貴女の隣を歩みたい (アイスの種)
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番外編
とあるあの子の


本編ではなく、設定として軽く書いてたやつです。
本当は載せる気はなかったやつです 苦笑。
評価見ると私の小説って読む人を選ぶってよく分かりますね苦笑


 

 

 小花衣風音という如何にも人畜無害そうな少女が、GGOという殺伐としたゲームに出会うきっかけとは一体何なのだろうか。

 

 今回はそういうお話。

 

 

 さて、時間は過去に遡る。

 

 

 

 0.whisper

 

 

 東京都内のとある高校には、学生達の間で有名な人物がいる。

 

 曰く、飛び級の天才少女、と。

 曰く、家が超豪邸のお嬢様、と。

 曰く、何処かの国のお姫様、と。

 

 その他、弓の名手の子孫、魔性の女や合法ロリ(巨乳)の体現者などなど。

 

 面白がった学生たちが根も葉もない噂を囁き合っていた。

 

 ……本人がこのことを知らないのは幸せなのかそうではないのか、悩むところではあるが。

 

 

 

 1.

 

 

 ——お姫様がいる。

 

 新渡戸咲が最初にそう思ったのは一体いつだっただろうか。

 

 視線だけをそっと動かす。

 

 窓際。その一番後ろの席。まさに主人公席と言われる席に座る、小花衣風音を盗み見る。

 

 授業と授業の間にある短めの昼休み。

 そこだけ異国の地に迷い込んだかのような錯覚を覚えるほどに、煌めいている。……かのように咲の目には見えていた。

 

 自身の身長と同じか、それ以下の小柄な体躯は中学生でも通用するのではないだろうか。

 ただ、ある一部は明らかに同い年とは思えないほど成長しているが、咲は見なかったことにした。現実を知りたくはない。

 色素の薄い髪は、柔らかそうにフワフワとしており、窓から差し込む光に照らされてキラキラと輝いているように思えた。

 肌も白く、手足も細い。全体的に華奢な身体つきである。

 

(ミーちゃんも目立つけど、これは確かに……)

 

 咲には同じ部活の後輩にロシア出身の金髪碧眼少女がいるが、あちらとはまた違い、人の目を惹きつける何かがあった。

 

(これがカリスマ性ってやつなのか……?)

 

 それっぽいことを考えたり。

 ついでに、遠回しに後輩のカリスマ性のなさが露呈してしまったことを、心の中で謝っておくことを忘れない。

 

 この学校では、留学生や在日外国人の子女は珍しくないので、それも理由かもしれないが。

 

 机の下から覗くほっそりとした足から、ゆっくりと頭のてっぺんまで視線を動かす。

 

(多分……ハーフとか、だよね?)

 

 色素の薄い髪や肌の白さもそうだが、風音にはそう思わせる要因があった。

 

 世にも珍しい、翡翠色(エメラルドグリーン)の澄んだ瞳。

 

 瞳に吸い込まれそうになる、とはよく聞くが、まさにその通りであった。

 宝石とは違う透明感がより神秘的なものを醸し出していた。

 

 少し空いた窓から入る風にカーテンが揺れる。

 フワフワの髪も、なだらかな風に煽がれて可憐に靡く。

 

 まるで、窓際のお姫様。

 

 女の子なら誰もが憧れる、お姫様がそこにいるのだ。

 

「…………」

 

 本を読んでいるのだろう。それだけで絵になってしまうのは流石としか言いようがない。

 伏し目がちに開かれた瞳に、同性ながら思わず溜息が溢れてしまう。

 

 

 と、ここまで特に意味もなく観察してきたわけだが、咲は小花衣風音について知っていることを軽くまとめてみることにした。

 

 ・試験順位は学年上位の常連。頭はとても良い。

 ・弓道部に属しており、かなりの腕前。弓道部の秘蔵っ子らしい。

 ・恐らくハーフである。

 

 というようなものだけだった。

 ただの知り合い程度の情報である。

 いや、知り合いよりも下かもしれない。

 

(我ながらこの少なさはどうなんだ……)

 

 ついで出所も不明な、信用に値しない不明瞭な噂の数々。

 

 秘密は女を美しくすると何処かで聞いたことがあるが、本当かもしれない。

 

(いやいや、話したこともないクラスメイトに関する情報なんてこんなもんよね、うん)

 

 話したことがないのだから仕方がないだろう、と一人勝手に言い訳を始める。

 恐らく咲以外のクラスメイトも似たようなものだと思われる。

 

 今も、風音の高貴な雰囲気に萎縮してしまい、誰も話しかけようとはしない。

 もっとも、窓際のお姫様も積極的にクラスメイトに関わる気は無いようで、本を読み、自身の世界に没頭している。

 

 だが、今は休み時間。

 この時間はそう長くは続かなかった。

 

「…………………あ」

 

 授業開始を知らせる鐘が鳴る。

 

 気持ちを切り替えるため、続々と教室に戻ってくるクラスメイトを尻目に授業の準備を始める。

 

 すぐに担当教師が扉を開けて教室に入ってきた。

 

 喧騒にまみれていた教室内はしんと静まり返った。

 

 

 小花衣風音についての考察はこの辺りにして、授業に集中しよう。

 

 そう自身に言い聞かせた咲の意識は、眼前の黒板に向けられた。

 

 

 

 2.

 

 

 時刻は更に進んで昼休み。

 

 お弁当を持参している咲は教室にてクラスメイトと昼食を共にしていた。

 

 チラッと小花衣風音の定位置の席を一瞥する。

 

 やはり、いつも通りに風音はいた。

 お行儀よく椅子に座って、購買で買ったであろうメロンパンをチビチビと食べている。

 

 両手でパンを持って頬張るその姿は、リスがドングリでも食べているのを連想させた。

 

(うむ。やはりかわいい)

 

 卵焼きを箸で掴み、口に運びながら改めてそう思う。

 

 一年の頃から風音と咲は偶然にもクラスメイトであった。

 最初風音を見た時も、非現実的な二次元の世界から飛び出してきたのか、と考えてしまった咲だか、それは今も変わっていないようだ。

 

 一人で黙々と食事を続ける風音をオカズ(変な意味ではない)に咲も箸を進める。

 

 一人で黙々と食事を続ける。

 

 一人で黙々と……。

 

 一人で…………。

 

 

 ………あれ?

 

 もしかして、と。

 

 

 これまで観察してきてある結論に至った咲。いや、至ってしまったというべきか。

 もしくは風音の名誉のために、あえて考えないようにしていたのかもしれない。

 

 だが、一度認めてしまうと、もうそういうふうにしか見えなくなってきた。

 

 まあ、何が言いたいのかと言うと。

 

 

 つまり。

 

 

 

 ——友達いない(ボッチ)んじゃね?

 

 

 

 ということだ。

 

 

 

 小花衣風音はボッチであった。

 

 今この瞬間、新渡戸咲の小花衣風音について知っていることリストに『ボッチ疑惑』が追加されたのであった。

 

 

 

 3.

 

 

 新渡戸咲が思っていた通り、小花衣風音はハーフである。

 日本人の父とドイツ人の母との間に風音は産まれた。

 

 父は仕事の関係で世界各地を飛び回っている。その際に、父と母は出会ったようだ。

 

 後に咲は知ることになるのだが、兄妹もいない風音はまるでテンプレ主人公よろしく都内の一軒家に一人で暮らしている。

 

 

 

 さて、本日の授業も全て終わり、夕日が顔を出した放課後。

 

 学友とお喋りを楽しむ者、部活動に勤しむ者、そのまま帰宅する者。

 

 今日の風音は帰宅する者に分類させる。

 弓道部には昨日のうちに休みの連絡もいれてあるようで。

 

 風音本人によると、今日は『気分が乗らなかった』らしい。

 

 余談ではあるが、そもそも風音自体、部活動に熱意があるわけではなく、ただ自身と相性のよい部活が弓道であったから在籍しているだけなのだ。

 

 そそくさと教室を出て行く風音。

 声をかける暇もなく、クラスメイト達はただ眺めることしかできなかった。

 

「今日も可愛らしいものでしたね〜」

「お人形さんみたいで観てるだけで満足しちゃうわ〜」

「癒される……」

「……持ち帰りたい」

 

 ヒソヒソとクラスメイトが何事かを囁きあっているが、咲には聞き耳を立てている余裕もない。

 

「……よし」

 

 自身に気合を入れる。

 風音の後に続くように、教室から飛び出した。

 

(部活?そんなのもの今はどうでも…………よく、はないが、部長権限で後で言いくるめてやる)

 

 思い立ったが吉日。

 気になったら即行動。

 

 自信はないが、彼女は仲良くなれる方法を知っていた。

 前提条件として、風音がゲームというものに興味があるかどうかが重要になるのだが。

 

(私たちだってあんなに楽しくできたんだから、大丈夫大丈夫)

 

 以前、顧問も手がつけられない程に険悪だった新体操部も、なんということでしょう。今では仲良く遊んでいるではないですか。

 

 ということで。

 

「——こ、小花衣さん!」

「………はい?」

 

 あ、やっぱ声も可愛い。などと余計なことを考えながらも、咲は最初の勇気を振り絞った。

 

 

「あの……一緒にゲーム、しない?」

「………はあ」

 

 

 これが、新渡戸咲と小花衣風音の初めての会話であった。

 

 

 

 4.

 

 

「ゲーム………ですか?」

 

 控えめな声。

 ピンクの唇から溢れでた声を咲は聞き逃さない。

 

「そうっ!ゲーム!!しかもVRゲームっ!」

「VRゲーム……」

「興味……ない?」

 

 詰んだか……?

 そう思った咲だが、返ってきたのは意外な質問だった。

 

「興味がないわけではないのですが………あの、私、VRゲームをやったことがなくて……。その、ゲーム機器すら持ってなくて……ごめんなさい」

 

 チラチラとこちらの様子を伺いながらも返答してくれた風音に感動しつつも、咲は更に詰め寄る。

 

「じゃ、じゃあっ、一緒に買いに行こう!分からないことがあったらアドバイスとかするし!あ、もしかして、これから何か用事とかあった……?」

「いえ、特にはありません」

「よかったぁ……。近くのデパートに売ってるからそこに行きましょ。あ、私は新渡戸咲って言います」

 

 こっちは一方的に風音を知っているとしても、あちらは咲のことを認識しているかどうかも怪しい。

 考えた後、少し悲しくなったが、

 

「……知って、ますよ?新渡戸咲さん。同じクラスですよね?」

「へ?」

「……?」

 

 予想外にも知ってもらっていたようで、情けない声が無意識に出ていた。

 変な声を上げた咲に風音は首を傾げている。

 

「な、なんでもない、です……。大丈夫ですよ?」

「あの、同級生ですし、敬語じゃなくてもいいですよ?さっきまで敬語じゃなかったですし」

「えっ、あ、ああっ。それもそうだね!じゃあ普通に話させてもらうね。……えっとー、小花衣さんも敬語じゃなくても、いいよ?」

「いえ、私の敬語は癖みたいなものなのて……」

「そ、そっか」

 

 お互いに緊張しながら話を進めていく。

 学校の有名人と話しているのを意識すると緊張してしまう咲はまだしも、何故か風音もそわそわししている。

 

「——あのっ!」

 

 突如、意を決したように声を上げる風音。

 

「はいぃっ!?」

 

 風音につられて姿勢を正してしまう。

 

「……名前」

「え?」

 

 小さな声。

 

「名前で、呼んでください。……さ、咲さん」

「——ぐはぁっ!」

 

 返ってきたのは、大きな衝撃。

 

 上目遣いに可愛らしい提案をされて、たまらず悶絶する。

 不覚にも、ドキッとしてしまった。

 なんだかいけないものを見てしまった感。

 

(お、おおおお落ち着け咲。何を狼狽しているんだっ?)

 

 いきなり名前を呼ばれてしまって、少し混乱してしまったようだ。

 落ち着いて考えれば、クラスメイトが仲良くなろうとお互いに名前で呼び合うのは普通のこと。そう普通のこと。自然の摂理である。

 

 せっかく風音の方から仲良くなるきっかけの一つを与えてくれたのだ。

 それに答えなければならないだろう。

 

「……か、風音?」

「はいっ!」

「…………」

 

 眩しいくらいの満面の笑み。

 先程までのたどたどしい態度は一体なんだったんだ、と言いたくなるような喜びよう。

 

 笑った顔を見るのは初めてだった。

 教室では憂いを帯びた表情しかしていなかった風音しか見ていなかった分、ギャップが激しくてその笑顔に見惚れてしまう。

 

「……じゃあ、いこっか?」

「はいっ」

 

 見惚れていたのを悟られないように、咲は動き出す。

 嬉しそうにその後ろを付いていく風音の視線を感じながら、お目当てのデパートまで歩き続けるのであった。

 

 

 

 5.

 

 

「あのさ、本当にこのゲームでよかったの?」

「はいっ。これでいいんです」

「でもそれ、結構()()なゲームだけど……。魔法と剣とか無いし。ALOとかの方がよかったんじゃ……?」

「いえ!これが、いいんです」

「そ、そうなの?」

「はいっ。だって、咲さんと同じゲームをしたいですからっ」

「——はうぁッ!!」

「ガンゲイル・オンライン……。一体どんなゲームなのでしょう、楽しみです」

 

 

 

 

 しかし、部活の時間と風音がGGOをプレイする時間が不運にも被ってしまい、一緒にプレイすることは珍しくなってしまったそうな。

 

 

 

 

 



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これが最初の

番外編の続きです。


 前回(番外編)のあらすじ。

 

 クラスメイトの新渡戸咲からVRゲームのお誘いをいただいたよ。

 

 

 0. game start

 

 

 初めては誰だって怖い。

 

 知らない人。知らない知識。知らない世界。

 

 

 逃げるのは簡単だったかもしれない。

 でも、そうしなかった。

 

 私の中で確かに揺るぎない何かがあったから。

 成し遂げたい何かがあったから。

 

 だから。

 

 一番必要なものは、最初の一歩を踏み出す勇気だけだったのだと、気づかせてくれた。

 

 

 

 1.

 

 

「こ、これが、かの有名な"あみゅすふぃあ"……」

 

 ごくり、と喉を鳴らす。

 

 簡素なベッドに腰掛け、緊張した面持ちで手元を凝視しているのは、高校の制服、ではなく、まだ夕方だというのにヒラヒラしたレースが所々に装飾された薄ピンク色の寝間着を着ている小花衣風音である。

 

 風音が手にしているのは、円冠状の巨大なゴーグルのような機器。

 

 ——アミュスフィア。

 

 

 VRゲームにおいて世界中を震撼させた歴史的事件、『SAO事件』。

 

 当時中学生だった風音も、連日ニュースとなっていたのでその事件のことは知っていた。

 

 世界初のVRMMORPG"ソードアート・オンライン"。通称——SAO。

 たった一人の天才によって、そのゲームはゲーム内でHPが0になる、つまり死亡した場合、現実世界のプレイヤーの"死"を意味するデスゲームと化したのだ。

 

 ログアウト不可。

 外部からの救出も不可能。

 

 そんな状況下で、当初プレイしていた約1万人ものプレイヤーが、ゲーム内に囚われたのである。

 結果的に約4000人もの命を奪ったとされる悪魔のゲームとして、その名を歴史に残した。

 

 ゲーム内で一体どのようなことがあったのか、今でも風音には知る由もないが、2024年、囚われていたプレイヤー達は解放され、事件は終幕を迎えたという。

 

 その事件の最中、更に安全性を確立した新型が発売された。ナーヴギアの後継機。

 それが、アミュスフィアだ。

 

 ナーヴギアが頭を覆い隠すヘルメット型であるのに対して、アミュスフィアは目の周りだけを覆うゴーグル型。

 

 もう二度と『SAO事件』のようなことが起きないよう、アミュスフィアには様々な対策を施しているようだった。

 

 セキュリティやらセーフティ機能やら電磁パルスの出力やらと、電子機器に詳しくない風音にはよく分からないことだらけだったが、取り敢えず"安全"ということは理解できた。

 

 現在、風音が緊張しているのは、アミュスフィアの安全性を考慮してのことではなく、ただ単に人生で初めてのVRゲームに及び腰になっているだけである。

 

「そういえばVRゲームも初めてですが、同級生とお買い物に行くのも初めて、でした……」

 

 このアミュスフィアと対応ソフトを買うきっかけとなったクラスメイト、新渡戸咲のことを思う。

 

 "ゲームをしよう"と話しかけてきてくれた彼女。

 

 嬉しかった。

 

 自分の容姿が周りから浮いているのは分かっていた。

 日本では自分の容姿は受け入れられないのだろう。

 異物な存在に話しかけづらいというのもよく分かる。

 

 だから、嬉しかった。

 

 

 本当は咲と一緒にゲームをプレイするつもりだったが、アミュスフィアを購入してすぐに新体操部の顧問からお怒りの電話がかかってきて、咲は泣く泣く学校へと戻ったのだ。

 部長権限はそこまで機能しないようだ、と他人事のように考えていた。

 

 咲と別れた後は、はやる気持ちを隠せず早足で自宅へと帰宅。制服を脱ぎ捨て、咲の助言通り楽な格好に着替えて、現在に至る。

 

「こ、これで仮想世界に行けるのですよね……?」

 

 壊れ物を扱うように両手でそっとアミュスフィアを持ち、真正面から見たり下から見たりと、感心した様子で様々な角度からアミュスフィアを観察する。

 

 新しいオモチャを買ってもらった子供のように目を輝かせている。

 

 数分後。

 一頻り熟視し続け満足したのか、アミュスフィアを真っ白な太ももの上に優しく乗せる。

 

 ふと。VRゲームの触れ込みを思い出した。

 

「……別の自分に、ですか」

 

 別の自分。

 現実世界の自分ではなく、新たな自分になれる。

 

 風音にとってのVRゲームというのは、"少しでも自分を変えられるかも……"という希望的な部分が大きい。

 

 小心者で悲観的で意気地なしの自分を。

 

 

 VRゲームに興味を持った一番の理由は、咲に誘われたのが嬉しかったから。

 風音の胸の奥底にしまっている希望は()()()である。

 

 もしかしたら。

 ひょっとして。

 あるいは。

 

 そんな曖昧なifを願っているだけなのだ。

 

(……うん。せっかくのゲームですし、楽しむことが大事)

 

 今更、当たり前のことを言葉にして出したりはしなかった。

 

「……よし」

 

 小さく呟き、アミュスフィアを装着する。

 ベッドに横たわり、リラックスして身体の力を抜く。

 

 窓の外は茜色に染まっていた。

 

 軽食も食べた。

 水分も補給した。

 トイレも既に済ませてある。

 

 準備は万端である。

 まじめな風音の性格は、ゲーム1つするにも全力であった。

 

「ふぅ……」

 

 息をゆっくりと吐き、緊張した心も落ち着いた。

 

 目を閉じ、期待と希望、ほんのちょっとの勇気を持って、

 

「——リンク・スタートっ」

 

 仮想世界へと続く、魔法の言葉を口にした。

 

 

 

 2.

 

 

 意識が0と1の世界へと渡っていく。

 

 あらかじめ登録しておいたアカウントとパスワードを入力。

 すると、ログインが出来たことを知らせるウィンドウが表示された。

 

 そして、

 

『Welcome to Gun Gale Online !』

 

 全面真っ暗の景色の中。

 手始めに、浮かび上がってきた文字列が風音をお出迎えした。

 

「おおぉ〜」

 

 ゲーム初心者の風音には、これだけのことでも感動するようだ。

 感嘆するだけならばよかったが、

 

「あ、ありがとうございますっ」

 

 何故かお辞儀をしていた。

 

 歓迎されたことに、感謝しているようで。

 育ちの良さが出ている……というよりは、ただの天然にしか見えないのが現実だった。仮想世界の中であったが。

 

 歓迎の文字も数秒で消える。

 周囲を見渡しても、そこはまだ暗闇の中であった。

 

 だが、見下ろせば自分の姿は確認できる。

 現実世界の風音は自身のベッドの上で寝ているはず。

 それでも、こうして立っていると実感できる。

 少し不思議な感覚だったが、「なるほど、これがVRか」と納得させた。

 

 ここが何処なのかを詮索する前に、すぐに初期設定をする空間なのだと気付いた。

 

『名前を入力してください』

 

 と、虚空から無機質な音声が流れてきたのだ。

 

 風音は音声案内に従って、名前を入力するために目の前のキーボードへと手を伸ばす。

 

「あ」

 

 が、その手が止まる。

 

「名前、考えてなかった……」

 

 う〜ん、と頭を捻り考え込む。

 

 風音という名前には風音自身も気に入っている。両親からもらった大切なな名前なのだから。

 だからこそ、この名前を使いたい、と。

 

 しかし、ゲーム内では別の自分に、新しい自分になれる。だというのに現実の名前をつけるというのは如何なものか、と。

 

「うむむむむ……」

 

 2つの選択肢で葛藤していた。

 

 この頃の風音は知らなかったが、MMORPG、ひいてはネットゲーム等においてネームに本名を使用するのはタブーである。いつでもネットというのは危険な世の中なのだ。

 知っていれば、こんなに悩むこともなかっただろうに。

 

 

 ——数分後。

 

「決めました!」

 

 結論が出たのか、再び風音はキーボードに手を伸ばして名前を入力し始める。

 

Huu(フウ)

 

 本名の"風音(かざね)"から"(かぜ)"をとって、ただ読み方を変えただけの本名のもじり。

 風音的には本名の一部も使ってるし現実とは違う名前も出来た、と大満足の様子。

 

 一応の為、誰かと被らないようにヘボン式ローマ字表記の"Fuu"ではなく、日本式ローマ字表記の"Huu"にした。

 

 名前に続き、必要な項目を音声案内の指示の元、次々と埋めていく。

 

 数十秒ほどで全ての項目の入力を終えた風音。

 

 暗闇の世界が再び動き出した。

 

 

 そして、ついに。

 

 ガンゲイル・オンライン。通称——GGO。

 小花衣風音はフウとなって、銃の世界に飛び出したのだ。

 

 

 

 3.

