真・恋姫†夢想 革命~新たな外史を駆けるもの~ (黒石大河)
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序章
序章 天の遣いたちと地の覇王1


運命の歯車が噛み合い始める。そしてまた新しい外史が生まれる。せめてこの外史に生きる全ての英雄たちに天の加護があらんことを。


「......流れ星?」

 

「...様!出立の準備が整いました!」

 

「...様、どうかなさいましたか?」

 

「ええ。今、流れ星が見えたのよ。」

 

「流れ星ですか?こんな昼間に?」

 

「あまり吉兆とは思えませんね。ただでさえ怪しげなものを追っている最中だというのに...出立を延期いたしますか?」

 

「吉か凶かを取るのは己次第よ。それにこんな理由で滞在を延期してしまっては、栄華に小言を言われてしまうわ。」

 

「はっ。ならば、予定通りに。...姉者。」

 

「おう!総員騎乗!騎乗ッ!」

 

「無知な悪党どもに奪われた貴重な遺産、何としても奪い返すわよ!出撃ッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「...いったぁ..」

 

暗闇の中、全身を襲う痛みに思わず声が漏れた。

 

確か、一刀と一緒に男子寮を飛び出してそのまま目の前が真っ白になって、気が付いたらこうなってて....

 

「...そうだ、一刀!」

 

全身の痛みに耐えながらガバッ!と起き上がる。さっきまで倒れていた場所はどうやら少しゴツゴツした石の上だったようで、制服には汚れはついていない。そして少し離れたところに同じ制服を着た自分の親友が、小さな女の子の上に乗ったまま気を失っているのがみえた。

 

「......。」

 

あまりの衝撃に言葉が出なかった。とりあえず

 

「...通報するか。」

 

中学からの親友がこんな幼女にこんなことをしているのだ。たとえお天道様が寛大な処置をしたとしても、この俺だけは厳しい罰を与えなければならない。

 

許せ、親友(ゴミクズペド野郎)

 

「俺はなんもやってねぇから!冤罪だ!」

 

俺がポケットから携帯を取り出した瞬間、鬼のような勢いでガバッ!と起き上がった一刀(親友)は俺に向かって声を上げた。

 

「...いや、お前の今の状況考えろよ。」

 

「.......本当に何もしてないんです。信じてください。」

 

「....はぁ。とりあえずその子の上から退くのが優先だ。」

 

そういわれて急いで女の子のうえから退いた一刀。

 

とりあえずこの子、生きてるよな?

 

携帯をしまいながら、恐る恐る近づいて口元に耳を寄せると

 

「...スゥ...スゥ...」

 

一定のリズムで呼吸が聞こえた。どうやら気を失っているだけらしい。

 

「よかったな一刀。とりあえず気を失ってるだけみたいだ。」

 

「ほ、ほんとか...よかった。」

 

とりあえず女の子の様子を確認する。

 

髪は視界の邪魔にならないよう無造作にまとめられ、寝顔は年相応の可愛らしさがある。

 

服はなんというか、とてもだらしない感じだが、服の端等がひらひらしていないのを見ると、活発な子なのだと思う。

 

....隣に転がっている女の子と同じくらい大きい斧は見なかったことにするのがいいだろう。...さすがに本物とかいうパターンじゃないよな。

 

「とりあえず、今の俺たちの状況を確認しよう....」

 

名前は高河夏輝。聖フランチェスカ学園の2年に6月に編入した。両親は健在。朝、一刀と一緒に登校しようと男子寮を急いで飛び出したらいきなり白い光に包まれて、今こんな状況。訳が分からん。まるでアニメか漫画の設定のような状況だ。

 

「.....夏輝こんなとこ学園にあったっけ?」

 

一刀の声を聞いて周りを見てみる。

 

果てまで抜ける青い空に、真っ白な雲が浮かんでいる。その空から視線を下げれば、天を貫くようにそびえる無数の岩山。その下は赤茶けた荒野が見えている。

 

あまりの衝撃的な光景に、目をごしごし、とこすってよく見るのだが、見慣れた手入れの行き届いた庭や芝生、レンガの道なんてものはとても見えない。

 

「.......」

 

地平線は若干黄色くなっており、吹き抜ける風は日本特有の湿潤な風ではなく、とても乾燥した風が吹いている。黄砂の時期なのか、風の中に少し砂のようなものが含まれているのがわかる。

 

どう見ても学園の敷地には見えないし、そもそも日本かどうかも怪しい。

 

「...あ、そうだ携帯!」

 

一刀はポケットにしまっていた携帯を取り出し操作し始める。

 

どうやらMAPのアプリで現在地の確認をするようだ。

 

俺はその間に荷物の確認を始める。

 

ポケットの中には、携帯に小銭入れ(中には769円という大変微妙な金額)ハンカチが入っている。背負っていたリュックの中にはペンケース、ルーズリーフそれにバインダーが一つ。ソーラーバッテリーに充電コード。お腹が減った時に食べようと思って入れていた栄養機能食品である、カラリーメイツが一箱。それとカッターにコンパスといった文房具類。それと最近読んでいる実用書が数点。カッターとコンパスは出番があるかもしれないので、制服のポケットに入れておく。

 

とりあえず俺の方は寮を出たときと一緒だ。

 

「...一刀、個々の場所わかっ」

 

ツーツーツー.....

 

「...このゴミカス野郎!」

 

「んなっ!?いうに事欠いてなんてこと言いやがる!」

 

そりゃ言いたくなるだろ!結果を聞こうと思った瞬間、一刀の携帯の電池が尽きたのだ。ちゃんと充電しとけよ。

 

「お前な、一刀、スマートフォンでも電池なくて使えなかったらただの板だからな。」

 

「お前だって携帯使えないだろどうせ!圏外だろうし。」

 

「はぁ、ただ電池切れる直前だったから電波拾えなかっただけじゃ。」

 

俺は、はぁと息を吐きながら俺も携帯を出す。そしてディスプレイの電源を入れるとそこに移っていたのは

 

「...なんでやねん」

 

思わず関西弁が出ても仕方ないだろう。そこに移っていたのは、圏外という非常な文字。そして一刀はかなりのやったり顔。

 

ため息をつきながら電源を切ってポケットにしまう。ひょっとしたらどこかで電波を拾えるかもしれない。

 

「夏輝、とりあえずどこかに移動しようぜ。女の子もこのままにしておくわけにはいかないし。」

 

「そうだな。とりあえず方角でも調べてみるか。」

 

そういって女の子の横の斧を持ち上げて影を作る。

 

「うわ、これ金属でできてやがる、結構重いな。」

 

持ち上げて分かったがこれは本物だ。刃も研がれているし何よりもこんなに重いものをコスプレ道具とかにはしないだろう。...一刀にこいつやべぇ。みたいな顔でみられているが気にしない。

 

「影は真下かぁ...」

 

どうやら時間はちょうどお昼ごろのようだ。

 

一刀と顔を見合わせてお互いため息をつく。今日はため息しか出ていない気がする。

 

「...ムニャ」

 

とりあえずこの子が起きるのを待つしかないのか。

 

とりあえず斧を地面に置き、気持ちよく眠っている少女の横に座る。そしてリュックを彼女の枕にしてあげたその時

 

「おう、兄ちゃんたち。珍しいモン持ってんじゃねぇか。」

 

この荒野で初めて俺と一刀以外の声がした。

 

「アニキ、女の子もいますぜ!」

 

俺たちに声をかけてきたのは三人組の男だった。黄色のバンダナに質の悪そうな金属の鎧。腰には鉄製の直刀のような物をつけている。

明らかに日本でしてはいけない格好だ。秋葉ですらこんな格好のアホっぽい奴らはいないだろう。...いないといいな。

 

「あ、映画の撮影か何かですか?」

 

「いや、一刀、その線は限りなくなさそうだぞ。」

 

だってこいつら明らかに現代人の出さない臭いを出している。

 

「あ?何こいつら訳の分かんねぇこと言ってんだ?まぁいいか。とりあえずよう兄ちゃん達...」

 

そういいながら一刀に近寄っていくヒゲ面のアニキと呼ばれていた男。

 

「とりあえず着てるモンやら金やらおいてってもらおうか。」

 

そういって男は腰の剣を抜き一刀の頬に押し当てた。

 

まずい!

