蒼き雷刃のゼノグラシア ~灰かぶりの呪子と守る乙女ゲーシナリオ~ (雨在新人)
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遥かなる蒼炎の紋章 キャラ紹介

説明書風味のキャラ紹介となります。cvは全部説明書っぽくする為の架空のものです。ネタバレ要素はありません
また、挿し絵(というかカスタムキャストの3Dモデル)は原作仕様(ゲーム本編の15~19くらいの年齢の際のもの)となります。ちゃんとした女の子の立ち絵は水美(@minabi_4649)様に描いていただいたものです。
主人公のイラストは七瀬 あお様によるものです。

また、カスタムキャストの限界により設定を一部反映できていないので、割と似てる似顔絵程度に思ってください。この先置かれている挿し絵についても、全て同様です。時折描写と矛盾がありますが、作者のカスタムキャストで再現できる限界による矛盾です
その辺りが気になる人は、挿し絵無視していただけると有り難いです。あくまでもキャラの外見を知る補助やちょっとえっちな読者サービス目当てのものなので……


"第七皇子"ゼノ (cv:八代 匠(やしろ たくみ))

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初期職業:ロード:ゼノLv10 属性:無し

男主人公、或いは隠し女主人公の場合のみ登場するキャラクターで、帝国の皇子の一人です。魔力を持たないという特異体質からか帝国内での扱いは悪いものの、本人は逆境の中でもしっかりとした皇子であろうとする善人です。主人公にも優しく、全力で力を貸してくれることでしょう

 

"第三皇女"アイリス (cv:佐藤 香菜(さとう かな))

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初期職業:ゴーレムロードLv1 属性:火、鉄、土

全ルートで登場するキャラクターで、帝国の皇女の一人です。男主人公ルートでは、攻略対象の一人でもあります。その儚げな印象と実際に非常に病弱な体とは裏腹に、その魔法は非常に強力です。病弱故に本人は部屋から出ることは殆ど無く、魔法で作り出したゴーレムを操って学園生活を送っていますが……

 

"幼き守護龍"ティア (cv:門倉 舞以(かどくら まい))

初期職業:龍姫Lv1 属性:水、水、水

全ルートで第二部に登場するキャラクターで、魔の者が封じられたという遺跡を護る守護龍の一族の少女です。守護龍としての力を解放すると巨大な龍の姿となり、皇族すら越えかねない圧倒的な力を見せ付けてくれることでしょう。けれども普段は大人しく読書好きな少女です

 

"天光の聖女"リリーナ (cv:諏訪部 彩(すわべ あや)/茜屋 夏和子(あかねや かなこ)/富司咲 卯(ふじさき うさぎ))

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初期職業:聖女見習いLv1 属性:天、天、(天以外の選択した得意属性)

全ルートに登場する今作の主人公。名前はデフォルトネームです。男主人公ルートでは攻略することも可能です。子爵の娘(初期設定により変動)であり、そう強い魔力は持たなかった彼女ですが、ある日受けた聖女の予言と共に強い天属性の魔力を発揮するようになり、名門とされ皇族も通う学園に入学する事になります。元々は兄が家を継ぐ事が決まっていた為何れ何処かに嫁に出されることになっていて婚約などはしていない為恋に恋する年頃の少女であり、予言の聖女として恋愛の自由を得て修行に恋にと大忙しです

ちなみに、外見は3つから選べます

 

"異界勇者"アルヴィス (cv:仲斑 優一(なかむら ゆういち))

初期職業:火の勇者Lv2 属性:火、火、(火以外の選択した得意属性)

今作の男主人公。名前はデフォルトネームです。女主人公ルートでは登場しません。ある日勇者の啓示を受け、異世界から召喚された少年です。勇者として成長し、聖女と共に魔王を倒して世界を救うため、学園に通うことになります。元々居た世界との違いに戸惑いながらも、精一杯戦う正義感に満ち溢れた性格に惹かれる女性も多いとか

 

"誓いの風刃"レオン (cv:鈴木 龍将(すずき たつお))

初期職業:剣士Lv17 属性:風

全ルートで登場するゼノの乳母兄弟であり、彼の最も近い部下です。攻略も可能です。ゼノとは同じ師に学び、彼とはずっと共に行動してきたようですが、とある事情から反目している様子です

 

"極光(オーロラ)"隠し主人公 (cv:諏訪部 彩(すわべ あや)/茜屋 夏和子(あかねや かなこ)/富司咲 卯(ふじさき うさぎ)⇒cv:光坂 菫(こうさか すみれ))

初期職業:司祭見習いLv8 属性:天、水、水

今作の隠し主人公です。特定の条件(主人公の苦手属性を天、得意属性を水、名前をデフォルトネームにしない、加護が龍姫)を満たすことで、ゲーム開始時に彼女を主人公として選択することが出来ます。それ以外では登場しません。平民出身の少女で、その特異な力から平民ながら学園に招かれた特待生です。今までの暮らしとは全く違う世界に戸惑いながらも、途中で聖女の預言を受け、聖女見習いとして精一杯努力する努力家で、恋愛には疎い面があります

基本的には主人公である為外見や声は変わりませんが、外伝作品においては差別化されています

【挿絵表示】

 

 

"炎の公子"エッケハルト・アルトマン (cv:白 路美(はく ろみ))

初期職業:魔法剣士Lv15 属性:火

クールな辺境伯爵の息子で、攻略対象の一人です

炎の魔法と剣の腕は確かで、そのイメージとは裏腹にクールな性格ながら、心の奥には熱いものを秘めているようです

 

"誓いの銀盾"アレット (cv:藍井 結城(あいい ゆうき))

初期職業:アーマーガードLv15 属性:影、鉄

本作の仲間の一人で、皇族のことを恨む少女です。皇族嫌いではありますが、それ以外に関しては特に取っつきにくい所はなく、誰にも優しく親身になってくれるでしょう。平民出身ながら、貴族の息子の中には彼女に目を付けている人も居るとか

 

"特命を継ぐ銀腕"竪神 頼勇(たてがみ らいお) (cv:赤馬 健児(あかば けんじ))

職業:レリックドライバーLv2 属性:土/雷/影

本作の仲間の一人で、父の魂と共に魔神を追う青年です。責任感、正義感が強く、父の残したシステムLI-OHこと鬣の機神ライ-オウを駆り、魔神から人々を救うために旅をしています。その心の奥底には、何か辛い記憶があるようですが……

 

 

"悲劇の退治者"ロダキーニャ・D・D・ルパン (cv:桃井 魁利(ももい かいり))

初期職業:トラジェティファントムLv2(上級) 属性:風、火、鉄

全ルートで登場するキャラクターで、帝国北東方向にある小国の一般市民です。が、一人桃太郎とされる幾つもの種の亜人へと同時に先祖返りを起こした特異な外見から、オンリーワンな存在として活動しています。攻略も可能です。

非常に明るく積極的で、熱血なところがある彼ですが、他人の悲劇を盗み悲しみを退治すると呟くその心にはある秘密を抱えているようです。

 

"魔神王"テネーブル (cv:阿部 篤(あべ あつし))

初期職業:魔王Lv?? 属性:影、影、影

本作の最終目的、倒すべき魔王です。幾多の魔の軍勢を連れ、遥かなる世界から侵略を開始した戦乱の元凶にして魔神族の王……のはずですが?



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序章、第七皇子と真性異言(ゼノグラシア)
プロローグ、或いは転生譚の蛇足


 ふと、暗闇で目を覚ます。両の手で頬に触れ、首筋を通して肩まで流す

 その感覚が有ることに安堵する。突然の自分の体すら見えない暗闇の中でも、体は此処に確かにあるのだと

 

 『これはこれは、実に小さく可愛らしいお客様だ』

 暗闇に、ぼんやりとした影が浮かび上がった。いや、影なのだ。それは確かなのだが、目の前すら認識できない真っ暗闇では、その影と分かるナニカは、淡く輝いて見えた

 

 輝いているのは影だけ。右手を目の前に翳してみてもその影は見え、影が輝いているならばそれを遮るはずの手の姿は何処にもない

 

 「……お客、様?」

 『そう、お客様。ようこそ、輪廻に還る狭間の世界へ』

 その声は優しく、そして何処までも胡散臭く響く

 

 「りんね?」

 理解できないというように、ぼんやりと聞き返す

 いや、知っている。道徳の本で読んだのだから習っている。ただ、脳が理解したくないだけ

 輪廻転生。死者の魂が生まれ変わる事

 

 『ああ、小さな客人、君はあまりにも残酷な真実に気が付いてしまったのだね、おめでとう』

 声は、人のそれ。何時しか姿を取っていた影も、人という形状からそう外れてはいない。けれども何処となく異形に見える尖った足先や頭、そして幾重にも突きだした首筋から察するに……影を取った彼の姿は道化だろう

 いや、彼というのが正しいかすら分からない。響く声は男にしては高く、けれども女にしては低いもの。判断はつかない

 

 色々と不可解だが、死後の世界の事なんて何も知らない。認識している常識が通用しなくても何も可笑しくはないのだと割り切る

 

 不思議と混乱は無い。ああ、やっぱりかと思うだけ。暗闇だと認識した瞬間に、何となくそんな気はしていたから。ただ、死を祝われたのが少し……頭に来た

 俺は、祝われるような何かを……為せて、いなかった気がして

 そんな人生に、何か意味はあったのか

 

 漠然と、分からない不安だけがあって

 「死んだのか、俺は。それで、ならば貴方は死神だとでも?」

 思い出せないそれを振り払うように、俺は声を紡ぐ

 『おやおや、客人。取り乱さないのかい?それはいけない、死とは人生において何より大きな一大イベントなのだから。何よりも楽しまなければ、死に失礼ではないか』

 

 言われ、有ることしか分からない体で、動くことは分かる脳味噌を回転させる

 ……覚えていない。俺は誰で、何時何処でどうして死んだのか、そんな簡単な事すら、上手く思い出せない

 ふと、体が震える。ならば、俺は誰だ?そんな恐怖に駆られ頭をかきむしる

 

 収まらない。実在認識出来るだけの触感、それしかないからか、どれだけ頭を抑えても何も変わらない

 

 『イィィッヒッヒッヒ!そう、それさ!それこそが死の醍醐味!』

 文字通り道化のように、影の尖りが下を向き、笑い声が響く。恐らくは、喉を抑え、上を向いての道化笑いなのだろうが、影では判断がつかない

 

 『それが見れただけでも、門を開いておいた甲斐はあったよ

 さて』

 ふと、影が此方を見据えた、気がした

 

 途端、体が硬直する。元々有ることくらいしか分かっていなかったが、指一本動かせないと感じる。けれども、口だけは動く

 『客人、君はまだまだ若くして脳味噌を床にぶちまけて死んでしまった。ああ、なんたることか。まだ前途がある君は、若くして永遠にそれを生きる術を失ってしまったのだ

 ああ、具体的に言えば、君はバスケットボール……分かるかね?こういう丸いものさ』

 と、大きめのボールらしきものが、影に加わる

 『君は、このボールを集めた籠に、思い切り頭をぶつけて死んだのさ。憐れに!無様に!何者にも助けられることなく!』

 道化の腕が、目頭だろう場所を抑え泣き真似る。当然泣いてなどいない。死を祝った彼が、今更泣くなんて有り得ない

 

 『さて、可哀想な君には、二つの選択肢をあげよう

 一つは、このまま輪廻の輪に戻り、新たなる存在として転生すること。当然ながら、客人はもう客人ではなくなる。ああ、けれども君はきっとこの道を選ばないだろうね、客人』

 どこまでも猫なで声で、道化は言葉を続ける

 

 『もう一つの道はそう、おすすめの道さ。自分が誰かすら分からなくなって消えていく恐怖!それを体験した客人は、勇気があるならばきっと此方を選ぶ』

 ケタケタと高笑いしながら、道化は続ける。柔らかく熱い何かが、頬を撫でる

 「もう一つの道?」

 

 『そう!もう一つの道さ

 客人は客人のまま、新たに人生をやり直す。所謂異世界転生、という奴さ』

 「異世界転生?」

 思わず、聞き返す

 

 読んだことがあるような、無いような。死の間際に異世界へと飛ばされた兵士が、翼の靴の聖戦士と呼ばれて異世界で戦うという物語。って、それは転生というか転移か

 

 『ああ、安心してくれて良い。どんな酷い世界に転生させられるのだろうかという不安ならば必要ないよ、客人

 君を招待するのは、君の大好きなゲームの世界さ』

 「ゲームの、世界?」

 

 ……自分の名前すら忘れているというのに、それだけは思い出せる。よっぽど、生前の自分はそのゲームに関して時間と情熱を注いでいたのだろう

 遥かなる蒼炎の紋章。そう呼ばれるゲームに違いない、のだろう

 

 「いや、ゲームの世界にってどういう話だよ」

 それは、当然の疑問だった。ゲームは、あくまでもゲームなのだから。その世界にと言われてもよく分からない。特に、あのゲームは所謂SRPG、ユニットを動かして敵と戦わせるシミュレーションゲームでもある。自分がその世界で、ユニットとしてプレイヤーに動かされるのか?それは……嫌だ

 自分の命運くらいは、自分で決めたい。それが例え、一見とても簡単に見えて、殆ど誰しも果たせない程の無理難題だとしても

 

 『ああ、語弊があったね

 君が転生するのは、何時か誰かが夢の中で見て、未来予想を描いた世界。言うなれば、君がやっていたゲームとは、その世界を夢で垣間見た人間が造り上げたシミュレーションなのさ

 つまり君は、あの娯楽に極めて近く、限りなく遠い世界で、改めて生きる事になるのさ』

 

 「何故、俺なんだ」

 姿のはっきりとは見えない影の、それでも恐らくは眼があるだろう位置へと目線を動かし、問い掛ける

 

 『これは、正直な話だけれども

 

 誰でも良かった。だから、門を通りこの地にやって来た迷える魂に、話を持ち掛けた訳だよ』

 

 影が、自身の服の中を探り、手らしき部分に一つの、それと分かるものを取り出す

 燃える玉。影のようにぼんやりとしてはおらず、明確な形をもって輝いている

 

 その燃え盛る表面へと、道化は顔を近付け、躊躇いもなく焔を嘗めた

 

 ……燃えない。燃えそうでいて、その焔はまるで燃やす実体がないかのようにただただ嘗め取られる

 

 『これを取り込むと良い。それが、転生を助けてくれるだろう』

 ぽいっと、手首だけで道化が果実を投げて寄越す

 慌てて両の手でもってそれを掬うように受け止める。何時しか、体は動くようになっていて

 

 「……っ!」

 同時、両の掌に感じたのは灼熱。火なんてまともに触れたことはない。星空キャンプの夜、面白がって松明の一本を脇腹に押し付けられた時くらいだろうか

 それが何時だったかは、覚えていないけれども。覚えていないならば、きっとそんなものあのゲームに比べてどうでも良い事だったのだ

 

 痛い。熱いのではなく、ただただ痛い

 くつくつと、含み笑う声が響く

 『道化が真実しか語らなければ、それは単なる語り部に過ぎない。そうだろう?

 その林檎は、君の魂を焼き尽くす地獄の焔の塊、地獄の果実

 私は君に一つ、嘘を付いた』

 

 ふと、視線を感じた。彼は、何かを待っている

 

 手の焔は少しずつ燃え広がってゆく。掌から甲、腕、もう肘までも灼熱しか感じない

 

 ……考えるまでもない。彼は一つ嘘を付いた

 勇気があるならば、きっと

 

 躊躇わず、首を伸ばし果実にかじりつく

 歯で焔を巻き込んで削り取り、舌を焼かれながらも無理矢理に咀嚼する。苦くて、苦しくて、あまりにも甘い矛盾した味が口の中に広がる

 

 『はい、御仕舞い

 全て食べてはいけないよ。それは原初の罪人ですら出来なかった話だからね。人には許されてはいないのさ』

 焔をものともせず、果実は道化に取り上げられる

 

 『うん、思い切りが良いね。かじりすぎだ』

 俺の残した歯形を繁々と眺め、道化は呆れる

 『どうして、かじってしまったのだい?』

 「わざわざ嘘を言ってくれたじゃないですか」

 

 そう、分かりやすかった

 果実は転生を助ける。果実は魂を焼き尽くす。一つだけが嘘ならば、どちらかは本当だ

 そして、勇気あるならば転生を選ぶと道化は言った。ならば、転生に近いのは勇気をもって言われた通りに果実をかじり、取り込むこと

 わざわざ矛盾点を言ってから嘘を付いたと宣言してくれたのだ、これほど分かりやすい答は無い

 道化が悲劇を演出するために本当にかじれば燃え尽きるものを渡していた可能性はあった。だが、それを怖れて迷っていては意味がない。信じて無視した

  

 直感を信じる勇気、ただそれだけに全てを託して

 

 意識が薄れていく

 認識していた体が、確かに其処にある、と思えなくなってゆく

 視界がぼやけ、道化の影が焔のように揺らめきだす

 

 『……よい夢を、客人』



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本当のプロローグ、或いは自己認識

眼を開いた時、見えたのはただ焔だけであった

 「……理解(わか)るな、お前は弱い」

 頭を押さえ、言葉を紡ぐのは初老に近付き始めた一人の若作りな男。その手に携えた人の手には余る大きさの大剣は、それそのものが燃えている

 

 自分自身の小さな体は、最早火傷と痛みそして何より精神的な怪我でぴくりとすら動かなかった

 

 蒼炎の中に佇む銀髪の巨漢。炎の中に沈む幼い子供

 ああ、そんなCGもあった

 此処からかよ、酷いな

 そう、冷静に考えることが出来るのも、予めあの道化(ピエロ)が自分が何処に放り込まれるのか教えてくれていたから。だけれども、おれ自身の焦燥は収まらず、炎に喉を焼かれての息苦しさと共に意識は消えて行く

 その眼には、鮮やかな蒼い炎だけが焼き付いていた

 

 次に目覚めたのは、ベッドの上

 全治無し。まともに動けるようになるまで約二週間。一生焼け爛れた左目周辺は治らず火傷痕と生きていく。

 治りについては何も言われていないけれども知っている。此処はあの道化が言っていた言葉を信じればおれの知っているゲームの中みたいなものなのだから

 ならば、此処はゲームの中。そしておれは……その序盤お助けキャラの一人だ

 

 遥かなる蒼炎の紋章シリーズ。おれが今その登場人物の一人になっているだろうゲームは、所謂乙女ゲームだ。ギャルゲー版もあるが

 プレイヤーは聖女だと予言された主人公となって王公貴族も通う学園生活を送る

 そして第一部の行動によって学園卒業後の個別ルートこと第二部があるという感じだ。ストーリーとしては、学園で成長し恋をした聖女(主人公)と仲間達が復活した魔神王達と戦う王道ファンタジー

 だがこのゲーム、正直な話女性に受けはあまり良くなかった。話題にはなったが、評価はそこまで高くない。理由は簡単であり、ジャンルがSRPG+ADVであったから

 あと、一部キャラを除いてHPが0になったら死ぬ。別ルートで攻略したお気に入りも普通に死ぬって話だからなこれ

 極めつけには、シミュレーションゲーム部分の難易度は相当に高かった。どれくらいかというと、RTAだの最短ターンアタックやってたおれが、最高難易度の1発全員生存は運ゲー過ぎると言ってた程

 

 だが、CGは良かったし、キャラも……SRPG部分に容量を取られ過ぎて重要イベント以外はパートボイスという部分を除けば声優も豪華で良し、という事でそこそこ受けはした。

 というか寧ろSRPGとして面白いとか言って男性側に割と受けた。結果、元々SRPGだから女性キャラも多いしと男性主人公なギャルゲー版、そして次世代機で容量足りたからと男性女性双方のルートに容量の都合で削られたイベントやキャラも追加した完全版が発売された

 

 更には続編みたいなものの構想もあったらしいが、(仮)として発表された頃に死んだようなので詳細をおれは知らない

 

 そして、お前は弱いと言われるイベントを自分の体で体験した時点で、名前を呼ばれてなくとも自分が誰なのかは分かる。あのイベントは、とあるキャラの語る回想そのものだから

 

 第七皇子ゼノ。それが、今のおれの名前である。

 そう考えると、妙にしっくり来た。おれ……というか、これをゲームと認識していたおれの記憶は割と曖昧で、ゼノとしての記憶はしっかりとある。混ざりあったような感覚。おれはおれであり、ゼノでもある

 

 目覚めても火傷で動けないのでもう少しおれの記憶を掘り起こす

 

 第七皇子ゼノ。この世界の皇族の常として姓は無い。皇族としての籍を抹消される際に、婚姻と共に向こうの姓が付く、それがこの世界の皇族だから

 ゲーム的に言えば、~凍王の槍~(ギャルゲー版)以降の追加キャラであり、完全版のみの追加"攻略キャラ"

 一応最初の頃から設定はあるものの容量の都合上モブだった存在であり、完全版で追加されたもう一人の女主人公でのみ攻略出来るという特殊な立ち位置のキャラだ

 第七皇子という肩書きから俺様系かと思わせて、割と影のある好青年という感じ

 個別イベントでは、何時抹消されても可笑しくない皇籍程度の自分が平民出身とはいえ聖女の予言を受けた主人公に釣り合わない、もっと彼女には相応しくて幸せになれる相手が居る事に悩む、なんて本当に乙女ゲーなのかこれというキャラである

 

 

 そして、救済枠だからかチョロい。あとは、彼の……今では『おれ』のルートへの導入はそれはもう滅茶苦茶に主人公が積極的だったりする

 

 何より重要なのが……キャラとして追加された事で判明したのだが、ゼノは通常女主人公ルートでは分岐によって敵幹部と相討ちするか普通に負けたかは分岐するがどんな進行しても死んでいるということ

 考察によると皇籍を抹消されて辺境の防衛に飛ばされ、侵攻してきた幹部相手に元皇子の責務として徴兵された皆を逃がすための殿を務めて死亡、だったはずだ

 

 正直な話、死にたい訳がない。それなら転生なんて選ばない

 つまり、急務としては生き残る道を選ぶこと。その為には……この世界が通常女主人公ルートでない事を祈る事しかない。或いはこの世界が難易度easy基準だと祈るくらいしか、やることがない

 強くなって勝てば良いんだよと言いたくはなるが、相討ちになるルートでのゼノは、恐らくステータスが普通にカンストしている

 その上で相討ちということは、強くなってもまあ勝てないだろうという話になる

 実際問題、ドーピング含めてカンストしたゼノをもう一人ルートで相討ちしたらしい幹部とぶつけて再現してみた事もあるが勝てたのは難易度nomalが限界だったしな

 じゃあ逃げるか?逃げれば殿なんて務めなくて良いから大丈夫?

 そんな選択肢は無い。仮にも皇家、例え籍がその時には抹消されてようが護るべき民を見捨てて逃げて良い訳がない。というか、そんな事やらかすなら皇籍抹消はその心の弱さのせいだろボケで終わってしまう

 

 さて、寝よう。考える時間はまだまだ沢山ある

 火傷が疼き出したので、考えは打ち切っておれは意識を闇に沈めた

 

 早急にやるべきことは……まずは原作より弱いなんて事がないように鍛えることか

 

 実は結構難題だな!?

 

 

 

 2週間と4日、つまり20日が過ぎた。この世界……マギ・ティリス大陸における1週間は8日。1ヶ月は6週間、1年は8ヶ月に当たる。1年は384日となる訳だ

 この世界を創ったとされる七柱の神である七大天。其々(それぞれ)を冠した7日に居るかもしれないとされた万色を加えて8日。それが1週間であり、1年が8ヶ月なのもそれに倣う。1ヶ月が6週間と半端なのは先に時の皇帝が1年を8ヶ月、1週間を8日と決めてしまい、合間の週が8で上手く区切れれなくなってしまったかららしい

 

 七大天とは、焔嘗める道化、山実らす牛帝、雷纏う王狼、嵐喰らう猿侯、滝流せる龍姫、天照らす女神、陰顕す晶魔の七柱。魔法の存在等あらゆる場所でその存在の痕跡が見える、この世界に実在する事が疑うべくもない神々

 それに全てを束ねる者として想像される万色の虹界。それに合わせて月や日にも名前が付けられているが……そこは良いか、もう

 

 閑話休題。正直な所言われた日付が今日から何日前何日後を指すのかさえ分かれば基本は問題ない話であり、あまり意味はない。ゲーム内でも一応表記されていたが、覚えてなくても何とでもなった。1日もやっぱり8つに分けられて火の刻から始まるのだが、刻一つが日本という世界では3時間なので24時間式で考え直せるし問題ない

 

 重要なのは大体動けるようになるまで2週間であった火傷の大半が無視できるくらいまで回復したということ。顔の火傷は一生残るが、他は何とかなった。つまり、もう出歩けるということ。調査開始出来るということ

 

 「……坊っちゃま」

 そう、良しとベッドの上で握りこぶしを作るおれを、おれ専用のメイド……ではなく老執事は痛々しそうに見ていた

 別に、おれの行動が痛い訳ではない。存在そのものが執事として見ていて辛い程に痛いだけだ、多分

 「じい、大丈夫だ」

 「しかし……」

 「親父の……陛下の真意は伝わってるから」

 分かるかボケぇ!と言いたいのを必死に堪え、そう返す

 

 そう、陛下……あの焔纏って実の息子に消えない火傷追わせたボケにして帝国最強の当代皇帝のやらかした事こそが、多分おれが今のおれになった理由

 この世界は、当然ながら剣と魔法の異世界である。聖女なんてものが居る以上当たり前だが。そして、そんな世界の人々は必然的に魔法を使う力を持つ。獣人は持たないから差別される

 魔法属性は大きく分けるとやはり七大天の属性になる

 そして、此処に一つだけ禁忌がある。相性が悪い属性同士、それも純属性とされる七大天の属性の二人は決して結ばれてはならない。その二人の子は呪われるだろう、というものだ

 もう分かるだろう。あの親父の属性は火の純、メイドだったらしい母親の属性は水の純。おれ、第七皇子ゼノは、その禁忌を思いきり踏み抜いた忌み子なのである

 

 何でも疲れた時に甲斐甲斐しく世話してきたメイドについうっかり手を出してしまったら禁忌の相手で、しかも1発で仕込んでしまったとか何とか

 気の迷いで忌み子を作んないでくれ親父

 

 因にだが、そんな忌み子を産んだせいで、母は死んだ。おれを産んだその時に、おれと共に呪いの炎に焼かれ、おれだけを必死に消火して、自分は燃え尽きた

 ……おれにある母の思い出は、左肩と臍にある小さな一生残る火傷痕と、父から母に子を産んだ際に贈られるはずだった、3回まで攻撃でない魔法を無効化できるアクセサリーだけ

 

 そして、五歳の誕生日に子供は全員行う、属性を見幼い子供の弱い体では耐えられぬ為に眠っていた魔力を解放する儀式の際に、遂に禁忌の理由は明かされたのだ

 属性:無し。魔力を扱えず、魔法も無い。当然魔法が使えなければ、魔法で色々出来る前提で8日に1度しか休みがなくても良いだろというこの世界での常識的なスケジュールがキツくなる

 そんなことはどうでも良いがあまりにも致命的な事に魔力を使えないから魔法に対する障壁も一切無い。つまりは、SRPG的に言えばMP、魔力、魔防の3つの値のカンスト値が貫禄の0

 ゲーム的には、固有スキルにその3つの上限を0にする効果が付いており、何しようが伸びない

 そんな、人間相手では基本魔力障壁(魔防)による減衰があるからと魔法が高めの威力になっているこの世界でのあまりにも致命的な欠陥

 

 それ故に、獣人と同じく魔法関係が0……いや恐ろしいことにもう一個魔法についての欠陥がある。そう、魔法があるのに全治無しな理由がそれだ

 そもそも、回復魔法が効かないのだ、おれ。

 

 アンデッドか何かかよおれ!?

 

 そんな被差別対象である獣人以下、力をもって在るべき皇子としてはあまりにどうしようもない弱さ故に、周囲からはボロクソに言われ、泣き付いた実の父親にお前はどうしようもなく弱いとボコられ……というのが、第七皇子ゼノの過去だ。そして、今のおれの境遇だ

 

 

 あの親父の本当に言いたかった事は、今のお前は弱いが、お前の父親は強い。父親の血を引いているのだからお前だって強くなれるはずだ。悔しさを糧に強くなれ、それだけがお前に出来ることだ。……なのだが

 原作ルートにおけるゼノは、悩んだ末にその答えに辿り着いて立ち直っていた。そして、皇族としては失格スレスレも良い所だがお情けで籍を抹消されない程度の強さを手に入れて本編の学園に入学してきていた

 言わせてくれ。正直原作ゼノはエスパーかと。幾ら父親が口下手で力で押し切るバカだと分かっていても五歳の子供がそんな真実理解出来る訳無いだろうと。超ポジティブヤンデレファザコン以外は親にすら見捨てられたと解釈して絶望、精神死ぬ以外のどんな結果が起きるんだよと

 ……だから、おれが産まれたのだろう。幼い純粋な第七皇子ゼノの意識は、父親に弱いと突き放された時点で壊れてしまった。その壊れた意識を、おれというもので修復した。それが、それこそが、ゼノであり、名前も覚えてない日本人だったおれなのだろう

 

 「……陛下に伝えてくれ。武術の師を、おれに用意して欲しいと」

 これで良いはずだ。分かっていると伝わるはず

 「坊っちゃま!」

 「頼むよ、じい」

 それだけ告げると、おれはリハビリがてら部屋を飛び出した



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探索、或いは出会いイベント

あの日から8ヶ月……つまり一年が過ぎた

 ゲーム内での得物が刀であった事から分かってはいた事だが、親父に付けられた武芸の師は、大陸から遥か西方に在る、どんな異世界にも存在する気すらする和風国家出身のサムライだった。問題はない。おれはおれとして、第七皇子ゼノとして生きていくとそう決めたのだ。まだまだ甘いが、生き延びる為に修行の手は抜かない

 とはいえ、武器が刀というのは中々に面倒だった。まず第一に、手入れが難しい。西方の者はそこまで大陸と交流していない為、刀の絶対数自体が少ないのだ。当然ながら刀匠も珍しく、修繕出来る者も同様。

 力で叩き斬るものである剣とは違い、技で斬る刀は切れ味が非常に重要だ。剣は血糊だ刃零れだはある程度まで無視出来るが、刀では致命的。だというのに、直せる者が居ないのだ。雑には扱えない

 

 そう言えば、神器以前の時系列なんだよな……と、護身用として持ち歩いている短刀を見て溜め息をつく

 そう、それが二つ目。おれの師は抜刀術中心に教えてくれる師なのだが、成長してない子供の体に刀が合わない。かなり短めの短刀でなければ、そもそも背が足りずに鞘から抜き放つ事すら出来ないのだ。元々かなり弱いというのに、まともな火力のある武器を使えない。結構不安だ

 左手には父から詫びとして贈られた大粒のルビーの指輪が嵌まっている。指に嵌めている限りにおいてルビー自体が魔力を秘めている為か火属性魔法の威力が上昇し、逆に水属性に分類される氷属性だとかの威力が減衰する優れものだ。

 自分に向けられた火属性魔法すら増幅してしまうのが難点だが、ルビーが勝手にやっている事でおれ自身に無関係なのでしっかりと水属性軽減の効果が発揮されるのが嬉しい

 

 今やっているのは走り込み。基礎能力の絶対値の底上げ。この世界はレベルで能力値は上がるが、だからといって無意味ではない。どれだけ能力が高かろうと、これは既におれにとってゲームではないのだから

 ゲーム的にも修行は無意味ではない。命中0、或いは100。そこまで圧倒的な差があればどうしようもないが、そうでないならば十分な意味を持つ

 

 この1ヶ月動く練習用のゴーレムとやりあってて分かったことだが、ゲーム的なステータスによる命中率と、実際おれが戦ってみせた際の命中率には明確な差がある

 要はマスクデータを入れた実効命中率が、彼我のステータスと其処から導き出されるはずの(計算式は覚えてるから求められる)表記命中率と多少乖離するのだ。1ヶ月でレベルは変わってないしステータスも同じで、それでも最初より明らかに当たるようになった

 命中率5割が、体感6割になった感じだな

 ならばと思ってステータス上明らかにどう足掻いても命中100な師相手に避けられたりするかと思えば、直感的に避けようがないと理解してしまった。そこら辺はゲーム的だ

 とはいえ、恐らくの能力値を計算式に当てはめた場合の命中率が100か0でないならば、武芸なり技術なりが介入出来る。レベル差はある程度何とかなるというのは明確な福音。敵の方が技能が上ならばデメリットにもなりかねないが、そんなものは考えても仕方ない。メリットがあることを喜ぼう

 

 と、いうかだ。当たり前のように命中回避について語っているが、だ。この世界にもステータスは当たり前のようにあった。更にはマスクデータではなく一部魔法で読み取れるようになっていたし、偽装魔法もある

 とはいえ、七大属性持ちの7人でもって唱える大魔法である為、七大天を祀る教会以外ではまともに唱える事は不可能な大魔法、覚醒の亜種なので早々魔法書は出回らない

 けれどもそこは皇家、城にはその魔法の魔法書を作る事が仕事の御抱えの魔法師が居り、ある程度の量産を可能にしているので何も問題はないのだ

 ということで、おれ自身は魔力0なので論外としても、能力を見る為にと魔法書一冊を親父に頼んで貰ってきて、乳母兄のレオンに持たせている。それでもって、能力値を見てみたという訳だ

 そんなおれのステータスは……ゲームでの初期職の下位版でステータスもHP、力、技、速、精神、防御が平均して馬鹿高いとまんま原作をダウンサイズした感じ。そしてやはりというか何というか、MP魔力魔防の3種は0で燦然と緑に輝い(カンストし)ていた

 

 そして、人の口に扉は建てられない。一月でその噂は多くの貴族に広まり……おれの扱いは、大分酷いものになっていた。火傷で寝込んでいたこともあり、本格的に復帰した時には既に、自分がやはり忌み子だったことに絶望して引きこもった雑魚皇子というレッテルが噂好きの子供達の間で定着してしまっていたのだ

 恐らくは自分の貴族の血に誇りを持っていて、けれども皇家に勝てないと親に言われて悔しかった良家のぼんぼんにとって、自分がマウント取れる同年代から少し下くらいの皇子は、あまりに良いストレスの捌け口だったのだろう。わかっていたとはいえ、大分堪える。というかこれを素で耐える原作のあいつは何なんだと

 

 まさか、こんなものも弾けないの?と嘲りながら弱めの火魔法を庭園会に来た貴族の子供からぶっぱなされた事もあった。分かりやすい軌道だったので避けたが、庭園がボヤ騒ぎになりかけた

 大切な庭の一部が燃えた、皇子なら受けて耐えろと主催側にキレられて理不尽を感じたが、他の皇族ならそうしていただろうから何も返せなかった。実際、使われたのは属性さえ合えば誰でも使える低ランクの魔法書によるものでダメージ計算式が魔力の半分(小数点以下切り上げ)+5とかなり弱い、他の皇族ならば6歳の時点で普通にほぼノーダメージで耐えたはずだ。俺には無理だった

 

 ふと、走り込みのなかで気が付く。庭園の植え込みが揺れている事に

 とりあえず、今日朝の時間帯では此処に近付くのはおれ以外に居なかったはずだ。そもそも此処はおれの部屋近く。皇城の端であり、おれ付きの執事が趣味でやってるだけのそう良い庭園でない事もあり通りがかる者もまず居ない

 風はない。だから違う。虫……と日本ならば言われるだろう生物は、皇城には魔法で駆除されていてまず居ない

 ならば、答えは……まず間違いなく侵入者。それが犬猫級なのか、それとも悪戯っ子のレベルなのか、或いは本物の侵入者かは知らないが

 

 師匠を呼びに行くか?と言う考えは断ち切る。遠すぎるし侵入者で無かった時が怖い。ならば乳母兄(レオン)と考えるも、多分あいつは執事の娘と二人で朝御飯食ってる時だろうから気が引ける。お付きのメイド、といえばちょっとくらい妄想したくもなるが、おれ付きのは親父から付けられた執事の娘一人だし、まあ俺が五歳になった後に入ってきた事もありまず間違いなくおれよりはレオンの方が好きだろう、邪魔したくはない

 乳母兄と幼馴染の恋人関係?良いじゃないか、あの子が本編で一切出てこないのがひっかかるが

 

 いざとなれば武器はある。皇城内で常時帯剣を許されるは皇族と見張りだけだ

 意を決して、植え込みを覗きこむ

 

 ……そこには、子猫が居た。正確には子猫ちゃんと称するべきだろうか

 ……うん、明らかに人間である。頭隠してぷるぷる震えているが、隠れた植え込みが揺れて逆に怪しまれるだろう事に気が付いていない

 年の頃は……俺と特に変わらない。6歳行くかどうかだろう。服はみすぼらしい布一枚のワンピース。隠れる際に枝に引っ掛かってスカート部分が捲れ……というか破れ、粗末な白い下着に包まれた幼い尻が微かに見える

 「……はあ、何の用なんだ」

 「ぴゃっ!?」

 軽く肩を叩いてやると、一瞬顔を上げてこちらを見、意識が抜けたように震える小さな体がくたっとした。というか、明らかに恐怖で気絶した

【挿絵表示】

 ……そんなに顔怖いだろうか。同年代くらいの刀持った銀髪顔火傷少年。うん、間違いなく怖い。服装からして侵入してきた幼い平民の少女が耐えきれる訳も無いな



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理解、或いは星の紋章

プリシラ、後で親父付きの偉いさんに追加申請しておくからちょっと届いてる新しい服貰ってくぞ、とだけ報告しておいて、プリシラ……お付きのメイドの支給品である幼い女の子向けの機能性より可愛さを重視したメイド服(まだ開けていない新品のもの、流石に彼女が着たことあるものを持ち出す勇気はないし部屋を探るのは皇子でも性犯罪だ)一式を彼女の個室の前に置かれていたので拝借。ついでに朝の走り込みが終わったらという事で執事が用意していた朝食(馬鈴薯に似た芋の蒸かしとこの世界の野菜スティックに独特の風味の茶)をテーブルからかっさらい、気絶した少女の元へ戻る。メイド服寄越せ宣言した瞬間にメイドの幼い眼が氷点下になっていた気がするが気にしない

 

 まだ、少女はそこに伸びていた

 庭園眺める用の木製の簡易卓なら其処にあるのでその上に持ち出した物品を並べ、気付けとして少女の頬を付く。無駄に柔らかな感触が、ちょっと病的な白さの肌からする

 「ぴゃっ」

 「……はあ、驚くな。取って食う気ならすでにやってる」

 眼を見開いた少女に弁明になってない弁明をしながら、その姿を見る

 ……平民にしては有り得ない美少女だ。いや、六歳ほどだから美幼女か、それを言うならば

 日の光当たってんのかと思う透き通る白い肌、それに映える鮮やかな蒼い瞳、柔らかな銀髪は朝の日光を浴びてキラッキラしている。ちょっと色悪いおれの銀髪とは比べ物にならない上質さだ。顔立ちは可愛らしく、育てば文句なしの美少女になるだろう

 誘拐高額奴隷ルートとか見初めたお貴族様による強制妾ルートとか、今の状態でも趣味悪いロリコンによる拉致監禁ルートとか光源氏ルートとか、将来は有望……いや、無謀そうだ。何だろう、可愛いんだが、この世界の何の力もない平民にしては可愛すぎて黒い部分の犠牲になりそうな気がしてならない。というか、登場キャラのうち平民出身のキャラは割と酷い過去持ってたキャラ多いから本気で有り得る。奴隷制も公にしていないだけで存在するしな

 

 「ま、」

 「……ま?」

 「まだ、食べないで……」

 絶対的捕食者を前に逃げ場を喪った小動物みたいに震えながら、びくびくと、少女は言った

 「まだ、なのか……

 とりあえず、庭園の影でこれでも着ろ、目立つ」

 言って、卓上のメイド服一式を軽く叩くと、少女は怯えながらも服を取り、そそくさと木の影に向かった

 微かな絹擦れの音が聞こえる。見には行かない。おれはそこまで変態じゃない。朧気な記憶で、四年の時に女子更衣室となった体育の前の教室の中に大切な物を窓から放り込まれて仕方なく更衣室に突入したことがあった気がするけれども、ソレは無しだ、うん

 

 暫くして木の影から出てきた少女は、一段と可愛かった。素材が良いと何でも似合うとは言うが、やっぱり可愛い衣装の方が相乗効果で可愛いに決まっている

 

【挿絵表示】

 

 「よし、これなら見つかってもバカ皇子が同年代口説いてるで済むな」

 「……あ、あの……」

 おっかなびっくり近付いてくる少女のお腹が、軽く鳴った

 「食べるか?」

 おれは、それを見て、野菜スティックを摘まみ、一本差し出す

 少女はその一本を遠慮がちに手に取り、ほんの少しだけ小さな口でかじる

 みるみるうちにその不安げな顔の頬が緩んだ

 まあ、当たり前といえば当たり前である。一応これでもおれだって皇族、その朝食の野菜スティックはにわか現代知識で無双を一瞬考えた去年のおれの野望を打ち砕く、ふんだんに魔法を使った何時でも旬な完全無農薬屋内栽培のブランド品なのだから。土魔法で栄養集め、鉄魔法で耕し、風魔法で種蒔きし、水魔法土魔法天魔法で風魔法で環境を最適に管理したブランド品野菜

 それほど手をかけずとも、トラクターで出来る事などは普通に魔法でも出来る、しかもそちらの方が早い。野菜の出来は既に現代日本を越えているかもしれない。魔法による大規模農耕やら室内栽培技術やらを知った時、おれは現代知識頼みを諦めた

 というか、現代知識で帝国850年の歴史、積み上げてきた魔法の集大成に挑もうとするならば、せめてジェット戦闘機(F15)くらいは自力で完成させられなければ話にならない。レシプロ機ならば多分飛竜乗りに空で落とされる。戦車?多分だがネオサラブレッドに勝てないな

 現代知識(機械)は慣れれば誰にでも使えるという利便性はあるが、そんなものより適性持ちが年月を経て改良された魔法を使った方が明らかに楽でコストも低くて出来も良い。適性無しを引き上げる機械なんて、例えおれが作れても需要で勝ち目なんて無いのだ

 

 「……それで、平民が皇城に侵入してまで何の用だ?」

 「ぴゃっ」

 「話を聞こう」

 「こ、殺さないで……」

 おれが軽く見せた短刀を見て、また怯えが再発する

 

 「悪い。平民内では有名な話でも無かったな

 皇城内で緊急時以外に帯剣を許されるのは、皇族か見張りだけ。おれが見張りに見えるか?」

 「……皇子、さま?」

 「まあ、形式上は、な

 おれはゼノ、第七皇子……って事に今はなってる」

 「え、えっと……アナ」

 「そうか、アナ。で、何で侵入なんてしたんだ?

 皇子様なら、何とか出来るかもしれないだろ?」

 実際におれが何とか出来る範囲は別に広くない。寧ろ皇子としてはかなり狭い。だが

 聞いてみる価値はあるだろう。もしかしたら本当に何とか出来るかもしれない

 

 「お願い……、みんなを、助けて……」

 その言葉を聞いた瞬間に、少女……アナは、おれにすがり付くようにそう言った

 軽く出したおれの手をきゅっと握り、眼を見ようとして軽く上目遣い

 ……やめろ、それはおれに効く。多少の不利益なら構わず全力でなんとかしなければという気分にさせられる

 「誘拐か?騎士団に連絡は?」

 「違……うの」

 言って少女は、片目を隠すほどの長い前髪をかきあげる

 その髪で隠れていた眼に、星が浮かんでいた

 比喩ではない。実際に、物理的に星のマークが、浮かんでいたのだ

 

 「星紋症……。古代呪詛じゃないか、どうしたんだ」

 古代呪詛。まあ、この世界特有の病の一つである。かつてとある街を恨みに恨んだ魔術師が生涯をかけて造り上げたという一つの魔法。それは実際にその街を魔法の疫病で滅ぼし、今も何者かが保菌しているのかたまに感染者が出てくるという。人工の病とかいう業が深いものがその正体だ。初期症状として眼の中に星マークが浮かぶ。それは段々と進行してゆき、眼から額、額から顔全体と広がって行き、ある一点を越えると急激に全身に星マークが浮かび上がって、星全てから出血、全身血塗れで死に至る。致死率は当然の100%、感染者に生き残る者は居ない

 更には、街を滅ぼす疫病なので感染する。初期症状な状況はまだ良いが、額に星が出たらもうアウト、何時他人に感染するようになっても可笑しくない。不味い事に呪詛の為、距離は短いが当然の権利のように空気感染するので近づくだけでアウトだ

 

 「……分かんない」

 「分からないって……」

 「でも、みんなが!……みんなが、殺されちゃう……」

 「……アナ。君は早い方なのか?」

 震えながらも、少女は否定した。曰く、自分はまだ眼だけだけど、他の人には既に顔全体に黒い星が浮かびはじめている者も居るということ

 

 「分かった。つまり、星紋症に何でか感染した孤児院の皆を助けてほしくて、騎士団の監視が交代する隙に孤児院を抜け出して来た、と

 このままでは、疫病の感染の恐れがある場所として中の皆ごと焼き払われてしまうから」

 少しして、怯えながらもしどろもどろに話す彼女の言葉を要約するとこうなった

 「バカか。何やってるんだ

 ……バレたら死罪ものだぞ」

 額に星が浮かぶ第2段階以降は感染能力を持つ。それで街を歩くなど、パンデミックによる国家反逆扱いでも可笑しくない。近距離であれば無差別感染するのだし

 「……でもっ!」

 「……分かってる。とりあえず、可能な限り何とかする

 ……親父に頼んで」

 おれ一人で何とかなるものでも無かったから、おれはせめてそう言った

 「……なる、の?」

 「ならなきゃ来ないだろ、アナ

 一応治療方法は研究の末に出来てるんだ、治るさ」

 そう、対抗魔法も既にあるのだ。治せない疫病ではない

 問題は……それがアホ高い事。魔法書を作れる人が珍しく、手間もかかり、そして何より治療しなければ致死なので足元を見れる為、基本的に平民には一人分でも手が中々出ない。孤児院の皆……というなら恐らく10人はいるらしいからどうしようもない。金をかき集めても3~4人分、かといって、感染した子の一部だけ助けるなんてやれる訳もないだろう

 まあ、ここまで重く考えていて何だが、逆に言えば金で解決できる程度の事である

 

 「助けて、くれるの?」

 弱々しく、少女は呟く

 「ひょっとして、助けて欲しくなかった?」

 その言葉に、おれは意地悪く返して

 ぱっと明るくなった顔が翳ったのを見て、これじゃ駄目だなと自嘲する

 

 「……アナ。おれはおれ自身が何者かである前に、皇族だ

 皇族は、民の最強の剣で盾。国民を助けるのに理由なんて必要ない。寧ろ必要なのは……助けてと皇族に手を伸ばす誰かを、助けないだけののっぴきならない理由だけだよ」



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対話、或いは売買

おれが何とかする、絶対に此処から動くな、誰にも会うな。進行が遅くとも何時か第2段階にならないとも限らないから

 と、少女に強く言い含めて席を立つ。そのまま管理している執事にだけ軽く事情説明をして場所の管理を任せ、皇子のワガママという体でアポイントメントを取らず、強引に父皇の居るだろう間へと踏み込んだ

 「何用だ、ゼノ」

 果たして、おれと同じ銀の髪の男は其処に居た

 睨み付ける双眼に気圧されるが、止まってはいられない。最低限の臣下の礼として床に膝をつき、言葉を紡ぐ

 「陛下、このおれに、力を貸して下さい」

 「……時間が余った。話だけは聞いてやろう」

 

 「だから、出世払いでも何でも構わない。おれに」

 「阿呆か貴様」

 説明の最中、おれの言葉を区切り、父はそう切り捨てた

 「何を言い出すかと思えば、資金援助?あまり(オレ)を失望させるな、ゼノ

 ああ、そうだろう。目をかけるのは別に構わん。それを快く思わん相手とやりあう覚悟があるならば勝手にやれ。だが、その程度の話で(オレ)に頼るな」

 「……親父」

 「今、貴様は父にものを頼んでいるのではない、国民として、皇帝に慈悲を誓願しているのだ。陛下と呼べ、バカ息子」

 「でも」

 「……(オレ)も人の子だ。ああ、血の繋がった実の子であれば、助けねばならん状態に追い込まれていたならば、利を多少無視して助けるかもしれん」

 「なら!」

 「……これ以上失望させるようならば」

 「何でだよ!」

 そう叫ぶ。全く動かず動じず、ただ見据える父へと、届くわけもないと知りながら

 

 「……金が欲しい。その程度の事で、貴様はそれを頼むのか?本当に、(オレ)に助けてくれと泣きつかねばならんのか?」

 静かに、父皇はおれを叱る

 ……手助けは必要なはずだ。おれ個人のポケットマネーに治療魔法の値段を全額払えるだけの金はない。アナ一人分ならば足りるくらいならあるが、それでは足りない。

 みんなも助けてと泣き叫ぶアナを閉じ込めて、孤児院が死滅して焼き払われるまで逃がさなければ彼女一人なら一生恨まれるが救えるかもしれない。だが、全部を救うには絶対にお金が足りなくて……

 

 と、其処で気が付いた。漸く、気が付けた

 皇の視線は、おれの眼ではなく、おれの指を見ていることに

 ……やっぱり、この皇帝の真意は分かり難い。もう少しヒントをくれれば良いのに

 

 ……助けない気なんて、元から無かったのだろう。けれども、おれが本気でなければ、そのまま見捨てる気だった

 だから、試したのだろう

 「……陛下。おれの為に、魔道具商を呼んでくれませんか?火急に」

 「ほう。良いが、何故だ?」

 微かに、父の険しい顔の中で、唇の端だけがつり上がった

 「この指輪を、売りたいのです」

 言いながら、父からのプレゼントであるルビーの指輪をおれ自身の指から引き抜く

 「皇帝からのプレゼントをその眼前で売りたいとは、面白いことを言う」

 「おれが貰ったものですから

 だから、これはおれがこれが最も良いと思う道のために使います。金を貸してくれないというならば、この指輪を売って工面してでも救う。それが、おれの答えです」

 

 ……そう、きっとこれが求められた答え

 助けない理由なんて簡単だ。高価な指輪を売れば全員救ってもお釣りが来るから。自分の身を切らずに助けて欲しいというのが虫の良すぎる話で、だからそれを咎めた。

 

 もう少し分かりやすければと思うが、それがおれの親父という不器用で脳筋な武断皇帝というものだ

 

 「……それで貴様は何を得る?

 救って欲しいと言ってきたという少女は、全てを得るだろう

 ……だが、貴様は?貴様の利は何だ?」

 少しだけ自嘲気味に、父は言葉を続けた

 「……惚れたか?嫁にしたいから恩を売るか?それでも構わんが」

 

 「忠誠と信頼を」

 「……そうか、それが貴様の利か」 

 民にとって最強の盾であり剣であれ。それが皇族を皇族足らしめる。親父みたいな脳筋だったのではと疑っている建国皇帝の言葉だ

 つまりは、報酬なんて無いが、建国皇帝の言葉が真実であると信じる民が増えること自体が、皇家として何より正しいことだという綺麗事である

 「良いだろう。元々貴様の人望の無さには頭を抱えていた所だ。例え平民でも、信頼する味方が増えるのは、確かに褒美と言えよう

 商人等要らん、(オレ)がその指輪を買ってやる。治療魔法も手配しておいてやろう。貴様はとっとと孤児院の代表に買い取り交渉に行ってこい」

 

 「……はい?」

 手にした指輪が、突如床から延びた炎の鞭により絡め取られ、父の手に運ばれるのを見ながら、呆然と口を開ける

 「何をしている。交渉してこい」

 その代わりに、その手には皇帝直々に判を押した一枚の緑色の木券が握られていた。好きな金額を書き込んで財務担当に持っていくと書き込んだ金額と引き換えてくれるという魔法(物理)のチケット。又の名を白紙の小切手である

 

 「分かっているとは思うが、裏に何者かが居る。その程度は気が付いているな?」

 「……ああ」

 それはそうだ。太古の呪詛の一種、実際に作られ掛けられたのは数百年というものが、星紋症である。今も人里離れた場には昔に使われた呪詛を保有した化け物が居るかもしれないが、そんなものから感染するとは思えない。ならば孤児院以外に感染者が居ないのは実に不自然だ

 つまりは、禁忌として封印されている魔法書を持ち出して何者かが何らかの理由で孤児院を潰すために撃った、というのが恐らくは真相

 

 一応魔法書は一回だけ使えるものであれば、治療魔法の研究の為等で国内外数ヶ所に残っていたらしいし。孤児院一つ潰すために禁忌の疫病魔法使うってどんなバカかは知らないが

 

 「……つまり?」

 「貴様はその何者かの行動に対抗しようという当事者に手を貸したのだ

 ならば、貴様の手で護りきれ。皇子の所有物という肩書は、介入の名分にも多少の牽制にもなるだろう

 とっとと行け、バカ息子」

 

 

 所々分からなくてつっかえながらも、何とか書類的な手続きを終えきったのは、既に空に登る双子の太陽が南の空での交差を当に終え、もう片方が登った方向に沈みかけている時であった

 このマギ・ティリス大陸には、西から登り東に沈む紅蓮の太陽と、東から登り西に沈む女神がおわすという黄金の太陽の二つの太陽がある。正直どうでも良い話だが、ゲームの考察班はこの世界天動説なんだろうと言っていた

 

 「……何かと、迷惑をかけました伯爵」

 おれが迷って筆が止まる度に苦虫を噛み潰したような顔で此方を睨んできた宰相、アルノルフ・オリオール伯へ向けて頭を下げる

 「……折角の休みが……」

 「本当に、申し訳無い。助かりました」

 長期休みに入ったと喜ぶ宰相の彼を、親父は今日から休みだから暇だろお前と呼び出し、おれにつけたのだ

 

 ……結果、休みの期間は後ろに二日延びたらしいが、久しぶりにぱぱと遊べると思っていた彼の幼い娘から父親を一日引き剥がす事になった。まあ、悪いことしたとは思う。文句無しの暴君だ。まあ、無茶ぶりは何時もの事な友人同士であるからこそ、通ったのかもしれないが

 

 騎士団による封鎖を突破するのは出来なくはないが問題が後に引きそうであったので、孤児院の責任者とは水鏡の魔法で話をした。要は張った水を通して、同じく水を張った場所を互いに映し出す魔法である

 声は届かないが、其処は筆談が可能なので何も問題はない。繋げる場所だってしっかり知らなければ出来なかったがアナという其処で暮らしている人間ならば何とでもなるため、アナの待つ庭園に向かえば即解決

 

 おれには魔法なんて全く使えないが、幸いな話アナの属性が水、天と水属性そのものを持っていたので水に属する属性持ちにしか使えない水鏡を使って貰えば済んだ

 

 交渉そのものはそれはもう一瞬で終わった。運営費と皆の治療費ならおれが払うから名義上の全権利おれに譲れと金額白紙のチケットをちらつかせれば、既に額に星が浮かび上がってしまっていた管理者はそれはもう二つ返事で権利を譲ってくれた

 だが……言葉での約束では足りない。ということで、親父に呼び出された宰相の手を借りて書類上の法的手続きを行うことになったというわけだ

 

 因にだが、事情を聞いたおれ付きの執事であるオーリンと娘のプリシラ、そしてレオンの三人は最初の書類が手続きを終えた時点でそれだけを持ってそそくさと城を出ていった

 なんでも、一度騎士団等の厳つい集団に向けて皇子の御命令であるぞ!控えよ!をやりたかったとか何とか。黄門様かよと思ったが、それでとっとと治療を終えてくれるなら願ったり叶ったりなので任せておいた

 

 手続きに追われ、終わったときには既に治療用の魔法でも救えない状態になってました、が一番後味の悪いオチだから。助けてと言われて、任せろと答えた以上、誰一人として疫病で死なせはしない

 そのあと、居るであろう元凶に勝てるかというと……うん、まあ、止めておこう。相手が高級な魔法を連発してくるような危険人物で無いことを祈る。物理で来るなら勝てるかもしれない

 

 魔法系が壊滅しているとはいえ、仮にも皇子(チート)を舐めるなという話だ

 

 「……これで大丈夫だ」

 最後の書類を宰相に託し、横で不安そうにずっとおれを見ていた少女に笑いかける。疲れからか、筋が上手く動かず微妙な表情になってしまったのは仕方がない。ずっと書類と慣れない格闘しておいて、即座に表情を作れと言われても困る

 ずっと見守っていた少女は、それを見て漸くくすりと笑った

 

 親父の手配した治療魔法により、流石に呪詛は取り除かれている。その瞳に、既に星紋は浮かんでいない

 「……皆?」

 「助けるさ。書類上とはいえ、皆はおれの所有物だからな」

 言いながら、持ってきて貰ったものを手に取る

 そのまま、少女の片目を隠す髪を掻き上げ、そのブツで止める

 「……これは?」

 「プレゼント

 星紋を隠すために前髪で右目隠してたんだろうけどさ、やっぱり両目見えてた方が可愛い」

 言って、自己嫌悪する

 割と気持ち悪い言動だなこれ、と。けれども、柔らかな銀の髪に雪を模した蒼い髪止めは良く似合っていて、まあ良いかと思う

 

 「……皇子様……」

 「要らなきゃ外してくれていい。割と安物だしな」

 「そ、そんな!いただきます!

 ……でも、本当に?」

 「だから言っただろ、安物だって

 気にせず使ってくれ」

 

 値段にして約30ディンギル。星紋症の治療用の魔法書は一回40ディンギル。中流に入れないくらいの家族の一月の生活費が諸々込めて25ディンギル程度

 最下級攻撃魔法書が50回分で1ディンギル。おれが最終的にあの指輪の値段として小切手に書き込んだのが1000ディンギル

 多分だが親父が買った時の値段は800くらいだろうしそれより高くさせて貰ったが、護るために金が必要だったから先んじて請求で通るくらいの額だろう

 魔法剣レベルの最高峰の魔道具なら3000ディンギルが下限といった所

 

 つまり、魔道具としては相当安い。理由は簡単で、失敗作だったから。宝石魔術の一種で、護身用の氷属性魔法がオート発動するものなのだが、宝石のランクが低かったのかおれが父に貰って父に売った指輪と違い、かなりMPを食うという使えないものになってしまった

 悪意を持って触れようとすると凍るという誘拐等対策のものなのだが、まあ、まともに使いこなせる程のMPなんて、幼い少女の段階では俺の唯一の妹しか居ないだろう

 第三皇女(アイリス)なら使える、逆に言えばチート性能(皇族)でもなければ使えない。使えないから安い

 

 尚、おれが持ってても単なる髪止めであり、MP消費出来ないので無意味である。本当に使えない体質だ

 

 「でも、これ……」

 「ああ、魔道具だよ。ポンコツのな

 悪いな、欠陥品で。要らなきゃ付けなくて良いぞ」

 本当は少女ではなくメイド(プリシラ)への迷惑品と思ったのだが、要らないと突っ返された。うん、良く考えたらこんな欠陥魔道具要らないわ普通に

 

 「それじゃあ、行くか、アナ」

 「うん……うん?」

 結局髪止めは外さず、少女は首を傾げる

 「決まってるだろ、問題が解決したアナの家に、さ」

 黒幕問題は一切解決してないが、不安がらせることの無いように、おれはそう言った



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困惑、或いは予定調和

とりあえず、走ってしまったらアナを置いていく事になるので走らず(流石に敏捷の差は大きい、という訳ではないが)に、というか案内が無いと迷いかねないので横の少女に道を聞きながら、自分のものとなった孤児院へと辿り着く

 その周囲には、未だに兵士が居て警戒体制となっていた

 

 「何者だ!」

 近付くおれに対し、その武装した兵士は威圧する

 抜剣までされており、完全に此方を怯ませる目的の喧嘩腰。これでは、それはもう人は近付くまい。こんな中を逃げ出して助けを求めに来たアナの恐怖も理解できる

 寧ろ良く来たなと言いたい。足がすくんでしまってもおかしくない

 

 見たところ、剣は単なるナマクラ。軽くて脆くて鋭さが無い。あらゆる意味で使えない。模造剣としてすら粗悪品だが、金属光沢だけは豪華なギラつきを見せる

 威圧には良いが、市民に向けてうっかり本当に振るってしまっても殺さない程度には抑えられた武器。システム的に言えば、攻撃力は5くらいで主に手加減用だ

 「……そちらこそ、何用だ」

 「私はこの疫病の巣窟を市民から……」

 「おれの孤児院を封鎖して、何がやりたいと聞いている」

 怯えたアナは、既におれの背に隠れている

 それで良い。正直な話、解決してないとは思っていなかったが……解決してないなら、アナは……正直言って前に居ても邪魔だ。護れない

 

 「……おれの?ああ」

 納得がいったというように、兵士はヘルメットの下で頷く

 「貴様、あの皇子の指示を偽造して押し入ろうとした逆賊共の仲間か

 幾ら皇子が幼いとはいえ、子供を使うとはな」

 

 ……理解する

 成る程。通す気は欠片もないようだ。故に、すべてを偽物として葬る

 つまりは、騎士団そのものが仕掛けた側……とまでは言わないが、今居る部隊は間違いなくあちら側

 「ほう。逆賊、か」

 「皇子さま……」

 「大丈夫だ、アナ

 ……この程度なら」

 

 一歩、足を進める

 「近寄らば……」

 「捕らえないのか?おれの部下はどうした?」

 「あやつらはいずれ裁かれる者として牢に入れた。貴様もそうしてやる」

 嘘は恐らく無い。つまり、牢に入れられる程度には彼等は上層まで抑えられている

 

 つまり、だ。裏に居るのはそれなりの大物。少なくとも、辺境伯以上。まあ、その息子でも何とかなるだろうが、それ以下の位階ではまず牢にぶちこめる程に騎士団のみならず行政を動かせない

 逆に言えば、ある程度の地位があれば親の名前である程度までなら動かせてしまう。それが高い爵位というものだ

 ……皇帝の息子、である皇子より優先されるのか、と言われると無理だと答えるしかないが、今のようにおれ自身が出ばらなければ皇子の使者の騙りで流せるといえば流せる

 

 「……やってみろ」

 臆せず、前へ

 反射的に振るわれた剣は、右の手で受け止める

 ……受け止めきれはしないが、ギラついた刃はけれどもおれを斬ることはなく、僅かに血を滲ませて止まる

 

 簡単な話だ。兵士とはいえ、そんなに強くない。レベルにして下級職の20無い程度だろう。そんなので務まるのか、という疑問は初プレイ時にモブ兵士のステ見て湧いたが、問題はない

 そもそも、このゲーム世界は三段階職業制で強くなるが、魔王復活の兆し以前に最上級職になってるキャラクターなんぞ世界観的に見ても両手の指で足りる。上級職も管理できる程度

 そもそもの敵となるモンスターが土着のもの故に弱いこと、経験値も少ないこと等から、そもそもレベル30の上限に到達し、上級職になる事自体が難しいのだ

 

 故に、レベル20もあれば十分兵士としての役目を果たせる。何故ならば兵士を凪ぎ払えるほど強くなれる上級職を相手にすることがまず無いから。

 というか、基本的に下級職レベル12~13くらいあれば土着の魔物が割と出没するらしい場所を旅をしてもそれ以上の相手と対峙しなければならないことはそんなに無い、それで十分なのだ。本来のこの世界は

 

 ……そして、皇族が皇族たる所以は強さである。おれのレベルは、師匠が計った所レベル12

 だが、成長率が違いすぎる。ゲーム的に言えば大体の場合はレベルアップごとに数十%の確率で上がるか上がらないか一喜一憂するのが大半の他キャラクターと違い、第七皇子ゼノのステータスの延びは可笑しい

 成長率が軒並み100%を越えているので、レベルアップの度に1~2延びるのは当たり前で、特に、防御の成長は確か個人140%+職業補正70%=210%。ゲーム内では上級職で出てきたので下級である今は多分成長補正は低いが、それでも180%はあるだろう

 

 その点、確かモブ兵士の力成長は40%くらいとかなり低い。下手に高いとゲーム的には問題だがそれで良いのかお前ら

 そして、ゲーム的に言えばこのゲームのダメージ計算式はアルテリオス計算式。つまり、補正込み攻撃引く補正込み防御=ダメージというシンプルな一部から妙に愛されるアレだ

 よって、成長にして恐らくおれの防御が相手の攻撃を10は上回っていて、武器攻撃力は5

 止められない方が可笑しいのだ。……相手が想定よりは強かったのか1ほど通ったけど

 

 「……此処は、おれの孤児院だ

 通らせろ」

 力を込め、剣を逆に相手側に押し込む。力は此方が上、止められようはずもない

 「何事か!」

 「隊長!」

 騒ぎを聞き付けて、新たに兵士が現れる。ヘルメットに羽飾りがついた隊長格のようだ

 

 ……見覚えがあった

 「何、皇子の使者を騙る……」

 「はっ!」

 みえみえの流しを入れようとする二人を笑い飛ばす

 まあ、末端の兵士なら皇子の顔を知らないから騙りだと思ったも通る。だが、彼では通らない

 通るわけがない

 

 「おいおい、アルベリック……男爵だったか

 まさか、おれの顔を忘れたか?」

 「知らんな、こんな逆賊のガキ」

 「……皇子さま?」

 「ははっ!笑わせる」

 ……何だろう。この六歳でやらされるには重い感じ

 だが、まあ良い。それで後ろで震える子を笑顔に出来るなら良いじゃないか

 

 「『出来損ないの皇子殿下の御到着』、2週間前、伯爵の庭園会で、呼ばれていた貴方は確かにそう談笑している相手に言った。よく通る声だったから、参加者の中には何人も覚えがあるだろう

 ……おれが参加するとは言っていなかったし、一人で来たので紋章も無い

 

 ……では、何故あの時おれをそう呼べた?」

 耐久も低いナマクラを、力を込めて折る。半端に柔らかいので、強く歪めれば捻れ、折れる

 「まさか、知りもしないのに当てずっぽうで違えば名誉を傷付けたと決闘を申し込まれても仕方の無い罵倒を吐いた訳でもあるまい

 おれの顔を、出来損ないの第七皇子ゼノだと認識していた以外の答えを、返してもらおうか

 

 ……出来なければ、皇子の命だ。貴方がおれの身分を保証してくれるだろう?

 勘違いで捕らえた者達を釈放し、去れ。おれの孤児院から、な」

 

 「待てい!」

 響き渡る幼い声に、事態は一変した

 

 颯爽と現れたのは、おれ自身とそんなに年は変わらないであろう一人の少年だった

 まず目を惹くのは、正に焔、としか形容しようの無い鮮やかなオレンジの髪。紅と呼ぶにはあまりにも明るいその色は、夕暮れの光で黄金にも輝き、炎と聞いて思い浮かべるであろう色の一つそのもの

 そしてその瞳は、髪色に似合わず蒼い。そしてなにより、美少年である。育てば間違いなくモテるであろう美形になる事がほぼ約束された顔立ち

 ……おれは、その彼の事を知っている。いや、恐らくではあるが、こんな特徴的な色は幾ら魔力だなんだでカラフルに髪が染まる世界でもそうはない

 

 「……エッケハルト」

 静かに、その名前を呟く

 言ってから、気にすることではないが普通に無礼に当たるな、とゼノとして二年は前に覚えようと努力した高位貴族の脳内名鑑を捲り、正式な名を思い出す

 「エッケハルト・アルトマン辺境伯子(・・・・)

 

 口に出しながらああ、と一人ごちる

 星紋の病をばら蒔いた元凶かは兎も角、今の封鎖に関しては間違いなく彼が原因だろう、と。首都城下とはいえ、此処は孤児院なんてものが存在する区画

 治安はそこまで良くはなく、道の舗装も甘い。周囲には、露店等もあるなど、綺麗とは言い難いだろう。今は、騎士団の存在を恐れて遠巻きに見ているだけだが、何時もはもう少しごった返していて活気だけはある。無ければ多くは生きていけないから

 そんな区画、用事が無ければ貴族が訪れたりするものか。ましてや、自分の身は自分で護れな皇族でも無い貴族の子が、一人で出歩ける場所でもない。親が許す筈もない

 

 今此処に居る騎士団が、実質的な護衛でも果たすならば、話は別だが

 

 おれの姿を確認した瞬間、エッケハルト辺境伯子はその整った顔立ちを

 親の仇でも見たかのように歪ませた

 「お前ぇっ!」

 鼓膜を震わせる全身全霊の叫び

 とはいえ、おれに彼に恨まれるような点は特に無かったはずだ。困惑で少し、対応が遅れた

 「騎士団に何をするか、逆賊うっ!」

 電光石火。此方の対応が追い付く前に、少年は取り出した魔法書を起動した

 

 「ぐっ」

 火に腕を焼かれ、思わず捩りきった剣から手を離す

 下級魔法である。火球を放つだけの、即効性だけがウリの低級魔法。威力計算式にして、自身の魔力×1/2+5、射程2マス。離れたところに届くが、魔防がある人間相手にぶちかますにはあまりにも頼りない。まあ、つまりは魔防0(おれ)にならばよく効く訳である 

 

 この世界において、魔法絶対優位扱いの理由の一つが此処にある。この世界において、魔防というステータスを持つものは人間と、或いは神に近いとされる極一部の幻獣だけ。それ以外に、魔防を持つものは居ない

 どんな硬い鱗のワイバーンだろうが、どんな硬い甲殻の魔亀だろうが、魔法は素通しする。まあ、ワイバーンは自身のブレス属性にだけは耐性を持つことが基本だが、逆に言えばそれ以外の属性は素通しだ

 そう、剣の達人でさえ伝説の神器でも振るわなければ倒せぬ化け物も、魔法によってならば普通に倒される。故に、彼らは魔法によって倒される怪物、略して魔物と呼ばれるのだから

 

 「皇子様!」

 「大丈夫」

 強がりだ。魔防0のおれは、正直この程度の魔法でも、多数浴びせられれば死ぬ。他の皇族ならば魔防で弾いて欠片も傷を追わないだろうが、おれは死ぬ

 それでも、後ろで怯える少女にだけは、弱さを見せたくなかった。正直な話、避けて少女に当たった方がまだ被害は少ないだろう。アナには十分に魔防がある。弱い魔法ならば弾けるだろう。だとしても、と。二発目の火球を見ながら、おれはそんな事を考えていた

 

 抜剣は……しない。すれば恐らく斬れるだろう。眼前の遠巻きに眺める兵士達すべては無理でも、元凶だろうエッケハルトを一刀の元に斬り捨て、皇子として事態を終わらせただけだと言うことは……不可能でもない

 それだけの力の差はあるだろう。だがそれでは、何も解決しない。第一、封鎖の元凶だろう彼は、事件そのものの元凶とは限らないのだから

 

 だが、二発目が届くことは無かった

 「突っ走るな、阿呆が」

 その火球を、突如おれと辺境伯子の間に降り立った銀の髪の男は、手刀を振り下ろして文字通り両断したのだった

 「皇帝陛下!?」

 その姿を見て、エッケハルトが驚愕の声を挙げているのが聞こえた

 見えはしない。お前は外で礼儀も守れんのか馬鹿息子、なんて後で言われないように、即座に膝を折り騎士の礼を取ったから、見えるはずもない

 「……皇子……様?」

 「アナ。形式は構わないから頭を下げて

 皇帝陛下のお出ましだから」

 「う、うん……」

 横で少女が膝を付く。舗装のなってない地面に付く足が割と痛いだろうに

 

 「なってない馬鹿息子ですら礼儀を弁えているのに、お前は違うのか?

 それとも……」

 場違いに暖かな風が、頬を撫でる

 「この(オレ)を前にして、立っていられるほど偉いのか?」



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心折、或いは皇帝

膝を折る

 エッケハルト・アルトマン辺境伯子、その権力を振りかざした少年は、より強い権力の前に、成す術もなく屈服した

 その眼から、微かに溢れた涙を見て、おれは……

 

 特に何も、感じることは無かった。いや当然だろう。人の涙にはそれなりに感じさせられるものがある。それは本当だ。だが、こちらからしてみれば彼は助けてと言われてアナ達を救おうとしたら邪魔してきただけの……悪い言い方をすれば屑にしか思えない訳だ。実際には何か理由があるのかもしれないが、それを知らないおれからすれば、何で泣いてるんだこいつ、としか言いようがない

 まさか、自分が華麗にアナを救って、おれの横で必死に頭を下げて震えているアナに惚れてもらおうとかそんな計画を邪魔されて悔しいとかそんな話じゃ無いだろうし。といっても、おれの行動をわざわざ邪魔する理由が他にあまり思い付かないのも確かなのだ

 

 「馬鹿息子。これ以上親の手が必要か?」

 「いえ、陛下

 陛下の仲裁を受けた……上で尚、おれの命令を、皇子の命、ひいては皇家の命とわざと理解せず反抗する事は陛下への……

 陛下への反逆罪にも等しいと、示されたはず。ならば、陛下の僕である騎士団は、逆らわぬものかと……」

 つっかえつっかえ、本当にこの言葉で良いのだろうかと迷いながらもなんとか言葉を繰る

 「つまりは、もう必要ないか?」

 「はっ!申し訳ありません、ご迷惑を掛けました、陛下」

 そんな頭を、軽く(はた)かれる

 軽い愛情表現なのだろうが、この世界に両手の指で足りる数しか居ない三次職業(最上級職)、焔帝の一撃は軽くとも下級のおれに耐えきれようはずもなく、あぶっとちょっと情けない声と共に道路に突っ伏す。割と酷いと思う

 「息子が頼りないから来てみただけの事。やはり阿呆故苦闘していたようだがな

 後、ゼノ。馬鹿息子と親子のように呼んだのだ、陛下ではなく親父と返せ。わざわざ来てやったのが馬鹿らしくなる」

 「悪い、親父」

 「軽すぎだ阿呆。礼儀は守れ

 ……其処の少女が、この馬鹿息子が(ほだ)されて分不相応にも救ってやる!した奴か?」

 

 「は、はいっ……」

 消え行くような声で、アナはそう返した

 ……気持ちは分かる。正直声を張り上げるのは、この人の前だとかなりの勇気が居る

 「たぶらかすなよ。節度を持て」

 「あ、あの……」

 平伏の姿勢を崩さないアナの前に、当代皇帝は立ち……

 かがんで、その頭を慎重に、軽く撫でる

 少ししてその手が離れた時、その髪には小さな宝石のあしらわれた髪飾りが輝いていた

 「阿呆で弱く頼りないが、これでも息子だ。人は悪くないと保証しよう

 仲良くしてやれ、皇民アナスタシア

 

 馬鹿息子が馬鹿なせいで迷惑をかけただろう。その髪飾りは詫びだ、取っておけ」

 ……まあ、そうなるのか、とアナスタシアという言葉……アナの名前にうんうんと頷く

 アナと略するなら、本来の名前はアナスタシアというのが割と普通だ。まあ、アナから始まる名前は幾つかあるのだが、その名前は儚げな少女にとてもよく似合っていた

 それと同時に、本名聞いてなかったなー、なんて事も思い出して

 

 「知ってたのか、親父」

 「向かう最中に、アルノルフに大体聞いた」

 折角仕事終わったと思ったら親父に報告がてら走らされたのか。泣くぞあの人(宰相)

 「要らん者達はとっとと去れ。今までならば、星紋症の感染を抑える業務の最中、熱心さゆえについやってしまった事だと見逃しても構わんが、これ以上は許さん」

 その一言と共に、蜘蛛の子を散らすように、居心地悪げに頭を下げつつ屯っていた騎士団達は、崩れ落ちた少年を抱えあげると去っていった

 

 親父も時間が惜しいととっとと去り……後には、おれとアナだけが残される

 「……迷惑かけた、アナ」

 最初に出てくるのは謝罪

 「そ、そんなこと」

 「おれがもっとしっかりした存在なら、こんな迷惑なんてかけなかった。何の問題もなく、スムーズに星紋症を治療できただろう

 だから、面倒ごとに巻き込んで、すまなかった」

 頭を下げるのは、ちょっと誉められたことではない。皇子として、堂々としていろとは親父が何度か言っていた事だ。皇家とは象徴。ぺこぺこするのは皇家そのものを弱く見せる、と

 だけれども、頭を下げた。それが、日本という国で生きていた頃のおれにとってならば、当たり前の事だったからだろうか。不思議と当たり前のように、気が付けばそうしていた

 

 「そ、そんな!」

 あわあわと、アナは首と手を振る

 「寧ろ、こんなこと言っちゃったせいで、火傷まで……」

 「大丈夫、この顔のと違ってほっときゃ治る」

 「でも、魔法で治療した方が」

 「それは止めてくれ」

 真剣な眼差しで、その言葉を止める

 

 理由は……割と簡単なことである。忌み子であるおれは、補助系列の魔法が反転する。つまりは、ステータスupバフでステータスが下がり、回復魔法でもってダメージを食らう。その分補助魔法にたいしても魔法回避率があり、デバフ系列に強い……という利点もあるのだが、基本的に回復がダメージになるというアンデッドかよおれといいたくなるデメリットの方がでかい

 ゲームではそうだったが、現実な今なら火傷が治せないかと思い、頼んでプリシラに低級回復魔法をかけてもらった所、逆にちょっとずつ傷口が開いていった時には頭を抱えたものだ

 薬草なりの回復剤ならばきちんと効果があるなど、基本的に割と緩い回復縛りではあるが、その点辛い。ゲームでは主人公の聖女の魔法、そしてとあるお助けキャラの魔法だけはしっかりと効果を発揮出来る、という形で他の人の魔法と聖女は格が違うことを見せつけていたが、そのイベントの為だけのせいで回復反転とかついていたとすれば恨むぞ、スタッフ

 それなら回復不可の呪いの上から回復してみせるイベントなどでも良いだろと

 

 そんな事を話しながら、おれはアナと共に、星紋症を治療できる魔導書をもって捕まっただろう執事達を待った




読んでる人が居れば感想などを貰うと作者が喜びます


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置物、或いはキャラ紹介(序章編)

キャラ紹介という名の裏?設定置き場です。一部まだ出てきてない設定(ネタバレ要素)を含みますので、読みたい方のみお願いします
推敲なしの駄文注意

ネタバレは見ない方はメインヒロインの挿し絵(水美様によるもの)だけ見ていってください


"第七皇子"ゼノ

固有スキル:未知(ゼノ)の血統(MP、魔力、魔防の最大値が0になり、常に状態異常:回復反転(消去不可)を得る。又、あらゆる消費MP3以下の奥義の消費MPが0になる)

主人公。そして真性異言(ゼノグラシア)を持つ転生者

この世界において、英雄足り得る力、即ちこの世界においては本来誰も知るはずの無い、世界の行く末を知る力、要は転生者としてゲームをプレイした際の記憶を持つ者の一人。神々等の転生を知る者は、彼等の事を真性異言(ゼノグラシア)と呼ぶ

転生者として二つの意識が混じりあっている……はずなのだが、転生前からして虐められてる誰かを積極的に庇いだてして虐めの矛先を自分に集め受けきろうとした超ド級のアホ孤児中学生なので基本的にはゲーム本編のゼノとほぼ性格は変わらない。行動も変わらない。変わるとすれば、ゲーム知識的に地雷を踏み抜くと確信できる一部行動だけである

と、かなり原作には忠実。転生特典はしっかりと転生認識があることくらいであり、原作通りのスペック。当然魔法は使えない

原作でもそうだったように、もう一人の聖女=かつて助けた孤児院の少女ということには気が付いていない

 

 

"極光(オーロラ)"アナスタシア

【挿絵表示】

 

固有スキル:氷晶の極光(自身の最大Lv+4、水属性の回復魔法使用時に対象の状態異常を解除。使用魔法が状態異常:回復反転の効果を無視する)

ヒロインの一人であり、メインヒロイン。真性異言は持たない

星紋症という古代呪詛を受け、誰か……という思いで城に忍び込んだ平民の少女。魔法の才覚は割と高い銀髪幼女

その正体は彼が言っている遥かなる蒼炎の紋章完全版における隠し主人公、もう一人の聖女。アナスタシアというのは、小説版におけるもう一人の聖女の名前である。勝手に主人公に惚れるちょろいヒーローだとゼノはゲーム内の自分の事を言っていたが、それは序章における出来事を等受けてかなり強いが恋かは漠然とした好意を彼に対して抱いていたゲームでの彼女が、プレイヤーの意思が介入しない限りゼノ寄りの選択肢を取り続ける結果である為

つまり、基本的にプレイヤーが他キャラとくっつけない限り、彼女はゼノに尽くすのが当然であり、その為勝手に惚れるのも割と普通の事である

キャラクターとしては、幼い頃助けてくれた、努力家で忌み子で、辛いだろうに無理に笑って大丈夫って無茶をする大好きな初恋の皇子様に恋する乙女である、小説版が基本となっている

その心は、ゼノの行動が最初引きこもっていて外を見たときに彼女に気が付くか、鍛練の最中に気が付くか以外同じであるためか、本編でも特に変わりはない

 

 

エッケハルト・アルトマン

固有スキル:焔の公子(自身の使う炎魔法に対し、ダメージを+魔力×1/10。炎魔法の命中率の最終値+10%)➡七色の才覚(自分の行動時、1ターンに一度まで別の職業へとCCする事が出来る。CC後、レベル等は保持される)

真性異言持ち

ゲーム本編においては仲間キャラの一人であり、もう一人ルートでは攻略出来ない貴族の一人。なのだが、彼の真性異言は……もう一人ルートの主人公の方が本編主人公より可愛い、嫁にしたい、という男のものであった

その為、そもそもの幼少期のゼノとの出会いイベントを騎士団云々でアナが城に駆け込むのを防いで潰しつつ、星紋症をたまたま視察の際に通りがかった自分が助けることで、幼馴染兼未来のお嫁さんとしてのアナスタシアとイチャつこうと序章の問題を引き起こした

即ち、ゼノの考察(アナに惚れられようとしたマッチポンプ失敗が悔しかった)は、残念な事に完全な正解だったのである

といっても、元が攻略対象だけあって、ちょっと転生前の記憶に引き摺られてもう一人の聖女ちゃんと幼馴染になってラブラブするんじゃぁ!な暴走以外は割と善人

流石に星紋症を撒き散らしたりはしてない。星紋症事件自体は原作の小説版にあるエピソードである

だがゲーム本編で最初から惚れられてるゼノは殺す。そしてその代わりに憧れの皇子様系幼馴染をやる。その意思は子供にしては高い。そんなアナスタシア大好きゼノ大嫌い転生者の残念なイケメン

実は転生特典として固有スキルを変更して貰っている。本来の(ゲームでの)彼とは異なり、固有スキルとして七色の才覚(あらゆる汎用職業にCCする事が出来る。CCは固有コマンドで、1ターンに一度自分の行動時に行える)を持つ

CC時にクラスボーナスが変更される為、相手に合わせて丁度良いステータスの職業で相手したり、有利な武器を使える職業になって優位に立ったり、移動に長けた職業で斬り込んでから盾職業になったり、レベルアップ直前に伸ばしたいステータスに高い補正を掛けられる職業になって良成長狙ったりと便利ではあるのだが、元々の固有スキルが有能なため一長一短

本人は転生すると聞いた際にこれはゼノに転生だろ、固有スキルの未知の血統と固有職業のロード:ゼノによって魔法関連壊滅してる作りだったから固有スキルと職業変えれば魔法関係すら伸びるから最強じゃん!という考えだったのだが、転生先が違ったのでこんなちぐはぐとなってしまった

 

獅童三千矢(しどうみちや)

固有スキル:ある訳がない

第七皇子ゼノの人格基礎。つまりは転生前。享年13

小学2年の時に飛行機事故で両親と兄姉と妹を喪った孤児。怖いと抱きついてきた妹に、咄嗟に自分を守ろうと抱き締めた兄に、へし折れた機体の破片が突き刺さる事で自分一人が生き残った事から重度のサバイバーズギルト持ちであり、極度の生存欲求と自殺願望が入り交じった変な奴

妹と兄のように誰かの盾になって死んだらまた会えるかなという誰かの盾になっての自殺願望と、妹に護られた命を捨てたくないという生存欲求とにより、正義感ではなく誰かの為に(その恩返しもちょっと期待して)ひたすらに体を張る性格となっている

因みに死因は、飛行機事故以来閉暗所恐怖症なのに虐めの一つとして体育倉庫に閉じ込められ、高いところの窓から脱出しようとして跳び箱から落下、バスケットボール籠の鉄枠に頭を打ち付けての失血死。ではあるが、本人は特に恨んではいないし、だからこそ忘れている

完全に第七皇子と意識が一つになっている為本編未登場



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一章 第七皇子とゴーレムマスター
暇潰し、或いはバカ二人


これまでの、蒼き雷刃の真性異言(ゼノグラシア)
自分の名前も忘れてしまった中学生の少年獅童三千矢。暗所恐怖症なのに暗い体育倉庫に閉じ込められ脱出を試みてうっかりバスケットボール籠に頭をぶつけて死んでしまった哀れなピエロ少年は、七大天焔嘗める道化に導かれ、彼がプレイしていたお気に入りのゲームに限りなく近い世界に転生する。ゲーム内では進行によってはいつの間にか死んでる第七皇子ゼノになっていることに気が付いた彼は、そのルートに行かないように奔走を始める。もっと簡単に変えられるというのに、その手をすっかり頭から消して、皇子らしく
……はずが、そんなものそっちのけで助けてと言ってきた見ず知らずで原作にも出てきてない気がする可愛い平民の少女を助けるために奔走するのだった。まあ、本人がそう思っているだけで、彼にとっては完全に運命、助けた少女こそゲームにおける裏主人公なのですがね
そして今、彼は自分より遥かに才覚のある妹と対峙する。ゲームでは良い関係を築けていたのですが、はてさてこの先はどうなることやら

興味が尽きないでしょう龍姫。彼は、貴女のお気に入りですからね


アナ……アナスタシアの皇城侵入によるちょっとした事件から、二週間が過ぎた

 

 そして、おれはというと……

 「レオン、面白い話はないか?」

 暇していた

 今日の仕事は、庭園会への出席。基本的にバカにするか、それとも無視するか、この庭園会へ招かれた子供達の反応は二つに一つである。実りのある会話なんぞ出来ようはずもない

 一部は、招かれた異性の中から、未来の嫁……或いは婿を探すように親から言われてたりもするのだろうが、おれには関係ない

 

 いやだってそうだろう。誰が好き好んで忌み子なんぞに大切な娘をやるというのか。それでも、次期皇帝ならばこれも縁の為と差し出す者も上位貴族には居るだろうが、おれの継承権は正直な話有ってないようなものだ

 長子世襲ではなく、皇族の中での力に応じて継承権は順位付けられて行くのだが、当然ながらおれの順位は二桁

 いや、ゲーム開始時点で二桁になっているというだけで、今の順位は9位なのだが。といっても、継承権を持つのは今現在上の兄6人、皇弟1人、おれ、第二皇女で合計9人。最下位である事には今も本編も変わりはない

 

 結果が、この暇である。コネの作りようがなく、話すような友人もおらず、皇族の出席という箔の為だけに呼ばれた以上主役でもないのに抜ける訳に行かず……となると、ここまで庭園会というものは暇するのか、と溜め息が出る

 

 「まあ、アイリスの為だ、仕方ないか……」

 本来来るはずだった妹の事を思い出し、息を吐く

 第三皇女アイリス。おれの一つ下の腹違いの妹。継承権第二位。幼き機神兵、チート皇女、バランスブレイカー等々とプレイヤーから呼ばれる、おれの妹

 まだ、覚醒の儀を受けておらず、魔法が使えないけれども、ゲームをやったおれは良く知っている。彼女の才覚を

 ゲーム内では体が弱く、あまり人前に出ないものの、自前の魔法で作ったゴーレムを通して生活している、という設定だった。けれども、今はまだその魔法が使えない

 そして、すぐ後の日に覚醒の儀があるこの日、やっぱり体調を崩してしまったので、行くはずだった庭園会には弱いお前は強くなれとほぼ修行以外の予定がないおれが代わりに出席する事になった、という訳だ

 当然、薄幸で深窓の美少女と噂される妹の代わりに来たおれは子供達からはボロクソに言われた。アイリスと会いたがっていた女の子達からは、無言の冷たい視線を向けられた。分かっていたことでも辛い

 

 「おい、バカ皇子!

 アナスタシアちゃんは居ないのか!」

 「居る訳あるか、あいつ単なる平民だぞ。何言ってるんだよ、アルトマン辺境伯子」

 「本当に使えねーなバカ皇子は!」

 だが、転機は訪れる。やっぱりというか、呼ばれていた某辺境伯子が絡んできた。ここ二週間で二度目である

 前回も、似たような事を言われた

 

 ……何というか、こいつアナ好きだな、というのが言葉の端から見え隠れする。いや、気持ちは分かる。小動物みたいで、けれども努力していて、外見も可愛いし

 割と本気で、あの星紋症はアナが欲しくてマッチポンプを仕掛けたというのが現実味を帯びてくる。帯びてこられても困るわそんなもの。直接告白しとけとしか言いようがない。アナ達に迷惑かけんなボケと

 

 「そんな男じゃなくて、可愛い可愛い」

 「……家の乳母兄弟で、男爵子だ。爵位を持つから連れてきた。平民は入れない」

 「じゃあ、アナスタシアちゃんに爵位渡して連れてこいよ気が利かない」

 「そんな、権限が、おれにあるかよぉっ!

 あるとして、皇子の婚約者だからせめての地位が居ると何処かの貴族の養子にするくらいだぞ方法」

 「それは駄目だ」

 エッケハルトは、奥歯を噛み締めておれを睨み付ける。やったら殺すぞ、とその顔に血の涙を幻視した

 「そんなことだろうと思った」

 話してみたら、アナスタシアへの好意がバレバレだったのがこいつなのだ。そのエッケハルトの前に婚約者としてアナを連れてきたとか、やったらぶっ殺しに来られても文句は言えない。殺される義理は無いが

 そもそも、アナと結婚する気もない。忌み子かつ、生き残れるのかも分からないおれなんかに縛り付ける気になんてなれない

 

 「というか、何でそんなにアナアナ言うんだ」

 「可愛いだろ!」

 「自分で告ってこい!」

 「てめぇのせいだろうが!逃げられたわ!」

 「昨日会いに行ったら怖い人が来てたって部屋に閉じ籠って震えてたのはそのせいか!」

 「お前のせいで嫌われたんだろバカ皇子!責任もって連れてこいよ!」

 「まずは自分から謝罪の意思を示せよ色ボケ辺境伯子!」

 「ふざけんな、一人だけなつかれやがって!」

 「怖がらせたのはお前だろうが」

 「バカ皇子が邪……

 っていうか、やってねぇよ!たまたま通りがかったら親父と親しい騎士団が揉めてただけだってーの!」

 「ちっ、言質取れなかったか」

 わざとらしく舌打ちをする

 疑っているぞと、牽制する

 

 正直な話、また手を出してくる事はほぼ無いだろうと当たりは付けられた。平民最強クラスの美少女にクラっと行ってしまったんだろうと分かった今、本気で潰しに行くなんて事はない、と断言出来るだろう。星紋症も、犯人が彼ならば、確実に治療まで込みで考えていた策だろうと

 

 そうやって考えてみると、そもそもエッケハルト・アルトマンというキャラクターとして違和感があるのだが

 エッケハルト・アルトマンは、プレイヤーの同級生だ。焔使いの、魔法剣士とでも言うべきタイプのキャラ。貴族補正かそれなりの伸びと、鍛えられてきたから高めのレベルと初期値を持つ、序盤から使いやすいキャラで、性格としては割とクール寄りだったような

 

 愛情は深く、聖女とくっつく本人ルートでは甘ったるいラブコメシナリオをやらかして、恥ずかしくて飛ばし飛ばしテキスト捲った事を覚えている

 愛情は深いが、飛ばし飛ばしのテキストでもこんなアホではなかったはずだと言える。他のルートでは絆支援で女キャラとくっつけない限り女っ気は無かったし、ひょっとしてだが、本来は彼が星紋症を治してアナとくっつくはずだったのをおれが邪魔したとかいうオチだったりするのだろうか

 

 だとすれば困る。シナリオがシナリオ通りに始まるのかがまずちょっと怪しくなり、生き残る算段が立ちにくくなってしまう。まあ、アナは可愛い訳だし、それなのに本編に出てこないのは何か理由があるのだろう

 少なくとも、おれの辿れる記憶のなかでは、アナスタシアという名前のキャラクターは出てこないのだから。例えば、この辺境伯子の許嫁だったとか。或いは本編前に死んでいるとか

 

 実は平民出身のもう一人の聖女……は、孤児院出ではなく、七大天を祀るかなり大きな教会出だったはずだから、違うとは思うが。名前については、リリーナではないしか情報がない

 確か、もう一人の聖女編を書くという少女向け小説版ではアルカ何とかって名前が付けられるっぽかったけど、1巻すら出る前に死んでるっぽいニホンのおれの記憶にそんなの残ってるはずがないのだ

 

 そもそも、デフォルトネームのリリーナで本編主人公が居ることは確認したしな。アナザー主人公まで居る……ということは無いだろう、あっちはデフォルト名無いから出てきにくいだろうし

 というか、主人公の姿は3種類から選べ、……ピンクいふわふわの髪(通称淫ピリーナ)、神秘的そうな黒髪(通称ロリリーナ)、金髪褐色(通称日焼けリーナ)なのだが、その中に銀髪は居ない。アナザー聖女もキャラ設定時に特定の条件満たすと出身が替わるパターンなので外見はその3種のどれかのはずだ

 本編主人公は……遠巻きにとあるお茶会に出てたところを確認したが、恐らくは淫ピリーナの外見だろう。とりあえず髪は桃色してた。父親まで桃色で笑ったが

 

 「ああ、アナと掃除でもしてたほうがよっぽど楽しいわ

 早く終わらないかな、庭園会」

 「お前だけ良い思いしてんじゃねぇよバカ皇子」

 だが、まあ良いや。今更過ぎる。考えても無駄だ。そうだったとしても、放ってなんておけないから助けた。それが間違いの訳がない。後悔はしない

 そして、案外確執を感じないバカと他愛の無い言葉を交わしながら、おれは庭園会を乗り切るのだった



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訪問、或いは謝罪

そして、庭園会を終えたおれは、本来行くはずだった妹を見舞っていた

 

 「で、てって……」

 上手く口が動かせないのだろう。途切れながらそう眼前でベッドに伏せる少女は呟く

 「そう言うな、アイリス。兄妹じゃないか」

 「そう、いいま……す……」

 「酷いな、ホント」

 言いながらおれは、貰ってきた果物の皮を小型のナイフで剥く。正直な話、そこまで今の妹には向かないだろう果実だ。何たって、水分が少ない。熱を出してカラカラの喉には、ちょっと物足りないだろう

 だが、それは仕方ないことである。今の妹は動けなくてベッドに臥せっている訳だ。つまり、まともに食事さえ取れない。そんな状況で、果汁がこぼれやすい果物を持ってくることは、おれには出来なかった

 こぼしてしまっても、生活系水魔法なんてものが使えないおれにはシミ抜きだって出来ない。大変なんですからねこれとシミを作ったら小言を言われるのはおれだ。我ながらセコい保身だが、問題を起こしたくないのだ

 問題を下手に起こしてしまえば、ちょっと過保護なメイド達は、只でさえ火傷痕が弱った心には特攻刺さるとか言って顔の時点で散々な評判のおれを、二度とアイリスに近付けないだろう。そんなことは駄目だから、抑える

 

 おれが妹に会いに来る理由。まあ、そんなものは当然ある

 今の妹は、それはもうぼっちである。友人の一人も居ない、大体ずっとベッドに臥せっている筋金入りのぼっちだ。まあ、ずっと体調崩して寝込んではたまにマシになり、すぐにまた倒れるを繰り返しているのだから当然の話である。親しい友人か家族くらいしか私室にまで行けるわけもないのだから、新たな出会いなんてあるわけがない

 だが、かつてはそうでもなかったのだ。そう、一年ちょっと前くらいまでは、メイドの娘だとかの幼い友人が居た。その母にも、可愛がられていた。今ほどずっと臥せってばかりでも無かった

 

 そのメイドに、誘拐されたのだ。発覚は1日後。即座に探し、数時間で見つかったアイリスは、閉じ込められた事で大きく体調を崩していた

 以来妹は、臥せる事が多くなった。誰も、近付けたがらなくなった。そして、それを痛ましい事があったからと、メイド達は是とした。時間が傷を癒すまで、一人にしてあげるのがメイドの役目だと

 だから、だ。だからずっと、妹を訪ねる。要は下心だ。閉じ籠って欲しくないというエゴが、せめてもと足を向かわせる

 

 少しでも、心を開いて欲しいと。興味を持って欲しいと、下らない外の話をする

 「おはなし、つま……ん……ない……」

 そう言われながらも、ずっと

 

 ……実のところ、未来の彼女の事は知っている。第三皇女アイリスというのは、ゲーム本編でも出てくるキャラクターだから。本編の彼女はやはり体は弱く、けれども本人は寝込みながらも自身の魔法で作ったゴーレムを動かし、偽物の体ではあっても、不器用かつ気の引けた形ではあっても、他人と関わろうとする人間だった

 だから、自分のやっていることに意味があるのかは、良く分からない。ぶっちゃけた話、おれが何もしなくても時間が解決するのかもしれない

 けれども、あの日おれになってしまった本当の第七皇子は、誘拐された日から、自分が消えるまでの一月ほどだけれども、おれと同じことをしていた。だから、続ける

 正直、塩対応に心はたまに折れそうにもなるけれども、下心があるから続けられる

 

 

 「……つまん、なかった……」

 暫くして。今日の他愛もない外の話……今日のメニューはエッケハルト・アルトマンという少年についてだった。正直な話、おれに話せる事の種類は多くないので、大半は聞きかじりの物語か自分の周囲の事になってしまう……を聞き終え、幼い少女はじとっとした目でそう言った

 「その目、止めてくれないか」

 「やめ……ない……」

 恨みがましく、少女はおれを見詰める

 恨まれるような事は……

 「髪、勝手に……切……った」

 「そのことか。悪かったって」

 眼前の少女の頭を見て、おれはそう謝る。不格好だったショートカットはもうしっかりと手入れされて可愛くなっていた

 ……3日前の話である。訪ねてみたら、アイリスが魘されていて、苦しそうに頭を振っていた。それが、最初の位置からそこそこ転がったのだろう、ベッド端近くで。柱に当たりそうで思わず両手と腹でその頭を抑えた

 その時思ったのだ。折れてしまいそうに首が細いな、と。そして、感じたのだ。ずっと伸ばしてる髪、重いなと。そして、絡まってるな、と

 魘されて、夢遊病的に起き上がろうとして、髪の重さに引きずられて倒れる。良く見たら首にちょっと絡まってすらいる。そんな姿を見て……

 

 つい、懐に忍ばせた小刀でその長い髪をざっくり切ってしまったのである。言い訳するなら、下手に引っ掛かったら魘されているうちに首が締まりそうだったからついという兄心である

 まあ、言い訳のしようもない酷い行動である。アイリスが、ずっと髪を伸ばしている事は知っていたというのに

 首に絡まった髪を見て、行動自体で二度と来るなとは言われなかったが、メイドの目が笑ってなかったことは覚えている

 

 「いや、改めて謝るよ。ゴメン。すまなかった」

 「許、さ……ない……」

 「……すまない」

 「ずっと、恨……む」

 

 それでも、だ。来ることそのものは止めないし、剥いておいた果物もしっかり食べるし、割と優しいのだ、おれの妹は

 だから、こうして絡み続けてしまう。何時かまた、外に興味を持ってくれるように。逆効果だったら困るし、そうでない保証は……無いのだが

 

 「そういえばアイリス。明日だな」

 「覚醒、の……儀?」

 少女に、頷く

 「そうだ。怖いか?」

 「怖……い

 目の前の……人、みたいに、なったら……」

 「それはないさ」

 そう、笑いかける

 

 そう、それはない。有り得ない。元々化け物染みたスペックを誇る皇族の中でも、あまりの力の大きさに体が耐えきれずに病弱になるほどの圧倒的才覚

 それが第三皇女アイリスである。覚醒も何も解き放つものが何もない忌み子のおれとは逆に、覚醒の儀で解き放たれる前から体に負担がかかるほどの馬鹿みたいな力の塊。ゲーム内の彼女はそうだった。だから自信をもって言えるのだ。それはない、と

 「信じ……られ……ない」

 「酷いな。寧ろおれみたいな奴のほうが、よっぽど珍しいんだぞ?」

 というか、記録上には居るってくらいの珍種だ、忌み子は。あまりの珍しさに、忌み子になる組合せの二人を拉致ってきて無理矢理子供を作らせたらその親にバレて殺されたマッドな研究者が居る程度には産まれて来ない。結局、その二人の間の子供は流産したのだったか

 もう忌み子でも良いとくっついたカップルも居るのだろうが、そこに子供が出来た話は聞かない。死産流産は聞くが。ぶっちゃけた話、おれだって皇族とかいう意味不明のチート血統じゃなければ生まれてくる事すら無く死産してたんじゃないだろうかと、たまに思う

 

 「大丈夫。兄ちゃん……は信じられなくても、親父を信じろって。間違いは一度、大丈夫さ」



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罵倒、或いはチキンハート

「……」

 妹を見詰める目、目、目

 

 そのどれもが、決して好意的な光を湛えたものではなく

 寧ろ、忌まわしい化け物を……敵を射抜くような、そんな目をしていた。そう、それは……おれへと向けられた、憐れみと蔑みといった侮辱の視線とはまた違う、敵愾心の塊

 

 何故だ、と思う。ひとつ下の妹、アイリスの覚醒の儀は、おれの時とは違い何処までも滞りなく進んだ。このときの為にと仕立てて貰ったドレスは、ずっと伸ばし続けた髪に似合うように作られていて、これでは少し似合わないと憮然としていたが、拒絶反応を示したりする問題なんて起こる事は無かった

 当たり前といえば当たり前の話である。寧ろ拒絶反応なんて起こしていたおれの時が可笑しい。覚醒の儀は、この大陸に産まれた、認知されている子供及びしっかりと七大天教会に保護されている孤児ならば、例外無く全員が受けるもの

 それはもう稀に、珍種of珍種といったレベルで、望まれない妾の子で受けさせて貰えなかった居ない筈の子供とか見付かるのだが、それは親が受けさせなかった例外だ

 大抵は居ない筈の子供でも、孤児の中に入れて受けさせる。この魔法社会で、魔法を使うための覚醒の儀を受けていない、つまりは魔法の資質が眠ったままというのがどれだけのハンデかは、言うまでもない。要水属性だとか、そういった素養の問題がある仕事が全て門前払い、実力主義で食っていく傭兵も魔法無しとかどこも使えない奴として切り捨てるだろう

 ……おれ、レベルのぶっ壊れた物理性能があれば話は別なのだが、おれ自身が親父から魔法性能を取った下位互換。皇族レベルだに何とか使える程度。いわんや一般人をや……違うか

 

 ……だというのに、だ

 妹はしっかりと儀を果たした。光魔法を閉じ込めたステンドグラスの光を反射して輝いていたおれの時と違い、目映いばかりの紅と橙の光を、属性を測るオーブは湛えている

 火、土属性。正確に言えば、実はあの光は正確に測定するともうひとつ混じっていて、火、鉄、土の三属性。土属性の派生である鉄と、七大属性二つというかなりの豪華仕様だ。何も無しのおれとは正に格が違う

 

 だというのに、誰も、誰一人、それを善しとしていない

 ……いや、違うか

 ふと、そう気が付く。難しい顔で娘を眺めているあの親父に関しては、そう思えた。単純に、あの人は体が弱くて、椅子に座って儀式を受けたことが気に入らないだけだろう。体が弱いのは分かるが情けない、鍛えてやろうか。きっとそんな感じだ

 

 だが、他は違う。その敵愾心は、幼い妹に向けられている。まだ、五歳だというのに

 親父の瞳が、一瞬だけ此方を見た

 責めるような、目だった

 分からんか、馬鹿息子。動けんのか

 と、その焔そのものの瞳は、おれを苛んでいた

 貴様には関係がないから、思い至らんのか、馬鹿息子。そう、無言の圧力がかかった気がして……

 

 ふと、今日、アナと会話した際の他愛もない話題を、思い出した

 皇位継承の、話だ

 

 そうだ。そうだ

 ……此処に居るメンバーを思い出す。暇なおれ、暇を宰相に作らせた親父、第一皇子、第三皇子、第五皇子、第二皇女

 4つの敵愾心は、そのまま四人の皇位継承者のもの。ならば、話は簡単な、筈だった。寧ろおれも皇子なのに何故気が付かなかったとしか言いようがない

 簡単な話。おれの時は、立ち会った皆はおれを敵と思ってなかった。皇位継承権は、実力主義。自分達と争える段階におれは居ないと、見下せたから敵愾心など抱くはずも無かった

 けれども、アイリスは違う。目映い光は、その才覚の大きさ。今は幼く、体が弱く、敵ではないかもしれない。だが、成長したらどうだろう。自分を越える才覚が目覚め成長した時、自分の上に立つ事への恐怖を、振り払えるだろうか

 ……正直、おれには無理だと思う。皇位継承を狙っているならば、家族以前に皇帝位を狙う敵の誕生を、素直に喜べる筈もない。まあ、今のおれには関係ないのだが。兄弟全員殺すくらいの事をしなければおれが皇帝になる何て有り得ないしな

 

 

でも、だ。それが分かったとして、何をしろというんだ、親父

 此処に居ない現在の継承権一位(第二皇子)を思う。あの兄ならば、きっと言葉で此処を抑えただろう。そして、アイリスにもきっと優しくする。ああ、あの人が居てくれ……れ……

 『敵になるならば、無知のうちに、敵になんて今更なれないほどまでに、味方に深く引きずり込んでしまえば良い。君だって、私からもう離れられないだろう?だから、今言ったんだよ

 君はもう、私のものさ。一生、ね』、とは本編の彼ルート告白イベントでの主人公への言葉だっけ。……って駄目じゃないかあの人。方法は穏便だけど怖い

 

 おれが、何とかする?無茶を言うな。おれの発言権など、皇族の中では吹けば飛ぶような程度。皇族の恥晒しは伊達じゃない。というか、ここまで社会に浸透するって、どうせ最下位だけど噛み付かれる前に蹴落としとこうと兄の誰かが裏で噂流してるだろうこれ。悲しいことに事実過ぎて対抗して何も言えないのが辛いところである

 更に、立場を悪くするのがオチ。兄や姉達の不興を買えば、結託して皇族から追い落とされる。それに対応できるコネも、力もおれには無い。だから、出来ない

 アナ達を護ると、一度言ってしまったから。いっそ早めに喧嘩売って皇族籍剥奪されれば本編に繋がらなくて生き残れるのかもと思った事もあったが、その手は消えた。皇族籍だけが、おれの保護に意味を用意しているのだから、もうその籍は捨てられない。だから、喧嘩なんて……

 

 椅子に座ったまま、アイリスは身動ぎひとつしない

 その目尻に、微かに水滴が見えた

 

 

 ああ、と一人ごちる

 馬鹿か、おれは

 何を、恐れている。何を、保身に走っている。お前に出来ることは、親父に泣き付くことくらいだろう。それさえすれば、馬鹿息子でも、きっと何度かは助けてくれる。なら、動け

 一年前、見守る全員から蔑まれた際に、同じ針のむしろの気持ちは体験しただろう。なのに、妹をその只中に放置するのか?お前の、ずっと無駄に絡んできたエゴは、やさしい妹相手にしか発揮出来ず、困ってるときに見捨てるのか?

 

 阿呆。そんな醜いエゴ、魔物にでも喰わせてろ

 

 「兄上、姉上」

 一歩、前へ

 「アイリスが怯えています。どうか、醜い保身をお止めください」

 ああ、考えなしに飛び出したせいで、言葉を選ぶ時間が無かった。駄目じゃないか。これじゃあ完全に喧嘩売ってる

 「何だぁ、出来損ないの弟」

 更に、歩みを進める。妹の視線を、背中で遮るように。敵を見る兄達の目が、見えないように

 「家族を敵と思う、その醜い目を止めて欲しいと、そう言ったんだプリンス・オブ・チキンハート」

 自分も、そのチキンハートだけれども。格下が居ないから、逆に開き直れているだけではあるけれども。逆立ちしたって敵わないなら、最早敵視するのも馬鹿らしいという、諦めの産物でも

 それでも、良いさ

 だから、この場で最も年の近い兄に、そう言い返した

 にしても酷いなこの咄嗟の言葉。向こうの世界のおれって、口悪くて嫌われてたんじゃなかろうか

 

 苦々しい顔で、兄等は唇を噛む

 当たり前だ。敵意はある。それでもそれは、敵意を僅かに向けることしか出来なかったとも言い換えられる

 眼前に居るのは、大きな事を言い放ったバカ(おれ)だけではない。当然の事として、娘の儀を見に来ている父親……当代皇帝シグルドが存在し、この場を支配している

 おれだけならば、幾らでも排除は効くだろう。それこそ、風魔法でこの部屋から邪魔だと吹き飛ばす事だって可能だ。締め出す事も苦ではない

 けれども、それは今成り立たない。おれの同席を当代皇帝が認めている以上、そして未だにこのおれのある種侮辱とも言える発言を咎める発言をしていない以上、手を挙げた際に不利になるのは挙げた側だ。咎める言葉を発していれば、排除の名分は立つのだが

 

 「……無礼な」

 「大人げない」

 立ち上がる兄の姿に後退りしかける足を誤魔化して、逃げるように落ちかける瞼を見開いて、ただ、上から見下ろす巨体を睨み返す

 6歳でしかないこの体に、10代の……その先の未来を、大人となった自分の生き方を考え出した兄の背丈はあまりにも大きくて。けれども、何時か自分の未来を閉ざすかもしれないからとこのおれより更に小さな存在を敵視するのは、大人であろうとするならどうなんだ、と睨む

 壁のような威圧感が、一歩近寄ってきていた

 その事に、思わず半歩下がってから、漸く気がついた。最初の一瞬、その事に気がつけなかった

 

 ……半歩下がり、距離を保っていてしまったから

 ああ、やっぱり弱い。生前のおれに関しては良く覚えていないが、それでもこれではまともな人生では無かったろう。無鉄砲に飛び出すのは、格好の標的。けれども、子供染みた敵意を、魔法なんて飛んでこないから温いだろう苛めを、耐えることは出来ても跳ね返す力は無い。怯えが隠せないながらも反発する、そんな半端な抵抗は、相手をむしろ煽るだけ。そんなもの、力の足りない正義感を振りかざすバカでしかない

 それは今も変わらず……

 

 「止めんか、阿呆共」

 されど今は、それを止める強者が居る。それ頼みというのが、実に情けないが

 「けほっ」

 背後で、少女が咳き込む音がした

 「アイリス……」

 「……殺気……怖、くて……」

 「わ、悪い……」

 殺気を放った覚えは流石に無い。当たり前だ。彼等だって第七皇子ゼノの兄弟ではあるのだから。まあ、母親は大体皆違ってたりするのだが父皇が同じなら兄弟で良いだろう。妹だからその敵視を止めろチキンハートとほざくおれが、兄を敵視していてはお笑い草も良いところ、説得力というものが欠片もない

 けれども、脅えから睨んでいてしまったチキンハートなのは確かで。緊張感で体調の悪さを抑えていた妹にとっては、眼前に立つおれのその気が、緊張を崩させたとしてもおかしくはない

 

 素直に謝り、前を向く

 父皇が立ち上がり、間に割り込んでいた

 「自分の言葉にくらい責任を持て、バカ息子。これ以上は、貴様の言葉は口だけとなる。分かるな?」

 「……はっ!」

 そうして、頭を下げる

 「お前もだ、エル

 あのバカ息子の言葉ではないが、妹に今怯えるような者が立派な兄になれるか

 立派な兄にすらなれん奴が、真っ当な皇帝になれる訳もあるまい。貴様が皇帝を、この(オレ)の次代を目指すというならば、背負うべきは総ての民だ。家族すら背負えんならば目指すも無意味、この場で辞退しろ」

 実に横暴かつ一方的。だが、それがこの父の何時もの事。言葉の裏にはそれなりの親心だってある。ただひたすらに、膝を付き騎士の礼の擬き(流石に妹の前にまで剣を持ち込む気はせず、剣が無いため擬きにしかならない)を取り、言葉の終わりを待つ

 

 「……父よ!それは横暴ではないか!

 今此処で私を排しようなど、そこの出来損ないへの肩入れと取られても仕方の無い事」

 「此処で皇を目指すのを止めるか、止めんか

 選ぶべきはそれだけだ。余計な言葉は要らん」

 「ふざけないで貰おう!止めるわけが無い!」

 第三皇子エル……エルヴィス。普段はまだ落ち着いた言動の金髪の皇子が、声を荒げる

 まあ、当たり前と言えば当たり前だ。今此処で皇籍を外されると言うことは、半分くらい死刑宣告である。まあ、死にはしないだろうが。婚姻を通して皇族としての籍を捨て向こうの家の貴族になるのは皇帝にならなかった皇族のテンプレだが、臣下……つまり貴族との結婚前に皇籍を外されるということは、婚約者の家に婚姻前に依存する事となる。自身の家からは放り出されるのに等しいので当然と言えば当然

 要は、婚姻を結ぶ前に嫁の家の居候となる訳だ。そして彼は婚姻出来る歳でもないので、即座に婚姻しての誤魔化しは効かない。別に死に至るようななにかがある訳でもないが、単純に赤っ恥。その恥はそれこそ一生に渡って付きまとうだろう。イケメンで爽やかそうな皇子様として割と市生から人気なエルヴィスとしては、それは死にも等しいと言えなくもない

 

 「構わん。此処で臆するようならばそもそも皇の資格はない」

 靴音が響く

 父皇が、踵を返し部屋を去ろうと言う音

 

 「今更頭を付き合わせても意味は無い。今日は開きだ

 

 ……バカ息子。飛び出した以上、責任は持てよ?」

 要は、最後までアイリスの面倒を見ろという話だろう。とりあえずこの儀式の終わり、皆が去るまでは。もしかしたら、それ以降の事も言っているのかもしれないが、それは今は忘れる。事実上次代皇帝が絞られた時、アイリス派として立てという話だとして、今から頭を悩ませたくはない



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来訪、或いはバカ襲来

「と、言う感じかな」

 「皇子さま……」

 それから2日後。おれは何時もの如く孤児院へと顔を出していた。今日の荷物は……現代風に言うならば50kgほどの重量だろう穀物。マギ・ティリス大陸での重さの単位はgではないはずだが、詳しくは知らない。おれ自身とはゲーム的にもゼノとしての生活的にも関係が薄すぎて聞いたことがない。穀物は加工すれば塊で食べることも可能だが大抵の家庭では粥として食べられている一般的な主食のひとつ、その材料である。詳しいことは知らないが、あえておれの曖昧な記憶で似たものをあげるならば麦だろうか

 

 「お怪我とか」

 「特に無い。何にも食らってないからさ」

 そう言って、手を振る

 「でも、その手……」

 ふと見ると、右の手の甲には、ざっくりとした斬り傷が残っていた。血は止まっている。流石にそこはしっかりと止血した。けれども、逆に言えばそれだけしかしていない。固めた血で傷口が塞がっただけである

 

 「皇子さま……」

 話を聞いていた少女は少し潤んだ目でその傷を見て、ゆっくりとおれの手を取った

 「魔法でも、治せないような傷を」

 おれの顔と、手の甲の傷を交互に見ながら、少女ーアナは呟く

 一時期の顔半分を覆うほどよりは大分マシになったとはいえ、火傷痕は一生もの。それを見れば、この手の甲の傷もそうなのかと思ってしまう……事は有り得るのか

 「いや、魔法だから治せないんだ。それにこの傷は別件、単純におれの弱さが招いた傷だよ」

 「そう、彼こそが禁忌の忌み子だからだ!」

 「皇子さまにそんな酷いこと言わないで!」

 「ぐっ、事実なのに……」

 何時の間にやら、扉をバァンと音を立てるように跳ね開け、一人の少年が太陽光を背に立っていた

 

 そうして、器用にも吐血していた

 「……何やってんの、ポンコツ伯子?」

 エッケハルト・アルトマンには別に持病とか無かったはずだが。寧ろ、強い炎を受けた際に古傷……というか火傷痕が疼くのおれの特権だろ

 「この胸の痛みが、人を強くする!心が流す血が、何時かお前を越えるんだ」

 「要は精神ダメージか。宴会芸を修めて道化師にでも転職する気か?」

 一発芸としては受けるかもしれない。きっとこの世界でも、オーバーリアクション芸は一定の笑いを取れるだろう、多分

 おれの背に半分隠れながら、冷たい目でアナが突如現れた少年を見つめている

 逃げたり、隠れきったりしないのは多分、出鼻を挫かれてたから。あの日、騎士団の前に現れた貴族様は恐かったけれども、今の彼は……なんか怖くない。そんな感覚だろうか。案外道化のような吐血芸、有効に効いているのかもしれない

 

 「それで、おれの孤児院に何用だ。孤児にでもなった訳じゃないだろ?」

 「未来の嫁に会いに」

 「教会行け。天才的なサニティ使いの神官を紹介してやる」

 「別にパニック掛かってないって」

 「いや、またチャーム食らってるから解除しろ」

 「……また?」

 「また、だって……?」

 おいこら、折角アナさえ居なければ割と話せる貴重な相手だからと助け船出したのにお前まで首を傾げるなエッケハルト

 

 「アナ、チャームとパニックは分かる?」

 「魔法書、だよね」

 「正確にはそれらの症状を引き起こす基本となる魔法書の名前がそれ。実際に使われるのはもっと色んな副次効果を組み込んだものだけど」

 「……それ、で?」

 こてんと首を倒す仕草が愛らしい

 それに引き寄せられる蛾のようにふらふらと前に出る同い年の少年にお前はそこに立ってろと火傷の残る目で睨み付け威圧して

 

 「前、あいつが酷いことしたのは覚えてるだろ?

 あの時、その二つを受けていたみたいなんだ」

 嘘は言っていない。嘘は。幼い初恋の熱に浮かされる、恋煩いという名のチャームはかかっていたのだし

 

 チャーム(魅了)パニック(混乱)。その名の通り状態異常の一種である。ゲーム的に言えば、チャームは術者を味方と思い込み一時的に術者と同陣営の第三軍化、パニックはNPC操作化して敵味方を構わずランダムに襲い掛かるようになるバッドステータスとして扱われていた

 厄介な点は第三軍化。その状態でも発動時点では操作が効かなくなる訳ではない。術者を味方認定し、攻撃が出来なくなり、範囲回復や範囲補助対象になるだけだ。ただ、術者を大切な味方と思い込むというのは、それだけで盛大な初見殺しである

 ゲーム的には、その第三軍はリーダーが攻撃されると敵軍になるという形で表現されていたが、要は術者を殴るとプレイヤー側が大切な仲間を裏切って殺そうとした裏切り者としてチャーム掛かったキャラに扱われ、チャーム解除しない限りそのキャラが敵になる。当然ながら、その状態でもHPを0にすれば死ぬ

 チャーム食らったキャラは武器の損傷も何も考えず最大火力で狙ってくる等も合わさり、初見チャームでリセットしなかったプレイヤーは少ないのではなかろうか

 おれの初見時は当時ルートに行こうとしていた回復役の女キャラがチャームを受け、範囲攻撃魔法でその後直ぐに術者を倒して敵化を踏み抜き……そこまではそのキャラは火力の低い回復役なので被害は低く良かったのだが、彼女に効きもしない杖殴りを選択され、狙われたゼノ(おれではない。ゲーム内のキャラの方である)の反撃が8%の必殺引いてぶっ殺してしまった

 まあ、つまり何が言いたいかというと、皆チャームでキャラを死なせてリセットくらいやってるだろう、おれもやったんだからさ、という話である

 

 ゲーム的な話は閑話休題。チャーム、パニック、どちらも精神異常魔法である

 それを受けていたならば、まあ、アホな行動を取っても仕方ないよね?というお間抜けな擁護。それがおれの言葉の意味である

 あの行動については擁護するが、代わりに油断からか幼さ故かチャームなんぞを気がつかないうちに食らってた間抜けの名を背負え、というただでは許さない策。自分の事ながら、セコい

 「……そう、なの?」

 「星紋を撒くような外道だぞ?更に強力な魅了で事態を大きくしても可笑しくない」

 いや可笑しいだろと言いたくなるが無視して

 

 「すまなかった」

 暫くして。おれの言葉の意図に思い至ったのか、少年は軽く、頭を下げてそう言った。下げるのは頭のみ。首を曲げ、目線を下へと向けるのみ

 貴族としては、それが正しい。謝ることは弱味である。基本的に頭は下げるな、下げるとしても頷く程度。それが、格下相手のやり方だ、というのがデフォルト

 

 「わたしは、大丈夫

 けど、皆に謝って。皆、死ぬかもしれないって怖く思ってた」

 「分かった」

 大人しく、少年は頷く。実に素直に

 「って星紋症ばら蒔いたのは違うから!やってないから!そこは間違えないでくれよ!」

 「本当に?」

 「本当だ!」

 「じゃあ、誰なんだよ黒幕は」

 「それは知らない」

 少年の瞳には、静かに炎が揺らめいていた。まあ、嘘を言っているとは見えない

 「けれども、夢を見たんだ

 城下の孤児院から始まるパンデミックの夢を」

 「ぱんで……みっく?」

 少女が、首を傾げた

 案外アナは色々と知っている。体は強くなくて、孤児院の中で本を読んでたからか、年の頃にしてはしっかりしていると言えるだろう。チート(前世の記憶)のせいか子供らしい可愛げが無いと言われるおれとは違い、背伸びしてるだけ、なのだが

 けれども、パンデミックという言葉を知らないという。星紋症に関しては、本で読んだことがあるらしいのに、だ。その本に書いてなかったのだろうか

 

 けれども、そんな疑問はすぐに忘れて、おれはアナに説明を始めた



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召喚、或いは身の振り方

そうして、約2日後

 「何の用なんだ、親父?」

 おれは、父皇シグルドから、呼び出しを受けていた

 皇命である、の一言が添えられていたそれは、最上級……とまではいかないが、最上位に近い順位の命令。即座にでも、今やっている事をそれこそ放り出してでも、駆け付けねばならない

 そう、師匠との訓練を無視してでも、だ

 後でキレて色々とやらされるだろうなーなんて、後の話は置いておくとして。まあ、どんな理由であれ、自分の定めたことを無視されることを異様に嫌うあの人は仕方ないと、メイドのプリシラに言い訳を頼んでおいた。露骨に嫌な顔をされたので、果たしてくれるかは微妙な所だ。どうにもあの娘にはおれへの敬意というものが無い。いや、情けない所ばかりのおれに対する敬意がそもそもあるかどうかは別として、一応主人扱いだろ?理論上の主人は親父だとはいえ

 

 「来たか、悪いな」

 おれの顔を見て、そう父は笑う

 珍しい話だ。呼び出しておいて、それを詫びるなんて。基本的に、皇帝が呼んだのだ、来て当然だろうという態度な人なのだが。

 それでも許されるのは、単に強いこと、そしてそもそも呼び出すに足りる理由がないなら呼ばない、理不尽な出頭が無いが故のこと

 だからこそ、珍しい

 畏まって、言葉を待つ。何故、父がおれなんぞを呼んだのか。予想は……正直な話付かない

 

 「ゼノ。お前が呼ばれた理由は、分かるか?

 正確には分からずとも良いが、全く分からんというのは認めん」

 「酷くないか、親父」

 ぼやきながらも、何を言えば良いのか言葉を脳内で探る

 まず、恐らくはアイリス絡みなのは間違いがない。だが、その先が繋がらない

 「啖呵切った事に関して、だとは思う

 けれども、おれにはその先が分からない」

 だから、大人しく負けを認める

 そんなおれに、父は一つ息を吐いて、手元の紙の束を投げて寄越した

 

 そこにあるのは……数枚の資料。光魔法やら火魔法やら、様々な魔法で焼き付けられた似顔絵。まあ、言ってしまえば写真付きの資料。まあ、それは良い

 

 問題は一つ。そこに載っているのが、幼い少女のものばかりというところ。年頃は……まあ、おれと同じか少し上くらいだろうか。6~8歳くらいだろう。顔は……悪くない、というレベルだ。

 アナと比べてしまうと……ってあれはちょっとヤバいレベルか。比べてはいけない。深窓の美少女扱いとなった妹と比べても負けてないとか平民として可笑しい。居ないことは無いのだが。

 というか、母も美貌故に親父が平民からメイドとして引き上げたのだったはずだし、たまに居るのだが。それでもあれは反則だ

 といっても、不細工な訳もない。それなりに整ってはいる

 

 「……これは?」

 「お前の婚約者候補だ。好きに選べ」

 「は?」

 一瞬、呆けた

 改めて考えてみれば、それは間違ってはいないのだろう。同年代くらいの異性の写真(魔法により焼き付けられた絵だが)を見せる理由なんてそれくらいしかなさそうだ

 けれども、いきなり過ぎる話

 

 「……親父。本当に?」

 紙を捲りながら問い掛ける

 文字はこの一年でしっかり学んだ。流石に読める。読めないなんて事はない

 捲って軽く見る限り、下級貴族の娘ばかりだ。そこまでの上位貴族は居ない

 「難色を示すか?」

 「……まあ」

 大人しく頷く

 「理由は分からんでもない。釣り合わん、というのだろう」

 いや、そうじゃない

 「……親父」

 「何だ?」

 「彼女等は、生け贄じゃないか」

 静かに、そう口にする

 生け贄、というのは物騒な言葉だが、その通りといえばその通りである

 

 皇族から籍を外す際に婚姻先の姓を得る、と皇族について言ったが、それに繋がる話である。つまりは、どんな皇族にも相手が要るのだ。

 迎える家がなければ、何もしようがない。追い出しようも無い。というか、皇族の後ろ楯は、自身の力と婚約先の権力である、という程度には影響は強い。であるならば、婚約者は必須である。その理屈は分かる

 

 それで、だ。皇帝になる望みなぞまず無い、顔には一生消えない火傷痕、更には魔法が使えず魔法への防壁もない糞雑魚。そんな噂が広まりに広まっているような最低皇子に、誰が娘を嫁に出してその後ろ楯に付こう、等と思うだろうか。

 そんな貴族が居る訳がない。いや、昔おれが其処の娘を何でか助けていて、その恩があるとかならば有り得なくもないのだが、生憎とそんなイベントは起きなかった

 いや、助けてないとかそういう意味ではなく、感謝される程の事じゃなく寧ろ忌み子に助けられた黒歴史として葬られてるという意味でだが

 

 つまり、だ。それでも誰かを後ろ楯につけなければならない以上、誰かが娘をおれに差し出さなければならないという話。そこに選ばれたのが、今おれが見ている資料の娘達なのだろう

 まさに生け贄である。もしもおれに選ばれれば、おれがよっぽどの不祥事を起こさぬ限り、選ばれた娘は出来損ないの忌み子皇子の婚約者として縛られる。一生、自由を奪われる。

 不貞等許される訳もない。恋を知る前から、それを許されなくなる

 会ったことも無い、結婚も出来ない、呪われた忌み子皇子の為に

 

 「生け贄か。言いえて妙

 等と言うと思ったか、馬鹿息子」

 「どうしてだ、親父」

 「……分からんか?生け贄というのは、自分には自分で選んだその女を、己に惚れさせる事等出来んと思い込んだ負け犬の言葉だ。親の決めた婚姻、それが最善だったと言わせられるならば、そんな言葉は吐かん」

 「いや、でも」

 「言いたいことは分かる。だが、馬鹿息子。今のお前に必要なのは、後ろ楯だ」

 「何で必要なんだよ。早いだろ、婚約だ何だ」

 「早かった、だ。お前が啖呵切ったのだぞ?

 今やお前は、事実上アイリス擁立派の先鋒だ。他に居るかというとだがな。

 お前がどう思おうが、周囲がそうする。ならば、その際に個人では何もならん。今すぐにでも後ろ楯が必要なのだ

 分かるな、馬鹿息子」

 「……わかるよ、親父」

 何となく考えていた事。アイリス寄り扱いされそうだな、という話。先鋒扱いまで広がっていたのは予想外ではあるが、想定していなかった訳でもない

 その先にまでは、思い至らなかったが

 

 「それでも、彼女等は選べない。選びたくない」

 「あの娘か。力無ければ奪われるぞ?側室で留めておけ。それを看過出来んというならば、その程度の気持ちだ」

 「アナの事か?って関係ないだろ、アナは!

 側室だ何だ、そんな事考えてない」

 考えるわけもない。そもそも、だ。おれは忌み子である。おれと結ばれるというのは、それだけで後ろ指指されるようなもの。それは……駄目だ

 まあ、そもそもアナになつかれている事自体半分吊り橋効果みたいなものだろうし、そのうちボロが出る

 命の恩人への憧れは、きっと恋にはなり得ない。おれがもっと凄い人で、皇子さまと呼ばれるに足りるならば話は違ったのだろうけれども。おれは……魔法の使えない出来損ないの忌み子でしかないからな

 そもそも、第七皇子ゼノの婚約者があんな平民出身の美少女だったなんて話はないのだし

 おれは、おれの分くらい弁える。たまにそれを無視してしまうけれども

 だからこそ、普段から自分を弁えるべきなのだ

 

 「どう考えても、忌み子であるおれとの婚姻なんて嫌に決まってるだろ!

 誰もが嫌だ、そんな状態から幸せに出来るなんて甘えた言葉は、おれには無理だ

 だから、親父。この中から選ぶことなんて出来ない。不幸を覚悟しての生贄娘から選ぶなんて嫌だ」

 

 「選ぶならば、元より打算、か?」

 「ああ」

 大人しく頷く

 打算。まあ、言うなれば貴族に渡りを付けたい者達の事である。分かりやすく言えば商人の家系

 「良いだろう。一つ、商家からも話があった。貴族に拘るかと思い外していたがな

 握り潰す気はあったが、馬鹿息子たっての願いならば受けよう

 自分の言葉だ、責任は持てよ?」



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夢見る少女、或いは婚約者

「こんなのみとめないわ!」

 城の一室。妹アイリスの部屋の扉が突如開け放たれたのは、父皇との会話から更に3日経った日の事であった

 

 「……摘まみ出してくれ」

 「第七皇子。立ってくださいまし?」

 「は?」

 「邪魔者は摘まみ出せというのであれば、貴方様こそが何よりの邪魔者。もろともに摘まみ出すので、運びやすいように立って下さいまし?と言ったのです」

 「邪魔者おれかよ!」

 冷たい表情でそう告げる妹付きのメイドの一人ー確か何処ぞの男爵の娘だったろうか。誘拐騒ぎの後大分整理という名の飛ばしをされたがその中を生き残った若さの割に歴戦のメイドであるーに向けて呆れたように首を振る

 「おや、自覚は無かったのですか」

 「無視するなんて良いどきょーね!」

 実際問題、メイドとのやりとりの半分くらいは軽口だ。本気で追い出そうという気は……半分くらいしかないだろう。やらかした事の大きさを考えると仕方の無いことではあるが、仮にも主君の兄であり、主君擁立派の先鋒に気が付いたら祭り上げられている存在だ。あまり下手な扱いは出来ない。それは付け入る隙になる……んだろう多分きっと

 なのでまあ切り上げるとして。改めて乱入者の姿を確認する

 

 走ってきたのだろうか、多少頬を上気させ、肩で息をしている

 年頃はアナと同じくらい。つまりはおれと同年代。一つ上、くらいだろうか。当然ながら、髪の長さなんかで性別の見分けは付くが、別に何処が出ているという訳もない

 顔立ちは……まあ、悪くないだろうか。一般的に見れば多少整った方だろう。子供らしい大きめの吊り目が印象的。……ってか、これは多分おれの可愛いの基準が狂ってるだけだ。基本的に今の皇族なんて美形な父皇が色んな美女に手を出した結果だ、美形に決まってる

 くるくるとカールした明るい茶色の髪は、別にドリルという訳ではなく広がっている。それに合わせたのは、明るい青を基調としたワンピース。各所にフリルがあしらわれ、可愛らしい印象を際立たせている

 

 「摘まみ出してくれ」

 「ぶれーもの!」

 少女はおれに向けてそう叫ぶ

 いや、無礼者である事は確かだ。言い訳のしようもない。だが、妹の部屋に突然踏み込む無礼者に言われる筋合いは無い

 「突然は……同じ、です……」

 思考を読んだかのように、アイリスの手が背を叩く

 面目無い。その通りである。このメイド達はおれのアポイントを了承する事は決してない。拒否しようが、どうせおれは勝手に来るとわかっているのだから。それでも摘まみ出さないのは、妹故の優しさだろうか。行くのはおれのエゴである

 

 「だ、れ……?」

 ベッドの上に身を起こし、多少焦点の合わない瞳で、アイリスが問い掛ける

 「起きて大丈夫か?」

 「要らない、ひ……と、くらい……」

 矜持というものもあるのだろう。おれの火傷痕と似たようなものだ。皇族として、譲れない一線というプライドがある。突然の訪問者を任せきりにしたくないというのもそう。痕を隠して誤魔化していたくないというのもまた

 「誰?誰ってしつれーな話ね!」

 「いや、当たり前の話じゃないか?」

 何となく、予想は付くのだ。まさかここまでとは思わなかっただけで

 そう。この少女自体には見覚えが特に無い。真面目に無い。大貴族の娘なんかであれば庭園会なり何なりで姿を見掛けることがあるはずなのだが、それも無い。だというのに、だ。この少女は皇族の私室にまで踏み込めた。その区画の衛兵を通り抜けられた。それは、彼女個人がその区画に踏み込むだけの資格を持っていたという証

 ならば答えはほぼ一つ

 

 「というか、アナタのせいじゃない!」

 びしりと、少女は左腕を上げておれを指で指し示す

 行儀が悪い……というのはおれの生前の知識だったか。この世界では、目上の人から指指されるのは割と光栄な事だったはずだ

 格下からされるのは、自分はお前よりも目上だ敬えというアピールだとして、時々喧嘩沙汰になるくらいには侮辱的なのだが。仮にも皇族にそれをやるとか大丈夫かおい。世間的に、あくまでもおれ相手なら咎める者は多くはないとはいえ……

 「アナタの側から頼み込んで来たんでしょう!おじーちゃまが言ってたわ。なのに何であいさつにも来ないのよ!」

 「……おにぃ、ちゃん……

 何、やっ……た、の?」

 アイリスの視線が背に突き刺さる

 割と痛い

 

 「親父に呼び出されてすっぽかした事で、師匠に一泊二日に渡ってボコボコにされた」

 早朝から次の日の昼過ぎに至るまで。一日の弛みは三日の努力を殺すだとか何とか言われてひたすらに限界までしごかれた。その日は真面目に腕が痺れてまともに食事も取れなかった

 余談だが、その師匠はそれを終えたその足で飛竜に乗って西方に立った。何でも、おれの為に頼んでおいた刀が鍛え上がったので状態を見てくる、だそうだ

 それは有り難いけれども、あれだけおれ相手に刀振るっておいてそのまま乗り心地が悪くて乗り続けるのに体力が要ることで有名な飛竜に乗るとか体力可笑しいだろあの人。いや、人じゃなくて鬼だけど

 それを終えて、漸く親父に言われた云々でもお話しするかとアイリスに会いに来た、というのが今

 「それ、だけ?」

 「それだけだ。あそこのには何もやってない」

 「何よ!こんやくを頼むならあいさつくらい来なさいよ!」

 そう、そういう話である

 親父の言っていたおれの婚約者、それが眼前の少女である

 親父ぃ!原作でもそうだったけど考えすぎて人選完全にミスってんぞおい!と、叫びたくはなるが言っても仕方の無いことなので無視

 

 商人の家系に声をかけようと言われた時点で察していたのだが……

 眼前で憤然としている女の子の名はニコレット=アラン=フルニエ。アラン=フルニエ商会というそこそこ手の広い大商会の孫娘にして、遥かなる蒼炎の紋章における登場キャラの一人である

 第七皇子ゼノの婚約者……ではあるのだが、男主人公では普通に攻略可能だったりする。そんな事からも分かるように、婚約者との関係性は冷えに冷えている。というか、彼女自身こんなの望んでないと公言している……訳ではないが、本心ではあんな婚約者嫌だと思っている、ということを彼女の知り合いから聞くことが出来る

 そして、フラグを立てておくとおれの皇族追放イベントと共に晴れて自由の身になった彼女との交際が可能になる……という形

 うん。別に良いと思う。そっちの方がきっと彼女は幸せだろうし

 というか、実際婚約者なのに絆支援無いし、互いに打算、愛は欠片もなかったんだろう

 

 「申し訳無い、アラン=フルニエのお嬢さん。だとしても、我が妹の部屋に踏み入るはあまりにも無礼だと分かって欲しい」

 「何ですの!このわ!た!く!し!が来て差し上げたというのに」

 特徴としては、煩い

 そして、大商会の孫娘として可愛がられた結果、かなり自尊心が強い。恥さらしとはいえ、仮にも皇族であるおれよりも、自分を上だと思っているフシがある

 「……皇子様の婚約者、というのは一つ権力だ

 けれども、その力は皇子様に依存する。君の力じゃない

 君は、この場で威張れる程偉くない」

 格好付けて、言葉を選ぶ

 似合わないと妹に小突かれても気にしない

 「アナタより上よ!わたくしは、あのニコレット=アラン=フルニエなの!

 忌み子なんかより上に決まってるわ!」

 「君からしてみればそうかもしれない。けれども、その君の上に、この部屋の主は居る」

 何か言ってくれないか、とベッドを振り返る。妹は、光の無い瞳で乱入者の少女を見ていた

 

 「おにぃ、ちゃん

 婚約者……?」

 「親父が選んだのは彼女らしい。商人なら忌み子だなんだは広まってないだろうと思ってくれたのかもしれないけれども……無駄だったかな」

 ……でも、良い。親父の言う後ろ楯的にはあまりにも不安だが、それは弱小貴族でも同じこと。寧ろ、両親に望まれた生け贄として、本心を隠してひたすらにおれにイエスマンするだろうあの資料にあった子達より好ましい。心ない事をさせられるよりも、本心のままに反発してくれた方が心は痛まない

 「アナタなんか、わたくしの白き龍の王子様にはぜーんぜん足りませんわ!抗議します!」

 「コレ、が?」

 「コレ言うなアイリス。相手は人間だぞ」

 「わたくしの方が!コレが?って言いたいの!」

 親父、チェンジで

 と、言いたくはなるが言っても無駄だろう。それは自分に惚れさせられない負け犬の言葉だ。お前は男か?それとも負け犬か?と返されるに決まってる。そこでもう負け犬で良いよと弱音を吐けば動いてくれる気もするが……それはそれでダメだろ情けない

 つまりは、おれへの認識を改めて貰えば良いのだろう?ゲームでイベント進めれば男主人公に惚れたり、おれじゃなくて第六皇子様の婚約者だったら良かったのにと言っていたりと、本来の第七皇子ゼノは、それには完全に失敗していたようだが。とはいえ、童話の王子様に憧れる女の子の前に婚約者としておれを出すのは……オウジサマという肩書き以外のギャップが大きすぎる

 

 「で、てって……!」

 「きゃっ!」

 ベッド横に生けられていた花が蠢く

 切り取られていないその葉を動かし、それが両の足であるかのように、支えられるはずもない重量の花本体を歩かせる

 ……高級品の絨毯ー万が一魘されてベッドから落ちても体を痛めないようにとふかふかさを追求した逸品だーの上を歩く花。なんというか、シュールな光景である

 「な、何を……」

 魔法書無しで魔法を使っているだけである

 使用しているのは土+火のゴーレム系魔法の一種。ウッドゴーレムを動かす魔法の……初心者向けの入門魔法である。それで花をゴーレムにしただけ

 使っている魔法自体は驚くに値しない。子供でも遊びで使える程度のもの。入門用かつ殺傷性は殺意を持たなければほぼ無い(殺す気で目に茎を刺すように動かせば殺傷力はあるが、そんなもの別の魔法でも同じだろう。ちょっとものを冷やすだけの魔法でも、花の茎を凍らせて目に突っ込めば目を潰せるから危険だというのと同レベル、考慮しなくて良い)

 だけどなアイリス。此処に魔法書なんて置いてないだろ、魔法書無しで魔法を使うな、チートかよ。皇族(チート)だわ

 「追い……だす」

 妹はカッコよく宣言するが……うーん、どうにも迫力がない。殺傷力もほぼない花ゴーレムでは、凄みが足りない

 

 「お嬢様、摘まみ出しましょう」

 「良……い。自分で、やる……」

 「うるさいのよ!」

 業を煮やしたのか、胸元の首飾りを少女が引きちぎる

 

 ……ってオイ雷鳴矢じゃないのかアレ

 目を見開いた

 雷鳴矢。要はアナにあげた髪飾りと似たようなもの。あれは失敗例だが

 つまりは、護身用の物体。首飾りの紐を引きちぎるとスイッチが入り、投げつけると共にオートで雷魔法をぶっぱなすという代物だ。魔法書手に魔法なんて唱えてる余裕がない時には便利。オート照準付きなので適当に投げても当たる素晴らしいものでもある

 あのタイプの首飾りに込められた魔法はいわば痴漢防止用。低めの雷魔法ダメージ+スタンである。生前で語るなら投げて使える使い捨てスタンガン。護身用に開発されたのに誘拐にも使われまくり、一般販売を中止された曰く付きのブツである

 販売はアラン=フルニエ商会であり、今も信用できる者には会員限定販売方式で売っているらしいので持っていることは普通だ。でもおいこらこの区画の衛兵、凶器持ち込まれてんぞ仕事しろ

 ……いや、おれ以外の皇族なら魔防で軽く弾く(それはアイリスも例外ではない……ってかアイリスが弾けなければおれどころか第六皇子辺りにも通るくらいには魔防は高いようだ)から単なるオモチャと同じとスルーしても割と問題ないか。オモチャでしょ?と証言されればそうだなと親父に返されかねない

 ってそれで良いのかお前ら。皇族の方が見張りである俺達よりも化け物だからやること無い閑職とかぼやいてるらしい(レオン談)が、これで減給食らう可能性もなくはないぞオイ

 「あんな忌み子なんて……!」

 「……どうした?」

 投げようと振り上げたその腕を掴み、問い掛ける

 そう、腕を掴み、である。力を込めるとアザが残りかねないので軽く加減して。仮にも女の子の腕に内出血の青いアザを付けるのは如何なものかという話である。更に軽蔑されるだろう

 「わたくしのこれで軽く……!」

 「撃てれば、ね?」

 おれ以外、と注釈していた通り、おれになら通る。物理状態異常であるスタン耐性はおれに無いので、スタンまで通る。確かに有効打である。それは否定しない。あの魔法によるスタン率は魔防依存(確かゲーム的には120%-魔防×3%の確率だったろうか)なのでゼロな俺にはスタン率も100%だ

 だが、それは撃てればの話

 振り下ろす手を捕まえておけば、投げられないから放てない

 「全く物騒な……」

 「ブー、メラン」

 「おバカ様、それは自らを卑下する言葉でしょうか」

 「おい!って、小刀持ち込んでたおれの言うことじゃないか」

 というか、雷鳴矢の15の固定ダメージ(魔防による軽減アリ)が通ったりスタン率が残る皇族なんて覚醒の儀を経た中ではおれしか居ない。普通の平民相手や幼い貴族子弟になら猛威を振るうが。魘され絡まったアイリスの髪をばっさり切った小刀の方がよほど物騒だろう

 

 「離しなさい!」

 「婚約者の手を取ってるだけさ

 ……向こうで話そうか」

 「おバカ様」

 「何だ?後でその絨毯は……」

 「その事ですが。やりませんように

 おバカ様のセンスでものを贈られると、部屋の調和が乱れますので」

 そう、絨毯

 投げられる前に辿り着けたのは他でもない。単純に、強引にふかふかの絨毯を荒らす覚悟で踏み込んだから。それで妹のベッドから入り口にまで届く辺り、魔法以外のおれのスペックはやはり意味不明に片足突っ込んでる。だが、その代償として、踏み込む際におれの足のせいで絨毯は大きく捲れ、ほつれも出来てしまった

 まあ、踏み込む際に絨毯を抑えてその下の床にグリップした上に、後ろに大きく蹴ったようなものだ、ほつれくらい出来るだろう。流石に、それをそのまま使うというのは皇族的にみっともない訳だ

 なので弁償はと思ったのだが……

 

 「行こうか、婚約者様」

 そのまま、力を込めないようにして、少女の腕を引いた



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呼び声、或いはクソ皇子

「それで……」

 ひたすらに割と勝手知ったる城内を歩き、辿り着いたのはアナと出会ったあの城壁近くの庭園。……というか、本来の城壁の外に作られた庭園

 アナ侵入なんてあった結果、一応改修はされている。といっても本来の城壁の外に忌み子たるおれの為に作られた半隔離区画、そこの壁には本来の城壁には存在する悪意を読んでの自動迎撃魔法なんて無いのだが

 業者の雇った作業員の中に盗賊稼業の者が居て、狙って穴を作っておいた、それで子供がそれを見つけて侵入できてしまった……って程度の防犯である。穴は結局作業員が別件の泥棒で捕まっていた為城壁の外ーーつまりは貧民街ーーの子供たちにしか知られておらず、アナ関係の事件後に穴は埋められたが、相変わらず単なる壁である

 本来の城壁を抜けて辿り着ける理由は簡単、元々城壁に隠し扉があるのだ。といっても、知らなければ見つけられるものではないが。というか、城壁に触れた際、元々知ってなければ隠し扉を探すということは何らかの理由で侵入しようという悪意を持つ行動であるので迎撃される

 

 「こ、こんなところに連れ込んで……!」

 「いや、なにもしないけど?話しやすいから来ただけ」

 移動がてら、庭園で一際目立つ巨木の枝に引っ掛けられた鈴の紐を引く。勝手に鳴らないのかというと、一応皇城の中、風魔法があれば意図しなければそよ風しか吹かないので鈴が鳴るほどの事は起きない。だから、鈴が鳴るという事は誰かが呼んでいるという意思表示になるのである

 まあ、入ってきた誰かが鳴らさないとも限らないが。といっても、衛兵が来るかもしれないと思って基本は鳴らさないだろうこんな露骨なもの。アナだって、あの行動は寧ろ咎められるもの、衛兵にでも見付かったら殺されても当たり前と分かっていたから鳴らさずに隠れて震えていた訳だし

 それでも、国民の最強の剣であれと建国のお伽噺に詠われている皇族に助けを求めた……らしい

 

 「……用件」

 「おれの婚約者様らしい。お茶を用意してくれないか」

 鈴の音と共に庭園に顔を出したメイドに、そう頼んでおく

 露骨に嫌な顔をされたが、まあそれは気にしないことにする。どうせ、レオンとの時間がーとかそういった事だろう

 或いは、師匠に話を通しておいてくれといった3日前の恨みか。プリシラはあの人は怖いって嫌ってるから。ちょっとおれと同じく顔に傷があって額に2本の角が生えてるだけだろ怖……いな、普通に

 ってか、2本角は普通に考えて牛鬼の意匠だから怖すぎるわ

 「……安物?」

 「高級品出してやれよ、婚約者様は商家出だ。下手なものをだせば出した側が舐められる」

 「ぶれーものの部下はぶれーものな

んですの!?」

 「いや、おれを舐めてるだけだと思う」

 いやまあ、魔法の能力が基本的にぶっ壊れてる皇族の中で、そこまででない自分以下のおれとか、子供からしたら舐めても仕方ないだろうが。特に皇族たる理由は力であるのだし

 「同じだろ。似た者同士仲良くしてやってくれ」

 「い、や、で、す、わ!

 なんでこのわたくしがこんな忌み子とこんやくなんて……!」

 「親父の意図だろう。文句は親父に……当代皇帝に言ってくれ」

 「人をみる目がなさすぎますわ!」

 頬を膨らませる姿は、年相応

 それが、おれ関連でなければまあ良かったのだが……

 

 「まあ、うん。おれをちょっと過大評価しすぎているとは思う」

 「ちょっとどころではありませんわ!」

 いきり立つ婚約者の少女を、木の下のテーブルに誘導する

 そこに自分も腰掛けようとして……ひとつ、不可思議な音が耳に入った

 

 「お茶にお菓子くらいは付くんでしょう?」

 「それは家のメイド次第かな。在庫はあるだろうけど

 ……少し黙ってて」

 唇に指を当て、耳を澄ます。残念ながらおれは忌子皇子(いみごのおうじ)であって厩戸皇子(うまやどのおうじ)ではないし、微かな音を喧騒の中から聞き分けるような事は出来ない。だが、静かな中なら拾えはする

 えーっと、これは……

 ぐ、そ、お、お、し?

 いや、クソ皇子、か

 

 「ってお前もかよ!最近流行ってるのかおれを舐める呼び方!」

 流行ってるのかもしれない。そこらの貴族から言われたことも何度かあるし。お前ら幾ら基本自分がマウント取れない皇族の中でおれだけ雑魚忌み子扱いだからってな……

 耳を澄ませて聞き続けるが、やはり定期的にクソ皇子、とおれを呼ぶ声はする。城壁の向こうから、だろうか

 城壁の先にあるのは貧民街。割と貧しい者達の街。街の正門は大路で城の正門にそのまま繋がっているという見栄え重視で防衛に難がある造りである以上、正門側に貴族街やらは集中している。結果城の僻地は貧民街と接している作りなのだが……

 

 とりあえず、呼ぶ声はエッケハルトの阿呆でもレオンでも無いはずだ。彼等なら普通に城に入れる

 とすれば、アナの孤児院関連。だがそれも可笑しい。水鏡の魔法書は孤児院に置いてある。それを使って此方の水鏡用の溜めた水と繋げて用件を書いた紙を見せれば良いはずだ

 割と難易度ある魔法ではあるが、アナなら使える。というか交渉の際に使った

 

 それを使わず、届く気があまりしない城壁越しにおれを呼ぶとすれば……

 何かしら、アナにあった場合。例えば、水鏡を使えないほどの高熱でも出した、とか

 

 「悪い。用事が出来た」

 一言だけ告げて、深呼吸

 一際目立つ木から後ずさりながら、息を整える

 距離目測、集中よし、Go!

 スタート。平たい地面を疾走し、その勢いのまま木の正面で踏み切る。速度を出来るだけ殺さぬように木に着地後、そのまま強引に靴底のデコボコと樹皮を噛み合わせてグリップ、その表面を駆け抜ける

 それで止まりはしない。まだ走りやすい木を速度を保って駆け上った今、そこから更に天辺の枝のしなりを使ってジャンプ、城壁上部に辿り着き、速度が足りずに落ちる前に、ギリギリで上にしがみつく

 今おれに出来る手としてはパーフェクト。敏捷にものを言わせた強引なショートカットである。わざわざ城を門から出ては時間が掛かって仕方がない。因にだが、親父ならそのまま城壁を駆け上るが、そんなものおれには無理なので木という登りやすいものを使った

 グリップしやすい木なら兎も角、城壁を駆け上るって何だよあの人。まあ、その気になれば風魔法なり何なりで魔法を使えばこの城壁越えられない皇族なんて居ないのだが。というか、一番おれの越え方が不格好である。皇族の癖に城壁越え程度成功率5割とか雑魚かよおめー

 

 城壁から、貧民街を見下ろす。大体目測で15mほど。飛び降りればちょっと痛い。着地を失敗すれば怪我も有り得る。風魔法なりでクッション作れば良いのだが、そんな才能はおれにはない

 「クソ皇子ぃっ!」

 叫んでいるのは、孤児院の子供の一人。アナの一つ下の少年だ

 その存在を確認し、まあ、着地すればいいんだよとおれは虚空へと足を踏み出した

 「ちょっと、おいてけぼりですの!」

 悪いな、そうだよ



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人拐い、或いはドナドナ

「アナが浚われたぁ!?」

 飛び降りたおれを待っていたのは、そんな言葉だった

 

 「頼む……クソ皇子、ねぇちゃんを……」

 別に、この少年とアナに血の繋がりはない。単に孤児として年上のアナをねぇちゃんねぇちゃんと慕ってるだけだ。結果、僕のねぇちゃんを取ったと認識しておれをクソ皇子と目の敵にしていた……んだろう。アナの眼前ではクソ皇子呼ばわりは怒られるので抑えていたようだが

 「分かってる」

 ……誘拐ルート。考えた事はあった。光源氏ルートだとかも。だが、幾らクソ雑魚忌み子でも皇族の保護下にそうそう手を出す阿呆は居ないだろうとたかを括っていた

 自分は忌み子クソ雑魚だろうがキレた皇族が皇帝を呼ばないとも限らないから、手出しなんぞしないだろうと。正面から皇帝に勝てる奴などこの国には一人として居ない

 実は割とぶっ飛んだ経歴持ちのおれの師匠でも無理だ。つまり、皇帝に喧嘩を売るということは即ち死だ。この世に両手の指で足りる最上級職、その上アホみたいな上限値と成長率を誇る皇族専用職で神器持ち。伝説の勇者だとかと同格と言っても良いバケモノに誰が喧嘩を売りたいだろう

 というか、だ。ゲームにおいて条件を満たすとお助けキャラとして加入するのだが、その際のスペックは意味不明。難易度Hardestのラスボスとタイマン張れる……どころか、難易度Hard深度5のラストステージをソロれると言えばその意味不明さが分かるだろうか

 難易度低いとたった一人で魔神王3形態全てと殴りあいラストステージをクリアするバケモノ、それが当代皇帝である。喧嘩売る奴とか居ないだろう流石に、と思っていても仕方ないだろうこんなの

 

 だが、違ったらしい。おれもやっぱり甘い

 がくり、とおれの腕の中で弛緩する少年の体を抱き止める。致命傷ではない。意識を失っただけだ。外傷は特にはない

 まあ、当たり前と言えば当たり前。彼曰く、頼まれた買い物を終えて帰ってきたら孤児院がめちゃくちゃに荒らされてた、らしい。彼自身は犯人に会ってはいない。傷なんて無いだろう。だが、心労で倒れた

 

 「すまない、そこの人。彼の事を頼めるか?

 後で礼儀は通す」

 「任せて下さい皇子!」

 「いや俺に!」

 「私に!」

 口々に手を伸ばす民に苦笑しながら、皆に送るから皆でやってくれ、と返して気絶した少年を横たえる

 まあ、城壁越えてきたのを見ている民達は、おれを皇子だと信じるだろう。ならば、頼まれた少年を介抱すれば礼という名のかなりの金が手に入る……という打算に動かされるのは当然のオチである

 それで混乱が起きてしまうのも必然、皆に最初から配るからと言わず、一人にとしようとしたおれがバカだった

 

 人混みを抜け、孤児院まで走る

 「いやー、酷いなこれ」

 其処にあったのは、原型を留めた家。だが、その正面扉は斧らしきもので蝶番が破壊され、玄関に落ちている

 内部もまた荒れ放題。金目のもの全部を持っていこうとしたのだろうか、衣装棚も何もかも扉が開いて中身が床に散乱している。実に典型的な物取りの仕業であろう

 と、言いたいがここまで荒らすのは普通ではない。何たってここまでやればすぐにバレる。単なる物取りはもっとこっそりやるものだ。バレて兵を送られたらどうするというのだ

 兵なんぞ返り討ちよ!と粋がれる程の勢力でなければこんな荒らしはしないだろう

 

 「ん?おめぇここのガキか?」

 ふと、影が頭にかかったので振り返る

 大男が、此方を見下ろしていた

 

 市民の皆さまは遠巻きに眺めるだけである。一人兵士の詰所に駆け出していくのが視界の端に見えたがそれだけ

 正しい判断である。ステータスがあるこの世界で、見るからにやばい相手に数人がかりでも蹴散らされて怪我人や死人が増えるのがオチだ。遠巻きに見つつ、こっそり対応できるだろう兵士を呼ぶのがベターな手

 だとすれば恐らく真っ昼間に行われた最初の荒らしから時間が経ってるだろうに未だに兵士が駆け付けていないのが気になるのだが……

 「みんなをどこにやったんだ!」

 舌足らずさを出すように叫ぶ

 振り返る地面に見えたのはかなりの大きさで点々と残る僅かな土の陥没。恐らくはゴーレム系の通った跡。成程、そのせいか。石造りのストーンゴーレム辺りが使われたのならば、末端の兵士ではそうそう太刀打ち出来ないだろう。より上を呼びに行ったのだ

 

 「ちっ、男かよ。儲からねぇ

 教えてやろうか、ガキぃ」

 訓練用の割とボロい服(師匠にボコられて良くほつれる。今さら毎回直しても無意味とそのままだ)を着ていたのが効を奏したようだ。城壁飛び越えてたのを見なかった彼には孤児院の一員扱いしてもらえている。まあ、お忍び用のボロ布だと見てた人には認識されたのだろう。たまに親父も安酒呑みたいと街に降りるらしいし。それで良いのか皇帝

 妹に会いに行くのにそんな服で良いのかって?良いのだ、着飾っていくと似合わないだ何だ文句を付けられるから、粗末な服で行くことにしている。泥臭いのがお似合いだとでも言いたいのか、割とこの服のアイリスからの評判は良いのだ。複雑な事に

 

 男かよ、という事は人拐いだろう。基本的に男より女の方が高く売れる

 需要が違うのだから当たり前だ。魔法があれば力仕事なんて大半何とかなるんだから、力仕事用の男奴隷なんぞあまり売れない

 顔が良ければ一部女に飽きたお貴族様や男を買う貴族の奥様に売れるかもしれないが、生憎おれは顔に火傷があって悪くなかったはずの顔立ちが台無しだ

 「教えて……」

 「連れてってやるよ、オラぁ!」

 分からない奴ぶって首を傾げたおれの脳天に、棍棒が振ってきた

 どうせそんなこったろうと思ったがまともに食らったフリをして、まるで気絶したかのように倒れる。実際にはダメージは無い。死なないまでもダメージ食らうんじゃないかと思っていたが拍子抜けである

 ……脳天だからクリティカルヒット、所謂必殺だよな、多分これ。それでおれに通らないって、割と弱いんじゃ無いだろうかこの人拐い。少なくともアナの事件で剣を受け止めた兵士はもっと強いぞオイ、筋力20あんのかてめー

 いや、殺してしまったかとか不安がらない辺り、大男ではあるが子供すら一撃死しない見かけ倒し筋肉と自分でも理解してるのかひょっとして

 

 まあ、良いか。とりあえず連れていってくれるというなら有り難く運ばれよう

 延びたフリを続けながら、とりあえず縛られーー子供程度と舐めてるのかかなりユルくその気になれば千切れる程度ーーそのまま運ばれることにした

 って気絶したフリってのも面倒だなおい。つい動こうとしてしまう

 初めて知ったわそんな事。知りたくはなかった

 そのまま馬車に放り込まれると、直ぐに馬車は動き出す。一息つけるかと思ったが、運んできた大男はおれと同じ荷台に乗ってきたので流石に無理

 そのまま、数時間ほどドナドナられて、漸く彼等の根城に辿り着いたのだった



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牢獄、或いは暗がり

「入っておけ、ガキぃ!」

 そんな声と共に放り込まれたのは……何処だ此処

 

 目をしばたかせ、ずっと気絶したフリを続けていたが為に閉じていた目を暗闇に慣らす。一刻を争うパターンでは割と致命的な隙だが、残念ながら彼等はそこまで強くはない。恐らくはゴーレムに頼った奴等。ゴーレム自体は材質にもよるが強力な存在であり、それを扱う魔法も重宝されるが……

 

 ガチャンと背後で金属音がする。どうやら、此処は所謂牢獄らしい

 わざとらしく今正に投げられた衝撃で起きましたよーとでも言いたげに呻きながら、寝返りを打って眺める

 割と粗末な自然にくりぬかれた石壁を想定していたが、視界に入ってくるのは予想外に整えられた土壁

 其処に如何にも後から付け加えられましたと言わんばかりの、割と新しい金属の光沢を放つ鉄格子。打ち付ける釘が後付け感をそれはもうマシマシに盛っている

 

 恐らく、何処かの魔物の巣の改造だろうか。主が消えた巣を、とりあえずの拠点に改造……ありがちな話である

 閑話休題。とりあえず、単なる鉄格子。言ってはなんだが、この世界において単なる鉄格子というものはあまり役には立たない。魔法も何も掛かっていないそれは誰でも買えるようなものであり疑われる事も無いが、それは大抵は家畜用になるから

 凶悪なモンスターやらそれと渡り合うバケモノ(上位職)を捕らえておくには、単なる鉄はあまりにも脆いからだ。飛竜は勿論、馬とかも無理だな。ネオサラブレッド種で無くとも、鉄格子くらい蹴り破る

 兵士の剣を折れた事からも分かるように、何の魔法も掛かっていないならば……鉄格子はおれでも曲げられる。つまり、見張りが居なければ鍵なんて無くてもフリーパスなのである

 

 とりあえず、動くのに邪魔な縄は千切っておく。力を込めて強引に横に引けば千切れる。鉄格子よりも脆いので何も言うまい。単なる子供相手なら十分だが、皇族とかいうバケモノを相手にするには不足に過ぎる

 そうして、少し奥を眺めて……奇妙なものに気が付いた

 奇妙な物というか……者だ。雑に放り込まれたおれ、以外にも何人か放り込まれている。その誰もが、怯えたようにそっぽを向いている

 まあ、騒ぎもなく助けが来るなんて思わないし当たり前か。それは良い。拐われた子供達……の中で特に商品価値が低い男の子達を突っ込んでいるのだろう。徒党を組んでも基本子供、勝ち目はない。というか、レベル10越えてるおれの方がよっぽど可笑しい

 基本子供はそんなに強くない。レベルとは修練だ……とは言わない。この世界にはパワーレベリングだってあるのだし

 要はレベルとは体に溜め込んだ魔力、エネルギー量のバロメーターだ。魔物なんかが持ってるそれを、相手を殺す事で自身の体に取り込む。それが経験値であり、その量がレベル

 だからこそ、レベルはスペックに大きな差を生む。エネルギー量が違うということは、根本的な出力が違うということなのだから。そしてその出力こそがステータスという値な訳だ

 職業もそれに準ずる。魔力を溜め込む器の形が七大天から与えられる職業であり、それに応じて魔力の巡りかたが変わるからステータスの上がりやすさが違うわけだな

 そして上級職業へのクラスチェンジとは、人でなくなりより大きな魔力を溜め込める超人に生まれ変わるという儀式だ

 HPってのも、その一種。体を巡る魔力が、本来の生命力を底上げしてるからどんなアホな怪我しててもHPがあれば死なないし、逆にその魔力を消し飛ばされる高ステータスの攻撃はかすっただけでもHPが無くなれば死ぬ

 そうだとしても、エネルギーを溜め込むのがレベルであるとすれば、年上の方がより溜め込む時間があるから強いに決まっている。それが基本だ

 獅子は息子を谷底に突き落とす……ではないが、生きて帰ってこれるだろうと魔物の群れのなかに叩き込まれでもしない限り子供がそんなに高いレベルを持つことなど有り得ない

 只でさえ、ゲーム内で語られている話だが、魔神王なるゲームラスボス直下の魔物は魔力の塊としての性質が強い生物であるから原生生物とは比べ物にならない経験値(エネルギー)を持つので魔王復活に合わせて最上級職が何人も産まれるくらいにインフレしたと言われるくらい、原生魔物を倒しても得られるエネルギーは少ないのだから

 この一年師匠に魔物狩りとかさせられたおれでもレベル14が限度。皇族のスペックにものをいわせて割と格上扱いの原生種の中では強い方とやりあって、である

 

 それは良い。重要なのは取っ捕まってる者だ

 「……エッケハルト?」

 そう、両手両足を鎖で縛られ壁に磔られていたのは、あのアルトマン辺境伯子であった

 「何やってんだエッケハルト?」

 小声で、そう問い掛ける。土壁とはいえ音は響く。下手に大声を出したらバレるだろう

 ならば話しているのがバレた時の為に捕まってるフリが良いのかと手に千切った縄を掛けなおす。良く見ると切れてるが、ぱっと見誤魔化せるだろう

 「バカ皇子……」

 よろよろとした焦点の僅かにブレた眼で少年がおれの顔を見上げる。どうでも良いけれどもこんな時くらいバカ皇子は止めてくれ

 

 「お前も……かよ」

 「それが一番早いだろ。相手が勝手に案内してくれる」

 「それは、そうだけどさ……」

 「お前もそうじゃないのか?」

 「いや、颯爽と助けに入って助けようとして……」

 「そうして普通に負けて捕まったと。貴族様だから見せしめ兼逃げられないように磔か?」

 「多分……な」

 こくり、と少年は力なく頷いた

 勝てなかった。まあ、割と当然の話である。ゴーレムが出てきたなら……ウッドゴーレム辺りの火特攻なら勝てたかもしれないが、普通は無理だ。動かない鉄なら兎も角、動くゴーレムとなるとアイアンゴーレムだったりすればおれでも無理だ。基本ゴーレムなんて物理火力で突破するものじゃない

 

 「で、大人しく捕まってたと

 アナは?」

 「このダンジョンの……どこか

 くそっ、アナスタシアちゃん……」

 「やっぱりダンジョンかここ……」

 とりあえず、エッケハルトを捕らえる鎖……を引きちぎるよりもよっぽど楽なので鎖を壁に止めている杭を抜いていく。軽々と抜けないように返しがついてはいるが、所詮は固められたとはいえ土壁に埋めたもの、抜こうと思えば抜ける

 数分で、少年は一応の自由を取り戻した。まあ、まだ腕輪足輪から鎖はじゃらじゃらしているが

 

 とりあえず、鉄格子まで戻る

 見張りは……居ない。って雑だなオイ。遠くから酒盛りの声が聞こえているので、恐らくは成功を祝って皆でドンチャン騒ぎでもしているのだろう。だからって見張り無しって本気で大丈夫かあいつら

 

 「……どう、だ?」

 「とりあえず曲げられはするな。折るのは手間そうだ」

 触れてみると、想定よりちょっと固い手応え。適当に折れば武器になると思ったが甘かったようだ。乱闘に備えて長物一本は欲しかったのだが……

 と、いうところで思い出す

 「エッケハルト。お前なら何とかならないか?」

 そう、この焔の公子様である。焔のとつくだけあって、鉄を熱して柔らかく出来たりしないかと。出来るかは兎も角、脆くなれば十分

 「無理だ。魔法書がない」

 だが、じゃらじゃら音を立てながら此処まで来た少年は首を横に振る

 「いや、焔の公子に魔法書無し魔法付いてなかったか?」

 

 言ってしまってから、しまったと失言を認識した

 今までおれは、無意識的に"おれ"であるが故の言動を避けてきた。脳内ではその方が思考整理が楽なので言っていたが、ゲーム的な言葉は口に出さないようにしていた

 だが、今のこれは……

 「無理だ。焔の公子を持ってない」

 「いやお前の固有スキルだろ持ってないなんてオチがあるか」

 「固有スキルは七色の才覚になってるから持ってない」

 「おいこらそこの辺境伯子。別人の固有スキルだろうがそれ」

 ……可笑しい、話が噛み合う

 職業、ステータス。スキル。そこまでは良い。それはこの世界でも確認出来る魔法がある

 まあ魔力の器や魔力量、その出力の値や、魔力による超常現象や特殊補正の事だしな

 だが、固有スキル。それは確認不可能なはずだ。そもそも、他の汎用スキル(修業やレベルで覚えられる技術や特性であるソレ)と異なり、固有スキルとはキャラの特長を、個性をスキルとして落としこんだよりゲーム的なものの筈だ

 だから、固有スキルなんて単語はこの世界にない。何だそれはと返されるべきなのだ。固有スキルは、この世界ではあくまでもマスクデータみたいなもののはずなのに

 

 つまり、だ。それを知るとしたら……

 「お前、まさか……」

 「「転生者か!?」」

 その声は、見事に重なった



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事情、或いは情報共有

「エッケハルト、この世界の元だろうゲーム(・・・)は」

 「「遥かなる蒼炎の紋章」」

 そこまで、被った

 

 「お前もか」

 「くっ、お前もだったのか……」

 「どうりで可笑しな行動を取ると思った。ゲームで恥ずかしかったから飛ばし飛ばしだったとはいえ、エッケハルト・アルトマンってもうちょっとクールだっただろって思ってた」

 「まあ、な」

 バツが悪そうに、ぽりぽりと少年は頬を掻く。色々と知っていて、尚おれに止められるような行動していた……というのは、中々に恥ずかしいのだろう

 

 「どうにも上手く行かないと思ってた」

 「おれが変に介入してたか?そんなシナリオじゃなかったと思うんだが」

 「……なあ、ゼノ」

 「何だよ、エッケハルト」

 お互いに前世……というかゲームとしてのこの世界の記憶がある、それは分かっても呼び方は変えない。まあ、暫くその呼び方だったし良いやという奴である。そもそも、例え自己アイデンティティだ何だで生前の名前を使おうにも、覚えてないしな

 

 「お前、何処までやった?」

 「何処までって、今聞くことか?」

 言いながら、それでも格子を千切れないかやってみる。上手く行かない。小刀は実は服に仕込んである。だが。それ一本では不安だ。ある程度狭い中、一人で乱闘するならある程度の長物があると便利なのだが……長すぎればそれはそれで壁に引っ掛かるが

 

 「封光の杖はフルコンプ。轟火の剣はとりあえずってところ。一応RTAとかやってるくらいにはプレイしてたけど、封光の杖程じゃない

 外伝とか小説は……金が無かったのかな、覚えがない」

 「お前、元女かよ!?何で男なんかになった」

 「いや違うけど?」

 言われてみれば、封光の杖は初代である。つまりは、乙女ゲー時代だ。それをフルコンプと言われれば女扱いも……っておれは男だし、SLG部分をコンプリートするのは男のやることだろ

 「何度も羨ましそうに話聞いてたらさ、新機種買ったからってお古の本体ごと近所の高校生の姉さんから貰ったんだったかな、記憶がちょっと曖昧だけど

 轟火の剣はその後その家でやらせて貰っただけだから半端なはず」

 その割にゼノルートRTAの知識有るし、そのお姉さんの家に入り浸ってないかおれ?

 だが、やはり、おれはおれでしかない。生前の……ニホンに生きてた頃はあくまでもゲーム知識や一部の記憶だけしか無い。だから、そんな感じだったようなとしか言えない

 因みに、乙女ゲーだったので学校で散々に言われたのは何故か覚えている。良いだろマップ攻略楽しかったんだから

 

 「兎に角、お前は雷鳴竜と氷の剣とか読んでないんだな?」

 「読んでない。興味はあったけど」

 正式名称、遥かなる蒼炎の紋章~異伝・雷鳴竜と氷の剣~。確か発売予定だった小説版だったか

 異伝、とついている事からも分かるが、本来とは違う物語の小説化……つまりは、漫画化されたリリーナ編(本編)、ライトノベルとして小説化されたアルヴィス編(男主人公編)に続くアナザー聖女主人公である。刊行発表後直ぐに死んだので読んだことがあるわけ無い。いや、発売しててもお金無いしそもそも確か女性向けレーベルからの発売だしで読んでた保証はない

 

 それを聞くや、焔色の髪の少年ははあ、とわざとらしくおおきな溜め息を吐いた

 「お前そんなんで生きていけるのかよ」

 「そんな話になるか?一応ゼノルートの内容は覚えてるぞ。というか、淫ピリーナが居るんだから行くとして通常ルートの何れかだろ?相討ちには気を付けるさ」

 「いやさ、それ以前の問題。雷鳴竜と氷の剣読んでないんだろお前?」

 「そういうエッケハルトは読んだのか?」

 「ああ、読んだ読んだ。表紙の子が可愛くて妹から借りて読んだ

 というか、そこからゲーム知ってプレイしたんだわ」

 「……それで?雷鳴竜ってのはラインハルトだろ?おれ関係なさそうなんだが」

 ラインハルト。天狼ラインハルト。アナザー聖女限定で出てくるゲーム版での仲間キャラだ。天狼と呼ばれる土着の生物。魔防を持ち、七大天の一柱たる雷纏う王狼の似姿ともされる伝説の幻獣の一体である

 因にだが、土着の魔物と幻獣の違いは魔防の有無である。魔防があるのは神に選ばれた存在である人間と……霊長と同列として幻獣と呼ぶ生物だけ。まあ、人間も万色の虹界に選ばれた似姿だとか教会では言っているので同列というのは教義的には正しい

 

 「ラインハルトルートじゃないのか?関係あるか、おれ?」

 まあ、擬人化状態で出てきて更にはイケメンなので、当然というか何と言うかアナザー限定で攻略も出来た。

 天狼の花嫁エンドだったか。とりあえずラインハルトが専用武器の哮雷の剣(ケラウノス)含めてアホほど強くて大分攻略が楽なルートだったのは覚えている

 ……ラインハルトルート条件を満たすと恐らくおれは死んでるのだが。大丈夫かよオイ、ではあるが、その分おれと関係は無さそうだ

 「まあ、暫くはメインキャラだったからなお前」

 「……そうなのか」

 おれの何度かぼやいた神器、月花迅雷。ゲーム版ゼノの初期装備であるそれは名前通りの雷の刀である

 実は初代でもとあるキャラが持ってきてくれるのだが、何故か男主人公ルート等のゼノ自身が出てくるパターンでは初期装備として持っている。加入時からさらりと持っていてそれが当然というように特になにも言われていなかったが……

 まあ、それが初代ではモブとして生きててモブとして死んだんじゃないかという話に繋がるのだが。多分リリーナ編で貰えるのはゼノの遺品とか……止めてくれ、おれは生きたい

 それは置いておいて。神器とまでされる雷の刀。まあ、ラインハルト関連で小説で掘り下げられても可笑しくはないか

 というか、月花迅雷って設定上は哮雷の剣を再現しようとした現代神器だっけ?そりゃ話に出るわな

 

 「それで?」

 「色々と掘り下げられてるのよお前。それ知らないって大丈夫かよ」

 「大丈夫……だと良いな」

 「だろ?だから教えてやるぜ色々と

 流石に、同じ転生者が此方が知ってる知識が無くて死ぬのは嫌だし」

 「助かる」

 嘘かもしれない。その分自分のやるはずの余計な事に口出しするな等の算段は有って良い。アナだって、おれは読んでないけれどもエッケハルトが割と出番多いらしいラノベ版での彼の婚約者辺りだったのかもしれないし

 だとしたら思いきり邪魔したことになる。よりドラマティックに助ける為だとしても騎士団による封鎖はトラウマを残しかねない酷い手だが

 ただ、信じてみる事にした。人を信じられないで何が皇子だという話である。疑う気の無い奴はそれはそれで駄目皇子だが

 

 おれの差し出した手を、エッケハルトは鎖を鳴らしながら取った



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突撃、或いは名乗り

「……さてと、今はそろそろ夜か」

 それから、とりあえず様々な事をエッケハルトと話して一刻、つまりは三時間ほど経った。今はとりあえずこの世界表記で言えば大体影の刻の半ば、生前なら午後八時くらいと呼べるくらいだろうか

 とりあえず、今日は何も間に合わなかった。まあ、騎士団が辿り着くとしてもっと後だろうとは思う

 土着のモンスターが作った巣穴、何らかの理由で主が居なくなったとして、そうそう見つけられるものでもない。彼等もそれを知っているからこそ騒いでいたのだろう

 捜索されても見付かりはしない、猶予はあるのだと。寧ろ捜索をやり過ごしてからの方が動きやすいと。ゴーレムが居たならば、土のゴーレムで入り口を塞いで隠す位は難なくやれるだろうし

 

 未だにどんちゃん騒ぎの音は耳に届く。宴もたけなわといった所だろうか。動くならばもう少し騒いで寝静まった所が良い。倒す敵が少なくて済む

 結局逃げられるわけも無いとたかを括ってるのか、見張りは一度も来なかったのだし。寝る際にも見張りが来るとは思えない

 恐らく、入り口を塞ぐゴーレム辺りには外に対する索敵魔法組み込んだりしてるのだろうが、内部はガバガバ。流石に子供とはいえ舐められ過ぎだろう

 

 「寝静まったら動くか」

 「……駄目だ」

 だが、エッケハルトは当たり前の提案に駄目出しをした。因にだが、他の子供たちに立ち上がる気概はない。まあ、皇族でも中位以上の貴族でもない普通の子供に誘拐犯一味に立ち向かえというのが酷なので、騒がないように、そしておれが大きな声で逃げろと叫んだら逃げるようにとだけ言い含めておいた

 

 「どうした、エッケハルト」

 「ゼノ、お前なら覚えてるよな、アレットちゃんのこと」

 「アレット……ああ、平民出の子か」

 知っている。アレット・ベルタン

おれことゼノと同じ凍王の槍以降の追加キャラだ。確か、皇族と盗賊を恨む少女。平民出身で女の子ながら、ガチガチの前衛職で初期値も高いので割と重宝するキャラのはずだ

 「……ゼノ、可愛い女の子が盗賊に拐われて、なにもされない訳がないよな?」

 「アナを襲うほどあいつらもロリコンペドフィリア野郎じゃ無いだろ」

 「いや、幾ら可愛くてもアナスタシアちゃんは襲わないと思う。盗賊って割と短絡的思考だろうし」

 好きなことを仕込みやすいからと将来性込みで子供を買う者は割と居るらしいが。だから可愛らしい外見の子供奴隷には商品価値がある。そんなものあまり合法的には居ないからこうした人拐い……違法に奴隷狩りを行う人拐いが出るのだ

 

 「けど、年頃の女の子は?

 ゼノ、アレットちゃんが皇族を恨む理由って知ってるか?

 助けに来るのが遅すぎたから、だ」

 「……『国民の最強の剣だなんて嘘つき!本当に最強の剣だったら、お姉ちゃんは死なずに済んだのに!』」

 ふと、その言葉を思い出す。これは……アレットルートでの言葉じゃないな、ゼノルートでのお前は聖女様に相応しくないという糾弾のひとつだったか。発言者はアレットだ

 

 「まさか!?」

 「そう。それがこのイベント。ゲームでのお前は、騎士団を率いて明日此処を見付ける。けれども、その時には拐われてたアレットちゃんのお姉さんは奴等の毒牙に掛かってて……」

 ゲームにおいては、本当の事だし過ぎたこととかなりさらりと流されていたのだが……重いわ

 「その事で精神が壊れて……翌年、お腹の子供と共に自殺した

 だったかな」

 実に見事な逆恨みである。おれ……というか皇族はなにもしてない。彼等なりに全力で助けに入って、それでも間に合わなかっただけだ

 だが、恨まれる理由にはなるだろう。間に合ってさえいれば良かったのだから。そして、皇族は最強の剣だと大言を吐いているのだから。落ち度はないが責任はある

 「それが、この事件か」

 「そうだ。雷鳴竜と氷の剣で言ってた」 

 「成程。それは知らなかった」

 つまり、待つ選択肢は消えた

 

 知らなければ、待っていただろう。その方が確実に勝てる

 だが、だ。おれは皇族である。幾ら忌み子で面汚しでも、皇家なのだ。今なら間に合うかもしれない。寝静まるまで待てば確実に間に合わない

 目の前の人間すら救わない奴が、国民の最強の剣であるわけがない。絶対に勝てない相手ではないのだから。多少の危険など知ったことではないと言えなければならない

 

 「……行くぞ、エッケハルト

 話した以上、今更おれは行かないなんて言わないよな?」

 「当然っ!それを止められたらと、向かったんだからな!」

 その返事と共に一閃。流石にうだうだ言っている時間はもうない。隠し持った小刀でもって、強引に鉄格子を叩き斬る。流石に小刀一本で大立ち回りは不可能だから武器として調達する。そうしてそのままでは長すぎる為、二つに切って片方は武器の無い相方へ

 「使え、7色持ちなら剣の使える職にチェンジくらいは出来るだろう」

 斬鉄剣ならざる小刀はその二撃でもって刃が大きく歪み、とりあえず斬るという言葉とは縁遠いものになってしまったが、まあ良い。一応刃先はあるから突きは出来る。いや、突きは傷が小さいから敵を無力化するには急所を狙う必要があり、手を誤ると殺してしまうからかなり使いにくいのだが。何はともあれ、大立ち回りに良いサイズの鉄棒は手に入った

 そのまま、鉄格子を抜けて駆け出す

 ダンジョンといっても巣穴。そう複雑な構造はしていない。駆け抜ければ、直ぐに辿り着く……!

 

 「さあ、よーく見るんだ。可愛いかわいいお姉ちゃんが、お母ちゃんになる瞬間をなぁ!」

 そうして、とある角を抜けた瞬間に辿り着いたのは狂乱の場であった

 広間を煌々と辺りを照らす焚き火に照らし出されるのは十数名の男達。身なりは様々だ。腰布とグローブにブーツといった荒くれものから、さも一般的な人民ですといった姿の男まで。街に入る際に怪しまれない格好と、何時もの姿とかそういう振り分けだろうか

 焚き火の周囲には食い荒らしたのだろう骨やら酒の瓶が幾らでも転がっている。とりあえず、彼等の身内に女性は居ないようだ。その中の一人、荒くれ姿の大男ーおれを取っ捕まえて運んできた男であるーは、一人の幼い栗色の髪の童女の肩を掴み、自身の膝に押さえ付けている

 

 そうして、やんのやんの騒いでいる男達から少し離れた場所、向こう側に固まっている男達よりはおれ寄りに居るのは……一組の男女。実に似合わない不釣り合いさであるペアだ

 男の方は、如何にもな姿。暫く剃っていないのだろうか髭は延び放題で、山賊の頭と言われれば大半はこのような姿を予想するだろう。まあ、辺りに衣類を脱ぎ散らかして全裸なのだが。実に目に毒である。他人のそう粗末でもないモノを見て楽しい訳もない

 女の方は、別の男二人によって地面に押さえ付けられている。顔立ちは素朴。決して山賊に似合う顔ではない。粗末ながらも可愛さを持っていたのであろう上着は既に意味を成さない布切れとして彼女の周囲にばら蒔かれ、豊かな双房の恐らくは桜色の頂点はそれを握り締める男達によってのみ隠されている

 栗色の髪は抵抗の際に頭を振ったのか大きく乱れ、けれども今はぐったりとして動いていない。気絶したのか、させられたのか、それとも恐怖から固まっているだけか、判断はちょっと付かない

 身に纏っているものは、最早下の下着だけで、それも太股に引っ掛かっているだけ。半分脱がされている

 

 ……だが。逆に言えば、まだ、そこなのだ

 手遅れでは、なかったらしい。男が隠すべきモノをぶら下げている事から、あと少しで遅かったのは確かかもしれないが

 「ああっ!?テメエ何だ!」

 横目におれを確認したのだろうか。女性の両足を抱えた男が叫ぶ

 「我が名はエッケハルト!アルトマン辺境伯子の名にかけ、今度こそお前等を討つ!」

 ……何かバカがヒーローっぽい事やってる

 無視して突貫。おれも男の子、ヒーローに憧れはするが、まずはやるべき事はやってから名乗るべきだろう。そう、戦隊ヒーロースタイルではなく黄門様スタイルであるべきなのだ、皇族ってのは。いや、助け出してから名乗る方がカッコいいだろ

 そのまま、女性の足を離すのに手間取り動けない男の眼前に辿り着き、そのまま股間をキックオフ

 「ぐげぇっ!?」

 割と愉快な声が響く。足裏に伝わるのはぐにゃりとした感触、割と気持ち悪いが、そのまま蹴り飛ばす

 そのまま、手持ちの鉄棒を胸を鷲掴みにしている男の右側の肩口に振り下ろした

 同時、辿り着いたエッケハルトが左の男の脳天に一撃、両方の男が呻き声をあげて崩れ落ちる

 

 「が、ガキ共ぉ!」

 「お出迎えご苦労。お陰でお前等の根城を探す手間が省けたよ」

 アレット(推定)を座らせたまま叫ぶ男に、そう返す

 「何者だ、単なるガキじゃねぇな!」

 

 「正義の使者」

 「お前にはもう聞いてねぇだろエッケハルト

 おれの名はゼノ。帝国第七皇子、国民最強の剣の中の最弱さ」



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勧告、或いは将軍様

「皇子、だぁ?」

 「お、お、お……皇子ぃぃぃッ!?」

 空気が固まる

 

 

 比喩である。実際に空気を固定するエアロックなる魔法は……風属性に存在する。のだが、そんな空気が固まり一切動けないままに、本来は詠唱を妨害されやすい高火力魔法を全員から叩き込まれて死んだ魔王の側近が居るという、伝説の停止魔法なんぞ使われた時点で負けなので無視で良い。神話の時代にしか出てこないのだし

 

 兎に角、おれの宣言を受けて、人拐いの者達は暫し、おれに全注目を集めた。集めて……しまった

 

 「そこっ!」

 その隙を逃さず、背中に鞘ごと背負っておいた短刀を抜き放ちぶん投げる。的とするのはアレットを捕まえてげへげへしていた男

 鉄格子を斬る際に歪んだ短刀では真っ直ぐは飛ばず、狙った場所ではなくその男のまだ組んだままの右の太股にざっくりと突き刺さる。しっかりと貫通しただろう

 「い、痛でぇぇぇぇっ!」

 最悪拾われても構わない。所詮は鉄斬ったせいで刃が潰れまともに斬れない小刀だ。それなりに投げる練習積んだおれでもブレは酷く、使いにくいことこの上ない。どうぞ拾って使いにくさに振り回されてくれ。突き刃に関わらないが、刀身歪みすぎて上手く狙えないだろうし

 「此方へ逃げろ!」

 「は、はいっ!」

 太股を抱えて呻く男の腕の中から少女はあっさりと抜け出せる

 

 ……名乗った意味はあったようだ。それほどまでに、皇子というものは概念的に衝撃だったのだろう

 「エッケハルト。任せられるか」

 「分かってる!」

 そのまま、駆け寄った少女を焔髪の少年が後ろに庇う

 「貴方も、早く」

 「でも、出口は向こうじゃ……」

 「他にも捕まってる人は居る。だから、全員蹴散らしてから堂々と出る」

 

 「やって、みろよ……皇子サマァッ!」

 よろよろと、股間を蹴り飛ばしておいた男が、棍棒を杖に立ち上がるのが見えた

 「やっちまえ、アーニキー!」

 「てめぇが本当に皇子サマってなら、そんな醜い傷がある訳ねぇ!

 ハッタリもいい加減にすんだな、殺すぞガキぃっ!」

 「単純に、自分の至らなさへの戒めだ」

 大嘘である。忌み子故に魔法で治せなかっただけだ

 基本大貴族ともなるとどんな傷も魔法で跡形無く治してしまうので、こんな火傷跡が残っているわけもない。それ故に、疑いが薄かったというのもあるのだろう。皇子サマに怪我跡なんてある訳がない。そんなものすら治せない貧乏なはずがないのだから

 

 「言ってろ、ガキィ!」

 駆け寄りながら、男が棍棒を振り上げる

 十分返り討ちは狙える範囲の速度。だが……

 おれは、ゆっくりと目を閉じる

 「失った目で、戒めなぁ、俺達に歯向かったことをよぉぉっ!」

 そうして、棍棒は振り下ろされた

 

 「……で、何を戒めれば良いんだ?」

 バキッ、と。それはもう軽い音を立てて棍棒は根元から折れた

 まあ、当然の結果と言えば当然の結果。仮にも皇族、下級職業の振るう棍棒なんぞ避けなくてもまともにダメージは無い。兵士の剣でも気にせず受けられるのだから当たり前である

 目を見開く

 「……何を、戒めにするのかと聞いている」

 「は?棍棒の、ほうが、折れ……?」

 横凪ぎに一閃。呆然とする男のわき腹を、鉄棒で打ち据える。手に残るのは嫌な感触、肋骨でもへし折ってしまったろうか

 「くぺっ!?」

 気の抜けた声とともに、男の口からなにかが溢れた。まあ、何かというか、男がさっきまで口に放り込んで咀嚼していたろう食べ物なのだが。ああ汚い

 「「「ア、アニキぃっ!」」」

 「アニキがこんなガキに……ありえねぇ!アニキは……アニキは……」

 「上級職でもないんだろう?」

 おい煽るなエッケハルト。隠れてる魔術師……ゴーレム使いはまだ居るんだぞ分かってんのか

 「そろそろ上級職だって笑ってたんだぞ!」

 「成程。帝国内で奴隷で稼ぎ、金次第で通してくれる異国に渡って上級CC(クラスチェンジ)、その力で更に金稼ぎか?

 せこいこった」

 「てめぇ!」

 「だが、それも終わりだな。皇家のものに手を出すからだ。こうして直々に潰される」

 「バケモンがぁっ!」

 「バケモンだから、皇族なんて中央を存在させる理由になっている」

 そう、皇帝という最大戦力、皇族というそれに継ぐ化け物達。その存在を、恐怖をもってこの帝国は成り立っている。絶対的な力故に、小国の王達を貴族として封じ直し、纏めあげた一つの帝国として外敵を迎え撃った。それが、帝国の成り立ちであるのだから。今や皇族のチートさは広まり、かつて小国の王であった者達は貴族としての世代を重ねすぎて帝国への忠誠心も割と高いのだが、初代の頃は俺が俺がで、逆らう気すら起きない力でぶん殴らなければ纏まれなかったという

 「他の皇族は、おれより強いぞ

 投降しろ」

 それに対し、隠れているだろうゴーレム使いは反応すること無く。お頭ですら敵わないと悟ったらしい盗賊達は、静かに頭を垂れた



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移動、或いは起動

「持ってけ、エッケハルト」

 とりあえずとしてそこらに放置された荷物を漁り、盗賊が確保していた火魔法の魔法書を投げ渡す。火力は……無くもないもの。ゲーム的に言えば、(魔力×2+力)×2/3

 大魔法と言われるほどの高位魔法ではないものとしては異様に火力は高い。けれども、多少の空間を開けて作った手の内の空間に焔のナイフを産み出す近接魔法なので火力は兎も角取り回しは悪く、結果全然魔法書が売れなくて流通は既にほぼ無く、逆に制作者もまず居ない物珍しさからコレクター相手には他の同ランク魔法よりちょっと高いという駄目なブツ

 まあ、射程1の魔法なんて魔法の意味がないだろうという話だ。他の同ランク魔法は基本短くとも射程1~2はあるというのに。片手剣や短剣の間合いとか魔法やってられないだろう普通に考えて

 

 「どうせ格子嵌まってるだろうし、助けてこい。返り討ち……は無いと思うが気を付けてな」

 盗賊達を睨み付けながら、そう告げる

 他にも人拐いにあっている人は居るだろう。助けることは、そこそこ信頼は出来る知り合いに任せる。おれが睨みを効かせていること、それが何よりの抑えなのだから

 

 そうして。結局リーダーをのめされた人拐い等は動くことはなく。普通におれに見張られたまま人拐いの持ち物な縄で全員捕縛される事となった

 ……それはある種当然の話。この世界において、ステータスはほぼ絶対だ。戯れに力が50後半のおれが攻撃力5の棍棒を持って恐らく防御100はある親父の何も付けていない素頭を全力でぶん殴ったとして、ダメージは無いだろう

 人間の頭を子供の力とはいえ全力で棍棒で殴って割れない訳もないなんて生前の常識は通らない。この世界では、補正込み攻撃を補正込み防御が上回ればダメージは0だ。おれの力+棍棒の攻撃力は66無い、それを必殺威力補正1.5掛けても100を越えない以上頭を殴っても親父にダメージはない

 そしておれは何やってんだバカ息子とその日の晩飯を抜かれる。それがこの世界のルールだ

 言ってしまえばだ。この人拐いたちのなかで最も力の高いだろうリーダーが、おれにむけて振り下ろしてダメージがまともに通らなかった以上、どう足掻こうがそれ以下の力数値の人拐いたちがおれにダメージを通せないという話

 正確には致命必殺や奥義などなど防御をある程度貫通する方法はあるのだが、それは目レベルに脆い部分に正確に突きこむか、そもそも上級職以降の奥義スキルを持っている必要がある

 自分の力より防御高い格上相手に下級職がそんなもの用意出来るかという話だ。鈍亀級におれが遅ければ致命必殺は狙えるかもしれないが

 なので、最強の人員がまともに戦えない相手には敵わない。それが、この世界の掟である。理論上七大天(神々)相手に期待値1点通せるスナイパーが400人居れば七大天という神にすら勝てるはずだ

 この世界のHPカンストは400であるから。魔王だろうが神だろうが伝説の龍神だろうが太古の大魔獣だろうがHPは400を越えることはない。スナイパー指定なのは、そもそも400人が一挙に攻撃する方法はかなりの遠距離からの魔法狙撃だけであるからだ

 まあ、これは神は絶対者ではないのだ!という一部教団の戯れ言なので置いておく。逆に、化け物に一点たりともダメージを通せない軍団が数千数万集まろうが、それよりも化け物一匹の方が強い

 数の差は質の差を埋めるが、あまりにも大きな質の差はどれほど大きな数の差であれ覆す。実に理不尽、それが、この世界だ。そうして、皇族は基本理不尽側に属する。故に、おれ一人で10を越える遥か年上の男の見張りなんて無茶もまかり通るのであった

 

 「……皇子さま!」

 そうして、あまりにもあっさりと、囚われていた人々は解放された。実はその中にはアナ達が混じっておらず、別の人拐いに拐われていたんだ、なんて間の抜けた話は当然なく、さっさとアナを回収出来た

 「皇子さま、お怪我は……」

 「特に無いよ。というか……」

 ちらりと、横を見る

 おー痛てと、流石にこれは大道芸だろう道化師になってるんじゃないというレベルで頬から噴水のように血を噴き出すエッケハルトの姿が見える

 「実際に助けたのはエッケハルトだろ?」

 「そうだぞアナスタシアちゃん!」

 「でも、元気そうだし……」

 「しまった、やりすぎた!」

 「おいエッケハルト。アナで遊ぶなよ」

 苦笑して、とりあえずの確認

 

 「一緒に拐われた誰それが居ないという者は居るか!」

 「妹が眼を覚まさないんだ!体が弱いのにこんな場所で……」

 「おれにはどうしようもない。急いで帰るぞ

 ってそんな話は後で良い。次!」

 そう聞いてみるも、返ってくるのは腹へっただ何だ、そういった言葉ばかり

 「……うん、大丈夫そう」

 アナも黙りこくった子供たちに話を聞いてくれ、そう返した。まあ、火傷痕あるおれ相手じゃちょっと萎縮したり警戒する子も居るし当然か

 「助かった、アナ」

 ぐるりと、周囲を見回す

 

 孤児院の人員を含め総勢30余名。大体は子供で、大人……ではないがそこそこの年齢まで行っているのはアレットの姉を含めて3人だけだ

 男女比は1:9、10代後半越えてそうなのは3名ともそれなりに顔立ちの整った女性。まあ、男女間で売れやすさは大きく異なるので当然と言えば当然の比率である。美少女は男女問わず買っていく可能性が高いから

 そのアレット自身は、ずっと気を失った姉にすがり付いていて、気が付くとエッケハルトが助け起こしていた。見張りに気を回しすぎてフォローを忘れていたのでその点は助かる。かといって、見張り中にアレットを構いすぎるのも考えものだったので選択は間違いではない……と信じよう

 

 歩けないほどに衰弱した者は知り合いに担がせて。おれの筋力なら運べないことも無いが背負うと引きずってしまうのでアレットの姉は背丈のある大人の女性らに任せ、とりあえず人拐いのアジトにあった食料は子供らに均等に分けて

 出入り口を隠す土くれのゴーレムは鉄棒でもって殴り壊し(防御35ないので滅多撃ちで壊せた。ゴーレムとはいえ所詮は土くれである。レンガならちょっとヤバかったがレンガだと入り口がバレバレである)、おれと拐われた子供たちとドナドナされる側に立った人拐い等は夜の空に出ていた

 

 「エッケハルト。これを」

 夜空は星の光を湛え、何時ものように極七神星は真北であろう方角に輝いていたが。北が解ったところで今居る場所がどこか分からないので意味はない。この辺りの地図ならば地属性や水属性の魔法でマッピング可能だ

 その為の魔法書もどこかの家から拝借してきたのかアジトにあった。だからといって、この辺りの地理と北が分かっても皇都の方角が分からないので無意味

 

 そんな時にこそ、役立つものが光信号である。花火なので都合良く火属性。それも運良くアジトから拾えていた。恐らくはだが、これを使う一人が囮として別方向に移動、関係ない光信号を打ち上げて騎士団を混乱させようとしていたのだろう。魔法書を見ると正式な形状ではないパチモノで、挙がる花火信号の形状も違うはずだが、ぱっと見騙される可能性はある

 まあ、そんなものなので返してくれるかは運だが、やってみる価値はあるとしてエッケハルトに投げ渡す

 「任せろゼノ。どの色を打ち上げれば良い?」

 「黄色、赤、黄色、白、緑の順で頼む

 ああ、後でしっかり忘れてくれよこの順番。どうせどやされるけどさおれは」

 と、さらっと機密を漏らすおれ。いや、必要だから許して欲しい

 

 打ち上げてから数十秒。北西から、返答たる紅の花火が2発あがった

 「良し良し、進路北西。目指すは皇都!」

 だが。そう叫んだその瞬間。地鳴りが、その行く手を阻んだ

 暗い中に、数名に持たせた松明の明かりに照らされ鈍く輝くのは……人と呼ぶにはあまりにもゴツい人型の異形

 その銀のボディは金属光沢を放ち、その腕はおれの頭並みに太く、その背からは何かを噴射する嫌な音が聞こえてくる

 その足は地面に着いておらず、そもそも其処に地面はない。抉れている

 ……掘ってきた、いや、埋められていたものが身を起こしたのだと気が付くまでに、数秒掛かった

 ボーン、と何か……それこそ生前ゲーム機を起動した時のような音と共に、顔らしき部分に蒼い光が灯った

 そう、警戒すべきだった。まだ居ると。彼らの切り札を、捕らえたから大丈夫と見落とした

 

 「アイアン、ゴーレム……」



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鋼鉄、或いは巨人

「アイアン、ゴーレム……」

 呆然としたエッケハルトの声が、耳に反響した

 

 「走れ!何処へでも良い、兎に角逃げるように!」

 即座にその言葉を吐けたのは、おれにしては凄かったと思う

 恐怖にかられ、居場所を知らせる松明なんて放り出し。子供たちは各々蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていく。それで良い。それで逃げられる子供が出るならば、十分じゃないか

 

 ……だというのに、だ

 「アナ、お前も逃げろ」

 一人、逃げない少女が居た

 「皇子、さまは?」

 「おれは良いんだよ!誰かがこいつを止めないといけないだろ!」

 「そうだぜアナスタシアちゃん!皇族がそのプライドで時間を稼いでくれている間にこの俺と逃げるんだよ!」

 「おいこらエッケハルト!お前は残って戦え!」

 「死ぬわ、殺す気か!」

 「当たらなければ死にはしない!」

 「当たったら死ぬんじゃねぇかぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 「必殺でなければ一発は耐えるかもしれないし、死ななきゃ安い」

 そんな漫才も、半分くらいは現実逃避で

 「アナ、自分が生きることだけ考えて」

 既に子供達が投げ捨てた松明の火は草原に広がり出している。まだまだマシとはいえ、燃える中を突っ切れと女の子に言うことは出来ない、逃げるのはもう無理だろう

 

 アイアンゴーレム。鋼鉄の巨人

 ゴーレム関係の魔法の中でもその強さから特に良く使われ、脅威とされる魔法だ。より強いゴーレムは、ゲーム版アイリスとかいうチート以外だとどう足掻いても上級職のしかもレベル15以上でなければ作れない為製作出来る者がまずとても少なく全然使われない

 術者によって多少色々な能力に差こそあるものの、大体の場合は……HP250、MP30、攻撃90、防御80というのが基準値

 おれの攻防が50ちょい、人拐いのリーダーが40無いだろうくらい、アナが多分一桁と言えば、そのヤバさが分かるだろう。というか、ゲーム版でのおれ、つまりは上級レベル10加入の序盤お助けキャラであるゼノでHP153、攻撃96、防御93なのでHP以外そのおれと同程度である

 この世界の基本は攻撃引く防御=ダメージであることを念頭に置くと、HP+防御が90無ければ一発で殴り殺される。おれのHPも90くらいなので、おれだと大体3発食らえば死ぬ計算だ。因みに、エッケハルトは耐えるかどうかは知らないが、とりあえずアナ達普通の子供はオーバーキル。3回くらい間違いなく軽く死ねる大盤振る舞いだ

 ……絶対に、彼女らにその拳を向けさせてはいけない。そんな苦しみの中、死なせてはいけない

 そして此方は、とりあえずダメージ通す手が現状無いので数万回殴っても勝てない

 

 「エッケハルト、魔法は?」

 「無理。何もない」

 「知ってる」

 だが、そこはゴーレム。人間ではないので脅威とはいえ弱点はある。魔法だ

 当然ながら、鋼鉄だろうが木だろうが泥だろうが、ゴーレムの魔防は0である。簡易対魔法バリアを付けられている個体も居たりはするが、それも所詮は後付けのバリア。元々の魔防0には変わりがないのでバリアをガス欠にすれば素通りする

 なので、どれだけ堅かろうが魔法で滅多撃ちにすれば倒せる訳だ。だからこそ脅威とはいえ、騎士団等からはたとえ敵が使ってこようと被害は出るが勝てる相手と認識されている

 

 ……だが、それは魔法を撃てる人員が揃っていて、の話だ。魔法書が無い現状、その手は使えない。正確にはあのヒートブレードはあるのだが、射程1である。死んでこい宣言でしかない

 必殺は1.5倍なのでおれの必殺ならば数値的には通りそう……ではあるのだが、武器が鉄格子の成れの果てでは無理だ。必殺なんて出せる訳もない

 正確に隙間なんて狙えないし狙えても幅広過ぎて入らない。ゲーム的に言えば必殺マイナス武器で必殺にマイナス補正がかかるゴーレム相手に現状必殺は出せない

 つまりだ、勝ち目はない。いや、ひとつあるにはある。致命必殺が

 

 「ふははははっ!これがっ!切り札だぁぁっ!どうだ皇族さんよぉっ!」

 高笑いをあげるのはリーダー

 成程、切り札のゴーレムはアジト外に埋めて隠しておいていたようだ。道理で、あそこで大人しく捕まった訳である。道中恐らく埋まっている辺りを通る、そうすればゴーレム起動で逆転が出来るという訳か。ストーンゴーレムくらいなら何とかぶちのめせるから行けるかとたかをくくったおれのミスだ

 まさかアイアンとは。上級職になる直前まで行けたならば、天才肌の傀儡師ならば行けなくもない領域であるのだ、アイアンゴーレム作成も。まさかそんな人材が人拐いのゴロツキなんぞやってないだろうと思っていたのが甘かった。騎士団でも食っていけるだろうに

 

 「惜しいな、騎士団来る気ないか?

 良い線行けると思うんだけど」

 「ざっけんな皇族ぅっ!淫行多発だ何だで解雇しておいてよぉっ!」

 その場で何とかしとけそこの騎士団っ!追放した結果コレかよ!

 と、叫びたくはなるがまあ、仕方の無い事といえば仕方の無いこと。多分、ゴロツキ云々で自分達に仕事が回ってきて解決して……とか思っちゃったんだろう。真実は知らないがおれの中ではそういうことにしておこう

 「手は傷つけられて弱くなったが、こいつがありゃ関係ねぇ!

 あんの騎士団のヤロー共にも隠していたアイアンゴーレムでやってやらぁっ!

 年下に、欲情することの、何が悪いぃぃっ!」

 その言葉と共に、ゴーレムが青い目から……ビームぅっ!?

 間一髪、横に避けて事なきを得る。背後の石が、綺麗にビームの円にくりぬかれた。一部ゴーレムに搭載されていることがある魔法、ビームライフルだろう。ゴーレムビームかもしれないがそのどっちかだ。何でそんな名前なのかは、魔法書の作者に聞いてくれ

 ゴーレムにビームを打たせる魔法だ。予め製作時に唱えておくことでバリア用の貯蔵魔力(MP)を消費してビーム魔法を撃てるようになる。威力は出回っている魔法書ならば70固定、減衰は魔防、射程は1~10で直線上に貫通する

 一発撃つだけで貯蔵が大きく減るため数発が限度(アイアンゴーレムに貯蔵されているMPは大体25が基準値で、ビーム一発で10消費する。バリアは一回1なのでバリアの10倍は魔力を使うわけだ、低級ゴーレムならばそれ相応に貯蔵魔力も低いので一発しか撃てない切り札だったりもする)

 だが、まあ、70固定の時点でその驚異は分かるだろう。おれや魔物なら70素通しである。魔物退治にそこらの騎士団で使われたりした際に、最強の壁であり最強の砲台にもなれる訳だ

 

 「行け、我がゴーレム!」

 「「「やっちまえ、アニキーっ!」」」

 やんのやんの。まだまだ縄かかったまま元気なことである。形成は向こう有利なので仕方はないが

 「ってか、何歳に手を出したんだよぉっ!」

 「14だ!」

 「犯罪じゃねぇか!」

 因みに成人は15だ。15以上ならセーフである。何故あと一年待てなかったんだ

 「そうだぞ!ロリコン!」

 「ロリコン?意味は知らんが、うるせぇぞ貴族のガキ共!体はどんどんと花開きつつも心は蕾のままってアンバランスさが良いんだろうが!」

 「「そうだそうだ!さっすがアニキ、わかってるぜ!」」

 「いやもっと幼い子をオトナにするのが……」

 なんのかんの。実に賑やかな事である

 その間に致命必殺を狙おうとは思ったのだが……間合いが難しい。恐らくはコアだろうあの青い光を、目を破壊しようとは思ったのだが、子供の体格ではどうにも遠い。成人男性の倍の体格のゴーレムの頭まで駆け登るにも時間がかかり、対応されてしまうだろう。摺り足でこっそり近付いてはいくが、決定的な動きはやれない

 

 「はっ!ゴーレムだってお前を倒せば……」

 「いやエッケハルト、術者自身が死ぬと無差別暴走モードになるようにしたゴーレムは割と多いぞ」

 「そうだったわ!畜生!」

 「その通り!」

 「「アニキぃ、オレ達もっすか?」」

 「無差別なんだからそうだろ。いっそ殺すか?この縄で繋がった奴等を殺してる間にアナ達は逃げられるかもしれない」

 やった時点で皇族失格ものである。上手くいっても酷い扱いだろう。人拐いとはいえ、問答無用で殺して良い法律はない。捕らえるべきなのだ。あくまでも気を引くための冗談

 「さあ来いクソ皇族!実は俺はお前に勝ち目はないがこの俺を殺したらゴーレムが無差別に皆殺すぞぉっ!」

 

 「ふざけんなぁぁっ!」

 だが、迷っていても仕方はない。覚悟を決め、おれはゴーレムへと走る……!



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鉄拳、或いはロケットパンチ

「皇族のガキぃ!」

 空気を裂く鉄拳。ブーストナックル

 文字通りの鉄の拳。本来であれば怖いものだが、ビームに比べれば恐れるに足りない

 とはいえ、何時の間にやら術者の姿がない。コクピットにでも逃げられたか

 

 確かにおれは今よりも強いゲーム本編のおれと攻撃防御はそう変わらないと言った。だが、それ以外のステータスまでも同じだと言った覚えはない

 非常に巨大、そして動きそのものは鈍重。それが一般的なゴーレムというものだ。確かに鉄拳を受ければ3発で死ぬだろう。ビームと鉄拳コンビネーションでもまた。だが、そんなもの

 「当たると、思うな!」

 振り下ろされる拳の前で急制動、インパクト点をずらし、勢いを殺すように、その鉄の拳に手をついて前転。ゴーレムの腕の上に乗り、そのまま駆け登る

 「なっ!?」

 腕は横へ。振り落とそうというのだろうが……

 そもそも鉄拳だけはスローモーションかという鈍重な動きにならないように腕にブースターをつけて、その加速で当てにいくほどに元々の動きはノロい、単なる基本動力だけでの横振りなど、ノロマすぎて振り落とされる謂れはない!

 今更な行動のうちに、頭上まで辿り着き

 「りゃぁぁっ!」

 鉄棒を、光へ向けて突き下ろす!

 

 ガキン、鈍い音

 「っと、堅い!」

 しっかりとコアらしき蒼い光に当てた。だが、ロクなダメージはない

 ……いや、僅かにヒビは入ったようだ。蒼い光が、漏れ始めて……

 「っと!危ない危ない」

 そのまま、背後に飛び降りる。後ろに土を巻き上げて蹴ってくる足はそのままステップで避け(所詮は勘によるめくら蹴り、そうそう当たる軌道でもない)、見守る

 

 一拍の呼吸を置いて、ゴーレムの頭が上を向く。そこから、蒼い光が天へと向けて走った

 多分魔力コアをやれただろう。ビーム撃つためには、動力コアをある程度剥き出しにする必要がある。だから、行けると思ったのだ。致命必殺、どうしようもない弱点を抜く、防御無視の切り札

 

 ……だが

 鈍い音とともに、鉄の巨人の腕が上がる

 「生きてるか」

 コアは上段から打ち抜いたはずだ。だが、動くということは一つでは無かったのだろう。だが、構わない。とりあえず、ビームは潰した

 「ビーム発射口か

 それで、次はどうするってんだ皇族さんよぉ!」

 「さあ、どうしようか」

 どうしようもない、というのが答えだが、そんなことは言わず

 

 言ってしまえば、どうしようもなくなるのは此方だ

 そうだ、おれは弱い。一年も、だ。あの日から一年もあったのだ。だというのに、6歳にもなって、アイアンゴーレムの一機"程度"に苦戦するなんぞ、おれしか有り得ない

 だからこそ、そんな事実はおくびにも出さず、笑って見せる。その笑顔がちょっとひきつってたのは許してほしい。そこまでポーカーフェイスは出来ない

 

 あと、致命必殺が通りそうな場所は……と、挑発しながら周囲を回り、確認

 無さげだ。ビーム発射用に半分剥き出しになっていたあそこは兎も角、他はしっかりとした鉄製、それも魔法で錬成を繰り返した鋼だ。適当に整形した鉄格子の鉄とはモノが違う。素材は不純物がどれくらいなのか程度の差なんだが

 「……勿体無い

 ああ勿体無いなぁ」

 「……何が言いたいのやら」

 「商品を」

 その瞬間、地を駆ける

 どうにも止められる物ではないから、ゴーレムに背を向け

 「殺さなきゃいけないなんてよぉぉっ!」

 「アナ!」

 間一髪、動けなかった少女を突き飛ばす

 その直後、ゴーレムの腕から、文字通りブースターで"飛んできた"鉄拳が、ついさっきまで少女が居て、今はおれが居る空間を突き抜けた

 「かはっ」

 ギリギリで体は捻れた。背中にモロに食らうという背骨が折れ(必殺)そうな食らいかただけは何とか回避

 だが、ダメージは大きい。誰だよ当たると思うなとかほざいたの。おれだけど

 「っ痛ってぇな」

 肋骨折れたかもしれない。逆に言えば、痛みを堪えれば動ける程度の怪我という。師にとりあえずアレ倒してこいと数匹の土着のケダモノ相手にさせられた時の方がまだヤバかった。流石に化け狐猪数匹と群れ長のオーガって六歳にぶつける群れじゃなかったと思うんだ、師匠。それくらいに勝てなきゃ皇族失格なのは確かだけどさ

 「お、皇子さま!?」

 「伏せてろ、アナ!帰りが来るぞ!」

 「皇子さまは」

 「まずは誰を捨てても自分が生きることを考えるんだ、アナ!」

 ロケットパンチ。ブースターで飛翔する鉄拳は、来た道を帰るようにして飛来。流石に見えていれば楽に避けられ、アナも素直に伏せていた為普通に回避、あっちゃいけない方向に90度曲がった形で接続され、腕ごと回転して正規ポジションへ戻る

 ゴーレムなので可能な駆動ではあるのだろうが、見てて痛そう。90度は曲がらない方向に曲がってるぞその肘

 

 「おいゼノ!」

 「あと一、二発はいけるな」

 いや、凄く痛い。強がれる程度ってだけ

 つまりは、まあ、まだバカ言える程度には死にかけから遠いって事で。ただ、今のままでは死ぬのも時間の問題だった

 「エッケハルト、ちょっと前の言葉とは変わるけどさ

 アナを連れて逃げられるか?」

 「時間を稼がれれば」

 「待ってた答えだ」

 「良いのかよ」

 「死にたくなんて無い

 でもまあ、誰か助けられたってなら、同じ死ぬならまだマシかなって」

 痛む腹はおいておき、突き込んだ際に更に曲がった使えない鉄棒をゴーレムへと突きつける

 

 「はは!所詮、皇族といえど魔法さえ無ければこんなもの!」

 「いや?親父なら素手でそのゴーレムくらい倒すぞ?」

 「は?」

 「残念だ

 刀さえあれば、おれもその木偶を切り刻んでやったのに」

 エッケハルト等との距離はそこそこあった。その距離を届くような声で逃げろと言ったのは聞かれているに決まっている

 だからこそ、必死に口を開き、その鋼鉄の足を止める

 「なにぃ?

 皇族のガキィ、貴様が、武器でこのゴーレムを倒すだとぉ?」

 「倒すさ

 刀一本で十分だ。魔法なんぞ、必要ない」

 必要があっても使えないのだが、そんな要素は貶す為には不要なので語らない

 

 「やってみるか、皇族さんよぉ!」

 「刀があれば、もうやってるよ」

 乗ってきた

 基本、ゴーレム使いというのはプライドの塊だ。だって、自分より遥かに強いゴーレムを扱えるのだから。特定属性でなければスタートラインにすらたてず、立っても上手く魔法書を読んで使えるようになる者も少ない。ゲーム的に言えば、ゴーレム作製関係の魔法書を使用出来る職業の素質持ちが少ない

 自分より、そして周囲より圧倒的に強い巨人を使える者は、当たり前のように選民思想に染まる。ゴーレムは強い、多数群れて魔法を乱発しなければ、同レベルの雑魚どもは自分のゴーレムに勝てないではないか。つまり、ゴーレムを使える自分は同レベルの雑魚どもの上位者、選ばれしものなのだと

 だからこそ、挑発に弱い。てめぇのゴーレムなんぞ、一人かつ物理で十分だ、ここまでの侮辱を受けて、キレない選民思想などそうは居るものか

 「ガキィ!」

 両の腕を突き出し、射出

 ダブルロケットパンチ。だが、それはどちらもおれを狙う

 そうだ、それで良い、その為におれは……

 

 その時、空を裂く音が、耳に届いた

 「飛竜?」

 空を舞う、雄大なドラゴン……というか前脚が翼と一体化しているのでワイバーン。その上に立つ、一人の男

 おれの師、レオンの師、そして、西方に伝わるという、名前の無い流派の師範

 「情けない、何をしている」

 「師匠、武器がないので苦戦している、と言えば?」

 「……あれば、勝てるか?」

 空から落ちてくるのは、そんな言葉

 ……どうやら、ワイバーンに乗って西方から帰ってきていたらしい。早いことだ

 帰りつこうかというその時、打ち上げた光を見て何事か飛竜(ワイバーン)に乗ったまま確認しに来たという感じだろうか

 

 「……何だ、貴様!」

 「勝てるか、ゼノ!」

 「無論!」

 「ならば、勝て!」

 地上が燃える中。それでも判別のつく二本角の偉丈夫は、何でか飛竜の背に仁王立ちしたまま(カッコつけですか、師匠。上に立つ意味ないと思うのですが)、背に背負っていた一本の皮袋を抜き放ち、投げ落とす

 「やらせるかぁっ!」

 鉄拳飛翔。二つのロケットパンチは、それぞれ宙に羽ばたく飛竜と、投げ落とされた皮袋を狙うように軌道を変えて飛んで行き

 

 「せぇいっ!」

 弾かれて取りにいけないなんて起きないように、鉄棒を投擲、弾き飛ばされる前に弾き、軌道を変えて皮袋を守る。鉄拳は空しく空を切った

 「が、そっちの男はなぁぁっ!」

 が、もう片方の拳はそのまま役目を果たすために飛竜へと襲い掛かり……

 

 「やはり、か

 こんな程度に苦戦するな。名前に泥を塗る算段でもあるのか」

 迅雷一閃。雷でも閃いたかという速度で光が走ったかと思えば、縦に真っ二つにされた鉄拳が、ブースターも消えて落ちてきた

 「……は?」

 「首級を持ってこい。それくらいは出来るだろう?」

 片腕を叩き斬られたゴーレム、というかその術者がすっとんきょうな声をあげるなか、皮袋をキャッチ

 中身は当然ながら、一本の短い刀

 「良い刀だ」

 カッコつけである。見てもいないのに分かりはしない。というか刀の目利きは苦手だ。ただ、師匠が今のおれの為にと西方の鍛冶に作らせたというおれの体格に合わせた子供のための抜刀用の刀。なまくらな訳もない

 

 「……見せてやるよ

 言ったはずだ、刀さえあれば、おれでも行けると

 アイアンゴーレム……その木偶、叩き斬る!」



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刀剣、或いは新生

「やってみろよ皇子さまよぉ!

 出来んだろうなぁ!」

 ゴーレムの全身に仕掛けられたランプが輝く

 

 「出来るさ」

 本当に出来るのか、そんなことは分からない。ゲーム知識で照らし合わせると恐らくは必殺は通るから理論上勝てるというだけの話

 そもそも、タイマンでは勝てるとしても、彼は理論に基づいて次の攻撃が読めるAIではない。気紛れにエッケハルトを狙いに行くかもしれないし、アナやらを襲うかもしれない

 AIであれば、攻撃範囲におれが居る以上、最優先でこのフェイズ中に狙える唯一の敵であるおれを狙う。攻撃優先度は即座に攻撃出来る相手、一発で倒せる相手、ダメージを多く通せる相手の順番だ。ギリギリ一フェイズの移動で届かない場所に一発当たれば死ぬ回復役が居て、移動すれば次には届くとしても、直ぐに殴れる範囲に誰か居る限りそちらを狙う。それがAIだ。だからこそ、高難易度でゲームは成り立つ

 だが、キレた人間はそうではない。この世界は、おれの生前が良く知っていたゲームに近い世界であって、ゲームそのものではない。此方を揺さぶろうと移動して殺しやすい相手を狙われるかもしれない。そんなものは防げない

 「来いよ木偶人形。ガキに負ける恐怖を教えてやる」

 だから、刀を鞘に納めつつ煽る

 何というか、煽りばかり上達していく気がするんだが……人生大丈夫だろうか。そもそも享年18を回避するところから話を始めないといけない……というか、下手したらゲーム開始前に享年6になりかねない

 幾らアイアンゴーレムという皇族なら勝てなきゃいけない鉄屑相手でも、3回も当たれば死ぬのだから

 「刀を納めるたぁ、諦めたか!良い子でちゅねぇっ!」

 

 「その憎たらしい顔に、ロケットパーンチ!」

 「……選択が、悪いっ!」

 残された腕を真っ直ぐ此方へ向け、鉄の巨人がその腕を射出

 同時、駆け出し始めたおれは……すれ違うように鉄拳と交差、特に当たることなんてなく

 「せいっ!はぁぁぁぁぁっ!」

 射出を終え動きを一旦止めた巨人へと辿り着く頃に柄に手を掛け、走る速度も合わせ、駆け抜けながら抜刀、一気に振り抜く!

 

 「……は?」

 呆然とした男の言葉が響くなか、止まらないように速度を弛め、歩く。止まれば巻き込まれるから

 十分に離れた頃、軽い地響きに足を止めた

 大地に背から倒れた巨体。その後方に唯一残る鉄柱

 「何をしたぁっ!」

 「……足を斬った、それだけだよ」

 そう、左足を斬った、それだけである

 「ガキに、そんな、事がぁぁぁっ!」

 「ガキじゃあ、無い

 皇族の、ガキだ」

 「ふざけるな!アイアンゴーレムだぞ!軍ですら通用する力が、こんなチビなんぞに」

 「……それが、皇族だ」

 「刀を持ったって、だけでぇぇぇっ!」

 「だけ?違う違う

 武器を持てた時点で、おれの勝ちだ。刀って武器を、何だと思っているんだ?」

 必殺特化武器、それが刀だ。全体的に素の攻撃補正は低く、代わりに必殺補正が強い武器種。全体的に耐久が低めなのが難点であり、けれども補正で必殺を連発した際の火力は高い

 「抜刀は、普通に振るよりも速い

 それをもって最初の一撃で優位を決めきる力。それが師匠の流派だ

 刀さえあれば、必殺で鉄くらい叩き斬れるさ、当然な」

 「ふざけるなぁぁぁぁっ!」

 「せいっ!やぁぁっ!」

 言葉と共に飛んできた拳を、抜刀切り上げで迎撃、拳そのものと腕を切り離し、軽くバックステップして爆発を避ける

 

 「……終わりだな」

 地面に落ちる物言わぬ鉄拳を背に、そう告げる

 ゴーレムは確かに浮かび上がることは可能だろう。だが、ビームはもう無く、両の腕は撃破され、蹴ろうにも片足では姿勢制御は効かない。実質質量兵器としてぶつけるしかないが、それもまた今更だろう

 

 「縄に付け」

 動きを止めた巨体を登り、恐らく術者が隠れているだろうハッチへと、鞘ごと逆手に持った刀を突き付ける

 「こんな、ガキにぃぃっ!」

 

 「なんて、な」

 瞬間、沸き上がる嫌な予感に、咄嗟にゴーレムから飛び下がり

 「新生せよ、鋼鉄の機神!」

 同時、鋼の巨体が自身にあったがらんどうの鎧かのように、バラバラと崩れ落ちた

 「がふっ!」

 腹に受ける、冷たく熱い感触。冷えきった鏡のように磨かれた鉄を、左腕を巻き込んで腹を抉るおれの上半身はある鉄拳を、熱い血が汚す

 現れるのは、一つの姿。前のアイアンゴーレムより、数段人間に近くすらっとした立ち姿。10頭身はある細身の人間が、体にびっちりと特殊スーツを纏ったような姿。あえて生前で言うならば、ロボットより戦隊ヒーローに近いだろう

 「……やれる、とはな……」

 「ふん、油断したなガキぃっ!だから幼さは甘さだというのだぁっ!」

 ……ゲームでは不可能だった事。だから、忘れていた。そう、ゴーレムそのものという材料があるのだから、その場で魔術でもってゴーレムを作り直せないか、という誰しもが考えるだろう事を

 ゲームでは、それはバランスの問題か出来なかった。何度でもその場で直せるのはゲームとして成り立たないから、あくまでもインターミッションでしか、ゴーレムは作れないと。だが、若しもそんな制約が無いのならば

 ……それはあり得たはずの話。壊れたゴーレムという素材から、新たなゴーレムを作り出しての継戦

 

 ああ、逝ったなと、そんなことをぼんやりと思う

 左手は、もう熱くない。腹を殴る一撃に巻き込まれ、有り得ない方向に曲がっているが、逆にというか痛みもない

 さて、どうするか……

 地面を転がり、火を舐めて立ち上がりながら、考える

 抜刀術は両手がなければ使えない。片腕折れただけで撃てなくなる欠陥技術だ。といっても、おれにはそれしかなかったのだが

 「まだ、いけるさ」

 強がりと共に、手放さなかった刀を振る。鞘が外れ、燃える地面に転がる

 生き残れば、鞘を失ったって怒られるな……とそんな皮算用と共に、刀を新ゴーレムに向け突き付ける

 「無駄な、事を!

 死ねぇっ、皇族のガキぃぃっ!」

 その巨人の目に光が点り

 

 甲高い隼の鳴き声と共に、その上半身が吹き飛んだ

 「……んなっ!」

 「あれ、は……

 ファルコン、ストライク……」

 「……待たせたね、ゼノ」



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隼、或いは終結

ファルコン・ストライク

 所謂奥義スキルと呼ばれるものの一種。自軍フェイズにコマンドから選択して発動する特殊攻撃の一種であり、攻撃力計算値は武器威力×2+(力+技+魔力)/2、射程は1~5と長く、貫通(選択した対象と自身との間に居る敵にもダメージ)を持つ。何よりの特徴は、必殺が普通に発生する(多くの奥義はそのダメージ補正を加えた火力インフレを防ぐためか必殺補正がマイナスであったり必殺が発生しないを持っていたりする)上に相手の防御or魔防の低い方をダメージ計算に適用するドラゴンブレス計算式な事。コスト制限共に緩く(2ターンに一度、消費MP5とローリスク低コスト)連発可能な事も相まって圧倒的殲滅力を誇る、皇族の皇族と呼ばれる所以を証明する壊れ奥義である。ゲームではおれも散々ぶっぱなした記憶がある

 ……とまあ、ゲームでの性能は置いておくとして

 

 要は、普通の攻撃よりもバカみたいに強い皇族の一撃という事である

 その大鳥が地面に突き刺さり、消えると共に

 貫かれた鉄の巨人は煙を上げ、そして完全にバラバラのパーツに分かれ、大地に崩れ落ちた。そのスタイリッシュな細身になった腕も、鉄兜を模したような頭部も、いくつもの欠片となって地に降り注ぐ

 

 「ファルコン……ストライク……」

 おれと同じく呆然とした声

 まあ、有名だから知ってはいるだろう。騎士団所属してた時代が最近あって知らなければモグリだ。使い手はただ一人。隼の神器の継承者、皇位継承権現在の第一位、ゲーム開始時点でも押しも押されもせぬ……訳では(某妹のせいで)なくなってはいるものの未だ第一位。甘いマスクと蕩ける声で街のお姉様方に大人気な第二皇子のあの人、血が父方だけ繋がった兄である

 

 「一人で解決は難しいだろう、ゼノ

 助けに来たよ」

 お姉様方ならばキャーキャー言うだろう甘い蕩けるような声。それでも媚びすぎず、しっかりとしたちょっと高めの男性ボイスで声優さんすげぇなと思ったことを覚えている

 そして、お前には無理だというちょっとした棘を(いやまあ事実なので言い返しようもないのだが第一形態(アイアンゴーレム)撃破で許して貰えないだろうか。こんな人生序盤から第二形態持ちとかゲームならケイオス5あるだろう)含ませた正論っぽい言い分

 間違いない。いや、元々ファルコン・ストライクの時点であの人なのは確定しているのだが気分の問題である

 「シルヴェール、兄さん……」

 「正解、私は弟だから助けに来たんだから、ね」

 ふわりと降り立つ人影。その空に浮かぶ魔法おれも欲しいと何度思ったことか。まあゼノであるおれには一生縁の無い魔法なのだが(魔法を使うことそのものに縁がないので当たり前か)

 未だ燃える草原の火に下から照らされ浮かび上がるのは優しげな顔。母方の髪色を引き継いだのか柔らかな色合いであるはずの金の髪が、炎の色を反射してか何時もより橙に染まっている。年の頃は20に届かない程だが、その存在感は既にしっかりと感じさせる

 その青年が……

 「分かるよね、君ならば

 投降、してくれるかな」

 たった一言で、瓦礫の中呆然としていた男は膝を折った

 

 おれは

 皇族の恥さらしたる第七皇子ゼノは。本来皇族とはこうあるべきという解決の見本を見ながら、ただ事態がたった一度弦を引いただけで終わるのを眺めていた。自分の弱さというものを、噛み締めて

 

 そのまま駆け付けた者達により火も消し止められ、散り散りになった者達も捕らえられた。一人だけ逃げおおせた者が居たらしいが、それをどうこう出来るような事は特に無く

 阿呆か貴様。勝てた死合を棄てたか。慢心するな、と刀を託した師にボッコボコにされて、日が過ぎていったのである



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配送、或いは再会

そうして、ゴーレム事件から16日、つまりはちょうど二週間の月日が経った(繰り返しになるが、この大陸での一週間は8日である)

 

 そうして、漸く師のシゴきが一段落付いたおれは、修行の一環としてアナ達の孤児院へと足を運んでいた。右肩には巨大な袋を2段抱え、やっぱりというか完全に折れていた左腕は魔法無しなら全治3月、未だに縛って固定しておかなければならない案件ではある。

 高位の魔法さえあればまあもう治っているのは当たり前、寧ろどんな怪我だろうと死んでなければ強引にでも治して何でもないと即座に健在を見せ付けるのが力によって成り立つおれ達皇族の常ではあるのだが。まあ忌み子たるおれに関しては残念ながら魔法で治せるものでもないのでそれは置いておいて

 

 痛みは鈍く残るが、動けなくはない。故に師は容赦なく干渉してくる。酷い姿だから見せるわけにもいかないと何時もより強く追い返されるのでアイリスにも会えない。結果こんな仕事をさせられたのである。

 確かに孤児院にも食料は必要だし、おれが名義で保護した以上おれが面倒見るのは当然であり、夕方までには終わらせておけという余裕に溢れた時間設定からして運ぶという名目で暫く向こうで休めという師なりの優しさでもあるのだろうが……

 「……片腕、使えない状態、なんだけど……」

 と、愚痴も出ようというもの。ひとつ10kg(まあ、生前の単位で換算してだが)はあるだろう穀物を2袋。少年に持たせて良いものじゃないだろうこれ

 

 まあ、それでも。運べてしまうのが仮にも皇族というものである。魔法による支援を一切やらない愚直な運び方なんてするのはおれだけで。

 例えば妹アイリスならば適当なゴーレムを組み上げて持たせ、第二皇子シルヴェールならば……風のクッションでも作って空中に浮かばせて運ぶだろうか。そんな形ではあるのだが、6歳にもなって運べないなんてことは無いだろう(皇族基準)。故にふらつきながらも、片方の肩に重りを載せて、ふらふらと向かう

 向けられる視線は……微妙なもの。尊敬も混じるが、何とも言えない。少なくとも、事件を知る者達、つまりはあの時回りで見ていた人々から向けられるのは何とも微妙な視線

 金払いの問題ではない。とっとと礼は払った。ばら蒔いたと言っても良い。それでも微妙なのは……事態解決そのものはおれがした訳では無いから、だろうか。わざとかっさらわれた、それは良い。そこでの問題ではない。

 単純に、皇族のなのに一人で片付けられなかったという事が拐われていた子供達等から広まった、という訳だ。

 六歳のおれに何を期待している、とは言いたくもなるが、この大陸この国においては、皇子様とはそれだけの期待をされる存在なのである。例え子供であろうとも、あれしきの事態一人で終わらせて当然。そういった子供向けのお伽噺(親父に聞くに事実が6割ほど混じっているらしい。正気かよ)が沢山あるのだから

 その幻想を抱き、故に漠然と皇族を信じる。それが民と皇族の基本であるからして、一人では事件を終わらせられなかったおれの存在はどうにも、という奴である。それが視線にも反映されているのであろう。

 皇族への信頼そのものは、事態を解決したのも皇族、それも有名な第二皇子であるという事から消えてはいないようだが……。今おれに残るのは、その重責を背負いきれていなかったという事実のみ。面子に泥を塗ったと言われればその通りとしか言えはしない

 一度撃破した、イレギュラーな再起動が無ければ勝てた。そんな言い訳など何にもならない。追い詰めたは意味がない。勝たなければいけない。それが皇族の責任だ。自分が民の最強の剣である事を忘れるな……と、親父ならば言うだろう

 

 だがまあ、くよくよしても仕方ないといえば仕方ない

 今必要なのはただ一つ。強くなれ、それだけだ

 まだまだ荒らされた孤児院は直されきっていなくて。補修しかけの所があちこちに見えはするものの最低限雨風は防げるように扉や窓は板で塞いでいる。

 そのボロ屋のそこだけは荒らす意味も無い為特に何ともない木材製の赤茶の屋根を見上げて、一つ心を新たにする

 ……庭(というほど広くもない。基本的には柵で一応外と区切った狭い洗濯物干し場だが今は柵も半分壊れている為竿は撤去され空きスペースである)に椅子と机を広げ、阿呆(エッケハルト)が悠々と茶を飲んでいた

 ……いやあれ透明だし水だな、と透明なポットを見て思い直す

 にしても透明なポットとは中々に豪華なものを使う。この大陸、ガラス……は無くもないのだが、加工は基本属性が合った者の扱う魔法頼みという形であり、数は少なく基本的には嗜好品としての要素が強い。ガラス品なんてお洒落だろう?という話であり、かなりの値段で貴族家庭にしか普及していない。だが、保存中でも中身が見える入れ物の需要や窓の需要は一定量存在する。では透明な素材は一般には何で確保しているかというと……木の樹脂や暑い頃になると湧いてくる虫の羽根である。

 虫なんぞで……と言いたくはなるが、この世界の虫には巨大なものも居るし(ゲームでも敵として人間を越える大きさのカブトムシっぽい原生生物が出てくる)その羽根も相応に巨大なのだ。だが樹脂や羽根では透明とはいえ曇りガラスのようにくぐもった色になるのは避けられない事。そして水が中身だろうと推測付けられるほど綺麗なクリアなのはガラスという訳だ

 「あ、皇子さま!」

 ……エッケハルトに目を奪われていたが、良く見ると一人では無い。柵の残骸に隠れるように(向こうとしては隠す気はなかったろう)他にも人が居た。反応して声をかけてきたのは何時ものアナだが、もう一人……栗色の髪の少女が居る

 

 分からない……訳ではない。アレット。アレット・ベルタン

 「ア……ん?そこの子は」

 思わずアレット、と呼び掛けて言い直し。そう言えばあの時その名前を向こうから聞いていない気がする。ならば今その名を呼ぶのは不自然だから、名前を知らないていで言葉を紡ぎ直す

 「おいおい、忘れたのかよゼノ」

 「いや、忘れてない

 あの時捕まってた子の一人だろ?それは覚えてる。でも名前を知らないんだ」

 その声に栗色の少女は少しだけ此方を見て目をしばたかせ……

 

 「……ニセ皇子?」

 と、そう呟いた

 「ニセモノじゃない」

 「出来損ないのマジモノだアレットちゃん」

 そんなエッケハルトの軽口はまあ無視すると……それはそれで問題であるので止めることにして

 「自分で言うならまだしも、他人に言われると名誉がだな」

 「そうです、皇子さまに謝ってください」

 「事実だろ」

 「自虐と侮辱は別だろエッケハルト」

 言いながら一応庭部分まで辿り着き、穀物を下ろした



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増殖、或いは困惑

「そんな事よりゼノ、大変だ」

 下ろすや否や、エッケハルトのバカは座れ座れと机を叩く

 穀物が……3人かかりで運べそうなので言葉に甘え、用意された椅子の一つに腰かける。地味にアレットからも、アナからも離された位置なのが信用微妙だな感があって辛いところ

 「何が大変なんだエッケハルト。アナに嫌われたというならばおれは知らん」

 「嫌われてねぇよ!?」

 ガチャンと音をたてて揺れる水のグラス。樹脂だとそんな音がしないので、割と久方ぶりの音だ

 ふと、ガラスの音が何かを思いだしかけて……それを振り払う。思い出しても、きっと良いことはない

 

 「皇子さま……水、飲みますか?」

 頭を振る俺を見て穀物を運んできた疲れで立ち眩み(座ってからだが)でもしたのかと心配してくれたのだろうか。銀髪の少女が自分の前のカップをささやかに押し出す

 「……いや、大丈夫だよアナ

 きっと、優しい主催者様が用意してくれるさ」

 ……だからこっそり睨むなエッケハルト。間接キスだなんだを考えたのか知らんが……

 と、そこで見回して気が付く。グラスが3つしかない事に

 「ということで貰うぞ」

 と、エッケハルトの前の殆ど残ってない水をこれ見よがしに煽る。うん、残ってないから口を付ける必要もないな

 

 「……野蛮、ニセ皇子」

 「野蛮は兎も角ニセ皇子じゃない。というか、そもそも座れよと言っておいてグラスが無い方が悪い」

 ふいっと、栗色の髪の少女は横を向く。嫌われたのだろうか。嫌われるようなことは……

 「遅かった」

 「何が?」

 「お姉ちゃん、まだ部屋から出られない」

 「手遅れよりは良いだろう」

 「でも……!」

 「おれはおれに出来ることをした。そして、間に合いはした

 おれから言えるのは、それだけだ」

 御免、もっと早く来ていれば。と言葉はぐっと飲み込んで

 言ってしまうのは楽だ。気分も晴れるしアレットの機嫌もちょっとは上向くだろう。だが、それだけだ。それだけの為に謝ることは出来ない。皇族の謝罪にはそれなりの意味がある。気軽に頭を下げるな、意味が無くなる。毅然としろ。そう、何度も教えられている

 ……だから、頭は下げない。御免とも言わない。実際問題、もっと早くにエッケハルトから色々と聞けばもっと早くに動けたかもしれない。けれども、あの時は自分の知りうる限りの情報で正しいと思う行動を取ったのだと、行動に非など無いと、だから謝罪は口にしない。気軽に自分が至らなかったすまないと謝る上に、誰がいざというとき従いたいだろう。その命令もミスで後で謝罪されるんじゃないか、そう思われても仕方がない。明確に非が無いならば謝るな

 ……子供の間でそんなこと、と言いたい。言いたいけれども……皇族である自覚を常に持てと言われている以上、下手には崩せない。崩してはいけない

 

 「……睨まないで」

 「睨んだ気は無かったよ」

 言いながら、静かに目を閉じる

 後味の悪さに、小さく唇を噛んで。それでも謝罪はせず

 「もう良いよ、最低」

 ふいっとまた顔を反らす気配に、目を開けた

 「王公貴族って面倒でさ

 謝ったら色々とスキャンダルされたりするのさ」

 その栗色の髪が触れかけた目尻に光る涙を、さっとエッケハルトが拭う

 あいつなりのフォローだろうか。正直有り難い、あいつも貴族、似たような話は聞いているのだろう

 「だからバカ皇子がもしももっと早くに来るには、もっと早く事件を知れてたっていう運の良さでしか無理だったんだよ」

 ……いや、散々お前も同類(転生者)かと二人して基本事項話す前にお前が実はさと今回の事について話してれば間に合ったぞエッケハルト。おれはアナ達孤児に手を出すペド野郎共じゃないからと捕まってるだけでそれ以上はない安全だと思って確実に人質だ何だが起きない時まで待とうとしてただけで、と悪気が在ったわけでもあるまいし言っても仕方ないことで少しだけ目は細め

 

 「それは置いといて、大変なんだゼノ」

 「それは、おれとお前に共通の話か?」

 「そうだ」

 頷く焔髪に、多分ゲームではとか何だだろうなと当たりを付け

 「アナ、穀物見てきてくれるか?

 基本的には粥にして食べるものだし……一昨日レオンが持ってきたろう干し肉とか入れて煮るんだ」

 「お腹、空いたの?」

 「昼は運んだアレ食ってこい、って言われてるよ。何時も豪華なものばかりじゃないさ。皇族だからこそ、皆の食事も知れという話」

 「……うん、頑張る」

 こくりと頷いて、銀髪の少女は席を立つ

 実は昼は食ってきたので騙すようで悪いのだが……それでも転生云々を聞かせるわけにもいかないので、席を外して貰う

 「……ニセ皇子」

 「貰っていけ、アレット

 詫びじゃないけれども、折角来たんだから」

 詫びじゃないと強調。寧ろこれで詫びみたいなものと認識してくれると助かる

 「あっそうだ、アレットちゃん、出来上がったら俺の分も持ってきて」

 そうして体よく出来上がるまで見ててとアレットも人払い

 

 聞き耳立ててる馬鹿もまあ居ないと確認して

 「で、どうしたエッケハルト」

 そう聞き、呆然とした

 

 「リリーナが増えたぁ?」

 「そうなんだよゼノ。どうしよう」

 「ちょっと待て、リリーナってまさかお前が飼ってるペットとか……じゃないよな?淫ピ……桃とか日焼け……金とかだよな?」

 と、わざともしも魔法で聞いてる奴が居たとして分かりにくいように言い直しつつ略して聞き返す

 正確には淫ピリーナ、ロリリーナ、日焼けリーナの3種。この世界に近しいゲームの本家主人公(リリーナ)の選べる3タイプの立ち絵である。ふわふわのピンク髪の正統派乙女ゲー主人公、全体的に小さく神秘的な黒髪、胸も背も大きめの金髪褐色。イメージとしてはザ・乙女ゲー主人公、レーターの趣味が出たロリ(自由枠)、テンプレギャル。最後を選んだときの口調は普通だしちょっと浮いてねこいつ……感は中々のものであり、ロリリーナ時にシルヴェールルートやってしまって事案臭が中々にした事も覚えている。他が16なのに対してロリリーナだけ13くらいに見えるんだよなアレ

 「そう、それ

 桃居るだろ?」

 「ああ、居るな」

 原作主人公が居るかどうか確認しようとした際、確かにリリーナという名前のピンク髪の子を存在を確認した。年は同じで子爵家。階級はキャラクリエイトの結果によって伯爵、子爵、男爵のいずれかの家だった事になるのでゲーム的には子爵家だから本物だとかそういったことは言えないのだが……まあ間違いないだろう。因みに爵位は一部キャラの好感度の上下に補正を掛ける。家柄が格上か格下か等でちょっとだけイベント等が違うわけだ

 「子爵家だろ?」

 「お前も確認したのかエッケハルト」

 

 「それでさ

 ……男爵家が跡継ぎのいなささに業を煮やして、商人に嫁いだ娘の子を引き取った」

 「ほうほう、それが?」

 多分名前リリーナで黒髪でちっこいんだろうな、とアタリを付けながら頷く

 「多分あいつ、ロリリーナだ」

 「……名前は?」

 「リリーナ」

 「同い年の貴族に二人とか流行ってんのかその名前」

 と、言いかけて気が付く

 リリーナ、つまりは主人公たる少女は聖女である。聖女の属性は天、天、天以外。天、天は聖女故の力の強さにより重なって表記されるようになったという話なので、今現在は天、天以外となるはず。魔法の資質は産まれ持ったもの。エッケハルトが何を望もうが火属性なように、おれに何があろうが属性が無く魔法が使えないように、アナがどれだけ練習しても水、天なように、一生変わることはない。変化するとしたら、圧倒的な力により重ね表記になる事だけ。ならばだ。天属性を含む2属性を持たなければ聖女じゃないと言えるのではないかと

 ……幸い、同い年なので桃色リリーナについては調べられた。おれと同じときに覚醒の儀を受けていたのでさっくりと見つかった。結果は天、火。天を含むので聖女足り得る

 

 「んで、その子の属性は?」

 「天、影だ」

 「……ダウト、出来ないな」

 「だろ?」

 エッケハルトと二人、顔を突き合わせる

 

 「まさか、実はどっかの伯爵家の隠し子でしたーって金出てきたりしてな、天、土辺りで」

 「はっはっはっ、まっさかぁー

 流石にネット小説の読みすぎだぜゼノ」

 「読んだこと無いわ、家にネット環境無かったから……」

 「……マジかよ。そういう家なら、近所のねーちゃんも可愛がるか……」

 「んまあ、不幸だったって記憶はないんだけどな」

 と、うんうん頷くこの世界でおれがおれとして接せる現状唯一の相手に笑って

 自分でも確認しておくか、と心に決めるのであった



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対話、或いは精神修行

さて。と

 状況を整理しよう、おれ

 

 ということで、夜。ベッドの中……という訳ではない。敢えて言うならば石の上。中々に寒い。所謂精神統一という奴である

 何でこんな……というと簡単な話であり、腕吊ってる状態でまともに寝られるか!という奴。それよりは座禅でも組んで瞑想してた方が寝返り打たなくて良いだろうという屁理屈に丸め込まれ、こんな事をさせられているのである。因にだが、我が師もしっかりと横で足を組んでいるし、夜勤の兵には時おり攻撃してくるようにと師がしっかりと頼んでいた。寝てたら当たるぞという奴だろう。中々に酷いが、修練にはなる

 

 まあ、そんな状態だが要は寝なければ良い訳で。思索を巡らすくらいならば我が師は何も言わない

 そして此処は、正直この世界で3番目くらいには安全な場所である。何があろうがまあ死にはしないだろう。我が師……剣鬼とも呼ばれる彼は、おれの知る限り親父の次に強い。確か……本人から聞いたことによると、西方の鬼と西の皇族の血を引く娘(お忍びで出掛けた先でこさえた隠し子)のハーフだとか。皇族の強い血故に、異種の血を混ぜても産まれてしまったとかそんな形で、鬼の同類じゃないかと忌み子のような扱いを昔は受けていた……らしい。だから同じく忌み子扱いなおれの師なんぞをわざわざやってくれている。本人が強すぎて、要求が高いのが難点だが、良い人だとおれは思っている

 

 閑話休題

 今考えることは、この先おれはどうするべきか、である

 なんてことを、飛んでくる矢を目を瞑ったまま首だけ右に傾けて避ける。魔法でなければ楽なもの。考えながらでも何とかなる。立たなければ避けられないものは来ない、そういう約束だから

 

 まずやるべきことは……

 いやまて、何だろうか、やるべき事

 生き残ること、生きていく事。それが最終目標なのは間違いない。ピンクい主人公も確認した。だからきっと、このまま行けば世界は封光の杖時代のように俺をモブとして進み、そして俺はあの世界で断片的に語られたように、四天王扱いされている魔物相手に殿を務めて死ぬ。それが相討ちか敗死かはその時おれが神器を持っているかで一応変わるが死ぬことには変わりがない

 ずっとそう思っていた。リリーナからすれば俺は気にも止めないモブ、だから強くなろうと。ついでに何か出来ないかと

 

 だが、リリーナが増えた

 二人目のリリーナ。どちらが聖女なのは分からない。知るはずもない。だが、基本的に主人公は一人だ。一人でなければ可笑しい。乙女ゲーとして、選ばなかった外見が主人公と同じ立場で出てくるなどあってはならない。特別である事が、シナリオ上大切な意味を持つはずなのに、同じだけ特別な存在が、同じく主役足り得る存在が複数居て良い訳がない。だからピンク髪を選べば黒髪リリーナなんて登場するはずもないのだ

 だが、登場した。そこに光明がある

 

 リリーナを攻略しようぜ!という話である

 という事は勿論無い。当たり前だ

 どちらが聖女なのか分からないので万一やるとしたらどちらも攻略する事になる。何だそれ二股かよという話もあるし、他にも色々だ。第一、おれを……第七皇子ゼノをモブとする少女はつまり、忌み子を不吉として嫌う一般的な少女だろう。元からどうしようもない

 

 「第一貴様には、あの銀髪の娘が居る、か?」

 「人の心読まないで下さい師匠」

 「……読んでなどおらん。貴様が女の名前を呟いて難しい顔をしていただけだ」

 「師匠、そもそもアナは別にそんな事を考えてないです

 ちょっとはなつかれていますが、忌み子のおれなんかになつくより、きっともっと幸せになれる」

 「……子供らしからんな」

 と、目を閉じたまま眼前の二角はくつくつと笑う

 「いや、幼子か。打算無く友の幸せを願う

 大人には出来ん事よ」

 

 「……話を聞こうか」

 「話なんてしてて良いんですか?」

 「話しながらでも精神を研ぎ澄ませ、馬鹿弟子。それが出来れば問題ない」

 「確かに、それはそうですね」

 合間に降ってくる槍に微動だにせずに受け答え。当たらないと分かっているから反応しない。上からでは座ったままでは避けられない。だから上から降ってくるものは、下手に避けようとしなければ決しておれにも師にも当たらない。当たる前に風魔法なり何なりで確実に逸れる。当たるとすれば、下手に避けようとして逸れるはずの先に体を入れてしまう事だけ。分かってはいても避けてしまうというのが有りがちな話ではあるが、もう慣れた

 フェイントに動じない心、友と共に戦うとき、友を信じて一人で避けにいかない心等を鍛える……らしい

 

 「夢で見た、話なんですが」

 「何だその導入は」

 「いや、たまにあるじゃないですか。夢に神が出てきてーというお告げの導入

 おれが見たのは……」

 と、思考を巡らせる

 

 そう、当に分かっていた、おれが今のおれとなる直前。おれは死んだよと笑っていた道化。彼は……

 「七大天、焔嘗める道化

 彼から、リリーナという貴族の娘が世界にとって、この国にとって重要だという御告げを夢で受け取った

 単なる夢かもしれないけれども」

 「それで、馬鹿弟子は皇族としてその使命を愚直に一人で果たそうと思ったか?」

 「……それが

 リリーナって、ちょっと調べただけで二人居たんだ」

 「傑作だな、馬鹿弟子」

 唇の端をにやりと吊り上げ、我が師は笑う。あの人が大笑いをしている所を見たことは無い。だからきっと、彼にとってはこれが精一杯の笑顔なのだ

 「それで、どうする気だった?」

 

 「……どうもしない」

 「夢で見たのだろう?」

 「鵜呑みにしていても困るでしょう?

 ただ単純に、少しだけ気に止めておくだけと思っていました」

 分からない。どうすれば良いのか

 

 ただ、光明は見えている。そう、簡単な話だ

 そもそもリリーナ編であろうから死ぬと思っていたならばとても分かりやすい光明。そもそも、この世界がリリーナ編を辿るものでなければ?という話

 アナザー聖女ルート……は多分無いだろう。大きめの教会を見ても、成長すれば聖女のグラフィックになるだろう外見の子は居なかった。名前は非デフォルトである事のみ分かっているので確証はないがきっと

 ただし、此処で一つの道がある。そう、凍王の槍。つまりは日本っぽい異世界からアルヴィスがやって来る世界線であること。あれならば此方からの行動によっては、友人関係になることが出来るだろう。そうすれば、辺境で死ぬ運命からは外れる。皇族で無くなろうとも、傭兵として彼らの旅路に着いていく道になる。ゲーム的に言えば、2部で再加入しそのままラストまで使える。その道に入れれば万々歳。まあアルヴィスが来ると決まった訳ではないのでそれで安心とはいかないが

 

 「父には?」

 「ちょっと与太話過ぎますよ。陛下に聞かせるには確証が無さすぎる」

 実は前世の記憶があって……って何の気狂いの戯れ言だ

 「……気になったので婚約をとほざくか?」

 「今更過ぎて。一応これでも、アラン=フルニエのニコレットと婚約している身」

 「だが、奴には正直な話好かれていないのだろう?」

 「それでも、一度した約束を下手に違えるのは御法度では?」

 「固いな、賢しく振る舞うが頑な過ぎる。石か馬鹿弟子、可愛いげが無い」

 そんな事を話しつつ、適当に飛んでくる矢を避けつつ、夜は更けていった

 

 翌日、目の下に隈が出来ていて更に怖いと何時しか孤児院に入り浸りだしたエッケハルトの馬鹿に散々笑われ、アナは目が覚めるようにと孤児院に置いていった魔法で必死に水を冷やしてくれた。ちょっと果実でも混ぜたのか、少しだけ塩気と酸味の混じった水は、美味しかったがちょっと冷たすぎた



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好機、或いは停滞

そんなこんなで、二日が過ぎたその日

 唐突にチャンスは訪れた

 

 つまりは何時もの話で庭園会に顔を出さされた(腕がーとか言い訳してサボっていたりはしたが、正式な婚約発表を兼ねてアラン=フルニエ商会が主催するソレには流石に顔を出さないという選択肢は無かった。自分は皇族と繋がりを持ったのだ、忌み子だけどという発表。忌み子を押し付けられたという見方は当然多発するが、それでも父皇におれはしっかり馬鹿息子として認知されている。おれ個人は兎も角、おれを通して皇帝と繋がりがあるというのは忌み子を引き受けたと明かすマイナスを補って余りある強みだ)訳だが

 その中に、居たのである。リリーナとリリーナが

 

 どちらの家もあまり高位貴族ではない為繋がりあって呼ばれてたりしないかなーと思ったのだが、まさか両方呼ばれているとは

 但し、婚約を決めたその時には招待状は出している。エッケハルトと秘密を共有してある意味盟友となったのはその後だ。よって縁がないのでエッケハルトは来ていないし、レオンもプリシラとお留守番。よってぼっちである。頼れる者は一人として居ない。師匠?おれの刀受け取りに行った際に一度戻ってきてくれと言われて今日西に帰った。一昨日の修練で色々と聞いてきたのは、暫く離れるから馬鹿弟子をからかっておくかとかそんな感じだったのだろう。此方に次に来るのは4月後、つまりは半年後だ

 親父?来るわけ無いだろ皇帝が来るなら主催はおれにされる。一応商家より忌み子でも皇族の方が格式上だから

 

 なので、主賓に近いのだが割と肩身が狭い。始まるや否や最初に用意された俺の横の椅子に留まることはなくささっと友人だろう皆の中に混じっていったニコレットは明らかに不満そうだし……少しは隠してくれそれを。だからか、周囲の招待された貴族……特に当主等の目は生暖かい。厄介な忌み子押し付けられてやがるという奴だろう余計なお世話だ

 

 そんな中、主賓だし席を立つのも……特に婚約者ではなく別の同じ年頃の少女に声をかけるわけにもいかないとチャンスなのに手持ち無沙汰であったおれに、近づいてくる影があった

 どちらが主人公になるのか確かめるために話しかける?愛人でも作ろうとしていたとか変な噂立てられるのがオチだ。知らなかったで済まされるのは皇族では5歳になるまでだ。下手な動きは出来ない

 ……アレである。下手に席を立てないということは、向こうのテーブルに用意されている料理などにも手を付けられないという話である。レオンが居れば取ってきてで済むのだが、今日は居ない

 「……あ、」

 それを見かねたのだろうか。大きくはない皿に小盛り、ちょっと物足りないながらも無難なチョイスの食べ物を皿に載せて。一人の少女が言葉を掛けてきた

 ……リリーナ(黒)だった

 

 「……君は?」

 けれども、まずはそこから

 おれは知っていても、第七皇子ゼノは彼女の事を知らないはずだ

 「り、リリーナ。リリーナ=アルヴィナ」

 「ああ、アルヴィナ男爵の」

 と、笑いかける

 姓で判別出来れば楽なのだが……実際問題、本編では主人公の姓は特に出ない。親もほぼ出てこない。なので何とも言えないのが困りものだ

 

 「それは?」

 「あ、あの……なにも、食べてらっしゃらなかった……ので」

 びくびくおどおど

 ちょっと震えながらの対応は……何というか、初対面のアナっぽい。まあ、顔が顔だけに仕方ないか

 

 「うん、有り難うアルヴィナ男爵令嬢」

 リリーナ、とは呼ばない。姓で異性を呼ぶのはそれなりに親しい間柄だけだ。リリーナだと二人居るというのもまあそうだが

 礼を言って、右手で皿を受け取る。手を使って食べるもの、特に零れにくい片手でつまめそうなものばかりだ

 「……良いセンスだ、有り難う」

 恐らくは片腕が使えないことを考慮してくれたのだろうから、そう更に重ねて礼

 

 それに割り込むように、ピンク髪が目の前に現れた



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異伝・桃色少女

その顔を見た瞬間、脳裏に電撃が走った

 あっ、わたしこの人、知ってる……

 

 『よしっ!全キャラ攻略完了!

 ……でも、アナザーだと逆ハーレムルート無いんだぁ……残念』

 スマートフォンに映し出した攻略サイト片手に、手にしたコントローラーをクッションに放り投げる少女の視界がフラッシュバックする。一人の男性が笑いかけて手を差し伸べるスチルが映されたテレビがデカデカと視界を占拠していた……

 

 そうして、リリーナ=わたしは、本来の自分を取り戻した

 眼前には、見覚えのある火傷痕の銀髪少年。そして、視界にかかるピンクの髪

 やだ!わたし、乙女ゲーの世界に転生しちゃったの!?

 

 思わず、少年に駆け寄る

 そうして、マジマジとその顔を見詰める

 「……君は?」

 言いながら立ち上がる銀髪少年。その声はちょっと大人びた、そこそこ有名な女性声優の低めの少年声。ドラマCDで何度も聞いたものそのまんまの美声

 ぜ、ゼノくんだぁ……本物だぁ……

 立ち上がった少年より今の自分の背は低くて、見上げる形。灰色に近いくすんだ銀髪も、父親譲りの色素の薄い赤い眼も、左頬から上を覆う火傷痕も決して綺麗ではなくて。けど隠しきれない美形さを残す、大人びた顔立ち

 ドラマCDのイラストそのまんまの美形さに、思わず再現完璧……なんて

 「おれに、何か御用が?」

 聞きながらも、ゼノくんは視線を一旦わたしから外して近くの床へ

 

 何?何なの?

 と思ったら、近くに女の子が倒れていた。多分新品だけど、黒髪に似合った黒い地味な子供向けドレス。装飾もちょっと金の刺繍が袖と襟とスカートの先と胸元にあるだけでお金ないんだって分かる

 っていうか、何でこんな所で倒れてるんだろ

 首を傾げるわたしを他所に、ゼノくんは片膝をついてその子に右手を差し伸べる

 良く見ると左手吊ってる……痛そう

 「大丈夫、倒れたりしないから

 立てるか?」

 そう、少女に微笑むゼノくん。ちょっと火傷で目尻がひきつっててぎこちないところまで完璧にゼノくん。わたしも微笑まれたい!

 そうやって、みすぼらしい女の子を立たせてあげるや、ゼノくんはわたしに向き直る

 「それで、君は?」

 

 「わたし、リリーナ!」

 そうだよね、きっとデフォルトネーム。だってピンクの髪はこの世界に主人公しか居ないもん

 「リリーナ、君が彼女に当たってしまったんだ」

 「えっ、そうなの?」

 だから倒れてたんだーと頷くわたしに、ゼノくんは一つだけ頷き返し

 「謝れる?」

 と聞いてきた

 

 「そうだったんだ、ごめんねー」

 もう、謝れない訳無いじゃんかーとちょっとだけ頬を膨らませて

 「アルヴィナ男爵令嬢、彼女の事をこれで許してあげられるか?」

 その声にこくこくと小さく頷くみすぼらしい子。覚えなくて良いかな、多分モブだろうし。そんな名前聞いたこと無いもん

 頷くや女の子はそそくさと逃げていく。まあ、皇子と話すにはみすぼらしいもんねあの子

 

 それよりゼノくん!

 「そっちの席は戻ってくる人が居るから、此方に、ね」

 って、ちょっと遠いけど顔が向かい合わせになる席を軽く引いてエスコートしてくれる。やっぱりゼノくんって外見ちょっと怖いけど優しい!

 「ねぇねぇゼノくん!」

 何から話せば良いかな?

 それが、わたしと彼との出会いだった

 

 「むっふふー」

 家に帰ってきたわたし。これからの事、この世界の事、色々考えなきゃいけなくて、頭がこんがらがっちゃうからお父さんにはあそこでちょっと食べ過ぎちゃったって言ってそそくさと部屋に引きこもった

 わたしの部屋はいかにもお貴族様ーって感じの豪華な部屋。生前の……って今のわたしはリリーナなんだからちょっと言い回し可笑しいけど、あの家全部合わせたよりひろーい!

 話を聞くに、あの時のゼノくんは婚約発表の会に、一応主賓として出席してて、わたしの家も呼ばれてたんだって。ますますゲーム通り、これはきっと、ゲームの中に違いないよね!

 

 えっと確かー

 って、用意してある広い机にぜーんぜん何にも書いてない日記帳を広げ、覚えてる事をメモしはじめる

 この世界はゼノくんが居るんだし、遥かなる蒼炎の紋章って乙女ゲームの世界。そして、わたしはそのゲームの主人公!でもってゼノくんは……実はちょっと面倒な立場なんだよね

 ゼノくん……第七皇子ゼノ。この剣と魔法の世界において、魔法の一切が使えないって産まれながらの障害を持った忌み子で、けど皇子でもあるって難儀な人。忌み子って扱いを受けてきたからか何時もどこか物憂げで、けれども困ったときには優しくて、そして剣……というか刀の腕は凄腕!声優さんはそこまで有名じゃ無いけれども良い声!って事で、スッゴく攻略対象っぽいんだけど……実は違う

 いや、攻略対象なんだよ?わたしじゃなくて、隠し主人公の方の。貴族の間では彼は忌み子って遠巻きにされてたから、その関係かイベントが起きなくて貴族出身なわたしのルートでは攻略出来ないの

 

 けど、そんなこと関係無いよね!だってゲームでのリリーナはそうだったけど、わたしはゼノくん嫌いじゃないもん。偏見とか無しに行けば、きっと振り向いてくれるはずだよね!

 と、ゼノくんばっかりじゃダメダメ。エッケハルト様とか、他にも攻略対象は何人も居るんだし。やっぱり折角主人公になったんだから、逆ハーレムルート行きたいじゃん。ゼノくんは優しいからきっと逆ハーレムに組み込めるし……ゼノくんが居るって事は、隠しじゃないと攻略出来ないキャラなんかもしっかりこの世界には居るって事だもんね!ゲーム通りにやってたら彼等と会えないし、しっかり考えないと!

 

 「お嬢様」

 「お茶、置いといてー!」

 お嬢様、だって。初めて呼ばれたよそんな事!

 キャッキャしながら、転生して初めての夜は更けていった

 後で思ったけど、こういうネット小説では死にかけた時に思い出したり、思い出した時には手遅れだったり、高熱出したりとか色々あるけど、そんな痛いの無くて良かったー




バカっぽく見えますが、そもそもこの時6歳です。皇子としての云々をスパルタ式に叩き込まれたゼノが子供っぽさ無さすぎなだけで本来こんなものです


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犬、或いは猫

あの桃色との邂逅から、3日後

 おれは街中の広場に今日出展した動物展へと足を運んでいた。辺りは人でごった返し、さながら人の海である

 

 動物展とは何か?というと話はとっても簡単、色んな動物を見世物にする見世物小屋の一種である。つまりはこの世界の動物園だ。一ヶ所で営業する訳ではなく各地を回る展示の体を取っているのは……まあ簡単に言えばアレだ

 そもそもこの世界、庶民が出歩くにはちょっと厳しい世界である。旅先で土着の魔物にでも襲われた日には食われて終わりだ。街中でなければ、騎士も兵もまず来ない。なので一ヶ所で固定して開いていても長期的には儲からない。何故ならば物珍しい生き物を見たい人はそれはもう一定数何処にでも居るだろうが、街の外から見に来る多数の人員が見込めないのだから。幾多の観光客で賑わっていた生前の動物園とは違うのである。遠足で一回行っただけだけど

 故に、此方から出向くという訳である

 

 ……今広場でやっている動物展は、そんな中では……正直な話目玉はショボいものであった。目玉になるような動物が居ないというか。数年前に来たという一座はマンティコアにグリフォンというそれなりに危険な魔物(ぶっちゃけ今のおれなら普通に1vs1で負ける。あのアイアンゴーレムやゲーム本編のおれならば多分勝てるだろうが)を手懐けて檻に入れており、大変人を湧かせたというが、そういった土着のバケモノを魅せてくれる訳ではないようだ

 

 では、何故そんな動物展に来ているか。一つは単純に、孤児ズのおねだりである。2週間ちょっと前には大半揃って誘拐されたというのに元気な事だ。けれども、あの事件では基本後手後手だったおれとしてはまあ何か償いでも出来ればと思っており……(実は今もおれの代理扱いで管理してくれている元孤児院管理者はおれが奥まで見なかったために気が付かなかっただけで孤児院奥で気絶していたらしい。放置して悪かった)そこまで言うならば連れてくか、おれの金でという訳である

 エッケハルトにだけは声はかけない。いやがらせ……という訳ではないが理由がある。あまり会うべきではないだろう。因みに、そういった形の理由はないのでアレットも招待したものの突っぱねられた

 

 「皇子さま、早く……早く!」

 ちょっと気が急くアナに右袖を軽く引かれる

 「大丈夫、逃げないよアナ」

 と、転ぶと危ないし人混みではぐれても危ないからと珍しく興奮ぎみな少女を宥めつつ、歩みを進める

 もう一つの理由が其所にある。そう、この動物展が目玉になるような珍獣猛獣魔獣が居ないのに人でごった返すその理由

 

 これが、所謂犬猫展だからである。世界のキャット&ドッグ展。そりゃ目玉になるようなバケモノは居ないし、展示としてはショボいものではあるが人気は取れるだろう。この世界でだって愛玩動物として猫も居るし犬も居る。そもそも七大天に雷纏う王狼なんて狼神が居る時点で、だ。狼……というか犬と人間は長年の信頼関係を築いてペットと飼い主をやっている。そんな人気のペット、その各地の割と珍しい種類を集め……そして一部産まれたそれらの子をペットとして販売する。販売する中にはこの辺りでは見掛けない種もおり、それはもうごった返さなければ嘘だろう。お忍びの貴族やら、堂々とやってきた貴族やらも居るはずだ

 

 一匹欲しい!と子供達に頼まれても暫くは難色を示したおれと責任者だが……アナにダメ、ですか?と首をかしげられては否やとは言い切れなかった。案外アグレッシブだし、きっとアナまで面倒をみるならば世話をサボったりしないだろう

 ……というのは、ちょっと贔屓目に見すぎだろうか。後は個人的にもう一つ、どうしてもという理由があり……こうして、足を運んだのである

 

 「一匹だけだからな、アナ」

 「うん、ありがとうございます、皇子さま!」

 うん、今日もアナの笑顔はキラッキラで雪の結晶のようだ。多分その笑顔であと一匹買ってと後で言ったらエッケハルトが嬉々として貢いでくれるぞ。言わないが

 「そうそう。アナは何が欲しいんだ?」

 ふと聞いてみる。アナの一存ではなく皆の意見で決まるものなのであくまでも参考だが

 「えっと」

 と、ちょっとだけ考えるように目を細め、ちらっとおれの左腕、正確にはまだ包帯巻いてるがギブスの取れたそこに下げた小さなケージを見る

 「そのケージに入る大きさだと」

 「いや、紛らわしかったか、アナ。これは別件なんだ」

 と、ケージを持ち上げてみせる。そのケージの中身が、此処に来た何よりの理由である

 「皇子さまも、買うの?」

 「いや、買えたら良かったんだけどな」

 「ひょっとして、わたしが欲しいって言ったから?」

 軽く目を伏せるアナ

 多分、金の問題かと思われたのだろう。一匹分の小遣いしか今無くて、それを使わせてしまったとか

 ……まあ、的外れなんだが。流石に二匹買えないほどここのペットは高くはない。いやまあ、珍しい種類ということでお高めなのは欠片も否定しないが

 

 「いや、贈りたい相手は居て、けれどもペット禁止なんだ」

 そのおれの言葉に、少女は分かりやすくほっと息を吐く

 「じゃあ、そのケージは?」

 「……見ない方が、良いんじゃないかな」

 昨日、おれは見てしまったけれども

 なかなかに衝撃的で、だからこそ、今日にでも犬猫展に出向かなければいけないと思った。犬猫とはこんなんだぞと言わなければならないと。だからこそ、一昨日考えておくと断る文面考えていたのを翻し、仕方ないなと皆も連れてきた訳である。アナ以外の子供たちは我先にととっとと行ってしまったが。人混みで怪我とかしそうで少し怖いが、一人で全員見るとか無理だ無理

 抗議するようにケージを中から叩かれるが、無視だ無視。昨日言ったろう、明日また来い、見せてやるよ本物の猫ってやつを……と

 

 「……どんな?」

 その声は、背後から聞こえた

 聞き覚えのある声だった

 エッケハルト……ではない。アナに言われれば嬉々として向かいそうな彼奴だが、変な贈り物なんかはあまりやらないタチだ。欲しいと言われてもいないしどんな種類が好きかも知らないのに買いには来ないだろう。というか、来たとして辺境伯家なんだから貴族として堂々と現れ金持ってるからと優先的に通されるくらいやるだろう

 では誰か

 

 簡単である。邂逅してしまった桃色……に突き飛ばされた方。つまりは他より幼い外見からロリリーナと呼ばれる黒髪外見のリリーナである。あの桃色出てきたときも思ったが、ゲーム版ここでも聞き分けられるほど演技違ったんだな声優全リリーナ同じだったはずだけど

 ……いや、途中から外見ごとに変わったんだっけ?

 「ああ、アルヴィナ男爵令嬢か

 お早う。君も犬猫に興味が?」

 「犬……猫?」

 眼をぱちくり

 不可思議な、ちょっと呆けた表情

 「皇子さま、知り合い?」



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猫、或いは珍生物

「皇子さま、知り合い?」

 おれの後ろから聞いてくるのは銀髪の少女

 

 ……そういえば会ったことがあるのはあくまでもおれだけか

 「彼女はリリーナ・アルヴィナ男爵令嬢

 まあ、おれもそんなには知らないけれども」

 「……婚約者?」

 「いや、違うけど」

 「そっか」

 ……何がそっかなんだアナ。以降会うことがあるかどうかか?

 「そしてこっちがアナスタシア。おれはアナって呼んでる

 おれが管理してる……ことになってる孤児院の女の子だ」

 と、ついでに向こうにも分かるようにアナの事も紹介しておく

 「それで、結局何しに来たんだアルヴィナ男爵令嬢?」

 

 「……ボク?」

 天属性故だろうか。月のように輝く金眼が揺れる。今日は髪飾りが無く上げられていない前髪が左目を隠し、見え隠れする眼は正に月そのもの

 ……ってボクっ娘かよ。と微かに笑う

 

 本編リリーナは外見によって多少声は変わるものの、基本的な性格は特に変わることは無かったはずだ。というかそもそも桃色固定なアルヴィス編ヒロイン状態以外ではmapでしか声が付いておらず地の文と声無し台詞だけだったのだが、わざわざそこで一人称をグラ毎に変えたりという面倒な処理はしていなかった。つまり、聖女リリーナの一人称はわたし、ボクではない。ならば彼女は聖女じゃないのか……というと、それはそれで昔はそうだったというだけで成長すればわたしと言い出しても可笑しくはない

 

 「そうそう」

 「動物展

 ……犬猫展?」

 「そうだろ?」

 目をぱちくり

 「犬猫?」

 「犬猫」

 「動物展……って、聞いた」

 「実際には珍しい犬猫展だ」

 みるみるうちにしょぼくれる黒猫

 ……いやリリーナなのだが、そこはかとなく子猫いのでつい比喩しただけだ

 ……一瞬だけしおれた猫のような耳が頭頂に見えたのはきっと気のせいだろうそうに違いない。獣人種は居なくはないが偏見も多いのだし(具体的に言えば例えば帝国の東に隣接している国家は国家ぐるみで薄汚い獣人種は人ではないとしている。あの国では獣人種に人権はない)仮にも貴族がそんなことはないだろう。獣人種の貴族は……変わり者として一応攻略対象に居たりはするのだが変わり者扱いなのだし

 

 「珍しい……動物」

 「居ない」

 「……見たかった」

 情報伝達に何らかの齟齬……というか抜けがあったらしい

 「珍獣の方が?」

 こくり、と黒髪の少女は頷く

 「本で見たもの、本物見たかった」

 ……ああ、何だ同じか

 「……見たければ見せようか?」

 なのでつい、そう呟いてしまった

 

 「居るの?」

 「皇子さま、他にも動物展きてるの?」

 「いや、違う。別に珍しい動物を見せる人達が来てるって事はないよ」

 と、言いつつ人混みのなか、さりげなく自分の体を盾に少しずつ少女らを道の横に寄せつつ、これみよがしにケージを振る

 「……ケージ?」

 「そう、珍しいというか珍妙なものならば見せられる」

 珍妙なと言った瞬間にケージが抗議そのものとして揺れるが無視。無視だこんなもの当たり前だろう珍妙なとしか言いようがない

 「……見たいか?」

 「見たい」

 「後悔しないな?」

 と、聞きつつ銀髪の少女にも確認

 「面白いものではないけれども、アナも見るか?」

 「面白くないけど、見せたいもの?」

 「まあ、ある種良い経験では……あるのかな」

 アレをどういって良いのか悩み、言葉は割と不明瞭になる

 

 「……気になる」

 「皇子さまがそう言うなら」

 少しして、二人の少女は軽く頷いた

 「ん、なら見せようか

 ……卒倒するなよ?」

 言いつつ、少女等の目線まで持ち上げてからようやくケージの扉を開く。外から鍵はかけられないタイプである為、アレが抗議に揺らしつつも外には出なかったからいままで持ったのである

 そこから、一匹の猫が顔を覗かせた……と、一瞬少女らにはそう見えただろう

 ……だが、実際はそうではない。頭一つちょっと高いおれの背から見下ろすとよく分からんペラペラの何かが動いているとしか見えない

 

 「……こ、これは……」

 「お、皇子さま……?これって?」

 「珍妙だろう?」

 冗談めかして笑い飛ばしながら、改めてケージを振る

 そう、ペラペラだけれども見方によっては猫に見えるもの。言ってしまえば看板に描かれた猫をその形に切り取ったようなもの。それがケージの中身であった

 『……!』

 鳴き声は無く。無言でケージから飛び出した猫看板がぐにゃりと胴なかばから折れ曲がり、その一直線上に四本並んだ足のうち一番前にあるものでもっておれの頬を引っ掻いた

 ……ダメージは無い。実は計算上割とギリギリなのだがこの珍生物の爪(収納機能は無いので出っぱなしである。恐らくケージのなかはそれはもう爪痕だらけになっているだろう)の攻撃力はおれの防御を越えない

 

 「……面白い、もの?」

 「アルヴィナ男爵令嬢、触れてみれば分かる」

 ペラペラして掴みにくいがとりあえず片手で書類でも握るように右手でもってその首根っこを掴み、ぐいと突き出す

 おそるおそる、黒い子猫はネコモドキに指先を向け、震えるそれで軽く触れる

 そして、目をぱちくりさせた

 「あったかい」

 「そりゃ珍生物だからな、暖かいよ」

 掴む手にも毛皮っぽい感触。血が通った生き物のもののようにか、内部発熱で温かい

 そう、これが珍生物という理由は簡単。看板切り抜いたような姿のくせに生きているのだ、このフレッシュゴーレム

 

 「皇子さま、これって?」

 「フレッシュゴーレムだよ」

 おれの答えに、黒髪の少女は目を見開き、問いかけてきた少女は首を傾げる

 まあ、そもそもフレッシュゴーレムそのものが珍しいものなので知らないのも仕方ないといえば仕方ない

 「皇子さま、この子って……ゴーレムなの?」

 「ゴーレムだよ

 昨日見て、愕然とした」

 言いつつ、首根っこを離し、ケージの上に落とす。ペラペラの割にバランスを崩すこともなくすっくとその謎生物は立った

 ……本人としては正面見てるつもりなのかもしれないが平べった過ぎて視認性悪いなこれ、なんて苦笑もして

 「アイリス、だから言っただろ?」

 と、おれはそのゴーレムに語りかけた



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売買、或いはアキタドッグ

「……アイリス、さん?」

 そう、アイリス

 ゴーレムの中には術者とリンクし、術者の願い通りに動くタイプのものがある。実際にゲーム内でのアイリスは今から12年後であるゲーム本編においても体の弱さを克服したなんて話は当然ながら(人間の体では耐えきれない程の力が引き起こしている体調不良である為人間止めましたしなければ治るはずもない)無く、それでも引きこもる事は無くそのタイプのゴーレムを操り自身は基本ベッドで寝ていながらゴーレムで学園生活をこなすという形で出てきていた。その結果他キャラとは異なりHP0は死ではなくゴーレムが壊れるだけなのでゲーム中どれだけ雑に使い捨てても次のマップでは新ゴーレムで何事もなく復帰しているという特徴があり、容赦なく死んでいく(おれ(ゼノ)を含めた)他と違ってロスト無しのSRPGのユニットみたいな使い捨てるような使い方が出来たのだがそれは置いておこう今それは関係ない

 

 「アイリス、ご挨拶……って無理だな」

 頬を引っ掻かれながら苦笑

 こんなペラッペラなのに生きている不思議生物だが、流石に言語機能はない。なので何を言いたくても喋れないのだ

 「だから代わりにおれがやるよ

 彼女……ああ、このネコモドキじゃなくてそれを操ってる術者の方な

 彼女はアイリス。おれの妹で、おれより継承権が上の天才」

 「皇子さまの妹さんってことは」

 「一応……じゃないな」

 一応、と自分は自虐的に良く冠として付けるがアイリスはそれとは違う。なので慌てて言い直しながら言葉を続ける

 「その通りの皇族、第三皇女だよ

 まあ、表舞台にはあんまり出てきてないから知らないのが普通かな」

 「第三、皇女、さま……?」

 少しだけ顔を上げて考え……

 「皇子さま、礼って」

 「しなくて良いよ。今は単なる謎の生き物だから

 きっとこんな姿でお忍びなのに皇族への礼だなんて……いたた」

 「思いっきり引っ掻かれてます皇子さま」

 「いやわかるだろうアイリス。礼儀ってものは押し付けるものじゃないし、そもそもお忍びみたいなものだから変に対応取られても困るんだって」

 爪を立てて腕を引っ掻かれる。痛くはない。防御を抜いてはいないのだから。それでも、心はちょっと痛い

 

 「ってことで、彼女はアイリス

 体が弱くてさ。フレッシュゴーレムで外を見に出てたんだろうけど」

 と、謎生物を持ち上げ

 「実物を見たことがないからこんな平面な生き物になってしまったんだろう」

 いや、実物見なくても分からないのか、という話はあるが分からないものだ

 この世界には平面な生物が何種類か居る。そのうち一種類だと思ったのかもしれないし、平面な生き物でないと思っていても思い描けず平面になったのかもしれない。フレッシュゴーレムの姿は術者の認識に強く影響される。まあ何にしても、彼女の猫への認識が二次元であったから二次元猫ゴーレムが爆誕してしまったという訳だ

 「だか、ら?」

 「そう。だから実物を見せてやろうかと思って

 ちょうど良かっただろ?アナ達もペット飼いたい此処行きたいって煩かったんだし」

 「御免なさい、皇子さま」

 しゅん、と頭を下げる少女に、言い方が悪かったと反省

 「いや、別にアナ達は悪くないよ。言い方が悪くて御免」 

 

 「って事で、微妙な見世物だっただろ?」

 二次元ネコモドキを籠に直して一言

 抗議の揺れはもう気にしない。あとで謝ろう

 そうして、他の孤児達は既に向かった売り場へと足を進めた

 

 「うーん、色んな種類が居るな」

 其処は犬猫の楽園であった

 おれの記憶に何となく残っているものに近い種類の犬猫もいれば、良く分からん姿のものも居る。あの赤い猫のまっ赤いモコモコの毛とか染めたもの……じゃないんだろう。珍種である。顔は中々にブサイクだが、遠目に見るとオデブっぽいモコモコ毛と合わせてそこが愛嬌なんだろう

 「凄いですね皇子さま」

 「……案外、良い」

 人混みの中、他の孤児達を探すのはまず無理だ。背が高ければ兎も角、子供のおれやアナではそれこそ肩車してすらまともに人の頭の上は取れないだろう。だからそのうちおれを探して戻ってくるだろう財布はおれしか持ってないのだからと放っておく事にして(流石に誘拐等は起きないだろう。アナが一人だったら下手をすれば出来心があるかもしれないが、残りはまあ大丈夫。アナ一人だけ孤児の中でレベルが違うのだし、残りは別に不細工とは言わないが何というか拐ったとして高く売れそうな特長がない。まあ外見だけなら火傷痕のあるおれが断トツで売れそうにないが)、それぞれ犬猫を見て回る

 

 「……アルヴィナ男爵令嬢?」

 返事がない。ふとした所で、黒髪の少女は止まっていた

 その目線の先にあるのは……一匹の犬。別に不思議な犬という訳ではない。茶色い短めの背毛に白い足や腹の毛、尖った三角耳。外観としてはそこはかとなく狼っぽいが人懐っこそうな顔立ち。何とか記憶から似た犬を探せば……

 うん、出てこないな言葉。というか犬猫の種類全然知らないな生前のおれ

 黒髪の少女は、じっとその犬を見つめている。その視線を感じたのか、犬も見返している。何となくシュールな姿だがまあ気にしてはいけないか

 「アルヴィナ」

 ぽんと肩を叩く。割と無礼だがまあ許してほしい

 「ひゃっ!ぼ、ボクは……」

 「耳、出てるぞ」

 「ひゃいっ!」

 見間違いではない。確かに頭頂に猫っぽい耳が生えている

 

 「欲しいのか、あの犬?」

 「……あれ?」

 「頭の耳は今は見なかったことにする」

 さりげなく体を動かし、他人の視界を……塞げないので適当に自分で被ってきた帽子を少女の頭に被せて隠す。プリシラに出掛ける前に今の姿はダサすぎると被されたオシャレ帽子だが、正直あんまり少女には似合わない

 「それで、欲しいのか?」

 「……少し」

 帽子が少し動く。というか頭から軽く浮く。恐らく耳が立ったのだろう

 西の方の固有種らしいが、西では一般的なもののようだ。ケージの上の方の値札や解説を見るとそんなに高くない。少なくとも一瞥した時におれが気になった赤猫と比べれば桁が二個は軽く違う。っていうか赤猫が異様に高いなこれは

 

 「でも」

 「……家の問題とかあるか」

 「そこは……大丈夫

 お金、無い」

 「そうか。元々普通の動物展だと思って来てたんだものな

 立て替えようか?そのうち返してくれれば良い」

 アナだって居るのだし、変に高い犬猫買ってとは孤児達も言わないだろうし、と軽い気持ちで言う

 「……良いの?」

 「出世払いな。利息はトイチで」

 「トイチ?」

 「10年で1%。あの犬は……10ディンギルか

 1ディンギル以下は誤差だから、10年後に返すならば10ディンギルだな」

 「……りそ、く?」

 「気持ち程度の利息だ。返してくれれば良い……っていうか、あの時迷惑かけたし、それこそおれとしてはこっちからのプレゼントって言っても良いんだけれども

 やっぱりそれなりのしがらみとかあり得るから」

 と、軽く笑って

 「それじゃあ、アナも呼んでるし、早めに買わないと他の人が買うかもしれないし、行くか」

 そう、黒髪の少女の手を取って言った



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異伝・銀髪聖女

メインヒロイン視点となります
恋する少女から見たゼノってこんな感じ、という形ですね


「皇子さま、ありがとう」

 そう、わたしは言葉を紡ぐ

 

 「おれが、君達の盾になる

 そう言ってしまったから、これくらいは当然」

 と、言うや否や同い年で、けれども雰囲気だけならばお兄さんな少年はしまったとばかりに目尻を動かす

 「って、言ってしまった、じゃないか

 おれが、自分の意思で、そう言ったんだから」

 そう笑う少年の顔はやっぱり火傷でひきつっていて。そんなカッコいいとは言いにくい笑顔も、大人っぽかった

 

 動物展の帰り

 皆は買って貰った籠を持って、駆け足に道を歩いていく。はぐれないように、後ろから見守り歩く皇子さまに、わたしと横の女の子……えーっと、アルヴィナちゃんは付いていっていた

 

 「早くかえろうぜ」

 「名前どうしよう」

 「えさって何が良いのかな」

 「とにかくあそぼう」

 「っと、お前ら、はぐれるなよ。後気になるのは分かるけど、それでもしっかりと前を見るんだぞ」

 わいわいがやがや、籠の方をチラチラと見ながら皆歩く

 

 そんな中、ふと先頭を歩いていたフィラが足を止めた

 「……フィラ、だよな?

 どうかしたのか?」

 次々に足を止める子供達に、皇子さまが問い掛ける

 ……先にあったのは人だかり。帰り道を塞ぐように出来上がった人で出来た垣根

 

 「この辺りの地理は分かるか、アナ?」

 「う、うん。何とか」

 「横に逸れて行けるな?」

 「うん。通れるはず」

 「じゃあ、迂回するか

 ……アルヴィナ男爵令嬢は?」

 「……アルヴィナ」

 「アルヴィナ、ってそうじゃなくて

 家は?迂回して大丈夫か?」

 「……問題ない」

 「そうか」

 「そちらの家から送って貰う」

 「うぉい!そもそも帰り道違うのかよ、早く言ってくれ……」

 なんて、皇子さまを困らせるアルヴィナちゃんに、困った人だななんてむっとして

 

 「皆、横道に逸れて迂回す」

 「誰か!助けて、あいつを助けてよ!」

 その幼い声の一言に、皇子さまの目がすっと細まった

 

 「……アナ、一人でっていうか皆で帰れるな?アイリスを頼む

 いざとなれば大声でエッケハルトを呼べ、来る……かもしれない」

 なんてあの猫?の籠をわたしに渡し呟く皇子さまの目は、さっきまでの優しさがなくて、とっても険しいもの

 「皇子……さま、は?」

 「助けてって、そう言われたんだ

 

 ……行ってくる。悪い、アルヴィナだんし……アルヴィナ、孤児院についたらそこで待っててくれ」

 「……何なのかも、分からないのに?」

 「皆、迂回して帰ってくれ!悪い!」

 言うや、人混みへとそのくすんだ銀の髪は消えていって。どんなに大人っぽくて、皇子さまでも同い年、その背は人混みに呑まれてしまいそうに小さくて

 「待って、皇子さま!」

 考える前にわたしも、それを追って人混みに入っていった

 

 「……あいつが、まだ家の中に居るんだ!」

 そうして、何とか人混みの前にたどり着いたわたしを熱風が襲った。ううん、そんなに強い風じゃないんだけど、それでも熱を含んでいて熱いのが苦手なわたしには辛いもの。そして、少し前に体感したもの

 なにかが近くで燃えている時の風

 

 ……目の前で、二階建ての大きな家が燃えていた。もう全体に火が回っていて、例え今直ぐに消せても家全部が駄目になっちゃってそう。崩れちゃうのも時間の問題

 その家の前、少し開けた場所で一人の少年が両親に抑え込まれていた。その子は、その小さな手を燃える家へと伸ばし……

 その眼前に、何処か怖い目をした皇子さまが立っていた

 「部屋に、居るんだな?」

 「うん……」

 「……部屋は?」

 「部屋?……二階」

 それを聞くや、炎を反射する銀の髪が揺れる。皇子さまが上を向いた

 「……二階だな、お前の友達が居るのは?」

 「……?」

 瞬間、銀光が走った

 

 「皇子さま!」

 熱いから集まった人々が近づかなくて開けた場所。燃える家の真ん前

 一人、彼はその場を駆け抜けるや跳躍、燃え盛る塀を蹴って更に飛び、羽製の透明窓が溶けて開いた二階の隙間から家の中に飛びこんで消えた

 

 「……皇子、さま……」

 もっと強い魔法が使えたら、消火出来たら。それくらい、わたしが強かったら

 わたしは何か出来るんだろうか

 そんなことしか思えない。一人皇子さまは火の中に飛び込んでいったけど、わたしにはそんな勇気なんて無い

 死にたくない。痛いのも、熱いのも嫌

 だから、わたしはただ、何にも出来なくて、周囲の人と同じように立ち尽くす

 飛びこんだ時に回りからどよめきが上がったけれども、それだけ。人混みを作るほどの数の人間が居るのに、誰も何もしない。見てるだけ、話をしてるだけ。子供が飛びこんだ、自殺か?なんて馬鹿にするような話すら聞こえる

 ……何で?大人なのにっておもっちゃって。でも何も出来なくて祈るだけのわたしも同じで。きゅっと胸の前で手を組んで、無事を祈る

 大丈夫、皇子さまは強いから。あのアイアンゴーレムにだって負けなかったくらいに、大人よりよっぽど強いから

 そう信じていても、あの火傷があるから不安で。火傷について聞いたとき、彼はとっても悲しそうな顔で話してくれたから

 

 「……問題ない

 皇族は、強い」

 「アルヴィナ、ちゃん……」

 「リリーナ」

 「リリーナ、ちゃん……」

 「皇族についてのお伽噺は、本物が多い

 燃える家くらい、何でもない」

 「そう、なの?」

 お伽噺の皇族って、とってもとっても凄いのに

 でも、皇子さまも凄いし、そうなのかもしれない

 

 なんて思っている間に、一階の扉が開いた。開いたっていうか、蝶番が取れて此方に倒れてきたんだけど 

 その燃え盛る炎に照らされる小さな影にほっと思わず息を吐く

 ……腕には大きな火傷。倒れてくる天井の柱でもその腕で支えたんだろうか。服の各所も焼け焦げていて、靴なんかは右が原型を留めないほどに焼けちゃって軽い火傷の残る素足にまとわりついているくらい

 その酷く火傷した腕には、しっかりと一匹の仔犬を抱えていて

 

 「……皇子、さま?」

 なのに、きちんと出てきたのに。逆光の中で見えにくいその顔は険しくて

 「……」

 その腕からキャンキャン泣いて仔犬が飛び出す

 その毛皮にも大きな焼け跡があって

 「……トムは?」

 「……」

 無言。ただ、少年は目を伏せて左の手を差し出す。煤なのか炭なのか真っ黒で嫌な煙の漂うその手の上には、半分だけ焼け残った小さな首輪が載っていた

 「……君の友達の方、助けられなかった

 ……御免な」

 呟く少年の背後で、炎の勢いに耐えきれなくなった二階部分が崩れ落ちた

 

 「……兄ちゃん」

 ぽつりと、取り押さえられていた子供が呟く

 助けられた仔犬は、その少年に良く似た、少年を取り抑える母親らしき女性が背負った少女の元に駆け寄っている

 「兄ちゃんは、皇子様なんだろ!」

 親の手を離れた少年の拳が、ちょっと焦げた銀髪を打ち据えた

 「何でだよ!何で!何で!

 助けてくんなかったんだ!大嘘つき!」

 二発、三発

 次々に投げられる拳。弱々しいそれを、銀髪の皇子は静かにその体で受け止めながら見下ろしていた

 

 「……二匹?」

 「ああ、二匹だ

 おれは……その内一匹を見捨てた

 柱の下敷きになっている犬を二匹とも助けていたら倒壊に巻き込まれるかもしれないからと、助かったかもしれない片方を見殺しにした

 命惜しさに。それだけだよ、アルヴィナ」

 混乱するわたしを他所に、黒髪の少女に皇子さまは受け答えする。その声は沈んでいて、後悔に溢れていた

 

 「皇子なんだろ!すごいんだろ!

 何でだよ!何で……何で……」

 最後の方は、もう涙でまともな声になっていなくて

 「おれが、皇族の出来損ないだからだよ」

 そんな事を告げる銀の髪が、不意にがくんと縦に揺れた

 

 ……石だ

 その辺りに転がっている石が、投げられたんだと、一拍遅れて気が付いた

 ……誰が?

 「偽皇族!」

 「何だよコイツ!」

 「子供が可哀想だろ!」

 更に飛ぶのは、心ない言葉

 ……どうして?

 

 「止めろ!」

 そう、少年は叫ぶものの

 「おれ以外にも当たるだろうが、今すぐ石を投げる事を止めろ、関係ない子を巻き込むな!」

 なんて、投げられることそのものは否定しない

 何で?何でなの皇子さま

 

 此処で見てただけの人には皇子さまよりもっと大人な人だって多いのに

 なんで、なにもしなかった人に、助けに行った皇子さまが責められるの?もっと責められるべきは、一匹助けた皇子さまじゃなくて二匹とも見殺しにした他の人々なのに

 「……皇族の皇族たる権利には、民の盾である義務を伴う

 こういうことだよ、アナ」

 そんなわたしに、それでもこれが当然なんだって、皇子さまは……わたしを心配させないように、そう笑った



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婚約者、或いは見え透いた罠

翌日

 妹が部屋に引きこもった。いや、アイリスは病気でずっとベッドの上だが

 語弊があるので言い直そう。漸く何だかんだあの謎猫ゴーレムなんかを作って外に出てきてくれるようになった家の妹のアイリスが、突然面会謝絶を公言して俺を部屋から追い出した。当然猫擬きゴーレムも取り壊して出てこない

 

 「おーい!アイリスー!」

 正面から行っても入れて貰えない。そんなことは分かっているので窓の下から声を張り上げる

 何時もなら壁登って窓からって言えるんだけどな、その点火傷は不便だ。炎の中突っ切った肺や喉なんかは皇族は無駄に頑丈なのでちょっと嗄れてるなってくらい。靴燃えて一部足にも火傷痕はあるものの、接地面にはロクな火傷は無いので気は楽だ。あまり痛くない。だが、掌はそうはいかない。崩れ落ちる柱が犬っころを潰さないように支えた右の二の腕も、犬っころが逃げられないように倒れこんでいた燃えている棚や柱によるドミノを持ち上げるのに力をかけた掌も、何かが触れるだけでどうしようもなく痛む。流石に足だけで壁は登れない。掌で突起を掴もうとすると痛くて出来ない。だからこそ、今は流石に壁をよじ登れない

 だから大人しく下から声をかけてみるしかないのだ

 「アイリス様が仰っています

 煩いので帰って寝てて、と」

 「でも、兄として心配だろ」

 「アイリス様が仰っています

 妹としてウザい兄には帰って欲しいと

 その黒こげの手で部屋に入らないで下さい焦げ臭い炭の臭いが移ります」

 「酷くない?」

 いやまあ、それもそうなのだが。確かに焦げてるしなーこの手

 

 なんてことが、数日続き

 何とか手はマシにはなった。マシには、なのだが。まだ膿とか出るのは変わらない

 そうして今日も出てこないアイリスの元へ……とはいかない。アナの所へ……という訳でもなく(というか、アイリス相手に絡みに行ったのは不安というのもそうなのだが、何よりおれ自身が城の一角から出るなと言われている半軟禁状態で会いに行けるのが妹のアイリスだけだったというのもある。プリシラの奴は割と潔癖だから火傷は見たくないって近づいてこないしな。メイドとして良いのかそれ一生おれのところで雇われて食っていくならばまあおれは許すから問題ないんだが他でやったらクビだぞ)

 「……何かべんめーはありますの?」

 こうして眼前でぷりぷりしている御令嬢関連である

 

 ニコレット・アラン・フルニエ。割とおれが無視してしまった婚約者。それが眼前で何かキレていた

 放置していた事しか心当たりが無いので何とも言えない。だからって何をしろというのだ。所詮はおれだぞ。女の子の扱いとか知る訳がないだろう

 ……いや、反省すべきなのは知っている。だがどうしろと

 「いや、特に

 おれは何をすれば良かったのか、教えてはくれないだろうか?」

 「聞きましたわ、動物展に行ったらしいですわね」

 「ああ、行ったよ」

 「仮にも婚約者なのに、どうして誘わなかったんですの!」

 「行きたかったのか?」

 「行きたかったのか、じゃありませんわ!」

 ドン!と机が叩かれる。元気だなこの娘。中々にアグレッシブだ

 「聞きましたわ、どこぞの木っ端貴族に贈り物をしたと」

 「木っ端貴族言うな、一応貴族なんだから相手を敬え」

 なんて言うけど、ちょっとおれが調べた限りアルヴィナ男爵家って木っ端貴族と言われても仕方ない何時出来たの?な影薄貴族なんだけどさ。噂なんてほぼ無い。どこの貴族にもあるだろう家の成立の話とかすら転がってないマジものの何か何時のまにやらあった家だ

 だからってバカにしてやるなよおれの友人の家だぞ

 「何でそんな無駄なことをしなければいけませんの?」

 「……何でだろうな」

 おれはその辺り弱かった。相手への挑発は割といくらでも出せるんだけど正論に返せる言葉がない

 

 「わたくしが言いたいのは!こんやくしゃであるわたくしを置いておいて、無礼だと言うことですわ!」

 「……確かにそうだ。でも、もう終わっただろ?」

 元々長々とやるものではない。一時的な……それこそ8日間だけの……つまりは1週間だけの出展。故に今週の何曜日にしか行けないと多くの人が詰めかけた

 「そうでもありませんわ」

 けれども眼前の娘はそう言って、自慢げに紙をひらひらさせる

 ……何々?特別展御招待のご案内……?うわ胡散臭っ。何だこれ

 「読ませてくれないか」

 「仕方ありませんわね」

 借りて読んでみる。何でも、選ばれた特別な人間だけを御招待し、ごった返す一般公開では保護の観点から見せることは出来ない本当に珍しい種を御紹介する真の最終日だとか何とか。日付は今日

 ……うわ凄い。ここまで怪しいの見たこと無い

 

 いや、流石にこれは疑おうニコレット。明らかに怪しいだろニコレット。そもそもだ、一応出向いた皇子であるおれが何だそれって聞く程度には周知されてないイベントだぞそれ。真の最終日だとか言うとして、興味を持って見に来てくれたらしいこの国の皇族なんてものを見逃す手があるだろうか。この国でそれより金払い良い家はそうは無いぞ。いや、ゼロじゃないんだがあれは一人娘を溺愛してる大貴族だからというか、子供が二桁居るか一人かの差だというかだし、一般的に見て貴族を招待しないが一部商人は招待する特別企画なんてわざわざ皇都でやるものじゃあない。商人同士の売買なら兎も角、これ普通に多くの人で賑わった犬猫展の延長だしな

 

 「どうですの?」

 「……行きたいのか?」

 「じゃ、ありませんわ!

 申し訳無いと思うならば」

 「じゃ、行こうか」

 憤る少女に、俺は火傷でひきつった笑みを向けた

 

 「でも、その前に……ちょっとだけ、手紙を残させてくれよ」

 だが、放置する訳にはいかない。おれはまず最初に、民を守る皇族でなければならないのだから。といっても、ニコレットは多分おれが危険だと言っても行きたくないからごねてるだけですわねするだろうから、付いていって守るしかない。ってか、明らかに怪しいのに止めにいかない時点で皇族としてアウトだな



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再会、或いは猫耳

尚、タイトルはこうなっていますが、本来は狼耳です。三角耳なのでゼノからすれば猫耳だと勘違いしてるだけですね


「ようこそおいで下さいました、ニコレット様と……」

 出迎えの男が怪訝そうにおれを見る。いや、付き添いにしてはちみっこい(皇族だし飯は高級で量は十分なので発育は良い方ではある。のだが所詮は6歳の体だ。一年が365でないことを考慮してもあんまり差はない。ちょっと贔屓目に言って小学4年くらいにしか見えない、端から見ればあまりにも子供だろう。精神年齢はそれより多少マシだが)し火傷跡あるしで引くのは分かるけどさ……露骨に嫌な顔されるのもどうかと思うぞ?

 「そちらは?」

 「ちょっとミスったドジな執事みたいなもの?」

 適当にカマをかけてみる。最弱の皇子を知っているかどうか、わざと嘘を言ってみる

 「あまり騒いで迷惑をかけぬように」

 ……あ、こいつ駄目だ。さらっと流しやがった。貴族の子供なら6割くらいはおれの顔知ってるんだが、さてはこいつおれがあの忌み子クソザコ火傷皇子だと気がついてないな?自分で言っててへこんできた

 

 まあ良いや。その方が動きやすい

 軽く金属探知と魔術探知を掛けられてから中に通される。背中に仕込んだ短刀は取り上げられず

 …おい、この刀は確かに師匠がくれた骨製のもので金属部品は一個もないが、雑だな検査。因にだが、この刀は骨だけあって何時も使ってる良い金属製の刀と比べてかなり脆い。打ち合うようには出来てない。お前は刀を自分から鍔迫り合い仕掛けに行く等強引な振るい方をし過ぎだ本来の使い方を学べと押し付けられたものだからな。ゲーム風に言えば、耐久がゴミだ

 鍔迫り合い等の耐久消費する行動を仕掛けたりすれば即座に壊れる。なので耐久を無駄に減らさないように、敵の装甲の隙間を通して斬る、本来の刀の使い方をしなければならない難儀なもの。とはいえ、金属武器なんて持ち込めはしないからな、これでもあるだけ良い。アイアンゴーレムを斬るとかあんな無茶は出来やしないが…出てこられた時点でヤバいから仕方ない

 

 なんてやりつつ、テントの中に通される。仮設のものだからな、立派な建物で行われる訳ではない。とはいえ、テントとはいってもかなり豪華なつくりだ。金の装飾も多く、紫が基調。潜る際に見えた布もかなり分厚い。こんなに金かけるのか?と言いたくなるような豪華さで、どことなく違和感がある。案内人も見たことがない顔だし、大きく広場に色々と広げてたからしっかり仮設テントを見た訳ではないが彼等のってこんなに豪華なものだったか?もっと持ち運びを考えていたような

 

 なんて疑問を抱きつつも、中を見回す

 全体的に幼い子供が多いな。何でだろうとなる。付き添いだろう執事やメイドは居て、それらを平均年齢に含めると30は越えるだろうから子供ばかりって程ではないが、10歳前後の貴族の子弟……とかが多いな。そんなに高位は居ないが。こういう時に高位貴族を呼ばないのは何となく珍しい。まあ、怪しさの塊だしな、高位貴族の家に招待なんて送ってガサ入れされたら困るとか、そういった理由なのだろう。疑いすぎるのも良くないが、疑わしすぎるからな元々

 見回す限り知らない男爵辺りの貴族ばかり。そんな中、テントの端に知り合いの姿を見つける

 

 ちらり、と婚約者を確認。選ばれし者というところに興奮している。いや、多分カモって意味だぞそれ。証拠は無いし事前行動出来ないからこうして見に来てるだけで。皇族って別に事件が起こる前に防ぐ存在じゃないからな……。民の最強の剣であるというのは、あくまでも起きてしまった事件を叩き潰してくれるってだけで探偵的な力はないのだ。証拠もないのに潰せる強権は……いや父皇にはあるけどさ、おれには無いしな

 

 「アルヴィナ」

 声をかけてみる

 その声に気が付いたのか、テントの中は結構暗いってのに手元に魔法の灯りを浮かべて本を読んでいた少女は、目線を上げて此方を見た。おれが被せてやった黒い帽子がちょっとだけ揺れる。まあ、子供ものとはいえ男用だけあって小柄な同年代の少女にとっては結構ぶかぶかだしな

 リリーナ=アルヴィナ男爵令嬢。まあ、男爵家だしカモとして呼ばれてても可笑しくはないか。って疑いすぎか、これで本当に何もない単なる特別展であった場合はまさに笑い者だわおれ

 「んっ」

 軽くこくりと一礼。垂れた前髪の間から金の眼が見え隠れする。でもしっかり帽子を被っているあたり、気に入ってくれて何よりだ。いや、良くないぞおれ。正直男物だから似合ってないぞアルヴィナ

 

 「アルヴィナも来てたのか」

 「珍しいの……見れる」

 そういう触れ込みだったな。罠感溢れてたけど

 「そっか。面白いもの見れると良いな」

 「もう、見れた」

 「見れたのか」

 ……いや、特に面白いものなんて

 「来るとは思わなかった、友達」

 「あ、そうか

 ってそれ、おれが珍獣扱いされてないか?」

 いやまあ、忌み子って珍獣なのかもしれないけどさ。出来かたこそ解明されているが突然変異ではあるし、大概は育たずに死ぬからな流産だ何で。ある意味、忌み子とはアルビノと似たような貴重な珍種……って嫌だな

 「……友達、貴重、特別」

 「いや、別に良いんだ。おれがちょっと過剰反応しちゃっただけ」

 と、そこで婚約者様がやってくる

 

 「わたくしを放置して、良いご身分ですわ!」

 「……そりゃ、な。一応皇子さまだ」

 「そういう詭弁を聞いてはいませんの!」

 詭弁。詭弁か

 いや、詭弁だな、うん。婚約者放置して他の女(友達)と話していた、だからな。それを言うならばパーティでそそくさとおれの横から逃げてったお前はどうなんだニコレットと言いたいが、男女で批判の度合いは違うし仕方ないな

 肩を竦め、ご免なと謝る。いや、謝る必要あるか?となるがご機嫌斜めなのは宜しくない

 

 「ごめんなアルヴィナも。今回のおれはこの婚約者の付き添いなんだ」

 「んっ。珍しい」

 「……アルヴィナ?お前と出会ったの、一応婚約披露のパーティだったはずなんだけどな……」

 まあ、お互いに結婚する気が欠片もない事があのパーティの時点で見てとれそうな酷いものではあったけどさ

 

 と、始まるようだ。果たして、まともなものかな?




次回以降暫くもう一人のメインヒロイン視点となります。また、暫くメインヒロインは出てきません。ゼノの関わる事件関わる事件すべてに顔出してたら怪しすぎますからね


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リリーナ=アルヴィナと珍獣実兄

今回の事件はリリーナ=アルヴィナ(本名アルヴィナ=ブランシュ)視点となります。色々と心情が酷いですがお付き合い下さい
これでも彼女は真性異言関係なしにゼノであれば良いアナと対をなす真性異言が絡むからこそのもう一人のメインヒロインなので……


「アルヴィナぁ~」

 ふと、読んでいた恋愛の本から眼を上げた時、ボクの前に居た

 珍獣が

 

 御免。間違えた。実の兄が。実の兄ということになっている彼が

 「あぁ~もう、本を読んでてもアルヴィナは可愛いなぁうりうり」

 なんて、ボクの頭を撫でる。折角貰った帽子がずれるからやめて欲しい

 「テネーブル」

 なんて、どこかから響く咎める声も無視して。テネーブル=ブランシュ(実の兄)はボクの頭を撫で続ける

 

 「それで?アルヴィナ

 本当に来ただろ、あいつら」

 こくり、と頷く。確かに兄の言葉通り、彼……第七皇子は動物展の会場にやってきた。でも、教えてくれたら良かったのに。犬猫展だと

 兄はきっと知ってたはず。なのに知らないボクは期待して向かって損した。見たければ見せようか、と友達は言ってくれて、あれは面白かったけれども。それでも期待とは違った

 

 「確かに、来た」

 「だろ?兄ちゃんは未来がちょっと見えるんだ、信じてくれたか、アルヴィナ?」

 「信じる」

 「兄ちゃんは……というか、七大天はこういう者を、真性異言(ゼノグラシア)って読んでるんだ」

 「知ってる」

 本で読んだから知ってる

 真性異言(ゼノグラシア)。知らぬ言葉を話す者。彼等が学んだはずはないのに、さも当たり前のように異国……或いは異界の言葉を話す人や魔物の事。転じて、異次元からの転生者。そんな異質な者は神々の思し召しであるに違いないとして、七大天の使徒とも言われる。彼等はその時の情勢の未来を何故かは解明されていないながらも大抵は知っており、未来を変える……或いは変えないためにその天で無ければ知らぬはずの知識を振るう、らしい

 らしい。ボクはそんな存在を、『まあ、ラスボスが真性異言の時点で俺達の勝ちは決まってるけどなー』とのほほんとする目の前の珍獣(あに)しか知らないから

 

 ボクとは違う浅黒い肌。ちょっと暗い、青い髪。人間が嘯いているのとは違い本当の万色の虹界の眷属である魔神族特有の七大天の何れかの象形は、女神以外の全て。ちらりと覗く鋭い犬歯は王狼の牙。頭に生える螺れた角は晶魔の角…じゃなくて、牛帝だっけ。毛の生えた大きな耳は猿候のもの。縦に裂けた瞳孔は龍姫、纏う陽炎のようなオーラは道化、そして結晶化した右腕は晶魔。天属性、天照らす女神以外の六天の象形を持つ、魔神族歴代でも屈指の特異点。正に珍獣。王狼の耳と晶魔の結晶だけなボクの3倍は珍しさがある

 

 「それでさアルヴィナ

 賢くて可愛いアルヴィナは、兄ちゃんの為にあいつらが真性異言か調べてくれたよな?」

 そう。それがボクが居る目的。人間の国に忍び込んで、人間の貴族の家をでっち上げて、人間の婚約パーティになんて出向いた、本来の目的。ボクが、本で読んだ人間を見たかったからじゃない

 他にも居るかもしれないという、未来を知る真性異言。それを探すこと。その為に、未来に関わってくる……かもしれない人の前に出て、観察する

 でも……

 「分からない」

 ボクは首を横に振る。帽子がズレてしまって、慌てて直す。被ってたものをそのままくれたから、ぶかぶか。でも、だから彼のもの

 

 「んー、まだちょっと材料が足りないか」

 「足りない」

 ……だから、また会う必要がある。あの、ゾクゾクする眼を見せた彼に。

 「可愛いアルヴィナをあんまりクソボケチートバランス崩壊野郎に近付けたくないんだけどなぁー」

 ……?

 多分、調べるようにと言われた彼の事なんだけど、ボクには良く意味が分からない。バランスが崩れるの意味は分かる。クソボケ……下品だけど分かる

 「チートって、何?チーズの派生?」

 「ん?チート?ぶっ壊れ

 あいつ新キャラ来る度に環境ぶっ壊してくクソボケだから。何が最弱の皇子だよ何が忌み子だ

 どうせ魔防0だし魔法で先に攻撃するだけで対策出来るから良いよねって運営に散々能力盛られやがって。物理受けを物理でぶち抜く高速アタッカーとか有り得ねぇだろしっかりカスタムした魔法系居ないとステージ関わらず出会った時点で詰みとかマジで意味わかんねぇ。しかもアリーナで橋マップだと水上歩行持ち橋マップ特化地雷型が飛行キャラ輸送されて向こう岸のこっちの魔法届かせられない所から飛んでくるとかあのクソゴミはホントさぁ!

 そもそも何だよ最弱とかイキりやがって!総合ステータスが大体同職横並びになるのに皇族補正で合計に色貰ってる上にMPと魔防が0で良いとかふざけんなよお前残りのステータス馬鹿高くなるじゃねぇかMP消費スキル付けられないとか関係ねぇよアリーナ防衛戦環境壊す最強キャラに決まってんだろボケがぁぁぁぁっ!」

 「……?嫌い?」

 「そもそもアリーナの形式が誰も倒されずに全滅させないとランキング下がるのにあんな殺意しかない地雷鉄砲玉参加出来ることが可笑しいだろ悪意しか感じねぇよ。環境から消えたと思ったのに突然飛んできたり橋轢殺事故で何度連勝や上位狙い止められたと……しかも素体が序盤のシナリオ配布だから格下で堅実に連勝数稼いでそこそこ順位フィニッシュ考えた時にもたまーに湧くしよぉ!マジ何なのお前総合値は重装より低いからこんなボケなのにポイント高くないとかマジで悪意しか無いし何だよお前しかも自分で使うと魔法に弱すぎて運用がクッソめんどくさいわマジで良いとこがねぇとかお前何のために産まれてきたんだよ死ねよゲームから消えろっての

 つまりアルヴィナ、あのゼノってのはアリーナガチ勢から最も忌み嫌われた最低最悪のクソチート野郎だ。新年弓のクソボケよりはマシだけどな」

 ……うん。分からない。やっぱり兄は珍獣で、真性異言だって良く分かる

 「んまぁ、兄ちゃんは心配だけど、仕方ないか。万が一クソボケに襲われたら精一杯兄ちゃんを呼ぶんだぞ。制限だ何だぶち壊して殺しに行くから。それをやらかすとチート皇帝にバレる?上等だ返り討ちにしてやらぁラスボス舐めんな!……マジで勝てるかは分からんけど

 アルヴィナ、良いか?分かりやすい真性異言の見分け方は……」

 

 ……なんてことがあって、ボクは今此処に居る

 本当に彼が……人間の皇子が来るのか怪しかった、特別動物展

 目の前には、兄の言う通りに本当に来た彼。ゾクゾクする目をしていて、ボクに帽子や犬をくれた少年。あの子は、折角貰ったから永遠にしている途中。そうすれば、ボクとずっと一緒だから

 

 「……アルヴィナ?大丈夫か?

 ちょっと、ぼんやりしているようだけど」

 「……無問題」

 ちょっと、思い返しすぎた

 「ニコレット……もう居ないし。始まるからって食い付き早すぎだろ」

 なんて苦笑する彼は、あの眼をしていなくて

 ……あの眼は、ボクの永遠ではきっと維持できない。だから、彼は永遠にしてはいけない。優しく微笑んでくれる今の顔はそれはそれでだけれども、あの眼じゃなきゃ困る

 あの眼を見たい。あの眼の彼を……第七皇子ゼノを見ていたい。あの眼でずっと見られたい。だから……ボクは、彼を永遠にしない。永遠にする事になりかねない真性異言では、あって欲しくない

 

 そんな中。皆様にお見せする商品は……と、現れた人々の語りは、始まった



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リリーナ=アルヴィナと明鏡止水

「これはー」

 面白くない

 

 出てきた人がこれは素晴らしく珍しい種類のー、と大げさに解説する声が聞こえる

 とても、面白くない。くるくるカールした茶色い髪の子供は、彼には目もくれずに紹介される犬猫に夢中。だけど、何が面白いんだろう。結局犬や猫。ちょっと姿が違うだけ。前に見せて貰ったゴーレムみたいに平面な訳でも、元居た世界の種みたいに目が3つあったり羽根が生えていたりする訳でもない。そんなの、何が面白いのか分からない。犬や猫って人間世界の生物ってだけで珍しいのに。目が3つじゃないし、頭が1つだし、尻尾が分かれてないし、羽根だって無い。とっても物足りなくて、だからそれだけで面白いのに

 横目で横に居る少年を見ていた方がよっぽど楽しい。あの目ではないけれども。それでも、ぎこちなく微笑う時よりもすっと細められた目でもって彼等を見ている。紹介されている動物ではなく、それを紹介している側を。ぶかぶかの服の下に仕込んだ小型の刀に軽く手をかけて、何かが起こるのを待っている

 それを眺めていた方が、代わり映えのしないちょっと色合いが見覚えがある感じだったりするだけの犬猫自慢より楽しい

 

 「普通、だな」

 ぽつり、と。銀の髪の皇子が呟く

 「普通?」

 「確かに珍しい種類だよ。でも、珍しいってだけ。アルヴィナも犬や猫の本を読んだら見たことあるんじゃないかな」

 こくり、と

 実は読んだことは無いけど

 「そう。普通なんだ。わざわざ特別展なんて仕掛けなければいけないほどのシークレットな種じゃない。例えば、絶滅危惧種だとか……そういった大っぴらには出せるはずないけれども需要はそれなりにあるだろうものじゃ無い

 

 だから、変なんだ。現状……目玉のようになってたあの赤ブサ猫の横に並べておいても問題ないのしか出てきてない」

 だからか、説明を遮らないようにそうちょっと頭一つぶん高い背丈から、本来の耳がある頭頂にちょっと顔を近付けて彼は言う

 赤ブサ猫……。あの赤いの。面白くなかった種類。高いんだっけ

 

 「……そう、かも」

 「だから、さ

 この先に何か本当の目玉があるのか、或いは……って、心配しすぎかな」

 「分かんない」

 珍獣(あに)は言ってた。クソボケチートが来るのは、事件の臭いを嗅ぎ付けたからだって。だから、事件が起きることは知ってる。その時の言葉や対応から、彼が真性異言か探りだせって言われてる。でも、それは言わないでおいて

 

 「ゲーム?」

 「アルヴィナ?暇なのか?」

 揺さぶりとして言ってみろと言われた言葉を呟いてみる

 ゲーム、と。それを言うと、ふっと色素が薄くて血液の色が浮き出た眼が、優しく此方を見てきた

 ……うん。これはこれで綺麗だけど、何か、違う。彼のしてるべき目じゃない

 「暇?」

 「ゲームって遊びだろ?だから、思ってたより珍しいものが出てこなくて暇なのかなって

 多少なら付き合っても良いけどさ」

 ……空振り。真性異言はゲームって言葉やシナリオって言葉に過剰反応しがち、らしいけれども反応は普通。気遣われた

 

 「……ゲーム?」

 「やりたいのか?

 って言っても、あんまり面白いことは出来ないし……

 賭け事、って言っても今だと事件が起きるかどうか?いや駄目だな」

 「駄目」

 こくり、と頷く

 勝負にならない。絶対に勝てる。負けるはずがない。だって、今のところ兄の言った事は外れたことがない。絶対に外れないなんて言わない。つまらないとかクソ野郎とか存在そのものが罪とか兄がとても口汚く罵倒していた彼は、見たところとても面白い人だったし

 だから、全てが当たる訳ではない。でも、出来事に関しては間違いは中々ない

 

 だから知っている。兄に言われた。目の前の皇子が懸念していたように、面白くない出し物をやっている彼等は問題を起こす。それが、彼と茶髪カール娘の決定的な亀裂になると

 今のボクには何で断言できるのか理解できないけど、それが真性異言。未来を何故か知っている者。結局あのクソボケに解決されるから心配するな、万一何か起こりかけたら解決できるはずなのに手を抜いたあいつの責任だって言われているけど

 「事件、起きる」

 「じゃあ、起きない方かおれが。……おれが勝つべきだし、ゲームになってないんじゃないか?」

 「なってない。もう、起きる」

 すっ、と彼の目が細まる。目に宿る炎、って感じじゃない。燃えるような使命感と良く聞くけれど、これは違う。火傷した方はひきつっていてそう見えないけれど、これは……って脳内の読んだ本の内容を辿る

 そう。良い言葉があった。澄みきった鏡のような水面を思わせる眼。ただ一つ。皇族であるが故に理想論として語る言葉『民にとって最強の剣であるべし』。それ以外の全てを忘れた、皇族の眼。辛いも苦しいも、全てを水底に沈めて光を返し見えなくしたその水鏡のような、ゾクゾクする眼の名は……敢えて言うならば、明鏡止水。そう、この瞳。とっても危うくて、あまりにも歪で、だからこそ、欲しいと心が沸き立つ瞳

 真性異言かどうか、未来を知っているかどうか。そんなの、この眼の前には関係ない。この眼が出来てしまう時点でそんなのどうでも良い事に成り下がる。明鏡止水、そういった全てを水底(こころ)に沈めた、曇りなき帝国皇子であろうとする眼。どんな事を知ってても、どんな事を思っていても、逃げず退かず皇族としての理想を強引に体現する

 それが、とても綺麗で。ボクにとってあまりにも眩しくて

 ボクだけを、その明鏡止水の瞳に映してみたくて

 『『『ぐぉおぉぉぉぉぉoオオォォア!』』』

 奇声を上げながらメキメキと音を立てて肥大しつつ変質してゆく今まで見せられてきた犬猫達。やっぱり、何かあった

 「合成個種(キメラテック)!?変なもの仕込んでやがったな!」

 なんて彼の叫びを、その眼を眺めつつ聞いていた



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リリーナ=アルヴィナと合成個種

合成個種(キメラテック)

 彼のそう呼んだバケモノは、書物にあった人間の工夫の産物の一つ。ボク達に対抗するために、魔神族及びその世界の魔物達に勝利するために少しでも強いゴーレムをと太古に完成した難易度のかなり高いゴーレム作成方法

 

 どんな人間でも、保有している力には指向性がある。それに反した力はゴーレムに付加することは出来ない。どれだけ凄いゴーレムマスターでも、自分の持っていない属性のゴーレムは作れない。例えば、水属性に類する属性が無ければ、水中適性のある魚のゴーレムは作れないように

 だからこそ、特殊なゴーレムというものは難しい。それを解消するのが、合成個種(キメラテック)。保有属性のバラけた複数の術者が共同で同時に一つの素材から作製することで、様々な性質を持った万能のバケモノを産み出そうというもの。上手く合わせなければ合成に失敗してしまうし下手をすれば失敗作が暴走する事もある……と書いてあった

 実際、作製に失敗した術者等がそのまま失敗作に食べられた事件もあったらしい。人間が攻めてこないから敵拠点に行ってみたら死骸の中を失敗作だけが闊歩していたという記録を読んだことがある

 

 犬猫に擬態していたゴーレムパーツ等がメキメキと音を立てつつ一つになって形作ろうとしているのは、そんな合成個種の一種。その中でも、特に有名な代表的な形

 火属性に類する獅子の頭。土属性に類する山羊の頭。風属性に類する猿の前腕。雷属性に類する狼の脚。そして……水属性に類する蛇頭の尻尾。5属性の形象を持つ三頭の怪物。その名を……キマイラ。絵本にもなるほど有名な合成個種。少なくとも三人が集まり作り上げられる恐ろしい魔獣。ボクが読んだ本では、更に結晶の翼が生えて女神の天属性以外の六属性集結していて。それよりは弱そう

 

 「きぃやぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 轟く悲鳴

 「ニコレット!とりあえず下がれ!」

 「どうなってるの、何なのよこれ!」

 突然の事に、疑ってなかった子供達は大混乱

 ざわついていて、キマイラと彼の間をどよめく子供達の壁が塞いでいる。正直な話、邪魔

 どうするか、と彼が悩んでいるのが見て取れる。彼でも、一息で飛び越えるのは無理だろう。招待されて混乱し、逃げることすら出来ないでいる子供達の壁は10m近くある。壁といっても隙間はあるしぎちぎちに詰められてはいないけれども。それでも、動き回っていて駆け抜けるには難しい。10mの幅跳びならば彼に出来ないとは思えない。それでも、子供の頭の上という高さを維持出来ない

 

 「まずは離れろよお前ら!」

 いい加減にしろとでも思ったのだろう。最初から距離をとっているボクにそこに居てくれとばかりに目配せをして、彼は叫びつつ子供の壁に突っ込む。結局は、悩む時間が勿体ないという結論みたい

 「っと!」

 「ちょっと待ちなさいよ!」

 「ニコレット!離れてろ!危険だ!」

 「そんなこと知ってるわよ!」

 「だからだ!ここは……

 おれが!止める!」

 袖を掴んだ栗色を振り払って、彼は駆ける

 それを受けて、栗色の髪の少女は、愕然とした表情を浮かべていた

 

 「なんで……」

 なんで、と言われても困ると思う

 あんなバケモノを見せられて、自分を抱えて危険なところから連れ出してくれる騎士を彼に求めていたのだろうか

 だとしたら、相容れない。彼を……ボクが観察してきた第七皇子ゼノという存在を全く理解していないから言える要求。民の最強の剣であり盾である事。それは自分すら捨てて多くの誰かの為に動くこと。炎に耐性は無く、自分の体が焼け焦げる事を承知の上で見ず知らずの少年の犬の為に燃える家に飛び込むのが彼だ。大切な友人だろうと、婚約者だろうと天秤に乗せるときは同じ一人。そうしてより多くを助けようとする異常者。そうであろうと出来るバケモノ

 この年でそれだけ出来る彼は、何処か狂っていて。だからこそ真性異言にもそうでない生来のものにも思える

 

 「せやぁっ!」

 仕込んだ骨の刀を抜き放ち、幼い少年が大きな獣に斬りかかる。キマイラの体部分については割と個人の裁量なところがあって。今回のそれは獣の肉体。鱗はなく、体毛は鋼にならず。だから金属ではない原始的な素材を基にした刀でも、十分に刃は通る

 

 「っりやぁっ!」

 だから。これが必然

 職員をやっていた大人達が反応する前に、完成したキマイラのその前腕を……一刀両断

 肘関節から先を、骨格の隙間を通すような一刀で斬り捨てる

 その背に、大きな影が重なった

 

 「二体目!?」



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リリーナ=アルヴィナと魔獣二体

「二体目!?」

 その声も無理もない。二体目……そう、二体目だった

 同じ姿をした、もう一体の巨獣。彼が何とか食い止めようとしたその後ろから、それは現れた

 

 「グギャオォッ!」

 その獣は吠える。ボクにとっては、かなり聞き覚えのある面白味のない声で

 でも、そんなのは……ボクだけのようで

 「っ!ぐっ!」

 彼がバランスを崩し、何とか右足で強く床を踏み叩いて留まる。それすら、凄いことで

 「あうっ」

 「ひっ」

 「きゃっ!」

 「きゅぅっ……」

 とさとさと重なるように、怯えて混乱していた子供たちの体が地面に倒れる。彼一人……と、後は何にも影響のないボクだけを例外として残して

 「魂凍(こんとう)のブラストボイス……」

 そんな名前なんだ、あの咆哮。一つ新しく知った

 放たれたのは弱い相手を昏倒させる咆哮。抵抗出来なければ、どんな相手でも意識を失うという主にドラゴン種の使う技。お祖父様が珍獣……兄を寝かせるのにたまに撃っていたのを覚えている。ボクは……使えないけれども、確か兄は撃てたはずだ。人間の作ったゴーレムでも、それが出来るなんて。少しだけ、凄いと思うけれども

 それよりも凄いのは、彼。耐えきってみせた。正確には、体が傾いて……そこから、立て直した。つまり、単純に効かなかった訳じゃなく、効いたのに昏睡しなかった。それが……驚嘆に値する事

 「っ!アルヴィナ!」

 皇族特有の年齢からすれば可笑しい身体能力で、牙を剥くその化け物の体を足蹴にして飛び越えながら、此方を確認して彼は叫ぶ

 「アルヴィナ!お前だけで良い!逃げろ

 逃げて、叫べ!」

 「……でも」

 「勝てるか分からない!おれが勝てなきゃ、此処に居るみんな……そのままお仕舞いだ!」

 「……三体目」

 少年が声を上げるのをやめ、合成個種に向き直る

 「……そっ、か」

 自嘲気味に、彼はひきつったその顔で、笑う

 自分を鼓舞するように

 「一体だけじゃ、なかったもんな。まだ居るかもしれない、それなのに一人って……怖いよな

 分かってやれなくて、ごめん。なら……」

 火傷の治りきらぬ手で、既に表皮の赤黒い瘡蓋が剥がれて血が滲み出しているその掌で握りこんだ骨刀を、すっと二体目の合成個種に向け、その少年は痛みに唇を歪め、吼える

 「信じよう、親父を。託そう、気が付いてくれる未来に、希望を

 そこまでは……」

 「ガキ一人が」

 そんな、ゴーレムを見守る犯人達の言葉を一蹴し、ボクの何十分の1の人生を生きてきたのか分からない……真性異言だとしても半分は絶対無い若過ぎる少年は啖呵を切る

 「おれが!未来を繋ぐ!」

 ……本当に、恐ろしい

 それが言えてしまう、その精神が。それを可能にしている、あの眼が。年齢一桁に出来る眼じゃない。それなのに、それが出来る特異点。だから、見守る

 ボクが本気を出せば……多分、勝てないことはない、と思う。後の魔王(確定事項)な兄テネーブルほどではないけれども、ボクも魔神族の端くれ。数人永遠に……ボクの眷族にしてしまえばきっと片方、特に足を切られた方なら倒せる。後は、倒した方を永遠にして、生きてる方とぶつけるだけ

 でも、見守りたい。それをしてしまったら、彼にバレるだろう。ボクが何なのか。皇族とは、多分相容れないものだって。そう思われるくらいなら、見守るだけの方がいい

 

 骨の刀は割と耐久が無いのか、慎重に少年は事を運ぼうとする。もう一体の合成個種に対し、軽々しく刀を振るうことはない。牽制のように軽く振ることこそあっても、大振りの一撃はない。すぐに切り返せる、火力の無い振り方。抜刀術が危険だからあいつが刀を鞘に戻したら離れろよと兄は言っていたけど、その素振りもない

 「まどろっこしい!」

 『グォォオッ!』

 術者の言葉に、個種の……山羊の頭が吼える。山羊って吼えるんだ、という言葉が出るけれども

 それよりも驚いたのは、その咆哮する口から火が溢れ、火の玉になって飛んでいったところ

 けれども、それは彼には当たらず……

 「っ!アルヴィナ!」

 彼が床から切り落とした個種の前腕を拾って投げ、火球を炸裂させる

 ……それで、初めて気が付いた。あれは、彼ではなくボク狙いだったんだって事を

 火傷ってどんなものだろう。痛い?多分そう。だって眼前の第七皇子ですら、時折顔を歪めるから

 「……次は」

 ちらり、と術者ー職員をやっていた大人達が倒れている子供たちを見る

 「……ちっ」

 「彼らに当てます。果たして、何人が生き残るでしょうね」

 「殺せない。殺したくて皆を此処に呼んだんじゃないはずだ」

 「ええ、そうですね

 身代金が美味しそうならばそれを。そうでなければ、良い値段で売れるのですよ」

 「何処に」

 「聖教国にです。魔王復活の予言……聖女降臨への期待……聖戦の前準備として、力こそがものを言うこの国の貴族子弟は高く売れるのですよ。良い聖戦士となるでしょうから」

 「だったら」

 「勿体の無い事をさせないで下さいよ、第七皇子。忌むべき子に売り値などつきませんからね。貴方は不要です」

 ……?と、首を傾げる

 ボクが人間のお金を持っていたら、全財産で彼が買えるなら買うと思う。価値がないなんて事はないはず

 「……それと、彼等を殺せることに繋がりはない」

 「いえ。捕まったら一家(いっか)の終わり、背に腹は流石に変えられませんよ

 というか、無価値に反応はないのですか気持ち悪い」

 「聖教国にも貴族の娘だなんだは居る

 国同士の交流はあるのに誰一人おれの婚約者候補に上がらなかった時点で、分かってたよ。七大天の禁忌に触れた烙印の子。忌み子ゼノ。そんなもの、信仰によって成り立つあの国にとってはいっそ死んで欲しい存在なんだろうって」

 ……やっぱり、人間は全然分からない

 彼に人間に特有の力がないのは分かる。魔法に対する不可視の障壁……というのだろうか、それが彼に無いのを感じる。でも、それが何?ボクには分からない

 

 「……動くな」

 「…………」

 少年は、静かに剣先を下げる

 「刀を捨てなさい」

 「……勿体無いんで、置くだけで良いか?」

 「どうせ、今から死ぬのにですか?」

 「おれを殺したら、親父がこわいぞー?」

 茶化すように、時間を稼ぐように。彼はおどけて肩をすくめる

 「そんな筈はない。貴方が弱すぎた、それだけの事。事態を解決できぬ弱い皇子に価値はない。そんなものの復讐などお笑い草でしょう。貴方の父は、笑い物になるおつもりですか?」

 「その通りだよ畜生が!」

 叫び、彼は忌々しげに刀を近くの地面に突き立てて、その場から離れる

 『キシャァッ!』

 音を立てて蛇頭の尻尾が伸び、その刀を足の斬られた方の個種が掴んで持ち去った

 

 「……では。まずは……」

 『ゴォォォッ!』

 五体満足な方の獅子が吼える

 その口から風が巻き上がり……渦になる

 「ちっ!どうやって拐うのかと思ったら……」

 「その刀を投げ込まれたら内部に傷が付くところでしたが、もう問題ない」

 ……この魔法は本で読んだ。無限の道具袋とかそんな感じの凄い収納魔法。属性としては……風、影だっけ。使える人間は少ないけれども、使いこなせば生き物すらも袋の中に収納出来て持ち運べる凄いもの。中の居心地は最悪らしくて、基本出しても気分悪くて気絶してるらしいけれども。かつての魔神族と人間達の戦いで、凄い訓練と意志の強さを持つ一団……勇者一行が自分一人だけの転移魔法と無限の道具袋を駆使し、仲間全員を仕舞いこんだ道具袋を持って一人が敵陣転移、そのまま道具袋から出てきたグロッキー勇者一行が暴れまわるっていう戦闘前から辛い以外完璧な奇襲作戦で四天王の一人を撃破したって読んだ事がある

 

 倒れている子供たちが吸い込まれていく。遠いからボクは対象外で、第七皇子様は何故か風に抗って踏ん張れているけれど。どうやってるんだろうあれ

 「な、何ですの!?」

 気が付いたのか、声がする

 「ニコレット!」

 彼の横を吸い込まれていく少女の手を、咄嗟に少年は掴んだ

 「きゃっ!なんなの!?なんですのこれ!?」

 「離すなよ!」

 「や、いた、痛いです!」

 少女の体はまだ吸い込まれていく状態。何とか彼が掴んで止めているけれども、腕は限界まで引き伸ばされていて、肩が外れそう

 「痛っ!やめっ!」

 その顔に、彼の掌からの血が当たる。強く握りしめ、掌の瘡蓋が割れている

 「血が……ちょっと!止めて……

 気持ち悪い……」

 ……確かに血が顔につくって気持ち悪いけど、今言うのはどうかと思う

 「……くっ!」

 嵐は止まず。綱引きも終わらず

 『コォォォッ!』

 その均衡を破るのは、もう一体の合成個種。その山羊が、再び火球を産み出していて……

 「今すぐ、その無駄な抵抗を止めなさい」

 「えっ?

 ちょ、離しませんわよね!?そんなことされたら、あの化け物に、た、食べられ……」

 大口を広げて口から吸い込む嵐を起こす獅子を見て、栗色の少女は呟き

 「……全てを、守れる未来が、あるとしたら」

 静かに、少年は眼を閉じて呟きます

 「えっ?嘘……」

 「ごめん、おれは……」

 皇子やるには、弱くてさ

 その声は、山羊の鳴き声に掻き消されて

 

 愕然とした表情のまま、栗色の髪の少女は獅子の口の中に消えていった。同時、放たれる火球

 その炎が晴れたとき、少年は炸裂した場所から程遠く。苦々しげな表情で、何もなくなった掌を握りしめていた



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リリーナ=アルヴィナと黒き子猫

「……行きなさい」

 『ガゴォォッ!』

 咆哮する五体満足な合成個種(キメラテック)。そのゴーレムの背に、不格好な翼が生える。ドラゴンのような、鳥のような。或いは……何だろう。少なくとも、格好良くはない。それでも、飛べれば良い

 「逃げる気か

 だが……」

 「目立ちすぎるとでも?何を馬鹿馬鹿しい。何故こんな面倒な合成個種を産み出したとお思いですか?」

 辺りの大人も、何時しか姿を消している。事態が進み、役目は果たしたと逃げたのだろう。たった一人、彼に話し掛けている男だけが残る

 『グルルルル』

 山羊の吠え声と共に、その巨体が消えていく

 違う。見えなくなっているだけ

 「水光の魔鏡布(ステルスカーテン)……」

 苦々しげに、少年は呟く。水中の水分を操るか何かで、自分の姿を周囲の風景に溶け込ませるベールを張る……だったか何か。ボクは見たこと無いし知らないけど。家の資料でも、俺等なら眼を凝らせば見えるから放置で良いと一行だけ

 「その通り。皇城に殴り込むならば兎も角、立ち去るだけならばこれで可能です」

 「くっ!」

 「……皇族が殴り込んできたと気が付いたときには肝が冷えましたが……これで終わりですね。後は貴方と……あと、一人」

 「……アルヴィナ」

 少年が、ボクへと振り返る

 

 「そこの娘は高く売れそうなのですが……残念です、此方の個体は戦闘用」

 足を斬られたゴーレムを叩き、男が呟く。その間にも、見えなくなったもう一体は……ボクの目にはもう一度その姿を現し、テントの屋根を突き破って空へとその身を踊らせていた

 「……逃げられた。あとは、見付けてくれる事を祈るだけ」

 「残ったのは二人

 仕方ありませんね、フィナーレと行きましょう」

 「そんな、前腕斬られたのでか?大きく……」

 「だから、この私が残ったのですよ」

 男の手に、本が握られている。閉じられているそのページが、確かに光っているのが分かる

 「知っていましたか?ゴーレムの再構築、可能なのですよ」

 「前に見たよ」

 事も無げに、少年は言う。年齢一桁の外見に似合わぬ事を

 動揺はなく、ただ、事実として告げる。メキメキと音を立てて再生して行く太い腕を、ただ、見つめる

 「……これで、傷は無くなりました」

 「その分、痩せたんじゃないか?」

 「それで勝敗が変わるほど、貴方に切り札は残されていない」

 これみよがしに、獣はその蛇の尾を振る。そこに掴まれたまま、彼が唯一持ち込んだろう切り札である骨の刀は揺れる

 「……アルヴィナ!」

 「逃がしません!」

 骨の刀を捨て、蛇尾が走る

 「がぐっ!」

 ボクと合成個種の間に割り込むように飛び込んだ少年の首筋にその牙が突き立てられ……

 ぽいっと、横に放り出される。その体は床を……跳ねて、飛び起きる。まだ、その眼は変わっていない。少しだけ暗い眼だけれども、それでも尚、明鏡止水

 「……そうですね。貴方を先に殺せば、彼女を殺す意味も……いえ、ありますね」

 「……ある、のかよ」

 「ええ。どうせ、道具袋は此方にはもう有りませんから。拐って逃げる手段が尽きています。なら、生かしておく価値はない」

 「そこは何とかして連れてくからあるって言ってほしかったかな!」

 「庇いだてですか?」

 「……そうだよ、悪いのか」

 「ならば、せめて最後に貴方の思い通りにしてあげましょう。先に殺してあげます」

 「……そりゃ、どうも」

 二度、蛇尾が疾る。今度は首に巻き付くように、その体を絞め上げ、宙に浮かす

 

 「…………大丈夫?」

 ボク自身、その言葉はどうかと思った

 それでも、他に聞ける言葉はなかった

 「……ああ、大丈夫」 

 何一つ大丈夫じゃなくて。それでも、少年はそういって笑う。挑発し、全てを自分一人で受け止めて

 

 大きく伸びた蛇尾を縮め、巨獣が小柄な少年へと近づく

 『グル』

 その眼を、首を絞められながらも、彼は睨み返す

 『キィィッ!』

 山羊の頭が、軽く火を吹いた

 髪が微かに焼け焦げ、顔を歪める。それでも、眼はそのまま

 「手も足も出ない……皇族というのにあまりにも哀れ。どうです?どこから……」

 無言の拳。効かないと分かっていて、それでも獅子の頭に、それは振るわれる

 

 「では、まずはその反抗的な手から」

 『ギャオォォッ!』

 咆哮と共に口が大きく開けられる。そのまま、彼の体を口近くへと持って行き……

 噛み砕いた。いや、噛み砕こうとした

 口は開いたまま。閉じられていない

 腕だ。上顎と下顎の間につっかえ棒のように左腕を入れ、顎をしまらないようにとしている

 でも、そんなの儚い抵抗。第一……その上腕にはしっかりと獅子の牙の一本が食い込み、血を垂らさせている

 「無駄な抵抗を」

 『キィィッ!』

 二度目の炎。抵抗が緩み……均衡が、一瞬で崩れる

 顎が閉じられる。そして……

 

 パキィンと、その澄んだ音はテント全体に響き渡った

 「……えっ?」

 溢れ出す血。ちょっとの隙間を残して噛み合わされた牙の合間からは隠しきれないほどの血が吹き出していて……

 でも。けれども。バランスを崩し、獅子の顔を歪め

 『『』『グルギィィィィイィッ!!!』』』

 三頭全てが苦悶の悲鳴をあげ、大地に倒れ伏す

 ……何で?

