ!」

「何してんの、こっちも来るわよ!」

 

《blau》機に怒鳴りつけながら、《rosa》機が迫り来る別の巨大な口腔へと向かって構える。

 

「激氣(ケッヘイ)!来なさい!」

「ホオォォウッ!」

 

 こちらを飲み込まんとする口腔内へと向けてM134ガトリングが乱射されるが、勢いは一切衰えない。

 

「くっ………」

「アルテミス!」『クレセントミラー!』

「!ハイッ!」

 

 上空から飛来した月光が、鎌首を打ち据えた隙を狙って、《rosa》機の蹴りが突き上げられ、開いていた口が強引に閉じられ、そのまま打ち上げられる。

 

「真正面からは無理よ、ちょっとずらしてやるのがコツね」

「あ、ありがとう…………」

「フッ………!」

 

 舞耶と《rosa》機の攻撃で崩れた体勢を立て直そうとした鎌首に、突然無数のニードルが突き刺さり、その針がバラのようなスパークを散らした瞬間、爆発する。

 

「何あれ?」

「“ローズ・トゥーン”って言うニードルガンだそうです。内部に封入してあるエネルギーが着弾と同時に放出、爆発するとかどうとか…………」

 

 舞耶の背後に降り立ったエメラルドグリーンの《Grün》機から響いた少し気弱そうな声が機体の両手にセットされたニードルガンを構えながら説明する。

 

「あ、僕は橿原 淳って言います。よろしく」

「ええ!?ひょっとして橿原先輩!?」

「?ひょっとして三科君?番長やってた………」

「自己紹介はあと!チョメチョメタイムの最中よ!」

 

 舞耶の指摘と同時に、三機は同時に構える。

 

「奇遇っすね。先輩もこれに選ばれるなんて………」

「そうかな?何か前にもどこかで………」

「ホオォー!」

 

 言葉の途中で、リサの声に我に返った二機は同時に攻撃を開始した。

 

 

「ミギャァッ!」

「ガフッ…………」

「ネコマタ!ニュクス!」

 

 攻撃を仕掛けた仲魔が相手のあまりの巨大さになす術もなく弾き飛ばされ、たまきは思わず声を上げる。

 

「パールヴァディ、回復に回って!ダーキニーも一度下がって…」

 

 指示を出している途中で、仲魔達を弾き飛ばした鎌首がこちらに向かってくるのに気付いたたまきは、半ば弾き飛ばされながらもなんとか雷神剣でそれを受け流しつつ、横に転がって直撃を避ける。

 

「う、痛………」

「こっちへ!」

 

 ダーキニーに手を引かれて再度の攻撃から逃れたたまきが立ち上がって雷神剣を構えようとする。

 しかし、これまでの戦闘で数度の直撃を食らった刀身は、先程の攻撃で限界に達していたのか半ばから折れて地面へと落ちた。

 

「……予備の剣用意しとくんだった」

「有るぜこっちに!」

 

 八雲の声と同時に、長大な布都御魂が彼女の元に飛んでくる。

 

「借りるわよ!」

「お構いなく!」

 

 レールガンを連射している八雲に礼を述べつつ、たまきが布都御魂を構える。

 再度たまきに狙いを定めた鎌首に、上空を飛来するヘリが銃撃を加えて牽制をかける。

 

『援護するぜ、たまき!』

「ユミ!?あんた何で……」

 

 ヘリの外部用スピーカーから聞こえてきたかつてのパートナーの声にたまきが驚くが、銃撃にもだえながら鎌首がヘリへと襲い掛かろうとしているの見ると同時に驚愕を瞬時に思考の隅に退けて布都御魂を振り下ろす。

 

<big>「シュゴオォォ!」</big>

「うるさい!黙って倒されなさい!」

 

 その身を大きく斬り裂かれた鎌首が絶叫を上げるのも構わず、たまきは振り下げた布都御魂を構え直し、野球のバッターのような構えから思いっきり横薙ぎにスイングする。

 

「行けぇ!」

 

 しかし渾身の力を込めて振り被られた布都御魂の刃は、刀身が多少埋没した所で屈強な筋肉で阻まれる。

 

「うっ!?」

「危ない!アステリア!」『ツィンクルネビュラ!』

 

 真上からたまきを飲み込もうとしてた鎌首を、旋風が弾き飛ばす。

 

「あれで致命傷になってない!?」

「つくづく頑丈な蛇だぜ、手っ取り早く行くぜ!」

<big>『Black Howl』</big>

「こっちも行くよ!」

「OKユミちゃん!」

 

 旋風で超加速された漆黒の弾丸と、ヘリから発射された対戦車ミサイルが同時に鎌首へと炸裂した。

 

 

「八雲さん!」

「……来ちまったか」

 

 パラシュートでヘリから降りてきたカチーヤの姿を認めた八雲が、苦い顔で彼女を見る。

 

「すいません、遅れました!」

「約束してた覚えはないぞ……」

「八雲さんがあんな事するからです!」

「後だ!システムは完成してるのか?」

「はい!あとは起動コマンドを八雲さんに入力してもらえって………」

「そうか……」

 

 肩越しに構えたレールガンを的確に連射しつつ、八雲は複雑な顔でカチーヤの体に取り付けられた二つのエレメント・クリプトチップが内蔵されたデバイスを見る。

 

「今ならやめられるぞ」

「やります!」

 

 空碧双月を手に、カチーヤが戦闘態勢を取るのを見た八雲は数瞬迷ったが、やがて決意する。

 

「起動コマンド《Wake up,a Black Witch》、デバイスコネクト、セットアップ。《NEMISSA》システム、起動!」

 

 八雲のボイスコマンドが入力されると、カチーヤが身に付けた《NEMISSA》システムが起動、カチーヤの魔力を取り込んでそれを外部防護フィールドへと一部変換して常時消費状態を確保しつつ、両手に嵌められたエクスポート・グローブのエミッション・オーブへと伝達されていく。

 

「それは?」

「オレが設計したソウル磨耗防護用の常時魔力放出システムだ!シュミレーションが正しければ、これを使ってる限り力の暴走は起こらない!」

「来ます!」

 

 メアリの一言で、克哉と八雲は正面へと向き直る。

 どうやっても分散不可能な中央の鎌首二本が、同時に襲い掛かってくるのをそれぞれ左右へと飛んで避ける。

 

『ブフーラ!』

 

 避けながらもカチーヤが氷結魔法を放つ。それと同時にエミッション・オーブが白く輝き、周辺の大気を氷結させながら進む強力な氷結魔法が鎌首へと炸裂する。

 

「す、すごい………」

「それが《NEMISSA》システムの効果だ。ソウルを磨耗させる程の大技が出せないよう、常時魔力を吸収してチャージさせる。効きすぎる事も有り得るから注意しろ」

「はい!」

 

 強く返答しながら、カチーヤが再度氷結魔法を放とうとするが、回り込んできたもう一つの鎌首が背後からカチーヤを狙う。

 

「ヒューペリオン!」『ジャスティスショット!』

『食らいやがれ!』

 

 光り輝く弾丸とX―1Cの銃撃が鎌首の眉間に突き刺さり、絶叫を上げて鎌首は怯む。

 

『冗~談、鉄鋼炸裂弾だぜ?なんで死なねえんだ?』

「常識で闘える相手だったら苦労しねえよ、カーリーとオベロンはそっちの相手を!ケルベロスはこっち、ジャンヌはサポートに徹しろ!」

「分かったよ!」

「分かり申した」

「ガルルル!」

「心得ました!」

 

 仲魔達に指示を与えつつ、八雲はレールガンを再度構える。

 

「くそ、効いてやがるのか?」

「少しは効いておるようです」

「こっちはダメみたい………」

 

 刃が半分しか残ってないデューク・サイズを構えるメアリと、ESガンを連射しつつもそれがほとんど効いてないのに気付いているアリサが八雲の左右に立つ。

 

「ESガンの精霊弾程度じゃ神格相手は無理か………メアリ、アリサ、戦闘不可能になったら迷わず退けよ」

「退ける状況ではないと思いますが」

「退かない!」

 

 傷は回復させたが足元がふらついているメアリと、生まれて初めて出会う強敵の前に足がかすかに震えているアリサが、それでもなお闘おうと前へと進む。

 

「お前らに何かあったらオレがヴィクトルのおっさんに殺されそうなんでな。下がってサポートに当たってくれ」

「しかし……」

「でも!」

「オレを信じろ!勝機は必ず有るはずだ!お前達はそれを見つける手助けをしてくれればいい!」

「……分かりました、八雲様」

「了解、お兄ちゃん!」

「来ます!『マハ・ブフ!』」

「ヒューペリオン!」『ヒートカイザー!』

 

 左右から同時に襲ってくる鎌首に、周辺の大地までも凍らせる冷気と、超高温の熱波がそれらを迎え撃つ。

 

「くそ、かっこつけてる暇も無しか!」

「来たよ!」

 

 ピクシーの指摘通り、片方の鎌首は冷気でその動きを一時的に封じられたが、もう片方は熱波を突破してその巨大な口腔を開く。

 

「ヒュー…」

「セィッ!」

 

 ペルソナで更なる追撃を加えようとした克哉の前に、真紅のXX―1《Rot》機が進み出ると手にした大剣を振り下ろす。

 振り下ろされた大剣はその重量とXX―1のパワーと相まって、鎌首の目尻あたりを深く切り裂いた。

 

「シュウウゥゥ………」

「来い!」

 

 噴き出した血で片目を染める鎌首に、《Rot》機は大剣を構え直す。

 同時に、剣の表面に走る急性温度変換素子のラインにエネルギーが送り込まれ、超高温のヒートブレードと化した大剣の周囲が陽炎を上げ始めた。

 

「兄さんは、オレが守る!」

「!?達哉、達哉が乗っているのか!」

「知り合いか?」

「弟だ!だがなぜここに!」

「説明は後だ兄さん!」

 

 八雲と克哉の言葉もそこそこに、再度うねり来る鎌首に皆が左右へと散る。

 

「しぶとすぎるんだよ!」

 

 八雲が連射するレールガンの弾丸が、鎌首に突き刺さって弾痕を穿っていくが、相手との圧倒的な質量差がそれを致命傷へとは至らせない。

 

「燃えろ!」

「アアァァ!」

『トリプルダウン!』

 

《Rot》機のヒートブレードとカーリーの六刀が左右から鎌首の胴体を斬り裂き、そこに克哉がヒューペリオンの三連射を撃ち込む。

 

「行かせません!」

「あなたの相手は私達です」

「やらせないんだから!」

 

 カチーヤとメアリが注意を八雲から逸らさせるべく頭部へと向けて攻撃を繰り返し、アリサがESガンの唯一効くポイント、眼球を精霊弾で狙い撃つ。

 

<big>「シュゴオオォォ………」</big>

「何だ?」

 