 

 

 目を開ける。

 薄暗い暗雲とした黄昏。

 

 最終戦争後の地球という設定にピッタリの雰囲気といえるだろう。

 

 フウが降り立ったのはGGOの中央都市、『SBCグロッケン』。

 

 周囲に目を向ける。

 高層建築物が(そび)え立っており、それらを繋ぐ連結通路が網目のように広がっている。

 ネオンの光が眩しく、大型ディスプレイからは大音量の広告が流れている。

 ごちゃごちゃとした街並み、といった感想が思い浮かんだ。

 

 その街並みに合わせてプレイヤーも男性が多く、迷彩服を着込んだり、ボディアーマーを纏ったりと全体的にゴツイ。

 どのプレイヤーにも共通しているのが、人によって様々な銃を武装しているということ。

 

 硝煙と火薬、油の匂い。

 

 自分がまさに"銃の世界"へと来たのだと胸が震えた。

 

 フウにとっての未知の領域。

 専門外のことばかりの世界。

 

 いつまでもここに留まっている訳にもいかないので、意を決して歩みを進める。

 

「…………?」

 

 と、不意に違和感を覚えた。

 

 目線が高い。現実よりも遥かに高い。

 歩くスピードが速い。一歩が大きいようだ。

 

 そういえば、まだ仮想世界の自分の姿を確認してないことをフウは思い出す。

 

 ちょうど良く何かのショップの横を通ったので、ショーウィンドウを鏡代りにして自身の全貌を拝むことにした。

 

 そこには、

 

「お〜、おおぉ〜!」

 

 長身で線の細い、中性的な顔立ちをした美人なお姉さんがいた。

 

「わぁ〜。すごい……。これ、私なの……?」

 

 声も現実より低く、大人の女性といった雰囲気を醸し出している。

 

「本当に別人だ……」

 

 色素の薄い髪ではなく、艶のある漆黒の黒髪。

 神秘的な翡翠色の瞳ではなく、芯のある力強い黒の瞳。

 

「私……んんっ、いや、俺?ん〜、僕?うん、これが一番しっくりくる気がしますね」

 

 少し大人っぽさをイメージして、話し方も変えた。

 

 最後に全身を下から上まで眺めて、嬉しそうに無邪気に笑って、GGOの街並みを散策することにした。

 

 歩いていると直ぐに声をかけられた。

 

「おう、あんちゃん。その装備、初期装備だろ?今日始めたばっかかい?なんともレアなアバターを引き当てたもんだなぁ」

 

「綺麗な姉ちゃん、どうだい?一杯呑んでかないか?初心者だろ?奢ってやるよ!」

 

「いい品揃えのガンショップ知ってっから教えてやるよ!今度一緒に狩りに行こうぜ!」

 

「あれ、どっちだろうな?女かな?」

「いや、男じゃね?」

 

「そこの人!そのレアなアバター俺に売ってくれ!!」

 

 人によっては男性に見えたり、女性に見えたりするらしい。

 

 現実世界なら、従来の人見知りを発揮してそそくさと逃げるように避けるのだが、フウになってからはしっかりとコミュニケーションを取ることができた。

 

 みんなが風音を、フウを歓迎しているように思えた。

 容姿が変わったことが要因だろうか。風音は考え方も前向きになっていた。

 

 GGOで遊ぶ。いや、むしろVRMMOを楽しんでいた。

 

 様々な人達と触れ合い、誰かとコミュニケーションを取ることの喜びを感じる。

 風音にとってとても有意義な時間だった。

 

 

 GGOにログインしてからどのくらい時間が経ったのだろう。

 現実世界の時間とGGOの時間はリンクしていると聞いた。

 

 上空を見上げる。

 空の様子を見るに今はもう日が落ち切って夜になっているようだ。

 

「今日はそろそろ終わりに……」

 

 名残惜しいが、別に今日しかプレイ出来ないわけではない。

 明日もまたログインすればいいのだ。

 

「……でも」

 

 勿体無いとフウは思った。

 

「銃の世界に来たのに、それっぽいことしてないですもんね」

 

 そうだ、と。

 プレイヤーおすすめのガンショップを教えてもらったことを思い出し。

 最後にそこに寄ってからログアウトすることにした。

 

 路地裏が入り組む複雑な地形。

 迷いそうになりながらも、地図を確認しながら目的地までフラフラと歩いた。

 

「えっと、ここを右に曲がって……。あっ、あった!」

 

 老舗のお店といった風情のあるガンショップが、フウを待っていたかのように建っていた。

 

「こんにちは〜……」

 

 そろそろとガンショップの入口に足を踏み入れる。

 

「うわぁー!!」

 

 今日何度目の興奮だろう。

 

 ズラーっと並べられた、黒光りし光沢を放っている多種多様な銃にフウは圧倒されていた。

 

 先にガンショップに入店していたプレイヤー達が、その微笑ましい光景を見て笑みを浮かべている。

 

 銃というものをフウはドラマか映画の中でしか見たことがなく、実物を見るとそれぞれが異なる威圧感を持っているのを感じた。

 

 とりあえず、あわあわしているのはみっともないので、お店の中を見て回ることにした。

 

 拳銃(ハンドガン)機関銃(マシンガン)、アサルトライフルなどなど。

 フウでも名前ぐらいは聞いたことのある有名なものからマイナーなものまで展示してあった。

 

「これは……」

 

 ピタっ。

 フウは足を止める。

 

 他の銃よりも銃身が長く、上部に円筒のスコープが付けられている銃。

 一般に狙撃銃(スナイパーライフル)と呼ばれる銃器に心惹かれていた。

 

「か……かっこいいっ」

 

 すぐさま値段を確認。

 

「………………ぅ」

 

 始めたばかりであるフウの初期金額ではとても買える値段ではなかった。

 他の狙撃銃も確認するが、どれもフウには手の届かないものばかり。

 

 

 決めた。

 その目には決意に満ちた光が宿っていた。

 

「——お金、貯めます!」

 

 後のフウの狙撃銃、『M24』の目の前でそう宣言した。

 

「………明日からっ!」

 

 

 発言だけ聞けば後ろ向きな宣言にも聞こえるが、あの時のフウの表情は本気だった。と同じガンショップにいたプレイヤーは語っていたという。

 

 

 こうして、フウの——小花衣風音の初めてのVRゲームは幕を下ろしたのであった。

 

 




頑張る女の子は可愛いよねって話。


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第一章
Prologue


勢いで書いた。



 

 

  0.prologue

 

 

 

 ——目を閉じる。

 暗闇の中、鋭くなる感覚。

 

 嗅ぎ慣れた硝煙と、乾いた空気の匂い。

 風に吹かれる砂と枯草のざわめき。

 背中に伝わる冷たい岩肌。

 

 

 

 瞼の裏には憧れの人がいた。

 

 

 

 1.

 

 

 ——目を開ける。

 ゆっくりと開けられた瞼の隙間から最初に認識したのは、ピンク色。

 

 芳ばしいクッキーの甘い香り。

 サクサクと美味しそうにクッキーを食す音色と、上機嫌そうな鼻歌。

 腹部に伝わる暖かい人の(ぬく)もり。

 

 それら全てが()()()として脳に伝達されていく。

 まるで現実のように。本当にそこにいるかのように。

 

「………」

 

 一人、改めて()()()()に感動し、感嘆し、空を仰ぐ。

 

 感傷に浸っていたのは全体的に青色の服装に身を包んだ、物腰の柔らかい中性的な青年だった。大人びた雰囲気が彼の人の良さを醸し出しているようだ。目尻にある黒子が特徴的である。

 

 現在、砂塵舞う広大な砂漠にある大きな岩に背を預けながら、砂上に座り込んでいる。

 だが、青年は一人ではなかった。

 彼の足の間にすっぽりと収まっている人影が。

 

「〜♪〜〜♪」

 

 その正体は、小さな体躯をピンク色でデコレーションしたかのような全身ピンクの迷彩で覆われた少女であった。

 青年に抱えられ、お気に入りの歌手の歌を口ずさみながら満足した面持ちでクッキーを頬張っている。

 

「ねえねえ、クッキー食べないの?」

 

 青年の胸に頭を擦り付けるように上を向いたピンクの少女が青年に問いかける。

 大きくてクリッとした目が大変可愛らしい。

 

 口元についたクッキーの食べカスを発見した青年は、少女の口元に手を伸ばしながら持ち前のハスキーな声で返答する。

 

「んー。食べたいですが、この後夕飯があるので……」

「んむっ。ありがとう」

 

 軽く口元を拭うと、

 

 にへら。

 と少女は口元を緩ませて笑う。

 

「でも、そっかぁ。()()だとカロリーとかは気にしなくていいけど、満腹感とかは感じるんだよね。あむっ」

 

 納得納得と言って、パクリと手にしたクッキーを一口。

 

 少女が口にした『ここ』とは、VRMMO—仮想現実大規模多人数オンライン—の世界のことである。

 

 近年発達したVR技術によってフルダイブを可能にしたVRマシンが開発されたことが発端で、今では数々のVRマシンを使ったゲームが作られている。

 一時期、VRMMO関連で日本中を騒がせた事件があったが、その事件も解決し、更に安全性を重視したVRマシン開発の要因となったという。

 

 そして、このほのぼのとした雰囲気の二人が遊んでいるゲームの名前が『ガンゲイル・オンライン』。通称——GGO。

 最終戦争後の荒廃した遠い未来の地球が舞台でVRMMOで唯一のリアルマネートレーディングが可能なゲームだ。

 銃撃戦がメインのゲームで、対人による大会も行われているほどの規模を有している。

 

 何故この二人がこのような殺伐としたゲームをしているのか、それはまた別の機会に。

 

 

 

 

 現在時刻は18時30分を少し過ぎた頃。

 

 時間の流れに残念そうな表情を一瞬浮かべた青年だが、仕方ないといったふうに少女へ問いかける。

 

「僕はログアウトしますけど、レンはこの後も続けるんですか?」

「んー、どうしようかな?……フウがログアウトするなら、わたしも今日はやめようかな」

 

 ピンクの少女——レンと呼ばれた少女は顎に手を当て、悩みながらも今日はゲームをやめることにしたようだ。

 

「僕のことは気にしなくてもいいんですよ?」

「いいのいいの!フウと一緒にやらないと意味がないし!」

「……レンがそういうのならいいんですけど」

 

 レンの返事にレンを抱えている青年——フウは嬉しそうな、それでいて申し訳なさそうな表情で苦笑をこぼす。

 

「それに、もうお腹いっぱいだし」

「食べ過ぎですよ?」

「太る心配もないし、大丈夫だよー」

 

 お腹をさすりながら体重をフウの方へと傾ける。

 ぽんぽんと、ピンクの帽子越しに頭を撫でる。

 

「えへへ〜」

 

 こちらも笑顔になってしまうほどの満面の笑み。

 

「レンは頭を撫でられるのが好きですよね」

「……だって現実ではこんなことできないし」

「……確かに」

 

 ここはゲームの中。

 つまりはこの姿はゲームの中だけのアバターなのである。

 身長180cmを超えるフウも身長150cm以下のレンも現実では違う姿なのだ。

 

 現実でのことを思い出して少しナイーブになる二人。

 そもそもゲーム内では現実の話をあまりしないのがマナーなのだが。

 

 ふと、フウは現在時刻が表示されている視界の端に目を向ける。

 

「あっ、もうこんな時間。ごめんなさい、今日はもうこの辺で」

「おっと、もうそんな時間だったかぁ。じゃあまた今度ね」

「はい。また今度」

 

 左手を動かして、メニュー画面を開いたフウは慣れた手つきでログアウトボタンを押す。

 すると背中に感じていたフウの温もりがレンから無くなる。

 

「……」

 

 一瞬だけ不満そうな、寂しそうな顔をして、レンもメニュー画面からログアウトボタンへと手をかけ——。

 

 ぴとっ。

 

 ログアウトボタンへと伸びた手が不意に止まる。

 

「やっぱり、もう少しここにいようかな」

 

 腰から銃を抜き、立ち上がる。

 もう少し狩りをすることに決めた。

 鬱憤を晴らす意味もあるのかもしれない。

 

「……っ」

 

 その時、タイミングよくレンの耳に聞こえたのは数人の足音。

 岩陰からそっと足音のした方を覗いて確認できた数は三人。

 狩りの帰りなのだろう。談笑しながら特に周囲を警戒しているような素振りは見えない。

 その余裕が、ここが戦場ということを少しでも忘れれば、それは隙だ。

 一瞬の隙が、ここでは命取りとなる。

 

 だから。

 それは必然なのだ。

 

 本日の獲物を、ピンクの悪魔が捕捉したことにも気付かないことは。

 

 

 タイミングを見計らい、息を殺して待ち伏せをする。

 愛銃を持つ手に力が入る。

 

「——ッ」

 

 そして、敵プレイヤーが死角を見せた時、敏捷性を生かした速さで勢いよく飛び出す。

 

 ピンク色の迷彩服で周囲の景色と同化したレンの奇襲。

 自身の愛銃であるP90が火花を散らした。

 

 至近距離からの奇襲に何もできす身体に無数の風穴を開けたプレイヤーは、死亡を意味するポリゴン片となり、虚空へと散らばっていく。

 

 

 ——フウもいてくれればいいのに。

 

 

 そんな心の呟きは、砂漠を巻き上げる風の音に掻き消された。

 

 

 

 

 

 

 2.

 

 

 

 小花衣(こはない)風音(かざね)の朝は早い。

 

 太陽が昇り始めるころ。

 

「…………んぅ」

 

 僅かなカーテンの隙間から朝の光が差し込んでくる。

 眩しい太陽の光と熱を浴び、煩わしそうに顔を背けた。

 

 早朝。目を覚まし、ぐぐっと体を猫のように伸ばす。

 

「………ふぁ」

 

 眠い目をゴシゴシと擦り、自室のため欠伸を隠したりすることもない。

 寝ぼけ眼のままベッドからゆっくりと動き出す。

 

 

 風音にとって、朝は忙しい部類に入る。

 まずは朝食の準備。朝食はいつもパンだ。トースターにパンを入れてタイマーをセット。

 楽で美味しく、ジャムなどのレパートリーによっては飽きもないことから重宝されている。

 

 パンを焼き上げる間に寝巻きから着慣れた制服へと衣装チェンジ。

 そのまま寝ぼけた頭をスッキリさせるために顔を洗い、寝癖なども簡単に櫛で梳かして整える。

 パンが焼けたことを知らせる音が聞こえてくるころには着替えは終わり、ばっちり目を覚ました風音の姿が完成していた。

 

 黄金色に焼け目が付いたパンをトースターから取り出し、軽くジャムを塗っていく。本日はブルーベリーのジャムだ。

 冷蔵庫から牛乳を取り出し、コップに注いだら簡素な朝食も完成する。

 

 テレビも特に見る必要はない。今の時代、ニュースなどの情報は携帯で何でも入手できるのだから。電源の入っていない黒い画面はテーブルで一人朝食に勤しむ風音の姿だけを映していた。

 牛乳で流し込むようにパンを食べ終えた風音は、食器を簡単に水に浸けておき、迷うことなく玄関へと向かう。

 玄関には昨日のうちに用意しておいた荷物があり、靴を履いたらその荷物を手にして、

 

「……いってきます」

 

 静かな部屋に、扉が閉まる音と共に小さく呟くような声だけが響いた。

 

 

 

 

 3.

 

 

 

 東京都内。とある高校の弓道場にて。

 そこに弓道衣を身に纏っている風音が、一人瞑想を続けていた。

 

 瞑想中、集中しなければいけないのは分かっているが、風音はGGOのことばかり考えていた。

 

 風音のアバター——フウは自身の理想の姿であった。

 180cm以上ある長身で切れ長の目。

 手足も長く、声もハスキーでかっこいい。

 細めの体と中性的な風貌が風音的には少し残念なところなのだが、概ね満足している。

 

 しかし、それでもフウのプロフィール画面、性別の欄には『female』と表示されてしまうのだが。

 

 それが意味するのは、フウは女性アバターということである。

 

 現在爆発的な人気を誇るVRMMOは、現実世界と仮想世界において、性別が異なると現実世界の人格に影響を及ぼす可能性があるということで、自身の性別と異なる性別でアバターを製作することが理論上不可能になっている。

 

 つまり、GGOのフウの性別がfemaleなら、そのフウを製作して動かしている小花衣風音もしっかりとfemale(女性)ということになる。

 

(そんなこと、自分がよく知っていることです)

 

 女性であることに風音は不満はない。

 

 だが、高校生になってから身体つきも前より丸みを帯びて女性らしくなり、胸も大きくなってきていた。日常生活で特に役に立つわけでもない脂肪の塊を恨めしく思う。

 

 身長はいつからか止まってしまったが。

 

「…………」

 

 雑念が集中力を途切らせたので、一旦瞑想を中止する。

 おもむろに視線を下に向けると、邪魔な山脈が視界を遮る。

 

 ふよん。

 そんな擬音が聞こえた気がして、無意識のうちに顔を顰めてしまう。

 

「………ふぅ」

 

 雑念を断つように息を吐き、ゆっくりと立ち上がる。

 これ以上余計なことを考えるより、練習に時間を割いた方が有意義という結論に至った。

 

 弓を引いている時は余計なことを考えなくて済む。

 

 およそ28m先に設置された、小さな的。

 

 一度弓を手にすれば、先程まで乱れていた心も今では澄み切っている。

 

 早朝の弓道場で、登校してくる学生が来るまで、

 

 

 ——タンッ。

 

 

 小花衣風音は一人、弓を引き続けた。

 

 

 

 4.

 

 

 

 小花衣風音には、いつしか誰にも言えない秘密ができた。

 

 

 家族も、親友も、友達も、教師も。

 

 

 誰も知らない秘密がある。

 

 

 

「私は——」

 

 

 

 誰にも知られてはいけない気持ち。

 

 誰にも打ち明けてはいけない気持ち。

 

 

 

 

 

 ——女の子に、■■■■。

 

 

 




本当はギャグテイストで書きたかったけど、ギャグは向いてなかった。
書くと勝手にシリアスみたいな文になるのはゆるして。


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運命的な

ある意味こっちが本当の一話。
前回はただのプロローグ、いわば体験版のようなもの。


 

 時間は遡る。

 

 これは、とある二人が出会うだけの物語。

 

 

 

 

 0.encounter

 

 

 出会いはいつも唐突で、唐突な出会いというのは大抵劇的なもので……。

 

 

 

 1.

 

 

 小比類巻香蓮は自室にて佇んでいた。

 

 目の前に座る人物を見下ろす。香蓮の身長ではそのような形になるのは当然のことだった。

 

 

 何処かの国のお姫様なのだろうか、と。

 

 比喩でも冗談でもない。最初にそんな感想が頭をよぎった。

 

 手足は細く、羨ましいほどに小さな体躯。

 シミ一つない真っ白な肌はきめ細かい。

 色素の薄い髪はフワフワと柔らかそうだ。

 こちらを不安そうに見上げる瞳は翡翠色(エメラルドグリーン)で。

 

 

 明らかに日本人離れしている。

 

 

「………………」

 

 

 さて、どうしてこうなったのか。

 

 

 香蓮は自身の記憶を辿っていくことにした。

 

 

 

 2.

 

 

 

 いつものように大学へ行き、必要な講義が終わればすぐに香蓮の暮らすマンションへと帰宅する。

 

 それだけが、香蓮の生活。

 それが、香蓮の日常。

 

 だが、その日常も少しずつ、確かに変わりつつあった。

 

 今までの刺激のない生活にうんざりしていた香蓮だったが、親友から薦められたVRゲームにて苦労の末、理想の自分に出会った彼女はそのゲーム——ガンゲイル・オンラインをプレイすることが楽しみの一つであり、また日常となってきていた。

 

 今日も家へ帰ったらGGOにインしようと思っていた香蓮だったが、はたして叶うことはなかった。

 

「君、可愛いね〜」

 

 ナンパだろうか。

 そんな声が聞こえたが、悲しい哉。自分に向かって言うはずがないのは分かっているので、特に気にせず歩く。

 チラリと、野次馬精神が顔を出し、ナンパ現場を一瞥すると。

 

「ねえねえ、めっちゃ可愛くない?芸能人か何か?」

「……いやっ、あの……」

「あっ、その制服確かあの有名高校のだよな?じゃあ結構お嬢様なんじゃね?」

「……いえ」

「学校帰り?ヒマならちょっと俺らとどっかに遊びに行かない?」

「大丈夫大丈夫。金は俺らが出すし、絶対楽しいからさ!」

「……ぃ、いやっ……」

 

 二人の軽薄そうな男に絡まれてる女の子がいた。

 横顔しか見えないが、同じ女性の香蓮から見てもかなり可愛い少女だと思った。

 明らかに自分よりも年上の男性に挟まれて萎縮しているのか、怯えているのが分かる。

 

「……………………ん?」

 

 ふと、その少女を盗み見ていると香蓮は何かが引っかかった。

 何故だろうか。

 見たことがある気がする。

 

 あのような可愛らしい少女の知り合いはいない筈なのだが、何故か見覚えがあった。

 

 もう一度、少女をよく観察してみると。

 

(………………ああ!)

 

 少女の制服を見て納得した。

 どこかで見たことがあると思ったら、少女が身に纏っている制服は香蓮の通う大学の高等部の制服であったのだ。

 確かに見覚えがある筈である。

 

「ねぇ、いいじゃん。金とかは払ってあげるっていってんだから」

「……ほ、本当、ごめんなさぃ……」

「そんなこと言わずに。ね?」

 

 少女は震える声で拒絶の意思を示した。

 しかし、相手がか弱くてかなりの美少女だからなのか。押しに弱いと判断した男たちは簡単に諦めたりしなかった。

 

 少女はもう泣きそうになっていた。

 

「……………ぁっ」

「————っ!」

 

 しまった。と香蓮は自身の行動を悔やんだ。

 見すぎていたのだろう。

 

 泣くのを堪えていた少女とばっちり目があってしまった。涙を溜めた目には香蓮が映る。

 か細い声もしっかりと聴こえた。

 

 涙目を堪えて香蓮を見つめる少女は、助けを乞うてるようにしか見えない。

 この状況で、助け以外に香蓮に目を向ける理由などないだろう。

 

 あまり面倒ごとには首を突っ込みたくはない香蓮であるが、自身の通う大学の高等部の少女で、香蓮が羨ましく思うほど憧れる小さくて可愛い少女。

 そんな少女からSOSを求められているこの状況。

 

(………どうしよ)

 

 GGO内だったら男達のこめかみに銃弾ぶっ放すだけでいいんだけどなぁ、とおよそ年頃の女の子が考えてはいけないことを考えてしまっている香蓮。

 だが、そんなことを考えている暇はなかった。

 

 相手は香蓮のことなど待ってくれるはずもない。

 

「ほらっ!行こうぜ?」

「あっ!いやっ——」

 

 痺れを切らした男達の一人が少女の細い腕を掴み、無理やり連れて行こうとしていた。

 

「おぉっ!?ちょぉっ!ちょっと!?」

 

 流石に迷っている暇もなく、香蓮は慌てて声を上げる。思わず変な声が出たがこの際気にしてはいられなかった。

 

「あ?なんだ……よ……?」

「え?うぉっ!」

 

 香蓮に気付いた男たちは、驚いたように少女から手を離した。

 男達は突然やってきた香蓮を()()()()、後ずさる。

 

 ——デケェ……。

 

 声には出していないが、香蓮には男たちの表情がそう言っているように見えた。

 見慣れた光景となりつつあるのが悲しい。

 溜息が出てしまうのも当然だった。

 

 180cmを超える女がいきなり声をかけてきたのだ。驚くのも無理もないが、香蓮も一応年頃の女の子である。

 見慣れた、とはいっても傷つくものは傷つく。

 

 少女を助けることができるのならば、この身長に感謝するべきなのだろうが、やはり素直に喜べないのは女の子として当然であった。

 

(というか、ここからどうしよう……)

 

 声をかけたはいいものの、そこからはノープラン。行き当たりばったりだ。

 変な汗が背中に流れる。

 

「な、なんだよあんた?この子の知り合いか?」

「え?……あ、ああっ!そうっ。その子、わたしの姪っ子でー、えーっと、これから遊びに行く約束してたの」

 

 苦し紛れのハッタリだが、香蓮の威圧感(本人にその気はない)に圧された男たちはあっさりと、

 

「そ、そうかよ。……行こうぜ」

「……あ、ああ」

 

 どこかへ去って行った。

 

「…………………。………はぁっ」

 

 溜め込んでいたものを一気に吐き出す。

 肩に力がある入っていたようで、どっと疲れた香蓮は肩の荷を降ろし、被害者の少女に一言言って立ち去ろうとする。

 

(なんかつかれた……。はやくかえろ)

 

 こんなことはもう二度とゴメンだ。

 心中で嘆く。

 精神的に疲れた香蓮の背中は哀愁が漂っていた。

 

「あの、大丈夫?」

「……は、はい。あ、ありがとう、ございます」

「じゃあ、私もう行くから。これからはあんまり一人で歩くのはやめた方がいいよ。友達とかと一緒に帰りな?」

 

 それだけ言って踵を返す香蓮。

 

 ——くいっ。

 

 歩き出したところで、不意に袖を誰かに掴まれた。

 自分の腕に目を落とすと、細い指が遠慮がちに香蓮の袖を摘んでいた。

 

「………………」

「…………………………」

 

 自然と名も知らぬ少女を見下ろす形になる香蓮。

 少女の可愛さを間近で見ると、同性でありながら思わず見惚れてしまう。

 

「………………ぅ」

 

 決して涙を流さないように我慢してたのだろう。大きな瞳は潤んでおり、今にも大粒の涙がこぼれ落ちそうであった。

 

(なにこの可愛い生物)

 

 あー、ドレスとか似合いそう。なんてどうでもいいようなことを考えている顔をしている。

 

 なるほど。

 確かにこれは男が黙っちゃいないな、と。

 

 可憐でもあり美麗でもある。

 万人の美しいを体現したかのような容貌。

 

 このまま穢れを知らずにいてほしいと願わずにはいられないほどに。

 知らず知らずの内に、香蓮の中に母性のようなものが芽生え始めているのにまだ彼女は気付かない。

 

 

「…………うち、来る?」

 

 

 庇護欲を掻き立てられた香蓮の口からは、自然とそんな言葉が飛び出していた。

 

 

 

 3.

 

 

 回想終了。

 

 

 とりあえず、香蓮は自身に言いたいことがあった。

 

(………ねえ、小比類巻香蓮よ。ミイラ取りがミイラになるって言葉、知ってる?)

 

 ちょこんとお行儀良く座る少女の目の前に、とりあえず持ってきた飲み物を差し出す。

 少女の場違い感に、自分の家なのに落ち着かない。

 自分だけ立っているのもあれなので香蓮も適当に座ることにした。

 

 テーブルを挟んで向かい合うように座った二人。

 香蓮が座るのを確認した少女が形の良い口を開いた。

 

「ありがとうございます」

 

 お礼の言葉を香蓮に告げ、血色の良い唇をコップにつける礼儀正しい少女のことを再び眺める。

 

(うわー、肌白〜。髪もフワッフワッ。小さくてカワイイし…………え、ホントに高校生?)