 その疑問は、まだ首に巻き付いた蛇を振り払いながらふらふらと立ち上がる少年の、牙で大きく抉れた左腕。その先に……血ではない青い液にまみれたその……小指があらぬ方向に曲がった手の中を見て氷解する

 ……様々な色の水晶の重ねられたプレート。握り砕かれたその破片が、ぽろぽろと床に溢れ落ちる

 

 「……嘘、嘘だろ……」

 「やっぱり。口の中は、そんなに硬くはなかったみたいだな」

 「馬鹿な馬鹿な馬鹿なぁっ!?

 顎を閉じられる際にかけられる力で、頭内構造にその手を突っ込んだとでも言うのですか

 有り得ない、そんな無茶苦茶!」

 「だから、此処にお前の化け物のコアがある

 それが無きゃ、他の部分が無事でもこいつは動かないだろ?」

 「……こんな、ガキに……」

 「そんなガキでも、皇族なんだよ」

 すっと細めた目で、少年は歩みを進める

 「合成個種だ。パーツの再構成は出来ても……流石に、再起動は不可能だろう」

 愕然とする男を横目に、彼は放られた刀を拾い上げる

 

 「……」

 そうして、空を見上げ、静かに眼を閉じた

 「終わりだ。この事件は、此処で

 アンタが俺に捕まって、それで仕舞い」

 「何、を?合成個種は破れたが、私達はまだ」

 「だから、終わってるよ。全部、な」

 「そんな、馬鹿なこ」

 言い切ることは出来なかった

 口答えする彼の言葉は、途中で途切れる

 彼の頭の上から降ってきた、小さな黒猫を頭に乗せた、飛び去ったはずの巨獣の体によって

 

 「手を貸してくれるなんて、思わなかった

 お疲れ、助かったよ……アイリス」

 にゃあ、と、獅子の頭の上の猫が鳴いた



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約束、或いは原作通り

「……ふぅ」

 と、息を吐く。そうして、おれは周囲を見回した

 「お疲れ、一旦休憩にしようか。手伝ってくれて助かったよ、アナ」

 

 あの戦いから2日後。おれは少しは治りかけた掌の火傷が悪化して筆をーこの世界の筆は血から作られたインクを羽根に浸してという羽根ペンが主だーとることすら困難になっていた。だが、それでもだ。流石に妹アイリスに報告書用意しろとは言えないので、まだしもそういった作業が出来るおれに丸投げされた事件のあらましの報告書を仕上げようと、代わりに筆をとってくれる人を求めて孤児院へと向かったというのが、今日の朝のことである

 

 事件?あの後何を語れば良いと言うのだろうか。あくまでもあれは二体の合成個種(キメラテック)を主軸とした計画である。拐った人々を運ぶ為の個体の制御を奪われ、戦闘用の個体を撃破された時点であの計画を立てた者達に勝利など有り得ない。だからあの事件は、おれが戦闘用個体の体内コアを握り潰したあそこで終わったのだ。その先はない。アイリスとはいえ幼いので複数の制御を奪うことは出来ないようで、戦闘用さえ生きていればまた話は違ったのかもしれないが……。俺があれを撃破した時点で、全ての決着はついてしまった

 頭の上の猫型フレッシュゴーレムに指示されて本来の製作者達に牙を剥く運搬用の合成個種の前に、ゴーレム使い達はひれ伏すしか無かった。それが、ゴーレム魔術というもの。術者よりも数段強いバケモノを意のままに扱えるのがゴーレムの利点、そのゴーレムを万一奪われたら勝てる道理なんて無いのだ。基本制御を奪えるようなものではないが、そこはまあ、この帝国の皇女様である家の妹アイリスを舐めるなという所だな。設定上原作アイリスに奪われないゴーレムなんてまず無いからという事でアイリス加入後はとある2マップを除いて敵にゴーレム種が出てこない程の支配力、ゴーレムマスターの名は伊達じゃない。まだまだ幼くとも、その片鱗は既に見えたという訳だ

 余談だが、そのアイリス加入後にゴーレムが敵で出てくる2マップは、片方はアイリスが寝込んでいる設定で出撃不可、もう一個は主人公が背負ってる設定で、主人公アルヴィスがゴーレムに隣接したままターンを経過する事で敵ゴーレムを味方として使えるようになるギミックマップだった。低難易度だったりRTAだとギミック無視して敵将撃破で勝ってた気がするけど、戦力限られてるから難易度高い場合貴重な武器突っ込まないとゴーレム無しじゃまず無犠牲クリア不能なんだよなあそこ

 あ、ケイオス深度が高い場合は設定無視でゴーレム湧いてくるし、設定上は持ってるとはいえその設定があるが故にゴーレム敵で出てこないんだからとゲームシステム的にはアイリスのスキルにゴーレムの制御を奪うものとか無いんで普通にゴーレムとやりあうことになるんだが、それはまあ仕方ないとしよう。そもそもケイオス深度そのものがゲームをより面白くする為に難易度上げるための設定無視度だからな。死んだはずの敵幹部がゾンビとかそんなんじゃなく同一能力で別マップで出てくる事があるんだからゴーレムくらい湧く

 

 閑話休題。とりあえず、アイリスの前にゴーレム使いの人拐いどもは完敗したという事ですべては解決した

 したは良いのだが……だからこそ、どう報告書を纏めるべきかという話になる

 「……皇子さま?」

 首をかしげる少女の銀の髪が揺れる

 「いや、大丈夫」

 「掌の怪我、痛そう」

 手の痛みで遠くを見ていたと思ったのだろうか、心配そうに机越しに(といっても子供用なんで小さいんだけど)おれの手を軽く握る。力はない

 ま、力いれたら痛そうだし。いや、実際に腕とか吊ってないといけなくなったしな。流石に大穴空いたのはヤバい

 何よりヤバいのは首筋に噛み付いた蛇も、腕を噛み千切ろうとした獅子も精神を狂わせる毒を持っていたという所。と、言いたいんだけどその辺りはおれも皇子だからな。魔法によるものならともかく物理的な毒なんぞそうそう効くかボケ!という話である

 ザ・理不尽。皇族とはチートであるという証明である。というか、ゲーム中でも頭可笑しかったからなその辺り

 HPこそ削るものの問答無用で受けた精神関連の状態異常を解除して更に耐性upとかいう状態異常の存在意義を危うくするスキル、鮮血の気迫を最初から持ってたのが原作でのおれだ

 固有スキルでこそ無いものの、他の取得方法が聖騎士とかの汎用最上級クラスでのスキル、つまりはゲーム内で言えば後半で出てくるもの。プロローグ時点で当然の顔で持ってるのがまず可笑しい

 パニックとかブラインドとか飛んで来る所に放り込むだけで魔防0なので優先的に狙われる癖に素で弾くわ弾けなかった瞬間知るかと鮮血の気迫で解除するわ解除する度に更に耐性で弾くわで最強の精神状態異常デコイが出来た。それも最序盤からだ

 システム的には、皇族専用クラスの最初の方に取得出来るスキルとして、最上級汎用クラスで取得出来るスキルがずらっと並んでるって形なので改造ではない。改造ではないがズルだろこれ

 

 「いや、痛くないよ

 いや、頭は痛いかな」

 「だ、大丈夫!?」

 「大丈夫。流石に全部妹が何とかしてくれましたって報告書書いたらおれがバカに見えるよなって悩んでるだけだから」

 「で、でも!」

 必死そうに、銀の髪を揺らしまだまだ成長の始まらない胸を張って優しい少女は力説する

 「皇子さまは片方倒したって。だったらそれを……」

 「……ダメだよ、アナ。おれ一人では、誘拐を止められなかった。おれがやったことは、アルヴィナただ一人を守ったってだけなんだ

 

 それじゃあ、皇族として最低以下。両方撃破して漸く半人前なんだよ」

 

 「ええ、そうですわ」

 唇を噛むおれに、後ろから投げられる声

 「……ニコレット嬢」

 少しだけ苦々しく、その名を呼ぶ

 「ええ、ごきげんよう、最低皇子」

 振り向かなくても分かる。其所に居るのは家の婚約者様で、おれが手を離したせいで一度合成個種に食われた少女だ

 「……最低皇子」

 二度、その呼び名が響く

 「その通りだよ。でも、そんな当たり前の事を言いに来たんじゃないんだろう?」

 言いながら、振り返る

 助けられなかった。見捨てた。それは、まごうことなき事実だから

 何か起こりうるからこそ連絡は入れておいた。そもそも、明らかに怪しかったのに行ってしまったのは君だ。結果として何かあるかもしれないというおれの伝言が間に合い、全員が助かった。第一、戦ったのおれ一人だろうが

 幾らでも反論は出来るだろう。実際、おれが……『おれ』で無ければ、言ってしまったかもしれない

 だが、だが、だ。それは皇族でないおれの戯れ言でしかない。皇族ってのは、そんな反論など要らない。全てを叩き潰して解決してこそなのだから

 

 「……ひとつだけ聞いても良い?」

 距離を取りながら言葉を投げ掛ける少女に、静かに頷く

 「どうして、わたくしの手を離したりしたの」

 「……おれの思い付く限り、最も被害が出ない解決だったから」

 ……嘘ではない。時間を稼ぐこと、誰かが来てくれるのを待つこと。正直、前のアイアンゴーレムの時と同じで心苦しいが、勝ち筋はそこしかなかった。あの時のように、油断も無く、武器が手の中にあればワンチャンという状況ですら無い

 助けが来なければそのまま連れ去られて終わりだとしても、そこに助けを求める婚約者を捨て置いてでも、時間を稼ぐしか思い付かなかった

 

 「……だから、すまなかった」

 「被害が……出ないって」

 わなわなと震える腕

 「わたくしは、貴方のこんやくしゃ、ですのよ!」

 その言葉に、こくりと頷く

 「なのに!どうして!」

 「……民に貴賤無く。命は平等に

 何を捨ててでも、より多くの民を護れ。全てを護りきれぬというならば、より多くを」

 絞り出すように、言葉を選び

 「例え家族でも、恋人でも、自分でも

 それを切り捨てて、それで救える命が多いのならば。おれはより多くの民を救う。それが、皇族……第七皇子というものだから」

 正直誰も守っていないそんな夢想、お伽噺の理想論を唱える

 「そんな、理想論で……

 現実を見ていないですわ!」

 返されるのは正論。当然の言葉

 

 「ふざけてますわ!信じられませんの」

 「……当然だと思う」

 こんなもの、おれでも分かる。欺瞞、夢想。実際にそんなこと、出来るはずもない。どんな大切なものも切り捨てる、そんな話は人には無理だ。心が、壊れてでもいない限り

 「思っているなら、どうして!

 あの時他より護るべきわたくしを見捨てたりなどしましたの!」

 「それでも!おれにはそれしかないんだよ!

 忌むべき者、七大天に呪われた加護無し、こいつ本当は神話にある魔族なんじゃないのか。そんな風に言われるおれには、どんな机上の空論でも、世迷い言でも!皇族である事しか無いんだ!

 無いんだよ……理想論の皇族の体現を目指し続けるしか、おれに……居場所なんて」

 パアン、と軽い音がした

 暫く何が起こったのか分からなくて

 

 少しして、痛そうに右手を擦る少女に、自分の頬が叩かれたのだろうという簡単な答えに漸く気が付く

 幼い少女の手では、仮にも皇子であるおれの防御を抜けなかったという奴であろう。無理もないのだが、何となく寂しくなる

 自分が化け物な気がして。いや、沈むのは筋違い、そんな化け物(皇族)である事しか頼りにならないってのは分かるんだが

 

 「そんな自己満足に、わたくしを巻き込まないで!」

 ヒステリックな叫びが、耳を打つ

 そうだ。分かっている。変だ、なんて

 それでも、おれは皇族であるという理想論を掲げ続ける。それは、おれとひとつになった本来の第七皇子だって同じだろう。だからこそ、おれが回避すべき死がある

 元皇族である自分一人が、殿として残る事。自分一人が命を捨て石にするその行動でより多くの人間の命が確実に救える。故に、彼は原作のシナリオで殿を勤めたのだろう。皇族としての夢想論を貫くために、死ぬと分かっていて殿として皆を逃がし、そして死んでいった

 だから、だからこそだ。おれは彼だ。今のおれは名前も忘れてしまった日本人の意志を持つ、第七皇子ゼノなのだから。その意志を曲げてはいけない、曲げるわけにはいかない。どれだけ辛くとも、苦しくとも、それもひとつになった『おれ』の意志だ

 それがどれだけ馬鹿馬鹿しくても、貫こう。故に、やることは一つだ。そもそもおれが殿として命を擲つ必要が無いように、そのルートを辿らぬように、この世界を生きる、それしかない

 

 「……そ、そんな

 そんなのとこんやくしゃ、だなんて!

 嫌ですわ!こんなの!」

 「当然、かもな」

 おれだって嫌だ。自分より、見ず知らずの誰かを優先するかもしれない恋人なんて正直な話嫌だろう

 それでも、おれはそうでなければいけない。それが、おれ唯一の存在意義だから

 「でも、解消は出来ない。今更婚約関係を解消して、面子が潰れるのは両方だ

 だから……ニコレット嬢。おれは、君が何をしようが、誰と恋をしようが、一切関与しない。こんなおれに、君を縛る権利はない

 そして、君を本当に好いてくれる人が出来たら、その時はおれから婚約を解消しよう。本当の恋をした二人を引き裂くわけにはいかない、とね」

 口をついて出るのは、中々に相手に都合の良い話。けれども、それで良い。原作通りだ

 第七皇子の婚約者な割に、原作のギャルゲー版でニコレットは最初から条件無く好感度を稼げるキャラであった。それは、皇子との関係が後ろ楯とかそういった政略のみであり冷えきっていると全員が知っていたから。故に、恋しようが何だろうが誰も気にしない。第七皇子なんて忌み子だしな

 

 「……何か、企んでますの?」

 怪訝そうな目を向けてくる少女

 「お、皇子さま……」

 横で聞いていた銀髪の少女は、なんというか複雑そうな表情で見上げてくる。混乱と、少しだけ顔を綻ばせたりと良く分からない入り交じった顔

 

 「何も。おれという忌み子に、付き合わせるのは悪いって」

 「ふん。わたくしより、そこのやあの黒いのの方が大切なんでしょう?

 ええ、分かりました。こんな皇子こっちから願い下げですわ。何時か素晴らしい王子様を見付けて、あなたに婚約破棄を求めてやりますの」

 言うだけ言うや、明るい髪の少女は踵を返し、孤児院を出ていく

 

 「……そんなんじゃ、ないんだけどな……」

 火傷で痒む頬を掻きながら、そう呟く

 もしも。アナを見捨てなければ誰も助けられない事が起きたとしたら。おれの命でも、代わりにならないとしたら。その時はきっと、おれは……同じことをするだろう。血反吐を吐きながら

 

 「……そうなの?」

 その声は、予想もしない音程で

 「……ってアルヴィナ?何時から居たんだ」

 さも当たり前のように、黒い少女が何時もより更に地味なドレスで……いっそ庶民に紛れ込める貴族の女の子としてはみすぼらし過ぎて嫌がりそうな格好で立っていた

 トレードマークにでもする気なのかぶかぶかの帽子と、貴族内では金無いんだなと笑われるミニスカートで、何時ものほぼ無表情

 

 「こいつ本当はの辺り」

 「随分前だな!?」



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嵐、或いは暇親父

そして、それだけではなく

 「何をしている、馬鹿息子」

 周囲の空気が燃え上がったかと思うや、炎は人の形を取る

 突然、父……当代皇帝であるシグルドがその姿を現していた

 

 「ほ、ほえ?」

 「……驚愕」

 二人の少女が首をかしげる

 知らなくても無理はない。今、眼前で父が使ったのは転移魔法に属するものだ。自分をワープさせる炎属性に類する魔法。自分しか飛ばせないのが欠点だが、そもそもこんな魔法使える奴は頭可笑しいスペックしてるから問題ない

 ゲーム的に言えば、炎魔法:Sという当然の前提条件の他に、最大MPと魔力数値制限がついていて、その条件を満たせるのが最上級職の10レベルくらいから、という感じ。厳選してステータス伸ばせばもうちょっと早くに使えるようになるものの、ちょっと最上級クラスに行かずに条件を満たすというのは厳しい程度の数値だ

 原作ゲームの時代になれば兎も角、現在最上級職の人間は数えきれる程度しか居ない。7人くらいだったか。つまり、当然のように父の見せたこれは、他に可能な人間がほぼ居ない偉業である。まあ、ぽかんとするしかない

 

 「親父……

 いきなり現れられると困る」

 何故来たのだろう、そこは分からず、おれはとりあえずと水を用意する

 「不要だ。すぐ帰る

 というか、仕事中に来てるからな」

 いや、何で?

 「あ、あの……

 な、何か、御用でしょう……か」

 おっかなびっくり、銀の髪の少女が上目遣いに尋ねる

 「どうせ、余計な事で馬鹿息子が報告を悩んでいるのだろうと思ってな」

 「余計な事?」

 「ああ、如何に自分を無能だと見せないかだとか」

 完全にバレている

 だから、おれは尋ね返す

 「どうして?」

 「どうしても何も、報告書に全くもって無用な事だからだ」

 「……必要」

 アルヴィナが、ぽつりと呟く

 「いや、不要だ

 書くべきはただ一つ。我が娘……つまりお前の妹が、どれだけあっさりと相手の計画を叩き潰したか、それだけだ

 お前自身についてなんぞ一言も要らん」

 「え、で、でも……」

 「馬鹿息子。お前は何者だ?

 答えは一つだ。アイリス擁立派だ。ならば分かるだろう、書くべきは、擁立した皇女が如何に凄い存在であるか」

 「……でも、活躍したって言わないと皇子さまが」

 「ふっ、案ずるな」

 ぽん、と父皇は少女の頭を撫でる

 ちょっと、力が強すぎるくらいの勢いで

 

 「結局のところ、大半の事を決めるのは(オレ)だ。そして、オレは至らないなりに全力を尽くしたという事を既に聞いた

 やった、が許されるのは子供までだが、お前は子供だろう。ならば、問題あるまい」

 ……言い方は相変わらず分かりにくい

 けれども、多分……お前が頑張ったのは知っている。ならば、誰が何と言おうが負け犬の遠吠えだとかそんな感じ……なんだろうか。自信がない

 

 「……それは、違う」

 だが。そんな皇帝の言に真っ向から歯向かう者が居た

 片目の隠れたまま、けれどもうっすらと見える眼にも強い光を持った幼い少女。いつも通りの似合わないぶかぶか帽子のリリーナ=アルヴィナである

 「ほう。何が違うと言うのだそこの

 いや待て。名前をまずは聞こう。可笑しいな、馬鹿息子等の為にと大半の貴族の娘の顔は一通り覚えていたと思うが……」

 少しだけ顔を歪める男に、物怖じせず少女が告げる

 「リリーナ。リリーナ=アルヴィナ」

 「アルヴィナ……

 居たか、そんな貴族」

 「木っ端」

 アルヴィナ?自分で言って良いのかそれ

 「言っちゃったけど……良いのかな」

 素朴な疑問を溢すアナ

 うん、おれにも良く分かるぞ

 

 「問題ない」

 いや無いのかよアルヴィナ

 「彼が良く言う忌み子や、最弱と同じ

 単純明快、事実」

 ……ぐうの音も出ない

 

 「そ、それもそうだな……」

 少しだけ汗を拭いたくなりながら、そう返す

 ひょっとして、自称でそういう言葉を使うのって不味かったのだろうか。いやでも、原作のゼノからして、最弱の皇子だよ、とか忌み子なおれとあんまり居ないほうが良いとか言ってたしな……

 「言われたな、馬鹿息子」

 「頼む、止めてくれないか親父……

 情けなくなってくる」

 「閑話、休題

 彼の眼を、努力を、否定するのは……駄目」

 「眼?」

 時折アルヴィナって不思議な事言うよな

 おれの眼をじっと見詰めていたりする。透視というか思考を見透かそうとでもしてるんだろうか。現状そんな魔法を使っている様子はないけれども

 「だけど、撤回

 周りは、知らなくて良い、かも」

 ……いや、そこは最後までフォローしてくれアルヴィナ

 

 「……眼、か

 皇民アナスタシア、そして……リリーナ。お前達から見て、こいつの」

 と、おれを見下ろし、父は続ける

 「眼とは何だ?」

 ……何だろうこの質問

 「明鏡止水」

 迷わず、黒い少女は眼の光りも揺れずに決まりきっていたように返す

 四文字!しかも熟語。単純かつ分かりやすく……いや、分かりやすくないぞアルヴィナ?

 明鏡止水という単語は分かるんだが、おれとそれが結び付かない。明鏡止水の境地ってもっと黄金に光ったり……はアニメ的表現か。でもおれ別に水の一滴とか……

 見えるわ、ばっちり見える。水の一滴を斬れとか師匠に特訓されたわ、致命傷となる矢だけ切り払う練習と称して

 ……って、だからなんだよ!?

 

 なんて脳内で悩んでいると、銀の髪の幼馴染側も答えていた

 「え、えっと……

 わたしには、ちょっと。けれど、火傷があって

 なのにあんなに頑張って……凄い、って

 

 なんとか、できないかな、って」

 ……こっちは此方でズレてないか?

 聞かれたのは眼であって、顔じゃないと思う。眼にまで火傷は来てないしな

 

 「……明鏡止水、か。面白い解釈をする、リリーナ」

 ふむ、と割と満足そうに父は頷く

 いや、いつも通り険しくて怖いんだが、何となく空気が優しい。この人の感情読み取るの大変だなオイ。原作知識無いとキレてるようにも見えるぞこんなの

 

 「オレには、ただ忌み子な自分に自棄になっているようにも見えるがな」

 ……そんな忌み子におれを産んだのは、母と禁忌だと知りつつうっかりやることやった親父のせいじゃないのか

 「ふ、やるか?馬鹿息子」

 「勝てるかぁっ!」

 バカか?バカなのかこの人!?

 一年前弱さを教えてやるってボコボコにされたせいで本来のゼノ人格ぼろっぼろになるんだぞ!?反省が欠片もない

 いや、おれとして一つになったせいで反省もなにも無いか

 「冗談だ

 お前がだからこそ皇子の理想たろうとしている事は良く知っている。それを貫くというならば良し

 だが、覚えておけ。お前が皇族だから、此処はこうして運営出来ている」

 子供達が怖がって扉からこそっと覗いている孤児院を見渡し、父はそう告げる

 「……分かるな?

 命を張るのは結構だが、命あってこそ守れているものもある。そこは忘れるな」

 ……心配、してくれたのだろうか。無理すんな、と

 いや分かりにくいよ、親父……

 

 「……ふん

 ところで、馬鹿息子。皇子の道楽だ、将来の側室狙いと仲良くするのは別に構わんが、婚約者はどうした」

 二人の少女を交互に見つつ、父は唇を少しだけ吊り上げて尋ねる

 「狙ってねぇ!?」

 とんでもない爆弾投げるなこの親父!?

 アナやアルヴィナに一気に引かれるぞオイ!ひょっとして仕事に嫌気が差して名目つけておれで遊びに来たんじゃないのかこの皇帝

 

 「……彼女は、普通だよ」

 「普通の馬鹿」

 何かアルヴィナがさらっと酷いことを言っているが無視。何か嫌われてるなーニコレット

 「普通は、皇子に好かれようとするものじゃないか?」

 「最後に勝つ為に、手を離したら嫌われたよ」

 事実である。まごうことなき事実だ

 いや、思い返すと情けないにもほどがあるなこれ。原作でもやってたんだろうけど

 ……おれが今のおれな以上、何とかしてそこ変えるべきだったんじゃないだろうか。いや、今更だしそもそもあそこで離さないという道を選んでも勝てなかっただろうけど……

 「つまりお前は、婚約者よりもそこのを選んだということか」

 なるほどと、父はからかう

 「違う」

 端から見ればそうかもしれない。アルヴィナだけが立ち位置的に巻き込まれない位置で、助けやすい場所に居た。それだけだなんて言っても信じられるはずもない

 いや、これニコレットキレても仕方なくないか?改めてそんな自分にため息を付き

 

 「……勝った」

 いや勝ってない

 「……でも、聞きたい

 ボクを、助けたのは……」

 不意に、その金の瞳に魅入られる。見詰めてくるその眼から、視線がずらせない

 何時しか、帽子を少女はその胸元に握り込んでいて、頭頂には何時の日か見た耳が思考の代理のように震えている

 「ボクが、ヒロインだから?」

 「……え?」

 その言葉に、固まる

 

 ヒロイン。その言葉は、普通に聞けば普通の意味だろう。そんな意味で言われる理由は微妙に想像が付かないが。

 だが、彼女に……"リリーナ"=アルヴィナに限り、その言葉は特別な意味を持つ

 そう。乙女ゲームの主人公という意味でのヒロインという第二の意味。外見3タイプのうち一つに育ちそうな彼女は、おれに問い掛けている……のかもしれない

 自分がゲームの主人公だから、確実に助けようとしたのかどうか。未来を、ゲームの内容を知っているのか

 言ってしまえば、これは問い掛けなのかもしれない。自分はエッケハルトみたいな転生者だけれども、おれはどうなのか、という

 それに……どう答えるべきだろうか

 エッケハルトの時は、おれもそうだと素直に返した。他に居るなんてな、と盛り上がったのもある

 此処でそうだと返せば、行けるかもしれない。そもそも、原作主人公のうち、第七皇子ゼノと関係を特に持たないのが原作リリーナだ。そんなリリーナとこうして同じゲームのほぼ写しのような世界に生きる転生者という形でも縁がしっかりと出来たならば、おれが死ぬあの殿という方向へ物語を進めない事だってきっと出来る。実際問題、アナザー編とかだとそもそも再加入で死ぬイベント回避できるしな

 

 ……それでも

 「違うよ、アルヴィナ

 誰しも、自分という物語の主人公(ヒーロー)だ。おれが、第七皇子ゼノという人生(ものがたり)の主役であるように

 決して、単なる恋愛相手(ヒロイン)じゃないよ」

 おれは、この道を選ぶ

 おれは、普通の第七皇子ゼノとして接する。ぶっちゃけ、淫ピ……ってかピンクのリリーナとか、エッケハルトとかはかなり分かりやすく転生者なんだが、おれって初見だと原作通りっぽくて分からないらしいからなエッケハルト談だが

 それが、何かアドバンテージに繋がるかもしれない、そう信じる

 

 「……ヒーロー」

 ぽつり、と黒髪の少女は呟き

 「ヒーロー?どうして?」

 アナが首を傾げる

 あれ?何でだろうこの反応

 「なあ馬鹿息子

 ヒロインとは恋愛相手。それは物語における意味として成立するので良いが……何故そこにヒーローが絡む

 異次元では、ヒロインという言葉に女主人公(ヒーロー)という意味もあるらしいが……何処でそんな偏った知識を得た」

 ん?ミスった?

 「ヒーローとは、かつての大戦の……或いはその他の英雄の事だろう?勝手に主人公という異次元での意味を前提として語るな

 伝わってないだろうが」

 ……そういえばそうだ

 すっかり忘れていたし、おれの中にある記憶では普通の事だったが、この世界のデフォルトのヒーローという意味に、主人公という意味も乙女ゲーの攻略対象という意味も日曜日にやってた変身する仮面の人々という意味も無い

 「……悪い

 昨日異次元について読んだせいで、混同してた」

 どうしようと思いつつ、とりあえず明らかに取り乱しては怪しすぎるので平常心っぽく誤魔化しを入れる

 「ったく、しっかりしろ馬鹿。寝惚けるな

 そろそろ時間だ、(オレ)は帰るぞ」

 誤魔化せたのだろうか

 当然ように魔法書を取り出すや、出てきた時のようにさくっと転移で父の姿は消えた

 「あと一つ。匂いが臭い、もう少し洗い流せ、リリーナ」

 とだけ、最後に言い残して

 

 「あ、相変わらずの嵐……」

 「す、凄い人だよね、皇子さまのお父さん……」

 アナと顔を突き合わせて、そう呟きあう

 「アルヴィナ、気にするな

 正直、おれは全く臭いとか思わないよ。あの人の鼻、たまにちょっと鋭すぎるんだ」

 ついでに、最後に投げられた酷い言葉へのフォローを加えて

 「……ごめん

 気になる」

 「そう、か

 おれは気にならないんだけど、自分が気になるならしょうがないな

 気を付けて帰るんだぞ」



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資料、或いはキャラ紹介(1章編)

今章でまともに登場したキャラ、及び大きく開示設定の更新があったキャラのみが載ります
つまり、何一つ変わってない第七皇子等は載りません


"天光の聖女"リリーナ=アルヴィナ

【挿絵表示】

 

固有スキル:???

本名、アルヴィナ=ブランシュ。ゲームにおけるラスボス、テネーブル=ブランシュの実の妹。決してゼノ等の言う聖女ではない

原作においては、未登場。正確に言えば、登場そのものはしていたのだが、あくまでもモブ。作中で倒された四天王等を永遠の存在(アンデッド)として蘇らせたり、兄が倒された後に残された者達を束ねて戦いを止めたりと絡んではいたのだが、直接対峙はしないし顔も無いモブである。因にだが、黒いリリーナの外見立ち絵等はシナリオに組み込めないからと没にされた魔王の妹の立ち絵の流用である為、外見がリリーナと同じなのはある種当然

そんな経緯から、ソシャゲ版のみで語られており、ソシャゲやってないゼノ等は彼女が何者であるかを知らない

当初、自分が真性異言であると自覚した兄テネーブルの言葉に応じ、原作では主役側な人類側に未来を知る兄を脅かす真性異言が居ないかどうかを探るため、人間のフリして帝国に潜入したのだが……

性格は物静かで本好き。魔神族の中では大人しくて粗暴さは特に低い。のだが、元々の自身の力が死霊術であり、死人を操れるせいか他人の命というものに頓着しない。寧ろ、気に入ったらさくっと直ぐに殺してしまう

単なる潜入であったはずだが、真性異言の疑いを持たれていた少年、ゼノと邂逅。その際、皇子で在り続けなければという意志の眼に一目惚れ。彼を殺すのは簡単だが、殺す事で手に入れてしまったらこの眼はしてくれない。という事で、初めて彼女は殺して永遠にするのではなく、自分の魅力で彼を落とす事を目指す

宝物は、彼のくれたぶかぶかの帽子と、既にアンデッドにした彼の買ってくれた犬。兄は嫌いではないが、基本ウザイので態度は素っ気ない

原作とは多少違うが、それはあくまでもゼノという見惚れた眼の持ち主に出会っているか否かでしかなく、本人に真性異言は無い

 

"天光の聖女"リリーナ(リリーナ・アグノエル)

【挿絵表示】

 

ピンク髪のリリーナ。原作主人公にして、やっぱり真性異言の持ち主

馬鹿聖女。様々な物語に出てくる中でもありがちな、自分はヒロインだから……でその世界の常識からすれば可笑しな行動をそうと気にせず取ってしまう馬鹿。良く居る噛ませ転生者原作ヒロイン枠。だがしかし、彼女こそが原作におけるヒロインであり、聖女であるという事は間違いない。そんな彼女がどうこうなれば、それは人類は聖女という巨大な戦力を欠いたという事になってしまう

その為、あこいつ転生者だろうなと気が付いていながらも、ゼノは案外彼女を気にかけていたりする。本人は気が付かず、やった原作では攻略出来なかったけどこの世界なら行けそう!と純粋に喜んでいる

 

"第三皇女"アイリス

【挿絵表示】

 

ゼノの妹。忌み子故に魔法が全く使えない彼とは真逆に、魔法能力が高すぎて肉体がついていけない病弱皇女

元々、自分を何かと気にかけてくれる家族自体ゼノしか居なかった事もあり、辛辣に見えて別に兄を嫌っているなんてことは欠片もない。単純明快、保つべき距離感が分からず、心を許しているメイド達の行動が結構粗雑だからそんなものなのかと思っているだけの世間知らずである

 

"夢見の白書"ニコレット

フルネームはニコレット=アラン=フルニエ。アラン=フルニエ商会の娘。原作では平民な女キャラとして登場

ちょっとワガママなところと夢見がちなところのある普通の女の子。ゲーム内では、書いていた小説ノートを落としてしまい、主人公がそれを拾ってしまった事から交流が始まる

お伽噺や絵本の白馬の王子様というものに憧れ、そんな恋をしたい恋に恋を始めたばかりの少女。原作でも一応第七皇子の婚約者という事になってはいるのだが、彼は白馬の王子様と真逆であるとしており、関係性は冷えきりに冷えきっている

それはこの世界でも彼の行動が原作と変わっていない為特に変わらず。自分を見て欲しい、特別に扱って欲しい、だって婚約者で、特別な女の子のはずだから。そんな当たり前をしてもらえなかった少女は、当然のように彼を嫌っている



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二章 第七皇子と新たな真性異言(ゼノグラシア)
入学、或いは付き添い


これまでのわたしの第七皇子さま
治療方法が高くて手が出せない呪いの病に全員が何故か掛かっちゃったわたしたちの孤児院。唯一進行が遅いわたしがふらふらと迷い込んだのは、皇城の外れだった
そこで出会ったのは大人びていて火傷痕が痛々しくて、とっても優しくて何処か寂しそうな第七皇子さま。見ず知らずのわたしたちの為に自分のお金を惜しみ無く使ってくれて、わたしたちはその病を治療できたの
でも、皇子さまがやってくれたのはそれだけじゃなくって、わたし達が悪い人さらいの人達に浚われた時に助けに来てくれたし、皇子さまはその時何にも悪いことしてないのに怖がらせただろ?って犬も買ってくれたし……。わたしは知らなかったけど、その犬を売ってた人達は同じく人さらいの一団で、魔神王復活の予言が近いからって兵士用に子供を浚ったりする気だったのを、皇子さまと不思議な猫ちゃんの姿をしたその妹さんが止めたりもしたんだって
そんな大活躍の皇子さまだけど、わたしはちょっと思う
皇子さまは一人でずっと頑張っていて、わたしたちを護ってくれた。見ず知らずだった時から、ずっと。なのに、多くの人は、皇子さまは皇子だから自分は助けてもらって当然って言ってる。もっとしっかり助けろって、文句だって言ってたりする
皇子さまが皆を護ってくれるなら、誰が、皇子さまを護ってくれるの?わたしじゃ、だめなのかな。護れる人に、なれないのかな。そう思ったんだけど、わたしには当然だけど天才の人にしか来ない学校への入学案内は来なくて
皇子さまは、妹さんの付き添いでその学校に行くんだって。この一年で出来た友達のリリーナちゃんも。ずるいなって思うけど、お願いリリーナちゃん。皇子さまを、護ってあげて


「……ゼノ!?何でこんな所に居るんだよ!?」

 「エッケハルトか。何でなんだろうな……

 まさかおれも、来ることになるとは思わなかったんだが……」

 原作ではこんなん無かったよな、と思いながら、おれはぼんやりと眼前に聳え立つ白亜の塔を見上げ、呟いた

 

 あれから、更に一年とちょっと。アイリスは6歳、おれは7歳になっていた

 そういや、正確にはアナ達はどうなのか聞いてないな。たぶん同い年ではあるけど

 ってか、一年が365よりも多いからか(といっても384日だっけか)、それとも魔法だなんだで一人立ちが早いからなのか、この世界の子供が大人びるのはちょっと早い。7歳と言えばまだまだ小学校低学年って感じだが、それよりは思慮深い……とも限らないな、うん。アナは割とそこら辺気にしてくれるんだけど

 

 そうして、おれが何でこんなところに居るかというと、白亜の塔、つまりは国立学園初等部に入学しにきた……訳では無い。第一、入学するには一年遅い。6歳で入るものだし

 初等部は、本当に選ばれた者だけの場所だ。覚醒の儀において一定以上の非常に高い数値を出した者のみが招かれる、それが国立初等部。ゲームの舞台となるのは高等部でありそこは割と入りたければ入れる感じ(但し特待生以外はかなりの金取られるので基本は貴族の園だ)なのだが、初等部は違う。完全招待制。どんな家柄でも、そもそも一定基準を越えなければ入ることすら不可能だ

 そして当然、忌み子なおれにそんな基準を突破できる筈はなく。だからおれは初等部には居てはいけない存在

 そりゃ当然、選ばれたものであるエッケハルトは首を捻るわけだ

 

 「……ほんと、何でだろうなー」

 その原因である猫を頭に乗せて、おれはぼやく

 「というかさ、第六皇子も居ないんだけど何で?」

 横に並びつつ、一年越しに会った同じ転生者な友人が聞く

 「ああ、あの兄さんか

 基準落ちた。ってか、半分以上が落ちるぞ皇族」

 知らなかったのか?と言ってみる

 いや、普通基準は皇族なら越えるって思っても仕方ないか

 「ウッソ、ひょっとして此処に居るの皇族の半分より上……」

 ちらっとおれの頭を見て、一言

 「な、訳ないよなー」

 「無いぞ。勝ってるとしておれだけだ

 此処は将来を担う筈の優秀な子供のための場所。元々チートだって分かりきってる皇族ってさ、特に皇帝に近いだろう子と将来を担う子供が縁を結びやすいように、基準がクッソ厳しい。皇族基準で尚合格した普通の人間が居たら、ぶっちゃけそいつは神童、超天才だ」

 ゲーム内でも居なかったくらいのヤバい奴である。その凄さは推して知るべし

 因にだが、初等部行かなかったからといって皇帝になれないわけではない。ってか、親父がそもそも行ってないからな。あの人が何よりの証拠だ

 

 「それでさ。ゼノは……」

 『なーご』

 頭上、満足そうに頭の上で丸まる猫……正確にはゴーレムに苦笑しながら、おれは友人に笑う

 「妹はそりゃ基準越えたからな

 妹の付き添いだ」

 因みに、正門は魔力によって開くように出来ていたのだが、当然おれが触れてもエラー吐くだけであり、門番の人に言って開けてもらった。何だこいつって眼をされたけれども、付き添いなので許して欲しい

 

 「にしても、アナちゃんは無理だったかー」

 ぽつり、とエッケハルトの奴が呟く

 まあ、仕方がないかもしれない。この初等部、別に出れない……なんて事はないし、家にだって何時でも帰れる。寮はあるが、普通に門の外には貴族の邸宅が並ぶ上級区があるんだよな。なので、正直平民出ながら初等部に招かれた余程の天才かがっこうぐらし!と洒落たい子供しか寮生活はしない

 なので、会えないって事はないんだが……どうしても、初等部の授業ってあるからな。他にも家でのアレコレとかあるし、会える時間は少なくなる

 逆に、クラスは学年1つ、生徒は学年に20人居れば多い方って少数精鋭だから、その皆の結束は強い、らしい。なので、気になる相手と初等部で一緒になったなんて起きれば、急接近のチャンスである。実際、初等部で相手を見初めて婚約に至るのって割とあるらしい

 らしい、ばっかりだが仕方ない。基本縁無いからな

 「バカ言うなよ。平民だろ」

 「いやー辛いわ、才能が」

 「弄くった癖に?」

 と、止めようか

 

 「リリーナは、来なかったか」

 話を変える

 あまり話をしてなかったからな、ここ一年

 「ああ。来なかった

 ってかゼノ、お前来ると思ってたのか」

 「いやだって、あいつ転生者だろ」

 有りがちだろう、原作とは違うどうこうが、とおれは続ける

 いや、まあ、あの転生者丸出しのアホムーヴをかました桃色リリーナがこんな実力主義の初等部に入れるなんて思ってなかったんだが、それでも、あるだろう?謎のチートを神から貰ったから頭はバカ丸出しながらアホみたいに強いっていう話とか

 もしかしたら、この初等部に来る攻略相手とフラグ立てたいとかで何か潜り込んでたりするんじゃなかろうか、とか思ったんだが、普通に落ちてた

 因に、ヤバいとは思いつつ、時折それとなく夜会で見てみたりと監視はしている

 あんなんでも、聖女の可能性高いからな。当然、原作ゲームでは主人公である聖女が死ねばゲームオーバーだし、この世界では流石にそんな事は無いだろうが詰みかねないから見ておくべきってのがある

 

 「マジでか

 結局出会ってないからなんとも言えないんだが」

 「あいつはマジものだ。お前並に分かりやすい」

 「ちょっと待てバカ皇子」

 「何だよ、ミスター七色の才覚

 固有スキル変わってる時点で偽物かチート持った転生者確定だろお前」

 なんて、不毛な争いは置いておいて

 

 『にゃっ!』

 「悪い悪い

 行こうか、アイリス」

 頭に爪を立てられて、おれは友人から離れる

 因にこの猫ゴーレムだが、向こうに声は通るようになっている。なので、おれが転生者目線で話しているってのは聞かれてるんだが……

 実はおれ、別人だったって夢を見たことがあるんだ、と言ったら納得された

 ってそれはどうなんだアイリス。言っちゃなんだが、普通にヤバい発言だぞあれ。というか、おれも転生者だと明かす明かさないの基準がかなり雑だな

 おれは単なる第七皇子、転生者じゃない。そう思われている事が何処かでアドバンテージになる事を期待してる割に、隠しきれてない

 

 「と、そろそろ入部式だ、行かないとな」

 「おう、頑張れよ」

 エッケハルトと別れ(当然だがおれはアイリスの付き添いである。その為、おれと同い年の彼は既に先輩側だ。入部式に出る必要はない。但し、初等部生代表だけは別だが)、塔へと歩く

 

 大丈夫、覚えている。そう、代表の言葉はまず兄のおれから代理で喋ることへ謝罪しつつ、猫ゴーレムには自分が喋る力か聞いたことを自分の耳に届ける力かまだ片方しか選べなくて、その場の空気を感じるために後者を選んだが故だと弁明することから初めて……

 

 「この初等部で過ごす三年間が、わたしたち、そして未来にとって大いに実りあるものである事を切に願います

 新入生代表、第三皇女アイリス。というか、代理、第七皇子ゼノ」

 ……こんなんで良かっただろうか

 ぶっちゃけ妹にはこういった代表挨拶なんて縁がないからおれが昨日まで考えて、そしてアイリスからすきにしてと許可を貰った新入生の言葉を言い終えて、辺りを見回す

 ……拍手は、まばらだ。いや、ほとんど無い

 ってか、普通にヘコむなこれ。何が悪かったんだろう

 で、拍手してくれている珍しいのは……

 その方向に注目し、そして、変なものを見た。相も変わらず似合わない帽子がトレードマークな、白に赤色の糸で刺繍の入った制服に黒が映える少女

 アルヴィナじゃんあいつ。何で居るんだ。後で聞いてみよう

 

 と、マイク……も拡声魔法の為おれには使えず、声を張り上げるしかなかったものの形式的に持っていた拡声魔法の道具を突然ひったくられた

 「ご苦労!

 とまあ、お前何で居るの?ってのが先行され過ぎて拍手は無いが気にするな代理」

 ……親父である。暇なのか皇帝

 

 「ということで、学長のシグルドだ」

 ……そういえばそうか、と軽く頷く。国立だけあって、初等部は皇帝が学長なのだ。変な偏向基準などが無いように、と

 いや、昔あったらしい。基準をねじ曲げたりして、次の皇帝の側近になれるようにと自分の血の入った子供を思い切り送り込むとか。結果、一定数値の基準ラインを本当に満たしたかどうかというのは、そういった思惑が介入しえない皇帝が判断する事となったのである。因にだが、基準は割とフレキシブルに変わる。絶対値で幾つってやると、2人しか居ない学年とか出るからな、逆に低すぎると数百人出るので、そこは皇帝の裁量だ

 

 「さて、新入生とその周囲の諸君

 代理が忌むべき者だからといって、それで拍手を止めるのはどうだろうか。あくまでも彼は代理だ

 と、小言を言う気はない。だが、礼儀は守れ

 さて。わざわざ今年オレが出向いた理由だが……」

 一拍置いて、わざとらしく左手を上げる

 そして、指を弾くや、塔二階の部屋に掛かっていた垂れ幕が燃え上がる

 そして、その向こうに居たのは、多分此処で見ている皆と同い年の少女であった

 まず目を引くのは、グラデーションカラーの髪。ツインテールに結いあげられたその髪は、ストロベリーブロンドとでも言うべきだろうか、赤っぽく鮮やかな金から毛先につれて色が薄くなるという結構特徴的な色合いをしていた。毛先はほぼ銀だ。それも、おれみたいな灰に近い汚い色ではなく、輝かんばかりの美しい色。アナも似た色だな、いや、グラデーションしてない分銀の綺麗さはアナが上

 次に目を集めるのは勝ち気そうなエメラルドの瞳。吸い込まれるような綺麗さは、ってそんな感想アルヴィナでも持ったな

 

 感嘆の息だけが流れ、講堂が静まり返る

 当然だろう。グラデーションストロベリーブロンドの髪にエメラルドの瞳。割と魔力の影響か特殊な髪色が出やすいこの世界において、グラデーションというのはとても貴重だ。特に、先が白くなるのはたった一つの一族にのみ発現する特殊色

 聖教国のトップ、いや実質的トップの地位を代々受け継ぐ一族。枢機卿(カーディナル)の一族の証である

 因みに家の皇族補正のようなもので、オリハルコングラデーションと呼ばれる先が銀になる髪色が子供に受け継がれるのはあくまでも枢機卿になった者の子のみだったりする。恐らく、片親の職業が枢機卿、という発現条件があるんだろう。皇族のチートスペックも、皇帝or皇太子の子限定だからな。後に皇帝になる者でも、皇帝か皇太子の地位を得てその職にクラスチェンジするまでに仕込んだ子には皇族補正がない。だからたまーに産まれるらしい、皇族扱いされない長子とかいう可哀想に過ぎるものが。忌み子とどっちが辛いだろう、あれ。自分だけ弟や妹と違って、スペック一般貴族だとか……吐きそう

 

 閑話休題。とりあえず、見て分かる隣の国のお偉いさんの娘である。そりゃ突然お出しされたら空気も凍るだろう。アルヴィナだけは眠いのか小さく口を空けてあくびをしているが、あいつ勇気あるなとしか言いようがない

 

 そして……

 おれは、彼女を知っている。正確には、そのストロベリーブロンドのオルハリコングラデーションというこの世界に一人だろう髪色のヒロインを知っている、というべきか

 

 まあ、当然だ。そんな感じの奴、ゲームに居たらそりゃ攻略できる。アルヴィス編での攻略ヒロイン。2年になると聖女とは聖教国の私こそがそうなるに相応しいはず!とリリーナに対抗するように押し掛けてきて……という形で追加されるはずの相手だ

 ……だから、違和感がある。アルヴィスと同学年、つまりおれと同い年のはずなんだ、彼女。それに、幼少にどうこうは起きなかったはず。彼女のシナリオにもそんな感じの言及は無かった……と思う

 

 「ごきげんよう、皆さん。そして、猫の後ろの貴女

 わたくしはヴィルジニー。見ての通り、聖教国の枢機卿の娘ですわ。この度、帝国とお父様との話し合いの結果、わたくしがこの国の初等部に留学、という形の和平が考えられましたの

 元々は、皇子と婚約等も一手と思っていたようですが」

 エメラルドの瞳が、おれを見る

 「出せるのが、忌み子では」

 小馬鹿にしたような、言葉

 

 『にゃっ』

 「良い、アイリス。ふざけた話なのは、事実なんだ」

 むくりと起き上がろうとする猫のゴーレムを軽く右手で抑え、おれは首を振る

 「……とりあえず、これから宜しくお願いしますわ」

 毒気を抜かれたのか、それともそもそも何も喧嘩売りに来たのではないのか。あっさりと、ブロンドの少女は一礼して引き下がっていった




ということで、もう少しの間幼少編となります
というか、タイトルに雷刃とあって原作初期から持ってると明言しているタイトルの武器出てくるの遅いですねこれ…


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誤算、或いはメイド

「……ふう」

 寮の一部屋。ぶっちゃけあまり使われていない其処で、おれは軽く息を吐いた

 

 疲れた。精神的に、だが。いや、ボロクソ言われるのは何時もの事なんだが、なぁ……

 ぽふん、と軽い音を立てつつ、ソファーに沈みこむ

 ってか柔らかっ!?このソファーどんな材質だ柔らかすぎる。家にあるのもっと硬いぞ

 なんて、予想以上に沈む体に驚愕し、床に転げ落ちる

 「くすっ」

 「って、笑わないでくれ、アイリス」

 そのまま、おれはベッドの方を見て呟く

 

 そう、ベッド

 寮に入る奴はあまり居ない。と言ったが、まあそれはそれ。理由があれば入る者は居る。そして、これは一つ入るに足る理由であるだろう

 今のアイリスの力では、原作のように皇城から毎日ゴーレムを動かして学校に通うなんて芸当を通しきれないのだ。短期間であれば問題なく操作できるということは一年前の事件で見せ付けてはいるが、あれ一時間も動かしてないからな。毎日朝から夕方前までってのは流石に負担が大きい。ということで、距離が近ければ操作出来るだろうという話となり、こうして寮の部屋を借りたという訳だ

 因みに、この寮の部屋は当然だがおれの部屋ではなくアイリスの部屋。おれの居場所は特に無い

 ってか当然だろ、通うのはおれじゃなくてアイリスだしな

 

 「……じゃ、にぃちゃんは戻るよ」

 少しだけ休めたし、妹も元気?そう

 代わりに新入生代表の挨拶を告げるって役目も終えたしな。もう、おれは居なくて良いだろう

 そう判断し、おれにとっては場違いであるはずの其処を発つ為に、立ち上がり……

 くいっと、その礼服の袖を引かれた

 

 「アイリス?」

 袖を引くのは妹しか居ない。当たり前なんだが、その事に少しだけ疑問を持ちつつ、振り返る

 妹はあんまりおれと仲が良い……って事もない。おれがアイリス擁立のトップらしいと思うと何となく可笑しな感じだが、まあ、妹からすればなにかと絡んでくるウザいお兄ちゃん、って感じなんだろうか。何かと素っ気ない

 だから、何時も出てってと言うように、今回もそうだと思っていたんだが……

 

 『にゃあ』

 「……にゃあ」

 「真似せんで良い」

 袖を引く猫(ゴーレム)に合わせ、にゃあと鳴く妹

 いや、何やってるんだアイリス。可愛いけど似合わない

 

 「どうかしたのか、アイリス」

 「かえ、る?」

 「ああ。もう大丈夫だろ。そのうちメイドの皆も来るだろうし」

 ……そういえば、とそこで思い出す

 何時もアイリスの周囲に居るメイドの皆がまだ到着してないという事を。一応寮とはいえ基本貴族の子弟の為の場所、メイド他使用人の付き添いは認められている。ってか、おれも現状その枠だ。だが、それでも尚審査とかもろもろはあるわけで。だからか、未だに彼女等は姿を見せていない

 おれ?いや、流石に部屋の主の腹違いの兄で皇族って身元はしっかりしてるからな。いかな忌み子でも、そういうものはほぼ顔パスだ。有名って良いな

 余談だが、おれの身分証明は要らない。魔力0なんてゴミ極まる数値は赤子ですら持ってないからな。具体的に言えば、覚醒の儀を受けてない場合魔力とMPが1固定。0ではない。0なのは人間でない者と忌み子だけだから、魔力を要求するあれこれがうんともすんとも言わなければおれだ。魔力0でなければ微弱ながら反応するからな

 

 その関係で、この塔のエレベーターにおれ一人では乗れなかったりするんだが。階層決めるの物理ボタンじゃなくて、魔力を通す事でなんだよな。おかげで魔力0のおれじゃ押しても籠が来ないし来たとしても何処で降りるとか指定できない。じゃあどうやって帰るかって?

 飛び降りりゃ良いだろそんなもん。ってのは冗談……でもなくて、階段なんて無いからな、実際に飛び降りる。エレベーター部分って魔法で動くから普段は吹き抜けなので、下の階に飛び降りるを繰り返すだけで1階にたどり着くわけだ

 

 「……?」

 こてん、と首を傾げる少女。その……一度おれに切られたがまた延ばしているそこそこ長くなった髪が揺れた

 いや待てアイリス。なんでそこで疑問を持つ

 「……どこ、に?」

 「部屋にだよ」

 こくり、と頷かれる

 「まだ、はやい」

 「いや、皇城まで帰るとすると……」

 「?」

 更に首をこてん、と

 いやいや、そんななんで?って顔されても困るんだが

 

 「部屋、上」

 「上には寮しかないぞ」

 因みに此処は塔の上の方の階である。一部屋が1フロア。豪勢である。ってか、風呂とか普通に付いてるしな……。正直おれが暮らしてる場所より広くて豪華だ

 「それ……が?」

 「いや、おれは終わったらもう此処に居ちゃいけな……」

 「付き添い、明日」

 当然とばかりに、そう言われる

 

 「……は?

 ひょっとして、なんだが」

 聞いてなかった話なんだが、嫌な……とは言わないが変な予感がする

 「なあアイリス。おれがお前の代理として頭に猫ゴーレム乗っけて話するの、今日だけじゃないのか?」

 どうもそんな口振りじゃないか、これ

 「……うん」

 「……聞いてないんだ」

 「……言って、なかった」

 「そうか。決まったことなのか?」

 「お父さん、頷いた」

 あ、これ確定事項だ。親父が良しとした以上何一つ変わらない。皇帝の決定が変わるはずもない

 

 「ってか待て、プリシラもじいも呼んできてないぞ」

 自分の世話係を思い出す。彼等だって、今日の朝おれが夜には帰ってくる前提で話をしていた。いやまあ、料理残しておくかどうか、位なんだが……。いや、これでも一応皇子なんだが、それに残り物出すとかどうなんだ。おれは気にしないけどさ

 「……問題、ない」

 「ないのか」

 「伝え、行ってる」

 それもそうか、と頷く。流石に、当たり前だろう

 

 「……けほっ」

 「大丈夫か、アイリス。疲れたならしっかり寝てろよ

 明日から、学校が始まるから、さ」

 そういうことなら仕方があるまい。顔パスとはいえ、魔力無いおれって一人じゃ門通れないしな。毎日皇城から通うって無理がある

 聞いてなかったとかそもそもこんなの原作では無かった過去じゃないかとか色々と問題はある気がするが、まあ今更言っても無駄だ

 ってか、桃色のリリーナ相手にするの疲れるんだよな……。貴方は凄い人だよ!とか言ってくるんだが、転生者丸出し過ぎて気疲れする。そんなのと、庭園会で暫く会わなくて良いとなると……こうしてアイリスに付き合わされて寮生活というのも悪くないかもしれない

 「いや待て。アナ達はどうするんだ

 というか、第一師匠との鍛練すっぽかすとか不味いぞ」

 と、問題に気がつく

 「無、問題」

 「……いや、そんな話は」

 「ほんとう、です……」

 少し不満げに、頬も膨らませて幼い妹は語る

 

 直ぐに、理由は分かった

 「あ、あの!

 は、初めまして!えっと……えっと、お招きいただき、じゃなくって

 この度はわたしに声をかけてくれて、本当にありがとう御座います!」

 ノックも忘れ鍵の掛かってない扉を開くや、テンパった声で語り出す少女

 「……アナ!?」

 「お、皇子さま!?」

 そう。アナスタシア(メイド服)である

 でも、おれがこれしかないからって初対面の時に渡したプリシラのとはデザインが大きく違うな。アイリスのメイド達のだ

 「アナ、どうして此処に?」

 いや、何となく想像が付くんだが、聞いてみる

 「えっと、今日の昼、猫ちゃん……じゃなくて、アイリスさまのゴーレムが来てね?

 わたしを、この学校に居る間の臨時メイドとして雇う、って」

 あ、アイリスが少し自慢げにしてる

 おれへのサプライズのつもりだろうか

 ってか、だ。昼って事は式の途中おれの頭の上のゴーレムとのリンク切って別の動かしてたなさては。いや、一応お前の入部式だぞ聞いてやれよつまらない話だけどさ



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不安、或いは相部屋

「……とりあえず、整理しよう」

 「はい、皇子さま」

 こくり、と頷く色素と生気の薄い妹

 

 「え?アイリスちゃん……居たの?」

 「アナ、誰の部屋だと思ってたんだそれ」

 そんな妹の存在に漸く気が付いたのか、目をぱちくりさせる少女に、おれは苦笑して尋ねる

 「皇子さま」

 「おれにこんな立派な寮で暮らすような資格はない」

 「今、渡した」

 「少なくとも自力では」

 そういや自分の部屋……になるらしい部屋を見てないけどアイリスが用意した以上、同じような部屋なんだろうなーと思い訂正する

 

 「ということでだアナ

 こいつが」

 大丈夫だろうと思って歩いて近付き、肩を抱いてベッドの上に上体を起こさせる。全く力の必要ない病的な軽さに少しだけ顔をしかめ、肉が無いので柔らかさの足りないその体を支える。骨が当たる程の細さ、もっと何か食えと言いたいが、ろくに肉も食べられない貧弱さではそれは厳しいだろう

 「家の妹のアイリスだ」

 「アイリス。第三……皇女」

 「え、えっと、貴族さまより偉くて、えーっと……

 皇子さま、平伏とか、した方が良いのかな」

 「要るか、アイリス?」

 「気持ち悪い」

 妹は無表情でそう応える

 嫌みとかそんなではない。感情はある。基本落ち着いているアルヴィナも割と無表情だが、それとも違う。単純に、感情表現が出来ないだけなんだ。外を全然知らないから

 彼女にとって世界とは部屋と本とおれの話と、そしておれが連れ出した時のゴーレムの視界が全部。そして、彼女の知る本は絵本ばかりだ。だってそうだろう?挿し絵が無ければ何も分からないんだから

 外をほぼ知らぬ妹にとって、物語はほぼ全てが想像もつかないファンタジーのものに等しいのだ。どんなものだって、絵で示してくれないと脳裏に思い描けない。それでは活字の物語はあまり面白くもないだろう。おれならば文章から割と脳裏に描かれた世界が広がるが、アイリスにとってそれは理解もつかない何かが書いてあるだけの活字の列に過ぎない

 そしてこの世界では、絵本以外に挿し絵が入っているのは基本的には学術書ばかりだ。印刷も製本も魔法で出来るので書籍は発達しているのだが、絵はコストが高い。日本という多少脳裏に残る世界の文字とは異なり表音文字なのでこの世界……正しくは帝国の文字を転写するのは割と楽なのだが、絵はそうはいかない。特に術者の力量が足りないと絵は線が大きくズレてしまうからな。書籍の文字は多少実力不足で歪んで汚くてもそういうもので済ませられるが、印刷時に個人差で線がブレて狂った挿し絵入りとか売れないだろう。邪魔まである

 なので、絵本の挿し絵だって基本はかなり簡易に書かれている。ちょっと絵の上手い子供が書いたようなもの。それをお手本にしたらまあ平面猫だって生まれる。そんな狭い世界で生きてきた妹は、どこまでも感情が鈍い。だから、外を見せてやりたかったって思ったんだしな

 

 「ってことで、普通にしてくれ、アナ」

 そんな妹の頭を撫でながら、おれはそう返す。触れられる事は嫌がらないので、宥めるように

 「うん。それで……どう、かな」

 くるっと一回転。ふわりと割と短めのスカートが揺れる

 「似合ってるよ、アナ」

 実際に似合っている。何で淡い銀の髪と白い肌に白黒のメイド服ってこんなに似合うんだろうな。コントラストって奴か

 

 「と、そうじゃなくてだ

 アナ、みんなは大丈夫なのか?」

 孤児院を一人抜けてきた訳で。ここは貴族達の区画なので毎日孤児院から通うにはちょっと遠すぎる。きっと、此処で暮らすしかないのだろうが……

 「あ、そこは何とかしてくれるんだって」

 「かんぺき」

 あ、うん。アイリスの言葉に不安はあるが、言っても仕方ないか

 

 

 「……で、此処が部屋か……」

 それから数分後、おれは壁を蹴って吹き抜けのエレベーターシャフトを使い、上の階へと来ていた

 って、一々これで登るの面倒な高さしてんな此処。魔力0のおれ個人じゃエレベーター動かせないからそこは仕方ないっちゃ仕方ないが、考えものだなこれ

 「あれ?皇子さまは使わないの?」

 なんて、魔力式のエレベーターに普通に乗ってきたアナに言われる始末である

 

 「いや、おれって忌み子だろ?エレベーター動かないんだ」

 「……ごめんなさい、変なこと聞いて」

 「単なる事実だよ、アナ」

 言いながら、思う

 「というか、動かせるんだな、アナ」

 「え?普通動かないの?」

 眼をしばたかせて小首を傾げる少女

 「一定値の魔力を込めないと動かないようになってるらしい。足りないとそもそも動かせない」

 大抵の場合入学を許される域値よりは低いのだったか。まあ、あまり使う人間は居ないとはいえ……いやこのエレベーターは1階から2階なんかでも使われる以上活用されているな。今日も大概の新入生が使ったはずだ。それはもう、域値より高い基準でしか動かないと大問題だ。まあ、これから入学する子供向けの域値である以上、どんな凄そうに聞こえてもレベル差のある大人は大抵なんとかなる数値なんだけどな。どんな天才でもレベルは低いからな、レベルに対する相対的な数値としては飛び抜けていても絶対値はそんなでもない。あれだ、レベル10台で測定された筋力値40越えた奴は異次元だが、上級職にまでなる存在ならば筋力40は当たり前といった感じ

 ま、これはおれの例な訳だが。ま、あくまでも同世代、同レベル帯で飛び抜けて優秀な程ではなくとも動かせる程度な訳だ

 

 「あれ?皇子さまはなら何で上に?」

 きょとんとする少女

 「いや、壁蹴って登ってきた」

 「か、壁……」

 「慣れれば結構楽だぞ。一階だけだから連続で蹴る必要もないし」

 「す、凄い……です、ね」

 ……ちょっと引かれたか、そんな風にも思いながら

 

 「じゃ、色々と大変だろうし、メイドなんて初めてだろうけど頑張れよ、アナ」

 言って、妹から貰った鍵を使って部屋の扉を……

 

 ん?ちょっと待てよ?

 「皇子さま?開けないんですか?」

 鍵を差し込んだまま固まったおれを見て、急かす銀髪の少女

 いや待て。待つんだ。良く考えろ第七皇子ゼノ。気がつけこの違和感に

 

 「……アナ?部屋は?」

 「アイリスちゃんから聞いたら、ここだって」

 「おれは、アイリスから1つ上と聞いたから間違いなく此処のはず……」

 眼前を見る

 扉は1つだ。沢山並んでいるとか、そういった事はない

 

 つまり。つまりだ。妹の言葉が正しいならば、二人ともこの階が部屋な訳で。そして、扉が1つということは、部屋は1つしかないという事だ

 要は……相部屋

 「アイリスぅぅぅぅぅぅっ!」

 おれの叫びは塔の中を反響し……

 

 「……おおごえ」

 更なる来訪者を呼び起こした

 何時ものぶかぶか帽子、リリーナ=アルヴィナである

 「アル……ヴィナ?」

 「リリーナちゃん?学校に行くって聞いてたけど……」

 「寮」

 「……此処はおれの部屋の階らしい」

 嫌な予感がしつつ、とりあえずそう言っておく

 「そこで合ってる。おかね無い、部屋半分」

 だが、まあ、あれだ。結構重そうなトランクごと降りてきた時点で何となく予想はついていたんだ。こんな塔の寮で知り合いを見掛けたとしても普通トランク自分の部屋に置いてから戻ってくるわな。だというのにエレベーターはまっすぐこの階に止まった時点で分かってはいた

 分かりたくなかっただけで

 

 「……そうか。確かに高いらしいよなこの寮」

 幾らだったかは忘れたし、代金はそもそもアイリス持ちっぽいからおれが気にしても本来意味はないが

 「でも、だからって……半分ってアリなのか?」

 「皇帝、じきじき。あいつと同部屋で良いならと許可」

 「親父ぃぃぃぃっ!?それは不味くないか親父!?」

 何処の世界に幼い女の子と息子を同部屋で良いなら寮貸すぞという皇帝が居るのだろう。年頃の男女でないだけまだマシだが、絵面が前提として危険すぎる

 いや、おれだって知ってるんだ、キスで子供は出来ないし、魔法で妖精さんが運んでくる訳でもないってことくらい。キスの先の事をしないといけないんだと。女の子は凄く苦しむらしいし、母はそれで死んだのだと知っているさ。だから間違いなんて起きるはず無い、当たり前だ

 でも、それでも不味いだろう世間的に

 

 「何やってんだ親父ぃぃっ!」

 そんなおれの声は

 「わ、わたしは気にしないから……皇子さまなら、安心だし」

 「心強い」

 そんなおれよりも本来は文句言って良いはずの二人によってかき消されたのであった




男女三人、1つ屋根の下、親公認、何も起きるわけもなく……
まあ残念ながら主人公がアレなんでえっちな事はあんまり起きません。まあ7歳ですし何なら転生前と合計してギリ成人ですからね…ロクロク知識すらありません


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部屋、或いは父の罠

「……はあ、もう良いや」

 諦めと共に鍵を回しきる

 珍しく魔法が使われていない古めかしい錠前式の鍵は軽い音を立てて開き、鍵を抜き取ってポケットへ

 

 「鼓動、どきどき」

 「す、凄い部屋なんですよね……」

 背中に吐息が当たるくらいに近い二人の少女が見守るなか、おれは静かに……

 「……御免、離れてくれ

 これ、外開きだ」

 そんな間の抜けたことを言ったのだった

 

 「……綺麗……」

 部屋に踏みいるや、アナがぽつりと呟く。感動的に語る言葉には少し現実味がなく

 幅広くゆったりとしたスペースのある部屋。そこは半透明のカーテン(恐らくはオーロラビーストと呼ばれる淡い光の衣を纏うモンスターの外皮だ。因みに基本的に上級職にクラスチェンジした者複数で狩る生物で、土着の生物としては七大天の眷族を除けば生態系の頂点の一角であり、ぶっちゃけおれが戦ったゴーレムやキメラをして1vs1では勝てないと思われる。当然その外皮なんぞ高級品でおれでは手が出ない)で二つに仕切られており、アルヴィナの言が本当っぽいなという事を分からせる

 高い天井からは魔力を込められており独りでに光を放つ他、消灯時間になると勝手に消えるシャンデリアが垂れ下がり、壁も天井も磨き上げられた石造り。その上に柔らかなカーペットが敷かれ、各所の調度品も魔法無しの手作りだろうか

 ま、芸術品は手作りの方が大抵評価高いからな……なんて思いながら見回す

 ところで親父?カーテンが半透明なら向こうが見えるから仕切りとして無意味なのではなかろうか。本人は全く気にしてなさげだが。というか、仕切りが半透明な上に捲れば通れるもので男女って本当に大丈夫なのか。アイリス相手ならまあ兄妹だしという免罪符はあるが、これは本気で名分がない。また変な噂立つんだろうなこれ……

 

 「凄い部屋……」

 ガチガチに固まりながら、アナがおっかなびっくり足を進める

 「大丈夫かアナ」

 「だってこれ全部高いんだよね?壊したらって思うと……」

 「まあ、おれの居た部屋より数段高いな」

 「す、数段……」

 「孤児院の建物より多分このカーテンのが高いレベル」

 「ひっ!」

 因みにだが、おれの部屋はぶっちゃけた話質素めである。皇子にしては、って付くんだが、貴族として最低限舐められない程度の調度品。アイリスの部屋に最初に行った時にはその落差にくらくらしたものだ。皇族の中でも落差ってデカイな、と

 

 「……ひぇっ」

 怯えておれの背中に隠れる少女

 こんなんでこれからこの部屋で暮らしていけるのだろうか

 「……これが100年ほど前のブランドものの茶器だろ」

 一応学んではいる知識で解説をしてみる

 因にだが、あくまでも年代とかそこら辺まで。詳しくはおれだって覚えていない付け焼き刃って奴だ。庭園会だ何で自慢されたときに古式なのか、斬新なのか、有名な人物のものなのか、それとも名は知られていないが御抱えの職人のものなのか、そういったフワッとした傾向くらいは覚えてないと困るからって程度

 正直な話、綺麗だとは思うものの、おれ自身も審美眼とか無いんで何が凄いのかは良く分からないというか。凄いかどうかくらいというか

 「ひゃ、ひゃくねん……」

 「ベッドの羽毛もおれのとは比べ物にならないなオイ。アイリスの部屋と同じ材質だ」

 敷かれたそれを触れて思う。柔らかすぎだろう、と。しっかりと暖かく、それでいて存在感の無いふわふわの質感。雲鳥と呼ばれるあの魔物のものだ。警戒心が強く、羽毛は雲のようで、其処から雷を降らせるあの化け物の。ぶっちゃけた話、魔防0のおれでは絶対に太刀打ちできないような生き物だな

 余談になるが、自室のおれのベッドだが、木製だ。マジで頑丈な木で出来てて敷き布団なんてものは無い。何なら掛け布団も無い。堅くても外でも寝られるようになれと師匠が贈ったもので、寝心地としては石の床で寝ているのと変わらない。正直気にしてなかったし野宿だ鍛えろと師匠に数日連れ出された時にはその経験から寝やすいと言えば寝やすいんだがが、改めて考えるとヤバいな。せめて掛け布団をくれ

 余談だが、師匠が来る前に使ってた仮にも王族の為のふかふかベッドは今やしっかりおれの痕跡を洗われてメイドのプリシラのベッドになっている。そりゃ欲しいだろうけどさ、躊躇無く仮にも主人のものであったベッドを貰っていくとか良い性格してると思う

 「そ、そんなの使えないですよ皇子さま!」

 「……置いてあるんだから使えば良いんじゃないか?」

 「でも」

 「無問題」

 マイペースに荷物から薄い布団を取り出しつつ、黒い少女が呟く。大荷物は布団などすらも含んでいたらしい

 「細かい傷、もうある。今更」

 「確かにそりゃ今更だな。ま、基本貴族とはいえ大抵は子供が使うものだしな。実はレプリカなのかもしれないな」

 言いつつ、良く見てみると確かにちょっとした傷がベッドについていたりした。鞭跡か何かだろうか、凹みのような傷。何で付いたのだろう。まさか前の利用者が鞭で叩かれてた訳でもなかろうに

 

 「まあ、元々傷が入ってるのに、今更どうこう言ってこないだろ」

 さっきまで居た妹の部屋を思い出して呟く

 だって、あの部屋の調度品には傷一つ無かったしな。そこらはまあ、仮にも物静かな皇女と、騒ぐかもしれない貴族や忌み子の差なのだろう

 「気にすんなって」

 言いつつ、靴を脱いでベッドに……

 ……ん?

 

 「親父ぃぃぃぃっ!」

 良く見ると、ベッドは一つだった

 いや、かなり大きい、大きいんだが……。子供なら数人並べられるサイズだ、正直大人でも二人用くらいの大きさ。魘されても落ちないようにかなり過剰な大きさに作られているアイリスのより更に大きい

 だけどさ?流石に1個は不味いだろう常識的に考えて。セッティングを決めたろう者……ぶっちゃけた話アイリス自身がやったとは思えないので、アイリスと組んでおれをアイリスの代理として動かそうとしている父……の常識を疑う

 

 「じゃ、おれソファーで寝るから」

 踵を返して、子供には大きなソファーへ

 うん、横になれる大きさしてるし、変に動かなければ落ちないな

 

 ソファーに座るだけのつもりで、どっと疲れが襲ってきて

 

 そのままおれの意識は落ちていった




余談ですが、今作の主人公ゼノこと獅童三千矢くん(この名前は基本作品内では出ません)の享年は13です。その為、エロ方面は真面目に無知です

ヒロインよりもそういうこと疎いかもしれませんので、主人公側からのアプローチは全く無かったりしますがご了承下さい。彼にとって女の子の着替えは見ないものだし、可愛いというのは性的なほのめかしは無いものなのです


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夜、或いは談話

「……兄さん、万四蕗(ましろ)

 おれを……一人にしないでくれ」

 その言葉は、何だったろうか

 

 不意に、腕に爪をたてる痛みに意識がハッキリする

 綺麗な月が、目の前に浮かんでいて

 

 いや、違った

 少し顔を動かせば鼻先が触れ合う至近距離。その気になればキス出来るガチ恋距離とでも言うべきだろうか。その距離感で、じっと満月のような金の瞳がおれの顔を覗き込んでいた

 「……アルヴィナ?」

 その知り合いの顔の近さに少しだけ引きながら、眠ってしまったろうソファーの上に起き上がる。腕に自分の爪が食い込んでいるのを外し、手を付いて

 目の前の少女か、あるいはもう一人のこの部屋の住人か、どちらかが掛けてくれたのだろう薄く柔らかな毛布が、体から滑り落ちた

 「……今、は」

 「消灯時間、過ぎてる」

 「そっか、寝ちゃってたんだな、おれ」

 シャンデリアの火は消えていて。周囲はほぼ真っ暗闇。小器用にアルヴィナが軽く灯してくれた魔法の明かりと、猫の眼のように爛々と輝くアルヴィナの眼以外に光るものはない。というか、眼も実際に発光しているわけではない 

 本当に人間の眼が発光していたら大問題……ではないが、問題だ。実際、現皇帝といった強大な力を持つ人間であれば、魔法の行使時に眼が光を放ったりするのだが、それは光るほどの大魔法を使っている証拠。今、幼い少女の瞳が光っていたら、そんな少女が一体どんな大人でもそうは打てない大魔法を使っているのだという話になってしまうだろう

 

 「……そういえば、ご飯とかは?」

 「……運ばれてきた」

 「そっか。まあ、良いとこの寮だものな」

 使用人だから自分達で主人の分まで作れとか言われなくて良かった、と息を吐いて

 「お風呂とかは?」

 言いつつ、失敗だったな、と自嘲する

 いや、普通女の子に振っちゃ駄目だろうそういう話

 「上の階。でも、もう火は消えてる」

 「いや、おれは今日は良いよ」

 着ていた服はなかなかに汗でベタついていて。朝から着ていたからという以上に、恐らくは寝汗によるものが大きい

 といっても、部屋は女の子と同じ。何処か下の階で汗を拭いてくるしかないだろう

 

 「アナは……」

 聞こえてくる寝息。一個しかないベッドから、微かなそれが聞こえてきて。もう聞くまでもないだろう

 「というかアルヴィナ、何してたんだ?おれの顔覗いて面白かったのか?」

 聞いて良いのか、聞くべきなのか。暫く迷ってそれ以外の話題を出すも話は続かず

 結局おれは、ソファーに座り直しながらそう問い掛ける

 「とても面白い」

 「男の寝顔とか、見てて面白いものでも無いと思うんだけどな」

 「魘されていて、面白かった」

 「……そうか」

 「だから、近くで見てた」

 「……そう、か。心配してくれて有り難うな」

 寝汗で汚れたソファーに座らせても駄目だろう。立ったままで、それでもおれが手を伸ばせば届く位置の頭を軽く撫でる

 絹のようなさらさらとした柔らかな感触。寝るときだからか流石に帽子はなく、柔らかく熱いものが手に当たる

 獣の耳の感触。単純な人ではない証明

 けれども、亜人だってこの世界には居る。所謂ゴブリンといった種族等も居るし、何ならファンタジーの定番であるエルフよりもゴブリンや獣人の方が交流が深い程度には社会に馴染んでいる

 いや、交流が深いといっても単純明快に、エルフ種というものが我等は七大天の真の加護を受けた上位種であると基本尊大で人類を下に見てくるが故にエルフと関わりが薄い事が大きい。獣人や小鬼が差別的に見られていないとかそんな優しい世界という訳ではないのだが

 特に、亜人と分類されるくらいのケモであれば良いのだが、獣人やゴブリン、コボルト等は魔力を持たず、結果的に人類から下に見られているというのが現状だ

 何なら、亜人と獣人との区別は、魔力の有無である。獣耳くらいしか獣の特徴を持たぬ二人が居たとして、魔力があれば亜人で、なければ獣人だ。亜人ならば少しだけ偏見でみられる程度だが、獣人は人間ではなく獣人だ。人権なんてものは無い

 まあ、この帝国は実力さえあればある程度の偏見は跳ね返せる為、割と生きてはいけるが、七大天信仰の強い聖教国等ではまず真っ当に生きていけない。冒険者(この世界における冒険者とは、依頼主に逆らわず危害を加えず裏切らない事を魔法で制約する代わりに、国によって身分を保証された国民が金で使える傭兵の事を指す。日本で良く使われる意味に近くは見えるが自由など無く、冒険者というのも半ば金で冒険させられる者という皮肉。女冒険者に金を払って肉体関係を迫れば制約を破って魔法で死ぬかそのまま抵抗せず慰みものになるかの二択を冒険者側が選ばされる程度の人権だが、一応代価が必要になる分無いよりはマシだ)か或いは奴隷にしかなれないだろう

 

 故に、亜人も獣人も、自身の獣の部分を晒す事は少ない。アルヴィナがずっと帽子を被っているように、普通亜人であることを隠すようにする

 その為、耳に触れさせるなどほぼ無いはずなのだ。自分がそれだけ差別されうる存在だとと突き付けられるから

 だのに、目の前の少女は、ぺたんと頭に付けた猫耳?に触れられても何も言わなくて

 気持ちよさげに眼を閉じ、されるがまま

 

 「耳、良いのか?」

 不意に気になって聞いてみる

 「偏見無いなら、良い」

 ……良いのか

 随分懐かれた?なと思いつつ、その頭を撫で続ける

 「そっか」

 「どう思う?」

 「どうって……おれとしては可愛いと思うぞ、その猫耳」

 そうおれが言った瞬間、ぱちんと軽い音

 撫でていた手が弾かれたと、一瞬呆けてから気が付く

 「……ごめん、アルヴィナ

 何が悪かったんだ」

 不機嫌そうに耳を立てる少女に、そう尋ねる

 「猫じゃない。狼」

 「……そうだったのか。てっきり猫だと思っていた」

 「可愛くない。狼は怖い」

 「そうだな」

 天狼と呼ばれる種を思い浮かべ、おれも相槌を打つ

 王狼という七大天だって居るのだ。この世界の狼とは、それだけ脅威の生物である。というよりも、普通の狼がこの世界には居ない。この世界で狼といえば、王狼の化身ともされるバケモノ、天狼種だ。後は魔狼、魔神王復活と共に湧き出してくる怪物くらいだが、あの種はまだこの世界には居ないので無関係

 

 「狼は恐ろしい存在だ。でも、アルヴィナは耳見えてても可愛いと思う

 そんな怖くは見えないな」

 「怖く、ない?」

 「亜人でも獣人でも何でも、国民だろ?護るべきものだから怖くないよ

 というか、言っちゃアレなんだけど、オオカミ亜人なアルヴィナと似たような……ヒト種の獣人扱いだからさ、おれ

 忌み子って、魔力がない以上獣人と同じだろ?人間じゃないんだろ?って感じ」

 言ってて自分でどうかと思う

 けれども、原作でも皇族を追放され傭兵になったゼノ=原作のおれがほぼ言ってた事だし良いかなと思い直し、おれはそう言った

 原作での台詞としては、迅雷獣人傭兵団団長、国民呼んで元皇族現ヒト獣人のゼノだ。だったか。余談だが、残りの傭兵団は仲間入りしない。いや、シナリオ的には仲間になったはずだが、ユニットとしては使えない。魔力の無い獣人なんて魔防0で基本カモだからということで、あくまでも裏方だ

 

 「……獣人、嫌いじゃない?」

 耳がぴくりと動く。機嫌を直したのか、そっぽを向かず此方に向き直る

 「寧ろ、おれ忌み子で魔力無いからさ。獣人達の辛さも少しは分かるよ

 おれは皇族だから、皇族である限り、護られてはいるけれど

 ……だからこそ、おれは皇族でなければいけないんだ」

 「それで、怪我しても?

 あの日みたいに、火傷しても?」

 満月の瞳が覗き込む。嘘偽りを見抜きそうなその真剣な眼に、誤魔化しはしないと決意して

 「……心配してくれるのか、アルヴィナ?

 でも、それがおれの……皇族のやるべきことだから」

 「怪我するのも、死ぬのも?」

 「怖いよ

 でもな、アルヴィナ。おれが救わなきゃいけない皆だって、おなじだけ怖いんだ。だから皇族が、怖がってちゃいけないんだよ」

 「……そう」

 静かに、少女はその金の眼を閉じて

 「おやすみ」

 会話を切り上げ、ベッドへと向かっていった

 

 ……良く考えたら、寝間着だったな……

 駄目だ、変な意識をするな、おれ

 女の子は、大事に護ってやるべきものだろうに




余談となりますが、獅童家は長男(つかさ)、次男白二(はくじ)、三男三千矢(みちや)、長女万四蕗(ましろ)となります。飛行機事故で生き残ったのは三男だけです。兄に庇われ、妹を庇った結果前後から鉄骨が付き出して護ろうとした妹を犠牲に一人生き残ったとか何とか
ぶっちゃけほぼ忘れたゼノ=三千矢くんのうっすい記憶でしか出番はないので覚えなくて結構です


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翌朝、或いは師のはなし

「……揃ったな」

 眼前に立つ鬼角の男……おれにとっての師であり、西方の怪物。半鬼が静かに小さな子供達を、6歳の幼子の群れを見下ろす

 

 「……し、師匠……」

 「馬鹿弟子か」

 どうしてこうなったのであろう。頭の上で唯一気にせず丸くなる妹の猫ゴーレムの重さを感じながらおれは思い返す

 

 朝起きて朝食。おれの分の制服はなく(当たり前だが、通うのはあくまでも妹のアイリスであり、おれは本来無関係だ)、着替えも実は持ってきていないので、妹が勝手に手配した白いものに袖を通し、入学者は集合と言われた階まで降り、部屋に集まった

 それだけだ。特に何も特別なことはなく

 

 「さて。そこの馬鹿弟子がある種の紹介をしてくれたようだ」

 静かに角を揺らし、男が呟く

 それを静かに見ていられるのは、おれだけだ。他の皆は、ただ立ち尽くしている

 動けないのだ。眼前にいる化け物に、ただ気圧されている

 鬼。正確には、二角鬼種。西方において、その名を知らぬ者は居ないだろう

 一本角の鬼は数居れど、二角とはそれだけの意味を持つ。七大天が一角、牛帝の(ともがら)。天狼等とも並び称される、牛面二角の鬼。数十年前、一夜にして千人のサムライを食らい、西の姫を浚ったとか色々と言われる恐怖の怪物だ

 補足とはなるが、此処で言う西の姫とは、日本という国の一般的なお姫様のイメージとは異なり、おれと同じような……は語弊があるだろう。兄シルヴェール第二皇子のような、イカれスペックの存在を指す

 実際にゲームでも西の国からの留学生ルート等で牛鬼と戦えるのだが、異様にタフくて強い。ラスボスよりもタフい程だ

 この世界のHP最大値は400、神だろうが魔神王テネーブルだろうが、テネーブルの飼うケイオスドラゴンだろうが400だ。ラスボス近くともなると、カンストの関係で難易度ノーマル辺りから最高難易度のHADESケイオス5までHPは400のまま変わらない

 その為、高難易度終盤のボス達は、400のHPと高防御や受けるダメージ半減等のスキルで耐久を盛っている。その中で、牛鬼だけは違う。あいつのHPはHADESでも200しかない。だが、それでも、大概の敵に対しては400+受けるダメージを60軽減持ちの魔神王テネーブルを越える耐久を持つ

 攻撃したとき、されたとき、ターンが進んだときに、受けているダメージの半分回復という超回復力が、牛鬼の特徴だ。例えば、HP100、防御20の牛鬼が居たとして、追撃が可能な力80(装備込み)のサムライの4ユニットで取り囲んで戦闘を行った時、1回目の戦闘後にHPは63、2回目の戦闘後にHPが58残っていて、3回目の1撃目で漸く倒せる計算となる(一度目の戦闘が、サムライ1回目の攻撃でHPが40となり、70に回復。牛鬼の反撃時にHPが85まで回復し、サムライの追撃でHPが25、そして回復で63となる)

 HP100の敵に、一回60ダメージの合計5回の攻撃、累計300ダメージ与えていて超過がたった2点。実質耐久298。これでどれだけふざけた回復力か分かるだろう

 しかも、これはHPも低めで防御力が低すぎる想定での話だ。現実の牛鬼はもっと堅い。それでいて回復力はさっきの想定と同じだけある。その為、普通であれば効く筈の数の暴力が一切通用しないのだ。さっきの想定ではダメージは大きく通り、ある程度回復している形だったが、合間に効きもしない弓矢で攻撃などを挟んだとしたら、0ダメージを受けて、HPの減少量の半分を回復という地獄絵図が見える

 その為、牛鬼相手は基本一撃必殺、高火力奥義でもって、ある程度のHPを減らしたら残HP8割ほどを一気に梳りきって倒すというのが前提だったりする。その関係でキャラの十分な育成が不可能なRTAにおいては、留学生ルートはリセットによる試行回数前提での必殺運ゲーで良いから牛鬼を突破出来るステータスに成長しなかったらタイマーリセットして最初からという苦行がある為人気が無かった。一発限りの用意できる最高火力でギリギリ倒せずミリ残ししたとして、次の瞬間にはボスのHPが50%、戦闘終わったときには75%越えてるとかやる気無くなっても仕方ないだろう。何で乙女ゲームやっててこんなものと戦わなきゃいけないのかと敵がとてつもなく弱くなる(何と牛鬼の回復スキルが無くなってターン終了時に30回復に差し替えられているくらいの弱体化幅だ)easyに多くの女性が走ったのも頷ける

 

 閑話休題

 そんな地獄のような化け物である牛鬼。その恐怖と脅威は東のこの国にまで轟いている。それを思わせる二角は、やはり子供にとっては魔神王の一族が目の前に居るレベルの威圧感なのであろう

 誰一人動かない。皇子には容赦なく噛み付いてきたグラデーションブロンドの留学生すらも、息を飲んで固まっている

 

 「師匠。慣れているおれ以外には、もう少し柔らかな態度を」

 「そのようだ」

 言うや、その鍛えられた肉体の巨漢、両の手で足りる数しか居ない最上級職、人類最強の一角は……

 背中に背負っていた変な面を被った

 鼻も口も目もあるが、その位置が明らかに可笑しい。福笑いで作られたかのように乱雑に配置され、絶妙な滑稽さを醸し出す仮面

 ぷっ!と、その滑稽さに耐えきれなかったのか、一人の少女が吹き出す

 

 一気に空気が緩くなる

 牛鬼の意匠を持つ怪物。恐れられる脅威。そういうものではないと空気が変わる

 ふと、その中でおれも思う。ひょっとしてだが、アルヴィナもそうだったのだろうか。あの耳は王狼の耳に似ていて。本当に牛鬼の血を引く半鬼半人の化け物である師と違い亜人であっても、恐怖された事があって、それであんな風に聞いてきたのだろうか

 

 「ということで、だ

 お前達も聞いたことがあるだろう、西の姫を拐った牛鬼の伝説を

 己はそいつの息子だ。姫である母と共に、父を殺して人世界に帰り、今ではこの初等部の実技教員をこの地の皇帝に任されたという形で此処に居る」

 「「「「「「へ?」」」」」」

 おれを含め、全員の声が被る

 マジで?本気と書いて真面目に?

 師である彼は基本的に自分を語らない。全ては剣から学べの精神、此方から話はすれど、向こうは聞いて答えを返すだけというのがおれと師の関係だ

 だからこそ、おれ自身も目をしばたかせていた

 

 「大丈夫だとも、己は人だ。子供を取って食ったりはしないとも」

 「そうですね師匠。師匠が人食いならば、おれはとっくに食われている」

 「と、少し脅しすぎたか、どうにも、己は子供の御守りに向いていないようだ

 なあ、馬鹿弟子?」

 「師匠、そこはおれに振られても困ります」

 「……まあ、そうか」

 言うだけ言って、その事実を告げた男は、指を鳴らす

 

 「さて、今日全員を集めたのは他でもない

 お前達の今の姿を見せてもらおう」

 その言葉と共に、降りていた幕が上がる

 其処にあったのは……巨大なアスレチックとでも言うべき施設であった

 「……さて、馬鹿弟子

 まずはお前がクリアして見せろ」

 「……へ?」

 何だか凄い施設だなー、明らかに塔のフロアサイズ越えてるしなと眺めていたおれは、その言葉にすっとんきょうな声をあげた



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オリエンテーション、或いはアスレチック

「……よし、やるか」

 高台のスタートラインに立ち、塔よりも数倍は大きな其処を見下ろす

 此処は大きなアスレチックステージ。そして、おれは……皇子なら出来るだろうと言われては逆らえず、その場所に立っている

 目の前にあるのは断崖絶壁、つるつるした壁により登れなくなくしてある大穴。流石におれはこの目測で20mはある穴を飛び越えられる程の身体能力はしていない。あと5m短ければなぁと思うが、願ったところで距離が変わるはずもなく

 空気がねばついている。恐らくだが、かなり湿度が高いのだろう。良くできている。水分はこうして用意されているのだから、恐らくは水の橋なんかを掛けて渡れというのだろう。ご丁寧にロープが向こう岸まで渡されているのだ、それを中心に舗装すれば割と簡単に渡れるだろう

 だが、逆に言えばそうして舗装させる事が目的なのだろう。縄の中心辺りにかなり深い傷がつけられている。縄があるじゃんとそのまま乗ったら、力がかかってぷつりと切れてしまうだろう。縄そのものは綱引きに使われるような大縄だが、あの傷では人一人を支えきれない

 ……此処は、魔法の才ある者達の為の初等部。知識と魔法を駆使し、今の自分がどんな対処が出来るかを考える施設

 そこでおれは、本来何も出来ない。魔法なんておれには使えない。一生

 同じく魔法の無い獣人みたいなものだ。人でなし

 だが、おれはそれでも、皇子だ!皇族だ!ならば……

 

 ただ、駆ける

 綱を渡るのではなく、その直前で踏み切り、跳躍

 切られた部分を越え、その先の縄に足がつく……その瞬間、切れる前にもう一回!縄を蹴って二度目の跳躍。地面ほど安定しておらず、跳べる距離は短いが、手さえ向こうの崖っぷちにかかれば、それで十分!

 

 「っ!」

 安心して渡ってくる相手を咎めるつもりで設置された槍(穂先が鉄ではなくバウンドタートルという反発力の強い亀甲で出来た特殊仕様)が飛んで来るのを、右手で柄を掴んで捕獲。勢いを軽く殺され……

 ギリッギリ!何とか左手の指が向こう岸に届く。眼前に迫るのは壁

 「っらぁっ!」

 そのつるつるの壁を蹴って反転。床が滑ってはアスレチックにすらならないので、指先は摩擦で滑らないため、そこを起点に大きく宙返りを決めて崖から帰還

 

 一個目からこれって大丈夫か?と思いつつ、着地

 した、その場所のタイルが崩れ落ちた

 落とし穴かよ!?用意周到だなオイ!?

 「っぶねぇ……」

 穴の直径よりも倍くらい長い持ってきた槍をつっかえにしてぶら下がる。穴が小さくて助かったけど、あれ槍を避けて持ってこず進んでたら終わってたなおれ?

 這い上がり、漸く一息つこうとする

 そんなおれの前で、崩れた穴からタイル……というか、良く見ると地面の下に大きな石材が隠れていた石材が飛び上がる

 ついでに、落とし穴だろう各所が蠢いて、石が浮かんでいって

 「意地が悪い!」

 そのコアだろう小さな石材を、槍を投げて打ち砕く。ガラガラと音を立てて、石材が地面に崩れ落ちた

 ストーンゴーレムだったのかよ落とし穴の蓋してた石材。全く子供相手にやらせる難易度なのかこれ

 

 そうして、漸く息を整えて先を見たおれの前に

 滝があった

 そう、滝である。水がすごい勢いで流れ落ちているアレだ。眼を凝らせばその先に洞窟の入り口らしきものがある。どうやら、次の目的はどうにかしてその洞窟にはいれ!らしい

 凍らせても迂回はできなさそうで、直ぐに他の水によって削られてしまうだろう。同じ方法でぱっと見行けそうで、その実同じ魔法のごり押しを防ぐ良い設問なのかもしれない。間にゴーレムが居なければ

 「あ痛って」

 触れてみたら痛みが走り、指先が切れて血を吹き出す

 この滝、どうやら石つぶてや細かな鉄等を混ぜて落としているらしく、普通の滝じゃない。水の塊なら何とか強行突破も出来なくもないなと思ったが、流石に脳天に鉄でも当たった日には気絶して一発でお陀仏だろう

 

 「ふざけんなぁぁぁぁっ!」

 怒りと共に、腰に構えた刀を天へと振り抜く。師匠にここ一年で教わった、近距離への鎌鼬。飛ばす置き斬撃という奴だ。その一閃が滝を斬り、暫し細い道を作る!

 「……ふう」

 何とかその隙間を駆け抜け(と言っても、流石に幅が足りないので肩は水のなかを通ってきた。石が当たって肩外れるかと思った)

 「だから休ませろよ!?」

 洞窟が保護色となって襲い来る暗い色合いの大トカゲのゴーレムの脳天に滝を斬って刃零れした刀を突き刺しつつ、おれは叫んだ

 もうこの持ち込んだ刀置いてくしかないな、滝の中の石とか斬ってたせいで大きく歪んでるし、つっかえて鞘に戻せない

 

 「……ぜぇ、はぁ……

 何だよ、この難易度……」

 それから暫くの時が過ぎた。此方の世界の計算で大体1/5刻。一刻が日本で言う3時間なのでつまり大体35分くらい後

 洞窟内を流れてくる溶岩(無理矢理洞窟の脆い部分を蹴り破って登って避けた)だとか諸々の殺意溢れる仕掛けを越え、何とかおれはゴール前まで辿り着いていた

 いや、これ疲れる……というか、子供向けじゃないだろうこれ……普通死ぬぞ……

 

 数m先にあるのはゴールテープ。これを切ればゴールだ

 疲れた体を引きずり、おれは漸くそこへ……

 

 がっ!?

 「ぎぃっ!?」

 突然、体を襲う痺れ

 『じじ、じじじ……』

 痺れる足をもつれさせ、カラダを縛り付ける電気の鞭に体を固定されながらも、何とか動く首を回して、振り向く

 気が付くと、おれのかなり後ろに、何処か電球を思わせるまるっこいボディに小さな足のゴーレムが立っていた

 ……疲れからか、警戒を忘れていた

 最後の道。倒してみろとばかりにラスボス感あるドラゴン姿のデカブツゴーレムが待っていたが、このアスレチックの底意地の悪さからして、もう一体くらい隠れている事を想定するべきだった……!

 「ぐっ、がっ……」

 動けない

 わかっていた。おれは魔法に弱い。魔防が0、避ければ良いという話はあるが、囚われてしまえばこういう魔法拘束には無力だ。物理的な縄ならば力任せに引きちぎれても、魔防計算の拘束魔法は無理だ

 ……だから、気を付けるべきだったのに

 なっさけねぇ……

 嘲るように、小さな足でぴょんぴょん跳ねながら、そのゴーレムはおれの前までやってくる

 そして、その丸いボディから、ナイフのような小さなプラズマを纏う刃を出して……

 『じじ』

 「っ!おらぁっ!」

 首は回る。頭は動く。両手両足が動かずとも、ボディがずらせる

 ならば、手も足も出ずとも、頭は出るんだよ!

 全身全霊のヘッドバット。電気系の操作を重視したプラズマゴーレム故か、丸いボディはその金属質な色から思うよりも柔らかく、近づいてきたそのゴーレムの体に額が沈みこむ

 

 『じじ……ぜじ……れ、じ……』

 そうして、ゴールテープを切って吹き飛んだおれよりも少し小さなゴーレムは、そんな音と共に停止した

 

 「……おわ、った……」

 解ける拘束。数歩進み、疲れからかテープを跨いで倒れこむ

 あっぶねぇ……あのプラズマゴーレムが止めを刺す際にわざわざ近づいてきてくれず、そのまま遠距離からなぶり殺しに来てたらあのまま殺されていただろう

 或いは、体は振れたから何とかヘッドバット出来たが、首を電気縄で拘束されていれば頭突きの威力も出ず、終わってた可能性もある

 って、何でアスレチックで命の危機を感じてるんだろうな……というか、そんな危険なものおれ以外にやらせたらダメだろう

 

 「なーご」

 一声鳴いて労い、全方位から突き出された槍の罠で裂けた頬をざらざらした濡れていない舌で舐められる

 形状は合っていても、濡れた感触まではまだ真似出来ていない不完全な猫の舌は割と痛く、それをおくびにもださないようにしながら、軋む腕を上げ、その小さな妹のゴーレムの頭を撫でる

 

 「……36点」

 「赤点ギリギリじゃないですか、師匠……

 クリアしたら6割保証くらいの手心とか、無いんですか……」

 「何を言っている馬鹿弟子。クリア出来ないが赤点だ。というか、最後のゴーレムが近接で止めを刺しに来なければクリア出来なかった実質失敗していた奴が手心を求めるな」

 「ひでぇ……」

 中々に鬼な事を言う鬼に口では文句を言いつつ 

 「助かる」

 今日も帽子な少女の手を借りて立ち上がる

 そんなおれを、別の国から来た留学生が情けないものを見る目で眺めていて

 実際に情けないので、何一つ言い返せずに苦笑いする

 

 「さて。この馬鹿弟子が何とかクリアしてみせた訳だが」

 そんなおれを一瞥だけするや、半鬼の教員は、そんなおれを見ていた(一部は途中から友人になれた同士で話をしていたのか、ロクに見ていなかったことを一息つく間に確認してはいるのだが。最後までじっとおれを見ていたのは、アルヴィナとその頭の帽子の上で伸び伸びとしていたアイリスだけだ)生徒達に、少しだけ緊張が走る

 

 「貴様ら、この弟子を最弱皇子、皇族の面汚し、忌み子等と散々な呼び方をしていると聞いた」

 「じ、じ、じじつだし……」

 愉快な面を被ったまま。それでも、睨まれたと思ったのか怯えつつも一人の少年が反論する

 

 「ああ事実だ。この弟子は弱い。この初等部に入れるべきかの会議の席で、恥だからとっとと皇籍を剥奪すべきじゃないかと史上初めて協議されたらしいのは伊達ではない」

 ……酷い言い種である。そして、それが事実だ

 だからおれは、何処までも皇族で無ければならない。実際問題、皇子でないおれに価値なんて無いんだから

 

 「正直な話、こいつがこのアスレチックを初見ソロ突破出来なければ剥奪すべきだと意見する気でいた」

 危なすぎだろ……と、心の中で安堵する

 籍を剥奪されたらその時点でアイリスとの縁も切れる為ここから追い出されるだろう。それは良いのだが、皇籍の無いおれなんぞ、父から縁を切られ母の死んだ忌み子だ。そんな奴に何の価値がある

 星紋症を出した場所として目を付けられているあの孤児院も、皇子の恥とはいえ一応は皇族が出資しているからということでロクな干渉を受けないのだ

 そんなおれが皇子でなくなった場合、たぶんアナが帰ろうとした時に既に孤児院は潰されていて無いという状況が待っているだろう。おれは最悪冒険者で食っていけるが、あの子供達は無理だ。あそこを潰されたら、相当運が良くないと奴隷にでもなるしかない。何なら奴隷ですら死なないだけマシな末路だ

 当然それはアナも同じこと。アイリスが気に入って雇ってくれれば良いが、そうでなければ路頭に迷う。行き着く先は貴族の慰みものか、或いは……。いや、流石にエッケハルトが助けるとは思うが

 

 だからダメだ。第七皇子というその肩書きが無ければ、おれは名も聞いてない少年のペットを助けられなかったあの日のような単なる恥さらしだ

 あの少年には謝罪の手紙と、あの子は忘れられないだろうが前を向いてほしいという心を込めて金一封を送っておいたが、罵倒の手紙しか帰ってこなかった。まあ、当然の話だろう

 アナをあの少年のような目に逢わせない為にも、おれは皇子でなければならないのに

 

 「さて

 そんな散々馬鹿にした相手がクリア出来たもの。当然、お前達がクリア出来ないはずはないな?」

 挑発するように、愉快な面の鬼は言葉を紡ぐ

 ……ひとつだけ言わせてくれ師匠。アイリス以外に無理言うな

 

 だが

 「わたくしを舐めないでくださる?」

 グラデーションブロンドの留学生の少女は、その挑発に乗る

 「このヴィルジニーにも、オリハルコングラデーションの誇りがありますわ

 忌み子程度にクリア出来るもの、クリア出来ない等と言われる謂れは無くて

 けれども、万が一という事もあります。このわたくし達が怪我を追うような真似は」

 「そこは心配ない

 そこの馬鹿弟子が忌み子故に弾いているだけで、本来は挑むものには例外無く保護魔法がかかっている。怪我はせん、痛みもない。突破に失敗したと判定されれば外に転移させられる

 それだけの大魔法がこの塔にはある」

 「あの、師匠?」

 淡々と変なことを告げる師に、ついおれは疑問を挟む

 「その魔法がかかってないおれは?普通に怪我したし、溶岩とか下手したら死んでたと思うのですが」

 「こんな程度のものを初見で突破出来ず死ぬようならそんな奴皇子失格だろう」

 「……その通りですね師匠」

 何も言い返せなかった

 

 「馬鹿にしやがって!」

 「雑魚皇子にクリア出来るならおれだって!」

 「魔法書さえあればラクショーになー」

 口々に言う子供達

 その前に、どさどさと音を立てて天井から落ちて小山をなすそこそこ値段するだろう本の山

 

 「幾らでも持っていけ。何人かで組んでも構わん

 クリアしてみせろ。それが今日のオリエンテーションだ」

 「わたくしを舐めないでくださいまし!」

 気の強い留学生の少女を先頭に、師匠に煽られて子供達は謎のアスレチックのスタートラインへと向かう

 

 「良いのか、アルヴィナ?」

 それについていかない少女に、おれは問い掛ける

 「むり」

 「……なら良い」

 頭に乗ってくる、一人で楽々クリアしてみせるだろう妹猫の喉を撫でつつ、無理だと一人早々に諦めたアルヴィナと、意気揚々と向かうひとつ下の子供達を眺め……

 

 「ふん、直ぐにクリアして驚かせてみせますわ!」

 

 20分後。失格の証として塗料を頭から被り、早々に全滅して帰ってきた皆を前に、煽りにならないようどう声を掛ければ良いものかと頭を抱えた

 

 まさか、滝の辺りを越えられたグループが2組3人だけとは……序盤だぞあそこ……



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異伝 オリハルコン少女の溜め息

「そん、な……」

 絶望したように、オリハルコングラデーションの少女は、眼前に聳える巨大な施設を見上げる

 

 簡単だと思っていた。皇子といっても忌み子。国を越えてその名を轟かす皇族の恥さらしゼノ

 その名の伝播は、彼を良く思わない、そして彼が擁立するという第三皇女アイリスを蹴落としたい他の皇子皇女による恣意的なものが含まれているのかもしれない

 いや、少女に向けて留学の旨を伝えに来た第二皇子の直属だという男が面白おかしく如何に彼が滑稽で無能か面白おかしく話していた辺り、確実に恣意的なものだったのだろう。犬一匹助けられないクソ皇子、妹に婚約者を救われた間抜け皇子と

 だが、それでも。だとしても、本当に彼は忌み子なのだから、確かに皇子の面汚しなのだと思っていた

 そんな彼ですら攻略できるもの、出来るか?などとバカにされていると思った

 

 なのに。現実はどうだろう

 彼がことも無げに飛び越えた最初の穴を過半数が越えられなかった。彼がさっくりと処理したゴーレムに3人が潰され、逃げようと滝に飛び込んで4人が磨り潰された

 そうして、たった三人だけ何とか洞窟の中に入り込み、そして成す術なく大トカゲによって食い殺され全滅した

 

 「……ああ、クリア者無しか

 一つ言っておこう、それが当然だ。この施設は本来入学者の為のオリエンテーション用ではない、卒業試験だ」

 実際に挑ませておいて、忌むべき子の師だという同じく禁忌の血を持つ男は面を外すことなくそう告げる

 負けて当然だと

 

 その言葉に、周囲の子供たちの沈んだ表情に輝きが戻る

 それで良いんだと、素直に喜ぶ

 けれども、留学生であるヴィルジニーだけは、そうは思えなかった

 何故ならば、彼は……最弱の皇子は突破して見せたのだから。それも、魔法一つなく

 魔法。七大天より与えられた奇跡の力。人が人である由縁、他の生命よりも上位たるべき神からの祝福。故に、人はこの地上の支配者であるのだと、七大天を奉る教会はそう説いている

 そうされてきた全てを、彼は一切振るわなかった。ただその足で穴を駆け抜け、無造作に刀で滝を斬り払い、奇跡なく全てを踏破した

 そんな奇跡を与えられた存在達が奇跡をもってすら、挫けたその道を。奇跡を持たぬ忌むべき子が、ただの物理のごり押しで

 

 「……そもそもだ。どれだけ弱いと言っても、おれは皇子だぞ?

 最強無敵、民の剣であり盾。皆を守るもの。それがおれだ

 だからさ、気にすることなんて無いんだ」

 電撃で軽く焼け痕を残す腕を見せながら、どうにもズレたフォローを、くすんだ銀髪の少年が付け加える

 そんなところを気にしている人が居るとでも思っていますの?と叫びたい。皇子だから何なのだ、忌むべき子であることは変わらないはず

 けれど、今言ったところで完全に負け犬の遠吠え

 

 (これが、これが……帝国の誇る皇族)

 きっ!とせめてもの抵抗として、威信をかけてその優秀さを見せつけなければならなかった留学生の少女は、それを開幕叩き潰した少年を睨み付けた

 

 「……ええと、ヴィルジニーさん、何か?」

 頭の上には、本来は直接通うべきだけれども特例として使われている第三皇女の猫ゴーレム。今までのあれこれを意にも介せぬように、くすんだ銀髪の上で呑気に欠伸なんてしている。そしてそのまま、弱き者共には興味の欠片もないとばかり、兄の頭の上で丸くなる

 歯牙にもかけられていない。この兄妹に、帝国の後継者達に、故郷では彼等と同じく長を継ぐ者として畏れられ敬われるべき自分がだ

 それが、どうしても許せない

 

 「……なーご」

 一つ伸びをして、子猫が此方を見る

 その眼は……

 「っ!な、何でもありませんわよ」

 ぞっとするほどに、冷たかった

 無機質な人形(ゴーレム)を動かしているのだ。感情が見えなくて当然

 そのはずだ。冷たいなんて、当たり前のこと

 

 それなのに

 揺れる視界に、自分が思わず後退りしていた事に気が付く

 「っと、疲れてしまったのかな、大丈夫?」

 「要りませんわ!」

 眼前に伸ばされた手。揺れる体を慮ってか差し出された、皇子の手とも子供の手ともとてもじゃないが思えない、幾多の筋と節と豆に彩られた下民のような手を、思わず掌で弾く

 

 「忌み子が、そんな手で触れないで下さる?」

 ……なんて事を言ってしまったのだろう

 思わず言った一言に、ヴィルジニーは自分で愕然とする

 これが国内なら良い。忌み子など普通は産まれることなく死に、魔法を持たぬ忌むべきヒト(人ではない。人に似た下賤な生物、"ヒト"だ)とは、人権も何もない獣人だけ。枢機卿の娘であるヴィルジニーに触れることは、それだけでどうされても言い訳の効かない罪である

 だが……思わず同じ行動を取ってしまった相手は、そうではない。人権は獣人と同じく無いが、皇子としての権限を持つ。一応、目上という事になるのだろうか

 そんな相手に、この態度はない。気が立っていたからといって、やり過ぎている

 

 「……やっぱり、忌み子が軽々しく触れるものじゃなかったよな」

 ……だというのに。眼前の皇子とはとても思えぬ皇子は。魔法で努力の痕一つ残さぬ完璧を繕うのが当然の人種だというのに、それすら出来ぬ落ちこぼれは。そもそも、左目の辺りに火傷痕を赤黒く残す、貴族にあるまじき一つ上の少年は

 全部おれが悪いとばかりに火傷痕にひきつった笑いを浮かべる

 其処に、侮蔑も何もない。仕方ないよなと、それが本当の思いであるかのように、ただ、笑う

 

 ……ふざけている

 「ええ。気を付けてくださる、皇子サマ?」

 バカにされている

 ヴィルジニーよりも、余程恐ろしい力を持っていて。やはり枢機卿の娘だ、オルハリコングラデーションの誇りだ、と、国では散々にちやほやと持ち上げられたヴィルジニーを飄々と越える力を持ちながらも、そんな態度を取る皇子は、此処に居る全員をバカにしているようにしか見えなくて

 そんな不思議な皇子を、ヴィルジニーはずっと睨み続けた。相手が、恐らくは外交問題だ何だを言ってこないことを良いことに

 

 そんな二人を、頭の仔猫は冷ややかに、場を凍らせた男と同じく、七大天の意匠を体に持つ月にも形容される少女は興味深げに、じっと眺めていた



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異伝・妖精皇女の追憶

注意:この話では主人公の事をたった一人の兄表現してますが、第三皇女には兄8人姉2人弟1人妹2人居ます。残り全員家族扱いしていないだけです


わたしはアイリスである。姓はまだ無い。何処で産まれたかは覚えていないけれども、ずっとこうして薄暗闇の中で一人ミィミィ鳴いていた事だけは記憶している

 

 そんな事を考えながら、一人ぼっちの部屋で、一人きりのベッドの上で、たった一人のお兄ちゃんが買ってきた猫のぬいぐるみだけが居るその静かな場所で、わたしは一人、眼を瞑る

 わたしは此処に居て、此処に居ない

 幼きゴーレムマスター、妖精皇女に人形皇女。わたしを表す幾つかの言葉のように、今日も退屈な授業を聞く為に、下の階に居るゴーレムに意識を飛ばしていた

 けれども、ゴーレムで兄の髪を弄るのにも飽きてきた昼過ぎ。もう、お兄ちゃんの知り合いの銀髪の孤児(名前は忘れた)メイドがちょっと焦がしちゃいましたと言っていたお昼時は終わり、彼女は一応メイドとして雇われたんですから頑張ります!と、上でどたばたと未だになれない仕事をしている事だろう

 それは良い。あの子は良い。

 わたしは此処で一人きり。お兄ちゃんの髪を弄るのは飽きたし、入学3ヶ月目の魔法の授業なんて聞いてても全く面白くない。特に座学。歴史の授業の方が何倍も面白い。感覚で使えることを、理論があーだこーだはとてもつまらない。それの何が役立つのか、皆目検討も付かない

 ただ、導かれるように力を込めれば出来る事。魔法書を書いてみるのだって、力を込めれば出来上がる。何を学べというのだろう

 けれども、お兄ちゃんは、自分に魔法の力がないから実践なんて不可能なのに真面目に魔法でボードに書かれては消えていく文字を書き写している

 何が面白いのかと聞いたら、おれには無意味だけど、折角だからって返ってきた。どうやら、学生じゃないから参加は出来ないあの銀髪孤児にまめにノートを渡しているらしい。御苦労な事だと思う。わたしには無意味でも、やっぱり人には意味があるのかもしれない

 何度となく、有り難う御座いますと頭を下げられて、いや、正直授業中やること無いから暇潰しだよ、と兄が返しているのを眺めた辺り、ありがたいものなのかもしれないが、残念ながらわたしには興味がない

 だから、邪魔しないために意識のリンクを切り、お兄ちゃんが集中できるように、わたしは此処に戻る。何時もわたし……というか兄に突っ掛かってくる留学生は今日は睨んで追い払ったから多分問題ない

 そうして、静かに時間は過ぎる。居るのはただ、お兄ちゃんが仲直りと称して買ってきた猫のぬいぐるみのミィ一匹

 

 ミィが来た日の事は、今でも覚えている。今から1年とちょっと前。動物展だ何だの数日後の話だ

 動物展といっても、イメージが掴めず平面な猫ゴーレムを作っていた方ではなく、特別展。地位のそんなに高くはない騙しやすい貴族や商人の子息を拐い売り飛ばそうとしたあの事件から数日後

 掌の真っ黒に焼け焦げて、そんな状態から治りきっていないのに血の滲む強さで骨刀を握り、少女の手を取ることで、瘡蓋となった炭化した皮膚が破れて膿と血にまみれた手を。毒の仕込まれた牙で貫かれて青紫に変色した大穴の空いた左腕を。そんな大ケガに対して治癒の魔法が全く効かないからと包帯を巻いただけの兄を、何よりそんな兄を小馬鹿にして話の種にするメイドの皆の姿を見る気になれなくて追い返していたある日の事

 朝起きると、寝苦しかったから開けておいた窓の縁に、この子が居た

 白い首輪を付けた、不思議な色合いのふわふわした猫のぬいぐるみ。後で聞いたら、ミケって言う西方にしか住んでない西猫の一種だって

 その口には、犯人からの「助けてくれたお礼にこの子を贈ります。本当は本物が良いんだろうけれども、流石に飼えないだろうから

 もう一度会えると嬉しい」という手紙が咥えられていた

 

 その日から、この子はずっとわたしの部屋に居る。たった一人の兄がくれた、本物の猫の代わりとして

 実際、それで良いと思う。何度か、この子を模したゴーレムを作って孤児院に向かった兄の様子を見てきたことがあるが、一匹の犬の世話も大変そうだった

 散歩に連れていって。食事は犬と人は同じものを食べられるとは限らないし、そもそもあの経営では同じものを作る余裕もあまりない(基本的に、お兄ちゃんの財布からお金が出てるから無駄遣いは厳禁だ)から別のもの

 毛の掃除もしておかないと、と兄が自分も子供なのにより小さな子供たちと毛はたきを持って孤児院の隅から隅までどたばた駆け回っていたのも見たことがある

 その点、この子は大人しい。食事も散歩も要らないし、毛だって落ちない。鳴かないし動かないけれど、抱き締めるとふんわり暖かい

 だから、良い。メイドにお願いすれば本物だって飼えるかもしれないし、それはそれで可愛いとは思うけれど、わたしはこの子が良い

 

 そんな事を思いながら、枕元のミィを抱き締める

 そのまま、わたしは気が付くと寝息を立て始めていた

 

 

 夢の中は何時も真っ黒

 わたしは何時も一人で、全ては薄暗がり。それが、わたしの夢。ゴーレム操作とは意識を他に飛ばすもの。だからか、わたしの夢は何時も、これが夢だと分かる明晰夢。意識が普段とズレていても、それをそれと認識できてしまう。見る夢は、兄の語る夢とはかけはなれた、空虚な時間

 だから、夢は詰まらない。わたしの夢には何もないから。わたしの世界には、物がないから

 産まれたときと一緒。一人ぼっちで何もない。いや、あるのかもしれないけれども、薄暗闇では何も分からないも同じ。声は聞こえても、それが何を言っているのか全く分からなければ、風の音と同じこと

 

 わたしは今も、あの闇のなか。病弱な皇女、物心ついてもベッドから起きられない妖精皇女

 それは、決して誉め言葉ばかりではない。妖精なんて儚い生き物だ。小さく、儚く、人に似た姿をした幻想的で可愛らしく美しい生物で。魔法を使えば体が魔法の行使に耐えきれずに魔力の光となって消えてしまう。そんな生物を冠して呼ばれるのは、皇女の癖に体が弱い、役立たず、そういった意味も、きっとあるのだろう

 実際わたしは、この寮に移ることすら一苦労だった。また何か誘拐があるかもしれないからと(実際にはそういった動きは無くて取り越し苦労だったけれども)、兄のメイド(といっても、彼女は兄ではなくその乳母の息子にしか目が行っていないのだけれども。わたしだったらクビにしている)の変装と入れ替わり、塔まで歩けないから兄のちょっと外での訓練で引っ掛かれてさと隆起した傷痕ででこぼこする背中に背負われて移動した。ゴーレムを使えば行けたけれども、目立つから止めようとしたら、わたしは何も出来ない。こんな迷惑を皆にかけるような皇女は前代未聞だと思う

 そんなわたしは、5歳で魔力を呼び起こした後も、6歳になった今も。誰しも遠巻き。誰も近付かず一人ぼっち

 メイド達だって、一歩離れている。わたしに踏み込んできたのは、わたしを誘拐して、それで何かしたかったのだろう人と……

 

 薄暗闇に明かりが灯る

 ふわふわして要領を得ない屋敷が、ぼうっと其処に浮かび上がると同時、遠巻きな風の音をかきけすように、一つの淡々とした声が響き渡る

 「こうしてヘンゼルとグレーテルは、二人で手を繋いで魔女の屋敷からお家に帰ったのでした。魔女の持っていたお宝を手にもって

 その後、魔女のお宝で豊かになった一家は、もう子供を捨てるような事なんて無く、幸せに暮らしましたとさ」

 語られるのは一つのおはなし。兄が読んでくれた、真性異言(ゼノグラシア)が書いたという別の世界の寓話の一つ

 だからさ、兄は妹を護るものなんだよ。この話みたいにさ。と、そう彼が最後に付け加えた、幼い兄妹の話

 その内容は、魔女なんて言われているのに魔女を名乗れるほどに魔法が得意じゃ無さげだったり、そもそも魔女の館になら魔法書あるだろうし、適性があえば自分が使って何時でもぽんこつ魔女を倒せるよね?と疑問ばかりであまり面白くは無かったけれど

 それでも、きょうだいというものは、確かに互いに助け合うという点だけは良く分かって

 

 だからこそ、思う

 病弱な皇女と、奇跡の無い皇子。皇族として不適格なふたり

 助け合う、たったふたりの兄妹

 正直な話、アイリス派なんて派閥が出来てお兄ちゃんがその筆頭だというけれど(ちなみに他に誰が擁立派に居るのかなんてわたしも多分兄も知らない)、わたしは皇帝になんて向いてないと思う

 もう一人の家族である皇帝……お父さんはお兄ちゃんの事を、『あいつは致命的に皇帝向きじゃない。あいつを次代にするなど有り得ないが、それを公言した時あいつの後ろ楯は何一つ無くなる。だから継承権を残しているだけだ』って言うけれど、それを言うならば、わたしの方がもっと向いてない

 あの日、お兄ちゃんが手を大火傷しながら犬を助けにいったあの日。皇子の癖にとお兄ちゃんは野次馬から非難されていた。石だって投げられた。彼はそれを皇子なのに助けきれなかったおれの責任だと笑うけれど

 ……見ず知らずの国民に助けてと言われて、助けたいとも思わずケージの中から見ていただけのわたしは?助けようとして全部は助けられなかった事が、助けようとしなかった人々に石を投げられる程に皇族として『わるいこと』ならば、助ける気すら起きずに野次馬に混じっていただけなんて、もっと悪いことだとしか思えない

 そんな悪い皇女が、親しくもない誰かの為に働きたくないわたしが、人々の上に立つなんて無理にも程がある。幾ら実力主義が強く、普段の国家運営は出来る奴等に任せ、皇帝は責任や方針を決め、最終決定することが主な仕事だとしても、だ

 わたしは他人の為に動くことなんて出来ないしする気も起きない。だから、皇帝なんて向いてない

 入学祝いとして届いた牛(魔物を家畜化したもの)のミルクをたっぷり使ったという高級クッキーを勝手に先に空けて食べながら『こんなんで皇族が死ぬはずも無いんで単なるアクセントなんだろうけどさぁ。酒浸けで毒抜かずに毒のままこの果実を混ぜたクッキーとかエキセントリックなもの贈ってくるよなぁ兄さんも』なんてお兄ちゃんが言っていた程に、他の皇子が皇帝になりたいなら、好きにすれば良いと思う。エキセントリックの意味は分からなかったけど

 

 でも、たった一人のお兄ちゃんは、自分のためだよと笑って、誰かの為にその身を削り続ける。わたしに出来ないことを、皇子としての理想を体現しなければ皇族でいられない単なるおれの保身だよと言いながら、傷つきながらやり続ける

 そんな彼のためなら、わたしだって動ける

 ……だって、お兄ちゃん自身がそう言ってるから。兄妹は助け合うんだって

 

 ……だから

 皇子でなくても、わたしは見捨てないから

 傷だらけになるくらいなら、一生わたしに飼われれば良い



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外伝 第七皇子と聖夜の鈴(Ⅰ)

クリスマス外伝です。本編の時間軸より少し遡りますがご容赦ください


虹の月、6の週、火の日

 その日の始まりのその時に、おれはゆっくりと吊るしたハンモックに横たえた身を起こす

 ここは初等部の塔の上、所謂寮の一室……の前の空間

 さすがに女の子と同じ部屋は不味いだろうと、結局おれは此処にハンモックを吊って寝ることにしたのだ。アナには皇子さまに悪いです!と言われたが、身分だなんだ以前に、あの部屋には大きなベッドが一つしかない。女の子同士ならまだしも、おれが寝るわけにもいかないだろう。自分の方が身分が上だからと女の子をソファーだの床だので寝させる皇子とか笑えない冗談だ

 そしてだ。ソファーで寝るのも結局異性が居るということには変わりがないから気になるだろうし、いっそ寝床は部屋の外にした訳だ

 まあ、その関係でおれは野宿皇子のあだ名を得たが、そこは良い。野宿で何が悪い、師匠にサバイバルしろと放り込まれた時は何時も野宿だぞおれ

 

 「……よっ、と」

 そうして、良いだろ、大きな枕だと言っておいた枕に仕込んだもの……大きなプレゼントを取り出す

 そう。日本ではないが、この世界にも新年の一週間前には聖夜というものはある。それが、今から始まる今日この日という訳だ

 パーティ?そんなものは無い。この世界の聖なる夜とはクリスマスという名前ではないし、サンタクロースの逸話とかも特に無いのだ

 

 では、何故今日が降臨節、聖夜と呼ばれているかというと……。これはゲーム設定にも関わってくる話なのだが、この世界には聖女の伝説がある

 そう、恐らくはピンク髪のリリーナが何れそう呼ばれる事になるアレだ。七大天に選ばれた奇跡の少女、それが聖女であり……神話の時代に聖女が降臨したとされるのが降臨節

 では、サンタクロースみたいに枕元にプレゼントを置く習慣などないだろって?初代ゲームタイトルにもある封光の杖を枕元に置く事で神々が聖女を選んだとされ、ついでに神話の時代から伝わる古い神器と呼ばれるぶっ壊れ武器にはその日七大天から聖女を護れと枕元に置かれたとされる武器も何本かある

 つまり、神が選ばれし者の枕元にその証を置くって伝説が広く信じられている訳だ

 それが子供にプレゼントを置く話になるのかと言われると……そもそも、サンタクロース……聖ニコラウスだって元々は子供にプレゼント贈る逸話なんて無かったらしい。大人びたクラスメイトが自慢げにまだサンタ信じてるのかよ、そんな話無いんだぜと大人しい子に絡むのを見たような曖昧な記憶がある

 信じるのは勝手だろと間に入ったら、以降おれに絡んできた事は微妙に覚えている

 

 因にだが、余談にはなるが、神器は3種類に大別される

 1つは、第一世代(オリジナル)神時代(しんじだい)の神器とされるもの。枕元に置かれてたというアレだ。これは、選ばれし者でなければ使えないどころか、ただ一人の選ばれし者以外触れることすら出来ない、文字通り神々の武器だ。素材すら良く分からない

 父が持つ大剣や、リリーナが選ばれることになる封光の杖等がこれに当たるな。ゲーム的に言えば、常に特定キャラの持ち物に勝手に入っている誰にも渡せないぶっ壊れだ

 1つは、第二世代(ネオ)新時代(しんじだい)の神器とされるもの。オリジナルとされる第一世代は神が造りたもうたとされるが、第二世代は違う。誰かの為に、神から与えられたとされる素材を用いて神話の時代の人が作った神器だ。一応素材は分かっている。といっても、特定の英雄のために造られただけあってやはり使い手を選ぶ魔法武器なことには変わりがない。資格無き者には所持すら許されないのが神時代とすれば、所持は出来るし資質を持つものは複数いる事もあるが選ばれなければ真の力が発揮できないのが新時代だ

 シルヴェール兄さんが持ってる弓の神器なんかがこの世代。ゲーム的に言えば、一応誰でも持てるが、資質がある者以外だと安物の武器にすら負けるステータスになる使えればぶっ壊れだ

 そして最後に、第三世代(ゼノ)。おれの名前と同じ未知のという意味を持つ……というか、世代名がおれから取られる最も新しき神器。現代(ゲーム内情報では今から約2年後)に造られる神器、月花迅雷のみが此処に属する。外伝作品には別の第三世代も出てくるらしいんだが、その作品は知らないので何とも言えない

 その特徴は何といっても、前二つの神器にあった所有者を選ぶ要素が無い事。おれの神器だが、別におれ専用武器ではなくある程度刀が扱えれば誰でも使える。だからその分弱いとまではいかないくらいの性能をしており、現代で造れるならこれを量産しろよと言いたくもなるが……。残念ながら、素材の観点から言って量産不可

 ゲーム的に言えば、刀レベル:C(要はそれなりに刀の扱いに習熟している扱い)さえあれば誰でも100%の力が出せるぶっ壊れ。刀自体が不遇武器の中で、これだけで刀使う価値があるとされるバケモノだ

 いや、封光の杖(能力解放)やら轟火の剣デュランダルやらと比べればちょっと弱いが……。月花迅雷はぶっ壊れ専用神器が無いキャラに、ほぼ同等の武器を『キャラ制限無し』に、『ゼノ(おれ)の初期武器故に序盤、それこそ通常聖女編でなければチュートリアルマップから』持たせられるというのだ。その強さはもう語るまでもないだろう

 というか、今さらながら思うのだが、おれが生き残る事だけを考えるならば月花迅雷は必須事項だが、本来あの神器が刀である必然性って無いのではなかろうか

 材料は刀身がドラゴニッククォーツ、芯にヒヒイロカネ、コアに天狼の雲角。コアの雲角が無限に雷を蓄え、その魔力を纏うことで普段は暗い色をしたヒヒイロカネが明るく輝く。結果、薄く走る雷鳴によって幾つか遮られたヒヒイロカネの輝きが、青く透き通った三日月の刀身に花吹雪のような紋様の桜光を散らす。その姿をもって、芸術とも呼ばれる神器の名を"月花迅雷"

 だが、だ。そもそも、こんな希少な材質を使っておいて、出来上がりが刀という西方の一部人間とおれとしかまともな使い手が居ない武器というオチがまず可笑しい。ドラゴニッククォーツの量や、そもそも手が触れる辺りに雲角を埋め込む必要があることから長物である槍……は難しいだろうが、素直に剣ではいけなかったのだろうか。というか、剣の方がより誰でも使えて便利だろう。さっきのゲームの話だが、月花迅雷はあれでもそもそも刀が使えないといけないから職業が刀を持てるものに限定されるってのがバランス調整と言われてたしな……現実な今、ゲーム的なバランスなんて捨てて刀より剣の方が良いだろう

 ……まあ、剣だと、おれがあの神器を持っている意味が本当になくなってしまうが。そこが悩みどころだな……。折角使用者を選ばない神器をなんで忌み子が持ってるんだよって話を、いや刀使えるのおれくらいだろと返せなくなる

 誰か月花迅雷を使えるキャラが他に居る等の条件を満たすととおれが持ってる必然性はないと皇族追放の際に正式に返還するしなゲーム内でも

 いや寧ろ、本当に何故王位(おおい)なる天狼から世界を覆う混沌を払う手助けとして雲角を渡されたのがたまたま近くにいた皇族であるおれだったからって、国宝であるドラゴニッククォーツ等を使って造られたのが刀だったんだ……。誰か流石に汎用性が無さすぎて可笑しいと反対しなかったのか……

 いや、ゲーム内CGでも花吹雪のように桜光を散らす空色の刀って格好よかったけどさぁ!?最初の方で表示される剣撃絵とか子供心にかっけぇ……した覚えがあるけどさぁ!?刀ってのもカッコよかったけどさぁ!?

 ゼノのフィギュアとかあったらしいんだけど、月花迅雷を抜き身で持ってないと落胆されるレベルで象徴的なものだったとか

 あとは、子供向けだと半透明なドラゴニッククォーツの再現の予算とか足りなくてクリアパーツがちゃっちいし短くなるからと、DXではなく大人のお姉さん(と一部男の人)向けに2万5千円くらいのBSMって色んな作品の有名な剣を出すシリーズで月花迅雷(刃渡り77.7cmの劇中と同じ長さ。スマートさを維持するためにボイス再生機能などは鞘に搭載し、刀身は発光とモーションセンサーによる剣撃音のみ。必殺技が抜刀技故に鞘にボイス機能があっても引き抜くことで鞘のスイッチが押されズレなく再現できるからこそ成り立った形式だと、優しいお姉さんが興奮気味に語っていた)も発売されてたらしい。いや、子供に人気とかじゃなかったんでDX出る訳がないというのは置いておいてだ。まあ、当時のおれに万とか出せないんで縁はなかったけどさ

 光る!鳴る!喋る!BS(ブレイブソード)M(モディフィケーション)月花迅雷!

 うん、欲しい。でもだからって刀作ることはないだろう!?ほぼ同性能なら剣の方が何倍も皆が助かるはずだ

 

 閑話休題

 結果、プレゼントを枕元に置く文化がそこそこには浸透しているんだ。神々が聖女やその周囲の者達を特別な存在として選んだ事になぞらえて、七大天様ならぬ両親様が子供に贈り物をする。我が子が特別であるようにという願いを込めて

 が……子供が望むものというよりは、もうちょっとお堅くなりがちなのが差だろうか

 たとえば、おれが今回用意したプレゼントのように、教育的なものが割と定番だったりする

 

 といっても日本人だったおれの記憶を漁ってもクリスマスを楽しんだのなんて両親が生きていた……7歳くらい?が最後で、良く覚えてないんだが

 それでも、今回おれの用意したものよりは玩具とかそういったものが主流……だったんじゃないか?おれもBSM月花迅雷とか貰えるなら欲しかった

 

 「……さて」

 一息つき、おれの部屋……正確には、半分はアルヴィナが借りている寮で、もう半分は妹のアイリスの使用人(おれとアナのことを指す)の為の使用人部屋への扉を開く。そもそも塔の入口からしてしっかりとしたセキュリティであるが故に逆に単なる鍵式の扉は、ゆっくりと開き……

 じっと、暗闇の中で満月のような金の瞳が此方を見ていた

 

 「……アルヴィナ」

 「待ってた」

 「待ってないでくれ」

 思わず脱力する

 基本的に、聖なる夜に子供は早く寝るものだ。だって聖なる夜なのだから

 七大天は眠るものに祝福を為す。だから皆早く寝ようなというのが(枕元にプレゼントを置く側に立った親達が子供に広めた)通例である

 

 「……大丈夫」

 「……アルヴィナの横にも、こっそり置こうと思ったんだけどな」

 苦笑しながら、大きな枕と偽っておいた中に詰め込んでいたソレを広げて黒髪の少女に近付き、ゆっくりと巻き付ける

 

 「……これ、は?」

 「マフラーって言うんだ。あと、これ」

 ひょいっとこんな夜中だというのに頭に被った帽子を取り上げ、同じデザインの帽子を被せる

 「もっと似合う帽子あるとは思うけど、気に入っているみたいだから

 予備とか欲しいんじゃないかって」

 「……マフラーって、なに?」

 首をかしげるアルヴィナ

 その前髪が揺れ、隠れた片目がちらりと覗く

 

 「マフラーっていうのは、寒い地方で良く使われるもので、首に巻くと暖かいんだ

 まあ、皇都では基本的にはあまり使わないかもしれないけど、だからこそ珍しくて良いかなと」

 こくり、と少女は頷いた

 

 これで良いのだろうか

 いや、良いのだろうきっと

 満足げにマフラーの端を指にくるくると巻き付ける姿を見ておれは一つ頷き、そのままじっと見てくる月のような目の少女は一旦無視

 そのまま、音をたてずに……ってしても正直無駄だが、音は立てずにベッドへと向かった



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外伝 第七皇子と聖夜の鈴(Ⅱ)

クリスマスに…クリスマスに間に合わない…


「良し、寝てるな」

 「すやすや」

 横でさも当然のように擬音を口に出している黒髪の少女……多分聖女ではないがゲームでの聖女と同じ名前と外見を持つリリーナ・アルヴィナに楽しそうだなーと笑いかけつつ、おれはベッドを覗き込む

 枕元に靴下……は、無い。そんな文化はない

 ベッドの上で、暖かな布団を被って警戒心一つ無い寝息を立てる銀髪の少女

 小柄な体、そのほっそりした指には、いくつかの細かな傷が見て取れる

 メイドさんとして雇われたからには頑張るです!と慣れない料理をした結果付いた傷だ。流石に今では大きなミスは無くなったが、指をざっくり斬った時には焦ったな……なんて思いつつ、布団からはみ出ている手指を握り、優しく布団の中へ返す

 

 そうして、枕元に置くのは……

 「……本?」

 「そう。西方の料理本。あとは、お堅いお堅い歴史の本だな」

 ぽん、と枕元に置いたハードカバーの本の束を叩いて、おれは言う

 師匠がくれた日在る国の料理という本(因に西方の言葉で書かれているので、おれは内容を知らない)に、知りたそうにしていたので用意した神話の本。そして、言葉合わせの水鏡と呼ばれる水の翻訳魔法(本を水に映すと鏡映しのように反転した文字ではなく、使用者の母語で書かれた文字が見えるという魔法だ。余談だがおれには使えない)の魔法書と、あとは足りなくなってきたらしいノートの新しい奴。おまけとして新しいペンも付けておいた。この世界は魔法が発達している分、お堅い本はそんなに高くない。これだけ用意しても安いものだ。まあ、イラスト入りだと、魔法印刷が紙さえ用意しておけば全自動な代わりに多少ブレる関係で高い(この国の文字は表音文字なので多少形が崩れても読めるが、イラストは線がズレるとぐちゃぐちゃだ。おかげで、子供向けの絵本はバカ高いしイラスト付き萌え解説本なんて、貴族しか手が出ないレベルの高級品)のだが

 

 「んっ……」

 僅かに漏れる息

 起こしてしまったか、とその唇を見るが、寝息であったのか、すぅすぅという規則的な音が漏れるのみ

 

 原作には出てこない女の子。何処かで死んでしまうのかもしれない、原作では○○だから、と言えない……おれが守ると言った、守るべき相手 

 「頑張れよ」

 かるくその頭に触れて、髪をかき混ぜる

 そうしておれは、外へと向かった

 

 「……動いてない」

 「で、アルヴィナはついてくる、と」

 電気が消え、エレベーターのような装置が止まった吹き抜けのシャフト。それを下に見下ろしながら、何故か横に居る少女がぽつんと呟く

 「頷かないでくれないか?

 こうして、昇降装置も止まっているわけだし」

 「問題ない」

 「問題ないのか」

 「生きた昇降装置が、此処に居る」

 ひょい、と。少女の手が、俺の首に回された

 ちょっぴり体温の低い、柔らかな腕

 近くにある髪から漂う、ふわっとした花の香り。おれの顔を見上げる金の瞳の、蠱惑的な光

 それを受けて、おれは……

 「行きたいなら仕方ないか」

 諦めて、ひょいとその小柄な体を抱えあげた

 

 「はい、到着」

 1フロア飛ばし……では、おれは良くてもアルヴィナが辛いだろうとフロアを飛ばさずに階から階へ吹き抜けのシャフトを飛び降りて、1階へ

 途中で妹の部屋には寄らない。ゴーレムに意識を移している間は半分眠っているようなものだったりするせいか、夜遅くまで起きているのだ、アイリスは

 今日も少し前に、夜中の散歩をこそこそしている猫のゴーレムを見たし、まだ起きているだろう

 それが分かっているから、遅くまで起きてる悪い子にはプレゼントなしだとばかりにこれ見よがしに外に出るのだ

 むくれて眠ってしまった後、帰ってきてプレゼントを枕元に置く……のは侵入者避けにひっかかってバレるので、部屋のドアに掛けておくのだ。だから、実はまだプレゼントを受け取りにいってすらいない。聖夜の夜中に取りに行きますと予め言ってはあるが……起きているだろうか

 

 「何だ。お前も外の異様な気配に混じりに行くのか」

 「そんな訳ないでしょう?」

 「まあな」

 と、浮いた話の一つもない師匠(何でも、西方に許嫁が居るそうだ。許嫁以外の女など手を出す気が起きん、らしい)に預けておいたプレゼントを受け取る

 今から配るのは、孤児院の皆の為のものだ。孤児院に置いておいた日には、子供達が探し回って先に見つけてしまうからな。そうなってはプレゼントとして失格だろう。だから、こうして手出し出来ない場所に置いておいたという訳だ

 

 「……あれ、師匠」

 プレゼントを点検する中、変なものを見掛ける

 というか、預けておいた袋を開けた時点で思いっきり見えていた。見てないフリをしていただけだ

 明らかに用意しておいた筈のない大振りなケース。というか、受け取った時点でこんなに大きかったっけとなったのは、中身が増えていたからなのだろう

 「……これは?」

 「今日は何の日だ?」

 「ボクとのでーとの日?」

 「何だ、そうだったのか。では、こんなものでは無い方が善かったか」

 くつくつと笑い、おれをからかう師匠に、どうでしょう……と返しつつ、その大きすぎるケースを開ける

 

 ピン、と張られた(本来は張っていては可笑しいのだが、そこは多分見映えの問題なのだろう)弦。しなやかな曲線美を描く弧

 「弓……ですか」

 「そうだ、弓だ」

 手に取り、弦を引いてみる

 「お、重っ」

 子供向けのその弓であれば軽く力を込めれば引けるとたかを括っていた。だが、異様な重さに目をしばたかせる

 

 「刀ばかりでは、遠くの相手に何も出来ん。斬撃を飛ばしても限界はある。そろそろ、お前も刀以外の武器に手出ししても良い頃だ」

 「……有り難う御座います」

 一礼し、でも今は邪魔なので弓をそそくさと直す

 「もう授業はないだろう。明日からな」

 「今日からでは?」

 「……ああ、日付変わっていたな。今日からだ」

 「はい!」

 頷いて、でも今は……と弓を置いて、残りの袋を背に担ぐ

 そんなおれを、アルヴィナは面白いものでも見るような目で眺めていた

 

 「……皆寝てるな」

 そうして、孤児院。子供達は神様を見たいとばかりに集まり、そろそろ買い換えないとな……と思っていた、遊びの最中に割れてしまった魔物の羽窓のある大部屋で、固まって寝息を立てていた

 恐らく、布団にくるまったら寝てしまう!と、意地を張ったのだろう。布団を持ってきていない子供達が、皆硬い床の上で、少し寝苦しそうにしている

 

 「ったく、風邪引くぞ」

 消えた暖炉を見て、流石に……と思う

 が、火をつける魔法なんておれには使えない

 「……アルヴィナ、ちょっと待っててくれ」

 種火ももう無い暖炉脇の薪を一本取って、おれは外に出、皇族特権だと何時も持っている刀を握る

 白い息。ブレる意識を、一つに束ね

 ……よし、行ける!

 息を整え、ぽいっと前方にその薪を投げ……

 「花炎斬!」

 擦る一線。刃が痛むからあまり多用するなよ、と前置きして師から習った小手先の技の一つを放つ

 打ち合わせ、擦る抜刀術。ある種火打ち石の要領だ。熱を持たせ、抜き放つ刃に火花を散らし、着火する抜刀。振った刃の当てる先が燃えやすければ火を点けられるが、魔法でもなんでもないあくまでも物理現象。ゲームでのスキル的には、火属性弱点の敵に対して追加ダメージとかそのレベルでしかない。故に児戯。そのくせ、擦って熱を持たせつつ打ち合って火花を散らさせると刀身を酷使する。完全にお遊びだ。真面目に技として使うものではない

 おれとてそんなことは知っている。ただ、魔法が使えない以上、暖炉に火を灯すにはこんな戯れの型でも何でも使って火を起こさなければいけなかったというだけだ

 

 薪の端を一閃

 「ほいっと」

 火が点き、燃えながら地面に落ちようとする薪を軽く蹴り上げ、左手でキャッチ

 そのまま鞘に刀を戻して腰に下げ、扉を開けて孤児院へ戻る

 万が一失敗したら困るし、第一五月蝿いからなという理由で外に出ていただけなので、そのまま火の点いた薪を、暖炉にくべる

 魔法があれば一発なんだがな、と苦笑して

 

 「……ごめん」

 「いや、アルヴィナは火属性持ってないんだろ?なら仕方ないよ」

 謝る小さな友人にも笑い返して

 起きる気配の無い子供達を一人一人見て、プレゼントを置いていく

 ってか、雑魚寝状態で難しいな……。ベッド……はそこそこ高級品なので孤児院の子供達は基本布団を敷いて寝ているが、部屋も分かれているし枕元に置きやすいと思っていたんだが……雑魚寝だとうっかり蹴られたり、他人のと間違えたりがありそうで面倒だ

 そんなこんなで四苦八苦しながらも、大きな魔物を狩る人になりたい!というケヴィンには大振りなナイフ(魔法で切れ味を落としたもの。ゲーム的に言えば、金属製で普通のナイフと同等の重さなのに攻撃力がマイナスになっていて、素手で殴るよりも痛くないし全く斬れない)、兄と二人兄が盗んできた食料で食いつないでいたスラム街から拾ってきたエーリカには、周囲の魔力をチャージして1日1回5分だけ対になる貝殻と音声のやり取りが出来る巻き貝(もう片方は、騎士学校の先生にエーリカの兄の枕元に置いておいてださいと、皇子からの頼みということを強調しつつ託してきた)、といった感じに選んだそれぞれのプレゼントを置いていく

 去年は子供達に贈るプレゼントを考えていなくて、僕達悪い子なの?神様に見捨てられたの?と大騒ぎされたからな。今年はちょっと気合いも入ろうというものだ。まあ、その分一週間後に控えた新年の為の準備も合わさって、ついでにエーリカの兄を騎士学校に叩き込む入学金を払った……のと、盗んだ果物の代金も立て替えたのと(これくらい盗まれてたんだけど!?とふっかけられた。人を金持ちの坊っちゃんだと思って足元見やがってと少しだけ思ったが、まあ忌み子で皇子だから間違ってないかと思い、素直に支払った)で、金は本気で足りなくなってるが、まあそれはそれだ

 

 「ふぅ」

 朝まで消えないくらいに薪を組んで暖炉に放り込み、夜は冷えるが風邪引かないだろうと確認して孤児院を出る

 窓から見送るおれが買い上げる前からの初老の管理者に軽く会釈を返して、おれは結局見てるだけだった友人を連れ、夜中の街を歩く

 

 「アルヴィナ、何か食べて帰るか?」

 此処は貧民の多い区画だが、それでも街は活気づいている。聖夜だけあって、子供は寝るし大人は遊ぶのだ。今日は特別遅くまで、色んな店がやっている

 といっても、アイリスに贈ろうと思っているのはぬいぐるみ用と、子供用のマントだ。無い知恵を振り絞って贈った猫のぬいぐるみを、妹は一年以上ずっとベッドの枕元に置いて大事にしている。ならばとは思うが、沢山買ってもそれはそれで違う気がするので、ぬいぐるみ用の装飾品だ。マントにしたのは、万が一アイリスが公の場に出たときに皇族らしい威圧感出せるかなーという浅はかな考えである。マントなら身に付けてても可笑しくないしな

 そんななので、マントを依頼した相手の店は早々と本来は閉まっているはずだ。無理言って起きていて貰った訳なんだが、なかなかに悪いことをした

 けれども、出来は予想以上で。ホクホクしながら、カップルの多い街を、寮のある塔に戻るために歩く

 

 「っても、子供二人だと危険だよな」

 片手にマントの袋、もう片手をはぐれないようにアルヴィナの手を取って、ひょいひょいと足取り軽く進んでいく

 「でもまあ、屋台ならそんな問題ないだろ。何か食べるか?」

 「でも、両手が塞がってる」

 空いた方の手で、少女はおれのもう片手を指差す

 ああ、自分だけってのが気になっていたのか

 

 「じゃあ、おれの分もアルヴィナに持って貰って、食べさせて貰うか

 って、冗談だ」

 一つ前々から準備していた聖夜が上手く行って浮かれたのか、何時もよりも軽く口が出る

 自分でも現金だなとおれ自身を笑いつつ、でも小腹は空いたしと、カップル狙いで並ぶ屋台を見回して……

 「アル……ヴィナ?」

 ぽつりと呟く、幼いその声を耳にし

 

 「アルヴィナ!」

 財布出すわ、と自分から離していたその手を握りなおし、胸元に引き寄せる

 少し冷たいその感触を腕の中に守るように抱き締めながら、おれは……

 ついさっきまで彼女が居た地面につけられた、深い斬撃痕を呆然と眺めていた



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外伝 第七皇子と聖夜の鈴(Ⅲ)

「……アルヴィナ、離れるなよ」

 手にした刀をしっかり握り、周囲を見回す

 

 やけに静かだ。これだけの人が居て、だというのにあまりにも音がない。目の前で地面が削られたというのに、悲鳴一つ無い。アルヴィナはきゅっとおれに抱きついているから声を出さないとして……何故、誰も、声をあげない

 

 その疑問は、即座に氷解した

 固まっていた。全てが、だ

 串焼きを焼く炎すらも、絵のように静止していた。人は動かず、まるで、時が止まったかのように全てが静かに止まるなか、アルヴィナの浅い呼吸音だけが耳に届く

 自分の呼吸は聞こえない。気配を殺せ、動きを悟られるな。師の教えが、息の音を圧し殺す

 零の呼吸。普通、動く前には深く呼吸する。故に、対峙した相手はそれを感じ取って、対策を始めることが出来る

 だからこそ、呼吸を消し、動き出すその揺らぎを感じさせず、気が付いた瞬間には既に動き出しているという状況を作り出すことで、実際よりも対処猶予を短く錯覚させて相手を混乱させる小技だ

 だが、アルヴィナが横に居ては特に意味はなくて

 

 「時を止める力……」

 ぽつり、と呟く

 風魔法エアロックではない。それよりも強い力だ

 こんな魔法は、ゲーム内でも出てこなかった気がする。何だ、これは

 いや、確か……

 

 「っ!刹月花!」

 思い出すのは、本物の刀の神器。あれの特殊能力が確か、相手以外の時を戦闘中のみ止めるというもの。ゲーム的に言えば、戦闘中のみ、他キャラからの効果を全て無視して戦闘を行う、だったか。対象の代わりに攻撃を受けるとか防御陣形で防御upだとかそういった全てのスキル等の効果を無視し、絆支援効果すらも消すんだったか。強いと言えば強いのだが、そういった細工を使うのは寧ろ味方側だというのが難点だった。人と人との戦いであれば強かったのだろうが、人と化け物の戦いでは人の側が活用するのは難しい

 故に、刹月花という本物の刀の神器は、正直月花迅雷の方が強いよねとされていたのだ。因みに余談だが、日本のクリエイター的には月花迅雷は月下迅雷のもじりなのだろうが、この世界的には迅雷を迸らせる刹月花に続く刀の神器、という意味で月花迅雷と名付けられたという話になる

 

 閑話休題

 では、刹月花という刀の神器だとして……どうなる?神器に選ばれた誰かが襲ってきている?いやそれは冗談だろう

 刹月花は神々の与えた刃、原初の刀、そもそも刀という武器が刹月花の存在を見て作られたとまで言われる第一世代(オリジナル)神器だ。そんなものの持ち主が現れていたならばそんなもの有名になるに決まっている

 だから、そもそもあり得ないはずなのだ、刹月花の所有者など

 

 だのに、説明の付かない事態が起きている

 そもそも、アルヴィナを何故狙う?おれが止まらない理由は分かるが、どうしてアルヴィナを襲うんだ

 きゅっ、と胸元の母の形見のようなペンダント(母は呪いで燃え尽きたためおれに渡された、本来は子を産んだ母に渡されるはずだった魔除けのペンダント。身代わりのロザリオのようなもので、3回だけ受ける魔法効果を無効化する)を握る

 時を止める刹那雪走を防ぐので1回。元々1回使ってあるので、残りはあと1度

 

 そうして、止まった人々に紛れたろう敵を見付けるべく周囲を探り……そうして、割とあっさりと変な呼吸に辿り着く

 

 「……え?」

 それは、少年だった。おれよりも年上だろうか

 おれと、それでもほぼ変わらない。10歳になっているかどうかというレベル。魔力に染まることもある髪は、恐らくは染まっていない色。瞳もまた

 服装も印象に残らない普通のもの。特徴らしい特徴がない少年だった

 ただ一つ、その手にある、雪のように純白の刀身を持つ一振の刀を除いては

 穢れなき白。金属ではない、その刃

 「……刹月花……」

 あり得ないその名前を、おれは溢す

 

 「第七、皇子……」

 敵意無い声を、少年も溢す

 やはり、逢ったことはない。では、誰だ

 原作で刹月花を持つ青年など出てきた覚えはない。あれは、確かに西方の城に保管されているはずなのだ。ゲームでも、使い手足りえる者が居るはずだとして託されるのだから

 因みに、そういった形であるため所有する特定個人は決まっていないが、ゲームでは誰かに所有者を決めたらそれ以外は所持すら出来なくなる。その辺りは確かに第一世代の特徴を持っている

 だからだ。有り得ない。有り得るはずがない。此処に刹月花が存在し、そこの少年が担い手であるならば……ただ一人を選ぶ第一世代(オリジナル)である刹月花が、誰かの武器になる筈がないのだ

 

 小さく震える少女の感覚に、おれは現実に引き戻される

 「……何故、アルヴィナを狙う」

 何でだろうか。彼はおれに対して敵意がない

 だから、話を聞く

 相手の呼吸は荒い。動きも荒い。刀の持ち方も、何かおかしい。どこからどう見てもド素人といった感じ

 故に、対処できる。そう信じて情報を集める

 

 「第七皇子。そちらこそ何故」

 「……?何が言いたい」

 「なぜ、そいつを庇う」

 ……いや、多分違うけど聖女かもしれない相手だし、それが無くとも民を護るのは皇子のやることだろうに

 

 「皇子が民を護るのに理由が要るのか」

 少しの刺を混ぜて吐き捨てる

 「民を護るというならば、今すぐ殺せ!」

 「は?」

 いや、何言ってるんだろうなこいつ

 

 「その悪魔を!アルヴィナ・ブr……」 

 「黙れ!」

 一閃。刹月花は破壊できないので、狙うはその腕

 といっても、切り落としては取り返しが付かない(服装的に貴族ではないだろう。治療魔法が買えるとは限らない)ため、峰を使って打ち据える

 

 「おれにアルヴィナを殺させようとするとはな」

 「第七皇子!そいつは、敵だ!」

 相変わらず叫ぶ変な少年

 いや、真面目に何なんだろうなこいつ……と、取り落とさせた刹月花を遠くに蹴り、お前に持たれる筋合いはないとばかりの反発に片足で跳び跳ねてバランスを保ちながらながら思う

 ってか、アルヴィナに抱きつかれてるからだな、このバランスの悪さ。何というか、珍しい。でもまあそうか。自分を殺しに来た変なやつとか怖いよな

 

 「アルヴィナ、何か分かるか?」

 ふるふる、と。胸元に顔を埋めたまま、少女は首を振る

 どうでもいいけど、近い。ちょっと戦いにくいんだが

 「本人も知らないってさ。あと、アルヴィナ

 ちょっとだけ離れてくれ」

 首筋が離され、そしてまた絡め取られる

 背後に回っただけだ。おぶさるようにしたアルヴィナに、まあ良いかと苦笑して、背負って戦う覚悟を決める

 

 「第七皇子!そいつは、魔神王テネーブルの妹なんだよ!」

 ……は?

 思わずフリーズしかけ、口に走る苦味で目を覚ます

 ってか、そういうフリーズにも対応するとか、鮮血の気迫って割と凄いな

 

 魔神王の妹?テネーブルの、妹?

 いや、ゲーム内でも出てきたとはいえ、何を言っているんだ?魔神王の妹は穏健派だし、直接敵として戦うこともない。兄が死んだらあっさりもう終わりにすると言ってくるモブキャラのはずだ

 

 ああ、そうか、と納得する

 寧ろだ。今の時点で魔神復活を信じているのは少ない。幾ら近い未来に魔神は蘇るという予言があるとはいえ、だ。それをこれみよがしに言うということは……

 こいつの方が、恐らくは魔神なのだろう。かつての神話時代に辛酸をなめさせられた……というか魔神族を倒した聖女候補を早めに殺しに来た

 それならば、さっきの言葉にも納得がいく

 

 ブランシュ。テネーブル・ブランシュ。ゲームでのラスボスであり、魔神王。だが、神話の魔神王ではない。神話の魔神王は既に倒されている。彼は、その子孫であり、新たなる魔神王だ

 ……その名前が出せるとしたら、おれやエッケハルト、あとはピンクのリリーナのような転生者か、さもなくば魔神王の側の存在

 そして転生者だから、というのであれば、寧ろリリーナ(原作主人公)なんだからアルヴィナに襲いかかるなんて事はないだろう

 

 「……成程な」

 刀を、低く構える

 リリーナが聖女だとわかるということは、恐らくは向こうにも真性異言(ゼノグラシア)が居る。だから、先んじて行動できる

 それが彼なのか違うのか、それは分からない

 だが、考えるべきは、背に感じる重さを、護り抜くこと!そして、時の止まった民達を、傷付けさせないこと

 

 「上等だ、魔神」

 「話を聞いてくれ、第七皇子!魔神は、敵はそいつだ!アルヴィナ・ブランシュだ!」

 叫ばれ、睨まれ、目の敵にされた少女はきゅっと背にしがみつく

 

 「……違う。彼女はリリーナ・アルヴィナだ」

 「……まさか」

 ん、何だ?

 いきなり、空気が変わったなあいつ

 躊躇いが消えたというか何と言うか……

 

 「もう、屍天皇(してんのう)なのか」

 「四天王?なんだそれは」

 「……手遅れだったか、ならば!」

 「遅いっ!」

 少年が刀を拾い上げようとしたその瞬間、刀を鞘走らせる

 雷のように、最速の抜刀。背の重さを置き去りにする勢いで踏み込み、縦に空を薙ぐ

 

 「ぎゃっ!?」

 ぽん、と飛ぶ指

 まずは一本。その右手の人差し指だけを斬り飛ばす

 親指を狙えば一発でまともに刀を握れなくなるが、それは困る

 まだまだ向こうには喋って貰わなければいけないのだから、早々に逃げの一手を打たれるような傷を与えてはいけない

 第一、ド素人に見えるが魔神ならそんな筈はないだろう。何か思い切り隠しているに決まっている。あまり追い詰めてそれを出されたら、護れるか怪しいからな

 

 意識が高揚する。視界に微かにエフェクトがかかったようにブレ、そして戻る

 ああ、抑えきれない。目の前の敵を倒すべきだという迸りが、この身を焦がす

 だが、それは危険な衝動

 微かなブレと共に視界の中央に映る、青い血を噴出しながら身悶える少年魔神の腹を蹴りながら背後へ跳躍

 「げふっ!」

 首筋に顔を埋め、何でか濡れた感触をさせるアルヴィナを怖がらせないように飛び下がる

 「かふっ!」

 同時、床に溢れてきた血を吐き捨てる

 ……《鮮血の気迫》?いつの間に発動していたんだ

 吐き出した血に、意識できなかった攻撃を察知し、意識を引き締め直す

 やはり、何か持っている。精神に作用する力を隠している。見た通りのド素人ではない

 それに、だ

 指を斬り落とした時、そして蹴った腹……そのどちらもが、やけに硬い。ステータスはおれと同等と見て良いだろう。魔力を、マナを溜め込んだこの世界の肉体は、一般的な肉体の限界を遥かに越える力を発揮する。それこそがステータス

 力50は硬さの足りないなまくらとはいえ金属の剣をねじ曲げ、防御50はへなちょこな人間が射るものならば、額に鉄の鏃を付けた矢が直撃しても弾く。能力は外見に左右されない。といっても、鍛えれば多少は差が出る。それ以上にレベル、つまりは魔力量の差が大きいだけだ

 そして、彼は……発動すら悟れなかった魔法、そして、あの年にしておれとほぼ変わらないだろうステータスを持つ

 とすると、力は60に届かないくらいだろう

 ヤバイな……と、唇を噛む

 おれのステータスは前に測ったところ、確か力56。師匠から貰ったこの刀は正式なステータスを鑑定していないが、恐らくは攻撃力にして10前後だろう。7歳にしては驚異的というか、既に人間じゃないステータスだ

 だが、だ。そもそも刹月花の攻撃力は驚異の45。月花迅雷の倍、父皇シグルドの持つ大剣、第一世代(オリジナル)神器たる轟火の剣『デュランダル』ですら40だ。刀特有の必殺補正は月花迅雷が+20、轟火の剣が0、刹月花も0と必殺が出にくいが故に、必殺どうこうの話まで絡めるとだから強いとは言いきれないが、力が20くらい……つまり、そこらの兵士より低いちょっと鍛えてレベル上がった人間で既におれと同等の火力になる化け物刀だ。同等のステータスを持った人間が持った時の破壊力は推して知るべし。攻撃力100にも届きうる

 ということはだ。単純明快なステータスのみで、おれが必殺で届かないから脆い部分を狙い防御値を無視する致命必殺を狙おうとしたあのアイアンゴーレムの装甲を貫ける事になる

 そんな火力の前ではおれなんぞ3~4回で刺身だ

 そして、攻撃力10の普通の刀vs攻撃力45の神器。打ち合ったらそれこそ一瞬で折られる。鍔迫り合いなんて仕掛けたら即死だ

 

 全く、厄介な敵だな!

 「屍天皇……ゼノ

 くっ、倒すしかないのか……」

 「だから、何が言いたい!」

 軽く左手の人差し指を刀の根元で切り、鞘と刀身に薄く血を纏わせる

 

 「世界を救うため、屍の皇女アルヴィナ!屍天皇ゼノ!お前達を……倒す!

 この刹月花に懸けて!」

 「だから、四天王って何の事なんだ!?」

 謎の宣言と共に、純白の刀は少年の手の中に勝手に現れる

 第一世代神器の特徴だ。何処に封印しようが蹴り飛ばそうが何しようが、所有者が来いと思えば何処からともなく現れる

 そのまま刀を構えて突撃してくる少年に向けて届かない距離から抜刀。鞘と刃に散らした血を飛沫として散らし、その目を潰しながら、おれは……

 屍の皇女だの四天王だの、その厨二な言葉は何なんだよと思っていた

 アルヴィナは恐らく"天光の聖女"リリーナ・アルヴィナだし、おれは"第七皇子"ゼノだ。その四天王……というか、少し発音が違うしてんのう?じゃない訳だが



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外伝 第七皇子と聖夜の鈴(Ⅳ)

「……屍天皇、ゼノ!」

 飛び散るおれの血を目に受け、力なく(人差し指がないので握りが甘い)刹月花の柄を握り、此方に向けて突き付けながら、名前も知らぬ少年は叫ぶ

 流石に攻めてはこないか。目潰しされても来れば、その首を取ってやったのに

 

 ところでだ、本当にそのしてんのう?ってのは何なんだ?

 「アルヴィナ、わかるか?」

 「分からない」

 背の少女にも答えはなく。一旦忘れて相手を見据える

 睨み付けることはしない。おれがせせこましい技で目潰しを仕掛けられるように、刹月花にも拘束技……というか目潰し技はある。確か光を雪のような刀身が集めて反射する形でフラッシュするのだったか。刀身の腹が不自然に此方を向くので予備動作を見て目を瞑るだけで回避できるが、回避しなければ一瞬視界を喪う厄介なもの

 格下相手なら皇子舐めんな案件だが、第一世代神器相手にそんな舐めたような態度は取れやしない

  

 それにしても刀を片手持ちだ。よくやる

 基本的におれも片手で刀を振るうことは多いが、それは抜刀術の関係だ。鞘に納めた状態からのスムーズな抜刀は片手でしか出来ない。抜刀術の破壊力、速度、そして……納刀と抜刀を駆使して闘う神器たる月花迅雷を未来で手にする可能性を見据えたが故の選択として、おれは片手で刀を振るう

 常時周囲に雷の魔力を放出しているかの神器は、刀身を鞘に納める事でその魔力を刃に溜め込み、抜刀により一気に放出することで雷撃を飛ばしたりという芸当が可能だ。原作でもゼノがやっていた事だしな。だから、月花迅雷を得た際に使いこなせるように、最初からおれは抜刀術を習った

 開発中という情報を誰かが小学校のゴミ箱に捨てていった漫画雑誌を拾って読んだ無双ゲー版でも、迅雷ゲージが時間で貯まりモーションが速い納刀モード、迅雷ゲージを消費して雷で広範囲を攻撃出来る抜刀モードを適宜切り替えながら戦うキャラとしてゼノは紹介されていた……ような記憶がうっすらあるしな。プレイした記憶はないし、恐らく発売前におれは死んだのだろうが

 だが、普通に刀を振るうのであれば、大体の場合は片手持ちなんて選択肢に入らない。当然の話だが、刀は片手で振るうより両手で振るう方が強く握れるのだから強いに決まっている。ゲームのステータスで考えても、両手持ちには力補正が入るから片手を空けておく必要性は普通はない。あるとすれば、片手がフリーな前提がある抜刀技を使うのか、或いは……

 

 「そこっ!」

 もう片手に何かを持つ場合!

 振るう刃、翻る風

 抜刀の速度のまま空気を裂き振るう刀により飛ばした斬撃は、刀を突き付けたままその左腰のポシェットから少年が取り出そうとした小型の魔法書を切り裂く

 やはり、魔法。おれが第七皇子ゼノだと分かっていれば、忌み子と知っていれば、誰だっておれへの攻撃手段として魔法を選ぶだろう。おれが魔法の力、七大天が人に与えたもう奇跡を持たぬ呪われた子ってのは有名だからな!武器よりも魔法、それは真理

 故に、彼も刀を片手持ちしたのだろう。刹月花はあくまでも豪華な牽制、その本当の狙いは、魔法攻撃

 

 だが!

 

 魔法書なんて脆いものだ。刹月花には傷一つつけられなくとも、この刀でも振り回せば魔法を扱うための文字が刻まれた本くらいは引き裂ける

 「……どんな魔法を使う気か知らないが」

 相手の少年のように突き付けることはしない。威圧感はあるかもしれないが、あの体勢から放てる技には限りがある。特に、おれに使えるものにはロクなものがない

 それよりは、即座に納刀し、次の一撃に備えるが常道

 鞘に刃を納め、静かに腰に構える。居合の構え

 背のアルヴィナを考えるに、あまり派手な動きは出来ない。だが、問題は……無い!

 

 「屍天のぉぉぉっ!」

 キラリ、と煌めく光

 此方へドタドタと足音を立てて駆けてくる少年の手の神器が強い光を放つ

 灰色の空、炎までもが色づき固まった光を感じない世界に、唯一迸る輝き

 だけどな!

 分かりきってれば……何一つ、問題ない!

 目を瞑り、光を目蓋の表面を焼くものとして感じ……

 「斬空閃!」

 間合いのギリギリ外、刹月花の届かぬ距離から居合一閃

 刃渡りは向こうの方が長い

 だが!空を裂き飛ぶ風の刃。2ヵ月かけて覚えたこの技は!刃よりも長い!

 「うっ!」

 少年は片手に握った刹月花を振り、その不可視の刃を振り払う

 実体は無い風だからな。当たれば斬れるが、形を崩されれば崩れる斬撃。貫通もしないし、刀を直接当てるよりダメージは低い。ゲーム的には、射程が2になり(近接武器は1、弓矢等で1~2や1~3だ。弓が近接二つ分の間合いってと思うが、ゲームバランスの問題だろう)射線が通る敵を攻撃できるが、攻撃力にマイナス補正がかかるって感じだろう。そんなスキルが確か剣客って職業のスキルにあったはずだ

 おれは単純に技能として修練の果てに使えるようになったが、戦闘職業でレベルが上がれば自動でスキルとして感覚で使えるようになるんだよなこれ……と少しだけレベルシステム……ヒトを越える力への不満はあるが、それは今は良い。スキルと同じものを使えるんだから

 というか、スキルの取得条件をレベルではなく他条件パターンで満たした感じか。ゲームでも第一部の育成SLGパートで訓練してたら覚えられた筈だし

 

 閑話休題

 振りかぶった刹月花を防御に振るい、少年は新たな魔法書を手にして

 「唱えられるかよ!」

 踏み込みながら、その手を蹴り上げる

 「がっ!」

 「っらぁっ!」

 交差し、着地は刹那。向こうの狙いはおれというよりもアルヴィナだ。背のアルヴィナを危険に晒してはいけない

 その意思のもと、更なる追撃は可能ではあるが、反転して相手の背を見ながら飛び下がる

 「……くそっ!屍天皇め!」

 取り落とした魔法書を拾おうとしながら、呟く少年

 その手にしっかりと純白の刀は握られていて。だからこそ、気を抜く事は不可能

 止まった世界の中で動けるのは、刹月花を持つ者と敵だけ。アルヴィナが動けるのはその敵に当たるからで、おれが動けたのは母の形見……とも呼べないペンダントのお陰。今も動けるのは、刹月花を持つ少年魔神が、おれを敵として認識してしまったからだろう

 その認識を崩させるわけにはいかない。彼が一度時を動かし、そしてもう一度自分と敵以外の時を止めることでアルヴィナを殺そうとした時、おれを敵だと認識していればおれは止まらない。だから手を緩めるな

 攻めろ!

 

 「アルヴィナ!離すなよ!」

 首筋に顔を埋める少女に向けて叫び、刀を構える

 もう一度抜刀術と言いたいが、次は流石に向こうから来ないだろう。故に、此方から攻めるしかない

 そして、だ。抜刀一閃こそ速くとも、一々刃を納める抜刀術は、ワンテンポ行動が遅くなる

 その間に、おれを敵じゃないとマインドセットされ時を止められたら負けだ。1回だけならばペンダントでまだ動けるが、2回目は無い。アルヴィナは死ぬ

 そんなこと……

 させる、訳が、無いだろう!

 

 「……屍じゃない、敵じゃない、敵じゃな……」

 「……おれは!アルヴィナの、味方だ!」

 ぶつぶつと呟く少年の右腕を、鞘を腰に据えて空いた左手で掴み、腹を蹴る

 「けふっ!」

 取り落とされる刹月花。それを刀で絡めて背後に投げ飛ばし

 「っ!」

 振り上げた刀を返す刀で振り下ろす

 「うわぁぁぁっ!」

 「ちっ!」

 だが、第一世代神器たる純白の刀は、何時でもその手に舞い戻る。次の指を落とす前に、奴の手には再び刀が握られていて

 「甘いっ!」

 思わず受け止めるように翳された刀身を掠め(その手は悪くはない。神器と打ち合えば、あっさりと此方の刀は折れるだろう。それくらいに、武器としての差は大きい)、強引に軌道を変えながら、おれが狙うは少年の左手

 「いいぃぃぃっ!?」

 軽くはない感触が右手に伝わる

 何度も感じた、重い感覚。肉を断つ感触。土着の魔物相手に、幾度やっても慣れない重み

 ぱっ、と、紅い華が咲く

 「指が、指がぁぁぁぁっ!」

 左手の人差し指から三本、その第一関節から先を斬り飛ばされ、もう一度刹月花を放り投げて、少年はその場に踞る

 

 ……弱すぎる

 鞘に刀を戻しつつ、自問する

 それに、だ。紅い華?鮮やかな赤い血?

 可笑しい。おれがさっき見た少年の血は、確かに青かったはずだ。だからこそ、おれは奴が魔神、原作ゲームで戦う、おれたちの敵だと信じて……

 振り返る

 寒空の下、止まった時の最中に落ちる少年の右手人差し指は……確かに赤い血を流して、其処に転がっていて

 

 「っ!精神、汚染……」

 何時からだ。何時からおれは、眼前の少年を魔神と思うように誘導されていた?

 あの時、《鮮血の気迫》が発動したのに、何故其処で気が付かなかった?

 何時から、何処からおれは間違っていた?

 きゅっと、全体重をおれに預ける少女に、アルヴィナだと思っていたのが既に違ったという事はないのだ、と安堵して

 ……では、何故?

 本当の敵は何者で、何故奴が刹月花を持つ魔神であるかのように誤認させて少年と戦わせた?そもそもあの刹月花は、本当は何だったんだ?

 そんな疑問から、落ちた刀に視線を向けて……

 

 「がっ!」

 刹那、おれの体は氷で出来た鎖で宙に縛り上げられ、アルヴィナは背から放り出された

 ……フロストチェイン!拘束魔法の一つか!

 

 やられた!か弱い人のフリで、おれの意識を反らさせたのか!

 歯噛みするももう遅い

 「……ゼノ?」

 「アルヴィナ、逃げろ!」

 魔法に対して一切の耐性がないおれは、拘束魔法から逃れる術はない。だからこそ気を付けるべきで、故にこそ一歳下の子供相手に1vs3というおれ有利のハンデ戦で勝率8割前後というゴミカスみたいな戦績を実戦で克服すべきだったのだ

 

 悔やんでも、既に意味はない

 「……はあ、はぁ……」

 息を切らせ、少年が立ち上がる

 「ざまあみろ、屍天皇!」

 ……胸元で微かに起動の兆しを見せるペンダントに、ゆっくりと首を横に振る

 このタイミングでもペンダントの力ならば拘束魔法を解除できる。合成個種と戦ったときにはアイリスに火急だと思わせるためにアイリスのところに置いてくるようにレオンに頼んだから使えず、ゴーレムの時はゴーレム作成は魔法ながらゴーレムの拳は魔法ではない為効果が無かったとはいえ、おれにとっては一つ切り札だ

 だが、それではいけない。おれがやるべきことは、皇族の使命は、民を護ることだ。自分を護ることじゃない

 だからだ。拘束は解除しない。あと一度の切り札は、本当に必要な時まで温存する

 例え……

 

 「死ねっ!」

 「がっ!」

 振り下ろされる刃

 純白の刀身がおれの赤い血に濡れ、そして……浄化されるように溶け消える

 胸元に走る浅い傷。一撃での致命傷とはいかず、向こうも本気は出していない

 というか、指が足りずに本気を出せないのだろう。おれを斬りつけたその刃が、4本の指で握った右手からぽろりと零れ落ちる

 「よくも、よくも!屍天皇!」

 「……」

 静かに、拘束されたまま、少年の拳を頬に受ける

 痛みは軽く。おれ自身多少人外の自覚はあったが、それでも痛いものは痛い

 「このっ!このっ!このっ!」

 刹月花ではなく、己の拳を振るう少年になんだこいつと思いつつ、ぺっ、と折れた前歯を一本少年の顔目掛けて吐き出す

 ……そうだ。乗ってこい

 ……忘れろ、本来の目的を

 アルヴィナを探す間に時を止める程の特異な力の発動を観測した騎士団が駆けつけてこれるように、アルヴィナが何処かに隠れるまで、おれで遊んでろ!

 

 「……くっ!第七皇子を、こんなにしやがって」

 それに虚を突かれたのか、少年は手を止め、そんな事を呟く

 いや待て、こんなにも何も、攻撃しているのはお前じゃないのだろうか?という疑問が思わず出かけるも、彼の中では別のストーリーがかんせいしているらしく、天を向いて吠える

 「許さないぞ、屍の皇女アルヴィナ!」

 

 ……どうでも良いが、その屍の皇女ってカッコいいな、なんて場違いな事を思う

 彼の中では一体どんなストーリーが成り立っているのだろう。アルヴィナが敵で、魔神王の妹で、屍の皇女

 ならばおれは、原作では因縁(主におれが相討ちで倒したり負けたりする)の暴嵐の四天王カラドリウス等のように、アンデッド化した第七皇子か?四天王ではなくアンデッド時は屍天王とか揶揄されていたし、おれもそれに含まれてるのか?

 だが、その咆哮で、少年は冷静さを取り戻してしまったらしい

 おれを捕らえた魔法はそのまま、彼はおれに背を向ける

 

 「……第七皇子。おれが、奴を……屍の皇女を滅ぼす

 だから、安らかに眠ってくれ」

 ……いや、別におれは死んでない訳だが。安らかにも何も、本当に何を勘違いしているんだこの少年は

 というか、言動を見るにある程度ゲームをやっていた転生者は彼自身のようだが、どうしてアルヴィナを魔神王の妹と勘違いしているのだろう。確かに、グラフィックは黒塗りのロリリーナではあったけど、魔神には魔神の特徴とかあるはずだろうに。例えば、角とか

 実際、あの黒塗りグラフィックにも角のような出っ張りはあった。だが、アルヴィナにあるのはケモミミだけ。帽子で見えなかったから勘違いでもしたのか?

 

 「……だから」

 顔をあげる

 ……アルヴィナはまだ、其処に居る

 ああ、おれは魔法なんて使えないから刀一本で。けれどもアルヴィナは違う

 護身用だろう簡易な魔法書を構え、何かを唱えている

 ……無駄だ。あの少年はおれじゃない。おれとそう変わらないステータスだが、おれじゃないのだ

 だから、普通に恐らく魔法防御力を持つ。神が与えた奇跡は、同じく神の力を持つ者達にだけは効きが悪い

 ……だからアルヴィナ、そんなことせず逃げるべきだ

 「刹那雪走!」

 純白が煌めき、一瞬だけ音を取り戻した世界は、刹那の先に再び動きと音を喪う

 ……あくまでも刹月花の届く距離。隠れられず、見えぬものを標的にも出来ず。故に隠れて震えていれば、発動を許さず時間を稼げる時間停止

 何者にも邪魔されぬ決闘の場。アルヴィナを処刑するためだけの、たった二人の時間

 

 おれの体も、心も、雪の光の中に時を埋もれさせて凍りつき……

 

 アルヴィナの声が、聞こえた気がした

 おれには届かない言葉。自分を鼓舞する言葉

 けれどもその唇の動きが、おれにアルヴィナの思いを教えてくれる

 

 ……情けねぇ

 心に、火が点る

 凍え凍てつく心を、その火が溶かす

 もう、少年はおれを見ない。静かに、アルヴィナへと向かう

 一刀両断だろう。刹月花でその首を掻く、それだけで、アルヴィナの命は吹き消える。ステータス差とはそういうものだ。ステータス差がありすぎれば、かすっただけで耐えきれずに消し飛ぶ。この世界はそういう世界だ

 

 ……それでも

 そんなこと分かってるだろうに、少女は立ち向かおうとしている

 ボクが、まもる、と

 

 ああ、情けない。お前は誰だ?おれは何者だ?

 護るべき者に護られて、満足か!第七皇子!

 ペンダントが燃える。最後の力を使い、灰となって燃え尽きてゆく

 だがそれで良い。同時、心も時も埋もれてゆく雪は溶け、体に熱が戻る

 ……動く

 

 少年は、アルヴィナの前に辿り着く

 放たれた魔法は無意味。護身用の光の矢は、格上には効かずに弾かれ消えて

 「屍の皇女。此処で終わりだ

 誰も来ない。屍天皇も、魔神王も」

 

 ちょっとずつ、左手に持った鞘を上に投げてはキャッチを繰り返し、持つ位置を変える

 届いた!ならば!

 柄が顔に届く位置まで来たら、動かせる手首を傾け、此方へ刀を向け……柄を、口に咥える

 そして、花炎斬。咥えた刃を振るうべく首を振り鞘を切り落とすのを承知で、無理矢理打ち合わせながら刀を鞘から炎を纏わせ、振り抜く!

 鞘が燃え、服が燃え、そして、腕を捕らえる氷が燃える

 炎に弱い拘束魔法だ。炎属性魔法さえ使えればこんなもの無意味というレベルで熱に弱い魔法としても初歩の初歩

 ……ステータスしか高くない少年だからこそ、動ける!

 

 「だが、もしも、一生僕に従い尽くすなら……」

 刹月花を振りかぶり、少年は問う

 「……助けて、ボクの……」

 ああ、分かってるよ、アルヴィナ

 「……ならば!世界を救う!終われ!屍の皇女アルヴィ……」

 一閃

 口から右手へ

 燃える袖を、ちらちらと炎舞う襟を無視して刃を渡し、そして、横凪ぎ

 

 「……え?」

 ぽろり、と

 純白の刃が、その右手ごと、少年の腕から零れ落ちた

 

 「あんぎゃぁぁぁぁっ!?」

 「終わるのは、お前だ!」

 返す刀。迸る剣閃

 そして、更に咲く大輪華

 「……腕が、僕の腕がぁぁぁぁぁっ!神から与えられた力がぁぁぁぁぁっ!」

 眼前に転がる右手、そして重なるように落ちた左腕

 武器を握るべき双腕を呆然と見詰め、少年は言葉にならぬ声を奏でる

 ……ああ、やはり

 弱すぎる。こいつは、魔神なんかじゃない

 

 「屍天皇ぉぉぉぉっ!

 何故だ!何故動ける!時を止めた筈だ」

 叫ぶ声。響く慟哭

 黙れ、と足を払い、地面に少年の顔を叩きつけて言葉を返す

 「母の残した……いや、母に渡される筈だったペンダントの力だ」

 「有り得ない!そんなもの、原作のゼノにはなかった筈だ!」

 ……やはり、転生者か

 「原作が何か知らないが、未来だろうおれが持っていないから可笑しい?

 当然だ。今、使いきった」

 僅かな火傷痕を首に残し、ペンダントが燃え尽きる

 「……屍天皇ぉぉぉぉぉぉっ!」

 「もう、終われ」

 そうして、ポシェットから零れ落ちた残り1冊の魔法書を踏み潰し、少年の首に刀を突き付け……

 

 

 「……あ」

 少年の瞳から光というものが消えたその瞬間、少年の全てが風に包まれる

 「ちっ!」

 その風が消えたとき、少年の姿は何処にも無かった

 「……逃げられたか」



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外伝 第七皇子と聖夜の鈴(Ⅴ)

「……ふぅ」

 刀を振って鞘に……戻す何時ものルーティンを行おうとして、鞘が既に無いという事に気が付く

 

 鞘であったものは、斬られ歪んだ金属と、半端に燃え残る木の変な残骸として、ついさっきまでおれが居た場所に転がっている

 ……流石に幾ら皇子とはいえ抜き身の刀を携帯する訳にもいかない。向こうの少年はそんなこと気にせず(まあ、何時でも何処でも呼べるから持ち歩く必要すらないのだが)刹月花は抜き身だったが

 どうするかなぁ……と思いつつ、消えた少年が落としていった刹月花に触れる。持てはしないはずだが、此処は人はそこまで多くないとはいえ人の歩く通りだ。落ちた刀を放置する訳にもいかない。特に、止まった時は恐らくはもう動き出すのだから

 そして、その手が触れた瞬間

 かの純白の刀は黒く濁り、ぽろぽろと土になって崩れ落ちた

 「……偽物、だったのか……」

 掌に残る土くれ。それを握り、ぽつりとおれは呟く

 触れたら崩れるなど有り得ない。おれとて第一世代神器は良く知っている。何度か触らせて貰ったことだってある。轟火の剣デュランダル、ゲームタイトルを冠する父の神器だって第一世代(オリジナル)なのだから

 その時だって、轟火の剣に触れようとした瞬間に燃え盛ることで拒絶され、なおも手を伸ばしたら見えない力で弾かれたが、剣が崩れて消えることは無かった。何故此方が逃げる必要があるのだろうとばかり、あの剣は堂々とあの場所に突き立っていた

 それにだ、呼べば来るといっても、転移しかただって崩れるようなものではない。例えば轟火の剣は、父が手を翳すと安置された状態から炎を纏って輝き、そして炎と共に転移してくる形だ。刹月花ならば……いきなり少年の手の中に出現していたのを見る限り、恐らくは、呼んだ瞬間一瞬だけ時が止まり、その間に転移してくる形。安置された側から見れば、一瞬の断絶を感じた次の瞬間、眼前から消えているという形だろう。つまり、このように土になって消えることは有り得ない

 

 つまり、この刹月花は偽物ということになる。本物っぽくて、けれども本物より弱いパチモノだったのだろう

 「……誰が、こんなものを……」

 「七大天?」

 とてとてと横にやってきた少女がおれの独り言を聞き、首を捻る

 

 「七大天……。そうなのかもしれないし、違うかもしれない」

 「違うの?」

 「あいつはアルヴィナを狙った。それは自分の意思だったのか、それとも誰かに嘘を吹き込まれたのか……そこが分からない

 そもそも、あいつは本当にかつて封印されたという魔神だったのか?そこら辺も、あの黒幕も、刹月花の偽物も、何もかも分からないことだらけだ」

 「大変」

 相槌を打つ少女

 「でも、ひとつだけ分かることがある」

 「……なに?」

 「アルヴィナが無事で良かった」

 見上げてくる満月のように丸い金の瞳に、おれはそう返して

 

 「……やっぱり、聞かなかったことにしてくれないか?」

 結構恥ずかしい事言ったな、という事に気が付いて少女から目線を逸らす

 そして、わざとらしく袖の火が消えた服を見て……

 「や、やらかした……」

 袖から燃え移ってコート自体が穴空きになっているという事実に気が付き、肩を落とした

 子供用のコートに火の粉の穴が幾つか空き、なかなかにみすぼらしい姿に変わっている。普段使い出来ないほどではないが、穴空きコートなんて皇族が使ってたらバカにされるものだ。もう使えないだろう

 そして、その火の粉の穴は……戦う前にマントを突っ込んだ大きなポケットにも3箇所ある

 「……無事……、な訳がないよな」

 広げてみるも、しっかりと軽い焦げ跡が残っている

 子供用のマントにくるんでおいたぬいぐるみのマントは無事。だが、お揃いと言って差し出すには、流石に問題が残るだろう感じだ

 ……ぬいぐるみのマントだけ、はどうだろう。と思ってみるも、プレゼントとしては煽っているように見えてしまう気がしてならない

 そう思って悩むも、答えなど出なくて

 

 「朝までに考えないとな」

 にゃあ、と猫が鳴いた

 ……時が、動いている

 「……帰ろうか、アルヴィナ」

 使えなくなった子供用マントに、返り血の付いたままの刀身をくるみ、おれはそう呟いた

 切り落としたはずの腕は、何時しか消えていた。恐らくだが、あの少年は上級職に既にクラスアップしていたのだろう。ならば、残らないのも納得だ

 この世界、レベルと職業というものが存在する。それは周知の事実だが、ゲームでも半ば裏設定のようなものがそこに存在する。人が人として存在できる限界点が、産まれながらの(まあクラスチェンジという形で産まれ持った職業は資質さえあれば変えられるのだが)職業である下級職のレベル30だ。この段階で、世界に満ちる魔力を取り込むことで上がって行くレベルは一度頭打ちに達する。これ以上魔力を取り込もうとしても、器が一杯で取り込めないのだ。これを、レベルキャップという

 では、どうすればその先に行けるのか。その答えがクラスアップ。上級職へ至ること。だが、その時点でレベルが1に戻る事からも読み取れるが、この時点で人は人のようで人でないものに変わってしまうのだ。そう、下級職の時点で、人間の許容量限界の魔力を体内に溜め込み、心臓から血管を通して魔力を全身に循環させる事で人智を越えた(というのはレベルを上げれば辿り着くので可笑しい気もするが)力を発揮している

 その限界を越えるとは人としての器が壊れ、代わりにもっと大きな器が用意されるという事なのだ。血管を通して流すのではなく全身に魔力が満ち溢れるような存在に生まれ変わる、それこそが、上級職へのクラスアップ

 ……つまり、何が言いたいのかというと……。上級職以上の人間は、死ぬと魔力になって消える。故に、切り落とされて死んだ腕等も、魔力として消えてしまう

 ゲーム本編開始後はレベルが上がりやすくなると言っていたのもその関係だ。土着の魔物は普通に生きている生物故に倒しても魔力……即ちゲームで言う経験値をそう取り込めず全然レベルが上がらないが、ゲーム本編で出てくる魔神配下の魔物は魔力の塊だ。倒したときに取り込める魔力量は比べ物にならず、レベルは一気に上げ易くなる。まあ、魔力自体はマナと呼ばれて世界に満ちている為、普段の生活でもマナが取り込まれてレベルが上がりはするしそれでステータスも上がるのだが、マナの塊を殺して取り込むのとは効率は違いすぎるな

 

 閑話休題。つまり、消えたということはあの少年は上級職だったのだろう

 「……本当に、分からないな」

 おれよりもゲームに詳しい?かもしれないエッケハルトならば、何か分かるだろうか。後で相談してみようか、家に帰っているから暫く後にはなるが

 そんな事を考えながら、胸元の浅い傷を見せぬようにコートの前を重ねて、おれは歩く

 

 「……どうして?」

 そのおれの背に再びひょいと後ろから乗りながら、少女が耳元でおれにそう息を吹き掛ける

 「アルヴィナ、どうした?」

 「襲われた、離れるのが、嫌」

 「そっか。そうだよな」

 確かにだ。突然襲われたのだ、それはもう、また襲われるかもしれないと思ったら怖いだろう。アルヴィナは男爵令嬢、返り討ちに出来ない方が悪いとかそんな皇族みたいな家の出ではないのだから

 いや、改めて思うと割と蛮族思考してるな皇族……まあ、おれもではあるのだが

 

 「……でも、どうして」

 首に手を回し、少女は呟く

 「アルヴィナ、何を気にしてるんだ?」

 おれには、疑問のイミがわからず思わず聞き返す

 周囲の目は……路地に入ったこともあり、そう無い

 「首飾り。大事なもの」

 「あ、あれか。気にするなってアルヴィナ」

 「でも、お母さんのって……」

 はあ、とおれはわざとらしく溜め息を吐く

 「アルヴィナ

 誰かを護る役に立ったんだ。おれがずっと死蔵してるより、意味があったって母さんも因果の地で喜んでるよ」

 「……でも」

 「アルヴィナ。あれは確かに母さんが残したものだけどさ

 必要になったら売る気でいた。なんなら、孤児院あるだろ?あそこの為に指輪売ったって話はしたと思うけど、もし指輪だけじゃ足りなかったらあの首飾り普通に売ってた。だから、何にも気にしなくて良い」

 これは……別に嘘でもなんでもない

 会ったこともない、おれとしてだけでなく、おれと一つになった第七皇子としての素の記憶ですら覚えの無い(ひと)だ。その母のものといわれても、愛着は薄かったのだ

 それにだ。忌み子の呪いで焼かれる時、おれを助けて一人焼け死んだ母の形見はおれ自身だろう

 「それにさ、アルヴィナ

 形ある道具はなくなっても、母の形見なら此処に居る」

 そう、なおも不安そうに、首飾りの代わりにでもなろうというのかその細く柔らかな腕を首に回す少女に笑いかけて、歩みを進める

 

 「それにしても、変な奴だったな」

 「……うん」

 「アルヴィナを、封印された魔神王の妹だ、なんてさ」

 茶化すように、そう呟く

 亜人だからって勘違い凄いよな、と。不安がらせないように、わざとおどけて

 

 「……もしも、本当だったら?」

 「本当に、アルヴィナが魔神王の妹だったら、か?」

 何を不安がっているのだろう

 「アルヴィナ。おれは、アルヴィナを信じた。そんなこと信じてないよ。きっとあいつの戯れ言だ」

 「……でも、信じられていたら

 そう思うと、こわい」

 「……そっか

 でもおれは、アルヴィナがもしもあいつの言う通り魔神だったとして……」

 一つ、息を切る

 一瞬だけ、もしも本当にそうならばと考えたとき、心が冷えたのだ。その事を伝えないように、気取らせないように

 言葉を探り、ゆっくりと伝える

 

 「アルヴィナがそうなら、嬉しいよ、おれは」

 「……嬉、しい?」

 虚を突かれたように、少女の重さが揺れる

 「そうだろう?神話の魔神は話が通じなかったらしい。言葉は交わせても、心は交わせない。だから、戦うしかなかった。人々が、世界が、そのままに生き残るために」

 「……うん」

 「でもさ、アルヴィナは違うだろ

 話だって分かってくれる。友達だって、お互いに分かり合えるって、おれは信じてる

 なら。こんな可愛い友達が本当に魔神王の妹なら。きっと、魔神とも分かり合えると思うんだ」

 一息

 呼吸を整え、乾く喉を誤魔化して、言葉を続ける

 「ならば、さ。神話の時代には戦うしかなくて、今分かり合えたら。本当の意味で、戦いに勝ったとしても死んでしまっていたろう皆を含めた、国民全てを護ることが出来るって事になる。おれには手が届かなくても、手が届く希望を……人と分かり合えるかもしれない魔神を護れたって事じゃないか

 

 だからさ、もしも万が一、アルヴィナが本当に魔神王の妹だったら、おれは嬉しいよ」

 「……こわく、ない?」

 「いや、怖いよ」

 本当ならば怖くないと返すべきだろう。万が一、アルヴィナが本当に魔神なら、怖いなんて返すべきじゃない。気丈に返すべきだ。疑いを持たれる事を承知で聞いてくる時点で、恐らくは違うのだろうけれど

 それでも、友人に嘘を言いたくなくて、素直な答えを返す

 

 「こわいの?」

 ぺろり、と耳を撫でる濡れた感触

 「怖いよ。魔神は神話で戦った化け物だから。アルヴィナが本当に魔神だと仮定したら。何時殺しに来られるか、何のために人の中に居るのか、疑いだしたら怖くて仕方ない

 でも。それでも。おれはその怖さより、可愛い友達という自分の感覚を信じる」

 だから、おれはそう言って

 

 首筋に、柔らかく、暖かいなにかが触れる

 「……有り難う

 ボクを信じてくれて」

 「当たり前だろ、友達なんだから」

 女の子のキスは、首筋とはいえこんな軽々しく使うものじゃないよな、なんて。少しだけ場違いなことを、おれは思っていた



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新年、或いはパレード

「……ふぅ」

 草木も眠る夜中というにはまだ早い時間。火の刻の始まりの鐘

 皇帝の住まう王城ではなく、勿論、学園とされる巨塔でもなく。かの学園塔とは王城を挟んで逆側に聳え立つ白亜の塔。かの七大天を奉る帝国における教徒達の総本山たる塔の天辺にあるという虹色の鐘の音が帝都全体に響き渡る、一年に一度のかの日の訪れ

 即ち……人の月、一の週、火の日、火の刻

 新年の始まりを告げる音である

 

 その音を聞きながら、おれは……

 「……どうしてこんなところに居ますの?」

 婚約者様に詰め寄られていた

 

 いや待って欲しい。おれは孤児院の経営者である。実質的には元々の管理者に任せてはいるのだが、おれが金を出しているから此処は第七皇子が経営してる場所だという庇護をかけているのは確かだ

 だから、今日おれが孤児院に居るのは可笑しいことではないだろう。龍の月から始まった初等部も、4ヶ月……つまりは半年の期間をへて新年の休みに突入している

 基本皆家に帰れと寮も封鎖され、アナも半年ぶりに孤児院に帰っているし、アイリスも城の部屋。留学生たるヴィルジニー(何でかおれに良く突っかかってくる聖教国のお偉いさん)は、白亜の塔に泊められているだろう

 一つだけ補足だが、おれ自身日本なる前世の国の常識と稀にまだごっちゃになるが、この世界の1年は8ヶ月だ。人の月から始まり、虹の月で終わる384日間。体感的にだが、一日も24時間より長いだろうか

 といっても、よくよく考えると長いなってくらいで、一日が32時間くらいだとしても、その分眠る時間なども長いからそんなに意識的な差は無い。一日を8つに分けた一刻……即ち3時間にあたる単位が10800秒より長いなーって程度だ

 それよりも、授業が一コマ半刻だから24時間換算で90分はやってるのが長いなという方が印象的といった感じ。おれが覚えている授業なんて小学校の1コマ45分だぞ、倍以上ある

 

 閑話休題

 なので、おれが此処にいるのは普通だ

 だが、何で婚約者様が此処に居るのだろう。此処に来る用事など無いだろうに

 余談だが、同じくこんな庶民区に来る予定など無いだろうアルトマン辺境伯家のエッケハルト様は第三皇女の侍女という割の良い半年の奉公で稼いできた少女のお金によって新品に買い換えられた窓の部屋で幼い子供と遊んでいる。いや、来たなら遊びを手伝えと遊ばさせられている

 幼いリラード(親が冒険者やってて死んだトカゲ獣人)を肩車しているのがちらちら見える辺り、真面目にやっているのだろう

 だが、何しに来たのだろう。アナにでも会いに来たのだろうか。いや、おれとしてもあの子には幸せになって欲しいし、そういう点で考えればなかなかの地位にある貴族であるエッケハルトと縁があるのは良いことなんだが……

 となると、原作では影も形もないのが気になるところだ。同じくこの世界の辿る未来の可能性をゲームとして知ってるはずのエッケハルトは、アナについての未来を誤魔化すし……

 素のゲーム版しか知らないおれに比べて、漫画版だの小説版だの続編の情報だの知ってる彼の方が、おれは原作で出てきていないと思い込んでいる○○版でのみ語られるキャラとか良く知ってそうなので、そこら参考にしたいんだが……

 ひょっとして、原作では星紋症で死んでいたりするのだろうか。或いは、何らかの理由で原作前に死ぬとか

 いや、だとすれば何か話してくるだろうしな……。本当にエッケハルトも何も知らないのだろうか

 いや、そこら辺をずっと考えていても仕方がないんだけど、ずっと気になっている。この世界はゲームのようでゲームではない。皆この世界を生きている

 ならば、知り合った、関わった、そんな皆にはやっぱり幸せになって欲しい。そんなの当たり前だろう。名前も覚えていない日本でのおれだって、きっとそう思っていた

 『……おれよりも、万四路に生きていて欲しかった』って、きっと

 

 「分かりませんの?相変わらずですわね」

 「分かりませんよ。相変わらずな皇子なもので」

 「今日は何時(なんどき)か、分からないとは言わせませんわ!」

 ぷりぷりと怒る婚約者様

 今日は何時か、知らないと言われるのは流石に心外で、はあと息を吐きながら返す

 「今日は新年。その晴れの日」

 基本的にはお祭り騒ぎをしたり、家族と過ごしたりする日だ

 そう考えると、真面目にエッケハルトのヤツ、何故来てるんだよとなるんだが

 あれか、アナは未来の妻だから実質家族!って奴だろうか。初見の印象はゴミカスだったとはいえ、何だかんだ2年以上も経てばアナとは割と仲良く出来ているし、幼馴染で恋人ってのも有り得なく無いか。仮にも跡継ぎだろう貴族が孤児の平民に入れ込んでるのはどうなのかとは思うが、皇子であるおれ自身が平民出のメイドと皇帝の息子だ、何も言うまい

 それを言えばおれはこんな孤児院に来ていて良いのかという話だが、アイリスならこの4ヶ月で完全に定位置と化したおれの頭の上で猫ゴーレムが寝ている。きちんと連れてきているから無問題である

 アルヴィナは来ていない。おれの知り合いの中では一番真面目かもしれない。貴族だの忌み子だのが孤児院に来ている方が可笑しいからな本来

 

 「ええそうですわ

 新年の祭の日ですの」

 ぷりぷりとした表情で、その栗色の髪を揺らして、婚約者様はお怒りになられる

 「それで?」

 「それで?じゃありませんわ!」

 バァンと叩かれる机

 「なんで、わたくしが、皇族のパーティーに、招待されていませんの!」

 バンバンと机を叩いて叫ぶ婚約者様

 あれか。皇族パーティーというものにかなりの期待を寄せていたのか。去年のおれは西に初日の出見に行くぞと師匠に連れ去られていたからな、今年は参加できると思ってたのか

 

 「いや、そもそも何で参加しようとしているんだ」

 そんな当然の疑問を投げ掛けてしまう

 「皇族の新年パーティーは、婚約者同伴でしょう!?」

 うん、その通りである。因みに婚約者が居ない場合は別の人間を選んで連れてこいと言われている。その場合同性なら良いが異性だと妾だと思われたりするとか何とか。別に一夫一妻でも無いしそんな問題は無いんだけどな

 ただ、連れてきたのが単なる友達であろうともあの皇子の妾とか噂が立つのは避けられない。例えばアルヴィナとか、勝手に噂されてるらしいからな……。それで良縁が結べなかったりするだろうし、本人には良い迷惑だろう

 というか、アルヴィナには本当に悪いことをしている。原作で皇籍剥奪されたりする忌み子の皇子のお手つき扱いされて、折角未来を担う同い年の子供達の集う初等部に入ったのにも関わらず、将来有望な幼馴染の婚約者の一人も出来ないとか災難も良いところだろう。初等部はそういった縁を作るための場でもあるはずなのにな

 おれが幸せにすると言えればカッコいいのかもしれないけれども。正直な話、原作でおれが死ぬイベントを回避できるかって言うと怪しい

 鍛えてはいる。逃げたくなった事も、泣き言を吐きそうになったことも一度ではない。あの掌の大火傷とキメラテックによる腕の穴で腕を吊ったあの状態で、五体満足でなければ戦えないのでは困るだろうと何時もより寧ろキツめの修行だと言われた日には、本気でわざと一撃食らって昏倒し、その日の修行を強制終了しようかと思った事さえある

 それを耐えてきた。何度血反吐を吐いたかは覚えていない

 それをアナは凄いと、頑張りすぎだと言うけれども、原作ゼノが同じだけの努力をしてないとは思えない。いや、寧ろ孤児院だの初等部に通う妹の付き添いだので時間を取られているおれよりも努力してるのではなかろうか。ならばそんなものやっていて当然の事。誇ることではなく、死亡回避には無意味だ

 いっそ思い切りサボれば皇族追放され、辺境で人々を逃がすために死ぬ覚悟で殿を努めその予感の通りに死ぬ事も無くなるだろうが、それは殿を拒否して逃げる生き残りかたと何ら変わらないだろう。おれはゲームでのこの世界の未来を知る真性異言(ゼノグラシア)である以前に帝国の第七皇子ゼノだ。原作のおれが命懸けで護った民を、護ろうとしたら死ぬからと見捨てて生き残るなどおれがおれを赦せない

 あと、自分から言っておいて逃げたのでは師匠にも悪い。一度護ると言っておいて、結局皇籍剥奪されたからもう孤児院を助けてやれないとかアナ達への詐欺でもある。永遠におれが助けてやれる訳ではない(大体大抵のルートでは結局皇籍剥奪されるしな)が、今居る孤児の皆が15歳になって成人し巣立つ(巣立ったとして、まともな職業で真っ当に生きていけるかは本人次第だが、そこまで面倒みているとおれが先に潰れるから無理だ。流石にこの忌み子皇子のポケットマネーに執事のオーリンとその子プリシラと乳母兄弟のレオンと孤児二桁の人生を支える金はない

 余談になるが今でも誰かを助ける為に余裕を残そうとしただけでカツカツだ。皇子なんでしょお母さんの病気を治すには高いお薬がいるの助けてと言ってきた……えーっと誰だっけ?二度と会わないだろうし問題ないのだが名前聞くのを忘れた男の子の為に分かすった皇子様が何とかしてやるとカッコつけた結果、新年のご馳走は予算不足でワンランクダウンした、その程度の余裕しかない。一年に誰かの誕生日と新年の二桁回しかないご馳走があまりご馳走でなくなって孤児の皆には本当にすまないが情けない皇子を赦して欲しい。なお、その予算不足問題はエッケハルトが自分の家のホームパーティーの料理を一部持ってきたことで解決した)までは少なくとも第七皇子の庇護下であるという安全を残さなければならない

 15になる前に未来の職場に仮奉公等もあるのだ。その際に孤児なんだからどうなろうが誰も文句を付けないと使い潰されたりしないように。理不尽な扱いを受けぬように。親は居らずとも、彼等の事を皇子が見守っていると言い続けなければならない。故に、その手はあり得無い

 

 「聞いてますの!」

 少女の声に、現実に引き戻される

 いやでも、何て言ったものかな……

 「いや、そもそもなんだけど……」

 「何ですの?」

 「おれ、皇子とはいっても面汚しだから参加権がそもそもおれに無い。よっておれの婚約者にも参加権は無いんだ」

 ……うん、そうなんだよな

 皇子皇女とその婚約者が集まる新年のパーティーってのは有名なものであり、パレード的に昼には御披露目だってされる

 だけど、あれは全皇族参加のものではない。年によって変わるが、継承権1~3位と、あと3人は持ち回りといった感じで大体参加するのは6人くらいだ

 そして、忌み子故に継承権万年最下位確定のゼノとか、原作でも新年イベントで言及していたが一回も出番が回ってきたことがない。まあおれが言うのも何だが当然である

 なお、アイリスはゴーレムでは失礼だからと参加を拒否しているので同じく未参加だが、向こうはそれが深窓の令嬢さを出してて国民には人気らしい。が、ゼノ側は単なるお前では役者不足だという判断なので人気者何もない

 ……因にだが、ゲームでは聖女も御披露目しようという感じで主人公も参加させられる事となり、そこで皇子な攻略対象との交流を深めることが出来る。その際、アナザー聖女編でうっかり緊張するから付いてきてと原作ゼノに声をかけるとそれだけで他の皇族ルートに入れなくなることからあの選択肢はゼノマインとか言われていたっけ

 選択肢の一番上にあるからRTAで連打してるとうっかりゼノマイン食らって再走が有り得るんだよな……。解説動画ではここで上の選択肢を選ぶとRTA終了なので気を付けましょう(○敗)が様式美だったというか……

 というか、皇子の中では同学年だからと頼られただけなのに、その時点で以降の選択肢でどう頑張っても残りの皇族の好感度をゼノ以上に出来ないから皇族ルートに入れなくなるとか原作のおれはちょっとチョロ過ぎると思う

 更に、その下の誰かに声をかけてみますって選択肢も、一番好感度高いキャラが来る関係で結局ゼノ同伴になるマインな事が多い。アナザー聖女相手のチョロさに定評があるのは伊達ではない

 

 ……おれも、もしもアナザー聖女に出会ったらあんなチョロ過ぎるヒーローになるのだろうか

 いや、原作でもゼノルートなら殿イベントは起きないし、死ぬイベントが起きないからチョロくても良いと言えば良いのだが……。ゲームの強制力があるのか、あるならばどれくらい強いのかが分からない時点でチョロくては困る

 アナザー聖女がもしもゲーム通りに現れたとしてだ。おれが生き残りたいが為に、無理矢理ゼノ(おれ)ルートに誘導するのは違うだろう。ゲームでは誰かのルートに行く必要があるからユルユル条件でゼノルートに行けるだけ。あくまでもどんな世界線を……誰と恋して世界を護る道を目指すかはその子次第のはずだ

 異世界から来る勇者アルヴィス、クールなゴブリンヒーローのルーク、後はエッケハルトや……西方の皇子に、竪神頼勇等もか。そういったカッコ良くて魅力的な攻略対象はおれ以外にも居る

 もしも世界に強制力がある程度あるならば、おれがチョロ過ぎるだけで、おれの好感度が高いからと他ルートの条件を満たせず、心に秘めたそれら攻略対象への想いを踏みにじりかねない

 

 いや、今考えても仕方ないんだが

 そんな事を考えながら、おれは婚約者様がパーティーを期待してたのにと恨み言を吐くのを半ば聞き流していた



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幕間・皇帝と奴隷

帝国の当代皇帝であるシグルドがその報告を受けたのは、新年の街を照らす陽(七大天が人々の為に輝かせているという太陽なる星)が昇った真昼の事であった

 

 「あのバカが、何処へ行ったと?」

 あくまでも新年の主役は皇子皇女だと自分は城に残った皇帝は、宰相からの報告に首を傾げる

 「ですから、新年は様々なものが動きます。そのうちのひとつ、あまり大っぴらには開催がしにくいが故に、パレードの熱狂に隠れて行われる……」

 「何だ、あそこか。まあ、法として咎めるものではない。基本は放っておけ

 不法な手段で集めたのならばまだしもな」

 「ええ。その奴隷オークションなのですが……あの第七皇子が参加するそうで」

 「あいつが出品者になるとは思えんが……まさか、自分を売りにでも行ったか?」

 まあ有り得んだろうと思いつつ、銀髪の皇帝はくつくつと冗談に笑う

 「いえ、奴隷を買いにだそうです

 第三皇女様の侍女から、妹に頭を下げて奴隷を買う金を確保する最低ゴミカス忌み子皇子という証言を軽蔑の眼差しと共に戴きました」

 「ああ、道理で

 あの領土と言えば孤児院一個のあいつにしては多額の小遣いを珍しくねだってきたと思えば、そんなもの欲しがっていたのか」

 皇子が奴隷を買うことは別におかしな事ではない。魔法によって逆らわぬように縛られた存在、奴隷。個人所有のモノである彼等彼女等を所有することは罪ではない。逆らわぬからこそ暗部に置くのに信頼が置けるとも言え、国の暗部には奴隷が多い

 幾ら人権が無く人として扱われぬとはいえ、奴隷というのは生物である。犬猫と同じであまり無理をさせるものではない。そういった奴隷愛護の法こそあれ、奴隷は貴族であれば良く使うものだ。皇帝直下の暗部にも、かつて奴隷であった者は居る

 だからこそ、奴隷を買うことを咎める気などあるはずもない

 

 「……いかがします?」

 「放っておけ。あいつにも、自分を肯定してくれる者の一人……は、既に居るな」

 柔らかな銀髪の少女を、息子が護ると言ったからとずっと気にかけている平民の孤児を思い出しながら、皇帝は唸る

 「あの子一人で良くないか?正直な話、良くあの息子で釣れたなと思うレベルだ。しっかりと大事にしろと思わなくもないが……

 まあ、それはそれとして、もう少し無条件に味方してくれる女の子でも欲しかったのだろう」

 言いつつ、それでもぼやく

 「名前は……確かアナスタシアだったな」

 直接会ったのは二度。けれども、忌むべき呪いの子とされ、扱いの酷い息子にとって貴重な仲良く出来る相手

 親のせいであるはずの忌み子の呪いが彼自身の罪であるかのように扱う残酷な貴族の子供達や、皇子なら完璧に自分を助けてくれて当然だろ!とほざく平民の子供達の中で、唯一完璧に助けられたからかもしれないが、ずっと彼に寄り添おうとする少女

 平民だと後ろ楯にならんだろうし貴族では悪評でロクな相手が居ないだろうとアラン・フルニエの商家娘を婚約者として押し付けたが、寧ろ木っ端貴族にあの娘を養子に迎えさせて婚約者に仕立てた方が良かったのかもしれないと悩む事もある

 「あの子が泣くぞ、わたしじゃ駄目なのかと」

 「……泣くのですか、陛下」

 「いや、会ったのは三度だがな

 あの娘、助けてと言われたら後先考えずに目先の誰かを無償で助けるあの馬鹿の悪癖を含めて、あいつの事が大好きだろう

 良くそんな娘を引っかけてこれたと、割と感心している。いや、寧ろあの馬鹿だから釣れたのか」

 「そうなのですか」

 「なあ、この子が助けてと言ってきたら、お前はどうする?」

 炎の魔力を放ち、陽炎を産み出す

 投影するのは、半年前に見た少女の姿

 「……可愛い子ですね。こんな少女に言われれば……ええ、私は流石に見返りもなく助けたりなどしませんが、助けたいと思ってもまあ仕方ないでしょう」

 「だろうな。彼女にとっても、おそらくそれで良かったのだろう

 わたしが可愛いから助けてくれた。下心満載でもそれでも命の、皆の恩人だ。そういって慕うだろう

 だが……では、こいつならどうだ?」

 少女の陽炎を吹き消し、新たに投影するのは息子。大火傷の残る歪んだ顔の皇子。魔法で治らんというのに、ちょっとやり過ぎた気がしたが、即日立ち直った第七皇子を映し出す

 

 「皇子に直接頼まれれば、皇帝の臣としては断りにくいですが……」

 「まあ、それもそうか。では、こいつならば?」

 「誰ですかこれ」

 「誰だろうな」

 揺らぐ陽炎を前に、投影した皇帝自身が首を傾げる

 其処に映っているのは、一人の少年だ。名前は知らず、境遇も知らない12~3の少年

 「一つ言えるのは、あの馬鹿息子が病で倒れた母親を助けるために薬を買ってやったという事実があるという事だけだ」

 息子宛の手紙をビリビリと引き裂きながら、そう呟く

 

 「……破ってしまっても良いのですか」

 「構わん。あやつに届かん方がマシだろう」

 「お礼の手紙なのでは」

 「いや、皇子ならもっと早く助けろよ、そうすれば母が目を悪くすることもなかったのにと恨み言がつらつら書かれていた

 母の目が悪くなったのはお前が助けるのが遅かったせいだ、母の目を治せる魔法の使い手を見つけろとかな」

 掌の上で破り捨てた手紙を灰と変え、くずかごにその灰を捨てながら、皇帝は呟く

 「お前達は無償で命を与えられたのだからそれで十分だろう

 病の後遺症が残ったから何だというのだ。自分達は幸福だったと思い元の生活を続ければ済むこと

 それを恨み言を送ってくるな」

 「……良いのですか」

 「良いとは何だ」

 「いえ、良く似たようなことを彼に仰られていたのでは、と」

 「助けると言っておいて、助けきれんのは確かに情けない。だからそこは責める。もっと上手くやれと言いもする

 だがな、今回あの馬鹿息子に非は欠片もない。いや、基本何時も非は本来無いが、一人で解決しきれなかった事は一応問題ではある

 それが今回はない。そもそも、あいつ自身が皇族は民の最強の剣、皆を助けるために居るって理想論を語るから、最強じゃないじゃないかと文句を付けても良いと舐められているがな

 本来、無償で縁も所縁も無い相手を助けて感謝されることこそあれ、非難される方が可笑しいのだ」

 言って、頭を振る

 

 「話が逸れたな。今言いたいのはそうではない

 こやつ、助けてと言われて助けるか?」

 「何故そんなことを聞くのです」

 「では、この獣人ならば?」

 「何故助けなければならないのですか」

 宰相たる幼馴染の言葉に、そうだろうと、皇帝は大きく頷く

 「当然だ。何故助けなければならないとなるだろう

 だが、あの馬鹿は違う。助けてと言われたら、それが誰であれ手を差し伸べる。そうやって限界まで手を尽くして、結局もうおれには力が残ってないとなるからあいつに皇帝は無理だ

 だがな。あの娘には、それが良いのだろうよ」

 「解りかねます」

 「そうかもしれんな

 まあ重要な事は、銀髪の娘があの皇子の事を大好きだという事だ」

 「陛下、息子の惚気話なら執務外なので帰らせて頂いても?」



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狐耳、或いは奴隷

「皇子!」

 「そんなに焦っても、誰も得しないよ」

 「でも、姉ちゃんが」

 「……まだ始まってないんだから、大丈夫」

 眼前で揺れる狐の耳に、大きな尻尾。ユキギツネと呼ばれる亜人種の少年に手を引かれながら、地下にある大きな通路を歩く

 

 少年の名はフォース。姓は……今は無い。基本的に、姓があるのは一定の地位を持ってる者だけだから、亜人かつ平民の彼には無いのだ

 ……といっても、それは今だけだ

 フォース・エルリック。一つ上の狐耳狐面の青年。原作において、そんな名前のキャラが居る。そして、攻略対象である

 言ってしまえば、男主人公(アルヴィス)編でのニコレット嬢のような商人系攻略キャラ枠なんだろう。作中では商人だったはずで、貴族とかでは無かったはずだ

 因にだが、攻略対象であるとはいっても、彼とのルートはミニイベントみたいなもので、第二部に繋がらない。第一部終了後そのまま彼との物語を見て終わりというおまけ要素。確か完全版追加要素であり、最初の作品ではルートそのものが無かったんだっけか

 

 おれはそんな彼に言われて……こうして、新年の奴隷オークションに来ている

 話の発端は、フォースが孤児院に怒鳴りこんできた事だ。おい皇子!居るんだろう!と

 こうして時折おい皇子!と人を無償の何でも屋か何かかと思って怒鳴りこんでくる人が居るが、孤児院を何だと思ってるんだ。皆が怖がるだろう、王城のおれ宛に手紙でも送ってくれ

 だが、来たものは仕方がない。何かと思って話を聞くに、どうにも困り事のようで、あれよあれよという間に此処に連れてこられたという訳だ。何でも、両親を病で亡くし獣人である(=魔法の使えない社会のゴミ扱いの)姉が女手一つで家を支えていたが、その姉が人さらいに拐われてしまったのだという

 まあ、ユキギツネ種は外見が整っているからな。愛玩用としては一定の好事家が居るのは確かだ。獣人だろうが気にしない者達には簡単に売れるのであろう

 そうして、今日此処でその姉がオークションにかけられて奴隷として売られるのだと少年フォースは語った

 何というスピード展開。奴隷自体は別に非合法じゃないが、拐ったものは流石に法的にヤバくないだろうか。いや、下位貴族の子息を拐って別の国に売り飛ばそうとした一団とかとやりあった事もあるが、ああいうのは別の国だからしらばっくれられるというのが重要なのだ。国内でやったら基本的にボロが出る

 なので、違和感はあるのだが……。それに、おれの一つ上の少年が良くそこまで分かったな?という疑問も残る。皇子なおれなんかだったら探れば分かる(自力では無理だが、父の直属の暗部に聞けばこれは交渉ですので相応の対価をと言われるだろうが情報は教えてくれるだろう)のだが、平民に辿り着けるのか?

 だからといって、助けろと言われて助けない訳にもいくまい。それをしたらおれは皇子ではなくなるから

 

 因みにだが、エッケハルト(一夜開けても居た。元日本人だからか孤児院の薄いベッドの上で熟睡している辺り、なかなかに貴族さが無い。普通の貴族はあんな場所では寝られないと言うんだが)には呆れた顔をされ、アナには無理しすぎてないかと心配された

 いや、無理はしてるんだが……。それでも、心配するなと返して此処に居る

 というかだ、アナは変に心配してくれているが、おれがこうしているのは単なる保身だ。助けとという言葉を正当な理由もなく無視すればそこから悪評が立つ

 そして、悪評が立てば、それはもう嬉々としておれは皇子の名を持つに相応しくないと皇籍を追放されるだろう

 ただでさえ最近は初等部に特別枠で参加している模擬戦が1vs3とハンデ付けてもらった上で勝率8割という目を疑う悲惨な結果なのだ。この忌み子本当に皇族か?されるのも無理はないだろう。何なら、妹のアイリスにすら皇子である事を疑問視されているという噂があるのだ

 というか、おれ1人に対して相手がたった3人(基本は4人一組だから1人減っている)という大きなハンデを付けてもらってなお勝率9割すら取れないってなんなんだろうなおれ。いや、皇族最弱の忌み子なんだが

 人間としては有り得ない魔法防御0故に魔法によるバインドが実質レジスト不可の即死に近く、耐性で弾ける事に期待して突っ込むなどせず回避しなければいけないとはいえ、流石に幾ら初等部に選ばれる才能の持ち主だろうが6歳くらいの子供3人相手に7歳にもなって5戦に1回もバインド食らってるとか自分で言ってて情けない。まだ状態異常は強引に解除出来なくはないんだが、魔法的な拘束は気迫では打ち消せないから無理だ

 ゲーム的に言っても、ゼノの初期スキル(内部的には下級レベル20で習得済のスキル扱い)である鮮血の気迫で精神的な状態異常(魅了、混乱、神経毒等)は即座にHPと引き換えに解除出来るんだが、それ以外の耐性は無いのがおれだ

 

 そんなおれには、もう目の前の誰かを助け続けて民の剣であり盾だからおれは忌み子だろうが皇族だと理念を盾に言い張るくらいしか無いのだ。だからこれは単なるおれの保身に過ぎない。おれは優しくなんか無いし、アナに心配してもらえるような立派な皇子なんかじゃない

 それにだ。これでも選り好みしてるんだしな

 助けてと言われたからと全てを助けてたら老人になっても助け終わらない。おれの手は、全ての人に届くほど大きくも長くもないのだから

 だから、選り好みする。助けてと言った彼或いは彼女では命がけでもなければなし得なくて、おれが今手を貸さなければ手遅れになる。そういった相手にのみ手を差し伸べる。そんないっそ冷酷なまでの線引きをしている

 

 例えば、アナ達はおれが魔法書を買ってきて治療すると言わなければ孤児院ごと焼き払われていた事だろう。いや、エッケハルト辺りが気がついて助けたかもしれないが、あのタイミングでそんな事は分からない。だから助けた

 

 燃える家の少年だってそうだ。何時崩れるか分からない燃えている家に犬を助けに飛び込むなんて自殺行為だ。それをおれと同い年の子供にしろと言うのは可笑しい。だから、おれが助けに行くのは当たり前。助けられなかったのはおれの実力と胆力不足。火に巻かれていると左目の火傷を思い出して身がすくむ等無視して助けるべきだった

 

 騎士団に現行犯で捕まっているところを見た泥棒の少年もだ。妹のために、生きていくために盗みをした。そして恐らく騎士団に捕まれば、彼が守ろうとした妹は餓死していたろう

 おれが庇って、妹を孤児院へ入れつつ、彼には罰として騎士になって今まで迷惑かけた分民のために働いて貰うと養成学校に捩じ込んだのは、決して間違ったことでもないはずだ

 幾ら奨学生として捩じ込む事に成功した(彼には、この騎士学校を奨学生でなくなったから学費がと言って退学したらもう知らん見捨てると言ってある)とはいえ、入学金はおれ持ちだ。予想外の手痛い出費だったが、決して無駄金にはならない未来への投資であった……と信じたい

 

 前の少年は今おれが薬を買わなければ病で少年の母は死んでいたろう。母が病死する前に薬を買うだけの金なんて、おれと同い年の少年には自分の身を売って奴隷にでもならなければ稼げるはずもない。だから、あれはおれが助けなければいけない案件だった。おれならば、多少無理をすれば払えなくもない額だったのだから

 それに、母の居ないおれにだって、前世の記憶から家族への想いは解る。だから、母を喪う悲しみを味わってほしくないエゴもあった。だからおれはおれの為に彼を助けたんだ

 

 そして今回もだ。オークションで売られればフォースの姉は奴隷として誰かの所有物になる。もうそうすれば手出しできない。正式に買った奴隷を奪うなど、流石に此方が悪党だ

 再会するには自分も同じ人の奴隷になるか、買った相手に交渉して姉を買い取るかしかないだろう。買い取りをする場合、今此処で買うよりも数段ふっかけられても仕方がない

 そんな大金を何時用意できるというのだろう。育ててくれる姉を喪えば、それこそ子供一人生きていけずに路頭に迷うかもしれないのに

 だから、これはおれがやるべき事

 

 「……そろそろか」

 「姉ちゃんは買えるんだろうな」

 おれを睨み付けてくる少年に、曖昧な笑いを返す

 「努力はするよ

 出せるだけのお金は持ってきた。けれども……」

 辺りの席についた人々を見る。知らない人も多いが、時折知っている顔がある

 流石に侯だの公だのの面々は居ないようだが、アルトマン家ではないが辺境伯辺りまでは確認できるな。貴族だって欲しいものは欲しいのだろう

 彼等と本気でかち合った時、所詮忌み子皇子の財力では勝てない。只でさえ皇子の中では貰える小遣いは最低額、更にそこからメイド達の給料と孤児院の維持費とを引いて、とすると全然残らないのだ。新年だからとねだって父から多めに貰った上に、あまり使わない妹から冷たい目で見られつつ借りて、更にはエーリカ(さっき言った泥棒少年の妹)の誕生日と孤児院へようこそという祝いのためにと師匠との修行の一つとして倒してきた魔物の毛皮の納品代金等も合わせて……そこらの貴族の坊っちゃん嬢ちゃんの道楽には負けない金は用意した

 だが、そこまでだ

 そもそも冒険者ギルドにも登録はしてあるが、おれ指定で来る依頼は魔法の実験に付き合って欲しいだの何だののおれが忌み子だと知って魔法をぶつけようとする貴族子息の嫌がらせのようなものばかり

 それらをギルドには寄り付かない事でガン無視して依頼期限を切れさせ、時折師匠と修行の最中に狩った魔物の素材の納品依頼のみをこなすおれは、貴族様からの指定依頼を失敗しがちなアレな冒険者として最低辺のランクに張り付いている。納品だってランク底辺だからと割引額しか払われないし、納品以外のフリーのロクな依頼も、この失敗率では依頼主様に納得して貰えないと言われて門前払い。一応子供でも冒険者にはなれるが、食い詰めて冒険者になった体力自慢の子供の冒険者よりも扱いは下だ

 だから正直、これ以上は出せないという額でも、勝てるかは……相手次第

 大物貴族に目を付けられていない事を祈るばかりだ

 

 きゅっと、渡された番号札を握りこむ

 そろそろ……時間だ



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狐耳、或いは寝耳に水

好奇の目線の中、静かに待つ

 割とすぐに、その時は来た

 

 幾度めかの宣言

 魔法の明かりに照らされる、大きな狐の耳。それがどのような奴隷かを語る進行役の声など、おれの耳に届かない

 獣人、それも冒険者でも何でもない人間に人権はない。雇い主の保証が無ければ何をされても仕方がない。この国は結局そういう国だ

 だから、人さらいに拐われオークションにかけられるのも、自業自得と言えばそうである

 故に、正面から買い取ってやろうじゃないか。子供だろうが、忌み子だろうが、おれとて皇子の端くれなのだ。その意地くらい見せてやろう

 

 「では、300ディンギルから始めさせていただ……」

 「350!」

 電光石火。42と書かれた札を上げて叫ぶ

 オークションは一気に額を吊り上げるものではないらしい。本来、300スタートなら305とかそういった形で少しずつ競り合うのだとか

 だからこその、それなりのいきなりの値上げ。といっても、元々の額が低めの為、これで中流に届かないくらいの家庭(子供1人想定)の一年半前後の生活費くらいだ。日本円にして……いや、そもそもおれの日本知識って覚えてる部分も所詮小学校くらいだから、例えようもないな……。当てずっぽうで言うならば1ディンギル1万くらいだろうか

 とすると350万。一応奴隷は主人の所有物として扱われる=面倒を見るべきものであるとされるとはいえ、人間一人の額として安いのか高いのか。そんなものは分からない

 考えても仕方ない

 今はただ、勝つだけだ

 

 「360」

 「365」

 「375!」

 「380」

 ……競ってくるのは2組

 1組は……見覚えのない若い男だ。外見は整っており、服装もそれなり。薄手のコートのような服の胸元につけたバッジがどの貴族にも当てはまらない事から商人だと思うが……

 もう1組は黒服の男。此方は……ん?この男、サクラじゃないか?女奴隷の度にある程度の金額まで競り合って、それなりの額で首を振って降りている気がする

 最低額は上がることを見越してかなり低く言っているだろう。その額付近で落札されては主催としても困るのだろうし、値段吊り上げるのはオークションで禁止ではないだろうけれども、あまり良い気はしない。それに……

 何より、今のおれにそんなに余裕がない。出来れば吊り上げるのは勘弁して欲しいところだ

 

 「450です!」

 「皇子!こっちは500だ!」

 「ちょっと待てよ!?」

 何だろう。横のフォースが勝手に値段上げていっている

 いや、分かるぞ?大事なお姉ちゃんがあの商人に買われたらもう会えないものな

 でもおれの金なんであんまり勝手に大幅に額を上げて叫ばないでくれると嬉しい

 

 「……!」

 あ、フォースの声で姉だという今正にオークションにかけられている女性が此方に気がついたな

 ずっと何処を見ているのか分からなかった顔が此方を見据え、愕然とした表情で口をぽかんと開けている

 

 とはいえ、声は出さない。いや、出せない。売られる際に首輪をされており、それが魔法で声を封じているのだ。どれだけ口を動かしてもぱくぱくと動くだけ。声は出ない

 理由は簡単で、昔はお客様に罵声を浴びせて不快にさせる奴隷も一定数居たからだ。だからそもそも声を封じてそれをさせない

 

 ……とりあえず、嘘という事は無くなった

 昨日の今日だからな。裏付けなど取っている暇は無かった。本当に彼等の姉が誘拐されたのか、そういったことを調べていてはオークションに間に合わない。だから妹から金を借りて駆けつけた

 ……だから、フォースには悪いが、少しだけ疑っていたのだ。本当は誘拐なんて無くて、おれに奴隷を買わせたいだけの狂言なのでは無いかと

 

 だが、売られる当人がフォースを見て驚くということは、少なくとも近い知り合いではあるのだろう。ならば良い

 

 「600!」

 「620!」

 なおも値上げは続く

 といっても、黒服はもう参加してこない。目標金額をもう越えたのだろう

 正直な話、少しだけ不快だったが、居ても居なくても関係なかったな。オークション会場の端と端。短い茶色の髪の商人が一歩も引かない

 

 「700!」

 競り合いは続く

 にしても凄いな彼。おれには負けられない理由がある。彼女を買わなければいけない意味がある。だから止まれないのだが、愛玩用とされる獣人奴隷にしてはかなりの高額まで来てしまっているというのに、彼も本当に一歩たりとも引かないのは異様だ

 「720!」

 他にありませんか?と言われるまで黙っていればフォースが不安がるだろうし、何なら言われる前に勝手に声をあげる

 その上げ幅か分からないから彼にうっかりバカみたいな額を言われないようにもとっとと宣言を繰り返しているのだが、彼も悩まない

 

 「800!」

 正直な話、おれにも降りるわけにはいかない理由があるから降りないだけだ

 幾らユキギツネが珍しかろうが、人間一人の値段として考えれば安かろうが、800は愛玩奴隷の相場としてはかなり高い。自分一人であれば、当に降りている額だ

 だというのに、彼は張り合う。臆すること無く、悩むこと無く、間髪いれずにおれの宣言額を越えていく

 余程執着があるのだろう

 

 「850!」

 遂にかなりキツい額まで来たところで、遂に動きがある

 「……第七皇子とお見受けする」

 「如何にも」

 カッコつけた返し

 「彼女を譲っては戴けないだろうか」

 その台詞に、はっ!と笑い返す

 「悪い、そこの人

 おれは、こいつに」

 と、横の狐耳の未成年を指す

 「お姉ちゃんを助けてと言われて財布になりに来ただけだ。交渉するならこいつに頼む」

 「……865」

 「870」

 静かに、男は札を下げた

 

 ……あっぶねぇ。此方としても1000越えたらヤバいところだった。孤児院の為の金とか諸々が

 「42番さん870!

 880以上の方、いらっしゃいませんか!」

 ……此処に、何とか予算以内で果ての無い気もした競り合いは決着した

 にしても、最後のあれ何だったんだろうな。フォースの為と言った瞬間にほぼ諦めムード出してたんだが

 

 「ひやひやさせんなよ皇子」

 「おれだって無敵じゃないんだ。許してくれ」

 文句を言いつつ、それでも嬉しいのだろう。尻尾をぶんぶん振る狐少年に正直キッツいという内心を封印して笑いかけて

 「この調子でもう一人の姉ちゃんも頼んだぜ皇子!」

 「……は?」

 「は?じゃねぇよ」

 「なあフォース。ひょっとして……拐われたのって、二人いる?」

 「ひょっとしても何も二人だよ!どうしたんだよ皇子!」

 「……それを先に言ってくれよ!?」

 さっきの870はギリギリの額全体の3/4は注ぎ込んでの勝利だ。もう一人と言われても、どこにそんな金があるというのだろう。元々、プリシラへの新年のボーナスとか諸々後で何とかするとカットしてかき集めた金だぞ?それ以上とかどうやって捻出しろというのだ。未成年の皇子に借金でもしろってか

 だから、そもそも言われてたとしても対応は無理だが、それでもむいみなその言葉を紡ぐ

 

 「……頼んだぜ皇子!」

 「正直な話、無理だ」

 「は?」

 「フォース、おれは無限に金持ってるわけじゃないんだ」

 「それでも国民を助けるのが皇子だろ!」

 「いやその通りなんだけどさ……

 それを言ったら、今売られてる奴隷全員買えよって話になる。だから一人だけって決めて……」

 「嘘つき皇子!」

 ……耳に響く声に、鼓膜が痛い

 その通りだ。全員は助けられない。だから目の前のフォースを助けると言って……それすら助けきれない。目の前でニコレットを見捨て、結局片腕犠牲に合成個種を倒して。あの日、おれは多くを救えない、結局眼前の誰かを守り続けるしかないと身の程を弁えた筈なのに

 嘘つきだ。クソ皇子だ、おれは

 だが、どうしろというのだろう。単純に実力が足りなかった。それだけはどうしようもないじゃないか。もっと強くあれ、もっと金持ちであれ。それを言うのは簡単で、そうでなければならなくて

 そうして、その理想どおりではいられない

 

 「……奇遇だな」

 だから、何時だっておれは助けられる

 「……父、さん……」

 不意に現れた気配に振り返る。其処には……

 瞳に炎を灯す銀髪の皇帝が立っていた



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異伝・皇帝と祝福されざる完成

「父、さん……」

 困ったな、とばかりに苦い笑みを浮かべる7歳になる息子

 その一生涯消えることの無い火傷痕に覆われひきつった笑顔を見ながら、皇帝はこの息子何処で育て間違えたのだろう、と自問していた

 

 「何をしている、馬鹿息子」

 そんなもの聞いた

 けれども、そう問い掛ける。もしかしたら違う答えが返ってくるかもしれない。私利私欲かもしれない。そんなありもしない希望にすがり、聞いてみる

 

 「人さらいに拐われてしまった彼の姉を買い戻そうと……は、したんだけど」

 肩を竦め、少年は呟く

 「……父さん。酷いことを言うのは分かってる

 でも、少しで良い。後で納品でも魔法の実験に付き合えでも何でも受けて返す

 だから、彼の姉を買えるだけのお金を貸して欲しい」

 だが、返ってくるのは、分かりきっていたそんな言葉

 「何だ、自分のものではないのか」

 「おれ、奴隷を持てないから」

 ほら、おれは忌み子だろう?奴隷になる方の魔法はデバフだから効くけど、奴隷に言うこと聞かせる側の魔法ってバフ扱いで弾くから、おれは奴隷なんて持てないよ、と

 寂しげに、けれども嬉しそうに。彼は今此処に居ることそのものが場違いで、自分の為になる事なんて何一つ無い事を誇る

 「それで良いのか馬鹿息子」

 「良いんだよ。おれ、個人的には奴隷ってあまり好きじゃないから。何があっても他人を奴隷扱いなんて出来ない、その点では、この忌み子の性質に感謝してる」

 「そうじゃない

 ならばお前は、他人の姉を買い戻す為だけに此処に来て、買った奴隷はそのままくれてやるという訳か」

 

 「……そう、なる」

 叱られた子供そのもののようにしゅんとして、銀髪の息子は頷く

 「昔、一度この質問をしたな

 だが、もう一度聞こう。こやつはそれで全てを得るだろう」

 と、睨まれて尻尾を丸めるユキギツネの少年から目線を外し、皇帝は言葉を紡ぐ

 「それで?馬鹿息子。お前はそれで何を得る?」

 少しはまともな答えが欲しい。何か実利を言って欲しい。そんな気持ちを込めた質問

 だが、あの時せめて身を守れるものをと思い与えた魔法の指輪を売ってでも、見ず知らずの銀髪の少女を助ける金を作ろうとした銀髪の子供は

 「忠誠と信頼を

 皇族の皇族たる使命を、理想を果たす」

 あの日と変わらぬ眼で、透き通った迷い無き瞳で、あの日と変わらぬ事を告げたのだった

 

 正気か……

 思わず、そう心の中で呟く

 あの日、忠誠と信頼を、と確かに聞いた。だが、そんなもの格好付けだと思っていた。良いところを一目惚れした女の子に見せたかったのだろうと

 だが……。この忌み子は、第七皇子ゼノは本気だ

 本気で、皇族の理想論を語っている

 それが不可能だと知っているだろうに。誰よりも彼が、理想を語る第七皇子が、何度と無く理想は理想に過ぎないと思い知ってきたろうに

 

 「民の最強の剣であり盾。民を救い守る者

 ご立派な話だな」

 炎の眼で、馬鹿を言い続ける息子を睨む

 

 「出来るとでも思っているのか、阿呆」

 その悪癖を折ろう。流石に無為に金を使いすぎているだろう

 そう思い、言葉を紡ぐ

 今がオークション中ということも、目的はまだ故に気にせず

 「出来るわけ無い」

 だが、返ってくる言葉は、否定のもの。今やろうとしている事は何だ?と問い掛けたくなる、自身の行為の否定

 「そうだろうな。例えば今回二人だったか?買い戻したとして、明日、前に助けたという少年のようにすぐに薬を買わなければ親が死ぬから助けてくれと言われたらどうする?助けられるのか?」

 「努力はする。薬の材料を取ってきて交渉するなり、手はある。無理かもしれないけれども、足掻いてみせる」

 そもそも、どうして助ける、と聞きたい言葉

 足掻いてみせる、ではない。助けたとしてお礼一つ無い。忠誠と信頼?馬鹿馬鹿しい

 あの銀の少女は、特異な例だ。本来当然ではない事だが、こいつ自身が皇族は民を守るものだ、と大義を与えている。結果、助けられた者の大半は、自分はこの皇子に無償で助けられて当然であったと馬鹿を言い出すというのに。こいつは何を見てきたのだろう

 「その通りだ。無理なんだよ、今のお前では

 目の前ばかりを見すぎだ、貴様は。眼前ばかりを助けていても、何時か限界が来てその先全てを取り零す。お前がやっていることは、単なる自己満足だ

 より大局を見ろ。より多くを救う為に何をすべきか考えろ」

 そしてこんな無茶はいい加減止めろ

 そう続けようとした時、くすんだ銀髪の息子はゆっくりと頭を横に振る

 

 「全てを救う?より多くを守る?そんなもの、シルヴェール兄さんやアイリス、皇帝足り得る誰かがやれば良い」

 その声は、小さく震えていて

 「ゴーレム事件で分かったんだ。より多くを救うためだと伸ばした手を離しても、おれは何も救えない。おれに大局は変えられない

 ニコレットを、婚約者を見捨てて。助けてって、手を離さないでって、おれに言ったのに」

 金属で出来ている筈の、頑丈な番号札の棒が悲鳴をあげる。握られた拳に残る幾多の豆が潰れ、細かな血が、42の番号を濡らす

 「それで結局おれは誰を救えた?アイリスが居なければ、誰も救えなかったじゃないか

 おれに、多くの人なんて助けられない。おれに、国民全ては背負えない」

 「……ゼノ」

 ……痛々しい

 お前は弱い、強くなれと突き付けたことはある。だが……多くの人を助けると自分を切り売りしながら、多くの人を助けるなんて出来ないと言い放つ。それはどんな心地なのであろう

 「父さん。おれ、正直皇帝にも皇族にも向いてないよ

 だけど……多くを助けられないから。せめておれは、おれに助けてと手を伸ばした人を助け続ける

 それが……こんなおれが皇族だと言い続けられる、たったひとつの道だから」

 その答えは、静かに、ひとつの震えもなく

 心の奥底からそうだと信じているという確信を持てるほどに透き通った眼で、少年は父皇の言葉を否定した  

 

 この目を、皇帝シグルドは知っている

 知らぬ筈もない。これは、昔の自分と同じ眼だ。揺らがぬ信念、絶対に曲げない言葉

 こうあるべきと信じた姿は、この親にしてこの子ありというほどに瓜二つで

 

 本当に、何処で育て間違えたのだろうな、と自嘲する

 最弱の皇子。忌むべき呪いの子。蔑まれ、顧みられず。加減を間違えた気がした火傷の残るレベルの叱咤をしっかり受け止め、激励と理解してひたむきに努力を続ける、一番皇族らしくなくて、一番皇族の理想像を目指す息子は……

 自らをかなぐり捨てる形で、幼さ故の歪みも色濃く残したままに完成していた

 

 もう、言葉で言って聞く段階ではないだろう

 だが、そんなにも思い詰めなくても良いだろうに。まるで、自分が皇子として特権を持ってのうのうと生きている事そのものが罪ででもあるかのように

 皇子の恥さらしは、歴史上に何人か居る。だが、彼等は基本的に、為すべき事を為さず、皇族だからと遊び呆けた者達だ

 彼はある種それとは真逆。自分が皇子として保護されているのが罪であるかのように、自分の全てを切って、自分なりに信じた民のために尽くす行動を取り続ける

 サバイバーズギルトでも無かろうに、どうしてこうなったのか

 

 「ったく、お前は幸福の王子にでもなるつもりか」

 皇子の中では唯一、彼を産んだときに炎に包まれて死んだが故に母を知らない第七皇子の為に読んでやった真性異言の残した童話の名前を、思わず呟く

 全身に薄くオリハルコンがコーティングされた王子像のゴーレムの話。自身のオリハルコンを剥がしては恵まれない人に届け続け、結果オリハルコンでガードされていた筈の脆いコアが野ざらしとなって壊れてしまいましたとさという変な話で、何が面白いのだろうと思ったが……如何にも、この息子にはぴったりで

 「……父さん、彼がオリハルコンのメッキなら、おれはそれっぽい色のメッキだよ

 おれは彼ほどに多くを助けられない。彼が幸福の王子なら、おれは小金の皇子だ」

 「そうかよ

 お前が死んだら、あの子泣くぞ。それで良いのか」

 「泣かせたくはないし、死にたくもないよ

 それに、アナには幸せになって欲しいから」

 「ならば、しっかり生き残ることだ」

 「……そう、だね

 彼女が15になって(成人して)好い人(ヒーロー)を見つけるまで。おれが、守らないと」

 「……自分で幸せに出来んのか貴様は」

 半眼で、あの娘にとってはなかなかに酷な事を言う息子を見つめる

 「……出来ないよ

 おれは忌み子だから。おれなんかと結婚しても、おれ以外誰も幸せになんかなれない」

 そう告げる7歳児の眼は、どこまでも疑い無く澄んでいて

 

 「ったく、可愛げの無い

 そういえば7歳の誕生日には何も贈っていなかったな。好きなものを買ってやるから、少しは可愛げを見せろ」

 「なら父さん。今からオークションにかけられる、ユキギツネの娘をお願いします」

 「何だ、目玉でなくて良いのか?」

 「約束したから。お姉ちゃんと会わせてあげるって

 ……そもそも、父さんは何で此処に?」

 ぽつりと、銀髪の皇子は疑問を投げた



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エルフ、或いは偽装奴隷

「ああ、(オレ)が此処に居る理由か」

 おれを責め続ける炎の視線が揺らぎ、ふわりとしたものに変わる

 

 おれ……第七皇子ゼノは、それを受けてゆっくりと息を吐いた

 何というか、本人としては責めてるつもりとか全く無いんだろうけれども、父にして当代皇帝は其処に居るだけで睨まれている気分になるのだ

 武をもって在る最強皇帝。最後にして最大の砦。師匠と同じくこの時代にして専用最上級職、"炎皇"を持つドチート。ロード:ゼノ(おれ)のゲーム内唯一の完全上位互換

 そんな彼に見られるだけで、おれが今のおれとなった……第七皇子と名前すらも忘れた日本人がひとつの意識になったあの日の炎を思い出して足がすくむ

 父を見るだけで怯えるとか、と自嘲するけれども、これはちょっと止められない。何なら、暖炉の火すらちょっと怖い。燃える家とか、おれが行かなきゃいけない理由がないなら正直な話近寄りたくもない

 火というものそのものがおれにとっては怖いもので。その象徴とも言える彼は、あまりにも恐ろしい

 

 けれども、今の空気はまだしも温かく。奥歯を噛んで、相手の目を見返す。何時もはまともに見れない、その眼を

 

 「……別に此処を潰す気など無い。法の下において、不正などしていないならばな」

 「……って、ことは?」

 「法的には問題がないが、外面が問題なものが出ると聞いてな。どうしたものかと思い、来たわけだ」

 「……なにそれ」

 わからない。どういう話なのだろう

 「分かりやすく言うとな、お前の同類だ、馬鹿息子」

 「おれの同類……忌み子?」

 思わず首を傾げる

 忌み子なんて、確かに珍しいだろう。大抵は死産だ。母を巻き込んで母子共に死ぬことも多い。流産ならまだマシで、産んだ瞬間に父方の属性の呪いが母子を殺すこともあるのだという

 おれの母も、おれを産んだ時に忌むべき呪いで焼け死んだ。その時の記憶なんてあるわけがないが、おれを産んだ時、まだヘソの緒が繋がっている最中、突然青い炎がそのヘソの緒から吹き出し、おれと母を包み込んだのだという

 母は、自分が燃えていくのも構わず、おれに向けて水の魔法を放っておれを消火し……そして、自身は灰となったという

 おれの臍には、その時に燃えたヘソの緒の焼け跡が未だに残っている。父からつけられたこの左目の火傷が治らないのも、恐らくは呪いの影響なのだろう。父は、恐らくは治ると思ってやった事だろうから

 

 ……だからだ。おれが万が一誰かと結婚したとしよう

 忌み子なんて基本死産だし、生き残っても成人まで生きてる方が稀。故に前例が無くて分からないが、この呪いがおれの子に遺伝しない保障はないのだ

 だから、正直な話、ニコレットがおれを好いていないのは有難い。婚約者だ何だ言っても、おれは誰とも結婚なんかしちゃいけないのだから。この呪いはおれで末代にすべきなのだ。彼女に恋をされたとして、おれはそれに応える訳にはいかない。ならば、最初から幻滅されていた方がお互いにとってマシだろう

 おれは悪役で良い。クソ皇子で十分だ。何時か彼女の王子様と出会った時には、婚約破棄でも何でも此方から言って泥を被ろう

 アナ達もそうだ。あの子がおれに淡い憧れを持っている事くらい流石におれでも解る。それは、恋と呼ぶにはあまりに幼いものだ。多分、父が居ない彼女にとって、中途半端に強いおれが父のように思えるのだろう

 ……それが恋に発展するかと言えば、おれは誰かに恋されるような立派な存在とは言えない気がするが、といってもおれとてゲームでは攻略対象の一人なのだ。用心に越したことはない

  

 閑話休題。そんな忌み子、売れるのだろうか……。おれは皇子だから、皇子という点では価値があるのだろうけれど、それがないとなると……

 と、思っていたところで、頭に衝撃が走る

 「そちらではない、馬鹿息子」

 「……?」

 では、どういう事なんだろう

 軽く殴られた頭を振って意識をはっきりさせながら、首を傾げ

 「自分を売る皇族という点で、だ」

 「……え?」

 「……ああ、言っておくが、お前のきょうだいではないぞ?」

 「?」

 本気で意味がわからない。おれの兄弟……兄6人、弟2人、姉2人、妹3人……合計で13人居ることになる皇子皇女以外に誰が居るというのだろう

 

 「ってか、皇子!」

 「……420!」

 話し込んでいる間に、オークションは進行していく

 前に売り物にされていたのよりも幼いユキギツネ少女をかけて黒服と茶髪の商家の跡取り息子がやりあっているのを確認し、おれは札を上げた

 

 「……本当にそいつで良いのか」

 「約束したから

 それに、誰でもおれは一緒だよ」

 浅ましい考えをした二年前を思い出しながら、そう呟く

 アイアンゴーレム使いの元騎士等に拐われたアナ達を見て、いっそ何も命令しないけれども奴隷としての魔法をかけてしまえば、主人は奴隷の事が分かるという魔法の作用で便利なのではなかろうかと思ったことがあるのだ。奴隷の事は常にどれくらい遠くに居るのか、HPは減っていないか等は把握できるらしい。それさえあれば、拐われたあの時にもっと早くに気がつけたし、わざと気絶したフリをして拐って貰うなどせずとも真正面から助けに行けたのではなかろうか

 そう思って、アナ本人の許可を得て(今思えばとんでもない事であるし反省している)奴隷商人に仮の奴隷契約(期間限定契約)を頼んだことがあるのだ

 そして、契約はおれが主人として血をもって登録の判を押したその瞬間に、書類ごと水溶して消えた。つまり、おれが主人として契約した時点でその奴隷の奴隷契約は解除される

 

 ならば、奴隷を買うことは、その奴隷を奴隷でなくすることに等しい

 じゃあ全員買え、という話になるかもしれないが……それは無理だし、やる気もない

 奴隷とは主人の所有物。逆に言えば、奴隷の身分は主人によって保障されている。奴隷と言えば聞こえは悪いが、絶対の上下関係はあるものの魔法による身分保障の1種と言える。人権の無い獣人などは、寧ろ奴隷となる事を主人が人権を保障する事だと喜んだりする程だ

 そう学んだから、別におれは奴隷解放がしたくて此処に来ているわけではない

 

 あっさりと父の力でもう一人の姉だというユキギツネも買い戻したところで、そそくさと準備が始まる

 何なのだろう。今回の目玉なのだろうが……

 自分を売る皇族とは、どんな意味だろう。まさか、あのヴィルジニー……な、訳はないわな

 自分で馬鹿な想像を振り払う

 

 「……皇帝陛下」

 「気にするな。単なる息子の連れだ。この馬鹿が、まともに参加しに来たのは当然分かるだろう?」

 「……分かりました。では」

 流石に、幾ら認可はされている(といっても、この世界でも奴隷商は外聞はそんなに良くはないためアングラではある)とはいえ、皇帝の乱入は肝が冷えたのだろうか

 強ばった顔を動かし、商人達は一人の少女を、壇上へと連れてきた

 歳の頃は13程だろうか。まだ女性と言うよりは少女といった趣。奴隷だからか着飾ってはいないその肢体は、まだまだ成長途中の完成していないしなやかさを見せ付けるもの

 そして、大きなアーモンド型の赤眼に、眩く輝かんばかりの金の髪。儚く可愛らしい、という表現を擬人化したようなその姿に見惚れ……

 

 「かふっ」

 喉に溢れる血を呑み込み、その苦味でもって目を覚ます

 スキル《鮮血の気迫》。精神状態異常を受けた時、HPと引き換えにそれを打ち消す力。ある種ゲーム内のおれの切り札でもあり、父の持つ《烈火の気概》の完全下位互換

 その発動をもって、その赤の眼に吸い込まれる事を拒絶する

 

 「……父さん、これは」

 「何だ、正気か」

 「正気かって……魔法じゃないか、それも、危険な」

 恐らくは範囲魅了魔法だろう。光属性にそんな魔法があったはずだ

 流石にぶっ壊れ過ぎて、ゲーム内では味方が使うことは出来なかった魔法書。目の前の少女は、当然ながら魔法書など持っていない。着飾らぬシンプルな奴隷用の服の何処にも、書物など隠せはしない

 そして、魔法書無しで魔法を使うなど、チートの所業だ。ゲーム内でも、魔法は各キャラが使用可能な魔法書を持っている時に魔法コマンドから使用するものであり、魔法書無しでもコマンドが出るのは極一部……というか、原作エッケハルト、聖女、勇者、そして皇帝と皇族、あとは書籍版で題名にもなっている雷鳴竜の少年と龍姫くらい

 そう言えば、如何に魔法書無しでの魔法が特異なものか分かるだろう。しかも、魅了魔法など……イカれているにも程がある

 

 「……」

 じっと、彼女を見詰めていると、不意に、少女はおれに微笑む

 その柔らかな笑顔に、思わず此方も……

 って、アホか!二度めの痛みで意識を取り戻す

 ってか、鮮血の気迫には発動する度に累積で状態異常耐性upとかいう豪華な追加効果があり、HPを減らすからそう何度も発動できないという欠点をそのうち耐性で無効にするから問題ないというスペックのごり押しで押し通す壊れスキルなんだが、一回目の耐性ぶち抜いて来るのかよ、向こうも大概壊れてるな

 

 主催者側の話を聞き流すに、彼女は……

 「え、エルフ種の姫ぇ!?」

 道理でこの世界でも何か珍しい眼の色だと思った

 っていうか、エルフ種!?この世界では自分達は女神に選ばれた種族だと気位が高くて交流が無くて人類を見下してる、あの?

 そんなものが良く奴隷になんて……

 

 「エルフ種は光の力を強く持つが故に、原因不明の呪いに対して抗う術を持たなかったというのです

 そして、姫である彼女は、光の魔力は弱くとも、七大天総ての力を持つ我等人間に、自らの身と引き換えに助力を要求したのです」

 奴隷がどんな存在かを語る前口上にも、妙に気合いが入っている。魅了されているのだろう、身振り手振りが大振りだ

 「そんな彼女を、エルフの皆を救うため、自らを捧げた皆を思うエルフの姫

 彼女の額は、皆様に決めていただきましょう

 ええ。彼女の代金は我々が責任をもって、エルフの呪いを解くのに使わせていただきます、ご安心を」

 

 「450!」

 前口上を言い終わったその瞬間、横のフォースがおれの手の札を引ったくるようにして掲げ、勝手に値段を叫ぶ

 「おい、ちょっと待……」

 「600!」

 「1000!」

 「1100!」

 「……な、なんだこれ……」

 思わず、呑まれる

 あまりにも、上がり方が早い。誰しもが札を上げ、我先にと値段を上げていく

 あまりの熱狂に、おれ一人が置いていかれ……

 「……御免な、フォース」

 4000!と叫ぼうとしたフォースの首筋に手を当て、その意識を狩る

 ってか、人の金で何買おうとしてるんだこいつは。あくまでも二度と家族に会えないという事を回避する為であって、お前が欲しいからとエルフとか買わないぞおれ

 

 「……父さん」

 「ふははは!やってくれるわ、エルフ娘が」

 「……やっぱり、これは……」

 「支援しろというならば直接この(オレ)にでもエルフの国からの使者として支援を要求しに来れば良い

 エルフとの国交など無いが、無下にはせんとも

 だが、何故かエルフの姫が国に代金を送る事を条件に奴隷志願してきたらしいと聞いていたが、こういうことか」

 「皇帝相手では、見返りを要求される?」

 「だろうな。だが、自分を売るのであれば、可哀想だからと解放してもらったという口実さえあれば何も返さずとも良い

 そして、魅了された者はほぼ言いなりだ。解放してと言えば即座に奴隷など止められるだろうよ

 全く、舐められたものだな」

 そんな会話を交わすなか、どんどんと上がっていく値段

 既に10万の大台に乗りそうだ。10万ディンギル。国家予算……とまではいかないが、明らかに可笑しな額になっているのにも関わらず、声は止まらない

 寧ろ加速し、遂には100万すら越える勢い。これは結構な額だ。それなりの商家の一年の総売り上げにも近い。日本円で言えば100億。幾らなんでも、エルフが美形種族とされ人々の憧れといえど、人一人に出す金額ではない。テロリストの要求した身代金か何かのレベルの額だ

 というかだ。苦い顔をしながら横の執事らしい男と話してまだ値段を上げていく子爵等が居るが、その爵位で105万ディンギルは払えないだろう。国から与えられている土地を、預かっている領地を、民もろとも何処かの国に売り払うくらいの無理を……というか売国をしなければ足りない額だ。少なくとも、ポケットマネーで払えるとは思えない

 だが、魅了された男達は、それでも止まらずに少女の値段を叫ぶ

 

 ……いや、流石に不味くないか、これ

 だが、どう止めれば良いのだろう。おれは魔法など使えない。魅了解除など不可能だ

 「……120万」

 っ!ヤバい!

 やるべきことを迷い、少女を見た瞬間、うっかり札を上げかけた。三度目の魅了にかかるとか、情けないにも程がある!

 そんなおれを見て、奴隷少女はにこりとおれへと微笑む

 間違いない。あれは、おれへの微笑みだ。嬉しそうに、わたしを買ってとばかりに……

 

 舐めんじゃ、ねぇ!

 腐っても皇子が、魅了なんてされて、たまるかよ!

 「こほっ!」

 逆流する血を卓上に吐きながら、よろよろと札を上げる

 「……父さん」

 「何だ、馬鹿息子」

 「おれ、あの子が欲しい」

 「……分かった」

 良いだろう。なら、おれが泥を被るまで

 その意志を組んだのだろうか。炎に映える明るい銀の髪を揺らし、皇帝は立ち上がる

 そして……

 総てが炎に包まれた

 

 「「「「「「うぎゃぁぁぁぁっ!熱い!?」」」」」」

 「いや、ちょっとやりすぎでは……?」

 幻影の炎に焼かれ、あまりの痛みに魅了され値段を上げ続ける総ての者達が、おれと父皇へと意識を向ける

 その顔は呆けていて。恐らく、魅了の影響は薄れている

 

 「悪いな、口出しをする気は無かったが……息子にねだられては仕方があるまい

 そこの娘は(オレ)が買う。皇帝としての命だ。何人も手出しは許さん

 良いな?」

 力をもって押し通る。それが当代皇帝の有り様

 

 エルフの少女が絶望したように崩れ落ちる

 決着は、あっさりと付いた




スキル紹介
《鮮血の気迫》
スキル形態:パッシブスキル
発動タイミング:自身が状態異常(精神)を受けたとき、HPが50%以上である場合【精神】%の確率で自動発動
効果:自身の状態異常(精神)を総て打ち消し、HPを10消費する。この効果の発動後、自分のターンで数えて3ターンの間、自身の状態異常(精神)耐性を+30する(累積)
取得可能職業:ロード(第七皇子)Lv20
特殊取得条件:《精神統一》を取得している場合、月花迅雷を装備している状態でレベルアップ時、【精神】÷5%の確率で取得


《烈火の気概》
スキル形態:パッシブスキル
発動タイミング:自身が状態異常(精神)を受けたとき、【精神】%の確率で自動発動
効果:自身の状態異常(精神)を総て打ち消す。この効果の発動後、自分のターンで数えて3ターンの間、自身の【力】【魔力】【精神】を+5する(累積)
取得職業:炎皇Lv5


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奴隷詐欺、或いはテロリスト

「で、では……合計で……」

 皇帝に睨まれ(本人にそのつもりはないのだろうが、目付きが鋭いので睨まれてるように見えてならない)、おどおどしながらもおっかなびっくり金を受けとる支払いの人に有り難うと軽く言って、おれは3枚の紙を受け取る。その3枚は、それぞれ裏にびっしりと魔法文字が書かれた特殊書類、奴隷契約書である

 因みに現金である。未成年のおれは皇子だとしても王城内以外では小切手なんかの信用による支払いを使えないからな。あくまでも現金一括払いが前提だ。何時もニコニコではないが

 

 三枚の奴隷契約書の上にはにはそれぞれ血で書かれた恐らくはフォースの上の姉であろう名前、下の姉であろう名前、そして……空白

 「父さん、名前が書かれてないんだけど」

 「そもそも奴隷などやるつもりも無かったか……。悪いな馬鹿息子、契約の方法等は職員に聞いてくれ」

 言いつつ、銀髪の男は、豪華な銀装飾のされた掌サイズの小さな本を取り出す

 一般的に、書き込むものが多いが故に大魔法であればあるほど魔法書の本は大きくなるとされている。それなりの大魔法となると百科事典もかくやというデカさだ。だが、逆に一冊に1回分といった使い捨てであれば、どんな大魔法であってもコンパクトに収められるからということで、小型のものはそれはそれで需要はあるのだ。例えば持ち運びに便利だとか、袖に隠せるから武器を捨てたと見せ掛けて奇襲が出来るとかが代表的な利点だな

 まあ、普通は1ページに書き込む術式を複数ページに分ける関係で製作が難しく、材料費もかかるので値段が複数回使えるものに比べて相対的に高くなりがちではあるのだが、そんな話は皇帝には無関係

 

 転移だろう魔法書を取り出す父に、ん?と首を傾げる

 「父さんは何処へ。戻る……はずはないとは思うんだけど」

 払ったお金は、フォースの姉達の分だけだ。そして、皇帝ともなればおれとは違って現金一括である必然性はない。後で城の此処にこれを持って来い、引き換えるで終わらせられる存在だ。わざわざ現金取りに行ったりしなくとも構わないから、戻る理由が分からない

 エルフの少女については、「(オレ)、皇帝ぞ?」の一言で払わずに済ませたので、たぶん皇帝として直接値段を交渉して直接渡すという事だと思います、とおれがフォローした

 本人も頷いていたのでそれで正しかったのだろうが、相変わらず言葉がちょっと足りていない人だと思う

 

 だから、直接交渉する以上、帰るということはきっと無いだろう。あの少女は、名前すらまだ書かれていない奴隷契約書と共にこの地下のスペースに……

 っ!そうか!

 脳裏に閃く電流。ってか、気がつくの遅いなおれ

 

 「分かるか、では、お前が願って買った者達については任せる」

 言うなり、魔法でもって炎に包まれ、父の姿は消える。相変わらずのチートっぷり。少しくらい能力を分けて欲しい、なんて、不可能なことも思ってしまう

 エルフ少女の元へ行ったのだろう

 

 向かわなければならないことに気が付いたから

 そもそもだ。名前をもって縛りと為す。親から与えられ七大天に告げられる名前は祝福である。その分対象の名前は呪いの鍵として使われることも多く、奴隷契約もまたそうだ

 皇族に姓がないのもその関係。実は独立する時の為に産まれた時から皇帝から姓は与えられてはいるのだ。だが、その姓は皇帝と七大天以外誰も知らない。神によって祝福された届けられた真名、それを本人すらも知らないからこそ、誰も皇族を呪えない。公式文書ですら名前だけ、姓なしの扱いは名を用いた呪いへの耐性になっているという訳だ。血でも使えば流石に呪えるが、髪の毛等では不可能。そして血を取られてる時点で自業自得なのでまあそこは仕方ない扱い

 閑話休題。名前と血をもって成される契約が奴隷契約。ならば、血で名前が書かれていないということは、そもそも今はまだエルフ少女は奴隷ではないという扱いがされている事になる

 フォースの姉等の書類は新たなる所有者の名前を己の血で書けば所有権が移るが、旧主人として奴隷商人が登録されているのだろう段階。それに対し、エルフ少女は誰とも契約していない。奴隷として売られていたが、実は今の彼女は奴隷でも何でもなく、行動に制限を受けていないのだ

 

 ならば、だ。魅了を使って金を取ろうとした少女だ、皇帝に睨まれたと思ったら逃げるんじゃないか?

 騙し取れないならば大人しく奴隷になってでも皆を救える金を手に入れようとする……かもしれないが、逃げないとは限らないだろう。おれなら逃げるよりも確実に皆を救えるならと思うが、そんな思考はアホのやることだと父にもさっき窘められたじゃないか。他の立派な皇族や、エルフの姫なんかが選ぶとも思えない

 だから、先んじて抑えに行ったのだ

 

 ってか、皇帝が出てくる可能性もある帝都で良くもまあ自分を売る売る詐欺なんてやろうとしたなあのエルフ。ひょっとして馬鹿なんじゃなかろうか

 いや、皇族が出てこないような場所の奴隷オークションだと、全体的に貴族の爵位も低いだろうし大物貴族を魅了して大金ゲット!は狙いにくい。エルフが奴隷として売られるなんておれの耳に一切入らなかった辺り、おれが行かなければ父さんも来ずに上手くいってたのかもしれないけど……

 ハイリスクハイリターンを狙って見事にリスクに引っ掛かってる。可哀想……な気もするが、魅了にかけられてエルフの為ならとお家終了レベルの額の金を払わされそうになっていた貴族のが数倍可哀想だ。幾ら上に立つ者にとって弱さは罪だ、なこの国とはいえ、エルフ相手に魅了されるのは仕方ないだろう。それでお家終了するとか貴族が可哀想過ぎてエルフに同情の余地はあまりない

 ってかだ。おれ(《鮮血の気迫》で魅了を打ち消せる)、アイリス(ゴーレムを遠隔操作しているので此処に居ない=そもそも魅了の範囲外。ゴーレムに自律性能も無いからバグって勝手に動く心配もない)、そして皇帝シグルド(《烈火の気概》により魅了を打ち消す)以外の皇族ならば確実とは言えないまでもワンチャンあると言えるくらいの可能性で魅了が通る。というか、多分第二皇子のシルヴェール兄さんとかでなければ魅了出来たんじゃなかろうか

 そのレベルに魅了は危険な力だ。万が一やらかしてても国から同情くらいはされるだろう。流石に無傷とはいかないだろうし爵位降格くらいはされるだろうが、お前ら売国で処刑といったレベルは無い筈だ

 逆に言おう。そんなものを当然のように振りかざすあのエルフ、逃がしたら不味い

 

 だが、今は父を信じるしかない

 おれの完全上位互換だから流石に魅了でやらかすことも無いはずだしな!

 というか、父さん居なかったら真面目にヤバかったのではなかろうか。本来ならおれ一人で直面したときに解決すべきだろうに、皇帝に出張って貰うとかまーた悪評が増える……

 歳上の獣人を買う(フォースは亜人だが、姉は獣人だ。差は魔力の有無なので血の繋がった姉弟でも人権ある奴と無い奴が出来てしまう)マザコンの変態まで広まりそうだしな……

 

 というかだ。今此処で血でおれの名前を書けば契約は解除される。でも、それで良いのだろうか

 というか、一回奴隷解放してもまた捕まったら意味無いしな。後始末とか大変そうだが考えてなかったわどうしよう

 そんな事を思いながら、フォースに急かされつつも指先から血を取る専用ペンを手に固まり……

 

 「……待ってくれ!」

 そんな声に振り返る

 茶髪の商人……フォースの姉のオークションでおれと最後まで競り合った青年が、息を切らせて駆けてきていた



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茶番劇、あるいは貧乏くじ

「……皇子!その署名、待ってくれ!」

 「姉ちゃんを買おうとした悪い奴!」

 ふかーっ!と、フォースがその尻尾を膨らませて威嚇する

 それを宥めることはせず、静かに相手を見上げる

 いや、まあまだ7歳なんで仕方ないんだけど、こういう時に思い切り見上げる姿勢って本当に格好付かないな……

 

 まあ良いか、と、おれは口を開く

 「皇族に何かを求めるときは、まず自らが何者かを明かすべきでは?

 子供なら礼儀など求めないけれども、貴方は立派な大人の筈だ」

 ……言いすぎただろうか

 皇子といっても忌み子。社会的地位で言えば頂点にして底辺。その両方に居る変な奴なのだ、おれは

 

 だが、それを聞いて、その茶髪の若き商人は、忘れていたとばかりに目をしばたかせる

 そして、即座に一礼する

 「失礼した、第七皇子。あまりに焦っていたもので

 私はエド・エルリック。エルリック商会……」

 「そこの説明は不要。おれも名前は聞いたことがある」

 彼の言葉を遮り、そう返す

 だが待て?エルリック?

 

 ……フォース・"エルリック"。原作での横の狐耳少年の名前だ

 これは偶然の符号……な、筈はない。ちょっと待て。原作ではフォース達、こいつに買われるのか?そして、何らかの方法で成り上がり、乗っ取ると

 だとすれば、あれ?今のままじゃあ原作と過去が変わらないか?大丈夫なのか?

 

 冷静を装いつつも、内心大混乱なおれを他所に、青年……エド・エルリックはおれに頭を下げた

 「どうか、どうか!皇子!

 あなたの買ったその奴隷、譲っていただきたい!」

 「……何で?」

 混乱から、思わずそんな疑問が口をついて出た

 

 いや、原作に添わせるならきっと此処で頷くべきだったんだろう。だが、それではフォースとの約束がパーだ。それは困る

 そんな思いが、即座の返答を阻む

 「……お恥ずかしながら、私と彼女は愛し合っているのです」

 「このロリコンがぁっ!」

 バァン!

 下の姉の契約書を机上に叩きつけつつ、そう叫んでみる

 違うことは知ってるぞ?上の姉は15前後っぽくて、下の姉は10ちょい。15で成人なので、上の姉については……6歳差くらいだろうが、それでもロリコンと呼ばれる筋合いは向こうには無いだろう。成人同士だからな。自由恋愛だ

 だが、敢えて下の姉と恋人とかこのロリコン!と言ってみたのだ。皇族ジョークという奴である

 つまらないとは思うが、緊張は解れるだろう、と、ガチガチに固まったエドを見て、おれはそう思った

 ってか、明らかに舐めてる目をしてる貴族達もアレだが、皇族だからと畏まられても正直反応に困る。おれは所詮おれでしかないというのに

 

 「違います!断じて私はロリコンではない!」

 ……というかだ。小学校でこーこーせーのロリコンさんがどうとか同級生が自慢気に話していた朧気な記憶からロリコンという言葉を使ったが、この世界でも通じるんだなこれ

 

 「で?一つ聞かせてくれないか

 何で、その愛し合っている相手がオークション等にかけられてんだ?

 弟のフォースは直接助けてと言いに来たというのに、何故普通に買おうとしている?」

 「……私と彼女の為です」

 「だから、それを話せ。フォースも首を傾げているだろ」

 「……はい」

 

 そうして、眼前の20ちょいの♂は語り出す

 それを要約するとこうだ

 

 彼はエド・エルリック、22歳独身。名前の通り、エルリック商会の次期会長となるエルリック家の若き長男だ

 真面目で誠実で人柄も優しい。商人としては良いところも悪いところも併せ持つ彼は、まあ当然ながら次期会長として結婚をしなければならないという家族からの圧力に悩まされていた

 確かに結婚の必然性は分かる。子を為すことは長男の義務とも言える。だが、彼は誠実で、恋したこともない。誠実さ故に、好きでもない相手と結婚など出来ない

 そんな彼はある日、下働きのユキギツネの女性(フォースの姉だ)に一目惚れし、恋を知った。だが、彼女は獣人。人権は無く、結婚など許されるはずはない

 それでも諦めきれなかったエド・エルリックは、彼女を形式的には愛玩奴隷という主従関係で、実質的には妻という形で彼女と結ばれようとした。そうして、奴隷商人に、その手続きを行おうとしたのだが……

 当然ながら、獣人を奴隷にして愛人枠に据えようという計画は、彼の姑等の耳にも入っていた。奴隷商人は買収されており、本来は優しく連れていく算段だったフォースの姉二人を強引に拐い、普通の奴隷としてオークションにかけようとしたのだ

 家族の裏切りに気が付いたエドだが、時既に遅し。奴隷商人を責めても、家族を責めても、愛するユキギツネがオークションにかけられることは最早止められない

 

 それを知ったエドは、一つの賭けをする。自分は何とかして愛する少女を買ってみせる。それが愛の証明だ

 愛を証明できたら、もうあの子に手を出すな

 そういう約束をしに来た彼に、彼の家族はその意志の固さを知り、それを了承する

 かくして、エド・エルリックはあのオークションに望んだのだ

 

 で、ここでおれが出てくる。表だって妨害をしないと誓ったエドの姑等獣人の愛人など!勢力だが、それでも妨害はしたかった

 だが、分かるような妨害は出来ず……白羽の矢が立ったのが、姉とエドの間で話が進んでいたから何も知らないフォース。彼に姉が拐われたこと、その姉がオークションにかけられることをギリギリのタイミングで手紙で教えたところ、何とか出来るかもしれないし時間がなければ裏付けをほぼ取らずとも動いてくれそうなおれに見事助けを求めたという訳だ

 こうして、姉と姉を買おうとしている奴が実は恋人とかそういう事情を知らないフォースの代理兼エドの妨害役として、おれはオークションに引っ張り出されたという話である

 

 ……うん。おれ、完全に悪役じゃねぇかよ!?

 普通は談合になるからオークション中に、競り合う者同士での話は禁止

 それを破ってでも何か聞いてきたのは、命がけで張り合うか、後で頼み込めば何とかなるかの判断だったらしい

 

 ……何というかまあ、踊らされたものだな、おれ

 

 「おりゃっ!」

 「フォース、黙ってろ」

 話を聞くや、何だよいーひとじゃん!とばかりに契約書をおれから引ったくろうとするフォースの脳天に軽くげんこつを落とし、そう語った商人を見る

 多分本当なんだろうなーってのはある。原作フォースがどこかでエルリック家を乗っ取ったというよりは、姉が奴隷で妻だからエルリック家に何処かで迎えられたという方が原作のフォースの設定に説明が付く

 だが、ほいほい信じるのはどうだろう。バカに見えないだろうか

 だから、一個脅す

 

 「嘘はないな?」

 「……ええ」

 「妹や、弟は?」

 「家族の差し金でしょう。弟は人権の問題で残し、妹はついでに拐った」

 「聞きたいのはそんな事じゃない」

 火傷痕のある顔で凄む

 

 「ええ。愛する人も、そのきょうだいも。二度と離しません」

 ……その眼は、しっかりと此方を見返していて

 嘘は、見えない

 

 ちょっと手帳を取り出し(因みに、全ページに透かしで皇族の紋章が入った特注品)、ペンで"フォース・エルリック"の代理人として、義兄エド・エルリックに以下の奴隷の所有権を譲渡する旨をさらっと書き、そのページを破って書類一式からエルフの分を抜き取った代わりに挟む

 そして、その書類をわざとらしく頭の辺りまで持ち上げて……

 ばさり、と床に落とす

 

 そして、おれはわざとらしく席につき、残したエルフの書類に目を落とす

 「あれれー?一枚しかない

 しまったー、ユキギツネどれいどものしょるいをどこかにおとしてしまったなー

 どこにいったかなー、なまえもかいていないしこのままじゃだれかにひろわれてかってにけいやくされちゃうなーこまったなー

 でもなー、おとしたのはおれだしなー。じごうじとくだよなー」

 うん。見事な棒読みである。おれの声って声優の声そのままですげぇと今でも思うのに、声帯がプロと同じでも中身が残念だとこうも聞くにたえない演技しか出来ないのか

 反省しよう

 

 ってかフォース?なにポカンとしてるんだよ。おれがわざとらしく床に落としたうっかり何処かに忘れてきたはずの書類を見つけてしまう前にエドに渡してくれよ

 折角の棒読み演技が台無しだろう、何分もこの演技とか恥ずかしくて辛いんだ、早くしてくれ

 

 「……ゼノ皇子」

 「嘘を付いていたと判断した時。つまり、フォースから願われた姉を助けてという言葉がまだ果たされていないと判断したその時。おれは、皇子としてエルリック商会に真っ向から喧嘩を売る

 それだけだ」

 「……感謝します」

 言って、フォースの手を引き、下がろうとするエド

 その短い茶髪を見ながら……

 あ、そういえばあの書類って金を払って買ったものじゃん、ということを思い出した

 いやでも、今更金をふっかけるとか、皇子としてどうなんだろう。せめて300ディンギルくらい置いてってくれないかなーとは思うが、書類手離す前に交渉しておくべきだった。これはおれのミスだ

 

 「あ、一つだけ待て」

 「な、なんでしょう」

 「……その書類の額だが」

 あ、エドの奴固まった。そうだよな、エドが辛い額まで来たから、おれの動向を伺ったりしたんだものな

 ……止めよう。おれが空回りしただけ。孤児院の皆にはちょっと貧しい思いをさせるが、そこはおれを恨んでくれ

 

 振り返った商人の青年に、子供用のコートから外した紋章入りのブローチを投げ付ける

 「おわっ!何をするんですか」

 「お前たちの事実上の結婚の、第七皇子からの祝い金だ

 何か言われたら、皇子が祝福したと返せ

 ま、忌み子だけどな」

 どんな意味があるんだろうな、と自分で苦笑して

 今度こそおれは、二人が去っていくところを見送った

 

 ……ところでこれ、おれは完全な貧乏くじなのではなかろうか

 自業自得だが、情けない解決方法だなこれ……



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リリーナ・アルヴィナと聖夜乃鈴

「んで、どうだった~アルヴィナ?」

 聖夜を終え、皇子に心配されながらも一度家に帰ると門の少し前で別れ。久し振りに、家に帰る。明かりの無い家。封印から出てきた……とはいえ、大きく力を抑えられたボク達の隠れ家である、アルヴィナ男爵邸という事になっている貴族の中ではみすぼらしいお屋敷

 門をくぐったその瞬間、呑気な声が聞こえてきた

 

 帽子が落ちないように耳を立て、少し上を見上げる。其処に、やっぱり彼はふよふよと浮いていた

 新たなる魔神王、あの変な少年の言っていたボクの兄、テネーブル・ブランシュが

 

 「……どう?」

 「そそ、さっすがにバレかねないしアルヴィナに行って貰った訳だけどさ、真性異言(ゼノグラシア)居た?」

 背中に生えた剣の姿をした蒼い翼をはためかせ、青年姿の魔神王はボクの前にひょいと降り立つ

 そして、帽子を脱がせ、ボクの頭を撫でる

 ……正直、止めて欲しい。帽子を返して欲しい。折角新しいのを貰ったのに

 そんな不満を他所に、ボクの兄は、話を続ける

 

 「一人、居た」

 「おっ、誰?」

 「エッケハルト・アルトマン」

 ……本当はもう一人知っている。とても分かりやすい彼の他にもう一人

 普段はそれっぽさを全く見せなくて。けれども、眠っている間に触れた彼の心の奥底で、確かに転生者としての記憶を持っていた、明鏡止水の瞳

 獅童三千矢(第七皇子ゼノ)。ボクの魔法で夢を覗かなければ、気が付くことは無かった真性異言の一人

 けれども、何でか知らないけれど、とても真性異言が分かりやすい兄は、彼を妙に嫌っている。アリーナの破壊者だと。クソ野郎だと

 ならばきっと。彼を護れるのはボクだけ。魔神としての力は本格的には発揮できない封印されたボク達でも、世界を支配する時に敵となる相手を予め排除しておけるように仮初めの体でヒトの世界に侵入している以上、彼が真性異言だと兄に告げた時兄は間違いなく謎の恨みから彼を最優先で殺す。きっと殺す。間違いなく殺す

 だから、言わない

 ボクを含む誰にも、あの瞳は曇らせない。いつか、あの深い輝きのままボクだけを映させるその日まで、彼にはあの目で居て欲しい

 

 ……彼を、真性異言を持ちながらもそれを感じさせない珍しい人を。見惚れたあの明鏡止水の皇族の瞳を、当然のようにボクにも……誰にでも向けるあのヒトを

 歪んだ魂の兄に殺させる訳にはいかない

 

 「……アルヴィナ?」

 心配そうに、縦に裂けた瞳孔でボクを見てくる魔神王(あに)

 「大丈夫。ちょっと疲れただけ」

 「本当に御免な~アルヴィナ。本当はあのクソチートとかが居る危険な場所に可愛いアルヴィナを行かせるとかヤなんだけどさ

 残念ながら、兄ちゃんじゃ外に出たらバレるしなぁ」

 

 くしゃっと、大きな掌が髪を撫でる

 ボクとは異なり、既に成長を遂げた青年の姿。心に決めた相手を見付けたとき、年齢如何に関わらず大人の姿になる。それが魔神族で、だからもう大人な筈なのに

 きゅっ、と。首に巻いたマフラーの端を握る

 

 デリカシーが無い。あの皇子も強く頭を撫でてくる事はあるけれども、彼は何時も一歩引いている。嫌な時は、触れてなんてこない。そして、昔の兄もまたそうだった

 

 ……そう。昔の兄。ボクの記憶にある、魔神王テネーブルは、こんな軽い性格じゃなかったし、背中に剣の形の蒼い翼なんて無かった

 仮初めの体で人の世界に潜む。その行動を起こす寸前、真性異言に目覚めて、兄は変わった

 ……というか、こう言うべきだと思う。兄は七大天か何者か知らないけれど、神によって死んだ。そして、兄の死体を、兄を殺した神が送り込んだ真性異言、日本という世界から来た変な珍獣が操っている

 少し見ているだけで分かる。死霊術を使え、魂が見れるから、ボクの眼は誤魔化せない。魂を見た時の違和感があまりにも酷い

 

 吐き気がする

 

 昔の兄はそんな事無かった。あのアナスタシアという少女等も見ていて違和感を感じない。明鏡止水の瞳の皇子は、少しだけ心がざわめくけれど。それはあの瞳が普通の人間のする目とは思えないせい。肉体と魂の齟齬はほぼ見えない

 でも、兄は違う。一度だけ見掛けたピンクい髪の変な女の子や、エッケハルトという少年もまた

 吐き気がするくらい、魂と肉体が合っていない。変な何かが付いた変な魂が、本来の魂の上から上書きしているようなもの

 ……だから、嫌だ

 

 「……帽子」

 「ん?どうしたんだアルヴィナ。疲れたなら……」

 「ボクの帽子、返して」

 「折角その耳可愛いのに。兄ちゃんの前でまで、人のふりなんてしなくて良いんだぞ?」

 言いつつ、珍獣はそれでもぶかぶかの帽子をボクの頭に乗せ返す

 その帽子を、皇子から貰ったそれを目深に被り直して

 

 「……変なものを見た」

 話を変えるように、そう呟く

 「変なものだぁ?アルヴィナ、何を見たんだ」

 「不思議な神器」

 「不思議な神器?それは、ひょっとして真性異言か?あのクソボケが月花迅雷以外に何か持ってたのか、それともエッケハルト?」

 「どっちでもない

 変な、少年。刹月花と呼んでて、ボクの事を知っていた

 ……アルヴィナ・ブランシュって」

 すっ、と裂けた瞳孔が細められる

 

 「ぶっ殺すぞヒューマン」

 軽口のような声音ではなく、昔の兄に近い声で、珍獣はそう呟く

 「……問題ない。皇子が護ってくれた」

 「よしゼノ殺そう」

 ……相変わらず、珍獣は皇子に厳しい

 「……なんで?」

 「何でも何も、あいつクソボケチート野郎だから。生かしておく利点とか無いだろ」

 「見てて面白い」

 「端から見てる場合だけだぞ~アルヴィナ

 実際はあの事故量産野郎なんて見ただけで殺意が沸くレベルだ。しかも、ハイスコア狙いしてるとしょっちゅう見掛けるし」

 

 「それは聞いた」

 「だからぶっ殺しておくべきだって。アナちゃんの為にも」

 そう、と返す

 ……あの少女、妙に人気があるけど何なんだろう、と首を捻る以外、ボクには出来ない

 そして、止める気も無い

 ボクは、あの明鏡止水のまま、彼がボクを、ボクだけを瞳に映すようになってくれればそれで良いから。あの子は、どうでも良い

 

 「……そういうの、あり得る?」

 「刹月花かぁ……モブに転生してる真性異言のパターンは考えてなかったなぁ……

 主人公か攻略対象かってくらいならと思ってたが、修正が必要か……」

 相変わらずだけど、ゼノグラシア語は良く分からない。チートとか、モブとか

 

 「……結局?」

 「世界の行く末を本来左右しない誰かが真性異言ってのは有り得るよ」

 「刹月花は?」

 「ああ、転生の際にいくつかの特典から一つ選べたんだ。一つは神器、この世界に元々存在する本来の神器とは別に、自分専用で同じ神器が持てる

 多分その刹月花はその特典で得たものだと思うぞアルヴィナ。兄ちゃんも同じだしもっと強いから安心するんだぞアルヴィナ」

 ぐりぐりと、帽子の上から頭を撫でて、兄は呟く

 

 「お兄ちゃんのは?」

 「こいつさ」

 蒼い炎を纏い、剣の翼が軽く振られる

 「……?」

 「王権ファムファタール」

 「……有り得ない」

 首を傾げる

 王剣ファムファタール。ボクでも知るその剣は魔神王の剣。見たことはあるし、触れたこともある

 兄が次代に正式に決まってはいるけれども、まだ封印されたままのあの剣と、眼前の翼の剣は全く似ていない。似ているとしたら、鐔部分くらい

 

 「王剣じゃないぞ~アルヴィナ

 正確には王権ファムファタール・アルカンシェル。此処とは別の世界の王剣ファムファタールさ

 だからアルヴィナ。兄ちゃんは絶対に負けない。最強の王剣を二つ持ってる魔神王が負ける筈がないってな」

 自慢気に翼をはためかせる兄を見上げながら、ボクは……

 

 早く寮に帰ろう、と思っていた

 

 「他は?」

 でも、聞いておきたくて、話を続ける

 「他かぁ。固有スキルを別のものに変えたり、職業を本来の資質から増やしたり、レベル上限突破したりがあったかな……」 

 「……全員、神器じゃないの?」

 「んまあ、神器貰うのが最強の特典なのは確かだけどさ。ダメな奴には選択肢狭まるって神様が言ってたし、良くわかんね

 んで、そのモブ少年は何か漏らしてたか?」

 ボクに目線を合わせず、兄は呑気にそう聞く

 

 「屍天皇(してんのう)

 「なんだそりゃ。聞いたこともない妄言だな」

 すっとんきょうな声が、屋敷に響いた




おまけの武器解説

王剣ファムファタール・アルマ
武器種:剣/刀 種別:神器(第零世代(ジェネシス))
所有者:"魔神王"テネーブル・ブランシュ

蒼き雷刃のゼノグラシア版
ランク:ー 耐久力:ー 重量:3
攻撃力:58 必殺補正:±0 射程:1~3
特殊能力:全ステータス+10
     魔神王の威圧(射程1~3の敵の全ステータスが常に-10)
     アルマ(自分の行動を消費して発動。1マップ2回まで。射程1~7の全味方のHPと奥義回数を50%端数切り上げ分回復し、相手ターンで数えて2ターンの間アルマ状態【HPを参照する効果の効果量がHPに関わらず最大値に固定され、HP条件を満たしてなくても効果が発動し消費が0になる状態】を与える)
     轟絶なる魂(奥義。1ターンに1回まで使用可能。発動時にBGMが『轟く絶命王剣(ファムファタール)』へと変化。発動時に自身のHPを全回復し、そのターンの間アルマ状態を付与。回復した分を戦闘中の攻撃力に加え、必殺率+9999%)
     轟く絶命王剣(HPが30%以下になった時に1度だけ、使用回数を無視して即座にアルマが発動し、射程1~3の敵に次の相手ターン終了時に死亡する絶命の呪い効果。次の戦闘時、轟絶なる魂が自動発動)
     


王権ファムファタール・アルカンシェル
武器種:翼  種別:神複異界神器(特殊第一世代(オリジナル・ゼノ))
所有者:《群青》の楽園マグ・メル
    "魔神王"テネーブル・ブランシュ

蒼き雷刃のゼノグラシア版
ランク:ー 耐久力:ー 重量:7
攻撃力:77 必殺補正:+7 射程:1~7
特殊能力:アルカンシェル(自分の行動を使って発動。1マップ1回。射程1~7の全味方にアルカンシェル状態【最初の戦闘で被ダメージ無効かつ武器の耐久減少無し、次の移動でマップの移動制限と距離を無視、HPとMPを全回復、全状態異常を解除し3ターンの間状態異常無効】を付与する)
     《意義》の終末論(エスカトロジー)(戦闘中、相手の全ての防御スキルを無効。また、射程3以上からの攻撃でダメージを受けない)
     《群青(ティル・ナ・ノーグ)》の祈り・狂(マグ・メル魔神王テネーブルが所持している時のみ、状態異常を無効化し、毎ターン開始時HPとMPが10%回復する)
     轟絶なる色彩(奥義。一マップに6回まで使用可能。発動時にBGMが『轟く絶対王権(ファムファタール)』へと変化。戦闘終了時に自分を未行動にし、アルカンシェル状態になる)
     轟く絶対王権(HPが30%以下になった時に1度だけ、使用回数を無視して即座にアルカンシェルが発動し、射程1~7の敵に耐性無視のスタン効果。次の戦闘時、轟絶なる色彩が自動発動)


大体こんな感じのスペックです
つまり、単純明快意味不明のぶっ壊れです。ラスボス専用武器かつラスボスのラスボスたる所以なのでまあ当然といえば当然ですが、こんなもの二つも持ってたらそりゃ勝つのは俺に決まってんだよなぁとイキリ魔神王にもなります。王剣も王権も王鍵も王圏も本来は別シリーズの最強武器なので、そのうち1つ持ってる奴が神様特典でもう一個使わせて貰えればスペックだけは最強に決まってますので


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咎エルフ、或いはかつての友

「……」

 そうして、おれは父を追って、エルフ種の少女の居るだろう場所に駆け付ける

 見付けられたのは簡単だ。分かりやすい場所に居たから

 

 エルフの少女はおれが書類を貰ったりお金を払ったりしたあの場所に居て、焔の壁に囲まれていた

 困ったような表情。その手には、しっかりと貨幣の袋が握られていて……

 ん?あの袋、見覚えのある紋が付いているな。確か、どこかの伯爵家の紋だったか。娘の護衛にと上級職になった元冒険者の奴隷を買ってたのを覚えている

 ということは……

 

 「泥棒?」

 「……そのようだ。金が必要だということは、どうやら嘘ではないらしい」

 エルフ少女を捕える焔の壁の中。炎に照らされる銀の髪を揺らし、父はそう告げた

 「……!」

 必死に何かを此方に訴えてくる少女

 けれども、その声は……おれには届かない

 いや、正確に言えば……何を言っているのか分からない。多分エルフ語なんだろうけど……帝国共通語というか、この大陸全土で使えるティリス共通語で話してくれないだろうか

 「……ティリス共通語じゃないから分からない

 おれに分かる言葉でお願い出来ないだろうか」

 そんな言葉に、少女は愕然とした表情を浮かべて何かを言うも、それすらも分からない

 ……うん。外交には向かないな、おれ

 

 そんな苦笑を他所に、父はくつくつと笑う

 「人どもの使う下等言語など覚える気も無い、とさ」

 「エルフ語分かるのか父さん」

 「分からん。単純に、魔法で翻訳しているだけだ

 故、もしかしたら訳し間違いなどあるかもしれんがな。まあ良いだろう

 

 言葉に乗せて魅了を唱えんとする奴の言葉など」

 瞳を細め、皇帝は静かに言葉を紡ぐ

 焔の壁と皇帝の存在に、既に他の人は此処に居ない。皇帝の邪魔にならぬように移動したのだろう、途中ですれ違ったしな

 居るのは囚われのエルフと、帝国の象徴、そして帝国の面汚しことおれだけだ

 

 「『……下等生物が』と

 あまり家の息子を馬鹿にしないで貰おうか。確かに、頼れん事は事実ではあるが

 お前達に言われる筋合いはない」

 轟!と、火の粉が吹き荒れる

 熱く、そして燃えぬ魔法の炎

 それが収束し、一つの形を取って顕現する

 

 「……デュランダル」

 「……!?」

 「ストーップ!」

 突然姿を現した燃えるような赫い大剣に、思わず叫ぶ

 轟火の剣デュランダル。おれに向けてお前は弱いと突きつけ発破しようとしたあの日にも見た、父の神器

 少なくとも、今持ち出すようなものではないと思うのだが

 

 「……何!?何する気なんだ父さん!?」

 「変な気を起こさせん。その為に」

 「いや、わざわざ人間のお金を奪っていこうとする辺り、悪戯ではなくて本当に困ってることは確かなんだろうし

 その状態でこれはちょっとやり過ぎだと思う」

 「……無礼にはそれなりの礼儀を

 そう思ったが、お前がそう言うならばまあ良かろう」

 特に不満も無さげに、父皇は剣の腹を撫でる

 「悪いなデュランダル。お前の助けは過剰だそうだ」

 その言葉と共に、焔となって轟剣の姿は空に消えた

 

 ……やはり、とその光景を見て思う

 土塊に変わったあの時の刹月花は、本当の神器では無かったのだろう

 「……まあ良い。お前が欲しいと言ったのだ

 (オレ)は、正直な話帝国を舐め腐る行動をするな、用があるならば正規に頭を下げろ、とそこの娘を捕えて告げるくらいで良いと思うがな」

 「いや、それはエルフ種に喧嘩売ってるだろ!?」

 「エルフなど、あまり話が通じん」

 「でも」

 「……そこなエルフ娘もお前には分からん言葉で言っているがな

 かつて、(オレ)もエルフと和平をと思ったことはある。10年前の話だ」

 「……そう、なのか」

 父は今までそんなこと語らなかった

 だから、静かに聞く

 「だがな、ある日突然、その交流は切れた

 咎エルフの言葉など知らぬ、とな」

 「咎エルフ?」

 聞きなれない言葉に首を捻る

 

 「咎エルフとは、眼前のこいつのように白い肌のエルフではないエルフの事だ。この白い珠肌こそが女神の寵愛の証、それを喪うは女神の寵愛を喪った咎人として、元々が何であれ迫害されて追放される

 

 そして、エルフってのはおかしなことに、下等な相手と思っている者達に絆されたら咎落ちするらしい

 なあ、お前の兄はどうなった、ミュルクヴィズ」

 「……父さん」

 「(オレ)も、昔はエルフを信じたこともあった

 それだけだ」

 ぽつり、と呟くサルース、の名前に、父にも何か色々とあったのだろうと思う

 

 それでも、だ

 アルヴィナにああカッコつけたんだ。ここで、じゃあと諦めたらそれこそ馬鹿だ

 手を伸ばせ。たとえはね除けられるとしても、手を伸ばしたという事実は心に残る。だから……

 

 「それでもおれは、一度だけ信じるよ」

 「そうか

 ……そこのエルフは馬鹿にしたように暴言を吐いているがな」

 「……それでも、だ

 何時か魔神王が蘇ったとして、その時に、手を取り合える兆しになるかもしれないし」

 「何だ、馬鹿息子。あの七天教の予言を信じているのか」

 そう意外そうでもなく、からかうように父皇はエルフの少女を睨みつつ、そう軽口を叩く

 「何だ。本当はお前の会ったという変人の言葉を信じているのか?」

 「信じてないよ。おれは、アルヴィナを信じてる

 親父こそ、本当はアルヴィナを疑ってるのか」

 少し語気を荒げ、そう返し

 「阿呆。『生け贄というのは、自分には自分で選んだその女を、己に惚れさせる事等出来んと思い込んだ負け犬の言葉だ』、と婚約者選びの時に(オレ)は言ったぞ?

 あの娘が何者か、魔神か否かなど、(オレ)は興味がない。あの狼耳の娘については、お前に全て任せている。魔神だとしたら、向こうから交遊関係を仮にでも結びに来たのだ。そのまま惚れさせて此方に引き込んでみせろ」

 「……気軽な事を」

 「エルフについてもだ

 (オレ)は見限ったが、お前が信じて行動するというならば好きにしろ。一度だけ親として手を貸してやる

 諦めるなり、エルフ全体を惚れさせて動かすなり、やるのはお前だ、馬鹿息子」

 

 「……ああ

 それで、父さん」

 呼び方を戻し、エルフの少女に向き直り

 「まず、通訳を頼んでも?」

 そんなことを言ったのだった



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リリーナ・アルヴィナと聖女乃兆

「ひとつ、良い?」

 眼前のかつて兄であった珍獣に問いかける

 

 「おっ、何だアルヴィナ?兄ちゃんに何でも聞いてくれ」

 「どうして、リリーナ?」

 「ん?リリーナがどうかしたのか?」

 「リリーナ・アルヴィナ。どうしてボクがそう名乗る必要が?」

 それは、ずっと思っていた疑問。偽名を使うのは良い

 ブランシュという名前が、魔神の名前として残っていないとは限らないから。名乗った瞬間に警戒されるかもしれない。だけどボクがボクの事だと認識できない変な偽名でも困る

 だから、リリーナ・"アルヴィナ"と、姓をアルヴィナにしたのは分かる。でも、リリーナというのが分からない

 あの皇子も、時折リリーナという桃色の髪の少女に絡まれていて、少しだけ困ったような眼をしながらも相手をしているのを見た

 たまたまなら別に良い。でも、わざわざボクの考えた偽名ではなく、リリーナと名前を指定してきたのか、そこに意味がある気がして

 だって、ボクの案の中で、似た感じで一番面白味がないイリーナでも良かったのに。わざわざ少し違うリリーナにしてくれと言うなんて、考えてみれば可笑しい

 

 「あーそれな」

 「気になる。他に、リリーナという名前を見たから」

 「おっ、どっち?ミュルクヴィズ?」

 「ミュルクヴィズ?」

 何だろう、と記憶を辿り、一人の名前に辿り着く

 ミュルクヴィズ……確か、昔々、神話の時代、ボクがまだ産まれていなかった頃、魔神族を世界の狭間に閉じ込めた伝説の英雄に、確かそんな名前のエルフが居たはず

 積乱の弓ガーンデーヴァを持つエルフ、その名前が……ティグル・ミュルクヴィズ

 孤高の勇者ティグルとして、エルフながら人間の神話にも出てくるはず。お前達の為じゃない相手が邪魔だっただけだ馴れ合う気はない、と言いつつ何だかんだ助けてくれる、ぶっきらぼうで孤高気取りで、それでも心優しいエルフの青年として、読んだその神話には描かれていた

 真性異言によって書かれたものだと、女の子だったら『つんでれもえ』という謎の評価だったけど、そこは良く分からない。ツン?デレ?燃え?火属性に何か関係があるの?

 

 「あー、違うのか

 じゃあ、淫乱ピン……桃色の髪の方?」

 「そっち。どっちかは知らないけど」

 「やっぱ主人公その子かぁ……」

 「?」

 主人公という単語は分かる。ボクだって本を読む

 そして、真性異言がこの先の未来をある程度知っているらしいことも知っている。つまり、主人公というからにはこの先の未来で、あのピンクい髪の少女が何らかの重要な役割を果たすと彼等の脳内にはあるのだろう

 

 「……殺す?」

 「いや。魔神王ルートがあるからそいつを狙う

 殺すんじゃなく、堕とす」

 そこは好きにすれば良いと思う。ボクも、目的は似たようなものだし

 「それで?ボクと何か、関係があるの?」

 「大有りだアルヴィナ」

 うんうんと、青年珍獣は頷く

 「賢ーいアルヴィナなら、何か気がつくんじゃないか?」

 また頭を撫でて一言

 ……止めて欲しい。帽子がずれるから

 

 「同じ、リリーナ?」

 「そう、その通り!リリーナって名前なら、真性異言がそのピンクの子と間違えて近付いてこないかということを」

 「嘘」

 一言

 それだけで、言葉は途切れる

 「それなら、どっちとは聞かない」

 「うんうん、そこに気が付くとはやっぱりアルヴィナは賢いなぁ~うりうり」

 なおも続く過激なスキンシップに、帽子を外し、腕の中に抱く

 この帽子を、あんまり汚したくないから

 

 「この先、魔神族が世界の狭間から解放されて起きる戦乱には、人間側に5人の主人公が居る

 そのうち同時に登場しうるのは2人だけなんだけどな

 で、その5人が……。まず、アルヴィナが会ったっていうピンク髪、リリーナ・アグノエル。次に、人間に惚れて人側に付く裏切りの魔神、リリーナ・アルヴィナ。三番目に、咎落ちしても人間と共に戦いたいと思ったエルフの王女、リリーナ・ミュルクヴィズ

 四番目が異世界から召喚される炎の勇者アルヴィスこと、有馬翡翠。そして最後に、リリーナではないもう一人の選ばれし者、アナスタシア・アルカンシエル」

 「……アばっかり」

 「始まりの音だからな」

 少しずらした反応に、青年は苦笑して。また、ボクの頭を……今度は伏せた耳を重点的に撫でる

 止めて欲しい。耳は、あまり人に触らせたくないし見せたくない

 だから、この帽子が嬉しかった。その気持ちを汲んで欲しいけれども、今の兄はそういった気遣いが無くなっている

 前のテネーブル様は寡黙で取っ付きにくくてと言う者達も多いけど、ボクにとっては昔の方が良かった

 

 「アルヴィナ、気が付いたか?」

 「……ボク?」

 「そう。昔の忌まわしい神話のように聖女足り得るのが四人、勇者が一人居る

 その可能性の中に、アルヴィナが居るんだ」

 「……でも、ボクは」

 「分かってるよアルヴィナ。これはあくまでも可能性の話だ。今居る可愛いアルヴィナは、そんな事しないよなー」

 勝手にボクの体を抱き締める珍獣

 ……本当に裏切ってやろうか、なんて。そんな事も思ってしまう

 魔神は結局魔神で、人の側に付くなんてとても馬鹿馬鹿しい話だけど。それでも

 アルヴィナを信じるよと言った彼の手を、取ってしまいたくなる

 

 ……でも、駄目。それは、駄目。それでは彼は、ボクの為にボクを守る事をしてくれないから

 あの日、本当の事を言っても彼はきっと受け入れてくれた。護ってくれた。でも、それは……皆を救える者として。その皆の中にボクも居るのかもしれないけど、あくまでもそれは国民皆のため

 皆の為に、ボクを守る。それは、嫌だから。ボク以外を見て、ボク以外の為に傷付いて、そんな彼ならいらない。あの明鏡止水の眼を、ボクだけに向けさせたい

 だから、分からない。少しだけ死霊術で覗いてみたあの少年の記憶。確かにカッコ良く成長していて、けれども明鏡止水の瞳を喪った屍天皇なんて姿の彼を手に入れて、あの世界のボクは満足だったんだろうか

 今より外見のカッコ良さは倍。瞳の見惚れる綺麗さは1/10以下。釣り合いが取れてないと思う。ボクなら、あの彼よりはまともに成長した彼の方が良い。勿論、明鏡止水の瞳でボクだけを見てくれるなら、屍天皇は理想だと思うけれど

 強い想いは屍になっても遺志として残る。意思は消えても、遺志によって勝手に動くことがある。それが死霊術の大前提。そんなのあの世界のボクも知らない訳無いのに。あんな、誰かの為にボクに殺されることを良しとしたからだろう濁った眼でボクを見る彼を、何で永遠になんかしたんだろう。ボクにはちょっと、理解できない

 

 「アルヴィナがそんな事するはずないもんな。惚れるような相手も居ないし」

 そんなボクの思いとは別の事を考えてると思ったのだろう

 珍獣は、変なフォローを入れる

 ……失礼だと思う。自分にはこれと思った相手がいて成長した姿になってるからって

 ボクも……と、思うけれど、いっそ成長しなくて良い、と思い直す。成長した外見でなくても、彼に可愛いと言われたこの姿で良い

 

 「でさ、同時に存在しえるのは勇者アルヴィスと、アナちゃんorリリーナ・アグノエルの合計二人だけ。それ以外の場合はたった一人

 なんで、アルヴィナが聖女になる事はないんだけどさ、一応それっぽく名乗れば釣れないかなって」

 ……その言葉に、間違いに気が付く

 そんな筈はない、と

 

 アナスタシア・アルカンシエル。今はそんな名前ではないけれど、皇子を皇子様皇子様と慕うあの銀の髪の少女は、兄の言葉によれば聖女だ

 とすれば、魔神のボクを勘定に入れなくても既に二人、聖女が居る

 とすればきっと、エルフの聖女も居るのだろう

 そう思うけれど、教える気にはなれず

 「わかった。ありがとう」

 きゅっと、帽子を握り締めた



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ノア、或いはエルフの姫

改めて、焔の壁を隔てて、少女を見る

 年の頃は13ほど。それだけ見ればおれの倍くらいの年齢で、けれどもそんな筈はない

 

 「……君の、名前は」

 「……!」

 「……けふっ!」

 スキル、鮮血の気迫が発動し、喉から溢れた血を無理矢理呑み込む

 此処は奴隷商の仕事場であり、とはいえ公に認められたちょっとアングラだが合法的な企業のオフィスのようなものだ。あまり、汚してはいけないだろう

 それが分かっているのか、父の放つ焔の壁も、物を燃やさぬ魔法の焔によるもの。魔力を焼く焔は、魔力を持たぬモノを傷付けない

 

 というか、話しかけた事に対して魅了魔法掛けてくる辺り、前途多難だ

 「ああ。おれから名乗るべきだった。おれはゼノ。帝国第七皇子ゼノだ

 エルフの姫。おれに名前を教えてはくれないか」

 キッ!とアーモンドの眼に睨み返され、肩を竦める

 話が進まない

 

 「……こいつか。リリーナ……じゃないな、この感じ」

 「……父さん?」

 「サルース・ミュルクヴィズの妹のどちらかだろう。一度エルフの森に行ったことがあってな。その時に魔法を打ち込まれた覚えがある」

 「え、それ大丈夫なのか?」

 「大丈夫でなければ死んでるとは思わんか?」

 「いやそうなんだけど」

 軽く物騒な事を言う父に心配になる

 本当にエルフ相手に話なんて出来るのだろうか、と

 

 「こいつはノア。ノア・ミュルクヴィズ

 かつて(オレ)の友であった……いや、今でも友であり、かつてエルフの森長であった、と言うべきか。とりあえず、(オレ)に肩入れしたが故に森長の座を追われたエルフの妹だ」

 「……そう、か」

 その言葉に、どうとも返せない

 人を嫌う理由も、分かる気がするから

 正直な話、おれ自身忌み子として蔑まれるのにも慣れてはいるけれども、だからといって全部無視できる訳じゃないからな。耳が痛いし辛いことだってある。おれはそれ以前に皇族であるから何とかなっているだけだ。何より、アイリスや父シグルドは、こんなおれでも忌み子だ何だ言ってこない

 それがどれだけ助かることか。いや、アナやアルヴィナも忌み子なのを問題だと思ってないっぽいけれど、あの二人については寧ろ、周りから忌み子なおれの周りとして十把一絡げに蔑まれないかの方が心配だ

 ……先天的な忌み子であるおれでさえそうなのだ。後天的に落ちるものであるらしい咎落ちというものが、エルフの中でどれだけ蔑まれるか、正直想像出来てしまうから嫌だ

 しかもそれはおれのような半ば不可抗力でも無い自分の意思で踏み込んだ禁忌の代償

 ……これは想像だが、兄妹仲は良かったのではないだろうか。そんな自慢の兄を、ある日咎落ちとして、忌むべき者として、蔑まなければならなくなった

 人間に肩入れしたせいで

 

 ああ。そうならば

 人間に対して頑なになる理由も分かる。人間嫌いにだってなるだろう

 なら、おれの言葉なんて届くか分からない

 「……ノア姫。高貴なエルフがこんな忌み子と話すことすら嫌かもしれない

 ……なら、勝手におれが話すことを聞いて欲しい」

 「『こいつ馬鹿か』と言ってるようだが?」

 「馬鹿で良いよ、おれは

 手を差し伸べるなんて馬鹿のやることだ。それでも、此方から手を伸ばさないと、手を繋げない。向こうから差し伸べてくれる事を待ち続けるくらいなら、振り払われる覚悟で、おれは手を伸ばすよ」

 「貫くならば勝手にしろ。だが、やるなら貫けよ?」

 「分かってる。口先だけは皇族に非ず、だから」

 その先、父は何も言わない

 

 「ノア姫

 おれも皇族の端くれだ。貴女がやった事を素直に認めるわけにはいかない。貴女がやろうとしたように、限界を越えた額を貴女に渡し破滅するような魅了は悪いことだ

 ……けれど。本当に困っているならば、それを知って何もしないこともしたくはない」

 ぷいっと、エルフの少女はそっぽを向く

 

 「……だから、おれは君達を助けたい

 君達を襲う何かを、教えてはくれないか?」

 その言葉に、金の髪のエルフは応えない。あくまでも静かに、此方を睨み付ける

 「けほっ」

 もう一度発動する『鮮血の気迫』。一度発動すればある程度状態異常に耐性が付く効果がある筈なのだが、それを無視して……というか貫いて異常を通してくる辺りなかなかに怖い

 大体、そもそもゲーム的には発動率が【精神】%の『鮮血の気迫』は理論上発動しない可能性があるのだが、綱渡りを成功できているのがなかなかに奇跡だ。おれの【精神】は100越えてないからな。初期値が120な原作ゼノと違って、異常にかかっていても可笑しくない

 だが、今まで精神異常に掛かったと認識できたのは更に上書きしようとしてはね除けることが出来た、赤い血を化け物のような青い血に誤認したアレ一回

 

 「……それでもか、馬鹿息子」

 「曲げない。言葉を簡単に翻す皇族に、誰も付いてこない」

 いや、そもそも忌み子のおれに付いてくるかはまた別としてだ

 

 「……諦めると言ったら失望していたところだ」

 そう言い、父はおれには理解できない言葉を紡ぐ

 「……さて、聞いてみたわけだが」

 「それで、どんな」

 「星紋症だな」

 「そうなのか」

 意外にも思うが、確か星紋症の治療魔法って5属性魔法だ。エルフは女神の祝福を受けた種族と言われているが、それ故に逆に人間に比べて著しく属性が偏っている。天属性を持たないエルフは居ないし、天と反対の影属性を持つエルフもまた居ない

 つまりだ。エルフだけでは、影/火の二属性の魔法である呪詛、星紋症の治療魔法の魔法書が作れないのだ。初等部の授業で習ったが、基本的に呪詛の治療魔法は、それぞれの属性+その反対属性(火⇔水、風⇔土、天⇔影、雷は火と風と天に近いがどれでもないので水土影の何れかで中和する事になる。だから雷の反属性があるのではという学会は居るが、七大天の八柱目は見付かっていないから与太話だ)、それにそれらを中和する何かで完成する

 故に、1属性呪詛ですら治療には三属性魔法が必要なのだ。そして、条件上影属性を含む呪詛の治療魔法には影属性が使える者が必須

 つまり、エルフ種は本来高い耐性でそうそう呪詛になど掛からないが、一度掛かってしまえば自力で治療出来ないという事になる

 いや、魔法書を作るのに、引き剥がすために呪詛を反応させるための呪詛そのものの属性が要るだけで、触媒に近いから作られた魔法書を唱えるのには呪詛の属性は要らないので、魔法書さえ手に入ればエルフでも治療は可能だろうが、自力で作成が出来ない

 だから彼女、ノアは人間の街に来たのだろう。魔法書を手に入れるために

 オークションで金を得ようとしたのは……いや、流石に魔法書の店襲っても1~2冊くらいはあるかもしれないが、エルフ全員の分の確保は出来ないだろう。特に王都の治療魔法は2年ほど前におれが買ってしまったし、そこまで需要はない魔法書だから補充も無いだろうからあるかどうかすら怪しい。毎回襲うよりは一度金を奪って買い漁る事を選んだのかもしれないな

 

 「……星紋症

 でも、誰が」

 「『薄汚い人間だろう!』と言われているが、どう返す?」

 「そうかもしれない。アナ達の孤児院に向けて使った誰かもまだ分かってないし、エルフに向けて誰かが使った可能性はある」

 ……でも、誰が?

 というか、父皇はさっきリリーナではない方と言っていた。ということは、エルフの中にもリリーナという名前の少女が居るという事なのか?

 ならば……これは、未来の聖女を狙った……

 

 いや、無いなと頭を振る

 アルヴィナもリリーナだけど、星紋症には縁がない

 それに、アナはアナだ。原作では名前は自由だけれども姓は決まっていて、それがアルカンシエル。七天教のお偉いさんの姓だ

 平民の出だけれども教会に預けられていて、だから聖女として目覚めたときに貴族や皇族ではなく教会がバックに付く形。孤児では多分無い

 

 「『それがエルフを妬み恨んだお前達帝国の』」

 「……おれの前で、父を馬鹿にしないでくれ」

 父の翻訳を遮り、そう告げる

 「おれだって物申したい事はある

 正直、此処は嫌だと言うことも」

 言ってくれるな、と愉快そうに唇の端を歪める父を見て、そのままおれは言葉を続ける

 「でも、この人はそんなことはしない

 おれの親父は、皇帝は、即ち帝国は、決してそんなクソッタレで陰湿なやり口はしない

 文句があるならば、轟火の剣と共に正面から殴り込む

 だから、それは違う」

 「『野蛮な』」

 「力がなければ、何も守れなかった。そんな国だから、(うち)は」

 「その通りだが、もう少し理性はある。少しは頭を使え、阿呆」

 「……」

 と言われても、おれ自身割と力押しで事態を解決しようとしてばかりで。だから良い言葉が思い付かずに頬を掻いて誤魔化す

 

 「それに、さ。おれの友達達にも、星紋症は発生したし、変なんだよ、最近の世界」

 星紋症は人工の呪詛だ

 けれど、実はだが、モチーフとなる呪詛はある

 「おれはそれを、魔神族が世界の狭間から解き放たれ、再びこの世界を支配すべく侵攻してくる前触れだと思っている」

 影の世界、世界の狭間に閉じ込められる形で終結した神話。ゲームでは解放された魔神達は、人類等既存生命を滅ぼし、真なる万色の世界を作ろうと生存競争を挑んでくるのだ

 といっても、それは魔神王以下大多数が占める過激派の目標であり、魔神王の妹等一部割と穏健な魔神は既存生命を滅ぼさずとも領土さえあれば良いってくらいらしいが、そこはおれもゲームエンディングで軽く語られたその後の略史にそうあった事以上はほぼ知らない。後は、魔神王は穏健派を権力からひたすら遠ざけ四天王だろうが何だろうが穏健派は地位を奪って戦線に出させず過激派のみを重用し、その反動で穏健な妹の側に穏健派が固まったから魔神王死後は割と簡単に話が出来た、そう語られてた事くらいか

 アルヴィナが万が一あの少年の言葉通りの存在なら、そういう点でも本気で何で殺そうとしたのか分からないな。穏健で、話が通じるだろう相手が魔神王の妹なのに。きっと誰かに変なこと吹き込まれたのだろう

 

 「……だから、だ

 哀れみじゃない、同情でもない。エルフという気位が高く、本当に女神に選ばれた種を対等に見ようという訳じゃない」

 静かに、エルフ少女は此方を見る

 「何時か本当に魔神族が封印から蘇ったとき、共にとは言わない。けれども、貴女方が戦ってくれるように

 おれは、おれの勝手な利益のために、貴女方へ星紋症の治療魔法書を贈る

 だから、頼む。貴女方を苦しめる呪詛の広がりを、教えて欲しい」

 

 最初の答えは、一言

 何度か聞いていたから、意味が分かるようになった言葉

 

 馬鹿が

 

 けれども、静かに、エルフの少女は、その後に言葉を続けた

 翻訳してくれた父曰く、240人、と



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魔法、或いは未来への投資

「……20000ディンギル、か」

 転移の魔法を駆使し、240回+余裕として10回分の星紋症の治療魔法の魔法書を帝国各地を回って集めてきた(因にだが、単独で転移魔法が使える父皇シグルドだからこそ出来た事であって、普通は無理だ)父から、うず高く積まれた本の塔を受けとる

 1冊に10回分。使えば使った回数分、魔法が刻まれているページが魔力焼けで黒ずんでいくので、白いページが未使用である証

 一冊一冊は分厚いハードカバーの普通の本なのだが、それが25冊。雑に紐で縛られているが、おれの身長より高い。流石は5属性魔法、1回分の魔法文字の書き込みが半端じゃない

 

 「お、おっと」

 体勢を崩しかけ、慌ててバランスを取る

 「燃やすなよ?」

 「わかってる、けど」

 「……いや、もう良いか」

 指を鳴らし、銀の髪の皇帝は地面に突き刺していた己の剣をその手に呼び戻す

 同時、エルフ少女を捕らえていた炎の壁は消え、おれがああ言ってから1刻閉じ込められていた場所から、漸く少女は解放された

 

 バシャッ、と

 おれの顔に温い飛沫が掛かる。帝国南部で取れる香りが良い茶葉で淹れた、鮮やかな黄色をしたお茶だ

 父が仕方あるまいと買い揃えてきている間、逃げられないように神器の焔がノア・ミュルクヴィズを囲んでいた

 エルフの少女を信じきれないから、この壁を取ってくれと父に言うことはおれには出来ず。せめてものもてなしとして、プリシラに頼んで持ってきて貰ったのだ

 

 何でプリシラに連絡が付いたかというと……

 「ふしゃぁぁぁっ!」

 そう、おれの肩で鳴く三毛猫のお陰である。つまり、アイリスのゴーレムだ

 王城にアルヴィナが訪ねてきた、その事を告げるために、ついでに邪魔だから部屋から摘まみ出して良いかと聞くために、アイリスがあの後すぐにやって来た

 おれの居場所なんて、簡単に分かるらしい。恐らく、アイリスから不満げに聖夜のマントのお返しとして貰ったコートに付けるバッジに発信器のような機能でもあるのだろう。なくさないようにしないとな

 ということで、アイリスを通して、家のメイドのプリシラに頼んだのだ、菓子と茶を此処に持ってきてくれ、と

 妹をパシりに使う忌み子としてアイリスのメイド陣からの評価と、折角レオンと共に新年を楽しんでいたのを邪魔されたプリシラからの扱いが更に下がることは間違いないが、まあ良いだろう

 

 ということで、1/2刻くらいして(大体日本で言う1時間半相当である。この世界の一日が24時間とした場合だが)、芝居に行くところだったんだがなと小言を言ってくるレオンが持ってきた菓子と茶を受けとり、それを焔の壁の向こうに差し入れた

 それが、父が帰ってくる迄に起きた全部である

 

 礼一つもなく、天属性の七大天、天照らす女神の加護を得ているからかの女神が嫌う木の実を使っていないものをと思って選んで貰った、主な原料が牛に似た生物(多分牛で良いのだろう。牛帝という七大天も居るわけだし)の乳を主な材料にしたクッキーも半分くらいしか食べていない

 プレーンなものではなく、別の家畜の乳から作られたバターを混ぜたバターミルククッキー。ちょっとクセのある濃厚な味わいがクセになる、孤児院人気のおやつだった筈なのだが、残念だ

 

 「……お気に召さなかったか」

 魔法書が濡れるので止めて欲しいな、と言いつつ、本の束を少女に渡す

 「……持って帰れなくない?」

 おれのステータスならば持てる本を渡されてぐらつく少女に、本を支えながら不安を覚える

 「だから、これがある」

 と、父が近寄り、不思議な青い袋を被せるや、本の束はその中に吸い込まれ、両の掌に収まるサイズの、勝手に口が閉じられた袋だけが残った

 「蒼袋(そらぶくろ)?」

 「そのまま持ち帰るには不備があるだろう。サービスで付けてやる」

 蒼袋。あの合成個種(キメラテック)が子供達を吸い込んだのと似た魔法を閉じ込めた使いきりの収納袋だ。ある程度の大きさのものまで袋の中に詰め込めるが、取り出すには袋を破るしかないので使い捨て。高いものだと風属性魔法が色々かけられていて快適で、安いものだと重さが入れる前後で変わらないので重く大きいものを入れると袋が重くなりすぎてどうしようもなくなったりするピンキリ。安ければ3ディンギル位で買え、高いと20倍くらいする。今回のは……50ディンギルくらいのだろうか。魔法書1回分より高いといえば、その高さが分かるだろう。というか、星紋症の治療魔法が案外安いのだ

 

 掌に落ちたその袋を握りしめ、少女はささっと服の袖から短い杖を取り出す

 恐らくは、逃げ帰るための魔法なのだろう

 「……君達が助かるよう、勝手に祈ってるよ」

 にこりともせず、振るや否や砕けていく杖と、光に包まれて消えていく少女を見ながら、ぽつりとおれは呟いた

 

 「……祈るのは良いがな、ゼノ」

 「陛下」

 消えるや否や、振ってくる拳

 それを受けつつ、父である皇帝を見上げる

 「エルフに恨まれていては困るのは確か。故、今回の金は国庫から出してやる

 それは良い。良いが、七天の息吹まで付けてやって欲しいというのは、どういう了見だ?」

 そう。父が言っていたように、大体今回使ったのは20000ディンギル。240+予備で10回分の魔法書で大体10000ディンギル。では、残り10000ディンギルは何なのか

 その答えが、ほぼ万能の7属性治療魔法、七天の息吹だ。全属性の使い手が4/3ヶ月(言い換えると8週間)かけて漸く作れるという、超高額魔法。死人は無理だが、数年前に吹き飛んだ手足くらいなら当然のように治るという最強格の治癒魔法。肉体を満足な状態に戻す魔法であり、呪詛等にも当然完全対応。その分お高く、10000ディンギルだ。日本円にして約1億。制作方法こそ確立されている為法外な値段とまではいかないが、それでも普通に手が出せるようなシロモノではない。というか、大怪我した時にこいつを必要な出費として使えるような者達であるから、高位の貴族は傷が残らない。逆に、そういった回復魔法が反転する忌み子ゆえに火傷痕の残るおれが、あいつ皇族なのに傷残ってやんのと貴族達から馬鹿にされる訳だな

 

 「まあ、別に(オレ)は構わんが

 アルノルフの奴は混乱するだろうな。20000ディンギルを良く分からん混乱で使った、とな

 さて、お前はどう返す?」

 愉快そうに、皇帝は言葉を紡ぐ

 星紋症の治療だけなら、250回分の魔法書で良いのだ。なのに何故あんなものを追加したがったのか、燃える瞳が問い掛ける

 「次に繋げるために

 効いたならそれで良い。けれども、本当に星紋症への対応魔法が効くのか未知数

 もしも効かなかった時、単なる無意味にならないように」

 一息入れ、頭の上に乗ってくる三毛猫を宥め、言葉を続ける

 

 「あれは王城に保管されているもの。使えば、使ったことが七天教に伝わる

 その時動けるように。効かなかったときに、次の手を打ちつつ、少なくとも一人、あのノア姫が自分で動こうとするくらい助けたかったのだろう誰か、はもう助けられたという恩を売るために」

 「恩を売ってどうなる?」

 「言った通りだよ

 人に与して欲しいとまでは言わない。その女神に選ばれた種としてのプライドで、下等生物に助けられたままでは居心地が悪い、とそんな気持ちで良いから、いざという時に此方に向けて手を差しのべてくれる可能性を用意したい」

 「ただそれだけの事に10000ディンギル……いや、20000か。全く、お高い買い物だ」

 「それでも、おれに思い付く解決法なんてこんなごり押ししかないから」

 「全くだ

 あまり国庫をアテにするな馬鹿息子。その国庫からという考えは、何時か取り返しのつかない負債を生む。今回だけにしておけ

 

 ……でだ馬鹿息子。お前、買ったあの狐の姉妹はどうした?」

 「……それなんだけど」

 言いにくいが、言わなければならないだろう

 

 弾けそうな胸を、頭から降りてきたアイリスのゴーレムを胸に抱くことで誤魔化し、おれは口を開いた



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疑惑、或いは父子(おやこ)

「……さて」

 エルフのノアを見送った直後

 

 膝を折り、目線をおれに合わせ。父はおれの眼を覗き込む

 「お前が言うように、七天の息吹をつけて返してやった。泥棒に贈り物をしてやった訳だが」

 「……うん」

 ぱっと見、そういう事になるんだよな、これ

 おれとしては未来に繋がるなら、とは思うが。といっても、本当に未来に繋がるという保証なんて無い

 

 「この先何が起きる?」

 「それは、おれにも……」

 「誤魔化すなよ、ゼノ。お前はこの先を知っている。だからこそ、エルフに対してちょっとばかし過剰な支援を要求した、違うか?」 

 「……」

 「黙るな。(オレ)は別に怒っている訳ではない

 ただ、知りたいだけだ。真性異言(ゼノグラシア)であるお前が、エルフとの未来に、何を見たのか」

 っ!

 告げられたその言葉に、思考が固まる

 

 真性異言(ゼノグラシア)。それは、おれやエッケハルト、後はピンクのリリーナ……アグノエル子爵令嬢のリリーナ等、別世界の記憶を持つ転生者の事を示す言葉だ

 おれも、城の蔵書で転生者が他に居て何かを残していないか探したときに見つけた本で知っている、その呼び方

 

 「おれ、は……」

 「アグノエルやアルトマン、後はシュヴァリエのところもそうか。あそこの子供達程に露骨じゃないが、お前、真性異言(ゼノグラシア)だろう?」

 ……誤魔化せない。この瞳は、どうしようもない

 心まで燃やされるような瞳に、観念しておれは首を縦に振る

 

 「おれは、確かに……」

 この皇帝(ちち)は、それを知ったときどうするのだろう。おれは息子(ゼノ)だけど、息子(ゼノ)じゃない。名前も忘れた日本の誰かが混じりあった今のおれを、彼はどう思っているのだろう

 何を考えて、今、この事を聞いてきたのだろう

 

 困惑するおれを、銀髪の若作りなその男は……

 ひょい、と抱き上げた

 「そう警戒するな、馬鹿息子

 (オレ)と話していたのは、ほぼずっとお前だろう?」

 「……分かる、ものなのか……」

 「分かるさ。(オレ)はお前の親だぞ?」

 「おれを、どうする気だ」

 「どうするもこうするも無い、馬鹿息子

 (オレ)が聞いたのは、あくまでも未来に備えるためだ。お前に何かする……」

 ああ、と漸くおれの懸念に気が付いたように、父は唇を歪め

 くしゃっと、おれの髪を、頭を、荒く撫でた

 「何だ。真性異言(ゼノグラシア)であるから、何かされると思ったか?」

 「おれはゼノで、でも、ゼノ本人そのものじゃない」

 「だろうな。ひょっとして、前世の名前で呼んで欲しいのか?

 ああ、あの子等にも皇子さま皇子さまと呼ばれていたが、前世の名が王子か?」

 「そんなんじゃない。名前も、覚えていない

 けれど、何か……」

 「何もない

 お前が(オレ)の息子を殺して成り代わったようなタイプの真性異言(ゼノグラシア)であるならば、息子の仇として焼き尽くしていた所だが

 お前はゼノだ。猫を被っていたりする訳でもない、性格が、記憶が、書き変わった訳でもない

 少し抜けてて場当たり的で、誰かの為に馬鹿をやる(オレ)の七人目の馬鹿息子。多少前世があるだけで、お前は息子だ」

 

 「……とう、さん……」

 頭に感じる感触に、瞳を射抜く眼に

 少しの恐れは残しつつ、大人しく身を委ねる

 「(オレ)が聞きたいのは単純な事だ

 真性異言が多すぎる。本来は一世代に1人居るかどうかだぞ?それがぱっと分かる範囲で4人。お前が出会ったのを加えれば5人か。明らかに異常だ」

 「……うん」

 「ということはだ。その異常に相応しい激動が始まる

 11年後、いや前触れは8年後だったか。かの予言、魔神王の復活は起きるんだろう?

 そして、その激動の時代を変えるべく、真性異言(ゼノグラシア)がこんなにも現れている」

 違うか?と聞く銀髪の皇帝に、そうだよと頷く

 

 「遥かなる蒼炎の紋章。おれ達はそう呼ばれているゲーム……遊戯板の超豪華仕様みたいなもので、確かにこの世界での戦いを遊んだことがあるんだ

 そのゲームでは、確かに魔神は世界の狭間から蘇り、神話のように世界を支配すべく襲ってくる」

 「遥かなる蒼炎の紋章……神話の王剣ファムファタールの事か。成程な。で、それが予言の時だと

 それに、あのエルフどもをああも助けた理由があるのか」

 「ある

 父さん、リリーナって言ってたけど、それはエルフの名前……で、合ってるよな?」

 「ああ。(オレ)が交渉していた頃の次期森長、サルース・ミュルクヴィズの妹の事か

 まだ80くらいの若いエルフだ」

 「80で若いんだ」

 「大体エルフの寿命が人の20倍だからな。年齢は大体人に感覚を合わせる場合1/10で考えろ。まだまだ幼子だ」

 くすりと的はずれな突っ込みを入れるおれに笑い、父は続ける

 

 「サルース、ノア、そしてリリーナの兄妹が森長の子だった。10年前、咎に落ちた者等とほざいていたエルフ共に、友人を馬鹿にするんじゃねぇと文句を付けに向かって以来今日まで会わなかったから今どうなっているかは知らんがな」

 「……そのリリーナって娘が、気になったんだ」

 「ほう」

 皇帝が眼を細める

 そして、そこにある机を見て椅子を引いて座るや、ほいとおれを机の上に乗せる

 これで目線は割と合うけれど、良いのだろうか、これ

 

 「リリーナ、か。アグノエルのところもそうだし、お前の未来の嫁……というと、お前が怒るんだったか。よく分からん男爵家の娘もリリーナだったな

 流行っているのか?」

 「流行っているのかは分からない。けれども、ゲームそのままの知識に照らし合わせた場合、魔神との戦いの最中、リリーナという名前の少女が大きな役割を果たすんだ」

 「で?分かっているのは名前だけだったのか?そうでないならば、誰が必要かは分かるだろう?」

 「それなんだけど……外見、3つから選べてさ

 一人はそのアグノエルのリリーナ。一人はアルヴィナ。そして最後の一人が金の髪と褐色の肌が特徴的な女の子のリリーナ。最後のリリーナはおれは会ったことがないけれど……」

 と、半眼で父に睨まれる

 

 「馬鹿ゼノ。お前はエルフと交遊を持ちたいようだから言っておく。エルフ共にそれは言うなよ?」

 「……ヤバイのか」

 「エルフ共は森長の末娘を溺愛している。それが咎落ちする等とほざいたら戦争ものだ。褐色の肌などと口にしてやるな」

 「……うん、分かった」

 頷いて、おれは言葉を続ける

 

 「そのリリーナがそのゲームで重要な役目を果たすリリーナかは分からない

 でも。アルヴィナが狼の亜人であったように、人でない可能性はあると思った

 それに、二人居たんだ、三人目も居るかもしれない。そしてその三人目がこの国には見つからなかった。貴族のなかに居なかった。なら、エルフのその子かもしれない、そう思ったんだ」

 「狼の魔神でなければ良いがな」

 「おれはアルヴィナを信じてる。リリーナ・アルヴィナは、おれの友達だから

 それはそうとして、その時思ったんだ

 

 ゲームでは三人のうち一人しか出てこなかった」

 本当は四人目、もう一人の聖女も居る。だがそれは今は言わなくて良いと思い、言わずに話を続ける

 

 「それはもしかしたら、何か起こるんじゃないか。例えば、ニコレット達が拐われかけたあの合成個種(キメラテック)事件でアルヴィナが拐われていたら?そういう感じで、三人のうち一人以外は、ゲームでは死んでしまっていたのかもしれない」

 「それを、そのまま再現する気はない、と

 死ぬかもしれんから、予めその時の切り札を置いておく、か」

 「その通りだよ、父さん

 おれの知識はあくまでもゲーム。この現実じゃない。参考にはなるけど、確実な未来じゃない」

 ふっ、と父は微笑(わら)

 

 「分かってるじゃないか、ゼノ

 とりあえず、お前としても賭けだった事は分かった。阿呆な策だが、まあ今回は良い。次からはここまでの夢想作戦に金を出すかは微妙なところだがな」

 言って、父は立ち上がる

 

 「さてと、全くお前は無駄金が多いからな

 (オレ)が買ってやったものを無駄にしおって。行くぞ馬鹿息子、今度こそ、お前の為の奴隷を買う」

 「……え?」

 ひょい、と首根っこを掴まれる

 

 そしてそのまま持ち上げられ、おれは連れ去られていった



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奴隷、或いは教師

「……これはこれは、皇帝陛下」

 奴隷市場の更に奥の奥

 裏方、奴隷を置いておくための場所の一つ

 そこまでおれを連れてきた父の存在に気が付いたのか、奴隷商の男が目を見開く

 

 「あのエルフの少女につきましては」

 「終わったことだ。魅了に対して抵抗出来なかったのだろう?それは仕方の無い事。今は大事にならなかった事を喜べ」

 「では、あの事についてではないと?」

 周囲を見回すが、あまり良い奴隷は居ない

 当然だ。此処は地下なのだから。日の当たらぬ暗がり。カビ臭さすら感じるこの場所は、人の暮らすような場所ではない

 奴隷だって人だ。何なら売り物だ。日本での一般的な考えとは異なり、こんな暗がりに繋がれているような奴隷は少ない。どうして、奴隷自体は認められているというのに好き好んでこんな不衛生な場所に閉じ込めて、貴重な売り物を自分で病気にするような商人が居るだろう。こんな場所に置いておくとしたら、何らかの理由で(例えば違法に拐ってきた貴族の子弟だとか)表に出せない奴隷か、さもなくば……売れないと判断されたゴミ扱いか

 

 「父さん、どうしてこんな場所に」

 「お前のための奴隷を買いに来た」

 「冗談は止めてくれ。アルヴィナが待ってる」

 今も頭の上に居るアイリスを通してどうなったか聞いてみたところ、今はおれは居ないなら待つと大人しく本を読んでいるらしい

 けれども、おれを訪ねてきたのだ。長く待たせたくはない

 

 「ここは、真っ当な奴隷が居るとは思えないんだけど」

 一応、場所としてはオークション会場の近く。一旦此処に今回オークションする奴隷を集めたという事はあるかもしれないが、その奴隷等は全員値が付いて売れてしまった。もう残ってはいない

 「ああ、そうだな」

 「ええ、私共は法に則り、清く正しく運営している潔白な奴隷商ですので」

 「ふっ。奴隷商売そのものが清いかは疑問符が付くがな

 少なくとも、下手な嘘は付いていないだろう」

 「では、何故(なにゆえ)?此処には陛下に見られて困るようなものは何一つ」

 「その通りだ父さん。父さんが買ってくれるというのは嬉しいけど、それはそれとしておれは早くアルヴィナのところに戻る必要がある。あまり無関係のものを見るのは」

 「阿呆」

 おれの言葉を遮り、ひょいとおれの首を掴む手を緩め、父たる皇帝はおれを下ろして一喝する

 

 「お前、真っ当な奴隷なんぞ買ってやっても何だかんだ理由付けて手放すだろう」

 「あ、あはは」

 乾いた笑いをあげて誤魔化す

 おれが今日買った奴隷は三人。全員既に自由の身だ。フォースの姉二人は違うけど、結婚は実質奴隷から自由の身と言って良いだろう

 否定できない。割と本気で

 

 「だから此処に来た

 お前が手離せないような奴隷なら、相応の態度を示すだろう」

 「というか父さん、何でおれに奴隷なんか買うんだ?

 おれはそもそも、奴隷なんて持てないのに」

 「持てる持てないではない。態度の問題だ

 別に良いよと甘い顔しすぎて専属メイドに金蔓と舐め腐られている皇族なんてお前くらいだ馬鹿息子。もう少し舐められん態度を取れるように練習しろ、皇位継承者の自覚があるのか貴様」

 「おれはアイリス擁立派だから。おれが皇帝になんてなったらこの国は終わりだろうし、皇位継承権は持っているだけだ」

 「確かに終わりだが、それを親の前で言うな馬鹿息子」

 

 言うだけ言って、父は少し太った商人へと向き直る

 「ということで、もう少しこの馬鹿に自覚を持たせるため、上下関係のはっきりした奴隷をこいつに付けることにした

 売り物にならん奴で良い。その方がこいつ向きだ」

 割と酷いことを言いつつ、父は辺りを見回す

 「故に此処に来た。見せてくれるな、商人?」

 「そういうことでしたら」

 

 そうして、早々と三人の奴隷が、おれの前に並べられた

 「アイリス、お前も欲しいならば買うが」

 「なーご」

 興味ないとばかり一声鳴いて、三毛猫はおれの頭で丸くなる

 「だそうだ、しっかり選べ、馬鹿息子」

 父に言われ、三人を見る

 

 「商人さん。三人がどういう経緯で此処に居るのか教えてくれないか」

 そして、まずは一番左の少年を見る

 大きな怪我を負った、まだまだ若い少年。年の頃は15~16。野性的な顔立ちと襤褸から覗く腕の筋肉が割と鍛えてそうな空気を出す。といっても、鍛えた筋肉よりも取り込んだ魔力がよりものを言うのがこの世界。鍛えてるとしても最低限の力はあるという事しか分からないと言えばそうなのだが。下級職Lv10くらいの筋骨隆々のマッチョマンよりも子供のおれの方が力強かったりするしな

 

 「彼ですか。元は魔物商人の息子でしたが、親に売られたのですよ。

 一度はその経歴をかって買い取られたのですが、その先で大問題を起こしまして……」

 「大問題?」

 「ええ。魔物商の血、いえ、何らかの恨みでもあったのでしょうか。屋敷で飼われていた魔物を解き放ったので御座います

 あれは気性の荒い有翼獣、旦那様に手綱を取られていなければ人も襲う凶暴な獣」

 「俺じゃねぇ!」

 少年は叫ぶ

 可哀想だとは思う。けれど……それだけでは何も言えず、ただ、おれは頷く

 「本人も腕を砕かれ、こんな奴隷はいらぬと突き返されました。ええ、大損害です」

 買ってくれます?とちらりと此方を見る商人

 

 「それは、何処だ?」

 「シュヴァリエ公爵家であります、陛下

 ご子息のユーゴ・シュヴァリエ様がたまたま直ぐに見つけ、退治なさったから良かったものの……」

 シュヴァリエ、何か聞き覚えのある名前だ

 ああ、そういえば庭園会でからかい半分に魔法撃ってきた事があったな、と思い出す。後は……

 「ああ、あそこのユーゴか。お前に向けて魔法の実験材料になれと依頼を出してる」

 「流石におれも、あんまり気乗りはしないよ、あの依頼」

 安いしね、と空気を誤魔化すように言って、商人に向き直る

 

 「有り難う。良く分かった

 で、真ん中の人は?」

 真ん中は、少女だ、多分

 といっても、身長はおれより低い。子供の身長と言って良いだろう。そして更に……

 顔が犬だ。アルヴィナのように、ちょっと犬っぽい愛らしい顔立ちというようなレベルではない。犬耳でもない

 本当に、犬だ。鼻も突き出てきて、歯ではなく牙が口から見えるし、顔から全身毛皮に覆われている。そんな二足歩行の犬のような生物が、襤褸のワンピースを着ていると言った感じ

 「コボルド種?」

 「見たかぎりな」

 「ええ。そうです皇子、彼女は手先が器用な家庭用奴隷として別の所から買い付けたコボルド種なのですが……」

 話を聞く限り、問題はない気がする

 コボルドもゴブリンもこの国では獣人種に分類される。獣人であるが故に人権は割と無いのだが、集落と交流があったりと、決して単なるモンスターではなくちょっと困った隣人のような扱いをされている種族だ。時折魔法の力を、神の奇跡を持つ変異種を求めて人里を襲い若い男女を拐っていく馬鹿が出るが、それは人間の強姦魔も同じようなもの。普段はそこそこ気の良い種族である。エルフより何倍も友好的だ

 何ならコボルドとゴブリンのハーフであるゴブリンヒーローのルークがゲームではプレイアブルな仲間キャラクターとして出てくるのだ。ゴブリンやコボルドは決して敵ではない

 だから特に問題はないはずだ

 

 では、何が問題なのだろう

 と、コボルドの少女を見ていて、ふと変なものに気が付く

 「……ひょっとして、妊婦なのか」

 「ええ、此方に引き取ってから分かったのですが、妊娠していましてね

 流石に、子持ちコボルドなど買う人は居ません。表に出しても困ります。故、こうして此方に引っ込めていたのです」

 「じゃあ、最後の人は?」

 最後の一人を見る

 兎の耳を持つ亜人……いや獣人だろうか

 割と鋭い目をしていて、中々に格好の良い人だ。売れそうな見ためをしていると思うが

 「彼は殺人者の主人と協力していた奴隷でして」

 「親父、彼は却下で」

 迷わず最後の一人を切り捨てる

 

 というか、最初から決まっていたんだ

 「父さん。おれ、真ん中の子にするよ」

 「ほう、何故だ?」

 「ノア姫と話して良く分かった。おれは母国語しか話せないって。それじゃ駄目なんだって

 手を差し伸べるにも言葉が要る。だからおれは、ゴブリン達の……共妖語を習いたい。そういう形の奴隷なら、子持ちでも大丈夫なんだし」

 「良いだろう」

 おれの言葉に、父は軽く笑って頷いた



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来訪、或いは一人ぼっちの少女

「……御免、待たせた」

 奴隷を買うや、手続きを父に頼んで街を駆ける

 あまり帰ることは無い、王城外れ、城壁の外に突き出した隔離区画

 此処4ヶ月ほぼ寄り付かなかった其処に足を踏み入れる。って、自室に帰るだけなんだが

 自室と言っても、ベッドはもうない。しっかり洗われて、メイドのものになっている……ってちょっとおかしくないか?幾ら寮生活とはいえ、寮から戻ってくることを考えられてない気がするんだが

 まあ、おれだから何処でも寝られるし良いのだけれども、おれ以外の人のメイドやれるのかプリシラ……と不安にもなる

 

 そんな区画。アナと出会い、座らせて話を聞いた、新年だからか青々と繁る(新年と聞くと日本人の感覚では冬といった感じだが、この世界での新年とは人の月の初め。七大天で焔嘗める道化の月だ。寧ろそこそこ温暖な時期である)大木の下に置かれた昼時をくつろいで過ごす為の椅子の上

 そよ風の吹く夕焼けの中で、少女は魔法で明かりを灯し、一人本を読んでいた

 

 題名は、聖女のティリス史。聖女と呼ばれた者達に(といっても本物の聖女は神話の時代にただ一人。残りは七天教が勝手に現代の聖女認定した)焦点を当てて書かれた歴史書……というか読み物だ。歴史本には分類されるとは思うが、聖女の三角関係恋愛について長々と章があったりと割とノリが軽いらしい。ちなみにおれは読んだことがない

 おれの声に、その本から顔を上げ、椅子にちょこんと行儀良く座っていたぶかぶかの帽子の少女はおれへと目線を移す

 何時ものように片眼が隠れた前髪が揺れ、その奥の瞳が見える

 それが、何時もより元気がない気がして、プリシラに……声をかけようとして、居ないことに気が付く

 そういえば、レオンと……後は老執事のオーリンもだが、確か新年の芝居を見に行っているのだった

 仕方ないので……と思っていると、天からなにかが降ってくるので受け取る

 金属製の筒だ。妙に熱い、水を入れる持ち運び用のソレは、恐らくは妹のアイリスが自分の部屋でメイドに頼んで用意してくれたものなのだろう

 尻尾を振って去っていくさっきまで頭の上に居た三毛猫より一回り大きな猫のゴーレムにありがとうなと会釈し、おれは少女……アルヴィナの所へ向かう

 冷めきったカップに茶を注ぎ、はい、と少女の方へと押し出す

 

 「本当に、遅くなった」

 距離感がつかめない。アルヴィナは基本的に大人しくて、近くに居るべきなのか違うのか、どうしても判別が付かないのだ

 「……大丈夫。本を読んでたら、少しだけ、落ち着いた」

 嘘だ、と見ただけで分かる

 帽子がしっかりと被られていて、震えた声

 何時もは帽子で見えないからと耳を立て、被っているというよりは被さっていると表現すべき帽子が、目線に鍔がかかるようにしっかりと目深に被られている。これは、耳をぺたんと倒しているからだろう

 尻尾をきつく腰に巻き付け、耳を倒して生活するのは偏見を恐れる亜人。おれはアルヴィナにそんな生活をして欲しくなくて、けれども純粋な人ではないものへの偏見は、持つ者は割と多い。だからおれはアルヴィナにプレゼントした帽子はわざと耳を立ててもバレないように大きすぎて合わないくらいのサイズにしたし、それだからかアルヴィナも基本耳はそこそこ立てている

 それを完全に伏せているのは、大丈夫とはとても言えないだろう

 

 「そうか」

 それだけ言って、近くに立つ

 どうしたんだ、とは聞かない

 何かあった、そんなことはもう分かっているから。あとは、アルヴィナが何時話してくれるか、それだけなのだ

 下手に話せと強要はしない。ただ向こうから話してくるのを待つ。話したくない事だってあるだろう。言う勇気がない事だってあるはずだ

 だから、暫く待つ

 

 やがて、少女は口を開いた

 「……お兄ちゃんが」

 「お兄さんが居るのか」

 「……居た」

 「そう、か」

 おれはただその一言だけを搾り出した

 居た。その言葉の意味が分からないという訳ではない

 だけれども、だからこそ。その先の言葉に詰まってしまう

 踏みこむのは容易い。だが、それで良いのか?

