紅炎公と銀の剣聖 (凪里)
しおりを挟む

プロローグ

 アルザーノ帝国の王都から遠く離れた小さな村で銀髪の少年と赤髪の少女が木製の剣を交えていた。

 

 

「そこ!」

 

 

 少年の剣の一振りで少女の持つ剣が宙を舞った。

 

 

「もーまた負けたー!」

 

 

 少女はその場に仰向けになって倒れ込んだ。勝負に勝った少年も肩で息をしている様子から疲労している事が分かる。

 

 少年の名はレオン=ベルナール。そしてその少年の相手をしていた赤髪の少女の名はイヴ=ディストーレ。

 イヴは数年前この小さな村にふらりと母親と共にやって来た。村に同じ年頃の子供が居なかったこともありレオンはイヴと積極的に関わろうとした。そんなレオンに初めは心を閉ざしていたイヴも心を開いていき、今ではこうして剣や魔術の稽古をしたり年相応に遊んだりする仲になっていた。

 

 

「相変わらず仲がいいのね」

「あら、イヴ。また負けたの? レオン君は本当に強いのね」

 

 

 二人の元にイヴの母親とレオンの母親がお菓子を手にしてやって来る。

 

 

「やめてよお母さん。剣術では勝てないかもしれないけど魔術だと圧勝だもん!」

「そのうち魔術でも僕が勝つんじゃない?」

「言ったわね! 私だっていつかレオンに剣術で勝ってみせるわ!」

 

 

 火花を散らす二人にイヴの母親が話しかける。

 

 

「まあまあ……さあお菓子作ったから二人共食べなさい?」

「ディストーレさん。ありがとうございます!」

 

 

 レオンが我先にと皿の菓子を手に取って食べる。

 

 

「あ、それ私が狙ってたのに!」

 

 

 イヴがレオンを指さしながら話すもレオンは知らぬ顔で菓子を食べ進める。

 

 

「早い者勝ちだよー」

「むー」

 

 

 そんなレオンの姿を恨めしそうに見ながらイヴは顔を膨らませる。

 

 

「まあまあ……たくさんありますから」

 

 

 

 そんなレオンとイヴの姿を見て母親二人は微笑むのであった。そんな平和な日常が何時までも何年先まで続くと思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 平和な日常は突然、終わりを告げた。イヴとレオンが9歳の頃、イヴの母親が病にかかってこの世を去るとそこから徐々に歯車が狂い出す。

 

 

「……っ……お母……さんっ……うぅ……」

 

 

 一人で泣いているイヴにレオンが声をかける。

 

 

「……イヴ……」

「……レオン。私……お父さんの所に行きたくないよお……村の皆と離れたくないよお……うぅ……」

 

 

 イヴのことを突然現れた実の父親であるアゼル=ル=イグナイトが引き取る事となった。イグナイト家は魔術の名家であり貴族である。それも帝国の貴族の中でも有名な名門。その評判はこの小さな村にまでも伝わるほどだがあまりいい噂は聞かなかった。

 

 そんな貴族の家で平民の血が混ざったイヴがどのような扱いを受けるかは子供にも容易に想像がついた。レオンの母親がイヴを引き取る事を提案したが受け入れられる事は無かった。どうやらイグナイト家の嫡子が一人亡くなり、次期当主の予備が無くなったとの事でイヴを引き取るらしい。

 

 その事にレオンや村の者たちは怒りを覚えるが相手は魔導の大家の現当主であるアゼル=ル=イグナイト。逆らう事は誰にも出来なかった。

 

 泣きじゃくるイヴの肩をレオンは優しく抱きイヴを引き寄せる。

 

「イヴは一生、俺が守るから。だから待ってて……」

「……っ……レオン……」

 

 イヴはレオンの胸に顔を伏せ泣き続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 それから数年の月日が流れ、イヴはとある事故から空席になった帝国軍特務分室の室長の座に就くと順調に戦果を積み重ねていった。

 レオンも実力が認められ最年少で帝国軍に入り同じく特務分室に所属している。今や帝国一の剣士と言われており《銀の剣聖》という二つ名まで付いている。レオンはイヴと共に多くの任務をこなして行った。

 

 

 

 だが、その日の任務は特別だった。帝国軍を裏切った特務分室の元メンバー《正義》のジャティス=ロウファンの始末。それが今回の特務分室に課せられた任務だった。

 

 

 

 帝国軍の一室でイヴはアゼルに対して訴える。

 

 

「──そんな、父上ッ! どうして!? ここは《愚者》と《女帝》の援護に──」

「ならぬ。彼奴等は所詮、イグナイトたる我らの駒に過ぎん。ここで援護に向かわせる必要は無い」

「っ……」

 

 

 グレンとセラに援護を送ることを求めるイヴに対しアゼルは冷たく言い放った。

 

 

「貴様は裏切り者の《正義》を仕留め、最大効率で戦果を上げることのみ考えれば、それでよい。それがイグナイト家の大義だ。逆らうなら──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 レオンは天使の塵の中毒者達と戦っていた。既に何人殺したかは分からない。だがいつまで経っても敵は湧いて出てくる。斬っても斬っても斬っても敵の数は一向に減ることは無い。

 そんな中、通信機から声が聞こえてきた。

 

 

『───クソッ! 誰でもいい! 誰か援護をッ!』

 

 

 その声は聞き慣れた同僚のグレンの声だった。既に今回の目標であるジャティスはグレンとセラの二人が討ったもののジャティスの周囲には天使の塵の中毒者達が数多く居た為に二人は窮地に陥っていた。ジャティスとの戦いでの消耗を考えると二人はいずれマナ欠乏症に陥り、確実に死ぬ事が予想出来た。誰かが早急に援護に行かねばならない状況だが援護の指示は一切出ていない。レオン通信用の魔導器を取る。

 

 

「──イヴ。グレンとセラの援護に行かせてくれ。このままだと二人は死ぬ」

『──ッ! 駄目よッ! 貴方はそこで敵を倒しなさい! 二人の援護に向かう事は…….私が許さないわ』

「アルベルトも居る。ここはまだ何とか持ち堪えられる。だから──」

『駄目ったら駄目よッ!! 貴方はそこで敵を倒しな──』

 

「イヴ」

 

 

 イヴの台詞を遮りこれまでとは打って変わった静かな落ち着いた声で男はイヴの名を呼んだ。

 

 

『何? やっと従う気になった? ならさっさと──』

「誰の指示だ?」

 

 

 その言葉にイヴは動揺した。

 

 

『何を……言って……』

「ここでグレンとイヴの援護に誰も向かわせないのがお前の作戦なのか?」

『……そ、そうよ! だから貴方はそこで──』

「……イグナイト卿の指示だな。そうだろ?」

『──いえ、私の判断よ』

「お前が仲間を見殺しにするような奴じゃないことは誰よりも俺が一番分かってる。二人の援護を提案したがイグナイト卿に却下された。違うか?」

『──ッ!』

 

 

 レオンの言葉にイヴは言葉を詰まらせた。その反応でレオンは確信を得る。

 

 

「だと思ったよ。今助けに行けばまだ間に合う」

『……駄目よ』

「手遅れになるぞ。それでも行くなと命令するか?」

『……駄目よ! ……私だって……私だって今すぐグレンとセラを助けに行きたいわよ! でも父上に逆らうことなんてできない! もし逆らったら貴方だって……!』

「クビにでもなんにでもなるさ。二人を助けられるならそれでいい。二人を助ける事こそイヴが本当に望んでることだろ?」

『……レオン』

 

「覚悟は出来てきる。改めて聞こう。室長、俺はどうしたらいい?」

 

『……行って』

「──了解」

 

 

 レオンはイヴとの通信を終え、すぐさまアルベルトとの通信を開始する。

 

 

