とある過負荷の上条さん (あきしょう)
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第一章  過負荷(マイナス)との出会い
プロローグ


 やあ、読者のみんな、俺だよ。

 みんなの主人公(ヒーロー)、上条さんだ。

 

 え? 自分の知っている上条さんはそんなしゃべり方しない? 違和感がはんぱないって?

 確かに俺は君たちの知っている上条当麻とはちょっと違うと思う。

 でも、確かに俺は上条当麻で、オリ主でも憑依でもない正真正銘本物さ!   

 タグにも表記されていなかっただろう?

 

 ・・・まあ、少し混ざっているのは否定しないけど。なんたってクロスオーバーなんだから仕方ないよね!

 

 俺の詳しい話は続きの本編に任せるとして、ここでは少しこの物語について説明しておこう。

 

 物語のメインの舞台はみんなご存知学園都市。

 箱庭学園なんてネーミングセンスゼロな学校じゃないよ。

 まあ、学生に対する扱いのひどさはどっちも50歩100歩だと思うけど!

 

 おっと話が脱線してしまったぜ! 反省反省。

 

 学園都市って言うのは人口の8割を学生が占める学生の町にして、ありとあらゆる教育機関、研究組織が集まっている完全独立都市なんだ。広さはおよそ東京の1/3ほどで、都市の周りは高さ5メートル以上、厚さ3メートル以上の分厚く高い壁によって囲まれて、出入りは完璧に管理されているだって。うわー! きっも!

 

 これだけでこの都市がとんでもない場所だってことは伝わったと思うんだけど、この都市一番のキチがいっぷりはここじゃないんだ。

 

 なんとなんと、この都市は、超能力者の開発なんて行っているんだ!!

 

 ろくな判断能力をもたない子供をそそのかし、血管に直接変な薬うって、耳の穴から脳直で電極ぶっさして、超能力を使えるように改造するんだ。なんて非道! 生徒をモルモット扱いなんてゆるせないよ!

 

 

 

 さて、これでこの都市の素晴らしさを一部でも理解してもらえたと思う。

 

 そしてこの物語は、そんな学園都市の被害者の一人であるこの俺がとある少女と出会うところから始まる。

 

 そう、たしかあの日は……

 

 7月19日。

 

 そう、7月19日だった。

 

 あの日はいつも以上にろくでもないことばかり起きていた。でもそれはきっと7月19日が悪いんだ。

 

 例えば、

 

 

 明日から夏休みだーっ!とテンションがハイになって、書店で表紙を一目見ただけで地雷とわかる漫画を手にとってしまったのも、

 

 

 おなかが減っているわけでもないのに、ファミレスに入り、一丁豪華に無駄食いするかと苦瓜と蝸牛の地獄ラザニアをたのんでしまったのも、

 

 

 そこで名門女子中学校のお嬢様に因縁つけられて襲われたことも、

 

 

 やむを得ず相手が再起不能になるまで反撃したことも、

 

 

 騒ぎをききつけてやってきた警備員(アンチスキル)と鬼ごっこするはめになったことも、

 

 

 結局捕まって一晩中お説教を受けたことも、

 

 

 解放された後、眠い目をこすりながら長時間自宅まで歩いたことも、

 

 

 先週のジャンプが実は合併号だったことも、

 

 

 そして帰ってきたらうちのベランダに白い服を着た女の子がひっかかっていたことも、

 

 

 どれもみんな7月19日のせいだったにちがいない。

 

 だから、これからどんな悲惨なことが俺の周囲で起ころうとも!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『俺は悪くない』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ていっておくね!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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7月20日①

 小柄で華奢な体格、整ったかわいらしい容姿、年齢はおそらく14~16ほど。純白の布地に金の刺繍が織り込まれた修道服を着た、まるで人形のような少女が学生寮の一室のベッドで眠っていた。 

 

 少女はイギリス正教に所属するシスターであり、1度見聞きしたものを瞬時に覚え、絶対に忘れないという完全記憶能力によって10万3千冊の魔道書を記憶している「魔道書図書館」でもあった。 

 

 それゆえに彼女のもつ魔道書を狙う多くの魔術師たちから絶えず追われる立場にあり、意識を取り戻した彼女が最初に考えたことが、魔術師たちに捕まって監禁されてしまったのではないかというのも当然のことである。 

 

 ただ、ベッドに寝かされているだけで拘束されているわけでも、部屋に魔術的な措置がされているわけでもなく、そもそもここには魔術師の拠点特有の空気が全くない。きっと通りがかった魔術とは無関係な誰かが倒れている自分を見つけて、親切にもベッドまで運んでくれたのだろうと少女は結論づけた。

 

 昨晩魔術師に追われ、このままでは逃げ切れないと死ぬのも覚悟で屋上からダイブしたことが吉と出たようだ

 

 神様は自分を見捨ててはいなかったのだと、幸運にほっと息を吐く。だがそれははかない幻想であったと、すぐに思い知らされることになる。 

 

「『おや?気がついたようだね』

 『いやー家に帰ったら女の子が気絶しているんだもの』

 『とっても驚いたよ』

 『でも』

 『君にたいした怪我がないようで本当によかった!』」 

 

 そう声をかけてきたボサボサ頭の少年は「上条当麻」と名乗った。

 

 家から帰ってきたらベランダにぶら下がった自分を見つけ、放っておくわけにもいかず、ベッドに運んでくれたらしい。それだけ聞けば不運にも巻き込まれたただの善良な第三者といえる。だが、彼がどうしても純粋な善意で自分を助けたとは到底思えなかった。 

 

 “異常”

 

 それが上条当麻に対する少女の第一印象だった

 

 

 張り付いたような不気味な笑み

 

 嘘か本心かわからない『』をつけた口調

 

 一貫性のない話の内容

 

 

 外見こそ一般的な日本の学生だが、言動や行為の1つ1つが白々しく、どれが嘘でどれが本心なのか見極めが非常に難しい。完全記憶能力を持つ彼女でも表現することができない不気味さがあった。 

 

「『でさー』

 『何だって君は俺んちのベランダに干してあったんだい?』」

 

 話しかけられて少女は我にかえる。

 

 そうだ、彼にどんな思惑があるにしても、危ないところを助けてもらったのは変わらない。ならばせめて自分は彼の疑問に誠実に答えなければならない。そう思い、自分の事情を包み隠さず話すことにした。

 

 だが・・・

 

「『おいおい』

 『まさかこの最先端の科学技術を誇る学園都市で魔術なんて言葉を耳にするとはね』 

 『君・・・大丈夫?』

 『得たいの知れない新興宗教に入ってなんかいないよね』」

 

 そんな覚悟もむなしく、信じてくれないどころか正気まで疑われてしまう。これには相手がいくら命の恩人とはいえさすがにムっとしてしまう。そこから先は売り言葉に買い言葉、 

 

 魔術はあるもん! 

 

 しんじないんだったら包丁で私のおなかを刺してみて! 

 

 自分の服は魔術によって守られているから傷一つつかないんだよ!

 

 ムキーと口を尖らせてさあ刺してみろといわんばかりにベッドの上に立ち両手を広げて立つ少女。だが上条はむきになってトンでもないことを言っている少女の顔を真剣な表情でじっと見つめた後、落ち着くように彼女の肩に優しく手を置いた。

 

「『そうか……』

 『その魔術というのは君にとってそんなにも大切なものだったんだね』

 『俺みたいな何も知らない奴が冗談半分で否定していいものじゃなかったみたいだ』

 『謝るよ』」

 

 まじめな顔でそんな殊勝なまねをされてはさすがに落ち着かざるをえない。魔術を馬鹿にされつい強い口調になってしまったが、何も知らない一般人にいきなり魔術と言っても信じてもらえるわけがない。それぐらいわかっていた。

 

 逆に上条の方がこちらの意をくんでくれる始末だ。これではどちらが聖職者かわからない。

 

 ちゃんと謝ろう、そう思い声をかけようとしたがふと気づく。

 

 上条の両手にいつの間にか“螺子”がにぎられていることに。

 

「『でも』」

 

 少女は知らなかった。 

 

「『俺はやりたくないけれど』

 『君がやれっていうんだからしかたないよね?』」

 

 この男(上条)は、いい台詞を言ってからが本番なのだということを

 

 少女の体に上条の手から放たれた何本もの“螺子”が突き刺さる。

 

 痛みや混乱で体が崩れ落ちていく最中、ようやく自分が螺子で貫かれたのだと理解した。絶対の防御を誇る「歩く教会」が機能しない理由も、上条が突然こんな行動に出た理由もわからない。ただ、自分はもう助からないなということはなんとなくわかった。

  

 

「『だから俺は悪くない』」

 

 

 しかし、少女がベッドに倒れこみ、クッションの柔らかい感触を感じたときに違和感を覚える。

 

 なぜ、体中が螺子だらけの自分がクッションにふれられるのかと。そしてその異常がないことの異常さに気づく。 

 さっきまで確かにあったはずの痛みが、傷が、なにより螺子が跡形もなく、最初から“なかった”かのように消え去っていた。

 

 ―なにがおきたの!? 

 

 10万3千冊の魔道書の知識を持っても、解明できないことをいとも簡単にしてしまう正体不明の能力。

 

 人を刺したというのにあくまで淡々と何事もなかったかのようにふるまう上条の姿。

 

 それらが少女の恐怖心をいっそう際立たせる。

 

 もはや目の前にいる少年が同じ人間には思えなかった。

 

「『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 

 

 互いに顔を合わせたまま、嫌な静けさが二人がいる空間を占める。

 

 それを最初に破ったのは、やはり空気の読まない上条だった。

 

「『…白か』」

 

 ……。

 

 ………、

 

 …………? 

 

 何をいっているのだろう。

 

 相変わらず何を考えているのかさっぱりわからない。今、白といったか。

 

 上条の視線の先には自分がいる。白というのはつまり自分の修道服のことをいっているのだろうか。何をいまさらと少女は自分の体を改めて見ると、いつのまにか自分の全身を覆っていたティーカップを連想させる修道服はなくなっていた。

 

 結論を先にいえば、少女は現在進行形で全裸だった。

 

 正確には、頭に載っている帽子のようなフードと、パンツだけはかろうじてはいている状態であり、完全無欠の全裸というわけではないが、それは何の慰めにもならない。

 

 少女は凍りつく中、あることに気づく。さきほどから上条の視線は自分というより自分の下半身、パンツに集中していることを。つまり彼が先ほど言った白というのは……

 

「『いいと思うぜシスターらしくて』

 『でももうちょっと子供らしいデザインのほうが君には似合うと思うな』

 『今度一緒に買いに行こうか』

 『俺が君にぴったりのパンツを見繕ってあげるぜ!』」

 

 少女はここでようやく混乱から立ち直り、そして別のものが頭の中をしめ始める。

 

 自分の身に何が起きたのかさっぱりわからない。だがやらなければいけないことはわかった。

 

「『あれ』

 『そんなに大きく口をあけてどうしたんだい?』

 『女の子がそんなことするものじゃないよはしたない』 

 

 もう彼に対する苦手意識とか恐怖とか恩とかは関係ない。

 

 こいつ、上条当麻は女の敵だ!

 

「『なんでじりじりと俺のほうに近寄ってくるんだい?』

 『いったん落ち着こう』

 『というかまずは服を着てそれからゆっくりと話し合おう!』」

 

 悲鳴をあげたり、服を着ようともしない少女の尋常ならざる様子に危機感を感じた上条は必死に説得を試みるが意味をなさない。

 

 口を大きくあけてこちらに一歩一歩確実に詰め寄ってくる少女から逃げようとするが、狭い部屋の中のこと。すぐに逃げ場のない部屋の隅に追いやれてしまう。

 

「『おいおい この距離マジみたいじゃんやめろよ!』

 『君と戦いたくはないんだ!』

 『俺たちは分かりあえる!』

 『仕返しなんて虚しいことをいつまで繰り返すつもりなんだい!?』

 『俺が君に教えたいのは』

 『人生における忍耐の大切さ―』」

 

 上条がその言葉を最後まで言い切ることはなかった。

 

 なにが起きたかはここで語らないことにしよう。

 

 だが代わりに、ある学生寮の一室に少年の絶叫が響き渡ったということだけ言っておく。

 

 

 

 



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7月20日②

 何十本もの安全ピンで修復された修道服をまとっている(針のむしろ状態ともいう)少女が、テーブルに並べられた大量の料理を、1人でとてつもない勢いでたべていた。ちなみにこれらの料理はすべて、上条が自身の助命と引き換えに作らされたものである。

 

 そんな現実離れした様子を傍で見ていた上条は顔をひきつらせる。そして空っぽになった冷蔵庫を見て、「『不幸だ』」と呟いて項垂れていた。

 

「『空から降ってくるもんだからシータみたいな清楚系ヒロインかと思ったら』

 『まさかの暴力腹ペコヒロインだったとは』

 『これじゃあ詐欺だ!』

 『あんまりだよ!!』

 『俺はこの憤りをどこにぶつければいいんだ!』」

 

 かと思えば、急に終わってるセリフを叫びだす上条に、少女は食事を中断させ、その牙のようなするどい歯を向けて黙らせる。

 

 少女は再び料理を口にいれる作業に戻りながら、ちらりと上条の体を見つめる。

 

 ついさっきまで彼の全身には何かに噛まれたような跡がはっきりと残っていたが、今はどこにも見当たらない。

 

 これが彼の能力。

 

 現実(すべて)虚構(なかったこと)にできるちから

 

 その名も 

 

「『そう』

 『大嘘憑き(オールフィクション)

 『名前だけでも覚えて帰ってね』」

 

 傷も、痛みも、魔術も、神様の奇跡も、そして死さえなかったことにできると彼はいった。

 

 ありえない、と笑って否定できたらどれだけ楽だったか。自分は先ほどそれを身をもって体験したばかりだ。物理・魔法に対して絶対の防御を誇る「歩く教会」を易々と破壊し、自分の致命傷を受けた体を一瞬で直してみせた。

 

 彼は危険だ。

 

 能力だけでなく、彼というあり方が。

 

 彼を野放しにしては絶対にだめだ。

  

 そんな使命感で体をたぎらせていると上条が近づいてきたのに気づく。彼女はもう惑わされないと強い意思でキッと見上げた。

 

「『デザートのプリンはいかがかな?』」

 

 とりあえず、それ(使命)は食べた後でいいかも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『それで君はこれからどうするつもりなんだい』」

 

 デザートまでしっかりと食べ終えて一服しているところに上条が問いかける。

 