 

 

「...は?」

 

状況についていけてない一刀。

 

俺は、ポケットからコンパスとカッターを取り出し手の中に隠す。あの剣はどうやら本物の真剣のようだ。

 

「言葉通じてんだよなぁ?だからてめぇと、そこの同じ格好した兄ちゃんの持ってる金、それとそのキラキラした服と女、全部おいてきな。」

 

男は一刀の頬に剣を当てながら当たり前のように言い放った。わずかながら殺気も感じる。本当に俺たちを殺して奪い取る気なのだろう。この行為で俺はもう東京、ひいては現代ではないのだとある程度察してしまった。

 

とりあえず二人を守ることを最優先に動かなければ...

 

俺はゆっくり立ち上がり右手に隠しているコンパスを投げられるように構えを取る。

 

「おっと、変な動きすんじゃねぇぞ。俺も兄ちゃんたちも赤い花咲かせたくはねぇだろ?」

 

どうやら俺の方は、男の横にいたチビとデブの二人が対処するらしい。

 

おそらく2人の方がヒゲの男よりも力はないらしい。

 

「あの、それはちょっと...お金と服は置いてくんで、それは勘弁してもらうっ..ぐぅっ!」

 

「一刀!」

 

一刀に近寄って行っていたチビが一刀を思いっきり蹴り飛ばした。蹴られた一刀は吹っ飛んで、地面の上を二転、三転して俺の近くに転がってきた。もう間違いない。こいつらは敵だ!

 

「おいおい、服蹴るんじゃねぇよ馬鹿野郎。やるんなら...顔にしときな。」

 

「こりゃしまった。すいやせんアニキ。」

 

男たちは軽い調子でやり取りをしている。だいぶ手馴れているのだろう。そいつらを警戒しながら一刀に注意を向ける。

 

「大丈夫か?かず...と...」

 

一刀はなぜか四つん這いで地面を見ている。その先には割れてしまったスマートフォンが。なるほど。残念だったな一刀....機種変したばっかだったのに。

 

とりあえず、足元の女の子を何とかしないと!女の子を抱えようとしてしゃがんだその時

 

「...んーっ?」

 

「ええっと...」

 

「おはよ?」

 

「ああ、おはよう」

 

寝起きでまだぼんやりしているのだろう。周囲の状況もよくわかっていないのか周りを見渡している。

 

「あたまいたい...」

 

「え、大丈夫?」

 

スマホショックから立ち直ったらしい一刀が近寄ってきた。どうやらまとまることができたらしい。

 

「あー。落ちてきた人だ。」

 

女の子は一刀を見てそう言った。ん?一刀が落ちてきたということは俺もそうなのか?

 

「落ちてきた?...俺が?」

 

「うん。お空に流れ星が見えて、見に行ったら...シャンの頭の上に、落ちてきたの。おーって思ったら避けるの忘れちゃって。」

 

なるほど、それで一刀と一緒に気絶してたのか。

 

「シャンちゃん、ごめんね。俺の友達のせいで痛い思いして。大丈夫?」

 

「......っ!」

 

シャンちゃんは俺の言葉にビクッと一瞬身を小さく震えさせて自分の全身をぺたぺたと触って見せる。体の無事を確認しているのだろう。

 

「ううん。へーき。...うん。だいじょーぶ。...まぁそういうこともあるよね。」

 

なんかお察しみたいな顔されたんだけど!?

 

「って、さっきの連中!」

 

一刀が思い立ったようにシャンちゃんから顔を上げた。

 

…俺もシャンちゃんのペースにすっかり乗せられていた。恐るべし幼女…

 

「おう。忘れられたんじゃねぇかと思ったぜ。ちょうどいい抱えていく手間が省けたぜ。...お前ら!」

 

髭の男の声でゆっくりとした歩調ではあるが詰め寄ってくるデブとチビの男。

 

このままじゃ一刀とシャンちゃんが危ない。そう思って身構えた瞬間

 

「ねー、おにーちゃん。」

 

「え?お兄ちゃん?」

 

「いや、駄目じゃないけど。」

 

すごいマイペースだなこの子。一刀もえぇって顔してこっち見てる。

 

「ならお兄ちゃんも、シャンでいい。」

 

「あぁわかった...」

 

「それでお兄ちゃん。こいつら悪い奴?」

 

「たぶんな。俺らに金おいてけ―とか言って一刀のこと蹴ったしな。」

 

「...それ、たぶんじゃなくて...確定。」

 

シャンはそうつぶやいた瞬間、体に氣をまとって近づいていたデブに一瞬で近づいた。そのままの勢いで繰り出される肘うちが轟音を立てた瞬間

 

「が...はっ。」

 

デブが力尽きた。

 

「ひとりめ。」

 

この子、ぽけーっとしてるが、相当の手練れだ!

 

「てめぇ!なにしやがるっ!」

 

仲間をやられた チビが叫ぶ。

 

「シャン!」

 

俺はとっさに足元にあった斧をシャンに向かって投げる。これがシャンの近くにあったということは間違いない。

 

「ありがとー。おにーちゃん。...それはこっちの台詞。今のは、けーこく。次は...本気。」

 

そう呟いてでかい斧を構えるシャンから沸き立つこの空気。これは間違いない。この世界は現実じゃないと確信した。

 

「お、おい!お前生きてるな!」

 

「だ、大丈夫なんだな。」

 

今の肘うちで沈まないとは恐ろしきデブだなこいつ。

 

「し、所詮、女一人だ!俺たちが束になりゃ何とかなる!それに向こうには足手まといが二人もいやがる!」

 

「ぐっ…」

 

男たちはそう言ってじりじりと詰め寄ってくる。それをみて一刀は悔しそうに顔をゆがめる。

 

「大丈夫だ一刀。手練れがもう一人いるようだ。」

 

「へ?」

 

シャンに気を取られていたが、どうやら近くに猛者が一人いたらしい。というかいつの間にか近くに来ていた。

 

「ほほう。女一人倒すのに、人質とは。なかなかに見下げ果てた奴らだ。」

 

俺たちの追い込まれている岩山の、脇にある一段高くなった山から声が響いた。

 

「だ、誰だ!」

 

「フッ…。外道の貴様らに名乗るな名などあるものか!」

 

女の声にヒゲの男が反応した瞬間、どこかの正義のヒーローのようなセリフを決めてきた。

 

色んな意味で猛者だな。

 

「あー、星ー。」

 

一瞬でシャンが台無しにしてしまった。

 

「....香風、お前も名乗りの美学や、段取りというものをだなぁ。」

 

「あーあー。きーこーえーなーいー。」

 

星と呼ばれた女の子は、シャンの知り合いらしい。シャンの名前は香風っていうのか。

 

「てめぇら、たかが一人増えただけだ。やってやるぜ!」

 

「「おう!」」

 

うわ、あいつら開き直って突進してきやがった!