 八雲達が相手した鎌首が突然上を向くと、高く鳴いた。

 すると、周辺の人、悪魔、植物や大地と言った辺りにある物すべてから光の粒子がこぼれ落ち始め、鎌首の口へと吸い込まれていく。

 

「攻撃か!?」

「違う!こいつ生体マグネタイトを直接吸い取ってやがる!!」

 

 GUMPから送られてくるデータから信じられない現実を見た八雲が叫ぶ中、全ての鎌首の傷が癒えていく。

 

「う………」

「姉さ……あ………」

「グルルル………」

「力が…………」

「これは………」

 

 メアリやアリサを始めとして、存在するためにマグネタイトが不可欠な仲魔達が次々と力を奪われ、ヒザをついていく。

 

「このままじゃまずいわよ!」

「皆であれを狙え!」

 

 事態に気付いたペルソナ使い達が中心となって、マグネタイトを吸い続ける鎌首に一斉に攻撃を集中させる。

 

「このゲテモノ食いが!」

「頭じゃない!首元を狙え!」

「了解!」

「そこね!」

 

 キョウジの指示で八雲がレールガンを首の根元に連射し、たまきがその弾痕目掛けて布都御魂を突き刺す。

 

「こちらも続け!」

「くたばりやがれ!」

「ハイッッ!」

 

 たまきに続いて《Rot》機のヒートブレードと《schwarz》機の槍、カチーヤの空碧双月が突き立てられ、傷口から膨大な血が吹き上げる。

 

「せぇの!!」

 

 たまきの号令と同時に、四つの刃が一斉に横へと引かれ、鎌首を半ばまで一気に切り裂かれる。

 

「レッツ・エブリバデ!」

「そこです!」

「ハァッ……!」

 

《blau》機、《weis》機、《Grün》機の銃撃が傷口を広げ、鎌首が絶叫と共に根元から大きく揺らぐ。

 

「ヤァアーッ!」

 

 トドメとばかりに《rosa》機の飛び蹴りが炸裂し、勢いで千切れる形となって首の一つが千切れ飛び、地響きを立てて地面へと落ちた。

 

「やった!」

「まだ7つも残ってやがるぞ、安心すんじゃねえ!」

 

 キョウジの激が示す通り、一本の鎌首への攻撃に気を取られていた者達に他の七本が一斉に反撃に移った。

 

「うわあっ!」

「キャアァ!」

「ぎゃふっ!」

「No!」

「くそったれ!」

 

 飲み込まれかかりそうになるのをからくも逃れた者達が、鎌首の胴体に弾き飛ばされ、負傷していく。

 

「なめるなよ!」

 

 端の一本の攻撃から逃れたキョウジが、その頭部へと飛び移ると手にした七枝刀を脳天へと突き刺す。

 

「キョウジ!」

「ち、おとなしくくたばれ!」

 

 キョウジを振り落とそうと暴れる鎌首に、キョウジは振り落とされまいと七枝刀の柄を強く握り締める。

 

「構うな、やれ!」

『オオオォォ!』

 

 キョウジの仲魔達が、一斉にキョウジを振り落とそうとする鎌首に攻撃を開始する。

 ラーマの曲刀が鎌首に突き刺さり、シュウの剣が霞みとなって斬り裂く。

 

『マハジオンガ!』

『ブレインバースト!』

 

 シヴァの雷撃が鎌首の胴体をくまなく走り、ショクインの無数の魔法弾が炸裂する。

 

「すごいな………」

「オレらなんかとは仲魔のレベルがまるで違うからな」

 

 圧倒的な強さを見せるキョウジとその仲魔の戦いに他の者達が一瞬我を忘れるが、響いてきた轟音に我に帰る。

 

「まずい、また吐いてくるぞ!」

「させるかぁ!」

 

 土石流を吐こうとしている鎌首の真下へと八雲は向かうと、背中から寝転びちょうど真上にある鎌首の下あごへと狙いを定める。

 

「てめえで飲み込みやがれ!」

 

 そのままの状態で八雲は立て続けにレールガンを連射、連続しての高速弾の連撃に、顎を突き上げられる形で強引に土石流の放射を中断させる。

 

「そのネタもらい!ティール!」『洩光倶梨伽羅蹴(えいこうくりからげり)!』

「スサノオ!」『神等去出八百万撃(からさでやおろずうち)!』

 

 ティールの蹴りとスサノオの鉄拳が開かれていた顎をかち上げ、吐きかけていた土石流を明後日の方へと逸らす。

 

「吐こうとした時の顎が弱点か!」

「狙えればの話だ!肉弾系のペルソナでもない限り無理だ!」

「だめ、来る……!」

 

 他のペルソナ使い達も同様の手段を用いようとするが、間に合わずに残った鎌首から土石流と水流が吐き出される。

 吐き出された土石流と水流はお互いが混ざり、山その物を覆うような“質量”となって迫ってくる。

 

「Yukino!」

「間に合え!」

<big>『Saint’s mother audience!』</big>

 

 慈愛の光の障壁が大型のバリアーとなって圧倒的な大質量を阻むが、誰の目から見てもそれほど持たないのは目に見えていた。

 

「く……」

「No………」

「黛、桐島、しばし持たせてくれ!」

「こうなったら吹き飛ばしてやる!」

「こっちもだ!」

「おうよ!」

<big>『煌陽投射!』</big>

<big>『トリニティー・ロンド!』 </big>

 

 うねりを上げて飛ぶ強大な光球と、光と闇の弾丸を伴った旋風が光の障壁を貫き、その向こうにあった質量を軒並み吹き飛ばす。

 だが、その向こうから都合六つの大顎が迫っていた。

 

「プラフ!?」

「逃げろ!」

「おわあぁ!」

「きゃぁ!」

「ちぃっ!」

 

 上空から“降ってくる”という表現が正しいような勢いで巨大な口腔が迫る。

 皆が慌てて回避するが、それはお構いなしに地面へと喰らい付いた。

 

「あ………」

「アリサ!」

 

 一瞬反応が遅れたアリサが飲み込まれそうになる寸前、八雲が彼女を突き飛ばす。

 

「お兄ちゃん!」

「八雲様!」

「八雲さん!」

「このっ………」

 

 巨大な顎に捕らえられた八雲がもがく中、彼の体を咥えた鎌首がそのまま上へと上がっていく。

 

「オイ!誰か食われてるぞ!」

「助けるんだ!」

「来るな!」

 

 助けを拒んだ八雲は、ジャケットの下に着込んでいた物に付いていたピンを掴むと、一気に安全帯を引き抜く。

 瞬間、彼を咥えていた顎が爆発を起こす。

 

「まさか、自爆!?」

「八雲さん!!!」

「がはっ!」

 

 爆発のショックで捕らえれていた顎から吹き飛んだ八雲が、受身も取れずに地面へと落ちる。

 

「へ、ざまあみやがれ…………」

「喋らないで下さい召喚士殿!」

「今回復させます!」

 

 ジャンヌ・ダルクとカチーヤが慌てて駆け寄り、八雲に回復魔法を掛ける。

 

「八雲!てめえアレを使いやがったのか!」

「おう、思ってたより威力弱かったな………不良品か?」

「生身でリアクティブ・アーマー使う馬鹿がいるか!指向性爆薬でもダメージはモロに食らうってオレ説明したよな!?」

「リアクティブ・アーマーだと?てめえ、正気か!」

 

“リアクティブ・アーマー”、本来は戦車等の装甲に用いられる爆薬装甲、攻撃が命中した瞬間に対爆発を起こす事によって攻撃を防ぐ代物を生身で使った事にシックスとパオフゥは絶句する。

 

「正気?そんな物持ってたら神と戦おうなんて思わないだろうな………」

 

 なんとか回復した体で八雲は立ち上がると、手早くGUMPとレールガン、背のストームブリンガーの状態をチェックする。

 

「よし、いけるな」

「無理です!その体じゃ………」

「人手が足りないんだ、動けりゃ猫の手よりはマシさ」

「………よくない」

 

 カチーヤの制止を振り切ってレールガンを構えようとする八雲の肩を、アリサが掴む。

 

「私が、あいつを倒す!!」

「無理言うな、お前のレベルじゃとても……」

「出来るもん!タイタニア・キャノン、発動承認!」

 

 アリサがエプロンの裏ポケットに入れておいた“葛葉目付け役承認”と刻まれた黄金のキーを取り出すと、それを腕のスロットに入れる。

 それと同時に上空の業魔殿へと発動承認シグナルが放たれ、それを受理した業魔殿から一つのコンテナが射出された。

 射出されたコンテナは程なくシグナルの発信点へと到着し、地面を削りながら着地する。

 

「何だぁ!?」

「こいつは………」

「キャノン・コネクト!」

 

 アリサのボイスコマンドに応じて、コンテナ外装の爆発ボルトが作動、外装をバージする。

 中から現れたのは巨大なユニット部を持つ割には小さな口径を持った“砲塔”だった。

 ユニット部には白、赤、青、茶の輝きを持つカートリッジが飛び出しており、その中には風、火、水、土の四種の精霊が無数に封じ込まれていた。

 

「イグニッション!」

 

 砲塔のユニット部に開いているデバイスポートにアリサが右腕を突っ込む。

 ポート内部で彼女の腕のスロット全てにコネクターが接続され、砲塔とアリサが一体化した。

 

「衝撃のシルフ・ブリッド!」

 

 白いカートリッジが接続され、風の精霊が無数に砲塔へとチャージされていく。

 

「灼熱のサラマンダー・ブリッド!」

 

 赤いカートリッジが接続され、火の精霊がチャージ、その力にアリサの意識が揺らいでいく。

 

「流転のウンディーネ・ブリッド!」

 

 青いカートリッジが接続、水の精霊がチャージされている途中でアリサの体が崩れそうになる。

 

「止めろアリサ!お前のソウルじゃそんな大量の精霊を御しきれない!」

「う、うUUU……」

 

 途切れがちになる意識の中、アリサはなんとか最後のカートリッジを接続させようとするが、意識と直結しているプログラムがなかなか起動させられない。

 

(私がyaらなきゃ………)

 

 大量の精霊の力を御するべくアリサが意識を集中させようとした時、誰かが彼女を抱き締めた。

 すると、ウソのように負担が減り、意識が明確になっていく。

 

「姉さん!?」

 

 アリサはメアリが自分の体を後ろから抱きしめいてるのに気付く。

 

「落ち着いてアリサ、あなたと私のソウルを共鳴させて負担を共有化させます。二人で八雲様の敵を倒しましょう」

「……うん!」

 

 自分の体を抱き締め、襲い来る負荷を自らにバイパスさせているメアリの姿を認めたアリサが、強く頷いて最後のカートリッジを接続させる。

 

「激震のノーム・ブリッド!」

 