 そんな思いから、震える手に暖かな茶の入ったカップを持たせ、その上からおれの手で包み込む

 

 「……辛いな、アルヴィナ」

 「……うん」

 「家に居なくて良いのか?」

 「家は落ち着かない」

 「そっか。じゃあ仕方ないな」

 冷たい手をきゅっと握り、おれは少女の側で、言葉を交わす

 

 「……お兄ちゃんは、帰ってこなかった」

 「そっか。でも、男爵家とはいえ何か大事があったら耳には入ると思うけど」

 言って、しまったと思う。傷心の少女に、下手に聞くべきじゃない

 「……うん

 表向きは、何もない」

 沈んだ声で、黒髪の少女は答える

 「ボクのお兄ちゃん、影みたいなものだから」

 「そっか、それは……苦しいよな」

 影。影武者

 皇族にはほぼ居ないが、貴族には割とそういうものも居るのだ。いざというときの影、身代わりとしての影、何らかの傷を隠すための影。影が奏ずるとは阿呆か貴様、と父がキレ気味に皇帝への苦言などを影任せにした貴族を吹き飛ばしている場面も見たことがある辺り、割と一般的だ

 何なら、この国で英雄貴族と呼ばれている騎士団長の一人シュヴァリエ卿だが、彼が成し遂げたという偉業はあれ影がやったものですねとは第二皇子の談だ。何でも影に相討ちに持ち込ませて自分一人帰ってきたのでしょう、と

 

 「影かぁ、それは(かえり)みられないよな

 それでもアルヴィナには、大事な人だったんだな」

 「……うん」

 影は大体の場合奴隷だ。何か起こったとしてもそれはそれ知らぬ存ぜぬが通ってしまう

 奴隷に対してそれなりの扱いで遇する必要はあるが、だからといって危険な目に遭わせてはならないという法はない。そんなものがあれば、奴隷と共に襲われたときに主君が奴隷の為に死地に赴く必要が出てきてしまう。あくまでも、奴隷に保障されているのは、所有者による身分だけだ

 

 故に、こんなことが起こる

 「……アルヴィナ、他の家族は?」

 「誰も気にしてない

 ボクも、兄も、無事だから」

 「本当の兄より、居なくなってしまったお兄ちゃんと仲良かったんだな

 ……辛いよな」

 「……わかって、くれるの?」

 前髪が揺れる

 何時もは距離感が掴みにくい少女の、珍しく潤む満月のような瞳が此方を見上げる

 それを見て、おれは……

 「分からないよ」

 そう、ゆっくりと首を振った

 

 「……なん、で」

 どうして、と揺らぐ瞳の光

 分かるよ、と安心させたいと思う。けれど、嘘なんてつけなくて

 「おれは、大事な人を喪ったことなんて無いから

 いや、例えアイリスが死んでも、父さんが死んでも。アルヴィナやアナを喪っても

 おれにはアルヴィナの気持ちなんて分からない。ただ、推測できるだけ」

 目線を外し、静かになった少女

 その肩が震えているのを感じて、後ろに回り、ゆっくりと後ろからその肩を、体を抱き締める

 

 「誰だって、他の人の辛さなんて分からない。どれだけ似た苦しみを感じても、分かってやれない。その人の辛さは本人にしか分からない

 でも、アルヴィナがおれに助けてって思って来たなら。おれはアルヴィナが前を向けるまで、ずっと此処に居るから

 アルヴィナが望む限り、何でもする」

 震えるその体は、何処か冷たくて

 

 

 「……なら、ボクのために死んでくれる?」

 不意に耳を打つ、そんな声

 「アルヴィナが、本当にそれを望むなら。おれが死んで、おれを殺して。それでアルヴィナが、明日を向けるなら」

 不可思議な質問だな、なんて思いつつ。それでも離さず、コートでくるむように椅子の後ろから抱き締め続ける

 「……でも、そうじゃないなら」

 「うん、冗談」

 くすり、と少女は笑う

 

 そんな冗談が言えて、少しは元気が出たのかと思い、腕の力を緩め……

 ようとして、トントンとそのままで良いと二の腕を叩かれ、改めて力を入れ直す

 「アルヴィナが願うなら死ぬってのは、此方も半分冗談だよ」

 「はんぶん」

 「半分だ

 大事な友達のために命を懸けるのは普通だろ?」

 「……お兄ちゃんっぽい」

 体重を預けてくる柔らかな少女の体を、おれは暫く抱き締め続けた



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水鏡、或いは少女の語り

「もう、だいじょうぶ」

 そう言って少女が身を捩らせたのは完全に日が落ちた後の事であった

 

 「落ち着いたか、アルヴィナ」

 「……うん。お兄ちゃんを思い出した」

 「そっか」

 軽く帽子の上から頭を撫で、ならばあまり女の子に触れ続けるのも良くないと離れる

 

 「……みんな、忘れていく。お兄ちゃんの事を、最初から居なかったように」

 「そうだな

 でも、アルヴィナは覚えてる」

 「……うん」

 「覚えていて良いんだ。人が本当に死ぬのは、皆に忘れられたときだ。(オレ)とお前だけでも覚えていてやれ……ってのは、父の言葉だけど」

 「だいじょうぶ、忘れない」

 「うん。そうだな」

 こくりと頷いて、完全に冷めきった茶を一口啜る

 「甘い」

 「良かった」

 言いつつおれは空を見上げる

 

 既に陽は落ちている。女神の神殿ともされる星は空から消え、星空が広がっている……はずだが、あまり見えない

 「……有り難う」

 「友達だろ?当然だよ」

 言って、プリシラが見たいと言っていた芝居の時間を思い出す

 ……合計2刻。とんでもなく長い芝居だ

 「夜も食べていくか?と……言いたいところだけど、プリシラ達が帰ってくるのは日付が変わった後くらいなんだよな……」

 「……泊まっちゃ、だめ?」

 袖を引く友人に苦笑して、おれは言う

 「泊まりたいなら良いけど……親に許可は取った?」

 「問題ない」

 「問題ないなら良いんだけど、晩とか何にも用意されてないしな……」

 「めずらしい」

 「珍しくもないよ。プリシラは割とおれに対して扱いが雑だから」

 だから、父さんに怒られた、と茶化して

 

 気丈に振る舞ってはいても、アルヴィナは平素通りじゃない。だからこそ、おれにこんなにもすがってくるのだろう

 「皇子なのに、可笑しい」

 「父さんにも怒られたよ。でも、これがおれなんだ」

 「……他人に甘くて、自分は大丈夫って笑って

 譲れない何かが、心の奥にあって」

 「おれにはそんなもの無いよ」

 「ある

 ボクを、みんなを、全てを護らなきゃいけないという思い」

 じっと、おれを見つめる瞳

 涙跡の残るその瞳が、何処か文字通り輝いている気がして

 

 「当たり前だろ。皇子なんだぜ、これでもさ」

 「他の皇子がそんなことしてるの、見ない」

 「おれは忌み子だから。理想論を語り、それを体現するくらいやらないと」

 「……うん。そういうところも、ボクのお兄ちゃんに似てる」

 「悪い、こんなことアルヴィナに言いたくないけど、あんまり誉められてる気がしない」

 「誉めてない」

 その言葉に苦笑して頬を掻きながら、夜の事を考える

 

 「にしても、本当に大丈夫なのか?新年なのにこんなところに居て」

 「皇子だって、新年なのにご飯がない」

 「それは……プリシラ達は外で食べてくるらしいから……

 孤児に混じって何か食ってろって、レオンには悪態つかれたよ」

 流石に、兄弟弟子でも乳母兄弟でもあるのに、おれだけ初等部暮らしとか、向こうヘソ曲げるのも仕方ないとは思う。ここ半年、師匠は夜は大体おれに稽古をつけてくれたし、数日に一度は初等部メンバー(ちなみにだが、あくまでもアイリスの付き添いなのでおれ自身は空気に徹した。ヴィルジニーには突っ掛かられたが他からは空気みたいな扱いであり、交友関係は広まらなかった)のために授業。レオンは完全にないがしろにされていたのは確かだ

 修業自体も本来おれのおまけ。主君が学ぶ序でに教えて貰っていたくらいのもの。理屈の上ではおかしな話ではない……んだけど、かといって割り切れるものでもない。レオンだって真面目な生徒だったんだから

 

 「そうだ。アナのところ……もなぁ……」

 良いこと考えたと一瞬思い、否定する

 「だめなの?」

 「ただでさえ予算不足で品数が想定より減ってしまって、その上一人分取り分けてやってくれって言ったからさ。更にこっからおれ達が削るのも気が引けないか?

 特に、子供達にとっては384日に……皆の誕生日が被りが一組居るから13……いやエーリカが加わったから14、聖夜と新年とあとは……案外多いな……一月48日に3~4回あるわ

 といっても、ご馳走と呼べるものなんて10日に一回ないし、新年はその中でも特に奮発したものだし、誕生日なんかと違って、全員の希望を聞いてそれぞれ1品ってやるものだ。削っちゃ悪いよ」

 「……確かに

 でも、元々削られてるのは良いの?」

 「本当はだめだけど、アナが皇子さまの負担になるなら、わたしは何にも要らないって言ってくれたから

 その分、あの子の誕生日は豪華にしないとな、ってくらいは思ってる」

 「……誕生日」

 「……御免、アルヴィナの誕生日を忘れてた。聞いたことないから、前は祝えなくて御免な

 教えてくれたら、今年は忘れないようにするから」

 「……分からない」

 だが、返ってきたのは予想外の言葉

 

 「ボクの誕生日、お兄ちゃんくらいしか祝ってくれなかったから」

 「何だそりゃ」

 「跡継ぎの兄以外、割とどうでも良い家だから」

 「だから、影武者なんてものも居て、死んでも気にもとめないというか、身代わりが死んでくれて本人が生きてて良かったで終わるのか」

 こくり、と少女は小さく頷く

 「半分血の繋がらないお兄ちゃんだけが、ボクを大事にしてくれた」

 「半分は繋がってたのか。妾腹か何かか。影と言うから、奴隷か何かかと思ってた、悪い

 辛いよな、アルヴィナ」

 「辛いけど、家に居るより良い」

 「アルヴィナの力になれてるなら良かった」

 「お兄ちゃんが居なくなって、家の体制も変わって

 息苦しくて、来た。寮は今閉まってるけど、あっちの方が気楽で良い」

 男爵家とはいえ使用人も居ないのはまず有り得ない。だというのに、アイリスの気紛れかアナ一人だけを使用人にしたあの寮以下の快適さとはこれ如何に

 本気で息苦しいんだろうな、と思うことしか出来ない

 

 「……御免、他にもボクの友達、居た

 皇子が買ってくれたあの子」

 「大事にしてくれてたか?」

 実は少しだけ心配だった犬の話が出て、良かったと胸を撫で下ろす

 「うん。半年ぶりに帰っても、ちゃんと忘れず出迎えてくれた

 でも、もうそれだけ。優しくはないけどボクの所にいた人も含めて、兄が色々再編して居なくなった」

 「それ、良いのか?」

 「冷遇されてたのを見直すって。元々ボクには何にも期待されてないから、その周囲の人も左遷みたいな扱い」

 「いや、帝国初等部への招待って、真面目に名誉の筈なんだけどなぁ……」

 何度も言うが、おれでは絶対に手が届かない名誉である。マジでアルヴィナって凄い奴なんだなと見かけた瞬間に思った程だ。原作主人公の未来の聖女リリーナ・アグノエルでも落ちるレベルだぞ?それが割と放置されてるって何なんだろうなその男爵家

 

 「あれ?というかアルヴィナの兄……ああ、次期当主の生きてる方も初等部通ったりした?」

 「全く」

 「だよな、名簿にもアルヴィナ家の名前って他に無かったし」

 他に無いから可笑しい、とはならない。高位貴族なら兎も角、下位貴族なんて突然変異レベルで優秀な素質持ってないと入学できないからな、あの初等部

 今もアルヴィナの一口だけ飲んだお茶、アルヴィナの出している魔法の灯りに照らされて多少鏡のようになっているそれを通してちらちら此方を魔法で見ているアナでも無理。というか、最初に水鏡の魔法を難なく出来ました!してた時から思ってたんだけど、スペック高いなあの子。後で思ったんだが、水鏡って魔法についてド素人な子供じゃ基本まともに使えない程度には難しい魔法だぞ

 

 「そんななのに、アルヴィナは基本無視なのか」

 「兄がもう、当主と決まってたからボクは寧ろ邪魔

 そんな邪魔なボクの周りに左遷されてた人たちも、兄が実権を握り始めたらどんどん重用されていって」

 「アルヴィナの周りに残ったのは、絶対に表向きは出せない影武者と、アルヴィナの為に贈った犬だけ、か」

 「前に帰ったときより、ボクの周りは酷くなってて

 ……お兄ちゃんも、帰ってこなかった」

 「……アルヴィナ。おれに話して気が済むなら、幾らでも聞くよ」

 ちらり、と茶の水面を見る

 アナがおれの贈ったノートに何かを書いて此方に向けて出していた

 曰く、『リリーナちゃん、大丈夫そうですか?』と

 

 まだアルヴィナじゃなくてリリーナなんだな、と。寧ろ名前呼びの方がちょっと距離あるっぽい妙な感覚の少女にくすりと笑いかけ、アルヴィナに悪いと頬を引き締める

 「でも、ちょっと待ってくれよアルヴィナ」

 水鏡は水を通して互いの姿を、周囲を映し出す魔法。日本風に言えば双方向ライブカメラ。だが、音は通らない

 なので胸ポケットから手帳を取り出し、さらさらと走り書きする

 『辛そう』と

 直ぐに銀髪の少女は頷いて自前のノートに返事を書く

 『じゃあ、リリーナちゃんを連れてくる事、出来ますか?』

 『良いのか?折角のご馳走が更に減るぞ?』

 『おともだちには元気出して欲しいです。それに、皇子さまが居るからわたしたちは飢えず、こんなご馳走まで食べられるんです

 だから、皇子さまやそのおともだちの為なら苦じゃないです』

 「だ、そうだぞアルヴィナ」

 おれの視線に気が付いたのか、横で覗き込む狼耳の少女にそう告げる

 

 「行くか、アルヴィナ?」

 「……行く」



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ソーセージ、或いは食への執念

手にした鍵(当たり前と言えば当たり前だが、孤児院の鍵はおれも持っている。実際の管理者はまた別なのだが、書類上此処はおれの私有地扱いで孤児院の建物もおれの所有なのだ。アナがアイリスからメイドのお給料だと貰った纏まった金を管理人に渡しおれに話を通さず窓とか扉とか買い換えて改装していたりするが、一応おれの所有だ。因みに下手人は皇子さまに言ったら責任を感じてしまうから、と容疑を全面的に認めている)で、しっかりと閉じられた扉の鍵を開ける

 此処は貧民の住まう区、その端、王城に程近い……って、何時もの孤児院である

 おれの部屋と庭からすれば、城壁を隔ててすぐ近く。なのだが、アルヴィナを連れて孤児院へ向かってから、半刻程が既に経過している

 理由は簡単だ。単純に遠いのと、寄り道をしたから。直線距離では近いが、それは城壁を駆け昇る前提。おれ一人なら兎も角アルヴィナは通れない道だ

 余談にはなるが、この皇都は国の首都、王の膝元の街としては珍しく中央の王城の回りに貴族区が無い。ピザを切り分けたように、扇形に区画が分けられているのだ。その理由は簡単で、皇都を作らせたおれの先祖が、全て(オレ)の民だから分け隔てなく近くに置くようにという理念で区分けしたかららしい

 といっても、王城の正門から近い遠いはあるのだが

 

 「お疲れ様です、皇子さま」

 「そうだぞー!おっせー!」

 「ぶー!おなかへったー!」

 「ごはん!ごはん!」

 入るや否や、暖かな風と共に響いてくるのはそんな狂騒

 ぺこりと頭を下げる銀髪の女の子に、周囲で騒ぐ子供達。カンカンと行儀悪くフォークのような食事用品で木の皿をドラムしているのはトカゲ亜人のユリウスで、ごはんごはんともうつまみ食いをはじめているのは犬獣人のポラリス

 「ポラリス、お前他の人の皿から盗っちゃ駄目だぞ」

 その手が閃き、子供達の為だと思うと過剰なまでにきっちりと盛られた自分の横の木の皿から自分の好物をかすめとるのを確認し、おれはそう咎める

 「ぶー!」

 「君の好物が他人に勝手に食べられたら嫌だろ?

 だからそれはやっちゃ駄目。自分の分を渡して……

 ってもう無い!?」

 一応おれが来るまで晩御飯を待っていたようだが、そこは子供達。しっかり皆の皿を見回せば、ところどころに歯抜けがあるのが分かる

 新年はこの世界では寧ろ稼ぎ時、家族でゆっくりという日本式とは異なり、騒ぐものだ。市場も初売りに忙しく、芝居なども多い。その新鮮な初売り食材から皆の好みをちょっとずつ集め敷き詰めたその豪華な皿は、我慢するには難しすぎたのだろう

 

 「そうだ、アルヴィナ」

 「……これ」

 おれの背に隠れていた少女に合図する

 それに合わせ、少しだけ気後れしていた少女は顔を見せ、はいと手に抱えていた包みを渡す

 

 「リリーナちゃん、これは?」

 「食べるだけは、わるい。お土産」

 「そ、そんな。悪いです。わたしが心配で呼んだのに

 でも、ありがとうです」

 ふわりと舞う雪のように柔らかく微笑んで、雪の少女はその包みを開く

 中身は新年という事で張り切った屋台区(平民向けの市場区とも言う。屋台区の渾名の通り食材や安めの日用雑貨を売る店だらけで、かっちりとした扉のある店が少ない。マントを買ったりしたのはその隣のもう少し貴族向けの落ち着いた区画だ)の外れに寄って買ってきた魔物肉のソーセージ(ピルッツヴルスト)。味は良いがちょっと臭みが強く毒もある禽牛の肉を、毒キノコを好む菌株猪の背のキノコや解毒作用のあるハーブと混ぜて粗挽きし、菌株猪の腸に詰めて薫製にしたちょっと鮮やかすぎる色合いの薫製ソーセージだ

 ぱっと見紫色してて不安になるが、それは菌株猪の腸が毒素を分解した結果色付くものであり、寧ろ鮮やかな紫は安全の証。200年ほど前の料理人が獣臭さと毒さえ何とかなれば美味しいのだと試作しては毒にやられ解毒魔法というのを3年ほど繰り返して完成させたというレシピ。今となっては鼻を突き抜けるハーブの香りに、キノコと鳥のような牛のような肉の旨味が合わさった庶民から下級貴族にまで大人気の帝国伝統料理だ

 というか、毒あると分かってる魔物をひたすら3年食べて腹壊しては解毒魔法して美味しく食べる研究するとか美食への執念って凄いと思う

 余談だが、200年前に考案された当時は禽牛が街道沿いの草原に沸いて隊商を襲うため駆除は定期的にされるがその肉は毒があって捨て値に近い値段で叩き売られていた為手が出しやすい値段だったが、今ではそこそこの値段がしてしまう悲しい伝統料理でもある

 

 「ピルッツヴルスト?」

 鮮やかな紫を見て、白の少女は首を傾げる

 「アナの言ってた湖貝じゃなくて御免な。多分売ってるとは思ったけど、今のアルヴィナをあまり屋台区の人混みの中にいさせたくないのと、早く行かないとと思って」

 「そ、そんな、良いですよ!そもそも皇子さまが居てくれたから、わたしたちはこうしてられるのに、更になんて……」

 「護ると言った以上、それを貫く義務がある。それだけだよ

 アナは心配しなくて良い」

 それだけ言って、周囲を見る

 孤児皆を集める大卓。そこに2つ空いた席を見つけ、アルヴィナをそこに連れていく

 

 「すっげー!犬っぽいじゃなくて犬な人だ!」

 其所には、アルヴィナに早く会いに行く為に御免此処にいてくれと孤児院に一度押し付けた奴隷が居た

 アナに任せ、城壁をそのまま駆け上った感じだな。因みにだが、父が俺じゃねぇ!と叫んでいた腕の折れた少年を買っていた。シュヴァリエの息子が真性異言(ゼノグラシア)だと言っていたし、何か思うところがあるのだろう

 「ちょっと待ってください。今切ってきます」

 紫のソーセージを手に離れていく雪色の少女。その白く新しいワンピース……刺繍も無くそう高いものではないが、可愛らしく清楚な少女によく似合うそれを誉めるべきだったかなーとも思いつつ、もう今更遅いので、スカートを翻して厨房に向かう彼女を見送り、アルヴィナを座らせる

 「アルヴィナ、大丈夫か?」

 「うるさい

 でも、その方が良い」

 「そっか」

 「なあなあ、皇子のにーちゃん!」

 そう話しかけてくるのは新入りのエーリカだ

 「何だエーリカ?」

 「これ、おにぃに送れない?」

 兄と二人、屋台区で盗みをしたりして生きてきた親無き子は、自前の料理を指してそんなことを言う

 「騎士学校のお兄ちゃんも、きっと美味しいもの食べてるよ

 エーリカはお兄ちゃんが立派な騎士になって帰ってきたときに元気に出迎えられるように食べておきな」

 「それとさ、この犬な人なに?」

 そう言って、幼い女の子は静かに座るコボルトの女性の袖を引っ張る

 「この人か?この人は見ての通り、犬なお母さんだ

 種族としてはコボルド……コボルトでもどっちでも良い。おれの奴隷で家庭教師のお母さんだ」

 「お母さんなの!?」

 「お母さんだぞ。だからあんまりじゃれつかないようにな」

 コボルトとの話は最初に済ませた。子供がお腹に居るようなので、まずは子供を産んで、それからおれにコボルト達の言語を教えて欲しい、と。故郷に帰りたがっているしそのうち帰すが、その前に色々家庭教師をしてくれ、と

 そんな約束をしたのは他でもない。このコボルトの女性(名前はナタリエ)の故郷は、帝国の辺境、国境近くなのだ。それの何がおれに関係があるのかというと……

 原作ゼノは兵役から戻ってきて学園に入る。では、その兵役先が何処かと言うと、ナタリエの故郷なのだ。つまり、結局其所におれも行くから、それまで家庭教師を続けてくれという約束。子供が産まれたらそいつも面倒見ると言ったので、快く引き受けてくれた

 

 アルヴィナが静かにちびちびと猫のように置かれているお茶……ではなく水(そんな子供がそう好きではない嗜好品は孤児院にはない。ついでに言えばジュースはあるが先に全部飲んでしまったらしく空のボトルだけがあった)を飲んでいるのを確認して、おれはソーセージをみんなに切り分けてアナが帰ってくるのを待った

 子供達は待たずに食べ始めていた



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夕食、或いは浅ましい考え

「ごめんなさいです、お待たせしました」

 白い木の大皿に、子供達が取って食べやすいよう1本をそれぞれ3つに切ったソーセージの山を乗せて、白いエプロンの少女が厨房から戻ってくる

 

 「お疲れ、アナ」

 「皇子さま……。先に食べててくれてよかったのに」

 「いや、行儀は守れと割と口煩く言われてるから待つよ

 忌み子でもおれは皇子だから、割と模範的なマナーを見せる必要があるんだ」

 「みんな、気にしてないですけど」

 「それでも守らないと、マナーを守らなきゃいけない場面でボロが出るからね」

 イタズラっぽく笑い、手を合わせる

 「戴きます」

 「はい、いただきます」

 無言で手を合わせるアルヴィナ

 そんな少女に注意しようか迷い、まあいいやと割り切って、おれは食事に手をつけた

 

 大皿の上に、小さく切り分けられた色とりどりの料理。超高級食材は無いが、地味に高いものは混じった全14品と品数の多い皿

 空色のポテトフライに小海老と雪茸のかき揚げ、そしてクリームコロッケに挽き肉のカツ、西国揚げと呼ばれる竜田揚げに近い料理法で揚げられた大きな衣付きの渡り鳥の胸肉と衣を軽く付けたコロコロした豚肉の甘辛ソース、極めつけは赤身魚のフライ。全体の半分と揚げ物が多く、そして野菜っ気が少ない子供の大好きなものを詰め込んだようなもの。それでも、日本風に言えばお節だろう

 「揚げ物だらけだな」

 「みんな大好きだから」

 「まあ、皆に食べたいものを聞いた時点で知ってたけどさ」

 「それは、確かにそうですけど」

 少しだけ畏まるアナに笑いかけて、まずはと西国揚げを先の割れたもので摘まみ、口に頬張る

 塩味の効いた味わいが口の中に広がり、うん、とおれは頷く

 

 「美味しい」

 「良かった……」

 自分は一切手を付けず、じっとおれを見ていた少女が、ぱっと顔を綻ばせる

 「うん、おいしく出来てる」

 それを見て、流石に分からないおれではない。というか、そもそも看た瞬間から分かっていた

 「有り難うな、アナ」

 「えへへ……」

 当たり前だが、これを作ったのはアナだ。そもそも、この孤児院で西国風料理を作れるなんて、おれが聖夜に西国の料理本を贈ったアナしか居ないのだから

 

 「最初はちょっと心配な手付きだったけど、半年で立派になった」

 「まだまだです。みんなの分だと油があったまりすぎてって分からなくて失敗しちゃって」 

 「でも、これは美味しい」

 「……家の御飯の何倍も美味しい」

 子猫のように小さく一口だけかき揚げを齧って、アルヴィナも言葉を投げる

 「ありがとう、リリーナちゃん」

 「もう、アルヴィナで良い」

 「そっか、ありがと、アルヴィナちゃん

 残しても誰か食べちゃうと思うから、好きなものだけ食べてね」

 「だいじょうぶ、全部食べる」

 アルヴィナもある程度話せるようになった。それをほっと眺めながら、おれも箸を進める

 いや、使ってるのはフォークみたいなものなんだけど、日本風の慣用表現としてだ

 

 「皇子!もーらいっ!」

 テーブルに身を乗りだし、おれの前に置かれていたカツにフォークをぶっ刺してかっさらっていくガキ大将

 名前はフィラ、6歳の女の子だ

 「フィラ。おれ以外の皇子にそれをやったら、その首飛ぶぞ?」

 「えっ?」

 ぽろっと少女はフォークを取り落とし、カツはもう何も残っていない皿に転がる

 「良いよ、おれだから勝手に取ってって良いし、食べて良い。おれは君達の保護者であろうとしてるから

 でも、おれ以外の貴族ってそうじゃないから、手癖の悪いことしたら泥棒として捕まっちゃうからな」

 「でもさ?エーリカのお兄さんみたく皇子が助けてくれるでしょ?」

 「あれは生きるためには泥棒でもしないとって二人だったから特別だ。美味しいものが食べたいからって泥棒したら、おれは助けない」

 「……ごめんなさい」

 おれの言葉に恐怖を感じたのか、ガキ大将な少女は普段のそんな態度は欠片も見せず、皿ごとカツを返そうと差し出す

 

 「良いよ、食べたかったんだろ?

 おれ相手なら良い。ごめんな、あんまり会うことも無いだろうに貴族相手にはとか説教して」

 しゅんとしてしまった少女に皿を押し返しながら、おれは出来る限り優しく笑って

 

 「怖い」

 「皇子さま、結構顔怖いです」

 「……だよな」

 割とおれに対して優しい二人からそう指摘され、苦笑する

 たまに忘れるが、おれの顔には大火傷が残っている。アナは慣れてるからか気にしてないが、普通に考えておれの笑顔はケロイドでひきつった怖いものになってしまうのだ

 

 「あ、あの、皇子さま

 それなら、わたしの分を……」

 「いや、良いよアナ。これは元々、皆の為の料理なんだから」

 「そうじゃなくて、これも管理人さんじゃなくてわたしが頑張って揚げたもので、食べて欲しくて!」

 「そっか、じゃあ、有り難う。貰うよ」

 そう言って、少女の皿を見る

 煌めく銀髪の少女は自分の皿の手付かずのカツをじっと見て、右手の自分のフォークを見て、少し悩み……

 突き刺しかけて止める

 「やっぱりわたしには無理です……

 皇子さま、自分で持っていって下さい」

 「あ、ああ……」

 何か悩むことがあったのだろうか

 ああ、自分の口に付けたもので触れて良いのか、汚くないかとかだろうか

 そんな事気にしなくて良いのに。そう思いながら、おれはアルヴィナを挟んで向かいの少女の皿に向けて手を伸ばしかけて……

 その前に、鈍い色のフォークが少女の皿の上のカツを貫いた

 またかと思ったが、今回は別方向。おれに近い側から手が伸びていて

 

 「……アルヴィナ?」

 帽子の少女が、カツに手を出していた

 「アルヴィナちゃん、ごめんね。欲しかったの?」

 黒髪の少女の表情は、隠れた片眼で良く見えない。だが、そんな食い意地のようには見えなくて

 

 そのままフォークが宙を動き……

 おれの顔の前で止まる

 「アルヴィナちゃん!?」

 「ボクは迷わない」

 ……迷わないって、何だろうか

 ゆらゆらと揺れるカツを前に、おれはそう面食らう

 「本で読んだ、不思議なこと」

 「アルヴィナ、止めよう」

 「?なんで?」

 「それは恋人や許嫁がやるものだし、何より単純に食べにくい」

 「……確かに」

 アルヴィナ自身もやってみて恥ずかしさでもあったのだろうか。おれの言葉に大人しく皿の上にカツを置き、フォークを外す

 

 にしても、あーん、かぁ……

 少しだけ勿体無かった気もする。大人になってからそんな相手がおれに居るとは思えないし、居てもいけない

 甘酸っぱい経験なんて、幼いからあまり気にしない今のうちにしか体験できないかもしれないのだ

 

 いや、馬鹿かおれは

 寂しさからべったりなアルヴィナにそんな事させててどうする。何より、下手にそれが噂になれば、こんな忌み子皇子の愛人みたいなもので折角この国の未来を背負う者の多い初等部に入学を許される程なのに仲の良い異性の幼馴染一人出来なくなるんだから困るだろう、アルヴィナの未来のためにも

 おれ自身、そのうち兵役で数年王都から居なくなるんだしな。アルヴィナにも、後は……何だかんだ初等部にもアイリスのメイドとして顔を出せるアナにも、勿論アイリスにも。ちゃんと側に居る大事な人は、将来を考えられるような相手は出来て欲しい

 だっておれはあいつの兄で、アルヴィナの、そしてアナの友達だからな。幸せくらい祈る。一人ぼっちが怖い気持ちはあれど、おれなんかの傍に居て欲しいからと誰かとの幸せを、将来の幸福を祈れないほどにはおれは歪んではいないつもりだ

 

 だから、これで良いんだ

 少しだけ頭に浮かんだ浅ましい考えを打ち払うように、少しだけ荒くおれは口の中にカツを押し込んだ

 

 少し冷めていて、けれども幼馴染の少女が同じ孤児院(いえ)の皆の為に指先に軽い火傷してまで頑張って揚げたカツは、優しい味がした



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授業、或いは神の名

「えー、斯くして、神々は……」

 そうして、新年から一週間

 

 再びおれは初等部に戻っていた。当たり前だが、アイリスの付き添いである。おれ自身が入れているわけではない

 そうして今日も今日とて、初等部の中では不人気極まる歴史の授業を聞く

 歴史教員は、名のある伯爵家の次男坊。ガルニエ伯爵家の当主の弟、マチアス氏だ

 弟というと若そうなイメージが湧くが、御歳54。立派な髭を蓄えた初老の男である。兄が元気ゆえに図書館の司書を目指し、歴史にどっぷり填まった読書家。故にこうして歴史の講義など担当しているのだが……

 

 いかんせん、人気がない

 考えてみれば分かるのだが、此処初等部は魔法の能力によって未来を担う者足り得るとして選ばれた子供達の為の教育機関だ

 実力主義のこの国では、力が物を言うことが多いのだから。知能が軽視される程ではない。だが、力が無ければ押し通されるのは避けられない。賢くあろうとするならばまず強く"も"あれ。それがこの帝国だ

 例えばだが、父に振り回されている印象ばかりがおれの中にある宰相アルノルフ・オリオールだが、彼は上級職である精霊術師でありレベルは18

 簡単に言えば、そこらの騎士団長より強い。騎士団自体は割と数あるが、余程名誉と実績と伝統あるものでなれば上級職レベル5あれば就任可能だ

 

 そんな感じで、家の文官連中は割と実力者が多いのだ。当然、未来を期待されている初等部の皆だって、そうして実力者になりたいと思う

 その際、歴史なんて学んだところで役に立つわけではない。そして、それとは違って魔法に関する授業は力を付けるのに役立つのだ

 もはや言うまでもない。そんな状況で歴史の授業なんて受けたいと心から思う子供はいない

 

 ……でもなアイリス。お兄ちゃんは、せめて皇族は真面目に聞いているフリくらいらすべきだと思う

 そんな事を考えつつ、頭の上ではなく膝の上で丸くなる三毛猫のゴーレムの背を撫でて、おれは一人真面目に授業を聞く

 

 おれ自身だってそこまで興味がある訳ではない。本を読むのとノートを読むのとあんまり変わらないとアナからすらわざわざノートを取らなくて良いですと言われてしまった程に、そう面白いものではない

 アルヴィナは横で使われている歴史書を開き真面目に聞いているようにも見えるが……良く見ると開いているページが明らかに可笑しい。今教員が話しているのは七大天の神話の時期なのに、ページは魔神戦線時代のものを開いている辺り勝手に一人で歴史書読んでるだけだなあれ。話は間違いなく聞いていない

 聖教国からの留学生(ヴィルジニー)に至っては、既に知っていますわ聖教の枢機卿一族を舐めないでと教室から出てお茶しに行っていたりする

 いや、自由だな留学生

 

 「そこの忌み子!」

 マチアス・ガルニエ氏に呼ばれ、おれは歴史書から顔を上げる

 「先生。一応おれは皇子なので、そういう呼び方は止めて貰えると有難いんだが」

 「忌み子は忌み子だ」

 この通りである。嫌われてるなおれ

 このように、真面目に聞いてるのがおれだけだからか、割と良くこれ答えてみろされるのがおれだ。他の子供とか無視まであるからな……

 全く、魔法の授業のときの素直さは何処に行ったんだろうな。なんて、完全に授業を聞く気がなくボードゲームすら広げている凄い奴等に向けて思いつつ、宙に浮かぶ文字を見る

 「七大天には我等が普段呼び表す名の他に、魔法名がある」

 「はい」

 「偉大なるそれらの名を答えてみよ」

 簡単だ

 割と覚えやすかった。ゼノ自身の覚えは悪くなく、日本人の感覚的に、何だか神の名前としてしっくり来ると言うか……ゲーム開発者が世界の神々の名前を捩ったように感じるというか……

 

 「焔嘗める道化『プロメディロキス=ノンノティリス』

  山実らす牛帝『ディミナディア=オルバチュア』

  雷纏う王狼 『ウプヴァシュート=アンティルート』

  嵐喰らう猿侯『ハヌマラジャ=ドゥラーシャ』

  滝流せる龍姫『ティアミシュタル=アラスティル』

  天照らす女神『アーマテライア=シャスディテア』

  影顕す晶魔『クリュスヴァラク=グリムアーレク』

 そして……

  万色の虹界『アウザティリス=アルカジェネス』」

 すらすらと、歴史書には書かれていないその魔名を語る

 何の事はない。前回聞いた事だから単なる復習である。これらの名が必要になる事なんてまず無いし、みだりに呼ぶ名前でもないし、覚えていなくとも問題ないのだが

 いや、寧ろ……

 

 「がふっ!」

 突如走る痛みに胸を抑えて咳き込む

 そう、みだりにその魔名を呼んではならない。これらの魔名は名前だけでも力を持つのだから

 その名は七大天の力を借りて解き放つ奇跡の魔法の際にのみ唱えることを許されたもの。故にこうして適当にその名を語るだけで天罰が下り、暫く口から血のように火を吐いたり足が石のように固まって曲がらなくなったりと様々な影響が体に出るのだ

 逆に、それらが完全にこの世界に七大天の実在を証明している……のだが、それは今は無関係である

 

 「……満足ですか、ガルニエ先生?」

 胸元から生えて突き刺さった水晶を引き抜いて握り潰しつつ、おれは前回(年末)の授業の際、さっきの8つの魔名を唱えて気絶しそのまま年内の授業を終えた老教師に問い掛ける

 「……正解だ」

 苦虫を噛み潰したような表情で、初老の男は歴史書を読み上げ、補足説明っぽいことをする授業に戻る

 

 「……大丈夫、おれは仮にも皇子だぞ?」

 当てられて立ち上がる際に机の上に乗せられた猫が一つ伸びをして見上げてくる

 心配してくれる妹に、おれはそう笑い返した

 

 「……ウプヴァ……うぁ……」

 席は自由なので何時も隣なアルヴィナが何か言っているが言えていない

 「アルヴィナ、大丈夫か?」

 「覚えにくい」

 「だよな。おれは案外覚えられたんだけど、難しいよな」

 「紙に書いて?」

 すっと、横の少女は自前の何も書いてないノートをすっと差し出す

 

 「七大天には興味あるのか、アルヴィナ」

 「ある。でも、どんな本を読んでも名前が出てこなくて」

 「確かに出てこないよな」

 「不思議」

 「不思議でもなんでもないよ、アルヴィナ」

 言いつつ、アルヴィナのノートではなく、自分のノートを取る

 

 「なぁご」

 一声鳴いて、猫はおれの腕を伝って頭の上へ登る

 爪を立てていたのは抗議だろうか、少しだけ痛いが気にするほどでもなく

 「アルヴィナ、ちょっと見ててくれ」

 妹が空けてくれたスペースにノートを広げ、その一枚を軽く千切る

 そして自前のペン……ではなく新品の安いペンを取り、その切れ端にこう記そうとする

 

 即ち、かの神の名を

 ティアミシュタル=アラスティル

 

 「……溶けた?」

 「そう。魔法書以外で魔名書けないんだよ、七大天って」

 パシャっと軽い音と共に水になってしまったペンとノートの残骸を首にかけておいたタオルで拭き取り、おれはそう告げた

 

 「……そうなんだ」



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神の名、或いはボロ

そうして、今日も今日とて授業を終えて、おれはアルヴィナと共に昇降機でもって上の階にある寮へと向かう

 

 「……?」

 着いたところで、アルヴィナが首を傾げる

 いや、おれ自身も少しなんでさと言いたくなったのだが……

 寮の扉の前に、三人の人物が居た

 一人は困ったなという表情のアナ、一人は仁王立ちする留学生の少女ヴィルジニー、そして最後は……えっと誰だっけ

 

 脳内アルバムを捲り、学生服に身を包んだ茶髪の少女について記憶を漁る

 確か普通に教室に居たはずだからアルヴィナ達の同級生なのは確か。主人公がおれと同い年な以上年下になるため原作でメインキャラでは無いなと思ってスルーしていたのであまり覚えていないのだが……

 ああ、思い出した、シュヴァリエんところだ

 

 「あ、皇子さま!」

 「どうかしたのか、アナ?」

 良かった!ととてとてと走り寄ってくる白いエプロンを身につけてメイドモードの幼馴染を背中に庇うようにしながら、おれはそう問い掛ける

 「えっと、ヴィルジニーさん?が急に来て……」

 「無礼な」

 「え?そうなんですか?ごめんなさい、わたしはちょっと貴族関係には疎くて……」

 申し訳なさそうに頭を下げるアナ

 それを受け、愕然とした表情になるグラデーションの少女

 

 「わ、わたくしを知らないと……?」

 「単なるクラスメイト」

 「アルヴィナ、火に油を注がないでくれ」

 といっても、アルヴィナが彼女に興味を示していない事は良く知っている

 悪い、と言いつつ、仕方ないのでおれが説明することにする

 

 「アナ、彼女はヴィルジニー。聖教国の枢機卿(カーディナル)の娘だ

 そしてその横が……えっとユーゴは兄の方だから……」

 「クーローエー!」

 「ああ、そうだった

 横の茶髪の彼女はクロエ。クロエ・シュヴァリエ。公爵家の御令嬢だ」

 「そ、そんな人だったなんて!すみません、わたし、色々知らなくて!」

 ごめんなさいごめんなさいと頭を下げる銀髪の少女

 

 「……どうしてそんなのが居るのかしら」

 「妹の使用人だ

 寧ろ、挨拶も無い使用人にまで、周知を要求するのは可笑しくはないだろうか」

 「ふざけないで!わたくしのこのオリハルコングラデーションを見ても分からないなんて!」

 ぷりぷりと頬を膨らませ怒る少女。ストロベリーブロンドのグラデーションが激しく揺れる

 「いや、おれみたいな皇子ならば知ってるかもしれないけど、アナは平民だ

 聖教国についてなんて、殆ど知らなくても不思議はないよ」

 「非才ですわね。高貴なわたくしを通わせる学舎に相応しくない」

 「それは違う」

 「違いませんわ」

 「違う。彼女はおれの管理する孤児院の出だ」

 「だから?」

 「教えてなかったおれが悪い。当時は遇う事になるとは思ってなくて、教える必要性を感じなかった」

 「ええ、そうなの」

 少しだけバカにしたような目で此方を見るオリハルコングラデーションの少女

 

 「まあ良いわ。用事があるのはアナタだもの」

 「おれに?」

 「……ボク、部屋に帰って良い?」

 空気をなごませるためか、もしくは単純に面倒なのか。アルヴィナがおれの背後から出て、今までの空気を無視してそう呟く

 「好きにすれば?」

 「なら、好きにする」

 それだけ言って、今日も帽子の友人は、ごめんなさい迷惑かけて、と落ち込んだ様子のアナを連れて少女等の横を抜け

 ……ぞくり、とおれの背筋に冷たいものが流れる

 少しの害意。おれに向けられたものではない、冷たい気配。アルヴィナがそんな様に怒るのは珍しい。だが、それだけアナと仲良くなれたならそれは良いことで

 

 改めて一人になり、おれに用があるらしい留学生の少女に向き直る

 「シュヴァリエから聞いたわ

 アナタ、あの方々の名を語ったそうね」

 「あの方々?」

 誰の事か分からず、首を傾げる

 「しらばっくれないで。この世界の7つ神、七大天の事よ。それくらい分かるでしょう!?」

 「いや、それは分かるんだが……

 彼等の魔名をみだりに唱えるべきではない。それは分かるとして、何故怒られるのかが……」

 さっぱり、とおれは肩を竦める

 

 「可笑しいわよ!

 あの方々の名は神聖なもの!忌み子が唱えて良いものではないわ」

 ああ、そういう、と納得する

 聖教国は文字通り教国、七大天を信奉する七天教が力を持つ国である。それ故に、七大天の魔名に関しても何らかの拘りがあるのかもしれない

 

 「……それは天が決めることでは?」

 「わたくしは枢機卿の娘なの

 わたくしの言葉は天の代理」

 「……一応、理屈としては教皇が天の言葉を受け、その言葉を受けて地上での行動を指揮するのが枢機卿という話だったような……」

 「教皇なんて飾りよ!一番偉いのはお父様であり」

 「……だから、君はおれより偉いかは微妙な所だとは思うんだけど」

 そんな疑問を思いながらも、おれは毎回のように突っかかってくる少女を相手する

 

 「忌み子なんて、国ではわたくしに触れたら処刑ものよ」

 「それでも皇子だ。この国では違う」

 「ああ言えばこう言う……」

 「ジニーさま!話が逸れてます」

 「油断も隙もありませんわね忌み子皇子!

 とにかく、どの方の名を口になどしたのです」

 ……質問の意図が良く分からない

 

 「全部」 

 「全部!?」

 ……驚かれた

 そんなに変なことだろうか

 「あ、有り得ないわ……わたくしですら、全ての魔名を唱えることは許されていないのに……」

 そうして、変な目で見られる

 「何で死んでないの」

 「……いや、魔名をみだりに唱えたところで死なないからな!?」

 天罰は下るが

 

 「……何で、忌み子なんかが……」

 拳を握り締め、わなわなと震わせるちょっと豪奢なティアラの少女

 「……唱えること自体は誰にでも出来ないか?」 

 「出来ないわよ!」

 ……え?

 

 予想外の言葉に、首を傾げる

 「いや、天の魔名は特に問題なく唱えられる筈じゃ」

 「……言ってみなさいよ、アナタは忌み子、何の奇跡もない者

 そんなのが、唱えられる筈もない」

 「……ティアミシュタル=アラスティル」

 挑発なのか分からない言葉に乗り、とりあえずで選ぶのは龍姫の名

 理由は簡単。ゼノと縁深いのは龍姫だから。ゼノが攻略対象となるもう一人の聖女編とは、龍姫に選ばれた少女編だ。故にか知らないが、魔名を意味もなく唱えたときの天罰ダメージは、龍姫が断トツで低い

 「……どうして、唱えられるの」

 「いや、普通じゃないのか」

 「……は?」

 心底変な奴を見る目をされた

 

 「……有り得ませんわ

 そもそも魔名は、みだりに唱えるどころか聞き取れないもの」

 「……本気で?」

 「わたくしですら、女神と道化の名しか理解できぬというのに、何故アナタなんかが……」

 「忌み子の癖に……」

 恨みがましい目で見つめられ、おれは……

 

 やらかしたかなぁ、と思っていた

 おれ自身、最初から聞き取れたしゲームでもそのような話は出てきては居なかった。みだりに唱えるものではないということでゲームでは魔名というものがある、くらいしか魔名関係の設定は出てこなかっし魔名自体後々に出た分厚いパーフェクトガイドブックに載る予定らしかったが手を出せる金もない。故に、日本人の記憶でも魔名についてはあまり知識がなかった

 

 「皇子だからな、仮にも」

 全ての名を呼べることは、そもそもが特別。そう、マチアス先生も教員なんてやれるからかなり優秀で、全て呼べてはいたからその事に気が付かなかった

 そんなこと知らず、天罰覚悟なら呼べるものだと、やらかした

 

 今思えばそうだろう。おれの言葉はしっかり聞いていたろうアルヴィナですら、全く言えてなかった。あれは恐らく、聞き逃していたというより、聞き取ることを許されなかったのだろう

 そこから、何か繋がるかもしれない。おれが真性異言であるという事に

 父は見抜き、でも息子だと言ってくれた

 だが、他の人間はどう思うだろう。分からない

 だからこそ、あまり公にするわけにはいかない

 だから、誤魔化そうとして……

 

 「そう、かもしれないわね」

 案外あっさりと少女は納得した

 「でも、アナタなんかが呼べるなんて納得は出来ないわ

 というか、このわたくしはあの聖教国からの客人ですのに、蔑ろにしすぎではありませんの!?」

 「……嫌われているようなので」

 「煩い!」

 そして、何時しか何時ものやり取りに回帰する。何時ものように突っ掛かってくる少女

 

 どうするかなぁ、と、おれは天井を見上げた



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婚約、或いは少女の依頼

「……第七皇子」

 「何か?」

 何時ものような眼で見てくるヴィルジニーに、何時ものように返す

 

 「アナタはこの帝国の皇族、そうよね?」

 「流石にそれを疑われるとは思っていなかったんだが」

 「ならば、このわたくしを招いた側の存在として、わたくしをもてなす必然性がある、そうよね?」

 「歓待ならばうちの七天教が幾らでもやってくれてたと思うけど」

 「そうじゃないわ。アナタには皇子として付き合う義務がある、違うかしら?」

 「多分違うと思う」

 そんなおれの言葉にイラッとしたのか、オリハルコングラデーションの少女はその長い髪を自分の指に巻き付ける

 

 「忌み子の癖に」

 「ただ、おれの力が必要だというならば、何処にだって付き合うよ

 客人は国民と同じくらい大切なものだから」

 「このわたくしが、平民と同程度のどうでも良いゴミだと?」

 「いや、寧ろ貴族達は七大天の加護も強いし、金だってある

 平民こそ護るべきだと思うから、そこに怒られても困る」

 「そういう意味ではないの!」

 「そうです!」

 すっかり腰巾着と化したのか、シュヴァリエ公の娘が同調しておれを責める

 

 「わたくしは枢機卿の娘で、特別な存在なの。一山幾らではなく」

 「平民だろうが何だろうが、おれが護るべき国民だ。あまり馬鹿にしないで欲しい

 それは兎も角」

 このままではらちが明かない。そんなこと何時もの口論から分かっているから、おれは話をリセットする

 

 「おれが天の魔名を唱えたことへの文句じゃないだろう?

 何のためにアナを怖がらせて此処まで来たのか、おれに教えて欲しい」

 そんなおれの軌道修正に、全く分からず屋ねとばかりに肩を竦め、少女は語り始める

 

 「他に候補が居ないのよ。正直嫌だけど、アナタしかまともな家格の者が居ないものね、今年」

 「……?」

 「このわたくしとシュヴァリエ公爵の息子の婚約の話があるのは知っているでしょう?」

 「いや、全く」

 ずでん、とヒールの靴を滑らせ、少女の体が傾く

 「……大丈夫か?」

 その手を掴んで床に倒れないように踏み込んで支え、おれはそう問い掛けた

 

 「汚らわしい手であまり触れないで」

 「そうだそうだー!」

 「……床と手を合わせた方が良かったか」

 「ふざけないでくださる?

 ……床の方が血が穢れてない分マシだったかもしれないわね」

 「離すぞこの手」

 全く、忌み子が穢れてるのは確かかもしれないが、父も母も関係ない。血は穢れてないだろうに

 「……でも、助けようとしたのだけは評価するわ」

 子供っぽくないヒールを今度は滑らないように立て、少女は立ち上がるとおれの手を払った

 

 「……少なくとも、此処で手を差し出す事は出来るだけマシね。今度からは手袋を付けなさい」

 「いや間に合わないんだが」

 「何時も身に付けていれば良いでしょう!?」

 「そんなことしたらアイリスが不機嫌になって手袋がボロボロになるまで噛む」

 「ふざけた兄妹ね」

 はぁ、と息を吐きつつ、今度は少女の側から話を戻す

 

 「全く、このわたくしの事を何で知らないのよ

 教室で話題にもなっていたでしょう!?」

 愕然と目を見開き、少女は言う

 「いや、おれ割と浮いてるし、そもそも初等部の学生じゃないからあまり干渉する気もないからな」

 「……まあ良いわ。アナタに期待するだけ無駄だものね

 でもそんなアナタ以下しか居ないあの教室にも困ったものだわ」

 「……いや、1vs3でたまにおれに勝てる辺り、そこまで悪くないとは思うが?」

 「血の話よ

 穢れてる皇族ですらまだマシに見えるわ」

 

 「それで、おれに何をして欲しい?」

 話を戻すように問い掛ける

 「クロエは嫌いじゃないけど、正直シュヴァリエ公爵家との血の縁なんて御免よ

 でも、変なことにとんとん拍子に話が進んでいっているの。このわたくし自身に許可もなく」

 「はあ」

 で?とおれは首を傾げる

 それで、おれに何をして欲しいのだろう

 

 その答えは、すぐに出た

 「気がついた時にはもう遅かったの。今日が挨拶の日だって、馬鹿げてるわね

 初等部に入ってすらいない公爵の息子ごときが、わたくしに釣り合う筈もない」

 「……まあ、そうかもしれないな」

 そこは素直に頷く

 実際、眼前の彼女は特別な存在なのは間違いない。半ば冗談で民と同じと言っていたが、彼女は聖教国の実質トップの枢機卿の娘であり国賓。傷つけば国際問題だ。実際には国民を国家間のいざこざから護るためにも最優先で護る相手になる

 正直な話、おれか彼女かどちらか一人しか生かせない選択が出たら父でも彼女を選ぶだろう。おれのところがアイリスだったとしても、恐らく

 そんな彼女と、一介の公爵家の嫡子、とんとん拍子に婚約の話が進むのは妙だ

 

 「確かに妙だ」

 「お兄ちゃんは凄いの」

 クロエ嬢はそう言うが、そういう話ではない

 「いや、これは家の格の問題だから個人は無関係だよ、クロエ嬢

 帝国公爵と枢機卿。家の格としては、当たり前だが枢機卿が上。象徴である教皇を除けば聖教国の頂点とも言える枢機卿は、この国で言えば皇族……と言ってもあながち間違いじゃない

 それに対し、公爵は……確かに釣り合いが取れない格ではないけれども、シュヴァリエ家は交流も無いし、多少は格下だ」

 そう。例えばだがエッケハルトの家であるアルトマン辺境伯家に話が来たのならばまだ分かる。あの家の治める土地は聖教国に近く、国としての交流も衝突も繰り返してきたから

 だが、シュヴァリエ公爵家の土地は聖教国とは真逆だ。おれが兵役で飛ばされる人類がそうそう踏み込めない樹海方向に近い

 そんな場所の貴族との婚約が進むのは可笑しいだろう

 

 「ぶー!」

 「事実だろう

 家格としては下とはいえ公爵家、ヴィルジニー嬢から婚約を申し出れば問題なしと決まる範囲ではあるものの……」

 「わたくしが見ず知らずの公爵家の男に婚約を申し出るとでも?」

 「だから、可笑しいんだな」

 「ええ、でも公爵家は公爵家

 どれだけ可笑しいと思っても、ある程度固まった話はそうそう覆せない」

 だから、と此方の目を見て、少女は続ける 

 

 「ええ。わたくしの眼鏡に適う公爵家かせめて侯爵家の男がいれば良かったものの、居たのはガリ勉侯爵の三男坊くらい。興醒めも良いところ」

 いや、仕方ないと思う

 今年は割と男子生徒が不作だ。ゲーム的に言えば、主人公は一つ上の学年になるので、入学時から始まるゲームの関係上、あまり攻略対象となるキャラに年下が入れられないからだろうか。今年は妙に優秀な人間が少ないし、高位貴族の子息も少ない

 確かに、ヴィルジニーから見て良い相手は居ないだろう

 一つ下にはおれの下の皇子が居たりするんだが、それとも面識無いしな

 

 「だから婚約を壊せるのはアナタしか居ないの。

 お分かりかしら?」

 「……よーく分かった」

 つまり、婚約を潰すにはシュヴァリエの子息との婚約なんて○○が居るから無理と言える相手が必要で、その候補はおれしか居ないと

 

 「仮にも婚約者居るんだが、おれ」

 「ええ。皇族の癖に商人娘と婚約したみすぼらしい皇子、アナタの兄の使者から聞いてるわ

 で?問題あるのかしら」

 「いや、婚約を潰すのに、婚約者が居る相手を持ち出すって可笑しくないか?」

 「何処が?わたくしがアナタなんかを好きになる筈ないでしょう?芝居でもそんなこと口にするのは嫌よ、口が穢れる」

 「……ならどうするんだよ」

 「アナタの方がまだマシと言うのよ

 せめてアナタを越えてからほざいて、と最低ラインにするの」

 「……それ、おれに向けて喧嘩売らせてないか?」

 「ええ、悪い?」

 「わざと負けてやろうか?」

 「ええ、ご自由に

 アナタ、地位とか危ないんでしょう?負けるようなら皇族に要らないと言われて、どうなるのかしら」

 はあ、と諦めたように息を吐く

 

 「良く分かってるじゃないか。手を抜くなんて出来ないって」

 「別に、負けても良いわよ」

 「良いよ、勝つ

 それに……君が珍しく助けてって言ったんだ。好きな人はまだ居ないけど、何時か好きになった人と結ばれるために、自由で居たいと」

 「勝手に盛らないでくれる?」

 不機嫌そうに、オリハルコンの少女は呟く

 けれども、珍しくその顔は怒っていなくて

 だからおれも覚悟を決める。まーたニコレットには婚約者の自覚すらない駄目皇子とキレられるな、と思いつつ

 

 「で、何時から?」

 「今から向かうのよ」

 「急だなオイ!?」



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庭園会、或いは足踏み

「……どうしてこうなった」

 玄関先で口論してたのが本当に無駄極まったな、と苦笑する

 今すぐと言われ、制服の無いおれは取るものもとりあえず、最低限公爵の家に向かうのに失礼でない服に着替えて即座にヴィルジニーを呼んだという庭園会へと来ていた

 

 普通であれば何か喧嘩を吹っ掛けるに近い事であるが故に武器を仕込んだりする所なのだが、今回は無し。そんな余裕はなく、武器は置いてきた

 

 「わたくしのせいだとでも?」

 「昨日にでも言ってくれてればまた話は違った」

 「そんな事言われても、今日聞いたのにどうしろというのよ?」

 「それもそうだ」

 そもそも、そんなシュヴァリエ公爵家による婚約のごり押しが明らかに可笑しいからこそ、おれはこうして普通に考えておれがやることじゃない婚約を潰すような行動に乗ったのだから

 

 親同士による婚約の話だって割とあることはある。というか、おれとニコレットだって、父が決めた婚約だ

 だからおれはニコレットがどうしようが良いと思っているし、結婚する気もない。そりゃそうだ。おれと結婚して、あの子が幸せになれる訳もないのだから

 それと同じだ。ニコレットに好きな人を見付けたから婚約を破棄してと言われたら破棄するように、婚約したくないと言われたから、少女の潰すために動く

 

 まるで悪役になったような行動に、くすりとおれは笑う。乙女ゲーのヒーローというには何かズレているが、これもまた攻略対象っぽいかもしれないな、と

 まあ、ヴィルジニーもおれも原作に居るけれど、別に縁とか無いんだけどな

 

 原作ゲームでは絆支援と呼ばれるシステムがあり、特定キャラ同士はそのシステムを通して仲良くなれる。その支援を進めれば一部支援はカップリングにもなり、ヒロイン候補やヒーロー候補もそれは同じこと。なのであのゲーム、カップリング候補は元々多い……と、ゲームを貸してくれていた近所のお姉さんは語っていたのだが……

 逆に言えば、ゲームのメインとなるシナリオは主人公中心であり、それ以外は任意で進める○○と△△の絆支援くらいで語られるのみ。そして、おれこと第七皇子ゼノとストロベリーブロンド(グラデーション)の少女ヴィルジニーの間に絆支援は無い。故に、原作で接点らしい接点はないのだ

 だから、おれをヒーローと言って良いのかは疑問符しかつかないが

 というか、おれの原作での絆支援相手に恋愛云々の話がない。絆支援相手そのものが全キャラの中でも少なく、女の子はそのうち半分ほどの3人。原作シナリオで勝手に進むから自分では進められないアナザー聖女、妹のアイリス、そしておれが原作通りならそのうち行く事になる兵役先で出会う龍の少女ティアだ

 何と仮にも婚約者のニコレット相手すら絆支援が無い。マジで関係性冷えてるな原作のおれ達

 

 閑話休題

 兎に角、原作では縁がないが、だから?って話だな

 

 そんな言葉を交わしつつ無駄に豪奢なシュヴァリエ公爵邸の庭への扉を潜ろうとして……

 「お待ちください」

 おれ一人、扉の左右に控えた騎士に止められる

 いや、騎士ではないな。この国における騎士とは爵位を持ち、帝国騎士団に所属する貴族の事を指す。まあ、元々爵位が無くて尚且つ団長等の位もない一般的な騎士は男爵より下の騎士という地位だが、仮にも全員貴族なのだ

 そんな貴族が、ついでに言えば国家公務員とも言える騎士団所属の人間が、こんなところで私兵の真似事をしている事は有り得ない

 よって騎士ではなく私兵が正しいだろう

 

 「……何か?」

 「招待の無い者を通すわけにはいきませんな」

 淡々とフルフェイスの男は告げる

 そして持っていた槍をクロスし、扉を塞ぐ

 

 とはいえ、此方もじゃあ帰ると言うわけにもいかない。一度約束したのだ、違えてはならない

 それに、おれだって恋愛とか憧れる。好きな人と結婚だって、夢見る心は無くもない

 おれにはそんなの不可能で、忌み子の血をおれで絶やすべきと知っていても。いや、知っているからこそ。おれに関わった人々は幸せで夢ある結婚をして欲しい

 だから、止まるわけにはいかない

 その決意を込めて、おれは兜の男を見上げる

 「通れないのか?」

 「通すわけにはいきませんな」

 「おれの顔を見忘れたか?」

 「皇子だろうが皇帝だろうが通すなと言われております」

 揺るぎ無く返される言葉

 にしても、皇帝の来訪を拒否るような発言してる辺り凄いな。何かやらかしてる感が半端じゃない。普通、皇帝が来たら予定とか丸投げして歓迎しないか?

 いや、権力を笠に着た誉められた行動じゃないものではあるのは分かるけどさ

 「おれはヴィルジニーの付き添いなんだが?」

 「あの方の付き添いは許可しておりません」

 「……有り得なくないか?」 

 「ユーゴ様のお言葉なので」

 フルフェイスの私兵の言葉は揺るぎ無く

 「お前らも大変だな」

 「……ええ。ですが、通すわけにはいきません」

 「だろうな」

 言って、悩む

 

 にしてもユーゴ、か。真性異言(ゼノグラシア)だと父は言っていて、それはおれは確認していないこと

 とはいえ、父が買っていった奴隷がユーゴ関係で何かあったらしい事は聞いたし、多少の警戒は必要だろう

 そして、今回もユーゴか

 真性異言としてまともに交流できれば良いのだが、ピンクのリリーナしかり、割と自分を物語の主役だと思ってそうな奴等って居るんだよな

 そう、あのリリーナには何も言っていない。アルヴィナを突き飛ばしておいて謝罪一つ無い彼女は、下手に此方の事を明かしてもろくなことにならないだろうから

 そんな感じで、転生したのだからこの世界の主役は自分だと思い込んでいる転生者は話を聞かない可能性がある。よって、此方も下手に話さず様子を見るのだ

 ユーゴ・シュヴァリエについては何もかもわからない。まだ、何も見えてこない

 ただ、少しだけ不安はあって

 

 「皇族だからと押し通られたというのはどうなんだ?」

 「そんなことすれば路頭に迷う。通すわけにも」

 「それは困るな。押し通るのはなしか」

 って、怖いこと言うなこの私兵達

 目上の人間に押し通られてクビとかシャレにならないと思うんだが

 少なくとも、おれはやらない。目上の人間に逆らえないのは普通だろう

 「全く、わたくしの連れだというのが聞こえませんの?」

 「ヴィルジニー様は一人で通すようにと

 あの方は嫉妬深いので」

 扉をくぐったヴィルジニーの言葉にも反応しない二人

 全く、と肩をすくめてみせる

 だが、一つ良いことを聞いた。嫉妬深いならば、ヴィルジニーの策は通るだろう。おれを引き合いに出されたら、突っ掛かってくるに違いない

 

 そんな風に悩んでいると、ふと声を掛けられた

 「ん?ゼノじゃないか、どうして此処に」

 「……エッケハルト!」

 そう。エッケハルト・アルトマン辺境伯子である

 おれと同じ真性異言たる辺境伯の息子。辺境伯と親の地位が割と高く、話が通じるおれの友人。そんな彼が、大振りな肉の串を手に持って、ひょいっと顔を覗かせていた

 「誰ですか」

 「おれの友人の辺境伯子」

 「ってヴィルジニーちゃんじゃん!?どうしたんだよゼノ!」

 「一つ下の所に留学してきた」

 「マジかよ!おれも一つ下だったらなぁ……」

 「お前、アナはどうした。あと何だかんだ仲良いっぽいアレットは」

 「いやだって可愛いじゃん、別腹よ!」

 「全く……」

 変わってない友人に苦笑して、おれは呟く

 「で、エッケハルト。おれはお前に同行してたで良いか?」

 「ん?それで入れるなら良いけど?

 ってか、皇族なら普通に入れないのかよ」

 「アルトマン様の付き添いならば」

 向こうも疲れたのだろう

 ひょいと槍によるバリケードを解き、おれを通す

 めんどくさい話がありつつも、おれは庭園会を催す庭に踏み込んで……

 

 「無駄に豪華だな」

 そう呟くしか無かった

 「で、何が起きるの?」

 肉の串を片付け、新しいものを取ってきて、焔の公子たる友人が問い掛けに来る

 「ヴィルジニーとシュヴァリエの婚約発表?」

 「マジかよ」

 「……わたくしは認めてませんわ」

 「よし、ユーゴは敵だな!ヴィルジニーちゃんと婚約しようとか」

 「お前に言われても困るだろエッケハルト」

 そんな会話を交わしつつ、下手に手を伸ばしたくはないのでざっと料理は見るだけ見て、おれは周囲を警戒する

 

 「……女の子の為に取ってくるくらいやりませんの?

 気の利かない駄目皇子?」

 「いや、好きなもの判らないしおれ」



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暗闇、或いは厄介な奴

「悪い、助かったエッケハルト」

 止めていたのはおれを入れないようにではなく、あくまでも向こうの意図らしい

 好みは判らないので無難だろう牛の肉と野菜の串焼きを取りつつ、おれは改めて友人に礼を言う

 余談だが、七天教相手には基本的に林檎と牛のメニューを用意しておけば間違いない。道化の象徴とも言われるのが黄金の果実ことリンゴ。この世界では皮が金に近い黄色をしたヒヒリンゴが貴族間では一般的であり、赤いものは()リンゴとして1割以下の価値になるがまあそれは今は無関係。こんな豪華な場で赤いリンゴなんて出たら貴族間で馬鹿にされる。公爵家がやれば一週間は何処へ行ってもその話題が出るだろう。味はあんまり変わらないんだけどな、あれ

 また、牛だが……牛帝という七大天が居るので神聖な生き物として食べることが禁止されているかと思いきや、天が我々に下さった神聖な食べ物だとして逆に積極的に食べられている。宴では位によって食べて良い肉の部位が決まっているとかいないとか。高級部位より赤身をガッツリ食べたいときとかどうするんだろうそれ

 因にだが、人権の無い獣人や奴隷が牛を食べると聖教国では罰せられる。いや別に良いだろと言いたいが、宗教とはそんなものなのだろう

 

 庭園会の開かれている中庭はかなり豪勢だ

 噴水もあれば花壇もある。花壇に植えられているのはイデアの花だろう。真の姿、という意味ともされるその淡く白い花は万病に効く薬の材料とも言われる珍種だ

 では高いのかというと……魔法に弱いという致命的な欠点があるため魔法に頼らず手作業で育てなければならず、その上で夜空に輝く晶星の光をたっぷりと浴びる必要があるが故に屋内で育てることも出来ない。寒さ暑さにも決して強くはなく、強い風で葉が落ちてしまえば花は咲かないし枯れる。その癖土から栄養をバカみたいに吸い上げて育つ

 そして何より、イデアの花を育てる上で問題なのは……万能の治癒の力ならばこんな面倒な花を育成して薬を作るより魔法である七天の息吹で良くない?と言われたら、使える者が居なくても大丈夫だから……くらいしか反論が効かない

 薬は液状であり、死にかけの怪我でなければ何度かに分けて使えるから1冊1回固定の七天の息吹とは違う……と言いたいが、保存は利くものの空気に触れると劣化が早いのでちびちび使う事が出来るとは言い難い。最初に開けてから保存できるのは精々1週間(8日)が限度だろう。しかも、一度作った薬は冷暗所に安置しておく必要がある

 そんなもの使うなら魔法で良い、しかも確かに美しい白い花を咲かせるが、特別美しいとまでは言えない。結果、イデアの花は万能の霊薬の素材の割には人気はあまり無いのだ

 

 「珍しいもの育ててるな、イデアの花とは」

 「スゲーよな」

 ひょい、とまた肉の串を()みつつ、辺境伯という伯爵と侯爵の間みたいな地位故か居た友人は興味無さげに言った

 文化より食い気、そして……

 

 「ヴィルジニーちゃんが来てるとかマジなんだなー」

 食い気より色気か

 「……悪い、気が利かなくて……ってか、これで大丈夫だよな?」

 流石に毒などはないだろう。此処で毒入りが混じっていれば逆に凄い

 故に毒見もせず、皿に取ったものをグラデーションの少女へ差し出す

 結局取ってきたのはリンゴのジュースと、リンゴのソースで味つけられた大振りの肉串。エッケハルトが食べているのとはソース違いのもの

 「飲み物とソースの味を同じにするなんて、バカの一つ覚え。なってないわね」

 「残念ながらおれはそういうの自分で選んでくる機会があんまりなくて、才能無いんだ、許してくれ」

 「それに、皿が一つなのも減点ね

 一つの皿からなんて、恋人気取り?」

 嫌味っぽく言ってくる少女に皿を渡し、おれはいや?と返す

 「おれは食べないからさ

 こういう庭園会、おれが忌み子だからって色々と面倒なんだよ。時折おれ狙いで毒まで入るし」

 「何よそれ。というか、アナタ、わたくしの恋人気取りで婚約を潰しに来たというのを忘れたの?いえ恋人気取りじゃないのは身のほどを弁えていて良いとは思いますけど」

 「おれに恋人気取りが出来るとでも?

 1年ちょい前かな。呼ばれた庭園会でおれ狙いで毒入れられててさ

 横で食ったレオンが死にかけたって事件もあったんで、それを機におれは絶対に手を付けない事にしたんだよ」

 「バカみたい」

 「馬鹿で結構。お陰でそれ以降おれの取りそうなものに毒をふりかける輩とか、おれに持ってくる皿に毒を仕込む料理人とか居なくなったんで、効果はあるんだよ」

 「一回じゃないの!?」

 愕然とした表情のヴィルジニーに、おれはん?と首を傾げる

 

 「いや、寧ろ何時毒を仕込まれてるか分からないって普通じゃないか?

 師匠が修行中にくれる飯にすら見分けをつけろと毒入りが混じってたりするしな。嫌がらせで毒を仕込んだりするのは普通じゃないのか?」

 「ば、蛮族……」

 「全く、そこらの毒が今更皇族に効くかよ。いや、アイリスは体が弱いから効くな……」

 「なあゼノ」

 「何だエッケハルト」

 「気が滅入るわ!美味しく食べさせろ!」

 「それもそうだな」

 そうやって話を打ち切り、周囲の人間を観察する

 

 ……ん?

 変な違和感を感じ、もう一度見回す

 やはりだ。明らかな可笑しさがある

 

 「エッケハルト、ユーゴ公爵令息は何処だ?」

 「いやー、招待状は彼の名前で来てたけど、今日は見てないなー」

 「クロエは着替えに行きましたわ」

 と、グラデーションの少女が補足してくれる

 「まあクロエ嬢はこの際主役じゃないから別に良いんだが……」

 一息ついて、周囲をわざとらしく見回す

 

 「そもそもユーゴとヴィルジニーの婚約を発表しようってのがこの庭園会なんだろう?」

 「お父様からそう手紙が届きましたわ」

 「なら何で主役が居ないんだ?」

 「……それもそうですわね」

 「何かあるな……」

 そんな風に思いつつ、今回手を付けたらまた忌み子だから良いと思ったと毒が入れられたりするだろうから食べ物は諦めて

 

 待つこと暫く、不意に周囲が暗くなる

 陽射しが差し込むように作られている広い中庭。急に暗くなるのは魔法の証

 

 「ヴィルジニー」

 「きゃっ!」

 とりあえずの礼服。彼女に言われたように、手袋はしっかりとしてある

 そんな手袋つきの手で少女の手を握り、何事かに備え……

 

 バッ!と、周囲が照らされる

 「貴様ァ!」

 「っ!」

 同時、空を裂く音

 暗闇の中、突然の光による目眩ましへの対策兼音への集中の為に閉じていた目を見開く

 飛んでくるのは、先の細い長槍

 それは少女……ではなく、何者かが拐う可能性を考えてその手を握っていたおれを狙い、かなりの速度で飛来する!

 ってオイ!下手したら他の人間に突き刺さるぞ迷惑を考えろ!

 

 「馬鹿がっ!」

 避けるだけならば簡単。いっそ少女の手をひょいと此方に引けば少女を盾にも出来る。やってみた場合下手人は何と返すのだろう

 だが、そんなことやってどうする。避けても少女を盾にしても被害は広がる。やるべきことは……

 おれ狙いの槍で誰も傷付けさせないこと!

 ならば、そこ!

 「っらぁっ!」

 一歩離れていたエッケハルトの方へ目配せ

 目をしばたかせていたが、既に手に串はなく空いていたので行けると判断し、少女の手を軽く引く

 あっさり腕の中に収まる小さくはないが軽い体。その足に手を回して抱え、一歩横へ

 「任せた、エッケハルト」

 そのまま軽い体を、腕を強張らせた友人の腕に置いて、飛びすさって距離を取る。下がる方向は槍の飛んでくる方向。これだけで避けられたと言えるが、誰かに刺さりかねないので……

 「おらぁっ!」

 そのまま上へ跳躍。皇子としての全力で地を蹴り、大の大人の頭をまだ掠めない位の高さを通過する槍を、横から蹴り飛ばす!いや、その木の柄を蹴り砕く!

 

 同時、槍に刻まれた魔法文字が煌めき……

 「ぐがぅっ!」

 雷撃が炸裂し、おれの体を叩いた

 魔法耐性はない、それがおれだ。炸裂する雷撃が見事に直撃し、吹き飛ばされる

 そしてそのまままだまだ料理の残るテーブルに突っ込み、料理を生ゴミに変えながら柔らかな草の床を無様に転がり、飛び起き……れず、痺れた足を使わないように無理矢理腕で弾みを付けて身を起こす

 「爆裂槍とは、随分なご挨拶だ」

 槍の軌道の元、2階建ての館の屋根を見上げる

 其処に居るのは一人の少年

 「第七皇子。我が未来の嫁に触れた罪だ」 

 ……あ、これ話通じない系だ



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婚約発表、或いは言ってみたくなる言葉

「……ゼノ!」

 「エッケハルト、お前はヴィルジニーを任せた」

 「おいこら違うだろ!?」

 痺れが取れるまでの時間稼ぎに口を回しながら、屋根の上の少年を見上げる

 

 子供の癖に特注の白いタキシードを身に付けた、金髪の男。顔立ちは……うん、何というか彫りが浅いというか、カッコいいにはカッコいいが日本人顔というか……

 シュヴァリエってあんな顔だっけ?となる

 って、原作では名前くらいしか出てこないモブだし、記憶に無くても仕方ないか。仮にも公爵家なのに出番が無いって何だろうな

 そんな彼が、光を覆い隠し闇夜をもたらす魔法と、指定した場所を照らす魔法(アルヴィナが本を読むのに使っているもののちょい豪華版だ)によりおれとヴィルジニーと彼自身が照らされた空間のなか、悠然と腕組みなどして立っている

 

 「それにしても、爆裂槍とは随分なご挨拶だ」

 「我のものへ触れるふとどきゅものが!」

 あ、噛んだ

 

 「ふとどきものめが!」

 あ、言い直した。にしてもおれが言えた義理ではないんだが、子供っぽさ無いなあの口調

 「それでも爆裂槍は無いだろ爆裂槍は」

 「爆裂槍なんて皇族なら涼しい顔で受けろよ!」

 「ダメージは無くても吹き飛ぶんだよ!」

 因におれにはダメージも通る。爆裂槍のダメージ計算式は力×3/4+武器攻撃力の3-防御。その後に出た数字(0以下は0)に雷属性扱いの魔法ダメージ5点(魔力25毎にボーナスで5点増えるが、ユーゴの魔力は25無いらしい)。そしてゲーム的な1マスノックバックと麻痺効果だ。魔法ダメージ部分は魔法防御0のおれに通る。流石におれの防御を抜いてくることは無かったのか、物理ダメージ部分は通ってないようだが

 力数値が参照されることでダメージが上がりノックバックも付いた雷鳴矢の上位版とも言って良い武器であり、ゲームでも崖際の敵を崖から落として即死を決めたり、門に叩き付けて扉破壊を起こしたり、他の敵に衝突させて詠唱阻害起こしたり、塞がれているマスを空けたりとhit時強制ノックバック効果が有効活用されまくった便利武器だ。麻痺はおまけ

 

 「国賓なヴィルジニーが居る所に投げ込む武器とは思えないんだがな」

 「怪我させたら護れない情けない皇子のせいだ!」

 「それはそうだが、投げ込んだ当人にだけは言われたくない」

 むう、痛いところを突く。実際に怪我した日にはまずおれが悪いとなるのは自明の理だ。皇族が付いていながらと言われるのは避けようがない

 だとしても、おれが守る前提で投げるなよ!?せっかくの料理が床に食べさせられてるんだが!?

 作ってくれた人に申し訳ないとか思わないのかあいつ。アナなんて同い年の子供達が騒ぎながら食べたから床に落ちている切れ端をメイド服で掃除しながら溢してご免なさい無駄にしてご免なさいしてるぞ

 いや、あれはちょっと考えすぎだけど。手を付けた食べ物は残さないとしているアルヴィナくらいでちょうど良いんだが

 

 「……そもそも我のものに近付いた悪い虫が悪い!」

 「仮にも皇子を虫扱いするな!犬猫レベルはある」

 「うるせぇ忌み子!」

 低レベルな言い争いに発展しかけたその時、別のスポットライトが突如庭の真ん中辺りを照らす

 

 其処に居たのは、さっきまで居なかった大人二人と、ちょこっと所在無さげに立つ青いドレスに着替えたクロエ

 一人の顔は分かる。ユーゴをそのまま大きくしたような顔……よりちょっと彫りが深い40歳前後の小太りの男、シュヴァリエ公爵だ

 にしてもあの人肥えたなー、と出た腹を見ながら思う。ユーゴの曾祖父、つまり公爵の祖父の代辺りは大団長と呼ばれる騎士団長の長、つまり軍のトップやってた家柄なのにな

 今では名ばかり公爵、当主も太っただらしない体か

 

 だがもう一人は知らない人間だ

 そして、知らなくとも何者であるかは分かる人間だ。その髪を見れば分かるに決まっている

 エメラルドのような輝きを持つ、毛先にかけて銀に変わってゆくグラデーションの髪を背後で束ねた髪型。それを見間違う道理はない。こんな髪色、他に居ない

 「お父様!?」

 エッケハルトの腕に抱かれたまま、オリハルコングラデーションの少女が目を見開く

 そう。お父様。ヴィルジニーの父、ストロベリーブロンドのグラデーションの娘を持つ枢機卿である

 

 「枢機卿猊下(げいか)

 慌ててまだ痺れた膝を折り、片膝を付いて礼を取る。床に溢れたソースが膝を汚すがそこは気にせず、おれは仮にも完全に目上である相手に礼の形を取る

 片膝を付くのは騎士の礼。平伏するものに比べれば浅く、大体は貴婦人に向けて取るものだが……仮にも此方も皇族だ、許してくれるだろう

 あとユーゴとエッケハルト、お前らも礼するんだよ、忘れるな、相手は仮にも異国の実質トップだぞ

 

 「何事か」

 「おれ……いや、わたしの名は」

 「繕わずとも良い」

 慣れない敬語に初動からミスしたおれを気遣ってか否か。エメラルドのグラデーションの男は、静かにそう告げる

 それを無視して敬語を使うのもまた無礼。おれは普段の口調で話し始める

 「おれの名はゼノ。帝国の第七皇子です」

 「お前は呼んでない!」

 と、飛んでくるユーゴの言葉

 うん、招待されてないな確かに

 「クロエはいーよって言った」

 と、いや友人と来たと言いかけたおれに助け船を出したのは少年の妹クロエであった

 まあ、ヴィルジニーの横に居たし、止めなかったからヴィルジニーの味方なのだろう

 「クロエ!?何で」

 「そっちの方が盛り上がるかなって?いーでしょ?」

 無邪気に笑う妹少女。その言葉に納得したのか、礼も取らない金髪の兄はだよなクロエが我を裏切るとか無いよなと納得のうなずきを返す

 ……前言撤回。味方とは限らない

 

 「帝国皇子として、彼女……睨下の娘の身を預かる父皇シグルドの此処での名代として、あの暗闇が何者かによる襲撃であるならば彼女を護れるようにとその手を取ったのですが……」

 ちらり、と屋根の上を見上げる

 「どうしてか、そのせいで不興を買い、爆裂槍を投げられてしまったようで」

 「……婚約者ある身に軽々しく触れるでない、忌み子よ」

 重苦しく告げられるのは、おれへの非難

 そして流れる婚約者という言葉。ああ、やはりというか……枢機卿は向こう側か。何があったのか知らないが、ユーゴとの婚約を良しとしている

 此処で手紙で急に届いたという事から考えていた、実は枢機卿は全く婚約を認めておらず、既成事実を作ろうとシュヴァリエ側が手紙を捏造したのではという可能性は消えた

 同時、では此処に居る枢機卿は偽者なのでは?という疑問が生じるが……。それは無い

 オリハルコングラデーション。神々から与えられた特別な髪色。魔力の色を強く出す鮮やかな髪は染料を弾くので物理的に染めることは不可能であり、また、魔法で幻覚を見せようとしても上手く行かないのだ。例えば見たものに変装できる影武者お得意の火属性の魔法"陽炎の鏡"でヴィルジニーの姿になろうとしても髪はグラデーションしていないストロベリーブロンドにしかならない

 神から与えられた奇跡の力では、神が特別に与えたものを騙る事は出来ないという事なのだろう。故にかの髪は特別視され、神を抱く七天教において、ガチで神の声を聞ける神の子の血を受け継ぐ御子である教皇以外では珍しく世襲で高い地位にあるのだから

 

 「婚約者?何の事でしょうか、猊下

 そもそも、何故(なにゆえ)猊下が帝国にいらしているのですか?父皇からは貴方の到来など聞いていませんが」

 おれの言葉は無視し、異国から来た男はパン、と手を叩く

 

 「静まれ!」

 それは鐘の音のように低く、良く響く声。それを受け、ひそひそと話していた皆はぴたり、と会話を止めて男を見る

 同時、喉に溢れる血を、その苦い飛沫を、バレぬようにおれは飲み込む

 《鮮血の気迫》。やはりというか何というか、彼の声には従わなければというように精神誘導する力があるらしい

 だからトップなんてやれているのだろう。凄い力だと思うし、悪用されなければ別に罪な力だとも思えない。それくらい、上に立つものなら持ってても不思議ではないだろう。帝国皇族にも、圧倒的な力という我を押し通す力はあるのだしな

 

 だが、だからこそ分からない。彼は何故、正直言って出会った瞬間に馬鹿なんじゃないかこいつ?と思わせるユーゴをそんなに推すのか

 「私は忌み子皇子の呼ぶ通り、聖教国枢機卿である

 此度はこの場に集まった皆のものに福音を告げに来た。この場に居られたものは幸福である」

 ふっ、と屋根の上でユーゴが笑う

 その笑みがどこか邪悪に見えて

 

 「猊下!」

 「枢機卿猊下!」

 「我々の救世主!神々の代弁者!」

 どうでも良いが、建前の上では神々の代弁者は教皇で、神々の言葉の影響が強すぎるが故に自らは動かない教皇の御告げを受けて動く代理人が枢機卿のはずだ

 精神に作用する力ゆえか、ノア姫の時を思わせる変な熱狂が渦巻いている。大丈夫かこれ

 いや、毎月始めに聖教国であるらしい枢機卿猊下のおはなしは毎回信者大熱狂らしいしこんなものなのか?

 

 「おおーっ!猊ぶっ!」

 あ、エッケハルトの奴も叫んで、ヴィルジニーの肘食らってやがる

 というか、お前仮にも辺境伯子だろ?辺境伯という伯爵より侯爵に近い高位貴族の嫡男だろ何普通に影響食らって熱狂してるんだ

 

 「此処に、私は我が娘ヴィルジニーと、シュヴァリエ公爵家嫡男であるユーゴ・シュヴァリエの婚約を……」

 「お父様っ!」

 実際に見るまで、信じていたのだろうか

 父は本当はそんなこと思ってないと。嘘なのだと

 それを裏切られ、グラデーションブロンドの少女の瞳に涙が浮かぶ

 

 「異議あり!」

 その涙を吹き飛ばすように、おれは言い終わられる前に叫んだ



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挑発、或いは少女の決意

「異議あり!」

 エッケハルトがついでのように叫ぶ声が、しんと静まり返った世界にもう一度響く

 

 「……今、何と?」

 「異議あり、だぜ!」

 「その婚約に異議を申し立てる、と言ったのです、枢機卿猊下」

 エメラルドの男はその言葉にわざとらしく首を傾げる

 「はて、我が娘の事に異議を唱えられるような理由が何処かにありましたかな?」

 びくり、とエッケハルトの腕の中で少女が震える

 「ええ。残念ながら」

 「では、それをお聞かせ願えるかね、第七皇子?」

 「あるわけねーだろ!」

 上から降ってくるのは金髪少年の嘲り

 いや、大分無茶な事言ってるなーというのはおれ自身も分かっている。それでも、助けてと言われたんだ。ならば動かなくてどうする

 

 「おれは帝国第七皇子。そして彼女は、帝国に、皇帝に託された国賓です

 ならばおれには、あの場……初等部において父皇シグルドの代わりに彼女をあらゆる害から護る使命がある。違いますか?」

 「ええ、そうですわお父様」

 「ほう、それで?」

 「故におれには、彼女を護る義務があるのです。本人の望まぬ婚約等の害からも」

 「……それは、私が君の父上に託した事だ。私には無関係ではないかね?」

 「いえ、枢機卿猊下(げいか)

 父が託されたのはこの国に居る間の国賓である彼女の心身の平穏。その約束は、まだ終わってはいない」

 「それはもういいと私が言っているのだ」

 おれに向けて、その男は目線を向けずに吐き捨てる

 その態度を見ながら、おれは……

 

 ああ、何かあるな、と思っていた

 

 理由はとても簡単だ。おれと目を合わせないから。あとは単純に、耳に纏わり付くねっとりとした力の存在。《鮮血の気迫》に存在するもう一つの効果、気迫による精神異常耐性が効果を発揮していて精神に影響はないが、そよ風のような違和感の無いものであった彼の言葉は正しいと思わせる魔力が、今では耳にこびりつく粘っこさを感じる

 それは……是が非でもおれに認めて貰わなきゃいけない証。説得ではなく洗脳によるもの

 「ユーゴ様!どうも」

 「おいしゃんとしろエッケハルト!」

 また引っ掛かっている友人に向けて叫ぶ

 いや、でもこれは仕方ない。寧ろ神々の祝福によるスキルという名の力、その中でも皇族専用職or特定の神器(月花迅雷)所持時のみ取得可能なぶっ壊れである《鮮血の気迫》の発動すれば問答無用の精神異常打ち消し+累積耐性が可笑しいだけだ。こんな纏わり付く魔力による洗脳、スキル無しなら普通におれにも効く

 そんなこんなで、ユーゴを認めたように腕の中から突き放すような行動を取った友人の頭を軽く小突きつつ、支えの無くなった少女を庇うように前に出る

 もう、足の痺れはない

 

 「もう良い、か」

 「ああそうだ。娘はシュヴァリエ公爵家に嫁がせる。私がそう決めたのだ」

 「お父様っ!」

 「おお、私のジニー

 ユーゴ君は素晴らしい才能の持ち主だ」

 少し虚ろな目で、枢機卿たる男は言う

 目に光はある。だが……娘の方すら見ていない。あの目はあらぬ方向を見ていて

 ああ、本意ではないのだなと思わせる

 

 「才能か。それはそれとして……おれはそれを認めない。皇帝シグルドの代理として、おれはその言葉に異を唱える」

 「っせーな忌み子」

 「そもそもだ。仮にも大貴族であるシュヴァリエ公爵家の嫡男と異国の権力者の嫡子の婚約なんて、皇帝の許可無く通るはずがない」

 引かず、おれは呟く

 

 「確かに」

 「独立すると言われたら一大事だよな」

 エッケハルトを始め、見守るうちの数人が手を叩いて同意する

 そう。例えばおれ……なら正直な話婚約だ何だも普通に通るのだ。跡継ぎでもなんでもないおれは、地位は仮にも皇子と高いが実権を持たない

 だが、公爵家の嫡男は次期公爵。しかも、昔は大団長という形で軍事の権限を持っていたが今は中央からはちょっと遠ざけられている形

 

 シュヴァリエ家の歴史としては……ユーゴの祖父の代に当時の宰相の娘と結婚して勢力を拡大、軍と政の頂点を取り、初等部以来の縁で当時の第一皇子も抱き込んで実質帝国の支配者にまで登り詰めた……と思いきや、皇帝の座を継いだのはおれの父シグルド。権力の一点集中を狙いすぎだ馬鹿、それに(オレ)の友人より采配が不味い。税を取るより未来に喜んで税を納めてくれるように考えろ、と世襲で宰相を継ぎつつ大団長ともなろうとした瞬間に、彼は宰相から蹴り落とされた

 ついでに、不平を申し出てて皇帝に決闘を仕掛けて惨敗。フルチン気絶公としてネタにされ大団長から降格。それを期に彼は政治と軍事の表舞台を退き、爵位だけ高い隠居公爵になった……という経緯を持つ

 そんなこんなで国家での実権は無いが、仮にも大貴族だ。土地だけは沢山ある。というか、皇族領は意図的に小さく抑えているのでそれより数倍大きい

 そんな、現国家に不満はあるだろう金と人と土地はあるが権力の無い貴族と、別に戦争していた過去はないが決して仲の良い国ではない他国のトップの婚約。いやこれ帝国というか皇族に対してクーデターでも仕掛ける気なんじゃないの?という話だ

 そこで皇帝の許可とか表向き取って決して反意とかありませんよーと取り繕えないのが、やはりシュヴァリエか

 因にだが、アナに水鏡を使って貰い父に確認は取ってある。着替えながらだったので詳しくは話せていないが、(オレ)の耳には入っていないから国賓にアホな婚約を迫る馬鹿には皇帝の名を出して良いと許可が出た

 

 「私が決めた」

 「帝国がそれを認めなかった。故に、猊下が何を言おうとも、おれの彼女が認めない限り望まぬ婚約から護る義務は消えていない」

 「馬鹿馬鹿しい。ユーゴ君はとてつもない人材だ。彼等を冷遇する帝国が間違っている」

 ……目線を合わせないそらぞらしい言葉

 何かある。だが、それは……今はどうにも分からない。彼も語ってはくれないだろう

 

 「ってかさ?いい加減邪魔じゃね?」

 「ユーゴ君、少しだけ待ってくれたまえ

 君が如何に素晴らしいか、すぐにジニーも分かってくれるだろう」

 「分かるわけ無いっ……」

 おれの背後で、グラデーションの少女は吼える

 「ジニー。何故そんなに嫌がるんだい?」

 そうして、ぽんと手を叩く

 

 「ああ、ユーゴ君を知らないからだね」

 「違いますわ!」

 「それとも、あんなに馬鹿にしていたそこの忌み子に心奪われてしまったのかな?

 それはいけない。彼は忌み子だ」

 「そ、そんなはずありませんわ!この皇子だけは有り得ません。このわたくしが、忌み子に惚れるなんて、七大天様に言われても無理ですわ

 ですが……」

 意を決したようにおれの背から飛び出し、父の前で、少女は胸を張る

 「わたくしは、この馬鹿にしていた忌み子に勝てなかった。奇跡の力をもってすら、わたくし達はこんな忌み子にすら及ばないのですわ」

 プライドが高く、ふざけないでと良くおれに突っ掛かる少女にしては珍しい発言

 

 「わたくしの今の目標は何時かこの皇子をぎゃふんと言わせること。そのわたくしの横に立つのであれば、それくらい出来なければ認められませんわ」

 「……だそうだ」

 少女の言葉に、むぅと男は唸る

 「つまり可愛いジニーや。ユーゴ君がこの忌み子に劣ると言うのかね?」

 「ええ、そうですわ。真っ平御免な皇子以下ばかりのレベルの低い国ですもの」

 ……いや、挑発なのは分かるんだが……

 と、おれは肩を竦める。割と散々に言われてるな、おれもユーゴもついでにエッケハルト等も

 ってか、1vs3でおれに勝てることがある辺り皆決して弱くないぞ?

 

 「お兄、あの皇子なんかに負けないよね?」

 「そうだ!見せてやるよ、こんな魔法に弱いクソザコ皇子なんかに負けるものかよ!」

 あ、釣れた

 優秀な事は優秀なんだけど、野心家で短絡的だとは宰相アルノルフの談だ。その例に漏れず、プライドの高い少女が自分を下げてまで告げた挑発に、さくっと相手は乗ってくる

 

 「……ならば、決闘にて

 ユーゴ君。君がどれだけ素晴らしいか、ジニーに見せてあげてくれ」

 「はっ!所詮魔法で簡単に倒せる序盤お助け忌み子に負けるはずねぇ。見せてやっよ!」

 ひょい、と金髪少年は屋根から飛び降り……

 下の私兵に魔法で風のクッションを用意して貰ってワンバウンドして着地

 そうして、彼はおれの前に立つ

 

 「げふんと言わせてやっよ、我が力でな」

 にぃっと猿のように、少年が嗤う

 「……負けたと言うか、言えなくなるか

 それをもって決着で良いか」

 だが、それは良い。その為におれは来たのだから

 あの何時もは忌み子ごときに出来るならと張り合うし突っ掛かるヴィルジニーが、おれを認めるような言葉すら吐いて作ったマッチだ

 勝つ。それだけだ

 

 武器はない。だが、それで構わない

 「ってかさぁ、スーキキョ?

 向こうから難癖付けてきたのに、何かハンデとかないの?」

 「ふむ、そうだねぇ」

 「分かったよ。おれは武器も左手も使わない。それで良いか?」

 「バッカじゃね?勝てると思ってんの?

 ま、どっちでも勝てないしいーけど」

 少年の言質を取り、おれは左手をだらんと下げる

 

 周囲の客が捌ける

 見守る少女は、何時しか寄ってきていたクロエによってエッケハルトと共に机の後ろに行って遠巻きに此方を見る

 「ユーリ!」

 「はい、ユーゴ様!」

 と、少年が呼ぶや、人混みの中から一人の少女が小型の本を持って駆けてくる

 金髪でそこそこ可愛いツインテールなメイドの少女だ。一つ特徴があるとすれば、そのメイド服のスカートが短い。アナに渡したのも太股が見えるくらいで短いなと思っていたが、此方はヤバい短さだ。気を付けていないと下着が見えてしまうレベル

 いや、それ働きにくくないか?可哀想になと思わず目を背けたくなるレベルだ。多少短いスカートの方が可愛いのはアナも認める話で、彼女もこっちの方が動きやすくて可愛いですとロングのスカートもあるのにわざと膝上まである白いソックスにギリギリかからず少し腿が見えるくらいのミニスカートを選んでいるが、この短さは流石に可愛さとかそういうのじゃないだろう。ひょっとして見栄で豪邸に住んでいるが人前にあまり出ない見習いメイドのメイド服の材料費をケチらないといけないくらいに財政がヤバいのだろうか

 

 そんな事を思いつつ、呼吸を整えている間に幼い金髪メイド少女からユーゴはその本(間違いなく魔法書)を受け取り、その頭を撫でていた

 ふにゃっと歪む少女の顔。頬に朱も指していて……

 

 いやどうでも良いが、早く始めようじゃないか。ヴィルジニーが不安そうに此方を見ているのだから

 その決意に、割とボロクソ言ってるおれに頼ってでも望まない婚約をしたくないその思いに、後は応えるだけだ

 「……武器はそれで良いのか?」

 あえておれは聞く。先手必勝、その為に

 「はっ!他に要るのかよ」

 「……なら、始めようか!」

 「はっ!忌み子が!存在の違いを見せてやるよ!」

 その言葉と共に、おれは駆け出した



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決闘、或いは公開処刑

「待て!」

 駆け出した瞬間、背後から声をかけられる

 「宣誓を」

 静かにその声を告げるエメラルドの男

 

 まあ、誤魔化しは効かないか

 立ち止まり、おれは一つ頷く

 「知ってるよ第七皇子

 負けたときの言い訳にハンデを認めたんだろ

 でも残念、宣誓をサボっちゃいけないなぁ」

 「そっちもな、ユーゴ」

 地味に一歩後ずさりする少年を見据えつつ、おれからも一言

 踵を返し、距離を戻す。そうして、空を仰ぎ、言葉を紡ぐ

 

 「我、帝国第七皇子ゼノ。皇帝シグルドの代理」

 「我、ユーゴ・シュヴァリエ。ジニーちゃんの婚約者」

 「我が位に懸けて」

 賭けるものを語る言葉は一つだけ

 向こうは、ユーゴは何も言わない

 っておい、言えよ

 

 「父皇シグルドの代行の名において」

 「世界を統べる我が名において」

 ……って大きく出たなこいつ。ひょっとして馬鹿か

 「我、少女の望まぬすべての悪を盟約の下に切り払うことを」

 「文句付けてくる馬鹿をぶちのめしてジニーちゃんを救うことを」

 「父シグルドとプロメディロキス……いや、おれを見守る天ティアミシュタル=アラスティルに誓約する!」

 「我は我に誓う!」

 

 「その誓い、枢機卿たる私が聞き届けた」

 重々しく告げられる言葉

 いや、良いのだろうか、とおれは心の中で思う

 決闘魔法。魔法の中でも特殊な、天による特異魔法。魔法書はなく、属性も決まっていない。決闘の保護と決着の意味の確定を目的とした魔法だ。みだりに呼べば天罰の下る七大天の魔名を唱え、互いに神の名においてその決闘の目的を保証する儀礼。その敗者には天の名において裁きが下る

 つまり、神の魔名を語っていないユーゴの宣誓は成立していないのだ。己は何者か、その決闘に何を賭けるか、勝利により何を望むか、それを神に告げる事で成立する魔法だからな、それを自分に誓うとかあいつ七大天か何かか?

 

 だが、それは突っ込まない。というか、突っ込めない

 理由は簡単だ。そもそも決闘を保護して貰う"魔法"である以上、おれの宣誓は聞き届けられない。よって例えユーゴが正しく宣誓していても対象二人の決闘魔法は発動しない。おれに魔法は使えないからな!

 

 「可笑しいですわ、そんな宣誓」

 「いや、良い

 そもそもが……忌み子の声は、天に届かない!」

 「……それもそうですわね」

 ヴィルジニーの文句を遮って

 

 「天の名を借りて、己の正義を証明せよ!」

 その言葉こそ、決闘開始の本当の合図

 十数歩先でユーゴが手にした魔法書を開く

 「『其、全てを縛り平伏させる大地の鎖』」

 朗々と響く詠唱

 そう、詠唱。当たり前だが、魔法は魔法書を読んで詠唱することで力を発揮する。強力な魔法ほど詠唱は長い。それが基本だ

 父などを見ていると忘れがちだが、基本は詠唱必須なのだ。当然のように詠唱しなくても使える皇帝がチートなだけである

 

 にしても、とおれは息を整え

 

 舐められたものだ!

 全力で地を蹴る

 抜刀術とは、最速の業。技術論としては、虚を衝くことによる防御を貫く技であったり、出会い頭に立合一閃といった形の不意の暗殺、抜けば勝てるという技能の威圧から相手に膝を折らせ斬らずして終わらせる活人剣等色々な意味を持つものだが……

 魔力の存在するこの世界においては、スキルという形で実際にステータス補正がかかる攻撃方法である

 

 ならばこそ!速度補正のかかる踏み込みは……敵を捉える!

 「『王の御ぜ……』」

 遅い!

 

 武器は使わない。決闘魔法は決闘する二人を魔法の衣が包み、HPダメージを肩代わりする……つまり傷付かないように護ってくれるがおれにはそんな便利魔法は意味がない

 故に、剣なんて使った日には2週間前に出会った変な転生者の少年のように、取り返しの付かない傷を負わせてしまう。それを防ぐための制約

 だが、武器なんてそもそも要らないのだ

 「ていっ」

 そのまま踏み込んだ速度を乗せて蹴り飛ばしても良いが、距離を取りたくないので軽く足払い

 自信満々に魔法を詠唱する少年はぐらりと体勢を崩し、ふかふかの地面に倒れ伏す

 そのタキシードの襟を掴んで持ち上げ、右足を軸におれごと回転

 何というか、遠い記憶で昔クラスの皆が放課後や昼休みに教室の床や机に下敷きを縦に張り付けて回していたプラスチックと金属の駒を思い出すな。おれは4桁もするそんな玩具買えなかったし買えたとして下手したら先生に取り上げられるから持ってくるとか出来なかったろうけど

 「おげっ!うぇっ!」

 「ユーゴ様っ!」

 悲痛な叫びが聞こえてくるが、気にせず回転。暫く回して遠心力を貯め、ユーゴの手にしていた魔法書が手を離れて落ちたのを確認するやその手を離し、カッコつけたネクタイを掴み直して頭上で手首スナップで振り回すものに切り替え

 「うぐげぇっ!」

 ネクタイが少年の首を締め付け、少年の顔が青くなる

 だが、それも少しの間の事。ぶちりと絹を裂く音と共にネクタイはその役目を果たせない布へと成り下がり、少年は回転から解放されて宙を舞う

 

 「ごぼっ!」

 地面を擦り、花壇の縁に叩き付けられて、漸く少年の体は移動を止める

 おれはそれを、歩いて追いかける。ユーゴの落としたハードカバーの魔法書を左手を使わないと言ったがために無作法だが口に咥え、数ページあれば1回分唱えられるかもしれないからと千切りやすい縦向きではなく背表紙から横に引き裂きつつ、少し意識してゆっくり目に足を踏み出す

 

 「ユーゴ様!ユーゴ様に何するんですか!」

 と、おれの前に立ちはだかる影があった。そう、ユーリと呼ばれていた金髪メイドである

 いや、決闘……というかこれ半ば公開処刑で決闘と呼べるようなものじゃないが、決闘に水をささないでくれないか?一応1vs1ってことになるはずだから

 「……決闘に他人が口出しするな」

 「ユーリはユーゴ様の所有物です!」

 おう、と思わず虚をつかれて立ち止まる

 所有物……モノかぁ……。ならユーゴの武器として認めないわけにもいかないよなぁ……

 「良いよ。君が人ではなくモノだというのであれば、武器だと認めよう

 君が彼の武器だというならば……まずはその武器を砕く」

 わざとらしく右手を握り、軽い脅し

 

 「ひっ!」

 とたんに怯えた表情になる金髪メイド

 「ゆ、ユーリは、ま、負けません……」

 瞳に怯えの色を浮かべ、それでも少女は構える

 うん、何というか……割と楽しい気分になってくるな、と暗い喜びに身を委ねかけ、いやダメだろうとおれは奥歯を噛んで意識を戻す

 「……そっか。君には魔法の保護がないけど……」

 わざとらしく悪役っぽく、おれは嗜虐的に唇を舌で舐めながら呟く

 「右手と左手、それから足……何から砕かれたい?」

 「この、外道っ!」

 きゅっと握った掌を付き出してくるメイド少女

 その掌には細身のナイフが握られていて……

 「使わないと言ってる以上、君はおれの左側を狙うべきだったよ」

 だが、そのナイフは簡単に止まる。おれが二本の指で挟んだだけで、前にも後ろにも引けなくなる

 「あうっ」

 そのまま軽く手首を捻ってやれば、あっさりとナイフは少女の手を離れておれの指の間に収まる

 って、使うわけにもいかないんだけどな、武器禁止って自分で言ったのだし

 なので柄を右手の四本の指で握り込み、親指を刃にかける

 そして、力を込めて……

 メキッと嫌な音をたてて、親指がナイフの刃を貫いて埋る

 ……想定より柔らかいな。折る気だったんだが……

 と、おれは苦笑しながら親指を跳ね上げ、金属にしては柔らかなそのナイフの刃をねじ曲げて折り砕いた

 

 

 「ひ、ひでぇ……」

 と、後ろの方でエッケハルトの声がした

 いや、おれ自身酷いと思う。完全に苛めの域だ。胸が痛い

 「……あ、あう……

 ま、負けちゃダメユーリ。ユーリが頑張れば、きっとユーゴ様が勝ってくれ……」

 「ていっ」

 ぶつぶつと呟く少女の額にちょっと強めのデコピン

 「きゃぁぁっ!」

 衝撃で頭を仰け反らせて白い喉を晒し、なす術無く金髪のメイドは仰向けに地面に沈んだ

 いやまあ普通に考えて当然なんだが、弱いもの苛め以外の何なんだろうなこれ

 というかユーゴ?いい加減起きたか?

 

 「ゆ、ユーリッ!」

 あ、起きてたか、とおれはよろよろと起き上がりながら叫ぶ少年を見る

 何か若い女騎士に抱き起こされ、魔法書と少し短い直剣を渡されている金髪で襟とネクタイが伸びて千切れた二度と着れないタキシードの少年は、親の敵でも見るかのような形相で此方を睨んでいた

 

 「てめぇぇぇっ!」

 叫ぶと共に、少年が手にしていた魔法書が光を放つ

 「ユーリッ!ユーリのくれた時間、無駄にはしないっ!

 『タイタンチェイン』!」

 同時、地面から小岩の連なった魔法の鎖が伸び、おれの腕に

 「やったっ!勝ったっ!」

 絡もうとするも、おれを見失って空しく空を切る

 

 「なあユーゴ?」

 既におれは、女性騎士と少年の目の前まで駆け抜けていて

 そもそもだ。何で勝てると思っていたんだこいつ、としか言いようがない。爆裂槍のダメージの時点で、彼の【魔力】値は25無いと分かってしまっていた時点からずっとある疑問

 

 「負けを認めるか?」 

 「誰がっ!」

 「そう、かよっ!」

 「やらせませんっ!」

 少年の顔を蹴ろうとするおれの足を阻むように伸びる白銀の刃

 ユーゴを抱き起こす女騎士の剣だ

 

 「……いや、何度も言うが決闘は1vs1だろう」

 「私はユーゴ様の剣っ!」

 「あっそう」

 どうでも良いのだが、ならば武器はあの魔法書だけで良いかと聞いたときに自己申告しておいて欲しい

 

 ってよく見るとこの女騎士、帝国騎士団のうち一つの新顔じゃないか。将来有望な……って話を一年前くらいに耳にしたことがある

 「クリス!ああ、共に奴を倒すぞ!」

 ああそうだ、クリスだクリス。クリス・オードラン男爵。将来は騎士団長は無理でも副団長くらいにはなれそうと言われていたのを覚えている

 

 「おれとしては、どうでも良いんだが、オードラン元男爵」

 「元ではない!」

 烈火の如く整った顔を歪め叫ぶ20歳くらいの女騎士

 「いや、騎士辞めてモノになったなら元では?」

 「うるさい!幾ら皇子でも、私とユーゴ様の連携の前では……」

 言い終わる前に、回し蹴

 おれの足が閃き、兜も付けずに露出している女性騎士の脳を揺らす

 「けはっ」

 落ちないか。流石は騎士、向こうの明らかにレベルとか上がってない一般人なメイドと違ってしっかりステータスがある

 

 「な、なにっ!?クリス!?」

 「なあユーゴ。おれは皇子だ。最弱の面汚しでも、皇族なんだよ

 1vs1で護るべき民に負けると思ってんのか」

 静かに、見下ろしながら呟く

 因にだが、こうカッコつけているが騎士団長クラス相手だと普通に負ける。向こうは仮にも上級職でしかもレベル5以上

 一番弱い騎士団長でもおれと同等レベルの物理性能とおれより多いスキルとおれと違って得手不得手はあれどまともな性能の魔法能力を持つおれの上位互換だ。現状勝てる道理もない

 逆に言おう。おれの物理性能だけは、騎士団長と真っ向から殴りあえる。というか、それくらいぶっ飛んでないとそもそも皇子なんてやってない

 ユーゴの【魔力】は25未満。彼はおれのようなふざけた呪い等は無い筈なので、他のステータスが突出している感じはない。ということは、他のステータスも20前後だろう

 おれの【力】数値は測ったところ58。皇族特例の専用職ロード(第七皇子)等を除いた下級職の【力】上限値は高くて50

 下級職、つまり人が純粋に人で居られる状況での限界を既に越えているのがおれだ。これは力だけじゃなく他のステータスも同じく。半分くらい人外に片足突っ込んでいる。といっても魔法関連は当然ながら0なんだがこれも人扱いされないという意味で人外に両足突っ込んでると言えなくもない

 幾ら魔法当てれば勝てるとはいえ、そのステータス差で命中するとでも思ってんのか?1vs3で勝率8割というのは、三人で連携すればうまくすれば時たまおれに当たるからその数値出せてるだけで、1vs2なら基本負けないぞおれ

 ……まさか、それすら分からずに決闘に乗ってきたとは思えないが……

 「くっ!クリス!

 頼む!我が勝つ為に時間を稼いでくれ!」

 と、女性の腕を抜け出し、少年は叫ぶ

 ああ、やっぱり何かしら切り札はあったのだろう。最初に負けを認めるまでボールにして蹴るとかしなくて良かった

 やはり、転生者。そして何らかの力を持つ。それは刹月花の少年と同じ事

 おれの予想は当たっていたようだ。その何かが、恐らくは……枢機卿に、ユーゴを持ち上げさせている

 ならば、この決闘に勝つのは最低条件。爆裂槍の時点で、このユーゴそのものにはあれだけ言わせる程のものがない事は見当がついた

 だというのにあの持ち上げよう。その根底にある何かをどうにかしない限り、きっとかの枢機卿はユーゴをおれが叩き潰したところで諦めないだろう

 だから待った。刹月花の少年と違って、勝つだけならば何時でも勝てるのをハンデ付で煽った

 お前がどういう存在か、見極めさせて貰うぞ、ユーゴ!



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弱いもの苛め、或いは切り札

「おいおい、敵前逃亡かよ、ユーゴ!」

 真剣を振りかぶり、膝を折った格好のままおれに向けて剣を振る騎士の女性を避け、脱兎のごとく逃げ出した少年を追う

 

 が、脇目もふらずに逃げ出した少年への道を塞ぐように金属の甲冑を纏った警備の私兵達が立ちはだかる

 蹴り飛ばせば先へ進めるだろうが、それは不味い。何たって、近くにはナニコレと事態を見守る皆が居る。下手に攻撃して彼等に当たっては酷だ

 あくまでもおれの敵はユーゴただ一人だけなのだから

 

 「……ところで枢機卿?」

 よろよろと剣を杖に立ち上がろうとする女騎士は無視して、おれは難しい顔で佇むエメラルドの男へと顔だけ振り返る

 「敵前逃亡されたんだけど、もうこれ勝ちで良いんじゃないんですか?」

 「……そうですわお父様

 見ましたでしょう?わたくしが散々馬鹿にしていた皇子ですらこうなのです」

 「……しかしだね可愛いジニーや」

 「お父様。わたくし、彼くらい越えられる力もない相手とは婚約なんて御免ですわ

 特にあのユーゴ。情けないにも程があります。ええ、負けそうになる度に他人に助けられて。最初から三人で掛かれば勝機もあったでしょうに、それをみすみす捨てて、各個撃破された」

 「ユーゴ様を馬鹿にするな!」

 

 おっ、と

 立ち上がれた女騎士が遠くから剣を振るってきた

 普通届くはずもない距離だが……

 バシン、と額を叩く衝撃に、おれは軽く仰け反る

 「貴様など、ユーゴ様が本気を出すまでもない!」

 「ああ、やっぱり烈風剣か」

 よっ、と頭を戻しつつ、そうおれは一人呟く

 烈風剣。おれが自前のスキルで放っている飛ぶ斬撃とほぼ同じものだな。本来はスキルで放つものを魔法で再現して剣に刻み込むことで誰でも好きなだけ撃てるようにした武器だ

 具体的にゲーム内でのスペックを語ると、剣レベルCで使えるようになる剣で、重量6、攻撃力7、耐久力25、射程2に対しても攻撃、反撃が出来るがその場合武器攻撃力数値がダメージ計算に乗らなくなり奥義が発動しない効果付きだったはずだ

 

 「バカな!効いていない!?」

 一人勝手に愕然とする女騎士

 ……ところで、彼女は何で素より火力の下がる遠距離攻撃を仕掛けてきて効くと思ったんだろうか

 「……あんまり撃たないでくれよ?周囲の人間には大怪我だからな」

 「煩い!」

 叫びつつ、女性は今一度その手の烈風剣を横なぎに払う

 だが、ノーコン、いや、狙ってのことだろう。その刃の軌跡はおれを狙うにしては少しズレていて……

 「ちっ!」

 判断が遅れた!ってか、気軽に他人を巻き込むな!決闘を何だと思ってる!?

 「関係ない人間を巻き込むんじゃねぇ!?」

 左への横っ飛びで射線に飛び込み、腕をクロス……させては左手を使ってしまう事になるので右手だけを掲げて斬撃を止める

 まったく、服はおれじゃないせいでダメージ受けるんだが?と、破れた袖をこれは決闘に無関係だしなと左手で千切り、ぼやく

 

 「決闘はシュヴァリエから全てを奪った悪しき呪術!やってしまえクリスくん!」

 公爵に至っては、寧ろ観客巻き込みを推奨しているし

 いや、良くこんなのが公爵やれてるなオイ!?と突っ込みたくなる。決闘は全てを奪ったも何も父的にはシュヴァリエ公爵家自体が割とアレな扱いである。シュヴァリエのところか、と訳あり奴隷を自前で買っていった程だ。現在の皇家からしてみればシュヴァリエというだけで白い目で見られる

 いや、子供に罪はないだろうと令嬢のクロエは普通に初等部に入れていたりはするのだが……

 

 「問答無用!」

 「問答無用じゃないだろ!?」

 普通の人間を巻き込んでどうするんだよ!?

 そうして、更に跳び、給仕の役目として居たまま巻き込まれたのだろう青年を庇おうとして……

 「ぐっ!」

 背後から青年に抱きすくめられた

 アルヴィナがやっていたような此方に体を預けるのとは真逆、むしろおれの動きを封じるための抱擁

 ちっ、お前もかよ!まんまと誘導されたというオチか

 「ふっ!甘いですね

 では、終わりです」

 拘束されたおれを見て、悠々と魔法書を広げ唱え始める女騎士

 おれの足は地に着かずに揺れる。流石に大人との体格差はどうしようもない

 ……って、普通ならな

 全く、鍛えた人間ではなくそこらに居た使用人で良かった。荒っぽいことはしたくないが……

 「っらぁっ!」

 膝を折り、背後へと足を跳ねさせる。狙うは……股間!青年にとっての急所

 「!!!!!!」

 言葉にならない悲鳴。おれを抱きすくめる腕の力が緩み、左腕を使わずとも強引に振りほどける程度となる

 そのままおれは拘束を抜け出し、地面に降り立つ

 「食らいなさい!」

 そのまま、人の居ない方向に駆け出して……

 気が付く

 股間を抑え蹲る青年。ついさっきまでおれの居たその場所を、女騎士は見据えたまま

 その手の魔法書が強い輝きを放つ

 「……え?クリス、さま?」

 「捕らえ続けられなかった罰です」

 「っ!」

 ……その声に、おれは地を蹴る

 敵ではある。だが、彼等だって主人が居る。その主人から言われて逆らえばクビになるかもしれない。だから、仕方の無いこと。責める気はない

 そんな彼等が、狙われるというならば……

 護るべきだろう!

 

 「伏せろ!」

 「……は、はいっ!」

 ついさっき抜け出した場所へと辿り着く

 刹那

 「『ハウリング・テンペスト』!」

 詠唱が終わり、魔法が放たれる

 竜のアギトのような姿をした、横向きの竜巻。貫く魔法が蹲る青年に、その眼前に立ちふさがるおれに殺到する

 耐えられる保証はない。まあ、火力的に一撃死は無いとは思うが、どんなダメージを受けるかなんて分かったものじゃない

 だが、それでもだ。ほぼ見ず知らずでも。下手したら死ぬ青年を見捨てるわけにはいかないだろう!

 奥歯を噛んで、迫る嵐の魔法を睨み付け……

 

 しかし、衝撃は無かった

 「刻め!焔のアギト!『ハウリング・ブレイズ!』」

 おれに直撃する寸前。横から現れた竜のような炎が、竜巻を巻き込み粉砕する

 「……エッケハルト」

 おれと同じ真性異言の少年が、一冊の魔法書を手に立っていた

 

 「流石にふざけてる。こんなの、決闘とは言えない!

 これ以上やるなら、このエッケハルト・アルトマンが相手になってやる!」

 「……ぐっ!」

 まあ、酷いことの自覚はあったのだろう

 怯んだように女騎士が後ずさる

 

 「待たせた!クリス!」

 そして、漸く彼が戻ってくる

 金髪の少年、ユーゴ・シュヴァリエが。その外見は着替えたのか千切れたネクタイも伸びた襟もまともに戻っていて

 もう一つ、目に付くのはその右手に付けられた時計だ

 「……時計?」

 「どうしたんだゼノ?」

 すっと目を細め、その文字盤を見る

 

 12時までを指すことが出来る少しベゼル部分がゴツい一般的な腕時計……

 って違う!とおれは自分で自分の思考に突っ込みを入れる

 そう、12時までを指すことが出来る時計。それがそもそも可笑しいのだ

 この世界の一日は8刻に分けられている。この世界の時刻は一時間を12分割することも一日を午前12時間午後12時間とすることも無い。そんな此処マギ・ティリス大陸の時計は1周1刻、そして1周するごとに今何の刻なのかを表す8面の板が回転していく1針+8面板形式が一般的

 1~12の文字盤に長針短針の二本針。それは……明らかに此処ではない世界の時計

 

 「……何だ、その時計」

 「ん?これが分かるのかよ皇子!」

 戻ってきた少年は、もう大丈夫だとばかりに女騎士を下がらせ、おれの前に立つ

 

 「これは我が力」

 「……神から与えられた、か?」

 「はっ!」

 バカにするような笑み

 おれの疑問を笑い飛ばし、少年は大袈裟な仕草で、鍵のような姿のネジを時計に差し込もうとする

 

 やはり、ならばアレこそが、彼の切り札なのだろう。見ただけで分かることだが

 「……させるかよっ!」

 ネジを巻くことが何らかの切り札になるのだろう。それを防ぐべく、おれは少年へ向けて歩みを進めようとして……

 

 『G(グラヴィティ)G(ギア)Craft-Catapult Ignition.

 Aurora system Started.

 Lev-L.U.N.A Heart beat.

 Tipler-Axion-Cylinder Awakening.

 A(アンチテーゼ)G(ギガント)X(イクス)-ANC(アンセスター)14(フォーティーン)B (バスター) 

 Airget-lamh(アガートラーム)   

 Re:rize』

 風にのって響く電子音

 「っ!」

 刹那、脳裏に閃く悪寒

 何かが動く気配

 おれはそれに突き動かされ、咄嗟に歩みを止めて後ろに跳び下がる

 

 そんなおれが真っ直ぐ進めば居ただろう地面が、突如鈍い音をたてて陥没した

 「……は?」




ゼノくんの知らないものの良く分かる解説
アガートラーム
ゼノくんの日本人としての精神、獅童三千矢が死んだ7年後に発売された遥かなる蒼炎の紋章のロボットもの化したシリーズ作品に名前だけ出てくるスーパーロボット
動力がブラックホールと未完成のタイムマシンであり滅茶苦茶に強い


ゼノくんの知らないものの超分かりにくい解説
AGX-ANC14B 《Airget-lamh》
読み方はアンチテーゼ・ギガント・イクスーアンセスターフォーティーンバスター 《アガートラーム》
遥かなる蒼炎の紋章~《鎮魂歌(レクイエム)》NoW here Utopia~に名前だけ登場する全長15m程の巨大ロボ。縮退炉内の事象の地平線にタイムマシンであるティプラー・アキシオン・シリンダーの試作型を積み、縮退炉内に作られたタイムマシンの中に渦巻く時の流れから生じる無限の熱を放つ銀の右腕アガートラームと、AGX-ANC13UtopiaZwei《Верный(ヴェールヌイ)》以降のAGXシリーズ標準装備となった二度と出られぬ場所に閉じ込めた親しい相手の記憶と絆を焔に変えるゼーレ・ザルク、そしてAGXの立ち向かう敵である精霊を物理的に捕らえて解体し生きたまま組み込むことで人類が精霊の力を行使できるようにしたレヴ・システムの3種を同時に駆動させて精霊に立ち向かう為の人類の切り札。カムチャッカ、オーストラリア、そしてマリアナ海溝コロニーを除く全ての生存域を喪った人類の反撃の旗頭
という触れ込みではあるが、作中では実際に登場する前に精霊王に破壊されるため未登場。登場するのはその敗戦のデータから対精霊王用に更なるシステムと完成したティプラー・アキシオン・シリンダーを組み込んだAGX-ANC15《Alt-Ines(アルトアイネス)》及びタイムマシンにより過去へと飛んだAGX-15Utopia《Alt-Ines Riese(アルトアイネス・リーゼ)》である


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巨神、或いは少年の神

一瞬、頭がフリーズする

 抉られた地面。だが、其処にあった土は何処に消えたのだろう。普通、巨大な何かが拳を叩き付けたとして……周囲には盛り上がった土が残り、結果クレーターが出来るのではないだろうか

 だが、おれの目の前で起こった現象は違う。其処にあった地面が消失し、やわらかな粘土の塊に向けて軽くパンチしたら(おれが全力でやったら粘土は弾け飛ぶ)残るのと似たような拳の跡みたいな抉れだけが残っていて

 

 「悪い!シェフさん!」

 一言謝り、おれは近くにあった汁気たっぷりの大きな貝とエビに鮮やかなオレンジ色のソースをかけた海鮮串焼きの皿をひっつかみ、抉られた地面の上の空間に向けてフリスビーのように投げてみる

 もしかしたら実体を持つ何かがまだ其処に透明化して残っているのかもしれない。ならばソースをかければそれを炙り出せるかもしれないという判断だ

 

 そして、皿は空中を舞い、何かに衝突し……そして、砕けることは無かった

 ぐにゃり、と。土を焼いた陶器の皿(5ディンギルくらいはするそこそこの高級品)が、焼かれていない粘土細工かなにかであるかのように曲がり、ねじ切れ、そして歪曲に耐えきれなかったかのように消失する

 「ゼノ!『ブレイズ・グロウスフィア!』」

 明らかな異常事態にいち早く反応したのは、やはり彼。横で呆然とするグラデーションブロンドの少女から魔法書をひったくり、自身の属性である炎の魔法を唱える

 赤い髪の少年が天に掲げた右掌の中に、眩く輝く火の玉が産まれる。エッケハルトはその手を振り下ろして、段々と巨大化していく火の玉を皿がねじ切られた辺りへと投げ込んだ

 グロウスフィア。周囲の空気の魔力を取り込むことで、唱えた瞬間から段々と火力が上がっていく対長距離魔法だ

 ゲームで言えば射程1~5の魔法。同じく射程1~5で同ランクの魔法であるブレイズアロー・イグニションの基礎攻撃力が【魔力】×0.8なのに対し、グロウスフィアは【魔力】×(0.25+0.25×相手との距離マス数)。狙った敵との距離によって火力が0.5~1.5まで変わるという性質を持つ

 ゲーム的なイメージから遠くから攻撃する為にこれを選んだようだが……エッケハルト?ゲーム的な1マスってかなり広くなかったろうか。いや、1マスの城門より幅の狭そうな橋が2マスだったりと時によってマスの縮尺って割とガバガバ換算だった気がするけど、少なくとも今回は射程1扱いだろう、火力は低い筈だ

 だが、唱えてくれただけでも嬉しい。なんたって、あの巨大な腕が透明化したゴーレムだとして、魔法ならどれくらい通るのかってのがおれには確かめようがないからな!

 

 そうして、炎の玉は虚空で炸裂……せず、やはり周囲の景色ごと捻れて消える

 「無駄無駄無駄なんだよぉ!この時空渦転システム、ティプラー・アキシオン・シリンダーによる歪曲フィールドが、破れるとでもおもってんのかぁっ!」

 空中に浮かび……いや、ゴーレムだろう透明なその左掌の上に乗って、金髪の少年は勝ち誇る

 「っ!せいっ!」

 仕方がないので、おれは近くにあった切り分け用のナイフを空高く投げる

 それは建物の屋根を遥かに超えて上昇し、この世界でも存在する重力に引かれて、少年の頭上に……

 いや、途中でがくんと突如向きが変わって逸れた

 狙いは正確だったはず。恐らくは……その歪曲フィールドというものが重力の影響をねじ曲げる程の引力を持つのだろう

 

 「だから、無駄だって言って……」

 「っ!でりゃぁぁぁっ!」

 軽く助走を付け、二階くらいの位置に居る少年の高さまで跳躍。足の力は使えないが、腕の筋力とステータスによるごり押しでもって、もう一本回収してきたナイフを今度は最短距離でぶん投げる!

 空を裂き、(はし)る閃光

 

 「だーかーらー!無駄無駄無駄なんだってぇの!」

 そのナイフは、少年に当たる寸前、少年を守るかのように展開された蒼い水晶によって阻まれていた

 「ちっ!」

 「我なら届くと思った?ざぁんねん、精霊晶壁はちゃーんと積んであんだっての」

 「ならば、その障壁を貫けば良い」

 「は?作中でもせめて至近距離で核融合炉を爆発させなきゃ破壊できないと言われた精霊晶壁が破壊できると思ってんのざーこざーこ!」

 蒼い水晶が展開されうっすらと見える巨駆の左掌の上で、少年はふんぞり返る

 腕が純粋な人型にしては大きく作られた、人の10倍ほどの背丈の巨人。アイアンゴーレムと比べてみても、圧倒的に洗練された装甲の滑らかなフォルムに、機体全体を覆うオーロラのように色を変える粒子

 やけに精悍でヒロイックな黄色のツインアイに斜め上前方に突き出た2本と背後に流れる3本の5本の角からなる紅いブレードアンテナを持つ頭部。その背に装備された骨組みだけのウィング。そして、大地に叩き付けられたままの、其処だけが他よりもより白い銀に近い色をした明滅するオレンジのマグマのような線が全体に走る右腕。その何れもが、この世界のものではないと感じさせる

 

 あー、えーと、お客様?お客様の中にスーパーロボットのパイロットはおりませんか?

 いや、居るわけ無いんだが、現実逃避くらいさせて欲しい

 

 「AGX-ANC14B……」

 着地しながら、呆然とその名を呟く

 どうしようもないその名を

 「ゼノ?何だそれは」

 「ついさっき聞こえただろ、エッケハルト」

 「いや、何も」

 「何も聞こえてませんわ?」

 「クロエにも」

 「そうか」

 口々に言われる言葉に、一瞬首を傾げる

 確かにおれの耳には聞こえたはずなのだ、少女の声にも似た電子音が

 

 「何だ、その名前を知ってるってことは、お前も……」

 「知らないな、おれには聞こえるだけだ。不思議な声が」

 不思議そうに此方を見る少年に、おれはそう吐き捨てる

 やはり、彼は転生者か。いや、あの巨大ロボットの時点でわかりきっていた事ではあるのだが、言質が取れた

 

 それにしても、あの巨大ロボ、動いてこないな……と思い、恐らくは制御装置なのであろう少年の右腕の腕時計を見る

 ベゼルが展開して4枚の羽みたいになってて中々にカッコいいと思うが、それ以上に目を引くのはホログラフィックに宙に投影された謎のグラフ

 おれは英語をあまり読めない(小学校の英語の授業なんてアルファベットと簡単な文が読めるかどうかくらいのものなので当然だ)が、とりあえず分かることがある

 ゲージが一つバッテンされていて、他のゲージもほぼ0。微かにエネルギーがあるような感じはあるが、底にちょろっと赤い色があるくらい。鮮やかなブルーの粒子により形作られているその画面はほぼ真っ青だ

 

 ……つまり、と当たりを付ける。動かないのではない。エネルギーが足りなくて動けないのだ

 では、簡単に……と思い、更にナイフを投げてみるが、前と同じようにねじ切られた。少年が開いている画面にも変化はない

 どうやら、装甲は別動力というか、エネルギーが無くても勝手に発生するらしい。そもそも、見た限り鋼よりも余程硬そうだ。歪曲フィールドだか何だかが無くとも、今のおれでは恐らく傷一つ付けられないのだろう。鉄を斬れる程度では対抗のしようがない

 

 だが、ならばどうするか……

 

 悩むおれに、少年ユーゴは絶対的に安全な場所から見(くだ)すように声をかけた

 「はっ!無駄だって分かったか?」

 「……どうだろうな?

 少なくとも、簡単におれに勝てるなら、最初から使っていた筈だろう?」

 「ははっ!てめぇのような雑魚に使うのは無駄が過ぎると思ったんだよ」

 「そんな雑魚皇子に使うとか、忌み子相手に随分と焦っているんだな」

 動かせるのか否か。その速度は?

 それを測るように、おれはわざと相手の神経を逆撫でするように言葉を選んで紡ぐ

 

 「もう良いですわ!結構です!」

 背後から響く叫び

 「おお、分かってくれたか可愛いジニーや。ユーゴくんが如何におそろし……いや素晴らしい相手かを」

 そう。今回助けてと言ってきた少女からの言葉

 ……だが、止まるわけにはいかない

 

 だってそうだろう?枢機卿がこぼしかけた恐ろしいという言葉。彼は心からヴィルジニーとユーゴの婚約を目指しているのではないっぽいことが、その失言からも分かる

 恐らくは、あのアガートラームという名前らしい機体の存在に怯え、娘を差し出せと言われているのだろう

 だからこそ、こんなところまで出向いてきた。普通に考えて、この国で言えば宰相に当たる人間が勝手に無断で他国のパーティーに出席するなんて可笑しいのだ

 それでも、彼はそれを強行しなければならなかった。それだけの脅しがかかったから

 

 ならば、だ。おれが此処ではいすみませんと言ったら、どうしようもなくユーゴ等の非道を認めることになる

 そんなもの、皇子の選ぶ道なものかよ!

 

 「うっせぇな」

 鬱陶しげに、ユーゴは呟く

 「あんな化け物に勝てとは言いませんわ!負けで良いです!」

 「……そうじゃないよ、ヴィルジニー

 あんなでかいだけのものに、負けたりしない」

 勝てるビジョンなんて無くても、それはそう呟き、相手の動きに注視する

 避けられる。避けてみせる。予備動作を判別すれば、なんとか……

 

 少年が時計に差し込んだネジの鍵が回る

 「死ねよ、皇子」

 瞬間

 超小型のブラックホールを通して大地に突き刺さっていたはずの巨神の右腕だけがおれの頭の真上に転移し

 神の鉄槌は振り下ろされた

 「っがっ!はっ!」

 

 避けようなどあるはずもない。他の何一つ、水の一滴すら動かぬ刹那の先、既におれの髪の先に拳が触れていたのだ

 脳みそがシェイクされる音。骨の砕ける音。地面に鋼……といって良いのか分からない白銀の金属がめり込む音

 その全てが聞こえているのかすら、判断がつかない。聞こえてくる音は妄想なのか、それとも耳が捉えているのか

 ただ、地面とキスする寸前、聞こえたのは……

 嘲るような、金髪の少年の声であった




簡単な能力解説
G・4D(グラビティ・ディメンション)パンチ
又の名を唯の格闘。縮退炉内のタイムマシン《ティプラー・アキシオン・シリンダー》による時空渦転システムにより、ゲートを開いてアガートラームの全ての攻撃は時間と空間を飛び越える。その為、攻撃までのタイムラグ無く、予想外の場所から相手がそれを認識する前に既に攻撃は終わっている
本来はそんな基本機能だが、今作……というかユーゴの使うものは大幅に劣化しており、攻撃までに0.1秒タイムラグがある他、時空ゲートも特定方向にしか開けない。何でも、本来は機体の心臓たるレヴ・システムと並ぶ機体の魂、ゼーレ・ザルクの中身が空だかららしいが……
ゼーレ・ザルクの中身はパイロットと絆を結んだ相手であり、彼或いは彼女の記憶と絆、即ち魂を燃やして力に変える機構であるため、今作でユーゴが使うことはない。これは、そうでもしなければ精霊相手に勝ち目が無かった世界の者達が、涙と血反吐を吐きながらそれでも勝つために誰よりも護りたかったものを埋葬した絆の棺である


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逆転、或いは神の言葉

気が付いた時、おれは真っ暗闇に立っていた

 

 いや、違う。立っているというのは正しくないだろう。視界は何処までも広がる暗闇を認識していて、体の感覚は殆どない

 だから立っているようにも思えただけで、自分が立っているのか座っているのかわからない。或いは地面に転がっているのかもしれない

 

 『おやおや、これはまた、お早いお帰りだね』

 不意に、脳裏に響き渡る声

 

 おれは、その声を知っている。聞いたこともある。何なら一度会ってもいる

 「七大天、プロメディロキス=ノンノティリス」

 『その通り。ああ、とはいえあまり名前を呼ばないで欲しいものだね。私はそう気にはしないものの、神の嫉妬とは恐ろしいものだ

 ただでさえ、君に関してはなかなかに拗れた事になっているというのに、殊更事態をややこしくすることはないだろう?』

 ぼうっ、と暗闇に火が灯り、燃え盛る

 

 そして火は、光の中にひとつの影法師を映し出す

 首筋に刺々しいフリルとでも言うべき服を着て、長いヒールの靴を履き、クラウンハットとでも呼ぶのだろうか……三股に房が分かれた帽子を被った道化の影を

 

 前はもっと異形に見えたが、今回は何となく見立てがしやすい

 

 『おっと、これは此処で話すことでもなかったようだ。すまないね龍姫』

 くつくつと底意地の悪い笑い声が響く

 そして、光と影法師は、おれへと向き直った

 

 「此処は……おれは

 前にも貴方と出会った。此処は、死後の世界なのか?」

 何となく、そんな気がして、おれはそう問い掛けた

 前回と違い、今回はしっかりと記憶がある。為す術無く、振り下ろされる鉄拳に叩き潰された記憶が

 アイアンゴーレムなど比べ物にならない。アイアンゴーレムなら1~2発の直撃でも耐えれると言ったおれだが、アレは計算式的に無理だろう。恐らくだが、攻撃力は……4桁行くんじゃなかろうか

 

 『そうとも言えるし、そうでないとも言える

 残念なことに私はこの世の神でね。輪廻転生そのものには関与できない哀れな道化。此処は生死の輪廻の狭間……と、君には語ったことがあると思うのだがね

 よもや、忘れてしまったのかね?それは残念だ』

 全く残念そうでなく語る道化の声に、そういえばそうだなと思い出す

 

 「生死の、境」

 『いやはや、諦めない気持ちというのは大事なものだとも』

 「そうか、根性補正……」

 おれの脳裏に、一つのシステムが浮かぶ

 根性補正。その名の通りの根性。ゲームシステムで言えば、自身の【精神】値が51以上で1マップに1度だけ有効になる効果で、【精神】×1/2%の確率でHPが0になる際に発動してHPが1残るという即死回避だ

 とはいえ、基本的にゲームではこの発動しなかったらHP0=死=キャラロストの効果をアテにしてまともに戦法なんて組めるわけがないのですっかり忘れていた

 

 『故に君はまだ死んでいないのだよ

 まあ、死ぬほどの怪我は間違いないのだがね。だからこうして、私の声が届いてしまうのだ』

 「……そう、か」

 『さて、ここから君はどうする?』

 意地悪く、道化の声はそう問い掛けてくる

 なにかを期待するように

 

 「……ユーゴに、勝つ」

 『おやおや、君はまさかとは思うが、あの異なる世界枝から不正に持ち込まれたかの切なる祈りのカミに勝てるというのかね?』

 「……そもそも、それも貴方達が用意したものでは無いのか」

 『おやおや?

 ああ、そうか。君達の視点から見れば、そうなってしまうのか』

 イーッヒヒヒと、愉快そうな笑い声が響く

 

 『私達は確かにこの世界の神だとも

 だがこの世界の神なのだよ。異なる世界枝には手出しなど出来ぬとも

 では何者か。簡単な話だとも。君は、カラドリウスを知っているかね?王神ジェネシックは?ああ、精霊真王(せいれいまおう)ユートピアの名前に聞き覚えは無いかね?紅蓮卿シャルラッハロートに恋い焦がれた事は?』

 「カラドリウスだけは」

 残り三つの名前に聞き覚えはない。だが、カラドリウスだけはおれも覚えている

 

 カラドリウス。魔神王四天王の一柱がそんな名前だった筈だ

 そして……これは歴史の授業で初めて知った事なのだが、その四天王カラドリウスの名前は、かつて七大天が万色の虹界と戦いこの世界を成立させたその時に虹界側に居た鳥神の名であるのだとか

 

 「貴方方と戦った鳥の神、でしたか?それとも、ゲームの記憶ではおれを殺す四天王の方?」

 『やはり勉強熱心だね、君は

 そう。カラドリウス。或いは……いや、三千世界を護るために愛しき世界を焔とする墓標の精霊王、人の未来の為に己等を殺す天の女神、あの二人に関しては混ぜるのは不適切であったね

 いや、ユートピア君については、己の世界のカミの管理はしっかりしておいて欲しい困り者ではあるのだがね』

 「……つまり、貴方方とはまた違う神が居る?」

 『おや、今回は私の話から必要な部分だけを素早く切り取れている。いやはや、君は良いね、誰でも良かったが、やはり君で正解だったようだ

 

 そう、彼等の背後に居るのは、私達とは異なる神。だから君が、彼等のように私から特異な力を貰えると思っているならば、それは諦めてくれたまえよ』

 「つまり、彼等があの変なロボットや、刹月花をルールを無視して持ってる転生者を量産している?」

 『然りだとも』

 「あれ?」

 ふと疑問に思い、首をかしげられないので言葉に出す

 

 「ならば、何でおれは……」

 『その事なのだがね。実は君はこの世界で近く起こる動乱においてはダブルキャストなのだよ。だからこそ、二つの意識が混在している筈だったのだが……君達、異なる世界枝での同一人物か何かかね?』

 「いや、それは分からないけど……つまり、おれは?」

 『第七皇子ゼノ、いや君の方は……

 私が選んだ勇者。私は道化、異なる世界から勇者を選ぶ愉快な神。だがしかし、本来進むべき時の流れは今や滅茶苦茶だとも

 故に、本来の有間翡翠(アルヴィス)では遅すぎる。魔神王の復活が成されてからでは、今更来た勇者は最早どうしようもない。けれどもだね、ならばと彼を早めに送る訳にもいかない

 だからこそ、あの時送れる君を選んだのだよ、私の炎の勇者(アルヴィス)

 「……おれが、炎の勇者……?」

 有り得ない、ならば何故おれは……

 

 「結局、おれには炎の魔法なんて使えない」

 『すまないね。そこは君達……人間の先祖帰りの問題でね、私達が意図して君達に嫌がらせをしているという訳ではないのだよ。寧ろ龍姫など、おっといけない。そういうものは知っていてもこの道化の口からは言ってはいけないものだね』

 「そう、なのか……」

 『そこで素直にならば仕方ないと言ってくれる君で助かるよ。ごねられては困るからね

 

 さあ、目覚めの時だ。大丈夫、君は既に勝っているのだから……』

 急速に闇が薄れていく

 

 「……最後に、聞かせて欲しい

 何で、おれにだけあの機体の音が聞こえたんだ!?」

 『……それを私に言わせるのかね?』 

 全く、辱しめが得意だね、と道化はくすりと笑う声を出して

 『君は先祖帰りの影響で私達の与えた魔法の力を弾いてしまっているが、決して私達に嫌われているわけではない、ということなのだよ』

 

 そうして、視界は元に戻る

 口の中には、苦い血と、甘い土

 全身が痛く、そして熱い。そして、鉛のように重い

 だが!まだ!生きている!おれは……動ける!

 「はっ!何だよ、変なもの見えたと思ったら……原型留めてんじゃん」

 バカにするような声

 おれを大地に縫い付ける巨腕は既に無く、巨神は待機状態に戻っている

 その巨神……AGX-ANC14B(アガートラーム)から降り、金髪の少年が近寄ってくる

 

 「スーキキョ?我の勝ちだよな、これ?

 こいつ二度と口聞けねーし」

 「確かにそうだとも」

 頷くエメラルドの男。それらのやりとりを、上手く残ってくれたのだろう右耳でおれは捉える

 耳鳴りが酷い。左耳から、ぐにゃぐにゃとした雑音しか聞こえてこない

 

 「勝者はユーゴ君だ!」

 「全く、手こずらせやがって」

 少年が近寄ってくる

 そうして、倒れ伏すおれの前に来て……

 「雑魚の癖に、うっと……」

 今っ!

 

 左腕の感覚がない。何かが溢れるような、不思議な高揚感。何故か動く右腕を伸ばし、おれの頭を蹴り飛ばそうとユーゴが左足を上げた刹那、その右足を掴み、引く

 「おわっ!」

 片足立ちの最中にその足を引かれ、立っていられる人間は多くはない

 為す術無く少年の体は凸凹したクレーターに仰向けに転がる

 

 「てめぇっ!生きてやがったのかこの生命力ゴキブリ!」

 少年が、巨神を動かそうと右腕の時計に左手を伸ばす

 それを、左足で体重をかけて押し倒し、おれは震える少年の右腕の下膊を、動く右手で掴み……

 「離れた場所までは、護って……」

 溢れる血を垂れ流しながら、叫ぶ

 「くれないようだな!お前の神は!」

 

 こきゃっ、と。骨が砕ける軽い音がした

 「んっぎゃぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 こてん、と普通は有り得ない方向に、少年の腕が垂れる

 防御30無い相手の腕なんて、本気で力を掛ければアルミ缶のように握りつぶせる。それが、ステータスという力

 「我の、わ……僕の腕がぁぁぁぁっ!」

 痛みに耐性がないのだろう少年がカッコつけた一人称を捨てて泣きわめくその綺麗な顔に、腹から溢れてきた血を吐き掛ける

 「んぎゃっ、汚っ!?」

 やはりというか、何というか

 あくまでも機体に触れているときだけ防御の謎の結晶が出るようだ。遠くでも発生するなら、わざわざあのロボットを持ってくる必要ないものな

 

 「てめっ!その、眼は……っ」

 おれの顔を見て、少年の瞳が驚愕に大きく見開かれる

 おれはそれを無視し……骨が砕け力の抜けた右腕に付けられたままの時計に手を伸ばし

 

 一瞬だけ迷う。引き剥がして何とかして持って帰れないだろうか、と

 だが、そんなのは無理だろう。あの日刹月花が土になったように、研究と報告の為に持ち帰ろうとした瞬間に土になるに決まっている

 ならば、答えは一つ

 

 羽のように展開したベゼルを上下から挟むように時計本体に手をかけ……

 握り潰す。骨よりも数段重く冷たい感覚が残り、そして……

 バキン、という音が片耳に届き、ふっと掌の中の感触が消える

 時計は、土となって消えていた

 

 世界がズレる感覚。待機していた巨神が小型ブラックホールに呑まれ、転移して何処かへとその姿を消した

 

 「……誰の勝ちだって、ユーゴ?」

 答えは無い

 金髪タキシードの少年はおれの吐いた血と土にまみれ、折れた右腕をだらんと晒し泡を吹いて気絶していた

 「あのアガートラームは神かも知れなかったが、お前は神じゃない」

 けふっ、と血をまた吐きながら、おれはゆっくりと立ち上がる

 「二度と、バカな事を言うんじゃない」

 

 「……あのっ!」

 「あんなもの見かけ倒しだ」

 見かけ倒しな筈はない

 というか、根性補正が発生してなければたぶん跡形も残ってない。っていうか、ゲームからそうだったが、根性補正さえ発動すればどんなオーバーキルでも耐えられるって凄いな、流石はファンタジーというか、人間辞めてる感ある

 いや、そもそも【精神】51というステータス自体が皇族専用職でもなければ半ば人間辞めてる上級職でなければ辿り着けない領域だから人辞めてても普通か

 

 とりあえず、無事な要素なんて何一つないが、皇族の常として大丈夫だとおれは笑い……

 「ひっ!」

 ……酷いな、怯えないでくれよヴィルジニー

 なんて、どだい無理な事を重いながら、踵を返しておれは中庭を出て……

 

 あれ?と、思う

 駄目だ。幾ら根性で耐えてようが、HP1だ、今のおれは

 前後不覚というか……一度通ったはずの帰り道が分からない……

 というか、何処だ此処……

 だらんと下げた左手から、ぽろりと手袋が溢れ落ちる

 べしゃっと音を立てて、血の大輪の花が咲く

 

 ……駄目だ……くらくらする……

 ふらり、とおれは邸宅の硬い壁に寄り掛かって……

 寄り掛かれていなかったのか、ふらりとそのままおれの体はふかふかのマットに倒れこむ

 駄目だ……壁の方向すら見間違ってたのか……

 帰らなきゃ……いけないのに……

 

 疲れた……

 少し、休むか……




てめーの敗因は…たったひとつ(・・・・・・)だぜ……YUGO…
たったひとつの単純(シンプル)な答えだ………

「てめーは煽りに弱すぎた」


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リリーナ・アルヴィナと機械巨人

夕刻。とある理由から訪れた、ボクの兄の家

 「アールヴィナっ」

 陽気なそんな声に、ボクは魔法のライトで照らした本の(ページ)から顔を上げた

 

 「何読んでるんだ、アルヴィナ?面白い?」

 「読んでない」

 素っ気なくボクは答える

 「そんな恥ずかしがらなくて良いじゃんか、何読んでても可愛い可愛い妹を嫌ったりしないからさ」

 ボクの話を聞かない珍獣(あに)は、そう言ってボクの手の中から開いたままの本を取り上げる

 そして、表紙を見て……

 「なにこれ?」

 固まった

 「『魔法使いハリックのぼうけん』」

 「子供向けの絵本じゃんこれ。アルヴィナこんなつまらないもの……

 いや、別にアルヴィナが好きなら良いんだけど」

 と、表紙に描かれた眼鏡の魔法使いをぶんぶんと振って、青年はそんな事を言う

 ボクは良いけど、読みもせず絵本だからつまらないと決めつけたらあの本を好きな人が聞いたら怒ると思う

 「読んでないから良い

 この家の元々の持ち主の持ち物にあったから開いてみただけ」

 もう彼等は居ない。名前も知らぬ男爵家は、ボク達が人類を調査する名目でこの王都に忍び込む際、王剣(ファム・ファタール)によってこの世界と切り離され、消滅した

 万色の虹界とこの世界では呼ばれる色の無い混沌、ボク達の神の揺蕩う世界という樹の周囲に拡がる揺りかごに呑まれて、彼等は無に……いや、全てが渦巻く混沌に還った

 ボクはその欠落によって世界に空いた隙間に入り込み、アルヴィナ男爵家のご令嬢という事になっているだけ。だからあの絵本はボクが買ったものじゃなく、ボクの部屋だということになっている男爵の息子の部屋にあったもの

 ボクが読むのは知識を拡げるものばかり。そんな中ふと見付けたなんの知識にもならない絵本が物珍しくて広げていただけで、内容なんて一文字も読んでいない

 

 「で、どんなストーリー?」

 「読んでない」

 『ヴァゥッ!』

 ボクの言葉を裏付けるように、ボクの膝の上で屍の仔犬が鳴いた

 

 「じゃ、何でそんなものを?今から読むところ?」

 「……ボクの魔法」

 「ん?」

 ボクの言葉に、珍獣は首を傾げる

 ……お兄ちゃんなら、それだけで分かるのに

 「……ボクは、皇子に魔法をかけてる」

 「え?そうだったのか」

 すっとんきょうな声をあげる珍獣(あに)に、そうだと頷いて、ボクは話を続ける

 「だから、あの皇子を殺すのは愚策。厳禁。許さない」

 「いやいや、誰でも良くない?魔法でどうこうするなら」

 「ばか」

 「なあアルヴィナ?あの皇子ってばクソだぞ?クソボケチートだぞ?

 アルヴィナにばかって可愛く言われるのは良いけど、あの皇子を庇うのは戴けない」

 「それは分かる。幻惑魔法、勝手にすぐに解除された

 ……でも、本人の精神に影響がない魔法には、逆に気が付かない。彼の精神が、明鏡止水の心が、水面に浮かぶ波紋を消し去るけど……

 逆に、波紋が出ないものは見逃してくれる。下手に勘づかれず、地位が高くて、色々分かる

 これ以上のものはない」

 だから重要、とボクは彼の重要性を説く

 

 「……彼を通して、すぱい?してるのが、一番良い」

 「あのクソと近付くのは兄として不安なんだけどなー」

 少なくとも、兄でなくなった珍獣より不安になる要素はないと、ボクは思う

 

 「だから、今日も見てた

 彼に喧嘩売る変な人が、彼に調子の良い事言ってたから、気になったから

 本は、その見るための道具。本なら何でも良かった」

 「へぇー、そうなのか」

 「そう。彼の聞いた音が、ライトで照らしたページに文字として本に重なって見えてた。だから、読んでたのはそっち」

 「アルヴィナがお兄ちゃんの為に熱心で嬉しいよ」

 うりうり、とあいも変わらずに帽子を取ってボクの頭をくしゃくしゃに撫でる兄の体

 くすぐったそうな形で頭を振ってそれを抜け出し、ボクは……

 

 「そして、一つ見付けた」

 わざわざあんまり近寄りたくない家に来てまで、この兄面の珍獣に聞かなきゃいけないことを切り出した

 

 「ん?真性異言(ゼノグラシア)か?

 誰?あのクソチート皇子?」

 「違う」

 違わないけど、違うと言う

 「ユーゴ・シュヴァリエって名前の、異国の姫の婚約者」

 「異国……って聖教国だよな?で、姫ってのはヴィルジニーちゃん」

 「そう」

 「え!?あの子の婚約者って、第八皇子じゃなかったっけ?ってかユーゴの婚約者はアステールの方で……

 いや、違うから真性異言(ゼノグラシア)なのか」

 ぽんと手を叩き、青年は勝手に納得する

 

 「それにしても良く分かったなーアルヴィナ。偉いぞー」

 「発言が凄く分かりやすかった」

 「何だ、ちょっとは役に立つなあのチートも

 んで、何か他には?向こう持ちのチートとか、分かった?」

 「かんぺき」

 「おし!どんなの?」

 「えーじーえっくす?」

 そこは、良く分からなかった。ボクがあの皇子の首筋に付けた所有権の証や、甘噛みしてボク自身の需要を満たしつつ耳に付けた盗聴……何て言うべきだろう、彼はボクのものにする相手で、だったら盗み聞いてる訳ではなくて

 ……思い付かないし盗聴でいい。盗聴魔法もまた、彼やボクが理解していなければふわふわした字で書かれてしまう

 例えば、神の名。ボクには読めないし分からないから、彼がしっかりと発言していても魔法を通して文字化されたときボクの目には何とかティリスとしか映らない

 それと同じ。彼はちゃんと発言してたけど、それは聞いた言葉を繰り返してただけ。意味が分かってないから、そんな言葉になる

 

 「AGXだって!?」

 「しってるの?」

 「もうちょっと詳しく言ってなかったか!?」

 「……あんちてーぜ?ぎがなんとかっくす?」

 「アンチテーゼ・ギガント・イクス」

 「そう、それ」

 「マジかぁ……」

 何時も無駄に自信満々な彼にしては珍しく額を抑えた珍獣(あに)に、ボクはこてんと首を倒して聞いてみる

 

 「なに、それ?」

 「アルヴィナ、もうちょっと思い出してくれ。AGXの時点でヤバイのはヤバイけど、その後の型式番号でヤバさは変わるから」

 「そうなの?」

 「エーネヌシーって無かったか?」

 「あった気がする」

 「……良かった、そっちかぁ……」

 「ないと、困るの?」

 「マジでヤバい。ANC付いてればまあそんな強くないっていうか……いや、13や14や15はマジキチ性能してるけど、8まではただの雑魚だし、9はまだ重力炉の装甲転用が出来てないから脆い雑魚だし、10は精霊の蒼輝霊晶吸収用の支援機だから単体ではゴミだし、11は回収した蒼輝玲晶の人類転用機だけど技術不足でロボじゃなく小型のパワードスーツにするしか無かったものだから王剣で斬れば死ぬ雑魚だし、12は精霊捕獲用の木偶の坊の雑魚だしな。全部負けるわけねぇ

 って、アルヴィナにそんなこと言ってもしょうがないんだけど」

 ……そんなことは無い

 というか、だ。ふぉーてぃーん?って、何だろう

 ふぉーって、力に近い言葉が入っているけど、どんな数字なんだろう。多分異世界の数え方で、兄が言ってた何れかだとは思う。でも、ボクにはふぉーてぃーんってのは良く分からない

 

 「……ううん、面白い

 もっと聞きたい」

 「ん?そう?アルヴィナは熱心だなぁ」

 「えーえぬしーがないと、何が違うの?」

 「ANC(アンセスター)ってのは、原作において付けられてる称号なんだよ」

 「……どういう、意味の?」

 「意味としては先祖のって意味

 30年後の未来から送られてきた技術に対する敬意として付けられた言葉

 ……って言っても分かりにくいよな。長くなるけど聞く?」

 「聞く」

 テーブルの上にある、魔法で保温してあるお湯に茶葉を浮かべつつ、ボクは頷いた

 

 「まず、とある世界があった

 ま、ゲームの設定なんだけど」

 「うん」

 世界という樹を思い浮かべ、ボクは頷く

 世界とは大樹のようなもの。ボク達の居る此処は、その枝の一本にも等しい。他の枝は、他の世界。近い枝は似たような世界で、真性異言(ゼノグラシア)が記憶している前の世界くらいに離れた世界は、幹に近いほどに遡ってから分岐している遠い枝

 その世界群を取り囲む空間こそが、ボク達の神であり、この世界では万色の虹界と呼ばれる混沌

 そしてボクたち魔神族の本体は……世界の狭間……といってもそこではなく、この世界の枝の空白の部分に封印されている。世界と世界の間なら、故郷のようなものだから別に何にも思わない。でも、この世界の空白の部分には何もない。だから皆、あの場を抜け出して世界を混沌に染めようって思っている

 混沌から七大天と呼ばれる神々が切り分けて作り上げた世界を、元あった混沌に戻そう、と

 でも、だから分かる。他の世界の存在は普通に頷ける

 

 「その世界に、ある日とあるものが現れた

 その世界の人類には理解できない化け物。会話も通じず、何も分からない

 彼等人類に理解できたのはたった一つ。彼等は、人類の歴史を終わらせに現れたのだということ

 人類は彼等を、謎の存在Xと呼んだ」

 「……ボクたちに近い?」

 「そうかもなー」

 興味なさげに言って、青年は続ける

 

 「当然、人類は持てる力の全てを使ってXに立ち向かった。けれども、全く敵わなかった。戦闘機、戦車、ミサイル……何もかも無意味だった

 その世界では最強の火力を誇るとされた核兵器という兵器すら、爆心地の近くに居る相手にしかダメージを与えられなかった

 そうして、人類の歴史を終わらせる為に現れたX達は、特に街を重点的に襲い、人類は散発的な襲撃で人口の3割を喪った」

 「……死にすぎ」

 「怖いだろ?

 そして、人々は都会……つまり人が集まってた街を捨てて人が少ない場所に移っていったり、そこで人が増えたらXが来る!と人同士で殺しあったり色々している中、漸く人類はXへの対抗策を見付けるんだ」

 「倒せないのに?」

 「そう。彼等は倒せない

 けれども、Xは突然現れて、突然消える。その世界に留まれる時間には限りがあったんだ。そして、人類の歴史を終わらせる為に現れる彼等は……人と、人の作ったものを特に優先して破壊しにかかる

 そう。人の乗った乗り物に対して、Xは優先的に攻撃を仕掛ける

 あとは、時間切れで居なくなるまで逃げ続ければ良い。何度かの実験で、人型だと特にXに優先的に襲われるということが更に分かった

 そうして作られた、人類史を終わらせる者へのアンチテーゼたる人類史の機械巨人、それがAGX(アンチテーゼ・ギガント・イクス)なんだ」

 へぇ、とボクは頷いてお茶を啜る

 

 「つまり、人型の、逃げ回るものなの?」

 「そう。当初はそうだった。攻撃が当たれば死ぬ。だから命を懸けてXから逃げ回る為のものだった

 けどさ?逃げ回ってても何にも解決しないだろ?」

 「当然」

 「だから被害は減っても、無くならなかった。更にはXの上位種、自らを精霊と名乗る少女達も現れ、世界を終わらせにかかった

 日本と呼ばれる島国は、土地ごと砕かれ、アメリカと呼ばれるその世界最大の国家が2人の精霊によって屍の荒野になった頃

 日本戦線から戦い続けていた一人の青年、真上悠兜によって遂に反撃の兆しが産まれた。それが、縮退炉

 ちょっと前に言った核動力の更に発展版、時空をねじ曲げるブラックホールと呼ばれるものを作り出してエネルギー源にするそのエンジンによって、初めて人類はXを倒す事が出来るようになった

 そして、人類とX……いや、精霊との生存競争は熾烈を極めた

 

 そこはゲームでも割と曖昧なんではしょると、そうして25年の月日が立ったある日。遂に、撃破したXを研究し、精霊を捕獲しと大きな被害を受けつつも進歩を続けた人類は、真っ向から精霊を撃破しうる超兵器を完成させたんだ」

 「それが、ANC?」

 「いや違う、もうちょい聞いててくれアルヴィナ

 その機体の名はヴェールヌイ。Xが実は人類を殺す際に発生する負の心の力をエネルギーとして回収している事に気が付き、その真逆、大事な人との記憶といった正の心の力を取り出して戦う機能、前に出てきた縮退炉、そして捕獲した精霊を生きたまま積み込んだエンジン、その3つを使ったスーパー兵器だったんだ

 けれども、精霊すら越える脅威に、精霊の親玉精霊王が現れたんだ」

 「まだ続くの?」

 「その当時、既に元々は60億人居たと言われる人類は5万人くらいまで減っていた

 如何に凄い機体が出来ても、もう人類は終わりかけだった。だから、人類は……

 一つ、最後の生き残り作戦を決行したんだ」

 「?」

 「彼等諦めない者達が精霊王に勝てれば良い。そして、そこで終われば良い

 でも、Xを倒せるようになったと思ったら精霊が、精霊に立ち向かえるようになったら精霊王が現れた。万が一精霊王に勝てても、また次の段階があるのでは?精霊神とか出てくるのでは?

 そう思った人類は、自分達の意識をナノマシン……って言っても分からないか、不思議な機械に移したんだ

 そして、当時漸く完成した時間を巻き戻せる装置、AGX-14Bアガートラームと呼ばれる決戦兵器に積み込んでいたソレを使い、自分達の意識を過去に送った」

 「許されたの?逃げるの」

 「当然、徹底交戦派には渋られた

 でも、対精霊王用に作ったアガートラームでも、精霊王に勝てなかった。結果、その残骸のエンジンと、人口が減りすぎて作ったは良いけど乗れる人が居なくなった機体を使うことを彼等も……というか、たった一人残って戦い続けていた真上悠兜も認めたんだ」

 「……そして?」

 「そして、人々は過去に飛んだ。まだXすら現れていない平和な時代に、AGX-14までの技術と、量産型13の実物、そしてボロボロだけど最新最強の14を持って」

 「……うん」

 その先は、予想できた

 

 「そして、再びXが現れるはずのその日。現れたXは、未来から持ち込まれた技術によって作られた機械巨神によって倒されたんだ

 そこから始まるのが、ゲーム本編。真上悠兜の物語

 そして、本当にXや精霊の脅威があると知った過去の世界の人類は、未来から送られてきたデータベースに存在する方のAGXを、敬意を込めてAGX-ANC(アンセスター)と呼ぶことにし、自分達が現代で作り、改良していく方を普通のAGXと呼んだんだ

 まあ、データに残るAGX-13を元に作ったのがAGX-01なのは分かりにくいしな」

 「そのままで良かったのでは?」

 「いや、最初の試作から13じゃ格好付かないだろ?やっぱり1からナンバーがないと」

 

 「……選ばなかったの?」

 ふと、聞いてみる

 この珍獣は、凄い力を選んだと言っていた。真性異言の特異な力は選べたと

 ならば、あのユーゴという少年もきっと選んであのえーじーえっくす?を手にしたのだろう

 聞く限り、中々に凄いものに聞こえるけど……

 

 「ん?流石に王権ファム・ファタールの方が強いぞ?

 いや、疑似じゃなくて本当に精霊を組み込んだレヴ搭載型のヴェールヌイ、アガートラーム、アルトアイネス、アルトアイネス・リーゼ辺りは分からないけどさ。普通のAGXよりは間違いなく王権のが強い

 そしてさ、そもそもあれ指定はできないしな。AGXは選べたけど、何かは分からなかった

 そんなギャンブルしないって。コフィン内の響ちゃん付属なヴェールヌイ確定とかなら流石に選んだけどさ」

 そんな兄の言葉を聞いて、ボクは……

 

 彼……第七王子は何を選んだのだろう。ボク……だったら良いな、なんて考えていた



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風呂、或いは謎の場所

今回の挿し絵(カスタムキャストモデル)は結構な矛盾点がありますが、カスタムキャストでは全裸なんて無理なんで許して下さい
何でもはしません


「きゃぁぁあああああっ!」

 絹を裂くような悲鳴が、シュヴァリエ邸に響き渡る

 

 「……ステラ!」

 その悲鳴を聞き付け、どたどたと音を立てて、少年は何の変哲もない壁の前に駆け付けた

 いや、何の変哲もないなんて事はない。明らかな異常が見て取れる

 近くの壁にはべったりと付着した血の痕。その足元まで、点々と続く血の道標、そして、床にぶちまけられた血溜まりに、まだ粘っこさを残す乾いていない血に埋もれた片手袋

 その痕跡を苦々しい気持ちで見つめながら、少年……ユーゴ・シュヴァリエは、長く続く廊下の最中の壁を見て、小さく呪文を唱えた

 

 突如、壁の表面が沸騰した湯のように泡立ち……

 何の変哲もない壁であった其所に、半透明な材質で出来た赤い鎖で開かぬように厳重に閉ざされた一枚の扉が浮かび上がる

 その扉の鎖の真ん中にある錠前に、少年は迷わず鍵を差し込んで回す

 カチャリ、と鍵の開く軽い音だけがして鎖は宙に溶け、錠前だけがふかふかの床に落下する

 

 そして、少年は迷わず扉のノブを掴み、回して……、閉ざされた部屋に突入する

 「ステラ!何があったんだ!ステラァッ!」

 扉を潜った先、厳重に封印されていたはずの部屋にも点々と落ちる血に、血相を変えて少年は叫ぶ

 そして、その血の痕を追って、入り口の左手、曇った羽根で作られた引き扉を思いっきり開けて……

 

 「あっ……」

 其処は、湯気に満たされた場所。並々と湯が張られ、一人の少女がその湯船から半ば立ち上がろうとしている……

 つまりは、風呂場であった

 「きゃあっ!」

 悲鳴を上げて、少女はそのまだ性徴前故になだらかな胸を抑え、濁った湯の中にに体を沈ませる

 「ご、ごめん……」

 その前の一瞬眼に映った桜色の突起を、我ロリコンじゃないしと嘯きながら脳内に保存して、ユーゴは口だけの謝罪を口にする

 「ゆ、ユーゴ様ー?どうしたのー?」

 少しだけのんびりした口調で、少女はそう問いかけた

 「そうだ、ステラ!君の悲鳴が急に聞こえて……」

 「突然ねー、血塗れの男がやってきてー」

 「野郎!」

 あの卑怯ものが!とユーゴは奥歯を噛む

 「ステラ、奴は何処に行った!」

 「悲鳴をあげたら、そのまま何処かに逃げたよー?」

 怖かった……と震える少女に、ユーゴはもう大丈夫だと笑いかけた

 「あの卑怯ものに、二度とステラの姿すら見せないから。安心して」

 「ごめんねー、悲鳴をあげたりして」

 「大丈夫

 それにしても珍しいね。ハーブ湯なんて」

 全く、折角の女の子のお風呂なのに濁り湯じゃないかと少しだけ不満げに、ユーゴは呟く

 「いきなりねー、血塗れの人が来て、怖くてー

 えっとーリラックスとかー、むりかなーってねーそれで」

 「……そいつはぶっ殺すから安心して、ステラ」

 そうして、少年は踵を返し……部屋を出ていった

 

 「……だいじょーぶ?」

 少年が完全に姿を消した事を確認し、暫くして……

 少女は湯気の中でも目立つ立派なもふもふの尻尾を退ける

 「……何とかな」

 二房の尻尾に挟まれ隠された状態から抜け出して、漸くおれは一息付いた

 

 「……それで、何がどうなっているんだ……?」

 おれが覚えているのは、壁に手をつこうとしたら突き抜けて、そのまま倒れたところまでだ

 次に悲鳴で眼が覚めたとき、おれは……こうしてもっふもふの尻尾を持つ全裸の少女によって薬草風呂に沈められていてたという訳だ。そして、直後に現れた七天の息吹でも使ったのか完全に怪我が治ったユーゴは、少女の尻尾によって隠されていたおれに気が付かなかった

 我ながら良く起きた瞬間にユーゴの存在に気が付いて声を我慢できたとと思う

 いや、訳が分からない

 

 「そもそも、君は?」

 ふわふわとしたタオルでおれの顔を拭おうと体を寄せてくる少女から、少しだけ距離を取ろうと頭を動かそうとして

【挿絵表示】

 

 「おーじさまは、先に名乗るものー」

 のんびりとした口調の少女に言われ、痺れてまともに動かない……というか両足も左腕も折れてて動かせないから諦めて、おれは口を開く

 「おれは……ゼノ。帝国第七皇子ゼノだ」

 というか、と、自分の肉体を改めて確認して思う

 ボロッボロだな。流石HP1というか、気が抜けた今では何で歩けていたのか自分でも謎だ。体も重いし……って、これは単純におれが服を来たまま湯船に放り込まれているせいか

 って、真面目に何でおれはこんな風呂に……?それに、何故狐の尻尾を持つ女の子が居るんだ……?

 ユキギツネ種の少年とならば縁はあるが、彼とは無関係だろう。尻尾を何が楽しいのかふりふりしている女の子の毛の色は大分濃い。ユキギツネ種はもっと色味が薄いから特殊な種なのだろう

 「おーじさまは、ステラのこと知らないのー?」

 「……御免」

 ちゃぷちゃぷと湯を掻き分けて寄ってくる狐の女の子。おれと異なり、その体には何も身に付けられていない。そんな姿を見るわけにはいかないだろうと、回る首で目線を逸らしながらおれは呟く

 「うん、そーだよねー?」

 「……おれが忘れてるだけ、じゃないのか?」

 「初対面かなー」

 ……ならば何故、おれはこんな状況に置かれているのだろう。謎は深まるばかりだ

 

 「ステラはねー、本当はアステール・セーマ・ガラクシアースって言うのー

 でもみんな長いからステラってステラの事を呼ぶんだー」

 ……!?

 響いてきた単語に眼を見開く

 「セーマ!?」

 セーマという単語には聞き覚えがある。いや、覚えがあるなんてものではない

 コスモ・セーマ・レイアデス。これが、聖教国の今の教皇の名だ。因みにレイアデスは父方の姓であり、此処は変わっていく。変わらないのは間のミドルネームだけ

 ……そう、セーマというミドルネームは教皇の一族であるという事を示す言葉である

 

 ……いや、マジで何でだ!?

 「げふっ!」

 盛大に湯船に血を吐きつつ、おれは……

 寧ろだからじゃないのかという結論に辿り着いた

 「……ひょっとしてなんだけど、アステール姫」

 「ステラでいいよー?」

 「ステラ姫」

 「ステラがいいなー」

 「ステラさん」

 「ちゃんー」

 「ステラちゃん。一つだけ聞きたいんだが……」

 「何でもきいていいよー?」

 「……まさかとは思うんだが、枢機卿がユーゴをごり押ししたのって、君が原因なのか?」

 「そうだよー?」

 「……やっぱりか」

 つまりは、アレだ。突然婚約だ何だが決まった理由は、彼女を人質に取られたからなのだろう。教皇の娘を人質に、返してほしくば……という奴だ

 いや馬鹿じゃねぇのかあいつ!?

 と言いたくもなるが、そのごり押しを通せるだけの馬鹿みたいな力はあいつに在った

 実際問題、勝てたのは奇跡に近いというか、向こうのミスだ。おれはあのAGX-ANC14B《Airget-lamh(アガートラーム)》に対して何一つ有効な手立てを持たなかった。恐らくだが、おれの手に万が一月花迅雷が有ったとしても全く事態は変わらなかっただろう

 いや、ゲームのシステム上あの謎の装甲やバリアが防御系の奥義として扱われるものだと仮定して、奥義効果が原作ゲームそのまま適応されるとするならば、月花迅雷の奥義である迅雷抜翔断は防御奥義の発動をそもそもさせないから通るか?といったところだろうか

 少なくとも、神器があったとしても勝てる気はしない。おれが勝てたのは、単純にユーゴが絶対に安全なアガートラームの防御範囲から出ておれを足蹴にしようとしてくれたから。ただそれだけの理由なのだ

 ユーゴ・シュヴァリエには勝てたが、アガートラームには何も対抗など出来ていない。あんなもの見せ付けられ、仮にも国の頂点の娘を拐われた日には娘を婚約者として差し出せと言われても抵抗できないか……

 おれの父なら知るかと言いそうだが、あの人は血の気多いから特例だ

 

 「アガートラーム……」

 「ちがったよー?」

 「え?」

 ぽつりと呟いたあの鋼の戦神の名を否定され、おれは呆けた声をあげる

 「えっとねー、ステラを連れていったのはー、ユーゴ様とはまた別のひとー」

 「……そいつも、巨大な機械を?」

 「きかいって、なにー?」

 「御免。機械っていうのは魔法じゃない凄い技術の事らしい」

 そういえばこの世界では機械文明はそんなに発達していないから聞き覚えがなくても仕方ないなとおれは言い直す

 「巨大な機械って呼ばれる鋼の神様が来たのか?」

 「そだねー。大きくて黒い、かみさまだったよー

 おへやからベッドごと連れ去られてー、ステラは此処にとじこめられたのー」

 「拐った相手の顔は見れなかった?」

 「くろいかみさまだから、ユーゴ様じゃなかったー」

 「少なくとももう1機居るのかよ……」

 げんなりする。ユーゴにだって向こうが馬鹿だから運で勝てただけなのに、他のとか相手に出来るのかよこれ

 

 「……ところで、ステラちゃん」

 一つだけと言った事は忘れ……というか、一つだけじゃ何も分からないのでそのままおれは質問を続ける

 「なんでおれはこうして風呂に投げ込まれてるんだ?」



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ステラ、或いは禁忌の提案

「……?」

 「いや、首を傾げないで欲しいんだが……」

 無防備な少女は布一枚身につけていない。薬草湯の湯気がギリギリそのなだらかな肌を隠している程度。亜人の中でも人間に近い外見のユキギツネ種……では無いようだが、ユキギツネ種のように耳と尻尾だけが獣のようだ。亜人の神ともされる紅蓮を纏う伝説の猿神……牛鬼や天狼のような幻獣の一種のように上半身が体毛に鮮やかな覆われていて服代わりになっているとかそんな事は一切無い

 だから、目線を逸らす。幾らおれでも、女の子の肌は見ちゃいけないくらいの性知識はある

 

 「おーじさま、血塗れ」

 「……ああ」

 「だからステラ、お風呂用意したよー?」

 「いや待て可笑しい」

 さも当然のように無邪気な笑顔で応える少女に、おれは首を傾げる

 「普通、そういう時は……助けてくれるにしても回復の魔法から使わないか?」

 回復魔法や補助は反転させる……つまり回復魔法でダメージを受ける忌み子の性質上、もしもそうだったら死んでたのだが、そんな事はおくびにも出さずにおれはそう聞く

 いやだってそうだろう。普通に考えて、傷だらけの人間を見て傷を癒す魔法よりも先に薬草風呂に叩き込む人間は居ないはずだ

 

 「でも、おーじさまにはまほーなんて使っちゃ駄目だよね?」

 「いや、確かにそうなんだが……

 知ってたのか?」

 「知ってたよー」

 だからお風呂、とにこにこ無邪気そうな笑顔を浮かべる狐の少女

 おれは、それを見て……

 

 「……いや、そもそも何でこうして助けてくれたんだ?」

 そんな疑問を抱いていた

 「どーしたの、おーじさま?」

 「ステラちゃん、おれと君は初対面なんだよな?」

 「でも、ステラはすぐわかったよー?おっきな火傷と、曇り空みたいな髪の色、そして真っ赤な真っ赤な瞳の、おーじさま」

 「おれは、君に助けられるような事はしていない」

 言って、いや、違うかもしれないなと一つ思う

 例えば、彼女がヴィルジニーを親友だと思っていた場合、親友を助けてくれたから……とか

 

 「そうかなー」

 「おれがなにもしていないのに、君に助けられるのは……

 いや、違うな。助けてくれて有り難う。何時か、その恩を君に返すよ。って、何よりも拐われてるんだから国に返すのが一番の恩返しか」

 言いつつ、風呂の中じゃ格好つかないな、と苦笑する

 感覚が無かった足も、あらぬ方向に曲がった腕も、じくじくとした痛みを感じる

 流石は公爵家にあった薬草湯と言うべきか。全身を浸すことでそれなりの回復効果はあるらしい。といっても、普通に考えて普通の人間なら魔法で治した方が明らかに早いのだが

 この調子なら、添え木でもすれば歩けるだろう。咄嗟に体を庇うように上げた左腕は右腕が無事だった分惨憺たる有り様、有り体に言えばペシャンコだが……

 っていうか、人体って此処まで中身漏れずにぺらっぺらになるんだなと感心すら覚える。痛みがなかったせいか、これが自分の体の惨状という実感がないというか何と言うか

 

 「恩返し?」

 「ああ」

 湯船の中に置かれた台の上に頭を乗せ、おれは耳まで薬草湯に浸かりながら小さく頷く

 「おれは君に助けられた。その分、おれに出来ることなら何でもする」

 「じゃあ……」

 何が嬉しいのか、少女は耳をピン!と立て、尻尾も立てて此方を見る

 「ステラが国に帰ったら」

 「……ああ」

 「結婚しよー?」

 「いやちょっと待てよ!?」

 突然の言葉に、おれは思わず叫ぶ

 ケッコン?血痕?いやいや待て

 

 「……もう一度聞かせてくれ」

 「結婚しよー、おーじさま」

 「聞き間違いじゃないのかよ!?」

 待て待て待て、いきなりだなオイ!?

 「いや、それは……」

 「おーじさま、男の人なら誰でも出来るよー?」

 湯船に浸かり、おれを見下ろす少女の瞳にからかうような光はない

 

 「ああ、そうか

 おれの身柄を寄越せということか」

 漸く納得する。結婚と言われて面食らったが、恐らくは……

 「えー?ちがうよー?」

 「いや可笑しいだろ。なんでそうなる

 君とおれは初対面で、おれは君に何もしていない」

 「そうだねー」

 「何でそこで結婚という単語が出てくるんだ、どう考えても可笑しいだろう!?」

 「?おかしくないよー?」

 少女がおれの手を握る

 

 「おーじさまは、ステラになにもしてないの

 でもー、ステラがアステール・セーマ・ガラクシアース(ステラ)なのはおーじさまが居たからなんだよー」

 手に触れるような軽いキス

 上体を起こしたおれの眼に映る濃い金の耳の付け根。そこだけが白い毛が目立つ

 「忌み子で、誰よりも皇子なおーじさま」

 「君、は」

 そうだ、考えてみれば分かる。そもそも、亜人な時点で可笑しいと思うべきだったのだ

 七大天を特に信奉する者達の国、それが聖教国。当然ながら亜人や獣人への蔑視はこの国よりも余程強い

 ならば、そもそもが前提からして可笑しい。教皇の娘が何故蔑視されているはずの亜人なのだろう

 その白い毛を撫でる

 「何度も、切り落とされたから、そこだけ白くなっちゃった

 おーじさま、こういうの嫌い?」

 「……いや、そうじゃなくて」

 「耳がないと神様の声は聞こえない

 けどー、耳があったら薄汚い亜人だよねー」

 にこにこと、少女は辛いはずの過去を、無防備な笑顔で語る

 「だからステラはいらない子。七大天の加護があるから、耳も尻尾も切り落としても切り落としても生えてくるのー

 だから誤魔化しが効かない。表に出せない捨てられた子。汚い亜人の汚れた娘。教皇の汚点

 ずっとそう言われてきたんだー

 

 自分の名前が、ステラレタコだって覚えちゃうくらいに」

 何も言えない

 おれに言えることはなく、ただ、自由になる右手でその頭を撫でる

 「でもねー。ある日、それは終わったんだよ?

 もっと忌まわしくて、天の理に逆らっていて。それでも誰よりも皇子らしい、そんな奴も居るのに何を亜人でうだうだやってんだこのアホはって言ってくれた人が居たから」

 「なにやってんだ父さん」

 明らかに教皇に喧嘩売ってないだろうかそれ

 「忌み子であろうが亜人だろうがって、おーじさまが体現しててくれた

 馬鹿にされても、理不尽な扱いでも、ちゃんと認められる存在が居るって、おとーさんに分からせてくれた

 だからね、おとーさんはごめんってステラを抱き締めて、もう耳を削ぎ落とさなくてもー尻尾を痛い痛いって切り落とさなくてもよくなったのー」

 「ああ、だからあまり公には教皇の娘の話がないのか」

 と、一人納得する

 いや、亜人の娘が居るとか大ニュースだからな、聞いてたら忘れないだろう普通

 あとは、娘が亜人というのは父シグルドがどやすことで父娘間では解決した事かもしれないが、一般的に見て後ろ指指されるのは避けられない

 信頼できる相手ならば良いが、あまり公開したくはなかったのだろう。だから、大っぴらに誘拐されたと言うのではなく、枢機卿も穏便に事を済ませたがった

 まだ時じゃない、ステラ……亜人な教皇の娘アステールを表に出さないために

 っていうか、そこら辺の常識にすら思い至らない辺り、かなり頭に血が回っていないというか……

 「ステラはね、おーじさまが居なかったら、今も捨てられた子って呼ばれてたんだよ?」

 

 「だからね、おーじさま

 結婚しよ?」

 「いや駄目だろ!?」



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婚約、或いは迷い

「えー、どうしてなのかなー?」

 そのもふもふの耳をぴくぴくと動かし、少女が問いかけてくる

 

 「ステラ、わかりにくい事はなーんにも言ってないとおもうよー?」

 「いや、君が父さんに……皇帝シグルドに救われたって事は分かった。そのダシにおれが使われたって事も」

 「おーじさまの生き方が、ステラをステラレタコからお姫様のアステールにしてくれたんだよねぇ」

 いや、単純に亜人蔑視の風潮が強いからと亜人に手を出しておいて娘を虐待する親がちょっと性格に問題があるだけだと思う

 おれでもその事実を聞いたら文句を言うし、下手に偉いから誰も文句を言わなかったのが何よりの問題。おれが関係しているわけではないと思う

 

 「……おれは本当に何もしてなくないか?」

 「そーかな?」

 「というか、だ。ヴィルジニーの発言を聞くに、向こうでもおれについては馬鹿にされまくっていた筈だ。忌み子、最弱皇子ってな

 そんなおれが居るからって君を抱き締めるなら……単純に、君の父は誰かが止めたという大義名分が欲しかっただけなんじゃないか?誰にも賛同されず、亜人は下等だという常識に立ち向かう勇気が無かっただけで」

 「そんなことないよー?

 おーじさま、自分で言ってるよねー?最弱おーじって」

 「当たり前だろ。流石に他の皆もユーゴ……っていうかアガートラームに勝てるかは分からないけど、おれは皇子の中では誰よりも弱い。体が弱い妹よりも、目覚めたばかりの弟よりも

 おれより弱いなんて、覚醒前の二人だけだよ」

 「それだよー?」

 「ん?」

 「ほんとーなら、忌み子なんておーじさまと扱われないよねー?

 七大天に王としての権利と力を与えられたっていうのがー、皇帝の基本だよね?」

 「ああ、そうだ」

 少女の肌を見ないように目線を逸らし、おれは頷く

 

 いい加減女の子と風呂の中なのはどうかと思うので出るべきではと思うが、まだまだ体は上手く動かない

 力が強すぎて逆に耐えきれなかった極一部が破れて血とミンチになった骨肉を吹いただけっぽかったのが効を奏したのか、或いは半ば人辞めてるが故の根性補正の効果か、傷口は少なく、それももう塞がっている

 だが、折れた骨はどうしようもない。何日か薬湯に浸かっていれば添え木して自然治癒で問題ないくらいまで治るかもしれないが……少なくとも、日付が変わってない程度ではまだまだ

 というか、根性補正で生きててもこれか……となる。右腕が無事で本当によかった。これで右腕が折れてたら生きててもあのバカの腕を折れなかったところだ

 ……まあ、分かっていた通り、七天の息吹を使えばああやって砕いた骨くらい一発で治ってしまうんだが

 だからこそ、あそこで日本的な時間を刻む時計を砕く必要があった

 あれが本物の神器みたいな扱いなら、折れても砕いても燃えたぎるマグマの中に投げ込んでも何しようがそのうち復活するだろうが、それならばそもそも時計を取りに戻る必然性がない。偽刹月花や父の轟火の剣デュランダルのように、あの場で即座に時計を自身の腕に召喚し、そこからアガートラームをリライズ?だったかすれば良い

 突然現れ、同じく突然消えた。現れた瞬間は見えなかったが、あの電子音を聞く限り、リライズと鳴った瞬間に現れていたのだろう。そして、暫くして纏っていたステルス用のフィールドが剥がれて姿を現したというのが事実の筈

 ならば、アガートラーム本体には何一つ出来ていないが、ずっとあの場所にあった訳でもあるまい。何処かに消えた以上、呼び出す時計が消えたアレの脅威は……いや、実は近くに格納されてて素で乗り込めばそれで使えるとかいうオチも有り得るから去ったとは言いきれないが

 

 って、今関係ないな、閑話休題

 と、意識を戻す

 

 「おーじさまは、禁忌を犯し天の怒りを買った忌むべき子」

 「そうなっているな」

 ……実際は違うらしいが

 と、あくまでも先祖返りだよと言っていた七大天の言葉を反芻しながらおれは頷く

 どうして七大天によるおれの転生先が、七大天の怒りを買ったとされる第七皇子なのかと思っていたが、実は怒りとかそんなんじゃなかったらしい

 いや、確かにそうなんだよな。そもそも、滝流せる龍姫ティアミシュタル=アラスティルの眷属のはずの幻獣である龍人娘のティア(名前は龍の神様から取ったものらしい)と初期から絆支援が付いてたりするのが原作ゼノだ

 今のおれには縁がないが、何処か……というか兵役の最中に何らかの形で出会い、おにーさんと懐かれてるんだよな原作のおれは

 特に龍姫の影響が強い龍人、本当に天の怒りを買った忌み子というのが忌み子の真相だとするとおれに懐くとは思えない。そこら辺は原作では詳しくは語られなかった謎だったのだが、実は嫌われてはないけど七大天の力によって与えられている魔法の力を先祖返りだかの理由で弾いて持ってないなら理解できる

 逆に加護を弾いてしまう先祖返りで憐れまれたりしてたのかもしれない。いや、そもそも何で先祖返りだと七大天の力を弾くんだ、って疑問は残るが

 

 「それなのにー、天に嫌われた子がおーじさまなんて、普通は言われないよー?」

 「だから、皇族の面汚しだの何だの言われてる」

 「ステラはおーじさまをつらよごしなんて思ってないけどー、みんなもおーじさまを皇子だって思ってるから、面汚しって言うんだよ?

 皇族じゃないとー、皇族のつらよごしーなんていえないよ?」

 「いや、それはそうだが……」

 「ごめんね、おーじさま」

 ……何を謝るんだ、とおれは首を傾げる

 

 「おーじさま、ちょっと前に助けてって言われたんだよねー?」

 「ああ、エーリカと兄の事か」

 「ちがうよー?」

 「ああ、じゃあ母親が病気だった彼か」

 「おーじさま、他にもそんな人助けてたのー?」 

 いや、じゃあ誰だよと思う

 

 「おうぼーな魔物に困ってる村、助けてくれたんだよねー?」

 「あれは師匠込みだよ。それに、素材を納品して儲けさせて貰ったし」

 ああ、あれかと弓の練習行くぞと師匠に連れられて行った場所を思い出す

 確か、魔物に困っている村の周囲の魔物退治だったな。正体が野良化したフレッシュゴーレムのキメラで全くさぁ……管理ちゃんとしろよ製作者と思ったことは覚えている

 「えー?助けてって依頼、出てたよねー?」

 何でそんな事を知ってるんだと思いつつ、おれはまあ、そうだなと頷く

 「でもさ、普通にやったら依頼料は高いよ。あいつは上級職でもないと勝てない相手だから」

 まあ、仮にも合成個種(キメラテック)なのだから、それくらいは強かった

 そして、何故かは知らないが体内に割と値段する金属が埋め込まれていた。いや、何のための触媒だったんだろうなアレと思いつつ、村に半分贈って半分は自分の財布に入れた。上級職の珍しい冒険者に命を懸けさせるくらいの額にはなったし、依頼料代わりとして十分だったので助かった

 「ただでさえ疲弊してるのに更に報酬として金を寄越せってそれは無理だろ。そのまま助けられたことだけ感謝して飢えて死ねって言うのかよ

 だからおれ達は、単純に魔物素材の納品依頼の相手を探していたところ、たまたま見つけて倒しただけだ。その魔物に困っていた村があるだとか、ギルドに依頼を出していただとか、去年凶作で税金払ってないからと騎士団に助けを求めにくかったとか、その辺りの話はおれとは一切関係がない」

 

 「あれと、あとはー、エルリックのどれー騒動もなんだけどー」

 「フォース達を知ってるのか?」

 「あれねー、ごめんねー

 やらせなんだー」

 「そっか」

 何となく違和感があった事から、成程と頷く

 

 「おれが居なくても、彼等は本当に問題なく救われてたんだな。あと、あの合成個種は本当に村を困らせてた訳じゃなく、おれへのテストか」

 師匠にしては変な場所で修行させるなーとは思ってたのだ。それに、何時もと違って死力を尽くさなければ勝てないってレベルをぶつけてこなかったしな。おれのスペックを見誤って弱すぎたのかと思ってたが、単純にヤラセに協力してたからなのか

 「いくらなんでもー、奴隷にしないとーとかは無理があるよねー

 あれはー、何も知らないおとーと以外みんなでやったおしばいなんだよ?」

 「父やノア姫も?」

 ふと、エルフの姫を思い出して聞いてみる

 彼等まで仕込みなら、エルフとの因縁とか、色々嘘になるのだが……

 「それはちがうよー?」

 ああ、エルフは無関係か、と納得する

 「でもねー、おーじさまは、お伽噺の王子様だった

 助けてって思ったら現れて、解決しようとしてくれる、絵本の白馬の王子様

 どんなに馬鹿にされても、あれが皇子だと言える、そんな理想像を誰よりも体現しようとしてる人

 

 だから、おとーさんは信じたのー。おーじさまが居るんだから、って」

 「……そうか」

 いや、ここまで言われるとそんなものかと納得するしかないな、とおれは頷いて

 

 「だから、結婚しよ?」

 「だから何でそうなるんだ」

 こうして堂々巡りする

 

 「おーじさまは、ステラのおーじさまで、ステラはおひめさま」

 「……おれは君を幸せに出来るような相手じゃない。おれに夢を見すぎだよ」

 だから、おれはそう事実を告げる

 「ステラに、なにがたりないのー?」

 尚も、おれの瞳を見上げてくる女の子

 その瞳に呑まれそうになる。頷きそうになる

 そんな弱い気持ちを脳内で一喝して、そうじゃないよとおれは首を振る

 

 「アステール……ちゃん。君に足りないものは、あるとして年齢だけだ」

 そもそも、外見的におれと歳は変わらない。つまり1桁であり、結婚は15になってからだから早すぎる

 そんな事を、おれは言う。あんな話を聞いてからステラと蔑称兼愛称では呼べず、アステールと本名を出して

 「ならー、問題ないよねー?」

 「いや、おれの側に問題がある」

 「あー、こんやくしゃの人ー?」

 いや、違うとおれはまた首を振る

 「それもあるけど、ニコレット関係じゃない。まあ、あの子がおれと結婚する気無いのは知ってるしそれで良いんだけどそこじゃない

 単純明快、おれが君に相応しくない」

 「おーじさまは、帝国の皇子だよね?

 ステラはねー、それで相応しくないって相手は居ないとおもうよー?」

 そんなことはない、と否定する

 「アステールちゃん

 君が昔ステラレタコだったように、おれは呪われた子なんだよ。皇子だから凄いんじゃない。皇子でなければ生きてすらいけないからその座にみっともなくしがみついている、醜い生き物なんだよ、おれは

 だから、駄目だ。おれなんかと居たら、君は折角アステールに……教皇の娘になれたのに、それを失ってしまう

 おれに近い人間だって、馬鹿にされてしまう。婚約者ならなおのこと。ニコレットだって、それで嫌な思いをしたって文句の手紙を送ってくるんだ」

 因にだが、その手紙には悪いが諦めてくれとブローチなり髪飾りなりを添えて返す以外に何も出来ていない

 あの忌み子の婚約者なんて苛められるし、それはおれが止めても止められるものじゃない。それでも皇族との縁が欲しかったのがアラン・フルニエ商会であり、その為の生け贄がニコレット

 だからおれはあの子を何とかしてやらなきゃいけないし、同じことは他の皆にも言える

 

 「ステラは気にしないよー?」

 「おれが気にするんだ。あの話を聞いたら、君には幸せになって欲しいし……」

 なんて話していたら、不意に揺れる水面に気がついた

 

 「……水鏡?」

 「ちょっと待ってねー?」

 少女がその裸の指で振れると、揺れる水面は収まり、一つの像を結ぶ

 「……アナ?」

 そうしてそれは、折角の可愛らしい顔を蒼白にした、おれの親しい少女の姿をしていた



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結婚、或いは支援システム

本日はバレンタインですがバレンタイン短編とか無いです
申し訳ない


像を結ぶや、少女は手にしていたノートを見せる

 即ち、大丈夫ですか?と

 

 風呂場なので、書けるものは何もない。そして、水鏡は残念ながら映像は送れても、言葉は送れない

 おれは大丈夫だよと口を動かしても、少女には伝わらない。読唇術とか使えれば良いのだが、あの子には無理だ

 

 そんなおれの横から、ひょいっと鮮やかな金髪の少女が水鏡に顔を覗かせる

 蒼い綺麗なアナの瞳が、真ん丸に見開かれた

 「おーじさま、どーしたの?」

 「アステールちゃん、ちょっと話がしたいんだけど、声が伝わらない魔法を使ってるんだ

 どうにかならないかな」

 此方が慌ててもしょうがない。少なくとも、アナに伝えられるようにする事を、おれは選ぶ

 

 「おー、たいへんだねー」

 のんびりと狐の尻尾を揺らし、大変そうでもなく少女が呟く

 その間に、魔法で水面に映し出された鏡の先の少女はせっせとノートに文字を……

 あ、急ぎすぎたのかペンが折れたな

 ……此方も焦るべきかもしれないし、状況はなかなかにアレだが……

 魔法が使えないおれはただ事態が動くことを待つしかない

 

 『皇子さま!?

 誰にゃんですかそりぇ!?』

 ……綴りが間違ってる。しっかりしてくれアナ

 「ちょーっとまってねぇ」

 と、少女が立ち上がる

 当然のように、濁り湯はそのなだらかな曲線を描く体を滑り落ち、アナほど白くない……いやむしろ濃いめの肌色の肌が晒される

 見るわけにはいかないので逆を向く……とアナからも目を逸らすことになるので、ちょっと待ってくれ!という意思を込めて、おれはじっと水面の先の銀髪の少女を見つめた

 

 『何があったんですか』

 『怪我とかないですか』

 『大丈夫ですか』

 乱雑に書いては見せられる文章の羅列

 何時もは几帳面で綺麗な字をしている(ちなみにアルヴィナの字はボクが読めれば良いとかなり汚い)アナにしては珍しい乱れた字

 大丈夫ですかに対して頷く以外何も対応できなくて、それでも少女と身振り手振りで話をしていると……

 

 「おまたせー」

 ふわりとしたローブを纏って、狐の少女が戻ってくる

 その手には、ノート……ではなく、一冊の魔法書があって

 「はい、これで声がとおるよー?」

 「……本当か」

 「『お、皇子さま!?』」

 と、水面近くに不意に現れた火の玉から、幼馴染の少女の声がした

 「アナ!聞こえるか!」

 「『はい、聞こえます!良かった……』」

 感極まった少女の瞳に涙が見える

 「ごめん、心配かけた」

 「『アルヴィナちゃんが急に皇子さまが大変って言うから、本当に心配したんですよ……?』」

 蒼い瞳の涙を拭って、短い銀の髪を揺らす

 そんな少女の発言に、おれは……

 

 「良く分かったなアルヴィナ……」

 と、違うところに注目していた

 「『そ、それもそうですよね……

 アルヴィナちゃんも付いていってはいないのに、なんで分かったんでしょう……』」

 「おー?

 おーじさま、その右耳の、じかくなかったのー?」

 「……右耳?」

 「変なまほー、かかってるよねー?」

 「え?」

 思わず動く右手で、耳朶に触れる

 少し尖り気味のアルヴィナの八重歯。少女のそれに甘噛みされた際の傷とも言えない傷は、何故か今もうっすらと残っていて……

 ああ、と納得する。聖夜に噛まれたときに付けられていたのか、と

 

 「追跡魔法でも掛けてたっぽいな」

 おれはそう苦笑する

 「わるい人だねー」

 「『皇子さま、大丈夫ですか?』」

 「心配いらないよアナ。こんな魔法掛けるのはアルヴィナと……アイリスくらい

 でもアイリスはこういう形じゃなくて、服飾品で渡してくるよ」

 聖夜のプレゼントに不満げな表情を見せた妹からこれと渡された猫っぽい顔の意匠のブローチを思い出して、そう呟く

 もしかしたら壊れるかもしれないからと置いてきたが、アイリスはどう思っていたのだろう

 

 「おーじさまは、ふしぎだねー?」

 「『え?皇子さま、何も思わないんですか?』」

 4つの眼が揺れる

 鮮やかな蒼の眼の少女と、翠と赤の左右で違う色の瞳を持つ少女に変なものを見る眼で見詰められ、おれはそうか?と首を傾げた

 「アルヴィナが不安がってるのは知ってたよ。一人を怖がってることも

 だからさ、魔法自体は良いんだ、別に」

 「『……良いんですか?』」

 「良いよ。それでアルヴィナの不安が晴れるなら幾らでも魔法なんて使ってくれて良い

 ただ、教えておいて欲しかった気持ちはあるよ。こうして、他人に言われたときに面倒だし」

 実際、検査とかで見つかってたら騒ぎになるよな、と苦笑する

 

 「『というか皇子さま!そこの女の子誰ですか!?』」

 と、漸く最初の衝撃が戻ってきたらしい

 「ステラはねー?ステラだよー?」

 「『え……誰ですか!?』」

 状況に付いていけず、銀の髪の少女は目を白黒させる

 「おーじさまの、お嫁さんー?」

 「認めたつもりはないんだが!?」

 間違えた。おれも付いていけず二人で目を白黒させた

 

 「『そう……ですか……』」

 目線を伏せ、銀の少女の顔が見えなくなる

 「『分かってました……わたしなんて……皇子さまなんだから、許嫁くらい居るって……』」

 鈴のような声も元気なく、聞き取りにくい声で少女は呟いて

 「『でも……って

 でも……一緒にお風呂なくらいに仲が良くて……』」

 「誤解だ、アナ

 おれが血を被ったから、風呂に放り込まれただけだ」

 服を着て風呂に入るのは変態だろ、とおれは濡れて貼り付いた服の袖を振ってみせる

 

 「『……

 あれ?』」

 かばっと、少女が顔を上げる

 「『皇子さま、その子……わたしたちのお家に来た女の子と……』」

 「ニコレットは無関係だよ」

 「おーじさま、もう他にお嫁さんいるのー?」

 「いや、知らなかったのかよ!?」

 思わずツッコミを入れかける

 結婚しようなんて変なことを言ってくる辺り、ニコレットと話を付けてたのかと

 

 「ステラのおーじさまが、急に現れたからー

 これはもう運命だよねぇ……」

 「違うと思う」

 「『きっと違います』」

 総ツッコミが、狐耳の少女を襲った

 

 「『皇子さま、結婚って、複数出来るんですか?』」

 「アナ。おれの父さんの妻は……二人亡くなってるから四人か、今

 あとは……おれの曾祖母は、三人の幼馴染と結婚してたらしいし、そこは本人の度量と天次第」

 「七大天様にほーこくしてー、認めてもらえるかだよねぇ……

 おーじさま、おーじさまは何処が良いー?」

 「何処も何もない。おれは誰とも、結婚しないよ」

 アステールの言葉を否定して、おれはそこだけは何とかしないとな……と考える

 

 結婚、或いは婚約とはそれだけの存在だ

 絆を、愛を七大天に誓い、天からの祝福を得る事で証とする。妾と妻の違いはその儀式を行ったか否かであり、儀式をもって法的に夫婦とされる

 余談だが、時折七大天の祝福を得られない夫婦がおり、その場合は法的には夫婦として扱われない。それが何の影響を出すかというと……

 浮気だ何だの話になった時、どれだけ対外的に夫婦と思われてても、儀式をして天に認められてなければ姦通罪は適応されない。謂わば拘束力のない口約束扱いされるわけだな

 ……大体の場合、そうした儀式を行わないということは、どちらかに天から愛の祝福を受けられない何らかの後ろめたい事情があるということなのでこうなる

 つまり、面倒だから法に訴えるなら結婚してから言え、という話

 

 ゲーム的に話をすると、親しい相手が近くに居るとレベルに応じてステータス補正がかかる絆支援システムに関連する力となる

 絆支援レベルはゲーム開始時点で兄妹等で縁があると初期からレベルがあったりするが基本は無しから始まり、C、B、Aと高くなっていく。そして、レベルが上がる毎に二人の間のミニストーリーが見れるという感じ。Aで親友とかそのレベルの扱いだ。因みに、設定上は人々を見守る神々がレベルを認定しているらしい

 そして、その先にある互いに命を張るようなランクの絆を表すのがA+、或いはS

 SとはSanctityの頭文字で、神々に祝福されたという意味を表す特例記号。内部的にはA+もSも同じ最大効果量であり、神々に認められた結婚相手だけが支援S表記になる

 

 神々に認められていれば良いので、まあ行けるだろうと思われていれば複数と結婚する誓いを立てても七大天の祝福は得られる(=複数人と支援Sにもなれる)し、止めとけとなるなら一途同士でも結婚は認められない(=男女間でどれだけ仲が良くても支援A+表記)。ゲーム内では支援レベルを10回までしか上げられないが、あれはゲームバランスの都合。この世界では……その制限は無さそうだ

 

 ……一組だけ女同士で支援Sが居るんだがあれは例外だ、天は同性愛を禁じてはいないとして置いておこう

 

 そして……ゲームでのおれの支援表記は、実は最大値に行ける相手でも全員A+なのだ

 そして最大値に行くのは三人とも女の子。このハーレム野郎が!……まあおれなんだが

 ゲームでのゼノはもう一人の聖女編の攻略対象な訳だが、その乙女ゲー主人公相手にすら支援Sが無い。ルートに入ると絆支援レベルが強制的に最大値に行くが、それでも最後まで表記は主人公カップル唯一のA+。仮にも主人公(ヒロイン)とヒーローなのにだ

 まあ、ゼノルートは救済ルートなので、他のルートと違って絆支援Aという前提が無くてもルートに入れ、支援を付けてなくてもイベント無しに突然A+になる特例なんで他とは違うのかもしれないが

 その関係で誰かのルートに入るまで支援レベルが6回しか上げられず、特定の二人と支援Aが前提のルートに入る場合等他に何も支援を付けられなかったりかなり面倒で、その辺りはゲーム時も評判良くなかったな

 

 閑話休題

 結婚しようとする年齢まで生きてた忌み子が居ないし、ニコレットとは結婚する気が最初から互いになかったが故に口約束しかしてないから世間には知られていないようだが……

 おれは結婚しないし出来ない

 

 「って、そんな話をしている時間じゃないな

 アナ、一つ頼まれてくれないか」

 「『はい!皇子さまの為なら頑張ります!』」

 「……探し物を見つけた。アイリスに、それだけ父に伝言するように頼んでくれ」



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聖域、或いは隠れ蓑

さて、と一息付く

 

 痛みが戻ってきた

 ダメージが大きすぎて麻痺していた感覚を取り戻したと言うべきか

 というか、根性補正でHP1残っても死に損ないって感じだとあんまり意味ないからな。死んでないだけ、では本当に1発余分に食らえるくらいの役にしか立たない

 それも、HP残っているキャラを通り抜けるのに専用のスキルが必要であったが故に生きてる事が足止めになるゲームでの話。現実になった以上、転がってるだけの死に損ないは無視しても良いのだから何の役にも立たない

 ということで、根性補正に暫くの間ダメージを無視して動ける保障が付いていた、と思うしかない。そもそも、跡形も残らないはずの攻撃を耐える時点でファンタジー、ステータスが生身の限界を越え、人間を半ば辞めたがゆえの力なのでそういうものなのだろう

 

 そして、下手に薬湯でHPが回復してきた事でその行動保障が切れ、痛みをそのまま感じるようになった……ってところか

 「かふっ」

 薬湯に血を吐く

 水面を通して見ている銀髪の女の子にかかったようにも見えるが、あくまでもあれは水面に映っただけの像。直ぐに血は水面をすり抜けて沈殿する

 ……って、血より軽いんだな薬湯……

 なんてことを思ったところで、ブレた水面の像が乱れる

 

 「アナ、大丈夫か?」

 「『ちょ、ちょっと疲れますけど……大丈夫です』」

 「そうか」

 水鏡自体そこまで凄い魔法ではないのだが、それでも長時間維持するのは厳しいだろう

 特にだ。場所を指定して映すのが水鏡。本来であれば、どこそこと風景を思い浮かべ、地点座標を指定して使うものらしい

 それを……恐らくはおれの居る場所、で無理矢理使っているのだから負担は倍ではきかない

 いや、出来ない事はないらしいのだ。特定人物を脳裏に強く強く思い浮かべれば。但し、魔法は不安定になるし疲れも倍増する。MPだって2.5倍消費とかじゃなかったろうか

 いや、そういう生活魔法に関してはゲーム内では戦闘マップで使わないが故に時折シナリオで言及されるだけであり、各種あった戦闘用の魔法に比べておれが知ってることも少ないから確証も何もないが

 実際におれが使うことも出来ないしな。そうらしい、しか言えることが無い

 

 「アナ、疲れたら……」

 と、おれが言うも像の乱れは止まらない

 いや、加速度的に歪みが増していって……

 

 「おー、流石にバレちゃうねぇ……」

 「アステールちゃん?」

 「ごめんねー、おーじさま

 おーじさまのお陰で、ふつーに魔法が使えたからって、言うの忘れてたよー」

 ……忘れていた?

 いや、そもそもだ。ユーゴがやってくる時、魔法で鍵を外す事をしていた。ということは、扉には鍵が掛かっていた

 では、おれは何故此処に居る?監禁されているに近いアステール、当然のように魔法で通話していたが、それが出来るならば幾らでも助けを呼べたはずだ

 何故、監禁されていると認識していて、おれが来るまで逃げようとしなかった?

 

 ……ひょっとしておれは、罠に嵌まったのか?

 漸く、思考能力が戻ってくるのに従って、嫌な予感がふつふつと沸いてくる

 

 「この部屋には、魔法の力に反応して、人を排除する鎖とー、人や地点をしてー探知出来なくなる魔法がかけられてるんだー」

 「じゃあ……アナは……」

 「おーじさま

 わるい魔法だと【精神】で対抗できちゃうから、全部身を隠す良い影属性の魔法なんだよー」

 「成程、そういうことか」

 漸く納得する

 魔法の力をもって身を護る聖域魔法。その影属性のもの

 姿を隠し、居場所を隠し、探索魔法等から身を護る為の魔法を部屋とその中の存在に対して常時掛けている。だからアステールの居場所は分からないし、アステールを対象に水鏡などの魔法も使えなかった

 故に、外と連絡は取れないし、自分で解除して逃走する事だって出来なかった。要は、味方からも対象に出来なくなる代わりに敵に見つからなくなる潜伏"バフ"を魔法で掛けてるようなものだからな

 悪性のデバフには対抗策が色々あっても、バフを解除出来る方法は特に少ない。下手なデバフよりも、バフの悪用の方が数倍質が悪かったから動けなかったって話だ

 だが、此処に例外が居た。忌み子に良性の魔法効果は効かない。正確には、良性のバフに対しても対抗判定があり、対抗に失敗するとバフ効果ではなく、それと対になるデバフ効果が発生する

 例えば【力】上昇バフなら【力】が下がるバフになるし、HPが回復する効果ならば同等のHPダメージを受ける効果になるし、今回のように潜伏状態になるバフならば敵に狙われやすくなる注目バフになるという訳だな。いや、注目は注目で攻撃のターゲットを集められるので一概に悪い効果であるとも言えないが。兎に角、潜伏を掛けようとする本来良性の魔法では、おれに潜伏は掛けられないという事が重要だ

 だからこそ、おれに対してアナは魔法が使えた。だって、おれには潜伏効果が掛かっていなかったから

 そして、魔法阻害まで用意していたら逆にその魔法で潜伏魔法の存在がバレてしまう。そんな感じで、魔法妨害は効いていなかったから話せてしまった

 

 だが、流石に長々と話せばバレるだろう

 此処がユーゴの家、敵地のようなもの。それを分かりながら話しすぎた

 

 歪んだ像が戻る

 だが、元にではない。別の像を結ぶ形で水面の揺れが収まる

 それは……

 目を血走らせた、一人の子供の姿

 「よう、ユーゴ」

 「『忌み子、てめぇ……

 いきなり影の聖域(サンクチュアリ)の維持が大変になったと思ったら……やっぱり隠れてやがったか!』」

 その言葉に、やっぱりかと頷く

 やはり影の聖域か。見付からせないだけなら凄いからなあの魔法

 

 「良いこと教えてやるよユーゴ

 影の聖域で隠したいものを隠す。良い考えだ。賢いよお前

 でもな、(さか)しすぎた

 

 知ってるかユーゴ?忌み子に聖域(サンクチュアリ)なんて効かないんだよ」

 嘲るように、おれは唇を歪めて呟く

 「てめぇ!ステラを解放しろ!」

 ……ん?何言ってるんだこいつ?

 思わず疑問符を浮かべかけ、いや、と思い直して真面目な嘲りの表情を浮かべる

 あれか。アステールが裏切ってるとか考えてないのか。いや、裏切ってると思ってなきゃ変じゃないか?

 

 「『どうやってステラの目を盗んでその部屋に隠れ、魔法で連絡とったのかは知らないが!』」

 アステール本人が隠してくれてたんだが?

 というか、意識がぼんやりしてた時から思うんだが……よくこいつアステールの事をステラステラと愛称兼蔑称で呼べるな

 本人が許してようが、おれはあの子をステラとは呼びたくない。名前がアステールだから愛称がステラなんじゃない。本人がステラと自分を呼んでいたから、それが愛称になるアステールという名前になったんだ。名前の由来を知ってしまった以上、おれにはあの愛称を呼ぶなんて出来ない

 いや、おれの考えすぎと言われればそれまでなんだが

 

 「……悪いな」

 体を捻り、遠心力で近くに居たアステールの肩に手をかける

 左腕はマッシュミートとでも言うべき状態。それはまだ治っておらず、こうしてそれっぽく動かしてやるしかない

 その事を分かっているのか、金髪狐少女もまた、ぱっと見おれにぐいっと引かれたように、自ら身を寄せた

 

 ごめん、合わせて

 近づく狐の耳に、そう小さく耳打ちする

 大きな狐耳が、びくんと大きく揺れた

 ……あれ、大丈夫だろうか。と思うも、少女はおとなしく腕の中

 なので、おれは少女の肌色の喉に手を伸ばす。一房の毛もないすべすべした肌に触れ、右手の指を埋め込むようにクローの形を作った

 といっても、力は込めない。力を込めたら、柔らかく暖かな沼に手を浸すように、きっとこの指は沈むだろう

 それだけのステータス差はある。だから、決して力を入れない

 

 だが、端から見れば首を締め上げているようにも見えるだろう

 「良いかユーゴ。アステールは人質だ」

 不満そうに、ふかふかの尻尾がおれの背を撫でる

 ……ちゃん付けしなかったことを怒っているのかもしれないが、いや今それは無理だろう。いざという時、アステールだけでもおれに脅されて……となるように、そして裏切り者としてもろともに狙われないようにするために、彼女はおれに無理矢理従わされている感を出さなきゃいけない

 それなのに、ちゃん付けは無理だ

 

 「お願い!助けて、おーじさま!」

 おれの演技に合わせたように、まるで囚われの姫君のように、(って実際そうなんだが)目に涙を浮かべ、水面に映る像に手を伸ばして迫真の演技で狐少女は叫ぶ

 いや演技……だよな?

 「『待ってろステラ!必ず……』」

 そこで、ぶつりと言葉は途切れた

 いや、映像も途切れた

 

 ああ、あれか。さては乗っ取られてるからとアナが水鏡の魔法を切ったな

 それで、映像が途切れてしまったと

 

 ……少しだけ、思うところはある

 いや、あんな迫真の演技見せられたら、これ本当かもしれないと思うしかない

 でも、それを疑ってたら始まらない。裏切られたらその時はおれの目が節穴だったと諦めよう

 

 「おーじさま、どうするの?」

 「どうもこうもない

 父さんが来るまで隠れてられれば完璧だったんだが……それは流石に無理がある

 プランBだ、アステールちゃん」

 「プランびー?どんななのー?」

 「逃げる!以上だ!」




おまけ
皇歴853年度 七天教特別司祭見習採用試験

科目:ステラのおーじさまⅠ・A

配点:100点
特記事項:70点以下の者、この先の科目の受験を禁ず

大問1 歴史
問1:以下の文章は、創世歴史経典の一節である。空欄A~Jに当てはまる文言を全て別紙回答用紙に記述せよ(各3点)

中略

大問2 七天教
問2:以下の魔法文字は、とある七大天の名を書き記したものである
彼の者の名は何であるか、公用語で回答用紙に書き直せ(5点)



問3:問2に記された天に対する七天教の礼拝の言葉を朝、昼、晩それぞれ別紙回答用紙に書き記せ(各5点)



大問3 ステラ様
問4:以下の設問に対し、それぞれ用意された選択肢から正しい答えを選び、別紙回答用紙に番号を記述せよ
 問4-1:アステール・セーマ・ガラクシアースに対して、貴方が呼ぶべき愛称を答えよ(10点)
①:ステラちゃん ②:アステール ③:ステラ ④:ガラクシアース様 ⑤:アステールちゃん ⑥:ステラ様
⑤=10点 ②=8点 ④=5点 ①、③、⑥=受験資格無し
 問4-2貴方がステラ様の誕生日に贈るべきプレゼントを選べ(10点)
①:お気に入りの夜景 ②:高級な食事 ③:高価な指輪 ④:手作りの手袋 ⑤:「ごめん、忘れてた」 ⑥:何でも1日言うことを聞く券
①、④:10点 ⑤、⑥:5点、②、③:0点
問5:貴方のステラ様への想いを1000字以内で別紙回答用紙に記述せよ(30点)


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誓い、或いは逃走

重い体を引き摺って、浴槽を出る

 張り付く服、治りきらぬ足。ふらつく視界を呼吸で整えて、おれは赤が混じった水で濡れた足跡を豪奢な部屋に残しつつ、風呂場を出て初めて少女の部屋を見回す

 本棚にあるのは……いや、ロクなものが置いてない。スカスカで、魔法書の1冊もない。豪華な皮で綴じられた本が一冊、机の上には広げられているが……

 右の頁にだけ手書きっぽい文章が綴られている当たり、あれは恐らく日記だろう。というか、良く見れば頁右下の文言には愛の交換日記、1年目とある

 

 「……おーじさま、持っていって良いー?」

 そうして使えそうなものが何か無いか覚悟を決めるための時間を取りつつ見回していると、狐耳少女はそんなことを言って机の上の日記を取り上げる

 「どうかしたのか」

 桃色皮の表紙に金刺繍。確かに高額な白紙の本だが……

 「あー、おーじさま、嫉妬してるのー?」

 「ん?」

 予想外の言葉におれは首を傾げざるをえない

 「ユーゴ様をおーじさまって呼んだし、日記も持っていくしー、うわきって思ってるのかなー?」

 「いや、そんなことはない。実はユーゴ側なら、その時はおれが節穴だったんだよ」

 「安心してねぇー、おーじさま

 ステラはねー、この日記をどんな事をよーきゅーされたのか、その記録として持っていくだけだよー?」

 おーじさまのステラに変なこと頼んだんだから、その分はせーきゅーしないとねー、とニコニコと少女は笑う

 少しだけ、背筋がぞわっとした

 「いや、好きにすれば良いと思うが……何もないな」

 「なにもないよー?」

 「……ちょっと待て。そもそもならあの魔法書はどうやって……」

 ふと思う

 アステールは水鏡の際に魔法で通話を確保してくれた。それは確かに魔法によるものだ

 だが、此処には魔法書の一冊も置いていない。まあ、魔法で脱走を図られても困るからな

 では逆に、何故あんな外部と連絡が取れるような魔法なんて使えたんだろうか。嫌な予感が……

 「それはねぇー」

 ひょい、と少女は桃色の皮表紙の魔法書を取り出す

 ……いや、違う。魔法書ではなく、普通の本だ。あの日記と同じく

 「ステラ、自分でまほー書いたんだよー」

 偉いでしょー、と狐耳をぴこぴこと動かし、頭をさりげなくおれへと近付けて、誉めて誉めてと上目遣い

 「凄いな、アステールちゃんは」

 期待に応えるように、おれは自由な右手でその頭を軽く撫でる。絹のようななめらかで少しひんやりとした髪の感触に、ふかふかの耳の暖かさが混じるアルヴィナと似た感触

 但し、アルヴィナの髪の方が硬質な気がする。何というか、それ自体が冷気を放ってるように何時でも冷たいんだよなアルヴィナの髪。逆に父やエッケハルトの髪は熱い。いや、あいつの髪触ったことはないが、恐らく軽く熱を持っているはずだ

 って、髪に魔力走ってる勢は魔力の属性によって髪色は変わるし、目の前の少女のように常に風が遊んでるかのようにふわっふわになったりもするのが当然だ。その辺りは良いだろう

 

 「……というか、書けるのか……」

 少しだけ驚くも、妹のアイリスだって書けるな、と思い直す

 ……いや、無理か。実力的には作る事が出来ないわけではないが、あいつは文字が書けない。病弱な少女はペンすら持ったことがないし、初等部の授業でゴーレムがノートを取るところを見たこともない。だから、文字で詰まるな、多分

 

 「えへへー

 ステラ、これでもおえらいさんなんだよー」

 「んまあ、教皇の娘だからな」

 「そうだよー」

 「あれ、でも教皇とは天の言葉を聞き告げる地上の代理人、魔法の力とか特に強いって性質あったっけ」

 おれの言葉に、不意に少女の色の違う瞳が曇る

 「おーじさま

 七天の神様の声が聞けるっていうことは、神様の加護であるまほーの力も凄いって事だよー?」

 「そう、か」

 でも何故、いきなり沈むのだろう

 何が不味かったのか分からず、おれは次の言葉を待ち……

 「ステラはねー。特別な魔法使い。見ただけで、きょーこー様の血を引いてるって分かっちゃうくらいに」

 その瞳の奥に、星が見える

 星紋症の五亡星ではなく、八つの頂点を持ち十字とクロスに交互に大きく伸びて瞬く空の星のような光

 「だから、ステラはステラだったんだよ?」

 「ごめん。嫌なこと、思い出させてしまった」

 そう。娘が何者でも、普通なら素知らぬフリをすれば良いのだ。亜人の娘なんて居ませんよー、と

 実際、亜人獣人の中には貴族の血を引く者も多少居るはずだ。穢れた血混じりの者を子と呼ばず、誰か別の獣人と姦通したとして認知されていない可哀想な子が

 だが……少女の見せた瞳、『流星の魔眼』とされる眼は、教皇の一族しか持たない眼だ。教皇と教皇の子にしか発現しないらしい

 

 だから、アステールは耳を削ぎ落とされたし、尻尾を切り取られたし、表舞台に出されずに見捨てられていた。何たって、見ただけで教皇の娘と分かる、差別対象の亜人だからな。見付からないように、見付かったとして亜人と思われないように。神の加護が下手に強いがゆえに何度も生えてくる亜人の耳と尻尾を切られ続け、捨てられた子と閉じ込めている者達に呼ばれ続けた

 業を煮やし、汚点を隠すためならば殺してしまおうとならなかったのは、仮にも娘への愛ゆえだろうか

 

 ってか、多分そうだな。おれの父に諭されて割とあっさり娘として扱いだしたっぽいし

 ……幼い女の子に、それでもあの時代はトラウマだったのだろう。小さく震える肩も、瞳の中に星が瞬くのに暗い瞳も、項垂れる尻尾と耳も、全てがそれを表している

 それはまだ全く晴れていない。だから彼女は……自分をステラと呼び続ける

 終わっていても、終わっていない。何時かまた同じになるんじゃないか、また自分は捨てられた子に戻るんじゃないか。きっとずっと、幼い女の子はそれに怯え続けているんだ

 

 だから、おれはそのぺたんと垂れた耳を優しく撫でる

 幾度も切り落とされては再生し、白い毛で線の走った、不安の象徴とも思えるそれを、愛しいものであるかのように

 「……ごめんな」

 「だいじょーぶだよー

 おーじさま、おーじさまはもっともっと酷い跳ね返して、ステラを助けてくれたんだよね?」

 「跳ね返してないし、おれの境遇は酷くなんてないよ」

 「でも、忌み子なんだよねー?」

 少しだけ元気を取り戻したのか、耳が少し跳ねる

 そんな少女の耳の外側をゆっくりと撫で続けながら、おれは頷いた

 

 「確かにおれは忌み子だよ。でもさ、それがどういう意味なのか、本当に分かるまでには時間があった。5歳になるまでのおれは、忌み子だけどただ母親が呪いで焼け死んだだけの普通の皇子だった」

 「ステラのおかーさんは、やな人だけどー

 居ないのはそれはそれで()だよ?」

 「それにさ、父さんはずっとおれを信じてくれていた

 いや、怖いよ。酷いと思うことだってある」

 というか、原作知識がないとお前は弱い!と言われて強くなれとは取れないだろう。言葉が足りてない(ひと)過ぎる

 そんなだから、アイリスからも鬼、魔神、皇帝、と並び称されるんだ

 

 「それでもさ、おれには信じてくれる人が居た。優しい人達がずっと居た。守るべき人だって居た。諦められない理由もあった

 それにさ、さっきみたいに魔法が使えないし良い魔法が効かないっていうのも、悪いことばっかりじゃないんだぜ?」

 わざと茶化すように、歪んだ火傷顔に、精一杯の笑みを浮かべる

 「誰も居なかった君に比べて、おれはずっと恵まれている

 だから頑張れた。だから、こうして皇子でいられる

 おれは強くなんてない。おれがもしも君の立場だったとき、頑張れてる気なんてしないよ。おれは、君の憧れの王子様になんてなれない」

 深呼吸

 「それでも君が、おれをおーじさまと呼ぶならば

 おれは皇子様として、命にかえても君を護り抜く」

 奥歯を噛み締め、ひび割れたままの骨を通して脳に突き抜ける痛みを気合で抑え込む

 「いつか君が、その恐怖から解き放たれるように。家の民の被害者、護るべき君を……護り抜く

 それが、帝国皇族の、民の最強の剣としての最低限の有り様だから」

 意を決して、おれは此方を見上げるオッドアイの少女へと手を伸ばす

 「……告白はもうちょっとー、ロマンチックな場所が良いかなー?」

 そして、気を抜かされた

 

 「いや、告白じゃなくて……ってあ痛っ」

 跳ねても何しても痛みが引くはずもないので、ただひたすらに手を握り込んで耐える

 「何時か君が自分をステラと呼ばなくても良くなるように。君を、アステールの居るべき所に連れていく

 だからさ……その気が抜ける発言は、ちょっと止めてくれないか。意識して思考の外に置いとかないと痛いんだ、傷」

 

 外に足音

 そして、魔法の鍵を開けるための詠唱が響き渡る

 「……っ!らぁっ!」

 時間はない。そろそろ、行かなければならない

 首筋に回される細い腕を感じながら、唯一十全に動かせる右手で掌底一発。影の聖域等により外からは壁にしか見えない格子の嵌まった窓……をたとえぶち破っても細かな格子に絡め取られるだけなので、その横、窓枠付近に叩き込む

 「っ!ぎぃっ!」

 響いてくる反動の衝撃

 右腕はまだしも、抜けていく衝撃は言葉に出来ない激痛を走らせる

 が、止まれない。皇族として、彼女を居るべき場所に返すと決めた以上、止まることなど出来る筈がない

 この背の暖かい重みに、そう誓ったろう!

 「はぁっ!」

 刀があれば、と思う

 或いは、師に渡されたあのおれでも引くのに苦労する弓があれば。あの重さの弦に石をくくりつけて引き、そして放せば……矢が無くとも馬鹿にならない火力になったろう

 「ごめんねー、おーじさま

 ステラには、使える魔法ないから」

 背中の方で、申し訳なさそうに少女が呟く

 だが、仕方がないだろう。例えばバフかけたとして、おれには効かない訳で。明らかに好戦的ではない少女は、破壊の魔法を得意とはしていないだろう

 これがアイリスなら、ありあわせのものから巨腕のゴーレムを完成させて叩きつけるだろう。だが、おれの知り合いの少女でまともに手伝えるとしたらアイリスだけだ

 エッケハルトは……魔法書さえあれば、だろうか

 

 「問題、ないっ!」

 三撃

 網状の格子を嵌め込んだ、金属製の窓枠が歪み

 「っらぁっ!」

 歪んだ状態では回し蹴りに耐えきれず、窓ごと外れ

 「っ痛ヅッ!飛ぶぞ!」

 その石造りのかつて窓枠が嵌まっていたところにおれが足をかけるや、それが合図となって外へと落下していく

 それを尻目におれは窓枠があった場所を蹴って跳躍

 「てめぇっ!」

 漸く鍵を外し、こそっと椅子でアステールが作っていたバリケードの間の隙間から少年の顔が見えた瞬間、おれは外へと身を踊らせていた

 

 「撃てぇっ!」

 だが、流石に飛び出した中庭が空っぽなんて事はない。多くの参加者は帰ったようだが……私兵に囲まれて不満げなヴィルジニー、その横には父である枢機卿や、やっちまえ!と叫ぶエッケハルトも居て。そしてクロエ嬢がこれで逃げられないし大丈夫だからとばかりに、グラデーションブロンドの少女の手を握っている

 その全員を囲む兵士が6人。クロエ嬢の手前か、帯刀してはいるものの、直剣を抜いてはいない

 そして……此方を見ているのが、あの女騎士を含めて5人。女騎士の言葉を合図に、一斉に引き絞った弓を放つ!

 

 ってアホかよ!?

 「アステールちゃんに当たったらどうすんだよ!?」

 叫びつつ、矢の軌道を見て…… 

 「っ!らぁっ!」

 当たらないと見て、少しデコボコしたのが特徴の石の壁に、靴を脱いでおいたが故に細かく動かせる両足の指を引っ掛け、無理矢理に駆け上がる

 当然体重はひび割れた足の骨にかかり……

 「っごふっ!」

 反射的に、おれは血を壁にべったりと塗りたくる勢いで吐き出す

 「奴は手負いだ!魔法で仕留めろ!」

 ところでだ、おれは野生の獣か何かか?

 一応これでもこの国の皇子なんだが……

 「舐めてんじゃ!ねぇっ!」

 指跡を石壁に残しつつ、出っぱりが大きな場所を……特に上の階の窓枠を使って上へと跳躍を繰り返し、屋根の上に転がり込む

 

 「待ちやがれ忌み子!」

 って速いなユーゴ、と、息を整えながら構える

 ブゥーンという微かな音と共に床が開き、魔法陣の描かれた石に乗って少年と数人の兵士が上がってきていた

 ……って何だ。実質エレベーターが屋上まで続いてたのか。ならば1階だったし、庭に降りても良かったかもな

 

 「助けてー!おーじさまー!」

 おれの背で、狐の少女がそう叫ぶ

 ……だが、流石にもう疑わない。その台詞と共に、本来ならユーゴに手を伸ばすだろう。ユーゴをおーじさまと呼んでいるならば

 だが、その台詞と共に、少女はよりおれに全身を預けてくる。つまり……

 

 ユーゴに向けて言っている感を出しつつ、その実おれに向けて助けてと言っているのだ

 考えてみれば、水鏡の時も、少しだけ視線がずれてたしな。おれが相応しいかは兎も角として、彼女的にはユーゴの方向を向きつつ、ユーゴではない今信じているおーじさまへ向けての台詞だ、迫真の演技にもなるだろう

 

 「ああ、必ず助ける!」

 「帝国のおーじさまに掴まってないと酷いめにあうし……って脅されてるのー!」

 「なっ!酷いな!」

 これもまた迫真の演技。嘘は全く混じってないからまさに演技派女優の趣がある

 そりゃ、おれから離れたらユーゴに酷い目にあわされると言ってるだけだからな、何も可笑しくない

 ぼそっとおれにだけ聞こえる音量で「結婚しないって」と脅しの内容に付け加えられていたのは……忘れよう

 彼女はただ、自分がもう捨てられた子じゃないという自信が持てなくて、だからおれにしがみついているだけだ

 何時か、もっと素敵な人がいると気が付くだろう。ってか、ゲーム内でも帝国びいきな教皇の娘が居るとは言われてたが、聖教国から出てこない関係でキャラとしては登場しなかったしな

 代わりと言っては何だが、その関係で送られてくるのがヒロインの一人であるヴィルジニー。この邂逅はゲームでは無かったもので

 きっと、あっても無くても世界に大きな影響は無い

 

 「ステラを解放しろ!」

 「嫌だ、と言ったら?」

 「力ずくで、取り戻す!」

 「いや無理だろ」

 お前アガートラーム無しで魔法以外何が出来るの?

 いや、魔法があれば十分か……

 

 「……忌み子!」

 「決闘で名乗ったはずだろう。第七皇子、ゼノだ」

 飛んでくる魔法に警戒しつつ、息を整えておれは名乗りをあげておく

 

 さて、どう出てくるか……

 「忌み子!貴様が少しでもステラに傷を付けたら」

 「付けたら?」

 鸚鵡返しに聞き返す

 「そこの奴等が酷いことになるぞ!」

 って人質作戦かよ!?

 いや、おれもやってるんだからおあいこではあるんだが……

 「ってお前ヴィルジニーとの婚約云々はどうした!?」

 そこで躊躇無く人質作戦して良いのかよ!?

 思わず困惑するおれに、その少年は当然だろとばかりに告げた

 「我はこの世界の主人公!それに従わないのは悪だ!」

 ……いや待てよ!?主人公はリリーナ・アグノエルか有馬翡翠かもう一人の聖女だろうが!?

 いや、誰しも自分の人生の主人公って言葉はあるんだが少なくともおれも!お前も!このマギ・ティリス大陸で起きる動乱の主人公じゃないだろ!?

 

 「……てめぇは、主人公でも神でもない」

 「なら、お前が神だとでも言う気かよ忌み子!」 

 「誰がっ!」

 一歩、踏み出そうとして

 

 「ヴィルジニーちゃんっ!」

 そんな耳元で響く友人の声に、一瞬だけ注意を逸らし、おれは振り返る

 刹那、それが魔法によって誰かが作った言葉だと気が付いた瞬間

 「『シャドウ・スナップ』!」

 飛んでくる影のナイフ

 おれは咄嗟にそれを避けようとして……

 「させないよー?」

 おれに体重を預けきっていた少女の、予想外の抵抗によってバランスを崩し、動きを止める

 そのおれの影に、影のナイフが突き刺さった

 

 シャドウ・スナップ。影属性の拘束魔法だ。要は影縫い

 「っがっ!」

 即座に、影が動かなくなる

 その影の形のまま、微かに宙に浮いたままおれの体が固定される

 

 「やったな、ステラ!」

 そんなおれの姿を見て、喜色満面の笑みを浮かべる少年ユーゴ

 影に描画されていない場所は動く 

 「裏切ったのか、アステール……」

 なので口だけを動かし、おれはそう苦々しく……見えるように呟く

 

 「ステラはねー、おーじさまを信じてるだけだよー?」

 そう、フリ、だ

 体勢を崩させたのも何か理由があっての事なのだろう、とおれは怒りを露にする演技をしながら内心で思う

 信じる理由なんて簡単だ。体勢を崩させるために急に足に絡まってきた大きくもふもふの尻尾。狐少女の自慢のソレは、無理しすぎて腫れたおれの足のヒビ辺りを優しく包み込んでいる

 その毛皮で、今も痛みがないような強さでゆっくりと触れているだけ。敵対する気があったら、一気に絞めているだろう。多分それをされたらまともに立ってられないだろうな、おれは

 だからだ。今更過ぎて裏切るとか考えるまでもない

 

 「まずはこの忌み子を……」

 「たすけてー

 一緒に縫われて動けないのー」

 ……ああ、成程と思う

 最初に拘束魔法、次に攻撃魔法で止めを刺しに来るだろうから……わざと自分も巻き込まれる事で、攻撃魔法を牽制しようとしたのか

 

 「大丈夫!当てないから!」

 「でも、怖くてー」

 「……仕方ないなぁ」

 言って、少年は詠唱を中断して此方にやってくる

 シャドウ・スナップは遠くから自分で解除する、光魔法で影を消す、という二つの普通の解除方法の他に、術者が触れているものは影響が消えるという性質を持つ

 その性質で武器をパクったり出来る訳だな。原作でも窃盗等で使われていた事を覚えている。シャドウ・スナップしてアイテム強奪って割と便利なんだよな、使える相手が少ないというか、魔物にはダメージ与えたら解けるシャドウ・スナップより魔法の鎖で縛ったりする方が有効なんで対人マップとかだけのピンポイント活用なんだけど

 だから少年ユーゴは近付いてくる

 

 「畜生」

 それっぽい事を呟いて、おれは目を瞑った

 「はっ!観念してもおせぇんだよ」

 嘲るようなユーゴの声

 それはもう目の前で

 

 「『フラッシュ』!」

 「はげっ!?」

 おれが目を閉じたのを確認して、尻尾にくるんでおいた少女の魔法書から魔法が解き放たれる

 瞬時に周囲を埋め尽くす閃光。目を眩まされ、少年が戸惑う

 同時、影が光に塗りつぶされ、おれの体は自由を取り戻し……

 心眼で分からなくもないが、そもそも心眼など要らない距離に、敵の姿はある

 「オラァッ!」 

 鉄拳一発

 渾身の右ストレートが頬に入り……少年は折角傷ひとつ無くなった顔から数本の歯を撒き散らして宙を舞い

 そのまま吹っ飛んで頭から屋上の一段高くなった積み石を乗り越え落下していった

 

 あ、ヤバい。力込めすぎた

 いや、数階から頭下にして落ちてあー痛かったで済む訳ねぇよなぁ……おれじゃあるまいし



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伝説の剣、或いはエクスカリバー

「……て、めぇっ!」

 だが、流石に落ちてはくれない

 というか、下で空気のクッションの魔法が使われ、ぽよんと異様なほど跳ね返って少年はこの場に戻ってくる

 

 「……何でだ、ステラ!

 我が、お前のおーじさまじゃなかったのか!?」

 その声に、おれの背中から降りて自分の足でたった少女は……とても悲しそうな眼で呟いた

 「ステラのおーじさまは……ステラをお姫様にしてくれる人はねー

 お姫様(ステラ)の事を、捨てられた子(ステラ)なんて呼ばないんだよ?」

 「なん……だと……」

 愕然と目を見開くユーゴ

 いや当然では?とおれは突っ込みたい気持ちを抑えて、少年の次の動きに備える

 

 「今までの言葉は!ユーゴ様って慕ってくれたのは!全部全部嘘だったって言うのかよ!」

 目に血の涙を浮かべて叫ぶ少年

 「ステラだってー、生きていたいよ?

 生きるためならー、嘘だってつくよ?」

 「……そん、な……」

 「ステラを助けてくれたおーじさまでも変わらないならー、確実に生きていられる嘘を付き続けても良かったけどー」

 ふわりと、少女はおれと少年ユーゴの射線を切るようにその大きな尻尾をくゆらせる

 「おーじさまは、ステラを『アステール』って呼んでくれた」

 「……そんな、事で」

 「そんな事でっ!」

 男二人して、言葉が重なる

 それでもおれの驚愕を他所に、少女はおれの前に立つ

 「ステラ自身ねー、まだ自分をステラって呼ばないと変な気になっちゃうけどー」

 「ステラで良いって、君が言ったんだろ!」

 「別に良いよー?

 ステラが、勝手にけーべつするだけだから」

 

 その言葉に、少年の顔が絶望したように歪む

 「じゃあ、君は……最初から……」

 「ステラはおーじさまが居るからお姫様なのー。だから、おーじさまの為なら、なんだってするよ」

 ……その瞬間、どす黒いオーラが金髪の少年から噴出した……ような気がした

 

 「嘘だ。ステラが、ステラだけは!」

 すがるような声。伸ばされた手

 何故それを信じられる?おれには分からないなにかがあるのだろう。いや、無いかもしれないが

 「有り得ない!皇子に脅されてるんだろう!」

 ぷるぷると震えるユーゴ

 随分と、高飛車な仮面が外れてきたな

 「ちがうよー?」

 「洗脳かっ!」

 「はっ!魔法の使えないおれに、洗脳なんて不可能だろ?」

 と、わざと嘲るように吐き捨てる

 これは嘘だ。洗脳に魔法は要らない。だってそうだろう。ニホンでも洗脳染みた事はある。おれがやってたっぽい苛めの矛先のおれへのすり替えとか、或いはカルト宗教とか

 カルトに染める洗脳を魔法でやってたんだったら、教祖はカルトなんてやってる場合じゃない

 ってか、中学中の苛めに首突っ込んで生意気なおれを虐めの矛先に変えたのだって、一種の思考誘導、洗脳だろう

 まあ、ぼんやりした記憶だし、恐らくその虐めの最中に、体育用具倉庫に閉じ込められて脱出しようとした結果、バスケットボール入れに頭をぶつけて即死っていう間抜けな死に方をしたっぽいから虐めの集積には失敗してるんだが

 「このビッチが……この、クソアマぁぁぁぁっ!」

 ……鬼のような形相で少年は叫ぶ

 いや、嘘だとまで言うならアステールを信じてやれよ?

 「アガァァトラァァァム!応えろぉぉぉぉぉぉっ!

 てめぇは我が力だろうがよぉぉぉっ!消えてんじゃねぇぞぉぉぉぉっ!」

 ……って神頼みかよ!?

 とずっこけかけ……おれの耳は、あの不思議な音を再び捉えた

 

 G(グラヴィティ)G(ギア)Craft-Catapult Ignition

 Emergency code received

 System hacked all green

 Master No.none 『yu-go Chevalier』……check OK

 Tipler-Axion-Cylinder elapsed

 《Airget-lamh(アガートラーム)》 active 

 E-C-B-StV=ⅥS(シルフィード)【EX-caliburn(エクスカリバー)】 advent

 

 「アステールちゃんっ!」

 半ば強引に、その右手をおれの手で掴み、その体を引き寄せる

 その頭を掠めるようにして、虚空から閃光が放たれた

 その閃光は少年ユーゴの前に突き刺さってひとつの姿を見せる

 柄部分も冷たい金属で出来た……いや、表現が違うな

 柄部分だけが金属で出来ており、刀身に当たる部分がユーゴを守るように展開された事もあるあの蒼い水晶で出来た一振の剣。少年の背丈には大きな大人用の威圧感を放つ両手剣が、其処にはあった

 

 「エクスカリバー……」

 背筋の汗が凍る心地がする

 いや、おれが吐く息がそもそも不思議と白い。右手が悴む心地がする

 ゆらめく空気を纏う剣自体が、冷気を放っているようだ

 空気が凍りつくが、武器などおれの手には無い

 

 「……はい、おーじさまー!」

 と、一陣の風が巻き起こったかと思うと、ユーゴの背後に控えたままの兵士の腰の鞘から吹き飛ばされた剣がおれの目の前に転がる

 アステールの魔法だ。瞳の色が指し示すし水鏡の時に声を伝えさせてくれた事からも、やはりというか風属性も使えるようだ。属性は……天/風/火だろうか

 

 「有り難う、アステールちゃん」

 お礼を言って、その剣を拾い上げ、軽く振ってみる

 粗悪品とまではいかない鉄剣。重量5、攻撃力8とかだろうか。悪くはない

 因みに、人は【筋力】値分までの重量のものを持て、おれの【筋力】は全キャラでも頂点に近い25。基本的にレベルで成長しない要素なので原作での数値とは変わらないし、重装備職ならクラスチェンジボーナスで+されたりはするが、おれの職であるロード、そして原作ゼノの初期職(上級職)であるロード:ゼノはどちらも剣士→剣客→剣豪って形の職の上位版。重装職ではないからボーナスは無い。だから、簡単に持てるし振るえる

 

 そうして

 「悪いアステール!ちょっと1個無駄にさせてくれ!

 てりゃっ!」

 おれはそのまま、拾い上げた剣を少年へ向けて投げつけてみた

 ガキン!

 「……無駄ァッ!」

 宙を舞った剣は、やはりというか当然というか、冷気を纏う剣の近くに来た瞬間、現れた水晶の壁に阻まれて落下する

 「任せてねー!」

 その剣を再び風が巻き上げ、此方に飛ばしてくるのをキャッチ

 「って冷たっ!」

 キンッキンに冷えてるな柄。凍傷になるかと思うレベルだ

 けれども我慢して握り込む

 

 それと同時、ゆらりとした動きで、ユーゴは身の丈に合わない細身の両手剣を床から引き抜いた

 周囲の屋上の床が凍りつく

 

 刹月花といい、氷が流行ってるのか、転生特典

 なんて軽口を叩いている余裕はない。立っているだけで震えてくる寒さと威圧感。気を抜けば死ぬに決まっている

 一つ救いは、所詮は持ち主がユーゴだということ。これがおれとステータス面では同格だったろう刹月花持ちの名前も知らないあいつなら詰んでいたが、所詮はおれの半分以下のステータスのユーゴ

 武器だけはヤバいが、なんとでも……なる!

 「容赦は……しないっ!」

 「っ!らぁっ!」

 ぽんと炎魔法で小さな暖かな火の玉を人魂のようにふよふよと周囲に浮かべ、寒さを軽減してくれている狐の少女を背に庇い、粗雑に振られる透き通った剣先を下に向けさせるように上から刃を重ね……

 

 「あぐっ!」

 視界が赤く染まる

 一瞬、何が起きたのかおれには分からなかった

 ただ、おれの手には、半ばから消し飛んだ剣の残骸だけがあって……

 「おーじさま!」

 一拍遅れて、左目に突き刺さった消えた剣の切っ先の存在に気が付いた

 

 ……剣を合わせた。ただそれだけだ

 抵抗も何もない。斬られた感触すら無かった

 まさかこの剣、鉄じゃなくて羽毛か何かで出来てたんじゃないかという程に、軽い感覚で刀身を切り落とされたのだ、と

 左目の痛みと歪む視界に、おれは漸くその事実を認識する

 

 「はっ!散々コケにしておいてそれかよ」

 ほの暗いオーラを纏い、冷気を放つ剣をよたよたと構え、ブレブレの剣先で金髪の少年は嘲る

 重さに振り回されている。そんな状態で……だが、それでもおれに打つ手はほぼ無い

 「おらぁっ!」

 「っ!」

 おれの横に居るアステールの存在を無視して……いや、寧ろアステールを狙って大上段に構えられた剣。恐らくはやけに重いのだろう剣の重量に、本人の【筋力】が足りずにペナルティを受けている状態だろうが、それでも当たれば終わりなのには変わりがない

 「アステール!こっちだ!」

 その手を引くために、壊れた剣は投げ捨てておれは地面を蹴る

 せめてと投げた残骸はやはり水晶に阻まれて通らず

 「死ねぇっ!」

 いや、手を引いても間に合わないと判断して、心の中で謝りながらその体を、ステータスにものを言わせて突き飛ばす

 「きゃっ!」

 思いっきりつんのめり、ブレブレの太刀筋から少女の体が逸れ……

 「あぐっ!」

 そして、振り下ろされた刃は、おれには無いから予想しきれなかった場所……二本ある狐の尻尾の片方を、半ばからばっさりと切り落として地面に突き刺さった

 「アステール!」

 「……きゅぅ……」

 呼び掛けるも、返事はない

 どうやら、突き飛ばした衝撃と、後は尻尾を切り落とされた痛みで気を喪ってしまったらしい

 

 ミスだ、と思う

 他に何か手は無かったのかと感じる

 だか、そもそもおれは、あのアガートラーム自体に対してはロクな対抗手段なんて無い。だから、ユーゴを狙うしかない

 だが……消えたはずの鋼の機神から変な剣が……エクスカリバーというおれでも知ってる伝説の剣の名前を冠した剣が送られてきたという想定外に、おれは何も出来ない

 

 今思えば、足が壊れるのを承知でもっと逃げ惑うべきだったんだろう

 今思っても仕方ないな、とおれは自嘲する

 

 「ビッチが!裏切るなら天罰を……」

 なおも、少年は止まらない。ダメージは歯が折れたくらいで目には傷はないのに血の涙を両の瞳から垂れ流しておかしなメイクのようになりながら、金髪の少年は身の丈に余る大剣を、気を喪った少女に向けて振り上げ……

 「ユーゴ!此方を見ろぉっ!」

 拳も、左目から引き抜いた剣の切っ先も届かない。せめて腕を掴めれば良いのだが、それもまた蒼い水晶によって阻まれてしまう

 「受けろよぉぉぉっ!」

 ……ならば、おれがやるべき最期の事はたった一つだ

 捨て身の時間稼ぎ。間に入って、代わりに斬られて

 全ては少しでも、伝言を聞いた父が助けに来るかもしれない微かな希望の確率を上げるために。元々、匿って薬湯に入れて貰えなければあそこで終わってた命だ

 アステールの為になるならば、燃やしてやるよ!

 その意志を固め、右足で地を蹴る

 嫌なバキッという音と共に走る痛みはもう関係ない。治ってなかった足の骨が完全に砕けた事と引き換えに、おれの体は少女と剣の間に投げ出されて……

 

 衝撃は、無かった

 意識の断絶も、無かった

 おれはおれの……第七皇子ゼノのままで

 おれの眼前で、ひんやりした水晶の刃は受け止められていた

 ……燃え盛る装飾の入った赤金の大剣によって

 

 「何ぃっ!?」

 驚愕に、ユーゴの瞳が見開かれる

 残った右目で、掠れる視界で、それでもおれが見間違うはずもない一振の剣

 轟火の剣デュランダルが、其処にあった

 

 「……ああ!」

 何かに導かれるように、宙に浮くその剣の柄を握る。何時ものように弾かれることはなく、剣はおれの右手に収まり……

 同時、剣を包む焔が、おれを焼いた

 

 「あがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」



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異伝 オリハルコン少女と黄金の焔

気が付くとおれは、再び真っ暗闇に立っていた
 
 恐らく此処は……生死の狭間ではなく、おれの精神世界
 いや、おれじゃないか。と、おれは虚空を見詰める
 燃える焔が、一頭の巨龍の姿を取った
 
 「……デュランダル」
 おれの身は今も、焔で焼かれている。その熱さ、痛み、全てを感じることが出来る
 だから恐らくは、これは……おれへの問い
 そう思い、おれは無意識にその名を呼ぶ
 
 『……何者か』
 何処かから響く声。雷鳴のように轟き、響いてくる場所は分からない
 「おれはゼノ。第七皇子ゼノ」
 『我は既に契約を交わせし剣。何人も、それを変えることは出来ぬ』
 響く声は、静かにそう言った
 
 いや、当然の事ではある。基本的に、第一世代神器の使い手はただ一人
 現代のデュランダルの使い手はおれの父シグルドであり、おれではない。ゲームでも、おれが持つことは出来ない。それは、どうにかして父を殺したとしてもだ。デュランダルは決して彼以外を認めない
 
 ……だが
 「力を貸してくれ、デュランダル
 おれを認めなくとも構わない。おれは、認めるには不満があるような男かもしれない。けれど、けれども!」
 身を焼く熱さに顔をしかめながら、おれは叫ぶ
 『……何故(なにゆえ)に』
 「おれの為に!目の前の死に恐怖しながらも屈しない勇気に!
 命を懸けておれを守ろうとした優しさに!
 アステール・セーマ・ガラクシアースという少女に!報いるために!
 そしてっ!」
 心の限り、喉を焼く焔を払わず、寧ろ巻き込むように、ただ、叫ぶ
 「偽りの言葉、偽りの思い。そんな虚飾にまみれたあの剣に、負けないために!
 今この時だけでいい!この身が燃えても……」
 一瞬の迷い
 おれの瞳の奥に映るのは、あの日の焔。父が放ち、今もおれの顔に残る火傷痕となった焔。妹を、兄を、父を……おれ以外の全てを焔の中に巻き込んで奪い去った、真っ暗闇に灯るジェット燃料の焔
 すくむ足を、閉じようとする目を、震える手を自覚して
 それでも、と竜に手を伸ばす
 「構わない!どんな代価でも良い!
 おれに!自分では何も出来ないこの身に!力を!約束を、果たす……その炎を!貸してくれぇぇっ!!」
 燃える赤龍の瞳は静かに、おれを見下ろす
 
 『ならば応えよ!我が名は!』
 刹那、脳裏に浮かぶ一つの言葉。帝国を切り開いた帝祖皇帝の名
 「『ゲルハルト・ローランド』!」
 「良く言った!遠き時を……世界すらも隔てた我が子よ!」
 精神世界に佇む赤龍が、デュランダルと一体となって今も帝国を見守る誰よりも民を守ろうとした原初の皇帝が吠える
 おれの目指す皇族の姿。民の最強の剣であり盾という、おれが在るべき理想像を産み出した彼の姿が、焔と化した龍の心臓部に一瞬だけ見えた気がして
 『心を、魂を燃やせ!
 その黄金に輝く焔の精神が!我が剣の不滅不敗の刃となる!
 我は不滅の剣!(オレ)は猛き轟火!未知(ゼノ)の名を持つ我が子よ!誇りを抱け!
 帝国の魂は!お前と共に在る!』
 応えよ
 「『不滅不敗(デュランダル)ッ!』」


「轟火の剣!?

 だがそれが!どうしたぁぁぁぁぁっ!」

 屋上で響く叫び

 

 「風っ!王っ!剣っ!

 エクスぅっ!S(シルフィード)・カリバァァァァァァァァァッ!」

 落雷が落ちたような轟音

 吹き荒れる嵐がシュヴァリエ邸の屋上を襲う

 屋根が……その下の3階を含めて崩落し、構築していた石壁や天井が、細かな砂にまでバラバラにされて中庭に降り注ぐ

 その砂の雨を浴びながら、グラデーションブロンドの少女は、終わった……と思っていた

 

 「わたくしが、最初から……」

 ぽつり、言葉が漏れる

 嫌だった。自分の意志が無意味なことが。自分の恋は、人生は、自分で決めたかった

 だから、あのうざったい忌み子を巻き込んだ。ヴィルジニーには出来ないことをやってのける癖に、その上でおれなんてと忌み子だからと自分を下げるあの火傷痕の皇子を

 バカにしてるのかと思う。当人にそんな気が無いのなんて分かっていた。忌み子として、魔法が使えないという欠点を重く受け止めているだけだと。けれども自分なんてと困ったように笑われる度に、それに勝てない自分が蔑まれている気がして

 嫌がらせで、彼を望まない婚約を潰す役として引き込んだ

 ただ、変な噂を立てられて困る彼を見たかった、それだけの理由しか、ヴィルジニーには無かった

 

 けれども、彼は異次元の怪物に立ち向かい、そして……

 「諦めていれば、良かった……」

 「そんなことはない」

 有り得ない声がした

 

 「「「「うげっ!」」」」

 ヴィルジニー達を囲む兵士が、熱い風に撫でられて地面に倒れ伏す

 「……ゼノ、なのか……?」

 呆然と、赤髪の少年が呟く

 其処に、燃え盛る怪物が居た

 バチバチと弾ける油の音。体の各所からゆらりと立ち上る黒煙。肉体が直火で焼かれているのは明らか

 それを意にも介さず、大きな荷物を抱えた一つ上の少年が立っていた

 「枢機卿猊下

 アステールの事を、お願いします」

 二本の尻尾……いや、1.5本の尻尾の狐娘

 眼を閉じた彼女を父に預け、化け物はヴィルジニーに向けて……火傷痕でひきつった、心を苛つかせる何時もの皇子の笑みを浮かべる

 

 その顔は、普段より少し野性味が強く。頭の上には角なのか耳なのか、明らかに髪ではない銀の突起があり、潰れた左目には、黄金の焔が燃える

 流れた血の痕から炎を吹き出し、尖った犬歯を見せ……

 「皇子っ!」

 「大丈夫だヴィルジニー

 全部、終わらせるから」

 その右手に、著名な剛剣が現れる

 帝国の剣、轟火の剣、最強の神器、不滅の剣

 幾多の名を持つ伝説の剣、デュランダルが

 「……ごめんな、クロエ嬢。君の自慢の兄を、自慢できないようにしてしまう」

 「やっちゃえ!」

 折角初等部に入れたのに兄ばっかと不満を時折溢していた友人に応援されて、少年は苦笑し

 「デュランダル。行くぞ」

 全身が燃え、服はほぼ燃え尽き、炎の帯を翼のように残光として残し、その化け物は跳躍した

 

 「っおおおおおおおおおおっ!」

 蒼い剣を携え、抉れた屋上から飛び降りながら、金髪の少年が叫ぶ

 「死ねやぁぁぁぁぁっ!」

 空中で、蒼い光と赤い焔が激突した

 

 打ち合わされたのはほんの一瞬

 「効かねぇんだよぉぉぉぉっ!」

 ユーゴの叫びと共に、蒼い光が輝きを増し

 赤金の剣が、そのまま横薙ぎに振りきられ、蒼剣の少年が吹き飛ばされた

 だが、蒼水晶が剣が纏う焔を防ぎ、吹き飛ばされた先にある壁への衝突からも少年を守る

 「……何で折れない」

 「折れる訳がない。轟火の剣デュランダルは……不滅の神器だ」

 「ちっ!そういや耐久無限だったなソイツ!」

 クソがぁっ!と少年が悪態をつく

 「おい!やっちまえ!

 人質とかもうどうでも良い!殺せ!」

 業を煮やし、ユーゴは叫ぶ

 しかし……

 

 「「あ、あの姿は……あの剣は!」」

 兵は動かない

 その気持ちは、ヴィルジニーにも痛いほど分かる。新年のパレード、皇族のアレを見た者ならば、誰しもそうだろう

 「「こ、皇帝陛下……」」

 そんな声が、武器を捨てた兵達の間から漏れる

 彼は耳なのか角なのかなんて生やさなかった。犬歯が延びたりもしていなかった

 だがしかし、片手に巨剣デュランダルを、幼い少年の背丈を越える轟剣を携え、燃え盛る炎を身に纏った銀髪は……

 帝国最強の剣であるシグルドそのもの。時折おかしな事が起こり、魔神復活の予言がなされ、不安になりがちな帝国の民に、でも大丈夫という確信と安心を与える、帝国皇帝と瓜二つ

 

 あれに攻撃なんて、出来るはずがない。脳裏に焼き付いたパレードでのクライマックス、皇帝シグルドの姿が思い出され、手が震える

 無理だと、勝てないと。だからこそ、彼が居る限り魔神でも何でもきっと大丈夫だという威圧感と説得力を持つ皇帝の姿。それを小型化したような今の第七皇子に、勝てる気なんて起きない

 ……冷静に考えれば、魔法は効くはずだ。忌み子なのは変わらないのだから

 けれども、そんな理屈を捩じ伏せるような威圧感に、魔法を唱える手がすくむのは避けられない

 

 「無能どもがぁぁぁぁっ!」

 叫び、最早仲間の居ない少年は何故か空中で静止している銀髪の少年へと突貫する

 ヴィルジニーには分からない。どうやって空中で止まっているのだろう。魔法が使えたら、魔法だと分かるのだけれども

 二度、打ち合わされる刃

 両手で握られた蒼き細身の剣も、幅広の両手剣も、両方とも少年の体には不釣り合いに大きく

 やはり、押し切るのは赤金の剣。今度は振り下ろす剣によって、金髪の少年は大地へと……イデアの花の花壇の上へと叩きつけられる

 その五体着地も水晶に保護され、地面に降りてくる燃える少年を睨んで、ユーゴは吠える

 「何だよお前!?何なんだよお前ぇっ!」

 「何度も名乗ったはずだ

 おれはゼノ。民を守る剣、第七皇子ゼノだ!」

 その声に怯んだように、少年は後退る

 

 「ならばぁっ!」

 そして、金髪の少年は胸の前に蒼水晶の剣を掲げた

 その刀身がほどけ、蒼い風が渦を巻き始める

 

 「てめぇは無事でも、他はどうかな?」

 「……」

 無造作に近づき、横薙ぎに振るわれる剣

 しかし、今も燃える少年の剣は、蒼い水晶の壁に阻まれ届かない

 「無駄無駄無駄っ!結局どんだけ強くても、シルフィード・フィールドは!精霊晶壁は破れないっ!

 ならば……最後に勝負に勝つのは!このユーゴなんだよぉぉぉっ!」

 金髪の少年は勝ち誇った笑みで、激しく渦を巻く剣を大上段に振り上げる

 

 「ヴィルジニーちゃん」 

 恐らく、放たれるのは砂の雨を降らせたあの一撃

 それを感じて、思わずヴィルジニーは眼を閉じた

 赤髪の少年が、そんなヴィルジニーを庇うように前に出る

 けれども。それで防げるようなものではきっとない。即座に、盾になった少年エッケハルトごと、ヴィルジニーの体はバラバラの粉になるだろう

 恐怖に耐えるように、身を守るように体を抱いて縮め……

 

 しかし、風が吹き荒れることは無かった

 「奥義」

 ドゴン!という鈍い音とともに、銀の少年はその右手の剣を障壁に叩き付ける

 その身に纏う焔が剣を通して障壁に移り……少年を虚空に障壁ごと縫い止める

 

 「うぐっ!がぁぁぁぁぁぁっ!」

 二度、吹き出す焔

 全身を焼く焔が、銀の少年の身を焦がす。強く剣の柄を握りこんだ拳の皮膚がドロドロに溶け、ぷらぷらと揺れる左手が肉を焼きすぎて炭にしたような異臭を放つ煙を吹き、流れる血すらも焔となって

 「()絶星灰刃(ぜっしょうかいじん)

 その焔が黄金に染まる。少年の左目と同じ、金の焔

 下から大きく振り上げられた黄金の焔そのものと化した剣が、振り下ろした嵐と激突した

 

 「止められるか、よぉぉぉっ!」

 嵐と龍焔の接点に生じる蒼い水晶壁

 今まで全てを受け止め、無力化してきたそれが……

 「だから、効かねぇっていっ……」

 ひび割れる

 

 「え?」

 呆けた声が、空に空しく響く

 「激!龍!衝っ!」

 そうして、黄金の焔が蒼い晶壁を砕き……蒼剣を焔に包み込んだ

 

 「うがぁぁぁぁぁおおぉぁあぁぁっ!」

 言葉にならない悲鳴

 ユーゴは火に包まれた剣を手放し、必死に両手に燃え移った黄金の火を消そうと花壇を転げ回る

 その間にも、黄金の火柱は天を焦がして吹き上がり……

 火が消えたとき、蒼剣の刀身は何処にも無かった

 「あ……」

 ピキリ、と黄金色の剣の柄にヒビが入る

 そして、残された柄も砕け散り、花壇にばら撒かれた

 

 「……終わりだ」

 表情の抜け落ちた少年に向けて向けてデュランダルを突き付け、金焔の皇子は言おうとして……

 「ユーゴ・シュヴ……」

 

 ふっ、と炎が消える

 デロデロになって溶接された指の間から、轟火の剣の柄が抜け落ち、ぐらりとその体が傾ぐ

 「ゼノ!」

 「第七皇子!」

 まるで水をかけられた脆い紙細工のように。全身各所が黒くなった人型はくしゃりと崩れていって

 

 「……全く、無理をする」

 ひょいとその体を抱えあげるように、銀の髪の男が姿を現した

 「だが、良く(オレ)が来るまで持たせた、馬鹿息子」



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三章 第七皇子と迅雷の刃
皇帝、或いは事後報告


「はっ!」  

 悪い夢に魘されるように、おれは目を覚ます

 「寝てろ、馬鹿息子」

 「あれ、父さん?」

 響く声に、そう呟く

 

 眼前に、銀の髪の皇帝が居た

 「そうだ!アステールは!皆は!?」

 嫌な予感に突き動かされ、おれはそう叫んで

 「あぎゃがぁっ!」

 全身に走る痛みに口から変な声が漏れ、おれはベッドの上を転げ回った

 「……安心しろ」

 「良かっ、た……」

 口から黒煙を吐き、おれは胸を撫で下ろす

 「良かった、ではない馬鹿息子

 お前が、(オレ)が来るまで護り抜いたのだ。それをまるで他人事のようにだな……」

 鏡で時折見るおれの苦笑をそのまま大きくした表情で、父はおれの髪をしゃくしゃと撫でる

 「今回ばかりはお前が頑張ったのが大きい。誇れ」

 

 「……どうなったんだ、父さん」

 漸く落ち着き、おれはそう問い掛ける

 「ああ、あの後か?」

 「ああ」

 「知っての通りだが、転移魔法は何時でも何処でも好きに飛べるわけではない。特に貴族の屋敷など、大抵は転移妨害されるものだ。なので、話を聞いた(オレ)は出来る限り近くに飛……んだところでな、突然デュランダルが何処かへ飛んでいったという訳だ

 そうして、変なこともあると思いつつもシュヴァリエ邸に来てみれば、お前がデュランダルを手に(オレ)の真似事をしていた

 

 全く、仮にも第一世代神器を使うとは、それも真性異言(ゼノグラシア)の力か?」

 燃える瞳がおれを見据える

 血の色の透けたおれと似た色で、より鮮やかな赤の……焔の魔力を纏う瞳が、おれを見透かすように爛々と輝く

 「分からない

 でも、どんな代償があっても良いから力を貸してくれって叫んで、それで……」

 思い出そうとして、上手く思い出せない。あの辺りから酸欠で、意識が朦朧としていたからだろうか

 半ば無意識の行動で、ぼんやりとしか思い出せない

 

 「帝祖が、手を貸してくれた気がした」

 「流石は帝祖、実にお前の理想系らしい」

 邪気の無い笑みを浮かべ、父はその手の火の収まった剣の腹を撫でる

 「帝祖の話が出る当たり、緊急的にお前に手を貸した、といったところか」

 ほい、と父はその手の剣をおれに投げる

 

 「おわっ!」

 思わずおれは手を出して、その剣を受け取ろうとして……全ての指の皮膚が一つにくっついて円筒状になった右手。それでは持てるはずもなく

 そもそも指に触れる前に弾かれ、剣は父の手に戻る

 「ふっ。随分と気に入られたな、ゼノ。普通ならお前が吹き飛ばされるところを、自分が吹き飛んで返ってくるとは」

 

 ……父の言葉を聞き流し、おれは自分の手を見ていた

 ……何というか、似たものを見たことがある気がするんだが……

 ああ、そうかと内心で納得する。おれにゲーム機ごとあのゲームをくれたお姉さんの家に飾ってあったハイグレードってシリーズのロボットプラモデルだ。あのプラモデルの手は確か武器を上から刺す形の武器持ち手で穴の空いた造形。円筒みたいな姿をしていた覚えがある

 「ナニコレ」

 「何って、お前の手だ。溶けて冷え固まったな」

 「これ、手なの?」

 「何だお前、自覚無かったのか?」

 「あの時はいっぱいいっぱいで、自分がどうなってるのかなんてところまで気が付いてなかった」

 不滅不敗の轟剣。HPが50%を切ると炎を纏って全ステータスが+20と大幅に上がるデュランダルの特殊効果。ゲームでも猛威を振るった……なんてことはなく、ゲームでは所有者であるシグルドのステータスがシンプルに高すぎる事もあってあまりHP50%を切らず使いにくかったソレを自分が発動している高揚、負けられないという思い、それらしか脳になかったというか……

 

 「気が付いてみると、ボロボロだな……」

 けほっ、っと煤けた咳を吐く

 肺に灰が溜まってるな。って誰だよこんなシャレみたいな体なの

 いや、おれなんだが

 

 「あはは……」

 「普通ならば七天の息吹で済む訳だが……

 お前の場合、全治何ヵ月だろうな」

 「何ヵ月だろう」

 思いつつ、少しだけ高くされた枕から頭だけ浮かせ、おれは自分の体を見てみる

 ……うん。分からん!とりあえず動けない事だけは確かだ

 「父さん、ユーゴは……

 あと……」

 「そう焦るな。もう1日経っている、全部終わった後だ」

 優しく、父はおれを諭す

 

 「順番に話してやるからそう急くな

 まず、あのボケの事だが……」

 「ボケ」

 「ユーゴとかいうボケには逃げられた

 成程な、あれがお前が出会ったというおかしな真性異言の力か。確かに、世界の理に外れている」

 「逃げたのか……」

 「ああ、(オレ)の目の前で……虚数グラビティカタパルトだったか?変な音声と共に発生した渦に呑まれて消えた

 何処に行ったのか、魔法ではないらしくて探知も効かん。行方知れずだ

 残りは捕獲したが、誰一人知らんらしい」

 「……それで、皆は?」

 「シュヴァリエ家は潰した

 

 バカな男だ。欲を出さなければ、不味い飯を食う事にはならなかったろうに」

 おれから目線を逸らし、少しだけ落ち着いた声音で父はぼやく

 「まあ、そこまで問題はないのでな、クロエ嬢には国賓を護ろうとした勇気ある行動を称え、と新シュヴァリエ領を与えはしたが……それでどうなるかは微妙なところだろう。余裕があれば気にかけてやれ」

 「そう、か」

 それは良かったとおれも頷く

 

 「ヴィルジニーは?」

 「婚約は無し。今回の事は流石に此方に非は無いとして、留学を続けるらしい」

 「アステール……ちゃんは?」

 一番気になるのはその少女の事

 EX-シルフィード・カリバーだったか。あの必殺技が放たれる前に抱えあげて屋上から跳躍した。そこまでは覚えていて

 その先は分からない

 

 「……ああ、あの狐娘か。存外あっさり枢機卿に連れられて国に帰ったぞ?少しはごねられると思ったが、大人しくな

 何だ、気になるのか?」

 好かれてその気にでもなったか?と父は茶化すように笑う

 「……気にはなるよ」

 「婚約相手を決める際、(オレ)が候補にも出さなかった理由がか?」

 「いやそれは普通に分かる」

 とても簡単な理由だ

 おれにとっとと婚約相手をと言ったのは、おれの皇子としての後ろ楯の用意のため

 それだけ聞くと、教皇の娘というのはとてつもない優良な話に聞こえるだろう。だがしかし、一つだけそこには問題があるのだ

 教皇の娘の婚約者、というだけならば良い。だが、そもそも今の教皇には表立って娘は居ない。亜人の娘なんてと監禁して隠していたっぽいからな。だがまあその点は何れ解決するとして……

 アステールが隠されているから娘の話がないということは、他に娘は一人も居ないという事でもある。何なら息子も居ない

 つまり、だ。アステールは一人娘だ。地位ある立場でそんなたった一人の愛娘を嫁に出す奴はまず居ない

 ならばどうなるか。最早語るまでもなく、婿を取る方向の話になる。では、おれがそこに立候補し、もしも選ばれたとしたら……おれはアステールの婿になる訳だな

 それの何が問題かって?帝国皇子が他国の偉いさんの娘を嫁に取るんじゃなく、おれが帝国皇子としての継承権等を放棄して婿入りする形になる訳だ

 

 アイリス派として、妹を次代皇帝に推す皇子としての地位を固めるための婚約で、おれ皇子辞めるわ宣言は本末転倒に過ぎるだろう

 そんなことした瞬間、おれはお前もう外様だろとアイリス派ですら居られなくなる

 

 「おれは帝国の皇子だ。そうでなきゃいけない」

 「……辞めたければ別に(オレ)は咎めん

 諦めるのは自由だ……」

 青年……というには実年齢は外見に反して少し高い男が指を鳴らすや、焔が辺りに灯る

 「と、少し前までなら言っていたがな。既にそうもいかん」

 「そうなのか?」

 「その通り。向こうが……それこそコスモに言われたとしても、今のこの馬鹿を聖教国に渡す訳にはいかん

 それだけの理由が出来た」

 「何なんだそれ」

 理由が分からず、おれは首を傾げる

 

 「まさか次の皇帝がおれ、な訳ないよな」

 「んな訳があるか阿呆。自分が皇帝の器だと思うのか?」

 「思わないから聞いてる」

 「……だが、それと話は似ているな

 お前は一度、仮にもデュランダルを振るった。その事は口止めなど流石に効かん」

 「……そういう、ことか」

 漸く納得する

 轟火の剣デュランダル。帝国皇帝に伝わる……という訳ではないが、基本的に歴代の使い手はほぼ全てが皇帝だ。といっても、帝祖ゲルハルト・ローランドと父シグルドの間には5人しか所有者が居ないんだが

 唯一の例外は、当代皇帝である姉を護ろうとした皇弟。つまり、事実上あの剣は帝国の神器であると言えるだろう

 そして、デュランダルのような第一世代神器の特徴は本来ただ一人にしか扱えないこと。継承されることはあれ、おれがあの時引き起こした、拒絶反応か自分も燃えるがデュランダル自体は扱えている現象は明らかに異例の事なのだ

 

 因みにゲームでもそんな展開は無かったのでゲーム知識もアテにはならない。いや、実はおれ……というか、"第七皇子"ゼノ(皇子でなくなった"迅雷の傭兵"ゼノでは何故かは知らないが不可能)に関するバグで、何故かデュランダルを専用フラグ無視で装備できるってのはあったが……

 いやでもあれ明らかにバグだしな。一度だけ試してみた記憶はあるんだが、あの後常にステータス欄には表示されないが内部で【炎上】の状態異常に掛かっている扱いになっているわ、アイテム欄がバグって何を持たせてようが装備している筈のデュランダル含めて何も持ってない扱いになるわ、その状態でアイテムを受け渡ししようとしたりアイテムをゼノが拾おうとしたり、或いはデュランダル装備時のゼノをロストさせてみたりするとバグったアイテム欄を参照して操作しようとするせいかまず間違いなくフリーズするし……

 なにより装備時のモーションが明らかにデュランダルのものじゃない。没データの月華神雷のものらしく、それはほぼ月花迅雷と同じ刀による抜刀術モーションなので鞘に手を当てる動きなどで完全にデュランダルの刀身に手がめり込んでいたりする

 とある最小ターン数RTAでは使われてたけど、あれも解説に『セーブ無しで突っ込みます(※このマップの負け筋はバグゼノのやっつけ負けで、その時点でフリーズしてセーブデータが壊れるのでセーブしても意味がないです。祈りましょう)』ってあったしな……

 

 というか、この世界ひょっとしてバグもあったりするのか?

 轟火の剣では使えなくなったが、ステータス共通の透明の聖女がマスに居て実質2回行動でき、しかも居ない扱いなのでドッペル側は前線に放り込んでも敵から狙われないというドッペルリリーナバグとか。あとは怨念封鎖バグ……ってこれは移動距離を伸ばすバフ魔法を掛けた=バフの反転で移動不可効果を受けたゼノを味方を巻き込める範囲魔法の遅延発動で直後に殺したらゼノが居なくなった事で本来消える移動不可フラグがマスに残るバグだから使いたくないな。おれが死なないと検証出来ない

 それはそれとして、RTAでも使えたバグがこの世界で出来れば割と生き残るのとかも楽……かは分からないが、あって困る選択肢ではない

 

 閑話休題。少なくとも今バグの存在の検証とか無理だ

 幾らバグに近い事が起きていても、この世界はゲームそのものじゃないわけだしな

 

 「轟火の剣の持ち逃げとか、散々に言われそうだな」

 「流石に(オレ)は直接言われればそれを阿呆がと一蹴できるが、広まる噂まではどうしようもない

 だからお前は帝国の皇子でいなければならない。それだけの理由が出来た」

 くすり、と皇帝は笑う

 「残念か?」

 「いや、おれが皇子である意味が増えて嬉しい

 そもそも忌み子なおれは、まず第一に結婚とか出来ないし。何時かおれとの婚約を後悔しないように、最初から無理な方がお互いに良い」

 「お前なぁ……

 父親にそんなことほざくな。後、今の婚約者にもそれで良いのか」

 「良いよ、あれは互いに打算だから」

 少しだけ酷いだろうか

 そう思いつつ、おれは仮にも婚約者であるニコレットとの関係を評価して

 

 「ところでなゼノ」

 不意に、奇異の目でおれの……正確にはおれの見えなくなった左目(擂り潰した薬草を混ぜ混んだポーションに浸したガーゼで覆っている)ではなく、その上を見ている皇帝に気が付いた

 「父さん?」

 「お前が落ち着いたら聞こうと思っていたが……お前、仮装趣味でも出来たか馬鹿ゼノ?」

 「はえ?」

 おれの頭の上で、くすんだ銀色の耳がぴくりと揺れた



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先祖返り、或いは獣耳

「耳?」

 不思議な気持ちになりながら、おれはふと頭頂に触れてみる

 

 確かに変な凝りがあり……

 そして、簡単にぽろっと取れた

 

 「確かに耳だ」

 着せられた簡易な服の胸元に落ちたものを見て、おれはそう呟く

 確かにそれは耳だった。この世界では亜人獣人が居るからこそ逆にそう見かけることもないが、無いこともない猫耳カチューシャに良く似ている

 いや、もっと似たものがあるな、アルヴィナの耳だ。あれに比べて、綺麗な黒じゃなくておれの髪色であるくすんだ灰に近い銀色っていう欠点があって美しさは大分下なんだが

 アルヴィナの場合白くてふわふわした毛で覆われている耳の内側は、硬質で短そうな他よりは赤っぽい毛で

 

 特別なところとしては、結晶粒近い何かが、おれの頭との接着面に見えるところだろうか

 頭を振ってみると、同じく結晶のようなものがぱらぱらと落ちる

 

 興味深げに父たる皇帝は、おれの横の椅子から身を乗り出して落ちたその血色の結晶をしげしげと眺め……

 「どういうことだこれは……」

 熱したり、握りこんでみたり、様々に細かな粒を掌の上で暫く弄くり回した後、静かに瞳を閉じる

 

 その父の横に立て掛けられた剣がふわりと浮かんで周囲を回りだすのを、おれはぼんやりと眺めていた

 

 「ああ、そういうことか

 全く……忌み子とは良く言ったものだ」

 暫くして、燃える目を見開いた父は

 むんずとおれの頭の上の片方残った耳を掴み、握り潰した

 「良いかゼノ

 本来そんなことは無いはずだがもしも、もしもだ。万が一、今一度轟火の剣デュランダルの力を借りなければならない時が来た場合

 フードを被れ」

 「ん?どういうことだ」

 「亜人獣人と人間の間に子が成せる事を不思議だと感じたことはあるか?」

 「いや、普通だと思うけど」

 「ふっ、それもそうだな。お前に聞くことではなかった。お前は亜人獣人への区別意識は無いに決まっている

 だがな、他の人間はそうではない。そしてな、お前がデュランダルを振るう時、忌み子のお前の体は魂に引き摺られて先祖返りを引き起こすようだ」

 「先祖返り……で、耳が?」

 「そうだ。お前は魔法が使えない原因である先祖、獣人のような姿に変わる」

 いやまあ確かに獣人は魔法が使えないし、そんな獣人に先祖返りしていればおれも魔法が使えないってのは分からないでもない理屈だが、何か可笑しくないか?

 

 「……正気か?」

 おれがそう問い掛けると、父はマジかこいつと信じられないものを見る目でおれを見た

 「……ゼノ。馬鹿息子、いや、あえてこう聞こう

 (オレ)でない父を知る方の記憶に聞く。それは、冗談などではないな?本気で知らんのだな?」

 「忌み子が先祖返りらしいってところまで」

 「分かった。ならばずっと獣人への先祖返りだと思っておけ」

 その言葉で理解する

 あ、本当は別のものへのだな?と。その上で、父はおれの為にこれ以上に探るなと言っていることを

 

 ……だが、逆にそれで分かってしまう

 いや寧ろ、水晶と耳の時点で考えてみれば結構分かりやすい。おれが何者に先祖返りしているのか

 水晶のようなものと獣の耳を併せ持つ青年と言えば、ゲームをまともにプレイした事のある人間なら全員が全員、同じ名を即座に挙げることが可能だろう

 牛帝の曲がった二角、猿侯の大きな耳、そして結晶化した右腕

 即ち、ラスボス。魔神王テネーブル・ブランシュである

 ならば、それに近しい狼の耳?いやこれ猫耳か?とそれを張り付ける結晶、残りは分からないが、混沌とした特徴、特に晶魔の姿を含むのは……

 魔神族。かつて世界を混沌に落とそうとし、この世界の狭間に封じ込められた、真の万色の眷属達

 

 え、おれって魔神族の血混じってんの?とは思うが……

 いや、寧ろ魔神族の血が思い切り混じってるから他より明らかにスペック高いのかもしれないな、皇族って

 そして、その状態で先祖返りと言えば……七大天や彼等に守護された人々と戦った魔神族の事に違いあるまい。いやこれおれ自身に問題はなくても七大天の力を受けられなくても仕方ないんじゃなかろうか。存在そのものが半分くらい七大天がこの世界から振り払った神の眷属で、聖女達が封じた世界の敵種族。折角薄まりまくっていたその敵の血がうっかり何らかの理由で……というか、特定の神々の力の組み合わせによって刺激されて活性化してしまい、魔法を使えるようにという七大天の加護を破壊したのが忌み子

 ……いや、本気で有り得そうだなこの仮定

 

 「何だ、推理できるだけの素材はあったか」

 おれの顔を見てか、父は苦笑する

 「そんなに分かりやすかったか?」

 「滅茶苦茶な

 その通り。帝祖や(オレ)が話を聞ける古臭い奴の話によれば、魔神族への先祖返りこそが忌み子の正体、だとさ」

 「うわぁ……」

 自分の事ながら、何と返せば良いのだろうこれ

 「いやでも、魔神族って万色の虹界の加護で魔法とか使えるんじゃ」

 確かそんな設定で、魔神王を始めとした極一部の敵には【魔防】等の数値ががあったはずだ。というか、せめてそんな魔法無双への抑止が無いと物理キャラの立つ瀬がないというか、魔法だけで良いというか……

 

 「馬鹿息子

 今のお前がもしも万色の虹界だったとしようか。己を排除し世界を確立した七大天に迎合し、のほほんと奴等の世界で生きる先祖返りに力を貸すか?」

 「正直殺したいほど憎いと思う」

 「はははははっ!

 だろう?

 全く、嫌われものか貴様は」

 くしゃくしゃと父はおれの髪を撫でる

 

 「さてゼノ、お前はこの先どうする?」

 静かな瞳がおれを見据える

 「どうする、って?」

 「……いや、お前はそうだな」

 「おれは、おれだよ。帝国の第七皇子で、民の最強の剣たるべき者

 それはさ、おれが魔神族だの何だのより前の話だろ?」

 そのおれの言葉に、ふっ、と父は微笑(わら)

 

 「その通りだ。だから、お前はお前だ 

 

 だがな、そうは思わん奴等も多い。故、フードだ

 別にお前の妹に見せてもあやつは今更態度を変えんだろう。お前と懇意なあの銀髪娘はそれでも頑張れる皇子さまは凄いですと言うだろう

 あとは……あの狼の娘も、何も変わらないと言うだろうな。だが、明かすのはそこまでにしておけ」

 「……ああ、分かったよ父さん」

 静かにおれは頷く

 いやそうだよな、忌み子とは、魔神族に近い人間。普通なら怖いに決まってる

 

 「で、此処は?」

 「此処か?此処は……と、そろそろ時間か」

 針1本の時計を見て、銀の髪の皇帝は席を立った

 「その先を答えるのは(オレ)じゃあないな」

 それだけ言うと、腰のポーチから魔法書を取り出し、軽く唱えて父は姿を消す

 その直後

 

 「皇子さま!」

 父が消えて見えるようになった扉が開き、おれの良く知る少女が顔を覗かせた



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ラブ、或いはコメディ

「はい皇子さま、口を開けてください?」

 

 ……どうしてこうなった

 

 「あーん、です」

 いやだからどうしてこうなったんだ!?

 とてつもなく真剣な瞳でおれの口へ向けて滑らかに削られた木の匙を差し出してくる銀髪にメイド服姿の少女の姿を前にして、おれはそう困惑した

 「い、いやアナ、おれ一人で何とかするから……」

 「皇子さま?」

 ……優しく声をかけられている

 その筈なのに、何か怖いものを背に感じて

 「皇子さま、どうやってその手でご飯を食べるんですか」

 ぐうの音も出ない

 下手に溶接された右手は轟火の剣の柄を握った形状のまま冷え固まっている。プラモデルの手かよと言ったが、まさにあれだ。隙間を縮めることすら出来ない

 逆に隙間がほぼ無くせればそれで幼い子供みたいに、孤児院の年少組のように、匙を握って不格好に掬うことは出来ただろう。だがそれすら出来ないとなると……

 「そこはほら、溶け合わさった指と指の間に切れ目を入れて匙を差し込むとか……」

 「皇子さま」

 「……はい」

 「アイリスちゃんが、怒りますよ?」

 「……すみませんでした」

 おれは……おれは、無力だ……

 

 せめて左腕さえ動けば、と思うも、肘から先が今も骨肉ミンチを長手袋に入れたような状態ではいかんともし難く

 

 助けてくれデュランダル!

 脳内で叫んでみるが、当然うんともすんとも言わない。いや、これで飛んで来られてもそれはそれで困る気がするのだが

 

 万策尽きた

 「なあアナ、おれが君を助けたのなんて全部打算なんだ。助けられる程度に困ってたから、少しでも自分の評判を上げたかっただけ」

 「良いんです皇子さま

 わたしも、皇子さまに頼って欲しいって、とっても打算まみれです」

 ……いや、アナ強いな……

 

 「素直に言わせてくれ!恥ずかしいんだよ!?」

 「わたしだって、そうですけどっ」

 耳まで真っ赤にして、きゅっと目を瞑りながら両手で握った匙を突き出してくるメイド服の幼馴染

 一緒に入ってきたレオンは冷ややか過ぎる目でもう帰って良いか?していて

 アルヴィナは……と目線を向けるも

 「おとなしくして、シロノワール」

 駄目だ、白い足の何か美味しそうな名前のカラスと遊んで頼れそうにない。ってかカラス持ち込まれてるけど良いのか

 

 「……アナスタシア」

 「な、何ですかアルヴィナちゃん」

 「後でボクもやる」

 ……おれの味方は0だった。父さん、帝祖、どちらでも良いから助けてくれ

 

 お前真性異言の癖して完全童貞か?

 なんて、幻聴で言われた気がしてがっくりとおれは肩を落とす

 ……童貞。流石におれでもその言葉の意味は分かる

 いや、基本的におれ……ゼノでない方って記憶はあんまり残ってないんだけど、基本的に苛めの標的に自らなってたって覚えがあるんだよな……。おれなら良いからって苛められた子を庇い、自分が標的になって耐えれば良い、と

 今整理すると多分おれの死因って、真っ暗闇の体育倉庫に閉じ込められ 外から鍵閉められ、上の小窓から脱出しようとし足を踏み外したってところだろうしな

 そんなおれにエッチな話があったか?あるわけ無いだろ、あったらその子まで苛められるぞ有り得ない

 というかだ、真性異言ってほぼ童貞だと思う。いや、女性に童貞は可笑しいんだが……

 

 あの謎の超兵器アガートラーム……あれ自体には何も出来ず、ユーゴが何とかカタパルトで消えたということは恐らくはまた出てくるだろう鋼の機神を知っていたユーゴ、四天王?とかおれを呼んできた少年も同様で、わたしは貴方の努力を知ってるよと露骨にモーションかけてくる桃色髪のリリーナもまた然り。あとはエッケハルトとおれもだが、恐らく基本全員がこの世界に近いゲームを知っているのだろう

 何でおれの記憶の世界にこの世界を模したゲームがあったのか分からない。アガートラームなんておれは知らないがユーゴは知ってたっぽいし、おれが知らないしてんのうとかいうおれ……今考えれば魔神族に先祖返りして敵になった世界線のおれの事か?を知ってたっぽい少年も居る

 おれの知識が何処まで正解か、そこは良く分からないな。おれの知識も、他の真性異言の知識も、信じすぎるのは良くない

 

 そもそも、リリーナが二人居る時点で変だからな!

 

 意を決して、ぱくりと匙を咥える

 ……いや、これ割とキツいな……ぷるぷると小刻みに震える匙を咥えたままだと、正面から整った少女の顔を見ることになるわけで

 うーん、下手に可愛すぎて見てられない。目が潰れる

 エッケハルトとかなら多分鼻から血を吹くな

 

 意識を強く持て。おれは第七皇子で、忌み子で、この子の保護者代わりだ

 そう自分に言い聞かせ続けないと下手したら惚れそう。面食いかおれは

 

 にしても、水のように流れるアナの銀髪ってホントに綺麗だよな、おれのと違って

 

 いや、何考えてんだろうなおれ

 

 匙から口を離し、おれは恥ずかしさからそっぽを向く

 「あ、あのっ!

 ……う、薄すぎたり、しませんか?」

 透き通る泉のような大きな瞳を潤ませ、少女はベッドの上に上体を起こしたおれを見上げる

 ……だからその上目遣いを止めてくれ、おれに効く

 ただでさえ、結婚とかアステールに話を出されて、無関係だと切り捨て続けて考えなくしていた事を意識しかけているんだ

 落ち着くまで、変に彼女等を意識してしまいかねない

 そう思っておれは……

 

 ってバカかよ、まずは質問に答えないと

 と、おれは反省するも……味なんて感じない

 というか焦げ臭い。麦に近い穀物の粥が焦げ臭いとはこれ如何に……って、おれの体内もちょっと焼けてて、だからけほけほと咳をするだけで口から煤出てくる訳だ。そのせいだな、アナは悪くない

 

 ヤバいな。緊張のせいか、それともそれとは無関係か、どちらか分からないが味がしない

 「え、えっと……皇子さま、濃い味だと食べられないんじゃないかって、薄く味付けしたんですけど、変な顔で……

 全然、美味しくないんじゃないかと思ったら……」

 「い、いやごめん。食べやすいよ、アナ」

 「……問題ない味」

 ひょい、と銀髪の少女の手から匙を取り、横に置かれた器から一匙掬った粥を自分の口に入れ、黒髪の少女が頷く

 そして、はい、と匙がぴかぴかになるまでしっかり綺麗に舐め取って、アルヴィナはその匙を返した

 

 ……いや、アルヴィナ?余計に食べにくいわけだが……

 そんな事を思うおれを他所に、少女の肩に止まるカラスが鳴いた

 ……いや、カラスかは知らないが、少なくとも黒い鳥が

 

 カラス、かぁ……

 いや、ゲーム的にはあんまり良い印象無いというかなぁ……

 

 様々な七大天の意匠を持つのが魔神族だが、それとは別に個別に特異な意匠も持つ

 そして上位……四天王等の魔神族はその意匠の化け物に変化する第二形態とかあるんだよな

 例えば原作のおれと因縁のあるカラドリウスの名を持つ鳥魔神は鷲だか鷹だかの姿に変わるし、露出の多い人魚な女四天王は魚の尻尾生やした巨大蝙蝠になるし、四天王1の武神を名乗る4本腕の魔神は巨大な6本足のライオンになるし、四天王の頭脳を名乗るフードの少女はムキムキのゴリラに変わる

 因にだが、当然ながら頭脳派なゴリラが四天王にて最強である。賢人の頭脳とパワーを併せ持つゴリラが弱いわけがない。いや、バグでゴリラ形態スキップすると最弱なんだけどな。逆に、精神状態異常を得意とする方の女魔神な四天王(コウモリ)って滅茶苦茶弱いんだよな。何たって、第一形態は《鮮血の気迫》で魅了弾き続ければ雑魚で、第二形態は雷弱点。レベル上げたゼノ(おれ)単騎で勝てるレベルだ

 

 そんな魔神族の中でも、トラウマになるというか印象が強いのが……烏の魔神だ

 まあ正確には一番ヤバいのは烏姿の第二形態を倒して終わりだと思ったら発現するペットのドラゴンと融合(フュージョン)した六枚羽根の第三形態なんだが……。いや、第三形態あんの!?って絶望したな初見。というか、ルートヒーローのHPギリギリで第二形態倒したからそのまま恋仲になった攻略対象がさくっと殺されてリセットしたというか……

 

 即ち、黒羽根の魔神王。テネーブル・ブランシュ

 ゲーム内で烏と言えばあいつなのだ。因にその妹も烏なのかは良く分からない。いや、ロリリーナケモミミモードの姿しか見れないというか、立ち絵も黒塗りだしな……

 

 いやまあ、関係ないとは思うけどな?というか、あったら困るから単純におれが勝手に怖がってるだけなんだがあんまり良い印象がないのは許して欲しい

 

 そんな風に、おれが烏と見つめあっていると……

 ガタン、と音を立てて椅子が蹴られる

 「……レオン」

 「文句を言う気も失せた

 帰らせて貰う」

 「ああ、ごめんなレオン」

 空気を変えてくれて有り難う、おれはそう心の中で思って、最近全く構えていない乳母兄を見送った

 

 「あ!わたしも……」

 おれと、アルヴィナと、匙と

 それぞれ順番に目線を向けてはなにかを悩んでいたアナも弾かれたように席を立つ

 「このお匙、洗ってきます!」

 そうして、部屋にはおれとアルヴィナだけか残された



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猫、或いはカラス

Wikipediaより抜粋

シロノワール

シロノワールは、喫茶店チェーン「珈琲所 コメダ珈琲店」で提供されているメニューの一つである。直径およそ16センチメートルの温かいデニッシュパンの上にソフトクリームを絞り出し、サクランボの実をのせたデザートであり、シロップをかけて食べる


「それでアルヴィナ」

 二人きり+カラスだけになるや何時ものように目深に被っていた帽子を取って胸元に抱き締める少女に、わざわざおれの前だからって帽子を取る必要ないんじゃないか?と、苦笑して

 おれは何故かカラスを連れてきた少女に、気になることを問いかける

 

 「なにそのカラス」

 「シロノワール」

 返ってくるのはそんな答え

 「いや名前じゃなくてな?」

 どういう素性のカラスなのか、おれにはさっぱりだ

 「お兄ちゃんの使ってた伝書カラス」

 「お兄ちゃん……ああ、影武者やってたって方のか」

 「飼う人が居なくなった」

 「家では?誰も居ないのか」

 普通に考えて、ペットの飼い主が居なくなったとして、それで終わりではないだろうに

 

 「誰一人、気にも留めない」

 だが、少女は耳を伏せ、首を振る

 ……随分と人に慣れたカラスだ

 おれを見詰め、一度もカァと鳴かずに大人しく少女の肩に止まるカラスを見て、おれはそう思う

 伝書に使われていたというのも本当だろうと思える大人しさで、カラスは此方を不思議な色合いの瞳で見詰めてくる

 

 ……というか、カラスの瞳にしては変な色してるなこいつ。混じりあっているというか

 「アルヴィナ、このしろのわーる?本当にカラスか?」

 美味しそうな名前だなと思いつつ、その名前を口に出す

 おれは食べたこと無いんだが、黒っぽいパンケーキに白いソフトクリームでシロノワールという食べ物があった気がする

 何ならこの世界にもあった気がする、シロノワール……じゃなくてクロブランだっけか、そんな由来が全く同じ名前の食べ物。確か、どこかの有名な喫茶店のチョコレートパンケーキに白い牛の生クリームソフトドリンクをたっぷり乗せたメニューだったかな。これみよがしにヴィルジニーとクロエがおれの横で話題にしていたので、二人で食べてきたらどうだと、うちの孤児院の実質管理者の弟さんが働いているという縁でたまたま持っていた万能の割引券を叩きつけた事を覚えている

 いや、おれああいう甘いもの苦手だし、女の子と喫茶店とか行けないし、そもそも子供だけで行くわけにもいかないので向こうの使用人同伴だ。なのでそれで済ませたんだが、やはり奢るべきだったのだろうか

 いやでも、奢っておいて割引券使うってせせこましい気もするしな

 

 いや、そこは今は良いか

 

 「三本足のカラス」

 「アルヴィナ、それはカラスじゃない」

 良く見ると確かに三本目の足が見える

 白い足ってのにインパクト有りすぎて良く良く見てなかったが、白い足に、紅の爪の三本足

 「アルヴィナ、そいつはカラスじゃない。八咫烏って種族の魔物だ」

 ヤタガラス。太陽の化身とか色々と呼ばれる、光を放ちながら飛ぶ事もあるカラスに近い魔物だ。特徴は三本の足と、発光すること

 ちなみに魔物と言っても(ゴブリンやコボルドが特に邪悪でもないのでわかるとは思うが)害ある生物ではない。珍しいが、基本はかなり冷静沈着で温厚な魔物だ。絶対に道を迷わないことから導きの鳥とも呼ばれ、深い森の中で野生の八咫烏に出会い生還した話とかもお伽噺で聞いたりするな

 余談だが、そんな良い鳥なので当然捕獲しようとする貴族なども居るのだが……野生で見かける八咫烏のステータスは基本大体の値が50前後とクソ高い。そこらの冒険者では返り討ちだろう

 まあ、魔法には弱いのは魔物共通の欠点だが

 

 そんな八咫烏モチーフのテネーブルが魔神王な事については……魔神族の太陽にして導きの鳥ってところだろうか。そう思うと、実にそれっぽい気がするな

 プレイヤー間ではライオンに変身する奴とかゴリラになる奴の後にカラスかよって言われてたけど

 

 一瞬だけおれは思う

 こいつテネーブルなのでは?と。アルヴィナを魔神王の妹とほざいていた少年の言葉が引っ掛かり……

 「八咫烏か。こんな魔物が付いてきてくれていた辺り、凄かったんだな、君のお兄さん」

 その疑惑を振り払う

 というかだ、良く考えれば振り払うまでもない。テネーブルが今の時代に居たら基本的に詰んでるというか、既に魔神王が復活していることになるわけで

 魔神王が封印された世界の狭間から出られないからこそ、四天王だの何だののゲーム本編の話がある。その大前提が消えてしまっているとなれば……もうこれおれの父さんがデュランダルでテネーブル倒してくれる以外の勝ち筋ないな?

 アルヴィナにしてもピンクの方のリリーナにしてもまだ聖女ではないし……

 

 「っていうか、アルヴィナは?」

 ふと気になって聞いてみる

 アルヴィナが飼えばいいのではなかろうか

 

 「むり」

 だが、少女は残念そうに首を振る

 「家だとあの子が慣れない」

 「そうか?人に慣れてそうなんだけど……」

 と、そこまで言っておれも理解する

 「そうか、おれの買ったあの子か」

 アルヴィナに仔犬一匹プレゼントしたなそういえば。八咫烏とかいう魔物は犬と仲良くできても、あいつは普通の犬だ。八咫烏なんて居たら気が気ではないだろう、言われてみればそうだ

 

 「なら寮で良いんじゃないのか?」

 おれのその言葉に、その言葉を待ってたとばかりにアルヴィナはうなずきを返す

 「ボクも頑張るけど、一緒に面倒見て欲しい」

 「いや、それは良いんだが……」

 おれは開けない手を伸ばし、そのカラスへと右手を差し出す

 暫くおれを見詰めるとその大きな翼を広げ、黒いカラスは白く光りながら羽ばたき、おれの手に止まった

 

 「って重っ!」

 鳥というのは軽いものではなかったのだろうか

 想定外の重さに腕がぐらつくが、耐えて、おれはじっとカラスを見る

 「……何だ、普通におれにも慣れてくれるんだな」

 「皇子は、お兄ちゃんに似てるから」

 それにだけはいや違うと言いたげに、かつてアルヴィナの兄の伝書に使われていたという三つ足のカラスは鳴いた

 

 「……宜しくな、シロノワール」

 八咫烏とかいう魔物を飼うことについては……大丈夫だろう

 おれの寝かされているベッドの脇には燃え盛るスフィアがあり、それが明かりとなっているのだが……それは父が使っている魔法である。恐らくだが、今までの話、全部聞いてるのではなかろうか

 その上で、此処はアルヴィナ等が普通に立ち入れる事を考えるに初等部の塔だろう。良く良く見れば調度品なんかも似ているし、多分アルヴィナが半分借りてる部屋の幾つか下の階。その気になれば魔法で飛んでこれるし声を投げることだって幾らでも出来る

 

 「『羽根の掃除だけはしろよ?』」

 ほら、こんな風に

 ってこれ、アナとの話とかも全部聞かれてたということでは?

 うわ恥ずかしいな普通に

 

 そんな話をしていると、更に翼を広げ、白足の八咫烏はおれの頭目掛けて飛び立ち……

 「シャーッ!」

 「おわっ!?」

 突如、枕が変形した……というか、被さっていた布を払いのけて小さな仔猫が飛び出し、その羽根へと襲い掛かった!

 

 「……アイリス?なにやってるんだ?」

 小さな白猫のゴーレム、家の妹のアイリスである

 というか、枕になってたのか。全く気がついてなかったぞおれ

 いや、おれ以外も気がついていなかったのだろう

 弾かれたように帽子を被り直すアルヴィナを見ながら、おれはそんなことを思っていた

 

 「フシャーッ!」

 おれの頭の上で此処は自分の場所だと爪を剥き出しに威嚇する仔猫ゴーレム

 いやそこはアイリスの特等席……だと思ってるなら別に良いか、嫌われてるよりはまだ懐かれてる方が嬉しいしな

 

 なんておれが思いつつ、何時もなら撫でれば割と誤魔化せるがこの手ではどうしようもなくて悩んでいると……

 いや別に頭欲しくはないしなとばかりに、すまし顔でカラスはおれの肩に止まり直した

 猫とカラス、そして今は此処に居ないが犬な奴隷に、狼の耳の幼馴染。随分と獣増えたな……おれの周囲

 おれはそんなことを、ぼんやりとアナが冷えちゃったから次のを……と粥を持って帰ってくるのを眺めつつ、そんなことを考えていたのだった




七天の座~遥かなる蒼炎の紋章総合wiki~より抜粋
キャラクター>ソシャゲオリジナル>シロノワール

シロノワール(白い(ブランシュ)(テネーブル))
初登場作品:遥かなる蒼炎の紋章~英雄の旗の元に~ 英雄譚全集2
登場作品:~英雄の旗の元に~(第4部)

基本設定
瞳の色:混沌 cv:阿部 篤(あべ あつし)

英雄の旗の元に
第四部、虹の王剣編に登場する八咫烏。アルヴィナのペットのようだが……名前のセンスが足りてない
賢い八咫烏であり、主人公のような声で喋ることが出来、その声と白く輝く闇を放つ黒い翼でアルヴィナや主人公等を導く
お前が普通に戦えよと言いたくなるが、シロノワール名義ではプレイアブルキャラとしては未実装。魔神化ゼノ&シロノワール、アルヴィナ&シロノワールとしておまけのような形でのみ実装されており、掛け合いも聞ける
&シロノワールの関係かアルヴィナ&シロノワールはアルヴィナ扱いではなく、屍天皇ゼノの"アルヴィナが居る時"条件を満たせない。更にアルヴィナ&シロノワールでは大抵のゼノとの掛け合いボイスがあるが、屍天皇ゼノだけはご不満なのかゴミが、の一言しか反応してくれないので注意。但しお芝居のキャラであるスカーレットゼノンには反応する。流石システムボイスが自分なだけありますね魔神王

当然だが、コメダ珈琲店の名物メニューとは一切関係ない


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暇潰し、或いは本

そうして、1月の月日が流れた

 

 「アイリス、授業には出るべきだと思う」

 今日も今日とて、おれはベッドの上で、それが定位置だとばかりにおれの頭の上で丸くなる妹のゴーレムにそう諭していた

 この1ヶ月、ずっとこんな感じである。毎日起きてすることもなく、昼間で授業中だというのにサボっておれの頭の上ですやすやと寝息を立てる(ゴーレムなのに寝るとはこれ如何に)妹に苦笑し、昼過ぎから薬湯に入って一日を終えるといった形

 せめてもの抵抗として刀を振るったりはしているのだが、技のキレが足りなくなっているのを感じる

 情けない。今のおれなら、アイアンゴーレムにすら万全の状態で勝てないかもしれない

 そして何より……まだ怪我は治りきっていない。左腕はまだかなり平べったいが右手の五本の指は一度無理矢理に皮膚を切り離した事でまた分割された。足もまあそれなりに治ってきたのは良いが、デュランダルを手に最後にユーゴのEX-Sカリバーだか何だかと撃ち合った時に、衝撃に耐えきれずに擂り潰された骨の破片が悪さをしているのかまだ痛む

 ニホンって世界なら外科手術で取り出すとかあったんだろうけど、残念ながらこの世界に外科という概念がない。そもそも、医療の概念が違う

 この世界の医者とは、どんな薬草、或いはどんな魔法が持ち込まれた傷や毒、病に対応しているかを判断出来る魔術師の事だ。七天の息吹ですと言えば正しいので貴族の医者は素人でも出来ると嘲りの対象だったりもする

 民間だとそんなにお金がないから割とピンポイントにこれが効きますとか分からないといけないんだが、金があればあるほど上位の大雑把な魔法が使えてしまうので医者が要らない

 そんななので、医者は手術をしないからお手上げだ

 いや、体内の異物を取り出す魔法はあるんだが、魔法なのでおれに使うと……何が起きるんだろうな。体内の異物を取り出すどころか血管に近くのゴミでも詰められるのだろうか。実験したくないなそれ

 

 そんなこんなでやることも無いので、おれは一人静かに……であれば良かったのだがおれが連れていかないと授業サボり魔なアイリスと共に、アルヴィナから借りたりした本を読んで日中を過ごしていた

 歴史の本に、神話時代、聖女について面白おかしく書いた小説までジャンルはさまざま。この世界にかつて他の転生者が居た証拠のような幸福な王子の絵本まであったな

 というか、日本人のおれが小学校の図書室で読んだ記憶あるぞこの絵本。それをそのままコピーしたような本売るとか昔の転生者は賢いのかセコいのか……

 

 しかも、朗読会をしたところアナは皇子さまが幸福な王子ならわたしは燕になりたいと言い出すし、アルヴィナはボクが燕ならボク自身が両の目を南の国に持っていって終わりにすると言うし、何というか、感想に困ったな

 そもそもおれ、幸福な王子ってほど立派じゃないと思うし、そんなおれのワガママのせいで死ぬ燕になりたいとか駄目だろう

 少しだけ心は痛いが、アナと距離取るべきかもしれない

 いつかあの子が、おれへの命の恩人というバイアスによる幼い憧れから抜け出して、本当におれより素敵な誰かと恋を出来るように

 

 そんな事を考えたりしつつも、今日おれが開くのは……珍しく父がこの部屋(因みにアイリスの部屋の2階下だった)に最近少年の中で流行っているらしいのでな、読むか?と持ってきた本

 星野井上緒という変な南方っぽいペンネームで書かれた、赤い表紙に金の刺繍の白い紙がまぶしい本の表題は……『魔神剣帝スカーレットゼノン』

 

 ……特撮ヒーローか何かか、これ?

 

 「……何これ」

 思わずおれはぽつりと呟く

 そんなおれを、膝の上に降りてきた仔猫のゴーレムが、その水晶のような……ではなく水晶製の瞳で早く読んでとばかりに見上げ、混沌とした名状しがたい色の瞳のカラスがおれの左手の代わりに嘴で本を持ち上げ、足で支えた

 「ああ、有り難うなシロノワール」

 八咫烏のシロノワールは頭を撫でても喜ばないので声だけかけて、おれは本を開く

 

 この1ヶ月、この八咫烏は一度たりとも何処かへ行こうとはしなかった。ずっとおれの側に居て、さりげなくこうして手伝ってくれる。これが魔神王だったら……もう諦めるわおれ

 そんな形で割と警戒も解き、実は喋るとアルヴィナがいうくらいに賢く人の言葉も理解しているので、こうして本をおれは朗読するわけだ。お陰で1冊の本が1日2日かかって漸く読める感じなんだけどな、そこは良いか別に

 

 「『燃えていく村、荒らされる畑

 ゼノンの心に、激しい怒りの炎が灯りました。そして、思ったのです

 おれに良くしてくれたこの村を、魔神の力を持つと知りながらも、優しくしてくれた人々を、守らなければならない』」

 「にゃぁ」

 翼を広げて八咫烏が、軽く尻尾を振って白猫が、それぞれ相づちを打つ

 「『ゼノンさんっ!逃げて……

 と、村娘のステラに、巨大なオーガの腕が延ばされました

 その瞬間、覚悟を決めてゼノンは腕を高く掲げ、叫びます』」

 カラスの羽が、ページを器用に浮かせてくれる

 おれはそれを受けてページの端を巡り……内心でげっ、と呟いた

 そこに書かれていた内容に

 

 これ、朗読するのか……?

 だが、迷いは一瞬。期待を込めた様子の妹に見上げられ、こうなりゃ自棄だ!とおれは腕をかかげて叫ぶ

 「『ブレイヴ!トイフェル!イグニションッ!

スペードレベル、オーバーロォォドッ!!』」

 ガチャリ、と音を立てて部屋の扉が開かれる

 「『魔神剣帝スカーレットゼノン!地獄より還りて、剣を取るッ!』」

 は、恥ずかしくないか、これ!?

 「『そう、彼は魔神の力を解放し、魔神剣帝スカーレットゼノンへと変身したのです』」

 

 「……お邪魔しました」

 「待て、待ってくれエッケハルト!」

 そそくさと扉を閉めて帰ろうとする焔の髪の辺境伯子に、おれは必死に呼び掛けた

 

 「……成程、アイリスちゃんに読んであげてたのか

 てっきり一人でごっこ遊びかと……」

 「ちょっと待ってくれエッケハルト。子供はごっこ遊びをするものじゃないのか?」

 「……あ、それもそうだ」

 さては転生者としての意識が強すぎたな?高校にもなって特撮とか馬鹿らしいぜーってあれ

 でも、おれに良くしてくれた高校生のお姉さんは普通に日曜朝の女児向けアニメの変身アイテムとか、遥かなる蒼炎の紋章関係のフィギュアとは別の棚に飾ってたような……

 まあ良いかその辺は個人の自由だろう。おれはヒーローのベルトとか買えなかった気がするけど、買えてたら多分普通になりきりとかしたろうし

 それに、あの棚思い出すとゼノフィギュアとかあったなーって事になって気恥ずかしいしな。あのお姉さんは頼勇推し?って言ってて2万もする竪神 頼勇(たてがみ らいお)のフィギュアを真ん中に飾ってたけど、あれが万一おれのフィギュアだったら恥ずかしくてのたうち回るところだ

 

 「ゼノ?」

 「いや、ごめん。気にしないでくれ」

 そういえばエッケハルトフィギュアとかもあったなって、おれは思わず変な眼であいつを見てしまっていたらしい

 「それで、どうしたんだエッケハルト」 

 「いや、ちょっとそろそろ話がしたかったってのもあるけど……」

 オレンジの髪の少年は、周囲を見て猫の姿に気がつき、肩を竦める

 「それはちょっと無理そうだな」

 「ああ……あとでな」

 多分だが、おれがデュランダルを使った事に関してだろう。原作ではバグでしか使えなかった(寧ろバグで装備できるのが可笑しい)からな。色々と話せることもあるかもしれない

 

 「あとは……」

 「皇子さま!どうしましょう」

 「アナ!?」

 困った表情で飛び込んでくる銀髪の少女

 今日は久し振りに孤児院に帰ってる筈では?とおれは面食らい……

 「あっ」

 おれの手の本を見て、少女は眼を輝かせた

 

 「皇子さま!良かった!」

 「……えっと、何が?」

 「その本です!」

 付いていけず、おれは首を傾げた




???「『シーク!アクティブ!クリエイティブ!
クラブレベル、マキシマムッ!
魔神剣匠 アズールレオン!魔神の力で、果てに至るっ!』」


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演劇、或いは帰還

一瞬だけ仮として置いておいた小説の作者名をホシノシア→星野井上緒へと変えています
変更前に読んだ読者様は申し訳ありませんが、『魔神剣帝スカーレットゼノン』の作者は星野井上緒だということでお願いします


「アナ、この本がどうかしたのか?」

 事態についていけず、おれは首を傾げる

 

 「ああ、この本読みたかったとか、そういう奴か?」

 なら貸そうか?父さんのだけど、とおれは一旦本を閉じて……

 「そうじゃないです、皇子さま」

 否定の言葉に、まあそりゃそうだろうなとおれは頷き返した

 ストーリーは割とありきたりで、良く言えば王道。面白いと言えば面白いが……読んでた感じ女の子が好きそうな感じではない。アイリスだっておれが読んでたから聞いてただけで、自分では読むことはしないだろう

 

 「じゃあ……何?」

 「えっとですね、最近、このお話の劇があって、それが人気なんです」

 「劇」

 「そうそう。結構皆見に行っててさ」

 と、エッケハルトも付け加えてくる

  

 「お前は見に行ったのかエッケハルト?」

 「いや俺は……って思ってたんだけどさ、クラスの男子皆見に行ってやんの」

 全く、参るよなと肩を竦める少年

 「で、見に行ったと」

 「いんや、まだ。そのうち行こう行こうと思ってたら何か人気になってさ。席が即日取れないって言われた」

 「ん?辺境伯の子なら席作ってもらって入れるだろ?」

 「馬鹿ゼノ!そんなことしたら、俺がその芝居をすっごく見たがってる感じじゃんか

 あくまでも話題に合わせる為でだな……あんな子供向けは」

 少し口ごもる感じの少年に、案外見たがってるなこいつ?とおれは笑って

 

 「おれも、お前も子供だろ」

 「いや、そうなんだけどさぁ……分かる?」

 「いや全く」

 そこで話を切り上げて、おれは少女に顔を向けた

 

 「で、エッケハルトは良いとして……どうしたんだよアナ」

 「えっと……そのお芝居です」

 「芝居がどうかしたのか?」

 「院の皆が……あっ、みんなって言っても、男の子達だけなんですけど、噂で聞いて見に行きたいって」

 「あ、そう」

 何というか、だ

 おれに言われても困るというか。おれ自身、そんなに権力を振りかざせる立場にないというか

 「自分達で見に行ってくれ」

 「……えっと、わたしのお金で足りる事は足りるんですけど……」

 申し訳なさそうに銀髪の少女が呟く

 

 「いや、おれが出してる運営資金に余裕とか無かったのか?」

 「それが……。この1ヶ月、皇子さまが一回も来なくて」

 「おれが来なくて?」

 「何時もは皇子さまが今回はこれだけな、って言うのが無かったから、みんなつい誕生日にはご馳走をってやっちゃって……

 ご、ごめんなさい!」

 「いや、それは謝ることじゃないと思う」

 何度も頭を下げる少女を宥めながら、おれはそう言い続けた

 

 というか、まあ子供だものな、仕方ないと言えば仕方ない

 寧ろ、金が無いわけではないのに我慢できるアナが随分と大人びているというか……。おれはまあ、多分だけど合計で考えると20歳越えてるオッサンだから普通なんだけど

 

 「それで、その劇を見に行きたいって言うのは分かった

 お金ならおれに後で言って、見に行けば良いんじゃないのか?

 というか、本読めば良いんじゃないのか?」

 「皇子さま?わたしはちょっとお姉さんで、魔法の力が人よりちょっと強めだったからって早くに教えてもらえたから読めますけど、みんなはまだ文字なんて読めませんよ?」

 「ああ、そっか」

 忘れていた。おれ自身、ゼノとして普通に文字読めてしまっていたが、普通は習わなきゃ本なんて読めないわな

 「じゃあ、この本貸すからアナが読んであげるとか」

 「みんな、動いてるのが見たいって

 きっとわたしじゃ、声が女の子ーだとか、かっこよくなーい!とか、満足してくれない気がします」

 うーんこの贅沢

 

 「で、見に行くのは?」

 「なあゼノ、さっき俺が言っただろ?直ぐに席が取れないんだって」

 「……あれ本気だったのか」

 「そう。子供達……って何人?」

 「14人かな」

 「1ヶ月以上待ちだな、それだと」

 少しだけ遠い目をして呟くエッケハルト

 

 「何か、凄い人気だな……」

 「何でも、聖教国で始まった劇なんだけどさ、特撮……ってアナちゃんは分からないか」

 「何なんですか、エッケハルトさん?」

 「特撮って言うのは、本当じゃないものを魔法で加工してそれっぽく見せてあげる劇のことなんだ

 子供向けのそれって物珍しくてさ。一気に大人気だって」

 「あー、そういや劇って時折雷落としたり、あとは歌手の歌声を響かせるために魔法使ったりはあるけど、基本的にはあまり魔法使わないものな」

 魔法を多用するのは大道芸人というか、ストリートでショーしてる人々の方。格式高い演劇は、魔法は万能であるがゆえに魔法に頼らない事を信条としていることが多い

 魔法でも作れないもの、それは人の心であり心を揺さぶる物語。というのが脚本家の言であり、それを魔法をふんだんに使って演技されるのはぶちギレ案件と言われても可笑しくないだろう

 だが、此処に例外があったって訳だな

 そもそも、変身とかいう魔法ありきの設定で、尚且つ子供向けの話。格式だの伝統だの関係なく魔法ふんだん爆発大量、視覚効果に訴えたものを作ってみたところ、普通の演劇はつまらないしていた貴族子息に馬鹿ウケしたと

 

 「……1ヶ月待ちなのは分かった

 それで、おれに何をしろと?」

 そう、話はそこだろう

 1ヶ月待ち、そこが話の終わりだとは思えない

 ならばその先、何かをおれにやって欲しいから、アナはそれを言っているんだろう

 

 「えっと、皇子さま

 皇子さま、ゼノンをやってくれないかな?」

 「……は?」

 あのな、アナ?さっきわたしが読んでも女だし……って言ってたけどな?

 今のおれ、つまりゼノ(幼少期)の声優は茜屋 夏和子(あかねや かなこ)。名前の通り女性声優なんだが?

 おれが読んでも女の声なんだが良いのかそれで。せめておれの声が原作の八代 匠になってから言ってくれ

 というか、良く良く考えてみれば自分の喉からプロ声優の声が出るって凄いわこれ

 

 「アナちゃん、俺がやるよ」

 と呟くエッケハルトに、言葉は出せないので目配せをやってみる

 つまり……

 お前の声優も女性だろ、と。エッケハルトの声優は白 路美(はく ろみ)。少年声を得意とする女性声優だ

 「……良いだろ、ゼノ」

 「えー、だめだよー?」

 その声は、入り口から聞こえた

 

 聞こえる筈の無い、その声が

 「アステール?」

 「うん、そーだよー」

 ひょい、と顔を覗かせ、とてとてと覚束ない足取りで部屋に入ってきたのは、鮮やかな金髪の狐娘、アステールであった

 

 「いや、何で居るんだアステールちゃん」

 「あ、皇子さまとお話しした時の人!」

 アナの目が驚愕に見開かれる

 「……なあゼノ。あのときの俺全く事態に付いていけてなかったんだが、結局あの可愛い子、誰?」

 「……聖教国教皇の愛娘」

 「マジかよ……」

 ぽつりと呟くエッケハルト

 おれもその気持ちは分かる。いやだってな、ゲーム内では教皇の娘って話は出てくるけど登場しないし、外見とか性格とか境遇とか全く知らないんだよな

 分かるのは帝国に割と好意的かつ協力的であり、故にヴィルジニーを送ってきたって事だけだ

 「まさか、亜人だったとは……って思った」 

 「まさか、ヒロインやれる容姿とは……って」

 うん、エッケハルトは何時も通りだ

 

 「で、アステールちゃん」

 そう呼び掛けると、アナが少しだけ不満そうに顔を逸らし、エッケハルトがちゃん付け、と笑う

 「なんでエッケハルトじゃ駄目なんだ?」

 「えー?なんで、おーじさまの役をおーじさまじゃない人がわざわざやるのかなー?」

 「待て、おーじさまの役?」

 ……嫌な予感がする。いや、変な予感か

 井上緒……何て読むんだと思っていたが、い、うえ、お?いうえお?

 ア行からアを捨てたらイウエオな訳だが……ア、捨てる?

 いや、まさかね……

 

 「うん、この話ね、ステラが大まかなおはなし作ったんだー」

 「やっぱりそうかよ!?」

 井上緒でア行からアを捨ててるからア捨てーる。つまり、井上緒(アステール)

 よって、主人公のゼノンのモチーフはおれで、多分村娘のステラってのは……自分なんだろうなぁ……

 「いや、何で帝国に居るんだ?」

 「おーじさま、大変だったんだよー?」

 「いや、何が?」

 「おーじさまのためにおはなしを考えてー、国の人にそれを小説に書いてもらってー」

 いやお疲れ様です、その小説家さん

 「これでおーじさまと会えるねーって来たんだよ?」

 可愛らしく首を傾げる少女に、おれは何も言えなかった

 

 「……なあゼノ、何時も思うんだが……」

 「何だよエッケハルト」

 「これ、お前主人公のギャルゲーだっけ?」

 「ギャルゲー版の主人公はアルヴィスだろ」

 ……いやでも、七大天の話が本当だとすると、アルヴィスって他の神の干渉に対して来るのが遅すぎるからって来ないんじゃなかったっけ?

 「なーんかお前ばっか女の子に好かれんな、ゼノ」

 ぼやく言葉が、妙におれの耳に残った

 

 いや、何だかんだお前もアレットと交流続いてること知ってるぞエッケハルト?




『ブレイヴ!トイフェル!イグニションッ!
スペードレベル、オーバーロォォドッ!!
魔神剣帝スカーレットゼノン!地獄より還りて、剣を取るッ!』
魔神剣帝スカーレットゼノン

初登場作品:遥かなる蒼炎の紋章~英雄の旗の元に~
登場作品:~英雄の旗の元に~
     蒼き雷刃のゼノグラシア

基本設定
幼少期 髪の色:くすんだ銀 瞳の色:血色 身長126cm 体重:35kg cv:茜屋 夏和子(あかねや かなこ)/佐藤 香菜(さとう かな)
青年期 髪の色:くすんだ銀 瞳の色:血色 身長174cm 体重:62kg cv:八代 匠(やしろ たくみ)/阿部 篤(あべ あつし)

英雄の旗の元に
イベント、死霊祭と魔神の時計~忌み子は英雄になれるか~及びその続編である死霊祭と魔神の時計~Necoとの遭遇~に登場する謎のヒーロー。常に変身状態で現れ、事件を解決していく最初のヒーロー。その正体は誰も知らない
という形で劇中劇に登場するキャラ。その正体はcvからも分かるように第七皇子ゼノ。劇中劇の為、おまえ忌み子だから変身とか無理じゃない?という疑問もなく、普通に変身できるらしい
キャラクターとしては~忌み子は英雄になれるか~イベントで配布される星4キャラクター、スカーレットゼノンとして入手可能。お芝居の中のキャラだからか、キャラクターとしてはゼノとして扱われない他、劇中劇のキャラ故か、普通に魔法防御を持つ。その為、魔法防御をかなぐり捨てているが故の高火力はなく普通のキャラである。他の魔神○○は全てガチャ限定である為、一回り弱い


蒼き雷刃のゼノグラシア版
謎の作家星野井上緒(アステール)によって書かれた小説、『魔神剣帝スカーレットゼノン』。或いは同作の主人公の変身形態のこと
亡国の皇子であったゼノンは、祖国が滅びる際、祖国を滅ぼした魔神によって殺されてしまった。だが、彼はその魔神の力の一部を取り込んで蘇り、何時か祖国の仇を撃つために今日も戦うのだ!というストーリーのヒーローもの
ヒーローとしての姿はフルフェイスの仮面にマントを翻す竜モチーフのスーツ姿。そのせいか主役が演技しやすくて劇が作りやすく、子供に人気を博したとか

因みに、モチーフは当然ながらデュランダル装備時のゼノ。おーじさまポジティブキャンペーンとしてアステールが考えたヒーローなので当然である

変身条件:自身のHPが最大値の60%以下であり、周囲3マス以内に絆支援レベル:C以上のキャラクターが存在し、守護レベルが10以上で同一のバトルマップに存在する敵軍の真性異言(ゼノグラシア)の転生特典ランクの合計が8以上である場合に出現するコマンド『変身!スカーレットゼノンッ!』を選択する
変身効果:轟火の剣デュランダル:ゼノを召喚し、装備する(決意と覚悟の纏炎は発動する)

守護レベル:隠しパラメータ。守るべき者が多く、そして危機的状況であればあるほどに上昇していく。街が3桁の魔物に襲われているくらいで10に到達する。最大値は21。半端な数値なのは、七大天による一人3ポイントの投票制だからである
転生特典ランク:隠しパラメータ。真性異言の持つ特典を強さに応じてランク付けしたもの。1から始まり、8が最大。七大天がそれぞれ1ポイントを投票して決めており、8は即時満場一致、マジものの規格外の事を指す
今まで出てきた特典としては……エッケハルトのものが1、謎の少年の刹月花が3、アガートラームが8。EX-カリバーン(エクスカリバー)単体の場合3といった形。つまり、規格外のバケモノか、条件無視の神器持ちが3人くらいで条件を満たせる


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バカ二人、或いは転生者会議

少し上でお茶しててくれ、とアナにアステールを連れていって貰い、ついでにアナの腕の中にアイリスを掴ませて、二人きりになる

 

 いや、二人きりじゃないな、と静かなカラスに目配せをすると、すーっとおれの影に入るように消えていった

 いや待て?初耳というか初見なんだが?何で影の中に消えられるのお前

 まあ、だとしてもそこまで誰かに広めるようなカラスではないだろう。ないと信じたい

 おれはもう諦めて、エッケハルトにまあ座ってくれ、と促しつつ自分もベッドの端から足を下ろして向かい合う

 

 「まずひとつ聞いて良いか、ゼノ」

 「ああ、答えられることなら何でも聞いてくれよ」

 「あの時のお前は……真性異言の力を使ってたのか?

 ほら、アガートラーム?ってあいつみたいに」

 「……分からない」

 「いや、分からないって何だよゼノ。お前自分でやったんじゃないのか?」

 「いや、寧ろ聞かせてくれエッケハルト

 お前には、誰かが力をくれたんだな?」

 そのおれの言葉に、焔色の髪の少年は、そうそうとうなずきを返した

 「何者なのかってのは分からなかったけど、君は君のやっていたゲームの世界に転生する。だから君にひとつだけ祝福をあげよう、って声がして」

 「おれが他に出会ったのは……リリーナ・アグノエル、ユーゴ・シュヴァリエ、後は謎の少年」

 「いや待て聞いてないぞ謎の少年って」

 「いや、聖夜の話だからあんまり話すタイミングがなくてな」

 「あー、じゃあしょうがないな。で、どうしたんだよゼノ」

 「謎の少年が、刹月花を使ってアルヴィナを殺しに来た」

 「魔神族か!?」

 目を見開く少年に、やっぱそうなるよな、とおれは同意した

 「向こうの言葉によると、アルヴィナの方が魔神族、しかもテネーブルの妹アルヴィナ・ブランシュだってさ

 そういや、おれはゲーム内であの子の名前が出てた部分記憶にないけど、お前知ってるか?」

 「いや、俺も知ってる限りでは魔神王の妹の名前ってどの作品にも出てなかったと思う」

 「なら、判別がつかないな

 大半の魔神族はまだ封印されてるけど、一部解放された奴はもう居る……ん、だったよな?」

 その言葉に、エッケハルトはそうそう、と返して思い出そうとするようにくるくると右手の指を回す

 

 「そうだ!ライオ!竪神頼勇(たてがみらいお)だよ!」

 ピン、と指を立てて叫ぶエッケハルト

 「それだ!頼勇の父親が殺されたのは……出会ったときの12年前。第二部が卒業後割とすぐだから出会うのはリリーナ18~19歳の時で、逆算すると……幅をとってもリリーナが6~8歳の頃、か

 今はもう、起きてても可笑しくないな」

 「ライオの父を殺したのは……」

 「「魔神王四天王、エルクルル・ナラシンハ」」

 二人の声が重なった

 「有り得るな」

 「それに、」

 と、おれは更に付け加える

 「『暴風の四天王』ステージでのカラドリウスとゼノ(おれ)、一度戦ってるっぽい感じの会話してたはずなんだよ

 それに、あのステージの四天王カラドリウスは追い込まれて第二形態になるまで、おれ>ティア>その他の優先型AI。ほぼ初対面だろうタイミングでもそれだから……」

 「なあゼノ?」

 「何だよエッケハルト」

 少しだけ鬱陶しいなと思いつつ、それを顔に出さずにおれは聞く

 「何でお前、AIの優先度とか覚えてんの?」

 「ん?最短ターンアタックとかRTAとかノーリセノーデスしてたら覚えない?」

 「そもそもそこら辺やんないだろ普通!?」

 はは、そうかも、とおれは笑う

 

 いや、普通に覚えたんだけどなぁ……プレイ2年目くらいで。皆は他にもゲーム買って貰えるから、他のゲームに行ったんだろうか

 でもおれ、近所のお姉ちゃんから貰ったあのゲームと、たまにお姉ちゃんの家でやらせて貰うあれの完全版しかゲーム持ってなかったし、外でボール遊びとかしてた日には変なところに蹴られたり他人の家に蹴り込まれたりスパイクに画鋲仕込んでて破裂させられたりとロクな事がないからって家で遊んでばかりだったしな

 誰も居なくなり、一人だけ生き残って気持ち悪いわと引き取ってくれた叔父も物置にする以外近寄らない小さな平屋だったけど、それ故に屋根の太陽光発電でゲームの電源には困らなかったんだよな

 

 というか、とふと思う

 おれ、こんなに前世……的な事覚えてたっけ?

 あれか?脳が成長してきて情報に耐えられるようにとかだろうか

 

 まあ、そこらは良いか。多分どれだけ掘っても、この先有用な情報は出てこない。おれ、外伝作品とか金が無くて全く触れてないからな!そこは間違いない。だからどれだけ掘っても、轟火の剣の細かいあれこれまでしか出る筈がない

 

 良し、忘れよう!

 「まあそれはおれのプレイスタイルだったから置いとくとして

 つまり、ほぼ初対面でしかないはずのおれと、あのカラドリウスが因縁があるということは、あいつと戦ったことある筈なんだ

 語られてない幼少期に」

 と、そこでそうだ、とおれは手を打つ

 「エッケハルト、お前雷鳴竜と氷の剣って小説版でおれ出てくるって言ってたよな

 カラドリウスについて何か書いてなかったか?おれの推測が正しければ、原作のおれの頬に爪痕を残したのって多分……」

 「いや、一応幼少期にちょっと出てきたりするんだけどさ」

 おい、目が泳いでるぞエッケハルト

 「すまん嘘付いた。雷鳴竜、つまり天狼事件辺りで当然ガッツリ出てくるんだけど」

 「そりゃそうだな」

 天狼事件で産まれた幼い天狼、それがラインハルト。そして、そのラインハルトの育ての親がもう一人の聖女……のはずだ。ラインハルトルートでは主人公をおかーさんと呼ぶイベントとかあったはずだし

 そしておれの神器、最も新しい神器、月花迅雷は……その天狼事件の母狼の角をコアとした刀である

 いや、詳しい過程とか知らないが、これおれヤバくないか?間違いなく天狼事件に絡んでいて、ラインハルトの母の力の源とも言える角をそれ以来持っていて、そして母狼は原作では全く出てこない……

 これ、おれが殺して角を奪ったとかいうオチじゃないよな?ならもう一人の聖女がおれに惚れるはず無いよな?

 

 「で?」

 「そこまでだとカラドリウスはさすがに影も形もない

 あと、お前がやらかす」

 「……ああ、やっぱり?」

 異やな予感してたんだよな。原作のおれが天狼の角持ってったとかそんな感じな……

 「というか、本気でおれがやらかすのか?」

 「ああ、思いっきり角へし折る」

 「この世界ではそうならないように気を付けるわ」

 危ない危ない、エッケハルトが外伝作品読んでてくれて助かった

 って、その割にはラインハルトとおれって絆支援があったはずなんだが……あれ?何で?

 「角をへし折るのか」

 「争いを止める力をってな」

 「力を求めすぎて闇落ちでも仕掛けてるのかよその時代のおれ」

 いや、多分父の言葉の真意を理解するのも遅いし、結構すさんでたんだろうから分からなくはないけどさ

 そして、それを反省して、月花迅雷はおれが持ってて良いのかとか悩み出してたのが原作時期か?

 謎ばっかだな

 

 「てことは、原作ゼノの頬の爪痕は天狼事件の時に?」

 「いや、一応挿し絵あったけど付いてなかった」

 「てことは、カラドリウス説は否定できない、か……」

 「って、何話してるんだ俺達」

 「アルヴィナが魔神王の妹というのが正しいのか、それを言った側が魔神族側なのかの検証……だろうか」

 「兎に角!可愛いからアルヴィナちゃん無罪!」

 「いや、おれもアルヴィナが敵だとは欠片も思ってないけどな」

 可愛い無罪だと、ガチめに殺し合う四天王二人も無罪に……ってか、逆襲の四天王ルートで出てくる方も無罪にならないか、それ

 「いや、可愛いは無罪だけど、皆を傷付けるなら別だ」 

 やけにキリッとした顔で、焔髪の少年はそう言った

 

 「まあ、おれも……こんな風に本来の世界から色々ズレた今、和解とか出来ればとは思うんだが」

 因みにだが、原作の四天王は女性二人のうちゴリラの方は人類滅殺派の魔神王に恋し殉じているので一切の説得が通じず、人魚の方は人を誘惑して破滅させて遊びたいから滅ぼさずに飼われてくれてもと、やはり話が通じない

 男の方は……カラドリウスはまだ行けそうだが、ナラシンハは無理だな。奴は人殺しを楽しみすぎている

 復讐に来た奴を殺す!という楽しみの為に頼勇を見逃し、結果的に復讐のためにエンジンブレードを改良し続けた頼勇に討たれるって形でシナリオ的な敗因になるんだが……

 「ニーラはテネーブルが此方側に付いてくれるって奇跡でもなければ本気で何一つ聞いてくれないだろ多分」

 「俺、四天王だとニーラちゃんが一番好きなんだけどなー」

 「幼い子の方が好きかよ」

 「いや、外見アナちゃんに似てるじゃん?」

 「まあ銀に近い淡い青の髪してるけど、それだけかよ!?」

 「外見は重要だろ!」

 「でも外見ゴリラになるぞ」

 「うぐっ!」

 痛いところを突かれたのか、胸ではなく額を抑えるエッケハルト

 いや、ゴリラ形態忘れてたのかお前

 「まあ、本人ゴリラモード嫌ってるし?大丈夫だって

 ゼノは誰が仲間に来てほしい?」

 「おれもニーラかな」

 「ん、意外だな」

 「そうか?おれ、魔神王の為に!って四天王唯一HP0になってなくても味方半壊した段階で変身するのとか、あの辺りのイベント好きだけど?」

 「真面目か」

 「外見だけのお前が可笑しいんだよエッケハルト

 まあ、理想論では魔神王。現実的には……魔神王の妹、来てくれると助かるんだけどな」

 戦いが平穏に終わるからな

 

 「でさ、何で俺達またこんな仲間になってほしい魔神族談義してんの?」

 「お前がアルヴィナが魔神でも可愛い無罪したから

 とりあえずだ、話を戻すと……」

 あれ、何の話だっけと一瞬迷い

 

 「おれが見た二人は、不思議な神器を使ってきた

 きっとそれは、真性異言(ゼノグラシア)としての力だろう」

 「そうだろうな」

 「だけど、多分なんだけどおれの時は違う」

 「え、お前が転生特典でデュランダル持ち込んでたとかそんなオチかと」

 「いや、そもそもな?

 おれがデュランダル持ってたら手の皮膚がどろどろに溶けてプラモの武器腕になりましたとかやってねぇよ!?」

 「……あっ」

 エッケハルトは、こつんと自分の頭を叩いた

 

 「ってことは、バグか!?」

 「多分バグだよ!?その話をしに来たんじゃないのか」



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おまけ、或いはゲーム版ネタページ

ゲーム版wikiという体のネタページです
ついでに、今作においては出てこないキャラの解説などもありますので、ネタです。読む必要は何時もより更に無いです


有志の旗の元に~遥紋非公式wiki~より抜粋

 

ネタページ>イベント>『死霊祭と魔神の時計~Necoとの遭遇~』

 

予告

新たなる脅威が街を襲う時、魔神の獣は新たなる戦士を見い出す……って今回も魔法少女ものじゃないんですかやだー!

え?可愛い魔法少女も出るよ?じゃあ何しに出てきたんだよスカーレットゼノン!?全員女の子で良いんじゃない!?

次回、死霊祭と魔神の時計~Necoとの遭遇~

10/12 17:00 キミは、Necoと和解できるか?

 

登場人物

『ブレイヴ!トイフェル!イグニションッ!

スペードレベル、オーバーロォォドッ!!

魔神剣帝スカーレットゼノン!地獄より還りて、剣を取るッ!』

魔神剣帝スカーレットゼノン/ゼノ&魔神妖精シロノワール(cv:八代 匠&阿部 篤)

いつもの。前作から引き続き登場。スペードかつAの魔神英雄なんだ!相棒のカラスシロノワールと共に、炎の剣を呼び出して戦うぞ!

でも一人だけ魔神英雄の中ではベテランだけどそんな長く戦えないんだ!

 

『シーク!アクティブ!クリエイティブ!

クラブレベル、マキシマムッ!

魔神剣匠アズールレオン!魔神の力で、果てに至るっ!』

魔神剣匠アズールレオン/竪神頼勇(たてがみらいお)&竪神貞蔵(たてがみてぐら)(cv:赤馬 健児(あかば けんじ)&水城 四郎(みずき しろう))

いつもの竪神父子。レオンだけどレオンじゃなくライオーが変身するぞ。クラブの13(キング)の魔神英雄にノリノリで立候補したエンジンブレードの使い手なんだ!因みに魔神英雄と言ってはいるが、変身も何時ものエンジンブレードの発展系で魔神の能力はあんまり関係ないっぽいぞ!それでもノリで助けてくれる、頼れる助っ人だ!

 

『ラブリー!ピュアリー!ノーベリー!

インフィニットハート!ブレイヴリー!

魔神絹姫(けんき)ヴァイスウィル!高まる想いが、貴方のハートを……

って無理!わたくしには無理よこれ!?』

魔神絹姫ヴァイスウィル/ヴィルジニー&魔神妖精ステラ(cv:内田 摩麗(うちだ まれい)&樋高 沙都南(ひだか さとな))

何故か狐の妖精によって魔法少女にされ巻き込まれてしまった可哀想な留学生にして、ハートと11の魔神英雄だぞ!嫌ですと言いつつ何だかんだ手助けしてくれるツンデレお嬢様として、今回も手助けしてくれる、頼れる味方なんだ!

でも今回の話にあなたのペアエンド対象居ませんよね?

 

『リンネ フィーネ ペルセポネ

ダイヤレベル ブライトネス

魔神研士(けんし) メランライヴ 魔神の力で研磨開始。さあ、貴方の全てを磨かせて?』

魔神研士メランライヴ/イヴ・オリオール&精霊ペルセポネ(小倉 優衣(こくら ゆい)&槙野 唯(まきの ゆい))

原作でもお馴染みのWユイコンビ。ダイヤと12(クイーン)の魔神英雄に変身するぞ!割とノリノリで変身してくれる影の精霊術師なんだ!今回の話では、アズールレオン/竪神頼勇の恋人で、彼がヒーローになるならって一緒に戦ってくれるぞ!頼もしい助っ人だ!

相手の出てこなかったヴィルジニーは泣いて良い

 

『今のボクは、わるいネコ

止めてみて、ボクの魔神英雄(ヒーロー)

ダーク★アルヴィナ(cv茜屋 夏和子)

事件を起こす悪い謎の組織の幹部だぞ!彼女の送り込んだ尖兵を倒すため、魔神英雄達は戦うんだ!

……あれ?何時もはダークじゃないのか?考えたら負けだぞ!

 

『……こんな世界、終わらせて良い』

巨人怪人アイリ・エメス(cv:佐藤 香菜)

今回の事件を起こすわるいわるい敵だぞ!ゴーレムを使い、魔法で管理された街をメチャクチャにしてしまうんだ!

ちなみに、これは劇中劇だから、別にライオに振られて闇落ちしたアイリスとかではないぞ!



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疑惑、或いは指針

「バグかぁ……」

 その言葉を受けて、赤っぽいオレンジの髪は首を捻る

 

 「それでさ、ゼノ」

 「どうしたんだよエッケハルト」

 「そのバグってどんなだっけ?」

 「ってそこかよ」

 苦笑しながら、ある程度思いだせるようになった記憶をおれは辿る

 

 「デュランダルバグ……だろ?

 おれ、というか第七皇子ゼノ、つまり皇族フラグを持ったゼノでのみ起こせるバグで、そもそも武器としてのデュランダル自体を入手出来るのがアルヴィス必須だからもう一人の聖女編か炎の勇者編限定で起こるものだな」

 「ってことは、この世界は……」

 「もしかしたらもう一人の聖女も居るかもしれないな」

 言いつつ、少し探ってみるか、とおれは考える

 もう一人の聖女。七天教の教会の娘で平民出身という聖女だな。平民であるから、何時もの攻略対象から下に見られたり、差別対象の第七皇子と縁が出来たり……

 いや、そこに万色を加えて八大神だったか、あの教会は。実在が確認されている7柱の神である七大天のみを信じ、万色の虹界を認めない派閥と認める派閥とでちょっとややこしいんだよな、七天教

 宗派の違いなのに八天教だと名乗る奴等も居るし……。因にだが、家の孤児院は元八天教と名乗ってた方の宗派の教会を利用してる。ヴィルジニーやアステールは虹界を認めない方の派閥だな

 これは単純に、教皇が聞こえる声が七大天のものだけだという事実から起きる事態だ。ってか、この世界の神である事は間違いないんだが、万色の虹界って魔神の神であり世界の敵だからな

 本来その筈なのに、7つの属性全てを使える人間は万色の民だという風潮が出来てから、何時しか八の天に加えられてるんだよな

 

 って、今は良いか

 それに、今は……虹界でもなんでもない神すらこの世界に干渉しているらしいからな

 精霊マオウ……真王?魔王?魔翁?何と書くのかは知らないが、ユートピアと呼ばれる者等。別の世界の理念であるAGXなる機神を扱う者達の神等により、世界は歪んでいるらしい

 だからこそらあの力は……バグでも何でも良い。轟火の剣の力は必要だ

 

 「それよりもまずは、だ」

 だからおれは手を翳し

 けれども、何も起きない。あの時のように、突然剣が姿を現すことはない

 これが本来の持ち主の父であるならば、呼べば剣は飛んで来る筈なのだが

 「……何も起きないな」

 「そう、何も起きないんだよな、今だと」

 「うーん、何だかなぁ」

 と、エッケハルトがぼやくのに、おれも頷いた

 「デュランダルバグ自体は2部3章で出来るんだけど……あれとはまた別なんだよな」 

 「ん?そうなのか?」

 「いや、あのバグを発生させた場合って所持品の欄がバグるからさ、二度と所持品を変えられないし使えない

 なんで、バグそのものだった場合は一生デュランダル以外の武器を装備できないんだよ」

 「受け渡しは?」

 「バグった状態で所持品を覗くとフリーズする。正確にはバグった状態のゼノの所持品欄にアクセスする何かが起きたらアウトだから、あらかじめ枠埋めてない状態でドロップ品を入手しようとするだけで即死だな」

 「うわ、予想より酷い」

 「で、武器としての轟火の剣デュランダルが所持できるのは2部3章のあのタイミングだけ

 だから実はゼノルートだと途中で強制的に装備が変わるタイミングでフリーズを避けられなくて詰むんだよなあれ。だから他ルートでしか使えないっていう」

 「ん?終盤に手に入らなかった?」

 「エッケハルト、お前バカか?」

 一息ついて、おれは呟いた

 「正規所有者が居るのにわざわざバグでゼノが持つ意味って何だよ

 本来は使ってみろと父さんが投げてくるタイミングで、結局異世界から来た勇者でも神器は扱えない、ってなるところ、バグで何故か同行してるゼノが装備して、結果2部序盤からデュランダルが使える上に皇帝加入時に分裂するってのがバグの肝なのに」

 余談にはなるが、フラグ無視して装備している関係上、増やしてもゼノ以外のキャラが持つことは出来ない

 利点としては、月花迅雷を他人に回してもゼノが十分に戦力になるって点だな。遠距離武器かつ、HP50%以下で全能力+20の武器はあまりにもぶっ壊れている。特に、全ステータスが高いからこそHPが減りにくい父と異なり、おれは魔防0だからな。魔法属性の攻撃で一発でHP50%を切り、勝手に強化されるって訳だ

 特に、根性補正でHP1で耐えることもあるしな

 

 「うーん、となると、お前のあれはバグなのか?」

 「多分バグだろう」

 精神世界でおれは帝国の祖と会話した

 あれは本当だったのか、それとも……。それは分からない

 ただ分かることは、あれは正規の契約ではないバグだということ

 

 「バグかぁ……」

 「なんで、今度なにかが起きても使えるかは分からない」

 「うーん、色々とやらかしてる奴等も居るらしいし、あれが好きに使えたらある程度戦えると思ったんだけどなぁ……」

 「ってかエッケハルト、お前本当に七色の才覚以外何もないのか」

 「ない!」

 言い切られた

 

 「マジか……」

 言いつつ、残りの転生者の力を思い出す

 問答無用で使われる刹月花。本来達人の域……要は刀:Sとされる域のキャラが選ばれる神器だが、あの少年に刀:Sのオーラは無かった

 ちなみにだが、Sはやっぱり神に祝福されたの意なのでおれは刀:Sにならない。初期値で刀:Aだがそこから伸びないわけだな。まあ、幼少の今は刀:Cくらいだろうけど

 アガートラーム。流れてくる音声が時折変なので、無理矢理に扱ってそうというか、何か欠けてる感はあった

 そして……

 

 「固有スキルが別物になるのと、神器が問答無用で使えるの、何か差が酷くないか?」

 「酷いよなぁ……」

 がっくりと肩を落とし、少年は返した

 

 「あとなエッケハルト、もう一個、おれのアレが転生能力じゃないって証拠があった」

 「ん?」

 「師匠が確認してくれたんだけどさ、刹月花は西の都に封印されたままだった

 誰一人、持ち出した形跡がない」

 「ってことは」

 「ああ、彼らの使ってきた神器は、本来の神器とはまた別に存在する」

 で、だ、と前置きしておれは続ける

 

 「デュランダルは父さんのところから飛んで来た。あれは、皇帝シグルドの持つデュランダルと同一の存在だ」

 「成程、つまり?」

 「色々と分からないって事だけは分かるわけだな」

 「……うわぁ……」

 呆然としたところで、おれはその先を続ける

 

 「で、エッケハルト

 これからどうする?」

 「どうするも何も、どうすんだよゼノ

 AGXって、あんなのどうすれば……」

 「いや、この世界にもロボ居るだろ?