 その質問に少女は答えることができなかった。

 ひたすら逃げて、とうとうこんな場所にまで迷い混んでしまったのだ。いくあてなんてどこにもなかった。彼女には一年前より過去の記憶はない。もしかしたら自分を受け入れてくれる場所があったのかもしれないが、今の彼女は思い出すことができないでいる。

 

 とりあえず最寄りの教会に向かうと説明した。運が良ければ保護してもらえるかもしれないと・・・

 宗派が違えば門前払いがいいところだが、他に思い付く場所はなかった。

 

「『そう・・・』」

 

 上条は少し考える素振りを見せたあと、ひとつの提案をする。

 

「『だったら ここで暮らさないかい?』」

 

 それはまるで甘い甘い,心をぐずぐずにとかす毒だった。

 

「『実は君みたいな行く当てのない子を世話している人を俺は何人か知っているんだ』

 『みんな優しい人たちだ』

 『きっと君も気に入ると思うんだが』

 『どうだろう』

 『一度あってみないか?』」

 

 あまりにも都合がいい話。まして上条が提案したことだ。全く信用できない。胡散臭いにも程がある。

 

 だが、その提案をすぐに断ることが少女にはできなかった。

 

 それほど、その提案は魅力的で、少女は弱っていた。体だけでなく、心もまた。

 

 その弱さを、上条は見逃さない。

 

「『好きなだけ』

『というのは無理かもしれないけど』

 『毎日美味しいごはんをたくさん食べさせてくれると思うよ』」

 

 ごはん、という言葉に反応する。

 安心して満足するまで温かい料理を食べたのはいつぶりだろう。

 

 お金もなく、今までろくなものを食べることができなかった。何日も食事をとらなかったことや、お腹を壊したことを思い出す。

 

「『いつまでも』

 『というのは難しいけど』

 『毎日屋根のある場所で』

 『ゆっくりと柔らかいベッドで寝れると思う』」

 

 魔術師に追いたてられ、まともに寝ることもできなかった。ちゃんとしたベッドで寝たこともなかったことを思い出す。

 

「『でも君は優しいから無関係な人たちが巻き込まれるのは嫌なんだろう?』」

 

 そうだ。

 自分のわがままで周囲の人たちを巻き込むことはできない。自分の信念も思い出す。だから自分はこの提案を受け入れることなんて……

 

「『大丈夫!』

 『俺が君を守ってみせる!』

 『そう』

 『俺には大嘘憑き(オールフィクション)という欠点がある!』」

 

 大嘘憑き(オールフィクション)

 すべてをなかったことにする、魔神にすら匹敵する能力。

 彼の力があれば、そこらの魔術師など敵ではないだろう。

 

「『君の敵も つらい境遇も トラウマも 涙も』

 『君を不幸にするものは』

 『ぜーんぶなかったことにしてあげる』」

 

 まるで乾いた布に水がしみて広がっていくように、少女の心を上条の言葉が侵食していく。

 

「『ようこそ学園都市へ』

 『こっちの水は甘依存(あまいぞん)。』

 

 上条は嗤っている。

 

 今までの張りついたような空っぽの笑みとはまた違う、直視するのも戸惑われる、過負荷(マイナス)が溢れんばかりににじみ出た歪んだ笑顔。

 

 上条は両手をめいっぱいに広げ、少女の幸せ(マイナス)を心のそこから歓迎していた。

 

 彼女が自分の提案を受け入れ、堕落し、自分と同じになることを考えると、笑いが止まらない。

 

 

 頑張る意味も、必要性も奪われた少女。

 

 彼は嘘をついていない。

 きっと彼は自分がここでうなずけば、いった通り安心して住める場所を用意し、自分を狙う敵を排除してくれる。そんな予感がした。

 

 彼の毒はすでに彼女の心にまわりきっていた。

 

 それでも彼女は、

 

 

 ありがとう

 

 でも

 

 私は君が苦手だ。

 

 だから、そんな私が君の一方的な世話にはなれない

 

 

 しっかりと上条の目を見据えて返事をした。

 その目には一切の迷いはない。 

 

「『そう……君は 強いんだね』

 『俺なんかよりもずっと』」

 

 彼女の覚悟を真っ正面から受けた上条は、少女の意志を折ることはできないと悟ったのか、さっきまでの悪意が萎んでしまっている。

 そして深いため息を1つつき、 

 

「『まったく』

『ちょっと優しくされたらすぐ主人公に惚れる昨今のジャンプのヒロインを見習って欲しいよ』」

 

 力なく呟いた。

 

「『また勝てなかった』」

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『じゃあ もうどこへなりといけば?』

 『俺は自分より強い奴を守ってあげるほど』

 『器はおおきくないんでね』

 『バイバイ』」

 

 しばらくして調子を取り戻したと思ったら、もう少女に興味がないとばかりにつっけんどんな態度をとる上条。

 その姿は親に怒られてすねている子供そのものだ。

 

 だがなぜだろう。少女は不思議に思う。

 

 この自分を見放したような言葉と態度から初めて彼の優しさを感じることができたような気がした。

 

 少女はもう一度お礼をいって玄関に向かって歩きだし、ドアノブに手をかける。

 

 このドアを開けて外に一歩出てしまえば、休憩はおしまい。またつらく大変な日常が始まる。 

 

 怖い、と素直に思う。

 

 それでも、このままここにいて自分の信念がダメになる方がずっと怖い。 

 

 手に力をグッといれて、ドアを開ける。

 朝の日差しが少女の顔にあたる。思わず顔をしかめるが、悪い気分ではない。そのまま外に出ようとしたそのとき、

 

「『ねえ…』」 

 

 後ろから声をかけられて足を止めた。振りかえると声だけで、姿は見えない。まだ部屋の隅ですねているのだろうか

 

「『君の名前。まだ聞いてなかったね』

 『教えてよ』」

 

 そういえばあれだけ会話したにも関わらず自分の名前をいってなかったことにようやく気づいた。彼の印象が悪い意味で強すぎてすっかり忘れていたようだ。

 

 彼が今の今まで自分の名前を尋ねなかった理由は、自分のように忘れていたからか、聞くタイミングをのがしたからか、それとも単に自分の名前に興味がなかったのか。

 

 たぶん、最後の理由だろうなあ。

 

 最初から最後まで上条当麻という少年には振り回されっぱなしだ。

 

 だから最後にこれぐらいいいだろうと、年相応ないたずらっ子のような笑みを浮かべながら、 

 

 

 

        私はね、インデックスって言うんだよ

 

 

        名前だけでも覚えてかえってね

 

 

 

 

 

 返事を聞かずに外へと飛び出ていった。

 

 

 

 

 

 



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7月20日③

3000字程度のはずが増えて4800字オーバー。
小説かくのって難しい


 インデックスちゃんという不思議な少女と別れてからおよそ2時間後、私こと上条当麻は今年の4月に入学した自分の高校にやってきていた。

 

 え、なんで夏休みに突入しているにも関わらず学校にいるんだって? よく聞いてくれたね。

 

 その理由とは!……普通にサボりと成績不振で補習である。大嘘憑きでも、俺の過負荷な(ひどすきる)成績と内申書を無かったことにはできなかったよ。

 

 もちろん学園都市においてみんなから”風”と呼ばれ慕われており(呼んでないし慕われてもいない)、何事にも囚われることはない上条さんは補習なんて面倒くさいものに行く気なんてさらさらなかった。

 

 でもそれを予想していたらしい担任の先生から、上条ちゃーん、絶対に来てくださいね~? 来ないと…×××ですよ-?という連絡をうけて、仕方なく学校に来たわけだ。かわいい女の子の誘いを断るほど俺は無粋じゃない。決してびびった訳じゃないぜ!

 

 はい説明終了

 

 教室に着いたがまだ時間が早かったようであまり人がいなかった。席は自由なようなのでどこにすわろっかなー、と教室を見回していると、

 

「おおー! カミやんがこない早く来るなんて珍しいこともあるもんやね。どないしたん? いややわー! 明日の天気はきっと大雨やで!」

 

 と青く染めた頭と耳のピアス、そして何より聞くものすべてをなんかイラッとさせるエセ関西弁が特徴の俺のクラスメートの……の…………

 …………、

 …………えーと、名前なんだっけ?

 …………………………………………。

 クラスメートの青髪ピアス君が話しかけてきた。

 

「『まあね』

 『俺も最初はサボろっかなーて考えていたんだけど』

 『小萌先生からあんな熱いラブコールをもらったらさすがの俺も』

 『期待しちゃって30分前には教室で待機せざる得ないよ!』」

 

「な、なんやてー! 小萌先生からのラブコールぅ? 期待って小萌先生とどうなっちゃう期待ぃ? カミやん!そこんとこ詳しく‼」

 

 興奮しながら俺に詰め寄る青髪ピアス。

 おいおいそんな目で俺を見んなよ。そんな風に期待されたら柄にもなくやる気になって、ないことないこといっちゃうじゃん。

 

「『え』

 『それ聞いちゃう?』

 『しょーがないなーここだけの話だよ』

 『実はね…』」

 

 俺が青髪ピアスに子萌先生からの電話の内容(事実0%)を教えてあげようとしたそのとき、

 

「カミやんの言うことは話し半分で聞いといた方がいいぜい。どーせ、来なかったらすけすけ見る見るを夏休みの間、成功するまでずっとやらせるとかそんなこと言われたんだにゃー」

 

 割り込んできた彼の名前は土御門元春。金髪グラサンという他人に威圧感を与える容貌だが、中身はこの通り間抜けなしゃべり方をするとても楽しい性格の男だったりする。

 ちなみに同じ学生寮に住むおとなりさんだ。

 

 

「『ふ』

 『ばれてしまっては仕方がない』

 『元春ちゃん よく分かったね』

 『でもなんだろう不思議と全然くやしくないや』

 『俺のことを理解してくれてるんだね』」

 

「にゃーあれはただでさえきつい罰ゲームですけども、カミやんの場合、もはや終わりのない拷問だぜい」

 

 

 そう、すけすけ見る見るとは、目隠ししたままポーカーで10回連続勝つまでずっと繰り返すという透視能力専攻の時間割りである。

 俺は一度だって成功させたことがない。10回連続どころか1回だって勝ったことはない。

 というか俺はそもそもポーカーで勝ったこと自体人生で一度もなかった。

 つまり今日の補習をサボってすけすけ見る見るをやるはめになるとき、それは俺の夏休みがなくなることを意味しているんだ。

 

「なーんや、どうせそんなこったろうとおもっとったわ」

 

 いや、君は間違いなく俺の話を完全に鵜呑みしていただろ

 

「はーい。夏休みにまで学校に来るはめになった困ったちゃんたちー。時間になったので補習を始めるのですよー。おしゃべりはやめて席についてくださいですー」

 

 いつの間にかすべての元凶である俺の担任の月詠小萌先生が教室にいた。

 小萌先生はランドセルが似合う小学生にしかみえないが、あれでもれっきとした教師で大人だ。

 話に夢中で気づかなかったが、すでに補習の時間になっていたいようだ。

 

 せっかく来たんだし、たまには真面目に授業を受けるのもいいかな

 そんなことを考えながら空いている席に座った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 眠い。飽きた。

 

 小萌え先生の話していることの半分も理解できず、あまりにも暇だからなんとなく今朝のことを思い出す。

 

 インデックスちゃんは今ごろ何をしているんだろう

 

 ちゃんと彼女を追っているという魔術師からはにげられたんだろうか

 

 ………おいおい上条さんはそんなキャラじゃないだろう

 

 どうやら先ほどの敗北をまだ引きずっているらしい。

 でも、リベンジのチャンスはなくなった訳じゃないよ。実は彼女は、うちにあるものを忘れていったんだ。そう、彼女がつけていたパンツ!…だったらよかったんだけど、実際は頭に着けていたフードさ。気づいたとき返そうと思って声をかけたんだけど、すでに彼女は外に出でしまっていたようだ。とんだおっちょこちょいさんだぜ。

 

 インデックスちゃんがうちに忘れものを取りに来るときが楽しみだ。

 だってあれだけ威勢よく出ていったのに、その日のうちにまたうちに来るんだぜ?

 どの面下げて戻ってくるんだろうな。

 そのときがリベンジを果たすときだ。どんな風にからかってやろうかな? 本当に楽しみだぜ!

 

「カミやんカミやん」

 

 そんな俺の思考は後ろの席に座っていた青髪ピアスの呼び声で中断された。なんだよ。いいところだったのに。

 

「『静かにしなよ今は授業中だよ』

 『わざとルール違反をして小萌先生にお説教されたいっていう性癖は知ってるけど』 

 『俺にそんな趣味はないんだ』

 『巻き込まないでほしいな』」

 

「僕だってそないな趣味はあらへん…わけではないけども! 今回は違うんや! きいたら驚くで?」

 

「『ふーん』

 『ま』

 『どうせ下らないことだろうけど』

 『友人のよしみで聞いてあげるよ』」

 

「さすがカミやん! 実はな、昨日趣味のエロ本探索にいそしんでいたら、なんと!小萌先生そっくりの子ぉが載ってる一品をみつけたんや! 今日帰りに一緒に買いにいかへん?」

 

 学園都市では表向きR18的な本は売られていないことになっている。だか蛇のみちは蛇。警備員や風紀委員の目を盗み、そういった商品を取り扱っている店もまた存在する。青髪ピアスはそんないけない店をいくつか知っているのだろう。

 

 だが、そんなことは今の俺には知ったこっちゃない!

 

「『おい』

 『君は何を考えているんだい?』」

 

 俺は確かにマイナスだ。

 そんな俺でもしてもいいことと、いけないことの分別はついているつもりだ。

 だから、目の前のふざけたことをぬかすこの名前を公式でもあたえられないようなモブ君に言ってやらなければならないことがある。

 

「『君は!』

 『俺たちのような落ちこぼれのバカですら見放さないで頑張ってくれている恩人ともいえる小萌先生をそんな目で見て』

 『何ともおもわないのかい?』」

 

「えっ?」

 

「『小萌先生が生徒が自分をそんな性欲まみれの目で見られていたと知って』

 『ショックをうけるとか』

 『傷つくかもしれないとか』

 『そんな簡単なことも考えずに』

 『ヘラヘラとそんないかがわしい本を買おうとしていたのかって聞いているんだよ』」

 

「う! そこをつかれると心が痛い! でもまさか僕と同じ変態やと思っとったカミやんにそんな正論を言われるとは思わんかったでー」

 

「『確かに俺は端から見れば変態と思われるような人間かもしれない』

 『だけど』

 『自分の性欲を満たすために大切な人を傷つけるような真似は』

 『絶対にしないと誓えるよ‼』」

 

「か、カミやんがなんか格好よく見えるで。うぅ、なんか自分が格好悪い最低な人間に思えてきたで…」

 

 俺の言葉で自分のおろかな言動をしっかりと反省してくれたらしく、青髪ピアスは見るからに落ち込んだ様子で項垂れていた。

 

 でも安心して!