 茶のカートリッジが接続され、砲塔内に四元の精霊の力が融合、増幅されていく。

 

「エレメントチャージャー、マックシング!メイドソウル・ダブルドライブ!」

 

 アリサの目にロジックの輝きが、メアリの目に魔力の輝きが生まれる。

 そして砲口が鎌首の一つに向けられる。

 

「ターゲット、インサイト!」

 

 アリサの目に砲塔の照準補正プログラムが

走り、表示されたサイトが異変を感じ取ってこちらに向かってくる鎌首の一つを完全に捕らえた。

 

「総員対閃光防御!」

「何それ?」

 

 八雲が叫びながら半分砕けているサングラスを下げて目をつぶる中、砲塔内から眩いばかりの閃光が漏れ始めていく。

 

「ちょ、ちょっと!?」

「オイ、マジか!?」

「皆ふせるんだ!」

 

 膨れ上がっていくエネルギーに危機感を覚えた全員が地面へと伏せる中、鎌首が砲塔ごと二人を飲み込もうと迫る。

 

「行くわよ姉さん!」

「いいですよアリサ!」

「タイタニア・キャノン、FIRE!!」

 

 目前まで迫った口腔の中に向かって、アリサが発射コマンドを叫ぶ。

 砲塔から、四元全ての属性を持った純粋なエネルギーの塊が烈光となって放出される。

 烈光は鎌首の中を突き進み、その軌道周辺にある物全てを対消滅させていく。

 押し寄せるエネルギーの本流に負け、鎌首の胴が膨らんだかと思うと各所から閃光が漏れ始める。

 次の瞬間には、鎌首は内部から爆発し、木っ端微塵になって吹き飛んだ。

 

「………マジ?」

「すごい………」

「波動砲?それともグラビティ・ブラスト!?」

「SF兵器と一緒にするな、四大元素の同時発射とは無茶な物作りやがって………」

 

 余力を完全に振り絞って倒れているメイド姉妹を介抱しながら、八雲は残った鎌首を見据える。

 

「これだけやってまだ六本残ってやがるし」

「いや、五本だぜ」

 

 巨大な咆哮と共に、大蛇の脳天に深々と突き刺した七枝刀をキョウジが一気に振り抜き、頭部の上半分を両断する。

 

「吹き飛ばせ!」

 

 首を伝って滑り落ちながらのキョウジの号令と共に、仲魔達の一斉攻撃が両断された頭部に集中し、二つに割れた頭部がそれぞれ左右へと飛んだ。

 顎だけになった鎌首はそれでもしばしの間暴れまくったが、やがて力尽きて地面へと倒れる。

 

「さすが!」

「出来ればその調子で他のも………」

「悪ぃ、無理だ」

 

 降りてきたキョウジがバツの悪い顔で頬を掻く。

 彼の懐でGUMPがビープ音を立て、同時に彼の仲魔達が霧散していく。

 

「……へ?」

「キョウジ!この大事な時にマグネタイト切れ!?」

「いや、こんな長期戦になるなんて思ってなくてだな………」

 

 仲魔を物質的に具現化させるのに必須となるマグネタイトが尽きた事に気付いたサマナー達がポカンとする中、レイホウがキョウジを怒鳴りつける。

 

「……あ!?」

「そういえば!」

「こっちも時間の問題か……」

 

 二人のやりとりを見ていたサマナー達が思い出したかのように自らのCOMPをチェックし、そのマグネタイト残量の少なさを確認して愕然とする。

 

「しまった、スペアも使い果たしてる!」

「こっちもです」

「さて、どうするべきかな……」

 

 八雲は冷静に今の状態を分析する。

 激戦が続くこの状態で仲魔の召喚を解除するのは自殺行為に等しい。

 

「残る五本だ!速効で決めてやる!」

「それしかないわね………」

「まだ五本……じゃ?」

「そう考えるのはルーキーの証拠だぜ」

「そういう事」

 

 立てた指を左右に振って小次郎の意見をあっさりと無視した八雲がレールガンを構え、八雲の意見を肯定しつつたまきは布都御魂を構える。

 

「覚えておけ、相手の頭が八本だろうが百本だろうが、一本でも潰せれば」

「他のも、倒せるのよ!行くわよ皆!」

<big><big>『オオゥ!』</big> </big>

 

 八雲とたまきの背後に集った彼らの仲魔達が、一斉に咆哮を上げる。

 

「負けたくないなら着いてこいルーキー!」

「モタモタしてると置いてくわよ!スタンビート!」

『オオオォォォ!!』

 

 号令と同時に、仲魔達が一斉に鎌首の一つに猛烈な突撃を開始する。

 

「ゴガアアァ!!」

「アアアアァ!」

 

 先陣を切ったケルベロスの業火とダーキニーの四刀が鎌首を焦がし、切り裂く。

 

『ブフダイン!』

『マハブフーラ!』

「アアァァ!」

 

 パールヴァディとニュクスの氷結魔法が凍らせた部位を、カーリーの六刀が肉ごとまとめて砕いていく。

 

『マハ・ラギオン』

「フウウゥ!」

「はあっ!」

 

 オベロンの火炎魔法が焼いた鱗を、ネコマタの爪とジャンヌ・ダルクの剣が穿つ。

 

『ブフーラ!』

『マハ・サイオ!』

『ジオンガ!』

「くたばれ!!」

「食らいなさい!」

「いけえ!」

 

 術者達の一斉攻撃魔法が炸裂する中、サマナー達が一斉に得物を振るう。

 

<big>「シャアアァァ!!」</big>

「ちっ、まだダメか!?」

『どきな!』

 

 傷つき、鮮血を垂れ流しながら悶える鎌首に、上空のヘリから駄目押しのミサイルが叩き込まれる。

 

「これでどうだい!?」

「まだ動いてるよユミちゃん!もうミサイル無いよ!」

「OK、充分よユミ!」

 

 一番傷が深い場所、ミサイルが叩き込まれた傷口に、たまきが横殴りに布都御魂を叩きつけるように薙ぐ。

 

「ボルテクス界帰りは伊達じゃないわよ!」

 

 刀身が半ばまでめり込んだ所で、今度はそれを引き抜きながら遠心力を付けて反対側へと叩きつける。

 神剣の刃が、鋼のような鱗を裂き、強靭な肉を斬る。

 

「あああぁぁっ!」

 

 全身に噴き出した返り血を浴びながらもたまきは気合と共に神剣を薙ぎ、骨を割り、そして反対側の傷へと貫いた。

 鈍い音と共に鎌首は傷口から斜めにずれ、地面へと落ちて暴れる。

 

「こいつで半分!」

 

 切り落とされた鎌首の脳天に超高速弾を打ち込んで完全に絶命させた八雲は、即座に次の目標を狙う。

 だがそこで八雲のGUMPがビープ音を立てた。

 

「ちっ………」

「あ!?」

 

 マグネタイトが切れた事に八雲が舌打ちしたのと同時に、八雲の仲魔達が霧散し、GUMPへと吸い込まれていく。

 

「大丈夫か?場合によっては撤退した方がいい」

「仲魔が使えないサマナーは役立たずとでも思ってるのか?」

 

 克哉の忠告をアッサリと無視して八雲は手早くGUMPを操作して召喚プログラムを閉じる。

 

「手が足りなくなってるのは向こうも同じだ、なんとかなるだろ」

「そうとも言い切れないぞ」

「ちっ!」

「パオ!」

「ヴェルザンディ!」『ディアラマ!』

「園村、こちらも頼む!」

「まずい、ジェネレーターをやられた!」

「こっちは脚部が損傷しました!」

 

 半分になったにも関わらず、むしろ攻撃が苛烈となっていく八又ノ大蛇に対し、こちら側は負傷者が出始めていた。

 

「ちっ、二段変身しなけりゃ問題ねえ」

「そういう場合じゃないでしょ!」

 

 負傷した者達の前にキョウジとレイホウが立って七枝刀と三節棍を振るってなんとか攻撃を逸らしていく。

 

「戦闘不能になった機体は後退しろ!」

「おおおおぉぉ!」

「無理するな達哉!」

「どけその赤いの!巻き込まれっぞ!」

「もう一発行く…ちっ!」

 

 交互に吐き出される水流や土石流が、合体魔法に入ろうとするペルソナ使い達を的確に狙い、散会させてペルソナの同調を防ぐ。

 

「さっきから戦い方が変わってきている。こちらの手を確実に読んできているな………」

「蛇風情が高度な真似しやがって………」

「攻撃魔法も根元なんかには当たらないように動くようになってきました。これじゃとても致命傷には…………」

「くそ、首根っこひっ捕まえて引き抜くか?」

「出来ればな!」

 

 こちらに向かってきた鎌首を左右へと飛んで避けつつ、八雲と克哉はすかさず弾丸を叩き込んでいく。

 至近距離から撃ち込まれたにも関わらず、克哉の銃弾は頑強な鱗に阻まれ、八雲の超高速弾は弾痕を刻む事には成功したが、その巨体からしてみれば微々たる物だった。

 

「くそっ、劣化ウラン弾でも用意しとくべきだったか…………」

『後で問題になるからいらねえって言ったのはてめえだろうが!』

「一発で仕事料吹っ飛ぶような代物使えるか!」

「……非核三原則という物を知っているか?」

 

 片腕がもげたX―1Cを駆るシックスと八雲の会話に確実な疑念を抱きつつ、克哉が再度攻撃に移ろうとした時、単機で突撃を架ける《Rot》機が視界に飛び込んできた。

 

「オオオォォ!」

「無理だ達哉!」

 

 ヒートブレードを大上段に構えて正面の鎌首へと向けて突撃する弟を制止しようと克哉が叫んだ時、突如として横から突撃してきた鎌首が《Rot》機を跳ね飛ばす。

 

「グゥッ………」

「達哉ぁ!」

 

 跳ね飛ばされた《Rot》機が体勢を立て直そうとするが、それより早く跳ね飛ばした鎌首がその巨大な口腔を開き、一瞬にして《Rot》機を丸呑みにする。

 

「た、達哉ぁぁぁぁ!!」

「達哉君!?」

「まだだ!まだ完全に飲み込まれいちゃいねえ!」

「くそっ!飲み込まれる前に吐き出させるんだ!」

「全機、《Rot》機を救出!」

 

 全員が《Rot》機を完全に飲み込もうとする鎌首に攻撃を開始するが、他三つの鎌首が攻撃を阻み、その間に鎌首の喉のふくらみがゆっくりと下へと向かっていく。

 

「達哉!達哉!」

「落ち着け!あいつはあのパワードスーツの中だ!胃袋に到着するまでは死にはしない!」

『そうでもないよ!《Rot》機のダメージがひどくなっていく!中で締め上げられてるんだ!このままじゃ胃まで持ちそうにないよ!』

「最悪の事をあっさりと言うな!」

 