 

「フッ!」

 

「え?」

 

一刀が驚いて声が漏れる。

 

一瞬で岩山からシャンの隣までジャンプした。どうやら一刀は目で追えなかったらしい。

 

そしてシャンの横に並んだ女の子は槍を構えた。

 

「さて、これ以上来るならこのままわが槍が貴様たちに天誅を下すことになろうな。」

 

不敵に笑って男たちに槍を突き付ける女の子。

 

どうやらシャンよりも一枚上手らしい。

 

「あ、アニキこりゃもう。」

 

「な、なんだな。」

 

その子を見てたじろぐチビとデブ。

 

「ぐぅ!...てめぇらずらかるぞ!」

 

そうヒゲの男が叫んだ瞬間、合わせて逃げていく2人。

 

「おぬしらを警備に突き出せば報奨の金がもらえるのだ!逃がすか、貴重な路銀!」

 

あーあー。最後のセリフですべてが台無しに。

 

「えええ、なんかそれ悪役っぽいぞ。」

 

一刀、言ってやるな。

 

「...行っちゃった。」

 

「シャンはいかなくてよかったの?」

 

「...あー。」

 

なるほど、行きそびれたのね。

 

「大丈夫ですかー?」

 

次に俺たちにかけられたのはとても間延びした女の子声だった。

 

「探しましたよ、香風。...そちらの方たちも大した怪我ではないようで何よりです。」

 

「え、ええありがとうございます。」

 

「って一刀、頭切ってんじゃねぇか。」

 

「あ、ほんとだ!まぁでもこのくらいなら大丈夫だ。」

 

そう言ってハンカチを出す一刀。まぁでも命の危機だった事を考えれば安いもんだな。

 

しかし、すごい特徴的な格好してるなこの子たち。日本というか中国風な感じだ。こういうコスプレした人たちで本気の戦いとかしてるのか?

 

「やれやれ。すまん、貴重な懸賞金に逃げられてしまった。」

 

「お帰りなさーい。星ちゃんが逃げられるなんて、あの人たち馬でも使ったんですかー?」

 

「然り。同じ二本足ならば負けはせぬが、倍の脚で挑まれてはさすがに敵わんよ。」

 

「まぁでも香風も見つかりましたし。問題内でしょう。しかし、あなた達も災難でしたね。この辺りは比較的盗賊の少ない地域なのですが...。」

 

...比較的盗賊の少ない。...ねぇ。

 

「あの...風、さん?」

 

「...ひへっ!?」

 

「貴様っ!」

 

まずい!

 

俺は一刀に向けられた殺気を感じ、カッターの刃を出し女の子に詰め寄る。さすがにカッターでは受けきれないので、槍の柄を片手でつかんで、そのままカッターを首筋に...

 

「ッ!?」

 

狙いがうまいこと決まり、槍を持った女の子を制圧する。その子はとても驚いた顔でこちらを見ている。しかし、この子かわいいな。目も今まで見たことがないくらい真っすぐで、きれいな目をしてる。

 

「すまんな。俺もさすがに友人が殺されそうになるのを見過ごせない。友人の非礼は詫びる。だが殺そうとするのは納得できんな。事情を説明してもらいたい。」

 

「えーっと、もう一人のお兄ちゃん。名前読んだの、...ごめんなさいって、てーせーして。」

 

「え、えーっと。」

 

「訂正なさい!」

 

シャンが一刀に助言する。どうやらこの世界は名前を呼ぶときに独特な風習があるんだろう。

 

たじろいでいる一刀に眼鏡をかけた女の子が強い口調で訂正を求める。風と呼ばれていた女の子は涙目になっている。

 

「一刀。」

 

「わかった、わかったから!訂正する!だからお願い、槍を引いて。」

 

「...結構。」

 

「ふぅ。」

 

どうやら引いてくれたらしい。

 

「はふぅ...いきなり真名で呼ぶだなんて、びっくりしちゃいましたよー。」

 

真名ねぇ...。ん?

 

「シャンは最初から呼んでも何も言わなかったよな?」

 

「うん。真名だけど呼ばれても何ともなかったら、まぁいいかなぁって。」

 

テキトーここに極まれりって感じだな。

 

「えぇっと、その真名ってのは呼んじゃいけないのはわかった。だったら俺や夏輝は何て呼んばいいの?」

 

一刀がちょっと不安そうに先ほどの真名を呼んだ少女に尋ねる。

 

しかし、真名ってのを呼んじゃいけない風習か。今まで幾人の初見勢が散ってきたのか。

 

「はい。程立と呼んでくださいー。」

 

ん?

 

「今は戯志才と名乗っております。」

 

んん?

 

「私は、趙雲という。」

 

んんん?

 

程立、戯志才、趙雲ねぇ…。

 

「一刀、どう思う?」

 

「どうって言われてもなぁ...。なんか三国志に出てくる名前だし、コスプレイベントとも思えないし。」

 

「だよなぁ。」

 

これは本格的に訳の分からんことになってきたぞ。現代でもなく東京でもない上、タイムスリップなんてことになるとかシャレにならん。

 

「しかし、こちらに名乗らせていおいて、そちらは名乗らぬとは、いささか礼儀にかけるのではないか?」

 

趙雲さんが訝しげにこちらを見ながら聞いてくる。

 

「確かにそうだな。失礼した。俺は高河夏輝。んで、こっちは連れの北郷一刀だ。遅れたが、先ほどは助けていただき本当に感謝している。」

 

ペコリと俺と一刀は頭を下げる。

 

「なに。たいしたことではござらんよ。お詫びにそちらの高河殿と一槍お願いしたいところではあるが、そちらは得物も持ち合わせず、時間もないようだ。この貸しはいずれ返していただくことにしよう。」

 

「そうですねぇー。」

 

趙雲さんと程立さんの見ている方向を見ると、砂煙が地平線の向こうから近づいてくるのがわかる。

 

あーこれはめんどくさいことになるパターンですね。わかります。

 

「さて。では、我らは行くとするか。」

 

「え、俺たちも連れて行ってくれないのか?」

 

「我々のような流れ者が貴族のご子息を2名も連れていると、大概の者はよからぬ想像をしてしまうのですよ。」

 

「それに、先ほどのような面倒事は楽しいが、官が絡むと途端に面白みというものがなくなってしまうのだ。これにてご免仕る。」

 

まぁ確かに、周りから見たら俺や一刀の制服はちょっと目立つしなぁ。

 

「ほら、香風行きますよ。」

 

「あ....」

 

「ではではー。」

 

取り残された俺と一刀。一刀は若干、顔が引きつってる。

 

まぁおいてかれても仕方ないか。

 

そして、そんな取り残された俺たちを待っていたのは鎧をまとった、中国の時代劇よろしくな格好の騎馬兵だった。しかもご丁寧に立った二人を圧倒的人数で囲んでくれてる。

 

はぁ。やっぱり面倒ごとなんだなぁ。

 

こんな状況ではあるものの、俺は心の中でため息をつくことしかできなった。



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序章 天の遣いたちと地の覇王2

俺たちが取り囲まれ戸惑っていると、兵士たちは一糸乱れぬ動作で間に道を作った。

 

その間からこちらにゆっくりと歩いてくる三人の女の子。

 

「華琳様、こやつらが例の賊でしょうか?」

 

「...どうやら違うようね。連中はもっと年かさの、中年の男達だと聞いたわ。」

 

「どうしましょう。連中の一味の可能性もありますし、引っ立てましょうか?」

 

「そうね...けれど、逃げる様子もないということは...連中とは関係ないのかしら?」

 

「我々に怯えているのでしょう。そうに決まっています!」

 

「怯えているというよりは、面食らっているようにも見えるのだけれど...。」

 

どうやら誰かを探しているようだ。中年の男達ねぇ...。

 

とりあえず、さっきの趙雲さんたち同様言葉は通じるらしい。

 

「あ、あの...」

 

「...あら?言葉はしゃべれるようね。私の言葉は通じているかしら?」

 

「ああ。大丈夫だ通じてる。」

 

一刀の返答に合わせて俺もうなずく。しかしこの三人もかなりのやり手だな。

 

とりあえず、真名ってのは呼ばないようにして、名前を聞くか。

 

「すまない。俺は高河夏輝、んでこっちは北郷一刀。構わなければ君の名前を教えてもらいたい。」

 

「それなりに礼儀はわかっているようね。私は曹孟徳。ここ、苑州の陳留の太守をしている者よ。」

 

よりにもよって曹孟徳とは。ほんとに三国志の登場人物しかいないのか…。

 

「……たいしゅ?」

 

「太守も知らないの?あなた達、どこの生まれかしら?」

 

「え、ええっと、俺は生まれは東京だ。」

 

「俺も、生まれは東京だな。」

 

「……はぁ?」

 

やっぱりだめか。

 

「貴様ら!華琳様の質問に答えんか!生国を名乗れと言っておるだろうが!」

 

「い、いやだから!俺も夏輝も日本の東京だって言ってるじゃないか!」

 

この黒髪の人、何というかとても脳筋な空気が...。

 

「姉者、そう威圧しては、答えられるものも答えられんぞ。」

 

「しかし秋蘭!こやつらが盗賊の一味という可能性もあるのだぞ!そうですよね、華琳様っ!」

 

「そう?私には、殺気の一つも感じさせないほどの手練れには片方は見えないのだけれど。もう片方も、どうやら知り合いのようだし、その可能性はなさそうだけれど。」

 

もう片方って俺のことか?相手を見ただけでそういう判断ができるとは、すごい女の子だな。演技なのか、それとも本物なのか?