 君はずっと前から格好悪い最低な人間だし、周りのみんなもそう思っているから! 俺の君に対する評価はちっとも変わっていないよ!

 

「『分かってくれればいいんだ』

 『でも』

 『小萌先生を傷つけるようなことをまたやるんだったら』

 『俺は君のことを許さないからね!』」

 

「分かった分かった。ほんまカミやんは小萌先生のことが大好きなんやね」

 

「『当然さ』

 『なんたって小萌先生は俺の初恋の人なんだからね』」

 

「え、それマジでいっとんの? うわー、カミやんって、ひょっとして僕より業が深いんとちゃうん?」

 

「『何を言っているんだい?』

 『素行不良な生徒が教育熱心な先生のお陰で更正し惚れる』

 『ジャンプでかつて主人公が倒した敵が新たな強敵を前に味方になるのと同じぐらい』

 『王道な展開だぜ』」

 

「いやー、見た目ロリッ娘の小萌先生と紳士という名の変態のカミやんやろ? 王道どころか犯罪臭しかせえへんわ」

 

そんな下らない会話を青髪ピアスと続けていると、

 

「こらー、あなたたち! 授業も聞かずに何を話しているんですか! 真面目に補習をうけないっていうなら、この後特別課題をやってもらいますよー」

 

 と教壇の前に立って頬を膨らませ怒っている様子の小萌先生からお怒りの言葉をいただいてしまった。

 

「小萌先生、違うんや! 僕と上条くんは…そう! ちょっと分からない問題を相談しあってただけで、決して小萌先生のありがたい授業聞いてなかったわけやないんです」

 

「へーそうですか。じゃあ、前に出て黒板の問題を解いてみてくださいですー。当たったら課題は勘弁してあげますよー。でも外れたらすけすけ見る見るの刑でーす」

 

 やれやれ、やっぱりとんでもないことに巻き込んでくれたね、青髪ピアス。

 君の部屋にあるパンツとズボンはすべてなかったことにしてあげよう。下半身裸でしか外に出れない体にしてあげるぜ!

 狼狽する青髪ピアスにこの事態の解決を図るのは無理だろう。

 ……やはり俺が出るしかない、か。

 

 黙って立ち上がり黒板へと歩く。

 

(面倒な役割をおしつけてしもうてすまんカミやん! でも僕としては小萌先生と特別授業っていうのはご褒美で……)

 

 そして黒板に向き合う…ことはなく、小萌先生の小さくて柔らかく、子供の体温のように熱い手を両手でがっしりと握り

 

「『そういえば小萌先生』

 『青髪ピアス君がなんと先生にそっくりな女の子が載っている一品を発見したらしいんです』

 『そうだ!』

 『俺、帰りに本屋に寄ってエロ本を買いにいこうと思ってたんですけど』

 『よかったら一緒にどれくらい似ているか確認しにいきませんか?』」

 

 ちょっと爆弾を落としてみた。

 

「ええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ! なんで!? なんで本人に言っちゃうの? さっきの会話は一体なんだったん!? 小萌先生を傷つけるようなことはせえへんとかなんとかいってたやんけ‼ あの誓いはどこにいったんや!? あれもいつもの嘘やったんか!?」

 

「『さっきの会話?』

 『えーと』

 『なんだったっけ?』

 『確か君が最近下半身裸で夜の町を駆け抜けるのが気持ちよくってやめられないって  ことまでは覚えているんだけど…』」

 

「完全に忘れているどころか勝手な話まで捏造してやがる‼ ちょっ! 洒落にならんこというのほんまやめてーな! ほら、さっきから女子たちが虫を見る目で僕を見てんねん!……はぁはぁ、あかん。ちょっと興奮してもうたわ」

 

 さっきからなぜかうるさい青髪ピアス。

 

 隠す気もなく腹を抱えて大笑いしている元春ちゃん。

 

 ゆだった蛸のような真っ赤な顔で、完全に放心状態になっている小萌先生。

 

 そして……

 

 てめぇ上条! いつまで俺たちの小萌先生の手を握ってやがる! さっさとはなしやがれぇ! そしてそこ譲れ!

 

 上条君と青髪ピアスさいてー でもありがとうございます!

 

 羞恥心で顔を真っ赤にしている小萌先生ハァハァ

 

 

 騒ぎ出す我が同士(補習仲間)たち

 

 夏休みで静かなこの学校の中で、まるでこの教室だけ切り離されたかのように阿鼻叫喚の地獄絵図ができあがっていた。

 

 俺はただ、この夏休みを謳歌したかっただけのはずなのにどうしてこんなことになったのだろう。

 

 腕を組んで考えてみる

 

 まあ、

 

 すくなくとも

 

 

 

 

 

 

『俺は悪くない』

 

 

 

 

 

 

 

 

 




上条さん(プラス)要素で人付き合いは大元よりずっと上手いです。いくつもの学校を廃校にしたりしてません。だけどその分、大嘘憑きと◼◼◼◼は劣化しています。


次回、戦闘描写が入ります(予定)


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7月20日④

「『不幸だ』」

 

 結局あの騒ぎの後、小萌先生にこんな時間までお叱りをうけるはめになり(顔は最後まで真っ赤なままだった)、そのせいで最終バスも乗りすごしたので昨日に引き続き今日も歩いて帰るはめになった。

 まったく不幸としかいいようがないよ!

 

 ちなみに青髪ピアスは初めは小萌先生にしかられると荒い息を吐きながら喜んでいたようだったけど、学生が禁止されている店に入ったということで生活指導のゴリラ教師から厳重注意(ガチ)を受けていた。実にいい気味である。

 

 見上げれば空は夕焼けで真っ赤にまぶしく輝いている。もう少したてばあたりは真っ暗になるだろう。

 いや、この都市には本当の夜なんてこない。どこに行っったって街灯が立ち並び、人工の灯りが足元を照らし、闇という恐怖から俺たち学生を守ってくれている。

 

 それはとても便利で安心なことだけれども、俺はあんまり好きじゃない。だってなかったことにするのは俺の専売特許だからね。

 

「『あいた!』」

「ん?」

 

 考えごとをしながら歩いていたせいで、向こうから歩いてきた人に気づかずぶつかってしまった。

 相手は肩まで届く短めの茶髪の、中学生くらいのかわいらしい女の子だった。

 女の子とぶつかるなんてこれぞジャンプの王道のヒロインとの出会い方だ。だが生憎とぶつかった拍子に倒れたのも手をさしのばされたのは俺のほうだった。いや、これはこれで文通り逆にありかもしれないな。

 

「ごめんごめん。ちょろーと考え事しててさー。大丈夫?」

 

 そういって女の子は俺のことを持ち上げる。しかもまさかの片手で

 

「しっかしあんた軽いわねー。しっかりご飯食べなさいよね。ま、前見てなかったそっちも悪いんだしこれでチャラってことで」

 

 やめてくれ! 俺のライフはもうゼロよ! 違うんだ。聞いてくれ。俺は別にヒョロイわけじゃない。 ただ、食べても食べても体重が増えないだけなんだ。

 

 そんなことを考えている間に彼女はどこかにいなくなってしまった。あたりを見回してもどこにもいない。

 

 やれやれ

 

 勝手にぶつかって、勝手に助けて、勝手に去っていく。実に超能力者(エリート)らしいね。

 

「『相変わらずなようで嬉しいよ。』

 『美琴ちゃん』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場面は変わる。

 

 インデックスを追っていた魔術師の片割れ、ステイル=マグヌスはいつも以上に険しい顔で歩いていた。

 それは見ただけで人を殺してしまいそうなほど恐ろしい形相だった。

 

 タイムリミットが近づいているにもかかわらずインデックスがいまだ保護できず、

 

 こんな神秘を冒涜したような町に来るはめになり、

 

 そしてなにより自身の相方である神裂からの報告が彼をこれほどまでに苛立たせていた。

 

 少し前のこと。

 普段の姿からは想像できないほど神裂は取り乱した様子で現れた。何があったのか聞いても要領を得ない返答ばかり。それでもあせらず落ち着かせながら少しずつ質問し、なんとか全体像をつかむことができた。

 

 どうやらインデックスを見つけた神裂は逃げる彼女を捕まえるために斬りかかったらしい。もちろん殺す気も傷つける気など全くないただの牽制。インデックスが着ている「歩く教会」をその程度の攻撃では簡単に突破できない……はずだった。

 

 だが結果として、その牽制以外なんの意味もないはずの一撃は彼女の体を深く切り裂いた。

 

 予想外の事態に対して神裂はしばらく我を忘れ、気がつけばインデックスがいなくなってしまったのだという。彼女はまだ混乱している頭をなんとか回転させ、探索と治癒の魔術がある程度使えるステイルを頼ってきたというわけだった。

 

 神裂にはいってやりたいことがたくさんあったが、事態がさっ迫っていることも理解した。怒りを自分の胸のうちに押さえ、探索魔術でインデックスの場所を突き止め急いで迎えに行く。

 

(どうかまだ無事でいてくれ、インデックス!)

 

 右のまぶたの下にバーコードのような刺青を入れ、教会の神父のような真っ黒な修道服を着た赤髪の大男、ステイル。

 

 だがその中身は、好きな女の子(インデックス)を守るために奮闘する一人の少年だった。

 

 

 

 

 

 

 

 ステイルがインデックスを発見したのは、どこにでもありそうなアパートの通路だった。

 インデックスが倒れているあたりにはまるで凄惨な殺人現場を思わせるほどのおびだたしい血が流れている。だが幸運にもこのアパートの住人はほとんど出かけているらしく、騒ぎになっていなかった。

 

 ステイルは急いで駆け寄りインデックスに群がる清掃ロボットを消し炭に変えると、血で汚れるのも気にせず抱きかかえる。意識はなく呼吸は弱々しいがまだ死んではいない。ステイルはほっと息を吐き、初めてその険しい顔を解いた。

 

 一応出血だけは止めたが、まだ予断を許さない状況に変わらない。インデックスをつれ急いでこの場から立ち去ろうとするが

 

「『うわあああああ』

 『なっ』

 『なにが起きているっていうんだ!?』

 『早く警備員に連絡しなくちゃ!』

 『そ そこの君!』

 『状況を説明してくれないか!?』」

 

 そのなんとも間抜けな声にチッとひとつ舌打ちを鳴らす。

 ステイル=マグヌスは今、非常に苛立っていた。

 少なくとも自分の邪魔をするものは、一般人だろうがなんだろうが灰に変えることに一切の躊躇を持たない程度には。

 

灰は灰に(AshToAsh)塵は塵に(DustToDust)!」 

 

「『……へ?』」 

 

吸血殺しの紅十字(Squeamish Bloody Rood)!!」

 

 何が起きているのか理解していない顔のまま、さけようとするそぶりもせず、通りがかっただけの少年は炎に呑み込まれた。

 

「恨むんだったら、不用意に首を突っ込んできた自分の不注意を恨むんだね」

 

 そういいながら自分の軽率な行動を少し反省する。それは人1人の命を奪った罪悪感からではなく、騒ぎになって周囲に人が集まるのが面倒だからだ。

 

「『おいおい出会い頭に襲ってくるだなんて』

 『これだから最近の若者は』

 『とかなんとか言われちゃうんだぜ』」

 

 予想だにしなかった後ろから聞こえてくる声。

 ステイルが驚いてとっさに振りかえると

 

「『残像さ!』」

 

 なぜか満足そうな、どや顔全開の上条がいた。

 

 残像もなにも肉を焼いた感触がまだ手に残っている。だが目の前の男は五体満足の状態で焼けあと1つない。あまりにも非現実的な光景にステイルは少年への警戒度を数段階上昇させる。

 

「『ひょっとしてその子はインデックスちゃん? 』

 『インデックスちゃんじゃないか!?』」

 

「……この子のことを知っているみたいだね。君は何者だい?」

 

「『俺は上条当麻。』

 『ここのアパートに住むただの学生だ』

 『彼女とは一晩1つ同じ屋根の下ともに過ごし、あまつさえ下着まで見せてもらった間柄さ』

 『そういう君は…』

 『インデックスちゃんがいってた悪い魔術師だな!』」』

 

「……君の聞くに絶えない戯れ言は聞き流すとして。僕は()()を運ぶのに今とても忙しくてね。見逃してあげるからどこにでもいってくれないかな」

 

「『そいつは聞けねえ相談だな』

 『俺は女の子に暴力をふるうやつが』

 『この世で一番ゆるせないんでね』」

 

 ステイルは抱えていたインデックスを優しく床におろし、やれやれとばかりに首をふると、殺意をこめた目で睨み、詠唱を始める。

 お前に構っている時間はないと言わんばかりに。

 

炎よ(kenaz)巨人に苦痛の贈り物を(PurisazNaupizGebo)!」

 

 巨大な炎の塊が上条に迫るが、慌てることなく笑ってそのまま受け止める。当然上条の体は高熱で肉が焼けただれ、黒炭に変わっていくのがわかるが、先ほどの光景を再現したように次の瞬間何事もなかったかのようにその場で立っていた。

 

「『暴力でしか人と関われないなんて』

 『なんてかわいそうな人なんだ』

 『だけどきっと君も』

 『子供の頃はお母さんの言うこと何でもきくようないいこだったにちがいない』

 『俺は君を見放したりはしないよ』

 『だから安心して何度でも攻撃しててくるがいい!』」

 

(嫌なところをついてきたな…… )

 

 今の状況、ステイルが一方的に上条を攻撃しているようにみえるが、実際追い詰められているのはステイルの方だ。

 上条という男はどうやら体を消し炭に変えてやっても即座に元通りになる回復能力のようなものを持っているのだろうとステイルは推測する。これではいくら攻撃しても無意味だ。

 

 一方、上条はステイルに攻撃する必要はない。このまま戦いが長引けばそう遠くないうちに騒ぎをききつけた誰かがやって来るだろう。上条はただこのままステイルの魔法を受け続けているだけで目的を達成できる。

 

 ステイルは追い詰められている。まずその事実を素直に認めた。

 

世界を構築する五大元素の一つ(M T W O  T F F T O)偉大なる始まりの炎よ(I I G O I I O F)

 

 ゆえに出し惜しみすることなく切り札を切る。

 

それは生命を育む恵みの光にして(I   I   B   O   L)邪悪を罰する裁きの光なり(A  I  I  A  O  E)

 

 呪文の詠唱と同時に大量のルーン文字がかかれた紙がばらまかれる。それらは生き物のように飛び回り壁にぴったりと張り付いた。

 

それは穏やかな幸福を満たすと同時(I    I     M     H)冷たき闇を罰する凍える不幸なり(A  I  I  B  O  D) その名は炎(I I N F)その役は剣(I I M S) 顕現せよ(I C R)我が身を喰らいて力と為せ(M   M   B   G   P)

 

 ステイルの魔法名、Fortis931。その名の意味は

 

魔女狩りの王(イノケンティウス)!!」

 

 必ず殺す。

 魔女だろうが不死者だろうが、邪魔するものは例外なく焼き殺す!