「アルベルト、俺は──」

『分かってる。早く行け』

 

 

 レオンが用件を伝える前にアルベルトは答えた。どうやら言いたいことは分かっているらしい。

 

 

「助かる」

 

 

 レオンはその場をアルベルトに任せるとすぐにグレンとセラの元へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァハァ……」

 

 

 グレン=レーダスは天使の塵の中毒者達と戦っていた。セラ=シルヴァースもグレンと共に襲い掛かってくる中毒者を次々と倒していった。

 

 しかし二人が幾ら敵を殺しても次から次へと敵が湧いて出てくる。更に中毒者はしぶとく生半可な攻撃では倒しきれない。すぐに起き上がり再び襲い掛かってくる非常に厄介な相手だった。

 

 グレンとセラは二人でかつての同僚ジャティス=ロウファンを討ち取った。しかしその戦いでグレン、セラ共に魔力を多く消耗していた。ジャティスを倒したとて周囲の天使の塵の中毒者は元通りなんてことは無い。二人の周りにはまだまだ敵が残っていた。

 

 グレンは室長のイヴに再び連絡を取ろうとするが繋がらない。やはり援軍を寄越す気は無いらしい。このままではジリ貧。いつか倒れることは火を見るよりも明らかだった。

 

 

「うがぁあああ!!」

「クソッ……!」

 

 

 背後からの攻撃を捌ききれなかったグレンは中毒者の攻撃を受け吹き飛ばされる。その隙にも次から次へと敵が襲い掛かってくる。グレンが応戦しようとするが三節詠唱しか出来ないグレンの魔術ではこの量の敵を一気に相手をするのは無理だった。中毒者がグレンに止めを刺そうと襲いかかる瞬間、突風が吹き荒れ中毒者達を吹き飛ばす。

 

 

「グレン君っ!」

 

 

 セラの風の魔術によってグレンは間一髪助かった。しかしその攻撃は広範囲の敵に攻撃する為の魔術であり仕留め切るには威力が足りていなかった。敵はすぐさま起き上がり今度は標的をセラへと変え襲いかかる。セラも素早く応戦する。

 

 

「セラ! 後ろだ!!」

 

 

 セラの背後からも攻撃が迫っていた。前方の敵を倒したセラは続けて魔術を唱えようとするが間に合わない。

 

 

「クソッ! 骨が折れてやがる」

 

 

 グレンも思ったように身体を動かせない。そんな中なんとか狙いを定め銃を連射するもその攻撃は間に合わない。

 

 

「ッ! セラぁあああああああ───……!!!」

 

 

 グレンの放った銃弾が中毒者へと届くより先に中毒者の振るった斧がセラを切り裂こうと振り下ろされる。

 

 

「──ふぅ。間に合った」

 

 

 中毒者の攻撃がセラを捉える前に中毒者は真っ二つになった。セラの前にレオンが降り立つ。同時にセラの周りを取り囲んでいた天使の塵の中毒者達が血飛沫をあげ次々と倒れていく。

 

 

「レオ君!」

 

 

 セラが自分の前に降り立って男を見て声を上げる。

 

 

「……レオか!」

「まだやれる? お二人さん?」

「……なんとかな!」

 

 

 グレンは立ち上がりレオンに答える。既に疲労困憊だったが援軍の登場は戦力的にも精神面にも非常に大きな効果があった。

 

 

「それじゃあ……やるよ」

 

 

 レオンが援護に来たことでグレンとセラも持ち直し次々と敵を葬っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

「はぁあああああ!? レオがクビだぁあああ!?」

 

 

 帝国軍の一室にグレンの声が響いた。その部屋にはグレンの他、セラ、アルベルト、リィエル、クリストフ、バーナードといった特務分室のメンバーが集まっていた。

 

 

「──当然じゃな。結果的にレオ坊がした行為は、命令違反。軍としては当然の判断じゃ──ワシとて納得はしてないがな」

「……私達のせいで……レオ君が……」

 

 

 セラは俯きながら呟く。

 

 

「結果的に命令を無視すると決めたのはレオン自身だ。責任を感じる必要は無い」

 

 

 アルベルトは冷静に言い放った。

 

 

「──そうは言ってもよ! レオが来てくれなきゃ今頃、俺とセラは……」

 

 

 レオンが命令を無視し駆けつけていなければ、グレンとセラは死んでいただろう。その事は誰もが分かっていた。部屋は静寂に包まれる。

 

 

「ん。レオン。いなくなるの?」

 

 

 静寂の中、リィエルが声を上げる。いつも無表情のリィエルだが、今日の表情はどこか悲しげだった。

 

 

「……分からない……今は……待つしかない……」

 

 

 セラは奥の室長室の扉を見つめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 室長室ではイヴとレオンの二人が話していた。その表情は暗い。

 

 

「──つまりレオン。貴方は……」

「クビって事だな」

「──ごめんなさい。私、貴方を守れなくて……」

「まぁ仕方ないさ。イヴが気にすることなんてない。結局命令を無視したのは俺だから」

「私が父上に逆らっていれば……」

「おいおい。そしたらイヴがクビだろ? 室長がクビになったら困るって。それにイヴの場合クビだけじゃないだろ」

 

 

 イヴがアゼルの言い分を無視しグレンとセラの二人に援軍を寄越していたら今頃イグナイト家を追い出されていただろう。それはレオンにとっても困る。それではあの人との約束が果たせない。

 

 

「だけど……」

「だからイヴが気にすることじゃないって。俺がこうしたいと思ってやった事だ。変えるんだろ? イグナイトを」

「……えぇ」

「じゃあな、イヴ。何かあったら呼んでくれ」

 

 

 レオンが室長室から立ち去る。レオンが立ち去って一人となった室長室でイヴは呟いた。

 

 

「また貴方と離れ離れになるの……? ……レオン」

 

 

 イヴは首から下げたネックレスを握り締めた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

帝国一の剣士、教師になる

 帝国軍をクビになったレオンは自宅で横になって読書をしていた。帝国一とも呼び声高いレオンをクビにすることに軍の多くの人間は反対をしたがイグナイト卿がそれを押し切ったらしい。イグナイト卿はレオンがイヴと幼馴染という事を知ってか知らずかレオンの事を目の敵にしている節がある。

 

 

「はぁ……明らかに嫌われてるなー」

 

 

 嫌われる理由に心当たりが全くない訳では無い。レオンはその実力から軍においてもそこそこの発言力はあり軍の会議に呼ばれたりすることもある。その時にイグナイト卿の作戦に難色を示すことも多くその事から嫌われていてもおかしくは無い。

 

 

 イグナイト卿はその実力から軍でも多くの信頼を得ているレオンは自身の障害となりうると考えここがチャンスとばかりにレオンを軍から排除した。と言ってもレオンほどの人材をみすみす手放す軍ではなく、女王陛下アリシア七世から直々に任務を与えられることになった。だが、軍はクビになっているため今までと同じように軍の会議に出ることは出来ないし、意見を言うことも厳しくなった。

 

 

「おーおー暇そうだな。レオン」

 

 

 突然、レオンの背後から声がする。レオンは一瞬驚くがその声の主を悟り、呆れながら顔を後ろへと向ける。

 

 

「勝手に人の家入んないでくれますか……セリカさん」

 

 

 近くのソファに足を組んで腰掛けていたのは帝国一の魔術師セリカ=アルフォネアだった。

 

 

「あれー? 魔術がからっきしのお前の師匠に変わってお前に魔術を教えてやったのは誰だっけなー?」

「いやセリカさんですけど、言うて俺の魔術の腕はグレン以下ですよ」

 

 