 

 頭から徐々に視線を下げていき、胸部へと目を向けてしまった。

 年下に胸部装甲で負けた香蓮は軽く絶望した。

 

(いやいや、わたしはオヤジか……。というか……)

 

 胸以上に香蓮の目を惹きつけていたものがあった。

 

(……綺麗な瞳)

 

 大きな瞳は神秘的という表現がピッタリな翡翠色(エメラルドグリーン)で、まるでゲームのキャラクターのようだと香蓮は思った。しかもヒロインのような可憐で美しい少女。

 ピンチになったら主人公が助けてくれるような、そんな物語のヒロイン。

 

 とても絵になる、と香蓮は思う。

 

「……あの」

「えっ!?なにっ?」

 

 不意にかけられた言葉により、思考の海から戻って来る。

 

「先程は、本当にありがとうございました」

「い、いえいえ」

 

 育ちが良いのだろう。

 正座をして、ゆっくりと頭を下げて感謝を伝えてきてくれた。

 

 顔を上げた少女は頬を少し赤らめて、上目遣いで続ける。

 

 

「あの、私、小花衣(こはない)風音(かざね)と言います」

 

 

 これが香蓮の出会った、まるでお姫様のような少女との初めての邂逅であった。

 

 

 

 4.

 

 

 

 物語の出会いというのは唐突で、主人公なんかはその出会いを理不尽なものに思うこともあるのかもしれない。

 

 でも、私はこの出会いを理不尽になんか思いたくはない。

 

 唐突な出会いは劇的で、新しい日常が幕を開ける合図なのかもしれない。

 

 私はこの出会いを、そんな運命の出会いだと。

 そうあってほしいと、願っている。

 

 

 




評価してくれる人がいたのでもうちょっと書いてみたの。


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これが私の

展開遅くてすみません。
ギャグもシリアスも書けないの。ゆるして。


 

 

 

 

 前回のあらすじ。

 

 香蓮ちゃんが年下の可愛い女の子をナンパから救った後、お家に連れて帰ったよ。

 

 

 

 0.rifle

 

 

 銃というものに、私は未だに慣れない。

 銃身を向けられると怖いし、緊張する。

 発砲音も大きくてびっくりするし、火薬の匂いもあまり好きではない。

 

 

 ——でも。

 

 スコープを覗いて、一つの的に集中しているときは。

 なんだか、弓を引き絞る時みたいに周りが静かになって。

 

 引き金に指を掛け、銃弾を放つときは。

 なんだか、矢を放つ時みたいに胸の奥が静かに熱くなる。

 

 

 これは、一種の中毒なのかもしれない。

 

 だって、気付いたとき。

 

 

 いつも、私の心は澄み渡っているのだから。

 

 

 

 1.

 

 

 ナンパ騒動、という程のことではないが、男二人に絡まれた風音を救った香蓮。

 お互いに自己紹介をして、しばらく雑談に興じていた。

 

 

 話していて小花衣風音という少女について、香蓮の中で初めに会った時のイメージとは少し違った少女であることが判明した。

 

 香蓮が年上だということもあるのだろうが、風音は緊張した面持ちである。

 話す時も香蓮とあまり目を合わせてくれない。

 少し伏し目がちな瞳が色っぽく見える。

 だが、久しぶりの会話が楽しいというような雰囲気を感じる。

 

 風音の振る舞いを観察して至った結果。

 恐らく、人付き合いが苦手なのだろう。

 

(わたしと、似てるのかも)

 

 失礼ながら、この可憐な少女と自分を重ねてしまう。

 

 小さい頃から、この身長のせいで浮いてしまい周囲に馴染めなかった香蓮。嫌な思い出ももちろんある。

 そのせいで香蓮は必要以上に人と関わるのをやめてしまった。

 コンプレックスとして残った爪痕が、香蓮から積極性を奪ってしまったのだ。

 

 

 風音も同様に。

 状況は違えど、香蓮のように人と必要以上に関わってこなかったのだろう。

 

 傑出し過ぎる容姿は人を寄せ付けない。時には嫉妬の対象にもなり得る。

 日本人離れしたその風貌、体貌に誰もが気後れしてしまう。

 

 人は自分とは異なるものを拒絶してしまう傾向がある。

 

 だから。

 やはり。

 

 小花衣風音という可憐で秀麗な少女は、周囲から乖離され続けたのだ。

 

 

 そんな風音は、自分の容姿を気にせずに誰かとコミュニケーションが出来るVRゲームをしているらしい。

 初めは興味がなかったが、とあるクラスメイトに誘われて試しに始めたのだという。

 

「凄いんですよ!VRゲームって。みんな私に気安く話しかけてくれるし、誰も私のことを変な目で見たりしないんです」

「それ凄い分かるっ。分かるよ!」

「あっ、香蓮さんもVRゲームやってるんですね!」

「そうだよ。わたしも友達に誘われてね」

 

 風音の熱心な言葉に、心の底から共感する香蓮も随分と嬉しそうだ。

 同じ仲間を見つけたようで、風音の瞳はキラキラと輝いているように見える。

 

 思わず風音の瞳に視線が吸い込まれる。

 

「…………?」

 

 突然黙ってしまった香蓮を見て、不思議そうに首を傾げる。

 小柄な風音がそんな振る舞いをすると、小動物を連想させられる。

 

 頭を撫でてしまいそうになる衝動を何とか押さえつけて、今まで気になってたことを問いかけてみる。

 

「風音ちゃんって、何処か国とのハーフ、とか……?」

 

 名前は日本人らしい名前だが、明らかに容姿は外国の血が流れているように思えた。

 

 肌の白さ。髪の色。

 身長に行くはずだった栄養は胸に吸い込まれたようで。

 

 最も目立つのはやはり風音の瞳だろう。

 世界的に見ても緑の瞳はかなり珍しいらしい。

 

 それに、落ち着く色だった。

 何処と無く香蓮自身の故郷を思い出すからだろうか。

 

(というか、こんなこと聞いて大丈夫だったかな……?

 

 風音は自身の容姿のせいで人付き合いを避けて、というか出来ないでいた。

 その容姿に関することを聞くのは流石に不躾であっただろうか、と思ったのだが、

 

「はい。私は日本とドイツのハーフです」

 

 案外、あっけらかんとした様子で答えてくれた。

 

「父は日本人で、母がドイツ人なんです。ドイツ人って基本的に背の高い人が多いんですけど、そこは父から遺伝してしまったようで。父は小柄な方ですから」

 

 外国の血を引き継いでいるというのに、可愛いという感想が出てくるのは、日本人特有の幼さというものが滲み出ているからだろう。

 

「あ、でも私、ずっと日本に住んでますからドイツ語は喋れないんです」

「へぇ」

 

 もしかしたら、日本語が通じないのかも、とか思われてたのも風音が話しかけられない理由だったのかもしれない。

 

「そういえば、風音ちゃんはどんなVRゲームやってるの?」

 

 香蓮の予想では、『ALO』——アルブヘイム・オンラインなどの妖精ファンタジー系のゲームだと思っていた。

 可愛らしい風音にはお似合いだと思う。

 

 しかし、

 

「あっ、GGO、ガンゲイル・オンラインっていうゲームです」

「え」

 

 思っていたよりもハードなゲーム名が、嬉しそうに笑う可愛らしい口から出てきた。

 それは聞き慣れた、香蓮にとっても馴染みのあるゲームだった。

 

「……?」

 

 驚く香蓮にまたもや不思議そうな顔をする。

 偶然とは本当に恐ろしいものだと、香蓮が実感した瞬間だった。

 

(風音ちゃんのクラスメイトは、何故よりによってGGOを薦めたのか……。これがまた分からない)

 

 香蓮もGGOをやっていることを風音に伝えると、それはもう本当に嬉しそうにしていたので、そんな疑問のことはどうでもいいかと忘れてしまう香蓮なのであった。

 

 

 2.

 

 

 翌日。

 レン——の中の人、小比類巻香蓮はGGOにログインしていた。

 

 先日、せっかく同じゲームをプレイしてるんだから一緒にやりましょう、というような約束を風音と交わして、その日はお開きになった。

 

 香蓮は大学、風音は高校とそれぞれの職務を全うし、交換しておいた連絡先から『これからGGOにログインしますね』と報告があったのが数分前。

 

 待ち合わせはとある酒場。

 デザートピンクの服を隠すように、頭から足まですっぽりと隠れる大きめの外套を身に纏うレン。

 

 事前にお互いのアバターの特徴を教えておいたので、すぐに交流出来るだろう。

 

 と、酒場のカウンターの席に座り、所在無さげに足をぷらぷらと揺らしていたレンに向かってハスキーな声がかけられた。

 

「かれ……レンさんっ。お待たせしました」

「あはは……。大丈夫、そんなに待ってないよ」

 

 危うくリアルの名前を呼ばれそうになり、一瞬ヒヤッとしたレンは苦笑をこぼす。

 フードを脱ぎお互いの顔を見合わせる。

 

 中性的な、いかにも好青年といった印象の男性……に見えるが実際は風音の分身、プレイヤー名『フウ』である。レンはその正体を知っているので男性と勘違いはしなくてすんだ。

 前情報なしの初見では、男と間違えてしまうかもしれなかった。

 

 暗い青色をベースにした迷彩服。

 スラっとした体躯はモデルのようだ。

 ショートカットの下の柔和な笑みが中の人(風音)を連想させる。

 

「GGOではレンさんのアバターは珍しいから、すぐに見つけられましたよ」

「いや、フウちゃんのアバターも結構珍しいと思うよ」

 

 レアなアバターは高額な値段で売れるらしいが、レンもフウもそのつもりはないようで。

 レンに限ってはいくつものVRゲームを経て手に入れたものだったりするので、それなりに愛着があるのだ。

 

「あ、そうだ」

「どうしました?レンさん?」

 

 思い出したかのように声をあげるレン。

 

「名前。レンさんじゃなくて、レンって呼び捨てでいいよ。知らない仲じゃないんだし」

「そ、そうですか……?なら僕のこともフウって呼んでください」

「うん、分かっ……ん?」

 

 フウの台詞に少し違和感が。

 

「……僕?」

 

 一人称がリアルとは変わっていた。

 レンの疑問に心当たりがあるフウは、恥ずかしそうにはにかみながら、

 

「あはは〜。折角のアバターですし、ちょっと寄せようかと思って」

「あー、なるほど」

 

 その気持ちはレンにも分かるかもしれない。

 ゲームでもお洒落をしてみたかった香蓮は、実際に可愛いレンに合わせて服をピンクに染めたりしていた。

 それとはまた別だと思うが、まあ似たようなものだろう。

 

「ピンクの戦闘服、可愛いですね。それ何処で買ったんですか?」

「えへへ。これ初期装備を好きな色に塗ってくれるシステムでやったんだ。思ってた色とちょっと違ったけど、まあ概ね満足してる」

 

「レンはリアルでお酒飲んだことありますか?」

「まあ、一応あるけどあんまり好きじゃないかな〜」

 

「ここだとお酒を飲んでもステータスとして酔った気分が味わえるから楽しいです」

「おお、その年でお酒の良さを知ってしまったのか」

 

 

 しばらく雑談に花を咲かせていた二人。

 しかし、いつまでも酒場にいるのも味気ないので、場所を変えて広大な砂漠エリアへ。

 

 色々話していく内に、GGOらしくお互いの戦闘スタイルの話題になった。

 

「レンはやっぱり、えっと……AGI型?っていうやつですか?」

「うん。敏捷値に極振り」

「それで、小柄な体と素早さを活かした近距離での奇襲ですか」

「そ。しかもここだとわたしの色が上手く迷彩して全然バレないの」

 

 砂漠上ではレンのようなデザートピンクの服は砂漠と相性が良い。

 PK。所謂プレイヤーキルを繰り返していたレンは巷ではそれなりに有名になっていた。

 

「凄いです。僕はあまり銃撃戦とかは得意ではないので」

「うーん、確かにフウが銃をぶっ放してる姿が想像できない」

「そうですか?」

「うん」

 

 なまじリアルのフウを知っているレンからすれば、こんな鉛臭いゲームをプレイしていること自体が想像出来なかったのだが。

 

 ちょうど良く身を隠せる巨大な岩のオブジェクトがあったので、そこで休憩しながら周囲を警戒することに。

 

 銃撃戦が苦手とのことだが、一体どんな銃を使うのか気になった。

 銃が苦手でも扱いやすい銃ってなんかあったかなぁ、と思索にふける。

 

「じゃあ、どんな武器使ってるの?」

「これですよ」

 

 流れで、何気なく聞いたレン。

 虚空で手を振って、フウはメインメニューから自身の扱う銃を取り出した。

 

 

 ——ガシャン。

 

 

「よいしょっ、と」

「え」

 

 呆けた声が出た。

 フウこ手の中に現れたのは、レンの持つP90のピーちゃんより遥かに長い銃身。

 

「…………えっと、フウさん?それは?」

「……?えー、確か……『OSV-96』とかいう狙撃銃です。後フウでいいですよ?」

 

 全長1700mm超、重さ約12kg。

 口径は12.7mm。使用弾丸12.7x108mm弾。

 

 OSV-96。

 ロシアのKBPトゥーラ器械製造設計局が開発したとされる、対物ライフルであった。

 

 

「………………………すぅ〜」

 

 ゆっくりと息を吸い込む。

 

「……?」

 

 

 荒野の砂漠に、レンの叫びが轟いた。

 

 

 

 3.

 

 

 現実世界ではお姫様のような小花衣風音。

 

 仮想世界での彼女は超長距離狙撃手であった。

 

 

 

 のちに、自称・小花衣風音の友人に聞いた話によると、

 

『あー、あの子の狙撃は……。うん、絶対に敵にはしたくない』

 

 とのことだった。

 

 




作者は銃に関しては素人です。
責めないでください。


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貴女との

感想と評価に舞い上がって、急いで書きました。


 前回のあらすじ。

 

 GGOにて再び再開したフウとレン。

 そこで、レンはフウの装備を目の当たりにすることになったよ。

 

 

 

 0.joint struggle

 

 

 私が銃を選んだのではない。

 銃が私を選んでくれたのだ。

 

 うん。だからこそ。

 

 私はそれに、全力で答えるのだ。

 

 

 

 1.

 

 

 

 小さな体から、大きな声が飛び出す。

 

「ちょ!ちょっと待って!」

「はい。どうしたんですか?そんなに慌てて」

 

 OSV-96を抱えるフウに詰め寄るレン。

 無骨な銃をチラチラと見ながら、驚愕の表情を隠せない。

 

 何故、そこまでレンが驚いているのかフウには理解できていなかった。

 

 しかし、レンの知り合いに様々な銃を集めてはそれらを使いこなすかなり変わったプレイヤーの知り合いがいて、

 

『対物ライフルっていうのは、現在のGGOでの環境ではかなーりレアなライフルなんだよねぇ。そもそも数が少ないし。あ〜私も欲しかったぁ〜っ!』

 

 と、話していたのを覚えていた。

 いくつかの対物ライフルの種類を教えてくれたが、その中にOSV-96の名前もあったのだ。

 

「だってそれすっごいレアアイテムでしょ!?なんでそんなの持ってるの!?」

 

 明らかにガンショップには展示されていないであろう対物ライフルを、大事そうに抱えるフウは困ったような顔をしている。

 自身の持っているレアアイテムの価値をまるで把握していない。

 

「なんで、と言われましても……。え〜っと、確か……気付いたら変なダンジョンに迷い込んでいて、無我夢中に敵を倒して、やっとの思いで外に出たらいつの間にかアイテム欄にあったので」

 

 なんというラッキーガール。

 

 無知は大きな可能性の枠を与える、と何処かの誰かが言っていたが、なるほど確かに。

 物欲センサーというものが彼女には働かないようだ。

 

「この話、他の人にはしない方がいいと思う。いやホントに」

「はあ、そうですか……?」

 

 ネットゲーマーの嫉妬ほど怖いものはない。

 意味もよく分からないままだが、フウは了解したようだ。

 

「にしても、フウは狙撃手だったのかぁ。私とは全く真逆だねー。私、狙撃の才能はないみたいだから」

 

 羨ましいっ、と口を尖らせる。

 チュートリアルでボロクソに言われたのを思い出したのだろう。レンの頬は膨れていた。

 

「そんな!僕だって近距離の銃撃戦は苦手、というか怖いので……。レンが羨ましいですよ」

「そうかなぁ?」

「そうですよ。僕には出来ないことですから」

 

 そう言われると悪い気はしないレン。膨らんだ頬も元どおりだ。

 このちっこい少女。案外チョロいのだ。

 

「さて、と」

 

 慣れた手つきでOSV-96をストレージ内に戻す。

 

「あれ?使わないの?」

「あは〜……」

 

 てっきり使用するところを見せてくれると思っていたレン。

 ちょっとがっかりしてしまう。

 そんなレンに苦笑し、申し訳なく思いながらフウは続ける。

 

「これ、見て分かるように、すっごい重いんですよ。だから持ち歩くのも大変で……。まだ射撃場でしか撃ったことがなくて。あと少しSTR値があったら楽になるんですけどね」

「なるほど。うん、わたしじゃ絶対に持ち歩けないや」

 

 もしレンが対物ライフルを持って戦場に立っていたら、例え狙われたとしても逃げられずに蜂の巣にされてしまうだろう。

 敏捷性の高いレンにとっては、重くて強い銃がむしろ足枷になってしまう。

 

(しかも、遠くからだとわたしじゃ当てられないだろうし……)

 

 動けないし、当たらない。

 チームを組んだら、確実にお荷物になっている自分が想像できたらしい。

 諦めた目をしている。

 

「というか!それをいつも使ってるんじゃなかったの?」

「僕としても、使ってあげたいですよ?ただ……」

「ただ?」

 

 少し考えるように目を閉じて、やっぱり困ったような笑みを浮かべながら、

 

「まだ、()()()ないんです」

 

 そう告げた。

 

「……?慣れてないって?」

 

 レンが疑問に思うのも当然だった。

 

 GGOの特徴としてシステムアシストがあるのだ。

 

 その一つとして、着弾予測円(バレット・サークル)というものがある。

 銃を撃つ際、引金に指をかければ銃撃者の視界には収縮を繰り返す円が表示され、発射された弾丸はその円の中にランダムで着弾することになっている。

 

 このシステムアシストのおかげで、GGOはゲームとして機能しているといってもいい。

 

 つまり、現実で銃を撃ったことのない素人でもある程度システムを理解していれば標的に弾丸を命中させることが可能ということだ。

 

 そのため、現実世界のように練習をしなくてもGGOで銃を扱うのには苦労しない。慣れる必要はないのだ。

 

「ん〜、どう言えばいいのか……」

 

 フウも自身の発言が筋違いだと理解しているのか、頬に手を当ててどう言葉で表そうか悩んでいる。

 

「えっと。一緒に戦う仲間のことはよく知っていないとダメ、ですよね?……なんか違うような気がしますが、……うーん、気持ち的な、感覚的なものかもしれないです」

「……ふむ。フウは真面目ってことだね!」

 

 一通り話を聞いたレンはそう結論を出した。

 

「……そうなんでしょうか?」

「つまり自分の相棒になる銃のことをしっかりと理解してから使いたいってことでしょ?意識が高いってことだよ」

 

 うんうん、と頷きながら解釈する。

 

「じゃあ、実戦ではどんな銃使ってたの?」

 

 現状OSV-96を使用していない、ということが判明したため、新たな疑問が生まれるのは当然のことであった。

 

(聞かなくてもなんとなく分かるけど)

「そうですね〜……」

 

 やはり、慣れた手つきでストレージ内からアイテムを探していく。

 

「あっ、あった」

 

 と、虚空からフウの手には新たな銃が。

 

「それは?」

「確か、『M24』です。実戦で使ってるのはこっちです」

「それも……」

「狙撃銃です。結構メジャーらしいです」

「ああ、やっぱり」

 

 アメリカのレミントン・アームズ社製のボルトアクション狙撃銃。

 全長1092mm。重量は4400g。

 口径は7.62mm。使用弾薬7.62x51mm。

 

 狙撃銃として安定性もあり、狙撃手にはよく信頼される銃である。

 軍や警察にも採用されているらしい。

 

(いや、まあ。分かってたけどね)

 

 この人畜無害そうな中性的な女性が、狙撃手なのは分かっていたのだから。

 特に驚くことではない。

 

「よしっ!」

「んん?どしたの?」

 

 先程、レンが狙撃銃を撃ってほしそうな顔をしていたのを思い出したフウはM24を両手に抱えながら立ち上がって、

 

「さて。では、ちょっと撃ってみましょうか」

 

 そう切り出した。

 

 

 

 2.

 

 

 本日の収穫は概ね満足のいくものであった。

 

 リアルの知人で結成された男性プレイヤー四人のスコードロン。

 そのリーダーに位置する男は今日一日をそう評価した。

 

 今日一日で彼らのストレージはモンスターからのドロップアイテムで満たされていた。

 比較的換金率の高いアイテムを重点的に集めたのだ。全て売れば、かなりの額になるだろう。

 

「いや〜、今日のドロップ運はいつにも増してよかったな!」

 

 手ぶらで頭の裏で手を組んで歩くチャラい男が上機嫌に語る。

 

「ああ、これだけあれば全員分の新しい銃も買えるだろう」

 

 反応したのは『SCAR-L』を装備したリーダーの男。

 

「銃だけじゃねぇ、防具も買う余裕あるんじゃねえか?」

「ふぅ〜大漁大漁ぉ」

 

 残りの二人はモンスター狩り用の光学銃を装備していた。

 

 目的はスコードロン全体の強化。その為の資金集めが終わったその帰り。

 今日はドロップ運が良く、かなりの資金が調達できたと皆表情は明るい。

 

 新たな武器にウキウキとした足取りで岩に囲まれたエリアを進んでいく。

 

 話を切り出したのは、余裕そうに武器も持たない軽装の男。

 

「なんの武器買おっかな〜?あ、一時期流行った『光剣』!正式名称なんだっけ?あれ、買っちゃおうかな!」

「……『フォトンソード』な。というか、武器くらい装備しとけ」

 

 リーダーは呆れた顔をしながら、正式名称を教える。

 調子に乗る男に注意を呼びかけるが、聞く耳を持たないらしい。

 

「おおっ、それそれ!ん?大丈夫だよ!撃たれても避けるし」

「狙撃されたら終わりだろ。……にしても、ロマンあるよなぁ光剣」

「ああ。ライトセーバーみたいでかっけぇしな」

「だろだろ!」

 

 光学銃を持つ二人も同意する。

 テンションの上がった仲間たちに思わず溜息が出てしまうリーダーの男。

 

「やめとけ。光剣なんか無駄に高いだけで役に立たないぞ。ただでさえGGOは銃撃戦がメインだ。そんな中で、超近距離まで近づかないと攻撃ができないような武器なんて、使い物になるわけがないだろ」

「………それもそうか。近づく前に蜂の巣だな」

「意味ないな」

 

 あまりにも正論な意見に先程まで光剣賛成派の二人も同意せざるを得ない。

 

「えー!?でも実際に光剣使ってスパスパ銃弾切ってたプレイヤーがいたらしいぜっ?」

「そんなの話題作りのためのフィクションだろ。それに釣られた奴らの間で一時期流行ったってだけだ」

 

 リーダーの言葉に反論出来なくなった男は不貞腐れたようにそっぽを向く。

 

「ちぇっ。いいと思ったんだけどな〜」

「そう不貞腐れるな。…………はあ、分かったよ。一本だけ買っていいさ」

「うわ、お前だけずりーぞ!」

 

 めんどくさくなったリーダーが折れることになった。

 してやったりといった顔で光剣を欲しがっていた男の機嫌も直る。

 

「マジでっ!?ィヤッホーッ!流石リー——」

 

 流石リーダーだぜ!