 

 そのために生まれた魔王が咆哮をあげ、上条に向かっていく。

 

「『はー』

 『長々と噛みそうな呪文ご苦労様』

 『すごいすごい』

 『でも無駄だってまだ分かんないかなー』」

 

 さっきまでなにも仕掛けず黙って詠唱を聞いていた上条はあきれた様子でステイルを見ていた。

 

「言ってろ化け物」

 

 摂氏三〇〇〇度の炎の巨人と、そんなとんでもないものが近づいてもニタニタ嗤っている不死の男。化け物同士が相対する吐き気を催す異様な光景。

 

 ところで、化け物退治にはそれぞれ定石というものがある。魔女は火炙り、ドラゴンは酒。そして不死者はひたすら殺し続ければいい。生き返ったそばから殺していけば、それは死んでいることと変わらない。

 

 ステイルはその事をよく知っていた。

 

「ああ、そうだ。1つ君に忠告してあげる」

 

「『ん?』」

 

魔女狩りの王(イノケンティウス)は人間の体なんて近づいただけで塵にする、自動追尾機能つきの僕の切り札さ」

 

「『ふーん?』

 『そりゃすごーい』」

 

「そしてなにより、このアパートじゅうに貼られた計10000枚のルーンを()()()消さない限り、魔女狩りの王(イノケンティウス)が消えることはない」

 

「『…………え?』」

 

「まあ、それでも君は死なないんだろうが…、一生死に続けていろよ、化け物」

 

「『ちょ!』

 『ま!』」

 

 

 その言葉に嘘はないと感じた上条は逃げようとするが、時すでに遅し。周囲の壁と魔女狩りの王(イノケンティウス)によって上条は囲まれていた。

 

「一応僕も神父だから、最期に言いたいことがあるんだったら聞いてあげるよ」

 

その言葉に上条は

 

「『…………』

 『いやだよ』

 『死にたくない』

 『あやまるから許して』

 『俺が悪かった』」

 

涙を浮かべて命乞いした。

 

「やれやれ。最期がそんな言葉なんて」

 

 ステイルはやれと魔女狩りの王(イノケンティウス)に指示すると、インデックスを背負って上条とは反対方向に歩きだす。

 

 

「君って本当に道化だね」

 

「『◼◼◼◼◼◼◼!!』」

 

 叫び声が後ろから聞こえてきたが、ステイルは振り向きさえせず立ち去っていった。

 

 

 




今日中にもう一本あげたいなあ


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7月20日⑤

ゲームのイベントが重なって書くのが遅くなった!
そしてまた予定より長くなって7000字オーバー。

どうしてこうなった!


「あー、うん。ちょっとした邪魔があったがもう大丈夫だ。心配要らない、彼女は無事に保護した。…………うん、傷も治した。……いや、迎えはいい。君ももう少し休め。声からまだ本調子じゃないことがわかる。…………ああ、僕たちが戻るまでにそのひどい顔を少しはマシにしといてくれ。あの子にそんな顔見せるわけにはいかないからね。じゃあ僕は少し休んでから戻るとするよ」

 

 人の気配がまったくないとある通りの外れの一画。そこはかつて多くの製品を生産するための工場が稼動していたが、学園都市の方針転換の都合上移転し、今ではすっかり寂れてしまった場所であった。

 そしてそこに立ち並ぶ廃工場の一つにステイルはいた。

 閉鎖してからだいぶ時間がたっていることがわかるほど、その工場はさびれ朽ちており、そんな場所に神父の服を着た大男が1人でぶつぶつしゃべっている姿は、何も知らない人からみたら完全にホラーであった。

 

 ステイルは魔道具らしきものに話しかけていたが、それを手で握りつぶすことで会話を終了させる。そのつかれきった後ろ姿はさながら終電帰りのサラリーマンの姿と重なって見える。

 

 なかなか捕まらないインデックスに我を忘れて取り乱す神裂、そしてとどめにあの気持ち悪い雰囲気を漂わせた殺しても死なないツンツン頭の少年だ。

 ステイルでなくても胃に穴が空く気分だっただろう。

 

 ストレスで猛烈にニコチンを摂取したい衝動をステイルは抑える。

 理由は2つ。

 目の前でこちらの気も知らずすやすやと寝ているインデックスを眺めているうちに、とあるおせっかい好きの女の子との約束を思い出して。

 

 そして

 

「まさかまた君の顔を見ることになると思わなかったよ。上条当麻」

 

 目の前の化け物に隙を見せる余裕など一切なかったから。

 

 それはしばらく前のこと。

 ルーンを通してつながっていた「魔女狩りの王」(イノケンティウス)とのパスが突然途絶えた。

 たしかに上条が完全に死んだとき消えるような命令を出していたが、今回は他者の手によって強制的に消されたものだった。そこから導き出される答えは一つ。あの男、上条当麻がなんらかの手段で「魔女狩りの王」(イノケンティウス)を破壊したのだ。

 

 そこまで考えた後のステイルの行動は早かった。

 自分たちの拠点に戻るのをやめ、人気のない場所で罠を張って迎え撃つ準備を整える。

 今の不安定な状態で上条にあわせるのは非常に危ういと考え神裂は呼ばなかった。

 不思議と逃げようとは思わない。たとえどこに逃げようともこいつはどこまでも這いよってきて、自分たちから離れないという予感があった。

 だから、灰も残さない程度ではまだ温い。生きることの醜悪さを教えてやり、心をへし折り、そして魂ごと燃やし尽くしてやろう。

 

「僕が甘かった。時間稼ぎなんて考えじゃいけなかった。今度こそ君を……絶対に殺すと約束するよ。体でなく、その心をね」

 

 ステイルはそう力強く宣言する。

 

(……僕は、いったい何をしているんだろうな)

 

 その一方で、自虐している自分もいた。

 

 これだけ我慢して。

 これだけ苦労して。

 これだけ頑張って。

 

 その果てにやることが彼女の記憶を奪うこととは、余りにもばかばかしすぎて笑う気にもなれない。この男のことを道化といったが、実際のところ本当の道化は自分だった。

 

 そんなステイルのわずかな表情の機微に気づいたのか、上条は尋ねた。

 

「『んー』

 『どうしたんだい?』」

 

「いや、僕も君と変わらないなと思ってね」

 

「『?』」

 

 ステイルの返答に上条は首をかしげる。ステイルと会ったばかりの彼に、その複雑な心のうちを読み取ることなどできるわけがない。だが上条はなんとなくステイルの言いたいことが少し理解できるような気がした。

 

「『そうだね』

 『近い』

 『君の魔法は敵も味方も周囲のもの全て巻き込んで焼き尽くす』

 『だから「全てをなかったことにする」という点において』

 『キミの異常(魔術)と俺の”過負荷”はちょっぴり近いよ』

 『ただし俺の大嘘憑きは異常(きみ)と違って取り返しがつかないーー』」

 

 そういいながら話は終わりだと螺子を構えて臨戦状態に移る上条。

 それを見て両手に炎を出すステイル。

 今、異常(魔術師)と過負荷の最後の戦いが始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『ぐわあああああ』」

 

 端的にいうと、俺はまた負けていた。そりゃもう一方的に。反撃すら許されないほど。

 まあ、当然こうなるよね。常に戦いの中に身を置き人を殺すための異常(魔術)の研鑽を怠ってこなかっただろう彼と、平和な場所で暢気に遊んできた俺とで勝負になるはずがない。

 恥ずかしい。めっちゃ恥ずかしいんですけど。さっきあれだけ思わせぶりな引きをしておいて、次のシーンで速攻負けているとかマジあり得ない。今帰って寝たら全部なかったことにならないかな?

 

「まったく。ここまで拍子抜けだと、こっちもどう反応すればいいのか分からないね」

 

 コスプレ神父くんもあきれたように言う。俺と戦うために色々準備してくれてたみたいだけど、このままだと全部無駄になりかねないから本当に困っているみたいだった。いや、本当にすみません。

 

 とりあえず俺は大嘘憑きでぼろぼろになった体を元に戻し、両膝に力を込めて立ち上がる。その光景を何度も見ているコスプレ神父くんは苦虫をかみ締めたような顔をしている。

 さっきから彼が倒して俺がなかったことにしての繰り返しだからね。彼もいい加減飽きてきたんだろう。

 

「本当に厄介な能力だね。超能力って言うんだっけ? なにが科学の力だ。君たちのほうが僕たち(魔術師)なんかよりもずっとオカルトしてるよ」

 

 厄介。

 なんて的を射た言葉なんだ。この能力を知ったやつらはみんな、「すごい」とか「無敵」とか言うんだけど、それは大きな勘違いだ。こんなもの(大嘘憑き)、俺にとっては手品みたいなものだ。使ったところで"勝ち"なんてないし"価値"もない。だから彼の言葉は俺たち過負荷(マイナス)にとって最大の賛辞に違いない。

 

「『ううう』

 『ありがとう!』

 『こんなにも俺のことを褒めてくれた人は君のほかにはいなかったよ!』」

 

 コスプレ神父くんはとても嫌そうな、それでいて何か理解しがたい何かを目の前にしたような顔で俺のことを見ていた。

 おかしいな。俺の気持ち、ちゃんと受け取ってもらえなかったみたいだ。

 

「君と話しているとおかしくなりそうだ…… もういい!」

 

 そんなことをいったコスプレ神父くんの両腕にはいつの間にか何か大きなものを抱えられていた。おそらく魔術を使ったんだろう。大きな隙だ。普段ならそんな隙を見逃す俺じゃない、だけど。

 

「引け!上条当麻。さもなければ…」

 

 それは、ティーカップを連想させる継ぎ接ぎだらけの修道服を着た少女。

 

「これを殺す!」

 

 まぎれもなく俺が探していたインデックスちゃんその人であった。

 まだ怪我が完治していないのか、魔術で眠らされいるのか。これほど周囲が騒がしい状況でインデックスちゃんは目を覚ます気配はない。

 

「『ひっ』

 『卑怯だぞ!』

 『女の子を人質に取るなんて恥ずかしくないのか!』」

 

「ないね。」

 

俺は説得を試みる。が、コスプレ神父くんはとりつく島もない。

 

「僕が用があるのはこれの中に入っている魔道書の知識さ。君が引かないって言うんだったら、足手まといになる彼女を殺して、後でゆっくり死体から記憶を引き出すことにするよ」

 

「『よくもそんなひどいことを!』」

 

「知らないね。僕は僕の目的のためならどんな非情なことも喜んでしてみせる!」

 

「『俺にインデックスちゃんを助けるか見殺しにするか決めろって言うのか!』」

 

「助ける? 何をいっているんだい?」

 

 彼は口元に笑みを浮かべながら語りかける。その姿はさながら過負荷(マイナス)のように。

 

「君が引けば、彼女は僕たちのもとにつれていかれ記憶をむさぼられるだろう。逆に君が断れば、彼女を殺して君を永延と焼き続ける作業に戻ることになるだけさ。どっちにしろ助けられないのには変わりわない。君が選べるのは、せいぜい僕に嫌がらせを続けるかどうかぐらいさ」

 

「『き、君は』

 

「さあ、答えろ! 上条当麻!」

 

 どうやら彼は俺の心を折る方向にシフトチェンジしたらしい。たしかに延々と殴り続けるよりはるかに効果的な策だろう。人の弱みに付け込むなんて、なんてひどいやつなんだ! 恥を知れ! 

 

「『くっ』

 『わ、分かったよ』

 『だから彼女を殺すのはやめてくれ』」

 

 だが俺の答えは一つしかない。彼女を殺させないためにはここはうなずくほかはない。コスプレ神父くんは勝ち誇ったような表情を浮かべると、俺に動かないように言い渡し、インデックスちゃんを背中にかかえて去ろうとする。その隙に攻撃しようとも、俺と彼の間にはインデックスちゃんが挟まれているので、彼女を巻き込むことになる。彼もそれをわかってやっているのだろう。本当にいやらしいやつだ。

 

 

 

 …………んん!?

 その瞬間、びびっと俺は天啓に導かれるようにこの絶望的な状況を打破する素晴らしい策を思いつく。窮地に都合よくいい案を思い付くなんて、ジャンプの主人公にでもなった気分だ。

 

 --さて問題です。

 --犯人に殺されないように、人質にとられている女の子を()()にはどうすればいいでしょうか!

 

「『正解は…』」

 

「ぐっ!!」

 

 --人質ごと犯人をぶっさして、体を螺子で()()()()やればいい!

 

 隙を突かれて体中に螺子込(ネジこ)められた二人は派手な音を立てて床に倒れる。俺が彼らに近づくと、コスプレ神父くんの何が起きたか理解していない顔が映った。

 だめだぜ、まだ勝負はついちゃいない。油断した君が悪い。

 

 俺は動けないでいるその体に向け、新しい螺子を構えて額の部分に照準を合わせる。俺の行動の意図を察したらしいコスプレ神父くんは、青い顔で叫びだした。

 

「待て! お前は何をしている!!」

 

「『何ってリベンジマッチさ』

 『借りはしっかり返しておかないと気のすまない性分なんでね』」

 

「やめろやめろやめろやめろやめろおおおおお!!」

 

 必死に体を動かそうとじたばたしているが、体が螺子で固定されその行動はほとんど意味をなしていない。

 

「『無理すんなって』

 『しゃべるだけでも激痛だろうに』

 『今楽にしてやるから』

 『黙って待ってろ』」

 

「僕はあの時誓ったんだ! 僕は全てをかけてこの子を、インデックスを守ると! だからそれだけはやめてくれ!」

 

「『断る。』」

 

「なんでもする! 君の言うことなら何だって聞く! だから!」

 

「『もう遅い』」

 

「許してくれ! 僕が悪かった!」

 

 必死の懇願。その通り、君が悪い。だから…

 

「『俺は悪くない。』」

 

 その言葉を最後に俺は持っていた螺子を螺子込んだ。

 コスプレ神父くん……ではなくインデックスちゃんの頭に

 

「『彼女には前に色々あって負かされていてね。』

 『でも口げんかじゃ勝てそうもないから』

 『こうして暴力という手段でうったえてました!』」

 

「あああ、ああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 うっるさいなあ。近所迷惑も考えろ! 周囲に人はいなくても、虫さんとか鼠さんとかに悪いとは思わないのかい? 自分勝手な人はこれだから困る。

 

 コスプレ神父君も理解したのだろう。インデックスちゃんはもう治せないと。だって意識がないとか血が出ているとかいう以前に、頭に深く螺子が刺さっているんだ。誰だって手遅れだって思うよね。

 

 どこまでも続くと思っていた絶叫がいつの間に止んでいた。どうしたのかなーと思って顔を覗き込んで見るとなんと暢気に寝ているではないか。痛みからか、限界まで叫び続けて酸欠になったからか、インデックスちゃんが死んだと思ったショックからか、それともそれら全部か、コスプレ神父くんは、絶賛気絶中だ。

 

「『しょうがない』

 『心が折れた人間に攻撃するほどつまらないことはないから これぐらいにしてあげる…』」

 

 なーんて、言うと思った馬鹿はどのくらいいるー?