 レオンはとある魔術以外は魔術が全く使えなかった。それこそ【ショックボルト】さえも使えなかった。だが、レオンの師匠の紹介でセリカに魔術を教わり軍用魔術もそれなりに使えるようになったのだ。と言っても基本的にはグレン同様、三節詠唱しかレオンには出来ない。

 

 

「にしても帝国一の剣士と言われるお前が軍をクビになって無職とはねぇ……あっはははははは! こんな……こんな面白い話があるんだなあ! あっはははははは! 」

 

 

 セリカは笑いを堪えようとしたが結局堪えきれずに笑い出す。そんなセリカの事をレオンはジト目で見つめる。

 

 

「笑わないでくれます? それに一応無職ではないので」

「いやぁ、すまんすまん。女王直属特殊なんちゃらだっけか?」

「女王直属特殊戦闘部隊です。まぁ1人ですし、ほとんど暇なので無職と遜色無いですけど」

「それで暇そうだからお前の師匠の腐れ縁の私が相手しに来てやってるんだ。感謝しろよ?」

「はーい。ありがとうございまーす」

 

 

 恩着せがましいセリカに対してレオンは適当な返事を返す。今日のセリカがはっきり言ってだるい事を一応弟子であるレオンは察していた。

 

 

「にしてもお前ホント、イグナイト卿に嫌われてんな」

「あの人が一方的に俺の事嫌ってるだけなんですけどね」

「そりゃあお前が噛み付くのが悪い。それにイヴにだって手を出してるからさ」

「そんな事言ってもあの人のやり方は好きじゃないんですよ……てかイヴに手を出すってそんな覚え無いんですけど……」

「は……? お前自覚なしって……あんな事言っちゃって……罪なヤツめ」

 

 

 セリカは肩を竦めながら呆れている。レオンにはなんの事か分からない。

 

 

「まぁそれは今日はいい。それで今日ここに来たのは頼みがあってな。私が務めているアルザーノ帝国魔術学院の講師が一人辞めてしまってね。お前に講師を頼みたい」

「……はい?」

「あー心配すんな。教員免許は無くても問題は無い。私がねじ込んだ。それとアリスに話をしたら全然OKって言ってたから大丈夫だ」

 

 

 

 セリカは権力を使い教員免許の無いレオンを無理やり学院にねじ込んだ。女王陛下直属として仕えることになっていたレオンだが、女王陛下とセリカは旧知の仲。その事もありセリカの申し出を女王陛下は快諾したようだ。

 

 

「いやそっちも心配してましたけど……俺、人に魔術教えられるほど魔術出来ないじゃないですか」

「そこは安心しろ。お前が教えるのは剣術だ」

「剣術……? 魔術学院で? 何そのギャグ」

「主に剣術及び体術。その他諸々って感じだな。場合によっては魔術を教えることになるかもしれんがそこはまあ何とかしろ」

「えぇ…………あの……折角のお話何ですけど……」

 

 

 レオンが断ろうとするがセリカが聞くはずもない。

 

 

「因みにお前に拒否権は無い。決定事項だ」

「ですよねー」

 

 

 こうして帝国一の剣士、レオンはアルザーノ帝国魔術学院の講師となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 アルザーノ帝国魔術学院、その名を知らぬ者はアルザーノ帝国において誰一人としていない、有名魔術学院である。既に前期課程は終了し、今日から後期課程が始まる。後期課程からは新しく剣術が授業に入っているが生徒達のやる気は無い。理由としては簡単。生徒達は魔術を学びたくて学院に入ったのだ。今更剣術なんて───というのが生徒達の考えだった。

 

 

「はぁ……今更剣術かよ……」

「魔術が学びたいよな! 魔術! 俺達は魔術を学びにこの学院に入ったんだぜ?」

 

 

 アルザーノ帝国魔術学院1年2組の生徒達は剣術の授業を前に不満を口にしていた。生徒達がいるのは剣術の授業が行われる競技場だ。

 

 

「そう言えば新しい講師の人が担当するんだろ? この授業」

「そうらしいなー。システィーナが噛み付かなきゃいいけど」

 

 

 皆の注目は新しい講師に対する『講師泣かせ』と呼ばれるシスティーナの反応だった。システィーナは親友のルミアと話をしていた。他の皆と同様に話題は新しい講師の事である。

 

 

「ルミア……新しい講師の先生どんな人だと思う?」

「うーん。どんな人かな? 良い人だと良いなあ」

「甘いわよルミア。どんなに良い人でもちゃんとした授業が出来ないとこの学院の講師としては失格よ。この学院の講師として相応しいか私がしっかり見極めるわ!」

「あはは……」

 

 

 すると競技場の入り口から一人の男が現れた。学院の男性用講師服に身を包んだ銀髪の青年だった。その顔の良さから一部の女子生徒達が歓声をあげる。

 

 

「はい本日よりアルザーノ帝国魔術学院の講師となりました。レオン=ベルナールです。よろしくー」

 

 

 生徒達が注目する中レオンの初授業が始まった。

 

 

「てなわけで授業するけど、みんな『剣術とかいらなくね』『魔術の方を学びたい』とか思ってるでしょ」

 

 

 レオンがいきなり生徒達の心中を言い当てたので生徒達は驚く。

 

 

「まーそう思うよね。実際その通り。剣術なんかより魔術の方が何倍も便利だ。軍の主力も剣士ではなく魔術師だし」

「「「!?」」」

 

 

 レオンの言葉に生徒達は再び驚く。レオンは剣術の授業でいきなり剣術を否定したのだ。その反応は無理もなかった。

 

 

「それでもまだ軍に剣士はいる。それは何故か分かる? ん───じゃあ君」

 

 

 そう言ってレオンはギイブルを指差した。生徒達はギイブルに注目する。ギイブルは淡々と答える。

 

 

「マナが必要ないからですね。魔術だとマナ欠乏症に陥った時、戦線からは離脱。けど剣術だとそれが無い」

「お、正解。やるねキミ」

「先生!」

 

 

 そこに一人の少女が声を上げる。その声の主はシスティーナだ。「遂に来たか」と言わんばかりに皆がシスティーナのことを見る。

 レオンはシスティーナを見た時かつての同僚に似ていた事でほんの一瞬驚くがすぐさま冷静になり話を聞く。

 

 

「何?」

「それは軍で何故剣術がまだ必要かって事ですよね? 私達に剣術が必要だと言うことではないと思いますが?」

 

 

 それもそうだと生徒達がシスティーナに賛同する。

 

 

「まあ君達が剣術を学ぶのは、ないとは思うけど魔術が使えないというもしもの時の為。あとは魔術の為に必要な体力を鍛えるってとこかな」

「魔術の為に必要な体力を鍛えるってことは結局剣術は魔術より下って事ですよね?」

 

 

 声の主はギイブルだ。ギイブルはそのまま続ける。

 

 

「体力を付けるだけなら剣術以外でも可能だと思いますが? 僕はこの剣術の時間を魔術の勉強の時間に当てるべきだと思います」

「ほほー言うね。てか、君。魔術が剣術より上って思ってる?」

「……は? 実際に先生が魔術の方が便利、軍だって剣士より魔術師の方が主力だと」

「そりゃあ便利なのは魔術だよ。だけど便利なだけで魔術が剣術より上ってことじゃない。じゃあ俺が剣術を学びたいと思わせてあげるよ」

「どうやって?」

 

 

 カッシュがレオンへと疑問を投げかける。その疑問にレオンは当然と言わんばかりに答えた。

 

 

 

 

「そりゃあ実戦しかないでしょ」

「「「!?」」」

「いやいや君達を斬ったりしない。君達が俺に対して魔術を打つ。俺はそれを剣術で防ぐ。それだけだよ」

 

 

 レオンは簡単に言ってのけるがそれは魔術の世界にとって有り得ないことだった。魔術は魔術でしか防げない。それが常識なのだ。魔術の速度に剣が追いつくはずが無いのだ。

 