 そう言おうとしていたが、続きを口にすることは叶わなかった。

 

「——なっ!?」

 

 代わりに仲間達に聞こえたのは、男の体がポリゴン片に砕け、散布する音。

 

「狙撃かッ!?」

「クソッ!どこから!?」

 

 状況を理解し、即座に臨戦態勢を取る三人。

 瞬間、光学銃を持つ男に向けられたのは崖上から長く伸びる赤い光線。

 

 これがGGOにおいてのもう一つのシステムアシスト。

 ——弾道予測線(バレット・ライン)

 名前の通り、銃の弾道が表示される防御的システムアシスト。

 

「上か!おい!バレット・ラインを避けるんだ!!」

「分かってるよッ!」

 

 転がるようにバレット・ラインを避ける光学銃持ちの男。

 

 だが、銃弾は放たれなかった。

 そのかわりに、

 

「はぁぁぁ————ッ!!」

 

 男の後ろからデザートピンクのちっこい少女が、およそ人間には出せない速度で岩陰から飛び出した。

 同時にピンク色に染められたP90から雪崩のように銃弾が放たれた。

 

 バレット・ラインを避ける為に態勢を崩した男は、ピンクの少女の敏捷性に対応できるはずもない。至近距離で大量の銃弾に襲われ、遺言を残すことなくポリゴン片に姿を変えた。

 

「後ろにも!?くっ!挟まれてたのか!?」

「このチビっ!!よくも!!」

 

 もう一人の光学銃持ちの男が咄嗟にピンクの少女に銃口を向けるが、それは悪手であった。

 

 狙撃手に背を向けるということは、彼にはバレット・ラインが見えなくなるということ。

 

 リーダーの男は相手の狙いに一早く気付き、狙撃手の方へ銃口を向けるが、それはもう遅かった。

 

「——ガッ!?」

 

 光学銃を撃つ前に、正確に頭へと弾丸をぶち込まれた男は声もなく死亡する。

 

 それを見届ける前に、リーダーの男の背中にはP90の銃口が突きつけられていた。

 

「ごめんね」

「ちょっ、まっ——」

 

 命乞いもさせてもらえなかった。

 

 可愛らしい少女の声と共に、乾いた音が鳴り響く。

 死亡を知らせる赤いポリゴン片が宙を舞う姿を認めて、少女は軽く息を吐いた。

 

 最初の一発の弾丸から、およそ数秒の間の出来事であった。

 

 

 

 3.

 

 

 岩陰から崖下を覗ける、絶好の狙撃スポットにて。

 

 M24を抱えながら、仲間である少女を待っている男性にも見える中性的な女性の姿があった。

 

 しばらくしないうちに、耳に軽い足音が聞こえてきた。

 足音の方へ目を向けると、手を振りながらこちらに駆け寄ってくる小さい影が。

 

 狙撃手の元へ、物凄い速度で走ってきた全身デザートピンクの少女は、到着するなり満面の笑みを浮かべた。

 

「すごいすごいっ!!四人も倒しちゃった!!」

「はいっ。レンのおかげですよ」

「ううんっ!フウがいなかったら追撃されてたよ!」

 

 ピョンピョンと小さい体を跳ねさせて喜びを表現するレンに、フウも嬉しそうに微笑む。

 

「まさかバレット・ラインを牽制に使うなんて思い付かなかったよ!そして、敵の目をわたしに逸らしてその隙に狙撃しちゃうなんて!」

「バレット・ラインがあると避けられちゃう可能性が高いので。レンの敏捷性がないと出来ない作戦ですよ」

 

 今までは一人で倒せる人数に限りがあったので、レンのテンションは爆上がりだ。

 

「じゃあ、二人の勝利だねっ!」

「はいっ」

 

 一組のスコードロンをものの数秒で壊滅させた二人は、仲睦まじくハイタッチを交わすのであった。

 

 

 

 ドロップした戦利品を売りに行った二人は、その金額に更に喜んだそうな。

 

 

 

 4.

 

 

 その後、ピンクの悪魔の噂は更に広まったようだ。

 

 

 余談だが、壊滅させられたスコードロンの男達は、ピンク色に恐怖心を抱くようになったとか、なってないとか。

 

 

 

 



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私にとって一つの

たまには会話多めでもいいよねってことで。
読みづらかったらごめんなさい。


 

 前回のあらすじ。

 

 レンとフウの二人で共闘したよ。

 少しレンの噂が広まったよ。

 

 

 0. a gift

 

 

 銃はとても面白い。

 最近は、そう思えるようになってきた。

 

 どうすればちゃんと弾丸を当てられるのか考えるのが楽しい。

 

 この銃はどのくらいの距離でどのくらい弾丸が落ちるのか。

 この距離ならどのくらいの時間で弾丸が標的まで届くのか。

 風によってどのくらい弾道が逸れてしまうのか。

 動く標的にはどのように標準を合わせればいいのか。

 

 

 色々と試行錯誤していくうちに、私は感覚的に引金を引き続けていた。

 

 

 1.

 

 

「会わせたい人がいる、ですか?」

 

 ハスキーな声でそう聞き返したのは、M24を抱えながらGGOの曇った空を見上げていたフウ。

 背後に聳え立つ大岩を背もたれにして、だらりと長い両足を伸ばしている。

 

「うん。その人、わたしのフレンドなんだけどね、フウのこと話したら会ってみたいって言ってたから」

「なるほど〜」

 

 ぼけーとしたフウの真横。

 フウと同じく大岩に背を向けて座っている、フウよりも一回り小さいデザートピンクの少女——レンが事の発端を説明していた。

 

 愛銃のP90を我が子のように撫でながら、フウへと視線を向ける。

 

 二人はただ何もせずに呆けていたついでに、こんな話をしていたわけではない。

 

 レンはフウに出会う前にPK——プレイヤーキルに興奮とやりがい、そしてGGOでの対人戦闘の楽しさを実感していた。

 そのレンに触発されたのか、フウもPKには以前に比べて随分と積極的になってしまったようだ。

 

 結果、二人での奇襲PKに二人とも味を占めてしまったので、こうして待ち伏せしているのであった。

 

 といってもこちらは二人。

 流石に数が多かったり、明らかに装備が強かったりしたら、無理せずスルーすることにしていた。

 

 そのため、待ち伏せしている間は特にやる事もなく、雑談に耽っていたのだが、思い出したかのようにレンが先の事情をフウに伝えたのだ。

 

「どうかな?会ってみる?」

「レンのフレンドですし、悪い人ではないでしょうから別に問題ないですよ」

「よかった〜。あ、その人もわたしたちと同じ女性プレイヤーだから、仲良くできると思うよ」

「このゲーム、女性プレイヤー少ないですからね」

 

 フウの言う通り、GGOで女性プレイヤーは珍しい。

 

『ALO』という自身が妖精になり、魔法や剣を使って戦うファンタジーなゲームがあるらしいが、やはりそちらの方が女性プレイヤーも多いようだ。

 しかも、()()()らしい。妖精だから。

 

 そう考えれば、硝煙と油の匂いが蔓延るGGOは確かに女性向きとは言えないだろう。

 

 だからこそ、女性プレイヤー同士での繋がりが増えるのはフウとしてもありがたいことなのだ。

 

「じゃあ、とりあえずメッセ送っとくね」

「はい、お願いします」

 

 フレンドの欄から目当ての人物を探し、メッセージ機能を開く。

 

「ん〜………。えっと、『この前、話した私のフレンドについてなんですが、会えないか聞いてみたら会ってくれるらしいです。時間や場所に指定があったら教えてください』っと。まあこれでいいかな」

 

 簡単に用件だけを書いた文を送信のボタンを押す。

 すると、すぐに返信が返ってきた。

 

「うわ、はやっ」

 

 返信の早さに若干引きながらも、メッセを開く。

 

 そこには、

 

『よぉーし、今すぐ会おう』

 

 と、簡潔に書かれていた。

 

(……いや、場所くらい指定してよ)

 

 呆れた目で返ってきたメッセを見つめる。

 どんだけフウに会いたいんだ、と思わずにはいられなかった。

 

「レン?どうしました?」

 

 何も反応しないレンが心配になり、顔を覗き込むように声をかけるフウ。

 

「え、ああ、大丈夫大丈夫。返信がきてね、今から会おうって言ってる」

「そうですか。では、待たせると悪いですし、行きましょうか」

「あ、ちょっと待って」

「はい?」

 

 立ち上がるフウを呼び止める。

 

「……先に、待ち合わせ場所だけ聞いとくね」

 

 と、レンは乾いた笑みを浮かべるのであった。

 

 

 

 2.

 

 

「というわけで、私はピトフーイ。呼びづらいって不評だから略して"ピト"でいいよ。よろしくね、フウちゃん」

 

 あの後、すぐに返信が来て、ピトフーイ行きつけの酒場でようやく落ち合うこととなった。

 

 褐色の肌に、露出度が過ぎるビキニのような服を身に纏った長身の美女。引き締まった肉体をこれでもかという程に見せつけているようだ。

 両頬には煉瓦色をした幾何学的なタトゥーが刻まれている。

 

 乱雑にまとめたポニーテールをゆらゆらと揺らしながら、フウとレンを交互に見る。

 

「いやー、レンちゃんもそうだけど、フウちゃんもなかなかレアなアバターを引いたもんだねー」

「僕ですか?」

「おっ、ボクっ娘か〜。いいねー!ちゃんと別の世界の自分を楽しんでるみたいで!」

「………ボクっ娘?」

 

 M型(男性)にも見える、中性的な容姿をしたアバターのフウ。

 子供のような、というか見た目は完全に子供なアバターのレン。

 

 見る人が見れば高額なマネーを払ってでも買い取りたい程のレアものだ。

 

「……。そうなのでしょうか?」

 

 とりあえず"ボクっ娘"のくだりは理解出来なかった本人だか、レアだという自覚は全くない様子だ。

 自身のアバターより、フウはピトフーイの姿の方が興味あるようで、下からゆっくりと眺めている。

 

「ピトフーイさんは……すごい格好ですね」

「……まあ、ピトさんだから」

「なるほどです」

「んん?ちょっとー?それどういう意味かしらー?」

「そのままの意味だよ」

「ま、確かにその通りなんだけどね」

「……えー」

「というか、"ピトフーイさん"なーんて他人行儀な呼び方、ここではなしにしましょ?言ったでしょ?ピトでいいって」

「では、ピトさんと呼ばせていただきますね」

「んー、固いなぁー。ホントは敬語もなくていいんだけど。フウちゃんってリアルでも誰に対しても敬語使う人でしょ?」

「わっ、よく分かりましたね」

「口調とか動き方とかで結構分かるもんなのよ。こういうのは」

「フウ。気をつけた方がいいよ。この人、すぐにリアルの情報(あば)いてくるから」

「そうなんですか?」

「あらあら〜、人聞きが悪いなぁ。私が暴いてるんじゃなくて、レンちゃんが勝手に喋ってくれてるの。レンちゃんは隙が多いから」

「なんだとー!」

 

 女三人寄れば姦しい、とはよく言ったもので、話は途切れることはない。

 酒場の飲み物とおつまみを食べながらガールズトークを楽しんでいる。

 

「あっ、そうそう。レンちゃん、また懲りずにエゲツなーいPKを繰り返してるみたいじゃない」

「え、エゲツないって……」

「なんでも、あのピンクの悪魔は狙撃にも手を出したらしいって噂があるんだけど?レンちゃん狙撃も出来たんだ?」

「えっ、ちょっと!?それ、わたしじゃないよ!多分フウのことだよ!」

「あ、それ僕のことなのですか?」

「あら?フウちゃん狙撃上手いんだ」

「上手いかどうかは分かりませんが、狙撃しか出来ないので……」

「なるほどね。そりゃ"狙撃してから瞬間移動して姿も見せずに奇襲してくるピンクの悪魔"なんて噂、一人じゃ土台無理な話だし」

「なんか、いろいろと噂に尾鰭(おひれ)がついてるんだけど……。というか悪魔って……」

「そりゃまあ、噂だし?」

「もぅ、ピトさんは他人事だと思って〜」

「他人事だからね」

「でもでも、噂されるって逆に言えば、レンは凄いってことですよねっ?」

「まあ噂の内容はどうあれ、レンちゃんの実力があってこその噂なわけだしね」

「……わたし的には勘弁してほしいところだけど。後、フウは一応当事者だからね?」

 

 話の内容は、ガールズトークと言っていいものなのか。

 

「とりあえずレンちゃんの噂は、今はどうでもいいとして」

「ヒドイや!ピトさんが言い出したのにっ」

 

 ピトフーイの理不尽に若干涙目になるレン。

 よしよし、とレンを(なだ)めるフウだが、ピトフーイはそれすら無視する。

 

「私が気になったのは……フウちゃん!!」

「はいっ?何でしょうかっ?」

 

 矛先が突然自分に向けられて、少々驚いて背筋が伸びる。

 ピトフーイの目が怪しく光る。

 

「さて、フウちゃんは一体どんな銃で狙撃してるのかな?」

「M24ですよ?」

「あーいいよね。安定性バッチリだし、狙撃にはもってこいの銃だ」

「はい。とっても使いやすいですよ」

「でもね。私の野生の勘が言ってるんだよ。フウちゃんからレア物の匂いがするってね!」

「ピトさん………」

 

 ビシィッ!とドヤ顔全開で指を突きつけるピトフーイ。

 レンはピトフーイが何を言いたいのか分かっているようで、残念な人を見る目を向けていた。

 

「レア物ってOSV-96のことですか?」

 

 安々とその名を口にした。

 条件反射のようにピトフーイの目が輝く。

 

「おほ〜!やっぱり持ってたかー!しかもアンチマテリアルライフル!!」

「あ、あんちまてりある………?」

「対物ライフル。つまり、フウのOSV-96みたいな銃のことをそういうらしいよ。確かモノによっては対戦車ライフルとも呼ぶっぽい」

「へぇー、そうなんですね。勉強になります」

 

 銃の知識についてはからっきしのフウに銃の事を教えてあげると素直に喜んだ。

 

「で!で!フウちゃんっ、そのOSV-96、私に売ってくれないっ?」

「ダメです」

「なん……だと……っ」

 

 即答であった。

 

「まだちゃんと実戦では使ってあげてないので。あと少し経験値を貯めて、STR値をあげればこの銃も楽々持ち運びができるはずなんです。それに、きっと僕はこの銃に会うためにGGOをやってるんだなぁって思ったんです。だからダメです」

「レンちゃんのP90と同じで、フウちゃんはOSV-96に一目惚れしたのね〜」

 

 OSV-96に対する愛を打ち明けるフウに納得した様子でピトフーイは引き下がる。

 

 RMT——リアルマネートレードで銃を収集しているピトフーイは以前にも対物ライフルの所持者に直球で売買交渉を試みたが失敗に終わっている。

 この女、まるで学習していない。

 

「OSV-96は諦めるとして、私はフウちゃんの狙撃にも興味があるのよ?レンちゃんからスゴイって聞かされてたからね」

「レン、そんなことを話していたんですか?」

「あはは〜。わたしは狙撃出来ないから、実際に撃ってるのを見るとやっぱりスゴイなぁって思って」

 

 レンに褒められて嬉しいのか、頬にはうっすらとピンク色が灯る。

 

「じゃあ、ちょっとおねーさんにもレンちゃんお墨付きの狙撃を見せてもらおうかな。よしっ、そうと決まったら即行動!行くよ!二人とも!」

「え、えぇ〜……」

 

 半ば強引にピトフーイに引っ張られるフウとレン。

 STR値で負けているから振りほどけないので、ピトフーイのなすがままに射撃場へと連れて行かれることになった。

 

 

 

 3.

 

 

 OSV-96を構える。

 スコープ越しにターゲットの的がしっかりと見える。

 

 距離、凡そ1000m。

 

 弓を射る時よりも遥かに遠い距離。

 

 集中する。

 だんだんと周りの音が聞こえなくなってくる。

 

 狙うは的の頭部。

 一撃で仕留めることのできるその部位に、狙いを定める。

 

 息をゆっくりと吐き出し続け、全て出したところで引金を引く。

 

 

 ——ダァンッッッ!!

 

 

 お腹に響くような重低音。

 長い銃身から発射された12.7x108mm弾は、轟音を響かせながら標的の頭部を撃ち抜いた。

 

「……ふぅ」

「おー、当たった?ピトさん?」

「ひゅ〜。バッチリド頭に命中。これが対人だったら間違いなく即死ね」

「持って移動するのが大変なので、実践にはまだ使えないですけど」

 

 単眼鏡を覗き、命中箇所を確認するピトフーイ。

 弾丸が当たったことに安堵の息を吐くフウを一瞥し、ニヤリと口を歪める。

 

「さっきは頭だったけど、今度はど真ん中。心臓部を狙ってみようか」

「了解です」

「がんばれー」

 

 先程と同じように、苦もなく標的へと被弾させていく。

 

 その姿を観察していたピトフーイは面白いものを見つけたような表情をして呟く。

 

「ふーん。なるほどね〜」

「……?どうしたの?」

 

 隣にいたレンには聞こえていたようで、ピトフーイを見上げながら問いかける。

 

「んー?ああ。フウちゃんはおそらく着弾予測円(バレット・サークル)()()()()見てないと思ってね」

「バレット・サークルをほとんど見てないってどういうことなの?」

 

 ピトフーイの言うことに理解ができないレンは首を傾げる。

 

「そのまんまの意味だよ。意図的なのか無意識にやってるのかは分かんないけどね」

 

 確証は出来ないけど、と前置きをして説明をしてくれた。

 

「フウちゃんが引金に指を掛ける時間と引金を引く時間の間が極端に短かった。GGOじゃ引金に指を掛けると自動的にシステムがバレット・サークルを表示するけど、フウちゃんの間隔なら本当に一瞬しか表示されていないはず」

「だから、フウはバレット・サークルを見てないってことなんだ!」

「まあ、ただの予想に過ぎないんだけどね」

 

 

 いや、ピトフーイは確信していた。

 自身の強者を求める感覚がそう告げていた。

 

 この子(フウ)は狙撃手としての才能がある、と。

 フウがOSV-96を手に入れたのは本当に運命かもしれない、と。

 

 フウの性格から、リアルで銃を扱っているとは到底思えない。

 だが、GGOという環境がフウに狙撃の才能を開花、いや、引き出したのだとしたら。

 

 本当にバレット・サークルを見ていないのであれば、フウは感覚的に弾丸が命中すると理解している。

 

 ならば、

 

「ねえ、フウちゃん」

「はい?」

 

 射撃を一旦止めて、ピトフーイへと視線を移す。

 

「フウちゃんはバレット・サークル、ちゃんと見てる?」

「……あー、最近はあんまり見てないですね。あ、でも最初の頃はちゃんと見てましたよ!」

「そっかそっか。じゃあ何で最近は見なくなったのか教えてくれる?」

「んー……。撃ってるうちにどうやって撃てば弾丸が当たるのかがなんとなく分かってきたので……。だったらわざわざバレット・サークルを収縮させて狙いを定めるよりはマシかなぁって思ったんですけど……」

「クフフッ、あはははっ」

 

 思わず笑いが溢れるピトフーイ。

 

「な、なにかいけなかったですか?」

「あーごめんごめん。フウちゃんはなにも悪くないよ。強い子の所には強い子が集まるんだなぁって思っただけ」

「…………?」

「…………?」

 

 相変わらずピトフーイの言うことはよく分からないといった風にレンとフウは顔を見合わせる。

 

(この子達はもっと強くなれる)

 

 自身の勘を信じるピトフーイは、フウにとある提案をする。

 

 

「よしっ!フウちゃんにぴったりな、面白い技術(こと)、教えてあげる」

 

 




文書く上で才能って便利な言葉な気がする。
いや、ただの技量不足です。すみません。


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私の新たな

今回、特に面白くないと思います。
説明ばっかですみません。


 

 

 前回のあらすじ。

 

 フウはピトフーイとフレンドになったよ。

 ピトフーイに射撃を見せたフウに、なにか教えてくれる約束をしたよ。

 

 

 

 0. skill

 

 

 私の世界は灰色だった。

 

 

 何をしても、周りの人達は私を忌避した。

 

 妬み。

 嫉み。

 僻み。

 恨み。

 

 きっと、それは私が悪いのだろう。

 

 

 だけど。

 

 初めて私を受け入れてくれたこの世界が、私の世界に色を与えてくれたのだ。

 

 

 1.

 

 

 誰もいない訓練場にて、

 

「これよりっ、特殊訓練を開始する!!」

「了解ですっ!先生!!」

「先生じゃなーい!ここでは"教官"と呼びなさい!!」

「はいっ!教官!!」

 

 変なノリに身を任せた、二人の女性がいた。

 

 二人とも長身痩躯で、その身体にはそれぞれ戦闘服のような服を身に纏っている。

 

 一人は全体的に濃い紺色の迷彩服でまとめた男性にも女性にも見える中性的な容貌をもつ女。人の良さそうな柔和な顔立ちをしている。

 先のやりとりで、左手の指をピンッと伸ばし肘を曲げ、軍人のように自身の頭の前部へと当てている。

 

 もう一人は両頬にタトゥーを入れ、黒髪をポニーテールにした女。身体にピッタリと張り付いているような黒の戦闘服は鍛えられたシャープなシルエットを浮かび上がらせている。

 

「そうそう。左手での敬礼は相手を侮辱する意味とかもあるから、やるなら右手でやった方がいいよ」

「え、そうなんですか?分かりました!教官!!」

 

 改めて右手で敬礼をする。

 綺麗な敬礼に満足気に頷くポニーテールの美女。

 

「うむ、よろしい。——さてフウちゃん。おふざけはこの辺にして」

「あれ?ピトさん、やめちゃうんですか……?」

「何でちょっと寂しそうな顔してるんだか」

 

 リアルでは出来ない、学生のようなノリを楽しんでいたフウはしゅんと肩を落としてしまった。

 

「はいはい、また後でやってあげるから。本題に入るよ〜」

「了解です……。きょうかん……」

 

 目に見えて落ち込んでいるフウに、流石のピトフーイも苦笑を隠せない。

 いつまでもそんなやりとりを続けて、今回の本筋から外れるわけにはいかないので、フウには我慢してもらって話を本題に戻す。

 

「今日集まってもらったのは他でもない、この前話した"面白い技術(こと)"をフウちゃんに教えるためっていうのは、分かってるよね」

「はい。昨日言われましたので」

 

 先日、レン経由で初顔合わせを済ませたフウとピトフーイ。

 フウの射撃能力に光るものを見たピトフーイが、"特殊訓練"という名目でフウを呼び出したのだ。

 

「ピトさん、何で僕だけなのでしょうか?レンは呼ばなくてよかったんですか?」

 

 この訓練場にいるのはフウとピトフーイのみ。

 デザートピンクのチビ助(レン)は今回においては呼び出されていないようだ。

 

「そうねー。言っちゃ悪いけど、レンちゃんは狙撃に向いてないし、どうせ後で実際に見ることになるだろうから、レンちゃんはお留守番ってこと」

 

 レンはP90を使用し、小さい体と持前の高い敏捷性を活かした近距離戦闘を得意としている。

 

「今回教えるのは狙撃の時に大きなアドバンテージになる技術。知ってて損はしないよ」

「おおーっ!」

(ま、フウちゃんは8割がた、無意識に実行しちゃってるんだけどね。自分がどれだけ凄い事をしてるか理解もしてないだろうし)

 

 ——だから面白い。

 

 頬を緩ませながら、口には出さず、心中で呟く。

 

「一体どんな技術なんですかっ?」

 

 未知の技術に、年相応のはしゃぎっぷりを見せる。

 

「まあまあ、落ち着きなさいな。その前に、GGOのシステム面の説明を簡単にしてあげましょう!」

「わー!パチパチッ」

「いいねー!フウちゃん!教え甲斐があるってもんよ!」

 

 まるで恋愛トークに華を咲かせる女子高生のようなテンションだ。

 

「とりあえず、フウちゃんはGGOのシステムアシストは知ってるでしょ?」

「はい。着弾予測円(バレット・サークル)弾道予測線(バレット・ライン)ですよね」

「その通り。着弾予測円は攻撃的システムアシスト。弾道予測線は防御的システムアシスト。この二つのシステムアシストのおかげで私達はGGOをゲームとして楽しめているの」

「そうなんですか?」

「レンちゃんにも話した事があるけど、こと狙撃に関して言えば、システムアシストの恩恵をかなり受けてるの。GGOがアシストなしで銃を撃つゲームだったら、普通の人だとたった100m先の的にも当てられなくてGGOはクソゲーになってたわね」

「こうしてゲームとして成り立ってるのは、システムアシストのおかげなんですね」

「そゆこと。んで、こっからが重要なとこなんだけど……二つのシステムアシストには共通してる部分があるの。フウちゃん分かる?」

「んー………」

 

 首を傾げて、唸る。

 が、思い当たることがあるのか、おずおずと答える。

 

「……発現の条件、ですか?」

「正解っ!流石はフウちゃん!やっぱり頭の回転が速いねぇ。リアルでも成績いいでしょ?」

「どう、でしょうか。誰かと比べたりしたことないので……」

「あらそう。——で、さっきの答えの補足として、"引金に指を掛ける"ことがシステムアシストの発現条件なわけ」

「ですが、それと教えてくれる技術にどんな関係が?」

「関係があるというか、これから教えてあげる技術のメリットとデメリットを理解しやすくなるのよ。まっ、実際に体験してもらった方が早いか。百聞は一見に如かずってね」

 

 ストレージからAK-47を取り出したピトフーイから「私から50mくらい離れた所に立っててー」と、言われたフウは適当にピトフーイから距離をとる。

 

「当てたりしないし、安心していいからー」

「はーいっ」

 

 返事をして、ピトフーイが銃口をフウへと向けた、その瞬間。

 

 

 ——風を、切り裂く音が聞こえた。

 

 

「え……?」

 

 それが、自身の耳を掠めた銃弾だということを理解するのに数秒を要した。

 理解すると同時にフウを混乱させる事実に気づいた。

 

 ——弾道予測線(バレット・ライン)が見えなかった?