 ダメージモニターの情報を包み隠さず報告するユーイチに怒鳴りつけつつ、八雲も必死になってレールガンを連射する。

 

「達哉ぁ!!」

 

 弟の名を叫びながら、克哉はヒューペリオンにありったけの力を注ぎ込もうとしていた……

 

 

 

「くっ、動け………」

 

 自分の今の状況を理解しながら、達哉は必死になって機体を動かそうとしていた。

 

「もう、兄さんの足手まといにはならない!なりたくない!」

 

“兄を助けたくないか?”、そう言った男の言葉に従ってここに来たはずの自分が、今兄の足かせになろうとしている。

 機体内全てのモニターにWARNINGの表示で埋め尽くされる中、達哉は脱出すようともがく。

 しかし、機体は締め付けてくる食道の圧力で圧壊を始め、最早持ちそうになかった。

 

「まだだ………まだ燃え尽きちゃいないッ!」

 

 最後の抵抗をしようとした時、突然正面のモニターに一つのウインドウが表示された。

 

「何だ!?」

『FInal Battle system,Seal release.

start?Y/N』

「YES!」

 

 それが何かを考えず、達哉は叫ぶ。

 同時に、彼の機体にだけセットされていたシステムが起動した。

 

『DEVA SYSYTEM・2nd Ver START』

 

 

 

 突然、《Rot》機を飲み込んだはずの鎌首の口から業火が吹き出す。

 

「火も吐きやがんのか!?」

「No、何か変ですわ………」

 

 新たな攻撃を警戒した者達が、ふと火を吐いた鎌首がもだえて苦しんでいるのに気付く。

 

「……燃やされてる?中から?」

「誰が?XX―1にはそんな武装は………」

『ノヴァサイザー!』

 

 超新星のプロミネンスに匹敵する超高温の熱波が、鎌首の中から食道を通って口から外へと噴出する。

 同時に、全てのペルソナが鳴動した。

 

「な!?」

「ペルソナ!?」

「馬鹿な、あいつはもう使えないはず……」

「違うわ!これは、これは!!」

 

 内側から焼かれていく苦痛に激しく悶えながら業火を吐き出し続ける鎌首の口から、何かが飛び出す。

 それは、全身に炎を纏いながら地面へと降り立つ。

 

「馬鹿な、あれは!」

「アポロ!?」

 

 その降り立った者、かつての珠閒瑠スキャンダルで“向こう側”の世界の達哉が使っていたペルソナ、ギリシャ神話の最高神ゼウスの息子たる太陽神・アポロの姿にそれを知る者達が驚愕する。

 

『ゴメン兄さん、心配かけた………』

「た、達哉……なのか?」

 

 アポロの口から発せられた弟の声に、克哉が呆然とする。

 

「ペルソナじゃない、実体?」

「そんな馬鹿な、ペルソナに変身するなんて聞いた事も……」

「出来るわ、“ある物”を使えば」

 

 マキの言葉に、エミルンペルソナ使い達が一斉に顔を見合わせる。

 

「南条!てめえアレをあのスーツに組み込みやがったのか!!」

「落ち着け城戸!」

 

 激昂して南条の襟首を掴み上げるレイジを尚也が止める。

 

「ああ、開発データが入手出来たのでな。改良を加えた物を《Rot》機にだけ組み込んでおいた」

「何故だ!アレが、DEVAシステムがどんなに危険な代物かお前が分からない訳ないはずだ!」

「無論、心得ている。だからこそ、特異点であった彼なら扱えると思った」

「もし、彼が私みたいにシステムに飲み込まれたら、どうするつもりだったの?」

「それは在りえない。彼は、自分のために戦っているのではないからな」

『ギガンフィスト!』

 

 アポロと化した達哉の拳が、克哉に襲い掛かろうとしていた鎌首を弾き飛ばす。

 

「達哉………」

『体が、熱い……力が、溢れ出してくる………これなら、兄さんと戦える!』

「ああ………そうだな!戦おう、一緒に!」

『うん!』

 

 漆黒の古代神と、深紅の太陽神がその手を重ねるように突き出す。

 

「会わせろ、達哉!」

『分かった、兄さん!』

<big>『ヒートブラスト!』</big>

 

 高温の熱波が、衝撃となって焼かれていた鎌首に突き刺さり、完全に炭化させながらそれを引き千切る。

 

「これで、あと三つ!」

「手っ取り早く行くぜ、うらら、天野、周防!」

「よっしゃ! 行ったれ~!」

「レッツらゴ~!」

「達哉、力を最大まで上げて同調させるんだ!」

『ああ、分かった!』

「行くぞ!」

<big>『ドラゴンクロス!!』</big>

 

 プロメテウス、アステリア、アルテミス、ヒューペリオン、アポロの最大限の力が同調し、混ざり合った力は七色の龍となって駆け巡る。

 七色の龍は天空を駆け、残る三本となった鎌首へと襲い掛かる。

 

<big>「フゥオオオオ!」</big>

<big>「ゴガアアアァァ!」</big>

 

 龍と大蛇が真っ向からぶつかり合い、辺り一帯に響き渡る咆哮を轟かせあう。

 

「ちぃっ………」

「しぶとい……」

「うう……」

「くうう……」

『うう、おおおぉぉ!!』

 

 五人は更に力を高め、徐々に龍が大蛇を押していく。

 

『行ッけえぇぇ!!』

 

 達哉の叫びに呼応するように、龍は大きく鳴くと大蛇を一気に貫く。

 

「そこぉっ!」

 

 龍は身を翻し、先程の軌道と十字を描くように再度大蛇を貫く。

 

「こちらも行くぞ!」

「ホォォォウ!」

「夜・露・死・苦っ!」

「ゆけ……!」

「ッ消えな…!」

<big>「スター・コンダクト!」</big>

 

 アメン・ラー、スサノオ、ティール、ヤマオカ、モトが頂点となって五芒星を描き、、その五芒星が光となって天空へと吸い込まれ、天空の無数の星々を露わにする。

 姿を表した無数の星々が煌き、自らの力をその煌きに込めて次々と解き放つ。

 無限にも見える星々の煌きが、八又ノ大蛇の首にあきたらず、全身を射抜いていく。

 残っている三つの口全てから壮絶な咆哮を上げながら、八又ノ大蛇の全身が朱に塗れ、その身を大きく揺るがす。

 

「とっとと、くたばれってんだ!」

 

 八雲のレールガンを筆頭に、無数の銃口が一斉に銃火を吐き出し、のたうち回る鎌首の鱗を穿っていく。

 

『ジオンガ!』

「ヴェルザンディ!」『終焉の蒼!』

『マハ・サイオ!』

「カーリー!」『ニュークリアミサイル!』

『ブフーラ!』

『メギドラオン!』

「ガブリエル!」『リリーズジェイル!』

 

 雷撃、火炎、衝撃波、核熱、氷結、魔力球、ありったけの攻撃魔法が叩きつけられ、鎌首の傷を更に深く傷付けていく。

 

「行くぞ、突撃!」

「デストラクション!」

「くたばりやがれ!」

「ハアアァイィヤアァ!!」

 

 キョウジの七枝刀が一撃の元に鎌首を斬り飛ばし、仲魔達の突撃に続いてのたまきの布都御魂が鎌首を貫き、《schwarz》機の槍が穿った鎌首を《rosa》機の旋風脚が千切り飛ばす。

 残った三本の鎌首が宙を舞い、立て続けに巨大な地響きと震動を持って地面へと降る。

 

「おわあっ!」

「退避!!」

「きゃあきゃあ!」

「ごべ!?」

 

 のたうつ鎌首に何人か弾き飛ばされるが、程なくして鎌首は動きを止めた。

 

「勝った………な」

「ああ、手間掛けさせやがって……!?」

 

 誰もが勝利を確信して一息つこうとした瞬間、全ての首を失ったはずの胴体が動いた。

 

「……へ?」

「おい………」

「ちょっと待った~!!」

 

 首を全て失った胴体が、全身の傷から血を滴らせながらもこちらに背を向け、地響きを上げて逃亡しようとしていた。

 

「It cannot be!伝説ではオロチは首を切り落とされて………」

「そんなのは後だ!止めるぞ!」

「どうすんだよ、あんなデカブツ!」

「もう一度行く…」

 

 慌てながらも再度攻撃を開始しようとした皆を、横から迫ってきた物体が一斉に弾き飛ばす。

 

「がはっ!」

「あうっ!」

「きゃあぁ!」

「尾、だと!?」

「くそおぉ!」

 

 ふいの事で対処出来なかった皆が、宙を待って地面へと叩き落される。

 

「ヴ、ヴェルザンディ………」『メディアラハン!』

 

 ショックで身動き出来ない状態からも、マキが強引にペルソナを発動させてかけられるだけの回復魔法を皆にかけていく。

 なんとか傷が回復した者達が立ち上がり、逃げようとする八又ノ大蛇の胴体を睨みつける。

 

「舐めやがって……」

「追わなきゃ!異界化したここから出たら大変な事になるわ!」

「あれ、八雲とカチーヤちゃんは?」

「克哉さんもいないわ!」

「達哉もいやがらねぞ!」

「まさか……あいつら………」

 

 

 

「ちっ、最悪の乗り心地だな」

「これは乗ると言わないだろう」

「でも、他に方法は無かったですし」

『………』

 

 薙ぎ払ってきた尾にとっさにHVナイフと空碧双月を突き刺してしがみ付いている八雲とカチーヤ、ペルソナでへばりついた克哉、変身したアポロの身体能力で飛び乗った達哉が逃亡しようとする胴体の方を見る。

 

「なんとか胴体まで辿り着ければ…………」

「だが、どうやって?お互いこうやってるのが精一杯だ」

「……私がなんとかします。この尾を凍らせて動きを封じれば………」

『出来るのか?ダメならオレ一人で……』

「一人で出来ると思ってるのか、達哉」

「ちょっと手を貸せ周防弟、下手したらこっちまで凍る。火の属性のお前なら冷気を阻めるはずだ。カチーヤ、システムの限界まで出力を上げろ」

「はい」

 

 アポロと化している達哉に尾の上に引っ張り上げられた八雲と克哉が、炎その物の熱を放っている達哉の両脇に着く。

 

「いいぞ、カチーヤ!」

「行きます!『マハ・ブフ!』」

 

 両胸のエレメント・クリプトチップが白く輝き、両手のエミッション・オーブから凄まじい凍気が放出される。

 

「うわっ!」

『くぅ……』

「こいつは………」

 

 周辺一帯を霜が多い、それが晴れた時には凍りついた尾と、それを気にせず進む大蛇の姿が有った。

 

「急げ!完全に凍った訳じゃない!」

「だが、どうする?どうやって止める?」

「そんなの後で考える!」

 

 カチーヤを引っ張り上げて凍った尾の上を走る八雲に、周防兄弟も続く。

 

(考えろ………なんで伝説と違ってこいつは動いている?伝説と違う点はどこだ?)