 

「そんなの無理に決まってますわ!」

「不可能だ!」

「へーじゃあやってみなよ?」

 

 

 レオンが競技場の中心へと歩いて行って手招きをする。ギイブルが生徒達の前に出るがその時レオンが声をあげる。

 

 

「え? 何やってんの? 君達全員だよ?」

「「「え?」」」

「君達程度のひよっこ魔術師だったら俺一人で全員相手にできるって言ってんの」

 

 

 実際にレオンは一流魔術師を何人も同時に相手にしてきた訳だがそんなことは知る由もない生徒達はレオンの挑発にやる気になる。リンやルミアなどの一部の生徒を除いたほぼ全員がレオンの前に立つ。

 

 

「ルールは簡単。君達は誰か1人でも一撃でも俺に魔術を当てれたら勝ち。俺は魔術を一切使わないでそれを防ぐ。じゃあ君」

 

 

 そう言ってレオンは横で見ていた生徒達の中からルミアを指名する。

 

 

「あ、はい」

「俺が魔術を使ったかどうか見てて」

「分かりました」

 

 

 レオンが生徒達の方へと向き直り合図を出す。

 

 

「制限時間は1分。用意───始め」

 

 

 レオンの合図と共に生徒達が魔術の詠唱を開始する。

 

 

「「「《雷精よ・紫電の衝撃以て───……」」」

 

 

 生徒達の大半が三節詠唱で【ショック・ボルト】を唱える中、成績上位者の三人は一節で魔術を放つ。

 

 

「《雷精の紫電よ》──ッ!」

「《雷精の紫電よ》──!!」

「ら、《雷精の紫電よ》──!」

 

 

 その三人とはシスティーナとギイブル。そして少し出遅れてウェンディだ。1年のこの時期で既に一節詠唱が出来る生徒はかなり優秀とされている。三つの電撃がレオンへと飛来する。しかしレオンは顔色一つ変えることなく左手に剣を構える。

 

 

「もう一節詠唱が出来るのか。最近の子は凄いな」

「危ない──ッ!」

 

 

三人の技量に賛辞を送るレオン。しかし攻撃はすぐ目の前まで迫っており見学のリンが思わず声をあげた。

 二対の雷撃がレオンの顔を捉えると思われた瞬間レオンは素早く剣を振りその雷撃を真っ二つにしてみせる。一瞬遅れて飛んできたウェンディの【ショック・ボルト】も難なく斬る。

 

 

「なっ…!?」

 

 

 その後に無数の【ショック・ボルト】が弾丸の様に飛来する。だが、雷撃は一撃もレオンの身体を捉えることは無く。全ての雷撃をレオンは斬った。生徒達はその後1分間様々な魔術を放つが宣言通りレオンは剣だけで防いで見せた。

 

「すごい……」

 

 

 横で見ていたルミアが思わず声を上げる。

 

 

「まぁ……こんなもんかな」

 

 

 倒れ込んでいる生徒達の姿を見ながらレオンは呟いた。

 

 

「はぁはぁ……なんだよこの人……めちゃくちゃつえぇ……」

「すご……すぎる」

 

 

 生徒達は皆疲れて息が上がっているのに対し、レオンは汗一つかかず実戦を開始する前と変わらない様子で立っている。

 

 

「ここで君達に耳寄りの情報だ。この学院にセリカ=アルフォネアっていうバカ偉大な魔術師いるでしょ? 二百年前、あの人と一緒に戦った英雄の一人は魔術がからっきしだったらしいよ」

 

 

 ギイブルが声を上げる。

 

 

「七英雄の一人が魔術を使えなかった? 本当ですか? それは?」

「ホントホント。ちなみに俺もそこまで魔術は使えない。魔術に関していえば一節で【ショック・ボルト】を打てる君の方が優秀だよ? 俺、三節詠唱しか出来ないしね」

「なっ!?」

 

 

 衝撃の事実にギイブルの他、その場の生徒全員が驚く。

 

 

「無駄話はこの辺にして……とりあえず剣術の凄さは伝わったかな? じゃあ君達に剣術を教えよう。興味無い奴は魔術の勉強でもしてなよ?」

 

 

 その場にはレオンの話を聞こうとしない者は一人もいなかった。




一応言っておくと六英雄ではなく七英雄なのはミスじゃなくて仕様です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

自分の気持ち

 時は流れ、システィーナ達は進級し二年次生となった。そして現在、二組の生徒達はすっかり教師姿が板に着いたレオンによる剣術の授業の最中である。

 

 

「うぉおおおおおお!!!」

 

 

 カッシュが右手に持つ剣でレオンへと斬りかかる。

 

 勝った!! 

 

 完全な死角からの攻撃でカッシュは勝利を確信する。だが……

 

 

「!?」

 

 

 レオンの姿はカッシュの目の前から消えていた。

 

 

「はい。おしまい」

 

 

 カッシュの後ろに回り込んでいたレオンがカッシュにタッチする。カッシュは大の字になって倒れ込む。

 

 

「はぁはぁ……また負けたぁああああ!」

 

 

 涼しい顔のレオンの周りには息を切らした10人の生徒がカッシュと同じように大の字になって倒れていた。

 

 

「やっぱりカッシュが最後に残ったなー剣術で言えばカッシュはクラスで三本の指に入るな」

「はぁはぁ……ありがとう……ございます」

 

 

 レオンがカッシュに声をかけているとチャイムが鳴る。その音を聞いたレオンの顔は幸せに満ちていた。

 

 

「終わったあああー! 今日も1日疲れた疲れた。じゃあみんなは6限頑張ってね。俺は帰る」

「レオン先生! 忘れたんですか!? 次、先生が授業ですよ!?」

 

 

 システィーナがその場を立ち去ろうとするレオンに声を掛ける。レオンは完全に忘れていたという表情だ。

 

 

「あ、そうだった。はぁ……ヒューイ先生なんで辞めたんだろ……」

 

 

 レオンは肩を落として落ち込む。そのレオンにルミアが話し掛ける。

 

 

「あれ? 先生も知らないんですか? ヒューイ先生がお辞めになった理由」

「全然知らないね。おかげで俺の負担増えまくりだよ。あの糸目野郎め」

 

 

 二年二組の生徒の次の授業は魔術基礎学。本来ならクラスの担任が受け持つ科目なのだが、二年二組の担任のヒューイが突然講師を辞めた為にその穴埋めでレオンはいくつかの授業を担当することになり魔術基礎学もレオンの担当となっている。

 

 

「でもレオン先生の魔術基礎学わかりやすいですよ?」

「そうそう。ヒューイ先生とはまた違った教え方で面白いです!」

 

 

 生徒達がレオンのことを褒めるがレオンの顔は曇ったままだった。

 

 

「いやいや俺なんてアイツとか比べたら全然だよ。やっぱりこういうのはアイツの方が得意なんだよなあ……」

「アイツって誰ですか?」

 

 

 ルミアがレオンに疑問を投げかける。

 

 

「ん? あぁ俺の知り合い? 腐れ縁? まあそんなとこかな。魔術を教えることに関してはこの学院の誰よりも上だろうな」

「へぇー! 凄い方ですね!」

「いやいやアイツはそんな凄いって訳じゃない。根っからのぐーたらのダメ人間。とんだロクでなしだ」

「そ、そうなんですか……でもそれだけ魔術を教えるのが得意な人なんだったら教えて貰いたいです」

「いや、お前達はアイツとは会うことないだろうよ」

「講師……してるんじゃないんですか?」

「そんな仕事じゃないよ。お前達とは会うことは無いさ。絶対に……」

「「?」」

 

 

 レオンの言葉に生徒達はクエスチョンマークを浮かべていた。

 

 

「とにかくお前らそろそろ移動しろよー」

 