 

髪色や服装はともかく顔つきは東洋系だから、恐らくアジア圏の人たちで間違いないな。とりあえずどこかわからない場所とはいえ、ヨーロッパやアメリカの方ってわけじゃないようだ。

 

「そうだ、たいしゅってのを教えてもらいたいんだけど。」

 

一刀、お前ぶれないな。

 

「...あきれた。秋蘭。」

 

どうやら説明するのが面倒になったらしい。太守ねぇ。

 

「太守というのは郡の政事を司り、治安維持に従事し、不審者や狼藉者を捕まえ、処罰する務めのことだ。これなら意味は分かるか?」

 

「...なんとなく。要するに、警察と役所と裁判所を足したようなもんか。」

 

「またわけのわからんことを...」

 

一刀は無事納得したらしい。

 

「要するに、税金を集めたり、法律を決めたり、町の治安を守る仕事だろ?」

 

「補足するなら、その治安を乱した輩の確保やその罪の刑罰を与える仕事だな。」

 

「二人ともわかっているじゃない。なら、今の自分の立場も分かっているわよね?」

 

おっと、この補足は藪蛇だったようだ。

 

「税金の未納はともかく、町の治安は乱してないと思うんだけど?」

 

「そうかもしれないけど、あなた達、十分以上に怪しいわよ。春蘭、秋蘭。引っ立てなさい。」

 

「え、いや、悪いこと何もしてないと思うんだけど!?」

 

一刀、往生際が悪いぞ。

 

「それは華琳様がお決めになることだ!貴様が決めることではない!」

 

そりゃごもっともだ。

 

一刀は春蘭って人に取り押さえられた。どうやら細身だが力はすごいらしい。一刀がいとも簡単に取り押さえられる。

 

「すまないな。これも華琳様の命令だからな。」

 

「いや、そういう仕事なんだ。俺が同じ立場ならそうするさ。」

 

俺は水色の髪の秋蘭って呼ばれていた人だった。物分かりがよさそうな人で良かった。

 

「その通り。」

 

二人にそれぞれとらえられ、移動しそうな雰囲気になった時、

 

「まってー。」

 

「...華琳様、何やら人が。」

 

この声は、

 

「シャン!どうした?」

 

さっき分かれたはずのシャンが、ぱたぱたと走り寄ってきた。

 

「やっぱり、お兄ちゃんたちのことが気になったから。...戻ってきた。」

 

「...そか、ありがとな。」

 

俺は走り寄ってきたシャンの頭をなでる。すると、シャンはくすぐったそうな顔をして、腰あたりにギュッと抱き着いた。

 

「貴女は?この者たちを知っているの?」

 

「貴様!名を名乗らんか!」

 

「えーっと。ちょっと待って。...こういう時は、ちゃんとしたやつ...。」

 

威圧的な春蘭さんの前でもちょっとボーっとした空気のシャン。もはや才能だな。

 

少しすると、シャンは曹操を見上げて背筋も伸ばした。

 

「シャン...じゃなかった。わたくしは、姓を徐、名を晃、字を公明と申します。以前は長安で騎都尉を務めておりました。今は暇をいただき、野に下っております。」

 

...シャンって徐晃公明だったのか。その名乗りは少し眠そうな見た目とは違い、すごくキリっとしたものだった。

 

「香風って、そんな名乗りできたんだな。」

 

「ちゃんとできるよー。お兄ちゃん、シャンちゃんとできたよー。」

 

「そうだな。えらいぞ―シャン。」

 

「えへへー。」

 

何というか、物凄い癒される。

 

「騎都尉の徐公明...。確か、車騎将軍の楊奉殿の麾下にそんな名の子がいたわね。都の周りに巣くう賊退治で名を上げたと聞いていたけれど。」

 

「あー、それシャンのこと。」

 

「それほどの人物ならば、こいつらはお前の侍従なのか?」

 

「...違うよ。シャン、もうそんなに偉くない。今はただのシャン。」

 

「ならば、どういうかんけいなのだ?」

 

「んー、……頭をごつーん、ってした関係?」

 

「訳が分からんな。」

 

「いずれにしても、これの言葉が妄言かどうかを確かめる一助けにはなるわ。それに、徐公明殿が真名を預けたとなれば、少なくとも凡百の庶人ということもないのでしょう。」

 

真名って、そういう信頼の現れとしても使えるんだな。

 

そんなものをおいそれと言ってしまったことは、一生の秘密にしよう。

 

「では、徐公明殿。私たちに同行いただけるかしら?もちろん、私の客人として。」

 

「お兄ちゃんも一緒なら。」

 

「構わないわ。...どうする?高河夏輝、北郷一刀。」

 

「貴様らに選択肢はないぞ。まぁ、華琳様の客人というなら、相応の態度はとってやる。」

 

「...わかったよ。一刀、お前もいいだろ?」

 

「あぁ。俺にも拒む理由はないしな。...とりあえずその手を離して。...痛い...。」

 

なんか、一刀の手、砕かれそうなくらいに握られてやがる。

 

「まだ連中の手がかりもあるかもしれないわ。秋蘭は半数を率いてあたりを捜索。春蘭は私とともに一時帰還するわよ。」

 

「はっ!」

 

「御意。」

 

こうして俺たちはいったん町に向かうこととなった。

 

当初思っていた方法とはだいぶかけ離れているけれど。

 

 

 

 

 

 

「では、改めて質問させてもらう。名前は?」

 

「高河夏輝。」

 

「では高河夏輝、おぬしの生国は?」

 

「日本。」

 

「...この国に来た目的は?」

 

「わからない。」

 

「……ここまでどうやってきた?」

 

「シャンの話では一刀と空から落ちてきたらしい。俺は気が付いたらここだったんだがな。」

 

「うん。流れ星見てたら、一刀お兄ちゃんと一緒にお兄ちゃんがひゅーって落ちてきた。」

 

あの後、曹操の出城にある街に連れてこられて、一刀と合わせてもう何度も繰り返されたやり取りだった。

 

「...華琳様。」

 

「埒が明かないわね。春蘭。」

 

「はっ!拷問にでも掛けましょうか?」

 

「んなっ!?」

 

春蘭さんの言葉に俺と一刀は同時に立ち上がる。

 

「拷問されようが何されようが、今言った以上の事はわからないし、知らないんだって!」

 

「しかも、ほんとに頭をぶつけただけの関係だったとはね。」

 

「まぁ、ぶつけたのは一刀で、俺はほんとに落ちてきただけだがな。」

 

「そうだったわね。」

 

「あとはこやつらの持ち物ですが...。」

 

机の上に置かれていたのは、俺と一刀の持ってきたもの全てが並べられていた。

 

一刀の方は、壊れた携帯、ハンカチに小銭が少し。

 

俺の方は、リュックの中身がすべて出されていた。そして小銭入れに入ってあった、百円玉の1枚はいま曹操が手に取っている。

 

「この菊の細工は見事なものね。北郷一刀も同じものを持っているようだけど、細工はあなたが?」

 

「いや、これは俺の国の貨幣だな。国が管理して国が発行している。」

 

「その割には、見たこともない貨幣だけど。...その日本という国は、西方にでもあるの?」

 