 

 凍り付いているとはいえ、上下左右に激しく動く尾の上を走りながら、八雲は考える。

 

「まずい、端の方から氷が砕けてきている!」

「デカ過ぎたんだ!」

「急いでください!もう一度凍らせるには時間がかかります!」

「陸上は大嫌いなんだがな!」

 

 必死の思いで走る四人の背後から、氷が砕けて自由を取り戻した尾が迫る。

 

「間に合う!」

「!右………」

 

 胴体まであと少しという所で、もう一本の尾がこちらへと迫ってくる。

 

「ヒューペリオン!」『ジャスティスショット!』

『ノヴァサイザー!』

 

 光り輝く弾丸と超高温の熱波が迫ってくる尾に直撃するが、わずかに速度が鈍っただけだった。

 

「まずい!」

『メギドラオン!』

 

 尾が直撃する寸前、真下から放たれた凝縮された魔法球が打ち上げ、寸での所で尾は四人の頭上(カチーヤ除く)を通り過ぎる。

 

「ヤッホ~、来ちゃった」

「ピクシー!」

「ありがとう、助かった」

「ボーナス、ケーキ一種多くね♪」

「……了解した」

「急げ!」

 

 四人(+ピクシー)は背後まで動き始めている尾を駆け上り、八又ノ大蛇の背を登っていく。

 

「で、どうやって止める?」

「……それが問題だ。手持ちのオモチャは使いきっちまった………」

 

 八雲が今の武装を確かめる。

 尾にしがみ付いた時に反動でレールガンは放り出され、手元に残っているのはソーコム・ピストルとHVナイフ、最後のマガジンだけが入っているストームブリンダーとマグネタイトの切れているGUMPのみ。

 

「どうする?もう直こいつは外界に出てしまうぞ!」

「落ち着け、そして考えろ。伝説と違う点は何か?それを排除すれば、こいつはこの世界に存在できなくなるはずだ………」

「……依代!」

「そうか、安部 才季がこいつを操っているのか!」

「多分、当たりだ。そいつを殺せば終わりだ」

『そいつは、どこにいる?』

「こいつの腹の中」

 

 達哉の質問に八雲は自分の足元、今立っている背を指差す。

 

『……分かった』

「おい達哉、お前まさか………」

『ギガンフィスト!』

 

 達哉が拳を振り下ろし、自分の足元に深々と突き刺す。

 

『ノヴァサイザー!』

 

 そのまま内部へと向かって超高温の熱波を直に叩きつける。

 熱風が周辺を荒れ狂い、蒸発した血と吹き飛ばされた肉片が宙を舞う。

 

『………ダメか』

 

 熱風が拭き抜けた後、肉が焦げる異臭が立ち込める達哉の足元には、大きく吹き飛ばされいるが、それでも内臓まで届いていない傷のクレーターがあった。

 

『もう一度!』

「よし、こちらも……」

「やる事が原始的過ぎるぞ、そんな事して辿り着くのに何時間かかる?」

「しかし!」

「もうちょっと物事をオカルティックに考えろ。ようはオロチからあいつの存在だけ消去すればいい」

「どうやってです?」

 

 カチーヤの問いに八雲は不敵な笑みを浮かべる。その視線の先には八又ノ大蛇の進行方向上に浮かぶ、業魔殿の姿が有った。

 

「こうする。おっさん、コードα!」

 

 

 

業魔殿 船長室

 

「よもや、これを使う時が来ようとはな………」

 

 八雲からの通信を受けたヴィクトルが、傍らのコンソールに有るカバー付きで表面に“α”と刻まれたスイッチに手を伸ばす。

 

「万物は流転し、生まれし物は必ず滅びん。世の綻びをすくいて紡ぐ、これ錬金の法則。我、万物の理に持ち、紡がれし綻びを流転へと返さん」

 

 ヴィクトルはコマンドワードを唱えながらカバーを押し上げ、スイッチを押し込む。

 変化は急激的に現れた。

 業魔殿の気嚢部の先端中央部が開き、そこにちょうど気嚢部中央を貫く形の内部砲身が露わになる。

 砲身内には無数のルーン文字やシジル(魔術サイン)がちょうどライフリング(銃のバレル内にある渦上の溝)のように刻まれ、その一番奥、砲ならば薬室に当たる部分には、膨大な量のマグネタイトが封入され絶え間なくその色彩を変える巨大なオーブが設置されていた。

 船長室内部にも変化は現れる。

 ヴィクトルの座る椅子の前方の床から一つのトリガーレバーと、ターゲット用コンソールがせり出す。

 ヴィクトルはターゲット用コンソールから取り出したスコープゴーグルを掛け、それに映し出される外部カメラからの映像を目標へと調節する。

 

「目標、認識。フレーム設定、確認。照準固定、完了」

 

 手早く照準補正をかけ、ヴィクトルは目の前のトリガーレバーに手を掛ける。

 

「業魔殿主砲、“α”発射体勢!」

 

 ボイスコマンドの入力と同時に、砲身内のオーブが明滅を始める。

 色彩が目まぐるしく変化していき、それに応じるようにオーブ表面からスパークが発生し始める。

 オーブから発したスパークが砲身内のマジックライフリングに触れると、触れた地点からルーン文字やシジルが発光し、連なるラインが次々と発光していく。

 やがてオーブその物が重低音のうなりを上げ始め、砲身内の文字全てが輝きを放っていく。

 

「マグネタイト・オーブ臨界。キャスター・ライフル発動確認。最終安全装置、解除。“α”発射準備完了…………」

 

 

 

「ありったけの防御を施せ!とんでもないのが来るぞ!」

「何だ、何が来るんだ!?」

 

 懐から僅かに残った防御アイテムを総動員させていく八雲に、克哉が怪訝な顔をする。

 

「こいつのオリジナルが来る!艦砲クラスの退去魔法だ!こっちまでまとめて消去されかねないぞ!」

「じゃあ逃げた方が……」

「ダメだ!逃げたらトドメを刺せない!」

『どうやって刺すつもりだ?』

 

 達哉の問いに、八雲は不敵な笑みを浮かべる。

 

「多分、あいつを食らってもこいつは消去できない可能性がある。しかし食らってしばらくはこいつの存在は極めて不安定になる。その間にこいつの中に潜り込んで、あいつを探してぶっ殺す。それで終わりだ」

「危険じゃないのか!?下手したらこちらの存在も不安定に、最悪の場合は一緒に消滅しかねないのでは!?」

「そうだ、だからイヤだったら来なくていいぞ」

「そんな!私も行きます!」

「安心しろ、この中で一番消去される可能性が少ないのはカチーヤ、お前だ。次が周防弟、次があんたで一番ヤバいのはオレだろうな」

「!それが分かってて…」

「後だ!こいつが異界から出た瞬間にぶち込まれる!もうすぐだ!」

「くっ……ムチャリンダ!」『マカラカーン!』

『マハ・ブフ!』

『マハラギダイン!』

「緊急退避~!」

 

 菩提樹の下に住み、嵐から仏陀の悟りを守ったとされる巨大な蛇の精霊へとペルソナをチェンジした克哉が対魔法結界を張り、カチーヤと達哉が凍気と火炎で分厚い障壁を作り上げ、ピクシーが克哉の懐に潜り込む。

 

「今だ、撃て!!」

 

 

 

 八雲達のやり取りを聞いていたヴィクトルに笑みが浮かぶ。

 

「行け、そして人の世界を守るのだ、若者達よ」

 

 ヴィクトルの顔から笑みが消え、静かな気迫が船長室に満ちる。

 

「……“α”発射」

 

 ヴィクトルの指が、トリガーを引いた。

 同時に、オーブから噴出した膨大なマグネタイトが莫大なエネルギーとなって放出される。

 放出されたエネルギーは砲身を通り、刻まれたルーン文字やシジルがそのエネルギーに術式を付与、変質させていく。

 それ自体が一つの術と化したエネルギーが、砲口から飛び出す。

 余剰エネルギーが雷となって荒れ狂う中、純白の閃光が砲弾となって天空を突き進む。

 しかし膨大なエネルギーの負荷に、業魔殿は大きく揺さぶられる。

 

「ぬ、左側面エーテルクラフト出力24%上昇、ジャイロバランサー水平確認シーケンス起動、船体ダメージチェック……」

 

 反動でふらつく業魔殿をなんとか建て直しながら、ヴィクトルは画面に映し出される八又ノ大蛇の胴体を見つめる。

 

「決まるか……それとも?」

 

 

 

「来た!」

 

 大気を力任せに押しのけ、凄まじいまでのエネルギーが極大の閃光となって突き進んでくる。

 

「対ショック!」

「どうしろと!?」

 

 身を丸めて衝撃に備える八雲に、克哉やカチーヤも慌てて習う。

 直後、閃光が大蛇の胴体に直撃した。

 いきなり太陽でも出現したかのような眩いばかりの光の爆発が大蛇の体を飲み込んでいく。

 

「ちいぃ………」

『うっ………』

「きゃあ……」

「つっ………」

 

 爆発音とはまた違う軋み音のような轟音が轟き、四人の体を熱く、かつ冷たい異様な風が叩きつけられる。

 

「……どうだ!?」

 

 まだ余波が消えない内に、八雲は立ち上がって足元を見た。

 

「これは……!」

 

 彼らの足元、大蛇の胴体は出来の悪いCGのように不規則に乱れ、場所によっては霞んで消えそうになる。

 

「うっ……」

『なんだ……?』

 

 あまりにも強力な術の影響か、克哉のペルソナも時々霞み、達哉もアポロの姿と破損しかけたXX―1の姿が不規則に入れ替わっている。

 

「は、あぁ………」

「ソウルを強く持て、引きずられるなよ」

 

 自らの体を抱きつつ、カチーヤが両膝をつく。

 取り付けられたエレメント・クリプトチップが激しく瞬き、吸収する力を弱めてカチーヤへの供給を強くする。

 

「……やっぱりか」

「……どうやらそのようだ」

 

 八雲と頭を抑える克哉が同時にそれに気付いた。

 先程まで消えつつあった大蛇の体が、段々とまた輪郭を取り戻していく。

 

「誰かが、こいつの存在を再構築してやがる」

「そのようだ、どうする?」

「こうする、んだよ!」

 

 八雲は背のストームブリンガーを持ち上げると、バーストユニットをセットしてスリットに次々とメモリーカードを差込み、それを自らの足元、大蛇の体に突き刺す。

 

「Huck you!」

 

 ハッキングパイルが打ち込まれ、八雲の足元がまた不規則に乱れていく。

 

「今なら、まだこいつの中に入れる!Crack!」

 

 残ったプログラム全てが撃ち込まれ、消去された部分が完全に虚無となり、それは一つのホールとなった。

 