 

 お互いの位置が割れている時は、例え初弾であってもバレット・ラインは狙われた者には赤い光線となって表示されるはず。

 

 ピトフーイがAK-47を構えている位置はフウの約50m先。

 銃口にも気を配っていた。

 バレット・ラインを見逃すはずはない。

 

 だが、見えなかった。

 

 

 ——いや、()()()()()()()()

 

 

「どーおー?フウちゃん?」

「バ、バレット・ラインが見えなかったですっ!!」

「それならよかった」

 

 不敵な笑みを浮かべながら感想を求めるピトフーイに急いで駆け寄る。

 

「もしかして、今のが……」

「そう。これからフウちゃんに教えてあげる"ラインなし狙撃"だよ」

「ラインなし狙撃……」

 

 ピトフーイの台詞を繰り返して呟く。

 聡明なフウは今までの説明とラインなし狙撃とを関連させて、そのメリットとデメリットを、そしてラインを発生させない方法も既に把握していた。

 

「なるほどです。引金に射撃直前まで指を掛けないことで、相手にバレット・ラインを見させない。だから相手は狙撃の場所も把握できず、避けることも困難になる。確かに有利です」

 

 ですが、とフウは続ける。

 

「それは射撃する側も同じでバレット・サークルの支援なしで、現実で狙撃するのと同様の狙撃をしなければならないのですね。凄いですピトさんっ!こんな事を思い付くなんて!!」

「……………………。いや、正直一発撃っただけでここまで理解してるフウちゃんの方が凄いと思うわ……うん、ホントに」

 

 フウの要領の良さに、珍しくピトフーイも引いていた。

 私が説明する必要もなくなったし、と役目を盗られたことを気にしているようだ。

 

 先程まで目を輝かせていたフウも冷静なると、困ったように眉を下げる。

 

「でも、僕には出来ないですよ……。現実での射撃経験なんてないですし」

「いや、フウちゃんにならできるよ」

 

 即座にピトフーイが否定する。

 

「だって、無意識の内にラインなし狙撃も同然のことしてるからね?」

「え?」

 

 困惑するフウへと諭すように語りかける。

 

「昨日フウちゃんの射撃を見せてもらった時、私に言ったよね。"バレット・サークルはあんまり見てない"って」

「あ……」

「気付いた?それって相手には一瞬しかバレット・ラインが見えてないってこと。フウちゃんはラインなし狙撃の未完成版を無意識にやってたわけ。しかも、これは私の予想でしかないんだけど、バレット・サークルを邪魔だと思ったことない?」

「……………」

 

 思わず息をのむ。

 胸の奥がドクンと跳ねた。

 

 一瞬表示されていた着弾予測円(バレット・サークル)

 射撃練習の際、フウは時たまそれを煩わしいと思うことがあった。

 

 感覚では的の中心に命中するはずなのに、着弾予測円の内側にランダムに着弾するシステムによって、中心から少しズレることが多々あったのだ。

 

「フウちゃんにはね、狙撃の才能がある。狙撃だけじゃなくて、頭もいいから、弾丸の落ち方、風圧による弾丸のズレ、気温や湿度、高さや角度なんかも自然と計算して、感覚として撃ってる」

「だから、私に教えてくれたんですか?」

「そうよ。この子は絶対に強くなるって思ったの。後、一人称。素が出ちゃってるよー」

「あわわっ」

 

 慌てて口を塞ぐ動作をするが、特に意味はない。

 

「じゃあフウちゃん!ラインなし狙撃、やってみようか!」

「は、はいっ!!」

 

 二人しかいない訓練場に、元気な声が響いた。

 

 

 

 2.

 

 

 ——一発で充分だった。

 

 

 それだけで、フウの才能は証明された。

 

 

 M24による狙撃。

 

 フウ曰く、OSV-96より"使い慣れた"M24を使用した方が良いとのことで、ラインなし狙撃はM24で行うことになった。

 

 

 結果は、一発の銃声と着弾の音が明らかにした。

 

 腹這いに構えたボルトアクション方式のM24から放たれた7.62x51mm NATO弾は、高速回転しながら吸い込まれるように着弾した。

 

 しっかりと、ど真ん中に。

 

 

「…………………フフっ」

 

 

 的の横でバレット・ラインが発現していないのを確認していたピトフーイは、ニヤリと口元を歪ませる。

 

 

 ——予想外だ。

 

 

 才能があるのは分かっていた。

 目の良さ。勘の良さ。感じの良さ。

 

 全てが狙撃に適していると確信していた。

 

 だが、ピトフーイにとってもこの結果は想定外のことだった。

 

 的の近くにいるピトフーイにも、システムが狙われていると感知してラインが表示されるはずであった。しかし、ラインは見えなかった。

 

 ラインなし狙撃を修得していた。

 たった一発で。

 

 だから、ピトフーイは笑いを止められない。

 

 遠くから「どうでしたかー?」とフウの声が聞こえてくる。

 

 

「ピトさーん?」

 

 

 ピトフーイは初めて目の当たりにした。

 

 

 

 ——本物の、天才という化物を。

 

 

 

 3.

 

 

 閉じられた瞼を開ける。

 

 見慣れた天井。

 仮想世界から帰ってきたフウ——小花衣風音はゆっくりと起き上がる。

 

 フワフワとした、色素の薄い髪が揺れる。

 所々がヒラヒラのレースであしらわれた寝間着を身にまとった風音は、ベッドに腰掛ける。

 

 部屋の中は簡素なものであった。

 

 机と椅子。

 大きなベッド。

 シンプルなフロアライト。

 教科書や本の入った本棚。

 人感センサー付きのクローゼット。

 今は暗い画面のテレビ。

 備え付けのエアコン。

 綺麗に掛けられた制服。

 

 年頃の女の子の部屋としては、やや物寂しいものだろう。

 

 時計の針は19時過ぎを示していた。

 

「あ、夕飯……」

 

 そう呟くと頭からアミュスフィアを外し、フロアライトの淡い光に照らされた部屋から出た。

 

 部屋を出たフウの鼻に、食欲をそそる良い香りが届いた。

 

「こんばんは。風音さん。もうすぐ夕飯の支度が終わるのでちょっと待っててくださいね」

「こんばんはです。常陸(ひたち)さん」

 

 風音を迎えたのは、薄いピンクのエプロンを身につけた20代程の女性。

 小花衣家と契約しているハウスキーパーの常陸真緒(まお)であった。

 おっとりとした面持ちで、艶やかな黒髪をお団子にしてまとめているその姿はある意味で色気を漂わせている。

 

 今晩のメニューはビーフシチューのようだ。

 机の上には色鮮やかなサラダが盛られてある。

 

 匂いにつられて、風音のお腹が空腹を主張してくる。

 

「………」

 

 節操のないお腹をさすりながら、椅子に座る。

 

「はい。どうぞ」

 

 澄んだ声と同時に、風音の目の前にビーフシチューが盛られた皿が置かれる。

 そして、風音の向かいに座った真緒。

 

「それじゃあ——」

『いただきます』

 

 二人だけの静かな、だが心地よい夕飯の時間だった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「ご馳走様でした」

「お粗末様です」

 

 たわいない会話をしながら夕飯を終えた。

 食器は食洗機の中に入れるだけなので、今日の真緒の仕事は完了した。

 

 自身の荷物をまとめ、帰り支度をしている。

 

 玄関まで見送るのは風音に義務はないが、いつも見送っている。

 

「今日も、ありがとうございました」

「いえいえ、お気になさらず」

 

 玄関前。

 これも、いつものやりとり。

 

「……あの」

「はい」

 

 恥ずかしそうに頬を染めて、もじもじしながら口を開く。

 この歳になって我儘を言っているのに気恥ずかしさを感じているようだ。

 

「今日は、泊まっていかないんですか……」

「また今度。お仕事じゃない時にお泊りさせていただくわ」

「そうですか……」

 

 シュンとする風音に困ったような笑みを浮かべた真緒は、一歩風音に近付き、豊満な胸の中に風音を包み込む。

 風音も真緒の背中に手を回す。

 

 

 そこには、まるで母親とそれに甘える子供のような姿があった。

 

 

 

 




もしかして、喋らせすぎ?
だから展開が遅いのか?


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突然で唐突な

女の子は女の子同士でイチャイチャするのがいいと思うの。

あ、本編です。


 

 

 前回のあらすじ。

 

 ピトフーイからラインなし狙撃を教わったよ。

 

 

 

 0. a visitor

 

 

 "女の子は砂糖とスパイス、それと素敵な何かで出来ている"。

 

 

 何処かでそんな唄を聴いたことがあった。

 

 ああ。

 確かに。

 

 わたしは、女の子というものの片鱗を味わった。

 

 

 

 1.

 

 

 けたたましい発砲音の連続。

 

 撃たれている。

 茶色い外套の下に、デザートピンクの服を着用している小さな少女が。

 

 途切れることのない弾丸の嵐が少女目掛けて一斉に飛んできている。

 

 情けない悲鳴を上げながら身を隠せるほどの木の裏側で、小さな体を更に小さくして涙目になってしまう。

 

 スコープ越しにその様子を眺めていたOSV-96を構えた男性にも見える中性的な女性アバター——フウは、心配そうな顔で慌てた声を上げた。

 

「あわわわっ。エムさんエムさんっ!レン撃たれてますっ、撃たれてますよ!?」

 

 進行形で激しい銃撃に晒されているレンの身を案じるフウだが、通信機越しに返ってきたのはフウに名前を呼ばれたエムという巨漢の男の冷静な声。

 

「この音、相手はマシンガン使いだな。7.62mmの汎用機関銃に5.56mmの軽機関銃。レンはそのままじっとしていろ」

「助けてくれないのー!?」

「今問題がないなら大丈夫だ」

「えぇ………」

 

 無線がわりの特殊な通信機器から、レンの悲痛な叫びも聞こえてきたが、エムによって一蹴された。

 

 容赦ない弾丸が、レンの身を守る盾となった木を無情にも削り取っていく。

 

「くそぉ————!!」

 

 レンの叫びをBGMに、その光景を眺めながら、フウは事のあらましを思い出した。

 

 自分が今、何をしているのか。

 どうして此処にいるのか。

 

 その全貌を。

 

 

 

 

 時間は数日前まで遡る。

 

 

 

 2.

 

 

 1月28日。

 現実世界では、肌を突き刺すような寒さが続いていた。

 

 対照的に、仮想世界の——GGOの世界ではそんなことは関係ない。

 むしろプレイヤー達の熱気で暑いくらいだった。

 

 相変わらずネオンの光が反射して、眠れない賑わいを見せるGGOは硝煙の匂いを漂わせている。

 

 久し振りのこの賑わいが、今となっては嗅ぎ慣れた匂いが、フウ自身がGGOにいることを実感させてくれる。

 

 長身痩躯の美女、ピトフーイからラインなし狙撃の技術を教えてもらった後。

 フウがGGOにログインする時間は減っていた。

 

 GGOに飽きた訳でも、何か嫌なことがあった訳ではない。

 

 フウは廃ゲーマーと呼ばれる人種とは違い、適度にゲームを楽しみ、現実世界の生活も大切にしていた。

 

 元来真面目なフウは、ゲームに没頭してリアルを疎かにするということが出来ない(たち)なのだ。

 

 現実世界のフウ——風音は高校生。

 学校もあれば宿題もある。

 弓道部にも最近はよく顔を出すようにもなった。

 ……まだ、友達はいないが。

 

 その為、GGOにログインする時間は以前に比べると格段に減っていたのだ。

 

 

 そして、今日。

 ある知り合いから一本の連絡があった。

 

 SCBグロッケンにある、とある一軒の酒場。

 そこにフウは呼び出されていた。

 

 約束の時間より早く来すぎた彼女は一人、待ち合わせ場所にて時間を過ごしていた。

 

 しばらくして約束の時間になった。

 するとすぐに、目的の人物がフウの座る席を見つけ、小走りで駆け寄ってくる。

 

 ストンと、席に座った途端、

 

「SJに出よう!一緒にっ!!」

 

 説明も碌にしないで、小さな身体を前のめりにしてフウに詰め寄ってきた。

 デザートピンクの戦闘服を覆い隠す茶色い外套を被ったレンである。

 

 フウが声をかける暇もなかった。

 

 酒場のボックス席で、向かい合う二人。

 テーブルに手をつき、フウへと顔を近づけるレンは必死の形相だ。

 

 流石のフウも、レンの謎の必死さに苦笑いを浮かべるしかない。

 一応、レンが何かを懇願していることは理解できたようで、いつものように人の良さそうな柔和な表情で問いかける。

 

「えっと。今日僕を呼んだのは、その……え、えすじぇー?についてですか?」

「そうっ、SJ!その通り!!話が早くて助かるよ〜!」

「……あの、とりあえず落ち着いてください」

 

 興奮しているレンをなだめるように肩に手を置き、静かに座らせる。

 酒場に来てなにも頼まないというのは気が引けたので、冷静になってほしいという気持ちも込めて二人分の紅茶を頼んだ。

 

「こほん。それで、そのSJとはなんですか?先ずは説明をお願いします」

 

 仕切り直すため咳払いを挟み、先程からレンが口にしていた"SJ"という単語について再度問う。

 

「うん、そうだよね。——で、SJっていうのは、"スクワッド・ジャム"の略称で、今度開催されるGGOの大会のことなんだよ」

「スクワッド・ジャム、ですか」

「そう。あ、イカのジャムのことじゃないよ?」

「いえ、そんな気持ち悪い勘違いはしてませんよ」

「……あ、そう……。ま、まあ、そうだよね。はは……」

「……?」

 

 乾いた笑みを貼り付けたレン。

 何気ない一言が、レンを傷付けたようだ。

 

 

 ——スクワッド・ジャム。

 

 ここではスクワッド(squad)は分隊、ジャム(jam)は詰め込む、を意味する。

 つまり、少数精鋭のチームでバトルロワイヤルをする、というのがスクワッド・ジャムの主な趣旨である。

 

 SJについて簡単に説明を受けた上で、先程レンの言った台詞を頭の中で再生した。

 

『SJに出よう!一緒にっ!!』

 

 サッと口元を手で覆う。

 

「………………」

 

 思わずにやけてしまいそうになった。

 

 いや、おそらくしっかりとにやけていたのだろう。分かったから手が自然と動いていた。

 

 ここは仮想世界。

 プレイヤーの感情をダイレクトに伝えるこの世界で、感情を隠すことは不可能に近い。

 

「……?どうしたの?」

「いっ、いえ」

 

 レンに不審がられてしまったので、気持ちを鎮めるために生暖かい紅茶を流し込む。

 データで再現されたミルクの匂いとほのかな甘味がフウをリラックスさせてくれる。

 

 だが、心に淡い暖かさを感じる。

 

(私を、頼ってくれた……)

 

 それだけで。

 それが、心嬉しいことであった。

 

 生まれて初めて、誰かに頼りにされた。

 何よりそれがレン(香蓮)だった。

 

 優れ過ぎた異端な容姿は周囲の人を遠ざけ、フウ(風音)を孤独に追い込んだ。

 頼られることは一度もなかった。

 

 きっと私が信頼できないからだろう、と考える度に胸を締め付けるように苦しくて悲しくなって、泣きそうになった。

 

 だから、風音にとって心から頼り頼られる関係というのは信頼の証なのだと、いつも一人で想像していた。

 

 レンと共にPKを繰り返していた時は、敵を倒すためというビジネス的な関係なんじゃないかと、心の何処かでそう思ってしまっている自分がいたのは事実だ。

 弱い自分が、勝手に信頼して勝手に裏切られるのが怖かった。

 

 なので、レンが言葉にしてくれたのが、フウにとっては一番嬉しかったし、安心できた。

 

 それを態度に出すのは子供っぽくて恥ずかしい、とフウは思っているからか、露骨に表に出したりはしない。

 ちょっぴり大人になりたいお年頃なのだ。

 

「だ、大体の話の概要は分かりました。そのSJという大会にレンは参加することになったけど、人数が足りなかった、ということですね」

「そうなんだよ〜。ピトさんに出場するように言われて……」

「ああ、ピトさんに……」

 

 口の上手いピトフーイのことだ、またレンのことを上手い言葉で言いくるめたのだろう。

 

「しかもっ、知らない男の人と二人で参加してねーとか酷くない?それでよく私が参加すると思ったよね!」

「あはは、ピトさんらしいですね」

 

 プンプンと不満そうに頬を膨らませる。

 そんなレンを見ていたフウには、レンが案外SJに対して前向きなのが分かっていた。

 ただ、ピトフーイはそのきっかけをくれたに過ぎないのだろうと推測できた。

 

「……んん?」

 

 と、レンの発言に気になる部分が。

 

「"知らない男の人と二人で"……?」

「うん。何か変だけど強い人だって言ってた」

「……そう、なんですか……」

「あれ?どうしたの?」

「いえ、お気になさらず」

 

 プイッと顔を背ける。

 機嫌が悪くなったようだ。

 

(二人だけだと思ったのに……)

 

 完全に私的な理由であった。

 

 しかし、よくよく考えるとSJは小規模とはいえ大会だ。

 ならばそれなりの強者達が参加することを予想するのは容易い。

 そこに狙撃しか取り柄がない自分だけがレンと参加したところで、なにかレンの役に立てるのだろうか。いや、厳しいだろう。

 相手は5、6人のチームで登録するはず。

 そうなると、二人だけでは決め手に欠ける。

 

 そう思えば、ピトフーイお墨付きのプレイヤーが一緒なのは心強いものだろう。

 フウの心情的には不本意なのだろうが。

 

「ピトさんの知り合いとはいえ、知らない男の人とだけ、っていうのがちょっと躊躇われるというかなんというか」

 

 現実世界とは逆で、フウのことを下から上目遣いで見上げるレン。

 断られると思ったのか、不安な表情をしている。

 

 レンに曇った表情はしてほしくないフウは自身の機嫌のことなど忘れて、レンを安心させるために努めて明るく望み通りの返答をする。

 

 だって——

 

「大丈夫です、分かりました。僕も参加します。そのSJに」

「ホントにっ!?」

「はい」

「よかったぁ〜」

 

 微笑むフウに、パァっと晴れやかな表情で喜んでいる。

 まさにフウの見たかった表情だった。

 

 ——レンには笑っている顔の方が似合っているのだから。

 

 

 

 ***

 

 

 

 スクワッド・ジャム開催まであと少し。

 参加者は続々と集まりつつある中。

 

 今ここに、もう一人の強者が戦場に舞い降りることが決まったのであった。

 

 

 

 ***

 

 

「では、後で作戦会議しましょう」

「作戦会議?」

 

 

 

 3.

 

 

 1月29日。

 

 レンがフウをSJに誘ったのが昨日。

 今日はその翌日。

 

 香蓮の生活は今日も平常通りに進んでいた。

 大学の講義も全て終わり、自宅のマンションでくつろいでいる。

 

 壁に掛けられたモデルガンのP90を見て、先日別れ際にフウに言われたことを思い出した。

 

「作戦会議って、SJのことなんだろうけど」

 

 まじめな彼女らしいと、小柄なお姫様のことを思い浮かべる。

 

「そういえば、時間とか場所とか聞いてなかったな……」

 

 SJまではもう時間がない。

 作戦会議をするならそろそろしなければならない時期だろう。

 

 スマートフォンで時間を確認する。

 微妙な時間だった。

 

「まだ授業中かな?それとも部活やってるかのかな?」

 

 連絡を入れておこうと思ったが、授業中に着信音が鳴ってしまったら風音に迷惑がかかると思い、遠慮しておいた。

 

 風音から連絡がくるまで『神崎エルザ』の曲でも聞きながら、SJのルールでも再確認しておこうかなと、簡易スピーカーに音楽プレーヤーをセットしようとしたところで、

 

 ——ピン、ポーン。

 

 と、慎ましやかなチャイムの音が。

 

 香蓮の自宅に誰かが訪ねてくるのは珍しい。

 このマンションに住む香蓮の姉夫婦か、ネットショッピングで購入した物の受け渡しくらいか。

 

(なんか、買ったっけ?)

 

 記憶を辿りながらエントランスの様子を映すモニターを確認する。

 

 そこには、

 

「えっ」

 

 香蓮の通う大学の附属高校の制服。

 翡翠色(エメラルドグリーン)の瞳をふらふらと彷徨わせる挙動不審の美少女がいた。

 

「風音ちゃん?」

『ひぅっ!?は、はい、小花衣風音ですっ』

 

 可愛らしい悲鳴。

 突然の香蓮の声に驚いたようだ。

 こんなに挙動不審だと、見てるこっちが悪いことをした気分になったので、エントランスのオートロックを解除して香蓮の部屋まで来てもらうことにした。

 

 しばらくして、

 

 ——ピン、ポーン。

 

 再び、慎ましやかなチャイムが鳴る。

 

 玄関の鍵を開錠して、扉を開く。

 緊張した面持ちをしている、制服姿の風音がいた。

 一度来たことがあるのに、顔が強張る程緊張しているようだ。

 

 現実世界の風音を見下ろしていると、1月下旬の冷たい風が吹いて風音の制服のスカートをはためかせる。

 

「あ、寒いし、中入っていいよ」

「は、はい」

 

 トコトコ歩いて玄関をくぐる。

 しゃがんで脱いだローファーをしっかりと揃える。

 

 風音をリビングへと通して、

 

「適当なとこに座ってて。なにか用意するから」

「お、おかまいなく」

 

 自分はキッチンの方へ。

 

(たしか、お茶菓子が余ってたような)

 

 数日前に香蓮の姉夫婦からお茶菓子をいただいたが、一人では食べきれなかった残りがあるのを思い出す。

 

 冷蔵庫には高価そうな柄の入った箱が。

 取り出して中身を確認してみると、そこにはカステラが数切れ残ってあった。

 

 二人分のカステラを適当な小皿に盛って、便利な紅茶のインスタントスティックからパパッとカップに移したら、お湯を注ぐ。

 ケーキフォークを用意したら、それらをお盆に乗せ、風音の下へ。

 

「ところで、今日はどうしたの?」

 

 風音の前に紅茶を出しながら、聞いてみた。

 

「ご、ごめんなさい。連絡もなしに突然……」

「ううん。全然大丈夫だよ」

 

 ちょっとびっくりしただけ、とは言わなかった。おそらく謝られてしまうだろうから。

 風音に謝られると謝られている方に罪悪感が生まれるのは何故なのだろうか。謎である。

 

 香蓮が疑問に思っていると、風音の形のいい綺麗で瑞々しい唇が開く。

 

「……さ」

「……?」

 

 そこまで緊張されてしまうと、とんでもないことを言われるのではないかと香蓮にも緊張が移りそうだったが、香蓮の心配は杞憂であった。

 

「——作戦会議にっ!……きました」

「………ああ」

 

 ——やっぱりか。

 そんなところだろうとは思っていたようだ。

 

 突然の訪問とGGO内で行うものだと思い込んでいたため、無駄に身構えてしまっていた。

 

「め、迷惑でしたか……?」

 

 反応が悪い香蓮を見て怒っていると勘違いしたのか、泣きそうな顔で風音は尋ねてくる。

 

「えっ?そんなこと思ってないよ。GGOの中でやるものだと思ってたから驚いただけ」

「やっぱり、連絡ぐらいはした方がよかったですよね……」

「だ、大丈夫大丈夫っ!そんなに気にしてないから!」

 

 だから、その泣きそうな顔をするのはやめてほしい。香蓮は心から願った。

 

「ほっ。よかったです」

 

(うーん。眩しい笑顔だ)

 

 後光が射してるような笑顔に目を細める。

 

 風音が連絡をしなかったのは"家に行っていいですか?"と聞いて、断られるのが怖ったからというチキンな理由なのだが、今の香蓮にはもうどうでもいいことである。

 

「えっと、じゃあ……」

「………?」

 

 不意に風音は腰を上げ、

 

「よっと」

「………………???」

 

 香蓮の膝の上へちょこんと、座ってきた。

 

(え、なにこの状況……?)