 

 生徒達は剣術授業が行われた競技場から魔術基礎学の授業がある二組の教室へと向かっていく。

 レオンはすっかり講師みたいになったなと苦笑する。今の自分をかつての同僚達が見たらなんというのだろう。バーナードは面白可笑しくはやし立て、クリストフやセラは応援してくれるだろう。アルベルトはどうせ表情を変えないのだろう。グレンは馬鹿にしてくる。これだけは確信が持てる。そしてイヴは……なんて言うのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 

 

 

「おいふざけんな!! イヴ!!」

 

 

 グレンは手に持つ魔導器に向かって怒鳴る。通信の相手は室長のイヴだ。

 

 

『とにかくそちらに援軍は寄越さない。それじゃあ囮の意味がないわ』

「俺達を見捨てるって言うのかよ!」

『あと数分。作戦終了まで持ち堪えることね』

「おい、イヴ!! ……クソッ! 切りやがった!」

 

 

 グレンは通信用の魔導器を叩きつける。

 

 

「グレン君……仕方ないよ。作戦なんだから。とにかくこの状況を切り抜けよう」

「そんな事言ってもよ……っ!? セラ!!」

「……え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大人しく投降することね。痛い目にあいたくないならね」

 

 

 イヴは一人の男の前に立っていた。

 

 

「はっ! 誰が投降などするか!! 第二団《地位》の力を舐めるなよ!」

 

 

 男が魔術を詠唱しようとするがイヴは小さくため息を吐き

 

 

「……哀れね。そんな隙、この私が与えるとでも?」

 

 

 刹那、男の周囲を炎が包み込む。

 

 

「!?」

「ここは既に私の領域。それ以上指一本でも動かしてみなさい。動かした箇所を正確に焼いてあげる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「《──・遥か彼方の仇を刺し射貫け》」

 

 アルベルトの指先から放たれた眩き極光の雷閃はフェジテの空を真っ直ぐ駆け抜けると一人の男の肩を貫いた。

 

 

「……ふん」

 

 

 男が帝国軍によって捕らえられたのを確認するとアルベルトはその場から姿を消した。

 

 

 

 

 

 

『《星》だ。こちらは片付いた』

「そう。こちらも片付いたわ」

『これからグレンとセラのサポートに回る』

 

 

 アルベルトのその言葉はいつもとは心做しかトーンが違ってるように感じられた。

 

 

「っ……分かったわ」

 

 

 イヴは通信用の魔導器を仕舞う。

 

 

「……天の知恵研究会。呆気ないものね」

 

 

 イヴは白魔【スリープ・サウンド】によって眠らせた敵を見据え呟いた。イヴはその場を軍の兵士に任せると一人誰の目にもつかない場所で壁にもたれかかり俯く。

 

 

「許して……セラ、グレン……こうするしか無かったの……お父様に逆らえば私は……」

「ごめんなさいレオン……私はやっぱり……」

 

 

 お父様に逆らうことは出来ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 作戦は上手く行き、見事に天の知恵研究会の内部の人間、第二団《地位》の一人を捕らえることに成功。加えて第一団《門》の魔術師も一人捕らえることができた。

 しかし敵に掛けられていた魔術により、有益な情報は殆ど得ることは出来なかった。それでも第二団《地位》の一人を生きたまま捕らえることができたのはとても大きくイヴは父親が望むように多大な戦果を得た。

 だが、この一戦で帝国側もセラという戦力を失った。グレンもセラを守れなかった自分を攻め、帝国軍を辞めた。イヴが手にした戦果の代償はとても大きかった。

 作戦終了後、病院の一室にイヴの姿はあった。

 

 

「……私を恨んでないの? セラ」

 

 

 イヴがベッドで横たわるセラに話しかける。

 

 

「何言ってるの、イヴの作戦は正しかった。私がドジを踏んだだけ」

「でも私は……また貴女たちを囮に……」

「でもおかげで敵を倒せた。だよね?」

 

 

 セラが身体を起こしイヴを見据える。

 

 

「確かにイヴや皆と一緒に戦えなくなったし一族の為に戦うことが出来なくなったのは辛いけど、それでも私は役に立てて嬉しかった。悔いはないよ?」

「……セラ」

「帝国軍を辞めたってみんなへの協力は出来るからね!」

「……えぇ」

 

 

 イヴが病室を後にしようとドアに手をかけた時、セラが声をかけた。

 

 

「イヴ、もっと自分の気持ちに正直になった方がいいよ?」

 

 

 

 

 

「自分の気持ちに正直に……」

 

 

 私はイグナイト家を変える。姉さんとの約束を果たしたい。しかしその為に父親にイグナイトに認めてもらわなければならない。

 その為には変えようとしているイグナイトの方針に従うしか無い。そんな矛盾をずっと抱えてきた。

 

 これまでイヴが悩んでいる時は姉がレオンがセラが助けになってくれた。だが、もう姉もレオンもセラも自分の近くにはいない。これからは1人で悩みを抱えるしかない。

 

 イヴは1人、特務分室の一室で誰にも気づかれずひっそりと涙を流した。

 

「姉さん……レオン……セラ……私はどうしたらいいの……?」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

思いがけない再会

 レオンは学院長室の扉をノックし中に入る。

 

 

「失礼しまーす。学院長、話ってなんです──ん?」

 

 

 レオンは途中まで言いかけて先客の存在の存在に気が付いた。

 

 

「お、レオン。元気にしてるか?」

 

 

 レオンの魔術の師匠であるセリカの姿があった。ソファに腰掛け足を組みレオンの方を振り返ってにこやかに笑っている。

 

 

「失礼します───ぐっ……動か……」

 

 

 すぐさまレオンは扉を開け立ち去ろうとするが扉はピクリとも動かない。見てみればセリカが魔術を使用している。その表情はとてもにこやかだ。こうなれば諦めるしかない。

 

 

「はぁ……いや、なんでいるんですか。セリカさん」

「そりゃ私がこの件に絡んでるからに決まってるだろ」

「ん? この件って?」

「なんだ? 全く聞いてないのか? まあとりあえず学院長から話を聞くことだな」

 

 

 セリカが絡んでいるという時点で嫌な予感しかしないが逃げ出そうにも逃げれないので大人しく話を聞くことにする。

 

 

「レオン君。ヒューイ先生に代わり魔術基礎学を初めとする授業の代理、ご苦労じゃった」

「いえいえ。まぁ先日カストレ先生の黒魔術学の代理任された時は驚きましたね。なんすか新婚旅行って。理想の職場ですか、ここは。俺にも恩恵ないんですかね? ん、ご苦労?」

 

 

 だが学院長はなんと言ったか。ご苦労だとの事。それが意味することはつまり。

 

 

「察しの通り今回ヒューイ先生の代わりにひとまず一時的にじゃが非常勤講師を雇うことになった」

「やっっっっっっっっっっっっっと開放される!!!」

 

 

 レオンは特大のガッツポーズを決めていた。そのあまりの喜びようにリックも思わず苦笑いする。

 

 

「そ、そこまで喜ぶことかね……」

「そりゃもちろん。教科書がアレだったんで自分で色々準備してと大変だったんですよ? これで寝不足も解消される!」

「まぁとにかく……今回雇うことになった非常勤講師の名はグレン=レーダス。ここからは説明しなくても分かるかの」

 

 

 レオンの表情が一気に苦いものへと変わる。気の所為だろうか。今リックから軍時代、自分との相性の良さから度々組んでいた元同僚の名前が伝えられた気がしたのだが。聞き間違いかそれとも同姓同名の別人か。

 

 

「あの、学院長。もう一度、非常勤講師の名前を教えて貰ってもいいですか?」

「ん? グレン=レーダスじゃが? 知り合いではなかったのかね? 後、その助手及び副担任としてセラ=シルヴァースも雇うことになった」

 