 

「『スポーツじゃねえんだ』

 『気絶したからって心が折れたからって』

 『簡単に負けられるだなんて思うなよ!』

 『のどつぶして顔面の皮はいで口いっぱいに螺子入(ネジい)れて』

 『そんでもって「負けました」ってちゃんというまで殺し続けてやんよ!』

 

 そう言って完全に無防備なコスプレ神父くんに螺子を両手に襲い掛かる。俺は有限実行ができる男だ。まずはのどに狙いをあわせ飛びかかろうとする  

 

 が

 

「やめて!」

 

 --両手を広げて通せんぼするように立っているインデックスちゃんがそこにいた。

 

「『え?』」

 

 予想外の出来事に一瞬動作を停止させる。

 確かに俺は大嘘憑きで彼女の傷や「死んだ」という事実、その他彼女に影響を与えているものをなかったことにした。意識が覚醒してもおかしくない。

 だけど、目を覚ました瞬間、自分の置かれている状況を把握するなんて無理な話だ。混乱から立ち直るにはかなり時間を要すると思っていた。

 

 きっと彼女が目を覚ましたとき、俺が気絶した魔術師に追撃しようとする姿が目に入ったんだろう。そして自分の身に起きたこととか、そういったことは一切考えずただ守りたいという一身で俺の前に立ちふさがったんだと思う。ふざけた話だ。ばかげている。

 

 だがその愚かさ、

 

「『嫌いじゃないぜ。インデックスちゃん』」

 『おはよう 気分はいかがかな?』」

 

 インデックスちゃんはおれの挨拶に答えない。その代わり周囲をじっくりと観察している。

 飛び散った血痕、散乱する螺子、こげたり大穴が開いている壁や床、そして螺子だらけのコスプレ神父くん。さらにさきほどの俺の行動から、ようやく現状を把握できたらしい。彼女が次に発した言葉は「どうして?」だった。

 

「どうして君はそうなの? どうして君はそんな風に笑ったままひどいことができるの? たとえどんな敵だったとしても、ここまでする必要が本当にあったの?」

 

「『えー!』

 『ここまでって何いってんのさ』

 『君はのんきに寝ていたから知らないだろうけど』

 『彼にやられた分に比べたら俺がやったことなんてまだまだ軽いもんだったぜ』

 『ひどいっていうんだったらあと百回は苦しんで死んでもらわないと』

 『ぜんぜん割りに合わないよ!』」

 

「お願い。はぐらかさないで」

 

 真剣な表情。どんな嘘も見逃さないような、そんな強い光をもった目。俺はそんなインデックスちゃんに不覚にも威圧されてしまったみたいだ。怒っている。インデックスちゃんは見たまんま心から怒っている。

 

「『俺が彼をあそこまで追い込んだ理由か』 

 『なんとなく、ではだめなんだろうし』 

 『ふうむ』」

 

 うーん。最初は適当なことをいって済まそうかと思ったが、インデックスちゃんはそれを許してくれないみたいだ。しょうがない。俺の貧相なボキャブラリーでなんとか彼女が満足しそうな答えを精一杯言葉に出してみようか。

 

「『たとえばの話だけどさあ』

 『「努力は必ず報われる」』

 『――って言う奴いるじゃん』

 『でもさそれっておかしくない?』

 『勉強だってスポーツだって頑張っても結果を出せるのはごく一部のエリートで』

 『「努力は報われる」って言葉は』

 『結果を出したプラスの嘘か』

 『それが嘘だと認められないノーマルたちの幻想さ』

 『だから俺は』

 『その幻想をぶち殺す』」

 

 何をどう頑張ったところで、結果を出せるやつは最初から出るし、出ないやつは出ない。

 だったら初めから何もしないほうが、皆にとってハッピーだ。

 

「『もしかしたら俺がこんなことをしているのは』

 『そのことをみんなに知ってもらいたいからなのかもしれないね』」

 

「…………そう、」

 

 長い沈黙の末、インデックスちゃんは一言つぶやくだけだった。意外だ。てっきり反論してくるかと思ったのにこれでは肩透かしを食らった気分だ。

 

「私も最初はまたすがりつきたくなるような嘘かと思った。けど、最後の言葉にはなんだか強い意志を感じたんだよ。だからもしかしたら君の今の言葉は全部が全部嘘じゃないんじゃないかと思ったんだ」

 

「『……そうかい』 

 『じゃあそれは俺のことを理解してくれたってことでいいのかな』」

 

「ううん。残念だけど君の言うことのほとんどは理解できなかったんだよ」

 

 それはよかった。俺のことをわからないってことを理解してくれてとてもうれしいよ! 

 でも、反対に俺はインデックスちゃんのことを何も理解していなかったらしい。だから次のインデックスちゃんの言葉には本当に驚かされた。

 

「だからね。これから君にずっとついていくから!」

 

「『え!』」

 

「君のことが分からないんだったら分かるまで君の傍にいる! 君が次になにかとんでもないことをしようとしたら、私が絶対に止めてみせる!」

 

 おいおいこいつはなんとも予想外な展開だ。いつの間にか俺はインデックスちゃんルートを順調に攻略していたらしい…という冗談は置いといて。

 インデックスちゃんはこんなかわいい顔してとても頑固だ。俺が引くぐらいのレベルで。だからこうなった以上、彼女はてこでも自分から離れないだろう。

 

 しょうがない。わかったよ。俺は仕方なしに了承す る。また勝てなかった。

 

 

 だけどこれだけは言わせてくれ。

 

「『これから俺のことは親しみを込めて『裸エプロン先輩』と呼んでくれたまえ』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気絶したコスプレ神父くんを介抱した後、俺たちはアパートに帰る道を一緒に並んで歩いていた。

 

 完全に日は沈んでしまったが、街灯があるので迷うことはない。だけどやっぱり暗いのには変わらない。まったく仮にも最先端の科学技術をうたっているんだったらもっと夜でも明るくなるようにしろよな!

 え? 人工の明かりは好きではないんじゃなかったっけって? おいおいだれだよそんな気取ったことをいったやつ。俺の前に連れてこいよ。前言撤回させてやるから。 

 

 彼女は一回しか来たことがなかったはずだが、その足取りに迷いはない。これが完全記憶能力というやつか。全くうらやましいぜ。俺もそんなものがあったらきっとテストも毎回50点は固かったね。

 

 結局アレからインデックスちゃんは俺のことを裸エプロン先輩ではなく「とうま」と呼ぶようになった。俺のことを裸エプロン先輩と呼ばせることで裸エプロンにたいする抵抗を少しずつなくしていこうとする完璧な作戦は失敗した。ちくしょう。

 

 ……あっ、そういえば彼女に渡さなくちゃいけないものがあったっけ。

 

「『インデックスちゃん!』

 『はいこれ忘れ物』」

 

 そういってかばんから取り出したのは彼女が俺の部屋で落とした真っ白なローブ。

 

「あ、やっぱり! とうまが持っててくれたんだ! ありがとう!」

 

 探し物を見つけて嬉しそうにはしゃぐインデックスちゃん。その姿は見た目相応の子供だ。

うんうん渡せてよかった。だって

 

「『いやー』

 『かばんに入れておいてよかったよ』 

 『部屋においていたらもう渡せなかったところだからね』」

 

「へ? どういうこと?」

 

 インデックスちゃんは俺の言葉の意味が分からないらしくかわいらしく首をかしげた。そういえば彼女にはまだ言ってなかった。

 

「『ああ、実はね。』

 『最初は俺のアパートで襲撃されたんだけど……』

 『追い詰められちゃって』

 『どうしようもなくなって』」

 

 ここまで話しているうちにアパートはもうすぐ近く。この角を曲がれば目の前に見えるところまできていた。正確には、アパートがあった場所に。

 

「『だから「ルーンが貼りついているアパート」自体 なかったことにしてみました!』」

 

 インデックスちゃんはかつてアパートがあった場所が大きな地面むき出しの大きな穴に変わっている光景に絶句していた。

 

「『俺は君を守るためにこれから住む建物もなかにあった大事なものも捨てたのに』

 『インデックスちゃんは自分だけは助かって』

 『喜んでいるみたいで本当によかったよ』

 『フツーはそんなことできるわけないけどさ』」

 

 俺の煽りにインデックスちゃんは黙り込む。そして上目遣いの目尻に涙が浮かびあがりそうな顔をして、あまつさえちょっと下唇を噛んでこういった。

 

「とうまなんて、だいっっきらい!!」

 

 

 

 ……

 

 これでいい

 

 名前をよびあってとか、俺の家で一緒にご飯を食ってとか、ラッキースケベを起こしてとか、寝るときに同じ布団に入ってとか、そんな少年ジャンプみたいな感じで君となあなあで仲直りなんかしたくない

 

 だって

 

 きみとの和解は

 

 劇的であるべきなんだから

 

 




投票してくれたKentaΨさん、屈曲粘体さん、tyuseiさん。そしてお気に入り登録してくれた皆さん有難うございます!とても励みになりました!これからも応援よろしくお願いします!


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7月23日(前)

ランキングに載っている!
うう、皆さんの応援ありがとうございます! 


「もーーー!! とうまーーー!!」

 

 女の子の怒った声がこの狭い部屋に鳴り響く。きっとまた彼が何か彼女にいたずらでもしたのだろう。すでに彼らのこのやりとりは日常の一部になっていた。

 

 上条当麻。

 

 三日前の夜に突然訪ねてきたと思ったら、シスターの格好をした見知らぬ女の子を引き連れてそのまま家に転がり込んできた、私の大事な生徒の1人であり、そして私の心に初めて大きな敗北感を味あわせた人でもある。

 

 私、月詠小萌が初めて彼の名前を聞いたのは、彼が入学する前、誰がどの生徒を受け持つか決める職員会議でのことだった。

 

 曰く、行く先々で多くの問題を起こす、学園都市きっての超問題児。彼のせいで廃人になった教師もいるとかいないとか。

 

 そんな噂をもつ彼をどのクラスで受け持つか。誰もが及び腰であった中、私は自分から立候補した。

 

 社会心理学、環境心理学などをはじめとした様々な心理学を専攻し、日ごろから家出した問題児たちの面倒を見て、時に更生させてきたという自負が、そんな子でも私ならという気持ちにさせた。

 

 そのことを、私はすぐに後悔することになる。

 

 私のそんなちっぽけな自信は、彼とのファーストコンタクトで粉々に吹き飛んでしまった。

 

 それ以来、彼との接触は最小限にしている。

 

 もちろん、それは他の生徒と対応を変えているという意味ではない。聞かれた質問には親身になって答えるし、出なければならない補習にはすこし脅してでも必ず出席させるようにしてきた。

 

 だが、それだけだ。

 

 本当に彼のためを思うなら、自分はもう一歩踏み込まなければならなかった。そう、まさに目の前のシスターの少女がやっているように。

 

 それをしないのは、たぶん私は彼から逃げ出してしまったんだと思う。

 

 他の誰を救えても上条当麻だけは救えないのではないか。

 彼を救うこと自体、罪深いことなのではないか。

 

 彼と出会ったとき、そんな教師としてあるまじき考えが頭をよぎって怖くなった。このまま彼と関われば、教師としての私は死んでしまうのではないか。そう思って彼を導くことを諦めてしまった。

 

 でも今なら分かる。彼は人との付き合い、特にあのシスターの少女との関わりを通じて少しずつ、本当に少しずつだが変わりつつあるのだと。

 

 だからいつか、

 

 

 私が間違いだったと必ず後悔させてくださいね、上条ちゃん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ステイルとの戦闘の後、帰る場所を失ってしまった上条とインデックス。彼らがその後向かったのは、上条の担任の先生であり、家出少年や少女たちを保護するのが趣味という小萌先生のアパートであった。

 

 ちなみになぜ上条が小萌先生のアパートの住所を知っていたのかはここで語らないでおくとする。原作通り青髪ピアスに聞いたのだろう。たぶん。きっと。Maybe…

 

 いきなり訪ねてきた上条たちを泊めることにさすがに始めは難色を示した小萌先生。しかし、インデックスのボロボロの服(上条の趣味でさせられていると思ったらしい)と大きく鳴らしたおなかの音を聞いて、苦笑しながら開けてくれた。

 

 こうしてなし崩し的にしばらく滞在する場所を確保した上条たちであったが、問題がないわけではない。

 

 たとえば、部屋中に散らかった大量のビール缶とタバコの吸殻という小萌先生の意外な一面を知った上条が絶句したり、新たな魔術師の襲撃に備えておかなければならなかったり、そしてなにより、小萌先生のアパートには、お風呂などという高尚な概念など存在しない。

 

 そのため現在上条とインデックスの二人は、アパートの最寄にある銭湯へ一緒に仲良く向かっているところだった。

 

「おっふろ♪ おっふろ♪」

 

 インデックスは両手に洗面器を抱えながら、今にもスキップしそうなほど楽しそうに歩いている。

 

「『インデックスちゃん 駄目だぜ』

 『きちんと前をみて歩かなきゃ』

 『それにまーたそんなピンだらけの修道服を着ちゃって』

 『ひょっとして人にぶつかって野外ポロリとか』

 『そんな変態プレイに興味があったりするのかい?』『うわー!』」

 

「もー。また勝手なことばかり言って! そもそもこの『歩く教会』をこんな風にしたのはとうまだもん! そうだ! とうまのオールフィクションで壊れたことをなかったことにできないの!?」

 

「『インデックスちゃん…』

 『これだけは覚えておいて』

 『どんなものでもいつかは壊れる。』

 『でもそれは自然の摂理であって』

 『気軽になかったことにすることは ものへの冒涜に他ならないんだよ…』」

 