 

 流れるような一連の動作に香蓮の頭にはハテナが浮かぶ。

 

 今の香蓮は客観的に見るとお行儀よく正座して、膝の上に等身大の西洋人形を乗せているような格好になっている。

 

「えへへ……」

 

 困惑し過ぎて、思考停止している香蓮とは反対に、嬉し恥ずかしいといった風に頬が緩みきっている。先程までの泣きそうだった儚い美少女とは別人のようだ。

 

 背中を預けている風音。香蓮の顔のすぐ近くには色素の薄い髪が。絹のような美しく、だがそれでいてフワフワと柔らかく揺れる髪。

 

「……くんくん」

「ぅひゃぁ……っ!?」

 

 何を思ったか、鼻を近づける。

 人間の本能的なものだろう。そうであってほしい。

 

 花の匂いか、それとも果実の香りか。

 甘いが、胸焼けするようなものではなく、ほのかな甘い香り。

 香水のようなキツイ匂いでもなく、自然な香りだ。

 

「……くんくん」

「ひぅっ……」

 

 アロマのような効果でもあるのか、嗅いでいるとリラックスして、体が弛緩している気がした。

 いつの間にか香蓮の腕は風音のお腹に回されており、完全に後ろから抱きかかえるような体勢になっていた。

 

「……くんくん」

「か、香蓮さぁん……あ、あの……」

「…………。————はっ!?」

 

 風音の弱りきった声に正気に戻った。

 香蓮の腕の中では耳を真っ赤にして俯く風音の姿。

 後ろにいる香蓮には見えないと思っているが、42インチの大型液晶テレビの真っ暗な画面にバッチリと映ってしまっている。

 

「ご、ごめんっ!」

 

 その姿に若干ドキドキしながら、血が上り熱くなった顔を離す。

 

「い、いえ。大丈夫……ではないですが、大丈夫です……。匂いを嗅ぐのは、ちょっと……。今日は体育もあったので……」

「あはは〜……。そうだよね〜。うん、私がどうかしてた」

 

 この子は汗も甘い香りがするのか、という呟きは心の中だけに留めた。

 

(というか、家に来るのはあんなに緊張してたのに、膝の上には普通に乗るんだ……。でも匂いを嗅がれるのは恥ずかしい、と)

 

 最後のは正常な人であったら誰だって恥ずかしいものかと思われるが、中々に香蓮を振り回す行動をする。

 

 風音の中での緊張の具合は『"友達のような行動" > "甘える行動"』というような力関係になっているのだった。

 

 果たしてどうしてこうなったのか。

 

 

「か、香蓮さんっ」

「あ、はい」

「その……匂いを、嗅ぐ……のは、後にして、作戦会議しましょう?」

「あ、うん。そうだね」

 

 元々はそっち(作戦会議)が目的の筈だったのに、この短時間で忘れてしまうとは不思議なこともあるものだ。

 

 そもそも風音が香蓮の膝の上に陣取ったのが原因なのだが、香蓮も役得だったので喧嘩両成敗というやつだ。

 

「……………………」

 

 思い返すだけで顔が熱くなる。

 

 客観的に見ても身長180cm超えの女子大生が現役女子高生(ハーフ美少女)に抱きつきクンカクンカしてる。

 

 完全にアウトだ。

 

 こんなところを北海道にいる親友に見られたりしたら、

 

『お、おう……コヒーよ。ついにそっちの道に目覚めたか……。だが、それでも君の親友であり続けるさ』

 

 想像上でも受け入れられてしまった。

 なんて懐の深い親友なんだろう。

 

(感動で涙が出るよ……)

 

 受け入れられるかどうかは別にして、絶対に言外しないことを誓った。

 

 せっかく風音が来てくれたのだ。

 今までのことは一度忘れて、本来の目的を遂行することにした。

 

 ちなみに、体勢は先程から変わっていない。

 

「そういえば、作戦会議って具体的に何するのかな?」

 

 香蓮の問いかけに、少し上を向いて返答する。後ろめたいことでもあるのか、少し言いずらそうにしている。

 

「あ、作戦会議というか……。あの、私、SJの基本的な概要は香蓮さんから教えてもらいましたが、具体的なルールは聞いてなかったので……」

「あー、確かに」

 

 つまり、作戦会議という名の説明会である。

 

「ということです。なので私は説明を所望します」

「了解しました」

 

 

 

 その後、香蓮によるSJのルール説明が始まるのであった。

 

 

 

 続く。

 

 

 




アンケートのご協力ありがとうございます。
今回長くなったので、次回に続きます。中途半端ですみません。


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甘くて、あまい

甘える女の子って可愛いよねって話。
SJの説明はおまけ。


 前回のあらすじ。

 

 香蓮ちゃんのマンションに風音ちゃんがやってきたよ。

 SJについて説明をするらしいよ。

 

 

 

 0. tea time

 

 

 女の子はズルい。

 

 ——いや、わたしも女の子だけど。

 

 

 魔性の小悪魔。

 

 しかも、それが天然だとしたのなら。

 

 それは尚、タチが悪い。

 

 

 

 1.

 

 

「えっとね、風音ちゃんは"BoB"って知ってる?」

 

 そんな、香蓮の疑問文からSJの作戦会議、もとい、説明会は始まった。

 

「びーおーびー?いえ、初めて聞きました」

 

 香蓮の真下から、風音の澄んだソプラノの声が返ってくる。

 

 BoB——バレット・オブ・バレッツ。

 GGOにおいて、最強のガンナーを決める大規模な大会。

 既に第一回、第二回、第三回大会が開催された。

 

 予選トーナメントで一対一の戦いを制した者達、総勢三十人の凄腕プレイヤーが本戦のバトルロワイヤルへの出場権を獲得することができるGGO内最大のイベントだ。

 

「香蓮さんは参加したんですか?」

「ううん、わたしは参加してないんだ。あんまり興味なかったしね」

 

 首を横に振って風音の疑問に答える。

 同時にピトフーイとの会話も思い出した。

 

「あ、ピトさんは参加してたらしいよ。第三回。一番最近のやつだったかな」

「なんとなく分かってましたが。……結果はどうだったんでしょう?」

「予選落ちだって」

「それはまた……。あむっ」

 

 お茶菓子として出されたカステラを一口頬張る。

 甘い口当たりと、ふわふわした食感が口一杯に広がる。

 

 広い部屋で二人。

 重なって座りながら、説明を続ける。

 

「で、そのBoB第三回大会を観たっていう小説家さんが『スポンサーになるからチームバトルロワイヤルを開催してください』って運営に申し込んで、SJが開催されることになったらしい。——と、これがSJ開催の経緯」

 

 以前ピトフーイから聞いた話をかいつまんで説明する。

 

「SJのルールは確か……。ちょっとごめんね」

「いえいえ」

 

 前に座る風音の背中を、上半身で押すような形で少し前屈みになる。

 

 カステラを乗せた皿と湯気が立ち上る紅茶の注がれたカップの先に置いてあるタブレット型端末を手に取る。

 

 端末を起動して、運営団体である『ザスカー』から届いた、ルールの書いてあるメッセージを表示した。

 

 後ろから手を伸ばし、香蓮と風音の二人でメッセージが見える位置に端末を持った。

 

「見える?」

「はい。大丈夫です」

 

 風音の頭から少し顔を出して、香蓮も画面を覗き込む。

 

 そこには、SJのルールがズラリと並んで明記してあった。

 

「たくさんありますね」

「まあ、小規模とはいえ大会だからね」

「そうもそうですね」

 

 風音の頭に頬をくっつけて話す。

 楽な体勢を見つけたようだ。

 

 香蓮は一度ルールをしっかりと読んでいたが、見落としがあったら困るので再度風音と一緒に復習することにした。

 

 順番に目視していく。

 

 

『参加者(チーム)が一斉に、他者(他チーム)からそれぞれ1000m以上離れた場所に転送されて試合開始。最後まで生き残った者(チーム)が優勝』

 

「1000mも離れるんですね」

「それを風音ちゃんが言うとは思わなかった」

「……?」

「風音ちゃんのOSV-96なら1000mの狙撃も出来ちゃうでしょ?……つまりそういうこと」

「なるほどです」

 

 

『舞台は特設フィールドで、開始までどのような様子になのかわからない。様々な地形が混ざり合っていて、どの地形に転送されるかはランダム』

 

「砂漠エリアだといいですね。レンのデザートピンクが活かされますし」

「それだとフウが目立っちゃうよ」

「あわわっ。そうでした」

 

 

『ゲーム中、プレイヤーが使用できる武器であればどんなものでも使用可能(銃以外でも可)。フィールドに点在する乗り物等の使用も可能』

 

「私、免許持ってないので乗り物は運転できないかもです」

「まあ、その時になったらその場で運転してもらうかもだけど……。ゲーム内だから無免許運転とかにならないと思うよ」

 

 

『HPが0になると武器がランダムドロップするが、大会ではランダムドロップは発生しない』

 

「よかったぁ、私の銃が無くなることはないようで。香蓮さんのP90も安心ですね」

「わたしのP90は売ってるものだったけど、風音ちゃんのOSV-96はレアドロップだから、普通の人だったランダムドロップしたら発狂してもおかしくないと思う」

「そんなにですか?」

「そんなにです」

 

 

『試合中、一方的に逃げて引きこもる者(チーム)を出さないために、定期的に人工衛星による"サテライト・スキャン"が行われ各プレイヤーの位置情報が参加者に配られる端末に表示される』

 

「ずっと同じ場所で狙撃は出来ないってことですか」

「そんなことはないよ。次のルールに書いてあるから」

 

『"サテライト・スキャン"が行われる間隔は10分となっている。また、"サテライト・スキャン"によって位置が表示されるのは各チームのスクワッド・リーダー(分隊長)のみとなっている』

 

「リーダーだけの位置がバレる訳だから、風音ちゃんの位置まではバレないはずだよ。リーダーにならない限りね」

「あれ?リーダーって誰がなるんですか?チームは私と香蓮さん、あとピトさんのお知り合いの方でしたけど」

「ん〜。たぶんピトさんの知り合いの人じゃないかな?強いらしいし」

 

 

『参加には、必ず2人以上のチーム(スコードロン)を組んでの参加となる。上限は6人』

 

「倍の人数の敵と戦闘になるんですね」

「うん。わたしは勝てる気がしないよ」

「あはは……」

 

 

『味方間での同士討ちでも通常通りダメージは発生する』

 

「風音ちゃんに撃たれたら私即死かも」

「レンはピンクだから間違えませんよー」

 

 

『通常、ゲーム内で死んだら(HPが0になったら)消滅しその場からいなくなるが、大会中のみその場に残る。また、死後10分経過で酒場(待合室)に戻ってこれる』

 

「これは、何のためのルールなんでしょう?」

「臨場感とかリアル感の演出のため、とかかな?」

「おー、それっぽいです」

 

 

『リザイン(降参)が可能なのは、リーダーのみ。リーダーがリザインするとチーム全体での負けとなる。また、リーダーが死亡した場合、次の序列のプレイヤーにリーダー権が移譲される』

 

「この辺は後で相談するしかないか」

「三人しかいないですし、悩むことはなさそうですね」

「——さてと、ざっと見てみたけど、ルールはこんなものかな?」

 

 随分と要約したが、SJのルールは大体これで全てだ。

 

 もう、メッセージに用はないので、タブレット型端末の電源を切る。

 

「どう?ルールは把握できた?」

「はい。完璧です。しっかりと覚えましたっ」

 

 溌剌とした返事。

 顔だけを動かし、香蓮に柔和な笑みを見せる風音だった。

 しかし、不意にその表情を崩す。

 

「あ、あのぅ、大丈夫ですか?」

「え、なにが?」

 

 質問の意図が分からず、香蓮はキョトンとしてしまう。

 

 風音を見ると、だんだんと白い頬がピンク色に染まっていく。手は所在なさげに豊満な胸の前でよじもじとしている。

 

「……その、私、重くないですか?」

「え。……ああ」

 

 なるほど、と。

 何を心配しているのかと思ったら、可愛らしい心配事で不安になっていたようだ。

 

(女の子だなぁ)

 

 仮想世界では馬鹿でかい銃で遠方から狙撃する彼女だが、現実世界ではしっかりと女の子であった。

 

「大丈夫。全然重くないよ?」

「ほ、本当ですか?」

 

 本当だ。

 風音が小柄なのもあるかもしれないが、随分と軽く感じる。

 

 悩むような重さではない。香蓮の正直な感想だった。

 

「もちろん。むしろ軽いくらい。ちゃんと食べてる?」

 

 言いながら、風音の制服の上からお腹に手を伸ばす。

 

 が。

 

「……ん?あれ?」

 

 スルッ。スルッ。

 摘もうとした指が空を切る。

 

(……………摘めない、だとっ……!?)

 

 衝撃の事実に打ち震える。

 

「……ふぁっ、んふっ、あはははっ!もうっ、く、くすぐったいですよ〜、香蓮さん!」

「………………………」

「ひゃあっ!?あはははっ!ちょ、ちょっと香蓮さん!?……くふふっ、あははっ!だ、だめですって!あはははっ!」

「………………………」

「な、なんで無言なんですかぁ〜!?」

 

 少女の困惑と笑い声が室内に響き渡る。

 このマンションは防音なので、隣人の迷惑になることはない。

 

 後ろから風音の脇腹をくすぐる香蓮は無心であった。

 笑いすぎて涙目になっても手を止めることはない。

 

 香蓮の心は、一人虚しく泣いていたようだ。

 

(負けたよ……。なにもかも……)

 

「——か、かれんさぁ〜んっ!?」

 

 小さくて、可愛い。その上スタイルも抜群ときた。

 ちょっとムカついた香蓮の逆襲は続いた。

 

 人はこれを、"八つ当たり"という。

 または、自業自得か。

 

 ここが仮想世界の中であったら、P90の弾丸が罪のないプレイヤーを襲っていたのだろう。

 

 風音は、その犠牲者を人知れず救っていたのかもしれない。

 

 

 

 ***

 

 

 

 ——数分後。

 

 

「……はぁ、はぁ……。んっ、ふぅ………。……んぁ、はぁ……んく。はぁ……はぁ……あぅ……、ふぅ」

 

 香蓮の逆襲という名の八つ当たりを受けた風音は、香蓮の膝の上でぐったりとしていた。

 

 ほっそりした足は無造作に伸ばされ、体重を香蓮へと預けるようにもたれかかっている。

 

 暴れたせいで服は乱れ、スカートが白く眩しい太もも辺りまで捲れてしまっている。

 目は虚ろで、頬も上気して赤く染まっており、息も絶え絶えな状態だった。

 

(や、やりすぎた————っ!?)

 

 我を失ったとはいえ、明らかに過剰にやりすぎていた。

 途中からノリノリであったなんて、被害者である風音には決して言えないだろう。

 

「か、風音ちゃん……?だ、大丈夫〜?」

 

 おそるおそる、荒い息をする風音の安否を確認する。

 

「……だ……だい、じょうぶ……じゃ、ない、ですよ……」

「お、おぅ。そうだよね……。ご、ごめんねっ!」

「やめて、って……言っても……、やめて、くれません、でしたし……」

「……いや、本当に申し訳ないです」

「……むぅ〜……」

 

 すぐ下から非難の目を向けられる。

 なかなか見れない、温和な性格である風音のジトーっとした目。

 

 翡翠色(エメラルドグリーン)の瞳が如何にも「私、怒ってますよ」という心情をよく表している。

 苦笑しか返せない香蓮に向かって、とんでもないことを言い出す。

 

「もうっ、香蓮さんはイジワルです!……SJに参加してあげませんからねっ?」

「うえっ!?ちょっ!!そ、それはどうかご勘弁を……!」

 

 せっかく知らない男性と二人きりという状況から抜け出せたのに、また元通りになってしまう。

 

 思わぬ反撃に慌てる香蓮だったが、

 

「ふふっ」

「へっ?」

 

 風音は先程までとは打って変わって、いつもの柔和な笑みを浮かべていた。

 

「えへ、ごめんなさい。ちょっとだけ、仕返ししちゃいました」

 

 悪戯が成功した子供のような無邪気な笑み。

 心臓に悪い風音の仕返しに慌てていた香蓮はほっとして、深いため息を吐きながら脱力する。

 

「はあ〜……。冗談かぁ。よかった〜」

「はい。だから、これで()()()()です」

「ありがとう、風音ちゃん」

 

 お互いに微笑み合う。

 

 息も落ち着き、顔色も元の白い肌に戻ったようだ。

 

「んしょ」

 

 一度香蓮の膝上から退く。

 フワリと、花の香りが舞った。

 

 立ち上がった風音は乱れた服装を整える。

 

 ずっと正座をしていた香蓮もそろそろ辛くなってきたので、正直助かった。

 

 のだが。

 

「香蓮さん。ちょっと胡座をかいてください」

 

 服装を整えた風音が顔だけで振り返り、新たな提案をしてきた。

 

「胡座?」

 

 疑問に思いながらも言われた通り、両膝を左右に開き、体の前で両足首を組んで座った。

 

「こう?」

「はいっ。——よっと」

 

 組んだ足首と股の間のスペースに風音は自身の小ぶりなお尻を挟むように、体を横にして足を曲げ、香蓮へと体を預けた。

 

「えへへ」

「………………」

 

 両手を胸の前で小さくしながら、ニコニコしている。

 

 真っ暗な大型テレビの画面には、お姫様抱っこの座ったバージョンのような格好の二人が映し出されていた。

 

 先程までとは違い、お互いの顔がよく見えるので、香蓮には気恥ずかしさがある。

 

 風音は全然そうは思っていないようで、随分と嬉しそうにしていた。

 

 まるでそれが自然な動作だとでもいうように、風音はまだ一口も食べられていないカステラの乗った小皿を手に取り、

 

「はいっ、香蓮さん。どぉぞ」

「………………………」

 

 にへら。

 と頬を緩めた顔で、フォークで一口大に切ったカステラを、流れるように香蓮の目の前につき出した。

 

(この年になって、年下の女子高生から『はい、あーん』をされるのは恥ずかしい……。でも……っ)

 

 流石に恥ずかしいのか、カステラに食いつくのを躊躇っている。

 

 だが、香蓮には分かっている。

 この少女(風音)が、自分(香蓮)の為にめちゃくちゃ善意でやっているというのが。

 

 お膝抱っこの体勢では、香蓮がカステラを食べれないと思ったからこその行動だろう。

 実際に香蓮は一口もしていない。

 

 だからこそ、香蓮にくっつきながら且つカステラを食べられるこの格好を選んだのだろう。

 

 そもそも、くっつかなければならない理由が香蓮には全くといっていいほどに分かってないのだが。

 

 この際、そんな問題は些細なものだろう。

 

 今、この瞬間は。

 風音の善意を無駄にしないか、自身のプライドと羞恥をとるか。

 

 その選択を香蓮は迫られているのだ。

 

(……いやっ!やっぱりこれは恥ずかしいって!風音ちゃんには悪いけど、今回は……)

 

 

 

 

「香蓮さんっ、はいっ、あーん」

 

 

 

「………………………」

 

 

 

 

 2.

 

 

 その後、小比類巻香蓮は赤い顔で、こう語っている。

 

 

 天使の善意には勝てなかったよ。と。

 

 後、カステラはすごい甘かったです、はい。と。

 

 

 

 

 こうして、小比類巻香蓮による小花衣風音へのSJのルール説明会は終わったのであった。

 

 

 

 3.

 

 

 近日。

 

 

 香蓮——レン。

 風音——フウ。

 

 二人はあのピトフーイに、GGOへと呼ばれる連絡を受ける。

 

 




香蓮さんはそう簡単に攻略されません。
そも、恋愛感情も二人の間にはまだないです。

なんか、いい加減銃撃てよって言われそう…。


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戦うための

アニメは第一回スクワッド・ジャム、終わっちゃいましたね。
凄い動いてて興奮しました。


 

 

 前回のあらすじ。

 

 風音ちゃんと香蓮ちゃんはSJのルールを確認したよ。

 その後、イチャイチャしてたよ。

 

 

 

 0. arrangements

 

 

 私を助けてくれた。

 そんな貴女はかっこよくて。

 

 私は貴女に憧れた。

 

 

 いつか、私を守ってくれた貴女を守れるようになりたい、と。

 

 そう思うように、なれたのです。

 

 

 

 1.

 

 

「……ただいま」

 

 香蓮のマンションから自身の自宅へと帰ってきた風音は、リビングの電気がついていることに気付いた。

 

「……あ」

 

 急ぎながらも、丁寧にローファーを脱ぐ。

 電気の光が漏れたリビングの扉の前まで早足で歩き、息を吸い込む。

 そのまま、声を弾ませながら扉を開ける。

 

「ただいまですっ、常陸(ひたち)さん」

 

 扉の開く音と風音の呼び声に反応したのは、キッチンに立ったエプロン姿がよく似合う女性。

 風音の方へと顔を向けて、おっとりした笑みを浮かべる。

 

「あら、おかえりなさい、風音さん」

 

 小花衣家と契約しているハウスキーパー、常陸真緒(まお)であった。

 

「今日は遅かったですね。部活の方に顔を出していたんですか?」

「いえ、今日はちょっと……、えっと、知り合いの方の所に寄っていて」

「そうでしたか。——さて、もう夕飯の支度はできてますよ。取り敢えず、着替えてきてくださいね」

「はい」

 

 真緒の言う通り、自室に向かった風音は学校の制服をハンガーに掛け、部屋着に着替えた。

 

 少し大きめの白い半袖のシャツに、紺色のショートパンツ。

 上にシンプルなカーディガンを羽織るだけの過ごしやすい服装に。

 

 着替え終えた風音はチラッと、ベッドサイドテーブルの上に丁寧に置いてあるアミュスフィアに視線を向ける。

 

「SJ、かぁ」

 

 香蓮に頼られたから、という不純な動機で参加することになった大会が頭に思い浮かぶ。

 

 実際は香蓮が知らない男性と二人きりで大会に参加するのが不安だったから、同じ女性プレイヤーである風音を誘ったのだが。

 

 更に。

 風音は知らないことだが、初めはノリ気ではなかったレン(香蓮)に対しピトフーイが、

 

『あ、なんだったらフウちゃん誘ってもいいわよ?——いや、つか誘いなさい。分かった?』

 

 と有無を言わせない迫力でレンに迫ったのが全ての元凶である。

 

 まあ、そんなことは風音には関係のない話である。

 

 レンが参加して、と言うのなら風音はフウとなって参加する。

 レンが敵を倒せ、と言うのならフウは躊躇なく引き金を引く。

 レンが優勝しろ、と言うのならフウは全力でレンを優勝に導く。

 

 今までは楽しくGGOをプレイできれば、それでいいと思っていた。

 

 だが、今回は違う。

 勝つという明確な目標があり、一瞬も気が抜けない真剣勝負の戦場に赴くのだ。

 

「少し、緊張しますね」

 

 目を細め、困ったような表情。

 

「……あ、いけない」

 

 夕飯を作ってくれた真緒を待たすのは申し訳ないので、SJについて考えるのをそこで止める。

 

 まだ綺麗なアミュスフィアを撫でて、自室をあとにすることにした。

 

 

 ***

 

 

 リビングに戻った風音の目には先に席に座っている真緒の姿が映った。

 

 いつもは艶のある黒髪をお団子にして纏めているが、今は髪をほどき自然な状態にしている。

 

「あれ、今日はもうお仕事モードではないんですね」

 

 椅子に座りながら、いつもと違う真緒を見た。

 

 真緒は髪を纏めるのは仕事中だけで、プライベートの時とは別にしている。

 自分の中での境だそうだ。

 

 嬉しそうに指摘する風音に、少し不満気な顔をする。

 

「ええ。最近風音ちゃんが私に構ってくれないのが悪いのよ?」

 

 と、プライベートの時は口調も風音の呼び方も変わる。

 これは風音が頼んだことで、最初は渋っていた真緒だが風音の熱意に負けて仕事ではない時は砕けた口調に、普段の真緒の口調に戻すことになったのだ。

 

 仕事中は落ち着きがあって大人の女性といった雰囲気だが、頬を膨らませて風音を見つめる姿はとても大人の女性とは言えない。

 

 成人している真緒だが、このような子供っぽいところを見ると実年齢より若く見えてしまう。

 実際の年齢は風音も知らないらしいが。

 

「あ、あはは……」

 

 真緒の主張も分かる。

 

 最近はGGOという風音にとってのもう一つの世界が拓けたことにより、真緒と接する機会も必然的に減っていた。

 

「帰ってきても自分の部屋にいることも多いし、そんなに楽しいの?VRゲームって」

「ええ、楽しいですよ」

「そう。ならよかったわ」

 

 先程までの不満気な顔は何処へやら。

 嬉しそうに微笑む風音に、安心したような笑みを浮かべている。

 

「っと、せっかくの夕飯が冷めちゃうわ。さ、食べましょう」

「そうですね。では——」

 

『いただきます』

 

 声を揃えた二人の間には、幸せそうな笑みがあった。

 

 

 ***

 

 

 夕飯を食べ終え、本来なら真緒の仕事はもう終わりである。

 

 だが、今日はプライベートモード。

 

 広いリビングにある三人掛けのソファーに二人の姿はあった。

 

 真緒はエプロンも外し、ソファーの一番端に座っている。

 その太ももの上にはフワフワしたものがあった。

 

「常陸さんの太ももは暖かくて気持ちいいです……」

「それはよかった」

 

 風音の頭は真緒の太ももの上に。

 ソファーにゴロンと横たわり、まるで猫のように体を丸めている。

 

 世間一般的に膝枕と呼ばれるものだ。

 

 色素の薄いフワフワの髪を梳くように優しい手つきで頭を撫でる。

 

「えへへ……」

 

 気持ちよさそうに目を細めて、真緒の太ももにスリスリと頬を擦り付ける。

 

「ふふっ」

「ん〜?」

「なんでもないわ〜」

 

 甘える仕草をする風音に、慈愛の眼差しを向けながら頭を撫でる手を止めない。

 

 

 静かで暖かな時間は、風音が眠くなるまで続いた。

 

 

 

 2.