 ライ-オウとか、後はゼルフィードとか」

 前者は竪神頼勇が、後者は……

 

 「そうだ、ゼルフィードだゼルフィード」

 「ん?あの公爵の子の……

 ってそうだ!あいつの幼少期のどうこうって、今この頃じゃなかったっけ!」

 「……あ、忘れてた」

 そういえばそうだった気がする。シナリオ面も覚えてはいるんだけど、どうにもおれはそれよりもデータ面を良く覚えているというか



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ガイスト、或いは攻略対象

「ゼルフィードか……確かあれはガイストの機神だよな」

 言いつつ、おれは思い出す

 ガイスト。正確には、ガイスト・ガルゲニア。ガルゲニア公爵の息子だ

 

 「ガルゲニア公爵の息子だっけか」

 「ああ、そうだな」

 「他の攻略対象って割と会えやすいんだけどさ、ガルゲニアは無理だったんで良くわかんないわ」

 「だろうな」

 エッケハルトの言葉に頷く

 というか、おれがこの塔で半ば遊んでいる……は言い過ぎにしても、そこまで進んでいない間に、彼はせっせと他の攻略対象を見ていてくれたらしい

 

 「おれが見る限り、皇族に転生者は居ないな」

 「お前みたいに分かりにくい感じじゃなくてか?」

 「おれ、そんなに分かりにくいか?」

 「いやマジで。最初に会った時、さてはこいつ転生とか無い普通のゼノだな?って思ったくらい」

 いやー、それとこんな風に話すとは、とオレンジ髪の少年は、おれの枕元のテーブルに置かれた果物を取り、皮を剥かずに口に含んだ

 「普通のゼノって何なんだ」

 「いや此方の話」

 「……お前、星紋症を使っただろ」

 静かな威圧

 おれは可能な限りおどろおどろしく、少年にそう声を掛けてみる

 「いや、あれは……」

 少しだけ遠い目をしてから、少年はそのオレンジの瞳をおれに向けた

 「あれは違う。星紋症を使ったのは俺じゃないただ、原作……ああ、小説版な

 あそこでお前が出張ってきてやらかすんだ」

 「……本当か」

 「マジだって

 星紋症は治せたよ。でも、護れもしないのに安請け合いしてさ、すぐにあの孤児院は潰されて……アナちゃん達は不幸になる

 そんな話が、小説版にはあるんだよ」

 「そう、か……」

 その言葉を、おれは重く受け止める

 確かにそうだ。あの孤児院に手を出して、今のおれと小説のゼノは何も変わらない

 変わるとすれば、まだ孤児院は存続しているということだけだ。それも、おれが居なくなれば瓦解する

 例えばユーゴの時。あの時、アステールに助けられていなければ、おれはあのまま死に、孤児院は潰れていただろう

 

 「いや、それとお前がってのは繋がらなくないか、エッケハルト」

 「それが繋がるんだよ。小説では、孤児院はアイリス派を安請け合いしたからって、アイリス派の悪評のために他の皇族に潰されるんだ」

 「……そういうことか」

 実際にありそうな話だ。シルヴェール兄さんは裏で手を回すとはいえ、ここまで露骨な悪評は立てないだろう

 いや、部下は面白おかしくおれについてバカにしていたらしいが、あれはあれで、アステールを助ける方向に働いていた

 そこら辺まで考えて動くのがあの伊達眼鏡のイケメン教師な兄。潰すなんて直接的なのは第一皇子か第三皇子だろう

 いや、アイリスの覚醒の儀に直接関わって目の敵にする感じと思えば、多分第三皇子だな、下手人は

 

 「多分あの兄さんだな、ってのは分かった

 分かったからって意味はないけど」

 「そう、そして小説のゼノは守れなかったからって、力なき正義に意味はないとして……」

 「天狼事件で天狼の角を折るのか」

 「ああ、力なき正義を終わらせ、力が欲しいと」

 「それが、月花迅雷……」

 これ、本当におれが月花迅雷なんて持ってて良いのか?

 原作では深くは語られなかったから使ってたけど、そんな闇が深い代物だったとは

 

 「ってまあ、今のお前なら大丈夫だろ、流石に」

 「どうだろうな」

 曖昧におれはごまかす

 実際にその時、おれが力に抗えるか、それは分からないから

 あの時、ユーゴに立ち向かう力を、と。おれは本来使えるはずもない轟火の剣へと手を伸ばした

 あれはアステールの為だと叫んだ。けれども、心の奥底では……生きるための力が欲しかったんじゃないか?

 力に溺れない保障なんて、何一つ無い。そこまで、おれはおれを信じられない

 

 「って、それは良いんだよエッケハルト

 重要なのは、ガイストだ」

 「そ、そうだな」

 向こうとしても言いにくい話だったのだろう。ほいほいと少年は話題転換に乗ってくる

 

 「ガイスト……って、あの暗いのだよな」

 「ああ。兄に父と母を殺された、元公爵令息」

 「その過去のトラウマから、聖女と二人で立ち直り前を向くってのがシナリオ……で合ってるよな?」

 「合ってる合ってる。人間不信な攻略対象。公爵だから俺じゃ会えなくてさ……」

 「て、おれでも会えないぞエッケハルト。皇族でも強権とか使えば文句出るし」

 「それもそうか、そういや、我らが麗しのリリーナ嬢は?」

 ここ一年以上、あまり塔の外には出てない友人が呟く

 その少ない時間、同性の攻略対象の調査をしてくれてたっぽいからな、まあ、あのピンク髪とは会わなかったのだろう

 「残念ながらあれ以来音沙汰がないぞエッケハルト

 多分だけど、おれはちょろいから後回しで良いやされてるな」

 原作的に、もう一人の聖女に勝手に惚れてるレベルなので、ちょろいのは否定しない。シナリオもおれは君に相応しくない、って台詞が出てくるようなシナリオだしな

 

 「で、他の皆は?」

 「さあな?フォースは多分見つけてない、皇族で気軽に押し掛けられるのはおれだけなので、他の皇子とも多分会えてない、って所だろうな」

 「転生者……だよな、あいつも」

 「だろうな。ただ、現状ユーゴに比べて平和な奴だ」

 語りながらおれは

 「ってか、お前だけ食べるなよ」

 と、再びリンゴのような果実を齧る友人へ抗議しようとして……

 

 「はいどうぞ、おーじさま」

 「おわっ!」

 何時しか横でニコニコと果物(因みにぱっと見柑橘類)をウサミミ型に皮を剥いて切り、笑顔でおれへと差し出す狐耳の少女の姿に気がついて背を仰け反らした

 

 「あ、アステールちゃん!?」

 「うん、ステラだよー?はい、おーじさま、あーん」

 「いや待て、何で居るんだ!?というか、何処まで聞いてた?」

 完全に転生者丸出しで話していた訳だが

 「?ステラはおーじさまの事なら基本全部知ってるよ?」

 「いやそうじゃなくて」

 「おーじさま、ステラはおーじさまの事、何て呼べば良い?

 おーじさま?ゼノさま?それとも、三千矢さま?」

 「ちょっと待ってくれ、その最後のミチヤ様って何なんだ」

 「おーじさまは、ゼノさまで、ステラのおーじさまで、ニホン?人のミチヤシドーって名前なんだよね?」

 「いや初耳なんだが」

 おれ、というか今のおれになっている日本人の名前、獅童三千矢(みちや)って言うのか。初めて知った

 

 「いや待て、何でそんなこと知ってるんだ」

 「全部、竜姫様と道化様が話してくれたよ?」

 「七大天ッ!」

 うんまあ、そりゃ話せるわな。おれを第七皇子ゼノに転生させた張本人だ、情報くらいある

 というか何やってるんだ七大天……

 特に竜姫。いや、原作でも眷属である竜人娘がゼノの事を兄さんと慕ってたし、何か縁はあるんだろうが……

 というか、おにーたんとも呼んでたシナリオがあったな。ティアと……アルヴィスの絆支援Bだったか。ゼノが生きてると兄さんで、死んでるとおにーたんになるんだっけ

 

 「ってそうじゃなくて」

 「?」

 首を傾げる狐娘に、おれは疑問を投げ掛けた

 「いやおれ、真性異言(ゼノグラシア)な訳だがそれは良いのか」

 「ステラを助けてくれたおーじさまと、真性異言は別に、喧嘩する要素じゃないよ?」

 「そういう、ものなのか?」

 割り切れるものなんだろうか、それ

 「それにね、竜姫様は何にも信じられない頃のステラに、直ぐに助けてくれるおーじさまが居るって励ましてくれたよ?」

 「……いやだから、何やってるんだ七大天!?」

 「おーじさまが真性異言で未来を知ってるように、ステラも七大天様から未来を教えて貰ってたのー

 これって、いっしょだよねー?」

 「あ、ああ」

 何か可笑しい気がするが、押しきられておれは頷いた

 

 そんなおれの口に、無駄にウサギに剥かれた柑橘類が放り込まれた




補足
読者の皆様はご存じだとは思いますが、今回のエッケハルトの言葉は嘘混じりです
こいつ、アナとゼノの関係性を誤魔化すためにアホ言ってんなくらいの認識をお願いします


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付録、或いは早すぎるホワイトデー

バレンタインのように忘れそうなので既に置いておくホワイトデー用のものとなります。ホワイトデーに見るなり今見るなり見ないなりしてください
とりあえず、本編と関係はありません

また、ここで喋り倒しているのは原作ゼノくん(18歳時)です。本編ゼノではありません
但し、性格はほぼ変わりません


まさか、ここまでとは……

 

 ということで、バレンタイン特別企画男性の部、女性ファン票4位、男性ファン票7位、チョコレート票3位、総合3位。第七皇子ゼノだ

 全く、テネーブルの奴とデッドヒートする事になるとは、当初は全く想定してなかったな……。皆、なかなかに破滅願望があるのか?

 いや、そこは良いか、誰を応援しようが、そこはおれがとやかく言う事じゃないものな

 

 ん?何時もみたいにこんなおれに……って言わないのかって?

 言わないさ。普段はそうかもしれないけれど、今回は純粋に、皆がおれに投票してくれた順位だ。そこでそんなこと言ったら、おれに票を入れてくれた皆を否定することになる。そんなことは、おれらしくないだろう?

 兎に角、皆有り難う。君達がおれを応援してくれたから、総合3位にまで来れた。その感謝と……チョコレートに三倍返しを

 

 え?採算?いや、合うさ、合わせる

 君達がおれにくれたチョコレートには、君達の想いが詰まっている。価格以上の価値が、其処にはある。だから、それに返すものは三倍返しがちょうど良い、って事

 ちょっとカッコつけ過ぎかな。けれど、それがおれの偽らざる言葉だよ

 ま、こんな事言っておいて、流石に全部は食べられない数来たんだけどさ。それも含めて、君達の気持ちは嬉しいし、活用させて貰う。無駄にはしないさ

 

 さて、じゃあ……此処からは、このボイスの恒例企画をやっていこうか

 チョコレートを贈ってくれた皆からの、おれにやって欲しいものをランダムに選んで……

 よし、これにしようか。帝京都の……金星(きんぼし)始水(しすい)さん、10524歳、で良いのかな

 いや、こんな年長の人にすら俺達の物語が認識されているなんて、凄いことだって思うよ。冗談かもしれないけどさ

 

 さて、内容は……『ゼノおにーたんと言えば、特に小説版での活躍が印象に残ります』

 うん、有り難う。確かにおれは、外伝・雷鳴竜と氷の剣って作品でメインヒーローをやらせて貰ってる。ティアークリスタル文庫から全4巻が発売してるから、もしも読んでない人は読んでくれると嬉しい……って、おれに票を入れて、こんなボイスを聞いてる皆は多分読んでくれてるよな

 ところで、情報によれば、割とおれに届いたリクエストにはおれのことをおにーたんと書いたものが多かったというけど、そんなに皆、おれにおにーたんという言葉を読んで欲しかったのか

 いや、それなら言うんだけど、ティアじゃなくておれで良いのか?

 

 『ですが、小説版には声がありません。ゲームでは、主人公から告白する形であり、ゼノおにーたんからの告白の言葉が足りていないです』

 うんうん確かに。轟火の剣でのおれのルートって、救済みたいな点があるから、特定のイベントとか無くても入れてしまうし、その分イベントを踏まえてな他の皆より告白あっさりだよな

 『なので、小説版第三巻、四天王ニーラによってクリスタルに囚われた聖女アナスタシアへのゼノおにーたんの告白の全文を、おにーたんのフルボイスで聞かせて欲しいです』

 ……かぁ……。随分と、重いものが出たな、これは

 あの台詞を、皆に向けたこのボイスで叫ぶのかぁ、中々に恥ずかしいな

 

 でも、良いさ。皆が聞きたいなら叫ぼう、あの時のおれの言葉を

 

 って、ちょっと待ってくれ。あの全力の時の告白を素面でやるとなると、ちょっと心の準備が……

 よし!3

 

 2

 

 1

 

 『聖女様。まだ、おれの声は届くだろうか

 あの日の答えを、貴女に返したい

 おれは貴女の事が好きだ。一生懸命で、分け隔てなくて、誰かのために泣くことが出来て

 平民の出で、だからこそ、誰かを下に見ないで親身になれる。そんな君が、貴女が、昔から輝いて見えていた』

 

 『でも、おれは忌み子で。半ば世界の敵で。貴女の敵で!何より、貴女を、君を、君達の孤児院を。エーリカ達を、おれは護れなかった

 だからずっと、おれは君に相応しくないと思って、貴女を避けていた。恨まれているかもしれない、それを貴女は優しいから、心の奥底に眠らせて、気丈に振る舞っている気がしていた

 そんなのおれの自分勝手な怖がりで、憶測で、幻想で。それでもおれは、そんな自分の中の勝手な妄想に怯え、貴女の言葉を拒絶していた』

 

 『けれども、ずっと貴女は、おれに優しかった

 聖女様。貴女はずっと、おれを見て、信じ続けてくれた

 こんなおれを。もう、皇子ですら無くなるおれを』

 

 『だから、気が付いたんだ。全く、遅いよな

 今更だ、って、きっと貴女も怒るだろうな

 ずっと、もっと貴女を幸せに出来る人が居るって言ってたのに、何をって』

 

 『その気持ちは今もある。貴女を、君を、幸せに出来るなんて、おれはおれを信じきれちゃいない

 それでも!

 

 ずっと貴女が信じてくれたから、頑張れた。貴女がおれを皇子さまと呼んでくれたから!

 聖女として目覚めて、おれよりももっと、誰かを救える存在で!そんな貴女がおれを信じてくれるなら、止まるわけには行かないと、走り続けられた』

 

 『貴女が居ないと、駄目なんだ!おれには、君が必要だ!

 側に居て欲しい、皇子さまって呼んで欲しい。皇子さまなら出来ますって、微笑んで欲しい』

 【system L.I.O.H stand-by】

 『だからもう一度、あの日のように言ってくれ』

 

 『…………

 ……………………有り、難う』

 

 『今更片腕の潰れた忌み子に何が出来るかって?

 教えてやるよ、四天王ニーラ!

 頼勇!貞蔵(てぐら)さん!アイリス!この時の為に皆が託してくれた想いを、今此処に!

 レリックハート、イグニション!エル!アイ!オー!エイチ!

 ライッ!オォォォォォウ!』

 【タテガミ!Go!機神 LI-OH(ライ-オウ)!

 見 参!】

 『月花迅雷!セットアップ!』

 【system L.I.O.H Overload!

 mode雷王!ガン!ガン!ガォォォォン!】

 『機神雷王!盟友と迅雷の力を借りて、月下に降臨す!』

 

 

 『今度こそ離さない。護り抜いてみせる

 助けに来たよ、おれの大好きな……アナスタシア』

 

 

 って感じかな。どうだった?

 おれ?おれは恥ずかしいよ。そりゃそうだろ、自分の至らない告白をもう一度って、恥ずかしいものだろ?

 

 さて、次のは……

 同じく帝京都、虹々音(ここね)ちゃん、17歳からかな

 『ゼノさんは、妹のアイリスさんとそれなりに健全な兄妹関係を演じていますが、アイリスさん側は割と危険な想いを持っている感じです』

 うん、そうだな。確かにちょっと、アイリスはおれ以外に信じれる相手を見つけるのが遅くて、依存ぎみだった時期があるかもしれない

 『なので、逆にアイリスさんのようにゼノお兄ちゃんが病んだ想いを秘めていたというシチュエーションで、お兄ちゃんに迫られるボイスを聞きたいです』

 か

 ……ごめん、これテネーブルかシルヴェール兄さん向けの案件だと思う。おれにヤンデレとか期待しないでくれ

 

 いや、やれと言うなら……止めとこうか

 ごめんな?

 

 じゃあ次は……

 南海県波佐間市、(ハク)ちゃん、14歳から。いや、こんな子もチョコレートを贈ってくれたんだな、本当に有り難う

 『ゼノは、アイリスの良いお兄さんであろうとしているのが印象的』

 いや、あんまりそう言われることはないんだけど、有り難うな

 『そんな妹に優しいお兄ちゃんとして、月花迅雷の使い手として、雷が怖い妹を寝かしつけてくれる優しい兄のボイスを聞きたい

 出来れば、名前を出さずに』

 分かった、これは結構簡単だな……

 

 良し

 

 『んー?なに?

 あぁ…君か…どうした?

 というか、今はもう日付変わってるだろう?

 

 ん?怖いから一緒に寝て……って

今何歳だよ!?

 もう成人近いんだぞ。1人で寝るべきだろ

 というより、今まで一緒に寝てなんて、ほぼ言ってこなかっただろ?いきなりどうしたんだ

 

 

 

 ちょっ……あー!もう……

 何でそんな泣きそうな不安顔してるんだよ。いくら此処が王城でも無い普通の宿だからって……

 あ!そうか……雷……

 もしかしてだけど、自然の雷が怖いのか?まあ、王城じゃあ気候固定だから聞く機会もないけど……

 

 いつもは「子供扱いしないで」とかなんとか言って大人ぶってる癖に

 まだまだ子供っぽいところもあるんだな

 

 何言ってるんだ

 そっちの部屋は最高級の部屋で、おれは最安値のベッドだけの部屋。わざわざ来られても困る

 頑張ってスイートルームで1人で寝てくれ。危険はないから、おれが保証する

 はい、おやすみ

 

 って嘘だよ、ほら。行こうか。此処じゃ二人で寝れない

 

 よし、じゃあおやすみ

 大丈夫、慌てなくてもちゃんと一緒に寝てやるから

 ごめんな、少し意地悪して。機嫌直してくれよ

 ほら、ベッドが折角広いんだし……あまり寄ってくるなって

 

 っ!今のは結構響いたな……

 ……おい、大丈夫……じゃないか。

本当に雷、苦手なんだな

 手……震えてる

 お前にこんな弱点があるなんて、な

 

 あーもう、分かったって。ちょっと頭あげて

 ほら、後から抱きしめててやるから

安心して寝な

 雷の神器を持ったお兄ちゃんが側に居れば、雷なんて何にも怖くないだろ?安全安心だ

 ってちょっと待て?さすがに兄妹で正面向いて抱き合うのはおかしいだろう?このままだ

 

 え?

 初めての腕枕は恋人の方が良かった……って

 お前っ……恋人……!?いるのか!?

 ……あぁ……いたら、の話か。いや、聞いてないからちょっと焦った

 

 ほら、もう寝ないと明日起きられないぞ。明日、早めの竜に乗って、西の天空山の日の出を見に行くんだろ?

 雷が鳴っても怖くないように、このまま寝付くまで喋っててやるから安心しろ

 

 って、おれが先に寝ちゃうかもしれないな……これじゃあ

あったかいな、抱きしめてると眠くなる。本当に、おれには勿体ない高性能な抱き枕だよ

 

 これからもさ、雷が怖かったらおれのとこにおいで。

 

ああ、いいよ

そういや、オバケも実は怖いんだっけか?(笑)なら、そんな時も来い

 

 って痛くはないけど噛まないでくれ。ごめんな、茶化して

 大丈夫、君がおれを頼ってくる限り、おれはちゃんと守ってやるから。だから……お兄ちゃんを信じろ

 

 

 

 寝たのか?

 

 寝た……な

 

 ふぅ

 いつまでおれを頼ってくれるんだろうな……

 いつか、素敵な相手と出会えると良いな……って、まだ早いか……

 おやすみ。おれの可愛い妹』

 

 って、こんな感じで良いか?

 

 っと、そろそろ時間だな

 本当に皆、おれに投票してくれて有り難う。それじゃあ、また何処かで!




簡単な用語解説
機神雷王
小説版にのみ登場するライ-オウの特殊形態。本来はエンジンブレードをセットする筈の場所に月花迅雷+アイリス製の変換機である鞘をセット。神器のエネルギーをコアに送り込んだオーバーロード形態
オーバーロードしているので本来よりも短い稼働時間となっているが、その分性能は上がっている……かは定かではない。とりあえず、素人のゼノでも四天王とやりあえるくらいのスペックは出せている
聖女誘拐の際にカラドリウスによって左腕をズタズタにされたゼノ(小説版)が、竪神頼勇から彼の機械の左腕を預かり、アイリスのゴーレムによる補助を受けているという特例故に使えており、普段はこんな形態にはなれない


金星 始水
かなほし しすい。きんぼしはルビ振られてなかった為の声優の誤読
10524歳とあるのは、なりきりでそう書いてるのでゼノ役の八代 匠が合わせてくれただけで、実際は16歳の女の子。ゴールドスターグループのご令嬢らしい


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金銭感覚、或いは未来への展望

「ねーねー

 おーじさまたちは、何をお話ししてたのー?」

 無邪気に狐耳を揺らし、この一ヶ月で治ったのだろう(魔法を使えば一発だ)尻尾を左右にふりふりとしながら、少女が問い掛けてくる

 

 「いや、この先の可能性の高い未来をおれは知っている」

 「ステラきいたことあるよー。それが、真性異言(ゼノグラシア)のとくちょーだって」

 「そして、このエッケハルトもまた」

 「そーなんだー」

 全く興味なさげに頷くアステールに苦笑しつつ、おれは話を続けた

 

 「おれとエッケハルトはまあ、同盟みたいなものを組んでてさ

 基本的にはあんまりその知識を悪用しないようにしていたんだ」

 「たとえばー?」

 「例えばなんだけど、八八天(はちはちあま)くじがあるだろ?」

 八八天くじ。七大天+万色で合計8つの文字の順番と、推しの天(8つから1つ)を組としてを選ぶくじだ。一口最大1ディンギルで、全部で選び方は40320通りの8組あるので322560通り。全て当てれば8888×2で賭けた17776倍の額が返ってくる所謂宝くじだ

 因みに賭け元は七天教の教会そのもので、聖教国では全家族が新年に買うものらしい。凄い話である

 

 「おーじさま、どうしたの?」

 「例えばなんだけどさ、未来が見えれば当たりを知ってたりするだろ?」

 「うん、ステラー、竜姫さまに当て方聞いたよー?」

 「いや、何て答えたんだそれ」

 「ステラがおとーさんに可愛く『おねがい?』ってすれば、当たりますって

 そのとーりにしたら、おーじさまの本を売り出すだけのお金が当たったんだー」

 すごいよねー、と尻尾をぱたぱたさせる狐少女

 ひとつだけ言わせて欲しい

 完全に不正だ、それは。当たったと言うか、当たりを書き換えて貰ったというか……

 「と、とにかくだ

 そうやって答えを知ってれば、確実に沢山のお金が手に入るだろ?

 でも、本来の……真性異言じゃないおれは、当たりの番号なんて知らないんだ」

 「そうそう。だから、この記憶でもしも沢山お金を手にしたらさ、この先の未来は俺が知ってるものとは変わっちゃうだろ?」

 「かわっちゃうのー?」

 「だってほら、たっぷりお金があれば、本当は諦めてた事だって出来る。買えなかった武器も、手に入らなかった薬も、手に入るんだ」

 だけれども、焔の髪の少年の言葉に、金の狐は首を傾げた

 「お金って、そんなに万能なのー?」

 「大体の事は何とかなるな」

 「じゃあ、ステラが持ってる10000ディンギルで、おーじさま買える?」

 「非売品だ」 

 いや、いきなりとんでもない事言われたな!?

 因にだが、親に言えば子供を売り飛ばしても仕方ない額でもある

 10000ディンギル、一家族がそれなりに豪華な生活を300ヶ月……つまり37年くらいは出来る額だ。平民なら、喜んで子供を売り飛ばしかねない

 いや、当てたって特等か?言われたからってマジで17776倍当てさせたのか、未成年の娘に?

 中々に闇が深いな、聖教国……

 「30000までなら出せるよ?」

 「いや、真面目に人身売買を考えるのは止めて?」

 切り詰めなくても100年生きていける額とか、本気で止めて?

 

 「アステールちゃん、今度デートしようか」

 額を抑え、おれは呟く

 「いいよー!」

 「……うん。何時か君が本当に誰かに恋したとき、金銭感覚のズレが心配になってきた」

 このままでは札束で殴るタイプのアプローチとかしかねない

 

 そう思っていたおれの肩がつつかれ、おれは少年へと振り返る

 「どうしたエッケハルト」

 「連れてってくれゼノ」

 「いや、どうしたんだよ」

 「なあゼノ。お前、アナスタシアちゃんに嘆かれてただろ!?

 皇子さまは自分のお金を大事にしないって!お前の金銭感覚も不安で仕方ないわ!」

 ……ぽん、とおれは手を打ち合わせたくなった

 言われてみればその通りすぎるな!ポケットマネーを孤児の盗人を騎士学校に叩き込むために使い込み、見ず知らずの少年のために奴隷を買うバカ皇子が金銭感覚を説くって、不安しかない

 何というか、前世?とでも言うべき記憶で金が無かったせいか、おれの金銭感覚も酷いな

 いや、ゼノってお小遣いくださいと言えばもう持ち合わせがないからと言うまで毎月金をせびれたな……原作からか、金銭感覚の酷さは

 でも、序盤から毎月45ディンギル貰えるのって特に平民出でお金がないアナザー聖女編でデカいんだよな……アルヴィス編ではmax35と男女差別あるけどそれでも大きい

 それで一切友好度が下がらない(アナザー、アルヴィス共に)のは逆ヒモというか何というか……ちょろいな、原作のおれ

 

 「付いてきてくれ、エッケハルト」

 「任せろ、バカ皇子」

 

 「って、今はそれは良いんだ

 とりあえず、そうやって知ってることを活用したら、未来が変わって知ってる未来が知らないみらいに変わってしまう、って事なんだよ」

 脱線した話を戻しつつ、おれはアステールに力説する

 

 「だからおれは、エッケハルトもだけど、そこまで大きく世界を変えないように動いてきた」

 「ちょっとだけ変えたけど、大きな変化がありすぎたら……復活した魔神王を止められるって知ってる未来に辿り着けなくなりかねないもんな」

 「……でも、だ、アステールちゃん」

 「じゃあ、おーじさまは、未来がそうなってるからステラを助けたのー?」

 「幻滅する?」

 「えー、それで幻滅するのって、変な人だよねー?

 だってステラ、助けて貰ったことには何にも変わりがないのに」

 その言葉に、おれは少しだけ首を傾げる

 打算だから、ってのが気にならないのか、と

 

 ただまあ、そこは良いか

 「いや、そこなんだ

 本来、AGX-ANC14Bなんてものは、世界に出てこない。明らかにあれは、本来の歴史に無いものだ」

 「誰かがー、歴史をかえようとしてるのー?」

 「ああ。多分そうだ」

 んー、と、目を閉じて狐の少女は考え込むような素振りを見せ

 その耳と尻尾がピン!と伸びた

 「あー、猿侯さまが言ってた、幾つもの世界を又にかける、限界ギリギリで、ぶっちぎりの悪い奴ー!」

 「あ、ああ……」

 猿侯も割とフランクというか、楽しげな形容使うんだな……なんて思いつつ、おれは頷いた

 

 「そんな彼等のせいで、おれたちの知っている未来とはかなり変わってしまう可能性が高い」

 「うんうん、わかるよー」

 「だから、少し世界を歪めることになったとしても。本来は聖女が解決するような心の問題が、何時か聖女が世界を救う際に鍵になる可能性があって……

 それを、前もって可能性の段階から消してしまうとしても」

 「ゼノ、フラグを折るとしてもとか言おうぜ」

 「いや、アステールには……

 いや、ごめん。アステールちゃんには馴染みがないだろう」

 「おーじさまの方が分かりやすいよ?

 ステラ、真性異言(ゼノグラシア)なんて持ってないし」

 「持ってないのか」

 「持ってたらー、おーじさまと結婚する方法が分かったのにー」

 ……いや、原作に出てないから多分分からないと思う

 

 「とりあえず、そういうことで……」

 「でもさ、俺とゼノなりに世界を守るために味方で居て欲しい相手を考えてたんだけど……」

 「ガイスト・ガルゲニア。彼が居てくれたらってとりあえずは話したんだけどさ

 おれもエッケハルトも、まともに会う手段が無いなって話をしてたんだ」

 「会いたいの?ならー、ステラに任せてねー?」

 そんなことを、狐娘は言って

 

 「おーじさま、おーじさまの為で、浮気とかしないから安心してねー」

 なんて、金髪の彼女は付け加えたのだった



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閑話 影の中で、或いは二人の王

第七皇子が、他愛もない訳ではない話をしている頃

 

 漆黒の闇……影の中に、突然明かりが差した

 それは、それ自体が燃える炎。小型の太陽とも言えるソレは、影の中に一つの影を映し出した

 

 「……よう」

 炎に照らされて輝く銀の髪、挑戦的に吊り上げられた唇

 帝国皇帝の姿を確認し、そのカラスは……静かに影の中、翼を広げた

 「そんなに(オレ)の息子の影は居心地良いか、魔神王」

 カラスは答えない

 「いや、心地良いだろうな。てめぇ等が封印されているのも、この世界枝の影の世界。そして人の影は魂の映し

 良く良く見れば、あのバカ息子の影は最初から、魔神の耳を見せていた。入りやすい筈だ

 

 忌み子、魔神への先祖返り。体は人であれ、その魂は……影は魔神のもの。故に入れる、そうだろう、魔神王」

 カラスはじっと、色の混ざりあった瞳で、影の中に現れた男を見据える

 

 「……だんまりか

 折角(オレ)が話をしに来たんだ。そっちも口を割れ

 それとも……死合うか?」

 影の男が好戦的な笑いを浮かべるや、その周囲に炎が舞う

 「…………(オレ)はそれでも構わんぞ?

 少なくとも、あの魔神娘の首くらいは跳ねられる。だが……正直な話な、(オレ)はあの馬鹿に賭けている

 あいつは馬鹿で、考えなしで、誰にでも噛まれる事を考えずに手を伸ばすことが皇子としての在りようだと思っているどうしようもない奴だが……

 それ故に、あの馬鹿さに毒気を抜かれる者も居るだろう」

 影はそのまま、白い三本足を睨み付けた

 「故、あまり……過激な事をさせるな

 (オレ)に、あの自分を大事にせん馬鹿の支えになってくれるかもしれん奴を、危険因子と判断させないで欲しいものだな」

 その言葉すら、カラスは羽ばたくのみで受け流し……

 「紛れるだけならまあ良かろう。あの馬鹿息子の為、多少の情報が流れるのは必要経費だ

 だがな」

 影の手に、炎の装飾の施された赤金の剣が現れる

 「貴様が出向いてくるとなれば話は別だ、魔神王

 何をしに来た。あの馬鹿息子は信じているようだが、流石にそこまで(オレ)は馬鹿にはなれん。答えて貰おうか、魔神王アートルム」

 轟火の剣デュランダル。かつて魔神族と戦った勇士ロラン、本名ゲルハルト・ローランドが持っていたとされる伝説の剣をヤタガラスの眉間に突きつけて、男はそう静かに告げた

 

 「……アートルムではない

 私は、テネーブル。テネーブル・ブランシュだ」

 「ふん。成程。伝承の魔神王当人では無いらしい

 テネーブル、か。帝祖の言っていた鴉皇子が」

 「アートルムは父だ。だが、そんなことを話に来たのではないだろう」

 「その通りだ

 喋って貰おうか、魔神王」

 その言葉に、カラスは仕方ないとばかりに、嘴を開いた

 

 「全てはアルヴィナの為だ」

 「……あの魔神娘か。取り戻しにでも来たか?」

 「真逆(まさか)。私にとって、あの子は全てだ」

 「全て、と来たか。大きく出たものだ

 神話の皇子には愛する誰かが居たらしく、その執念で逃げ去ったと聞いていたが……それか?」

 「違う。あの子は、アルヴィナは汝等が私達全てを狭間、影に閉じ込めた後に産まれた唯一の魔神。影ならざるこの世界を知らなかった無垢な幼き最後の魔神だ」

 瞳を閉じ、魔神王であるカラスは、静かに第七皇子の影の中にその声を響かせる

 

 「そして、私の全てだ」

 「……そうか」

 剣は揺るがず、しかし炎は穏やかに、影の中の皇帝は静かにその言葉を聞き続ける

 「あの子の母は……私が護れなかった幼馴染(スノウ)は、太陽無き影の中で死んだ。最後まで、太陽の光を求めて、封印された世界で、どうしようもなく朽ち果てた

 私の掌には、父と幼馴染の娘が……アルヴィナだけが残った

 

 故に私は、止まるわけにはいかない。あの時、スノウに太陽があればという想いが、私を動かす。既に掌から取り零していた彼女の轍を、二度と踏ませないために。アルヴィナに、魔神族に太陽を。この世界を!」

 「それが、貴様等の目的か」

 「……その通りだ。人の王

 私は魔神王。魔神族に太陽を導く者、テネーブル・ブランシュ。汝等の死だ

 

 ……だが、アルヴィナは違う」

 「何が違う」

 語気と共に、再度炎が吹き上がる

 此処が少年の影の中であるが故に、何時もよりは静かに炎は燃える

 

 「私の全てであるあの子は純粋だ。人を知らず、因縁を知らず、そして……断ち切られた世界で産まれたがゆえに、私達にとっては切っても切れぬ大いなる万色を知らない」

 「……それがどうした」

 「だからこそ、私は……アルヴィナの自由を見守る

 魔神が世界を覇することが出来れば良し。そうでなくとも、あの子に太陽が在らんことを、ただ、祈っている」

 「はっ!随分と都合の良い発言だ」

 「絆される事を期待していた上で、それを言うか人の王」

 「違いない。貴様も(オレ)も、甘ったるい考えを持っていた訳か」

 はっ、と笑い、皇帝は剣を消した

 

 「それで、だ

 貴様等の事情は分かったが、結局何をしに来た、シスコンおにーちゃんは」

 小馬鹿にするような声音

 それを受けてカラスは、困ったように瞳の光を揺らした

 

 「……そう、あまり噛み付くな人の王

 私は魔神王テネーブル。だが今は……只のヤタガラスのシロノワールだ」

 「……何?」

 「今の私は、このカラスの姿が全てだ。弾かれ消える筈であった魂を、アルヴィナがその死霊術で繋ぎ止めたものに過ぎない」

 「何?」

 「業腹な話だが、一つだけ忠告を与えよう人の王

 汝等が戦う魔神族は、私達ではない。真性異言(ゼノグラシア)を魔神王テネーブルとして担ぐ者達だ」

 「だから貴様はこうしている、と」 

 「当然だ。私にとって、何よりも優先すべきはスノウの忘れ形見、最愛の妹の未来だ

 穏健派を。アルヴィナを護り、万が一私が勝てなかった時に共に生き残るための者達を、気にせず戦力に組み込み、何よりアルヴィナにべたべた触れる今の私の体よりは、アルヴィナが心動かされた人間を見ていた方が、幾分か有意義というものだ」

 「最後が本音か」

 全く、と険しい顔を崩し、影の男はカラスへと背を向けた

 

 「人も魔神も、愛だ恋だは変わらんものだ」

 「その通りだ」

 「……(オレ)の自慢の……とは言えんが、悪くない阿呆だ。存分に見ていけ

 ……少なくとも、馬鹿息子を殺さん限り、あの魔神娘には(オレ)は何もせん。後はあの手の掛かる息子次第だ

 それで良いな、魔神王(テネーブル)」 

 「シロノワールだ。今の私は、白き闇の魂の残骸でしかない」

 「良いだろう、だが、宿賃として、そして貴様の大事な大事なあの狼娘の為に、あの馬鹿をフォローしてやれ

 さもなくば」

 「さもなくば?」

 「貴様の羽で焚き火でもしようか」 




ちょっとだけ分かりにくいかもしれないので補足の魔神王一族解説
アートルム・ブランシュ:先代魔神王。帝祖の代、つまり750年ほど前に魔神族が世界を襲った時の魔神王であり、テネーブルとアルヴィナの父。息子の幼馴染を息子の為と称して無理矢理娶って子供を孕ませる変態ロリコン
激怒した息子によってボロボロの首だけにされ、お飾りの魔神王として王剣によって魔神王の玉座に縫い付けられて……いたのだが、現魔神王によって解放されている
スノウ・ニクス(スノウ・ブランシュ):テネーブルの幼馴染であり、テネーブルの初恋の人。身体に欠陥を持っていて体が弱いが美少女。太陽の光がその病に効くと知り、若き日のテネーブルは世界を支配するために前線に出るが、その間に息子の力の覚醒を目論む魔神王アートルムに無理矢理妻にされてしまう
病を患った体で手込めにされ、アルヴィナを身籠る。テネーブルがそれを知ったのは、既に太陽の光の届かぬ世界に魔神族が封印された後であった
この子に罪はなく、どうせ自分はこの子を産まなくてももう生きていけないからと、娘を産み、アルヴィナという名前を付けて護ってあげてとテネーブルの腕のなかで病死。アートルムの思い通り、テネーブルの覚醒の鍵となる
テネーブル・ブランシュ(原作):ゲーム本編に出てくる魔神王。最愛の幼馴染の最期を知り、激しい怒りと太陽さえ手にしていればという後悔から覚醒。アートルムをズタズタに引き裂いて若き魔神王となった。その後悔の心から、世界を魔神の手にという想いはとても強く頑
憎い父の血は入っているものの、それはそれとして最愛の幼馴染に生き写しな腹違いの妹アルヴィナの事は幼馴染の忘れ形見として溺愛している
アルヴィナ・ブランシュ:アートルムとスノウの娘でテネーブルの腹違いの妹。何か知らないがおとーさんが生きてはいるけどボロボロにされ、兄にちょっと分かりにくいが溺愛されているけれど、事情は知らない無垢な妹
テネーブル・ブランシュ(転生):今作で魔神王やってる方のテネーブル。真性異言(ゼノグラシア)であり、男には興味ないしという事で、上記の事情を知らないし、魂が全く融合していないので記憶としても持っていない。故に首だけにされて生かされているアートルムと仲良くしている


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狐娘の提案、或いはWデート

そして、アステールがこの国にひょいっと現れてから3日後

 

 「えっへへー

 今日はデートの日ー!」

 耳を立たせて上機嫌な少女に手を引かれ、おれは塔の門を潜った

 狐の少女が身に纏うのは、背中の大きく空いた白いワンピース。そんなもので大丈夫なのか?と言いたくはなるが、これが獣人や亜人にとっては割と普通の服装なのだ

 尻尾が小さな者であれば気にしなくて良い。だが、アステールのように床に擦るような長さのふかふかの尻尾が生えている種類では、着られる服にも制限が生まれるのだ

 特にスカートなんて、尻尾を逃がしてやらないと後ろから見たらロングスカートですら持ち上がって下着が見えかねない。興奮して尻尾を立たせた日には完全に捲れてしまう

 そんな尻尾だが、大きすぎて下から逃がせないわけだな。なのでワンピースを着るには、尻尾を逃がす為に背中に切れ目が要る。そこにボタンを付けて一人では魔法でボタンを閉めなければ着れないがぱっと見背中を開けないようにするか、寧ろ背中は出すものにするかはデザイナー次第

 そしてアステールの選んだものは、背中は見せるデザインという訳だ

 

 「……背中、隠した方が良いんじゃないか?」

 「えへへ、おーじさま、気になる?」

 「不安になる」

 「おーじさま以外に肌を見せたら、やっぱり駄目だよねー」

 うんうんとご機嫌に頷いて、少女は肩からかけていた小さなポーチから薄手の上着を取り出し(恐らくだが魔法で小さくしていたのだろう)、上から羽織る

 「これでどうかな?」

 そしてその場でくるりとターン。ふわりと揺れるスカートに、それよりも大きく目を引く大きな尻尾

 

 「……最初から着ててくれ。下手に可愛いから気になる

 この国だって、亜人蔑視の風潮はあるんだから」

 「だいじょーぶ、おーじさまが護ってくれるよね?」

 そんなアステールを牽制するように、おれの影からひょっこり混沌とした目の色のカラスが顔を覗かせ、呆れたように鳴いた

 「あんま迷惑をかけるな、ってさ」

 おれの影が住み良いのか、基本的に影から見ている変なカラスの声を勝手に代弁する

 いや、ニュアンスは何となく分かるというか、その程度でしっかり分かるわけではないんだが

 

 「うんうん。ステラもおーじさまにめーわくかけたい訳じゃないしー気を付けるねー」

 二人して塔を出たところで待ちぼうけ、他愛もない話を続ける

 

 「っと、日差しが強いな」

 本来は雨が降ったときの為なんだがと思いつつ、おれは手にしていた傘を広げ、狐の少女に向けて翳した

 材質はぱっと見は木だが、実は中に芯として鉄が入っている。柄を捻ると芯が分離する仕込み杖ならぬ仕込み傘だ

 これから向かうのは公爵家。特に、騎士団を束ねる武家だ。彼のストーリー上、何らかの武器は持っておかなければ不安で、だからといって堂々と持ち込むわけにもいかない

 だからこそ、ちょっと耐久に不安はあるがこうして仕込み傘する訳だな。いや、本当は仕込み杖の方が頑丈なんだけど、子供のおれが長い杖ついてたら変だろ

 特に、もう足は大体治ったし、杖自体が違和感を生じさせる

 

 その点傘は良い。水や風の魔法が使える人ならちょちょいと魔法を使えば良い(風魔法でカーテン張ってドーム状に水が避けていく人間なら雨の日には良く見るだろう)が、それが使えない人間は傘を使う

 特に、魔法が使えないおれが傘を持ってても何ら違和感はないだろう。いや、貴族なら御付きが唱えるから持ってないのが普通なんだけど、おれはそういう点でも、メイドに馬鹿にされててそうして貰えないって大義名分がある

 「おーじさま、ステラは大丈夫だよー?」

 「いやでもな、おれが傘を持っていきたくて」

 「そっかー、じゃ、おーじさまの言葉に甘えるねー」

 言って、ぴったりとくっつくように少女はおれに身を寄せる

 おれの足に、ふわふわした尻尾の毛が触れた

 

 「……というか、アステールちゃん」

 「なにかなー?」

 「聞き忘れてたんだが、どうして此処に?」

 「えー、おーじさまに会いに来たんだよー?

 ほんとーは初等部に入ってーって思ったんだけどー」

 「入れなかった?」

 「ステラー、半年でそつぎょーしちゃう学年だから駄目だってー」

 「おれより年上かよ!?」

 因みにだが、おれが居るのは(学生じゃないから居るというのも可笑しいが)アイリスのところ、つまり本来より一つ下だ。そこがあと二年半近くで卒業なので……ヴィルジニーの二つ上、おれやエッケハルトの一つ上という訳だな

 「そうは見えなかったな……」

 ぴこぴことご機嫌に動くそこそこ大きな耳の先がおれの鼻先くらいの大きさの少女を見て、おれは呟いた

 「ところで、一旦帰ったのは?」

 「この本、完成させたかったのー

 おーじさまと離れるのは辛かったけどー、やっぱり必要だよね?」

 見せられるのは、魔神剣帝スカーレットゼノンの本。アステールは、この本や、それを題材にした劇の話をダシにして、ガルゲニア公爵家での庭園会への招待を取り付けたのである

 その点は本当に有り難いんだが……

 

 「いや、流通早すぎないか?

 まだ一ヶ月だろ?」

 「えへへー。おーじさまに会ったのは一ヶ月前だけどー、大まかなお話しはずっと前から書いてたんだよ?」

 「いや、書けるものなのか」

 「おーじさまのお話しならーステラが教えて?って言ったら七大天様が幾らでもしてくれるから、帰ってからは本当のおーじさまにあわせてちょっと表現とか変えただけなんだー」

 「ノリが、ノリが軽い……」

 それで良いのだろうか七大天

 いや、たぶん良いんだろうな。そんなフレンドリーな存在なのは、皆を、この世界を、愛している証拠なんだろう

 

 「ああ、だから出版早かったのか」

 幾らこの世界における出版が魔法で映すものだから手早く済むとはいえ、原本が無いとどうしようもない。一ヶ月(48日)前後で書き上げて出版し、更には劇にまでするのはスピード早すぎるだろうと思っていたが、元からほぼ完成していたなら話は別だ

 「って劇は?」

 「えっとねー。ステラ、一年前の新年の八八天くじ当たって、それから劇お願い?ってお金払ってたんだー

 あとは、ちょっと台詞を完成したのに合わせて変えて貰ったのー」

 「スケールが、デカい……」

 というかそれ、多分10000ディンギルじゃ足りない額使ってないか?

 いや、何口当てさせたんだよ教皇!?娘に甘すぎるぞ教皇!?しっかりしてくれ

 

 「……まあ、良いか」

 諦めたように、おれは呟いた

 

 にしても遅いなあいつ

 そう思ったところで、漸く門に焔の髪が見えた

 「遅いぞ、エッケハルト」

 「ごめんごめん」

 そして……ひょい、とその背から流れる銀の髪が見えた

 「と、アナ!?」

 何時もと違って少しだけ不満げな表情でおれを……というか、おれの横の狐娘を睨む少女は、何時もの服ではなく、アイリスの私物だろうドレス姿で

 「皇子さま。わたしも行きます」

 「どうしたんだアナ、いきなり」

 「心配なので、行きます」

 「あはは、こんな感じでアナちゃんに捕まっちゃってさ」

 困ったよな、とあまり困ってなさげにエッケハルトは呟く

 まああいつはアナの事好きっぽいからな。一緒に居られるなら良いという判断なのだろう

 

 「……アナ、遊びに行くんじゃないんだぞ」

 「えー、別に良いよね、おーじさま?」

 だが、アステールが気にしそうだし、今回は彼女の手を借りての事だからと思ったおれに、予想外のところから援護が飛んでくる

 狐の少女は、一番アナを気にしそうだと思った彼女は、あっけらかんと許可を出した

 「……あれ?」

 ちょっとだけ気が抜けたような声を銀の少女は溢す

 

 「べつにー、ダブルデートでも良いよねー?」

 「オッケー!」

 焔の髪の少年の呑気な声が、快晴の空に響いた




おまけ、皆の互いへの友好度/恋愛度
子供達の互いへの好感度を✕~☆までの5段階で簡易的に表したおまけになります
どんな感じかを確認するのにでもどうぞ

ゼノ →アナ:◎/ー →アルヴィナ:◎/ー →アイリス:◎/ー →アステール:○/ー →ヴィルジニー:○/ー →エッケハルト:○/ー

アナ →ゼノ:○/☆ →アルヴィナ:○/ー →アイリス:△/ー →アステール:△/ー →ヴィルジニー:✕/ー →エッケハルト:△/△

アルヴィナ →ゼノ:○/◎ →アナ:○/ー →アイリス:✕/ー →アステール:○/ー →ヴィルジニー:△/ー →エッケハルト:○/ー

アイリス →ゼノ:◎/○ →アナ:○/ー →アルヴィナ:✕/ー →アステール:✕/ー →ヴィルジニー:✕/ー →エッケハルト:△/✕

エッケハルト →ゼノ:○/ー →アナ:○/◎ →アルヴィナ:○/△ →アイリス:△/△ →アステール:○/△ ヴィルジニー:△/○

ヴィルジニー →ゼノ:○/✕ →アナ:△/ー →アルヴィナ:✕/ー →アイリス:✕/ー →アステール:△/ー →エッケハルト:○/○


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眼鏡、或いは魔法書

「……アナ、帰るか?」

 珍しく不機嫌そうな少女に、おれは声をかける

 が

 「皇子さまが心配だからついていきます」

 この一点張りだ

 

 そんなに心配される事だろうか、と思うんだが……

 「皇子さま、その右手を見てから言ってください」

 おれの右手はちょっと赤い。流石に修行をしなおさないとヤバいと思って、師匠に付き合ってもらって剣を振ったからか、巻いた包帯に血が滲んでいる

 軽く1刻でこれとは、かなり深刻だ。師匠から習った剣には剛の剣と柔の剣がある

 本来はそこに魔剣が加わるんだが、残念ながらおれは魔法が使えないので魔剣は無しだ。それはそれとして、衝撃にブレぬ剛の握り、衝撃で手の中でズレる柔の握り、双方共に手に負担が掛かる。それで一々掌出血していては話にならないだろう

 血で柄滑るしな

 

 「……そうだよな」

 「おっ、分かったかゼノ」

 「こんなんじゃ駄目だよな。もっと強くならないと」

 「こいつ分かってねぇ!?」

 心底呆れた眼をされた

 いや、心配されてるのはおれにも分かるんだ。分かるんだが、それよりもまず、おれは皇子だ

 皇子たるもの、誰よりも矢面に立ち民を守るべし。そして、勝って帰ってくるのが皇族の務めだ。アナが心配してくれるのは嬉しいんだが、皇子としては心配されている方向が違うというか

 

 「兎に角、まずは……何か買わないとな」

 言いつつ、おれは少女二人を先導して庶民の少ない通りを歩む

 わざと少し遠回りして、最短距離である貴族街を突っ切る事はしないようにしてはいるが、それでも幼い女の子、特に片割れは何でかひょっこり顔を出してるが他国のお偉いさんの娘という怪我させたら大事件な相手を、気性の荒い人の多い庶民の商店に連れていくのは気が引ける

 聖夜にアルヴィナは連れていったけどな!

 いや、あれも結構ヤバかったと思う

 アイリスがみんなの話題に入れるよう最近読み聞かせた小説(因みに読んでないなんてとバカにされまくったのでヴィルジニーから借りた)は、男爵令嬢の主人公は、顔に傷跡の残る怪我をさせたという事から侯爵家の三男坊と婚約する事になる……って話だったし

 いや、顔に傷が残る怪我って何?七天の息吹をつかえば?とアイリスはあの小説に結局欠片も興味を示さなかったんだが。何でおれ、聞いてるのカラスだけの場所で少女向けの恋愛小説朗読したんだろうな……

 兎に角、女の子に怪我させるというのは、地位の差にあんまり関係なく問題なのだ

 そしておれは、あの小説みたいに婚約で責任取れるような奴でもない

 

 「何かって、何ですか?」

 「ん?庭園会に行くわけだから、何か土産があると良いなって話」

 「アルヴィナちゃんが新年で買ってきてくれたソーセージのように?」

 「いや、普通は此方のもてなしが足りないとでも?ってそういう品は嫌われる」

 「じゃあ、後で食べてくださいってクッキーとか」

 名案ですよ皇子さまとばかりに手を振る少女

 しかし、おれは駄目だと首を振った

 

 「駄目なんだ、アナ

 いや、孤児院の皆なら喜ぶかもしれない。けど……」

 「貴族の家には大抵、食材を最高の段階で保存しておける魔法を使える庫人と、それを料理するシェフが居る

 シェフと庫人の腕が、貴族のステータスの一つなんだよアナちゃん」

 「へー」

 自分もお偉いさんだろうに、そこらに疎い狐娘が頷く

 「だから、貴族にとって菓子とは出来立ての味が大前提。日持ちするものなんて、こいつバカにしてるのかとなってしまう」

 いや、おれは良いと思うんだけどな、クッキーとか

 でもヴィルジニー等は、お茶も出ませんの?と寮に押し掛けてきたのでクッキー出すとキレるんだよな

 

 「やっぱり魔法書だとおれは思うんだが……」

 「まほーしょ?」

 狐娘が首をかしげる

 「貰ってうれしーの?」

 「いや、基本は嬉しいだろう」

 「無くても別に良いよね?」

 耳をぴこぴこご機嫌に動かす狐に、ちょっと待てと思わず突っ込む

 「アステールちゃん、基本的に覚醒の儀のあと誰でも受ける講座は?」

 「ステラ知らないよ?

 おとーさんがステラだけ秘密でやってくれたし」

 ああ……そういう、と額を抑える

 「アナ、頼む」

 そして、おれの時も忌み子だこいつ!と大騒ぎでキャンセルされたな、と思い、おれは横の少女に説明を投げた

 

 「はいっ!」

 少しだけ顔を綻ばせ、銀の髪の少女はその青い瞳を揺らして頷く

 そして、すちゃっと玩具の眼鏡を掛けた

 いや、アナ。その空色に透き通った眼鏡なんだが……正直おれが一年前にプレゼントしておいてなんだけど、あんまり似合ってないと思う

 だが、そんなおれの考えは気にせず、少女は教師っぽく眼鏡を掛け、ご機嫌で話を始めた

 「これから、わたしがアステールさんに魔法書がどうして必要なのかの昔話をします」

 「おー!」

 ぱちぱちと響く掌の音

 「昔々、100年くらい昔。あるところにぐーたらな男の人が居ました。ある寒い日、ベッドで目が覚めた青年は寒いから暖炉に火をつけたいと思いました」

 「なら、点ければ良いよねー?」

 「ですが大変です。点火の為の魔法書は遠くはなれた机の上。手に取る為には、この寒い中、布団から出て歩かないといけません

 ぐーたらな男はその時思ったんです

 『別に魔法書が無くても、魔法書を持って唱えるべき呪文は分かってる。じゃあ魔法書要らないんじゃね?』って」

 「うんうん」

 頷く狐娘を見て、少女は続ける

 

 「それなら布団から出なくても済みます。これは賢いと思ったぐーたらな男は、いつも通り点火させたい方向に人差し指と中指を揃えて向け……魔法を唱えます

 

 すると!

 

 右手の5本の指全部からさまざまな方向に向けて雷が走りました。そして、その雷の触れた場所が燃え始めてしまったんです」 

 「えー!?」

 「こうしてぐーたらな男は、布団から出たくなかったせいで布団どころか家から出ざるを得なくなってしまったのでした」

 「有り難う、アナ」

 お礼を言って、おれが引き継ぐ

 

 「こういう感じだよ、アステールちゃん」

 「ステラ、魔法書が無くても点火の魔法で変な場所燃やさないよ?」

 不思議そうに尻尾を揺らす狐に、いやお前だからだよ、とおれは内心で突っ込んだ

 

 「アステールちゃん。魔法書って、唱えるべき呪文が上に大きく赤……かったり青かったり、特別な色で書かれていて、その下に細かな文字でびっしり読まなくて良い何か変な魔法文字が書いてあるよね?」

 「そうだけど、無駄だよねー」

 「いや、あれ無駄じゃないんだ

 唱えた呪文自体はかなり曖昧なもの。効果はその人の人となりや感情の昂りによって容易く変わってしまう

 例えば点火の呪文は、寒いと思った時に唱えたら、自分に近すぎないけど近い周囲を無差別に燃やしてしまう可能性が高かったりする……らしい」

 らしい。伝聞だが、そもそもおれは魔法が全く使えないのでそこら辺は授業で習ってもそういうものなのか、と遠い話にしか聞こえない

 

 「その点火の魔法を、誰が何時使っても、右手の人差し指と中指を重ねて伸ばして指差した先にある何かを燃やす魔法に画一化してくれるのが魔法書なんだ」

 因みにじゃあ右手の人差し指と中指が無い人はどうなるのかというと、あの魔法書は使えないから他の条件文の書いてある魔法書をオーダーメイドするので高く付く

 

 条件文なんかも魔法の文字だからな。低位の魔法の魔法文字はコピーしても良かったりするけど、それ自体が力持つ文字だけあって、上位魔法になればなるほど条件文書ける人間は減り、書く際に魔力を食い、そしてコピーした時に早くに意味を為さなくなる

 だから高位の魔法書やオーダーメイドって高いんだよな

 

 こうして皆のお手元に届くのが、簡単な呪文だけで誰でもある程度画一的な魔法が使える魔法書って訳だ

 

 「へー。でもおーじさま、ステラ、そんな文無くても魔法使えるよ?」

 「アイリスもそうだが、呪文だけの魔法は本来不安定。それを、感覚や直感でしっかり整形出来る化け物は魔法書無くても一部魔法が使える」

 因みに、低位の魔法に限り、魔法書を作る人間なら慣れで呪文だけから整形出来るようになるらしい

 

 そんな事を話しつつ、おれは店先を覗き込んだ



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買い物、或いはアンデッド

「やっぱり魔法書なんだが……」

 店頭に並ぶのは、豪奢な刺繍の入った数冊の書物

 高い魔法書は、それだけ装丁も凝ったものが多い。高いから凝ってるだけで凝る必要性は無いんだが、やっぱり武器でもなんでも、美しさだって欲しくはなるんだろう

 原作ゼノも、月花迅雷が綺麗ってのがフィギュア化の際に考慮されてたっぽいし……

 いや、割と女性人気はあったらしいけどさ。男性キャラ内での男性人気?頼勇(ライオ)最強に決まってるだろ、あいつ片腕機械のロボ使いだぞ。人気で勝てるわけがない

 

 「七天の息吹は……流石に無いか」

 あったとして、此処で店頭に並べてたらギャグだろうが

 「皇子さま、すごい名前ですけど、高いんですか?」

 眼鏡を外し、此方を見上げるように聞いてくる銀の少女に、おれはそりゃなと頷いた

 「高いよ。世界で一番高い魔法とも言われてる」

 「そんなに高いんですか?」

 「ステラが買ってあげよーか?」

 「いや、相場10000ディンギルくらいするから冗談だよ」

 「い、いちまん……」

 ポカーンと少女が口を開ける

 「みんなが……何年生きていけるんでしょう……」

 「因みに孤児院が10年持たない程度だ

 普通の家庭なら200ディンギルあれば一年生きていけるってくらいだけど、子供多いとどうしてもな……」

 独り暮らしの庶民ならもう働かなくても良い額だ。というか、庶民の生涯年収とそう変わらない

 

 「それ、どんな魔法なんですか?」

 「最強無敵の回復魔法だよ

 対象を、万全の状態に回帰する魔法。どんな怪我だろうが、致命傷だろうが、病気や呪詛すらも消し飛ばす究極の魔法」

 「死ぬ前なら、死すらも何とか出来るって優れものなんだよなー、ゼノ」

 「そうだな」

 これはゲームでの話になるが、七天の息吹は詠唱カウント式の魔法だ

 詠唱カウント式とは、あのゲームの高位の魔法にありがちなシステムで、そのキャラクターが魔法を詠唱し始めた後、特定カウントが経過したタイミングで詠唱が完了し効果が発動するという形式

 カウントは、どんな行動でも良いから誰かが行動権を使う(攻撃行動を行う、待機する、アイテムを使用する等の)行動を行う度に進んでいく。これはどんなキャラでも同じ(敵でも味方でも関係無い)なので、カウントを調整すれば敵にターンを回した後、すし詰めになっている敵の後ろの方が動けなくて待機したところで前に詰まってる敵を行動する前に攻撃して倒すことで安全にターンを返したり、敵のボスが行動した直後に盾役を置き回復したりと色々出来る便利なものだ

 その分、即効性は無いのが欠点なんだが、そこは低位の即効性のある魔法との使い分けだな。まあ、おれにはどっちも使えないんだが

 

 そして、七天の息吹は……その置き回復魔法でも最強のもの。唯一『HP0では効果を発揮しない』という他の回復魔法には全て付けられているフラグが無い(恐らくはバグではなく意図的な欠落)為、効果が発動した時点でHP0でも関係なくデバフ0かつ全ステータスにバフ、状態異常無効(1回)、HPMP初期値の状態に戻り、HP0による死亡がキャンセル出来る

 これは、カウント0の魔法が発動する判定→HP0によるマップからのキャラ削除判定の処理順だから起きる挙動で、応用的に、敵の攻撃でHP0になったデコイゴーレムにそのままそのタイミングで飛んでくるカウント0攻撃もHP0のまま吸わせるとかのテクニックもあった

 因みにおれは……RTAでカウントアクションのヴォイドブレスと敵ボスであるニーラ(ゴリラ形態)の攻撃をどちらもデコイゴーレムで受けようとカウント調整し、盛大にガバった覚えがある

 カウント3だからニーラの前に雑魚二体に行動して貰わなきゃ困るのに、残していた二体の雑魚のうち一体葬ってしまったんだよなアレ

 おのれゼノ(原作)。3%の必殺引きやがってリセットだリセット、したなあの時は

 

 「じゃあ、それさえあれば、皇子さまも……」

 「アナ」

 そんな少女の肩に、おれはまさしく手を置く

 「おれを殺したいにしても、勿体ないから止めような」

 「……はい」

 唇を噛んで、少女はうなずきを返した

 

 因みにゲームでおれに向けて七天の息吹を使った場合、HPが1になって7つのデバフが付く

 デバフは【衰弱】、【朦朧】、ランダムに5つ。おれが見た中で一番酷いのは……誰かの撮ったあの写真だな

 

 【衰弱】

 【朦朧】

 【死の宣告】

 【死神の刻印零】

 【死神の刻印】

 【死神の刻印Ⅱ】

 【死神の刻印Ⅲ】

 

 ってどんだけ死神憑いてるんだ。0ターン後と1ターン後と2ターン後と3ターン後と行動後に死神に殺されるぞこいつ

 まああれは衝撃重視のネタ画像として、現実的には……毒だの火傷だの炎上だのを引くから基本的にターン終わりにスリップで死ぬ

 いや、ゲームではわざわざ全部回収して7回しか使用回数が無い七天の息吹を1回無駄撃ちしてまでおれを謀殺する意味がないんで小ネタだがこれ

 そんなんしなくても殺せるからな

 

 ……この世界では誰かがぶっぱなしてくる可能性は0ではない。気を付けるべきな気がする

 というか、全回復魔法で死ぬってアンデッドかよおれ

 

 って、そんな事に想いを馳せている場合じゃない

 「ほら、アナ」

 ポケットに包帯まみれの手を突っ込み、少しつっかえながら脇のポケットから小さな布を取り出す

 「血が出てる」

 そうして、唇に小さな血球が見える少女に、それを手渡した

 「あっ……ご、ごめんなさい、つい……」

 「……何かあったの?」

 「わたしは、皇子さまに何も出来ないんだって思うと、つい……」

 申し訳なさげに顔を伏せるアナ

 「そーだよねー

 ステラなら、お金や地位で役に立てるのにねー」

 その背に投げられるのも、中々に酷い言葉

 ……いや、一つだけ聞きたいんだが、なんでこんなにアナを目の敵にしてるんだアステール

 

 「……でも!皇子さまがこんなに怪我をするようになったのは!あなたの……」

 そうして、少女は瞳を揺らして言い澱む

 

 「それは、わたしも……」

 恐らくは、アイアンゴーレム事件などを思い出したのだろう

 ……何も気にすることはないのにな

 

 「アナ。あれの誰が悪かったか、分かるか?

 おれだ。弱いおれが、全て悪い」

 出来る限り歪まない笑顔で、おれは優しく諭す

 アガートラーム相手に手も足も出なかったのが悪いというのはちょっと理不尽な気もするが、それでもだ

 「皇子さま、皇子さまがそんなだから……わたしは……」

 「嫌いになった?」

 「そんなわけ……ううっ」

 少しその瞳に涙が浮かぶ

 「変なこと言ってごめんな」

 おれは、その瞳の涙を手にしたハンカチで軽く拭い……

 

 「あ、邪魔しました」

 こいつらどっか行かないかなという目をした店員におれは気が付き

 「じゃあこれ下さい」

 フォローするようにそそくさとそれっぽく、エッケハルトが魔法書を買っていったのだった

 

 「悪い」

 「悪いと思うなら代金払ってくれ」



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巨神、或いは守護神

そうして、おれが着いたのは、大きな庭を持つ邸宅であった

 ガルゲニア公爵邸。守護神ゼルフィード像を抱く庭が特徴的な、帝国貴族の家である

 

 まあ、原作ゲームでは既にガルゲニア公爵家って無くなってるから、見られるのは今だけなんだが……

 そう思い、門番が見守るなか門を潜って庭に入るや、おれは辺りを見回す

 

 当然ながら目に入るのは、噴水に囲まれた巨像

 流麗な金属線が描き出す美しい造形を持つ、翼のようなマントを羽織る巡礼者を思わせる白銀の巨神。どことなく鳥顔の端正な顔立ちのそれが、機神ゼルフィード。ガルゲニアの守護神である

 全長はメートル法で13mほど。製作は760年ほど前。帝国の起こりより以前、帝祖等が魔神と戦っていたその時に作られた巨大ゴーレム。本来術者無くしては存在できないが故に珍しい、製作者の死後も残る巨神に守られた武家、それがガルゲニア公爵家だ

 因にだが、初代ガルゲニア公爵と帝祖は親友であったらしいが、友は友のままが良いとあまり血縁はない。皇族を出る際に嫁ぐ事はあっても、皇帝が娶る事はしない、が暗黙のルールだっけか

 実際、現ガルゲニア公爵と父は喧嘩友達といった感じらしく、その妹とも仲は良いのだが、妻の数もそこそこ多い父にしては珍しく、あれはそういう相手じゃない異性の友人だと線引きしているらしい

 とても、うっかりでメイドに手出ししておれを産ませた人とは思えないな

 

 その関係で、アイリスに頼むのもやりにくかったんだよな。アイリスの婿候補を見極めたい、おれはアイリス擁立派の頂点だ、と言えばある程度の貴族に面会は出来なくはないが、ガルゲニアは不可能だ

 アイリスの婿としてガルゲニアを見るということは、アイリスの皇位継承を諦める気かとなるからな

 おれには、その選択肢は取れなかった

 

 「お、大きいです……」

 「やっぱりカッコいいよなー」

 呆気に取られる少女と、目を輝かせる少年

 全てを呑み込むような不思議な威圧感が、其処にはあった

 

 いや、実際動かせるし、動いたら動いたでこのなかじゃ誰も勝てないから威圧感は当然なんだが

 ゲームでは味方としてガイストが3ターンだけ召喚できるが、HPは堂々の400(カンスト)、更には大いなるドグマという特殊能力で被ダメージが半減で実質800だ。どれくらい高いかというと……難易度normalのラスボス、魔神王テネーブルの三形態合わせたのと同じくらい

 【力】数値は97とアイアンゴーレム程度しかないとかなり低いのだが、【防御】は180もある。何とこれ、1vs1でHP50%以上ならば、家の父が轟火の剣持って殴りかかってもギリギリノーダメージというアホみたいな数値だ。四天王で一番硬いニーラ(第二形態)の【防御】の倍はある

 更に大いなるドグマには、【魔防】=乗り手の【魔防】になる効果もあるので、ゴーレムの癖に魔法への耐性がある

 硬すぎて笑えるな。ここまで硬くても意味無いってレベル

 そして火力面も……巡礼者の姿から分かるようにこいつ後衛型なのだ。乗り手の魔力を使って魔法ぶっぱなので【力】数値は低くても関係無いから普通に高いな

 欠点があるとすれば、ライ-オウもそうだが、稼働時間が3ターンしかない事。あとは、毎マップ3ターンではなく、召喚可能ターン数は引き継ぎでマップ進むごとに1回復(最大3)。キツいと思って早くに呼ぶとボス前に消えてしまうんだよな

 

 「ゼルフィード……」

 暫く、おれは一緒にその巨体を見上げ続けた

 

 そして、庭園会が始まった……のは良いんだが

 「この死神に何か用があるというのか」

 「……まあ、そうなんだが」

 おれの目の前には、人の集まらない場所の椅子に隠れるようにしてちびちびと取ってきた肉串を齧る影のある感じの少年がいた

 彼こそがガイスト・ガルゲニア。ガイスト()の名前の通り、何か暗い

 

 「自分には無い。消えてくれないか」

 この通りである。話すら出来ない

 ゲームでも初対面こんな感じだけどな。いや、子供の頃からそうなのか

 

 無遠慮にならないように、暗い雰囲気を漂わせる少年を少しだけ離れて観察する

 原作で出てくる時のように目深に黒いフードを被っていて分かりにくいが、髪は短めで黒。瞳の色はエメラルド

 属性は風/影。ゼルフィード自体が風属性の機体だからか、ガルゲニア一族は全員が同じエメラルドの瞳と風属性を受け継いでいる

 そして……

 「関わると、タナトスの呼び声が聞こえることになる……」

 厨二病である

 

 「タナトス、か」

 「あまり自分に関わらないでくれ。禁断の領域に踏み込んだものを、死神の瞳は決して見逃さない

 タナトスの鎌が、その首を撫でることになる」

 目線を合わせず、下を向いたままその少年は席で語る

 

 「……ガイスト」

 どう呼び掛けるべきか悩み、呼び捨てる

 「おれは仮にも皇子だ。第七皇子

 確かに多少、兄弟のなかでは情けない奴だが……それでも、そうそう死神なんぞに負けるつもりはない」

 その言葉に、少年は瞳を泳がせず、首を横に振る

 その短い髪が、少しだけ揺れた

 「死神は、そんな甘い存在ではない

 誰もが死には勝てない。タナトスは誰の前にも現れる。帝国の祖である轟火の剣の使い手ゲルハルト・ローランドにすら、死は平等だった

 そのことは、貴方も知っているはずだ、第七皇子」

 「……そう、だな」

 ……彼に、しかしおれは彼の魂と轟火の剣を通して対話したと言ったらどうなるのだろう

 死は平等というが、轟火の剣と一つになって見守っているらしいのは、本当に死んだと言えるのか?

 そもそも、おれ自身、今の『おれ』として混ざり合っている人格の一部は、アステールによるとミチヤシドウなる日本人のものらしい

 だけれども、万四路もハク兄さんも……きっと、こんな転生という形で新たな人生を歩んでなど居ないだろう。おれが今こうしているのだって、七大天による特例だから

 

 「だけれども、死は平等なんかじゃない」

 「……兎に角、自分に近付かないでくれ」

 「どうしてなんだ、ガイスト・ガルゲニア

 おれは、君に、君と君達の守護者に興味がある。だから、此処に来た

 君達から話を聞きたくて」

 「……嘆きのロザリオを首に掛けたく無かったら、関わらないでほしい」

 「そんなものを手にする気は無い」

 ……で、嘆きのロザリオって……何?

 

 「……と、カッコ付けてて悪いんだが……」

 考えろ、考えるんだおれ

 原作である程度ガイストの婉曲な言い回しには慣れてるだろう。其処から導きだした嘆きのロザリオの意味は……

 「おれ自身ではない誰かの死を悼む心、か?」

 ロザリオとは祈りの道具だ。この世界にはキリスト教は無いけれども、数珠のように7色の珠を繋げた首飾りの先に七天教の紋章を付けた祈りの道具はそう呼ばれている

 司祭には必須の道具だが、他にも墓地関係者等、死者を悼む人間は大抵身に付けている

 とすれば、それを身につけることになるというのはそういう意味、なのだろう

 

 「……銀髪の女の子。あとは、チラチラとさっきから見ているあの子」

 「アステールは亜人だ。今回の庭園会で、あの子供向け小説の原案として語るからと言ってはいるものの、心無い誰かが汚らわしいと何かをしない保証はない」

 「……信頼がない」

 「違うよ。信じてるから、こうして彼女と離れて、君と話をしてる

 ……けれど、信じてたのに!って何か起こったときに言って良いのは、伯爵までだ」

 その言葉に、初めて少年は表情を変えた

 くすりと笑うような顔になり、慌てて仏頂面を貼り付ける

 

 「自分はタナトスに魅入られた呪われた子

 近付けば、皆死ぬ」

 「死なないし、死なせない」

 そうだ。ガイストは原作からこうだった

 大きな事件で、両親と妹を喪って。やはり自分は死神に魅入られていると、自分の殻の中に閉じ籠っていた

 それを打ち破るのが、原作リリーナ。諦めない彼女に触れ、段々と彼は誰かに心を開いていく

 

 それが、彼のストーリーだ

 そして物語は第二部。父から公爵の位を譲られるその日、突然家族を皆殺しにした兄シャーフヴォル・ガルゲニアの真実と、彼……及び彼の裏で彼を凶行に走らせた元凶である四天王ニュクス・トゥナロアとの直接対決に進んでいく……

 ってことで、あのルートだと四天王はあの頭にコウモリの羽根生やしたエロ人魚ことニュクス・トゥナロアが目立つんだよな。ナラシンハはまだ頼勇関連のイベントがルート無関係に共通で起こるから目立つけど、ニーラとカラドリウスが割と空気

 というか、あの二体についてはあのルートだとニーラは覚醒したガイストがゼルフィード・ノヴァで倒し、カラドリウスは誰か……というか状況的にゼノが相討ちで倒した体で話が進むせいで敵ユニットとしては出てこないレベルだ

 他ルートだと大体四天王最後がニーラ(他の四天王と共に出てくることもあるが)なんだが、ガイストルートだけルート専用の強化形態ゼルフィード・ノヴァ解禁で最初にイベント死する。確か解禁がガイストルート5章だから、2部の序盤だな

 なんで、ゼルフィード・ノヴァへの進化はカッコいいとはいえ魔神王の為に嫌ってるゴリラ姿になるニーラのイベントが好きなおれとしてはあのルート嫌いだったというか……

 

 「というかさ、ガイスト」

 「止めてくれ」

 「おれには、君の言葉は……」

 少しだけ、言葉を切る

 「死神のせいで一人ぼっちでいなきゃいけない、助けてくれとしか聞こえない」

 少年は、応えない

 

 「元々、ゼルフィードに興味があっただけだけど、断然気になった」

 そしておれは、手を伸ばす

 その手を払い除けられてもお構いなしに、精一杯の笑顔で

 「改めて名乗ろう。おれはゼノ。第七皇子ゼノ

 ガイスト・ガルゲニア。お前と友達に、なりにきた」




忘れそうな読者(と作者)のための簡易用語辞典
魔神王一族
テネーブル・ブランシュ:魔神王。シスコン八咫烏
アルヴィナ・ブランシュ:魔神王の妹。死霊術を使う狼耳の女の子
スノウ・ブランシュ(スノウ・ニクス):魔神王の幼馴染で、アルヴィナの母。故人。白狼の魔神
アートルム・ブランシュ:前魔神王。変態ロリコンカラス

四天王
アドラー・カラドリウス:鷲の魔神。原作ゼノが相討ちしたり敗死したりする因縁の相手。そこまで表で戦わず、翼により世界を飛び回る遊撃兼輸送役。人間体は翼の生えたイケメン優男
エルクルル・ナラシンハ:六本足の獅子の魔神。竪神頼勇の因縁の敵。勇敢な人間と戦ってそれを殺し、相手が護ろうとした相手の目の前で頭から死骸を齧り人々の絶望顔を楽しむのが趣味。主に武力担当。人間体は野性味溢れる四本腕のマッチョ
ニュクス・トゥナロア:コウモリと魚のキメラ魔神。淫魔であり、ガイストの兄等を誘惑して裏切らせたりしている諜報ドスケベビッチ。人間体は露出の多いえっちな外見の人魚
ニーラ・ウォルテール:青毛マッチョオナガゴリラ魔神。スノウの親友。知性担当だが、実は力もゴリラになれば四天王で一番強い。人間体はフードを被った小柄な魔法使いの女の子の姿をしており、ゴリラ姿は大嫌いらしい
ゼノ・ブランシュ:もう一体の狼とヒトの魔神。魔神王アルヴィナが選ぶ、未来の四天王。又の名を屍天皇ゼノ。人間体しか無い


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閑話 四天王、或いは呼び出し

「……来たれ、四天王よ」

 暗闇に、響き渡る声がする

 それは、八咫烏と同じ声。七大天が一柱が選び、一柱が見守る少年の影に潜むものと、寸分違わぬ声質を抱く者の音

 

 それが明かりを点けず、窓も板を打ち付けて塞いだ漆黒の闇の中に浸透し……

 4つの明かりが、揺れた

 「テネーブル様。"迸閃(ほうせん)"の四天王ニーラ、此処に」

 真っ先に灯ったのは、青く迸る雷光

 「おっ、珍しーじゃんお呼びなんてさ。120年振り?」

 次いで、1分程の時を経て、緑の光が揺らめき輝く

 「カラドリウス。テネーブル様の前」

 そんな彼を嗜めるように、落ち着いているが幼げな高音を隠しきれぬ声が響く

 「おっと、悪い悪い。ひさっしぶり過ぎてさー

 "暴嵐(ぼうらん)"の四天王アドラー・カラドリウス、参上したぜテネーブル。今度は何なんだ?」

 響くのは、少年と青年の間の声。風のように軽く、音が吹き抜ける

 

 「……カラドリウス

 貴方だけ?」

 「まだ残り来てないっぽいな。みんな自由だもんなー」

 あっけらかんと言う声に、青い光が揺れた

 「不真面目」

 「ってもさー、そろそろあの忌々しい聖女達に掛けられた世界の影への封印が解けるんだろ?

 みんな忙しいし良いんじゃね?」

 「……テネーブル様が、呼んでいるのに」

 ぽつりと不満を漏らすもそれ以上言うことはなく、青い光は押し黙る

 

 「ってかさー、はえーよニーラが」

 「仕事は終わってる

 あとは、テネーブル様がイレギュラーの調査を終えたら、それを作戦に組み込む事を考えれば終わり」

 「はっや」 

 「それほどでも……ない。ニーラは、魔神王の為に全力を尽くしているだけ」

 「これからも、俺の為に頑張ってくれよ」

 そんな青い光に向けて、暗闇の中に座した魔神の王はそう気さくに声を掛ける

 「はいっ!」

 少しだけ上擦った声で、光は応えた

 

 「あらー、良かったわねー、ニーラちゃん」

 からかうように輝きを見せるのは、新たに現れ煙る淡い紫の光

 「……ニュクス」

 「愛しの魔神王様に誉められて濡れちゃった?」

 クスクスとからかうように、紫の光は揺れる

 「無礼」

 「あらあら、つれないのねー

 でも仕方ないかしら。ニーラちゃん愛しの君だもの、挨拶くらいしっかりするわよ

 はーい、"惑雫(わくだ)"の四天王、ニュクス・トゥナロア、ご指名入りましたー」

 

 「ったく、何だってんだよ」

 そして最後、オレンジの光が噴き上がる

 「挨拶」

 「ったく、新入りが偉そうに……」

 「そこは無関係。四天王に入った以上、平等」

 面倒くさげなオレンジを、青い光が嗜めた

 

 「コネガキが。幾らあの方が抜けた穴がデカイからって……」

 「ローランドの轟帝(カイザー・ローランド)と弓の君ティグル相手に、彼は良く戦った

 今、かつての英雄の話は関係ない」

 「一応挨拶は必要だろ、エルクルルさん」

 緑の光に窘められ、オレンジの光の勢いが緩まった

 

 「ちっ……"砕崖(さいがい)"の四天王、エルクルル・ナラシンハだ

 良いだろこれで!

 ったく、折角勇士の頭蓋を削って、脳味噌のスープを奴のクソガキの前で一気しようって時に……」

 

 「もう死んでるだろそれ」

 口を開くのは魔神王

 「だから、お楽しみだったのによ

 ライオウフレームだか何だか知らないが、搭乗者が剥き出しの骨みたいな変なゴーレムで向かってきたのを引きずり出してよ」

 「機神ライ-オウか

 ナラシンハ、そのガキの方を殺せ」

 「は?」

 オレンジの光が、強くなる

 「そのガキが竪神頼勇だ。殺せ」

 「魔神王さんよぉ!オレはアンタが幾らでも人類を殺させてくれるって言うから、四天王に残ってんだぜ?

 殺し方ぐらいオレが決める

 あのクソガキは、親父の頭が脳スープのボウルになった時、オレを睨み付けてきた

 あれは勇士になる」

 「勇士になるなら今殺せ。分かるだろう」

 魔神王の言葉に耳を傾けず、オレンジの光は吐き捨てる

 

 「はっ!それじゃあつまらねぇ

 オレへの復讐だって強くなって、大事なものも出来て。そんな時に目の前に現れて食ってやるのが一番なんだよ」

 「……クズ」

 ぽつりと漏らすのは、青い光

 「ああ!?」

 「というかさ、早く始めようぜ?」

 その場を収めるのは緑の光

 

 「……アドラー!」

 「カラドリウス。分かった」

 いらだたしげなオレンジの光が収まり、4つの光が揃う

 

 そして、光が、4つの姿を形取った

 目深に被ったフードのローブの奥から青い三編みを胸元に垂らす色々と細く小さな少女

 それと対照的に、背丈も胸も、そして露出も派手な、豊かな紫の髪をまとめずに流す女性。その足は無く、代わりに鱗の生えた魚の尾が揺れる

 濃い茶色の翼を広げた、白髪の青年。その瞳はエメラルドに輝き、落ち着いて一人椅子に座っている

 そして、二対の腕の片割れを胸の前で組み合わせた大男。オレンジの鬣のような跳ねた髪が、青年の翼の風に揺れる

 

 「……あらあら、不思議ねー」

 「そうでもない」

 声だけの光状態から、半透明ながら姿を見せることになった人魚が、しげしげと自分の手を眺める

 「魂の一部、声からでも体は作れる」

 そう発言したのは、魔神王の背後。帽子を被せた仔犬を胸に抱いた黒髪狼耳の少女アルヴィナ

 「アンデッドというよりゴーストだけど」

 「あらあらー、居たのね、アルヴィナちゃん

 おねーさんに言っていた、素敵な人はみつかったのかしら?」

 「……まだ」

 一拍の迷いを経て、少女は首を横に振る

 「まあ、人間なんて遊びよねー

 早く帰って良い相手を見つけないと……」

 ちらり、と女性は横のフードを見つめる

 「横の子みたいに、女の子の大事な場所にクモの巣張っちゃうわよー」

 「余計なお世話」

 「……クモの巣張らせとけよ、なぁウォルテール?」

 「ナラシンハ、うるさい」

 バカにしたような笑いが響く

 満月の目を持つ魔神王の妹は、静かにそれを眺めていた

 

 「それにしても、光の世界ってどうなんだ、テネーブル」

 仲の悪い残りの三人を纏める白髪の青年……アドラー・カラドリウスただ一人が話を進めるため、話題を振った

 「んー、ちょっとヤバいから、俺自身は外に出てないんだよなー

 なんで、愛妹が調べてるよ」

 「……何人か、真性異言の存在が確認できた」

 「んま、俺程じゃないんだけどなー」

 妹狼の言葉に、けらけらと魔神王はその報告を笑い飛ばす

 

 「現状、唯一の脅威は……えーじーえっくすと呼ばれていた」

 「そんな感じで、変なのがうろちょろしてる

 ニーラちゃん、多少、人類の強さを上方修正して計画を立て直してくれ」

 「頑張る」

 こくり、とフードの少女は頷く

 「あとナラシンハ。お前は、折角封印の綻びから影を世界に送れたんだ、脅威になる前に頼勇を殺しとけ」

 「だから、何でだ」

 「真性異言の俺の預言だよ

 このままシナリオが進めば、お前は逃がしたそいつに殺されんの」

 「あらー、言われちゃったわねー」

 「けっ!知るかよ、そんな間違った言葉」

 吐き捨てるように言って、大男の姿が揺れる

 

 「それだけなら、切るぞ」

 「……それだけだ」

 「くだらねぇ……」

 それだけ言うや、男の姿は光に戻り、そして消えた

 

 「なあテネーブル。全員呼ぶ必要があったのか?」

 その顛末を見届け、アドラー・カラドリウスはどうなんだ?と昔からの戦友に声を掛けた

 「……正直、ニーラちゃんと話がしたかっただけなんだけどな

 でも、四天王のうち誰かだけ呼ぶと、それはそれで角が立つだろ?」

 「まーな。特に、ニーラだけは今の……お前の代からの四天王だ。軋轢は大きいよな」

 「全く、困ったもんだよなー」

 「あらー、テネちゃん、おねーさんの前でそんな事言って良いのかしらー?」

 くすくすと、からかうように言う紫の人魚

 「おねーさんも、古い魔神なのよー?」

 「ニュクスは別に良いんだって」

 「あらあら、嬉しいわねー」

 御世辞に御世辞で返し、紫の人魚はこれ見よがしに豊かな胸を揺らす

 

 「ボク、もういい?」

 「お兄ちゃんと居るのは不満かー、アルヴィナ」

 「この子と遊んでいたい」

 ワウ!と。生を終えているが故に永遠に成長することの無い仔犬が吠えた

 

 「んまあ、良いけどさー」

 「……じゃあ、行ってくる」

 死霊術師の魔神は、そのまま踵を返し……

 

 「……ニーラさん」

 「何か、アルヴィナ様」

 「お兄ちゃんの事、本当に大事?」

 一つだけ、聞きたいことを訪ねる

 「言葉にする必要が?」

 「なら、良い」

 それだけを確認し、少女は部屋を出ていった



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ガイスト、或いは考察

「……ふぅ」

 「あ、皇子さま、お茶どうぞ」 

 「飲んできたんだけどな」

 「んなこと言うなら貰うぞ」

 おれの前に置かれたカップをひょいと取る少年に、飲むなら飲みきれよと呟いて

 

 おれは、戻ってきた寮の部屋で一息吐く

 結局、何も起こらなかったな、あの後

 必要かと思って傘を持っていったものの使う場面はなく。友達になりに来たとは言ったが、あまりガツガツ話しすぎても逃げられるので、あの後はアステールから貰っていたお土産(鳥のような意匠のガントレット……と言って良いのか微妙なものと、赤いAとスペードのスートが合体したような二色のクリアパーツエンブレム)を渡し、二人でアステールによる小説話を聞くだけ聞いて別れた

 お陰で収穫は……2週間後、子供達の為に劇やらされることになったんだが、来てくれよって言っておいたくらい

 来てくれるかは分からない。あのガントレットを素直に受け取っていた辺り、興味はあると思うんだけど

 

 ちなみにガントレットだが、アステールが聖教国で作らせた小道具だ。小説では、連れている鳥が右手に止まると手の甲から二の腕の1/5辺りまでを覆うガントレットに変化し、其所にエンブレムを嵌めて右手を天へと甲を前に出しつつ突き上げて変身する。その再現用だな

 つまり、言ってしまえば変身手甲DXマジンガントレットである

 おれもアステールから貰っているが、ちゃんと音が鳴る。天/風属性魔法を込めた石が中に入っていて、持ち主の魔力を吸って起動し、エンブレムを嵌めることで歯抜けにされていた呪文が完成して電源が入り、嘴を閉じることで魔術が発動して録音した音声と指定した発光が発生する感じ

 ……つまり、おれが変身遊びしてもうんともすんとも言わない。電池は切れないが亜人獣人忌み子には使えない悲しみのDXアイテムだ

 

 「あの、皇子さま」

 眺めていると不意に声を掛けられる

 「わたしとしては……なんですけど、良いんですか?」

 「良い、とは?」

 「あの、アステールちゃんと別れてきて」

 ああ、そんなことかとおれは問題ないよと手を振った

 

 「……シロノワール」

 返事はない

 さらっとおれの影の中(影の中に空間なんてないよ。メルヘンじゃあるまいし……と言いたいが、影属性魔法に存在する。何たってこの世界ファンタジーだからな)に住み着いたあの八咫烏は、おれが呼べば基本的に出てくる

 鬱陶しげだったり、のんびりだったり色々だが、居るならば無視することは無い

 それが反応しないのは、いないということ

 「ってことで、シロノワールが見てくれてる」

 「シロノワールさん?」

 「なあゼノ、そいつ本当に信頼できるのか?」

 口ごもる少年に、どうしてだ?とおれは返した

 

 「いや、八咫烏ってのに嫌な思い出が……」

 「おれにも割と嫌な思い出はあるけど、それでも信じてるよ」

 敵ならおれは死んでるからな、と笑って見せて

 「なら良いけどさ」

 「……あ、すみません皇子さま。そろそろ冷やしていたデザートの時間なので、ちょっと失礼しますね」

 言って、少女は席を立つ

 本当にデザートというよりは、恐らくは二人で話しやすいようにしてくれたのだろう

 おれは有り難うとその背に声をかけ……エッケハルトへと向き直った

 

 「で、どうだったゼノ」

 「お前は?」

 「なんにも」

 と、肩を竦めて見せるオレンジ髪の少年

 「おれも、収穫があったって訳じゃないな

 ガイストと話は出来たとはいえ、あいつは原作と同じだった」

 「原作と……同じ?」

 首を傾げる少年に、おれは頷く

 「タナトスが呼んでるって」

 「……ゼノ!」

 身を乗り出してくる少年に少しだけ身を反らして引きながら、おれは逆に疑問を返した

 

 「いきなりどうしたんだエッケハルト

 あいつが厨二なのは原作からそうだろ?」

 「いや、可笑しいぞゼノ。馬鹿になってんな皇子」

 「いや、何だよ藪から棒に」

 「なあゼノ。お前もちゃんとガイストルートのシナリオ知ってるよな?」

 「当然だろ」

 と、おれは首肯する

 だから、原作そのままだなと言っているんだが……

 「ガイストルートへのフラグは?」

 「ガイストとの絆支援がA、」

 「ってそうじゃなくて、ルートに入る際に一個イベント起きるだろ?

 そのイベントってどんなの?」

 少しだけ天井に目を向け、おれは思い出そうとしてみる

 「4年前の事件について話してくれるイベントだな」

 「それだよ、ゼノ

 2年の時に、4年前の事件について話してくれるんだ

 家族全員が、兄によって殺された日の事を」

 静かにおれは頷く

 「その事件で一人生き残ったから、彼は自分を死神と呼んで距離を取ってる

 その距離感が崩れていくのが、あのイベント」

 ……あっ

 と、おれは手を叩く

 

 「そうか!そもそも、まだ兄が凶行を起こしていないこのタイミングで、既に自分を死神としているのは変なのか」

 「そうだぞゼノ。ってか、気付いてなかったのか」

 呆れたような眼を向けてくるエッケハルト

 はは……と誤魔化すように笑いながら、おれは肩をすくめた

 「おれ、ニーラのイベント好きだからニーラが空気なあのルートあんまりやってなくてさ」

 苦笑して、眼を瞑る

 「って、関係ないな。気が付けた筈の事に気が付けなかったのは、悪いことだ」

 

 一息吐いて、結局少女が二つ置いていってくれた茶の片割れを一気に煽る

 「……何らかの、理由がある訳だな」

 「まず考えられるのは……彼自身が転生者って感じかな」

 「原作の性格エミュしてるからって事か?」

 少しだけ考えてみる

 エッケハルトも、おれも、そしてリリーナも。原作においてメインどころのキャラに転生した真性異言(ゼノグラシア)の性格は、どれも原作とは違う

 一部の人はおれはほぼ原作ゼノそのままと言うが、おれは原作の彼ほど凄くない

 その上で、他の転生者にバレないように原作っぽく振る舞ったが、おれと同じく今のガイストはまだ厨二でないことを失念していた

 

 あり得る話だろう

 だが、そうとは限らない。一つの推測で凝り固まっていては足元を掬われる

 「あり得るが、他には……」

 少し悩んで、一つの仮説を立てる

 「別人が転生者」

 「ん?どういうことだゼノ?」

 「例えばだエッケハルト。彼の兄が真性異言で、AGX-ANC14Bを持っていたとしよう」

 「……考えたくもないな」

 「だな」

 二人して顔を付き合わせ笑う

 「ま、仮にだよ。ゼルフィードを越える異次元性能のアレを見せ付けられていたら?」

 「勝てるわけ無いって思うわな普通」

 「だから、まだ凶行が起きる前から凶行を予期しているのかもしれない」

 そのおれの言葉に、オレンジの少年はいや、そうかなと首を傾げた

 

 「たしかにそうかもしれないけど、死神ってなるかなー」

 「おれも可能性低いかなーとは思ってる」

 言いつつ、そのまま続ける

 「そして第三の可能性」

 そしておれは、おれの分のガントレットを空に……というか天井に翳した

 

 「原作では嵌まらなかった……というか、存在しなかったろう小説に嵌まって、単純に厨二に目覚めた説」

 うんともすんとも言わないガントレットを翳して、言ってみる

 「……身も蓋もないっ!」

 「スカーレットゼノンは魔神の力を借りたヒーロー。だからその影響でタナトスがーとか言い出した

 有り得なくもないと思う」

 「それなら、平和で良いんだけどなー」

 「だな」

 

 一息吐いて、おれも席を立つ

 「って何処行くんだゼノ」

 「練習だよ。2週間後には、おれが主役でこいつの劇だろ?

 ガイストもその劇を見に来るんだ。その時に……色々と聞くさ」



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練習、或いは襲来

そして、あの日から2週間が経った

 その間、ガイストと会うことはなく

 孤児院の皆からは2週間もかかるのかよ!と言われたが、そもそも本家劇団の劇を見ようとしたら1ヶ月後だからその三倍掛かるんだぞと言ったら納得してくれた

 ……という訳でもなく、皇子なのに!と散々ゴネられた

 いや、確かに端から見れば皇子って権力で何でも出来そうに見えるし、実際おれ一人なら劇でも何でも席を捩じ込むのはそこまで難しい話ではない。皇子ですら積極的に見たがるという評判が立ち向こうにも相応の利があるから話は通しやすいしな

 ……だが、それはおれ一人での話だ。言っては悪いが、あの孤児院の子供達は御世辞にも育ちが良いとは言えない

 寧ろ悪ガキと言うべきだろう。おれがちゃんと面倒見ろよと買った犬のフン問題でクレームが来たのも耳に新しいし、外でボール遊びしていたのがやりすぎで屋台の鍋に突っ込んだのも1週間前の話だ

 アナは大人しいが、他も大人しいわけではない。そして、あいつらおれを舐めてるのかあんまり言うことを聞かない

 いや、舐めるなとは言わないが……

 そして何より、家の孤児は亜人獣人が多い。そして、この国でもやはり彼等への蔑視はあるのだ

 故に、公開1ヶ月、貴族子弟が多く見に来る時期は亜人獣人御断りが劇の原則。それら全てを曲げてまで彼等を連れていき、問題が起きた日にはおれが責任取れる範囲ではない

 なので文句言われながら、何でもモチーフらしいおれが、代わりに劇をやるよという話が完成してしまったという訳

 

 因にだが、何か睨んでくるのでヴィルジニーも誘ったのだが、絶対にやらないときっぱり断られた。エッケハルトはアナがわたし裏方頑張りますと言ったせいか、なら出ないと断った

 クロエは……ヴィルジニーの横でこいつバカ?と無言で見てきたので聞いてない

 そんなこんなで今日も……皆が寝静まり、人気の消えた劇座等が入った大通り……昼間はおひねりで生活する大道芸人や、後はこの通りの奥の王城に隣接した建物がギルドであるが故にギルドに向かう人員に臨時で声を掛けられないかと冒険者も(たむろ)する人の坩堝、通称人市(ひといち)通りで、劇の練習をする

 初等部塔ではない理由は簡単だ。劇の練習で夜に爆発とか起こします、が通る訳無い

 同様の理由ではないが、当日使わせて貰う劇座も使えない。鍵を借りて使わせて貰う訳にも行かないからな。誰かが見てないといけない

 折角帰れるタイミングから、子供数人の練習の為に残らされるのは酷だろう

 

 結果、こうして開けた大通りで練習してるという訳だ

 それ自体は問題ではない。実際……

 「おお~ジュリア~!」

 こうして、声劇の練習の声がBGMになっているように、他にも練習している者達が居る

 おれにはあまり関係はないのだが、ここの夜は練習する者達の場なのだ。帰りの劇座長等の眼に止まりスカウトされる事を夢見て、今日も練習する者達が居る

 ま、おれをスカウトされても困るんだが……って、ないな

 

 「アイリス、用意は良いか?」

 思考を切り上げ、一息で意識を集中

 所在無さげに佇む悪魔の姿をしたゴーレムに、そうおれは声を掛けた

 今回の劇の敵役はアイリスのゴーレムだ

 元々は、ボクがやるとアルヴィナが敵役を買って出てくれたのだが……練習中に大問題が発覚した

 

 そう、おれの演技がド下手だったのである

 元々、お前の刃は心を映すと師匠に言われていたように、おれの振るう剣はとても素直……らしい。解りやす過ぎて対処が楽だ、と

 そう、アルヴィナ相手にどれだけ剣を振っても演技臭さが抜けなかったのだ。剣が弾かれる演技は急制動が速すぎるし、迷いから狙いがブレブレ。アナからすら言いにくそうに苦言を呈されるほど、おれの殺陣は殺気が無かった……らしい

 おれ自身は、当てる一寸前まで本気で剣を振りつつ寸止めしてる気になっていたのだが……

 どうにも、横から見たらアルヴィナを傷付けまいとする余り、へなちょこ猫パンチソードになってたのだと言う

 

 ……その事におれは一晩悩み、そして……

 それに対する解決法を編み出した

 

 そう、それが今からの劇の練習

 相手をアイリスに用意して貰ったアイアンゴーレムにする作戦である

 本気で剣を振るっても弾かれ、振りかぶられた拳が当たれば骨折くらいする相手に対してなら、迫真の演技がおれでも出来ようというもの

 我ながらかなりの名案だと思う。何故か、アナにもエッケハルトにも苦笑いされたんだが

 

 兎に角、敵をアイリスの操る小型のアイアンゴーレム(声はやりたがってたのでアルヴィナが当てている。cv:リリーナ・アルヴィナって奴だな)にして以来、おれの演技は……何とか子供達に見せられるレベルに向上した

 

 そして、明日を……交渉に応じてくれた劇座の週に一度の休みの日を子供達への公演の日として控えた夜、おれはこうして最後の練習に勤しむ

 

 「行くぞ!相棒!」

 『カァァーッ!』

 おれ(ゼノン)の声に合わせ、相棒たる魔神烏が一声鳴く

 そして、そのまま翼を広げて輝くと……カラスは右手の甲を覆う鳥型のガントレットに変化した

 

 ……という設定である。実際は演技派のカラスが八咫烏の面目とばかりに光り輝いている間に、腰のポーチに隠していたガントレットを装着し、それを確認したシロノワールに照明担当のアナが上手く空の照明を操ることでおれの影を被せ、そのまま影に消えることでガントレットに変わったように見せるだけだ

 今は本番ではなく、屋外のため照明もなく、普通にカラスは地面へと降りて影に消えていった

 あのカラス、意外にも乗り気で演技を助けてくれる。案外気の良いカラスなのだろう

 魔神王だ何だと疑っていた自分が恥ずかしい。台詞が割と落ち着いた感じの魔神王テネーブルがこんな子供向けの劇の役をやってくれるとは思えないのにな

 

 「我!魔神の元!剣の切り札(エース)とならん!」

 前口上を言いつつ、スライドして嘴を展開

 胸元からエースとスペードの意匠が合体した(エースは逆向きだからターンエーと言うべきか)エンブレムを取り出してセットする

 『エィスッ!』

 響く電子音。鳥の目が、赤く光る

 ……何故、おれが使えないと前に言っていたガントレットを使えるのか

 その答えは一つ。そもそもこれはガントレットではなく、アイリスのゴーレムだからだ

 おれは魔法が使えない。だからこうして、ゴーレムを腕にくっ付けてその場で声を出して貰う事で対応する

 幾らアイリスであれ、複数のゴーレムは同時に扱えない。よって、此方のゴーレムを操る間は敵役のゴーレムは動かせない

 だが、それで良い。これはお芝居なのだから

 「変身ッ!」

 おれはガントレットの嘴を閉め、思いっきり上へと手を突き上げる

 同時、周囲で起こる爆発を幻視する

 本番では起こるはずのそれを想定しながらおれは地を蹴って後方に飛ぶ

 爆発は火や雷属性の魔法だ。水/天のアナにも、影/天のアルヴィナにも使えない

 そして……火のエッケハルトは手を貸してくれず、火/風/雷らしいアステールはというと……

 「きゃー、たすけてー」

 そう。ヒロイン役である。流石に、舞台の上で囚われのヒロインをやりつつ魔法を唱えて爆発起こす演出をこなすのは無理がある

 同様の理由でアイリスも却下。鉄属性は火と土に絡むから火属性は持ってるし、何なら爆発も割と得意らしいが、ゴーレム操作と同時には出来ない

 その為、快く(何でも、座長が半年前に見かけて助けた仔猫が川に落ちたのを泣いてた子供の親だったらしい)舞台を貸してくれた劇座の人が爆発をやってくれる事になっている

 

 そそくさと物陰に隠れ(本番では奈落に落ちて)、予め持ってきていたヒーロー味のあるスーツに袖を通す

 何というか、バイクに乗らないことに定評のあるライダーを思わせるようなスーツ。色は赤と黒

 最後にマントを翻らせてからフルフェイスの兜を被り、マントの端を兜の飾りに引っ掛けて固定

 アイリスが流してくれる変身音が途切れる瞬間、本来は奈落から飛び出すから一度飛び上がって、5m程前の、最初の位置に着地

 入れ替わりを隠す今一度の爆発を幻視しつつ変身完了時のポーズを取り……叫ぶ

 「魔神剣帝スカーレットゼノン!地獄より還りて、剣を取るッ!」

 握るのは木……だと折れてしまうので金属を利用したナマクラ。重いが、攻撃力は低く必殺補正がマイナスになっている手加減用の武器に装飾を施した、轟火の剣の形をしたニセモノだ

 それをゴーレムに突き付け、おれは呟いた

 「さあ、革命を起こそうか、相棒」

 そして剣を振りかぶり……アイリスのゴーレムなら大丈夫という確信を込めて、あえて装甲の表面を狙い……叩きつけるっ!

 

 数合の打ち合い

 当然ながら劇だ。簡単に勝っては面白くない

 だから此処で、露骨に悪魔なゴーレムは仕掛ける

 「……ぐははー!良いのかー」

 割と機嫌良さげなアルヴィナの声で、悪魔は喋る

 因に当人は影魔法で姿を隠してずっとゴーレムの側に立っているのだが……居る場所分かっててもおれにはとてもそこにアルヴィナが居るように見えない

 影魔法、恐るべし

 但し、息遣いは聞こえるし気配はあるし、触れれば触れられるので同じ魔法を使われても不意は打たれない程度ではある

 ただ、近付かないと分からないし、視覚情報は完全に騙せている。子供達もきっと気が付かないだろう

 「この娘がどうなっても良いというのか?

 薄情な。所詮は、魔神のなり損ない」

 「何をっ!」

 悔しげに、そう返してみせる

 これも演技だが……自分が魔神へ半端に先祖返りしていると聞いていると、演技にも心がこもるというものだ

 

 「……お前が魔神だというならば、このままボクごと殺すが良い」

 「おれは、人だ!」

 「……人が、少女ごとボクを殺そうというのか」

 「……ぐっ」

 仮面の下は見えない。だが、唇を噛んで

 「ゼノンさまー!助けてー!」

 ノリノリだなこの狐娘

 

 この先のストーリーは……一度、剣を……

 おれがなまくらを投げ捨てようとした、その瞬間

 「待てっ!人を食らい、悲しみを振り撒く外道魔神!」

 そんな声が、響き渡った

 

 「その外道、七大天が見逃そうが……この眼がしかと見ているぞ!」

 ……は?

 響く変な少年の声に、思わず演技を忘れておれは棒立ちする

 「父さん!力を!」

 『ライオ、オーケイ?』

 響くのは、ガントレットを通して聞こえるアイリスの声のような電子音の混ざった男の声

 「当然」

 『アーユーレディ?』

 「……出来てるよ」

 「『レリックハート、スタン、バイ!』」

 二つの声が重なりあう

 

 レリックハート?そしてライオ?

 

 ってあいつか!

 いや待て、待て待て待て!?

 『エンジンバースト!ゴゴッGo!』

 「バスターストライク!」

 その瞬間、屋根の上から飛び降りてくる影

 その肩には、青い光を蓄えた剣の姿があって……

 「いやだから待てよ!?」

 ギリギリで思考が追い付いたおれの手が漸く動き、アイリスのゴーレムに届く寸前、その剣を横凪に絡め取った



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青き鬣、或いは竪神

ガギィィンッ!

 鋼と鋼の噛み合う音が響き……

 

 っ!重い!

 だが!

 押しきられて、たまるかよぉっ!

 狙われているのはアイリスだ。ゴーレムと本人にダメージのリンクなんかはない。壊されても最悪問題はないのだ。だからおれも、気にせず攻撃の演技が出来ているし、ゲームでも唯一倒されても何事もなく次も出撃できる

 それでもだ!ダメージなんて無くても、今アイリスはあのゴーレムを通して世界を見ている

 ならば!その妹を守るのが、兄ってものだろう!

 「っ!はぁぁあっ!」

 両の腕で握った剣から右手を離す

 瞬時、振り下ろされる剣と競り合う剣を握る左腕への負荷が爆発し……

 カッ!と瞬く光。影から飛び出したシロノワールが、目眩ましにお得意の発光してくれたのだ

 おれは何となく予想していた為耐えられるが、予期せぬ光を眼に浴びた少年は面食らう

 お陰で集中力が途切れ、押し込もうとする剣の力が緩み……

 「止めろって!言ってんだ!」

 青い光を、エナジーを迸らせる鉄剣をその右拳でぶん殴り!刀身を滑らせてずらす!

 

 前世?でだって、VRゲームで斬られた場所が痛む気がするとか、そんなリアリティのある映像を見たことで脳が痛みを感じた気がするとかの問題があった気がするし、何より怪我しなくても映像でも自分が斬られるのは怖いだろう

 そんなこと!させるかよ!

 

 ドゴンッ!と鈍い音と共に、ギリギリで逸らしきれたエンジンブレードが地面へとめり込む

 「くっ!罠か!」

 「……いや違うけど」

 「お前達、グルだったのか!だが、私達は!」

 「………………」

 あ、更に勘違いされている

 「違うっ!」

 エンジンブレードのバースト状態、つまり魔力を噴出している状態を殴り飛ばしたせいでズタズタに裂けた手袋、その下の細かな傷が無数に出来た右手をぶんぶんと振って、いや待てアピール

 「アイリス」

 こくりと頷くと、小さなアイアンゴーレムはその2対の腕の片割れ……背面への攻撃をカバーする為に用意された隠し腕で羽交い締め(痛くないように腕の裏にはクッションが貼り付けてある)していた狐少女をひょい、と離して腕を畳み、バックパックへと変形させる

 それを見つつ、おれはフルフェイスヘルメットを取った

 

 「……っ!」

 構える青毛の少年に、歪んだ顔で笑いかける

 「……話、聞いて」

 ひょいとゴーレムの脇から魔法を解いて姿を現し、何時もの帽子を被ったアルヴィナも参加

 「おれはゼノ。こっちのゴーレムは妹のアイリス

 そしてこの帽子の子は敵の声を担当してくれてるアルヴィナ。狐耳の子はヒロイン役のアステールちゃん」

 「妹?声?役?」

 茶色の鋭い目をぱちぱちとしばたかせ、混乱する少年におれは刀身の半ばまでひび割れた剣を地面に置いて続けた

 「あ、すまない忘れていた。このカラスはヤタガラスのシロノワール、家がごたごたしているから預かっているアルヴィナのペット?だ」

 忘れんなとばかりに、カラスが袖を噛む

 「そして、何か勘違いされてるようだけど……魔神族が少女を襲ってる現場じゃなく、単なる劇の練習だ、さっきのは」

 「練、習?」

 口の中で転がすように、少年は一人呟いて……

 

 「つまり、お芝居?」

 「ほら、あるだろ最近人気の英雄伝説小説、魔神剣帝スカーレットゼノンって奴

 そいつの劇の練習」

 「全部、お芝居で……」

 一瞬の間

 「すいませんっしたぁぁぁぁっ!!」

 ザ・DOGEZA

 綺麗なフォームだな、なんて、場違いな事を思う

 それくらいスムーズに、少年はジャンピング土下座をかました

 ところで、何でこいつは空中で土下座体勢を取ってるんだ。いや別に良いんだけど

 「私はつい、私達のように、復活した魔神がまた悲劇を起こそうとしているのかと!

 よもや、単なる芝居とは、誠に申し訳無い!」

 平身低頭。少年が頭を地面に擦る

 粗末な旅服もまた、細かな土にまみれ……あんまり見てて気持ちいいものじゃないなこれ

 『ベリー!ソーリー!』

 と、音声でも謝罪が飛んでくる

 そういえば、頼勇の父ってレリックハートという石になってこうして彼の左手に合体しているんだったな。原作ではもうちょっと流暢に話していた筈なんだが、今はまだ音声出力調整が上手くいっていないのかカタコトだ

 「すまない!」

 「いや良いって、誰も大怪我してないしさ

 笑い話で済むよ」

 「それで済まない」

 アルヴィナの言葉と共に、右手を挟み込むふかふかの感覚

 二本の尻尾で、アステールが挟んだのだ

 ……いや、それに何の意味が?と言いたいが、まあ好きにさせておこうか

 「大丈夫だって。ちょっと火傷したような程度だよ」

 「……本当にすまない

 私達みたいな人間を出すまいとして、もっと悲しい悲劇を産むところだった」

 「良いって。今回はそんな悲劇にはならなかったんだ

 後悔するより、次は無いようにしようぜ」

 「すまない、有り難う」

 呟く少年に、立てるよな、とおれは怪我してない方の(この二週間で漸く左腕はクラッシュボーン入りソーセージを脱した。骨はまだ治りきってなくて脆いが)左手を、少年に差し出す

 

 「それより、君の事を聞かせてくれないか」

 「ああ」

 素直に、少年は右の人間の手でおれの手を取って立ち上がるとうなずきを返す

 まあ、おれ自身は割と彼が誰なのか知ってるんだが、それでもだ

 周りは知らないし、おれも……何か原作と違ったらそこは知らない事になるし、何より、おれ自身年単位であのゲーム周回してた記憶から知識にはそこそこ自信があるとはいえ、RTA中はシナリオなんて全部早送りスキップだし、ゲーム外、つまり小説版だの漫画版だの続編だのは全く知らない

 その辺りの情報と照らし合わせられないというか……。エッケハルトも群青のマグメル(仮)とされてた続編については仮タイトルまでしか知らないらしいから本気で何も分からない

 原作知ってるから、で何も聞かなければ足元を掬われる。というか、原作通りだなとガイスト関係をスルーしかけたしな最近!

 

 「私はライオ。竪神頼勇(たてがみらいお)。そして、この左手に居るのが父の竪神貞蔵(てぐら)

 「ライオにテグラか。その名前、さては南方のワカツと言ったか?あそこの出か」

 「ああ、私達は倭克(わかつ)の国の出だ

 向こうではそこそこ大きな機工会をやっていたんだが……」

 帝国の南、倭克の国はこんな国名と日本風の人の名前しておいて、和風要素はほぼ無い。サムライだのニンジャだのは居ないし、スチームパンクというかサイバーパンクというか、アルケミックパンクと呼ばれる錬金術系列の魔法が盛んな国だ

 つまり、ゴーレムを作ったりする魔法が発達し、国民も大体それに都合の良い属性持ちが集まった鉄と火と時折水の国

 和風要素は師匠の出身である西の国だな。向こうは俺達に近い名前してるけど

 

 「そんなある日、私達の前に一人の男が現れた

 名をナラシンハ。私達は為す術も無く地面に転がされ、父は……目の前で食われた」

 「……そうか」

 「父の脳、そして魂。それらから必死にサルベージしたデータの塊が、このレリックハート

 私自身と繋げることで生きているから、外せば二人とも死ぬ事になるが……それでも、左腕を食われた私と父が生きていくにはこれしか無かった」

 原作でもしてくれた説明を、跳ねた青髪の少年はしてくれる

 「……大変」

 「でもー、ステラ達を襲ったのはなんでー?」

 「ナラシンハと名乗ったその魔神は、四本の腕を持っていた男だった

 妹さん?を見て、四本腕だから奴かその兄弟かと思ってしまったんだ

 本当に申し訳無い!」

 もう一度頭を下げ、同年代の少年が謝罪を繰り返す

 

 「いや、おれは別に良いんだけど、狙われたのはアイリスだしな

 アイリス、許してくれるか?」

 「……お兄ちゃん」

 ここ半年ちょっとで声まで伝えられるようになったゴーレムから、妹の声がする

 「怪我したのはお兄ちゃん」

 「すまんっ!」

 「お兄ちゃんが許すなら、どうでも良い」

 「いや、おれは事故なら仕方ないと最初から別に怒ってないが」

 寧ろ、そのお陰でこのタイミングで彼と遭遇できた事を感謝してるくらいだ

 原作だとどうしても出てくるのが遅いキャラだが、機神が使え、魔神王復活が実際に起こりリリーナが聖女認定を受ける以前から魔神の復活を信じて戦っているという設定もあって、もっと早くから出会えていれば、協力出来たろうにという思いはゲームの時からあった

 そしてこうして会えたのだ。怒ることなんて何もない。右手の怪我?妹やアステールやアルヴィナが怪我してたら兎も角、おれ自身なら必要経費として割り切れる

 

 「いや、すまなかった」

 「何だ、怪我の分何かくれるのか?」

 冗談めかして、そうおれは聞いてみる

 「本来そうすべきなのは分かっている

 分かってはいるから待って欲しい。今の私には持ち合わせがなくて……」

 

 「じゃ、家に来い。っても孤児院だけどな」

 「重ね重ねすまない!

 君も私達と同じような苦しみを持っているだろうに」

 ちらり、とゴーレムを見て一言呟く少年

 「いや全く?」

 「だが、君の妹さんは……」

 「単なる遠隔操作だ。死んだ妹の魂をゴーレムに宿らせたとかじゃない」

 原作でも、物事をシリアスに捉えすぎる奴だったなそういえば、と思い出す

 「そもそも、良いのだろうか

 君が良いと言ってくれても、孤児院の側は……」

 「ん?普通に食費出してくれれば良いぞ?スペースは空いてるし」

 「いや、責任者が」

 「どうも、最高責任者です」

 「……へ?」

 目をぱちくりさせるライオ

 「おれは別に孤児じゃないからな」

 「そうなのか」

 「ステラのおーじさまなんだよー。そしてー、未来のだんなさまー」

 と、アステールがニコニコと付け加える

 「後者は違う」

 「もうだんなさま?」

 「逆だ、アステールちゃん。旦那様になることはない」

 「……えっと、つまり?」

 事態についていけず、左手で髪を掻く少年

 

 「孤児ではなくて、どう考えても可笑しいが、私より年下の妹さんが死んでなくてゴーレムを操っていて?

 いや、君は一体」

 「皇子」

 ぽつり、と呟くのはアルヴィナ

 「たった一人のお兄ちゃん」

 と、間違ったことを言うのはアイリス。なあアイリス?あと6人の兄は何処へ行ったんだ

 「未来のきょーこー」

 なりません。嘘はいけないぞアステール

 忌み子が教皇になった日には終わるぞ聖教国

 「王子様?

 そこの子以外にとっても?」

 「というか、こう名乗ろうか

 いや、帝国内だと有名なんで名前だけで通じるんだが……

 帝国第七皇子だ」

 「ガチの皇族!?」

 『エラー!』

 おい、大丈夫かお前の親父。エラー吐いたぞ



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孤児院、或いはローランド

「……本当に良いのか?」

 「おいおい、この国の皇子さまの言葉をそんなに疑わないでくれ」

 再三確認してくる少年に対しておれは笑う

  

 「最近まで片腕食われた元冒険者のおっさんが泊まってたんだけど、新しい就職先が見つかったってんで出てってさ

 そんな感じで、家の孤児院は割と自由なの」

 因にだが、あの片腕喪って働けなくなったおっさんは2人前くらい食った。流石にロリコン?ではなかったのか、それとも何かあったらぶっ殺すと脅していた事が功を奏したのか本当に子供達に何かする事は無く、半月ほど(3週間24日)くらいしておれが斡旋した土木工事の監督役という仕事を得て出ていった

 え?監督が素人に務まるのか?あのおっさん、片腕無くしたとはいえ魔法については鋭いからな。魔法の使用を監督する役なら出来るのだ。やりすぎるから使っちゃいけない所とかの判断は正確……のはずだ

 本当はもっと大きな事をしなきゃいけないんだが、おれにはこうして目先の人間を助けることしか出来ない

 それも、他人に頼る形でな。本来、ここはおれが分かったと工事を発注して雇用を産み出す、くらいの事はやれなきゃいけないだろう。何たって皇子だからな

 だが、それが出来ずにおれは……。妹に頭下げて、妹の名前で国営の宿泊施設の改築という工事を産み出したという訳だ。割と老朽化していたのであっさり申請は通ったというか、誰かが言い出すの待ってたっぽいが……

 おれの名前じゃ忌み子なので通らない。第一おれにそんな予算はない。だから皇位第四継承者(因にだが、8年後には第二になる)の妹に、妹に渡されている予算でやって貰ったのだ

 いや?アイリス派として、妹は国民のためにこれだけの事をやった……って実績を作りたかったってのもあるんだが、利己的な意味もある。全く、情けない

 

 「おっさん……良いのか、それ」

 「一度だけ、師匠と共に修行で天空山の麓まで行ったときに出会ったんだ

 悪い人じゃなかったよ」

 あの時は、師匠にとりあえず食えるものを狩れ、と言われて探している時、珍味狩ってこいと言われた彼に会ったんだっけか

 子供とバカにされながらも、おれには使えない拘束魔法を使ってもらって動きを止めたところをおれが隙間を切り裂くって形で大亀の魔物(って言っても防御は60ちょいしか無いしHPも120程度、ちゃんと反撃を受けずに魔法を撃てれば彼一人で勝てたろう)を倒し……彼におれはこいつじゃなくて良いからってカッコつけた結果、後は毒ありだの食えたものじゃない味だので結局何も取れずに師匠にアホかと言われたな

 

 閑話休題

 「だから、気にしないでくれ竪神

 単純に、国民が困ってたら助ける、それが皇子の仕事ってだけだ」

 「でも、ステラは特別だよねー

 ステラは国民じゃないしー」

 「いや、それはそうなんだけど」

 「それなら、私も助けて貰えないな」

 「そうなってしまうから、あまり気にしないでくれ

 おれが勝手に言ってる理想論だ」

 「自分で言ってしまうのかそれを」

 「良いだろ?現実的には全部は無理でも、言えるところくらい理想論を言わせてくれよ」

 

 「と、此処が家の孤児院だ」

 と、見上げるのはローランド孤児院と書かれた割と新しい看板の立ったこじんまりとした建物

 ローランド。帝祖ゲルハルト・ローランドの名を冠し、帝祖に連なるものの縁があると示す名。皇族以外がその名前を騙ると罪になる、偉大なる名前だ。ぶっちゃけると、詐称するとローランドの名を書いた時点で火が出ると神の名にも近い力を持つ

 最近のおれがあまり顔を出せないから、一応これでも皇子の息が懸かってるぞという主張として最近おれが立てた

 なので、元々の孤児院名は全く違う……ってその辺りは良いか

 

 「あ!お帰りなさい、皇子さま」

 なんて、厚手のモコモコした猫耳フードの付いた寝間着(ちなみに元々はアイリスが発注したものを貰ったらしい)を着こんだ銀髪の少女が、扉を開いておれに向けて頭を下げる

 「アナ、起きてたのか」

 「えへへ、あんまり寝付けなくて」

 そう、少女ははにかむ

 因にだが、アナが此処に居るのは明日孤児の皆を引率するためだな。初等部から向かったら遠いし、皆を起こして支度させてってのは時間がかかるからな

 「……しっかり寝てくれよ

 これから成長するのに体壊すぞ」

 ……おれ?おれは仮にも皇子だし、数%魔神だからな。2徹くらいで壊れる体してないというか……

 「でも、明日だって思うと眼が冴えちゃって……」

 と、少女は見慣れない人影に気が付き、不思議そうにその少年を見る

 「皇子さま、彼は?」

 「倭克の竪神頼勇。左手のは父の竪神貞蔵さん

 とある理由で旅してるらしい。金が厳しいらしいから、泊まってくか?って」

 「あ、そうなんですね

 わたしはアナスタシア、この孤児院の子で、ちょっと出稼ぎに出てることが多いです

 あんまり会うことはないかもしれないけど宜しくです、ライオさんとテグラ……」

 そして、少女は眼をぱちくりさせた

 「あれ?石がお父さんなんです?」

 「そうらしいな」

 正確には、頭を開かれて死んだ父の魂とデータをこの世に繋ぎ止めているのが左手に埋め込まれたレリックハートって白石だ。半ば食われた脳味噌と魂が素材らしく、頼勇と繋がってるから離すと二人とも死ぬ

 「え?どういうことなんですか?」

 「さあな?その事について、後で聞くか……って思ってた

 とりあえず、死霊術の類いじゃないか?」

 「……多分、違う」

 冷静に少年を見て分析するのはアルヴィナ

 死霊術、つまり死者を使う術は影魔法と天魔法に属する。名前からして天魔法と死霊術は相反するようにも見えるが、死者の魂を呼び出すってのは案外イメージ的にも神の所業だし可笑しくないのかもしれない

 そしてアルヴィナは天/影だからな。適性はこの中ではトップだ。似た匂いがするかどうかで判別できるのだろう

 おれにはどうにも分からない感覚だ

 

 「ま、そこら辺は良いや」

 「良いんですか」

 「良いのか本当に」

 「良いんだよ、お前は悪い奴じゃなさそうだし

 アナ、ジュースあったろ、ちょっと出してやってくれ」

 そんな言葉に、申し訳なさそうに少女は頭を下げた

 淡い銀髪に寝る時には何時も枕元に置かれている桜色の髪留めが揺れる

 

 「それが……みんな、全部飲んじゃって……」

 「明日の分も含めてだから半分残しとけって言ったろ全く……」

 軽く左手で髪を掻き、残りの金を試算する

 ……まあ、足りるか

 「まあ、仕方ないよな」

 「ごめんなさい、皇子さま」

 自分はジュースを全部開けたりしてないだろうに申し訳なさそうに呟く少女の頭を軽く撫でて落ち着かせる

 

 考えてみたら、おれも……日本人のおれも、普段は遠足のおやつなんて買えなくて……。ある確か小学4年の遠足前日、ゲームしながら食べようと思ったけど数多くてと近所の高校生のお姉さんに5つ綴りのポテトチップス小袋から3つを貰い、明日の遠足に……取られる分と合わせて2つは取っておこうと思いつつ、つい一袋だけ……どうせ取られるからもう一袋……って二袋前日に食べてしまった記憶がある

 当然当日の最後の一個は取られたけど、あれ食べるのだけは思いとどまって良かったと思う。他の同級生におやつ寄越せよって矛先が行かないだけで良いんだ。だっておれ、もう二袋も食べたしな

 だから仕方ないな!うん!責めるべきじゃない。あったら食べたくなるよな普通

 

 「分かった、とりあえずお茶……は湯湧かす必要があるか。でも良いか

 お茶、頼勇に出してやっててくれ」

 言いつつ、おれは逆の方向を、背後を振り返る

 「皇子さまは?」

 「すぐ帰るけど、この時刻だ」

 ちらりと首から下げた懐中時計を見せてくれるアルヴィナによると、今の時刻は虹の刻の半分ほど。日本風に言えば午後10時半

 考えてみれば遅すぎるというか、結構危険な時間だ

 「アルヴィナとアステールちゃんを送ってく必要があるだろ?」

 「ボクは不要」

 「ってアルヴィナ」

 「此処に泊まる。家より落ち着く」

 「アルヴィナ、お前なぁ……」

 そもそも、家じゃなくて寮に送る気だったんだが……

 「分かった。アナと一緒の部屋しか無いんだが、アナは大丈夫?」

 こくり、と頷く少女

 「……なら、おれはアステールちゃんを送って、ちょっと買い出しに行ってくるよ」

 

 すっと、影から出てくるカラス

 「ああそうそう。頼んで良いか、シロノワール。頼勇の事はあまり危惧してはいないけど、何かあったらアルヴィナ達を守ってやってくれないか」

 応と左翼を拡げて返事する三本足のカラスに軽く会釈して、おれは狐少女の手を引いて歩き出した




???「そろそろだね、君が来るのを待っているよ
僕の可愛い灰被り(サンドリヨン)


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談話、或いは提案

「さて、改めて話を聞かせてくれ」

 まだまだやっている屋台街で幾つか夜食と明日の為の飲み物を買い直し、少女を白亜の塔、つまり七天教の帝国総本山に送り届け……

 駆け抜けて初等部塔に戻り、疲れたのかすやすやと眠る妹の枕元に買い出しの序でに買った小さな猫のぬいぐるみを置いて、少しだけ頭を撫でてからまた孤児院まで戻ってきたおれは、ツンツン髪の少年と向かい合ってリビングに座っていた

 

 「……分かった」

 静かに頷いて、子供とは思えない落ち着きで、少年は右手でカップを持って薄い茶を啜り、言葉を紡ぐ

 「……甘いな」

 「南方の茶は渋みが強いんだっけか」

 「地域の違い。いや、慣れてしまえば行ける味だ、問題はない」

 「そうか、ならジュースは開けなくて良いか」

 そう、おれは呟いて、買ってきた肉串からちょっと大振りに切られた肉を二切れ外して、へーと興味薄そうに話を聞いているアルヴィナ前の木皿に乗せる

 ひょい、と八咫烏の嘴が伸ばされ、そのうち一切れを啄んだ

 「御苦労な、シロノワール」

 あのカラスは、あまり触れられる事を好んではいない。だからおれは手を伸ばさずに眺めるだけにして

 「アナは要る?」 

 そう、聞いてみる

 「あ、わたしは良いです。もう歯磨きしちゃったですし、わたしだけ食べるとみんなに悪いです」

 けれど、銀髪の少女はふるふると首を横に振った。少し肌寒いのか被ったの猫耳フードの耳が、頭に合わせて軽く揺れる

 それをジーっと眺めるツンツン髪と、気にも止めないで啄むカラスにボクは良いからと肉を譲る黒髪の少女

 その全体を見てからおれは……

 「すまない。図々しい事を言うのだが、私の分は……」

 「ん、はい」

 袋からもう一本の串を取り出さず、薄茶色の紙袋ごと少年に肉串を突き出す

 「……良いのか?」

 「資金が……というようならあまり食べてないんだろ」

 良いって、と可能な限り笑顔を繕って、おれは少年に紙袋を押し付ける

 「ならば、有り難く」

 実際、腹が減っていたのだろうか

 おれが良いよと言うや少年は肉串にかぶり付く。割と礼儀正しい立ち居振舞いとは少しギャップのある豪快な食べっぷりだ

 5切れしか刺さっていない肉のうち二切れを同時に歯で挟んで引き抜いて口に含み、一気に咀嚼

 「こいつも食うか?」

 その光景が何処かおかしくて。おれはそう二切れ外した串を逆の手上下を返して持ち変え、少年に差し出す

 口を動かしながら、ペコリと頭を下げて串を受けとる少年頼勇

 

 「あ、ライオ……さん。お粥、要りますか?」

 その食べ方を見て、銀髪の少女が問い掛け

 「あ、勝手にすみません皇子さま!」

 なんて、おれに謝ってくる

 「良いよアナ。おれが今竪神に聞こうかと思ってた所だ

 記念にちょっぴり豪華めに干し鳥と……あと卵も入れてやって」

 「分かりました皇子さま!」

 そう言って席を立つ銀髪の少女

 厨房に歩いていくモコモコの寝間着の少女の後ろ姿を眺め、おれは……

 割とアナを当然の事のようにこき使ってるなと自省した

 

 いや、あの子はおれの使用人でも何でもない。あまり彼女がおれの使い走りみたいな認識をしないようにしないとな

 

 そして、アナが持ってきてくれた粥をおれも軽く食べながら、頼勇の話を一通り聞き終わる

 「成程な。それで、お前はナラシンハと名乗った化け物の行方等を探しつつ、旅を始めたと」

 四天王エルクルル・ナラシンハに父親を殺され、利き腕の左腕を食われ、父の魂を石にして共に旅に出る

 この辺りの話は完全に原作と同じだな

 「ああ、私は父が遺した力であるライ-オウの完成と、復活の兆を見せた魔神への対応のために、こうして旅をしている」

 「なら、此処が一先ずの終着点だな」

 「そうなのか?」

 首を傾げる頼勇に、おれはそうだと頷く

 

 「とりあえずはナラシンハ……伝説にもあるエルクルル・ナラシンハについての話を、魔神王復活の預言を行った聖教国に持っていくんだろう?」

 「そのつもりだが、何か私の知らない事情があるのか」

 「いや、竪神、さっき会った狐の女の子、居るだろ?」

 「ステラと言っていたあの可愛らしい女の子か。亜人に対しての偏見が薄いと聞いていたが……」

 頷く少年に、そうそのアステールとおれは頷き返した

 

 「彼女、聖教国の出で、この帝国に遊びに来ている」

 留学って訳でもないらしいので、遊びと語る

 「亜人なのにか?」

 「亜人でもだ。後は……この国には今、枢機卿の娘が留学に来ていて、妹が学友なんだ」

 「何!?そうなのか」

 「ああ、だから、彼女にその旨をしっかりと話せば、枢機卿にまで伝わる」

 「そう、か……」

 安堵した表情を浮かべ、匙を進める少年

 だがしかし、その眼は直ぐにキリリとしたものに戻る

 

 「だとしても、他にも封印から抜け出した魔神が現れるかもしれない

 それを放置するわけにはいかない。私達のような悲劇は」

 「……流石に、伝説に謳われる四天王級がそうそう出てきてたまるものかよ」

 「……皇子、四天王って、誰?」

 ふと、二つとも肉を食み、此方をじっと見ている八咫烏を見詰めていたアルヴィナがそう問いかけてきた

 「四天王ってのは、伝説の魔神王直下に居るとされた4体の魔神だ

 エルクルル・ナラシンハ、ニュクス・トゥナロア、テネーブル・ブランシュ、そして……スコール・ニクス」

 うっかりゲーム本編での名前を言わぬように気をつけつつ、おれは記憶を辿って名前を羅列する

 そう。かつての伝説の時代ではテネーブルって四天王なんだよな。当時の魔神王の息子らしいけど

 「そのうち、スコールに関しては既に倒されている」

 視界の端で頷いているカラスが何か気になるが無視して、おれは話を続ける

 「といっても、かつての戦いで人間側が滅ぼせた有力な魔神はスコール・ニクスただ一体

 そのただ1体を倒せていなければ、多分おれ達が産まれてないけどな」

 「……そういうもの?」

 「"星喰"のスコール。私でもその名前は知っている」

 と、付け加えるように頼勇。それを聞きながら、おれは……

 何でか被っている帽子の下の耳が伏せ気味になった不満げなアルヴィナに頬を軽く引っ張られ、アルヴィナの愛烏に眼の近くを軽くつつかれていた

 ……アルヴィナは良いとしてシロノワール?割と痛いんだが。ギリッギリでダメージ通るから止めて欲しい

 

 「星喰さん……。エルフの凄い人と、初代皇帝さんとで倒した火を食べちゃう狼さんでしたっけ?」

 「そうそう。良く覚えてたなアナ」

 因みに、おれがアナにあげている授業ノートにも名前が出てくる

 さてはアルヴィナ、あの授業寝てたな?

 

 「……とにかくだ。私はあまり……」

 「いや、そういうのは本来皇族の仕事だ。特に帝国内で起こる場合はな」

 それにだ。大きな事件自体は暫く無いんだよな

 次にシナリオ上で話が聞ける魔神によるあれこれは、当初魔神との繋がりが見えないガルゲニア公爵家が当主を交代するその日に、パーティに出席した人間が呼ばれた気がしてとゼルフィードに触れた結果かの機神に吸い込まれた幼い少年ガイストを遺して全員が新当主に殺されたガルゲニア血の惨劇事件まで無い

 本来は天空山に住む天狼が地上に降りてきた天狼事件は、概要は知らないけどゼノから断片的に聞ける話によると天狼側に敵意は無かったらしいし、魔神案件ではない

 「……しかし」

 「竪神。おれの妹はちょっと体が弱くて、ゴーレムを使って他人と交流してる」

 見ただろ?とおれは話を振る

 「ああ、あの四本腕のゴーレムはその為の」

 「家の妹はゴーレム関係に関しては天才的でさ。体さえ弱くなければ倭克に留学とかもあったかもしれない」

 ……こうやって引き留めるのはおれのエゴだ

 本来、竪神頼勇とおれやアイリスの進む道はゲーム本編で漸く交わる。だが……

 アイリスにとって、おれ以外に信頼できる誰かが欲しかった

 おれはずっと居る訳じゃない。原作でも兵役帰りだったし、そのうち帝都には居られなくなる

 その時に、アイリスの友達が居てくるように

 

 いや、違うな。ゲームでのアイリスは頼勇と仲が良かった。絆支援を上げてれば婚約し、エンディングでのその後で結婚した事が語られるくらいには、妹にとって特別になりうる相手なんだ

 だから、引き留めたかった。頼勇の為なんかじゃない。おれが居なくなった後のアイリスの為に。そんなおれのエゴで、アイリスの側に彼を連れていきたかった

 「だから、きっと竪神達の言うライ-オウについても何か手伝いが出来ると思う」

 だからおれは、そう、少年に対して呟いた



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騒音、或いは朝一

そして、翌朝

 頼勇については、アイリスも寝てるしということで話は明日、アイリスも集中してくれてるから劇の後に話をする事にして

 

 「御早うございます、皇子さま」

 朝日が昇る雷の刻の始め(日本で言えば午前6時過ぎ)、感覚を取り戻すことを兼ねて一人庭でで剣を振るっていると、そんな声が背後から聞こえた

 「……7999!8000!ああ、御早う、アナ

 よく寝られた?」

 そろそろ切りよい数字だったので2回だけ振って剣を下ろし、おれは後ろへと振り返る

 窓越しに、まだ少しだけ寝ぼけた顔の少女の幼い顔が見えた

 「8000……何時からやってたんですか、皇子さま……」

 「ちょっと前。半刻は経ってないかな」

 「半刻……」

 ぽかーんと口を開ける少女に、まだまだだよとおれは微笑みを返す

 「何時もなら2セットは半刻で終わらせるくらいなんだけど、あれ五月蝿いからさ」

 剣を振ってるだけでブンブンブンブン空を切る音が響く。自分はそう気にならないが、良くプリシラには五月蝿くて目が覚めたと文句言われてた事を思い出し、子供達を起こさないようにわざと速度を落として振っていたのだ

 それで意味あるのかって?振らないよりはあると思う。まあ所詮、一日に素振りを16000回したからといって強くなれるかというと誤差なのだが

 筋肉は付くし、ステータスもまあ上がる。武器レベルというこの種類の武器をどの辺りまで使えるかの指標も実はランクアップする事も無くはない

 だがしかし、それでもだ。この素振りを10年続けたとして、【研ぎ澄ました一撃】というスキルは取得できるだろう。敵の急所を正確に狙う剣閃、ゲーム的に言えば必殺率を上げるパッシブスキルだ

 後は……ま、剣ランクがEかDなら1つ上がるかどうかか。C以上なら上がらない

 そしてステータスは……力が3、技が2伸びれば良い伸びって程度だろう

 一方、レベル自体が4も上がればそれくらいの成長は出来る。しかも、上限レベルは30もあるのだ、仮にレベル10スタートとしても、あと15回レベルアップ、そして更には上級職業へのクラスチェンジがある

 余談にはなるが、おれの場合は固有成長率が【力】140%、【技】110%、【速】130%、そこに専用職ロード・ゼノの補正が加わるのでレベル4どころか2上がれば伸びるな

 ……まあ、そもそも今のおれだとステータスの上限値に引っ掛かりかねないんだけどな。というか、原作ゲーム内には実は今のおれの職業であるロード(第七皇子)って職業は存在しない(ゲーム内で最初から上級のロード:ゼノで登場する関係で使われないからデータが無い)から正確な事は言えないが、職業で固有成長率は変わらない事から見て、そろそろいくつかのステータスがカンストしてるんじゃ無かろうか。カンストしてたらステータス上昇も何もないな

 10年の素振り修業がレベルアップによるステータス上昇に効果で負けるのだ。こんなもん誤差だ誤差

 どんな修練による鍛えられた技も、レベルによるステータス差を覆すことは基本厳しい。同ステータスから10年素振り修練した人間となにもしなかった人間とならそりゃ前者の方が強いが、それよりレベルとステータス高いだけの人間の方がより強い

 ついでに言えば、素振りしても取り込んで体内を巡る魔力量の域値であるレベルは一切上がらないし、どれだけ修業しても上がるステータスは50までだ。50越えた先は人外の域だからもう上がらない

 そしておれのステータスは当に魔法関連と能動的に上げられるものではない幸運を除いて50に到達している。幸運?あれはドーピングアイテムも無い、正真正銘持って生まれたものだけで勝負するステータスだ。お守りなどのアイテムで一時底上げは出来るけどな

 そしておれの幸運は割と人並みの数値。低くはないが高くない

 

 ……ま、そこら辺は良いか

 そもそも、改めて考えると、この時点で人間止めてんなおれ

 

 「アナは良く寝られた?」

 「それが……」

 と、猫耳フードの少女は、耳を揺らしてちょっとだけ気まずそうに指をくるくると回す

 「アルヴィナちゃんに抱き枕にされて、あんまり……」

 「ああ、そうか」

 おれは寮でも部屋の外にハンモック吊るして寝てるから夜中はあまり知らないけど、皇帝の要らない配慮のせいで大きなベッドが一つしかないあの寮でも、二人は一緒のベッドだ

 あのサイズで気の知れた場所なら良いとして、見知らぬボロ家で寝泊まりしようと思ったらちょっと不安で抱き締めてしまうのも無理はない

 「……悪い、諦めてくれ」

 「それは良いんですけど、不思議な匂いで……」

 言われ、おれはあまり良くない鼻であの少女の香りを思い出そうとする

 

 うん、無理だな。というか、女の子の香りを分かっていたら変態だと思う

 「その辺りはおれには分からないから止めようか」

 「そ、そうですね」

 慌てたように少女も頷き、自分の肩まで届かないボブの髪を少しだけ握って形の良い鼻に近付ける

 「あはは、自分の匂いが気になって来ちゃいました」

 言われ、おれは手にしていた重化の魔法が込められた鉄芯を入れた木刀を子供達がはしゃいでいて少しでこぼこの地面に置き、その手でポケットを探る

 「はい、これ」

 そして取り出したのは数枚の小銭。日本ではアルミニウムと言ったろうか、この世界では軽鉄と呼ばれる軽い金属による貨幣だ。価値としては大体50枚で1ディンギルで、帝国が発行しているから帝国内でしか使えない

 ディンギルという貨幣単位自体は古くから使われていて大陸でなら大体使える単位だが、その下の細々とした額については、割と国家間でバラバラだ。寧ろディンギルという単位と貨幣が魔神の脅威が無くなり人間間の思想だの何だのでバラバラの国家に分かれても残っていたのが凄いというか

 「そんなに気になるならお風呂行ってくるか?」

 窓に近付き、おれはそう右手に持った硬貨を振ってみせる

 因みに孤児院に風呂はない。水道自体は整備されているから水は出るし温度は魔法を使えば良いんだが、単純に水を貯める浴槽のスペースが無いのだ

 シャワーなら用意できるんだが、それはそれで孤児は10人を越えるのに一人二人しか使えない事になる

 場所がないのは、他も同じ。結果的に、この辺りの区画の家は大体風呂がなく、代わりにいくつかの大衆浴場が存在し、皆は時折そこを使うわけだな

 当然だが、貴族邸宅や貴族が入る前提の初等部寮には風呂はあるし、毎日のように風呂に入る。が、アイリスは良いと入らないので一日置きにアルヴィナとアナに頼んで放り込んで貰っている

 

 「いや、わたしだけは悪いです」

 「……ボクは良い」

 大きく伸びをしながら、眠そうな目をしばたかせ、黒髪の少女が話に割り込んできた

 最早トレードマークな似合っていない男物の帽子は今日も頭の上。寝る時も一人でなければずっと被っている

 恐らくは自分の獣の耳を隠す意図もあるんだろうが……変な匂いって、帽子をずっと被ってるせいなのではなかろうか

 「……ま、おれも行くから」

 普段は汗は放っておく(初等部寮で風呂が使える時間は限定されている)んだが、アナを促すためにそうおれは答える

 「……なら、一緒しても良いですか?」

 少しだけ申し訳なさそうに目線を下げながら聞く少女に聞くまでもないと返しながらおれは

 「竪神、行くか?」

 と、横で瞑想している少年にそう問いかけたのだった

 

 「あれ、ライオさん?もう起きてたんですか?」

 「おれが素振り始めて1500回くらいのところで来て、さっきからずっと瞑想してたぞ」

 瞑想に意味は……多分あるのだろう。静かにリズムよく左手の白石が明滅している辺り、レリックハートとの同調をしているって感じだろうか

 「そうなんですか?」

 「本来は少し剣を振りたかったものの、私の剣は、どうにも朝には向かない」

 閉じていた眼を開き、座禅のように足を組んでいた状況から器用に立ち上がりつつ、青い髪の少年が付け加える

 

 「え?」

 『セットアップ!』

 その答えを返すように、レリックハート……竪神貞蔵の魂がシステムボイスのように音を出した

 「私の武器はこの国では珍しいだろう特殊剣、エンジンブレードと呼ばれる武器で」

 ずっと膝の上に置いていた幅広で鍔が異様に大きな剣を握り、少年は窓に刀身全体が見えるようにその薄緑に輝く剣を持ち直す

 「こうして五月蝿いんだ」

 低音を静かに響かせる剣を見せて、少年は苦笑した

 「本来だったらおれも少し手合わせとか頼みたかったんだが……」

 『デンジャー!』

 「多分この辺りでやったら皆起きる音が出ると思って自重した」

 「へー、音が出る武器なんですね」

 少しだけ興味を引かれたのか、じっとその剣を見つめながら、少女は呟いた

 

 まあ、エンジンブレードはその名の通り、魔力エンジン積んだような剣だ。恐らくだが、この世界ではE-C-B-StV=ⅥS(シルフィード)EX-caliburn(エクスカリバー)】と呼ばれていたあの青い結晶の剣もエンジンブレードの一瞬として扱われているのだろう

 カートリッジに溜め込んだ魔力……MPとは別にENという独自ゲージで管理されるそれを使ってさまざまな事が出来る武器で、扱いは難しいが強い

 例えば、あのエクスカリバーもやっていたが、ENを消費して武器なのにバリアを張ったり、ENを放出して広範囲を凪ぎ払ったり。普通の武器と違って壊れなくてもEN切れたりという煩雑さもあるけど、武器枠で防御力上げられる時点で強いに決まっている

 そして、そうやって魔力を使う武器だから、相応に仕込まれた小型魔力炉の音がするんだよな

 因にだが、亜種としてガンブレードと呼ばれるENカートリッジではなく最初からENを弾丸式にしたものもある。リボルバー回すことで弾丸を選べるようにしていたり、決まった順番でしか使えないが総弾数を増やしたマガジン式等があったはずだ

 此方は、ENじゃない分咄嗟にENでバリア展開したりは出来ないが、弾丸を撃てば相応の効果が出るので扱いやすい。具体的に言えば誰でも使えて一発の火力は高いが継戦力に欠ける。そしてトリガーを引いて魔力弾を激発する関係で銃声のようなものが響いて更に五月蝿い

 だから、流石に孤児院で皆が寝てる前の庭で手合わせしてくれとはとても言えなかった

 

 って、今はエンジンブレードの雑学は良いか

 「竪神、どうする?」

 「すまないが私も同席させてくれ……と言いたいが」

 と、少年は鋼と魂で出来た左手をおれの目の前に翳す 

 「その浴場は、こうした鋼を持ち込んでも大丈夫だろうか

 この国ではこうした義手義足はあまり無いようだが」

 「亜人が許されてるから関係ないんじゃないか?」

 「そうか。ならば私も同席させて貰おう」




軽く戸締りをし、子供達がまだ起きてこない事を確認して孤児院を出、少し離れた風呂屋へ向かう
 あくまでも心配していたのはアナやアルヴィナが起きた時の事。遠くてもエンジンブレードの音は響くこともあるからな。ちょい遠くで戦いの音が響いたら気になるだろうという心配だ
 残りの子供達の面倒は元々の管理者の人に任せ、着いたのは少女の足でも直ぐと言える距離の孤児院行きつけの浴場
 朝からやっているが、朝は特に人が少ない。入るのは夜番あけの自警団くらいだろうか
 昼過ぎからは工事の人々、夕方は日中仕事の店の人達やその家族、夜中は遅くまでやっている飲食の人々とかなり人が居るんだが
 結局洗った方がいいぞと言ったら着いてきたアルヴィナ含む4人分の代金を払って入り口で少女と別れる
 
 「……皇子」
 「ゼノで良いよ」
 「ならばゼノ皇子。此処はしっかり男女に分かれているのか?」
 なんて、服を脱いでいると少年に声をかけられた
 「当然な。混浴の方が良かったのか?」
 多分違うと知りつつ、おれはそんなことを問い掛けてみる
 「悪いけど、アナが嫌がるから混浴に行くなら自分で金を出してくれ」
 「いや、そんな必要はないんだが、つい気になって
 私の故郷では、貧しい人々は混浴しかない風呂屋に行くこともあったんだ」
 「この国はそんなに混浴はないよ
 倭克(わかつ)よりは使える土地が多いからな」
 言いつつ、おれは貴重品である孤児院の鍵だけはしっかりと防水の袋に入れて手首に引っ掛け、誰でも使えるタオルを一枚取る
 夕方なんかだとタオルが使いきられていて無かったりするがそこは朝、しっかり残っている
 「竪神。残念ながら此処の浴場は魔法の鍵なんて高級なものは付いてない。捕っていく不届き者はそうは居ないけれど、一応貴重品は持っていくようにな」
 「ああ」
 頷く少年に先んじて、おれは湯気の立つ浴場に足を踏み入れた
 
 「ちっ、なんだガキか……」
 入るや否や壁際を外れ浴槽に漬かるオッサンが見える
 ……さては覗きだな?と思うが、特に何も言う気は無い
 「……竪神。そこの壁から覗けるが、覗きたいとか言わないよな?」
 そんなことを、後から来る少年に言って要らない牽制
 因みに、この浴場は女湯の覗きが可能だ。見付かったら罰金と言われているが、逆に言えば金を払えば覗けるという事である
 高い浴場ならそんな事はない……と思いきや、そうでもない。おれには何というか真面目に良く分からないが、女湯を覗くというロマンについては割と寛容な場所が多いというか……
 特に、ゲーム本編で学園生活の中で修学旅行的に行く場所は酷かったというか、仮にも貴族が多く行くような格の宿なのに覗ける
 あのイベント、2回起きるけど2回目が頼勇加入前だから頼勇が覗こうと言い出す側なのかとかは知らないんだよな
 因みに、ゼノは覗きたい気持ちは分かるがそれでも女の子達の心を護るのも皇子の努めだと言いつつ立ちはだかり、エッケハルトは覗きに行く側。男の気持ちも分かるから突破されたら何も言わないしてくる辺り、あの辺りの原作ゼノはかなりのどっち付かずだ
 女主人公だと覗きが怖いから高位貴族用の覗けない風呂に行くか覗かれる可能性があるけど普通に大浴場に行くか、男主人公だとゼノと共に阻止側に付くか覗きに行くかが選べ、選択肢によって攻略可能なキャラの好感度が変動する
 因みに、男主人公で止める側に回っても結局止められず(のでCGは見れる)、止めようとしてくれたと一部女キャラの好感度が上がる。覗く側なら覗いた後友情だと男キャラとの絆支援が進めやすくなったりする
 まあ、そもそも高位貴族用の貸し切りに好感度高いキャラと行く(これもCGあり)方が大体正解だったりするので、覗きイベントってあんまり見ることはないイベントなんだけどな、男女共に
 あと、止めに行く利点が真面目に無い。此処で好感度上げなくても誰のルートでも行けるし、一部キャラ(アイリス等)はそもそも二人きりイベント起こさないとルート入れないから参加しないし、二人で奮闘する分ゼノを数人が足止めして(その間2行)駆け抜け覗くよりテキストが長いからRTA的にすら覗いた方が早い
 
 ……って、そこら辺は良いか
 タオルを頭の上に乗せ、おれも浴槽に沈みこむ
 「いや、覗きはダメだろう」
 なんて、優等生な事を言いつつ、おれより更に跳ねた頭ではなく左手に畳んだタオルを乗せ、少年は並んだ
 その後はそう話すこともなく
 
 ただ、おれの目には……割とゴツいというか、おれよりも全体的に筋肉で太い少年の腕の印象だけが残った


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劇、或いは片付け

『~The beginning of DRAGONIC NIGHT~』

 どことなくクラシックを思わせるBGMと共にガントレットから響く、アイリスの落ち着いた少女の声

 口数少ない彼女の喉を酷使した、最大限格好付けた歌うようなシステム音声に合わせ、おれは降りている奈落から、一気に脚力で飛び出す

 『DRAGONIC KNIGHT

 スカーレットゼノン!』

 ガントレット(の姿のゴーレム)から、その変身音最後の宣言が流れた瞬間に、子供用なりきりスーツ姿のおれは変身時のポーズを決める

 轟く爆発に紛れてアナが操作してくれた素の姿から変身するおれの幻影(良く見るとおれよりちょっと火傷の範囲が狭くて髪に輝きがあり、おれよりちょっと顔が良いと幻の精度は割と低い)が吹き消え、フルフェイスの兜に結わえられたマントがその爆発に大きくはためき、少し首が後ろ引かれる

 因みにだがマントが兜に付いている理由は、劇の最中ドラゴンの羽根モチーフであるマントがより激しくはためくようにである

 

 「ブレイヴ!トイフェル!イグニションッ!

スペードレベル、オーバーロォォドッ!!

魔神剣帝スカーレットゼノンッ!地獄より還りて、剣を取るッ!」

 そしておれは現物より大きな轟剣デュランダル・ハリボテを手に、そう芝居がかったように剣を大きく一回転させ、叫んだ

 因みにおれに合わせて作って貰っていた原寸サイズのハリボテ剣はエンジンバーストしたエンジンブレードとかちあった時に根本にヒビが入っていて下手したら折れそうだったので、これは借りたこの劇座のものだ。元々割と大きなデュランダルを更に大きくした感じだが、片手で振るうという設定に合わせてか本物に比べて滅茶苦茶軽い。本物はアナを抱える方が数倍軽いってくらいの重さなんだが、このハリボテは羽毛のような軽さだ

 一応魔法で耐久性は確保してあるっぽいが、軽すぎて違和感がある程

 「魔神剣帝……貴様が」

 「そう!その通り!」

 少しだけ咳き込む声が聞こえる。システム音声を演じるためにまた声入れられるように繋ぎ直すのが面倒なのか、音量を下げる事で対応したアイリスが、ベッドの上で喉の酷使に苦しんでいる音が、ガントレットから微かに聞こえたのだろう

 体の弱い妹には変身音を謳うのは割とキツい労働だ。だから、日に何度も練習などはさせなかった

 頑張ってくれたアイリスに、喉に良い何か買って帰ろう

 そんな事を頭の片隅で考えながら、おれは大袈裟に剣を胸の前で横向け、観客席から良く見えるように構えた

 

 頑張れーだのいけーだの、子供達の無邪気な応援が聞こえる

 ヒーローショーのアクターになった気分だ。悪くない

 おれは兜の下で、にっと唇を吊り上げた

 

 

 そして、子供達の為に素人がやった劇はそこそこの成功に終わり

 本物はもっと凄いんだろ?とか、家の孤児院の子達だけを集めてもとある程度の人数に公開した結果、一部の子供達からは文句を言われたりしつつ……

 「有り難う御座います、場を貸してもらって」

 おれははぁ……とため息を吐きつつ割と惨状になっている客席を見詰める男に頭を下げた

 そして、散らかされた菓子のカスが残る紙袋を拾い上げる

 「あと、すみません。予想より汚くて」

 「本当だよ」

 愚痴るように、その座長は呟く

 「片付けはしていくので」

 「君も大変だな」

 それだけ言って、男は楽屋へと消えた

 消える辺り、おれ自体は信じてくれたのだろう。そう思っておれは一人で片付けを始める

 アルヴィナは寮に帰ったし、アナは疲れていたから休んでくれと言ってアルヴィナと共に初等部へと追い返した

 アステール?愛娘に掃除なんてさせたことが知れたら暗殺者送られても可笑しくないから無し。おーじさまー!がんばれーと応援だけして貰っている

 一人で用意した袋にゴミを詰めていると……

 

 何時しか、横で一人の少年がゴミを拾っていた

 名を、ガイスト・ガルゲニア。公爵令息である

 「……ガイスト!?」

 いや何でだよ招待はしたけど、とおれは思わず目を擦る

 「待ち人は来たらず」

 つまり、待っててもおれが出てこなかったから来た、ということなのだろう

 「いや待て、公爵家の子がやるようなものじゃないぞこれ」

 大貴族の息子に掃除なんてさせたとなれば、ヤバイな評判が死ぬ

 「不誠実にはタナトスの裁きが下る」

 意訳すると……

 多分だけど、散らかしておいて帰るわけにはいかない、だろうか

 唇の先に少しだけ付いた菓子屑を見付けて、そう当たりを付ける

 「第一、皇子にだけさせていては、死神以前に皇帝が怖い」

 「いや、父さんは怖くな……存在が怖いな」

 おれは何とかなってるけど、原作知識で子供への接し方が下手だからと思ってなければ、正直な話おれでも怖い

 エルフのノア姫なんかは絶望したような目してたし、あの人やっぱり見てるだけで怖いんだな

 

 「……ゼノ皇子、私はやらなくて良いのか」

 と、聞いてくるのは青き髪の少年竪神頼勇

 出会ったのが昨日の今日なのに中々に律儀である。因みにだが、エッケハルトは見終わったら帰ったし、何故か何だかんだ来てくれていたヴィルジニーはというと、子供達の煩さにイライラして劇の最中に出てくのが見えた

 

 「いや、良いよ竪神。あくまでもゲスト側だろ」

 「そうか。少し考え事をしたいので正直有り難いが、必要ならば声を掛けてくれ」

 それだけ言って、少年はおれが渡したガントレットを手に、しげしげとそれを眺める作業に戻る

 時折手にしたメモ帳に何かを書いている辺り、あの劇から何か機神ライ-オウを完成させるヒントでも得たのだろうか

 原作では獅子と前輪が2輪のトライクを混ぜたような高速機動形態に変形する機能を備えた獅子頭を胸に付けた……何と言うか子供向け作品にありそうな機神としてある程度完成していたが、話を聞いた限り、現状のライ-オウはまだ基本となるフレームが試作できたというくらいらしい

 

 正直なところ、AGXと呼ばれているかの化け物に何とか対抗できるとしたら、おれは父か……或いは機神くらいしか思い付かない

 そして、あのアガートラームは……ANC"14"と言っていた。幾らおれの知識が微妙でも、流石にフォーティーンが14って事は分かる。てぃぷらーあきしおんしりんだー?ってのとか、れうるな?ってのとか、それらが何なのかは知らなくても、あれが14番目の機体って事は分かる

 ならば……それがあいつより弱いのか強いのかは知らないが、あれ1機以外にも存在する事だけは確かだ

 そして、おれは既に複数の真性異言(ゼノグラシア)と遭遇している。他にも居ても可笑しくないし、そのうち何者かがアレの同類を持ち出してこないとは限らないのだ

 ならば、早めに完成して貰うに越したことなんて無いだろう。アイリスと縁を持たせたいのだって、アイリスの為もあるが、原作でアイリスとの交流で100%を超えて改良されていくライ-オウを早めに完成させて欲しいって浅ましい策でもあるんだからな

 

 なので頼勇にはその為の行動をやっておいてもらい、おれは二人で片付けを続ける

 「……ガイスト、楽しかったか?」

 「プロとモチーフの二重奏(デュオ)

 意訳すると、前にプロの人のも見た、だろう

 「そうか、前にプロの人達の劇も見たんだな」

 それに普通におれは返す

 ガイスト語で小粋に返せれば良いが、そんな才能はおれにはない

 「あの日、心は光に呑まれた

 今日は……燃えた」

 意訳、プロの方が引き込まれるがおれのアレはアレで見るものがあったってくらいか

 「そうか、有り難うな」

 その手にちゃんとおれがアステールから横流し(まあその為のものだが)したガントレットがある

 おれは両親死んで以来見に行った事がないが、仮面のヒーローの映画とか子供達がDXベルト持ってきたりするだろ?あれと同じ感じなのだろうか

 

 細々とした話をしながら、大貴族の令息と二人ゴミを集める

 いや、割と真面目に何やってんだろうな。端から見て貴族の行動に見えないというか、これ本当に大丈夫か?

 そんなことを思いつつ……

 

 「そういえば、割と好きなのか、ああいう話?」

 「心が踊る

 次回作も、初版を回して貰うつもりだ」

 無表情に淡々と。けれども言う言葉は期待のそれ

 「次回作かぁ……」

 言いつつ、おれはアステール何か言ってたかな……と思い返す

 「新たなる戦士アズールレオン、敵か、味方か……」

 ああ、そうだアズールレオンだアズールレオン。今日言ってたな

 モチーフは……さては頼勇だな?ってことは味方か……って、そうやって予想してても面白くないな

 「すまないが君」

 と、背後からの声におれは振り向こうとして……

 「家の弟に、何をさせているのかな?」

 一瞬だけ感じた殺気に、思い切りおれは地を蹴った




今更なおまけ、各種ステータス解説
職業:その魂がどのように魔力を溜め込めるかの形を現す指標です。ステータスの上昇量補正や上限値、或いは一定レベルで取得できるスキルの種類に影響します。純粋な人間が生まれながらに持つ初級職業、七大天の力を借りて、人であって人でない超人に生まれ変わる上級職業、伝説の英雄にも近しい超人の限界を越えた最上級職業の3段階が存在します
レベル:取り込んでいる魔力量そのものの大きさを表します。高いほど多くの魔力を体内に秘めています。上限は基本的に30で、下げる方法はありませんが、新たに生まれ変わるに近しいクラスチェンジを行うと1に戻ります
ステータス:体内の魔力によって性能が上がった後の能力を示します。50が人間の肉体が耐えられる上限です。人を越えない限り、50を越えることはありません
【HP】:耐久力です。0になると死亡します
【MP】:どれだけ周囲の魔力を反応させ扱うことに耐えられるかを示す値です。主に魔法を使うことで消費します
【力】:物理的な瞬発力、破壊力を表した数値です。攻撃力の他、命中率や回避率にも多少影響します
【魔力】:どれだけ反応させた魔力を増幅出来るかを示した数値です。魔法の威力に主に使用される他、魔法を使った行為全般の成功率に影響します
【技】:どれだけレベルによってブーストされた肉体を扱うのが上手いかを示します。ありとあらゆる判定に多少影響し、命中率や回避率、必殺率を大きく左右します
【速】:瞬発力を示す値です。命中率や回避率に大きく影響する他、相手よりかなり差を付けて高いと追撃が可能です
【幸運】:場の流れを掴み取る力です。どんな偶然も利用する機転等を示し、あらゆる判定に多少影響する他、高いと不利な効果からの復帰が早くなったり地形補正の増幅など有利な効果が起きやすくなります
【精神】:心の強さを示す値です。高いほどバッドステータスや悪い補助魔法の効果を受けにくくなる他、ピンチの時に有利な効果が起きやすくなります
【防御】:物理的な防御力を指します。高いほど物理的なダメージを受けにくくなります
【魔防】:魔法に対する障壁の強さを示します。魔法のダメージ軽減の他、魔法の回避や悪い補助魔法を受けにくくなったり、良い補助魔法の効果が上がったりします
【筋力】:どれだけ多くのものを持った状態で体勢を崩さずに動けるかを示す値です。主にアイテムの所持上限に影響します 
【移動】:移動力を示します。高いほど一度に遠くまで移動することが出来ます
武器レベル:どれだけ上手くその武器を扱えるかを示すレベルです。高いほど特別な武器を扱える他、その武器を装備している場合に命中率やダメージに補正がかかるようになります
移動タイプ:地上、地上(浮遊)、水上、両用、空中の5種があります。地上のキャラは水地形と空地形を移動できません
移動地形:山や森、砂漠といった妨害地形を移動できるかどうかを示す能力で、移動タイプが地上か両用のキャラのみがこのステータスを持ちます。適性を持たないキャラが妨害地形を通る場合、移動力を大きく消費します
特殊タイブ:騎兵、重装兵、飛行兵に魔神族等の何らかの特殊な特性を持つかどうかです。主に特攻対象であるかの判別などに使われます。また、特攻△(特攻効果が半減する)等も此処に含まれます。何故か魔神族の特殊タイプを持たないゼノに魔神特攻△が付いていたりしますが、この場合半分の特攻効果が発動します


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腕時計、或いは新たなる敵

ニコニコと微笑む、エメラルドの瞳

 豪勢な……この場に似つかわしくない明らかに高価過ぎる青の礼服に身を包む優しげな笑顔の青年を、おれは知っている

 あまりにもゲームの立ち絵そのままの印象だ。三次元的な見え方になってる筈なのにな

 いや、第七皇子ゼノにとっては此処が唯一の世界であり、だから違和感なんて持っていなかったが……

 

 名をシャーフヴォル・トゥナロア。いや違った

 現状はシャーフヴォル・ガルゲニア。後に四天王ニュクスに魂を売り渡し、血の惨劇を引き起こす張本人だ

 

 「貴方は……」

 だが、おれの知っているゲームではこうだからといって、この場で明らかな敵意を向けるのは流石に到底正しい事ではない

 こいつは悪い奴だゲームで知ってるで行動して上手く行く保証なんて何一つ無いのだ。高校生のお姉さんの家でPDF保存して印刷させて貰って家で読んでた二次創作のRTA作品じゃあるまいし

 ああいう作品でならば、作者が成功させると決めて書いていたならば、こういった即断即決は上手く行く。だが、これはもうおれにとっても現実だ

 危ない橋は渡れない。というか、未来にやらかすから今殺しておいたって、大分思考が危険だ。人の命は、可能ならば殺めるべきものじゃない。それは……例え敵でもだ

 当然だろう。おれが生きていたいように、誰だってそうだ

 

 だからおれは、可能な限り平静を装って、その青年に御辞儀をする

 「これはどうも、二度目にお目にかかります、ガルゲニア次期公爵」

 ……ダメだ。ちょっと喧嘩腰か

 父が父だけに、おれにはあんまり柔らかな物腰って向いてないのかもしれない。父も大概威圧的というか、存在が威圧だしな

 そんなおれを、気にすることはありませんよとばかりに口に袖を当ててにこりと笑い、青年……シャーフヴォル・ガルゲニアは頭3つは高い背丈をおれに合わせること無く目線だけ下ろす

 「ええ。ごきげんよう、皇子の恥さらし様」

 前言撤回。彼はシルヴェール兄さんを更に毒物にしたような人だ。優しげなのは上辺だけで、中身は中々に黒い気がする

 その辺り、一見気難しそうに見えて、その実ちゃんと招待した素人劇に来てくれる上に自分も汚したからと掃除まで手伝うただの良い奴なガイストとは逆だな

 

 「これはどうもご丁寧な挨拶を有り難う御座います」

 「……シャーフヴォル兄さん」

 と、少しだけ苛立つおれを宥めるためか、口を挟むのは黒髪のガルゲニア

 「口は災厄を預言する」

 訳。口は災いの元。意訳すると、あんまり酷いこと言わない方が良い、ってところだろう

 「皇族への無礼は、死神のラッパ」

 「……いや、有り難うガイスト

 だけれども、おれにそんな権限はないし、今回は……彼が正しい」

 そんな健気な少年を唇前に指を置くことで制し、おれは呟いた

 

 実際問題、公爵令息に掃除をやらせてるのは本人がやると言ったとかそういった諸々の事情全く関係無しに問題だ

 ガイスト本人が自由意思だと言おうが何だろうが、大貴族の息子が召し使いのような事をやった事実自体が醜聞になりかねない

 子供の事、そこまで広まらずとも……決して良い評判になることはないのだ

 おれ?おれはもう忌み子の時点で評判終わってるから今更ゴミ拾いしようがみすぼらしいとかそんな悪評立つわけがない。何たって、元から立ってる

 

 「……滝のパラドックス……」

 訳すると、しかし、の一言である。実に分かりにくい

 「弟君を使用人のやるべき仕事に巻き込んだ事実については誠に申し訳ない。おれの不行き届きだ」

 「違う!この死神が……」

 「いや、おれ一人が悪い」

 良い子過ぎるぞガイスト。だがお前だって貴族なら分かる筈だ

 自分のせいだってお前がどれだけ言おうがそもそもおれの評価は上がらない。お前の評価が下がるだけだ

 頑なにおれは首を横に振る

 

 「それで、何の御用でしょうか、ガルゲニア次期公爵

 おれは見ての通り、情けないことに、使用人が居ないが故に自力で掃除をしている最中なのですが」 

 「……皇子、メイドなどは……?」

 厨二の仮面が取れたガイストにそう問いかけられる

 「彼女等ならば、一昨日からバカンス中だ」

 自分で言ってて何だが、皇子としての威厳とか、欠片もないなこれ

 というか、プリシラに舐められてないかおれ。いやあれレオンが計画したバカンスだしレオンにもか

 

 無言で差し出されるハンカチをいや不要だとガイストに返して

 「用という程の事はない

 私の可愛い弟を、くだらないものから返して貰いに来ただけだよ」

 どこまでも柔和な笑顔を崩さず、軽く腕組みした青年はおれを見下ろす

 そのエメラルドの瞳は、曇り無く綺麗な目をしていて

 その目を静かに見返す

 

 「……下らないもの、か」

 「その通り、下らないものですよ」

 「これでも皆一生懸命やった劇なんだ。あまり、そう言って欲しくはないな」

 その刹那

 

 「がぐぅっ!」

 揺らめく風の気配に、咄嗟に何か対策しようとして

 地面を蹴って飛び下がろうとするが間に合わず、おれの体は椅子を飛び越えようとしたところで空気の塊に挟まれて宙に浮かぶ

 エア・バインド。空属性(風属性の派生)に当たる拘束魔法だ

 「シャーフヴォル兄さん、何を」

 「下らない戯れですよ、可愛い弟よ」

 にこりと微笑むシャーフヴォル・ガルゲニア

 おれはそれを、魔法による拘束をされたまま見詰めた

 物理的な拘束であれば破れるが、魔法によるものはどうしようもない。人間の魂にあるという魔法を扱える七大天の与えた祝福が、魔法に対する障壁を産む筈だが、おれにはそれがない

 だからこそ、魔法には人一倍注意する必要があった

 だというのに、油断しすぎた

 「さあ、帰りますよ」

 そう言って、青年はガイストの手を握り、手を引く

 

 「あんな皇子の面汚しは良いでしょう?

 戯れの魔法に、あの様です」

 ……実際にこの様なので何とも言えない

 というか、割と良くこうした魔法に取っ捕まってる気がするなおれ。いい加減学べよおれ

 いや、学んだところで……避けきれるほど強くならなければどうしようもないんだが

 

 視界の端で、空気に徹していた青髪の少年が動くのが見えた

 「ええ、こんな下俾た事は彼等に……」

 青年はガイストの手にした袋を優しく右手で取り上げて、逆さにしようとして……

 『セットアップ!エンジン!Go!』

 突如として鳴り響くエンジンブレードの起動音

 「何事ですか」

 びくり、と肩を震わせる

 意識が逸れ、拘束が緩んだ瞬間、おれは全力で足を振って椅子に踵を引っかけ……そのまま振り抜く!

 床に固定された列椅子を軸に、己の体を無理矢理前に押し出して……

 「むぎゅぁぁっ!」

 空気の圧に震える体を気にせず、拘束をぶち破る

 

 「……皇子」

 「すまないが次期公爵。貴方の弟にさせたことは謝るが、その行動を無にすることは止めてくれないか?」

 そうして、おれはゴミ袋をひっくり返そうとする青年の手を掴んだ

 頭3つの差のせいで、かなり手を上に伸ばす形で、その手を拘束し……

 堅い感触を感じる

 ユーゴの時のように、腕を握りつぶす気は勿論無い。だが、あまりにも変に堅い感触に違和感を覚え……

 

 「今日は有り難う、ガイスト

 お兄さんはああ言ったけど、君が下らなくないと思ってくれていることを願うよ」

 大人しくゴミ袋だけを受け取って、おれは手を離す

 その刹那、少しだけ手首を捻って、青年シャーフヴォルの高価な服の袖に皺を作り、手首の感触の正体を軽くバレにくい程度に晒させた

 

 「ではガルゲニア次期公爵、お騒がせしました。これ以上は、貴方にとっても問題となりましょう」

 「どうやら分かってくれたみたいだね」

 改めて手を引いて、青年は劇座を出ていく

 一度だけ此方を振り返ったガイストに、大丈夫だと頷いて

 

 青年が消えたのを見計らって、おれは大きく息を吐いた

 

 「シャーフヴォル、奴か」

 堅い感触には覚えがあった。ちらりと見えた黒鉄の"腕時計"に、見覚えがあった

 ……シャーフヴォル・ガルゲニア。彼は……

 ユーゴ・シュヴァリエと同じくAGXの使い手だ

 

 「……はは、ふざけてるのかよ」

 あの時勝てたのが奇跡そのもの。相手が勝ったと思い込んで馬鹿晒してくれて、本体には傷ひとつつけられないまま何とか使い手を倒した形

 二度は恐らく出来ない勝ち方だ

 

 ……それ以外の対抗策なんて、もうデュランダル持って勝てることを祈るくらいしかない

 だからこそ、と思った場所に、2機目が居た

 どうしろってんだよ道化!?この七大天のバカヤロウども!何とかなるのかよこれ!?

 割と詰んでないか!?

 

 大丈夫かーと目の前で頼勇に手を振られながら、おれは暫く狂ったように乾いた笑いを浮かべ続けた

 ……精霊真王ユートピア?だったか?アレがお前の世界の存在なら教えてくれ。AGX2機目とかどうしろってんだよぉぉっ!




今更のおまけ 移動タイプ解説
地上:最も基本的な移動タイプです。地上地形を移動でき、地形効果の影響を受けます
地上(浮遊):ちょっと浮くことが出来る移動タイプです。移動地形による制限を受けず、水や空地形も移動できます。但し地形効果を受けない他、水や空地形に留まっているとペナルティを受けます
水上:水棲の移動タイプです。水地形を移動出来、地形効果の影響を受けます。地上地形を移動出来ません
両用:地上地形、水地形を移動出来、地形効果の影響を受けます
空中:空を飛ぶ移動タイプです。地上、水、空地形を自由に移動出来、地形効果の影響を受けません。また、移動タイプが空中、地上(浮遊)ではない相手は、射程1の攻撃を此方から仕掛けない限り射程1の攻撃が此方に届きません

時空:AGXのみが持つ、本来この世界には有り得ない移動タイプです。あらゆる地形を、間にある壁や封鎖を無視して移動出来、マップ内で最も高い地形効果の影響を現在居る地形に関わらず受けます。また、相手は此方に射程1の攻撃が届きません


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少年の疑惑、或いは腕時計

「……ゼノ皇子」

 彼等が去るや、青い髪を揺らし、茶色の瞳に不安そうな色を残して、少年が近付いてくる

 その手にエンジンブレードはない。というか、あんな大振りの剣は持ち込んでなどいるはずもない

 あの音は、気を引くために彼の父竪神貞蔵が宿った左手が虚偽の音声を鳴らしてくれたのだろう

 

 「すまない、助かった」

 「なかなかに物騒な話が起きていたんだが、大丈夫なのか?」

 心配そうに、少年はそう尋ねてくる

 「ああ、結構あることだ」

 「……倭克に王は居ない。そのせいで、私は君達と少し感覚が違うところがあるのかもしれないが……

 低ランクの拘束魔法とはいえ、他人に向けて……特に皇子に向けて突然魔法を撃つのは無礼で非道な事には当たらないのか?

 貴族社会というものに私は詳しくはない。だとしても、あまりに異様な行動だと思えるんだ

 ……これが平民相手ならば、理解は出来ないが納得できないという程ではないんだが」

 と、少年は首を傾げて当然に過ぎる疑問をぶつけてくる

 いや、普通に考えるとそうなんだよな。この国がちょっと普通じゃないだけで

 「いや、普通の人間に向けてならば問題だ。だが……皇族に対しては割と許されている」

 「……え?そうなの?」

 ぽかんと口を空け、すっとんきょうな声をあげる頼勇

 いや、そうだよな。普通に考えて皇帝やその子に対してだけは魔法を撃ち込んで良いっていうのは何言っているんだこいつだろう

 「基本的に皇族というのは民にとって最強の剣で在るべしというのが、この国の基本だ」

 「それは聞いたことがあるんだが……それとこれと、何か関係があるのか?」

 「大有りだ

 魔法を撃ち込まれても揺るがぬ強さを持っている事が大前提、だから効くわけもない魔法を撃ってもお咎め無し」

 「効いてなかったか?」

 「そこはおれが悪い。普通の皇子なら、あの程度の魔法は弾けるよ」

 苦笑しながらおれは答えた

 「……そもそもだ、ゼノ皇子。私には、あの魔法を弾けないような実力には見えなかったんだが……」

 「そうか?」

 「私も、君の実力を深く知る訳ではないので滅多な事は言えない。とはいえ、私と軽く撃ち合っただけでも、その実力はある程度計れていると思う

 あの程度の魔法を受けるとは、正直信じられない」

 ……そうだよなあ、とおれは内心で頷く

 基本的に、よっぽど極端に成長しない限り、ある程度の差はあれど均等に上がっていくのがステータスというもの

 レベルアップごとに自由ポイントを振り分けていくようなステータス成長式ならば攻撃特化で防御は1も振ってないからバ火力紙装甲という事もあり得るが、この世界はそういった振り分け式ではない

 レベルアップ毎に成長率に応じてステータスが上がる(成長率90%以下だと0上がる事もあるが)形式だ。普通に考えて、キチガイみたいな凸凹成長率でなければステータスは大体1つ分かれば残りもその1.2~0.8倍くらいに収まる数値だという推測が立つし、99%それは合っている

 

 「……聞いたことがないか?忌むべき子の噂を」

 だが、此処に1%の例外が存在する訳だ

 「忌むべき子、忌み子……」

 「ああ。あまり良い話ではないから少しだけ隠したかったんだが、おれは忌み子だ

 だからああして、魔法に対しては何も出来ない」

 情けないよな、と

 床に落ちた菓子の袋を……腕を掴んでも止めきれず、ゴミ袋から溢れ落ちたそれを見詰めながら、おれはそう呟く

 対応が遅すぎた。分かっていたじゃないか、ガイストがああして自分を死神に重ねるようになった理由があると

 そして特に、原作で魔神に唆されるシャーフヴォルは……その名前からして羊狼な彼は、原作でガイストが死神と自分を呼ぶようになった原因だと

 ならば彼処は避けられて然るべきだった

 

 「ゼノ皇子

 あまり根を詰めすぎるのも良くない」

 「だけど!」

 「あまり、仕方の無い事を責めないでくれ」

 淋しそうな顔で、少年はおれの肩に手を置く 

 「仕方の無いことは悪くない。だってそうだろう」

 笑っていない眼で、少年は笑う

 「無理なものは無理だ。そう割りきらなければ……私だって、父を、友を、皆をどうしてナラシンハから護れなかったのか、永遠に責め続けなければならなくなる」

 優しくおれを諭すその唇は、硬く結ばれていて

 左手は、あまりにもキツく握られている

 

 こうして諭していながらも、実際に……竪神頼勇という同い年の少年は、その事をずっと悔いている。そうとしか、おれには見えなかった

 護れる筈なんて無かった。勝てる道理なんて何処にも無かった。それでも、彼は魔神によって多くを喪った事実を悔いている

 だからこそ、旅に出たのだろう

 

 「ああ、そうだな」

 諭すのが下手すぎる。言ってることは正しくても、心が伴っていないのがバレバレだ

 ……仲良くなれそうだな、おれ達は

 「あまり悔いても仕方ないよな」

 表面上笑って、おれはそう返し、ゴミを拾い上げた

 

 「……終わりか?」

 「……大丈夫だろう、多分」

 そして、半刻もせずに床を雑巾で吹き終わり、全ての片付けを終える

 思ったより時間が掛かり、礼を言って外に出ると、既に日は傾き始めていた

 「……ゼノ皇子、一つ聞きたいが、良いか?」

 黙々と二人で片付けをしてくれていた頼勇が、ふと横を歩きつつ問い掛けてくる

 「ああ、おれに答えられるものならば」

 軽く頷いておれは答える

 「……彼、シャーフヴォル……と言うのか?」

 「彼の事ならばおれもそこまでは知らないが、公爵家の跡取り息子だ。あまり深く関わると火傷しかねない」

 正義感の強めな彼が下手に動かないように、そう釘を刺しておく

 「いや、そこは良い。ただ、気になるところがあるんだ」

 「気になるところ?」

 「ああ。ゼノ皇子に見えたか分からないけれども、彼の袖がたわんで時計が見えていただろう?」

 「……ああ」

 気付いてしまったか、と内心でおれは額を抑える

 実際には何も知らないように、外面用のポーカーフェイスで

 「これは私の気のせいだったかもしれないが、文字盤に12の文字が見えた

 この国では、12の刻に一日を分けていたりするのか?」

 ……やはり、分かってしまうか

 おれ達真性異言(ゼノグラシア)にはある程度馴染みがあり、だからこそ案外違和感を感じないあの時計が、この世界のものではない事に

 

 「そんなもの、見えたのか?見間違いでは?」

 肩をすくめ、口笛なんて慣れないものを吹き、さも知りませんよーとばかりにおれはおどけてみせる

 「いや、私は眼が良い方でね。歯車の噛み合い等を見る必要があって、細かなものが良く見える

 確かにあの文字盤には、9、10、11、12と時計回りに文字があった。見えたのはそこまでだが、あれは何なんだ」

 知っているんだろう?と、一歩前に出つつ振り返った少年の瞳がおれを真っ直ぐ覗き込む

 おどけた意味を、彼が分からないという気はしない

 関わるとロクな事にならない。正直、知らない振りをしていた方が良い

 そんなおれの警告を無視し、突っ込んできた

 

 迷いは一瞬

 「その話は、明日で良いか?」

 「明日?何か今だと話しにくいような問題があるのか?」

 此方を向いてそう訪ねる少年を巻き込む覚悟を決め、シロノワール、とカラスを呼ぶ

 元々早めに味方に付いてくれればと思っていたので願ったり叶ったりと言えなくもない、と気持ちを切り替えて

 「父さんの所に飛んでくれ。恐らく、それで時間を用意してくれる筈だ」

 呼び声に答えて姿を見せた八咫烏は、一声鳴いて夕焼けの空に翼を拡げる

 「……あの時計について話すとすると、少しだけ見せたいものがあってさ

 それがあった方が、無いよりも明らかに話がスムーズに進む。あれを見たら、信じざるを得ないような特別なものだから

 ただ、それを持っているのは我が父である皇帝。今から話を通して借りるとして、明日話すことになる」

 「分かった。明日か」

 「……ロクでもない話だぞ?」

 「乗り掛かった船、だろう?」

 おれの言葉に、少年は屈託無く笑い返した



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暴露、或いは誘い

「……竪神、まずはこれを見てくれ」

 そして、翌日

 父からアレを借りてきたおれは、初等部塔の一室で、借りてきたモノを美しく磨き上げられた石の机の上に静かに置いた

 それは、鍔半ばに傷が入り、端の飾りが融解した刃の無い剣

 銘を、E-C-B-StV=(蒼輝霊剣)S(シルフィード)EX-caliburn(エクスカリバー)】。ユーゴ・シュヴァリエが取り落とし、遺された遺品だ

 いや、あいつ死んでないが

 

 遺されたそれを父が回収し、国御抱えの錬金術師に解析をさせているようだが全く手掛かりはないらしいそれを、今回は借りてきたのだ

 

 「これは……」

 静かに目線を向ける少年

 「ゼノ皇子、触れてみて構わないか?」

 「好きなだけ触れてみてくれ」

 おれが言うや、我先にとでも言うべき速度で左手を伸ばし、少年は刃の無い剣を手に取り、ゆっくりと全体を見回す

 

 「アナ、お茶を頼める?」

 それを見守りながら、おれは横でわたし居て良いんでしょうか……と所在無さげだった少女におれは声を掛けた

 

 「……成程、機能としては恐らくは私達が使っているエンジンブレードと似通った構想で作られているようだ

 ただ、どういうことだ?それ相応のエネルギーが必要である以上、普通に考えてエンジンブレードのようにエネルギーを貯蔵する何かが必要であるのは想像に難くない

 だというのにそれらしい空白はなく、周囲から大気の魔力を集めて刀身を構成するような変換効率の問題から机上の空論とされている無限マガジン理論を実現している様子も無い……」

 少女に持ってきて貰ったお茶(今日のはアイリスお気に入りの花の香りがするが味はあまりしない乾燥させた花弁を混ぜたフラワーティーである)の湯気が消えきり、香りのする温い湯になった頃、漸く青い髪の少年は顔を上げた

 既にアナは居ない。お昼を作りに別の階に行き、此処には二人と一羽だけが居る

 「……ああ、すまない」

 そして、喉の渇きに気がついたのか、温い茶を一気に飲み干し、おれに漸く目を向ける

 「ゼノ皇子。知っているならば答えて欲しいのだが、この剣の刀身がどうなっていたか、知らないだろうか」

 「底冷えのする魔力の塊。見ているだけで魂が凍るような、焔の中にあってすら凍えてしまいそうな、そんな蒼い結晶によって刀身が形成させれていた

 ……立っているだけで、凍り付くかと思った」

 無我夢中で立ち向かったあの時の事を、おれは思い出す

 あの時、轟火の剣デュランダルを手にかの剣に立ち向かった時、全身が燃えているのに気にも止めなかった

 それは、夢中だったのもあるが……とても、寒かったというのもある

 あれは、異様な寒さだった。肉体は焼かれているのに、まるで熱くない

 

 「……つまり、剣の刀身そのものがENマガジンとしての役目を果たしている、と

 衝撃に弱くなりそうだが、大丈夫なのだろうか」

 「馬鹿げた硬さしてたぞ、あれ」

 エンジンブレードにもバリアは搭載されていたりする。だが、あれはあまりにも硬すぎた

 押し切れるも何もなく、直感的にこれ破壊できないなと思わせる馬鹿みたいな硬さ

 最後に打ち破れたのだって、恐らくは絶星灰刃・激龍衝の防御奥義の発動を無効、という特殊効果があのバリアを消し去ったからだろう

 物理的な火力で叩き割ったのではない。ということはだ、無我夢中だったが、似と付いていた関係で、本来よりスペックが下がっていたと仮定して……

 1.4-自分の現在HP割合(%)÷100くらいか?あの時点でほぼ限界ギリギリだった事を考えるとHP割合は0%(四捨五入の関係で残り2%等は0%扱いだ)、1.4倍はあっただろう

 おれの力は60越え、轟火の剣の攻撃力は40、恐らく不滅不敗の轟剣は発動していたので+20……いや仮に+10としようか

 130×1.4は182。2回攻撃で2回目の攻撃は+レベルの半分。なので……多少少なく見積もって火力の合計値としては370程

 そしてバリアは耐久分ダメージを減らすという説明文がゲーム内では存在したが、計算上は最初に耐久値分だけ攻撃力を下げてからダメージ計算するというもの。防御力だ何だの計算前に計算するのだ

 ……では、最後の一撃でもバリアを火力で壊せる気はしなかったというのはどういうことか

 

 「硬いって?」

 「恐らくだが、刃を構成していた結晶が薄く展開されたバリアの耐久が400を越える、と言えば分かるか?」

 そういうことである

 数値にして370を耐久から削ってバリアの耐久が余裕をもって残るというのは、耐久が370は軽く越えてるということである

 硬すぎだろどうなってんだ

 この世界、味方の【力】最高値が限界突破と【力】+10を積んだカンストシグルドの178、機神を含めるならばアイリスとの絆Sで解禁できる改造などをフルでやったライ-オウの193、敵キャラ含めても最高難易度のテネーブル第三形態の217だ

 そして、武器攻撃力は刹月花の45が最高値(一応表記の上では礼讃されし雷轟・終の200が最高値なんだが、銃はダメージ計算式が武器攻撃力=攻撃力なので例外とする)

 【力】+武器攻撃力が火力の基本となる世界で、理論上の【力】+武器攻撃力の最高値よりも倍近く高い耐久のバリアは無体とかそういったレベルではない。そもそもバリアを貼らせない攻撃(おれがあの時撃ったような防御奥義無効奥義等)以外効かないようなものだ

 

 「……意味が分からなくないか?」

 「ああ、実際に見たおれも意味が分からなかった」

 「ゼノ皇子、何で生きているんだ」

 「相手が馬鹿だったから」

 「……確かにそれしか活路がないな」

 同意するように頷いて、少年は改めて柄だけの剣をひっくり返す

 「そんな馬鹿げた硬さの結晶が刀身を形成していたならば、確かに強度の問題はないし、柄もすっきりしたデザインに出来るか

 問題はただ一つ。そのそんな結晶を用意出来る技術があれば誰も苦労はしないという点だ」

 難しそうな顔で、少年は呟く

 「普通に考えて不可能だ」

 「ああ、だから彼等は普通じゃないんだ」

 「この世界にはない何かを、使っている?」

 「ああ」

 目線を上げた少年は、信じられないとばかりにおれを見てくる

 「彼等は、AGXと呼ばれる機神を扱っている。それは、どうやら他の世界の技術であるらしい」

 「他の世界の技術……。一日が12の時間に区分されている世界……」

 本当は24時間なんで24なんだけどな、とおれは内心だけで訂正して

 「七大天ならざる何者かによって、この世界にそうした異界のものが流入している

 あの時計は、その異世界の技術で作られた、異世界の機神を操るためのデバイスらしい

 竪神、お前のその左手のレリックハートのように」

 「……成程。魔神と、関係はあるのか?」

 「それが、分からない」

 肩を竦めて、おれは答えた

 

 「そもそも、魔神族自体も元は世界の外から現れたとされる存在。送り込んでいるのは魔神をこの世界に送ったのと同じ存在なのか、或いは別か

 そこら辺は謎だ」

 「謎、か」

 静かに、少年は今一度剣を見下ろす

 

 「こんな技術を持つ彼等と、皇子は何故出会った?」

 「……」

 一度、おれも目を閉じる

 生まれる迷い。これを言うべきかという選択肢

 最初に、おれは異世界の事を説いた。真性異言(ゼノグラシア)の存在などから、それ自体は信じられる話であったのだろう

 では、そこでおれも異世界の記憶がある程度あると言ったらどうだろうか。おれを何処まで信じてくれるだろう

 おれは彼等とは違う、そう叫んで、何処まではいそうですかと言える?

 隠すべきかもしれない。おれが何者か、言わずとも行き当たりばったりでアステールを助けることになって対峙したと言えば、それで説明にはなる。疑われも多分しないだろう

 

 覚悟を決めて、目を開く

 「……竪神。おれは……真性異言(ゼノグラシア)だ」

 選んだ道は、全てを語る道

 「おれには、この今のおれ、第七皇子ゼノとして生きている記憶と平行して、ミチヤシドーというニホンという国で生きてきた人間の記憶がある」

 「……ゼノ皇子」

 「そのニホンという国では、ゲームという面白いもの……プレイヤーという凄い存在が幾つかの選択肢を選ぶことで、多彩な結末を迎える劇みたいなものがあるんだ

 そして、おれが良く知っているその劇の題材は……」

 「この世界、か」

 「ああ

 数年後に聖女として目覚める少女を中心とした……魔神王テネーブルとの戦いの物語。その物語が辿る、幾つものストーリーと結末を、おれはそのゲームで見てきた」

 真剣な眼で、少年はおれの言葉を聞く

 「じゃあ、ゼノ皇子。そこに私は出てくるのか?」

 「……すまない。その通りだ」

 「だから、私に声を掛けた……って訳でも無いのか?」

 「いや、君が竪神頼勇であるか否かに関わらず、困っているなら泊まっていくか?とは言う気だった

 ただ、こうして色々と話しているのは……おれの知るゲームでの『竪神頼勇』という存在の力を見込んでの話になる」

 ……少しだけの誤魔化し

 ゲームではお前はおれの義弟になるだと言おうかと迷い、それは止めておく

 アイリスの為を思えばアイリスを意識してくれるに越したことはないんだが、それは卑怯な気がして

 

 「疑っているようなら言っておくと、おれは誓ってAGXのような力は持っていない

 幾つかの有り得る未来を知っていて、さりげなく誘導しようと思えば出来るだけだ

 

 そして、そうやって未来を知って……おれが死なない方向に誘導しようと思ったところで、彼等とかち合った」

 「それが、この剣の持ち主と」

 「ああ。恐らく、彼等は……おれの知る未来を大きく変えた独自の未来を作ろうとしている

 そうなってしまったら、おれの知識なんて紙屑みたいなものだ

 結果、思いきり目的がかち合い、敵対した」

 静かに、おれは左手を伸ばす

 

 「竪神頼勇

 勝手なことを言うが、共に戦ってくれないか?」

 そのおれの手を、青い髪の少年は、右手て包むように取った

 「事情は良く分かった

 ……ただ、私としては全てを信じきれた訳ではない。暫く、様子を見させて貰っても構わないだろうか」

 「……当然だろ?」

 にっ、と。歯を見せて、おれは笑い返した




補足
ゼノくんがミチヤシドーと自分を呼んでいますが、それは日本での自分の名前をアステールから聞いただけで自分では良く思い出せていないからです
そのため、獅童三千矢という転生前の名前の漢字表記を知らないわけですね

ゲーム知識と要らない事は思い出してる割に名前を覚えていないガバガバ記憶力です


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代理受験、或いは小テスト

そうして、頼勇と話し合った翌日

 

 「どうしてこうなった」

 初等部に久し振りに顔を出したおれを待っていたのは、小テストだった

 何で貴方が……とでも言いたげなヴィルジニー(因みに席は決まってないが、今日はおれの後ろの席だ。その横はクロエ)に、睨まないでくれないかと振り返り

 「そこ、カンニングしない」

 と、マチアス伯爵が、ひょいと手首だけでおれへと細長い石の欠片を投げる

 因みに、なぞるという行為を行う事で文字が浮かび上がるという魔法によるスクリーンを使っての授業であるため、石は何の変哲もない単なる石だ。別に白墨(チョーク)とかそういうものではない

 「……教師マチアス。何故おれがこのテストを……?」

 前に振り向きつつ体を軽く倒し、石をカンッと軽く額で弾き返しつつ、おれは当然の疑問を投げつけた

 ……待って欲しい。初等部の学生はアイリスであって、おれではない。そしてアイリスはというと……今日は眠いと言って二度寝中である

 ……可笑しい。原作アイリスは此処まで外に興味ない様子ではなく、サボりなんて無かった気がするんだが……

 

 「代理でも良いから受けなさい。評価すらできないので……」

 「はいすみません」

 どうやら、座学のテストの一切を受けてなかったからもうおれでも良いやという事らしい

 アイリス?後でお兄ちゃんが勉強をさせるからな覚えておいてくれ

 

 そんな恨み言を吐き、配られた用紙を表返す

 問題文を覚えて、後でアナも試験してみよう、と思いつつ、名前欄にゼノ(代理受験)と書き込んで、問題文を見る

 

 試験としては……歴史というか神学のそれか

 『第一問。七大天の眷属とされる7つの幻獣を答えよ』

 これはとても簡単だ。7つの……が無ければそれなりの難問というか、幻獣に含むか否かの論争があるのだが、7種書けと言われれば全部含むというのが分かるからな

 

 答えとしては……人類(じんるい)、エルフ、牛鬼(ぎゅうき)天狼(てんろう)斉天白候(せいてんびゃくこう)水龍(すいりゅう)饕餮(とうてつ)の7種だ

 因みに、人間ではなく人類と書くのがコツ。人間だと亜人は?となってしまうからな

 そして、日本的な感覚だと人間が幻獣扱いなの可笑しくない?となるし、実際にその違和感から人間やエルフを幻獣として扱わない派閥も居るんだが、世界的な幻獣の分類基準としては、魔力を持ち魔法に対して耐性を持つ存在=七大天の眷属というもの

 そう、人間もエルフも分類上幻獣なのだ。いや、人間は動物の一種、みたいな話なんだけどさ

 同じような話として、魔物とは魔法に対して耐性を持たない生物全般である為、犬や猫や馬や獣人はこっちに分類される

 

 アナ、解けるかなーとか考えつつ、次へ

 『第二問。七大天が座すとされる場所を記せ』

 これも簡単だな、と回答用紙を見る

 焔嘗める道化の座す場所は此処マギ・ティリス大陸を巡る為無し

 山実らす牛帝は、西方の世界の狭間に在るとされる玉郷崑崙(こんろん)に居るとされる

 雷纏う王狼は、帝国内にある天空山、天狼の住居たる蛇王の(むくろ)の更に先に在るとされる頂、千雷の剣座に姿を現す

 嵐喰らう猿侯は、この世界の果ての先に在るとされるパターラから風と共に来るとされる

 滝流せる龍姫はとても簡単だ。このマギ・ティリス大陸、そして幾つかの諸島を取り巻く大海そのもの。その名もそのままの龍海に眠ると言われている

 天照らす女神の玉座は太陽と呼ばれる星自体だ

 陰顕す晶魔は、夜空そのものに住まうとされているな

 以上!回答としては無し、崑崙、千雷の剣座、パターラ、龍海、太陽、星海

 余談にはなるが、この世界は天動説である

 この大陸は龍海と呼ばれる海に取り囲まれており、それを進むと果ての滝と呼ばれる大滝に海水が流れ込んでいて……

 そこが、世界の果てだ。滝の下を覗きに行った者も、滝の先に無限に広がるように見えパターラがあるとされる空に飛び出していった者も、誰一人戻ってきたことはない

 ……つまり、この世界は星のような丸い形をしておらず、世界の果ては滝に囲まれている

 

 因みに、海水が絶えず滝となっているのに龍海は何時も豊かな海水を湛えている事を、滝のパラドックスと呼ぶ。滝は常に流れ落ち、海の水は絶えず減っていく。ならば龍海は干からびていくというのが道理である。"しかし"龍海はここ700年以上の記録を見ても豊かさを失わず、海面も下がっている事はないという矛盾を孕んでいるという奴だ

 それこそが、水の七大天たる龍姫が龍海に眠っている根拠であり、龍姫が海を産み出し続けているのだというのが七天教の教えである。邪教扱いされている七大天アンチは、滝の水は途中で大地の下に潜り循環しているのだと言っているが……どちらが正しいのかはゲームでは語られていない

 

 さて次

 『第三問、三天連盟と呼ばれる三柱の天を全て正しく記せ』

 三天連盟。伝説の時代……と言っても750年前、魔神の襲来の際、七大天のうち特に人類に肩入れしたとされる3柱の神の事だ

 答えは一般的には女神、龍姫、道化の3柱と思われているが……

 これは引っ掛けで、識者からは三柱目は女神ではなく王狼であるとされている。女神は聖女を遣わしたから当然入っていると思われているし、それで本が作られていたりするんだが、実際に人類に特に肩入れしたのは王狼、龍姫、道化の3柱。女神は聖女個人には肩入れしたものの、人類そのものには興味がなかったとされる

 いや、残り4柱も手を貸してくれなかったという逸話はないんだけどな

 

 『第四問。第一世代神器のうち、七天御物と呼ばれる6本を記せ』

 七天御物とは、特に七大天の力が込められたとされる特殊な神器の事だ。手にした者は七大天と繋がり、常に交信できるとされている

 ちなみにだが、そんなもの無くても七大天は願いを聞いてくれる時は聞いてくれてるし、声が聞ける教皇も居るので有り難みは良く分からない

 ……ところでだが、引っ掛けが雑ではないだろうか

 一般的に聖女の武器として広く知られる封光の杖だが、あれは七天御物ではない。天属性の七天御物は別に存在する

 逆に、此処であれ?聖女の武器が御物じゃないし、だとしたら聖女を選んだから三天連盟に女神入れるの可笑しくない?って前の問題の引っ掛けにも気付きかねないんじゃないか?

 そんな内心の突っ込みを抑えて、書き連ねていく

 1つ。火の御物、轟火の剣デュランダル

 1つ。魔の御物、天逆の鉾アラドヴァル

 1つ。風の御物、界覇の杖アストラ

 1つ。天の御物、繚乱の弓ガーンデーヴァ

 1つ。地の御物、豊撃の斧アイムール

 1つ。雷の御物、哮雷(こうらい)の剣ケラウノス

 1つ。水の御物、その名と存在は伝えられていない

 よって、轟火の剣(デュランダル)天逆の鉾(アラドヴァル)界覇の杖(アストラ)繚乱の弓(ガーンデーヴァ)豊撃の斧(アイムール)哮雷の剣(ケラウノス)の6本が答えとなる

 元ネタの神話バラバラだけど、七大天もバラバラだから多分良いんだろう

 

 原作的には、7本目は……ティアそのもの、になるんだろうか。基本的に最後に仲間になる龍人の女の子だが、あの子の職業は龍姫。恐らくだが……七大天そのものではないがかなり近しい眷属だろう

 そして、彼女は何でか知らないが異様に人類に協力的である。最初から試練だとか何だとか全く無く当然のように味方増援として出てくるからな。これはもう、龍姫が人間に与えた生きた可愛い外見の神器と言って良いのかもしれない

 つまり、武器としては6本だな

 

 そして、在処がちゃんと分かってるのは父皇シグルドが持つ轟火の剣、エルフの森長の家系に伝わる(因みに使えるとは限らない)繚乱の弓、そして教皇に代々受け継がれる(これまた特に使えるとは言っていない)界覇の杖の3本だけだ

 残り3種は……行方不明だな。原作でも実はアイムールとアラドヴァルは結局出てこないし

 

 そんなこんなで、割と簡単な全問を解き終え……

 おれは、妹に友達を作ってやるにはどうすれば、と悩み始めた

 

 このままじゃ、妹は何時か一人ぼっちになってしまうから



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誕生日、或いは少女との約束

「……御早う御座います、皇子さま」

 朝、ハンモックを揺らす感覚に薄目を開くと、目の前に大きな白い猫耳があった

 

 「……アナ?」

 「はい、御早う御座います」

 フード付きパジャマのまま、ふわりと小さな花が咲き綻ぶように微笑みを浮かべる幼馴染の少女

 それを見て、おれは……

 

 「寝過ごしたか!?」

 という焦りと共に、ハンモックを飛び降りた

 「……あ、大丈夫です皇子さま。まだ、雷の刻になったくらいです」

 一日を8つに分けた3つめの刻の始め。この辺りから太陽が昇る……つまりまだ早朝である

 初等部の授業の開始時刻は1刻は後だ

 「……そうなのか」

 ほっと息を撫で下ろすおれに向けて、くすくすと可笑しそうに、少女は笑う

 「それに、今日はお休みですよ、皇子さま」

 「そうだっけか?」

 明日が明日だから良いだろうと土の刻に差し掛かる辺りまで師匠に弓を持たされて刀を持って迫ってくる師匠から逃げつつペイント矢を射って当ててみろという修行をしていた事は覚えているんだが、今日は別に週1の休日である虹の日ではなく雷の日だ

 週の3日目、当然の平日の筈なんだが……

 

 「皇子さま、お父さんの誕生日を忘れちゃダメですよ」

 何が可笑しいのか、微笑みを絶やさずに少女はおれにそう呟いて……

 「ああ、皇帝誕生日か」

 漸くおれはその祝日を思い出した

 いやおれ、あんまり祝日関係ある生活して無かったからな。去年の皇帝誕生日とか天空山に修行だと連れてかれてた時期だし

 

 「って皇帝誕生日か!」

 「……はい、皇子さまのお父さんの誕生日です」

 おれの手をきゅっと握り、綺麗な瞳で少女はそう呟く

 「……何一つ用意してない……」

 それに対しておれは、そんな言葉を返した

 

 「そうだと思いました

 皇子さま、わたしや孤児院の皆のために頑張ってたから、きっと覚えてないんだろうなって」

 いたずらっぽくウィンクして、少女はおれの答えにそう返す

 「だから皇子さま、わたしと皇帝陛下の為にプレゼント、買いに行きませんか?」

 おれの瞳を見上げるように、少女の眼が訴えてくる

 おれは、ぽんとその頭に右手を置いた

 「そっか、それで起こしてくれたんだな、アナ

 有り難う。アナが覚えてくれてて助かったよ」

 「じゃあ」

 「ああ、買いに行こう。アルヴィナや頼勇も誘っ……」 

 言いかけたところで、みるみるうちに元気を無くす少女におれは言葉を切る

 

 「……アナ?」

 「皇子さま、二人じゃ……だめ、ですか?」

 「いや、皆で行った方が良くないか?」

 「そうしたら、皆の為にって皇子さま、全部お金出しちゃうんじゃないですか?」

 不安そうに瞳を潤ませ、胸の前で手を握って銀髪のしっかりした幼馴染は訴えかけてくる

 「いや、当然じゃないか?

 おれはすっかり忘れてたけど、皇帝誕生日は祭の日だ。皆に楽しく遊んで貰うのは、皆を預かる皇子としての義務だ

 自腹で遊べよっていうのも酷だし無いだろう」

 ……というか、孤児院のあの人にもあの日のためにってそこそこの額の資金を要求されてて何かと思ってたんだが、皇帝誕生日の祭で子供達が遊ぶ資金だったのか

 そんなことをおれは思い出す

 いや、何事かと思ったが頼勇関係で迷惑かけるしと思って渡しておいて良かった。渡してなければ、孤児院の皆にとって楽しそうな屋台を見るだけって悲しい祭にしてしまう所だった

 

 「それですよ、皇子さま!」

 「いや、どうしたんだよアナ」

 「皇子さまは、自分のものに頓着しなさすぎです!

 わたしはそれで助かってるところもあるからあんまり言いたくないんですけど……」

 きゅっと唇を結び、真剣な面持ちで少女は訴える

 ふわふわした猫耳パジャマのせいで、空気は緩いままだが

 

 「今日はそれじゃダメです!そんな皆にやりたいなら遊んでこいってお金を出してたら、当初の目的が果たせなくなっちゃいます

 だから、皇子さまがどーしてもっていうなら」 

 「どうしても」

 「なら、最初にこれだけ置いてくから各々楽しんでって額を置いていって、きちんと皇子さまは誰かの為に気軽に使わないお父さんへのプレゼントの為のお金を分けておくべきです」

 真剣な眼差しの少女に、いや、とおれは笑いかける

 「いやいやアナ、おれだってお金の分別くらいはしておくって」

 「皇子さま」

 今日一番の冷たい声

 

 「エーリカちゃんの時、皇子さまは皆の新年の御馳走の為のお金を、どうしたか覚えてますか?」

 ……ぐうの音も出ないな

 「エーリカの兄を騎士学校に入れて盗みを働いた分この街を守らせるからって事態を収拾するのに使いこみました」

 いや仕方ないだろう。生きるために盗みの常習犯やってた年齢9歳の子供とか、子供の頃からの騎士学校に入れるくらいしか庇う手段が無かった。もうやらないという口だけでは信用なんて出来ないからな

 

 「そこはギリギリで冒険者ギルドへの納品で何とかしただろう?」

 間に合わなければ忌み子で研究したいというおれ指名依頼を受けてモルモット確定だったので、高価買い取り中で良かったと心から思う

 納品依頼の他に、近くの村を襲っていた……って魔物を倒した時、その村が出してた依頼料貰ってくれば余裕もあったが、襲われて復興出来てない村に金を出せは言いたくなかったので見ないフリしたからギリギリだった本当に

 「皇子さま、皇子さまのお父さんの誕生日は今日なのに、間に合わせるだけの時間はあるんですか」

 「アステールから借りる」

 「返さなくて良いけど結婚させられますよ」

 呆れたように、悲しそうにパジャマの少女は呟いた

 

 うん、おれ自身分かっている

 忌み子なおれにはアステールと結婚する選択肢が無い以上、彼女に下手に頼ってはいけないことくらい

 責任を取れないなら責任を負うなってのは鉄則だ。何度か破ってるけどなおれ

 

 「じゃあ、アナ」

 と、おれは枕元を漁り、20枚の軽鉄貨を取り出す

 「はいこれ、アナの分」

 「皇子さま、わたしの分は要らないです」

 「そう言うなって、アナだって、遊びたいだろ?」

 「わたしは、アイリスちゃんからのお給料があるから……」

 モゴモゴと呟く少女の手に、おれは貨幣を握らせる

 「アナ。おれは君達を守ると約束したからこうしてるだけだよ

 自分の稼いだお金は、自分の将来の為に取っておくんだ。ただでさえ、孤児院に一部送ってるんだろ?残りまで使う必要はないって」

 「……分かりました。でも、皇子さま。この額以上を今日わたしが使おうとしても、ぜーったいに代わりに払うよ、なんて言っちゃダメですよ」

 「心配性だな、アナは」

 その頭のフードの上から、柔らかなその髪を……女の子の大事なそれを傷付けないように優しく撫でて

 「じゃあアナ、風の刻になる辺りに、塔の入り口で」

 「はいっ!」

 しっかりと頷く少女を一瞥し、おれは時計を見る

 

 半刻は剣が振れる。少しでも強くならなければ

 ……あの日、避けきれなかった悔しさは、数日経った今も薄れてはいない

 おれは、魔法で動くからおれでは呼び込めないエレベーターのシャフトに身を踊らせ、壁を蹴って素振りできる部屋まで降り始めた



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待ち合わせ、或いは礼服

「今日は此処までだ、馬鹿弟子」

 手にしていた訓練用の真剣(装備適正ランクD、攻撃力11、必殺補正+15、耐久20の刀である)を不意に鞘に収め、二角の男は静かにそう告げた

 

 「……はいっ!」

 師の振ってくる真剣を捌きながら首に当てろという修行内容の為の鉄刀(此方は刃はしっかり潰してある)をその男の首筋にぴとりとくっつけるくらいで止め、おれはそう元気良く声を返す

 そして、手指で握りをくるりと逆手に持ち変え、腰から外した鞘に納め……

 「早くないですか、師匠」

 と、疑問を投げ掛けたのであった

 

 今は雷の刻の半分が過ぎた頃。約束した時間まではまだまだ半刻もある

 魔法によるエレベーターは休みのこの日は殆ど使われることはなく(何たって寮暮しはおれとアナ、アルヴィナ、アイリスの4人しか居ない)、1階まで降りようとしたら下の階層でエレベーター使われててシャフトを蹴り降りる事が出来ずに足踏みするなんて事も起きない

 余談にはなるが、上がっていく魔法の刻まれたエレベーター(ちなみに床と操作用の手を置く台だけの作りだ。魔法で動く関係で天井とか扉とか要らないのである)と降りようとするおれがかち合った場合、おれが脇に避けるようにと言われている。まあエレベーターシャフトをエレベーター使えないし使える前提で作られているから階段もないからって壁蹴って昇降しているおれが可笑しいので、そこは当然と言えよう

 不便なように思えて、壁蹴りを連続するから空中で物蹴っての制動が上手くなるのは良いことだ

 原作のゼノ(おれ)って、月花迅雷で雷撃を放ちつつ雷に反応する金属を裏に仕込んだ靴を使い空中で雷を蹴って接近。勢いに任せて突きからの相手を蹴りつつ斬り上げて空中を一回転して元の位置に戻るとかいう専用のトンデモ遠隔物理攻撃モーションがあるからな……。おれも出来るようにならないと

 

 「まだ、剣を振れる時間は」

 「無い」

 「約束の時間までにはそこそこ」

 「だから、無い」

 「いや、どうしたんですか師匠。何時もは時間ギリギリまで……」

 少し、剣を振り足りない

 こんな体たらくでは、まだまだ甘い。あの日、反応しきれずにあっさり魔法に捕まった醜態をまた演じかねない

 だから……

 「時間だ、馬鹿弟子」

 心底呆れたように、手にした刀を虚空に仕舞い込んで今日は本当に終わりだと見せ付けつつ、師たる半鬼は首を横に振った

 「……はい」

 静かにおれも、手にした練習用の刀を手渡す

 「しかし、何故」

 「正装しろ馬鹿弟子が。今日の本番はこれからだろう」

 

 「師匠があんな事言うなんて珍しいな

 いきなりどうしたんだあの人」

 そんな事を思いつつ、ハンモック横のスペースに畳んでおいてある正装の上着を手に取り、少しだけ鼻に近付けて嗅ぐ

 「……やっぱり駄目だな」 

 此処にあるのは新品ではない正装。何時もドレスを新調するような華美さがウリの貴族ではなし、使い回しもする

 毎回新ドレスで二度は着ない。そういう貴族の子女は居るし、勿体ないしワガママだ、と思う人も居るが、その行動は別に悪いことでもない

 みすぼらしくなるまで全貴族が同じドレスを使い続けたら、ドレス職人の方が需要の少なさに喘ぐだろう。オーダーメイドが基本なので、既製品を売る訳にもいかず、新作すら作れない

 お気に入りを使いたいなら使っても良いが、数回に1回は変えるのがマナーっぽくなっている

 実際、ヴィルジニー関連の留学中の交遊費は帝国持ちで、父にこうなっていると見せられているが、それによると彼女は2回ドレスを着たら新しいものに変えている。同じドレスは2回までで、同じアクセサリーも2回まで。アクセとドレスは別の時に変えるから、完全に同じファッションの時はない

 

 ただ、男にはそこら辺は関係がないというか……

 ということで、シュヴァリエ邸にお邪魔した時の正装を持ち出してきたんだが

 あ、駄目だこれ。アナが頑張って手洗いだけじゃなく魔法も使ったんですけど……と申し訳なさそうに言っていたとおり、ちょっと思い切り染み込んでいた血の香りがまだする

 これは流石に使えないだろう

 ……なんでおれは平民の女の子とデート?いや真面目な買い物をしに行くのに正装させられているんだろう。普通に考えてラフな服で良くないか?

 そんな疑問を持ちつつ、少し頭のなかで試算する

 この服以外はというと……やっぱり自室にしかないな

 いや、自室にまだあるんだろうか。家のメイド(プリシラ)はおれを舐めてる感あるからな……おれ自身は舐められても仕方ないと思っているから良いんだが、割と問題児かもしれない

 

 ああ、これで師匠はとっとと終わらせたのか。どうせ王城まで取りに行かされるからって

 ……いや、だから何でだ

 

 そんなこんなで、王城外れの自室へ正面からではなく、城壁を蹴り昇ることで向かう

 途中、どうせ安全だよと壁上でサボって同僚と勇者と魔王(魔神剣帝版)という名前の、勇者デッキと魔王デッキという互いに全く違うカードで構成されたデッキで戦う二人対戦カードゲームで賭けをやっていた兵士二人を見かけ

 「御苦労様です。ちょっと騎士団にその仕事ぶりを報告させて貰うから」

 と、冷やかしを送っておいた

 にしても、魔神剣帝版なんて出てたのかあのカードゲーム。勇者カードがスカーレットゼノンに差し替えられ、独自のカードが3枚勇者デッキのカードと入れ替わったコラボ版らしい

 聖女と魔神王という亜種の存在は知っていたが……マーケティングの幅が広いなアステール

 これは余談になるが、後日調べたところ、このコラボ版、切り札1枚微妙なカード2枚を大外れ1枚と変身カード(切り札)2枚に差し替えた関係で勝率五分五分から勇者側5.5くらいになったとボードゲームガチ勢(ガイスト)等から不評であった

 突貫工事で作って刷ったが故だろう多分。バランス調整はちゃんとしてくれアステール

 あと、ギミックの関係で変身カードがどこにあるか、魔力の流れに聡い人間ならバレバレだとか

 その分、勇者カードの上に変身カードを重ねて置いてカードをひっくり返すと魔法が反応して、共通の裏面だったはずの場所が燃え落ちるような演出と共に変身形態の勇者カードになるって演出が、楽しくカードで遊んでた勢には大ウケしたらしい

 それが受けた結果、5年後には勇者と魔王はというと……特定の4枚のイベントカードが場に出たら瞬間魔王カードとH字に合体して邪神が復活したりと派手な演出付きカード入りの拡張コラボデッキが複数種類出た演出カードゲームと化すのだが、それはおれとは無関係の別の話である

 

 閑話休題

 ちょこっと兵士をからかいつつ、自室で正装を探すも用意されておらず

 仕方ないので、乳母兄であるレオンの礼服を借りる

 本人は明後日までバカンスなので無断でだが、許してほしい

 

 そうして、火傷が見えにくいように左寄りにツバを下ろして目深に帽子を被り、塔の入り口へ向かう

 時刻はそろそろ雷の刻が終わりに差し掛かる頃。日本的な感覚で言えば、約束の30分前

 

 「……誰だ?」

 其所には、薄い空色の服を着た一人の見知らぬ少女が少し不安げに小さく立っていた

 帯は桜色で、空色を基本とした服は西方の仕立て。師匠たる半鬼が何時も着ているようなこの国ではとても珍しい服だ

 端的に言えば、浴衣の亜種のような……

 伸ばせば肩くらいだろう淡い色合いの綺麗な銀の髪は、一部伸ばされて花の簪で結わえられ、リボンで止められていて。幼い少女特有の大きく丸みのある瞳は透き通った(あお)い色。きゅっと結ばれた幼い唇には、淡い桜色のリップが背伸びのように引かれ、幼さ故かまだ胸元にほぼ起伏はないが、その女の子らしい少し丸みのあるシルエットは、和……といっても倭克ではなくニホンという異世界の国のテイストを感じさせる袖の大きな服には良く似合っていて

 

 「あ、皇子さま!」

 と、おれがそんな見知らぬ美少女を西方の王族……師匠の姪か従姉妹か誰かだろうかと思って少し遠くから眺めていたところ

 謎の美少女はおれの姿を見つけるやぱっと顔を明るくして、小さな歩幅で駆け寄って来た

【挿絵表示】

……アナだった

 うんまあ、伸ばしている一部をサイドテールに纏めた雪のような銀の髪も、くりっとした深い蒼い目も、10人男が居れば9人は振り返りそうな可愛らしい顔立ちもアナそのものだわな!服装のせいで一見見知らぬ美少女だけど、外見の作りはアナそのままだ

 ……ヤバい。普通に考えたら幼馴染以外である筈もないのに暫くそうだと分からなかった。着付けがちょっと甘いのか、首元に白い鎖骨がちらりと覗くのが、子供ながらに少し見るのが恥ずかしい

 

 「あうっ!」

 と、おれが呆けて少女を眺めていると……慣れぬ服装のせいか、というか慣れぬ下駄っぽいからからと音のする木で出来た西方の靴のせいで足を踏み外し、少女の体がくらりと揺らいだ

 「っ、アナ、大丈夫か?」

 間一髪

 門前の石の通りを駆け抜けて、少女の肩を左手で受け止め、その体を支える

 「あ、有り難う御座います、皇子さま」

 「早いな、アナ」

 まだ約束の時間まで間があるっていうのにな

 肩に触れた感触は柔らかな絹のような手触り。同じような手触りは、アイリスが何時も被っている異様に軽い羽毛布団がしている

 つまり、恐らくだが滅茶苦茶な高級品だ。この浴衣……もう名前分からないし浴衣で良いや。浴衣1着で人が1年は暮らせるくらい

 

 「……どうしたんだアナ。こんな服」

 まさか、買ったのではないだろう。西方の服はまあ割とコアな人気はあるんだが、いかんせんそこまで流通がない。間に天空山を挟むっていうのもあるし、単純に遠いからな

 子供が買えるものではない。いや、アイリスはアナにきちんとメイドとして働かせている分の給料出してるし全額貯めてれば買えるけど、おれが不甲斐ないばかりにアナが一部の給料を自分の未来の為に貯めずに孤児院の修繕費等として仕送りしている事は知っているから有り得ない

 第一、普通に平民であるアナは、往時だからって一人でまあ身分は確かだしと色々買える皇子ではないから、金があっても信用がなくてこうした高級品の店とは交渉すら出来ないだろう

 

 「えへへ。皇子さまの御師匠さまから貰っちゃいました」

 腕の中で少女ははにかむ

 そして、立ち上がるとくるっとターン……したそうだがまたバランスを崩すと思ったのか、その袖を軽く振って揺らして見せた

 「貰った?」

 「はい。皇子さまのお師匠さま、皇子さまのことを馬鹿弟子って呼んでよく定期報告の際に話を書いてたみたいなんです」

 「それは知ってる」

 だから、おれは色々と西のあの国からの便宜で刀とか輸入できてる訳だしな

 向こうとしても、帝国皇子に恩売っとくのは悪い話とは思ってないのだろうか

 って、忌み子に売って意味あるのかは兎も角だけどな

 

 「そして、そのついでにわたしやアルヴィナちゃんの事も書いてたみたいで……

 そうしたら、皇子さまのお師匠さまのお母様のお兄様が」

 「アナ、上王殿下な」

 ちなみに上王とは、王の上に立つ者、つまりは先代国王の事である。何でもあの国ではそう呼ぶらしい

 つまり、おれの師匠、西に帰れば前国王の妹の息子という王族の一員である 

 何で普通にかなりの期間此方に居ておれに稽古付けてくれるのか、割と謎だ。あれか、父親が牛鬼だから距離を取っているのか

 

 「じょおうへいか?」

 「じょうおう陛下。いや殿下でも陛下でもどっちでも良いんだけど」

 「その陛下さんが、わたしやアルヴィナちゃんにって送ってくださったんだそうなんです

 小さなお弟子さんの小さなお友達にって」

 そっか、良かったなと何時ものように少女の頭に手を伸ばそうとして……途中で思い止まる

 少女の髪は、恐らくしっかりと櫛でとかれた後だ。何時ものようにくしゃっとするのは気が引ける

 

 「じゃあ、おれから師匠に何か礼を考えないと」

 「いえ、貰ったのはわたしですから。わたしがお返しを買います」

 「いや、アナが……」

 言いかけるも、いや、良いかとおれは言い直す

 「じゃあ、おれが父さんに誕生日プレゼント買う際に、一緒に選ぼうか」

 「はい!」

 

 と、少女は上目遣いでおれの目を見上げてきた

 「ところで皇子さま、このわたし、どうですか?」

 ……不安げに声を震わせ、小首を傾げて、銀髪の幼馴染はそう声をかけてくる

 流石に、どういう答えを返せば良いのかはおれにも分かる。似合ってるかどうか、それを聞きたいんだろう

 

 「……最初、誰だこの美少女って思った」

 そんなおれの精一杯の真実の誉め言葉に、何故か少し不満げに頬を膨らませて、少女は抗議してきた

 「もうっ!酷いですよ皇子さま」

 「悪い、何でなんだ?」

 「美少女って言ってくれたのは嬉しいですけど、何時ものわたしは可愛くないんですか?」

 ……あ、そうなってしまうのか

 

 「いや、何時も可愛いよ。でもさ、何時もと雰囲気が違って……別人に見えた」

 「えへへ……」

 照れたように後ろ手で手を組んで、銀の髪の幼子は悪戯っぽく邪気のない笑みを浮かべる

 「御免なさい皇子さま、意地悪なこと言っちゃって」

 少女はじゃあ行きましょうと踵を返……そうとして

 「あっ」

 「もう普通の靴にしたら?」

 もう一度、バランスを崩した

 「勿体ないけどそうします」

 

 そんなおれ達を、とっとと出てけこいつら……とばかりに、じとっとした目付きで門番の二人が眺めていた




小噺
エッケハルト「かーっ!見んね頼勇!こんなキザったらしい返ししといて恋愛感情はないとか嘘ばっかの卑しか男ばい」
竪神「そうか。ああいう返しは卑しい返しなのか。今度から私も気を付ける」
エッケハルト「ゑ?マジ?素面であんな事言えるの?
乙女ゲーの主要キャラってこっわ……」
ゼノ「お前もその一員の自覚持てエッケハルト」


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礼服、或いは高下駄

ということで、入り口でアナを改めて待つ

 普段の靴は寮に置いてある。そこまで上がって、下駄と履き替えて来るのだ

 と、思って見送ったその瞬間

 

 「っ!」

 降り注ぐ殺気……というか害意に、おれは頭上を見上げ、地を蹴って右方向へ跳躍

 空中で体を捻り、降ってくるモノへと向き合うように着地

 「……で、師匠は何をしに?」

 と、降ってきた和装の師にそうおれは問い掛けた

 

 この人が一人きりで時間と余裕がある時に不意に斬り込んでくるのは何時もの事だ

 常在戦場の心得ではないが、誰が何時狙っているか分からんから対処を覚えろという修行の一貫であり、おれや父も承知の上

 今まで2度避け損なってざっくり肩が切り裂かれた事もあるが、だからといって師を責める気は無い

 だが、今からデート……じゃなくて真面目な買い物という時に襲ってくるのは何というか、あの人らしくない

 服に(ほつ)れでも出来たら困るって事は知ってると思うんだけどな

 

 「馬鹿弟子、お届け物だ」

 と、すたっと軽く地面に降り立ったその男は、右手の剣はそのままに、小脇に抱えた包みをおれへと差し出した

 「師匠、これは?」

 「全く、どうしてお前はそんな服装をしている」

 「……あ」

 その包みの上に乗せられた高下駄に、漸くおれは思い出した

 そういえば、師匠からお前の分、流派の一門としての礼服だと渡されていたものを

 ああ、そういうことかと頷く

 「師匠、これを着てこいって事で……」

 この服自体は初等部で着ることは基本無いからと乳母兄のレオンに預けておいたものだ

 よって、レオンの礼服の近くに置いてあったのは確かなんだが……浮くだろうってことですっかり正装として認識してなかったんだよな

 だが、アナが西の浴衣を着るなら、合わせる服装としてこれは相応だろう

 「そういうことだ。部屋は1階を使え」

 「全く、最初から言ってくださいよ」

 というおれのぼやきに、その男は軽快に笑った

 「何故その服なのか、予め説明するとなれば、浴衣の存在を語らねばなるまい

 それでは、少女の精一杯のおめかしの衝撃が台無しだ」

 「……それは、そうかもしれないけど」

 言いつつ、ひょいとその一式の服を受け取……重っ!?

 予想外の重さに、肩に力を入れて受け止める

 ……この高下駄、明らかに内部に重り仕込んでませんか師匠!?デートじゃないけど女の子とのお出掛けに履いていくには中々にクレイジーな重さだと思うのですが

 恐らく重量としては……両足揃えたらアナより重い。いや、あの子割と軽いから片足でアナを超えるかもしれないくらいの重さだ

 推定片足30kgほど。多分アナより重いな、これ

 因にだが、アルヴィナはその線の細さからしたら異様に重く、アイリスは異様に軽い

 アイリスは体の弱さから分かるんだけど、アルヴィナって何であんなに重いんだろうな。背丈はアナとそう変わらず、体の細さも同じくらいだというのに、戯れに乗っかってきた時アナ+アイリス+アイリスの仔猫ゴーレムくらいの重さを感じる

 

 まあ良いかと師に習った通りに手早く着付け、足に高下駄、腰の帯には結び目を作り服にくるまれていた短刀を通して完成

 後で返しておこうとレオンのところから拝借した礼服を軽く畳んで外に出ると、ちょうどアナが戻ってきた所だった

 

 「お、皇子さま!?その服は?」

 「ちょっと合わせてみた」

 と、おれは高下駄をからんと鳴らし(内部明らかに金属仕込んである割に、軽快な音が鳴るのが不思議だ)、くるっと一回転してみせる

 「忌み子にも衣装って感じで、そこそこ似合うだろ?」

 服の色としては白地に(あか)。イメージとしては、巫女服を男性用に仕立てたような形

 名前の無い流派……即ち、神の名を冠するが故にその名をみだりに語れず、何時しか名前が喪われてしまったらしい西方古流の一派。故に、神職にも見えなくはない礼服は流派に合っているのだろう

 

 「はいっ!カッコいいです!」

 何が嬉しいのか、頬を上気させて褒めてくる少女に少しだけ照れ臭くなり、目線を逸らすように師を向いて

 「師匠、この元の服お願いしても良いですか?」

 なんて、話題を続けないためにそう呟く

 「構わんが」

 「じゃあ、お願いします」

 そう言って、おれは手にしておいた服を手渡し

 「じゃ、行こうか、アナ」

 空色の浴衣の少女に右手を差し伸べて、そう言った

 

 カランコロンと小気味良い下駄音を響かせ、通りを進む

 今日は皇帝誕生日。多くのものが休みで、今日は都市機能の大半が動かない

 といっても、水道なんかは魔法管理だから問題ないし、ガスや電気はこの世界では自前の魔力、魔法でやってるからそもそも無いんだけどな

 といっても馬車も今日は一切発着がなく、騎士団もほぼ全団休み。冒険者ギルドも一年にたった2日だけその正面の大扉を閉めるが、今日がそのうち一日である

 故に何時もは馬車だ騎士団の馬だが通れるようにと一定の隙間を空けていなければならないとされる大通りは、今日ばかりは人で溢れかえる歩行者の天国となる

 両脇には出店が並び、人の波がそこらじゅうを往き来する

 

 貴族街ですら、下位貴族の邸宅の多い辺りではそれが起きるのだ

 使用人等、その中でも裁縫が得意だったり料理が出来たりする者達が出店を出し、別の家の使用人等が外に出てそれらを買っていく

 アナをあまり人通りの多すぎる場所には連れていきたくなくて、おれがその足で向かったのは貴族街であった

 因にだが、帽子は考えた末に師に預けてきた

 目深に被れば火傷痕は隠せ、おれが誰かということは分かりにくくなる。だが、それは……やーい忌み子と絡まれにくくなるのと同時に、おれの正体を隠すことにもなるのだ

 今日は人が多すぎる。新年と並ぶお祭り騒ぎ、いや、家族と家で過ごす人も多い新年よりも派手だろう

 昼間から綺麗な信号弾が空に打ち上げられていたりするしな

 お陰で今日は信号弾で何を連絡しようとしても通じない。なんたって人々を楽しませるためのと区別付かないのだから

 

 そんな日だ。当然ながら、人拐いだ何だもやりやすい日である

 だからこそ、おれは火傷痕を晒すべきだと思い直した訳だ

 今も、ねっとりとした気配が2つほど。おれを通り越して、キラキラとした眼で下位とはいえ貴族のお抱えが腕によりをかけて用意した屋台料理の数々を凄いですね皇子さま!と見ている少女を眺めている

 ……これが手を出してこない者なら良し。だが、売り飛ばそうという者ならば……

 こういう時に、仮にも皇子って顔は役立つのだ。皇子の連れだ、手を出すなら容赦しないって、顔が割れているからこそアピールになる

 ついでに、今のおれの服は西国が作ってくれたおれ用のオーダーメイドの礼服だ。しっかりと皇家の紋が入っている

 もう隠す意味も隠せる道理もないなこれ?

 「アナ、どう?」

 「やっぱり凄いですね皇子さま!わたし、前は貴族街の所まで行くのって遠くて……」

 しっかりとした保存魔法が使えるからこそ、新鮮で安全なものが出せる

 半分生に近い血が滴る肉と、別口でしっかりと火が通された野菜が交互に刺された串を手に、興奮気味に少女が返した

 「そうか、なら良かったよ」

 「皇子さま、皇子さまも食べましょうよ」

 両端を両の手で持って一口、野菜(玉葱のような甘味が強い青菜だ)の所にかじりつきながら、少女は語る

 「……いや、おれは……」

 「お金が心配なら、わたしが」

 「いや、悪いよ」

 「この串、ちょっとあげますから」

 ……それは間接キスというものだ

 いや、アナはその辺りまだ頓着無いのかもしれないが、おれは気にする

 

 「おじいさん、そこの揚げ物一つ!」

 慌てて近くの屋台でそれっぽいものを買う

 買ったのは、器にこんもりと……とは言えないくらいに盛られたカリカリの揚げ物。油は安いものならそんな高級品でもないので揚げ物は庶民でも楽しめる料理の一つだが、これは違う

 植物のような魔物の油でもって、濃いめに味付けした衣を付けた別の魔物の内臓を揚げたものだ。カラッと揚がって深みのある味わいは、貴族邸宅でも出せる味

 この内臓を素揚げして刻み、ダシとしてスープに入れたものならば確かシュヴァリエ邸での料理にもあった筈。それくらいの高級品だ

 ちなみにお値段は軽鉄貨11枚となかなかのもの

 流石は貴族街。かなりお高い買い物だ。日本風に言えばグラム1100円って感じ。縁日価格としても、やはり高級だろう

 

 「アナ、要る?」

 「はい、有り難うございます、皇子さま」

 と、人通りを横に避けて、座れる席(今日は幾らでもこういうのが出ている)で、おれは軽く器を少女に向けた



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屋台、或いは必勝法

からころと鳴る高下駄の音

 昼にしては早い軽食を終えて、長椅子の脇の回収口へ器を入れて、少女の手を引いて歩き出す

 

 「皇子さま。良くその靴で歩けますね」

 と、銀の髪の少女はふとそんなことを聞いてきた

 「ああ、これ?高下駄って言ってさ。バランス取る練習だって言って、師匠に良く履かされてるから慣れたものだよ」 

 これで馬車と並走しろとか言われるから、転けてなんていられない

 というかだ。ステータスの【速】の数値は移動スピードというより瞬発力に近い意味の数値だ

 瞬間的な速さは兎も角、走り続けて維持できる速度はどれだけ【速】が上がってもそうそう伸びるものではない(一応【速】が一定以上になると【移動】は伸びることは伸びる)

 つまり、【速】が100あったとして、【速】40前後の馬より移動が速いかと言われるとそんなことはないのだ

 だから、馬車に追い付けるかと言われると馬車によるというのが実情だ

 

 皇家の馬車なんかは頑丈だし多少跳ねても構わない魔法が掛かっているし馬も有名な馬レースの王道のダートグランプリで勝ち抜ける頑健かつ強靭な馬。正直な話追い付けない

 何たって、あのグランプリには一部の魔物と掛け合わされたネオサラブレッド種と呼ばれる馬しか居ないからな、人気馬を盗もうとした盗賊がひしゃげた鋼の盾と共に冷たくなってた事件とかあった筈だ

 逆に安めの乗り合い馬車くらいなら追い抜けるな。整地された道でのトップスピードはそう変わらないが、おれの方が高下駄履いてても凸凹した整備されていない道で減速しなくて済む分速い

 

 ニホンでの馬車の速度は知らないけど、この世界では馬車はそれなりに速い。とりあえず、目測でトップスピードなら道路を走ってる旧式のガソリン自動車くらいはあるな。大体時速40~60kmのどこかってくらい。それで大体半日走る感じだ

 

 ちなみに、二代目父の愛馬とおれがかけっこすると惨敗する。あいつ速すぎるんだよ、最高速度なら乗ったこと無いけどリニアモーターカーより速いんじゃないだろうか

 

 「そうなんですか?

 とっても歩きにくそうなんですけど」

 「歩きにくいから、修行になるんだよ」

 人混みの隙間を見つけ、軽やかな足取りで少女を先導しながらおれはそう返した

 実際、抜刀術には踏み込みが必要。どんな場所でもバランスを取って体勢を安定させなければ100%の破壊力は出せない

 例えば木の上でも踏み込めるように、果ては雷に乗って踏み込めるように。とすれば、この高下駄は正しい修行靴なのだろう

 ……ところで師匠。アナとのお出掛けで履いておく意味という奴は何処に?

 

 「じゃあ皇子さまが転けないように、しっかり握っておくです」

 なんて、きゅっとおれの右手を握って、少女は小さな花のような笑みを浮かべた

 「……アナ」

 「えへへ、行きましょう皇子さま」

 そんな少女に、おれはまだ少し頭陀袋になった時の痺れが抜けきっていない左手を差し出す

 「こっちで良いか?」

 「良いですけど、どうしてですか?」

 「左寄りに歩くからさ、左に居てくれた方が守りやすい」

 あとは、左腰に短刀を差している関係で、左手での抜刀が逆手で無理矢理引き抜く形になってしまうからというのもある

 逆手でも戦えなくはないが、やはり右手で振るう方が戦いやすい

 「もうっ!物騒な事は無しですよ皇子さま」

 と、頬を膨らませて銀髪の少女はそれでもおれの言う通りに左手を取り、その細い指を絡めてくる

 そこから逃げるように、四本の指を纏めて握り、おれは高下駄を鳴らして歩みを進めた

 

 そして、辿り着くのは少し行った場所

 貴族にだって子供はいる。その使用人にもまた。そんな子供達は対外的に恥じない立派な子供であれというように言われてはいるが……

 今日といった祭では羽目を外しても良いだろうということで、所謂縁日の遊び屋台各種が出ているのだ

 そのうち半分ほどはおれにはどうしようもない。魔法を使っての遊びであるが故に、参加権すらない

 そして、そうした魔法を使った派手な遊びこそ、そこそこのスペースが必要であるから貴族街にしか無いのだ

 「皇子さま皇子さま、見たこと無い屋台が多いです!」

 「そりゃそうだ。孤児院近くだと、こんなに1屋台がスペースを取れないから」

 貴族街で店を出せるのは貴族の雇われ使用人か貴族だけだ。だからこそ絶対数が少なく、スペースが取れる

 稼ぎ時だと各人が場所の取り合いを毎年やってるあの辺りとは違うのだ

 

 「やってく、アナ?」

 「はい、ちょっと……」

 と、少女はきょろきょろと辺りを見回して……

 「人が多くて全然分からないです」

 と、困ったように呟いた

 

 「……持ち上げようか?」

 女の子の体に触れることになる。無断でそれは不味いだろう

 だからおれは、そうすれば少し見やすくなるけどと言いつつ、手を軽く振ってみせる

 「い、いえ、恥ずかしいから良いです」

 と、少女は顔を赤くしてぶんぶんと顔を横に振った

 「そっか」

 と、そう残念そうでもないように言って話を切り、おれは少女を連れて少し進む

 

 「あ、ここが良いです」

 と、少女が止まったのは……輪投げ?

 そう、輪投げだ。物理的な輪を投げて棒に通すっていうニホンの縁日でも良くあるあれ。って、ニホンでのおれは近所のお姉さんがどうしてもあれが取れないから手伝ってーと言われた1回しかやったこと無いんだけどさ、確か

 「これで良いのか?貴族街でなくても遊べるぞ?」

 もっと面白い屋台なら幾つもある筈だ。特に魔法を使ったものが

 だけど、少女はここで良いと頷く

 「だって、魔法の屋台だと皇子さまと遊べませんから」

 なんて、照れたように頬を染めて、少女は呟いた

 

 「……おじさん、5回」

 「……とりあえず、わたしは3回で」

 と、照れ隠しに5回分の金を払う

 ルールとしてはとても簡単だ。棒ごとに景品が決まっていて、景品ごとに幾つの輪を通せば良いのかに差があるオーソドックスなものだ

 どんなものでも1発だったら高いもの置けないからな、それではこの貴族街では子供達に見て貰えない

 だから、最高で10輪必要な景品まである。そして、1回で投げられる輪は3つ。最低でも4回分の金を払ってチャレンジしないと取れる可能性すら無い

 「それで、アナは何を狙ってるんだ?」

 と、景品一覧を見ながらちょっと聞いてみる

 と、少女は一つのぬいぐるみを指差した

 「……ああ、グランプリの」

 其処にあったのは、可愛らしいデフォルメが為された馬のぬいぐるみ。結構円らな瞳、面長さが足りていない正方形に大分近い長方形っぽい顔、頭の半分以下の長さの四肢

 鞍は付けられておらず(現実の彼女にも鞍は無い)、その裸の体には炎を思わせる……というか炎を模した飾りが付けられている

 「可愛いって思ったんですけど、皇子さま、知ってるんですか?」

 「知ってるも何も……」

 名をアミュグダレーオークス。何か聞き覚えがあるような無いようなそんな名前の、文字通り物理的に燃える鬣を持つネオサラブレッド種だ

 去年末に行われた帝国最高峰の馬レースのローランドGPでは1番人気だったと思う。最終結果は3着だが、人気相応の走りは見せたと言われていたらしい

 

 割とおれとも縁がある

 「父さんの愛馬の孫だよ、そのぬいぐるみのモチーフ」

 「え、そうなんですか?」

 「アミュグダレーオークスって名前で、結構有名な馬だよ

 ぬいぐるみ、もう出てたんだ」

 と、ふと思う

 

 これ、父の誕生日に良いのでは無いだろうか、と

 かの皇帝は、もう居ないかつての愛馬の蹄に付けられていた蹄鉄を今も執務机の一番上の引き出しに大事に仕舞い込んでいるし、案外馬好きだ

 馬のぬいぐるみとか、良いかもしれない。ちょっと似合わない気もするけれど、外れではないだろう

 「凄いお馬さんなんですね」

 「……うん、凄い馬だよ」

 因みに賢い上に綺麗好きで、おれが乗ろうとすると嫌がって蹴ってくることがある。主に、汚れてたり汗臭い時だけどな

 もう一頭よりマシ

 

 「……じゃあ、頑張ります!」

 と、少女は輪を両手で握って構えた

 

 ……そのポーズだと飛ばないと思うぞ、アナ

 「あうっ」

 当然ながら、全然入らない

 3回投げて、入ったのは別の場所に1回だけだ

 「アナ、ちょっと見てて」

 と、1回分を終えたところで交代する

 ぬいぐるみを取るために必要な輪の数は5。結構高いが、そもそもあのぬいぐるみ自体決して安いものではないからな。9投以内に取れれば買うのより安いと思えば相応か

 右手に持って、安定させるために左肩まで手を持ってきて、輪をとんと乗せる

 そして、狙って……

 と、結構輪の間に棒が上手く通るようにするのって難しいな……ならば!

 「ふっ!」

 狙いを付けて、大振りに腕で空を切っての投擲

 狙いは外れず、目指す棒の頂点

 力を込めて力任せにぶん投げた輪の先端は、狙いどおりに棒の頂点を削りながら掠め……

 それで投げた際の力を削がれて、ガタリと空中で揺れる

 そして、そのまま後方が棒に引っ掛かり、ほんの少し立てられた棒を歪めながら棒を潜って落ちるって寸法だ

 これぞ、輪投げ必勝法。ちょっと人間離れしたステータスの為せる技だ

 

 「えー、皇子」

 「おじさん、何か?」

 「商売道具に傷を付けるなら出禁な」

 ……

 「真面目にやります」

 必勝法は、封印された




因みにですが、アミュグダレー(アーモンド)オークス(目)くん(なお雌)ですが、現実の競争馬ともウマ娘とも無関係です

簡易解説
ネオサラブレッド種
普通の馬と捕えてきた魔物を掛け合わせて作られた人造の新種の魔物。ウマ種に近い魔物とウマ種を掛け合わせた結果、人に慣れ頑丈で速い理想の馬となった成功例のみをネオサラブレッドと呼ぶ
鱗のある赤竜馬や六本足の馬等の魔物の親の意匠が体の各所に残っていることも多く、鬣が文字通り燃えているアミュグダレーオークスもその1種
また、ユニコーンとペガサスはまた別種として扱われているのでネオサラブレッドではない
因みに子孫は残せるが、遺伝子なのか神の祝福の影響なのか、ネオサラブレッドとして産まれてくる馬は少ない

また、この世界でも競馬は馬レースグランプリとして存在しているが、ネオサラブレッド参戦による馬のスペックのインフレ問題によりターフ(芝)コースよりもダート(土)の方が王道とされている
数分間の最高速度なら時速500km出すサラブレッドの7倍くらいの速度の奴らが先頭争ってるのがネオサラブレッド種なので、芝のコースなんて耐えられるわけもないのである


とてつもなくどうでも良い豆知識
時速等から分かるように、現在のゼノくんの身体能力は結構カッコ付けてるが大体ハルウララ(ウマ娘)と同等である


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縁日、或いはダーツ

「えいっ……!」

 覚束ないフォームで、祈るように銀の少女は輪を投げる

 

 棒を削らせればその減速とブレとで正確に輪を棒に通せるが、それを封じられてはおれにはそこまでの腕はない

 いや、コントロール自体は師匠に数日で思い切り弓の基礎を叩き込まれたことや、元々弓の射程より短い中距離戦で投げナイフを当てられるようにって訓練してきたこともあり悪くないと自負している

 が、輪投げは当てれば良い訳ではない。直線的に当てるのは得意で、ダーツやナイフといった抵抗のそこまで無いものなら放物線を描いて地面の特定の場所に突き刺すってのも風が無ければ出来るが、輪はそうではない

 手裏剣のように飛ばせば棒を削らせていかねば棒に通らず、放物線を描いて投げれば輪の形状のせいでブレまくる

 結果、14投して入った輪はたった3つ。最初の必勝法1回と合わせて4輪だ

 あと一回、輪を入れなければぬいぐるみは取れない。ということで、おれは少女に交代し、少女はその残った自分の分の輪を投げ……

 

 そして、最後の1投。不安定に飛んだ輪は、すぽんと狙いの棒に通った

 「や、やりましたよ皇子さま!」

 その深い海のような色の目を輝かせる少女に、袖口から取り出しかけていた貨幣を仕舞い、おれはやったなアナ、とその頭に軽く触れる

 「はいっ!皇子さまのお陰です」

 「いや、最後に頑張ったのはアナ自身だよ」

 ……あれか。おれが14投で3つ、最後の1回だけ残して輪を通した事をわざとだと思ったんだろうか

 本気で取る気で外してただけなんだけどな

 「はい、お嬢さん」

 「ありがとうございます!」

 幼い少女の両腕の中にすっぽりと収まる大きさの馬のぬいぐるみを渡され、少女はそれを大事そうに抱き抱えた

 

 それを見届け、おれは……

 「アナ、ちょっとだけ離れてて」

 足を曲げて力を入れ、ひょいと軽く大人達の頭の上辺りまで飛び上がって周囲を見回し、良さげなものを探す

 「良し、良いのあった」

 

 と、少女を連れておれが向かったのは、サイクロンダーツと呼ばれる屋台

 射的というかダーツ投げの一種で、風魔法によって的の前が大きくなったり小さくなったり、回転速度が上がったり一時的に止んだりと様々に姿を変える小型の竜巻によって塞がれているのが特徴だ

 竜巻に巻き込まれたダーツは一定の動きをしてから竜巻から射出される。何時どんな方向からダーツを入れるかが重要な遊びだ

 因みに、3回投げて得た得点以下の得点の景品欄にあるものと交換できる。こっちは輪投げと違って3投1発勝負だ

 得点引き継げたら最高点である264点景品(中心の得点が100ではなく88だからこうなる)すら何回か10点に当て続ければ取れてしまうからな、妥当だろう

 「あ、これは……サイクロンダーツですか?」

 「そう。魔法使ってる中ではおれでも遊べる奴

 今度はおれにちょっとだけ付き合ってくれ」

 言いつつ、おれは店の作りを眺める

 じっと眺めていると、不意に視線が可愛らしい顔に遮られた

 「どうしたんですか皇子さま?」

 やらないんですか?と心配そうに見てくる少女に、大丈夫だよと微笑んでおれは返す

 「ランダムに見えて、竜巻は規則的に動いてるんだ。そういう魔法だから」

 魔法書についてでも有名だが、ランダムというのはとても難しい。型にはめることで本来は不安定なものを暴発しないようにするのが魔法書なのだから、暴発せず安定しているあの魔法の竜巻も、一見ランダムに速度を変えたり大きさを変えているように見える風渦も一定周期で動きが決まっている筈なのだ

 「おれは、それを見てただけ」

 「あ、御免なさい、邪魔しちゃいましたか?」

 「いや、良いよ

 もう見切れたから」

 そう呟いて、おれは屋台の人にお金を払う

 

 ……ぶっちゃけた話、狙っているのは馬のぬいぐるみ。それも、ちょっと古くさいものだ。得点としては125点景品の一個

 3年程前に販売された伝説馬列伝復刻版の1体。その中でも人気がなく、こんな所で良さげでもない景品に混じって置かれている、数年前から誰にも取られてないのだろうその1頭

 栄光のグランプリシリーズでの最高成績は、ローランドGP6着というグランプリ未勝利馬

 葦毛に赤い鬣を持つアミュグダレーオークスの祖父、青毛に青い炎を纏う父のかつての愛馬、11年前に死んだというエリヤオークスのぬいぐるみである

 孫のアミュグダレーオークスの方はもう大人気だが、この馬は体が弱く、生まれつき足に障害があったとかで決して人気の馬ではなかったらしい。だから、少年時代のあまり当時は期待されてなかった父が引き取って育て、一応グランプリ出走馬にはなれたが……ってところ

 ぬいぐるみが発売されたのも、皇帝の馬だからという忖度が大きい。人気馬ばかりでない……いわゆるグランプリでない場所なら勝ってたり、普通の馬ばかりのエキシビションで父を乗せて仮にもネオサラブレッドの貫禄を見せ付けた事もあるらしいが……

 

 「皇子さまは、何を狙ってるんですか?」

 横で見ながら、少女が聞いてくる

 「父さんの愛馬、かな」

 ちょっと離れててと少女に言い、貰ったダーツのうち一本を強く握る

 ……かなり重いな。思ってたより重量がある。そして、嵐に巻き込まれる想定ゆえか羽根が小さく、風の影響をそこそこ受けにくい

 本来、普通の腕力で投げても突き抜ける前に巻き込まれる想定ではあるのだろう。だが、巻き込まれても勢いが殺されて地面に落ちることなく竜巻からちゃんと射出出来るように羽根が小さく、かつ重さがある

 それならば……

 と、此処から投げてねという線より少し遠ざかった場所で、胸元にダーツを持って来る。そして……

 野球の投球フォーム。普通は手首で飛ばすダーツを投げるには似つかわしくない全力フォームで、振りかぶり……

 人間止めたその腕力で全力でぶん投げる!

 周期で弱まった竜巻に突っ込み、そして……僅かに左回転を受けて軌道を変えるも、本来は巻き込まれてぐるぐる回転するはずのダーツは、想定外の力によって……風を突き抜ける!

 ドンッ!というダーツが当たったにしてはかなり重い音と共に、板の中央すぐ横に、ダーツが突き刺さった

 そのまま、2射。今度は過たず中央に突き刺し……ここで周期。嵐が速くなり肥大する

 「あ、皇子さま」

 「大丈夫さ」

 一歩前に出て、今度は斜め上、天を目指して手首だけでダーツを射出

 放物線を描いたその鉄の矢は、竜巻を飛び越えてさくっと狙った外周近くの特別点枠に突き刺さった

 「はい、終わり」

 周囲で眺めていた少年少女からの拍手の中、パンッ!と手を打ち合わせて宣言する

 ぬいぐるみも前の年からあったのだろう古いもの。決して中心の最高得点を3回全部とかしなくても取れるのだ

 「じゃあ店の人、エリヤオークスのぬいぐるみください。得点足りてる筈なんで」

 中心88点、中心横50点、外周上に1箇所だけある(全部で7箇所だが残りは放物線では狙えない位置)ラッキーセブンパネル77点、累計点215。余裕も余裕である。何なら最後の一投は完全に魅せプレイ。外しても問題ないからやった訳で

 

 「え、そうなの?」

 と、おれの横で大事そうにぬいぐるみを抱き抱える少女を見てか、210点景品に置いてあるクリアグリーンの蹄と濃いオレンジの鬣を持つ金色の馬のぬいぐるみを持ってこようとしていた店の人が呆けた声をあげた

 「いや、おれは仮にもシグルドの息子ですよ?

 オルフェゴールドより父の愛馬を持ってきますって」

 ちなみにだが、オルフェゴールドのぬいぐるみならもうアイリスの部屋に猫のぬいぐるみを背に乗せて飾ってある。おれとも縁のある馬だからな

 と、袖を引かれた気がして

 「そんなに言うなら、オルフェゴールドも取っていきますよ」

 なんて、おれは安請け合いした 

 「頑張って下さい、皇子さま!」

 

 取るのに7回掛かった

 いや、竜巻MAXモードは卑怯だろ店員!?



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異伝 銀髪聖女とネオサラブレッド

「はい、アナ」

 自分でしっかりと青いお馬さん……皇子さまが皇帝陛下にプレゼントするっていうものを別の手に持って、わたしにオルフェゴールドと呼んでいた方のぬいぐるみを渡してくる

 「皇子さま?」

 貰って良いのか分からなくて、わたしは頭ひとつは大きな同い年の少年に、困惑した声をあげてしまう

 「貰ってくれないかな、アナ」

 「でも、皇子さまが取ったものですよ?」

 「良いんだよアナ。おれ、実はオルフェのぬいぐるみならもう幾つか持ってるから

 だからさ、ライバルの横に飾ってやって欲しい」

 そう優しく笑って、右手に持った金色の馬のぬいぐるみを左右に揺らす皇子さま

 その動きがどこか可笑しくって、わたしはくすりと笑ってしまう

 「でも、ならどうして取っちゃったんですか?」

 と、周囲で皇子さまが130点~170点くらいを連発するのをきゃきゃと眺め、皇子さまは安定して取っていたけど普通に考えて結構難しい点数の景品を皇子さまの代わりに貰っていった恐らくこの辺りの使用人さんの子供達を見ながら、わたしはそんな疑問を持つ

 皇子さま自身は必要ないなら、あんなにムキにならなくても良かったのに

 ひょっとして、わたしの為?それなら悪いなって、そう思って

 けれど、皇子さまはそんなわたしを見て、不安を解消させるようにか、わたしの頬にぬいぐるみを優しく押し当てる

 「大丈夫だってアナ

 やっぱり、オルフェゴールドぬいぐるみを残していくのが気になったってだけ

 横に飾れるようにアナに貰って欲しかったのもちょっとあるけど」

 「そうなんですか?」

 「ほら、その子」

 と、皇子さまはぬいぐるみを持ったまま、器用にその小指でわたしが抱えている白い馬のぬいぐるみの顎を軽く撫でる

 「アミュグダレーオークスのライバルだからさ、オルフェゴールド

 やっぱり、横に飾る方が良いだろ?」

 と、少年は微笑(わら)

 邪気も無く、柔らかく。けれども、火傷痕をひきつらせて歪んだ笑みを

 

 「ありがとうございます。大事にしますね、皇子さま」

 ……このぬいぐるみは、孤児院に置きたくないな、って

 ちょっと悪いことだけど、みんなの遊びに使われて汚れるのがやだなって、そう思って

 

 「きゃぁぁぁぁっ!」

 

 小さな女の子の悲鳴

 それが聞こえた瞬間、優しくニコニコして、全部持って帰れないから分けててとぬいぐるみが取れなかった6回分の景品を子供達に配っていた皇子さまの眼が、すっと細くなる

 「……アナ、御免」

 何時もより落ちた声音。わたしの胸に響く音

 「……預かっててくれ!」

 と、わたしの腕に、大事そうに抱えていた方の馬のぬいぐるみを託し

 からんっ、という軽い音と、翻る大きな袖の残像

 それだけを残して、くすんだ銀の光が悲鳴の方向に駆け抜けていく

 

 「あっ!待ってください皇子さま!」

 わたしには、何にも出来ない

 そんなこと分かっていて。けれども置いていかれたくなくて

 何時も何時も、わたしが何にも出来ないし知らないところで、彼は……誰かの為に怪我をして

 それなのに、自分が弱いから悪いんだよって、全部自分のせいにして帰ってくる

 

 そんなの嫌で。何か出来ることが欲しくて

 それが無くても、せめて、何か出来ることを探したくて

 わたしも、精一杯声の方向に向かい……

 

 「あ、皇子さま!」

 すぐに、少年と合流出来た

 

 「何だ、そういうことか……」

 所在無さげに、何処と無く申し訳なさそうに、ひとつ大きな家の門前に佇む皇子さまに、わたしは息を切らせて追い付いた

 「アナ」

 言いにくそうな表情の少年の後ろで、もう一度女の子の悲鳴が轟いた

 「どうしたんですか、皇子さま?」

 「御免っ!」

 「え、えっ?」

 いきなり謝られて、わけも分からずわたしは空いた手をぱたぱたと振る

 ゆかた?っていうらしい西の服装の袖が、羽根のように揺れて

 

 「ど、どうしたんですか皇子さま、謝ることなんて……」

 「……事件じゃなかった」

 と、皇子さまが一歩、からんという音と共に横に避ける

 そこにあったのは、一枚の看板

 内容は……ネオサラブレッド種、乗馬体験会の案内

 1度目の開催が、ついさっき始まったみたい

 「ネオサラブレッドは乗り慣れてないととんでもなく怖いからさ

 その悲鳴だったっぽい」

 「良かったです。何にも酷いことは起きてなかったんですね」

 と、わたしも胸を撫で下ろす

 良かった、皇子さまがまた自分は民の剣で盾だからって一人傷つくようなことが無くて

 それなのに、見慣れないカッコいい服装の彼は、何時にも増して謝ってくる

 何にも悪いことはしてなくて。寧ろ、あれだけ言ったのに、わたしにぬいぐるみまでくれて

 

 「……御免。何でもないことで飛び出して、アナを一人にした」

 そんなことを謝ってくる

 それなら、最初から一人にしないで……なんて

 それは、ちょっとワガママすぎですよね

 

 皇子さまは、こういう人

 「大丈夫ですよ

 そ、それより、わたしもちょっとお馬さんについて知りたくなってきたです」

 なんて、わたしの胸の中に産まれたワガママを誤魔化すように、看板の内容について、わたしは話を振る

 ……馬については、ちょっと知りたいくらいだけど

 「んー、でも、乗馬体験会は埋まっちゃってるな……」

 申し込みの欄に大きくチェックマークが付いている看板を眺め、皇子さまはそう悩んだ素振りを見せる

 そして、よし、と手を打った

 「アナ、乗りたいなら今度で良い?」

 「こんど、ですか?」

 「次の休みの日……はダメか。アイリスGPがあるな」

 「アイリスぐらんぷり?アイリスちゃんが、どうかしたんですか?」

 「ああ、馬レースの名前だよ。皇子皇女に捧げるって名目で、その名前が付いたグランプリがあるんだ

 アイリスGPは15マイルの短距離戦」

 「じゃあ、皇子さまのも?」

 と、わたしが聞くと、皇子さまは少しだけ寂しそうな表情を浮かべて首を横に振った

 「無くなったよ」

 「な、無くなっちゃったんですか!?」

 「忌み子に捧げてどうするって人達と、名前が不吉だって主張とで、欠場する馬が多くてさ

 去年開催しようとして消えたってさ。その代わりがアイリスGP」

 「……ごめんなさい」

 「良いよ。まあ、おれの名前なんてそんな扱いだから」

 ……皇子さまは、決して悪いことなんてしてないのに

 そんなわたしの思いを知ってか知らずか、皇子さまは気にしないでと言って

 

 「アイリスGPのある次の休みは無理だけど、その次ならアナをネオサラブレッドに乗せてあげられると思う」

 「そうなんですか?」

 「アナ。わすれられがちだけどおれは皇子だ

 皇子が馬に乗れなくてどうするってことで、馬くらい持ってこれるよ」

 わたしの腕の中から青いぬいぐるみを回収しつつ、少年はそう呟いて

 「じゃ、じゃあ……」

 「あー!ゼノくん、私もそれ混ぜてー!」

 そんな底抜けに明るい声が、わたしの言葉に割り込んできた




アイリスGP(王都城下レース場 15マイル【短距離】 ダート)
因みに、この世界の1マイルは現実と同じ1.6kmの為、15マイル=大体24kmである
余談にはなるが、現実の競馬の短距離は1000m~1399mである


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異伝 桃色少女と仇敵との邂逅

白に赤が混じった和服に身を包んだ少年の姿を見かけて、私は心の中で歓喜した

 

 うんうん、やっぱりゼノくんってカッコいいよね!原作でも、幾つかの話でだけ和服を着てるんだけど、髪と眼に合わせた色と、青白い刀が相まって綺麗なんだよね

 ずっとこの姿で居てくれたらなーなんて思っても、皇子でなくなって傭兵として出てくる時にはもうおれは皇子じゃないからって、皇家の紋章が付いた和服を着てくれなくなっちゃうんだよね。そこが残念なんだけど

 

 でもでも、まだまだ子供なのにカッコいい!ちょっと大人びた顔立ちも、この頃から変わらない眼も!

 でも、ゼノくんって皇族の中では簡単に遭遇できるキャラの筈なんだけど、何でか中々会えなかったんだよね

 ゼノくんってば、ぜんっぜん庭園会とか出てこないの。引きこもりの妹姫じゃないんだから幾らでも会えると想ってたのに

 それに、スカーレットゼノン?だっけ?そんな劇を誰かの為にやった時も、見には行ったんだけど子供達が煩くて、ちょっとイライラするから劇の後で話すとかやらずに帰っちゃってさ

 でも、ここで会えたのはやっぱり運命ってあるんだよね!

 

 だって私、この世界の主人公だもんね!

 

 これ幸いと、私はゼノくんとそこらの女の子の話の最中に割り込む

 「……アグノエル子爵令嬢」

 って、静かに私の事をそう呼ぶゼノくん。ちょっとだけ面食らったような表情をして、でも決してやな顔はせずに対応してくれる

 うんうん。やっぱりヒーローってこうじゃないと。結構会いやすい中ではフォースくんとか、露骨嫌な顔するんだよねー。お陰で後回し

 これもヒロインの辛いところだよね。最初から好感度高くないっての。ガイストくんなんかはツンデレさんだから良いんだけど

 

 「ゼノくんってば、リリーナで良いって」

 私、この世界ではアグノエル子爵の娘って事になってるんだけど、ゲームだと親の名前とかホント出てこないから、リリーナって呼ばれないと違和感あるんだよね

 「リリーナ嬢」

 って、そう言うとゼノくんは優しく言い直してくれる

 「貴族の娘さんなんですか、皇子さま?」

 って、生意気にもゼノくんと合わせて浴衣なんて着てる女の子が、そうゼノくんに尋ねたの

 「……そう。彼女はアグノエル子爵の一人娘、リリーナ嬢だ

 この辺りに邸宅は……なくてちょっと離れた区画なんだけど、遊びに来たのかな

 あんまり失礼の無いようにね」

 と、女の子にも優しく諭すようにゼノくんは私を紹介してくれる

 そして、私に向くと、優しく笑うの

 「リリーナ嬢。確か、劇を見に来てくれていた……かな」

 「そうそう!ゼノくんってば頑張りやさんだなーって」

 「有り難う。素人劇で、女の子にはちょっと詰まらなかったかもしれないけど」

 って、お礼と共に軽く頷いてくれる彼は、何でゲームじゃ攻略できないのか良く分からない

 普通さ、こういう人って攻略可能じゃない?

 

 「それで、馬の話だったよね」

 と、ゼノくんは軽く首だけ振り返らせて、奥の看板を見るの

 看板を掲げてるのは、何と伯爵さんなんだって

 でも、関係とかあるのかな?

 

 「そこまでオススメはしにくいかな」

 「そうなの?」

 「そうなんですか?」

 何か覚えのある銀髪と声が被る

 「ネオサラブレッド種の馬って、結構じゃじゃ馬なのが多いからさ

 おれがしっかり見てれば大丈夫だとは思うんだけど、万が一暴れた時に危険なんだ」

 だから、人が多いとちょっと怖い、おれは一人しか居ないから、とゼノくんはそう言う

 でも、それって大丈夫なんじゃない?

 「ねぇねぇゼノくん

 別に関係なくない?」

 「ん?」

 「馬は何人居ても同じ数だし、見てられるでしょ?」

 そんな私の言葉に、ゼノくんは違うよって優しく諭すの

 「普通の馬には追い付けても、ネオサラブレッドにはおれは追い付けないからさ

 それに、1頭じゃあ、あいつ荒れるから」

 って、ゼノくんはちょっと遠い目をした

 

 「じゃあ、お願い!」

 そこでめげずに、私はお願いを続けるの

 だって、ゼノくんって押しに弱いから、こうすれば行けるって私は良く知ってる

 お金が必要なんだって押せば原作でも結構なお金くれるしね!

 「……アナ、良い?」

 って、ゼノくん自身は断らず、生意気にも浴衣な女の子に問いかける

 「わたしは、皇子さまが良いなら良いんですけど……」

 と、ちょっと断って欲しそうに、銀髪の女の子はそう言って

 そんな私以外にも優しいゼノくんに、ちょーっとだけ私はむくれて、神様から貰った力を使うの

 実は、私ってば凄い力があるんだ!なんと、ステータスや好感度が見れちゃうの!

 この世界では、ゲームみたいなステータスは何時でも見られるわけじゃないけど……なんと私は、神様から何時でも見られる特別な眼を貰ったの

 ゲームでは敵のステータスとか全部見れたし、きっとその再現。私がこの世界の主人公である証って、神様も言ってたし

 それに、実は好感度だって見れちゃうんだ

 普段は私に向けた好感度が頭の上にハートマークで出て

 と、私はゼノくんの方を見る。そのくすんだ銀髪の上には、14って数字がある

 低く見えるけど、これは全然低くない。この好感度って、全99段階なんだけど……

 ゼノくんの横の銀髪の女の子は、露骨に私を警戒してて、その上の数値なんてマイナス3。そう、私の見れる好感度数値って、実は1~100みたいな感じじゃなくて……っていうかそれ100段階だし、マイナス49~49なんだよね表記。だから、+14ってかなり高いの

 やっぱりゼノくんってチョロいなー

 そんな事を思いながら、でもゼノくんの彼女面してるお前もぜーんぜん好かれてないんだってするために、私は力で銀髪の子のステータスを見る

 こうして誰かのステータスを開いてると、普段は私への好感度を表してる数字が私がステータスを閲覧している相手への好感度になるんだよね

 これって……やっぱり、逆ハーレム用だよね?低い好感度の間柄を解消すれば、喧嘩とか無くなるし!

 って、私はステータスを見て

 名前はアナスタシア……で、やっぱりゼノくんからの好感度は私とそう変わらない+17

 

 銀髪の、アナスタシア?

 ……あーっ!

 

 漸く分かった!この浴衣の子!

 アナスタシア・アルカンシエルだ!小説での愛称はシエルだったから、ちょっと分かんなかったけど……間違いない!

 

 え?何で居るの!?私此処に居るよ!?

 もう一人の聖女って、本来の聖女が居ない時に出てくるもののはずだよね?だから私が聖女な以上、居るわけ無いのに何で!?

 

 「ゼノくん!そいつ可笑しいよ!?」

 って、思わず口走っちゃう私

 でも、ゼノくんは真剣な眼で聞いてくれる

 「私が居るのに!」

 「い、いきなり何ですか?」

 って、有り得ない女は眼をぱちくりさせる

 

 「リリーナ嬢、あんまり事を荒立てないでくれないかな?」

 って、ゼノくんも困ったように、馬のぬいぐるみを持ってない手で、自分の頭を軽く叩くの

 「何を言いたいのか、もっと筋道立ててくれないと何一つ分からない

 そうしたら、どれだけ正しいことを言っていても、君の方が変に見られてしまうよ」

 あー、そうだよね

 ゼノくん、転生だ何だっていきなり言っても信じられないよね。仕方ないなー

 

 因みに、ゼノくんへのあの銀髪の好感度は+43だった

 やっぱり可笑しいよあの子




おまけ、淫ピの特殊能力【蓮蒼玉の魔眼】から見る各キャラの好感度
なお、これ自体は七大天による評価点数(一柱最大7点をプラスかマイナスに振り分け)である為、かなりの信憑性は存在するが、7柱も居れば時折間違えた評価も付くため、完全に正しい保証はない

ゼノからの好感度
自分:±0 アナ:+17 アルヴィナ:+16 アステール:+12 アイリス:+20 ノア(エルフ娘):+16 ヴィルジニー:+16 エッケハルト:+16 淫ピ:+14 頼勇:+17 皇帝シグルド:+13
多少好き嫌いの差はあるものの、全体的にとてもフラット

アイリスからの好感度
自分:+25 ゼノ:+27 アナスタシア:+15 アルヴィナ:-18 アステール:-25 ノア:-15 ヴィルジニー:-22 エッケハルト:+2 淫ピ:0(誰?) 頼勇:±0 皇帝:+1
自分は結構好き。お兄ちゃんの妹だから
……だから、お兄ちゃんが傷だらけになるのを良しとしてる人達嫌い

淫ピからの好感度
自分:+40 ゼノ:+29 アナスタシア:-20 エッケハルト:+27 頼勇:+16 ガイスト:+32 他:誰?


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対話、或いは桃色

あの後は、どうにも桃色の顔がちらついて

 そそくさと帰ったその翌日

 

 「えーっ!ゼノくんって、初等部に行ってたのー!?」

 と、すっとんきょうな声をあげるリリーナ・アグノエル嬢

 そう。結局、話は明日と先延ばしにしたところ、本当に来たのである

 いや、あまり深く関わりたくないという点では、嫌なことだが……

 っても、エッケハルトばかりに桃色のリリーナを見てろとはとても言えない。おれもやるべきなのだろうということで、相手をすることにした

 

 特に、このリリーナは割と分かりやすい転生者の一人だからな。何か話が聞けるかもしれないし、仲間にだってなれるかもしれない

 現状、淫ピなリリーナの実害って、アナに向けてこいつ可笑しいよ!?って言った事ぐらいだ。ユーゴやアルヴィナを殺そうとした刹月花の少年とは異なり、まだまだ話せる余地はある

 

 「……じゃあ、わたしは……

 必要なら呼んでくださいね、皇子さま」

 と、アナ的にも思うところはあるのだろう。おれの話に水を差したくないのかおれが話しにくいのを気にしてるのか出ていってくれるのはいつも通りなんだが、いつも以上にそそくさと出ていった

 脱兎の如く逃げたという方が正しいんじゃ無いだろうか。その証拠に、何時もはしっかりとしてるお茶が半ばお湯の段階で注いで逃げ去っている

 

 ……何時もあまり使わないが、今日ばかりはアナ呼びの為のベルを絶対に鳴らさないようにしよう

 そう誓って、アナお手製のお菓子(根菜を薄くスライスして揚げたもの)の皿をさりげなくピンクの少女の方に押す

 少女は油を切れさせるためのシートの上に置かれたそれを一口摘まんで……

 「ポテチだ!」

 と叫んだ

 

 因みに、ポテトではない。根菜なのは確かなんだろうけど、ジャガイモは生でスティックにして食べたり出来るものではないからな

 因みにこいつは出来る。味はジャガイモに近いが酸味があり、スティックや蒸しが一般的。だが揚げると酸味が飛んでジャガイモのような味になる

 

 アナと出会った時、朝食の野菜スティックをあげた際に入っていたからか、アナは割とこの食材好んで料理に使うんだよな

 因みに味付けは南方から取り寄せた海草の粉末だけ。塩なんて使ってないが旨いのである

 まあ、海草に塩は染み込んでいそうだが

 

 暫くパリパリとおやつをかっ食らう音がして(因みにお茶はガン無視だった)、小さめの皿にとはいえこんもりと盛られたチップスが無くなったところで、漸く少女は言葉を紡ぐために口を開いた

 「おかわり!」

 ……ってそれかよ!?

 

 と思うや、アナが飛んできて新しく大皿に乗せたチップスを置いていった

 でもなアナ。おれもこの味好きだけどさ、置いていくときに全部食べたからってリリーナを睨むのは止めような

 いや、おれの分までって怒ってくれるのは良いんだけどさ、向こうはお客様だからな?

 

 って思っていると、漸く少女が口を開く

 「ゼノくん。信じられないかもしれないけど……」

 と、真剣そうな顔で桃色の少女が言う

 「私、実は未来を知ってるの!」

 ……嘘乙!

 いや、本人的には真面目に言ってそうだが、ゲーム知識を未来と言うのは間違ってるとおれは思うんだ

 ゲームでの話はあくまでも可能性の話。例えばゲームではおれが誰とも結婚しないからといって……

 いや、これは例として不適切だな。魔神に先祖返りしたという忌み子なおれの血はおれの代で絶やすに限る。だからおれは結婚なんてしちゃいけないんだ。それは、この世界でも変わらない

 ……だから、ニコレットには、そのうちもっと良い相手を見つけて欲しいし、他の男と何してても何も言う気になれない

 それは、アナ達も同じだ。寧ろ、今のエッケハルトになら、アナを任せて良いと思う

 ちょっとアレな点はあるものの、おれよりもきっとアナの為に良い奴だと思うぞあいつは

 だから、エッケハルトにはぜひ、アナの為に頑張って欲しい。おれより素敵だと、気づかせてやって欲しい

 

 ……結婚せずとも云々?いや、エッチなことに興味がない訳ではないが、結婚してない相手に向けては違うだろう

 どんな災いがあるか分からない忌み子でありながら、責任を取ると言わずに手を出すとかゴミカスな事はおれには許されていない

 そして、流石に死ぬ可能性を持ちつつ責任なんて取れるはずもないから

 

 って、関係ないな今は

 閑話休題

 「……未来を」

 「そう!私は神に選ばれた主人公なんだ!」

 ……と、桃色の女の子は自慢げに語る

 それがおそらく真実だと、『おれ』は理解できるものの……

 「主人公?」

 と、首を捻ってとぼけてみせる

 まだ大まかな相手の思考が分からない以上、おれも同じだと語るには速い

 いや、攻略対象に絡みに行ってるのは知ってるが、それだけだ

 おれだって攻略対象であるガイストとか頼勇とか引き込みに行ってるしな。一概にこのリリーナの行動が悪いとは言えない

 原作ゲームでは死ぬときは死ぬ(そしてゲームオーバー)な以上、味方を集めたいのは理解できるしな

 だから、話を聞く

 「つまり君は、真性異言(ゼノグラシア)だと?」

 「ぜのぐらしあ?」

 と、首を傾げる桃色のリリーナ

 ……真性異言は割と有名なんだが、知らないのだろうか

 「君は、この世界以外の世界を知っているのか?」

 と、仕方ないので言い換えてみる

 「うん!知ってる!」

 と、それに対して疑い無く少女は返したのだった




おまけ、各キャライメージ画像(一部)
某社のカスタムキャストで軽く作ったイメージ画像となります
ミュルクウィズ(エルフギャル)がエルフ耳じゃなかったり、ゼノくんが眼帯してたりするのはエルフ耳や火傷痕がカスタムキャストでは作れなかったが故の誤魔化しです。結構適当なのでキャラデザインというよりは割と似てる似顔絵程度にご覧ください

ゼノ(幼年期、本編仕様)
【挿絵表示】
アナ(幼年期、本編仕様)
【挿絵表示】
アイリス(幼年期、本編仕様)
【挿絵表示】
リリーナ(幼年期、本編仕様)
【挿絵表示】
アルヴィナ(クソデカ皇子帽子装備、本編仕様)
【挿絵表示】
???(78歳、本編仕様)
【挿絵表示】

 
ゼノ(原作版)
【挿絵表示】
アナスタシア・アルカンシエル【もう一人の聖女】(少女期、原作版)
【挿絵表示】
アイリス(原作版)
【挿絵表示】
リリーナ・アグノエル【淫ピリーナ】(少女期、原作版)
【挿絵表示】
リリーナ・アルヴィナ【ロリリーナ】(耳出し原作版/原作主人公時)
【挿絵表示】

【挿絵表示】
リリーナ・ミュルクウィズ【日焼けリーナ】(85歳、原作版)
【挿絵表示】


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異伝 炎の公子と前世の話

前話以降に2章末にとある資料が追加されています
また、その関係でユーゴくんの発狂台詞等が一部改訂されています
改めて読み直す程ではありませんが、「原作アステールはゼノを好きではなく、ユーゴと恋仲(アステール側がベタ惚れ)」という点の示唆が増えたって事だけご理解下さい
彼もチートを得てハーレムを作ろうとしたら何故か原作の嫁が洗脳NTRれた(ユーゴ視点)可哀想な奴なのです


「ゼノ、どうだった?」

 と、俺……エッケハルト・アルトマンはそう淫ピを見送った銀髪火傷痕の少年に尋ねた

 

 「割と色々話してくれたよ

 恐らくだけど、おれが同じ転生者だって事にはまだ気付いてない」

 ま、まだボロが出てないだけで、下手に縁が出来たら即座にばれそうだけどな、と茶化すように言う彼に、俺はというと

 いやいやいやねぇよと心の中で突っ込んでいた

 時折話しててコイツ本当に転生者、真性異言(ゼノグラシア)と呼ばれる奴……なんだよな?って確認したくなるような存在だぞお前と本人に言いたくなる

 というか、マジで原作ゼノと話してる気分になる

 台詞回しというか、思考回路というか、正義の味方という名の下に人々の平和の為に無償で無限に働かされる奴隷の姿を理想像かの如く語る皇族論というか……兎に角、大体のものが原作ゼノとほぼ同じ過ぎる

 ってか、皇族に助けられるのは当然の権利で恩を感じる必要はないが、皇族を助けた事には相応の礼を返すべきってゼノの基本理念を信じてるお前頭おかしいと思う。自分は人を助けて当然だから命を張ろうが自腹を切ろうが感謝も礼も何もなくて良いって何で正気で言えるんだ。俺ならそんなクソ理念投げ捨てたい

 それ投げ捨てたらステラちゃんとでもアナちゃんとでも好きなだけイチャイチャ出来るんだぞ?多分皇子辞めても命の恩人として一生養って貰えるんだぞ。譲ってくれよその位置ってレベルだ

 いや、原作ゼノ当人ならそれでも理念捨てないんだろうけどさ。原作ゼノではない其処に確かに居るはずの転生してきた日本人……完全版である轟火の剣しか海外発売されていない為、封光の杖フルコンプは日本人しかあり得ないその誰かの存在がロクに感じられないんだこれが

 

 そんな奴がどの口で下手に絡むと即バレるなんて言うんだ。転生者であると隠そうとした場合、お前が転生者だと気付けない自信があるぞ俺は

 

 「そうなのか。知識については?」

 「ゲームシステムについては割と適当っぽいな。多分難易度easyくらいまでしかやってない」

 と、そうじゃないな範囲を出してくるゼノ

 寧ろ、俺はお前のその反応が意外なんだが。普通さ、知識と聞かれてその辺り言うか?流石RTA勢

 「ってそうじゃなくて、どの辺りまで知ってそう?」

 「おれに分からない事は言ってこなかったから、多分だけど轟火の剣の全ルートやって逆ハーレムやったくらいっぽいな

 哮雷の剣について君しか知らないことを教えてくれって言ってみたけど何も出てこなかったし雷鳴竜と氷の剣とか読んでなさそう」

 ……こいつ俺の嘘信じこんでやがる!

 ゼノ、騙してて悪いんだが雷鳴竜と氷の剣にはロクに哮雷の剣ケラウノスは出てこないんだ。メインとなるのお前と月花迅雷だから

 で、今騙してたと言ったらどうなるんだろうな?

 って気持ちを、俺は振り払う。だってそれ、アナちゃんの事をお前の運命の相手だってゼノのアホに言うに等しい

 原作では全く関係ないと思ってるから今のこいつはアナちゃんの俺にすら分かる皇子さま大好きオーラを多分意図してガン無視してる訳で

 その間にアナちゃんに好いて貰うしか、俺があの子と結ばれる手って無い。ゼノのアホはアホだけど、流石にここ数年付き合ってきて、いっそ死んでくれればってのは流石に思えなくなった

 そして、きっとゼノを止めてるのは自分は忌み子だからアナちゃんに好かれる訳にもいかないって一点。そこが原作で結婚はしてないけど恋愛関係にまではなる相手と知れば……こっわ、どうなるか興味はあるけどやりたくないわ

 

 「んー、ゲーム知識だけを頼りに逆ハーレムルート目指してるって感じか?」

 「そうっぽいな」

 と、くすんだ銀の髪はうんうん頷いて、アナちゃんお手製のクッキーを軽く俺へと押し出してくれる

 良いのかよ。好きな子の手作りクッキーとかお前に渡さず全部食うぞ

 ……良いんだろうな、あいつ原作プレイヤーの割に、どのヒロインが好きとか良く分からんし

 良いのかよ、アナちゃんとイチャイチャしちまうぞ

 

 なんて思う辺り、俺も大分思考がゼノ相手に乙女ってる気がしてくる

 いやでも仕方ないだろ!こいつ乙女ゲームの攻略キャラの幼少期って言われたら信じるレベルの相手だもんな

 俺はアナちゃんが好きだから神様っぽいのに言われてこの世界を選んだんで、ゼノ相手にホモりたくてこの世界に転生した訳じゃないんだ、忘れよ忘れよ

 ってか、何でこんな普通に恋のレースしたら勝てないチートが居るんだよ!恨むぞユートピア

 

 「……エッケハルト?」

 と、少しだけ屈んで俺と目線を合わせ、少しの心配を込めて赤い目が俺を貫く

 「なあゼノ

 そういえばさ。お前ってどんな奴だったんだ?」

 「いきなりどうしたんだよエッケハルト」

 このままだとそのうち乙女回路が出来てしまいそうで

 俺は、こいつは原作ゼノとは別人だと思うためにそう転生前の話を振る

 

 「いや、聞いても面白くとかないと思うんだが。普通の人生だったっぽいしな」

 と、顔を変えずに少年は返してきた

 「というか、おれとしてはエッケハルトのが気になる

 ……アレットとか割と好かれてたようにも見えたけど、その割にはあっさり縁切れてたし」

 ……良く知ってんなこいつ!?

 たしかにアレットちゃんとは仲良くなれた。寧ろ姉を拐った相手とガチでやりあってたのは俺じゃなくてゼノだろ!?ってなるけど、何でなんだろうな

 「あとはヴィルジニーとか

 一年上だと聞いたら会いたがってた」

 いや、だから何で?

 ヴィルジニーちゃんとの恋愛ってゲームに絆支援として存在するけど要件は何なんだろう

 ってか、血みどろで暫く内臓が炭化してて吐く息が臭いなんて良く1ヶ月ちょいで治ったなこいつ……になりながら望まない婚約から助けてくれた相手と、ちょっと庇った相手とで後者に惚れるって普通無いと思う

 ってか、劇の際にヴィルジニーに手伝い断られたと言ってたけど、あいつあそこで死にかけながら助けた事の恩とか全く返してもらう気無いのかよ、こっわ

 

 「そんなに聞きたいなら話そうかゼノ」

 と思いながらも、普通に話す

 いや、俺は割と普通の転生者だと思うし

 「俺は……転生前は確か遠藤隼人って言う名前でさ

 妹の凛とそこそこ仲良しの高校時代……」

 ってところで、少しだけ目を輝かせるゼノ

 「いや、そこの何処に感動要素が?」

 と、思わずツッコミ

 「おれ、高校行ったことなかったっぽくてさ

 高校の話とか聞けるのかと思うとつい、な」

 と、苦笑するゼノ

 いや引きこもり……って性格じゃないし、高校行ってないって何なんだお前。病弱でもなかったっぽいけど

 

 「ある日、妹と二人で狩りゲーしてたんだけど、そこで妹の部屋に妹にしては珍しいめっちゃくちゃ可愛い女の子が表紙の本を見付けたんだ」

 「……妹と仲良しだったんだな」

 と、微笑むゼノ

 そこで喜ぶなよ恥ずかしい

 

 「それが、遥かなる蒼炎の紋章~外伝・雷鳴竜と氷の剣~の2巻」

 「2巻だったのか」

 「1巻はゼノ関係多めで、他の表紙だったんだ」

 嘘ではない。嘘では

 1巻は幼いアナちゃんが表紙で、当時はロリコンじゃなかったのでそっちより胸のおっきなアナちゃんの表紙が気になったから2巻だ

 話をする前に、ゼノが多分出してこないけど手出ししないように全部のクッキーを頬張り、アナちゃんが淹れてくれたお茶で喉を潤す

 「とりあえずさ、借りて読んだら表紙の子はめっちゃ可愛かった

 そして続きとかあるのかなーと調べたら、原作はゲームだったらしい

 そして、ゲームをやって……」

 「見事に嵌まったのか」

 「そう!妹にも笑われたよ」

 「幸せそうだな」

 「……幸せ、だったよ」

 遠藤隼人としての人生を思い返しながら、俺はそう返す

 「妹は一つ下で、大学に行かずに結婚した

 そしてその帰り道……俺は」

 と、ゼノが寂しげに目線を下げた

 ……ごめんなゼノ。普通に考えて事故に遭ったって続きそうな引きだけど違うんだ

 「同人誌即売会を見かけた」

 

 「そくばいかい?」

 あ、普通に返された。何かマジで御免

 「そう。好き好きにゲームキャラの色んな妄想を漫画なんかにして売る会」

 というか、思い返すとアホかよ遠藤隼人!?妹の結婚式の帰りに見掛けたえっちな即売会でアナちゃんのR18同人誌買い込むとかさ

 「そんなものがあるのか、知らなかった」

 ……落ち着け、落ち着くんだエッケハルト

 なんでこのゼノはそこら全く知らないのにRTA勢やってたとか言うんだとかそんな疑問は忘れろ、キリがない

 「そこで見掛けたのは、可愛いタッチでえっちな、見惚れたあの子の本」

 「……おれは、良いと思う」

 ……何か変な感じだな……

 ってか、良く良く考えると、アナちゃんのR18同人誌のカップリング最大手……割合は純愛8陵辱2で純愛の約7割はゼノ相手と乙女ゲー主人公としては異例の相手固定度誇る奴からR18同人活動を誉められてるんだよなコレ……新手の羞恥プレイか?

 というか、陵辱もののほぼ90%でゼノ雑に殺されてたけどそれ言ったら凹むかなこいつ

 でも、それで心がぽっきり折れて一気に快楽に呑まれるアナちゃんはえっちだったし……

 基本的にずっと気丈な表情が血みどろの月花迅雷を見たりした瞬間に目尻の涙と共にへにゃってなって、拒絶も止めて一気に顔も蕩けて……って奴。可哀想だけどめっちゃ好きだった。それはもう、何度致したか覚えてない

 でも、現実で見たくはないかな……

 

 「それはもう買い込んだ」

 言ってて恥ずかしくなってくる……

 「そして、読んで気分が高揚して色々と致して……」

 流石に下品な表現は避ける。何と言うか、ゼノの奴割とこういう言葉に耐性無さげだしな

 「そして、思ったんだ。俺も書きたい。いや、俺があの子を一番えっちで可愛く表現できる……と」

 ……尊敬を込めた眼差しは止めてくれゼノ。割と黒歴史なんだ

 

 と、首や頭をかきむしりたくなる衝動を堪えて、話は最後になる

 「そうして思っていたらさ。ズボン脱いで冬だったから、風邪を引いた」

 「……それで?」

 「何か持ってたらしい持病がその風邪拗らせた際に悪化して、そのまま3月にぽっくり……」

 ……止めろゼノ。その同情する目を止めてくれ!だから話したくなかったんだよこれー!



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異伝 炎の公子とラノベ主人公

ゼノ君の前世についての語りとなります
前世である獅童三千矢がどんな奴でも今更無関係なので読む必要は全く無いです。エッケハルトの前世のがまだ読む価値があります


「そ、それよりさ!ゼノの方はどうなんだ?」

 と、恥ずかしさを誤魔化すように露骨に俺は目の前の少年へと話題を変えようとする

 ステラちゃん曰くシドーミチヤ。市道路八とかこんな感じか?

 

 「おれ?エッケハルトみたいに面白くも、凄くもないぞ?」

 って、唇を上向けた思案顔で、絶対そうじゃないだろって感じの第七皇子は返してきた

 「それにさ、エッケハルト等ってきちんと全記憶有るんだろ?おれはかなり曖昧なんだ」

 「何でなんだ?」

 「分からない。七大天によって転生させられた……って違うな」

 と、何時ものように言い直しの苦笑

 笑って誤魔化す癖が見える

 「おれがその道を選んで転生させて貰った時には、少年は少年のまま、と言われたから記憶を残してる方が正しい筈なんだが……」

 と、唇の左端に鉤状に曲げた右手の人差し指を当て、少年は思案する

 

 ってか、俺を選んだのはユートピアって良く分からない奴で、七大天にユートピアは居ないから暫く此処は異世界というよりゲームだって思ってたんだけど、お前違うのかよ。この世界の神である七大天に転生させられてたの?

 へー、選ばれし者は最初から出自が違うんだなー。おいユートピア、何でこんなの居るんだよ!

 アナちゃんとイチャイチャ出来る世界じゃないじゃんこんなの!どうやって勝てば良いんだよ!原作でのヒーローが前世の記憶を取り戻した直後にヒロインと出会うとか無理ゲー極まる

 

 と、意味もない愚痴を心の中で叫んだ瞬間

 「……知りたいの?」

 「アルヴィナ、聞いてたのか」

 と、いつの間にかゼノの横の椅子に、ちょこんと黒髪の女の子が座っていた

 いつも大きな帽子をした多分聖女でない方のリリーナ、リリーナ・アルヴィナだ

 元からアナちゃんに惚れてゲームをやった関係で、リリーナについてはそこまで思い入れは無いし、可愛いとは思うんだけど何か怖いから距離取りたい相手だ

 

 「リリーナ・アルヴィナ……」 

 ぞわっとする

 どこまで聞いてた?

 「ついさっき来た。3月にぽっくり……から」

 ……良かった。良かったのかこれ?

 と、俺は胸を撫で下ろし……

 「って、俺が真性異言だと分かるのか!?」

 コクリ、と頷く少女

 

 「ボクの魔法は霊魔法。魂の違和感くらい……分かる」

 「げっ」

 「お兄ちゃんと影武者じゃない方も、顔形は同じだけど、魂で見分けが付く

 ……皇子も」

 その言葉に、だろ?バレるんだと当の皇子は少しだけ自慢気に此方を見てきた

 ……チート無しで分かるものではないと思う

 

 「……というか、ずっと知ってたのか」

 「譫言で、マシロってボクを抱き締めた日から」

 その言葉に、すまないと皇子は謝って

 いや謝るところなんだなそれという俺を置き去りに、少年の話は進む

 「……じゃあひょっとして、魔法でおれの前世?って言って良いのか分からない誰かの事、分かるのか?」

 「分からないけど、表面にそっちを出させられる」

 「なら、頼む」

 と、皇子は眼を閉じて、椅子の背もたれに全身を預けた

 いや思い切り良いなこいつ……。思い切り良いから、躊躇無く助けと言われて炎の中に飛び込んだりするんだろうけど

 

 その顔を暫く黒髪の女の子は眺め……

 「……出来た」

 眼を開いた皇子は、焦点の合わない虚ろな眼をしていた

 

 「……名前は?」

 本当に変わってるのか?

 その疑問を解消するべく、俺は近くにある紙とペンを押しつつ、少年に聞く

 これで、名前を漢字で書けたら成功だ

 「……獅童(しどう)三千矢(みちや)

 少したどたどしい文字で、こう書かれた

 あー獅童ね、獅童。無駄にカッコいい名字してるなーってなる

 「じゃあ、獅童」

 「うん」

 ゼノよりちょっとだけ素直に、少しの幼さを残して、少年は俺の声に耳を震わせる

 いや、外見は同じなんだけど、少しだけ何時もの表情の険しさとそれを自覚しているのか雰囲気を柔らかくしようとしている作り物の笑みが薄い

 

 「君の人生ってどんなんだったんだ」

 そう聞いた瞬間、焦点の合わない瞳が少しだけ曇る

 「話して」

 術者の言葉。それは、魂に作用する絶対の力。基本的に、死霊術、霊術と呼ばれる種類の魔法において、霊は術者に全て従う

 ……ならばどんな奴でも死んだら操り放題のチートと思いがちなんだけど、そもそも上級職以降って死んだら死体が魔力になって分解されてしまうし、案外死体を操るって難しい

 魂自体は死んでも暫く残るし、そこから肉付けすれば肉体も用意できるけど、魂を従えられるって才能と……後は生前の導線とかが関係してるらしい。例えばだけど、死んでるからって帝祖皇帝を呼び出して従えて無双させる!とかは基本無理

 って、授業でやった。俺自身は影属性も天属性も無いから使えないしな!

 「……小学校2年になる春、僕は……俺は両親と兄二人と義姉、そして……妹の万四路(ましろ)と共に、春休みの旅行に行ったんだ」

 「へー」

 「……その帰り、飛行機はハイジャックされて……墜落した」

 「ハイジャックぅ!?」

 何だこいつの過去。それで死んだとか言われたら環境違いすぎて笑うんだけど

 

 「機長の機転によって、飛行機は埋め立て開発中の区画に墜落、ハイジャック目的のサミット会場への激突は回避された……って、後々ニュースでやってた」

 「お、おう……」 

 あー、あったな、そんなん

 いや、帝京都の話だし、家は大分そこより北なんでニュースやってたなーってくらいの認識だけど、確かにあったわそんな事件

 「激突の時、おれは……万四路を護ろうとして、怖がって抱き付いてきた妹をこの手に抱き締めて……覆い被さって」

 虚ろな眼で、少年は虚空を抱き締める

 「白二兄さんが、三千矢って後方の屋根が悲鳴をあげたのを見て、覆い被さってきて……

 

 残骸から助け出されたのは、俺一人だった」

 「みんなは?」

 「万四路を……って叫んだ俺の腕の中に在ったのは、飛行機の胴体の破片がお腹に突き刺さって事切れた妹と、壊れたシートのスプリングに背を刺された兄だった

 

 あいつは、万四路は……護ろうとした俺に、逆に盾にされる格好になって

 それでも、俺に悲鳴すら聞かせずに。一人堪えて、死んでいった……」

 語る少年の、色素の無い血色の眼からぽろぽろと零れる水滴が机を濡らす

 

 「……なぁ、万四路。お兄ちゃんは、どうすれば良かったんだ?」

 重っ!?

 

 虚ろな眼のまま、涙を拭うこともなく、少年は話続ける

 「……一人だけ、生き残った俺は……

 親戚の叔父に引き取られた。でも、気持ち悪いって……叔父夫婦が元々住んでた小さな一軒家に一人で暮らすことになった

 当然だよな。毎晩毎晩、魘されて両腕を、いっそ壊れてしまえってかきむしるような奴、キモいよな」

 「え?その夫婦は?腕は?」

 「あの一軒家より、父さんの家の方が……士兄さん夫婦含めて2世帯で暮らしてた事もあって大きかったから

 腕は、良く血が出てたから、ずっと包帯巻いてた。それでからかわれて苛められたけど、そこは有り難かった」

 あのー、思い出の家盗られたって言いませんかねそれ?

 良いのかお前本当にそれで

 

 「……学校も変わった。元の学校、ちょっと高かったから」

 「ってか、ゲームについては?」

 「そうして変わった学校で、俺は……護らなきゃいけなかった妹を盾に生き残ってしまったこの穢らわしい命は、兄と妹が護ってくれたこの大事な命は、どうやって二人に償えば良いのかずっと悩んでたんだ」

 「無視かよオイ」

 「……でもさ、出来ることなんて、全部のやりたくないからやっててと言われた雑用を代わりにやったりとか、その程度の何でもない事だけで

 それじゃいけないって。助けられた命は、もっと償うために何かしなきゃいけないって……焦ってた」

 ところでこいつ正気?

 

 「そんな中、ちょっと前に虐められてた子と、虐めてた子とが、おれに矛先が向いたのを切っ掛けに仲良くなってたのを見て、気が付いたんだ

 今の俺に出来る事はこれだって

 それから、全部の虐めに割って入ってさ、虐めの矛先を俺に変えた

 

 替えがないシャーペンを折られて、芯だけでテスト受けたり……自分の小学3年の誕生日だからって買ったサッカーボールを誰かの庭に蹴りこまれたりって、それくらいしか無かったからちょっと嫌だけど耐えられた」

 買ったボールを3日目に画鋲で穴開けられた時は悲しかったけどと、ゼノっぽく彼は仕方ないなと笑う

 

 アナちゃーん!ヘルプミー!

 助けてー!針の筵なんだけどさー!

 って、そんな俺を気にせず、話せと魔法で言われた彼は言葉を紡ぎ続ける

 

 「ちょっと辛いこともあったけど、それなりにやってたよ

 そんなある日、雨上がりの溝に頭押し付けられて泥だらけの帰り道、近所の優しい高校生のお姉さんに家に誘われたんだ

 汚れるから駄目だって断ったんだけど……結局、俺って弱いから。暖かいお茶の言葉に釣られちゃってさ」

 もう何も言うまい、そういうところだぞゼノ

 

 「そこでお姉さんがやってたのが、封光の杖

 ……あの後、何度かお姉さんと会って、ゲームもやらせて貰って……

 5年になった後で、誕生日プレゼント兼完全版出たからもう要らないしって、封光の杖をゲーム機ごと貰ったんだ

 

 元々、家に古いテレビあったからさ、それでその後は大体ずっとゲームしてた」

 「他に友達は?」

 「あとは一人だけ。始水ちゃん」

 「……どんな?」

 何か聞き覚えあるような……

 

 「ゴールドスターグループのお嬢様?って名乗ってた」

 俺は何を聞かされているのだろう

 これ、本当に日本人の過去だよな?ラノベ主人公の経歴とかじゃなくて

 何でゴールドスターなんて皆知ってる大手メーカーの名前が出てくるの?何でお前そこの令嬢と知り合いなの?ラノベ主人公なの?

 

 「でも、ほら、俺もそうだけど、小学生って怖いもの無しで無鉄砲だから」

 自嘲するように少年は笑う

 「今考えたらヤバいんだけど、普通の小学校に通ってる澄ましたお嬢様って、生意気って感じで女の子グループからちょっと虐められてる時期があって

 特に、聞こえないって程じゃないけど左耳が悪かったからかな。変に目立って、狙われてた

 ペンをチョークの粉入れに隠されたり、図書室から借りた本をゴミ箱に突っ込まれて無くすなんてべんしょーだーされたりって感じで……流石にさ、皆分かってるのか、補聴器まで壊したりはなかったんだけど

 一緒に探したり、そのグループに文句言ってより生意気って思われたりしてたら、ちよっとだけ縁が出来たんだ」

 うん、これは酷い

 

 「でも、習い事で忙しいし、耳を治すために通院もしてるし、俺と話しすぎたらまた虐めの標的にされる。皆分別が付くようになればそんな事起きないんだろうけど……

 だから、ちょっとたまーに遊ぶ程度でさ。それ以外、外で遊んでたらまた泥投げられたりボール割られたりするからずっとゲームしてた

 でもさ、新しいゲームは高くて。ずっと封光の杖、時にお姉さんから借りて轟火の剣をやってて……何周したか覚えてないかな」

 「いや新しいの買えよ」

 半眼で思わず返す

 何でこいつゲーム高いとか言うの?

 話聞く限り、超大手のご令嬢が居るんだろ?誕生日プレゼントにくれと言えばハードごと贈られそうなんだが?

 

 「……叔父さんから送られる生活費、本当にギリギリでさ」

 「いや、令嬢の幼馴染に頼んで……」

 「無理だ」

 「え、そこは無理なの?」

 「万四路から奪った命にも、何を返して良いのかすら分からない。誰かを助け続けるくらいしか、ぼんやりとした考えすら浮かばない

 でもさ、俺って割と勉強出来なくて、医者は……目指しても無理なんじゃって思って。あんな行き当たりばったりしか出来てなくて

 始水みたいな誰かを治せたらって思ったのに。勉強、続かなくてさ

 

 そんな俺が、始水から何か貰うなんて出来ないよ。何にも返せないのに

 ……貰ったゲームの分、高校生になったらバイトしてお姉さんに返そうって思ってたことも、結局出来ず仕舞いだったのに」

 

 ……墓穴掘ったわ

 こんな答えなの分かりきってたじゃん!?話聞く限り、こいつ日本に生きてるのに性格ほぼ原作ゼノと同じっていうアホなんだからさ!

 何で精神ダメージ食らいに行ったんだよ俺!?

 

 ってか、話聞くにご令嬢が可哀想になってくるんだが。何この鈍感クソボケ

 「だってさ、始水の誕生日に、何送って良いか分からなくて、予算もなくてさ

 思い出に取っておいてた家族の服や昔の服を縫って、不格好なスポンサーだって言ってた球団のマスコットのぬいぐるみ作って送るくらいしか出来なかったのが俺だし」

 寂しそうに、少年は笑う

 「ちょっと考えればさ、スポンサーなんだから、もっと出来良いのを幾らでも持っててあんな不格好なの、邪魔だって分かるのに」

 「それで?」

 「始水にも、とっても微妙な表情をされたよ。泣きそうな、寂しそうな……

 きっと、失望したよな。そんな俺が、始水から何か貰うなんて出来ない」

 

 こんのクソボケがぁぁぁっ!

 重いわ!プレゼントが重すぎるわ!そんなもの渡してきておいて、自分はお返し出来るものがないからプレゼントは要らないってこいつはさぁ……ゼノかよ

 ゼノだわ今

 

 「ま、そんなこんなで、始水と……分不相応にちょっと仲良かった以外普通の虐められっ子だった俺は、始水と別の中学に行った」

 「えマジ?」

 そこで別学校なの?付いてかないの?

 「……全寮制のお嬢様学校なんて受験しないって、ちょっとだけ始水は受験勉強で只でさえ少ない遊べる時間が0になるのが嫌なのか言ってたけど」

 あ、やっぱり言ったんだそれ

 

 「立派な大人の人になれるから、グループを背負える人にもなるし、行くべきだって説得してくれと言われて

 俺もそうだと思ったから説得した。まだ中学なら、虐めも有り得なくないし……」

 うわ可哀想に

 

 「そして、別々の中学で……

 って言ってもさ、半分くらい同じ小学校。虐めの新体系とかもそこまで増えなくて、全部乱入して引き受けるのは結構簡単で

 ……7月だったかな。そろそろ期末で、それが終わったら夏休み。始水も寮から帰ってきて、同年代の男女でないと行けない場所があるから付いてきなさいって約束を1週間後にした頃

 試験期間に入るから夏休みまで使わないし最後に体育倉庫を整理しておけと言われて」

 「……あっ」

 「その通り。外から鍵閉められて、電気消されたんだ。……俺、暗くて狭い場所、嫌いでさ

 

 万四路を盾にして殺した、あの日を思い出してしまうから。って、始水と似たような状況の時は、彼女の前であんまり弱音を吐けないから何とか耐えたけど

 ……ってか、耐えきれず万四路……って魘されたけど、当たり散らすことは無くてさ」

 ……もう分かった、止めて?

 

 「一人だと、どうしようもなくて

 奇声を上げてさ。何とか光をって、それだけ思ったんだ

 そして、そういや上部に鍵の掛からない小窓あった!って暗闇の中で、その小窓開けようと、適当に跳び箱っぽいのに登ってさ……

 

 変な積みかたされてたのか、がらりと崩れて。横にあったバスケットボールの籠に頭を強打。そのまま御陀仏だよ」

 ぐえー!

 死に方がキツいんだけど、何でこれ聞かされてるの俺?新手の拷問なのかこれ?

 

 「……そんな、面白味の無い、何も為せなかった、普通の人生だったよ」

 それを普通とは言わない

 

 「……心残りは?」

 「……万四路と白二兄さんから奪った命を、何にも出来ずに使い潰した。俺が関係改善しきる前に死んで多分虐めだって元通り。皆には希望だけ持たせる最低な事をして……同年代の異性が俺しか居ないから付き合えっていう約束も破ったし、お姉さんに貰ったゲームのお返しだって出来てない

 出来てない心残りだらけで……」

 

 苦々しげに、少年は吐き捨てる

 「そんなんじゃ。いけないんだ」

 ぽつり、少年は充血した瞳を輝かせ、呟く

 「暗がりが嫌で、狭い場所が苦手で。毎晩、万四路を殺したこの手が!穢らわしいものに見えて

 手が、足が、すくんで動けない事がある、そんな弱っちい、獅童三千矢じゃ、駄目なんだよ、エッケハルト」

 瞳に光が戻っている

 「だから!おれは忌み子で、獅童三千矢で、情けなくて……でも!それでも!それ以前に皇子で……誰かを救う人間で!誰かを救える!救おうと動ける!第七皇子ゼノでなくちゃいけなくて!

 だからっ!だからっ!だからぁっ!こんな、無力で!馬鹿で!何にも出来なくて!動かなきゃいけない時に!あの時と同じように無理だって諦めて動けなくなりそうなそんな事!獅童三千矢なんて!

 忘れてなきゃ!いけないんだ!

 

 こんな!記憶ぅッ!」

 バチっという大きな音と共に、リリーナ・アルヴィナの魔法が弾け飛ぶ

 同時、少年の唇の端から一条の血が垂れ……

 ぐらりと傾いて、意識の糸の切れた少年の体は机に突っ伏した



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腕、或いは傷

おまけ 獅童三千矢くん(カスタムキャストモデル)
【挿絵表示】

トレードマークは顔の各所の傷と毎晩毎晩悲鳴を上げて掻き毟るから常に包帯巻いてる両腕とストレスで脱色した髪。こいつ包帯とか中二だぜー!されるがそこは寧ろ好都合(本人談)

ところで、何でメインヒロインを尋ねてるのに男に票が……?
落ち着いてアナちゃんでも眺めてて下さいお願いします。あと、誰か狐娘もメインヒロイン扱いしてやって?流石に隼人くんよりはヒロインの筈なので
ということで、あんまり(服装と背景が特に)似てないけどカスタムキャストで挿し絵置いときます。これ見てヒロインを考え直すのです……


「皇子さま!……皇子さまっ!」

 悲痛な声に、意識が浮上する

 

 「アナっ!どうしたんだ!」

 がばりと、柔らかな場所から飛び起きて……

 

 ん?何処だ、此処は

 

 「アナ!何があっ……」

【挿絵表示】

 

 その言葉を言いきる前に、のし掛かってくる軽くて重いもの

 「うわっぷ!アナ!どうしたんだ!?」

 おれに正面から抱き付いて、涙で濡れたその眼を、顔を、おれの右肩に押し当てる銀髪の女の子に、おれはどうして良いのか分からずに戸惑った

 

 ……おれの記憶では、エッケハルトと話していて……アルヴィナに実はぼんやりした記憶の方の人格を呼び覚ませるかも言われて

 じゃあ、やってくれってなった事は覚えてるんだが……

 

 駄目だ。ぼんやりとしか思い出せない

 漢字でミチヤ・シドーってどう書くんだっけ?士道途矢?私道道也?

 ……まあ、思い出せずとも良いんだ。ゲーム内容で、シドウミチヤであったおれが知ってるはずなのに、今のおれが覚えてない事があれば困るけど

 ……覚えてない方が良いんだ。何をして、何をやり残してきたかなんて

 ……もう、どうやっても償えない。この世界を例え聖女と共に……或いは聖女の代わりに救ったとしてすら、おれがやり残してきた……出来なかった事が許される訳じゃない

 ……いや、何を出来ないまま死んだのか覚えてないんだけどさ

 

 覚えてなきゃいけなくて。でも、忘れてた方が、気が楽で

 

 おれの体を必死に抱き締める細い腕に、現実に引き戻される

 ……抱き締めるべきだろうか。この手で

 ……この、薄汚い穢れた腕で?

 

 ふと、いつもはそんなことないのに、自棄に自分の腕が忌まわしいものに思えて

 おれは少女の背を優しく撫でつつ、自分の腕を見てみる

 

 ……で、なんなんだろうなこれ

 「……ごめんなさい、ちょっと……つい」

 言いつつ、ぱっと恥ずかしさに頬を染め、少女はおれから離れていく

 「ところでアナ。おれの腕、どうなってるんだ?」

 少し少女が息を整え、布で涙を拭うのを待って、おれはそう尋ねた

 

 おれの両腕は、ズタズタだった。いや、語弊があるな

 そんな酷くはないんだが、腕全体に無数の引っ掻き傷があった。浅いものは軽く白く残るくらいで、深いものだと皮が捲れており、一番深いものに至っては軽くナイフで斬ったのかって程

 少しだけ血すら出ていたのか、傷口表面に固まった血の蓋が出来ているものもある

 「皇子さま、自覚……無いんですか?」

 「いや、何が?

 おれ、何かやっちゃったのか?アイリスを怒らせるような事とか」

 引っ掻き傷といえば妹のアイリスだ。猫のゴーレムだからか、良く爪をたててくる

 っても、兄妹のじゃれあい程度、こんな執拗に怒りか恨みか何か知らないが、狂ったように無数に引っ掻いてくるまではしないと思うんだが……

 

 「いえ、アイリスちゃんじゃなくて……」

 「なら、アステール?」

 「ステラ、そんなことしないよー?」

 ……何で居るのだろう。いや、もう突っ込むまい

 やけに心配そうな表情で、ちょっと遠くで薄手の絹の服(ベビードールというのだったか?)を着てソファーで寛ぐ狐娘が呟くのを、まあそうだよなと受け流して

 

 「いや受け流せない。ちゃんともう少し何か羽織れ、羽織ってくれ」

 着ていた上着を脱いで投げ渡した

 

 ……ところでアステール?そのベビードールを脱いで上に羽織れとは言ってないんだが?ほぼ下着の上からって全くなぁ……誰を喜ばせたいんだ

【挿絵表示】

 

 暖かくしないと風邪引くぞ

 と、思って漸く気がつく

 

 此処、アナとアルヴィナの部屋か。そういやアナもアイリスの部屋着だしな。流石に今は猫フードじゃないが

 とりあえず、と部屋を出て、其処にかけてあるハンモックからおれのシャツを一枚と毛布を持ち、それを部屋に戻ってアステールに向けて投げた

 「おー、おーじさまのかおりー」

 「いや、洗って返ってきたものだからそんな香り無いと思うぞ?」

 それを良しとしたのか大人しくなるアステール。なあ、本当にこれで良いのかよ。そのうち好きな人が出来たらこの頃の行動が恥ずかしくなるぞ

 

 もう良いか

 「アナ、この傷は何なんだ、あと、さっきの悲鳴のような叫び声は

 そもそも、何でおれはおれのハンモックじゃなく、アナのベッドに寝かされてたんだ

 アステール……はもう良いとして、アルヴィナは何処に行ったんだ」

 「え、えっと……」

 一気に捲し立てるおれに、ちょっと困りますといったように口ごもり、それでも少女は言葉を捻り出してくれた

 

 「アルヴィナちゃんは、わたしが離れたくないって言ったから、わたしの代わりにお茶を用意してくれてます」 

 お茶のセットなんかは別の階にある。妥当な話だろう

 とりあえず、実はアルヴィナがまたやってきた刹月花の使い手に……とかの悲鳴ではなくて一安心

 

 「皇子さま。皇子さまは、アルヴィナちゃんと何か話したあと、血を吐いて倒れたんです」

 「……そうか」

 鮮血の気迫か?前世を思い出させようとしてってのも精神への状態異常として扱われ、それを弾いて……

 でも、それで倒れるか?

 「心配したアイリスちゃんが、ハンモックじゃ落ちるからってベッドまでゴーレムさんで運んでくれて」

 「そしてねー

 おーじさま、魘されて自分の腕を自分で強くつよーく引っ掻いてたんだよー?」

 と、狐娘(アステール)

 

 「自分で?」

 覚えがない。でも、納得は出来る

 寝ててもステータスはステータスだ。意識して力を巡らせていないからマイナス補正がかかるとはいえ、寝てるなら防御が3桁ある父に力20くらいの奴が斧振り下ろして効くようになるかと言われたらそんな筈がない

 つまり、おれが寝てようが、その肌に魔法を使わずこんな傷を付けられるのは、おれに近づいてくる中ではアイリスかおれ自身くらいだ

 

 ……だが、分からない。自分で自分の腕を傷付けて。幾ら穢れたものでも、刀を振るうのに支障が出ても可笑しくない事をする理由は……何なんだ?

 いや、そもそも穢れてるのか、腕って?何で、穢れてることは前提として受け入れてるんだろうなおれ

 

 「……皇子さま、何があったんですか?」

 きゅっとおれの手を包めないけど包みたそうに握られる手

 「こわいゆめ、見たのー?なら、ステラが一緒に寝てあげよーか?」

 「……いや、一緒に寝ても寝られないから良いよ」

 と、狐娘にはきちんと断りを入れて

 

 「良く分からないけど、心配かけちゃったな、アナ、アステール……ちゃん」

 ちゃん、まで言うとぴくりと狐の耳が満足そうに跳ねた

 「アナ、何が起きたのかは知らないけど、おれはおれだよ」

 前世の事を思い出そうとして魘されたのだろうか

 

 「エッケハルトやアルヴィナは、何か言ってたか?」

 前世云々ならば、彼等が知ってるかもしれない

 そう思って、そう問い掛けてみるが

 「二人とも、何にも言えないって……」

 「何なんだろうな、その反応」

 「どーすれば良いのか分からないってー

 なら、ステラが考えてあげようって、お泊まりに来たんだよー」

 と、アステールがついでに自分はだから居ると主張してくる。もう靴まで脱いでソファーをベッド代わりに使う気マンマンだな

 ……いや、アナ達と仲良くしてくれるのは嬉しいんで良いんだけどなそこは

 

 「つまり、おーじさまの手を握って添い寝すれば、引っ掻く事もないよね?」

 「……駄目だ。普段ならまだしも、今のおれは……どう動くか分からない

 寝相が悪いってレベルじゃない。万が一君達に向けて爪を立てたら、怪我するんだぞ

 絶対に駄目だ」



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幕間 宰相と馬

相変わらずメインヒロインは?と聞かれて男が、トップの図

頭始水or頭アナちゃんが多いですね……。まあぶっちゃけ、作者的にもそう答えて貰いたくてこの作品やってる訳ですが


帝国宰相、アルノルフ・オリオール伯爵が皇帝の執務室に呼ばれたのは、夜も遅い頃であった

 

 「失礼します、陛下」

 そう2度のノックをして、返事を待たずに部屋に入る

 呼び出したのは他でもない幼馴染の皇帝。入るのを待っていたら、呼んでおいて入るのに礼儀も何もあるか、と小言を言われるだろうと分かりきった行動

 それにだ。呼び出された場所は執務室。謁見を行ったりする公の場ではなく、基本的に大まかな方針を決めるのが実務の皇帝が、政の大半は(オレ)が口出しするようなものではないからこれで十分、と本来の大きな執務室を臣下に譲って勝手に使っている小さな部屋だ

 其所に呼ばれるのは、大体プライベートな話。前に呼ばれたのは……と、宰相を勤める彼は思い返す

 確か、馬鹿息子が見ず知らずの孤児を救うために孤児院を買いたいそうだ、書類手続きを教えてやれ、と馬鹿を言われたあの時だ

 

 ならば今回も個人的な話だろう

 そう分かるからこそ、その扉を開き、机1つに椅子1つのその部屋に足を踏み入れる 

 

 「陛下、何度も申し上げていますが、宰相は呼べば来るモノ扱いは止めていただきたい」

 それだけの信頼があるとは分かっている。判断を迷った時、お前の意見を聞いておこうと思ってな、と言ってくるのは……それだけ、かの皇帝は宰相を信じている証拠である筈だ

 だが、だからこそだろうか。諦めの良い伯爵家の三男坊とあまり期待されていなかった皇子であった頃のように、軽く文句の1つも言う

 

 「そう言うなアルノルフ」

 「では、重要な話なのでしょうか」

 「……分かっているだろうに聞くか?

 真実大事であれば、当に耳に入っているだろう?それに、呼び出すのも公の場だ」

 「……明日より暫し、久し振りにイヴと海に向けて出立するので早く寝ますと言っていた筈ですが」

 「まあ、そう言うな。その分、娘が行きたがっていたらしいが遅かったと言っていた、龍海の生き物ツアーのチケットくらいならばくれてやる」

 と、皇帝は机の上にある封筒を手に持ち、軽く振った 

 

 「……陛下。用とはひょっとしてこれですか?」

 「そうだが?」

 あっけらかんと言う銀の髪の男に、宰相は有難いとはいえこの皇帝は……と、複雑な気持ちの笑みを浮かべつつ、封筒を受け取るために机に近付き……

 

 「陛下、それは?」

 漸く、ソレに気が付いた

 いや、漸く、ソレについて話をする気になった

 

 宰相の目の前で、皇帝の手によってその四肢の最中に縦に封筒を持たせられた……デフォルメされた馬のぬいぐるみ

 皇帝の机にも、豪奢な作りの石の机にも、そもそも大の大人の机にも相応しくない、ソレ

 

 だが、封筒をソレにからめられたからには、言及しない事は出来ない

 「コレか?まさか、知らんのか?」

 お前がか?と見てくる銀の皇帝に、いえ知ってはいますが、と宰相は肩を竦める

 「陛下の愛馬。エリヤオークスのぬいぐるみでしょう?

 確か、伝説馬列伝復刻版の」

 「知っているじゃないか」

 「いえ、分からないのは、何故こんなものが此処に?」

 その言葉を待っていましたと言わんばかりに、男の唇がニヤリとつり上がった

 

 「あの阿呆が、生誕の祝いとして贈ってきた

 傑作だろう?」

 「傑作ですね、それは」

 その言葉に宰相も同意する

 傑作としか言いようがない。とても、皇帝への贈り物にも、皇子の贈り物にも思えない

 

 「全く……庶民か、あの馬鹿は」

 「庶民派皇子と言えば聞こえは悪くはないのでしょうが、贈り物の感性が庶民ですね」

 「だろう?実に笑える話だ。これが、(オレ)に向けた大真面目なプレゼントだとさ」

 くつくつと笑う男に、宰相はそうですね、と相槌を打ちつつ封筒を取る

 「良かったですね、陛下」

 

 「……何だ、引っ掛からんか」

 「ええ、当然。何年の付き合いですか」  

 「33だな」 

 「それで引っ掛かるほど、耄碌も疲弊もしていませんよ」

 「ふっ。だろうな」

 

 ……そう。罠だ

 だってそうだろう。馬鹿かと、庶民かと言いつつ、彼はしっかりその愛馬のぬいぐるみを、其所に飾っているのだから

 この皇帝が、気に入らないものを側に置いておく筈もない。つまり、何だかんだ阿呆と言いつつ、それを明確に贈り物として気に入っているからこそ、彼はぬいぐるみを置いているのだ

 

 そして、カマをかけた

 「誰か、引っ掛かりましたか?」

 「駄目な方の息子が一人な

 全く、嘆かわしい。この(オレ)が、好かんものを唯々諾々と近くに置くような男だと息子に思われていたとはな」

 「おや、誰です?」

 「贈り物が笑えた方のもう一人だ

 国への貢献を贈り物にとおべっかを使おうとして、(オレ)が当に誰かやらんのかと見ていた国営のあそこの改修工事への着手を気づきつつ遅らせていてな」

 「ああ……」

 その言葉で気が付く

 第三皇子だな、と

 

 「そろそろ着手した事が、民に、国に貢献した事が貴方への贈り物と言える時期という頃に、あの馬鹿に唆されたアイリスに先を越されてな

 結果、プレゼントは面白くもないもの。笑えん方の傑作だ

 

 後な、あの2頭、そっちでない馬鹿息子が暫く使うそうだ」

 「……馬鹿息子自慢は兎も角、そっちは大事なので早く言ってください」



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添い寝、或いは狐娘(アステール)

仮にも主人公大好きな妹とちょっと残念なイケメンがヒロインは?と聞かれて並ぶ光景……

暫く負けてたから健闘してんなアイリス……(錯乱)


「……皇子さま、寝られませんか?」

 そんな言葉をかけてくる少女に向けて、いや、そんなこと無いよと目線を合わせないように天井を見て、おれは呟く

 

 ところで、何故こうなったんだ

 そう、天井のシミ……って数えられるようなもの無いのでただ天井を見ながら、おれは自問する

 折角毛布を渡したというのに、毛布ごとお泊まりだよ?と1つしかない二人用……より大きいが普段は二人の少女が使っているベッドに潜り込んでくる狐少女によって、無意識に腕を自傷する危険があるから離れようとしたおれはあっさりとベッドに捕まった

 いや、抜け出そうと思えば抜けられる。だが……

 

 「えっと、アステール……さん?」

 「そう。アステール。本人はステラって自分の事を呼ぶけれど、アナはちゃんとアステールって呼んであげてくれよな?」

 と、おれの左袖をきゅっと掴み、おれの左足にそのふかふかした尻尾の1本を逃げないでーと絡めて安らかな寝息をたてる狐娘の尻尾を振りほどくことはしにくくて

 きっと起こしてしまうから

 

 「……ステラちゃんじゃなくて?えっと、わたしのアナっていうのも愛称ですけど、何かあるんですか?」

 ……そういえば、アナとゆっくり話をする時間も最近あまり無かったろうか

 おれがずっとベッドの上にいた頃は、少しすると逃げてってしまったからな

 

 「アステールって名前の愛称がステラなのは分かるよな?」

 「はい。わたしの名前も、場所によってはアーニャって愛称になったりするんですよね?」

 不意に少女が珍しく悪戯っぽい笑顔で視界に映る

 「アナじゃなくて、アーニャの方が嬉しい?」

 おれとしては、正直どちらでも良いから、そう聞いてみる

 アルヴィナは名前より姓の方を親しい間柄で呼ばれたがるちょっと良く分からない感性だし(実は滅茶苦茶嫌いだから名前を呼ぶなって話ではないと信じている)、アステールに関しては、それこそユーゴ相手に冗談か本気かその呼び方1つで命より恩を取った(流石にあそこはユーゴ嫌いすぎて言った冗談であって欲しい)ってくらいに気にしてた案件だけど、アナにもアーニャにも特に侮蔑の要素はない

 アーニャにはにゃという猫っぽい名前の響きからこの人間様に媚びるだけの愛玩獣人野郎が!的な意味があったりしたら最低の発言なんだが……いや、無いよな?

 

 「……いえ、わたしはアナで良いです

 皇子さまに、最初に名乗ったときの名前で。ずっとそうだったから、アナが良いです」

 「じゃ、アナ。何でアステールが、自分を愛称のステラって呼ぶか知ってる?」

 その言葉に、おれの横で上半身を起こした少女は、こてんと小首を傾げた

 「わたしが、わたしの事をアーニャって言ってるようなものですよね?

 そっちの方が印象に残るから、ですか?名前も覚えて貰いやすいですし……」

 わたしは良く知らないんですけど、偉い人なんですよね?なら、覚えやすい方が良いのかなー、って、と少女は難しそうに目をつむって考え込む

 

 「そういう考えも……アリかな?

 でも、そうじゃないんだ。あの娘は……自分をステラって呼んでたからアステールって名前になったんだ」

 「……わたしみたいに、最初は名前が無かったんですか?」

 その言葉に、しまったなと思う

 

 アナは孤児だ。孤児の中には、両親や引き取ってくれる相手を何らかの事情で喪って、愛されていたのに孤児になる者も居る。そういう子供は当然ながら親の付けた名前がある筈だ

 だが、そうではない子も当然居る。名前すら無く、要らないから捨てる、家の恥だから捨てる、面倒なんて見てる余裕がないから捨てる。そういった形で、親の勝手な言いぐさで捨てられていく子供に、親は名前なんて用意しない

 ボロでも奴隷育成用でも何でも良いから孤児院に拾われたら運が良い方なのが捨て子だ。アナの過去なんて全然知らないから、その地雷を踏み抜いた

 

 「……ごめんな、アナ。辛いだろう事を思い出させて」

 「い、いえ。わたしは良いんです。ちゃんとアナスタシアって名前だって貰いましたし。わたしの血の繋がった本当の家族の事は、何にも知りませんけど……わたしには、同じ孤児院のみんながいましたから一人ぼっちじゃなくて」

 それに、と少女は微笑む

 「皇子さまにも会えました。皇子さまに助けられて、それだけじゃなく良くして貰って。わたしには勿体無いくらいに、恵まれていて

 お父さんもお母さんも、ちょっと羨ましいことはありますけど」

 その綺麗な瞳が、おれをじっと覗き込む

 「それでも、わたしは自信を持って言えます。きっと、今のわたしの方が、捨てられずに普通にお家で過ごしてた時のわたしより、恵まれて、幸せですって」

 皇子さまのお陰ですよ?と

 おれの右手をきゅっと柔らかな両手で握って、少女は呟いた

 

 「っと、話を戻して良い?」

 「はい」

 その瞳に、ちょっと焦って話を無理矢理に軌道修正する。あまり、少女の瞳を見てたくなくて

 アナもそれは分かるのだろうか。おれの横で、アステールに変な対抗心でも起こしたのか、きゅっと握ったおれの右手を離すことなく、柔らかな枕に頭を沈める

 

 「そう、彼女には名前がなかった

 だってさ。アナは別に気にしてないかもしれないけど、一般的には、亜人獣人って汚く卑しい存在だからさ」

 「……はい」

 沈んだ同意の声。リラード初め何人か孤児には獣人が居るからな。仮にも一緒に育った家族を馬鹿にされてる気がして、万が一にも快くは思えないだろう

 おれも、ニホン人の知識のせいか、それとも原作ゼノからして忌み子って獣人以下だしなと思ってたせいか、差別意識とかあんまり持てないから普通に接するんだけど、割と珍しい事らしいしな

 

 「アステールは、教皇の娘で。現教皇が、可愛いからって亜人に手を出して産まれた、亜人の娘なんだ」

 「あ、だから不思議な眼なんですね?」

 「そう。結構目立つだろ、瞳に星が入ってるの。あれ、『流星の魔眼』って言って、七大天の言葉を聞くことが出来る教皇に、もう一個七大天が与えたっていう特殊な眼なんだ」

 効果は知らないけど、と苦笑して、おれは話を続ける

 

 実際、あの眼の効果は知らない。もしかしたら、枢機卿のオリハルコングラデーションと同じで、特異な存在であると端的に示す外見だけのものなのかもしれない。ゲームでは教皇自体居るけど出てこないしな

 

 「そんな眼を持ってるから、捨ててもバレるんで捨てられない。流石に殺すのは気が引ける。でも、亜人な娘なんて、表に絶対に出せない

 だから、アステールは子供の頃から監禁されていたらしいんだ。名前もなく、外にも出られず。捨てられた子と、極一部の世話する人間から呼ばれて

 

 ま、そこら辺は父さんが一言で全部解決したんだけど

 だからさ、アナ。今はもうそうじゃないって、そんな意味を込めて、アステールって呼んでやってくれないか」

 「はい」

 やはり、この娘は優しいのだろう

 結構はしょった解説に、少女は優しく頷いた

 

 「それで、皇子さま。アステールちゃんとはどうやって知り合ったんですか?」

 「ああ、そういえば、そこもアナ知らなかったっけ、あれは……」



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異伝 銀髪聖女と無力なわたし

気がつくとまた男に負けてる……
まだ出番が来てないのに何故か票入ってるティアは兎も角、男に負けてる残り二人は反省するように

ところで……メインヒロインは?のその他1票って、誰を想定しての1票なんですかね……


「……皇子さま、大変でしたね」

 アステールちゃんとの話を聞いて、わたしは静かにそう返しました

 

 ……心の奥では、ちょっとだけトゲが刺さって

 「お疲れ様です、皇子さま」

 「おれは疲れてなんていないよ。誰かを助けられた……って、エッケハルトも、アステールも、父さんも手を貸してくれて漸くだけど

 それが疲れるなんてない」

 嘘だ

 そんなはず無い

 

 だって……と、わたしはあんまり見たくない、その顔を覗き込む

 あの日までは、火傷痕をひきつらせて怖い印象を持たせないように右目に比べて気持ち細められていた左目は、今では右目よりも大きく見開かれていて

 見ない方がマシだと皇帝陛下に言われたあの時の……左目にざっくりとした刺し傷を残した日と比べれば、目そのものは見えたりはするんでしょうけど

 それでも、怖い顔を見せないようにっていう配慮を捨てて、無意識にしっかり目を見開かないといけなくなってるのは、やっぱり目の怪我は治ってない証拠で

 ……そんな皇子さまが一人で虚勢を張るのが、わたしにはどうしても、嫌だった

 

 だって、わたしが今日、お茶のおかわりを持ってきた時、はっきりとは聞こえなかったけど扉越しに聞こえた彼の声は、苦悩と無力さへの怒りに溢れていたから

 アルヴィナちゃんが、運んでと出てきた時、苦しそうに呼んでた名前も、また

 

 わたしなんて、単なる普通の女の子で

 ちょっと、運良く……皇子さまに助けてって言って、それだけでこんなにも助けてもらって

 ……それでも、わたしは皇子さまに、何が出来たのだろう

 

 シスイ、と。マシロ、と

 苦しげに、親しげに、優しげに。わたしの知らないその名をうわ言で呟く彼に

 それどころか、聖夜の日以降、少しだけ皇子さま相手にも取ってた……一歩引いてた距離が減ったなって思うアルヴィナちゃんも、突然現れたアステールちゃんも。わたしも知ってる子との間に起きた事すら、わたしは何にも知らなくて

 本当に、何が出来てるんだろうって、そう思っちゃって

 

 「皇子さま」

 思わず、声が出る

 「わたしに出来ることって、なにか無いですか?」

 手を伸ばしたくて。でも、勇気がなくて

 手元で右手をきゅっと握りこんで、その言葉を紡ぐ

 

 「……アナは十分良くやってくれてるよ」

 そう、皇子さまは優しく言ってくれるけど

 わたしは、そうは思えない

 

 だって……皇子さまから聞いた、アステールちゃんとの出会いは

 わたしが皇子さまと出会ったあの日と、とても良く似ていて

 助けてって誰かに言われて、助けるよって、皇子さまが何時ものように安請け合いして

 そして、男の子の変な好意が、その原因で。だからか、皇子さまに向けて……相手はこの国の皇子なのに、所詮忌み子だろって気にせず攻撃してくる

 そこまで、全部同じ。最後は皇帝陛下が出てきて、全部解決してくれるってところまで一緒で

 違うところは、助けてって言ってきたのが……わたしの時は、自分勝手に、皇族なら助けてくれるって子供っぽい考えで、無償で助けを求めたわたし自身で。あの時は、アステールちゃんじゃなくて、皇子さまの事をあの皇子だけはって敵愾心剥き出しにしてる女の子がいやがらせ?で頼んできたって事

 皇子さまだって、分かってたと思う。扉越しに聞いてても、あの助けなさいってかなり無茶苦茶な理論で。それでも皇子さまは、皇子さまだから、良いよって言って

 浅ましく助けてって言ったのがわたしで、そんなこと言ってないのがアステールちゃん

 

 そして、何より……。わたしはただ、あの時護られてた。飛んでくる火の玉も、危険な感染者だって隔離しに来る騎士団も。全部、皇子さまが一人で庇ってくれて。あの時のわたしが何をしたかなんて……幾ら皇子さまでも、アナのお陰で早めに知れた、としか言えないと思う

 でも、アステールちゃんは違った。皇子さまと一緒に戦って。皇子さまの為に動けて

 

 ……それは、今もそう

 わたしも、あの本を読んだら分かる。教えられてなくても、皇子さまを知ってたら、すぐに分かっちゃう

 魔神剣帝スカーレットゼノン。あの本は、忌み子って呼ばれてる皇子さまの為に書かれた本。皇子さまをモチーフにした、皇子さまみたいに呪われた存在をヒーローにした英雄譚

 きっと、忌み子な皇子さまへの当たりを弱めるために、呪われた存在を、受け入れやすくするために、子供達に向けて書かれた物語

 だって、子供達のヒーローと似た人なら、ヒーローみたいって思って、あんまり強く当たれない

 

 わたしは、皇子さまは凄い人ですって、当人に言うことしか出来なくて。でも、アステールちゃんは、それで周りを変えようとしたんだって、それだけで、その差に胸が締め付けられる

 星野井上緒(ほしのいうえお)って、倭克風の著者の名前の意味だけは分からないけど。きっと、そもそも皇子さまと仲の良い人が書いたって露骨すぎたら素直に受け入れて貰えにくいから、謎の誰かを演じてるのかな?

 

 アステールちゃんは、わたしより可愛くて。積極的で

 お金も地位も行動力もあって、魔法だって……わたしより上。皇子さまに生活させて貰ってるわたしなんか、足元にも及ばなくて

 今は、わたしだって働いてお金をって言いたくなるけど。でも、これだって……皇子さまの知り合いだから、アイリスちゃんがちょっとお料理とお洗濯するだけのメイドの真似事にお給料出してくれてるだけ。皇子さまのお陰でお金を貰ってるのとおんなじこと

 

 わたしに出来て、アステールちゃんには出来ないことって、何?

 わたしが今やってる、メイドさんの真似事?それ、わたしじゃなきゃいけない理由って無いから……誰かを雇えば、それで良い。アステールちゃんなら、雇えちゃうからそんなの、わたしだけが出来ることじゃなくて

 

 皇子さまにとって、わたしが必要な理由なんて、何にもなくて

 「そうじゃないんですっ!」

 だから、思わず声を荒げて、わたしは叫んじゃう

 

 アイリスちゃんみたいに、妹だったら。アルヴィナちゃんみたいに、そんなこと気にせず居たいから居るって言えたら。アステールちゃんみたいに、皇子さまの役に立ててたら

 こんなこと、思わなくて良いのかな

 兄は妹や弟を護るために先に産まれてくるものだろ?って、アイリスちゃんに向けて言ってたのと同じ言葉を優しく言って貰えたらって、無理なことを思っちゃう

 でも、実際にわたしが聞いても返ってくるのは、皇子ってのは民を護るために産まれてくるんだよ、って似てるけど違う言葉で。そんなの、嬉しくても……皇子さまの負担になってるってだけの言葉で

 

 「皇子さまっ!わたしは……皇子さまに、助けられてばっかりでっ!」

 「そんな事はないよ、アナ。おれは君に助けられてる

 例えばだけどさ、アステールと出会ったあの時だって。アナが居なければ、あのタイミングで水鏡の魔法でおれを探してくれなければ

 ……父さんは動けなかった。アナが居たから、アナがアステールと居るおれの存在を確認してくれたから、あそこの証拠が、父さんが動けるだけの大義名分を作ったんだ。あのおれ達の勝利は、アナが呼んでくれたものでもあるんだよ

 アナが居なかったら、おれは死んでいたよ。アナが、おれを、そしてアステール達を助けてくれたんだ」

 わたしの方を向いて、溶けて癒着したものを無理矢理切り離したせいか皮膚にくっついていた頃の撓みが残った右手で優しくわたしの髪を、被った寝巻きの帽子の上から撫でる少年は、何処までも優しくて

 

 そんな心地良い大好きで大嫌いな手に撫でられながら、わたしの意識はゆっくりと眠りに落ちていく

 ……皇子さま。本当に、わたしに出来ることは、なにか無いんですか?

 わたしには、あなたを助けられないんですか?



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手指、或いはトマト

明け方の、浅い微睡みから意識が浮上する

 

 ……しまった

 女の子が寝てるっていうのに、少し意識を手放してたのか!?

 変なところに触れたり、怪我させたりしてたら大問題だって言うのにな、何をやってるんだおれ

 そう思い……右手に走る鈍い痛みと、微かな圧迫感に気が付く

 

 「……アナ?」

 おれの右側で寝息を立ててた少女が、おれの右手の上に乗ってるのだろうか

 そう思って、眼を開けて……

 「ごめんなさい……ごめんなさい……」

 目尻に涙を溜めて、必死におれの手指に包帯を巻き付ける少女の姿が、目に飛び込んできた

 「アナ、どうしたんだ!?」

 縄でも抜けるように、今もまだ安らかな寝息を立てているアステールを揺さぶって起こさぬようにその尻尾の間からするりと抜け出して

 おれは、涙目の少女の周囲を伺う

 アルヴィナは……部屋に帰ってきてないな。とはいえ、外でヤタガラスのシロノワールに朝ごはん……って言ってる声が微かに聞こえる。多分だが、おれが使っているハンモックか、アイリスの部屋に泊めて貰ったかだな

 迷惑かけたし、後で何か埋め合わせを考えよう。ただ、寝れないし寝るわけにもいかないから一晩中シロノワールを見てたがアナを変な眼でじっと見てたのはちょっと止めさせられないか。好意の視線なら良いんだけど、それにしては……

 

 いや、今はアナだ

 怪しいところが無いかと探ると、あった

 床にばさりと開いたまま落ちた一冊の魔法書

 「アナ、何があったの?」

 「ごめんなさい……っ、わたし……」

 「ここは安全……って言いきれないか」

 えーと、あの魔法書は何だっけかと、少女を庇おうと起き上がり、床に足をつけながら特に縁の無い魔法書の種類について想いを馳せる

 「でも、少しは安全だ」

 にしても、誰だ?仮にも初等部に侵入して何かをし、魔法書を落としていくような……

 「違うんですっ……」

 「アナ、落ち着いて」

 「わたし、なんです……っ」

 ん?何だか、話が噛み合ってな……

 あ、そうか

 漸く、床に落ちた魔法書が一体何なのかを思い出す。きっと一生縁がないし、寧ろない方が何倍も有り難いから忘れていたが……あの魔法書は、水属性の初級回復魔法だ。小さな切り傷なんかを治せる、子供でも使える魔法

 ん?アステールかアナかを……多分アステールを狙った誘拐のための魔法かと思って、悪意を持った何者かが居たのに即座に起きられなかった自分が情けないと思ったんだが……回復魔法?