「じゃ、行くか」

「はい!」

 

 ストームブリンガーを投げ捨て、八雲がためらいもなく漆黒のホールへと飛び込み、カチーヤがそれに続く。

 

「達哉、ここで残っていてくれ!」

『……断る』

 

 飛び込みながらの克哉の言葉を無視し、達哉もホールへと飛び込む。

 

「わ………」

「これは……」

『スゴイ………』

 

 ホールの向こうに広がる空間に、八雲を除いた皆が絶句する。

 そこには、闇と光が交錯し、それらは絶えず互いを生み出し、侵食する。

その光と闇の交叉点を、何かが絶えず飛び交う。皆の体をそれが通り過ぎると、それが持つ力、知識、精神が一瞬脳内に広がって消えていく。

 

「これが、神の中か……」

「正確には神を構成する情報の中だ。これの再構築が済む前に片をつけないと、オレ達も情報の一部となって取り込まれっぞ」

「で、でもどこを探せば」

「そいつはすぐに分かる。感じ取れ、情報がどこから放たれているかを」

 

 八雲はGUMPのサーチ用プログラムを起動させ、周辺を飛び交うエネルギーの流れをサーチさせてモデリングさせていく。

 

「……見つけた」

「こちらもだ!」

 

 八雲のシーケンスの終了と、克哉がペルソナ反応を探しあてるのは同時。

 

「急ぐぞ!もう時間が無い!」

「やだ!ケーキ食べられなくなるのヤダ~!」

「そっちじゃない、こっちだ!」

 

 懐から飛び出したピクシーの足を掴み、再度懐へと入れながら克哉が探り当てた地点へと向かう。

 

「……あと、何分くらい持つでしょうか?」

「さあな、良くて10分か?」

「それまでに、相手を倒せば……」

「事件は解決する」

 

 足元が不安定な感覚の中、“進む”という感覚だけで皆の体は進んでいく。

 程なくして、光と闇が行き交う情報の中枢、虚空に佇み再構成の情報を放ち続ける人影を発見した。

 

「そこまでだ!」

「……まさか、こんな所まで来るとはな」

 

 克哉の警告に、人影はゆっくりと振り返る。

 そこにいたのは確かに八又ノ大蛇に飲み込まれたはずの阿部 才季当人だった。

 しかし、負傷していたはずの体は傷一つ無い上に何一つ纏わぬ全裸で、その体内にちょうど剣の形をした何かが埋め込まれ、それ自体が生き物の様に脈動していた。

 

「なるほど、こいつに取り込まれて分解される隙を利用して草薙を取り込んで逆に乗っ取った訳か。アナクロのクセに器用なこった」

「そちらも、まさか消去術で分解寸前の所に乗り込んでくるとはな………見上げた度胸のようだ」

「安部 才季!貴様を大量破壊及び大量殺人未遂容疑で検挙する!おとなしくするんだ!」

「ふん、この場に及んでまだ人の法をかざすか?この神の中を見て、何も感じないと?」

「悪いが、オレは情報の中に入るのは得意なんでね。もう時間が無い、とっとと死んでくれ!」

「そちらこそ、神の贄となれ!」

「イヤアアァァ!」

「ヒューペリオン!」『トリプルダウン!』

『ギガンフィスト!』

 

 八雲がソーコムピストルから立て続けに銃弾を放ち、克哉のヒューペリオンが光弾を三連射、すかさず空碧双月をかざしたカチーヤと拳をかざした達哉が突撃する。

 

「馬鹿が!」

 

 才季が手を前へと突き出すと、彼の背後の闇が突然直径20cmくらいの無数の鎌首となって攻撃を全て受け止めた。

 

「ここが神の中だと忘れたか?」

「覚えてるよ!」

 

 弾丸の尽きたマガジンを素早く交換し、八雲が再度ソーコムピストルを連射する。

 鎌首が素早く弾道上にまとまり、肉の壁となって弾丸を阻む。

 

「ブフ…キャアア!」

「カチーヤ君!」

 

 氷結魔法を放とうとしたカチーヤが、鎌首に体を絡め取られて捕縛され、克哉が救助を試みるが、彼の背後にも鎌首が忍び寄る。

 

「来るな~!『メギドラオン!』」

 

 ピクシーが魔法を連発して鎌首の接近を阻もうとするが、鎌首は無限とも思われる程沸いてくる。

 

「この、くそっ!」

「無駄だ無駄、そろそろ本当に諦めたらどうだ?」

 

 無数に迫る鎌首に、八雲はHVナイフを振り回して抵抗するが、程なくして捕らえられてしまう。

 

「贄を切らして下僕の召喚も出来ない悪魔使いが、この状況で何が出来るというのだ?」

「てめえの気を引くくらいは出来る。このようにな!」

『おおぉぉぉ!』

 

 迫る鎌首全てを焼き尽くしつつ、達哉の炎を纏った拳が八雲に気を取られていた才季の腹に直撃する。

 

「ぐふっ!こやつ法神変化か!」

『行っけえぇぇ!』

 

 再度炎の拳が迫るのを、才季は後ろへと下がり、その体が情報の中へと融けて消える。

 

『どこだ!?』

「こっちだ」

 

 相手を探す達哉の背後に突然出現した才季が、その手を達哉の背へと向ける。

 そこから放たれた闇のエネルギーの塊が、達哉を背後から撃った。

 

『ぐっ……!』

「達哉!」

 

 片手片足を絡め取られながらも必死に鎌首を払おうとしていた克哉が、直撃を食らった弟を見て絶叫する。

 

「いかに神の体へと変じようと、ここでは無意味」

『く、そ……』

「勝負は、まだ決まってません!」

 

 カチーヤが叫びながら、全身から凄まじい凍気を噴出させて自らを縛る鎌首を全て氷結させ、それを空碧双月で打ち砕いて脱出する。

 

「ほう、なかなか……」

「全力で行かせてもらいます!」

「!やめろカチーヤ!システムの限界が…」

(大丈夫、力を貸したげるから)

 

 エレメント・クリプトチップが限界に達しよとしているのに気付いた八雲がカチーヤを止めようと叫んだ時、ふとその耳に声を聞いた。

 

「ネミ……ッサ?」

 

 呆然とする八雲の目前、カチーヤのポケットから小さな光が飛び出し、それは半透明な女性の姿となってカチーヤへと重なった。

 その途端、カチーヤの周辺に膨大な量の凍気が生まれ、それは空碧双月の刃へと集束される。

 

『アブソリュート・ゼロ・クリスタリゼーション!』

 

 カチーヤと、もう一人の女性の声が一緒になってカチーヤの口から響く。

 正面に向け突き出された空碧双月から、集束された万物を氷結させる絶対零度の鋭い凍気が放たれ、それは周辺にある情報を氷結させながら才季へと迫る。

 

「馬鹿な、なんだこの力は!」

 

 無数の鎌首を出現させて凍気を防ぎつつ、才季は驚愕する。

 無限とも思える鎌首が、津波となって立ちはだかるが、凍気はそれを全て凍らせ、飲み込んでいく。

 

「そんな事が……」

 

 凍気が才季の体を飲み込んでいく。

 周辺に微細情報が氷結したダイヤモンドダストが舞う中、カチーヤは荒い息を吐いた。

 

「やった……のか?」

「え~と……」

 

 ダイヤモンドダストが舞う中、恐る恐るピクシーが近づいていく。

 だが、そのダイヤモンドダストの中からいきなり腕が飛び出した。

 

「ひっ!」

「まだ生きてるのか!」

「今のは、効いた………」

 

 ダイヤモンドダストの中から、才季は姿を現す。

 髪は白く凍りつき、全身が死人のような色と化した肌となり、あちこちが温度変化に耐え切れず裂けている。

 なにより、凍りついた右足を根元から、右腕を二の腕から引き千切っていた。

 

「何者かは知らんが、神の力を振るう我を倒すにはもう少し足らなかったな」

「もう一回……」

 

 再度凍気を放とうとしたカチーヤの視界が、突然霞む。

 

「あ、れ?」

 

 そのまま、全身を急激的な虚脱感が襲い、カチーヤはなす術もなくその場に倒れてしまう。

 

「カチーヤ!」

「力を使い果たしたか……これで障害は消えた」

「……何勝手ほざいてやがる、貴様……」

 

 鎌首に全身を絡め取られ、全身を締め上げられている八雲が凄まじい形相で才季を睨む。

 

「残るは下僕を呼び出せない悪魔使いと、ロクに力も残っていない神降ろし。何が出来る」

「なめるな!まだ戦える!」

「そんな僅かな力で?お前達の勝機は消えているのだよ………」

「く、ふふふふ………」

 

 八雲の口から、いきなり笑いが漏れ始める。

 才季と克哉は、そちらを怪訝な顔で見るが、八雲の笑いは止まらない。

 

「ふふふ、はっ、あははは」

「勝機を失って気が触れたか。醜い物だな」

「いや、勝機を失ったのはてめえだ。お前の古臭い脳味噌じゃ思いつかない手を使って、オレはお前に勝つ」

「ほう、どうやって?下僕も呼び出せない貴様が?」

「それが間違いなんだよ、マグネタイトなら“ここ”にあるじゃねえか」

 

 八雲は、手にしたHVナイフでためらいなく自分の右頸部(首の右側)、頸静脈を切り裂いた。

 

「!?」

「何を!」

 

 鮮血が溢れ出す中、八雲は傷口にGUMPからのジャックを突き刺す。

 

「SUMMON!!」

 

 叫びながら、八雲はGUMPの召喚プログラムを起動、自らの血液から直接体内の生体マグネタイトを急激的に消費しつつ、仲魔を呼び出す。

 

「行っけええええぇぇぇ!!!」

『オオ!!』

 

 八雲の咆哮と共に、召喚されたジャンヌ・ダルクが、ケルベロスが、カーリーが、オベロンが才季へと襲い掛かる。

 

「な、何という!」

「ハアァァ!」

「ゴガアアアァ!」

「アアアァ!」

『マハ・ラギオン!』

 

 驚愕する才季に、ジャンヌ・ダルクの剣が繰り出され、ケルベロスの牙が突き刺さり、カーリーの六刀が振るわれ、オベロンの火炎魔法が降り注ぐ。

 

「この程度の悪魔で!」

「だからお前は勝てないんだよ!」

 

 仲魔達の攻撃を耐えきった才季の心臓に、鎌首から脱出していた八雲のHVナイフが、深々と突き刺さった。

 

「いい加減くたばれ、これからの時代に邪魔なんだよ、てめえ………」

「ば、馬鹿な、こんな、こんな若造に………」

 

 HVナイフがえぐられ、才季の口から鮮血が溢れ出す。

 同時に、八雲の傷口からジャックが落ち、仲魔達が霧散していく。

 