 

 

 

確認したらフルネームで同じ名前だった。なんなら同僚が一人増えた。

 そして部屋は静寂に包まれた。

 

 

 

 

 

「まじすか」

「まじじゃな」

 

 

 

 

 まさかこんな形で再会することになるとは思わずレオンは動揺を隠しきれない。まさか軍時代の同僚と互いに教師として再会するとは思ってもみなかった。それも二人である。

 

 

「まぁ軍時代の同僚ですね。二人共」

 

 

 なんとか冷静さを取り戻し告げる。

 

 

「二人が元、軍人だと言うことはワシとセリカ君とレオン君しか知らないことじゃからな元同僚として二人に色々教えてやってくれんかの?」

「嫌です」

「即答かの!?」

 

 

 レオンは丁重にお断りを申し上げた。だがそれが通るはずもない。実際そうなることレオンも分かってはいる。だが言わずにはいられなかった。意志を見せることが大事なのだ。

 

 

「ん? お前に拒否権はないぞ? レオン」

 

 

 セリカは右手をレオンに向けて笑っていた。断れば死。となれば選択肢は一つしかない。

 

 

「……わかりました」

「そうか引き受けてくれてくれるか! それは良かった! それじゃあ後のことはよろしく頼むよ?」

「はぁ……了解です」

 

 

 とりあえず面倒な事になる事を確信しレオンはため息をつくしかない。レオンが扉を開け出ようとした時に学院長のリックが声をかけた。

 

 

「うむ。明日からよろしく頼むよ? レオン君」

 

 

 その言葉にレオンの扉に触れようとしていた手が止まる。

 

 

「え、明日? 明日から二人は来るんですか?」

「ん? 言ってなかったかの?」

「……初耳です。はぁ……それでは失礼します」

 

 

 レオンは頭を掻きながら学院長室から立ち去った。そしてレオンが去った後の学院長室で。

 

 

「剣術の講師に空きが出た際にキミがアテがあると言ってあのレオン君を連れてきた時は流石に驚いたが」

「どうせなら帝国一の剣士をと思ってね。あいつも暇してたし」

 

 

 まさか帝国一の剣士としてそれなりに名が通っていたレオンを連れてきた時はニックも驚いたものである。だが今回の件はそれとは違う。レオンと違い二人は軍に入った経歴は公の資料には記載されていない。

 

 

「今回の一件は君の差し金だとしても……」

「無茶ってことはわかってるよ。本当にすまんと思ってる」

「なんの実績もない魔術師を二人も強引に講師職にねじ込む。二人が元、軍属だと知らない学院に関わる者達は難色を示しておるぞ……特にハーレイ君なんかは……」

「あぁ……確かにハーレイ辺りは特にだろうな」

 

 

 セリカは少しの間、押し黙ってから迷いなく言った。

 

 

「責任は取るさ。二人がこの学院で為すことやること、全て私が責任を取る」

「そこまでして彼らを推すか……二人は君にとってなんなのか……聞いてもいいのかな?」

「まぁ別に浮いた話も、因縁もないよ。ただ……」

「ただ?」

「あの二人には、特にあいつにはただ、生き生きとしていて欲しくてな。まぁ、老婆心だよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日。学院の廊下を歩く二人の男女の姿があった。

 

 

「うぇー。全然変わってないのな。この学院……」

 

 

 青年は懐かしいものを見るかのように辺りを見渡しながら歩いている。

 

 

「あれ? グレン君ってここの卒業生なの?」

「ん? 言ってなかったか?」

「初めて聞いたよ! グレン君の学生時代ってどんな感じだったの?」

 

 

 グレンと呼ばれた青年が学院の卒業生と聞いた途端、隣を歩く若い娘は興味津々になる。

 

 

「普通だよ。普通」

「ふーん」

 

 

 ジト目で青年を見つめる。グレンの言葉を信用してないのは明らかだ。

 

 

「おい白犬。なんだその目は」

「グレン君の事だから友達出来ずにボッチ街道まっしぐらなのかなって」

「うぐ……」

 

 

 セラの指摘にグレンの顔が苦い顔になる。図星である。

 

 

「やっぱりね。魔術全然だもんね」

「あのな、これでも最年少で学院に「あ! 見えてきたよ」──聞けよ」

 

 

 セラが指さす方向にはグレンとセラが担当するクラスである二年次生二組の教室があった。

 

 

「ここか……」

「どんな子達なのかな?」

 

 

 二人は教室の前に立つ。

 

 

「さぁ? はぁ……なんで俺が教師なんか……セリカの奴め」

 

 

 グレンは数日前の出来事を思い出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それはアルフォネア邸で突然起こった。

 

 

「なんで俺が教師にならなきゃいけねーんだよ」

「丁度学院の講師が一人辞めてしまってな。その穴埋めを暇してるお前に頼みたい」

「嫌だね」

「ちなみにお前の助手をセラに頼んだらセラは快く引き受けたぞ。むしろ乗り気だ」

 

 

 セリカがセラに声を掛けたところ二つ返事で引き受けたのだ。

 

 

「なんであいつ乗り気なんだよ……とにかく俺は教師にはならん」

「お前、帝国軍を辞めてどうするつもりなんだ? この私がお前の新しい仕事を紹介してやってるというのに」

「ん? そりゃこの家でのんびり暮らすに決まってるだろ? セリカの稼ぎを考えたら俺1人養うことなんて余裕だろ? なぁ頼むよ?」

 

 

 グレンはロクでなしのクズ発言をしているにもかかわらず何故か堂々としている。そんなグレンにセリカもため息をつくしか無かった。

 

 

「なるほど最早お前のクズさ加減には清々しさを覚えるよ」

「じゃあ飯できたら起こしてくれ。俺は寝る」

「仕方ないこの手は使いたくなかったんだが……《其は摂理の円環へと帰還せよ・五素は五素に・象と断りを……」

 

 

 セリカの唱える物騒な呪文にグレンは飛び起きる。

 

 

「待て待て待て!? 【イクスティンクション・レイ】は駄目!? 粉々になっちゃう!? てか粉すらも残らねえ!? 嫌ァアアア──ッ!」

 

 

 グレンは高速で後退りし、壁を背に声を裏返して悲鳴を上げた。

 

 

「嫌ならこの話を引き受けろ。さもなくば……《其は摂理の……」

「受けます!! 喜んで引き受けさせて頂きます!!!」

 

 

 セリカはにこやかに笑う。

 

 

「そうか。それは良かった!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうしてグレンは非常勤講師を引き受けることになった。数日前の事を思い出しセリカにブツブツ文句を言っているグレンにセラが話しかける。

 

 

「グレン君? そろそろ入るよ?」

「おう」

 

 

 セラは教室のドアを開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──てなわけでこれから一ヶ月間非常勤講師としてお前らに魔術を教えることになりましたグレン=レーダスです」

 

 

 グレンはだるそうに挨拶を終える。グレンは隣のセラに視線で合図を送るとセラが一歩前に出る。

 

 

「グレン君……じゃなかった。グレン先生の助手としてみんなに魔術を教えることになりました。セラ=シルヴァースです。みんなよろしくねー!」

 

 

 男子生徒達から歓声が上がる。

 

 

「どんな先生が来るのかと思ったらめちゃくちゃ美人だあああああああ!!」

「ありがとう。神様。ありがとう」

 

 

 生徒達の様子にセラが困惑する。

 

 

「あはは……それじゃあ授業始めよっか? グレンく……先生」

 

 

 セラはグレンの方を見るがグレンは既に寝ていた。

 

 

「ちょっとグレン君! 起きてよ!!」

 

 

 セラがグレンを起こそうと呼びかける。結局グレン君呼びになっている事にセラは全く気付いていない。そんな二人の様子に今度は生徒達が困惑する。

 