 

 

 1月30日。

 第一回SJ開催まで残り二日と迫った。

 

 GGOの中央都市、SBCグロッケンにある酒場のとある個室にまるで接点のないような四人が集まっていた。

 

 一人は濃い紺色の戦闘服に身を包んだ長身の女性。中性的な顔立ちに困ったような笑みを浮かべている。

 

 一人は全身ピンク一色に染めたチビの少女。大きな目を気まずそうに泳がせている。

 

 フウとレンである。

 

 更にもう一人。

 褐色の肌に張り付いているような黒の戦闘服を着た、両頬にタトゥーを入れたフウ程ではないが長身痩躯の女性。

 

 ピトフーイだった。

 

 そのピトフーイの隣に並び立つ、更に大きい巨漢な男性がいた。いかつい顔をしており、迷彩服の下は鍛え上げられた肉体がありそうなシルエットをしている。

 

「おら、自己紹介しなさい」

 

 と、ピトフーイに催促された男は一歩前へ出て、

 

「エムという、よろしく頼む」

 

 フウとレン。

 エムとの初の顔合わせである。

 

 

 ***

 

 

 軽く自己紹介をした後。

 

 敬語を使うとピトフーイにボコボコにされるというので、エムとレンは砕けた口調で話すことに。フウは免除だが。

 

 そして全ての元凶であるピトフーイは、用事があるとかでどこかへ消えてしまった。

 

 なので、残った三人は気まずそうにしている。

 

 エムは今回のSJにフウ達と一緒に参加することになった一人である。

 

 フウがエムについて知っていることは、ピトフーイの知り合いで強いらしい、ということだけ。

 

 突然呼ばれたフウは状況を確認することを優先した。

 

「あの、今日集まった理由は……?何か聞いてますか?」

「ピトから何も聞いていないのか?」

「僕は特には。多分レンも、ですよね」

「う、うん」

「ピトのやつ……」

 

 はあ、と呆れたように溜息をつく。

 

「じゃあ、顔合わせだけって訳ではないんですね」

「そうだ。俺が来るまではピトと具体的に何を話していた?」

 

 最初に集まっていたのはフウとレン、そしてピトフーイだけ。

 エムはピトフーイからリアルで用事を頼まれていたようで、遅れてやって来たのだ。

 

「えっと、SJについて軽くルールの再確認してて……何故かわたしがリーダーになるってとこまで」

 

 先程までピトフーイと話していたことを思い出したレンは、自身がリーダーに選ばれたことに苦い表情をしている。

 

「ねえ、本当にわたしがリーダーでよかったの?」

「いいんじゃないでしょうか?ピトさんも作戦のうちだと言ってましたし」

「そうだな、リーダーはレンでいい。大丈夫だ。実際の指揮は俺が執るさ。——そして、今日俺達が集まったのはフウの言う通り、ただの顔合わせのためではない」

「じゃあ、なに?」

 

 レンが続きを促すと、エムは頷き、

 

「お互い、どのくらいの能力なのかを確認しておきたいんだ」

「僕やレンの能力ですか?」

「ああ。俺はピトから聞いているが、実際には見てないからな」

「それって何処でするの?フィールドでモンスターとか狩る?」

「いや、これから向かうのは演習場だ」

「演習場?」

「ああ……」

 

 レンは何故わざわざ高いお金を払ってまで演習場を選んだのかピンとこなかったが、フウには心当たりがあるようで、エムの言葉に頷いている。

 

「演習場は予約制だ。誰にも見られずに二人の能力を見れる」

「お、なるほど」

 

 大会に出場する前に、こちらの戦力を相手に知らせることがないようにとの配慮であった。

 

 

 そして。

 

 フウとレンは演習場にて、エムの指示のもとで忙しなく仮想空間で体を動かしていた。

 

 二人とも戦闘用の装備にさせられ、数十メートル先のドラム缶に向かって銃を撃ったり、エムの指定した距離を走らされたり、他にも様々なことをやらされていた。

 まるで訓練のようだと、フウは思った。

 

 レンは基本的にP90を使用した近距離での銃の扱い。

 フウはOSV-96を使用した遠距離での狙撃を主に実演した。

 

 数時間たっぷりと二人の能力を確認したらしいエムは、

 

「うん。分かった。もういいだろう」

 

 と言いながら、ストレージを操作して自身の銃を取り出した。

 

 茶色と緑の迷彩塗装を施したライフル。

 

 米海軍Mk14 Enhanced Battle Rifle。

 ——『M14EBR』。

 M14のバトルライフルの派生型であり、口径は7.62mm。

 

 エムの説明を聞いたレンは、ピトフーイから教授されたことを思い出しながら、

 

「ということは、エムさんの戦闘スタイルは、セミオートでの中距離からの狙撃?」

 

 レンより遠くて、フウよりも近い距離での狙撃。

 分かりやすく覚えることにした。

 

「ああ、そうだ。基本的には相手と距離をとって戦う。だが、室内などでは専らこっちを使用するがな」

 

 そう言いながら、エムは自身の右腿の拳銃を抜く。

 

 ——『H&K HK45』。

 45口径の自動式拳銃。

 

 拳銃の取り扱いについて簡単に説明したエムは、M14EBRを構える。

 何故いきなりエムが自身の銃を取り出したのか。

 それは、銃声を正確に聞き取れるようにするため。

 GGOでは銃声の音量を抑えめに設定してある。現実世界のようにしてしまうと、声が聞こえなくなったり、耳に異常をきたす可能性もあるからだ。

 

 銃声は敵の情報を集める上でとても有効だ。

 

 どのくらいの距離から撃っているのか。

 どこから此方を狙っているのか。

 どんな銃を扱っているのか。

 どのくらい敵の数がいるのか。

 

 このように、銃声は戦場において有利になるためにも必要な情報源となる。

 

 そのため、フウとレンには距離、場所、遮蔽物。その他様々な状況での銃声を聞き分けてもらうことにしたのだ。

 

 

 更に数時間後。

 エムによる戦闘訓練のようなものは終わった。

 

 通常の戦闘とは違い、繊細なことをやらされたレンは精神的に疲れていた。

 

 そこで、ふとフウの方へ視線を送る。

 

 レンと同じく疲弊しているフウ。

 その腕の中には、しっかりとOSV-96を抱きとめてある。

 

「そういえば、今日フウはOSV-96を使って走り回ってたね。いつの間に使えるようになったの?」

 

 以前は筋力値(STR)が足りず、持ち運びが困難だった為、ただの固定砲台と化していた。

 だが、今はもうエムの指示通りにOSV-96を装備しながらでも動き回れるようになっていた。

 

「そうなんですっ。レンとPKをしたり、時間のある時にちょこちょことレベル上げをしてステータスを筋力値に全部振ったら、楽にOSV-96を持ち運ぶことができるようになったんですよ!」

「おおー!それはおめでとう」

 

 大事そうにOSV-96を抱き締め、満面の笑みで喜びを表現している。

 レンには現実世界の小さな風音が大きなOSV-96を抱き締めているのが想像できた。

 

 と、そこにエムが近付いてきて、フウと何事かを話し始めた。

 

「フウ。俺はピトから聞いているが、ラインなし狙撃を教わったそうだな」

「あ、はい。僕にはそっちの方があってるらしくて」

 

 その言葉に一瞬エムが驚いたように見えたが、すぐにフッと笑みを浮かべると、

 

「そうか。もしかして、今日はずっとラインなし狙撃で?」

「そうですね。この子(OSV-96)でやるのはまだ感覚を掴みきれてないところがあるんですけどね」

 

 えへへ、と照れ臭そうに笑う。

 本人はそう言っているが、実際のフウの命中率は見事なものであったとエムは知っている。

 

 狙撃に必要な計算。銃に関する知識。

 それらを全て感覚で補っているのだから驚きだ。

 

「ちなみに、ピトに教えてもらった時は何メートル先まで狙撃できたか覚えているか?」

「ええと、とりあえず1000mまで」

 

 今度こそ、はっきりとエムの顔に驚きの表情が現れた。

 

 ——()()()()()

 

 つまり、フウの感覚ではまだ先まで狙えるということだろう。

 訓練した軍人ならOSV-96というアンチマテリアルライフルを使用すれば1000m先の的に命中させることはさほど難しくないだろう。

 

 だが、フウは銃に関しては素人も同然。

 立ち振る舞いも軍人のそれとは別だ。

 

 エムの予想に過ぎないが、ただの一般人のフウは銃を扱った経験などないはずだろう。

 

 だからこそ、エムは驚かずにはいられなかった。

 

「なるほど。ピトが気にかけるのも分かる」

「え、何か言いました?」

「いや、なんでもないさ」

 

 小声で呟くようなエムの声は、フウには届かなかった。

 

 

 

 3.

 

 

 風音の意識が現実世界に浮上する。

 柔らかなベッドの感触を背中に感じながら、ゆっくりと目を開ける。

 

 第一回SJ開催まであと二日。

 

 内心、緊張はしている。

 今でも心臓はドキドキと脈打っている。

 

 これが心配や不安なのか、楽しみや興奮からなのかは風音自身にもまだ分からない。

 その答えは当日、戦場に降り立てば知ることができるのだろうか。

 

 ——頑張りましょう。

 

 心の中で自身を鼓舞する。

 

「……そうだっ」

 

 しなやかな足を振り上げ、その勢いを利用して起き上がる。

 アミュスフィアをベッドサイドテーブルに丁寧に置き、リビングへと向かう。

 

 扉の先にはやはり真緒がいて、先程思いついたことを伝えるために口を動かす。

 

「常陸さん!明日、カツが食べたいです!」

 

 物静かな風音が大きな声を出したことに少し驚いた真緒だが、彼女はいつものように優しい笑みを浮かべるのであった。

 

 

 

 4.

 

 

 SJに向け、参加者はそれぞれ士気を高めている。

 

 レン、フウ、エム。

 それぞれの頭文字の組み合わせただけの『LHM』というチーム。

 

 その他数チームが集う戦場で、彼女達は一体何を見るのだろうか。

 

 

 

 2月1日。

 

 第一回スクワッド・ジャム。

 その開催はもう目前だ。

 

 

 




いつもより更新が遅れ、お待たせして申し訳ないです。え、待ってない?……あ、そうですよね。
ちなみに、オリキャラの常陸真緒の容姿は読者の皆様のご想像にお任せします。


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大会へと

 

 

 前回のあらすじ。

 

 フウとレンは初めてエムと顔を合わせたよ。

 二人の戦闘能力を確かめたよ。

 

 

 

 0. eagerness

 

 

 

 勝つと決めた。

 

 必要なのは、その信念だけで十分なのだろう。

 

 

 

 1.

 

 

 2月1日。

 第一回スクワッド・ジャム開催日。

 

 SBCグロッケンの一角は賑わいを見せていた。

 メインストリートにある大きな酒場はSJの大会本部であるため、参加者や観戦者のプレイヤー達で込み入っている。

 

 レンは参加者として、コソコソと茶色い外套を頭からスッポリと被って酒場に入った。

 待ち合わせ場所である酒場の個室に逃げ込むと、そこには既に先客がいた。

 

「レン。おはよ……あ、もうこんにちは、ですね」

「こんにちは、フウ。先に来てたんだ」

 

 中性的な女性。

 お行儀よく背筋を伸ばして座っているフウであった。

 

 待ち合わせの時間にはまだ早い随分と時間だ。

 

「えへへ、ちょっと落ち着かなくて……」

「あ、分かる。わたしもそうだもん」

 

 フウとレン。

 お互いに顔を見合わせて笑う。

 

 レンが個室に入ってから、数分もしないうちにフウよりも大きな巨漢な男がやってきた。

 

「こんにちは、エムさん」

「こんにちはです」

「ああ。今日はよろしく」

 

 迷彩柄の服に身を包んだエム。

 もう二人とも随分と打ち解けたようだ。

 

 

 店内では主催者の挨拶や、何発の銃弾が放たれるかの予想ゲームなどで盛り上がっている。

 

 そんな中、レンは今回SJに参加できなかったピトフーイのことを思う。

 

「ピトさんは、今頃ドレスかなぁ」

「ドレス?ピトさんは舞踏会にでも行ってるんですか?」

「あれ?フウは知らなかったっけ、ピトさんは今日友人の結婚式に出席してるんだよ」

「用事って結婚式のことでしたか」

 

 ピトフーイがSJに出るのを躊躇うのも分かる。

 結婚式に友人がゲームの大会で欠席などしていたら、ブチ切れるだろう。

 

「結婚式に参列するのはいいが、悔しそうな顔をして、周囲にあらぬ誤解を与えなければいいがな」

「ぷくく、ピトさんならありそう」

「たしかに……」

 

 ひとしきり笑って、緊張もほぐれた。

 心身ともに落ち着いたレンは、一度姿勢を正し、

 

「二人とも、今日はよろしく。わたし、参加するか悩んでたけどもうちょっとGGOを楽しもうと思うっ!」

「そうだな」

「はいっ」

 

 レンの言葉に一人は優しく、一人は嬉しそうに返した。

 

「俺、ピトから“絶対優勝しろ!”って言われてるんだ」

「ああ、ピトさんなら言いそう」

「いいですね。目指すは優勝ですか」

「できる限りは頑張る、とは答えた。こちらは三人。相手はチームによっては倍の戦力を有している。降参も致し方ない」

「それはしょうがないと思う。わたしも一人になっちゃったら降参しちゃうかもだし」

「そうですね。僕も狙撃しか取り柄がないので、流石に一人じゃ優勝は厳しいですね」

 

 それぞれ思い思いに自身の意見を述べる。

 

「それでも、できる限りは上を目指す。三人でどこまでいけるか、楽しんでいこう」

「了解!」

「了解です!」

 

 明るい返事が返ってきたところで、甲高い女性アナウンスが流れてきた。

 

『スクワッド・ジャム出場者の皆様!お待たせいたしました!只今から、待機エリアへの転送を開始します。お仲間は全員揃っておますかー!?』

 

 アナウンスを聞きながら、フウの視界は青色の光に包まれた。

 

 

 ***

 

 

 気がつけば、フウは周囲が暗闇の空間にいた。

 

 賑やかな酒場とは一転にして、無駄な音もしない静かな空間に転送されたようだ。

 

「ここは……」

「待機室のようだな。装備の確認や、作戦の確認などをするための空間だろう」

「はえ〜」

 

 囁くようなフウの呟きにエムが反応した。

 まるでチュートリアルの時と同じようだ、と初めてVRゲームをプレイしたときのことを思い出した。

 

 だが、今回は状況が少し違う。

 フウは一人ではない。隣には小さなレンが、大きなエムがいる。

 更に、目の前には『待機時間09:52』とカウントダウンの表示が。

 このカウントダウンが戦闘までの猶予なのだろう。

 カウントが終わった瞬間、フウ達のアバターはSJの特設ステージに転送される。

 

 再び、心臓がドキドキと脈打つ。

 これは緊張ではないと、直感的に感じた。

 きっとこれは楽しみなんだと、フウの中で分かっていた。

 

「うん、頑張りましょう……」

 

 自身に言い聞かせるように囁く。

 

 時間は無限にあるわけではない。

 今できることをやらなければと、体を動かし始める。

 

 と、目の前にサテライト・スキャン端末が配られたと表示された画面が。

 タッチするとフウの手の中には片手で持てる程度の端末が現れる。

 

 これ一つで地図を表示することができ、サテライト・スキャン中は、地図上に参加チームのリーダーの位置を教えてくれる。

 

 フウは装備を整える為に、メニューからストレージを選択する。

 レンもエムも自身の装備の準備をしている。

 

 服装はいつもの濃い紺色の戦闘服。

 ストレージから取り出したのはOSV-96。

 予備マガジン、救急治療セット、グレネードをそれぞれ装備する。

 

 戦闘準備を進めたフウは時間に余裕があったので、チラリとレンの様子を見る。

 

 そこにはエムにコンバットナイフの使い方を指導されているレンの姿があった。

 

 とりあえず、フウは邪魔しないように一人集中力を高めることにした。

 

 そういえば、と。

 

(……試合前は、いつもこんな風に瞑想してましたっけ)

 

 弓道は個人戦、団体戦とあるが、フウは専ら個人戦しか出場したことがなかった。

 団体戦はチームのメンタル面が重要なものとなる。

 何射目に弓を射るにしても、そのどれもが勝利へと必要な一射だ。

 

 だからこそ、フウは団体戦には出場しない。

 きっと自分は部の足枷になってしまうから。

 誰かに裏切られるのも期待されるのも怖かったから。

 

(……分かっていました。これが私の弱さなのでしょう。——でも)

 

 ——今は、小花衣風音ではない。

 

(そう、私は……いや、僕はフウだ)

 

 雑念を取り払う。

 心を落ち着ける。

 

 今は、それだけでいい、と。

 

 自身に言い聞かせるように、フウは静かに目を閉じた。

 

 

 ***

 

 

「———?……フ…?フウっ!」

「………ん」

 

 下から聞こえる可愛らしい声。

 仮想世界での瞑想という器用なことをしていたフウはレンの声に反応した。

 

「……大丈夫?」

「あ、はい、大丈夫です。ちょっと集中してただけなので」

「よかったぁ。反応なかったからログアウトしちゃったのかと思ったよ」

「あはは。ごめんなさい、心配かけて」

 

 カウントダウン示す時間に目を向けると、もう大会開始まで後一分までになっていた。

 エムのナイフ指導は既に終わっていたようだ。

 その証拠に、レンの腰の後ろにはコンバットナイフが装備されていた。

 

 フウはカウントダウンから目を逸らして、片膝をついて身をかがめる。

 視線をレンと合わせて、レンの小さな手を自身の手で包み込む。

 

 この手の温もりはデータだ。

 だが、フウにはレンの温もりを感じた。

 

 それだけで力が湧いてくる。安心する。頑張れる。

 不安も心配も全て吹き飛んでしまった。

 

「フウ?どうしたの?」

「いえ、なんでもありません」

「そっか」

「はい」

 

 ニコッと、朗らかな笑顔を見せてくれるレン。

 フウにもその笑顔が伝染して、自然と頬が緩んでいた。

 

「レン」

「ん?」

「一緒に、頑張りましょう」

「もちろんっ!!」

 

 短いやり取り。

 それだけで今は十分だった。

 

 

 刻一刻と時間は減っていく。

 

「よし。……やろうか」

 

 通信機を通じて、エムの声が聞こえてきた。

 

「よぉーし!」

 

 レンの気合の入った声も届く。

 皆、気合十分のようだ。

 

 頼もしい仲間の存在を感じてながら、フウの心は高揚する。

 

 そして、カウントが『00:00』になった瞬間。

 再び、目の前は光に包まれた。

 

 

(絶対に勝ちましょう……!)

 

 

 

 

 ——第一回スクワッド・ジャム、試合開始。

 

 

 

 

 2.

 

 

「あわわわ……!」

 

 大会開始から早数分。

 いきなり、フウは慌てふためいていた。

 

 視線の先、ゲーム内で格段に向上した視力によって映されたのは縮こまったレンの姿。

 大きな木を盾にして、飛び交う弾丸から小さな体を守っている。

 

「エ、エムさんエムさん!本当に助けなくていいんですか!?」

「ああ、問題ない。レンには言っていないが、地図を見てみろ。時間的にはまだスキャン中のはずだ」

「え?」

 

 レンからおよそ300m程離れた場所で、エムからの指示でサテライト・スキャン端末を使用して、地図映像を表示させる。

 

 浮かび上がってきたのはSJ専用の特設ステージの地図。

 

 大会が始まって初めに転送された位置は、最北東に広がる森林地帯。

 チームに不利な地形のため、フウ達はエムの指示の下、そこから南下した所にある都市部を目指すことになった。

 

 レンを先行させ、エムが間に、その後ろからフウが付いて進んでいた。

 サテライト・スキャンによりリーダーのレンの居場所がバレるので、フウとエムは距離を取っていた。

 

 そして、現在の位置は森林地帯と都市部との境。

 フウ達は森に身を隠しながら、10分に一回チームリーダーの位置情報を知らせてくれるサテライト・スキャン、その一回目を迎えていた。

 代表してエムがサテライト・スキャン端末で他チームの位置情報を取得することにした。

 だが、スキャン直後、森林地帯と都市部の境界線になっている高速道路沿いにいた敵チームから先行していたレンが狙われたのだ。

 

 銃声から、チーム全員がマシンガン使いという脳筋パーティだということがエムから教えられたが、火力はかなり高いとのこと。

 

 サテライト・スキャン端末を取り出し、急いで地図を表示させたフウ。

 エムの言う通り、まだスキャンギリギリのラインであったため他チームの位置情報が確認できた。

 

「あっ」

「分かったか」

 

 小さな声も特殊な通信機なら鮮明に聞こえるようで、フウが何かに気づいたことがエムにも伝わった。

 

「マシンガン使い達の後ろに、また違うチームが……!……まさか!」

 

 都市部の高速道沿いにいるマシンガン連中を示す赤い光点の少し南、十分戦闘に参加できる距離にマシンガン連中とは異なる赤い光点の存在を見つけられた。

 

 そして、エムが何故レンを助けようとしないのかも理解した。

 

「ああ、都市部にいたチームがレンに気を取られているマシンガン連中を奇襲するのを待っている」

「あの、それってレンを囮にした、ということですか……?」

「そうなるな」

「むぅぅ〜……」

 

 頬を膨らませ、エムへと避難の表情を向ける。

 作戦だったとはいえ、レンを銃弾の嵐の中へ放置したことに少しご立腹のご様子。

 

「そう怒るな。実際にレンは無事だ」

「そうですけど、そうなんですけどっ……。でも酷いですよ!囮にするなら私を囮にしてくれればいいのに!!」

 

 珍しく声を荒げるフウ。

 通信機が音量を自動調節してくれて助かったと、エムは安堵していた。

 

「…………」

「…………なんですか」

「いや、なんでもない」

 

 素の一人称になってしまうまで、レンのことを本気で心配していたフウに対して、『作戦のうちだ』とは言えなかった。

 

「レンを囮に使ったことは謝ろう。だが、——もうすぐだ」

「それって……」

「マシンガン連中の発砲音が止むだろう」

 

 腕時計を確認しながらエムは冷静に戦況を見つめる。

 

「今のうちにレンとの距離を詰める。付いて来い」

「りょ、了解です」

 

 未だにマシンガンの重低音が響く森の中を、エムの背中を追って歩いていく。

 身を低くしながらレンへと近づき、バレット・ラインが時折表示される所までやってきたので、流れ弾が来ても大丈夫なように草木に身を隠した。

 

 レンとの距離、およそ100mといったところか。

 

 実質指揮官であるエムの言葉を信じるのなら、もうすぐ戦況が変わるという。

 マシンガン連中の頭を撃ち抜きたい衝動を抑えて、フウはじっとその時を待つ。

 

 

 ——そして。

 

「あっ!」

 

 聞こえた。

 

 ズガガガガガッ!