「こ、この程度で我を倒せると思うなああああぁぁ!!」

「じゃ、追加頼む」

「ああ」

 

 HVナイフを抜きながら八雲が膝が崩れ落ちる。

 その背後には、克哉と無数の光弾を作り出しているヒューペリオンの姿があった。

 

「これで、最後だ!」『Crime And Punishment!!』

 

 克哉の最後の力を込めた光弾が、倒れた八雲の上を通り、才季へと炸裂する。

 

「!!!」

 

 絶叫をもかき消しながら、無数の光弾が才季を穿ち、吹き飛ばし、霧散させていく。

 光弾の乱流が過ぎ去り、後には虚空に浮かんだ剣の束の破片だけが残っていた。

 それも力を失って下へと落ち、乾いた音を立てて転がる。

 

「終わった………」

「ああ、終わった」

「それにしても無理をする。あんな真似をして死ぬと思わなかったのか?」

「それは死んでから考える」

 

 倒れた八雲に肩を貸して立たせつつ、克哉が苦笑する。

 

「ピクシー、彼と皆にも回復を……」

「OK、『ディアラハン!』」

 

 回復魔法で傷が塞がった八雲が、よろける足取りでカチーヤを抱き上げる。

 

「彼女にも回復を……」

「どうやら、そんな暇は無いみてえだ………」

「……!これは!」

 

 彼らの周囲、飛び交う情報がまるでデタラメに動き、時に互いにぶつかって消滅し、光と闇が端から消えて虚無へと変わっていく。

 

「大蛇が消滅しようとしているんだ!脱出しないと巻き添えを食うぞ!」

「達哉!走れるか!」

『なんとか……』

 

 システムの限界が来てるのか、アポロの姿にXX―1の姿がだぶってきている達哉が立ち上がる。

 

「急げ!」

「やだ~、消えるのやだ~!」

 

 ピクシーを先頭に、カチーヤを抱いた八雲、克哉、達哉が順になって走り出す。

 すでに足元すら虚無へと変じつつある中、三人は必死になって走る。

 

「見えたよ!」

「よし、もうちょっと……」

 

 ストームブリンガーで開いたホールが見えてきた時、突然八雲が足を取られる。

 

「足場が……」

「あと、もう少しなのに!」

「こっち、こっちだよ!」

 

 進もうとする空間その物が消失し、進もうとする意思に反して三人は進む事すら出来なくなる。

 

「う~ん!」

「ダメだ、君だけでも逃げろ!」

「でも!」

「行くんだ!」

 

 克哉の裾を掴んでなんとかホールまで運ぼうとするピクシーを、克哉は強引に掴むとホールへと放り投げる。

 

「力を貸せ!カチーヤだけでも…」

「何言ってンのよ、まったく」

 

 同じようにカチーヤを投げようとした時、彼女の口から別の女性の声が漏れる。

 

「相変わらずアンタはダメね、あたしがいないと何も出来ないんだから」

「誰だ!?」

「ネミッサ……」

 

 呆然と八雲がその声を持っていたかつての相棒の名を呼ぶ。

 

「少し違うわ、あたしはネミッサの残滓。ちょっとだけ残ってたのをヒトミちゃんが託しくれたの。だから、今ここで消えるわ」

「ネミッサ!」

「じゃ、ちょっと力借りるわね」

 

 カチーヤの体から、凍気が吹き出す。

 吹き出した凍気が、消失しようとする情報を凍らせ、留めて通路へと変じていく。

 

「行って、すぐに消えるわ」

「ネミッサ!オレは!」

「早く!」

 

 カチーヤの中から、淡い光で形成された女性が抜け出す。

 

「ネミッサ……さん?」

 

 僅かに意識を取り戻したカチーヤの耳元に、その女性は何かを囁くと、カチーヤはそれに頷き、又意識を無くす。

 それを微笑して確認した女性は、彼女から後ろへと距離を取ってから両手を凍りついた壁にあてがい、自らの力を通わせて、それを押し留める。

 そして、視線が八雲を正面から見据える。

 

「行きなさい!私が支えている間に!」

 

 八雲が何かを告げようとするが、彼女に促された通り、黙って走り出す。

 

「急いで!閉じてきてる!」

 

 ホールの向こうでピクシーが叫ぶ。

 ホールはそれを見分けられなくなる程薄く、小さくなっていた。

 

『うおおおぉぉ!』

 

 達哉が前へと飛び出すと、ホールに手をかけ、それを強引に広げていく。

 

『飛び込め!』

「ああ!達哉も来るんだ!」

 

 強引にこじ開けられたホールから都合四人が同時に飛び込む。

 ふと、八雲は消えていく空間の中で、彼女が手を振っているのが見えた気がした。

 

「ん?」

「わあああぁぁ!」

 

 飛び出した先、現実空間に戻った四人は、そこが空中だと知って表情を凍りつかせる。

 

「のわあああぁぁ!」

『うわああぁぁ!』

「くううううぅぅ!」

 

 男三人がなんとも情けない悲鳴を上げつつ、もつれるようになって地面へと落ちる。

 それ程高くなかったため、四人は無事に不時着する。

 

「あ痛たたた……」

「全員、無事か?」

「降りてくれ………」

 

 限界が来たのか、元のXX―1へと戻っている《Rot》機の上に腰掛けている克哉と八雲がよろよろとどける。

 

「どうなった?倒せたか?」

「一応はな、だが………」

 

 八雲は鋭い視線で八又ノ大蛇を見た。

 完全に制御を失い、体を崩壊させつつも八又ノ大蛇はでたらめに暴れまくっていた。

 

「あれだけデカいと、消滅しきる前に山が無くなりかねんな」

「どうする?こっちはもう………」

「後は任せな!」

 

 上空から聞こえた声に、八雲と克哉は上を向く。

 そこには、八又ノ大蛇へと向かうヘリと、それから手を振っているペルソナ使い達の姿が有った。

 

「行くぞみんな!」

『おー!』

 尚也を先頭に、ペルソナ使い達が次々とヘリからダイブしつつ、ペルソナカードを宙へと撒いていく。

 各々が所持するアルケナ、全22が全て宙でそろっていく。

 

「行くぜ、究極合体技!」

<big><big>『パ・ン・ド・ラ!』</big></big>

 

《MAGICIAN》、《PRIESTESS》、《EMPLESS》、《EMPEROR》、《HIEROPHANT》、《LOVERS》、《STRENGTH》、《CHARIOT》、《HERMIT》、《FORTUNE》、《JUSTICE》、《HANGDMAN》、《DEATH》、《TEMPERANCE》、《DEVIL》、《TOWER》、《STAR》、《MOON》、《SUN》、《JUDGEMENT》、《WORLD》、《FOOL》、それぞれのアルケナを象徴するペルソナが顕現し、暴れ狂う八又ノ大蛇を取り巻く。

 それぞれのペルソナが、八又ノ大蛇から己に近い因子を取り込み、分解させていく。

 

「帰れ、お前達の世界へ!」

 

 やがてそれはペルソナの始原たる普遍的無意識の海への扉を開き、八又ノ大蛇はゆっくりとその中へと消えていった。

 

「……終わったか」

「ああ、終わった」

 

 八又ノ大蛇が完全に消えたのを見た八雲が、その場に背中から倒れ込む。

 必然的に抱きかかえていたカチーヤの体も転がり、偶然腕枕をするような形で八雲の隣に並ぶ。

 

「かっ、はあ………」

 

 あちこち歪んでいるXX―1から苦労した出た達哉が、寝っ転がっている二人を怪訝そうな顔で見た。

 

「ちと疲れた。後片付けは頼むってレイホウさんに言っといてくれ」

「生憎と、こっちもそんな状態じゃないな」

「そうか。ま、なるようになるか………」

 

 全身を襲う猛烈な虚脱感に身を任せ、八雲は眠りの世界へとその身を任せていった……………

 



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PART10 LOG OUT

 

 八又ノ大蛇消滅から三日後 バー クレティシャス

 

 疲労から回復し、ようやくマトモに行動出来るようになると同時にマダム銀子から呼び出された八雲は、手にした一枚の書類を手に小刻みに震えていた。

 

「………マダム」

「なあに?」

「これは?」

「見ての通りよ、今回の仕事の解決料から経費を引いたあなたの取り分の明細書」

 

 八雲は涙目になりながら、その明細書をもう一度見た。

 手にした明細書には、相当な額の解決料が記されている。

 しかし、その下に無数の欄があり、それぞれ《弾丸代》、《レールガン及びX1―C レンタル及び補修費》《コンテナ修理費》《南条財団ジェット機チャーター代》、果ては《業魔殿飲食代》だの《業魔殿花瓶代》までもが経費として引かれ、最終的には《支払い額 5000円》と明記されていた。

 

「マダム………」

「本当ならマイナスになる所、経費にするのに苦労したわ」

「せ、せめてもう少し! これじゃあオレの生活が!」

「ダメ」

「ああああぁぁぁ………」

 

 完全にダメ出しされ、うちひしがれた八雲がその場に崩れ落ちる。

 その背には哀愁が漂いまくっていた。

 

「そうそう、周防警部からあなたの警察署へのハッキング容疑は今回の働きで不問にするとの連絡があったわ。しばらくは自重なさい」

「……あの野郎………」

 

 最後の手段(ハッキングによる違法残高書き換え)を封じられた八雲が床に倒れ伏したまま歯軋りする。

 

「くそう! こうなったら禁断の奥義を!」

「女悪魔の過激ショットだけ集めた有料サイト運営もダメ」

「ぐふうっ!?」

 

 いつの間にか後ろに来ていたレイホウからの一撃が、八雲を完全に沈める。

 

「ちゃ、ちゃんと顔にモザイクかけますから…………」

「どう見たって人間に見えないのにそんなの無意味でしょう? また前みたいに日本中のサマナーから狙われるわよ」

「リアル猫耳やリアル悪魔娘には結構需要が………」

「ダメ」

「………ううう」

 

 全ての手段を封じられた八雲は、部屋の隅で壁に向かって体育座りしながら男泣きし始める。

 

「あ、あとこれは準備代金」

「はい?」

 

 レイホウが投げた通帳を、八雲は無造作に受け取ると開いてみる。

 そこには、結構な額の残高が記されていた。

 

「? これで何の準備を?」

「明日になれば分かるわ。無駄遣いしない事」

「はあ…………」

 

 首を捻りながらも、とにかくその通帳を懐に入れて八雲はその場を去ろうとする。

 

「ちゃんと面倒見るのよ~」

「……何の?」

 

 疑問符を頭に浮かべたまま、八雲はクレティシャスを後にした。

 

 

 

同時刻 ルナパレス港南

 

『ケーキ♪ ケーキ♪』

「ああ、もう少しだ。待っててくれ」

 

 フォーク片手にはしゃいでいるピクシーと舞耶にせかされつつ、克哉はオーブン内のスポンジケーキの焼き具合を確認しつつ、フルーツのピューレを混ぜた生クリームを泡立てる。