 涙目のアナが包帯を巻こうとしている右手を良く見ると……皮が思い切り剥けて、血の滲んだ皮膚の下の肉が露出している

 何て言うか……アレだな。家庭科の調理実習で作ったトマトパスタの1工程、茹でてつるりと皮を剥いたトマト

 あのパスタは……始水があの日何時もの耳の通院で休んでたのもあって二人で作って……不味かったなぁ、あの塩と砂糖を意図的に間違えられた奴

 ……というか、始水?いつの間に思い出したんだ、おれ。って、一度曖昧な前世……って言って良いのか分からないアレを呼び起こして貰った時か

 

 「ごめん、なさい……」

 絞り出すような声

 「気にするなよ、アナ」

 自分を責める少女に向けて、不味いものに耐性がなくて、他のグループに混じれるほど溶け込めてなかったお嬢様の始水が居なかったから良い思い出で済んだあの味を記憶を手繰って思い返し

 わざと、今関係のない全く違うことを思うことで惚けたような反応を返す

 うん。あれは不味かった。アイリスとゼノの絆支援Bで塩と砂糖逆にした料理のイベントあったけど、共感できるくらいに不味かった

 

 「でも!」

 「気にしてる顔に見える、アナ?」

 「えっと……見えない、です……けど」

 困惑したような顔で、ぽつりと少女は呟く

 「おれは気にしてないよ。いや、気にしてるかな、今日の朝御飯のメニューを」

 「が、がんばります……」

 「だからさ、これは誰も悪くない。強いていえば、忌み子なんてうっかり拵えたおれの両親が100%悪い

 そんな事で、あんまり自分を責めないでくれ」

 「ありがとうございます、皇子さま

 そう言ってくれると、ちょっとだけ、救われちゃいます」

 と、漸く少女は、まだ気にしてる素振りを少し見せながらもはにかんだ

 「ああ、存分に救われてくれ

 

 でもさ、アナ。どうして魔法を使ったのかだけ、聞かせてくれるか?」

 

 ……少し、不味いかなとは思った だが、一旦落ち着いたからか、落としていた魔法書を拾い上げ、割と冷静に少女は口を開く

 「皇子さま。昨日、わたしが言ったことは覚えてますか?」

 「当然覚えてるよ。アナは良くやってくれてる。おれの役に立ってないなんて事はない。助けられてばっかだよ」

 アナがぬいぐるみを取ろうとしなければ父の誕生日プレゼントも思い付かなかったし、アナが居なかったらあの孤児院の現状はもっと悪いし、アイリスの我が儘にだって付き合ってくれている

 寧ろ、何であれでおれの役に立ってないとか、おれの役に立ちたいなんて思うんだ。もっと自由に、もっと自分のために、もっと普通の子供らしく生きたって誰も文句は言わないだろうに

 

 「……わたし、寝惚けてたんです

 だから、痛そうな皇子さまの手を見て、つい魔法を……ごめんなさい」

 「ああ、そうだったのか」

 確かに、一度くらい実際に見てみないと忌み子の性質って分かりにくいよな。魔法に対して耐性がないってだけなら獣人だってそうだ。そして、獣人は回復魔法が効かないなんて事もないし、言われても信じられないだろう

 

 「ははっ。実感湧かないよな、言葉だけで回復魔法が効かないどころか傷を作るって言われてもさ」

 「……でも、ごめんなさい」

 「良いよ、悪気なんて無いんだろ?」

 「でも、血が……」

 焦って、包帯を握り締める少女に、おれは小さく笑う

 

 「忌み子なんて言ってもさ。効かないのは良性の魔法だけ

 こんなの、塗るタイプのポーションぶっかけて、ちょっとポーション飲めば明後日には完全に治ってるよ」

 

 そんなことを話すおれ達の背後のベッドで、尚もアステールはすやすやと寝息をたてていた

 寝不足気味って手紙で聞いてた割には良く寝てるなこの娘……




簡易解説
今回の話と、ゼノくんが語っている聖女は忌み子にも回復魔法が通るという話は一見矛盾しているようにも見えますが、そもそも聖女とは後天的な資質です
その為、現状のアナちゃんも淫乱ピンクもアルヴィナもまだ出てきていないギャルリリーナも、誰もゼノくん相手に回復魔法を回復魔法として機能させられません

こうしてアナちゃんはヤンデレ化フラグを立てられていくのであった


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天空山、或いはプレゼント

かのネオサラブレッド種で大体1日。数刻駆け抜けた果てに、その山は存在する

 

 天空山

 神の住まう山、王狼の御座。そして、かの王狼の眷属たる天狼種の住み処たる蛇王の(むくろ)を抱く、上の方の傾斜がヤバいことになりつつ、雲の上にまで伸びている山だ

 ニホン……のある世界で一番高い山って良く覚えてないけど、高さは10000mくらいじゃなかったろうか

 それに対し、天空山は天空の名の通り、その10倍くらいの高さはある。単純に計算して、標高100km

 飛行機事故以来飛行機なんて見たくもなくて、けれどもその前に読んだことがある飛行機の秘密を子供向けに書いた絵つきの本で、飛行機は上空10kmくらいを飛ぶって書いてた気がするから……

 大体山頂付近、蛇王の躯は飛行機が飛んでる時の高さを遥かに越える高度と言える

 宇宙って……60kmくらいからだっけ?可笑しくない?ってなるけど、空気はなくはない

 千雷の剣座はその上だ

 

 そんな高さの山あって大丈夫なのかって?この世界天動説だから良いんだろう。そもそも果ての滝とかあるわけで

 

 では、何故おれがこんなところに来たのかというと……だ

 「お疲れ、アミュ」

 と、おれは熱を持ち燃える鬣を撫で、その馬……ネオサラブレッド種の馬、アミュグダレーオークスの背からひらりと飛び降りた

 そして、今までずっとおれの背にしがみつくことで体勢を整えていた少女へと手を差し伸べる

 「アステール……ちゃん、ほら、降りれる?」

 アステールへの誕生日プレゼント、兼修業場を求めてである

 此処は推定標高97000m。いかにネオサラブレッド種であろうとも、この先まで登るのはキツいだろう限界点

 此処から暫く進めば、軽く生えている草は焼け焦げ、無数の雷が落ちる、かつて蛇王と呼ばれた魔神王配下の巨大魔物が作り上げ、魔力となって朽ち果てたとされる抉られた地が見えてくる

 それこそが蛇王の躯であり、天狼の住み処である

 そんな場所、危険に見えて……実は滅茶苦茶安全だ

 空気が薄く、幻獣が近くに住んでいて。けれども、王狼とは誇り高き獣だ。此方から不用意に蛇王の躯に踏み込んだり、或いは何か大きな事をやらかさないかぎり、かの狼はおれ達を素通りする

 頂点補食者が捕食するは頂点の下と決めているのか、魔物に襲われていても魔物だけ狩って去っていく紳士なのだ、王狼は

 といっても、逆に例えば此処でおれが魔物を狩ろうとしていたら逆におれだけ狩られるって話になるんだけど

 

 保存食への理解もあるのか、缶詰めや干し肉食べてても何もしてこないし、さっきみたいな狩り方をすると魔物も分かっているのか、王狼の近くでは襲ってこない。襲ったら王狼の牙に砕かれるのは自分だからな

 あと、義理も分かるし、発音は出来なくてもティリス公用語も分かってそう。下等なって公用語覚えないから通じないエルフより賢い説あるな

 そんな知能の高い王狼の住み処の近くであれば、逆に安全だ

 

 「……本当に、お疲れ様」

 腰に下げておいた袋から、果物の蜜を絡めて甘くコーティングした柔らかめのナッツを取り出す。果実のちょっと清涼感ある甘さと、予め煎ったナッツの香ばしさが特徴の馬に人気のおやつだ。勿論人にも

 味としては……キャラメルアーモンドに近いのかな、食べたことはないけど

 そして、掌に盛って、身を振るわせる幼い馬に向けて差し出した

 「おーじさま、ステラもー」

 「あんまり食べちゃ駄目だからな、アステールちゃん」

 と、ちょっと苦笑しつつ右手に持った袋を、横の狐少女に向けて手渡し

 「そーじゃなくて、ステラもお馬さんにナッツ、あげてみたいなーってだけだよー?」

 その言葉に、食い意地張りすぎかおれ、と自分に苦笑する

 

 「そっか。じゃあ、アミュはお願いして良いか?」

 「まっかせてー!」

 嬉々として2本の尻尾をフリフリ、馬に向けてナッツを差し出す狐少女を見て、微笑ましく思いながら

 もう一頭の愛馬を呼ぶ

 「オルフェー!」

 即座に姿を現すのは、この辺りで良さげな野営地を探す師匠等に同行していた方のネオサラブレッド。本気を出すと輝く黄金のオーラを身に纏う、クリアグリーンの蹄にオレンジの鬣の目立つ馬、オルフェゴールドである

 正確に言えば、おれの馬はこっちで、アミュグダレーオークスの方は書類上はアイリスの所有する馬。なんだが、あいつ欠片も馬に興味がないから実質おれの管理扱いになっている

 

 その関係で、流石に自分の馬のぬいぐるみくらい取るか、と散財してしまったのは内緒である

 あと、愛馬と言いつつそこまで面倒見れてない事や、レースであいつらに賭けられた賭け金の1%がおれの懐に入るのもあって、レースに出すことを頷いたことも

 

 いや、中々に愛馬の扱いアレだなと思いつつ、鬣を撫でて、オルフェにもナッツを与える

 現実の馬もそうなのかは知らないけど、少なくともネオサラブレッド種は人参というかそういった野菜より果物が好きだ。甘いナッツとかも

 

 と、轟く音に、オルフェと一人と一頭で振り返る

 威風堂々とした佇まい。甲殻と角、そして柔らかく強靭な体毛を持つ巨狼、王狼がその背の甲殻に狩ったウサギのような魔物を引っ掛けて……此方を、見ていた

 

 おれはそれに気付くと、持ってきた薄い袋を背中のバッグから取り出し、地面に置く

 中身が少しだけ見え、オルフェゴールドの体が小さく震えた

 「ストップ、オルフェ」

 物欲しそうに駆け出そうとする愛馬を宥め、おれは静かに、馬と共にその場を離れた 

 袋の中身は、干した果物である。半生ドライアップル……ってのが近いだろうか

 

 前回天空山で王狼と遭遇した時に置いていったら何となく気に入られたようであったので、今回はドライのものを多めに持ってきたのだ。流石に、開幕遭遇するとは思わなかったが……

 巨狼は少しだけ雷をスパークさせた鼻を袋に近づけ、匂いを嗅ぐ

 毒の有無などの確認。だが、あの時のおれを覚えているのか、一瞬だけの確認で満足し

 一声吠えると数kgのドライフルーツの袋を咥え、誇り高き幻獣は己の寝床へと駆け出していった

 

 これで良し。誇り高く義理も分かるあの幻獣は、きっとこの先暫く滞在してもおれたちを見逃してくれるだろう

 いや、前みたいに何か礼とばかりに狩った獲物を置いていくかもしれない

 そんな事を思いながら、おれは去り行くその背を見詰めていた

 

 「ってオルフェ、やめろ、お前達の分も持ってきてるから

 噛むなって!おい、バッグごと持っていこうとするな!」



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旅は道連れ、或いは世は情け

「……灯火よ」  

 火属性は無いが、雷でも似たことは出来る

 二角を頭に抱く男が発火魔法を唱え、薄闇に染まったこの地……場所によっては傾斜が50度にも達する天空山の9合目付近に、ひとつの火が灯った

 流石は魔法の火、空気ではなく魔力を燃やすものだからか、空気薄いなとなるこんな場所でも気にせずに薪をくべられて燃える

 それを眺め、おれは……

 「竪神、魔物は狩るなよ」

 師と共に平坦な夜営に良さげな地を見つけてくれていた少年に、そう声をかけた

 

 「……そうなのか」

 持ち込んだエンジンブレードを整備していた少年は、その言葉に虚をつかれたように顔を上げる

 「この辺りは大型の獣が居ない。だが、小型の生物は居る

 それを狩れば、わざわざ干し肉を初日から使うことも無い、と思ったのだが」

 「駄目だ、竪神

 此処が、どうして小型の生物が多いと思う?

 天狼のテリトリーだから、だ。此処で狩りを行うものは、天狼に捕食される。天空山といっても、麓の方はそんなこと無いけど、この辺りまで来るとそういうルールなんだよ

 それを分かっているから、争いを好まない小型の魔物がこうしてこの辺りに暮らしているんだ

 新しい肉が欲しいなら、明日以降にかなり降りて、天狼のテリトリーを出ないとな」

 「幻獣の縄張りか。言われていなかったら危なかったな

 私は、てっきり蛇王の躯に現れるというから、この辺りは範囲外なのかと」

 「結構広いよ、テリトリー

 といっても、下手に蛇王の躯に足を踏み入れなければ、普段は何もしてこないけど

 例えばさ、此処で他の生き物を巻き込もうとしないで軽く修業するとか」

 「あとはー、ステラに絶景を見せてくれるとかもだよねー?」

 ニコニコとたのしみーと耳を動かしながら尻尾をばったばった振る狐の少女に、おれはそうだなと頷く

 「そういうのも咎めない。この辺りでの狩りは咎めてくるけれどね」

 「……だが、それでは蛇王の躯の先には行けないのではないか?

 私は、その先が本来目指す場所と聞いていたんだが……」

 と、少年は首をかしげる

 確かに、アステールに見せたい景色はあの先にあるって言ってたな。有名な絵画の景色だ

 「ああ、それ?

 天狼って、ちゃんと言葉通じるからさ。雷で抉られた線があるから、その前で待ってたら、そのうち天狼が姿を現すんだ」

 「それで?」

 「こういう理由で此処に行きたいから通って良いですかって聞いたら、良い場合は背中を向けて去っていくし、駄目な場合は近付いて追い返しにくる」

 「……賢いな」

 「一例として、50年くらい前くらいに、天空山からの景色を描きたいって馬鹿な夢を追う絵師が居た。彼は天空山に登って書き始めたけれど、うっかり絵筆を落としてしまったんだ。魔法でも見付からない。傾斜がキツくて、下手に探せば自分が滑落する

 意気消沈して眠りについたら、翌朝微かに天狼の体毛が付着した無くしたはずの筆がキャンバス前に置いてあったって逸話もあるくらいには、人類を分かってるよ

 それで描かれたのが、あの有名な天空に駆ける雷光って絵。アステールに実物を見せてやるって言ったアレ」

 

 そんな事を言いつつ、おれは干し肉を鍋に入れ、スープに味を付ける

 そして、周囲を見回した

 えーっと、師匠に、頼勇に、アステールに……

 四肢をだらりと投げ出した死んだフリでおれをからかって遊んでるオルフェゴールド、何時ものことながらちょっと心配そうにそれを見てるアミュグダレーオークス、涎を垂らす羊の角を持つ女の子……

 よし、全員揃って……ん?

 

 「誰だお前!」

 見覚えの無い少女の姿に、おれは思わずそう叫んだ

 「じゅるり……」

 涎を啜る音、小さく鳴る腹の音

 恐らく、天空山に天狼の縄張りのルールを知らずにやってきた誰かだろうか。自給自足のつもりで来たら天狼に睨まれて、そのまま狩りも出来ずに……っての。たまに話を聞くしな

 そう当たりを付けて、仕方ないなとおれは軽く頭を掻いた

 「一緒に食べるか?」

 ぱあっと目を輝かせる羊の女の子

 「ただ、事情は聞かせてもらう、良いね?」

 こくこくと頷いて、手に小型の弓を持った少女は、よく聞こえない声を張り上げた

 ……響きとしては、エルフが使ってたあの言語に近い音

 直ぐに姿を見せたのは、一人の長耳の……中性的な……少年、いや少女?多分少年だ

 その長い耳、左右で色が違う瞳、鮮やかな金の髪

 色の違う瞳については良く分からないが、長耳と金の髪についてはしっかりと見覚えがある

 「ノア姫……じゃないな、流石に」

 女の子女の子してたあのエルフ少女と、少年だろう彼は似てはいても、同一人物にはとても見えない。推測すると、彼女の弟か兄か……血縁だろう

 

 「のあ、しってる?」

 たどたどしい発音で聞かれるのは、そんな事

 ってこれ、ティリス公用語じゃないか。話せるエルフ居たのか

 にしても、女性声優の少年声というか、声でも判別できないなこれは

 「ノア、見たこと、ある」

 それに合わせて、おれも単語を並べる感じで返してみる

 「……にんげん、のあ、うらむ?」

 「人間、ノア、心配」

 これ、通じるだろうか

 おれに敵意はないこととか

 

 この辺りにエルフが見られるってことは、多分星紋症のあれこれは解決したんだろうとは思う。七天の息吹も使われた形跡はないし、多分盗人に追い銭に過ぎなかったんだろうなアレ

 でも、良い。勿体無いけど今更返せなんて言わない

 「やまい、なおった」

 「一安心」

 ……で、頼勇?どうしたんだそんな微妙な顔で

 「竪神?」

 「いや、何時言い出そうかと思ったんだが……

 ティリス公用語にならば、MPを込めて話せば言葉を変換できる」

 もっと早くに言うべきだったか、と苦笑する青髪の少年

 「そのレリックハートで?便利だなそれ」

 因みに、レベルやステータスの概念に関連する魔力はMP(ミスティック・ポイント)とは異なりマナと呼ばれている別種だから、おれには効果がないらしい

 ただ、必要なのはエルフ少年?の言葉を公用語にする為にだけだから、特に問題は起きないな

 「竪神……お前、頭良いな」

 「元々は、意志疎通が出来なさそうな天狼相手に使う気だったんだけど、違う形で役立ちそうだ」

 

 ひとつ頷き、少年はその左手の白石に手を添える

 「行こう、父さん」

 『セェェット!アーユーレディ?』 

 「何時でもどうぞ」

 『ティリス・フィールド!パワー、オォンッ!』

 相も変わらず五月蝿い音と共に、白石に緑の光が走り、小さな魔力フィールドが広がる

 

 「あ」

 「どうした、竪神」

 しまったなと顔を歪める少年に、おれは声をかける

 「ゼノ皇子、今更なのだが……私はこれをして良かったのか?」

 「ん?」

 「いや、天狼の縄張りで、不用意に魔法を唱えても……本当に良かったのか?」

 

 不意に、おれの背後に影が射す

 所々に赤の走る、白い甲殻と体毛。その頭の3点だけが目立つ蒼に染まった、雷のように歪曲した一角と双眼。赤く輝く雷を迸らせる胸殻と、雷光で黄金色にも見える爪と牙

 そして、今は見えないが肉球と舌は綺麗な桜色

 蒼、赤、桜、金。四色の雷を纏い使い分ける伝説の巨狼、天狼が其処に居た

 因にだが、雷の色の使い分けは良く知らない。桜色が活性、蒼が不殺、赤が撃滅……だっけ?と言われているが、情報が無さすぎるので桜色の雷が身体強化や治癒能力の活性に使われる以外は正しいかも不明。ゲームでも、人の姿になれる天狼は居ても、あまり多くを語ってくれないし

 ぽたり、と牙の間から垂れた血が、おれの頬を濡らす

 「くっ、やはり……」

 自分のせいだとばかりに、少年がエンジンブレードを構え

 「おーじさまー!」

 焦ったようにアステールが立ち上がり、怯えたようにエルフの少年と羊少女は身を寄せあう。そして、駆け出すべきかとアミュグダレーオークスが此方を見て……

 そんな中、おれと師匠、そして未だに死んだフリを続けるオルフェゴールドだけが冷静だった

 

 「……大丈夫だよ竪神。オルフェがふざけてるってことは、それだけ安全ってことだから」

 剣を収めさせるように、おれはゆっくりと呟く

 「単純に、昼の間に干した果物を挨拶として置いてったから、その返礼を置きに来ただけだよ」

 「……そうなのか?」

 そうだとばかりに、天狼は一声吠える

 空気を震わせる咆哮だが、敵意はなく

 手を伸ばしたおれの両腕で抱えきれないほどの大きさの熊の腕肉が、おれの腕の中に落とされた

 「ほら、ね」

 振り返り、おれは天狼に一礼する

 

 「有り難う御座います」

 おれの礼を受け取ると、その白い巨狼(何となく見分けが付くんだけど昼間に出会ったのとは別個体でどうやら夫婦らしい)はその背に身の丈を越える仕留めた巨熊を背負い、身体機能を活性化させる桜色の雷を軽く身に纏うと軽やかにおれ達を飛び越えて山の上へと去っていった

 

 「焦げるぞ、馬鹿弟子」

 「……おわっ!?」



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ウィズ、或いはエルフの少年

折角の贈り物なので熊の腕を一部切り分け、単純に火で焼く

 

 そうしながらスープを取り分け、草食であるネオサラブレッド二頭には持ってきた水戻しすると爆発的に膨らむ雑穀に甘い蜜絡めたものを置いて、おれは改めて少年と少女に向き直った

 「君達は?」

 

 「僕はウィズ。ノア姉を知っているなら話は早いけれど、ノア姉は僕の姉なんだ」

 翻訳が生きているのだろう。しっかりとした声音で少年は己を明らかにする

 それにしても僕、か。翻訳である以上どこまで細かいニュアンスを読み取っているのかは分からないし、アルヴィナとか女の子だけど自分をボクと呼ぶからそれだけで決めつけきれるわけではないが、多分男……だろうか

 

 「そして、この子は僕の友人のペコラ」

 「ペコラ……です」

 おどおどした声で、羊の少女は自己紹介をしてくれる

 「ウィズにペコラか。おれはゼノで、二本角の彼はおれの刀の師のグゥイ師匠

 こうして公用語にしてくれているのが、竪神頼勇と、その父の貞蔵さん」

 と、おーじさまー、美味しくないよー?している狐娘に目をむけて

 「そこの君と似て色違いの目をしている娘がアステールで、二頭の馬はアミュグダレーオークスと、オルフェゴールド」

 紹介されてオルフェゴールドが愛想を振り撒くように此方を見て、ペロペロと舌を出した。女の子相手にはいつもの事である

 アナやリリーナ、ついでに馬に乗れないなんて嫌ですわ!して参加してきたヴィルジニーにネオサラブレッド乗馬教室をやった日も、あいつは変顔してたし、グランプリでも勝ったら観客にむけて変顔するのでもはやアイデンティティだ

 

 「まあ、おれが紹介しないと気が済まないだけだから、忘れて良いよ」

 「おーじさま、お嫁さんのステラが遅かったのはなんでー?」

 「嫁じゃないから、かな」

 変なところで変な主張するアステールに釘を差しつつ、そろそろ焼けたかと肉を見る

 

 表面は焼けたが、肉の臭みは強い。近所で取ってきてある香草の煙をもう少し吸わせるべきだろう

 「ウィズ……姫?王子?どう呼べば良い?」

 「ウィズで良いよ。着飾ることはない

 ノア姉は、姫と呼んで礼儀があるのかないのかって、人間の皇子を微妙な評価していたけれど、僕はそこらを気にしないからね」

 その言葉に頷いて、おれは話を続ける

 

 師匠はじっとそれを眺め、頼勇はおれが話すのを邪魔しないように黙り、アステールは……

 あ、むくれてアミュのところ行ったな。といっても、オルフェゴールドを見てても分かる通り、ネオサラブレッドは賢い馬だ。特に牝馬なあいつは気性も大人しめで、特に問題は起こさないだろう

 ということで、ちょっぴり不機嫌な狐娘は愛馬に任せて……

 

 「あんまり舐めるなよオルフェー!」

 と、それだけ釘を刺しておく。女の子の髪とか舐め回すからな、下手すると

 最近漸く息子を産んだコボルドのお母さんも、仕事したいというので管理に携わらせたら耳をベロンベロンにされて帰ってきたし、危害ってレベルではないがよくやらかす、それがオルフェゴールドだ

 ちなみに男はNGなのか、おれはほぼ舐められない

 

 「と、すまないウィズ

 君達の話を聞かせてくれ」

 「……本来、エルフは家族の狩ったものにしか口をつけないんだけどもね

 貢ぎ物だから特別って事で良いかな?」

 「どうぞどうぞウィズ様。卑しい人間めの料理をご試食して戴きたく」

 そんな大袈裟にへりくだるおれに、爽やかに少年エルフは笑って

 あ、イケメンだわこいつ

 

 「では、貰いながら答えるよ

 君はノア姉と人間の皇子との話を知ってる……ってことで良いよね?」

 「……どんな話なんだ?」

 と、頼勇

 そういえば彼は全く知らないだろう

 

 「人間の馬鹿皇子が、星紋症がエルフ内で流行ったからと魔法書を買えるだけの人間の金を盗みに入ったのを見掛けて、魔法書持ってけと叩き付けた」

 「人間ごときに助けられて、ノア姉は御立腹だったよ

 特に人間の皇子に会うことがあったら、ノア姉がイライラするからエルフの森には近付くなって言っておいてくれるかな?」

 「伝えておく」

 まあ、おれなんだけどなその人間の皇子

 それにしても流石エルフ。恩とか感じてなさげだ。プライドが高いというか、人間を下に見ているというか

 分かっててやったから後悔はないんだけど、これに国庫の金を使ったとか……財務担当の人には頭を抱えさせてしまってすまないと思う

 

 「ウィズ、君は気にしてないのか?」

 「気にしてないさ。僕はサルースの弟だからね」

 サルース。おれも名前は聞いてたが、確か父さんと友人になったから咎落ち?とやらをして追放された森長の一族だっけ?

 「良いのかそれ」

 「皆は咎エルフなんてと言うけれど、僕にとっては、立派な兄のまま

 だから、僕は人間の言葉だってこうして習っているんだ。喋るのは苦手だけどね」

 「そうなのか」

 そうさ、と王子は微笑む

 

 「それで、僕は……。星紋症事件を機に、儀式をしようと思って幼馴染のペコラと天空山に来たんだ」

 「儀式って?」

 「森長一族が行う成人の儀式。他の、エルフと同列の存在と対話し、己を磨くこと……

 つまり天空山、天狼の住処で天狼と出会い、暫く修業しながら暮らすことさ

 これを乗り越えて、天狼から証として何かを貰い帰れば、晴れて僕は一人前」

 ああ、成程と納得する

 だから、エルフがこんなところに居たのか

 そして、エルフは普通に数百年生きるし、その分子供も少ない。その話を人間が知らないのも成人の儀式が行われる回数自体が少なく、遭遇しなかったからか

 

 「だけれども、これは儀式、そして試練

 僕は、ペコラと二人、弓矢だけを持ってこの地に連れてこられた。何もかも分からないばかりでね

 天狼と出会うべきだとここまで登ってきたのは良いものの、狩りをしようと弓を構えれば、あの巨狼がじっと此方を睨んでくる。これではとても狩りなんて行えない

 さてどうしよう。そう思っていたら、君達に出会ったという訳さ

 

 普通に考えたら、このエルフの僕が人間に教えられるというのは屈辱な事だけれども。実際そうだから仕方ない

 君達が居てくれて助かったよ、本当に」

 そう、エルフの王子?はおれに手を差し出した

 

 「おれはなにもしてないよ。勝手に君達が助かっただけ」

 「そう言ってくれると助かる」

 「ただ、もしも変な恩を感じるっていうなら……」

 一呼吸おいて、おれは提案した

 

 「アステール……あの狐の娘は景色を見せに連れてきただけだからすぐ帰ると思うけど、おれと竪神は暫く此処で修業する気なんだ

 その弓の腕で、ちょっと修業にちょっかいをかけてくれないかな?」

 「ちょっかい、かい?手助けじゃなくて」

 悪戯っぽい表情で、非常に豪奢で何かを感じさせる弓の弦を指で弾くエルフに、おれは頷く

 

 「ノア姫や、神話のティグルさんでちょっとだけエルフは分かってるつもりだけど、人間なんかを助けるなんて、エルフはしないだろ?」

 繚乱の弓ガーンデーヴァを持つ神話の英雄ティグルも常に言っていたらしい

 邪魔だから倒したらたまたま人間が助かっただけだと

 

 「ははっ!そうだね!その通りだ!

 けれども、それを言ったらいけないよ。胸の奥に隠しておかないと

 助けたと言ってないだけなんて、実質……とノア姉が怒るからね」

 「言われてみれば」

 「まあ、僕は気にしないんだけれどもね

 良いよ、君達の修業中、気が向いたらこの弓で一矢を君達に向けて放つことにするよ

 怪我しても文句は言わないで欲しいな」

 「大丈夫だ」

 「言わないよ」

 「怪我するようなら、弟子の実力不足だ」

 三者三様に行程を返す

 「あ、でもアステールは関係ないから、おれの馬とあの娘に向けては止めてくれよ?」

 「ふふっ、分かってるさ」



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雷光、或いは道案内

火の刻の終わり。未だ朝日の昇らぬ頃

 すやすやとおれの横で眠る狐娘の肩を優しく揺すり、水で淹れておいた目の覚める茶を一杯

 そうして、行ってこいとばかりに禅の姿勢を崩さない師が頷いたのを確認して、修業用の高下駄は五月蝿いから履かずに素足で歩き出す

 「おーじさま、へーきなの?」

 「大丈夫。オルフェ達だって素足だろ?」

 蹄だけど、と茶化すように言って、気にせず歩く

 岩肌と言えそうな斜面は確かに素足で歩くものではないが、そんなことを言ったら肉球付きの素足な魔物達は何なんだという話

 防御が50あれば、こんなもの実は屁でもない

 気にせずに狐の少女の手を引いて、おれは……

 

 「お前も行くか、アミュ」

 音もなく寄ってくる白い愛馬に、そう聞き返した

 賢い馬は、嘶くことなく首を振って首肯する

 でも、馬に景色が分かるのか?いや、馬にもレースの一位の景色とか勝つ心地よさとかが分かるから、レースに出すと全力で走ってくれるのだろう。ならば絶景だって分かるかもしれない

 横にズレながらルンルンステップ(オルフェステップ……ではなく得意技としていた昔のネオサラブレッドの名からカイザーステップと呼ばれる)で寄ってくるオルフェゴールドにお前は来るよなと呟いて

 おれは、暫く歩みを進め、此処だという場所で止まる

 暗いから多少は線を越えても誤差として見逃してくれるだろうが、そんな善意につけ込まないように、余裕をもって止まり、少しだけ待つと……

 

 「おや、何処に行くのかな?」

 「私にも見せてくれと言っていたと思ったんだが?」

 姿を現したのは天狼……ではなく、二人の少年。エルフのウィズと頼勇である

 「竪神。また明日以降でも見られるから、今日はと思ってたんだが……」

 「どうせならば、皆で一気に見た方が記憶に残らないか?」

 トントン、と左手を叩き語る少年に、まあそうかもなと返して

 「ウィズ。おれ達は、ちょっと上、蛇王の躯(じゃおうのむくろ)の更に先から、日の出の景色を見に行こうと思っているんだ

 そこは、帝国で有名な絵画が描かれた場所」

 「おーじさま、ステラの誕生日にそれを見よーって言ってくれたんだよー

 ろまんちっくで良いよねー」

 と、アステール

 

 ……あ、出てきたら話をぶつ切りにしそうだと思っているのか、何時でも飛び降りて姿を現せるくらいの気配が上に感じられるな

 流石は天狼。空気の読める幻獸である

 「面白そうだね、僕も良いかい?」

 「えー、ステラの誕生日なのにー?」

 「アステール。絵画と同じ景色をただ見るより、エルフと見るという特別な何かがあった方が面白くないか?

 不満なら、もう一個何か考えるしさ。天空山でおれが出来ることに限るけど」

 例えば、天狼との魔法で風景を切り取るツーショットとか……ってさすがに無理かな

 

 「おーじさま、この山でステラの言うこと一個聞いてくれるの?ならいーよー」

 「分かったよ、出来ないと思ったらそれは駄目って言うけど」

 「おっけー!」

 で、何でおれはアステールに変な許可取ってるんだ?いや、アステールの誕生日プレゼントを迷って景色にしたのはおれなんだけどさ

 いやだってそうだろう?縁があるから誕生日に何かは贈るべきで。けれども、金で解決できるようなもの、どれだけ高級でも喜ばないのは分かってる

 アナはぬいぐるみでも本でも勉強道具ですら喜んでくれる安上がりで、アイリスは猫ならそれでok

 アルヴィナは……アナが貰ったんです!と飾っていたおれの愛馬2頭のぬいぐるみをじっと見ていて、けれども馬自体に興味がある訳では無さそうだったので、迷った果てに次の誕生日のために天狼ぬいぐるみを注文した。まだ届いてないがアルヴィナが何故か気に入っている男物の帽子を被った特注品だ。狼の耳を持つ彼女をモチーフに子供にも人気の天狼に仕上げたと言えば、喜んでくれるだろうか

 まあ、アルヴィナは全体的に黒いし、白中心の天狼とは色合いが逆なんだが

 

 と、其処で漸く天狼が姿を現す

 今回は雌だろう。干し果物を持っていった方だ

 「天狼よ

 皆で朝焼けを見たい。貴女方がかつて人に見せたという、蛇王を越えた先の黄金と来光の朝焼けを、彼女らに見せてやりたい

 だから、通してくれないだろうか」

 暫く、天狼はそんなおれ達をじっとその蒼い瞳で見つめる

 まるで、おれ達を見透かすかのように

 

 おれの横で、アステールがきゅっとおれの手を握って、オルフェゴールドが危機を感じて身震いする

 だが、あくまでも値踏みだったようで、一声吠えると白い巨狼は背を向け、鮮やかな桜色の雷光を帯状に残して駆け去っていった

 

 消えない雷光に、興味深げに頼勇が近づく

 「ゼノ皇子、これは?」

 「多分だけど、絵画の景色が見たいと言ったから、彼が絵を書いた場所までの道案内……だと思う」

 「サービスが行き届いてるねぇ……」

 因にだが、ここまでしてくれるのは……多分、果物を最初に貢いだお陰だろうな

 前回の邂逅をしっかり覚えていたということで、それなりの親しさで対応してくれたのだろう。流石の幻獣、人間越えてても可笑しくない知能と言われるだけある

 

 そんなこんなで、連れ立って桜の雷を誘導に巨大な蛇がのたうち回ったと言われても信じられる抉られてどう通るべきか迷路のようにも思える天狼の住処を越え、更に上へと半刻かけて登る

 おれ一人で、天狼が許せば抉られたものを登って上を駆け抜ければ通り抜けられるが、アステール達を連れてはそれは厳しい

 なので、一切迷わなくて良い道案内は有り難く使わせて貰った

 

 「ふぅ」

 台地に辿り着いて息を吐く

 「お疲れ様、オルフェ」

 途中から傾斜の厳しさに足を滑らせかけたアステールを乗せて移動してくれた愛馬と、特にそんなことはないがちゃんとついてきたもう一頭の為に汲み取って背負ってきたキャンプ地近くの山の湧き水に濃縮した果汁を混ぜて置いて、おれは二頭の額を撫でる

 「おいオルフェ、噛むな噛むな」

 蹴られないだけ良いが、アステールを背中から下ろすのに愚図る女好きで優秀な駄馬を宥めて

 こいつ……レースの時は終わったらとっとと騎手降りろとばかりに嘶くのに乗ってるのが美少女となると現金な奴め……

  

 そんな馬を見て、エルフの少年は可笑しそうに笑っていた

 「ノア姉が居たら怒られてしまうね。人間と近付きすぎだと

 

 でも、本当に人間は面白いね」

 「……さて。天狼の案内とオルフェがアステールを乗せたお陰で、予定より結構早く着いてしまったんだが」

 「駄目じゃないか」

 「おーじさま、日の出の時間に起こしてー」

 と、アステールはオルフェゴールドの背にもう一度登ると、その首に抱きついてリラックスし、すやすやと寝息を立て始めた

 「まあ、まだ1/6刻近く、日の出まであるしな……」




おまけ
エルフの森長一族はサルース、ノア、リリーナの3兄妹(皇帝談)
長男サルースが兄でノアが姉(ウィズ談)
つまり、ウィズ=リリーナ・ミュルクヴィズ(金色リリーナ)

なおゼノくんは男だと本人が言ってるなら男で別人だろうで思考停止している模様
そんなんだからアステールが変な女がおーじさまに付いてきたとむくれるのである


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日の出、或いは雷刃

「……アステール」

 オルフェゴールドに抱き付いてすやすやと寝息をたてる少女を揺り起こす

 

 「おーじさま、もう時間なのー?」

 眠そうな眼を擦る狐娘が、ふと崖から先を見て……

 その両の眼を見開いた

 二つの太陽のうち一つが、地平に……いや西方を越えて龍海までを見渡す水平線の先に、黄金色の線を引いて昇ろうとしている

 

 「そろそろ起きなきゃ見逃すぞ。せっかくのプレゼントなのにさ」

 「おおー、きれいだねー」

 「龍海までを綺麗に見渡せるのは、此処ならではって感じか……」

 「世界を見下ろす雷の玉座。その名に相応しい眺め……といった所かな?」

 なんて、詩的な表現をするのはエルフの少年で。アステール自身はキラキラした眼で、日の出を眺めていた

 

 「アステール。此処も良いけど、大陸全部を見下ろすなら逆方向な」

 標高99000m程。もう宇宙だろ此処って高さの場所からは、おれたちが生きるマギ・ティリス大陸……多分だけど地球って星のパンゲア……は昔の大陸名前で、そう、確かユーラシア大陸を越える広さの巨大大陸すらも小さく見える。果ての滝すらも、ギリギリそうだと分かっていれば見える範囲

 宇宙から地球を見たという宇宙飛行士等も、こんな気持ちを味わったのだろうか

 世界全てを見たと、世界を手にしたと錯覚するような、こんな気持ちを

 そんな事を思いながら、おれは狐の少女……だけでなく、少年二人と馬二頭と共に、朝焼けを見守っていた

 

 「アナ達にも、見せてやりたいが……」

 一人で来るならばまだしも、誰かを連れてくるのは骨だ。特に今回は上手く家の馬を持ってこれたが、レースが近いとおれの馬なのにレース前だから無理されたりするしな。こうして連れてこれる時期ってあんまり無いのだ

 「……セット」

 『オーケイ!アーユーレディ?』

 と、頼勇が左手を構える

 「フラッシュ!」

 『フラァッシュ!』

 左手の白石になった頼勇の父の声と共に、魔力光が幾度か走り

 

 「風景を記録保存した。これで満足されられないだろうか?」

 「いやお前本当に便利だな竪神」

 魔法で写真みたいに見たものを映すものはあるが、レリックハートってそれっぽいこと出来たんだな。頼勇の日常面ってゲームではそこまで深掘りされてなかったし初めて知った

 「謎の機械怪異禍幽怒(マガユウド)の残した残骸を解析した、魂を物質にして長持ちさせる禁忌の技術、それがレリックハートだ

 私の心にこの風景が焼き付いたように、レリックハートの記録にも……父の記憶にも、この風景が刻まれる」

 「いや、アナ達に見せてやれるなら、技術体系は何でも良いけどな」

 「一応魔法ではないから、知っておいて欲しかったんだ」

 そう言って、少年竪神頼勇は、朝焼けへと視線を戻した

 

 不意に、朝焼けを影が横切る

 天狼だ

 何をするでもなく……いや、絵画には天狼が描かれていたし、その再現でもやっているのだろうか。或いは、朝の巡回か

 特に危害を加えてくるような事は無く、天狼は此方を一瞥すると山頂へと駆けていく

 

 それを目線で追って、おれは山肌を見上げた

 この先にあるのは、神域である千雷の剣座。実際に居るかは兎も角として、七大天、雷纏う王狼の居場所とされる場だ

 

 「おーじさま、気になるのー?」

 と、神域を眺めていたおれの視線に気が付いたのか、狐耳をぴこぴこ揺らして、少女が問い掛けてきた

 

 「ああ、ちょっとな」

 けれど、おれはさっと視線を外す

 「といっても、彼処は神の領域だ。踏み込む訳にはいかないさ」

 おれ自身、王狼と遭遇したことはないが、同じく七大天とされる存在とは邂逅した事がある

 そして、彼は龍姫の名を出していたし、そもそも魔名を唱えるだけで色々起こる事から王狼の実在は確認されている訳だ

 そんな神様相手に軽々しくお邪魔しますなんて言えないだろ普通に考えて

 

 と、

 「おー、ならちょっと待ってねー」

 と、少女は馬上で眼を閉じ、両手を胸の前で組んで謎の祈りを捧げ始める

 そして……

 「えっとねー、咎めた覚えもないのに聞くな、だってー」

 眼を開けると、そんなことを少女は言い出したのだった

 

 「ん?」

 「えっとね、ステラ、ちょっとくらいなら七大天とおはなし出来るからそれで聞いたんだよ?

 誰が来ても良いって、やさしーよね」

 「……すまない。酷いこと聞くけどさ、嘘じゃない証拠は?」

 「ステラ、おーじさまがふこーになるような嘘付かないよ?」

 普通の嘘は付くのか。いや、普通に嘘混じった話するなアステールは

 「一応確認しただけ」

 

 途中で空気が薄くなりすぎたがゆえの息苦しさを感じて、人間より空気が必要な愛馬を夜営地に返し、付いてくる狐の女の子と二人で更に山を登る

 ちょっと尻込みするということで、少年二人は付いてこず。ステラが聞いてあげたからつれてってーというアステールだけが同行者だ

 というか、登れば登るほどに、寧ろ重力強くなってないかこれ?

 普通に考えると、この周辺なんてもう宇宙という高度だというのに、地上より重いまである

 

 「あきゃうっ!」

 その重力に、少女は少しだけ体勢を崩す

 「大丈夫かアステール」

 「ちょっと、手にぎってー?」

 ああ、とおれは手を出して……

 バチリと走る静電気。視認できるほどの光が走り、痛みで更に少女の体が傾ぐ

 「っ!」

 おれはそれを止めるように、少女の軽い体を抱き締めて……

 「あがっ!」

 更に走る静電気に顔をしかめつつ、何とか体勢の立て直しを……ってちょっとキツ……

 不意に影から姿を見せたヤタガラスの足を握り、何とかおれは転げ落ちずに留まった

 「……助かった、シロノワール」

 あんまり迷惑をかけるなとばかりにカァと鳴いてカラスは消える

 やはりというか、飛んでいるだけで重いのだろう

 

 「うぅ……ばちばちする……」

 すっかり弱りきった狐少女。その毛に覆われた尻尾や耳にも、多くの電気が溜まっているのだろうか、何時もより膨らんでいるようで、しょんぼり下がっている

 空気にすら電気が混じってる気すらもする

 「……ごめんね、おーじさま

 ステラ、めーわくかける気じゃなかったのに」

 「気にするなよ、アステール。おれにだって予想外の場所なんだ

 怪我が無くて良かった」

 そう言いつつ、今更一人では帰れないだろう狐を背負い、おれは先へと歩みを進める

 全力で走れば1分もかからないだろう1kmちょっとの山道を、踏み締めて登る

 途中から重力というよりは斥力、磁力の反発のような力が更に体にのし掛かる。背中の軽いはずの少女が、良く付けている魔法で大体大人10人分の重さにした上着よりも重く感じる中、何とかそれを登りきる

 頂点となるのは、孤児院の一部屋くらいの大きさの小さな台地。無数の尖った剣先のような姿に雷によって削られた岩が立ち並ぶ其処が、七大天の御座

 

 しかし、其処に天と呼ばれるような存在の姿はない。居るのは……

 漸く来たか馬鹿弟子とばかりに此方を見てくる二角の男と、先に登っていくのが見えた天狼の片割れのみ

 

 「あれ、師匠?」

 登るだけというかもう居るだけで修業になりそうな雷に燃けた空気と、のし掛かる重力

 それをあまり感じさせない男に、おれは疑問を投げ掛けた

 「どうして此処に」

 「どうしてもこうしても、逆側の眺めを見に行っている間に登っただけだ」 

 聞きたいのはそういうこと……ではない

 

 「……そもそも、此処は修業に良い場だろう?」

 「いや、神の御座では?」

 「まあそうだが、開け放ってくれている」

 背中で小さく頷く狐娘

 確かに、居るだけで辛い此処でならば、修業に……なる、な

 単純明快。王狼によって特異な雷の魔力が巡るこの地でならば、魔物を倒す以外でも暮らしているだけでその魔力……マナを経験値として取り込んで、レベルを上げられるだろうという話。特殊な成長補正とか乗るかどうかは分からないし、そもそもまともに動けないとこの魔力を経験値代わりに取り込むとか無理だろうが

 

 因にだが、魔力を取り込めばおれでも魔法が使えるかというと、当然ながらそんな訳はない。魔法を使う器官の有無だからな、使えるかどうか

 そもそも、マナを取り込む機能は誰でも持っている。おれと同じく魔法が使えない獣人でもな。だから、これは別問題

 

 ルォン、と一声天狼が吠える

 「……おー、楽になった」

 活性化の桜雷がアステールを包み込み、けろっとした様子でそそくさと少女はおれの背を降りる

 多分、おれへの負担とか考えてくれてるんだろう

 

 最初からやって欲しかった気もあるが、多分自力で来られないなら来る資格はないという事なのだろう。恐らくだが、あそこでおれが体勢を立て直しきれずにゴロッゴロ斜面を転がってたら駆け付けて止めてくれたろうしな。その後追い返されそうだけど

 

 そうして、人心地ついたおれは、漸くソレに気が付いた

 ずっと其処にあって、けれども……背のアステールに気を取られて意識がいかなかった一振の剣

 優美な装飾。しなやかな狼を思わせる、少し湾曲した蒼鋼の剣。赤金色の轟火の剣デュランダルを横に並べても何ら見劣りしないであろう威圧感を持つ一振

 哮雷(こうらい)の剣ケラウノス、伝説の神器の1本が、台地にまるで主を待つ伝説の剣かのように突き刺さっていた

 「哮雷の剣……」

 

 不思議な予感に導かれるように、おれはかの剣に手を伸ばす

 

 そして……

 

 一閃。迸る雷を切り裂いて走る光

 「おーじさま!」

 「……良い修業方法だな、師匠」

 拒絶の意志として降り注ぐ雷を腰にずっと差していた刀を抜き放って両断して、おれはそう呟いた

 

 最初から薄々気付いてたけど、持ち主が居ない状態の神器をおれが見付けようがそれで原作ゲームで使えないものを突然使えるようになる筈もないよな、普通に考えて



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哮雷の剣、或いは神器への問い

突き刺さった哮雷の剣に触れ……

 

 轟く雷を避ける。或いは迎撃する

 何というか、咄嗟の判断や回避、ついでに空気の薄い場所での呼吸は上手くなるなコレ!

 といっても、何なんだろうな、この変な修業方法は!?

 

 哮雷の剣ケラウノス。七天御物の一つである伝説の剣だ

 確か伝説での所有者は亜人であり、彼の死後は誰一人所有したことが無かったはず

 ゲーム的に言えば、攻撃力は33、重量1。所持してるだけで全ステータス+10の効果付きなので実質攻撃力は43だな

 同じ七天御物である轟火の剣に比べて攻撃力は下で向こうには不滅不敗の轟剣でHP50%以下で全ステータス+20もある

 それだけ聞くと差が酷いが、此方は重量が1、15と滅茶苦茶に重いデュランダルと違ってほぼ間違いなく重量過多ペナルティが起きないし、片手持ちも余裕の軽さだから逆の手に盾も持てる。ついでにHPが減らずともフルスペック出せるから実際は甲乙付けがたい性能だ

 まあ、そもそも神器が持ち主を選ぶんだから甲乙付けがたいも何も、ゲームでのカタログスペックでの話になるが。実際は選ばれないと持てないからな

 

 それは置いておいて、性能はほぼ月花迅雷の上位互換。武器種が刀でなく剣だが、それ以外あの刀を一回り強くした感じの武器なのだ

 エッケハルトから話を聞くに、月花迅雷はおれが"あの"天狼の角をごにょごにょして折り取り、それで作られるらしいから……。この世界の今のおれが手にして良いものなのか、手にするものなのか、ちょっと迷うところがある

 だから、万が一哮雷の剣ケラウノスがおれを選んでくれたら願ったり叶ったりだったのだが、そうもいかなかった

 

 「……ぜぇっ、はぁっ」

 三回目の挑戦……というか、選ばれる筈もない為不規則に暫くの間断続的に降り注ぎ、時折地面から噴き上がったり横凪に飛んでくる雷を捌く修業を3セットしたところで、息を切らしながらおれはそれをじーっと見ている少女に声をかけた

 

 「アステール」 

 「ちゃん

 もー、旅の間はちゃん付けしてって、ステラいったよー?」

 「アステールちゃん」 

 「うん、なにー?」

 耳をぴこぴこ。天狼のお陰で完全に何時もの調子を取り戻したアステールは、今日も絶好調だ

 

 「七天御物は、七大天の神器だ」

 「うんうん、そだねー。だから此処にあるんだよ」

 「ならさ、七大天に使わせてくれと言ったら使えたりしないかなって」

 浅ましい考えを、頬を掻きながら披露する

 かなりの最低発言だなこれは。直接剣に選ばれないから神頼みって

 

 だが、狐の少女はそんな馬鹿発言に、何かに気が付いたように耳をピンとする

 「おーじさま、頭いい!

 ステラ、ちょっと頼んでみるー!」

 いや言ったのおれだけど良いのかそれ

 

 むむむ……と唸るアステールを見守ること少し

 「だめだってー!」

 返ってきたのはやはりという返事

 「やっぱり駄目か」

 「良い考えだったんだけどねー

 お前の神器はケラウノスじゃないって伝えろって言われちゃったよー」

 耳を少し横に倒し、少女はしょんぼりとする

 「……アステールちゃん、まだ話せる?」 

 神器の事を分かりそうな発言に、おれはそう少女に聞いた

 

 「ちょっと頭いたいけどー、後で撫でてくれるならがんばるよー?」

 健気なのか強かなのか、そもそもおれに撫でられて嬉しいのか

 そんなの、七大天と普通に交流できないおれには分からなくて。とりあえず、それで良いならと安請け合いする

 

 「それで、王狼さまに何を聞けば良いのー?」

 「哮雷の剣がおれを選ぶはずがない事は分かった

 それは良いんだけど、ならば……あの時、どうして轟火の剣はあの時おれの前に現れたんだ?おれの神器じゃないっていうのは同じはずなのに」

 「うんうん、きいてみるねー?」

 と、少女は再度ちょっとだけ目を瞑り……

 すぐに開いて、難しそうに唇を尖らせる

 

 「どうしたんだ、アステールちゃん」

 「えっと、ステラには良く分かんなくてー

 おーじさま、おーじさまはおーじさまの神器って、分かる?」

 「月花迅雷(げっかじんらい)か?」

 「うん。月華神雷(げっかじんらい)っていうのが、おーじさまの為に用意されてる貴方のための神器ですって、龍姫さまがそう言ってたんだけど……

 だから、轟火の剣デュランダルはおーじさまの神器じゃなくて

 けどねー?ステラにはわかんないけど、無関係の神器じゃないから、特例で本当に誰かのために、帝国の誇りと民を護るためになら、一時的に使えるんだってー」

 無関係じゃない神器ってなんだろねー?と、少女は首を傾げた

 

 「ごめん、おれにも良くわからないけど、聞いてくれて有り難うな」

 そうおれは礼を言って、哮雷の剣に向き直る

 月花迅雷と轟火の剣。何か関連が有ったろうか

 没データには無理矢理おれに持たせると炎を纏う月花迅雷モーションになる剣があったらしいし、それか?いやでも、あれって結局没データだし、確か専用フラグは父シグルドになってた筈。第七皇子ゼノではない

 内部データによると月花迅雷+轟火の剣の融合体(ゲーム内では結局融合先が正規のデータではないので入手不可能)ではあった記憶こそあれ、関係性あるのか無いのか微妙だな。おれが持てる設定になってたってなら話は早かったんだが、融合する可能性があるからって使えるのか?

 というか、他に所有者が居る神器+誰でも使える神器を指定した融合ってその所有者は普通、元の神器の所有者じゃないか?誰でも使える月花迅雷を持つおれじゃなくて

 大体、月花迅雷って刀Cで誰でも使えたぞ?それこそ刹月花と併用出来るし、やろうと思えば轟火の剣の使い手たる皇帝シグルドにだって持たせられる

 つまり、これ矛盾してないか?

 

 とりあえず、どう足掻いてもおれに哮雷の剣は使えないこと、けれどもどうしても必要な時……例えばアステールが言っていた『くろいかみさま』と対峙するような時には轟火の剣が今一度力を貸してくれるだろうという事が分かったのは収穫だ。理屈は分からないが

 これで気兼ねなくケラウノス修業が出来るな

 

 「おーじさま、おひざ硬いねー」

 帰りは天狼がおれに背を向け、蛇王の躯の下まで乗せてくれたので何の苦労もなく。一旦アステールを連れて夜営地に戻ったところで、アステールは撫でてーと寄ってきた

 そして、膝枕を要求しておいて、その大きな耳を付けた頭をおれの膝の上に乗せ、開口一番これである

 「不満があるなら退いてくれ」

 「えー、ステラ、この硬いのいいなーって思うよ?」

 「そう、か」

 何も言うまい。何も

 

 普通に考えて、原作のおれと今のおれとそこまで行動に差はないと思われる。つまり、原作ゲームでもどことなく帝国びいきとされた若き教皇とはこの子なのだろう

 だが、この狐教皇はゲームでは出てこない。このまま成長したら、おれの皇籍追放イベントが起きた際に、おーじさまが要らないなら貰うよー!にへへーとか何とか言って出てきかねないというか……

 実際に、今父さんにもうお前は帝国に要らんわと皇籍を追放されたら間違いなくアステールによって連れ去られるだろう

 だが、ゲームでは追放時にそんなイベントは起きなかった

 

 つまりだ、ゲーム世界の話でもきっとアステールは居て、けれども成長するうちにおれへの……今みたいな尊敬だか憧れだかを好意と履き違えた間違えた想いは是正されていったのだろう

 それはこの世界でも同じだ。いつかきっと、この今はおれをおーじさまおーじさまと呼んでくる狐も、本当の恋をして離れていく

 アステールは可愛いし、慕ってくれて悪い気はそんな無い。少し寂しいが、それで良いんだ

 おれは、誰も幸せになんて……転生したこの世界でも、きっと出来ないから

 

 そんなおれの気も知らず、おれの膝の上で無防備にゴロゴロする狐娘を、おれは彼女が満足したと言うまで撫で続けた

 

 「……君達、恋人どうしかい?」

 と、それを見たエルフにからかわれた

 「えへへー、エルフは目が良いねー

 ステラ、おーじさまの未来のお嫁さんなんだー」

 「いや、全くそういう話はない」

 「おーじさま、照れちゃってー

 それとも、ほかにも仲良い子が居るから気にしてるのかなー?」

 ……何言ってるんだろうな、この狐

 「心配なら言っとくね

 ステラ、おーじさまが幸せになるなら、別にお妾さん3人くらいまでなら良いよ?

 それ越えちゃうと、ステラもちょーっと嫉妬しちゃうけど」

 いや本当にな!?

 「そもそも、おれは忌み子だ

 君と結婚するというあってはならない想定の上での話を止めてくれ。あと、アルヴィナやアナを巻き込まないでやってくれ

 あの子達にももっと良い幸せの形はあるだろ」

 そんなおれ達の話を、何か可笑しそうに少年エルフは聞いていた

 

 「良かったね、ノア姉」

 「ん?ウィズ、ノア姫が何か」

 「いや申し訳ない。ノア姉は人間嫌いだった

 けれどもね。この半年やけにノア姉は人間の存在を気にしていたのさ。あの人間の皇子、絶対一目惚れですわと

 そして僕にも口酸っぱく言ってきたよ、人間は卑しく浅ましく狡猾だと。全部高貴なエルフを堕とさんとする外道の罠だから気を付けなさいって

 人間は本心でなく口当たりの良い可笑しな事を呟いてエルフの咎堕ちを狙い穢して手中にしようとする奴だって、ね

 何が仕掛けられてるか分かったものじゃないという七天の息吹を睨んで言ってたよ」

 「……何も仕掛けてないから使ってくれ」



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帰還、或いは脱出の追憶

「……って感じで、それなりに有意義だったよ」

 と、おれは締める

 

 此処は妹アイリスの部屋。エルフの儀式にそこまで深く首を突っ込む訳にもいかず、そもそもレースでも割と人気馬であるアミュグダレーオークスとオルフェゴールドの二頭は、一応おれとアイリスの馬の筈なんだが長く借りていられない

 ということで、修業に使えたのはたった2週間。そろそろ帰らないとねーとギリッギリまでそれを言わなかったアステールを、仕方なしにオルフェゴールドに乗せて送り届ける必要が出来た関係で、予定より四日短くしか滞在できなかったが……

 考えてみればだ。そもそも他国の教皇の娘なんてものを誕生日に連れ出してる時点で不味いわな。ならばさもありなん

 頼勇の事は師匠とアミュに任せ、下手に捕まらないようにアステールを教皇コスモの元まで届けるや外に待たせていたオルフェゴールドに飛び乗って豪脚を炸裂させて一気に聖都を正門を飛び越えて脱出

 そのまま駆け抜けて帰ってきたという訳である

 

 悪意で捕まえようとしてないのは分かるから弓矢は……いや飛んできたが雷を避け続けた今のおれに当たるものではない

 というか、本当に当たらないだろう。あの2週間でおれのステータスとレベルは一気に跳ね上がったのだから

 レベルとは魔力(マナ)量の値の域な訳だが、ならば雑魚を狩り続けてもレベルか上がるのかというとそうではない

 ある程度のレベルになると相応のレベルの相手からしか段々魔力を取り込めなくなる

 ゲーム的な話をすると、量の域値がレベルな関係で常に次のレベルまでの経験値は100なのだが、レベル差があると段々得られる経験値が低くなっていく訳だな

 元々は経験値30得られた(4体倒せばレベルが上がった)相手を5レベル上がってからまた倒しても10しか入らないとかそういう感じ

 ゲームでは一応最低保障としてどれだけレベル差があっても1だけ経験値が入ったが、それはゲームシステム上の話。この世界では……差がありすぎるとどれだけ倒しても経験値0がある

 更には、魔神王配下ではない土着の魔物はマナの塊ではなく普通の生物なので経験値が全体的に元々低い

 格上倒しても1桁はザラのレベル。格下とか高くて1。とてもゲームみたいに一気に30なんて入る筈もない。それこそ、天狼だのの幻獣を倒して漸く30入るんじゃなかろうか

 そんななのでレベルは上がりにくい(ちなみにレベル1桁台だと日常生活でも魔力溜め込んでいけるので子供は日々暮らしてるだけで8くらいまでは年齢と共にレベルが上がっていく)訳だが……

 あの七大天の魔力が充満している場所では、おれでも魔力を溜め込めたからか一気にレベルが上がった

 って言っても、流石に上級職業、超人の域に入れば周囲の魔力を~は無理だけどな。そういう機能が魂から消えるっぽいから

 

 つまり、どういうことかというと……

 ステータスのカンストが見えていた、つまり出力の限界が来はじめていたロード状態でレベル20を越え、本来は特殊なアイテムかしっかりとした儀式によってのみ行えるクラスチェンジもアステールが願い天狼が吠えれば完了し

 おれは上級職でありゲームでのおれの職業たるロード:ゼノになっていた

 因みにレベルは1。人の殻を脱ぎ捨てて超人に生まれ変わったって事でレベルは1に戻るのだ

 

 というか、原作ゼノの初期ステータス、本人の成長率の割に低くないかと思っていたんだが、限界レベルは30だがレベル25の段階で全ステータスカンストしてたせいだったんだな

 30までの5回分のレベルアップがキャップに引っ掛かって何一つ上がらなかったとか、そりゃ能力低くもなる。まあ今はおれなんだが

 ……可能なら、その分のステータスは上がって欲しかった所だが、まあ仕方ない。そもそも、力やHPの上限値自体は下級にしては高かったからなおれ。その上でカンストしてるのを文句言っても仕方ない

 

 「……エルフ、は?」

 「あのエルフとは……まあ、それなり

 竪神の方が話してたよな?」

 と、おれは横の椅子で話に相槌を打ちつつアイリスにエンジンブレードの構造を見せていた頼勇にそう話を振る

 何でも、ライ-オウ自体をアイリスに見せ、完成までのアドバイスなんかも貰っているのだとか

 原作ではほぼ独力で完成はさせていた(といっても、スペックは低めで加入後に各所を強化していく要素がある)が、最初からアイリス込みで完成させられたら……

 原作での本当の完成系、更には上手く行けばその先の姿まで作れるかもしれないな

 それであのアガートラームなんかと殴り合えるかと言われると未知数だが、強いに越したことはない

 何だっけ?『超絶(ダイナミック)雷皇(ライオウ)フォーメーション! 

 緊急特命合体(エマージェンシーフュージョン)

 …………大ッ!雷!オォォォォォウッ!』だったか……使われていない頼勇のボイスがずっと没データにはあったんだったか。ゼルフィード・ノヴァみたいな強化形態が無いからそのダイライオウが出てきてくれたらなーってのは割と話で聞いた

 結局頼勇ルートが増えた轟火の剣でも出てこなかったんだけど、この世界でなら、完成して実際に聞けるかもしれないな

 

 アイリス的にも、おれ以外に親しい相手が増えるのは良いことだ。何時かは、兄離れしないといけないからな

 その時はそこまで遠くはない

 実は最近、アイアンゴーレム事件で捕らえた彼を実力はあるしと騎士団に再雇用したんだが、彼は……ロリコン気味だし頼りきれるかは微妙だしな

 おれがいるうちは良いけど、居なくなってから頼むぞ頼勇

 

 「……私もあまり話してはいないんだが……

 どうにも気後れしてしまう」

 「分かる」

 「一応あの羊の女の子とはそれなりに話しはしたが、彼女等からはライ-オウのヒントもナラシンハの動向も掴めなかった」

 と、頼勇はそこまで興味無さげに言った

 ……こいつ、なかなかにナラシンハへの恨み強いな、なんて思う。原作からしてそうなので違和感はないのだが

 

 「ところでゼノ皇子

 彼等については、君の……」

 「ストップ、竪神」

 聞きたいことは分かる。だからおれは、一応転生云々をある程度隠しているアイリスの前でその事を言わないように声を遮って 

 「残念ながら、おれも良く知らない」

 とだけ返したのだった



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修学旅行、或いは準備

「……聞いてますの!」

 そうして、時はかなり進み……また、アステールの誕生日が来た頃

 

 おれは、今日も今日とてヴィルジニーに絡まれていた

 ほぼ毎日だぞ、良く飽きないなと言いたくなるが……

 まあ、良いのだろう

 因にだが、おれのレベルはロード:ゼノLv1のままだ。上級職にまでなったらそうそう上がるものではないからな

 というのも、ゲーム本編開始までの話でしかないけどな。少なくとも今はそうだ

 

 結局、なんだかんだ竪神も帝国に残っているし、機神ライ-オウの方も順調にフレームに装甲が付けられていっている

 おれを拒絶するように閉じられたガルゲニア家は未だその門を開かず、故にガイストとは会えていないが……他は順調だと言えるだろう

 

 この一年、特にエルフのノア姫に渡した七天の息吹が使われることもなく、平和そのものだ

 

 ……本当は可笑しい筈なのに

 彼等は、アステールの言っていた『くろいかみさま』なのかそうでないのか、或いは単純にアガートラームが共用なだけなのか。そこら辺は分からないが、少なくともAGX使いであることだけは確かであるシャーフヴォルもまだ特に動きがない

 

 あった動きと言えば……どこぞのピンクのリリーナがガイスト相手にお兄さんを警戒するようにとか入れ知恵したらしいって噂と、頼勇君だ!と頼勇を見つけて絡んでくるようになった事くらい

 初等部塔に入れておくわけにもいかないから、機神ライ-オウはいざという時(つまりは魔神族が復活し、それがこの王都を襲った時)用にアイリスの名義で建て直した宿泊施設の地下のシェルター擬きに格納してある。そのお陰で頼勇は良く街を出歩くし、そこで引っ掛かるわけだな

 なんだあの桃色はと聞かれたので、おれと似たような奴だと返しておいた

 

 閑話休題

 今は目の前のグラデーションの少女だ

 「聞いてるよ、ヴィルジニー」

 「それで?誰と組むんですの?」

 「アイリス次第……って言ってたら、誰も来なかったな」

 二年近くかけて、アイリスは友人のひとりも出来ていない。何というか、引きこもり過ぎは良くないぞアイリスとしか言えないな

 まあ、その引きこもりを仕方ないなとしているおれが言って良い話じゃないし、一応頼勇という友人と、アナというメイドの友達は出来たから昔より一方前進はしてるんだが

 

 「ええ、そうでしょうね。ふざけたアナタ達はどうせそんな事だと思いました

 ですから、もうわたくしとクロエの班に入れましたわ、文句があって?」

 「いや、有り難う」

 と、おれは一つ礼を言った

 

 この班だが……謂わば修学旅行に行く際のグループ決めである。総勢21名を3人ずつ7班にして、旅行中はその班で行動させるわけだ

 おれ?おれはアイリスのおまけだからアイリスと同じ班かつ人数外

 そもそも、ほぼ貴族しか居ないからな、21名の修学旅行と言いつつメイド他の同伴許可されてる時点で言っても仕方ない

 

 「……ああ、ヴィルジニー

 一つ頼まれて欲しい」

 修学旅行の事を考えて、おれは一つ言葉を紡ぐ

 「何ですの?」

 「聖教国に伝えて欲しい事がある

 『修学旅行で無理』、と」

 「自分で言って下さる?」

 と、冷たいブロンドの少女に、おれは頼むとなおも頼み込む

 「そもそもおれには魔法が使えない。アナはアステールの居場所を良く知らないから水鏡が使えない。アルヴィナも同じく

 アイリスはアステールが嫌いらしく待ちぼうけで良いと手伝ってくれない」

 「嫌ですわ

 そもそも何でそんなことわたくしがやらなきゃいけませんの?おーじさまじゃないって文句言われる為に伝言するなんて御免ですわ」

 が、にべもなく断られる

 

 いや、分かってはいるんだ。おれ自身がちゃんと今年の誕生日にはステラのパーティに来てねーというアステールからの招待状に否を叩きつけに行かなきゃいけないことは

 ってか、前回アステールを送った時、オルフェゴールドで10m近い門飛び越える必要があったってことは、返す気無かったって話な訳で

 黄金の暴君オルフェゴールドの脚力で全速力を出せなきゃ捕まってたかもな。その先は……アステールと婚約させられるのが一番マシなオチで、酷ければ何だろうな、解剖?

 持ち主以外には触れることすら許されない筈の第一世代神器、轟火の剣デュランダルを一時的にとはいえ使ってみせたという事実は……まあ、神学者からすれば色々複雑だろう、良くも悪くもな

 

 「というか、何で行きませんの?」

 「良くて婚約、悪ければ死だ

 それが嫌なのは、君も身に染みてるんじゃないのか?」

 「ま、そうですわね」 

 今回はあっさりとヴィルジニーは引き下がった

 クロエも横で頷いてるし、去年のアレは、やっぱり彼女等の心にも傷痕を残したんだろう

 それはそれとして、おれ相手への態度は全く変わってないが

 冗談めかしておれに惚れなかったのか?と聞いたところ、わたくしに惚れたから助けたというのであれば惚れてさしあげますわと返された

 惚れられたくてやった訳ではないから良いんだが、それが皇子としての義務であるしおれの役目だからというおれの理念はお気に召さなかったようである

 その分、君が可愛かったからとぶっちゃけたエッケハルトには好意的な辺り……やはり、相手を想うのは割と重要な思いなのだろう

 

 まあ、おれには関係ないな。忌み子の血は絶やすべきなのだから

 寧ろ、嫌われているくらいが有り難いし、アステールも……好かれて嫌な気はしないんだがやはり離れていってくれた方が気が楽だ

 

 そんな事を思いながら、割と直近にある修学旅行の為に、おれは準備を始めた



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襲撃、或いは破損

「わたしも来て良かったんでしょうか、皇子さま」 

 と、おれが手綱(といっても形式だけの簡易的なもの)を引く白馬の背に乗せられて、銀の髪の少女がポツリと呟いた

 

 「良いんだよ、アイリスのメイド扱いだから同伴の権利くらいアナにもある」

 「けど、これって……修学旅行と言いつつ、親睦を深めるための遊びって聞きましたけど」

 「じゃあ、アナが遊んじゃいけない理由とかある?」

 「えっと、それは……わたしは雇われですし」

 その要領を得ない言葉に、ぷっと噴き出す

 「アイリスが連れていきたいから連れていってる訳。だから気にするなって」

 と、おれは横を見る

 

 横に居るのは、わたくしを乗せなさいとヴィルジニーに言われてルンルン気分のカイザーステップで乗せに行ったオルフェゴールドと、その手綱をおれの代わりに持たされてる頼勇

 その横では普段と違って馬型のゴーレムを操るアイリスも居る

 

 「そんなこと言ったら、竪神の方が更に来る理由が無いんだから気にしなくて良い」

 少女を乗せた炎を纏う白馬の首筋を撫でて労いながら、おれはそう言った

 

 修学旅行という名の親睦旅行。行き先は……原作の学園で行く場所とは違うが、まあ子供か成人かの差だろうか

 

 「それにさ。今から行くのは海があるんだ。アナ、見たこと無いだろ海」

 「……楽しみ」

 と、そんなことを言ってくるのは別班であることを気にも留めずに此方にきたアルヴィナ。班行動の一環として各班別行動で現地集合だった筈なんだが良いのかこれ

 因みに、おれの班……というかヴィルジニー班は引率の先生無し。一見酷い放任主義だが、ポンコツ皇子とチート皇女、そして異国の不可思議な力を使う者に、いざという時のネオサラブレッドが2頭。下手な教員より余程戦力が整っている

 速度的にも小走りのおれ、靴にローラー着けて走行している頼勇、アミュグダレーオークスに2人乗りしているアナとアルヴィナ、オルフェゴールドに2人乗りしているクロエとヴィルジニー、ネオサラブレッドに乗せきれずおれも持てない荷物を背負って四本足で駆けていくウマゴーレムのアイリスで平均時速は40kmくらいはあるので馬車使う組等と比べて遅いということはないはずだ

 いざとなればネオサラブレッドは時速500km出すし、アイリスのゴーレムだって300kmは出る。頼勇も最近完成させたというジェットで飛行しながら180kmは出せる。おれは……大体時速100kmと一番遅いがまあ殿ということで

 とりあえず、師匠が見てる班と同等くらい安全な班と言って良いだろう

 

 他愛もない話をしながら、集合地点まで向かう

 海まで行くとはいえ、実のところこの大陸を横切って海なんて目指した日には何日かかるペースか分かったものではない。その為、あくまでも現地とは海辺の宿泊施設ではなく、そこまで飛ぶ飛竜籠(飛竜に大荷物を運ばせる仕組みのうちそのうち人が乗れる籠を運ぶ場合を特にこう呼ぶ)の発着場である

 流石に王都にはそんな場所作れないからな。要は飛行場兼竜牧場な訳だから騒音だ何だが絶えないし

 では、何故オルフェ達を連れてきているのか?

 理由は簡単、飛竜は臭い奴が嫌いである。おれや獣人を乗せてくれないのが飛竜だ

 ではどうやって海まで行けば良いのか。それはもう、ネオサラブレッドの健脚にものを言わせて大陸横断しかない

 飛竜や天馬の飛行兵が居ても尚、騎馬兵という存在の必要性を固持させたネオサラブレッドだけあって、竜と競争だと言ったら二頭ともやる気である

 だから二頭とも連れてきた

 

 そんなこんなしているうちに、大きな竜牧場が見えてきて……

 パキン、と軽い音と共に、父から貰っていた水晶の耳飾りが砕けた

 

 「……え?」

 この水晶の耳飾りは、とある魔法と連動している。即ち……七天の息吹

 エルフのノア姫に渡したあの1回分が使われた時に砕けるように出来ているのだ

 それが突然砕けた。と、いうことは……それは、あのエルフ達が七天の息吹を使うような何事かが起きたという事になる

 例えばそれが、ウィズの成功を聞いて天空山に登った誰かがうっかり天狼を怒らせてしまったとかそういった事故をリカバリーする為であれば良い

 だが、そうではなく、突然流行ったという星紋症のような何かが起こったとすると……

 

 どうする?

 と、おれは自問する。答えはすぐに出るに決まっている

 「アナ、アルヴィナ。ごめん

 行かなきゃいけない場所が出来たから、ちょっとアミュグダレーオークスの背中を返してくれないか?」

 「……皇子さま?」

 「大丈夫。とりあえずは知り合いに会ってくるだけだよ」

 此処からなら、エルフの暮らす森まで……おおよそ5刻。時速500kmなら7500km……じゃないな、もうちょいあるか。推定9500km程度。ネオサラブレッドなら走りきれる距離だ

 疲れるだろうし、実際は6刻~7刻かかるだろうが、一昼夜で着く距離である

 

 そうして、手綱を外し、本気を出させようとしたところで……

 「皇子!」

 ヴィルジニーの声が響く

 牧場が燃えていた

 パチパチとした火の粉の音。燃える黒煙。吼える飛竜

 竜と聞くととても強そうにも思えるがそんなことはない。龍姫の眷属といった伝説の龍であればまだしも、飼い慣らされたワイバーンはそこまでの強さはない。大体シロノワールくらいだろうか

 弱いとはとても言えないが、竜のイメージに比べれば弱い

 竜の吐く色とりどりのブレスに煙る、四つの影。特徴的な……一つは魚の尾を持ち、一つは4腕、一つは翼を持つ影は、その正体を雄弁に語る。残り一つが特徴ないのもまた、彼等の正体を明らかにする鍵

 影を絶たんと閃く剣光は、彼等相手におれの師が戦っている証

 幾度も閃くそれは、基本一撃必殺のあの人をして、抜刀の一閃で決着を付けきれない相手である証明

 

 即ち……魔神王四天王

 「ナラシンハァァァッ!」

 普段は落ち着いた蒼い少年が、吼えた

 『エルクルル・ナラシンハ!運命は邂逅するか!』

 そして、その左腕の白石が鳴動する

 躊躇無く緑の光を放つその腕を掲げて、ナラシンハに平和を奪われ二人で一つとなって命を繋ぐ親子は叫んだ

 「『エル(L)アイ(I)オー(O)エイチ(H)

 ライッ!オォォォォォウッ!』」

 それは、おれがこの世界では初めて聞く言葉。そして、ゲームでは幾度となく聞いた、その台詞

 即ち、システムL.I.O.Hの起動。機神ライ-オウを降臨させるための契句(キーワード)

 空より来るは、蒼き鬣

 アイリスや、門外漢ながら実際の装甲の取り付けや装甲強度テストでおれも関わった事により、急速にフレームだけの状態から組み上げられた……けれども、未だにフレーム剥き出しの部分はそれなりに多い胸に獅子の頭を掲げる鋼の戦神

 その獅子の頭に飛び込んで、少年は吼える

 「漸く見付けた、ナラシンハァァァッ!」

 「落ち着け、竪神!」

 『ライ-オウ、見っ!参!』

 おれの制止は全く聞かれず。蒼き鬣は未だに変形機構が完成していないため、機動形態へと変わることはなく人型のままに、大地に踏み締めた跡を残しながら駆け抜けていく

 

 「……!オルフェは分かってるな!

 アイリス、アナ達を任せて良いな!」

 一瞬だけ迷う

 七天の息吹を使うような羽目になっているエルフ達だって火急ではないのか、と

 即座に行くべきかもしれないと。そういう時のために、おれは七天の息吹を渡していたのだから

 だが、目の前の竪神頼勇を、そして皆を、放置して良いのか?その答えは何処にもない

 あるのは、おれが選択した後の結果論だけ

 此処で即座にエルフのところへ向かわなかったから間に合わなかったとなるのかどうか、此処で実は火急でなかったエルフ達の元へ向かったから犠牲が出たとなるか否かなんて……

 答えなど未来にならなきゃ出ない!ならば……おれは!常に!目の前の誰かに手を伸ばす!それが……おれが出来るたった一つの皇子らしさだろう!

 

 「アミュグダレーオークス。頑張ってくれるか?」

 選ぶ道は、両方を目指すもの

 相手は四天王とはいえ、この時代はまだ封印されたままだ。この世界に現れているのは本体の影のようなものである。倒したところで本体には傷一つ付かないが、色々と制限付きで本物に比べればかなり弱い

 そのうち一つが、本来の姿とも言える第二形態がないこと。カラドリウスでいえば大鳥、ナラシンハでいえば四前腕の獅子といった本気モードがない。どうやら、その姿になると脆い仮初めの肉体が出力に耐えきれずに砕けるらしい

 後は単純にステータスも下がっているし、一部のぶっ壊れ専用スキルも下位互換に変わるし、本家四天王は魔防がちゃんと高いんだが影は魔防0って特徴もある

 最後はおれには無意味過ぎて泣けてくるな。せめて月花迅雷があれば良かったんだがそんな贅沢品は無い

 

 とりあえず!まずは四天王を何とかして!

 そして、返す刀でエルフ達のところへ向かう!

 おれの思いを汲んでか、白馬が一声嘶いた



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雪那、或いは吠える鬣

「駆け抜けろぉっ!」 

 足だけで愛馬の馬体を挟み込み、駆け抜ける最中、両の手で弓を引き絞り

 そして、影の一つへ向けて放つ

 

 狙うは翼のある影。四天王アドラー・カラドリウス

 理由は簡単で、弓には飛行特攻があり、影のカラドリウスには飛行特攻無視がない。特攻としては武器威力が3倍だっけか。最強の弓である繚乱の弓の場合は攻撃力は28だから……実に飛行相手にはそれだけで56点の火力upが保証されている。怖い

 今回使う弓はそこまでではないが……火力差は十分!

 70が90になるのは、決して無視できない差だからな!

 

 一陣の炎が駆け抜けて

 「アミュ、あとはアナ達を任せた!」

 最初の一矢を放つや、おれは愛馬の背から飛び降りて叫んだ

 まあ、抜刀術と馬って相性悪いからな。乗ってるより、その足で皆を護って貰った方が有意義だ

 

 「来たか、馬鹿弟子」

 にやりと、二角の男が笑う。その服は乱れているが、傷らしい傷はない

 1vs4でこれとか、ぶっ壊れって怖いな本当に

 といっても、流石の1vs4。矢を風の防壁で阻んだカラドリウスを含む4体にも、ダメージらしいダメージはない

 膠着状態……という程でもないだろう。空飛ぶ人魚は師の剣を避けて飛竜に牧場を焼かせている。止めきれていない証だ

 「……師匠」

 「2体止められるか?」

 「竪神と二人なら!」

 愛馬の足は、機神より速い。追い抜いた頼勇は、けれども直ぐに辿り着く

 そして、四天王ナラシンハに襲い掛かる。そういうものだ

 

 「その答えは良し!そこな人魚を……」

 「いや、カラドリウスを!」

 この場での合理的な判断を下す師を遮り、おれが選ぶのは……原作で因縁浅くはないだろう大翼の青年魔神

 師がニュクスを任せようとした理由は簡単だ。目の前で飛竜に住み処を焼かせている露出の多い魔神は精神支配を得意とする四天王だ。そして、おれは……《鮮血の気迫》のお陰でそれに滅法強い

 間違いなく、此処は勝つだけならおれがニュクスを受け持つのが正解

 

 だからこそ、おれは此処で彼女と戦ってはいけないのだ

 本体と対峙した時に、おれとの相性の悪さを悟らせないために。それを理解してか、挑発の為に射る二射目に、男は何も言わない

 ただ、にやりと笑うのみ

 

 「ナラシンハァァァァッ!」

 そして、おれに視線を向けた翼の魔神の横に居る四腕の男へと振り下ろされるのは、巨大な鉄槍

 機神ライ-オウである

 「かかっ!お前は何者だ!」

 それを二本の腕で受け止め叫ぶ大男

 「竪神頼勇!竪神貞蔵!そして、L.I.O.H!

 お前を、倒すものだ!」

 「ライオウ……?はっ!かなり早くに来たじゃねぇか、殺されによぉ!」

 牙を剥き出しに吠える四天王ナラシンハ。その腕が肥大化し……

 「その首!牙!多くを食らうその全て、この地に沈めぇぇぇッ!」

 蒼き鬣が咆哮し、ガン!という音と共に、槍が沈みこむ

 フレームだけで挑むも勝てなかったと頼勇から聞いていた機神は、アイリスの手を借りて立ち向かえるだけの力を得ていたようだ

 

 だが

 「はっ!おもしれぇっ!ちょっとは食いがいが出来たってことかよぉっ!」

 地面を砕き、四腕が振るわれる

 10mは越えるその機体が宙に浮き、大地に叩き付けられた

 「竪神!」

 「気にしてる場合、と思われてるのかな?」

 といっても、おれにも頼勇を気にする余裕はない

 風を纏う四天王相手に弓だけうち続けても仕方がないので弓は捨て、今回は持ち込みに制限もないし誰にも何も言われない為、師匠から貰ったしっかりとした刀を背中から鞘ごと外して左手に握る

 「四天王、アドラー・カラドリウス!」

 「まさか、剣で挑むつもりとは

 舐められた、ものだ!」

 そう言って空高く……とはいえ彼も本気ではないのだろう、いざとなれば即座に降りてフォロー出来る程度の高さまで飛び上がる翼の青年

 だが、それで良い

 「烈風剣・(とどろき)!」

 抜刀、発火

 所謂飛ぶ斬撃の強化版、炎を纏う飛ぶ斬撃スキルだ

 子供だまし扱いしていた抜刀の際に擦り合わせて火花散らす小技に、血を燃やして火にする要素を込めつつ、飛ばしたものがこれ

 ゲーム的に言えばHP3消費するようになった代わりに威力の上がった烈風剣だ。原作でも覚えていたスキルだが、月花迅雷は素で雷を放てるからと装備してはいなかったな

 炎に巻かれ、ほうと青年は息を吐いた

 

 「只の無策ではなかったようで……

 でも、それがどうかした?」

 纏う風は四天王が起こしているもの。消して纏いなおせば炎は消える

 面倒な障壁だ。だが、良い

 

 やるべきは時間稼ぎだ。なぜ四天王がこんなところに雁首揃えて現れたのかは分からない。ゲームでは過去にこんなことが起きてはいない筈だ

 だが、此処には師匠が居る。竪神頼勇も居る。護るべき皆だって居る

 負けられない理由も、負けない理由も幾らでもあるのだ

 おれは勝たなくて良い。四天王……魔神との決着はいずれゲーム本編頃の時間軸で付けることになるし、今此処で無理をして倒しても本体にはダメージ一つ無いから無意味

 やるべきことは、機神がナラシンハを抑えている間、おれもカラドリウスを抑えること

 1vs2なら、少なくとも師匠は負けない。影は大分弱体化しているから。だから、あの人が駆けつけるまで誰も傷付けさせないだけで良い

 

 ……だが、本当にそれで良いのか?

 疑問と共に、牽制のための攻撃を止めないままに、ふとおれはその名を呼ぶ 

 「……デュランダル」

 と、かつて手を貸してくれた轟剣の名を

 

 来る気配がないな!四天王相手でも来ないって、寧ろどうしてあの時だけ手を貸してくれたんだよあの剣!?

 

 だが、良い!

 

 「ゼノ皇子っ!」

 不意に呼ばれる声

 各所から煙を上げつつ、鬣の機神が吠えている

 合わせてほしいという事なのだろう。隙を作ってくれと

 

 それは出来る。あいつ次第だが

 ……良いだろう!一回限り、賭けてみようじゃないか!

 

 「シロノワール!」 

 もしかしたら、万が一。あのカラスが本当に魔神王テネーブルだったら

 この、言葉はきっと無視されるだろう

 だがその叫びにおれの影の中のヤタガラスは応えた

 導く白い光が、空に現れたヤタガラスより発せられる

 それは強い発光。目眩ましにはなる光

 「……!?」

 フードを被ったニーラが固まり、カラドリウスの羽ばたきが不規則となり……

 「ライオウ、アァァァクッ!」

 ナラシンハの動きが止まった瞬間、機神の胸ライオンが吠える

 そこから放たれる緑の光と炎の輪が、四腕の巨漢を拘束し 

 『ゼーレ・システム レリック・バースト!タイム トゥ ジャッジメント!』

 「ボルカニック・クラッシュ!」

 拘束した男へと、燃え盛る炎を輪を取り込みながら、緑の残光を残して蒼き機神は駆ける

 そして……

 「はっ!あめえあめぇ、血より甘めぇっ!」

 男が拘束されたまま己を覆う大地の外殻で防御するのと同時、赤と緑の輝きを纏う槍が突きこまれる!

 

 「吠えろ!ラァイオォォォウッ!」

 『ガン!ガン!ガォォォオンッ!』

 大地を砕く槍は、その防壁にヒビを入れていく

 そして……

 

 「……忌み子!」

 「馬鹿!オルフェ!何をやって……」

 意識が逸れる

 正直な話、来られても困る。けれども、いてもたってもいられない気持ちは止められなくて

 黄金の光と共に、オルフェゴールドが駆け付ける

 それ自体は良い。オルフェゴールドだけならば、ネオサラブレッド種としてニュクス・トゥナロアによって操られた飛竜とくらい戦える

 だが、問題は置いてくるわけにもいかないとはいえその背にヴィルジニーが乗ったままということで……

 

 「……今か!」

 動きを止めた四天王の中でも別格に小さな影。己の本来の姿を隠す四天王ニーラを二角鬼の振るう3つにも見える一刃が両断したその隙に、おれと師匠の注視を外れた大きな翼が更なる風を纏う

 

 「精々勝手に、死合ってくれよ!」 

 今まさに防壁が破られようという刹那、片翼の風は解き放たれ……

 「転送っ!」

 風が、蒼き鬣を包み、消える

 

 そこには……防壁に突き刺さった槍以外、何も無かった

 

 「竪神!」

 死んだ訳ではない。何処かに飛ばされただけだ

 だが、何処に?そもそも、何のためにわざわざ彼等はそう長くは動けないだろう影の状態で集まってきた?

 これは、罠か?

 

 「もう一発行っとけ!お前らも!」

 迷う暇はない

 カラドリウスの瞳の見据える先は……おれではなく、駆け付けたヴィルジニーの方

 「ちっ!」

 それを受けて、おれも地を蹴る

 「アミュ!」

 今更呼んでも遅い

 だが、愛馬を呼んで……

 

 「あらあら、怖い顔しちゃってー

 色々と台無しじゃなーい。お姉さんと」

 立ちはだかろうと、いやからかいつつ精神をいじくりその足を止めようとする女魔神を

 「雪那!」

 淡雪のように軽く朧気な抜刀一閃。その一撃があったことすら理解できぬ幻の奥義でもって、一刀の元に斬り伏せる

 

 奥義、雪那。魂の器に溜め込まれ巡る魔力……マナを器から解き放ち、対象を斬る実体の無いマナの抜刀術

 実体に傷は付かないが、魂にダメージは行く

 余裕ぶった笑みを浮かべたままにぐらりと傾ぐ女魔神の体を無視しておれは駆け抜けて……

 「転送っ!」

 四天王は、ひっ!と動けないブロンドの少女の眼前でその風を解き放つ

 「っ!アナ!ヴィルジニー!アミュ!」

 ギリギリで、おれは風の範囲に飛び込んだ

 

 その瞬間、空間認識の連続性は途切れた



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転送、或いは再会

四天王襲撃から、少し後
 ボクは一人、離れた場所で一人の青年と会っていた

 「アルヴィナ様」
 そう呟く彼の名はアドラー・カラドリウス。昔はボクの兄だったテネーブル・ブランシュに従う四天王の一人
 ……の、影。ボクが死霊術で作った、封印された本体の他に用意した魂も肉体も仮初めな自由に操れる似姿。言ってしまえば、皇子の妹のゴーレムにそっくりなシステムで、ボクが完成後に弄れなくなるけど他人に使えるもの

 「……あにうえの指示?」
 あれはもう、お兄ちゃんじゃない。けど、兄でないモノになっていても。突然そう態度にしたら変だから、あにうえと呼ぶ
 けど、兄だなんて、思ってない。あんなの、亜似(あに)だ。外見が似てるだけ
 「真性異言(ゼノグラシア)どもが大きく動き出したってさ。なら、その力を計るために、この先厄介な敵になるはずの相手には精々試金石になって貰おうって話」
 「……それが、目的?」
 それで、ボクの前からあの眼を奪ったの?

 「実際、あの皇子は危険な技を使ったし、あの少年も何時かナラシンハを倒す力を得かねない
 ここで消えて貰うに越したことはないかなーって」
 「……何処に?」
 「エルフのところ。奴等が動いてるから、精々勝手に死合って貰って、力を計らせて貰う」
 そして、四天王はボクへと手を差し出す

 「帰りましょうアルヴィナ様
 テネーブルも待ってるぜ。ついでにアルヴィナ様の魔法であのクソ皇子の盗聴魔法併用して色々聞こうって」
 あのクソ皇子、アルヴィナ様に軽々しく……と
 亜似(あに)だけでなく、この四天王もあの明鏡止水の眼が嫌いみたいで

 「飛ばして」
 ボクは、そう呟く
 「アルヴィナ様?」
 ボクにも分かる。彼がかつてボクが盗聴している時に出会ったという真性異言(ゼノグラシア)の使っていたあがーとらーむ?が恐ろしい力を持つものだと
 そして、今四天王が、亜似がぶつけようとしている相手も、きっと似たようななにかを持っている。例えば、あのイライラさせる狐の言っていた『くろいかみさま』とか

 ボクの知らないところで、あの時みたいに、あの眼がなくなるのは嫌だ
 そんなの、耐えられない
 だからボクは言う
 「飛ばして、アドラー」
 「けど、テネーブルからは帰ってくるようにって」
 「ボクが直接見てきた方が良く分かる」

 大丈夫、とボクはくるっと一回転して全身を見せる
 「ボクの体も同じ。壊れても問題ない」
 「でも、相手は真性異言(ゼノグラシア)だ。何が起こるか……」
 その言葉に、ボクは大丈夫と何時も持っているナイフを抜いて、首に当てた
 「ボクも行く、アドラー。いざとなれば自殺して帰るから」
 「……けれど」
 「……ボクを、飛ばして」
 惚れた弱みは強い
 ボクの祖父に命を救われ、ボクを見守ってきて、婚約者にも立候補した彼は……静かに、ボクに転移をかけようとして
 「行き先が違う
 ボクも、エルフの森」

 今度こそ、ちゃんとした転移の風が、ボクを包んだ


「……っ!」

 嵐が晴れる

 

 そして……

 「ヴィルジニー!」

 おれは嵐の中で放り出されたのであろうブロンドの少女をその腕で受け止めた

 「おぐっ!」

 その上に落ちてくるのはオレンジの鬣を持つ馬、オルフェゴールド

 横でもう一頭は、アナをその背に乗せて着地した

 

 「って、酷いなオルフェ……」

 顔を蹄で踏まれかけて間に身を滑り込ませつつ、おれは愚痴り……

 そして、しっかりと立ち上がると周囲を見渡した

 

 「どうなってるんですの、これは」

 「皇子さま、何が起こったんですか?」

 口々に言ってくる少女に……おれは分からないと首を振る

 「……二人だけ?」

 「はい。アイリスさんは『やるべきことは、お兄ちゃんの手助けじゃなくお兄ちゃんの出来ないこと』って言って、四足で何処かに駆けていってしまったんです」

 「で、ボクは待つって馬鹿を言って、あの黒いのは降りたわ」

 と、二人の少女は残り2人が来なかった理由を語る

 そして……

 

 「ゼノ皇子。あとは……二人か」

 周囲の折れ焼け焦げたた木々の間から、青髪の少年が顔を出した

 「竪神。無事か」

 「何とかな」

 「ライ-オウは?」

 「見ての通りだ」

 と、根本から折れた木々を少年は指差した

 「地面に落ちたせいで、森林破壊してしまった」

 「いや、そうじゃなく……」

 と、そこで思い出す

 原作ゲームでもそうだが、機神には行動制限がある。ゲームではそれは大体の場合3ターン。それを過ぎると消えてしまうのだ。

 ゼルフィード・ノヴァや完成ライ-オウはステータスだけで言えば皇帝シグルド越えるしな、それがずっと使えるのはゲームバランスとして不味い

 ゲームでない話で言えば、エネルギーの切れた機神を元あった場所まで返し、そして修復するのは骨だ。その為、転送されてきた機神はエネルギー残量が減ると自動で呼ばれる前の場所に戻るようにという魔法が組み込まれているという形の設定だったか

 

 「戻ったのか」

 「ああ。致命的な破損をしないように、帰還機能を付けていたからな」

 「それにしても、此処は……」

 と、見回すも、広がるのは一部が焦げた森のみ。焦げ跡は、何というか雷が落ちたかのような……

 

 「分かるか、竪神?」

 「……無理だ」

 「ヴィルジニーは」

 「わたくしに聞かないでくださる?

 分かってたら言ってるなんて、貴方でも分かるでしょう?」

 頬を膨らませて当然のようにオルフェに跨がりつつ、少女はそう言った

 

 「アナ、君も」

 文句を言っても仕方ない。そもそも、この中では弱い二人の女の子が馬に乗るべきだろう

 だからおれは鼻を擦り付けてくるアミュの足を折らせ、その背に銀の少女を乗せてやる

 「皇子さまは」

 「おれと竪神の方が徒歩には慣れてるし」

 その間にも擦り付けるのを止めない白馬に、何かあるのかとおれは思い

 「アミュ、何か分かるのか?」

 と、問いかける

 

 馬は人より鼻が良い。何か匂いを感じたのかもしれない

 そう思ったおれの勘は……正しかったのだろう

 二頭の馬は、ネオサラブレッドの実力か折れた木々もある森の最中を軽快に駆けていく

 それを追い掛けるのは荒れ地仕様は無いからと自分の足で駆けるおれと頼勇

 そして……

 

 空を切って飛んでくる矢を切り払う

 「……何者!」

 ……見覚えないか、この矢?

 確か

 「……何だ、君達か」

 と、少し離れた木の間から顔を覗かせたのは、金髪の少年であった

 「ウィズ……と、ペコラ」

 少年の背後から見える巻き髪に付け加える

 何度か修業として撃って貰った豪奢な弓を握り、警戒した様子をおれの姿を見て解くエルフの少年と、その少年と居た羊の女の子が其処に居た

 

 「……ってことは、此処は……

 エルフの森か」

 「エルフの!?」

 弾かれたようにグラデーションの少女が、持ってきていた魔法を構える

 エルフが人間を下に見ているという話を知っているのだろう

 それを手で制しながら、おれは……

 

 「そうだ!七天の息吹!

 何か起きているのか、ウィズ!」

 四天王との戦いの最中に飛ばされたせいで頭から抜け落ちていた重大なことを思い出し、叫んだ

 

 「……やはり、ノア姉の言った通り、何か仕掛けてたのかな?」

 その言葉に、少年エルフは弓を構える

 「いや、万が一七天の息吹を使うことになったら、それは贈ったものでは解決できない何かが起きてたということ。それならば、何かしないとと思って使用が探知できるようになってた……だけだ

 それが不快に思われていたならば謝るよ

  でも、信じてくれ。おれは……おれ達はエルフと戦いたい訳じゃない」

 刀を抜かずに両手を上げて、おれは呟く

 

 「わたしも、でも、急に飛ばされちゃって……」

 と、横でフォローしながらアナ。ヴィルジニーは自分はちょっと高飛車なのを理解しているせいか、オルフェの上で静かにしている

 

 「……まあ、君だからね」

 と、エルフ少年は弓を下ろした

 「では、君達は……エルフに何かが起こったと思って駆け付けたのかな?」

 「それだったら格好付いたし、実際その気ではあったんだが……残念ながら違う

 おれ達は、太古の魔神の影によって、訳も分からずここに飛ばされてきた」

 「ええ、全くワケわかりませんの」

 「その際、私の使っていた武器が森林に傷を付けてしまった、すまない」

 と、素直に頼勇は少年へと頭を下げる

 後で知られるより先にという事だろう。律儀な話だ

 

 「ってことは、あの蒼い巨影は……」

 「恐らく、私のL.I.O.Hだ」

 「なら、仕方ないね。ライオに悪気はないようだし……」

 と、頷いて少年はそこで話を終わらせる

 

 「ただし、此処はエルフの森。其処に踏み入れた事は別問題だ」

 と、少年は背後の少女と共に三度弓を構える

 二頭の馬が……おいオルフェあくびをするな

 「君達には相応の裁きが必要だ。それがエルフの掟だからね」

 左右で色の違う目で、少年が此方を見る

 「皇子さま、わたしたち……」

 「大丈夫だよ、アナ

 ……分かった、従おう」

 「数日で、僕のこれから言う言葉を分かったのかい?」

 「何となく、な

 そもそもそのつもりで森に行く気だった」

 その言葉に、頼勇は私も同じだと続ける

 

 「……やはり、サルース兄さんは間違ってないね

 今、この森は大変な事態になっている。その解決に力を貸して貰うよ」

 

 「じゃあ、どんな問題が?」

 今問題に当たっているウィズ等の拠点だという場所に案内されながら、おれはそう問い掛ける

 

 四天王については、もうそこまで心配していない。雪那を振るった以上、ニーラとニュクスの2体は撃退できた筈だ

 そもそも、雪那の魂に作用する刃は、魂そのものが仮初めに作られたものであるゴーレム系列に対しては即死技である

 ゴーレムや普通のアンデッドは産み出されたその時に魂の器が仮に作られ変わることはない。一切変わらなくて良いからこそ器は弱く、魂に作用する効果に弱いのだ

 故に、雪那で斬れば大体の場合即死する。まあ、所詮ゴーレムやアンデッドなんて幾らでも作り直せるが、四天王は別だ

 魔神が仮に動かせる肉体。恐らくは死霊術で作られたものだとは思うが、即刻次のものを用意するのは難しいだろう。暫くは出てこない

 

 そして、1vs2、それも土の防壁に槍が突き刺さっていたからナラシンハ側は恐らく大きな傷を負っているだろう。それなら、もう師匠に負けはない

 心配すべきは……

 

 そう思った瞬間

 「……どこ、此処?」

 おれの前に、一人の少女が降ってきた

 「……アルヴィナ?」




雪那月華閃(せつなげっかせん)
種別:攻撃奥義
使用者:"屍天皇"ゼノ
    "双角の刀鬼"グゥイ

使用条件:武器種が刀である武器を使用して、《抜刀術》と名のつくスキルが発動する場合の戦闘時に、1マップに2回まで使用可能
効果:戦闘中自身のレベルが10高いものとして扱い(ステータスもレベルによる成長分上昇し、レベル、ステータス共に上限値突破)、1回目の攻撃力に+自身の総合レベルした2回連続攻撃を行う。この攻撃の必殺率をマイナス50し、この攻撃に対しては【防御】【魔防】の代わりに【総合レベル】を用いてダメージ計算し、行動終了後にお互いに【レベル減衰】を+2する

【レベル減衰n】:器に傷が入り、出力が低下した状態を現すステータス。自身のレベルがn、ステータスが成長率上の最大上昇値×nだけ低いものとして扱われる。この効果は良い効果でも悪い効果でもなく、回復出来ず、マップ終了後(ゆっくり休息を取った後)に自動消滅する


雪那
種別:攻撃奥義
派生先:雪那月華閃、雪那晶失
雪那月華閃の元となる基礎奥義。最初の1回目の攻撃のみ自身のレベルが5高いものとして扱い攻撃力を+【総合レベル】×1/2し、【総合レベル】でダメージ計算を行う攻撃を行う。この攻撃時に必殺は発動せず、行動終了後に自身に【レベル減衰】+2、相手に【レベル減衰】+1


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襲撃、或いは雷

「アルヴィナちゃん!?」

 驚愕する銀の少女の横で、おれは落ちてきた少女を抱き止めた

 

 うん。アルヴィナだな。ちょっと冷たい体温、似合わない男物のぶかぶか帽子、すんすんとおれの匂いを嗅ぐマイペースさ

 全てがリリーナ・アルヴィナだ。ところでアルヴィナ?良くやってるけどおれってそんなに臭いのか?

 返り血は割と浴びたし、左腕が生ソーセージになったこともあるけど、今はそこまで酷い匂いじゃなくないか?

 あとオルフェはアルヴィナの横で匂いを嗅ぐのを止めろ

 

 まあ良いか、と……少しの不自然さと共にかなり後から飛ばされてきた少女を愛馬アミュグダレーオークスの背にひょいと腰の辺りを持ち上げて乗せる

 ……アルヴィナ。スカートの下で伸ばしてるからか下着と尻尾見えてるぞ。隠せ

 

 何となくあるんだろうなーと思っていた尻尾だが、やっぱりあったらしい。何時もは多分、腰に巻き付けて隠しているんだろう。粗末な割にスカート丈は長い服を良く履いていたしな

 って今見せて良いのかよと思うが、逆に、それがアルヴィナからのメッセージな気がして

 おれは気にせずにアナが行儀良く座る横にすとんと少女の体を置いた

 

 アルヴィナがもしも魔神ならば。テネーブルの妹だという変な少年の言葉が真実ならば。幾らでもおれを殺せた。だから信じてる

 そもそも、『勝手に死合え』と四天王がおれ達を此処に送り込んだのだ。アルヴィナがもしもカラドリウスの言葉通りの存在ならば、どうしてこんな怪しいタイミングで魔神王(しゅくん)の大事だろう妹を、彼がどんなルートを辿っても絶対に直接戦場に出させなかったほどに死なせたくなかったろう妹を、おれたちと何者かをぶつけ合わせる策謀のまっ只中に送り込むような裏切りをするだろう

 特にアルヴィナは自分の耳を狼耳だと言っていた。狼で魔神といえば、帝祖が討ち滅ぼした太陽を食らおうとした四天王スコール・ニクス。若き四天王アドラー・カラドリウスは特に彼を慕っていたようだと聖女伝説に吟われている死した元四天王の……孫娘になるのか姪なのかとかは分からないが、そんな存在を危険に晒させる転送なんてしてくる筈がない

 あれが、あの大翼の魔神が、本当にゲームでも出てきた四天王アドラー・カラドリウスならば間違いなくしないと思う。あるとしたら、アルヴィナが四天王に裏切られておれ達と一緒に死ねとされた時くらいか

 だから良い。おれは友達(アルヴィナ)を信じる。それだけだ

 

 「すまない。もう一人、友人が飛ばされていたようだ」

 「そ、そうですよね?」

 ちょっと困惑気味のアナ

 露骨に大丈夫なのか?と疑いの視線で訴えてくる頼勇におれは信じてると無言で返す

 

 「いえおかしいでしょう忌み子

 何で三度目がこんなに遅いのよ」

 「いや、私が飛ばされてからそれなりに時間が経って皆が飛ばされてきた。ものによってタイムラグはあるのかもしれない」

 と、おれの意志を汲んでか怪しいという目は止めないながらも、頼勇はフォローに回ってくれた

 

 「君達は本当に飽きさせないね

 さて、そろそろ……」

 と、エルフの少年が先導の歩みを止める

 同時、おれもその強大な気配に気がついた

 

 焦げ臭い香りがする

 そもそも、機神ライ-オウが落ちてきたとして、木々が折れるのは兎も角、どうして焼け焦げるようなことがあるだろう。あの機神はゼルフィード・ノヴァではない。ゼル・フェニックス等の炎を纏う技は無いから、木が焼け焦げる程の温度にはならないはずなのだ

 では、当然ながら木を焦がしたのは別に居て……

 

 「……え?」

 「いっ!?」

 おれが呆けるのと同時、馬上でブロンドの少女が息を呑んだ

 「オルフェ!アミュ!走れ!」

 叫びと共に刀を抜き放ち、牽制に構える

 返り血にまみれ赤黒く染まった白い甲殻と毛

 鹿のような魔物を噛み砕いて咥えた口からは赤黒い瘴気が漏れ、青い眼を血走らせ、蒼かったはずの一角は禍々しい真っ赤に輝いている

 だが、それでも……見覚えのある姿。一年前にも、それ以前にも、世話になった誇り高き幻獣

 

 即ち、天狼

 

 「て、天狼!?」

 何だ、あの姿は!?

 「あれだよ、人間の皇子

 あれが……僕達を襲った災いだ」

 少し沈んだ声で、おれと同じくあの狼の本来の姿を知るエルフの少年が呟く

 おれの眼前で、天狼が吠えた

 その口から赤黒い瘴気を撒き散らし、威圧的ながらも気品のあった前のようなものではなく歪んだ心をざわつかせるような音で

 

 青い(・・)雷をその身に纏い、血走った狼眼が此方を睨み付ける

 「アミュ、何やってる!」

 だというのに、危険を察知して即座に背の少女と共に駆け出したオルフェゴールドとは異なり、もう一頭の愛馬は二人の少女を背に乗せて歩みを止めたまま

 何時仕掛けてくるか、おれは天狼を睨みつつ、怒声をあげて

 

 「ダメです、皇子さま!」

 その肩を、アナに掴まれる

 「皇子さまも逃げましょう!」

 「いや、おれは残る。誰かが天狼の足を止めなきゃいけない。一番無視できなくて、一番生存出来うるのはおれだ」

 それは、当然の判断のはずだった

 機神ライ-オウの次にこの場でステータスが高いのはおれだ。おれが残って止めるのが生き残れる可能性が高い

 天狼が攻めてこないのは此方が背を向けていないから。だから、理性でまだだまだ早いと待っているのだろう

 全員で背を向けられない。ならばおれがやる

 

 それなのに

 「ぜったい、絶対だめですっ!」 

 少女は譲らない

 「アナ!おれがやるのが」

 「嫌ですっ!

 皇子さま!皇子さまは確かに強いかもしれないです、でも、でもっ!

 怪我を治す魔法が効かないんです!わたしじゃ……誰にも治せないんですよっ……

 あの赤黒い煙が怖いもので、変な病気とか、呪いとかっ!かかっちゃったら」

 「掛かるよ」

 と、横からエルフの少年が補足した

 「ならっ!なおさらです

 他の人と違って魔法で治せないんです!他の人なら治るかもしれないものが治らなくて、どうしようもなくて、苦しんで死んじゃうんですっ!

 だから、だからっ!止めて……ください」

 それは、涙声の悲痛な叫び

 理屈を無視し、皆で生き残る可能性を減らし、それでもおれの安全の優先順位を繰り上げた言葉

 ……心配されているのは、正直嫌な気分じゃない

 だけど、少女にそれを言わせた自分が情けない。それを言われるような弱さが恥ずかしい。そして……到底、聞き入れて良い言葉じゃない

 皇子が護るべき民に護られてどうする

 

 「ゼノ皇子。此処は、私と父と、L.I.O.Hが受け持つ!」

 少女に合わせて、青い少年はエンジンブレードを引き抜き、おれの横で構えた

 だが、おれには分かる。嘘だ

 ゲームでは1マップ1回しか機神は呼べない。それは残存エネルギーの問題ということに設定上なっているし、実際問題その通り

 ならば、ついさっき呼んだライ-オウを今もう一度呼べるはずもない。それでも、嘘を付いてでも、代わりにやってくれるというのだ

 

 「分かったよ、アナ」

 狂乱の天狼に一旦背を向け、おれは駆け出す

 「行こう」

 「はいっ!」

 そんな心にもないおれの言葉にサイドテールの少女が安堵したように言うや、愛馬が走り出す

 

 それが走る速度まで達した、その瞬間

 おれは大地を思いっきり後ろに蹴って急制動。即座に反転して元の場所へと駆け出す

 幾らネオサラブレッドとはいえ、小回りまでは人間並ではない。おれを制止することは出来ない

 「あっ……」

 伸ばされる細く白い小さな指。それを行かせてあげてと抑える、アルヴィナの手

 幼馴染の少女の制止を振り切って、おれは天狼の元へ向かった

 

 「やはりというか、少し無謀が過ぎたか」

 『デンジャー!』

 「……ならば、打開の手でも思い付きたい所だなっ!」

 果たして

 やはりというか、何というか。ライ-オウ無き身では青雷を纏う天狼を止めきれるはずもない。青い雷を纏う前足にエンジンブレードごと地面に押さえ付けられた状態の頼勇が其所に居た

 爪を引っ込めた前足で少年を縫い付けている天狼に、おれは……

 「雪那(せつな)

 魂に届く刃を、その頭に振るう

 肉体に傷は無いが、魂の器に……HPにダメージは通る。天狼に対しても有効打にはなるはずだ

 それで倒せるわけではないし、倒す気も毛頭ないが……

 意識してか縫い付ける頼勇に気を取られていた天狼を、過たず実体の無い抜刀一閃は捉え

 『グルゥゥゥゥッ!』

 痛みにか、衝撃にか。叫ぼうと開かれかけた口をガチンと噛み合わせ、赤黒と青を纏う白狼は低い唸り声をあげる

 その足が緩み

 「竪神!」

 「エンジンバースト!」

 エンジンブレードに溜め込まれた魔力を大きく放出して振るい、少年は拘束を脱する

 そこに……

 「僕に応えよ、ガーンデーヴァ!」

 流星のように天から降ってくる一矢。ウィズによる遠くからの援護

 その光を纏う矢がおれ達と距離を取った赤黒く染まった一角を撃ち、今度こそ天狼は明後日の方向に瘴気を口から吐き出して苦悶の咆哮をあげ、やけに大袈裟に頭を振った

 

 「下がるぞ、竪神!」

 「ああ!」

 意識をはっきりさせようというように、ブンブンと頭を振る巨狼。今ならばおれ達を見ていない

 そう感じたおれは、これ以上の行動をせず、少年と共に幼馴染達が走り去った方向へと向かって駆け出した



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呪詛、或いは提案

「……天狼か」

 エルフの隠れ里だという場所で、おれは一息つくやそう切り出した

 

 「天狼。そして……」

 「星壊紋」

 その言葉を呟いたのは、褐色肌のエルフの男、サルース・ミュルクヴィズ

 「皇子さま、星壊紋って?」

 「アナ、星紋症は知ってるよな?」

 「はい、わたしがかかっちゃった……」

 「そいつは昔一人の男が作った人工の呪いなんだけど。その呪いのモチーフとして、原型として使われたのが……星壊紋」

 「太古の魔神が使った世界を壊す呪い」

 と、アルヴィナ

 そう。星壊紋とは、四天王スコール・ニクスが使ったとされる呪いである

 

 「星紋症の更に危険なものと思えば良いよ、アナ」

 と、おれはエルフの隠れ家を見る

 元々は咎だ何だとエルフの里を追われたサルースが一人で暮らしていたというその隠れ家は今閉鎖されていた

 一人の少女の存在によって

 

 「治せないんですか?ほら、似たものだっていうなら星紋症と同じで」

 「……ノア姉達がやったよ。余った魔法書を使ってみて、それで無理だった

 だから、僕だけはって僕に七天の息吹を使ったんだ」

 「それにおれが気が付いたのか」

 「そうだね。そして、ノア姉はあそこで倒れた

 僕からの星壊紋でね」

 悔しそうに、少年は唇を噛む

 

 「僕が、瘴気を放つ遺体を見つけた時にもう少し警戒していれば、話は違ったのかな」

 「……さあな」

 おれには何も言えない。だからただ、そう返した

 

 「……そもそもの始まりはなんだったんだ」

 と、周囲を警戒している頼勇が尋ねる

 といっても、警戒先は天狼ではない。あいつは多分おれたちの逃げた方向に追ってこないだろう

 

 「……僕はある日、ズタズタになった魔物と、その横で事切れているエルフを見付けたんだ」

 と、エルフ少年は語る

 「いったい誰が。それを知りたくて、僕は遺体に近付いて……

 そして、その遺体に残る瘴気を浴びた。恐らくその時だね、僕が星壊紋に掛かったのは」

 唇を噛んだまま、少年は続ける

 「けれど、怖いのは星壊紋。最初は全く自覚がない。僕は、瘴気が出てるということは危険なものなんだとその場を離れ、皆に報告しようと里に戻ってしまった

 ……言われて初めて、僕は自分の眼に赤い星の紋章が……呪いが浮かんでいることを教えられた

 でもね、指摘されても、瞳がしっかり見える範囲まで近付いた時点で遅かったんだ」

 「治そうとは?」

 「当然、聞いたノア姉がしたよ

 ……でも、治せなかった。星紋症は簡略化されたものだからだろうね。なにか一つ足りなくて、あれの治療魔法は効きそうで効かなかった

 そのうちに、次々と皆が瘴気を上げて倒れ始めた。ノア姉は少し迷った様子で七天の息吹を僕に唱えて、そして……」

 

 「……それで、今か」

 「どうにかならないかとノア姉を連れて相談に走る最中、僕はあの狂乱した狼を見た

 そして、あああれが元凶なんだと知ったけれど……」

 悔しげに、少年は弓を握り締める

 「そんな存在だと、もっと早くに」

 「ウィズ、元凶は別に居る」

 そんなエルフの少年に向けて、おれは首を振る

 

 「違うというのかい?」

 「間違いなく違う。何者かは知らないが、元凶は間違いなく居る」

 言うべきか一瞬悩み

 「真性異言(ゼノグラシア)だろう何者か。それが、アナ……」

 と、おれはまだ紹介とかしてなかったなと思い、目線を愛馬達に向けた

 「あっちの銀髪の方の子な。アナ達に向けてやエルフ達に向けて星紋症を撒き、そして今星壊紋を使って、星紋症では果たせなかったエルフの殲滅を果たそうとする何者かが」

 実際には違うのかもしれない

 けれどもだ。あの星紋症をエッケハルトがやったとも思えない。昔はどうせあいつだろうと思っていたが、今はそこまで性根が腐ってる気もしない

 それに、あいつアナの事好きなのは分かってるしな。助けて好かれたいのはまあ良いとして、その為のマッチポンプとはいえ、星紋症なんて一歩間違えば死ぬような呪い使うか普通

 ならば、元凶は……誰か他に居る

 

 何でアナを狙ったのかは分からない。アルヴィナを狙ったあいつは、多分リリーナを消したかったんだろうが

 いずれ、あの桃色も襲われるかもしれない。そして……エルフに居るらしいリリーナも、恐らく今狙われている

 なら、アナは……小説でアルカ何とかって姓がついたらしいもう一人の聖女?

 ってんな訳無いな。あったらエッケハルトが多分言ってる

 その方が対策とか立てやすいしな

 

 「悪いが、おれも元凶が誰かは知らない

 けれども、奴等がそういった存在で、知っている未来をねじ曲げるために色々とやらかしているのは知っている」

 と、おれは横で聞いていた少女を呼ぶ

 

 「一年半ほど前の聖夜に、アルヴィナも襲われた」

 こくん、と少女は頷く

 「ボクの時は、直接神器を持って乗り込んできた」

 「じゃあ今回も……」

 「いや、多分担当が違うんだろう」

 ユーゴ、アステールを拐いユーゴに引き渡した『くろいかみさま』の使い手、それと同一人物か分からないがAGX使いのシャーフヴォル・ガルゲニア、そして、刹月花の使い手の少年

 そのうちどこまでが繋がっているのかは不明。だが、最低限二人繋がっていることは確かで

 ならば、呪いを転生特典だか何だかで持ち込んだ何者かも居るのだろう

 

 「それに、ボクを変な呼び方してた」

 「ああ、そういえばおれをしてんのうだの、アルヴィナを魔神王の妹、屍の皇女だの呼んでたな

 恐らく、相手は魔神だから直接行くしかないと思ったんだろうな」

 その割に、あいつ強くなかったが何でだ?

 AGX-ANC14Bアガートラームと呼ばれたあの巨大兵器なら、問答無用でアルヴィナを殺せたろうに

 

 というところで気が付く

 そうか、影か。アルヴィナが本当に魔神なら、今居るアルヴィナは本体の影みたいなもの。殺しても手の内を晒すだけだ

 

 「……あれは違うと?」

 「そもそもさ、元凶ならおれたち死んでるよ」

 と、おれは少年に言った

 その言葉に、横で頼勇も頷く。やはり、戦ってみて分かったのだろう

 

 「竪神、体調は?」

 「ずっと口を閉ざして唸られていたが、瘴気は浴びていない」

 「って事だ。おれが竪神の救援に入ったとき、おれに向けて瘴気が掛からないように開けかけた口を閉ざした

 そもそも、天狼と過ごしてて気が付かなかったか?」 

 「何が?」

 「時折おれと戦ってくれた時、ずっと青い雷纏ってただろ?」

 「確かにそうだけど、天狼は雷を纏って戦う種」

 「……あれ、手加減なんだよ。身体機能を麻痺させたりする弱体、制圧のための青い雷を纏って、おれにスペック合わせてくれてたんだ」

 赤雷は火力、青雷は妨害、桜雷は活性である。金は見てないので知らないが、少なくともおれが出会った天狼はそう3色の雷を使い分けていた

 

 「此方を襲う時だって、わざわざ待ってくれてたろう?

 目の前の何かに襲いかからずにはいられない。そんな中で必死に自分を抑えてる

 ……だからさ、今も来ないんだ

 本来の天狼のテリトリーの広さを考えたら、とっくの昔に此処を嗅ぎ付けてる筈なのにさ」

 

 「……視野が狭くなっていたようだね」

 暫くして、頭を振って少年エルフは呟いた

 「言われてみればそうだ。ノア姉達がって、大局を把握できていなかったよ

 さて。それらが分かったとして、じゃあどうすれば良いんだい?」

 誰も何も言わない

 

 状況が分かっても打開策とか現状特に無いからな

 「……あ」

 と、手を上げたのは黒髪の少女アルヴィナ

 「ボクの魔法は、影属性。特に霊が強い」

 「それで?」

 「話で読んだ呪いの大元はむり。でも……

 星紋症は死に引きずり込む死霊魔法の呪い。ボクなら……一歩違うくらいの感染者なら、治せるかも」

 だが、おれはそれに首を振る

 「ダメだ、アルヴィナ。治せなかった時に危険だ」

 多分だが、魔神なら瘴気で呪いになったりしないだろう。だが、アルヴィナを信じている以上、もしも敵なら想定なんて出来る筈がない

 

 と、少女は不思議そうにおれを見る

 「なんで?」

 と

 

 「キミは命を張るのに、ボクは危険だとダメなの?」

 「おれは皇子だ。命懸けて民の盾をやるのが役目なんだよ。でも、アルヴィナは違うだろ」

 「違わない

 ボクとキミはトモダチだから」




ヒロインでもそうでなくても、今回の話での役目は変わりません
以降の話でちょくちょく顔を出すか否かの差です  

因みに妹のウィズはメインキャラなのでヒロインではありませんが顔を出します


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ノア、或いは民の盾

「歯がゆいな、竪神……」

 結局アルヴィナに丸め込まれたおれは、隠れ家である岩を動かして開閉できる洞穴の外で爪を噛んだ

 

 おれが命懸けなのに?にたいしては皇子だからという言葉しか返せない。だって、他に立派な理由とか無いからなおれ

 それをどうこうされては、おれに止める方法は情に訴えるしかなくて

 アナにまで、瘴気を吐く天狼に向かっていったと責められては、情の面でも負け

 おれ的には天狼は己を抑えようとしているから勝算は十分にあったんだが、危険にはかわりないです!と涙目されたら、もうおれには何も返せなかった

 

 お手上げだが、それでも治せるか不確定のところに行かせるのはという悩みに対して答えが出なかったところで、暫くなら瘴気を閉じ込めるフィールドを張れると頼勇に言われ、そして今に至る

 ってか頼勇、本当に便利屋かお前。原作ではそこまで深く掘られてなかった日常関係に気が利きすぎだろう

 「直接何も出来ないのは、厳しいところだな……

 まあ、私達には待つことしか出来ない。魔法の使えない私達には、な」

 と、達観したように左手の父である白石を輝かせて瘴気を抑えるフィールドを外から張り続けている少年は返した

 

 「……アナ、アルヴィナ。頑張ってくれよ」

 と、何も出来ないおれは周囲を警戒しつつ呟く

 星紋症は影/火属性の呪いの魔法。その治療魔法を唱えるには、その反対である天/水、そして中和材の……今回使う魔法書では土属性の3つの属性が必要だ

 作るのには影/火も要るが、唱えるのには要らない

 アルヴィナ曰く、星壊紋の場合はそこに影の力、特に霊属性とか言われたりする派生が強く発現する呪いだから、別属性で中和する前に同属性で根深く絡まった呪いを解いてあげないと治せないと言っていたので、必要なのは影/天/水/土の4属性だな

 当然一人最大3つしか無い筈の魔法適性から考えて一人で唱えられる魔法ではない

 だから水鏡などの水魔法を得意とするアナ、ボクは天使えるけど霊属性で忙しいと天属性枠を投げられたヴィルジニー、そして天/土だというウィズの三人もアルヴィナに連れていかれたのである

 作られた魔法書に無い部分を後から弄るアルヴィナ以外は魔法書を唱えるだけと言われればそうなんだが、それでも何も出来ないおれは不安で

 

 けれども何も出来ずに待つしかない

 

 天狼が来る気配はない。当然だ、寧ろこうしてフィールドを張って此処に居るぞ!とばかりにアピールしてるのだ。近付いたら血に飢えた血走った眼で襲いかからずにはいられないだろうから絶対に近付いてこないだろう

 そこは安全。天狼の理性がちょっとでも残っているうちは、移動しなければ遭遇を考えなくて良い

 問題は、元凶だ。それが誰なのかは分からない

 多分だが、ユーゴでもシャーフヴォルでもあの少年でも無い誰か。父が言っていたのはそれにリリーナ(ピンク)、エッケハルト、おれ。ヒントは特にない

 使えそうな奴と言えば一人知っているが、彼は……攻略対象の一人で、おれが呪いの実験動物(モルモットくん)になってくれという冒険者ギルドの指名依頼で会いに行った時は特に怪しいところは無し。彼はシルヴェール兄と並ぶ教員の攻略対象枠そのままだろう。単純に偏屈泥臭研究バカだ

 

 つまり、誰とも知らぬ敵が居る。その先は分からなくて

 だが、流石に即座に動いてくることはなく

 「……おわった」

 ひょいっと、やつれた顔のアルヴィナが顔を覗かせた

 「……お疲れ、良く頑張ってくれたな」

 ふらっとおれの手の中に倒れ込んでくる少女を抱き止めて、おれはその軽くて小さな体を抱えながら洞窟の中に入る

 

 簡素な木のベッドに横たえられた、一度見たエルフの少女ノア、その枕元でベッドに頭を乗せている弟少年ウィズ

 「つ、つかれました……」

 と、洞窟の床にへたりこむアナ、そして……

 こんな場所に、と震える足で何とか立っているヴィルジニー

 「アミュ!」

 と、おれは愛馬を呼ぶと、その背の荷物から外で座ることがあればと思い持ってきたカーペットのようなシートを外し、少女ヴィルジニーの背後に広げた

  

 「……ちょっとはマシね」

 と、ブロンドの少女はそこに倒れ込む。ふわりとスカートが翻るが、それは見ない方向で

 その横に疲れた……と首筋に手を絡めてくるアルヴィナを置いて、おれはへたりこむ少女に手を伸ばす

 「立てる、アナ?」

 「……ちょっと、こうしてたいです……」

 「床に直接はあんまり良くないだろ?」

 と、少女もしっかりと手を引いてカーペットに誘導してやって

 ……狭いな。二人寝っ転がって3人で使うのは想定してなかったからな……もう少し大きいの持ってくるべきだった

 

 「……どうだった、アルヴィナ」

 「治療は、できる

 でも……疲れる」

 と、ぽつりと少女は言って、寝息を立て始める

 ……一回でこれか。エルフの数は、ノア姫から聞いた限り240名。一人惨殺されていたらしいがそれでもそう変わらない筈だ

 そして、星壊紋の致死率は100%。星紋症でも治療しないと100%だから当然だな

 発症してから死ぬまでの時間は……大体早くて丸1日経った頃で遅くて3日っていうのが星紋症だが、それより早いことはあれ遅いことはないだろう

 エルフが恨み言を送ってこなかったということは前回死人は出てない筈で、エルフは女神に祝福されているから進行が遅く猶予は長いと仮定しても8日(一週間)は間違いなく持たないと見て良い

 

 じゃあ、アルヴィナ達なら治せるからって治していって間に合うか?そんな筈無い

 一回の治療で疲れて寝てしまうくらいの労働をこの子に無理矢理させ続けても、30人助けられれば良い方だ

 どうにかして連絡を取って星紋症の治療が出来る人達を連れてきてもらっても、アルヴィナと同じことが出来るのはそう居ないだろうし作業効率とか変わらないだろう

 

 これでは、解決ではない。こんなもの、場当たり的な対処だ

 

 じゃあ、どうする?

 どうすれば良い?おれは何が出来る?何をすれば良い?

 どうすれば、おれは……誰かを助ける役に立てる?

 分からない。とりあえず分かることは一つ。あの時、おれがエルフ側が何か緊急だからと一人で駆け付けても何一つ意味がなかったということだけ

 怪我の功名というか、竪神もアルヴィナもアナもあの四天王が纏めて潰しあえと此処に飛ばしていなければ、ノア姫一人救えなかったって事だろうこれ

 こんなこと言うのは可笑(おか)しいが、四天王には感謝しなければならない。情けないが、おれ一人では何も出来なかった

 

 そんな風に悩んでいると……

 目が、合った

 此方を見る、澄んだ眼と

 

 ノア・ミュルクヴィズだ。目を覚ましたのだろう少女が、おれをキッ!と横になったまま睨んでいた

 「ノア姫?お久し振りで」

 流石にいくらおれでも、そこで睨まれる謂れはない。無いはずだ

 だから肩を竦めて挨拶をしようとして

 

 「満足?」

 と、そう呟かれる声を聞いた

 「満足とは?」

 というか、これ……ティリス公用語だ。前回は全く通じなかったのに

 

 「何のためか知らないけれど、これで満足したの?」

 「いや、まだだ」

 ……ってか、何が満足なのだろう

  

 「これ以上何が欲しいと言うの」

 「まだ、事件が解決していないのに、満足も何もない」

 「アナタでしょう?すべての元凶は

 どんな仕掛けだったか知らないけれど、七天の息吹を使わせるためにこんなことをして」

 してない

 「ええ。仕掛けも構わず使ったわ。これで満足したかしら?」

 「仕掛けていたことはすまないが、単なる使ったことを知れるだけのものだ」

 「恩を着せるために?」

 と、此方を睨むエルフの少女

 あまりにあんまりな言いように、逆にアナすらも何て言い返すべきか戸惑ってるなこれ

 「いや、使わなきゃいけないような何かが起きたときに助けに行けるように」

  

 けれども、ノア姫の勘違いは絶好調

 「そんな嘘は良いわよ、灰かぶりの悪魔(サンドリヨン)

 全てはアナタがエルフをそのきたない手に収めるためにした策ということは分かるもの

 何処の世界に、単なる善意であんなものをおまけとして付ける者が居るというの?」

 「此処」

 いや、真面目に何でこんなに疑われてんだろうなおれ

 「バカバカしい

 認めなさい。エルフが欲しかっただけだと

 このワタシがアナタの罠に引っ掛かってあげたのだから、それで満足して他の者に手出しはもう止めることね」

 

 ……あのー、ウィズ?

 これ本当にティリス公用語だよな?話通じないんだけど

 

 「罠でも何でもないよ」

 「じゃあアナタは、こう言うのかしら?

 己の国の貴族を洗脳し大金を奪おうとした盗人に、盗ろうとした品どころかそれ以上の財宝を付けて渡した、と

 アナタの存在が冗談ならば信じるわよ」

 「そうだが?」 

 言ってて何だが、アレだな。おれなりに線引きした結果なんだけど、端から見たら気が狂ってる感がある

 

 ヴィルジニーとノア姫が何か心底呆れた目で見てくるが、事実だから否定しようが無い

 「良くもまあぬけぬけと

 何故盗人に銭を渡すの?」

 「大切な何かの為に、犯罪に手を染めなきゃいけなくなった国民が居るならば

 皇族の役目とは、その相手を捕らえて罪を裁くことじゃない。そこまで追い詰められた原因を取り除いてやることだ

 それが、民の盾であるという事だろう」




ノア語全文意訳「こんな都合良いとか有り得ないんですけお!裏あるに決まってるんですけお!」


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光明、或いは灰かぶりの悪魔(サンドリヨン)

灰かぶりの悪魔(サンドリヨン)

 と、エルフの少女はキッ!と此方を睨み付ける

 

 ところでさ、サンドリヨンって何?

 「サンドリヨンって何か分かる?」

 と、周囲に振ってみるも、特に返答はない

 

 「人の書いた下らない物語で読んだわ。アナタのような人の事を、そう呼ぶのでしょう?」

 「いや、誰なんだ?」

 と、おれの疑問に答える声があった

 

 「シンデレラ」

 その声の主は、眠そうに眼を擦りながら、此方を見ていた

 「アルヴィナ、起きて大丈夫か?」

 「煩くて寝られない」

 「……悪い」

 確かにそうだとおれは頷く

 「オルフェ、背に乗せてちょっと離れていてやってくれ」

 アステールは去年朝日を見に行った時に背中で眠っていたしと思い、愛馬を呼ぶも……

 「良い。また寝るのめんどう」

 と、にべもなく断られ

 

 「それにしても、灰かぶり姫(シンデレラ)か。言われてみれば」

 昔の真性異言(ゼノグラシア)の過去の名作を別世界で自分オリジナルとして提供シリーズの一作だ

 魔法が一般的な世界で何で魔法使いが一人しか居ないんだとか言われてた覚えがある

 

 「ええ、無害な振り、無垢なフリ、それらをもって周囲を操り、最終的に自身は手を下さずに復讐を果たし全てを手にする魔眼の魔女。アナタはアレにそっくりよ、灰かぶりの悪魔(サンドリヨン)

 ってこれ、けっこうエグいって事だけ自慢げに話してるのを聞いた、童話原典?パターンじゃないか

 いや、アナから幸福の王子とかおれには過ぎた例えされたこともあるけど、何で灰かぶり扱いされてるんだおれ?

 

 助けてくれガイスト。お前の厨二台詞理解度が必要だ

 「……おれはお姫様になる側じゃないよ」

 「……どうだか」

 と、エルフの少女は一年半前後で完璧にマスターしたらしいティリス公用語で吐き捨てた

 

 「とりあえず。そんなにエルフを堕としたかったのなら良いわ。ワタシ一人が、罠にかかって堕ちてあげる

 認めて楽になりなさい、それで身に余る光栄でしょう?」

 と、目尻を上げたまま、少女は告げた

 ……ところで、何でこうなってるんだ?

 奴隷契約書とかあったからか?いやあれは効果無いものだしそもそも水溶してもう無いぞ?

 

 「いや、堕ちてどうするんだ?」

 と、ぽつりと頼勇が突っ込みを入れた

 ヴィルジニーは、付き合ってられないわとばかりに寝ている。寝られる辺り、おれが変なちょっかいをかけてくる心配はしていないのだろう。まあしないが

 「満足させてこの茶番を終わらせるのよ。当然でしょう?」

 これだから理解力の無い人間風情はとでも言いたげに、エルフの少女はその流れるような金の髪を揺らして答えた

 

 「それで解決するならやってるよ」

 と、おれは言って……結局最初に戻る

 即ち、この先どうすべきか。アルヴィナを酷使して少しの数だけでも救うか、それともその他の何かをやるべきか

 まずはノア姫が魔法書を使ったとウィズが言っていた以上、彼女も治療魔法は使えるのだろう。だが、それでローテーションして休めるのはアルヴィナ以外だ。肝心要が休めないから効率は変わらない

 

 「……本気で言ってるのかしら?」

 「おれは本気の事しか大体言わないよ」

 「さっきの言葉も正気だと?」

 その言葉に、少しだけおれは過去を探る

 

 死んだ親の残した借金のかたに親の形見を奪われそうになり傷害事件に発展した少年のために治療費と借金の金は払ったけど、それは違うな

 馬鹿がてめぇは助けてって言ったら見逃してくれんだろ?と自分の楽しみのために強盗しておいて図太い事言ってたから騎士団に突き出したのは、民の剣としての役目だから真逆の事だし

 一昨年親が病気でって少年がお前が遅かったから母は眼が見えなくなったんだって恨み言送ってきたから魔法かかった眼鏡送ったな。ってこれも無関係か

 体が弱くて臥せってる妹の心の為にとぬいぐるみの窃盗を考えてた奴はお前が捕まったら意味ないだろ買え!と先払いで給料渡して一ヶ月雇ったな。案外火の魔法の才能あったのでアナと一緒に料理させてたらそれなりに上手くなっていた。そのうち料理屋にでも就職できるだろう

 想定以上の働きだったとちょっと色付けておいた

 

 後は左耳が悪い幼馴染(金星始水)の事を思い出したから、何で忘れてたんだと生まれつき傷害のある子を治してやりたい親向けの基金を……設立しようとして金の問題で断念した

 おれの前世は左耳が悪くて苛められてた始水の存在等からそういった先天的な障害を治せる医者を志してたっぽいけど結局なれなかったし、この世界での医者は治癒の魔法の使い手と=なので今のおれは目指すことすら出来ない。だから基金だったのだが……

 国庫から引き出すだけの説得が出来ず、ならアステールから借りればと思ったけどおーじさまの為ならあげるけどおーじさま以外の人しか得しないからと返されてしまったからな

 正確にはステラノヨイチシステムで幾らでも貸すらしいが8日(ヨウカ)1倍(イチバイ)という地獄かよって利率は幾らおれでも躊躇する。借りなきゃ目の前の誰かを……せめて30人くらいを救えないというなら考えるけど

 

 うん、案外言い返せる事例がないな

 まあ、良いか

 

 と、そこで不意にアナが顔を上げる

 「アナ?どうした」

 「えっと、ちょっと待ってください……

 う、うーんと、ちょっと……」

 と、アミュグダレーオークスに積んであった水を少し器に張り、魔法書を手にして何かを始める

 水鏡か?でも、あれは遠ければ遠いほど力を使う。幼い少女に使わせるにはいかないと諦めてたんだが

 

 だが、少女は必死に魔法を唱えきり

 「お、皇子さま……出来ました」

 と、息を切らして此方を見上げた

 「ありがとうな、アナ」

 少女の頭を撫でてやりながら、おれは水面を覗き込む

 恐らくその先に居るのはアイリスか父シグルド、或いはおれの奴隷ということになっている一児の母になったコボルド種か

 そう思って水鏡を覗いたおれだが、其所に居たのはその誰でもなかった

 

 「アステール?」

 そう、此方を見返してきたのは、流星の魔眼を持つ赤と緑の瞳に、付け根だけ何度も削ぎ落とされた痕が白く残る大きな耳の狐娘。聖教国教皇の娘アステールであった

 「『おーじさま、元気?』」

 と、アナでは出来ない言葉のやりとりを魔法でやりながら、少女はそう問い掛けてくる

 「『ステラはねぇー、誕生日におとーさんが折角初めて小さなパーティしてくれたのにおーじさまが来てくれなくて元気ないよー』」

 と、そんな恨み言まで言ってくる始末である

 

 いやどうしろと?

 「いや、出席して帰れる気がしない」

 「『帰る必要あるのかなー?』」

 「帰らなきゃ父さんに殺される」

 実際には殺されないだろうが、そう言われて頷きそうになるのが彼の纏う雰囲気だ

 「おれには、帝国第七皇子であるって肩書きがなければ他にほぼ何にもないから

 その地位を捨てるわけにはいかない」

 一息付いて、水面の先の少女を見る

 

 「アステールちゃん」

 何度もつい忘れるちゃんも付けて、おれは言う

 「アナも疲れてるから無理させたくない

 君はのんびり話したいかもしれないけど、今回は手短に用件だけ言ってくれ」

 「『えー、折角のステラの誕生日なのにー』」

 「後で、おれが帰れたら君に対しておれが出来ることで埋め合わせる」

 「『でも、結婚はしてくれないよねー』」

 「おれに出来ることの範囲にないからな

 ……用件は?」

 急かすように、おれはアステールに催促した

 

 「『おーじさまに嫌われたくないし、仕方ないかなー

 おーじさま、今エルフのところに居るんだよね?』」

 「良く分かったな」 

 ……いや、分かるか

 「『そしてー、おこまりー』」

 「解決方法があるのか、アステールちゃん?」

 静かに周囲はおれと狐娘の話を聞いている。邪魔すればその分疲れた状態で水鏡を繋げているアナの負担になると分かっているのだろう

 

 「『これは龍姫さまからの神託なんだけどー

 エルフの里に、流水の腕輪ってものがあるんだってー』」

 と、その声におれは此方をじっと睨むエルフの少女を見る

 

 「ああ、その腕輪も目的だったの。強欲な事」

 どうやら本当にあるらしい

 あれか?アステールと組んで秘宝まで奪う気かって考えられてるのかこれ?

 そんなつもりはないんだが……

 

 アステールの耳がぴくりと動き、水鏡の先でその尻尾が軽く膨らむ

 「アステール、抑えてくれ」

 「『……おーじさまが言うなら』」

 と、少女は眼を一回閉じて気持ちをリセットしたのか、ノア姫に向けての発言を飲み込んで続ける

 「『おーじさま、呪いをどうやって解くかで悩んでるんだよねー?

 なら、その腕輪は擬似的に聖女の力を与えるものでー、それを使えば簡単に解除できるようになるよーって

 大丈夫、使える人はその中に居るんだって。ステラじゃないけどねー』」

 「……そんなものが」

 聖女の力か。確か、もう一人の聖女の固有スキルって回復魔法に万能のデバフ解消効果が付くって効果のあるスキルだっけか?

 

 ってことは、そのスキルが一時的に使えるとなれば、確かに解決になるだろう

 「有り難う、アステール。お陰で光明が見えたよ」

 「『えへへー、ステラ偉いでしょ?』」

 誉めて誉めてとやってくる狐娘に偉いよと返して、おれは瞳の焦点が合わなくなってきた目の前の少女にもう大丈夫と頷いた

 

 「御免なアナ、無理させて」

 「すみません、皇子さま……ちょっと、限界、で、す……」

 こてん、と落ちる頭を慌てて支えてやる

 少女にしては荒く浅い寝息。余程無理をしたのだろう

 当然だ。他国の特定地点まで映像を繋げるのだ。気軽にやってやれる奴は化け物だけ

 

 「……ノア姫、ウィズ

 すまないが、おれにはこれしか方法が分からない

 エルフの秘宝を使わせてくれないか」

 ほらやっぱりとばかり、エルフの少女が周囲を見た

 「強欲なこと

 でも仕方ないわ。そこまで追い込まれたワタシ達の負け、悔しいことにね

 ええ、使わせてあげるわ、本当に使えると思うのならばね」



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流水の腕輪、或いは少女の願い

「やっぱり、効かないか」

 張られる対瘴気フィールドを見て、おれは一人呟く

 

 アステールの活躍により、未来の展望は開けた

 だが、それはあくまでも、取りに行けてからだ。エルフの里の中にあるということは、里の中、つまり多くのエルフが倒れ瘴気を発するその最中を突っ切るということである

 あとは、天狼との遭遇確率は0ではないし、元凶と鉢合わせも有り得る

 

 特に元凶だな

 だから、取りに向かう際に瘴気を弾けるようにと思ったんだが……

 「私のこれは魔法ではない気がするんだが」

 「魔法扱いなんだろうな」

 と、男二人で仕方ないとぼやく

 

 悔しいことだが、魔法なものは仕方ない

 瘴気そのものは精神にも肉体にも異常をきたす害ある気体だ。精神部分は《鮮血の気迫》で防げるが、肉体的なものはどうしようもない

 仕方ないので、アナを背負い、少し離れて瘴気の様子を見ながら移動する

 

 「ボク、ここ」

 と、歩きだそうとしたおれの腕の中に、猫のように軽く収まるのはアルヴィナ

 「疲れた、歩くのやだ」

 と、アルヴィナらしくない文句を言ってくる。本気で疲れたのかどうなのかは分からないが

 何も出来ていないおれに出来ることならやろう。そう思ってその体を抱え上げて進む

 

 二頭の愛馬の背が空いていれば、それに乗せるのも考えはしたが、ついさっきまで病に伏せっていたエルフの少女を歩かせるわけにはいかず、オルフェの方はヴィルジニーが占領済みだった

 

 そんなこんなで、エルフの里へと向かう

 先導は同じくウィズ。森自体がエルフの地であるとしてあまり人間に知られておらず、下手したら迷いかねない其所をエルフの少年はひょいひょいと渡っていく

 割とすぐに、木々の間に隠されたその里が……あれ、何処だ?

 

 「ウィズ、其所にあるのか?」

 「あるよ」

 と、頷いてくる少年

 ……だが、見えない。しっかり隠されてるな。聖域魔法でも……張ってるんだろうなぁ

 

 「聖域か」

 「そう、聖域。アナタのような悪辣な人間を来させないための」

 と、その悪辣な人間の愛馬に乗せて貰いながら言うのはエルフのノア姫である

 警戒心、あるのかないのかどっちなんだこれ

 

 「竪神、あとは……」

 と、言おうとするも、きゅっと首に回された腕に力が入る

 アルヴィナが離れてくれないんだが?

 「……シロノワール!」

 仕方ないので、おれは今も影の中に居るだろうカラスを呼ぶ

 いや、居るよな?飛ばされてきてないなんてことは……

 

 影から問題なく三足のカラスが姿を現した

 「……アルヴィナのために、おれの為に。ヤタガラスの本領を見せてくれないか?」

 こつん、と小突かれる頭

 しかしカラスは仕方ないなとばかりに一声鳴いた

 

 「……何よ」

 「カラスかい?」

 「そう、ヤタガラス。導きの鳥。

 ノア姫、ウィズ、そして竪神。先に行くべき場所まで向かってくれ」

 おれは……と、空に羽ばたくシロノワールを見上げて呟いた

 「大丈夫、場所さえシロノワールに分かれば、瘴気を浴びない安全なルートを先導できる筈だ」

 

  どうしようもないっぽい範囲を目を閉じ、息を止めて駆け抜けて辿り着いたのは、里の中の……何の変哲もない家であった

 「ここ、なのか?そうは見えないが」

 「……ここの地下よ」 

 と、此方を睨みつつ、エルフは吐き捨てる

 「人間は下等だから宝物庫とか言って重要なものをそれと分かる場所にまとめるのだったかしら?」

 

 ……滅茶苦茶バカにされてるが、怒って良いか?

 「ワタシはそうではないの。それと知られない場所に、分けて置いておくの」

 「逆に、大っぴらに護れないから奪いやすいってのはあるかもしれないがな」

 と、ちょっとだけ言い返す

 

 というか、本気で大事なものは金とかだし、顕示するにも固めるのは問題なくないか?

 真面目に奪われては不味いものとなれば神器とかだけど、あれは特に第一世代なんて稀代の怪盗でも盗めないというか、それこそ持っていけるならご自由にどうぞと見張りもつけずに誰でも入れる家に放置してても、神器に選ばれたただ一人以外の誰にも盗れない。警戒するだけ無駄だ

 

 「助かったよ、シロノワール」

 影に消えていくカラスにそう声をかけて、おれは小屋へと入り……

 「駄目だよ」

 と、エルフ少年に止められる

 

 「此処は、ノア姉の一人きりの時にしか開けられないように、魔法がかかってるんだ」

 「防犯しっかりしてるな」

 あれか。森長の娘で、長男が咎ったから管理者はノア姫という事か

 ふと、腕輪があれば直ぐに治せるならアルヴィナに疲れる事をさせる程の意味はあったのかと思ったんだが、必要だったんだな

 

 暫くして、憮然とした表情で顔を覗かせたノア姫に先導され、小屋に足を踏み入れる

 「……有り難う、ノア姫。おれ達を信じてくれて」

 「信じてないわ、灰かぶりの悪魔(サンドリヨン)

 仕方ないから、被害を広げられないように、ワタシの持ち物の範囲でアナタに貢がされているだけよ」

 表情を変えず、少女は返す

 「でも、そもそも無いわと言い張れば良かった。なのに案内してくれた」

 

 そう。ぶっちゃけ、今はないわされたら信じるしかないからな、おれ

 アステールがこの切羽詰まった状況で嘘を言うとは思えないが、だからといって無いと言い張られたのを嘘とする事も出来ない

 

 ぷいっと背けられる顔。何がいけないのだろう。おれには良く分からない

 ただ、開かれた地下への通路(ちなみにそこの空間だけ消えている感じで、扉などは特に見えない)への梯子を……

 両手がアルヴィナで塞がってるから降りられる筈もなく、軽く地を蹴って飛び降りる

 

 数秒の浮遊と、とんっと軽い感覚

 大体意識的には4階くらいから飛び降りたって感じだな

 その衝撃が響いたのか、背の少女の腕が強ばり

 

 「起きた、アナ?」

 「は、はい……」

 まだ疲れ気味の少女を下ろして、おれは周囲を見回し……

 「そんなに覗きたいのね、最低」

 と、後から降りてくるエルフに愚痴られる

 ……そういえば、見上げればスカートの中とか見えるのか。まあ見ないんだが

 

 「でもおあいにくさまね

 人間は肌に余計なものを身に付けて興奮するのでしょう?ワタシはそんなものは付けていないわ」

 と、何が誇らしいのかエルフの少女はそんなことを言ってきた

 

 「……へんたいさんはそっちの方が喜ぶです?」

 と、当然の疑問をアナが投げ返す

 まあ、変態からすれば、下着を履いてない方が余程興奮するだろう。おれは余計見るわけにはいかなくなったが

 

 「アナタ、後頭部にも眼があるのね」

 「無いよ」

 折角しっかり別方向向いたのに噛みついてくる……何となくヴィルジニーを思わせるエルフの少女をいなし、後から降りてくるヴィルジニーと最後まで周囲を見てくれていた頼勇が降りてきたところで、光が無くなり周囲は暗闇に包まれた

 恐らく、入り口が閉じられたのだろう

 ちょっと大きさ的に通れないので愛馬達は留守番だ

 

 きゅっとおれの袖を掴む二つの感覚、小さく触れる、小さな手

 懐中電灯のように即座に光を放つ頼勇の左腕のレリックハート、そして……

 

 ぱっ、と周囲が明るくなる

 魔法、ではない。まだ誰も明かりの魔法は使っていない

 だが、周囲全てを照らす腕輪の形をした光が其所にあった

 

 「これが、流水の腕輪です?」

 と、銀の少女の声が響く

 

 「わたくしは、枢機卿の娘。わたくしが使うものですわね」

 と、真っ先に触れにいくのはヴィルジニー

 だが、

 「なんでなのよっ!?」

 腕輪はうんともすんとも言わない

 哮雷の剣みたいに攻撃してこないだけマシだが、選ばれぬ者には何の反応も返してこない

 

 「アルヴィナは?」

 暗闇の中で、互いの場所を見失わないようにおれの袖を取っていた少女は、静かに首を横に振った

 「ボクは違う

 それに、ボクは無くても頑張れる」

  

 ……そうか?と、おれは心の中で思う

 原作的に、リリーナであるアルヴィナが聖女の力を一時的に使える腕輪なんて一番所有者として正しい気がするんだが……

 逆か。後に本当に聖女になるから、紛い物なんて使わせられないのか

 

 と一人勝手に納得して

 「竪神は?」

 「止めてくれ。私は女じゃない」

 言われてみればその通り

 

 バカにしたように、ほら使えないでしょ?とエルフが此方を見て

 「わたしは、皇子さま達の役に立ちたいです

 おねがいです、力を下さい。何しても返しますから」

 ふっ、と腕輪が一瞬消えて

 

 一拍後、輝く腕輪がアナの右手に勝手に嵌まっていた



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降臨、或いは合衆国の巨神

「……どうか、お願いっ!わたしに力を貸して!」 

 カッ!と輝く腕輪。その青い光が龍の翼のように、少女の背から噴き出して

 

 同時、少女の突き出した手から放たれる光は、倒れ伏すエルフの纏う瘴気を吹き飛ばした

 「……まだ、いけますっ!」

 そして手を軽く握り、少女……アナは明らかに憔悴した顔で、そう言った

 

 あれから、約一刻

 腕輪に選ばれた少女アナスタシアは、一人で下級の魔法を唱え、瘴気を消し去っていっていた

 何と言うか、流石聖女というか聖女の力を使えるようになる神器。アルヴィナ達があれだけ頑張って4人がかりでやったことを切り傷を治すだけの魔法のおまけ効果でやってのけるとか、聖女の名も分かるというものだ

 というか、実際に目の当たりにすると、そのイカれたスペックが良く分かるというか。呪いだ何だが全部問答無用で消し去られるのは爽快感と共にこれ良いのかよってなるというか

 

 ゲームではそこまでこうした疫病だののイベントが無かったから気がつかなかったが……えげつないなこれ

 

 何でスコール・ニクスとかいう地獄みたいな呪いを撒き散らす四天王が居て勝ってるんだ人類と思ったが、勝てるわこれとなるレベル

 聖女という存在を消さない限り、星壊紋は聖女一人で即座に消し飛ばせる程度のものになってしまう。今回のアナはまだまだ子供だから使えなくて一回一回一人に向けて魔法を使っているが、範囲回復魔法にもあらゆる回復魔法で全デバフを消去って効く筈だしな

 

 おれも、ヴィルジニーもぽけーっとそれを眺めるしかなくて

 「……忌み子」

 少しだけ悔しそうに、少女は呟く

 「要らない子ね、わたくし」

 「おれよりマシだよ。居なければ、そもそもノア姫を治してやって腕輪のところにいけなかったし」

 

 それにしても、何で危機的状況なのにエルフには使えなかったんだ?

 「……そろそろ、ダメです」

 と、淡い銀の前髪を汗で額に貼り付かせて、肩で息をする少女がそう言った

 まだ、半分近くの民が残っている

 

 それを聞いて、アナを睨みかけるノア姫と少女の間に割って視線を切らせつつ、それでもおれも似たような事を問いかける

 「今日はもう休むか?

 明日は頑張れる?」

 だが、おれの言葉に、少女は首を横に振った

 

 「そうじゃないんです、皇子さま

 わたしも、げんかい、で、す……けど……」

 くたりと倒れる少女の肩をおれは支える

 「この腕輪、溜まってる力の分だけしか使えなくて……

 残ってる力を使いきったら、眠っちゃいます」

 「全員を治すには、力が足りない?」

 「いえ、ギリギリ……足ります」

 

 なら、とおれは言いかけて、少女の頭を優しく撫でた

 「なら、使いきってエルフに大人しく返すことね

 アテが外れたようで残念かしら?でもそれが現実よ」

 と、ノア姫は吐き捨てるがアナが正解だ

 

 ……だからだろう。腕輪はエルフには使えなかった

 危機的状態で、アステールを通して七大天の本神が使用許可を出せるならそもそもノア姫に使わせてやれば良かった話だ。だというのに、アナが手にする事になったのはその差

 アナは、ギリギリ全員分足りる力を、使いきらないことを選んだ。その理由はひとつ

 

 そもそも今の星壊紋を治しても意味がないと知っているから

 そう、天狼、そして元凶。それらを何とかしない限り、治してもまた感染させられて終わりだ

 「違うよ、ノア姫。アナが正しい

 ギリギリ足りるというのは、足りないってことだよ」

 「そうか?」

 と、疑問符を頼勇は浮かべ、

 「いや、確かに足りないな」

 とおれと同じ結論に至ったのか頷く

 

 「足りるなら良いでしょう?

 最低限ワタシが手に入る、それだけでも本来アナタの身に余る……」

 「全員治して使いきったら、また元凶が星壊紋を撒いて今度こそゲームセットだ

 もう腕輪は使えないから、全員殺される」

 「……わるい人を止めなきゃ、だめ」

 と、やけに張り切った感情が言葉に乗ったアルヴィナ

 

 「……それがアナタ、灰かぶりの悪魔(サンドリヨン)。違うかしら?」

 「違う、ノア姫」

 さすがに限界

 あまり事を荒立てたくはなくてやりたくはなかったが、父親譲りの威圧的な眼で、おれは馬上の少女を睨み付ける

 

 「おれ個人については幾らでも言え。慣れてるから別に良い

 でも、ノア姫。今までの貴女の発言は……命を賭して縁も所縁も無いエルフ種の為に頑張ってくれたアナやアルヴィナを、どうせやらせと侮辱する発言だ

 一度や二度なら良い。勘違いにいちいち怒っていたら、エルフと話なんて出来ない」

 怒気を込めて、吐き捨てる

 「でも。これ以上二人を愚弄するな」

 

 エルフは、何も言い返してこなかった

 

 いや、言い返せなかったのだろう

 パチパチと、此方を逆撫でするように落ちてきた拍手に、虚を突かれて

 

 「いやー、ご立派ご立派」

 「……シャーフヴォル」

 其処に居たのは、シャーフヴォル・ガルゲニア

 ゲームでは四天王に唆されて敵になるガイストの兄。そして、真性異言(ゼノグラシア)である、おれの敵

 「ですが、それでは面白くない

 エルフには死んで貰うのですよ、リリーナ含めて全員、ね」

 「……へぇ、やはりあの子狙いなの。下劣なことね」

 ノア姫の発言は何時も通りで

 

 おれと頼勇は来るだろうもう一人と、恐らく呼ばれる筈の存在に警戒する

 青髪の少年が、静かに腕を構え、おれは何時でも振るえるように刀の鞘に手を掛ける

 

 「ですので、あなたがたはサヨウナラ」

 青年シャーフヴォルが、大げさにその左腕の時計に何かを差し込み

 「させるかよっ!」

 『エンジンシュート!』

 魔力弾が放たれ、青年を襲おうとするが……

 

 ヴゥン、という音と共に掻き消える

 青い水晶程ではなさげだが、前も見かけた謎の世界が捻れる障壁

 ……来る

 

 『G(グラヴィティ)G(ギア)Craft-Catapult Ignition.

 Aurora system Started.

 G-Buster Engine Top Gear.

 SEELE G(グレイヴ)-Combustion Chamber FATAL ERROR.

 

 Avenge

 Time

 Leader of

 UNITED

 STATES

 

  A(アンチテーゼ)G(ギガント)X(イクス)-ANC(アンセスター)t-(トライアル)09(ゼロナイン)

 AT(アト)LUS(ラス)

 Re:rize』

 

 ……そして、来たるは青と紅の二色の巨神

 横で、ウィズが息を呑む

 「君たちではなかったようだね、僕の見た巨神は」

 ……その言葉に、おれは青い巨人を見たという発言を思い出して

 

 「オルフェ、アミュ……とりあえず走れ!」

 その背に息も絶え絶えなアナを乗せさせ、おれは二頭に指示を出した

 

 t-09、ならば14(アガートラーム)よりはかなり前!

 何とか、ならないことは……ない!

 可能性がある!

 ならば、やるしかない!

 「行くぞ、竪神!」

 「分かっている!」



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逃走、或いは決意

おれの眼前に降り立ったのは、全長20m程の人型巨大機械

 その腕が異様に巨大である点は、AGX-ANC14B(アガートラーム)と似通っていて。だがしかし、向こうほど異様な威圧感はない

 

 「っ!随分な挨拶だね!」

 と、雅弓を引き絞り、ウィズが矢を放つ。おれも修行の際に何度も撃って貰った光の矢だ

 が、光すらもねじ曲げるフィールドが張られ……そして、装甲に届くも空しく弾かれ消える

 

 そう、装甲に弾かれ、だ。アガートラーム相手には装甲にさえ届かなかった。変な重力場がねじ曲げる他に、あの青い水晶のバリアがあった

 だが、ATLUSという名を響かせたあいつには、あの蒼輝霊晶だか何だかの障壁がない!当然、ならば同じ材質だろうエクスカリバーも無い筈!

 

 「来い!L.I.O.H!」

 頼勇が叫ぶ。そして、それに合わせておれも……

 「来いっ!不滅不敗の轟剣(デュランダル)ッ!」

 かつて手を貸してくれた剣を呼ぶ

 

 って来ねぇっ!?

 アステール!?なあアステール!一年前お前哮雷の剣は無理でも轟火の剣は力を貸してくれるって言ってたよな!?

 こんなタイミングですら現れないんだが、何時なら手を貸してくれるんだ教えてくれよ!?

 

 って、そんな来ないものを考えても仕方がない!

 恐らく神器だろう……というか、間違いなく神器ガーンデーヴァを構えるウィズ、機神を呼んだ頼勇、そしておれの三人で紅と青の機械神に対峙する

 

 呼ぶだけ呼んで何も起きてないのちょっと恥ずかしいなこれ

 

 ……で、何で残ったアルヴィナ?

 お前も逃げろと目配せ

 けれど、少女はダメと首を横に振る

 「ボクが許せないのはもう一人だけど、ボクも彼等に用がある」

 静かに怒りを珍しくその金の眼に込めて、少女は可愛らしく吠える

 

 ……ってそうだ

 何をAGXを見たショックで忘れていたんだおれ!

 AGXはどれだけ強くても、異世界の巨大ロボだ。決してこの世界でかつて死んだ魔神族の得意技を使ってくるような兵器じゃない!

 ならば!この場には!

 ……もう一人来ている!

 

 「竪神!」

 「……ああ!」

 転送されてきた青き機神が咆哮する

 その目の光は弱く、装甲に亀裂が見え、やはりというか本調子まで整備出来ていないが……

 

 そんな機体に、竪神親子に後を任せて、おれはもう一人がアナ達を襲う予感にかけて、愛馬を追う

 

 ……っ!

 唐突な悪寒

 ギリッギリで横っ飛びしてエルフの家に転がり込んだおれの眼前で、大通りが裂けた

 「……遊びましょう、忌み子皇子?

 弟の友達なら、兄とも遊んでくれないと駄目でしょう?」

 「……ちっ」

 地面を砕きながら引き摺られた全長40mはある巨大剣。それを両の腕ではなく右手一本で握り、宙に舞う蒼翼の紅神

 

 それを、見上げる。そして……

 「ヤバいな……」

 と、誰に言うでもなく呟いた。

 

 大通りを引き裂いた大剣。宙を舞う翼。どちらも視認は出来た。

 あれがアガートラームならば、大剣で斬られたと、死の間際になってから理解するだろう。速度は大分遅い

 火力も恐らくアガートラーム以下。アレの攻撃痕は、消滅したような形として残る。力任せに引き裂いたような痕が残る時点で向こうより弱い

 

 だが、それが何の救いになるだろう、とおれは剣を構え直し、轟音を放つ機神を見上げる

 アレは、t-09は確かに14Bより弱い。ソレは間違いない

 だが、その分……必要なエネルギーも少ないのだろう。その圧倒的なまでの力故に逆にまともに駆動しない最強無敵の置物であったアガートラームと異なり、アトラスは最強でも無敵でもないが、置物でもない。満足に機動している

 

 だとすれば、ある意味その脅威はアガートラーム以上である

 「ちぃっ!」

 「吼えろ!ライッ!オォォォォウッ!」

 それでも諦めの悪い男二人、少女等を逃がせないかと戦いを挑もうとするが

 

 その背の翼が一つに連結され、光背となる。その最中の隙間に現れるのは、黒き重力星

 『グラビトンフィールド、スタンバイ』

 「潰れなさい」

 「ぐがっ!」

 突如体にのし掛かる重み

 天空山で散々感じてきた超重力。おれはまだ何とか動けなくもないが、他は無理だ

 そしておれも、動けるといっても遅くて……

 

 『SEELE-System heart beat』

 「ライオウ、アァァクッ!」

 否。緑の光を纏い、何の力の影響か一切の超重力を受けず、蒼き鬣の獅子は吠える

 

 「……この地の偽物風情が。弱い犬だけに良く吠えるものです」

 放たれた緑の光と炎の輪に、合衆国色の機神は囚われて

 されど余裕を崩すことなく青年シャーフヴォルは此方を煽る

 「……父は良く言っていた。ライ-オウに込めた想いを

 そう」

 鬣の器神が吠える!

 「『オレは強いが!良く吠える!』」

 

 その刹那

 「セット。縮退光砲アラドヴァール」  

 『Set up error all green

 Ready to Rejudgement.』

 「竪神っ!」

 猛烈な嫌な予感に、剣を振るう

 

 魂の刃、雪那!

 ……かてぇっ!?

 異様なまでの強度に(おのの)

 人工物であるゴーレム等は、作られたときから変わらないが故にレベルが低いもの……そして、魂は脆いものが多い。だが、こいつは違う。血反吐と涙と決意が練り上げられた魂の機神。ライ-オウと同じく、一撃で壊せないタイプか!

 

 「アラドヴァール、発射!」

 拘束を砕き、光背の最中に輝く重力星から目映いばかりの光が放たれる

 それは、重力場に囚われている愛馬を襲い……

 瞬間、弾けるのは燃え上がる赤い焔

 

 ネオサラブレッドとしての全力全開。焔そのものになったと言われるようなオーラを纏う疾走。その最後の力を振り絞っておれの元に戻ってきた愛馬は、そのアーモンドのような緑の瞳を閉ざし、倒れ込む

 ……死んではいない。だが……

 靴を濡らす血。全力でも避けきれなかったのだろう。足の一本が半ばから無い

 ……生きていれば、治る怪我だ。でも、それは今すぐ治るものじゃない

 

 とさっとその背から投げ出された2人の少女

 おれは、何をすれば良い?

 どうすれば良い?何をすれば勝てる?

 これ以上、大切な人を失わないには何が要る?

 答えろ、答えてくれ轟火の剣。おれは……

 

 「アラドヴァール。第二射

 今度はあなたが死んでくださいね、皇子?」

 「ライ-オウ!」

 唯一動ける機神がおれとの間に割って入る

 一撃で右半身が消し飛び、損傷過多により強制的に返送されていく

 

 「……勝たなきゃ、いけないだろう

 護らなきゃ、いけないものがある」

 強く、強く拳を握る

 それでも、意味なんてなく。流れる血も、全ては無意味で

 

 

 「……アラドヴァール」

 三度目の光は……

 「えー、もう少し遊ばせてよ?」

 そんな無邪気な声に遮られた。

 

 ……まず見えたのは狼。といっても、天狼ではない

 甲殻の無い黒狼。太陽を喰らう燃える三眼。そう呼ばれた、子供向けの聖女伝説に必ず載っている挿し絵のごとき姿

 即ち……額に炎の眼を持つ魔神の狼、四天王スコール・ニクス

 

 「四天王、スコール?」

 呆けた声しか出ない

 死んだ筈だ、もういない筈だ。だってあいつは……帝祖が倒した筈で

 次に見えたのは、一人の少女の顔。いや、少女かと見間違う端正な顔の少年だ

 

 見覚えがある。聖教国にアステールを送り届けた時に、此方を見ていた少年だ。やけに顔立ちが整っていたので覚えている

 小柄な白狼の背に乗って、少年は屋根の上に現れていた

 

 「何者だ」

 「知る意味ある?どうせ死ぬんだよ、君ら」

 「それでもだ。相手の名前くらい聞きたいだろう?」

 えー、とめんどくさげに、少年が屋根上で伸びをし、後ろに仰け反る

 あの小さな白狼も魔神だったのだろう。儚げな少女の姿を取り少年の背もたれになり……

 

 「ボク、初めて怒ったかもしれない」

 ぽつり、とアルヴィナがそんなことを言って

 

 同時、降り注ぐのは赤き撃滅の雷

 天狼だ。おれ達にも当たるような所かまわない雷撃を解き放ち、赤黒い呪詛を垂れ流しながら降り立った桜雷を纏う白狼は、即座に一番近くに居た機神の頭部へと襲い掛かる

 ……目の前のものに襲い掛かる衝動のまま、全てを襲おうとする呪いで此方にも攻撃しつつも……来てくれたのだろう

 

 「シロノワール」

 アルヴィナがそう、カラスを呼ぶ

 任せろとばかり、カラスは鳴いた。おれが聞いたことの無い、低い鳴き声だった

 

 「……行こう、皇子」

 「……」

 少しだけ迷う

 だが、天狼とて勝つ気で襲撃してきたわけではないだろう。シロノワールも……万が一魔神王本体でもないなら勝てる気とは思えない

 

 「ああ、行こう、アルヴィナ」

 「未来の為に」

 と、ウィズ

 「勝つために」

 ……分かってるさ竪神

 「天狼さん、きっと助けますから」

 光背が崩れ、重力から解き放たれたアナが腕輪に手を当てて呟く

 

 それを、エルフの少女はじっと見ていて

 おれは愛馬を背負うと、所構わず撒き散らす天狼の雷によって壊れたエルフの家屋の残骸を踏んで駆け出した




始水による軽い言い訳
変身条件:自身のHPが最大値の60%以下であり、周囲3マス以内に絆支援レベル:C以上のキャラクターが存在し、守護レベルが10以上で同一のバトルマップに存在する敵軍の真性異言ゼノグラシアの転生特典ランクの合計が8以上である場合に出現するコマンド『変身!スカーレットゼノンッ!』を選択する

✕ 自身のHPが60%以下【100%】
○ 絆支援レベル:C以上のキャラクターが存在する【アナ:C、アルヴィナ:B、頼勇:Cにより成立】 
○ 守護レベルが10以上【15】
○ 転生特典ランクの合計が8以上【ATLUS:7、霊属のニクス:6により合計13】
すみません兄さん。轟火の剣側が拒否してるわけではなく、単純に兄さんがもっと死の淵に追い込まれてないと来れないだけです


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左目、或いは覚悟

「グルルォォォオォォラァッ!」

 狂いきったその咆哮が森に響く

 

 ノア姫やヴィルジニーをちゃっかり隠してから戻ってきた愛馬オルフェゴールドに足を怪我した愛馬を任せ

 黄金の暴君の異名そのまま光と共に隠れ先へと消え去った瞬間に、それは現れた

 

 燃える三眼の黒狼、スコール・ニクス。850年は前に死んだ筈の四天王

 

 「……違う」

 怒り心頭で、大事にしてる帽子を大事そうに肩から下げたポシェットに仕舞い込んで、何時もは見せたくないと隠している己の耳をピンと立たせてさらけ出しながら、黒髪狼耳の少女(リリーナ・アルヴィナ)は言う

 「あれは、もう死んでる」

 死した魔神狼。その存在に怒りを覚えるというのは、本当に……と思い、その疑いを振り払う

 

 「彼女、信じて大丈夫?」

 「ウィズ、アルヴィナを信じてやってくれ」

 魔神王の妹?なら同じく八咫烏の魔神だろうから違う

 それに……アルヴィナは敵じゃない。そう信じる。背中から噛み付かれたら死ぬが諦める

 

 「ガウゥ!」

 爛々と3眼は輝き、此方を睨み付ける黒狼

 天狼は降ってこない。かつて天狼は世界を削ろうとした蛇神と戦ったと言われているし、番だろう夫の方が追い掛けてきていれば今姿を見せると思われるが来ない

 恐らく、此処に居るのは果実を持っていった雌の方だけだ。何故降りてきたのか、何故彼等と出会ったのか、夫はどうしているのか、分からないがとりあえず今は救援は望めない事だけは分かる

 

 ……父も、まだ間に合わないだろう

 アイリス等から事情は聞いていても事態が分からず、きっとアステールが何とかしてくれていると信じてはいるが彼女からエルフの里が襲われていると聞いて様々なものを準備して駆け出して、着くのに丸2日は掛かるだろう

 大規模な支援は後で良いと一人転移魔法とネオサラブレッドで駆け抜けても、まだ到着には早すぎる

 

 「……竪神、勝てるか?」

 「無理を言わないでくれ。足止めが限界だ」

 「おれも、な」

 こんな短い会話も、刀を腰に構えていても

 天狼は理性を総動員して反撃を受けかねないからとばかりに攻撃せず待っていてくれたが、眼前の魔狼にそんな思いやりの心など無い

 

 瘴気を噴き出しながら吠え、その赤い爪を振るう

 「アルヴィナ!」

 「……お願い」

 その爪は、半透明な巨竜に防がれた

 

 「ボクの魔法の切り札。この地で眠ってる彼等に、ちょっと手を貸して貰ってる」

 狼に引き裂かれながら、霊竜は吠える

 しかし、正直戦力差は歴然だ

 

 「理屈は同じものだけど、ボクのは……あそこまで死者を好き勝手使えない

 時間稼ぎだけ」

 「……ああ」

 それで良い、アルヴィナ

 

 「っ!はっ!」

 抜刀、一閃。魂の抜刀と、現実の刃による眼にも止まらぬ切り返し

 

 倒すのは、おれたちの役目だろう!頼勇!

 「っ!らぁっ!」

 『バースト!』

 おれの意図を汲み、おれが斬りつけた足へと魔力を帯びた剣が叩きつけられる

 

 「グルゥゥッ!」

 硬い……が!ATLUS(アトラス)よりマシだ!

 爪が竜の体に埋まっているうちに……断ち切る!

 「グルッ!ガァァッ!」

 黒狼の咆哮

 人語は分かる筈だが使わず、燃える瞳は残光を残して……

 

 「がっ!?」

 血飛沫が舞う

 

 引き裂かれた!?

 その事実に気がついた瞬間、賴勇と挟み込んで切り落とした腕が大地に落ちた

 

 ……こいつ!斬られるなら斬られるで、それで障害は消えたとばかりにそのまま此方に攻撃してきたのか!

 「っはっ!」

 軽く血を吐き、首筋の傷を確認

 

 浅い。致命傷には程遠い

 おれのステータスが、そこらの剣なら通らない人智を越えた硬さが護ってくれたようだ

 が、

 「ゼノ皇子、行けるか?」

 「……辛いな」

 呼吸が浅くなり、乱れる

 

 首がスカスカする。気道が上手く確保できない

 集中が……途切れる!

 「っらぁっ!」

 吠えて斬りつけるが、その軌道すら狙いどおりに行かず

 避ける素振りすら見せず、屍の黒狼は正面からおれの振るう刀を顔面で受け止めて

 「ちっ!」

 そのままおれへ向けて吠える

 

 向こうも片足。上手く動けないと思ったが……

 咆哮と共に噴き出す瘴気だけで、おれたちに攻撃するには十分か!

 

 その瘴気は光の矢が吹き散らし、霊の竜は役目を終えたとばかりに空気に溶け消える

 普通の死霊術なんてこんなものだ。時間をかけてアンデッド化させれば維持も出来るだろうが……それは、余程相手から自身の魂を好きにして良いと明け渡されての話

 

 だから、ゲームでもそうしてアンデッドとして復活して再び立ちはだかるなんて四天王他極一部

 

 「皇子さま!」

 視界の端に、飛び去っていく蒼と紅の機神が見える

 スコールが吠えている以上おれたちの居場所くらい分かるだろうに、それとは全くの別方向。オルフェゴールドが走り去ったのともまた違う

 恐らくは……EN不足。アガートラームよりは数倍マシでも、やはりというかライ-オウのように暫くしか動けないのだろう

 一つ光明だ。ATLUSは何とか戦いを引き伸ばせば消えてくれる

 

 だが、今は目の前のスコール!

 片足を喪った四天王はそこまで疾くはない。その筈だ

 ならば……と思い、霞む視界で刀を構えようとして

 

 刹那、黒狼を瘴気が覆う

 漆黒の塊から飛び出すのは赤い閃光

 

 「アナ!」

 反応しきれない銀の少女を、頼勇が解き放った緑の障壁が囲み

 それを両の前足で踏み砕き、立ちはだかる黒髪狼耳を飛び越えその尻尾で打ち据えて

 その瘴気ですべての傷を消し去り万全に戻った黒狼の魔神は、銀の少女を噛み砕くべく疾駆する。額の眼に突き刺さる光の矢すらも即座に青い血飛沫によって外れ、即座に修復され足止めにもならず

 

 「っ!らぁぁぁっ!」

 間一髪。少女の眼前

 首筋に上げるように構えた刀でその口内を貫く形で、おれはその進行をギリギリ止め

 そのまま、勢いを止めきれずに押し倒される

 

 「……ぐっ、がっ!」

 ダメージはほぼ無い

 だが、その口から、傷から、青い血から

 溢れる瘴気が、おれを焼く

 

 左目が熱い。焼きゴテでも押し付けられたかのように灼熱する

 「ぅぁっ、ぐっ……」

 これが、星壊紋……

 

 バキン、と。口内に突き刺した刀が根元から折れた。その口を閉じられないようにしたつっかえは強引に噛み砕かれ、即座に修復される

 流石は既に死んでいる筈の存在。魂だけに近いからか、魂が壊れない限り肉体へのダメージは幾らでも治せるって事か。厄介な……

 

 「やめて!皇子さまをはなして!」

 本人が得意でもない魔法を銀の少女は唱えるが、聞く筈もない。目眩ましにすらならない

 魔狼はもうこいつはどうでも良いとばかりにおれを無視し、少女を狙い……

 

 カッ!とした光がその三眼を焼く

 

 シロノワールだ。もう一人の転生者シャーフヴォルが戦線離脱したことで此方に戻ってきたのだろう八咫烏がお決まりの光で一瞬眼を潰してくれていて

 

 「グルグラァァァァァァゥゥゥッ!」

 苦しげな咆哮と共に、白い甲殻も体毛も己の血と瘴気で最早見る影もなく赤黒く、血走った片眼のみを輝かせて隻眼隻腕の巨狼が紅の雷撃と共に、斬り裂かれた長く強靭であった尾を黒狼に叩きつけて

 

 そのままの勢いで、一番近くであったおれへと牙を剥き出して襲い来る!

 

 ってそりゃあそうだな!誰かに襲い掛かるのは止められない。離れなきゃおれ達にも牙を剥く!

 飛び掛かってくる白狼を黒狼の方向へ誘導するように、二頭の狼に挟まれるように移動して

 

 「がぁっ、あっ、ヴゥッ」

 灼熱する左目と、荒い呼吸による足の覚束なさに、地面に倒れこむ

 そんなおれの上を、おれの頭を狙って牙を剥く白狼が飛び越えて……近くに来た黒狼スコールへと狙いを変えた

 

 「……いまの、う、ち、か……」

 焼けた喉で声を絞り出す

 

 近付いてくるアルヴィナに、来るなと警告して

 ……このまま逃げるわけにはいかない

 

 呪詛を仲間内に持ち込めない

 

 ……ならば、答えは一つ

 白かった傷だらけの巨狼を往なしながら、黒狼の額の一眼だけが此方を見る

 

 ……あまり、帝国を無礼(なめ)るなよ、四天王が

 

 「皇子さま、早く!」

 「……分かってる」 

 此方を見るアナの瞳

 「…でも、ちょっとだけ向こう向いてて」

 あまり、女の子に見せたくはない

 

 おれは、小型のナイフを引き抜くと、一息だけ覚悟のために間を空けて

 自分の左目に突き込んだ

 「ぐぅぉぉっ!がぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 「……皇子さま!何を……どうして!」

 少女の叫びは、これで正しいとアナの眼を塞ぐアルヴィナに遮られ

 思考に邪魔の入らなくなったおれはそのまま柄を(ねじ)り、自身の眼球を(えぐ)り取る

 ぱっと散る瘴気に毒された赤黒い血飛沫と、流れ落ちる赤い血

 

 おれは、瘴気を放ち、赤黒い五亡星が乱雑に幾つも浮かぶ己の左目をナイフごと投げ捨てて

 その眼が光の矢によって消し飛ぶのを見ることもなく、踵を返すと駆け出した

 

 ……おれは呪いで終わりだと思ってたんだろうが悪いな、スコール。お前がおれに向けた呪詛は、左目ごと此処に置いていかせて貰うぞ



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リリーナ・アルヴィナと勿体無いおばけ

アルヴィナ「ボク、抉り出した眼球欲しかった……」
アナちゃんドン引きの性癖である


「……大丈夫?」

 大人しく銀の髪の少女に包帯を巻かれていく少年に、ボクはそう声をかける

 

 勿体無い……と思う

 あの眼、ボクが欲しかった。あくまでも魔法が効かない呪いは、彼の魂に起因するもの。その呪いは彼の体ではなくなったところで消える

 つまり、彼が抉り出した左眼の眼球は、もう魔法で瘴気を祓える

 祓って、ちょっと防腐と死霊処理をすれば末長く持っていられたのにって

 

 でも、無いものは無い。残念に思いながら、ボクはじーっとまだぽっかりと隙間の空いた眼窩の下から溢れる血が止まりきらない皇子を眺め続けた

 

 それにしても、包帯にあんまり意味はないのに、どうしてこの子は必死に何重にも巻くんだろう。ボクは不思議でならない

 「もうこんな事しないでください……

 お願いです、皇子さま」

 なんて言いながら、無駄な努力をしているけど……ボクには理解できない。

 

 どうして?

 どう考えても、あそこで即座に呪詛を切り離すためにその左目を抉り出すという選択肢を取れる彼の今の眼の方が何倍も綺麗で、ゾクゾクするのに

 空っぽの眼窩、固まりこびりついた血、それに彩られた隻眼の明鏡止水……

 とっても、素敵だと思う。その素晴らしい彼そのものに、余計な包帯なんて要らないのに

 

 そんな眼で見ていると、皇子は此方をじっとその隻眼で見詰めてくる

 それだけで、胸がざわざわして。きゅっと、片羽根の折れたお兄ちゃんを胸元で抱き締める

 

 お兄ちゃんは……本当のテネーブル・ブランシュは魂だけ。状態としてはあのお祖父さん(スコール・ニクス)小柄な白狼の少女(お母さん)と同じような状況

 本当はもう居ない存在を繋ぎ止める死霊術。似たものとしては……ボクを少しだけ疑うように観察して、でも何も言ってこないあのタテガミって人の左手がある感じ

 だから、本当は即座に治るんだけど、治していない亜似(あに)ではない兄を抱き締める

 

 「……アルヴィナ」

 「……なに?」

 不意に声をかけられて、ボクはちょっと素っ気ない態度をしてしまう

 でも、見てるだけで心が熱くなる、彼が欲しくなる。その首に牙を立てて……永遠にしてずっと側に置きたくなる

 でも、それじゃ困ると堂々巡り

 

 「……あの狼を何とかする手だては?」

 「……むり」

 ボクに頼られても困るって、小さく否定

 ボク自身、彼等は赦せない

 

 お兄ちゃんは、死んだ幼馴染の事を……ボクの母であるスノウ・ニクスの事を良く語ってくれた

 今ボクが見てるこの世界、神の力に溢れた混沌を調律した世界枝なら、あの病を治せた筈だから。だから私は魔神族に太陽をもたらす八咫烏(ヴァンガード)だと何度も言っていた

 

 あの変な少年は、そのボクの母を。お兄ちゃんの最愛のヒトを。何でもない便利な存在のように従えて、椅子や足にして

 お祖父さんを、戦力として使い潰している

 

 「死霊術は無念の術。死者の志を継いで寄り添い、共に戦ってあげる術

 断じて、あんな死者を好き勝手操る為のものじゃない」

 「そんな駄目なものに、対抗できる手はないのか?」

 「そんな駄目なものだから、対抗出来ない」

 ボクは下を向いて、言葉を溢す

 

 「……そう、だよな」 

 伝わるかは微妙かと思ったけど。彼にはその一言で伝わる

 幾らでも自分というものを切り売りして、目の前でこの腕輪が今皇子さまの呪いも解けたら良いのに……ってちっちゃな拳を握っている未来の聖女の為に左目を代価として売ったばかり

 そんな皇子だから、分かるはず。どれだけ無茶苦茶に使い潰しても良いというのは、それだけ強いことだと

 

 「……でも、赦せないのは同じ」

 静かに、皇子は頷く

 本当は隠しておきたくて、でも今は……と耳を立てて、ボクは続ける

 「ボクも戦う

 この外見はちょっとは役に立つはずだから」

 「ああ、確かに」

 と、頷くのは青髪の少年タテガミライオ

 

 「あの黒狼は君を飛び越えていった。何か縁があるのか」

 「あの化け物の仲間でしょう?」

 ……冷たく言い放つのは、エルフのノア

 

 ……反論したいけど、その通りだからボクは黙る

 けっしてあの少年の仲間じゃなくて。でも、あの少年と似た魔法を使う、黒狼の孫娘がボク

 言い逃れはきかない

 

 そんなボクを庇うのが皇子

 どこまでも純粋な瞳で、彼はエルフにだって何にだって、皇子として立ち向かう

 「……ノア姫。確かに、アルヴィナは狼の意匠を持つ子だ」

 ちなみにだけど、ボクが胸元を全く空けないドレスしか着ない理由として胸元に水晶が埋まってるからという点があるから、狼の意匠というのは語弊がある

 

 「それでも、おれはアルヴィナを信じている。そもそも、アルヴィナが頑張ってくれたから、今まだ勝ち目を探せているんだ

 ノア姫。疑わしいかもしれないけど、見返りすらくれそうにない君達の為にそれでも誰かを救うために頑張ってくれているおれの友人を愚弄しないで欲しい」

 転生皇子は静かに睨む

 「ついさっきも、そう言ったはずだ」

 

 「はいはい。勝手にしなさい」

 そんな言い分だけど、エルフの姫はあっさりと折れて、後は任せたように口を閉ざす

 その脇で事態を見守るエルフの少女(皇子はウィズって呼んでいて男の子と思ってそうだけど、女の子の勘は誤魔化せない)は、最初から任せてるよと肩を竦めて

 

 「……どれくらいなら戦える?」

 「少しは。動きを少しだけ止めたりくらいなら、多分ボクの干渉で出来る」

 魔神としての本気は出せないものとして考える。そうしたら、この体が壊れてしまうから

 それでも、壊さなくてもそのくらいは多分出来るって範囲を、ボクは言う

 

 ……心配そうに此方を見てくるお兄ちゃんに、ボクは一つうなずきを返す

 大丈夫。ボクだって覚悟はしてる。やりたくはないけど、カラドリウスにも言ったようなことはもう心に決めている

 

 どうしようもなくなったら。この体を破壊する前提で、ボクはボクに戻ろう

 皇子に可愛いと言って貰ったこの人間を模した基本の姿(リリーナ・アルヴィナ)を捨て、屍の晶狼姫(アルヴィナ・ブランシュ)としての真の姿、本性を見せ……

 

 あの墓荒しの塵芥の同類だろう刹月花?の少年に言われた言葉を借りれば、屍の皇女。その本領を見せてあげることに異論はない

 皇子と離れるのは残念で、調査も打ち切りだけど。彼はそのうち……あの珍獣が言う言葉によるとゲーム本編で迎えに行けば済む事

 この器を壊したら、元々居なかったはずの存在であるボクの記憶は抜け落ちて消えるようになっているから、もうボクにあの明鏡止水の眼を向けてくれることは無くても。次に出会った時、きっと彼は誰かを守るために、今まではボクにも向けてくれた明鏡止水の瞳で、単なる敵としてボクを見る筈だけど

 なら、彼を捕らえてから待ち続ければ良い。きっと、誰かのために身代わりとしてって傷つく限り囚われた彼はずっとあの眼をしてくれるから、寂しくない。

 

 嘘。ボクへの敵愾心を込めた眼は、同じ明鏡止水でも少し、すこしだけ……嫌だけど

 

 最後の手段を使う覚悟は、もう決めてある

 皇子がなんとか出来なかったら、誰が本当の屍の皇なのかをボクの大事なお兄ちゃんの大切だった人々の死を愚弄する紛い物の屍遣いに教えてあげる

 お兄ちゃんと、ボクの本気。絆も無く単に好き勝手使役する彼に、屍の魔神と魔神王だった魂の屍、その繋がりの真髄を見せ付けて、屍の仲間入りをして貰う

 

 ……ボクが死霊術を学んだのは、寂しそうな兄の為で

 でも、兄はボクにお母さんを死霊術で永遠にしないように言った

 

 ボクにはその心なんて分からない。大事なものなら永遠にしてずっと側に置きたい

 皇子については、永遠にしたら今の眼じゃなくなるから例外で。でも、永遠に出来るならしたい

 そんなボクには、もう眠らせてやって欲しいってお兄ちゃんが言う理由なんて見当が付かなくて

 

 でも、屍として呼び出しちゃいけないって思いを持ってることだけは分かる

 ……だから、ボクは誓う

 

 お兄ちゃんの想いを、全然知らないけどボクの御先祖を、死霊術を愚弄するあのイカれ真性異言を

 

 ボクの皇子を傷付けたあいつを。必ず、生かして返さない

 永遠になんてしない。そんな価値も愛着もない。未来永劫に渡って、此処で終わらせる

 墓標は要らない。墓はエルフの森って贅沢すぎるほど。感謝して死んで欲しい

 

 その想いを胸に、ボクは改めて作戦会議の話題に耳を向けた




アルヴィナに汚い手で触れる汚似(おに)いちゃん相手並にキレるシロノワール君の図
シロノワール君(本家魔神王)的に赦せない相手トップ3
1位:最愛のヒトの忘れ形見にして最愛の妹に汚い手でベタベタする自分面の汚似(おに)いちゃん(なお自分を慕う四天王ニーラを亜似が下半身的に狙っている点はスルー)
1位:最愛のヒトとその父の死を愚弄するゴミ

殿堂入り:最愛の妹の想いをスルー気味のあのクソボケ皇子


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夜話、或いは暴露

「皇子さま、だいじょうぶですか?」

 と、今度はおれの首にオルフェに積んでおいた包帯を巻きながら、そう銀の髪の少女は問い掛けてくる

 

 「おれは大丈夫だよ。それより、他の……」

 ぽん、と置かれる手

 「良いか皇子」

 と、諭しに来る頼勇

 「私達は、魔法で傷が治せる。私個人は使えはしないが……効かない訳ではない」

 その声に合わせて、肯定するように手の甲の石が輝く

 

 「だけど、皇子にはない」

 と、ちびちびと暖めたミルクを木のカップで飲むアルヴィナが付け加えた

 

 此処は羊の女の子達が暮らしているらしい小さな集落

 時間稼ぎと休息の為に、おれ達はそこで過ごさせてもらっていた

 時間を稼ぐことに意味はあるのかというと、いくつかある

 

 一つ。ライ-オウの為。中破したあの機神だが、軽く繋がっている貞蔵さん……左手の石レリックハートになっている頼勇の父の言葉によると、皇女の嬢ちゃんによって修復が進んでいるのだとか

 アイリスはアイリスなりに、此方に飛ばされてきていない彼女なりに、かの鬣の蒼神がここまで傷付く敵を認識し、無理をして最強の対抗策を治そうとしているのだろう。外に興味なかった妹が、誰かのために努力してくれているのは素直に嬉しい

 後で帰ったら、寝込んでるかもしれない。何時もより何でもしてやろうと思う

 

 時間を稼ぐということは、向こうのAGX-ANCt-09(ATLUS)もまた再度出てくるだろうという話にもなる。ならば、アトラスが出てこないだろう今のうちにという意見はノア姫から出た

 けれども、おれはそれを否定した。アガートラームと同じだ。奴等の使うAGXなる兵器は何処から持ってきたのか知らないが、動けない状態でもバカ硬い

 だからこそ、ライ-オウは必須だ。今の戦力でコクピットに籠城されたら詰む

 

 だが、恐らく機神ライ-オウならば。更に、それだけじゃない

 あのタイミングではまだ完成していなかったようだが、最近のアイリスはアルヴィナから借りた鳥の本で何かを造っていた。小型ゴーレムによる試作なら見ていたが……

 あれは、鳥型の支援機のようなものに見えた。その完成形が、ゲームで没台詞であったダイライオウなのか、それとも違うのかは分からないが……

 

 「竪神。ライ-オウの方は?」

 「……調整が終わっていない。難航しているのだろう」

 「そうか。なら、明日だな」

 アイリスの体力的に、徹夜なんてしたらぶっ倒れる。もう寝なきゃ不味いだろう

 なら、作業は……魔法で何とかなる大まかな作業は出来ても、細かな部分はまた明日

 

 作戦は明日にするしかないだろうな

 そう、息を吐いて、暗くなった空を見上げる

 「……明日なんて遅すぎますわね。やる気あるのかしら」

 と、火の側で暖まるアミュと、その背の上に偉いのだからとばかりに座るノア姫が火から離れた此方にそんな言葉を飛ばしてきた

 

 「明日。ええ良いでしょう。それまでに、呪詛でどれだけの犠牲が出るか……

 それを分かっているならば」

 

 そんな言葉に、アナはちょっとだけ何かを言いたそうにその大きな瞳の中の光を揺らし、アルヴィナは興味無さげに持ってきていた本を広げる

 『ローランドの轟帝(カイザー・ローランド)~その栄光と焔~』。歴史書だった。いや、史書というよりは読み物っぽく仕上げられたタイプか

 アルヴィナは色々本を読んでいるが、こんな時に歴史の勉強だろうか黙々と文字を追い、そして頁を捲り続けている

 

 ……リラックス出来てるなら良いことだ。明日には、自分に似た魔神、下手したら本気でアルヴィナが魔神なら血縁になるだろう相手の屍相手に生死をかけた戦いをするというのだから

 少しでも、緊張は解れてくれた方が良い。あまり遅くまで読んでいたらそれはそれで困るが

 

 姉に意見はしたくないのか、微妙な表情でウィズは羊の子とスープを見ていて、ヴィルジニーはそうねと頷いている

 「すまない。助けきれないのは此方の実力不足だ」

 此方を睨み付けるエルフの少女の長耳を残った右目で見つつ、おれは頭を下げ……ない

 口での謝罪は幾らでもしよう。けれども。今の状況に責任はあっても落ち度はない。だから、頭を下げる訳にはいかない

 帝国皇子として、力不足を詫びることはあっても、罪として負債として残すのはダメだ

 

 「……彼等が居なくなっても、少なくとも皆の半数は呪詛のまま。壊れた家屋、再び瘴気を散らす怪異

 どれだけの被害が出るでしょうね」

 「……違う」

 と、おれの思いを代弁するように、頼勇が立ち上がった

 「犠牲が出るんじゃない。全員が犠牲にならないために、待つしかないんだ」

 つう、とその口元から垂れる一条の血。恐らく、唇が切れたのだろう

 

 その通りだ。命を懸けて、それで勝てる可能性があるなら戦ってる

 だからこれも勝つための……

 「そう睨まないでくれるかしら?」

 「睨んでない」

 「自覚がないのかしら?右目を此方に突き出して見開くなんて」

 言われて、左目のない状況で左右にバランスの良い視界の確保のために、無意識に顔を正面ではなく右斜めにしていたことに気が付く

 

 首筋に走る鋭い痛みと、包帯を赤く染める血

 「ごめんなさいっ!」

 カッ!と輝く腕輪。噴き出した血に染まった、ぽろりと落ちる魔法書

 アナがこっそりおれに回復魔法をかけたのが一発で分かり、ノア姫との話が中断される

 「……アナ」

 「ごめんなさい……治せないって、わたし……なんとなく分かってたのに

 でも、痛そうで、治せたらって思っちゃって……」

 しゅん、とする少女

 

 それに、おれは笑いかけようとして……

 いや駄目だな。隻眼で睨んでるように見えたとノア姫から教えてもらったばかりだ。更に笑顔が笑顔に見えなくなっているなら……

 「治そうとしてくれたんだろ?」

 と、分かってるよとばかりに結論だけを口にする

 「でも……」

 そんな少女に向けて、首の包帯を引きちぎってみせる。血にまみれてひどい有り様だから、どっちにしても使えないしな

 

 「……包帯駄目になっちゃったからさ、また巻いてくれ」

 「……はい」

 やっぱり気にしてるのだろうか。浮かない表情でアナは近付いてきた

 

 「ごめんな、おれはこんな体質でさ」

 カッコよくないだろ?と茶化す

 「……神さまの力でも、駄目なんですか?

 神さまの力だから、皇子さまは……」

 火の側にはあまり近付きたくなくて。わざと離れていたおれにとって、その少女の顔は逆光で少し見えにくくて

 

 それでも、アナが沈んでいることは分かるから……

 どこまで言うべきか悩みつつ、言葉を探る

 「そうじゃないよ、アナ」

 「皇子さまが神さまに恨まれてるなら、治せるはずないのに

 でも」

 「違う。おれは忌み子だけど

 天はおれを嫌ってないよ」

 

 下手に言葉を言いすぎたら、魔神族の中の裏切り者の血の先祖返りだとかの厄介な話に繋がる

 だから最低限の……

 「忌むべき者……本当に悪魔じゃない

 恐れ入ったわ、灰かぶりの魔神(サンドリヨン)

 その言葉は、静かに夜に溶けていった

 

 ぴくり、とアルヴィナの耳が動く

 「え……?」

 アナの子供らしい丸い目が、大きく開かれた

 「それって、どういう……」

 「忌むべき者。忌まわしき呪いの子

 そんなものに迎合するエルフが咎とされる元凶。人間本来の姿」

 「っ!止めてくれないか、ノア姫」

 今言うべきじゃない。そう思って止めようとするも、エルフに手をあげるわけにはいかなくて何も出来ず

 

 「知らないならワタシが無知な人間に教えてあげるわ

 人間とは異物。高貴なるエルフ等とは異なる世界の外来種。元々、七大天に教化されてこの世界に迎合し、創造主たる万色の虹界『アウザティリス=アルカジェネス』を裏切った魔神。呪われ、代わりに七大天からお情けで魔法の力を与えられた、牙を抜かれたかつて神であり獣であった怪物の成れの果て

 そして彼は、その中で魔神としての牙を取り戻した忌むべき怪物」

 淡い金の髪を揺らし、100年は生きているだろう人よりも七大天に近しいその少女は、おれの真実を暴露した

 

 「……皇子さまが、魔神?

 あの、昔多くの人を殺して……世界をほろぼしちゃおうと、した?」

 「いいえ。違うわ。アナタをはじめとした、教化なき純粋な人を外来種の癖に獣人だと貶める、ニンゲンそのものがあいつらと同類なの」



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少女の決意、或いは人気投票2位

「うそ、うそですよね、皇子さま?」

 とても心配そうに、嫌悪を顔には一切浮かべずに

 涙だけ浮かべた少女が、此方を見る

 

 嘘だと言って欲しそうに

 けれども、そこで誤魔化しても意味はない。おれは静かに、言葉に対してうなずきを返す

 「おれは、裏切り者の魔神に先祖返りした忌み子

 ノア姫の言う通り、人と魔神の間。人の庇護者たる七大天の力を扱えず、魔神の創造主たる混沌から呪われた灰色のどっちつかずだよ」

 「そんなの、皇子さまは何にもわるくないじゃないですか!

 そんな産まれって……どうして……」

 「アナ」

 優しく少女に声をかける

 

 「産まれたことが、生きていることが。罪って奴だって居るんだよ」

 例えば、シドーミチヤのように

 「そんな。そんなのって……」

 「だからね、アナ

 おれは生きているという罪を(そそ)がなきゃいけない。それがおれの終わることの無い贖罪」

 「終わらないんですか」

 「終わらないよ。生きている事が罪ならば、ずっと新しく罪は産まれているから。生きている限り購い続ける」

 

 そしておれは、此方を信じられないものを見る目で見返してくるエルフの少女に静かに呟く

 「そういう事だよ、ノア姫

 貴女の言うとおり。おれは己の為に、自分勝手に見返りを求めて貴女方を助けている。誰かを助ける事。助け続けること。伸ばされた手を、出来る限り多く取ること

 それがおれの贖罪。彼等を犠牲に生き残ったこと。自分そのものという消えない罪を誰かを助けられたって自己満足で塗り潰す勝手な禊

 

 ……元々、救って当然の命。そんな当たり前の行動に何も購いなんて無いのに」

 だから、と吐き捨てる

 「出来る限り多くを救ってみせるから、これ以上おれの大事な……こんなおれに手を差し伸べてくれる罪もない皆に酷いことを言わないでくれ」

 それだけ言うと、おれは火の辺りを離れる

 

 元々、火は苦手だ。トラウマって程じゃないけれども、あまり好きじゃない

 燃える機体、燃える父の放つ炎。どちらも……心の奥に焼き付いたあまり良くない記憶

 大事なものを奪い去っていく気がして、どこか落ち着かない

 

 だから、だろうか

 少し離れて息を吐くと、何となく心が落ち着いてくる

 

 そうだ。アナにはちょっと酷い言い方をし過ぎただろうか

 あれが真実で、おれはアナが多分信じてたような高潔な皇子でも何でもない

 盗品の宝石と金塗料で出来た、自分のために施す偽物の幸福の王子。殆ど変わらないとエッケハルトはいうけれど、おれは「おれ」だ

 ほぼ使命感から動いてたろう原作のゼノ程に、高潔じゃない

 

 そんなのいつかバレると思っていた。メッキは、無理すれば剥がれるものだ

 でも、今じゃないと思っていた。今じゃダメだ

 

 最低な話だけど。アナが協力してくれなきゃ、立てた作戦は上手く行かないのだから

 

 最後に黒狼スコール相手に咆哮していた天狼の頭に角は無かった。恐らくだが、折られている

 そして、天狼のなかで一番瘴気の影響が強そうだったのは血走った瞳ではなく、完全に赤く変色していた角の方

 呪いは恐らくだが、力の源と言われる角から広まるものだったのだろう

 ならば、だ。今ならアナの力で治癒してやれば瘴気が消えるんじゃないか?という話

 

 そう。おれと竪神の立てた作戦とは、ライ-オウが復活する寸前になったら天狼を探してアナに治癒してもらい、天狼と共に殴り込むというもの

 父さんが……皇帝が駆け付けるのが間に合えばなお良しだが期待はしていない

 

 具体的には、恐らく復活しているアトラスをライ-オウ+HXS(ヒュペリオクロス)というらしいアイリス製支援機で抑えている間に二頭の狼をアルヴィナと天狼に抑えてもらい、あの少年をおれが斬り殺す

 ウィズは適宜遠距離からガーンデーヴァで支援で、ノア姫とヴィルジニーの巻き込まれ二人は安全な場所で待機。オルフェには治療後のアナを守って逃げてもらう

 

 片割れを殺したら後はアトラス相手の総力戦。何とかしてエネルギー切れまで持っていって、シャーフヴォルに止めを刺せれば100点

 少なくともあの腕時計の破壊だけは果たさないと負けだから、油断は出来ないが……

 

 人を殺すのに抵抗はあるが、他の誰にもやらせられない。殺人の罪は元々罪深いおれが全部背負う

 

 そんな話なので、アナがまず手を貸してくれなきゃ話にならないんだよな

 だから、正直止めて欲しかった。いつかバレるにしても、今は……アナの力が必要だから

 

 あの子は優しくて、誰かの為に動けるから。見ず知らずのエルフを助けるために頑張ってくれるような子だから

 今回もやってくれるとは思う。でも……やっぱり、心の中に疑問とか残るだろう。悩みながら、戦わせるのは忍びない

 いや、騙してた今までも忍びないんだが……

 

 と、横にやってくる気配。おれの背中に自分の体重を預けてくるのは……

 頭の横でなく上に耳の感触。アルヴィナだ

 「……アルヴィナ?」

 「……皇子。ひとつ、ボクが言わなきゃいけないことがある」

 真剣そうな声で。でも、顔を見られたくないんだろうか、此方を向かずにぽつりと少女は語る

 

 「……ボクは、ほんとうは……」

 「言わなくて良いよ、アルヴィナ」

 それを遮り、おれは一人駆けるときのおやつとしてポケットに入っていた甘味を少女の口に放り込んだ

 殆ど割れたり血にまみれていたが、奇跡的に残った一粒を

 

 「……でも」

 「おれは、魔神の血を色濃く出したバケモンだ

 でも、アルヴィナは気にせずにこうしておれを慰めようとしてくれたんだろ?

 それと同じだ。おれとアルヴィナは友達。それ以上の言葉は要らない」

 何となく、言いたいことは分かるから。おれはそれを聞かないようにそう言う

 

 ってか、本気で魔神族だったのかアルヴィナ……

 何しに来たんだろうな。そう思うし、聞きたいことは幾らでもある。でも、だ

 

 おれはアルヴィナを信じると決めた

 ならそれで良い。それ以上は余計なことだ

 「でも、ボクは」

 「あの一年以上前の聖夜に言った言葉、覚えてるかアルヴィナ?

 あれがおれの偽らざる答え。アルヴィナが魔神でも、それ以前に友達だって。だからおれは友達を信じてる

 その上で、アルヴィナが言いたいなら聞くよ。でも、あの時とおれの答えは変わらない」

 「……なら、こうしてる」

 それ以上、魔神の少女は己をさらけ出すことはなく

 じっとおれの背に良く似合わない帽子で隠している耳をぴっとり当て、静かに本を読み続ける

 

 でもなアルヴィナ?ここ火の近くじゃないから暗いぞ?

 と思うと、天属性の魔法で読んでる頁を照らしていた。いや、魔神だし実は天属性じゃないのかもしれないが

 ……これで、確実にアルヴィナは聖女じゃないと確定したな。だからどうするって話じゃないけど

 アルヴィナが聖女じゃなくて本来敵である魔神でも、それ以前にアルヴィナは友達だ。裏切らない限り信じるし助けるし護る。当然だろ

 

 「……ってそんな場合じゃないな」

 「だろうと思った」

 と、気がつくと近くでスープを啜っている頼勇が言った

 「竪神。竪神は変わらないな」

 「私も、禍幽怒なるバケモノのもたらした禁忌、レリックハートでもって魔法を使えなくなった身だ。先天的か後天的かは違えどバケモノなのは同じ事

 そんな私が、今更皇子に何を言うというんだ?」

 うん。実に竪神頼勇。頼もしすぎる

 流石ルート無しの頃から人気投票総合2位の男は格が違う

 

 「皇子がどんな産まれかは関係ない。いや、血筋的に敬えと言われればそれはそうだが

 ……ひょっとして不味かったか?」

 「おれはこんなんだ。今更敬わないでくれ」

 「なら私は私、皇子は皇子

 見えるものだけを信じるなというのは良く言われるが、そもそも見たものを信じなければ何も始まらない

 だから、私は私の見てきた皇子というものを信じている。それは、忌み子の性質がどんなものであれ、否定されるものではない」

 くいっと、青き少年は己のスープを飲みきって立ち上がる

 「それだけさ。さて、私はそろそろ休む。

 明日、共に勝つぞ、皇子」

 そんなおれが普通の女の子だったら惚れてるような言葉を吐いて、少年はおっかなびっくり近付いてくる銀の少女に場所を譲った

 

 ところで頼勇?スープとか……と思ったが、少女の手にスープがあるのを見て言葉を飲み込む

 「……アナ」

 静かにその少女の愛称を呼び

 「アナスタシア」

 そう、本名で呼び直す

 

 「……止めてください、皇子さま。わたしは、かわりたくないです

 皇子さまを、今までと違うなんて思いたくないんです。だから、アナって呼ぶままで、居てください」

 「分かったよ、アナ」

 そんなおれとアナを、ノア姫はナニコレとばかりに見ていた

 

 「……怖くないか、アナ?」

 「怖く、おもいたくない……」

 その声は少し、震えていた

 「……頑張れる?」

 「がんばります」

 

 「皇子さま。皇子さまは、知ってたんですか?」

 「知ってたよ。七大天からヒントを貰って、帝祖から聞いた」

 言ってて思うが、凄いなこれ

 

 「知ってて、悩まなかったんですか?」

 「悩んだよ。おれはどこまで距離を取るべきか。君の幸せのために、離れるべきか」

 「そうじゃないです!辛くないんですか!?」

 「……辛い?」

 予想外の言葉に、ふと首をかしげる

 「皇子さま、なんにもわるくないじゃないですか!」

 と、手にしたスープをちょっと溢しながら、少女は力説する

 

 熱そうなので、胸元の布……は血まみれだと思ったところでひょいとシロノワールが咥えてきてくれたアルヴィナが取り出してくれた布で指先を拭き、スープを受け取る

 

 「……全部理不尽です!なのに、どうして……

 どうして皇子さまは、何にも変わらないんですか」

 「……おれはおれ。働かざる者食うべからず」

 「わたしだって、働いてないです!」

 ってアナ?アイリスのメイドは仕事だぞ?

 寧ろ遊びたいだろうに妹の為に、そして至らないおれのかわりに足りない額を稼いで孤児院を支えるんだって頑張ってくれてて頭が上がらない思いなんだが

 

 「アナ。意味が違うし、君は良くやってくれてる。本当はまだ働かずに遊んでて良い歳なのに。貴族だって、ほぼ勉学3割遊び7割なのにさ

 

 この言葉の意味は……『お前らが見下して搾取している平民が働いて、それでお前達は生きている。有事の際に飢えるべきは民でなく此方だ、それが嫌なら対策しろ。その為の権力だ』っていう、帝祖の戒め

 貴族、皇族の義務を語る言葉

 おれは、なんであってもそれ以前に皇子だから。変わる余裕なんて無いよ」

 「でもっ!」

 

 「……バカね。流石は人間」

 と、そんな声が響く

 「言ったでしょう、魔神を教化して人間にしたのは七大天。ワタシ達を産み出した女神を含めた、神々よ

 なら、この灰かぶりの半端魔神(サンドリヨン)が呪われているのが嫌ならば、もっと神に近い存在になれば良い事よ。ええ、それこそ神に選ばれた代行者、聖女そのものにでも

 たったそれだけの事に、色々煩いわ。耳障りよ」

 

 その言葉に、銀の少女は目を丸くして呆けた

 「……ノア、さん?

 そうなんですか?」

 「知らないわよ。実際は

 でも、聖女とは奇跡にして神の代行者。その紛い物の腕輪よりは可能性があるでしょうね」

 実に興味無さそうなフリをしながら、少女は……ちらりと此方を見る

 反省でもしたのだろうか

 「忌々しいけれど、忌み子皇子は、わたくしでも3柱しか聞き取れないというのに、全ての七大天の名を当然の権利のように口に出来ますもの

 同情くらいはされてるんでしょうね、忌み子の癖に」

 と、言葉を補強するのはヴィルジニー

 

 「……皇子さま!」

 と、何かを決めたように、腕輪をきゅっと握りしめて、少女はおれを見る

 「わたし、聖女を目指します!」

 

 アナ?目指してなれるものじゃないと思うんだが?




流石人気投票2位、おれが普通の女の子なら惚れてるな、と評価した言葉とほぼ同じ言葉というかより重い言葉を当然だろ面で直前に吐いてる忌み子(人気投票3位)の図


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覚醒、或いは変身

そうして、それは……唐突に始まった

 まだ、日の昇らぬ頃

 

 けたたましく鳴り響く音

 『ワーニング!ワーニング!』

 そんな、原作でも時折聞く竪神貞蔵の声

 こいつ本当に便利なこと大概出来るなとなる頼勇が張っていた何者かが踏み込むセンサーの音

 

 それ、即ち……敵襲!向こうから来やがったってことか!

 思ったより向こうの動きが早い!やってくれる!

 「……竪神!」

 「分かっている!」

 大きな音にうつらうつらしながら時折歴史本のページを捲るアルヴィナがびくっとおれの背という枕から顔をあげる中、おれは彼から借りた予備のエンジンブレードを手にして周囲を警戒する

 

 「オルフェ!」

 一声嘶いて完全に眠った2人の少女のうち背に乗っていたヴィルジニーの方を連れて駆け去っていく愛馬を見送って

 もう一頭は前足が一本無い。アナが魔法で少し治療して包帯を巻き、そのまま眠ってしまったのを優しくその顎で背を擦ってやっているアミュグダレーオークスはまともに走れない

 だから、離れた場所で眠るノア姫を連れ出すことは即座には出来ず

 

 「空気は揺れていない。向こうが来るならば……轟く音がする」

 「ならば来るのは、おれの敵か!」

 「そして、ボクの敵」

 目を擦り、読み終えた本をぱたん、と片手で閉じて

 黒髪の少女は何時も左目に掛かっている髪をおれが昔あげた髪飾りでかきあげて留める

 

 「……アナ、起きて」

 「レリックハート・ウェイクアップ」

 おれが遠くの少女に声をかけるなか、青の少年は迎え撃つ準備を行い。

 

 やはりというか、降り立ったのは小柄な白狼

 (きた)るのは、その背にふんぞり返る少年

 「……全く、こんなところに逃げ隠れするなんて

 せっかくこの角の力を使ってみたかったのに。的が逃げたらさぁ」

 少年は……アルヴィナを見て、にやりと笑いながら言った

 その手には、今も帯電する赤黒い天狼の角

 その背後に差すのは黒い影。追い掛けてきた、巨黒狼スコール・ニクス。死してなお、転生者に完全に良いように扱われるその姿には、多少の同情を覚える

 

 あの刹月花の少年からすれば、おれも同じに見えたのだろうか

 さらっと同質の魔法が使えるとアルヴィナは言ってたしな。だとすれば、彼は別の動きでもしてたのだろうか

 ノリ軽く話してくれた後の聖女みたいに。何だかんだ皆好きだからと逆ハーレム目指してるらしいあのやらかしにも悪気は無さそうなピンクいリリーナのように

 

 そして、巨狼がなにかを此方に投げて寄越す

 それは、もう白い部分の方が少ない一匹の巨狼の姿

 

 天狼

 

 しかし、その両の眼は最早無く、角は根元から折られ、足も片前足が肘……と呼んで良いのか悩む辺りからばっさりと噛み砕かれ、喉元にも大きな傷痕を残し、尾は切り落とされ、後ろ足は両方とも傷だらけ

 その甲殻もひび割れ、瘴気を噴出して横たわる姿に、元の気高さも気品も欠片もない

 

 前に見た時より、更に痛々しい姿で。少し大きく見える腹を横にして、庇うように丸まりつつ唸る

 

 ……情けない、と唇を噛む

 何故天狼が降りてきたのか悩んでいたが、分かりきっていたじゃないか

 

 天狼ラインハルト。おれと並ぶもう一人(一頭)のアナザー聖女限定攻略キャラ

 幼い頃に聖女が関わったという天狼事件で産まれ、彼女に名を付けられた幼く気高い狼

 

 そう、あの天狼はラインハルトの母。彼等真性異言(ゼノグラシア)と出会わず、けれども出産の為に何らかの理由で天空山を降り、結果的に天狼が人里近くに来たことで何らかの事件が起きたというのが、原作の天狼事件なのだろう  

 だから、番たる夫の方は現れない。天空山であの少年によって呪詛を植えられたならば、番が気が付かない筈がないのだから

 

 そう。だというのに

 息子となる存在をその腹に抱えた母となる狼。そんな存在でありながら、彼女は幾度おれを助けてくれた?

 おれは何度、護られた?本来は自分の身を何よりも大事にすべきで、そもそも争うその最中に飛び込んで暴れまわるなんて行動を避ければ出来た筈で

 

 だというのに、己も、我が子も危険に晒して。狂乱の中それでもおれたちの為に現れたあの彼女に。天狼に

 本来は護られる側になって良い筈の存在に。おれは、どれだけ頼った?

 

 「情けねぇ……っ」

 つぅ、と頬を伝う血

 それが、轟!と燃え上がる

 

 ……漸くかよと言いたい気もあるが、そもそも本来は使えなくて当然。使える事が異例のもの

 すまない、有り難う

 もう一度、おれに手を貸してくれ、轟火の剣よ!

 

 脳裏に響くのは、遥かなる祖先の声

 即ち、己の強さを思い描き、叫べ!と  

 

 「ブレイヴ!トイフェル!イグニッション!」

 咄嗟に思い浮かぶのは、あの日演じたそれ

 強き者。強きおれ。ペンネーム:星野井上緒(アステール)が願いおれに演じさせ、魔神の力を持つ事への肯定を人々に植え付けようとした、おれをモチーフとした英雄の姿

 「『スペードレベル、オォバァァロォォォドッ!!』」

 二つの声が重なる

 

 って何で合わせられるんですか帝祖皇帝!?ノリノリ過ぎでは!?

 『叫べ、遠き子よ!

 帝国の魂を込めて!』

 って、帝国を、民を見守っていたなら見守るべき子供達の流行りくらい知ってるか!

 いやでもノリ合わせられるの可笑しくないですか!?

 ってまあ良いか!

 「変身ッ!」

 眼前に出現した剣を、おれはその右手で掴み取る!

 

 瞬時、燃え上がる炎。おれを焼く焔

 だが!おれとて何も考えてない訳じゃない!

 燃え上がる炎の魔力に反応し、服が変質する。そう、父から次から使う時が来そうならこれを着ていろと言われた専用の耐火服、それが今の服だ

 強い炎の魔力を受けると収縮して体に張り付き、炎の魔力を纏っても体が燃えなくなる。ならば、自己の炎上にも暫く耐えられる

 そのための服

 

 『~The Dragon appears.When Despair's side ~

 ~Disaster cover the sky,Destroyed all hopes.~

 ~You have Desire and the flame is bright.~

 ~The beginning of DRAGONIC NIGHT~

 DRAGONIC KNIGHT』

 朗々と剣より響き渡る声。変身の際、かつてはアルヴィナとアイリスが唄っていたそれを、二つの声が唱える

 全身を焔が包み、服が変質し、首筋の傷痕を覆う包帯が焼き切れ、ほどけて燃えながらマントのようにはためく

 デュランダルの中で子孫を見守る帝祖の声に、何故か輪唱する八咫烏の声が混じり合い

 「魔神剣帝『スカーレットゼノンッ!』

 地獄より還りて!」

 『剣を取る!』

 空っぽの眼窩に前回と同じく黄金の焔を灯し、おれは叫んだ

 

 「……は?」

 呆けたように、少年の動きが止まる

 「え?ここってそんな世界線?」

 心底面食らったように、そんな言葉を返した

 

 ……意味がわからない。おれがこのスカーレットゼノンに変身するってのはアステールオリジナルの筈だ

 変身ヒーローなんてやってるルートは原作には無い。エッケハルトが万が一知ってればその辺り絶対にネタにしてからかってくるからな

 それに、あの淫ピリーナだって、原作ネタだったらもっと話に出してくる

 

 だが、どうでも良い!

 吼えろ!猛れ!望外に発動できたこの力。手を貸してくれた帝国の想い

 全てを乗せて、その首、叩き落とす!

 

 「グルゥウラァァッ!」

 咆哮し、此方を睨む三眼。恐らく、スコールの遠い記憶が呼び覚まされているのだろう。

 何たって、原作ネタじゃなくこの世界で聖女伝説読めば分かるが、あいつを倒したのは帝祖と轟火の剣デュランダル。あとはエルフのティグル・"ミュルクヴィズ"と繚乱の弓ガーンデーヴァ

 

 即ち此処にその子孫と神器が揃っている訳だ。狂おしい怒りくらい、覚えるだろう

 本当ならな

 「……スコール・ニクス

 もう一度、この地を墓標にしてやる。今度は安らかに眠れ」

 それを燃える金焔で睨み返し、おれは……帝祖なら言いそうにこう呟く

 

 何というか、前回もそうだが、妙なテンションになるが……

 「っ!はぁぁっ!」

 黒狼が牙を剥く前に踏み込み一閃

 身の丈を越える剣を振るい、その眼を横に両断する

 

 「グルガァッ!?」

 「焼き尽くせ、不滅不敗の剣よ!」

 黒狼を焔に包み込み、おれは疾駆する

 目指すはひとつ。少年のところ

 

 背後のアナがひざまずいて天狼の横にしゃがみこみ、魔法を必死に唱えるのが見える

 だから、放っておけばアナを襲いかねないスコールを放置せず足止めし、後で来る筈のシャーフヴォル等は、竪神に任せる!

 

 「……スカーレットゼノンっ!

 何でお前がその姿になってんだよぉぉっ!?

 可笑しいだろ!此処は都合の良いギャグ時空じゃ無い筈なのに」

 「お前達に都合の良い世界でもない!此処は、皆の生きる現実(いま)だ!

 その角を、本来の持ち主に返して滅びろ!」

 良く分からない事をほざき、白狼に乗って逃げようとする少年を追う

 

 「繚乱の光よ!」

 ウィズの放つ矢が白狼を貫き、少年の体が投げ出される

 その首に剣が届きそうな刹那、少年を庇うように現れるひとつの影

 ……アルヴィナ?

 

 「デュランダルゥッ!」

 一瞬の気の迷い

 だが、アルヴィナそのもので無い事は分かっている。だから……

 一拍遅れて、帽子の無い黒髪の少女の出来の悪い幻を切り捨て

 

 『AGX-ANCt-09 ATLUS

 Re:rize』

 「ちっ!もう来やがったか!アトラス!」

 その剣は、巨大な拳に阻まれた

 

 「セットアップ、縮退光砲アラドヴァール」

 『Set up error all green

 Ready to Rejudgement.』

 「させるかよ!ライオアームっ!」

 頼勇が腕だけ呼び出した蒼き鬣の機神が、降臨した青と赤の鋼神を打ち、地面に着陸させる

 

 「……くっ、だが……」

 しかし、召喚は一瞬。ゲームでもやってた召喚技。まだ修復しきっていないライ-オウでは、これが限度だろうという判断

 

 ひらりと、おれの前に、一枚の紙が落ちる

 それは、転送の際に一緒に送られるように、機神の左腕に張りつけられていた、妹の手紙

 拙い字で、汚い手で。徹夜で整備を続けてドロドロになった、汚れた……それでも、色褪せない決意の文字列

 

 「問題ない。アイリスが、どれだけ壊れても!どれだけボロボロでも!何とかする!

 だから、やれ!竪神!」

 手紙のままに、叫ぶ

 

 「……ああ!

 Lっ!Iっ!Oっ!Hっ!ライッ!オォォォウッ!」




魔神王ニキが何か輪唱していた歌詞(ガバガバ)の全文意訳
『竜が現れた時、災厄が空を覆い、絶望が心を穢す
されど、砕けぬ夢を持つ者が立ち上がる
それが竜の夜の始まりである
竜の力を得た騎士、スカーレットゼノンッ!』


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特命合体、或いは制空の鬣

『Non-Rev SEELE drive mode set up

 セーット!Are you ready(アーユーレディ)?』

 「……当然!」

 『system hacked

 Sterne advent Utopia drive!Emergency go!』

 耳に残るのは、何時もの音声に混じり、不可思議な音

 だが、気にしている余裕はない!アイリスを、そして頼勇を信じて……おれがやるべきは、もう一人を止め、そして倒すこと!

 

 『AGX-Mt(マギティリス)S(シュテアネ)03pc(プロトカスタム)13c(コア)

 LI-OH(ライ-オウ)ッ!ガン!ガン!ガォォォォンッ!』

 空高く掲げた左腕。青き少年のその手から放たれる翠光に導かれるままに、青き鬣の機神が来光する!

 

 その右腕はほぼ修復されていない、最低限形を直しただけのコアフレーム剥き出し。エネルギー伝達用のあれこれが繋ぎ直されていない形だけのソレ

 だが!

 胸の獅子が、そしてその精悍に作られた片眼赤バイザー(ちなみにアイリスがおれをモチーフに左目バイザーを増設していた)の顔が吼える

 

 「……紛い物が!」

 「そんなお前は、拾い物だろうが!」

 AGX、と聞こえた

 いや、AGXなる変な機神相手にこの世界の機神で立ち向かえたらと思ったのはおれだけど、真面目に縁とかあったんだな!?

 

 そりゃそうか。縁も所縁もないアレじゃないから持ち込めるし、七大天もその存在は分かっているんだろうからな!

 なら使わせてくれと言いたいが……言いたいだけだ!

 

 この世界は、この世界!変なもの大量に持ち込んで壊して良いものじゃない!

 「スノウ!」

 「っ!おれを食らい、弾けろぉぉっ!」

 青き鬣の機神が現れたATLUSに向けて、アイリスが用意してくれたろう前使ってた槍とは異なり剣を掲げて斬りつけるのを横目に、おれは死霊使いの少年へと轟火の剣を叩き付ける

 

 その刃は、喉元に光の矢が突き刺さった白い狼によって阻まれ……

 「ふぐっ!」

 おいやめろシロノワールってか魔神王!

 大事な人なんだろうってのは分かる!

 だから、分かってくれ!あいつは、どこかアルヴィナに似たあの白い狼は!斬らなきゃいけない!眠らせてやらなきゃいけない!

 アルヴィナを、彼女と同じ醜悪な存在にされないために!

 

 魔神王テネーブルであろう八咫烏(シロノワール)とて、当然それは分かっているのだろう。おれの首筋を刺す痛みは刹那で消える

 そもそも、彼がスコールと戦ってくれなければ逃げれずに死んでいた。信じているさ

 少なくとも、彼等とは敵同士、呉越同舟は出来るってな!

 

 「スコォォル!なにやってる!」

 瞬時、悪寒を感じて横飛び

 おれの脇を掠める、黒い弾丸が少年を庇うように駆け戻る

 スコール・ニクス。かつての四天王たる三眼の狼。しかし、誰とも分からぬ少年に唯々諾々と従うだけの今の彼に、四天王であり魔神たる誇りなど欠片も見えない

 

 幻獣、神の似姿として狂乱しながらおれ達を助けてくれた天狼に比べて、あまりにも憐れな……好き勝手使われるだけの人形

 

 怒りを露に、剣を構える

 彼は敵だ。魔神だ。それでも、好き勝手己の手足として使うだけの彼には虫酸が走る

 「猛れ!不滅不敗の轟剣(デュランダル)よ!」

 振るう刃は炎を纏い、赤金の剣は黒狼を裂く

 

 「んっんー!

 自分から瘴気を……」

 何をほざいている、阿呆が!

 噴き出す瘴気。それはおれへと振りかかり……その全てが、纏う炎によって燃え尽きる

 「そんなもの、効くかよ」

 スコール、スノウ。二頭の狼は此方に狙いを定めている

 ならば、アナ達を襲う心配はない

 

 「いいですか、ルートヴィヒ。貴方の狙いと異なり、此方の彼女は殺したら手に入るものではありません

 決して殺さぬように」

 飛翔して地を走る鬣の機神をいなし、赤と青の神からそのような声が拡声されて響き渡る

 

 成程。ユーゴがアステールとヴィルジニーを嫁にしようとしていたように。アナでも手に入れようという算段か

 その割には吹き飛ばそうとしてなかったかコイツ!?

 

 まあ良い

 「誰にも手は出させない!」

 「ちっ、ハーレム転生者はこれだから……」

 毒づくルートヴィヒと呼ばれた少年

 

 ……いや、おれにそんな気無いぞ?

 というか、端から見たらおれも同じか

 自省はしよう。反省もしよう。だが……っ!

 「だとしても!負けるわけには、いかない!」

 応!と燃える焔。帝国の象徴。不滅にして不敗の剣を携え、白い狼を横に両断

 アルヴィナに面影のある少女の姿を斬ることに、少し心にささくれはあるが……斬る!

 それが、アルヴィナを護ることに繋がるのだから!

 

 「ぐぅっ!」

 その身に振りかかる超重力。昨日見たグラビトンフィールドなる重力場か

 「うげっ!」

 ……眼前で地面に沈みこむ切っ先。その先では、即座に再生された少女を敷布団に、地面に這いつくばる少年ルートヴィヒの姿

 忌まわしげに首を振るスコールにもそこまでの余裕はなさげだ。どうやら、重力場は敵味方構わないってところか

 

 「ぐぅっ!」

 「その機体では空は制圧できないようですね

 一瞬だけ焦りはしましたが……」

 空でマントのような両翼を光背へと連結させ、シャーフヴォルが勝ち誇る

 その眼下には、重力の影響こそほぼ受けないものの、空に対する攻撃手段が無い機神の姿が

 

 ……なにも分かってない

 地面に付いた切っ先から炎を放ちつつ、おれは思う

 「そうだろう、アイリス!」

 その瞬間、勝ち誇り、40mはある大剣を構えた巨神の姿が、飛来した紅の残光を残す流星の激突によって揺らぐ

 

 「がぁっ!?」

 「……今だ、竪神ぃっ!」

 「応!」

 飛来したのは、何処か隼のような首の長い……おれの語彙で言えば、ニホンがあった世界で遥か昔に使われてたって絵本で読んだコンコルドに近いフォルムの飛行物体

 黒銀のボディに、紅の光を放ちながら空を駆けるその名をHXS(ヒュペリオクロス)。アイリスがライオウフレームの中に眠っていたデータから作り上げた巨大ゴーレムである

 

 「……確かに、私とライ-オウは飛ぶことが出来ない

 だが!私達ならば違う!皇子!アイリス殿下!父さん!行くぞ!」

 ……頼勇、おれぶっちゃけ開発ちょっと手伝ったのと合体形態のモチーフな程度しか関係ないんだが!?

 混ぜるなそこに!いや嬉しいけどな!?

 

 「レディ!ハイペリオンフォーメーション!」

 その掛け声と共に、鬣の機神が吼え、良く使っている緑色のエネルギーが周囲を覆う。そこに飛び込んだHXSは、機首、翼がそれぞれ、胴体、背部サブエンジン、小型の尾翼の6つのパーツに別れ、胴体とエンジンが更に二つで合計8パーツへと分割

 そして、浮かび上がるコアたる機神ライ-オウを中心に、パーツがH字に並んだかと思うと……

 

 「させるとでも思うのですか?」

 「させなよ」

 「合体は待つものだ、シャーフヴォル!」

 剣を投げつけようとするアトラスの動きは、おれが風刃剣の要領で飛ばす焔とウィズの矢が止め

 

 『世界を護る特命の元に!』

 響くのは、不可思議な音。あのAGXの電子音の元になっている声にきっと似ている声

 「特命合体!」

 両エンジンは増加ブースターとして足に、胴体部は増加パーツとして腕に、紅のエネルギーを放出する両エネルギーウイングが背……ではなく肩に。長かった機首がそのままエネルギーで延長される剣とその鞘へと代わり、左腰にマウントされ……

 尾翼が一部を残して二股に展開し、前に突き出た一角と斜め後ろに伸びる合計三角を持つブレードアンテナとして頭に接続。額の双眼と、胸の双眼が翠に輝き……胸の獅子が咆哮する!

 「制空の蒼き鬣!LIO-HX(ライオヘクス)ッ!」

 「なぁっ!?原作に無いぞそんなの!?」

 「此処は原作じゃない!皆が生きる世界!

 お前らと同じように、おれ達も、お前らの知ってるおれ達じゃ、ないっ!」

 互いに思うように動けない重力の中、ルートヴィヒへ向けて剣を突き付けておれは叫び

 

 妹のゴーレムと一つとなったライオウ……ライオヘクスが、地より飛び立つ流星となって空に浮かぶ機神へと突貫した

 

 ……すまないが、そっちは任せるぞ、頼勇!アイリス、あとウィズ!

 おれは、アナ達に向かわないよう、此方を何とかする!



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ルートヴィヒ、或いは燃え盛る焔

「スコォォォォォルッ!」

 「デュランダルゥッ!」

 

 少年ルートヴィヒと二人、頼りきりの武器の名を吼える。

 ……ああ、頼りきりだ。この作戦でのおれは……刀が折れたせいで使い慣れぬ頼勇のエンジンブレードで戦おうとしていた

 それが轟火の剣になった。性能は段違いで……ついでにいえば、おれの刀についての鍛練はやっぱり全く意味がない。雪那もこいつじゃ撃てないしな

 

 だから、これはおれの力じゃない。帝国の力。不滅不敗の轟剣の力

 第一世代神器、七天御物のごり押し。彼等のやってることと変わりがない

 

 だが、それで良い!それで皆を護れるならプライドなんぞ要らない!

 

 空の上で、紅と緑の粒子を撒きながら空を駆ける蒼と銀の機神が、赤と青の機神へとその剣を横凪に振るう

 ヴゥン、という音と共に、アトラスの姿が背のブラックホール?だろう重力球に呑まれて消え、剣は空を切るが……

 

 「駆けろ!ライオヘクス!」

 撒き散らした粒子には、探知機能もある。そうアイリスが自慢していたとおりに……

 背後に重力球が出現し、其処から姿を現した機神が鬣の機神へとその巨剣を振り下ろそうとする寸前

 肩のエネルギーウイングを片方だけ噴かせ、足に増加ブースターとして接続されたものを獅子への変形形態を見越して逆関節にも曲がる足を前方に向けて逆噴射

 瞬時に右後方へと吹き飛んでいく巨神の姿を見失い、40mはある剣は地響きを立てて地面に埋まる

 

 「ハイペリオン・斬!」

 そこへ強襲するは鬣の機神の横凪の剣

 アトラスと呼ばれた機神は、超重力場を維持する為に光背の形に翼を維持するのを諦め天空へと離脱する

 

 軽くなる体

 アトラスの相手は完全に竪神親子と妹、あとウィズに任せきりにして

 

 「っ!らぁぁぁぁっ!」

 最早小手先の技など無い。お得意の抜刀術は轟火の剣で使うものじゃない

 力任せに、剣を少年に向けて上段から振り下ろす!

 「ガロォォォッ!」

 が、背に構えたところで、がくんと引かれる

 燃える剣に焼かれるのも構わず、三眼の黒狼が剣を咥えていて

 

 「……っ!」

 ほぼ人形だから喋れないのだろうか。そういえば、原作のゾンビ四天王も基本台詞無かったな

 おれの剣を止めて、スノウと呼ばれた白狼がおれの首を狙って襲いかかる。どれだけ操られていても生来の性格なのだろうか、控えめに開いた口

 

 それに当たってやる義理はない。おれは咥えられた轟火の剣を軸に跳躍して回転

 牙を剥き出しに刀身を咥える黒狼の頭に飛び乗ると、即座に剣を左手逆手に持ち変えて

 「っらぁっ!」

 謎の行動に牙が緩んだ瞬間、それこそ自分の腹を切り裂くように手首を捻って逆手故の斬撃で顎を切り裂く

 

 ぱっくりと開き、上顎と下顎がズレて、三眼の頭が地面に落ちる

 ……が、これで倒せるほど甘くはない事は何度かおれは身に染みて分からされている

 

 おれが体勢の安定のために乗った体が掻き消えたと思うや、地面に落ちた上顎から瘴気が噴き出し、黒狼の姿を取って疾駆する

 

 ってそっちが本体扱いなのかよ!?

 

 黒狼が目指すのはおれではない。護るべき少女たちをその牙にかけるべく、噴き出す黒いオーラと赤い三つめの瞳の光を残光として残して四天王の屍は駆け出す

 

 「させると、思ってるのかよ!」

 焔のマントをたなびかせて、おれもそれを追って駆け出し……

 「『セイクリット・バインド』!」

 背後から飛んでくるのはそんな拘束魔法

 

 ちっ!厄介な!

 いくら謎の覚醒状態になってようが、おれはおれだ

 頭の上に再び狼の耳?が生えていて感覚が研ぎ澄まされ、焔を纏って強化されていようが、生来の【魔防】0が消えたわけではない。魔法に弱いのはそのままだ

 だが、今回はそれを受け止めてくれる者がいる

 

 そう。アルヴィナ

 魔法としておどろおどろしく可愛くないせいか普段は使わないし、おれも最近まで使えること知らなかった死霊術を使う女の子

 その少女が付近の彷徨う魂に語りかけて作り上げた仮初めの体が、十字におれを縛り上げるはずの魔法への生きた(死んだ?)盾となる

 「アルヴィナァァァッ!」

 悔しげに叫ぶ少年の声を尻目に、ギリギリでおれは黒狼に追い付いて

 「させねえと、言っただろう!」

 二度、その首を跳ねる

 地面に落としてはそこから復活してくる為、ギリギリ毛皮一枚残したところで手首を捻り、剣を跳ね上げて空中へと首を飛ばし……

 

 「ガルゴォォッ!」

 って、胴体から生えたのか!?

 どこが本体かは勝手に向こうが決められるのか!

 「っ!アルヴィナ!」

 

 一拍呼吸を整えていたおれは、少しだけ対応が遅れた

 アナを殺すなと念を押されていたから、攻撃するのはじっと天狼の前にひざまずいて魔法書を捲り続けるアナではないだろう

 だが。アルヴィナは死んでも大丈夫と真性異言(ゼノグラシア)らは話していた。ならば、狙う牙は……

 

 「っ!まに、あえぇっ!」

 考えている暇など無い。剣を振るっても止められない。ならば!盾になるのみ!

 何とか少女の前に出て……

 

 「ルオォォォン!」

 視界を焼く桜光

 駆け抜ける、白と桜の閃光

 

 折れた角はそのままに。力尽きた銀の髪の少女をその背に乗せて

 片眼のみが治った隻眼の白狼が、おれを飛び越えて三眼の黒狼に襲い掛かった

 

 「天狼!」

 「……っ!ガォォォッ!」

 振り下ろさんと振り上げた左前足に噛み付かれ、バランスを崩した黒狼スコールはそのまま押し倒され、天狼に抑えつけられる

 

 しかし、相手は魔神。人に近しい姿と本来の姿を持つ怪物。抑えられた腕の拘束を、三つめの眼が額に輝く武人の姿に変わることで抜け出して

 「させねぇよ!」

 地面に転がった姿から、腕に発生させた黒いオーラを放って天狼の腹を狙おうとするその男の腕を、轟火の剣を振るって切り落とす!

 

 「ガァァァッ!?」

 人の姿をしていても、他の魔神は流暢に喋るはずでも

 響くのは獣の咆哮

 どこまでも、好き勝手使われているだけ

 

 そんな四天王の姿に少しだけ憐れみを覚えつつ、おれは天狼を横目で見る

 傷は半端に治っていて。後ろ足はもう良いのかもしれないし、眼も普通に戻っている

 だが、力の源とも言われる角が無く、出産の為に体力を息子(確定)に取られているだろう今。既にたった一瞬の攻防でふらついている

 「……天狼よ」

 静かに、その蒼い片方しか残っていない瞳がおれを見る

 

 「おれが、貴女に角を取り戻す。あのバカにツケを払わせる。絶対だ

 だから、アナ達を護ってやって下さい」

 それは、気遣いの言葉だと分かったのだろうか。いや、きっと伝わったのだ

 ふらつく3足で、天狼はアルヴィナの前へと向かう

 

 「……ボクも?」

 「大丈夫だよアルヴィナ。轟火の剣は無敵の剣だ

 絶対に負けない、不滅不敗の轟剣(デュランダル)なんだから」

 こくり、と頷いて。魔神の少女はその背に乗る

 

 そして、桜雷と共に駆け出す天狼

 それを追うスコールはおれが止め

 「キャンッ!?」

 同じくそろそろと大回りをして狙いにいっていた白狼の首を、光の矢が撃ち抜く

 

 「あの無能が!」

 そして、アトラスから降り注ぐ銃弾の嵐、その頭部に仕込まれたバルカン砲による攻撃は……

 「頼む、アイリス殿下!」

 制空の機神LIO-HXより今一度分離した支援機、アイリスのゴーレムたるHXSがその速力で身を呈して庇いきる

 バルカンは牽制用故か、その機体に傷付くことはなく

 

 「……決着をつけよう、少年」

 「うざってえんだよ!お前も同じだろうが忌み子皇子!

 一人だけハーレム満喫して満足かよ!」

 耐火服のお陰か、まだまだおれの体力には余裕がある。前ならもう全身焼けて倒れていたところだが、まだ戦える

 少し耐えきれず焼け始めた内蔵から出る白煙を唇の端からタバコのように格好つけて(くゆ)らせて

 

 「満足、か

 満足な訳はない」

 「はっ!結局同類だろ!」

 ……同類だ。それは違いない。どれだけ格好つけていても、おれも真性異言の一人だ

 

 アナ達の為?もっと好きになれる人が出来る?

 そう言い聞かせていても、距離を取ろうとはしなかった。本気でそう思っているならば、もっと強く拒絶するべきだ

 去勢だって、当然やってて然るべき。天の加護がないから聞き届けられない口先だけの不犯の誓いを七天教に奉納するだのやる前に、物理的に潰せた筈

 だからおれは、少女達に慕われる状況を、何だかんだ楽しんでいたのだろう

 

 ああ。どれだけ取り繕おうが、おれと彼やユーゴは同じ穴の狢

 ……もっと離れなければ。あの子達はきっと幸せになれない

 

 だが、それがどうした

 身を焼く焔がより強く燃え上がる

 「だとしても。今此処で!お前を倒さない理由にはならない!」

 今おれが居なければ!竪神が戦わなければ!もっと酷い目に逢うならば!

 クズが同じクズを!同じだからって止めない理由になど!なるものか!

 

 「共に戦ってくれ、帝祖ゲルハルト・ローランド!」

 応!と燃え上がる焔。たなびく包帯がほどけきって全て燃え尽き、包帯を燃やしてマント状になっていたそれが竜翼となって燃え上がる

 

 「っ!吼えろぉぉぉっ!」

 「この!たまたま恵まれた偽善者がぁぁっ!」

 黒狼と爆炎、正論と正論がぶつかり合い、紅蓮の焔が、黒き瘴気を呑み込んだ

 

 肉を斬る感覚

 幾度もの再生で力を使い果たしたのだろう四天王の屍が瘴気として焔の中に溶け消え、

 「ルートヴィヒ!おれの、勝ちだ!」

 そのまま駆け抜けたおれは、少年を袈裟懸けに両断した

 

 「あか、あっ……」

 斜めに両断された少年の体は、二つのパーツに分かれてブスブスと焦げた大地に転がる

 控えた白狼の少女は動かない。これが生きている誰かならば、間違いなく駆け寄ってくるか、おれを追い払おうとするだろうに虚ろな表情になって立ち止まる

 「……スコール」

 

 再度、瘴気が立ち上ぼり、焔に消えた筈の三眼が万全な状態で姿を見せる

 全く、即座に復活したのかよそいつ。相手を弄ぶにも程がある 

 だが、それは今更遅いことで

 

 「……終われ、真性異言(ゼノグラシア)

 「……やめ、て」

 それは、おれが初めて聞く命乞いの言葉

 

 立派な人物なら、きっとそれを聞くだろう

 それほどに憐れっぽく、力を得ただけの日本人だろう意識は恥も外聞もなく、己の死の恐怖に涙を流す

 その股間から水分が溢れ、燻る火が消えて

 ああ、そうだろう。おれより少し上の、まだ10歳かそこら……日本で言っても中学生くらいじゃないか

 分別なんてまだ無い。おれと同じく馬鹿で、ちょっと強い力に溺れただけで

 

 「ああ、分かったよ

 おれも同じ穴の狢だ」

 次に言う優しい言葉を考えるなか、彼にかけるべきだと思っていた言葉は、この世界では違うなと思い直し

 

 

 「(ソラ)へ堕ちろ。いつか、おれも行く」

 轟く赤金の剣が、少年の首を跳ね、焼き尽くし、灰へと変えた

 カラン、と。結局使う前に死んだ少年の、魔力になって消えていく体から、天狼の角が溢れ落ちた




おまけ、知らなくても問題ない用語解説
(ソラ)
この世界における死後の世界の一つ。七大天が混沌から切り開いたと言われるこの世界において、天の加護の無い捨てられた場所とされる
すなわち、神々に見捨てられた魂が死後に辿り着く終わり。神の御座に迎えられる事も、記憶を無くし転生して生をやり直すことも、何一つ無い
ただ何もない見捨てられた場所で何も出来ずに魂まで朽ち果て消えるという、苦しみを与えて罪を購わせ救ってくれるだけ地獄がマシに見えてくる最低辺である


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覚醒、或いは金雷

同時、空で起きる轟音

 降り注ぐ、二つの金属腕

 

 一つはライ-オウ……いやライオヘクスの右腕。アイリスが増加装甲で無理矢理外から動かしていたフレームの腕

 もう一つは……アトラスと呼ばれたあの機神の左腕

 

 巨大剣と、粒子を纏う剣。交差する二つの剣が、空中で互いの腕を斬り飛ばしていた

 

 「ぐっ!紛い物風情が!」

 貰い物が、ほざくな

 

 なんて気が散る思いは心の中に秘めて

 駆け寄ってくるオレンジの鬣の馬。その背には、しんじられないといった顔の少女が居て

 「ノア姫」

 「……アナタは、何者なのよ」

 「おれは単なる、第七皇子。貴女の兄の親友の息子で、灰かぶりです」

 背の焔の竜翼は……飛べないことはないな。いきなり形成されたから訳分からなかったけど、そういや父さんも轟火の剣で空飛べたな、それか、これは

 

 「……元凶は倒れた。上手くすれば、呪いは解けているかもしれません」

 ふと、思う

 命乞いしている彼に、解除させて見逃すべきだったのでは?と

 

 多分彼を殺したのは、おれのエゴで。痛いところ突かれたから、否定したくてで

 決して立派な動機ではなかったのだろう

 

 既に、黒き狼は最初から何処にも居なかったように、痕跡すら無く消えていて

 「アナタ、これからどうするの?」

 「ノア姫、これをお願いします」

 おれは、手に持ったままの天狼の角を馬上の少女へと差し出す

 きっと、アトラスとやりあう時に、今も帯電する程の力を持つこの角は役立つだろう。何かに使えるだろう

 だが、それでは彼等と同じだ。同類ではあるけれど、おれは偽善者で居たい

 この角をルートヴィヒから奪ったのは、返すためであっておれが使う為じゃない

 

 だから、おれはエルフの姫に、その角を手渡す

 「天狼に、返してやってください

 オルフェ、皆をお願いな」

 任せろとステップを踏む愛馬に頷いて

 

 「……何が、欲しいの」

 「忠誠……は、民だけか

 信頼と、理解を。あと、戦うためとはいえ森を焼いたことを許してもらえれば」

 愛馬が駆け出すのを見て焔の翼をはためかせ……って慣れないと難しいな

 少しぎこちなく、おれは空へ舞う

 

 って、いきなり消えんなよ翼!?

 格好悪く、おれは地面に降り立った

 「……ああ、そういうことか」

 そろそろ耐火服も限界が来ている。どんどんと穴が大きくなっていて、そこから燃え広がり始めている

 焔の翼を展開しているのは、かなり力を使い、延焼するのだろう。だから消えた

 

 其処に、片腕の無い機神が降ってくる

 「アイリス、竪神!いけるか!」

 「心配をして欲しいところもあるが、まだ動く!」

 『「……あしたから暫く、寝る」』

 「……上等!」

 タイムリミットが近いのが三人、特にアイリスの声は、今にも寝そうなもの。だが向こうも無事では済んでいない。上等すぎる

 

 睨むおれの前に、転移して着地の隙を潰しながら、片翼をもがれたATLUSが着地する

 好き勝手飛んでいるように見えて、翼には力場発生装置だか何だか、飛ぶのに必要なものが仕込まれていたのだろう。それを喪ったから降りてきた

 

 その装甲は黒く染まっていて鮮やかな色はない

 恐らくだが……黒が素の色で、エネルギーを放つことで色づいていたのだろう。戦闘形態があの赤と青。それが維持できなくなってきている。それだけエネルギー切れが近いということだ

 見たところ、歪みもない。重力場による障壁も消えている

 いくら原作にはない、いっそ原作のライ-オウ完成形より強いだろうライオヘクスで挑んだとしてもここまで追い込めるとは、あの14(アガートラーム)のチートっぷりとは偉い違いだ

 そして、黒い装甲。なら、アステールをさらったという『くろいかみさま』もこのATLUSか

 そうだと助かる。流石に、ここで3機目の機神とか介入されたら勝ち目がない

 

 精悍……とは言いがたい顔。ライオヘクスのようなブレードアンテナではなく、機体装甲そのものが後頭部に伸びた二本角の悪魔

 14はやけにヒロイックであったが、どんな心境の変化が、悪魔の顔をした機体から、救世主面になるのだろう。ライ-オウもAGXの系譜に当たるようだが、胸の獅子頭に精悍な顔。これは……原型から?それとも、竪神たちの趣味?

 

 少し思いを馳せたくはなるが、今やっている暇はない

 

 「……やって、くれますね……」

 「……シャーフヴォル。計画は終わりだ」

 一息つくためか、攻め手を考えているのか。動かないアトラスに向けて、おれはそう宣言する

 

 「ルートヴィヒはおれが殺した」

 少しだけ、ライオヘクスが揺れる。恐らくだが、アイリスの動揺のせいだろう

 何だかんだそこそこ優しい心のアイリスは、人殺しなんて考えたこともないだろう。だから、揺らぐ

 

 「……死ねぇっ!」

 その隙を逃すほど呆けていなかったようで、シャーフヴォルは、機体を()り、吼える

 右手の間に現れた重力球。そこから今まで振り回していたのが玩具のナイフどころかミニチュアに見える程の巨刃が現れる

 全長にして、約1500m。おれの1000倍、アトラスでも全長の100倍近い。刃の厚さだけで恐らくおれの身長くらいある超巨大鋼刃。振り下ろせば、衝撃はエルフの村を切り裂くだろう

 

 こんな切り札を残していたのか!

 だが!

 蒼き機神が小さく頷き、おれは頷き返す。それだけで伝わる

 やることは一つしかないから

 「超重豪断!」

 放たれる重力場が、動きを止めようと襲い掛かり……

 「ブラスト!パニッシャー!」

 その重力場で加速した巨刃が大地に叩き付けられる。それは、

 

 それを……

 「私達を、舐めるな!」

 粒子を全開で放出するライオヘクスが受け止める

 当然止まる筈もない。直ぐに押し込まれていって……

 

 「吼えろ!デュランダル!」

 翼を持つのは、何もライオヘクスだけではない。竜翼を燃やし、おれは飛び出す

 敵たるATLUSへ向けて

 

 そして……

 そのコクピットがあるだろう胸部へと轟火の剣を突き立てる

 「燃え盛れぇぇぇっ!」

 そのまま、轟火の剣の焔を解放。自分ごと焼く覚悟で、焔の柱を立てる

 

 「ぐっ!

 はぁぁぁぁぁっ!」

 力任せの焔。アトラスに頼る彼と同じごり押し

 けれども、効果は十分で……

 「んぐぅっ!」

 コクピットにも焔は舞ったらしい。溶け崩れる胸部装甲の隙間から、火に巻かれるいけ好かない男の顔が見えて……

 

 重大な部分にダメージが行ったのか、巨神の姿が傾ぐ。巨剣は重力球の中に消え、そして……

 

 『……Emergency code』

 唐突に走る嫌な予感に、翼を消して全力で機体を蹴り飛び下がる

 『……life precarious

 SEELE G(グレイヴ)-Combustion Chamber hacked

  Brionac Tuatha Dé Danann compulsion liberate

 Active Active Error ……Active

 It's time to Rejudgement!』

 

 刹那、大きく揺らいだ筈のかの機神から、緑の粒子と雷撃が迸り……

 青と紅の色が黒い機体に戻り、赤いツインアイが緑に変わり、強く輝きだす

 

 「……なっ!?」

 「再起動した!?」

 男二人して、その事に驚愕し

 故に、反応が遅れた

 

 「……っはぁ!これですよこれ!

 有り難う!本当に有り難う」

 場違いな感謝の言葉が降り注ぐ

 

 「AGX-ANCと言えばやはりブリューナク!けれども、変なロックがかかっていてね

 どうしても使えずに困っていたんですよ!しかし……」

 翼が修復され、赤青の機体が微かに浮き上がる

 

 「君たちが!その閉ざされた可能性のドアを開いてくれた!

 感謝してもしきれないですね!」

 その右腕が輝く

 雷撃が迸り、腕の中に込められた薬莢?が装填されるような音がする

 

 「ああ、だから……君達は、これで葬ってあげよう。せめてもの礼儀だ」

 「……竪神!」

 しかし、鬣の機神は応えない

 あの巨剣を押し留めるのに殆どのエネルギーを使い、最早帰還転送を無理矢理抑えているかの機体は動かない

 

 そして、おれも……

 「ぐぁっ!?」

 一歩踏み出そうとして、炭になった足が砕け、体勢を崩す

 

 「フィナーレです!

 ブリューナク・トゥアハ・デ・ダナーン!」

 復活したATLUSは、雷撃を纏う槍のような腕を、振り抜く

 

 その瞬間、二つの金雷が空中で激突した



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逆転、或いは勝利

「……な、に?」

 轟く雷撃の音

 そして、響き渡る咆哮

 

 黄金の雷を全身に纏い、額に蒼き一角を掲げ、ボロボロの甲殻は、雷を放つ為に展開されて……

 放たれようとした雷槍に、天狼が食らい付いていた

 

 「グルルォォォッ!」

 天狼、第四の雷。本気の姿、黄金の雷

 一度も見せたことがないその最大出力をもって、隻眼隻腕の白狼は降り注ぐ雷撃に向けて突貫する

 

 「……なに、やってるんだ」

 ぽつりと、言葉が洩れる

 轟火の剣を支えに、砕けた足で立ち上がりながら、呆然とおれは言う

 

 勝てる筈がない。そもそも、例え角を取り戻したとして、瘴気の影響をアナが何とか治せたとして

 それで戦えるような状態でも、戦って良い状態でもない

 

 母は子を護るものだから

 ……覚えてもない筈の、母の声。それでも時折夢に見る。おれを生かして、自分は呪いで燃え尽きたというメイドだったあの人の事を

 

 ならば、生きるべきは……生かすべきは。己の子の筈なのに

 その狼は、おれたちの為に命をかけて……

 ふっ、と雷が消える。ただの一撃の雷槍を防ぐと同時、黄金の雷も消え……

 迸る雷で宙を駆けていた狼の体は、力無く重力に引かれて地面へと落ちて……

 「竪神いっ!」

 「……ああ!」

 ほぼ全エネルギーを使いきった鬣の機神が最後の力を振り絞って咆哮する

 

 そして……

 「かはっ!」

 おれは、降ってくる天狼の体を……受け止めきれるわけもなく、共に地面を転がる

 「……吼えろ!ライ-オウ!」

 駆けるのは只の蒼き鬣。最早限界のアイリスをこれ以上戦わせぬように、ライオヘクスから分離したコアたる機神のみが地を駆ける

 その手には、これだけ残したライオヘクスの剣。その光も消えかけ、あと1度振れるかどうか

 

 「……有り難う」

 最早立ち上がることはない、幾度と無くおれを助けてくれた狼に一礼し、

 「シャーフヴォル・ガルゲニア」

 機神アトラスを駆るその男の名を呼ぶ

 ……ぶっ殺す!

 その宣言は、口をついて出ることはなく。ただ、体を燃やす焔を膨れ上がらせ

 

 「次は奇跡は起きない

 フルパワーには足りなかったようですが、今更貴殿方に、全力も必要ありませんね」

 蒼き機神が辿り着く前に、低空に浮かぶ機神は二度目の雷槍を放とうとする

 

 「ブリューナク!」

 突き出される腕。迸る緑の雷

 「ライオウ!アァァァクッ!」

 それに対するは、緑の拘束の光輪

 

 そんなもの、効く事はなく。瞬時に迸る雷の余波で砕けていくが……一瞬、ATLUSの腕が止まる

 その刹那が、全てを分けた

 辿り着いた蒼き機神が、復活した障壁ごと貫くのを諦め、振り抜く前のその腕を残った左腕と胸の獅子の牙で掴む

 当然、そんなことしても止まらない。迸る雷が機体を焼いていくが……

 

 「今だ、皇子!」

 そう!これはさっきと同じ構図!

 「怒りを!猛れ!デュランダル!

 あいつに、報いるために!帝国の意地を!

 解き放てぇぇっ!」

 燃えるのを構わず、翼を形成して突貫

 今度は……狙うべき敵は見えている!

 

 解き放て、全てを

 叩き付ける赤金の剣に対して、不可視の歪む障壁が発生する。それは、再起動したかの機体の防壁

 

 だが!砕けることはおれはもう知っている!

 この身を燃やせ!報いるために!終わらせるために!

 吼えろ!不滅不敗の剣よ!

 「似絶星灰刃」

 全身が黄金の焔に包まれる

 

 ピッ!とかする緑雷が裂く頬から流れる血も、全てが金の焔に変わる

 そして突き込む剣の切っ先は、龍のアギトのような焔を纏い、障壁だけがある、装甲の溶けた隙間から……

 奴を討つ!

 「激!龍!衝ォォォォォッ!」

 今度こそ、燃える金焔が、青年を包み込んだ

 「……んな、バカナァァァァッ!!?」

 

 「……ああ、やっ、た、な……」

 此方もフレームにも傷が付き、装甲は砕け溶けて

 ボロボロになった鬣の機神が緊急転送されていく。胸の獅子の裏のコクピットまでも迸るブリューナクの雷は届き、ブスブスと煙をあげた頼勇は、此方を少しだけ見て落ちていって……

 

 「……流石になにもしないわけにはいきませんもの」

 その体は、優しくエルフの姫の魔法によって抱き止められた

 「……はは、は

 良かっ、た」

 此方もそろそろ限界で。けれどもまだ動ける

 

 「ぐが、ぁ……」

 と、黒こげになった人型が呻いた

 生きてるのかよ、しぶといな……

 

 って、根性補正か

 掴みかかってくるその黒こげに、かつておれも助けられた力を思い出し

 けれど、今のおれは分かってたから対処できる。その手を避け……

 「今度こそ終わりだ、シャーフヴォル」

 もはやコクピットだったとしか言えない残骸の中、それでも原型を留めた腕の時計ごとその腕を砕き、青年に止めを刺した

 

 「……終わりか」

 今回は、転送されて消えていくことはない

 このアトラスの残骸、修復して使えないかなとおれが思いながら、もう大丈夫だと轟火の剣を手放そうとした

 その瞬間

 

 「ぐぎがぁっ!?」

 突如、体を走る痛み

 これは、焔で焼かれたものではない。別の……そう、体が死の間際に作り替えられていくような……

 無事だった筈の左腕が、右足が、全てが死に損ないに砕けていく

 これは……

 

 っ!七天の息吹!

 傾ぎ、落ちていく体でその答えに辿り着くも、既に遅い

 おれの手は剣を手放し、共に巨神から落ちていく……

 そんなおれを、とても冷たい目で見下ろすのは、ついさっき死んだ筈のシャーフヴォル・ガルゲニア

 

 七天の息吹は、直後ならば死すらも覆す。ゲームでもあった死亡キャンセル

 その理不尽な復活を目の当たりにしても……もう、何も出来ない

 

 「全く、無能ですか、ルートヴィヒ」

 とさりと体が落ちたのは、白い狼の亡骸の上

 死んでもなお、おれを護ってくれたのか……ふかふかの毛皮が傷に当たるも、ダメージはない

 そんな彼女の亡骸を足蹴に、死んだ筈の少年が少女白狼の魔神を椅子に座っていた

 

 「……ルート、ヴィヒ」

 殺した筈だ。死を見届けた

 

 ……何故?

 

 「……皇子さま!」

 ……来るな、アナ

 来ちゃいけない

 

 「皇子さまに酷いことは、させないです!」

 気丈にも、腕輪を光らせ、苦手だろう攻撃の魔法を構える少女

 止めろ。勝てない

 「なぁシャーフヴォル?殺して良い?」

 「……ダメです」

 軽いノリで、やり取りが進む

 

 「……なぜ、だ」

 おれは、焼けた喉でその言葉を絞り出す

 眼前の少年は、意外そうにおれを見た

 「何だ、生きてんの?」 

 「お前らと、同じでな……」

 近くに転がる轟火の剣に、すこしずつ手を伸ばす

 

 これを握れば、おれは死ぬ。炎上したダメージは、運良く生き残ったおれに止めを刺す

 だが、それで良い。それで、アナ達が生き残れる可能性が増えるなら、眼前の死んだ筈のルートヴィヒと相討ちも悪くない

 

 こんな気分で、原作のおれも死んでいったのだろう。その気持ちは……痛い程良く分かる

 

 竪神も、おれも限界。向こうは一度死んだ筈なのに、何事もないように生きている

 ……七天の息吹を両方に使った何者かが居るのか?

 

 勝ち目など無い。ウィズは……遠くから援護してくれていたが一人で勝てと言われても困るだろう。可能性があるとすれば、駆け付けてくれる父のみ

 

 「違うだろ、死に損ない」

 心底見下す目が、おれを見る

 「でもま、おしえてやっよ

 シャーフヴォルがアトラスを修繕するのに時間かかるし」

 「きゃっ!」

 アルヴィナに良く似た少女が震えながらも魔法書を構えていたアナを押さえ付ける

 

 「アルヴィナ見っけて殺さなきゃなー」

 「……やはり、一族を」

 「そう。オレの力は、ニクス一族の死者を好きなだけ操れるの

 だから、あいつも殺せば手駒になるんだが……ま、そこはどっちでも良いや。もう他にもスノウとか居るし」

 と、狼は少女の姿となり、そのまま椅子を続けさせられる

 

 「んで、オレ等が生きてる理由だっけ?

 ま、てめぇは無理だから冥土の土産って奴?やるよ」

 嘲りつつ、少年は少女を椅子にしたまま語る

 

 「オレ達真性異言(ゼノグラシア)には二つ命があんの

 一つは原作キャラのもので、一つはオレ達。お前が殺したのは、原作キャラの方だからオレは無傷って訳」

 「……だが、肉体は」

 「ま、そこは死霊魔術のお陰よ。仮初めでも体があれば、七天の息吹で魂が残ってるから完全復活

 どぅーゆーアンダースタン?」

 

 良く分かったよ、畜生が!

 

 つまり、あいつらは二回殺さなきゃいけなかった。それを知らなかったから、こんな華麗な逆転をされた、と

 

 良く分かった。もう一度、お前を殺せば良いと

 それで、あとは父がアトラスに勝ってくれれば、アナ達は助かる

 

 ならば、良い!

 そう思って、剣に手を伸ばす

 

 だが

 「止めてください、皇子さま!」

 その声は、予想外の少女からおれの耳を叩く

 

 関係ない。伸ばせ。助けろ。それだけが、帝国の……

 「おねがいだから、わたしのだいじなひとを……うばって、いかないで……」

 ……!?

 

 一瞬の迷い。少しだけ、伸ばす手が止まり

 伸ばした手は迷いのせいで皮一枚届かず、思考と共に地に落ちる

 

 ……護らなきゃ、いけ、ない……のに……

 

 「あとは、ボクが終わらせるから」



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異伝・銀髪聖女と、集う英雄達

「……え?」

 わたしの前で、もう動かなかった筈の白い狼が、その目を見開く

 少しだけ濁った、黄色混じりの蒼い目

 

 優しく、その背の皇子さまを傷付けないように

 「……何?」 

 ルートヴィヒさん?と呼ばれたひどい人が、怪訝そうにそれを見て

 

 「ぐぎゃぁぁぁっ!?」

 足蹴にしていた両の足を、立ち上がった天狼に食い千切られて悲鳴をあげる

 

 眼を覆いたくなるような光景で。でも、事態は良く分からないわたしにも、彼等が天狼さんにひどいことをして、エルフさん達を傷付けて、皇子さまを殺しかけた事は分かって

 いけないって思うけど、暗いざまぁないですって思いが、わたしの目をそらさせない

 

 「死んだ筈だろ!」

 「……そう。だから、ボクの声に応える」

 その声と共にわたしの前に降り立つのは、胸に水晶の華を咲かせた一匹の帽子を被った黒い狼

 わたしでも分かる。ううん、彼女を、彼女が皇子さまから貰った帽子を大事にしていたことを知っていたら、誰でも分かる

 

 その狼は、アルヴィナちゃんだった

 

 ……どういうことなんだろう。亜人さんも獣人さんも、獣になんてなれないのに

 それに、わたしを抑えている虚ろな目のアルヴィナちゃんは?何者なの?

 訳も分からぬままに、皇子さまの影から姿を見せた八咫烏のシロノワールさんによって偽アルヴィナちゃんはつつかれて消え、後には……立ち上がった天狼さん、わたし、何でか狼なアルヴィナちゃん、そしてシロノワールさんが残る

 

 「……ちっ、死霊術」

 「キミ達を許せない。礼儀を知り面白い人の子等を助けたい

 だから、ボクの声に幾らでも応えてくれた」

 狼なのに、口から出てくるのは不思議と人の言葉

 アルヴィナちゃんは器用に牙を当てないように天狼さんの背から、意識のない皇子さまの体を持ち上げて背負うと、わたしの前に身軽にぴょん、と四つ足で飛び降りてくる

 

 ……あれ?ちょっと何か割れる音がしたような

 そして、アルヴィナちゃんはわたしに背を向ける

 「……アルヴィナちゃん?」

 「皇子を、お願い

 ボクは、カタをつけるから」

 少しだけ迷い、少女狼は、わたしに尻尾を振りながら、もう一つだけ告げた

 

 「ボクの本名は、アルヴィナ・ブランシュ

 滅ぼすために人の世界を見に来た魔神。でも……人の世界は、思ってたよりずっと、そのままで面白かった」

 「っ!アルヴィナちゃん!」

 「だから、皇子は死なせない」

 

 「ルォォォォン!」

 死霊術で蘇った……んじゃなくて、死んだまま動く天狼と共に、突然現れた黒い狼に、アルヴィナちゃんは躍りかかる

 

 「……でもっ!」

 危険だよ、そう言いたくて

 でも、言えなくて

 

 「……誰も、応えない」

 不思議そうに、アルヴィナちゃんはそう呟く

 

 ……誰も?

 わたしも、その違和感に気が付いた。

 アルヴィナちゃんは死霊使い。なのに、共に戦っているのは天狼さんだけ

 わたしは何も出来なくて、皇子さまの体を傷付けさせないって抱き締めるだけ。遠くで聞こえてたけど、わたしに興味があるらしいから、わたしがこうしてれば皇子さまをちょっとは護れるから

 

 それに……抱き締めてる間は、皇子さまも死ぬようなこと、しないから

 

 手にした瞬間に燃え上がる剣。あんなの持ったら、死んじゃう。そんなのやだ

 わたしはまだ、皇子さまに何にも返してないのに。沢山護られてきたのに

 死んでほしくない。幸せで居てほしい

 

 だから、アルヴィナちゃんには頑張ってほしいけど……苦戦してる?

 

 「……おや、気付きましたか」

 と、声は……いつの間にか、最初の完全な姿に戻ったアトラスって皇子さまが呼んでいた巨大な化け物の中から聞こえた

 

 「ブリューナクは、死者の想いを糧にする墓標の雷槍。全ての死者の想いを、取り込みました

 最早、あなたに応える死霊など居ない。相手が悪かったようですね、屍の皇女」

 アルヴィナちゃんは応えない

 

 静かに、天を向いて一声吼えただけ

 「命乞いですか?」

 「……違う」

 「まあ良いでしょう。ブリューナクで殺せば面倒なことになるので……」

 「じゃ、オレが

 スコール!」

 何度か襲ってきた三つ目の狼が……アルヴィナちゃんに似た魔神さんの屍が、小柄な黒狼に襲いかかろうとして……

 

 「憐れだな、スコール」

 その体が両断され、燃える

 「で?誰が、応えないって?」

 「……何者です」

 その声に、赤金の剣を携えた、皇子さまから火傷を消して大きくしたような男の人は、静かに返した

 

 「(オレ)も無名になったもんだな、だろ?テネーブル?」

 「……今はシロノワールだ」

 「おう、そうかよ」

 ……えっと、誰?

 

 って、わたしでも分かる。有名だから

 

 「ま、良いか

 (オレ)はゲルハルト・ローランド。人々からは帝祖皇帝と呼ばれている

 お前らから可愛い帝国の息子達を護るために、ま、遠い息子の大事な大事な魔神に呼び覚まされての一時休戦ってところだな

 因果なもんだな、テネーブル。お前と肩を並べて戦うなんてよ」

 

 その言葉に、シロノワールさんの姿も変わっていく

 絵本にある魔神のような、片腕が水晶で、大きな黒い翼の角の生えた青年に

 「……デュランダルの中ですか

 そこまではブリューナクの力も及ばなかった、と

 ですが……」

 浮かび上がろうとしたアトラスって怪物を、大きな光の矢が縫い止める

 

 「全く、何時も遅いな、ティグル」

 「人間が急ぎすぎなだけだ」

 ウィズさん?の持ってた弓を手に、降り立つのは長い耳で金髪のとてつもないイケメン

 ティグル・ミュルクヴィズ

 

 「で、良いのかよティグル。お前魔神嫌いだろ」

 「……子孫の森を壊す輩が、より嫌いなだけ

 決して、人間を助ける気はない」

 「私も人間に与する気はない。妹を護りに来ただけだ」

 

 ……ふたりとも、きっと素直じゃないんですね

 何だかんだ、互いを良く知っているのか、三人の突然現れた人たちは信頼しきったように、それぞれの武器を構える

 

 「……大人げなく教えてやるよ、真性異言

 子供の喧嘩であそこまで完敗したなら!大人しく引き下がれってな!」




……うん。まあ
無いんですよね、シャーフヴォル&ルートヴィヒ第二形態戦
復活してようが、同じ相手な上に主人公寝てますからね


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終結、或いは別れ

「……う、がっ!」

 血と炭を吐く

 

 「皇子さま……」

 「ア、ナ……」

 ふらつく頭で、右目だけの視界で、ぼんやりと周囲を見渡す

 

 抉れた大地。不毛の森

 幾多の歪んだ破片が墓標のように突き刺さり、さながら空襲の跡地のようで……

 

 沈黙し、色を喪った巨神の胸元には、持ち主の居ない赤金の剣が突き刺さっていて。

 その横に転がるのは、破壊不能の筈なのに弦の切れた黄金の弓ガーンデーヴァ。周囲には黒羽根が散乱していて

 

 ……眼前の黒い狼が、その潰れた両の瞳ではなく、鼻で血の臭いを探り

 ボロボロの体を引きずって、血塗れの少女に運ばせようとしていた少年の体を、首を、噛み砕いた

 

 「ぁ、がご、っ……」

 少年……ルートヴィヒの首が地面に落ちる

 その眼は、最後に恨めしそうにおれの方を睨んで……塵に代わり、魔力となって風に溶けていった

 

 パキン、と澄んだ音と共に、ボロ布が千切れた片耳に引っ掛かっている狼の左後ろ足が、水晶となって砕け散る 

 体勢を二本足では支えられる筈もなく、小さな狼はぐらりと揺らいで

 

 「アルヴィナ!」

 見ただけで分かる。その落ちようとする頭を、走れないので飛び込みながら倒れこむような形で、おれは何とか受け止めた

 「あぎゃぐっ!」

 小さく軽い狼の頭を支えるだけなのに、その衝撃すらも痛みとなって走る

 

 「アルヴィナ、大丈夫か」

 「……分か、るの?」

 残された片耳が微かに動く

 「分かるに決まってるだろ、友達なんだから」

 パキン、と 

 再度澄んだ音がして、触れてもいないその残された前足が砕け散った

 

 「……おう、じ

 こわく、……ない?」

 「怖いわけがあるか」

 何を心配されているのか。肺から煤を少女狼の体に掛からないように脇に吐き捨てて、おれは返す

 

 「ボク、てきで……魔、じ、ん……」

 「おれを、アナを、友達みんなを護るために、見せたくなかった!隠してた、その姿を見せてまで戦ってくれた!」

 どんどんと弱くなる声の主を、血の固まったボロボロの腕で抱き締める

 「そんなお前を、怖がるものか!軽蔑する訳があるか!」

 

 パリン、と。狼の胴体が腰の辺りから粉々になって消えていった

 これが、影である四天王が本来の姿に戻らなかった理由

 耐えきれずに、壊れていく。もう、二度と人の形態には戻れず、その場で壊れて終わりになる

 

 潜入していたアルヴィナが、その真実を全部ばらしてでも、ここで潜入終わりでも。おれ達の為に戦ってくれた

 

 おれの思いは間違ってなんていなかった

 

 「おう、じ

 ボクの……ぼう、し」

 「ああ」

 片耳に引っ掛かる襤褸が、その帽子だろう。もう見えていないから、既に無いそれを狼は探していて

 おれは誤魔化すように、掌を帽子に見立てて耳に被せる

 

 「あったかい……」

 胸元に咲いた花びらの欠けた華のような水晶が砕け散る

 急速に、狼の頭が透き通っていく

 

 もう、別れが近いんだろう

 「……さいごに、おねがい」

 「ああ。何でも言え、アルヴィナ」

 何でも良い

 有り得ないだろうが、万が一死ねと言われたら死のう

 

 隠すべき真実をさらけ出した友達のために。代価としては十分だ

 

 「その、目」

 見えていない、おれの目を見上げようとするように

 恐らくはスコールに抉られた少しだけ瘴気の煙の出た目蓋を動かして、魔神であった狼は呟く

 「ボクの大好きな明鏡止水

 その眼を、わすれないで……」

 

 「……ああ、持っていけ、アルヴィナ」

 何となく、アルヴィナは良くおれの目を見ているなと思ったのだ

 それを見て微笑んでいて、何が面白いのか、と

 

 狼少女の上顎を優しく持ち上げ、おれは残った右目の上に添える

 「……いい」

 「欲しかったんだろ、アルヴィナ?

 お礼だ」

 左目を抉った時、不思議と残念そうにしていた少女の思惑に気が付き、おれは牙を食い込ませようとして……

 「そっちは、おうじに、ひつようだから……いらない」

 最後の力を振り絞り、狼の顎は逆……つまり、今は抉られて無く、そして黄金の焔が焼き尽くして更に酷い火傷痕に変わっている左目に、その牙を当てる

 そして……

 

 「ボクは、こっちが良い」

 二本の牙のうち、片方がおれの目蓋にすら負けて砕け散るも、片方が刺さり……

 鈍い痛みが走る。だが、根性でおれは痛みを耐えて

 小さな痛みと呪いが、浸透する

 

 「ありが、と……」

 カシャン、と

 人の世界に紛れ込んでいた魔神は、アルヴィナ・ブランシュは

 その存在全てが砕け、この世界から消え去った

 

 「……ああ、有り難う、アルヴィナ」

 そして、忘れない。お前が好きだといったこの目を

 迷わない。惑わされない。同じ穴の狢のままではいられない

 もう二度と治らなくなったこの左目に誓う。もう、嬉しいはずのあの言葉にも惑わされないように

 

 おれは……第七皇子で、民の剣にして盾であり続けよう。それが、今はまだアナにとって大事な人を奪うことになっても

 

 単なるエゴまみれのおれを、明鏡止水と呼ぶならば。おれは、そんな存在であり続ける。そう、心に刻む

 

 背後で、小さな鳴き声が聞こえた

 うずくまる母狼に甘えるようにした、二匹の仔狼

 ……産まれたのか。母が死んだ後に

 

 同時、理解する

 これはアルヴィナの置き土産。死んだ肉体を死霊術で生きてるように動かして。最後の最後、母の死で産まれれなかった子を産ませてやった

 アルヴィナなりの返礼なのだろう。

 穏やかに母天狼は、双子の子を見て

 産まれたばかりで濡れた毛を、優しく舐める

 

 最初で最後の愛情表現。本当は、無理におれ達を助けなければ、もっと出来たろうそれだけを、息子と娘に残して

 屍使いの皇女。そう呼ばれた魔神によって仮初めの生を保っていた狼は、今度こそ……地面に倒れ、動かなくなった

 

 「……有り難う

 そして、すまなかった」

 おれはアルヴィナとのやり取りには黙っていたアナに支えられながら、その白狼の亡骸に近付く

 そして……

 

 「龍姫ティアミシュタル・アラスティル」

 おれが一番搾り唱えやすい相手の名を語り、そうじゃないだろと思い直して

 「王狼ウプヴァシュート・アンティルート

 彼等七天、その導きが。安らかなる道の在らんことを」

 「ティアミシュタルさまの加護があってほしいです」

 二匹の仔狼に不思議そうに見上げられながら、おれは手を合わせ

 横でアナも手を合わせて祈る

 

 「アルヴィナちゃん、天狼さん。ありがとうございました」

 そして、おれ達は互いに顔を見合わせる

 

 「それで……どうすれば良いんだ?」

 此方にとてとてと寄ってきて、母とおれを交互に見る仔天狼の片割れを抱き上げつつ、おれは言った

 「……どうしましょう?」

 

 背後で、ブラックホールに呑まれてアトラスの残骸が消え

 エルフの森での戦いは、此処に完全に終結した




ということで、今話から暫くの間、メインヒロインの片割れであるアルヴィナ・ブランシュが離脱します。マジで一切出てきません

といってもアルヴィナが言ってたようにあれは本体ではないので、そのうち敵として再登場することでしょう。アルヴィナ派の読者様がいらっしゃいましたら、目を貰って大喜びのアルヴィナと共に再登場をお待ちください


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おまけ、幼年期編最終値(第七皇子)

結局あんまりステータスとか正式表記してなかったので、一区切りとして此処で置いておきます。おまけですのでまあ適当に見てください

一個この先でのみ出てくる例の武器の存在のネタバレがありますが、原作でも持ってるものなのでスルーの方向で


"第七皇子""灰かぶりの魔神(サンドリヨン)"ゼノ

髪の色:くすんだ銀 瞳の色:血色 身長143cm 体重:42kg 年齢:9歳

 

ステータス値

ロード:ゼノLv2

HP:121 MP:0 力:68  魔力:0

技:70  速:72 幸運:45 精神:87

防御:73 魔防:0 筋力:25 移動:6

刀:B 剣:E 弓:D 移動タイプ:地上 移動地形:全 特殊タイブ:歩兵、対魔神△(魔神特攻の効果が半分になる)、人間、死霊、皇族、忌み子、全特攻△(あらゆる特攻の効果が半分になる)

 

絆支援状況

アナスタシア(水):CBAA+

アルヴィナ(影) :CBAA+

アイリス(土)  :CBAA+

ティア/始水(水) :CBAA+

エッケハルト/隼人(火):CBA

竪神 頼勇(土) :CBAA+

アステール (風) :CBAA+

シグルド(火)  :CBA

グゥイ(土)   :CBA

ノア(天)    :CBAA+

 

 

固有スキル

【未知の血統】:自身のMP、魔力、魔防の最大値を0に変更し、常に状態異常:回復反転(消去不可)。MP消費が3以下のスキルの消費MPが0になる

【屍の唇付け】:支援A以上のアルヴィナ・ブランシュが同マップに存在する限り、受ける魔法ダメージを-(魔法書の攻撃力+5)する。また、【隻眼】状態を無視

【変身!スカーレットゼノンッ!】:特定条件を満たした場合に出現する同コマンドを選択する事で使用可能。轟火の剣デュランダル:ゼノを装備する

 

保有スキル

【鮮血の気迫】:自身が状態異常(精神)を受けた際、精神%の確率で自動発動。HPが50%以上である場合、HPを10消費し、その状態異常の発生を無効化する。また、この効果が発動したターンから自分ターンで数えて3ターンの間自身の状態異常(精神)耐性+30(累積)

【抜刀術(真)】:各ターン一度目の戦闘中、自身にカウンター効果(相手から攻撃された戦闘時、相手より先に攻撃行動を行う効果)を与え、必殺率+80

【刀の真髄】:刀を装備中、必殺率+10、必殺時相手の素の防御力を-20%してダメージ計算を行う。必殺が出なかった場合、刀の耐久力消費が倍になる

【烈風剣】:刀装備時、武器の攻撃力を0として遠距離攻撃を行うことが出来る

【雪那】:奥義スキル。刀を装備して、『抜刀術』と名の付くスキルが発動する戦闘時に使用可能。最初の1回目の攻撃のみ自身のレベルが5高いものとして扱い攻撃力を+【総合レベル】×1/2し、【総合レベル】でダメージ計算を行う攻撃を行う。この攻撃時に必殺は発動せず、行動終了後に自身に【レベル減衰】+2、相手に【レベル減衰】+1

 

 

所持品:月花迅雷

特殊状態:【隻眼】【魔神の祝福(のろい)




おまけコーナーとして始水の幼年期質問コーナーとか……幾つか質問が来たらやるかもしれません

これどういうこと?を出番の無い某ヒロインが大体答えてくれるので、何かありましたら感想に投げてくださいお願いします


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再会の兆し、或いは忘却の彼方

「……アルヴィナちゃんの、あれって……」

 と、銀の髪の少女は不安げに瞳を揺らす

 

 「アルヴィナちゃんの本名は」

 「知ってるよ、アルヴィナ・ブランシュ」

 「知ってたん、ですか?」

 その問いに、おれは頷きを返す

 

 「彼等真性異言(ゼノグラシア)がアルヴィナをそう呼んでいた事がある。魔神王の妹だって

 

 その時は、流石に冗談だろ?って笑ったけど」

 けほっ!と血と(たん)(たん)を吐きつつ、おれは笑う

 その笑みはきっとぎこちないもので

 

 おれが寄り掛からないと歩けないから、同じ目線で此方を心配そうに涙を目尻に溜めた少女は、少しだけ辛そうに目線を外す

 「……知ってたんですか、皇子さま」

 「薄々ね」

 

 そうして、その度に友達だから、とちょっと無理のあるかもしれない擁護で其処から目を反らした

 してんのう?だの屍の皇女だの、おれは知らない。エッケハルトも知らない。あの桃色聖女も知らないだろう

 けれども、何だかんだそこそこの人気作品。コミカライズとかあった気がするし、そうした派生作品で実は……と裏設定が出てきても可笑しくない。その辺りを把握していないおれが、あるだけの知識にそぐわないから嘘だなんて、本当は決めきれるはず無いのだ

 

 「でも、おれは間違って無かったって信じている」

 既に血の止まった……血の巡りも止まった左目に右手を触れ、おれは呟く

 「アルヴィナちゃん、命懸けでわたしたちをたすけてくれましたから

 ……死んじゃうの、わかってて」

 

 ……ん?

 何だかんだ同室でそこそこ仲の良かった少女を悼み手を合わせる少女の言葉と、おれの認識に齟齬がある

 「アナ。別にアルヴィナは死んでないぞ?」

 「え?でも皇子さま、アルヴィナちゃん、砕けて消えちゃいましたよ?」

 「あれは魔神本体じゃない。というかさ、本体が出てきてたら大問題過ぎるよ。もう封印が解けてるって事だから」

 シロノワールを騙ってアルヴィナと共に此方を観察していたのだろう魔神王テネーブル共々、あれは本物じゃない

 

 「アイリスのゴーレムみたいなものって思えば良いかな。あくまでもあれは本人を模した人形」

 「え、え?」

 銀の少女はサイドテールのほどけた髪を揺らして困惑する

 

 「つまり、どういうことですか皇子さま?」

 「本気でおれたちの為に命を懸けてくれた天狼と違って」

 おれは狼の亡骸を見て、もう一度黙祷してから続ける

 「アルヴィナは使ってた仮初めの器が壊れただけ

 預言の通りに魔神が封印から解き放たれた時、きっとまたひょっこり現れるよ」

 きっと、その時は敵として。魔神として

 けれども、おれはそれは言わずに友人を元気付けるように言う

 

 みるみるうちに、おれを痛ましそうに見ていた青い瞳がじとっとしたものに変わっていった

 「皇子さま」

 少しの怒りと共に睨まれて

 「……はい」

 仔狼を胸に抱いたまま、おれは素直に頷く

 「皇子さま。アルヴィナちゃんは死んでないんですよね?」

 「あのバケモノ……ATLUSの力は正直未知数だった。特に、ブリューナク?という奴は」

 少しだけ様々な可能性を考える

 あのクソチートなら、本体にすらダメージを与える可能性は十分にある。或いは、あのアルヴィナが止めを刺したルートヴィヒも、死んだ魔神一族を任意に操れる力だから、仮初めの体のアルヴィナが死んだからで魂を捕らえる馬鹿みたいな屁理屈を使えたのかもしれない

 

 だが、それらはあくまでも七天の摂理の範囲外、外から侵略してくる神の……謂わば異郷の理での話

 おれが時折思い出すニホンではステータスも魔力も無かったがこの世界にはあるから法則が違う。だからと言ってるに等しい

 

 あくまでもアルヴィナが消えたのはこの世界の……魔神の影のルールに従ったもの。本性を現すと耐えきれずに砕け散るルールそのままだ

 「でも、そいつで怪我していてもアルヴィナ自身はアルヴィナ自身の限界で消えていた

 あって多少のフィードバック。今から8年後だかに起こるんじゃないかと言われている魔神復活の際にはけろっとしてるよ、たぶん」

 

 「うぅ……」

 ぽろりと、少女の目から涙が溢れる

 小さな天狼が落ちてきた水滴に驚いてか少女を見上るなか

 「皇子さまはバカです!おおばかです!」

 ぶん!と少女の手が振られた

 

 力の入っていない痛くもない拳がぽかぽかとおれの左目を叩く

 「なんで、なんで!

 それなのに、あんなことしたんですか!」

 「……アナ」

 「死んじゃうアルヴィナちゃんに贈るのだって、普通おかしいのに!

 何でもないアルヴィナちゃんに、片目をあげるって、何でですか!なおるんですか!」

 その言葉におれは首を横に振る

 

 「治らないよ。一生」 

 じくじくとした呪いを感じる。前にアルヴィナが耳を甘噛みした時の魔法は認識できなかったが、今回のはおれでも分かる

 前回ユーゴと戦った時に剣先が突き刺さって焔に焼かれたのは治ったが、これはアルヴィナが自分の意志で返してくれなきゃ治らない。これはそういう呪いだ

 

 「……皇子さまのバカ!加減知らず!」

 ぽかぽかと、攻撃は続く

 少女に抱き上げられた方の仔狼が、真似してかその小さな前足をブンブンと振って応援しているのが、どこかおかしくて

 「そんなにアルヴィナちゃんがだいじなんですか!」

 「大事だよ」

 そこは素直に頷く

 

 「わたしより、アイリスさんより、他の誰より!」

 「いや、違う。君や民と同じくらい大事だ」

 倒さなきゃいけない相手になったら倒す。見捨てなきゃ多くを救えないなら見捨てる。あとで、一人で泣けば良い

 それは、アナもアルヴィナもおれも同じだ

 だからおれは、その言葉には否定を返す

 

 「なら、どうして……」

 「アルヴィナが、命を懸けておれ達を助けてくれたから」

 「懸けてないって、さっき言ったじゃないですか!」

 「死んでないだけだよ、アナ」

 冷静な判断が出来なくなっている少女をあやすように、おれはそう誤解をほぐすように、ゆっくりと告げる

 

 「アナ。アルヴィナは魔神だ。つまり、敵なんだ」

 「そうですよ……。なのに」

 「でも、アルヴィナはおれやアナと友達を続けていた。それは、情報収集の為だったのかもしれない。何処かで誰かをこっそり暗殺する為だった可能性もある

 でも、分かるだろうアナ。それらは、自分が魔神だと明かさないでやるものだ」

 少女は応えない

 じっとうつむいて、仔狼の頭を撫でて考え込む

 

 「自分が実は敵でスパイだった事をバラして。隠していた本来の力をさらけ出して。潜入先を……敵であるはずの相手を助けるだけ助けて帰っていったんだよ、アルヴィナは

 アナなら、そんな重要な情報を持ち帰るどころか此方の重要な情報を洩らして帰ってきたスパイをどうする?」

 「……わたしがえらい人なら、ゆるさないです」

 少しして、ぽつりと少女は言った

 

 「そう。許さない。許される行為じゃない」

 ……まあ、あの原作の断片的な情報からでも恐らくドシスコンってプレイヤーから言われていたし、実際に襲撃されるやシロノワールを名乗ってアルヴィナを見守りに現れたっぽい魔神王テネーブルならば、愛妹たるアルヴィナを処刑するような事は多分無いだろうが

 

 「あそこで彼等と戦っても本体じゃないから死ぬことはない。実際に多分死んでいない

 ……でも。仮初めの影が壊れたアルヴィナが帰るのは、封印されている魔神達の真っ只中。ついさっき、スパイとしてやっちゃいけない事をした後で、そんな場所に帰る事になる」

 「……アルヴィナちゃん!」

 「最悪は処刑。そうでなくても、何らかの罰は受けるだろうね

 重いか軽いかは分からないけれど、幽閉されたり、拷問されたり、きっとロクな目にはあわない」

 あまり良い話ではないから、おれは柔らかな仔天狼の耳を軽く抑えてやるようにして声が幼い狼にあまり理解できないようにしつつ、話を続ける

 

 「それを覚悟の上で、アルヴィナは……隠していれば良いのに、自分だけは逃げられるのに

 わざわざ全力を出して、全部バラして、おれ達を助けてくれた。その後、どんな目にあっても構わないと覚悟して」

 

 ……そう。ひっかかる事がある

 原作テネーブルが、推定ドシスコンなラスボスが、妹を危険な場所に出すか?という話

 原作では設定上居るはずながら一切出てこないからモブな魔神王の妹、アルヴィナ。彼女の周囲に穏健派を固め、一切戦わせなかったと言われる魔神王が妹をこうして表に出してスパイにするのが彼らしくない

 

 それと、アルヴィナの言っていた兄は死んだという言葉

 ……もしも、それがアルヴィナから見た真実ならば

 魔神王テネーブルがさっき戦ったシャーフヴォル等と同じく真性異言(ゼノグラシア)で。元の彼ではなくなったと思って死んだと表現していたならば

 

 まあ王が王だしという事で成り立つアルヴィナの安全は危うい

 体は兄妹で、でも心は兄妹じゃないからと手籠めにされる可能性もある。危険分子と予め殺される可能性だってある。何をされても可笑しくない

 ……その場合の彼は魔神王になった何者かであって、アルヴィナの兄ではないのだから

 

 「それでも、アルヴィナはおれ達を護ったんだ

 その想いに報いらない奴は、皇子なんて名乗れない」

 「で、でも!もうあんな事しちゃダメですよ皇子さま!」

 そう訴えてくる銀の髪の少女に、おれは少し悩んで

 

 「出来る限りそうする。アルヴィナが……」

 「アルヴィナ?えっと、その子アルヴィナちゃんって名前を付けたんですか?」

 その言葉に愕然とする

 突然、アナと話が噛み合わなくなった

 

 「アルヴィナちゃん、結構可愛らしい名前です

 ……あれ?でも天狼さんの子供さんを、わたしたちが勝手に呼び方決めちゃっていいんですか?」

 「……アナ?この子の名前じゃないよ」

 「じゃあ、誰のことなんですか?」

 「……候補だよ。おれの友達の名前で

 また会った時に、ややこしくなるから没」

 「皇子さま、そんなお友達が居るんですか?

 わたしも、会ってみたいです」 

 ……ついさっき、助けてくれただろうという言葉を呑み込む

 さっきまでおれに向けていた怒りすらもアルヴィナに関連するものだからか消え去って、柔らかに少女は微笑んでいた

 

 「それより、あの変な人たちの呪い、大丈夫ですか皇子さま?その目、痛そうで……

 わたしに出来ることとか、ないですか?」

 

 明らかに可笑しい。何処かの瞬間、アナからアルヴィナの記憶が、その存在認識が、全てぽっかりと抜け落ちたような感覚

 アルヴィナを見て抱いたおれに対する不信感、怒り。愛想を尽かしかけた……おれへの盲目的な実情とは異なる信頼のメッキが剥がれかけた大切な想いすらも、忘却の彼方に置き去って

 アルヴィナの記憶と共に成長も忘れておれにとって都合が良い状態に戻ってしまった少女は、純粋な心配だけをその目に浮かべておれを見上げる

 

 ……寧ろだ。おれが覚えているアルヴィナ・ブランシュの記憶は、本当にあったのか?此方が間違っていたりはしないのか?

 そんな不安に、大丈夫と左目の呪いが疼いた




なお、愛想を尽かされるなと思ってるのはゼノだけの模様。アナちゃんは単純にもっと自分を大事にしてください!ってキレてるだけなんだよなぁ……


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アウィル、或いは慰霊碑

そして、3日後。

 エルフの村にノア姫の厚意で滞在させて貰っている中、漸くといった形で、父が厳選したろう数人の騎士が到着した

 いや数人かよとなるが、物資としては割と十分だ

 

 ちなみに、おれの出る幕はなかった。アナは腕輪の残りの力を使いきってエルフを治し、ヴィルジニーは拗ねて寝ていた

 

 「……竪神、大丈夫か?」

 そしておれは、数日間意識が戻らなかった少年にそう声をかけた

 「問題ない」

 「……もう少しで、おれとお揃いになるところだったってさ」

 冗談めかして、左の火傷痕に触れておれは返す

 実際、長らく放置しすぎた傷は傷と思われなくなるのか大半の魔法で治らなくなる。火傷痕なんかの化膿しやすいものは特に

 って言っても、痕として一生残るレベルのはそうそう無いが……竪神のはそのレベルだった。

 なんと言っても、あのブリューナクの余波を間近で浴びたのだ。最後の転送されていくライ-オウなんて、胸の獅子が完全に溶けて無くなっていたからな。そんなエネルギーに晒されていたんだ、後遺症が残っても可笑しくない

 

 「……それは困るな」

 「だろう?」

 「ただ、魔法で治る時期なら逆に言えば私は治る。皇子の方が大変なんじゃないか

 左目を抉ったのに、彼等のかけた呪いが解除できていないんだろう?」

 と、自分もぼろぼろだったのに、目覚めるや否や此方を心配してくる少年

 彼からも、アルヴィナの記憶は消えているようで

 どうやらノア姫等からも確かめたが、このアルヴィナにあげた関係で二度と治らなくなった左目は、おれがスコールの呪いを左目抉って無理矢理引き剥がしたときに残ってしまったもの、という認識に変わっているらしい

 

 居もしない男爵家のフリが出来たあたり、単なる魔神として出てきた四天王とは異なり何者かと魔法で認識を入れ替わらせて潜入していたようで。その魔法が切れたからか、ぽっかりと消えた少女

 自業自得かもしれないが、それでもおれ達の為に戦ってくれた少女が誰の心にも残っていないのは、少しだけ寂しくなる

 

 「……きゅう?」

 「っと、ごめん。遊んでる途中だったな」

 頼勇が目覚めたと聞いて思わず駆けつけてしまったからか、ちょっと不満げに包帯と接ぎ木で誤魔化しているおれの足に頭を擦り付ける小さな狼を抱き上げて、ごめんなと頭を撫でる

 

 名前を、アウィル

 アナといいアイリスと言いアばっかだなとなるが、アから始まる名前が結構縁起が良い扱いなのか多いのだ、この世界

 そもそも、七大天+虹界の魔名にも、アンティルート、アラスティル、アーマテライア、アウザティリス、アルカジェネスと5語もアから始まる言葉があるから推して知るべし

 

 因みにこの名前は、落ち着いたアナに改めてアステールに繋いでもらい、頼み込んでこの娘達の名前をつけて良いか天に直接聞いた際に告げられた名だ。名付け親は天狼の神たる七大天

 もう一頭については丸投げされたところ、アナがラインハルトと名付けた

 

 ……良く分かったなアナ。原作でそんな名前だって

 

 と言いたいが、そこは普通だ。そもそも、由来がかつて哮雷の剣を使っていたとされる英雄ラインハルトらしいからな。雷、英雄とくれば滅茶苦茶それっぽい名前になるし、原作での名付け親じゃなくても同じ名前は出せるか

 

 「アウィル。タテガミだ

 お前の偉大なお母さんと一緒に戦った人」

 無邪気に、母の死も良く分からず遊ぶ狼に、まだ分からないだろうと思いつつ、おれは頼勇を紹介する

 おれが抱き上げた狼の鼻を、少年は機械でない右手で軽く押して

 

 「私も、君の母には助けられたよ」

 とだけ、一言

 

 「竪神。おれはアウィルと遊んでやらなきゃいけないからそろそろ」

 そう言って、エルフの村の一室を出ていこうとするおれに、少年が声をかけた

 

 「……あの天狼は」

 「……そろそろ、慰霊碑をノア姫が完成させてくれるはず」

 ……あの狼の亡骸は、此処に葬ることにした。天狼の甲殻なんかは良い素材になると解体しようという話が出る前に、既にもう埋めた

 ……ただ、折れていたのを無理矢理くっつけてた角だけは、おれが今持っている

 

 勿論使うためではない。何度も助けられた礼と懺悔と、天狼が山を降りなきゃいけない理由があったならその理由を知って、今はおれがこうして抱き上げている幼い兄妹をすぐに返すのか、どうするのか聞くために。一度王都に戻ったらおれは天空山に向かう

 その時に、せめて遺品として返してやるためだ

 

 って止めだな

 遊びの最中抱き上げられて不満げに体を捩るアウィルに、おれは意識を戻して

 「……よし、再開だなアウィル」

 遺された天狼の遺児と、おれはじゃれるように遊び始めた

 

 こうしていて良いのかという思いはあるが……慰霊碑が完成するまで、だ

 

 そして、更に1日後

 「……おねぼうさんね」

 「きゃうっ!」

 「皇子さま、起きてください」

 そんな二人と一匹に呼ばれ、おれは目を覚ます

 アウィルが寝つくまで見守って、それから竪神から借りたエンジンブレードを振り回して少しでもと鍛練して……帰ってきたのはついさっき

 何用だろう。少しだけぼんやりした頭で、まだまだ馴れない偏った視界で、二人を見上げる

 産まれたばかりなのにもう既にベッド上まで登れる身体能力を見せる、おれがある意味原因だとも知らずに無邪気に寄ってくる仔狼をここ数日で馴れきった手で抱き上げて、おれは添え木した足を支えに小さく粗末なベッドから立ち上がった

 

 「何か用ですかノア姫」

 「愚問ね。左目ごと脳に傷でも行ったのかしら。だとしたら、今後は大人しくすることね」

 「皇子さま、慰霊碑が出来ました」

 その言葉に、そうかと頷いて

 おれは、エルフの村の真ん中に向かう

 

 其所には、エルフの姫が用意したひとつの石碑が立っていた。が、何も書かれていない。たんなる、磨き上げられた白い石の石碑と、それを囲む雨風しのげる小さな社

 「……ノア姫、ウィズ

 おれがやって良いか?」

 「その約束でしょう?」

 一応確認を取って、おれはエンジンブレードを構える

 そして、その刀身で、ひとつの文を掘った

 

 即ち、『狂乱の中、全てを護らんとした気高き者の安らかなる道を祈る』

 「はい、皇子さま」

 と、銀の髪の少女から手渡されるのは、この辺りの森に生えている綺麗な花

 昨日オルフェゴールドと散策して取ってきてくれたらしい

 

 おれは、有り難くそれを添え、小さく祈る

 横でアナが、あとはノア姫も手を合わせ、ウィズが小さな社だから並べずに待っていた



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ノア、或いは約束

「……87人」

 そろそろエルフの里を旅立とうという時、ふとノア姫がそんな言葉を呟く

 

 「何か分かるかしら、灰かぶり(サンドリヨン)

 綺麗な瞳がおれを見据える

 おれの15倍は生きていて、けれどもエルフの生態的にはまだ子供。男女差か、或いは肉は家族が獲ってきたもの以外は目上か同等の相手からの歓待でしか口にしないという自給自足で自然との関わりを重視する風習故か、おれよりも少し背が低い高貴な少女は、見上げるようにおれを睨む

 

 「おれが護れなかった相手の数」

 「逆よ」

 「そう、か」

 何だかんだ人間への隔意は根強い。慰霊碑自体へは反対は無かったようだが、完成したというのに、立ち会いはウィズとノア姫、あとはウィズの友達だというペコラのみ

 父の友人だというサルース氏は、自分は咎の者だから人の居ない夜に一人で(まい)るのだと、別れの挨拶の際に言っていた

 

 だから、どれくらいのエルフが残ったのか、おれは正確には知らなかった

 アナがとても沈んだ顔をしていて、何も声を掛けられなかったから、結構な数が死んだとは分かっていたが……

 

 「何もないの」

 「……救えなかったのが、全体の2/3、か……」

 奥歯を噛んで、その事実を理解する

 半数ほど、アナがあの腕輪で治療したし、更に彼等真性異言(ゼノグラシア)が消えた後に残った魔力を使いきったのに計算が合わないのでは?となるが、これで正しい

 

 半数治したのは良いが、直後にシャーフヴォルがATLUSと共に襲撃してきた訳だ。あの全長1.5km超というアホかという巨大剣(超重豪断ブラストパニッシャー)やブリューナク?こそ使われていなかったが、15mはある空飛んでビーム撃って重力操作までやってくる巨大兵器が、半数の……家族を含む者が呪いで倒れたままの街で天狼やシロノワール(魔神王の化身)と戦いながら暴れまわったのだ

 被害は言うまでもない。というか、周囲を見回すだけで、建物の損壊はひどい。ほぼ傷がない建物なんてひとつもない。全損している家も1/3くらいある

 

 そんな戦いに巻き込まれて。家族はまだ家で倒れていて。とっさに逃げられるのかと言われると困るだろう

 例えば、大好きな人を見捨てて逃げられるか?そう考えると、幾らシャーフヴォルにエルフを皆殺しにする意図が無かったとしても、1/3も残った方が奇跡だ

 

 逆に言えば、おれは一つの集落の2/3に当たる莫大な人命(エルフ命?)を救えなかったことになる。見捨てたことになる

 「すまなかった

 恩着せがましく助けにきたと言っておいて、このザマだ」

 もっと強ければ。或いは、此処に来たのがおれでなく父ならば

 轟火の剣を好きに振るえる持ち主ならば

 

 ATLUSと正面から戦い、勝てる存在なら

 結果は違ったろう。アルヴィナも居なくならず、星壊紋の治療も、アナとアルヴィナに協力して貰えば天狼含めて全員治せて。完璧な勝利が掴めた筈だ

 

 ……強く在らねば皇族に非ず。ならば今のおれは、皇子だろうか。そう名乗れるような存在だろうか

 そんなはずはない。だからおれは、強くならなきゃいけない

 

 「ええ、そうね。半数以上が命を落としたわ

 アナタ達が来て、ね」

 「すまなかった」

 おれが、強ければ

 他に欠けていたピースはない。おれさえ皇族の理念の体現として強く在れば、こんな事態にはならなかっ……

 

 パァン、と軽い音がして、おれの足元のアウィルがびくりと身を震わせた

 頬に軽い衝撃。けれど、ステータス差かロクに痛みはなくて

 逆に痛そうに、頬を張ったはずの手をエルフの姫は抑えていた

 

 「ワタシ達をあまり侮辱しないでくれるかしら?

 一つ聞くわ、灰かぶりの皇子サマ(サンドリヨン)。アナタは、この度の事件を経て、高貴なるエルフに何を求めるつもりだったのか、教えてくれる?

 人間など比べ物にならない高貴なワタシ?それとも、エルフ全体の支配権?

 ああ、マジン相手に戦ってくれ、とあの時言っていた……ので合ってるかしら?当時は覚える気も無くて、発音からの推察ではあるけれど」

 その言葉に、おれは頷く

 

 「では、マジン相手に先鋒でもすれば良いのかしら?」

 「……何も」

 好戦的にかおれを見る少女に、おれはそう返す

 

 ……頼勇、流石にどうかと思う的な視線は止めてくれ

 

 「これだけの被害を受けたんだ。これ以上何かしてくれなんて言う気はない」

 「情けかしら?ふざけているわね」

 「皇子さま、(なん)にも要求されないってつらいことなんですよ?」

 アナすらも、おれの敵に回る

 味方は……何も知らない無邪気な仔天狼アウィルだけだった

 

 「要求はない?

 アナタ、七大天か物語の中の英雄にでもなったつもりかしら?」

 「違う。皇子のつもりだよ、ノア姫」

 

 七大天により力を与えられたのが皇族。故に民を護ることで成り立つ。そういう皇権神授説なのが帝国だ

 「……皇族は、民を護って当然。要求もなにも、それが義務だ

 義務を果たして対価を要求するようなのは可笑しい」

 

 そんなおれを、見上げながらエルフの姫は笑い飛ばす

 「馬鹿馬鹿しい。その主張も可笑しいけれども、それをワタシ相手に言うなんて、流石は人間ね。思慮が足りていない」

 おれは答えない

 「エルフを自然に国民として、下に見ないで貰えるかしら?

 ワタシ達はエルフ。下等な人間ごときの建国した国の民に堕落したつもりなんてさらさら無いの。だというのに、国民を護るのが義務?

 ふざけないで欲しいわね。これは狂ったアナタの価値観で当然の義務とは違う、国家間の話よ」

 

 と言われても、目の前の誰かを護るくらいしかおれに出来る事なんて無くて、それをしなければもっと生きるべき他の誰でもなくおれが生き残った価値もなくて

 誰でも良い中から、運良く七大天に目をかけられた事にも応えられなくて

 

 そう思ったところで、ふと思い出す

 アホかおれは

 「竪神、アナ

 ……何かエルフに求めることはある?」

 そう。おれは、当然彼等を助けなければ居る意味の無い奴で。でも、他の皆は違う

 なら、皆はエルフを助ける事に対価を求めて良い筈だ。何を忘れてたんだ、あくまでも、助けて当然なのはおれ一人。おれを助けてくれた皆は、そんな義務は無いんだから、おれの価値観を押し付けてはいけなかったのに

 ノア姫に言われ、アナにもそれとなく注意されなかったら完全に忘れるところだった

 

 「……反省はそこなのかしら?本当に、ふざけた皇子ね」

 「わたしは、皇子さまに権利あげます

 わたし、あんまりいいこと思い付かないですし。寧ろ皇子さまに色々言いたいですから」

 と、アナは権利を放棄

 そして、竪神は……

 

 「エルフ達に伝わる特殊な金属などがあれば、それを見せて貰いたい

 私とライ-オウは、皇子や殿下と共にもっと先へ行かなければならない。その為に使えそうならば、装甲やフレーム補強、内部の導線等に使う分で良いから譲って欲しい」

 その言葉に、おれは良いのか?と彼を見る

 

 それは、これからもおれ達と共に戦うような意味を含む言葉で

 「皇子。ここ一年見てきて答えは決まった

 私とL.I.O.Hの力は、君達に必要だ。これからも、共に戦って欲しい」

 「それは此方の言葉だ、竪神」

 突き出された左手におれの左手を合わせ、おれはそう言った

 

 「……ええ。エルフの秘伝は明かせないから、精錬技術は秘匿させて貰うけれど、頼まれた形にした現物ならば渡すわ。それで良いかしら?」

 「当然それで構わない」

 頼勇の言葉になら手配しておくわとノア姫は一つ頷いて、おれへと向き直る

 

 「……それで?アナタは何かあるの?」

 「無いよ。あえて言うなら、君達を少しでも助けられて良かった」

 「……まだ言うのかしら?」

 「……それが、おれの思うことだから

 それでも、もしも、それじゃあ納得できないって言うなら」

 

 少しだけ悩む

 いや、本気でノア姫に頼みたい事って何もないんだよな。何で助けたと言われても、被害者を助けない理由なんて何処にも無いのが普通だ

 「ああ、家族は国民みたいなもの、そう言いたいのかしら

 回りくどいこと」

 

 ……いや、家族ではないと思うが

 「……あはは」

 と、アナが苦笑いしているのが、どこか気になった

 

 「……皆に戦ってくれとは言いません

 ですが、大事が帝国で起こった時。ウィズ……」

 ノア姫の目が鋭くなる

 末を護ろうとしているのだろうか、と当たりをつけて……

 

 「か、サルース氏」

 更に鋭くなった。完全に親の仇か何かのように睨まれている

 「それかノア姫、貴女自身。その誰か一人に手を貸していただきたい」

 だからおれは、そう答えた




ということで、ノア・ミュルクヴィズがヒロイン化します

まあ、再登場時点から言い方キツいものの滅茶苦茶誘い受けしてましたからね……さらりと学ぶ気全く無さげだった公用語を覚えていたり


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同行、或いは父の言葉

そうして、おれはアナたちとともに帰路について……

 

 「ノア姫?」

 それが当然の権利であるかのように、傷は何とか治癒したもののぎこちなく歩みを進めるネオサラブレッド種に跨がるエルフの姫に、おれは疑問を溢す

 

 「ノアさん?何で着いてくるんですか?」

 オルフェに対しておれの馬だが占有権を持つかの如く我が物顔のヴィルジニーはまあ良い

 だが、我が物顔で乗るノア姫については良くわからなくて

 

 「……なにか可笑しいかしら?」

 だというのに、高貴な筈のエルフの媛は、当然だといわんばかりの表情でおれに着いてくる

 ……いや、何故?

 

 「ノア姫。おれは、何か伝え間違いをしたろうか」

 だから、おれは確認をして……

 

 「何も間違ってないわよ」

 けれども、その辺りは否定される

 「……いや、可笑しくないか」

 「何処が?」

 「どうして着いてくるんだ?」

 だからおれはそう問いかけて……

 

 「相変わらず、人間は馬鹿馬鹿しいわね」

 と、なんか失礼な事を言われた

 「アナタがワタシに言ったのでしょう?大事が起こった時、ワタシに手を貸して欲しいと」

 

 その言葉には頷く

 大事と言っても、相手次第だが……

 「大事なんて無いよ、ノア姫」

 

 その言葉に、エルフの少女は淡い金の髪を揺らす 

 「全く、馬鹿馬鹿しいにも程があるわね」

 「……そうです」

 と、アナが何故かノア姫の味方をしていて

 

 「いやちょっと待ってくれ。いったい何処が問題なんだ」

 「何で馬鹿馬鹿しい。そんなことも灰かぶりには分からないのかしら?

 少しはゆっくり休んで頭を冷やすことね」

 「いや、本気で分からないんだが」

 「帝国内で、異例の力を振るう何者かが現れた

 ええ、アトラスだったからしら?そういった怪物を扱うものが、ね

 それがどうして、大事ではない等と嘯くのかしら。誰がどう見ても、あまりにも明白な大事でしょう?」

 

 ……いやまあそうかもしれないが

 「それ程の大事を前にして、ワタシが動かなければ、それこそ約束を破るという事。いくら相手が下等な人間ごときとはいえ、約束は守るわよ」

 ……大事かそうでないかは任せきり。幾らでも踏み倒せるようにしていたんだが……

 

 「すまない。助かる」

 その厚意は無駄にはしない

 浅ましい話だが、助けてくれるというならば勝手に手を借りる。本来、姫と呼んでいる彼女は、おれが連れ回すような存在ではなく、エルフ達の支柱であるべき相手だろうとしても

 

 「ええ、分かれば良いの。重要な事態を片付けて、早めにワタシを返してくれると嬉しいわね」

 「努力するよ。どこまで意味があるかは知らないけれど」

 実際問題、何処まで知ってるかは分からないしな

 

 「……ふざけずに、努力することを祈るわ

 ワタシを、早くふざけた話から解放するようにして欲しいわね」

 「努力するよ」

 ……少なくとも、あの刹月花の少年と、ユーゴと、あとは……恐らく、シャーフヴォル。最低3人は居る相手達だ

 ノア姫が嫌々やっているならば、早めに返してやるのが筋だろう。敵は何時死んでも可笑しくない化け物揃いだ。大抵馬鹿馬鹿しい間抜けなのだけが救いだが、それでも一歩間違えるだけで死ねる。あまり、ノア姫を巻き込みたくない

 

 それを言うならば、アナもだが

 全てをだいたい理解してなお、共に戦おうと言ってくれた竪神は兎も角、他は巻き込むわけにはいかない。少し前に巻き込んでしまったのだって、おれの落ち度だ。もっと、何とかなったろうに

 

 そうして、王都に辿り着く

 特に何かが起こることはなく。少しぎこちない歩みの愛馬への心配はありつつも、事態は終息して

 

 「……父さん」

 おれは、皇帝陛下に呼び出されていた

 結局、助けに来なかった彼に

 

 そんな銀の髪の皇帝は、ふとおれに何かを差し出す

 「これについて、理解はあるか?」

 と、出されたそれは……

 おれがアルヴィナに贈った、天狼の大きなぬいぐるみであった。少し焦げていて、アタマにはしっかりとした帽子が被せられている

 

 「アルヴィナに贈った……」

 と、おれの言葉に、父は頷く

 「成程、やはりお前は覚えていたか。お前まで忘れていたら(オレ)は自身の記憶を疑わねばならいところであった」

 「父さん、それは」

 「この地に潜入していた魔神どもが残していったものだ

 フラれたな、馬鹿息子」

 馬鹿にするのか、同情するのか、さもなくは違うのか

 良く分からない表情で、男は言う

 

 「……アルヴィナ」

 「轟火の剣が消えて戻った。ならば全てはもう終わったとして、直感通りにあの男爵家に向かったが……少しだけ剣を合わせたものの、逃げられてこうなった

 最早、あの貴様の嫁候補だった魔神娘など誰も知らん。(オレ)とお前だけが覚えている」

 「そう、か」

 見下ろしてくる父に、おれはそう返す

 

 「というか、何故フラれた?」

 少しだけ意外そうに、男は聞く

 「いや、フラれたって」

 「(オレ)はお前を信じてあの魔神どもについてを任せた」

 「知ってたのか、父さん」

 「当たり前だ。あの魔神王について、少し対話したぞ?」

 いやなら教えてくれという心はさておいて、おれは父からぬいぐるみを受け取りつつ聞く

 

 「それと、フラれたって言葉に因果関係は?」

 「いや、貴様が好かれたままなら、このぬいぐるみは持ち帰るだろう?」

 ……確かに

 

 「いや、アルヴィナと決別するような事は特に無かったんだが」

 首をひねるおれ

 それに苦笑して、皇帝は問う

 

 「なら、何故置いていく。それに貴様……その左目はどうした」

 「アルヴィナにあげた。欲しがってたから」

 

 「……ふはははは!」

 突然、父は笑い出す 

 「ああ、明鏡止水の瞳か。確かに欲しそうにしていたな。明らかに異常な欲求だが……それを叶えてやったか」

 くつくつと、皇帝は嗤う

 

 「成程成程。どうしてそうした?」

 「アルヴィナが、命懸けでおれ達を護ってくれたから」

 「良いだろう。貴様がフラれたという言葉は取り消そう

 

 ……つまり、あの烏めの言葉の裏付けか」

 「……父さん?」

 ぬいぐるみを抱きつつ、持って帰ってくれればなんて思ってたおれは、不意をうたれる

 

 「ふん、面白くなってきたというところか

 ともすれば……一部の魔神どもとは共闘も有り得るか。普通ならば与太話だが……」

 「いや、だから何なんだ父さん?」

 「いや、良くやったゼノ。そのぬいぐるみを大事にして、いつか返してやれ。恐らくだが、無くして落ち込んでいるだろうからな」

 なんて、父はそう言って……転移魔法で消えた



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三章+ 第七皇子と穏やかな時間
謝罪、或いは受け継ぐ力


「どこまでも着いてくるのですね、ノア姫」

 夜中の王都の大通りを愛馬と共に歩くなか、おれはそう横を歩く少女に問い掛けた

 

 オルフェは置いてきた。行きたがっていて可哀想だったが、はっきり言ってこの先の旅には着いてこれそうにない

 だってあいつ、2週間後に一大レース控えてるんだぞ?

 連れていったら大顰蹙だ。只でさえ期待を背負っていた名馬アミュグダレーオークスの冠を奪った~って言われてるのに、オルフェゴールドまで潰したらおれが社会的に死ぬ

 いや、アミュの足は治った。流石は魔法。まだ添え木したままのおれと違って、肉体的には完治した

 

 だが、それでも愛馬の歩みはどこかぎこちない。もう何も問題ないとしても、心が突然治った体と齟齬を起こして歩みのリズムを狂わせている。こんな状況で、全力疾走のレースなんてしたら転倒必至。出場は辞退せざるを得ない

 結果、おれが連れ出したから3番人気のあの馬の経歴に欠場の汚点がとボロクソ言われるわけだな。事実だけに言い返しようもない

 

 「ええ。アナタの言葉をそのまま実行してあげてるのよ」

 「ヴァウッ!」

 と、おれの頭の上で、小さな狼が吠えて返した

 アウィルである。ある意味母を死なせたのがおれだと分かっていないのか、それとも返すために持ち歩いている母の角のせいか、この仔はおれにベッタリだ。いや、真面目に良いんだろうか

 

 原作ラインハルト等を見るに、かなり早くに分別が付くようになると思うんだが……。その時に殺されないか、おれ?

 

 まあ、それはその時だ。包み隠さず話して、罰でもなんでも受けるさ

 今は、せめてアナ達と共に、母のいないこの仔達に、孤独を与えないようにする。って、それらが良いのかって話も、これからつけに行くんだが

 

 「ところで、何処へ向かうのかしら?」

 「いや知らなかったのかよ!?」

 思わずおれは突っ込む

 頭の上でアウィルもびしり!と右前足を出していた

 ところでなアウィル。まだ切り裂かれたところが治りきってない首が痛いんで、あまり長時間おれの頭の上に居るのは止めてくれないか

 

 「天空山だよ」

 「そう。じゃあ、ワタシが行くわけにはいかないわね」

 案外あっさりと、ノア姫は引き下がる

 「そういうものなのか?」

 「ええ。あくまでも森長はあの子。だから儀式もあの子に任せて、ワタシはやらなかった

 そうでなければ、いくらちょっぴり癪とはいえ恩人との約束でも、復興を放り出してまで協力なんてしないわよ」

 肩を竦め、その長いサラサラの髪を揺らして少女エルフは呟く

 その所作と共に、比喩でなく光が揺れた

 

 ……出戻りして初等部塔にノア姫を案内し、アルヴィナの存在記憶が消えてアナ一人の場所という事になっていた部屋に通す。二人部屋に文句を言われたが、更に部屋掃除させて別の部屋を開く余裕がないから許して欲しい

 

 なんたって、アイリスなんてまだ目覚めていないんだからな。竪神と共に無理をして、以降ずっと眠ったままらしい

 それで、色々と慌ただしいのだ。一応プリシラ達にも許可を出して来てもらってはいるんだが、ラインハルトと遊んでやる事も必要だし、これ以上はアナへの負担が大きすぎる

 一応おれの奴隷なコボルドのあの人は……孤児院で我が子と共に皆の面倒を見てくれているんで余裕は向こうにもないし協力を要求できない

 兄として側にいるべきおれには、先に謝る相手がいるしな。帰ったら一緒に居てやろう

 

 そうして、改めて愛馬と仔天狼と共に、天空山を目指して駆けようとした朝焼け

 「母さん、ほら……」

 「すまないねぇ……」

 こんな声が聞こえてきて、ふとおれは遠目でそれを見る。片目だとピントをうまく合わせられなくて、少し近づくことにはなったが……

 

 そこに居たのは、名前も結局知らない少年と、眼鏡を掛けているその母親

 

 ……ああ、母さんを大切にな

 

 それだけを心の中で呟き、アミュの首を叩いて進路を出会わないように変えようとして

 

 ふと、最後に振り返ったおれの眼が、あってはいけない気がするものを見付ける

 それは、少年の腕に嵌まった(くろがね)の時計。ユーゴのものに近い気がする、装飾の豪華な……ベゼルが回転して展開しそうな、2本針のニホン式時計

 

 一瞬だけ、不意を打つか迷う。今なら、使わせずに倒せるかもしれない。AGXを持つ3人目の相手を

 

 だが、おれはその思考を切る

 少年は、眼が悪い母親の手を子供らしく、けれど優しく引いて、街を歩いていたから

 

 父への伝言として3人目が居ること、現状素行に奇行は見られないこと、あまり干渉したくないことを手紙として残して王都の門番に託して

 「行こう、アミュ、アウィル」

 肩にしがみつく白狼を抱えて、おれは愛馬の首を叩いた

 

 彼は、母といて幸せなんだろうか

 幸せなら、良い。そりゃそうだ。真性異言(ゼノグラシア)だから危険だ、敵だというならば。おれはまずエッケハルトと桃色のリリーナと自分の首を斬り落とさなければならない

 

 だから、おれは手を出さない。少年が……今で幸せであることを祈る。他の使い手等のように、自分の幸せを求めて、あの力を使うことがないように

 そんなもの無くても、幸せは得られるだろうから

 

 って、チート頼みのおれが言っても、あまり意味はないけれど

 家族を殺した『おれ』にも、今、家族が居るように。彼にもそういった優しさがあるように。少しだけ祈る

 ……何時か彼と戦う日が来たら。おれはこの選択肢を後悔するだろう。でも、今は……これで良いんだ

 

 そうして、全速を出せないが、それでも走りたがる愛馬に乗って2日。おれは……天狼の故郷に辿り着いていた

 途中、アウィルは様々な初めてのものにキョロキョロしていて

 けれども、まだまだ上半身の一部を覆う甲殻の発達していない身を震わせて、天空山に近づくにつれて気を張っていく

 

 やはりというか何というか、まだまだ甲殻と角が発達していない現状の仔天狼にとって、雷の魔力が強く、神の近くである故郷は……逆に過ごしづらいのだろうか

 だから、あの母狼は一人というか一頭で山を降りた。我が子を良い環境で育てる為に。というのが真相だろうか

 

 ならば、原作の天狼事件が何かというのも、大体想像が付く。恐らくだが、子育てに降りてきた天狼の姿を見て襲われると勘違いして、人々が大騒ぎという事件なんだろうな

 それを子育てだと理解し伝えて解決したのが、隠し主人公たるもう一人の聖女。そこでラインハルトとなる仔狼の誕生に立ち会い……

 そして、って感じだろう

 

 原作的に、なら何でおれ……いや分けて考えよう。ゼノが救済枠なんだろうなこれ

 どう見ても、縁深いのはラインハルトなんだが。寧ろそこで角持ってるおれって悪役じゃないか?

 

 ……いや、もう一人の聖女もまだまだ子供の頃の出来事とはいえ、自分が名付けたし時におかあさん?と間違えてくる相手との恋愛は少し気が引けるのだろうか

 言ってしまえば、おれが成長して特例として人の姿を取れるようになったアウィルと恋愛するような

 いや犯罪だなこれ。母を死なせ娘を好き勝手育てて……悪どいヒカルゲンジしてる

 

 そんな余計なことも悩みつつ、ならアウィルを連れていくのは……と思い、だとしてもべったりの仔狼を置いていくのも悪くて。愛馬を止めていると……

 不意に、空が曇る

 

 そして、桜の雷と共に、山の麓にまで向こうから父たる狼が掛け降りてきてくれた

 慌てて馬上から降り、添え木故に着地に失敗して二歩ステップしてバランス。アウィルを地面に下ろし、礼を取る

 

 いくらおれでも、馬上のままという失礼はしない

 そうして、おれは……父に駆け寄るアウィルを見つつ、人語を理解する賢い狼へと言葉を切り出した

 

 「……これが、全てです

 申し訳ありませんでした」

 包み隠さず話したおれの言葉に、『ロウ』とだけ。桜の雷を纏い続けた狼は吠えて返す

 

 「この角を、貴方の妻の遺品を。此方で勝手に葬り、これしか返せませんが……お返しします」

 そしておれは、大事に布で包んでおいた、青い色を取り戻した角を、ゆっくりと差し出して

 

 静かな蒼い瞳がおれを見据えたかと思うと、布ごと角を咥え

 一声鳴くや、父である狼にじゃれついていたアウィルが、はっとしたようにおれの方へと戻ってくる。やはりというか、暫く預けてくれる……というより、千雷の剣座にあまり近づけてはいけないのだろう

 「……暫く、預かります。必ず、彼女等がしっかりと成長した時、貴方にお返ししますから」

 『キャウッ!』

 『ルォォォォオッ!』

 父娘間で、一つ鳴き声を交わし、最後に一度、父は娘の額、角が生えてくるだろう場所を舐めてやって

 雷鳴と共に、狼はその姿を消した

 

 と同時、白い愛馬が嘶く

 「……アミュ」

 見ると、持ってきた荷物が無くなっている

 中身は、捧げ物として持ってきた果物や、様々。元々置いていこうとは思っていたもので、だとしても露骨に渡そうとすれば、金というか現物で何とか示談しようとする嫌味にも思えて、持ってきたは良いもののどうやって渡すか悩んでいた

 が、意図を汲んでおれが何か言わずとも勝手に持っていってくれたらしい

 

 遠くなっていく雷の音に、おれはもう一度頭を下げて

 

 「……ごめんな、アミュ」

 なんて謝りつつ、そろそろ夜なので帰るのは明日だと泊まる。天空山の麓には、小屋もある。この辺りには、修業で訪れる人もまあそこそこ居るからな

 金を払って泊めて貰い、遊び疲れるまで構って構ってとじゃれてくるアウィルと遊んでやって

 

 翌朝……

 おれの胸の上で丸くなる仔狼を起こさないように抱き上げて、

 ぽろり、と。仔狼の上から、何かが落ちた

 

 バチッ!と。衝撃で稲妻が迸る

 『キャウッ!?』

 その音で、びくりと仔狼が目覚め、反射的におれの手首を噛む。が、それ以上に……衝撃的なものが、其所にあった

 

 雷を湛えた輝く蒼き一角。おれが昨日返したはずの、母天狼の角

 誰がこんなことを、なんて言うつもりはない。角は、流麗な狼の毛にこれも使えとばかりに包まれている

 

 あの狼が、おれに託してくれたのだ。妻の力の源たる角を。ともすれば、おれへ怒りを向けても可笑しくない状況だというのに

 

 「……ここまで、おれに……力を、貸してくれるのか」

 流石に角に意志はないだろう。けれど、返事をするかのように、静電気は走る

 ちょっと痺れるが、それが何処か心地良い

 

 「……有り難う

 その想い、無駄にはしない。おれと共に、戦ってくれ」

 頬に無意識に流れる水滴を、不思議そうに仔狼が舐めた



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異伝・銀髪聖女とエルフの姫

それは、天狼さんに謝ってくるって、果物の干したものやその他沢山のものを持って、アウィルちゃんと一緒に皇子さまが行っちゃった少し後

 

 天狼さんには敬意を持っているのか、そのさらさらしたわたしでもちょっとズルいなって思っちゃう絹みたいなステキな髪をもう一匹のちいさな天狼さん(ラインハルトくん)に遊ばれながら、すっごいえらいらしいエルフのノアさんはふと、わたしをみて言った

 「……よく、アレに付いていけるわね」

 って

 

 その言葉の意味がよく分からなくて、わたしはえっ?と聞き返す

 「少し分かりにくいかしら」

 「えっと、なんのおはなしですか?」

 「あの灰かぶりの皇子(サンドリヨン)の事よ。立派な大人でしょうに、理解が遅いわね」

 その言葉にむっとして、わたしは頬を膨らませる

 「わたし、まだ9歳です。大人になりたくても、なれてないですよ?」

 

 わたしがちゃんと大人なら。皇子さまを助けてあげられると思うのに

 あんなに思い悩まなくて良いって言ってあげられるのに。わたしは、まだ守られてばっかりで

 他のみんなもそうだけど、この頃から大きく体は成長していくけれど。まだ、わたしの体は子供のまま

 ちょっと胸だけは大きくなっていく兆候があって、そこは……あれ?誰と比べてうれしかったんだっけ?

 

 「……ああ、そうね」

 って、わたしとそう変わらない外見年齢のお姫様は、その豪奢なのは嫌いなのって結構質素なドレスの袖を揺らす

 「人間の成長だと、まともな分別が付き始める、大人のなり始めくらいの年齢だったのね

 ワタシ基準で、同じくらい大人だと勘違いしていたわ」

 「大人なら、皇子さまを……助けてるです」

 へぇ、と面白そうに長耳のお姫様は言う

 

 「どこが良いのよ、あんなドリリコン」

 「りりこん?リリコン……リリ婚?」

 リリーナさんと結婚?あの桃色の人と?それはちょっとやで、でも、そういうことじゃなさそうで……

 わたしは、首を傾げて、言葉の意味を探る

 

 「あら、知らなかったのかしら。なら、本当にしょうがないから無知なアナタにワタシが教えてあげるわよ

 

 リリアンヌ・コンプレックス。これで分かるでしょう?」

 リリアンヌは、わたしにも分かる

 昔の聖女様の名前。封光の杖を振るうあの人の

 

 でも、こんぷれっくすって聞き覚えがなくて

 「聖女さまの……」

 「ええ、聖女妄想症(リリアンヌ・コンプレックス)

 己を聖女か何かと勘違いしている頭のはぐるまが狂った相手の事よ」

 はぐるま、だけ馴染みがないのかカタコトで、少女は告げる

 顔を少し上気させつつ、忌々しそうに

 

 「えっと、皇子さまは女の人じゃないですよ?聖女さまでもありませんし」

 「ええ、あくまでも例えだもの

 それに、彼はもっと酷いものよね。聖女どころか、自分を七天の一員か何かと勘違いしてる重篤者」

 その言葉は、わたしには到底受け入れられなくて

 

 「皇子さまは、そんな人じゃないです!

 神様だなんて、えらぶってないです!」

 思わず声を荒く、わたしは叫ぶ

 

 ……あ、ごめんねラインハルトくん

 びくりとする狼に、わたしは大声を出しちゃったことを反省して

 「ええ、そうね。彼自身、そんな自覚はないでしょうね

 ……けれど、彼は内心ではそうなのよ。だから、あそこまでワタシを侮辱できる」

 「ぶじょくだなんて」

 「してるわよ」

 冷たく、ノアさんは吐き捨てる

 

 「おれが誰かを助けるのは当然?寧ろ多くを護れなかった?それが罪?

 要求することなんてない?

 

 ばっか馬鹿しい。このワタシを、ええ、それこそ助ける義理も無い、寧ろ、洗脳して窃盗を働こうとした相手を、自分の命すらも擲って助けておいて、言うことがソレ?

 エルフを人間の民と同列に扱うなんて、侮蔑でしょうこんなもの

 

 過半数を救えなかった?多くの犠牲を出した?アナタが居なければ死んでたワタシに向けてそれを言うの?助けられた側すら不快になるわよ

 どうして、助からない筈の相手を一部助けたことを誇らないのよ」

 一息置いて、わたしに似た想いを持つ彼女は、拳を握って続ける

 

 「冗談でしょう?

 誰かを護る義務を果たせなかった?その無償で助けて当然だって範囲にワタシを入れて良いのは、家族かワタシ達を創った女神アマテライア等七大天だけよ

 ただの人間の癖に、エルフを誰とも知れない有象無象の人間と同等に扱うなんて、神にも等しいおぞましい思考にも程がある。全く、どんな人生送ってきたらあんな吐き気のする生き物になるのよ」

 

 はぁ、と息を吐いて、少女は最初に戻る

 「よくもまあ、あんなのについていけるわね、アナタ」

 「わたしは、そんな皇子さまだから、助けてあげたいんです」

 呆れたような目を、わたしと似たような目を、少女は返す

 

 「良いこと無いわよ?

 アレ、釣った魚に餌なんてやらないタイプでしょう?そもそも、釣ったことにすら気が付かないわよ」

 「ノアさんも、皇子さまを好きなんですね?」

 「『も』って何よ。ワタシは釣られてないわ

 止めて欲しいわね。人間なんかの言葉を少しは覚えてあげるわと色々な本を読んだけれど、ワタシには釣り合う相手が居なかったから全く知らなかった恋愛について描いた本は人なのになかなかと評価してるの

 だというのに、こんな気持ちが恋ならそれらを『こんな苦しいものを美化しすぎ』って酷評しなくちゃならなくなるじゃないの」

 

 そんな言葉が、どこか可笑しくて

 「わたしは、皇子さまと居て楽しいこともあります」

 「そう。誰にでも言うでしょう?ぱっと見の人当たりはカリスマがあってよさげに見えるもの

 実際は、人の上に立つことに致命的に向いていないけれど」

 「でも、皇子さまから言われたって思ったら嬉しいです

 他の子にも可愛いって言うのは少しむっとしますけど、でもそれでも言われないより言われたいですし」

 「ワタシは嫌よ?

 うわべだけの言葉なら幾らでも聴けるもの」

 

 今度はわたしの手にある尻尾型の皇子さまが買ってきた玩具にぺしぺしと前足パンチを繰り出す仔狼さんに向けて玩具を振りつつ、気になってたことをわたしは聞く

 「ノアさん。ひょっとして、皇子さまみたいな人ってけっこう居るんですか?」

 「あら、どうして?」

 「りりこん?って、言葉があるってことは……皇子さまみたいな人が居て、なんとかしてあげられる方法って」

 「……そう。でも残念ね。あそこまで重篤なのはそう居ないわよ

 普通のリリコンはね、自分は特別だって思われて認められたいから人助けをするのよ。それこそ、アナタみたいな相手が欲しくて、自分のために一見素晴らしい行動を取るの

 人助けをする自分は尊敬されるべき特別で、当然助けられた者は感謝して自分を讃えるものって思ってね

 

 だからこその、リリアンヌコンプレックス。己を誰からも愛される聖女であるかのように妄想する精神症。普通なら、アナタみたいなのには滅茶苦茶優しいし、ワタシに向けて礼として、もう既に前に要求した事の範囲縮小版を要求したり、夜中に一人で吐いていたりしないの

 何よ、有事には誰か一人で良いから手を貸して欲しいって。去年言っていた有事にはエルフにも戦って欲しいよりも要求弱くなってるじゃない」

 

 「……そう、ですよね……」

 しょんぼりしながら、わたしは頷く

 皇子さまは、自分は誰かを助けるのが当たり前で。でも、自分が助けられたときにはいっそ大袈裟なくらい感謝する人だから

 

 「あれはもう、認められたり称賛されたりするのを恐れてる節すらあるわ

 それでも着いていくの?釣られても良いこと無いわよ?」

 「ノアさんと同じです」

 「同じにしないでくれるかしら

 ワタシは、エルフを単なる人と同列に扱う愚かさを治したいだけよ。依存しているアナタとは違うわ。依存していたいなら止めないけど、不幸になるわよ」

 「それでも、わたしは……ひとりぼっちな皇子さまを、支えてあげたいです。幸せになって欲しいです

 だから、逃げません」

 此方を見る少女に、わたしはきゅっと小さく手を握ってそう返す

 

 「そう。少しは仲良くなれるかもしれないわね、ワタシ達

 迎合する気はさらさら無いけれども、向かう先は似た方向だもの」




因みにですが、この世界の言い方だとリリコンという可愛らしい単語になっていますが、現代の用語だとメサイアコンプレックスと言います
前話でゼノくんがさらっと言ってたアレですね


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異伝・銀髪聖女と、皇子への怒り

「……それで

 アナタ、あの灰かぶりの皇子(サンドリヨン)に対して不満はないのかしら?」

 

 それなりに優しげな表情で、わたしの10倍は生きているらしいエルフのお姫様は、わたしが淹れたお茶を一口啜って、そう尋ねる

 「……?」

 その際の少しだけ遠い目が、皇子さまみたいで、ちょっとだけわたしは笑ってしまう

 

 「何よ」

 「お茶、どこか可笑しかったですか?」

 「いいえ。単純に、昔あの皇子に人間の淹れたものなんて、って掛けたことを思い出して、あの辺りを怒らない彼にイライラしただけよ」

 言って、ノアさんはカップをしっかり置く

 「案外悪くないわね、この人間の茶も」

 あれは、アイリスちゃんが揃えているお茶の中では一番高い葉っぱなんだけど、これは……誉められてるのか貶されてるのかどっちなのかな?

 

 「……心配すること無いわよ。ワタシは人間なんかとは違う天に選ばれた種だけれども」

 ぴくりと、その長い耳が動くのが……

 あれ?誰の事を言おうとしたんだっけ?えっと、いつも帽子で耳を隠した……孤児院のヒャルトくんだっけ?

 どことなく、誰かを思わせてわたしは少しだけ、とっつきにくいように感じていた女の子に親近感を持つ

 「アナタは特例。あの流水の腕輪を使える、天にある程度認められた特別な女の子。ワタシ程でなくても、天に愛された子

 それを、他の人間のように蔑ろにはしないわよ。それこそ、誰であっても護って当然の相手に矮小化する灰かぶりの皇子(サンドリヨン)とは違ってね」

 くすり、とエルフのお姫様はわたしに笑い、話を聞くために座り直す

 

 「それで?不満点とか無いのかしら?」

 「……あります」

 「あら、例えば?」

 少しだけ迷ってから、わたしは心の中を吐露する

 

 「皇子さま、最近冷たいんです」

 「冷たいとは?あの男は常に冷酷でしょう?一見熱そうに見えて、その実誰にも心を開かず触れれば傷つく氷のような性格よ」

 「そうじゃなくて、最近の皇子さま、わたしがエッケハルトさんと……」

 

 といったところで、はっと気が付く

 「すみません、分かんないですよね

 エッケハルトさんっていうのは」

 「アナタ達を出迎えた中の……夕焼け色、焔髪の彼の事かしら」

 その言葉に、わたしは頷く

 

 「はい。その人です

 その人とわたしが揃うと、最近の皇子さま、用事が出来たって言ってすぐに居なくなっちゃうんです」

 「……後は若い二人にって奴ね。ワタシもされたことがあるわ」

 迷惑よね、アレといわんばかりに、少女は肩を竦めた

 

 「此方にはその気なんて欠片もないと、本当にありがた迷惑も良いところ

 自分もされてみたら、その事が分かるでしょうに」

 「ええ、そうですよ!」

 うんうんとわたしは頷く

 

 「確かに、前ほどは嫌いじゃなくなりましたし、なんとなく好かれてるのも分かるんですけど、わたしはエッケハルトさんの事を好きじゃないです

 わたしが好きなのは皇子さまなんです!なのに、二人っきりにされてもやなんですけど……」

 

 言っていると、皇子さまへの不満は止まらない

 「そう、それがもっとやです!

 皇子さま、わたしが……わたしだけじゃなくて、孤児院の皆やアイリスちゃんに……多分アステールちゃんもなんですけど

 誰かが結婚や婚約するってなったら、心から喜んで祝福してくれそうなんです」

 「間違いないわね。アレならやるわ」

 「そうなんです。わたしたちだときっと結納金とかぜーんぶ用意して、心から『良かったな』って送り出してくれそうなんです

 例えばエッケハルトさん相手とか……それが、とってもやです」

 くすくすと、少女は笑う。その淡い金の髪が揺れる

 

 「ええ、ええ、そうね

 釣った魚を手離そうとするなんて、何様のつもりなのかしらね。最後まで面倒見る気も無いのに、気ばっかり引かせて」

 「そうです!ちょっとくらい嫉妬とか、独占欲とか、わたしに向けて欲しいです!」

 「いえ、ワタシはそれは遠慮しておくわ。執着され過ぎても気持ち悪いものね」

 

 言いつつ、皇子さまが好きな……って訳じゃなく、わたしが好きな揚げ菓子を一口つまみ、ノアさんは目を丸くする

 「へぇ。油で揚げてあるのね

 食べ過ぎると困りそうね」

 「でも、美味しいですし」

 「そうね。エルフは自然の味を重視するけれど、たまには良いわね」

 「はいです。欲しい時はわたしに言ってくれたら、頑張って作りますよ」

 「……食べ過ぎないように、祝いの席だけにするわ」

 

 「祝いの席と言えば、他にも皇子さまへ言いたいこと、ありました!」

 「ええ、好きなだけ吐きなさい」

 ノアさんに言われ、わたしは皇子さまには言えない不満を顕にする

 

 「皇子さま、誕生日を言ってくれないんです!」

 「……ああ、人間は自分の産まれた日を祝って貰うのだったわね」

 「エルフはちがうんですか?」

 「何回毎年同じことを祝う気よ。エルフが祝うのは30までよ。30までは神の子だもの」

 「人は5歳になるまでは神様の子って言われてるです」 

 だから5歳になると覚醒の儀を受けるですと、わたしは知識を受け売りする

 

 「ええ。時間感覚が違うものね

 それで?もう5歳を越えたから祝わないだけじゃないのかしら?」

 「違いますよぅ」

 言いつつ、わたしは胸元のブローチを外す

 

 氷のような、透き通った綺麗な宝石のブローチ。皇子さまがくれた、プレゼント

 「皇子さま、わたしたちの誕生日には必ずちゃんとプレゼントくれるし、祝ってくれるんです

 なのに、自分は頑なに祝われるようなものじゃないって、誕生日教えてくれなくて。それで孤児院のみんなが御馳走が減るって言うから教えてくれたと思ったんですけど、毎年月すら違うんです

 エーリカちゃんが来て、この月の祝いが増えたからって言って別の月にしたり……」

 それに、ってわたしは拳をちっちゃく握って強調する

 

 「皇子さま、自分はギリッギリこえてまでお金を使うのに、わたしにはおれの為に使う無駄金があったら未来の為に貯めておくべきだって言うんです!」

 「……あまり、金を使いそうには見えないけど?」

 不思議そうなノアさんに、わたしはそんなこと無いです!と叫ぶ

 

 「お母さんが病気だって聞いたら治療魔法とかおくすりとか買ってプレゼントしますし、そうやっていっつもお金無いんです」

 「……ああ、そうね。その通りだわ。アレはそういう人

 ありがた迷惑よね、アレ」

 まあ、ワタシはそれに救われた側だから、あまり批判は出来ないけれどって、わたしみたいなことをノアさんは呟いて

 

 「皇子さまはわたし達の為に気にせずお金を使うのに、わたしは皇子さまの為にも、わたし自身の為にもあんまりお金を使わない方がいいって、おかしいですよ本当に」

 「不満ばっかりね。そんなのが、本当に好きなの?」

 その言葉に、わたしは当たり前です!と返した



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おまけ、獅童三千矢と金星始水(1)

午前10時07分。二度目に時計を確認した頃

 

 「ごめん、寝坊してさ」

 と、家とは反対方向から現れた白髪交じりの少年獅童三千矢に対して、金星始水は仕方ないですねと呟いた。

 

 「7分遅刻です。それで、兄さんは今度は何してたんですか?」

 「単純に寝坊だよ」 

 寝坊なら、逆方面から来るはずで。息を切らせた少年は嘘をつく

 

 「おばあさん、案内出来ました?」

 悪戯っぽく、隔世遺伝である色素の薄い流れる髪の先を指先にくるくると巻きながら、今年12歳になる少女は幼馴染へとそう問い掛けた

 

 「……知ってたんだ」

 困ったな、という表情を白髪交じりの少年は浮かべる

 「30分前に来て、10分前におばあさんに道案内を頼まれてましたね」

 「そこまで見てたんだ。ちょっと遠くの銀行を探してて、一緒に探したんだ」

 あそこ、ちょっと遊歩道渡るのが面倒だしね、と駅の複雑さを少年は笑う

 「はい。向かいのカフェから5分前に出ようとばっちり」

 と、お洒落な個人店を見て、少女は言った

 

 「ごめん」

 「兄さんは何時もそうですからね。間が悪いというか、時間ギリギリに何かを頼まれて遅れるというか

 慣れましたよ。だから、15分くらい余裕をもって10時と言ったんです」

 「うん。いつもごめん」

 少年は軽く頭を下げ、始水の左、聞こえにくい方の耳を護るような定位置にすっと移動する

 

 「いこ、おにーたん」

 その腕をとって、可能な限り甘い声で、金星のお嬢様は言う

 「……始水?何時も思うけど、意味あるのそれ?」

 「ありますよ兄さん。金星のお嬢様は一人っ子。兄さんをおにーたんと呼んで甘えれば、正体がバレにくいんです」

 だから我慢してくださいと、何時ものように引っ掻き傷だらけの少年の手を引いて、お嬢様らしからぬ少女は歩みを進めた

 

 「それにしても兄さん、いい加減遅れる時は遅れるって言えるように、携帯くらい持ちませんか?」

 「駄目だよ、始水。高いじゃん」

 「モニターテストとして、最新機種貸しましょうか?

 使い心地とか教えてくれれば、それで大丈夫です。お父さんに言えば明日には届きますけど」

 その言葉に対し、少年獅童は駄目だよと首を振る

 

 「駄目。あれ、通信費とか高いから返すの大変だし」

 「そこはテストのお礼としてタダで大丈夫ですよ?」

 「それに、壊されたり盗られたりしたら取り返しがつかないから良いよ」

 肩を竦め、少年は少女の前に出る

 今日の行き先は分かりきっていて。先導するように歩き始める

 

 「今度は何を盗られたんですか?」

 そんな隣のクラスの少年に、半眼で始水はツッコミを入れる

 「なにも」

 「ああ、一昨日ふと外を見たら、一人だけ体操服じゃなく私服で授業受けてましたね。体操服ですか」

 「盗られてないよ。ゴミ当番した時に、1組の給食のゴミに混じって捨てられてるのを見付けたから」

 と、6年2組の少年は少しだけ困ったように笑う

 「誰かうっかり捨てちゃったんだろうね」

 「別のクラスの人が?」

 「うん。時たまクラスでやってるでしょ?体操服袋サッカー

 そのボールとして使って、そのままって感じじゃないかな?」

 「隣のクラスなのに?」

 「昼間とか、別のクラスにも遊びに行くでしょ?その時に」

 はぁ、と少女は息を吐く

 

 「兄さん、いい加減びしっと言いましょう。苛められてますよそれ」

 その言葉に、少年は頷く

 「知ってるよ」

 「兄さん。今日の分のお金はありますか?」

 「無いよ」

 「一昨日はあるって言ってませんでしたか?」

 「何でも、新しいゲーム出たからお前も金出せってさ」

 「いい加減にしてください。それで、渡したんですか?」

 少年は素直に頷く

 

 「少し残す気だったんだけどさ。小銭同士が当たる音させちゃって。あるだけ出せって」

 全く、ちょっとくらい残して欲しいよなと、少年は小さく笑う

 盗られること自体は受け入れたように

 

 「それは窃盗です。犯罪です

 流石に怒りました。彼等、どうにかしてもらって来ます」

 ちょうど、新発売のゲームソフトを買って逆方向に歩いていく同級生等を見付け、少女は踵を返

 

 「駄目だ、始水」

 そうとして、その手を少年に優しく掴まれる

 「離してください、兄さん。今日という今日は許しません」

 「止めてくれ、始水。今がちょうど良いんだ」

 「苛められてるのが?」

 「皆の矛先が俺に向いていて、でも、キツすぎない

 そして、俺一人が敵になって、みんな仲良くできてる。昔苛められてた子も、苛めてた子も、俺という敵が居ることで同じ方向を向ける

 

 この今が一番なんだ。それを壊してしまったら、また誰かが苛められる。大事になんてしたら、誰かが標的を俺から変える

 だから、お願いだ、止めてくれ」

 

 少女の腕を痛くないように掴んで、少年はひたすらに頭を下げる

 

 「……それは何度も聞きました

 だから、何度でも聞きます。兄さん、兄さんが敵にならなきゃいけない理由は何ですか?