 と、マシンガンの発砲音に混じって一発、明らかに違う銃声が聞き取れた。

 

 また一発、更に一発と。

 

 都市部からの狙撃によってマシンガン連中のチームは半壊していた。

 マシンガンの発砲音も止み、再び森に静寂が訪れた。

 

「よし、移動するぞ。レン、今からそっちに向かう。間違えて撃つなよ」

「や、やっとか〜……」

 

 レンから気の抜けた声が返ってくる。

 慎重に進んでいき、レンの隣にフウとエムは到着する。

 

「んで、何があったの?」

 

 今まで銃弾に身を晒されていたレンの疑問にエムが先程説明したように答えた。

 

「なるほど……。つまり、わたしを囮にしたってこと!?」

「ああ」

「僕がもっと早くに気付いていれば、代わってあげられたのに……」

「いや、これはリーダーのレンにしか出来なかった」

「そっか。スキャンにはわたしの位置だけが表示されちゃうんだった」

「ううぅ……」

「そんなに落ち込まなくても……」

 

 草木に体を隠しながら、会話をする。

 沈んだ表情のフウの頭をよしよしとレンが撫でているのは、エムからしてみればなんともチグハグな光景に映っただろう。

 

「さて、話すのはそこまでにして。レン、これを受け取れ」

 

 言いながら、レンへと向けて投げたのは小型の単眼鏡であった。

 フウにはOSV-96があるので必要ないと判断されたようだ。

 

「それを使え。しばらくはここで様子を見る」

「うん。ありがと」

 

 フウはOSV-96を。エムはM14EBRを。レンは小型単眼鏡を目に当てて先程まで弾丸が飛んで来ていた方向を盗み見る。

 

「マシンガン連中は五人。三人はすでに死んでいる」

 

 スコープ越しに状況を確認したエムの言葉を聞きながら、敵の情報を集める。

 

 後ろからの狙撃に気を取られていて、残りの二人はこちらへの警戒を怠っている。

 

 こちらは狙撃手が二人。相手も残りは二人。しかも自分たちのチームにはまるで注意を向けていない。

 ならば、こちらから撃ってしまえばいいのでは?とレンがエムとフウに呼びかけるが、

 

「だめだ。こちらからは攻撃しない」

「今はまだ、やめておいたほうがいいと思います」

 

 二人からストップの言葉が返って来た。

 どうして?とレンが訊ねる前に、その答えは現れた。

 

 フウ達からおよそ200m前後の距離に、迷彩服の男達が出現したのだ。

 顔を目出し帽で隠し、統一した焦げ茶色の迷彩服を纏った四人組。

 

 生き残ったマシンガン連中の150m程離れた横倒しになっているバスから一直線にマシンガン連中へと向かって行っている。

 

「『FAL』だな。空挺部隊用のショートバージョンだ」

 

 銃の種類を言われてもフウにはさっぱりなので、軽く聞き流したが、その動きには目を見張るものがあった。

 

 遮蔽物を利用してマシンガン連中の死角を進んでいる。曲がり角では小さな鏡を使って先の様子を確認していた。

 

「すごい、ですね。地形の把握に長けているのでしょうか?」

「いや、それだけじゃあの動きは出来ないだろう。おそらく、まだ仲間がいて、そいつらはビルの上から四人に指示を出しているんだろう。マシンガン連中の三人を狙撃したのもそいつらだ」

「うえっ!?どこにいるの?」

「流石にそう簡単に見つかる場所にはいないだろうな」

 

 新たに現れたチームについて話しているうちに、覆面のチームは襲撃のできる距離まで接近していた。

 覆面チームの一人が手榴弾を投げ、それにつられて逃げ出したマシンガン連中の二人の背中に向かって正確に弾丸を撃ち込んでいった。

 

 数十秒の間に二人のアバターの上には『Dead』のタグが。

 この時点でマシンガン連中のチームは全員脱落したことになる。

 

 まだスキャンまでには時間がある。

 覆面チームはこちらが森の奥に隠れたと思い込んでいるとのエムの予想通りならば、こちらからは攻撃できない。

 居場所も知られ、残りには隠れられてしまう。

 逃げるにしても都市部へは行けないので、再び不利な森の中へと戻るしかなくなってしまう。

 

 結果、様子を見るしかなくなってしまった。

 

 まだ覆面チームの残りの仲間も見つかっていないし、他のチームが都市部に潜伏している可能性もある。

 

 次のサテライト・スキャンまで後5分。

 

 今いる場所をキープしながら、安全に敵チームを観察する。

 それが、今フウ達がとれる最善の行動なのだろう。

 

 しばらくその場から動かずにいた三人だが、エムがいち早く覆面チームの残りの仲間に反応した。

 

「いたぞ」

「えっ!どこどこ?」

「外壁が大きく反っているビルだ」

「大きく反ったビル……」

 

 スコープを覗いて指示通りのビルを探す。

 

「あっ、いた!」

「こちらも確認できました」

 

 大きく聳え立つビルの中層あたりに、あの四人組と同じ焦げ茶色の迷彩服に目出し帽の男が二人いた。

 

「なにあれ!すごい!」

 

 レンが興奮するように声をあげる。

 視線の先にはロープを使ってビルの外壁に張り付くように下っていく二人組の姿があった。

 

「ラペリングだよ。ロープによる懸垂降下」

「縦の移動に便利だね。階段下りるよりずっと速いし」

「あんなスキルがあったんですね」

 

 感心したようにフウとレンは素直に称賛する。

 

「いや。アレはスキルではないな。GGO内でのラペリングスキルではあそこまで素早い下降はできない。プレイヤーの能力。つまり、リアルでラペリングをやったことのあるプレイヤーなんだろう」

「ふへー。すごいね。じゃああの人達はリアルだと登山家とかなのかな?」

「もしくはレスキュー隊の方達とかですかね?」

 

 ラペリングを使用するような人達を頭に思い浮かべる二人だが、それはエムによって否定されることになる。

 

「そうだったら、よかったんだがな」

 

 エムの重く、真剣な声音。

 その言葉に違和感。

 

「その言い方だと、エムさんはあの人達のリアルが分かってるみたいだよ?」

「予想だがな」

「それは、なにか不味いことがあるのでしょうか?」

「ああ。優勝を目指す俺達にとって、いや、他のチーム達にとってもあの覆面チームは脅威になるだろうな」

 

 まさかの言葉に、二人に緊張が走る。

 

「ど、どういうこと?」

「先の戦闘。丁寧で統率のとれた動き。素早いラペリング。おそらくアイツらは、()()()()()だ」

「え、プロ?」

「それって……」

 

 プロという単語。

 嫌な予感が体中を駆け巡る。

 

 その予感は的中してしまう。

 

「文字通り、"戦うことでお金をもらっている人達"だ。あのチームは全員、警察、もしくは海上保安庁の特殊部隊か、自衛隊員だ」

 

 

 三人の前に、高く聳え立つ壁が立ちはだかった。

 

 

 

 次のサテライト・スキャンまで、後3分を切った。

 

 

 

 3.

 

 

「戦闘の、プロ……」

「なにそれ!?ズルイ!遊びにプロの出場禁止!」

「残念だが、そんなルールはない。これも予想に過ぎないが、GGOを訓練の一環として取り入れているんだろう。SJにはその腕試しに、といったところか」

 

 冷静なエムの声に、焦っていた心を落ち着けようとする。

 

「どうするの?あの人達倒さないと都市部に陣取れないよ?というか、優勝すらできないよ!?」

「あちらは六人。こちらは三人。しかも、戦闘のプロということでしたら、僕達の勝ち目は薄いような……」

「そうだな」

「そんなあっさりっ!?」

 

 勝つことが厳しいと現実を突き付けられたレンは絶望していたが、エムは未だに落ち着いている。

 それがフウには何か勝てる見込みでもあるのではないのか、と思わせた。

 

「エムさん。もしかして、何か作戦が……?」

「えっ!?本当っ?」

 

 フウの言葉に不敵な笑みを浮かべるエム。

 

「確かに、アイツらと戦えば素人であるこちらが負けるだろう。だが、それはリアルの話。——これはゲームだ」

 

 M14EBRのスコープを覗きながら続ける。

 

「システムがあり、スキルがあり、そしてステータスがある。何よりフルダイブ型ゲームへの慣れがある」

 

 真剣にエムの言葉を耳に聞き入れる二人。

 スコープから目を離し、そんな二人を一瞥するエム。

 

(あのピトに『才能がある』と言わしめた二人がいる)

 

 すぐにスコープを覗き、戦況や周囲の警戒をする。

 

「元よりアイツらを倒さない限り、俺達に優勝はないと思う。勝てるかどうかは俺達次第だ」

「うん。わたしもそう思う」

「はい。さっきの戦闘でそれは十分理解できました」

 

 

 ——でも。

 ——だから。

 

 

「僕に、——」

「わたしに、——」

 

 

 ——エムさんが勝てると思う作戦を教えてください(教えて)

 

 

 声を揃えて意気込みを示した。

 

 

 SJにおいて、チーム『LHM』の初戦闘が始まる。

 

 

 

「素人がプロに勝てない道理はないと、見せつけてやれ」

 

 

「おうっ!!」「はいっ!!」

 

 

 

 




遅れてすみません…。
書いては消し書いては消しを繰り返してました。
構成のしっかりした作品の二次創作は難しいって実感しました。


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勝つための

 

 

 前回のあらすじ。

 第一回スクワッド・ジャムが始まったよ。

 

 

 0. operation

 

 

 貴女の後ろ歩く。

 貴女を守れるように。

 

 

 でも、私はいつか。

 

 貴女の隣を歩いてみたい、と。

 貴女と同じ景色を見てみたい、と。

 

 願わずにはいられなかった。

 

 

 

 1.

 

 

「次のスキャンで都市部にいる敵チームの数を確認する」

「その後はまた待機、だよね」

「はい。覆面のプロチームが都市部にいる他のチームと接敵したら、各自移動開始です」

 

 二回目のスキャンまで後30秒。

 ここからは、一度も気を抜けない戦闘が始まる。

 

「後20秒」

 

 エムはすでにサテライト・スキャン端末をそのゴツゴツした手に用意していた。

 

「後10秒」

「スキャン、きますっ」

 

 二回目のスキャンが始まった。

 素早くスキャン端末から地図を表示させるエム。すぐ、都市部にいるプレイヤー情報が送られてきた。

 

「プロチームは都市部の中央付近。他に……都市部に三チームいるな。それぞれプロチームの更に南の位置にいる。……この距離ならすぐにでも戦闘が始まるだろう。いつでも動けるように準備しておけ」

「了解っ」

「了解です」

 

 装備の準備はすでに整えてある。

 次は気持ちの準備だ。

 

 プロチームは統率力がある。

 一朝一夕には、そのチームワークを凌駕することはできないだろう。

 

 だからこそ、今回の作戦は一種の賭けにも近いと、理解している。

 

(きっと、エムさんは僕とレンのことを信じているからこそ、この作戦を実行しようと思ったのでしょう)

 

 チームとして。

 共に戦う仲間として。

 

 身体の奥が熱くなる。

 頭がスッキリする。

 心も昂揚している。

 

「………よしっ!」

 

 その、フウの小さな呟きは、銃弾の轟く音にかき消された。

 

 

 

 ***

 

 

 

 都市部から発砲音が響いている。

 

「よしっ、プロチーム達が他のチームと接敵したっぽいよ」

「プロチームが戦闘しているかはまだ判断するには難しいが、プロチーム達は南の敵を警戒するはず。プロチーム以外の戦闘だったらプロチームは漁夫の利を狙うだろう」

「と、いうことは……」

「ああ。どっちにしろ、移動するなら今だな」

「よぉーし!」

 

 元気よく意気込むレン。

 森を抜けるため必要なくなった緑の迷彩ポンチョを脱ぎながら、立ち上がってP90を胸の前に構える。

 

 フウとエムもそれぞれ愛銃を持ち、静かに立ち上がる。

 

 すると、耳にはめた通信機からエムの声が聞こえてきた。

 

「ここからは隠密行動を心掛けろ。プロチームに遭遇しても攻撃はするな。見つけたら俺に知らせてくれ」

「うん。分かった」

「プロチームはビルから索敵をしている可能性が高いですよね?そっちはどうします?」

「別動隊の四人組を見つけられれば、おのずと索敵をしているヤツも逆算して、ある程度の位置は特定できるさ。もしかしたらさっきのスキャンの位置にまだいるかもしれない」

「そうなんですか?」

「ああ。あそこには全体を見渡せるビルがある。索敵をするのなら絶好の場所だろうよ」

「な、なるほど……」

 

 この人は何者なのだろう、と疑問に思ってしまう。

 だが、今に至ってはとても頼りになる仲間だ。

 

「戦闘音に意識を向けて、俺達も移動するぞ。レンはこのまま直進して都市部に侵入してくれ」

「オッケー」

「フウは都市部の北西部から」

「はい」

「俺はエリアギリギリの北東部から攻める」

 

 三方向への別行動。

 チーム戦のSJにおいて、わざわざリスクを負う大胆な作戦。

 それ故に、読まれない。

 

 だからこそ、個々の実力や判断能力が肝となる。

 

(まさか、SJでの最初の戦闘でチーム戦を放棄するとは思わなかったです)

 

 とはいえ、フウは一人で戦うことには慣れている。仮想世界でも、現実世界でも。

 

 はやる鼓動を鞭打つかのように、一際大きな爆音が鳴り響いた。

 

「——解散!」

 

 それを合図に、フウ達は静かに、だが確かな闘志を持って動き出したのだった。

 

 

 

 2.

 

 

 二回目のサテライト・スキャンから早数分、概ねエムの予想通りの展開が起こっていた。

 

 都市部にいたプロチームを除いた3チームは互いの距離の近さから、逃げるよりも戦うことを選んだ。

 

 1チームずつ減っていき、最後まで残ったチームをプロチームが仕留めていた。

 

「ブラボー、チャーリー、デルタ。全滅を確認。損害なし」

 

 目出し帽を被った男が、戦闘の成果を迅速に報告する。

 

 報告を受けたのは、ビルの中にいる男だった。

 双眼鏡を持って、都市部全体を俯瞰するように索敵している。

 

「了解。次のスキャンもここで受ける。全周警戒しつつ、指示を待て」

「了解」

 

 おそらくリーダーである双眼鏡を除く男の隣。

 フウの使っていた『M24』を構えている男が、スコープで周囲を警戒しながらリーダーに、

 

「スキャンで見つけた、都市部付近の森林地帯にいた1チームはどうしますか?」

 

 不安要素の一つであるチームについて訊ねた。

 

「姿を確認できなかったな。……都市部にチームが集まっていたのを確認したから、森を抜けて、西部の草原エリアか居住区エリアに向かった可能性がある」

「それが一番妥当な判断でしょうね」

 

 M24を構えながらリーダーの言葉に賛同する。まだ確証がないのが不安要素である理由だ。

 

「だが、姿を特定できなかったんだ。まだ都市部エリアにいる可能性も捨てきれない。——全隊員、未だ発見出来ていないチームがいる可能性がある。警戒を強化しろ」

「了解」

 

 リーダーの通信機器に、仲間の声が届いたと同時にリーダーの男は考えを巡らせる。

 

(サテライト・スキャンの前に移動するべきか?いや、こちらの位置は二回目のスキャンによって判明しているだろうが、ここを狙うなら狙撃、かなりの距離があるあの北西の大きなビルからではないとならないだろう)

 

 双眼鏡で北西にある、一本だけ突出した大きなビルを眺める。

 リーダーと狙撃手の仲間がいるビルに比べれば小さく見えるが、それでも十分巨大なビルだといえる。

 

 距離は目測で1500m程。それ以上あるかもしれない。

 システムアシストがあるGGOだとしても、そう簡単にあたる距離ではない。

 たとえ被弾したとしても次弾にはバレット・ラインが表示される。1500m先からのバレット・ラインを避けるのは容易なのである。

 

 そこまで思考して、狙撃による奇襲の可能性は極めて低いと結論したリーダーの男は、警戒していたビルから目を離し、周囲を索敵しながら、別の可能性も模索していた。

 

(漁夫の利を狙うのなら、タイミングは3チーム全てを倒した先程の瞬間がベストだったはず。わざわざ見逃すとは思えない。……やはり別のエリアに移動したと考えるのが妥当だろうか)

 

 体内時計でそろそろスキャンの時間になったので、思考は一時中断する。

 

「スキャンが始まる。総員、指示するまでは待機」

「了解」

 

 スキャン端末を取り出し、地図を表示させる。

 自分達がいる都市部に注視して、視線を巡らせると、プレイヤーを示す光点が二つ。

 一つはビルに籠っているリーダーの男のもの。

 もう一つは、リーダーのいるビルのすぐ北側。距離にして100mもない所を示していた。

 

 リーダーの男はM24を構えた男に叫ぶ。

 

「近いぞ!こちらから北に約100mの位置だ」

「了解。索敵開始します」

「総員に告ぐ。都市部にもう1チーム発見。数はまだ分からない。リーダーの位置は北に約100mの位置。見つけ次第指示をする。他の仲間に気をつけながら、こちらに向かってきてくれ」

「了解」

 

 通信機器で仲間に連絡を入れる。

 冷静に指示をするリーダーの男だが、不可解なことに顔をしかめる。

 

(何故、ここまで接近されるまで気がつかなかった?二人体制で索敵していたのに、だ。運良くこちらからの死角を移動していたのか?)

 

 謎の危機感を感じていたが、隣にいる仲間の声に意識を持っていかれた。

 

「見つけました。北120m、倒れた車の裏に隠れられましたが、デザートピンクのチビです」

「武器は見えたか」

「戦闘服と同じ色に染めたP90です」

「仕留められるか?」

「車を爆発させられれば、その余波で」

「分かった。発砲を許可する。こちらは他に仲間がいないか索敵を続ける」

「了解」

 

 仲間が狙撃の体勢に入ったのを確認したリーダーの男は、再び索敵を開始する。

 

 そしてすぐに、()()()()重低音の銃声が聞こえた。

 

「———なっ!?」

 

 無残にも頭を撃ち抜かれた男は頭と体を分離しながらは吹き飛ばされ、部位欠損の赤いエフェクトを撒き散らす。即死だ。

 すぐに死亡を知らせる『Dead』のタグが表示される。

 

「やはりいたのかっ!!」

 

 身を隠そうをするリーダーの男。

 発砲源は分かっている。

 警戒していたビルへと視線を向ける。

 

(落ち着いて、バレット・ラインを見ろ。この距離ならラインに注意していれば、簡単に避けられ——)

 

 だか、男の期待は裏切られることになる。

 

 二発目の弾丸はラインを表示させず、男の頭を文字通り、吹き飛ばしていった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 時を同じくして、SJが中継されているSBCグロッケンの酒場も盛り上がりを見せていた。

 

「スゲーっ!なんだ今の!?」

「おいおいっ……!アイツなんて距離から狙撃してやがんだ……!?」

「つかなに、あの銃?頭ぶっ飛んだが」

「あれだろ、対物ライフルだろ?今のGGOじゃあかなり珍しい代物らしいが、ここ最近では増えてきてるらしいぞ」

「そういやBoBにも使っている奴がいたな……」

「逃げる間も与えず、確実に頭と体をさよならさせるとか、怖っ」

「アイツ男?」

「いや女っぽい気もするけど……」

「美形だし女でいいだろ」

「いいなぁ……。俺も撃たれたい……」

『ええぇ…………』

「お前ら、ちゃんと試合見たら?」

「そだな」

 

 男達の視線の先ではモニターの中に、もうフウの姿はなく、代わりにピンクの戦闘服のレンの様子が映し出されるところであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 プロチームのリーダーが一度警戒していたビルには、そんな会場の様子など知りもしないフウが銃口から煙を吐き出すOSV-96を構えていた。

 

「どうだ」

 

 耳に付けた通信機器からエムの声が聞こえてきた。

 

「……二人、倒しました」

 

 エムの声に返答するフウの声は冷たい。

 柔和な顔付きは消え去っており、細められた目には鋭い眼光を放っていた。

 

「よくやった。大方、ラインが見えるからと、油断したんだろう。これでレンは狙撃されずに暴れられるな」

「……そうですね」

「これからレンに指示を出す。ポイントに敵をおびき寄せるまで待機しててくれ」

「……了解です」

 

 短い言葉で通信を行ったフウは、エムの指示通り移動中に指定されたポイントへとOSV-96の銃口を向ける。

 

 スコープの先に映るのは、ビルとビルの間の狭い路地。

 フウから見て東のビル群。そのどこかにエムもM14EBRを構えながら、レンに指示を送っているのだろう。

 

 スキャンによって明らかになったプロチームのリーダーの位置は、エムの予想通りであった。

 

 サテライト・スキャンの数分前に、エムはリーダーを狙撃できる位置をフウに伝え、レンを所定の位置まで移動するよう指示した。しっかりとリーダーのいるビルからの死角を通らせて、だ。

 

 今は、レンの高い敏捷性を活かして、細い路地裏を走り回って敵を撹乱している。

 

 一体どんな指示を送っているのかはフウには分からなかったが、レンは迷いなく路地裏を進んでいく。

 

 痺れを切らしたプロチームは、二手に分かれてレンの入った路地裏へと侵入を図る。

 

 その路地裏が、エムの指定したポイントであると知らずに。

 

「来たぞ」

「………………」

 

 エムからの合図。

 フウが狙うのは、レンを追いかけている四人組が二手に分かれて路地裏に入り、レンを撃とうと静止するその瞬間。

 

 片側はフウが、もう一方はエムが狙撃することになっている。

 撃ち漏らしはレンが始末するという算段だ。

 

 追い詰めたと思い込んでいるプロチーム。

 銃口をレンへと、向けた瞬間、レンは大きく飛翔。

 

「————っ」

 

 異なるビルから、同時に弾丸が放たれた。

 

 吸い込まれるように、プロチームの二人の頭に弾丸が叩き込まれる。

 

 動揺する残存勢力に、間髪入れずラインなし狙撃の弾丸を撃つ。

 

 

 OSV-96とM14EBR、P90の銃声が、都市部に轟いた。

 

 

 

 

 全てが終わった後、敵はエムの掌の上だということには、最後まで気づかなかった。

 

 

 

 3.

 

 

 

 静けさが戻ってきた都市部。

 一度、フウのいるビルに集まることにしたチームLHMは、再び集結していた。

 

「二人ともよくやってくれた。運も味方してくれたおかげで、被害を出さずにプロチームを突破できた」

「すごい!すごいよねっ、わたしたち!!プロ相手に勝っちゃうなんて!」

「……………」

 

 喜びを声高々になって表現するレン。

 対照的にフウは黙ったままである。

 

「………。もしかしなくても、怒っているのか?」

「どう見ても不機嫌そうなんだけど」

「……………つーん」

「え、今"つーん"って口で言ったよ?相当怒ってるよこれ」

「いや、普通口では言わないと思うが……」

 

 頬を膨らませて不機嫌アピール。

 エムにはフウが不機嫌な理由を知っている。

 というか、半ば予想通りである。

 

「レンを囮に使ったことを怒っているんだろ?」

「え?」

「…………ふんっ。当たり前です」

 

 フウに指定したビル向かうように言った時には、すでにレンを囮に使うことを予測していたらしく、若干声のトーンが低かったのを思い出す。

 

 不本意だったが、勝つことがレンの為になると理解していたので、不機嫌になりながらも見事な狙撃を見せてくれた。

 

「仕方ないだろう。これが一番確実だと判断した」

「それは、分かってますよ……。でもっ、一度ならず二度もレンを囮にするなんてっ」

 

 珍しく声を荒げるフウ。

 慌てたようにレンが仲裁に入る。

 

「ま、まあまあ落ち着いて。確かに"リーダーのわたしが囮ってどういう扱いだ"って思ったけど、実際上手くいったんだから、ね」

「むぅぅ……」

「終わり良ければすべて良しってやつだよ!」

「…………ぅぅ。……はぁ、レンがそういうなら。僕からはもう何も言いません」

 

 当事者であるレンにこのように言われてしまうと、フウは仕方ないといったふうに機嫌を直した。

 レンはチラリ、エムへと目配せして、フウと和解するように伝える。

 レンが何を言いたいのか理解したエムはフウへと歩み寄って、頭を下げる。

 

「すまなかったな。これからは気をつける」

「いえ、こちらこそ我儘を言ってしまい申し訳ありませんでした。だから頭をあげてください」

 

 この後もSJは続く。

 このようなことでチーム内に亀裂が出来てしまうのはフウも望むことではない。きっとそれは、レンの為にならない。

 

 フウの機嫌も良くなり、レンも一安心といった表情。

 

「フウはわたしを心配してくれたんだよね」

「……はい」

「そっかそっか。その気持ちは嬉しいよ。——でもね」

 

 小さいレンはフウを見上げながら、諭すように言葉を紡ぐ。

 

「わたしは大丈夫っ。わたしを大事に思ってくれるのは本当に嬉しいけど、わたしを信じて。わたしを頼っていいんだからね」

「………あ」

 

 えへっと照れ笑いを浮かべるレン。

 つられてフウも笑みがこぼれる。

 

 フウの中で、何か歯車が噛み合ったような気がした。

 

「よぉーし!この調子で、優勝目指すぞー!!」

「はいっ!!」

 

 

 荒廃した都市部に、少女達の元気な声が響いた。

 

 

 

 

 

 

 4回目のスキャンまで、残り数分。

 

 生き残りをかけた戦場に、乾いた疾風が走った。

 

 

 

 




エムさん微強化


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