「いや、国の位置として東方になるな。」

 

「その前に、この国がどこか教えてくれるかな?日本でも中国でもないなら、モンゴルとかか?それともインド?東南アジアとはまた違う気がするけど。」

 

一刀の問いはもっともだ。確かに、街の雰囲気や建物はこれぞ中華風っていう建物だし、もしここが本当に中国じゃなければ、きっと本当にタイムスリップとかなんだろう。諦めるしかない。ファンタジーな住人になるのかぁ。涙でそう。

 

「貴様ぁ...っ!こちらが下手に出ていれば、のらりくらりと訳の分からん事ばかり...!」

 

「いや、あんたは下手に出てねぇだろ...。」

 

俺の言葉に一刀もうんうんと首を縦に振る。

 

「当たり前だ!貴様ら相手に下手に出る理由がどこにある!」

 

「はぁ...春蘭。私の頭痛の種を増やさないで頂戴。」

 

「...で、ですが。」

 

「あ、あといい加減そっちの二人も名前を教えてもらいたいんだけど。その今呼びあってるのは真名ってやつだよな?」

 

「あら、知らない国から来たわりに、真名の事は知っているのね。」

 

「シャンからある程度聞いてね。」

 

「...うん。お兄ちゃんたちに、真名の事教えたんだー。」

 

そういって隣に座っているシャンが抱き着いてくる。

 

何というか、兄離れできない妹みたいな感じだな。

 

さすがに、一刀が勝手に程立の真名を呼んでしまって、趙雲さんたちに殺されかけたとかは黙っておこう。さすがにこんなことで迷惑をかけるわけにはいかない。

 

「そうね。私はさっきも言ったけど、曹孟徳。彼女たちは夏侯惇と夏侯淵よ。」

 

「ふんっ。」

 

「...。」

 

「は?」

 

「はぁ。」

 

さすがに俺と一刀は顔を見合わせた。だってなぁ。

 

「一刀。」

 

「あぁ。まさかこの子たちが魏の曹操に夏侯惇、夏侯淵とはなぁ。」

 

「...はぁ?」

 

「...ん?」

 

「...。」

 

俺と一刀の会話によくわからない感じの、夏侯惇、夏侯淵にシャン。

 

とりあえず、曹操の側近として夏侯惇、夏侯淵がいるとなると、まさか本当にタイムスリップしてしまったらしい。しかも全員女性という訳の分からない状況付きで。

 

「...一ついいかしら?」

 

「なんだ?」

 

「...どうして今その地名を口にしたのかしら?それは、冀州の魏郡を示しているというわけではないわよね?」

 

「ああ。そうなる。」

 

「そもそも俺たちじゃあ、その冀州の魏郡ってのがどのへんかもわからないし。それに曹操といえば、魏の曹孟徳っていうのが定番だろ?」

 

さすがに乱世の奸雄という呼び名は伏せるべきだな。...切られたくないし。

 

「貴様、華琳様を呼び捨てにするでない!しかも、魏だの何だのと、意味不明なことばかり言いよって...!ここは陳留で、魏郡はもっと北だ!」

 

「春蘭。少し黙ってなさい。」

 

「う..は、はぃ…。」

 

「...信じられないわ。」

 

「...華琳様?」

 

「以前戯れに、この先私が支配領域を広めた時の勢力図を思い描いてみたことがあるのよ。この陳留を第一歩とし中原に覇をを唱え、辺境にまで名を轟かせ...その時、要になるであろう地の名が...」

 

「...魏、ですか。」

 

「もちろんただの戯れよ。今それを口にしたとしても、それはただの絵空事にしか過ぎないもの。けれど、どうして会ったばかりのあなた達が知っているの?それに、私の操という名も知っていた理由を教えなさい。」

 

「まさかこやつら、五胡の妖術使いでは…!」

 

「華琳様、お下がりください!未来の魏王となるべきお方が、妖術使いなどという怪しげな輩に近づいてはなりませぬ!」

 

夏侯惇、適応するのはやっ!?

 

「...やっぱりな。一刀。」

 

「あぁ。そうらしいな。」

 

一刀も同じ結論に至ったらしい。

 

「…お兄ちゃん?」

 

「ん?シャン、大丈夫だよ。...曹操、分かったことがある。一刀と一緒に話させてもらうが、構わないか?」

 

とりあえず、分かったことを話してみるか。俺はシャンの頭をなでながら、今の状況で分かったことを、曹操がうなずいたのを確認して話し始めた。

 

 

 

 

「…で、結局それは、どういう事なのだ?」

 

「だから、俺たちはこの世界かいうと…ずっと先の世界から来た人間ってことらしいってことだよ。」

 

夏侯惇の疑問に一刀が答える。

 

まさか漫画やSFでしか起きそうにない、理不尽な出来事。それならこの状況は説明がつく。

 

「秋蘭、理解できた?」

 

「…ある程度は。しかし、にわかには信じがたい話ですね。」

 

「俺たちも全部が真実だとはおもってない。けれど、そう考えないと辻褄が合わないことが多すぎる。」

 

漢字圏のはずなのに日本や中国も知らない。三国志の存在を知らない。曹操、夏侯惇、夏侯淵、徐晃といった三国志を彩る英雄たちの名を持つ人物。

きっとまだ魏を建国する前で間違いないだろう。曹操は先ほど陳留の太守だといったということは、黄巾の乱、もしくはその以前の時代なのだろう。

 

真名という風習や、曹操たちが女の子という、謎のおまけもくっついているが…。

 

恐らくはこの部分はたいして関係はないだろう。

 

「この時代の王朝は漢王朝で間違いないだろう。今の皇帝は恐らく霊帝だと思う。初代の皇帝は光武帝であってるかな?」

 

「...ふむ。間違ってないわよ。そのあたりの知識はあるのね。」

 

「夏輝、お前ってただテストの点がいいだけじゃなかったんだな。」

 

「...」

 

「イテッ!?」

 

俺は一刀の頭に鉄拳を落とした。失礼な奴だ。

 

「...てすと?」

 

「あぁ、学校...いや、私塾って言った方がいいな。そこで定期的にある試験のことだ。」

 

「俺や、夏輝の国では、国が国民全員に義務として勉強させているんだ。」

 

「なるほど。基本的な学力を平均的に身に着けさせるためには悪くない方法ね...。」

 

「実際俺たちのいた国では国民すべてが字の読み書きは習得している。…さて、ここからが重要だが、漢王朝は俺や一刀のいた世界から、千年以上昔の話なんだ。」

 

「どうやってこの国に来たのかもわからず、なぜこの時代なのかも俺たちにはわからないがな。」

 

「そう。…南華老仙の言葉にこういう話があるわ。南華老仙…荘周が夢を見て蝶となり、蝶として大いに楽しんだ後、目が覚める。ただ、それが果たして荘周が夢で蝶になっていたのか、蝶が夢を見て荘周になっていたのかは…誰にも証明できないの。」

 

「胡蝶の夢だな。」

 

「大した教養ね。それも学校とやらでおそわったのかしら?」

 

「まぁな。ところで俺たちはどうするのが一番いいのかだな。」

 

「そうね…。今、この大陸にはある噂が流れているの。 …星に乗って降臨する天からの御遣いが、乱れた世を鎮める。というね。実際、あなた達は違う世界から来たのだし、自分たちは天の御遣いとでも名乗るのがいいんじゃないかしら。」

 

「うわぁ。何というか胡散臭い話だな。」

 

「一刀、そんなこと言ってると…。」

 

「貴様!華琳様がせっかくお前達に進言しているのになんだその態度は!」

 

やっぱり夏侯惇が出てきたよ…。

 

「…お兄ちゃんは、天の御遣いさんなの?」

 

「あー、シャンまだそうと決まったわけじゃないんだけどな。」

 

「…シャンそれがいいと思う。難しい話されてもシャンは分からないし。みんなもわかりやすい。」

 

俺にいまだに抱き着いているシャンが見上げながらそう言ってくる。まぁでも確かに、未来から来ましたって言っても、なんだこいつは?くらいにしか俺も思わないしな。

 