 どんな罪があって、その罰を受けるんですか?まだまだ子供な兄さんの前世に何があったら、そんな業を背負わされるんですか」

 その言葉に、少年は何かを思い出そうとする

 

 「……護れなかったものがあった

 救えなかった人が居た

 助けなきゃいけない相手が、死んでいった」

 けれども、しっかりとした答えが帰ってくることはなく

 「それは、兄さんの身に起きた事故の事です。それに、それは兄さんの罪ではありません」

 「万四路を、俺は殺したんだ」

 「……殺してないです」

 何時も発作を発症し、少し虚ろになった目の少年の手を、幼馴染の少女は引く

 「全く、兄さんは……おにーたんは、何処でも変わりませんね」

 ふと漏れたその言葉は、少年の耳に届くことはなく流れる

 

 「ほら、遅れますよ」

 「……ああ、ごめん」

 ふと、正気に戻り、少年は歩き出した

 

 そして、二人が来た場所は……駅の映画館であった

 駅ビル11階のシネマ。エレベーターではなく、少年が落ち着くよう時間をかけてエスカレーターを乗り継いで其所へ辿り着く

 

 「今回は私が払います。今度はちゃんと、お小遣い貯めてくださいね

 盗られたりせず」

 言いつつ、小学生の少女は三人分の券を買う

 子供二人と、少し離れて見ている一人のボディーガードの分で3人。近くにいさせつつ邪魔されないよう、三人がL字になるように

 

 そして、わざと大きめのポップコーンを買って、席につく

 「兄さん、はい」

 「それ、始水のものだろ?」

 「二つの味となると、このサイズしかなかったからちょっと大きすぎるのを買ったんです。手伝ってください」

 困ってますと言えば、少し悪いなって顔をしつつも食べてくれる。それを知る幼馴染の少女は、遠慮がちな少年にポップコーンを半分押し付けて、スクリーンを見た

 

 「……わざわざ映画館に普通に来る必要あるのか?」

 何時も思うけど、と少年は呟く

 「俺と来なくても、始水……ゴールドスターグループなら好きに貸しきったり出来るんじゃ」

 「私は、映画はこうしてポップコーンと共に、多くの人と同じスクリーンで見てこそだと思うんです。そして、終わったあとに一緒に来た人と感想を言い合うのまでが、私の好きな映画鑑賞です

 家じゃ多くの人とって訳にも、ポップコーンを食べるわけにもいかないから、兄さんと来てるんです」

 「そっか。今日のは何だっけ?」

 「最近公開された恋愛小説原作のラブロマンスです

 寝ないでくださいね、兄さん?」



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アルヴィナ・ブランシュと嘘吐珍獣

不意に、ボクは目を覚ます。

 其処には、何時もボクの横に置いてある帽子は無くて。必死に探して、胸元にあるものを見付ける

 

 蒼い血色をした、魔神の瞳。ボクの水晶に覆われた、左眼球。

 ボクが呪い、口付け、そしてボクのものにした、帝国第七皇子の瞳

 時の止まった永遠。ボクのものになったその瞬間の、魔神に先祖返りを起こして血の色が蒼く変わっている状態のまま死んで保存されているボクのたからもの

 

 此方を見つめる、明鏡止水の瞳。皇子からのプレゼント

 帽子の代わりにそれを見付けて、ボクは冷たい石の上でほっと息を吐く

 

 ……そして、人間の社会のベッドはふかふかだったって思い出す

 今まで、この石の上は寝心地が良いと思っていたし、ボクは今でも好きだけど。それでも、あれはあれで良かったと思う

 

 ……皇子じゃなくて、横があの銀髪なのが少し難点だったけど

 

 そうして、ボクは貰ったたからものをぎゅっと胸に当てるように抱き締めて

 水晶に覆われた瞳と、ボクの胸元の水晶が打ち合わさって、不思議な気持ち

 気持ちいいけど、やり過ぎると多分暫く頭がバカになる

 だから、ボクはせっかくの皇子の目だけど、どうせならこの明鏡止水がボクのものなのを見せびらかしたいけれど。胸元に飾るのは危険だから、悩む

 

 そうして耳を動かして考えていると、ボクに近付いてくる影があった

 「……ウォルテール」

 それは、四天王の一人。ボクの知る中では新しく、そして……可哀想な四天王ニーラ・ウォルテール

 

 恋愛とか興味ないボクでも分かるくらいに、兄を見ていて、そして……

 その後ろから、少女姿の魔神の肩を抱くように現れる影に、ボクは眉をひそめる

 

 普通なら、兄なら……まずそんな現れ方はしないから

 やっぱり、彼はお兄ちゃんじゃない。亜似(あに)

 

 「お兄ちゃん」

 でも、それを明かすわけにはいかないから、ボクは……ねばつく口を開いて、呼びたくもない呼び方で彼を呼ぶ

 黒翼の先導者(ヴァンガード)、テネーブル・ブランシュであった筈のその男を

 

 「おー、アルヴィナ、起きたか」

 心配するように近付いてくる彼を避けるように、ボクが描いた魔方陣の刻まれた石のベッドから飛び降りながら、ボクは本来の姿に戻る

 

 「んー?どうしたアルヴィナ?お兄ちゃんの腕に飛び込んできて良いんだぞ?

 一年も眠ってたんだ、何かヤバかったんだろ?」

 

 ……一年?

 そう、ボク、一年も眠っていたんだと、事態を呑み込む

 あの巨大兵器相手に戦いを挑むのは、少し無茶が過ぎたかもしれない。お兄ちゃんも、ボクが形を維持していたから力が足りなくて姿を消しちゃったし

 どれだけ影が傷付いても本来は欠片もフィードバックなんて無い筈だけど、彼等の力は……きっと、それだけ異質

 

 「えーじーえっくす?」

 「……名前は?」

 「えっと、皇子が言っていたのは……あとらす」

 「t-09(トライアルゼロナイン)ATLUSかー

 多分楽勝で勝てる相手だとは思うけど、どんなもんかなー」

 あっけらかんと、魔神王をやっている真性異言はそんなことを言う

 

 耳を疑った

 あれが、楽勝?何故かどんどんと黒い変な玉に壊れたパーツが覆われたかと思うと新品と交換されていくという感じで、勝手に修復されていったアレが?

 皇子が元々大きく傷付けてくれていて、あの左腕が機械の少年が、全力で傷を残してくれていて

 それらを引き継いで、予想外の救援であるティグル・ミュルクヴィズが重力操作?をしてくる翼を徹底的に直る度に破壊してくれて、それで何とか漸く、勝負になったのに

 

 遠い子達を護るためだしな、と。帝祖皇帝が轟火の剣の中からボクの声に応えてくれなければ、勝ち目すら無かったのに

 ……それを期待して、持ってきた本の中から帝祖の本を読んで予習しようとしたのもあるけれど、本当に応えてくれるとは、ちょっと思ってなかった

 ボクのお祖父さんと、死闘を繰り広げた相手なのに

 

 「勝てるの?」

 「13……辺りから怪しいけど、ATLUSなら多分まだまだ装甲脆い段階だから王権ファムファタールの敵じゃない

 アルヴィナ、安心しろ。アルヴィナを殺したそいつ、ぶっ壊してやるから」

 

 その言葉に、むっとして

 「……勝った」

 不機嫌に、ボクは言う

 「……マジで?」

 と、目をまん丸くする亜似と、ついていけない感じのニーラ

 

 「アルヴィナ様。そのATLUSとやらは、どれくらいの」 

 「……お兄ちゃんが勝てるか分からないくらい」

 絶句するニーラを無視

 

 「そうか、本来の力を」

 その言葉に、こくりと頷く

 「記憶、消えるって聞いたから、構わず使った」

 「偉いぞーアルヴィナ」

 そう、頭を撫でに来る亜似

 

 ボクはそれをするりと抜けて、もう一度人の姿を取ると、固まっているニーラに尋ねる

 「ウォルテール

 ボクの帽子、何処?」

 

 「帽子?」

 「帽子」

 ……持っていった方は、もうボロボロになっていたけど。皇子が最後に被せてくれたのは、きっと……ボクの帽子じゃなかったんだと思うし、あれが帽子でも、残念ながらあの体はあそこで砕けて終わりだから持ち帰れなかったけど

 

 家に置いてきた方は違う。この世界に戻る際に持って帰れるように、わざわざ何時も見れるし触れる利点を捨ててまで、皇子がくれたぬいぐるみごとあの家に置いてきたのに

 

 「それがなーアルヴィナ」

 だのに、珍獣は悪びれもせずに言う

 「アルヴィナが帰ったのを察知してあの世界から離脱するって時に、来たんだよ」

 「……なにが?」

 「皇帝が」

 ……ったく、何で嗅ぎ付けてきてるんだあいつ、と愚痴る亜似

 

 それに、ボクは首を傾げた

 お兄ちゃんから、皇子の父皇帝がボクの正体を知って泳がせているという話は聞いていた。だから、彼が察知して現れる事は予想の範囲内

 でも、その先が繋がらない

 

 「帽子と、ぬいぐるみ」

 「だから、皇帝に襲撃されて燃やされたよ」

 ……嘘だ

 

 ボク達は、欠落した人の居た場所に居るように見せ掛けていただけ。亜似があの世界から居なくなれば、ボク達の記憶は消える

 ……でも、それは眼前のこいつが、あの世界から消えた時の話

 

 「持って帰れた筈

 出して」

 「だから、持って帰ろうとした時に皇帝が来てさぁ

 王権フルパワーなら殺せたと思うけど、あそこで殺してもあんまり良い事思い浮かばなかったから、大人しく帰ってきた訳

 そんときに燃やされた」

 

 その嘘っぱちの言葉に、ぷいっと耳を伏せてそっぽを向く

 なら、その手のボクに買ってこさせた指抜きグローブは、どうして持って帰れているのか聞きたい

 「ボクのペットは?」

 「アルヴィナー、可愛がってたのは知ってるけど、いくらアンデッド化してても、いぬっころの魂は持ち込むのは無理だって」

 そこは知ってる。だから、確認

 

 「……ボクの帽子、返して」

 「皇帝に言ってくれよ」

 真面目に困ったというように、肩を竦める亜似

 

 「っていうか、アルヴィナにはあんな似合わない帽子無い方が可愛いから良いだろ?」

 「もう、良い」

 せめてこれだけはなくならないように、掌の中できゅっと彼の眼を握り締めて

 ボクは一人、亜似と居たくなくて歩き出す

 

 それを、四天王ニーラは、困惑したように眺めていた

 

 「アルヴィナ様。良かった」

 外に出ると、そう声を掛けてくるのは、四天王カラドリウス

 「あの皇子、アルヴィナ様に」

 「……彼が居なければ、ボクは多分、二度と目覚めなかった

 ボクを襲ったのは、彼じゃない。寧ろ、最後までボクを護ろうとした側」

 その言葉に、ボクの婚約者?である青年姿の魔神は複雑そうな表情をする

 

 それを気にせず、ボクは……久し振りの光の無い世界を歩き続けた

 「カラドリウス。ボクの皇子を、馬鹿にしないで欲しい」

 なんて、彼から貰った眼を、見せ付けながら



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おまけ、獅童三千矢と金星始水(2)

ドーンと、大きな爆音が耳と体を揺らす

 ぱっと、目に飛び込んでくる鮮やかな色とりどりの光の華

 

 金星始水は、流石に混雑が過ぎて危険だからと人に紛れて見たことが無い祭の花火を、映画館のスクリーンで少しの感動と共に見上げ……

 

 それと同時、幼馴染である少年が、何故左側の席を熱望したのかを知る

 きつく結ばれた唇、痛いほどに握られた拳、つぅと顎を伝う一条の血

 そして、凍りついた表情

 

 おおよそ、青春を描いた恋愛映画の序盤、ヒロインとヒーローの恋の契機となる花火大会のシーンを見てするとは思えない強張った表情を、スクリーンの花火に淡く照らされた少年はしていた

 

 虚ろな眼をした少年の唇が、小さく動く

 その言葉は、映画を存分に楽しむために響く大きな音に弱い左耳の補聴器を外した今の始水には到底聞き取れる音量ではなくて。けれども、何度も見てきた動きに少女はその呟きを理解する

 

 ましろ、と。

 

 同時、少年が花火を嫌いだと言っていた理由を理解する

 ハイジャックからの、墜落。暗所での大音量の身を震わせる爆発音。それは、この少年獅童三千矢にとって、辛い記憶を呼び覚ますものなのだと

 

 「……兄さん」

 その声にはっと気が付いたのか、白髪交じりの少年は左袖で流れる血を拭き取る

 そんな少年の手に、始水は財布から取り出したお札を握らせた

 

 「すみません、兄さん。予想より塩味が辛くて、早々と飲みきってしまったんです

 兄さんの分やお釣りはお駄賃で良いので、次の飲み物を買ってきて貰えませんか?」

 その言葉に、こくこくと少年は頷いて

 

 「ごめん、ありがとう始水」

 逃げるように、少年は映画の席を立った

 

 少年が居なくなったところで、少女は後ろの席で見守る自身のボディーガードへと、席のホルダーに入れていたアイスティーを手渡す

 「始水お嬢様」

 「すみません。兄さんが帰ってきた時に残っていたら可笑しいので、飲んでください」

 「良いのですか?」

 「そこまで美味しいものでもないですしね」

 

 本当は、このアイスティー1本で映画中は十分過ぎるほど。その事実を誤魔化すために、少女は後ろの男の飲みきったカップと交換し、兄と呼ぶ少年が帰ってくるのを、映画を見ながら待った

 

 映画は、甘酸っぱいすれ違いの話に進んでいって

 けれども、あまり始水の頭の中には入ってこなかった

 

 少年が戻ってきたのは、たっぷり20分は後の事

 「……はい」

 手渡されるのは、アイスティーではなく、こういうときの定番であるメロンソーダ

 手の甲に増えている引っ掻き傷、巻き直された濡れた包帯にも赤い色が滲んでいて

 

 「これ、メロン入ってないんですよね、兄さん」

 少年の気を逸らすように、少女は微笑んでそんな分かりきったことを口にする

 「……ごめん」

 「いえ、家でのものと比べてしまう紅茶より、家では飲まないこういったものを選ぶべきだって、ちょっと後悔してましたから」

 一緒に手渡されるのは、5枚の紙幣と幾らかの硬貨。数えていないが、間違いなく全額あるだろう

 

 「律儀ですね。お駄賃で良いと言ったのに」

 「……おれが気にしちゃうから」

 それだけ言って、少年は座り、映画を邪魔しないように黙り込んだ

 

 「……それで、どうでした、映画?」

 もう明るくなったスクリーン。多くの人々がわいわいと帰り支度をする中、始水は取っていた補聴器を左耳に嵌めつつ、横で映画を見ていた……というか眺めていた少年に問い掛けた

 

 終始遠慮がちに少年が取っていたポップコーンは少し余っていたが、その手が止まらない時点で答えは分かりきっていて

 それでも、色素の薄い髪を揺らして少年の瞳を覗き込んで、始水は問い掛ける

 

 「頑張って見たんだけど、恋愛ってやっぱり難しいなーって」

 それは、映画の感想にも、映画を見る事への感想にも聞こえて、小さく始水は笑う

 「ふふっ。兄さんは、恋愛もの苦手ですもんね」

 「ごめん、言い合えるくらいの気の利いた感想、俺には出せなくて」

 「兄さん、乙女ゲームは良くやってるのに、恋愛分からないってどうなんですか?」

 と、悪戯っぽく金星の少女は上目遣いで問う。あの花火の事に触れないように

 

 「……あれも、良く分からないところは分からなくて

 とりあえず、誰かの為に頑張れる主人公は素敵だなって思うんだけど」

 「実際に居たら、付き合いたいとか思わないんですか?」

 「……無理だよ。俺じゃあ、駄目だって思う」

 

 「兄さんは兄さんですから、そうでもないと、私は思いますけどね」

 「……始水?」

 「いえ、乙女ゲームヒロインに兄さんの心を奪われるのも……少し癪なので、それで良いです」

 

 息を吐いて、少女は続ける

 「兄さん。そんな恋愛初心者から見て、今回のお話はどうでした?」

 「……人を好きになるのって、そんな難しい話なんだなーって

 三角関係?とか」

 帰ってきた頃にやっていた部分を使って、少年は語れる部分だけ語る

 

 「始水は?」

 「私ですか?そうですね……」

 

 一息吐いて、少女はぼやいた

 「評判そこそこ良かったんですけど、やっぱり原作読んでから見るか決めるべきでしたね」

 と

 

 そんな言葉に、少年は初めて笑顔を見せた

 「つまらなかったんだ」

 「ええ。恋愛系でも、主役の女性がふらふらするのは私はあんまり好きじゃなくて。

 三角関係にあんなに時間使うなら、別の作品の方が良かったと思います」

 「……そうなんだ」

 「私は、これでも結構一途でありたいって思ってますからね。フラフラするのは、あんまり好きじゃないんです」

 

 と、後ろのボディーガードの男が、ストローから口を離して一つ咳払いした

 「っ、そろそろ出ないと」

 「……ええ、そうですね」

 

 そうして、何時ものように左を歩き、耳の不自由な側を守ろうとする少年を連れて、始水が訪れたのは高級なレストラン……等ではなく、あまり人の来ない小さな店

 

 「始水?こんな店で良いの?」

 「高い店だと、兄さんが気後れしますから

 それに、そういった店に入るのにはそれなりの服とかありますし、映画の話で盛り上がる場所として不適です」

 その言葉に一つ頭を下げる少年と共に店内に入り、メニューを渡す

 

 「つまらない映画に付き合わせてしまったので、何でも良いですよ?」




狐娘……名前じゃなくて存在が白い方の狼に負けてんぞ狐娘……もっと頑張れ狐娘……


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夜中の散歩、或いは天狼の目覚め

何故かゼノくんのヒロインとして人気者のマスコット、天狼のアウィルちゃん

狐娘……ついでに言えば頼勇にも負けてんぞ狐娘……


『キャウッ!』

 眠り続ける少女に、小さな狼がじゃれつく

 

 天空山から帰ってきても、アイリスはずっと眠ったままであった

 今日でもう一ヶ月。流石に不安になってくる

 

 だからおれは、ずっと少女の部屋で、その目覚めを待ち続ける。体的には悪いところはなくて。だから、おれに出来ることなんて何もなくて

 授業だってサボりだ。外に出たのは、修業を兼ねて一日一回アウィルを散歩させてやる時と、あとは流石に四天王襲撃という事件を経て愛娘を置いておけないとした枢機卿が、ヴィルジニーを引き取る際の立ち合いだけ

 

 レースに出られずアミュの見舞いや、他にも色々やらなきゃいけないんだけど、アウィルを外に連れていく夜中に少しずつしか出来ない

 

 「アウィル、行こう」

 そう声を掛けるや、仔天狼は眠る妹の髪で遊び、その顔をペロペロと桜色の舌で舐めるのを止め、ぴょんとおれの腕へとジャンプ。そのまま肩を駆け抜けて、頭にちょこんと前足を掛けて座る

 

 それは、少し前はアイリスのゴーレムの定位置で。他のものが乗っていたら、鬱陶しげに尻尾で払い除けていたっけ

 ……結局。何処でもおれは、妹になにもしてやれないのだろうか

 

 『クゥ?』

 「……ごめんな、アウィル」

 寂しげに鳴く狼に、おれは言う

 

 もう、おれの手にこの仔狼が求めているだろうものはない。天狼の雲角、母狼の雷を統べる一角は、既に父に託した

 哮雷の剣の再現が出来るかも、そんな言葉を言ったから、恐らくはあの角は……宮廷鍛冶や魔術師等の手により、立派な直剣のコアとして生まれ変わるだろう

 原作のように、月花迅雷ではなく

 

 それで良い、それで良いんだ

 あれだけ助けてくれたのに。死して尚、その力をおれたちの為に遺してくれるなら

 最高のパフォーマンスを見せてやるべきだ。誰でも使える神器は、刀であることが最大の欠点である月花迅雷なんて本領を発揮できない姿になるべきじゃない

 

 おれ達皆と寄り添えるように。汎用的な剣にして貰った方が、きっと良い

 おれはこれでも、物理方面は仲間になりうるキャラ内ではぶっ飛んで強いからな。例えばエッケハルトが神器持った方が有為な事は多いだろうし

 

 あの角を見る度に、己の無力を突きつけられている気がして、遠ざけたい気持ちも少しだけあるけれど

 それを言って、おれが上手く使えない形状にしろとまでは言わない。そこまで逃げるわけにはいかない

 

 だから、折衷の最善案。疑似哮雷の剣をと父には言った

 

 そうして、母を求める狼に謝りながら、カツカツとした添え木の音を響かせて廊下に出る

 明かりはない。上の階は静まっていて。毎日アイリスちゃんが起きた時の為にとご飯を作っている(ちなみに冷めた後におれとアウィルとラインハルトが戴いている)アナも、もう寝ているのだろう

 ノア姫?ノア姫ならあれでもエルフ種。その知性と美貌と魔法の力を買われ、あの馬鹿息子は何にも言わんが少し手を貸せと父に連れていかれたので今は居ない。恐らく、天狼の角に関してだろう

 

 『キャキャウ』

 「……そうだな、行こう」

 この仔も、夜にしか外に出してやれない事に申し訳無さはある。とはいえ、流石に天狼を日中に放す訳にもいかず、日中はアイリスの傍に居てやりたくて

 

 おれが居て意味があるのかと思いつつ、そんな気持ちを晴らす意味も込めて、最初はおっかなびっくりだったがもう慣れっこになった添え木で左右の足の長さを揃えた足でのキッククライム……ほぼまだマシな片足だけでのそれでもって、一階へと降り立つ

 

 前回よりはマシな轟火の剣を無理矢理使ったことによる自焼の傷痕。今回の火傷は炎の翼のせいか背中が酷く爛れ、仰向けに寝転がるだけで痛いが……動ける程度だ

 前回は一ヶ月寝ていたが、その結果がアレだ。アウィルにもラインハルトやその母にも、死んでいったエルフ達にも、ノア姫達やアルヴィナにも申し訳が立たない

 

 少しでもその際にサボらずおれが1レベルでも強くなっていれば、多少は戦いの流れが変わったかもしれないのに。誰かを救えたかもしれないのに

 そんなこと無いと分かっていても。眠る度に、おれは彼等に……顔も知らないから顔の無いエルフ達にお前のせいだと責められている気がして

 

 そんな夢を振り払うようにも、少ない体力で刀を振るう

 ブランクの無いように。一刻も早く、隻眼故に遠近感が掴みにくくなった今の視界での間合いの測り方に慣れるように

 

 「……雑念の剣は脆い」

 「それでも、振るわれない剣は存在すらしない」

 ……四天王襲来後、師は西方に呼び戻された。だから居ない彼なら言いそうな言葉に自答しながら、暫く人気の無い初等部塔の庭で刀を振るって

 

 『クゥーン』

 「……おっとごめんアウィル。鬼ごっこか?」

 足にすり寄ってくる白い犬のような人懐っこい狼の頭を軽く撫でて、おれはそう言った

 

 『キャキャッ!キャウッ!』

 「よし、鬼ごっこだな

 

 じゃあ、8数えたら追いかけるぞ」

 そう言って、おれは片目を瞑る

 

 「8!」

 そうして8数え、周囲を見回すと…… 

 居た。木の上か

 

 にしても、天狼って怖いな。生後一ヶ月経たないのに、当たり前のように木を登るなんて

 

 「……これじゃあかくれんぼだな」

 ぽん、と葉の間で丸くなっている仔狼の背を撫でつつ、まあいいかと呟いて

 

 「あぐっ!?」

 バチリと迸る青い電流に、体が強張る。無理に引っ掛けていただけの添え木が木から外れ、おれは左手だけで木にぶら下がり……

 『キュウ?』

 心配そうにその手指を舐める仔狼を安心させようと、手に力を込めて、木の上に体を持ち上げようとして……

 

 不意に、手の力が抜ける

 「……っ」

 外れた掌。其処に走るは桜光

 

 不思議そうにおれを見下ろすのは、少し盛り上がっていた額が裂け、血と共に蒼い小さな一角を見せる仔狼

 ……天狼としての目覚めが起きたのだろう

 そんなことを思いつつ、おれの体は……

 

 「おあぐっ!?」

 当然、土の地面に叩きつけられた

 

 『ルゥ!?』 

 慌てて飛び降りて駆け寄ってくる仔狼。

 多分、登るおれを手助けしようと身体強化の桜雷を無意識的におれに使った結果、忌み子の呪いで逆に握力が下がって落ちた……ってことを、無邪気な狼は理解できなかったからこんな驚いているんだろう

 

 慌てておれに駆け寄り、もう一度桜雷を……

 「めっ、だ。ごめんなアウィル。聞かないから、めっ、だ」

 

 お前は悪くないんだけどな、と

 おれは立ち上がり、白い仔狼の額の血を拭って抱き上げながら、そう言った

 

 「今日は帰ろうか」

 『キャウッ!』



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桜雷、或いは再会の言葉

『キュゥ?キャウッ!』

 「ごめんな、アウィル。ありがとう」

 

 まだまだ片鱗を見せたばかりの角を輝かせ、桜雷を頬に纏ってこんこんと眠り続ける少女に頬擦りする狼にそう言いつつ、おれは妹を見守る

 アウィルが桜雷を放てるようになった、天狼としての力を段々と使えるようになったから、少しだけ試して貰ったのだ

 

 もしかしたら、活性化の桜雷なら、目覚めるかもしれないと

 

 『クゥ?』

 雷を消し、まだまだ可愛らしい蒼い瞳で此方を見上げてくる仔狼を抱き上げ、買い込んでおいたジャーキーを口元へ当ててやる

 「よーしよし、頑張ってくれて有り難うなアウィル。好きなだけ食べて良いからなー」

 

 餌で釣ってて悪いなと思いつつ、ペット用の刺激の弱い味付けの魔物肉ジャーキー(人間が食べるとちょっと塩味が足りない)を一心不乱におれの頭に移動してから齧るアウィルを落とさないように、アイリスの経過を見守ると……

 

 『アウッ!』

 「ああ、二本目な。はい」

 と、おれの髪の毛数本を巻き込みつつジャーキーを食べ終えたアウィルが二本目を催促するように鳴き、おれの頭をその肉球のある前足で小さくトントンと叩く頃

 

 不意に、灰色の目がおれを見据えた

 「……アイリス。おはよう」

 「……お、……は」

 響くのは掠れた音

 

 「っ、アイリス。水だ」

 と、おれは常備していた水を差し出す

 特別な水だ。苦いものは受け付けないだろうとポーションではないけれど、飲みやすいようにアナが毎日魔法で冷やし、果物の果汁をほんの香り付けくらいに入れてくれている。

 弱った体にジュースとか案外飲めないからな、アナなりの気配りだろう。本当に良い子で助かるし、おれなんかが連れ回すのは勿体ない

 

 『キャキュゥ』

 「っと、ごめんなアウィル、揺らして」

 焦りすぎと片足が添え木であることから、普段なら揺れない頭が揺れ、頭上の狼が不満そうに鳴く中、おれは妹の肩を抱いて異様に軽い上半身を起こしてやり、その唇に水のグラスを付ける

 

 こくりと喉を小さく鳴らして、オレンジに近い明るい茶色の髪を揺らし、アイリスが水を飲みきって……

 

 そのまま、目を閉じる

 「アイリス、大丈夫か?」

 そんな妹に、おれは声をかけて……

 

 「なーご」

 ぴょん、とおれの前に現れるのは、妹が良く使う猫ゴーレム

 なんだ、ゴーレム扱ってた方が気が楽なのかと、おれは安堵の息を吐いた

 

 「ふしゃーっ!」 

 『ギャウ!』

 でも、目の前に本人が居るのに何故ゴーレムを?と思ったおれの前で、頭の上の狼に向けて猫ゴーレムが威嚇する

 

 「寝起きになにやってんだアイリス」

 その光景に、思わずおれはそんなツッコミを入れた

 

 「お兄ちゃん。邪魔者、排除する」

 と、ゴーレムからの声。ゴーレムなら、体の喉はあまり関係ないからな

 「はいはい」

 どうやら、目が覚めたら自分の定位置に見知らぬ白い毛玉(アウィルのこと)が居るのが気にくわなかったご様子である

 

 「アウィル」

 『クゥ?』

 と、呼んでみるも、アウィル側もその後ろ足より発達した前足でおれの頭にしっかりと掴まり、領土権を主張するように鳴く

 

 お前もか、アウィル……

 いやまあ、妙に気に入られてるのは良いんだが……

 爪は立てないでくれよ?

 

 「アイリス、無理しないでくれ」

 「邪魔者、追い出す」

 「こいつはアウィル。天狼のお父さんからの預かりもの。邪魔じゃない」

 「……でも、そこは」

 

 不満げな少女をあやすように、おれは靴を脱いで少女のいっそ過剰なまでに大きなベッドに正座すると

 その膝に、妹の頭を乗せてやる

 所謂膝枕だ。男にされて嬉しいのかは分からないし、されて嬉しいって感覚もおれには良く分からないけれど、確かガイストルートでガイストがヒロインにされていて、何時もの格好付けた厨二言葉が吹き飛ぶくらいに意識してたのを覚えている

 

 ……あれ?これアイリスにやって良いのか?

 そんなおれの思いを余所に、少女はおれの膝に頭を預けると、ゆっくりと目を閉じ、ゴーレムの操作も解除して微睡む

 

 「……改めて、おはようアイリス

 何か食べられる?」

 「あさ、おきたら」

 「そっか……」

 「……ねてたの、どれくらい?」

 「一ヶ月」

 「……びっくり」

 

 そんな妹に何して良いか分からなくて。小さく伸ばされたその右手を、おれの両手で包み込む

 そして、少しだけ持ち上げて、額を当てる

 

 「おれ達のところに、この世界に。帰ってきてくれて……本当に良かった」

 押し出すように言った言葉

 

 無意識に流れる涙を、おれの手に包まれた小さな手が指を伸ばして拭う

 

 「ひとりぼっちは、さびしいから」

 「……ああ。さびしいよな

 だから、ありがとう」

 「お兄ちゃんがいるところ。帰りたかった」

 

 ……その言葉は、すとんとおれの心に落ちる

 「……アイリス。居るのはおれだけじゃないんだが?」

 でも、あえて言う

 

 そう言ってくれるのは嬉しいんだが、おれだけに依存しないように、おれに頭を撫でられるままの妹に、少し冷たく言い放つ

 

 「竪神だって居る。アナ達も心配している、父さんだって、時折来るくらいには気にしていたし」

 「……分かってる」

 「勿論、おれも

 アイリスは一人じゃないさ。帰ってきてくれて、ありがとう」

 

 ……同じことしか言ってないな、おれ

 

 「しってる

 鬣のひとや、あの子も」

 不意に、不安げにアイリスは身を捩る

 

 「みんな、無事?」

 「ライ-オウとアミュが結構ヤバかったけど、それだけ。一応みんな無事だよ」

 ……アルヴィナは、居なくなってしまったけど

 

 元から案外アイリスはアルヴィナを無視しがちだから、そこは言わず。居なくなった事で記憶が消えていても判別しにくいしな

 

 ぺしり、とアイリスがおれを叩く

 「嘘は……だめ」

 「嘘じゃないよ」

 「……片目無くしたお兄ちゃんが、重傷扱いじゃないのは変」

 

 その言葉に苦笑しておれは頷く

 「それもそうか。おれより酷かったのはライ-オウだけだよ」 

 その言葉に安堵したように

 「ん、よかった」

 と頷いて

 妹は意識を手離したように、膝の上で寝息を立て始めた

 

 今までは、ほぼ無音だった呼吸の音を小さく響かせて

 

 「お休み、アイリス。また明日

 ……ってか、もう今日だけど」




やったね狐娘!妹にも妹面にも誘い受けツンデレにも勝ってるのは当然として、遂に残念な方の同性の友人と残念な点が足りない方の同性にも勝ったぞ!
男二人を下してヒロイン内序列3位に上り詰めて何とかマスコットに……負けてんじゃん!?

そんな中、マスコットの3べぇ以上の力で殴り合うメイン二人の図
アルヴィナ……お前すげぇわ……


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閑話 世界の裏側で(七大天)

神々が駄弁るだけです
一部裏設定も出てきますが、この先の話を読む上では特に知らなくても問題ないので読み飛ばしても構いません


『よーっす』

 『……何ですか、貴方が来るなんて、何用ですか』

 色素の薄い髪を揺らし、龍人の少女は、その薄青い大きな翼を一つはためかせて振り返る

 

 『ドゥラーシャ。世界の果ての先に居る筈の貴方が訪ねてくるなんて、随分と珍しいですね』

 今の体の身長差では、普段は遥か見下ろす相手の目を上目遣いで見上げることになりながら、龍人少女はそんなことを問う

 

 『そろそろ、この世界への手助けが甘すぎたと思って、何らかの介入でも起こそうかと思ったんですか?

 ちょっと決断が遅いとは思いますが、自由なのが貴方ですからね』

 『ティア、おめぇ性格変わったか?』

 『ティアミシュタル=アラスティルです。勝手に略さないでください』

 

 羽根をぱたぱたと羽ばたかせ、少女……七大天、滝流せる龍姫は唇を尖らせる

 

 『ええ、そうですよ猿侯

 この龍姫めは、今、愛しのおにーたん関連で気が立っていますからね。あまり刺激しては、沸騰してしまいますとも』

 『……そちらから来てくれましたか、道化

 貴方には散々言いたいことがあったのでちょうど良いです』

 

 そんな龍姫の言葉に、突如として姿を見せた道化師は、おお怖い怖いと呆けた笑いを浮かべた

 『ああ、わざわざ貴方が私達すらもそう深く干渉できないように固めて他の神々の好き勝手をある程度封殺したこの世界を、その命達を守りたいと意識と力の一部を転生し、だというのに世界のためには此処から出ずに守を続けねばならず誰とも触れあえないという憐れな同僚の慰みとしてこの遺跡に足を踏み入れてあげたというのに

 およよ、全く、おにーたんが傷つくとこれだから、乙女というものはこまりますねぇ』

 

 『ノンノティリス、そこに直ってください』

 『怒っていては話が進みませんよ、龍姫

 ああ、失礼。今の貴方はこう呼んであげた方が良かったですかね。随分と楽しい逃避行だったようで

 愛しのおにーたんとの二人っきりの異世界生活は楽しかったですか、金星 始水(かなほし しすい)ちゃん?』

 

 『……結末は、貴方が一番良く知っているでしょうに、良く言いますね、ノンノティリス』

 忌々しげに、龍人の姿を取り、ティアという名前を使って世界に少しの介入をしようとしている七大天ティアミシュタルはそう吐き捨てた

 

 『ってかよ、オラついていけてねぇんだけんど』

 斉天の猿神は、その六本の腕の一組を胸元で組みつつ、ちらりと背の低い同僚神の化身を見る

 

 『やっぱり、あれおめぇの大事な大事な彼なワケ?

 ん?シドーなんちゃら……オラ達と話せるあの狐ちゃんに言ってた名前でいうと獅童だっけ?

 じゃああれって何者なワケ?』

 『ええ。そこを私も知りたくて、貴方が来るのを待っていたんですよ、ノンノティリス

 どうして、兄さんにあの時代の記憶が残っているんですか?きちんと話してもらいましょうか』

 

 『ん?あの時代ってことはおめぇ、獅童ってのとあの皇子、同一人物なんか?真性異言(ゼノグラシア)じゃなく』

 『いえ、猿侯。彼は真性異言ですよ

 ただ、他のような憑依転生者……他人の体を乗っ取った別の魂ではないだけです』

 龍姫に続き、道化は愉快そうに言葉を紡ぐ

 

 『そもそも、我等七天、この世界の神なのだよ?そこを生きる民は全て私達の子のようなもの。子に惚れ込む迷惑な母君も居たりはするといえど……』

 ちらり、と道化師は自身を睨み付ける龍少女を皮肉った視線を向けて、言葉を続ける

 

 『子を殺して他者を等、世界を揺らがせる行動など流石に取れんとも』

 『んーそれもそうだな

 出来るとして、同一人物の魂を少し弄るくらいか』

 『そう。彼は……獅童三千矢として生きた記憶を持つ第七皇子の魂と一つになった第七皇子。同じ魂なのだから、一つにくらいなるともさ』

 『マジで同一人物なのかアレ』

 

 『そうとも。彼の人格は……獅童三千矢としての魂は、龍姫が逃避行の際に持ち出した死人の魂

 龍姫が深く関わらず、結果的に民を守るために殿を勤め死んだ第七皇子ゼノの魂を、愛しのおにーたんをと龍姫めが別の世界枝に送って生まれ変わらせたもの』

 『……ええ。私と契約した兄さんには、少しくらい幸せな人生を送って欲しかったですからね。記憶無しで、大きな戦いの無い世界で

 記憶があったら、あの先護れなかったって……しなくていい後悔をするでしょうから

 

 まさか、幾らあの世界は私達の管轄ではないからそう干渉できなかったとはいえ、お金と地位があれば兄さんは大丈夫と思っていたら私と会う前にあそこまで普通の兄さんな性格になるとは予想外でしたが……

 魂の奥底にある想いは、世界を変えても残るものなんですね』

 

 そして、少女神はじとっとした目で道化師を見上げる

 

 『それで?

 あの世界での事も、結局兄さんの幸せには繋がりませんでしたね

 なのに、どうしてあの記憶を……今の兄さんに引き継がせたんですか』

 『それが、彼の願いだったからさ

 

 私はしっかりと警告したとも。君の魂を焼き尽くす地獄の焔だと

 後悔と苦悩という、彼にとって地獄だろう記憶の焔を灯す、知恵の果実

 私は……誰でも良かったという一つの嘘をついたし、それを彼に教えてあげたとも。それを、あの知恵の果実が……記憶を忘れない力が、地獄の焔となるという警告が嘘だと、彼は勝手に納得したけれどもね』

 

 『……おめぇ、だから嫌われてんだぞ』

 呆れたように、赤毛の猿神が突っ込みを入れた

 

 『んで、今は……』

 『この世界ではない世界枝の神が、下手にこの世界に干渉してもう一度が起きているってのが今か』

 『ええ。

 ……もう一度やり直させるというならば、私にも考えがあります。あのときは、聖女が居るならとそう干渉はしませんでしたが、今回は私も聖女を選び力くらい貸しますよ』

 『……愛しのおにーたんのお嫁さんに?』

 『……たまたまです

 

 と言いたいですが、ええ、悪いですか?

 兄さんを助けられるのは七大天の駕篭を色濃く受けた者だけです。私もこの化身姿では七大天としての十全を出せはしませんから、他にも兄さんを支えてくれる人を私が選んで何が悪いんですか

 兄さんが世界を救う気無いなら兎も角、全力で救いに行ってるんですから文句を言われる筋合いなんてありません』

 

 『……龍姫、おめぇそれで良いんか』

 『構いません。誰と恋をしても、もんな人生を送っても。兄さんは最後は契約した私のところに来ますから

 契約した私との縁はもう切れません。死んでもね

 なら、人生内くらい誰と自由に恋をしても、文句なんて言いませんよ。最初から最後まで、兄さんはもう私のものですから。それを覆そうなんて馬鹿を考えないなら、どうぞご自由に兄さんと恋愛してください

 兄さんを幸せにしたいなら、私とも利害は一致してますしね』

 ふふん、と少しだけ自慢げに、少女姿の神は微笑む

 

 それを見て、猿神は……おおこっわ、と肩を竦めて苦笑した

 

 と、不意に世界に緑の光が満ちる

 重力球が現れ、其処から仮面の男が姿を見せた

 

 『おー、ユートピアじゃん。この世界来れんの?』

 『そこの龍姫みたいな形でならばな

 あくまでも、姿だけならば』

 『てかよー、お前んところの兵器が密輸され過ぎてんだけど、取り締まりしっかりてくんね?』

 『……違法コピーだ。オレ自身、潰せるものなら潰したいが……』

 仮面の男は、困ったように、コンピュータを埋め込んだ左目を隠すように左頬を覆う仮面のラインを、コンピュータのナノマシンの光を透過させ輝かせる

 

 『オレが出張れば、世界は焔と消える

 それは、お前達も望むところではないだろう、七大天』

 『相変わらず物騒ですね、墓標の精霊王』

 

 『……違法コピーが使えれば、少しは違うかもしれないが

 オレは違法コピーを勝手に持ち込めないからな』



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おまけ、世界の裏側で(真性異言(ゼノグラシア))

ヒィン、と静かな音と共に、重力球が現れる

 それを潜り、青年は事象の地平線……ブラックホール内部、時間空間の歪んだ世界に潜航する艦艇のブリッジへと辿り着いた

 

 「……ああ、貴方ですか」

 ブリッジの円卓、12の席が用意されているその会議場の椅子……上座下座を作らない大理石の円テーブルを囲む椅子ながら、決して同列ではなく格差を感じさせるそれの中で、背もたれに赤と青のビロードが掛かる等豪華な方な椅子に腰かけた青年が、そう呼び掛けた

 

 「シャーフヴォル」

 苛立たしげに机についた左手でコツコツと自身の額をたたく青年に向けて、新たに来た側の青年はそう呼び掛け、円卓の中ではみすぼらしい席に座る

 そして……隣の毛皮の席に、空の花瓶が置かれていることに気が付いた

 

 「……ナニコレ」

 「何って、見て分からないとは実に蒙昧でしょう。花瓶ですよ」

 「ここってルートヴィヒの席だろ?

 お前と一緒に主人公になりうる娘の周囲に星紋症ばら蒔いて、僕等とは別に動いている奴等が居ないか確認しつつ、主人公等が手に入るなら手に入れようってやってた」

 「元、ですね」

 青年シャーフヴォルは、つまらなさそうにそう言った

 

 「元?元って……」

 (ほう)けた青年に(あき)れるように、シャーフヴォルはやれやれと首を竦める

 「無様に死にましたよ、彼

 知りませんでしたか、ヴィルフリート?」

 

 その言葉に、赤毛の青年ヴィルフリートは、マジで?と自分より格上の青年をマジマジと見る

 「マジ?アグノエルの奴死んだの?」

 「死にましたが?」

 「いやでも、死んでもセーフなんだろ僕等

 なのに死ぬって有り得なくない?」

 「……それが、あのふざけたチート皇子等のせいで、そうも言えなくなったんですよ」

 ATLUSの制御装置も壊されましたし、数年は表に出られませんね、とシャーフヴォルは続けた

 

 「いや、アガートラームん時も思ったんだけどさ、何で負けてんの?」

 心底意外そうに、ヴィルフリートは言った

 

 「そうそう、『使いこなせてない上に慢心するから負けたんですよ、ANC14(アガートラーム)なんてこの中でも3番目には強い武器を持ちながら』、ってさんっざん言っといてよぉ!笑っちまうぜ」

 「……ユーゴ

 言いますね、負けた身で」

 

 重力球によって転移してきた金髪少年は、はっ!と吐き捨てる

 「てめーみたいに一回殺されてたりしねぇの。しかも、アトラスの奴ボロッボロにされてんじゃん

 アガートラームは傷一つ付けられてねぇのに、なっさけねーのはどっちだよ」

 「あの皇子が、一人だけ与太話出身のチート野郎だった上に、ATLUSも万全とは言い難かった

 その上で、此方の勝ちを覆してきた反則技を使われただけですよ」

 「反則だぁ?

 んまぁ、あいつ何故か轟火の剣使ってきやがったけど」

 ユーゴの言葉に、青年は頷く

 

 「ええ、貴方の時はそうでしたが、今度は……しっかり変身してきましたよ、彼

 魔神剣帝スカーレットゼノン。あれ、与太イベントの別時空での話でしょうに、ね」

 「「えマジで?」」

 

 「しかも、それだけじゃありません

 向こうも向こうで、囲い込みしているようですね」

 「えーっと、竪神の奴居るんだっけ?ホモかよって思ってたんだけど」

 「ええ、その報告を聞いてましたかユーゴ

 どうやら、彼もあのチート皇子と同じく真性異言、それも私達の敵のようですね」

 「どうして分かる?」

 

 その言葉に、馬鹿にするようにシャーフヴォルは呟いた

 「そもそも、紛い物のライ-オウにATLUSが負ける筈もありません。地を駆けずり回るしか能のないあんなものに、どうやったら負けられるというのですか

 ですが、彼は違った。LIO-HXと呼ばれる没データを使ってきました

 チートですか、感心しませんね」

 

 「ライオヘクス?そんなんあったっけ?

 ってああ、《鎮魂歌》のDLCのアレか。翼生えてて飛べるライ-オウ」

 「ええ、それです

 全く、この世界では存在しないものを……。そもそも、今の時期にライオウがフレームではなく完成してる時点で可笑しいんですが、本当に彼等は……」

 自分達を棚にあげ、青年は愚痴る

 

 「そもそも、彼等ズルでしょう

 私達は、半モブみたいな立場でこんなに健気に頑張っているというのに、彼等はメインキャラクター、絆支援等の縁の深め方が分かっていて、元々縁があって

 

 そんな恵まれた状況から、その状況を悪用して私の彼女を奪い、上から目線

 全く、赦しがたい悪行三昧」

 「だよなー、ステラも、そういや原作でも昔憧れてたって言ってたのを何か裏で手引きして無理やり手籠めにしたっぽいし」

 

 「ん?ユーゴ様?

 一年前は裏切り狐がー!って言ってなかった?僕にさんっざん無理矢理愚痴を聞かせていたような」

 「うっせぇ!良く良く考えたら原作であんなにユーゴ様がステラのおーじさまなんだよ?って言ってくれてるステラが裏切る筈無いし、洗脳みたいなのは魔法がない世界でもあるじゃん!

 クソったれな話術で他の子みたいに洗脳してたぶらかしんだろ!ふざけやがって!」

 ドン!と少年は机を叩いた

 

 「アガートラームの制御装置が復活したらぶっ殺してやる!」

 

 「気を付けたほうが良いですよ、ユーゴ」

 そんな少年をシャーフヴォルは嗜めた

 「彼、変な力を他にも持ってましたから

 というか、あのドチート二人相手に、ルートヴィヒは毛ほども役に立ちませんでしたがそれでも勝った筈だったのです

 が、突如として死んだ筈の狼だの、剣の中の帝祖だのが湧いてきて……

 

 全く、ふざけた力です。唯でさえ、メインキャラクターで環境に恵まれているというのにヒーロー様はこれだから」

 忌々しそうに、シャーフヴォルは奥歯を噛み、目の前に置いた焼けて融解した時計を見る

 

 「シエルの幼馴染で皇族で?欠点を無くすために一人だけ与太話時空出身で?

 それだけではあきたらず、天狼に護られ何故かヴィルジニーも連れてて?

 ええええ、それだけ世界に接待されてれば、我々のように真実の使命の声を聞くこともなく、人生楽しいでしょうねぇ」

 ギリリと、歯軋りの音

 

 「この豪運と接待チート野郎が

 何時か、貴方に教えてあげましょう

 私達の使命を。彼女らを、世界を。ゲームのストーリーというがんじがらめのふざけた縛り糸から解き放つ。それが、この世界を救う我等円卓……」

 「「「「セイヴァー・オブ・ラウンズ」」」」

 4つの声が唱和する 

 

 何時しか、一番豪奢な椅子に、一人の精悍な顔付きの男性が足を組んで座っていた

 その双眼は吸い込まれるような深い紫。黄金の髪を揺らしたその男に、シャーフヴォル等は珍しく少しだけ頭を下げる

 「ユートピア」

 「今のオレは……世界を救う者、アヴァロン・ユートピアだ

 ……来たのは3人か。まあ良い。話を始めよう」

 椅子に備え付けられた鞘に虹色に輝く剣を……王圏ファムファタール・エアと呼ばれるそれを突き刺して。精悍な顔付きの18前後の青年は、そう姿を見せた真性異言達に告げた



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理不尽要求、或いは父の呆れ

父から呼び出されたのは、そろそろ年末が近付いてくるというその時であった

 

 「父さん」

 おれは一礼をして、父の待つ執務室へと足を踏み入れる。

 卓上にはまだあのぬいぐるみが置いてあって。そこだけ彼のイメージからすれば可愛すぎるギャップに少しだけ表情を崩しながら、おれは椅子に座る父を見上げた

 

 「来たか、馬鹿息子」

 「父さん。何の用でしょうか」

 「ああ、今回は手早く話を進めよう。あまり時間がないが故な」

 言って、皇帝たる男はおれに向けて一枚の紙を向ける

 

 星と七大天の紋章が紙の上部に捺印された正式な書類だ

 星と七大天の紋章ということは、聖教国からの文書という事になるのだろう。ちなみにだが、帝国の紋章は龍と狼の横顔と、剣の紋章である。象徴たる轟火の剣と、あとは龍姫と王狼を模したらしい

 

 「父さん?」

 受け取って、文言を読んでみる

 そして、おれは残っている右目を細めた

 

 「賠償請求?」

 随分な話である

 「ああ、大きく出たものだ。国賓たるヴィルジニー・アングリクスへの度重なる危険等を鑑みてだそうだ」

 

 ……返す言葉もない

 「おい、阿呆。そこで頷くな

 全く、お前は人の上に立つのには向かんな」

 と、落ちてくる拳骨

 

 「痛いんだが、父さん」

 まだ添え木が取りきれていない足では避けることは出来ず、甘んじて受けておれはそうぼやいた

 

 「(オレ)の頭も痛いわ、馬鹿息子

 そこで納得するな。あやつ等には相応の貸しがあるだろう。それを忘れ、阿呆を言うなと幾らでも返せるだろうに」

 だが、お前はそう答えるか、と諦めたように言って、男はその下を読めと促してくる

 

 その内容は……

 「賠償としては、皇族一人を差し出せ?或いは、第二世代以降で構わないので神器をはじめとしたそれなりの額……

 随分盛られてるな」

 くつくつと、男は笑う

 

 「だろう?お前一人か、さもなくばかなりの無茶な額だとさ」

 

 挑発的な焔の眼が、おれを見据える

 「随分と御執心されてるじゃないか、ゼノ

 未来の教皇様からの熱烈なラブレター。どうやら、ふっかけている自覚も向こうにもあるだろう財宝と釣り合いが取れるくらいには、高く見積もられているようだぞ?」

 そういうことに、なるんだろうか

 「魔神娘といい、あの狐娘といい、人たらしとは言えんが無駄に大物を引っ掛ける才でもあるのか?」

 楽しそうな父を見て、おれは首を振る

 「そんなの、おれには無いよ。ちょっと、あの子達はまだ周りが見えてないだけ」

 

 おれはゆっくりと書面を見直す

 「いや、そもそも誰って指定は……」

 「指定が無ければ、普通は一番要らん奴を送る

 いや、あくまでも、友好のために真面目に選定するだとか、誰か一人だけ特別な縁があるだとかの話を抜いての一般的な話だがな

 

 それくらい、向こうも分かっているだろう。だから、一番継承権の低いお前を狙って、皇族一人の身柄と言ったのだろうよ」

 

 父が立ち上がり、おれの前に立つ

 そして……その手に焔と共に現れるのは赤金の大剣

 轟火の剣をどこかのブリテン王の印象的なポーズのように石の床に切っ先を付けておれの前に見せ付けながら束の先を左手で包み込んだ男はおれに問う

 

 「それで、馬鹿息子。お前に二つの道をやる

 即断即決。此処でどちらかを選べ」

 「……分かった」

 遂に来たか、とおれは頷く

 

 この時までに出来ることはした。あとは、あの真性異言等のなかでも強烈なのがこの先襲ってきたり、ユーゴ等のあの制御装置が復活して再襲来したりが起きないことを願うだけだ

 

 「……何だ、分かっていそうな眼だな」

 ふっ、と皇帝シグルドの唇がつり上がる。そして、おれの右だけの目を焔の瞳が見返す

 

 「真性異言(ゼノグラシア)の記憶として、二つの道は何か、語ってみるか?」

 「一つは、言われた通りに、聖教国に人質として送られる道」

 「婿かもしれんがな、まあ、どちらにしても同じことか」

 頷いて、続ける

 

 「もう一つは……兵役。皇子として最低限の使命を果たす道。兵役を果たしている最中だからと、おれを送る候補から外すというそんな道」

 「ふむ」

 父は、そう頷いて……

 

 「違うわ、阿呆が」

 「あいたっ!?」

 轟火の剣から放たれた熱量に撫でられ、一歩下がる

 

 「去年、初めて轟火の剣を手にした時に言った筈だ、ゼノ

 帝国の象徴を使える以上、お前に下手な動きは最早許さんとな。つまりだ、貴様を差し出すなどという事は最初から考慮にも入らん

 当然、兵役行きも規定事項だ。どうしても嫌だあの銀髪娘と離れたくないというなら、一応考えんこともないが……」

 

 「いや、行くよ」

 「だろうな。当然だ」

 少しだけ焔が弱まり、剣を消した父がおれの首根っこを掴み、ひょいと自身の机に座らせて目線の高さを調節する

 

 「(オレ)が聞くのはそういう決まりきった事ではない

 他の皇子……使えん第三辺りを送るか、まだマシなのや神器を送るかだ」

 「ふざけた事をと踏み倒さないんだ」

 「言い掛かりが、と踏み倒しても良いがな

 その前に、お前の話を聞いておこうと思っただけだ

 

 天狼の角を持ってきた時、上手い使い方を最初から知っていたろう?それは恐らく真性異言の知識によるもの、違うか?」

 違わないとおれは頷く

 「ならば、話は早い。その知識に、誰を送るべき、或いはかの神器を送るべきという知識はあるか?」

 「残念ながら、無い

 そもそも、おれの知っている未来では……おれはアステールに出会うことも、好かれることも無いから

 おれの知識は、聖教国相手にはほぼ役に立たないよ。それどころか、この先……他の真性異言が居るのに役立つかすら分からない」

 

 「素直だな。素直すぎて、交渉ごとに向かん奴だ

 本当に、何処なら使えるんだ貴様は」

 呆れるように、でも楽しそうに父は言って

 

 「ゼノ。グゥイから聞いたが、四天王の影が姿を見せたらしいが……ああいった襲撃は、聖教国で起こった等の話はあったか?」

 「いや、平和そのものだったはずだよ父さん。ヴィルジニーが、帝国びいきな教皇様から留学生として送られてくるとかそんなくらいで、そんなに前線でバチバチやらないのが聖教国」

 ……モブはしっかり戦ってたけど、とおれは付け加えた

 

 「……つまり、それなりに平和か

 踏み倒すのも良いが、それではあの狐めに向けての負い目を無駄にお前が感じるだろうからな。適当なものでも熨斗を付けてくれてやろうか」

 

 もう良いぞ、と言われ、おれは部屋を出ようとして……

 

 「ああ、ゼノ

 兵役の件だがな。聖夜を越えれば面倒だ。二日後に出立せよ

 良いな?」

 急だな父さん!?

 

 今が夜だから、実質明日1日でおれが勝手に手をつけてる恵まれない子向けの基金の話だのアイリスの為の騎士団の正式発足への最後の承認と取り決めだのと……あとは孤児院についてエッケハルトと話を付けて……エーリカ達の為に聖夜のプレゼントの買い物終わらせて、新年向けのあれこれの受注完了して……

 孤児院やオルフェの面倒を見てくれてるナタリエ(コボルドのお母さん)を兵役で向かう彼女の故郷に連れていく約束だから、後釜を考えて彼女が抜けても良いようにして、あとは別れの挨拶を……って多忙すぎる

 

 明日が来るのが怖いな……もうちょっと早くに言ってくれ父さん

 なんて思いながら、おれはカツカツと添え木の音を鳴らした




正統派ヒロインかつ乙女ゲー主人公が病んだやべー奴にヒロイン認定数で負けてて笑えてきますね……
何がいけなかったんでしょう

そしてそんな中マスコット枠を追い男と殴りあう狐娘と、それ以下の皆様と、出番が一切ないのに始水より高みにいる万四路ちゃんとなかなか下もカオス


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残酷な言葉、或いは決別

「……皇子」

 おれは、正式に建てられた兵舎の地下に設けられた格納庫で、竪神に声を掛けられた

 

 時刻は土の刻の半ば。朝早くにライ-オウを見ていた竪神は、おれを見て複雑な表情を浮かべる

 「本当に、彼等に勝てるだろうか」

 「……分からない。だが」

 「やるしかない、だよな?」

 

 おれは頷き、近付いてきた蒼髪少年と左拳を突き合わす

 

 「ああ」

 そして、修復と……後は四足駆動形態への変形が可能となった蒼き鬣の機神を見上げた

 

 横にあるのは、作りかけの2機。巨大な鯱のような姿をしたゴーレムと、熊のような姿のゴーレム

 そして、今は此処には無い、一応の完成を見た2機のスペース

 

 いや、正確には1機と特殊な武器だが

 「現状何とか形になっているのは、LIO-HXくらいか……」

 「どうにも、調整がな。エルフの皆に協力してもらえて、机上の空論であった合体の強度問題は解決しそうではあるが……

 やはり、アイリス殿下への負担が大きいままだ」

 

 「その事なんだが、竪神」

 と、おれは今日言わなければ言えない言葉を切り出す

 「皇子?」

 「竪神、これを」

 おれが取り出すのは、騎士団のエンブレム

 

 「……新規発足するという」

 「ああ、お前に副団長を頼みたい」

 「……この国の戸籍のない人物より、アルトマン辺境伯の子の方が相応しいんじゃないか?」

 

 そんな言葉に、おれはいや、と返す

 「あいつは無理だ。跡取り息子だからな。騎士団には入れない

 それに、竪神一人くらい、籍はおれでも用意できる

 

 アイリスの為の騎士団、いざという時の構え。そして、孤児達に国に貢献できる意味を与えるもの

 アイリスの為に、やってくれないか、竪神」

 

 少しだけ悩み、少年は……

 分かったと、そのエンブレムを取った

 「そうか、皇子は兵役に行くって言っていたな

 殿下の近くに誰か居るべきだということは分かる。皇子が兵役から帰るまで、私がその役目を遂行しよう」

 「ああ、頼んだ、竪神

 アイリスを、エーリカ達を、騎士団の皆を。おれが居ない間に来るかもしれない理不尽や、普段でも有り得るあれこれから

 貞蔵さんやライ-オウ、あとアイリスや団長のあの人と共に、護ってやってくれ」

 「任せろ、皇子」

 

 「あと、エーリカ達も宜しくな

 騎士団の雑用として雇うことにしたから」

 「皇子、公私混同はあまり良くないぞ?」

 と、そもそも公私混同で雇われた(実力は確かな)友人がそう冷静にツッコミを入れるが、まあそもそもの目的がと誤魔化して

 

 「アイリスの為の騎士団で、ついでに恵まれない子の雇用枠用意して、おれが捩じ込んでそろそろ騎士学校出る子を入れて、更に何しようが今更公私混同も無いさ

 公私混同の塊みたいな騎士団だから」

 因にだが、団長はアイアンゴーレム事件でやりあったあの人拐いのリーダーの元騎士だ

 実力はまあ確かなので、反省しているのを確かめて服役中に再雇用した

 ちょっとロリコンな彼も、ロリな妹の直下なら真面目に働いてくれる筈だからな

 無理矢理手を出す?ゴーレム使いとして格の差を分からせられた後の彼にそんな気は起きないだろう

 

 「……まあ、そうか」

 「だろ?」

 二人して、なかなか無理矢理な発足に苦笑して

 「騎士団については任せて欲しい。アイリス殿下と二人で、皇子から引き継ぐ」

 

 そうして、騎士団についてを終え……というか竪神に丸投げして

 おれは、朝早くに徹夜で仕上げた書類を王城のアルノルフ伯爵へと送る

 

 因に、魔法が使えないから完全人力。軽いものを空を飛ばせて運ばせる魔法とか色々あるんだけどな……

 と思ったところで、こんなのも使えないとは可哀想ねと起きてきて言ってきたのでノア姫に任せた

 

 少なくとも下着くらい身に付けてくれ。顔すら見れないから

 

 ずっと忘れていた……いや、忘れようと目を背けていたが、始水達の事をはっきり思い出してもずっと動かないのは皇子としての欺瞞

 

 先天的、或いは幼年期に事故等で障害を負った子供向けの基金を立ち上げた。初期財源は……アステールである

 アナに水鏡で繋いでもらって、もうステラノヨイチシステムで良いから貸してくれと頼み込んだら、返すことを制約に常識的な金利で貸してくれた

 

 それに、基金だからな。考えなしにばらまく訳じゃない

 本人負担3割の分割払い。最初に基金に申請した時点で、民にはその治療に使った魔法の3割の額をいずれ返納する義務が生じる

 ただ、それでも、分割出来るし全額負担でなくなる分かなり先天的な障害を持ったまま育つ子は減る筈だ

 

 馬鹿馬鹿しいとノア姫には馬鹿にされたが、それでもやるべきだとおれは思う

 

 そこら辺までは良い。元からそろそろだと話を進めていたから

 

 そして、問題は……

 

 「皇子さま、今日の朝ごはんはどうしましょう?

 わたし、何でも頑張ります」

 そう、目の前に居るメイドの女の子である

 

 連れていくわけにはいかない。だから……此処で別れを切り出さなきゃいけない

 彼女を何時までもおれなんかに縛らないように

 流石におれでも、アステールのように幼い憧れを向けられているのは分かるから……ここでその想いを潰す

 

 それが、少し難しくて

 

 「アナ」

 意を決して、作って貰った朝食を前に、そう切り出す

 

 「あ、皇子さま、ちょっと味薄かったですか?」

 「違う。こんな時だけど、こんな時にしか言えないから……聞いてくれ

 

 おれは明日、兵役に行く

 多分、5年は帰ってこない」

 

 父は何年とは言わなかったが、大体分かる

 原作ゼノ15歳が、兵役帰りの皇子と呼ばれていたから。今帰ったという感じで、戦闘マップ開始とほぼ同時にイベントが挿入されて加入するんだよな

 だからか、チュートリアルのインターミッションでは居ないし武器も変えられず、削りには初手からは使えなくて不便だ

 

 だから、分かる。生き残れれば帰るのは15の時。原作乙女ゲームの開始と同時だ

 

 ころんと、少女の手からフォークが落ちる

 「皇子、さま?

 ほん、とう、ですか?」

 「ああ。確定事項だ」

 「……危険なところ、行くんですか?」

 「そんな危険じゃないよ、旧シュヴァリエ領。魔が居るとされる旧遺跡の辺りで、ナタリエの故郷付近」

 

 実際はそこそこ危険なんだが、おれはそう嘯く

 ルーク、ティア、そしておれが四天王カラドリウスと因縁があるらしいと分かるあのステージだが、その遺跡付近だ

 まあ、ティアがあの遺跡の守護龍一族らしい(ちなみに最後の一体)から当然なんだが

 

 ルークはゴブリンとコボルドのハーフだし、あの辺りから出たこともないだろうから……兵役中に再度あのアドラー・カラドリウスの影と対峙する事になるのだろう

 

 あの刹月花の少年の時に青い血に見せ掛けたのは恐らくは自分の正体を隠したかったアルヴィナ

 だが、四天王襲撃については、アルヴィナだけが後からぽんと怪しく現れた辺り、アルヴィナの策では無かったと考えられる

 

 ならば、他に動いている魔神が居る。それがシロノワール……じゃなくてテネーブルということも、多分無い

 いや、協力するフリをして此方の信頼を得ようとした可能性はなくもないが

 

 故に、あの時の本気でなかったカラドリウスと同じと思うのは危険

 月花迅雷さえあれば少しは安心できるが、おれ自身が潰した

 

 「皇子さま、嘘言わないでください」

 「……四天王が出てくるかもしれない

 だから、皇族が行くんだ。いざという時の民の剣である為に」

 「なら、わたしも」

 「……ダメだよ、アナ」

 「どうしてですか!」

 二対の少女の瞳が、おれを見る

 

 ノア姫が、優雅に一人だけ食べ続けながらおれを見ていた

 

 「これ以上、君を巻き込めない

 アナ。君は幸せになるべきだ。幸せになれる」

 「……なら、皇子さま」

 「おれと居ても、おれが助かるだけ」

 

 ……彼女をここで突き放すべきか

 決まってる。おれは、第七皇子だ。ゼノだ

 誰かを救う皇子でなければいけない

 

 「アナ、おれはね

 自己中で、忌み子で、真性異言(ゼノグラシア)なんだ

 

 君の事も、色々知っていて……おれの思うがままに動いて欲しいから助けた」

 嘘だ。そんなこと知ってたらもっと楽だった

 

 だが、あえて嘘つきになる

 

 「おれは、君を苦しめたルートヴィヒ等と同じような奴だ」

 「皇子さま!」

 「おれは、君の皇子さまなんかじゃない

 単なる君を好きなように動かしていた転生者、獅童三千矢だ」

 

 「そんなの、ウソですよね……?」

 「嘘じゃないよ」

 「なら、あの人たちの使う変な凄い兵器の、一番凄いのの名前は」

 「DIS-Astra(ディザストラ)

 淀みなく答える

 実際の名前なんて知る筈もないが、さもそれが正解であるかのように、自信満々にそれっぽい口からでまかせを呟く

 アナ自身、答えなんて知らない筈だから

 

 「おうじ、さま……ほんとうに」

 眼を伏せ、銀の少女は言葉を喪った

 

 ……これで、少女の幼い幻影を打ち砕くのには十分だろうか

 正直、心が痛い。これから、同じことをアステールにもやりに行くというのに

 

 「おれは君を好きじゃない。勝手に好き勝手操ろうとしていただけ

 でも、もう要らない」

 少女を見る

 

 おれに、すがるような泣きそうな眼

 それを振りきるように、踵を返す

 

 「一度は好きにしようとしたから、こう言うよ

 二度と会うことはないかもしれないけれど、君の幸福を勝手に願っている 

 

 大丈夫、おれより素敵な人は、幾らでも居る。今なら、それに気がつける筈だ」

 そして、アナを護ろうとでもいうかのようにおれを睨む狼に向けて一言告げる

 

 「ラインハルトさん。父のところに、帰るぞ」

 ガブリ、と噛み付かれる感触

 

 痛みを無視し、撫でたりといった対アウィル用の行動はせず、ただ告げる

 「君たちのお父さんのところに、帰るぞ」

 

 「……ごちそうさま」

 そうして、此方を睨む事は止めない天狼の子と共に部屋を出る

 

 少女は、追いかけてこなかった




ア????ア「皇子さま?
アステールちゃんを通して、龍姫様から聞きました。あの答えは……アルトアイネスです

嘘つき。皇子さまは嘘つきです」
?ア「これで切り捨てたつもりなのかしらね、彼」

何か上の方でメイン二人がやりあっている中3位を死守するマスコットの図
アウィルヒロイン説とか欲しいんですかね皆……


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四章 第七皇子と天たる妹龍
罪、或いは迅雷の刃


「……おめでとうございます、兄上」

 パレードの席で、おれはそう呟く

 

 結局あの日は、アナにもう一度顔を合わせるとか出来なくて

 オルフェの厩舎で一夜を明かし、これからもレース等で活躍するだろう彼とも別れを告げて、今おれは此処に居る

 

 そう、ほの青い銀剣を掲げる第三皇子のパレードに参列している

 「新たなる神器、新・哮雷の剣とともに!」

 兄は、銀剣を民に向けて高く掲げた

 

 そして……銀剣から稲妻が迸る。同時、魔力を通された刃は、金属光沢を持つ蒼銀色から、透き通った青い水晶のような材質へと変化した

 

 竜水晶ドラゴニッククォーツ。一部神器に使われているとされる、伝説の金属だ

 本来月花迅雷にも使われる、魔力を通すと透き通って一時的に異常な硬度になる性質を持つ、神々から与えられたとされる超希少金属。そもそも鉱脈も何も無く、神から与えられたとされる出所不明のインゴット2個以外は神器の材質としてしか現存しない帝国国宝

 その性質を見せ付け、天狼の角を組み込んだ新時代の神器はその輝きで王都の一角を照らした

 

 これで良い、これで良いんだ

 神器を与えられて喜色満面、大使として聖教国に向かう彼の手の剣を見て、おれはそう思う

 月花迅雷なんて使い手を選ぶ姿より、今の新・哮雷の剣の姿の方が皆の役に立つ。名前以外は、完全に……

 

 ふと、違和感を感じた

 蒼銀の剣?薄青の光を纏うようにも見える青みがかった銀色?

 何かひっかかるような……

 

 「では陛下、使命を果たして参ります

 そこの、使えない忌み子ごときには荷が重かった使命を。託されたこの神器と共に」

 行くぞ、と兄がおれを顎で指示する

 

 そう。共に聖教国までは行く事になっているから、おれはついていくのだ

 

 アイリスは見に来ていない。アナも、来なかった

 

 姿を見せない二人を想い、嫌われたなと呟いて

 それで良い。おれに関わらなくて良い。もっと幸せになれる筈だから

 

 そうして、ついていこうとして……

 「ああ、そこの忌み子馬鹿皇子

 少しだけ来い」

 と、父にそう呼び止められた

 

 「……父さん?」

 来いと言われて放り込まれたのは父の執務室

 そこに今も置かれたエリヤオークスのぬいぐるみを見て……ふと、近所のお姉さんの部屋のフィギュアを思い出す

 透き通った刃を持つゼノのフィギュア……

 

 そうか!

 脳裏に走るのは電流

 

 違和感の正体に気が付くと同時、おれは父を見上げる

 「父さん。あの新・哮雷の剣は、本当に神器なのか?」

 その声に、にぃっと銀髪の皇帝はその唇を吊り上げた

 

 「何だ、気付いたか」

 その言葉に頷く

 「ドラゴニッククォーツは、ある程度の魔力を流すことで一時的に硬質結晶化する

 でも、あれには無限に雷の魔力を生成するとされる天狼の雲角が組み込まれている筈だ。なら……常時結晶化してないと可笑しい」

 そう、それが違和感の正体

 

 月花迅雷は、その全スチルやあらゆるモーションで透き通った刃をしていた。一度たりとも、ダイヤモンドのような輝きを……光沢を持つ蒼銀色の刃を見せた事はない。相当凝った仕上がりである専用モーションですら、だ

 ただ抜き放っているだけの状態でも、常時クォーツの名を関するに相応しい超硬質化状態である水晶の刀身をしているあの刀と同様の材質で作られていたら、あの剣が雷を放つ時以外は蒼銀色をしているなんてことは……有り得ない

 

 「……やはりか」

 息を吐き、父は机の背後から、何かを取り出しておれの前にドン!と器用に立てた

 ……いや、剣用のスタンドにはめこんであるのを置いた

 

 びくり、とパレードの最中は垂れ幕の背後にこそっと隠れていたが王城の中に入るやおれに寄ってきたアウィルが震え、『クゥ』と小さく吠える

 

 それは、蒼銀色の鞘に入れられた一振の刀

 全体が金属製という珍しい鞘。握るだろう部分だけは赤竜の鱗でもって装飾されている

 そして、鍔は普通のものではなく、立体的な狼の顔のような形をしていて、その双眼と額の角は鮮やかな輝く青。柄には白い皮が巻かれ、目抜は青。そして……柄先はやはり金属製で、狼の尻尾のような意匠が入っている

 刃渡り77.7cm、材質はヒヒイロカネとドラゴニッククォーツに天狼の雲角、ところによりオリハルコンと竜殻に竜鱗、そして天狼の毛織布

 

 天狼の頭部を模した鍔……というか最早柄飾りに見える蒼い輝きに、アウィルが懐かしげに目線を向ける

 

 「さては、完成形を知っていたな?馬鹿息子

 新時代の神器、迅雷の刹月花。グゥイと(オレ)がつけた、その名を……」

 「月花迅雷」

 「その通りだ。やけに剣の形状を推すと思えば……」

 

 取れ、そして抜け、と父の焔瞳が静かにおれを睨む

 置かれた刀を取り、広げたおれの眼に飛び込んでくるのはゲームのスチルで見慣れた透き通った蒼い刃

 

 「お前の知識にあるようだな」

 天狼の雲角を埋め込んだ現代最強の刀、おれの神器……月花迅雷

 

 「アウィル」

 鞘に刃を仕舞い、此方を見上げるアウィルの額の角に、こんと柄に埋め込まれ、微かに見える母の角をうち当てる

 『クゥ!』

 

 「……良いか、ゼノ」

 「父さん。どうして刀なんだ

 おれの知ってるこの姿より、本当に新・哮雷の剣を作った方が……」

 

 轟!と

 燃え上がる焔が、おれの全身を撫でる

 おれは咄嗟に鞘走り、袈裟斬りに振り下ろされる赤金の大剣を透き通る刃で受け止めた

 打ち合わさり、桜雷が刀身に花びらのように散る

 

 「……阿呆が!」

 「ぐっ!」

 『ルォォッ!クゥ!』

 バチバチとした青い雷が父を覆う。アウィルがおれを助けようと寄り添い、父にデバフを掛けようとしてくれたのだ

 

 「ゼノ、これはお前の背負うべき罪だ」

 赤金の剣から焔が噴き出す

 けれど、鉄剣であれば融解し始めるような焔を受けても尚、蒼く澄んだ水のような刃には、揺らぎひとつ無い

 

 「天狼は、貴様と共に戦ってやる為に、己の力を遺したのだろう

 忘れるなゼノ。逃げるな、獅童三千矢」

 焔が、おれを見据える

 

 「お前のやるべき事は、この神器から逃げることか?

 違う!携え、世界を、皆を、護ることだ

 それを履き違えるな。己の使命から逃げることは、(オレ)が許さん

 使命から、想いから、罪から!総てから逃げるな、ゼノ!」

 

 「……ああ」

 分かってる。護れなかったから、見るだけで思い出すから

 

 他の誰かが使った方が有意義だからという逃げる大義名分が欲しかった

 

 それが、最低の考えだなんて、分かりきってた筈なのにな

 

 柄の狼の眼が……オリハルコンの隙間に見える薄く竜水晶にコーティングされた天狼の角が輝き、刃が赤雷を纏う

 

 「……ふっ」

 微笑して、父たる皇帝シグルドは剣を振るい、焔を消す

 「ちょっとはマシな眼になったか、ならば良い」

 そしてそのまま、轟火の剣デュランダルは姿を消し、赤雷を放つ刃だけが残された

 

 「だが忘れるなよ、馬鹿息子

 お前が逃げた時、(オレ)はお前にはもう皇族の資格無しとして斬り捨てる

 

 お前は(オレ)の子で、第七皇子で……世界を救うべく戦う『蒼き雷刃の真性異言(ゼノグラシア)

 そうだろう?」

 

 「……ああ」

 オリハルコン製の鞘に刃を納め、おれは頷く

 「だから、あまりお前への想いを無下にしすぎるな。良いな?

 そして、お前に託された想いを、背負う罪を、忘れるな」

 

 『クゥ!』

 調子良く、おれの横でもうさすがに頭に乗ったらアルヴィナがおれの帽子被っているのよりもサイズ合わなくなったアウィルが鳴いた

 

 「話は終わりだ。あまり心配してはおらんが、生きて帰ってこいよ?」




ということで、作品タイトルにすら存在する神器、月花迅雷。此処に参戦となります

長かった……(主に自分のせい)


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第三皇子、或いは出迎え

「良い御身分だな、ゼノ」

 「……兄上」

 

 馬車に揺られながらその窓から顔を出す兄に対して、おれは馬上でどうして良いか分からず曖昧な表情を浮かべる

 

 「ネオサラブレッドに跨がって、どちらが主役だ?」

 「幾らアミュがネオサラブレッドとはいえ、裸馬と皇家の馬車のどちらが貴人かは間違えないでしょう

 杞憂ですよ兄上」

 と、おれは兄エルヴィスを宥める

 

 そう、アミュはおれが連れてきた

 いくら実力のある馬とはいえ、出走停止等を経たアミュグダレーオークスは……人々の人気だとかさまざまな理由から中央王都で競走馬を続けていくのが難しくなったのだ

 

 だから、走れないで苛立つ愛馬をおれは兵役に連れていくことにしたのだ

 因みに当然だがオルフェは置いてきた。本来おれの馬ってオルフェゴールドの方なんだが、あいつは最近もアイリスGPという著名なグランプリを勝った名馬だからな。連れては行けない

 

 「寄越せよそいつ」

 「……父さんに言って自前の馬を貰えば良かったのに」

 ぼそりと言うおれに、ばたんと窓を閉める兄上

 

 ……まあ、白馬の皇子様としてイケメン売りしていたいエルヴィス殿下としては、当時葦毛もロクなの居なかったから要らないと突っぱねたのだろうな

 何だかんだ、私財から引かれるしな馬の餌代とか。それも馬鹿にならない額

 

 おれは更に孤児院だ、最近はアウィルの為にだ様々でオルフェの餌代とか気にしてなかったんだが、ぱっと見て無視できる額ではないな

 月20ディンギルじゃ済まない額だしな

 

 「……新たな神器を手に、聖教国に赴く大使である兄に対してその態度は何だ」

 と、怒り心頭、青光りする一振の剣を手にもう一度顔を出してくるエルヴィス殿下

 

 ……いや、気が付かれてないのか?

 兄上、それは確かに強い剣ではあるけど普通に壊れる武器です

 

 ゲーム的に言えば、超雷神剣だとかそんな感じになるのだろうか

 少なくとも、新・哮雷の剣の名を背負うには荷が重いだろう

 

 だが、それをおれは言わず、腰に帯刀した月花迅雷の柄の角を撫でる

 大丈夫、龍姫からもたらされたというドラゴニッククォーツのインゴットの残り一個は聖教国にあるはず。教皇やアステールはあれが本物でないと気が付いて……

 

 駄目だ、心配になってきた。アステールが無邪気そうに偽物を大事にしてるって馬鹿にして、残すのをおれに変えようとか考えないだろうか

 

 「聞いているのか、忌み子!」

 ……兄上。弟にその言い種は少し……

 

 あとアウィル、離れててくれと言ったろ、隠れててくれ

 兄を下手に刺激したら、父親の元に返してやれないから、ひょいとアミュに近づこうとする天狼兄妹を追い返す

 

 今日の夜も遊んでやらないとな

 

 そんなことを考えて、父から割と期待されてない第三皇子である兄の相手をしつつ、2週間かけて聖教国を目指す

 アミュ単騎で駆ければ2~3日ってところなんだけどな。仮にも神器を持ち大使として……という名目である兄は、そんな事は出来ない

 

 あとは、おれもオーリン達とナタリエを兵役に連れていくから単騎で駆ける訳にもいかない

 ……アウィルとラインハルト兄妹?アウィルはまだおれの膝に乗ろうとしてくれるし、そもそも流石に全速力には桜色の雷纏っても追い付けないが、多少の本気速度になら追い付けるのが天狼種だ

 というか、アウィルは割と良い馬に引かせている馬車を軽々と追い越して、ちょっと離れては兄とじゃれているくらいには速い

 時速100kmは出せてるな

 

 時折不服そうに嘶く愛馬を宥めつつ、夜は思い切り走りたがるアミュとアウィルにおいかけっこで遊ばせたりして……

 

 一年以上ぶりに、おれは聖教国の聖都を訪れていた

 前に来たのは、天空山の帰りにアステールを送っていった時だ

 

 全体が白亜色の街並み。宗教と言えばそんなイメージがおれにはあるが、聖都はそんな事はない

 とてもカラフルな建物が多く、目が痛いくらいだ

 

 赤い屋根、黄色い建物、青い扉……七大天を特に信奉する者達の国は、7つの色を使うが故にとても色が多い

 おれの語彙ではローマ風といった言い方くらいしか出来ず、色合い以外は割と古風にも見えるが……中身は魔法文明の塊だ。例えば、神々の声を聴く教皇様のお膝元で……そして、聖女リリアンヌの眠る地で過ごしたいと押し寄せた人々によって何度も増築が繰り返され、今では8階建て?くらいになった、石の平屋の上に建つ木造の建物が見えるが……あれ、魔法のエレベーターが通ってる筈だし、恐らくエアコンもどきも入っている。おれの知るコンクリートの家と比べても、イメージに反して快適さではそう劣らないだろう

 

 石畳に覆われた道を、馬車は進む

 教会のような……というよりは、魔王城とでも呼ぶべき教皇の居城へと

 

 そう。七大天の意匠を盛り込もうとした結果、角も翼もある教会というおれの語彙では魔王城としか呼べない物体と化しているのが、七天教の総本山である

 まあ、信ずる神の中に龍どころか晶魔という悪魔のような姿の天が含まれているしさもありなんというか……

 

 ゴテゴテしているからか、アウィルは入ろうとしなかったので、外で待っている

 姿を隠す分別は、天狼だけあって持っているから問題にはならない筈だ

 

 そんなこんなで、そろそろ気にすべきだなとアミュの首を撫でて遅く歩くように指示。馬車より馬の足で数歩分下がる

 

 そして、教会の門の前に馬車は止まるも……出迎えは無い

 カーペットが敷かれたりという事もない

 

 あれ?大丈夫かこの国

 

 そう思った瞬間、魔法が発動し……

 一気に色とりどりの花びらが舞い散った



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策略、或いは狐娘

散る7色の花びら

 突然敷かれる赤い魔物素材のカーペット。それは貴人を出迎える為のもので……王城でも使われているのと同素材

 

 それが、馬車の扉にまで伸びて……

 同時、ラッパの音がする。いや、この世界的に言えばラッパじゃないんだけど、大きな音を立てる吹奏楽器の音だ

 聖なる歌(龍姫の伝えたというものなので、おれが良く良く知ってるアニソンだ。何やってるんですか龍姫)をオーケストラで演奏する最中、教会の門が開く

 

 其所に立つのは……

 アステールだ。何やってるんだアステール?

 いや、遂に表舞台にでられるようになったのは喜ばしいことなんだけど、何で真っ白ドレスでヴェールなんて身に付けてるんだ、花嫁でもあるまいし

 

 いや、エルヴィス殿下と結婚する気なら……いや、止めるわ

 この兄上、結局アイリスへの態度か刺々しいままっていうちょっと……な人だからな。一応関わったアステールがそんなのと何も知らずに結婚とか止めるわ。知ってて尚というなら止めないけどさ

 

 ……いや、そんな割と父からは要らない子な第三皇子よりおれって継承権低いんだけどな

 忌み子とはいえ、ヤバイなおれの評価。割と人質にしても良い要らない奴寄りな兄上より下なのか

 まあ仕方ないだろう。正直おれもそれは良く分かる

 

 というか、おれが口を出す問題じゃないな

 

 「皇子殿下、我等の言葉に応じ、ようこそおいでくださいました」

 と、アステールと似た金髪に流星の魔眼を持つ男性が恭しく兄上を迎える

 

 その近くで……睨まないでくれないかヴィルジニー、おれ単なる付き添いだから

 

 っと、おれもちゃんと礼を取らないと

 おれはアミュから飛び降りて、月花迅雷を……抜かず、騎士の礼を取る

 皇子とはいえ向こうは教皇とその娘だ。アステールは気にしなさそうだが礼は必要

 

 「御苦労!」

 と、気が大きくなったっぽい兄上は、ご機嫌に馬車から降りて……腰の剣を抜く

 雷鳴が迸り、刀身が青く透き通る

 

 ……が、光の反射が強いな。本物はもっと深い水のような色で光を透過させるからそれ自体が光ってはいないんだが

 だからこそ、桜色の雷が映えるのだしな

 

 「……あなた様は」

 と、教皇コスモであろう男性は、少しだけ意表を突かれたように、兄上を見る

 「アステールや、彼は」

 「しらない人だよー?」

 と、アステール

 

 「失礼。名乗りを忘れていました

 私はエルヴィス。帝国第三皇子。父の命とあなた方の言葉に応じ、馳せ参じた……新たなる神器、新・哮雷の剣の盟主です」

 「そして、送り届ける際の付き人のゼノ」

 と、おれは礼を取ったまま続けた

 

 「私はコスモ。コスモ・セーマ・レイアデス

 この地で七天の言の葉を伝える代行者である」

 「そして、ステラはステラだよー?」

 ひょっこりと顔を覗かせるのはアステール

 

 そのヴェールから飛び出る大きな狐の耳を見て、露骨に兄上は嫌そうな顔をした

 「……亜人が、何故」

 

 その言葉に、おれは前に出る

 「兄上。おれと似たようなものです

 彼女はアステール。アステール・セーマ・ガラクシアース。この地の……少し恥ずべきところはあるかもしれない、しかし本人には何ら罪の無い教皇の娘」

 「差し出がましいぞ、ゼノ」

 「しかし、友人の名誉を守るのは、皇子どころか人として当然の話。最低限、侮蔑はお止めください、兄上

 

 失礼しました」

 

 睨まれ、そそくさとおれは退散する

 とりあえず、兄上を送り届けた。あとは、アステールとの幼い憧れの関係に終止符を打って、立ち去るだけだな

 

 と思うのだけど……

 

 「では、殿下。そして、そこのお付きも

 着いてきなさい」

 と、教皇猊下におれも呼ばれる

 

 「はっ!……しかし、猊下

 私とて、そこまで待たせるわけにはいかぬ者が外に……」

 「……だいじょーぶだよおーじさま

 まっててくれるってー!」

 と、アステールが耳を揺らし、眼を輝かせてそう呟く

 その瞳の中の星は煌めいていて。それをされるとどうしようもない

 あれは、天との交信の証。天が言うなら逆らえまい

 

 というか、天狼は王狼の似姿と言うだけあって、神の声を聞けそうだしな。王狼から千雷の剣座に来て良いと聞いたら、すぐに案内してくれたように。アウィルも、だから待っててくれるのだろう

 

 すまない、アウィル達。と心の中で言って、おれは頷いて歩き出す兄に付き従い、大教会へと足を踏み入れた

 

 そして、おれを出迎えたのは……って違うな、兄上を出迎えたのは壮大な歌唱団の歌

 聖歌隊の本領発揮という奴だろう。圧倒的な声量に呑み込まれるようで

 

 尻尾をフリフリとしながら、白ドレスにヴェールのアステールは先んじて紅のカーペットを進む

 その横に立たないエルヴィス殿下は……それでも、おれよりはお似合いで

 

 先導されて辿り着いたのは、歓迎の宴の席であった

 

 「流石中央大教会だな……」

 ぽつりと、今は誰も着いてきていなくて一人なおれはそう呟く

 それに反応する者は居なくて。エッケハルトが居ればなーなんて、無理なことを思う

 

 ってか、またレオン等にキレられるな。自分だけ良い思いしやがってと

 ……持って帰れるだろうか、これ

 

 宴の席に用意されたさまざまな料理を見て、おれはふと思う

 

 「……ほう」

 と、口元を綻ばせる兄上

 「新・哮雷の剣なる神器と、それを携えて来てくださった英雄に」

 「乾」

 「……兄上」

 

 「失礼。代わりにやらせていただきます」

 配られた酒で即座に乾杯しようとする兄を押し留め、おれは自分のグラス(中身は水)を上げずに……

 

 ヤバい、即座に言葉が出てこない

 

 ってそんなんじゃ駄目だろう。教育を思い出せ

 「それを迎え、共に歩む七天の輩との門出に」

 「はーい、かんぱーい!」

 おれに続けて、アステールが締めた

 

 まあ良いか。あまり良い感じに言えなかったしな、おれ

 

 カラン、と鳴る音

 アステールとて、最低限の礼儀は分かっているのだろう。この場の主賓はエルヴィス殿下。兄上だ

 だから、まずは父である教皇が……ってそうか

 

 「アステールちゃん、先に付き添いのおれ達がやろうか」

 「はーい!」

 カラン、と鳴らしあうグラス。やけにアステール側の押しが弱く、響くのは小さな音

 

 それに少しの違和感を覚えつつもおれは近付いてきた金髪の男性相手にもグラスを軽く合わせ……

 

 パキン、という音

 手に感じる重さの急激な変化に、思わず手を退かせ……ちゃ駄目だろ!馬鹿かおれ!

 出してない左手を前に突き出して、砕けたガラス製の高級なグラスの破片を受け止めた

 

 ……が、水は止められずに床に溢れる

 

 「……失礼。力を入れすぎてしまったようだ」

 悪びれもなく言ってくる教皇猊下

 その瞳の中に星を閉じ込めた目は、濡れた袖をしっかりと見据えていて

 

 ああ、わざとか

 

 「いや、失礼。濡れた服で祝いに参列するのは七天も御不況であろう

 これは私共の無礼。是非この場に相応しい一式を贈らせていただきたい

 何分、君は私のアステールと既に知り合いであり、その縁でお付きとして同行したのだろう。そんな娘の友人を無下にするわけにはいかないのだからね」

 と、捲し立てるのは教皇猊下

 

 「おーじさまに似合う服ならー、多分あるよー」

 と、ニッコニコのアステール

 

 ……さては、最初から連れ出す気で割れるグラスを出したな?

 

 まあ、良いけれども

 

 「それでは、エルヴィス殿下。ごゆるりと

 皆のもの、主賓たる殿下を退屈させぬように。私と我が娘の居ぬ間、神々も驚くだろう出し物を」

 「またねー」

 と、教皇父娘はおれを先導して会場を出た




水美(@minabi_4649)様に頼んでとあるヒロインのちゃんとした(割と衣装が無理矢理になるカスタムキャストではない)イラストを描いて貰っています
正式完成はそこそこ先になりますが(主にこちら側の無茶注文)、とりあえず此方が大体こんなイメージと投げたカスタムキャストモデルを元に作者ビックリの美少女となっていますのでとあるヒロインファンの方はご期待ください

許可を貰ったのでカラーラフをちらりと
【挿絵表示】

調子にのって依頼しているもう一人の線ラフもちらりと(因みに此方は貰った初期のものなので完成形とはちょっとイメージ違います)
【挿絵表示】

ちなみに絵の感想とか貰うとあの方に依頼して良かったと作者が喜びます


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誓い、或いは告白

「ねーねーおーじさま!」

 大聖堂……七天の像が置かれたその場所に通されるや、ぴょんと飛び付いてくるアステール

 

 おれはそれを受け流して横に立たせて、何やってんだとヴェールに白ドレスの狐少女を見た

 

 「おーじさま、その刀ってすごい奴だよねー?」

 その言葉に頷き、腰に下げておいた……更に上から木の外鞘を嵌め込んだ刀に手を掛ける

 

 「……第七皇子よ」

 「……兄上は事実に気が付いていない、或いは周囲には気が付かせないようにわざと本物のように喧伝することで権威的に扱おうとしているようですが……」

 「でもー、ステラは見れば分かるからねー」

 「流石に、誤魔化せないようなので、失礼します」

 

 一言謝罪しながら、外鞘を外す

 オリハルコン製の鞘が空気に触れ、小さくスパークする

 そう。月花迅雷は無限とも思える雷を放つ神器である。魔力を通しやすいオリハルコン製の鞘な理由は、鞘に納めている間にも膨れ上がっていく魔力を適度に放出させてバランスを取るため。ただ高価な金属を使ってイキる為ではないのである

 魔力伝導で言えば銀でも良いが、銀はやわらかいせいで鞘に向かない。特に、抜刀で酷使するからな

 

 そして

 「我が罪の象徴。共に戦ってくれ」

 小さく祈り、その刃を抜き放った

 

 桜光が散る

 透き通った青色の刀身、そこに刃紋のように通るのはヒヒイロカネ

 

 「おー、綺麗だねー」 

 「それが、本当の新たなる神器……」

 「はい。その銘を」

 「「「『月花迅雷』」」」

 三人の声が重なった

 

 「ええ。龍姫様からお告げがありまして。そうではない神器モドキを見せられた時にはどう反応して良いかと」  

 「……ステラはさいしょからおーじさまが本当の方持ってるからって見てたけどねー」

 と、耳を揺らし、尻尾をぶんぶんと振ってアステール

 

 「……アステールちゃん、ドレスが乱れる」

 「今はおーじさまとおとーさんしか居ないけど?

 あー、でも他の人が居る場所でやらないように気を付けないとねー」

 

 7つの像に見守られるなか、おれは鞘に刃を戻す

 「帝国からは、仮神器と兄上をお送りします

 少しおれと同じくバカなところはありますが、神器を手に大使であろうという意志は持つ者

 力だけのおれより、何倍も役立つと思います」

 「……第七皇子よ。君ではないのかね」

 と、おれの行く手を遮るように教皇猊下がおれを見下ろす

 

 「はい、おれは帝国の剣であり盾

 皇子としての使命を果たさなければなりませんから

 おれに、大使なんて勤まりません。人の上になど立てる人間じゃない、自己中の人間の屑、それが今のおれです」

 

 言ってて辛い

 だが、それを無視して頼ろうとした結果、甘えた結末が此処にある

 忘れるな、逃げるな。父にもそう言われたろう

 

 「おれに出来ることは目の前の誰かの剣である事だけ

 そんなおれは、兵役に行かなければいけません。おれには、多少の力しかないから

 こんな形以外で、誰も護れないから」

 

 少しだけ自嘲する

 

 「その力すら、おれには足りないけれど。竪神に、アイリスに、天狼に、帝祖に、アナに。それに、アステールやアルヴィナにも

 皆に助けられて、何とかやってこれた程度の至らない力でも

  

 それが、おれの皇子としての最低限の誇りです」

 

 それを捨てたら、そこから逃げたら

 おれは……おれでない「俺」以下になってしまう。原作ゼノなんて雲の上で、意味もない力を持つだけのゴミクズに

 

 「おーじさま、その力はステラの為に振るうといいよー?」

 と、狐娘はおれに何かを渡そうとしてくる

 それは、白いタキシードのようなもの。胸元に見えるのは、龍姫の紋章

 

 それをダメだと腕で押し返す

 「着替えを受け取ってくれないのかね?」

 非難気味な教皇猊下の声

 おれを睨む瞳を、真っ向から見返す

 

 「受け取れません、猊下

 大いなる力には、同じだけの責任が伴います

 

 皇子としての力、忌み子としての……先祖返りの力、帝祖の貸してくれた力

 そして、おれには大きすぎる、月花迅雷」

 今一度、刃を抜き放つ

 

 「それでもそれは、どれだけおれには大それたものであっても全ておれが背負う責任であり、力です

 逃げないと、共に戦うと。おれは……おれ達を命を懸けて救ってくれたかの誇り高き狼に、そしておれを産んでくれた父や多くの皆に、そう誓う

 誓わなければ、先に進めない。今までのおれと変わらない、逃げているだけのゴミのままですから」

 

 「だから、ステラと先にすすも?」

 そう言ってくれる狐娘を、優しくない言葉で突き放す

 「……それは足踏みだよ、アステールちゃん

 おれも、君も。責任から逃げるだけ

 それは甘くて優しくて、身を委ねたくなるけれど……」

 時折、堕ちてしまいたくなるけれど

 

 「おれの背負う罪が、おれの眼を醒まさせてくれる」

 「……それは逃げではないよ、第七皇子

 私の娘と共に、戦う道だ」

 「そうかもしれません、猊下。その道でも、立ち向かう壁はあるでしょう。単なる逃げではない、それは確かです」

 

 けれど、とおれはこの先共に戦う愛刀を握り込む

 「おれは、自分がゴミクズから救われたいだけの、最低の人間です

 本質は、アステール……ちゃんを拐ったシャーフヴォル・ガルゲニアと何ら変わりません」

 「おーじさまは、おーじさまだよ?」

 

 「それは幻想だよ、アステールちゃん」

 呼び捨てにならないように意識して、少し心の距離を取る

 

 臆するな、ああすると決めただろう

 アナにもやったように

 

 いや、違う、とおれは刀を握り直す

 逃げるな。あれだって、アナから逃げ出したに近いのだから

 本当の自分を見せて、でも嫌われた後を見たくなくて、逃げ出した

 

 逃げるな、ゼノ。そうだろう、獅童三千矢

 

 「おれは、君の思っている皇子様なんかじゃない。利己的で、悪辣で、どうしようもない……ただ助かりたいだけの小物だよ

 そんなおれが、背負ったものに振り回されて、結果的に……父さんが君を助けられる切っ掛けに運良くなっただけ

 君のそれは、恋じゃない。何時かおれを幸せにして、君を不幸にする……イケナイ悪いものへの幼い憧れだよ」

 

 「おーじさま!おーじさまは、そんなんじゃないよ」

 「そんなんだよ、アステールちゃん

 おれの本質なんて、ユーゴと同じだ。だから」

 

 当たらないように刀を振るい、花びらのように桜雷の軌跡を空に刻む

 「おれは、託された想いを背負う、『蒼き雷刃の真性異言(ゼノグラシア)』であり続ける

 託された責任だけが、おれを彼等以下のクズから……少しはマシな存在にしてくれるから」

 そうしておれは、懐に忍ばせておいた一枚の証書を、おれを見つめる少女に手渡した

 

 「生涯不犯の誓い

 魔神に還る血脈を絶つという誓約。それをもって、君への……貴女の向けてくれた例え間違っていても尊い想い全てへの返答とする

 こんなおれを好きだと言ってくれるのは、嬉しいことだよ。けれど

 ステ……アステールちゃん。アステール・セーマ・ガラクシアース様。おれは、君の想いには応えられない

 それは、君を不幸にしか導かない道だから」

 

 少女は、何も言わない

 「ごめん。本当はもっと早くにこう言うべきだった。貴女の好意を、都合良く調子良く利用し続けた、最低のやり方だ

 ……けれど、おれは誰とも結婚しないし、そんな不誠実な状態で、誰とも付き合えない。勿論貴女とも」

 

 心に走る少しの痛みと、荷が下りたような安堵と、息を吐ききったときのような息苦しさ

 ……これで良い。おれと関わってくれるなんて……自立しきれた竪神と、線引きが出来るエッケハルトくらいで良いんだ

 恋だ愛だは、おれには過ぎたものだから

 

 そうして、刀を納めて、おれは踵を返す

 七天の像に一礼して、二人のこの地の頂点に背を向ける

 「……第七皇子」

 「猊下。兄上をお願いします

 ちょっとバカな面はおれと同じくありますが、それでも……おれと同じく、皇子としての矜持は持っている筈ですから」

 

 「おーじさま!」

 その背に声がかけられる

 「また、会えるよね?」

 

 「会わないことを祈っています、アステール様

 おれと貴女がもう一度会う事があるとすれば……おれが立ち向かうべき彼等……特にユーゴ・シュヴァリエがもう一度貴女にその手を伸ばした時

 そんなことが起こらず、何処かでふとしたときに貴女の幸せな出来事を耳にする、そんな未来を願います」

 「おーじさま、そんなに自分を追い詰めないでー?」

 「……さようなら、アステール様

 貴女方の未来には、七大天の御加護があらんことを」




おまけ:全国?のエッケハルト集まれー、水美(@minabi_4649)様のカラーラフイラストだよ

まあ、そろそろ前話に置いておいたラフ姿の完成版に成長してしまうのでこの姿では恐らくもう出てきませんが……
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耳、或いは懺悔

教会を出て、一人おれは歩く

 

 カラフルな街並みはそれなりの人通りを保ち、各所で第三皇子についてのさまざまな噂が話されている

 あとは、おれについては……あまり、良い噂はないな。やはりあの火傷痕は……とか、呪われた子が付き添いだなんて可哀想だとか、そんなばっかりだ

 

 まあ、それが普通。実際には違うとはいえ、忌み子とは神々に呪われた子という話が一般的だからな。七大天信仰が篤ければそれだけ、忌み子への風当たりは強い

 

 亜人へもそうだ

 ああ、そういえばそんな中、表に出てこれるくらいには自分の存在を認められた事、アステールに対して何か言ってやるべきだったな

 ……そう思うけれど、何度も告白され、それを後回しにした上に最低の振り方しておいて、今更顔を合わせたくなくて

 

 結局、逃げて

 その言葉は口に秘めたまま、立ち去ることを決める

 そして、フードを被って歩く最中……

 

 ガラガラと音を立てて街中を走る大きな……大きすぎる馬車

 いや、引いているのが……ああ、嵩胡(スウコ)だっけか?南方倭克等で見かける事もある縞が青く、尻尾が体の周囲を一周できるほどに長い空飛ぶ虎だから、虎車か?

 

 おれは、門前で待ってたアミュの手綱を引いて横に大きく避けて道を開け……

 

 「おい!何やってるんだ!」

 虎車の軌道から避けない一人の青年の姿を前に確認して、手綱を手離して駆け出す

 

 っ!ギリッギリ!

 なんとか虎車が来る前に青年に追い付いて、その手を横に引く

 ステータスは此方が上、青年の体は道の端に倒れ込むようにおれの方へと引かれて……

 

 「大丈夫か?」

 その横を通り抜ける、普通よりも大きな虎車

 

 「気を付けろ(ひら)が!」

 そして、吐き捨てられる言葉

 中々に酷いが、その胸には紋章が見える

 信仰で出来た国でも何でも、お偉いさんの中には権力を得たら腐敗する人間が居るというのは、何ら変わらないのだろう。何処にだって、ああいう手合いは居る

 

 それを分かって、青年を見て……

 呆けた目が、おれを見返した

 

 「どうしてそんな目をする

 危険な状態だったろう」

 青年は答えない

 

 まるで、事態を理解していないかのように

 

 「ちょっと待て」

 そしておれは、自分の耳を指差し、手で丸を作り、そして✕を作る

 青年は、その指で✕を返した

 

 「耳が聞こえないのか」

 反応はない。恐らく、聞こえていないから反応できないのだろう

 

 だから、だ。普段より大きな馬車というか虎車が来ていても、明らかに異様な音でも、聞こえないから普段通りに歩いていたのだ

 

 「……これ付けろ」

 懐からおれは、宝石の耳飾りを取り出す

 

 「?」

 首を傾げる青年に、おれは耳飾りと青年の人の……じゃなく毛に覆われた猿っぽい耳を交互に指差した

 ああ、亜人だったのか。それはさぞ肩身が狭かったろう

 

 ぎこちなく耳飾りを着けた青年の目に驚愕が浮かぶ

 

 あれは……始水の事を思い出して以来持ち歩いている補聴器のような魔道具だ。おれには要らないが、持ってないと落ち着かなくて持ち歩いていた

 

 「プレゼントだ」

 その言葉に対しても首をかしげられておれは苦笑する

 「……言葉分かるか?」

 ふるふると横に振られる首

 

 「アミュ!」

 仕方ないので愛馬を呼び寄せ、くくりつけていた荷物から手帳とペンとインクを取り出して、おれは……文字は分かるか?と書き、青年に見せた

 

 こくこくと頷かれたので、耳に付けさせた魔道具の説明を書き、定期的に魔力を注げよという点と、注ぎすぎると壊れるという点を二重丸で囲んで強調し、そのページを千切る

 

 「贈り物だ。次はあんな危険に巻き込まれないようにな

 大丈夫、慣れれば耳は便利なものさ。後ろの危険や、色々分かるようになる」

 そのことも手帳に書いて見せ、おれは燃える鬣の愛馬に跨がった

 

 「行くぞ、アミュ!」

 そして愛馬の首を叩き、青年を置き去りに駆け抜けて……

 

 「ってストップ、ストップしてくれアミュ」

 おれは忘れ物に気が付いて慌てて愛馬を止めた

 「……悪いけど、良い花屋を知らない?」

 

 そして、此処から直接兵役の地へ向かうんですけど?しているプリシラ等と……ナタリエとも別れて、アミュと天狼二頭……まだ二匹と共におれが目指したのは、エルフの村であった

 

 『クゥ?』

 「アウィル、お母さんのお墓

 ご挨拶しようか」

 形見ともなる月花迅雷と、干し果物と買ってきた花を慰霊碑に添えて、おれは手を合わせて言う

 

 流石に月花迅雷を此処に置いていく訳ではないが、今は此処に置いておきたかった。その方が、懺悔を含めて話せる気がして

 

 「ラインハルトさん。貴方にとっても……」

 『ルォン!』

 おれに慣れきった妹とは異なり、兄天狼はおれにあまり慣れていない。距離を取り此方を見る彼の視線に、ああごめんと一旦慰霊碑の前から退いて

 

 かつて、産まれたその時に母にされた祝福を覚えているのかいないのか

 それは分からないけれど、二匹の狼の遠吠えが響く

 

 本当は、二匹とも母と暮らせたろうに

 その方が幸せだったろうに

 

 そんな後悔が、遠吠えの響きと共におれの心にすっと入ってきて……

 

 『クゥ?』

 握り締めた手の甲を舐める湿った暖かな感触に、ふと気が付いた

 

 「アウィル。お母さんとの話、終わった?」

 『キャウッ!』

 「ああ、人間の皇子

 ラインハルト君なら、一晩僕達で預かるよ」

 

 と、声をかけられ、おれは振り返る

 「ウィズ」

 「皇子のことだから、多分もう暫く、慰霊碑の前に居るだろう?」

 「ああ」

 その言葉におれは頷く

 

 「僕達としても、恩狼の子。それなりのもてなしをしたくてね

 借りていくけれど、良いかい?」

 「そこは当狼に聞いてくれ」

 「彼自身なら、良いとばかりに吠えたよ」

 

 なら、とおれはペロペロとその舌でおれの掌を何が面白いのかキャンディーのように舐め続ける方の天狼を見る

 「アウィル、お前も行くか?」

 『キュクゥ?』

 その大きめの尻尾を振り、妹天狼はそのままおれの足にぴとりと頬を付けた

 

 「……アウィルは行かないそうです

 ……歓迎の何かがあるなら、ちょっと持ってきてくれると助かる」

 「でも、慰霊碑のある建物の外で飲食は頼むよ?

 掃除が必要になるからね」

 「当然だろ?」

 「あと、君が来ると思って今日は止めてたけど、普段は朝一に花を添えるんだ

 明日の当番、本当は僕だけど代わりに任せて良いかな?」

 「やらせてくれ、ウィズ」

 

 そうして、ほぼ一晩、おれは慰霊碑の前で……懺悔と決意の言葉を繰り返す

 横で愛馬は……同じくかの母狼に助けられたアミュグダレーオークスは何かを悼むように立ち尽くし続け、アウィルは座禅を組んだおれの膝の上をベッドに寝息をたてていて

 

 その安らかな安心しきった寝顔を壊さないように、起こさないように、小さな声で言葉を紡ぎ

 

 「……行ってきます

 貴女の残した力とともに。貴女の残した子供達や、その世界を護るために」 

 朝焼けの中、摘んできた花を買ってきた花と入れ換えて添えて、おれはそう最後に今一度手を合わせる

 

 「行こうか、アミュ

 帰ろう、ラインハルトさん、アウィル。君達の帰るべき故郷へ」

 その声に、白い馬は燃える尻尾を振るい、兄狼は小さく吠えて応える

 

 「ええ、そうね。そろそろ行きましょう」

 「あまりエルフに負担をかけるわけにはいかないですからね、ノア姫」

 そうして、おれはほら、乗らなきゃいけないんだから手を取りなさいよとばかりに馬上のおれに向けて手を伸ばすエルフの姫にそう言って……

 

 ん?

 「ノア姫?何故此処に」

 「あら、故郷にワタシが居ることの一体何が可笑しいのかしら」

 確かに

 

 って丸め込まれるなよおれ

 

 「いえ、居るのは構わないのですが」

 「……そもそも、似合わないわよ、敬語。普通に話してくれる?」

 

 「何で着いてくるんだ、ノア姫

 折角故郷に帰ったのに」

 

 その言葉に、おれに似た赤い瞳を……吸い込まれるような瞳をしたエルフの姫は、小馬鹿にするように答えた

 「あら、まだ大事は何も解決してないのに、そこではいお仕舞いと言う程に薄情だと思われてるのかしら?」

 

 「……何も起きなかったんだからもう良いんじゃないのか?」

 「何か起きるから、兵役に向かうのでしょう?

 ならば、約束通り着いていくわよ。感謝なさいな」

 

 一瞬、迷う

 

 けれども、思い出す。この姫との出会いを

 

 ならば、良い。手伝って貰おう

 おれも……少し、不安はあったんだ

 「すまない。恩に着るよ、ノア姫」

 「ええ……

 いえ、違うわ。アナタとの約束を果たしているだけよ。アナタの言う『皇族は民を護るもの』と同じこと

 恩に着られる筋合いはないわ。アナタが、助けられた相手にはアナタへの恩を感じて欲しいなんて思ってるのではないなら、ね」

 

 「……そうか、ごめん」

 大人しくおれはそう言って、少女に手を差し出した




気が付くと狐娘がゼノ相手のヒロイン投票で男二人どころか万四路ちゃんに負けてる……がんばれ狐娘負けるな狐娘
そして上ではメイン二人が仲良くおいかけっこしている模様。この二人、票数大きく離れること無さすぎですね……

なお、メインヒロインは?投票で怒涛の追い上げをされては大体孤独になる主人公。何なのあいつ……ついでに4位の隼人も何なんだアイツ


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別れ、或いは身勝手

ノア姫と共に、愛馬に暫く走らせて

 夕方頃には、遠き山に辿り着く

 

 「……来てしまったわね

 まあ、滞在しなければ良いのかしら」

 と、少しだけ居心地悪そうにノア姫がおれの背後で身震いした

 

 「ノア姫」

 確かに、此処は肌寒い

 アウィルと一度泊まったあの小屋の所までで一度移動を止め、明日にすべきだったろうか

 そんなことを思いつつ、おれは背後のエルフの姫に、自分の羽織っていたコートを渡し……

 

 「要らないわ

 単純に、エルフの一族の姫として、儀式の為に訪れる筈の場所に居るのが心の棘というだけよ

 あまりワタシを舐めないでくれるかしら。体調に問題なんて無いわよ。自分で羽織っていなさい」

 その言葉に頷いて羽織り直し、愛馬から飛び降りる

 

 此処は、かつてアステールや師匠、あとはウィズ等と泊まった雲の上。空気も薄く、重力は妙に強い神に近い場所

 

 けれども、これが天狼の住まう故郷。幼いアウィルは、水を得た魚というかおれとじゃらしで遊んでいた時のようにご機嫌に周囲を走り回っていて、それを兄であるラインハルトがじっと見ている感じ

 時折ぴょんと跳び跳ねておれとアミュを飛び越えていくのが、いかにも最強格の幻獣種らしくて

 

 「それで、何しに来たのかしら?」

 「アウィル等を預かっていたのは、あくまでも成長するまでの話。本当は、おれたちを助けてくれたあの母狼がやりたかった事を、助けられたおれが代行していただけ

 十分成長したなら、家族のところに帰るべきだ」

 

 アナ達だって、時折寂しそうな顔をすることがあるんだから

 どれだけ優しくても、孤児院が家のようなものでも。ふとしたとき……例えば、見知らぬ誰かが親と仲良く歩いている時等に、寂しそうな目をしてそれを追っているのを見掛ける

 家族への想い、そういったものは……誰にでもあるんだろう

 

 おれは、父も兄も妹も居て、恵まれまくっているからそんなことはあまり無いけれども

 

 『……ルグゥ』

 おれ達の存在を見ていたのだろう。白い巨狼がその姿を山頂付近から見せた

 

 「ラインハルトさん、アウィル」

 そう呼ぶと、兄天狼は即座に父の元へと駆け出し……

 

 『キュウ?』

 妹天狼は、不思議そうにおれを見上げた

 

 「アウィル、お父さんのところにお帰り。君の本当の家族の居る場所へ

 本当の形は、おれが……欠けさせてしまったけれど」

 腰に取り付けた刀の柄を握り込む

 

 そうだ

 忘れるな

 おれは……

 

 『ルォン!』

 娘を呼ぶように、少しだけおれから離れた位置で父たる狼は一声吠える

 

 それを受けて、おれの横に居た小さな狼は、一度おれを振り向いて……

 「アウィル。おれは、大丈夫だから

 心配してくれたんだろ?ありがとうな」

 『クゥ?』

 

 そして、兄よりは遅い歩みで、父の方へと歩き出した

 それで良い、とおれは頷いて……

 

 『クゥ!』

 けれど、途中でおれを振り返り、まだまだ仔天狼はおれへと駆け寄ってくる

 それを、特に呼ぶでもなく父狼は眺めていて

 

 『ククゥ?』

 その真っ直ぐな瞳は、おれの左手辺りを見ていた

 

 「ああ、そうか

 お別れを言わなきゃな」

 その視線に、おれは言いたいことを何となく理解して、鞘から刃を抜き放つ

 そして、薄く桜色の雷を纏った刃の腹を、アウィルの額の角に軽く当てた

 

 「お母さんの形見とお別れだもんな。寂しいよな」

 ……本当は置いていくべきだ

 

 けれど、それは出来ない。おれは罪を背負わなきゃいけない

 本当は、その都合の良い理屈で力を手離さないだけで

 

 『クルゥ!』

 そんなおれの手に、優しい牙が触れる

 アルヴィナが時折戯れにやってきたような、力の入っていない甘咬み

 

 「……って、心配かけさせちゃったな、アウィル」

 お別れは済んだ?という言葉に、無言の返答を返す天狼を見て、おれは刀を鞘に納める

 そして……

 

 『ルキュウ!』

 なおも甘咬みしてくるアウィルの眼が、おれの左手に付けたブレスレットを見ていることに気が付いた

 

 「……欲しいのか?」

 『クゥ!』

 元気良く帰ってくる鳴き声

 

 この左手のものは、確かに天狼の毛が入っている特別製の布ブレスレットに、小さな貴金属をあしらったもの。魔法は特に掛かっていない

 アステールに会う時はせめて皇子らしくと思った飾り、単なるお洒落だ

 

 「ほら」

 欲しいならあげても良いだろう。少しくらい、良い感じに覚えていて欲しいしな

 そう思っておれはブレスレットを外し……狼で取れるのか?と思うので後ろ足より発達した前足にはつけずに、ピン!と伸ばされた左耳に引っ掛けてやる

 

 『クゥ!キュクゥ!』

 それが気に入ったのか、アウィルは大喜びで吠え、足取りも軽くおれから離れ、父の方へと駆けていった

 

 『……ルォウ!』

 「……天狼よ

 貴方の妻の想い、預かっていきます」

 その声に頷くと、天狼はおれに近づき……ちょっと所在無さげに立っていたアミュの背に載せていた何時もの土産をその尻尾でかっさらうと、双子の仔を連れて住居へと駆け去っていった

 

 それを見送り、おれは軽く息を吐いて……

 「行こう、ノア姫、アミュ」

 アウィルも、と言いかけて、もう居ないなと思い直す

 

 暫く居ただけなのに、居ないと……何か足りない気分になる

 アルヴィナが居なくなった時のように。万四路を殺した後のように

 

 その感傷を呑み込んで、おれは愛馬を……

 って駄目だな、今は夜なのに

 「ごめん、ノア姫。明日の朝発とうか」

 「ええ、そうしてくれると助かるわ」 

 

 そうして、アミュに積んできた干し肉と野菜でもって軽くスープを作り、ビスケットのような硬くて頑丈な穀物を焼き固めたものをそれにふやかして晩御飯にする

 アミュは馬なのでそういったものではなく、干し野菜を戻したものだ。ちょっとだけ味抜けてスープに溶けてしまったが許して欲しい。後で夜食に果物食べて良いから

 

 それを二人で囲みつつ、素直に食べるノア姫を見ていると、不意に赤い綺麗な瞳がおれを見る

 

 不満げに、何か言いたげに

 

 「ノア姫?」

 だから、言いやすいように声をかけ……

 

 「相も変わらず善人ぶってるわね、アナタ」

 冷たく言い放たれるのは、そんな言葉

 

 「……おれには一個、座右の銘があってさ」

 「ザユウノメイって何よ。真性異言語は訳してくれるかしら?」

 そんな言葉にそういやそうだと思い直して、おれは続ける

 

 「心の中に何時もある、大事にしている言葉、かな

 おれのそれは……『やらない善よりやる偽善』」

 

 静かに、おれより背の低い大人のエルフが、おれを見詰めた

 

 「偽善だと分かってるなら止めなさいよ」

 「偽善を止めたら、単なる悪だ

 例えおれは善人でなくても。場当たり的でも。例え偽善でも良い

 購い続けろ。いつかそれが、本当に善になるかもしれないから」

 

 と、呆れたようにノア姫はおれから目線を逸らし、スープを一口飲んだ

 「……熱っ」 

 「はい、水」

 と、おれは持ってた温い水を少女に渡して

 

 「……ええ、ありがとう

 あまりに馬鹿馬鹿しい言葉で、呆けすぎたわ」

 水を一口飲んで、少女エルフはおれの目を見て、そう言った

 

 「身勝手の極意とでも呼ばれたいのかしら

 そのアナタの行動がアナタを善人にする事なんて有り得ないわ」

 「そんなことは無いだろう

 例え私利私欲から来た偽善でも、何かを成し続ければ……人生の最後には、少しくらい善に近付けるだろう」

 

 「馬鹿らしい。身勝手な理由で良いことをしたところで良い人間にはなれないわよ

 身勝手を極めて、より身勝手な行動が周囲を上手く誤魔化していくだけ。何時しかそれが自分を騙して、善人だと思い込むことはあるかもしれないけれど、それは決して善人ではないわよ

 

 今のアナタを、更に醜悪にしたもの。アナタが目指しているのは、本当にそれ?」

 

 その言葉に、おれは咄嗟には答えられなくて

 

 「……そう。答えないのね。ごちそうさま、灰かぶりの皇子(サンドリヨン)

 何処か何時もより柔らかく、挨拶までしてエルフの少女は皿を置いて立ち上がる

 

 「そこで即答されないだけ、アナタにはまだ期待が持てるというのは解ったわ

 あの子をアレで振った気になっていた時はどうしてやろうかとまで思ったけれど」

 

 そう茶化してか真面目か呟く少女

 その表情は右目の視界だけのおれからちょうど外れていて

 

 「お休みなさい、また明日」

 「ああ、お休みなさい、ノア姫

 ……また明日」




ちなみに、この作品における身勝手の極意とは私利私欲を隠して善人ぶった身勝手な行動を取る事を極めた駄目な存在の事です
別に銀髪銀眼になったり立ち上る銀の変なオーラを纏ったり「オラは別に正義のヒーローでも何でもねぇ」したりしませんし、当然変身でもありません


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辺境、或いはお飾り

そうして、辺境……というよりも、遺跡のある旧シュヴァリエ領にして現皇領に辿り着く

 

 そこは、深い森と、その中に佇む遺跡、そして砦や平原が広がるような土地だ

 国境近くではあるが、街らしい街はない

 

 遺跡から異次元の怪異が、魔神族が沸いてきた等のあまり好まれない話が多く、好んで住む人々はいない

 結果的に……ゴブリン族といった獣人の一種や、さりとて国境を守らなければならない兵士達くらいしか人の居ない土地が出来上がったのだ

 

 そんな場所に辿り着き、兵役に就いたおれはというと……

 

 「ノア姫。精霊を呼んではくれないだろうか」

 「疲れるから今日は嫌よ。明日にしてくれる?」

 暇していた

 

 いや、真面目に暇だ。暇すぎる

 仮にもおれは皇子ということで、地位的には一番上として赴任した。それは良いんだが、所詮おれは忌み子だ

 そんな忌み子に実権なんて持たせたくないのだろう、おれに与えられた地位は完全なお飾りの上官であった

 

 そう、お飾り。見回りだなんだの騎士団としての仕事はするし、皇子としての義務として有事には最前線にも立つが、指揮権は無いわ兵士の訓練にも参加できないわで、辺境警備の騎士団に関しての権利は何一つ無い

 

 マジで何もない。それこそ、物資の発注すらおれを通さない徹底ぶりだ

 ……すまないが、おれの皇子として父から与えられる小遣いにしては大きな額の金の一部がこの騎士団の財源のひとつになってたと思うんだが、それなのにおれに資金で何発注するかに口出しする権利すら無いの?本気で?

 

 舐められまくってんなぁ、おれ

 まあしょうがないけど

 

 おれに与えられている金(大体600ディンギル)は1割エッケハルトに託した孤児院の資金、5割を先天的障害を得てしまった貧困家庭児支援基金、2割竪神等が居る新設騎士団に回していて、2割しかこの辺境の財源に加わってない……んだが、可笑しくない?

 何と、ノア姫どころかプリシラ達への給料分すら無い

 

 本来辺境の財源に回す金から給料を出す手筈だったんだが、実際に此処に来てみると忌み子は金だけ出せと口出し厳禁にされてて引き出せなかった

 

 ……これ、ヤバくないか?

 

 信頼されていなさすぎる。いや、おれへの信頼なんてそんなもんなんだろうけど……

 

 「ノア姫。頼む」

 そんなおれに出来ることは、こうしてノア姫に頼んで修行の手伝いをして貰い、刃を振るうことだけだった

 「……嫌よ。働いてほしいなら、お茶くらい飲めるようにして欲しいわね」

 

 「姫君!」

 と、ノア姫が呆れたようにおれを見た刹那、少年騎士の一人がノア姫に冷えたボトルを差し出した

 中身は多分お茶。今日の見回りの際に飲むものとして渡されていた筈のものだろう

 

 「……冷たい茶に興味はないわ」

 けれど、その長く目立つ耳をぴくりとさせ、にべもなく少女はそれを断った

 「……そうですか」

 「ええ。暖かいものなら戴くわ」

 「次は頑張ります!」

 

 と、少年騎士は何時ものように離れていった

 おれがノア姫と此処に来てからほぼ毎日これだ。ノア姫が何かを要求すると、それを用意しようとして用意できない少年騎士

 恐らく、ノア姫に好意を抱いたんだろうな。一目惚れって奴

 

 頑張ってくれ。ノア姫が人間を好んでくれたら、エルフ達に協力を要請するくらい人に惚れ込んでくれたら、気難しい民と渡りを付けた英雄だからな

 

 って、難しいとは思うけど、おれ個人としては応援してる

 おれにとってのアルヴィナみたいに、彼にとってノア姫がそうなれば良いなと

 おれは……こうして小言は言われるし文句も多くぶつけられるし割と嫌われてそうだからな

 

 いやまあ、ニコレットみたいに近付いてこないのが普通の女の子だし、おれに色々と指摘してくれるだけでも感謝してもしきれないんだけど

 

 「……それにしても、どうしてそんなに精霊を使って欲しいのかしら

 記憶から再現した彼と戦っているようだけど、何が気に入らなかったの?」

 おれを見て、少女がそう問い掛けた

 

 そう。おれがやっているのはノア姫が使役できる精霊におれの記憶を再現して貰うもの

 形だけ再現した、攻撃力は本物に全く及ばないルートヴィヒとその使役するスコールとの模擬戦だ

 

 「……おれは、彼を殺した」

 「ええ、そうね。それがどうしたのかしら

 正しいことでしょう?何を悔いているの」

 「正しくなんかない

 どんな理由があっても、どんな相手でも。決して人殺しは肯定されるようなものじゃない」

 

 それは、当たり前の話だ。だから、殺した家畜に命を戴く感謝を抱くし、人を殺せば罰される

 おれは、だというのに……残酷にも彼を殺した

 

 「本当は何とかなったんじゃないか?止められたんじゃないか

 次があった時に、あんな独善的な決着をしない為に、おれはその道を知らなきゃいけない」

 「()めてくれるかしら?

 アナタが彼を殺さなきゃ、ワタシは死んでたの

 ワタシだけじゃなく、あの銀髪の子達もみんな、ね。彼等よりワタシやあの子に死んで欲しかったなんて、そんな間抜けな事を今更言わないで」

 

 静かな瞳がおれを見据える

 それを振りきるように、奥歯を噛んでおれは言葉を絞り出した

 

 「それでもだ。本当に悪に対してやるべき事は、悪を殺して解決と嘯く偽善じゃない

 悪を悪と理解させて、救うこと。それが出来なかった

 やらなきゃいけなかった。皇子として、民の間違った悪行を止めてやらなきゃいけなかった!

 だけど!おれは!そんなの無理だって早々に諦めて!彼等の未来を奪ったんだよ!

 万四路達のように!」

 

 「……馬鹿馬鹿しい

 独善的ね。あんな話を聞かない相手を救うべきだなんて……あれだけワタシの知り合いを、皆を殺した相手なのに

 二度とその事で口を開かないでくれるかしら?不快よ。次に言ったら、魔法でその口、二度ときけなくしてあげる

 

 アナタがあの時やったのは最善手。殺さなきゃいけなかったの

 それが解るまで、ワタシはアナタの為に一切魔法なんて使わないから」

 

 それだけ言うと、ノア姫にしては乱暴に席を立ち、少女は部屋を出ていった

 

 ……仕方ない。おれも、何かしに行くか

 

 「……彼等を、罪もない人々を

 もう殺さず、おれの同類を止めるには……どうすれば良いんだ」

 その声に応えるものは無く、おれの神器は、静かに時を待っていた



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鍛練、或いは依頼

森の中、ノア姫に見捨てられたおれは、一人で相手を夢想する

 

 思い描く敵はルートヴィヒ、シャーフヴォル、そしてユーゴ……から、今回はユーゴ

 刹月花の謎の少年は、あの時でも何とか逃げられなければ捕縛できていたから無しだ

 

 ユーゴと言っても、アガートラームではない。あんなもの、今のおれが夢想しても勝ち目は全く無いから、エクスカリバー持った状態のユーゴだ

 おれが、轟火の剣の力を借りて漸く対抗できた真性異言。一度も死んでおらず、二度殺さなきゃ倒せなくて……一度殺せば本物のユーゴが犠牲になる相手

 

 思い描いた空想のユーゴが剣を構えるのに合わせ、おれも腰溜めに月花迅雷を構える

 あの時と違うのは、おれの手にある神器と、後は奥義の存在

 雪那。あの魂の刃は、彼等に届くのか、彼等を救える一打足り得るのか

 

 それは分からない。ただ、効くと信じて今は鍛練するまでだ

 

 「……一緒に戦ってくれ、俺の罪(月花迅雷)よ」

 一言呟いて、眼を閉じる。更に鮮明に、ユーゴを……もう一本あったと仮定して、更に強くなったと当然の想定をした現在のユーゴ・シュヴァリエの姿を脳裏に浮かべ

 

 「っ!はぁっ!」

 おれは、神威の抜刀術で、空想の闘いの火蓋を切った

 

 

 「……2勝、か」

 8戦。キリの良い一セットを終えて、おれは鞘に刀を納めて息を吐いた

 勝率25%。あの時勝てたのが、どれだけ相手の油断に助けられたのか思い知るような闘いだった

 

 そもそもだ。あの謎の精霊障壁相手に雪那は通るのか?という話があるし、今のおれはまだ、この神器の扱いに慣れきっていない

 その状況で、仮想敵ユーゴは流石に無理があったろうか

 

 とりあえず、原作では最初から……というか、プロローグの登場でぶっぱなしていた月花迅雷の固有奥義、迅雷抜翔断と、ゲームのモーションで使っていた放つ雷を蹴っての三次元機動くらいはマスターしておかないと、次に出会った時に勝負にすらならないな

 アルヴィナも、頼勇も、今此処には居ないんだから

 

 というか、ゲーム通りなら恐らくこの辺りに、あの事件の際に戦ったカラドリウスの影が襲来するんだろうけど、それにすら勝てない可能性がある

 向こうは翼で空を好き勝手飛べるんだ。此方も雷を駆け昇るくらいの空中戦対応は出来ないとどうにもならない

 

 となると、今のおれの靴では月花迅雷の放つ雷に耐えられないので新調しないといけなくて……

 

 なんて考えていると、不意に木の後ろに影が見えた

 おれよりも頭一つ以上小さな影

 

 そう、ゴブリンである

 その姿を確認して、おれはふぅ、と息を吐いた

 

 「お疲れ様です」

 「ギャギャッ!」

 

 ちなみにこのゴブリン氏、ナタリエの夫でこの辺りのゴブリンを取り仕切るゴブリンの長だ

 

 おれも、何だかんだコボルドのナタリエからそこそこゴブリン達の言葉を習っている。といっても、精々日常会話が拙くはあるが出来るって程度ではあるが……

 それでも、あの言葉は分かる

 

 「ナタリエが、おれを?」

 「『そう、妻がだ』」

 と、コボルドやゴブリンに良くある言葉で、小さな緑肌の小鬼は語る

 

 「……分かった。行こうか」

 と、おれはそれに合わせた

 

 当たり前だけど、そもそも別にゴブリンは敵ではない。ファンタジーな小説では敵のことも多いけど、この世界のゴブリンは獣人と同じ、ちょっと困ることも助かることもある小さな隣人だ

 元奴隷のナタリエの家族でもあるしな

 

 そういうことで、おれは先導する小さなゴブリンに合わせた歩幅で歩きだした

 

 そして辿り着いたのは……森の中のゴブリン集落

 狩りで生計を立てている人々の居場所であった

 そう、狩りなんだよな、彼等の生活基盤。別に人々を襲ってとかじゃない。付き合い方さえ間違えなければ、彼等ゴブリンは良い隣人だ

 

 そして今回は……

 

 「ナタリエ」

 公妖語で、おれはかつておれの奴隷であったコボルドの女性に声を掛ける

 それに、女性はゆっくりと振り返った

 

 因みに、奴隷でなくした理由は簡単だ

 おれ自身奴隷制度がニホンの感覚のせいかあまり気に入らないし、あとは単純に金がない。奴隷は犬猫のようなものだが、逆に言えば犬猫のように扶養もほぼ義務だからな。

 今のおれは、プリシラ達3人どころか、さらっとおれに扶養されているノア姫含めて4人も扶養対象が居る。それにナタリエまでとか無理だ無理

 ただでさえおれは給料とか要らないとはいえ、残り3人は給料まで必要だから頭抱えるってのに。ノア姫は……本人が受け取らないから有り難く給料無しで考えている

 本当は払うべきなんだけど、ノア姫に甘えている

 

 そんなのはどうでも良いか

 少しだけ困り顔で、ルークという名前の犬耳のゴブリンに乳をあげている犬顔の女性から少しだけ乳房が見えているから眼を逸らして

 

 ナタリエが仔ゴブリンへの母としての愛を注ぎ終わったところで改めて話しかける

 「ナタリエ。何か用が?」

 その言葉に、こくこくと頷くコボルド。その頭の犬の耳がふるふると震える

 

 「用……どんな用なんだ?」

 

 そうして聞き出した事によると、最近……というか、帰ってきてから、変な魔物を見るという事だった

 場所としては、大体遺跡辺り。不気味な怪物らしく、けれども辺境騎士団はゴブリンの戯れ言だと動いてくれないのだとか

 

 「だから、おれか

 良いよ、調べてくる」

 遺跡周辺の調査はおれもやりたかったところなので、快く引き受ける

 

 この辺りに居るはずなんだよな、ティア

 何たって、原作ゲームでは今ナタリエの腕に抱かれている後のゴブリンの英雄と共に出てくる筈なんだから

 

 それを探したい。龍姫の眷属だろう少女と出会って、分かることがある気がするし、単純に原作で何で気に入られてたのかとかも分からないが、原作では縁があるからこの世界でも縁を作れるに越したことはない

 この世界が幾らゲームじゃないと言っても、初対面で滅茶苦茶嫌われてたりは……しないよな?

 

 「『ギャッ!』」

 と、おれの後ろを着いてくるのは、数匹のゴブリン達であった

 ナタリエの夫より若い、まだまだ子供のゴブリン。生後2~3ヶ月くらいから、生後一年ちょっとまで 

 

 「あまりオススメしないぞ?」

 と、警告はするも、何だか冒険のように、ゴブリン達はおれを囲む

 「分かったよ。そんなに行きたいなら良いよ

 でも自己責任だ。おれが助けれるとは限らないからな?」

 

 その言葉に、ギャッギャと緑色の子供くらいの生物は賑やかに答え、各々武器を取り出した

 

 「じゃあ、忌み子とゴブリン合同調査団の最初で最後の大仕事と行こうか」

 月花迅雷を鞘ごとかかげて、おれはそう宣言した

 

 ……辺境騎士団に報告は……流石に忘れちゃいけないな




全国のエッケハルト、シャーフヴォル、テネーブル(シロノワール)、カラドリウス、ルートヴィヒ、ついでにゼノ君必見の、水美(@minabi_4649)大先生による正式彩色完了版の立ち絵が出来上がりましたので、キャラ紹介の立ち絵を差し替えたりしつつ、此処に公開!
アナちゃん(幼少期)
【挿絵表示】

もう一人の聖女アナスタシア
【挿絵表示】

アルヴィナ
【挿絵表示】


さあ、水美大先生を崇めつつ今作には勿体無いレベルの美少女となった実質二人を誉めるのです……

この可愛くて胸が大きくて身長低い純情な真ん中に皇子さま皇子さまと滅茶苦茶好かれてる奴とか居るらしいっすよ?エッケハルトはどう思う?


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遺跡調査、或いは嵐の前兆

「ギャギャッ!」

 そう周囲のゴブリン達を鼓舞するゴブリンを従えつつ、おれは森の中の遺跡辺りを歩く

 

 遺跡自体の門は固く……それはもう滅茶苦茶に固く閉じられている。というか、そもそも何処が遺跡の門であるのか分からないというのが事実だ

 不可思議な建造物であるが故に遺跡と呼ばれてはいるのだが、その中身は不明。何たって、継ぎ目らしい継ぎ目がないし、窓も扉も何もない

 何処から出入りするのか、そもそもこれは……出入りするようなものなのか

 何一つ分からず、けれども神々の力を感じる人工物であることは確かであることから、此処は遺跡とだけ呼ばれ、この辺境に騎士団が常駐する理由となっている

 いや、国境が近いということもあるにはあるんだが、向こうは別に敵国という訳でもない相手だ。そんな相手との国境線に、誰も居ないし管理もしていないとなるのは流石に可笑しいにしても、それなりの規模の騎士団を常駐させるというのも本来は有り得ない行為だろう

 友好国との国境に騎士団を置くなんて、相手国に侵略する準備、若しくは逆に絶対侵略してくるだろうという相手への意思表示か、そのどちらかだと非難されても仕方の無い行動なのだから

 

 それが許されているのはひとえにこの遺跡の存在が大きい

 魔を封じたとも言われる謎めいた遺跡。それから、伝説の通りに魔の者が出てることを警戒しているからこそ、騎士団が居ても問題視されないのだ

 

 そんなことを思いつつ、おれはそのつるりとした石っぽい建造物の表面を叩く

 返ってくる音は……内部の空洞を示唆するようなものだが、じゃあ入れるかというと無理だ

 

 「『……ゴブリンの皆は、何か知ってるか?』」

 と、ゴブリン達の言葉で聞いてみるも、返ってくるのは当然シラナイ!の大合唱

 当たり前だ。誰も分からないから謎のままの遺跡なのだから

 

 って言っても、原作第二部では開いてるんだよなぁ、此処

 どうやって開いたのか?それが分かったら謎の遺跡なんて言ってない

 

 原作的に言えば、ティアはこの遺跡を護る守護龍一族だと自称しているが外で守護龍一族の話を聞かないところを見るに、この遺跡内部に暮らしているっぽい

 そして原作のおれは何らかの理由で遺跡に入り、ティアと知り合った……筈なんだが、じゃあ入れるか?というと無理

 

 原作のおれ、一体どうやってこの遺跡内部に入ったんだ……教えてくれゼノ

 まあ、おれだし答えは返ってくる筈無いが

 

 「ちょっとごめんな」

 ゴブリン達に謝りつつ、腰のナイフを投擲

 

 カンッ!というよりも、ガキン!という金属質な音と共にナイフは弾かれた

 

 材質、石っぽく見えるんだけどなぁ……

 似たようなものにおれが持っている月花迅雷があるが、金属光沢がないけれども金属らしい

 

 にしても、硬いな

 弾かれた時の感覚的には月花迅雷を振り回してもダメージ無さそうだ。ついでに言えば、魂に作用する技である雪那は実体がない刃であるが故に多分ノーダメージ。魂なんて無さげだし

 

 これで鎧とか造れたら良いのに

 やけに硬い材質を見ながら呟いて

 

 「おっと、今は変な生物調査だよな」

 それがティアの事なら嬉しいんだけど、その可能性は低いよなぁ……なんて、原作で出てくる長い蒼髪を龍の尻尾のように三つ編みにした少女を思い浮かべて、おれは呟く

 あの子は外見可愛い女の子だし、龍化こそ可能だが、その際の姿も翼のある東洋龍って感じの姿で、不気味な化け物なんて呼ばれはしないだろう

 というか、龍姫像にかなり似てる姿をしてた筈。違いとしては、翼が4枚か2枚かと、後は角に……伝えられる大きさも違ったっけ?

 

 ……そういや、今になって思うと、始水が三つ編みにしたらティアそっくりだな、なんて余計なことも思い浮かんで

 それを振り払い、おれは周囲に目を凝らした

 

 うん、分からん!

 それらしい生物の移動跡が見つかればそこから足跡を追えるんだが、何一つない

 森は静かであり、熊っぽい魔物の足跡等は見つかるんだが……あれは土着の魔物だ。見掛けても不気味な化け物なんて表現にはならないだろう

 

 と、おれの耳が羽音を捉えた

 ブンブンという耳障りな音。見上げると、おれの上半身くらいはある大蜂だった

 

 蜂はおれやゴブリンを見付け、急降下してくる

 そう、この蜂は肉食。鉤付の毒針でゴブリンを貫いて無力化しつつ巣へ持ち帰り、持ち前の顎で引きちぎって食う獰猛な魔物

 

 だが

 「(はし)れ、月花迅雷!」

 最後尾のゴブリンを拐うべくおれの射程に入った瞬間、その腹と胴は蒼い一閃によって分かたれた

 

 『ビギィ!?』

 一瞬の混乱。大蜂は、既にない腹を、其処にある針を子ゴブリンへと突き刺そうと空を切り……

 「ごめんな。お前も生きるために必死なのは分かる

 でもおれは、国民を護る存在なんだ」

 オリハルコンの鞘で、飛び立たんとする蜂の頭を強打

 緑の体液を撒き散らして、蜂は地面に落ちた

 

 「ギャギャッ!」

 感心するようなゴブリン達の声

 それを聞きつつ、おれは他に同種の魔物が来ないかを見る

 

 「『大丈夫か?』」

 「ギャンギャッ!」

 ……返ってくる答えは元気なもの

 「『皆が無事なようで良かったよ』」

 

 ……ところでゴブリン達?囲まれると歩きにくいんだが

 ……懐かれたな

 

 そんなことを経て、暫く歩くが……

 特に変わったところはない

 肉食の大蜂と熊の魔物である鎧甲熊がバチバチやりあってるのを見掛けたくらいだ

 

 恐らくは蜂蜜を奪いに来た熊と巣を護ろうとする蜂の戦いなのだろう。周囲の木より明らかにデカイ巣を見つつ、おれはそう結論付けた

 

 が、探しているのはそれじゃない。この遺跡に入る方法と、あとはゴブリン達が不安がっている謎の化け物だ

 そのどちらについても収穫はなさげだが……どうしたものか

 

 見付けることさえ出来れば、仮にも皇子の言葉で少しは騎士団も動かせるとは思うんだが、痕跡すら見当たらないとなるとどうしようもない

 

 にしても、化け物か……魔神を従える力で従わされているかつての魔神だとか、後はAGXだとかでないと良いんだがな

 特に、ティアが向こう側に付いたとかなるとヤバい事になる気がしてならないしな

 

 その瞬間

 風が吹いた

 

 「下がれ!」

 叫びつつ、おれは刀を腰溜めに構え、吹き荒ぶ嵐に向けて抜刀

 

 「っ!はぁっ!」

 おれへと飛び掛かってくる嵐

 しかし、仮にも上級職が神器を振るうのであれば、そうそう負けはない

 

 赤き雷の残光を残した刃が、小さな嵐の中央を縦に両断する

 そして……風を纏っていた不思議生物が、まっぷたつになったその体を地面に横たえた

 

 「ギャウッ!?」

 「これは……ヒポグリフ、か?」

 倒れた化け物を見て、おれはそう呟く

 鳥のような上半身に、馬っぽい下半身。確か名前はヒポグリフ

 

 だが、この辺りには生息しない筈だ。何故こんなところに……

 と思った瞬間

 

 「ギャッ!?」

 両断された筈のヒポグリフの断面から突如伸びた水晶の鉤爪が、恐る恐る近付いていっていたゴブリンの首を狙って襲い掛かる!

 

 「っらぁっ!」

 届かない……なんてのは、普通の武器ならばの話!

 おれは鞘に納めていなかった刃を振り、赤い雷撃を飛ばしてその鉤爪を打ち砕いた

 

 月花迅雷の力だ。雷を飛ばして素で遠距離攻撃が出来る

 だからこそ、ゲームではその便利さから最強神器と呼ばれていた訳だしな

 

 「……魔神族か」

 切り札を砕かれ、あの日見たアルヴィナのように割れて消えていくヒポグリフの残骸を見下ろして、おれはそう呟く

 これは、魔神族の特徴だ

 

 つまり、彼らゴブリンが見たというのは、良く魔神族に生えている水晶で異形に見えたヒポグリフ……つまり、魔神の偵察者だったのだろう

 

 とりあえず、皆が無事かつ、正体があの真性異言ズでなくて良かった

 彼等だったら、勝てるか怪しい上にどう対処すべきか分からないところだった

 

 だが、魔神族ならば恐らく最初からこの兵役の5年の間に遭遇する事は分かりきっていたから

 それがこんなにも早いとは流石に想像していなかったが……まあ、カラドリウスの影が居るのは知っていたしな。封印の解けはじめは原作より前ということも、ガルゲニアの血の惨劇の時期から分かっていたことだし

 

 おれがやることは、カラドリウスを止めること。原作通りの事だけだ。とてつもなく簡単で、分かりやすい

 

 出来れば、アルヴィナの今を知りたい気はあるが……。恐らく、次に会うときは敵だ

 迷いは、無い方がいい

 

 父は帽子を返してやれだとか変なことを言っていたが、記憶を消したということは、そういう事だろう。馴れ合う気は、きっともう無い

 あの帽子は、ぬいぐるみは……おれと仲良くしてくれたアルヴィナの形見のようなもので、おれの左目もそれと同じ。アルヴィナ側に残された、かつて友だったものの残滓

 

 「嵐の魔神

 来るか、アドラー・カラドリウス……」



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山菜、或いは謎の儀式

「持ち帰れるものは……無いな」

 砕け散った魔神族の下っ端だろうヒポグリフの残骸を見下ろして、おれは呟く

 

 相容れるとアルヴィナ相手に言った割に、非道な事をしたとは思う。本気であの時の言葉を貫くならば、斬り殺してはいけなかったのだろう

 

 ……だが、今それを言ってももう遅い

 心の中で一度だけ謝罪して、終わらせる

 

 にしても、倒してしまったら証拠も何も残らないな。魔神族復活の予兆とか言っても、信じられるかどうか

 

 他の皇族ならば文句無く信じて貰えたろうが、所詮おれだからな

 兵役赴任した瞬間の、何だこいつかよという部隊長や騎士団長等の表情は忘れられない

 直後にノア姫を見て態度変えたけど、あれはエルフであるノア姫個人への感想であって、おれに対してじゃないからな

 

 ノア姫がおれにベタ惚れとかだったら、ノア姫に嫌われないようにとおれへの態度も変わったんだろうけど、残念というか妥当というか、ノア姫はノア姫だったからな

 盲目的におれを過大評価するアナよりも、しっかりとおれ個人の力量と醜さを見て批判的な分ニコレットのように相手しやすい

 

 ああ、そうだ。ニコレットへ兵役の話とか手紙にして送るのを忘れていたな。書かなきゃまたボロクソ言われる

 仮にも婚約者である自分をまた蔑ろにした、と

 

 それは正論だし、此方から歩み寄らなきゃいけない事。彼女はおれに対して、何を求めているかをとても簡潔に言ってくれているのだから

 

 でも、おれにはそれは無理で。誰かを大事にするなんて、護り抜くなんて、こんなおれに出来る筈もない。誰かの人生を背負うなんて無理だ

 ……おれ自身の人生、そして第七皇子ゼノとしての生すらも背負いきれていないというのに

 

 そんなことを考えつつ、一旦置いていった大蜂の死骸を月花迅雷でバラしてゴブリン達と持ち帰る

 羽はあまり透明度が高くなくそう値は付かないが、この大蜂の腹の針はそこそこの値段で買い取って貰える事もある

 魔法を使わない漁の際、大物に突き刺す銛なんかに使われたりしているのだ

 

 ついでに、毒は……死骸から取り出すと劣化が早いから流石に換金出来る時まで持たないだろうな

 保存魔法さえ使えれば針よりは安いが売れたんだけど

 

 「ナタリエ」

 ゴブリン達の集落に帰ると、コボルドの女性等に出迎えられた

 

 「『リーダー、やはりというか、魔神族だった』」

 妻のナタリエとは異なり、ゴブリンの長は残念ながら人間達の公用語を話せない。だからおれがナタリエから習っているゴブリン達の言葉を使い、語る

 

 「ギャッ?」

 そんな緑肌の小鬼に、口々に語るついてきたゴブリン達

 

 風だ鳥だ馬だ色々だ

 「『恐らく、神話の……』」

 と、いうところでゴブリンの長は首を横に振った

 

 どうやら、ゴブリン達には神話が分からないらしい

 その割には、集落には猿像が目立つ所に掲げられているし、猿侯信仰の様子はある

 神の存在はその祈ることで実際に起きる利益から信じていても、神話自体には興味はないとかそういう事だろうか

 

 と、ナタリエがなにかを教えていた

 彼女はコボルドの中でも数年人間の中で生きてきただけあって、神話とかそういった方への理解がこの中では特に深い

 

 おれは暫く、ナタリエに任せることにした

 

 「ギャギャッ!」

 そうして、ゴブリン達が……とりあえず、信仰すればちょっぴり助けてくれる偉い謎の存在に対する悪い奴、程度の認識を魔神族に対して持ったらしいところで

 「『……そんな悪い奴等が動き出してる』」

 と、おれは締めくくった

 

 緑肌の中に爛々と輝く黄色の瞳がおれを見る

 不安げなナタリエと、その夫を安心させるように、おれは刃を抜かず、オリハルコン製の狼の頭を軽く叩いて、赤雷……は危険なので何でか割と思った通りに制御できる雷の力で、青白い雷撃を空に向けて放つ

 「『大丈夫だ。そんな化け物が例え姿を見せる兆候があっても

 おれが、民を護る』」

 

 ……ところでゴブリン達?

 火のついた松明を持っておれの周りをぐるぐるしないでくれないか?流石にそれは怪しい変な儀式にしか見えないから

 

 

 そうして、ゴブリン達が使いたがっていたので結局蜂の針含めて全部の素材を置いてきて、おれは騎士団の砦に戻る

 

 プリシラは金がないおれには近付いてこず、レオンは……おれより待遇良いので居ない。新人兵士と共に訓練だったか

 

 お前は皇子だから強くなるのにも苦労がなくて良いよなと少し嫌みを言われたが、それは良いか

 実際、他人に比べて何倍も恵まれているのは確かなんだから

 

 そんなこんなで、出迎えてくれる相手は居なくて

 おれはどうするかなぁ、この山盛りの山菜、と思っていた

 

 そう、山菜。山じゃなく森で取れたものだから"山"菜というのは語弊があるかもしれないが、ゴブリン秘伝の味付けらしい味付けの煮られた茎植物の山は、おれの語彙では山菜としか言いようがない

 

 味も……って、おれ前世で山菜なんて食べたこと無いんで比べられないけど、独特の苦味?というかクセのある味は多分好きな人は好きだろう

 おれは……舌が子供なんでそこまで美味しいとは思えないけど

 

 そんなことを思いつつ、山菜の山を見ていると……

 

 不意に、影がさした

 見上げると、深い青色の髪のイケメン騎士の姿

 「……団長」

 ぽつりと、おれは言う

 

 そう、団長。彼こそ、この辺境で騎士団の長を務めている者だ。確か名前は……ゴルド・ランディア。地位は子爵……じゃなくて、子爵の第三子で本人は準男爵

 そして、レオンの母の兄の息子、つまりレオンの従兄である

 

 「ゴルド団長、何か御用でしょうか」

 一応地位としてはおれが上。但し実際は彼の方が数段この場では偉い

 だからへりくだるように、けれども皇族の常として国賓クラスでなければ基本的に頭は下げず、相手の目を見て、おれは言葉を紡いだ

 

 この世界では、立場が下の者は基本的には相手の眼を見ることこそが無礼。だが、しっかりとその風の力の片鱗を見せる翠っぽい眼を見返す

 

 「……忌み子皇子。何を持っているのだ?」

 と、見下ろす団長が怪訝そうに問い掛けてきた。横にはレオンとプリシラも

 

 「……ゴブリン族よりの貢ぎ物を、どうすべきかと」

 「……なんだそいつは」

 「ゴブリン達の食べる……(さい)、でしょうか

 独特の味ではありますが」

 

 と、怪訝そうな目はそのままに、団長は山菜のひとつを摘まむ。けれども、毒を警戒しているのか口にはしない

 

 「……食べられるものか?」

 「おれは口にしましたが」

 「それは信用出来る理由じゃない」

 と、レオンが怒りを顕に告げた

 

 おれはその言葉に確かにと頷く

 実際問題、庭園会でおれが食べそうなものに毒を仕込んだ事件で、実際に死にかけたのはレオンだったからな

 おれは毒に強いから吐き気のするような口に合わなさと思っていたが、横で食べたレオンは実際に血を吐き倒れ、数日意識不明に陥った

 それくらい、おれとレオン……というか、皇族と普通の人間には毒の効きって違うのだ

 

 おれがあんまり好みじゃないな……してるこれも、普通の人間には毒かもしれない

 

 実際、あれ以来プリシラはおれに近付かなくなったしな

 レオンが食べる前に違和感から止められた筈の毒をみすみす……って事で、もともと距離があったのが、完全に嫌われた

 

 「……まあ良い。出せ」

 「……どうぞ」

 と、山菜の山は回収された

 

 ……まあ良いか。プリシラ等の給料払えないから買い取ってくれたら嬉しかったんだがな……

 

 仕方ない。金は余ってるアイリスから借りて払うしかないか

 おれより金持ちとはいえ妹に集るとか中々に最低だなおれ!?

 

 そんな事を考え、手紙を出すべく書面とにらめっこを始めたおれを、かなり冷ややかにゴルド準男爵は眺めていた

 

 因みにだが、回収された山菜はうどん……というかすいとん?のようなもちっとした塊の入ったスープの具材として夜の食事に出てきた



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決闘、或いは約束

そうして、二週間

 

 暫く周囲をコボルドやゴブリンと共に探ってはみたものの……特に収穫はない

 あのヒポグリフが偵察であれば次のが出てくるかとは思ったのだが、そんな気配は微塵も感じず。ただ、時だけが過ぎていく

 

 ヒポグリフが倒された事で警戒をしているのか、それとも……アレは何らかの理由ではぐれただけで、カラドリウスとの戦いなんて本当は無いのか

 それすらも判別がつかない

 

 そんな事を考えつつ、今日も今日とて月花迅雷を振って感覚を研ぎ澄ましたり、遺跡の周囲を散策する日を過ごす

 

 もしかしたら……と、一人思う

 アルヴィナのことを覚えているのは父とおれだけで。ノア姫に相談しても誰よそれと返されるのがオチで、アナやアステールとはもう縁を切るべきだから今更言葉は交わせない

 だから、一人で思うしかなくて

 

 一人の思考の堂々巡りの中、一つの仮説を立てる

 "暴嵐"の四天王アドラー・カラドリウスは、魔神王テネーブルの友人であり、そしてスコール・ニクスに憧れを抱いていた魔神だ

 ならば、だ。友人の妹で、憧れの狼の……娘?いや孫娘か?であるだろうアルヴィナへも何らかの特別な想いを抱いていても可笑しくはないだろう

 そのアルヴィナへの感情が、アルヴィナに関係するおれへの怒りや怨みに繋がり、原作ゲームでは初対面のおれを執拗に狙ってくる。そんな仮説

 

 いや、なら何でティアも優先的に狙うのかとか、そもそも原作ゲームでは魔神王の妹とおれの間に何もないだろうとか、幾つかの矛盾点が産まれてしまうから無いか

 

 「……ふぅ

 まだまだ駄目だな……」

 と、おれは刃を鞘に戻して一息吐く

 月花迅雷は長く持っていると自分の罪に押し潰されそうで。ついでに火力が高すぎるため今は使わず、予備の刀を振っている

 

 そして、置いてある師匠からの巻物を一つ確認する。

 内容は雪那の上位技、雪那月華閃の指南書である。四天王の影、そしてルートヴィヒ等。魂への刃が効くかもしれない相手に対し単純火力の奥義である迅雷抜翔断よりも恐らく役立つだろう

 故に、その奥義の修得に勤しんでいるのだが……

 

 やはりというか、これが中々上手く行かない

 基礎は分かっていたとして、それでたった2週間で覚えられるなら奥義スキルなんて誰でも使えるわな

 

 と、不意に視線を感じておれは書面から顔を上げた

 

 「ん?ノア姫……ではなく、ゴルド団長」

 おれを見下ろすのは、この騎士団の最高権力者であった

 

 「団長。何か御用でしょうか」

 「忌み子皇子

 我が従弟等への態度を聞かせて貰った」

 「レオン達へですか?最低限の対応は忘れていないとは思うのですが」

 給与もアイリスから借りて払うようにしたしな

 

 妹のあまり変わらない表情に大きな呆れが浮かぶのが目に見えるようだが、それでもきっと貸してくれるだろう

 

 衣食住が騎士団から出る為別枠、三人合わせて税金免除の月40ディンギル。大体大貴族に仕える執事等の月給が平均すると80ディンギルとか言われてるから、おれ個人の筆頭執事一家+乳母兄に払う額としてはかなり低いんだが……

 というか、本来なら合わせて250とかなんだけど、税金免除とか衣食住が騎士団持ちとかあるから許してくれ

 

 ……そもそも、プリシラがおれ付きのメイドとしての仕事を最後に果たしたの何時だろう……って話にもなるしな!

 いや本気で。あいつここ数年おれが初等部で暮らしてたこともあっておれのベッドを勝手に引き取ってそこで寝てたとか、珍しく部屋に帰ったら劇を見に行ってたとかそんなんばっかだな……

 主人が帰ってくるタイミングで何時もバカンスへ行っている、主人がほぼ帰らないから主人のものを私物化してるメイドとはこれ如何に。何なら元・おれのベッドの掛布団とかプリシラの私物としてこの辺境に持ち込まれてるし

 

 まあ良いか

 メイドに舐められるのも、執事や乳母兄がそれを止めないのも、おれが情けない忌み子だからだろう。認めさせられないおれが悪い

 でも給与は下げさせて貰うぞプリシラ。おれも金がないから

 

 「給与も出すし、特に命令も何も無し

 それに問題があるのでしょうか、ゴルド団長」

 「大有りだ!」

 

 そんな叫びに、おれは首をかしげる

 いや、あそこはおれとプリシラ達の契約関係な訳で、端から安すぎるとか口を出されても困るんだが……

 

 「可愛い従弟とその親しい一家を、差別しているようじゃないか」

 冷たい瞳がおれを見下ろす

 「おれに差別している気はありません、団長」

 「どの口が」

 

 と、伸ばされる手

 大の大人がおれの手の中の書物に伸ばすそれを、おれは後ろ手に巻物を隠すことで避けて、相手を見上げる

 

 「……ゴルド団長」

 「例えば、それだ。同じ時に入門したという弟子でありながら、忌み子なお前だけが妙に優遇されているそうじゃないか」

 

 「師匠はそもそも父がおれに付けてくれた刀の師。レオンはおまけみたいなものなので」

 「……それでも、差が酷いと聞いた

 忌み子皇子よ。一人だけ修業に付き合って貰ったりしているそうではないか」

 ……いや、天空山の時にアステールと頼勇を誘っておいてレオンを無視したのは不味かったかなーとは思ってたんだ

 

 レオンのステータスは原作の初期値から考えて天空山に行くには危険な気もしたから結局頼勇にしたけどさ

 アステール?もっと危険だけど彼女には景色という付いてきて貰うだけの理由があった

 

 「確かにそうですが、おれは仮にも皇子です。多少の優遇は地位の差として認めてくれませんか?」

 その言葉に、はっ!と騎士団の長はバカにしたような声をあげた

 

 「鏡を見てから言ってくれないか?

 その顔で?醜い隻眼が?皇子?

 

 馬鹿馬鹿しい。血筋は皇族かもしれないが、そんな傷痕持ちが皇子を名乗るとは」

 

 まあ、その通りかとおれも頷く

 

 基本的に高位貴族って傷一つ無い人だらけだからな。それが地位の象徴みたいなものだし

 傷だらけの指揮官ってニホンの感覚だとそんな違和感がないけれど、この世界では自分の傷すら治せない貧乏野郎って形であまり歓迎されない

 

 だから、まあ、分からないでもない

 

 「……おれは忌み子なので。理解していただくしか」

 「……そもそも、片目を喪うような者が、本当に民の剣と嘯けるような実力があるのか、怪しいものだ」

 「……ならば、戦いますか?」

 「ほう」

 と、ゴルド団長の唇がつり上がる

 

 「忌み子皇子。面白いことを言う

 10歳だったか?そんなガキが、騎士団長に勝てると?」

 「勝てる、と思いますが?」

 少なくとも、ステータス面では魔法関連以外は同等くらいはある……だろう

 

 辺境を任されてる騎士団長とはいえ、爵位は準男爵

 つまりは一代貴族だ。功績や実力で正式な子孫に受け継がれるだけの爵位を貰っている訳ではない

 

 そのレベルならば、騎士団長といえ、勝てない道理は無い

 というか、おれが月花迅雷込みで勝てないと思える騎士団長は、皇+七天の名を冠した7つの騎士団の長ぐらい。特に、勝ち目がないと思えるのは皇狼騎士団長のルディウス殿下……つまりおれの兄である第四皇子だけだ

 

 その7人以外の騎士団長ならば、正直な話1vs1なら勝てる

 

 新設のあそこ?竪神頼勇+LI-OHの時点で厳しく、LIO-HX相手だと勝ち目はほぼ無いが、頼勇は副団長であって団長じゃないからな

 いや、それも辞めたんだっけ?ガイストが騎士団に入ってくれる事になったので、流石に公爵家に相応の地位を渡してその下に行くべきだとかとかで

 

 「……言うな、忌み子皇子」

 「言いますよ、おれも皇族の一員ですから」

 

 その言葉に、青年騎士団長は、ニヤリと頷いた

 

 「では、決闘だ、忌み子皇子」

 「日時は?」

 「明日、龍の刻の始めに、この場で」

 「了解しました、ゴルド団長」

 そう頷きながら、おれは……

 

 やけに積極的に決闘しにくるなーなんて思っていた



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蜂蜜、或いは決闘前夜

「へぇ、アナタにしては好戦的ね」

 と、ゴブリン集落へ向かう道すがら、何故かおれの横を歩くノア姫がぽつりとそう漏らした

 

 「……ノア姫?」

 「アナタが自分から決闘なんて言い出すのに驚いただけよ。言われるに任せると思っていたの

 どんな心境の変化を見せたのか、気になっても不思議じゃないでしょう?」

 

 それに……と、少女(90歳越え)はおれを追い抜いて振り返った

 その綺麗な紅の眼がおれを見据える

 「どうして、この夜にアナタは出歩いているのかしら?」

 

 「ああ、それ?

 出歩いている理由なんて簡単だよ。決闘まで、騎士団の飯を食べるわけにはいかないから」

 「敵に情けをかけられている事になるとでも言うのかしら?」

 その言葉におれは違うよ、と首を横に振った

 

 「日時が決まってるってことは、行かなければ不戦敗

 流石に今回負けるわけにはいかないからさ、麻痺毒なり神経毒なり盛られかねないものは食べられない」

 「物騒な話ね」

 「皇族っていうのは、基本的に理不尽を跳ね返す事で皆に認められるものだからね」

 だから皇族相手なら魔法をぶちこんでも処罰なかったりするし、とおれは蛮族みたいな暗黙のルールに苦笑した

 

 因にだが、罰せられないのは皇族相手だけだ。例え自分の爵位が上でも、皇族でない貴族に向けて攻撃したら問題視される

 それだけ、皇族は対処できて当然と思われてるし、歴史のなかでそう思わせてきたんだよな

 

 だから、こうして忌み子で出来損ないのおれは舐められる

 

 「……野蛮ね」

 「そうかも

 けれど、彼等なら必ず何があろうと護ってくれる。皆がそう思うから、クーデターだの革命だのも無く数百年の帝国を築けたって話だから、さ」

 

 一息吐いて、おれは続ける

 「……だからだよ、ノア姫

 おれは所詮単なる穢れた人殺し。何も立派じゃないけれど。だからさ、普段はどんな扱いでも良い

 

 それでも、あそこまで舐めきられていたら、本当に魔神族が襲来したとしても、どんな危険な状況になっても、騎士団の誰もおれの言葉を聞いてくれない

 それじゃあ、おれは誰も護れない。そんな現状じゃ駄目なんだ」

 

 「……だから、決闘というのかしら?

 不器用ね。もっとマシなやり方を考えた方が良いわよ?」

 「……おれ、頭は良くないから。変に奇策なんて考えても、愚策になるだけ

 皇族は武断の血族。力をもって示すのが、やっぱり一番人々に知らしめやすいよ」

 

 「……それに、事が起こると信じているのね」

 「当然。きっと来る

 おれが殺してしまったルートヴィヒ達とおれ達をぶつけ、漁夫の利を得ようとしたあの四天王は、影の体で未だ世界の何処かに潜伏している筈だ」

 

 アルヴィナだって数年おれの付近をうろうろ出来た訳だ。数年は影が活動できるだろう

 忽然と姿を見せなくなった彼の唯一の手掛かりが、あのヒポグリフ。必ず奴は来る

 

 その時に、いざというときの指揮権の欠片すらおれが持っていないのは厳しい

 

 「……そうね。ええ、今の人間世界は、とっても(にお)うもの

 だから、ワタシが手伝ってあげるわ。アナタとの約束を果たすためにね」

 「有り難う。頼りにしてるよ、ノア姫」

 

 その言葉に、エルフの姫は珍しく柔らかに笑った

 「……ええ。そういう態度で良いの

 当然だと思われても困るこれど、施しも嫌なもの。少しバランスが取れてきたじゃない」

 口元に手を当てて、くすりと上品に少女は笑う

 その自前で用意するのが基本故に質素なスカートが小さく揺れた

 

 「ええ、アナタなりの譲れない一線を護るための決闘というのは分かったわ。その為に、出来ることをしているというのもね

 けれど、だからといってワタシはゴブリンから施される気にはなれないの」

 

 言って、木漏れ日こそ入るものの全体的には開けた街より暗い森の中で過ごす事が多いが故に暗闇に強い眼を持つ長耳の姫は、周囲の森を見回した

 

 「家族からならばまだしも、小鬼は違うもの

 本来ワタシの食事になる筈の何かを採っていって良いわよね?」

 それは、エルフのプライドの問題

 そういえば、ウィズも天空山で出会った時は、何も用意せず一緒に食べる事に居心地悪そうだったな、なんてことを思い出しつつ、おれは頷いた

 

 此方に合わせて本来の自然と共に生きるが故の自給自足の原則をある程度和らげて対応してくれるだけ、彼女は優しいのだろう

 

 ふとそんなことを考えつつ、おれは自分も何か持っていくかな……と森に目線を向けた

 

 「そういえばノア姫は、ゴブリン達に嫌悪感とか無いんだな」

 小鬼臭いと露骨に顔を歪めたプリシラ等を思い出して、ふとおれは言った

 

 「あら、意外かしら?」

 耳をぴくりと跳ねさせて、少女エルフは呟いた

 「確かに、緑肌で尖った長耳、エルフを醜くしたような外見の生物よね、ゴブリン

 けれど、アナタ方元侵略者(魔神族)と違って、彼等はこの世界に普通に生きる生物なの。ちょっと向こう見ずで考え無しで馬鹿が多いけど、愉快な隣人よ

 下手に此方に被害を出さないなら嫌う必要も無いわ。魔法が与えられたからと偉ぶっている人間とは違ってね」

 「そんなものか」

 「ええ、だから別に、ゴブリンとアナタが仲良くしてるのは気にしないわよ

 ……騎士団の彼等は気にしてるようだけれどもね。全く馬鹿馬鹿しい」

 

 見つけた大蜂の巣に向けて魔法で火を放ち、殺さない程度に炙って蜂を追い出しながら、エルフは呟く

 「確かに、馬鹿馬鹿しいよな

 獣人だろうが何だろうが国民なのに、変に差別してさ」

 

 「はい、これで良さげな蜜を持っていくわ

 ゴブリンって、甘いもの食べるわよね?」

 「多分。嫌いって話は聞かないし」

 「そう。なら良かったわ」

 

 そうしてゴブリン集落に向かう中、ふとおれは思い出して、腰の神器を鞘ごとノア姫に差し出した

 

 「ノア姫

 すまないけれど、預かってくれないだろうか」

 「いきなりね。どうしてかしら?

 明日決闘なのでしょう?預かる理由なんて何処にも無いと思うのだけれど」

 

 その言葉におれは違うよ、と返す

 「決闘だから、預かって欲しいんだ

 おれがこいつに頼らないように。おれの罪にみっともなくすがらないように」

 「訳が分からないわ。それはアナタに託された想いよ。どうして使わないの」

 「使ったら勝てる。勝てないはずがない

 ……だから、使っちゃいけないんだ」

 

 そのおれの目を、おれより背の低い少女は不思議そうに見上げる

 「勝てるなら良いでしょう?」

 「駄目だ。神器を使って勝っても、それは月花迅雷が強いだけ

 おれの扱いは変わらない。それじゃあいけないんだ。おれ自身が勝たなきゃいけない」

 「……神器と所有者は、本来切っても意味のない関係だと思うのだけれども

 ……そのカタナ?は違うのだったわね。なら仕方ないわ。預かってあげる

 預かるだけよ、返すからその事を忘れないでくれる?」

 「……大丈夫だよ、ノア姫

 おれは、この罪を背負って戦い続ける。そう誓ったから

 逃げはしないよ」



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抗議、或いは宣誓

「……夜も朝も居ないから逃げたと思っていたぞ、忌み子皇子」

 「逃げないために、そうしていただけです、ゴルド団長」

 

 そうして、翌日、龍の刻の始め。二つの太陽がほぼ重なる正午

 おれは、此方を見下ろす青年の前に立ち、訓練場である中庭で騎士団の騎士達……というか兵士達に囲まれていた

 

 ちなみに、騎士と兵士の差は爵位。騎士は元々爵位があるか、或いは騎士として与えられたかどちらかの貴族であり、兵士は違う

 

 例えば、ゴルド団長はランディア子爵家の出だが子爵位は持たない。だが、本人は騎士として準男爵の位を持つから騎士

 レオンも実はおれの乳母兄としてランディア子爵は継がないが準男爵の地位を持つので理論上は騎士。おれは皇族なので騎士という訳だ

 

 騎士団と言っても、所属するのは騎士ばかりではないんだよな。皇龍騎士団や皇狼騎士団とかレベルまで行くと騎士だらけなんだけど、兵は置いておきたい、くらいの辺境の騎士団ともなれば団長副団長くらいまでしか騎士じゃなかったりする

 

 頼勇?エルフ達との友好等への多大なる貢献を加味してとかアイリス名義でおれが適当言ってた結果タテガミ準男爵になったから騎士だ

 

 「……刀はどうした」

 おれの腰に差されたのが銀色の鞘に収まった狼頭の柄を持つ神器ではない事を目敏く見付け、騎士団長は不満げに鼻を鳴らす

 

 「これはおれと貴方の決闘。おれにとっては、忌み子でも皇子、あまり蔑ろにしないで貰おうという意志を押し通す為のものです

 月花迅雷を抜けば、それは果たせない。例えどれだけ貴方を圧倒しても、それはあの刀の力によるものというケチが付く」

 「……舐められてるな」

 

 「あんまりゴルド兄を舐めるなよゼノ」

 と、レオン

 その横にはいつも通りのプリシラも立っていて

 その姿を見て、可笑しそうにノア姫が笑う

 

 「……ノア姫?」

 「あれアナタのメイドじゃなくて、そこの剣士のメイドだったのね

 アナタからは自分付きと聞いていたのだけれど」

 

 いや何言ってるんだろうなこのエルフの姫

 「いや、プリシラは家のメイドだよ」

 「……そう。言いたいことはあるけれど、後で言うわ

 今はアナタを邪魔する気にはなれないもの」

 一度だけレオンとプリシラの幼馴染二人を馬鹿にするように見、エルフの姫はおれが預けた神器を使わないそうよと鞘のままこれみよがしに周囲に見せ付ける

 

 そして一人踵を返すとあらかじめ用意しておいたクッション重ねて一段高くした椅子に腰かけた

 兵士達が各々座って観戦した時に、ニホンの感覚で12~3頃の少女(今のアナくらい)姿のエルフが、問題なく後方の席から見れるような形だ

 用意はおれとノア姫

 

 「……あの刀は業物だ」

 「エルヴィス兄上に託された新・哮雷の剣を鍛造するにあたって試作された疑似神器ですからね」

 と、おれは事実とは逆のカバーストーリーを語る

 父から、お前なら多分心配ないが此方が本物だとそうそう語るなよ?と口止めされ、それっぽい話を作ってあるのだ

 

 「それを使わず勝つと?随分と強気だ」

 「おれは、皇族ですからね」

 それで十分、とおれは普通の刀の柄を叩いてそう告げた

 

 今回使うのは業物でも何でもない。月花迅雷がある以上、今のおれに最早業物の刀なんて要らない

 だからこその、あの神器を抜くべきではない鍛練の際等に使う安物だ

 新米職人が練習で鍛えたという一振。後の巨匠……となるかは兎も角、出来はまだまだ悪い

 

 「そもそもだ。あの刀を貴様が持つ必然性があるのか?」

 と、対峙した青年騎士団長はおれに問い掛けてきた

 

 「家のレオンも刀の使い手だ。レオンが持っているべきだと思うことは無いのか?」

 「……確かに」

 と、おれは一つ頷く

 

 「おれが持っているよりも、レオンが持っていた方が役立つ場面はそれなりにあるでしょう。総合的には、そちらの方が戦力は上になると思います」

 「なら渡せば?」 

 と、プリシラ

 

 「だが!

 月花迅雷の無いおれの強さは貴方より少し上。貴方が勝てない何かが出てきた時、その場合おれも勝てません」

 

 一息置いて、おれは続ける

 「おれは皇子だ。おれは、民を護る最強の剣であり盾でなければならない

 予言の如く魔神が復活したりといった災厄が起きた時、もしもレオンに渡していたら。おれは皇族の使命を果たせない」

 「その時返せば問題ないだろ?」

 厄介そうにレオンは言う

 

 実際その通りではあるんだが……

 

 「何時起きるかも分からない。返される保証もない。いや、違うか

 返そうと思っても、近くに居るとは限らない」

 レオンは押し黙る

 

 「だから、渡せません。普段は明らかにおれが持って過剰戦力にするよりもレオンの手元にあるべきであっても

 本当に必要な時に、おれが振るえるように」

 「……ならば」

 

 と、団長は呟く

 「この決闘。そのゲッカジンライを賭けろ

 大きく出た以上、負ける奴には必要あるまい」

 

 一つ、おれは頷く

 「分かりました、ゴルド団長

 互いに対等な条件で最強の剣たれないならば、おれが語る論理は破綻していますから」

 ノア姫に睨まれて、おれは続ける

 

 「但し、おれが勝ったなら、その時は……

 レオン達の給与を、貴殿方が接収しているおれの皇族としての資金から出せるように

 忌み子特例として停止している皇族としての権利を復活させて貰います」

 

 「……言うじゃないか」

 「流石に、毎月アイリスから借りる訳にもいかないので」

 

 「……アイリス殿下に間違いを突き付けよう」

 おれに向けて槍の尖端を向けて、騎士団長は叫ぶ

 

 さてはアイリスから抗議のお手紙辺りを貰ったな?

 だから、これ幸いとおれの挑発に乗ったのか

 

 忌み子の扱いは正しい、と。幾ら皇族だろうが所詮は忌み子として、下手におれに従わされることのないように

 

 それを咎める気はない。普通ならそれでも良い

 けれど、そうではいけない理由が此処にある。だから、咎めさせて貰う

 

 「……我、帝国第七皇子ゼノ」

 「我、帝国境槍騎士団団長、ゴルド・ランディア準男爵」

 

 唱えるのは決闘の作法

 互いに武器を合わせて、呟く

 

 「我が罪を背負う蒼き雷刃の名にかけて」

 「兄としての誇りにかけて」

 

 「我が妹アイリスの名の元に」

 「我が敬愛するルディウス殿下の名の元に」

 

 「皇子たる由縁を顕す事を」

 「我が家族への愚弄者を裁くことを」

 

 「父シグルドと我が罪、そして見守る天ティアミシュタル=アラスティルに誓う!」

 「雷纏う王狼に誓約する!」

 響く団長の言葉に、魔名は無く

 

 決闘は此処に開始した





【挿絵表示】

兄さん。そろそろ……また、会えますね


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決闘、或いは電光石火

決闘の開始と同時、突きこまれる槍をバックステップで大きく距離を取ることで回避

 

 息を吐いて刀を鞘に納め、おれは相手を見る

 「いきなり降伏か、忌み子皇子」

 と、挑発的に槍を大きく振り、青年騎士団長はそんなことを言った

 

 勿論、そんな訳はない

 「おれはレオンと同じ流派。一撃で戦いの流れを掴みきる……抜刀術の使い手

 刀を抜いたままの方が無礼なだけです、ゴルド団長」

 

 刀というものは本来は案外脆いものだ。月花迅雷は兎も角、今の刀は下手に使えば即座に折れる

 相手のステータスを測るために打ち合わせるなどもっての他だろう

 

 さて、どうするか……

 そう思いながら、おれは年の離れたレオンの従兄を見る

 鑑定眼とかそういった便利なもの……というか、敵のステータスが普通に分かるゲーム的な性質があれば良かったんだけど、残念ながらおれには無い

 だが、分かることはある

 

 騎士団長の条件は上級職レベル5以上。人を越えた超人に達した器を持ち、更にそこからマナを取り込みレベルを上げ、一つ以上の奥義スキルを持つものだけが、騎士団の長として認められる

 そこから、最低限これくらいは強いという範囲は見て分かるのだ

 

 「逃げるだけか?」

 「攻め手は基本一撃。無闇に振るわないのが、おれなので」

 横凪に振るわれる槍をやはり飛び下がって避けながら、おれは言う

 

 何かブーイングが飛んできた

 真面目にやれとか、兵士ががやがやとやっている

 「はっ!逃げ腰とは、傷だらけの忌み子らしい

 その眼の傷も逃げ傷か?」

 「……そうだよ」

 

 「ならばよぉっ!」

 大振りに振るわれる槍。大上段から振り下ろされる、しなる一撃

 「そこだぁっ!」

 抜刀一閃。狙いは違わず

 見極めやすく、一拍の隙があり、軌道を変えにくいソレを受けて、おれは刃を振るい……案外軽い感触と共に槍の穂先を撥ね飛ばした

 

 「っらぁっ!」

 そのまま、身体能力にものを言わせたオーバーヘッド。おれへと叩き付ける力のベクトルを大きくズラされて空へと回転して舞い上がる槍先を蹴る

 流星のごとく落ちた槍先は、青年の横の地面に埋め込まれて止まった

 

 ……やっぱり蹴り慣れてないと当たらないな!

 

 「……くっ!」

 「まだ続けるよな、団長?」

 刀を鞘に納め、おれはそう呟く

 訓練用の槍は斬り飛ばしたが、それで終わるようなら決闘なんて乗ってこないだろう

 

 果たして……

 

 「鎧装!」

 青年の叫びと共に、ダークグリーンを基調とした騎士服の周囲に、輝く魔力の鎧が現れ……即座に装着された

 

 成程、魔鎧騎士だったか、とおれは一人思う

 

 魔鎧騎士。上級職の一つだ。エッケハルトとかがなれる職で、特徴としてはMPを継続的に消費する代わりに全体的にステータスが上がる鎧を身に纏う【鎧装】の奥義を持つこと

 ゲーム的に言えば、MPを使うが全ステータスが自身の【魔力】の2割上昇する奥義が使える訳だな

 ステータス1.2倍とか、SRPGではバカみたいに強いに決まってる。まあ、魔鎧騎士自体は【魔力】が魔法職に比べたら成長率悪くてそこまでは強くはないんだが

 

 「【鎧槍】の力を見せてやるよ、忌み子

 流石に仮にも皇子。訓練用の槍は礼儀に欠けていたようだからな!」

 輝く鎧はエメラルドのような光を放つ

 魔鎧騎士の鎧は当人の魔力が形になったもの。消費MPはバカにならないというか、確か発動に20で維持が毎ターン10……だけどそこは良いか

 当人の魔力が鎧になっている以上、髪や瞳のように魔力属性が透けて見えるのだ

 

 エメラルドのようなグリーンということは、レオンと同じ風属性

 月花迅雷があれば相性は良い方なんだが……無い場合はちょっと相性悪いな

 

 「此方も、舐めすぎていたようだ!」

 一拍ズラしての踏み込み

 なまくらでも真剣だ。騎士服の青年に向けて振ることには躊躇があったが、鎧装出来ているならば、気にすることはない!

 

 おれの出せる全力で青年の横を駆け抜けて、鞘走らせる勢いのまま回転するように横凪に背後を斬り払う

 相手は雑魚ではない。だが、おれより格上でもない。だからこその師から習った不意を突く小手先の技だ

 

 「っ!てめっ!」

 ガギン、と鈍い音。魔力が硬質化した鎧と同じ色の槍が、ギリギリで振るわれる刃を受け止めていた

 

 「っ!らあっ!」

 だが、流石におれとて斬れるとは思っていない。受けるために相手は両足で踏ん張るが、おれは無理矢理右足だけを軸に回転している

 

 ならば、足ががら空き!

 そのまま左足での追撃足払い。

 

 「足癖が悪い!」

 が、それを中断し、おれは軌道を変えて地面を蹴って距離を取る

 今の今までおれが居た場所に、青年騎士団長の鎧の背にある棘から分離した小型の槍が突き刺さった

 

 魔鎧の機能の一つだ。自動迎撃

 鎧によっては持ってない事もあるが、流石は騎士団長といったところ

 

 「避けたか」

 「当たれば痛いからな!」

 さて、と距離を取り、思う

 

 正直な話、魔鎧騎士は強いが……消費MP的に長期戦は難しく、ついでに魔法も使いにくい。何たって、魔力を自分が纏っているから暴発しやすいのだ

 ゲーム的には危険だからと【鎧装】中は使えなくなってたっけか

 

 なら、時間切れまでこうして戯れるのもそれで勝てはする手だ

 だが、それで良いのか?

 

 良いわけがない。

 

 「此方から行かせて貰うぞ、皇子!」

 鎧の属性は風。風を纏い、青年が槍を構えて突貫する

 

 だが

 「……雪那」

 魂の刃は、その全てを無視する。どんな鎧も、おれのようなステータスによる異様な頑健さも、あらゆるものが効かぬ朧の一刀

 

 「あぐっがぁっ!」

 心臓を貫かれたような錯覚が、彼には走ったろう

 おれも、修得しろという時に師匠に同じ目に逢わされた

 

 青年の意識は乱れるが、鎧はそのまま。迎撃に棘が蠢く

 しかし、遅い!

 

 「……おれの勝ちで良いですか、団長」

 それが発射される前に、青年の首筋に刃を当てて、おれはそう訪ねた

 

 「……まだ、だ!」

 

 ……上等!

 

 放たれる棘を避け、おれは左にステップして距離を取る。おれが左手に鞘をもって抜刀する関係で、左側の方が手薄になりがちなのをカバーする

 

 あのまま刃を振るっても、正直止めは刺せない。刺す気だって無いが

 勢いの無い刀に脅威はない。レオンの従兄だけあって良く分かっている

 

 「……やるな、忌み子の割には!」

 「いい加減、認めてくれませんかね?」

 「……いや、まだだ!」

 その言葉に、おれはにやりと笑う

 

 「ならば、とことんまで付き合おうじゃないか、団長!」

 

 そうして、暫し打ち合った後

 不意に距離を取ったゴルド団長は、徐におれから目線を外し、ノア姫の方を見た

 

 「エルフの姫よ

 皇子にあの刀を持て」

 

 は?

 

 「流石に舐めきられた態度だな、ゴルド団長」

 おれは、突然のその言葉に抗議する

 「……認めよう皇子

 確かに忌み子ながら、強さはある

 

 ならば!本当に我が従弟に渡すべきではないのか。その真髄を見せてみろ!」

 「ノア姫!」

 「ええ、そういうことなら」

 

 少女が杖を振るとおれへ向けた光の帯が現れ、それを通るように愛刀が投げ渡される

 

 それを空中で受け取って抜刀。刃を持ち上げ、突きの型へ

 

 「伝!哮!」

 鞘に納まっている間にも溢れる月花迅雷の雷撃を、溜め込まれたそれを……解放する!

 

 「雪!歌ァッ!」

 青、桜、そして赤。三色の雷撃が迸る、歌う閃光。雷に乗り放つ、音を越えた雷速の一突き

 

 迅雷抜翔断の初撃に通ずるかの奥義の名を、伝哮雪歌(でんこうせっか)

 

 「団長、分かって貰えましたか?」

 おれの言葉に、鎧装が迸る雷光の余波で砕けた青年は、静かに手にした折れた槍を捨てた



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和解、或いは新たなる始まり

「だ、団長が……」

 「負け、た?」

 「……まさか?」

 

 口々に呟かれる声。ユーゴの時と違い手出ししてこなかった兵達が、ぽつりぽつりと感想を漏らす

 

 「……それが、力か」

 「はい。おれと、月花迅雷の力です、ゴルド団長

 分かっていただけましたか?この力が必要になる敵が現れないとも限らない。だから、渡せません」

 「……そもそもね。それはアナタの私物でしょう。何で賭けの対象みたいになってるのよ。可笑しいんじゃないの?」

 と、何時しかおれの横にまで歩いてきていたノア姫が、手にした短杖の先でおれの脇腹をつついた

 

 「相手が何を言おうと、ソレはアナタが天……違ったわね、かの元兄様(あにさま)の友人から託されたアナタの為のもの。賭けるものでも賭けて良いものでもない

 使わずに挑む理由や決闘の理由はしゃんとしてても、自覚が足りてるようでまだまだ駄目ね」

 

 くすりと言葉はキツいながら微笑して、エルフの少女は続ける

 「見守るワタシから良いかしら

 決闘の勝者はゼノ、完勝よ。文句はないでしょう?」

 

 「……怪我をしている割に、実力だけは確かに皇族だった

 認めよう」

 と、団長は静かに頷いた

 

 「ええ。ワタシ達エルフを救うために、圧倒的脅威に挑んだ傷よ。治らない事は情けないと言えば情けないけれど、本来それは彼の落ち度ではないわ

 王公貴族も傷付かない訳ではなく、その傷を治せるだけだもの。本来責められるべきは、傷を治せない側なのよ」

 あの子が居る時に言ったら勝手に背負い込むから言えなかったけれどもね、と。少女はそのエルフ特有の長耳をぴくりとさせて言った

 

 「……忌み子皇子

 いや、ゼノ第七皇子」

 と、騎士団長は悩みながら、そう言い直した

 

 「噂を聞く限り、君に指揮権を委譲する訳にはいかない」

 その言葉には素直に頷く

 

 何というか、自分でも分かってるのだ。おれは他人を命令するのに向いてない。指揮官とか、団長とか、皇子とか、皇帝だとか本来おれの気質に合わないだろう

 そういったものは、人の上に立てる誰かがやるべきだ。例えば竪神とか、ノア姫とか、ヴィルジニーとか

 

 「それは知っています。おれ自身、団長の座や権利は要りません

 おれ自身、多くの人の命はとても背負えませんから」

 「ええ、向いてないものね、アナタ」

 と、ノア姫が後ろで呟いていた

 

 「おれ自身、仮にも皇族、それも上級職……ロード:ゼノ。本来の意味で人を越えた身です

 七つの皇騎士団以外に負ける気はありませんでしたが、貴方は強かった」

 「勝った側がそれを言うとは」

 そんな青年に笑い返す

 「本来、皇族の決闘とは、どれだけ圧倒的に、華麗に勝つかが問題ですからね

 父とシュヴァリエ(もと)公爵のように」

 

 けれど、とおれは鞘に納めた月花迅雷の柄の角を撫でて呟く

 「けれど、貴方は華麗には勝たせてくれなかった。正直、魔鎧の時間切れか、或いは月花迅雷の力かが無ければ攻めきれなかった

 間違いなくそれは力です。それも、おれのように誰かを護るには不適な攻撃一辺倒な力ではなく、受け止め、周囲を見回し、フォローしながら戦える形の力」

 少しだけ機嫌良さげに、団長の口が綻ぶ

 

 「……忌み子に褒められても、案外嬉しくはない」

 「少しは嬉しいのね、つまり」

 「ただ、おれは……魔神王四天王の影を見掛けた事があります

 魔神族の尖兵も。前回は冗談だと一蹴されましたが……あれは嘘でも何でもありません」

 

 一息吐いて、おれは続ける

 

 「そういった相手と、この魔を封じた遺跡を見守る騎士団は対峙することにきっとなります。その時に、おれの言葉を無視しないで欲しい

 おれを、おれの力を信じて欲しい」

 「……誓おう」

 「そして、月花迅雷は渡せない」

 

 「……寧ろ本当に賭けてたのか」

 「……バカ?」

 と、口々に呟いたのは、レオンとプリシラ

 

 「レオン。プリシラ

 おれは、君達を省みてこなかった。だから、ゴルド団長に色々言ったんだろう?」

 「当たり前だろ」

 と、あまり……それこそ原作ゲームよりもきっと縁の薄い乳母兄が呆れたように言う

 

 「おれの近くに居るのは、竪神の次くらいには君達なのに、それを蔑ろにしてアナ達の相手にかまけすぎた」

 言いつつ、エッケハルトは竪神側に加えるべきだったか?とちょっとだけ悩むも、まあ良いかと流して、おれは頭を少しだけ下げて続けた

 

 「すまなかった。腹が立ったと思う

 その上、給与含めてゴタゴタして。そりゃゴルド団長も聞いてキレる」

 「ええ、ワタシも怒りを覚えるもの」

 と、要らないフォローまでしてくるノア姫

 

 「だが、最近色々と痛感した。自分の弱さ、至らなさや、その他色々

 君達への態度の不味さも」

 きゅっと、罪の象徴である愛刀の柄を握り締める

 

 「だから、此処からで良い。もう一度、おれと関係をやり直してくれないか?」

 

 それに対して浮かべられるのは微妙な表情

 嫌悪や呆れ、そうしたものの混じった……諦めの顔

 

 「今更都合の良い」

 と、レオン

 「ええ。確かに都合が良いわね。何様よって感じ

 アナタ達が、ね」

 冷たく、ノア姫がレオンを睨む

 

 「ワタシ、これでも暫くこの灰かぶり皇子(サンドリヨン)を見てきたのだけれども、極最近までアナタ達が彼に雇われてることを知らなかったわ

 給与だけ貰って仕事してない環境にのうのうとしていたアナタ達が今更なんて呟くなんて、それこそ虫が良すぎる話ね」

 「ノア姫、それは言いすぎだ」

 「それを良しとしていた側にも当然問題はあるわね。馬鹿馬鹿しい。配下への教育があまりにも疎か」

 と、エルフの姫はおれも一瞬睨んで、けれどもすぐに目線を戻す

 

 「それはそれよ。のうのうと可笑しな恩恵を享受していたから、今更真っ当になられたら困るというの?

 ……灰かぶりの皇子(サンドリヨン)。彼等もう見捨てたらどうかしら

 アナタからせしめた給料を使いきったらきっと野垂れ死にするわね。でも、彼等が自分でその道を選ぶのだもの。文句はないでしょう?」

 

 その言葉に、プリシラがきっ!と此方を睨む

 ……おれも流石にノア姫の言いすぎだと思うんで、おれを睨むのは止めて欲しい

 

 「止めてくれ、ノア姫」

 「止めないわよ。ワタシは約束でアナタの手助けをしてるだけ。立場としては一応対等よ。恩を返している途中だから多少は仕方なくアナタを立てるけれど、決して唯々諾々と従う配下じゃないの。勿論、彼等のように従わない不遜な配下でもね

 勝手に言動を制限しないでくれるかしら?」

 

 「……皇子」

 団長が、意外そうな顔でおれに声をかけた

 「エルフって、こんななのか?」

 「……大体は、気品とプライドの塊です」

 「エルフを連れてきて何かと思ったら、割と……」

 「協力してくれて本当に有り難い話ではあるんですが、ね」

 

 「ノア姫。おれの口から話したいから抑えてくれないか?」

 と、相手を刺激しないようにおれは言う

 「……なら良いわ。アナタが言うならワタシがわざわざ言ってあげる必要もないもの」

 

 大人しくノア姫は引き下がり、おれの後方でプリシラを静かに威圧する瞳で見返す

 少しだけ後方妹幼馴染面ですよと言っていた始水を思い出すが、後方……何面だろうか。保護者面?

 

 「レオン。プリシラ

 ノア姫の言動は流石に言いすぎだ

 でも、全くの間違いと言う訳じゃない。正しさもある」

 ぼそりと、正しさしかないわよというノア姫を今は無視し、言葉を続ける

 

 「お互いに都合が良い事を言ってるんだ

 おれはやり直したいと。レオン達はそれで良いとずっとおれがそんな態度だったのに今更だと

 

 ……なら、互いに少し折れないか?」

 その言葉に、全く仕方ないな、と緑髪の少年は頷き、横の相変わらず誰のメイドか分からないメイド少女もそれに同調した



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隔意、或いは下らない意地

「……レオン、プリシラ

 そして、オーリンさん」

 

 決闘を終え、昼食の席。皇族だからといっておれだけ特別なものではなく皆と同じもの……今日のそれは、パスタというかマカロニにも似た穀物粉を捏ねた薄い生地の間に軽く茹でて味付けした野菜を入れて重ね、そして全体をもう一度茹でたミルフィーユ状の食べ物だ。ナイフで切れば幾多の野菜の旨味が溢れ出す手の込んだもの

 多分だが、団長が勝つ事を信じて祝いにしたんだろうなぁ、と、少しの隔意を見せつつ遠巻きに昼食をつつく兵達を見ておれは思った

 

 「……さん付けが要るのかしら?アナタは雇い主なのでしょう?」

 さらっとおれの横で自分だけ生地を茹でるのではなく軽く焼き、採ってきた果物と本人が上機嫌に蜂蜜と混ぜて作っていたジャムで味付けしたクレープみたいにして食べているエルフの少女がそう尋ねる

 「地位よりも年の功。お坊ちゃんが家の老執事にあまり上から目線ってのもね」

 「……そう」

 黙々とエルフはあまり金属製の食器は使い慣れないというのでおれが削った木のナイフでクレープもどきを切り分けて口に運ぶ

 

 「……ノア姫」

 「何かしら」

 「おれにもちょっとくれないか?それ」

 と、プリシラが羨ましそうにノア姫の食べている甘いものを見ている事に気が付いて、おれはそう告げる

 女の子は大体甘いものが好きだ。野菜の味の昼食の横で、果物と蜂蜜で甘いデザートみたいなものを一人だけ食べていたらそれはもう気になるだろう

 

 「……そう。はい」

 と、小さな皿に取り分けて、エルフ少女は空の皿と共に一部をおれに差し出した

 「等価交換よ」

 「はい」

 ちょっとだけ笑い、おれは自分の分の一部を切り分けて空の皿に載せ、貰った分はプリシラの方へと流す

 

 「……賄賂?」

 と、目を輝かせつつ、メイド少女はぽつりと呟いた

 それに苦笑しながら、おれは頷く

 「やり直すための、仲良くなり直すための賄賂だよ」

 その言葉に、プリシラは答えない。ただ、おれの賄賂は自分の近くに取り込んで、それはデザートにするのか黙々と食事を始めた

 

 「オーリンさん」

 「何も言う事はありませんな、皇子

 娘や娘婿の問題、口出しはしませんぞ」

 と、老執事は一歩引く

 あくまでもビジネスというか、おれが彼等と遠ざかっていたから今までは干渉せず、仲直りしたらそれ相応という態度だ

 

 ちょっとくらい、切っ掛けをくれればと思ったが仕方ない

 「レオン。今までの事を」

 「そういう話は食べ終わってからにしろ。不味くなる」

 ぴしゃりと一言。同席してないが近くの一番良い卓に居る団長からの一言が飛んできて、おれは口をつぐんだ

 「お茶のときにな」

 

 そして、幸せそうに蜂蜜と果物の塊みたいなものをプリシラが食べ終えて、お茶にする

 ……お茶にするなら、別に賄賂しなくても良かったか?どうせ甘いものをお茶菓子として用意する訳で……まあ良いか

 食べたかったなら仕方ない

 

 「……はぁ」

 と、おれは息を吐いた

 既に兵士達は居ない。昼過ぎの訓練に出掛けていて、団長も引率だ

 此処には、おれとノア姫、そしておれの部下三人衆と……

 「訓練は?」

 「……報告書の命をうけたので!」

 こうして一人残る兵士だけだ。ノア姫に御執心な彼だな

 ……うんまあ、おれ自身は応援するぞ。ノア姫が人間を気に入ってくれればと思うし頑張ってくれ

 ただ、仕事よりノア姫の顔を飽きもせずずっと見てるのはどうかと思う

 

 「ノア姫。魅了とか」

 「してないわよ。今使う意味ないじゃない

 それとも、彼等と和解という名の魅了をしたいの?ならばアナタ自身の責任で使ってあげるわ」

 その言葉におれは首を横に振る

 

 「意味ないどころか、最低の所業だろそれ」

 「ええ。ワタシも使わなくて良い時には使わないわ」

 それに、本当に効いて欲しい相手には効かないしね、と少女エルフはぽつりと独り言のように漏らした

 

 「……効かないのか、彼等には」

 その言葉に、少しだけ意表を突かれたように紅の目をしばたかせ、そしてゆっくりとエルフの姫は頷いた

 「そうね。彼等にはそうした精神に対して作用する一切が効かないわ。ワタシの魅了も何もかも

 

 いえ、恐らくなのだけど、効いてはいるのよ。表に出てこない、本来の人格には、ね

 あらゆる精神への影響を、体の良い盾に受けさせているから……効いていても影響が出ない。が正しいのでしょうね」

 「……そうなのか」 

 「そうよ。アナタみたいに無理矢理覚悟と気迫で影響を捩じ伏せてる訳じゃなく、もっとスマートかつ吐き気のするやり方ね

 

 でも、今ワタシと話してる場合なのかしら?後で幾らでも付き合ってあげるから、やるべき事を先にやったら?」

 そう言われ、おれは苦笑する

 

 「悪い、レオン。駄目だな、気になることがあるとつい変な突っつきかたをしてしまう」

 「席立って良いか?と言いかけた」

 緑髪の少年は、少しだけ責めるようにおれを見た

 

 そうだよな。アステールと出会ったあの時とか、レオンはおれに文句を言いに来てくれていた

 だのに、アナ達と話して……遠ざけてしまったのはおれだ。あの時に話し合っていれば、今よりもっと早くに、歩み寄れたかもしれないのに

 

 「悪い、座ってくれ

 そして、一年……いやもう大体二年前か

 レオン。あの日……ほぼ最後に会ったあの日に言いかけたこと、おれへの想い、そういうのを語ってくれないか」

 「語れば、直るの?」

 そう問い掛けるのは、レオンの横のメイド

 

 「直せる保証はないけど、精一杯努力はするよ」

 「なら、今まで通りにして」

 と、プリシラ

 

 「君達にとってそれが都合が良かったのは分かってる」

 実際、プリシラもレオンもほぼ不労所得に近い形で金を貰ってたからな

 半年ぶりに王城外れの自室に帰ったら自分の部屋がメイドのものになってたとか、おれ以外ならクビ一直線だ

 それを見逃してきたのはおれだし、昔はおれは所詮忌み子だしそれで良いと思っていた

 

 だが、今からもそうある訳にはいかない

 おれは、世界を、皆を護る『蒼き雷刃の真性異言(ゼノグラシア)

 そう、おれに命を懸けて全てを託した狼に……そして父に誓った以上、その為に動くべきだ

 

 「それを咎める気はない。あれはおれも悪かった

 でも。それでも。少しくらいおれを信じて、一歩歩み寄ってはくれないか?」

 

 ぷいっとそっぽを向くプリシラ

 随分と嫌われたな、とは思う

 

 実際、おれ付きのメイドってそれだけで周囲からあの忌み子の……って言われるしな

 普通に考えて幼い女の子があんな針の筵に耐えられる筈がないし、おれ自身は忌み子だから仕方なくとも罪もないメイドが蔑まれるのはおれだって嫌だ

 

 「……差別だと、思っていた」

 ぽつり、レオンが語り始める

 「刀の師も、周囲の扱いも……同じ母に育てられた乳母兄弟なのに。寧ろお兄さんで、罪も背負っていないのに

 皇子は皇子で自分は違う。そんな事、頭では分かっていても……とうてい、心で納得いかなかった」

 

 おれは茶を一口飲んで、続きを待つ

 「お前と違って魔法だって使える。顔に傷も無い

 自分の方が凄いのに、何で乳母弟ばっかり贔屓されるんだ、って

 

 大人からしたら、そんなものごく当たり前の血と地位の差による区別でしかない

 でも、俺は!心で納得いかなかったんだよ、そんな区別(さべつ)が」

 「そう、か」

 「弟みたいなものに見下されて、雇われて、ずっとイライラしていた

 誰も彼も、差別してくる気がしていた」

 と、少年は横のメイド少女を見て、その卓上に出したままの手を握る

 

 「勿論、プリシラは別だ

 プリシラだけが、不当な差別の中、俺を真っ当に評価してくれてる気になっていたんだ」

 ……おれにとってのアナみたいなものか、と勝手に思う

 

 おれはアナのそれを過大評価だと思ったけど、レオンは違ったんだな

 実際自分だけに都合の良い過大評価による依存は心地好くて、溺れたくなる気持ちは分かる。おれも、獅童三千矢の罪と、ゼノとしての使命が無ければ堕ちてたと思う

 そして、何時か破綻してあの子を不幸にしていた

 

 いや、おれでないおれ(本来のゼノ)を知るエッケハルトやリリーナが、そして何より原作からしておれの理想系とも言えた頼勇が、それを許さないか?

 

 「……今も、そうか?」

 あまり長く語りたくはないだろう。自分の痴部にも等しいものは

 だからおれは、切り上げるようにそう問う

 

 「……少しくらい、大人になるさ

 今も気に入らないけれど、差別だと思う点はあれど、今更無視はしない」

 「……ああ、お互いにな

 おれも、変に負い目を感じて避けてたから、お互い様だ

 だから、おれももう逃げない」



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修業、或いは前途多難

「……ゼノ、殿下」

 「オウジデンカ」

 そんな風に、距離を取った言い方をしてくる二人に苦笑する

 

 「レオン、プリシラ。前みたいにしてくれ」

 と、即座にぷいっとおれを無視しだすプリシラ

 確かに、前みたいにと言われたら前……つまりおれをガン無視していた時期と取れなくもないが……

 ちょっとそこは止めてくれないか?

 

 「いや、まだ昔、割と話せていた頃みたいに、さ」

 5歳頃……にはもうおれよりレオンに近かったなプリシラは

 まあ、母親がおれを産んだ時に焼け死んだって話は最初から忌み子の原初の罪としてのし掛かってきていたし、距離も取るか。まだまだ親に甘えてる幼子には、自分の親を焼き殺した化け物なんて怖いし近寄りたくないよな

 

 「そんな頃ない」

 「……なら、言い方を変えるよ

 ちょっとくらい無礼で良い。おれが許す

 だから、そう距離を取らないでくれ」

 

 まだまだ、互いに歩み寄るには厳しいかな

 そう思いながら、おれは訓練場である中庭の一角で、透き通った刀を構えたレオンと対峙する

 

 が、別に決闘という訳ではない

 「教えて貰うぞ、ゼノ」

 そう。教える……つまりは、鍛錬の一種だ

 

 「俺も、同じ派の剣士だ

 同じ技を学べる筈。差別に歩み寄るなら」

 「ああ、おれ自身感覚で放ってる面があるから教えれるかは不安だけど

 行くぞ、レオン」

 「学ばせて貰うぞ、あの剣を」

 

 その言葉に頷いて、練習用の刀の鞘をおれは撫でる

 月花迅雷では勿論無い。寧ろ、あいつは今レオンの手にある

 

 「『雪那』」

 こうして奥義を撃ち込んで覚えて貰う為には、折れる刀じゃ駄目だ

 だから、一旦渡した

 ドラゴニッククォーツの刃に向けておれは実体の無い刃を振るい……

 

 「ぐおっ!?」

 迎撃するように撃ち合わされた蒼き刃が、痛みを幻視させた

 「っ!おらぁっ!」

 同時、隙ありとばかりに跳ね上がり、上段から振り下ろされる刃

 

 「おいレオン!?」

 おれはそれをギリギリで飛び退いてかわ……すも、前髪の一部が迸る雷撃によって焼けた

 

 「……あ、」

 しまったなという感じの表情の乳母兄に、おれは一瞬浮かんだ敵意を心の奥底に沈めるようにして一息吸って

 「気を付けてくれよ、レオン

 これは相手を倒す師匠が良くやらせる訓練じゃないんだからさ」

 と、わざと明るく言った

 

 追撃は無いし、レオンにも悪気はないんだろう

 自分の手の刀を見てちょっと呆けた顔の少年を観察して、おれはそう思う

 

 だが、止めてほしい。訓練の為にわざと刀に向けて撃ち込んでいる訳で、反撃しようと思うならばいくらでも出来るように残心している。いわば、剣道でいう面や胴などの一本をしっかり取るような動きをおれはしている

 剣道の試合みたいな形式であれば、しっかりと振りきって残心することが必要で、奥義の型を見せるためにおれもそうしている

 けれど、撃ち込まれたレオン側は無事なわけで。残心は隙にもなる訳だな

 

 結果、何時もは実戦的な修行なせいかつい隙だらけだと反撃してしまうと、こうしておれが焦る事になる

 

 ステータス差があるからと言い……たい気持ちはあるが、月花迅雷にはおれのステータスは意味がない

 

 いや、意味はある。悪い方向に

 ゲームではあった【竜水の刃】。その効果は……射程1での攻撃時に【防御】と【魔防】のよりダメージが通る方でダメージ計算を行う。射程2以上?雷飛ばしてるから魔法攻撃扱いだ

 つまり、おれの場合【防御】の76ではなく、【魔防】の0でダメージ計算される

 マナの影響による異様な頑健さを完全無視で、非力でもおれをバターみたいにさくっと斬れる凶器、それが月花迅雷だ

 

 「……ああ、悪い」

 少しだけ魅入られたように透き通る刃を見詰めつつも、しっかりと少年は謝罪し、再度刃を構える

 

 「レオン。見えたか?」

 「いや、全然」

 「そうか」

 一つ頷いて、おれも訓練用の刀を鞘に納めて、今一度一息吐く

 

 「あまり撃てるものじゃないから、今日見せるのはあと一回

 その先は自分で感覚を掴もうとしてくれ。切っ掛けがないとおれも何も言えないからさ」

 「分かった」

 頷く乳母兄の手元の愛刀に向けて、おれは刃を振るった

 

 そして、大体一刻後

 「レオン、どうだ?」

 自前の素振り3セットと走り込み(何時もの修業は月花迅雷貸し出し中のため無理)を終えたおれは、無心で刃を振るう乳母兄に声を掛けた

 おれ自身集中していたからあまり見てないけれども、バチバチという雷撃の音とかが響いてきていて……

 

 ん?あれ?可笑しくないか?

 雪那の鍛錬なら月花迅雷の力である雷の音とかしなくても普通な気がするんだが

 

 雷を斬る練習でもしてたのか?

 実際に、哮雷の剣の雷を斬る訓練は雪那の修得に役立った気がするし……

 

 そう思って、緑髪の少年の方を見て……

 「見ろ、ゼノ。はぁぁぁっ!」

 おれの視線に気が付いたレオンは、掛け声と共に桜色の雷を刃から放ち、バチバチと自分に纏わせてスパークする

 「これが、俺の境地」

 「レオン君!やっぱり凄い!」

 と、プリシラがおれを見る時は絶対にしないキラキラした目でレオンを見ていた

 

 それを見ておれは……あ駄目だこれと一人溜め息を吐く

 「皇子殿下。これはもうレオン君の刀で良……」

 「はい、正気に戻ろうなレオン。力に呑み込まれんな」

 おれは降ってくる雷を避けて近づくとぺしりと鞘で乳母兄の頭を叩いて気絶させる

 

 「雪那の鍛錬の為に貸した筈なんだが、月花迅雷で遊ぶなレオン

 確かにおれもそうだし、圧倒的な力に溺れたくなる気は分かるがそれは最後の手段だ」

 おれ自身デュランダルでごり押した事が2度もあるので人の事は言えないがな!

 

 そうして、意識を飛ばした少年の手から愛刀を回収した

 「折れず砕けずだから無茶させやすくて良いかと思ったが、溺れて本来の目的を忘れるようなら暫く貸すわけにはいかないな」

 

 そうして、オリハルコンの鞘に愛刀を納め、何時ものように左腰にマウントする

 

 それを、どこか恨むような目でプリシラは見ていて

 先は長いな、と一人呟く

 

 だが、だからといってじゃあもうレオンのもので良いよと言うわけにはいかない

 

 「……前途多難だな」

 何時、彼等……四天王カラドリウスの襲撃が来るとも知れないのに、こんな感じで大丈夫なのか?

 そんな事を思いながらも、信じるしかない。おれは皆を護る皇子なのだから

 

 そんなおれを、ノア姫は何というか……誉めるべきか貶すべきか迷っているのか、複雑な表情で見守ってくれていた



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猿、或いは仮面

そうして、一年ほどの月日が過ぎた

 

 プリシラとの和解も微妙なまま、レオンとは少し仲良くなれて。それ以上の事が何もないまま、ただ月日だけが過ぎていく。

 本当に、四天王は来るのか?

 

 最近時折痛む左目の傷痕を抑え、ぽつりとおれは呟く

 おれは来ると思っていても、そんなのおれが勝手に思ってるだけ。現実はどうだろう

 そんな疑惑が沸いてきて。ティアと出会いそうな何かの切っ掛けも見付からなくて。焦りだした、その頃

 

 「ギャギャギャウッ!」

 「大人しくしろ、この小鬼が!」

 おれを呼ぶ悲痛な叫びが、今日も刀を振るって鍛錬していたおれの耳に届いた

 

 「待ってくれ。彼等だって民の一部だろう」

 ちなみに、おれが取り立てる形ではあるが、ちゃんと獣人税を払っている

 100匹……じゃなくて100人近い集落の全員分合わせて、ナタリエ一人の奴隷税の5倍程度。税も安いが、その分人権だの保障だのも無いに等しい。

 

 いや、奴隷税が人一人の人生背負うだけあって高いってのはあるんだが

 

 「しかし、忌み子皇子」

 「少なくとも、彼等は隣人であって敵ではない。あまり手荒にしないようにね」

 「しかし、この小鬼どもはこの砦に侵入しようとした

 これは明らかな襲撃への」

 「ゴブリンはちょっと醜い容姿が多いけど、隣人だ

 ほぼ相容れない敵性生物なんかじゃない。彼等はちょっと短絡的に、おれに会いに来ただけ

 罰なら、代表しておれが受けるよ」

 

 おれがそう言うと同時、腕に掛けられる鎖

 

 割と本気か。これで許されるかと思ったんだが……

 

 「はい、茶番はおしまい」

 と、ノア姫が助け船を出してくれ、事なきを得る

 

 そうして、おれは震えるゴブリンの子を連れて、砦を出た

 

 「『どうかしたのか?』」

 もう慣れたもの。ナタリエから習った共妖語でゴブリンと意志疎通し、話を聞き出す

 

 「ギャギャッ!」

 その言葉を聞くや、おれは駆け出していた

 

 拙い言葉……人間のようにある程度修飾したり変形したりしない、単語ぶつ切りの共妖語。それでも、訴えの内容は分かる

 森、遺跡、皆、死んだ、と

 

 そうして、少年ゴブリンを置いていきそうになったので抱えて走り、遺跡へと辿り着く

 

 同時、腐った卵のような匂いに、おれはうっ、と鼻を抑えた

 

 其処には……数人のゴブリンだったものが、散乱していた

 そう。散乱

 

 一様に両手両足をバラバラにされた、達磨とでも言うべき胴体だけの死体達

 首から上は無く、手足は付近に転がっているが……切り落とすのではなく、力任せに引っこ抜かれたのだろう。関節があらぬ方向へと曲がっていたり、半ばで折れて腫れていたり……或いは、縄の痕のような肉を陥没させた凹みが見てとれたりする

 どれもこれも、見ていて心地が良い道理がない

 

 口内で奥歯を噛む

 おれが何とか出来た……訳ではない。幾ら何時か四天王襲来があると思っていてもだ。常に全部を見てられない

 それでも、やるせなさだけが心の中にあった

 

 名前も良く知らない気の割と良かったゴブリン達の残骸を、眺めて

 「黙れ」

 背後から飛び掛かってくる黒い影を、抜刀一閃

 情けも容赦もなく両断する

 

 逆袈裟(けさ)に斬られて音もなく地面に崩れ落ちるのは、全長はおれを遥かに越える……のっぺりとした赤い仮面のような顔をした、蠢く触手を翼のように背に生やし、やけに細長い手足の間に皮膜を携えた猿の化け物

 

 『ギュルガァッ』

 その不揃いの牙が見えるのっぺりした顔の口元から、ぽろりと小さな頭蓋が落ちる

 人間の子供大で、丸っこい頭蓋骨は……恐らくゴブリンのものだろう

 『コォォォッ』

 ゴムかと思うほどに伸びる足で、胴を持ち上げる魔猿

 そして飛び上がった所で、魔猿は手足の皮膜を拡げた

 

 どうやら、そこから滑空して逃げるつもりであるようだが……

 

 「悪いな

 本当はお前達とも話し合うべきなのかもしれない。今からの行動はおれを信じた……もう居ないアルヴィナへの裏切りなんだろう

 

 だが、今、とてもお前と対話する気にはなれない」

 

 おれの想いに応えるように、柄に埋め込まれた天狼の角が輝き、紅の雷撃が空を灼く

 撃滅の雷に討たれ、皮膜を、そして足を焼かれた猿はみっともなく背中から地面に墜落し……そのまま恨めしそうに触手を此方に伸ばすも届かず、煌めく魔力粒子に分解されて消えていった

 

 そして……

 「そこかっ!」

 それを見ていた気配を見つけ、おれは刀を振るって二度目の雷撃を飛ばす

 

 「……逃がしたか」

 一瞬だけ風が吹き、以降反応が返ってこないのを見て、おれはふぅ、と息を吐いた

 

 だが、これではっきりした

 最後の最後に感じた気配は、一年半程前に一度感じたものと同じ。即ち、四天王アドラー・カラドリウスの影のもの

 

 漸く……いや、もう動き出したのだ

 倒されずに残ったアルヴィナの遺産。アドラーの影が

 そう考えると、ナラシンハの影ってどうなったんだ?とか、ニュクスの影は倒した筈だしそもそも惨劇を起こすシャーフヴォルは何処かに姿を眩ましたんだがガルゲニアの惨劇はどうなるんだ?とか疑問は浮かぶが……

 

 まあ、そこら辺は考えてもしょうがないな。エッケハルトと頼勇に任せよう

 

 「『……ミンナ、シンダ』」

 沈むゴブリンに、おれは頷く

 そして……

 「月花迅雷よ!」

 雷を落とし、その遺骸に纏めて火を点けた

 

 「ギャウッ!?」

 驚いて此方を見るゴブリン少年にお手本を見せるように、おれは手を合わせる

 

 「七大天、人の神。焔嘗める道化の導きがあらんことを」

 そう。火葬だ

 バラバラのまま埋められるよりも、きっとその方が処理も早いし供養にも良い

 そう思い、おれは猿の魔神に奪われた命に手を合わせ

 

 「……ごめんな。本当は葬ってやらなきゃいけないんだけど

 我慢してくれ」

 魔猿が口から溢した頭蓋だけは灰にせず、おれは両手で持ち上げる

 

 「大丈夫

 ゴブリン達も、全てまとめて帝国の民だ

 護るよ、全員。おれの手が届く限り」

 そうしてゴブリンと別れ、おれは砦に帰ってきていた

 

 そして……

 「ゴルド団長。遂に来た」

 少し溶けたゴブリンの頭蓋を掲げて、おれは何だいきなりという表情で見てくる最高責任者に向けてそう告げた

 

 「第七皇子。いきなり叫んで……」

 「緊急報告

 先程、遺跡付近で猿型の魔神族と遭遇、および撃破

 被害は近隣住民であるゴブリン七名。証拠として……」

 と、おれは肉を、脳を完全に食われた唾液まみれの頭蓋を振る

 

 「……本気か」

 「ええ。本当よ」

 と、いつの間にかおれの横にいたノア姫がそう呟いた

 

 「ノア姫」

 「ワタシも結構ギリギリだったけど確認したわ

 胸元に結晶、背に触手翼の生えた、皮膜猿。おぞましい生き物ね。あれが魔神族でないと言われても信じたくないわよ、ワタシ」

 

 言いつつ、エルフの少女は手にした杖を振った

 杖の先に埋め込まれた水晶玉が光り、光の当てられた壁に、おれが見た魔猿の姿を……滑空して逃げようとした瞬間に赤い雷撃に撃墜され消え去るまでの数秒を映し出した

 

 「……ほぅ」

 更なる証拠を見せられ、団長の疑うような目が驚愕に見開かれる

 

 「有り難うノア姫。助かる」

 「……追い付くの、大変だったわよ。あと少し遅ければ、既にアナタが倒した後、何ら証拠を撮れなかったでしょうね

 ほら、今回のようにワタシは必要でしょう?だから、今度は置いていかないでくれるかしら?」

 少しだけ責めるように、そして自慢げに耳をぴくりと揺らし、高貴なエルフ少女は微笑んだ

 

 「ああ、約束する」

 「……そういうことよ。忘れず努力なさい

 アナタは一人で戦ってるんじゃないもの。誰かのために焦る気持ちは分かるし、そこは責める気は無いけれども、気を(はや)らせ過ぎないで」

 その言葉に、おれは頷いて

 

 もうおれだって分かっている。頼勇のように、共に戦ってくれる人が居る

 

 「……流石にお伽噺と思っていたんだが……」

 そんなおれを見て、はぁ、と息を吐き、青年団長は立ち上がる

 

 「鐘を鳴らせ!緊急会議だ!」

 「紙とペンをくれ!アイリスに、王都に伝令を!」



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決戦相談、或いはゴブリン

「……会議はもう良いの?」

 会議に使われる大ホールの扉を抜けたところで、意外そうに淡い金髪の少女がそう問い掛けてきた

 

 「後はゴルド団長に任せているだけだよ、ノア姫」

 おれはそう言って、窓から空を見上げる

 快晴の空には、数羽の魔鳥が飛び去るのが見える他は雲一つない

 

 魔鳥というのも、魔神族……という訳ではなく、飼い慣らされた伝書の鳥だ。伝書鳩ならぬ伝書魔梟

 何でフクロウなのかって?夜目が利くから夜のうちに迷うことが少ない。いや、おれが勝手にフクロウ扱いしてるだけで、この世界では違う名前の似た生物なんだが

 木の葉を好んで食べ肉は全く食べない点と、尾羽根が扇状に広がるのがフクロウとの差だ

 

 「多少責任感が出たと思ったのだけど、間違いだったのかしら?」

 少しだけ責めるような紅の目

 それにおれは……違うよとひきつった顔でそれでも笑いかける

 

 「彼等は人間だ。どうしても、ゴブリン達を……ナタリエ達を下に見てしまう。それはどうやっても避けられない」

 困ったことだけど、常識はそう変えられないから、とおれは苦笑いして続ける

 

 「なら、ゴブリン達は誰が護るんだ?騎士団はあまり護る気がなくて、けれども……間違いなく彼等はおれ達の隣人であり帝国の民だ

 彼等を護るのはおれしか居ないんだよ、ノア姫」

 「ああ、ゴブリン達の協力の為に送られるという事ね」

 「協力というよりは、避難誘導だけれども

 彼等は民間ゴブリンだ。いや、民間人か?」

 「どっちでも良いわよ」

 おれの横に着いてきながら、エルフ少女は呟いた

 

 「彼等は騎士でも兵士でも王公貴族でも無い

 前線で戦うなんて可笑しいだろう?」

 「へぇ。王公貴族の為に戦えなんて言わないのね

 珍しいわ」

 何処か意外そうに呟くエルフの姫に、おれは首を傾げた

 

 「普段の民の生活を豊かな状態で保持する采配を行い、有事に民を護る事。王公貴族の権力と金はそれを()すものだろ?だからこそ、税を取り、人々に命ずる権限と人々を越えた力を持つ

 全ては、より良い生活を送らせ犯罪を無くすための規範を生み出し守らせ、有事の際に降りかかる火の粉を払うため

 何でそれを意外そうに言うんだノア姫は」

 「当然アナタはそう言うなんて知ってるわ

 でも、騎士団がそれに同調するなんて思ってなかったのよ」

 

 そんな言葉に、おれは確かに、と頷く

 

 「……ちょっと意外かもしれない」

 と、少しだけ考えて、おれは一つの結論に達した

 

 「おれは逃げない。必ず戦場に来る」

 その言葉には、エルフの姫は当たり前ねとばかりにうなずきを返した

 「それは、ゴルド団長らも分かってると思う

 なら、おれを行かせれば……ゴブリン相手に多少縁のあるおれに、ゴブリンの一部が勝手に着いてくる事を見越したんじゃないか?」

 

 少しの間目を閉じて、少女は思考を整理すると、確かにねと返した

 「有り得ることね。アナタはゴブリンの人気者。アナタに避難誘導させれば、義勇に駆られたゴブリン達は避難するどころか勝手に、自分の意思で、徴兵せずとも兵士の代わりとして戦ってくれるかもしれないわ

 士気も高いし責任も取らないで良い

 だって、勝手にゴブリンが戦ってるだけだものね。騎士団としては、前線で犠牲になれなんて言ってないもの、罪にはならない」

 くすり、とどこか愉快そうにエルフの姫は笑う

 

 「ええ、ワタシの魅了のように、(タチ)が悪いわね」

 おれは自分達を護るためなら悪いことだけれども仕方ないと理解するし責める気もない昔の奴隷詐欺事件を自嘲するようにわざわざ例にしながら、少女はおれをふわりと見上げた

 

 「さて、ゴブリンの皇子様は、それを気が付いてどうするのかしら?」

 その言いぐさが何か可笑しくて、おれは小さく吹き出してしまう

 

 「それを言うなら、長耳で背がちょっと低いノア姫はゴブリンのお姫様にも見えるな」

 「御免なさい。言われてみて分かったわ

 悪気がなくても、ゴブリンの皇子は少し不快な言い回しだったわね。訂正するわ

 名誉ゴブリンリーダーな皇子様は一体どう動くのかしら?」

 不満でも好評でもどちらでもぴくりと動く耳を今は怒り肩ならぬ怒り耳として上向けて、エルフの姫はそう返した

 

 ……軽い冗談のつもりだったんだが、うん

 やっぱりおれ、冗談とか交渉の才能とかないな。煽りだけは無駄に上手くなってるけど

 確かに考えてみれば、ゴブリンもエルフも系統としては妖精系獣人だ。エルフ種は魔法の力を持つので亜人だけど、種としては割と近いと言われている。女神の加護を受けて色白で金髪の美形になった森ゴブリン種がエルフ説とか色々あるしな

 だとしても、近縁だからといってネタにするのは不味かったか

 

 「……そんなに気にしなくて良いわよ。軽い冗談でしょう?アナタが口下手なのは百も承知よ

 それでも、誇り高きエルフの恩人。放っておけないからワタシがこうして居るの

 不得手は不得手で良いじゃない。あのタテガミ相手みたいに素直に誰かに頼りなさい?」

 「……ごめん、助かる」

 素直におれは頭を下げた

 

 「ええ、それで良いの

 頼られないと、有事だからとワタシが着いてきた意味がなくなってしまうものね」

 

 会話を一旦終えて、砦を出る

 騎士団の運用については完全にゴルド団長に一任している

 おれの出番は最前線での最強の一兵。そして、想定外の強敵……恐らくは現れる筈のアドラー・カラドリウス出現時の緊急指揮だ

 おれが一時撤退を指示すれば兵は従う手筈。逆に言えば、おれが持つのは退却の命令権だけだ。おれが被害出させずに対処できない相手が出たら下がれというたった一つの権限

 だが、それだけでも、護るべき民でもある兵の(いたずら)な無駄死にをある程度防げるので十分だ

 そもそも、おれは帝王学も用兵学も戦術学も何も学んでないからな。指揮任されても困る

 

 ってか、皇族は基本そうだ。巧みな用兵で敵を打ち倒す戦術家ではなく、配下の戦術家の戦術の無茶な部分を押し通す切り札としての面が強い

 原作でも、包囲戦しようという感じのシナリオで、包囲開始と同時にまずはおれとアイリスが敵軍ただ中に突っ込んで混乱させた隙におれとアイリスで航空戦力の指揮官を落として航空優位を失わせる、から始まる作戦があった筈だ。混乱し指揮官を失えば統制を取って航空戦力で包囲を破りには来られないだろうから数で勝る飛行魔神混成軍相手でも包囲は可能という算段だっけか

 包囲殲滅陣作戦としてネタ的に親しまれてた気がする

 

 閑話休題

 

 「……おれはゴブリン達に戦えと言う気はないよ

 でも、戦いたいと言うなら、死んでいった7人の仇を討ちたいなら。それは尊重する

 ちょっとくらい、戦ってもらうよ。あまり危険じゃない範囲で」

 「どんな範囲よ」

 「さあ?少なくとも、最初からカラドリウスが出てきたら即刻帰らせる」




おまけ、七瀬 あお様に書いてもらっているゼノ君(初期ラフ画)
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髪色とか刃色とか刃の向きとか角がないとか色々違いますので頭始水には不満かと思いますがが此方から色指定してない初期ラフなのでまあそこら辺は(仮)だから気にしない方向でお願いします
完成品では直ります

それにしてもメインではないヒロインズが大半普通に競ってて男が弱いのは珍しいですね……
あとがんばれ狐娘負けるな狐娘。ツン8デレ2の黄金比ツンデレに負けるとかデレ8クロ2の名折れだぞ狐娘


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避難場所、或いは遺跡談義

「レオン」

 おれはそうして、今は別行動である団長達との連絡役としておれに付き従う乳母兄の名を呼ぶ

 

 一年前なら着いてこなかっただろうな、レオン。とは思うのだが、今は違う

 今も少しぎこちないながらも、ちゃんとした関係性を築いている筈だ

 

 その証拠に、当然でしょう?とどことなく保護者面を……

 「保護者面だと言葉が固いわね

 ママ面なんてどうかしら?」

 なんて、茶化してくるノア姫の横で、なんだなんだとばかりに合流してきた緑髪の少年が口を開けて此方を見ていた

 

 「ノア姫。人の思考を読まないでくれ」

 「魅了の応用よ。寧ろ魅了の基礎段階と言うべきかしら

 アナタ、普通の面の後ろでどんな危険な行動を考えてるか分かったものじゃないもの、少しくらい覗かせて貰える?

 大丈夫、アナタの尊厳を踏みにじる程に深くは覗かないわ」

 悪びれずに言うエルフの姫に苦笑して、まあ良いかと割り切る

 

 この右耳に掛かっていたアルヴィナの盗聴魔法なんかと同じだ。それで安心して信頼してくれるなら別に良い

 

 「……ゼノ、殿下」

 「レオン。魔神族が姿を見せたとはいえ、まだ軍勢は現れていない

 何らかの理由で封印を抜けただけのはぐれ魔神ではなく、高位の者の存在を近くに感じたことから、そう遠くない時期に彼等が現れるだろう事はほぼ確実

 だが、現状分かってるのはそれだけだ」

 その言葉に、乳母兄はそうだなと頷く

 

 「だからレオン、ゴブリン達への避難誘導なんかは……今はリハーサルみたいな形になる

 まだ、襲撃は起きていない。基本は狩りと収穫な生活をしているゴブリン達は、貯蓄というものが少ない」

 「それがどうしたんだ?」

 「貯蓄という余裕が少ないということは、そのうち敵が攻めてくるからといって、早々と避難して何処かに閉じ籠るという事が出来ないんだ」

 

 ああ、と少年は手を打つ

 「すぐに食糧難が起きるんだな」

 「ああ、持って1週間。それ以上は食料が足りない」 

 「よく生きてるなその獣人達」

 と、呆れたようにレオンは呟いた

 

 「……アナタ達人間に比べて、確かに神々の慈悲は持っていないでしょうけれど、逞しさと自然との共生能力は数段あるのよ」

 と、憮然としたノア姫が言葉でレオンに噛み付く

 

 「……ゼノ、なんで怒られてるんだ俺は」

 首を傾げるレオンに対して、おれも一瞬理由が分からなくて……

 

 「レオン。ノア姫達エルフも自然と共に生きる民だ」

 「ええ、自然と調和した自給自足

 命を戴いて生きていくのだもの、敬意を込めて基本的に全ては自分で。それがエルフよ

 彼等と女神に祝福されたワタシ達を一緒にして欲しくはあまり無いけれど、無闇に命を奪い貯蔵しておく野蛮な行為を行わないのはゴブリンと同じことだし、今回は良いわ」

 「あ、ああ……」

 要領を得ないように気圧されて、エルフの姫より頭一つ以上は背の高い少年は曖昧に頷かされた

 

 「つまりだ、レオン。ノア姫達エルフも、貯蓄が嫌いなんだ

 大半の場合、食料の大元は動植物の命。今必要なくて、後々も必要ないかもしれないのに(いたずら)に命を奪いたくない。だからその時その時の自給自足を心掛けてる……らしい

 だから、ノア姫は今おれ達に合わせてくれてるけど、本来穀物とかほぼ食べない」

 「……ええ、ワタシは無闇矢鱈と溜め込まれて保存されてるアレ、正直な話をすると好きじゃないわ

 ああ、味は良いわよ?それは認めるけど、有り様が嫌いよ」

 ピクリと耳と形の良い眉を動かして、エルフの姫は持論を語る

 

 「けれどもそれは良いわ。人間の考えを否定する気はないもの。そんなことしたらアナタと同じレベルだものね」

 レオンをじっと見据えて、エルフは静かに威圧しながら語る

 「だから、アナタもワタシ達の考えをバカにするような発言をしないでくれると有り難いわね」

 「き、気を付ける」

 

 そうして、一歩ノア姫から離れて、少年はぼそりとおれに向けて呟いた

 「……ナニコレ」

 「何時ものノア姫」

 「……良く着いていけるな……」

 「ノア姫はエルフだ。相手がエルフであることをちゃんと尊重しようと思ったらそんな難しいことじゃないよ」

 分かりやすいし、ヒントもくれるし、分かってなさげならこうして理解しやすいように教えてもくれる

 ちょっとプライドが高くて自分に相対(あいたい)する相手への理想も高いんだろうなとは思うが、付き合っていくのは全く苦じゃない

 寧ろ、おれへも苦言を呈してくれつつ、ノア姫なりに改善の手を教えてくれるからアナ達に比べて気楽だ

 いや、勿論同じくプレッシャーは感じるんだけど、おれには重すぎる信頼より、至らないと責めつつも手を差し伸べられた方が救われるというか……

 

 「俺にはちょっと無理、任せるわ」

 「元からおれがノア姫係だよ」

 ……痛くはないんだが、脇腹をつつかれた

 

 「ワタシが面倒で手の掛かる灰かぶり皇子(サンドリヨン)係。因果が逆転してるわよ。あまりワタシが問題あるように言わないでくれるかしら

 アナタに迷惑かけたのは2度だけの筈よ」

 中々に不満げな顔のノア姫

 「分かってる。頼りになるノア姫と、人々の間を繋げる係がおれってだけ

 何度も何時も助かってるよ」

 「そう。なら良いわ」

 そんなおれとノア姫を、やっぱり着いていけないわとばかりにレオンは腰の鞘を叩く何時もの暇なときの行動をしつつぼんやりと眺めていた

 

 「……話が逸れたが、とりあえずゴブリン達を誘導する場所を見付けるというんだな」 

 「ああ、幾つかな」

 その言葉に、少年は首を傾げる

 

 「幾つか?何匹居るかは知らないけれど、一ヶ所に固めればいいだろう?」

 「大体100人ちょっと」

 おれも時たま匹と呼んでしまうが、意識して(にん)と呼んでおれは続ける

 「ただ、一ヶ所に固まって貰うにしても、幾つかの候補が要る」

 「どうしてだ?」

 

 不思議そうなレオンに向けて、おれは……寧ろ何で候補が一個で良いんだ?と首を捻り返した

 

 「レオン?」

 「いや、獣人なんかを護るために自分の命を危険に晒すのが理念としては分かるが違和感を覚える……のはまあ置いておくとする」

 それにはおれもまあ民を護るのは義務だからなと軽く返す

 

 「だが、何故複数の候補が要る?

 魔神族ということは、遺跡から来るんだろ?」

 その言葉で漸く納得したおれは、ああ違うよと首を振った

 

 「レオン。確かにあの遺跡は魔を封じたと言われているし、禁忌として殆ど情報は残されていない」

 「だから、魔神族が封印されてるんだろ?」

 「一般的にはそう思われてるな」

 

 だが、おれは知っている

 その理屈だと可笑しい存在を

 

 「魔神王達を封印し閉ざされた禁忌の遺跡……って言われてるけど、本当にそうだとは限らないだろ、レオン」

 

 そう、ティアだ

 ティアは遺跡を護る守護龍の"末裔"の少女だ。だが、アルヴィスとティアの絆支援Bによれば、「これでも1000歳越えたおばあちゃんです」らしい

 読書好きでちょっと世間知らずで幼さを感じれど、あの子は1000年前には生きていた筈なのだ

 そして……四天王スコールを帝祖が倒していたりする伝説から分かるように、魔神王襲来の時代……俗に言う聖女伝説期とは、帝国の暦が始まる少し前となる

 おれが今のおれになったのが皇暦850年、龍の月。そう、魔神王が封印されたのって、大体850年前でしかないのだ。その時既にティアは最低限100歳を越えていた事になる

 

 つまり、"一族の末裔"という言葉を、使命を負った時点で既に物心ついてたどころか下手したら成人している龍人娘が自分に対して使うか?という話

 おれの勝手な感覚かもしれないけれど、末裔なんて単語を使うの、始まりが曾祖父……つまり、ひいひいおじいちゃんの頃に~くらいからのイメージだ

 

 だとすれば、あの遺跡が封じているのは魔神王等の魔神族ではなく……もっと恐ろしいものの可能性がある

 即ち、七大天がこの世界を切り開いた神話の時代……創世記の怪物

 

 なら、そんなものと同じ場所に魔神族を封印する筈もない

 

 「……そうか?無駄な考えすぎだろ」

 「そうかもしれないけれど、猿の魔神が最後に逃げようとした方向は、遺跡とは別方向だった

 考えすぎかもしれないけれど、遺跡から来ると決めつけて一個だけ場所を見繕っていた場合、万が一その避難場所方向から攻めてこられた時に対応が出来ない

 だから、2~3個は見繕う必要があるんだ」

 「そうか。勝手にしてくれ」

 と、レオンは少し呆れげに言った

 

 「ああ、勝手にするよ

 ……だけど、おれたちが護るのはゴブリン達だけじゃない

 騎士団の皆、プリシラ達、そして……おれ達が此処で止めなければそのうち襲われるだろう人々

 それら全ても護るための戦いになる。だから……

 ちょっとくらい頼らせてくれよ、レオン」

 「他人の、特に獣人の為になんて命を懸けたくないけれど、俺だってプリシラの為になら全身全霊振り絞るさ」

 少しだけ顔を得意気にして、緑髪の少年はおれに笑った




狐娘……そろそろ保護者面黄金比ツンデレロリエルフに倍差つけられるぞ狐娘……萌えポイントだけなら勝ってる筈なのにどうしたんだ狐娘……
まあ、今が半ばノア編なので仕方ないと言えば仕方ないのですが……


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砦、或いは結晶

「レオン、大丈夫か?」

 あまり物を食べていない乳母兄に、ふとおれは問い掛ける

 

 「……獣臭い」

 「まあ、ゴブリンって食べ物は生か焼くか香草振り掛けて焼くかが大半だからな……」

 おれに比べて、臭みのある肉に慣れてないんだろうな、レオン

 

 一方その頃ノア姫はというと、エルフという高貴なイメージとは裏腹に、上品に小さく切り分けてはいるものの臭みの強い鹿のような魔物の肉を、食べられる葉の草でくるんで頬張っていた

 

 此処はゴブリン集落

 魔法が使えてプリシラと話せる魔道具も持っている(ちなみにおれは使えないし使えても王都は遠すぎるのでアイリスと話したくても意味がない)レオンを連絡役に、ここ一週間かけて3ヶ所避難場所を見繕い、そして有事には避難するようにという練習をしたところだ

 その為、レオンにもゴブリンのもてなしはあったんだが、どうにも慣れないようだ

 

 ……一応皇族のおれが野生を狩ってきたのをそのままその場で解体して獣臭いまま食べることに慣れていて、従者が慣れてないとはこれ如何に

 いや、レオン達を蔑ろにしてきたおれのせいなんだけどな

 

 「ノア姫は、思ったより肉食べるよな」

 「エルフは果物しか食べない印象でもあったのかしら?」

 悪戯っぽく珍しく柔らかな微笑を浮かべ、木のナイフで器用に肉を切り分ける手を止めて少女はおれを見上げた

 

 「そうじゃないけど」

 「人間の中では菜食主義者として良く書かれてるわよね

 エルフとの恋愛物語郡、あの都合の良い空想譚でも、エルフは弓を扱い肉を食べないのが基本系」

 

 「……プリシラの読んでた本でもそうだった」

 と、レオン

 

 「でもね。肉も果物も同じ命よ。生きるために戴く事に変わりはないの」

 小さくした肉の破片を、行儀良く口に含み……

 食べながら話すのは行儀が悪いと飲み込んでから、エルフの少女は言葉を続ける

 「だから、本来のエルフは肉も食べるわよ

 菜食主義の方が所詮は全部空想というのが際立って人に都合良く描かれていてもバカにされた気がしないから、空想エルフは果物だけで生活する定番を続けて欲しいものね」

 

 と、不意におれの耳が不可思議な音を捉える

 何かが砕けるような音

 アルヴィナと居た時に聞こえたような音

 

 どうしてそれに気がついたのかは分からない

 左目が疼いたような気がして、それが本当に何らかの魔神関連の気配を感じての事だったのか、それとも勘違いか、それすらも不明

 

 ただ、何かに突き動かされて見上げた空に……

 色がない場所があった

 今は夜になりかけたところ。東と西に二つの太陽が沈まんとしていて、夕焼けのような黄昏色の空が拡がっているはずだったのだ

 その最中に、まるで見ている空が天井に描かれた絵で、一ヶ所だけ天井が割れて地が見えているかのように……空が割れ、色の無い不可思議なものが見える

 

 そして……風が吹く

 割れた空が何者かに修繕されるように戻り行く最中、色の無い空から何かが嵐と共に地上に降りていくのが見えた

 

 「ノア姫、レオン!」

 「……ゼノ?」

 「……御免なさい、見逃したわ

 もう少し早くに気が付ければ良かったのだけれどもね。何があったのかしら?」

 「……あ、悪い」

 見かけたはいいが、それを共有するのを忘れていた。一人で眺めてるだけじゃ駄目だったな

 

 「兎に角だ

 来た。予想通りに……此処から砦方向!」

 遺跡付近に現れるとは限らないという話は、ゴルド団長とも交わしていた。故に、想定より近くに降り立たれたとしても不意をうたれるような事はないとは思うが……どうなるか

 「とりあえず、ゴブリン達!避難だ!

 今回は訓練でもリハーサルでもない!」

 「ギャギャウ!」

 

 そうして、ゴブリン達を遺跡付近の避難場所に誘導し、おれは森を抜ける

 

 「……見事に分断されたわね」

 「だな」

 連れてきている愛馬に乗せられたノア姫が、アミュの背中でぽつりと呟くのに同意した

 

 遺跡付近の森と、平原に築かれた砦。その間に布陣するように、不可思議な何かが現れていた

 それは……結晶で作られた砦のようなもの

 

 ああ、そういえば原作のステージでも結晶の王座とか色々結晶云々の場所があったな。あれ、その場で作られてるものだったのか

 

 「それで、どうするのかしら?

 ワタシと二人……じゃないわね」

 と、エルフの姫は馬上から周囲を見渡すと、ぽつりと言った

 

 「ニンゲン!ツイテク!」

 そう、ゴブリンである

 一人だけ……ゴブリン随一の弓の名手だというゴブリンがおれに着いてきていたのだ

 ……ゴブリンは割と非力である。子供のような身長にしては力は強いのだが、子供に毛が生えたくらい。レベルによってもそうステータスが激増する訳ではなく、大体同レベル帯の人間より一回り低いステータスになる

 そんなゴブリンの弓の名手が、どれくらいなのかは良く分からないが……まあ、総出で手伝うとか言われなくて助かったな

 

 「……三人で突撃する?」

 試すような瞳

 おれは、それに対していや?と首を横に振った

 

 「どれだけの戦力がいるか分かったものじゃないし、観察しながら団長等と合流するよ

 ゴブリン達の避難場所は遺跡を越えた先、たとえ目的が遺跡だったとしてもかち合う事はないし……」

 と、おれは結晶の砦を見る

 

 「砦を築くってことは、暫くこの辺りを拠点にする筈。その間に叩くさ」

 少しだけ後ろめたさはある

 だが、おれは皇子だ。民を護る

 

 それが、アルヴィナ達と敵対することだとしても。おれは皆を護る

 

 だから、何時でも来い、アドラー・カラドリウス

 

 そんなことを、おれは尖った砦の四隅の塔を見ながら思っていた




おまけ、七瀬 あお様によるゼノ君ラフ画(第二版)
まだちょっと完成してはいないですが、前よりかなりゼノ感増えたものになります。

【挿絵表示】
これに惚れるとかヒロインズはさぁ……


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報告、或いはからかい

「……ゴルド団長」

 レオンにプリシラと連絡を取って貰い、許可を取って砦近くの騎士団と合流する。

 

 夜の闇に紛れ、ついでにノア姫とアミュは置いてきた。燃える鬣の愛馬は夜闇でも目立つし、その上でおれ達の中では断トツで(はや)いからだ

 幾らなんでもあの不可思議な突然生えた結晶砦をガン無視という訳にはいかない。監視偵察を行う誰かは残すべきだ

 それをエルフ故に夜目が利き、直接的な戦闘力はそこまで高くないが魔法の力には長け、いざとなれば魅了という札もあるし、冷静に素早く逃げることを選べるだろうノア姫に頼んだのだ

 

 とりあえず、今はまだ動きはないが……何時、敵が動くか分かったものではない。夕暮れに現れて、夜に動くかもしれない

 

 「レオン、ゼノ皇子。ゴブリン達は?」

 その言葉に肩をすくめ、横でギャウギャウ言っている一人を指で示す

 

 「一匹だけか」

 「一人でも手を貸してくれるのは蛮勇。本来は全員避難していても良い立場ですから」

 「……まあ、それはその筈だが」

 どことなく納得しきれないような表情で、けれども青年騎士団長はそれを認め、遠くに目をやる

 

 此処は騎士団の砦……からちょっと離れた陣

 何か動きがあった時用に、団の一部だけを動かして砦の少し先に陣を敷いたのだろう

 

 「……エルフの彼女は」

 「偵察です。おれ達の中では一番夜に強いので」

 「……合流は出来るのか」

 その言葉には軽く笑い返す

 

 「家のアミュを舐められても困ります、団長

 おれの匂いなら、このくらいの距離ならかぎ分けて辿り着けますよ、彼女」

 犬かと言いたくなる嗅覚だからな、ネオサラブレッド。数十キロ離れたところからでも知ってる匂いはかぎ分けられる

 

 「なら、良いが……

 本当に想定外の場所に現れたな」

 と、遠い目をしながら青年は呟く

 「想定外の事態という名の想定内

 そこからどう動くか、まではおれにも何とも分かりませんが……」

 思っていた場所とは違ったが、やはりあの遺跡内部に封印されていた訳では無いのだろう

 そもそも、アルヴィナ達もこの辺りから来た訳では無いだろうからな。此処は倭克とはかなり離れているのでナラシンハの活動も無い

 ついでに言えば此処は元シュヴァリエ領だ。ニュクスがやらかすガルゲニア領とも離れている

 

 「難しいところだが、どうする、皇子」

 「それをおれに聞きますか?」

 と、おれは団長を見上げる

 静かな瞳は、砦の方を見据えていた

 

 「まず、相手の戦力は未知数です」

 レオンがそうだと頷く

 「砦の中は分からない。おれは……偵察に便利な魔法一つ使えませんからね」

 影に潜めるあのカラスならば偵察に行って帰ってくる事も出来たろう。或いは、頼勇なら熱源探知である程度の数くらい把握できたかもしれない

 そういったものはおれには何も無い

 

 だが、騎士団の面々にならばそういった魔法の使い手が居るのではないか、結構扱いが難しいが無いわけではない筈だ。そう思っておれはそう言ったのだが……

 「……家には居ないな」

 返ってきたのはそんな言葉だった

 

 「居ないんですか団長」

 「昔は居たが、どんな魔法もあの遺跡内部を調べることは出来ず、何時しか予算を削られた」

 

 ……ああ、成程。そりゃ魔の封じられた遺跡への対応という名目の騎士団だからな。他国との国境付近で、役にも立たない斥候だの偵察要員だのを沢山抱えている訳にもいかないか

 幾ら相手国がそう大きくはなくその気になれば捻り潰せる国力差があり、ついでに言えばゲーム中では帝国に併合されるから魔神族の襲撃から助けてというSOSが届いていた筈だが、それはそれとして事を荒立てるのは良くないしな

 実際、原作のおれが死ぬのだって、壊滅的被害を受けた向こうの国の兵達を逃がすためには誰かが四天王アドラー・カラドリウスを、追撃の指示を出せないよう長期間釘付けにしておかなければいけなかったって事情があるわけだ

 そして、その時それが出来たのは命懸けだとしても原作のゼノ一人。だから死ぬまで殿を務めたって話になる

 

 今回は、流石にそこまでの事にはならないと良いんだが……

 

 「……ならば、少し仕掛けてみますか?」

 軽く問い掛ける

 これは別にどちらでも良い。所謂威力偵察、此方から兵を出して向こうの戦力と出方を伺うのは意味はあるが危険もある

 向こうが何しに現れたのか分からない以上、無闇に攻める必要はない

 

 そもそも、強力な魔神族はまだ封じられたままの筈。姿を見せるだろうアドラー・カラドリウスはアルヴィナが作った影だ

 おれの目の前で砕けたアルヴィナ……は無理矢理本来の力を出した結果の強制的なタイムアップだがそれはそれとして、製作者であり修繕が可能であろうアルヴィナが既にこの世界に居なくなっている以上、誰もあの影が壊れていくのを止められない

 時間を稼げば勝手に四天王はそのうち影の体の限界が来てああして砕ける

 

 「仕掛けないのか」

 「団長、しばらく前に話したように、おれは師匠と共に彼等と戦った事があります」

 「それとこれとの関係は?」

 「その時対峙したうちの一人がおれが一週間前に感じた気配

 そして、彼等は本体ではない分身のようなものでした。本体に影響はない、作られた体」

 

 静かに聞かれているのを感じつつ、おれは続けた

 「彼等四天王の影を産み出した術者は……この眼の傷を追った戦いで、この世界から姿を消しました」

 優しく左目の傷痕をなぞる

 

 あの時、全てを懸けておれ達を護ってくれたアルヴィナを忘れないように

 何時か敵として戦うとしても、おれはあの事を忘れない

 

 「つまり、主の無いゴーレムのようなものだと?」

 その青年の言葉に頷く

 「はい。あれから一年半。予想では、向こうにはそう時間が残されていない」

 「どれくらい?」

 と、聞いてきたのは団長の側に居たプリシラだ

 

 「それを知ってたら具体的な時間を言ってるよ」

 「……ぶー」

 ぽつりと不満を溢すプリシラ

 けれども納得したようにレオンが仕方ないなと言うと、それに合わせたのか言葉の矛を収める

 

 「とりあえず、砦を築く事で長期戦を仕掛けるように見せ掛けて、恐らくはそう遠くない頃に電撃的に決戦を仕掛けてくる筈

 それを考慮して、行動を」

 

 「……暫く、昼夜問わず見張りを置く

 それだけだ」

 少しだけ考えた末、騎士団が出した答えはほぼ静観だった

 「あとは、魔神族が本当に攻めてきたという騎士団長直々の証言をもって救援を要請する」

 

 あ、そうか。とおれはぽんと手を打った

 おれ自身はこの戦力で何とかしないとと思っていたんだが、ここまで魔神族が大々的に動いているなら皇の名を持つ騎士団への協力くらい仰げるわな

 ゲーム本編以前のこの時間軸なら、散発的な魔神族の襲撃により騎士団は担当区域を離れられない……なんて話もないし

 アイリスに伝令してそれで満足してたが駄目じゃないかおれ。ノア姫にも言われたように、もっと他人を信じて頼らないと

 割と難しいな。頼勇はゲームでも散々頼ったし、おれ自身憧れてたから頼りやすいんだが……。

 

 「良い手ですね、団長」

 そうして、思う

 時間的にカラドリウスが動くまでに救援は間に合うだろうか

 幾ら何でもここから都まで届く連絡の魔法を使える人は居ない。だから、手紙を送るのだが……

 

 といっても、アルヴィナがあんな危険地帯と分かっていた場所に来たように、魔神族の上下関係はかなり明確だ

 あとは、ゲームでの話だが……マップの勝利条件は大半がボスの撃破。敵の全滅が条件のマップはボスが居ないことが多く、上位者の魔神が居るマップはそれを倒せば大概は雑魚が残っていても勝ちになる

 つまり、おれがカラドリウスを何とか出来れば残された魔神は組織だって動くことは暫くは無くなり、時間は稼げるだろう

 

 と、その時ふと思い出したことがあった

 「ノア姫なら」

 「……あら、何?」

 と、横からその当人(当エルフ……いや当人で良いか)が顔を見せた

 

 「ノア姫。昔、転移の魔法を使っていたけど、それで王都に飛べないか?」

 そう、思い出したのはあの日おれが贈った大量の魔法書と共に転移したノア姫の姿

 あれが出来ればアミュの全速力より速いが……

 「無理ね」

 ばっさりと切られた

 

 「あの時は(あに)さ……サルースに飛ばされたの。だから間に合った」

 咎云々故か、少し微妙な顔で呼び捨てに言い直しつつ少女は肩を竦めた

 

 「彼なら昔の縁で王都まで誰かを飛ばせるかもしれないけど、ワタシは無理よ」

 「でも、自分で転移をしてなかったか?」

 「したわよ。でも、あれはワタシの故郷に戻る魔法なの。残念ながら、何処からでも故郷に帰る事しか出来ないわ」

 

 その紅の瞳がおれをふと見上げた

 「そうね。アナタと結婚でもすれば、アナタにとっての故郷がワタシの第二の故郷にもなるかもしれないわね」

 が、すぐに目線は逸らされる

 

 「馬鹿馬鹿しい話よ、忘れて

 そもそも、アナタにとって故郷はあそこじゃなさそうだもの、不可能な想定ね」

 

 仕方ないと頷いて、おれは愛馬の首を軽く撫でる

 

 「なら、俺は?」

 と、空気を和ませようとしたのか、レオンは突然そんな事を言い出して……

 「って冗談、冗談だって」

 一瞬顔から表情が抜け落ちたプリシラを見て、即刻取り消していた

 

 「なら、僕が」

 更には便乗してノア姫親衛隊みたいになっていた新米兵士が立候補

 ……いや、何か話ずれてってないか?

 「悪いけど、家族の故郷であればワタシの故郷とも思えるから飛べる可能性はあるというだけよ

 エルフは、この灰かぶり皇子(サンドリヨン)から非売品の恩を買ったのよ。二度もね

 だから特例も特例よ。普通人間を家族と思う心構えなんて無理、成立しないわ。釣り合わないもの」

 ……話はそれたが、どうやら飛べないみたいだということは分かった

 

 「ノア姫。ならば頼む

 おれとノア姫しか、アミュはそう馴れていない。だからノア姫にしか出来ないんだ

 アミュと共に伝令として駆けてくれないか。魔神襲来の話を、父さんに通して欲しい。エルフの姫なら、きっと聞いてくれる」

 

 大丈夫ですよね、団長?とおれは振り返り……呆れた顔で見返された

 「団長?」

 「いや、それは良いが、姫君はまず何かあったから来たんだろう」

 と、じとっとした眼のレオン

 

 「……ええ、見事に余計な話に乗せられたわね

 伝令は分かったわ。体よくワタシを遠ざけようという事ならば断るわよ。あくまでも同盟関係、嫌なものに従う気はないもの

 でも、ワタシしか出来ないという事ならやってあげる」

 

 エルフの少女は、得意気に顔を綻ばせ、

 「あとね、恐らく遺跡側に向けて、明け方には魔神達が動きそうよ。それを言いに来たの」

 と告げると、淡い金の光を揺らし、白馬と共に駆けていった



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鶏、或いは暁の脅威

そうして、暁の頃

 

 「レオン!団長!」

 蠢く影を確認し、おれは夜営地で仮眠中の二人へ向けて声を限りに叫んだ

 

 此処は森の中の夜営地。夜の闇に紛れて動いては来なかった魔神族を尻目に、ノア姫の忠告通り暁と共に遺跡へ向けての侵攻が本当に起こる可能性を信じて、部隊の一部を森に潜ませたのだ

 志願者はたった20人。特別金が出るとしても、異様な敵を相手にあるか分からない襲撃の為に夜営はあまりしたくなかったのか、人は少ない

 が、それで良い。あまり兵が多ければそもそも森に潜むことが出来ないからな。数十人で良い

 そもそも、騎士団最強戦力は二人とも此方に居るのだから

 

 これで、騎士団の砦へ攻められたらおれとノア姫の考えがお笑いになってしまうが、まあ兵は多いしその場合でも恐らく何とか間に合うだろう。その判断を下しただけだ

 

 果たして……結晶砦から飛び立つ数羽の羽の生えた怪異。単なる鳥では間違いなくない異形の生物……魔神族

 アルヴィナはあまり混ざってなかったが、全体的に見ればキメラのような姿をした魔神が多い。例えば、今飛び立ったヒポグリフや有翼猿のように

 

 「……甘い!」

 おれは持ち込んでいた弓を引き絞り、矢を放つ

 空を裂いて空へと放たれた矢は、少しの時間を置いて有翼の猿の翼に突き刺さった

 

 が、猿は揺らぐのみ。流石に打ち上げる形で射るのは火力的に無理があったか。ゲーム的な射程で考えても射程外かもしれないしな

 

 だが、それで良い。あくまでも、伏兵に気が付かせるだけの目的だ

 

 気が付かせたら伏兵の意味がない?そんな事はない

 待ち伏せて撃滅する為というよりは、今やることはあくまでも向こうの戦力偵察と動向の確認だ。警戒心を植え付けつつ、相手を測る

 

 ならば、此方に気が付いてくれなければ意味がない

 

 が、魔神等は弓矢による攻撃を無視し、悠々と空を舞う

 

 「団長」

 「……好きにしろ」

 おれを見て、もう勝手にしろと肩を竦める団長

 

 許可は得た。共に戦ってくれるな?

 そう、おれは愛刀の鞘を撫で、柄に左手をかける

 

 「(はし)れ、蒼雷!」

 腹の底に轟く音と共に、暫く鞘に納められたままであった刀身から雷撃が(ほとばし)った

 

 「グガウッ!?」

 抜刀と共に走る雷撃に撃たれ、先行していたヒポグリフの体が揺らいだ

 そのままバランスを崩し、蒼き雷により麻痺した翼では滑空を維持できずに墜落してくる

 

 空中で叫び声がする。二度の攻撃に、全部で10匹程の魔神族が沸き立ったのだ。

 

 ……そうして、地上へと降り立ってくる。

 そうだろう。弓矢だけならば自分達を脅かす程の脅威ではないと思えたとしても、月花迅雷は無視できまい

 無視して空を往くならば、幾度となく蒼雷が地上より撃ち抜いてくると思えば、全滅させられる可能性を棄てられないよな!

 

 「総員、戦闘準備!」

 木々の間に隠れていた兵達に向け、団長が指示を飛ばす。そして……

 

 おれとの決闘で扱った鎧は纏わず、当人も森に合わせた短槍を引き抜き、構えた

 

 「団長、鎧は」

 「前哨戦で使っていては持たない」

 

 ……うん、最もな答えだった

 基本的に、無限の雷撃を放つ月花迅雷って、半ば夢の無限機関みたいなものでチャージどころか時折放出してやる必要があるレベルだからな。

 魔法も使えないし弓もあまり使わないし刀は脂や血糊をうっすら纏う雷撃が分解するし刃には傷ひとつ付かないおれは、リソースの管理という思考が甘いのかもしれない

 

 「……レオン、暫くは見に回るぞ」

 「前線に出ないのか?」

 「出ない」

 言いつつ、おれは弓を構え、後方から降り立った魔神達を眺める

 

 「……おい」

 「月花迅雷を振るえば、此処で彼等は軽く倒せるはず。けれど、それでは出方も戦力も測れない」

 突っ込みを入れたそうなレオンに、おれはそう言いながら矢をつがえる

 

 本当は誰にも被害を出させないためには今からおれが突っ込むのが一番早い

 ……だが、そんなことしたら、今は居ないノア姫にまた誰も信じていないと、一人で解決できると先走っていると馬鹿にされるだろう

 

 それに、アドラー・カラドリウスの動向が気になる

 だから、此処はあくまでもおれは後方支援。弓矢での攻撃のみに留め、兵を信じる

 そうして、魔神達の間に、あの雷撃の使い手の存在を感じさせつつ撹乱して、動かす

 

 「臆するな!いざとなれば幾らでもフォローは効く!」

 そんなゴルド・ランディア騎士団長の言葉と共に、小競り合いは始まった

 

 そうして、約1/3刻

 

 ……可笑しい

 おれは、少し混乱していた

 

 森を出て、魔神達を追い込む兵士達。本隊から一部兵士が合流し、救援に出てきた魔神族30体を含めた合計40体を追いつめて行く

 

 本来は良い感じの戦闘推移だ。砦まで戻ろうとする方向を塞ぎ、戦力差は頭数にして5vs1。此方に被害はなく、相手は順調に傷付いていく

 そう、あまりにも簡単に都合良く推移しすぎている

 

 こんなに、魔神族は弱いものだったのか?

 そんな筈はあるまい。幾らおれでも、いやおれだからこそ、自分の持つステータスというスペックが如何に今の世界基準でイカれた高さかは解ってる

 

 魔法関係の数値を除けば、おれのステータスは平均して70近い数値。それは今のこの世界ではあまりにも高い

 かなり上位の魔物である八咫烏で平均50、おれ達のために戦ってくれた母天狼……即ち神の似姿とされる幻獣で恐らく平均110あるかどうか、作中味方キャラ最強だろう親父もそれと似たような数値

 兵士達ならば、平均30前後のステータスが基本だろう。おれの半分以下。計算式上、それこそ全兵士が束になっても物理的な攻撃ではおれ一人に負ける程度のステータスなのだ

 

 それで幾ら5vs1でもここまで一方的に魔神族を追い込めるものなのか?

 原作ゲームでもモブ兵士が魔神相手に戦ってる話はあったし、実際操作できない味方としてマップに居た事もあったが……彼等は低難易度だとしてもプレイヤーがユニットを操作して助けてやらな蹴れば殺されていた筈

 ここまでやりあえるなんて、可笑しいのだ

 

 ……ひょっとして、誘い込んでいるのか?

 

 そう思いながら、兵士を飛び越えるように山なりに矢を射て敵を牽制する

 

 だが、誘い込んでどうする?範囲攻撃で一気に凪ぎ払う気か?

 

 だが、ゲームでは所謂マップ技……複数人を巻き込む範囲攻撃を使えるエネミーは多くない

 当たり前だ。マップ攻撃技は複数キャラへ一気にダメージを与える上に、通常の戦闘を行わないから反撃を一切されないという存在そのものがぶっ壊れた攻撃だ

 そんなもの、そこらの雑魚敵がバンバン使ってきたらゲームの難易度が壊れる。特に男主人公のアルヴィスはガチガチの前衛キャラだからまだ良いが、女主人公は正規でも隠しでも半後衛故にそう耐久性能は高くない。バカスカ雑魚から範囲攻撃飛んで来るゲームとか、聖女が即死するわそんなもの

 

 ……だから、流石に範囲技を使えるとしてカラドリウスだけだろう。本体の話だが、ゲームでもレイジサイクロンって範囲攻撃持ってたしなあいつ

 他は……流石に兵士を一気に殺戮できるような技は無いんじゃないか

 

 ……そう、思って見守る

 いざとなれば、伝哮雪歌がある。カラドリウスが降り立って攻撃を仕掛けてきたら、即座に斬り込める

 だから、兵士達の戦いを遠巻きに援護だけして……

 

 遂に、全部隊の1/5が出撃した兵士達が、完全に40体の魔神を囲み、追い込んだ

 

 其所は、磨き上げられた結晶の乱立する地。何か、反射する鏡のような……

 

 猛烈に嫌な予感がする。いつの間にあんなものが生えてきたんだ?

 

 「もういい、下がれ!」

 

 同時、結晶の真ん中で、朝を告げる鳥の声のような金切り声が響き……

 

 「あ、」

 新たな結晶が10柱、突き立った

 

 「んなっ!?」

 横でレオンが目を剥く

 眼前で、人が結晶に変わったのだ、無理もないだろう

 

 ……そうだ。忘れていた

 カラドリウス配下で時折出てくる化け物の存在を。ゲームでは、味方が全体的にステータスが高くて無効化しやすいからそこまでの脅威では無かった魔神族

 だが、今居るのは育ったゲームのメインキャラ達ではない。ならば、脅威そのものな存在

 

 「コカトリス……っ!」

 

 それが、声を聴かせた者をモノ言わぬ物に変えてしまう、脅威の名だった




おまけ、七瀬あお様によるゼノ君(完成版)
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流石は乙女ゲーの攻略対象兼今作の実質メインヒロイン、無駄に顔立ち良いですねこいつ……


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おまけ、簡単なキャラまとめ

今更も今更な大体全キャラの簡単なまとめです

又の名を漸く完成したゼノ君他の今作には勿体ないレベルのイラスト自慢したかっただけのおまけです。イラストの感想とか貰うと作者が喜びます


メインキャラ勢

 

ゼノ(獅童 三千矢)

称号、渾名:忌み子、灰かぶりの皇子(サンドリヨン)、第七皇子、蒼き雷刃の真性異言(ゼノグラシア)

原作期(真性異言版、本来の原作期は両目健在)

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嫌いなもの:自分

原作ゲームでの役割:モブ→仲間キャラ→隠し主人公時限定の攻略対象

幼い第七皇子ゼノの意識と融合したゼノ(獅童三千矢)であり、帝国第七皇子。サバイバーズギルトと忌み子としての劣等感から超重度のメサイアコンプレックスを煩うサイコパスな、割と独善的思考の今作の主人公。

原作乙女ゲームで自分が死ぬ可能性を知り生き残れるルートを目指して行動を始めるが、生きたいと言いつつも無意識的に偽善を貫き続けて誰かの為に死ねば自分の罪が許されると破滅的な思考をしているきらいがあり、思考には矛盾が混じっている。

真性異言としての能力は無い。

 

 

アナ(アナスタシア・アルカンシエル)

称号、渾名:極光(オーロラ)の聖女、シエル

幼年期

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原作期

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原作ゲームでの役割:隠し主人公

大人しく、皇子さまと呼んでゼノに依存気味な孤児の女の子。依存系ヤンデレ。

原作通りに聖女として目覚める片鱗こそ見せているが……外見と性格がゼノの読んでいない小説版準拠故、ゲーム版主人公の一人であることを気付かれていない。

 

 

アルヴィナ・ブランシュ

渾名、偽名:屍の皇女、リリーナ・アルヴィナ

幼年期/原作期

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原作ゲームでの役割:エンディングのみ登場する半モブ(没設定では主人公の別ver)

ゼノのイカれた眼を滅茶苦茶気に入ってしまった穏健派(魔神基準)な魔神族の姫。メンヘラ系ヤンデレ。

父親が自分の最愛の幼馴染に無理矢理産ませた子という中々に酷い経歴からか兄である魔神王にはどこか父娘に近い形で溺愛されている。死霊魔法の使い手であり、それ故に最近真性異言に乗っ取られた今の兄の違和感に気が付き亜似と呼んで毛嫌いしている。

 

 

ティア(金星 始水)

渾名、魔名:滝流せる龍姫、ティアミシュタル=アラスティル

始水期

【挿絵表示】

 

原作ゲームでの役割:終盤加入の味方キャラ

仲間キャラの一人に転生した獅童三千矢の幼馴染のお嬢様……というか、ゼノを一度獅童三千矢として転生させて平和に生きさせようとした、この世界の創造神である七大天の一柱の化身。無害系ヤンデレ?

ゼノとは何らかの約束をしており、それ故に色々と介入しているようだが……

因みに金星始水とは、魔名(原初(始まり)の水神(ティアマト)+金星の女神(イシュタル)=ティアミシュタル)の変形による偽名というか自称。

 

 

アイリス

渾名:妖精皇女、ゴーレムマスター、第三皇女

原作期

【挿絵表示】

 

原作ゲームでの役割:男主人公編の攻略対象

病弱故に各種ゴーレムを操ってゴーレム越しに生活する深窓の令嬢なお姫様で、ゼノの妹。他者排除型ヤンデレ予備軍。

病弱で天才的な魔法センス故に色々と幼少期に疎まれた経験から基本的にほぼ自分の殻に閉じ籠っており、その頃から一貫して優しかった兄以外にはほぼ興味がない。ゴーレム関連で竪神頼勇等と交流し少しは他者への興味は出てきたが、大体全部兄のためというのはブレていない。

 

 

ノア・ミュルクヴィズ

渾名:ノア姫

幼年期/原作期

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原作ゲームでの役割:未登場

帝国領に含まれている森に住むエルフ族のお姫様。原作ではエルフとそう深く関わらない(エルフ主人公のルートが没になった関係)ため未登場なツン8デレ2(黄金比)のツンデレ姫。

自分を奴隷として売るフリの詐欺で金を得て故郷を救おうとしたところをゼノ達に完全に計画を叩き潰された上で助けられ、更に真性異言が故郷の危機の原因であった事からゼノに協力するようになる。

 

 

アステール・セーマ・ガラクシアース

渾名、蔑称:ステラ、狐娘

幼年期

【挿絵表示】

 

原作ゲームでの役割:未登場

帝国に隣接する七大天信仰が特に強い宗教国家、聖教国の教皇の娘。狐耳狐尻尾の崇拝型で無邪気な腹黒ヤンデレ予備軍。

教皇一族の特徴と、蔑視される亜人の耳と尻尾を両方持つことから捨てられた子(ステラ)として軟禁され続けていた女の子。更に酷い忌み子の名を背負いつつ何だかんだ認めさせているゼノの存在に感化され父親が自分の軟禁を止める勇気を得たからとゼノを無駄に崇拝している。

 

 

ヴィルジニー・アングリクス

渾名:オリハルコン少女

原作ゲームでの役割:男主人公編の攻略対象

聖教国枢機卿の娘。プライドか高くツンデレ気味に見えるが別にツンデレではない女の子。

気に入らないものには噛み付くが、気に入ったものにはツンケンしない。真性異言関連でアステール共々狙われ、そこを人間的な私利私欲混じりで助けようとしてくれたエッケハルトを少しだけ気にしている。

 

 

エッケハルト・アルトマン/遠藤 隼人

渾名:焔の公子、辺境伯子

原作ゲームでの役割:クールな攻略対象

アルトマン辺境伯の嫡男。原作ではクールだったが、今作では転生者故か二枚目半。

基本的にはちょっとバカだが、ゲーム自体をヒロイン可愛いでプレイしていた事もあり善良。但し、それを伝えたら恋愛面で勝ち目が無さそうなのでアナ=隠し主人公という事はゼノに秘匿している。

真性異言としての能力は、自由に職業を変更できる特殊能力、七色の才覚。

 

 

竪神 頼勇

渾名:特命を継ぐ銀腕、タテガミ準男爵

原作ゲームでの役割:サブキャラ→攻略対象

ゴーレムと異世界の技術を合わせた巨大兵器、システムL.I.O.Hを扱う帝国南方倭克出身の少年。

真性異言の事を知り、正義感からゼノ達に手を貸す。大体ゼノの上位互換。

 

 

シグルド

渾名:皇帝、炎皇

原作ゲームでの役割:終盤お助けキャラ

帝国最強の男。帝国皇帝にしてゼノの父。最強の神器とも呼ばれる轟火の剣デュランダルの所有者。

武断派で口下手でかなり荒っぽい性格の皇帝。恐ろしいが、何だかんだ子は大事にしている。

 

 

 

皇族

 

シルヴェール

渾名:第二皇子

原作ゲームでの役割:攻略対象

ゼノの兄である第二皇子。腹黒眼鏡。

 

 

エルヴィス

渾名:第三皇子

原作ゲームでの役割:未登場

ゼノの兄の一人。原作では出番がない。皇族内での扱いは微妙。

 

 

ルディウス

渾名:第四皇子、皇狼騎士団長

原作ゲームでの役割:未登場

ゼノの兄の一人。若くして騎士団長をやっている皇子であり、原作では話だけ聞ける。皇族内での扱いはかなり上。

 

 

 

その他人類勢

 

ガイスト・ガルゲニア

渾名:厨二

原作ゲームでの役割:攻略対象

攻略対象の一人。言葉は厨二入ってて分かりにくいが単なる良い奴な攻略対象。

原作では公爵嫡男である兄が屋敷の人間を自分一人を除いて惨殺するという大事件が起こり、それ故に殻に閉じ籠るように厨二言動をするようになったが、今作では転生者な兄に脅されて厨二言動をするようになった。

 

 

ニコレット・アラン・フルニエ

原作ゲームでの役割:男主人公編の攻略対象

ゼノの婚約者。

あくまでも皇子の婚約者という商売のためのコネの為の婚約であり、互いに結婚する気はないアラン・フルニエ商会の娘。ゼノの事を忌み子な上に白馬の王子様とはほど遠い婚約者を他人と同列に下に見る最低野郎と忌み嫌っている、普通の感性のちょっと夢見がちな女の子。

 

 

レオン・ランディア

原作ゲームでの役割:仲間キャラ

ゼノの乳母兄。原作よりゼノの周囲に色々と人が多いせいで影が薄くなり、差別を感じて疎遠になっている。

 

 

プリシラ

原作ゲームでの役割:未登場

ゼノのメイドだが、忌み子だと嫌ってその仕事はほぼしていない。レオンとは婚約者。

 

 

オーリン

原作ゲームでの役割:未登場

プリシラの父。ゼノ付きの執事だが、やっばりそんなに仕事していない。

 

 

ゴルド・ランディア

原作ゲームでの役割:未登場

ランディア子爵家出身の騎士団長であり、レオンの従兄。

 

 

ウィズ(リリーナ・ミュルクヴィズ)

原作ゲームでの役割:没設定では主人公の別ver(イラストは主人公差分として使用)

エルフ関連が没にならなければエルフ出身の主人公(リリーナ)となっていたろうエルフの少女。繚乱の弓ガーンデーヴァの使い手。

人間を見極めるために男装している。ゼノは男装だと気が付いていない。

 

 

 

動物勢

 

アウィル

渾名:天狼

原作ゲームでの役割:未登場

幼い天狼の妹の方。ゼノに滅茶苦茶懐いている伝説の幻獣。

 

 

アミュグダレーオークス

原作ゲームでの役割:仲間キャラの馬

ゼノの愛馬の片割れ。雌の方。白い体毛に燃える鬣を持つネオサラブレッド

 

 

オルフェゴールド

原作ゲームでの役割:未登場

ゼノの愛馬の片割れ。雄でマイペースな方。黄金のような体毛にオレンジの鬣を持つネオサラブレッド。

 

 

ラインハルト

原作ゲームでの役割:隠し主人公編限定の攻略対象

天狼の兄の方。原作では隠し主人公に名付けられ、母のように慕う彼女の為に条件を満たすと伝説の神器、哮雷の剣を携え、擬人化した姿で参戦するが……現状その兆候はない。

 

 

シロノワール

渾名:黒翼の先導者(ヴァンガード)、魔神王

原作ゲームでの役割:(シロノワールとしては)未登場

アルヴィナの兄が飼っていたという八咫烏。

本名テネーブル・ブランシュ。真性異言に肉体を乗っ取られた魔神王の魂が、アルヴィナの死霊術で仮初めの八咫烏の姿を得たもの。最愛の幼馴染の娘ににして最愛の妹がベタ惚れな人間を観察したりアルヴィナを護ったり、自分の肉体に入っている相手の動向を見極めるために只の八咫烏のフリをしている。

 

 

 

魔神族

 

テネーブル・ブランシュ/黒葛川(くずぬき) 龍悟(りゅうご)

渾名、別称:魔神王、亜似(あに)汚似(おに)いちゃん

原作ゲームでの役割:ラスボス、及び隠し攻略対象(但しヒロイン闇落ちバッドエンドルート)

原作ゲームにおけるラスボス、魔神王。本来の姿は八咫烏。但し、アルヴィナ相手にドシスコンやってる本家ではなく、ちょっとチャラい感じの真性異言。本来のテネーブルは、シロノワールと名乗ってアルヴィナに憑いている。

真性異言としての力は、別シリーズの最強武器、王権ファムファタール・アルカンシェル。

 

 

アドラー・カラドリウス

渾名:"暴嵐"の四天王

原作ゲームでの役割:敵キャラ

イケメンな大翼の魔神。本来の姿は大鳥。

アルヴィナの婚約者(自称)にして四天王の一人。原作でゼノがシナリオ上死ぬのは彼相手に民を逃がすために死亡前提の殿を務めるが故。他にもゼノとは因縁があるようだが……

 

 

ニーラ・ウォルテール

渾名:"迸閃"の四天王

原作ゲームでの役割:敵キャラ

大人しげなフード被った少女魔神。但し本気の姿はマッチョゴリラ。

テネーブルに忠誠と愛を誓う四天王の一人。真性異言の今のテネーブルに対し少しだけ違和感を覚えている。

 

 

ニュクス・トゥナロア

渾名:"惑雫"の四天王

原作ゲームでの役割:敵キャラ

えっちな人魚の魔神。本気になると空とぶ羽のはえた魚の姿になる。

ガイストの兄を唆し惨劇をおこす等、精神を弄ぶ魔神。

 

 

エルクルル・ナラシンハ

渾名:"砕崖"の四天王

原作ゲームでの役割:敵キャラ

四腕のマッチョな男の魔神。本気になると四腕の獅子になる。

竪神の父を食う等さまざまな事を行ってきた好戦的な魔神。復讐者を返り討ちにするのが楽しみらしい。

 

 

スコール・ニクス

渾名:"星喰"の四天王

原作ゲームでの役割:未登場

三眼の狼の魔神。アルヴィナの祖父。帝祖皇帝により既に滅ぼされている筈だが……

 

 

スノウ・ニクス

原作ゲームでの役割:未登場

白狼の魔神。アルヴィナの母であり、テネーブルの幼馴染。テネーブルを王として覚醒させるために無理矢理アルヴィナを産まされた無理が祟り、既に死んでいる筈だが……

 

 

 

真性異言

 

リリーナ・アグノエル/門矢 恋

渾名:天光の聖女、淫ピリーナ

原作期

【挿絵表示】

 

原作ゲームでの役割:本家主人公

私、リリーナ!このゲームの主人公!な女の子。ちょっとおバカな転生者。

原作ゲームの攻略対象の皆の事は好きであり、それ故により多くの皆を幸せにしたいからと逆ハーレムを目指す。ついでに、居るなら助けたいよね!とゼノ等も攻略して死なせないことを目指しているらしいが……

真性異言としての能力は好感度が見える目。

 

 

ルートヴィヒ・アグノエル

原作ゲームの役割:モブ

本家主人公であるリリーナの兄。モブもモブに転生した真性異言。

ケモミミ萌えであり、アルヴィナを欲しがって行動する。

真性異言のしての能力は、死んだニクス一族を自分の守護者として無制限かつ無限に従わせる力、白の王命。

 

 

シャーフヴォル・ガルゲニア

原作ゲームでの役割:敵キャラ

ガイストの兄。原作ではニュクスに唆され家族や使用人等を惨殺し、その魂を捧げて魔神族復活を手助けして魔神化したりするガイストルートの敵の一人……になってしまった転生者。

今では原作ゲームという決められた残酷な運命を破壊する救世主、セイヴァー・オブ・ラウンズの一員として活動している。

本人の目的は、ゼノルートに滅茶苦茶入れられやすいシエルをその運命から解き放つこと……らしい。

真性異言としての能力は、異世界の超兵器、AGX-ANCt-09 ATLUS。

 

 

ユーゴ・シュヴァリエ

原作ゲームでの役割:未登場

設定上はアステールの婚約者な未登場モブ以下に転生してしまった転生者。セイヴァー・オブ・ラウンズの一人。

アステールには並々ならぬ執着をしているようだが……

真性異言としての能力は、時間すら飛び越える異世界の超兵器、AGX-ANC14B アガートラーム。

 

 

アヴァロン=ユートピア

原作ゲームでの役割:???

セイヴァー・オブ・ラウンズのリーダー。金髪紫眼の男。王圏ファムファタール・エアの持ち主のようだが……

 

 

???

 

ユートピア

異名:精霊真王ユートピア、墓標の精霊王

原作ゲームでの役割:別シリーズでの中ボス

AGXと呼ばれる超兵器が出てくる別シリーズにおける敵キャラ。エッケハルトを転生させた存在。上記のアヴァロン=ユートピアが仮面を付けたような姿をしているが……




3Dモデルはカスタムキャストによる大体のイメージ、主人公のイラストは七瀬あお様によるもの、メインヒロイン二人については水美(@minabi_4649)様によるものです

因みにですが、ノア姫の耳が割とモフモフしてますがこれはカスタムキャストにはエルフの耳のパーツがないので無理矢理ウサギの耳をめり込ませてそれっぽくしているからです。この世界のエルフの耳がモフモフした毛に覆われてるとかそういう訳ではないです


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コカトリス、或いは暁の鳴き声

コカトリス。ゲームでも出てくる魔神族の種類だ。蛇の尾を持つ鶏

 

 一般的な認識と良く似ていて、特徴は……声を聴かせた相手を石に変えてしまうというもの

 ゲーム的に言えば、状態異常:石化を付与する鳴き声を放つ。それはそれとしてステータスの存在する世界、聞けば問答無用で石になるなんて話ではなく、抵抗は可能なんだが……

 抵抗自体、ステータスによる判定。ステータスが低ければ、代行できずに石にされるのは道理だ

 

 忘れていた……っ!何をやっているんだ、おれは!

 誘い込んできているのが分かっていて、カラドリウスが乱入してきても何とかなる?その結果が、これか!

 

 怒りに任せ、おれは特に先端を細くした特注の矢を矢筒から引き抜く

 そして……弓を地面に捨てるや、手にした矢を己の耳に突き込んだ

 

 「おい、皇子!」

 慌てたような、団長の声。ぷつっとした音と共に酷い耳鳴りがそれを掻き消す

 

 「いきなり何を」

 「団長。確実に相手の声を聞かないためには、鼓膜を破るのが一番。例え耳栓でも、聞こえる可能性があれば安心しきれない

 だから、後は任せます。おれは、何も聴こえなくなるので」

 

 耳が聴こえなくなる恐怖はある

 薬草だ何だがあるこの世界、破れた鼓膜を治せない訳ではないが、それでも暫くは耳は聴こえないだろう。特に、此処は辺境。手遅れになる前に薬が手に入るかどうか怪しい

 

 一生、音とお別れかもしれない

 

 それでも、だ。おれは、彼等をコカトリスから、そして魔神族等から護らなきゃいけない

 石にされても死にはしないが、石を砕かれれば当然肉体も砕け、元に戻ったときに死ぬ。そして、石にされていては何の抵抗も出来る筈がない

 

 それを止める為には、確実にコカトリス等の間に切り込んで戦うためには!耳が邪魔だというならば!

 

 捨てるさ、そんな恐怖!

 

 覚悟を決めて、残された右耳に尖った矢先を突き込み、痛みに少しだけ顔を歪める

 

 もう、誰かの声は聞こえない

 響くのは、おれの体の中の耳鳴りだけ

 

 「伝哮!雪歌ァッ!」

 

 そのまま愛刀を構え、おれは全力で空けていた距離を駆け抜けた

 

 クケェッ!?と、恐らくは一声鳴いたのだろう

 だが、もう聞こえない。沸き立つ魔神等の叫びも、間一髪距離が少し遠くて石にならずにすんだ兵士達の嘆きも。何もかも、既におれには届かない

 だから、全て想像。実際には違うかもしれないが、解る筈もない

 

 だというのに、体表を叩く圧力のある音

 耳を通して浸透する力が、少しだけおれの体を重くする

 

 耳を捨ててもこれか。長期間戦えば、耳が聞こえなくても石にされるとは、厄介な相手だ

 

 「っ、ぐっ!」

 そんな事を考えるおれは、寸前でおれに向けて背後から伸ばされていた魔猿の背の触手を切り裂いた

 

 ちっ!隻眼になってから周囲の物音で相手の動きや距離感を測るようになってたせいか、行動が一拍遅れる!

 情けない!こんな醜態で……

 

 「雷華ァ!」

 周囲に向けて愛刀から雷撃を噴出し、牽制

 本当はいけないのに、おれの罪(月花迅雷)に頼りきる

 

 「そこぉっ!」

 そのまま、少し離れた大鶏がその脚で結晶化した兵士を蹴り砕こうとする瞬間、伸ばされた脚を真っ直ぐ両断

 

 「だあぁっ!」

 そのまま、横凪ぎに一閃。赤き雷光が残像の十字を残し……海色の刃がコカトリスの首を撥ね飛ばした

 

 「っ!」

 キィンとなる耳鳴り

 振り返れば、其所には眼前で崩れ落ちるのとそっくりな二体目のコカトリスの姿がある

 

 ……耳、潰して正解だったな。耳栓で済ませてたら今頃石にされてても可笑しくなかった

 少しだけ動きがぎこちなくなる腕を見て、おれはそう考える

 

 ゲームで言えばコカトリスの石化の成功率(=抵抗率)は、【魔防】と【精神】の数値に依存する。【精神】は高いが【魔防】が0なおれへの石化成功率は、計算式上絶対に0%にはならない

 たかを括っていたら問題だったな

 

 そのまま、戦おうとして……

 

 「っ!此処でかよ」

 抜き放った刃で、降り注ぐ嵐のような鉤爪を受け止める

 

 「アドラー!」

 降ってきたのは、一度邂逅した巨大な翼の青年姿。四天王、アドラー・カラドリウスの影

 

 そんな彼が、何かを言っているが……

 「悪いが、何も聞こえねぇな!」

 耳から流れる血で帯を引いて、右手でかつての邂逅時は無かった愛刀の柄を握り締め、おれは現れた四天王に斬りかかった

 

 「雪那!」

 まずは影ならば打ち砕けそうな奥義で牽制!そして……

 「迅雷断!」

 不可視の刃を避けて飛び上がった翼を狙い、斬り上げる! 

 

 だが、四天王は影とはいえ、仮にも四天王。その刃は風の剣によって受け止められる

 「……これじゃ、無理か」

 それを受けて地上に着地するや、おれは反撃だとばかりに降ってくる羽の雨を避けるように飛び下がった

 

 「っ!吼えろ!撃滅の雷鳴よ!」

 その最中、視界の端に飛び去ろうとするコカトリスを確認し、刀を振るって赤き雷を放つ

 流石に行かせるかよコカトリス!お前とカラドリウスは、おれと踊れ!

 

 そのまま、互いに決めきれずに時間が過ぎる

 幾度目の激突だろう。周囲を巻き込まないように離れ、何度目かに刃を風の剣と合わせた瞬間

 

 前回の邂逅のように吹き荒れる嵐がおれを包みこんで……

 

 「逃がすかよ、今度は!」

 前回は為す術が無かった。だが、今は違う

 

 雷鳴を纏う刃が嵐の壁を貫いて、にやりとした笑いを浮かべる四天王の脇腹を貫く

 そして……そのままおれは、四天王を貫いたまま転移の嵐に呑まれた




嫁は?と聞いて狐娘に票が入ってて笑えますね
やったね狐娘。しかしノア姫が実質トップなのが実にゼノ君というか

そろそろ可哀想になってきたので次の話から暫くは始水オンステージです。カラドリウス君と始水の話になります


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蒼、或いは龍

「……っ!ぐっ!かはっ!」

 指先に走る痛みに、おれは瞳を抉じ開ける。  

 

 腕に小さく散る桜の光。死して尚おれを助けてくれる愛刀、月花迅雷の電流がおれの目を覚まさせてくれたようだ

 

 「っ!」

 同時、意識を喪う寸前の状況を思い出しておれは刀を構え、周囲を見回した

 周囲に響くのは小さな水音と、同じく小さな鎖の音だけ。左耳を襲う酷い体内の耳鳴りは意識を乱して五月蝿いが、他のノイズは無い

 

 ……ん?

 ふと、違和感を感じて左手を月花迅雷の柄から離し、小さな鎖音のする右耳に触れてみた

 ちゃらりとした鎖とつるりとした宝石の冷たい感触が指先に触れて……

   

 「あぎっ!?」

 突然右耳を襲う強烈な異音に、おれは思わず耳を抑えた

 が、その瞬間! 

 

 「ぐぁっ!」

 更に異音は酷くなり、おれは右耳に何時の間にか装着されていた魔法の補聴器を耳から外した

 

 同時、異音は聞こえなくなるが、水音も聞こえなくなる

 どうやら、補聴器が耳の補助をしてくれていたから、右耳だけ微かに聞こえるようになっていたらしい

 

 幾らなんでも自然回復だけで鼓膜が治るとは思えないし、無意識に補聴器を着けたとも思えない

 ならば誰かが、右耳に薬でも塗ってくれ、更におれが意味もなく持ち歩いていた補聴器を見付けておれの耳に嵌めてくれたのか

 

 ……でも、一体誰が?

 そもそも、此処は何処で?おれが何とかして転移させられる寸前に捕まえた筈のカラドリウスは何処に消えた?

 

 そんな事を考えて、おれは漸く周囲の風景を見回した

 

 まず、暗い。臨戦態勢ではないが雷をうっすらと纏う海色のドラゴニッククォーツがうっすらと周囲を照らしてくれてはいるが、それでも周囲の事が良く見えない程に、光がない

 

 光源が月花迅雷しか無いレベルだ。部屋の中だろうとは思うが、有り得ないくらいに暗い

 窓や扉の隙間から光が漏れていればこんな事にはならないだろう

 

 「……すまない、力を……貸してくれ!」

 こんな事に使う事に申し訳無さはおるが、刃を振るって雷を小さく放つ

 雷光によって照らされたのは……殺風景な部屋であった

 飛び起きる前におれが横になっていたと思わしき、ふかふかさ……は特に無い横になれるだけの場所には、おれがずっと握り締めていた月花迅雷から勝手に漏れ出した雷撃のせいで穴が空くからか毛布が横に畳んで積まれていた

 

 「……誰だろうな」

 こんな事をしてくれるのは、誰だ?

 

 何となく答えは分かっていて。

 ふと扉の開く気配に振り返る。其所には、一人の少女が立っていた

 

 頭の上には小さな巻き角、色素の薄い髪を二房編み込んで垂らした、おれとそう変わらない外見年齢の幼い女の子。小さなその手には、さっきから少し遠くで聞こえていた水音の正体である、水の貼られた容器とそれに浸されたタオルが見えた

 

 ふと、昔と変わらないな、と思う

 そして、そんな自分の馬鹿げた思考にはぁ、と息を吐いた

 

 昔と変わらないって何だ、誰と比べてるんだおれは

 いや、誰の事なのかは分かってる。金星 始水(かなほし しすい)。おれの……シドウミチヤの幼馴染

 おれは格好良くて好きだったけど、ガイジンだと虐めの原因にもなった、クォーター故の遺伝だという、色素の薄い青みがかった髪色。何というか、アナの銀髪も少し青い綺麗な色してるが、更に青を強くした色だ

 瞳は月花迅雷と同じ深い青。ドラゴニッククォーツが湛える海色

 

 背の行儀良く畳まれた蒼い龍翼と頭の巻き角が無ければ見間違えるほどに、その少女は幼馴染に似ていた

 

 だが、外見だけの筈だ。幾ら似ていても、中身は、記憶は、性格は違う

 

 「あ、起きましたか、おにーさん?

 駄目ですよ、稼働中の補聴器に触れたら、耳を壊すものに変わってしまいますから」

 不意に近付いてきた少女は手慣れたようにおれの手の補聴器をおれの手から抜き出すと……ふっと息を吹き掛けるや、おれの右耳に……背丈の差からちょっと手を伸ばして付けた

 同時、耳に戻ってくる音

 

 責めるような、嬉しそうな、そんな声は、始水に似ていて。けれども少しだけエコーのかかった声優の声。声質なんかはほぼ同じでも、少しだけ違う

 

 「ああ、お陰さまで」

 言いつつ、無礼だと思い愛刀をオリハルコン製の鞘に……

 鞘に……

 

 鞘、無いじゃないか。さては転移の際に置いてこられたな?

 どうするんだこれ

 

 仕方ないので月花迅雷は脇に置く

 

 「君は?」

 そして、知っていつつもおれはそう問い掛けた

 

 おれは彼女を知っている。ゲーム知識がある

 だが、本来のゼノは知らないだろう。始水にとても良く似た龍人の少女の事なんて

 だから、不自然でないように訪ねる

 

 「私ですか?

 ああ、すみませんおにーさん、自己紹介を忘れていました

 あと、まだまだ辛いと思うので、御絞りでもどうぞ」

 ふよふよと光源を浮かせた少女は、そういっておれに向けてタオルを差し出した

 

 それを受け取り額に巻いてみつつ、おれは少女……ティアの言葉を待った

 

 「私はティアと言います。

 この場……おにーさんに分かるように言うと、多分おにーさんが見ていた変な遺跡の内部から遺跡を護る御仕事をしている龍人族の末裔です」

 

 「……遺跡」

 「はい。多分そちらでは遺跡と呼ばれていると思うんですが、違いましたか?」

 「いや、遺跡とは呼ばれていたけど……」

 そんなおれの言葉に頷いて、少女は話を続ける  

 

 「はい。私は一人で遺跡を護っていたんですが、ある日突然おにーさんが落ちてきたんです」

 「落ちてきた?」

 「きっと、転移の魔法というものだと思いますよ、おにーさん

 使った覚えなんかはありますか?」

 

 「使われた覚えならば」

 カラドリウスがわざわざ遺跡におれを送り込んだのか?

 何のために?

 

 そんな疑問を脳内で浮かべるおれに、龍少女は優しく疑問の答えをくれた

 「あ、こんなところに来る為のものじゃなかった、と思ってますね?

 はい、そうです。この遺跡は普通に転移の魔法を使っても入れない隔絶した場所。だから、私達が護り手をしなければいけないんです

 おにーさんは、きっと……何か特別な縁に引かれて、本来選んで転移できない筈の此処に入ってしまったんですね」

 

 「……そういうものなのか、ティア?」

 物知りそうな少女に向けて、ふと問い掛けてみる

 「はい、そうですよおにーさん」 

 と、少女はふわりと微笑んでそう返してきた

 

 「基本的に、誰も入れないし入れてはならない筈ですから

 そうでなければ、遺跡の意味がないんです」

 「意味?」

 「はい。おにーさん、神話は知ってますか?」

 

 何となく、とおれは頷く

 「はい、万色の虹界アウザティリス=アルカジェネスから切り出され7つの天により世界という秩序を得たのがこの世界

 でも、世界は一つじゃありません。おにーさんに分かるように言えば、世界は樹なんです。そして、私達の世界はその葉っぱの一つ」

 

 「樹ということは、繋がりがある?」

 「はい、そうですおにーさん 

 他の葉、他の枝、他の世界と、必ず世界は繋がってます

 だから、私達は遺跡を護ってるんです。他の世界との境界を維持して、別世界から変なものが来ないように、って」

 「……でも」

 

 思わずそう返す

 ならば、可笑しいじゃないか 

 

 「そうですよ、ゼノおにーさん」 

 くすりと、ティアは笑った

 「おにーさんの思った通りです

 本当は、遺跡が境界を護っているから、そんなに深く世界は繋がらないんですよ

 でも、今は違いますよね?おにーさん達が戦ったアガートラーム等、可笑しな物が沢山入ってきてしまってます

 だからきっと、遺跡がおにーさんを呼んだんですよ」

 

 「……そう、なのか?」

 違和感はある。ならば、原作ゼノはどうしてティアと出会っていたんだ?という疑問が残る 

 原作ゲームでは、今聞いた話で言えば遺跡の役目がしっかりと果たされていて、ゼノが何故か入れてしまうような理由が無くないか?

 

 だが、そんな事を考えていると……

 不意に、気の抜けた音がした

 

 「……ふふっ。ずっと立っていたら話しにくいですね、おにーさん

 

 ご飯にしましょうか」




ということで、前から散々後方妹面してきた金星始水ことティア、此処に本編参戦です

既に始水だと明かしてますが、そもそも名乗ってないのにゼノおにーさん呼びが出来る時点で完全に語るに落ちてますので……


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ティア、或いは始水

「行きますよ、おにーさん」

 先導するように、けれども一歩ではなく半歩だけ先を往く龍少女が、ふとおれを振り返る

 何となくそんな気がしたのでおれも歩みを止めて当たらないようにする

 

 ……やはりというか、分かるな。何時止まるのか、勘で合わせられる

 

 「ふふっ、大丈夫ですか?

 やっぱり起きたばかりで辛いなら、もう少し休んでから歩きますか?」

 「いや、良い。大丈夫」

 おれの右を歩く少女に当たらないように、鞘を無くした愛刀を左手に持ちかえながら、おれはそう首を横に振った

 まあ、おれが始水をうっかり斬る筈がないんだが、念のためだ

 

 「色々と思うところもあるとは思いますが、殺風景過ぎますし

 早めに行きましょう。おなかもきつと空いてるでしょうし」

 龍人である証明のような尻尾は少女には無い。翼だけだ

 その代わりとばかりに、二房の編まれた……ほどけば腰まであろうかという長い髪が揺れた

 

 龍尾のようなと言うならばポニーテールのような髪型の方がとは思うのだが、その辺りは……キャラデザの都合だろうか。青系統のポニテというか一つに纏めた髪型だと四天王のニーラと被るとかそういう感じの意図を感じる

 いや、始水は髪のボリュームの問題です、一つに纏めるには多いんですよと二つ分けにしてたし、それと同じ理由だろうか?

 

 「……ああ」

 おれの頷きに合わせて、少女はおれの半歩前を歩く。

 そして、ティアが魔法で浮かせていた光と月花迅雷だけが照らす変な材質の割と広い通路を暫く煽動されて歩き……

 途中、一歩止まることで分かれ道を左に往くティアとの接触を避け、一つの場所にたどり着く

 

 「はい、此処ですよおにーさん」

 小走りに前に出るやくるりと振り返るとその蒼い翼を小さく拡げ、龍人娘は己の右手の扉を指し示した

 「そっか」

 「はい。其所が私の部屋です。色々と置いてあるので、そこでご飯にしましょう」

 

 ほんの少しおれと同じような角度になっている少女の顔を意図してまっすぐ見詰めて……

 

 扉に入る前に、おれは話をつけるべく、呟く

 「……ティア」

 「はい、何ですかおにーさん?ご飯は逃げませんし、私のお部屋だからって遠慮しなくて良いですよ?

 これでも私は、1000歳以上のおばあちゃんですから、男の子を部屋にーとか気にしません」

 「そうじゃないよ、始水(しすい)

 その声に、龍人の少女は、無意識だろうか、翼を大きく拡げた

 

 「しすいちゃん?どうかしたんですか、おにーさん?

 誰かに私、似てましたか?」

 「ティア。君……始水だろう?おれと同じく、真性異言(ゼノグラシア)で、シドウミチヤの幼馴染」

 ……そもそも、自分を見てふと呼んだからといって、しすいという名前を女の子のものだと判断できるのか?

 おれは無理だ。知ってる俳優に仲村止水(しすい)という芸名の……時代モノの主役を何度か勤めた男の人とか居るし、男女の区別がつかないだろう

 

 「私はティアですよ、ゼノおにーさん?

 どうして、突然私を他の人だと言うんですか?ちょっとくらい怒りますよ?」

 少しだけ見極めるように、からかうように、龍人娘はそうおれを見る

 その際に、少しだけ右耳が前に出るように顔を微かに斜めに向けているのが見てとれて、おれは苦笑した

 

 「まず、ティア。おれは君に向けて名乗っていない。名前を書いたものも持っていない

 だから君は、おれが誰なのか、此処がどういう世界でゲーム通りならどんな未来が有り得るのか、そういった事を知っている筈だ

 おれがゲーム……『遥かなる蒼炎の紋章』の仲間キャラの一人、ゼノだと知ってなきゃ、今のおれを『ゼノ』おにーさんと呼べる筈ないだろ?」

 

 「それは可笑しいですよ、おにーさん?」

 くすりと、ティアは訂正する

 「七大天から話を聞けば、その限りではありませんよ?」

 

 ……確かにそうかもしれない。アステールは真性異言(ゼノグラシア)では無く、けれども出会ったことの無いおれの事を知っていた

 だが、根拠はそれだけじゃない。端から見て決定的な証拠っぽいものを最初に出してみただけで、他にも沢山ある

 

 「なら、最初から君がおれをおにーさんと呼ぶのも、助けてくれたのも、七大天様のお告げだと?」

 アステールは実際そうだったが……

 

 「はい、そうですよ?

 満足しましたか、おにーさん?」

 「なら、そこは良いよ」

 

 言いつつ、おれは……火傷痕の残る顔で、精一杯微笑んだ

 

 「ティア。君は……おれみたいに片耳潰れてたり、片眼が見えなかったりしないよね?」

 言ってて思うが、ボロボロだなおれの左側

 「……心配してくれたんですか、おにーさん?

 大丈夫ですよ、おにーさんみたいに、目や耳に酷い怪我なんてありません」

 「うん、ちょっとね。始水は左耳がほぼ聞こえなかったから心配になったよ」

 そして、すっと目を細める

 

 「君は始水じゃなくて、至って健康なんだよな?

 なら、どうして……おれに右耳を向けるようにしているんだ?それは、補聴器があっても尚左耳が遠い始水が少しでも相手の言葉をしっかり聞くために無意識にやっていた癖そのもの。君が左耳が不自由だったことがないなら、そんな癖がついてるとは思えない

 そもそも君は基本的に人は迷い込まないような遺跡で暮らしてたんだろ?こうして相手の言葉に耳を傾ける機会だって、あんまり無かっただろうに」

 

 龍人娘は黙り込む

 こういう時の始水は、もっと言ってくれることを……全部吐き出すのを待っている

 そういう幼馴染だと、おれは良く知っている

 だから、更に言葉を続ける

 

 「それに、君はおれの右側の半歩前を歩いた

 自分の部屋の位置が、通路左側だって分かってるだろうし、途中で左に進む分かれ道もあったのに、ね

 普通、左側にある部屋に向けて先導するのに、右側に立ったりしないだろ?」

 

 まあ、始水はそうだったんだけどな

 というか、おれがずっと意識して始水の左のポジションをキープしてた形だ。金星のSPにお嬢様に車道側を歩かせるとかこいつクソか?と凄い視線を向けられたりしながらも、おれは必ず耳が聞こえなくてもおれが居るから大丈夫だとばかりに始水の左に居るようにしていた

 その時の感覚に合わせてるから始水が左に動こうとするのを勘で分かるというか、だから当たらなくて済んだというか

 「案内なのに、君の立ち位置は案内に向かなかった

 実際、此処ですよと止める前の一瞬、振り返るまでのおれとの距離感が足りなくて小走りになってたじゃないか」

 「細かい事ですね

 私、あんまり人の案内とかしたことがなくて、それでです」

 「……他にも色々あるよ、何か言って欲しい言葉があって期待してる時、前髪を左手でくるくると巻くところとか」

 ボリュームのある始水の前髪は、その関係もあって常に緩くロールしていた

 そして、目の前の少女もまた

 

 ……にしても、何を言って欲しいんだ?

 ふと、おれは思う

 始水がその行動を取るということは、多分言って欲しい言葉があるのだ。だから、こうしてティア=始水を誤魔化している

 

 ……だが、ならば何を求めてるんだ本当に

 其所が分からない

 

 「……おにーさん、癖がたまたま似てても、同じ人だという証拠にはなりませんよ」

 「……一つ一つはそうかもしれないけれど、数が多すぎる」

 

 ……ついでに言っておくか

 「それに、可愛い顔もほぼ同じだし」

 うん、これは一番要らないよな。転生したら顔立ちって変わるものだし、元々ティアが始水をキャラ化したんじゃ?ってくらいに似てただけだ

 おれも、虐めの原因の一つだった(といっても、始水へのからかいを止められたからおれ自身としては寧ろ誇らしい)薄汚い若白髪よりはマシな灰に近い銀髪になってるし、瞳の色も色素異常のアルビノ。ゼノとしての今の顔立ちは日本人のシドウミチヤを数段格好良くした感じだ。仮にも乙女ゲーの攻略対象、火傷痕で台無しと作中では言われつつもそれでもイケメンなのだ

 シドウミチヤとしてのおれとは違う。いや、不思議なことに割と似てる方だけどな?

 

 だから、一番どうでも良い類似点で、適当言ってみたに近い

 近いんだが……ぱたぱたと翼を二度開閉させると、少女は満足そうに頷いた

 

 「……流石に、いくらおれでも大事な幼馴染の見分けぐらいつくさ。例えどれだけ外見が違っても、纏う空気と癖が同じだから

 ……可愛い顔まで同じだから今は凄く分かりやすいけど、例え人じゃなくドラゴンそのものの姿だったとしても、おれは始水だと分かるよ、きっと」

 

 ……実は自信あんまり無いけどな!そもそも、忘れちゃいけないのに暫く忘れていた訳だし

 

 「……私とゴールドスターのお嬢様が、何か本当に関係があると?」

 

 「おれは、金星 始水ってフルネームを出してないだろ?

 ゴールドスターグループの令嬢だなんて、何処から出てきたんだ?」

 答え合わせなんだろ?とおれは笑いかける

 「はい、出してませんね。その通りです。三千(未知)の名を持つ兄さんとのお遊びですよ

 お久し振りです、また会えましたね、獅童兄さん」

 

 少し怒ったように、蒼い龍人娘のティア……おれにとっての前世からの幼馴染である金星始水は、唇を尖らせてそう言った



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始水、或いは知識

「……兄さん、耳は大丈夫ですか?」

 ふとそう問い掛けてくる巻き角の始水

 

 「割と何とかなる

 でも、不便だな」

 耳を澄ましても耳鳴りばかり。右耳は何とか補聴器で聞こえるものの、左は壊滅的だ

 

 「大丈夫。そのうち治します。結構な荒療治だから、すぐには治せませんけど」

 「……頑張ってたんだな、始水は」

 耳が聞こえないといっても、おれはそれがどれだけ辛いことか分かってなかった。ただ、始水も大変なんだろと考えてただけ

 「今の私は聴覚に異常なんてありませんよ。昔の私より今の自分の心配をしてくださいね兄さん?」

 

 言いつつ、少女は広く物が多い部屋を漁り、何かを持ち出してくる

 「物が多いな」

 「勿論、基本この部屋しか使ってませんから

 兄さんの意識が無い以上、抜き身の雷刃なんてものを放置していたら壊れそうだから特別に何もない部屋を空けましたけど、大事なものは全部纏めておいておくのが私なんです。知ってますよね?」

 「始水は昔、おれからの不格好なぬいぐるみとか枕元に置いてたんだっけ?」

 「懐かしいですね、兄さんの妹の遺品で出来た球団のマスコット」

 そう言いながら、少女が用意したのは……

 

 「青汁?」

 どぎつい緑色をした謎の飲み物であった

 「兄さんに分かるように言うとそうですね。栄養豊富、滋養強壮、風味下劣の素晴らしい飲み物です」

 「駄目じゃん」

 「所詮は日の光の届かない遺跡内部ですよ、兄さん

 ロクな食べ物はありません。我慢して飲んでください」

 

 「文句がある訳じゃないんだが」

 言いつつ、口をつける

 

 うん、苦い。そして不味い

 

 「ところで兄さん。どうして、私と再会したのにずっと浮かない顔をしているんですか?」

 不意に、少女の瞳がおれを見据えた

 

 「……そう見えた?」

 「ええ。兄さん分かりやすいですからね

 私と出会ったことが、嬉しくなさそうで困ります」

 

 「嬉しくない、訳じゃないよ」

 少し自分の中の想いを整理して、おれはぽつりと呟いた

 「ただ、さ

 おれがそうと分かるぐらいに、癖がそのままだったから」

 「いけないんですか?」

 「誰かと幸せに生きて、おばあちゃんになって、幸福な人生だったって転生したなら、きっとその癖はそのまま残ってたりしないと思うから

 ひょっとして、あんまり幸せに長生きしてないんじゃないかと思うと、悔しくなった」

 

 ……いや、悔しいって何だよおれ!?

 となるが、そうとしか言いようがない。もっと何か出来なかったのか、そんな後悔がある

 

 「……兄さんの癖に言いますね

 私は、兄さんに置いていかれたのに。寮から帰ったら、兄さんが葬儀らしい葬儀すら行われずに使えそうな臓器を摘出した上で共同墓地に葬られた後だった私の気持ちが分かりますか?」

 責めるような青い眼がおれを見る

 

 「……ごめん」

 「謝っても今更ですよ。ああ、流石に後追いなんてしてませんから、変に気に病まないで下さいね兄さん」

 ……流石にそれくらいは分かる。始水は、自分から逃げるような奴じゃない

 

 「……でも、兄さんが死んだと聞いて、それがずっと心残りだったのは本当です

 だから、あの時の癖が残ってたんでしょうね」

 「……ごめん」

 「本当ですよ、兄さん」

 

 でも、と龍少女はその翼を軽く閉じ直して、話を切り替えるように自分も青汁を飲む

 

 「でも、ずっと兄さんの事を忘れきれなかったから、こうしてまた会うことになったんですよ」

 「……そうなのか?」

 「はい。今の私はティアでもありますから。原作でもこの遺跡に迷いこむ兄さん……第七皇子と出会い、兄と慕うようになる龍」

 くすりと、少女は笑う

 

 「本当に、出来すぎなくらいの縁です」

 

 その言葉に、ふと思う

 

 「始水は、何か力を持っているのか?」

 「……兄さん、気付きませんでした?

 私が始水だと思っているから、警戒が緩すぎますが……兄さんは本来回復の魔法が全く効かないでしょう?

 なのに、私は兄さんの右耳を魔法で軽く治療してたりしたんですよ?」

 「……あ」

 

 いや、待て。それは元々ティアが出来なかったっけ?

 聖女の魔法は例外で、聖女とはそもそも七大天の特に強い加護を得た者。龍姫の力を継ぐ眷属であるティアもまた、おれの呪いを貫通したような

 

 「あれ?元々じゃなかったか、それ」

 「はい、元々私の魔法は兄さんにも効きます。極光(オーロラ)の聖女と同じですね

 それは、龍姫から与えられる特別な力です。それと、真性異言(ゼノグラシア)に与えられる尊厳破壊物(違法コピー)は両立できませんよ。どちらも同じ魂のスロットに後付けで付加される神の力ですから

 

 つまり、私は兄さんがあの道化によって、獅童三千矢としての記憶を引き継いだように、兄さんを助けてあげられるように龍姫によって記憶を継いだ、くらいの存在です

 残念ながら、AGX-ANC15《ALT-INES(アルトアイネス)》とか、AGX-15S《ALT-INES(アルトアイネス) Riese(リーゼ)》とか、AGX-ANC15Mt(マギティリス)A(アドベント)R(リペア)ALT-INES(アルトアイネス) STERNE(シュテアネ)'(ブレイク)》とか、AGX-ANC13C(カスタム)zwei《Верный(ヴェールヌイ)》とか、AGX-ANC11H2(ホロウ・ハート)D(ドラグーン)ALBION(アルビオン)》とか持ってません」

 

 「数多くないか?」

 おれの知らない機体ばっかりなんだが、まさか全部他の真性異言が持ち込んでるとか……あったら考えたくもないな

 というか、あの14B(アガートラーム)とかいうバケモノを越える15ナンバーが3つも出てきてるんだが、その3機全部を相手にしろとか言われたら絶望しかない

 ダイライオウ……いやそれを越えたジェネシックダイライオウ(仮)と、おれ用にアステールが作れないかとアイリスに打診していたしスカーレットゼノンシリーズ第二作、『魔神剣匠アズールレオン』の次回作に出したいなーと言っていたダイナミックゼノン、略してダイナ……いや、止めよう。

 アレは机上の空論以下の妄想だから置いておいて、だ。アステールに妙な執着があるっぽいユーゴがその想いをおれの都合の良い方向に傾け、アステールとちゃんとした恋をしておれ達と共にアガートラームを駆使して戦ってくれるようになるくらいの奇跡がないとまず勝てなさそうだ

 

 

 「兄さん

 ひとつだけ言っておくと、そもそも15(フィフティーン)はアルトアイネスですよ、ディザストラじゃなく 

 あと、龍姫等七大天によれば、この世界に送られたと把握しているAGXは4機

 14B(アガートラーム)t-09(アトラス)11H2D(アルビオン)、そして……15(アルトアイネス)です。流石に、アルトアイネス複数機なんて地獄絵図にはなってないらしいですよ?」

 「……詳しいな、始水」

 

 「……兄さんは死んでしまったので知らないとは思いますが、あのAGXという巨大兵器も、一応あの乙女ゲーシリーズの続編の登場兵器ですからね。一応兄さんの縁で情報追ってたので知ってますよ」




おまけ解説AGX-ANC11H2D 《ALBION》
読み方はアンチテーゼ・ギガント・イクス-アンセスターイレブンホロウハートドラグーン 《アルビオン》。
黒き龍翼と、ブースター付きの一対の巨大な銃槍を備えたAGX-ANC13以前の最強のAGXにして、真上悠兜専用機。
縮退炉搭載により有効火力を得たものの、重力フィールドのみではどうしても防御力に欠けるAGX-09を経て開発されたAGXの一種であり、AGX-ANC11アカツキの魔改造機。
精霊の力である蒼輝霊晶を回収、人類の手で制御出来るようにした結果高い防御性能を得たが、魂の近くでしか制御しきれないが故にパワードスーツ型にならざるを得なかったAGX-ANC11シリーズのある意味到達点。
精霊捕獲作戦の為にリミッターを一部外して目標火力を確保した場合、限界まで安全性を高めてもなお抑えきれない負荷が肉体にかかることが判明した結果、リミッターを完全に外して出力に振り切った超スペック特化機体。
最強の攻撃力、最硬の防御力、最速の機動力、最大の攻撃範囲を備えた当時の究極絶対最強、それがAGX-ANC11H2D、アルビオンである。

しかし、元々どうせ限界まで積んでも装着者へのダメージを抑えきれないならばいっそ安全性なんて死ななきゃ上等だと安全装置を外した上にその空けたスペースで更に出力を上げているので、全力で戦闘行動を行っているだけで下手したら自壊しかねないという馬鹿丸出しの欠陥を持つ。
決して脆いわけではない。寧ろ13に届かない時代のAGXとしては一番硬いのだが、それでも一撃も被弾せずとも戦闘機動を取るだけで負荷で骨折や内出血は当たり前、下手したら鋼鉄製の義手が砕けるくらいには乗り手の事を無視した、理論上の最強機体。自分の脳に埋め込んだナノマシンで痛覚を遮断して壊れていく体の悲鳴を無視し、負荷で落ちる意識を無理矢理に再起動させて戦い続ける事を前提とした、痛みと心を朧に隠して戦う真上悠兜/精霊真王ユートピアの専用機。
故に、付いたコードネームがH2D……喪心失痛の龍機人(ホロウハートドラグーン)

こんな機体である為、スペックそのものは滅茶苦茶高いのだがセイヴァーオブラウンズからはまともに使えない大外れ扱いされている。

というか、スペック自体もそもそも安全性重視で作られているAGX-ANC13の量産型以下。が、そもそもこの機体が無ければ、精霊を撃破し捕獲するなど不可能。精霊を捕獲し、機体に組み込む事で完成した世界を終わらせに来るカミと真っ向から戦えるだけの力、レヴ・システムの完成に繋げた偉大な1機である。
当然ユートピアにとっては思い出の一機であり……

当然だが、ホロウでハートでアルビオンでドラゴンだが、プリミティブドラゴンでもメリュジーヌでもランスロットでも銀髪ロリでもない。


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龍少女、或いは遺跡

「始水」 

 

 と、言いかけてふと思う

 

 「これからも始水で良いのか?」

 「……二人のときは始水の方が嬉しいですよ

 でも、兄さんがエッケハルトさんを隼人と呼ばないように、外では止めてくださいね」

 「じゃあ、外ではティア、か

 というか、そもそも此処から出れるのか?今まで出会っていないAGXの名前なんかを聞いて、少しは対策が……と思ったんだが、出られないとまず始まらない」

 

 そんなおれに、何時もみたいな少しだけ呆れた表情で、始水は見返してくる

 「ゲームでも出られた事を忘れたんですか、兄さん?

 ゲームでの私は兄さんと元々知り合いではなく、それでも契約を交わして外に出れるようになったんですよ?なら、今の兄さんが出られない筈が無いと思いませんか?」

 「いや、それはそうなんだが……

 始水、ならばティアも一人で出られたんじゃないのか?」

 

 その言葉に、それがそうでもないんですよと龍少女は首を横に振った

 「兄さん、この遺跡が何なのかはさっき話したので覚えていますね?」

 「ああ、他の世界……つまり、おれ達真性異言(ゼノグラシア)等の他世界からの流入者を防ぐ弁のようなものだよな?」

 「まあ、時折来るくらいならば問題はありませんし、そもそも禍幽怒(マガユウド)のせいで完全なシャットアウトはもう出来ないそうですけれど」

 「マガユウド……って、竪神の言ってたアレか。ライオウの基礎を残したというバケモノ」

 

 「はい。精霊真王ユートピアとも呼ばれる……異世界のカミです」

 「つまり、そいつが……」

 「あ、違いますよ兄さん」

 ぱたぱたといつの間にかミニチュアのように小さくした翼をはためかせて、龍少女は否定した

 

 「まあ、確かにあのAGXが出てくるゲームでは敵として出てきた彼ですが、別にこの世界を侵攻しようとしている訳ではありません

 寧ろ、t-09(アトラス)も、11H2D(アルビオン)も、彼にとっては絶望的な戦況を共に切り開いてきた歴代の愛機です。それを軽々しくあんな相手に渡すわけが無いでしょう?

 兄さんだって、今更月花迅雷をそうそう他人に託しませんよね?それと同じです」

 

 ……よく分からない

 

 「始水。おれはそのシリーズ知らないから良く分からないんだが、そのユートピアってのが敵、じゃないのか?」

 「はい。彼は一度この世界に墜落し、禍幽怒を名乗って人々と交流した縁から……七大天に協力的な側だそうですよ?

 兄さんにも覚えがありませんか?」

 

 その言葉で思い出す

 あの時のシステムボイス。何度か訓練で聞いたものとは異なる声で言われていた文字列

 『system hacked.Sterne advent Utopia drive』

 だったか?そして、その後に出てきたライオウの型式番号が確か、『AGX-MtS03pc13c』

 

 それと似た単語はさっき聞いたな。AGX-ANC15MtAR……

 「アルトアイネス・シュテアネブレイク」

 

 その言葉に満足そうに始水はうなずいて、不味そうに青汁を一口

 

 「その名前に聞き覚えが?」

 「おれは竪神……って分かるよな、始水?」

 「知ってますよ、竪神頼勇でしょう?

 兄さんはもう出会ったんですか?」

 「ああ、協力して貰ってる。彼の力が無ければ、アトラスを相手にするなんて無理だったよ

 その時、アトラスとの決戦時に聞いたんだ。シュテアネやユートピアの単語を」

 「今の彼は精霊真王。精霊達の王です

 精霊の力を組み込むレヴ・システムといったものへの干渉はお手の物。それを使って手助けしてくれたんでしょうね」

 

 ……ああ、成程。あの時、幾らライオヘクスに合体してたとはいえ、出力が想定外に高すぎるように見えたのはそのせいか

 本当に想定してたスペックより外部干渉で性能が強化されてたんだな

 

 「会った時にはお礼を言わないとな」

 「異世界のカミですから、出会うことがあったら、ですけどね

 それに、遥か昔異世界からこの遺跡に墜落して大穴を空け、完全なシャットアウトを不可能にした戦犯でもありますし……

 だから守護龍一族なんて必要になったんです。お礼なんて要りませんよ兄さん」

 

 少しだけ頬を上気させて捲し立てるティア。それが可笑しくて、おれは少しだけ噴き出した

 

 「随分とお怒りだが私怨でもあるのか、始水?」

 「まあ、私がずっと一人で兄さんにも会えずに遺跡に居たの、元々は護り手なんて要らなかったのにこの地に墜落した彼のせいですから

 お陰で守護龍一族なんてものが必要になって、私が兄さんが来るまで一人ぼっちになったんですから

 

 ……来るって知ってても、それまで寂しかったんですからね?」

 言いつつ、少女はおれの横に移動し、行儀良くちょこんと腰掛けた

 おれの右隣。左耳悪かった始水には聞こえにくいように見えて話すときはずっとおれの方を向いているからあまり影響はない立ち位置だ

 

 「……ああ、また会えて良かった

 それにしても始水、詳しいな?」

 「ゲーム知識もありますし、龍姫の眷属として色々知ってますからね」

 

 「眷属?本神じゃなくて?」

 ……あの感情の入りようは普通じゃないと思うんだが

 

 「兄さん。私はティアで、同時に真性異言の始水ですよ?

 幾らなんでもこの世界の神の意識を始水の意識で上書きなんて出来ません」

 そんなおれの疑問に、そうだとも違うとも言わず、始水は返す

 

 「……そう、だよな」

 納得いかないながら、おれは頷く

 というか、消極的肯定だな、あの言い方

 ……ティア、という名前の時点で信仰する神の名を娘に付けるか?と怪しかったんだが、マジでこの龍人娘、七大天ティアミシュタルの化身か何からしい

 ついでに始水でもあると。よく分からないな、うん

 

 「それとも兄さんは、私より何でも叶えてくれる神様な幼馴染でも欲しかったんですか?」

 どこか不満げにおれを見上げる滝流せる龍姫ティアミシュタル=アラスティルの化身

 ……つまり、あれか。自分は神様だけど、神様だからって頼りきったり態度を変えたりしないで欲しい、と

 いや、元々今更始水相手に態度を変えるとか無理だわおれ。始水じゃないティアなら兎も角

 

 「……いや、始水は始水が良いよ

 神様でも何でも良いけど、始水が良い」

 「はい、ならばこの話はどうでも良いので終わりにしましょう。随分と回り道になりましたしね、兄さん」

 

 おれの右手の甲にひんやりとした手を重ねつつ少女は話を戻した

 

 「……冷たいな」

 「龍人は変温動物に近くて、遺跡はずっと冷たいから暖かい兄さんが恋しいんですよ」

 そう呟く少女の頬は少しだけ赤かった

  

 「まあ兎に角ですが、私は今最後の守護龍としてこの遺跡を護っています

 ですが、兄さんが遺跡の存在を見れるくらいに今や遺跡の守護はギリギリです。元々は世界の隙間に隠れて存在すら確認できなかった筈なんですよ、これでも」

 一息ついて、少女はおれの掌をくすぐりながら続けた

 

 「私一人で何とかしている以上、当然外には出られません。外に出たら、離れすぎたら遺跡を守る役目が果たせませんから。

 でも、もしも、仮にですよ?誰か一緒に遺跡の防人(さきもり)になってくれれば、私の負担が減って外に出ても良くなるとしたら」

 「……解った。おれがやるよ、その役目」

 

 食い気味に言うおれ

 そんなおれの頭を重ねていた手を引いて引き寄せ、額に自分の額を押し当てながら始水は言葉を続ける

 「おれがやるも何も、そもそも兄さんしか居ませんよ、それが出来る人なんて

 ……でも、兄さんはそう言うでしょう。私が始水でなくても、兄さんが獅童三千矢の記憶を持たなくても

 兄さんは、第七皇子ゼノは絶対に一人ぼっちの龍人に手を差し伸べる。それがどんなに辛い運命を背負うことになるとしても」

 「……だから、約束、か」

 

 ふと、原作ティアが兄扱いしていたゼノ相手に言っていた言葉を思い出す

 

 「はい。躊躇無く契約を交わし、遺跡の防人になることを選んだゼノ。共に遺跡を守る約束

 それがあるから、原作でのティアは遺跡の外に出ますし、ゼノを兄さんと呼ぶ事になるんです」

 

 「……良く知ってるな」

 「兄さんが死んだ後に出た資料集にそうありました」

 「……そっか。でも始水、あの作品プレイしてたっけ?」

 

 不意に疑問に思う。おれが話を振っても私やってませんからと言ってたような覚えがあるんだが

 

 「兄さんと離れて寮に入ってから、そういえば兄さんは良くやってましたね、とスマートフォン移植版をプレイして、そこからはまあ……兄さんとの思い出として追いかけてました。どこか兄さんみたいなキャラも居ましたし

 全文暗記とはいきませんが、一通りは知ってます」

 

 「おれ、みたいなキャラか……」

 そんなおれの言葉に、額を漸く離して悪戯っぽく始水は笑った

 「今は兄さんですけどね。第七皇子様?」

 「そんな似てたか、おれ?」

 「まあ、私とティアくらいには似てましたね」

 

 さて、と龍少女はおれの手をその小さくひんやりした手で引いた

 

 「方針も決まりましたし、行きましょうか兄さん

 防人になりに、遺跡の最奥へと」

 

 そして、ちらりと脇に置いたおれの愛刀を見る

 「月花迅雷は忘れないでくださいね

 追い払いはしましたし、単独では下手な事は出来ないとは思ってますが……四天王カラドリウス、まだこの辺りに居る筈ですから」



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遺跡、或いは海底

「兄さん、私も眼は良かったので分からないんですが、その左目は本当に大丈夫なんですよね?」

 

 おれの手を引いて右を行く龍少女が、おれへと振り返りながら不意にそんなことを訪ねてきた

 

 「ああ、視界は狭まってるしちょっと遠近感も狂ってるけど、問題なく動け……」

 死角に入っていた小さな段差に足を取られかけ、言葉が途切れる

 

 「……大丈夫。ちょっと意識が散漫としすぎてただけ。普段は問題ない」

 というか、幾らなんでも気を抜きすぎたな、おれ

 

 そう思って意識を集中しようとして……

 「はぁ、兄さんは本当に怪我人の自覚がありませんね」

 呆れたような始水が先導を止め、おれの右腕を取る

 ひんやりした龍人の体温が、からめられた腕に伝わった

 

 「今の兄さんは大怪我した怪我人です。本当なら安静にしてるべきなんですよ?」

 「……悪い、始水」

 「はい。多分兄さんは耳と周囲の音である程度把握しようとすると思いましたから

 そんなことはせず、私に預けてくださいね」

 

 「……大丈夫なのか?」

 おれの肩までしかない少女を見て、少し心配になるんだが

 「まあ金星始水な私なら心配されるのも分かりますが、今の私はドラゴンですよ、兄さん

 兄さんもゲームで知っての通り、一時的にであれば龍姫が与えた化身姿にだってなれるんですから、兄さんより力も強いですし頑丈ですよ」

 ぐっ、とおれから離した右手で小さく瘤でも作ろうとするかのように腕を曲げてみせる始水

 それがどこか可笑しくて、おれは思わずくすりと笑った

 

 「そっか、頼りにしてる」

 「はい。存分に私を杖にしてくださいね。間違っても一人で無理をしないように

 また私を置いていったら今度こそ怒りますよ、兄さん?」

 「……分かってるよ、始水」

 

 本当は分かってないながら、おれは表面上そう呟いた

 

 そのまま暫く歩き……

 ひたすら、歩き続ける。始水のちょっとゆっくりな歩みに合わせているからそんなに速度は出ていないが……

 

 「……始水、今どれくらい経った?」

 黙々と歩き続けた果てに、おれはそう少女に問い掛けた

 「4時間ってところですね。兄さんの今の感覚で言えば1刻に当たります」

 「1刻って3時間だと思ってたんだが」

 「地球換算で言えば32時間ですからね、この世界の一日は。といっても、兄さんの肉体なんかも32時間サイクルが当たり前の感覚になってると思いますから24時間起きていても徹夜って感じは無いと思いますが」

 「へぇー」

 

 知らないことがまだまだあるんだな、おれ

 そんなことを思う

 「にしても良く知ってるな始水は」

 「まあ、一人ぼっちでしたから。沢山ある本を読むことくらいしか、出来ることが無かったんですよ

 ……兄さんと会えると分かってなかったら、幼児退行くらい起こしてたかもしれませんね」

 くすりと、少女は冗談めかして笑う

 

 「それは良いんだけどさ始水

 4時間?それって始水の家から……路面電車に乗って二人で行ったあの遊園地まで歩いてたどり着けるくらいの時間だろ?そんなに歩いたのに……」

 と、おれは周囲を見回した

 

 代わり映えのしないつるりとした遺跡の通路

 先は分からず、此処が何処かも把握がつかない迷宮の一角

 

 「……そんなに広かったのか此処。外から見たらそんなに大きな遺跡じゃ無かったと思うんだけど」

 そんなおれの疑問に、始水はその耳をぴくりとさせて反応を返した

 「あ、兄さんは此処があの外に見えてる遺跡の中に思えてるんですか?

 違いますよ。あれは開いていない門に過ぎません。本当の遺跡は、他世界と繋がる場は……世界の奥底、龍海の下に広がってるんですよ?

 兄さんに分かるように言うと、海底の下全部が遺跡です。兄さんは、転移で空間を飛び越えて其所に来てしまったんですね。だから、普通には入れません」

 

 おれは上を見上げる

 其所にあるのはつるりとした天井。その先に広がるのは……龍姫が住まうという水底なのか

 何というか、実感沸かないな

 

 「龍姫様は、上に?」

 「私という化身体……あ、金星始水(この私)の意識に貸してくれてるので肉体だけですけどね?

 化身は此処に居ますが、本体はちゃんと天井の上……龍海に眠ってますよ?動くと災害が起きるので起きるに起きられないだけですけどね?」

 「津波とかありそうだもんな」

 「ええ、大変なんですよ」

 

 「……で、目的地にはどれくらいで着くんだ?」

 「……1ヶ月ほどですかね?」

 どこか嬉しそうに顔を綻ばせて少女はそんなことを告げた

 

 「……1ヶ月もか」

 海の下……つまり海に囲まれたこの世界の下に拡がるというならば、確かに遺跡を歩いて1ヶ月はあり得るかもしれないな

 でも、あっさり言われると何とも……

 「はい。1ヶ月もです。私の歩みに合わせていたら、ですけど」

 「おれ一人なら?」

 「兄さん、迷わず歩けます?」

 責めるようなじとっとした目がおれを見る

 

 「いや、無理だ。始水が居てくれないと何も始まらない」

 「ええ、ですよね。だから1ヶ月です。一緒に歩きましょう兄さん

 あ、心配しないでくださいね」

 と、少女は昔より翼が生えた分分かりやすく翼をパタパタと動かして安心をアピールする

 「食事やお布団なら、私一人なら遺跡の管理者権限で好き勝手遺跡内部を転移できる事を利用して、毎日持ってきますから。兄さんを飢えさせたりなんかしません」

 

 少女は微笑む

 「まあ、そんな美味しいものはありませんけど

 思い出しますね兄さん。兄さんは小学校の給食が一番の御馳走だったのに、デザートが付いてきた時はみんなが欲しがってるから俺は良いよって毎回毎回残して

 私の分、一口だけあげてましたね。私はもっと美味しいデザートを帰れば幾らでも食べれますからって」

 「……迷惑かけてたよな、おれ」

 「本当ですよ、兄さん」

 どこまでも優しく、腕を絡めたままの幼馴染は微笑んだ

 

 「そんな事したら、また始水まで虐めの標的にされるのに」

 とたんに、眼がじとっとしたものに変わる

 「兄さん

 兄さんは自分一人が虐められれば他の虐めは無くなるって言ってたから良いかもしれませんけど、私は嫌だったんですからね?

 虐められたくないから兄さんと関わらないなんて、兄さんを虐めてる人とそんなに変わらない悪いことで、悪い人に負けることです」

 はぁ、と息を吐き、少女は真剣な表情を崩した

 

 「さて、兄さんも起きたばかりですし、今日はこの辺りで終わりにしましょう

 折角会えたのに嫌な話ばか……」

 「離れろ、始水!」

 不意に感じる懐かしい気配におれは叫び

 

 「……ん?」

 現れた相手に毒気を抜かれて月花迅雷の切っ先を下ろす

 「……アドラー・カラドリウス……だよな?」

 目の前に現れたのは、敵意の欠片も無さそうなやつれた顔の魔神であった




エッケハルト「この距離感で単なる幼馴染ってこれマジ?もうアナちゃんは俺と付き合うってことで良くない?」


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異伝・銀髪少女と狐耳

アイリスちゃんが初等部を卒業して、メイドのお仕事の期間が終わってしまったわたしが孤児院に戻ってから暫くたった頃

 

 ある日、エルフさん達の時にわたしたちを助けてくれた七大天様にお礼を言うために、そして数年後15歳になって成人した後に生きていくためのお仕事体験として、わたしは……メイドのお仕事とかを習っていたから割と評価高くて長く体験させて貰っていたわたしは、今日も夕方までの七天教の教会の人々がやっているお仕事のお手伝いを終えて、孤児院へと歩みを進めていました

 

 あんな別れかたをした皇子さまに手紙を出したいけど、嘘でわたしを遠ざけて、自分は悪い奴だって……皇子さま自身も信じてそうな言葉で(うそぶ)く彼に、今のわたしがどんな手紙を送れば良いのか分からなくて

 タテガミさんみたいに皇子さまの横に並べるだけの力があったら、あのあとらす?っていう巨大な鋼の怪獣とわたしも一緒に……って言えるけど、今のわたしはそんな事聞いて貰えるような力がないから

 だから、今日も少しだけ悩んだまま、家路についていました

 

 そんなわたしを出迎えるのは、皇子さまとアイリスちゃんが作った騎士団の少年兵として雇われる事になったお兄さんを持つけど、まだ二人で生きていくお金がないから孤児院に居るエーリカちゃん達……の、筈なんだけど

 

 今日のわたしを出迎えたのは、物々しい騎士達だった

 

 「……な、なに?」

 思わず、数年前の事を思い出して足がすくむ

 それは、皇子さまが初めてわたし達を助けてくれた時、星紋症事件の時の再現。武装した騎士と兵士が、孤児院を囲んでいる形

 

 でも、わたしはほっと息を吐く

 怖いけど、でも、あのゴーレムの時みたいに人浚いが来たんじゃないって分かる

 騎士の胸元に輝く紋章は、わたしでも良く知ってる有名なものだったから

 

 紅き猿、皇猿騎士団の紋章。偽造は犯罪で、そもそも特別な魔法の光りかたをするあのエンブレムはほとんどの人が作る魔法の構成を知らない特注品

 だから、彼等はちゃんとしたこの国の偉い騎士団で、何かあったにしても話は分かると思う

 

 だから、安心してわたしは一歩踏み出して……

 「きゃっ!?」

 その手を、少し乱暴に掴まれた

 

 「な、何!?何ですか!?」

 混乱してわたしは掴んできた相手を見上げる

 それは……胸元に皇猿騎士団のエンブレムを輝かせた、一人の騎士であった

 

 「……あ、」

 わたしの脳裏に浮かぶのは、このまま死んじゃうんだって最初に思った、あの日の光景

 あれは、皇子さまが払ってくれたけど……今、皇子さまは居ない。遠くで、わたしの知らないところで、きっと傷だらけになって無茶している筈

 

 思わずわたしは踞りかけて……

 「団長、発見しました

 報告にあった銀の髪と雪の髪飾り。特に重要とされていたアナスタシアです」

 それすらも許されない。わたしは手を引かれて、無理矢理に歩かされる

 

 そして、厳しい顔の騎士団長さんの前にまで連れてこられた

 傷一つ無い顔をした、30歳くらいの男の人がわたしを見て、連れていけと指示を出す

 

 「あ、あの、どうして……」

 震える喉で、それだけを絞り出す

 

 何で?どうしてわたしたちが、またこんな目に遇うの?

 また、星紋症が起きたの?だから、殺されるの?

 

 ……助けて、皇子さま

 

 「……犯罪者を捕らえ、占拠された土地を取り戻せ。それが命令だからだ」

 本人も少しだけ疑問があるのか歯切れ悪く、団長さんはわたしの疑問に答えた

 

 「はんざい、しゃ?占拠?」

 「そうだ。この地を占拠し、勝手に居住する犯罪者を排除せよ、と」

 「そんなの、へんです!」

 理解できない言葉に、わたしは声を荒げる

 

 「ここの土地は、ちゃんとわたしの……じゃないですけど、わたしたちが暮らして良いって許可と保証があったはずです!

 皇子さまが、此処は孤児院に使うって……」

 

 「四天王アドラー・カラドリウスと交戦後行方不明。敵前逃亡による職務放棄。死亡と判断し、その皇族としての全ての権限を凍結

 それが、君の言う第七皇子へ下された判断だ。彼の保証は、今や紙切れ一枚よりも意味がない」

 

 ……皇子さまが、死んだ?

 ううん、きっと……あの日みたいに、何処かに飛ばされて……でも、あの時はわたしたちが一緒だったから、話も出来たけど、皇子さま一人だと何の魔法も使えないし……

 大丈夫ですよね、皇子さま?本当に、死んじゃったりしてないですよね?

 

 ……ううん、考えちゃ駄目。悪いことばっかり思い浮かんじゃうから

 

 「それに、エッケハルトさん……じゃなくて、アルトマン辺境伯の息子さんも」

 「彼は領地に帰還した。地を遠く離れ名代も置いていない者に管理者としての資格なし」

 「そうだ、タテガミさん達……それにアイリスちゃんも、きっと」

 なおも食い下がるわたし

 

 でも、本当は分かっていたんです

 元々、そういったわたしが思い付く反論が通るなら、こんな事態にはなってない、なんて

 「……タテガミ準男爵等は第七皇子の敵前逃亡により辺境へ出立している

 アイリス殿下は療養中。どちらも、この件には一切関わらない

 

 ……立ち退き命令は出ていた……らしいが?」

 「そ、そうなんですか?」

 

 わたしは全く知りませんけど、出てたらしいです

 と、思ったんですけど……

 

 「あー、なんです?数日前に届く筈だったもの、うーっかり別の区の担当に回してて……」

 悪びれもせず顔を出すのは、そんな郵便の人。その手には、公文書の印のある手紙

 

 ……隠してたんですか?と、ちょっと暗い気持ちになる

 こうやって届いてなかったら、わたしたちが分かる筈もないのに

 

 「でも、どうして!」

 「……性急すぎるかもしれない。君達に罪はない

 だが、我等としても……アイリス派の最近の行動と躍進はあまり喜ばしくない」

 わたしに敵意なんてなく、貴族な騎士団長さんはそう語る

 

 少しだけ、申し訳なさそうにするけど、なら……わたしを離して欲しい。皆をこんな目に逢わせないで欲しい

 

 「……アイリスちゃん」

 「これは、皇族4人による連名の判断だ」

 ……アイリスちゃんを、皇子さまを貶めるために、こんなことするの?

 アイリスちゃんが継承権高いってことは聞いたことがあるけど、それを蹴落としたいから、わたしを……わたしたちを狙うの?

 皇子さまはアイリスちゃんをちょっと分かりにくいけど大事にしてて。そんな皇子さまが同じく大事にしてるわたしたちを潰せば、わたしたちを見殺しにしたとか見捨てたとか、そういった話で、二人を責められるから

 

 ……そんな、理由で?

 

 そう思うけど、わたしには何にも出来なくて……

 

 「恨みはないが、君達はもう犯罪者だ。大人しく……」

 「おー、たいへんそうだねー」

 でも、救いの手は、予想外の姿で現れた

 

 「……アステールちゃん?」

 「うん、ステラだよー?」

 尻尾をふりふり、耳をぴこぴこ。先っぽが黒い狐の耳を揺らして、先が白い二本の尻尾をピン!と立てて。のんびりした様子で緊張もなく騎士団の間に割って入ったのは、皇子さまの縁でちょっとだけ知っている聖教国の教皇様の娘、アステールちゃんだった

 

 「亜人、何をしに来た」

 忌々しそうに、騎士団の人々が剣を構える

 

 ……あ、何にも効いてないです

 アステールちゃんって、わたしは皇子さまから教皇様の娘ってこと聞いてますけど、世間的にはあんまり知名度とか無さそうですし、単なる亜人の娘と思われてそうです

 

 「ステラの眼、きれーだよね?

 おーじさまもきれーだって誉めてくれたし、ステラの自慢なんだよー?」

 けど、アステールちゃんはそんな剣呑な空気をものともせず、キラキラした瞳で騎士団長さんを見上げた

 

 「亜人が邪魔を……」

 でも、そんな上目遣いも虚しく、アステールちゃんの持つ瞳の中に輝く星を湛えた『流星の魔眼』の存在にも気が付かれてないようで

 近づいてくるアステールちゃんをその赤髪の男の人は乱暴に振り払おうとして……

 「止めんか、阿呆狐(あほぎつね)

 星野井上緒(アステール)、貴様は馬鹿息子の評判を上げたいのか下げたいのかどちらだ?」

 焔と共に、突然更なる乱入者が降ってきた

 

 「皇子さまの、おとうさん?」

 一瞬のフリーズ

 皇子さまが話しやすくて、偉そうさが無くて、皇子だって事を忘れそうになるから、少しの間そんな皇子さまのお父さんだから……の先が結び付かなくて

 

 「こ、皇帝陛下!」

 漸くその事に辿り着いた瞬間、わたしは頭を下げていた

 「陛下!?何故このような場所に!?」

 「あ、おーじさまのおとーさんだー

 やっほー」

 狼狽える騎士団の人達と、暢気そうなアステールちゃん

 

 そんな中、空気を変えた当人は……

 「そこの銀髪馬鹿息子の未来の嫁候補

 阿呆狐(アステール)(オレ)にすらも断りも無く他国の都を一人でうろちょろしているというのでな、コスモの奴に色々と難癖付けられおかしな要求を通される前に保護しようと来てみれば、これは一体全体何事だ」

 なんて、呆れた顔でわたしに聞いてきたのだった



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異伝・銀髪家無き子と免罪符

「え、えっと……」

 何て言って良いのか分からずに、わたしは混乱する

 

 「陛下、その亜人は」

 「……眼を見て分からんか?

 馬鹿息子よりマシな境遇だろうと言ったら表に出てきたコスモの娘だ。『セーマ』の一族、扱いを間違えると怖いぞ?」

 「きょ、教皇の!

 失礼しました!」

 びしり!と態度を変える騎士団の人

 

 「ふっふっふー、ステラのおともだちに酷いことしないでほしいなー」

 「……分かりました」

 わたしを拘束する手が緩む。けれど……

 

 「しかし、犯罪は犯罪。あまり目こぼしする訳にも」

 わたしをゆるく囲むように、周囲に騎士さんが集まるのまでは止められない

 

 「で、この銀髪娘等が何をやったと?

 犯罪と言うならば、(オレ)に説明してくれても良いだろう?」

 焔の眼が、団長さんを見据える

 恐れに半歩下がりながら、騎士団長さんは口を開いた

 

 そして……

 

 「馬鹿息子の敵前逃亡による許可凍結、不法居住の立ち退き拒否諸々、か

 そこまでするほど妹が怖いか。あの馬鹿の叫んだプリンス・オブ・チキンハートは結局変わらなかったと見える」

 事情を聞いた皇帝陛下は、ひとつ溜め息を吐いた

 

 「助けて、くれますよね?」

 そんな皇子さまのお父さんを、わたしは見上げて……

 

 「助けん。これはあの馬鹿の……アイリス派の起こした自業自得。それに介入しては、皇帝として皇位継承者へのある程度の公平が保てん

 アイリス一派に対してだけ肩入れする訳にもいかんのだ」

 「でもっ!」

 「分かれ、皇民アナスタシア。これは、皇族同士での皇位継承権順位を巡っての派閥闘争の一環だ

 この事態を招いたのは、アイリスを快く思わん兄姉が多いことを知りながら、自分がアイリスの味方である事で思考停止し、彼等と交流して敵を減らそうとしなかったあの馬鹿だ。落ち度は馬鹿息子(ゼノ)にある」

 静かな瞳が、わたしを諭す

 皇子さまが言うような烈火の熱は無くて、けれども恐い瞳が、わたしの心を焼いていく

 

 「故、(オレ)は何もせん

 友人に後を頼んでいたようだが、詰めが甘い。いや、あやつ……お前の大事な皇子さまからしてみれば、相当大事に護ろうとしたのだとは思うが……

 政治的な事への対応がなってないにも程がある。良い薬だ」

 

 ……恐い

 あっさりとわたしたちを皇子さまのミスだからって言いきる彼は……

 

 「……でだ、阿呆狐

 馬鹿息子ならこの辺りで口を挟むが、このままで良いのか?」

 「んー?ステラ、何か言っていいのー?」

 「言わんなら(オレ)が貰うが」

 

 「おっけー」

 良く分からない会話の後、アステールちゃんはわたしの方を向いて、尻尾を振った

 

 「ちょっと……

 おーじさまのおとーさん、ちょっと演技してー」

 「(オレ)に頼むな。自由か貴様」

 半眼の皇帝陛下

 

 けれど、一つ咳払いをすると、わたしを見て……

 

 「成程、これが不法占拠の犯罪者か」

 「ちょーっと待ったー!」

 大袈裟な仕草で、わたしと皇帝陛下の間に割って入ってくるアステールちゃん

 

 「何者だ」

 って、案外ノリ良いのかな?皇帝陛下は、絶対に知っているはずのアステールちゃんに向けて、そんな事を言う

 「ふっふっふーっ!よくぞ聞いてくれました

 ステラはねー、七大天さまの代理人だよー?」

 「で、その七天教が何の用だ?」

 「はい、めんざいふー」

 って、アステールちゃんは何時の日かねだって買って貰っていた……後で皇子さまがわたしにも色ちがいのものをくれたポーチの中から、一枚の魔法文字の書かれた紙を取り出した

 

 「免罪符?」

 えっと……罪をめんずる?ってことは分かるし、習ったと思うけど……どんなものだっけ?