「くだらないことにしょっちゅう能力をつかう、とうまにだけは言われたくないんだよ!」

 

 上条のからかいにムキーとよい反応で返すインデックス。彼女はいい加減気づいたほうがいい。上条の煽りに彼女が生真面目に反応するたびに、上条が面白がってまたからかうという負(マイナス)のスパイラルができあがっているということに。

 そんないつもの他愛のない言い争いを銭湯につくまで続けるのかと思いきや、急にインデックスが立ち止まり、周囲をきょろきょろ見渡し始めた。

 

「『どうしたの?』

 『…………』

 『あっごめん!』

 『でもトイレだったらすぐそこの公園に確かあったと』」

 

「…………………………」

 

 上条のからかいにも反応せずに、真剣な表情でじっと考えるインデックス。上条もさすがになにか異常事態が起きたと分かり口を閉じる。そして少し経ってから彼女の口から出た言葉は、このあたり一帯に「人払い(Opila)」の魔術が仕掛けられている、というものだった。

 

「『人払い(Opila)?』」

 

「うん。周囲に「ここにこようとは思わない」っていう暗示をかけさせる魔術って言えば分かりやすいかな。でも、これだけ広範囲に術式を発動させるなんて、相手は相当実力のある魔術師かも」

 

 そうインデックスに言われて上条は思い出す。まだ寝るには早い時間なのに、自分は誰ともすれ違った覚えがないということに。

 

 一方インデックスはこの魔術の行使者にあたりをつけていた。

 まず、神父の格好をした大男はないと踏む。あれだけ盛大に上条にやられたのだ。この短期間で彼の心と体を治すのはどんな魔術だって難しいに違いない。

 

(たぶん……彼女だ)

 

 それは三日前、自分の背中を刀で切り裂き命を奪おうとした女性。

 なぜあの時彼女が自分を見逃したのかは分からないが、その光景はさっき起きたことのようにはっきりと思い出せる。他ならぬ完全記憶能力が、忘れることを許してくれない。

 

 体が震える。また殺されるかもというトラウマが彼女の心を弱気にさせる。

 

 ふと、頭に何かが乗っかる感覚があった。

 見上げると自分の頭に手を置いて相変わらずの張り付いた笑みを浮かべてこちらを見ている少年の姿が目に入る。

 

「『インデックスちゃん』 

 『そういうことならここは俺に任せて君は逃げな!』

 『何があろうと俺が君をまもってみせる!』」

 

 その白々しく心が全く込められていない言葉を聞いてこんなときでもこいつは! という気持ちがインデックスの中で沸き起こる。そして、震えがすでに止まっていたことに気づく。

 これを彼は意図してやっているのかそれとも全て自分の考えすぎか。どちらにせよ自分がやることは決まっているとインデックスは立ち直った。

 

「とうま、私は魔術の出所をさがしに行くけど、とうまは絶対に、ぜっったいにここを動いちゃ駄目なんだよ!とうまに任せたらろくでもない結果になるに決まってるんだから!」

 

「『わかった!』

 『インデックスちゃんの言うとおり』

 『俺は何があっても』

 『どんなことが起きようとも』

 『絶対にここを離れないって命をかけて誓うよ!』

 

 いきなり前言撤回した上条の言葉にインデックスは何か言いたげな表情になるが、上条に何を言っても無駄だと思い返したのか、すぐ戻るから!という言葉をのこして駆け出していった。そこにさっきまでの不安げな様子は見られない。

 

 …一方。

 

 インデックスの小さな後ろ姿が見えなくなるまで頑張ってねーと軽い調子で応援しながら手を振っていた上条。

 

「『…ところで』」

 

 突如、彼の周囲にまとうオーラが変わる。

 

「『さっきから俺たちを見ていた君は』

『だ~ぁれだ?』」

 

 過負荷にふさわしい、醜悪なものへと。

 

 上条は誰かが自分の近くにいるように話しかけるがそこには何者もいない…筈だった。

 

「こんばんわ」

 

 上条の言葉に促されたのか、どこからか声が聞こえてきた。

 それはゆっくりで凛とした、そしてまるで女王が敵対者にかけるような冷たさを感じさせる声であった。

 

 上条がその声の方向にふりむくと、1人の女性が立っている。

 二メートルほどの日本刀を携えた美しい女性だ。

 一本にまとめられた長く美しい黒髪、そして大和撫子然とした表情。本来それらはみるものに清廉さすら感じさせるものであったが、左足の裾はなぜかなく生足が飛び出ており、さらにへそまで丸出しにしている痴女めいた格好が、すべてを台無しにしていた。そんな怪しい格好の女性に

 

「『こんばんわー!』」

 

 と上条は明るく返す。その姿は相変わらずで警戒している様子はみられない。

 

 なんの他愛もない挨拶。

 だが、片方はいつでも切りかかれるように気を引き締め、もう片方はそんな相手の心情を理解しているにもかかわらず、何をするわけでもなくただわらっているだけ。

 

 世間話のようなどこにでもありそうな会話を交わす二人だったが、その場は確かに剣呑な空気が支配していた。

 

「私は神裂火織、と申します」

 

「『神裂さんだね』

 『うん 覚えたよ』

 『よろしくね!』

 『ちなみに俺の名前は』」

 

「上条当麻。存じております。神浄の討魔…いい真名です」

 

「『あれー!?』

 『なんで俺のことを知ってるの?』

 『あっ わかった』

 『君』

 『俺のストーカーだろ!』」

 

「………不本意なことではありますが、まあ、あながち間違いとは言い切れませんね。あなたのことはこの三日間色々と調べさせてもらいました」

 

「『え!』

 『うわー』

『冗談だったのにマジで!』

『とっても美人さんなのになー』

『そんな見られたら即通報みたいな格好もしているし』

 『神裂さん』

 『君 よく残念美人って言われない?』」

 

「………………………………」

 

 どんな状況でも相手をあおる上条のスタイルには変わりはない。だがそんな彼の挑発を受けても神裂は表情を崩すことなくただじっと上条を見ている。もっとも内心どう感じているかは分からないが。

 

「『なーんてね 俺をだまそうったってそうはいかないぞ!』

 『神裂さんもインデックスちゃんを狙う魔術結社の一人なんだろ!』

 『俺は君みたいなすかした顔でエリート然しているやつが一番嫌いなんだ!』

 『問答無用でぶっ殺してやるぜ!』」

 

「そうですか…私はできれば話し合いで解決したいと思っていたのですが」

 

 話し合い? 

 と上条は意外そうな顔をして、数瞬考えるそぶりを見せた後、

 

「『そうだね!』

 『話し合いで解決できるんだったら争って決めるよりもずっといいに決まってる!』

 『それに俺たちは別にうらみあっているわけでもないんだしね。』

 『そうだ!』

 『そのために神裂さんに1つおねがいしたいことがあるんだけど!』」

 

 先ほど自分がいったことなど忘れたかのように手のひらを返した。

 

「お願い?それは一体なんでしょう?」

 

「『死んで!』」

 

 突如、上条から神裂に向かって大量の螺子が投げつけられる。

 にもかかわらず神裂は避けようとも防御しようともせず、ただなすがままに立っているだけ。

 これではいかに彼女の肉体が人間離れしていても意味はない。あまりに不可解な対応だ。

 

「『安心してくれ神裂さん。』

『話し合いをしたいって言う君の遺志はちゃーんと俺が引き継ぐよ』

 『俺は死体になった君と気が済むまで語り合って君と争わずにすむ方法を考えるさ』

 『なに 俺と君のことだ きっとすぐにみつけられるさ』

 『だから物言う君は邪魔なんだ』」

 

 だが、それはよけれなかったのではなく、よける必要がなかっただけのこと。

 

「なるほど、ここまで聞いたとおりとは逆に珍しいこともあるものです」

 

 不意をついたかのように見えた上条の先制攻撃だったが、いつの間にか張り巡らされた、よく目をこらさなければ見えないほどの極細の糸によって螺子は絡み取られていた。

 

「『……そうか』

 『俺のおしゃべりに付き合ってくれたはこの仕掛けを施すためっていうわけかい?』

 『残念だよ 君も俺との会話を楽しんでくれていると思っていたのに』」

 

「ようやく気づいたようですね。先ほど神裂と名乗りましたが、私たち魔術師にはもう1つ、戦うときに名乗る名前を持ち、それは魔法名と呼ばれています。それを名乗ることは、己の行おうとする行為の誓言であり、本来なら言いたくないことなのですが…、ステイルの言うとおり貴方にはそうもいかないようです」

 

「『ステイル?』 

 『誰それ』 

 『新キャラ?』」

 

 この間の戦闘の際にステイルは本名を上条に名乗らなかったため、いきなり彼の名前を言われても誰のことがわからないのも仕方はない。

 

「三日ほど前にあなたが倒した、私の仲間の魔術師の名前ですよ」

 

「『うーん』

 『ごめん 記憶にないや』

 『ひとちがいじゃない?』」

 

 というのは関係なく、上条の頭の中からはきれいさっぱりステイルとの戦闘のことなど忘れているようだった。だが神裂は特に気にした風もなくただ

 

「そうですか」

 

 とだけつぶやいた。

 

「では、最後に私も魔法名を名乗らせていただきましょう。Slavere000--本来は救われぬ者に救いの手を、という意味なのですが…今回はあなたの流儀に則って」

 

 そこまで言い切った後いったん口を閉じ、目を瞑り、息を吐いた後、言葉を続けた。

 

「死になさい。上条当麻。安心することもなく。遺志を残すこともなく。」

 

 物理的にも人を刺せてしまいそうな力強く、鋭い眼光が上条をいぬく。それでも上条は屁でもない様子でいつものセリフを言い放った。

 

『俺は 悪く ない』

 

 

 

 

 

 

 

 

 上条にはある予感があった。

 

 自分は負けて無様に地面に伏すことになるだろうと。

 

 だが、そんなことはいつものことだ。

 

 人はみんな自分は死なないと思っている。

 いつか命が尽きることを頭では理解していてもそれは今日や明日じゃないと思っている。

 

 だけど死ぬ。今日も死ぬし明日も死ぬ。

 事件で事故で病で偶然で寿命で不注意で裏切りで信条で愚かさで賢さでいつだってみんな死んでいく。

 

 そんな中女のこのために死ねる俺は残念ながら幸せだ。

 

 だからいつもみたいにへらへら笑って死ねよ、上条当麻!

 

 

 

 

 

 

 




かなりテンションの低い神裂さん。だが次回は…?




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7月23日(後)

遅れながら何とか書けた…



 結論から言おう。上条はやっぱり負けていた。

 

 やっぱり? なぜかって?

 それは上条当麻は不幸と敗北の星の下、生まれた男だからだ。

 道を歩けば犬に噛まれ、石につまずき財布を落とす。ポーカーでフラッシュを揃えても相手はフォーカード何てことはザラ。席替えのくじでは可愛い女の子の隣になるなんてこともなく、いつも教壇の真ん前だ。そして戦えばカブトムシにすら劣る。それが上条当麻という男。

 

「『まったく 開幕と同時に敗北シーンだなんて』

 『ワンパターンにもほどがあるよ… 』

 『神様ってやつがいたら』

 『もうちょい考えて欲しいもんだぜ』」

 

 軽口をたたいてはいるものの、もはや全身は切り傷だらけで、服は血でべっとり染まっており、満身創痍のなにものでもない。立つのもやっとなようで足はぶるぶると情けなく震えている。

 それでも彼の目には光があり、膝はまだ地に着いてはいない。

 膝がつかなければ負けてないといわんばかりに斬られてもきざまれても殴られても殺されようが倒れようとはしなかった。

 

「もう…いいのではないのでしょうか。今ここで倒れても誰もあなたを責めたりしません。負けを認めるというのも勇気です」

 

 だが、そんな覚悟も神裂の前では意味がない。

 隙をつくとか、工夫をするとか、そんなものでは補え切れない圧倒的な力の差。

 負けることを義務付けられた彼と、勝つことを約束された彼女。

 この光景は始まる前から分かりきっていたものだった。

 

「『いやいやまだ負けたわけじゃないぜ』

 『ほら 痛みもなくなってきた』

 『これって治ったってことなのかな』

 『それとも壊死する前兆かな』」

 

 と、上条は再び新たな螺子を取り出して神裂に向かって突撃し

 

「『ま』

 『どっちでも同じか』」

 

 あっけなく神裂の七つの斬撃によって迎撃された。

 

「七閃」

 神裂火織が使用する戦術の一つであり、ワイヤーを使った中遠距離用の格闘術である。その威力はコンクリートすら一瞬で砕くほどであり、上条は7方向からのこの一斉攻撃に太刀打ちできずにいる。

 

「あなたが罠を張ろうが知恵を絞ろうが策を練ろうが仕掛けを打とうが方法を考えようが意表を突こうが計画を立てようが裏をかこうが無駄なことです。それを許せるから私たちは聖人なんて呼ばれている」

 

「『聖…人……?』」

 

「世界に20人といない、生まれた時から神の子の力を持って生まれた人間のことです。彼らはみな『神の力の一端』をその身に宿し、人間を超えた力を使うことができます。そしてそれがそのままあなたが負ける理由でもあります」

 

「『だから』

 『負けてないって』

 『それも』

 『君みたいな罪もない女の子をいじめるような人にはね』」

 

「………ッ、」

 

「『神裂さん 君は知っているのかい?』

 『俺もつい最近聞いた話なんだけど彼女は一年前から記憶がないんだ!』

 『そんな風になるまで女の子を追い回すようなやつらに俺は絶対に負けたりしないよ!』」

 

 上条は涙を流しながら大げさな手ぶりで非難する。

 

「『そんな聖人なんていうとんでもない力をもっているのに』

 『どうしてそんなひどいことができるんだ!』」

 

「私だって好きでこんなことわけではありません‼」

 

 神裂は上條の言葉に我慢できずに告白する。

 自分とインデックスは同じ組織に属しており、大切な友人であったと。

 そして、彼女がそのことを覚えていないのは、自分が記憶を消してしまったからだと。

 

「こんなこと私だってしたくなかった‼ こんな、あの子を傷つける力なんて!」

 

 しかしそれは

 

「いらなかった‼」

 

 上条の、過負荷にとって地雷をふみぬく行為だった。

 

「『ふざけるなよ!』」

 

「…え?」

 

 地獄の底から這いよってくるような恐ろしい声。

 歯を砕けんばかりにかみ締め、眉間をよせ、こちらを睨みつけている。

 

 彼は誰から見ても分かりやすいほど激怒していた。

 いつもなにがあってもへらへらこちらを馬鹿にしているように笑っている上条から想像できないほどのその豹変振りにさすがの神埼も言葉が出ない。

 