「…そうだな。わかったよ曹操。俺たちは天の御遣いということでこれから名乗っていこう。」

 

一刀もいいだろ?と聞こうと思って一刀を見ると、なぜか夏侯惇と言い合いをしていた。話がひと段落したのを確認して、ずっと黙っていた夏侯淵が夏侯惇を抑えに行った。早速うちの一刀が原因で迷惑かけてますね。ごめんなさい。

 

「さて、大きな疑問も片付いたところでもっと現実的な話をしていいか?」

 

「えぇっと…その、南華老仙って人の書いた書物を盗んだ盗賊の件だっけ?」

 

夏侯淵の言葉に一刀が確認を取る。

 

先ほど説明されたが、どうやらその書物を追っている途中に俺たちを拾ったらしい。

 

「そうよ。あなた達、そいつらの顔をみたのね?」

 

「あぁ。チビ、デブ、ノッポの髭面の三人組だ。シャンも見たはずだ。」

 

「…お兄ちゃんすごいね。シャンみんな同じ顔に見えた。」

 

何というか、ほんとに興味ないことにはずっとぼーっとしてるんだな。

 

「一刀も見てるし、特徴的な三人だから見ればすぐわかる。」

 

「そう。ならば、私たちの捜査に協力しなさい。」

 

「わかった。一刀もそれでいいか?」

 

「あぁ。協力しない理由もないし、何より俺たちは今無一文だからな。飯くらいは出るんだろう?」

 

「ええ、そうね。役に立つうちは、城に部屋も用意させるわ。」

 

「しかし、今回はやけに素直だな。」

 

一連のやり取りを見ていた夏侯惇がそう言ってくる。

 

「まぁな。俺も一刀もできることは少ないが、変に理想を掲げて正義のために、とか言っても今は何の意味も持たないし。それに先立つものとかを確保するのが優先だよ。」

 

「殊勝な心掛けね。」

 

「ありがとう。これからよろしく頼む曹操。」

 

「シャンはどうする?」

 

「んー…曹孟徳さんはいい政事をしてるって聞いてるから、お兄ちゃんが残るならシャンも残る。」

 

「都で騎都尉まで務めた貴女を拒む理由なんてないわ。歓迎するわ、徐公明。」

 

「シャンのことはシャンでいい。」

 

「…えぇ。なら、これからは私の事も真名で呼んで構わないわ、香風。春蘭、秋蘭もそれでいいわね?」

 

「はっ!」

 

「御意。」

 

「そうだ。夏輝、一刀、あなた達も真名を教えなさい。」

 

「へっ?俺や夏輝の事も真名で呼んでくれるのか?」

 

「あなたたちの態度次第だけれどね。呼ぶかどうかは、また決めるわ。」

 

「とは言われてもなぁ…」

 

「あぁ、すまないが俺たちの国では真名っていうものはないんだ。しいて言えば、俺なら夏輝、一刀なら一刀の部分が真名に当たるかな。」

 

「…っ!」

 

「な、なんと…。」

 

「むぅ…。」

 

「…へ?どうしたんだ?」

 

「真名をいきなり呼ぶのは…ちょっとない。」

 

「いやシャン、三人の反応からしてまずないの間違いだろ。」

 

シャンも含めて全員が引いている。まぁ文化や風習も違うから仕方ないな。カルチャーギャップだな。

 

「貴様らは初対面の我々に、いきなり真名を呼ぶことを許した…そういうことか。」

 

「まぁそちらの風習に倣うならならそういうことだ。」

 

「むむむ…。」

 

「そうなのか…なんと豪気なやつだ。」

 

「そう…。なら、こちらも真名を預けないと不公平でしょうね。いいわね、春蘭、秋蘭。」

 

「か、華琳様!こんなどこの馬の骨とも知らぬ輩に真名を許すなど…。」

 

「なら、どうするの?春蘭は夏輝と一刀をどうやって呼ぶのかしら?」

 

「あれ!とか犬!とかお前!でいいでしょうに!。」

 

「いやいやいやいや!?それはいくら何でもひどすぎるよ!?」

 

「さすがに俺も犬は勘弁してほしいな。」

 

「シャンはお兄ちゃんって呼んでるよ。」

 

「いや…さすがにそれは。」

 

「俺もそれは勘弁して。」

 

「秋蘭はどう?」

 

「華琳様の御心のままに。」

 

「くっ...。でも華琳様!こやつらの名前が本当に真名かどうかなど、分からぬではないですか!?」

 

「もしそんなくだらない嘘をついているようなら、即刻首をはねるまでよ。あとは春蘭の好きにしなさい。」

 

「...首を刎ねるの大好きだなお前ら。」

 

「一刀。あなたが真名の意味をどう捉えているのかは知らないけれど、私たちにとっての真名は魂の半分なの。それを預ける相手に相応の資格を求めるのは、当然のことではなくて?」

 

「うむむ…。」

 

一刀はなんとかついていけてる程度の反応だな。

 

「だから、もしその存在を偽っているというのなら…そうね、今ここで地に頭をつけて謝るなら、百叩きで許しましょう。どう?」

 

「どうするも何もないな。俺も一刀も親からもらった名前はこれだけだ。命だってかけてやる。」

 

そうかけるだけならいくらでもかけてやる。

 

「ああ。それに頭を下げる理由もないし、俺だって首でもなんでも懸けてやるさ。」

 

「結構。なら、これから私の事は華琳と呼びなさい。いいわね、春蘭も。」

 

こうして俺たち二人は華琳と名乗る……自称、曹操の所に厄介になることになった。



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1章 偽りの治世
第1話 曹一門


曹操に拾われた御遣いたち。曹一門と出会う。

こんな出会いも一期一会。


「なんでこんなことになってんのかなぁ...。」

 

あの日、曹操に俺たちが拾われて数日が経過した。その数日、俺は一刀とは別行動になっていた。

 

一刀は曹操が拠点にしている町で、秋蘭とシャンと一緒に世界の基本的な知識の学習と文字の練習。まぁ一刀は文字も読めないし空気も読めないし…。空気の件はさておき、ついてきてもあまり役に立たないのだ。華琳はあきれていたが。

 

それに対して、俺はなぜか文章の読み書きができてしまっていた。古典なんて学校でもまともにしたことはないのに…。とにかくその部分はラッキーだ。

 

とりあえず、そのおかげで俺は現在進行形で華琳と一緒に情報偵察という名の町の視察に連れ出されていた。

 

「あら?誰のおかげでこうして縄にもつかず外を出歩けてると思ってるのかしら?」

 

「そりゃ華琳の裁量のおかげだとは思ってるが。」

 

「よろしい。じゃ、次に行くわよ。夏輝ついてきなさい。」

 

「了解。」

 

視察とはいったが、さっきから町の服屋や本屋、鍛冶屋を片っ端から覗いているだけだ。鍛冶屋はまぁ視察といっていいが、それでも明らかによその方が多い。

 

まぁ華琳も女の子ということなのだろう。先ほどから俺が持つ荷物の量が増えているのは気のせいじゃない、と信じたい。気のせいだろう。

 

「しかし、華琳も大丈夫なのか?俺だけ共にしてこんなとこぶらついて」

 

「あまりよくはないわね。でもあなたは私に対して何かしよう、と思っているわけではないでしょう。こう見えて私は人を見る目はあるつもりだけれど。」

 

「そりゃ一宿一飯、という恩があるしな。恩を仇で返さないってのは俺の祖父からの教えだ。」

 

「それは良い心掛けね。ではそろそろ戻りましょうか。あなたの人となりも見ることもできたしね。」

 

やっぱりそれがこの視察のメインだったか。ちょっと離れたところに春蘭の気配も感じるしな。えらい殺気漏らしてるけど。さすが曹操、抜かりないな。俺は春蘭に気づかないふりをしつつ華琳と一緒に滞在している宿に向かった。

 

 

 