 

「……大丈夫なのか? あれ」

「さ、さぁ……」

「夫婦漫才みたい」

 

 

 セラに起こされたグレンが教壇に立つ。

 

 

「だりぃー……セラ代わりにやってくれ」

「駄目! グレン君ちゃんと授業してよ!」

「わかったわかった。んじゃ授業を始める。えーと呪文学の授業だっけか」

 

 

 生徒達はグレンに注目する。あのセリカ=アルフォネアが褒めるほどの人物がどのような授業をするのか全員が気になっていた。

 

 

「なになに? これが魔術基礎学の教科書か……」

 

 

 グレンは教科書に目を通す。生徒達はそれを静かに見守る。

 

 やがて

 

 

「なんだこのクソ教科書? ばっかじゃねえの??」

 

 

 グレンは教科書を投げる。セラが慌ててそれを拾う。

 

 

「ちょっと!? グレン君!?」

「なあにちゃんと理由はある。呪文と術式に関する魔術則……文法の理解と公式の算出方法こそが魔術師にとっては最重要なんだが、この教科書ときたらそれをすっ飛ばして『細かいことはいい、とにかく覚えろ』ってね。アホかと」

 

「呪文や術式をわかりやすく翻訳して覚えやすくし、ガリガリ書き取りして覚えるという無駄な授業を受けてきた諸君に問題だ」

 

 

 そう言ってグレンは【ショック・ボルト】の呪文をルーン語で黒板に書き表す。

 

 

「この【ショック・ボルト】の呪文をこうして唱えると何が起こる? 当ててみな」

 

 

 グレンはチョークで黒板に書いた呪文の節を切った。

 

 クラス中が沈黙する。

 

 

「まぁわからな「右に曲がる。ですよね?」──あ、あれ?」

 

 

 クラスの中でもトップの成績を誇るシスティーナが答えていた。

 

 

「……お前、なんでわかった」

 

 

 グレンがシスティーナに問う。正直答えられると思って無かったのだ。それがこうも簡単に答えられてしまいグレンは驚きを隠せない。

 

 

「え? ちょうど前回の授業で教えられたんです」

「え、マジで?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レオンはわざわざ遠回りをして授業に向かっていた。理由はグレンやセラと合わない為である。

 

 

「俺が学院に居ることを知れば絶対に厄介事をグレンが持ってくるに違いない」

 

 

 グレンとはなんだかんだ長い付き合いなのでこれは確信を持って言えることだ。

 

 

「セリカさんには二人に色々教えてやってくれと言われたが幸いあの人は出張らしいからな。まあ二人にバレなければ大丈夫だろ!」

 

 

 レオンは意気揚々と廊下を歩く。

 

 

「んー? どこだろここ。迷っちゃった」

 

 

 セラは一人、廊下を歩いている。

 

 

「とりあえずここ曲がってみよう」

「ここを曲がれば競技場だな」

 

 

 

「「あ」」

 

 

 

 レオンとセラの目が合う。それはもうバッチリと。レオンはすぐさま顔を下げて立ち去ろうとする。が、セラが通そうとしなかった。

 

 

「レオ君……だよね?」

 

 

 この瞬間レオンの平和な教師生活は終わりを告げた。

 

 

「違います。人違いです」

 

 

 レオンはそう言ってなんとかセラを無視して立ち去ろうとするがセラがそれを許さず立ち塞がる。

 

 

「絶対レオ君だよね」

「誰ですか? レオって。ボクのは名前はハーレイですよ」

 

 

 とりあえず適当に名を騙る。しかしセラがはいそうですか。となるはずも無く。

 

 

「ふーん。イヴにレオ君にセクハラされたって言っちゃお」

「おい、イヴは関係無いだろ! 適当抜かすな!」

「ほらやっぱりレオ君じゃん」

 

 

 こうして騒がしい日常が幕を開けるのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

本領発揮

「「「ありがとうございました!」」」

 

 

 闘技場では今し方レオンの剣術の授業が終了し生徒達の声が響く。本日の授業はこれで終わりの為に生徒達は嬉嬉として帰路に就いている。

 

 

「レオン先生さようならー」

「おー気をつけて帰れよー」

 

 

 そんな生徒達を見送りながらレオンも手早く帰る支度を整える。それはもう直ぐにこの場を離れたいと言わんばかりに。

 

 

「あ、レオ君いたよ!」

「マジじゃん。おい、レオ!」

 

 

 直ぐに帰りたかった原因がやって来てしまった。とはいえ二人との再会が嬉しくないといえば嘘になる。

 

 

「二人揃ってどうしたの? 結婚の報告?」

「馬鹿言え!? んな事じゃねえ!」

「もう! からかわないでよ!」

 

 

 グレンとセラは二人して顔を赤くしている。期待以上の反応にレオンは思わず笑いそうになる。これで二人は付き合ってもないという。早く付き合えよと突っ込みたくなる。

 

 

「どうしてレオがここにいるんだよ!」

「みんな心配したんだよ?」

 

 

 レオンが今、アルザーノ帝国魔術学院で講師をしていることはセリカなどの一部の人間しか知らない事である。それは特務分室の面々にも知らされておらず女王陛下の指示で独自に任務に動いていると伝えられていた。

 

 

「女王陛下の極秘任務ってやつだな」

「それがなんで講師に繋がるんだよ」

「まあ色々とあってね」

 

 

 そうしてレオンはグレンとセラの二人に講師になった経緯を伝える。実際女王陛下より任務が与えられてはいるがその事は伏せて話す。

 

 

「てことは魔術基礎学はお前の仕業か!」

 

 

 グレンは先程の魔術基礎学の講義を思い出し合点が言ったという顔でレオンに詰め寄る。

 

 

「あーあれか。俺が教えたよ」

「俺が教えたよ。じゃねーよ!? お前のおかげで俺が恥かいたわ! 魔術からっきしで学院に入ることすら出来なかったお前が魔術の基礎とか語んな!」

「俺も魔術教えることになるとは思ってもみなかったよ。いやーこれもセリカさんのおかげだな」

「すぐ神を殺させようとするセリカの魔術論を分かりやすく説明してやったのは誰だと思ってんだ!?」

「別にグレンの説明がなくても理解出来たし。神殺せたし」

「嘘つけ!? 頭の上にクエスチョンマーク量産してただろーが!?」

 

 

 言い争いを始めるグレンとレオンの姿にセラは懐かしさを覚え涙を零していた。

 

 

「お、おい……セラ?」

「ううん。違うの。二人が言い争ってるのがなんか懐かしくって」

「セラ……」

 

 

 特務分室時代はグレンと剣術を基本とするレオンは相性が良いこともありよく組んでいた。そして度々言い争いをしていた。二人の言い争いは特務分室の面々からすると見飽きたものだったがレオンが特務分室を辞めてからは見ることは無かった。

 

 

「レオ君が辞める事になったのは私達の──」

「それは違う」

 

 

 セラの言葉を最後まで聞かずレオンは強く否定する。

 

 

「二人は助けたのは俺の意思だ。あの時の選択に後悔は微塵も無いしあれで良かったと心から思う。二人を助けられた。それでいいじゃん」

 

 

 その言葉に二人は黙るしかない。少し暗くなった雰囲気を変えるようにレオンは明るい口調で二人に声をかける。

 

 

「とにかくこれからまたよろしく頼むよ。グレン先生、セラ先生」

「うん、そうだね。よろしくレオン先生!」

「教師って柄じゃ無いんだけどな」

「結構合ってると思うけどグレン()()

「そうだよ! グレン()()

「先生を強調すんな!!」

 

 

 こうして再会を喜びあった三人であった。

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 グレンとセラが学院にやって来て数日。

 二人は今や学院の人気者となっていた。

 