「『神裂さんがどんな理由でインデックスちゃんの記憶をうばったのか知らないし、興味もない』

『でもこれだけは言わせてもらう』」

 

「『奪った(勝った)やつが』

奪った(勝った)ことを』

『嘆くな‼』」

 

 それは敗者としての矜持であり、それを踏みにじった神裂の先の言葉は許せるものではなかった。

 

「『インデックスちゃんは記憶を失おうが苦しかろうがいつだって笑ってたぞ!』

『それに比べて君はなんだ!』

『どんなきれいごとを並べたてたところで』

『君は所詮俺たち過負荷以下の』

『薄汚い勝者にすぎない』

『神裂さんの魔法名--救われぬものに救いのてをだっけ?』

『ばーか』

『誇りなき勝者が意志ある敗者を救えるわけがねえだろが!」」

 

 上条は怒りに任せて喋り続ける。

 

「『あんまなめんなよ』

『勝負を』

『そして人生を』」

 

「……だったら」

 

 もしも、の話をしよう。

 例えば、今ここに立っているのがインデックスのことを本気で心配している正義感ある少年だったなら。

 神裂の行為を許せないと感じる正しい男だったなら。

 神埼は彼の言葉を流していただろう。

 

 だが、あくまでもそれはもしもの話。今ここにいるのは、最低(マイナス)で最凶(マイナス)な過負荷(マイナス)、上条当麻。そして彼の過負荷(マイナス)は最悪(マイナス)なことに周囲にも大きな影響を与えてしまう。

 そう、たとえ相手が彼女のような聖人だったとしてもそれは例外ではない。

 

「だったら! どうしたらよかったって言うんですか!!」

 

 いや、彼女だからこそその影響は大きかったのかもしれない。

 理性的な彼女だからこそ、発散されることなく数年間ただ貯まる一方だったストレス、鬱憤、不満。

 行き場がなかったそれらは、ステイルが危惧していた通りに、今爆発する。

 

「私だってこんなことしたくなかった!」

 

 上条という、正しい行き場を見つけて。

 

「でも! そうしなければあの子は死んでしまう!!」

 

 神裂は言葉を発しながらも、それは上条に伝えようとか、説明しようとか、自分のやっていることを正当化しようとか、そういった意図は全くない。

 

「彼女の脳のほとんどは! 10万3千冊の魔道書の記憶のために使われてしまっている!!」

 

 それは、ただの感情の発露で、暴力で、いってしまえば八つ当たりであった。

 

「残りの容量は15%程度! 並みの人間と同じように記憶していけばすぐに脳がパンクしてしまう!!」

 

 もやは理性というコントロールを失った彼女は、感情の赴くままに無抵抗な上条を殴る。殴る。ひたすら殴る。

 

「しかも! あの子には完全記憶能力がある!! 無駄な記憶も忘れられない彼女では、一年も持たない!!」

 

 肉は裂け、骨は骨折を通り越して粉砕し、内臓は破裂している。

 圧倒的な力の前に、すでに彼の体で無事な場所など存在しない。

 

「だから!定期的にあの子の記憶を完全に消去しなければならない!!」

 

 それでも彼女は殴り続ける。上条はどうせ死なないからとか、そんなことは記憶に残っているかも定かではない。

 

「そんな絶望的な状況で! 私はいったいどうすればよかったっつぅんだよおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 そこに、イギリス正教、必要悪の教会に属する聖人の姿はどこにもない。

 

 あるのは泣きながら八つ当たりで暴力をふるう、1人の少女と

 

「答えてみろよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」」

 

 それでも倒れずに不気味な笑みを浮かべている少年だけだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どんなことでも終わりというのは必ず来る。

 だから、いつまでも続くと思われた神裂の虐殺が終わるのも当然のことではあった。

 数分後か、数十分後か、数時間後か。

 肉がつぶれ、骨が砕ける音が止む。

 それは神裂が冷静になったから、というよりも怒りがようやく収まった、というほうが正しい。

 

 神裂の、聖人の暴力を一方的にひたすら受けた上条は悲惨だった。

 生きているのを疑う、いや生きているほうがおかしいと目を背けたくなるほどにそれは人間の形をしていない。

 

「わ…私は……」

 

 ここでようやく、彼女は自分がしでかしたことを理解し、頭が多少冷えた彼女は上条を見る。

 それは異常な光景だった。すでに耳は聞こえず、口は利けず、目は見えず、息はできず、血は足りず、物は握れず、痛みすら感じない体で、彼は確かに二本の足で立っていた。

 

「……見事です、上条当麻。あなたのその勝利に対する貪欲さだけは評価に値します。あなたは私が戦ってきた中で最も強い敵でした」

 

 そういってきびすを返す神裂。

 結局彼女は上条を地に伏せることはできず、ふたりに大きな傷と気まずさを残したこの戦いに、勝者なんてものはない。

 

 ………………

 ………

 …

 

「『なーんてそんなきれいな結末を上条さんが許すわけないだろう?』」

 

 神裂が振り替えると、上条がケロッした顔で立っていた。その姿に先ほどの悲惨な様子は欠片もないが、事前にステイルに聞いていた神裂には驚きはない。だがなぜ今まで能力を使わなかったのかという疑問は残る。

 

「『いやーようやく準備が完了だ。』

『俺の能力って細かいコントロールが効かないんでね』

『さすがに時間をかけざるを得なかったよ。』

『だって、一歩間違えたら世界そのものを消してしまうからね』」

 

 そんなかの神裂の考えをよそに、分けの分からないことを言いながら足元の地面に刺さっている()()を片足でいじる上条。

 

「『ずっと負けないためにどうすればいいか考えてたんだ』 

『神裂さん』

 『君に殴られたショックで思いついたんだ ありがとう!』」

 

「あなたはさっきから何を…」

 

「『さてこっからは第二ラウンドの時間だ。』

 『だからちょっと場所も変えさせてもらうよ』」

 

 上条は螺子を踏み足に力をこめ始める。

 なにをやろうとしているのかは神裂には分からない。だがろくでもないことだというのは分かっていた。それも先ほどから神裂の戦士として培われてきた生存本能が大音量で警鐘をあげるほどの何かを。

 

「やらせません!」

 

 神裂は刀を抜き上条へと駆け寄るが一歩遅く、

 

「『あ』

『それでは皆さんご唱和ください』」

 

 螺子が完全に地面に突き刺さった。

 

「『It's All Fiction!!』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数秒後、

 

 唐突な暗闇。

 急速な落下感。

 

 そんな感覚のなか、神裂はかろうじて現状を理解した。

 

 --自分は今、墜落していると。

 

(なにが起きたというのです!?)

 

 神裂は動揺を押さえ、なんとか落下速度減速のための魔術を行使した。自分が落ちている大穴の深さによってはその行為に意味は持たないが、その心配は杞憂に終わる。

 穴に落ちた神裂を待ち受けていたのは、数十メートルほどの深さにあった地下ショッピングモールの一角。彼女は持ち前の身体能力を使ってなんなく着地した。

 自身の無事を確認し、見上げてみるとモールの天井に大きな穴がぽっかりと開いている。しばらくしてようやく自分はあそこから落ちてきたのだと認識できた。

 

「……ありえません」

 

「『何があり得ないんだい?』」

 

 呆然とする神裂に、いつの前にか現れた上条が声をかける。

 

「こんな……こんなことどうしたらできるって言うんですか! 一瞬で地面に大穴を空けるなど…聖人にだってできません。いえこんなことできるとしたら…それは!」

 

「『おいおい』 

『神裂さん』 

『それは買い被りが過ぎるってもんだぜ』

『俺はただなかったことにしただけさ』 

『俺が伏して負けるはずだった地面をね』」

 

「地面を……なかったことにした……?」

 

「『そう』

大嘘憑き(オールフィクション)

 『現実(すべて)を虚構(なかった)ことにする能力。』

 『ただそれだけの下らない過負荷(マイナス)さ』」

 

「すべてをなかったことにする!? でたらめにもほどがあります! それこそあり得ません!」

 

「『現実を見ないことは過負荷(マイナス)の専売特許だぜ』

『権利侵害はいけないな。』

『でもよかった』

『運よくちょうど下にショッピングモールがあって』  『じゃなきゃ今頃ブラジルまでまっさかさまだ』」

 

「! あなたは真下にこの空間があると知って使ったのではなかったのですか!?」

 

「『あはは 買いかぶりすぎだぜ』 

『神裂さん』

『俺がそんなこと知っているわけがないじゃないか』 

『俺はただ好きなだけさ』 

『スリルとリスクで神経削る分の悪い賭けってやつがさ!』」

 

 上条の能力と考えなしの無鉄砲さに今度こそ絶句する神裂。

 

「『さてこれでようやく心置きなく戦えそうだ』」

 

「…だからどうだというのですか? あなたと私の力量の差は身を持って分かったことでしょう。場所を変えようと何をしようと無意味です」

 

 神裂の言うとおり上条の行動に意味はない。

 確かに面を食らったがそれだけだ。自分は今、こうして五体満足でほとんど傷もなくたっている。

 ゆえに、地面をなかったことにするという行為は意味はなく、むしろ下手すれば自分が死にかねない上条の行動には首を傾げるしかない。

 

「『確かに過負荷は無意味で無価値だけれども』

『今回ばかりは意味はあるさ。』

『インデックスちゃんを遠ざけるっていうね』」

 

「え!」

 

 いや、意味はあった。

 インデックスを近づけさせないという重要な意味が。

 

「『俺は反省ができる男でね。』

『前回みたいにインデックスちゃんに途中で勝負に割り込まれてうやむやになってしまうことだけは避けたかった』」

 

「あなた…まさか、そのためだけにこれほどのことをしたというのですか!?」

 

 彼は、初めから神裂のことなど見てすらいなかった。

 彼はずっと戦う前からインデックスだけを警戒していた。

 だって彼が戦うのはいつだって弱者(涙を流す子)ではなく

 

「『【君が次になにかとんでもないことをしようとしたら、私が絶対に止めてみせる】…か』

 『そんな恐ろしいことを言われたら地面に大穴空けて逃げるしかないじゃないか』」

 

 強者(涙を流さない子)なのだから

 

「『だから俺は悪くない』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「見くびられたものですね。インデックスがいなければ勝てるとでも?」

 

「『何をいっているんだい? 君もさっき知っただろう? 大嘘憑き(オールフィクション)。それさえあれば君のインデックスちゃんを救いたいっていう思いをかなえてあげられる。ほら、俺たちが戦う理由なんてもうどこにもない』」

 

 その通りだ。上条の大嘘憑き(オールフィクション)はインデックスを救う確かな方法であるはずだ。彼に頼んで完全記憶能力をなかったことにしてもらえばいい。イギリス正教からの介入は間違いなくあるだろう。しかし、それは自分たちが守ればいい。命懸けになるだろうが、これまでと違って希望はある。

 

なのに、神裂はさっきから自分の中でまとわりついて離れないある考えが上条に頼るのを躊躇させていた。

 

「『インデックスちゃんの完全記憶能力と魔道書の知識をなかったことにすればいい。』

 『それでオールオーケーさ』

 『あ』

 『ついでにインデックスちゃんが神裂さんたちに追われていた記憶も消しておこう!』

 『インデックスちゃんの記憶は戻ることはないけれど』

 『なに悲しむことはない』

 『俺たちで一緒に新しい記憶を造っていけばいいことさ』」

 

 上条の語る誰も争わず傷つくことのない未来像。

 たぶんそれは理想的な光景なんだと思う。

 それはずっと自分が思い描いてきたものだ。

 

 だがこうも思ってしまう。

 記憶も、能力も、信念も、今もっているなにもかもを剥ぎ取られたインデックス。

 

「それは…」

 

 それは、もう、インデックスではないのではないか。

 

 考えたくないのに、そんな呪いの言葉が頭から離れない。

 

「あなたは、自分が何を言っているのか分かっていっているのですか?」

 

「『だからさ-』」

 

 しかし、上条は何でもないようにきって捨てる。聞き分けのない子供にあきれているように

 

「『インデックスちゃんみたいな形をしてインデックスちゃんみたいにしゃべってインデックスちゃんみたいに笑う』

 『1/1等身大インデックスちゃん人形を用意してやるから』

 『そいつの尻でも追いかけていろ』

 『ていってるんだよ』」

 

 今のインデックスを助けるのは難しいから、インデックスにそっくりなもっと助けやすいやつを助けて自己満足に浸っていろと、彼はこともなしげに言う。

 当然、神裂はそんな悪魔の言葉を受け入れることなど到底できない

 

「そんなことできるわけ!」

 

「『できるよね』

 『だって』

 『それは君がいつもやってきたことじゃないか』」

 

 しかし上条は有無も言わさず否定する。お前が今までやって来たこと、そして今からやろうとしていることとなにが違うのかと。

 

「『君たちは』

 『これまで何人のインデックスちゃんを殺してきたんだい?』」

 

「わ、私たちは……」

 

 

 遺伝子的には全く同じ2人の人間がいても、歩んできた人生が違えば、それはもう全くの別人だ。記憶を奪うとは、1人の人間を殺すことと同義である。

 

 上条はその事を、悪意をもって神裂が最も傷つく表現で伝えた。

 

 

「『握手をしよう』」

 

 上条は右手を差し出す。何気ない普通の動作だが、神裂の背筋に生理的な嫌悪感が走る。まるでギチギチに箱につめられた蟲を見せられている気分。こいつと握手を交わすぐらいなら、腕をこの場でぶった切ったほうがいいと感じてしまうほどだった。

 

「『俺たちはもう敵じゃない。』

 『いや 同じ志をもった仲間といってもいい』

 『大丈夫 神裂さんにはいろいろとやられたけれど おこってないよ』

 『ぜーんぶ 水に流してなかったことにしてある』

 

 そう言いながら上条は神裂に向かって歩き出す。

 ゆっくりとした速度。まるで神裂に自分が一歩一歩近づいているのを見せつけるかのように歩く上条。

 神裂ならばそんな彼を近づけさせないのは分けもない。

 

「『だから』」

 『最後に握手して仲直りしようじゃないか』」

 

 だが神裂は動かない。いや動けない。

 なぜなら神裂を縛るものは絶望でも過負荷でもない、ほかならぬ神裂自身がずっと望んでいた、インデックスをこれ以上傷つけなくてすむ、という希望(マイナス)だからだ。

 

 上条は歩みを止める。もう上条と神裂との距離はほとんどない。

 

「『さあ神裂さん』

 『汚れきった君に似合わないその美しい手を』

 『自分で差し出して』

 『僕の手を握り返すんだ』」

 