「華琳様、伝令の兵が戻ってまいりました。」

 

「そう。」

 

宿に戻って華琳の部屋に荷物を置いていると、秋蘭が訪ねてきた。その内容に対する華琳の言葉数は少ない。恐らく伝令の持って帰ってきた答えは予想がついているのだろう。

 

「やはり、豫洲へ立ち入ることはまかりならん…だそうです。こちらから逃げ込んだ賊は、向こうの兵で対処すると。」

 

「まぁ、そうでしょうね。」

 

華琳たちの追っていた、南華老仙の著書”太平要術”を盗んだ賊が、俺たちの証言とその後の情報収集で、すぐ隣の州…豫洲に逃げ込んでいることはつかんでいた。

華琳がこの町で待機していたのは、その賊を追撃するための兵を豫洲内へ派遣する許可を待っていたのだ。

 

結果はどうやら華琳たちが予想していた通りだったらしい。

まぁ確かに自分のテリトリーをよそ者に武装を許可した状態でウロチョロされたらたまらんだろうし、豫洲を収めている州牧もメンツが丸つぶれだ。

 

「これでこの街にいる理由もなくなったわ。秋蘭、春蘭たちに帰りの支度をさせなさい。準備が出来次第すぐに陳留に戻るわよ。」

 

「はっ。」

 

華琳は用は済んだとばかりに秋蘭にそう伝えた。秋蘭もそうなるとわかっていたのか、すぐに部屋を出て行った。

 

「さて、夏輝も一刀と一緒に支度をなさい。」

 

「俺たちも連れて行ってくれるんだ?何もしてないのに。」

 

「それはこれから返してもらうのよ。賊の顔もあなた達しか知らないのだし。」

 

「了解した。じゃあ一刀にもそう伝えてくるよ。」

 

俺は華琳に了承の意を伝えて部屋を出た。だがこの時俺はある事実を失念していた。それを伝えておけばあんなことにはならなかったのに...。

 

 

 

 

数日後

 

俺たちは陳留に続く道を行軍していた。一刀だけは馬に乗らず自分の脚で一歩一歩歩いていた。

 

「一刀お兄ちゃん、シャンの後ろ…のる?」

 

「やめておけ。初日はそれで遅れたのを忘れたのか?」

 

「春蘭の言うとおりだよ…気持ちだけ受け取っておくよ。ありがと。香風。」

 

こっちの世界では当たり前なのだが、長距離移動する際、相応の立場の人間は馬に乗る。が、この馬という乗り物は、現代に普及している自転車やバイクといったものと違い非常に慣れがいる。それを知らない一刀は果敢に挑み、そして散っていった。

 

初日、シャンの後ろにおっかなびっくり乗った一刀は常に下半身を力ませ続け、1時間も持たずギブアップ。その後体力を使い果たした一刀は、荷車に乗せられリアル荷物とかしていた。その間の顔も死んでいたので、ひょっとしたら相当なトラウマになってしまったかもしれない。一刀よ、強く生きろ。

 

「だが、馬にも乗れんで今までどうしていたのだ。不便ではなかったか?」

 

「あー秋蘭、天の国には馬より早くて楽な乗り物があってな。天の国の人間は大半が馬にも乗ったことがないような国なんだ。」

 

「なんと、馬より早いとは。ではなぜ貴様は乗れるのだ?」

 

まぁ春蘭の問いももっともだろう。

 

「まぁ、天の国の中でも俺の家は特殊でな。幸い馬に乗る機会は多かったんだ。」

 

幼少のころ鬼のように乗馬をさせられた記憶は忘れられない。いつか馬で親父のこと轢いてやるとか思ってたが、今は感謝の念がわいてきている。よかったな親父、少しだけ寿命が延びたぞ。

 

「馬に乗れないなら、出城にいる間に練習しておけばよかったでしょう。」

 

「…こうなるとわかってたら練習、したんだけどね。」

 

でも数日くらいの付け焼刃ではあまり結果は変わらなかっただろう。

 

「陳留に就いたら、今度は馬の乗り方を教えるね。」

 

「よろしくお願いします。香風先生。」

 

華琳たちと話をしながら小高い丘を越えると…。

 

「ほれ、北郷。その陳留が見えてきたぞ。」

 

「...え。あれが!?」

 

「...っ!?」

 

丘の向こうに見えてきたのは、思ったよりも高い城壁に囲まれた巨大都市だった。今まで見てきた出城の町とは比べられないほどに大きい。それこそ漫画やゲームでしか見たことのない城塞都市だ。

 

「でかい、な。」

 

「あぁ、もっと小さいと思ってた。」

 

「ふふふ。そうだろうそうだろう。」

 

「なんで春蘭様が偉そうなの?」

 

「…見て見ぬふりをしてやってくれ。香風。」

 

あまりにも驚いてしまって声が出なかった。でもこの町を治めている華琳だ。現代でいうところの相当な立場なのだろう。

 

「もしかして、華琳って実はものすごく偉い人?」

 

「…一郡を任されただけのただの太守よ。それ以上でもそれ以下でもないわ。…驚くのはそれくらいにして、早く歩きなさい。いつまでもあなた達の干渉に付き合っている暇はないのよ。」

 

「あぁ、すまん。」

 

華琳にそう促され急いでついていく俺と一刀。そこからしばらく歩くと、ようやく城門の前にたどり着いた。近付くにつれ思ったが、

 

「でかい。」

 

そうただひたすらにでかい。陳留でこの大きさなのだから都の門はもっとでかいのだろう。

 

「おかえりなさいませ!お姉様!」

 

俺が再び感傷に浸っていると、門の前で華琳を迎えたのは華琳と同じ髪の色をした女の子だ。

 

見るだけで強い意志を感じさせる切れ長の瞳、整った顔立ち、華琳と同じくまぶしいほどに輝く金色の髪。それは華琳への呼びかけを聞くまでもなく、華琳の親族だとわかるものだった。

 

「…誰、あの子。華琳の妹?」

 

俺の後ろで一刀が秋蘭に小声で確認を取っている。

 

「この陳留の金庫番を任されている、曹洪という。実の妹ではないが、華琳様の曹一門に属するお方だ。…それと、北郷と高河はしばらく黙っていろ。華琳様から何か言われても最低限の事しか答えなくていい。わかったな?」

 

秋蘭が確認を取った一刀と、聞いているんだろうといわんばかりの瞳で俺に伝えてきた。

 

あー、何というかフランチェスカ学園にもいた、言わゆるアレな方ですか。

 

秋蘭の言ですべてを悟った俺は目を合わせうなずく。その反応を見て秋蘭は満足そうな顔をする。

 

「いま戻ったわ、栄華。…けれど、なにもここで出迎えなくてもよかったのよ?」

 

「遣いも受けましたし、見張りからも遠くにお姿が見えたと報告がありましたので…いてもたってもいられず。…あぁ、御髪もお衣装も砂だらけで。お風呂とお召し物の支度をさせていますから、すぐにお使いくださいまし。」

 

「ふふ。ありがとう。留守中は変わりなくて?」

 

「はい。柳琳もいましたし、華侖さんも……彼女なりに、よくやってくださいましたわ。」

 

曹洪さんも春蘭たちのように華琳の事が大好きなんだろう。弾む声、向ける視線、すべてから華琳に対する愛情の念が伝わってくる。…華侖って子のことを説明するときに微妙な間があった理由は、なんとなく察してしまった。

 

「それと、その…お姉様。…新しく迎えたお客人がいるとか。」

 

「…ふふっ。そうね、いらっしゃい。」

 

「あぁ...。」

 

「はーい。」

 

華琳にそう言われ俺とシャンは馬から降りる。それに合わせて一刀も一緒に出てくる。この時俺はあえて返事をしなかった。どうせしても結果は変わらないだろうし。

 

「あらあら、まぁまぁ!」

 

曹洪さんの目がシャンをとらえた瞬間輝き始めた。あー、やっぱりこういう人なんですね。

 

「……?」

 