 そんなわたしの疑問に気が付いたのか、アステールちゃんは自慢げに耳を立てて解説してくれた

 「めんざいふっていうのはねー

 七天教のえらーいひとが発行するすっごく強い効果のおふだー!」

 「神への奉仕、神の保証の名をもって、人に対するありとあらゆる罪を購う、七大天を信ずる全国家の法規を超越した免罪

 子供にも分かるように言えば、『この人は悪いことした人だけど、これから心をいれかえて神様の言葉を信じて神様の為にご奉仕します。だから、みんな許してあげてね』って物だな」

 

 そうなんですね、とわたしは頷いて

 「あれ?ひょっとしてですけど、その免罪符で許される罪人って、わたし?」

 「そだよー?」

 何で聞くのー?と小首を傾げるアステールちゃん

 

 「ステラねー、龍姫様から一度腕輪を通して力を貸してあげた女の子が辛そうな目に逢うから免罪札持っていってあげてねーって言われて、じゃあ仕方ないよねーって来たんだ」

 「えっと、それを受け入れるとどうなるんですか?」

 

 ……また、皇子さまに逢えるの?みんなと一緒に居られたりするんですか?

 「みんなと、まだこの孤児院で成人して一人立ちするまで……」

 「あー、ごめんねー

 めんざいふってそういうのじゃなくて、教会の人になって神様の為に働くから今までの罪は無かったことにするよーってだけだからー、この孤児院はなくなっちゃうかなー」

 

 そんな言葉に、わたしは……捨てられて、物心付いた頃からアイリスちゃんのメイドやってた3年以外はずっと暮らしてきた建物を見る

 アイリスちゃんからもらったお給料で入れ換えた窓や、皇子さまが作ってくれた遊ぶための組み木の登れるオブジェ。

 それらは懐かしくて、愛しくて

 ……でも、もう無くなってしまうって思うと悲しくて

 

 「……陛下。連れてくるように言われた者達を免罪でかっさらわれたとなると」

 「そもそも、連名した本人等はどうした」

 口を挟む騎士団の人の言葉を、皇子さまのお父さんはばっさりと切り捨てる

 

 「ああ、出てこんか。まあ、当然か。潰す側も不名誉を被る可能性がある

 ……間違ってはいないが、普通の帝王学に染まりすぎたか?」

 「……は?」

 「この孤児院を潰そうとした息子達に言っておけ

 『孤児院は構わんが、そこに暮らしていた子供達は、帝国の民(オレのもの)だ。行く末は(オレ)が決める。口を挟むな』とな」

 

 「……はっ!」

 敬礼して一言言うと、わたしの包囲を解く騎士団の人達

 わたしは、漸く解放されて……

 

 「……えっ、と?」

 「孤児院を護れんのは自業自得。其所に(オレ)は関与せん

 だが、お前達民までも見棄てると言った気は無いぞ?まあ、今回はそこの狐が免罪しに来たようなので、それはそれで構わんが……」

 と、皇帝陛下はちらりとアステールちゃんを見た

 

 「……ああ、あの馬鹿息子に何だかんだ大事にされているからといっていたぶるなよ?

 あの馬鹿、そういう事は嫌いだからな」

 「えー、ステラ、おーじさまのためにならないことしないよー?」

 「……なら良い。仕事に戻る

 良いか、皇猿騎士団。そこの狐娘は、教皇の娘だ。下手なことの無いようにな」

 

 それだけ言うと、皇帝陛下の姿は焔に包まれて消えた

 

 「あの、アステール、ちゃん?」

 皇帝陛下の姿が消えた孤児院前

 騎士団の人達はまだ居るけれど、皆を連れ出してはいくけれど、そんなに乱暴な事はしていない

 「ふせーじつだよね、おーじさま」

 そんなわたしに、ぽつりと、少女は同意したくないけど同意しか出来ないことを呟いた

 

 「ステラじゃだめだよーって、言わなきゃいけないのにねー」

 「そうですか?」

 「そーだよ?他に好きな人がいるーでも、ステラの事がきらいーでも、亜人はだめー、でもなんでも良いけど

 

 『大事だから駄目』って理由になってないよねー」

 それに、わたしは大きくうなずきを返した

 

 「自分は傷付くから駄目って、なんですか!わたしは役に立てないんですか!って思っちゃいますよね、あれ」

 「それで誠実に縁を切ったと思ってるんだから、おーじさまっておばかだよねー

 言葉の外で助けてほしいって、未練を残してほしいって言ってるようなものー。ステラがそれで諦められる訳無いのにねー」

 

 「えっと、それで?」

 でも、この話とアステールちゃんの行動が結び付かなくて

 

 「だからねー、ステラ、おーじさまのおよめさんとしておーじさまのミス?のふぉろーをしに来たんだー」

 って、アステールちゃんはどこか無邪気に笑った




ヒロインから不誠実だとボロクソ言われるゼノ君の図
実際、あれで断ってると思ってるのゼノ君くらいですからね……


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カラドリウス、或いは婚約者

「……人間か」

 やつれた顔でおれを見るのは、四天王の中では一番話が通りそうな青年姿の魔神族

 

 やはりというか、アルヴィナが普通に会話できたし、話は出来るようだ

 さっきまでは、おれの耳が鼓膜破ったせいで聞こえていなかっただけ

 

 「カラドリウス」

 月花迅雷を下げたまま、おれはそう言葉を紡いだ

 「兄さん、良いんですか?

 弱っている今なら、きっと倒せますよ」

 と、少し魅力的な提案をしてくる始水

 「というか倒しましょう」

 

 ……幼馴染は、やけに物騒だった

 「いや、どうしたんだティア」

 「私、彼にはかなりの私怨がありますから」

 息を荒げ、カラドリウスを睨み付ける始水

 「兄さんの敵になる相手に容赦したくありませんから」

 

 ……そう言ってくれるのは嬉しい。嬉しいんだが、危険な私怨そのもの過ぎるな

 

 「ティア。おれに任せてくれ」

 「ええ。私だと、つい手が出そうですから」

 と、少女は三歩後ろに下がった

 

 「さて、カラドリウス

 とりあえずは、話をしよう」

 と、愛刀の切っ先を床に向けて笑いかけようとするおれ

 しかし、彼は……

 

 「お前が、アルヴィナ様の……」

 その手を振るい、風を飛ばして攻撃してくる

 「っ!と!」

 それを縦に切り払うと、おれはふぅ、と息を吐いて再び刀をさげた

 

 「アルヴィナがどうかしたのか

 何があった」

 「……人間の皇子。一つ聞くが……」

 「アルヴィナ・ブランシュの事ならば覚えている

 無事か?」

 アルヴィナとは敵になるだろうが、今は敵じゃない。それを明かすように、わざと名前を出してしっかりと聞き返し……

 

 「やはり、か!」

 飛んでくるのは更なる風

 閉じられていた大鳥の翼が風を纏い、魔力の光が輝き始める

 「アルヴィナ様を(たぶら)かす悪童め!」

 

 そうして、風の爪がおれに向けて振るわれる。威力はカラドリウスもやつれているからか、前ほどではないが……

 「いや、何でだよ!?」

 思わずおれは叫んだ

 

 「アルヴィナ様の婚約者として、お前を……っ!」 

 ごもっとも過ぎるなオイ!?

 

 「うぐえっ!?」

 思わぬ正論に抵抗の意志が一瞬途切れ、おれはまともに風の爪を腹に喰らい、壁に叩き付けられた

 

 「……兄さん」

 「だ、大丈夫だ、ティア

 ちょっと、婚約者ならそりゃキレるわなって思って、自分が滅びるべき悪に思えただけで……」

 「もう、しっかりしてくださいね」

 

 「……まあ、テネーブルに言って一方的に結んで貰ったものではあるのだが」

 そんなおれに毒気を抜かれたように、四天王はぽつりと言った

 「アルヴィナ側は」

 「『ボクはまだ認めてない。本気なら、ボクに認めさせてみて』と」

 それは自称婚約者では?

 何だろう、いきなり恐ろしい筈の四天王がエッケハルトの同類に見えてきた

 

 「というか、何を話しているんだ」

 「話したいから話しているんだ、四天王アドラー

 おれは、アルヴィナに言ったことがある。魔神族とだって話し合えるなら話し合うさ」

 始水に目配せして、おれは愛刀を壁に立て掛けると、手を柄から離した

 

 「どの口が言うんだ?」

 見据えるような、カラドリウスの瞳。その責めるような眼が、此方を何体も殺しておいてと言っているようで

 

 肩を竦めて、おれは返す

 「何人にも被害を出しているならば、おれは皇子だ。止めなければいけない。おれ個人の理屈で、見逃せない

 だが、それだけの被害が出てないなら。おれはアルヴィナ(ともだち)を信じたい。例え魔神族だとしても、魔神王の妹でも、分かりあえるし手を取れる

 そんな相手だったと、アルヴィナの事を思いたい。だから、同じ魔神族である君にも、アルヴィナの自称婚約者にだって、言葉の手を出すよ」

 「兄には認められているから自称ではないんだがな!」

 何処か元気なカラドリウスは、背の翼から羽根を数枚おれへ向けて矢のように射出して答えた

 

 「……これ以上兄さんに何かするようなら、もう兄さんには任せておけませんね」

 置いた月花迅雷を取るには少しだけ時間がかかる

 それを見越してかもう既におれの右横に立っていた始水が、魔法で何処からともなく産み出した水の壁で全ての羽根を受け止める

 

 「……悪い、でも大丈夫だよ、始水」

 恐らく、ステータス的に当たっても痛くないだろう、あの羽根

 「兄さんは、痛くないから私が弓矢で射られているのを無視しますか?」

 「……いや、無理だ」

 「それと同じです。今の兄さんなら体に怪我は負わないと思いますが、兄さんが射られているのをただ見ていることで私の心には傷が残るんです」

 そんな事を言ってくれる幼馴染な龍少女を宥めるように、やっぱり置いておくのは不味いなと月花迅雷を手に握り直して、おれは青年魔神の前に立った

 

 「対話をしよう、四天王アドラー・カラドリウス」

 「……貴様を信じた、アルヴィナ様を信じるだけだ」

 と言いつつも、カラドリウスは背の翼を閉じ、風を消し去った



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カラドリウス、或いは役者

「……まず、一つ聞きたい」

 おれは刀を下げ、いつの間にかはい兄さんとばかりに用意された水のクッション……言ってしまえばジェル状にされた水を布で包んだものに腰掛ける

 うん、流石は龍姫の眷属。布という水分が染み込みやすいものだろうにひんやりはしていても濡れる気配がない

 

 「何故、おれを転移させた。此処に飛ばす気だったのか?」

 その言葉に、青年魔神は苛立たしげに肩を怒らせて頷く

 

 「そういうこと。一人ではこの地へ辿り着けない。だが、テネーブルから言われた使命を果たすにはこの地に至るしかない

 そんな時、お前に出会った」

 その瞳がおれを真っ直ぐ見据える

 「アルヴィナ様ありきとはいえ、あの厄災を退けた存在を

 アルヴィナ様を通して知った。あの忌まわしき轟帝に護られた者。七天に護られた敵」

 

 嘲るように唇を歪ませて、カラドリウスは語る

 「そんな相手を使えば、辿り着けると思った

 結果はこのザマだったがな」

 「このザマ、か

 目的は果たしたんじゃないのか」

 気になって、おれはふと問いかける

 おれを使えば、始水との縁があるおれならばこの遺跡に侵入できる。それは分かった

 だが、その策を成功させたにしては、彼の表情は自嘲が過ぎる

 

 「そうでもありませんよ、兄さん

 彼の役目は何となく想像が付きますが、放置しても問題ないものです」

 と、そんなことを言ったのはおれの幼馴染であった

 

 「何を呼ぼうとしたんですか、大翼の末裔」

 何を呼ぼうとした、その言葉でおれも何となく理解する

 そう。おれが推察していた事だが、一般的に言われるようにこの地に、遺跡に魔神族が封印されている訳ではない。この世界の狭間に封じられたとされるが、それは別世界と繋がる門、即ち遺跡とは違うはずだ

 だってそれならば、魔神族は封じられたのではなく……他の世界に放逐された事になる

 

 ならば、この地に用があるとすれば……

 「まさか、AGXとかを?」

 「その可能性はありますね」

 始水が賢いですね兄さん、と勝手に誉めてくれるが、全く嬉しくない

 

 あんなものの軍勢が作られたら一大事だ。何故、始水がこんなにのんびりとしているのか全く理解できない

 いや、信頼はしている。ただ、おれには推測の材料が足りないのだ

 

 「……何であっても構いませんよ

 兄さん。世界の外について、神話では何て語られていましたか?」

 くすりと微笑む少女

 

 世界の、外……?龍海の先……

 

 そうか、とおれは手を叩き合わせた

 「猿侯の御座パターラ」

 「はい、良くできました兄さん

 彼……アドラー・カラドリウスが何を呼ぼうとしたのかは知りませんが、遺跡を通して外の世界から何かを引っ張ってくるなんて到底無理な話なんですよ」

 すっと、龍少女の眼が細まる

 

 「世界の内側から護るのが龍姫……こほん、の眷属である私達であるなら、世界の外、門の先にあるパターラから異変を見守るのが嵐喰らう猿侯ハヌマーラシャ=ドゥラーシャです

 彼が居る限り、貴方が足掻いたところで、大規模な召喚なんて不可能です

 

 ……人の魂を改竄し、有り得ないものを貼り付けて、異変と察知されないちっぽけなものとして隙間から捩じ込むような事でもしなければ、ね

 魂は世界を流転しますから、塞き止めることは出来ませんしね」

 「そして、外部からそうやって加工してくれなければ、お手上げって話

 色彩を……いや、テネーブルの語感的に災いで『色災』?か」

 はぁ、とカラドリウスは一枚の羽根を胸元から取り出した

 

 「縁のあるこいつで色災の楽園を呼べって言われたんだけど、不可能なものは不可能なんだよな」

 「色災の楽園?」

 「この世界とは異なる世界を護るもの。言ってしまえば、異界の七大天……というより、七天御物ですね

 『救済』の終ま(アセンショ)……霊神に仕えた天使達。兄さんに分かるように言えば、次回作の皇族(お助けキャラ)、ですよ」

 「……そんな、者が」

 「ああ、大丈夫ですよ、兄さん

 そんなの通してたら、遺跡の守護龍の名が廃りますから。呼ばせませんし、呼べません」

 背の翼をミニチュアサイズから元に戻して拡げる事で威嚇しながら、龍少女は小川の水のように淡々と告げた

 

 「だから放置していたんです。彼の目的は、絶対に果たせない。七大天を倒すくらい出来なければ、ね

 けれど、それが出来るならばそもそも彼女等を呼ぼうなんて考えなくても良いんですよ」

 「放置?

 殺されかけたんだけどな」

 と、苦笑するカラドリウス

 

 「ええ。貴方は目的を果たせない。目的の為に動いているならば、私は好きにしてくださいと言います。私は遺跡の守護者ですが、何も出来ない貴方は遺跡の見学者に過ぎませんから。窃盗犯でも放火犯でもなく、です

 けれど、兄さんを殺そうとするなら私の敵です」

 

 「……はぁ」

 暫くおれを睨み、諦めたようにカラドリウスはその身を投げ出した

 「駄目だこれは

 詰んでる。分かってて送り込んだろテネーブル」

 

 「……捨てられたのか?」

 「さあな?最近のあいつ可笑しいから、判断がつかない」

 「それは……真性異言(べつじん)だからじゃないのか?」

 と、おれはクッションから立ち上がり、地面に自分から仰向けに倒れた魔神青年に向かいながら問い掛けた

 

 何というか、アルヴィナの発言から推測付いてたんだけど、あの羽根でほぼ確信した

 テネーブル・ブランシュはユーゴ等と同じく転生者。それも別世界のものを持ち込んだ種別の、だ

 つるんでる感じはないから、セイヴァー・オブ・ラウンズなる組織とは関係ないだろうけれども、原作のあのシスコンラスボスではない

 アルヴィナが心配で見に来たのがシロノワールだと思っていたが、あれ、肉体を乗っ取られたテネーブルが魂だけでアルヴィナを護っていた姿なんだろう

 父の発言を聞くに、シロノワールがアルヴィナを護ってATLUSと戦っていた直後辺りに、父と相対していたらしいからな、テネーブル

 

 「なら、別人に義理立てする必要、無いんじゃないか?」

 そう、気になってたのはそこなんだよな

 テネーブルが真性異言(ゼノグラシア)ならば、そしておれみたいにぱっと見似てると言われないならば……何故四天王は、ずっと従っているのか

 

 「……人間の皇子

 あれはテネーブルだ。俺の友人でなくとも、魔神王テネーブル。魔神が仕える魔神王

 そうとしか思うことが許されていないんだよ」

 その言葉を語る天井を見る魔神の眼は、何処か虚ろなものだった

 

 「アルヴィナ様が言っていた、理解できない話

 どれだけ齟齬があっても、違和感を感じることを、本来テネーブル相手にそうあるべき感情以外を抱くことを許されていない」

 ははっ、と青年は自嘲するように笑う

 

 「分からないだろう、人間

 言われた当人(やくしゃ)すら分かってないのに、傍観者が分かるはずもない」

 

 ……いや、何となく分かる

 でも、だとしたら……

 

 「手を伸ばすな、人間の皇子」

 思わず無意識に差し伸べられたおれの手

 それを叩き落として、魔神の青年は立ち上がる

 

 「俺は四天王。アドラー・カラドリウス

 同じ相手に恋い焦がれた親友のために、そしてアルヴィナ様の為に

 太陽をもたらす先導者(テネーブル)の障害を吹き飛ばす"暴嵐"。わりぃな、どうだろうが、その役は譲れねぇんだよ」

 その目に光が戻っている

 

 「例えそれが、演じさせられている役割でもな」

 嵐が、吹き荒れる

 

 「……二度とそのアルヴィナのところに帰れませんよ、このままでは」

 ぴたりと、風が止む

 「永遠に観客の居ない場所で一人寂しく踊りたいんですか?」

 「ちっ、やりにけぇ」

 「カラドリウス

 外に出たら敵同士だ。でも、今は良いんじゃないのか」

 甘いな、と自分でも思う

 だが、それで良い。もう少し、彼と話してみたくなったから、おれは勝手にそう言葉を投げ掛けた

 

 「ちっ、わーったよ

 格好つけても仕方ない。一時休戦、ってか、テネーブルに義理立てすんなら此処で殺すけど、アルヴィナ様がむくれるのは見たくねぇしなぁ……」



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影、或いは記憶

「せいっ!」

 少しの焦りと共に刃を震い、巨大な六枚の翼を持った少女の影を両断する

 同時、おれの背後から同じく六枚の翼を持つ別の少女の影が近付くも……

 

 「全く!楽じゃない!」

 おれへとその手の剣を振り上げ、隙を晒した脇腹へと親指が中指と水平に伸びた猛禽の爪を持つ人間からしてみれば異形の右手が嵐を纏って突き込まれ、少女姿の影を抉る

 アドラー・カラドリウス。"暴嵐"の名を持つ四天王である

 二つの影が両方とも遺跡の壁に溶けて消えた事を確認して、おれは小さく息を吐いた

 

 「ティア。何なんだこれは」

 抜き身の刀に傷はない。勿論、影に血は通っておらず、血糊の一滴も残されていない。けれども放置は気分が悪くて、始水に用意して貰った布でドラゴニッククォーツの刃を、そして微かに露出したようにも見える薄くクォーツでコーティングされた角を拭き取りながら、おれは特に戦わずに見守っていた幼馴染に声をかける

 「此処は異なる枝葉、異なる世界と繋がる茎のようなもの、と私は言いましたね兄さん

 世界は葉、他の世界は別の葉、魂は其処を循環する……まあ水に含まれる栄養素ではありませんが、似たようなものです

 どれだけ余計なものを入れないようにしていても、機能として全てを排除なんて出来ない。だから、魂にある余計な記憶はこの世界に来た時に此処に置いていかれるんです。だから、前世の記憶なんて大抵はありません」

 くすりと、少女はおれを見て笑った

 

 「兄さんや私は、七大天の加護を得て、記憶を置いていかなかったようなものですけどね

 そうして、この世界で生きていくために魂に置いていかれた異世界の記憶から造られた影がアレです

 私一人であれば管理者一族なので流石に襲っては来ませんが、それ以外の者が門を目座すとなれば、この遺跡はそれっぽい影を作り出して足止めをするんですよ」

 「そういうものなのか、今日4度目の襲撃だけど」

 「つれぇ……」

 と、カラドリウス

 

 「お前はいざとなれば自殺するんじゃないのか、カラドリウス」

 アルヴィナのように、とおれは半眼で疑問をぶつけた

 「その姿、お前自身も影だろう?

 アドラー・カラドリウスが動かしているゴーレムのようなものだ」

 「まあ、意識含めてアルヴィナ様によって転写しているだけではあるんだけどな」

 おれの言葉を受けて、ここ一週間で少しは打ち解けた気がする大翼の魔神は手の親指で頬を掻きあげた

 「駄目だ。隔離されてるから戻れない。本体とのリンクが切られている

 此処でこの俺が死んだら、この俺が蓄積した記憶まで含めて転写された意識が朽ち果てる。本体に影響はなくとも、記録の維持が出来ない」

 「つまり、今のカラドリウスを倒せばこの遺跡の事や、倒す際に使った兄さんの切り札の話なんかも相手に情報を与えなくて済むわけですね」

 「ティア、物騒な話は止めよう。休戦中なんだから」

 

 そんなおれの口出しに、むっとするどころか嬉しそうに口許を抑えて龍少女は微笑んだ

 「ええ、兄さんを立てていますから冗談です」

 

 ……ひょっとして、過激な事をわざと言っておれの普通の発言が有り難い話に見えるように……ってしてくれているのだろうか

 おれ個人としては有り難いけど、それで良いのかゴールドスターのお嬢様。最初にあまりにも無茶を言うことで無茶を良心的に見せる詐欺の手段じゃないか?これ

 

 「……それで、アルヴィナってどうしてるんだ?」

 そんなこんなで今日も一日遺跡をさ迷い、海底にあるというだけあって少し湿っぽくてひんやりした空気の中、おれは歩みを止めたカラドリウスにそう声をかけた

 「物好きな奴だな、人間」

 

 この質問は毎日の事だ。最初は無視されたが、段々とおれへと顔が向いてきている

 始水は話の邪魔をしないようにおれの背中に頭を預け、龍の翼を毛布ですと言いたげに大きく展開したままおれの肩に被せて寝息を立てている

 

 吐息のリズムからして起きているのは分かってるんだが、寝たふりをしてくれているんだろうな

 自棄に辛辣な態度を取ってるから、起きてても邪魔にしかならないと理解して

 

 「遠く離れてしまった友達の事を知りたいと言うのはそんなに可笑しな事なのか?」

 「魔神族とは殺しあい、世界を懸ける間柄。違うのか?」

 ついに、乗って来た

 

 このまま行けば話をもっと聞けるだろう、そう思っておれは言葉を探す

 

 「アルヴィナとなら、仲良くなれた……と思ってる

 手を取り合えない相手じゃない、と。怖くても、恐ろしくても、伝説に残る時代に殺しあっていても、それは今も絶対に変わらない事実じゃない」

 だが、おれの言葉を受けてカラドリウスは口をつぐむ

 そのまま、その日は口を開くことは無かった

 

 ……何がいけなかったんだろうな

 

 ふと、そんなおれの背骨に、始水の頭の角が当たる

 「ティア?」

 寝たふりしていた少女の吐息が、背後からおれの右耳をくすぐる

 「……兄さん。仮にも婚約者の前で、相手の愛しの婚約相手と仲良くしてた自慢はキレられますよ

 別に婚約などはしていませんしこうして世界を隔てても切れない縁と余裕のある私でも、兄さんとの仲でマウント取りに来られると少しはイライラしますから」

 「そういうもの?」

 良く分からなくて、おれは呆ける

 「そういうものですよ、兄さん

 兄さんとの縁なら最強無敵の私だって、兄さんマウントの言葉は聞きたくありません。此方から頼んで婚約したような相手ならば尚更ですよ」

 悪戯するような龍の優しい吐息が、おれの毎日の始水の魔法ですこしずつ治ってきた右耳を弄んだ

 

 「まあ、そういった情緒面をぐちゃぐちゃにしかしない、相手の心分かってないから良くも悪くも波風立てるのが兄さんですからね」

 「……難しいな、ティア」

 「ええ。人の心は、自分の骨を取り出してダイヤに変えたような頑なさのある兄さんの心と違って、複雑で流動的で難しいものなんですよ」

 翼の下でおれの右手の甲を左手で包み込み、龍少女はそんなことを言ったのだった



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アルヴィナ・ブランシュと寝耳に水

「……ウォルテール」

 唯一今のボクが呼べる名前。ボクが話せるたった一人の名前を、ボクは呟く

 

 迸閃の四天王ニーラ。ボクのお母さんの親友だったという少女姿の魔神ニーラ・ウォルテール。皇子のところに居たから、あの亜似の視界の届かない場所だったから外に居ても問題なかった本当のお兄ちゃん……八咫烏シロノワールは今もずっとボクの側に居る事は感じるし、ボクには見える

 でも、呼び出せないし話も出来ない。魂だけの存在、地縛霊……というよりもボクに縛られているから自縛霊?なお兄ちゃんは、普段は誰にも見えないし干渉できない。ボクは死霊使いの本領としてそんな状態の霊も視認出来るけど、それはボクの眼が特別なだけ

 お兄ちゃんが何も出来ない事は変わっていない。ボクに見えても、他人には見えないし勿論干渉も不可能。勿論、ボクにもお兄ちゃんが何を言ってるのか分からない

 相互理解には、ボクが死霊術で体を作ってあげる必要がある

 

 でも、それをしたら……他の皆にもお兄ちゃんの存在が分かってしまう。何にも干渉できない魂だけ、ボクですらボクを見守るように近くに居ることしか認識できないからこそ、お兄ちゃんの存在は亜似にバレずに済んでいるのに

 

 お兄ちゃんが見つかった時、ボクとお兄ちゃんがどうなるのか……考えたくもない

 元々凄い存在であるお兄ちゃんですら、こうして肉体を離れるしか無かった真性異言(ゼノグラシア)の鎖。お兄ちゃんだけじゃなく、他の魔神……四天王全員やボクといった元々お兄ちゃんとそれなりに縁がある全員の魂に絡みつく亜似の呪い

 

 シロノワールが、お兄ちゃんが本物の魔神王だとボクが主張して、誰が同調してくれるだろう

 昔は思考が分からなくて、今は良く分かるニーラは?元々お母さんのことをお兄ちゃんと取り合ってた……というか、お兄ちゃんの為にお母さんを諦めたアドラー・カラドリウスは?

 その二人でも、本来のお兄ちゃんと仲が良い相手でも、怪しい

 だって、ボク自身……

 

 魂の鎖があってもしっかりと認識できているのは、皇子のおかげだから

 

 きゅっと、胸元の首飾りを握り締める

 胸に生えた結晶と触れ合うだけで悩ましい気持ちになる、とっても中毒性のある青い宝石の首飾り。ぱっと見は分からないけど、中に皇子の血色の瞳を閉じ込めたボクのたからもの

 この瞳が、明鏡止水の瞳が……あの日一目惚れした光が、ボクを変えた

 

 だって、ボクは亜似の為になんて、何一つしたくない。光ある世界に興味はあったけど、亜似のための調査でなんて、今のボクなら絶対に拒否する

 それなのに、亜似の為に四天王の影を作って、自分と亜似の影までも用意して、小さな綻びからああして光ある世界に行ったのは……今から思えば、あの時のボク自身すら、鎖の存在に気が付きながらもそれを違和感として捉えられずにお兄ちゃんの為だからという思考に囚われていたから

 ボクも、魔神王テネーブルの事が大好きな妹アルヴィナという役をやらされていたから、あんなことをした

 

 本当なら、きっと今もずっと、その役を続けている。だってボクの魂の鎖は外れていない。魂使いの死霊術を、屍の皇女……ってカッコいい名前を言われるボクの力でも、緩めて影響を減らせても、無くすことは出来ない

 

 なのに、ボクがこうなのは……この瞳のおかげ

 明鏡止水の瞳。あの日救えなかったお母さんの為に、光へと導く先導者(ヴァンガード)であろうとし続ける、魔神王テネーブルと同じ眼

 優しく親身なように見えて、何よりも頑なで人の話を聞かないゾクゾクする眼

 

 だから、ボクはボクに戻れた。亜の時ボクは、お兄ちゃんの為に一途に動く妹から、皇子のあの眼に焦がれた一匹の白耳の黒狼になったから

 例えお兄ちゃんがお兄ちゃんのままだったとしても、大好きなお兄ちゃんを裏切ることになっても、それでも良いかもしれないと思わせたあの眼への激情が……魂の鎖が演じさせている役の根底にあるお兄ちゃんの為に動く妹というアルヴィナ・ブランシュ像にヒビを入れた

 

 この気持ちが何なのか、言葉にはしにくい。お兄ちゃんへの想いと似てて、でも違う。ニーラみたいな献身ともまた違う

 恋、というのかもしれないし、違うのかも分からないけど……。この想いが、ボクを新しいボクに変えた

 

 お兄ちゃんか亜似かは関係ない。亜似である事で態度は変えられないけれど……テネーブル・ブランシュそのものへの想いと態度が変わるなら、それは別。皇子の存在による心境の変化は鎖の影響を受けない

 

 お兄ちゃんは今でも大事だけど、それはそれ

 役とは関係ないボク自身の齟齬が、皇子の眼への想いが、鎖の影響を消し去った

 

 それは、今も続いている

 亜似は、ボクの態度がちょっと変わったせいか、疲れてるんだとボクを部屋に閉じ込めた。だからボクはひとりぼっち。ニーラと話をする事は出来ても、ニーラはテネーブルに忠実だからお兄様が心配してるからと言って絶対に外に出して貰えない

 そうしてきっと亜似は、ボクがまた忠実な妹の役に戻ることを待っている

 

 でも、問題ない。ボクには大事な皇子の瞳がある。どれだけ待たれようと、ボクは揺るがない

 だって、見惚れた揺らがない瞳がずっと胸元で見守っているのに、ボクが揺れたら情けない

 

 ……でも、変

 ふと、ボクは意識を内面から戻して、座った石のベッドから立ち上がる

 ニーラ・ウォルテールを呼んでから暫く経った

 何時もなら御呼びですかともう現れている時間。なのに、長々とボクが自分を反芻して、揺らがないと想いを新たにしなおすまで物音ひとつ無かった

 

 ……なにかあった?

 そう思うけど、窓はないし扉には外から鍵が掛かっている。壊したら怒られるし、更に自由がなくなるから、ボクはただ待つしかない

 

 カチャリ、と鍵が開いたのは、更に暫く後

 

 「ウォルテ……違った」

 「アルヴィナ!」

 飛び込んできたのは、背に翼のある一人の少女魔神

 ミネル・カラドリウス。アドラーの妹。あの皇子によく突っ掛かってきたオリハルコン色の……名前忘れた子みたいに、ボクに良く突っ掛かってくる女の子

 同じように、別にボクの事が好きじゃない。単純に、兄と婚約しているボクが目障りなだけ……のはず。だからボクは何時も無視してきた

 

 だって、皇子が困ってたように、ボクも困るに決まってる。向こうが勝手に婚約してきたのに、その事でお兄様の婚約者だなんて!と噛み付かれてもボク知らない

 知らないものは知らんぷりに限る

 

 でも、どうして?

 瞳に涙を浮かべるミネル・カラドリウスをボクは困惑と共に眺めた

 「カラドリウス?」

 「アルヴィナ……お兄様が!」

 「……なに?」

 

 良く分からない。影として今も動いている彼がどうしたというのだろう

 干渉は出来ないけど何となく分かる。影が壊れたら察知できる

 だから、影が光ある世界で活動してる事だけは理解できる

 なのに、何が?

 

 「アルヴィナ様」

 と、漸く現れたのは、フードを被った四天王のニーラ

 「ウォルテール。これ、何?」

 

 ニーラなんて呼ばない。まだ彼女はウォルテールだから。お兄ちゃんへの献身から、ニーラ・ブランシュにならない限り名前で呼ぶ気はない

 

 「アルヴィナ様

 アドラーが蒼き雷刃の神器を携えた、アルヴィナ様の報告にあった皇子と交戦。四天王アドラー・カラドリウスの戦死を確認した」

 「……ん」

 

 言葉が、出なかった

 

 「お兄様……っ!」

 とりあえず、ミネルが泣いてる理由は分かったけど……

 

 可笑しい、としかボクには思えない

 「それは、本体の話?」

 「はい。影とあの皇子ゼノとの交戦の報告を確認後、本来不可能な筈の攻撃の本体への波及により……」

 「お兄様を蘇らせてよ!

 出来るんでしょ!」

 涙声で叫ぶミネル

 

 だから、ボクのところに来た事は分かるけど……

 可笑しい。ボクの皇子にそんな事は出来ない。それに、影のダメージが本体に届く可能性はあのATLUSやそれより恐ろしいらしいあがーとらーむ?ならあるけれど……

 

 影が健在なのに本体が耐えられないなんて事は絶対に有り得ない

 だって、影の耐久性は、本体よりずっと低い。魔法にだって弱い

 

 ……皇子の攻撃が本体へ波及するちーと?だと見せ掛けてアドラーを殺した犯人が居る

 

 「うん

 ボク、行って良い?ウォルテール」

 犯人の痕跡はきっとある。恐らく、それは……

 

 でも、ニーラは頷かなかった

 その前に、ニーラが従うたった一人のニセモノが現れていたから

 

 「ごめんな、アルヴィナ。婚約者のあんな姿、アルヴィナに見せるわけにはいかない

 そして、下手人を許すわけにも」

 

 ……いけしゃあしゃあと、ボクが分かる限り……他にボクが見付けていない真性異言(ゼノグラシア)がいない限り唯一犯人になり得る亜似は、そんな事をおくびにも出さずにボクに言ったのだった

 

 「アルヴィナ

 あの皇子を……アドラーの仇を討つのに、力を貸してくれ」



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死霊術、或いは魔神の疑い

 今日も今日とて、日の終わりにカラドリウスにアルヴィナの話を聞こうとする

 

 あれから更に一週間。まだ、遺跡にとばされて二週間だが……既に外が不安になってきた

 増援は来たのだろうか、カラドリウスは一応居なくなって、魔神族のあの砦はどうなったのだろうか。下手に戦端が再度開かれていたら、増援無しでカラドリウスが居なくなって抑えが効かなくなった残りの魔神族が雪崩れ込んできていたら……

 不安は尽きない。数日ならば、流石に何とでもなるだろうって安心感があったんだが……。こうも日が経つと、不安がふつふつと沸いてくる

 

 「どうしてだ?」

 そんなおれの意識を現実に戻したのは、そんな疑問の一声であった

 「どうして、お前はそんなにアルヴィナ様を気にするんだよ、人間」

 警戒するように眼を細めておれを睨み、右腕には小さく渦巻く風を残しながら、休むために膝を折った影はおれに向けて問い掛けてきた

 それは、最近全然答えてくれなかったカラドリウスからの興味の声

 

 「何でそんな事を聞くんだ?」

 「その言葉はそのまま返すっての」

 ……アルヴィナとの仲を疑ってるのか?

 

 そう考えて、どうなんだろうなと横の始水をちらりとおれは見るが、恋だ愛だに付いてはおれより詳しいだろう幼馴染はというと水で作ったクッションで高さを調節しておれの肩に頭を預けてすぅすぅと寝息を立てていた

 ……とりあえず、答えてくれそうにない。カンニングはダメだという事なのだろう

 おれが、おれの言葉で答えなければ意味がない

 

 「アルヴィナとは友達だから。アルヴィナが今おれをどう思っているかは知らない。また出会った時、恐らくは敵同士

 それでも、おれは今もアルヴィナを友だと思っている。演技だとしても、役だとしても、おれと話していたリリーナ・アルヴィナという人のフリの仮面の中にも真実の心があったと信じている」

 「友達、か」

 「友達を心配しない奴が居るか?

 これは、それだけの話なんだよカラドリウス。魔神族の動きが知りたいんじゃない。動向を教えてほしいとは言わない。そんなものを流せば裏切りだってのはおれでも分かる

 ただ、それでも友達の安否を知りたいんだ」

 

 信じられない、とばかりにカラドリウスの背の翼が上を向いた

 「そもそもなぁ、どうやって信じろと言うんだ?」

 頭のアホ毛……いや多分冠羽根を逆立て、苛立たしげにカラドリウスはおれを指差す

 

 「そんな人間の嘘を、どうして?」

 「……嘘。か」

 「信じてる?アルヴィナ様と友達?

 よくもまぁ言うよな。ニーラは純真だから何日も嘘付けば騙されるかもしんないけど、俺には効かない」

 「頑なだな。嘘は言ってない」

 「ぬけぬけと。俺は悪いが、死んでももう二度とアルヴィナ様を裏切る気はない」

 「どうしてそうなるんだ」

 

 ……何故こいつは、おれとアルヴィナが既に敵同士……それも隙あらば殺すレベルのように認識している?

 

 「その眼、戦い方だよ人間

 随分と戦いにくそうにしている」

 「……そうだな」

 おれは静かに始水を起こさないように小さく頷く

 

 「片眼をアルヴィナ様に奪われて、それを気にしていないかのようにいけしゃあしゃあと嘘を吐く」

 ……おれを睨み続けるカラドリウスに、漸くおれは理解した

 

 ああ、成程

 おれがアルヴィナへの復讐のために情報を集めていると思ったのか。おれの左目に治らない呪われた傷を付けた、忌まわしき敵を倒すために、と

 

 「へぇ、なら、この眼はどういうものだ?

 アルヴィナは、どう言っていた?」

 そこで違う!と真実を言うことは簡単だ。アルヴィナにあげたんだと幾らでも語れる

 だが、それで良い訳ではない。アルヴィナの現状が分からない以上、下手に此方から情報を出すことは、アルヴィナへの害にもなりえる

 

 「自慢げに見せてくださった。皇子から奪ったものだとな

 二度と治せない、大事な戦利品だと」

 カッ!と青年魔神は翼と眼を大きく開く

 「実際、左目を喪ったお前はとても戦いにくそうに動いていた」

 それが証拠だと言わんばかりに、カラドリウスは吐き捨てる

 

 ……戦利品、か

 小さくおれは息を吐く

 裏切ったのか、アルヴィナ?元々敵だったのか?

 そんな暗い気持ちが少しだけ沸いてくるが……頭を振って、その翳りを振り払う

 

 振り払える程度には、おれはアルヴィナを信じられる

 

 だってそうだろう?アルヴィナがどれだけおれ達の為に動いてくれた?

 例え死んでも大丈夫な影だろうが、おれの左目と引き換えにするには頑張りすぎだ。ぼったくり価格にも程がある

 

 だが、聞いて良かったな、と思う

 

 「……そうかよ

 そこら辺そう分かってるのか」

 わざと、どうとでも取れるように、左手で傷を撫でながらおれは言う

 

 この眼はアルヴィナにあげたもの。恨みも何もないと言うことは簡単だったが……気軽に言うべきでは無かった

 アルヴィナは裏切ってない証明書のように、おれの左目を使っているらしい。ドサクサで片眼抉って二度と治らないようにしたとか、そういった行動を取ったからという事で、酷い目に遇うんじゃないかというおれの不安をやり過ごしたのだろう。実際に片眼の実物があるんだ、事情を見てなければ通る

 

 それが嘘だとおれが言ってしまったとして、それがテネーブル……全部分かってアルヴィナに憑いているだろうシスコンではない方に知られたら、アルヴィナの扱いはどうなるだろう

 今より悪くなるのは間違いない

 

 アルヴィナが本当に敵に戻ったのかは分からないが、まだおれと友達なら、真実を簡単に言うことこそがアルヴィナへの裏切りだ

 

 「……カラドリウス

 お前、誰の味方だ?」

 始水が預けていた体重を、ひんやりした体の熱をおれから離してくれる

 それを受けておれは、愛刀を握るも突きつけたりせずにそう問い掛けた

 

 「……決まっている

 アルヴィナ様だ」

 その言葉に、きっと嘘はない

 ならば良いか、そう思って……一息つくとおれはもう一度眼の傷を撫でた

 

 「本当にそうか?」

 「アルヴィナ様に誓う」

 此処で魔神王や万色の虹界ではなくアルヴィナを出すなら、信じよう

 

 「そもそも、あの眼は……欲しがっていたからおれがアルヴィナにあげたものだ

 それでおれがアルヴィナを恨む訳がない。寧ろ大事にしてくれているならそれで良い」

 「……」

 「そもそもだ、カラドリウス」

 

 おれは父から聞いた話を思い出す

 おれがあげた犬は、どうなっていたかの顛末を

 「アルヴィナがそうやって持っているのは自分が気に入ったものだろう?

 それに、死霊術は死者と想いを繋ぎ継ぐものだとアルヴィナは言っていた

 それならば、単なる敵同士であれば、おれの眼を死霊術で持っていられることは可笑しいだろ?」

 その辺りは良く知らない。おれに魔法の力持ち知識もない。それでもおれは、口からでまかせで都合の良さげな解釈を言葉に乗せた



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疑惑、或いは龍の巣

「……兄さん」

 四天王アドラー・カラドリウスの影が周囲を見てくると席を外している間に、おれの耳にふわりと涼しい息が吹き掛けられた

 

 「始水、どうしたんだ?

 ああ、あのちょっと恥ずかしい治療の時間か」

 と、頷くおれ

 「違います。あと、あれは……龍人の体液を通すことで兄さんの呪いを中和してるんです。必要な事であって趣味……こほん、単なる恥ずかしいことでは無いことを理解してくださいね」

 趣味なのか、始水

 いや、人の耳を龍人故に先端が少し尖った上に二又に別れた舌で舐めるの、趣味なのか……

 

 「必要だからやってるんです。別に私は唾液で無くても良いんですが……」

 これみよがしに、少女は白魚のような……実際に日が当たったことがないのだろう少し不健康なほどに白い左手の小指を立ててみせる

 「例えば、この指を鱗で切って、流した血を使っても同じですけれど……

 兄さんもそちらの方が嫌でしょう?」

 「いやまあ、始水が痛そうにしてるのは見たくないが」

 「私が痛いのと、兄さんが恥ずかしいの、どちらがマシですか?」

 「……好きに舐めてくれ」

 お手上げだ

 恥ずかしいことは恥ずかしいんだが、舌戦弱いからなおれ。始水相手だと基本的に手も足も出ない

 

 勝てたのは、始水の未来のためにも折れるわけにはいかなかった、中学校の進学先の喧嘩だけ

 

 「あ、余計なことを考えてますね、兄さん」

 ぴょこりとおれと背丈を合わせるために作り出した氷の足場から飛び降りて、龍少女はくすりと笑った

 

 「今は私の疑問に答えてくださいね

 兄さん、兄さんが誰かにその左目をあげた……のはまあ良いです。今更私が怒っても一切取り返しはつきませんからもう良いです」

 少しだけ唇を尖らせ、幼馴染は呟きを続ける

 「魔神族と仲良くしようというのもまあ、そういう手で未来を切り開く手段も……無くはないでしょうね

 可能性としては低くはなりますけど……当初、魔神王の妹が人間側に付くというシナリオも想定があったそうですから」

 「そうなのか」

 「兄さんなら知らずにその道を目指してると思いました

 ええ、魔神王の妹アルヴィナ・ブランシュ。彼女が選べる聖女の外見のひとつに良く似ているのは、容量とテキスト差分の多さから没になったシナリオ……

 聖女として目覚め葛藤しながら恋をして、最終的に人間側として兄と対峙する魔神聖女。そこの主人公を折角グラフィックがあるからと流用したものらしいですからね」

 「だから、アルヴィナはリリーナ・アルヴィナって名乗ってたのか

 後は……名乗らせた魔神王はその没シナリオの話を知っていても可笑しくない、と」

 「どうでしょう?外見流用なだけあって瓜二つだから名乗らせてみただけかもしれませんよ?

 兎に角、没シナリオ……って後々出た分厚いガイドブックには書いてありましたし、そもそも此処はゲームの中ではなくひとつの世界です。ですからゲームではこうだった、が全部通用するはずもありませんが……

 それでも、ゲームに酷似していることは確かです。誰かが小さな世界間の繋がりからこの世界の有り得る可能性を夢に見て、ゲームシナリオというように書き上げたのかもしれませんね。なら、没シナリオ(低い可能性)でも、それなりの参考にはなるでしょう」 

 「……アルヴィナの事を聞きたいのか、始水?」

 「いえ別に。寧ろ止めてください

 幾ら私でも、兄さんの口から他の女の子と仲良くした話を聞く事に耐性はあまり無いんです」

 

 「……耐性」

 何の?いや、たまに今の始水が分からなくなるというか……

 

 「契約の(えにし)。基本的に誰から兄さんマウントを取られても平気ですが、兄さんからだとちょっと傷付きます」

 「……良く分からないけどごめん」

 

 良いんです、と本来の大きさにした翼を広げ、龍そのものの瞳孔の裂けた蒼い瞳がおれを映す

 

 「兄さん。兄さんでも分かるように言っておきます

 龍は嫉妬心と独占欲が強いんです。身動きを取るわけにもいかなくなりつつも、七天に数えられる中でただ一柱、一番近く……世界の内側で世界を取り囲む海として見守る事にした程に。だから……」

 にっこりと、始水は笑う

 

 「どれだけ他の娘と仲良くしても良いんです。兄さんが幸せになってくれるなら、浮気でも本気でも何でも私は応援します

 でも、私の前でそれを口に出さないで下さい。私があえて聞かない限りは、ね。そうでないと……」

 不意に、おれの首筋に冷たいものが触れる

 それは、少女の白い右手。ステータス面でいえばイカれofイカれ。皇族すら越える神の似姿の、その気になれば鋼より数段硬いおれの首をへし折れるだけの力が、まだ白く痕の残る首筋の傷跡をくすぐったくなぞる

 

 「私、兄さんを巣から出ていかないようにしたくなっちゃいますから

 二度と、傷付かないように。眼を離した隙に死んでしまわないように。兄さんの心がどれだけ誰かの為に命を捨てなきゃいけないとばかりに泣き叫んでも、私の為に永遠に使われてくださいとずっと……」

 「……心配してくれるんだな、始水」

 「ええ、一度兄さんには置いていかれていますから

 ってそうじゃありませんよ兄さん。私が聞きたいのは、魔神王の娘と仲良くするのは良いとして、どうしてその辺りの事情をあっさりと伝えたのか、ですよ」

 ああそれか、と気軽に頷く

 簡単な理由なんだよな、アレ

 

 「始水。あいつは真性異言(ゼノグラシア)だからってテネーブルを裏切れない。でもな、逆に言えば縛りはそれだけっぽいんだよ

 あいつがアルヴィナが一番ってことをおれは信じた。なら、アルヴィナの立場が悪くなる事実を、例え真性異言(ゼノグラシア)で無い本物相手だったとしても、カラドリウスは語ることはない。なら、アルヴィナは無事の筈

 だったらさ、真実を話した方が分かり合える、おれはそう思ったんだ」

 

 そうですか、と少女は納得したように頷く

 「……でも、忘れちゃ駄目ですからね兄さん

 彼等は確かに分かり合える可能性はあります。けれど、基本は敵です。ゲームの話通りに進めば兄さんと殺し合うような相手です。それを念頭に警戒してくださいね

 信じすぎて……」

 首筋に回した手を引き寄せておれの耳に唇を近付け、ふぅと始水は息をふきかける

 「もっと酷い怪我を負ったり、死んだりしたら怒りますからね、兄さん」

 「分かってる。おれが勝手に信じたいだけ。相手の態度が示す意志を見誤ったりしないよ」



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馬鹿、或いは誑かし

「そうか、アルヴィナはそんな……」

 カラドリウスからそうして話を聞き、おれは頷いた

 

 カラドリウス自体、影の存在という問題がある為そこまで長居は出来ず深くは聞いてなかったらしいが、流石に婚約者であるアルヴィナの事は耳にしていたらしく、おれとアルヴィナがまだ一応は協力関係であると理解したからか教えてくれるようになった

 

 「要っておくけど、人の婚約者に手を出したら泥棒だぞ」

 「互いに納得してなければな。知ってるよ」

 おれとニコレットだと婚約はしてても別に?な関係性だからそう呟く

 

 「オイ」

 半眼で引っ掛かれた

 「いや、おれと婚約者って冷えきってるからさ……。アルヴィナとカラドリウスは違うって分かってるし、そもそもあれは恋愛感情じゃない。お互いにそうだと思う」

 恋愛感情がアルヴィナにあったら、今頃おれは死んでるだろう

 あの刹月花の少年の言っていた屍天皇ゼノって、恐らくはアルヴィナ側がおれに恋愛感情を持ち、おれを殺して屍に変えた状態のおれを指す言葉なのだろうし

 だからアルヴィナと居るおれを見て、四天王……じゃなくて屍天皇ゼノと呼んだ

 

 ……あれ?でも死霊術って死者が納得してないと上手く使えないとアルヴィナが言ってなかったか?好きなように操れるわけではないとか

 

 ……その割に屍天皇とかになるのかおれ……

 

 自分でその自分が分からなくなって……いやアルヴィナに殺されるなら良いやと思った事もあるし、その延長なら分からなくもな……

 

 いや流石にだとしても、その道はアナ達多くを不幸にする道だ。何でそんなもの選ぶ可能性があるんだろうな、本物のゼノ

 そんな道、おれはまず選べないだろう

 

 「恋愛感情は無い、か」

 「アルヴィナは気に入ったものを殺す。おれの事は……友達、とは思っていたとは信じているけれど、傍に置いておきたい程じゃ無かったんだろうな」

 だから、とおれは苦笑する

 

 「そういう点では、婚約者の障害にならないしなる気もないよ」

 四天王アドラー・カラドリウスは普通にゲームでもアルヴィナによる死霊術で蘇った姿が出てくるしな

 それを言ったら他の四天王もなんだけど

 

 「……あんま信じられないんだけど?」

 「信じてくれ以外の言葉を言えないんだが?」

 「兄さんはそういうの疎いですよ、カラドリウス」

 「始水、それフォローなのか?」

 最近、幼馴染が冷たい気がする

 

 「フォローじゃありませんよ、兄さん。批判です」

 「批判だったのか」

 「兄さんは私を始めとして女の子を泣かせるのが得意ですからね」

 「それでアルヴィナ様も……」

 「知りませんよ、私は私の見解を言ってるだけですから」

 こんな言い種だが、始水の表情は柔らかで。少しからかう空気を混ぜて言葉を紡ぐ

 

 「寧ろ安心出来るんじゃないですか?

 私はもう兄さんがこんななのは慣れっこですし、これが兄さんだからもう矯正なんて端から諦めてますが」

 「見捨ててるのかよ」

 良く分からんなとばかりに、カラドリウスが首を捻った

 「いえ、違います。馬鹿を言わないで下さい

 獅童三千矢(兄さん)ゼノ(兄さん)なのはもう仕方がない事ですから、そこを変えようという考えを止めただけです」

 「……そうなのか」

 

 「……普通に考えて貰えないようなものを普通に当然の顔で渡されて諦めましたから」

 「……一つ聞くけど、どんなものだ?

 眼?」

 と、興味を引かれたのか、大翼の魔神が問い掛けた

 その冠羽根が小さく揺れる

 

 「そんなおぞましいもの貰っても嫌ですよ。寧ろ貴方は指とか眼とか貰って嬉しいんですか?」

 「そんなものを渡されたら、アルヴィナ様を見るたびに申し訳なくなる」

 「アルヴィナは喜んでくれたんだが……」

 

 パン、と横で始水が手を打ち合わせ、おれは反射的に背筋を伸ばす

 「はい、こういうことです。私は要らないから兄さんもそんな猟奇的なプレゼントはして来ませんでしたが……

 自分と自分の持ち物の価値を低く見るんですよ、兄さんは。だから、片眼だって欲しがられたら差し出すんです」

 心底呆れたような表情が、おれを貫く

 

 「まさか、アルヴィナ様が自慢気に見せてくる瞳が、本気で贈り物だったとは……」 

 魔神の青年はその鉤爪の手で額を抑え、唸った

 「『有り得る筈がない、アルヴィナ様は本当にあの皇子を利用するだけ利用して捨てたんだろ?』と、自慢気にテネーブルに進言した立場が……」

 「……なんというか、悪い」

 「ふざけてんのかお前」

 「アルヴィナに対しても大真面目だった」

 「さては馬鹿だろお前」

 もうダメだこいつはとばかりに、カラドリウスが大きく溜め息を吐く

 

 「もう良い。難しい策略だとか何も考えてねぇわこいつ」

 「それはどうも」

 ……何て言って良いか分からず、とりあえずお礼?でも言っておく

 

 「アルヴィナ様を誑かそうとしたのも、筋金入りどころか筋金で出来た馬鹿だからか」

 「……兄さんをあまり愚弄すると手が出ますよ、カラドリウス」

 と、おれを庇うように始水が前に出る

 

 「諦めたんだろ?」

 「ええ、諦めました。そして、兄さん自身ではなく取り巻く環境を変えることにしたんです

 ……そうでなければ、嫉妬深い龍が兄さんが誰と付き合っても良いなんて、幾ら契約があってもそうそう言いませんよ」

 「というかだカラドリウス、誑かすって何なんだ」

 「知ってるだろう、真性異言(ゼノグラシア)

 すっと、底冷えのする声が治りかけのおれの右耳に涼風のように吹き込んできた

 

 「……どうして分かった」

 「アルヴィナ様の言動を聞けば分かるっての

 アルヴィナ様は真性異言かもしれないから厄介だし殺そうというお前に対するテネーブルの議題を、こういう理由でボクの役に立つから駄目だと一蹴した。前提を否定せず強い物言いで話を終わらせにかかるのは、前提が正しいが庇っている場合

 つまり、テネーブルは気が付かなかったが……お前はアルヴィナ様を誑かす真性異言(ゼノグラシア)、違わないだろ?」

 

 どこか気が抜けたように見えていたカラドリウスの体が不意を突くように風を纏う

 「策は無くとも、都合の良い未来を知ってその通りに動く!

 そうだよな、人間っ!」




なおゼノ君はマジで何も策とか無かった模様
婚約者(一方通行)を誑かす奴がこんな馬鹿とは普通思われないんだよなぁ……


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暴嵐、或いは見極める風

「……言葉は無いよな、人間」

 静かに、ひんやりとした遺跡に風が吹く

 何処から空気が入っているのかも分からない海底遺跡。普段は風などあろうはずがない。空気が清浄だが、それは恐らく水を司る龍姫の御技

 風を司る猿侯が居ないこの場に涼風など吹かせなければ無いのだ

 

 「言葉は要らない。馬鹿を理解するのに、馬鹿の妄言に付き合っても煙にまかれるのが精々だ」

 「馬鹿にそんな策があるとでも言うんですか?」

 「上等な策なんて無いだろ。ただ、その分飛躍した理論を振りかざすのが馬鹿だ。言葉で分かりあうなんて……それこそ馬鹿げてる」

 羽ばたく鳥の翼が嵐を巻き起こし、小さな緑風の竜巻が青年魔神の姿を覆い隠す

 

 「言葉じゃない。態度だけが、真実を語る!」

 竜巻の中に赤い光が浮かび上がったかと思った瞬間、腕爪に嵐を纏い、紅の残光が後を引きながら、暴嵐の四天王が前に出た始水を飛び越すように跳躍し、おれの背後から襲い掛かる

 

 「……っ!それがお前の答えなのか、カラドリウス!」

 「答えじゃないけどな!」

 おれは手にした愛刀で嵐を受け止める。が、規則的に吹き荒れる風が薄く幅もそう無い刀身を煽り、激突点が滑る

 刃の表面を渡り、爪がおれの右腕へと空を裂いて……

 

 「……良い!」

 何となく意志を感じる。天狼にとって力の源とも思われている角を埋め込んだだけあって、おれの意志で触れて操作する以外にも勝手に時たま所有者を護るように雷を放つ事がある愛刀の角を左手で包んで放出を抑えながら、おれは刀を大きく切り上げて刀身をレールに走る爪の軌道を逸らす

 

 「哮雷の剣ケラウノス!随分なものを持っている!」

 「いや違うんだが!?」

 これは月花迅雷、哮雷の剣を目指して作られた刀な訳だが

 「アルヴィナ様の言葉には無かったが、随分な武器だこった!」

 だが、と更に嵐は膨れ、一歩下がったおれを追う

 「お前のもう一個の切り札はどうした!

 抜いて見せろよ、真性異言(ゼノグラシア)!轟き燃え盛る、あの忌まわしい剣を!」

 猛り狂う嵐が、最早エメラルド色の光という程に腕に集約し、カラドリウスの爪を覆う

 

 「お前の全部、アルヴィナ様へのどうこうも、全部、覆い隠せると思ってんじゃねぇぞ」

 ……来る

 その直感と共に、おれは振り上げた体勢の刀を引き下ろし、騎士の礼のように胸元に捧げる

 諦めではない。師に習った技でもない

 

 「パラディオン・ネイルッ!」

 「……らぁっ!」

 突き出される爪を、刀の腹で受け止める。

 あくまでも斬る気はない。敵として戦いたい訳ではない。だからこそ刃を向けず、神器の不滅と呼べる程の圧倒的頑健さを利用して普通の刀なら曲がり折れるような無茶な受け止め方を押し通す

 

 「……カラドリウス!おれの言葉は変わらない!

 アルヴィナの婚約者なら、お前とだって……分かりあえると思うから!今は戦いたい訳じゃない!」

 「甘いことを、ほざく!本気なら、それを見せてみろ!全てを使って……やってみせろぉぉっ!」

 更に風が強まる

 

 「おらぁっ!」

 爪と刀が打ち合う最中、背の翼で空に居るが故に自由な魔神青年の左足が閃く

 「っ!」

 それをおれは足を浮かせて叩きあわせるように迎撃

 

 「ぐっ!」

 走る衝撃。片足立ちの格好になるがゆえにバランスが上手く取りきれないが、ステータスにものを言わせて無理矢理グリップして前傾に体を押し込むことで耐え……

 

 「やっぱりな」

 不意に、更なる風が吹く

 風の鞭による足払い。魔力魔法の使い手による手足に次ぐ武器の一撃

 

 残された左足の支えを崩されたおれは……

 ふわりと、柔らかでひんやりしたものに抱き抱えられた

 「兄さん。大丈夫ですよね?」

 「ちぇっ」

 必殺の輝爪も氷の盾に吸われ、それを砕くもまあ良いかとばかりにそう残念そうでもなく青年は羽ばたいておれから距離を取る

 

 「御免、助かったよ始水」

 「私は兄さんの味方ですから」

 痛む左足を庇うように右足で立ち……

 あ痛っ!鳥の魔神だけあって足にも爪があるから軽く右足表面も引き裂かれたか

 流石は高級そうな黒ズボンの下が素足なだけある

 

 「……硬った。爪割れたわ鋼鉄製かこの馬鹿」

 ……何だ、痛み分けだったのか

 

 何とも気が抜ける。おれもそうだが、向こうも意識としてはガチで殺し合いという程ではないのだろう。相互理解への道は閉じていない

 

 「にしても、女の子に護られるとは良い身分だな。そう思わないか?」

 「アルヴィナ達にも散々護られておれは此処に居る。情けなさは思うが、今更だ!」

 「全くだ!それで俺はアルヴィナ様を死地に送らされた訳だしな!」

 びゅうと吹く風の刃

 

 「兄さんと話すか私と戦うかどちらかにしてくれませんか?」

 それを二度現れた氷の盾受け止め、始水はじとっとした眼を浮かべた

 

 「結果的には無事だったから許してくれないか?」

 「それで許されたら未遂の罪は不要だろう!実際に起こってなければ良いのかよ!」

 「確かに!」

 言われてみればそうだな、と始水の腕の中から離れておれは立ち上がろうとして……

 「いや丸め込まれないで下さい兄さん」

 「……すまない」

 

 「……使ってこい、真性異言(ゼノグラシア)

 隠してんじゃねぇ。その刀は確かに強いが、アルヴィナ様の知らないものじゃない

 アルヴィナ様の力をほんの少し感じる」 

 ……そうなのか、とおれは手元の刀に眼を落とす

 

 アルヴィナが死んだまま操ったから、遺志が角に残っているとかそういう事だろうか

 「……おれには分からない。でも、感じない……事もない」

 ずっと、おれを、皆を、護ろうとしてくれているのか

 ならばこそ、下手は打てない。そこまでしてくれたあの母狼に顔向けの出来ないような事を、やるわけにはいかない

 

 「だったら違う。アトラスだがアガートラームだかアルビオンだかアルトアイネスだかアカツキだかセツゲツカだか何だか知らないが!お前にもあるんだろう?」

 「……来い!デュランダル!」

 言葉に合わせ、おれは叫ぶ

 

 うん、来ないな

 いや、何となく知ってたが

 「ふっざけてんのか」

 「大真面目だ。おれの力は轟火の剣を本来の所有者でなく使う力……だと思う。ただそれは、真性異言相手以外に振るうものじゃない

 だから、カラドリウス相手には意味を為さない」

 わかるだろ?とおれは相手を見る

 

 「あの時おれを通してアガートラーム戦を見ていたアルヴィナから聞いてるだろう?」

 「聞いていたら即刻殺していたんだが?」

 ……そりゃそうだった。おれが真性異言かどうかの話で、おれが轟火の剣を使えると言われたら疑惑どころか確定、即刻有罪に決まってる

 

 「アルヴィナから轟火の剣の話くらい、聞いただろ」

 「聞いたのは、忌々しい帝祖をこき使ってアトラスを撃退したという話……」

 はあ、と青年魔神は息を吐く

 

 「言われてみれば、お前が轟火の剣を使えなければあの場にそんなもの存在しないか」




おまけ、能力解説
パラディオン・ネイル
風光を纏うカラドリウスの爪のこと。ギリシャ神話に語られる都市(トロイ)を護るアテナ像の意味にあやかってか、魔神王等を守護する者即ち四天王としての力の発露を意味する。
逆に言えば、この世界においてはパラディオン・○○で四天王としての力という意味であり、本来の言葉としての意味を持たない。
カラドリウスのそれはテネーブルから四天王の名と共に改めて与えられた敵を吹き飛ばす拒絶の力とされる。


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影、或いは交差

「……始水」

 「兄さん、もう一度無茶したら、暫く私も好きにやりますからね?」

 「ごめん、心配かけて」

 「本当に、何時もそうですよ」

 

 けれど、青い髪を揺らし、少女はおれの背後に控えてくれる。翼は全開、頭の角の間には天使でも気取っているのか小さな水の輪が渦巻いていて。されど手を出すことをせず、幼馴染は一度おれを見送る

 

 「で?結局一人?舐められてるのかこれは?」

 挑発的に唇の端を釣り上げるのは魔神の青年。地上に降りた彼の翼は風に震え、苛立たしげに硬質の足爪が遺跡の床を引っ掻いて傷を残す

 「舐めてないよ。これは、おれとお前の話だ。始水は関係ない」

 もう良いや、どうせバレてるんだからと呼びやすく始水の名を出して、真性異言全開で行く

  

 「確かに、始水に共に戦って貰えばお前に勝てるとは思う」

 カラドリウスの影とやりあって分かったが、大体スペックはあの日戦った四天王スコールと同等。浴びるだけでそのうち死ぬ星壊紋の瘴気を帯びていないだけ戦いやすいが、その分纏うものは風。刀の軌道がブレやすく、決して与し易い(くみしやすい)とは言えないだろう

 あの日のおれと違ってぶっ壊れそのものの轟火の剣は無く、フォローしてくれるアルヴィナも居ないが、始水が居ればお釣りが来る。油断がなければ、そして向こうに切り札がないならば間違いなく勝てるだろう

 

 だが、そんな事は取らぬ狸だ

 「だけど、それに意味はないだろ?」

 「言いやがるなホント」

 「おれはお前を信じたい。おれはまだアルヴィナを信じているから、アルヴィナに近いお前の事も、本当はさ、こんな刃を向け合わない相手になれた方がいいんだよ」

 わざとらしく、おれは愛刀をだらりと下げる

 

 決して隙を晒す訳ではない。自然体からの疑似抜刀、構えならざる構え。そういった技の基礎くらいおれにもある

 それでも、構えた状況よりも強いとはとても言えない形を取り、訴えかける

 

 「だからだ。おれはお前を倒す気なんて無い

 寧ろ、お前のアルヴィナへの想いを信じるから、記憶くらい持ち帰って貰った方が都合が良い。此処で倒しちゃ不味いんだよ」

 「勝てるつもりかよ、四天王に」

 

 「勝てるつもりだ、いや、勝てなきゃいけない」

 わざとだろう……いや素かもしれない挑発的な魔神に合わせるように、おれも挑発的な狂暴な笑みを見せて応戦する

 

 感じる。刃を合わせるのはたった一度。あと一回で、全てを決める

 「そうだろう!アルヴィナを信じるならば!アルヴィナに向けた絵空事を事実に変えるなら!

 魔神王に勝てなきゃ話になんないんだよ!」

 「はっ!刀頼りがそれを言うな!」

 「それは、それだ!」

 

 ……ヤバい。言い返せないというか、ついさっき突き付けられた事に反論が出来ない

 さっきカラドリウスは魔法に当たる技と武器を同時に駆使してきた。始水や父も同じことが出来るだろう

 魔法による盾で相手の武器を止めつつ自分は攻撃、或いはその逆といった一人での同時攻撃(マルチアクション)、おれは……今では何か当然のように雷を振り回すおれは、その全てが月花迅雷頼み故にその行動が取れない

 刀を振るうことで雷撃を放ちつつ、刀で攻撃を止めるなんて月花迅雷が分裂しないと不可能。その一点で、おれは間違いなく剣と魔法の双方を扱う最強クラスに一歩劣る

 

 「……兄さん」

 呆れたような始水の声

 「そうだよな。おれは一人じゃない。一人同士なら負けていても、助けてくれる誰かを加えれば、どうだろうな!」

 「それはアルヴィナ様達に余計な苦労をかけるということだ!」

 

 その通りだよ畜生が!

 分かってんだよ、そんなこと!だからあんまり言いたくなくてそれはそれと投げたんだよ!

 おれがもっと強ければ!頼りになれば!ATLUSだってあんな被害を出さずに止められた!何度も何度も、何時も何時も誰かに助けられて何とかギリギリ事態を収拾するなんて事にもなっていない!

 んなこと、誰よりもおれが知っている!

 

 「それでも、あがき続ける!」

 「負担を女の子に押し付けて!そんな奴が!」

 「……言い返せない。それでもだ!おれには、この道しかない!諦めるか、進むか……

 ならば、おれは行く。行くしかないんだよ!」

 「そんな馬鹿が、俺からアルヴィナ様を奪おうってのか!

 こんな、奴がぁぁっ!」

 二度、カラドリウスの爪が輝く

 「パラディオン・ネイルッ!

 パラディオン……フィンガァァァッ!」

 さらに輝きを増し、何十層も重ねられた風の輝爪が走る……

 

 それを受け止めるべく、おれは相手を見据え

 「……二人とも」

 「っ!伝哮っ!雪歌ァァッ!」

 おれとカラドリウスの最中に不意に小さな光と共に現れた小さな姿を見るや、なりふり構わずに駆け抜ける

 その影から軌道を逸らすこと、爪と交差する軌道の突進を行うこと。その二つの両立など不可能

 でも良い。そんなもの、後で考える!

 

 「っ!ぐぅぅぅ!」

 辛うじて腹への直撃だけは回避。左手の二の腕を突きだして、少女の前に飛び出したおれは突っ込んでくるカラドリウスの右爪を受ける

 引き裂かれる感触、背に向けられる視線

 そして……

 

 「もう怒りましたからね、兄さん

 兄さんに任せてはおけません」

 凍りつく世界

 睨み付ける双眼が、おれ達を見下ろす

 背に翼の生えた、長い体の東洋龍。そう表現すべき一柱の龍が、周囲の全てを凍らせて君臨していた

 

 「……はぁ、分かりきってた結末か」

 呆れたように息を吐いて、カラドリウスが翼を畳む。同時、爪の纏う煌めく風も止み、必殺の力はおれの左腕に3爪の穴を空けた程度で消滅する

 

 「ちょっとくらい疑えよ、アホ」

 おれの背に庇った白い狼耳を持つヴェールを被った黒髪の小さなドレスの女の子……ちょっとだけ美化されたウェディングドレスのアルヴィナの姿がほどけて風に変わり、消える

 

 「疑っていた。でも、本当におれ達を止めに来ていたら、そしてタイミングが悪かったなら。そう思った時には動いていた」

 「いつか死ぬぞそこのアホ」

 「……だからこそ、私は周囲を変える。もう良いでしょうカラドリウス

 これ以上やるなら私が殺しに行きますよ」

 と、巨龍……ゲーム内でも見せた龍姫に似た守護龍としての本来の姿を見せ付けながら、龍化した幼馴染が吠える

 

 外見は可愛いなんて要素が完全に消えた勇ましいドラゴンそのものなのに声が可愛い始水のものそのままなのが、何と言うかギャップが凄いな

 

 「もう良いっての。咄嗟にアルヴィナ様の姿をしたものを庇った時点で、もうこのアホ救えねぇって分かったから。これ以上やっても何も良いこと無いって」

 

 「……そうか」

 おれも刀を振って、納めるような動作をする。鞘はないので、あくまでもフリだ

 というかそもそも、始水が貼った氷の壁が今はおれとカラドリウスを隔てているのでやりあいようもないんだが、ポーズだ

 

 「本当に納得いかない……

 俺が、アルヴィナ様を護る。お前なんぞに盗られてたまるかって話だ」

 「まだやりますか?」

 上から降ってくる始水の声

 おれを護ろうとしてくれたんだろう。次に無茶したらと言われた後、左二の腕に3つほど貫通した穴が空いたし

 

 「やらないって。忌々しい龍と同じように、アルヴィナ様も同じように無理をしてこのアホを護って傷付く

 そんなことは許せないから、そうならなくて良いように護るんだよ」

 「兄さんを殺して、ですか?」

 「殺しても良いことあんまり無いだろ。馬鹿やらかしてでもアルヴィナ様を通して分かり合おうという気だけは感じた

 分不相応に突っ走るアホと、それを支える馬鹿共。アルヴィナ様がそんな馬鹿げた賭けに乗ったなら、アルヴィナ様まで破滅に巻き込まれないようにちょっとだけ乗ってやるって言ってんだけど?みなまで言わないと分かんないのかよ?」

 「分かってないですねカラドリウス

 みなまで言わなくても分かるから、言わせて言質(げんち)にするんですよ?」

 

 「……うざってぇなクソドラゴン」

 「そちらも目障りですよ、吐苦頭汚鷲(はくとおわし)

 「……ストップ、始水」

 はくとおわし……どういう意味で言ってるかはおれにはてんで分からないが、少なくとも喧嘩腰なのは確か。おれは幼馴染に向けて駄目だと首を振った

 

 「まあ、兄さんに免じて今は仲良くしないくらいで済ませますが」

 「まあ、アルヴィナ様のために今は敵対しないでおいてやるが……」



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アルヴィナ・ブランシュとブラザーハラスメント

「……兄様」

 お兄ちゃんとは呼びたくないから、ボクはそう呼んでくれと言われた呼び方を使って、二人きりになった後の亜似を呼ぶ

 様と呼ぶのはあんまり良くないけど、呼び捨てやお兄ちゃんと同じ呼び方よりは良い

 

 あの銀髪があの皇子をずっと皇子さまと呼んでいたのもそうだけど、様という敬称には距離感がある

 だから、良い

 

 「ん?どうしたアルヴィナ

 駄目だからな、外は危険なんだからアルヴィナはちゃんと此処に居るんだぞ」

 そう語りかけてくるのは、表面的にはお兄ちゃんと少しだけ似ていて。お兄ちゃんも過保護気味だったけど、その実態は違う

 

 「兄様、ボク、婚約者を弔いたい」

 「駄目だアルヴィナ、あの皇子は……アルヴィナが見てた間ずっと真性異言であることを秘匿しきれた皇子は危険だ。カラドリウスだってあいつに殺されたんだぞ」

 

 ……お兄ちゃんは、彼をアドラーと呼ぶ。ミネルの事をカラドリウス、その兄は友人だからアドラーと

 そうじゃない辺り……やっぱり、この亜似はお兄ちゃんの姿をして、お兄ちゃんの立場に居るけれど、お兄ちゃんと違ってボク達への積み重ねた想いなんかは何もない

 

 「でも、ボクは婚約者。そして、死霊術士

 大丈夫、深入りはしないし、死は見慣れてる」

 「でもなぁ……」

 尚も目を泳がせて渋る亜似

 

 明らかに怪しい。ボクを行かせたくない理由があるのがバレバレ

 その理由なら、もう知っているけれど、言って良いのか少し迷う

 

 「兄様。ボクを行かせたくないのは……」

 周囲を見回す

 誰もいない。いや、お兄ちゃんは居るけれど、ボクだけが居ることを視認できる程度。周囲には……関わってくるような相手は居ない

 本当は居て欲しかったけど、それがバレたら大事。演技ではボクは亜似の忠実な妹をやっていないといけないから、誰にも漏れないように注意したというポーズが重要

 

 そうして、きょろきょろと耳を左右に振りながら周囲を確認すると、ボクはベッドに座って、当然の顔で妹のベッドに座る不躾な亜似の目を見上げた

 

 「本当は、兄様が処理したから?」

 「っ!」

 唇を咬み、亜似が驚愕の表情を浮かべる

 「何を……」

 「アドラー・カラドリウスの影を創ったのはボク。壊れてるか壊れてないかくらい、わかる

 だから、影を通さず殺されてる」

 「アルヴィナっ!」

 「……うぐっ」

 その結晶の右手が、ボクの喉を掴みあげる

 

 「兄……様、くるしい」

 「アルヴィナ、お前」

 「ボク、怒って……ない」

 思わず浮かんだ涙を眼に溜めて訴える

 すると、少しして喉は離された……けど、ちょっと痛い

 

 「けほっ」

 「アルヴィナ、誰にも言うな、言ったら……」

 「……ボクと兄様の秘密。分かってる

 でもどうして、殺してくれたの?」

 

 本当はくれた、という言葉は使いたくない。好きじゃないけど嫌いでもない、言ってしまえばあの銀髪にとっての穏便な出会いかたをしたエッケハルト辺境伯子のような彼を殺したことを、良かったことのようには流石に言いたくない

 でも、ボクは……亜似の望むボクらしく振る舞わないとお兄ちゃんすら喪いそうだから、わざと酷いことを言う

 

 「ボクのため?ボクが鬱陶しがってたから?」

 「アルヴィナ?本気で怒ってないのか?」

 「ボクはお兄ちゃんの味方だから」

 決して、亜似の味方じゃない

 

 「怒る気もないし、ちゃんと死霊術で復活させて従わせる気。でも、困った」

 「何が」

 「死霊術は、何でもかんでも使える訳じゃなくて、死者と対話しなきゃいけない

 ボクは納得してても、殺された理由が分からないと、上手くいかない」

 「そっか」

 言って、亜似は片方が剣になっている翼をこれ見よがしにベッドの上で広げて、混沌の瞳でボクを見据えた

 

 「本気で俺の事を信じての発言なんだよな、アルヴィナ?

 全部、兄様の為なんだよな?」

 こくりと、ボクは頷く

 「お前はカラドリウスみたいな裏切り者になり得る奴じゃないよな?」

 「ボクは絶対に裏切らない

 この瞳が証拠」

 と、ボクは胸元に下げた皇子の瞳を閉じ込めたアクセサリーを翳す

 

 「絶対に?」

 「ボクが皇子から奪ったこの瞳に誓って」

 ……ボクは、ボクを最後まで信じて明鏡止水の瞳をくれた皇子を裏切らない

 

 嘘は言っていない。ボクはこの瞳を裏切らない

 亜似とは最初から裏切るとかそういった関係じゃないから裏切れない

 

 「……そっか

 なら良いんだけどさ、アルヴィナ。アルヴィナとカラドリウスだけは、俺を裏切る可能性があった。だから、先んじてカラドリウスを処分しておいたんだ。あいつが裏切って四天王を……そして魔神族そのものを揺らがす前に、士気を上げ、まとめ上げる礎になってもらった」

 「……心外。ボクもなんて」

 

 耳がぴくりと跳ねるのがもどかしい。この嘘はバレないで欲しい

 

 「でも、分かった

 彼等はニクスを連れていたから、カラドリウスだけは裏切る可能性があった」

 ボクを通してお母さんを見てる感じの時もあったし、可能性はなくもないと思う

 

 「兄様は正しい。これならボクもちゃんと出来る」

 嘘だけど

 でも、裏切る可能性が高いという点は正しい

 ボクは実際に亜似ではなく皇子とお兄ちゃんの味方だし、その事で結果的に亜似と敵対した時に着いてきてくれるとしたら四天王では……ボクが強く言えば仕方ないと言ってくれるカラドリウス一人

 ニーラは本当はお兄ちゃんに味方したいと思うけど、ボクと違ってテネーブル・ブランシュの存在が四天王である理由の大部分だからこそ、鎖を外せない

 残り二人は別にお兄ちゃんの事を好きだから従ってる訳じゃないけど、享楽的に人間を使って殺して誑かして遊びたいから従ってる者達。ボクが人間側に立つと言って着いてきてくれる筈がない。彼等はテネーブルではなく、暴れさせてくれる魔神王という存在に着いていく

 

 なら、事情を知れば幾らでも屍を使うことはできる

 そう思ってボクはベッドから立とうとして……

 

 「駄目だぞー、アルヴィナ」

 兄の姿をしたモノに立ちはだかられた

 

 「アルヴィナ、裏切らない証拠に……」

 亜似の視線が胸元の瞳に向けられ、ボクはきゅっとそれを握り締める

 「ま、とらないって。忠誠の証なんだろ?」

 

 こくりと頷く。余計なことを言わないように頑張る

 「アルヴィナ、それとは別に……忠誠の証拠に、キスしろ」

 なんて、馬鹿は言ったのだった

 

 「キ、ス?」

 ボクは首を捻る

 ……言ってることはわかる。でも、何で?

 

 「婚約者に操なんて立ててない証明、お兄ちゃんが大事なことの証明

 出来るだろ、アルヴィナ?裏切っていないなら」

 「兄妹でそれは恥ずかしい。頬で良い?」

 「駄目。恥ずかしくても……出来るんだから、やろうな?」

 

 「……分かった」

 亜似と唇を合わせる。考えただけでおぞましい

 お兄ちゃん相手でも、ちょっと嫌。それなのに、亜似なんて願い下げ

 だから、眼を瞑ってまだ亜似よりマシな相手として……皇子相手と思おうとするけれど、そうするだけで更に吐き気が襲ってくる。事実は違うと分かっているから、より耐えられなくなる

 

 でも、やらなきゃいけないなら

 意を決して、ボクは眼を閉じて……

 

 触れたのは、濡れていない柔らかな感触

 ぱちりと眼を開くと、そこには……

 「何をやってるの?」

 呆れたように亜似とボクの唇の間に手を翳して遮るニーラ・ウォルテールの姿があった

 

 「んー、兄妹の団欒

 ま、アルヴィナが本気で人間にかぶれて裏切る気がないのは分かったし、今はま、ここまでで良いや」

 

 そんな亜似を見て、ボクは助かった……と小さく息を吐く

 でも、何が?

 その答えは、今のボクには良く分からなかった




ということで、カラドリウス君が処分された理由の掘り下げです
ゼノ君相手にデレドリウスしてたりしたところから分かるように、あいつアルヴィナ関連で攻めれば割とあっさり敵に回りますので……先手取って処分されたわけですね

そして後半始のオンステージ兼デレドリウスとやりあう事が確定していて出番が無いのが分かっていたから前半頑張ってたノア姫ですが滅茶苦茶弱いですねこれは……


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契約、或いは終わったこと

「カラドリウス!」

 「俺に、頼るな!」

 そんな軽口を交わしつつも、雷撃と烈風が開けた遺跡の広間を飛び回り急襲する巨大なブースターウィングと二槍を携えた影をクロスに斬り裂いた

 

 「……終わりか」

 「終わったな」

 「私が認めている以上、本気の本気で排除まではしてこない筈なので恐らくは」

 始水の言葉を受けて、おれはふぅ、と息を吐く

 

 カラドリウスと和解?して少しは話せるようになってから、早3週間。そろそろ始水の言っていた1ヶ月……6週間が経とうとしていた

 「明日には着くかな、始水?」

 「いえ、もう着いていますよ、兄さん」

 そう言われ、おれは広間の周囲をキョロキョロと見回すが……ここ一ヶ月で見慣れた場所だ。無機質な床と壁、サイバーな青いライン……いや、緑や赤、黄色いラインもそれより頻度が低いものの時折壁に走る他は、石のようで石より硬質な材質で覆われた何時もの遺跡だ

 入ってきた道の他にも出入り口はあるし、これが目的地と言われても……門らしきものは何処にもない

 

 「本当なのか、始水」

 「マジかよ、何度か大部屋あったけど見分けが全くつかないわこれ」

 おれだけかと思ったが、風の魔神であり転移だ何だに詳しいであろうカラドリウスがぼやく辺り、決して分かりやすいものではないようだ

 

 「本当に見棄てられてるなカラドリウス」

 「アルヴィナ様は気を付けるように最後に言ってくれたんだが?捨てられて無いが?」

 「いや、アルヴィナ以外からだよ。此処で二度と出られず朽ち果てても良いと思われてたんじゃないか?」

 「そもそも俺が消えてもフィードバックはほぼ無いからな。捨てられて無い」

 「でもアルヴィナは一年寝込んでたんだろ?

 起きれて本当に良かったと思うけど、そういう恐怖はないのか?」

 

 ここ3週間で話は聞いた。アルヴィナが一年ほど本体へのフィードバックで昏睡していたこと等、色々と

 どこまで話して、何を言っていなかったのかも擦り合わせておいた

 

 朦朧とする意識の中見た帝祖皇帝等はアルヴィナの死霊術に答えた彼本人であり、完全復活して再起動したATLUSを撃破した事等、状況証拠からの判断がアルヴィナ視点でも正しかったという裏付けも取った

 次に会う時は敵だと、敵として出てきた時に動揺しないように思い続けていたおれだが、ちょっと揺らぐ

 アルヴィナが、おれとの友情を今も大事にしてくれている話を聞いては、刀を握りにくくてかなわない

 

 それはともかくだ、一年眠るくらいのダメージを追う可能性とか考えなかったんだろうか

 

 「あのなぁ、本当は何か次元の違う力持ってるのかよ人間。なら隠してると為にならないぞ」

 「おれは何時でも全力だ」

 「俺相手に、刀の腹を使ったりしてた癖にか?」

 「お前を傷付けてもしょうがなかったからな。本当は軽々しく使うものじゃない神器なのに防戦に使った辺り、本気だったよ」

 鞘がなく剥き出しのままの愛刀の峰を軽く撫で、おれは言う

 

 「あー、話しにくい。お前の中では本気なんだろうな、それ

 俺には手を抜かれたように思うんだが、そこは感性の違いか」

 「ええ、兄さんは何時でも本気です。ほぼ冗談なんて言いませんし、正気を疑うような発言も大体正気で言ってます」

 と、兄さんは何時も何時も……とカラドリウスとやりあって以降おれの周囲から離れなくなった龍人の少女が呟いた

 

 「それ、フォローなのか」

 「いえ、愚痴です兄さん」

 そう言いつつも、少女はおれの横を離れようとはしない

 でも始水、氷で作った手錠をちらりと見せるのは止めてくれないだろうか

 

 「ま、最悪アルヴィナ様に造って貰ったこの体を捨てることにはなるが自殺すれば良いからな

 アルヴィナ様から、ああした力は取り出してから降臨するまでに、お前らのえっと……」

 ぽん、と青年は一つ手を打つ

 「そう、ライオウ。あのライオウみたいにタイムラグが生じるって話は聞いてるからさ

 今はリンク切れてるから意味がないんだけど、リンク繋がってるならば降臨の合間に自殺すれば良いやって判断」

 ああ、確かにとおれは頷く

 

 確かにおれが見たAGX系列って、黒鉄の腕時計のベゼルを展開したら何処かから転送されて姿を現すみたいだからな。腕時計を取り出してベゼルを回転させるというタイムラグが生じる

 その間に攻撃した場合に通るのか障壁に防がれるのかは微妙なところだが、少なくともちょっかいを出さずに自殺して情報を本体に持ち帰るくらいは可能だな

 それを言えば、おれのアレもそうだろうな。あれもノータイムで何時でも掌の中に現れる刹月花と違って、変身!ってやる時間が必要っぽいし

 

 「そういう判断だったのか

 おれが見た中では、刹月花以外には通用するだろうな」

 「刹月花……アルヴィナ様を襲ったあいつか

 一応、あれは直接攻撃力がそこまででもないとアルヴィナ様から聞いていたから問題ないだろうと」

 「確かにあれが厄介なのは純白の決闘刀という点。誰か他人が狙われていたら、戦う二人以外の時が止まるせいでそれを助けられないという能力

 自分を狙ってくる想定ならば、特に問題はないのか」

 色々と考えてたんだな、カラドリウスも

 

 「まあ、それは良いんだが……

 近付けた上に、門の在処まで明かすのか」

 「どうせ今の貴方では門の先で召喚だの何だのは出来ませんし、私の案内無しにもう一度此処を見つけられるとも思いませんからね

 兄さんが居ることもあってサービスですよ」

 「舐められてんなぁ……

 それを残念と言って覆せないのが何とも」

 と、肩を竦めるカラドリウス

 

 「で?そもそもさ、人間とそこのクソドラゴンはどうして門なんて目指してたんだよ」

 と、彼はふとそういえば始水と二人の時に決めたことだから話してなかったなーな話を持ち出してきたのだった

 

 「契約の為」

 「兄さんの為です。元の世界に戻るにも、門の辺りからしか外に出られませんからね

 遺跡自体は物理的な出入り口なんて造られていませんし」

 「そう、始水が遺跡から離れられるように、おれが遺跡の防人を共に……」

 

 不意に、風が吹く

 「てめぇら、何を企んでいる」

 「カラドリウス?」

 と、おれは少し不思議に思い風の主を見る

 

 「どうしたんだ」

 「どうしたもこうしたもねぇっての

 ボロ出すにしても可笑しな所で出すなぁお前ら」

 「いや、何を……」

 「契約を交わすためだと?俺が真性異言どもとお前をやりあわせて相手の力を測ろうとニーラ達と組んで襲撃した時にはとっくの昔に契約していたろう奴等が良く言うぜ

 本当の事を言えよ、人間」

 

 「……へ?」

 そんな風に呆けながらも、おれは……

 内心やっぱりそうなのか、なんて妙な納得をしていた

 だが、それはそれとして……

 「いや、待て、本当なのか始水!?」



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おれにしか出来ないこと、或いはおれのやりたいこと

「……私がカラドリウスの嘘ですよと言えば信じますか、兄さん?」

 基本的におれに嘘は言いたがらない幼馴染のその言葉は、何よりも答えだった

 

 「ティア、何となくそうなんじゃないかと思っていたんだが……とっくの昔に、それこそおれがシドーミチヤだった頃には……おれは君と約束していたんだな?」

 「おや、分かりました?」

 「そうだろう?

 この世界がゲームなら兎も角、おれをこの世界に呼んだのは七大天の一柱、焔嘗める道化

 ならば、此処はゲームの世界じゃないし、神々も日本人の考えた作り物じゃなく実在する、日本と同じような一つの世界」

 一息ついて、角と翼と瞳の形以外がほぼそのままの幼馴染をまっすぐ見据える

 

 「ならば、その神の化身姿とほぼ同一の姿だなんて、偶然そんなことになる方が可笑しい。他の世界の神様と繋がってるから同じ姿になったって方が自然

 だったら、最初から始水はティアで、ティアは龍姫様の化身

 ならば、あの時の日本人のおれと関わりがあるなら、あの時にはもう、おれと始水は契約していた」

 「ってか、契約が無かったらお前飛ばせば来れるなんて馬鹿げた話になるかよ」

 と、カラドリウス

 

 まあそうだわな。変な縁もなしに転移で入れるなら誰か入れてる筈だ。例え遺跡に入った後出られずとも、行方不明という事で話にはなる筈

 その辺りの一切が話としてないというのは、きっと誰も入れなかった証なのだから

 

 それが、おれだけ入れたし……何より真性異言である事は無関係に入れると確信されていた

 それは、シドーミチヤ(おれ)と始水の縁を前提とは出来ない以上、既に分かるレベルの何らかの縁が見えていないと出来ない判断だ

 だってそうだろう?ゼノとティアの間には原作では縁があるがそれは、ゲームのシナリオ的には此処で飛ばされて縁になる形。……カラドリウスが共に侵入しようとする、なんてイレギュラーを起こしても問題なく飛べるなんて言いきれない

 ならば、日本人のおれとティアの間に縁があるという話は普通に考えたら有り得ない以上、飛べて当然と言いきる縁なんて、実際に契約でも存在しなければあると言える道理がない筈だ

 

 ……だからこそ、カラドリウスはおれを警戒していたんだろうなぁ……

 それに気付けなかったのはおれの見落としか

 

 「……ええ、そうですね」

 一度目を閉じた始水は、その背の蒼い翼を完全に広げて、もう一度目を見開いた

 同時、おれの左手首に鎖……いや手錠が嵌められる。片割れは始水の腕に嵌まってるし完全に手錠だこれ

 

 「その通り、私と兄さんはとっくに契約していますから、最初から兄さんは私と同じ遺跡の防人です」

 「じゃあ、どうして

 即座に帰れたんじゃないのか」

 「それは無理ですよ、兄さん。兄さんは呪いのせいで自力では転移を使えませんから、誰かが兄さんに転移魔法を悪意を込めてぶつけなければいけません

 だから、私と同じ防人でありながらも兄さんは自由に転移できなかったんですし」

 

 それに……と、少女は静かに告げる

 「この門の先が、目的地ですから

 帰りますよ、兄さん」

 ぐいと強い力で、氷で作られた手錠が引かれる

 「……何処へ?」

 始水に対して力なんてかけたくない、それでもおれは地面を踏み締めて、その力に対抗する

 

 「私はさっき言いましたよ兄さん。もう忘れたんですか?

 元の世界……日本です」

 「にほ、ん?」

 予想外の言葉に、鸚鵡返しにおれは呆けて聞き返した

 

 「ええ、そうです。この門は他の世界との境界。越えれば別世界に渡ることだって出来ます

 それこそ、あの日本にも帰れます。だから帰りましょう兄さん。安心してください、私も一緒です。兄さんを一人になんてしませんから」

 どこまでも優しく、慈母のような笑顔で、おれより少し幼く見える幼馴染はおれへと左手を伸ばす

 

 「ティア、それは……」

 「何を迷うことがあるんですか?」

 「ティア、君は……この世界の神だろう」

 「ええ。そうですね

 でも、ずっと龍姫が頑張ってきたんです。今回の事態くらい、あまり働かない晶魔達に働いて貰ったって良いでしょう?」

 どこまでも、始水の笑顔は崩れない

 聖母を描いた一枚の絵画そのものであるかのように、少女の笑顔には一点の翳りすらも見えることはない

 

 「……そうか。なら、始水は良いよ

 おれは?おれはどうして、一人逃げられる」

 「兄さん。兄さんはずっと頑張ってきたんですよ?」

 

 不意に、おれの左目を覆う火傷痕がひんやりした手で優しく撫でられる

 目にも止まらぬ速さ……いや、空間転移してきた少女が、おれの顔を撫でながら、どこまでも慈愛に満ちた……けれどちょっと幼く可愛らしすぎる声を紡ぐ

 

 「ボロボロになって、何度も血反吐を吐いて……命すら二度も擲って

 もう良いじゃないですか。私が赦します。誰が何と言おうと……文句なんて通しません

 兄さんは寧ろ、あまりにも頑張りすぎたんです。休んだって良いんです」

 

 それに……と、少女は翼を二度羽ばたかせ、門らしきものを実体化させながら呟く

 

 「此処に飛ばされて行方不明になったから、兄さんは外では死んだことになったみたいですよ?」

 「……そう、か」

 

 何となくそんな気はしていたんだ。ティアと出会う時に……行方不明になる可能性を考えたら多分おれの権利とか地位とか潰されるだろうな、と

 だからその前にエッケハルトに孤児院を任せていて良かった。そうでなければ……おれは更にアナ達を裏切ることになったろう

 

 せめて、あの子達が一人で立てるようになるまで、あの孤児院(いえ)に彼等彼女等が居られるように

 おれは、彼等を助けると言ったのだから

 

 「兄さん、兄さんは社会的に死んだんです。帰っても良いことなんてきっとありません」

 「……そうかもしれない」

 でも、おれの答えは最初から……

 

 びゅうと吹く風が、おれの背中を押す

 ちくちくと痛むが、それで良い

 

 きつく、左手に下げた愛刀を握り込む

 

 「だから、もう終わりで良いんです。頑張りすぎた兄さんは、もう休んで良いんですよ

 さあ、分かったら帰りましょう兄さん。日本へ、ゴールドスターグループへ、獅童三千矢へ、戻りましょう

 

 私が兄さんに幸せを約束しますから。ずっと……ずっと

 だからもう、辛くて苦しくて痛いことは終わりにしましょう?」

 

 「有り難うな、始水」

 おれは、右手で少女の角のある頭に触れる

 「誰よりも、おれ個人の事を想ってくれて。本当に嬉しいし、勿体無いくらいだ」

 

 背中に突き刺さる風が勢いを増す

 「でも」

 

 握り締めた剣が閃く雷を放ち、手錠を粉々にした

 「命を懸けて人々を…そう、おれたちを護ってくれた彼女に誓ったんだ。その想いを継ぐと」

 

 轟、と焔が轟く

 「遥かなる祖に願ったんだ。民を護る力を」

 姿を現したデュランダルを右手で握り込む。焔がおれを焼くが、それで良い

 それがおれの、決意と覚悟の焔だから

 

 「おれは、獅童三千矢で、第七皇子ゼノだ。おれのやるべき事から、逃げるわけにはいかないんだよ、始水」

 「本気ですか、兄さん

 それは後付けです。皇子に転生したことで背負わされた……」

 

 「違うよ、始水

 

 もしも、そうでなくとも。おれが皇子じゃなくて、ただのゼノでも

 君を、アナを、アルヴィナを、竪神を……いや、もっともっと多くの皆を

 綺麗だと思った、眩しいと感じた、そんな人々を、その人生を!滅茶苦茶にされるなんて……嫌なんだよ

 だから、おれは戦う。戦える力が、おれにはある。これはさ、ただそれだけの……運命でも使命でもない、おれの我が儘なんだ」

 

 「ならば、無理矢理にでも……」

 あの顔になってから初めて、慈母の笑顔が崩れる

 少しだけ泣き落としが得意なおれの良く知る金星始水が顔を出し、おれに向けて小さく手を伸ばす

 

 「カラドリウス!

 飛ばせ!悪意のある転移魔法なら、おれたちを此処から弾き飛ばせる!」

 「ったく!面倒な状況まで待たせやがる!

 アルヴィナ様を危険な懸けに動かしておいて!自分一人安穏と安全圏の遺跡に籠られたらぶっ殺したくなるんだよ

 吹き飛べ、戦え、良いな人間!」

 おれは轟火の剣がならば良しとばかりに消えた右手で伸ばされたその小さな手を握り、そして……

 

 「だからさ、約束だ

 全て終わったら、おれがもう覚えていない何時かの約束通り、おれはティアと門を護るよ

 だから、最低の発言だけど……それまで、おれのやりたいことが終わるまで待っててくれ、始水」

 「兄さんっ!」

 

 お前なぁと言いたげな鉤爪がおれの肩に食い込み、おれを嵐に包み込んだ



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軍服、或いはツインテール

そうして……吹き荒れる風の中、不意におれは何処とも知れぬ青い空間に立っていた
 
 「……始水」
 「はい、兄さん」
 おれに向けて手を伸ばしていた少女は、少しだけ寂しそうに、ふわりと笑う
 
 「私は遺跡の守護の龍。この世界と異なる世界の境界を護るもの
 その気になれば、転移妨害くらい訳はないです」
 でも、と少女は背の透き通った龍翼を畳み、己の手首に残っていた氷で出来た手錠の残骸を器用に手首から抜く
 
 「ですが、本当に兄さんがやりたいことがあるなら良いです
 でも、行く前に、もう少しくらい私と話をしていってください。これはその為の場所ですから」
 「……ごめん」
 「謝らないで下さいよ、兄さん
 兄さんはそういう人だって分かってたんですし
 寧ろ……」
 その青い髪の幼馴染は、頭一つは低い背丈で、ちょっと上目になりながら至近距離のおれを見上げた
 
 「本当に、あそこで帰ろうと言われた方が心配です
 だって、あれだけ独り善がりで頑固者で偽善者な兄さんが、折れて私に寄り掛からなきゃいけないくらいに疲れて苦しんでた事になるんですよ?」
 その言葉に苦笑する
 
 「褒められてないな、おれ」
 「褒めてますよ?私と契約を交わし……その事を最早覚えていなくても反古にする気が無いなんて、まともな性格じゃ無理なんです」
 「そうか?」
 「まあ、私が着いてくるというなら一見してとてもお買い得にも思えるかもしれませんけど……」
 くるりと始水はおれの目の前で左回りに一回転して自分の姿を見せびらかす
 
 「確かに、始水はおれには勿体無いくらいの幼馴染だけど」
 「私がこんなに兄さんの為に動くようにしたの、契約した貴方がボロボロになっていくのを見てきたからですし」
 少し責めるように、小首を傾げて少女はおれを睨んだ
 
 「怒ってる?」
 「いえ、別に怒ってませんよ
 そんな兄さんだから、私が付属する訳でもない契約を悩むこともなく交わしたんですし、そこを怒っても仕方ありません」
 
 小さな歩幅で一歩だけ距離を取って上目遣いを止め、龍少女はおれに語る
 「私から言いたいのはそういう事ではなく……」
 ふわりと、水の衣がおれに覆い被さる
 
 「兄さん、人間讃歌は」
 「優しさの讃歌。力の強さじゃない、勇気でもない。弱いものを、小さなものを、輝かしいものを、護りたいと思う心。それをもって、立ち向かう思い」
 「ゼノの受け売りですか、兄さん?」
 くすり、と少女が表情を崩す
 
 「まあ、受け売りというより、結局兄さんですからね、同じ答えになるはずです
 力があるから、いえ、それがなくとも輝かしいものを護る。それが、多くの命の中、生き残った兄さんのやらなきゃいけないこと……って思ってるんでしょう?」
 そんな言葉に、おれは静かに首肯を返した
 
 「でも兄さん、忘れないで下さいね
 兄さんがそうして、小さく護るべき妹を護れなかったと、妹が生きるべきだったんだと心の何処かで思っているように……」
 不意に、青い瞳がおれの眼を覗き込む
 
 「私はあのとき、誰よりも兄さんが生き残ることを願った。兄さんは彼等の人生を重く見て、自分の罪を感じているのかもしれませんが……私にとっては、兄さんはそれだけ重要な宝物です
 良いですか兄さん、私にとっては、兄さんは他の誰かより大切なものなんです」
 「……ああ」
 「兄さんは兄さんだけの物じゃないんですよ」
 
 「その割に、浮気だ何だは許してくれるんだな」
 と、おれは冗談めかして返す
 「……やりたいんです?」
 「いや、おれは誰とも結婚とかしないし……っていうか、呪いが遺伝するかとか分からないのか始水?」
 「分かりませんよ。実験とかしたこと無いですし」
 「だから、浮気とか恋愛とか、おれには縁がないけれど
 万一許してくれるってのが意外だった」
 「それですか?簡単な理由ですよ
 ドラゴンは確かに前世今世来世……何度時を過ごしても執着するくらいには執念深くて宝物を溜め込む癖がありますけど、兄さんの為ですからね
 それに……知ってますか兄さん。溜め込んだ大事な大事な宝物を、他人に見せびらかしたくないドラゴンなんて居ないんですよ?」
 
 何処か誇らしげに、おれに向けて小さく少女はその手を振る
 「だから、いってらっしゃい、兄さん
 でも、変な無茶してまた私を置いていったら、今度こそ監禁しますからね?」


「……此処は」

 そうして、おれは居るべき場所へと戻ってくる

 

 「結局、約束は外に出られるようにだったのに……」

 静かに佇む遺跡の外壁を見て、おれは……

 

 「『あ、気に病まなくて大丈夫です兄さん

 そもそもですね、契約すれば外に出られるならば……原作第一部でゼノの横に私が居ないのが可笑しいじゃないですか』」

 ……聞こえちゃいけない声が聞こえた気がする

 

 「『む、失礼な事を考えましたか兄さん?

 兄さんの耳を治したのは私の魔法なんですよ?その際にちょっと忌々しい魔神娘の魔法の残滓を使って兄さんと話せる魔法くらい構築したって良いじゃないですか』」

 「自由だなオイ!?」

 「『仮にも神様の化身を舐めないで下さい。聖女に特別な力を与えたのも私ですよ?まあ正確に言えば精神である私ではなく、本体ですけどね』」

 

 「……とりあえず、始水は外には……」 

 「『所謂因子が足りないという奴です。けっきょく契約があっても外には私は行けません。そもそも契約は最初からある以上出られるならば兄さんを迎えに行ってるので当然ですね

 ああ、何にも出来ないのかって顔はやめて下さい。兄さんのお陰で因子は増えたので、かの魔神王が直接出向いてくる頃に兄さんが外から扉を開けてくれれば、私も外に行けます

 元々は向こうから攻めてこない限り、ちょっと聖女を選ぶとか神器を貸し出すくらいしか出来ませんでしたからね』」

 「そうか……意味はあったんだな」

 「『無かったら兄さん相手に詐欺を働いたことになりますし

 ……と、あまり話をすると体力を使いますね。必要な時は右耳に触れて私を呼んでください』」

 それだけ言うと、ぷつりと幼馴染の声は途切れた

 

 一息吐いて、しっかりと握り締めたままの刀を見下ろす

 周囲にカラドリウスは居ない。その羽根が近くに散っていたりもしない

 砦に帰ったのか、さもなくばこの世界に戻った……つまり本体とリンクし直した事を機に、本体に戻ってフィードバックをしたのか……その辺りは不明

 が、とりあえず、おれとこの先同行する気はないという事だけは良く分かる

 

 当然だな、おれと同行していたのはあくまでもそれしか戻る手段がないから。転移妨害くらい出来ますよ?と始水が言っていた以上、おれと一緒に出る以外では妨害されて終わりだろう

 だがこの先も居たら、アルヴィナに迷惑がかかるんだろうな。カラドリウスはアルヴィナと婚約しているらしいし、婚約者が裏切り者認定されたらアルヴィナにも火の粉が飛ぶ

 

 「……ってのんびりしてる場合かよ」

 カラドリウスとは多少分かりあえはした。だが、それはあくまでもカラドリウス個人とだ

 襲ってきた魔神族等全てと和解したとかそういった話ではない。一ヶ月前に、カラドリウスと転移したその時に砦に残った彼らは止まらず襲撃をし続けているかもしれないのだ

 

 のうのうと過ごしている場合ではない

 鞘は近くに落ちていたりはしない。抜き身のままの刀を握り、おれは地面を蹴った

 

 そうして……まだその場に存在する結晶の砦を尻目に駆け抜けて、各所が壊れているものの原型を留めた騎士団の砦に辿り着く

 そんなおれを門の上から眺めていた影が、ふわりとおれの前に降り立った

 

 それは、父譲りの銀髪……よりは桜色みがかった髪を左右でふわりと緩く纏め、藍色に近い色の瞳をした一人の美少女であった

 ……間違えた、いや美少女で良いか

 白を基調とした軍服。襟は黒く、肩には黄金色の飾りが映えていて、胸元には赤いリボンと狼の紋。下はズボンではなく膝上20cm?のチェックスカート

 そんな、皇狼騎士団の一員を見て、おれは……

 

 「ルー姐」

 と、一言その美少女()の名前を呼んだ

 「ゼノちゃん、本当に生きてたんだ」

 「生きてましたよ」

 「そっか」

 「ルー姐。おれが居ない間に起こったことを教えてくれませんか?」

 「んーと、ここで聞く?それとも休みながら?」

 と、忌み子な弟にも朗らかにその美少女はおれと同じくらいの目線の高さでそんなことを聞いてきた

 

 「カラドリウスと邂逅、一時共闘により不可解な転移先を脱出、それが今までのおれの経緯です

 向こうにもアドラー・カラドリウスが戻っている筈。彼の人となりを知り、一時は共闘もしたから向こうも情が湧いてくれている事を願いたいものの……あまりうかうかもしてられません」

 と、おれは簡潔に言葉を紡ぐ

 簡潔で良い。この人とおれとは互いに我が道を往くからあまりベタベタと絡まないだけ。言葉少なくとも、言いたいことは互いに分かる

 

 「よし、じゃ此処で

 でもゼノちゃん、はいお水」

 と、その美少女はひょいと腰を漁り、折り畳めるコップを取り出すと魔法でその中に水を貯め、おれに差し出した

 

 「すいません、戴きます」

 そう言って、おれはコップに口をつける

 始水がくれたもの並にキンキンに冷えているそれが、体に染み渡る気がする

 

 「……それでルー姐」

 「ゼノちゃん、まず一個訂正というか、すり合わせ」

 「何ですか、それ」

 「その場所では一ヶ月だったんだろうけど……この世界では、ゼノちゃん達が行方不明だったのは一年以上の事。大体十ヶ月に渡って、四天王アドラーとゼノちゃんは居なかった事になってる」

 「……一年以上も」

 いや、流石に死んだって噂を始水が……ティアが知れるなんて早すぎないかとは思ってたんだ。この世界の一ヶ月って四十八日な訳で、流石に電話とか無いのに広まりすぎだろうと

 だが、その十倍あれば分かるな

 

 時間軸がズレてたのか……本気であそこは特別な隔てられた空間なんだな

 

 ってそういう話をする時じゃない

 

 「その間に、とりあえずまずはタテガミの人達が来てたんだけど……アイちゃんがまた体調崩してね?」

 ちなみに、おれがゼノちゃんな事から分かるように、アイちゃんとは妹のアイリスの事だ

 

 「アイリスは無事ですか?」

 「もう持ち直したって

 でも、あの騎士団はアイリス派だから戻らなきゃいけなくて、でも戻る訳にもいかない相手が居て

 だからお(ねえ)さんが代わりに来たよって感じ」

 ふわりとしたツインテールを揺らし、美少女はそう告げた

 

 「その相手とは」

 「エルクルル・ナラシンハ。あのタテガミの子は戦いたそうにしてたんだけど、もう撃退しちゃった

 ごめんねって謝っておいて」

 「いや、あいつもカラドリウスも影。何時か本体と戦うことになりますよ」

 「……戦うんだ」

 「その為の騎士団って、ルー姐に連名して貰った時に話したでしょう?」

 

 そう、竪神達の騎士団を発足する時にとか、何度か助けて貰ったんだ

 

 「本気なんだ。ルー姐ちゃん嬉しいよ

 ゼノちゃんは逃げたりしないって、代行してた甲斐があった」

 うんうんと頷く美少女

 

 「よし、頑張れ!ゼノちゃん!」

 と、その美少女はそのしなやかな手をおれの背に回し、軽くおれに抱き付いた

 恐らくそれは、おれへのエール

 

 ふわりと、柑橘類系……レモラなる緑の皮のソレだろう香水の香りが髪から薫る

 

 しなやかで予想より柔らかな手がおれの背を軽く叩くが……

 「ルー姐」

 離された瞬間に少しだけ距離を取るようにして、おれはその美少女を見る

 

 「そういうの、勘違い多発させて悲劇を産むと思う」

 「あはは、ゼノちゃんは相変わらず固いねー」

 ……そういう問題ではないと思う、とおれは眼前の銀髪ツインテール軍服美少女……にしか見えない家族にそう内心で突っ込みを入れた

 

 ルー姐の本名はルディウス。おれの四つ上の皇狼騎士団長

 男装の麗人ならぬ、女装の麗嬢?……って違うか

 そう、彼は女性の気持ちを知ると言って11歳で初めて女装した後その道から戻ってこなかったとはいえ、れっきとしたおれの『兄』なのである




ということで、他の皇族ロクでもないとか聞いてたのでまともな側もちょっと出てきて貰いました

いや、まとも?な人ですが、彼は大真面目な人間です


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兄、或いは姐

改めて眼前の兄を見る

 

 ルー姐……ルディウス皇子。七つの皇+七大天の名を冠する帝国最強騎士団群……って最強と群が並列してるのが可笑しい気もするが、帝国の軍部でも同列のトップ七集団のうち一つの長

 スペックとしては……ゴルド団長の超上位互換の一言で済む

 どれくらいヤバい人かというと、今より強い原作のおれとほぼ同等。月花迅雷の存在とアホみたいなステータスから基礎物理性能で劣るが、その分鎧装使いで平均的に強くバランスが良い

 皇族の中でも特に強い側……ってまあ、ゲーム内では出てこないのでこれはおれが模擬戦して確かめさせて貰った際の所感なんだけどな

 

 逆に強すぎる、つまり主人公(ヒロイン)達と同行すると戦力が集中しすぎて人々を護れなくなるからという理由でゲームシナリオ中は聖女とは基本別行動。その結果としてゲームではモブ……というか居ることくらいしか語られなかったという経歴を持つ

 いや、今から見れば未来の話だが、このまま行けばそうなるだろう。ルー姐はそれだけの強さ、聖女だ何だ無しに単独で騎士団を率いて立ち向かい護り抜くだけの力と心の持ち主だから

 

 うん。外見が美少女で香水も薫るし声も変声前というか女で通る少年声のままだけど、そういった事情が無ければ普通に攻略対象行けるような人だとは思うんだ

 おれがまだ7歳くらいの頃からずっと女装してるだけで。うん、良い人だし自慢の兄ではあるんだ。外見が姉な以外は。あと、男同士だから距離が近い以外は

 

 目の前のアルカイックスマイルのツインテール軍服美少女は、本当に罪作りな兄である

 

 「ルー姐。ルー姐はこれからどうする?」

 「んー、ちょっとゼノちゃんの為に残りたい気はあるけど、あんまり長く騎士団を空けてられないしねー」

 「あれ?あの騎士団に団長が居なければいけないような理由が?」

 周囲を見ても皇狼騎士団は来ていないようだ。あくまでも、団長ルディウスが一応トップ?な皇族が行方不明な穴を埋めるために来た、という形なのだろう

 

 「ほら、ナラシンハの出現とかあったじゃん?」

 こくりとおれは頷く

 「ゼノちゃんが警告してたアレ。あれが真実だと僕等が裏付けを取ったお陰で、警戒度が上がってね

 ルー姐も忙しくなっちゃったんだ」

 

 言われてみればそうだろう。おれ自身、父にはある程度こういうことが起きるかもしれないという話を残していた

 ゲームの前日譚というか過去改装で存在した話通りに進むとは限らない。現に、本来はガルゲニア公爵家で起きる血の惨劇は下手人であるシャーフヴォルが既にATLUSを使ってエルフ等を襲い、そして逃走しているから発生しないだろうといったズレがある

 それでもいくつか、止められるなら止めたい話があって……

 

 「だから、ゼノちゃんに色々返したらルー姐は帰るよ

 それとも……」

 気楽におれに向けて中性的で整った顔立ちを近付け、軽いスキンシップのようにその兄は呟く

 「ゼノちゃん、ルー姐にまだ助けて欲しいの?」

 

 「いや、大丈夫

 おれだって、皇族の端くれだから。でも、ルー姐、良く助けてくれましたね、おれの事」

 「ん?」

 「いや、結構厳しいイメージがあったから」

 「んー、僕としてもシル兄ちゃんと袂を分かつみたいな噂とか困るからあんまりアイちゃん派に肩入れは出来ないけどさ」

 スカートの裾を翻して距離を取りながら、その女装癖の兄は告げる

 「ルー姐、アイちゃん達を買ってるから

 少なくとも、ゼノちゃん達を蹴落として高い継承権を維持してのんびりしたそうなお兄ちゃん達よりも何百倍もね」

 ……まあ、それもそうか

 僕は今美少女だからとか変な理屈で継承権争いだなんだを捨てて……って捨てれてないけど、自主的に継承権をおれの一つ上に変えさせて騎士団に入った人だものな

 ……いや、自主的に継承権放り投げてもおれの上なのか……ってなるんだけど、それはそれだ。そもそもおれ、父からも言われているが致命的に皇帝なんて向いてないからな。最下位固定もやむ無し

 まあ、家の皇族というか皇帝に求められてる本来の役割というのも、普通の皇帝とは違うんだが

 あれだ。曹操や諸葛孔明より呂布を求められているというか……

 

 「ルー姐好きだよ、そうやって自分達が貰っているお小遣いは民の為に働くからこその金なんだって分かってる子」

 それには素直に頷く

 そりゃそうだろう。日本円にして月の小遣いが数百万……って明らかに可笑しいからな。自分のために自由に使うためのものじゃないだろこれ

 

 「それに、ほら

 ルー姐は信心深いから」

 からからと少女……ではなく青年は笑う

 実際、新年の祭りの前には基本的に白亜の塔で七大天の像への礼拝を欠かしたことはないらしい

 

 「そんなルー姐が、未来の教皇から頼まれたらそりゃ断れないでしょ?」

 「アステールが……」

 「ステラ認めてないから、おーじさまを助けて、余裕が出来たら連れてきてねー、って」

 「……困ったな」

 「いやー、好かれてるね、ゼノちゃん?」

 「何時か覚める夢、だとおれは思うんですがね……」

 「いや、僕は男の人だから覚めなきゃいけない夢だけど、ゼノちゃんはどうかなー」

 

 「夢幻(ゆめまぼろし)ですよ、おれはアステールやアナ達の願うような立派な皇子なんかじゃなく、忌み子ですから」

 「その割には、女の子周囲に多いよねゼノちゃん」

 「……まあ、確かに」

 4つ上の兄だ。気楽に、男同士だからかそういった話にも踏み込んでくる

 

 「というか、ルー姐はルディ兄に戻る気とか」

 「それは、ゼノちゃんの回りに女の子多いからかなー?」

 「いや違います」

 今でもアイリスにノア姫に始水って三人も居るからな、女の子

 

 「んー、女の子の味方する為に女の子の気分になったら、気に入っちゃったからねー」

 さて、と兄はおれの頬をその細い指でつつく

 

 本当に、こんな体の何処におれと同レベルの馬鹿力があるのやら

 まあ、おれも体格は中学生くらいだし、ステータスが体格に依らないから、線の細い中性的な外見のままになってるんだろうな

 

 「それで、ゼノちゃん

 ……僕がやろうか?」

 不意に、『僕』という本来の一人称で、兄はおれに問い掛ける

 

 「関わった相手には基本甘いからさ

 一旦は共闘した相手、カラドリウス……本当に戦える?」

 「戦うさ、ルディウス兄さん

 おれは、民を、皆を護る皇族だ」

 「いよっし!オッケー良い目!ルー姐満足!」

 

 パン!とおれの頬を、ルー姐は自身の両の手で気合いを入れるように叩く

 「ゼノちゃんは逃げてない。揺るぎ無い事実な以上、あれこれ言う他の兄ちゃん達はルー姐に任せといて!

 じゃ、騎士団空けすぎたし、王都でやることも出来たから、帰る!

 

 ……あ、その前に」

 

 と、踵を返そうとした瞬間に肩越しにおれを見て、騎士団の長はぽつりと言う

 「面白そうだし、タテガミの子を家にくれたりしない?アイちゃんに言ってもお兄ちゃんが連れてきたからお兄ちゃん次第の一点張りでねー」

 「民を護るための家の最強戦力で数少ない友人を取ってかないで下さい」



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石像、或いは迫る死

そうして、ツインテールを靡かせて去り行く兄を見送る

 彼の天馬は、家のネオサラブレッド……オルフェゴールドと血統が近い。確か祖父は同じ馬だった筈だ

 黄金の鬣を靡かせるその白馬を暫く眺めていると……

 

 「レオン」

 何時しか、おれの近くには一人の青年が立っていた

 年の頃は……高校生くらいだな。一ヶ月しか経っていない体内感覚からしてみれば、おれとそう変わらない年齢だった頃とのギャップが凄い

 

 本当に一年経ってるんだなと思わせるくらいの成長っぷりだ

 

 「ゼノ」

 その眼は険しく、おれを睨み付けていた

 「レオン。何があった。ゴルド団長は?」

 そして……一人だ。執事のオーリンさんは兎も角、雇用としてはおれのメイドだというのにずっとレオンにべったりだったプリシラも居ない

 

 「俺はもう、お前の部下じゃない」

 「レオン、どうした。確かに、行方不明の間におれは死んだことにされたらしいし、給料も払えなかったろうから雇用契約が無くなるのは分かるが」

 

 ……それで怒ってるのだろうか。確かに、騎士団にも一応所属している事にはなってるから最低限の額は出てるんだけど、いきなり給料半額は怒っても仕方ない

 

 「プリシラ達は砦の調査。そして……」

 おれの眼前に突き出される青年の手。その手に握られていたのは……一つの石の破片だった

 

 「これは……」

 何だ、とは聞かない

 見るだけで分かる。明らかに、彫像のようなものの手首から先の一部だ。執事服だろうぴちっとした長袖の端と、手の甲の半ばまでが見て取れる

 

 「お前が消えた後、多くの被害が出た

 今更、どんな面で帰ってきたんだ、ゼノ」

 静かに眼を伏せる

 

 そうだ。分かっていた。ナラシンハ襲撃と、砦が一部壊れている事。ルー姐はおれに責任はないとわざと言わないようにしているのは理解していても、被害が0じゃ無かったことなんて……当然すぎた

 指揮官が消えたとして……それで確実に戦いが止まる訳ではない。ちょっと穏健寄りのカラドリウスが消え、代わりに好戦的なナラシンハが後釜としてやって来たならば……当然、幾度もの戦いがあったろう

 その中で、誰かが死ぬ。そんなの当たり前だ

 

 「お前がっ!」

 おれの手元の抜き身の刀を血眼で睨み付け、青年は吠える

 「お前が!この刀を持ち逃げしなければ!助けられた……そうじゃないのか!」

 「そうかもしれないな」

 その言葉には大人しく肯定する。月花迅雷、この神器をレオンが持っていれば、もしかしたらという気持ちは無くもない

 

 「でも、それは結果論だ」

 「結果論で悪いのかよ!」

 「悪くはない。あの時は、確かにおれの考えよりレオンの考えの方がより良い結果になったんだろう」

 誰でも使えるのが月花迅雷の良いところ。本来おれが独占して使うよりも、こうしておれより基礎能力の低いレオン達の底上げに使う方が有意義だ

 実際、おれだってそんなこと分かっていた。ゲームでだって、ゼノの神器だけどゼノに持たせてオーバーキルするよりも育成するキャラに持たせた方が強いなんて常識だったし、おれ自身そうした使い方が多かった

 

 「ならば」

 「確かに貸した方が月花迅雷の存在意義はより強く発揮されたと思う

 でも、可能性は何とでも言える。月花迅雷で気が大きくなってナラシンハに挑み、そのまま腕ごと食われて紛失することになるからおれが持ってるべきだったかもしれない。勝てたからレオンが持ってるべきだった可能性もある」

 そう、後からならどうとでも言えるのだ

 

 「……だから?」

 「だからだ。すまなかった。あの時の判断はおれのミスだった」

 ……分かっていたろうに。原作レオンと原作のおれとの間の隔意。そして……あれだけレオンにべったりなプリシラやオーリンさんがゲーム内では影も形もなく、レオンとも普通に恋愛が出来る事

 それらは全て、この兵役中に彼女等が死んだことを示しているのだから

 原作前に死ねば原作では影も形もなく、初恋の相手が死んだレオンはおれと距離が出来、そして他の人々と触れ合って新しい恋が芽生える

 

 良く良く考えれば分かったろうに。だからこそ、あの時……レオンに月花迅雷を託し、神器ならざる普通の刀でおれは戦うべきだった

 それが出来なかったのは……一重に、おれの中に不安があったからだ おれの手元の月花迅雷の有無でもって、ゲーム第二部のおれとカラドリウスの戦いはおれの敗死か相討ちのどちらかのシナリオに分岐する

 

 だから、例え影でも、原作では恐らくこのタイミングで一度カラドリウスと邂逅して生き残っているとしても、月花迅雷を手離したくなかった

 ……そう、あれだけ言っておいて、死にたくなかったんだろう、おれは

 

 ギリリと奥歯を鳴らし、唇を噛み締める

 

 「……そうだ、ゼノ

 お前がオーリンさんを死なせた」

 「……ああ」

 「だから」

 「それでもだ、レオン

 彼等魔神は、今まではルー姐が何とかしてくれたんだろう」

 こくりと頷く青年

 

 「だが、無理して残っててくれたルー姐は帰り、向こうにはカラドリウスが戻ってきた

 もう一度戦う事に……なっても可笑しくはない」

 出来れば戦いたくはない。情報を持ち帰るしやることは終わったとばかりにそのままカラドリウスの影は本体に還り、そして作戦終了により撤退。それが一番良い決着の付け方だ

 

 だが……それが成り立つ保証なんて、無いのだ

 

 「だから!今度こそプリシラが死ぬかもしれない、だから」

 「だから、今度こそ死なせないために。皆を護るために

 月花迅雷を振るう」

 「……それで、オーリンさんは死んだ!お前がどっか行ってる間に、石にされて……粉々にされたんだ、ゼノ!」

 振り上げ、振り下ろされる拳

 額を叩く握り拳を受けて……おれの視線はびくともしない

 

 「……それでもだ。本気でアドラー・カラドリウスとやりあうことになったら……

 おれには月花迅雷しかパラディオン・ネイルを捌ける武器がない」

 「そうやって、プリシラも死なせるのか!

 プリシラまで奪うのか!」

 

 耳が痛い

 それでもだ。幾度かの手合わせで分かった以上、おれだって譲れない

 

 「……灰かぶり(サンドリヨン)。漸く戻ってきたところ悪いのだけれども、のんびり話している場合じゃないわよ」

 と、話を遮るように響く声と、軽快な蹄の音。そして、聞き慣れた愛馬の嘶き

 

 「アミュ……と、ノア姫」

 「挨拶や文句の一つも言いたいところだけれども、やってられないから後にするわ

 このままだと、本気で……そこの人がさっき言ってたことが現実になるわよ」

 

 「っ!プリシラ!」

 その言葉を聞くや、おれから月花迅雷をひったくろうとして……

 ステータス差によりそれは叶わないと見るや、レオンは結晶の砦へと駆け出していった



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投影、或いは降伏勧告

「ノア姫、アミュ」

 おれの顔を見て小さく嘶く愛馬と、おれを静かに見つめるエルフの姫を呼ぶ

 

 「やっぱり生きてたのね。死んだとも思ってなかったけれど」

 「……ノア姫、現状は?ゴブリン達はどうなった?」

 「無事よ。だから、今はそんなことを話している時間じゃないの

 後悔したくないなら、急ぐしかないわ」

 言いつつ、その少女はエルフ故に何一つ変わらないその整った顔立ちを少しだけ曇らせる

 そして、少しだけ重そうに腰につけていた銀色の鞘をおれに向けて差し出した

 

 「……必要でしょう?」

 「月花迅雷の鞘……有り難う、ノア姫」

 受け取り、愛刀を鞘に納める。抜き身でも問題がないと言えば問題はないが……やはり、抜刀術は鞘あってのもの。それに、オリハルコン製のずしりとした重さの鞘は、無限に吹き出す雷撃を溜め込んで切り札に変える意味も持つ

 やはり、あるに越したことはない

 

 「ええ、感謝してくれるかしら?溶かして武器に鍛え直すべきだという主張を、ワタシが貰っていくからって押し通して護ってあげたんだもの」

 「ああ、有り難う。助かるよ」

 というか、溶かすって話が出てたのか……と、おれはずしりとした鞘を見て思う

 いや、オリハルコンだものな。刀身の無い鞘として私蔵する位ならば、武器に加工した方が役立つという理屈は通る。というか、実際問題オリハルコンの剣ってかなりの高級品な訳で、それをわざわざ鞘なんかにするというのがまず驚愕の無駄遣いっぷりに見えるのは仕方がない

 

 「ノア姫には助けられてばかりだな、おれは」

 「その為に、ワタシに協力を頼んだ……違うのかしら?

 助けて当然よ。お礼は要らないとは言わないけれども、気後れする必要なんて無いわ」

 「ああ、そうだな」

 

 左腰に久し振りに鞘をマウントし、おれはひらりと愛馬の背に飛び乗る

 ノア姫の後ろからという形だが……

 

 「遅かったわね」

 不意に、少女が空を見上げた

 合わせて、おれも朝焼けの空を見る

 

 空に、大きなビジョンが映っていた

 それは、おれがここ一ヶ月で見慣れた魔神の顔。そして……

 「『聞け、抵抗を続ける人間達』」

 魔法で空から響いてくる音が、おれたちに向けて降り注ぐ

 

 映像が切り替わり、二つの結晶製の十字架を映し出した

 「『お前達の長を捕らえた』」

 そこに映し出されたのは、脇腹を大きく抉られて項垂れ十字架にかけられた、一人の青年の姿。そして、少し離れた十字架には、一人の少女……プリシラの姿もある

 

 「……ゴルド団長」

 長と言っても、そちらか

 まあ、それはそうだ。魔神族の砦とは別方向に飛んでいった天馬を追い掛けてルー姐を捕らえるのは無理だろう

 というか、あの人おれより強いから影のカラドリウスなら返り討ちにするだろう。おれと違って、あの人魔鎧で空飛べるしな

 

 「『人類よ。俺の名はアドラー。アドラー・カラドリウス

 魔神王四天王』」

 朗々と語るカラドリウス

 それを見上げながら、おれは背後からノア姫の肩を軽く叩いた

 

 「分かってるわよ」

 ノア姫の合図と共に、白馬が走り出す。砦へ向かうのだ

 今ならば、当然ながらレオンは追い抜ける。ネオサラブレッドの速度は人間とは比べ物にならないし、おれと比べても5倍差があるのだから

 

 「抱き付かないのかしら?」

 と、冗談めかしてノア姫

 「大丈夫、足だけでバランスは取れる」

 「ええ、その方がワタシも楽だけど、落ちたら笑い者よ?」

 「ならないさ」

 二人乗りを安定させるとしても、女の子に抱きつくのってどうかと思うしな

 ん?それならノア姫を後ろにするようにした方が良かったのか?

 

 「止めてくれるかしら?アナタに抱きつかないとバランス取れないわよ、それ」

 「あれ?口に出してたか?」

 「アナタの思考くらい読めるわよ。分かりやすいもの」

 ……それもそうなのか

 

 そんなこんなで、駆け抜ける愛馬の上でカラドリウスの演説を聞く

 「『抵抗は無駄だと分かるだろう

 降伏せよ。降伏すれば、彼等は解放する。降伏しなければ、彼等を殺し……』」

 

 苦虫を噛み潰すように、おれは奥歯を噛んで空を見上げる

 

 去るならば追う気はないし、これ以上戦う気も無かった

 オーリンさん等を、ナラシンハに率いられた魔神族は殺した。その事は分かっているし、割り切れはしない

 けれども、だ。それでも、相手が去るならばおあいこだ。おれだって、コカトリス等を殺したのだから

 だからこそ、やるべき事は出来ないという事を理解したカラドリウスが去ってくれるならば、これ以上戦う必要は無かった

 

 アルヴィナの事を考えても、大人しく去ってくれないかと思っていたんだ

 

 けれど……その結果は、これだ

 殺しておくべきだったのかもしれない。始水はカラドリウスの影なんて此処で始末してしまっても良いと思っていたようだし、きっと手を貸してくれたろう

 あそこで倒しておけば、今この事態は起きなかった。記憶を持ち帰らせて、アルヴィナ関連で……なんて一切考えず、相手を信じなければ

 

 「……馬鹿ね

 甘いのがアナタでしょう?」

 「ノア姫」

 

 愛馬の足が緩まる。軽く駆ける程度の速度。振り返れるくらいの余裕を得たエルフの少女の眼が、おれを見上げる

 

 「カラドリウスと共に姿を消したというアナタが、カラドリウスと共に戻ってきた

 あと、あの男女(おとこおんな)……ああ、ご免なさい。アナタの兄をそう呼ぶのも失礼ね

 あの皇子に渡されていた道具で、カラドリウスと一時共闘したということはワタシも聞いたわ」

 「そう、か」

 

 「アナタは基本的に馬鹿馬鹿くて愚かしい事を言う。そうでしょう?

 ええ、それは癇に触る事も多いわよ。でも……その馬鹿馬鹿しさが、ワタシ達エルフを救う事になったのも事実

 良い?後悔するくらいなら、最初からそんな馬鹿やらない方がマシ。やるなら……とことんやりなさい」

 

 「だけど」

 「そうね。一つだけ、アナタに良いことを教えてあげる」

 エルフ少女の長い耳につけられた、花飾りが揺れる

 

 「良い?お祖父様から聞いた限り、カラドリウスは人質なんて取らないわ。それはナラシンハのやることよ」

 「でも!」

 「そう、らしくない事を、彼はやってるの。ティグルお祖父様曰く、捕虜を取らず殺すものは殺すのがカラドリウス

 そんな彼が、わざわざ捕虜を捕らえて、こんな変な方法で呼び寄せてきてるの

 

 何かある。馬鹿馬鹿しくても、信じてみる価値は……」

 と、エルフの姫は不意に言葉を切った

 

 「言えないわね。幾ら人間相手でも、魔神を信じてみる価値があるなんて流石にワタシが信じれない言葉を吐くのは外道

 ご免なさい、忘れてくれるかしら?」

 「……いや、有り難うノア姫

 カラドリウスを信じるわけじゃない。でも、少しだけ気が楽になった」

 「そう?良く分からない心境ね」

 

 「『風の刻の終わりまで時をやろう

 200人、死ぬ者を用意し、降伏せよ。頭を垂れ、平伏し、明け渡せ。さもなければ……』」

 囚われの少女の首筋から、つうと一筋の血が流れた

 

 「『人質を殺し、そして(みなごろ)す』」

 

 「……帰ってくれる気は無いのか、カラドリウス」

 おれは、空を見上げ……

 「『一つだけ、救いをやろう

 うざったい皇族は、100人分として数えてやる』」

 降ってきたのは、そんな更なる残酷な言葉だけだった



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アルヴィナ、或いは空白の記憶

途中でレオンを拾い、騎士団の砦へと戻る

 抵抗されはしたものの、まだ正午(風の刻は一日の四つめの刻なので、その終わりが正午だ)まで二刻以上あると説得した

 

 「さて……」

 囚われたのは二人。団長とプリシラ

 放っておいたら二人とも殺され、そのまま攻めてこられるが、二百人……おれを差し出す場合は百一人の命で残りは許してやる、というのが向こうの主張だ

 

 当然だが、信用は出来ない。差し出したら皆殺しにする筈だったのを許す?団長等も解放する?

 正気か?交渉になってるのかそれ?

 

 人質と金を交換とか割とありがちな話な訳で、だがしかしこれはそんなんじゃない

 皆殺しに出来るけど見逃してやる、って何らかの重要な物品と引き換えならば、という形で使うものだろう

 或いは、支配者として君臨する場合か

 

 「カラドリウス……まさか居座って支配する気か?」

 「馬鹿を言わないでくれる?ワタシでも分かるわよ、有り得ない」

 と、慌ただしく砦に駆け込んでいったレオンを見送って呟いていると、残っていたエルフの姫が答えた

 

 「だよな。例えこの場を支配しても、そうなればルー姐や皇狼騎士団とかち合うことになる」

 おれはノア姫の言葉に頷く

 そうだ。恐怖で実効支配してというのも可笑しい。主力が出てくるのが分かりきっているのに、そんなことしても意味がない

 「差し出せって言うのも、それが命なのは変だしな」

 「ええ。彼等は真性異言(ゼノグラシア)じゃないものね」

 「真性異言?」

 

 気になってふと、始水、と呼んでみる

 「『ああ、その事ですか兄さん?

 一部AGXと呼ばれる機体には……ブリューナクという死者の想いを、魂を燃料として放つ雷槍が搭載されているんです。兄さんも見たことがあるでしょう?』」

 「そうか、ブリューナクって……そういうものなのか」

 

 と、ノア姫がじとっとした目で此方を見ていた

 

 「アナタ、また変なもの持ってきたのね

 まあ良いわ。ワタシも何処かで聞いただけなのだけれど、死者の魂を糧とする力があり、死霊術等をほぼ無力化出来るらしいもの。そんな真性異言ならば、確かに何人か殺す事に意味もあるでしょう」

 くすりと、エルフの姫は可笑しそうに笑った

 

 「でも、アドラー・カラドリウスは大翼の魔神。死霊の使い手でも、真性異言でも……ない、わよね?」

 小首を傾げ、短く淡い金髪を揺らして少女はそうおれに問いかける

 「ああ、カラドリウスは違う。真性異言なのは……魔神王の方だ」

 

 そもそも、原作テネーブルには記憶を消す力とか無かったしな。その辺りが真性異言の能力なんだろう

 記憶操作の神器とかおれにはついぞ覚えがないし、刹月花の少年みたいなのじゃなく、AGXだのなんだのに近そうなのが恐怖だが……その分本家の第三形態こと竜魔神王ヘルカディア・テネーブルが消えてたりしないだろうか

 

 「そう。それで?」

 綺麗な朱い瞳がおれを見据える

 

 「アナタもそうでしょう、灰かぶりの皇子(サンドリヨン)

 真性異言として、この事態の行く末を知っていたりするんでしょう?隠すと為にならないわよ」

 「おれの知ってる限りでは、おれは失敗するんだろう。プリシラを死なせ、団長も救えず……レオンとの仲は完全に壊れる」

 

 実際、ゲーム内のおれ、レオンとの絆支援無いからな。初期支援が付いていないとかそんなんじゃなく、支援そのものが無い

 普通、乳母兄弟ってくらいなら支援あって当然だろうって関係性なのにそんな形なのは、きっとそれだけレオンから遠ざけられているから

 

 「そう。そうなるのね」

 だというのに、エルフの姫は問題ないわとばかりに優雅に微笑んで、おれの手を握った

 「ノア姫」

 「で?そのアナタの知る未来に、ワタシは居たの?

 居ないでしょう?高貴で真に女神に選ばれたエルフ種が、人間なんかに手を貸すなんて……本当は有り得ないことだもの」

 余り無い胸を張って、エルフの姫は自分の存在をアピールする

 「そんなワタシが、このノア・ミュルクヴィズが、真性異言(ゼノグラシア)の無い記憶で居る筈がない

 既にアナタには、ワタシという事態を知っている未来から逸らすだけの尊い光がある。違うかしら?」

 「いや、その通りだよ、ノア姫

 ノア姫が手伝ってくれれば、何か動かせれば……救える可能性は十分にある」

 

 ぴくり、とその長い耳がつり上がった

 「ならば、どうするべきかは分かるかしら?」

 少しだけ挑発的なその言葉に頷いて、おれは……

 馬上から降りて、少女に左手を差し出した

 

 「ノア姫。貴方の……エルフの力を、おれに貸して欲しい

 おれ一人ではきっと駄目なんだ」

 「ええ、良いわ。真性異言が繋いだ縁。恩人から頼まれたなら、女神の似姿であるエルフだって、流石に断らないわよ

 それで?どうするのかしら?大人しく、生け贄になって本当に人質を返して終わりにしてくれることを祈る?」

 座って作戦会議でもしようというのか、おれの手を支えにひらりと少女も馬上から飛び降りて、悪戯っぽく心にもないだろうことを聞いてくる

 

 「いや、それは有り得ない」

 「あら、結構意外ね。考慮にくらい入れそうに思えるのだけれど」

 ……信頼されてるのか、違うのか

 苦笑しながら違うさとおれは呟く

 

 「確かにさ、おれは皇族だ。この命で民を救うのが仕事

 でも、今回は違う。おれだけじゃなく百人も要求されているから、例えおれが自分を差し出しても民は護れない

 それに、さ。例えおれ一人で二百人と言われても……おれは今回乗る気はないよ」 

 「へぇ、命が惜しくなった訳は無いわよね?」

 「一ヶ月ほどカラドリウスと対話して分かったんだ

 あいつは、アルヴィナの事にかけては誠実だって。だから、アルヴィナ関係の事であれば言葉を信じるさ」

 

 だけど、とおれは拳を握る

 「今回、おれと百人が生け贄になって?

 それとアルヴィナ・ブランシュに関係がない。少なくとも、おれには関連性が何一つ見えない

 ならば、魔神王四天王の言葉なんて信じても裏切られるだけだ。信じれるなら最後の手段として考慮するけど、そもそもあいつを信じる事が出来ない」

 

 「ご免なさい、灰かぶり(サンドリヨン)

 言いたいことは漠然とは分かるのだけれども……そもそも、アルヴィナとは誰なのかしら?」

 ……あ

 

 ぽん、と手を打つ

 ノア姫も見たことがあるし救われたこともあるからそのまま言葉にしていたが……そういや記憶消えてるから分からないわな

 

 「アルヴィナとはアルヴィナ・ブランシュ」

 「魔神王アートルムの娘辺りかしら?

 でも、彼はニクス一族に執心ではなかったかしら?」

 「屍を好き勝手動かされていたスコールにキレてたから、多分そのニクス一族と魔神王の娘だと思う」

 「親交あるような言い方ね」

 呆れたような目で此方を見てくるエルフに、告げても良いだろうとおれは決めてうなずきを返す

 

 「知り合いというか友人……だとおれは思ってる

 あと、ノア姫の命の恩人」

 「どういうことよ」

 「アルヴィナは屍使いの魔神。ノア姫が聞いたというブリューナク?についての言葉はアルヴィナのものだ

 それに、そもそも、ノア姫の星壊紋の治療なんて、腕輪の無いアナとヴィルジニーだけじゃ無理極まるだろ?

 あそこには、もう一人居たんだ。それが、アルヴィナ。おれたちを探るために来たらしいけれど、手を貸してくれた魔神」

 

 少しだけ少女は押し黙る

 そして、数秒後に分かったわ、と頷いた

 

 「そう。確かにそうね

 お祖父様や帝祖の降臨、死んだ筈の天狼の覚醒。アナタを七大天の誰かが見守ってる気がしたから、神々の奇跡だと思っていたけれど……最後のアレ、確かに死霊術と言われればそうも思えるわね

 それを起こしたのが、ニクスとブランシュの愛娘。確かに有り得る話

 良いわ、信じてあげる。そして……だとすれば、手も貸してあげる。アナタと同じくらいには恩神らしいもの

 普通魔神族の為に何かをするなんて御免だけれども、そこまで助けられたならば返さないなんて、誇りが傷つくものね」

 

 それで?とノア姫は話を促す

 「カラドリウスはそこまでアルヴィナについて語ってくれなかった

 あくまで真性異言、セイヴァー・オブ・ラウンズという共通の敵相手だから助けてくれただけなのか、また出会った時は敵なのか、その辺りまでは確実な事は言えないけれど……

 そこでおれを助けたことで、ちょっと立場が微妙にはなってるらしい」

 「なら、その関係でアナタの首が欲しいのかしらね?

 ほら、潔白を証明できるでしょう?」

 「だったら、おれを殺せない可能性のあるやり方に意味なくないか?

 直接強襲した方が早い」

 「ええ、そうね

 その辺りが良く分からないわね、本当に」

 

 と、ノア姫はそのアーモンドのような目を少しだけ細めて、おれに警告する

 「あとね、灰かぶり(サンドリヨン)に一つ忠告しておくわよ

 ワタシは良いわ。でも、他の人にそのアルヴィナって魔神の事を話すのは止めなさい

 多分あの銀髪娘等とも縁があったんでしょうけど、それは忘れなさい」

 「ノア姫?」

 「良い?ワタシはエルフ、人の言葉でわざわざ言ってあげるならば、七大天の眷属、幻獣よ

 だからこそ、多少耐性があるの。そういうのが無い相手に魔神がどうとか語っても、正気を疑われるだけよ」

 

 そんなことを言うノア姫の横を、忙しそうにした兵士が通りすぎていった



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奇策、或いは当然の結論

「何処へ行くんだ、皆」

 慌ただしく出掛けようとする騎士団の兵士達(彼等は税を兵役で納めることにした人々なので兵士だ。騎士団だが爵位のある騎士ではない)におれは声をかけて……

 

 何で居るんだとばかりに、厄介そうな視線を向けられた

 ……本当に、歓迎されてないな、おれ

 

 なんて思って少しだけ感傷に浸ろうとしたおれの肩が後ろから柔らかな手と濡れた鼻に押された

 「人間は馬鹿馬鹿しいわね

 でも忘れないで。ワタシはアナタが帰ってきた事を……少しは嬉しく思ってるわよ。全員がああじゃないの

 都合の良い事しか見ないのは勿論駄目な事だけれども、都合の悪いことしか考えないのも同じことよ」

 そんなエルフの姫に、芦毛……じゃなく白馬が同意の嘶きを合わせた

 

 「……ああ、分かってるよ、ノア姫、アミュ」

 と、そんな間にも兵士達は何処かへと出掛けていく

 装備は完全装備。マナの器の形である職業に合わせて使える武器……つまりマナの力によって本来よりも使いこなせる武器防具は制限がかかる。その為フルプレートといった重装備ではないが、大盾を持っていたり、何というか物々しい

 少なくとも、偵察に行く格好ではない。目立つし消音も苦手だろう

 

 消音に長けた職業はあるし、風属性には音を消す魔法とか色々とあるのは確かなんだが……あの職業は大盾なんて持てない……というかマナの流れを阻害するから持てるけど適性がないし、そもそもそんなものを使ってまでフル装備で偵察をしに行く理由がない

 

 「まさか、自分達だけでゴルド団長等を助けに?」

 ならば、有り得るとしたらその可能性

 「冗談でしょう?」

 と、横でノア姫は馬鹿馬鹿しいと言わんばかりに肩を竦めた

 

 いや、おれもそう思うんだが……それ以外に重装備する理由なんてあるのか?

 勝てない可能性は高い。それでも、自分達で団長等を救いたい。だから無謀でも精一杯戦う……その決意の現れがあの重装備

 それ以外の可能性って何かあるのか?少なくとも、おれにはぱっと思い付かない

 

 「……皆、答えてくれ

 何処に行くんだ?戦いに行くのか」

 おれを見て歓迎されなかったのは分かる。彼等は騎士団の兵士だが、自ら志願した訳ではない

 いや、志願はしたんだが……あくまでも兵役=納税という形でだ。俺が皆を護るんだ!の精神で騎士団に入った面々とはやる気も勿論レベルやステータスも比べ物にならない。

 

 そんな彼等からしてみれば、おれが戻ってこずにルー姐が居てくれた方が良いんだろう。ルー姐は忌み子じゃないし、おれより強いしな

 

 「……ちっ、何で忌み子が」

 「戻ってきただけだ」

 本気で鬱陶しそうな兵士達の行く手を阻むように立ち、大の大人な彼等を見据える

 

 「ゼノ!」

 そんなおれを咎めるように、レオンがやって来る

 彼を中心に、兵士達が並んだ

 

 「レオン」

 「ゼノ。お前の言う通りだ。俺達で、プリシラ達を救う術を見つけた」

 そうして、青年の視線は少しだけ下がる

 

 ……おれの腰へと

 

 「だから、ゼノ。お前のその刀を貸してくれるよな?

 それが重要なんだ」

 その瞳は真剣で、本気を感じさせる

 

 これならば、渡すべきかもしれない。

 でも、だ。渡してどうなる?レオンは多少強くはなるだろう。神器、月花迅雷は確かに他の武器とは一線を隔する

 だけれども、それで勝てるかは……正直微妙だろう

 

 「なあ、レオン

 おれも行く。元々、何とかして救う気だった

 だから、少し出発を待てないか?」

 「待てない。風の刻の終わりまで時間がない」

 

 「まだ一刻以上あるわよ」

 と、半眼でノア姫

 

 「でもだ。間に合わなかったらプリシラが殺されるんだよ!

 お前はオーリンさんを目の前で殺されていないから、時間ギリギリまでまだあるとか言えるんだろう!」

 吐き捨てるように告げられる言葉に、おれは何も返せなかった

 

 確かにそうだ。おれにとって、目の前で喪った大事な人は……万四路と、人ではないが天狼の母くらい。産みの親は、産まれたばかりで覚えてすらいない

 目の前で大事な人を殺されたから、焦る気持ちは……おれにはちょっとだけ分からない

 

 でも、プリシラを助けなければいけない

 原作ゲームでは、既に過去の事だからヒロインが介入できない、既に決まった事

 でも、此処に居るのはゲームの主役(ヒロイン)ではなくおれで、此処は全てが決まったゲームの中ではなくて、ノア姫というイレギュラーが居る

 ならば、足掻くべきだ。助けられるかもしれないならば……

 

 「レオン。分かった

 おれも行くが、お前に……」

 そうして、腰から鞘ごと愛刀を外し、手渡そうと近づいて……

 

 不意に、違和感に気がつく

 何だ、このねばつくような……

 

 レオンの手が、柄に触れる

 その瞬間

 

 悪寒に腕を引こうとするも、それはあまりにも遅すぎた

 

 「がっ!?」

 おれの体に、複数の風の刃が突き立つ

 幾ら物理的には鋼より硬かろうが、それはマナの作用。ステータスが0な以上、魔法には紙同然

 幾多の風と雷と氷の鎖に、おれは為す術無く囚われる

 腕は動かず、月花迅雷はひったくられ、レオンの手に収まった

 

 「……レオンっ!

 お前!プリシラを護るんじゃないのかよ!」

 「護るさ!

 だから、これしかないんだよ!」

 「何処がっ!

 おれを差し出そうが、カラドリウスは止まらない……

 お前ら、自分達を犠牲にする覚悟でも、決めたと……」

 「居んだろ、近くに100匹ちょっと」

 

 その言葉で、漸く重装備の理由を理解する

 「百人だ……」

 「あ、そうだ。人じゃないと駄目だもんな」

 と、兵士の一人。ノア姫にご執心だった若い兵士がそう語る

 

 「亜人も獣人も人だ

 その人々を護るのが、帝国騎士団だろうが!」

 

 「何で薄汚い獣人を護らなきゃいけないんだよ!」

 「頭沸いてんのかよ忌み子!」

 「人間が獣人の為に死ななきゃいけないとか有り得ないっての!」

 「ま、忌み子って獣人モドキだし?シンパシーとかあんじゃない?」 

 「「違いないわー!何でこんなのが皇子とか言ってんの?」」

 「団長もさー、認めるとか可笑しいだろ、獣人以下だろコイツ」

 口々に言われる本音

 

 分かっていた

 彼等からすれば仕方ない。彼等は普通の人間だ

 普通の、獣人等は魔法が使えない人間未満という七天教のちょっとアレな思想も信じた、当たり前の人間だ

 分かっている。彼等は悪くない。普通なんだ、これが。誰かの為に命を投げ出す覚悟なんてしていない。本来は特に何事もないこんな場所の騎士団に配属され、時を過ごして税を払う、勇気も何も必要ない……おれたちが護るべき民の一部だ

 その、特に醜い側面が出ただけ

 

 「ゴブリン達を、生け贄として連れていくのか!」

 理解した。そして、おれ自身の察しの悪さに歯噛みする

 ゴブリン達を、100人ちょっと居る彼等を、おれと共に生け贄として差し出して200人

 彼等は、そう考えて……ゴブリンを捕らえるために、重装備をしたのだ

 

 「そんなので!レオン!」

 「お前のせいだろうが、ゼノ!」

 情けなく倒れた顔を蹴り上げられるが……別に痛くはない。ステータス差は、それほどまでに残酷だ

 

 「お前が自己満足でルディウス殿下を帰らせたんだろ!カラドリウスが戻ってきたと知っていて!」

 更に蹴られるが、痛みはない。ただ、動かない体は転がる

 

 「ルディウス殿下が居れば、勝てると信じれた!

 でも!お前がそれを潰したんだよ、ゼノ!

 確実に護るには……なら、もうこれしかないだろ!」

 「諦めんのか、レオン……」

 「勝てなきゃプリシラが!あいつが死ぬんだよ!

 賭けなんて……非情なお前だから出来るんだ」

 その言葉と共に、おれの周囲に、魔法の檻が降り注いだ

 

 「待て、よ……」



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檻、或いは二人きり

「お前らぁぁぁっ!」

 術者(レオン)と離れたせいか、或いは単純に時間が経過したからか。体を貫く風の刃による杭を地面から引き剥がし、おれは無理矢理に立ち上がろうとする

 

 「けふっ」 

 何処か体でも痛めたか、吐き出す血が地面を……そして、ありもしない影だけの鎖を汚す

 他にも幾つか、おれを拘束しておく為に用意されていた氷や岩で出来た枷があって……

 

 「全く、厳重ね

 幻獣でも捕らえる気でやってるのかしら」

 「ノア姫」

 そんな言葉遊びにも、くすりとも出来ない

 

 「何も言わないから、離れたのかと」

 「馬鹿言わないでくれるかしら?

 ワタシは、アナタに有事だから手を貸してあげてるの。人間に迎合した気はないわ。あくまでも、恩人であるアナタ個人に、ね」

 馬鹿にするように、けれども持ち前の火の魔法で指先に灯した火で氷の枷を炙って溶かしながら、エルフの姫はそう告げる

 

 「アナタに注目していたから、姿を隠して空気に徹してればワタシを忘れて一緒に捕らえてくれるでしょうと思ったから何もしなかっただけよ

 本当に何も疑われずに檻が降ってきた時は、ちょっと愉快だったわね」

 ふっと息を吐き、耳を立てて少女は嘲る

 

 「あれで騎士団?素人に毛が生えたレベルじゃない。分かってはいたけれど、良くもまぁそれでやってきたわね

 人間って愚かすぎないかしら?」

 「いや、そもそも彼等は納税の義務の一種として、文字通り血税として兵士をやってるだけだし、ちょっと裕福な……つまり、あまり怪我しただの何だのの問題が起きない方が良い地位と言うか……」

 

 曖昧におれは笑う

 「彼等、住人も割と気の良いゴブリン達くらいで国境先も友好国っていう、治安維持すらほぼ要らない仕事の無い安全圏に回されるような人達だから、さ」

 亜人獣人が混じっていない辺り、本気で閑職というか

 聖教国の発した魔神王復活の預言や四天王出現を経てキナ臭かったからおれが送られたし、実際に事が起きてから一度は竪神やルー姐が来てナラシンハ襲撃は解決した

 逆に言えば、そうした事情が無ければ、皇の名を持つ七騎士団等も回ってこない平和な……兵役に来たうち戦わせる気がない兵を送る場所として扱われていた訳だ。元から警戒していたならば、増援とか要らないように元から強めの人材は多く配属されるに決まってる

 

 「治安維持とかやる騎士団なら、もうちょい良い人材が多いよ」

 「……アナタ、底辺押し付けられたのね」

 「底辺言わないでくれノア姫。彼等だって、命が惜しいだけで国民なんだ」

 いや、それでもカラドリウスの言葉を信じるのは止めて欲しかったというか、あいつ絶対約束を守る気とか無さそうと言うか……

 表だっておれに協力したら婚約者を通じて内通とかアルヴィナが疑われるのは分かるが、報告のために撤退するくらいなら特に問題は無さそうだ。だから、わざわざ人質取ってどうこうするのが、意図が分からなくて不気味だ

 

 「それで、どうするのかしら?」

 おれの四肢に付けられた枷を魔法で淡々と外しきったところで、エルフの姫はおれを見上げた

 「彼等はゴブリン達を捕らえて、そしてアナタを運んで、それで生け贄を用意したで終わらせる気でしょうね

 だから、前もって月花迅雷というアナタの神器を取り上げた……」

 そして、エルフの姫はふと、おれの手を見る

 

 「思ってたのだけれども、神器ならば呼べないのかしら?」

 「……呼べるのは第一世代くらいじゃないか?」

 「いえ、第二世代も飛んでくるわよ。例えばだけど……流水の腕輪も、あの銀髪の子が願えばもうあの子の手元に来るでしょうね

 契約は必要だけど、契約さえ交わしてしまえば、何時でも呼べるわよアレ」

 「そういうものだったのか、アレ」

 ゲームだとそんな仕様だっけ?いや、第一世代神器はバグ無しでは特定の一人にしか使えないから勝手に持ち物の空きスペースに入るようになってたけど、複数人に使える第二世代はそんな仕様じゃなく受け渡す必要があった気が……

 まあ、その辺りは、遠く離れた所でも呼べば来るなら、全適性者が同一ターンで必要な時に使い回して戦えるっていうゲームバランス崩壊に繋がりそうな形になってしまうから、その点でシステム的に出来ないことにされてたのだろうか。ゴーレムのその場での再作製みたいに

 

 「というか、アナ……大丈夫だろうか」

 「心配なの?」

 「流水の腕輪は聖女の力を仮に使えるようになるだけ。護身とかには全く効果がないだろ?」

 そう、おれの月花迅雷や兄である第二皇子シルヴェールの弓、ウィズのガーンデーヴァ、それに何より父の轟火の剣デュランダルなんかはぶっ飛んだ性能を持つ武器だ。ある程度の格上に対しても振り回せば対抗できるだろう

 だが、おれが見た限りあの流水の腕輪にそういったぶっ飛んだ補正はない。単純に、聖女の真似事が出来るようになるだけのもの

 

 「聖女の力を振るえるけど戦闘能力はほぼ無いって、大丈夫かな……

 襲われたり拐われたりしないだろうか」

 そういう事の対策として皇子の孤児院という名分あったし、それが多分無くなると分かっていたからエッケハルト……アルトマン辺境伯という公と侯に次ぐ高位貴族に後を頼んだ

 とはいえ、不安は残る

 

 「馬鹿ね。振ったんでしょう?

 ならば、その後を心配しなくても良いんじゃないかしら?」

 心にも無さげにノア姫はおれからわざわざ目線を逸らして告げる

 ノア姫としても、何だかんだアナとは暫く居た訳だし、本当にそんなことを思っていたら話題にあげないだろうから、本気で言ってないんだろう

 おれの反応が見たくて、でも嘘をつく事がプライド的に微妙で、つい目線を逸らした……んだろうか

 

 「……それでもだよ

 心配なものは心配だ」

 「そう。割と勝手な話ね」

 

 「でも、今のおれに出来ることはない。信じるしかないさ

 そして……まずは、現状を変えなきゃ行けない」

 そうしておれは、魔法で作られた檻を睨み付ける

 

 とりあえず……ぱっと見で分かるのは、金属製に近いように見えること

 但し、単なる金属では無いだろう。小さく振動しているようにも見える辺り、何らかの仕掛けがあるのは間違いがない

 

 だが……それだけだ。一見して抜けられそうにも見える

 「ノア姫、少しだけ中央に寄って欲しい」

 「……ええ、良いわよ」

 そうして、何があっても多分一番安全な場所に動いてもらって……

 

 「っ、はぁっ!」

 掌底一発。ステータスにものをいわせて、取り敢えずぶん殴って様子を見る

 

 「ぐっ!」

 同時、肉体に痺れが、金属っぽい檻の格子に僅かな歪みと電流が生じた

 更には……

 「これもか!」

 まるでSF映画で見る脱走者を射殺するレーザービームのようなものが、おれの足目掛けて照射された

 

 「……とりあえず、厄介な……」

 そうして、距離を取ったおれはそう呟いた

 天井は同じ素材であり、格子の隙間から朝日の隠れた曇り空が見える。飛んで脱出……は不可能だろう

 

 「ノア姫、おれの拘束を解いてくれたように、この格子も……」

 と、振り返って聞いてみるも

 「アナタね、最初に聞きなさいよそれ」

 なんて呆れた表情をしながら、紅玉のような目の少女は首を横に振った

 「でも、責めないわ。結局ワタシも、この格子はお手上げ

 残念ながらワタシの手持ちの魔法書には、何とか出来る手段はない

 あと、魅了も転移も意味ないわ」

 

 ……先に言われた

 「魅了はワタシの為に自分の命すら擲たせられるけれど、今は効かないわ

 アナタを閉じ込めてゴブリンと共に生け贄として差し出すことが、大真面目にワタシを助ける手段……に彼等の中ではなるみたいね。馬鹿馬鹿しい話だけれど、魅了は好き勝手操れる訳じゃないもの。残念ながら、使い物にならないわね

 転移についてはもっと簡単。この檻、アナタの父の使ってきた陽炎の牢獄と同じで転移無効よ」

 

 「そう、か。有り難う」

 とりあえず考えてくれた相手に礼を言って、だがどうしたものか……と悩む

 のんびりしている時間はない。檻の耐久力はおれ基準では低くはないが高くもないから、本気で握り締めて曲げようとすれば曲げられなくは無いだろうが、それをさせないために電流が走っていて、ついでにレーザーが狙ってくる、と

 電流だけなら無理矢理耐えてねじ曲げられたんだが、足をレーザーで狙われてはその場に留まって踏ん張れない。足が破壊されたら、流石に体勢を崩す

 

 「ノア姫、おれの足が壊れたら支えてくれたりしないか?」

 「却下よ」

 「駄目か」

 「そもそも成功するとは思えないわね。ワタシに危険を犯して欲しいならば、もう少し現実的な方法を考えてくれる?」

 

 と、ふと思う

 「ノア姫」

 「何よ、また馬鹿な考え?」

 「ああ、そうだけど……魅了魔法、カラドリウス等に効かないか?」

 本来の彼等には効かないだろう。だが、相手は今は影だ

 それに、影としても作られてから時間が経過して劣化している

 

 「魔神相手よ?」

 「人間だって、元魔神なんだろ?それに、おれ……は先祖返りらしいけど、効くっちゃ効くんだろ?」

 「……分かったわ、でも分かる?」

 その瞳が、おれをじっと見る

 少しだけ震える指先が、おれの手に触れる

 

 「魔神は頭可笑しいのが多いの。効いたとして、気に入ったから殺してやると襲い掛かってきたりする可能性は高いわ

 それに、効くかも微妙なところ。効かない可能性も十分あるわ

 

 上手く行けば人質を解放させられる一手になるけれど、ワタシを殺しに来られる可能性もまた高い

 それでもやって欲しいの?アナタが命を賭けさせる、ワタシの命の責任を背負うその覚悟はあるのかしら?」

 

 「頼む、ノア姫」

 その声は、自分でも分かるくらい情けなく、頼りなく、信用無く震えていた

 

 覚悟なんて出来ていない

 それでもだ。今まではずっと、誰かが来てくれる可能性を信じていた。今回も、ルー姐に頼めばこんな事態にはきっとなってなかった

 でも、それを断った以上、おれ以外には誰もいない

 

 今回は、おれが何とか出来なかったら、誰も助けてはくれない

 

 それは、背負うには重すぎる光で。万四路すら死なせたおれに、他人の命なんて……とても、預かれるものじゃなくて

 

 「そんな顔しないでくれる?

 まあ良いわ。とりあえず、此処を出ないとやるやらないの話にすらならないもの

 まずは、現実を見ることね」

 

 現実、か

 ふと思い付いて、耳に触れる

 「始水」

 呼ぶのは幼馴染。龍姫様の知恵を借りようかと思うも……

 「『兄さん、此処は圏外です』」

 「って圏外あるんだ、これ……」



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降伏、或いは勘違い

「ギャギャギャウッ!」

 何事か、ゴブリン達が騒ぎ立てる

 そのうち一匹の横に居たコボルド種の首筋に蒼く透き通る刃を押し当てて、レオン・ランディアは彼等に歩みを進めさせた

 

 時は風の刻の半ばを過ぎた頃。風の刻の終わり、龍の刻の始まりと共に天頂で交差する二つの太陽は大分空で近づいており、向こうが告げた時間は、刻一刻と迫り来る

 そんな中、レオン・ランディアは……乳母弟から貰った刀を手に、100匹のゴブリン(+3匹のコボルド)を兵士で囲んで引き連れ、ようやっと結晶で出来た砦の前に辿り着いた

 

 「四天王アドラー!言われた通りだ!」

 そうして、代表してレオンが言葉を叫ぶ。まだ年若いレオンだが、団長と同じ家の出ということで、この場ではリーダーなのだ

 

 ずらりと並べられたゴブリン達。乳母弟であり帝国第七皇子でもあるゼノならば、きっとその言葉も理解したのだろう

 意味もなく、ゴブリンなんかの言語を覚えた馬鹿だ。基本的にこの地のゴブリン達とは、ゴブリン側が人間の言葉を覚えた代表を送り、税を払うことで不干渉といった形。わざわざゴブリン達の言葉なんて覚えてやる義理は無かったというのに

 けれども、この場の30人の中にゴブリン達の公妖語なんて言語を理解する人間は居ない。エルフの言葉を通信教育……ではないが本で習い始めた若い兵士が居るくらいだ

 

 けれども、蒼き雷刃……神器、月花迅雷の威に平伏したのか、それともこの刀を持つ者をゴブリンなんて奴隷の方が余程偉い獣人なんて半人類を国民だから平等と嘯く知能の足りない馬鹿の名代だと思っているのか、103匹の獣人達は、その人間の子供……6~7歳くらいの子供の背丈の皇子称人類は、大人しく並んで行進する

 此処まで連れてくる際にも、大きな抵抗は無かった

 

 「百匹……いや、まずは百人だ」

 レオンが言うと、結晶で作られた光を反射する砦の扉が開く

 エルクルル・ナラシンハが現れた時、自分達を蔑ろにしていたゼノが友義を結んで、その縁で帝国騎士になったという少年タテガミライオが、ライオウなる巨大ゴーレムで一度は破壊したその砦門は、その痕跡を残さず修復されきっていた

 

 その事を思い出し、レオンの心はざわつく

 そう。自分は……ランディア出で乳母兄の自分にはほぼ関わらなかったのに、見ず知らずの相手には爵位までほいとあげているあの皇子

 死んだと思えば帰ってきて、プリシラ達が死ぬかもしれない事態の直前に、それを解決できる力を持った皇子を帰らせる無能

 

 だからだ、とレオンは自身の手の神器を握り締める。だから、プリシラを、大事な人を護れるのは自分だけなのだと

 馬鹿皇子には頼らない。自分と……きっと自分を選んでくれたこの神器とで、大事な人々だけは護り抜くんだ、と

 

 レオンは知らない。神器というものの性質を知っているがゆえに、自分のソレが勘違いであることに気が付かない

 

 神器とは、持ち主を選ぶものである。轟火の剣が皇帝シグルドの剣であるように、流水の腕輪がアナスタシアのゼノを助けたい想いに龍姫がなら貸してあげますよと応えた結果彼女の手に収まったように、選ばれたもの以外には使えない

 だからこそ、レオンは月花迅雷は自分を選んだのだと信じている

 

 この刃は、馬鹿を言う皇子と悩みながらも、自分を信じているのだと

 

 そうして、開いた門を通り、兵士達は中庭に通される

 一度は青い機神……LIOHによって大きく抉れたその地は、戻ってきた主によって修復され、傷一つ残ってはいない

 

 「レオン君。大丈夫なのかね」

 「もう、来る筈です」

 そんなだたっぴろく、元々草原の最中に立てられたのに雑草一つ生えていない中庭に立てられているのは、二つの十字架。映像では割と近くに並んでいたようにも見えたが、数十mは離されぽつんと孤立するように立っているその二つにかけられた二人の人間は、数時間の日射によってぐったりしたように項垂れている

 

 その姿を見て歯噛みしながら、レオンは暫し時を待つ

 

 そして……空が翳ったと思うや、一つの大きな羽音が響く

 焦げ茶色い大きな翼を翻し、猛禽のような鉤爪の手足を持つ鋭い美貌の青年魔神、アドラー・カラドリウスが見下ろすように、まだ成人前のメイド服の少女を吊るした十字架の上に降り立った

 

 「アドラー・カラドリウス!」

 「……で、誰お前?」

 何処か拍子抜けしたように問い掛けてくる青年に、レオンは刀の切っ先を突き付けて怒声を浴びせる

 

 「プリシラの婚約者、レオン・ランディアだ!」

 「いや、誰?」

 ランディアという団長と同じ姓であり、プリシラの婚約者。それを告げても、四天王の気の抜けた顔は変わらない

 

 「何しに来たんだお前」

 「プリシラを、ゴルド兄を!返して貰いに来た」

 「あー、つまり?

 その神器を手にして?勝ちに来た訳?」

 ふわりと結晶製の十字架の先端から少しだけ浮き上がり、焦げ茶の翼が風の魔力を孕む。鮮やかな緑色の風、本来の風にある不可視の強みはないが、その分破壊力の高い魔力の風が、四天王の影を取り囲む

 

 「……戦力の逐次投入って、舐められたモンだな」

 青年魔神の顔が好戦的に歪む

 「最大戦力に、最大の力を持つ武器。一番勝てる見込みがあるのはそれだろ?

 随分と、四天王ってモンも舐められるようになったなぁ……」

 はぁ、と青年は息を吐く

 

 「ナラシンハの影に、ニュクスとニーラの影。三体何とか出来たから、案外弱いって勘違いされたか?」

 「違う!」

 「あ?何が違うって?

 皇子とお前で力を分けて、勝てる気で来たんだろ?」

 ふわりと飛び降りたカラドリウスは、中空で静止し、真横でぐったりする少女の首筋に腕の鉤爪を触れさせた

 

 「俺達を倒し、こいつらを救う貯めに」

 「違う!」

 「……あ?」

 尚も、戦うんだろ?と挑発する四天王

 けれど、レオンは怒りを抑える

 

 自分にだって、プリシラを護れる。いや、自分にしか護れない。そんな思いで、唇を歪めた挑発に耐える

 

 「ゴブリン百人、そして……言われていた皇族一人

 代価を用意して、無謀に挑まずプリシラ達を護りに来たんだ」

 「そうだ!」

 「所詮忌み子と獣人だしな」

 

 「……マジ?そっち?」

 一瞬、青年は面食らった顔をし

 「そっちなのか」

 表情を抜け落ちさせた

 

 「スコールさんを殺したあいつらは、決して諦めるような行動をしなかった」

 「……おい!」

 突然語りだした魔神に、レオンは少しの苛立ちと共に目線を向ける

 

 「俺達が封印されてる間に、人類ってのは此処まで腑抜け揃いになったのかよ

 弱者を差し出しての保身とは……あいつを信じるんじゃなかったわ」

 

 突如、嵐が膨れ上がる

 「皇子は直ぐに連れてくる!好きにしろ!

 だから、プリシラ達は……」

 「もういいっての

 

 突っぱねられて殺し合う前提のもの受けられても、こっちも困るんだよ

 とっとと……」

 

 その瞬間、轟音と共に降り注いだ人の姿をした流れ星が、魔神に激突した



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墜落、或いは怒号

「っ!おらぁぁぁぁっ!」

 放物線を描いての墜落。ノア姫に頼み込み、ルー姐が武器として持ってきてくれたらしい魔導投石機を起動してもらって……檻から抜け出した自分自身を射出

 主人を檻に捕らえた相手に捕まらないように逃げ去っていたっぽい愛馬アミュグダレーオークスがそのうち戻ってくるのを待つよりも、自分で走るよりも、此方の方が速い

 

 そうして、最大出力+軽さで無理矢理に飛ばして貰ったおれは、(武器としての運用想定射程では砦までは届かなかった筈だが)運良く砦の中庭にまで飛ばされ……

 

 「ビンゴ!」

 更にそのまま、完全な運でもって軌道が丁度当たるものだったのを利用し、今にも風の刃を放たんとするカラドリウスに……ぶち当たる!

 

 「っ!?はぐっ!?」

 正面衝突。額と額のかち合いと共に……丁度おれの前に奴の唇があって……

 「うげらっ!?」

 たまらず離脱。四天王ともあろう青年が、己の純潔の唇(推測)を護るためにかみっともなく顔を抑え、攻撃のために纏った風を身を護るために転用して空へと逃げる

 

 ……まあ、おれ自身もファーストキスなんだが……別におれはキスとか誰ともする予定がないし良いか。原作でももう一人の聖女以外の女の子とのキスは無かったしな!

 ただ、アルヴィナに一途な彼としては、男と正面衝突からの事故が初めてとか嫌だったんだろうな

 

 そのまま着陸というか墜落。地面に小さなクレーターを作りながら、頭突きをかまして一回転したお陰で何とか不恰好ながら足から着地し、軽く地面に足を埋める

 

 「……ゼ、ノ。どうやって……」

 ぽつりと呟くのは、へっぴり腰なまま正眼に刀を構えた青年、レオン

 「簡単な事だ。レーザーは地面に当たると消えていたし、地面に傷一つ付けなかった

 ……だったら、おれの体が入れるくらいの深さまで穴を掘り、そこから横穴を作って……地面の下に埋まった格子を曲げる分には、雷撃に耐えるだけ、だろ?」

 実際は死ぬかと思ったが、何とかなった

 人一人通れるくらいまで曲げたところで、格子から出られるなら後は何とかするわと言って魔法であと半分素手で掘る気だったのを代わってくれたノア姫には頭が上がらないな

 

 だが、今は終わったことはどうでも良い

 おれは、カラドリウスがそのまま攻めてくる気はなさげに十字架の上に禅を組んで降り立ったことを一瞥して確認すると……

 

 眼前で呆ける乳母兄に近付き、その騎士服の襟を締め上げた

 「が、ぐっ!?」

 面食らって眼を白黒させるレオン。おれより少し背が高いその青年を、割と値段がする服の襟が曲がり伸ばされ血で汚れるのも構わず、腕一本で宙に吊り上げる

 

 「何を、やめ……」

 手足をバタつかせられるが、足で脛を蹴られようが痛くはない。それが、ステータス差というものだ

 右手に携えられた月花迅雷だけは通るが……遮二無二振られるその右手首を左手で抑えれば無力化出来る

 

 「レオン君!」

 「黙れ!」

 静かな威圧。たった一言で、騎士団の兵を鎮める

 「『シャドウ……』」

 されど、諦めぬ者も居たようで

 

 唱えられる呪文。放たれるのは拘束の魔法

 ならば良い。本来はどうであれ護るべきだが……今のおれはちょっと何時もより悪辣で、傷にならないならば、レオンを盾にもする

 

 「ふぎっ!?」

 おれは容赦なく腕を動かして、右から飛ばされてきた影の縄に向けてレオンを突き出す

 緑髪の青年は、為す術なくぐるぐる巻きにされて地面に転がった

 

 「……言っておくが、今のおれはちょっぴりキレてるんだ

 ゴブリン達を連れてとっとと消えてくれ」

 言いつつ、おれは地面に転がる……兵士がとっとと影の縄を消したことで解放された青年を再度持ち上げる

 

 「ゼノ……お前」

 「レオン。お前が本当にプリシラを護るためというならば、月花迅雷を貸しても良いと思っていた

 

 だがな」

 左手で愛刀をレオンの手から引き抜く

 

 「弱きを護るが皇族だ

 いや……弱いものを、儚いものを、何かを護る優しさという勇気が人を人足らしめる」

 

 脳裏に浮かぶのは、昔マリー・アントワネットを例に、始水(ティア)が語った言葉

 自然の生物は家族でないものは基本護らない。縁がなくとも、利益がなくとも、何かを護る優しさこそが獣と人を分けるんです、と

 

 それに、おれは同意した。だからこそ、護るべき万四路を殺したようなもののおれは……と歯噛みした

 

 だから、だ

 

 「その人の勇気を忘れ!弱きものを差し出して生き残る術に逃げる

 それが悪いこととは言わない。無謀に近い勇気を振り絞れとなんて、言う権利はおれにはない」

 でもな、とおれは乳母兄を残された右目で睨み付ける

 

 「弱きものを、おれ達を、最後まで護り抜いた彼女の思いを、お前の保身で穢すな

 今のお前に、月花迅雷を持たせる訳にはいかない」

 

 「ごがぁっ!?」

 そうして、おれは手を離し……レオン腰に吊るしていた鞘を取り戻して自分の腰に刀身を納めてからマウント、そのままレオンを掴み直すと、兵士達に向けて投げる

 

 「自分達が生き残る為の策として今回の事は不問にする

 だからこそ、これ以上の被害をゴブリン達に出させるな」

 「……あ」

 「皇族命令だ、良いな!」

 普段響かせない、本気の怒号。びくりと怯えた兵士達は、こくこくと頷くとレオンを連れてそそくさと逃げていく

 恐怖で押さえ付けるのは決して良いことではないし、やりたくないんだが……今回ばかりは仕方ない。悪にもなろう

 

 そんなおれ達のやりとりを、カラドリウスは何処か面白そうに翼を仕舞って眺めていた

 

 「……で?話は終わったか?」

 「……ああ

 やはり、本気で人質と200人を交換する気なんて無かったか」

 「そりゃな?

 本気のお前を呼び寄せてぶっ殺し、アルヴィナ様に捧げつつ……人類どもに四天王の恐怖を見せ付ける。その為にお前をキレさせたかっただけ」

 あっけらかんと青年は言う

 

 アルヴィナという言葉を出してきたことから、ある程度本気だというのは分かるな。完全にその通りなのかは……微妙だが、少なくともおれを呼び出して本気にさせるためというのは事実なのだろう

 

 「そう、か

 下がる気は」

 「なぁ、あると思うか?」

 そう告げる緑のカラドリウスの瞳は、どこまでも……澄みきった色に染まっていた

 

 「……やるしかない、ってか」

 「まだ言うかよ、人間。本気の皇族をぶっ殺して、アルヴィナ様に捧げようってのにうだうだと」

 

 すっと、魔神の眼が細まる

 

 「なら、人質殺すか」 

 突如、カラドリウスが翼を拡げる

 「……でも、まあ、一度はあの場から抜けるために少しだけ縁がある身だ。特別に教えてやるか」

 好戦的に歪む顔。風を孕み天空へと駆け行く四天王から、一つの声がおれに向けて降り注ぐ

 

 「これから俺はお前が護る筈だと信じた方を急襲して殺す

 特別サービスで教えてやったんだ。護って見せろよ皇族!」




???「まあ、兄さんのファーストキスなら兄さんが眠ってる間に貰ってるんですが
契約のときにも血ではなく唾液を使いましたし」

今回の三行あらすじ
やってみせろよ、皇族!
なんとでもなるはずだ!
ガンダム……じゃねぇじゃん!?


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人質、或いはレールガン

空に輝く星を見る

 見上げた空には2つの太陽。そして、それですらかき消せない輝きを放つ煌めく風……カラドリウス

 これから奴は地面へ向けて墜落し、片方を殺す

 そう、おれに宣言した

 

 ならば、おれがやるべき事は護り抜くこと。あれだけ啖呵切ったんだ、結局プリシラ達は死んだじゃ話にならない

 護り抜く、護り抜かなきゃいけない。ならば……どちらに墜ちてくるか、それを見極め、切り裂け

 

 そう思うが……おれの足は動かない。ひたすらに地面を掘った手は流石に爪がひび割れ血に染まっているが、足はそうではない

 単に怖いだけだ。流石に数十mもの距離は、刹那のうちに駆け抜けるとはいかない。おれが、カラドリウスの言う『おれが護る筈の方』を間違えた時、間に合う距離じゃない

 間違えれば団長かプリシラは死ぬ。その恐怖が、どちらかへ向かわなきゃという歩みを止めていた

 

 小さく歯噛みする

 こんなんじゃいけない。動かなければどちらかではなく、両方死ぬ可能性がある。どちらを殺しに来るのかを見極めてから、そちらを護りに行く?それで間に合わなければ……後悔するだけだ 

 

 でも、おれには……

 そんな思いを振り払い、強く鞘に納めた愛刀を握り締めて覚悟を決める

 「おれは、プリシラを護りたい。レオンに誓ったんだ」

 そう、だからこそ……

 

 立つのは、ゴルド団長が吊るされた十字架の方

 そうだ。護りたいとか色々と考えるから悩む。だから、難しくなる

 プリシラを助けて何になる?レオンとの壊れた縁が少し直せるだろう。それはおれにとって嬉しいことだ

 だが、団長を助ければ、プリシラが死んだとして……誰か他の民を護れる。彼は騎士団の長だから

 

 そう。最初から答えなんて決まっていたんだ。護るべきは、より多くを護れる方

 例え向こうがアナだとしても、答えは変わらない。おれにとって大事かどうかなんて、考慮に値しない

 

 その覚悟で、空を見る。星の如く輝くその生きた流星は……

 

 っ!

 

 思わず走り出しかける。空から錐のように降ってくる嵐は、確かに……此方ではなくプリシラをミンチに変えるべく落ちる挙動

 だが……歩けない、間に合わない

 

 ならばっ!

 「伝っ!雷」

 中腰に構えた愛刀の雷撃を解放。鞘の中で炸裂。魔力の大半を通さない性質故に雷撃を放つ刀なんてものの鞘として成立する金属……オリハルコンの性質を利用して、放たれる雷は鞘に一つだけある穴から噴出する

 そのエネルギーの爆発で揺れる鞘を腕の力で抑えこみ、砲身として……噴き出す雷撃をレールとした疑似レールガン

 魔法ならざる魔法擬き

 本来は、放つのは特注の魔道具のナイフなのだが、手元には生憎ない。ならば、本体を飛ばすまで

 「砲刀ォォォッ!」

 伝来宝刀ならぬ、伝雷砲刀。雷速のレールガンによる、刀の射出投擲

 今回の玉は……本来は使玉としてわない、月花迅雷そのもの。振り抜いた手を離れて加速する刀は、おれには届かぬ速度で空をかっ飛んで降り注がんとする嵐の錐へと衝突し……

 

 「っ!」 

 咄嗟に残された鞘を順手へと持ち変え、大上段から振り下ろす

 オリハルコンという硬質の希少金属で出来た鞘は、それ自体がそこらの剣よりも強い。そんな鞘が……へぇ……とばかりに不意に降りてきたカラドリウスの爪を捉えた

 

 ガギンという硬質な音

 「カラドリウス、お前……」

 睨みながら横目でプリシラの方を見る

 嵐を吹き散らし、プリシラの頭の上に突き刺さる月花迅雷。その風の中にカラドリウスの姿はない

 

 そう、あの嵐の錐は単なる遠距離攻撃。強烈なものではあるが、ただの囮であり、本体はその隙にゴルド団長の首を狙ったのだ

 ……気がついていた訳ではない。間に合うと思えば、団長の元を離れて駆け出してしまっていたろう

 

 だが、その……言いたくはないが怪我の功名が、何とかカラドリウスを止められたのだ

 「お前ぇぇぇっ!」

 「おいおい、俺はお前が護る筈の方を殺しに行くとは行ったけど、もう片方は許してやるとか一言も言ってないんだが?」

 挑発するように、風を纏う四天王はおれを見下すようにそう告げる

 

 「ってか、最初から両方殺す気だった訳で、片方護らせてやったろ?」

 「お前はっ!」

 わかり合えた。敵同士なのは変わらずとも、少しは理解できた

 そう思っていた……

 

 苦々しさと共に、鞘を握る。神器本体は投げてしまったので、鞘頼みだ

 

 「……まあ良いや。お前は結局、相手が誰だろうと護らなきゃいけないものは覚えてるって事は分かった」

 何かを値踏みするように、少しだけ険しい眉を緩めて、カラドリウスはそんなことを呟く

 が、その意図はおれには分からなくて

 

 「じゃあな」

 数十m先に嵐が巻き起こる

 

 ……防ぐことなど、止める術など無かった

 正眼に構えた鞘でその喉を突きに行こうが、宙を舞う翼を捉えきることは出来ず

 局所的な嵐がプリシラを捕えた十字架を中心に吹き荒れ……

 消えたその時、ズタズタになったメイド服の切れ端だけが、風に舞い上がって突き刺さったままの月花迅雷の角に引っ掛かった



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救援、或いは都合の良い譲歩

血走った瞳で、眼前の四天王を睨み付ける

 

 原作ゲームでのゼノも、こんな気持ちだったのだろうか

 いや違うと自答する。彼は……仮にも全てを護り抜いた。負けて死のうが、相討とうが、護るべき民そのものは護ってみせたのだ

 

 それが今のおれはどうだ?結局プリシラを死なせ、愛刀を投げ、団長すら護りきれない可能性を高めた

 

 「情けねぇ……っ」

 奥歯を噛み締め、相手の出方を伺う

 何とか隙を突いて、月花迅雷を回収しなければならない。あの刀無しではロクに傷を付けることすら出来ないし、牽制に雷撃を飛ばす等も不可能

 何より、何処かで狙えるならば狙いたい一撃必殺……奥義である雪那を放つ事すら出来ない

 

 「……おいおい、そう警戒するなよ人間

 言ったろ?本気のお前をぶっ殺す事がアルヴィナ様の為だって。だから、とっととお前の神器を取ってこいよ。神器無しのお前に価値とか無いからさ」

 そんなおれを尻目に、のんびりと伸びなどして、カラドリウスは地面に降り立つや胸元から取り出した木の実……ではなく人の指なんぞ食べ始める

 明らかに指だ。血も滴っているし……誰かからもぎ取ったのだろう

 その指の一本に、小さな指輪を見て……

 「プリシラの指輪、せめて葬る際に一緒に入れてやりたいから返してくれないか?」

 と、そんな風に声をかける

 奪おうとしても無駄だ。今のおれでは届かない。だから、せめて相手の油断を誘う

 

 実際には煮えくり返りそうだ。おれの眼前で、ズタズタに引き裂いたのだろう少女の……レオンとの婚約指輪付きの左手薬指を飴玉か小さな木の実か何かのようにしゃぶろうというのだ

 この手に刀があれば、その翼を切り落としてやりたい

 

 「分かった分かった。クソ不味いしな」

 ぺっ!と指輪を吐き出し、能天気っぽく四天王はおれに向けて指輪を投げて寄越す

 唾液にまみれたそれを、時間をかけないために乱雑にポケットに突っ込んで……

 

 「ってか、とっとと取りにいけよ?

 俺はここで指食べてるから」

 「……出来ると思うか?」

 出来ない相談だと、おれは鞘を構える

 

 実際、取りに行かせてくれるというのはとても有り難い話だ。涙が出る

 その最中におれを放置して団長を血祭りにあげるという未来しか見えなくて、情けなさで涙しか出てこない

 

 「……お前さぁ

 アルヴィナ様をイライラさせた事、多くない?」

 「さあな?」

 どうだったのだろう。おれ自身、アルヴィナとはそれなりに良い友人関係を築いていたと思っていたんだが、アルヴィナはどうだったのだろう

 少なくとも、借りていた寮については、おれとアナと三人部屋(まあ、おれは女の子と一緒にすんな親父と外にハンモック吊るしてそこで生活していたが)でも諦める程度には……ってあれ男と同室というさぁ間違えと言わんばかりのふざけた采配に呆れきってただけか?

 

 って考えている場合ではない

 少なくとも、眼前のカラドリウスは、アルヴィナの婚約者は敵だ。本気でおれを殺しに来ている

 ならば、アルヴィナについて彼が語ったあれこれすらも、信憑性が薄くなる

 おれ個人としてはやはりアルヴィナを疑いたくはないが、そんな個人の感情で、多くの民を危険に晒すわけにはいかない

 

 「やっぱりウゼェわお前

 良いからとっとと本気を出せ」

 「その隙間に、お前は団長すらも殺す」

 「あったり前の事聞いてんじゃねぇよ人間。鳥頭か?」

 「物理的な鳥に鳥頭と言われたくはないが」

 「はっ!頭は鳥じゃないんだが、なっ!」

 

 苛立つカラドリウスの言葉と共に降り注ぐのは羽根の雨。地面にざくりと突き刺さるそれは、手裏剣かなにかを思わせる

 それを数歩歩いて避けて、機会を伺おうとするが……

 無理だ。カラドリウスは本気でおれと戦う前に、団長を殺す気だろう

 プリシラを殺したように

 

 苦々しい。原作ゲームでは、恐らくは出てこないプリシラは死んでいた。だからこそ、此処では……まだその事実が未来の事であったこの世界では、変えなきゃいけなかったというのに

 

 「……良いから、行けよ!」

 吹き荒ぶ風に、一歩下がる

 

 「……全く、馬鹿、阿呆、考えなし。馬鹿じゃないの?」

 だが、それで良かった

 蹄が地面を抉る音が響き、おれが待っていた救援が姿を現す

 

 淡い黄金の髪に、紅玉の瞳を持つエルフの姫、ノア・ミュルクヴィズだ

 「ノア姫!」

 「どうして、愛刀を投げたかのように遠くに突き刺さってるのかしら!?」

 「その通り、投げた!」

 「馬鹿なの!?」

 なんて、そんなやり取りをしながらも、おれの愛馬と共に駆け付けてくれたエルフは、ぐらりと揺れて倒れた十字架から月花迅雷を引き抜く

 

 そして……

 アミュグダレーオークスが、何かを悟ったようにその瞬間、小器用に横へと大きくジャンプする。普通の馬では不可能な横ジャンプ、ネオサラブレッドの馬鹿みたいな身体能力にモノを言わせたそれに、背の少女はぐらりと揺れ……

 ピッと、その頬に朱が走った

 

 「……ご免なさい、迷惑かけたわね」

 と、愛馬の首を撫でる少女

 「……首を落とす気だったんだが」

 詰まらなさそうに、四天王たる嵐の魔神は小さく拡げた翼をまた閉じて言った

 

 「物騒ね、本当に」

 「……殺し合うしかない」

 頬を流れる血は、あまり少女には似合わなくて

 それでも、エルフの少女も愛馬も逃げ出さずに止まってくれる

 自分達は、本気でカラドリウスが来れば抵抗できずに死ぬと分かっているだろうに、それでも、立ち向かってくれる

 

 本当は、そんなこと無いように

 皇族が、おれが、たった一人で終わらせるのが、理想なのに

 

 「馬鹿ね

 そうやって、アナタは一人で他人の体を守り、心をズタズタにしていくのよ」

 時折放たれる風の刃を避け、燃える鬣を持つ愛馬がおれの横に辿り着く

 

 「ノア姫」

 「結局此処まで来ちゃったら、アナタが死ねばワタシも死ぬ

 一蓮托生だもの、今回だけは責任取らなくて良いわ。戦ってあげる」

 言い方は上から目線。エルフとしてのプライドからそんな物言いながら、言っている内容は、どう考えてもおれに対して極力都合良くした譲歩

 

 「ああ、有り難うノア姫」

 カラドリウスが団長向けて投げてくる風の玉を鞘で弾き、そんな少女から愛刀を受け取る

 「それで良いの。御免って言ったら帰ってたわよ

 それで?どうするのかしら」

 「ああ、まずは……団長を生きて此処から連れ出す!」

 「そう。結局あの作戦ね。分かったわ」

 そう、ノア姫とは多少戦法を話してある

 今回やることは簡単だ。死ぬよりは、例え遠くとも生きてる方が何倍もマシ

 ならば、転移だなんだを阻害しかねない十字架から団長を救出し、そのままノア姫には自前の転移魔法で団長ごと飛んで貰うのだ

 行き先はたった一つ、エルフの森しか出来ない欠陥魔法。いや、欠陥というか、ある程度自在に転移できる父さんが頭可笑しいだけだ

 これをやれば、この地に戻ってくるだけで一日どころではない時間が掛かるし、ぼろぼろの人間を突然送られたエルフの森にも迷惑がかかるだろう

 だが、それでも……此処で死なせるよりは良いし、何よりノア姫を長時間危険に晒さなくて良い

 

 誰かが人質を安全な場所に送らないといけないのだ。必要ならやってくれるし、ノア姫にしか出来ないから異論は出ない

 

 「頼む、ノア姫、アミュ!」

 「……ええ」

 「ったく、アルヴィナ様を誑かそうとした割に、他のメスと仲良くとかさぁ?

 申し訳ないとか思わないわけ?

 

 んまあ、言ってもアルヴィナ様に誑かされてた…も多いんだろうが」

 ぶつくさと言いつつ、カラドリウスはその翼を拡げた

 「そう、か」

 「あったり前だ。魔神族は心に決めた相手が出来た時、その相手に相応しくなろうと一気に成長する。だが、アルヴィナ様は昔の愛らしい姿のままだ

 残念ながら俺の事も心に決めた運命の相手だと思ってくれていないが、お前も同じ事。誑かした気なら、残念だったな」

 どこかわざとらしく、周囲に聞こえるように大声で、そのアルヴィナの婚約者たる青年は叫ぶ

 そうして、好戦的にその唇を吊り上げた

 「だけどな。アルヴィナ様に色目を使った事を、俺は絶対に赦さない。だからこそ、誑かそうとしたお前を!何の言い訳も聞かないように本気の貴様を!血祭りにあげてアルヴィナ様に捧げる!

 それが、俺の婚約者としての誇りだ!」

 

 その宣言すらも、どこか芝居に見えて

 けれども、そんなものどうでも良い。プリシラを殺し、このまま行けば多くを殺す殺戮者を、一度は分かり合えた気がしたからとて……倒せばアルヴィナと恐らく完全に決別するのだとしても!野放しになど、出来はしない!

 

 「ぶちのめす!」

 「まあ良いや。本気で来いよ、皇族ぅっ!

 パラディオン・ネイル!」

 そうして、かつて見たように四天王の爪は、輝く風を纏った



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魅了、或いはノア

輝く爪、煌めく風

 魔神という名には何処か似つかわしくないそれを行使しながら、憎たらしいほどのイケメン青年はその背の焦げ茶色い翼を最大まで拡げて此方を威嚇する

 普通に考えれば空を飛びながらそんな事をすれば墜落するのだが、生憎奴は普通ではない。翼はあくまでも羽ばたいて飛ぶ為のものではなく、魔法……万色の混沌に与えられた力を行使する際の触媒のようなもの。実際は翼を閉じていようが空くらい飛べるのだろう

 

 「っ!はぁっ!」

 抜刀一閃。今度は鞘内部に溜め込まれていく雷撃を解き放つのみ。レールガンはせず、雷として放つ

 プリシラを助けるには物理的な重さが無ければ風を打ち砕けないと思ったからああしたまで。それが不要ならば、当然こうした方法で良い

 

 「……はっ!前に見たが!?」

 が、飛ばす青雷は風の障壁に防がれる。渦巻く力が雷を吸収し、カラドリウスへは届かない

 

 だが、良い

 結局今やるべきことは、ノア姫の安全を確保しつつ、相手に隙を作ること

 隙さえあれば、月花迅雷ならば十字架を断ち切れる。それは、同材質であるプリシラの十字架に突き刺さったところからも推測できる事だ

 ならばノア姫に隙を産んで貰い、そのまま十字架を破壊してノア姫が魔法で離脱という作戦が成り立つ

 

 全く、実にエルフ頼みの作戦だ。ふざけてる

 おれよりも、他人を危険に晒す。だが、それでもやるしかない。それしか思い付かなかったのだから、それが最善再愚の策なのだ

 

 「ったく!飛び込んでこいよチキンが!」

 爪を振るって迎撃しながら、四天王はおれを煽る

 自分も良くやることだが、他人にやられると実に苛立つ。プリシラの仇、取りたくて足を前に踏み出したくなる

 だが、それではノア姫に頼んだ事すらおれが果たせない。一時の激情に身を任せることは、ノア姫に無駄死にを要求することだ

 だからこそ、奥歯を噛んで堪え忍ぶ

 

 「丸焼きにされてろ物理的チキンが!」

 「大鳥だって言ってんだよ!アルヴィナ様を犬と呼ぶレベルの侮辱は止めろ!」

 「最初は猫だと思ってたがな!」

 「てめぇっ!」

 実際の言葉を言って煽り返す

 

 分かってはいたが、カラドリウスはアルヴィナ関係の煽りにとてつもなく弱い。ちょっと言えば即座に乗ってくる程に熱しやすい

 そして……攻撃は速いが直線的!

 団長へと向けられる不可視の風の刃を逆手に持った鞘で払い、刃を振るう

 そこから放つのは青き雷鳴。何だかんだおれの思いに合わせて切り替わる二つの性質の雷のうち、制圧の蒼雷でもって牽制する

 

 そう。紅雷ではなく蒼雷。火力よりも、相手の動きを止めることを意識する

 「っ!らぁっ!」

 振り下ろされる爪を刃で受け

 「っ!そこぉっ!」

 前回はそこから足を出したが、今回は違う。逆手に握り締めた鞘を横凪ぎに振るって、近付いてきたカラドリウスの脇腹を狙う!

 「ったく!しつこい!」

 地を蹴るような跳躍。おれを狙って突っ込んでくる軌道をおれの頭上を飛び越えるような軌道に強引に修正し、体を持った嵐とでも呼ぶべき脅威が通過する

 そして……

 「パラディオン・フィンガァァァッ!」

 空中で一回転。更に輝きを増した突き出された爪がおれを狙って背後から襲い来る

 

 ……が!

 轟!と落ちる雷撃。噴き出すのはおれの全身を包むような雷轟の壁

 背後から来るのは良くある手!鞘込みの月花迅雷ならば、鞘に納めてほんの少し引き抜いた状態で止めればバリアのようにおれの周囲全体にだって雷撃を発生させられる

 おれの魔法ではないが故に、周囲全方向に放たざるをえず、周りに仲間が居れば使えないのが欠点だが……今この時は問題ない!

 

 「こなっ!?」

 大きく翼を羽ばたかせて減速。四天王たる大鳥は雷撃に前髪を焦がしながら空へと逃げ……

 「降り注げ!」

 空へと吹き上がり盾となる雷撃は、魔力となって更なる力と変わる

 天へとドラゴニッククォーツの刃を掲げたのを合図に、空に登った雷が産み出した雷雲から、蒼い雷が空へと逃げた魔神へと落ちた

 

 「はっ!これが……ようやく本気か!」

 ばさりとマントのように翼を翻すカラドリウス。そこから抜けた羽根が避雷針となり本体へと落ちる雷を代わりに受けた

 

 「ったく!時間を……」

 此方を見る魔神。そのどこまでも澄んだ瞳が、闘いの最中、初めて少女の姿を捉える

 

 「……っ」

 ぞくりと、背筋に寒気がする

 だが、心地悪いようなものではない。寧ろ心地よさすら感じるぞわっとした感覚

 魅了の力。かつて【鮮血の気迫】で耐えたそれが、無差別に全てを魅了するエルフの力がおれを巻き込んでカラドリウスに襲いかかる

 

 ノアの為に何でもしてやりたい気持ちが植え付けられるが……問題ない!

 おれのやることは変わらない。おれが彼女の為に為すべき事、それをするために今こうしているのだから……

 

 魅了されようが!

 そんなもの!

 怒りでソレを見失いかねなかった心を!クリアにしてくれるだけ!

 

 「伝、哮、雪、歌ァッ!」

 踏み込み抜刀。勝つために、救うべきものをこの手から溢れさせないために……。その為にこの戦場に立ってくれた、魅了故か何よりも輝いて見えるあの淡い金の姫の期待に応えるために!

 

 透き通った水晶の刀が、微かに紅の雷撃を纏って結晶の十字架を砕く

 

 「っ!」

 空中で大翼の青年は静止する

 最初から食らう事を見越して、その上でどうせ思考に影響はないからと無視しているおれと異なり、突然植え付けられる心に戸惑い、動きは止まる!

 

 「っざけてんじゃ、ねぇぇぇっ!」

 風が頬を切る。おれにすら届く程に鋭い……いや、魔法攻撃扱いであるが故におれの【防御】の一切が機能しない力がところ構わず吹き荒れる

 

 「アルヴィナ様への想いに、土足で踏みこんでんじゃねぇぞ、エルフごときがぁぁぁぁっ!」

 それでも、攻撃はノアを避けるようにその周囲全てを囲むように降り注ぐ

 

 これが魅了の力。効くならば……それで良い!

 そう思っておれが更に十字架を砕き、団長の腕を解放しようとしたその刹那

 「っ!があっ!」 

 青年は空で己の頭に輝く爪を立てる

 「舐めてんじゃねえぞ、人類共が!」

 

 ……ふざけてるのか、あいつ!?

 だらりと青い血を頭から溢れさせる青年に、おれは平静っぽく装う下で驚愕する

 おれの【鮮血の気迫】どころか、無理矢理脳に傷を与えて魅了を解除しやがった!

 

 「……大丈夫なの、これ!」

 「ノア、大丈夫だ」 

 「というか、アナタが大丈夫なのかしら!?魅了かかってるじゃないの

 何時ものお得意のアレはどうしたのよ」

 「問題ない!思考が怒りで染まるよりもクリアになるだけだ」

 「いえ可笑しいわよ、本当にそれで大丈夫なの?」

 「ノア、君を必ず護り抜き……そして団長を救い出す!魅了があろうが、それは何一つ変わらない!

 ならば!それで良い!」

 此方を血走った瞳で睨み付けるカラドリウス

 それが、まだ魅了を無理矢理打ち砕いたが故に動けない隙を縫って、更に十字架を打ち砕く

 全ては最初からの作戦通り。何も……変わってなどいない!

 

 「本当に卑怯ね、アナタは」

 そんなことをぽつりと呟く姫が、何となく気になった




おまけの超簡単なキャラ紹介

ゼノ(獅童三千矢)【魅了】
屍天皇ゼノ等と同じゼノの特殊形態。魅了に掛かった状態のゼノのこと。
基本的には変わらないが、原作ゼノルート終盤に近い人格になっており、魅了相手であるノア姫を、原作での聖女(アナ)と同じく、たった一人のエゴ丸出しで優先度を上げる特別な誰かとして接してくる。
具体的に言うと、『ノア姫』という珍妙な敬称ではなく距離感の近い『ノア』と呼び捨てになり、より多くを救うのは当然の話としてその辺りの言動や行動原理こそ普段通りだが、それはそれとしてノア最優先になる。
それは彼女の存在がエルフ種との縁であり、それを維持する事の利がとても大きいという理由もあるが、それがもしも無くても君に手を伸ばすとは当人の談。

当然、突然原作終盤の両片想いから告白に至る頃の攻略対象をそのまま無防備な心に叩き付けられた恋愛初心者なノア姫は死ぬ。


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異伝 ノア姫と灰かぶりの焔

「ノア、君を必ず護り抜く」

 そんな言葉に、ワタシはズルいわね、と呟く

 ズルい……に決まっている。寧ろズル過ぎる

 

 本当に、ワタシの心を掻き乱して楽しいのかしらとしか思えない

 彼の今の言動だけで、心が締め付けられる

 

 「ノア」

 何時もより少し柔らかな口調で、スパイス程度の優しさの籠った声音でそう呼ばれるだけで、情けないけれど心臓が跳ねる

 というか、ズルでしょうこんなの。ワタシが耐えられるとでも思ってたのかしら?

 

 ふつうに考えて無理に決まってるじゃない。なんで当たり前のように魅了に掛かってるのよ彼は!?

 というか、何よあれ!?ふざけてるのもいい加減にして欲しいわね!?

 

 そんな想いを、ワタシは……仮にもエルフであるワタシですら、抱くしかない

 

 どうしていきなり呼び捨てなのよ。何時もみたいにノア姫って意味不明な呼び方をしなさいよ。敬意はきっとあって、でも珍妙でなってなくて、礼儀として距離を取る、あの呼び方で良いでしょう?

 集中出来ないのよ、アナタにいきなり距離近くされると

 

 「……本当かしら。どちらかしか選べないなら、ワタシを切り捨てるんじゃないの

 より多くを護るために」

 「ノア。君は必ず護る。当然だ

 どうしても一つしか選べないなら君を護る。けれど……それはあり得ない」

 

 ……だから、その顔を止めてくれる?

 ノアと呼び捨てにされるだけで、心臓が跳ねる。君を護ると言われると、それが魅了によるものだと分かっているのに、当然の面されて浮き足立たされる

 

 というか、よくもまあ魅了されたままで良いとかいえる話ねこれで!?誰を殺すつもりでやってるのよこれは

 ワタシを殺すつもりでやってる……のよね?

 

 そんな風に、心が乱される。集中する……なんて無理も良いところ

 

 ワタシは、眼前の白髪のたった13歳の少年に翻弄される。ワタシに比べれば、年は1/6以下でしかない子供。そんな相手なのに、心が締め付けられる

 ワタシを……このエルフの纏め役であるワタシを見なさいよ。他の銀髪娘や、居たらしい魔神娘なんかじゃなく、なんて言いたくて仕方ない

 あのアナスタシアという銀の髪で七大天に見守られた腕輪の少女のように、理由を捨ててしまいそう

 

 「……ノア!」

 そんなワタシの前で、振り下ろされる鉤爪を少年はその蒼い刃で受ける

 「……ったく、やりにけぇ……なっ!

 まずはクソエルフから」

 「……やらせると、思うか!」

 「だったら、護ってみせ」

 「っ!雪那!」

 割と戦闘中でも口を利く彼にしてはあり得ない程の速度で、溜めすら無い神速の抜刀が閃く

 

 「っ!がっ!」

 青い血が飛沫を上げ……

 すっとワタシの前に移動した彼は、さりげなく汚れないように自分を盾にする

 

 「……てめぇ」

 「効かないか。珍しい」

 「魂に作用する刃か。効かねぇよ

 ニーラとニュクスを斬ったのと同じもので、俺を止められる筈がない。あいつらは逃げて良かった」

 でもな、と血走った瞳の青年魔神の風が膨れ上がる。体の各所に羽毛が生えてゆく

 

 「だがな!アルヴィナ様の為に!俺は!絶対に引けない。引く先なんてものは、何処にもない!

 この想い有る限り、この魂は燃える!ならば!」

 轟!と燃え上がる炎

 

 翼に火が灯り、大きく広がって一回り大きな翼となる

 「この影の体が、心が!魂が!紛い物でなど、あるものか!」

 

 「……それがどうした」

 ……だというのに、少年は嘲るように言って……

 「ノア!」

 噴き上がる熱風を己の剣と体で代わりに受け止める

 

 「……本当に大丈夫か」

 ……誰のせいよ

 まあ、ワタシのせいなのは知ってるけれど

 

 「辛いなら、下がって良い

 おれ一人でも、きっと何とかしてみせる」

 ……本当に、馬鹿

 そこは変わらないのねと、ワタシは唇を噛む

 

 こうなってもまだ、ワタシを信じては居ないのね、アナタは

 本当に、分かってない

 

 大事にしてくれているのは分かるわよ?今はそれが過剰な事も、けれども……元から大事に思う気持ち自体は持っているから違和感を感じてなんかいないってことも

 でも、信頼してはいない。だから、一人で闘おうとする

 

 何一つ分かっていない。あの銀髪の子も大変ね

 大切にされている事は感じられて。だからこそ……アナタがワタシ達に傷付いて欲しくないのと同じように、自分が傷付いてでもアナタの傷を庇いたい誰かが居るということに一切眼を向けないその態度が許せなくなる

 

 その癖、あの青い髪の少年と炎髪の少年は当たり前のように巻き込むのだもの。嫌になるわよ、本当に

 特に、覚悟決まってないあの赤い方。彼だけは特例である程度巻き込むなんて……嫉妬するわよ、ワタシ

 

 「馬鹿ね。今更ワタシを排除しないで」

 「分かった。信じる

 でも、あまり危険なことをしないでくれ。あと一歩ならおれ一人で届かせられる。ノアのやるべきことは、その後だから」

 そのあと一歩、一方的にワタシを庇いながらするのでしょう?

 ……ああ、漸く……何時もの自分を取り戻せた。どきりとさせる声になっても、彼は彼

 卑怯だけど、それに気がつけば正気でいられる

 

 「くっちゃべってんじゃねぇ!」

 降り注ぐ炎の羽嵐

 メテオのように乱雑に降り注ぐそれを……灰の髪の少年は、その片方だけ残された鋭い眼で見極め……当たる軌道のたった3つを、一振りで縦に両断する

 

 「……それだけか、カラドリウス」

 「ったく!いきなり態度変わってよ!どうした、本気になったのかお前はよぉ!」

 「何時も、おれは本気だ!」

 「……ならば、護ってみせろよ、アルヴィナ様をも護れそうなような力で!」

 

 どこか可笑しなことを、魔神の青年は叫び……

 「ハンマーコネクト!パラディオン・ハンマァァァッ!」

 炎によって輝きと強さを増す風が、遂に巨大な槌を構成する

 右手の爪を巨大化させて、身の丈を越えるそのハンマーを大翼の魔神が握るのに対し、少年は静かに納刀した己の愛刀の柄から手を離した

 

 「……ちょっと、何よ」

 「……始水。ティアミシュタル様。頼む、力を貸してくれ

 『ブレイヴ!トイフェル!イグニッション!』」

 少年が語るのは、今唱えるべきではないはずの祝詞

 『スペードレベル・オオバァッ!ロォォォドッ!』

 応えて響くのは、一度聞いたそんな声。有り得ない咆哮

 

 「……デュランダル!?」

 「吠えろ!不滅不敗の剣よ!

 ノアを、貴方の盟友の血脈を、おれの大事な……護りたいものの為に!

 この血を燃やし!」

 その背後に、彼を護るように佇む一角を持つ狼の姿を幻視する

 それが彼に重なるようにして……その姿が変わる

 「牙無き者の!焔の牙となれ!」

 魔神への先祖返り。もうそういうものだと分かっているから驚かない、灰の狼耳と牙と呼ぶべき犬歯、そして物理的に燃える左目を持つ姿

 

 彼を……灰かぶりの皇子ゼノをずっと見守っているかの狼の力が、そして……それとは別に彼を見守る何者かの存在が、少年の血の中に眠る魔神としての姿を呼び起こす

 

 本来、それに意味はあまり無いはず。けれど、その魔神の出現と共にバチバチとしたスパークを放ってその手に現れるのは、お祖父様が語ってくれた人間の皇帝……唯一面白いやつだったと評価していた帝祖カイザー・ローランドの剣

 ワタシをあの巨神から護るために、人が振るった不滅の焔剣

 

 「『変……身ッ!』」

 そして、焔が少年を包み込む

 

 「魔神!」

 『剣帝!』

 「『スカーレットゼノンッ!!』」

 ……ところで、何が変わったのかしら?

 焔を身に纏い……というか、その身を焼きながらも、魔神化した姿から特に変わっていないその彼を見て、思わず心の中でワタシはそう思った



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轟剣、或いは二刀流

赤金の大剣を握り込み、鞘に愛刀を納めて、牙無き者の為の紅ノ牙が咆哮する

 

 『良いですか、兄さん

 神様の化身の体に転生した私の力なんかが合わさっての変身です。あまり長くは持ちませんし、解除時に大きな反動が来る諸刃の剣。それを忘れないでくださいね』

 脳裏に響くのはそんな声

 

 4つになった耳で、弾ける己の体の脂がはぜる音を聞きながら、腰を落として振り抜く寸前で構えた姿を解かずに、燃える風となった魔神王四天王を見上げる

 

 そう。諸刃の剣だ、この姿は

 始水によれば、世界の理をねじ曲げる力……つまりAGXといった転生による有り得ない力の持ち込みをしている敵に対し、その被害を食い止め大切なものを護るために、危機的状況であれば、世界のルール無視にはルール無視で対抗するという形で、轟火の剣はおれの手に現れる事が出来るらしい

 

 だが、今此処に居るカラドリウスは転生特典なんてものは無い。だから、本来は呼べはしない

 それを……魔神への先祖返りを引き起こしつつ、始水が龍姫の化身パワーで誤魔化すことで……凶悪な転生特典(月花迅雷+龍姫の加護)を持った魔神という敵が其処に存在する、と誤認させることで条件を突破

 ルールはルールだから一存で無視してはやれないとしている剣の中の帝祖皇帝の魂もその誤認を後押しすることで、居もしない敵を産み出しているのが今だ

 当然、負荷は何時もより多く、そのうち誤認であると世界に気が付かれて強制終了が来る。それは、世界のルール、世界がしっかりと形を保つためには仕方の無いこと

 だが!それで十分!

 

 おれの力はどこまで行っても武器依存。だからこそ、月花迅雷が幾ら強くとも剣と魔法を同時に駆使して波状攻撃が可能な最上位層には手数の面で劣るならば……

 最強の武器が二本あれば良い!

 

 「……不滅不敗の轟剣(デュランダル)ゥッ!」

 激昂と共に、輝く風の槌……ではなく、羽ばたきから産まれた三羽の……不死鳥を思わせる燃え盛る焔の鳥のような姿をした風がおれとノア、そして背後の団長を焼き尽くすべく飛来する

 「轟!烈波!」

 吹き上がるのは焔の壁

 焔に見えてその実風属性の巨鳥がその壁に激突して爆発する。下手に斬れば焔を受けた風が膨れ上がって炸裂する技だったようだが

 轟火の剣の前に、そんなもの!

 

 更に、爆風を受け止める焔の壁はそのままに、大地に突き刺して壁を維持しつつ……月花迅雷を抜刀。残されていた団長の拘束を切り払う

 そう。一本しか無ければこうした行動は不可能。相手の攻撃を受け止めればそれ以外の行動は大きく制限される

 だが、これならば……っ!

 

 「はっ!カッコつけておいて、即座に手離すのかよ!?」

 「当然だ、それが……おれの闘い方だから、なっ!」

 焔が消えると共に突っ込んでくる嵐の魔神

 ハンマーを振り上げた彼の鼻の先へと、おれは地面に突き刺した筈の赤金の轟剣を突きつけた

 「っ!」

 緊急離脱。青年は地を蹴って空へと登り

 「抜閃昇龍!」

 天へと向けて斬り上げられた斬撃がそれを追う

 

 轟火の剣は第一世代神器。突き刺そうが投げようがそれこそ相手に転移させられようが、タイムリミットさえ来ていないならば、仮所有者であるおれの手に何時でも何度でもどんな状況からでも舞い戻る

 だからこそ、この戦法が成り立つ。二刀流するのではない、適宜月花迅雷へと持ち変えるのだ。何時でも手元に戻せる神器の性質を利用して大剣を時にぶん投げて囮にしたり飛び道具にしたり盾にしつつ、隙を作り抜刀術を叩き込む!

 

 「帝国の象徴の使い方がそれで良い……の、よね多分?

 本人も龍の焔を纏わせて投げてたのだし」

 背後でどこか複雑そうに呟くノア

 

 「ノア!」

 「っ!そうね、もう行けるのだもの……」

 と、少し前……おれが魅了にかかって無視した頃から少しだけ可笑しくて心配だったエルフの姫は漸く気が付いたのかはっとする

 もう、最後の枷は外した。ノアの出番が来たのだ

 

 「……最後の最後!絶望に沈め!」

 そのカラドリウスの言葉と共に……

 何処に隠れていたのだろう。砦の影から何者かがノアの首を狙って飛来する

 それは、猿のような……いやモモンガらしき怪異

 

 だが、おれは気にも止めずに、団長の体を持ち上げる

 何故ならば……

 ドゴン、と鈍い音と共に、ノアを急襲した魔神族が砦の壁にクレーターを産んで沈んだ

 

 家のアミュを舐めて貰っちゃ困る!ネオサラブレッドの力は、そこらの魔物より余程強い!

 

 「っ!やっぱりこれくらいは、なきゃなぁっ!」

 言いつつ、飛び込んでくるのはカラドリウス本体

 切り裂かれた体から流れる血がおれと同じように燃え上がりながら、輝く爪がおれを狙って振り下ろされる

 

 「ああ、そうだな!」

 それをおれは赤金の剣の腹で受け、そのまま焔を炸裂させて飛び下がる

 当然ながら、その手には剣を残さず……

 「伝哮雪歌ァッ!」

 相手が此方を見失うその隙を突いての雷速の踏み込み

 

 「ったく!前見たって……」

 その言葉を、相手は吐ききることが出来なかった

 そう、焔の壁を貫いて飛び込んでくるのは予想していた蒼き雷刃ではなく最強の轟剣

 「んなぁっ!?」

 そう、刀を構えての突進の最中に呼び戻して持ち変えたのだ。一点を狙う刀を迎撃すべく受け流す方向で盾のように集約された風を、質量と火力の塊が打ち砕く

 

 「っ、てめぇっ!」

 振るわれる爪を避けて、おれは右に一歩ステップ。左手で逆手に握り直していた月花迅雷を鞘に納め、相手を睨み付けた

 

 「最初ッから使えっての、それを」

 「悪いが、リミットがあるんでな」

 そう。そのリミットはそう長いものではない。始水には何度も何度も忠告された

 

 そして……

 『兄さんに分かりやすく言うと、あと5~6分です。良いですね、無理は禁物ですよ兄さん』

 今も、さらっと当然のように幼馴染が限界を教えてくれている

 

 そう、だからこそ……何度かノアが隙を作ってくれなければごり押しで団長を救いきるまでに大きく時間を消費してしまったろう

 

 だが、もう問題ない

 おれの背後でカッ!と光が瞬く

 ノアが魔法で飛んだのだ

 

 「……ちっ。逃がしたか」

 だというのに、何処にも悔しさが無いような声音で、まあ良いやと殺す為に色々と手を尽くそうとしてきた割にはけろっと、魔神の青年は呟く

 

 「……さぁ、決着を付けよう、カラドリウス」

 「ああ、良いぜ?本気で来いよ?そうじゃないとアルヴィナ様に捧げるものがなくなっちまう」 

 「……心配事は消えた」

 ノアを護り、団長だけは救えた

 あとは、プリシラの仇を討つ

 

 「こっちもだ」 

 にぃっと、おれと彼の焔に照らされて……燃え盛る不死鳥は唇を吊り上げた



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真実、或いは怒りの焔

バキン!と背後で響く何かが割れる音

 結晶の砦が砕けてゆく。吹き荒れる風が周囲を覆い、戦場を他の何者も入れぬ嵐の大地へと変えて行く

 

 地面の砕ける音に飛び下がる

 地割れと共に噴き出すのはこういう時に思い描くマグマ……等ではなく、輝く暴風

 「かぐっ!」

 砕け散った結晶の破片が周囲に散乱している。それらの大半はひび割れた地面に転がっているが、横凪に今もおれを何処かへ持ち去ろうかという暴風によって滞空したものも幾らか

 そのうちひとつに頭をぶつけ、ダメージは無いが衝撃で声が漏れる

 

 突如として、煽る風の向きが変わる。上から叩きつけてくる明らかな異常風へと

 

 「ぐぅぅっ!」

 あの日受けた超重力のように地面に縫い付けようとする力に唸りながら、轟火の剣を杖に耐えようとして……

 

 っ!違う!

 耐えるという弱気を振り払う

 『そうだ!立ち上がれ、千の決意と覚悟を身に纏い!弱き者の盾となれ!』

 「そして……未来を導け!」

 それが、帝国の剣!不滅不敗の轟剣!

 

 「これは、未来(あす)へ至る咆哮!」

 叩き付ける風の中、ぺたりと倒れる獣の耳を気にも止めずに強引に立ち上がる

 

 「パラディオン……ヘルッ!」

 原作カラドリウスも使ってきた必殺の力。このタイミングで、影であるこいつも使ってくるとは!

 暴嵐の領域。風の爪が噛み合って自身と相手を閉じ込める戦闘領域

 ゲーム的に言えば、地形効果を強制的に書き換えた上で、一定範囲外からの全支援を遮断する力だ

 刹月花の能力に似ているが、あれとの違いは自分と相手のみの時の止まった世界に移行する事であらゆる干渉を受けないのではなく……自分有利な地形に書き換えてくる点と、周囲を巻き込むのである程度の範囲内ならば一気に叩ける点

 

 最初っからこれを使われていたら、ノアを護りきるのはほぼ不可能だった

 全く、随分と……

 

 舐められたものだ!

 

 『……遠き子よ、良いのか』

 剣を通して、おれ達を今も見守る先祖が問い掛けてくる

 『本当に良いんですよね、兄さん』

 なんて、始水も

 

 良いに決まっている

 確かに、今のあいつは可笑しい。何処か言動に齟齬がある

 アルヴィナの為に殺すと言いつつ、アルヴィナを護れる力をと言っていた。あれは……決して自分へ言ってた言葉なんかじゃない。おれへ向けてだ

 

 今から殺そうという相手に、あれを言うなんて錯乱しているとしか思えない

 

 だが……それで良い

 もう止まれない。プリシラを殺し、多くを殺そうとした。そうまでしておれの本気を見たいならば!

 何か裏があろうが無かろうが!

 全ての理由を踏み越える!それが!民の最強の剣であり盾(帝国皇族)ってものだろう!

 

 分かり合えた気がした

 手を取れる可能性を夢見た

 そんな寂しさごと、この身を燃やしてでも!

 

 「(タスク)!」

 天の大鳥から放たれる、空間すらも抉りそうな……風を纏い回転する爪

 

 「紅ノ牙!」

 正面から押し通る!焔を纏った赤金の剣をそのまま同じくぶん投げて正面衝突

 

 「……余裕かよ!」

 「って訳でもないがな!」

 渦巻く風の爪とそれを食らう焔の牙に紛れて燃え盛る不死鳥が急襲する

 それをおれは呼び戻した剣で鍔迫り合いへと持ち込み……

 

 「同時には存在できないんだろう?」

 正面衝突させていた轟剣が消えたことで、空から(タスク)と呼ばれた風の爪が降り注ぐ

 

 だが……

 「ぐがっ!」

 背後に回り込みながら、おれは雷刃を鞘走らせる

 当然知っている。対処も出来る

 

 焔を裂いて赤き雷が迸り、片翼の半ばまで食い込むが……

 「……舐めんじゃねぇ!」

 咄嗟の判断で引き抜きながら飛び下がる

 

 刹那、おれの目の前までの空間を無数の風嵐のケージが引き裂いた

 

 「……やっぱお前強いわ」

 そうして、ぽつりと魔神は呟いた

 「その姿はイライラするが……お前の死骸、きっとアルヴィナ様は喜んでくれる」

 

 ようやく理解した

 こいつは、おれを……全力のおれを殺す意味があるとしていた。それは……アルヴィナへの貢ぎ物

 考えてみれば当然か。アルヴィナは死霊使いの魔神。原作でいえば最終ステージで結集する四天王のゾンビだってアルヴィナが用意したものの筈

 おれを殺して持っていけば、おれが強ければ強いほど良い手駒になる……ってか

 

 全部、その為か

 アルヴィナ関係で変なこと言ったのも、希望を持たせようとしたのも……

 全部!全部!全部!その為か!

 

 「カラドリウスッ!」

 そう、死霊術は相手の同意が必要。それはアルヴィナが言っていた

 だからこそ、希望を持たせ、アルヴィナに……手を貸したくさせようとした!

 

 怒りと共に、おれの全身から黄金の焔が噴き上がる

 

 「さあ、終りにしよう!アルヴィナ様の為に!」

 「ああ……終りにしよう!」



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鉄槌、或いは空しい決着

終わらせる。ただ、それだけを思って赤金の轟剣を構える

 

 見上げるは天の星。渦巻く嵐がスパークし、銀河のごとき偉容を見せ付ける……この嵐に隔離された戦闘域全体を覆い尽くすインパクト面積を持つだろう風の巨槌

 絶えず爆発する脈動する恒星のようなコアから放たれるエネルギーが、その一撃の威力を何よりも物語っていて……

 

 それでもただ、貫く

 勝つ。勝たなければいけない

 ノアの為にも……いや、違う。ただ、負けられない

 余計な理屈なんて……何も!必要ない!

 

 「パラディオン・クラッシャァァァァァッ!ブレェェカァァァッ!!」

 そんな巨槌が、逃げ場の無い全てを粉砕する裁きが、遥かな空より……思ったよりゆっくりと振り下ろされる

 これが、最後にして最強の一撃。恐らく原作のおれは……カラドリウス本体の放つこれにたいして……対応できずに死んだか、何とか相討ちに持ち込んだか

 少なくとも、打ち勝てなかったのだろう

 

 だが!

 見上げるおれの視界の真ん中で、カラドリウスの右足首から先が、あの日のアルヴィナのように透き通った緑水晶になって砕け散った

 

 そう、今の奴は本気を本来は出せない影。その出力は本体よりも弱く、向こうとしても本領は出せない。そして……

 此方には不滅にして不敗の名を持つ剣がある。ならば、勝てない道理など、無い!

 勝てる道理もまた考え付かないが、そんな想いで自分を鼓舞し、黄金の焔に身を焼かれながら……

 

 おれはじっと、時を待つ

 此処で突っ込む意味はない。片方の羽根を半ばまで斬ろうが、空中の機動力で奴に勝てる訳がない

 ならば……勝負は『パラディオン・クラッシャー・ブレイカー』なるあの一撃が地上に炸裂するその瞬間

 

 『静寂を破り、焔の最中へ解き放て』

 「……ああ」

 

 恐怖はある。血の活性によって生えてきた……多分アルヴィナのアレと違って欠片の可愛さもないのだろうお揃いでもない狼の耳が警戒するように勝手にぴこぴこと周囲を探るように震える

 

 「諦めたか

 欠片くらい残ってないとアルヴィナ様も苦労するからよ、跡形くらい!残れよなぁぁぁっ!」

 「心配無用。神器は不滅だ」

 『我等が魂の焔も、風に吹き散らされる花などに非ず!』

 「光風の中に、消え果てろぉぉぉっ!」

 

 『振りかざしたその手で』

 「明日を導く光を!」

 『さぁ、光に!なれぇぇぇっ!』

 「奥義!」

 インパクトの寸前。地上2mまで迫ったその……直径100mはあるだろう嵐の銀河のただ中へと、おれは黄金の焔となって、剣を突き出して突貫する

 

 銀河というのは比喩だが、そう間違ってはいない

 吹き荒れる嵐の中に点在するのは星のような強大な力の塊。触れれば消し飛びそうな炸裂する魔力塊が縦横無尽かのように暴れまわる凝縮された小さな宇宙が嵐のハンマーの中には産み出され、それが振り下ろした時に周囲を風の中の塵に変えるだけの力となるのだろう

 だが!銀河の中には星のあまり無い地があるように……薄いところは薄い!

 

 焔の上から数えきれない吹き付ける風の刃が全身を切り裂く

 服なんてボロボロで、肉体にも届き……けれども、その()()が混じりあった汚ならしい紫色の血が、全身から細かく噴き出す命が、全て不滅の金焔となっておれを包み、おれを前へと進ませる力に変わる

 「絶星灰(ぜっしょうかい)

 

 「クラッシュ・ノヴァァァァァッ!!」

 嵐槌の大鳥とて、その切り札の中を突っ込んでくる相手に対し、何事もせず見守るような相手ではない

 咆哮と共に、脈動する星のごときコアが超新星爆発を起こし、ハンマーとしての姿をほどいて爆弾として炸裂する!

 全てを覆い存在を拭い去りながら広がって行くそれは、さながら世界の終わりのようで……

 「(りゅう)!」

 だが、おれとて……これが絶星灰刃・激龍衝だなどと言った覚えもない!

 

 黄金の太陽が爆発する

 黄金の龍焔と、星緑の銀河。膨れ上がる二つの超新星爆発が拮抗し……爆発による後押しを受けて一気に嵐のフィールドから射出されたおれは、未だに黄金の焔に焼かれる右手で愛刀の柄を握る

 

 「靂紅牙(れっこうが)ァァッ!」

 「っ!なぁぁぁっ!?」

 そして……刀身までも黄金の焔と紅の雷を纏った抜刀逆袈裟斬りが、その右手の肥大化した風爪で巨槌を振り下ろした姿のままの鳥の魔神の右腕を消し飛ばし突き刺さる

 

 雷鳴のように閃く左爪、世界を縦に貫く一条の金雷

 

 それら全てが消え去り、嵐によって隔離された領域そのものが消え……何もかもが吹き飛んで大きなクレーターに地下から涌き出る水溜まりだけが池のように残る

 

 蒼き刃は確かに魔神の大半を消し飛ばし、けれども残された左腕が、その爪がおれの頬に突き刺さる

 「これで!最期だぁぁっ!」

 おれとカラドリウスだけを覆うように、今一度周囲を寄せ付けない嵐の領域が青空を取り戻したクレーターに展開され……

 

 そして

 「負けだ、負け、完敗」

 あと一歩、ほんの少しだけ力を入れれば、おれの顔を引き裂けるだろう

 だというのに、おれの左頬に少しずつ透き通って行く爪を食い込ませて、けれどもそれ以上に力を込めることをせず

 一度たりとも見たことの無い屈託の無い笑顔で、優しくおれの頬の自分が付けた傷とアルヴィナにあげた左目を爪先で撫でて、食らいついた最後の一撃を自ら外し、胸から上と片腕しか残っていない魔神はからからと笑った

 

 「これで良いんだ、人間」

 突然雰囲気がアルヴィナの事を語るときに戻った彼に違和感を覚え、刃を納めて彼を見る

 

 『兄さん』

 「有り難う、始水

 助かりました、ご先祖様」

 強制解除の前に戦いは終わったとして変身解除。その反動でくらりと来るが、地面に落ちながら愛刀の鞘を杖に立ち上がる

 

 今回は……指三本がくっついたくらいだから、子供みたいな持ち方をすればフォークは持てるな……なんて、ちょっとだけ場違いなことを思いながら、降りてくる魔神の残骸を見上げた

 

 怒りもない。敵意も殺意も感じない

 今の今までの空気が、欠片も残っていない

 

 「カラドリウス、お前……

 おれが放っておいても死ぬとでも、思ったのか」

 「いや、負けだ、人間

 アルヴィナ様を守れるのは……アルヴィナ様が願うのは、お前だ」

 「何だよ、いきなり勝手な事を」

 「聞け、人間」

 静かな目に見られて、押し黙る

 

 「……今の俺はもう、四天王カラドリウスじゃない」

 「何言ってるんだお前」

 「俺は……カラドリウスの残骸。本体は既に、思考が分からない方のテネーブルによって消されていた

 まあ、だから……アドラー・カラドリウスという役を縛る呪縛も解けたんだが」

 「何?」

 カラドリウスは既に死んでいる?

 ならば、何が言いたいんだ?

 

 「だからこそ、これしかなかった

 アルヴィナ様を疑うテネーブル(?)を納得させるのには……本気で敵対するしか、な」

 「そう、か……でも、ならば!最初にこうして誰も入らない状態で!」

 「駄目なんだよ、それじゃあ!」

 

 ぎゅっと、目の前の青年は……翼が砕け散りながら叫ぶ

 

 「俺が消えた後、誰がアルヴィナ様を護る!誰があの人を助け、幸せにする!

 俺は既に殺されている!お前しか居ないんだよ、人間……ゼノ!」

 「だからって!」

 「だからだよ

 全てにおいて心の底から負けたと思った時、嵐の魔神はその翼を捧げる」

 ぼう、とその左翼が光る

 「クソ甘ちゃんが、全部聞いてて本気出せたかよ

 誰かが殺されそうにならなきゃ、キレきらない癖に」

 ……おれは、何も返さない

 何一つ、返せない

 

 「右翼は既にテネーブルとアルヴィナ様に。それは撤回しないし、してはいけない。俺はテネーブルもアルヴィナ様も裏切っていないし、アルヴィナ様はテネーブルの為に動いている。右翼が無ければ、そうと言いきれない。疑われる

 だから……俺の死出の旅の為の左翼を、お前に捧げる」

 

 ……だから、なのか

 事実を知ったおれが、本気を出しきれないと知って……死力を尽くさせる為に、ここまでが、全部

 単なるアルヴィナの為の演技。自分は既に殺されていると突き付けられて、ここまで

 

 「おれは!お前ほどに、アルヴィナの為だけに動けない」

 「バカ野郎。だから、これは俺からの……最後の、呪いだ

 俺の魂の翼を託すんだ。絶対に……アルヴィナ様を救い、護り、幸せにする。お前にしか出来ない事から逃げることを、俺が絶対に許さない」

 

 「……ああ」

 小さく、頷く

 

 「……だから、これしかなかった

 本気でお前と戦い、正気で人を殺しに行き、そして……本気のお前に心の底から完敗して、此処で終わる」

 どんどんと砕けていきながら、それでも何処か誇らしげに、魔神の青年は語る

 

 「それが、俺がアルヴィナ様に捧げる最後の愛

 ま、ニーラ辺りは賢いから、死んだはずの俺がアルヴィナ様の為に最期まで人間と戦った辺りから、何かに気付くかもな」

 

 風が、消えていく。彼の存在が溶けていく

 

 「だから、お前は……アルヴィナ様のために死ななければならない」

 それを見ないように背を向けて少し距離を取った俺の背に、そんな声が届く

 

 ああ、本当に……

 「俺に、殺されるべきなんだ!」

 突き出される左手。大きさだけは立派な風の刃がおれを狙って放たれる

 

 「ッ!バッカヤロォォーッ!」

 最早力なんて何処にもない。死力を振り絞ったというよりも、手を上げただけというにも等しい、派手だが脅威でも何でもない風の刃

 おれはそれを、振り向き様に、出来る限りの力を込めて、せめてド派手に月花迅雷の雷の刃で切り払って打ち返した

 

 もう、安らかに消えた方が良かったろうに

 それだけの事はやったのに

 

 最期まで、苦痛と共に

 安らぎすらも、アルヴィナの為に捨て去って。四天王アドラー・カラドリウスは……雷光の刃の中に消えた

 

 「バカ、ヤロウ……」

 

 そう呟くおれの手元に……殺したフリの為に何処かに転送しておいたのだろう、左手の薬指と中指、そして右足の人差し指が引きちぎられ、スカートに大きなスリットが入って上着が襤褸切れにされたが、しっかりと息をした……一人のメイドの少女が、大きな翼のようなマントにくるまれて降ってきたのだった



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異伝 ノア姫と助け甲斐の無いもの

魔神との決戦から、3日後

 

 「お疲れ様」

 すっかり慣れきった様子の焔の鬣の白馬の首を軽く叩いて、ワタシは砦の前まで戻ってきていた

 

 「ノア様!団長!お疲れ様です!」

 と、ワタシ達を呼ぶのは、何となくワタシに良く話しかけてくる少年兵

 

 「ええ、ただいま……と言う気はないけれど、預かりものを返しに来たわ」

 良い思い出なんて欠片もない

 そして、未だに目を覚まさない、白馬の背に積まれた青年を……癒してあげる気も更々ない

 当たり前よ。治療は出来るわね。一度村に戻ったその時に幾らでも治療の魔法や回復出来る薬草なんて手に入る

 

 彼と初めて出会ったあの時のような事は早々起きない。女神の似姿であり影属性を誰一人として持たないからこそ、あの呪詛の解呪の為の魔法は人間の中に求めるしか無かったけれど、単なる外傷ならどんな属性の魔法でも治せるもの

 でも、治してあげる義理も理由も無い。どうして、ワタシ達が人間なんかの為に骨を折って自分達の持つものを使ってあげなければいけないのか。使う必要なんて、基本的に無いわ

 

 「お願いね」

 そう呟いてその背から飛び降りるだけで、賢い白馬は小さく身震いして嘶く

 そして、しっかりと鞍に固定されている青年を届けるべく単独で兵士達の方へと歩みを進めた

 

 「それで、彼は何処かしら」

 鼻を抑える少年兵に、そう問い掛ける

 「あ、あの……パンツは、どんなものを」 

 「要らないわよそんなもの。人間は履くらしいけれど

 ……それより、耳があるんだから聞いている事には答えてくれる?」

 「ぶっ!?」

 顔を抑え、呻く少年兵。その掌の間から赤いものが見えて……

 「はぁ、病なら寝てなさいな」

 仕方ないから手持ちの中で一番要らない布を血を拭き取れるように渡して、役に立たない少年の元を後にする

 

 「……本当に、人望無いわねアナタ」

 聞いてもさあ?と返されたり、一緒にお茶をと馬鹿馬鹿しい提案をされたりで、結局辿り着いたのは……1/4刻近くの時間が経った後であった

 直線距離で来たら1/10の時間も掛からないのに、そこまで時間が必要な程に心配も興味も持たれていない少年に、少しの哀れみと当然ねという納得を込めて、ワタシは小さく漏らす

 

 ふかふかのベッドですら無く、小さな物置の上にこれで良いだろとばかりに適当に布を引いてその上に転がされた……と言わんばかりの様子で、灰色の髪の少年は、ボロボロの服も、細かな切り傷にまみれた腕もそのままに、黒い不思議なオーラを持ったマントのみを被せられて眠りについていた

 

 「あの銀髪の娘が見たら卒倒するわね」

 数日間包帯すら巻かれず放置だなんて、あの娘が聞いたら駆け付けそうね、なんて

 そんなことを思いつつ、ワタシは分かりきっていた彼の側まで歩みを進める

 勝ったことは知っていた。勝っていなければ、そもそもあのまま全員殺されて、この砦は廃墟になっているか、跡形もなくなっているか、さもなくば占拠されているかの3択

 人間やゴブリン等の人類種が怯えることなく活動している事を確認できた時点で、結果は知っていた

 

 「だから、汗くらい誰か拭いてあげても良いのにね」

 数日の汗で、少年の体は少し臭い。水を浴びたりせず、ずっとこのまま転がされていたとしか思えない

 

 「っていうか、また取られてるじゃない。馬鹿馬鹿しい」

 そんな少年の元に、白銀の鞘の刀は無い。魔力をほぼ通さない希少金属オリハルコンを鞘にする必要があるような、あの蒼く透き通った刃の彼の愛刀は、彼を此処に転がした際に誰かが持ち去ったのだろう

 恐らくは、婚約者だという娘を喪ったあの青年が

 

 「流石に腹いせに殺されたりはしてないのの。ま、殺す価値もまた無いものね」

 助ける価値も、とワタシは呟いて、その汗を拭う

 

 そう、助ける価値はない

 彼を助けて何になるだろう。何よりも、彼のために何かし甲斐の無い相手が、眼前のこの少年

 例えば、あの銀髪の娘は甲斐甲斐しく彼のために頑張ろうとしていた。それで?

 何の利益があるかと言われると、基本的には何も無い。ただ、手遅れなあの娘は、彼のために何か出来る事自体に価値を見出している例外で、無い筈の価値を産み出していたけれど

 

 この灰かぶり皇子(サンドリヨン)の為に何か手助けしたとして、確かにその分の礼を彼は返してくれる筈だ

 でも、ワタシへの態度を見れば分かる。彼は、困っていたらどれだけ迷惑かけてきた相手でも基本的に手を差し伸べる

 甲斐甲斐しく尽くした銀髪娘も、散々馬鹿にしたワタシも、彼は同じだけの……可能な限りの手助けを返してくれる

 

 なら、彼のために何かする労力は全部無駄。ワタシ達エルフにあまりお金の文化は発達していないけれど……無料で貰えるものにお金を払うようなものでしょう、これ?そんな無駄、馬鹿しかやらないわよ普通

 

 「……爪、剥がれてるじゃない」

 どうせそんな事だと思ったから村から持ってきた、薬を染み込ませた包帯を指に巻いていく

 

 ワタシはただ、許せないだけ

 自分がそうだから、ワタシを助けたことを無駄なことだとする、その間違いを正すために……こうしているだけ

 「恋とか、してないわよ」

 ……その言葉は、特に誰に向けたものでもなく

 

 暫くワタシは、そうして一番前線に経って、一番(かえり)みる必要の無い少年に包帯を巻き続けた

 

 「にしても、臭いわね。起きたら何て言ってやろうかしら」



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異伝 ノア姫と鳥団子

唯のミニスカエプロンエルフの上機嫌お料理回です。少年兵君は死ぬ。ちなみに割とガバガバですがまあファンタジー世界なので……

現実的に言えば、多分 柚子香る干しマッシュルーム入りウズラ卵包み鳥団子のトマトコンソメスープ……ですかね……


「あ、ノア様!」

 と、声をかけてくるのは何時もの少年兵

 「ノア様は今から何処に行くのですか?」

 

 「何かしら、用でもあるの?」

 「はい、ノア様もお疲れだと思うので、一緒に食堂でご飯を……」

 「要らないわ。施しを受ける気は残念ながら無いの」

 「施しだなんて」

 と、ぱたぱたと手を振る少年。その髪の色は金に近いけれど魔力は感じない。魔力によって染まったのではなく地毛のようだ

 

 「施しよ。ワタシは別に、この砦で勤務してないもの

 部外者に無償で炊き出しするような、あの灰かぶり(サンドリヨン)の意志を受け継いだ馬鹿じゃないでしょうアナタ達は」

 だから、何かして欲しいからというのが見え見え

 

 それを受けてあげる気は、一切無い。幾ら単なる自業自得であっても、それが正しいかどうかと納得するかどうかは別の話。正直なところ、絆されてあげるつもりはない

 だから、施しなど受けない。あの灰かぶり相手なら、一つ借りにしておくわとでも言ってあげても良いのだけれど。彼への態度からして、此処の人間に協力なんて御免

 

 というか、何で謎のマントが残ってるかは知らないけれど、そもそもどうしてあの神器が枕元に無いのかしらね

 必要な事態が起こってる訳でも無いでしょうに、他人が持ち出してるなんて、馬鹿馬鹿しいにも程がある

 

 「でも……」

 「というか、ごめんなさい

 例えそうじゃなくても、食事を取る気にはなれないの」

 と、ワタシは魔法……火属性の陽炎で隠しておいた、此処に戻る際に仕留めておいた一羽の猛禽の姿をすっと現して示す

 「ワタシの用事は今から厨房を借りて、これを調理すること。自分達が食べるための料理を作る前に他のものなんて食べられないわ」

 「そ、そうなんですね……」

 と、少年兵は少しだけもじもじとする

 

 何かしらね、これ

 「それ、どんな」

 「何、欲しいのかしら」

 「え?良いんですか!?」

 と、目を輝かせる少年

 

 ……あげるとは一言も言ってないのだけれども

 でも、まあ……彼と二人分には少し大きいもの、別に良いかしら。どうせ、人間に借りを作らないために代価として少し分ける前提だったのだしね

 そう思って、ワタシは小さくうなずきを返した

 「ええ、分かったわ。そんなに欲しいなら少し分けてあげる。その代わり、厨房を借りる際の便宜を図ってくれる?

 ま、口添えだけで良いわよ、許可を出させるだけの権力なんて求めてないから」

 

 こうして、厨房を借りたワタシは……

 「穴の空く程見られても困るわよワタシ

 あと、見飽きたら何処かへ行ってくれる?一応これでも秘伝の料理、他人に見せる気にはなれないの」

 これを着けて!と強弁されたエプロンなる余計な布を身に付けて厨房に立っていた

 

 汚れを防ぐらしいけれど、魔法で後で流せば良くないかしら?そんなものの為にこんな余計な布を着なきゃいけないなんて、人間も大変ね

 いえ、まあ、下着なんて余計極まるものを身に付けてるのだもの、今更なのだけれど

 

 それにしても、短めスカートのワンピースとあまり好きではない桃色エプロンなんて、そんなの楽しいのかしらね。ワタシからしてみれば単なる邪魔なのだけれど

 

 「あ、あの……見てて、良いですか?」

 「駄目よ。別に妄想するなら止めないけれど、邪魔は邪魔。外に行ってくれる?」

 これでも90歳は越えてるから、流石にその視線に下心……淫らな欲が混じっている事くらいは分かる

 それは別にどうでも良い。高貴なエルフ相手に夢想するくらい、お姫様との身分違いの恋を夢見るのと同じこと。釣り合わない、叶わないからこそ好きにすれば良い。どんな視線を向けられても正直なところ、どうせ夢のままなのだから勝手にすれば良いわ。

 

 だから……ベッドにでも行って一人で慰めててくれる?

 

 そんな風に気を散らしながら、ワタシは血を集めるためにボウルを用意し、天井から足を括って吊るした猛禽の首を跳ねる

 既に硬直してきた鳥の体から流れるのはちょろちょろとした血。心臓が既に止まっているのだから、噴出という勢いは無い

 それでは血抜きに困るから、ワタシは魔法書片手に、私物の石を磨いた包丁を置いて心臓がある辺りに右手を当てる

 そして、魔法を小さく唱えると……炎によって活力を与えられた既に役目を終えた心臓に火が灯る

 けれど、心臓だけが動いても生きてはいないし、首を切り落としているから全身を巡る血はどんどんと首から流出し、ボウルに溜まっていく

 

 「さて、血抜きは終わりね」

 血抜き用に数百年前から使われている魔法を信用して、血はソースにでも……と思ってから気が付く

 「馬鹿馬鹿しい。病人に食べさせるのに血のソースを使ったテリーヌ?思慮足りなさすぎでしょうワタシ」

 肉をしっかりと焼いて血をベースにしたソースを掛けた家庭料理を出そうとしていた自分に、ワタシは自分で突っ込む

 

 「でも、無駄には出来ないわね、これ」

 自給自足のエルフとして、狩ったものをあまり粗末にするのは御法度。だからこそ、血すら美味しく食べられるのが本来のエルフ料理といえるのだけれど……

 

 「ルビージェリーにでもしようかしら。失敗したら一人で食べれば良いし」

 血の活用法を考えつき、火属性魔法を熱を奪う方向で活用する事で冷却できる魔法の箱を魔力で起動。ボウル一杯の血をとりあえず最後にゼリーにするために冷やして保存しておく

 

 「なら、そうね……」

 思い出すのは、昔……ワタシ自身が彼くらいに実年齢が幼かった頃に、体調を崩したワタシの為に祖父ティグルが作ってくれたもの

 「肉は団子にして、スープにしましょうか」

 

 皮は魔法で皮下を炙って浮かせて一気に剥ぎ取る。翼などはゴブリンにあげてしまったのでもう無い。羽毛はなにかに使えるかもしれないけれど、無駄も少しはしょうがないわね

 

 「骨はまあ、スープの味が出せるし分けておきましょうか」

 人間の王都で見かけた丸鳥……の内蔵入り猛禽版になったそれに、自作の石包丁ですっと切れ目を入れていく

 そして、まずは腹を裂いて内臓を取り出す。昔はうえっ……となったものだけれども、20年もした頃には完全に感触にも慣れた

 

 「水魔法が使えれば楽なんだけれどもね」

 独り言を言いつつ、内臓の無くなった鳥を洗う

 空飛ぶ為に、大きさの割には全体的に軽い。骨も軽量化されているし、肉も案外細身。梟なんてモコモコの毛の下はガリッガリという体型ではない人喰鷹……というか体格的に人間は無理でゴブリン喰鷹だけれど、子供くらいの大きさのゴブリンを狙う程の大きさしてる割に、可食部は多くはない。大概は羽毛だし、引き締まった翼の筋肉は……まあ固いとはいえ美味しいのだけれどもゴブリンにあげてしまったから、残る肉は割と貧相な胴と強靭な足。それでも二人分より多くは取れる

 

 そうして包丁で入れておいた線を元に手で肉を裂いていく

 ぶつ切りにしても良いのだけれども、こうして力をかけてやれば、肉質の違いや骨の継ぎ目……つまり軟骨部から結構さくっと部位ごとに分けられる

 まあ、結局どうせ大体は挽き肉にしてしまうから骨さえ取れば良いのだけれど、多少熟成させるのも……エルフ料理の流儀には反するけれど、良いかもしれないわね。どうせ、人間の口にも入るのだもの、向こうの流儀に則った料理も作ってみても面白いもの

 

 そんな事を考えつつ、部位ごとに分けた肉に更に包丁を入れて大きな骨を取っていく

 バレルと呼ばれる足、骨付きの胸、そうした焼いても美味しく行ける部位からちょっと使いにくい部位までも細かく骨の周囲の肉に切れ目を入れて露出させては抜いていく。形は崩れても気にしない

 その傍らで借り物の鍋に湯を沸かして、ゴブリン達から翼の代わりに貰ってきた小鳥の卵を茹でる

 味は淡白で小粒だけれど、それで良いの。人間が良く使う鶏?というものの卵ではちょっと大きすぎる

 

 しっかりと固茹で。冷やしてから殻を剥いて、それは後で使うから別に分けておく

 

 そうこうするうちに骨を取りきったので、砕いて鍋へ。優しい甘味のある切ると涙が出てくる野菜や強い旨味と甘味のある赤くて水っぽい野菜と共に鍋で煮込む

 最終的に骨は()し取るけれど、割った方が味が出るので手間は惜しまない

 

 そして、取り出すのはオルジェットの実

 すーっとする香りと少し苦い味のするオレンジ色の皮を持つ果物で、果肉は……食感としてはあの皇子がくれた林檎ってものに似てるかしら。もう少しシャリシャリと水っぽくて、酸味が強いけれど

 元々はソースの香り付けの為に持ってきたのだけれど、ちょうど良かったわね

 そんなことを思いつつ、包丁で皮を小さく削っていく。果肉は別に使うから皮だけをしっかりと

 剥いた細かい皮と、骨を取った肉を揃えたら……

 

 一気にズタズタに。所謂ミンチというぐらいに挽き潰す

 包丁で叩き続ければ時間がかかるけれど、厨房には大体ミートボールやミートソースを作るために、屑肉からミンチを作る為のものは置いてあるのだから、手抜きとして使わせて貰う

 

 そうして臭みを抑える為のオルジェットの皮を混ぜて猛禽の肉がミンチになったら、基本的にどれもかなりパサパサなので鶏油を少々加え、個人で持っている茸の細切れ(出汁が簡単に少しだけ加わって味に深みを出すのに便利なもの)も少々入れて、幾つか取っておいた小鳥の卵を割り入れて粘りを確保

 そうして暫く捏ねてあげたら……それを生地にして掌の上に伸ばし、予め用意しておいた小鳥の茹で卵を一つ上に乗せてくるむ

 

 それを繰り返して……途中で彼用の卵入りが尽きたので後は明確な差もあるのだしと適当に丸めて団子に

 表面を軽く火魔法で炙って崩れにくくしたら、後は……茹でても良いのだけれど、味が逃げるので目の細かい木のザルを用意してスープを煮る鍋の上で蒸す

 まあ、借りる条件として一品と言われてた分は適当に焼いておきましょうか



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肉団子、或いは手料理

「……おれ、は」

 固い木箱の上で目を覚ます

 

 木箱に適当にシーツを敷いただけ。幾らなんでも扱い酷くないだろうか

 そう思って体の各所を見ていく

 プリシラをくるんでいた黒いマントはある。月花迅雷は無い。全身の傷痕は治っていないが、甘い香りのする包帯が各所に巻かれている。そして枕元にはおれ名義+判の入った10000ディンギルの借用書

 右手の指は……あ、ちゃんと3本指が切り離された上で包帯が巻かれてるな。まだ上手く動かないが、前回ほど溶解して接合されてはいなかったのだろう。まあ、最初から最大出力で行ったエクスカリバーやATLUSと四天王スコールというタッグと対峙するために長時間発現し続けた前回と違い、今回は無理矢理短時間変身した形。思考へのダメージは大きくとも、肉体への負荷は少なめなのだろう

 いや、少なめでこれなのかとはなるが、そもそもおれは忌み子だ。そんなおれが無傷で勝てる雑魚は多くないだろう。必要経費だ

 

 「ノア姫、帰ってきてくれてるんだな」

 襤褸切れの服では、上半身が半分くらい裸なので黒いマントを羽織り前を隠す

 下半身はまだマシだな。ズボンなんかはギリギリダメージジーンズで通るくらいの穴で収まってる。が、皇族がダメージジーンズなんて履いてどうするのかと思うと……まあいいか、おれファッションの最先端とか発信できないしスルーされるだろうか

 

 甘い香りのする包帯は、エルフの村で巻かれていたものと同じ。この騎士団の備品では間違いなく無い。

 ならば、これはノア姫が巻いてくれたのだろう

 そう当たりを付けて……借用書を眺めて待つこと暫し

 

 「……起きてたのね」

 「何とか。お帰り、助かったよノア姫」

 カチャリと物置の扉を開く音におれは顔を上げてエルフの少女を出迎えた

 白いワンピースに、薄桃色のエプロンがちょっと眩しい。かなりのミニスカートだからか、エプロンの下からはほぼ直接太くてむちむちしすぎずけれど細すぎない健康的でしなやかな白い太ももが見えるのが何とも……ってアホかおれは。こんなことを思うのは魅了が解けてないのだろうか

 

 馬鹿な思考を頭を振ってリセット

 「本当に助かったよ、ノア姫」

 「あら、ノアとはもう呼ばないのかしら」

 じっと紅玉の瞳がおれを見据えた

 が……トマトのような香りが鼻をくすぐり、緊張感なんて無い

 

 「……まあ、どちらでも良いわ。珍妙な敬意を見せても、変に距離が近くても

 それより、数日何も食べてないのでしょう?」

 と、おれの視線に気が付いたのだろう、エルフの少女は小さく微笑んで、おれの寝かされていた木箱より少し背の高い木箱の上に深い木の器を置いた

 この世界のトマト……ちょっと日本で食べてたのに比べると酸味が強くて野菜感が強いソレを使った、ころころと肉団子の浮かべられた赤いスープが注がれて湯気を立てている

 

 「はい、どうぞ

 アナタにあげるわ。好きなだけ食べて」

 「……良いのか?」

 「良いのかって、アナタ向けに作ったのにそれを言われても困るわね」

 形の良い眉をひそめて、少女は不満を露にする

 

 「……ああ、そういうこと」

 と、少しして納得したように木匙を手渡してきた

 「ワタシは借りを返してるだけよ

 これは、その為の一品。それとも……」

 からかうような笑みを少女は浮かべておれの瞳を覗き込む

 「家族のようなものだから、と言って欲しかったの?」

 

 そう、そうだ。エルフは基本自給自足。そんな彼女が……家族でもないおれの為に、というのがどうにも気になった

 だが、厚意は有り難い。息は焦げ臭いし、焼けて脆くなった足はプリシラを運んで歩く最中にへし折れた。あまり食堂まで歩きたくないのは確かだし、籍も消えてた時期が長いからお前の分の食料とか無いんだが?されたらそのまま帰るしかない

 

 ……いや、一応おれ皇族じゃなかったか?おれはまあ忌み子だしなとスルーしてきたがそんな扱いで良いのか

 

 「いや、そこまでは言わないよ」

 「ええ、そうしてくれる?

 そう在りたいならば、アナタからしっかり言葉を言ってくれないと嫌よ」

 逆に、ちゃんと言えば受けてくれるのだろうか、それ

 「どうかしらね

 ただ、アナタから言わないとそもそも考慮する気もないというだけよ。あとは、人間の恋愛小説では基本的に男の人から告白するものでしょう?

 ああいった本の文、特に告白の辺りはワタシもそれなりに評価しているの。だから、アナタにもそうした態度を期待するわ。万が一の話だけれど」

 と、少女は微笑んで、自分の分の匙を取り出した

 

 上手く手が動かないので子供のように逆手にスプーンを握り締めて、団子を掬い、口に運ぶ

 行儀は悪いが、行儀の良い食べ方なんて今は無理

 

 口に含めばまず感じるのは柑橘系の爽やかな香り。それにつられて1~2本折れた歯で端を噛み千切れば、肉汁溢れる……なんてことは無く、ほろりと口に残るのは濃厚というよりも淡白という感想が出るミンチの味。熊等の肉食動物の肉に感じる臭みもまた少なく、代わりに口に残るのは何処か柚子のような爽やかさ。これがきっと、しつこくて臭みのある肉を少し中和してくれているのだろう

 更に一口食べ進めれば、柔らかな団子の奥に弾力のある卵が出迎えてくれるのがアクセント

 それら全てが何処か臭みを抜いたせいか薄く……

 匙に残るスープを一口

 

 うん。そうだ。淡白だからこそ、濃い味のスープに浸してやることで、ちゃんとした料理になるのだろう

 「どう?エルフ料理としては邪道な作りで、自信はあまり無いのだけれど」

 「いや、美味しいよ、有り難う」

 礼を言って更に一匙

 

 「……味もそうだけど、おれの為に作ってくれたって事実がそもそも嬉しい」

 「そう、なら良いわ。これで少しは借りを返した事で良い?」

 「もう十分返されてるよ」

 「冗談は止めてくれる?ワタシ達の価値は、自分達の方が分かってるもの

 それに、アナタが言ったのよ。『魔神の復活が来るから、手を貸して欲しい』って。そして四天王まで現れ本気で此方を殺しに来たというのに……

 本番はこれからでしょう?バカを言うと怒るわよ」

 その流麗な長耳をぴくりと跳ねさせて、少女は自分も一匙肉団子を掬って口にする

 「……薄味ね」

 「そうなのか」

 「ええ、もう少し濃い目にしても良かったとは思うけれど、アナタは病人だもの、これくらいの方が良いのよ」



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風呂、或いはエルフ襲来

「……ふぅ」

 そう広くはない湯船に浸かり、息を吐く

 用意してくれたスープを食べ終わるや、湧かしてるわよとノア姫があっけらかんと言い、そのまま汗臭いと風呂に放り込まれた

 

 「やっぱり臭いか……」

 遺跡に閉じ込められてた際は始水が神様の化身舐めないで下さいと毎日お湯をくれたのでそれで体を拭いていたんだが、それはそれとしてしっかりとした風呂は久し振りだ。感覚的には大体50日ぶり

 自分では匂いに気が付かないが、眉を潜めていた辺り相当臭かったんだろう

 アウィルはそういうのに敏感で、孤児院で周囲の皆が泥だらけで遊ぶことが多かったアナはその辺りあんまり気にしませんよ?と言っていたっけ。自分は綺麗好きだけど人の匂いには頓着しないというか。アイリスは徹底して自分も周囲も良い香りで埋めるけど

 

 砦には当然騎士団の皆のための大浴場(男湯)があるものの、今のおれは入浴拒否確実。傷はまだ治ってないし、下手したら血で汚れるなんて他の人が嫌がるだろう

 ということで、今居るのは「必要でしょ?」とここ二年で空き部屋に新しく作られた女風呂なのである

 利用者はそもそも女性がノア姫とプリシラと女兵士が2人で合計4人しか居ない。だからまあ、おれが使っても女性陣の風呂の邪魔にはまずならないが……良いのか男を入れて

 駄目だと思うんだがなぁなんて思いつつ、ちゃんと洗うまで外には出さないわよとノア姫は宣言したので居心地悪くとも逃げるわけにも行かず、入れて二人のそう広くない湯船に沈む

 

 「湯が無駄に汚れるでしょう、まずは洗ってくれる?」

 「ああ、御免ノアひ……」

 かけられる声に普段通り反応しようとして……

 咄嗟に目を背けて壁を見つめる

 

 「ノア姫!?」

 「何かしら」

 気にしていないように少女は……風呂場へと入ってくる

 いや駄目だろう色々と

 

 「いや、風呂入ってるんだけど」

 「知ってるわよ。ワタシが言っておいて入ってないなんて思わないわ」

 「いや、さ……」

 何て言うべきか、少しゆだった頭で考えて……

 「不味いだろ色々と」

 結局曖昧な事しか言えない

 

 「ああ、そういうこと。大丈夫よ」

 そう言われて、ふと思う

 確かプリシラは水着とか持ってた筈だ。ビキニタイプでパレオ突きのもの。この辺りに泳げるような深さの川は無いし何のために買ったんだよこれと思いつつ、備品とごり押されたので経費としておれが払ったのを覚えているし、それでも借りてきたのだろうか

 ちなみに1.2ディンギル。日本円換算で1万越えるとか女物の水着って高いんだな……

 

 そう思って振り向いて

 「がぶぁっ!」

 思いっきり湯船に頭を突っ込んで退避

 見えたのはほぼミルク色の肌一色。確か鮮やかな赤だった水着っぽい色はどこにもなく、なだらかでちょっと蠱惑的な曲線のみが輪郭で見えて……

 その先は見てないし見ちゃいけない。認識する前に、振り払うために湯船の中で頭を振り、少女からそっぽをむいて浮かび上がる

 

 「けほっ」

 苦しくはないが、いきなり準備なく顔を水に叩きつけたので少しだけ水が喉に入って咳き込む

 

 「何やってるのよ」

 なんて、呆れた声が背後から来るが振り向くことは出来ない

 「いや、普通の反応だろ」

 「普通かしら。見たくもない程に評価されないとは、アナタ歳上好きなの?」

 「いや、そもそも水着辺りを着てても見るのはさぁってなるのに、どうしたんだよノア姫!?」

 「だから言ってるじゃない」

 羞恥の欠片もなく、顔は見えないが少女は多分当然のような顔で語っているのだろう

 

 「別に、見られて恥ずかしいような体型はしてないわよワタシ」

 ……うん。それは知ってる

 「いや、ノア姫は綺麗だと思うし、そこは分かるんだけど」

 「だから良いのよ」

 「それはそれとして見られたら恥ずかしいとか」

 「相手は人間でしょう?見られたからって、相手が届かない夢を見るだけよ

 恥ずかしい体じゃないもの、見たいなら見なさいよ。どうせ手を触れられるものでもないのだから」

 それで良いのかエルフ……と思うが、そういえば彼女等は下着を着けない種族だった

 いや、考えればゴブリン種も腰巻き一丁の成人男性とか多いし、獣人種にも尻尾の邪魔とパンツ拒否者が居るらしいし、パンツを履く人間が可笑しいのだろうか

 

 「いやそれでもさ!?」

 それはそれとして、目に毒なので目線は合わせられない

 「なら何で何時もは服着てるんだって」

 「外では森を歩く際に木々の枝や葉からある程度身を護れるから便利なのよ。それとも、脱いで欲しいの?」

 「着ててくださいお願いします」

 

 「兎に角。足折れてて腕がそれで」

 と、エルフの少女は男だ何だを気にせず更に近付いてくる

 「まともに体を洗えないでしょう?

 手伝ってあげるわよ」

 「い、いや自分で何とか……」

 何度かこうしてボロボロになった事はあるが、女の子に手伝って貰ったことはほぼ無い

 恥ずかしくて死にそうだったです……と意識がない時に血塗れの服を何とか脱がしたことを後でアナから聞いたのと、アステールに薬湯に放り込まれたくらいか

 どちらも意識が朦朧としていて、相手の女の子をそこまで意識していなかったから耐えられた訳で。はっきりした意識で触れられるとちょっと気恥ずかしさに耐えられないというか

 

 ぴとりと触れられる感覚。湯で上気した肌に冷たく思える人肌の温度

 

 「御免なさい。案外効くわねこれ」

 と、少し紅くした頬で少女は呟いて……少しして、体にタオルを巻いて戻ってきた

 うん、これなら大丈夫だ。ちょっと肩が出てるしスカート丈よりもタオルの端が短いけれど、そこまで露出は何時もと変わらないし耐えられるな

 

 そしてエルフの姫は、漸くおれと顔を合わせて

 「それにしても、本当に生真面目ね。欲望とか無いの?」

 なんて言ったのだった

 

 「……それにしても、背中酷いわね。彼相手にこんな燃やされたの?」

 つーっと柔らかな濡れミニタオルに泡立った薬品を纏わせて、エルフ少女の腕がおれの背中を優しく擦る

 「いや、自分で加速のために爆発を受けたからそのせい」

 「捨て身ね。そんなことしなくても勝てるように頑張りなさい

 それが出来ないなら他人を頼ること。一人で傷だらけになって勝つことに、皆で無傷で勝つこと以上の価値を用意なんて出来ないの」

 「分かってる」

 どこか、少女に触れられるのは恥ずかしくて、早く切り上げようとおれは頷く

 

 「……ところで、なのだけれど」

 と、少ししたところでなおも背中をしっかりと手で洗う中、少女が呟いた

 「どうしたんだノア姫?

 恥ずかしいから早く終わって欲しいんだけど」

 「我慢なさい

 あの借用書は何かしら?」

 「レオンがプリシラの指を治すために備品の七天の息吹を使って買い直したからその請求書というか借用書だと思う

 おれもレオンも10000ディンギルなんて持ってないからさ、借りなきゃ払えない」

 「それ、彼の借金でしょう?」

 呆れたのか、少女の手が強く背を擦る。痛くはないが、爪でも立てられている気分

 「その筈なんだけど、ほら

 彼等の生活の保証って本来雇い主のおれがやるものでさ。保険って奴

 その保険的におれが払うことになったんじゃないか?」

 「ふざけてるわね

 でも、彼等を腐らせてるのはアナタの態度。ワタシはもう、何も言わないわ

 というか、彼女死んだんじゃなかったのかしら」

 ちょっと不思議そうな少女に、おれは苦笑しながら、そして背中を擦られながら答えようとして……

 柔らかな手の感覚が消える

 

 「はい、おしまい

 前は自分で洗ってくれる?案外気になるものだったから」

 「ああ、っていうか、恥ずかしいならおれ一人で」

 「背中、自分で洗えないでしょう今のアナタ。無理にタオルで加減を間違えたら皮捲れて酷い事になるわよ」




こんなにサービス感の無い風呂回は珍しい気が……

ひょっとしてゼノ君主人公向いてないんじゃなかろうか


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異伝 アルヴィナ・ブランシュと自称怪盗

「ウォルテール?」

 真夜中……というものは、この狭間には存在しないけれど。お兄ちゃんが太陽の代わりにと用意した輝く星……導きの翼が降り注がせる光は、一日のうち1/3くらいの時間は消えているから、それを夜として考えたら今はそのくらい

 文字通り光の無くなった星は空にちゃんと浮かんでいるけれど、光溢れたあの『世界』というものとは違って、この世界の狭間には他に大きな光源は無い。あるとしたら、個々で灯した明かりだけ

 だから、この世界の夜は真っ暗。あの星も太陽じゃないから常に狭間の中心で微動だにしなくて、影の向きや大きさが時間と共に変わっていくなんて、面白い挙動も一切起きない

 昔はそれが当然だと思っていたし、どうでも良かったけれど。居心地の割と良かった『世界』というものを知ってしまうと味気ない

 

 世界に満ちるマナ……レベルやステータスといった世界システムを構築する基本となる魔力形態も殆ど大気中に無くて、空気も美味しくない。寧ろ不味い

 そんな中で、ボクはずっと一人ぼっちで、石のベッドで膝を抱えて座り込んでいる

 

 眠れない。四天王アドラー・カラドリウスの事があってから、約……7ヶ月。半年ぐらいかけて、お兄ちゃんじゃなくて亜似に従うような屍としてカラドリウスを蘇らせはした

 本当は、もっと早く出来るけど。本気で頑張れば一日もかからないし、例えばあの皇子の遺骸を手に入れたら即日開票永遠にしてボクの横に永劫置いておくけど

 でも、魂のコピーとはいえ意識を向こうに向けたまま、リンクが切れていても生きてはいる筈という特殊な状況だからと言い訳して、ひたすら時間をかけた

 

 もしかしたら、何でか知らないけれどリンクが切れた原因が解除されて戻ってくるかもという期待があったから

 でも、そんなことは半年の間には無くて。仕方なく、ボクは脱け殻の魂と肉体から、亜似に従う四天王の屍を産み出した

 

 屍天皇(してんのう)?あれは……ボクの皇子の為に取っておきたい称号だから、四屍王(ししおう)で良いと思う

 ということで、四屍王カラドリウスは亜似に渡した。彼は満足していたようで、ちょっとだけボクに自由をくれ……なかった

 

 危険だからと、ボクは今日も部屋から出られない

 

 持ってる本は何度も読んだ。図書館に行きたいけど、外に出る事になるから行けなくて

 ずっとボクは籠の中の猫。逢えるのは、時折訪ねてきて本を取り替えてくれるけど忙しそうなニーラと、どこかねばついた厭らしい視線を向けてくる亜似だけ

 

 きゅっと、瞳の入ったペンダントを胸元で握り締め、用意された鏡を見る

 ずっと変わらない、幼い容姿。皇子が可愛いと思うと言っていた、ボクの自慢の姿

 ちょっと影属性の魔力によって髪が黒く染まっているせいで、影響がない耳毛だけが地毛の白のままで浮いてるようにも見える大きな耳も、あまりなくて……胸というより生えている花のような結晶で盛り上がっているという側面が強い胸元も、あの狐と違って尻尾の無い腰も

 このままで良い。このままなら、亜似も疑いを疑いのままで終わらせてくれるから

 

 魔神族は心に決めた相手が出来れば一気に相手に合わせて姿を変える。ボクの母がお兄ちゃんの為に16歳くらいの姿になったように、そんな母を護る為にお兄ちゃんとカラドリウスが20歳前後になったように、本来はもう少し成長する

 

 でもボクは、この姿が良いと思った。この姿でないとダメだった

 まだ皇子が幼い頃に変に成長したら可笑しいし、何より……コン畜生はまだ勝てるとして、あの銀髪が居る

 ボクの最大最後最強の敵。あの娘はきっと非常に女の子らしく成長する。狼の勘は鋭いのだ

 

 だから、ボクが同じ方向で戦っても意味はない。そもそも、母も胸はそんな無いからそこまで大きくならない気がするし、キラッキラで儚いあの銀髪に髪の綺麗さでも勝てる気がしない。16歳前後まで成長しても、いやそれ以上……おとなのおねえさんっぽく姿が変わってもボクはボク

 メスの体として、成長した後のあの銀髪娘に勝てる気がしなかった。なら、あれとは全く違う方向で勝負すべき

 

 だからボクはこう。成長限界ギリギリまで背伸びしていた少女になる寸前の女の子姿から、少女になった直後の姿へと成長した

 変わってはいる。身長は曲げた小指くらい伸びたし、胸もほぼ無いからあんまり無いまで大きくなった。でも、成長の早いあの銀髪の覚えてる限り最後の大きさと同じくらい

 こんなボクにとっては確かな差だけれど旗から見れば誤差みたいな成長だから、亜似は気が付かない

 気が付いていたら、ボクはきっと無事じゃない。何されていたか分からない

 

 だって

 お兄ちゃんの役に立ちたくて。でも、お兄ちゃんは家族でそういう対象じゃなくて。だからこそ、800年近く大人になりたくて背伸びした限界ギリギリで止まっていたのが成長したら、それは心に決めたヒトが出来たということ。あの時期にそんな事になるなんて、裏切りとしか思われないし……実際ボクは裏切ってる

 

 聖なる夜に『怖くて仕方なくともボク自身を信じる。手を取り合える可能性があるから、ボクを護れて嬉しい』と言ってくれたから。あの時ボクは……皇子に護られる存在で、彼に信じて貰える相手で在ることを心に誓った

 それは、ボクにだだ甘なお兄ちゃんは分からないけど、亜似にとっては文句無しの裏切り

 それがバレないから、この皇子が可愛いと言ってくれた姿は本当に有り難い

 

 そんな可愛いと言ってくれた大きな耳をぴくりと周囲に向けて、ボクは声を探る

 ニーラなら入ってきてる時期で……

 不意に、本の為に灯している明かりが陰った

 

 「誰?お兄ちゃん?」

 黒い何かを翻す影は、何処と無く兄テネーブルに似ていて

 「残念。単なる泥棒さ」

 全く違う、懐かしくて聞きたかった声を響かせる

 ボクの読書灯に照らし出されるのは、ボクよりちょっと年上になった一人の少年

 騎士団服……かな?と思う白い装束に、真っ黒のマント。顔の右半分を覆う赤い仮面は嗤うような印象を受ける黒い紋様が入り、けれども左の火傷とボクの付けた瞳の傷によって潰された眼、そして頬に走る爪痕の傷で正体が誰かは一発で分かる

 

 「おう、じ?」

 来てくれた。そう思って心臓が跳ねる

 「おれは、単なる君を盗みに来た泥棒だよ、アルヴィナ」

 柔らかな声音で、少年と青年の間の彼はそんなことを呟く

 

 「それ、怪盗」

 「じゃあ、こう名乗ろうか

 私は怪盗ゼノン。お宝を盗みに来た世界を渡る怪盗さ」

 「奴はボクを盗んでいきました?」

 本当に盗んでほしい。此処にはもう、居たくない

 間に合わなかったし、ちょっと苦手だけど仮にもボクの為っていってくれた彼を、裏切ってないと言うために亜似に従うゾンビに変えてしまった

 永遠にするのは良くても、ああいうネジ曲がった作り方は苦手で。見掛けるだけで吐き気が止まらない

 「そういうこと」

 と、彼は仮面の裏で微笑して(ボクには分かる)、まずはと背中から何かを取り出すと、ぽんとボクの頭に被せた

 

 「あ、ボクの……帽子」

 あの日、亜似がぬいぐるみごと置いていった帽子。ボクのたからもの

 返してくれるのは怪盗じゃないと思うけど、そもそも彼は怪盗じゃなくて、わるい魔王に囚われたお姫様を救い出す勇者そのもので

 

 でもボクは、やっと取り戻した帽子を手に、伸ばされた手を払う

 「アルヴィナ」

 「だめ、行けない」

 じゃらりと、腕に、脚に付けられている鎖が鳴った

 

 「捕まってるのか、アルヴィナ」

 腰に差された刀を抜こうとする皇子。微かに感じる雷鳴が、最初にボクの両手の鎖を断つ

 その刀からは、懐かしい気配がする。あの日ボクと共に皆を護った天狼の息吹は今も其処で彼等を護ろうとしていることを感じる

 「だめ

 鎖だけじゃない。沢山ある」

 「なら」

 「むり。間に合わない。殺される」

 響くのは警報音。ボクを逃がさないための、何者もボクに触れさせないための、あの亜似の歪んだ欲望の装置の発露

 

 だから、と上目遣い

 

 「今は下見

 何時か、奪いに来て」

 そのボクの言葉に……静かに仮面を取って、下の赤い瞳で見つめてくる皇子は、静かに頷いた

 

 「分かった。何時か必ず、君を奪い出す」

 その言葉と共に、ふわりとした風が吹く。その背の真っ黒いマントが風を孕む

 

 そう。カラドリウス……そこに居るんだ

 「多分、暫く来れないけど。話せて良かった」

 ボクの為に。翼だけになっても飛び続ける。飛べない皇子の翼として、ボクと皇子の間の断絶を無くしてくれる

 報われないけれど、有り難う

 ボクはそう、眼を閉じて黙祷して……

 

 「曲者か!」

 ニーラが飛び込んでくる寸前、その姿は消えようとして……

 「全く!カラドリウスの影を脅して盗みに来てみれば、とんだ抵抗を受けたもんだ!」

 なんて、バレバレの演技で彼は叫び、そのまま姿を消した

 

 「アルヴィナ様」

 「大丈夫。攻撃したら慌てて帽子まで落として逃げていった」

 と、戦利品って誇らしげにボクは本当は返して貰ったボクの帽子を掲げる

 「何奴」

 「怪盗リュバン?って名乗ってた」

 本当は違うけど。ゼノンやゼノだとバレやすいから誤魔化す

 

 「許せない

 カラドリウスを殺したのはきっと彼。その上、ボクを盗んで何か酷いことをしようとするなんて」

 言ってるだけで少し心がささくれだつ。彼の悪口なんて言いたくない

 永遠にすら、今はしたくない。生きてる姿が、やっぱり一番良いとすら思う。永遠にするのは、幸せに生きた後で良いなんて、ボクにしては変なことまで思う

 そんな相手を、それでも何時か盗んでくれる事を糧に今は罵倒した

 

 「お兄ちゃん、お願い」

 「分かってます。テネーブル様に報告と追跡を」

 と、頷く四天王ニーラ

 でも、違う。否定したら可笑しいからなにも言わないけど、ボクが言っているのはそっちじゃない

 

 ボクの側に居なくなったことを感じる方の、本当のお兄ちゃん。シロノワールって名乗ってる魂が、彼と共に消えた

 咄嗟に魂に肉体を与える魔法を使えたのは、きっと奇跡。ボクと居ても何にも出来ないから、お願い、魔神王テネーブル(お兄ちゃん)。ボクの代わりに、皇子を助けてあげて




ちなみにですが、コン畜生とはアステールの事です。(コン)畜生

???「ステラの二番煎じでお風呂に入ったけどステラほどどきどきさせられなかった周回遅れエルフの嫉妬だねぇ?」


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四章インターミッション 乙女ゲー主人公と物語の始まりへ
異伝 桃色少女と青天の霹靂


「……えっ?お父さん、今なんて?」

 有り得ない発言に私は思わず今の父親であるアグノエル子爵の髭面を見上げた

 

 うーん。やっぱりお父さんって気はあんまりしないんだよねー。過去の記憶があって、そして私はそこそこ放置気味だからか、親と言われてもまだまだ日本の両親の方が出てきちゃう

 でも、そんなんじゃダメダメ。今の私はリリーナ・アグノエル、この世界の主人公だもんね!

 ちょっとの寂しさはあるけど、切り替えていかないと!だって、この世界は乙女ゲームの世界。ヒロインである私に、イケメン達だけじゃなくて世界の命運すらもかかってる筈なんだから!

 

 「ルートヴィヒが、留学先で病死した、と。さっき、手紙があった」

 と。目線を下に下げて、ぽつりと子爵は言う

 「え?え?」

 でも、その筈なのに

 今の父である子爵のオッサンは、そんな有り得ないことを言う

 

 「お兄が死んだ?嘘だよね?」

 だって、有り得ないよ

 そんな風に、私は今世の兄を思い出す

 

 お兄。正式にはルートヴィヒ・アグノエル

 私の兄というかたった一人のきょうだい。アグノエル子爵、私とお兄以外の子供は一切作らなかったというか、魔力はそこそこなんだけど体が弱いお母さん一人しか妻がいなくて、お母さんが二度と子を産むな死ぬぞと言われたから私が末っ子なんだよね

 だから私は継母に虐められるーとかそんな事はなくて

 そしてお兄は原作では実の兄だからか結婚はこの世界ではまあ許されないこともない(だって結局神様が認めるかどうかだし?)けど、現代日本人の感覚として厳しいよね?ってことで攻略対象外のモブ。なんだけど、設定的には普通にゲーム内でも生きてるんだよね

 というか、生きてないと困る。だって、私がっていうか、主人公である聖女リリーナが原作ゲームで何のしがらみもなく色んなイケメンと恋愛できるのって、お兄が居るからなんだよね

 

 そう

 「お兄が死んじゃったって、この家どうなっちゃうの!?」

 これが問題なんだ

 

 私、なーんか妹にも厭らしい視線を向けてくるお兄ちょっと苦手で、あまり仲良く無かったから悲しいとか、ちょーっぴり酷くない?って自分でも思うけど全然感じないんだよね。何て言うか、高校であったけど担任の先生のお母さんが亡くなったくらいの感覚っていうか、家族なんだけど他人事

 

 でも、大問題

 原作では特に婚約者も探してたけど中々良い相手が見付かってなくて、お兄が跡継ぎなのが確実で既に相手も居るからって事でそこまで焦らなくても良くて……ってタイミングで、聖女として目覚めてって話になってるんだよね

 だから、乙女ゲームヒロインだけあって特定の誰かが居るって訳じゃなくて婚約とかそういうしがらみ無いんだよ。っていうか、無きゃいけない

 

 だって、女の子がイケメンと仲良くなって、心の傷とか治してイチャイチャするのが本来の乙女ゲームだよ?人によってはドロドロしたのが好きとかあるけど、ヒーローに婚約者が居てそれを断罪ざまぁするー、とか、主人公に婚約者が居て攻略ヒーローと争うーとかあんまり求められないよそんなの

 というか、ヒーローにもヒロインにも基本的にあんまり異性の影居ちゃダメだと思う。他のキャラ攻略の時に気になるじゃん

 

 意識している異性(ヒロイン)が居る幼馴染ヒーローとかなら良いんだけどね?

 そういう点では、小説版で深掘りされてたけどゼノ君贔屓がゲーム時点で各所にちらちら見えるあのアナスタシア・アルカンシエルって追加主人公だけあって異例なんだよね。ゼノ君との恋愛の為に用意されたヒロインっていうか……一応ラインハルト君もその枠なんだけど

 外見は正規ヒロインの使い回しなのも、専用ルート以外全部ほぼ使い回しで終わるからスチルに映ってるヒロインをわざわざ労力かけて書き直したくなかったんだろうなーって感じだしね。そういうの無い小説版ではゼノ君と同じくらい気合いたっぷりの書き下ろし挿し絵があったし

 

 っていうか、乙女ゲームの事を思い出してる場合じゃないよこんなの

 「リリーナ。混乱するのは分かる」

 目を白黒させる私に、子爵(父)は優しく、けれども厳しく語りかける

 

 「お前には自由で良いと言っていた。良い相手が見付からないなら婚約は先延ばしで良いと

 だが、それも全てルートヴィヒあっての事」

 そうなんだよね。私が婚約だー結婚だーから自由だったのって、お兄が家を継ぐし既に結婚もして子供も居るって安泰状態になっていたから

 留学前にも見たけど、婚約者の他にスノウって獣人メイドの女の子も侍らせてハーレムしようとしてたし、頭に赤いバンダナした何で出てこないんだろうってくらいに渋い武人イケメンも着いてて、とても死ぬようには見えなかった

 男の人って差別対象だけどケモミミ好きだよねー。まあ、私も特典イラストの狼耳ハロウィンゼノ君とか結構好きなんだけど

 

 というか、あの赤いバンダナの彼、原作にはいないけど人気出そうな外見なのに勿体無い

 あれかな?やっぱり頼勇様みたいにキャラ人気は高くてシナリオも甘いけど評判高くないみたいな事になっちゃうからダメだったのかな?

 頼勇様って完全に明確な弱点の無いスーパーダーリンだから、シナリオの評判ってあんまりなんだよね。ちゃんと恋愛はするし甘いシナリオなんだけど、相手がヒロイン……つまりリリーナである理由がないっていうか。頑張る君に何時しか惹かれていたって言うんだけど、聖女でなきゃいけない理由がなくて、単なるイチャイチャなんだよね……

 ファンも根強いけど他に比べて目立ってアンチが多いゼノ君は逆に聖女なヒロインが変えていくからシナリオ評価だけは頼勇様を圧倒する。因みに私もゼノ君は見てて不安になるから頼勇様の方がより好きだけど、シナリオ的には……

 実際に自分がヒロインの立場なら見てて面白いとかよりただ甘な方がいいかな。いや、ゼノ君も3本指には入る推しだし、死んで欲しくはないし攻略頑張るけどさ

 

 「ルートヴィヒ亡き今、お前の婿、そしてお前の息子がアグノエルを継ぐ事になる」

 「……はい」

 可笑しいよね!?絶対変だよこれ!

 まだ学園に入るには1年あるんだよ?私まだ14で、15の成人で入学する学園に入るその寸前っていうか、まさにその日に私が聖女っていう神様の預言と共に七大天の女神様から封光の杖を渡されてシナリオが始まるのに……

 それ以前に結婚して子供作ってって、乙女ゲームが始められないじゃん!?既婚子持ちママさんなヒロインって完全に主人公造形としてアウトだよ!?それにさ、幾ら貴族だから直接子育てすることはあんまりなくても、産まれたばかりの我が子を置いて学園行って死ぬかもしれない戦いだなんて出来ないよ普通

 

 第一、私が婚約者の一人も居ないの、今年高位貴族で辺境伯(エッケハルト)とか公爵(ガイスト)とか忌み子皇子……は誰も狙ってないけど婚約者の居ない人が多いから狙い目とかそういうちょっとした下位貴族としての下心もある。でも、一番は身分的に丁度良くてついでに私に合う感じの年齢の貴族が居ないからなんだけど、早急に世継ぎをとかいうなら歳の差とか無視されかねない

 

 「……あ」

 そうなったら、私は知らない大人の男の人と子供のために結婚して、そして……

 

 脳裏に浮かぶのは、昔の私。乙女ゲームに手を出すようになった切っ掛けの、あの出来事

 『出来ちゃった結婚しようね』と耳元で囁く、知らないおじさん(ストーカー)の重さと熱さ、そしてネチャネチャした心地悪さ

 

 「やだ」

 また、ああなるの?

 私はリリーナなのに。乙女ゲームの主人公。あんなおぞましい化け物じゃなくて、見るだけですくむようなのじゃない男の人とキラキラな恋をする女の子の筈なのに

 

 私を初めとした皆の幸せな夢になるべきなのに

 「やぁ」

 きゅっと腕で体を抱き締める

 昔の私より柔らかくて、ふわふわで。もう少し育てば胸も大きく身長はそこそこ。ふわっふわの髪に、ちょっとだけガードが緩そうで男の人をドキドキさせる正に主人公って姿になる今の私を抱き締める

 折角こうなったのに。キラッキラで居られるように、皆と仲良くなれるように、頑張ろうとしてるのに。また、全部壊されて、ああなるの?

 

 「やだ、そんなの、やだよぅ……」

 そのまま私の意識は、ぷつりと途切れた



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異伝 桃色少女とテンプレ展開

主人公が追放されて追放先の新天地へ向かう最中、何故か護衛も付けないか少数で盗賊に襲われている王族に出会うというザ・なろうテンプレ回です。




ガタンゴトンと馬車が小さく揺れる

 王都にある子爵邸で突然倒れた私は、突然の病で万が一という事がないように、療養という名目で都を離れて領地に送られるんだ

 

 って言うけど、現実は違う。私が逃げられないように、お父さんの息の強い(っていうか領地だし当然)場所に強制送還されるんだ

 だって、意識を喪った女の子でしかも娘を幾ら豪華だとしても馬車に積み込んで即出発だなんて可笑しいよね?

 

 世継ぎが必要で、直接の血は私だけ。期待されてたのはひたすらにお兄ばかりだから家族仲はそんなに良くなくて

 

 私が避けてたっていうのもあるんだけどね?やっぱりリリーナになっても、産みの親はあの二人……髪が桃色に近いあの子爵と寝込みがちな人じゃなく、黒髪で引きこもった私を心配してくれていた日本のあの人達にしか思えなくて、家族団欒とか積極的にしようとは思わなかったのも理由だとは思う

 でも、お兄ばっかりで、私が省みられなかったのも本当。私に要求されてたのは、本当に学園で良い感じにより高位の……普通に縁談を持ち掛けても一蹴されるような地位の貴族と縁を結んで、本人達の願いという体で婚約結婚する事

 だから、そもそもあんまり良いの居ないよねでスルーされてても普通だった。だって、あの人達にとって、お兄が家を継いで安泰だから娘の縁談はワンチャン狙うものだったんだから、そこまで真面目に探さないよ。私が失敗して独り身のままでも多少行き遅れで価値下がっても、お兄さえ居れば良かったんだから

 高位貴族ほど自由恋愛だと婚約者を作らないか幼い頃から決めて仲を深めておくかの二極(前者はアルトマン辺境伯家や宰相を排出しているオリオール伯爵家、後者は大半の皇族やシュヴァリエ公爵家等)で、強いからこそ自由を貫く気風が強いこの世界っていうかこの国で、子爵家だけどフリーな私って結構珍しいんだよね

 

 そんな状況だったけど、実際に両親の願い通り……になれるかは分からないけどね?私は第二皇子(シルヴェール先生)や第七皇子といった皇族(ゲームだとゼノ君はもう一人限定だけどね)、公爵だったガイスト君みたいな高位貴族とのルートが実際ある乙女ゲーム主人公だから、ゲームの時期になればって思ってたから耐えられた

 寧ろ婚約者とか無くて良いって、どんな人か知ってて、ゲームで攻略して仲良くなったこともあった彼等との物語の邪魔になるし怖いって有り難くすら感じてた

 

 けど、それは崩れて。完全にお兄前提だったあの家は……私を誰かへの生贄として早急に出さなきゃいけなくなった

 だから、放置していてちょっと反抗しそうな私を、抵抗出来ない(そりゃ私って王都なら何とかなるかも知れないけれど領地で逃げ出しても生きていけないし)ように、結婚から逃げられないようにこうして護送っていうか、出荷しているんだと思う

 

 逃げたいよ

 でも、何にも出来ない。私は……ヒロインの筈の私は、まだ聖女に選ばれてなくて、物語も始まっていなくて

 なにもしてなかった……ううん、違う。あの時の記憶を忘れたくて、護って欲しくて、攻略対象(ヒーロー)の皆に近付くんだけど、ある程度であのストーカー思い出しちゃって、ふかーくは関われなかったんだよね

 

 ゼノ君の周囲の危険なアナスタシア・アルカンシエルとか知りたいことは沢山あったんだけど、ゼノ君は誰にでも優しいから絡んでも許してくれそうだったけど。それでも、偶然会う以外で動きすぎる事は怖くて出来なかった

 

 「お嬢様

 結婚相手が決まったそうですよ」

 連絡の魔法(距離的にまだ届く。お兄が留学していた聖教国の聖都は遠すぎて届かないから手紙)を見ていた馬車に同乗しているメイドさんのフランが、一言静かに告げた

 

 「やだよぅ、フラン」

 「お嬢様。貴族の義務ですよ」

 何時もはちょっと私をフォローしてくれる彼女も、フォローしようがないのか冷たい

 「さあお嬢様。そろそろ領地ですよ」

 「もう、そんな場所なの?」

 って、私はベッド代わりにされていた長い椅子に座って、外を見る

 流れる景色は木々がまばらに植わった草原で、石なんかも転がっている中に引かれた踏み固められただけの道。田舎って感じ。ちょっと木になってる実がくるくるとカールしているバナナみたいだったりするけど……本当に田舎

 

 「何日、寝てたの?」

 「三日ほど」

 「結婚相手、何歳?」

 「47歳です。これでも伯爵家の御当主の弟様。地位は一番」

 「やだぁ……」

 と、その時、普段は揺れもあまりない馬車がガタンと大きく揺れて止まった

 

 「な、何?」

 「どうやら、物盗りの類いのようですね」

 と、外を見ながらフランは事も無げに言う

 「物盗り!?大変だよ」

 「お嬢様。暫くお待ちを。この馬車狙いでは無いようですので、大人しくしていれば……」

 「え?駄目だよ、人を簡単に見捨てちゃ」

 「何かあっても、お嬢様は大丈夫です。護衛も複数居るのですよ」

 「でもっ!」

 困ってる人が居て、助けられるかもしれないのに簡単に見捨てたら聖女じゃ、主人公じゃないよ!

 そう思って、魔法で鍵が掛けられている馬車の扉に手を掛けて

 

 「どんな国でも、どんな場所でも

 下は泥水か」

 苦々しげに呟く聞き覚えのある声が、私の耳に扉の隙間から聞こえてきた

 

 え?この声……声変わりを経て、cv:八代匠さんになったそのままの、この声音って!?

 「ゼノ君!?」

 「お嬢様?」

 「これ、ゼノ君の声だ!第七皇子の」

 トントンと扉を叩く

 「お願い、開けて!」

 「しかし、お嬢様」

 「ゼノ君が、皇子が物盗りなんかに苦戦する筈無いから大丈夫!」

 だってこの頃のゼノ君って、多分ゲーム開始時とそんな変わらないくらい強いんだよ?プロローグ加入組で一人だけ頭4つくらい抜けてステータスとレベルが高いの。主人公に比べたら10倍くらい強い

 「何か良い感じに上の方の人と縁が作れるかもしれないから、お願い!」

 本当はそこまで思ってないけど、外に出たい、逃げたい、誰か助けて欲しい一心で叫ぶ

 

 「分かりました」

 扉の鍵が空くと共に、私は馬車の外に飛び出していた

 果たして……

 

 やっぱり、居た。横に一度乗せて貰った焔の鬣をした凄い馬を従えて、ちらりと血色の瞳で馬車の方を一瞥したらそのまま5人の物盗りと馬車の間に立ち塞がる、そんな綺麗な色じゃない事が特徴の灰に近い銀の髪の男の子

 その左目の辺りは大きなケロイドに覆われていて、腰には二本の刀。そのうち一本は日の光を反射して輝く金属製の鞘に納められた一角狼の意匠の鍔を持っているもの。間違いなく……スチルで見たことがある神器、月花迅雷

 

 「ゼノ君!?」

 「そうか、アグノエル領だったな此処は」

 此方を振り向かず、彼は腰の刀に手を掛ける

 月花迅雷じゃない方だけど、良いのかな?

 

 「余裕じゃねぇか

 とっととその高そうな武器と馬を置いてけば命までは盗らねぇよ」

 と、頭に布を巻いた男はゼノ君を嘲る

 「ちょっぴり自信があるから一人で旅してるのか知らねぇが……所詮はそんな火傷を残したままのガキだ。分不相応なんだよ」

 「そうそう。だから、オレ等がそいつらを正しく使ってやるよ」

 「ま、戦力を集めてる聖教国辺りに売るだけだけどな!」

 

 ギャハハという笑い声。構えられた5本の剣がブレて……

 キン、と小さな金属音がした

 

 私に分かったのは、ただそれだけ。ゼノ君が抜刀したその音だけを理解したその時には、もう一度小さな音と共に、彼は抜き放った刃を鞘に納めるところで……

 一拍置いて、物盗りの構えていた5本の剣が一斉にズレる。そして、刃を一閃で半ばから切り落とされた剣の残骸が地面に転がった

 

 「は?」

 「んなっ!?」

 驚愕に顔を歪めつつも、男達はまだ動く。三人がゼノ君に飛び掛かり、二人がその横を抜けて私を狙う

 

 「そっちのお嬢様を」

 「必要ないけど、アミュ」

 そうしようとした男の背を、ぶるりと首を震わせた白馬がその後ろ足で蹴り飛ばす。男達はその勢いでつんのめるどころか軽く宙を舞い、草原とキスを超えて小さく埋まった

 

 「行きしなに視線を感じてたけど、本当に馬鹿馬鹿しい

 投降を。今ならこの辺りの騎士団に突き出して終わり、余罪は追求しない」

 だが……と、15歳前後の少年が凄む

 

 飛び掛かった三人を掌底一発と回し蹴り蹴り一発で地面に沈めた彼は、静かに残った片目で冷たく見下ろした

 「此処で大人しくしなかった場合、容赦は無い。領主の愛娘を襲撃しようとした辺りの全部を語らせて貰う」

 

 「あの、えっと、ゼノ君?」

 「アグノエル嬢。少し話は待ってくれないか?」

 と、事態は分かるんだけど何で彼が此処に居るのか混乱する私の前で、少年は小さくひきつったスチルで見覚えのある笑顔を浮かべた



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異伝 桃色少女と攻略対象

「……アグノエル嬢」

 と、地面に叩き伏せた5人の物盗りを縄に繋いだ後、改めてゼノ君は私を振り返る

 

 「あれ?」

 そんな彼の顔を良く見て、私は疑問に思った

 ゼノ君って、左目周囲がケロイドで赤黒いのは確かだけど……左目って健在だった筈だよね?

 「ゼノ君、その目どうしたの?」

 「単純に潰れただけ。心配してくれるのは有り難いけれど、普通のオチだよ」

 って、ケロイドでひきつった微笑を崩さずに、ちょっと近付く私に向けて彼は言う

 

 「アグノエル嬢こそ、此処は確かにアグノエル子爵領だけれども、君はずっと王都育ちだろう?

 どうして急に……と聞きたい事はあるけれども、こうして外で話すことも問題か」

 「うん」

 「君達の行く先は?」

 「それよりゼノ君!助けてよ!」

 と、にこやかに話す攻略対象の一人に、私はそう泣き付いて

 

 「助けるさ、(キミ)が願うならば必ず

 でも、まずは……落ち着ける場所に行こう。良いね?」

 真剣な血色の目に見つめられて、私はただコクコクと頷いた

 

 ドキン、と心臓が跳ねる

 うん、そうだよね。ゼノ君はこんな人。誰にでも優しくて、誰も見てないから……好感度が基本的にフラットな攻略対象

 今私の転生時に得た特殊な力で頭の上に見えてる私への好感度は+13なんだけど……これほとんど全員この辺りなんだよね。誰も特別じゃないし、独善的な面があるからこそ、誰にでも優しい。それが偽善ってアンチの人は言うし、ファン側の私もまあ偽善者だよねというのは否定できない

 でもそれはそれとして、カッコいいし優しいんだよ?アンチの人は分かってないなーって

 

 それとさ?ゼノ君の周囲に見える好感度数値は何これ?±0、-20、-2って酷く悲しい好感度が3つ周囲に飛んでて……

 

 「シロノワール!周囲の警戒を頼む。いやお願いします」

 と、少年が叫ぶとその影から姿を見せたのは、三本足の烏。その頭の上に-2の数字

 あー!警戒されてたんだ私。ゼノ君の周り、色んなのが居て、それだったんだ納得

 ……え?私そんな-数値が多いの?

 

 「それ、八咫烏だよね!?」

 「八咫烏(やたがらす)のシロノワール。友人からの預かりものなんだけど、導きの(とり)として優秀だから色々と手伝って貰ってる

 ちょっと、敬意を示さないと動いてくれないのが……まあ、そういうものかな」

 って、翼を一度振って頭上を旋回し始める烏を見上げて、彼は呟く

 珠に傷とかあんまり言わないんだよねゼノ君。うん、正にゼノ君

 

 私って流石にリアルティアとか頭アナスタシアとかとか言われてた程の狂信者じゃないけどね?流石に目の前にちゃんと現実として、昔画面越しに見てた彼が居ると感慨深いっていうか……

 

 あれ?でもゼノ君と烏って特に原作で絡み無かったよね?あるのはガイスト君の方

 あとは……そう!カラスって言えば魔神王!攻略キャラじゃないっていうか敵なんだけどね

 ルートはあるんだけど攻略出来ると言うより攻略されてヒロインが闇落ちして終わりってバッドエンド。普通に攻略できたらなーとか思ったこともあるけど、それはゲームだからで現実だったらやりたくないなー。失敗したら私も彼に依存しちゃうし、世界は滅んで目の前の彼とか皆死んじゃうんだもん

 

 「へー」 

 って私は頷く。文句無しのゼノ君なのに、何か原作と違う点多くないかな?

 でも、そもそも乙女ゲームが始まらない感じの私……よりは良いよね

 

 「さあ、行こうアグノエル嬢。落ち着ける場所へ」

 って、ゼノ君は勝手に着いてくる賢いお馬と共に私の手を引いて馬車に連れていこうとするんだけど……

 「落ち着けないよ!」

 って自分のドレスの袖を掴んで叫ぶ

 

 「やだ、屋敷は嫌なの」

 「事情は分からないけれど、嫌なことがあるのは分かった

 おれに手助け出来ることならする。ただ、此処に居るわけにもいかないんだ。街までは、ちゃんと行こう」

 

 って事で、また馬車に乗せられて、私は輸送されていく

 でも、その歩みは前より遅い。だって、キリキリ歩かされている盗人達と、それを見張るゼノ君が同行してるから

 

 そうして、日が傾く頃……漸く馬車は街に……領主の館があるアグノエル領の中心に辿り着いた

 ま、大きくない領土だから街と呼ばれる大きさの集落、一個しかないらしいんだけどね!うーん、お貴族様としては物悲しい。特に私って都会生まれの都会育ちで、リリーナとしてもずっと王都育ちだったからこういうの慣れないよね

 

 街の門番に盗賊をさくっと引き渡して、燃える鬣の白馬と共に、彼は私を屋敷まで連れていって……

 

 「おお、来たか我が妻よ」

 「やぁっ!」

 馬車から下ろされた瞬間に出迎えてきたのは、でっぷりと太ったおじさま

 悪趣味な指輪とか成金感たっぷりで脂肪満天。喜色満面の彼が、いきなり私に向けて……

 

 「おっとすまない」

 その前に、白い巨体が立ちはだかる。さもうっかり馬を止めようとした場所が悪かったと言わんばかりに、アーモンドのような緑の瞳と文字通り赤く燃える鬣を持つネオサラブレッドが割って入った

 

 「な、無礼な!何者か!」

 と、突然の障害につんのめった男がゼノ君を見上げて……

 「ひっ!亡霊!」

 「ゾンビじゃなく生きてるんだがな

 どうも、第七皇子だ」

 あ、そっか。私っていや原作でリリーナ編でも影はあるんだから死んでるわけないしねーってスルーしてたけど、ゼノ君って対外的には行方不明っていうか、逃亡して死んだことになってるんだっけ?

 

 「だ、第七皇子が何の御用で!?」

 と、馬から降りて、ゼノ君は私の方を見る

 「助けてって、これ?」

 「こ、これとは……」

 って震える多分私の結婚相手。青筋立てて怒ってはいるんだけど……言えないよね、相手仮にも皇子様だもん

 しかも上級職で、レベルも8くらいあるっていう、騎士団長の条件を満たしている凄い人

 私ってゲームの戦闘マップは低難易度で流す形でしかやってこなかったけどゼノ君の火力が可笑しかったのは知ってるくらいだもん、自分を難なく消し炭に変えられるスペック差がある相手に文句つける勇気なんてそうは出せない

 

 「うん。私はやなのに、お父さんが無理矢理結婚の話を決めて……」

 と、ちょっとだけ目を閉じて、ゼノ君は私を諭すように優しく、けれど厳しく言う

 「結婚、婚約、そうしたものはある程度貴族の義務だよ。おれみたいな、不幸しか呼ばない呪われた子でもない限りはね

 好き嫌いはあっても……ニコレットだって耐えてたんだし、あまり文句を言っちゃいけない」

 「そ、そうでござるな。何だ、びっくりさせただけでござるか」

 と、雲行きを察して同調するおじさま。脂ぎった手をこすりあわせて、ゼノ君の横を迂回して私に近付こうとする

 ゼノ君は止めない

 

 「でも、信じてゼノ君!これじゃ駄目なの!

 私は……っ!お願い!あの日言った事が本当で」

 涙ながらにそう叫ぶんだけど、ゼノ君はどこまでも静か

 「なら、君は分かっているんだろう?どうこの先動くのか」

 

 うん、そうだよね。普通に考えたら、私転生してて未来を知ってるんだって話を誰にでも優しいから私に酷いことする筈ないよってゼノ君には話したんだから、解決法くらい分かってると思われるよね

 でも、違うのゼノ君。その未来から外れそうで……

 

 此処でゼノ君が助けてくれるのが未来なの!って言いたいけど、それは嘘

 嘘ついてもきっと助けてくれるよ?でも、それはちょっと気が引けて……

 

 そんな間に、静かに見守るゼノ君の前で、おじさまは私の手を握る

 「さあ、結婚式はそのうちで、今は……」

 

 ぷん、と鼻に来るデブ臭。花の香りで誤魔化されているけど、あの香りに敏感な私の鼻はそれを感じてしまう

 これで終わるの?折角キラキラな世界で、私はヒロインで、なのになのになのに

 「やぁっ……誰か……」

 足がすくむ。心臓がバクバク言う

 呼吸が辛くて……体が言う事を効かなくて。焦点が合わない視界に、2つにブレた夫になる見知らぬ人の顔が大写しされて……

 

 不意に、その視界が途切れる。でも、意識が無くなったんじゃなくて、何かが私の目を覆っているだけ

 

 「ゼノ、君?」

 一瞬で私の横まで移動した少年が、その左手で私の目を覆っていた

 「申し訳ない。おれの伝達ミスだ」

 「む?」

 「貴方はアグノエル子爵との対話で彼の娘との結婚の話を持ち掛けられ、それを受けた

 それに問題は無かった、いや無かった筈だった。だがその時、おれがアグノエル嬢に婚約を申し込んでいたんだ

 それを知らぬまま話を進めてしまい、此処でこうして齟齬が出た」

 

 え?

 優しく脂ぎった手を外してくれたゼノ君が、逃げられるように緩く私の肩を抱く

 

 「つまり、彼女を貴方の妻とする子爵の話と、おれと婚約するという彼女自身の話が、伝達不足からかち合ってしまった」

 静かに、私の横で血色の瞳がおじさまを見る

 

 「すまないが、これも皇族の強権。当人同士の意志を優先させて貰おう

 おれの伝達ミスからとんだご苦労をお掛けして本当にすまないが、彼女との結婚は、婚約者としておれが無かったことにさせて貰う。皇族命令だ

 文句があるなら、おれに言え」

 

 その言葉に、少しだけ口汚い言葉を喉の奥で転がし……おじさまは肩を怒らせて立ち去っていった

 

 「いい、の?」

 「おれなりの打算もあるし、それに単純に彼等の行動には大義がある

 親が決めた結婚っていうのは当然のもの。相手が3倍年上なのは確かに酷い話だけれども、感情論で問題視出来るようなものじゃない」

 だから、と結構凄い方法で庇ってくれた彼は、それを感じさせずに微笑する

 

 「それを覆すには、同じだけの大義をぶつけるしかないんだよ

 そういう点で、七大天に呪われた子とされていて魔法による契約書類が書けないおれは、全てが口約束という忌み子の性質は……口から出任せでもあったと突き通せる便利なもの」

 って、ゼノ君は何処かズレた答えを返す

 うん、知ってるんだけどやっぱりズレてるよねこの返し

 「ただ、形だけでも君からの肯定は必要だ。おれと、結婚しないことを前提に婚約してくれないか?」

 

 って、右手を差し出して、灰銀の髪に血色の瞳の攻略対象は、私に向けて言ったんだ

 

 ああそういうことですかとフランがニマニマして見てるけど……そうじゃない

 ゼノ君の好感度は微動だにしていないし、高いけど本気で恋してる程には高くない

 

 ぱっと見だと実は私の事が好きだったとかそういった理由があるようにしか見えないけど、ゼノ君は本気で私が結婚から助けて欲しそうだったからでこの言葉を切り出してるんだよね……

 いや情緒バグるよ!?ゲーム知らなかったら私の事好きなんだーってなっちゃうでしょこれ!?

 勘違いさせる行動にも程があるっていうか何人か女の子泣かせてきてそうだよねゼノ君……

 例えばニコレットちゃんとか原作でゼノ君の事を凄く嫌ってたけど(っていうか婚約者が居るヒーローってどうなの?ってなるからゼノ君が攻略対象であるために絶対に上手く行かないし愛がないことって必然なんだけど)、あれ多分きっとこれで勘違いして泣いたとかそんな理由だよね

 

 「アグノエル嬢?」

 って、ゼノ君が目を白黒させる私を見て怪訝そうかつ心配そうに目線を下げて見てくる

 「リリーナ」

 ぽつりと言った言葉に、虚をつかれたようにゼノ君は一瞬呆けて

 

 「ああ、そうだ。形だけでも婚約するなら、この言い方は間違っていた

 すまない、リリーナ嬢」

 って、もう一度手を差し出したんだ




???「皇子さま?婚約って結婚の約束なんですよ?
結婚しない前提ならしない方が……」
???「おー、ステラもその前提で婚約したいなー。だいじょーぶ、ちょーっと借金のかたに前提を変えるだけだよー?」

ゼノ君はアホなので結婚しない婚約なるなぞの物が出てきてますが気にしない方向でお願いします。

あと、竪神君人気無いですね……なんで一人負けしてるんです?


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異伝 桃色少女と兄の真実

ど、どうしよう!?私、ゼノ君と婚約しちゃったよ!?

 

 って、馬車は慣れてないと疲れたよね?と一人にしてくれたゼノ君を置いて部屋に入るや使ったことの無いベッドに飛び込み、枕に顔を埋めて足をばたばたさせる

 どうしようどうしよう!?原作には絶対に無いよこの展開!?

 というか、これが本来リリーナ編では不可能だったゼノ君ルートへの布石……?

 

 そう思うと俄然頑張れる気がしてきたけど、やっぱり未来の話とか話しちゃったゼノ君には色々と打ち明けないと駄目だよね。原作では違うとか……隠しても良いかな?

 だって、ゼノ君ってあんな人なのはゲームで分かりきってるんだけど、それでも私に都合良すぎる展開だし

 

 それに、ゼノ君ってゲーム内でも結構特別なんだよね。いや、もう一人の女主人公編限定で攻略できるのもそうなんだけど、乙女への配慮的な意味でも

 あのゲームが当初イマイチ人気出なかったのってSRPG混じりってのもそうなんだけど……大手が出している手強いシミュレーションの系譜を汲んでるっていうのも一つ要因なんだよね

 乙女ゲームだしちゃんとシナリオもあるんだけど、ああしたゲーム的に絆支援を進めると個別イベントが起きてペアエンドもあるっていうシステムが、乙女ゲームと相性悪かったんだよね……

 だって、頼勇様だって私(リリーナ)以外にもゼノ君の妹のアイリスや宰相の娘のイヴとのペアエンドがあるんだし、もっと早くに登場するキャラの男女絆支援はもっと沢山。絆支援を進めたら、攻略対象だって女キャラとくっ付けられるんだよね……支援Sで告白とかしちゃって完全にカップルにもなるし、そのままペアエンドで結婚してたりする

 そういうの、乙女には問題だと思う。いや、支援進めなきゃ良いんだけどね?ゲーム上でヒーローをヒロイン以外と恋愛させられる事実がまず困るっていうか、割り切れる人と割り切れない乙女が居る地雷要素なんだよ

 その点、ゼノ君は他のペアエンド持ちが、兄妹結婚は不可能じゃないけど徹頭徹尾兄としての態度が崩れないからそうなりそうもないアイリスと、恋愛って感じがないティアの二人だけ。恋愛っぽくなるのが主人公ただ一人ってきっちり配慮されてるんだよね

 

 だからこそ、ゼノ君と婚約って事は嬉しいよ?

 でも、大丈夫なのかな……って

 そんな事を思いながら翌日

 

 「ゼノ君、ゼノ君ってどうして此処に居たの?」

 って、屋敷にまた訊ねてきてくれたゼノ君に私はそう訪ねた

 「リリーナ嬢。アグノエル領土の横は?」

 「えっと……」

 何処だっけ?私ってそこまで詳しく淑女教育されてないんだよね

 「君なら知ってるだろう?おれの乳母兄の家は?」

 「あーっ!ランディア子爵領!」

 「そう。そこにレオン達の見舞いにね」

 「そうなんだ、確かに、子爵領と辺境の間にうちはあるから……」

 あれ?でも何で?

 

 「ゼノ君?レオン君って普通にゼノ君と同行してるよね?ちょっと確執から疎遠っぽいけど」

 ゲームではその筈

 「そうか。君の知る未来ではそうなっているんだ

 でも、現実のレオンは、おれのメイドのプリシラと共にそういったものは引退して、二人で家族の領土に帰ったよ。というか、もう良いとおれが帰した」

 「え?」

 メインキャラじゃないけど、味方キャラだよ?何で?

 

 「どうして?」

 「大事な人を喪う恐怖を知った。大事な人を奪う脅威を目の当たりにした

 そんな時に、立ち向かう勇気はレオンには無かった。それだけだよ」

 というか、プリシラって誰?誰なの!?

 話を聞くにレオン君の恋人でゼノ君のメイドらしいけど、私知らないよそんなの!?

 「……というか、おれのことは後で話すよ

 今はどうして君が困っていたのか知りたい」

 って、優しく諭してくるゼノ君

 その血色の瞳に見詰められて、私は言葉を紡いでいた

 

 「……お兄が死んで、全部パァになって」

 「そう、か。"ルートヴィヒ"・アグノエル」

 苦々しげに話をきいたゼノ君は重く頷く

 「ゼノ君?」

 それが、とても思い詰めているようで。私はその瞳を机越しに覗き込む

 「どうしたの、大丈夫?」

 「あんまり、大丈夫じゃない」

 「え?」

 

 「……すまなかった。今のこれは、おれのせいだ」

 と、いきなり目の前の皇子様は私に頭を下げたの

 「え?えっ!?

 いやゼノ君のせいなんて何処にも……」

 「違う!」

 強い言葉に言われて、私はびくっ!と体を震わせる

 

 「リリーナ嬢。これからおれは、君の夢を壊すことを言う

 嫌なら、止めてと言ってくれ。そうしたら、おれは君の夢を護る」

 「ねぇゼノ君、どうしたの」

 分からなくて、でも思い詰めてるのは気になって私はそうやって気楽に踏み込んで……

 

 「おれだ。君が結婚させられかけた元凶は、おれなんだ」

 「いやそんな訳ないよ、だってゼノ君は何も画策なんて」

 「おれが元凶だ。だって……

 おれが、ルートヴィヒ・アグノエルを殺した」

 へ?

 思わぬ言葉に、私は硬直する

 でも、原作のゼノ君的にそんな事理由もなしにする筈ないから

 「それって良くある助けられなかったから自分が殺したようなものって奴だよね?」

 なのに、彼は真剣な顔付きで、何かを後悔するように奥歯を噛んで、首を横に振る

 「違う。言葉通りの意味だ。この手で、この両手に握り込んだ剣で、その首を跳ねて、おれが殺害した

 おれが、ルートヴィヒ・アグノエルの命を奪った」

 「でも、病死って……」

 「聖教国に留学してたんだろ?だから、向こうが暫くは揉み消してくれていたんだ」

 おれは指示してないから勝手にやってくれてたみたいだけど、と自嘲するように彼は言う

 

 「なん、で」

 その言葉に、ゼノ君はシロノワール、と八咫烏を呼ぶ

 「すまないがこの先の話はアグノエル嬢のプライベートに関わる。二人っきりで話させてくれ

 頼みます」

 カアと鳴いて、影から現れたカラスは壁をすり抜けて何処かへと飛び去っていく

 「そちらの人々も。己の主人かその愛娘の為に」

 

 そうして二人きりになると、真剣な顔付きでお兄の仇?な彼は切り出した

 「真性異言(ゼノグラシア)

 「ぜのぐらしあ?ゼノ……君の何か?」

 「違うよ、アグノエル嬢。君が昔話してくれた……別の世界で別の自分の記憶を持ち、知り得ない筈のものを知る者。異世界転生者

 そうした者を、此処ではそう呼ぶんだ」

 「へー」

 ん?関係あるのかなこれ?

 

 「そして当然だけど、ちゃんと言葉がある事から分かるように、記憶持ちは君一人じゃない

 一世代に一人居るかもしれない……ってくらいには、そうした者達は居る」

 「うん」

 ひょっとして、だからゼノ君も原作と違うのかな?

 私はそこまで深く関わってないけど、あのアナスタシアにゼノ君推しが転生したらもうパラダイスだしね

 

 「これから君の知る未来を聞かせて貰いたいけれど、それは……『乙女ゲームのシナリオ』と呼ばれるものなんじゃないか?」

 「そうだけど、ゼノ君分かるの?」

 「分かる。おれは……『乙女ゲームのシナリオという残酷な運命から少女達を解き放つ』という大義を抱え、《円卓の(セイヴァー・オブ・)救世主(ラウンズ)》を名乗る相手と対峙したことがある」

 

 何となく分かった。え?でもそれって……

 「それ、お兄?」

 静かに、少年は首肯する

 

 「ああ、かつての聖女の時代に死んだ筈の魔神族スコール・ニクスとスノウ・ニクスを従え、民やエルフ達に呪詛による疫病を撒き散らす事で、多くの人々を傷付けシナリオなるものを破壊しようとしたルートヴィヒ・アグノエル

 おれは、彼をこの手で殺した」

 罪の告白のごとく、まるで懺悔するように少年は語る

 「この眼」

 って、ゼノ君は自分の朱色の傷痕が残るざっくりと抉られて無くなった左目を指差して、更には軍服の襟を引っ張って首を見せてくれる

 何か艶かしいけど……その首にも、古くて深かったろう一筋の傷

 「そして首の傷は、彼等との戦いで付いたもの」

 

 うん!これが正しかったら仕方ないよね!

 

 全くもう、ゼノ君は原作で割と何時もそうなんだけど、言い方が悪いよ。心臓に悪すぎるって私は膨れっ面をしてみせる

 実はお兄が悪い人で、ゲームではモブだけどシナリオ改変して例えばあのアナスタシアとかを手に入れたくて悪事を働いていたから殺して止めたって話でしょ?呪詛とかはちょっと分かんないけどさ

 ゼノ君そんな悪くないよね?殺さなかったらゼノ君が普通に殺されてそうだし、何とかして捕まえたとしてお兄何処からどう見ても危険な犯罪者じゃん。そんなお兄を次期当主に据えておくとか無理だし……結局私が無事に乙女ゲーム始められる可能性無くない?

 寧ろゼノ君が助けてくれないから誰かと結婚確実か、罪を購って教会に入るかしかないよねこれ?

 

 ゼノ君の言葉が真実なら、って話だけどね勿論

 でも……だってゼノ君だよ?そこら辺をいけしゃあしゃあと嘘ついて私を味方にしようとか出来そうにないキャラ筆頭だと思う

 というか、私に取り入るなら先にお兄が悪かったんだって言って同情を引きそうだし、第一私って何度かゼノ君と会ってるんだけど一度たりともファンの私の前で解釈違い行動起こしてないし。これで実はゼノ君が私を騙してたーって言われたら寧ろ感心する

 

 「うん。信じるよ」

 

 「ああ、だから……

 今の事態はおれの責任だ、アグノエル嬢。おれは君を護るために婚約を言い出したが、何でも好きに活用してくれ」

 なのにどこまでも律儀?に、彼はそう言ったのだった




???「皇子さまにはわた……アナスタシアとアイリスちゃんと、アステール様とノアさんが居るからもうリリーナちゃんなんて必要ないと思います
皇子さまがそれで幸せになれるならまだ良いんですけど……」


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異伝 桃色少女と未来の話

「ゼノ君、私はゼノ君を信じるよ

 だってゼノ君は、私が知ってるそのままのゼノ君だし、お兄にスノウってメイドが付いてたのは私も覚えてるもん」

 魔神を従えてーって言うけど、それが本当は嘘なら私の記憶と違うもんね

 

 そっかー、雪って名前は銀髪ならそれなりにあっても可笑しくないなーって思ったけど、魔神の名前でもあるんだ。私不勉強だったかなー

 でも、ゲームの事を忘れないように反復したりノートに書いたりしてたから、結構それに時間取られてゲームでは出てこなかった事は学んでないんだよね

 ま、どうせ学校行くし?って思ってたんだけど……ダメだったかな?

 

 そんなこんなでニコッと笑って私は言うんだけど、何処かゼノ君は浮かない顔

 「そう、か」

 「どうしたのゼノ君?」

 「おれは、君の兄を、家族を殺したんだぞ?そんな軽くて良いのか?」

 左拳を握り締めて、少年は問い掛ける。右手は……今もずっと、皇族だからとあらゆる場所で帯刀する権利を行使して持ち込んだ月花迅雷の柄に掛かったまま

 

 「おれは……」

 あ、そっか。ゼノ君って妹と仲良いもんね。妹側だけちょっとインモラル入ってそうなくらいに。やっぱり兄妹仲を裂いたこと、無駄に気にしてるのかな

 「ん?気にしてないよ?私って、お兄お兄ばっかりで家庭内でも割と浮いてて、良い思い出全然無かったし」

 寧ろ、粘っこい視線が怖かったんだよーってぱたぱたと手を振る

 

 いや、私だってちょっと男の人怖い事もあるけど、好かれたいよ?だから乙女ゲームをプレイしてたんだし

 でも、ああいった性欲にまみれたのは背筋が凍るからやなんだよね。兄の癖に妹を性の対象として見てそうなお兄、正直留学してくれて助かったーってずっと思ってたもん

 

 暫くして、何か息を吐いてゼノ君は右手を刀の柄から退けて、私に笑いかけた

 「分かった、君を信じよう、アグノエル嬢」

 「リリーナ」

 「ああ、君がそれで良いならば

 すまなかったリリーナ嬢。怖かったろう?」

 そう言われて、ゼノ君の瞳とそしてその刀に手を掛けた気配に、攻略対象が目の前に居るのに食い付くどころか少しだけ椅子を引いていた事に漸く気が付く

 そそくさと椅子を直す私に、ゼノ君は優しく笑ってくれる

 

 「すまなかった。けれども……円卓の(ラウンズ)と名乗る以上、彼等は決して一人じゃない。君がもしも兄と同じくその一員であり、だから彼に何もされなかったのだとしたら、そう考えると、つい身構えてしまっていた」

 困ったように目尻を下げて、彼は胸ポケットから小さな布を差し出す

 「女の子に向けて睨み付けるなんて、皇族失格も良いところなのにな

 本当にすまない。これで汗を拭いてくれ」

 

 その白い布で私はいつの間にか出ていた汗を拭う

 わっ!凄い量!気が付かなかったよー

 でも、仕方ないよね。お兄が悪者だったなら、その妹で転生者だってゼノ君に言っちゃってた私は?って警戒されるのも当然だよ

 寧ろ、怯えているって私ですら無意識だった事に気が付いて警戒を解いてくれるだけ優しい……って言いたいんだけど、好感度がフラット過ぎて結構感情が分かりにくいんだよねゼノ君

 本当に警戒してないのか、表面上なのか、私の眼でも全く分かんない。周りに見えてる数値も-20と0とって前と変わらないしね

 

 「それで……真性異言(ゼノグラシア)な君の言う未来を聞かせてくれないか?」

 姿勢を正し、真剣な眼で見詰めてくるゼノ君

 やっぱり、ちょっと火傷痕があってもイケメンだよね、流石攻略対象

 「うん。ちょっと骨董無形かもしれないけど、後一年ちょっと後には魔神が封印から蘇るんだ」

 「知ってる。というか、激突したこともあるし、既にルー姐やおれ、後はシルヴェール兄さんは本格的な復活に備えて動いてる」

 はやっ!?手が早いよゼノ君!ってか、そんな事になってたの!?

 

 「そんな中、ほぼ一年後かな。私が聖女に選ばれるの!」 

 どう!すごいでしょ!と喜色満面、ニッコニコで私は言う

 ゼノ君もこれにはびっくりだよね、少しだけ目を見開いて反応してくれる

 

 「聖女、君が……か

 いや、すまない。聖女の預言はあったが、もっと高位の貴族の可能性を考えていた。ただ……七大天の女神が選ぶもの、常識で考えても仕方ないのか……」

 ちなみに、候補としてはゼノ君に付きまとってたあのアナスタシア・アルカンシエルもそうなんだけどそれは言わない。私に不利だしね!

 それに、聖女候補が複数とかゼノ君を混乱させちゃうし……

 

 いや、言った方が良いのかな?あの銀髪、絶対にゼノ君大好きっ子でしょ?狂信者とか頭アナスタシアとか言われてたのと同類の……って、当人なんだから頭アナスタシアは当然なんだけど

 彼女の幸せまで考えたら、ここで教えてあげた方が……ってちょっと思うけど、やっぱり止めておこうかな

 ほら、転生ものの小説であるじゃん?二人は原作ではくっつく運命なの!って言われた二人が妙に意識して逆にうまく行かないとか

 って、ゼノ君は絶対に私をストーカーして傷付けたりしないし好き寄りのキャラだから、取られたくないなーって気持ちもちょっとあるけど

 でも、そもそも私が目指したい逆ハーレムルートって、大団円というかみんなちょっとずつ見せ場があるおまけルートって感じで、突入条件も確か攻略対象全員との絆支援値がC、が必須。B以上のキャラが居たら駄目なんだよね

 それを考えたら……

 

 いやでも、ゼノ君ルートって原作では無いけどさ?目の前に居て婚約してって凄い状態だよ?わざわざそれを潰す必要なくない?

 

 なんて目を白黒させていると、ゼノ君は大丈夫か?とお茶をポットから自分で注いで出してくれる。結構注ぐの上手い

 「あ、ごめん、考え事で……」

 「異世界の記憶を話すんだから、そうもなるかな

 少しずつで良いよ」

 「うん、大丈夫」

 一口ゼノ君が用意してくれた(って言っても元々はフランが置いててくれたものだけどね)お茶を一口。ハーブティのすーっとした香りが鼻に効いて、意識を切り替えた私はくすっと笑ってから話を続ける

 

 「その中で、聖女である私は学園で多くの人と出会って恋をして……そうして、そんな人達と共に、聖女として魔神王に挑むことになるんだ」

 要約するとこうだよね?

 それに頷いて、ゼノ君は更に問い掛けてくる

 

 「恋をする、か。不躾な質問にはなるけれど、その相手は?」

 じっと見据える眼。何を思ってるんだろう……って、その相手が転生者で敵である可能性を見極めようとか、きっとそんな感じなんだろうけどね?少なくとも、その相手への嫉妬とか全く無い。婚約者って何だっけ?

 ここで

 「ゼノ君!」

 って叫んでみたいんだけど……あっ!

 

 「……おれ?」

 あ、スッゴく面食らった顔してる!レア!スチルよりもレアだよこれ!

 でも、ゼノ君って恋愛とか滅茶苦茶硬いからね。みるみるうちに疑うような目になる

 「ごめん半分嘘。誰かがゼノ君と仲良くなる話があったのは覚えてるんだけど、相手が私だったか曖昧なんだよねー」

 って慌ててフォローする私。実は覚えてるんだけどね、相手は私じゃなくてアナスタシアって

 でもちょっとくらい良いよね?ゼノ君ルートがあることは本当だし

 

 「本当か?そんな気はしないんだが……」

 って言いながらも何となく分かってくれたっぽいゼノ君にふぅ、と息を吐いて、私は続けた

 

 「ゼノ君は皇子だから多分分かるかな?

 まずは、シルヴェール様」

 「第二皇子で、教師やってるね」

 「次に、ガイスト君」

 「ガルゲニア公爵の息子。アイリスの友人」

 そうなんだよね。ガルゲニア公爵家って本来ならもう崩壊してそうなんだけどそんな気配全然無いの。どこかで惨劇が起きてガイスト君以外が全員……あれ?名前は何だっけ?

 兎に角、お兄さんに殺されちゃうんだよね。その筈なのに、お兄さんは何処かに行方を眩ましちゃうし、惨劇は全然起きてなくて

 

 「あれ?ひょっとしてだけど、ガイスト君のお兄さんはまさか」

 「真性異言(ゼノグラシア)の一人だ。ルートヴィヒ……君のお兄さんと共に、星壊紋を撒いているところに遭遇した」

 「殺しちゃったの!?」

 「いや、逃げられた。相応の手傷は負わせたものの……リリーナ嬢も気を付けてくれ」

 だからガイスト君って原作より厨二台詞言うときに余裕があるんだねー

 ってあれ?これ私ガイスト君攻略するの無理じゃない?勝手にゼノ君達が心の傷を未然に防いじゃってるんだけど?

 まっいっか。家族と使用人達を全員殺されるなんて悲劇、ないほうが勿論良いよね!

 シナリオが変わるのは不安だけど、そもそも死にかけるけど助かるとかそんなんじゃなくて、虐殺が起きたって重い過去だもん……うん、仕方ないよ

 

 「後は、エッケハルト君」

 「辺境伯の息子で、最近聖教国から目を付けられてる」

 「え?そうなの?」

 「とある場所で、初等部に留学していた枢機卿の娘と縁が出来たらしい」

 ……うーん、厳しい!

 「頼勇様……は、分かんないかさすがに」

 なのに、ゼノ君はいや?と首を横に

 

 「竪神、頼勇。倭克の出だろ?

 彼が手を貸してくれなければ、おれはルートヴィヒを止められてない。恩人だ」

 嘘!頼勇様来てたの!?

 会えたら良かったのに……

 

 「君が来てくれた劇も鑑賞してたらしい」

 「え!?うっそ!?」

 ニアミスしてたの!?ざ、残念……

 

 なんて思いつつ、ここで止めておく

 全員覚えてるっちゃ覚えてるんだけどね。シナリオが曖昧なキャラも居るし、ちょっと私的にはあまり深入りしたくないのも居るし……

 「私が覚えてる相手はこれくらいかな

 あと、ゼノ君もそうだったかもしれないってくらい」

 その言葉に、反芻するように彼はなにかを考えて目を閉じる

 

 「っていうか、ゼノ君」

 「大丈夫。おれが、君を学園に通わせる。君の知る未来のために、幾らでも協力する」

 「そもそも、私……学園に行って良いの?」

 って、不安になって私は聞く

 

 だって、ゲームでは恋愛する場所が必要だから学園に行くけどさ。現実だよ?

 聖女なのに、のんびり青春して良いの?

 「良いんだ、リリーナ嬢

 そもそも、本来君のような女の子に、聖女だとしても戦わせるのが間違ってる」

 って、彼は原作でも言いそうな持論を語る

 

 「本来は、おれが……おれ達が、何とかすべきなんだ

 有事に民を護るからこそ、皇族なんて名乗って人々の上に居るんだろう。相手が魔神王だろうが何だろうが」

 でも、と自身の愛刀に目を向けて、彼は呟く

 「それが出来ないから、君達の手を借りなければならない相手だから

 聖女の預言があり、七大天が聖女を選ぶということは、彼女無くしては何ともならない敵だって事だから」

 すっと眼を上げて、彼は片眼で私を見る

 

 「君の言う未来が本当ならば、円卓の(セイヴァー・オブ)救世主(・ラウンズ)にも魔神にも邪魔はさせない

 これ自体酷いことだけれども、せめて。この世界を好きになって、大事な人が出来て、心からこの世界を護りたいと思えるように思春期の大事な時間を皆に

 それが、ルー姐とおれと、アイリスの誓いだ」

 うん。これ乙女ゲームなら攻略対象確定の台詞じゃないかな!?

 ゼノ君ってば、女の子泣かせるの上手くない?

 

 「でも。確定じゃないけれど、君が聖女で貴族で良かった」

 「そうなの?」

 ふと漏らす彼に、首をかしげる

 「貴族はまだそれなりに領民を護る義務を持つ

 だが、万が一平民だったら、おれはどんな面をしておれ達に護られるべき民に向けて『聖女だから戦え』と言えば良いのかと」

 

 え?その面だよ?

 

 無駄にシリアスそうなゼノ君に向けて、私は心のなかで突っ込んでいた

 ゼノ君が頼めば絶対に喜んで戦ってくれるよあの子




おまけのルー姐(第四皇子ルディウス)のカスタムキャスト制作
【挿絵表示】

こんな男上司(女装癖)が居たら兵士の性癖が……


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異伝 聖なる腕輪の清少女シエル

ということで、コン畜生編兼アナちゃんの今編です


「ふっふっふー、誰でしょー?」

 って、ステラは小さな七つの像じゃなくておっきな一つの像と水差しが置かれた白い石造りの部屋で、無駄におっきくてムカつく胸の前で手を組んで祈る薄い灰色のヴェールを被った女の子の目を後ろから塞ぐ

 

 「あ、えっ!?」

 って、その女の子は一瞬戸惑って肩をびくってさせて……

 「アステールさま?」

 って、一瞬で正解に辿り着く。うーん、つまんない

 

 「うん、ステラだよ?」

 って、けれども正解は正解。ステラはおっきな耳をピン!と立ててから目隠しを外してあげた

 「アステールさま、どうしたんですか?

 あっ、もっと敬語とか使わなきゃ駄目ですよね、すみません」

 って、膝をちゃんと床に付けたままくるっと振り返ろうとする女の子

 それに別に立って良いよ?ってステラは怒らない証拠に最近三本目が生えてきた尻尾のうち左右の二本を上下にぱたぱたと振りつつ、右手を出した

 

 「あ、有り難う御座います」

 って、手を借りて立ち上がった女の子は困ったように笑う

 「ご免なさい。やっぱり、学がないわたし、敬語とか使うの苦手で……

 しっかりしないとって、分かってるんですけど」

 「おーじさま、自分に敬意を払われないこと、寧ろとーぜんって思ってたもんねー」

 唇に左手の人差し指を触れさせ、困った人だよねと同意を求める

 

 「シエル様、この方は」

 と、そこで女の子を見守っていた緑の神官服の男の人が困ったようにそう問い掛けてくる

 「見たところ亜人のようですが……

 シエル様に気軽に触れるなど」

 「わたし、元はただの孤児ですよ?」

 「それにー、ステラはステラだもんねー

 アステール・セーマ、で良いー?」

 って、その子の護衛……を多分勝手に買って出ている神官に向けて、瞳の中の星を見せ付けるように片目でウィンク

 

 「セーマ、そしてその瞳は……

 失礼しました!ですがシエル様程の方が孤児だなどとご謙遜なされる必要は」

 「うんうん、この子もステラが免罪したんだよ?あんまり邪魔しないでくれるとうれしーな」

 分かるよね?と、ステラは微笑む

 「すみません。わたしに付き合ってくれてるのは助かるんですけど、アステールさまの為にちょっと席を外してくれませんか?」

 と、多分憧れの子にも言われて、コクコクと頷く緑服の神官

 「あ、あと……すみませんけど、この水を、熱を訴えてる子供のみんなにお願いします

 祈って腕輪の力を込めたから、一口飲めばきっと良くなりますから」

 「何と、流行り風邪のために……

 はっ!我らが聖女の御心のままに」

 ってビシッ!として彼は大きな水差しを持って出ていった

 

 それを見て、聖女なんかじゃないんです……って恥ずかしそうに少女は俯く

 

 「あー、残酷だよねー」

 って、その背を見送ってステラは呟き、改めてステラより頭1/3くらい(耳は含まないよー?)背丈の低い女の子を見た

 ゆったりした作りのワンピース状の神官服。それなりに上の地位の人しか着れない可愛さ重視の白いワンピースはあんまり体の線が出ないんだけど、それでもそこそこ開いた胸元にははっきりと二つの大きなお山があるのが分かるし、男の人を惑わせる谷間もちゃんと少し見える。サイズ合ってないからねー、背丈が低いのに胸ばっかりおっきいから想定より押し上げられるって、嫉妬するよねー

 腰はきゅっと金線の入った蒼いリボンで締められていて、風であんまり大きく捲れないようになってる。ふつー要らないんだけど、胸のせいで締めないとお腹部分がすっかすかで風でめくれたら真っ白いお腹まですぐに見えちゃうんだよね。ステラそういうのズルいと思うなー

 膝上までのスカートの裾はフリルで二重になっていて、そこだけ水を思わせる薄青く透けた素材。そこから見える太ももはちょっとだけ昔の貧しい食生活の名残を感じさせる細さを持ちつつも健康的で、女の子のステラから見ても眩しい。そんな脚を膝まで覆うのはフリルとリボンで可愛さを加えたニーソックス。他は龍姫の青で統一されているけれど、これだけ個人の趣味で桃色

 腕には肩が出るワンピースとはセパレートされた袖部分。その袖に隠されているけれど、良く見ると蒼い腕輪が間からちらっと見える。首元にはフリルとリボンでワンピースの大きな胸元露出を抑えられる襟付きタイ

 そして何より、ステラが初めて会った時から……というよりそれ以前から、かれこれ10年近くずっと付けているらしい、雪の髪留め。おーじさまが選んで皇帝陛下が持ってきた、透き通った結晶製の……今ではたった一つだけ残った思い出だっていう道具

 それで彩られた顔は、大きく優しげなアイスブルーの瞳に、悔しいけどステラも美少女って認めざるを得ない可愛い系の顔立ち。髪の毛がちょっとした額で売れた頃の名残だけれども気に入っているからと今でも一部を残して切り揃えられた結果の左サイドテールのような髪型は、龍姫様の加護があるんだろうねーって何となく分かるような微かに青みがかった淡い色の銀髪

 

 「報われない恋って大変だよねー、シエル?」

 「わたしは……」

 って、ぽつりとその少女は返す

 「でも、仕方ないよねー。秘蔵の子。教国の腕輪の聖女……アナスタシア・アルカンシエルだもんねー」

 ってステラは、目の前で困る、おーじさまにつきまとってた元孤児の子に向けてそう呟いた

 

 にしても、凄いよねーってステラは耳をぴこぴこさせる

 ステラもびっくりだけど、あの時免罪符で助けて聖教国に連れてきたら、またたく間に頭角を現して気が付くと聖女って呼ばれて祭り上げられてたんだよね

 もう驚きってレベルじゃなかったんだけど、考えてみればあの子、流水の腕輪使えるんだからそりゃそうだよねーって納得

 エルフの秘宝である神器を持ってて、それでとはいえ聖女の力を使えるならそりゃ聖女扱いされるに決まってるよねー

 

 お陰でたった二年で、彼女はかつて孤児だったなんて誰も信じない。今ではお偉いさんであるアルカンシエル家の秘蔵の子だったってカバーストーリーすら与えられてるの

 本当の出自を覚えてるのは本人とステラくらい。ま、所詮みんなその頃の事知らないしね

 

 「頑張ってるねー」

 って、ステラは言う

 「皇子さまに追い付きたいですから。あの人みたいに、出来ることがあれば、わたしだって何とかしてあげたいです」

 って微笑む彼女は、ステラでもキラキラに見えて。うん、男のファンとか胸元のガード緩いし増えるよねー。可愛い服ってだけで本人着てるけど、えっちだし

 本人は一筋っていうか、完全に一途なんだけどね、ちょっと嫌なことに。

 

 ステラはやさしーから、おーじさまの浮気は許すけど。でも、この子はちょっとねー

 触れれば触れるほど、今は他の男の人には一切見向きもしないっていうのが分かるから困る。浮気はいーけど、本気はやだなーって

 

 男の人を嫌うわけじゃないんだけど、好きなのはおーじさま一人って、本当に困るよねー。邪険に扱うわけにもいかないし、かといっておーじさまの一番を取られそうでイライラするし……

 神様の力で存在を教えて貰った魔神の子なんかは、一番になる気がないっぽいから良いんだけどね

 

 ほんと、あの妹並みに危険だよこの子

 って思いながらも、ステラは口にはしない

 

 「やめたほーが良いよ?」

 とだけ

 

 みるみるうちに、その瞳が曇る

 「だって、七天教に居たら分かるよねー。忌み子、呪われた子、そういったものが……どれだけおぞましい化け物扱いなのか」

 それが困りものだよねーとステラも溜め息を吐く

 

 「どうして」

 「どーしてもこーしても、神様の与えた奇跡の力である魔法に対して、特別な呪われたはんのーを返すからだよ?そんなの、おぞましい化け物だよねー」

 「でもっ、神様は皇子さまの事を呪ったり嫌ってなんか」

 「しょーこがないよ?

 神々の声を聴けるのがステラ達の特別。ステラ一人で神様の言葉を訴えても、呪われてる事実が導く嘘を覆すのはしょーこ無しでは無理かなー」

 「でもっ!」

 「シエルはアルカンシエルのお家の秘蔵っ子。そんな大事な大事な聖女さまが忌み子となんて、結婚とか」

 冷たく、ステラは事実を言いかけて

 「……わたしは、皇子さまのお嫁さんになりたいなんて、そこまでは思ってないです

 ただ、あの人の、いっつも一人で傷だらけになる皇子さまの手を取りたい。側で支えてあげたいだけで、メイドさんでも何でも良いんです」

 ぽつりと大事そうに髪飾りに触れて呟く銀髪娘

 遮られたけど、結局のところこの思考が一番ステラにとって危険だから無視して言葉を続ける

 「それどころか、話すことすら歓迎されないよ?」

 

 「それは、アステールさまも」

 「んー?ステラはまだ結局のところ薄汚い獣の血って言われてるからねー」

 って、自慢の耳をぴこぴこと左右に振る

 

 「この耳と尻尾がステラの穢れ(ほこり)。おとーさんみたいに受け入れてくれる人も多いけど……

 珠傷があるから、ステラはだいじょーぶ。所詮穢れてるって、血筋があんまり大事にされてないからねー」

 ま、とステラはかるく跳ねて少女に背を向ける

 

 「残念だけど、それでも流石に結婚相手にするともなると、()めろ止めてくれそれだけはあり得ないって()められるんだけどねー」

 全く、分かってないよねーって、ステラは顔だけ微笑(わら)

 

 「でも、シエルはそういった傷のない腕輪の聖女さま。下手したら、ステラよりも大事な扱いされる人」

 本当の聖女じゃないけどねーってニコニコ笑う

 此処で言う聖女は神が選ぶものじゃなくて、教会が勝手に名乗らせてるもの、預言のとは別人なんだけど……

 

 「諦めたほーが楽だよ?」

 「諦めるって……」

 少女の眼が虚ろになる

 「聖女シエル様を呪われた忌むべき怪物から護るために、みんな頑張るよ?こっちに押し付けられたあの第三皇子とかー本当にみんなが

 一人で大きな善意に立ち向かうより、いっそ割りきって、おーじさまなんて忘れて恋をした方が人生たのしーよ?みんな好いてくれるって、羨ましー生活になるし

 それに、おーじさまってけっこー酷いから、きっと報われないよ?」

 「それでもわたしは、アナですっ!只のアナスタシアで……腕輪の聖女シエルなんかじゃないんですっ!

 皇子さまに助けられて命を繋いだ、幸運だった孤児でっ!」

 って、それでも少女はスカートの袖を軽く握って叫ぶ

 

 「……どれだけ大事でも、罪を購った時にその過去は無かったことにされちゃったんだよ?