 それは、一緒にインデックスを助けようという誘いであり

 同時に、一緒にインデックスを殺そうという提案でもあった。

 

 彼が美しいといった自分の手を見る。確かに傷一つない真っ白な手だ。だが神裂にはもはやそれは何度も他人を傷つけた汚れきったものにしか見えなかった。

 

 もう、彼女を傷つけなくてもすむのなら

 すでに自分の手は汚れきっているから

 

 そんな過負荷(マイナス)な思考が彼女の心に侵食し始める

 もう彼女の心は折れかかっていた。あとなにか1つの決め手で完全にぽっきりいってしまうほどに。

 

「『決めてるんだ』

 『争いごとが起こったとき 俺は善悪問わず』

 『一番弱い子の味方をするって』

 『だから俺はきみの味方だ』

 『頼ってくれていいよ』

 『神裂さん』」

 

「わ……私は」

 

 そろそろと、ゆっくりと、だが確実に神裂は手を伸ばしていく。

 上条はその彼女の弱弱しい姿に、自分の勝利を確信した。

 

 

 だがここであえてもう一度あの言葉を言わせてもらう。

 上条当麻は、敗北と不運の星の下、生まれてきた男であると。

 

「え!」

 

 それを証明するように、上条が何かにつまずいた。

 それは普段なら気にも留めないような、小さなくぼみ。

 予想外のことでバランスを大いに崩した上条は、そのまま前に倒れこんだ。

 そう、前にいる神裂へと。

 

「どいてええええええええええ!!」

 

「へ!? きゃああああああああああああ!」

 

 勢いよく神裂に倒れた上条だったが神裂がクッション代わりになったらしく怪我はない。

 だがおかしい。上条は思う。口にあるこのやわらかい感触はなんだろう?と。

 

 上条が恐る恐る目を開けると神裂の真っ赤な顔が目に映る。

 そしてその感触の正体は神裂の唇であり、上条と神裂は互いに唇を交わした状態で倒れていた。

 

 慌てて離れた上条だったが、しばらくさっきまでとは別の意味で気まずい空気が二人の間に流れる。

 

「上条当麻」

 

「『…………はい』」

 

「あなたの提案に私は今返答することはできませんし、あなたには色々とひどいことをしてしまいました。しかし、あと一発だけ」

 

「『いや』

 『皆まで言わなくてもいい』」

 

 と神裂の言葉を遮って素直に顔を差し出す上条。その顔どこか達観しているように見える。

 

「…わかりました。ではせめて痛みも感じさせないよう一撃で沈めて差し上げましょう」

 

「『うん 神裂さん』

『でも最後にこれだけは言わせて』」

 

「歯ァくいしばれええええええええええええ!!」

 

「『不幸だああああああああああああああああ!!』」

 

 神裂の思いが込められた本気の一撃になす術もなく吹き飛ばされ、そのまま地に伏す上条当麻。

 

 今日もまた、彼の勝てるかも知れないという幻想はぶち壊されたのであった。

 

「『そげぶ!!』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




敗北と不幸の星「2名様ブラジルまでごあんなーい」
神裂さんの幸運「させるかーーーーー!!」



敗北と不幸の星「ラッキースケベ。好きだろう?」
神裂さんの幸運「ぜえぜえ、すんません! 神裂さん。もう無理っす!」


 といったことをイメージして書きました。


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7月27日(前)

前回、非常に読み難かったと思います。
折を見て修正したいと思っています。本当にすみません ⤵⤵


 気が付くと真っ暗な空間に俺は1人で座っていた。

 目の前には古い映写機がひとつ置いてあるだけで、そこから永遠とノイズ混じりの映像が流れている。

 

 あ、これは夢だな、と俺は思った。こういうのって明晰夢っていうらしい。勉強になったかい?

 

 これはいつもの夢、いつもの空間、いつもの映像。

 なぜか俺はなにかに負けて気を失うと、このくそったれな夢をみる。何かの病気かな?

 

 映像をみる。すでに何度も何度も繰り返し見たものだけれど、他にすることもないので仕方がない。

 

 そこに流れていたのはよくある物語。

 

 悪役がいて、かわいそうなヒロインがいて、右手に不思議な力をもった主人公がいた。

 

 最後は主人公が敵をぶん殴って、助けたヒロインといちゃいちゃしたりする、まさに勧善懲悪な話だった。俺としてはジャンプっぽくって嫌いじゃないけど、ひとつ気に入らない点がある。

 

 それは、主人公が俺とそっくりということだ。

 

 でもそれは見た目だけ。俺は右手にあんな不思議な能力がなければ、熱い正義感も持っていない。なによりこの主人公みたいに勝ったことなんて一度もない。

 

 俺とは見た目以外、何もかもちがった男。だから気に入らない。まるで俺が至れなかったもしもの可能性というやつを見せられている気分になる。

 

「◼◼◼◼っつうんだったら!」

 

 ちょうど今、主人公が敵を倒すシーンになっている。 きっとここでいつもの決め台詞をいうつもりだろう。

 だっさいセリフだなーと思う。

 

 でもそれ以上に

 

「その幻想をぶっ殺す!」

 

 格好いいなあっておもっちまう。

 

 チクショウ。ああ、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『また勝てなかった』」

 

 ひどい夢を見させられていたが、額に当たる冷たい感覚が俺の意識を覚醒させた。

 

 最初に目に映ったのはぼろぼろの木造の天井と、おしぼりを握って心配そうに見ているインデックスちゃんの姿だった。

 

「とうま! 気がついたの!?」

 

 俺が目を覚ましたことに気づいたインデックスちゃんはパッと顔を明るくさせた。

 

「もー、心配したんだよ! あれから戻ったら大きな穴が開いてたし、とうまは見つからないし、こもえに相談しようと帰ってみたらぼろぼろのとうまがドアの前に転がってたし。なにがあったの!?」

 

 どうやらインデックスちゃんは無事だったらしい。まあ、彼女の話を信じるなら余計な危害を加えることは、彼らにとっても本意ではないんだろうけど。

 

 インデックスちゃんから話を聞くとあれから数日たっているみたいだ。そんなに俺は寝ていたのか…どんだけ強く殴ってんだよ神裂さん。キス1つでやりすぎだろう!

 

 そしてその間インデックスちゃんはというと、俺が神裂さんに殴られて気絶させられてから、ずっと看病していたようだ。

 バカなこだ。そんな事したって無意味だ。だって怪我だって痛みだって目が覚めたらすぐになかったことできるんだから。

 

 さて、何をしていたか、か。

 うん、それはもちろん。

 

「『魔術師と戦っていたんだよ』」

 

「やっぱり! とうまは一応一般人なんだから戦うなんて駄目なんだよ! すぐに逃げないと!」

 

「『その点は大丈夫さ』

『実はその魔術師さんとは話し合いをしたんだ』

『確かに最後はちょっとした不幸が起きて殴られちゃったけど』

『もう彼らとは敵じゃない』」

 

「…本当?」

 

 あ、これはぜんぜん信じていない顔だ。ひどいな。俺が君にうそをついたことなんてないっていうのに。

 

「『本当さ』

『俺たちには色々誤解があったが最後にはわかり合えたんだ』

『そう』

『君という人間を殺そうってね』」

 

「え!?」

 

 インデックスちゃんが驚いた表情をしている。いきなり殺すなんて言われたら誰だって同じ反応をするだろう。

 これについても嘘なんかじゃない。神裂さんは返答しなかったが、時間の問題だ。だって俺が提案した方法が一番平和的で理想的な方法なんだから。彼女たちに他の選択肢なんてものはない。さんざん迷って、いじいじして、そんでもってなんか適当に自分に言い訳してから俺に頼みに来ることになるんだ。

 

 本当はインデックスちゃんにばらしてから、混乱しているところに色々吹き込んで、彼女を弱らせてやろっかなーて考えだったんだが…やめた。

 さっきの下らない映像を見せられたせいかなんだかヤル気がなくなっちゃった。

 

 さてこれからどうしようか?

 

 ………考えても思い付かない。普段なら1つ2つすぐにいい案思い付くのに。やっぱり今の俺は絶不調だった。

 ハア。もういいや。めんどくさい。

 

「『……………逃げなよ』」

 

「え?」

 

「『逃げたらって言ってるんだ。』

『死にたくないだろう?』

『俺は追ったりなんかしやしないし』

『魔術師たちに見つからないように逃がしてあげる』」

 

 インデックスちゃんはじっと俺の目を見つめながら無言で聞いている。大丈夫。これは本当さ。もう君なんかに興味はない。どこへなりとも逃げればいい。

 いつも魔術師たちからしていたように。

 そして、あの日俺の部屋から逃げたように。

 どーせ君はそれぐらいしかできないんだから。

 

「『そろそろ魔術師たちがやって来ると思うよ』

『さあもう時間がないぞ』

『さっさと身支度でも整えたらどうだい?』」

 

 考えるまでもない話だ。

 インデックスちゃんは強い。だけどなんの力ももたない強いだけの女の子だ。彼女にできることはただそれだけのはずだ。

 

「とうま!」

 

 だけど

 俺を何度も倒した少女は、やっぱりここでも迷いにない目で

 

「ううん。私はもう逃げないよ。だって、言ったでしょ? 私はとうまから離れない。とうまが何かやろうとしたら絶対に止めてみせるって」

 

 きっぱりとこういった。

 

 本当にバカなこだ… そんな覚悟に意味なんてない

 

「『インデックスちゃん…』

『君にできることなんてなにもない』

『君がこれまでに俺を止められた何て思っているんだろうけど』

『あんなものすべて俺の気まぐれさ』

『君にそんな力なんてない 』」

 

「確かにそうかもしれない。でも、それは諦める理由にはならないんだよ。」

 

「『これが最後だ』

『逃げなよ』

『そんな意味も価値もない覚悟 俺がなかったことにしてあげるから』」

 

「いや。それに魔術師がここに来るっていうんなら、とうまにもこもえにも迷惑がかかる。私がおとなしくしてれば、二人に危害を加えることはないんだよ」

 

 インデックスちゃんは本当に頑固だ。一度決めたらなにがあっても曲げようとしない。

 

「『聞きわけが悪いね』

『それは勇気じゃない 蛮勇だ』

『君がさっきから言っていることはただの綺麗事さ』」

 

 実際インデックスちゃんが残ろうと残るまいと結果は変わらない。もし、逃げればインデックスちゃんは彼女自身の能力によって脳がパンクし、死ぬだろう。残っても彼女という人格は死ぬ。俺が殺す。

 そう、すべては綺麗事。

 だけど、次のインデックスちゃんの言葉は俺にとって完全に予想外なものだった。

 

「綺麗事でもいい。それともとうまは綺麗事が嫌いなの? 」

 

「『……え?』」

 

「違うよね。だってとうまは私が覚えている、ううん。きっと記憶がなくなる前に見た誰よりも、綺麗好きな潔癖症な男の子なんだから」

 

「『………………』」

 

 声がでない。

 ああ、そうだ。これがずっと勝ちたい、屈服させたいって思ってた彼女の強さなんだ。最初から俺みたいな過負荷が勝てるわけがなかった。

 

「もー、いったいどうしちゃったのとうま? 確かにとうまが変なことをいうのはいつものことだけど、いつものとうまなら10倍にして返して私をいじめるんだから!」

 

 いつまでも黙っている俺を不自然に感じたらしく、インデックスちゃんはそんな勝手なことをいってくる。

 

「私に言い負かされるなんてらしくないよ! いつも自分の勝ちにこだわっていたとうまはどこにいったの?」

 

 言い負かされる…そうか、俺はまた負けたのか…

 

「『インデックスちゃん』」

 

「ん?」

 

「『俺はいつだって勝ちたいと思っているよ』

『でもさ勝ちたいと勝てるは全然別物なんだよね』」

 

 策を講じても、不意をついても、弱点を狙っても俺は勝てない。神裂さんのときもそうだ。あと一歩で勝てるところまでいったのに、その一歩でつまずいて負けてしまった。今度は不運という人の力ではどうしようもない力によって。

 例え不運と敗北の星のもと生まれようが、頑張れば、いつか勝てると思っていた。でも、それは自分で言ってたように幻想に過ぎなかったとようやく心から理解した。

 

「『所詮、過負荷はプラスなやつらに敵わないんだ』

『そもそもあいつらはきっと勝ちたいとさえ思っていない』

『インデックスちゃんだって本当は俺が勝てるなんて思っていないんだろ』

『それに…』

 

 そこまでいったところでインデックスちゃんが俺に近づく。ただでさえ近かった俺たちの距離はもうほとんどない。完全に互いの体がくっついている状況だ。

 

 ぽぎゅっ!

 

 インデックスちゃんは俺の頭を両手で抱えて持ち上げると、自分の胸に押し当てた。インデックスちゃんの体温と、安全ピンの冷たくて硬い感触が肌に伝わってくる。

 

「ねえ、とうま。この服は『歩く教会』っていうんだよ」

 

「『……だからなにさ?』」

 

「教会はさ迷える子羊に無償の救いの手を差し伸べるのです。なので今、とうまは教会の手で保護されました。教会はどんな人間の告白も受け止めます」

 

「『…………………』」

 

「教えて、とうま。格好つけずに。括弧つけずに。 あなたの本当の気持ちを」

 

 優しい声だ。いま彼女はどんな顔をしているのだろうか。

 彼女の顔をみようと顔をあげる。

 

「だって私は」

 

 俺と同じように運命に翻弄され、ふみにじられ、操られ、利用されてきた彼女はいつだって笑っていた。今もそう。彼女はまるで聖母を思わせるような笑みを浮かべて俺を見ている。

 

あなた(弱いこ)の味方だから。」

 

 それは、俺が決してできない笑顔で、それが、彼女の強さだった

 

「もしとうま1人で勝てないっていうんだったら私も力を貸すんだよ!」

 

「『…俺は、』」

 

 不安になる。

 あれだけ頑張ってきたのに、自分は一度も勝利を手にしたことがない。

 諦めた方がいいんじゃないか

 勝利など考えない方が楽なんじゃないかと思ってしまう。

 

 でも、彼女が力を貸してくれるというのなら、

 

「『…………い』」

 

 もう一度だけ頑張ってみようという気になってくる。

 

「『…………たい!』」

 

 みっともなくとも見苦しくとも、いつだって俺は戦い続けた。それだけはなかったことにしたくない。

 

 だから言え! 上条当麻!

 

「勝ちたい!」

 




インデックスがヒロイン。異論は認めん‼

ちなみに作者が禁書目録で好きな女性キャラクター

1位 インデックス
2位 食蜂操祈
3位 ローラ=スチュアート


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