 

「これは最初の分だからね~、あと五種類は必要だよう~♪」

「……ああ、随分と助けられたからね」

「わ~、じゃああと五個は食べられるんだ~♪」

「そうそう♪」

「……次の非番の時にでいいかな?」

 

 まるで姉妹のように仲が良くなっているピクシーと舞耶をどこか恐怖の混じった目で見ながら、克哉は黙々泡だて器を動かした。

 

 

 

同時刻 珠閒瑠TV

 

「ん~~~~…………」

 

 チーフディレクターの女性が、眉根を寄せながら糸に吊るした五円玉を手に、鏡とにらめっこをしていた。

 

「……おかしい、何かすごいネタをつかんだはず………」

「まだやってる…………」

「いい加減諦めればいいのに」

「六舞さんが簡単に諦めると思う?」

「う~~ん………」

 

 強制自己暗示を掛けているつもりらしいチーフディレクターの様子を、MUSESのメンバーが小声で話し合う。

 

「結局、何が起きたか全然分かんないしね」

「言われた通り、すべて忘れちゃいましょうよ。もうあんな目に会いたくないよ~………」

「そ、そうだね…………」

「そういや、リサよく無事だったね?なかなか帰って来ないから心配したんだよ?」

「だ、大丈夫だったよ? あの人達が守ってくれたから」

「ふ~ん」

「でも、なんか隠してない?」

「わ、忘れようよ、ね? ね?」

 

 まさか妙なパワードスーツに乗って一緒に闘ったなどとは口が裂けても言えないリサは、必死になって話題を変える。

 

「ねえ、彼方達!」

「はひっ!?」

「……この間の収録、何か無かったかしら?」

「ないないない。何も無かったです!」

「そうです! 変な事なんて何もありませんでした!」

「六舞さん、疲れてるんですよ。あ、お茶でもどうぞ」

「……そうかしら? じゃあいたただくわ」

 

 内心冷や汗を大量にかきつつ、リサは「もし思い出しそうになった飲ませるように」と言われて渡された怪しさ爆発の茶をしっかりと飲ませていた。

 一口飲むと同時に昏倒したチーフディレクターが、二時間後緊急搬送された病院で目を覚ました時は向こう一月ばかりの記憶が完全に飛んでいてしばらく仕事に苦労していた。

 

 

 

同時刻 南条財団ビル

 

「で、状況は?」

「はい、事件の露呈は偽情報を逆に大量にまく事で防ぐ事が出来ました。一部オカルト系サイトで騒がれているようですが、問題は無いでしょう。あと、XX―1の修理は今しばしかかる模様。致命的なダメージは無かったため、修理自体に問題は無い模様です。ただし、《Rot》機はDEVAシステムのオーバーロードが原因と思われる電気系の破損が目立ちます。一度設計を見直す必要が在りとの話です」

「経費を見直してもいい、完璧なシステムを構築するように指示を」

「かしこまりました」

 

 執事件秘書の松岡からの報告を聞いていた南条は、手元の無数の書類を処理しながら指示を出す。

 

「で、搭乗者達はどうなってる?」

「は、全員重度の負傷も無く、精神的な問題も起きてないようです。橿原 淳及び周防 達哉の両名は正式参加の要請に応じる模様。リサ・シルバーマンはまだ返答を保留しておりますが、参加の可能性は大きいと思われます」

「そうか……ではいよいよだな」

「はい」

 

 南条は処理した書類を纏め上げ、一つの分厚い計画書を作り上げる。

 それの表紙には、《悪魔事件に対する効率的対処法の最終結論》と書かれていた。

 

 

 

翌日 警視庁第二会議室

 

「周防 克哉警部補、入ります」

「うむ」

 

 急な出頭命令で本庁へと出頭した克哉は、指定された会議室への扉を開けて中へと入る。

 

「港南警察署 刑事一課、周防 克哉警部補、出頭命令によって……!」

 

 敬礼しながら挨拶をしていた途中で、克哉は室内のテーブルに見覚えのあるとんでもない顔が有るのに気付いた。

 

「安部 才季! 生きていたのか!」

「わ~! ストップ! ストップ!」

 

 瞬時にペルソナを発動させようとした克哉を、才季の隣に座っていたたまきが慌てて止める。

 

「……たまき君? 一体これは……」

「……所長、やっぱその体ヤバイですって……」

「そうか、だが能力は申し分ない。散らばっていたのを寄せ集めるのは苦労したし、多少足りない分は他から持ってきた個所もあるがな」

 

 才季、正確にはかつて轟所長の体を使っていたデビルサマナーがそう言いながらほくそ笑む。

 

「体を変えられるというは本当だったんですか………」

「欲を言えばもう少しきれいな体が欲しいが、前のはもう限界だったからな。他に空いた体も無かったし」

「……では、会議を始めましょう」

 

 何か色々と突っ込みたい所はあったが、あえて無視する方面で同席していた南条が強引に会議を始めさせる。

 

「今回の事件において周防警部補、君の活躍には目を見張る物が有ったと聞く」

「恐縮です、微力を尽くさせてもらいました」

 

 警視長官の言葉にかしこまる克哉の手元に、一つのファイルが手渡される。

 

「前々から懸念されていた件だが、今回の事件を教訓に、より広域かつ柔軟な対応を必要とする特殊事件専門の捜査班がこの度、葛葉と共同で設立される運びとなった。ついては、まだ正式な辞令ではないが、君にその捜査班の一員となってほしい」

「本官が、ですか?」

「そうだ、そのファイルにはその捜査班の概要と予定メンバーが記されている。目を通したまえ」

 

 克哉はファイルを手に取ると、それを開く。

 

 

・ 対悪魔事件特別捜査班(正式名称未定)概要

・ 非公式を常とし、構成員は構成員以外の警察関係者にも所属を非公開とする

・ 葛葉からの人員、及び南条財団から技術、資金のバックアップを受ける事は決定済み、よって構成員のほとんどは民間人からの登用となる。

・ 予定されている構成員は以下の通り

 

総管理官 轟 所長安部 才季

 

捜査班 

班長   周防 克哉

副班長  小岩 八雲

班員   カチーヤ・音葉

      相馬 小次郎

      八神 咲

 

機動班

班長   藤堂 尚也

副班長  周防 達哉

班員   子烏 俊樹

      三浦 陽介

      三科 栄吉

       リサ・シルバーマン

      橿原 淳

      白川 由美

      芳賀 佑一

 

コラボレーター 

     南条 圭

     園村 麻希

     桐島 英理子

     嵯峨 薫

     芹沢 うらら

     ヴィクトル

       ・

       ・

       ・

 

 

 

「おおー、やっと帰ってきたか愛しき我が家よ……おや?」

 

 借りていた駐車場に、ようやく修理から上がってきたトレーラーを前に、八雲は首を傾げる。

 

「デカくなってる?」

 

 改装を頼んだ記憶は無いはずだったが、上部に何か増層部分が出来ている。

 

「二階建てか? なんだってそんな事を………」

 

 色々と気になる所が有ったが、とりあえず八雲は扉のパスコードを打ち込み、コンテナの中へと入る。

 中にはすでに先客がいた。

 

「あ、お帰りなさい八雲さん」

「お帰りなさいませ、八雲様」

「お帰りお兄ちゃん♪」

 

 カチーヤ、メアリ、アリサの三人がコンテナの中を整理し、手際よく整頓させている。

 しかし、八雲の見覚えの無い荷物が幾つか運び込まれ、これまた見覚えの無い整理ケースに収納している途中だった。

 

「手伝ってくれるのはありがたいが、それは?」

 

 他にも色々突っ込みたい所は有ったが、あえて一番の疑問を八雲は口にする。

 

「あ、これ私の荷物です」

「……なんで?」

「レイホウさんから聞いてませんか?今度から八雲さんの所で御世話になるように、だそうです」

「聞いてないぞ!! 何でいきなり!」

「これの調整が出来るのが八雲さんだけで、いつ暴走してもおかしくないからいつでも調整出来るようにとの事だそうです」

 

 装着したままの《NEMISSA》システムを指差すカチーヤに、八雲は苦りきった顔をする。

 

「……色々マズくないか? 傍目から見たら犯罪だぞ…………」

「来年には私二十歳ですから問題ありません」

「…………え?」

「まだ半年有りますけど、一応19歳ですから」

「ええええええ!?!?!?!?」

 

 せいぜい中学生くらいだと思っていたカチーヤの予想以上の歳に、八雲は完全に意表を突かれていた。

 

「じゃああの金は!」

「私宛の依頼料と準備費を八雲さんに渡したって聞いてますけど? それでは、ふつつかな女ですけどよろしくお願いします」

 

 床に手をついて深々と頭を下げるカチーヤに、八雲は完全に凍りついている。

 

「それにネミッサさんからも、八雲さんの事を頼むって言われてますから」

「頼むって何? ネミッサってどこの女?!」

「アリサ、それは大人の事情でしょう」

「無茶苦茶誤解されそうな言い方するなー!!」

 

 その時、コンテナの来客用チャイムが鳴った。

 

「はい、どちら様でしょう?」

「待てメアリ…」

 

 八雲の制止を聞く前に、メアリが内側から扉を開いた。

 

「お兄ちゃん、事故ったって聞いたけど大丈……夫……」

 

 扉の向こう側に立っていた女性、八雲の実の妹のトモコが、応対に出たメアリを見て凍りつく。

 

「誰だれ?」

「あ。八雲さんの妹さんですか?」

 

 そのまま、凍りついた表情でメアリの背後から出てきたアリサとカチーヤを見たトモコの視線が、ゆっくりと八雲へと向けられる。

 

「トモコ、誤解する前に言っておくが……」

「いやああぁあぁ! お兄ちゃんが双子のメイドさんと銀髪女子中学生囲ってるううぅぅぅ!」

「ちょっと待てええぇぇ!!」

「この間は金髪の鎧コスプレした人だったしいいぃぃ!」

「待て、お前は根幹的に誤解しているぞぉ!」

「お兄ちゃんのケダモノ~! しかもマニアック~!!」

「話を聞け~!」

 

 絶叫しながらも持参していたカメラで現状を撮影し、取り出したメモ帖に何かを書き込みながら走り去ろうとする妹を、八雲は必死になって止めようと追いかける。

 

「……クスッ」

「フフフフ……」

「アハッ、アハハハハ」

 

 残された三人は、誰とも無く笑い出す。

 笑い声が響く、平穏な時間が、ゆっくりと流れていた……………

 

 

 手繰り寄せられた糸は、静かに織り重ねられ、また新たな糸へと手は伸ばされる。

 一本、また一本と糸は紡がれ、織られ、長い長い物語をつづっていく。

 いつまでも、いつまでも……………

 

 



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