 セラはその見た目や性格から生徒の信頼を集めており生徒達の相談に乗ったりしている。

 グレンにおいては授業の質の高さから別のクラスの生徒の達がグレンの授業を受けようと教室を訪れており今では立ち見の生徒も見られ、中には生徒だけでなく教員の姿も見受けられる程だ。

 

 

 だがこの日は2組の生徒しか教室に居ない。多くの講師が魔術学会に出席しており学院全体が休講となっているのだ。

 

 しかしグレンの担当の2年次生2組だけは授業の遅れから本日は補講となっていた。

 その為グレンのクラスは授業をしているはずだったが……

 

 

「……遅い! 凄くいい授業をするから、少しだけ。ほんっの少しだけ見直したらすぐこうなんだから!」

 

 

 システィーナはなかなか姿を見せないグレンに苛立ちを隠せないでいた。既に授業開始時刻はとうに過ぎている。

 

 

「でも、珍しいよね? グレン先生、最近は遅刻せずに頑張ってたのに……レオン先生どうですか?」

 

 

 ルミアが魔導器でグレンとの連絡を試みるレオンに進展がないか尋ねる。いつもはグレンのサポートはセラが行っているのだがセラは魔術学会に出席しているセリカの助手として同行している。そのため今日はレオンがセラの代わりにグレンのサポートをなることになっている。

 

 

「……ダメだな。アイツ寝てるわコレ」

「来たらぶっ飛ばしてやるわ」

「シ、システィ……落ち着いて……」

 

 

 拳を握り締めるシスティーナをルミアが宥める。

 

 

「しゃーない。俺が授業するわ。アイツに頼まれてた物、研究室から取ってる来るからここで待っててくれ」

 

 

 そう言うとレオンは教室を後にした。

 

 

「セラ先生がいないから心配してたけどレオン先生がいて本当に良かったわ……」

「そうだね。レオン先生は頼りになるから」

 

 

 

 

 

 数分後、教室の扉が乱暴に開けられた。教室に居る全員が入口に注目する。

 

 

「やっと来たわね! さぁはや───え?」

 

 

 グレンが来たと思ったシスティーナが遅刻を問いただそうとするが入ってきたのはグレンではなく二人の男だった。

 

 

「邪魔するよー」

 

 

 黒い服に身を包んだ二人の男の雰囲気はあまりに異常だった。

 

 

「ちょっと貴方達、何者なんですか?」

「黙ってくんない?」

 

 

 

 男はシスティーナに向かって指を突き出してただ一言。

 

 

「《ズドン》」

 

 

 男が小さく呟くとシスティーナの顔の真横を光の線が走る。

 

 システィーナが恐る恐る後ろを振り向くと小さな穴があきその穴からは外の景色が見える。

 システィーナは汗が止まらなくなった。

 

 

「……え?」

 

 

 男が放ったのは軍用魔術【ライトニング・ピアス】。軍用とだけあって当然人を殺せる魔術だ。誰もが恐怖で声を上げることすら出来なかった。

 

 

「いい子じゃん! んで早速なんだけどさ───」

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

「これで全部だな」

 

 

 レオンは授業に使う魔石を研究室に取りに来ていた。グレンの助手としてグレンに頼まれて準備しておいたものだ。

 

 

「やれやれ……結局俺が授業しなきゃならねーのか……まぁ久々に魔術の授業すんのも悪くは──!?」

 

 

 その時レオンは学院の普段とは明らかに違う気配を感じ取り教室を飛び出す。

 

 レオンが階段に差し掛かった時レオン目掛けて魔術が飛んでくる。

 

 

「ちっ……!」

 

 

 レオンはすぐさま後方に飛び一撃目を回避しながら剣を抜くと後方から迫る二撃目と三撃目を斬る。

 

 

「その反応速度……流石は《銀の剣聖》と言ったところか」

 

 

 黒服に身を包んだ三人の男がレオンを前方と後方に立っている。

 

 

「なんだバレてるのか」

「レオン=ベルナール。貴様は今ここで殺す!」

 

 

 三人は次々と魔術を唱えるがそれを片っ端からレオンは斬っていく。レオンは敵を崩す隙を探るが敵も帝国一の剣士と言われるレオンを想定した戦力を投じておりその技量は高い。三人の陣形を崩せそうな隙は見当たらず防戦一方となる。

 

 

「《雷帝の閃槍よ》」

「《吠えよ炎獅子》」

「《氷狼の爪牙よ》」

 

 

 一節で放たれる軍用魔術をそれぞれ対処していく。判断を見誤ればその時点で致命傷。そんな中でレオンは反撃のきっかけを探る。三体対一と圧倒的に数的優位な状態に加え、相手が魔術をここまで一切使ってないにもかかわらずまともなダメージを与えられていない事実に魔術師達は苛立ちを覚えつつあった。心の乱れはやがて隙を産む。

 

 

「!」

 

 

 レオンが一瞬の隙を見逃さず敵との距離を床を蹴り一気に縮める。敵は魔術を慌てて放とうとするがもう遅い。レオンの剣が敵を捉える。

 

 

「ちっ……!」

 

 

 ことは無かった。遠方より飛来した【ライトニング・ピアス】をレオンは躱すため攻撃を中止し、すぐさま飛び退く。

 コンマ前までレオンがいた地点を雷線が駆け抜ける。

 

 

「狙撃手……!」

 

 

 その間も敵の攻撃は魔術は放たれ続ける。

 

 

「「《雷帝の閃槍よ》」」

 

 

 同時に放たれた【ライトニング・ピアス】はそれぞれと頭と心臓目掛けて飛来する。それをレオンは剣で斬って見せた。

 

 

「なんだと……!?」

 

 

 ここまでレオンは【ライトニング・ピアス】だけは他とは違い斬ることはしなかった。多少の傷をおってでも躱すことに専念していた為、敵は【ライトニング・ピアス】を斬ることは出来ないと読んでいたがそれはレオンのブラフ。

 

 レオンは狭い廊下で三人と狙撃手を相手にするのは不利と判断しその隙を狙って窓を割って外に飛び出すると初めて魔術を詠唱する。

 

 

「《輝く壁よ・彼の災禍を阻みて・我を護れ》」

 

 

 遠方より空中のレオン目掛けて放たれた【ライトニング・ピアス】を【フォース・シールド】によって防ぐ。レオンを追った三人の魔術を受け【フォース・シールド】は破れるがその時にはもうレオンは次の魔術の詠唱を終えていた。

 

「《───打ち据えよ》」

 

 

【ゲイル・ブロウ】を地面に向かって放つと土煙が巻き起こり空中のレオンと三人を土煙が包み込んだ。これではレオンの位置を把握出来ず狙撃手は攻撃出来ない。

 

 

「はい。終わり」

 

 

 三人をレオンは一瞬で斬り伏せる。倒れた三人に目をくれずレオンは振り返り剣を構える。

 

 

「これまた大物だね」

 

 

 そこには周囲に五本の剣を携えた男が立っていた。名をレイク=フォーエンハイム。軍時代に記録で見たことがある相手だ。

 

 

「流石は帝国一の剣士、《銀の剣聖》レオン=ベルナール。三人の一流の魔術師と俺の狙撃を相手にしてもほぼ無傷とはな」

「竜化の呪い解いてんの?」

「どうだろうな」

「抜かせ」

 

 

 レオンは地を蹴り斬りかかる。まさに神速の一撃。

 飛来する三本の剣を掻い潜りレオンの剣はレイクの腕捉える。その瞬間まるで金属に当たった様な甲高い音が響き渡る。

 

 

「これじゃあ傷一つ付かないか」

「その程度避ける必要も無い」

「へえー言ってくれるね」

 

 

 レオンは地面を蹴った。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。