どうやらシャンはわかっていないらしい。恐らく隣でボケーっとしてる我が親友もだろう。

 

 

「ふふっ。とっても可愛らしい子ですわね……。お姉様、この子は?」

 

 

「遣いに持たせた連絡の通りよ。私の元でしばらく働いてくれる事になったわ。」

 

「そうですの!」

 

曹洪さんは華琳の紹介にぱっと花の咲いたような明るい笑みを浮かべると、香風の顔を覗き込むように身を屈ませる。

 

「わたくしは曹洪と申しますわ。あなたのお名前は?」

 

「あぁ、俺は..グエッ!?」

 

「徐晃。……でも、シャンの事は香風でいい。」

 

「香風さんですわね。なら、わたくしの事も真名の栄華でお呼びになって?」

 

「...わかった。」

 

ふう、どこぞの空気読めないボケが前に出ながらなんか言おうとしたので、シレっと襟をつかんで元の所にひこずった。なんかカエルが死んだときのような声がした気がしないでもない。

 

シャンに真名を許されてさらにテンションの上がる曹洪さん。もはや暴走に近づいている。

 

「それと香風さん。客人用のお風呂の支度もしてありますから、よければお湯をお使いになってくださいまし。」

 

「わーい。」

 

「それから…よければお召し物も用意させていただきますわ。それにぼさぼさの御髪もちゃんと整えないと、可愛いお顔が台無しですわよ。」

 

「……うん?」

 

曹洪さんはどうやら面倒見のいい子なんだな。

 

この子に面倒を見てもらえばシャンもきっと、女の子として大事なものをつかむはず。

 

…つかんでくれるといいなぁ。

 

「お姉様、よろしくて?」

 

「ふふっ。好きにしなさい。」

 

「あとは、そうですわね…。うん。身だしなみが整っていなのはそれで良いとして、口調に気品が感じられないのは、おいおい躾ければ良さそうですわね…。」

 

…だめだ。これはもう完全に暴走特急になってやがる...。

 

「都の役人を務めていたということから、最低限の学問は修めているでしょうし……後は、家での振る舞いとお作法を仕込んで、わたくしへの奉仕の仕方も…ふふ、ふふふ…。」

 

「……ひっ。お、おおおお、お兄ちゃん。」

 

「…はいはい。大丈夫大丈夫。」

 

おわったな、この感じ...。

 

シャンは少し涙ぐみながら俺の腰に抱き着いて背中に隠れる。

 

「栄華。」

 

「あ……。ふふっ、申し訳ありません。つい癖で…。」

 

…癖って。

 

「…どんな癖だよ。」

 

一刀、考えが口にでてんぞ。

 

「ご安心なさって。お姉様のお手付きの子に手を出すような真似は、誓っていたしませんわ。」

 

「私の期待を裏切らないで頂戴。」

 

「……お手付き?」

 

「あー、シャンは気にしなくても大丈夫だ。」

 

シャンがこちらを見上げてくるが、意味を教えない方がいいと判断。大丈夫といいながら頭をなでると、気持ちよさそうな顔をしてギュッと腰に抱き着く。

 

「それと、一刀、夏輝名乗りを。」

 

華琳がいったん間を取った。ま、そのことには感謝するけどどうせこの手のタイプは...。

 

「ああ。俺は北郷「はい、それで結構ですわ。」...。」

 

やっぱりこうなるんだよな。

 

「お姉様の連絡には目を通しましたから、もう充分です。」

 

一刀の顔が引きつってる。まぁ想像できていなかったらそうなるよね。

 

「栄華。一刀と夏輝はこれでも例の事件の貴重な情報源よ。必要以上にはしなくていいけれど、相応の扱いはするように。」

 

「それは…どうしてもですの?お姉様。」

 

「どうしてもよ。」

 

「…はぁ。承知いたしました。」

 

さきほどのシャン時とはうってかわって、素晴らしく温度感のある視線が飛んできた。

が、それも目があった瞬間そらされ、もう視線は俺と一刀の足元をロックオン。

 

「では、厩の隅に藁がありますから、そちらをお好きにお使いください。使った藁を馬が食べてしまわないよう、しっかりと片付けてくださいませ。よろしくて?」

 

あまりの想定外さに口をあんぐりとあけている一刀。アホが前面にでてんぞ。

まぁでもよろしいかといわれたら間違いなくよろしくはない。

 

「…栄華。」

 

さすがの華琳も見るに見かねたようだ。まぁ確かに一応拾った客人を厩で寝かせている。という事実は広まってしまったらたまらないだろう。

 

曹洪さんは、華琳の顔と俺たちの足元に視線をふらふらさせ、

 

「…はぁ。わかりましたわ。お部屋を用意させます。」

 

渋々といった表情でそういってくれた。

 

「ありがとう。世話になってる分はちゃんと働くよ。」

 

嬉しそうな顔で曹洪さんにそう言う一刀。

 

「当たり前ですわ。あなた達がここで暮らす中、どれだけのお金が無駄にかかっているのか、ちゃんと理解してくださいまし。…それから金輪際わたくしの視界に入らないでくださいまし。」

 

が、この言葉を返され完全に顔が苦笑いで引きつっていた。

男が嫌いなんだろうが、ここまで強烈に表に出されると何とも言えない気持ちになってしまう。

 

「そこのあなたもいいですわね!」

 

ズビシッ!という効果音が付きそうな素早さで俺を指さしでご指名。…顔は俺たちの足元に向いたままだが...。

 

「…まぁ善処させてもらいます。」

 

視界に入らないのはさすがに厳しそうだが、何とかするしかないだろうな。これから。

 

「はい。それではわたくしは先に城に戻っていますわ。春蘭さん!お話がありますので、一緒に来てくださいまし。……あと、香風さんもお風呂にご案内いたしますわ。…ふふっ。」

 

「…ひっ……お、おおおお兄ちゃん。」

 

「おう。……では華琳様、お先に。」

 

春蘭は華琳にペコリとお辞儀をして、曹洪さんの方へ馬を向かわせた。……なぜか曹洪さんにご指名されたシャンは俺の腰に抱き着いたまま 。

 

「あのー、シャン。せっかくだし使わせてもらったら?」

 

「うぅ……お兄ちゃん。一緒にお風呂入って。」

 

「大丈夫だから。な?それに俺が行くと、より曹洪さんの中の俺の評価も落ちちゃうし。シャンだけでも大丈夫だよ。...だよな?華琳。」

 

「栄華は自分の言ったことには責任を持つ子よ。手を出さないと誓った以上は、大丈夫でしょう。」

 

「だってさ。お風呂でゆっくりしてきな。」

 

俺たちの世界じゃ当たり前になってるが、この当時の風呂は贅沢行為なのだ。現代のように蛇口ひねれば飲める水がって時代ではない。水の確保は大変だし、なにより火をおこすための薪は準備にも時間が必要だ。

 

そんな贅沢なものを準備したってことはそれだけ歓迎しているてことだろう。

 

まぁ、俺たちは間違いなく歓迎されていない。

 

「...わかった。」

 

すごく涙目になりながら、時おりこちらをちらちら見ながらシャンは曹洪さんの方へぱたぱたと駆けていった。

 

なんだろう、この年の離れた妹を見送るような感覚。

 

「ずいぶん好かれているのね。」

 

「あぁ。本当に会ったばかりなんだがな。そうだ華琳、彼女が曹家の金庫番で間違いないのか?」

 

「ええ、そうよ。少し変わっているけれど、優しくて賢い子よ。」

 

「それは伝わってきたよ。」

 

あれだけシャンや華琳にたいして物腰が柔らかくて、気を利かしている。

 

「高河、城内を案内する。北郷と一緒についてこい。」

 

「わかった。じゃあ華琳また後で。」

 

「えぇ。」

 

華琳との話がひと段落したところで秋蘭に呼ばれた。

 

とりあえず今は秋蘭について行って場内を案内してもらおう。

 

そう考えて、ちょっと先を歩く秋蘭と一刀に小走りで駆け寄った。



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