 今のシエルは、その子とは別人……って事になってるし」

 それが免罪符。どんな罪でも購うし誰も口出し出来ない代わりに、今までの過去を無くすもの

 記憶とか消えるわけじゃないけどね。神に仕える人間として生まれ変わったような扱いをされ、過去の事は地位も何もかも無視される。それは、低い地位も高い地位も同じこと

 

 元々大貴族でも、奴隷でも、免罪符で罪を購われた後は一緒の扱い。その先は、七柱の神様の祝福や実力といったものだけが意味を持つ

 その中で、この子は神の一柱の龍姫様が直々に目をかけていて神器を与えているって最上級の祝福持ち。だから、こうなるんだよねー

 

 おーじさまの役に立ちたいって頑張れば頑張るほど、おーじさまより遥かに高みに奉り上げられてしまう。本人は一途なのに、どんどんと尊いものを忌み子から護れって善意によって出来た障壁が膨れ上がる

 

 「わた、しは……」

 って、その何時ものキラキラさが抜け落ちた瞳から光が溢れる

 「やめてほしーな

 泣かせたってバレたら、ステラでも怒られちゃうんだよ?」

 教皇の娘でも問題視されるなんて扱い相当だよねーって苦笑して、ステラはハンカチでその溢れる涙を拭った

 

 「でもだいじょーぶ!」

 って、今回此処に来た目的の為にステラは尻尾をくゆらせて叫んだ

 「アステールさま?」

 「ほんとーはステラもりゅーがくしたかったんだけど、それは止められちゃったんだよねー

 でも、ほら。おーじさまのおとーさんから、絶対に貴様が持ってったあの銀髪娘を帝国の学園に来させろ、ってお手紙貰っちゃってねー」

 困った人だよねーって尻尾が恐怖で丸まる

 

 「出来なければ(コン)畜生として狐鍋って、お姫さまに対する言葉じゃないよねー

 でも、ステラ狐鍋はやだから、頑張ってがっこー通えるようにするよ?」

 「がっ、こう?」

 「そーだよ?おーじさまが妹のために暫く通ってた初等部の上、皇立帝国学園こーとーぶ」

 「……でも、」

 って沈んだ顔のままのアナスタシアに、ステラはしょーがないなーってその胸に軽く指を埋めて沈む意識を逸らしつつ告げた

 まだ育ってる途中だけど早くステラも欲しいなーって、一足先にアピール始めたマシュマロに恨みを込めてちょっと強く

 

 「きゃっ!?アステールさま!?」

 「おーじさまは絶対に来るよ

 だって……あそこに居ないと世界を護れないしね?」



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異伝 ノア姫とプライドの別れ

「はい、お仕舞い。解析出来たわよ」

 と、ワタシは預かりものであった黒いマントを目の前の青年に近付いた少年に向けて手渡した

 本当は必要ないのだけれども、形だけね

 

 「それにしても、恐ろしいものね、コレ。相当時間が掛かったわ」

 と、ワタシはマントが触れていた手を火魔法で軽く炙って消毒しながら呟く

 本当に、厄介。ワタシこれでもあのティグルの孫娘なのだけれど。それでしっかりどういうものかを鑑定するのに魔法を使った上で相当掛かるなんてね

 お陰で、彼はマントを羽織ったまま勝手なことをするし……最近はワタシの知らないし興味も無い筈の桃色少女相手に婚約なんて持ち出していたわね。彼に許可を取って遠見の魔法で見させて貰った……というか、いつの間にか貰ってきていた彼の妹が無断で仕込んだ遠見魔法に許可を得て相乗りさせて貰っただけだけれども

 だから、残念ながら婚約を切り出した瞬間までしか知らないのよね。あの妹が怒りに任せて向こうの受信用のものを壊してしまったらしく止まってしまったから

 

 でも、あの桃色少女、やけに気になるのだけれど何故かしらね。ワタシとしては、目の前の灰かぶり(サンドリヨン)、龍姫が見守るあの銀の子、兄の友人の皇帝以外、人間は人間と特別視せずフラットに見るつもりだったのだけれど……

 

 「そんなに……」

 と、彼の言葉に思考を中断

 「ええ。魔神の魂。死出の左翼。少し語弊があるけれども、アナタを呪っているものと言って差し支えないわね」

 「呪い、か」

 って、火傷痕の少年は少しだけ寂しそうに笑って、腕に掛けたマントを撫でた

 

 「ええ、呪われてるわね。だから、アナタ以外には使えないし、アナタが認めない限り触れることすら出来ないわ

 その辺り、第一世代神器に近いわね。アナタの魂に小さく楔として食い込んで、傷と共に紐付けられている」

 と、ワタシも別に魂が見えるわけではないけれど、半眼でそう言葉を紡ぐ

 

 「第一世代神器は魂と一体化してるものだけれど、これは外付けね」

 「っていうか、神器ってそういうものだったのか……」

 と、何処か納得したようにうんうん頷く少年に、無学ねと微笑む

 

 まあ、エルフ程の神に近い存在ではないし、寿命的に魂の研究とか進んでなさそうだものね。知らなくても無理はないのだから、無学と下に見るのも本当は可笑しいのだけれど

 「ええ。だからアナタは異例よ。どれだけ力を貸したくとも、不滅不敗の轟剣(デュランダル)は兄様の盟友シグルドの魂に同じ。魂を他人に貸すことなんて不可能よ、普通」

 「なのに飛んできてくれるんだな。中の帝祖の魂と共に」

 「そうね。己の魂だからこそ、どんな状況からでもその手に在るのだから。異様も異様な状況。でも今の話には関係ないわ

 このマントも、似たようなものよ。他人に渡せるとか第二世代神器に近い部分もあるけれど、本質は違うわ」

 「つまり、例えばおれがノア姫にこのマントを託したとして……」

 と、マントを持ち上げて少年は拡げる

 

 「冗談で頼むわ。触れるだけで嫌よ」

 「あくまでも仮にだよ」

 「ええ、お願い。そうね、ワタシが持っていても、何の意味もないわ。これはアナタへの呪い。アナタにしか意味の無いもの」

 「そう、か」

 少年はきゅっとマントを握り締める

 

 「使い方については簡単に解ったからもう知ってるわよね。というか、妹の見舞いがてら帽子なんて取りに行って、何処かに行っていたものね?」

 気が気で無かったからあんまりやって欲しくはないわねと肩を竦める

 

 傷が治り次第、彼はまた神器をパクっていたあのレオンという青年と話し合い……彼は騎士団を、そして彼の側仕えを止めて婚約者と故郷に引っ込むことになった

 大事な人を喪いかけ、恐怖から最強の武器をこっそり奪い……それでも、恐怖に震える彼には、やっぱり戦場は相応しくないものね

 

 目の前の皇子は原作では戦う筈だからシナリオが……と真性異言(ゼノグラシア)として呟いていたけれど、話を聞く限り、あのメイド娘まで死んだことで復讐心が恐怖を塗り潰したからでしょう?と返したら納得された

 

 ええ、誇れば良いのよ。アナタは彼等の心すらも護ったのだから

 

 ……何でワタシ、ここまで面倒見てあげてるのかしらねと疑問にも思うけれど、やりたくてやってるという答えが出るから特に言うことはない

 

 「それにしても、怪盗ね

 アナタらしくない随分な物言いだったけど、どうしてあんな言葉を言ったのか、そろそろ教えてくれないかしら?

 言い出すのを待っていたのだけれど、そろそろ期限」

 って、小首を傾げ、小さく少年の服の袖を摘まむ

 

 「……おれは、奪って、壊して……

 それしか出来ないから。せめて、格好付けた言い方をしただけだ」

 眼に光無く、少年は告げる

 何時もイカれた光を湛えている割に、感情が抜け落ちたようなその瞳は珍しく曇っていて、何も読み取れない

 

 「馬鹿馬鹿しい。何を壊したのよ」

 「アナ達の、未来を」

 へぇ、とワタシは内心を隠して唇を釣り上げる

 

 隠しておいてあげてくれるかしら?とワタシは頼まれて白馬と巡った時に言っておいたのだけれど、何でバレてるのかしらね。人間はこれだから、約束を護らなくて困るわ

 なんて評価を心中で下げつつ

 「あら、知ってたのね。あの孤児院が無くなったこと」

 と、仮面のように無表情を張り付けて呟く

 そうしないと、怒りが顔に出てしまう

 

 「……ああ」

 「でも、アレはアナタが壊したんじゃないわよ」

 「それでもっ!おれのせいだ。おれが、護るって言って、護り抜かなきゃいけなかったんだ!

 おれは……おれはっ!結局何を与えた?」

 「命と、希望と、時間よ。あの子から聞いたわ」

 受け売りをワタシは語る

 ここら辺、彼は面倒臭い。失敗はオリハルコンより重く、成功は羽より軽いのだから困りものね

 

 「今日より悪くなった明日か!何時か吹き消えてより闇を濃くする残酷な希望の光か!中途半端に育っているせいで拾われた先に馴染めないまま孤独に大人になって苦しむための猶予時間か!」

 「そう。そう感じるなら、勝手になさい」

 と、血を吐き出すように絞り出される言葉を、ワタシは軽く受け流す

 

 分かるもの。これ、ワタシが何を言っても絶対効かないし、下手に慰めると更に自傷が広がるだけ

 何とか出来るとすれば彼が未来を奪ったって馬鹿言ってる対象である銀の子アナスタシア当人くらいだから、下手に刺激しない

 

 「それで?そもそもアナタ、話があるんでしょう?」

 と、無理に話の軌道を戻す

 「ああ、ノア姫」

 って奥歯を強く噛んで何時もの顔に戻りながら、灰かぶりの髪の少年は頷いた

 

 「今まで有り難う、ノア姫

 もう、大丈夫だ」

 と、突如切り出されるのは別れの言葉

 

 「そう。どう考えても、まだまだ異常事態は起きると思うのだけれど?」

 「大丈夫だ。真性異言(ゼノグラシア)の記憶的に……過去に起こる大事は、ここまで」

 と、少年黒いマントを大事そうに羽織る

 

 「だから、もう大丈夫」

 「そう。そろそろアナタの元を離れたいと思っていたから、丁度良かったのだけれど……嘘じゃないわよね?」

 

 「動く気はないだろう。アドラーを倒した。その事実を、ニーラはしっかりと受け取るだろうからな」

 と、突然響く声と共に、少年の影からカラスが顔を見せる

 

 「テネーブル。今度は言葉を交わしてくれるのか」

 「誰が。アルヴィナの為に、一時滅ぼす翼を休めているだけだ。馴れ合いはない、交わす言葉も本来はない

 私の全て(アルヴィナ)を、汚似(おに)いちゃんから取り戻す。その先の私は、お前の死だ。馴れ合おうとするな」

 と、馴れ合う気が無いにしては長々と話して、直ぐにカラスは影の中に消えた

 

 「近付かれるだけで鳥肌立つ魔神王の残りカスも居ることだし、そろそろアナタの横に居たくなかったの

 約束を果たせたなら、ワタシは去るわ」

 さも終わりと言いたげな感じに見えるように、ワタシは踵を返す

 

 流石に、彼の話を聞くに学園に行くようだけれども、そこまでのこのこ付いていって、人間の子供に混じるなんて言語道断だものね

 それを回避するには……そろそろ期限

 

 「ああ、本当に助かったよ、有り難う

 ノア姫が居なければ、多くを喪っていたろう」

 と、少年は名残惜しさを見せずに、しっかりと頭を下げる

 

 引き止めてくれないのね、とワタシは少しだけ息を吐くけれど、止められても残る気は無いし、感謝は感じる

 

 「送るよ」

 そう言われて、少年と共に砦の部屋を出て、正門前に来ると……

 

 嘶きと共に燃える鬣の白馬がやってきてワタシに鼻先を擦り付ける

 「……ノア姫、アミュを連れていってやってはくれませんか?

 アミュ、ノア姫を頼むぞ」

 と、ワタシが良く乗ってたのは確かだけれども自分の馬だというのに、彼はそう言って、手綱を手渡してくる

 

 「ええ、借りさせて貰うわ。故郷の森にも戻りたいしあそこでは不要だけれど、他では足は欲しいもの」

 ……でも、分かってるのかしらね、彼。エルフは借りは返すもの、そしてこの馬は大きな借りということに

 

 そんなことを思いながら、既に慣れた彼女……アミュグダレーオークスの背に跨がり、軽くその首を撫でる

 それだけで伝わったのか、白馬は一回だけ己の主を見てから走り出した




なお、長期離脱しているアルヴィナと違ってノア姫は直ぐに帰ってきます
具体的に言えば次の話くらいで


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異伝 ノア姫とリンゴの酒

「来たか」

 帝国王都。皇帝の居城ではあるけれど王都。其処に聳え立つ城の一室……玉座の間に一人君臨する灰銀の炎帝が、入ってきた一人の小柄な姿を見て視線を上げた

 

 ワタシは、何で待ってるのよと思いながらも、彼……皇帝シグルドを見上げる

 帝国民であれば平伏したりせめて何らかの礼を取るのでしょうけれど、馬鹿馬鹿しい

 

 「ふん、皇帝への礼儀はどうした?」

 「ワタシを誰だと思っているのかしら、皇帝陛下?

 高貴なるエルフに対してその口を聞くことを許す側よ。せめて同格でしょう?」

 「はっ、初対面のサルースか貴様は」

 けれど、皇帝はそれを咎めない。くつくつと愉快そうに笑い、玉座に腰掛けたまま睨み付けるような眼で射抜く

 

 「まあ構わん。結局のところ、エルフは帝国領土の森に住んではいるが、民ではない。独立した存在だ

 それとも、民になったか?」

 「なってないわよ。アナタのバカ息子からは勝手に帝国民扱いされているけれどもね」

 「違いない」

 言いつつ、男は手に呼び出した剣を玉座の前の地面に突き立てる

 炎が広がり、玉座の間を埋め尽くしたかと思うと……何時しか消え、其処には一人が使うには些か大きな机と椅子が置かれていた

 机にはクロスが敷かれ、上には嗜好品であるガラス細工の足の細いグラスと、一樽の酒

 

 「あら、果実酒ではないのね」

 「樽仕込みだが、一応果実酒だ。(オレ)は熟成と共に変わる味を愉しむ方が好きでな

 対等に話すならば、酒は相応の敬意として好いたものの方が良いだろう?それとも、嫌いか?」

 その言葉に、ワタシは頷く

 

 「ええ。酒自体があんまりね。特に熟成させるということに馴染みがないわ。命は戴いたら直ぐに食べるものよ」

 けれど、と魔物素材でふかふかしたものが敷かれた椅子を引き、腰掛ける

 「あまり好意を無下にする気はないし良いわ、アナタ達の流儀に合わせてあげる

 これがただ高いものだったら拒否していたけれど、相手の好きなものを出されては断れないものね」

 と言いつつ、樽を見て……

 「これ、どうするのかしら?」

 と、聞いたのだった

 

 「そうか。酒など呑まんなら知らんか」

 そう言って近付いてきた男に空けて貰い、注がれるのは琥珀色の液。漂うのは甘い香りと、既に分かるアルコール

 

 「これ、リンゴ?」

 「リンゴの酒だ。ヒヒリンゴではなく赤い奴故に案外安酒だが、素で食べるならばまだしも酒としては此方の方が旨い」

 言いつつ彼は自前のグラスには並々と注ぎ、軽く掲げる

 

 「ええ、戴くわ」

 そうワタシも合わせて一度掲げて一口

 「むぐっ!」

 そして、噎せた

 

 「何これ、体が熱い……」

 「ふはは、バカ強い酒だからな」

 と、炎の鞭が器用に運んできたのは氷が満載された金属器

 「薄めて呑め。味は行けるぞ?」

 「一瞬媚薬か何かかと思ったわよ……」

 と、火照った顔を落ち着けながら、ワタシは呟いた

 まだ喉が燃えてる気がするわね……強い酒って面白いけれど怖いものね

 あと、それを煽って素面の皇帝も

 「その火照りが良いんだろう?」

 

 そして、暫く

 「さあ、エルフの姫よ。ノア・ミュルクヴィズよ

 多少歓迎を済ませたところで聞こうか。何しに来た?」

 「そうね。一つ頼みがあって来たの」

 「成程、あのバカ息子との婚約か?」

 「ち、が、う、わ、よ!」

 「まあ、だろうな。第一あの阿呆、無駄にアグノエルと婚約しているからな。後ろ楯が欲しくて弱ったところを無理矢理取り付けたと喧伝して」

 少しだけ眉を上げ、グラスを傾けながら皇帝は続ける

 

 「妹に裏切られ、悪評を更に広められているがな……

 何をやらかしたあの馬鹿」

 「単純に、アナタが無理矢理にした婚約ではなくお兄ちゃんから言い出した婚約なんて、お兄ちゃんを取られそうで嫌だってだけじゃないの?」

 「ガキかあやつ等

 まだ未成年、しかもアイリスはかなりの箱入り……ガキだな」

 と、額をグラスを持たない手で抑えた皇帝は仕方ないとばかりに自問自答する

 

 「成程な

 欲しいのはこれか?」

 そう言って投げ渡されたのは、一つのバッジだった

 「何よこれ」

 「高等部の教員である証だ」

 その言葉に、ワタシは眼を見開く

 

 「ワタシが教員として雇って貰えるかしら?と言いに来たなんて良く分かったわね」

 「エルフとの付き合いはそこそこ長くてな。プライドが無駄とも思える程に高く、相手より下になることを良しとしない

 だが、あの阿呆を見捨てる気はなし」

 にやりと唇がつり上がり、炎の瞳が朱に染まった長耳を射抜く

 「ならば、便宜的に上を取ろうと教員と言い出すのは自明」

 「よく知ってるわね。その通り

 ああ、安心してくれる?ちゃんと授業も受け持つわよ。伝説の英雄ティグル・ミュルクヴィズにスープを作って貰い寝物語を直接聞かされた孫娘による歴史講座、悪くないでしょう?」

 「授業としては人外史観の聖女史で良いか?」

 「ええ。人外扱いは……まあ仕方無いことかしら。人間主体な学校だものね」

 その答えに、ならば良しとばかりに男は頷いた

 

 「不足はなし。だが、魔法ではないのか」

 「ええ、魔法なんて属性次第。教えられる相手と無理な相手がハッキリ分かれるわ。そんなものよりも、誰でも受けられる歴史の授業の方が価値が高い、違うかしら?」

 「違いない。あの阿呆でも受けられるとなれば、歴史かやはり」

 「いやそれ関係ないわよ」

 呆れたように、ワタシは燃えるような酒を一口氷水で三倍に薄めてから口に流し込んだ

 

 ……まだ濃いわね……

 

 「あと、一つだけ。その態度、止めた方が良いわよ。怖い」

 去る前に、気を良くしたワタシは一つ忠告する

 「そうか。あの阿呆を焼いてから多少気を付けてはいたが……」

 「っていうか、何で焼いたのよ」

 グラスを置いて半眼で睨む

 

 「あの阿呆が沈んでいたので強くなれと言おうと思ったがな。多少高揚する炎で火傷し、それを治そうとしたら永遠に焼き付いた

 あれが忌み子の真髄かと、あの時ばかりは頭を抱えたくなったものだ」

 と、珍しく反省するように、皇帝たる男は眼を閉じて呟く

 

 「ええ、忌むべき子とは魔神への先祖返り。裏切り者として混沌に呪われた子

 エルフの中には伝わっていたのだけれど、人間は知らなかったからそうなったのね」

 でも、とワタシは更に疑問を投げる

 

 「なら、もっと見てあげなさいよ。あの銀髪取られてたり、アナタ割と酷いわよ

 勿論、一番駄目なのは灰かぶり自身なのだけれど、フォローくらいしてあげなさいよ。火傷がああして治らないの、アナタのせいでしょう?」

 「子供への接し方など、ロクに知らん」

 「とんだ駄目親父ね。後、ワタシへの態度が」

 「それは正しい。下手に出来るだろうと思う事は反省したが……貴様等エルフは応えられる側だろう」

 「ええ、そうよ?だから、ちょっと言い方をまともにしてくれればそれで良いの」

 

 言いつつ、席を立つ

 「何処へ行く?」

 「一旦故郷に帰るわ。人間の中で生活するのにも疲れたのよ。パンツなんてもの履かされるしね」

 そうして、扉を出る寸前……

 

 「頼んだぞ、ノア先生」

 なんて声が聞こえてきたのだった



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魔神王、或いは仇討ちの決意

去っていく小さな背中を見詰めていると、不意におれに向けて声が掛けられた

 

 「テネーブル」

 声の主はテネーブル・ブランシュ。おれが、せめてカラドリウスとの約束だけはと無策で魔神の世界に飛び込んだ時にアルヴィナから託された魔神王の魂。かつてシロノワールとして暫く預かっていた彼と同一の足が白くて爪と嘴が赤い三本足の烏……導きの鳥とも言われる八咫烏(ヤタガラス)だ。

 言われてみれば、魔神を導く王なんだからヤタガラスというのは確かに適当なのだが……。妹が狼で部下がライオンだ白頭鷲だゴリラだの魔神なのに一番上がカラスってぱっと見だと一番弱そうで違和感あるな

 

 「シロノワールだ」

 と、彼はカラスの姿のまま、影から顔だけ出して告げた

 「いやテネーブルだろう?」

 「シロノワールだ。テネーブルは、既にあの汚似いちゃんに奪われた。今の私はただのアルヴィナの飼いカラス

 そうでなければ、今すぐ八つ裂きにしているぞ、ゼノ」

 と、影から出てこずにカラスは静かに語る

 

 「良いか、全てはアルヴィナの為。こうして言葉を交わすのも、人と休戦するのも……何もかも、友の片翼と妹の願いのために過ぎない」

 等々と語る青年の声に抑揚はない。羽音と共に全身を見せても、嘴から漏れるのは淡々とした声音

 「あまり馴れ合うと、何時か地獄を見るぞ?」

 「地獄、か」

 「語りたいならば好きにすれば良い。私は……今だけは話に応じてもやろう

 だが忘れるな。私は貴様等の死だ」

 翼を大きく拡げて、テネーブル=シロノワールは告げる

 

 が……あまり威厳はない。結局カラスだからだろうか

 「何時かアルヴィナをこの手に保護し、かの汚似(おに)いちゃんを倒したその時、共闘は終わる。この翼は、貴様等を滅ぼす為に羽ばたき、全てを拭い去るだろう」

 そう、彼は告げて……

 

 「そんな事を言いに、言葉を交わしてくれたんじゃないだろう?」

 だがしかし、おれはその言葉を否定する

 彼はテネーブル・ブランシュだ。ゲームではあまり出番はない……というかラスボスだから有っても困る存在だが、その心はゲームでの描写から何となく分かる

 

 「そうだな」

 その瞳が、おれを、いやその背のマントを見据える

 「貸せ」

 「……ああ」

 一瞬の迷い。けれども信じて、おれは分かったと背に羽織った黒いマントを外して腕に掛け、眼前で羽ばたくヤタガラスへと突き出す

 それを三本の足のうち一つで掴んだかと思うと、カラスの姿が変わっていく

 カラドリウスのものよりも濃い黒翼、それと同じ色をした跳ねた髪、色の定まらない混沌とした瞳を持つ一人の青年へと

 

 「魔神王」

 「……だから、シロノワールだ」

 気だるげに呟くのは、原作でも見た顔の男。ラスボスたる魔神王テネーブル

 「どうやったんだ」

 「そこか、気になるのは」

 何処か呆れたような声

 「この翼は貴様に託されたもの。だが……アドラーの翼は、私とアルヴィナに託される筈のもの。左右は違えど、多少の力は纏うことが出来る。その恩恵で、こうして本来の姿……」

 と、そこで青年は混沌の瞳を閉じた

 「いや、そうでもないか。人型になれるという訳だ」

 

 ああ、そういやアルヴィナもカラドリウスも殆どずっと人の姿をしていたから忘れかけるけれど、本来はもっと異形なんだよな

 アルヴィナはあの日見た狼だし、カラドリウスは結局使われることの無かった巨鳥が真の姿。人っぽい姿は……

 

 「この姿か?魔神族とて統一した姿があった方が都合が良い。貴様等な分かるように言うと……この姿が無かったとしたら、私とスノウが同じ魔神族として結婚出来るか?」

 その言葉におれは目を閉じてちょっと考えてみる

 スノウ……アルヴィナのお母さんでルートヴィヒが使役していた白狼と、記憶に有るヤタガラスのカップル……

 「互いに想っていれば、良いんじゃないか?」

 「貴様、性教育0か」

 酷いことを言われた気がする

 

 「一応、知らないことは、無いが……」

 いや、知ってるさ一応。キスで子供は出来ないとか色々と

 「……どうでも良いが、別種で子はほぼ出来ない」

 まあ、狼とカラスで子供ってどうなんのそれ?って話はあるな。羽の生えた黒狼とか産まれたらカッコいいと想うが……それが成り立つとも限らないか

 「つまり、その姿でないと子供がほぼ産まれないと」

 「そういう事だ。もう良いだろう」

 と、教えてくれた王は勝手に机の上に膝を立てて座りながら、そう告げる

 

 どうでも良いが、やけに様になる。全身黒統一された服装で真っ黒過ぎるんだが……顔が彫りの深いイケメンだからだろうか

 

 「だがな、アルヴィナが少しだけ可哀想だ

 何だかんだ、あの子は今のこの光溢れる地に憧れを抱き、気に入っていた。それを滅ぼし混沌に沈めるのが私であり、それを変える気はないが……」

 混沌色の瞳がおれを静かに見据える

 

 「一つ、殲滅以外の手を試してみる事にした」

 「つまり?」

 何というか、話が分からない

 首を傾げるおれに、彼は淡々と告げる

 

 「聖女が居なければならないのだろう?魔神王の証、王剣ファムファタールを止め得るのは秩序の七柱から直接力を託された聖女だけだ」

 それには頷く

 ゲームでも、聖女と勇者……つまり主人公しか解除できないバリアが有るんだよな

 いや、当然主人公なんだからゲーム的には特に主人公が絶対必要ですよという設定の補強ってだけで何の障害でもないんだが……。主人公死んでたらゲームオーバーになってるから、問題が起きよう筈がない

 だが、この世界ではそんなゲーム的な事情は関係ない

 

 「ならば簡単だ。聖女が居なければ良い」

 その言葉に、愛刀に手を触れる

 アルヴィナから託されたし、何より彼女に語った事を貫くならば斬るなんてしたくはない

 だが、それでも……リリーナ嬢を、聖女を護るためならば

 

 構えるおれに向けて、溜め息を吐いて青年は拡げていた翼を閉じた

 「話は最後まで聞け

 殺しては、此方も手詰まりだ。聖女を殺しはしない

 だが……貴様のように先祖返りが産まれるように、人とは秩序へ裏切った魔神の成れの果て。ならば、聖女とて遥か昔は魔神だろう」

 あ、何となく言いたいことが分かってきたな

 

 ……いや、本気か?とおれは目をしばたかせた

 「つまり、聖女と恋仲を目指す?」

 「誰が。私はスノウ以外とそんなものになる気はない」

 嫌そうに吐き捨てるテネーブル

 

 ……うん。厳しそうだ

 初恋の相手の死によって頑なに世界を終わらせる事を使命として掲げるようになった敵の王(イケメン)とか何でルート無いの!?とプレイヤーから結構不満が出ていて、轟火の剣で追加イベント入った時には喜ばれ……そしてヒロイン闇落ちバッドエンドルートで違うそうじゃないされたと高校生の在洲 噺(ありす うた)お姉さんから聞いたが、本気でこれ攻略って無理じゃないか?

 初恋拗らせすぎてるというか、一途というか……他の女の子に靡く姿が思い浮かばないというか、靡くなら四天王ニーラが報われない恋に身を焼かれてないというか……

 

 「ただ、私に惚れてもらうだけだ。一方的に、報われず、此方に与して人類を裏切るように、な」

 嗜虐的で残酷な笑みを、青年は浮かべる

 「どうだ、ゼノ皇子。この作戦を行っている間、私はこの一作戦だけを遂行する。勿論、落とす相手だ、丁重に扱い守ろう」

 静かな瞳が、おれを射抜く

 青年の……本来異形の筈だが力が足りなくて再現できていないのか普通の人間のものな左手が差し出される

 

 「賭けてみないか、真性異言(ゼノグラシア)。聖女が私に落ちれば、穏便に絶望の中、世界は終わる。全てを滅ぼさずとも、何も出来ぬのだから……アルヴィナの為にある程度残しても構うことはない」

 だが、と彼は翼を拡げる

 

 「それがならぬのであれば、アルヴィナという共通の目的を果たした後、全力で滅ぼすだけだ」

 ……これは、脅しだろうか

 寧ろ、言い方は酷いが歩み寄ってくれているような気もするが、見返しても本心は分からない

 ただ、何かに静かにキレている事だけは痛い程に分かる。きっとそれは、アルヴィナ……ではなく、カラドリウスに関しての事

 だからこそ、此方に一歩歩み寄る。共闘なんて申し出る

 親友を愚弄した自分の肉体に巣食うナニカをこの手で討つために、人間にだって手を求める

 けれど、それを言ってもはぐらかされそうで

 

 「ああ、分かったシロノワール

 必要でない限りそのマントを貸すし、適当に良さげな仮プロフィールで学園に来て貰うようにする

 後は貴方次第。おれは、聖女(リリーナ)を信じるだけだ」

 愛刀から手を離して、青年の手を握り……握り潰す気で爪を立てた

 相手も同じなのだろう、鋼鉄くらいなら引きちぎれるだけの力が手をきしませるが……お互い様だ

 

 「その分、アルヴィナのためにも、戦って貰う。シロノワールとして協力して戴いた時よりも」

 「当然だ」

 その言葉に頷いて、おれは手を離した

 

 「シロノワール。でも一つだけ

 翼は良いけど顔は変装してくれ。魔神王と真性異言(ゼノグラシア)が見れば一発で分かるその顔は色々と不味い

 主に、別の魔神王の存在に感付かれてアルヴィナの安全とかが」

 「そう、だな」

 その言葉と共に、彼の髪色が大きく変わった

 いや、好きに変わるのかよそれ!?

 

 こうして、様々な者の思惑と共に……乙女ゲームの幕は上がる

 正規主人公は何故かおれと婚約した状況からスタート、色々と原作から差が出てきてしまったが……やるしかない。やってやるさ

 円卓の(セイヴァー・オブ)救世主(・ラウンズ)、そして転生者だという魔神王テネーブル(他称汚似いちゃん)。それらが何をしてこようと、おれは皇子として、民を、皆を護り……多くの人々が幸せになれる原作ハッピーエンドを、そしてその先を目指すだけだ

 例え、アナを、万四路を、天狼の母にエーリカやエルフの皆、何匹ものゴブリンに、アドラー・カラドリウス。そうした何もかもを取り溢し傷付け壊すばかりの穢れた掌でも、始水が送り出してくれたこの魂が燃え尽きるまで

 おれは忌み子で、そして……あの日誓った、蒼き雷刃の真性異言(ゼノグラシア)なのだから

 

 第一部 【忌むべき皇子と始まりへの導光】・完



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第二部一章 第七皇子と乙女ゲーの始まり
第二部プロローグ 龍に見守られし少女と忌むべき子の帰還


わたしが通うのではなくメイドとして連れられて行った初等部は街中に聳え立つおっきな塔だったんですけれど、ただ護り育てるべき子供達ではなく、既に15歳という成人を迎えた者達が大人となり、そして知識と実力を兼ねた存在へと成長するための教育機関である帝国学園高等部。そこは……王都の中じゃなくて、その郊外にある。一番高く作られている女の子の為の寮塔から見れば街が一望できるくらいには離れた土地に立てられたもの

 川の上流に位置していて、魔法で賄う以外の生活用水を先に取ることが出来る、優遇された土地にある、優秀な平民も、そして一部の高位貴族も通う、下級貴族と平民が主だった入学者な大きな学校。真っ赤な正門が特徴の、通称紅蓮学園

 

 わたし……アナ、じゃなくてアナスタシア・アルカンシエルは、帝国の皇帝陛下からのお誘いで、その地に留学?という形で足を踏み入れていました

 って、わたしは本来この国の人なので、留学って可笑しいんですけど。何でか今のわたしは腕輪の聖女って呼ばれる別の国のそこそこの偉い人みたいで、留学って扱いになっちゃうみたいです

 嫌なんですけど、仕方なくて。でも、わたし自身の希望で、付き人とか大仰なものは無くして貰いました

 

 だってわたし、ただの孤児ですし。聖女さまでも清少女でもなくて。多少神様への祝詞なんかも覚えましたし、頑張って結構複雑な儀式の手順なんかも時折間違えるだけくらいまで慣れましたけど、本質はあの時の孤児のままで。他の人に世話を焼かれるとむず痒くなっちゃうんです

 孤児院ではわたしはお姉さんで。ケヴィン君や管理していたダンおじさん達と一緒にちっちゃなリラード君やパック君にフィラちゃん、皇子さまが拾ってきたエーリカちゃんの面倒を見なきゃいけない側で

 大変で、自分の事は自分でやらなきゃいけなくて。それが染み付いちゃってるから……食べたいものを言ったら出されたり、着替えたいと言ったら服が持ってこられて女の人が着せてくれたりって、そんな生活だと体調崩しちゃいます

 

 だから、正体を隠す……訳じゃないんですけれど、表だってのあれこれは無しで、表向き普通の平民枠の生徒として、わたしは高等部に足を踏み入れたんです

 

 入学式は、滞りなく終わりました。来るんじゃないかなーって思ってたあの桃色の髪の女の子……昔、わたしを見た瞬間にちょっと睨んできた怖い感じの貴族の子は居なくて、他にも……絶対居るって聞いたのに、皇子さまも居なくて

 なのに、皇子さまについて辺境に行っていたノアさんが我が物顔で特別教師って枠で紹介されて澄ました顔をしてるのが、何か不思議で

 

 指定制服はあるんですけど、それは礼服の無い平民の人達でも失礼にならないようにする為の支給品で、別に着る義務は全く無いんです。その、白を基調に7色からリボンやタイや指し色を好きに選んで良い制服を瞳に合わせて緑色を選んだ女の子が

 「あー!入学式終わっちゃってるよーっ!」

 って中庭?の方から現れたのはつい少し前で

 

 「君は何者だ?」

 一旦正門前に出て、ちょっと男女で交流してから男女で左右に分かれた寮(ちょっと遠いんですけれど王都の家から通う子も居て全寮制では無いです。わたしはお家はもうないので寮ですけど)に行こうと言うことで、炎の色の髪に蒼い瞳の男の人……孤児だった頃のわたしに何かと近付いてきたアルトマン辺境伯ってお偉い貴族の息子であるエッケハルトさんがそのカッコいいんですけどちょっと軽薄そうな顔で音頭を取って。その時に現れたその子に、皆が怪訝そうにする中、エッケハルトさんは一人だけちょっと楽しそうにしながら、桃色の髪の女の子に向けて言ったんです

 

 「私リリーナ!リリーナ・アグノエル」

 そして、その子は下級貴族多めの中で断トツで地位の高い男の人に向けて何も臆せず満面の笑みでそう名前を返しました

 その手に、忽然と豪奢な黄金色の杖が現れます。光によって封じる杖。銀色の太陽の意匠を杖先に持つ黄金の両手杖

 その姿を知らない人は、きっといません。多くの絵に描かれて、聖女伝説を齧ったことがある人ならきっと見たことがあるし、天属性を持つって言われた女の子なら誰しも一度は手にすることを夢見た筈の、伝説の武器

 封光の杖レヴァンティン。聖女の杖

 

 「えっ?」

 思わずわたしは口を右手で抑え、その腕に填まった腕輪を左手で握り締める

 「せ、聖女の杖!?」

 「せーじょ、さま?」

 「キャー!スゴいわ!」

 口々に沸き立つ皆。総勢で120人くらい?の平民と貴族の子弟のみなさんが、突然現れたそれに興奮する中、桃色のリリーナちゃんは、堂々と杖を掲げる

 そこから、淡い光が放たれて……

 

 「そう、何を隠そう私、今日の朝聖女啓示を受け……」

 わたしより胸はちょっと小さいけれどわたしより背が高くて大人びていて顔つきも可愛いけれどどこか蠱惑的。大人になりたいのに要りもしない胸ばっかり大きくなって背の低いダメダメなわたしと違って、そんな美貌まであってズルいなって思う美少女は喜色満面でそう告げようとして……

 

 世界が、割れた

 ひび割れた空。混沌の色をした、おかしな空。そんな場所から

 『グルグシャガァァッ!』

 名状しきれない咆哮を響かせて、巨大な龍……じゃなくて竜が降り立ったんです

 細長く流麗な姿をしている七柱の神様の一柱な龍姫様の似姿な龍ではなく、屈強な足と手と太い胴を持つ竜。どちらにも大きな翼と立派な角があって、顔は似ているし鱗に覆われているのも同じ

 でも、そのフォルムは全然似ていない。寧ろ、晶魔様の……心の中の悪を司るという悪魔の姿にも似ているかもしれない。でも、七大天様(悪魔)のような凶暴かつ悪そのものの姿でありながら神々しく理性的な感じは全く無い

 悪を司るからこそ、その誘惑に負けず闇を受け入れ抑える理性と正義を謳う悪魔と異なり、ただの凶暴な獣

 

 「っ!」

 でも、だからこそ……恐怖の前に、足が動きません

 何かしないとって、頭の中でそれだけが空回りして……ただ、ぼうっと立っているだけ

 

 「あっ……」

 その赤竜の黄色い瞳が、わたしを見据えた気がして

 きゅっと握った手には、ある日気が付くと枕元に置かれていたエルフさん達の大事なもの、【流水の腕輪】は確かにあります。第二世代?の神器だというそれは、わたしに聖女さまの真似事の力を与えてくれる凄いもので

 けれど、その力は何かを癒す方向性にしか意味がありません。皇子さまのお役にたちたいのに、何かしたいのに……皇子さまには一切効かないどころが害悪でしかない癒しの魔法を強くしてくれるだけ

 目の前のドラゴン相手にも、何一つ意味なんて……

 

 「んなっ!?」

 さりげなく近付いてきていたエッケハルトさんが眼を見開いてそんな風に息を呑む音が聞こえ

 「嘘っ!?チュートリアルにドラゴンなんて、そんなの居ない筈でしょ!?」

 って、訳の分からない言葉をリリーナちゃんが口にします

 

 分かるのは……これが、多くの人にとって、有り得ないような出来事だってこと

 

 「こんな時なのに、嘘つき(皇族)達は」

 ぽつりと呟くのは、茶髪の女の子。ちっちゃな剣と、それを納められる鞘がついた割とおっきな五角形の盾を持った、この場では珍しい戦える女の子

 その顔にすこーしだけ見覚えがある気がしたけど、わたしには答えは出なくて

 

 「アレットちゃん。無茶だ」

 そんなエッケハルトさんの言葉に、彼女がそういえば昔孤児院にエッケハルトさんを訪ねたり、皇子さまに文句言いに来ていた女の子だって事に気が付く

 

 そんな中にも、次々と割れた空から降りてくる化け物達。昔見た四天王の影程に凄そうなのはドラゴンだけだけれど、四足歩行の魔物……下位の魔神族でも、わたしたちにとっては恐ろしい相手で

 

 「光よ!」

 って、リリーナちゃんが聖女さまの杖を振りかざすと杖の先の太陽の意匠から光が放たれてドラゴンに直撃する……

 けれど、ドラゴンにあまり効いてないです

 「嘘でしょ!?見かけ倒しじゃないのこいつ!?

 レベル1で勝てなきゃチュートリアルじゃないのに!」

 って、驚愕に眼を見開くリリーナちゃん

 大地に降り立った魔神達は、開いたままの正門の先から、わたしたちを見据え……

 

 「ひゅっ……」

 息を呑む

 ころり、と何かが転がります

 それは、わたしと年のころのあまり変わらない一人の男の子の首。平民の出で、家族の元に帰ろうと門を出ていった新入生

 何かしなきゃ。でも、死んだ人を蘇らせる力なんて、わたしには無くて

 止められる何かも無くて。みんな、死んじゃうのに

 

 「うわぁぁぁぁっ!」

 パニックになる皆

 思い思いに逃げようとして、門を閉じようとする子達や、寮に逃げ込めばって去っていく子、講堂に逃げ込む子に……茂みに隠れる子

 多くがそうする中、それでも、誰かが頑張らないと。そうでないと、みんな順番に殺されるだけ

 そう思うんですけど、出来ることなんて殆ど無くて。せめてと護身用に持ってきた魔法書を取り出しますけれど、あんまり攻撃魔法なんて得意じゃないからどれだけ出来るか分からなくて

  

 助けてください、皇子さま

 

 此処に居ない彼に祈る

 居る筈だってアステール様が自信満々に言っていたのに、なのに居ない理由は分からなくて。大変なことが起こったのにって恨み言すら漏らしそうで

 でも、何時も何時も、一番傷だらけになりながら、何かを護ろうと立ち向かい続けてくれた彼に、わたしは護られてばっかりだった。ずっと護ってくれるなんて、本来有り得ないのに。わたしは何も返してないのに

 何時も、助けに来てくれた。そんな彼に……大好きなあの人に、助けになりたいって夢すら忘れてすがりたくなる

 

 でも、居ないものは居なくて

 

 「くっそ!やるしかねぇのかよ俺が!『クリエイト・ファイアゴーレム』」

 エッケハルトさんが魔法書を手に何かを唱え、段々と炎が大きくなる

 けれど、それが完全に形になる前に、ドラゴンの喉元から放たれた熱線によってそれは融解して無くなってしまった

 

 「ま、そりゃそうか

 って駄目じゃん!?時間稼ぎして貰わなきゃ戦えるもの用意できないって!」

 なんて、一瞬頼れそうだったエッケハルトさんだけど、すぐに情けないことを言う

 

 門の近くに残るのは四人だけ。わたし、リリーナちゃん、エッケハルトさん、そしてアレットちゃん

 ドラゴンが悠然と翼を見せ付けつつも歩いて此方に向かってきて、どんどん追加されるそれより小さな魔神族も同じく門を目指していて……

 最初の魔物が、門を越えようとした、その時

 

 「お願い!『水鏡の盾』っ!」

 わたしは何とか時間を稼げないかって魔法を放つけど、すぐに熱線に焼かれて消滅する

 そして、もう一度竜の口蓋に点るのは赤い光。三回目の熱線の予兆

 でも、勇気なんて水の盾と一緒に蒸発してしまっていて

 そんな時でも魂を燃やすようにして一人で立っていたあの人を助けたくて。大人になりたかったのに

 実際に似たような立場になったら、足が震えるばかりで、体が動かなくて……

 せめて預言の聖女さまを護らなきゃって、盾にくらいならなきゃいけないのに……

 こんな時なのに、死ぬかもしれないのに。神器とされる聖女さまの力を持っていても、何も出来ない無力を感じるのに

 浮かぶのは、大火傷を左目に持つ、優しくないあの人の事で……

 

 「吼えろ、月花迅雷ッ!

 (でん)ッ!(こぉぅ)ッ!雪歌(せっか)ァァァァッッ!!」

 放たれた熱線は、明後日の空を虚しく貫いた

 竜の太い喉元から、蒼く透き通った刃が生え……熱線を逸らさせながらその首を雷光の残光を残して切り裂く。ぐらりと傾いた竜の首が体から転げ落ちた

 

 「……あっ、え?」

 更には

 「ウェイクアップ!ゼルフィィドッ!」 

 「頼む!シロノワール!」

 とっても聞き覚えのあるずっと聞きたかった声と、知らない声

 

 どこかで見たような、でも知らない黒い羽が舞ったかと思うと、一房だけ赤いメッシュ?の入った鮮やかな金髪をして濃い緑色の軍服を着た……浮世離れした現実味の無い世界で二番目って確信できるすっごいイケメンさんが突如としてリリーナちゃんの前に現れて、その手にした槍で門を潜ってリリーナちゃんを襲おうとした魔物を串刺しにして黒い霧の中に消し去った

 

 更に、周囲にスカートを捲る程に強いけれど何処か温かく心地よい風が吹いたかと思うと風は門の前で竜巻に変わり、その中から……有名な巨大ゴーレムが姿を見せる

 翼のマントを羽織る巡礼者。尖った嘴のようなマスクをした精悍な白銀の巨人。帝国を護るガルゲニア公爵家の守護神。大きさはわたしも見たアトラスって化け物程で、ドラゴンにも負けない巨大さの……機神ゼルフィード  

 

 「ゼルフィードだ!」

 隠れていた生徒の一人が歓声をあげる

 「ってことは……機虹(きこう)騎士団!」

 にわかに活気づくみんな

 一気に門を閉じようと力を合わせて……

 

 「閉じるな!開けたままの方が、相手の来る軌道が読みやすい!

 わざわざ敵を四方から飛んでくるように散らす事はない!」

 叫ぶ声と共に、竜の背から雷撃が此方に向かって迸り……その光を駆けるようにして、火傷痕を蒼い雷光に照らされる一人の男の人が、門を護るように降り立った

 

 煌めきの薄い灰銀の髪、痛ましい抉れた左目と、その周囲に今も残る治らない火傷痕。蒼く澄んだ赤と青の雷鳴をうっすら纏う刀を携えた……敵から逃げて死んだって噂を広められていたわたしの大好きな皇子さまが、確かに其処に居た

 

 「皇子さま!」

 「ゼノ君!」



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異伝 銀髪少女と双頭竜

わたしと……あと、皇子さまにちょっと近付いてくる事もあって、何となく狙ってるのかな?って桃色の子……初めて名前を知りましたリリーナ・アグノエルちゃんに呼ばれて、シノロワールさん?だと思う金髪のイケメンさんとお揃いの軍服を着た灰っぽい髪の青年はほんの少しだけ、此方を振り返ります

 

 その片方しかなくて多くの人から侮蔑的な視線を向けられていた血色の瞳がわたしを、そして次にリリーナちゃんを捉えて……

 昔みたいに「アナ」ってぎこちなく笑いかけてくれるような表情ではなく、良く見せていた眉を寄せて奥歯を噛み締めるような顔つきに変わりました

 

 どう、して?やっと、会えたのに。なんでそんな、苦しそうな顔をするんですか、皇子さま?

 二匹の仔犬のうち一匹しか助けてあげられなかったって言った日のように……悲しそうな目をしないで下さい

 

 そして、ほんの少しだけ目を合わせてくれたかと思うと彼は無言で前を向いて

 閃光一閃。横凪ぎに抜刀された蒼い刃が空を裂き、門を踏み越えようとしていた化け物二体の足を根元から切断、大地に転がしました

 

 「いよっし!完成!

 サンキューゼノ!『クリエイト・ファイアゴーレム!』」

 そうしているうちに、エッケハルトさんが作ろうとしていた魔法が完成。もう一度炎が集まっていって……

 

 『グルシィィッ!』

 えっ?

 無くなったはずの、皇子さまが切り落とした筈のドラゴンの首から先が復活していました

 それも……二頭になって。その二つの頭の両方から、熱線が放たれ……

 

 「ゼルフィード!『霧消のクラウドフォグ』」

 そのうち一本は、巡礼者の巨神がその翼状の肩掛けマントを翻すと拡がった霧のようなオーラに飛び込んで完全に消え去りました

 けれど、わたし達を狙う方はそのまま門の隙間を縫って……

 

 ドゴン!という音だけが響き、熱さすらなく。真横を抜けていく熱線の前に突っ立って、一人の少年が真っ正面から左手の甲でそのブレスを受け止めていました

 

 「え?ゼノ、くん?」

 「問題ない。こんな!炎属性の"物理"攻撃、効くかよ!」

 そして、彼は……顔の前に翳した左手で、熱線を振り払う。その手の甲には火傷こそあるものの、大怪我には程遠いくらい

 完成前のゴーレム?は一発で破壊したのに。あ、相変わらず滅茶苦茶な身体能力……

 

 「……だから、行かせないと言っている」

 トン、と軽い跳躍。途中で一回半端に閉じた門の扉を蹴って、それだけでわたしの身長の5~6倍くらいの高さまで飛び上がり、彼を飛び越えようとしたモモンガのような魔物の顔の高さにまで来ると、そのまま右足の力だけで支えの無い横蹴り。

 膝で顔を潰すと……めり込んだ右膝を軸にくるっと体を回転。モモンガさんの上を取ったかと思うと、左踵落としで彼が跳躍している間に門を抜けようとした触手の化け物に向けて蹴り落とし、二体を地面に叩き付けます

 

 そんな空中の彼を狙って飛んでくるのは、きりもみ回転する鳥のような……嘴がどりる?っていう硬いものを掘る土属性の鉄魔法そのものになった魔物

 それが、空中で足場もない彼の脇腹を狙って

 

 「皇子さま!」

 「……すまない」

 でも、灰銀の少年は少しだけ悼むように目を閉じて、小さく口火を切るだけ

 下方向に迸る雷撃。それを……どうやってか足場にして、空中で更に背面方向へとアーチのような軌道でちょうど鳥魔物を飛び越えるように跳躍した皇子さまは、鞘走る刀の一閃で鳥をまっぷたつに両断

 

 「伝哮雪歌!」

 更に、縦半回転して門の外を向いた切っ先と地面の一点……いえ、悠然と更新する熊のような巨体と装甲を持った鼻が腕より長い変な前屈み二足歩行の生き物の胸元に、ぱちりと赤い雷線が結ばれた瞬間、彼の姿は空中で紅と蒼の閃光と化す

 次の瞬間、完全に踏み込んで貫いた形で真っ正面に刀を伸ばして地面を踏みしめていた彼の背中が、大穴を明けて灰になりながら崩れ落ちる熊?の背後から現れた

 

 「つ、つっよ……」

 って、ぽかーんと口を開けたリリーナちゃんがぽつりと漏らしますけど……当然ですよ?だって、皇子さまはずっと戦ってきたんです。わたしは見ていたくなかったけれど、傷だらけになりながらも、ずっと、誰かのために

 自分の為だよって、寂しそうに笑いながら

 

 「さっすが、序盤お助けキャラ……」

 って、その言葉の意味は分かりませんでしたけど

 助けてくれる人なのはそうですけど、その他の言葉は何なんでしょう?

 

 そして、双頭になったドラゴンを見据えながら、皇子さまはバックステップで身長の数倍の距離を駆け抜けながら、追い抜いた魔物を最小限の動きで斬りつけて地面に転がして、門まで戻ってきます

 

 その間に、何体か門を越えてきちゃって……

 「皆!ゴーレムの後ろに!

 盾になるから安全の筈!」

 って叫んだエッケハルトさんが、気が付くと何故かターバンを巻いて何処からか持ってきた弓を構えてながら叫びます

 

 「良い、エッケハルト!

 これを使え!」

 って、ゴーレムの背後に逃げ込むわたし達を見ながら、銀髪の少年は手にした銀の鞘に収まった神器を、ドラゴンの方を向いたまま、門から後ろ手に投げ、鞘はゴーレムの目の前に突き刺さります

 

 「月花迅雷(げっかじんらい)……」

 唖然と呟くエッケハルトさん

 「使え!今のお前なら振るえるだろ!」

 「でもさ!?」

 「門から雪崩れ込む相手が多いが、全部が全部じゃない!

 シロノワールと共に聖女を初めとした皆を護るなら、おれよりお前が強い方が都合が良い!」

 「っ!分かったよ!後で突っ返すからそれまで死ぬなよ!」

 「……当然!」

 って、エッケハルトさんがターバンをほどいて、代わりに変な兜を取り出して被る中、神器を手離した少年は静かに腰に差していた二本目の……鉄の色をした普通の刀を鞘ごと左手で引き抜き、構える

 

 「皇子、さま」

 「アナ。ごめん、勝手なことをいうけど……皆の傷を治してあげてくれ」

 「はいっ!」

 

 よかった。忘れられてた訳じゃ無いんですね?わたしは、わたしだと認識して貰えてたんですね

 でも、なら、なんであんな目を?

 声を掛けてもらってこんな時なのに嬉しくて、悲しくて、感情が浮き沈みして……

 

 暫くして、巡礼者の拳が、残った片方のドラゴンの頭を叩き潰し、ドラゴンは地面に倒れ伏しました

 

 「やった!」

 その言葉と共に、リリーナちゃんは駆け出して……

 「来るな!」

 でも、険しい顔のまま、皇子さまは叫びます

 「……え?」

 「魔神族はマナの塊のようなもの。死ねばその体は結晶になって砕け散る!

 それが無いということは……」

 振り返った皇子さまの背後で、ドロドロになって溶けていくドラゴンの体。半分液体になった肉と、まるっと残る……黒い骨

 

 そして、それぞれが起き上がる

 濁流のような腐肉の竜と、骨だけの竜。完全に二頭になって、大地に立つ

 

 「……ガイスト、行けるか?」

 「不吉な赤星は、僕の頭上に落ちないさ」

 「上等!決めるぞ!」

 巨神へのアイコンタクト

 それだけで、皇子さまは通じあったみたいなんですけど……

 

 「ついていけねぇ!?あと神器の火力スゲェ!?」

 わたしにはちょっと着いていけなくて

 皇子さまみたいに一閃で終わらせるんじゃなくてブンブン振っているだけで、それでも乱雑に放たれる雷撃でわたしやリリーナちゃんや集まってくる生徒達に近づく皇子さまにもゼルフィードにも対処しきれなかった残りの魔物を蒼く透き通った刀で追い払い、ゴーレムって呼んでいる炎で出来た巨大な四足歩行のデブネコちゃん?のパンチやシロノワールさんと共に最後の砦になっているエッケハルトさんも同じだったみたいで、目を見開いて言ったのでした

 

 そして……

 「ライオォウ!ランサーッ!」

 骨だけの翼で飛び立とうとした骨の竜の胴が、放物線を描いてわたしの背後から飛んできた大きな鉄の槍に串刺しにされ

 「死霊術……」

 ぽつりと呟く皇子さまが、それでもシロノワールさんと

 「分かるな」

 「分かるさ!」

 って、やっぱり分からない一言のやり取りを交わしたかと思うと

 「雪那!」

 わたしには到底見えない速さで普通の刀を抜刀。明らかに刃は相手に届いていないのに、見えない刃に切り落とされたように、そのおっきな頭蓋骨が縦に真っ二つに割れて……黒い骨全てが砕けて、消えていく

 

 「征嵐のテンペスト!」

 同時、巡礼者の巨神の合わせた両の掌の間から膨れ上がった竜巻が、流体になっても竜の形を保って動き出した肉の塊を粉々に引き裂いた

 

 そして……

 「皇子!ガイスト副団長!川から上陸してきた軍勢の掃討は私が済ませた!」

 一息の跳躍で一気に結構大きな5階立ての建物……自身の全長よりも大きな建造物を当然のように飛び越え、わたしたちの頭の上に影だけ一瞬被せて、正門の先に、一度見た、蒼い鬣の巨神……タテガミさんのLI-OHが着地する

 

 「ら、LI-OHだ!」

 って、わたしの横で目をキラキラさせながら、名前の知らない男の子が叫び

 「え、え、あぇぇっ!?頼勇様!?

 LI-OHってことはそうだよね!?ナンデ!?

 ちょっと説明してよゼノ君!?」

 って、リリーナちゃんが更に興奮気味に言ったのでした

 

 その最中……魔神達が消えたおかげが、割れた空が元に戻って。戦いは、何とか……何人か被害が出ちゃいましたけど、それで食い止められたんです

 「あ、あの!誰か怪我しちゃった人とか居ますか?

 居たら、わたしに出来ることなら治しますから、言ってください!」

 

 皇子さま達は頑張ったのに、何も出来ないのが嫌で

 今更ながら、わたしはそう周囲に向けてきゅっと腕輪を左手で抑えながら叫びました



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異伝 桃色聖女と機虹騎士団

『システムL.I.O.H!タイムアウト!』

 緑の粒子に包まれて、鬣の巨神……私ってばそんなにじっくりスチルを眺めたことも、ゲーム内で動いてるグラフィックの細部を見詰めたこともないんだけどちょくちょく違わない?ってなる機神の姿が虚空に消える

 そして、そう!私の一番の推し!この世界に来てからずっと会いたかった人がその中から姿を見せたの!

 

 濃く青い装甲と同じ髪の色に、茶色く鋭い切れ長の瞳。ゼノ君達と同じ作りの制服に身を包んでいて、けれど特注品なのか左肘から先の袖が無い。その代わりに左腕を覆うのは機械

 っていうか、左腕が機械の義腕だってだけなんだけどね!確かゲーム内では放熱の関係で長袖着れないんだって話があって、ヒロインが頑張ってお裁縫してあげるイベントがあった筈

 その手の甲に輝くのは埋め込まれた白い石。そう、何とかハートっていう頼勇様のお父さんの魂なんだよね、アレ

 

 え?え?え?

 本物じゃん!完全に頼勇様だよねアレ!?

 って私は私が特別(ヒロイン)である証の銀金の杖を胸元に抱き抱えて混乱する

 頼勇様って、最速登場学園3年目だよ!?元々ルート確定後の第二部登場で(もうヒロインには相手(ヒーロー)が居るから)絶対に攻略できなかったけど、ファンの要望で移植の際に共通ルート終盤に出て来て攻略対象の好感度抑えてたら攻略も出来るって要素を加えられたキャラなんだよ?

 此処で居る筈無いんだけど……え?何で!?

 

 そうして、地上数mからなのに何事もなかったかのようにすたっと降り立ったちょっとだけ顔はワイルド風味だけどその実野性味の無い紳士な彼は幅広の剣を背中の鞘に納めて……

 風と共にゼルフィードが消え、頭二つは彼より低いワンコ系の顔立ちな大々的同じ服装の少年がその横に降り立つ

 

 それに合わせて、とんっと小走りでゼノ君(此方も服装は同じ!)が更に小柄な少年の横に並んだ

 その更に横に金髪に銀の瞳をしたとんでもないイケメン……シロノワールが一瞬だけ黒い翼を拡げて空を舞って降り立つ

 

 あとさ、このシロノワールさんって、あの八咫烏だよね?

 え?イケメン過ぎない!?絶対に攻略できないと可笑しい顔立ちなんだけど……っていうか結局何で人間の姿になってるの!?

 

 って、混乱気味の中、パン!と真ん中の頭二つは小さな仔犬フェイスのふわふわ少年が手を打ち合わせた

 元々ちょっと興奮気味だった皆がすーっと静まる。響く声は、まだ痛いですか?って気にせず逃げてくる際に擦りむいた怪我なんかを治してるあの銀髪の子だけ

 

 あの子が居ても、お兄が死んでシナリオの歯車が狂い始めても。私は聖女で主人公。その証である、本当に私の手元に来るのかずっと不安だった神器を握り締めて、私はゲームじゃこんなの無かったんだけど!?ってものだけど、でも結構都合の良い展開を眺める

 

 だってだって、原作で着てなかった同じデザインの軍服に身を包んだ頼勇様(最推し)とゼノ君(三本指に入る推し)って、こんなゲームでは序盤も序盤には会えない二人が揃ってるんだよ!?しかも片方は婚約者!

 都合良すぎない!?

 

 ついでにガイスト君と謎の隠しキャラっぽいイケメンのシロノワール君まで居るし

 ゲームはちゃんと……サブキャラとのイベントとかサブキャラ同士のイベントとかは埋めてないけどメイン全ルートやった筈だけどシロノワール君なんて何処にも出てこなかったんだけどね

 

 「まずは、政治的な問題で駆け付ける事が遅れたこと、すまないと思う」

 って、声を発するのは頼勇様。静かにその長身で私達全体を見渡すのは、その茶色い瞳

 「突然の聖女誕生。それにより、聖女の護衛として聖女を抱き込むのか等と、様々な思惑から少しの間拘束されていた」

 

 あ、だからなんだって私は頷く。入学式の時に講堂に行かずに中庭に迷い込むとガイスト君に会える筈なのに来ないなーって思ってたんだけど、同じ騎士団っぽいしそのせいかな?

 

 「落ち度はないがすまなかった」

 って、頭を下げるのはゼノ君

 皆、空気が一気に冷ややかになる。え?酷くない?

 「何時も皇族は遅い」

 って、えーっと誰だっけ?サブキャラな女の子が文句をつける

 

 「返す言葉もない。だが分かってくれ。アイリスだって最初から皆を護りたかったんだ

 ただ、二人の聖女を両方抱き込むのかと言われては……」

 ん、二人?

 聖女って私だよね?不安だったけど、そもそもこの時代のアナスタシアってまだ聖女じゃない筈。ただの平民出の生徒で聖女になるのは一年の終わり。だから、本格的に特別な女の子として攻略対象とのイベントが起きるようになるのが遅いんだよね

 その点、ゼノ君は最初からイベント起きるし、その好感度上昇値も凄く高いんだけど……ふふん、現実になった世界では私もう婚約してるから負けないもんね!仮っていうか、解消前提だけど

 

 「天光の聖女様。そして……」

 って、ガイスト君は横のゼノ君に目配せ

 「聖教国よりお越しいただいた、腕輪の聖女様」

 と、ゼノ君は神器の回収がまだだからか、普通の刀を抜いて騎士の礼を取る

 

 あ、あの子滅茶苦茶嫌そうな顔してる。ドン引きって感じ?

 あれ?案外……好感度低いのかな?

 

 「両名の守護を、帝国皇帝シグルド、そして第二皇子シルヴェール殿下、第四皇子ルディウス殿下、第三皇女アイリス殿下の命により受けた……」 

 って、自分達の立場を説明してくれるのは同じく礼を取った頼勇様

 わ、私に向けて頼勇様が膝を折ってる!感激!

 

 ってやっている間に、シロノワール君だけ礼儀をガンスルーしてるけれど、三人の軍服の騎士は自己の名前を名乗ってくれる

 「帝国機虹騎士団副団長、ガイスト・ガルゲニア公爵」

 って名乗るのは、ふわふわした髪でちょっと仔犬フェイスな身長の低い男の子。攻略対象の中では厨二病で一番取っつきにくいように見えて、実は素直な良い子

 っていうか、公爵なの!?ううん、公爵家なのは知ってるけど、家継いでたの!?

 

 「同三席、竪神 頼勇男爵」

 って言葉を発するのは青い髪の頼勇様。ってこっちも爵位持ってる!?え?別の国の出身で旅してる筈じゃ!?

 

 「機虹騎士団創立者、第七皇子ゼノ」

 って名乗るのはゼノ君

 あ、ゼノ君が創立してたんだ。たしかアイリスって虹の意味だし、ゼノ君割とシスコンだからそんな名前になったんだ

 いや教えてよゼノ君!

 

 そうむくれる私の前で、ふわりと私の手が取られた

 「八咫烏のシロノワール。導きの鳥として、聖女を導く啓示の元、我が神の力によりこの姿を得た」

 って、その手を握ってきたのはシロノワールさん

 私が見上げると、その彫りの深い顔で小さく微笑してくれる

 

 か、かっこいい!

 ってドキドキする心臓を抑える。ダメダメ、そういうイケメンには刺があるかもしれないし、気を強く持たないと

 

 「そして俺が……」

 って、エッケハルト君がひょいとその輪の中に飛び込んで……

 「あ、俺騎士の位持ってないわ」

 「平団員の枠ならあるが?」

 「そんなもの要らん!ただのエッケハルト・アルトマン辺境伯子だって」

 って、ゼノ君に言われて叫んでいた

 

 「……聖女様。シエル様」

 そう呼ばれて、私ははっ!と我に返る

 そんな私の横で、何か銀髪の方は泣きそうになっていた

 

 あー!ゼノ君泣かしたー!

 ま、いっか

 「わ、わたしは普通の……」

 って言いかけて、銀髪の女の子は少し俯いて言い直す

 「わたしは、アナスタシア・アルカンシエル。あんまり目立ちたくなくて、わたし自身自分がそんなだって思えなくて黙ってましたけど……

 人からは、腕輪の聖女って呼ばれてます」

 え?もう聖女なの!?一年早くない!?

 

 聖女様なのか!?と湧く周囲の生徒の反応に焦るように、私も自己紹介しないと!

 「私は天光の聖女リリーナ・アグノエル!子爵の娘で、ゼノ君の婚約者なんだ!」

 同時、羨望と同情の視線が私に注がれ……

 

 「こん、や、く?」

 ぱたりと、私の横で銀髪の少女が倒れた

 

 「……アナ。いや、シエル様」

 地面にその体が触れる前に、一瞬でその肩を支えるゼノ君。そして……

 「エッケハルト。そしてガイスト副団長。すまないが、アナ……」

 って、ゼノ君は口を少しだけモゴモゴさせる

 

 そういえば、昔はあの銀髪の子をアナって愛称で呼んでたよね。そのせいか、シエル様って呼ぶのに手間取ってるのかな?

 「シエル様を寮の部屋で休ませてやってくれ」

 

 「いや待てよゼノ!

 ってか何、お前リリーナちゃんと婚約してたの!?」

 って、叫ぶエッケハルト君

 あれ、こんな性格のキャラだっけ?もっと二枚目って感じじゃなかった?

 

 あ!

 って脳裏に走る電流。さてはこの人、ぜのぐらしあ?って転生者なんだ!

 ってことは、敵なのかな?

 

 「ゼノ君ゼノ君」

 って、私は耳打ちしたいよーって近くに行って灰銀の髪の少年の袖を引く

 「見付けちゃった、転生者」

 って報告するんだけど

 

 「エッケハルトだろう、大丈夫。そもそも彼から色々話は聞いている」

 って、安心するようにゼノ君はぎこちなく微笑んで返してきた

 

 え?そうなの?

 分かんないこと多いなー本当に

 

 「……良いのか、エッケハルト?」

 って、そんな私を離して、ゼノ君は炎髪の攻略対象を見詰めた

 「良いのかって、お前は……」

 その声に、ゼノ君はというと、スチルでも何度か見た、自嘲するように寂しげな表情で……

 

 「おれは、ただの『悪の敵(あく)』だ。誰かを護る正義の味方なんかじゃない、塵屑だよ」

 って、原作でボイス無しで言っていた台詞を吐いたのだった

 

 あ、これ!追放イベントで聞ける台詞だよね?好感度が低くて追放されるパターンで、抗議しようか悩むヒロインを説得して追放されていく時の

 ん?このタイミングで聞けるの?

 

 そう混乱する私を他所に、ゼノ君は優しくお姫様抱っこで抱え上げた少女の体を、エッケハルト君へと託す

 そして、その少女の頬へと一端手を伸ばして、触れずに取り下げる

 

 「アルカンシエル。おれが護れなかったこの子は、自分で運命を切り開きはじめた。なら……こんな何時燃え尽きるともしれない屑、もう居ない方が良いんだ」



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異伝 焔の公子と寝取られと決意

「アナちゃん!」

 女子寮の一室。腕輪の聖女アナスタシア・アルカンシエル……本人が特別扱いはやですと言っていたが、それでも特別な措置を取らないわけにはいかない少女の為に用意された、皇女等と同レベルに整えられた最大の一部屋

 

 突然予言の聖女こと天光の聖女リリーナ・アグノエルが誕生しはしたものの、予言の聖女が現れるという事そのものはゼノや俺から進言していた為に部屋に問題はない

 しっかりと、学園の新入生の中に現れるとも限りない筈の聖女が新入生の一人だと仮定して、聖女向けの部屋は二つ用意されている。どたばたするような事は起こらないのだ

 

 といっても、それは皇帝の、つまりは派閥も何もない頂点の膝元である学園の事だからだろう

 事実、学園には次期皇帝を目指せる範囲の継承権を持つ皇族の3派閥全ての勢力が届いている

 

 ひとつ、第二皇子シルヴェール当人が教員の一人として教鞭を取っている継承権第一位のシルヴェール派。派閥としては他には大物としては前線に居るらしい第四皇子くらいで学園にも派閥の者はあまり居ないのだけれども、下級貴族に支持者が多く頂点本人が学園に居るという事で影響は大きい

 ひとつ、継承権第四位の長兄を中心とする穏健派。武断な皇帝とか怖いだろって多くが在籍しているけれど、案外これは弱い派閥だ。何たって、命懸けで国民を護るとか覚悟決めきった尖った人間が全然居ない。そういうのがシルヴェール派に流れていく。なので、在籍している人数だけなら多いし結構教員の中にも居るんだけど影が薄いというか、シルヴェール一人に食われている感じがある

 ひとつ、機虹騎士団を有する継承権第二位のアイリス派。派閥筆頭のゼノが学生として入り、長であるアイリスも一年後には入学を決めていて……虎の子である騎士団の両翼を何の縁か更に護衛として捩じ込んできた。学園の運営者という点では弱いが、聖女二人を護衛するという形で生徒には滅茶苦茶な影響を持つ

 ってか、アナちゃんの元庇護者で何でか桃色リリーナと婚約してるゼノのコネパワーだけどな!何あいつ。何で婚約してんの後で聞こう

 

 何でそこら辺知ってるのかって?

 いや、俺……エッケハルト・アルトマンというか遠藤隼人って、アナちゃんの為にゲームやってた訳で。推しが現実になった世界で真面目に生きないなんてそんな事出来る訳がない。エッケハルトとして覚えてなきゃいけない事くらいそりゃ覚えるさ

 

 ひとつだけ言えるのは、都合が良い!

 って俺はすぅすぅと眠る銀のサイドテールの女の子の唇に目を奪われる

 だって、アナちゃんを自分から手離してくれてる訳だろ?ってか、俺がわざと黙ってたアナちゃん=ゼノルートが存在する『もう一人の聖女』って事に気が付いてそれでアナちゃんとイチャイチャする気になられたら多分勝てなかったと思うんだけど、その事知っても幼少期のどこか突き放した態度を変えなかった

 つまり、ゼノ側はゼノルート目指す気がないって事で、これマジで(エッケハルト)ルート目指せるんじゃないか?

 そもそも俺はアナちゃん(小説版)のイラスト可愛い!で界隈に入り、恋するアナちゃん可愛い!で攻略対象の気分になって主人公とのイチャイチャを楽しむために乙女ゲーな原作もプレイした訳で……。現実で仲良くなってあわよくばってのは願ったり叶ったりだ

 

 ……本当にあいつ分かってるよな?きがついてなかったとか無いよな?

 ふ、不安だ……あのゼノ、マジで単なるゼノだからな……。肝心な所で鈍かったりしても可笑しくない

 

 って眺めていると……

 「こほん」

 と、エルフな女の子が俺をじとっとした目で眺めてくる

 「あ、えっと、ノア先生?」

 13歳くらいのエルフの女の子。何で此処に

 「ええ。男を寮に入れるなんて、間違いを起こされたら大問題よ。教師として見過ごせないから監視してるの」

 その流麗な長い耳をぴくりと跳ねさせて、馬の尻尾のような淡い金のポニーテールを揺らし、腕を組んだロリエルフ先生は俺をじっと見上げる

 「可笑しな事かしら、エッケハルト・アルトマン?」

 「い、いや……うん、そうだよな」

 

 当然、俺にアナちゃんを傷付けるつもりはない。そりゃえっちな事を考えないと言ったら嘘になる

 小さな唇にキス出来るならしたいし、豊かで谷間の見えるおっぱいを揉めるなら揉みたい。その先だって望むところ。でも、それは彼女を傷付けることだからまだ駄目だって理性のブレーキは壊れてなんかいない

 

 「お、女の子の部屋は……

 しかし、神は見ている……」

 と、扉の先で言うのはガイスト

 うん、こいつ言動が厨二な割に?ウブで童貞だったわ。初デートイベントとかガチガチ過ぎて失敗するイベントだった筈だし女の子の部屋とか許可あっても入れないわな

 

 それに託すって馬鹿かゼノ?いや馬鹿だから納得だわ

 

 そんな事を考えながら、美少女過ぎて辛い推しの乙女ゲー主人公の寝顔を役得と眺めていると……

 その形の良い眉が動いた

 

 「う、ん……」

 って、少し苦しそうに息を吐いて、少女のアイスブルーの瞳が開く

 そして、俺を見て数度目をぱちくりさせ……

 「エッケハルトさん?」

 って、俺の名を澄んだ声で呼んだ

 

 「俺だよ、アナちゃん」

 「皇子さまじゃ、ないんですね」

 「当たり前だろ!」

 って、語気が強くなる

 

 いや、マジで……

 割と辛い。ゲーム内では俺=ゼノって自己投影してプレイ出来たからまだ良いんだけど(因みにあいつ頭やべーから良くはない)、現実の俺はゼノじゃ無いわけで

 俺のものじゃないけどそこはかとない寝取られを感じるというか……NTR音声作品を聞いてる感じ

 

 ちょっと興奮するけど、割と心が痛い

 そう、胸を抑えながら俺は叫んで

  

 「だ、大丈夫ですか!?痛むんですか」

 って、自分がさっきまで気を喪ってたのに気丈にベッドの上にはね起きた少女が心配そうに潤んだ瞳で俺を見上げる

 

 「ちょっとなら腕輪の力で良くなりますから……」

 って、腕輪をしたすべすべで少しひんやりした右手で俺の左手を優しく握ってもくれる

 

 「気分は大丈夫ですか?

 わたしたちを護るために、頑張ってくれたからですか?」

 うん、違う

 単なるNTRのダメージだ。寝てもないし、寝られてもないけど

 

 「いや、ちょっと昨日徹夜で本読んでて、それで」

 「良かったです……」

 って、ほっと息を吐いて小さく儚い花のような笑顔を見せてくれるサイドテールの女の子

 

 そんな少女を前に、心臓バクバクいっている俺は……

 「アナちゃん、聞いてくれ。大事な話なんだ」

 本当に重要な話を切り出した

 

 やっぱりさ。お前に負けるのは嫌だし悔しいから

 諦めないぜ、ゼノ。お前に勝つ

 まずは……その一歩。今はまだ、受け入れてもらえなくても良い。その覚悟を決めて……やってやる!

 

 告白を!



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異伝 炎の公子と一世一代の嘘

「アナちゃん」

 ベッドの上に起き上がりペタンと女の子らしい足を折った座りかたをする女の子を前に……流石にベッドの横に座るのは距離近すぎて駄目だよなーって思って椅子を持ってこようかと考えて

 でも、これからの事は俺にとって割と一世一代の賭け。なんとなーく告白されないかなーと生きてきて、そこそこ仲良くなれた後輩の女の子は居たし妹とも仲は良かったけど、結局受け身で誰とも付き合わずに死んだ『俺』から変わる決意

 それを、座ったままというのも違和感が強くて

 

 「あっ、立たせてちゃ悪いですよね」

 って、自分がちょっと自身の為のふかふかベッドの端によってスペースを作ってくれる彼女が無防備にも思えて、胸が熱くなる

 

 「いや、立ってた方が多分良いんだ」 

 そう告げて、キリッとした眼になるように一度眼を閉じてから……膝を折ってふかふかのカーペットが敷かれた床(ちなみに違和感あるので靴を脱いでしまっているが脱がなくて良いらしい)に片膝をつく

 そして銀の髪の女の子、妹の部屋で見た小説の表紙で一目惚れした乙女ゲーヒロインそのままの姿の少女と目線を合わせ、ふわりと薫る爽やかな香りを吸い込みながら、決意の一言を切り出した

 

 「アナちゃん。アナスタシア・アルカンシエル

 俺は、君の事が好きだ。炎の色のこの髪のように、消えない想いがずっと心で燃え続けているんだ。君に出会って、ゴーレムと戦って……その辺りから、ずっと」

 

 少女のアイスブルーの愛らしい瞳がほんの少し見開かれる

 「エッケハルトさん」

 「だから、アナちゃん。俺と付き合ってくれ」

 淡雪のようで、儚くて。けれどもそうではないことを知っている少女の瞳を見て、俺は心の底から、空気と共に言葉を絞り出す

 

 「でも、エッケハルトさんには好いてくれる女の子が居ますよ?

 わたしじゃなくても、良いんじゃないんですか?」

 最初に来るのはそんな言葉。優しさからか、残酷なそれ

 

 「アレットちゃんや、ヴィルジニーちゃん?

 いや、後者は良く分からないけど……確かにアレットちゃんとの手紙での交流はずっとしてた」

 でも!って拳を握りこんで力説する

 

 「確かにあの娘達は可愛いし、俺を憎からず想ってくれてるのかもしれない

 嫌いじゃないし、寧ろ好きだけど!

 

 俺が一番好きなのは、君なんだ!何より、誰より、君を幸せにしたいんだ!」

 素直な気持ちを叩き付ける

 

 「勿論、君や皆が許してくれるなら重婚とか、考えたりもするんだけど……君が嫌がるなら、そんな事考えない。俺にとって、一番大事なのは君の笑顔なんだ」

 重婚は可能だし、実際ゲームでもエンディングが矛盾しない範囲でなら重婚させられた。あんまりやってる人居なかったらしいし、ルートヒーローはロック掛かるんだけど……

 

 ハーレムとか憧れはする。でも、愛しいこの娘が泣くならその方が問題だ

 「あはは……そう、なんですね」

 って、少しだけ淋しそうな微笑みを少女は返してくれる

 

 「でも、わたしは……皇子さまが」

 「あいつは!君を幸せに出来ない!」

 思わず叫んでいた

 

 フラッシュバックするのは、小説版での内容

 流石に乙女ゲーだから、最後の方はイチャイチャしてたし幸せそうだった。それは良い。ハッピーエンドが一番だ

 でも

 

 「あいつは、ゼノは!君を幸せにする気なんて欠片もないんだよ!」

 すまん、ゼノ。でも……言わせてくれ。これだって俺の本心なんだから

 

 「アナちゃん!あいつは応えてくれない。傷付くだけだ」

 「そんな事ありませんっ!」

 思わず伸ばした俺の手を優しく触れて下げさせて、雪の少女はきゅっと唇を結んで此方を見据えてくる

 

 「確かに、皇子さまは自分勝手で、わたしが()めてって思っても止まってくれなくて、誰も信じずに一人で行っちゃいますけど!」

 ……うん、否定できない

 

 ゲーム内でも言われてたけど、ゼノってああ見えてとんでもなく唯我独悪、自己中で俺様系キャラなんだよな

 護るべきもの、救うべき民。誰とも知れないというか多分誰でもない彼自身の脳内で決めた妄想の為に突っ走る。単にその基準というか、妄想の中の民像に割と恵まれない子や国民合致するから英雄でイケメン皇子のように見えるだけ

 その実、あいつは他人を見ていない

 

 その性格が、ゲームでは確かにヒロインによって変わっていくのだが……それまでに、彼女は何度も傷付く

 俺は、それを見てられない。ゲームなら、小説なら。ハッピーエンドが約束された『物語の中ならば』、まだ許せる

 

 でも、始まりはゲームでの推しというところから始まった恋でも

 惚れ直した。その容姿も、優しさも、頑張るところも……全てをまた好きになった。俺にとって妄想ではなく現実になったこの娘が傷付く所を見たくない

 

 ゲーム通りに進むならまだ良いけれど。ユーゴみたいな奴が居るのに、そんな保証はない。どんな傷を負うかも、死んでしまうかも分からない

 それでも、ゼノは止まらない。あいつが止まる筈がない

 

 なら、そんなの……そんな不幸、俺が嫌だ

 「そうだよ、あいつを想っても、君は不幸になるだけだ!君を見てすら居ないんだよ!」

 その言葉に、少し離れた位置から見守るノア先生がそうね、と頷いていて

 

 「だから!俺が君を幸せにするから!」

 「でもっ!わたしは、皇子さまを助けてあげたくて」

 揺れる瞳の光。スカートの裾を握り、目線が少し下がりながら少女は呟く

 

 「それが何なんだよ、アナちゃん!」

 「わたしは、皇子さまの事が」

 ……言ってくれた

 それが本心だからこそ、俺は諦めずに前に行ける。ゲームでだって、設定からして小説版を見るにゼノの事を大事に思ってても、別ルートがある理由はこれだ

 「君のそれは恋じゃない。ただの憧れだ」

 「でもっ!」

 泣きそうな顔の涙を拭いたくて、でも触れるのはまだ早くて

 精一杯微笑んで、続ける

 

 「助けたい気持ちは俺だって分かるよ。でも、それとこれとは全く関係ない」

 噛まないように、とちらないように。深呼吸して精一杯キリッとして

 「だってそうだろう、アナちゃん

 君はゼノを助けてあげたいだけ。別にそれは……あいつを想って苦しまなくても出来る。誰かと恋をしながらだって!」

 その言葉に、少女は小さく眼を伏せた

 

 「そうかも、しれないですけど」

 「あいつは君を見てくれない。不幸になるだけだ

 その苦しみは、君をずっと好きだった俺が一番知ってる。だからもう、君が不幸になるのを見てられないんだ」

 

 戸惑う少女の手を握り、キレイな瞳を覗き込む

 「だから、俺と付き合ってくれ。おれとゼノを助けるように頑張ろう」

 それでも、少女の瞳は迷う

 

 ……あと一個、押せるものがある

 やるか?って少し悩む。これは卑怯じゃないか?

 

 でも、良い。どうせどこかでばらさないと不公平。この娘に嘘はつきたくない

 

 「それに、アナちゃん。俺……とゼノは、実は別の自分の記憶があるんだ」

 その言葉にちょっとだけ口を開けて、少女は驚きを返す

 

 ん?案外驚いてないな

 「あれ?アナちゃん知ってたの?」

 その言葉に、少女はこくりと頷いた

 「皇子さまが、わたしの知らない人の名前を懐かしそうに、苦しそうに呼んでたのは聞いたことがあって……でも、わたし、アイリスちゃん達から聞いてもその人の事、何にも分からなくて」

 

 だから、と銀の髪の少女ははにかむ

 「きっと、皇子さまじゃない皇子さまにとって大事な人なんだって事は、分かってたんです」

 「なら、俺の言うこと、分かる?」

 「はい、分かります」

 意を決して、ちょっとの後ろめたさを舌に載せて、おれは語る

 

 「俺もゼノも、実は君の事を知ってるんだ。物語の登場人物として」

 「アステール様から、神様がそういう人の事を真性異言(ゼノグラシア)って呼ぶんだーって教えてもらいました

 何だか、皇子さまの為にあるような言葉です」

 うん、ゼノの名前の由来って未知(ゼノ)だし、語源が同じだから当然だ

 

 「その物語の中で、ゼノと君が恋仲になる可能性があった。俺とアナちゃんもまた」

 「そうなんですか?」

 ちょっとだけ少女の表情が和らぐ

 「その事は、ゼノだって知ってた」

 

 まあ、君だと気が付いてなかったんだけど……って何で気が付かないんだよあいつ!?

 確かに小説版容姿だし、出身も当時は違ったけどさ!?ゼノからして何か過去にあったのは確実だろ!?

 いや、それで孤児院潰される気がするってアナちゃん達を任せられてたのに領地にいってる間にさくっと潰された奴の言うことじゃないけど!

 

 「その上で、あいつはああした態度を変えず……リリーナちゃんと婚約までした」

 ここからひとつだけ、嘘を混ぜる

 「そう。あいつは、君との未来を描けることを知りながら、リリーナちゃんを選んだんだよ」

 「そう、なんですか……?」

 アイスブルーの瞳が揺れる。目尻に涙が滲む

 

 「ああ。分かってて君を捨てたんだ

 だから、俺が必ず君を幸せにするから……」

 少女は眼を伏せて

 

 「悪魔の哄笑……」

 不意に、横から声が響く

 「ガイスト……公爵?」

 「血の縁を結ぶにしても、年を廻らせ……」

 何と言うべきか悩むように、仔犬系の攻略対象は何かを言おうとして

 「つまりだ。私達はアイリス殿下と共に、苦手な舌戦を繰り広げて何とかこうして聖女等の守護の役を勝ち取った

 それを、恋仲で婚約者でとされては……守護の役は恋人に取って変わられてしまう。せめて一年くらい後ならば問題はないが……」

 フォローするように姿を現した青髪の青年、竪神頼勇は小さく苦笑する

 

 「昨日の今日では、お兄ちゃんの為って守護の役を無理矢理もぎ取ったアイリス殿下含めて良い笑い者だ」

 あ、確かに

 「アイリス派ならばまだ言い訳は聞くが、アルトマン辺境伯はそうでもない

 付き合うにしても、一年ほど、私達が馬鹿と笑い者にされないだけの時間が欲しい」

 「然り」

 と、ガイスト

 

 「そ、そうですよね」

 良かったって顔に浮かぶアナちゃん

 「エッケハルトさん」

 と、何かを決めたように、強く強く手を握り込んだ少女の瞳が俺を見返す

 

 「有り難う御座います

 わたしの事を、そんなに考えてくれて。わたしの幸せを、優しいものだけじゃなく優しくない嘘までついて傷付いてでも、わたしよりも想ってくれて

 そこまで、貴方みたいな素敵な人にこんなに想って貰えて、とっても嬉しいです」

 でも、と少女はぱたぱたと手を振った。合わせて流れるようにサイドテールが揺れる

 

 「確かに、わたしが皇子さまとは関係なく幸せを求めても良いのかもしれないです。けど、すぐには気持ちを切り替えられないです」

 きゅっと、髪から外した雪の髪飾りを少女は胸元に当てた

 「待つよ。すぐにゼノより好きになって貰えるとまでは自惚れてないから」

 「はい。すみません

 だから……暫く待って下さい」

 ワンチャンあるその言葉に、俺はしっかりと頷いた




ワンチャンある(無い)言葉。

アナちゃんが優しくない嘘って遠回しに非難してる辺り、裏で地雷踏み抜かれて結構キレてるんだよなぁ……


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兄、或いは家族との再会

「お兄、ちゃん……」

 まだ川の水を引き込む為に城壁の下に金柵こそあるが空けられた穴の中に隠れた敵が居ないか、或いは……駆け付けようとしたその刹那、不意に感じた世界の歪みの原因が誰なのか

 ユーゴ?シャーフヴォル?或いは始水が居ると言っていた11HAD(ALBION)使い?最大の脅威かもしれないアルトアイネスなる巨神の使い手?そのどちらかなのかは知らないおれが見た眼の悪い母と歩いていた彼?それとも別人?

 分からないが……誰か何処かで見ていた気がしたのだ

 それらの調査のため、息を吐き、時には頼勇やガイストといった騎士団の面々に対して興奮気味に喋る新入生達が散っていくのを眺めていると、不意に背後から声が掛けられた

 

 少しだけざらついて割れた声。彼女本来の声音の優しさの消えた音

 「アイリス」

 首だけでおれは振り返ろうとして……

 「と、シルヴェール兄さん」

 妹猫を抱き抱えた長身の優しげで理知的な顔立ちの男性を見て慌てて全身をそちらへ向ける

 

 第二皇子シルヴェール。確か今年26歳くらいで、おれの11上の兄にして、皇太子のようなもの

 

 「やあ、ゼノ」 

 少し眉を緩め、妹猫を抱き上げる手を片方だらりと下げて、その彼はおれへと挨拶する

 「お帰り……なさい、お兄ちゃん」

 と、拘束?の緩んだ全身が明るめのオレンジの毛に覆われていて瞳が爛々と緑色に光っているという蜜柑色の小さな猫がするりと兄の手から抜け出して……

 ではなく、上半身と下半身にぱかりと分割。断面に機械的なというより植物の蔓な接続面を露出しながら器用に上半身だけがぴょんと宙を舞っておれの頭の上へ。そこから、地面に落ちた下半身へと蔦が延びしゅるりと蔦同士が接合されると、おれの頭に爪を……

 

 「ただいま、アイリス。情けなくも、今一時帰還しました、シルヴェール兄さん

 此度はそちらの協力あっての事。ルディウス殿下にその旨と礼を言っていたということをお伝えください」

 石頭過ぎ(魔導鋼鉄製のアイアンゴーレムより硬い)て爪を立てられずに苦労する妹猫の体をさりげなく左手で抑えてやって支えながら、おれはそう兄であり……一応はライバル?であり、これから教師と生徒となる相手へと小さな首の動きで挨拶する

 

 というか、アイリス。この妹猫ゴーレムの材質、花だったのか……。なんて、抑えた左手にふかふかした毛と周囲の外気と同じ温度を感じながら落とさないように気を付けると、程なくして両半身が合体して妹猫が再度完成した

 

 くすりと、眼鏡の青年が笑う

 「シルヴェール兄さん?」

 何が可笑しいのだろう、妹猫が完全に降りる気がないとばかりに丸まる気配を頭上で感じながら、おれは眉を潜めた

 

 「いや、ゼノ。アイリス派といえば、昔はその格好が象徴みたいなものだった

 忌み子な兄の頭の上という帝国猫帝(ていこくびょうてい)

 今ではついぞ見れなくなった光景に、つい懐かしさが出てしまってね。失礼」

 「ああ、そういう」

 確かに、とおれもつられてひきつる火傷痕に歪められないくらいに曖昧な笑いを返した

 

 確かに、初等部に居る頃はアイリスってずっとおれの頭の上に居て猫の姿のゴーレムを操って生活してたからな……。おれが連れていかないと、外に興味がないとばかりに

 

 「アイリス?」

 頭の上で動かなくなる妹猫

 「疲……れた。後で、届けて」

 と言うなり、物理的に光っていた猫の瞳から緑の光が消え、灰の目に戻る。同時、アイリスによる遠隔操作の魔法が切れて少しだけその植物製の体が重くなった

 

 「お休み、後で」

 おれにはよく分からないが、疲れたらしい。アイリスが疲れるということは、それだけ何か動いてくれたのだろう

 優しく妹が使っていたゴーレムを頭の上から持ち上げ……たら怒られそうで、帽子のように乗せたままにする

 

 「シルヴェール兄さん。魔神族については」

 「把握はしているよ。此方は川を遡ってくる相手を対応していたからね」

 あ、そうなのかと頷く

 

 確かにだ。考えてみれば何で教員が来なかったのかという話。シルヴェール兄さんとか、教師の中にも此処に居て戦える人材は居たわけで。そんな彼等が魔神復活と襲撃という一大事に本気でなにもしてなかったなんて事はあり得ないにも程がある

 

 「竪神君から君が来ると聞いてね。正門は任せていた」

 「何とか……間に合わなかった感じですが」

 と、おれは回収していた遺体を見下ろして呟いた

 バラバラになって食い荒らされた少年の遺体は、棺桶の中。片手がないし、腹も食い破られているし……帰ろうとした中で、逃げられなかった名も知らない彼を、おれは救えていない

 例えリリーナ嬢やアナ……ではなくもうおれとは関係ないシエル様を凶牙から護れたとして、間に合ってなどいないのだ

 

 「それは皆同じことさ

 相変わらずだね、ゼノ」

 「相変わらずですよ。結局、何も護れない」

 ……アナスタシア・"アルカンシエル"。教会出のもう一人の聖女

 腕輪の聖女と呼ばれる点は原作とは違う。原作では当初は聖女としての力を持たず、一年の終わりに開花するまでは二つ名は無く、開花後は極光の聖女と呼ばれる筈だ

 

 そういった差異はあるものの、彼女はあの日の腕輪と共に、ああしてあそこに居た

 それまでに、どんな苦労があったのだろう。エルフ達を助けるために使い、借りてただけですからと置いてきた筈の神器を再び持ち出して、聖女と呼ばれるまでになって。それなのに、基本は何一つ変わっていない

 利益もないのに。誰かを助ける義務すら、おれと違って欠片も無いのに。寧ろ護られる側なのに。それでも誰かの為を思って動く、昔のあの子のままだった

 

 まだ子供で。伸び伸びと遊んで成長していくはずの時に。それを護るべきだったのに。たった一人で、知らない場所で。知り合いが居たとして、あまり縁の無いヴィルジニーとアステールくらいなんて、辛い場所で

 どれだけ辛い思いをしてきたろう。おれには想像も付かない

 けれど、あの子は……そうして、一人で頑張ってきた

 

 なら、もう……こんなおれなんて、要らないだろう。どうせ、護ると言ったのに放り投げて辛い思いをさせて、皆をバラバラにしたことで恨まれてるだろうしな

 

 だから、近付かない方がいい

 ゲームでは、妙にゼノだけ好感度上がりやすすぎて他ルートの邪魔になってたんだ。おれだって、選択肢一個間違えたけどセーフと思っていたら好感度上がりすぎてゼノの追放イベントを起こせずRTA終了した事は1度や2度じゃない

 いや(うた)お姉さんの家でやらせて貰ってるだけなのに何敗してたんだよ当時のおれ!?

 

 兎に角だ。此処はゲームじゃなくて現実の筈だが……それでもだ。セイヴァー・オブ・ラウンズは運命から皆を解き放つと言っていたのだし、シナリオに合わせる強制力があるのかもしれない

 始水に聞ければ良いんだが、謎の直通コールは遺跡から遠いと疲れるらしいので余程でなければ使いたくない

 

 なら、アナとはあまり……会わない方がいい。シナリオの強制力が実はあった日には、アホみたいに上がりやすい好感度に縛られる。あの子が本当は誰を好きでも、おれルートに補正されてしまうかもしれない

 それは嫌だ。幸せになって欲しいさ、当然。なら、変に関われない。不幸にするだけだ

 

 そもそも、あの子にはあまり戦ってほしくない。傷付いて欲しくもない。聖女なら……いや、本来リリーナ嬢も転生者だからって聖女として戦えというのは間違ってるんだが、まだリリーナ嬢の方がマシ。向こうは正規主人公だからな!

 

 「というか、意外でしたシルヴェール兄さん」

 と、おれは自分の気持ちも切り替えるように言葉を紡ぐ

 「ん?」

 「いえ。ガイスト公爵から聞いたのですが、此度は機虹騎士団による聖女護衛について、口添えを戴いたと」

 実際には騎士団の定期報告がてら帰ってきていたルー姐が名代として口添えしてくれて、そのまま帰ってったらしいけれど

 

 「ああ、それかい?」

 「聖女の護衛については、聖女という強い影響を持つ相手を味方につけられそうなもの。まさか口添えを貰えるとは思ってなかったのですが」

 そのおれの拙い敬語に、くすりとその青年教師は笑って眼鏡の鼻を抑えた

 

 「いや、そうかな?」

 「そうですか?」

 「授業をしてあげよう、ゼノ

 聖女は二人。アルカンシエルと、アグノエル。では、影響はどちらが上かな?」

 

 眼を閉じて考える

 正規主人公はリリーナ嬢。でも、アナだってもう一人ルートではちゃんとした聖女で主人公だから……

 「どちらも」

 「不正解。腕輪の聖女はエルフの秘宝で聖女の力を使える『聖教国がそう選んだ』聖女。天光の聖女は『七大天たる女神が選んだ』聖女。後者の方が、より上の存在だよ

 勿論、だからといって腕輪の聖女が必要ない等とは言わないとも。しかし、予言の聖女であり、聖女リリアンヌを継ぐのはアグノエル嬢の方

 そして君は、そのアグノエル嬢と婚約を交わしている」

 それにはこくりと頷く

 

 いずれ破棄するものだけれども、今はそうだ

 「では、その縁からアグノエル嬢を護るのは君。そうなれば、天光の聖女はアイリス派に抱き込まれる事になるだろう

 しかしね、二人とも護ることになるとすれば……婚約者である自分も、他の女も同じ『聖女』として同列に護られる事になれば

 女の子はそれを苦しく思う。分かるかい、ゼノ?」

 「他人の気持ちを測るのは苦手だよ、兄さん」

 そのおれに、人の悪そうに見えるように作った笑みを彼は浮かべる

 

 「だろうね。私自身、女性の扱いで負けるつもりは全く無いよ

 だからこそ推した。両方の護衛をかって出させた方が、腕輪の聖女を抱き込もうとするより良い結果を、天光の聖女を此方側に引き込むという結末を目指せるからね」

 と、冗談めかして青年はおれの頭……はアイリスが領土権利を主張しているので左肩を軽く叩いた

 

 「なんて、ね

 私達は君達の仲間ではないよ。皇位の派閥で争うライバル

 けれど、兄であり味方ではある。そういうことだよ」

 その言葉に、おれは小首を傾げた

 

 「前の方が本音じゃないんですか?」

 「さぁ、どうだろうね

 考えてみると良いよ、ゼノ」




お兄ちゃんに対して監禁したい想いを抱いていてガイスト君から健全に片想いされてる系猫妹アイリス、漸くの再登場である。
良く出番消えますからね彼女……


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異伝 銀髪聖女とイケナイ誘い

「アナちゃん。俺、ずっと君が応えてくれる事を待ってるから

 例え、一度無理って言われても。君の幸せを願って、諦めないから」

 って、真剣な瞳で、メラメラと燃える炎を宿して。学園の制服じゃなくて立派な燕尾服?って言うんだと思う赤と金の刺繍の入った黒っぽい服に白いシャツの彼はわたしの手を握って告げる

 

 大きな男の人の手。でも、誰かにマッサージされて磨き上げられた傷ひとつないその手は、今も撫でられた感触を覚えている皇子さまの手より……感触が心地良いからこそ嬉しくない

 刀の柄を、鞘を、弓を。誰かを傷付ける物しか持ってこなかった薄汚れた手と自嘲する、細かな切り傷と打ち傷と、そして無数のタコや豆。デコボコして全く綺麗じゃなくて、貴族っていうより下働きみたいな質実剛健なちょっと痛い掌。それとどうしても比べてしまう

 

 「じゃあ、俺は……

 また明日、アナちゃん」

 って、精一杯の笑顔で、エッケハルトさんは部屋を出る

 「はい。また明日です」

 何も返事をしないのは悪いから、わたしもそう返して、ベッドから立ち上がって部屋を出る彼をお見送りします

 此処は女子寮の一番上の階。この8階には、たった2つしか部屋がないんですけど、その分広くて……階段じゃなくて魔法の昇降機を挟んで両側に一部屋ずつ

 彼が降りていくまでは見ようかなと思ったら……

 向かいの扉が開いて白い手がエッケハルトさんを手招きするのが見えました

 

 「……人があまり立ち入れない場所で助かった」

 って、呆れたようにぽつりと呟くタテガミさん

 「えっと?」

 「婚約者が居る女性が、あまり気軽に異性を自室に連れ込むのか……という話だ

 皇子からすれば別に良いだろうという事になるんだろうが、周囲の目はどうしても」

 「で、ですよね……」

 「ええ、だからワタシが何も疚しいことは無いようにアナタの時は見張ってあげてたの」

 と、横からわたしより背の低くなってしまったエルフの方が話に補足をしてくれます

 「はい、有り難うございます、ノアさん」

 その声に、紅玉の瞳のエルフは、小さく悪戯っぽく微笑みました

 「ノア先生、よ。アナタは聖女で、ワタシはエルフ。存在としての位にそう上下はないわ

 だから、生徒として教員をしっかり敬いなさい」

 

 「それで、タテガミさんは……」

 昇降機を降りていくガイストさん?の方を見送って、それでも留まる彼にわたしはちょっとだけ首を捻ります

 「ああ、すまない。貴女に用があるのは私ではないんだ」

 と、ずっと彼の影になっていた場所から、不意に……ぴょこんと細長い尻尾が見えました

 オレンジ色の鮮やかな尻尾。鈴の付いたリボンを端に巻いてチリンと音が響く

 

 そして見えるのは、大きな耳

 「えっと……猫さん?」

 「……にゃ、あ」

 そうして姿を見せてくれたのは……アイリスちゃんでした

 皇子さまの妹さんで帝国の皇女様、三年くらいわたしも雇ってもらってメイドとしてお世話をさせて貰ったことがあります。そんなわたしの一つ下の女の子が、猫の着ぐるみを着て立ってました

 え?いつの間に?分かりませんでしたけど……

 

 「ずっとだ。さっきからアイリス殿下は私の後ろに居た

 ただ……」

 「ゴーレム。【鎧装】みたいに……使う」

 って、スポッと頭の大きさの3倍はある被り物の猫を外して、お兄ちゃんが切るからとボブカットくらいの髪を揺らしながらアイリスちゃんは告げました

 「えっと、つまり……見えなくなってたんですか?」

 こくり、と頷かれる

 

 「どうしてそんなものを?」

 「生身、疲れる……」

 そうでした。アイリスちゃんは、わたしがお世話をしてた頃も大体ずっと寝たきりで……

 「お、起きて大丈夫ですか!?」

 って、わたしは今日通されたというかさっき寝かされてたのが始めてで全く自分も知らないわたしの部屋の中に少女を招き入れる

 

 えっと、アイリスちゃんの好きなお茶は香りが甘酸っぱいからってアップルティーだった筈ですけど……お茶や茶器って何処に仕舞われてるんでしょう?

 「それで?何しに来たのかしら?

 あと、茶器なんて無いわよ。元々周囲に世話をされる前提でこの部屋は用意されてるもの、持ち込みよ」

 え?それは困りますけど……アイリスちゃんのメイドをさせて貰っていた時期のものはアイリスちゃんのものですし、孤児院のものは捨てられちゃいましたし……

 聖教国ではお茶を淹れたくても最初は茶なんて贅沢って言われて。聖女さまってみるみるうちに奉りあげられてからはお茶と言った時点で淹れさせてと言う前に勝手に用意が進んでいくようになってしまって

 

 「どうしましょう」

 『call!』

 って、響く男の人の声

 「ああ、すまない、至急頼む

 いや、茶葉とポットでだ」

 って、口元に当てた左手の石に向けて話し掛けるタテガミさん

 「騎士団員の女性兵士が3階下の部屋に居る。彼女に頼んだがすぐに届けてくれるらしい」

 べ、便利ですね……皇子さまが竪神は間違いない凄い奴って言ってたのも分かります……

 

 そうして、暫く

 届いたそこそこ高い筈の茶器でお茶を淹れて……わたしとアイリスちゃん、そして当然の顔をして混じっているノアさんの前に

 タテガミさんは……女性寮の部屋の中にあまり居るのは宜しくないからって、部屋の外で一人甘いものが欲しくなったと棒付きの飴を咥えて護衛してくれてます

 

 「自己紹介は要るかしら?」

 って、ノアさんがアイリスちゃんをじっと見据えて、きちんと足を整えた気品のある座りかたをしながら聞きました

 「知って、る」

 「そう。ワタシもアナタを知ってるわ。なら、紹介は要らないわね」

 って、耳とポニーテールを揺らして、ノアさん

 「それで?皇女殿下は何をしに来たのかしら?」

 唯我独尊。どんな相手にもエルフ種であるワタシは偉いのよと態度を基本的に変えないエルフのお姫様は、そうけれども背が低いから上目遣いになりかけつつ告げる

 わたしも背が低いからちょっと目線がずれちゃってますけど、皇子さま相手の感覚でやろうとしたんでしょうか?

 

 「ガールズ、トーク……」

 って、アイリスちゃんは重そうにカップを持ち上げ、香りだけ嗅いだらカップを置きながら言います

 「へぇ、議題は?」

 「お兄、ちゃん……」

 「皇子さま?」

 その言葉に、小さな皇女様は小さく頷きます

 「他に、居な、い……」

 

 あれ?"第七"皇子だからあと六人は居る気がしますけど……

 「それは、血がつながってる、だけの他人……」

 ……ちょっと酷くないですか、それ?

 

 「へぇ……」

 って、ノアさんは一人楚々とした顔で優雅にお茶を一口だけ口にすると、此方を見ます

 「たった一人、ね

 彼はどうせそう思ってないわよ。誰にでも優しいもの」

 

 「どうでも、いい……」

 でも、ちょっと酷い物言いにも、アイリスちゃんはめげずに言い返しました

 「他人に、優しいことと……

 あの日、護っ……たことは、無、関係……」

 ま、そうですよねとわたしはこくこく首を振ります

 

 例えば、わたしでなくても助けてと言えば助けてくれるのが皇子さま。だからって、助けてくれた事実は変わりませんし

 

 「ただ、不安」

 アイリスちゃんは静かにベッドに座って膝に置かれた自分の手を見詰めます

 「爪、かからなかった……」

 

 えっと、つめ?

 「何で兄に爪立てようとしてるのよアナタ」

 ノアさんがカップを落としかけ、何とか下に添えた左手でバランスを取って。じとっとした目をしました

 

 「まぁ、きんぐ……」

 「そう。なら何も言わないわ」

 藪をつついたと思ったんでしょう、ノアさんは少しだけアイリスちゃんから目を逸らして、我関せずって顔でお茶を口にして……

 

 「でも、困った

 足、砕け、ない……」

 「何考えてるんですかアイリスちゃん!?」

 「監禁……手伝って」

 驚愕に目を見開くわたしを他所に、オレンジの髪の儚い妖精のような女の子は、その灰色の瞳で、妖精という言葉のイメージとはかけ離れた事を淡々と呟く

 

 え?監禁?皇子さまを?

 ……で、でも。そうやっても皇子さまは傷付くでしょうし……。動けなかったら、突然居なくなったりボロボロになって帰ってきたりしなくなってくれて、でも……うぅ……

 「あ、足を折るなんてひどいこと、流石に()ですけど……」

 

 少しだけ、冷たい皇子さまへの嫌がらせも兼ねて

 「ちょっと聞かせてください、アイリスちゃん」

 後で皇子さまにごめんなさいって言わなきゃいけないような事を、わたしはぽろっと口にしたのでした




監禁と聞いて即座に理由を察知するアナちゃんの図

何で分かるんでしょうね……


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異伝 銀髪聖女と怒りの根源

「アナタ達ねぇ……」

 はあ、と呆れた様子でエルフ姫が肩を落とした

 

 「監禁して意味のある相手を狙うくらいの知恵は用意なさいな

 アレはね、脚がなくなったら諦めるような生き物ではないの」

 遠くを見るように、何かを思い返すように、少女は眼を細めて、天井を向く。少しだけ伸ばされてピンと張る真っ白い喉が眩しくて

 「一緒に閉じ込められたことはあるけれど、何があっても抜け出して、誰かを護る

 彼にはそれしかないの。結果でしか自分を肯定できない。過程や方法も、代償すらどうでも良い」

 

 わたしを見据えて、ノアさんは呟く

 「足を砕けば腕で歩く。腕を潰せば転がる

 本当に動けなくなったら……あの狼の背にでも括りつけられるのかしらね?

 そして果ては……」

 自嘲気味に、唇が下がった

 「死霊術を受け入れて、ゾンビにでもされることで闘いを続けるでしょうね」

 言いたくなさげに、重苦しく落ちる言葉

 

 「ぞん、び……」

 でも、わたしには、その言葉を否定なんて出来なくて

 あの日、皇子さまは……自分が燃え尽きる事を最初から分かっているように、それでも取り落とした赤金の剣を手にしようとしていたから

 止めって言ったのに。あの人は、迷いながらも手を伸ばして……届かなかった

 

 「させない

 だから、捕まえる」

 って、アイリスちゃんは灰色の瞳を煌めかせて強く言い返します

 「逃がさなければ、そうならない」

 「逃げるわよ。それがどれだけ安全でも、護られていても、彼のためでも

 アレは、自分が何かを直接為す事しか考えない。その行動が導く結果なんて何も見てないから、大きな問題を呼び起こす」

 バカにするように、はっと息を吐いて

 「英雄的じゃない。破滅をもたらすタイプの、ね」

 

 がたりと、カップが揺れる

 「アイリスちゃん」

 「ふーっ」

 荒く息をあげ、手を前に。彼女の分のカップが浮かぶと、ソーサーを胴体に、お砂糖のスプーンを足に合体して……

 

 「落ち着いて、アイリスちゃん

 ノアさん、本当にそれで良いんですか?」

 って、彼女を抑えるためにわたしは言葉を振ります

 この中で、二人ともを知ってるのはわたしだけで……

 

 「良い、訳がないでしょう?それで良いなら放置してるわよ、ワタシ」

 だから此処に居るの、分かる?って少女はふぁさぁっとポニーテールに纏めた淡い金の髪を右手で流しました

 「……むぅ」

 って唸りつつも、オレンジ色の皇女様は上げた手を下ろします

 

 「……なら、手伝って」

 「手伝っても無駄よ。アナタ、一人では息をする事しか出来ない程にがんじがらめに彼を捕まえておきたいの?」

 「わたしだって皇子さまには怪我して欲しくないですけど、そこまでするのもやですよ?」

 って、アイリスちゃんの掌を握ってわたしもそう言います

 細くて病気のように(ほぼ病気なんですけど)硬い手。骨の感触がする折れそうな手

 

 「でも、危険」

 「それは分かるわ。だから……助けて矯正してあげるのよ」

 はい、この話は御仕舞い、とばかりに手を叩き合わせて、強引にノアさんは話を切り上げる

 

 わたしでもちょっとついていけないアイリスちゃんの更なる発言をさせないように

 わたしだって、一緒の部屋にずっと居れたら……って思ったりしますけど、流石に脚を二度と立てないように折るとかやりたくないですから

 

 「それにしても、酷いわね」

 って、今度はわたしを見ながら、ノアさんは手作りの小さな袋を開けます

 ふわりとした香りが広がりました

 

 「えっと、これは?」

 「木の実をじっくり焼いて、砕いて、蜜で固めたの」

 「わ、美味しそうです」

 って、袋の方に眼が行ってしまうわたしに苦笑して、ノアちゃんは布の袋を完全にお皿の上にひっくり返しました

 「いいわよ、分けてあげる」

 「あ、ありがとうございます!」

 ってわたしは頭を下げて、小さなお菓子を一個摘まむと口に運びました

 

 かりっとした食感と、少しだけねばついた感触。塩気のある木の実のお陰で、蜜の甘味が良く効いて……

 「あ、美味しいです!皆にも……」

 って思って、もう作る相手が居ないことを思い出します

 

 あ、でも

 時折わたしがやっていた、恵まれない子供達にお菓子を配るイベントは、ちっちゃい子達に大人気でしたし、それで良いかもです

 ってうんうんと頷くわたしに、ノアさんは続けます

 

 「それは良かったのだけれど、それよりワタシの話はどうしたの?」

 その言葉に、わたしはこてん?って首を傾げます

 えっと、酷い?って、何がでしょうか

 

 不思議そうなわたしに向けて、エルフの彼女は外への扉を見ました

 「あの彼よ、エッケハルト

 告白されていたじゃない」

 ぴくり、とアイリスちゃんの耳が動きました

 

 「どういう、こと?」

 「単純に好かれていたのよ。それにしても……」

 って、そこで言葉を切り、ノアさんは頭をぶんぶんと振った

 「これは言えないわね。ごめんなさい」

 その言葉で、言いたかった事は分かります。確か神様の言葉でゼノグラシア、そう呼ばれる者達だと

 

 「お兄ちゃんに別の記憶がある事?」

 虚を突かれたように、エルフ教師は小さな唇を開いた

 「知ってたのね、意外だわ」

 「どうでも良い。わたしにも、わたしの知らない外の話(ものがたり)の記憶がある

 それだけ。何も変わらない」

 え?それは流石に違いませんか?

 って言いたくなるんですけど……たぶん、わたしが会ったことがある皇子さまって、今の皇子さまだけなんです。わたしにとっての皇子さまは、今の彼

 そんな彼の存在を、それ以前から知ってそうなアイリスちゃんはずっと気にしてませんでした。それは、今の彼をお兄ちゃんと受け入れてたから……なんですね

 

 「アイリスちゃん、昔の皇子さまって、何か違いました?」

 「お節、介……。面倒……

 ウザ、くて……。ずっと、味方……」

 つまり?

 「変わった点、ほぼ、無い……」

 ……何というか、知ってましたけど。皇子さまの中の別の記憶の皇子さま、どんな人生を送ってきたんでしょう……

 

 って、心配になります。エッケハルトさんにあの一言を言われた瞬間、そんな訳がないですって思うのと同時、辛くなって……

 だって、性格が奥底までほとんど変わらないって事は、死の間際でも、性格が同じってことは……あれが、剥き出しの彼の性格だって事ですから。忌み子ってずっと呼ばれてきて、頑なになっちゃったあの人と同じ……

 

 「そ、そうなんですね……」

 「って、そうじゃないわよ」

 ノアさんは手を振って軌道を戻します

 

 「告白、酷い断りかたね」

 その言葉に、ぶんぶんとわたしは胸の前で両手を振ります

 「そ、そんなこと……ないです、よ?

 ほら、今のわたしって流石にそれを信じられませんけど、何時かは信じるかもですし」

 「何かに怒っているのに?」

 鋭い瞳が、わたしの心まで見透かすように貫きます

 

 「怒って、なんて……」

 「大方、彼は君を幸せに出来ないってところに」 

 「あ、それは構わないです。そう見えますし」

 そのわたしの言葉に、少し意外そうにノアさんはそう、と呟きました

 アイリスちゃんは、何となく頷いてます

 

 「じゃあ、何に怒ったの?

 ああ、そう。幸せになりつつ支えれば良いという点?」

 馬鹿馬鹿しい話、と呟く姫に、わたしはそれも違いますと返します

 

 「でも、無理」

 って、アイリスちゃんまで賛同して

 「えっと、そうですか?」

 「ええ、良い言葉を教えてあげる。ランディア」

 その言葉には、全然聞き覚えがなくて

 

 「何ですか?」

 「知らないのね。レオンとプリシラと言えば分かる?」

 その言葉に頷きます

 「でも、わたし、その二人のこと……全然知らないですよ?」

 

 深くアイリスちゃんが頷いて、にゃあと鳴いた

 「お兄ちゃんの、メイド達

 知らないのが、おかしい」

 

 い、言われてみたらそうです……

 「彼等、結局累計で18000ディンギル近く彼から貰って故郷に帰ったそうよ

 ワタシは人間の貨幣価値を良く知らないのだけれど、どんなものなのかしら?」

 「えっと、大体……そこそこの人が一生に稼ぐくらいの額?」

 「それだけ貰ってて、何でアナタが知らないの?」

 「えっと、劇の時は断られたって言ってて……バカンスに行ってる時もあって……」

 元々呆れていたノアさんの顔が見てられないわと両掌で抑えられた

 

 「バッカみたい

 でも、それで分かるでしょう?彼の横で恋人関係なんてやってたら、遠ざけられるわよ。二人の幸せを邪魔するわけにはって、ね

 それはそうと、なら何に怒ってたの?」

 

 その問いに、強くわたしは頷きます

 「『リリーナちゃんを選んだ』、です。他は良いんです、エッケハルトさんがわたしの為に言ってくれた言葉ですし

 でも……あれだけはダメです。だって、皇子さまの事を知ってたら、そんな筈無いって分かるはずですから。あれだけは、皇子さまを貶めて自分が幸せになりたいだけの悪い嘘なんですっ!

 それが、嘘で皇子さまを不幸にしても良いって想いが、許せなくて……」

 

 その言葉に、アイリスちゃんはわたしを見て満足そうに頷きました



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異伝 炎の公子と桃色聖女

「アナちゃん、分かってくれるかな……」

 俺だって、ゼノの事が嫌いなわけじゃない。それでも、あいつは……危険なんだ

 着いていっても良いことはあんまりない。一途な愛でボロボロになるまで尽くして、それで漸くちょっとの愛を返してくれる……よな?

 

 あいつどこまでもゼノ過ぎて転生云々を忘れそうだけど、万四路って妹を死なせたことで原作ゼノそのものよりもうちょっと頑なになってる気もするし……原作並に尽くしても何も返ってこないとか無いよな?

 流石に折れるよな?

 

 し、心配すぎる

 だからこそ、俺は決めたんだ。他に好いてくれる女の子は居る。原作には絆支援もあるし、此方から応えると決めればきっと付き合える。でも、それでも

 目の前にそんな子が居ても、俺は推しのアナちゃんを幸せにしたいから。脈がある限り諦めない

 待つさ、彼女が本当の幸せに気がつくように

 

 そう思って彼女の部屋を出た俺は……転生者と目されるリリーナ嬢に手招きされて、そちらの部屋へ入った

 あ、これ浮気じゃないからなアナちゃん!って叫びたいけど、そもそも付き合ってないんだよな俺達。浮気も何も、アナちゃんと本気の関係じゃないから言えないか……

 

 はぁ、と息を吐きながら、数部屋ある豪勢な寮の部屋に入る。なんとキッチン完備、寝室2つとリビング2つ?で合計5部屋あるのだ。正直住みたいくらい

 

 そんな俺を手招きした桃色の髪をふわっとウェーブさせて整えた可愛らしい女の子は、そのちょっと不思議な感じのする明るい緑色の瞳で、おれを上目遣いで見上げた

 ちょっと前屈みなせいか、首元を空けたシャツから結構豊かな二つの丘陵が覗け、その左の裾にある黒点や、谷間に流れる一筋の汗までも見えてしまう

 アナちゃんのならずっと見てたいし、艶かしいけれど……なんて思いながらもブンブンと頭を振って厭らしい想いを振り払う

 惑わされるな俺!アナちゃんを想って耐えるんだ!まだ恋人にすらなれてないけど!おのれゼノ!こん畜生!ほぼ原作通りのままアナちゃん含めて数人にモテやがって!

 

 って、コロコロと表情を一人で変える俺に耐えきれなくなったのか、桃色の少女は口を抑えて吹き出した

 「ぷっ!な、何これ……」

 「あ、こほん」

 「貴方、エッケハルト君……じゃないよね?えっと……ゼノ……ゼノ……」

 「ゼノ信者?」

 と、からかう一言

 

 「それはあのアナスタシアのこと」

 ぐぇぇぇぇっ!?

 無邪気な一言に吐き気を催す

 じ、事実だけに辛い……確かにアナちゃんって、原作からしてゼノ信者の気があるというか……

 

 ぶっちゃけ、ゼノだけ好感度上がりやすいし初期値が高いってゼノの性格的に可笑しいんだ。あいつ何やっても好感度上がらないし下がらないような性格の筈だ 

 そう考えると、ゲームで見れる好感度ってヒロインへの攻略対象の好感度というより、ヒロインから攻略対象への好感度の数値っぽいんだよな

 そして、そうなると……実質即死とか桁打ち間違えてるとか言われてたゼノ相手に+100(ちなみに+10でもかなり高い)のアホアホ好感度選択肢があるわ全体的に勝手にイベントでゼノへの好感度上がっていくあの子、どう考えてもゼノ信者なんだよな、うん

 そりゃプレイヤーが頑張らないと他ルート行けないわこれってなるレベル

 

 で、でも!負けるわけにはいかないんだよ!アナちゃんの為にも!何より俺の為に!

 「いや、ティアも相当な……」

 って、反論してみる

 これに反応できたら……って、もう相手が何なのか知ってるから答え合わせなんだけどな

 

 「あ、確かに結構そうかも。ペアエンドがゼノ君しか無いんだよねあの子」

 って、想定どおりの反応が返ってくる

 

 「ゼノグラシア、って言うらしい」

 「あ、そう!ゼノ君がそう呼んでた!」

 にぱーっと笑みを浮かべる少女

 「エッケハルト君って、そのゼノグラシアだよね?」

 ふふん!と自慢げに腰に手を当てる少女に、いやそうだけど?と俺はあっさりと頷いた

 いや、誤魔化してもしゃーないし、何より……早めに彼女に対して手を打たなきゃ詰む可能性がある

 

 だってさ、良いのか?に良いと返したし、だからアナちゃんには分かってて拒絶したって言ったわけだけど……ゼノの奴、小説版をラインハルトルートだと勘違いしたままだからな。その関係で、小説でまでピックアップされてる天狼の花嫁エンドが一番良いとか考えて身を引いてる可能性がある

 

 だとしたら、だ。小説版読んでる他人にえ?小説ってゼノルートだよ?と漏らされたら困ったことになる可能性もある

 いや、ならないかもしれないけどさ、心配だろ

 

 ってか、ゲームしっかりやっててあの子がゼノ信者だと気が付いてない辺り、あいつの目かなりの節穴じゃね?

 ……いや、あいつ人の気持ちが分からないゼノになってるのに違和感ないアホだから当然か。たぶん全ルートやってもヒロインの気持ちとか読み取れてないんだろうなぁ、アレ。そんなあいつに負けてたまるかよ!

 「ああ、俺はそのゼノグラシアって呼ばれる存在。遠藤隼人って名前もある」

 ちなみにゼノは獅童三千矢って言おうとして止める。リリーナに対してそれ言って意味なさそうというか、単なるゼノと思って攻略してくれた方が都合が良いというか……是非ゼノの奴をアナちゃんから遠ざけてくれ

 いや、リリーナの中身が女性ファンに結構居たゼノアナカプ厨だったら死ぬしかないんだけどなこの選択肢。でも、カプ厨ならそもそもゼノと婚約してないだろうし……

 

 「あ、私は門谷恋(かどやれん)!宜しくね!」

 って、満面の笑みで、けれども手を握ってきたりはせずに接触を避けて少女は自分の名前を語った

 

 「うん、知らない」

 「そりゃそーだよ。私だって、知ってる名前に出会うとは思わないもん」

 ……うん。聞いたことあるんだけどな。ゴールドスターグループのお嬢様っていう有名人の名前。いや、ゼノ(三千矢)の幼馴染としてであって、転生者としてじゃないけどさ

 

 いや本当に何なのあいつ

 

 「……君は、何がしたくてゼノと婚約したんだ?」

 まず、聞くべきはそれ

 敵か味方か……ってのも、相手を知らなきゃ良く分からない。真剣な瞳で、俺はそう問い掛ける

 

 「あ、それ?私もちょっと分からないんだけど、私のお兄が転生者だったらしくて。酷いことしてたから、ゼノ君が殺して止めなきゃいけなかったんだって」

 「……あ、あの時か!」

 俺が知らない間に終わってたあれ!

 

 「で、そのせいで……原作設定だとお兄が居るから自由だったんだけど、私が結婚して……ってのが必須になっちゃってね?」

 困ったよねーと少女の表情が曇る

 「おじさんと結婚させられそうになったとき、たまたま来たゼノ君がおれのせいだからって婚約してたと嘘ついて助けてくれたの!」

 キラッキラの目で、胸の前で手を組んで語る少女

 

 うーん、凄い話。でも、ゼノならやる。あいつなら見掛けたらやるとしか言いようがない

 「で、結婚は?」

 「うーん。このままゼノ君ルート目指すってのも良いんだけど、ほら、リリーナ編ってゼノ君ルート元々は無いじゃん?」

 と、同意を求めるように少女は頬に左手の人指し指を添えて小首を傾げる

 

 「確かに無い」

 「ま、それはなーんかゼノ君が全体的に馬鹿にされてるからなんだろうけど、私は本来のリリーナと違ってゼノ君の事を偏見で見てないし」

 「まあ、それは」

 「っていうかさ、貴族では傷が無いことは大前提で忌み子は忌まれてるのは分かるけどさ……私がゼノ君と婚約してると聞いても、同情の目しか向けられないって凄くない?悪い意味で」

 「スゲェよな。幾らあいつ自己中とはいえ、ぱっと見優しくて他人思いの皇子なのに」

 うんうんと頷く俺

 いや、実際スゲェんだわ。アレットちゃんとかヴィルジニーちゃんとか、俺も戦いはしたけどまともに助けようと血反吐吐いたのゼノな訳じゃん。俺の方が良いってなるんだぜ、それで。ぱっと見に騙されず本質を一瞬で見抜いて距離を取るとか、子供とは思えない

 最初から忌み子だからクソって偏見であいつを見てるから、自己中って本質に気が付きやすいんだろうなぁ……

 

 「まあ、だからゼノ君ルートも通りたいんだけどね?でも滅茶苦茶大変じゃん、ゼノ君ルート」 

 「だよなぁ……」

 「だから悩んでるんだよね。出来れば皆ハッピーに近い逆ハールート目指したいし、でも推しの頼勇様もゼノ君も本来の逆ハールートでは関係ないし……

 それに、(れん)としての私は結構酷い目に逢ってきたんだもの、ヒロインなこの世界ではやっぱり恋もしたいし幸せになりたいし……」

 

 むむむ、と唸る桃色の少女に、俺は……

 「その計画、俺やアナちゃんの扱いは?」

 と本質に切り込むのだった



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異伝 炎の公子と転生者契約

「え?あの子?」

 ぱちぱちと目をしばたかせ、考えて無いなーと桃色リリーナは小悪魔のように、無意識か意識的か男心をくすぐるように小首を傾げて、僅かに上目遣いをかます

 

 「あー、そうだよね。私ってばゼノ君のお陰で学園にも来れたし、レヴァンティンもこうしてゲーム通りに来たし……」

 と、手首を軽くスナップさせてみるだけで、少女の手の中には何処からともなく全体が太陽のような意匠の銀金の杖が出現する

 

 「これはもう、私が主人公(ヒロイン)!って事で間違いないって考えだったんだけどね?

 そういえば、あっちも一応何でか聖女って扱いなんだよね……」

 

 ねぇ、と尋ねるリリーナ。距離は詰めず、けれども胸元はチラチラと

 

 「エッケハルト君……えーっと、隼人君の方が良い?」

 「俺はもうエッケハルトなんだ。エッケハルトとして生きていく以上、隼人の名前はあんまり聞きたくない」

 真剣に、俺はそう返す

 いや、ゼノ程完全に同じじゃなくても、生きていくさ

 「オッケー!私もリリーナって呼んでね!ほら、ゲームだと姓で呼ばれてもプレイヤーちょっと困惑しちゃうよね?っていうのか、全員名前で呼んでくれたし……って、ボイスだと君とかお前とか貴女って変換されちゃってたけどさ」

 声優に自分で決められる名前を呼ばせるにはそれなりの容量を使ってボイスロイドのように読み上げ機能が必要だからな、と俺は頷いた

 

 「えへへ、だからリリーナって呼ばれるの、何か新鮮」 

 そう告げる少女の声は、聞き覚えのあるかなり甘いアニメ声。アナちゃんより甘いな。あの子、結構透き通った声してるから

 

 「エッケハルト君、もっと話してよ」

 と、少女はニコニコと催促する

 「何でも良いのか?」

 「うん、本当に何でも。だってさ、エッケハルト君の声、ゲームで声優さんが当ててたのとほとんどおんなじじゃん?

 他愛ない話でも、良く聴いてたASMRっぽいシチュエーションボイスでも何でもかんどーてきだから」

 言われてみれば確かに

 

 「ってそうじゃない

 頼み事があるんだ、リリーナ。ゼノから俺がゼノグラシアという事は分かってる……って教えてもらった?」

 まずは確認

 「うん、見つけたよーって言ったらあいつ味方だから大丈夫だって!」

 きゅっと自分の体を抱き締めるリリーナ。自愛なんだろうけど、腕で胸が抑えられて盛り上がるのが何とも艶かしい

 寄せて上げたらアナちゃんくらいあるな……。いや、別に俺はアナちゃんの事、胸だけで見てるわけじゃないから、それで釣られたりしないけどな!

 勿論、おっぱい大きいのは一目惚れの原因だけど!外見だけの恋じゃないから!

 

 「……そう、基本的にさ、俺ってゼノに色々と話をしてるんだ。リリーナがゲームでは主人公だったとか、色々

 だから、君の言葉を簡単に信じてくれたんだと思う」

 いや、あいつ封光の杖コンプしたって言ってたガチ勢なんだけどな実際は。その事は言わずに、あくまでもあいつ単なるゼノという嘘を突き通す

 

 「へぇー、そうなの?」

 「でも俺、ゼノに一個嘘を教えてるんだ

 昔は二個だったんだけど、今は一つ」

 「それが?」

 どこか真剣な表情で、聞き逃すまいと少女が身構える

 さては、嘘によってはゼノにチクられるなこれ?

 

 「まず既にバレた嘘が一つ。アナちゃんが何者なのか、俺は知らないってもの

 実はさ、何でだったか忘れたんだけど……」

 と、額に手を当てる。何で俺、ゼノ相手に眼前のリリーナが居る事を分かった上で別主人公の存在の有無とか話したんだ?昔の俺馬鹿か?

 リリーナが居るんだからあいつが主人公に決まってるで通せば良かったんじゃ……

 いや駄目だ、アレットちゃん達を助けるために小説版の話をしたからそこで話さざるを得ないか

 

 「俺、ゼノに全主人公の話をしてるんだ

 そのうち、来るならプロローグの戦いのときに居る筈の勇者は来なかった。でも、もう一人の聖女の話はしててさ。それとアナちゃんは関係ないって誤魔化してたんだけど……多分バレた」

 「え?寧ろ良く隠せたね」

 目をしばたかせるリリーナ

 「小説版容姿だったからさ、最初に話した3つの容姿の何れかってゲーム設定を信じられた」

 うん、小説版読んでなくてマジで助かった

 

 「まあ、知らなかったら信じても仕方ないよねー

 私はりますたー?っていうか、あっちの容姿でも出来る版だったけど」

 「んなもの出てたの!?」

 や、やりたかった……

 

 がくりと肩を落とす俺に、くすくすという笑いが返される

 「うーん、エッケハルト君としては変だよね、隼人君って」

 「まあ、アナちゃんの同人誌書いてたから……」

 「んー、その辺りは私は漁ってないんだよねー」

 「ま、まあ、俺は置いておいてだよ

 もう一個が重要な話なんだけどさ、リリーナはあの小説版ってどんな話か知ってるよな?」

 「ゼノ君ルート!読んだよちゃんと!」

 「実は……何となく分かると思うけどさ、俺はアナちゃんが好きだ。だからゼノには、『小説版は武器の関係で序盤お前がちょっと目立つけど、ラインハルトルート』って嘘をついてるんだ

 ゼノはあくまでも月花迅雷という武器の存在からフォーカスされるだけで、もう一人の聖女の運命の相手はラインハルトだって」

 「うわぁ……」

 ドン引きされた

 完全に引いてるわこれ。距離が遠い。ちょっと背を反らして椅子に座ったまま距離を取られてる気がする

 

 「自分のための嘘だー!」

 「そうだよ!でも、俺はアナちゃんの事を好きで!現実に出会って惚れ直したんだよ!仕方ないだろ!」

 「いや、そんなに気になってたならさ、ゼノ君に成り代わろうとか思わなかったの?」

 不思議そうに見上げてくる少女に、俺は無理だったって肩を落として返した

 

 「小説版での出会いは覚えてる?」

 「流行り病に掛かったアナスタシアが熱に浮かされて王城に迷い混むんだよね?」

 「それが、普通の流行り病じゃなくて、致死率100%の星紋症だったんだ」

 「え?死ぬじゃんそれ」

 「死ぬよ!だから騎士団を動かして封鎖しつつどうしたら良いかって悩んでたら……」

 「たら?」

 「私物を売って数百ディンギルを自腹で払ったゼノに助けてくれた皇子さまの座をかっさらわれた

 あいつ頭可笑しいだろ。何で見ず知らずの少女の為に一般家庭の年収以上の額を即刻叩きつけれるんだよ」

 「え?ゼノ君ならやるよそれくらい?」

 「原作のあいつはそこまでの多額払ってないし、騎士団が孤児院を包囲したからもう大丈夫と思った

 アナちゃん既に助けを求めて逃げ出してたから無理だった」

 頭を抱える

 

 地獄かよ、まともにやりあって勝てるわけ無いだろ。相手はアナちゃんの皇子さまだぞ

 助けてくれステラのおーじさま。頼むから他人と付き合って消えてくれ。流石に死ねとは言わないからさ

 

 「だから、リリーナ。頼む。俺と口裏を合わせて欲しい」

 この通り!と頭を下げて頼み込む。机に頭を擦り付けるくらいに、誠意を込めて

 

 「んー、それ、エッケハルト君は攻略出来ないし、寧ろ手伝ってって話だよね?

 私が誰かとくっつくのをゼノ君に助けて貰うみたいに」

 複雑そうに瞳の光が揺れる

 

 「ガイスト君はどうなのかな」

 不意に訊ねられる言葉

 「彼は……気が付くとアイリスちゃんの方見てた」

 「あー、やっぱり?騎士団に入るってそういうことだよね?ゲームでは違ったけど」

 「そもそもゲームでは機虹騎士団って無いじゃん」

 「うーん、トラウマももう無いし、だとしたら今更私が入り込めないよねー」

 困ったなーと首を捻る少女

 

 「えっと、攻略対象のうちガイスト君はアイリスに惚れかけ、エッケハルト君はアナスタシア派……って、結構原作と違うじゃん。攻略対象はゼノ君くらいしか婚約者居なかった筈なのに

 あ、死別したシルヴェールさんもかな?」

 「まあ、そこは色々と」

 

 でも、と少女の顔は明るい

 「その分、ゼノ君と頼勇様が居るし、現実になった以上良いんだけどね!

 その分、私の事も手伝ってよエッケハルト君!」

 真っ直ぐな緑の瞳に見詰められて、俺は……その柔らかく白い手とがっちりと握手した




予告:次回はゼノ君が何やってんだおれのアホ……と頭抱えてる所からスタートします。勿論ですが、アナちゃんの扱いにではありません。

そろそろあの子泣くんじゃなかろうか(もう泣いてる)


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寮、或いは罪

たった一人、何でかひどい場所に用意された個人の部屋に入り……

 いや、一人じゃないな

 

 灯りの無い部屋に入るや否や、完全に闇に溶け込んだおれの影から渡るようにすーっと何かの気配が移動し、そのまま暗がりに潜む

 シロノワールだ。おれがゲームで知る方の人格の魔神王の魂。アルヴィナが肉体から切り離して連れていた彼は……おれから離れることは出来ない

 具体的に言えば、おれから離れられて数百m程であり、それ以上になると強制的に姿が崩れておれの影に戻される……らしい。いや、数百m先の話なんでおれは本当かは微妙にしか分からないんだが

 アルヴィナが肉体を用意していたらしく物理的に触れられた昔と違って今は普段は其所に居るように見えるだけ。カラドリウスの遺したマントの力を借りなければ現実に干渉できないっぽいし、そのマントは……やはりおれの魂に食い込んでいるせいか勝手に戻ってくる

 そのせいか、彼はおれと同行し続けるしかないのだ

 

 そんな彼と二人の為の、灯りのスイッチも何もない掘っ建て小屋というか、板張りの小部屋

 周囲を見回しても真面目に何もない。いや、あるか、昔使ってたハンモックが

 ……いや、子供用だから正直狭いんだが、此処で寝ろと?

 ついでにハンモックを吊るす柱の上の方に止まり木らしき突き出した棒がある。カラスはあそこってか?

 それを一瞥し、シロノワールはというとガン無視を決め込んだようだ

 

 「な、何もないな……」

 板は薄く、下手に大声を上げたら外に聞こえるだろう

 ってか、真面目におれの部屋これなの?

 そう叫びたくはなるが……これも一種仕方ないことなのだ

 

 そう、おれ達にはリリーナ嬢やアナを護る責務がある。アイリス派が護衛の座を他の派閥等とやりあって得たのだから

 ……いや、リリーナ嬢の恋路の為にはおれが邪魔なんだが……それは今は諦めて貰うしかない

 

 いや、今やリリーナ嬢は聖女になったんだし、無理矢理誰かと結婚なんて話は一蹴出来る立場。なら相手のためにもとっとと婚約解消して良くないか?と思ったんだが、アイリスこそ頷いてくれたものの、頼勇に止められたんだよな

 あいつが言うなら仕方ない

 

 まだ早いって……いや、おれなんて馬鹿にされ馴れてるんで何も感じないんだけどな?

 というか、おれのような塵屑、真っ当な人類からすれば侮蔑の対象で当然だろう。リリーナ嬢にもそれなりの想いがあると分かった以上、おれが近くに居て彼女にまで侮蔑の害が及ぶ可能性の方が危惧すべきだと思うんだが……

 ニコレットとか、再会時には二度と顔も見たくないとまで言ってきたからな

 

 「……はぁ」

 それにしても、だ。適当に女子寮の横に立てた小屋がおれの寮って、舐められてないかこれ?

 いや、女子寮に部屋を用意する訳にはいかないが、護衛として近くに居なきゃいけない。それは分かる

 分かるが……幾らなんでも粗末じゃないか?

 いやまあ、おれは別に良いんだが……婚約解消して、他の誰かがおれの代わりに護衛になったときにこれが寮だと困るだろう

 

 そんなことを思いながら、この先に何をすべきかを整理しようとして……

 

 あ

 

 って、あ、じゃねぇよおれ!?

 何やらかしてんだよおれ!?

 「馬鹿かおれは……っ!」

 ギリッと左手の爪を額に立てて呻く

 「馬鹿だろうが」

 と、シロノワールが捨てるように呟いて……

 

 「ああ、お前馬鹿だろゼノ?」

 と、その声は外から聞こえた

 「うわ暗っら!お前灯りくらいさぁ……」

 と言いながら、ぽんと魔法の火を灯して勝手に入ってくるのは炎の髪の少年エッケハルト

 

 「いや、買わないと灯りがなくてな

 なら、暗がりでも目は利くし要らないかと」

 「俺達は要るの!」

 ドン!と壁を叩いての主張

 それもそうかもしれない。他人を招くには……いやこの部屋に招いてもな……

 

 「……ってかゼノ!帰ってきたなら色々と説明してくれ!」

 と、意気込む友人を前におれはというと

 「ア……シエル様については?」

 と、まずは気になることを聞いておく

 

 「あと、ハンモックは狭いけど勝手に使ってくれ。それくらいしか座れる場所がない」

 なんという物の無さ。いや良いけど

 「お、おう……ってか、良くこの部屋で文句言わないなお前」

 呆れられた

 

 「いや、別に良いだろう?」

 「よくねぇよ!?ってか、良くアイリスちゃん他が許してんなコレ!?」

 と叫ぶ少年

 

 「アイリスなら、家族だから相部屋で問題ないって言ってたな」

 そもそも何で通う前なのに部屋があるんだアイリス?と言いたかった

 「いやそれで良いだろ!?」

 「男が女子寮に居て良いわけ無いだろエッケハルト」

 「俺は正直憧れるんだが!?」

 「……シエル様に告げ口するぞ。ハーレム気分になりたがってるって」

 冷たく突き放すように言ってから、おれはふぅ、と息を吐いた

 

 「ってかゼノ、何やらかしたんだお前」

 と、知ってる筈の彼はそんなことを聞いてきたのだった

 

 「分かるだろうエッケハルト」 

 「いや、何とかアナちゃん達は護れたじゃん?何をそんなに」

 「そこだ、エッケハルト」

 「ん?」

 「今回の戦いは、何だ?」

 シロノワールが静かに聞き耳を立てているが、そもそも知られてるから無視

 

 「ゲームのプロローグの戦いだろ?」

 「お前は、難易度の想定幾つだと思う?」

 おれ的には2~3候補から絞りきれない。だから、相手に訊ねるのだが……

 

 「いや分からん!ってかお前分かるのかよゼノ!」

 「いや、空を舞う龍の時点で3種類しか候補がないだろう?」

 「いや知らねぇよ!?」

 驚愕に目を見開くエッケハルト。ハンモックが揺れてひっくり返りかけ、慌てて綱を掴むのがどこか滑稽

 

 「難易度ハードのケイオス深度5、ハーデストの深度1以上、或いはハデスの深度1以上の3つしかプロローグで空飛ぶ敵画出てくる可能性は無いだろ?」

 プロローグマップとかRTAで幾らでも見たからな……

 

 「いや、高難易度やってないから。ストーリー追ってただけだから」

 だがエッケハルトはそう返し、おれはむぅ、と唸る

 そういう人も居て当然か、少し擦り合わせたかったんだが仕方ない

 

 「……だが、何も可笑しなものがなかったから所謂最高難易度じゃないな。それだけは助かる」

 「いや最高難易度だったらどうしたんだよゼノ」

 「その時はユーゴに土下座する」

 当然だろ?というおれ

 

 というか、無いと思ってたが万が一この世界がアレ準拠だったらそれこそユーゴ等に土下座するしか勝ち目がない

 「いや分からん。何であいつ等に……」

 「エッケハルト。おれはゲームとしての最高難易度をやったことがあるが……」

 一息置く

 「ゲームじゃない、アレは」

 因にだが、初見時のおれはというと、そこらのモブに迅雷抜翔断を耐えられて返しの絶星灰刃・激龍衝+で普通に初手でゼノがワンパンされてリセった

 

 「というか、あのリセゲー、そもそも敵のスキルを一通り確認して馬鹿みたいなスキルが無いパターン引くまでリセットがデフォというか……」

 しみじみとおれは呟く

 「そこらのモブが下手したら迅雷抜翔断+だの雪那月華閃だのバーストカウンターだの、果てはロストパラディオンロンドだエンドオブハートだ轟絶なる魂だ、ボスの奥義を持ってるからな……」

 正確には、ケイオス補正でランダムでスキルが増えてるんだが……専用スキル系すら範囲内なんだよな。流石に強制全滅のリベリオンヴァンガードだけは見たことがないけど、単なるモブ雑魚が不滅不敗の轟剣を持ってたりお完全に世界観壊れるレベルの馬鹿ゲー、それが最高難易度(HADESケイオス5)である

 おれ?おれは……リセット回数4桁は多分行ってるなアレ

 

 「あんなクソゲー、異次元の存在に頭下げるしかまともに勝ち目がない」

 苦々しくおれは言い……

 「というか、そうではない、だけは確実だから良いんだよ。有り得ないスキル持ってる敵は居なかった」

 「じゃあ……」

 「じゃあ、じゃない。そもそもだ。チュートリアルが一番与し易いのに、そこでおれ達が無双して経験値独占してどうすんだよ!?一番聖女達がレベル上げ易いタイミングあそこだぞ!?」

 何やってんだおれは!と、おれは再度髪をかきむしった



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男四人、或いは未来思考

「いや、護りきったから良いじゃんかよ」

 呑気な事を言うエッケハルト

 

 呆けたような顔は、何が問題なの?とでも言いたげだ

 その顔に毒気を抜かれて多少頭の熱を抑えつつ、冷静っぽくおれは語る

 

 「エッケハルト、聖女編でのクラスチェンジイベントに至るための必須ステータスを覚えてるか?」

 「え?そんなんあったっけ?」

 ……本気で言っているようだ。炎に照らされた顔は呆けている。これが演技とはとても思えない

 

 「能力解放されていない封光の杖の【魔力】+10込みで、ハードで35、ハーデスト50、HADESで55だ。イージーノーマルだと特に条件無し」

 RTAでの記憶を頼りにおれは数値を思い出してみる。いや、合ってたっけ?ハードだと40くらいじゃなかったか?いやもっと低かったか?

 少なくともレベルが下級カンストしてても成長が悪いと詰むのはHADESくらいだった覚えがあるが……

 

 「いや、俺ってゲーム自体ヒロインちゃん目当てだし、高難易度とか知らないって」

 「確かにそうかもな。でも、分かるだろうエッケハルト

 この世界の難易度……いや、魔神族の強さの基準は難易度ハードかハーデスト、ケイオス深度有だ」

 「それが?」

 「……勝てない、という訳か」

 おれの羽織るマントを通して人の姿を取り、シロノワールがぽつりと呟く

 

 無表情だが何となく分かるなこれ。多分、魔神王として己達が強敵と評価されている事に内心気分が良いのだろう

  

 「いや、勝つさ」

 「いやマジで戦うのか」

 少しだけ瞳に不安そうな光が揺れる

 

 「当たり前だろ、エッケハルト。何のためにおれ達は居るんだ?」

 「新しく生き直すため」

 その言葉に深く頷く

 

 「だからだろ、エッケハルト。聖女と共に、世界を護る。それが、おれがおれとして生きていく最低限の役目だ」

 言いつつ、お茶でも……と思うが、何もない

 昔は気を効かせてアナが持ってきてくれたし、頼めばプリシラ達が淹れてくれる事もあった

 兵役の時は……ワタシが飲みたかっただけよ感謝なさいと言いつつ、何だかんだノア姫が大体は分けてくれたっけ

 「あーもう!喉乾いた!」

 と、叫んで話を終わらせるエッケハルト

 

 「とりあえず、過ぎたことを考えても意味ないだろ、リセットしてやり直せるなら兎も角さ!」

 ……それもそうかと、薄汚れた掌を見る

 やらかした罪も消えはしない。どれだけ洗っても、妹を殺し、多くを死なせた返り血が確かにこの手に赤黒く今も残る(・・)ように

 「……ああ、リセットは無い。この世界はゲームじゃない

 だからこそ、前を見ないとな」

 有り難うな、と彼の手を握る

 

 「エッケハルト。お前が居てくれて良かった。そうでなければおれは……手遅れになるまでくよくよしてたかもしれない」

 と、思ったところで扉が叩かれた

 何処と無く硬いノック音。籠手をはめているような硬質なものが当てられるこの音は……

 

 「竪神?」

 「ああ、皇子。入っても構わないか?」

 「何にもないけどな」

 「……だからだ」

 そう言われては通さない事は出来ない

 直ぐに鍵のない扉(何もないから不用心でもない。盗る価値のあるものがそもそも無いのだ)が開き、青髪の青年が顔を見せる

 にしても、本当にイケメンだなこいつ。いや、攻略対象じゃなかったとはいえ、おれの推し(というか、ロボ使うとか男なら推すだろ)だし当然か

 

 その背に背負うバックバックのサブアームにお盆を乗せ、それには更に4つのカップが湯気を立てている

 そしてふわりと香るのはリンゴの香り

 「アップルティー?」

 「皇子。あまり部屋の前にものを置かない方がいい」

 なんて、説教まで来る

 

 アナはこんな裏切り者と会いたくないだろうし、とりあえず見舞いとして部屋の前にリンゴを幾らか包んでおいてきたのだが……

 「すまん、気を付ける。確かに踏むかもしれないしな」

 「……直接渡した方が、まだ誠意を感じるという話なんだが……」

 困ったように彼は頬を掻く

 「とりあえず、あの子達からだ。多分皇子さまはお茶とか持ってないからって」

 苦笑して、青年は己の機械腕で取ったマグをおれへと手渡す

 

 それを受け取り、ほっとおれは息を吐いた。大分暖かいな

 「……すまない、竪神」

 「礼は本人にな」

 「ああ、そのうち」

 そんなこんなでカップを受け取り、ふぅ、と一息

 

 あ、シロノワールの奴、さらっと飲んでるな。いや、良いんだが

 「……何だこれは」

 って、おれは割と慣れ親しんだリンゴの香りがするお茶に目をしばたかせている

 

 「それで、エッケハルト

 まだ聞いてないが、シエル様とはどうなった?」

 一口お茶を飲んでからもう一度聞く

 答えによって対応が変わる。例えば、アナがエッケハルトと付き合うならとっととおれは干渉をやめるべきだし……

 

 「告白した」

 真剣な表情で返される

 青い温度の高い炎のような瞳が、誤魔化しも何もなく、じっとおれを炙るように見詰めてくる

 緊張からかその手に微かな震えがあるのが見えて……

 

 「そう、か」

 いや、知ってたけどな?即座に告白するくらいにこいつアナの事が大好きだったんだな

 なら、それで良い

 

 興味の無さげなシロノワール(魔神王テネーブル)はすっとおれ……ではなくおれの手の中のマグカップを眺め、こういう時に騒がない落ち着いた頼勇は静かに話を待つ

 おれはというと、欲しいなら仕方ないなと既に空いたシロノワールのマグカップと自分のものを交換しながら、エッケハルトの更なる言葉を無言で促した

 

 あ、間接キスになるから、お茶渡しても微妙か……

 と思ったのだが、シロノワールは何も気にせずに交換したマグに口を付ける

 ……そういえば、アルヴィナも当たり前のようにおれが口付けた匙をそのまま借りて一口とかやってたな。真面目に気にする気がないのかもしれない

 

 「つまり、御祝儀とか出した方が良いのか?」

 アナだって、エッケハルトの事を嫌ってはいないだろう。あれだけ手酷く彼女の想いを踏みにじり、果ては皆が一人前になるまでは孤児院を護るという最低限の約束を反故にしたおれなんぞ、とっくに忘れてるだろうしな

 おれを見て、何となく嫌なものを見る目だったし、これからの事は……

 

 「皇子。そもそも何故告白が受け入れられた前提で考える」

 なんて思っていると、少し呆れ気味の頼勇に駄目出しされた

 「受けるだろ?」

 相手、仮にも攻略対象だぞ?しかもエッケハルトには魔神族と何らかの強い因縁が無い分、故郷の皆の仇討ちだ裏切り者の兄との対峙だといったシリアスが薄く雰囲気が甘い

 

 「万が一にも受け入れられたら、アイリス殿下含めて良い笑い者なのだが……」

 「あ、そうか。すまない」

 考えてなかったな、その辺り。どうせおれは馬鹿にされるのがデフォルトだし、今更なんで思い至らなかった

 

 駄目だな、と頬を掻く。妹はそうじゃないのに。此処まで落ちてきてはいけないのに。おれ基準で考えすぎた

 「ってことでエッケハルト」

 「ってか、釘を刺されてるよもう。だから、アナちゃんは一旦保留だって」

 あー早くイチャイチャしたい、とエッケハルトはぼやく。恐らく聞こえるように

 

 「ああ、そうだな。待たせて悪い」

 「ま、時が来たら受けてくれるとも言われてないけどな!

 っていっても、脈がなかったら即座にごめんなさいされてる筈だし、割と期待できると思う」

 ぐっ、と握りこぶしを作り、炎髪の青年はアナによるお茶を一口飲んだ

 「うん、美味しい!アナちゃんが淹れてくれたと思うと特に」

 なんて、わざとらしい感想まで言ってる

 

 「……分かってるよ、エッケハルト

 アナが辛い想いをするだろうしな。下手に関わらないようにする」

 「ただ、忘れるなよ」

 と、二杯目まで空にしたシロノワールがカップをおれに向けて無造作に投げながら呟く

 

 「聖女の側に居させろ」

 その言葉に、おれは小さく頷いた



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食堂、或いは資料

「リリーナ嬢」

 どうかとは思いつつも、おれはというと、色々とバイキング形式な女子寮の食事を皿に盛っていく桃色髪の少女に声をかける

 初等部の頃は寮に入るなんてよっぽどの存在のみ。だからこそメイドだ執事だシェフだは連れてて当然という扱いで、食事などは付いていなかった。故に、アナが頑張ってくれていた訳だが……高等部はもっと門戸が広い。貴族ばかりではなく、一般の庶民だって枠がある

 そんな彼等彼女等の為にも、ちゃんと朝晩の食事が出るのだ。当然無料

 

 おれの声を聞いて「あっ!ゼノ君!」と返してくれるリリーナ嬢が中々に頼もしい。反応してくれなきゃ女子寮に入り込んでるおれ、単なる不審者だからな

 

 アナ?おれを見るなりなんか変な顔をして、食事もとりあえずに居なくなってしまったな。とりあえず、嫌われてるのは良く分かった

 

 「でもゼノ君、ここ女子寮だよ?」

 「ああ、すまない。直ぐに帰る」

 実際問題、結構な問題行動だとは思う

 周囲の目も冷たいし、乞食?なんて言葉まで聞こえてくる始末だ

 

 いや、一応これでもおれも学生の一人な訳で、男子寮の晩御飯なら食べる権利くらいあるぞ?それなのに乞食説が出るってどんだけ信用無いんだよおれは

 

 「皆、あまりおれを歓迎してくれないみたいだからな」

 と、苦笑してみせると……

 「それはそう。初めての寮での晩御飯!って時に、居ちゃいけない男の人が来たんだもん。ゼノ君じゃなくて頼勇様でも微妙な空気になると想うよ?」

 ……ん?あいつだったらキャーキャー言われてる気がするんだが……

 いや、どうなんだろうな?

 

 とりあえず思考を打ち切り、次に座る相手が一生懸命拭き取るなんて労力をしなくて良いように椅子は借りず

 美味しそう!って積みすぎたリリーナ嬢のお盆からこぼれ落ちかけたサラダの器を手に持って、おれは少女の前に立つ……のは無礼か

 膝を折って目線を合わせた

 

 「いただきまーす!」

 手を合わせてニコニコと叫ぶ少女を見ながら、おれは持ってきた二冊の冊子を差し出した

 

 「ん?」

 ごくりと喉を鳴らしてふかふかのパンの切れ端を呑み込むと、桃色髪の少女は渡された冊子を見る

 「ゼノ君?」

 「リリーナ嬢。早めに渡さなければならないものだから、こうして多少問題のあるタイミングに来させて貰った

 すまないが、それだけ緊急のものだと思って勘弁して欲しい」

 「うんうん、それは良いけどさ、これ、何?」

 こてんと倒される首

 

 「これは……」

 周囲の女子生徒が冷たい視線を向けているのを確認して、弁明のために少しだけ声を大きくする

 「他の皆にもそのうち配られる筈だが、これから半年……新年に一旦授業が終わるまで、つまり前期範囲の授業の一覧表と、どの授業を受けたいかの希望表だ」

 「え?ゼノ君ゼノ君、それ、配られるのに今渡す必要あったの?」

 と、意外そうな顔をしてリリーナ嬢にフォークで掌を突っつかれる

 

 うん。一見するとそうなんだよな。だから白い目で見られる。ただ、必要なことだから折れはしない

 「本来はそうなんだけれど、リリーナ嬢とシエル様……つまり聖女様方だけは特別なんだ」

 「どうして?あ、お野菜美味しい!」

 食べ続けながら、けれども口を一杯にはしないように量を抑えて少女が問いかける

 

 帝国自慢の野菜を食べる少女に少しだけほっこりしながら、おれは続ける

 「聖女様は、何らかの不測の事態がないように機虹騎士団が護衛する事については、理解してくれているだろうか?」

 「知ってる!」

 ニコニコ笑顔に、おれは頷く

 

 「当然なんだが、授業中においても、それは続く。貴女方のうける授業には、竪神、おれ、そしてガイスト副団長の何れかが必ず同行することになる」

 「あ、そうなんだ」

 えー、男の人と一緒強要なのー?と言われたら困ったところだが、ふーんと特に問題無さげに納得された

 いや、言葉の端から原作では頼勇推しって分かるし、一緒の授業が増えるのは寧ろ願ったり叶ったりなんだろうか

 

 「ん?ゼノ君だけじゃないんだ」

 「ずっとおれだと、気が詰まるだろう?それに、君の恋路の邪魔にもなる」

 ざわりと揺れる周囲の女子達

 聖女様、良かった……とかそんな声が聞こえる。やはりというか、おれとの婚約って可哀想……されてたのかリリーナ嬢

 

 「うん、そうだね?」

 「だから、調整の為に聖女様方には希望を他よりも早くに提出して貰わなければ困る。そして、今を逃すと入浴と就寝の時間。その時に訪れる方が更なる問題だと思い、こうして今時間を取らせてしまった」

 「オッケー!」 

 言いつつ、ぽんと資料を叩いたリリーナ嬢は美味しい!とサラダを更に一口

 

 「あと、リリーナ嬢。その資料には最初のオリエンテーリングの希望人員表も入っている

 本来、教員の側がメンバーを決めるが、派閥が煩くて面倒なんだ。当人の希望ばかりは何も文句を出せないから、直接希望を出してくれ」

 一息切って、真剣な眼で少女の緑の瞳を見据える

 

 「ただ、一つだけ。オリエンテーリングについては、ガイストはアイリスのところに居るから不参加になる

 だから……おれか竪神のうち片方を必ず希望班員3人の中に入れる事と、もう片方を絶対に入れないこと。それだけを徹底してくれ。他は好きに選んでくれて良い」 



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ヤンデレ、或いは凍てつく鎖

「……はぁ」

 溜め息を吐き、星空を見上げる。

 此処は王都の一角。貧民街……よりはマシな区画。

 

 おれがこんな所に出向いた理由はたった一つだ。護れなかったものを、死なせてしまった命を、せめて残骸だけでも返すため。罪から逃げず背負うため

 そう、魔神の突然の襲撃に……本来はもっと遅く晩御飯の後くらいに来るはずだったが故に出遅れた結果、喪ってしまった命。この先の未来があったろう国民

 そんな彼等を死なせたことを、その家族に……遺族に伝えるためだ

 総勢3名の死者、その全てに家族は居た。いや、居なくともそれが救いな筈もないんだが、な。気は楽になるが、そんなもの逃げだ。おれが、遺族に責められる事が少なくて助かるだけの残酷な話。それが救いだというならば、身寄りがなければ死んで良いのか?という話になる

 アナなら、エーリカなら、死んで良かったのか?それを悲しむ人間が少ないなら死なせて良いのか?

 そんな筈、無い。誰も、死なせて良いはずがないのだ

 

 だからこそ、おれは、事情を説明し……

 「そう、だよな……」

 右目に入った砂を指で取りながら、おれはぼやく

 疫病神と砂を投げられた。何で救えなかったと罵倒された。賠償しろと言われたから払った

 そりゃそうだ。おれたちは、彼等の息子を預かった側でもあるんだから。どんな不測の事態があろうとも、それが免罪符になどならない

 そんなこと、分かっていて。けれど……だというのに。言われて当然のソレが、心に刺として突き刺さる

 

 おれは……あの五年、一体何をやっていた。上級職、ロード:ゼノ。最強のステータス上昇率

 それがどうした。原作のおれの性能に胡座をかいていただけだろう。『おれ』個人は一体何が出来た、何が変わった?

 

 良く良く考えると違うが、ぱっと見はニホンと同じようにも見える星空を見上げ、自問し……

 それ故に、ほんのすこしだけ、反応が遅れた

 

 「っ!」

 殺気も敵意も感じなかった

 警戒はしていた筈だった。刹月花の少年なり何なりが、何時現れても対応しなければと、気を張り詰めている気になっていた

 けれども、理解した時にはおれの背後には氷で出来た水属性の拘束魔法が迫っていて……

 

 仕方がない!こんな自業自得で抜くのは忍びないが……

 と、愛刀を鞘走らせその雷撃でもっての迎撃を選択し、失敗

 

 月花迅雷がねぇっ!?

 腰に差しているのが正直刃零れが酷くて研ぎ直しても使えるか怪しい段階まで酷使した普通の刀しか無いことに、そこで漸くおれは気が付いた

 でも、何故?

 

 暫く考えて、エッケハルトに投げ渡してから返して貰うのを忘れていたという単純明快な事実に漸く思い至る。そりゃ当然、返して貰ってないなら手元に無いのは当たり前だわな

 いや何で返して貰ってないんだおれは!?罪から逃げる気かよ!?

 

 自分の馬鹿らしさに一瞬動きが止まり……

 明暗を分ける

 

 「ぐぎっ!」

 冷たい鎖がおれの両腕を縛り上げる。やはり、水属性の拘束魔法。始水が魔法書も無しで当然のように扱っていたのと同じ魔法だ

 使用者は……誰だ?

 振り返ろうとするおれの首に更にひんやりと凍傷しそうな鎖が巻きついてくる。それが一気に体を引っ張り……おれの体は踏ん張りが効かずにそのまま近くの路地裏に引きずり込まれた

 

 「っ!舐めるなぁっ!」

 地面を転がりながら、振り回す際に鎖が緩んだ隙を狙って、クロスするように手刀をかまし、魔法の鎖を切断する

 硬いが所詮は魔法による物理的拘束。実体がない雷属性や影を縫う影属性に比べれば対処は随分と楽!

 そのまま、積まれた木箱にぶち当たって浮き上がったのをバネに、足の力だけで跳ね起きる

 

 足を拘束しない辺り、相当おれ対策が甘い。まともにおれと戦う気あるのか?

 ……襲撃相手を見るに、恐らくは彼等円卓ではないだろう。流石に彼等にしては弱すぎるし、魔法に弱い欠点を知っててこれならば、あまりにも御粗末

 ただおれとじゃれてただけの始水じゃあるまいし、こんな拘束に意味が無いことくらい分かるだろうに

 

 鞘に手を掛けながら、ならば殺してはいけないし、月花迅雷が無くて正解だったかもしれないなと思いつつ周囲を探るが……

 

 「出てこいよ」

 静かに、唸るようにおれは煽る

 煽るしかやることがない。だってそうだろう?

 敵意ある誰かを、発見できないのだから

 

 居たのなんて、さりげなく尾行していたらしい何時もの妹猫(アイリスのゴーレム)と、そんな妹と友人だからか仲良く同行してくれたっぽいアナくらいだ

 あの二人はおれへの敵意はないし隠れてないからすぐに分かった。だが……他に誰も見当たらない

 居なければ可笑しいのに。居る筈の敵が分からない

 

 だが……って、考えてる場合か!?

 急いで小走りに小路を抜け、近くに居た妹達と合流

 「……ゼノ、皇子……さま」

 ぽつりと呟かれる名前に、少しだけ心が痛む

 

 そうだよな、当たり前だがおれはもう、アナの憧れの皇子さまなんかじゃないし、そうあってもいけない。だから、彼女にとって唯一の呼称ではなく、他の皇族と同列の呼び名になるのは当然だ

 寧ろ、遺族の彼等に呼ばれたように忌み子と呼ばないだけ優しい

 

 「シエル様、護衛無く外に出られては……」

 「アイリスちゃん、強いから」

 えへんとばかりに少女の足元で大猫が伸びをした

 70cmくらいのデカさの猫は流石にそうそう居ないと思うぞ、アイリス?

 

 「それは……まぁ」

 おれより強いのは間違いない。なら良いのか?

 「シエル様は、一体何故」

 大荷物を両手に抱えた少女に、ふと聞いてみる

 さりげなく重そうなので持とうとしたが、逃げるように荷物を遠ざけられたので荷物は諦める

 そうか、もうおれが自分の持ち物に触れることすら嫌か

 

 少しの棘を無視して、おれは可愛くなった……いや元々可愛かった幼馴染の元孤児を見た

 「この辺りに、謎の襲撃者が居る」

 「えっ?」

 その瞳が見開かれる

 「拘束魔法で襲われたんだが、居場所が全く掴めない。シエル様も警戒して、早めに寮に戻るべきだ」

 周囲を警戒しながら、おれは呟く

 凍傷になった首筋を軍服の襟を引っ張ることで見せ、危険だろ?と微笑む

 

 「勿論、わざわざ街に出てこなきゃいけなかった理由があるのは分かるし、その用事を済ませていないというなら、先にそれを終わらせるのは構わない」

 荷物を見るに、多分用事とは買い物だろう。一店舗で終わるなら良し、終わらないなら……

 

 「あ、お茶のセットとかお部屋になくて、わたしは自分で淹れたいからアイリスちゃんと買いに来たんです」

 「そうか、用意が足りなくてすまない」

 「いえ、普通持ってくるものだから良いんです」

 此方の不手際なのにどこまでも優しく、淡雪のように儚く、その少女は微笑んで

 

 「あと、もう一個。必要なものがあるんです」

 「そうか。なら……謎の襲撃者がまた来る前に手早く手に入れないと」

 でも、一体何者だ?

 清少女を背に庇うようにして、おれは街を見回して……

 

 ふいに、ぴとっと小さくひんやりしたものが触れた

 それは、絹のように滑らかな、少女の右手の指先

 「シエル様?」

 何かあるのかと振り返ろうとしたおれの視界に、目映く輝く腕輪があって……

 

 「皇子さま。襲ってきたのは……

 この鎖、ですよね?」

 凍てつく冷気。膨れ上がる魔力

 聖女の力をもたらす腕輪を通して、魔法書無しで魔法が顕現する

 

 「っ!がっ!?」

 そして……再度、氷の鎖がおれを縛り上げた

 

 「っ!アイリス!」

 まず思うのは妹猫の事

 「即刻、竪神等に報告を!」

 妹の猫はゴーレムだ。何時でもリンクを切れるし、そうすれば妹本人がきっと近くに居る彼等に事情を話せるだろう

 だというのに、猫の瞳の光は爛々と夜に映えていて

 

 嫌な予感がする

 「シロノワールッ!」

 『うみゃぁっ!』

 おれが相棒ならざるカラスを呼ぶのと、姿勢を低くした巨猫がおれに向けて飛び掛かるのはほぼ同時

 マントを羽織りカラスの姿を現したシロノワールの三本の足の一本がオレンジの猫を襲い空を切る

 

 その間にも、少女によるおれへの拘束は強まる。背後に氷の柱が産まれ、足が凍ってゆく

 

 「分かってるんだろ、アナ!」

 思わず昔の呼び方をしつつ、氷に張り付いていく足を皮膚ごと柱に残して強引に引き剥がして自由を得る

 足に走る痛み。皮膚を剥がした足の傷付近を垂れる端から氷柱のように凍る血が足を傷付けるが……まだ、動く!

 

 ……全く、そこで泣きそうな顔をしないでくれ、アナ

 「正気か」 

 静かに問う

 

 殺気、せめて敵意があれば、事前に気付けたろう。しかし、今の今まで……いや、今もまだ、敵意すら感じない

 何度も見た泣きそうな瞳でおれを見る中に、欠片の殺意もない。そんな状態で、おれを氷で縛り付けようとしてくる

 

 「わたし、はっ……」 

 その腕に輝くのは、確かに神器の流水の腕輪。偽者ではないだろう。誰かが化けているのでもない

 ならば、誰かに唆されて……

 

 静かに、地面に刀を捨てる

 流石に、誰かに騙されていようが何だろうが、この娘を斬れない

 

 「大丈夫、シエル様

 おれは抵抗しない。だから……君がどうしておれを襲うことになったのか、せめて教えてはくれないか?

 誰が、君を動かしたのか」

 そこに、突然アイリスのゴーレムが暴走した原因も……

 

 「あ、あの……それは……」

 おどおどと、銀の髪の少女はおれに一歩近付いて

 「貴方です、皇子さま

 ごめん、なさい」

 その瞬間、おれの視界は完全に凍り付いた




ヤンデレの波動に目覚めたアナちゃんの覚醒である。なお、所詮中身はかよわいいきものの模様。


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見知った天井、或いは拘束()

「あ、起きましたか?」

 何処か嬉しそうに、透き通った声が耳に響いた

 

 同時、両腕と両足に感じる重さ。大体各130kg程か?

 とんでもなく重いな。恐らくはヒヒイロカネに魔力を込めて重量を上げているのだろう

 重りだけでなく、じゃらじゃらと鳴る鎖によって四肢が何処かに繋がれているが……その割に、背中に感じる感触はふかふかだ

 うん、とんでもなくふっかふか。プリシラが使ってた元おれのベッドより高級品だろうな

 そして掛布団はアイリスのゴーレムだろう。いや何やってんだアイリス?

 

 そんな事を確認しながら目を開けると、一人の少女がおれの顔を見下ろしていた

 それはもう、満面の笑みである

 

 「ふふっ、皇子さま、お腹空きましたよね?」

 そう微笑んでくれるのは、初等部に通っていた頃振りだろうか。あの頃は、メイドとして妹に雇われていた彼女が料理当番であり、頑張ってくれていたっけ

 

 身長はそこまで変わらないけれども女の子らしくなった体で、それでも変わらない笑顔で、少女……アナスタシア・アルカンシエルはそうおれに告げる

 

 まるで、今おれを捕縛する鎖など意に介さずに

 「……シエル様」

 「知ってますか、ゼノ第七皇子さま?

 貴方に助けられた孤児の女の子は皇子さまの言うことは聞きます。でも、腕輪の清少女は帝国皇族とだって上下はそう無いんですよ?

 だから、説明の命令だってきかなくて良いんです」

 「……アナ」

 誘導されるように、その名を呼ぶ

 「はい、何ですか?

 あっ、今御飯を用意しますから、ちょっとだけ待ってください。昔皇子さまが美味しいって言ってくれた揚げ物なんですよ、期待しててくださいね?」

 と、ベッドの側を離れてとてとてと隣の部屋に向かう銀の少女

 昔に返ったように、その体を包むのはメイド服。子供の頃のように何処か無邪気で……けれども、その体はきちんと成長したもの。そして……何処か虚ろな瞳

 

 その揺れるサイドテールが消える扉の先をじっと見る

 ……そして、息を軽く吐いた

 

 此処、さてはアイリスの自室だな?来年通うし騎士団を貸してるからと先んじて貰っていた学園高等部内の方の部屋だ

 開いた扉の先の内装……というか、其処にちらりと見えた卓上に飾られた猫のぬいぐるみに覚えがある。おれが妹に贈ったものだ。ちょっと色褪せてきた色合いや、魘されてる間にちょっと破けてしまって中の綿が見えていたからと巻かれた包帯は、確かにあの個体のもの

 ああ、何だ。アイリスが見せたがらない部屋があると思ったら、おれを監禁する為の……

 いや、何でそんな部屋があるんだアイリス!?頼むから正気になってくれ。おれを監禁して何になるんだ

 

 「アイリス」

 布団にそう呼び掛けると、おれがなにもしてないのに少しだけ動いた

 やはり、ゴーレムのようだ。って布団ゴーレムって何のための存在なんだ

 

 けれども、妹布団はあくまでも知らんぷりを決め込むようだ。呼び掛けても返事がない

 本体は……恐らくだが部屋一つ隔てた場所に居るのだろう。耳を澄ませば鍵かけ忘れたどころか微妙に閉まりきっていない扉の先から息遣いが聞こえてくるしな

 

 きゅっと鎖を引っ張ってみる。130kgの重りは重いが、流石に手足を動かせない程重くはない。修行にはちょうど良い……いや軽いな。本気でやるならこの倍は必要だ

 それに、じゃらじゃら鳴るところから分かってはいたが、結構緩い

 ピンと張っていて磔にするというほどじゃなく、かなり余裕がある。ベッドの上に起き上がるくらいは出来てしまう

 

 ……なら、こんな拘束!

 両の腕を引き寄せ、右手で左手首を拘束する鎖を掴む。硬く冷たい感触が指先に感じるが、電流が走るなどの罠はない。ただ硬いだけの鎖だ

 ならば!

 

 思いっきり力を込めて右腕を引くと……

 ぱきっと嫌な音と共に、鎖を繋いでいる根元が引き抜け、ぽーんとおれの頭目掛けて飛んできた

 「てい」

 それを頭突きで叩き落として確認

 うん、何というか……鎖は魔導鉄でかなり硬くしてあるが、所詮は即興で部屋に設置したもの。鎖を固定する為の金具を石の壁に打ち付けておいただけのようで、比較的脆いそっちが先に壊れてしまったようだ

 

 これ、普通に逃げられるな、うん。思い切りやれば、鎖を引き摺ったまま動ける程度の拘束。殺意があった分、辺境でおれを贄として差し出すための檻の方が何倍もしっかりと捕らえていたぞアナ

 ただ……

 

 「逃げるわけにもいかないか」

 ぽつりと掌を見ながら呟いて、それっぽく鎖の先を死角に向けて投げて誤魔化す

 

 あれ?これ意味なくないか?此処にアイリスのゴーレムが猫耳フード付きのブランケット姿でおれの上に乗ってる以上、誤魔化しても拘束を破壊したのバレバレな気がする

 が、暫し耳を澄ましても急いで戻ってくる気配はない。それどころか、子供の頃料理の際に小さく歌っていたものと同じ歌詞の歌声が上機嫌に聞こえてくるし、油の跳ねる音までする

 

 本気で上機嫌に揚げ物をしているようだ。何だろう、おれにはアナの思考回路が推測できない……

 おれに毒を盛るならここまでしなくて良いし、そもそもおれを殺すのに毒は効率が悪すぎる。そこらの毒くらい耐えるぞおれ

 具体的に言えば……ノア姫が作ってくれた料理の中には人間には毒でエルフやゴブリンには無害なものが混じっていたんだが、数回食べた後につまみ食いした少年兵が倒れてそこで初めて人間には毒なことが露見したくらいには毒耐性が強い

 ちなみにだが、当然ノア姫に悪意は無かった。ニホンでも、おれにとっては始水がくれるくらいしか縁がない御馳走であるチョコレートが犬には毒、みたいな話はあるしそれと同じだ

 

 待つこと更に体感10分

 扉を開けて、ほかほかと湯気を立てる椀ときつね色のコロコロしたものが乗った皿をお盆に載せて、少女が戻ってきた

 「えへへ、大人しく待っててくれましたか皇子さま?

 逃げられないように捕まえちゃってるから、大人しくしてくれましたよね?」

 ……すまない、その鎖なら破壊してる

 だが、本気で気が付いていないのか知らないフリをしているのか、少女はそれに突っ込まず、枕元のサイドテーブルにお盆を置いた

 そして、備え付きの椅子に行儀よく足を揃えて腰掛けると、おれの背にそのビロードの手袋に包まれた手を伸ばした

 「はい、起きてください皇子さま

 あ、大丈夫です、そのベッド、汚れてもすぐ綺麗に出来るんですから不安にならないで下さいね」

 おれの背の下に手を入れ、上半身を起こそうと力を入れる

 それはまるで介護のようで……

 

 「お、重いです……」

 当たり前である。両腕に約130kgの重り付けてるんだから、力をかけてやれば持ち上がらない

 

 ってダメだろなにやってんだおれ

 少女が手を痛める前に、自力で上半身を起こす。うん、重りで足が固定されてるから割と良い腹筋運動が出来そうだ

 はらりと上半身から落ちて折り重なるブランケット。不満げに蠢くアイリス

 「あ、ごめんなさい皇子さま」

 ……虚ろな瞳で呟く少女の真意は見えない

 だが、彼女がこうなった理由を知らずに逃げ出すわけにはいかないだろう。黒幕を探り、捕らえなければ

 

 「ああ、大丈夫だよ、アナ」

 だからおれは、じゃらりと既に役目を果たさない鎖を鳴らしてそう答えた

 「えへへ、御飯にしましょう、皇子さま

 さっき買ってきたものだから、あんまり保存の魔法の上手くないわたしでも、美味しく出来てるはずですし」




『え?布団ゴーレムの利点を知らないんですか兄さん?
全身で兄さんを感じて、更には暖めてあげられるというとても簡単に思い付く強力な利点にすら思い至れないとは、本当に情緒面は残念な思考力してますよね兄さん』


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食事、或いは余裕

「はい、どうぞ」

 昔は恥ずかしがっていたのに、今では……

 あ、耳の先が真っ赤だ。良く見ると指先も緊張でか震えているし、やはり恥ずかしいものは恥ずかしいのだろう

 

 そんな少女の指に触れないようにそっと小さく切られた肉を突き刺したフォークを左手でその手から取って口に運ぶ

 すーっとしたハーブの強い香り。肉自体に下味らしい下味がないからか、衣に細かく緑の何かが散っているのが見て取れる。これで香りを付けているのだろう

 

 「あ……」

 空いた自身の右手をじーっと見て、少女は小さく息を漏らす。そして……

 「ご、ごめんなさい!た、食べにくいし痛いですよね……

 本当にごめんなさい!また居なくなるんじゃないかってずっと不安で不安で心が張り裂けそうで、繋いでおかなきゃ重石を付けなきゃって、わたしそんなことばっかりで……」

 ……うん、何を言っているんだろうかこの娘は

 「今魔法を解きますから。手首痛かったですよね……?」

 と、幼い頃から変わらないサイドテールと子供の頃とは比べ物にならなく成長した胸を揺らして少女はおれの右手へと自身の両手を翳し、腕輪を光らせる

 カチリと音がして、両手を無意味に拘束している鎖付きの腕輪の重量が消えた

 正確には消えてはいないが130kg程から1kg無いくらいにいきなり軽くなった。やはり、魔法による重量増加だったようだ

 

 ところでだ。拘束具を緩めたら明らかに駄目だと思うんだが……アナ?

 

 ひょっとして、何者かに脅されておれを襲ったが本当は逃げてほしいのか?

 いやでもだ、それならこの場がアイリスの部屋なのも、アイリス自身が隣の部屋でぬいぐるみのミィを抱いてソファーでごろごろしてそうなのも、何もかも変な気がしてならないんだが……

 アイリスもグルだとして、この部屋は頼勇やガイストも立ち入るんだぞ?黒幕が見張るには明らかに不適切に過ぎる場所だ

 頼勇かガイストが黒幕ではない限り。ってか、あの竪神頼勇に限って黒幕って事は無いだろうけど

 

 「あ、あの……美味しくない、ですか?」

 「味がしない」

 少なくとも、監禁された状態で出されたご飯の味がはっきりと分かる程おれの精神は図太くはない

 促されるように手が止まっていた事に気がついて口に運ぶも、考えるのは黒幕と理由の事ばかり

 

 わざわざおれを捕らえた理由は?月花迅雷の無いおれなんて、ゴミ以下の価値しかないだろうに。人質にするにしても、こんな忌み子で塵屑な罪人なんて知るかボケで見棄てられて終わりだ。身代金とか取れない

 いや、基本的に皇族って自力で何とかしろそれくらい出来て当然って扱いだから、他の皇族でも身代金とか取れない可能性が高いんだが……その中でも特におれの扱いは悪い意味で別格だ

 他に誰かに対して人質にするなら……ノア姫は馬鹿馬鹿しいとスルーするだろうし、アステールは恐らくもうおれへの好意なんて無いだろう。原作ゲームで出てこない辺り、大人になるまでにあんな感謝と恋を履き違えたような想いは割り切れているはずだしな

 

 始水?アレは……いや前世の話を普通にやっている辺り、どれだけ親しみやすくとも超然とした存在だ。おれの生死とか頓着無いだろ多分

 その事は、原作でティアとの絆支援がA+の時のゼノ被撃破時台詞が「いってらっしゃい、兄さん」なところからも推測できる。死に行く相手と再会する前提でなければそうそう言えない台詞だ

 

 アルヴィナの可能性はあるのか?

 駄目だな、また思考が潜っていく。彼女を縛る何者かを見極めなければと焦るあまり、手を動かすのを忘れてしまう

 

 「やっぱり味が薄くて美味しくないですか?ご、ごめんなさい!

 今度はちゃんと作りますから、起きた時にお腹空いてるはずですから直ぐに食べて貰わなきゃって思うあまり横着したりしませんから!もっと早くに有り得ることを考えて行動して美味しく食べて貰えるように一生懸命精一杯嫌われないように頑張りますから……

 ですから……だからだからっ!」

 胸元で手を組み、涙声かつかなりの早口で捲し立ててくる少女に、少しだけ気圧される

 

 ところでなアナ?何で自分が嫌われるという話になるんだ?完全に話が噛み合っていないような気がするんだが……

 精神異常にでも掛かってるのか?何かに心を弄ばれて訳の分からない言葉を吐いているのか?

 

 「え、えっと待ってくださいね?ソースを用意しますから、それで味を誤魔化して食べてください

 リラックス出来るようにハーブ混ぜちゃったから味おかしくなっちゃうけど美味しくないなんてもっともっと駄目ですし何とか良い味を用意しないといけないのにえっとえっとえっと何か良いものが無かったら……」

 「いや、この状況だと何を食べてもロクに味を感じれないよ、アナ」

 何だか訳の分からない事で目を白黒させてあわあわする少女に対して可笑しなフォローを、おれは告げた

 そして更に一口。うん、味があまり分からない

 

 「そ、そうですよね!?ごめんなさい今解き……

 って流石にそれには騙されませんからっ!」

 むーっ!と膨れるアナ。掴んでじゃらじゃらと鎖を鳴らすが……

 

 「あれ?」

 はたと何かに気が付いたように止まった

 「そもそもわたし、皇子さまの鎖、こんなに緩めましたっけ?」

 『既に無意味』

 と、アイリスが突っ込む。いや喋れたのかその布団

 

 バレたならもういいだろう。おれは全力で右手を胸元に向けて引き込んで……

 バキリという音と共に、鎖の根元を壁からひっぺがす。そして

 「あっぶね!」

 反動でアナの額めがけて吹っ飛んでいく鎖の端の釘付の重石のようなものを手を伸ばして寸前で受け止めた

 

 「え、あっ!?

 だ、大丈夫ですか皇子さま!?」

 「いや、おれは傷一つ負わないからやっただけだよ。アナこそ……

 おれを捕らえる気なら、あの氷の鎖で縛るべきだったな」

 「そ、そんなっ!首筋にまだ凍傷残っていたりするあの鎖で縛るなんて痛そうで寒そうなこと出来ませんよっ!」

 ぱたぱたと胸元で手を振る少女

 

 いや、何でだろうな本当に。毒気が無いというか……

 

 「に、逃げます?」

 小動物のように震えながら聞いてくるアナ。うるうるとした上目遣いは、出会った頃を思わせる

 「逃げない。君を縛る鎖が誰なのか見極めて、それから君を解き放つまで逃げるわけにはいかない」

 「くさ、り?」

 「アナ。おれを監禁するように誰かが君を動かしたんだろう?

 その原因を取り除かないと」

 その言葉に、銀の髪の聖女はとても悲しそうに俯いて……

 

 「なら、直接体に教えてあげます……ね?

 皇子さま。横になってください。耳かきで、分からせてあげます」




むぅ、アナちゃんヤンデレASMR……


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クソザコ依存ヤンデレvs唯我独悪メサイアコンプレックス

「ほら、横になってくださいね」

 トンと肩を押され、おとなしく寝転がる

 柔らかいと言えば間違いなく柔らかいのだが、何処かほっそりとした太股の感触に唇を噛む

 女の子はもうちょっと肉付きが良いものじゃないだろうか?エッケハルトが語っていたし、何かとノア姫を気にしていた少年兵も普通は女の人は柔らかくむちむちしてるけれど俺はノア様みたいに妖精のような姿の方がと語っていたのを覚えている

 いや、アイリスみたいな病弱なのは別としてだが、そんな印象が強い

 とすれば……この娘はどこまで、辛い想いをしてきたのだろう。おれは何処まで、助けられてないのだろう。食べ物にも困って、だからこんなに……

 そんなことを苦々しく思っていると、髪がゆっくりと撫でられる

  

 「大丈夫ですよ、皇子さま。リラックスしてください

 此処に皇子さまを傷つける酷いものも、批判する最低の人も居ませんから。あんな風に、皇子さまを責めるひどい人達なんて絶対に居ないから、安心して良いんですよ?」

 優しく髪を()くように、白魚のような指先が灰銀の髪を伝って行く

 「皇子さまはあんなに一生懸命で、出来る限りみんなを助けたんです。それを悪く言う悪い人、居ないですから」

 「……彼らは悪くなんてない」

 ぽつりと、そんなことを漏らす。漸く、彼女の呟く酷い人というのが拘束される前におれが謝罪してきた遺族の人々の事だと理解したから

 ならば、そんな理不尽な発言を許してはいけない。甘えてはいけない

 

 「おれが悪い。彼らは正しい怒りを胸に、一つの勇気を抱いて、正義を謳っただけだよ

 加害者はおれで、家族を喪った彼等は単なる被害者」

 そうだ、彼らは正しい。他に誰を助けられてようと……自分の子が、兄が、妹が死んだのは事実だ。その事実を、大多数を救ったからと覆い隠す方が狂っている

 誰しも、生きる権利は平等だ。皇族であるおれはそれを保証する義務を持つ。護って当然、護れなかったことを非難されるいわれこそあれ当然の事を誇る権利はない

 彼らには文句なくおれを責める道理は有るはずなのだ。それを否定するなんて誰にも出来やしない

 

 「そんなの嘘です、大嘘ですよ皇子さま」

 強くしたところで痛くもないのにどこまでも柔らかく、慈愛に満ちた笑顔で少女はおれの髪を漉き続ける

 「確かに、皇子さまは強いです

 強い人です。強すぎて、わたしじゃ支えてあげるのも大変なくらい」

 張り出した釣鐘のような胸に阻まれて、表情は上手く見えない

 それを危惧したのか、それとも単純に自分でも下が見えないからなのか。少し前屈みになって銀の聖女は……乙女ゲームの主人公の一人たる幼さを残す危ういバランスで完成した美少女はおれにどこまでも透き通った笑みを返した

 

 「でも、ですよ?」

 ぴとりと、耳に冷たいものが触れる

 冷気を放つ氷のピック。魔法の氷、おれの鋼鉄製の剣とかち合えば剣が折れるようにまでなった馬鹿げた硬さが一切意味を為さない力

 「わたしですら、皇子さまを殺せちゃいます。皇子さまは、神さまなんかじゃなくて同じ人間なんですよ?

 なのにどうして、全部背負わなきゃいけないんですか?なんで、救われて当然の皆の中に、同じ人間な自分は居ないんですか?」

 「それでおれは殺せないし、そもそもおれと彼等とは地位と責任と罪が違う」

 「そんな責任無いですよ?」

 「力があるからやる訳じゃない。力がないからやらなくて良い訳もない

 ただ、力があるのに使わないのは悪いことだ」

 「なら、聖女って勝手に呼ばれてるわたしも、皇子さまみたいにやらなきゃいけないんですか?」

 痛いところを突かれ、結局エゴに過ぎないおれは黙り込む

 「アナは皇族じゃない。護るのと同時に護られるべき存在でもあるからまた別

 それに、聖女として学校に来て、何とか頑張ろうとしているから大丈夫」

 何とか絞り出すのは、苦しい言い訳

 

 「頑なすぎるのは皇子さまの悪いところです

 そんな事言うならこのまま……お耳、聞こえなくしちゃいますよ?」

 脅すような声音で、泣きそうな顔で、銀の聖女はおれの耳に少しずつピックを進める。ひやりとする冷気が、耳の穴を凍らせていく

 

 「本当に耳、聞こえなくなっちゃうんですよ?皇子さまには魔法が効きませんから、下手したら一生治らないんですよ?

 だから」

 「どうせ一度捨てたんだ。欲しければ聴力くらいあげるよ、アナ」

 耳が聞こえずとも、戦えない訳ではない。ついでに言えば、音を越えて襲い来るアガートラーム相手には耳なんぞ欠片も役に立たない。惜しくないと言えば嘘になるが、少なくとも死守すべき程に価値あるものでもない

 

 そこまで考えてあ、と思い直す

 「ただ、潰すなら右耳にしてくれないか。まだ右は目が見えるから戦えるけれど、左は聴力まで無くなると反応がどうしても遅れる」

 おれとしては黒幕から傷付けろと言われてるならくれてやる、くらいの気持ちだったのだが……

 

 「え、え!?だだだ大丈夫ですか!?

 変なところ傷つけちゃったりしてませんか痛みますか聞こえますか?」

 焦ったように彼女はピックを消し去ってあわあわし始める

 「というかどうして耳を」

 「声を聞いたら石になる魔神相手に、魔法で音を防げないおれが立ち向かうにはそれしかなかったから鼓膜を破いた」

 「うぅっ……」

 頬に熱いものが触れる。熱を帯びた水滴がかかる

 

 「も、もうそんな痛くて苦しいことしちゃ駄目ですからね?

 左目を抉り出した時もそうですけど、そんなに自分を傷付けてまで戦わなきゃいけない義務なんて、皇子さまにはないんですから」

 幼馴染の少女はポロポロと涙を溢しながらおれの頭を抱き上げて胸元に抱き締める

 ふわりと柔らかな感触に包まれて……

 

 止めろ

 止めてくれ

 頼むからおれを……「許そうとしないでくれ!」

 おれはっ……!赦されてはいけない、最低の人殺しはっ……

 

 体を捩って暖かな拘束から抜け出す

 「あうっ……」

 どこか残念そうで、ほっとしたように息を吐く幼馴染から逃げるように、おれは残りの鎖も破壊してベッドの上に座り込んだ

 

 「で、でもっ!そんな皇子さまがもう傷付かなくて良いように拘束を……」

 はっと気が付いたように、少女が唇を抑えた

 「どうしましょうアイリスちゃん!もう粉々にされちゃってますよ!?

 どうすれば捕まえられるんでしょうか」

 『無理。手足を砕くしかない』

 「だから、何でおれをそんなに拘束したいんだ?」

 物騒な事を呟く妹に呆れながら、またまた聞く

 いい加減教えてくれないだろうか?

 

 「分からないんですか、皇子さま?」

 心底意外というか呆れたように、肩を落として溜め息を吐くアナ

 「ほら、今度はちゃんと耳かきしてあげますから、それで分からせられてください」

 とんとん、と少女はしっかりとベッドの上で正座した膝を叩く

 「言葉で言ってくれ。黒幕が誰なのか」

 「最初から言ってますよ?

 わたしは貴方にっ!ノアさんから聞いた何時も辛そうな瞳でそれでも手離すことの無い罪の象徴だっていうあの刀を手元から無くしたくなるほどに傷だらけな皇子さまにっ!

 これ以上傷付いて欲しくなくてっ!だからアイリスちゃんと一緒に、監禁すればって……」

 あはは、と乾いた笑い

 「皇子さまはそれで止まらないって、頭では分かっていたんですけど。ノアさんにも忠告されたんですけど」

 

 虚ろな瞳が、おれを見据える

 「それでも、あんな皇子さまを見たら、どうしても見過ごせなくて……」

 少女の泣きそうな笑顔が、おれを射抜く

 

 「お願いだから逃げないで下さい、皇子さま

 今度は脅したりしませんし、変なこともしませんから

 耳かき……させてください。アイリスちゃんもアステール様も、上手いって褒めてくれたからちょっとは自信あるんですよ?」

 「……アナ」

 「お願いだから、ちょっとは……休んでください」

 ……それが、本当ならば。おれの為だと言うならば

 

 「それは出来ない」

 鎖を鳴らし、ベッドから降りようとして……

 「アイリスちゃん!」

 『にゃあ』

 ばさりと、突如ブランケットが覆い被さってくる

 ……やられた!殺意も敵意もない、おれの為だと勘違いしているから善意しか無い!

 ならば、敵意を感じて動くいつもの方向では出遅れるなんて、さっきから分かっていたのに!

 オレンジ色の暖かな毛布にくるまれてベッドに情けなく転がる

 

 が!所詮ゴーレムでも布!多少補正が掛かっても!

 引き裂こうと、むんずと手で布団ゴーレムを握って……

 『お兄ちゃん』

 不意に、妹の声が耳に届く。護るべきもので、護れなかった(おれが殺した)彼女を重ねた、小さな声

 

 『感覚、繋いで……る』

 気にせず、力を掛けて引き千切ろうとして

 『……っぁぁっ!』

 隣の部屋から微かに聞こえる声にならない悲鳴に、おれは抵抗を諦めて手を離した

 

 「……好きにしろ、アナ。アイリスに自分を人質にされたおれの負けだ」

 「ほ、本当はこんな形嫌なんですけど

 じゃあ、お耳を優しく綺麗に癒してあげます……ね?」




アナちゃんASMR何か需要高いですね……
そのうち作るかもしれません。少なくとも数週間後ですが。ついでに、台本書くときに良さげな恋愛歌とかあったら教えてくれると助かります。

「あのっ!やんでれさんって相手を分からせるものだって聞いたんです。でも、わたし……皇子さまに色々分からせられてる気がするんですけど?」


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耳かき、或いは自傷

「じゃあ、始めますね?

 リラックスして力を抜いてくださいね。誰も皇子さまを傷付けません、わたしの膝で、アイリスちゃんのお布団で……」

 と、少女は何処か困ったように目尻を下げて微笑んだ

 「布団って結構変ですよね……仕方ないんですけど」

 

 そして、案外重いなこの布団。そう思ってふと見ると

 「にゃあ」

 居た。アイリス本人である。ついにゴーレムじゃなく本体でのし掛かってきているが……

 

 「てい!」

 ゴーレムとリンクを切ってくれたのならば好都合。一息に引き剥がして妹をブランケットで巻き取って終わりだ

 

 さて、帰るか

 「不覚、しまった」

 「あ、アイリスちゃん!?」

 自分の用意したブランケットにぐるぐる巻きにされて、唖然とした表情で妹は呟く

 

 「……皇子さま。本当はやですけど、怖いですけど……」

 少女の声が、震えている

 振り返ると、幼馴染は完全に光の抜け落ちた瞳で、貼り付いたような仮面の微笑で、氷のナイフを喉に当てていて……

 

 「アナ、何をやっている」

 「人質、です

 皇子さま。わたしがどうでも良いなら、逃げてください。でも……」

 迷うような間

 幾らなんでも死ぬのは怖いのか、それとも卑怯な手に思い悩んでいるのか。その辺りはおれには分からない

 

 「わたしが、ちょっとでも大事なら。戻ってきて……ください」

 とん、と当てられるナイフの切っ先。ほんの少し沈み込み、つぅ……と一筋というか一滴だけ赤いものが滴る

 

 「正気になれ、アナ。おれの為になんて、死ぬ価値がない」

 「そう思ってるのは貴方だけです」

 「君は聖女だ。世界にとって、何よりも大切な存在(ひかり)になり得るものだ!」

 声を荒げ、奥歯を噛んで叫ぶ

 

 「おれのような塵屑と関わらず輝くべき極光(オーロラ)なんだよ、君は」 

 その言葉に、アナは手を震わせながら、おっかなびっくり……ナイフを進める

 

 「なら、皇子さま?

 わたしが死ぬのは駄目……です、よね?」

 おれならば、それでも良い。死なない範囲でナイフを突き刺すくらい出来る

 でも、震えている彼女にそのギリギリなんて突けないだろう。手が狂って、本気で取り返しのつかない自傷をしかねない。何時もの控えめながら芯の強さのある瞳の光が虚ろに消えている今、本気であり得る

 

 「分かったよ」

 何度めか、おれは肩を竦めた

 「でも、アナ。二度とおれなんかの為に死のうとするな」

 アイリスだけじゃなく、アナまで……

 どうなってるんだ本当に。こんな塵屑に対して

 あれか、幼少期に関わりすぎたせいで、初期好感度がバグってしまったとか……ゲーム的なそういう問題でもあるのか?

 だとしたら、より距離を置くべきだが……

 そんな事を思いながら、何度めか両足をしっかり揃えた少女の白い膝に頭を乗せる

 

 その白さと柔らかさに、薄汚い灰銀の己の髪があまりにも不釣り合いにも思えて

 「ご、ごめんなさい。ちょっと痛くて……

 まず、傷を治しちゃいますね」

 と、申し訳なさそうに当たり前の事を言って、少女は己の右手を自分の首に当て、つぅと流れる血を止めた

 

 「では、改めて始めますね

 もう絶対に絶対にぜーったいに、逃げちゃ駄目ですからね?」

 頭を痛くもなく強くもなく左手で抑えられながら言われるのに、目を瞑って少しだけ頭をずらして答える

 目を開いて視線を少し上げれば釣鐘のような胸の膨らみをしっかりと主張する服、目線を下げればお腹……は見えないが、布一枚隔てたところにそれがあるのが理解できてしまう

 

 おれには正直耐えられなくて、目を閉じたところでスカート一枚隔てた太股の感覚をより強く感じるだけなのだが、それでも逃げるように目を閉じる

 「ふふっ、逆にしましょうか皇子さま」

 そう言いつつ、少女は反対側に回る。

 うん、視線をかなり上げればこれでも胸が見えるけれど、此方の方がまだ精神的に幾らかマシだ

 

 ……逃げたくなってきたんだが。膝枕なんて、始水にすらほぼされたことがないし、母親はどちらも幼い頃に死んでいてそこまで覚えがないし……

 逃げられるなら今すぐに出ていきたいが、耐えろおれ。何か可笑しいアナが満足するまで、同じくらい逃げたくなった始水に耳をぺろりとされた時を思い出して耐えるんだ

 

 いやこれ思い出したら駄目だわ

 

 四苦八苦しながら体を固めて待っていると……ふわりと耳たぶに触れる冷たい感触。アイスピックほどは冷たくない、ちょっぴり冷えた金属

 見上げると、くるっと丸められた細い金属ワイヤーを三重に重ねたちょっぴり高そうな耳かき棒を手に、心底嬉しそうに微笑む幼馴染の顔

 

 「えへへ、やっと皇子さまに使ってあげられます

 曲がるワイヤーですから、耳触りがとっても優しいんですよ?一回お耳を壊しちゃった皇子さまでもきっと大丈夫です」

 つん、と耳の中に触れる感触

 

 「……ところで皇子さま?」

 何処か、あきれた声

 「何年やってないんですか、耳のお掃除?」

 ぱっと天属性の魔法で耳の中を照らしてみたのか、少しの熱を耳に感じると共に、ため息をつかれる

 「奥にはちょっぴり血も固まっちゃってますし……なんでこんなになるまで放っておいたんですか?これ、一年じゃききませんよ?」

 その言葉に、誰もやる人居なかったからなと苦笑する

 

 「ノアさんは、やってくれなかったんですか?」

 「いや、ノア姫には拒否されたよ。異性の耳を意図的に触って良いのは親子か夫婦だけ、って」

 「ノアさんらしいですね、何だか

 でも、メイドのプリ……なんでもないです」

 プリシラがやる筈もない。レオンの耳かきをしているのは見たことがあるが、頼んだらは?と冷たい目で返されるのが目に見えていたから頼むこともせず、自力で表層だけ取って終わりにしていたのだ

 

 「此処でやろうとしてて良かったです」

 カリカリと優しく、耳の壁を少女の操る耳かき棒が引っ掻いた

 「リラックスですよ、皇子さま

 ……悪い心も全部、掻き出してあげますからね?」




秘技!耳かきカット!ということで、耳かきそのものはカットです。音が無くてドキドキもしてくれない耳かきイベントなんて、ねぇ?
その辺りはアナちゃんヤンデレ耳かきAMSRとして12月くらいには公開出来たら良いな……


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添い寝、或いは宣戦布告

不意に暗がりで目を覚ます

 完全な暗闇の中、腕と背中に柔らかく熱いものを感じて……残された右目を凝らして、状況を推測する

 

 場所はさっきのベッド。腕を抱き枕にすやすやと寝息を立てているのはゴーレムを動かせばすぐに拘束を抜けられることに気が付いたのだろうアイリスで……

 とすれば、背中に当たる感触は幼馴染の聖女のもの

 

 その推測通り、規則正しい寝息が耳元をくすぐる。背後からおれを抱き締めて、すぅすぅと銀の髪の聖女は安心しきったように意識を眠らせていた

 本当に、どうして寝られるのだろう。こんなおれと居て、安心できる要素は何だというのだろう

 

 「だいじょぶです。大丈夫」

 不意に聞こえる言葉にびくりとして、少ししてから寝言だと理解する

 

 というか、どうしておれはこんな事になっているのだったか

 カリカリと耳かきされて……何時しかずっと撫で続けられる掌の暖かさとワイヤー故に良くたわむ優しい感覚に心を良くして……

 そのまま意識をぽんと手離してしまったのか。ったく、何やってるんだか

 

 身を捩り、押し付けられる柔らかな体……特にしっかりと洗っているのだろうサラサラしてふわりとミントのような香りがする髪や、特に柔らかくて触れてはいけない気分になる二つの膨らみから逃げようとする

 が、我が物顔でゴーレム気分か上に乗るアイリスを振り落とすわけにもいかずに四苦八苦。アナだけなら拘束とも言えない拘束も、二人合わされば十分な枷だ

 

 「お兄、ちゃん……」

 少しだけ寝苦しそうな妹の寝顔

 良く魘されていて、熱も出して。初等部の頃はこうした時、アナの用意してくれていたほっとする花蜜を溶かしたお湯とかを暖めて持っていったりしたっけ

 

 随分と久し振りだ。5年ぶりくらいか

 ……そんな再会なんだから、一回くらい良いんじゃないか?

 そんな弱きに流れる心に苦笑しながら、気持ちを入れ換えようとして……

 

 「ふーっ」

 どこまでも優しい吐息が左耳を(くすぐ)

 「……アナ」

 振り返れば、ぱっちりと目を開けた少女のアイスブルーの瞳と視線が真っ直ぐにぶつかった

 「えへへ、寝ちゃうくらい気持ち良かったですか、皇子さま?」

 小さく首を左に倒し、何時ものサイドテールを肩に擦らせて傾けて、距離の近い彼女は微笑(わら)

 

 「……ああ、すまない」

 「良いんです。ゴリゴリカリカリするよりも、もっと優しくて。リラックスして眠れちゃうような気持ち良さだからって、あの耳かき棒を頑張って手に入れたんですし

 寧ろ皇子さまみたいに強い人だと、変に耳が硬くて気持ち良くなかったらどうしようってずっと心配してたんですから、気持ち良さそうで嬉しかったです」

 枕元に置いたのだろう耳かき棒は手に持たず、何かを握るような手だけを小さく振って少女はおれに向けてどこまでも優しく微笑む

 

 「おれを恨んでないのか、アナ」

 「どうしてですか?」

 「おれは、君達の未来を暗くした

 孤児院の皆、大事だって言ってたろ?」

 あれはアナと出会って割と直ぐの話。アイアンゴーレム事件の後の頃。雇うことで更に何か護れないかと思ったおれに、この孤児院がわたしの家だからと一人で雇われるのは嫌だと返した

 ……それだけ家族のように思っていた皆がばらばらにされて、思い出の家も跡形もなく消し去られて今では他の施設に変えられていて。辛くない訳がない

 

 「そんなことはありません

 皇子さま。皇子さまが居なかったら、わたし達は……もっと昔にばらばらどころか、お墓すら作って貰えずに土の下だったんですよ?」

 背中から回される暖かな手。手の甲を覆おうとしてサイズ差から指をかけるように包んでくるなめらかで傷の殆ど無い掌

 

 「確かに、お家はなくなっちゃいましたけど……皇子さまに悪いところなんて、何にもないんですよ?

 だから、自分を責めないでください。わたしを、皇子さまの頭の中のとっても厳しい貴方だけの基準では不幸にしたと思っているとしても……っ」

 とん、と背中と首の境目に額が当てられる。少しだけ硬くて尖った、おれが選んで父があげた雪の髪飾りが皮膚に沈む

 

 「本当のわたしは、貴方のお陰でそれなりに幸せになれたんです

 護れなかった、不幸にしてしまったアナなんて皇子さまが見てる悪い夢で、現実のわたしは……貴方が居たから、長い間経営難の孤児院で皆と幸せに過ごせてっ!生きていくことも出来たんです

 貴方が居なかったら、助けてくれなかったら、わたしは此処にそもそも居ないんですよ?

 

 皇子さま、第七皇子のゼノ様」

 肩に、濡れた暖かなものが触れる

 「貴方の悪夢じゃなく、わたしを見てください」

 その言葉はどこまでも蜜のように甘くて……

 

 心を腐らせる毒

 「止めろ」

 「止めません」

 「頼むから、おれを許そうとしないでくれ」

 「許しません」

 ほっと、息を吐く

 

 「皇子さまは、許されなきゃいけないような酷い事なんて、なんにもしてませんから。許す許さないなんて話、最初から出来ませんよ?

 わたしに出来るのは、皇子さまの見る悪い夢を、頑張って見ないように側でぎゅってしてあげる事くらいです」

 ふわりと少女がおれを背後から抱き締める

 

 「止めてくれ、アナ

 汚い」

 「ご、ごめんなさい服を着替えてなかったから臭いですか!?

 でもでも、寝間着で耳かきはちょっと流石に恥ずかしすぎて……」

 慌てるアナに、何となく怒りも上手く維持できない

 

 それでも、おれがおれで在るために。(万四路)を、家族を、見ず知らずの誰かやゴブリン達にカラドリウス。そして、エーリカ達やシルヴェール兄さんにアレットにエッケハルトにルークに……どうして彼等すらそう思ったのかは、おれには理解できなくて

 けれども、彼等の未来を喪わせた罪人でありながらもせめて真っ当に生きるために。終わった時に始水(かみさま)にせめてやれるだけやったと、胸を張れないまでも言葉に出来るように

 「違う。おれの手が血で汚れている」

 「(けが)れてないですよ?皇子さま、貴方の手は……誰かを護ろうとして硬くてゴツゴツして、良く血も滲んだこの手は、血が付いていても(きたな)くなんか無いです」

 「違う!おれは、誰かを護ろうとなんかしていない」

 

 「そう、ですよね」

 ぽつりと呟かれる声に、分かってくれたかと息を吐くが……ますます強く、軽い体重を預けられる

 「貴方はわたしも、ノアさんも、誰も見てないです

 悪夢の中の救わなきゃいけない誰か、それしか見てないで自己完結しちゃってる、自己満足で自己中心的でひとりぼっちの唯我独尊で……」

 「塵屑だろう?それが分かっているなら」

 「だからこそ、自分一人でその誰かに当てはまるかもしれない皆を、どんなになっても助けなければ自分で自分が赦せない、悪夢の囚われ人

 わたしが居ますから、ずっとこうしていますから。救われて良いんですよ?」

 「彼等の命を奪ったおれが、のうのうと……」

 「エルフさん達は、何人も死んじゃいました。星紋症で死んだ人も何人も居ますし、孤児だって孤児院に入れる子ばっかりじゃなくて例え入れても経営難で病気を治せず死んじゃう子も居ますよ?

 なのに皇子さまに助けられてのうのうと生き残ったわたしも罪人なんですか?」

 「君に責任はない。おれには責任と義務がある」

 「勝手ですね」

 くすりと、幼馴染は笑う

 けれど、それは何時ものように泣きそうなものではなくて

 

 ふわりとした感触が離れていく

 「皇子さまは勝手です」

 そのまま膝でおれを跨ぎ……

 「あ、ごめんねアイリスちゃん」

 不満げに妹がおれの上をころりと転がって背中に回り……アナの顔が正面に来る

 

 「ああ、自分勝手で、自分が助かることしか考えてない屑だよ、おれは

 本質的には、ルートヴィヒ達と変わらない。いや、本気で彼等なりに運命から誰かを救おうとしてるならおれはそれ以下だ」

 はっ、と調子を取り戻して自嘲ぎみに嗤う

 「君はそんな塵屑は気にせず幸せになるべきだ。君は……」

 

 「乙女ゲームの主人公(ヒロイン)、ですよね?エッケハルトさんから聞きました」

 おれから距離を少しだけ取って、けれども広いベッドからはまだ降りずに少女は微笑む

 

 「なら分かる筈だし、教えて貰ったろう?

 君はおれに関わらない方が幸せになれる。エッケハルトとか、君を幸せに出来うる運命の相手は他に幾らでも……じゃないけど複数居る」

 「皇子さま、その中には皇子さまも居ますよね?

 エッケハルトさんから、『ルートはあるけど選ぼうとしていない』?ってちょっと分かりにくい言い方をされましたけど」

 その言葉にはうなずく

 

 「ゼノルートなんて、入りやすさしか良いところの無い、最低のルートだよ。敵は強いし面倒臭いし、おれはこんな塵屑で、君は結婚も出来ず女の子としての幸せも何も無い。君が無駄に苦しんでおれがちょっぴり救われるだけの目指す価値の無い未来

 シャーフヴォル・ガルゲニアが苦慮して、エッケハルトが必死に……でもないけれど君を救うために逸らそうとしたバッドエンド」

 いや、原作ではそんな訳じゃないけどな?少なくとも、ヒーロー(ゼノ)が『おれ』じゃあ駄目だろう

 

 「……はい、そうですよね

 皇子さま、だからもうわたしも勝手にします」

 「ああ、そうすべきだ」

 これで良い。こうあるべきだ

 「本当は捕まえていたかったですけど、もう良いです」

 枷が外される。立ち去ろうと身を起こして……

 

 正面から、銀の聖女(ヒロイン)に抱き締められる

 「だから、わたしが主人公(ヒロイン)だって言うなら、皇子さまが自分勝手なように、わたしも心のままに勝手にします」

 頬に触れる濡れた熱い感触

 

 「ア、ナ……」

 何を

 「乙女ゲーム?っていう未来の指針があるなら、そこで貴方を助けられる未来の可能性が語られていたなら。

 迷いません。わたしは絶対絶対ぜーったいに、負けません」

 少しだけ力を緩めて顔だけ距離を取り、恥ずかしそうに頬を上気させがらも強い光を秘めた極光の瞳がおれを射抜く

 

 「自分勝手なエッケハルトさんにも、救世主気取りの他のぜのぐらしあ?さんにも

 皇子さまは悪くないのに忌み子で優しいから酷いことを言う周囲の人にも、その歪さが良いんだよ?って抱き締めてあげないアステール様にも

 勿論、傷だらけで辛くて叫んでるのに、自分はこうじゃなきゃって救われちゃいけないって勝手に無い罪で自分を呪っている皇子さま自身にもっ!

 絶対に負けません!わたしが主人公(ヒロイン)の物語なら、貴方が大事な人(ヒーロー)だって、分からせてあげますから!」

 もう一度おれを強く抱き締めて、少女は決意と共に告げる

 

 「だから、これはわたしからの宣戦布告です

 わたしは自分の意志で、勝手に、必ず、貴方を攻略(幸せに)してみせますから

 覚悟しておいてくださいね、皇子さま?」



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前準備、或いはメンバー選定

「はい、ゼノ君」

 逃げるように幼馴染と妹から……っていうか間違いなく逃げ出して翌日

 何時もは見るおれを責める皆の夢は、何故か昨日は見なくて

 そうしておれはというと、学生なら誰でも入れるし色々使える広い部屋の端で、頑張って考えたんだよーと少し誉めてほしそうにオリエンテーリングと授業の書類を書いて提出するリリーナ嬢の前に居た

 

 うん、アナにあんなことを言われてからの昨日の今日(というか今日の今日)だが、婚約者ということでリリーナ嬢側に着くことが多いのがおれである

 いや、個人的には有り難いんだがな。原作ゼノルートなら兎も角、おれルートとかあの子が傷付くだけだ。頼むから早く頑張れエッケハルト

 救われたくないと言えば嘘になるが、アナが言っていた通り、おれは救われるべきじゃない。優しいアナは罪がないというが、それならばこの手にベットリと付着した血は何だ?

 幻覚……なのはどれだけ洗っても取れないから間違いないんだが、おれに罪がなければこんな幻覚見ないだろうに

 

 って、今は思い返しても仕方ない。背負うだけだ

 意識を切り替え、意図してキリッとした顔になるように一度深呼吸して、おれは桃色の髪の少女から用紙を受け取る

 

 「でもゼノ君、昨日は何処に居たの?」

 その言葉で、実は結構長い間監禁されてたんだなーという事を漸く理解した

 あ、一日くらい捕まってたのか、おれ。抜け出してきたのが夜だったからてっきりそんなに時間は経ってないと思っていたんだが……

 

 「まあ、ちょっと」

 「むー、怪しい!ゼノ君は一応私の婚約者って事になってるから、あんまり夜遊びとかしちゃ駄目だよ?

 私の評判下がるし、攻略に支障が出るかもしれないから、ね?」

 その言葉にはそうか?と首を傾げるしかない

 

 「昨日の今日で婚約解消は流石にアイリス達の面子が潰れるから駄目だってのは分かる

 けれども、所詮おれだぞ?下がる評判なんてあるのか?」

 「いやまあ、ゼノ君が夜遊びとかしてたら私が一番驚くくらいには有り得ないと思うんだけどさ

 一応、ゼノ君なんて穢れた血の忌み子が聖女様と婚約等と!って人達結構多いんだよ?」

 ほら、と少女は自分の若草色のバッグの口を軽く空けて広げて見せる

 そこには……4通の封筒の姿がある

 

 「これは?」

 「昨日貰ったラブレター……って言うのかな?婚約というか交際を求めてる感じの手紙」

 その言葉に目を見開く

 「4通もか」

 真顔で封筒を取り出して、リリーナ嬢は軽くそれらを纏めて振る

 

 「信じられる?一応ゼノ君との婚約があるのに、大真面目に渡してくるんだよ?」

 「寧ろ良く去年一年、婚約しているからという防壁が機能したなそれは」

 何でだ?と首を捻るしかなくて、おれはそう呟いた

 

 『……一応、お兄ちゃんの方が……立場が、上、だから……です』

 影がさしたと思うや、ぴょんと天井付近に張られた魔力風パイプ(空調制御用)の上からおれの頭に着地する小さなナマモノが、妹の声で告げる

 仔猫ゴーレム、ぬいぐるみのミィと同じ色合いのアイリスお気に入りの種類だ

 

 「ねぇゼノ君

 このアイリス可笑しいよ!?こんなにゼノ君にべったりな訳がない!」

 びしり!と指差して告げられるそんな言葉

 

 うん、おれも何となくそう思う。原作アイリスはもっと人に興味があって社交的だった筈では?と

 だからこそ、幾らか男性相手の絆支援もあって、恋愛関係になる事も可能だった訳で……こんな人見知り厄介ブラコンでは無かった

 だが、だからって人格が別って気はしない。単純に人見知りが加速して幼いだけというか……成長前というか……

 『ぶ、れい……』

 引っ掻く、と物騒な事を言いつつ金属製の爪を展開する妹猫を頭上に手を伸ばしその背をぽんぽんと叩いて抑える

 あとアイリス、額からドリルを生やすな。お兄ちゃんはそんな物騒な物をミィに仕込んだ気は無いぞ

 「……すまない、リリーナ嬢。多分、過去に色々あったせいで心を閉ざしてる時期が長くて」

 「うーん、ガイスト君みたいな感じ?」

 一つ首肯を返して、そもそも話がズレてるよと軌道修正

 

 「それで、アイリス?おれの方が立場が上だと意味があるのか?」

 いや、一応これでも皇族という点は変わってないわけで。別に追放されたとかそんな形でおれとの婚約に意味がなくなった訳でも……

 

 『お兄、ちゃん。複数と結婚する……どっち?』

 「それは七大天が認めるかどうかだろ?」

 「いやそうじゃなくてさゼノ君

 大体は地位が高い方じゃない?ほら、伯爵さんが子爵の娘と男爵の娘と重婚はあっても、子爵の娘が男爵と伯爵と重婚ってあんまり無さそうじゃん」

 「言われてみれば」

 「つまり、一昨日以前の私って単なる子爵の娘で……一応私が後継ぎを産まないとーだから結婚すればアグノエル子爵領とか一時的に受け継ぐんだけどさ、流石に皇子に睨まれるリスクと引き換えにしてまで粉かける価値って無かったんだよね」

 でも、と満面の笑みで桃色の聖女は銀金の太陽杖を手元に呼び寄せる

 

 「今の私って天光の聖女様!私がもしも重婚するって言ったら、ゼノ君じゃ反対できないよね?」

 「おれは元々君が物語の舞台に上がるために婚約しただけ。聖女だとか関係なく結婚するなら身を引くけれど?」

 「いやそうかもしれないけどさ、一応普通は、ね?」

 『聖女……だから、アプローチも、出来……ます

 好きになって貰えば、勝ち……。非難も、むり』

 うん、何て言うか……アレだな!現金な反応!

 

 「うん。乙女ゲーム世界だからって、全部の男の人が素敵……なんて、無いよね……」

 どこか落ち込んだように目線を下げて、バッグにそんな大事そうでもなく、けれども粗雑すぎない程度の力でちょっと端が折れるのは気にせずに手紙を突っ込みながらリリーナ嬢はぽつりと漏らす

 「でも、全員が全員、駄目なわけでも無いだろう?」

 「うん。だから……」

 ちらり、とされる上目遣い。小悪魔のような微笑み

 

 「ねぇゼノ君。攻略対象で固めちゃ、駄目?」 

 その言葉に、渡された書類に目を落とす

 メンバー表はというと、おれ、頼勇、シロノワール、リリーナ嬢、付き添いの教員がシルヴェール兄さん

 うん、何処から突っ込めば良いんだこれは。まず、おれとシロノワールは同枠だ。そしておれと頼勇は別々にするように言った

 ついでに攻略対象で固めたいと言う割にエッケハルトが居ない

 いやプロローグからは居ない攻略対象多いから仕方ないと言えば仕方ないんだが……何なんだこれ?

 

 「駄目……?」

 「だめです」

 その声は横から聞こえた

 

 「……シエル様」

 あんな事を言われても、おれは受け入れるわけにはいかない。誰か(アナ)を不幸にしておれだけが幸福になるなどあってはならない

 だから距離を取るために、何時の日か愛想を尽かされるために、わざとこの名前で呼び続ける

 そのおれに、少しだけ嫌そうに瞳を閉じて。それでも銀のサイドテールからさっぱりした香りを漂わせて、何時からかもう一人の聖女……アナスタシア・アルカンシエルが頭一つ以上おれより低い背丈で、頑張って紙を覗き込んでいた

 

 「ルールは聞きましたよ?

 破っちゃ駄目だと思いますよリリーナちゃん」

 「ぶー!なら貴女はちゃんとしてるの?」

 「はい、ゼノ第七皇子様」

 当て付けか、それとも違うのか

 昨日告白紛いの言葉を紡いだにしてはよそよそしく、聖教国の聖女もおれへとメンバー表を手渡してきた

 

 内容は……アナ自身、おれ&シロノワール、エッケハルト、アレット、そして教員枠でノア・ミュルクヴィズ

 ……ん?

 

 「ノア姫?故郷に帰ったんじゃ?」

 「え?教師になってて、一昨日会いましたよ?」

 ……どんな心境の変化なんだろう。人間なんてって言う割に、人間を……ああ、教え導いてあげるわよって形ならプライド的にも問題ないのか

 

 「竪神じゃなくて良いのか?」

 「竪神さんは、何となくリリーナちゃんが気にしてたのでそっちが良いかなって」

 本心が読めない。あんなおれだけに都合の良い言葉を言った辺り、よそよそしくなってもいきなり嫌われたわけではないんだろうが……

 

 「ねぇゼノ君、これどうなるの?」

 「本来は内容が被ったら予言の聖女である君優先なんだけど……リリーナ嬢

 君のは要項を満たしていないから、流石にやり直し。シエル様の希望優先になるかな、今回は」

 その言葉に、満足そうに頭の上で妹猫がにゃあと鳴いた




おまけ、ヒロイン座談会
「で?何でよそよそしいのかしら?」
「戦略です」
「押して、駄目……なら、助走、し、ます……」
「押して駄目なら引くんじゃないの?」
「引いたらそのまま幸せになれよって距離取られちゃいますよ?
それに……わたしが皇子さま相手に冷たい態度を取り続けたら先に心が壊れちゃいます。だから、わたしはこんなに寂しいんですよ?とちょっとだけ冷たくしてすぐにもっとぎゅーっとしてあげるんです」


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オリエンテーリング、或いは黒鉄の時計

「……はい、ということでオリエンテーリングの日よ」

 二日後、何時ものようにノア姫がどこか興味なさそうに告げる

 

 ……いや、真面目に教員やってたんだなノア姫……

 「何かしら、生徒な灰かぶり(サンドリヨン)?ワタシが居たら問題ある?」

 「いや、人間に教えてくれるのかって」

 「ええ、アナタも取りなさい、エルフの聖女史担当、ノア・ミュルクヴィズよ

 週一コマだけれどもね」

 少しだけ茶化すように微笑んで、おれより……というか背が低めなアナよりも更に背の低いエルフは周囲を見回した

 

 「なあゼノ、お前あの子と知り合いだっけ?」

 「エッケハルト。5年前から知り合いだぞどうしたんだ」

 「ああ、それ?ワタシ、あまり人間と関わる気が無かったから人前に出なかっただけよ。それで印象に残るほど出会わなかった

 アナタも妹の為だってあの狼と引きこもってたでしょう?そのせいよ」

 事も無げに告げるノア姫。いや、そういうものか

 

 「ってか、何でゼノ居るわけ?」

 と、どこか不満げに青年は呟いた

 「悪いのか?」

 「アナちゃん達女の子で固めればハーレムだったのに!」

 「おれか竪神が同行必須の時点でハーレムは無理だ」

 「サイテーですエッケハルト様」

 と、茶髪の少女アレットがぼそりと呟く

 

 「そもそも無理よ」

 と、ノア姫が何かを促した

 おずおずと建物の影から出てくるのは一人の少年

 見覚えはある。黒鉄の腕時計を持っていた少年だ。ユーゴでもシャーフヴォルでもなく、母親の目の件で来たあの少年

 

 ああ、何となく感じた気配は彼か、と思う

 いや、本当にそうか?

 悩みは無視して、彼を見る。オリエンテーリングだというのに武装はロクなものが無いな。元々前衛でないアナはそこまで武装してなくて当然だが、アレットはちゃんと特徴とも言える大盾を構えているし、エッケハルトは剣と刀を携えているのに、ナイフ一本だ

 あ、そうだ忘れてた

 

 「エッケハルト、月花迅雷返せ」

 「あれ?アナちゃんと共に俺にくれたんじゃなかったのか」

 「誰が。あとアナをおれのもの扱いするな。人のものじゃなくて一人の女の子だろ本人の気持ちを尊重しろ」

 ……何だろう、女子勢からどの口が言うんですか?みたいな冷たい視線が向けられている気がする

 「まあ知ってたけど」

 そう残念そうでもなく、ほいとおれに投げ返されるオリハルコンの鞘に納められた力。

 

 それを腰に据え一息吐く。

 「そういえば、君の名は?」

 ナイフしか持っていない少年に尋ねる。名前すら知らないからな、おれ

 一応何度か交流はしたんだが、名前を知らなくても良かった。だが、今はもう違う

 だから精一杯怖くなさそうな顔を作り、問い掛ける

 

 「オーウェン」

 「オーウェンか。そんな武器で良いのか?

 今日はオリエンテーリング。これから……」

 と、おれはすぐ近くの学園の裏門を見る

 

 「暫く行って、近くの森で教師や他の人々が仕込んだ仕掛けと怪物の居る森でものを探してゴールを目指すんだぞ?

 武器が若しもないなら買うけれど、ナイフが良いのか?」

 「う、うん……」

 どこか怯えたように、少年は頷いた

 

 「というかゼノ、このメンバー何なの?」

 「あ、それは基本的にわたしが選んだんですけど……」

 「アナちゃん!ならゼノ外してくれ」

 「だめです。そうしたら竪神さんですし、リリーナちゃんには気になる方と組ませてあげたいですし」

 「くっ……」

 アナに言われて、しぶしぶといった感じで引き下がるエッケハルト

 

 それを見て、少年オーウェンは何だかぽかーんとしていた

 「というかだノア姫」

 「ノア先生よ、礼儀を弁えなさい」

 「ノア先生。家には元々シロノワールが居るんだが、何で5人目が入るんだ?」

 ふわりと背に引っ掛けたマントから現れるのはヤタガラス(擬人化モード)。すっかり見慣れた金髪の魔神王だ

 

 「だからよ。数名欠けたことで、元々チームに分けきれた人間が余ってしまったの

 ならどこかに入れてあげるのが筋。そうでしょう?」

 「いや、バランスとか」

 「そんなのとっくの昔に壊れてるじゃない。だから、アナタの所なのよ。今さら一人増えたところで戦力が突出しすぎなのは変わらないわ」

 「そ、そういうものか……」

 まあ、言われてみればそれはそうかもしれない。釈然としないながらもおれは頷いて

 「じゃあ、行くかオーウェン」

 銀の聖女から逃げるように、追加メンバーたる少年に声を掛けたのだった



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黒髪、或いは黒鉄

「シロノワール」

 銀の聖女から逃げるように少年オーウェンを連れ出したところで、背後から肩を叩かれる

 

 「ああ、忘れてた。

 本当に申し訳ないシロノワール。聖女と共にという話は覚えていた筈なのに、リリーナ嬢とは分けさせてしまった」 

 彼の言葉を思い出して頭を下げる

 そうだよな、シロノワールとの約束破ってるよなこれ

 

 そう思うのだが、彼は呆れたように息を吐いた

 「そこは構わない。私はそもそも、【聖女】と共に居させろと言っただけだ

 それが天光の聖女リリーナであるべきとは言っていない」

 「それでも」

 「銀の髪の方も、確かに聖女だろう?ならば私は構わない」

 いや、ゲーム的に言えば聖女ってリリーナの事になるんだが……

 

 ん?待てよ?

 アナ=原作での隠し主人公ということならば、一年後には龍姫の加護を受けて正式なもう一人の聖女……あれ?名前何だっけ?

 ああ、そうだ、オーロラだオーロラ。"極光の聖女"アナスタシア・アルカンシエルになる……のか?

 

 始水、と脳内で幼馴染を呼んでみる

 「『あ、そうですよ兄さん。死なせたりあんまり虐めちゃ怒りますからね』」

 とだけ、一言

 

 なら良いのか?

 「いや、シロノワール」

 「皇子。お前もだが、龍臭い。清水のような鼻の曲がるおぞましい香りがする

 あれが聖女でない筈がない」

 あ、その辺りは分かるのか、流石かつて昔の聖女と殺しあった頃の四天王で現魔神王

 

 いや不安だなオイ!?

 「良いんだな?」

 なんてやりとりを、ぽかーんとオーウェンは眺めていた

 

 「おおおお皇子!」

 「ん?どうしたオーウェン」

 「そいつ、魔神王だ!」

 ……あ、ボロを出すか悩んでたのか

 で、告げることにしたと

 

 そんな彼を安心させるようにおれは微笑む

 「知ってる」

 「はい?」

 「君達みたいな……特別な力を持つ転生者」

 彼の腕を見れば、確かに其所にあるのはそうと知れば圧倒的な威圧感すら感じる黒鉄の腕時計

 その時計を視線から庇うように抑える黒髪の少年に大丈夫だってと頬をかきながら、おれは続ける

 

 「その中には、その力で好き勝手しようって悪い奴も居る」

 ま、おれも半ばその一人かもしれないが

 「そんな彼等に……対抗しなければいけないから」

 「ただ、この世界や人類よりも先に対処しなければいけない仇敵が居るから、戦力として利用してやっているだけだ」

 冷たく吐き捨てるように、翼を広げてシロノワール=本来の魔神王テネーブルは告げた

 

 「り、利用!?

 というか、何時から……」

 ビクビクと怯え、少年は縮こまりながらおれを小動物のような瞳で見上げてくる

 ……何というか、アレだな!悪者の気分になるというか、こいつ昔と性格変わってないか?ついでに言えば、腕時計(AGX)持ちなのにも関わらず、尊大さが無さすぎる

 ユーゴもシャーフヴォルも、圧倒的な力を持つ自身を過信していたし、その分尊大だったというのに

 

 ならば、と当たりをつける。彼の持つというのは……始水が欠陥品とか教えてくれた方、AGX-ANC11H2D……《ALBION》なのだろう。喪心失痛(ホロウハート)の龍機人(ドラグーン)の名を持つ、脳にナノマシンコンピュータ埋め込み鋼鉄の義腕が折れるの覚悟で鎮痛剤で感覚消して……その上でブラックアウトする意識を無理矢理ナノマシンで再起動させながら戦う機体らしいからな

 そもそも何でも好きに選べる訳ではないらしいし、大外れ引いたのがオーウェンだったんだろう

 

 いや、可哀想と言いたいが、まともな機体だったらこいつも敵になってた可能性とかあるんだよな……

 

 「人間」

 言われて、変に思考を潜らせていたことに思い至る

 「ああ、すまないオーウェン、色々と思い出していた

 君の正体を知ったのは……君のお母さんに眼鏡を贈った後」

 「……どうして?」

 「君も転生者なら、気が付いたことが無いか?」

 その言葉に、彼はゼルフィードと答えた

 

 「そう、ゼルフィード、ガイスト・ガルゲニア。彼が公爵になっているのはゲームシナリオ的には可笑しい

 それは……シャーフヴォルが、血の惨劇を起こせなかったから」

 「皇子が……止めた?」

 その言葉には曖昧に頷く

 

 「おれと天狼と竪神とシロノワールとアルヴィナ……あ、魔神王の妹な?

 多くが手を組んで、漸く」

 「え?」

 「彼も君と同じ力を持っていた。AGX-ANCt-09と呼んでいた巨神を、君と同じ腕時計で召喚してきたから

 だから、君のその腕に黒鉄の腕時計を見て、転生者だと気が付いた」

 ま、ユーゴの時点で腕時計云々は知ってたんだが、折角だからシャーフヴォルの例で語る

 なおも怯えを見せる少年

 黒髪に深い緑の目。その奥に見えるのは自信ではなく恐怖のみ

 

 「アトラス……」

 おれは、その機体をそう呼んでいない

 確かに彼は、知識を持つのだろう

 「ああ、そうだ。おれはATLUSと戦ったから、その存在を知っている」

 「え?なら……」

 「でもおれが君が何者か知った時、君は……目の悪い母親の手を引いて歩いていた」

 一息ついて、震える少年の手を握る

 

 「大丈夫だ、オーウェン。君が転生者でも、彼等と同じ力を持っていても、力が悪いんじゃない。それに善悪も……敵味方もない

 君がおれ達に何かをしようと思っていないなら、民を傷付けて乙女ゲーム?を己の思いどおりにぐちゃぐちゃにしようと思ってはいないなら

 おれは、君を敵だと思わない」

 いや、おれも真性異言、つまりは転生者だから知ってるんだけど。それでも唯のゼノっぽく、発言を調子外れにしながら、少年の目を見る

 

 「で、でも!

 そういうなら、お母さんの事で、ぼくはもう皇子に対して……」

 何だよ、と怯える彼の肩を優しく小突く

 

 「何を気にしてるんだよ、オーウェン

 君も転生者なら、知ってるだろ?おれはこういう人格なんだ

 だというのに不安なら、ちゃんと口にするよ」

 少年の手を一度離し、握手するように繋ぎ直すようにして、けれども握らず止める

 「君は大事な家族を護るために頑張って、そして家族を救える相手にたどり着いただけ。それは誇って良いことだ

 おれは、目の前の民を護るくらいしか皇族として出来ること無いからさ。君のお陰で、一人守れたことを……恨んだことも、怒ったことも無いよ」

 精一杯、火傷痕で歪む顔で微笑む

 

 「だからオーウェン。何にも気にしなくて良い

 気にするとすれば……これから、君のお母さんのような精一杯生きてる民を守りたくてこの学校に来たなら

 怖いこともあるかもしれないけれど逃げずに頑張ろうな、って。それだけだ」

 

 そんなおれを見て……安心したように、彼はおれの手を握った

 合わせて、握り返す

 

 「まずは、オリエンテーリングから

 宜しくなオーウェン」

 「いやでも、魔神王はやっぱり怖……」



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龍臭、或いは香水

「さて」

 怯えの消えた黒髪の幼さを残す少年を連れて、銀の聖女やノア姫の待つ場所へと歩く。

 既にマントを羽織ったシロノワールは横で真剣な表情をしており、オーウェンはやっぱりゲームの知識があればこそ恐いのかそれとは距離を空けて着いてきた。

 

 「オーウェン、あれは良いのか?」

 そんな少年がそそくさと腕時計を外しているのを見て、おれはふと声を掛けた。

 何となく分かっていたが、普通に外せるんだな、あれ。

 

 「……この力は、だめなんだ」

 「いや、持ってるだけで悪い事なんて無い。使い手次第だろ?」

 だというのに、少年は良いんだとニホン式の時計を……普通の時計のバンドではなく、金属製ベルトに謎電子ロックで引っ付いているらしいそれを腕から外して胸元のポケットに仕舞いこんだ。

 

 「これを使ったら……僕は僕で無くなってしまう。

 そう感じるんだ」

 まっすぐ前を見つめる真剣な表情。

 

 「……他の皆も」

 もしかして、精神支配能力が……

 「あ、違うんだ、ごめん」

 考察に耽りかけたおれをバツが悪そうに遮る少年は、無邪気な笑みを浮かべた。

 「この時計……AGXって超兵器には精神を弄くる力はないよ。

 ちょっと……ALBIONは強烈な鎮痛剤と合成薬物で薬漬けにならなきゃまともに扱えないから痛みも恐怖も無い無敵の人にさせられるけど……」

 うん、酷い話である。そりゃATLUSより強い機体貰ったとしても乗りたくないわな!

 「そうじゃないんだ、ゼノ皇子。

 貴方もきっと知ってると思うんだけど……僕達のAGXはあまりにも強すぎる」

 ちらり、とオーウェンがおれの後ろを着いてくる気はなく堂々とおれの前を行くシロノワールを見た。

 

 「単機で、魔神王を倒せるくらいに」

 「……舐められたものだな、この黒翼の先導者(ヴァンガード)も。太陽を機械の翼が目指し……あまつさえ()とすと?」

 「……落とせる。こいつなら……

 大事な人の想い出を、魂をゼーレに捧げて燃やす気さえあれば、四天王と竜魔神王が束になっても確実に倒せる。だから、もう使っちゃいけないんだ。

 そうしないと力に呑まれて、きっと僕は……」

 その言葉に、シロノワールの背の畳まれた翼がぴくりと動いた。

 

 「竜魔神王……。可能性に過ぎないあの姿を知っていて、尚そう告げるのか」

 あ、やったこと無いのか、相棒の竜との融合(フュージョン)。というか、魔神王第三形態(高難易度ラスボス)に勝てるって……想像は付いていたが恐ろしい強さしてるな。神より強いんじゃなかろうか。

 

 『「む、失礼な事を考えましたね兄さん?

 幾ら強くとも機械に神が負けると思いますか?」』

 と、脳裏に響く声。

 いや、流石に相手強すぎないか?

 

 『「まあ、下手したら負けるんですけどね」』

 いや負けるのかよ!?

 『「冗談ですよ兄さん。

 ……と言えれば良かったんですが、13以降の機体は、言ってしまえばこの世界で言うアウザティリス(万色の)=アルカジェネス(虹界)に相当する……世界を終わらせる神を撃滅する為に創られた機体ですからね」』

 苦笑するような幼馴染の響きが耳に残る。

 

 『「とまあ、兄さんを脅すのはこれくらいにしましょうか。

 実際は負けませんよ。血反吐と涙で塗り固められた無数の墓標を護るあの精霊王当人なら兎も角、貰っただけの人間に使いこなせる筈もありませんからね。あくまでも、負けかねないのは彼等では有り得ないフルパワーでの仮定です」』

 酷い発言である。

 というか、何なんだその精霊王って。

 

 『「墓標の精霊王。精霊真王(せいれいまおう)ユートピア。かのAGXの開発主任。

 ……何て言うか、今の兄さんをより拗らせたような人ですよ」』

 いや知り合いかよ!?

 

 『「ちなみにですが、彼の息吹は兄さんの推しに息づいてますよ。

 ほら、タテガミさん。兄さん好きでしょう彼?彼の使う機体や魂の物質化技術はかつて世界と世界の狭間で神との戦いの果てに遺跡の門をぶち破ってこの世界に墜落した彼とAGX-15(アルトアイネス)がもたらしたものですからね。

 この世界では……禍幽怒と呼ばれてたと思います。まあ、そのせいで世界の異物フィルターがAGXについて結構判定を甘くしてしまって、今兄さんが苦労する羽目になってるんですがね」』

 反省です、と幼馴染は何でも良いですよ借りですからと昔っからの誘いかたを耳元で告げる。いや声しか届かないから当然だが。

 

 ……いろいろと衝撃的な事実だな始水!?話したことの無い頼勇がお気に入りって話をさらっと知ってたことを含めて!?

 『「そもそも、何のために兄さんではなくタテガミさんの高いフィギュア飾ってたと……」』

 それは始水ではなくゲームを貸してくれた高校生の在洲 噺(ありす うた)お姉さんの話では?

 『「……通信料不足により通話は切断されました。通信料をお支払いただいてからのまたのお掛けを心よりお待ちしております」』

 あ、在洲噺(ティア)の奴逃げた。というか通信料って何なんだ。

 

 と、耳を抑えて対応していると……

 「うおっ!?」

 前方から顔に向けてなにかが飛来し、咄嗟に右手で受ける。

 それは……痛くはない細かい飛沫であった。

 

 「すまない、少し考え事を……」

 と、その飛沫を散布してきた金髪の青年に向けておれは言うが、

 「臭い。海の水のような……鼻が曲がる龍臭さ」

 気にせず彼は手にした黒い闇からスプレーのように飛沫を飛ばし続ける。

 「いやシロノワール」

 「鼻が可笑しくなる。そんな臭いをする相手をアルヴィナに近付けさせるわけにはいかない。

 耐えろ」

 ……尊大だなオイ!?まあ魔神王だし仕方ないか……

 と、大人しく頭から謎の香水を被ることにする。オーウェンが大丈夫なのかとばかりに見てくるが、まあ大丈夫だろうと手を振って。

  

 「それで、誤魔化すのにどんな香りを?」

 「烏の糞尿」

 「うぶっ!?」

 いや待て!?なんだその香りは!?

 

 うん、何となく臭く……は無いな。ほぼ無臭。

 だが……おれはほぼ気にならなくとも、というかまず龍臭いってのが分からないんだが、気になる存在は居たらしい。

 

 「ふ、ふ……そんな香りだめです!」

 汚い言葉に詰まりながら、近くまで戻ったことで声が聞こえたらしく、銀のサイドテールを跳ねさせて小走りで聖女アナスタシア・アルカンシエルが駆けつけてきた。

 「シロノワールさん、皇子さまをいじめちゃ、めっ!ですからね!

 今日のオリエンテーリングのグループリーダーとして、怒っちゃいますよ!」

 とリーダー風を吹かせつつ頬を小さく膨らませてアナはそんな叱り方をする。

 が、まあ……真剣な表情してるよえで完全にどこ吹く風だな、シロノワールは。

 

 そもそも基本は人間の言葉なんて聞く気もないんだろう。

 

 「あ、皇子さま。

 ちょっと待ってて下さいね、今変な香りを気にしなくて良いように……」

 と言いつつ、少女はワンピースのスカート部分の腰辺り……女の子の服なんて全く造詣が深くないから何処にあるんだよ!?と驚かざるを得ないが実はあるらしいポケットに手を入れて何かを取り出す。

 

 それは、小さなスプレー。いやアナもか。流行ってるのか香水。

 いや普通流行ってるよな、女の子だもの。リリーナ嬢も持ってたし、プリシラは香水代をメイドとして恥ずかしくない身なりの為の経費として請求してきてたし……

 

 ぷしゅっと軽い音と共に散布されるのは、少女の髪から香るものと似た爽やかで少し甘い臭いの液体。

 リンゴだろうか、この甘い香りは。アナは良く柑橘っぽい良い臭いをさせているけれど、それとは別のようだ。最近変えたのか?

 と、香ってみると……今日の少女の髪からは同じ香りがした。どうやらお揃いのようだ。

 まあ、今日使ったから持ってるだけで他意は無い……かもしれないが、否応なしに同じと言う事実に意識させられる。

 あの日の告白を。拒絶しなければいけない、甘い誘惑を。

 

 「っ!」

 唇を噛んで正気を取り戻そうとして……

 「んぐっ!?」

 突然の悪臭にむせた。

 

 「くっせ!?お前くっせぇなゼノ!?」

 鼻を抑えて呻くエッケハルト。やっぱり近寄らない方が良かったんですよと言わんばかりに頷くアレット。

 

 くつくつと人が悪そうに含み笑うシロノワール(テネーブル)に……

 あ、オーウェンの奴意識飛んでる。危ないなおい。

 ふらりとなる少年の肩を抱き止め……

 

 「シエル様」

 「アナです」

 「シエル様」

 「前も言いましたけど、貴方に護られた孤児の女の子は皇子さまの言うことを聞きますけど、腕輪の聖女は異国の忌み子……」

 言うだけで顔を歪めるならそもそも無言で良いだろうに、少女はその言葉を口にし、続ける。

 「忌み子な皇子の言うことなんて聞かなくて良いんですから無視です。

 わたしに何かをして欲しいなら、昔みたいに呼んでくださいね、皇子さま?」

 「いやそんなこと言ってる場合……

 か、流石に」

 意地をはり合うほど緊迫した時でもない。

 

 「アナ」

 諦めてその名を呼ぶ。いつもアナって呼ばされてんなおれ?

 「はい、皇子さま」

 「オーウェンにその香水付けたハンカチ辺りを被せてくれ。おれの悪臭で気絶したのにおれが無策で支えてちゃ駄目だ」

 「あ、あれ?

 この香水……どうして?」

 「多分香水と混ぜると悪臭が発生する特殊なものだったのよ。

 せこい嫌がらせね」

 はい、とタオルと鍵をおれに向けて投げ渡しながら、エルフの教師がその小さな体で大きな溜め息をついていた。

 

 「バカ騒ぎで全然進まないわね。オリエンテーリングの説明くらい出発前にさせてくれないのかしら?」

 「すまない、ノア姫……じゃなくてノア先生」

 「アナタが一番の問題よ。水浴びて流してきてくれる?臭いわ」

 

 そそくさと、おれは水の出る場所に向かい……

 「いや、魔道具だからおれにシャワー使えなくないか?」

 そう思ったところ、シロノワールが動かしてくれて水は出た。あくまでもからかう目的だったようだ。

 やけに冷たかったが、まあそれは諦めよう。気長に付き合うしかない。




来週の更新頻度は下がります。
ちょっと本格的にアナちゃんASMRのシナリオとか……


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カクヨムおまけ短編 天空山、或いはシェフ

「アナ」

 ボロボロの左手を吊ったまま、おれは孤児院の庭先で横でじーっとおれを見つめる少女に声をかけた。

 びくっ!と肩を震わせて此方を見られると、何だか悪い気分になってくるんだが……

 

 「アナ。やっぱり、何か守れるものがあるべきだと思うんだが……」

 「皇子さまはわたしたちを護ってくれましたよ?」

 大丈夫です、と微笑みが返ってくるが……そういうことではない。

 

 「あれは単純に上手く噛み合っただけだ。例えば声に気が付かなかったら?全員拐われていて声を上げる誰かが居なかったら?

 おれがアイアンゴーレムに勝てなかった……ならそれは単純におれの責任だが」

 「そんなことないです!皇子さまは精一杯なのに」

 「力が足りなきゃ意味ないんだよ、アナ。

 必要なのは結果だけだ。過程にも努力にも、結果が伴わなければ価値なんて無い」

 少しだけ寂しく、自嘲気味に嗤う。

 「努力したに意味があるのは、子供だけだよ。そしておれは子供である以前に……責任を負う皇族なんだから。

 結果を出せない努力を誇っちゃいけない。結果を出せなければ唯の塵屑だよ」

 ……だから、おれは塵屑だ。救うべき、護るべき多くのものをこの手から溢れ落としたのだから。

 

 「えっとつまり?」

 こてん、とアナが首をかしげる。その左サイドテールがふわりと風に揺れた。

 「アイリスからの提案なんだけどさ、君達を雇えないかって」

 「やとう?わたし、おしごとなんて……」

 ちらりと少女が自分達の孤児院を振り返り、呟く。

 「おそうじはちょっと出来ますし、わたしはお料理も皆の中では出来る方なんですけど……」

 突き合わせた指をくるくると回して、椅子に座った少女は悩む。

 「おかねを貰える出来じゃないですよ?」

 「それでも良いんだよ。君達を護る手立てになるなら。

 それこそ、奴隷でも」

 「どれい……」

 少女はぽーっと自分の掌を見た。

 

 「わたし、どれいでも良いですよ?

 それで、皇子さまが満足してくれるなら」

 「満足しない言葉の綾だそもそもおれに誰かの人生の責任なんて負えるはずがないから忘れてくれ」

 奴隷なんてもっての他だ。命を含めた全てを捧げさせるが代わりに命を保証するこの世界の奴隷制度を否定する訳じゃないが、おれ自身が奴隷を買うのは真っ平御免だから焦っておれは言う。

 「ふふっ、じょーだんですよ皇子さま。

 わたしだって、流石にどれいになるのはちょっとやですし」

 くすくすと口許に手を当てて、幼い少女は笑った。

 

 「でも、いきなりどうしたんですか?」

 「いや、親父や師匠にまともに責任も持てんのか貴様はってどやされて……」

 「でも、皇子さま?

 雇うってみんなですか?」

 それは……とアナと二人、周囲で遊ぶ子供達を見る。

 4歳~8歳の子供達10人ほどと、今はちょっと奉公ではないが職業訓練に外出している11歳と13歳。

 全員を雇うとなると……

 

 「厳しいな」

 「なら、だめです。わたしだけなら嫌です」

 「……この場所が大事?」

 「はい。両親の事は知りませんし、あんまり余裕はないですけど……」 

 胸に手を当てて、誇らしげに語る少女。

 「いや、ごめん」

 「あ、皇子さまを責めてる訳じゃないです!

 二度助けてくれて、色々修繕するお金やご飯の品数を増やせるようにしてくれたり、ほんとうに助かってるんですよ?

 夜中にお腹減ったって言われることも減りましたし……」

 「あーっ!」

 軌道が逸れておれへと飛んでくるボールをヘディングで打ち返す。

 

 「こんなボールだって、前はボロの一個をみんなで使う遊びしか出来なかったんですよ?」

 その光景にぱちぱちと拍手しながら、銀の髪の少女は上手いですと褒めてくれる。

 「今では皇子さまが買ってくれたから楽しく遊べますけど

 だから、皇子さまが居てくれたからほんとうに感謝してもしきれないんですけど……やっぱり、わたしを拾って生かしてくれた此処が、わたしのおうちなんです。

 だから、一人だけ出ていくなんて、やっぱりあんまりしたくないです」

 その瞳は強い光を湛えていて。

 

 「分かったよアナ。もう言わない。

 全員を雇えるならその時に」

 「ごめんなさい、ワガママですよね?」

 申し訳なさそうに視線を落とす少女に、おれは気にするなってとその肩を優しく叩いて答えた。

 

 「と、今良いな馬鹿弟子?」

 と、現れるのは二角の偉丈夫。和装に身を包み、額から生えた前に突き出した二本の角が何よりの威圧感を持つおれの師。

 

 「っ!ひっ!?」

 二本の角は西方に暮らす脅威の鬼の証。怯えたアナはおれの背に逃げ込んで顔を埋め、遊んでいた子供達も我先にとボールを放り出して孤児院に飛び込んで扉と窓を閉めきった。

 

 「あー、苦手か?」

 その光景に苦笑し、はぁ、と息を吐くのは……おれの師、グゥイである。

 身元の知れたサムライで、額の角が示すように、半分化け物。西方の皇族と、鬼のハーフ。故に畏れられ、忌まれ、家族からは受け入れられたものの……表舞台には決して出れず、放浪する中父に言われておれの師として今此処に居てくれる。

 顔も言動も怖いが、何だかんだ怖いだけでそこそこ優しいし、同じく忌まれる血としてかおれの事も気にかけてくれている。

 そうでなければ、刀なんて特注してくれやしない。

 

 「師匠。存在が怖い」

 「慣れろ」

 「おれは行けましたが、皆は無理です。お面か何か被ってひょうきんな姿をしてくれれば何とかなるかもしれませんが……」

 そんなおれのすっとんきょうな提案に、くつくつと馬鹿らしく男は笑った

 「あ、あの……

 皇子さまのお師匠さま?アイアンゴーレムの時はありがとうございました。お陰で、わたしもみんなも皇子さまも助かりました」

 おっかなびっくり、顔だけおれの背から出して、アナが頭を下げる。

 

 「そうか。助かったか。

 馬鹿弟子一人で勝てたはずだがな」

 そして、彼はおれを見下ろす。

 「だからな、馬鹿弟子。付いてこい、修業の時間だ」

 首根っこを掴まれるおれ。

 そのままぷらぷらと揺れて連れていかれるおれを必死に追うアナ。

 「ま、待ってください!皇子さまは片手折れてるんですよ!?駄目です」

 「そんな状況からでも勝てなければいけない。その修業にはちょうど良いだろう」

 「死んじゃいますって!」

 「心配ならお前も来い」

 その横暴に、一瞬だけ足をすくませて。

 「分かりました、行きます!」

 けれども覚悟を決めたようにアイスブルーの瞳に強い光を湛え、きゅっと髪飾りを握りこんで胸元に当てて、少女はそう答えたのだった。

 

 「……ゼノ、貴様ならこの馬に何と名を付ける?」

 父皇シグルドの炎そのもののような熱い瞳がおれを睨む。

 本人は睨んでいるつもりもないのだろうけれど、彼は何時も怖い。存在が恐ろしい。

 

 そんなおれの前に居るのは、修業に向かおうとしたら父が引いてきた一頭の白馬だ。文字通り赤く燃える炎で出来た鬣を持つ、アーモンドのような形のオリーブ色の瞳の子馬。生後……何ヵ月だろうか、少なくとも一年は経っていないだろう大きさで、静かにおれを眺めながら立っている。

 馬によっては火傷痕と呪いのせいか割と怯えられるおれだが、この馬は落ち着いているな。そして……

 

 「親父」

 「まずは名を呼べ、全てはそれからだ」

 静かな声に威圧され、おれの背に隠れた少女がびくりと震えた。

 「アミュ。アミュグダレーオークス」

 オリーブ色の、アーモンドのような形の瞳。ならばこうだろうとおれは呟いて……

 

 「ほう、その心は?」

 心なしか上機嫌な父は、その馬の手綱をおれへと投げ渡す。

 「このネオサラブレッド種は、親父の愛馬の血筋だと思ったから。

 なら、エリヤオークスの名から、オークスの字を貰うべきだと思って」

 しっかりと手綱を受けとり、おれは父の顔を見上げて、そう告げた。

 「……そうだな。ならば、こいつの名はそれにしよう。ちょっと長いがな」

 

 そして、と父はおれを見下ろす。

 「貴様の馬ではないが、誕生祝いとしてアイリスにやるものだ。とはいえ、あやつは馬に興味など無いだろう。

 故、アイリス派として貴様が管理しろ」

 つまり、それは実質おれへという事なのでは?

 だが、それを聞くには早く、父の姿は炎と共に転移してしまった。

 後には、おれとアナ……そして、心配してくれたのか砕けて吊っている腕をぺろりと舐めてくれる子馬だけが残された。

 

 そうして、今。

 おれは師に連れられて、修業場への道を駆けている。

 乗馬は……割と馴れたもの。貴族としての嗜み、一ヶ月でマスターとまではいかないが乗れるようにはなった。

 

 それにだ、とおれは手綱を一度離して燃える鬣を避けて白馬の首を撫でる。

 流石は父の愛馬の子……いや孫なネオサラブレッド種というか、かなり大人しく此方に合わせてくれるのだ。振り落とされないように気を付けてくれているので、片手手綱の2人乗りだというのにかなり安定して走れている。というか、手綱が無くても余裕。

 

 「アナ、平気?」

 「こ、怖いですよ?」

 「離したら落ちかねないから、気を付けてくれ!」

 「ぜ、ぜったい離さないです!」

 と、ますます少女は後ろからおれに抱きついてくる。幼さ故の熱い体温が背に押し付けられて、何ともむず痒い。

 

 そんなおれ達の横をさも当然の面して並走する師が、その光景にくつくつと笑った。

 ところで師匠?幾ら子馬で無理をさせられないとはいえ、アミュグダレーオークスの時速は約250kmくらいと目算してるんだけれども……いや真面目に何で並走してるんですかね!?ネオサラブレッド種って、ドラゴンとかワイバーンによる航空戦力にすら負けないとんでも馬なはずなんだけどさ!?

 「馬鹿弟子が、魔法を使えば追い付けるだろう?」

 「それは貴方か親父かアイリス……あとルディウス兄さんと……」

 案外多いな、平均時速250km越え勢!

 今のおれが全力で走った時の約4倍とか速すぎるんだけど、恐らく七つの皇の名を冠する騎士団の団長辺りなら全員今のアミュと並走できるだろう、生身で。

 アイリスだけはまあ、ゴーレムでだけどな。

 

 うん、止めよう、自分の至らなさに虚しくなってくる。

 

 そうこうして、数刻。時計の針が3周半した頃。

 ちなみにだが、8つの刻に合わせて針が一周するごとに表になる絵柄が変わることで今が何の刻かを、針の進みで今その刻のどの辺りかを示すこれが、この世界の一般的な時計である。ま、時間の数えかたが違うし、時計の発展も変わって当たり前だな。

 

 漸くというか、もうというか目的地……の麓に到着する。

 其所は、王都からすら見えるというか、大陸の大半の場所から見えることで方角の指針となるもの。宇宙まで届くのではとされるし、実際雲を遥かに突き抜けて聳え立つ、ニホンの縮尺に直して標高100000m程あるとされる伝説の山、天空山である。

 地球では確か標高80km程から宇宙と呼ばれることもあったらしいし、それを考えると……うん、宇宙まで届く山だ。高さが異次元過ぎる。

 

 そして天空山を始めとした山々(といっても他の山は精々標高9000mとかそんな程度)が連なる山脈がこのマギ・ティリス大陸を東西(というには西に寄りすぎてるが)に分断していて、お陰で西方との交流は薄い。

 此処から北に暫く行けば深い森の中には女神の似姿とされるエルフの集落があり、天空山を登れば王狼の似姿とされる天狼の住処がある。そして天空山の山頂、千雷の剣座は七大天の一柱、雷纏う王狼の御座とされている。といった形で、この世界の神学からしても割と重要な地だ。

 

 といっても、エルフと聞けば心が躍るものの……この世界のエルフは神の似姿としてプライドが高いというか気難しいので交流はあまり無い。ゲームでも、イケメンと美少女しかほぼ居ない特別な種族という正に攻略対象に居そうな存在ながらそもそも人類に手を貸してくれないからと攻略可能なキャラが出てこなかったくらいだ。

 ゴブリン種はゴブリンの英雄ルークが共に皆を護るために仲間になるし、天狼種は擬人化した天狼ラインハルトがもう一人の聖女編のみだが攻略対象に居る辺り、人類への友好度は狼>ゴブリン>エルフである。いや美少年エルフの攻略対象くらい居て良かったろと思わなくもない。

 

 そんなこんなを考えつつ、バテてか四肢を折って岩場に転がる白馬に持ってきた水筒の水をやる。草原の方が柔らかいだろうに、鬣が炎だからか岩場で休むのが律儀だ。

 

 そして、横で、

 「も、もうだめです……」

 してる幼馴染の女の子にも、水を差し出す。

 「アナ、大丈夫?」

 「だ、だいじょばないです、もうわたしはだめです……疲れてからだ痛くて動けないです……」

 「大丈夫、暫く休んで良いから」

 そう水を飲ませてあげながら言うと、少女はぐったりと布を敷いた岩の上で荒い息をしながらおれを見上げた。

 

 「よく皇子さまは平気な顔出来ますね……」

 「これくらいでバテてたら師匠に見棄てられるよ」 

 そう、あまり教える気にならんと言われているレオンのように。というか、レオン未参加なのかこの合宿(?)は。

 割と扱いの差が酷い。

 

 そんな事を話していると……来た。

 山のほうを振り返るおれの眼前に、紅の雷が一発落ちた。

 

 紅の雷撃と共に降り立つのは、おれの身長の数倍……大型犬を遥かに越える体躯を持つ巨大な狼。

 その額に輝くのは透き通る蒼き一角とそれと同じ色の綺麗な瞳。雪のように真っ白とはいかないが、白い毛並みに気高さを感じさせる神の似姿とも呼ばれる伝説。

 その前脚は犬科にしては太く強靭。体勢低くどっしりと構えられるような胴から斜めに生えた構造をしており、後ろ脚はその体勢に合わせ短い。その上半身は前脚に合わせて強靭さを備えた毛が変化したろう堅い甲殻に覆われており、隙間からはバチバチとしたスパークが走る。

 ニホン……というか地球ではファンタジーの中にしか居ないだろう。しかしそれが、この世界における『狼』だ。

 神の似姿とされる天狼こそが狼であり、ニホンで知られる狂暴なデカイ犬みたいな種族ではない。他に狼と言えば、魔神族にそう名乗る化け物が居るかどうかって程度。

 犬と狼は、この世界では全くの別種なのだ。

 

 その誇り高き幻獣が、遥か標高99kmくらいはあろうかという高みにあるという住処から麓まで降りてきていた。

 「な、なんですか?」

 その瞳に見据えられた少女がびくりと震える。

 まあ、当たり前だろう。彼等はどれくらい強いかというと……師匠より強い。人類最強である親父でも神器込みで勝てるか怪しい。ゲームで見られるステータスで言えば……平均で100越えてると言えば頭の可笑しさが良く分かるだろう。キチガイ成長率のゼノ(原作)ですら登場時に100越えてるのは【精神】だけだというのに。

 つまりだ、自分を殺しかけたあのアイアンゴーレム程度なら瞬殺出来る。

 

 更に言えば、彼等は幻獣だ。魔物と違い、神々の似姿とされるだけあって魔法への耐性を持つ。どんな屈強な化け物も魔法には弱いから魔物と呼ばれるというのが定説だが、人間と同じように神の奇跡を持つ幻獣だけは例外。

 つまり、巨竜すら倒せる戦力である数百人の騎士が魔法込みで挑んでも、その気になった天狼一頭には傷一つ付けられないままに全員殺される。それだけの絶対強者に見据えられて、怯えないなんて無理だろう。

 

 「え、あ、あの……」

 おれの背に隠れ、震える少女。

 ゆっくりと近付いてきた巨狼は、頭を上げた天狼独特の体勢を崩さずにおれを少しだけ見下ろして……

 

 「誇り高き狼よ。

 おれ……いや私たちにこの地を少しだけ貸してほしい」

 おれは吊った腕を少し掲げる。

 「誰かを護れる力を得られるように。こうして……情けない姿を晒さないように」

 その言葉に、静かに蒼い瞳は見下ろしていた。

 

 『ルォォォッ!』

 今一度響く遠吠え。飛び上がった天狼が華麗に空中でサマーソルトを披露しながら10mほど後方に着々し、空いたスペースにもう一頭の天狼が降り立つ。

 ……差異としては、ほんの少し小さいのとちょっと耳の毛が多くて丸っこくふわふわしたシルエットになっているくらいだ。恐らくは先の個体とは夫婦か何かなのだろう。

 そんなもう一頭はおれの頭に鼻先を当ててちょっぴり力を込める。

 多分退いて欲しいんだろうなと思って大人しく一歩横へ。びくんと震える少女に申し訳なく思い、刀の鞘に手を掛けて見守る。

 

 だが、大丈夫だ。あの師匠が見てるだけなんだから。危険ならもう動いている筈。

 

 じっと見下ろされ、震えながらも銀の髪の少女は狼を見上げ……

 ぽふっとその頭に何かが落とされた。それは、後から来た狼が咥えていた緑の草。

 「これ、くれるんですか?」

 その言葉に狼は鼻を突き出して応えた。

 

 鼻先にあるのは子馬の尻。というかそこにくくりつけてある……深鍋だ。

 「え?これお鍋ですよ?」

 その方向を見て、アナが首を傾げる。

 「交換ですか?でも、お鍋なんてどうするんです?食べられないですよ?」

 『ルゥ!』

 問題ないとばかりに吠える狼。

 

 「というかアナ、それは?」

 「えっと、ちょっとご本で読んだんですけど、天空山にしか生えてない結構珍しい薬草だと思います。

 きっと、皇子さまが腕を吊ってたから持ってきてくれたんだと」

 そうなのだろうか。不思議そうに薬草を見る少女から目を外し、おれは一歩離れた場に君臨する巨狼を見上げる。

 すると伝説の獣は、此方に顔を向けて……ぺろりとその舌で吊ったままの左腕を嘗めた。

 

 「アナ、深鍋ってどれくらい必要?」

 「えっと、これは皇子さまが新しい鍋を買ってくれたから持ってきた取手が割れ始めた古い方ですし、此処でご飯を作る際に困るなーってくらいですけど」

 「じゃあ、交換して良いんじゃないか?」

 と、おれは持ち主である孤児院の少女に確認を取り、臆病さが見えずにしっかり逃げずに立っている白馬の尻付近から深鍋を外し、狼の眼前に差し出した。

 

 「有り難う、おれの為に薬草を持ってきてくれて」

 『ルロゥ!』

 咆哮と共に器用に前脚を閃かせて甲殻の隙間に鍋を引っ掛けて固定。

 そのまま案内するかのように雷光の帯を残して、二頭の狼は山の上へと走り去っていった。

 

 「ゆ、友好的だな……」

 「で、ですね……」

 

 「アナ、平気?」

 一日かけて山の中腹を越える。

 標高にして今は約65km程。そろそろ空気が薄く息が辛くなってくる頃だが……

 

 まだまだ行けるとばかりに尾を振って白馬は応え、その上で少女はぐったりしている。

 「師匠、まだ登るのか」

 そんな浅い息をする少女を心配して、おれは前を行く師に声を掛けた。

 アミュグダレーオークスが子馬だというのに荒れ地どころか山をひょいひょいと登れるのはちょっと予想外だったが……流石にもう空気が無さすぎておれでも息が苦しくなってくる。

 修業になるかならないかで言えばなる方だが、何の準備もない女の子に登らせる場所では間違いなく無い。

 

 「師匠!おれはまだ行けるけれど、アナが限界だ。

 連れてきた以上、これ以上の無茶は」 

 「阿呆が」

 だのに、二角の鬼人は取り合わない。凸凹した道には全く向かない下駄をからころと鳴らしながら、ただ上を目指す。

 

 「良いか馬鹿弟子が。この辺りは……」

 指射し言われて、おれは小さく振り向く。

 其処に居るのは巨大な人面の怪物マンティコアだ。翼を持たないというか退化しているのか背中の大棘ととなっているが、白髪の老人のようなざんばらの白い鬣にしわくちゃの顔、獅子の体に蠍の尻尾を持つあの姿は間違いない。

 「マンティコア……」

 勝てるだろうか、おれで。

 

 「良いか、この辺りはああした魔物が多い。そんな場所で過ごすなど……」

 ふっ、と男は笑う。

 「まあ、貴様と二人ならそれも有りだがな。ろくろく動けんそこな娘は死ぬぞ?」

 「ならもっと麓の方で」

 「麓か、それで満足か?」

 「アナの命の方が大切だ!」

 叫ぶおれ。言葉を聞きつけてしまったのか、此方を見上げるマンティコア。

 

 「くっ!」

 大棘を震わせ、振動波が地面を揺らす。

 それで動きを封じようとしつつ、人頭の巨獣は一番近くに居たおれへと飛び掛かり……

 「ならばっ!」

 だが、地面の揺れ程度で動けなくおれではない!

 吊った左腕の肘付近と腹の間の三角の隙間に鞘を突っ込んで固定。飛び込んでくるまで動かずに待機し、上半身を踊らせ噛み付こうとした瞬間に更に懐へ飛び込み、抜刀一閃。横凪ぎの銀光が

 『ウギャゥ!?』

 その後ろ脚を切り裂く!

 

 「まだっ!」

 更に抜き放った刃を手元に引き戻しながら右足を軸に反転し尻尾を狙う。

 「っ!」

 流石に甲殻に覆われた蠍の尻尾だけあって硬い!

 

 だが!

 『ガルギャァッ!』

 鞭のようにしなる尾。それを屈んで避けたおれは、屈む際にたわんだ脚をバネに、振り抜いた尾を狙って飛び上がる!

 「はあっ!」

 狙う場所はただ一つ!さっき傷付けた……節と節の甲殻の間!

 ぶしゃっと噴き出す黄色い体液。

 尾先の二節を切断され、マンティコアは苦悶の悲鳴をあげながら逃げ去って行った。

 

 「ふぅ」

 右手に被った体液を拭いつつ、刀を戻そうとして……

 「と、溶けてる!?」

 「だ、だいじょぶですか皇子さま!?」

 歪んだ刃を見てあげたすっとんきょうな声にびくりと肩を震わせ、苦しそうに馬上に突っ伏していた銀の少女が跳ね起きる。

 

 「拭うなよ馬鹿弟子。マンティコアの蠍の尾には酸と毒がある」

 「しょ、消毒しないと」

 「娘。貴様が触れると指が溶けかねんぞ。ほっとけ、どうせ皇族級の化け物にはそんな効かん。多少禿げる程度だ」

 禿げるのか。

 「皇子さま若いのに髪の毛抜けちゃったら大変ですよ!?」

 「そう思うなら、早くに上を目指すんだな」

 「こんな危険があるのにか」

 「あるからだ」

 言って、師はまた先を目指す。

 

 ふざけてるのかと思いつつも、流石に自力でアナを連れて下山するのは不安でおれはしぶしぶ彼に着いていき……

 

 辿り着いたのは、標高にして90km付近の、清浄な空気に満たされた天空であった。

 「は?」

 いきなり空気が美味しく、更にはほぼ無いレベルから比較すれば濃くなって目をしばたかせる。

 「あ、あんまり苦しく無くなりましたよ皇子さま!」

 なんて、馬上でぐったりしていた少女が起きて手を振れるくらいだ。まだ地上に比べれば薄いと言えば薄いんだが……息苦しさはほぼ無い。

 

 「師匠、これは……」

 「ここが天狼のテリトリーだ」

 「天狼の……」

 見上げた先、まだ9kmくらい上には蛇王の(むくろ)と呼ばれる天狼の住処があって。

 けれども、清浄な空気に満たされた此処には、宇宙かという高度も、伝説の幻獣の近くだという緊張もない。

 

 「これは……」

 「こういうことだ、馬鹿弟子。天狼のテリトリーに入れば安全だ」

 言われて、ふと周囲を見る。

 ウサギのような魔物が寝ている。バレバレの擬態すらせず、短い草の上で警戒心無く、だ。

 

 「肉食の魔物は?」

 「天狼のテリトリーで狩りをするものは天狼に狩られる。

 だからこそ、山頂近くには草食獣しか居ない訳だ。そこが一番安全だろう?」

 「な、なるほど……」

 「確かにそうですけど……」

 二人して頷いて、暫く過ごせそうな傾斜の緩い場所を探す。

 

 そして、白い巨石のある辺りが良いと思い、向かって……

 それが岩ではない事に気が付いた。

 

 「天狼さん?」

 『ルォン』

 体を丸めて石のように振る舞い呼び寄せた狼は、その体を伸ばして一声吠えた。

 

 「お、狼……さん?」

 アナがその丸く大きな目をぱちくりさせる。

 確かに、ゆっくりと丸まった状態から立ち上がる白銀の巨狼にわざわざこんな場所で昼寝する理由など無いだろう。

 一息駆ければ既に其処は住処なのだから。だというのに、わざわざ目立つように丸まっていたとすれば……

 

 「おれたちを、待っていてくれた?」

 自身を目印として。

 『ルォン』

 軽く狼は吠える。その背には、さっき引っ掛けていった深鍋がそのままで……

 

 「天狼さん、お鍋はどうするんですか?」

 師匠が無言でキャンプ出来るように色々と荷物を広げる中、一枚の布を敷いてからその上に小鉢を置き、カリカリと薬草を擦り始めた少女がその手を止めて問い掛ける。

 「あ、待ってて下さいね皇子さま。今薬草を擦って、毒液を消毒出来るようにするですから」

 なんて、おれへの言葉も忘れずに。

 

 「アナ」

 「痛いと思いますけど」

 「いや、結構平気。そもそもそこらの毒が効くとか恥ずかしくて皇族名乗れない」

 アナの気持ちも天狼の気遣いも嬉しいんだが、そうなんだよな……。いや、ピリピリはするし右手の爪は変形してるし多少は爛れているんだが。

 だとしても、所詮おれだぞ?元から顔の左側なんて火傷痕で爛れているんだから誤差だし、貴重な薬草は正直勿体無い気がする。

 

 でもだ。折角の厚意を無視するのも悪くて、それ以上は言わない。

 「有り難う、誇り高き狼よ」

 だから、おれは礼を言うだけ言っておく。

 

 「でも、本当に鍋なんて使うのか?」

 「使わないものと交換だと悪いですよ?」

 横で銀の少女も同調する。

 

 その言葉に、天狼は一声だけ吠えた。

 桜色の雷がその体から迸り、背の甲殻が雷撃に合わせて展開。隙間に挟んだ鍋が衝撃でぽーんと宙を舞い……

 躍り上がった狼がその口でしっかりと柄をキャッチ。

 

 其処に現れるのは、最初に姿を見せた個体。その背には、おれ達が山登りの最中に危険だからと鉢合わせを避けた石頭牛を一頭背負っている。

 石頭牛……アフロのような硬質かつ絡み合った体毛を持ち、角の発達した牛だ。頭を覆う部分が特にアフロみたいで特徴的だが、それだけではなく硬質の縮れ毛は四肢の関節なんかももこっとした感じに覆って保護している。衝撃には硬いが絡まる縮れ毛の隙間が奇跡のバランスでそれなりの可動域を維持してるんだよな。

 そんな牛は当然闘牛のように気性が荒い。脆い部分が剛毛で保護されている以上、一撃で切り落とすのはおれには至難の技であり、アナを狙われたらぜーはー言ってるあの娘を振り落としかねない速度で白馬が走らなければいけないとあって、鉢合わせを避けた。

 が、頭の毛は半ば焼け焦げ、片角が炭化して黒くなり、喉笛を噛み千切られた石頭牛は……天狼に手も足も出なかったのだろう。

 正に、一方的な捕食。戦闘とは呼べず、狩りと呼ぶことすら難しいかもしれないくらいに一方的だったと感じさせる亡骸をおれは畏怖と共に見上げた。

 

 体を震わせ、多分雄だろう個体が大地に牛の亡骸を転がす。そして……前肢で近くに積まれた石を退かし、その中から何かを掘り出した。

 それは……

 

 「油?」

 石の中に隠されていたのは、動物の皮にくるまれた白い柔らかそうな固形物。

 ラードとか、確かあんなだった気がする。

 「多分動物さんの油ですよ皇子さま」

 何するんだとぽかーんと見つめるおれの前で、狼は掘り出した油の塊を(つがい)が咥えた鍋の中に放り込んだ。

 

 同時、走る雷。

 『グルゥゥゥッ!』

 低く唸るような天狼の鳴き声と共に、雷を司る神の似姿は桜色の電流を周囲に……というか恐らくは金属鍋に流し続けた。

 

 暫くして、アナが出来ました!と薬をおれのちょっと毒で溶けた辺りをおっかなびっくり薬を染み込ませた布越しに拭ってくれた頃。パチパチと音が響き出す。

 「で、電熱!?」

 「お鍋を暖かくしてるんですか!?」

 香りだすのは、溶けた油の匂い。そう、これは……

 

 目を離していた方の天狼がいつの間にか牛の胴に突っ込んでいた顔を上げる。

 その白い顔を血で汚しながら咥えて引き抜くのは牛の内臓。それをぽいっと狼は頭だけ振って器用に鍋の中に投げ入れ……る寸前、銀爪が閃き空中で長い腸はバラバラになって油の煮えた鍋に落ちた。

 

 「あ、揚げ物……揚げ物やってますよ皇子さま!?」

 驚愕にアナが目を見開き、おれの右手を握ってぶんぶん振る。

 「祭とかで売ってるな、牛系魔物の内臓の揚げ物って」

 珍味として結構な値段した筈だ。

 

 「ああ、電気で熱して揚げ物するなら確かに金属の鍋があると都合が良いのか……」

 いや待て。何で狼が料理作ってるんだ。素揚げとはいえ、これは間違いなく料理の域だ。火竜が獲物を丸焼きにして食うのとは訳が違う。主に、油を別に用意する手間隙が。

 

 そういえば、と思い出す。城に飾られてる絵には天空山の山頂付近から見た景色を描いたものがあるけれど、それを描く最中に画家が崖から落としてしまった絵筆を拾って届けてくれたとか、文化分かってそうなエピソードもあるんだっけか天狼。

 

 「文明的過ぎる」 

 「さ、流石幻獣さんです……」

 二人して圧倒され、思わず拍手なんてしてしまう。

 ぱらぱらという手の合わさる音が二つ、宇宙にも届かんとする山に響いた。

 

 そして、暫くして揚げ終わったのか、耳が少しふわふわな雌っぽい方の狼は咥えた鍋を石の上に下ろす。

 だが、百度を越えているだろう油はパチパチとはぜる音をさせ続けていて……

 

 一瞬の閃き。一滴の油も溢さずに刹那の後には二切れの内臓が狼の爪先に見え、そのまま口内へと消える。

 そして……ガリガリと前肢の甲殻で近くの半透明の岩を削り始めた。

 

 「え?」

 そして削り終えると、更に爪を閃かせ、取り出したものを空中に投げると削った岩を振り掛けていた。岩塩か何かだったのだろうか。

 いや、文化的狼過ぎないか?

 

 そんな風に眺めていると……ずいと突き出される鍋。見れば、まだそれなりに中身が残っていて……

 

 「くれる、のか?」

 『ロゥ』

 短い鳴き声は恐らく肯定。

 

 「すまない、有り難う。戴くよ」

 鍋の使い方を実演したばかりか、一部振る舞ってくれるとは随分と気前が良い狼である。

 ……いや、もっと色々とお礼すべきじゃないか?

 

 そんなことを思いながら、折角くれた素揚げを、手を合わせて頭を下げてから、腰のナイフを引き抜いて突き刺して掬っていく。

 ……油がどうしても跳ねるな。波紋を少し立てるだけで取り出していた狼とは大違いだ。

 

 「分かったか、馬鹿弟子。

 先ずは……静かに水面を断つ技辺りから練習するか」

 と、ずっと他でテントを立てる作業をしていた師匠が戻ってきて言ったのだった。

 

 ちなみに、出来るようになるまで2日掛かった。結構難しいな水を跳ねさせずに断ち切るって。

 

 そんな事をしながら、時折手助けしてくれる人懐っこい?伝説にも助けられつつ、天空山での一週間の修業の日々は過ぎていくのだった。

 今度来るときはもっとお礼を持ってこないとな。例えば……この辺りというか天空山付近には生えてない果物とか。



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オリエンテーリング、或いはルール

「あ、あう……」

 耳まで真っ赤な聖女様と、呆れた表情のノア姫。そして不思議そうな表情のオーウェンと、何か怒り気味なエッケハルトとアレット

 そんな不思議な空間に小走りで戻る。おれのせいで色々と遅れ気味だからな、手早くしないと

 

 「エッケハルト、何か」

 「何か、じゃない」

 胸ぐらを掴む勢いで赤毛の青年に詰め寄られ、睨まれる

 「アナちゃんに何をしたんだお前は」

 「……ん?」

 いや、会ってないが

 

 「お前一人じゃそもそも魔道具を使えないからって追い掛けていって、直ぐに真っ赤になって慌てて帰ってきたんだぞ

 その時、何か変なものを……」

 「いや、アナとは会ってないし、シロノワールの手を貸して貰った筈なんだが」

 確かに暫く行ったところにあるシャワーみたいな魔道具で水は浴びた。元々は敷地内を流れる川……王都でも水源の一つとなるそれに入った後等に使うための施設であり誰か来ないとは限らないから、しっかりと見えてはいけない辺りは隠していたから……

 アナが実は近くに来てたとして、見えたのは背中と胸元くらいじゃないか?

 

 「男の胸元くらい、見ても仕方ないだろ?」

 オリエンテーリングの日だからと気合いを入れて着てきた和装のような西方礼服の胸元を少しだけはだけてみせる

 そこにあるのなんて、色素の薄い肌、見ても面白くない筋肉バキバキのマッチョマンと呼ぶには軟弱な体つきだ

 

 「ううっ……」

 あ、アナ?

 何で顔を抑えて踞るんだ……

 「このバカ!頭ゼノ!」

 げしげしと足を蹴られるが……特に痛くはないな

 「あいたっ!?」

 「エッケハルト様!?」

 なんて、逆にアレットと漫才が始まるくらいだ。ステータス差って怖いな

 

 「鉄かよお前の足」

 「鉄よりは頑丈だと思う」

 「うげぇ……人外かよ」

 「超人。実質人の姿の化け物だよ、上級職なんて」

 その事は、何度も感じた

 

 ニホン人のおれだったら不可能な動き、散々やってきたからな……

 この身体能力で人間名乗れるなら、今頃地球のオリンピック種目のマラソンなんて成立するか怪しい。今のおれなら、全力疾走すれば10分切れるだろうし

 

 「というか、何が……」

 ぺしん、と頭に軽く当てられる何か

 ふと見ると、丸めた冊子である。つま先立ちして手を伸ばし、精一杯の背伸びをして小さな教師がおれの頭を叩いていた

 「バカは止めてくれる?話が進まないわ

 あと、分からないなら教えてあげる。アナタとあの聖女様の(うぶ)さは同レベルよ。まあ、あっちは鉄頭なアナタと違って誰彼構わずではなく、意識している相手限定だろうけれどもね」

 いや、どういう……

 

 「アナタ」

 と、エルフの少女はぴらりと自身のスカートの袖を摘まんだ

 む!とエッケハルトがそれをガン見し、アレットに右手の甲をつねられる。オーウェンが目をしばたかせ、シロノワールはガン無視してアナ観察と洒落込んでいて……

 

 「ワタシは恥ずかしい体ではないから見られても良いけれど、アナタは太股や胸元の時点で目を逸らす。それと同じよ

 あの子、アナタの傷だらけの胸元とか見るだけで毒なのよ。しっかり着込みなさいな」

 「そういうものなのか」

 「ええ。夜半に散歩していた彼……」

 紅玉の瞳がエッケハルトを睨む

 「みたいなラフな服装だと、アワアワしてフリーズしかねないわよ」

 「どんな服だよ!?」

 思わず叫ぶ

 

 「シャツ1枚に、短パン?」

 「何やってんだよエッケハルト!?」

 「いやー、暑くてさ」

 「それで女子寮近くまで来てるのだもの、教師として通報するか悩んだわ」

 「大丈夫。誓って女子寮には踏み入らなかった」

 「服を着てても入っちゃ駄目だろ!?」

 

 そんなこんなで、ぐっだぐだになりながらも話は何とか進む

 今回のオリエンテーリングは、学園側が用意した大規模イベントだ。大きな森を丸ごと使い、3日がかりという規模を持つ

 生徒達は4人1組でリーダーにスタンプ帳が配られ、そのスタンプ帳に7つのスタンプを集めさせられる。そうして、グループが出発してから7つのスタンプを埋めてゴール地点に辿り着くまでの時間を競うのだ

 森の中にスタンプは確か24。それぞれ魔法で姿を見えなくされていたり、そもそも常に特定ルートを空から巡回している鳥ゴーレムが持っていたり、池の中に沈められていたり……と、魔法の力を駆使していかなければそうそうスタンプを押せないようになっているらしい

 なので、グループで協力し、魔法適性に合わせてメンバーの得意魔法で何とかして7つ集めようというルールな訳だな。

 スタート地点は7つ。一斉スタートにならないように、それぞれの拠点から時間差でグループが出ていく形で……別のスタート地点の1つがゴールに設定される。スタート兼ゴールにはこの魔法を使えばスタンプが取れるだろうという魔法書や食料や水なんかがふんだんに用意されており、拠点として使わせて貰える

 

 「大体そういうシステムよ、分かったかしら?」

 その言葉には大人しく頷く

 「あと、アナタ達向けの警告。魔物は居るけれども、基本的にはこうした演習用に飼われている魔物よ。アナタの妹のゴーレムなんかも混じってるわ」 

 腰の愛刀を見据えるように、ノア姫は告げる

 「あまり、大被害をやらかさないように。手加減して追い払うに留めてくれる?」

 「ああ、分かったよ。でもノア先生、貴方は?」

 「ああ、ワタシ?単純に不測の事態の際に聖女を護るための付き添い。普段はなにもしないわ」



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オリエンテーリング、或いは出発

「はい!まずはみなさんで自分の能力を語るべきだと思うんです」

 貰ったスタンプ帳を胸元に抱き抱え、リーダー風を吹かせようと少女が彼女的にはそれなりに声を張り上げる

 

 「これからオリエンテーリングですし、得意なことーとか難しいことーとか、分かってた方が協力出来ますし」

 「いや、要らなくない?」

 と、ぼやくのはやる気の微妙なエッケハルト。アナと折角同じ班な割に表情がだらけていて、体も警戒が抜けている

 

 「いやどうしたんだよエッケハルト。アナに良いところ見せたくないのか?」

 「いや、それさぁ……」

 半眼の視線がおれを射抜く

 

 「大概お前一人で何とでもなるだろゼノ。だから面白くないの」

 「何で参加してるの」

 と、追撃のアレット。中々に辛辣だが……

 

 「まあ、そうね。例えば鳥は本来は飛んでいるところを魔法で追跡して、特定の場所で暫く休ませているところを……って想定なのだけれども。アナタ、飛んでる最中を撃ち落とす気でしょう?」

 ちらりと横目でおれの背の弓を見て、エルフ少女が呟く

 「基本的に、入ったばかりのまだ若い皆が力を合わせればクリアできる難易度にしてあるのよ。だから、アナタやあの青い髪の子……ライオならごり押しで正攻法無視でなんとか出来てしまう

 それで力を合わせるなんて……茶番劇になるしかないのよ」

 

 「だろ?」

 「だから、加減してくれる?と言っていたのだけれどもね」

 「それに、ちょっと危険な事をしたら取れるなら、わたしは皇子さまに危険なことをさせたくないです」

 と、銀の髪を少女は揺らした

 

 「ええ、ワタシと同じこと。手を借りても良いけれど、あまりルール無用の化け物を活用せずに頑張るなら協力も要るでしょう?」

 そんな言葉に、おれは何だかなぁと頬をかく

 

 「そもそも、おれはスタンプの在処を探す魔法とか使えないぞ?

 そりゃ竪神なら索敵フィールドみたいなものを張れば一発で見付けてそのまま取ってくるとか一人で全部出来るかもしれないけれど、おれは無理だ」

 ってか、本当に万能だな頼勇。スーパーダーリン担当とか欠点無さすぎて逆に攻略出来ないとか言われただけはある

 「だから」

 「まあ、私は導きの鳥。その気になれば幾らでも探せはするのだが」

 と、静かにシロノワールがカラス姿に戻りながら告げた

 

 色々と台無しだなオイ!?折角おれのごり押しが問題視される中、場を和ませようとおれに出来ないことを挙げたのに……

 

 「……とはいえ、露骨に手を貸す気はない」

 詰まらなさそうに影の中に消えようとする八咫烏と

 「シロノワールさん、それはそれで駄目ですよ?

 協力です。わたしは、貴方の事も知りたいですし、今は一緒に頑張るメンバーなんですから」

 その三本足のうちの一本を腕輪を着けた右手で掴む少女

 おれの中の影に消えようとしていたカラスは影に消えることは出来ず……

 

 「聖女がそう言うならば」

 金髪の超イケメンに姿を変え、脚を握られていたのを手を繋いでいる状況へと変換しながらそう微笑み返した

 

 「むーっ」

 「むくれてないで行けよ、エッケハルト」

 と、おれは少し離れて敵愾心を燃やすエッケハルトを焚き付ける

 おれ自身はアナが誰かと幸せになってくれる事は願ったり叶ったりって状況だ

 やはり友人であり転生者の(よしみ)もあってエッケハルトを応援したいって気持ちはあるが、結局のところ、大事な相手が、皆が、何時死ぬとも知れず生き残ろうが始水と遺跡の防人確定だから絶対にロクな結末にならない塵屑を忘れて幸せになってくれればそれで良いんだ

 例えその相手が魔神でも何でも。幸せになれるならおれが口出しする問題じゃない

 

 「でもさ 

 というかゼノ、あいつ何なんだよ突然現れてさ!」

 「おれに手を貸してくれている、未来を導く八咫烏だよ」

 元々は魔神の導きの鳥でラスボスなんだけどな。でも、今だけは……彼自身の言葉の端々から感じた想いや、何よりカッコつけて向かったものの逃げ帰ってきた時に()を託したアルヴィナを信じている

 少なくとも、共通の敵に対しては手を取り合えると。いや、それを考えたら……聖女堕とすと言ってたし、これは止めなきゃだめか?

 でも、聖女を信じるから手出ししないって約束したしな。それを破るわけにもいかないだろう

 

 「……なーんか気になるんだよなぁ……」

 ぼやくエッケハルトだが、何だろう、正体には気が付いていないのか?

 「ゼノ皇子?」

 と、不思議そうに見上げてくるオーウェン。彼は気が付いていたが……

 その割におれは疑ってかからないな。露骨に疑わしいと思うんだが

 

 「いや、大丈夫だオーウェン」

 おれは頷いてどこか仔犬感ある少年に笑いかけた

 

 「ってことで、分かるとは思うがゼノ、第七皇子で属性は無し。魔法は全く使えないが、単純に物理的な性能ならゴーレムより上。人間サイズで速くなったアイアンゴーレムくらいのイメージでいてくれ」

 と、最初に語るのはおれ

 「シロノワール。見ての通りの八咫烏で、影属性の力をある程度使える。神の加護で、普通の個体とは違って魔法も多少」

 とはシロノワール

 いやお前魔神王だから当然だろ、種族からして違うとなるが、自分から誤魔化してくれる辺り有り難い

 

 「あ、わたしはアナスタシア・アルカンシエル。腕輪の聖女様って呼ばれてます

 あんまり攻撃とかそういった魔法は得意じゃないんですけど、一応水と天属性で、癒しは得意です」

 「そのおっぱいで?」

 じとっとした目はアレット

 

 「そ、そういうえっちな事じゃないですよ!?」

 あわあわととたんに余裕が消えるアナ。ぶんぶんと胸元で手を振って否定するが……

 それで揺れる胸をエッケハルトがガン見しているのが何というか、うん

 

 そんな友人の腕をつねり、正気に戻させる

 「あ……」

 少し残念そうな声

 「しっかりしろお前」

 「あ、ああ。俺はエッケハルト・アルトマン。知っての通り炎属性。炎に関してなら大概扱えるんだけど、他属性は無理」

 「私はアレット・ベルタン。魔法は……自己強化ばっかりだけど、盾で守りは万全

 今回は……守りがあんまり使えない気がするけど」

 まあ、危険は無いだろうしなと頷いて、最後に残った少年の肩を叩く

 

 「僕は……オーウェン。姓は無い」

 少し寂しげに呟く少年

 「おれも無いぞ?」

 「わたしも元々ありませんでしたよ?」

 と、フォローの言葉が少女と被る

 

 「えへっ、気が合いますね皇子さま?」

 「いや、姓が無いのは皇族と一部平民くらいだから、それがたまたま被っただけだろう」

 ちなみにシロノワールは本名テネーブル・"ブランシュ"だから姓があるんだよな

 

 「い、いや大丈夫だ。寂しい訳じゃない」

 と、少し引き気味に少年は告げて、言葉を続ける

 「僕の属性は……重/雷」

 

 「エッケハルト、重力って土属性派生だっけ?」

 真面目に授業聞いてた覚えはあるんだが……魔法の授業とか内容結構忘れてるなと苦笑する

 「え?そうじゃね?」

 と、青年は興味薄げに答えて

 「……影魔法だ」

 「主に影属性ですよ?」

 「ふげっ!?」

 撃沈した。うん、好きな子の前で適当言って訂正されるとか情けないよな

 

 「影はシロノワールも使えるけど、雷属性は一人か」

 うん、視線が明らかにおれの腰の雷の神器に向いてるけど無視!

 

 「あまりおれは無茶させて貰えないらしいし、頼りにしてるぞオーウェン」

 と、おれは誤魔化すように告げたのだった

 

 「それで、あの可愛らしいエルフの人は?」

 「あれはノア・ミュルクヴィズ先生。天/火属性だけど見てるだけで手伝ってはくれない」

 「今まさにゼノ皇子の頭の上に飛び乗ってきたのは?」

 「これはアイリス。おれの妹で土/火/鉄属性のゴーレムマスター

 というか……」

 てい、とおれは頭の上で丸くなるオレンジの猫を(はた)き落とした

 

 『うにゃう!』

 「うにゃう、じゃないアイリス。ちゃんとゴーレム動かしてオリエンテーリングの障害をやってくれ」




アナちゃん耳かきAMSR計画を本格始動させました。声の方のスケジュールとか色々とあるので2~3ヶ月ほどはかかりそうです。
また、恐らくですが、cvは半ばネタで設定に書いていた上s……光坂菫ではなく、声優の犬塚いちご様になるかと思います。

ということで、アナスタシア・アルカンシエル【少女期】(cv:犬塚いちご様)による耳かきAMSR、多分きっとそのうち無料公開します。


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おまけ、アナちゃんヤンデレAMSRシナリオ(仮)

(仮)テキストです。変わるかもしれません。

とりあえず、シナリオだけ書き上がったので宣伝として載せておきます。


「あ、起きましたか?

良かったです、ちょっと酷く氷付けにしてしまったので、なかなか目を覚まさなかったら……って思ったら」

 

「そんなに怖い顔をしないでください、皇子さま。わたしは確かに最近は聖女って呼ばれちゃってますけど、貴方の良く知ってる、貴方が昔救ってくれた……そして謎の襲撃者から護ろうとしてくれた貴方を後ろから襲った女の子ですよ?」

 

「はい、皇子さまを襲ったのはわたしです。こうして捕らえるために、一芝居うっちゃいました。

誰も助けになんて来ません。貴方の妹さんも認めてる……っていうか、計画立てたのはあの子ですし」

 

「え?どうしておれをこうして鎖で繋いで監禁するんだ……って?

ふふっ、それは後で教えてあげます。貴方の心をとろかして、わたしにでれーって」

 

「あ、あのっ!?

両手の鎖を引っ張ったって、逃げられませんよ?」

 

「あ、え?ま、待ってください!み、みしみし言ってます!?ひ、引っ張らないで!

ゴーレムでも繋いでおけるって触れ込みで高かったのに壊れちゃ……」

 

「あ、それで止めてくれるんですか……?

え?君がどうしてこんな事をさせられるのか、その黒幕を確認するまで逃げるわけにはいかないから……?

じゃあそれも全部、後で教えてあげますね?」

 

「まずはほら、わたしの膝に横になって……

はい、素直で嬉しいです、皇子さま」

 

「ふふっ、じゃーん。見てください、くるっとしたワイヤーの耳かき棒。細くてよく曲がるから、耳当たりがとっても柔らかくて気持ちいいって評判なんですよ?

これで……貴方のその頑なな心も、逃げようって気持ちも……勿論耳に溜まった悪いものも、全部優しく掻き出してあげちゃいますから」

 

「はい、まずは右耳からやって……」

 

「皇子さま?何年、耳かきしてないんですか?もうべっとり耳垢だらけですよ?

それに、奥の方には赤黒いものも見えますし……」

 

「これ、血ですか?耳を怪我したなら、もっとしっかりお掃除して綺麗にしておかないとダメですからね?

いくら貴方が勇者様みたいに強くても、無敵のヒーローじゃないんですよ?寧ろ、怪我を放置したら癒しの魔法が効かないから悪化しちゃいますし……最悪耳が聞こえなくなっちゃうかもしれないんですよ?」

 

「だから、大人しくしてて下さいね?」

 

【ここから耳かき。行を空けている台詞の間は暫く吐息で間を置くようお願いします】

 

「はい、始めますよ?

かり、かり……」

 

「ちょっぴり奥もごしごしと……

ふふっ、気持ちいいですか、皇子さま?」

 

「え?気持ち良くない?落ち着かない?」

「え、え?ど、どうすれば!?こ、こうですか?それともこう?痒いところとかありますか?

それとも何か足りない事が……」

 

「それより、君を突き動かす何者かについて教えてくれ?気になって仕方がない?」

「皇子さま、大人しくして下さい。貴方は今、わたしに監禁されてるんですよ?

あんまり反抗したら……」

「お耳、聞こえなくしちゃいますからね?

今なら、わたしでも魔法で氷の針を産み出して貴方の耳をちょんってするだけで、お耳をふかーく傷付けて……」

 

「や、止めてください。君が欲しいなら聴力くらいあげるよって、何で!?どうしてそんな酷いこと」

「どうせ、あの時コカトリスの鳴き声を聴かないために一度は捨てたものだから……?じゃああの血はその時の」

「だ、ダメです嘘です!本当は皇子さまの耳を傷付ける気なんて全然無いんです!

針なんて刺さないですから!絶対にしませんから!ちょっと逃げられないか心配でついちゃった嘘なんです!だからもっと自分を大事にしてください!」

 

「そもそも、なんでそんな……

戦場で、必要だったから?

でも、貴方には癒しの魔法が効かないんですよ?怪我を奇跡の力で無かったことになんて出来ないんです。怪我したら……左目やお耳の奥みたいに」

「痕、残っちゃうんです。皇子さまがやらなきゃいけないなんて、そんな事は無いんですよ?」

 

「あ、動かないで下さいね。逃げないでください。

動いたら……わたし、自分の胸をざくって、氷の針で刺しちゃいますから」

 

「ふふっ。そうですよね。皇子さまはわたしを、護らなきゃいけない聖女様を傷付けるような事なんて出来ませんよね?

だから大人しく……耳かきされちゃってください。その自分がやらなきゃって思い上がりも何もかも……蕩けていくまで」

 

「はい、かり……かり。

奥までしっかり、全部、悪い考えも何もかも。全部耳垢と一緒に無くしちゃいましょう?もう、辛いこと考えなくて良いんですよ?ここから出ずに、ゆっくり休んで良いんです」

 

「ちょっと痛いかもしれませんけど……赤黒い血も、しっかりと。奥からちゃーんと、ごりごりと。

わたしの声が、聞こえるように……」

 

「それにしても、一杯で大変です。

あ、大丈夫です辛くないです。でも、むかーしまだ皇子さまが保護してくれてる孤児だったわたしがやった後、本当に誰も耳かきしてくれなかったみたいで……

エルフのあの方とか、やってくれなかったんですか?」

 

「エルフは異性の耳を触って良いのは夫婦関係だけ……ですか。

ふふっ、ちょっといけない考えですけど、なら仕方ないです。もしも皇子さまがあの方と婚約するとしても、ただの孤児のわたしには止められませんけど……」

 

「はい、嫉妬です。わたしだって、嫉妬くらいするんですよ?知りませんでしたか?

そしてそれが、貴方の言う黒幕のヒントです。気持ちよーくなりながら、ぼんやりした頭で考えてみてくださいね。その方が、きっと分かりやすいですよ?」

 

「ちょっとリラックスしてきてくれましたね。でも、もっともっとです」

 

「皇族だから見返り無く助けて当然だなんて、間違ったのぶれすおぶりーじゅ?を唱えられないくらい、リラックスですよ?」

 

「はい、お仕舞いです。

あ、大丈夫、まだ右耳が終わっただけですから。

でも、その前に……」

 

「ちょっとだけ、お耳ふーってしましょうね。

ふふっ、ちゃんと聞こえるようになりましたか?なんにもわたしの話を聴いてくれなかった皇子さまですけど、お耳が綺麗な今なら聞こえますよね?」

 

「あの、無言は止めて欲しいんですけど……

まだ片耳、気持ちよくなってないですから、聞こえなくても仕方ないですよね?」

 

「もう一度、ふーっと。

本当は、わたしの魔法でぱちぱちーって泡をお耳に入れてしゅわしゅわーってするんですけど、皇子さまはそうした癒しの魔法が効きませんから、代わりです。

はい、それじゃあ……ごろーんって」

「あ、動きにくいですよね。

でも、その鎖は外しませんからね?」

 

「はい、それじゃあ左も……

ふふっ。やっぱり、こっちのお耳も沢山ですね、皇子さま。やりがいがあります」

 

「ふふっ、頭をごろーんってしたら、わたしのお腹が目の前にあって気になりますか?」

 

「わたしもちょっと恥ずかしいんですよ?ワンピース一枚ですし……」

「でも、逃げちゃ駄目ですからね、皇子さま?」

 

「はい、かり、かり……

ちょっと取りにくいです。本当はオイルマッサージを先にやった方が良いのかも知れないですけど、わたしは魔法でやっちゃうから……

今度は用意しておきますね?」

 

「ふふっ。大分、大人しくなってくれましたね、皇子さま。下手に動かれちゃうと耳かき出来ないから嬉しいです」

 

「……そうですよね。魔法の使えない貴方じゃ、逃げられてもその後わたしを止められない。だから、わたしを傷付けないためには、無抵抗しか無いんです。

わたしだって、本当はそんな方法やですけど……貴方が気持ちよくなって溶けちゃうまで、こうして続けますから。だから、もっと力を抜いて……」

 

「まだ落ち着きませんか?

そうですよね、皇子さまはずっと頑張ってきたのに……誰も、皇子さまにこうして優しく耳かきなんてしてくれなかったんですよね?気持ちいいこと、慣れてないんですよね?」

 

「えへへ、これから何度でもやってあげますから、慣れてください」

 

「ゆっくり呼吸して、リラックスです。大丈夫、お風呂にも入りましたし、臭くないはずですよ?」

 

「はい、お耳の奥まで、ぺりぺりと取っちゃいましょうね」

 

「ずーっとこうしてて良いんですからね?」

 

「大丈夫です、大丈夫。

わたしも、貴方も、誰も皇子さまを傷付けませんから。何かを警戒しなくても良いんですよ?

一人で気を張らないで、気持ちよーく」

 

「ちょっとだけふーっと

じゃあ、奥の奥まで。ちょっとだけ痛いかもしれませんけど、その分スッキリ出来るはずですから……

悪いのぜーんぶ、お掃除です」

 

「……おねむですか?

えへっ、気持ちいいですよね?」

 

「大丈夫、だいじょうぶ……わたしがずっと居ますから……」

 

【耳かきここまで。寝落ちなのでフェードアウトするようにお願いします】

 

「(寝息)」

 

「はっ!

あ、おはようございます、皇子さま。

疲れ、ちょっとは取れた顔で嬉しいです」

 

「ふふっ、どういたしまして」

 

「……鎖は……外されちゃってますね。

あ、良いんです。本当はずっと安全な此処に居て欲しいですけど、言いたいことが言えれば、今はそれで良いんです」

 

「けど、そんな顔して、ほんとーに分からないんですか?

じゃあ、教えてあげます。黒幕は……貴方ですよ?」

 

「そんな顔しないでください。ほんとですから」

 

「知ってますよね、皇子さま。わたしは聖女って呼ばれてて……一部の人が言うには、おとめげーむ?のヒロインらしいんです」

 

「そして、貴方はその相手の一人」

 

「自分を責めすぎな皇子さまを幸せにしたいから、ああしたんですよ?」

 

「はい。もう決めました。勝手にします。さっきの耳かきは予行演習で、宣戦布告です。

わたしは絶対に負けません。駄目だって言う人にも、自分は汚れてると距離を取る貴方自身にも、誰にも!」

 

「わたしが恋愛譚のヒロインだっていうなら、何時か絶対に貴方を攻略してみせますから!」

 

「だから……覚悟して下さいね、皇子さま♪」



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オリエンテーリング、或いは瞬殺

「ノアひ……ノア先生」

 「ええ、言い直せて偉いわね。何かしら?」

 ぴくりと形の良い眉を潜める少女エルフに慌てて言い直す

 

 「このオリエンテーリング、平均してどれくらいの時間で帰ってくれば良いんだ?」

 おれは、兼ねてからの疑問を呟いた

 

 そろそろ移動は終わりだ。大きな森の中に切り開かれた広場のような一角。水源に添って作られた拠点の一つ。テントもあり、職員というか教員も居るスタート地点が見えてくる

 後は、最初の移動の疲れを軽く取ればスタートだ

 

 いや、これ本当に良いのか?移動中にスタンプの在処を一つ見つけてしまったんだが、ルートによって見つかるか否かが違うなら結構ルールがガバガバじゃないか?

 「ああ、それ?

 大体早ければ3刻と言われてるわ」

 「……長くないか?」

 と、おれはまだまだ天頂で交差しない二つの太陽を見て呟いた

 今は朝早い時刻だからここから3刻(24時間換算で9時間)ほど経っても問題はないが、真昼から始めても早くて戻ってくるのが日が沈みきった夜って、かなりの時間だ

 「長くない?」

 と、エッケハルト

 「昼と夜とでスタンプの見つけやすさも……」

 オーウェンもまともな疑問を抱いたのか、話を聞こうとしていて

 「ええ、だからキャンプ出来るわよ」

 「キャンプ、ですか?」

 首を傾げるアナ

 

 「そう、泊まれるのよ」

 「いや泊まったらそれだけで時間過ぎるだろ」

 「馬鹿ね。外に出たりして変に動かない限り、時間計測は止めるわ。その辺りの運は時間に絡めないわよ」

 呆れたようにノア姫は肩を竦める

 

 というか、完全に教師として馴染んでるなノア姫……。その辺りのルール、エルフがわざわざ覚えるわけ無いじゃないとスルーされるかと思ったんだが

 

 「失礼な事を考えてそうね」

 と、半眼で紅玉の瞳に睨まれ、おれはすまないと苦笑を返した

 「……泊まりの間は?」

 持ってきた要らない気もする大きな盾の取っ手を握り、心配するのは茶髪の少女アレット

 「安心しなさい。男女別に貸し出すわ。必要ならカップル向けも貸すけど、それは別料金」

 「そうじゃなくて、襲われたり……」

 「馬鹿?」

 「がはっ」

 辛辣な言葉がエッケハルトに突き刺さり、彼は胸を抑えて森の下草の生えた地面に踞り……

 「み、見え……」

 

 ばっ!と銀の髪の聖女が何着かあるのだろうシスター服のようなワンピースのスカートを抑え、アレットのジト眼が細くなり、会わない間に髪を伸ばしてポニーテールに纏めたエルフは特に反応しない

 

 「さいてーです」

 「覗くために踞ったの……?」

 「し、仕方ないだろ見えそうだったんだから

 というか冗談だって」

 少しだけバツが悪そうに膝に付いた土を払って青年は立ち上がり

 「エッケハルトさん。ほんとーに女の子はそういうの気になっちゃうんですからね?」 

 愛しの聖女が少しだけ困り顔で告げる言葉にしゅんとして頷いていた

 

 「というか、無いものは見えないわよ」

 「ぶっ!」

 そんな中、何時もの爆弾にエッケハルトと……あとは黒髪の少年の視線がエルフ教師のスカート辺りに集中する

 

 「ノアさん」

 「何よ」

 「履いてください」

 だが、今此処には……ノア姫に真っ向から意見できる相手が居た

 少しだけ頬を膨らませ、銀の聖女は毅然と下着を身につけないエルフのありように立ち向かう

 「嫌よ。余計な布、理由もなく身につけても良いことはないわ」

 「皇子さま……は全然ですけど」

 どこかほっとしたように、いやそれでも何か不満げに少女が語る

 

 「いやお前気にならないのかよゼノ」

 「履いていても履いていなくても、おれが見て良いものじゃない。なら同じだ」

 「エルフが何だろうがどうでも良い」

 と、賛同してくれるのは興味の無さげなシロノワール

 

 「私は聖女の為のカラス」

 いやどの口が言うのか、いけしゃあしゃあと真っ赤な嘘をイケメンだから許されるアルカイックスマイルでかますその演技の面の皮の厚さにはちょっと感心する

 「聖女以外の者がどうであれ、私は揺るがない」

 ……それはリリーナに言え、テネーブル

 

 「というか、ものがないでしょう?」

 辿り着いたスタート地点で、勝ち誇ったように無い胸の前で腕を組んでエルフは堂々と告げる

 「えっと、お泊まりの可能性があるって聞いて、わたしの替えなら……おりますよ?」

 「止めてくれる?そっちの娘は兎も角、アナタのなら、サイズが合わなくもないから困るわ」

 紅玉の瞳が上を……そこにある大きなリンゴのような二つの膨らみを睨みつける

 「まあ、上は全くだけれどもね」

 

 「じゃ、履いてくださいね?」

 肩を竦めて、少女が肩掛けバッグから取り出した薄桜色の布を掴まされたエルフの姫の姿がテントの奥に消える

 

 ごくり、と横でエッケハルト(バカ)が唾を呑むのが、やけに大きく聞こえた

 「何やってんだエッケハルト」

 「いや、だってさ

 替えってことは……アナちゃんは今、ああいうパンツを履いてるって事だろ?」

 「スケベか」

 はぁ、とおれは息を吐く

 

 まあ、おれはそういった恋愛に関係してはいけない呪われた忌み子だが……そうでないなら健康で良いと思う

 でも、変に意識してしまうから止めてくれ

 

 奥歯を噛み、わざとらしく大きく溜め息を吐いてそんな友人を諌める

 そんな中、アレットは仕方ない人とばかりにエッケハルトをじとっとした眼で見つつ、話を振ったおれに敵愾心を向けてきていた

 

 ……そこまで嫌うか?

 いや嫌うか。姉がそういった性関連の被害にあったものな。そして、それを止められなかったのはおれだ

 

 「……や、やめようこういう話」

 と、小さな声を振り絞り、黒髪の少年の勇気ある一言が響く

 「そうだな、オーウェン。関係を拗らせても仕方がない」

 「私は、聖女を見守り導くだけだ。変態が自決しようが、どうでも良い」

 「いや、俺変態かよ!?

 男なんてこんなもんなの!」

 突き放すシロノワールと、言い訳するエッケハルト

 「言葉にするのはさいてーです」

 女性陣は冷たく……

 

 「はい、履いてきたわよ」

 どうせと思い、その言葉と共にテントから姿を見せたノア姫とエッケハルトの間に体を割り込ませる

 「ん、ゼノ?」

 「そういうところは気にするのね、アナタ」

 おれの背後で、証拠とばかりにスカートの裾を摘まんだろうエルフの呆れ声と衣擦れ音がした

 

 「さ、さあ!色々ありましたけど、頑張りますよ!」

 と、ちょっと空回りしながらも拳を遠慮気味に上げた銀の聖女が音頭を取り、オリエンテーリング本番を始めた

 

 そして、一刻後

 「はい、五個目」

 「やっぱりお前らただのチートじゃねぇか!」

 「当然の事を。私は導きの鳥だぞ?」

 スタンプ集めはシロノワール無双の様相を呈していた

 

 やる気無さげな事言っておいて、開幕聖女が頑張ろうと言ってたからで積極的に動き始めるのは卑怯だと思う

 もっとオーウェン達との交流をだな……



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オリエンテーリング、或いは沼

「さて、此処が最後だが」

 おれが見付けてきていた場所……行き掛けに近くを通った沼の下に恐らくは沈んでいるスタンプを前に、シロノワールがその鮮やかな金の髪を揺らしてぽつりと呟く

 

 「他に行っても良いが……」

 「本当にあるんですかね?」

 と、疑問符を呟くのは銀髪サイドテールの女の子。シロノワールに置いていかれかけ、その髪と息を弾ませておれの側まで来ると沼を覗き込む

 おれはそれに……6つめのスタンプとして取っ捕まえておいた妹の鳥ゴーレムと戯れながらどうだろうな?と呟いた

 いや、何で出てくるんだアイリス……あと捕まったってじっとしていたらおれたち以外がスタンプ取れないだろ、ちゃんと巡回しろ。お前の右足がスタンプになってるんだぞ

 

 「皇子さまは分からないんですか?」

 「こんな露骨に怪しい場所に無かったら拍子抜けだってだけだ」

 良く良く見れば、濁った沼の底に見える……なんて事はない。そこまでの透明度をこの濁り水は持っていない

 

 が、だ。何だかんだ清浄に近い森の中で、これだけ濁った沼なんて存在自体がまずアホかってくらいに怪しい。スタンプに反応するレーダーのような魔法を使うまでもない、潜れば多分見つかるだろう

 というか、しっかり見るとこの沼、人工物だって解るからな。沼に落ちにくいように、ついでに沼が拡がらないようにかさりげなく縁が盛り上がっていてしかも周囲の地面より硬い

 それを踏みしめて確かめつつ、おれはだろ?と着いてきているエッケハルトに問いかけた

 

 「いやー、無いと思うけどなー」

 「……」

 どこか覇気のない返事を返す炎髪の青年を、シロノワールがつまらなさそうに見ていた

 

 「どうしたエッケハルト。疲れたのか?」

 「え?じゃあ休憩にしますか?ハイペースでしたし」

 「いやそうじゃなくてさアナちゃん!

 休憩するなら夜まで休憩にしたいけど」

 「えっ?」

 「そしてキャンプして」

 「え?でもそうするとしてもちゃんとわたしたちとエッケハルトさんは別々にお泊まりですよ?」

 自分への好意は良く解っているのか、少女は青年の主張に困ったような笑みを浮かべて半歩距離を取る

 

 「良いの!単純に可愛い子とキャンプしたってだけで嬉しいものなの!シチュエーションそのものがロマンチックな訳

 分かる?このロマンと切なる願いが分かるか無粋チート共」

 グッと拳を此方に向けて突き出され、ちょっと涙声の叫びがおれの胸に突き刺さる

 

 「そもそもなぁ!皆で頑張って愛と絆を深めるドキドキ協力オリエンテーリングで!無双すんじゃねぇ!」

 もっとも過ぎた

 「止めろよゼノ」

 「いや、シロノワールは単なる協力してくれているだけで……」

 何というべきか……呉越同舟?でもこの世界には呉も越も無いから何言ってるんだで終わるんだよな。しかも、使ったら本来敵ということでシロノワールの正体をばらす事にも繋がる

 「目的が同じというだけの期限付きの相棒」

 あ、相棒で良いのかテネーブル

 

 思わずそちらを見ると、コンタクトではないが色を変えアルヴィナに似せた金眼ではなく混沌とした色の瞳がおれを静かに睨み返していた

 「相棒だろう?この翼に……」

 カラス姿に戻りながら、彼は魔神王らしい威圧的な声を響かせる

 それに、おれは……八咫烏姿になるとおれの肩に戻ってくるアドラー・カラドリウスから託された翼のマントを軽く右手で握って頷いた

 「ああ、そうだな。彼の想いの翼に誓って」

 アルヴィナの為に。真性異言(ゼノグラシア)だというテネーブルの肉体を止めるという、同じ方向が続く限り

 

 「あ、相棒……」

 アナ?何で覇気がなくなってるんだ?

 「タテガミさんもそうですけど、男の人ばっかりですね……」

 

 「皇族だもの。性格破綻者でしょ」

 辛辣なアレット

 「ワタシは無視なのかしら?」

 本気で見ているだけという言葉を徹底するエルフは少しだけ不満げにそうぼやく

 「ご、ごめんなさい……忘れてた訳じゃないんですけど、凄い人じゃなくてエルフさんですから、ちょっと別枠で考えちゃってて」

 「それで良いの。七天の女神に祝福された特別なワタシに手助けされているのだもの。特別に誇りなさい」

 ふふん、と自慢げに少女は微笑んで

 

 「……で、この沼どう攻略するのよ」

 話題を戻してくれた

 「いや休憩するって話に」

 「馬鹿じゃないのアナタ。そもそも何刻休むのよ。圧倒的最速を出すことを前提に教師陣がスケジュール組んだから最初の一組なのよアナタ達。もう一つの聖女様達はその逆、その最速を覆せるかの大トリ」

 「……そうなのか」

 その割にはおれは手出しするなと言われたし、だから飛んでる妹のゴーレムを捕獲する以外では何もしてないんだが……

 

 「ええ、そうよ

 それに、そんなにお泊まりしたいなら、終わってから勝手にやれば良いじゃない。結局同じ学生でしょう?泊まって親睦を深めたいというなら貸し出しくらいするわよ」

 その言葉に、ぱっと明るくなるエッケハルトの顔と、露骨におれを見てうぇぇ……するアレット

 

 いや、正にとりつくしまもないというか、本当に滅茶苦茶に嫌われてんなおれ

 

 「じゃあ、とっとと終わらせてキャンプだ!」

 「まだ早いけどな」

 まだ昼だ。正午にすらなってないという

 

 本当に、シロノワールってただのチートだな。導きの力で最初から全部のスタンプ見付けてたらしいし、本来が鳥だから移動も簡単と

 「まあ、良いじゃん!

 で、俺は……炎属性って沼と相性悪すぎるんだよ!無理!」

 活躍できない……と青年は眼を逸らす

 

 「おれが潜ろ」

 「危険だから駄目です。底の方は見えませんし、水中呼吸できるようにする魔法も効きませんし、なにかあっても誰も皇子さまを助けてあげられないんですよ?

 だから却下です絶対に行かせません」

 言いきる前に、冷たくぴしゃりとリーダーの聖女様の却下が飛んできて口をつぐまされる

 助けてくれ始水。乙女ゲー主人公が原作と違って過保護だ

 

 ……返事がない。諦めてくれと言われてるようだ

 「濡れる気はない」

 焚き付けておいてやる気の無いテネーブルが匙を投げる

 「泳ぎはあんまり……」

 そういえば、アレットって設定的にカナヅチだっけか。サブキャラ同士の絆支援イベントも一通りは埋めた筈なんだけど、そこまで興味無かったキャラだからか曖昧だ

 確かそんな話が誰かとのどこかの絆支援であったような……レベル。だが、だからといって泳げないのかとか確認取りに行ったら元々嫌われてるのに更に嫌われるだろう

 

 「つまり、アナちゃんが」

 どこか期待を込めた言葉が、炎髪の青年の口から洩れる

 「ほら、極光(オーロラ)の聖女で水属性持ちだし……」

 エッケハルト、極光の聖女はもう一人の聖女編の主人公(ヒロイン)の二つ名だ。それがアナの事だとして、その二つ名になるのは一年後だからな?

 

 「腕輪の聖女よ」

 「ですです」

 間違い(でもないが)を訂正するノア姫に、それにこくこくと頷くアナ

 「あと、確かにわたしは魔法を使えば水の中でも呼吸できたりするんですけど……」

 少女は自身の豊かな胸元というかワンピース状の神官服に眼を落とす

 「服が濡れちゃうんですよね」

 

 見えないように背に回した手をグッと握りガッツポーズを取る馬鹿(エッケハルト)

 「確かに、わたしが行かなきゃいけないとはおもうんですけど……」

 それでも、びしょ濡れは嫌なのだろう、難しそうに少女は瞳の光を揺らがせて悩む

 

 「おれが」

 「駄目です」 

 言わせてすら貰えないのかよ!?

 「ぷっ、なっさけな」

 と、そんなおれを見てアレットが口元を抑えていて……

 

 「……『アトラクション・ロード』!」

 宙に黒い球体が浮かび……それに吸い込まれるように、沼の底から、頑丈な鎖に繋がれた金属スタンプが姿を見せた

 「重力魔法で、何とか……」

 持ち出してきた魔法書を両手で抱き抱え、黒髪の少年が呟く

 「やるじゃないか、オーウェン!

 あとは……シロノワール!」

 「……まあ、良いか」

 カラス姿から人型を取った金髪の青年がアナの手のスタンプ帳を優しく抜き取り、空を舞ってそのまま宙に引っ張りあげられている状況のスタンプまで飛翔。

 ぽん、と捺印して……

 

 唐突に感じる世界の歪み

 あの日もあった、何かが来る感覚

 

 「戻れ!シロノワール!」

 強制召喚。テネーブル自身はおれの管理が届く存在ではないが、翼のマントは別。実体化させているそれを無理矢理おれの手元に戻すことで、実体の無い見えてるだけの影のような魂に戻す

 『カァァッ!』

 スタンプ帳を放り出して姿を変えられ、怒る鳴き声が響き……

 

 ドバァン!と、轟音を立てて沼が破裂した

 いや、違う。沼に超高速で何かが着弾したのだ。その何かの正体は分からないが、確かにその残像を眼が捉えた

 

 「きゃっ!?」

 「っ!」

 本当は触れるわけにはいかない。そんな考えを無視して、体が動くままに横の少女の手を掴み、胸元に抱き寄せる

 そして……

 

 「はぁっ!」

 肩掛けマントが、黒い翼を拡げ……風が津波のように襲いかかる濁った水を弾き飛ばした

 

 「……お疲れ様」

 「こんなことで使いたくはなかったんだけど、な」

 自分だけなら被っても良い。アナだけならおれの体が盾になる。だが、それではノア姫達に泥がかかる。だから、マントの力を……アルヴィナを助けるために託された翼をはためかせた

 本来は、こんな事に使ってはいけないのに

 

 「って!守れてないからなゼノ!」

 「範囲狭すぎ」

 「………………」

 あ

 

 離れた場所にいたエッケハルト等まで、風の護りは届かなかったようだ

 いや、雑に使うわけにいかないからとほぼ使ったことがないから有効射程範囲を知らなかったというか……

 

 「すまん!」

 おれは、茶髪の少女が盾である程度防ぐも手足が濡れた二人へと頭を下げた

 「ってそんな場合か!」



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砲撃、或いは空白

「……何者だ」

 「さあ、な」

 交わす言葉は短く。物理的な実体を持つ状況であれば訳の分からない何かが直撃していたのだろうという事は理解したのだろう、怒りを収めてシロノワールがその黒翼を天に拡げる

 

 「人間、知っていることは」

 「貴方と同レベルだ。恐らくは……」

 背でアナを庇ったせいで背を向けてしまった大きく抉れた沼を振り返って一瞥する

 用意されていたのだろうわざと濁らせた水は勢い良く投下された謎の物体によって大きく溢れており、水位は当初の半分程。底が確認できないのは相変わらずだが、おれの身長の……大体1.3倍くらいか?かなり深い沼の縁が外気に晒されている

 

 そして、方向も解った。ほぼ円形だった沼が、一方向だけ抉れて瓢箪型……いや始水の家で見た花が活けられていた高そうな背が高くて下部が丸っこく広がった形状の壺のような形に変わってしまっている

 つまり……沼が延びた方向の逆方面からその何かは飛んできたということだ

 

 「……学校?」

 その方角から二度目が来るとは限らない。あのATLUSが短距離を謎の黒い球体に飲み込まれてワープするのをかつて目の当たりにした以上、別の方角から攻撃する事だって恐らくは可能

 

 いざとなれば、アレしかない

 

 「シロノワール」

 「聖女を喪うわけにはいかないのは私も同じだ

 許可する。いや、その時がくれば導こう」

 人の姿を取り、さりげなくアナの背後に立つ魔神王は、珍しく真剣な表情をして体に力を入れていた

 さらには、リリーナ嬢を護ったときに見せた槍(実は影魔法で異空間に呑み込むだけで殺傷能力はないらしい)まで呼び出して武装状態だ

 

 いざというときの策というのは他でもない。おれが一度だけやった転移、即ち……魔神族を封印した世界の狭間への逃亡だ。敵陣真っ只中に飛び込むという馬鹿そのものの策だが、あの合衆国みたいな色合いの巨神やそれを越える化け物と真っ向からアナを護りつつ戦うとかさせられるよりはまだ勝ち目がある。逃げれなくもないしな

 

 いや、前回は……アルヴィナの為だからか、四天王ニーラ・ウォルテールがわざとのんびり物音を立てながらやって来てくれたからって点もあるから今回同じように逃げ帰れる保証もない。ついでに言えば、アルヴィナを奪って逃げる事も出来ないからアルヴィナにも迷惑だ

 

 それでも……

 

 キィン、と耳鳴りがする

 来たか!と一瞬思うが、それは何度も聴いた音。完全に聞き慣れた旋律

 そう、学校の方向に緑の閃光の柱が見えるが、それはおれの良く知る召喚の際に起こるもの。即ち

 

 『皇子!何事だ!』

 程なく合体し翼を噴かせて飛んでくるのは蒼き鬣の巨神LIO-HX(ライオヘクス)搭乗者(パイロット)は勿論、おれの友人?な竪神頼勇だ

 

 「竪神!

 いや、分からない!突然恐らくはシロノワールを狙ったろう何かが飛んできて……」

 「皇子さまが護ってくれたんですけど、一瞬で沼がごーってなっちゃったんです

 でも、その後何にも起きなくて」

 と、おれとシロノワールに挟まれた少女が少し事態を理解していないように首をかしげて告げた

 

 『何も?』

 「竪神、寧ろ学校の方向から飛んできたんだが、何か分からないのか」

 『いや、すまない。私自身、アイリス殿下がびくりと突然大きく反応してお兄ちゃんがと言ったから、森方向に駆け付けただけだ』

 おれは疑問を溢すが、彼の返答は期待とは裏腹に何一つヒントになるものはない

 いや、分かることはあるな。オリエンテーリングの順番が最後だから学校に居てリリーナ嬢を護りつつアイリス本人の相手をしてくれていた竪神が何も感じない。ならば学校付近に下手人は居なかったという事が逆説的に理解できる

 竪神のレーダーにも引っ掛からなかった訳だしな

 

 「アイリスが……」

 何処かへと飛び去ってしまった鳥のゴーレムを見付けようと周囲を見回しながら、おれは呟く

 その間にも何かが来るかもしれない為警戒はさすがに解かない。だが…… 

 

 「にゃーご」

 見つかるのは何時ものオレンジの猫ゴーレムくらいだ。いや何やってんだろうなアイリスは

 

 「…………」

 暫しの無言。シロノワールもなにも言わない。自身が狙われていたことを理解しきっているのだろう

 そして、暫しの静寂が過ぎて……

 

 「何も、起きないな」

 『システムオフ』

 『ok!down the power!』

 あまり長く召喚し続けていても意味はないとばかりに、格納してある場所へと鬣の機神が転移し、アイリスが動かしてくれているのだろう支援機が何処かへと飛び去る。いや、たぶんそのうち格納庫に戻ってくるだろうけど

 

 そうして、宙から降りてくるのは青い髪の青年竪神頼勇。彼がひょっこりと姿を見せたと言うのに問題ない程度には、何事もない

 

 「皇子、これは……」

 「いや、おれに聞くなよ竪神。おれも訳が分からない」

 シロノワールを狙ったのは殺意ある一撃だった。だというのに、その先が何もない

 

 「……何も起きない、か」

 暫くの後、おれはそう結論付けた

 「理由は分かるか、皇子?」

 その質問には肩を竦めて首を横に振るしかない

 「いや、おれに聞かれても分かるわけがないだろう」

 ただ、と一つの仮説を告げる

 

 「おれは始水……いや、言い直そう」

 始水じゃおれしか分からないものな

 「四天王アドラー・カラドリウスと共に飛ばされた龍海の下に広がる遺跡の中で、一人の守護龍と出会い、話を聞かせて貰った」

 「それとこれと話が繋がるのか?」

 「私にはまだ繋がりが見えないが……」

 組んだ手指で自身の肘をとんとんと叩くのはシロノワール

 

 「ああ。竪神も……多分シロノワールも知ってるとは思うが、おれが対峙した事がある化け物は分かるか?」

 「A(アンチテーゼ)G(ギガント)X(イクス)

 「ATLUS(アトラス)

 返ってくる言葉に、深く頷く

 

 「そう。おれが出会ったことがあるのは……竪神に渡した謎の剣あるだろ?

 あれの本体である、AGX-ANC14B。そして、さっき名前が出たATLUS

 ただ、守護龍の少女ティアによれば、最低限あと二機、奴等はこの世界に持ち込まれている」

 その片割れはオーウェンの持ち物なんだが、現状何事かと周囲を見回しつつ、自分も時計を取り出すべきなのか胸元のポケットに時折目を落とす彼は少なくとも今回の下手人では有り得ないから言わずにスルー

 わざわざ敵かもしれないだろうと疑う目を向けたくはない

 

 「そして、そのうち片方は、14B……アガートラームすらも超える強さを持つらしいんだ」

 「皇子さま?わたしにはぜんっぜん話が分からないんですけど……

 それ、大丈夫なんですか?」

 と、ずっと口を挟まないようにしていたろう少女が、耐えきれず言葉を口にする

 きゅっと可愛らしさのために分割された袖の先を握り混み、その瞳は不安そうに目尻を下げていて怯えが見て取れる

 

 「逆に大丈夫ですよ、シエル様

 おれが対峙したアガートラームは無敵の強さを誇っていたけれど……

 無敵のほぼ置物だった。あまりに強すぎる力ゆえに」

 「出力を確保できずに稼働しない?」

 頼勇がそうか!とばかりに手を打つ

 

 「私のLI-OHはある程度余裕をもって動かせているが……」

 「召喚時の音声でもエンジン関連でエラーメッセージが出てるのを誤魔化してた覚えがあるし、エンジンが点火されていないから、まともに動かないんだ」

 「それでも無敵か」

 「無敵だよ、な、エッケハルト?」

 

 と、共に戦った割に今は何にも言ってくれない友人に話を振る

 「あ、あの時のか!」

 「オイ」

 「いや俺さ、あれが何て呼ばれてたのかすら良く覚えてなくて

 だってあのユーゴが持ってた一機、しかもお前相手に使ってたから集中もしてなかったしさ

 覚えてる訳無いだろ細かいこと」

 言われてみればそれもそうか

 

 「でも、何一つ通らなかったのは覚えてるだろ?」

 「ああ。魔法も物理も、それこそあの伝説の神器の攻撃すら謎バリアで防がれてたな」

 だろ?とおれは笑う

 

 「攻撃がアガートラームでもアトラスでも無いと仮定した場合、恐らくは15……アルトアイネスと言うらしい最強機体によるもの」

 「え?それ大丈夫なんですか?」

 「逆に大丈夫、シエル様

 彼らのうち、少なくとも一人は貴女を手中に収めたがっている。だから、貴女を巻き込んで殺してしまいかねない……超重轟断ブラストパニッシャーだとかの超広範囲攻撃を封じられているにも等しい」

 アナ達全員を殺して良いなら、それこそATLUSですら謎のブリューナクと言うらしい雷撃槍だとか色々とあの謎砲撃を超える火力は出せる。でも、シロノワール狙いで沼周辺が消し飛ぶ火力を出してこなかった辺り、手加減せざるを得ないのだろう

 

 「そして……その性能ゆえに、一発でエネルギーを食い過ぎて動けなくなった可能性がある」

 「ゼノ皇子」

 AGX自体を持つが故に多分一番良く知っていそうながら沈黙を保っていた少年が、不意におれの袖をくいっと引いた

 

 「オーウェン?」

 「その……ティアちゃんは、あと何を」 

 「あと?」

 「最後の一機の名前とか……」

 ああ、成程。何処まで知られているのか、自分の機体が挙げられた中にあるのか、その辺りから15が使われたというのが正しいのかとか個人的に考証してくれる気か

 

 「それならば聞いた。AGX-ANC11H2D、機体名を……《ALBION》」

 静かに告げるおれ

 「ホロウハート……嫌な名だ」

 ぼやく頼勇に、知らないからか何も言わないシロノワール

 「わっかんね!考えても無駄だぜアナちゃん!」

 と、聖女をめんどくさいわりに何の糧にもならない話し合いから連れ出そうとするエッケハルト

 

 「ワタシに聞かれても困るわよ」

 と、衝撃波でバラバラになったスタンプ帳の切れ端を沼の残骸から拾い上げてきたノア姫は参加の意図を見せずに告げ

 「ま、証拠は消し飛んでしまったけど、7つ集めたのは確認したもの。不測の事態はあったけど、オリエンテーリング終了よ。お疲れ様」

 と、勝手に締める

 

 「残りの皆がオリエンテーリングをやって良いか等を話し合う必要があるもの、ちょっと今日は誰も学校まで送れないわ。泊まって貰える?」

 「……アルビオン……。なら、大丈夫だと思う」

 ノア姫のエッケハルト等にも配慮した提案を遮るように、少年は言葉を紡ぐ

 「ん?そうなのかオーウェン」

 

 「ゼノ皇子。多分だけど、二発目は来ない」

 まあ、おれよりAGX所有者が詳しいのは当然か

 「分かった、おれは信じる

 ただ、皆を納得させなきゃいけないし、ちょっと会議に顔を出してくれないか?」



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異伝 早坂桜理とスーパーダーリン

「……あくまでも確認だが、君か?」

 灰髪の皇子等がキャンプだと準備を進めるなか、それを少し離れて見守る青髪の青年にぽつりと問い掛けられ黒髪の少年オーウェンはびくりと肩を震わせた

 

 「た、タテガミさん……」

 「答えてくれないだろうか。私は皇子ほど他人に甘くは出来ない」

 その瞳は鋭く、少年の腕を射抜く

 「いや、何を」

 

 「機虹騎士団として、アイリス派として、貧しい者達に炊き出しをしたことがあったろう?君も母と共に参加した筈だ」

 怯えた表情のまま、少年はこくこくとうなずきを返す

 「すまないが、私達はああして君を見張っていた

 シャーフヴォル・ガルゲニア等と同じ力を持つ君を」

 リボルバー式のシリンダー機構により一時的に爆発的な攻撃性能を誇る特殊な剣……ガンブレードの切っ先を地面に向け、下ろして構えながら青年は告げる

 

 「何時から……」

 「5年前からだ。皇子に母親と幸せに暮らしているだけの君を下手に刺激しないであげて欲しいと頼まれていたから、今までは特に言及することはなかったが……

 

 王都近郊の不審な爆発事故、あれは君だろう?」

 

 機神LI-OHフレーム。或いはシステムLIOH。若しくは……

 Dynamic

 Arthur

 Imagine

 Link

 Ignore

 Over

 Hopes

 希望を繋ぎ絶望を覆い隠す大いなる夢の王アーサー。そんな想いで並べられた単語の羅列

 ATLUS……合衆国による復讐の旗頭と同じく、語呂と付けたい名前優先で完成した言葉

 

 百獣の王、とっくの昔に絶滅したライオン……いや人間以外の哺乳類等の生物を模し、合体することで魂の摩耗を抑えつつ力を合わせて滅びに立ち向かう為の絆の機神

 本来は既に跡形もなく消し飛ばされたグレートブリテン島の伝説の王の名を……ブリテンを救う為にアヴァロンより蘇る未来の王Arthurの名を与えられる筈だった成れの果て

 既に、長期的に戦うためにまともに立ち向かえる戦力4人の機体を合体させ頭数を減らすなんて手段はとても取れる余裕はなく、それゆえに未完成のまま、最後の一人と共に異世界から此所へと墜落したそのフレーム、或いはAGX-13KoBfプロジェクトの名を

 D.A.I.(ダイナミック)LI-OH(ライオウ)

 

 プレイしたシリーズ作品において、ロボットものではない乙女ゲームだった昔のシリーズとの繋がりとして語られた設定

 その完成させられなかった絆の機神の成れの果てを受け継いだ青年の静かなオーラに圧倒され、少年オーウェンは静かに震えた

 

 「あ、あれは……」

 「認めたな。知らないと誤魔化せたろうに」

 「い゛っ!?」

 びくり、と少年の肩が震える。乙女ゲームの中でも野生味がぱっと見強めな竪神頼勇とは対照的な中性的な顔を歪め、逆流しそうな朝御飯の残りを噴き出さないように喉を抑えて少年は呻いた

 

 「……いや、良い

 君はその後、力を振るった形跡はない。あの一度、ただ一度だけだ」

 怖すぎるのかと表情を緩め、青き青年は剣を地面に突き刺して手放しながら語る

 

 「怖くなったんだろう?あの力が

 開発が始まる前の区画。あの子達が追われて誰もいなくなった元孤児院付近

 人的被害は0で……けれども、一欠片の残骸すら残らずあの辺りは消滅した。孤児院の飼い犬の墓を始め何もかも

 だから、使おうとしなくなった」

 こくこくと頷くオーウェン。怯えは消えず、ただ逃げたい一心で……

 けれども、爆発的な力をもたらす黒鉄の腕時計のベゼルを展開することは無い。AGXを召喚すれば、未完成のAGXのフレームから作られた紛い物であるLI-OHに勝てるだろうとしても、逃げられるとしても、それでも使わない

 

 「私が直接見たことがあるのはATLUSと呼ばれた赤蒼の機体だけだ。けれども、それすらもアイリス殿下等と共に改良したLIO-HXがあって漸く何とか食らいつけた程度

 皇子の口振りからして、残りはあれよりも強いのだろう?」

 「う、うん……」

 ふっと笑って、ぽんと青年は少年の黒髪に手を置く

 

 「凄いことだ。私だって、やるべき事がなければLI-OHの力を悪用したくなるかもしれない

 それを君はしなかったんだろう?」

 ただ、と青年の目が鋭く変わる

 

 「それでも、私はあの皇子ほど、他人を信じない事は出来ない」

 「え?」

 呆けたように口が開く

 

 「ゼノ皇子って、人を信じすぎるんじゃ……

 僕だって」

 「信じていない。彼は誰一人信じていない。私も、アイリス殿下も、君も、勿論聖女アナスタシアも」

 「いやそんな筈は」

 オーウェン……いや早坂桜理自身、初代ゲームはそこまでプレイしていない。アニメ版と男主人公のコミカライズを見たことがあるくらいだ

 その為、天光の聖女の物語であるゲーム本編についてはかなり疎い。ヒロイン攻略しておくとか考えなかったのは、そうした理由もひとつあった

 

 けれども、ちょっとしか知らなくとも。彼は覚えている。皇族は民を救うんだろ!ならお母さんを助けてみろよ!と怒鳴りこんだら、本当に薬を買ってきて母を助けてくれた第七皇子の姿を

 それは確かに、ほんの少しだけ出番があった漫画の彼そのもので

 

 だからこそ、オーウェンは抗議する

 「あの皇子は」

 「いや、語弊があった

 信用はしているだろう。私の力や人格を」

 「うん」

 「だが信頼していない。彼は人の心が分からず、痛みも分からず、ただこの力とこの性格ならこう動くという信用で、利害を合わせているだけだ」

 と、一応は友人であり雇い主にも近い相手に言う言葉じゃないかと青年竪神は苦笑した

 

 「人間賛歌は優しさの賛歌。だから皇族は民を守るんだ。産まれ持った地位も力も金も、より弱い誰かを救うためにある。それが人間の人間である理由だ

 なんて、ゼノ皇子は言うのに……」

 

 「オーウェン少年」

 その言葉は、何処までも優しい響きで

 「人間賛歌を高らかに謳う者は、その賛歌からかけはなれた人格だ

 本気でそれを思う者は、己の賛歌を体現する者は、言葉にして薄っぺらくする必要がないんだ。だから、耳当たりの良い人間賛歌を語る人間には気を付けた方がいい」

 「タテガミさん、ゼノ皇子の仲間なんじゃ……」

 

 その疑問に、青年はまあ、それはそうなんだがと所在なさげに機械の手で虚空を握っては離して苦笑いする

 「寧ろだ。近付けば近づくほどボロが出る

 そんな皇子だからこそ、何時か……多くの人間から見放される時が来る」

 「忌み子ってボロクソ言われてるけど?

 僕も昔は……」

 「それでも、まだ地位があるし、追われてもいない」

 「でも、もっと事態は不味いことになっていってるのよ」

 不意に割り込んできたのは、金の髪を揺らすエルフ

 

 「?」

 「例えばワタシ。これはワタシのプライドの問題だから止める気は無いけれど……」

 突然現れた少女は、悪戯っぽく微笑む

 

 「アナタもエルフの価値は分からないかしら?」

 「何で居るんだろうってずっと……」

 「アナタ達が語っていたATLUS。そして、それとは別の仲間が死んだ筈の四天王の怨霊を引き連れてエルフを襲ったのよ

 それを、あの皇子達や天狼が撃退したの。その礼よ」

 「あ、そう繋がりが……」 

 納得がいき、オーウェンはぽんと手を叩いた

 

 「後は聖女達。忌み子なんかが婚約者の座にのうのうと収まっていて、【聖女という存在】に価値を見出している人々は恨むでしょうね

 何で忌み子なんかが、と」

 ぴくりとその金髪少女の長耳が跳ねる

 

 「そういう点では、あの子の行動は寧ろあの灰かぶりを追い込むから困りものなのよね

 唯でさえワタシが手助けしてあげていて更には聖女と婚約していて恨みを買うのに、もう一人が露骨に気にしてたら相乗効果で恨まれるわ」

 「確かに」

 あまり乙女ゲーに思い入れがないからそこまで考えていなかった少年もこくこくと頷く

 

 「その前に、人を信頼しないから踏み込まない彼の代わりに色々と動こうという訳だ

 人格面は褒められたものじゃないとはいえ、私はあの皇子のことはアイリス殿下の事もあるし嫌いじゃない」

 だから、と再度射抜く瞳

 

 「君がATLUSの使い手ほど悪辣でないと信じて……手を貸して欲しい。私の用件は、そういうことだ」



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異伝 早坂桜理と伝説の剣

「僕の、手を?」

 こくり、と青年は頷く

 

 『turn on!』

 その左手に埋め込まれた父の魂を物質化した白石が輝いたかと思うと、青年の機械の腕の中には一本の輝く黄金の剣……いやその柄が現れた

 刃の無い豪奢な金装飾の柄。横に広がる鍔の部分に大きな亀裂が入っていたのだろう色の違う金属による修繕痕を色濃く残す一本の剣が忽然とその姿を見せていた

 

 「皇子が言うには、エクスカリバーと呼ばれるらしい」

 「エクスカリバー……」

 何かを知っているかのように、少年はその言葉を復唱する

 

 「生憎と、私にはそんな名前の剣に心当たりは全く存在しないのだが、君達真性異言にとっては有名な武器だったりするのだろうか」

 「えっと、伝説の王様の持つ王の剣で……」

 しどろもどろに少年は告げる

 元々、気の強い質ではないオーウェンにとって、鋭い空気を纏う攻略対象は刺激が強すぎるのだ

 

 「構造的には私達の使う特殊剣にも似ている。刀身そのものが異様に硬質化したエネルギー結晶というあまりにも大胆な構造は驚愕するしかないが、つまりは伝説の剣の名を関しただけの別物、という事で良いのだろうか

 言ってみれば、不滅不敗の轟剣(デュランダル)の名を与えられた燃える剣、のようなイメージだが」

 こくりと少年はうなずき、ゲームで見覚えのある剣に目を落とす

 

 男らしさがほしくて、男だと主張したくて、はまりこんだ巨大ロボットのゲーム

 だから、シナリオは良く覚えてなくとも記憶に残っている

 

 「うん。伝説の剣そのものじゃないけど……」

 でも、何で?

 疑問と共に少年は彼が持つはずの無い剣の残骸を取り出した青年を呆けた顔で見上げた

 

 「なんで此処にあるの?」

 「ユーゴ・シュヴァリエ」

 「え、誰?」

 オーウェン……というか、その人格の元になっている早坂桜理はその名前に聞き覚えがない

 「……知らないか。私も知らないし、会ったこともない

 ただ、皇子が言うには彼がAGX-ANC14B(アガートラーム)を所持していたのだという」

 「あ、アガートラーム!?」

 

 嘘!とオーウェンは胸元のポケットに入れている時計を思わず掴む

 「アガートラームって……嘘、勝てるはずが……

 でもこれは確かにアガートラームに備えられた武器だしでも勝てる方が可笑しいからあり得なくて」

 目をしばたかせ、少年は困惑する

 

 ゼノ(獅童三千矢)も、エッケハルト/遠藤隼人も、リリーナ/門谷恋も、そして勿論……結局のところこの世界の七柱の一角であるティア(金星始水)もだが、AGXなる巨大機械の設定や能力には疎い

 この中で、それ等が実際に運用された此処とも地球とも異なる世界を知るものは……続編ゲームとして語られた異世界の歴史をまともに習ったことがあるのはオーウェンただ一人だ

 

 「やはりか

 皇子等は知識がないようだったが、君はあの脅威の事を良く知っている」

 「……うん」

 「そして、所持している」

 不意に自身の青い髪を左手で掻いて、青年はぽつりと告げた  

 

 「すまない、怖いか

 穏和な表情というのが、案外苦手なんだ。ただ、害意は無いし、力を恐れた君に、一つ正しい勇気を持った君に、戦えと言う気も実はない」

 「え?そうなの?」

 てっきりその腕時計で、最強のAGXで、アガートラーム等と戦えと言われるんだと怯えていた少年は想定外の言葉に目をしばたかせた

 

 「ゼノ皇子もだけど、戦えって……言わないの?」

 彼の脳裏に浮かぶのは……最近思い出さなくなってきたかつての自分。桜なんて名前に入っていて、名前の響きと文字だけだと男とはあまり思われない、小さな背丈の苛められっ子、早坂桜理の姿

 「それは僕が、男らしくないから?」

 

 「……違うさ、オーウェン」

 どこか空虚な優しい声音に、桜理は振り返る

 

 其処に立っているのは、黒い翼のマントを左肩から羽織り、蒼銀の雷刃を携えた隻眼の青年。忌み子たる帝国の第七皇子

 話題にも登った彼が、緊張感こそ残しつつも少しだけ楽しげに用意をする聖女等を残して離れた場所を訪れていた

 「君は優しい君である為に、貰い物の人智を越える力を使わない事を選んだんだろ?

 それは、優しさという勇気だ。力があるから好き勝手して良いっていう、円卓(セイヴァー)(オブ)救世主(ラウンズ)とは違う思いだ」

 「でも、ゼノ皇子!」

 「力で押し通すことしか出来ないおれよりも、誰かを大切に思って護ろうとする。それはよっぽど男らしいよ」

 その言葉に、左手の石に手を当てつつ蒼髪の青年も同意のうなずきを返す

 

 「だから、君に戦えとは言わない

 真性異言等から世界を護るとしても、魔神を倒すにしても……それは私達、それをすべきだと信じた者達の仕事だ」

 静かに語るのは青年竪神

 

 「そうだ。戦いたくないのに戦えってリリーナ嬢等に要求するのも、本来はいけないことだ

 ただおれ達は、聖女無しで何とかすることがきっと出来ないから、彼女に強要している」

 重苦しく、過剰なまでに考えるゼノが重い声音で続けた

 その右手が、愛刀の柄に埋め込まれた天狼の角を指先で撫でる

 

 「でも、なら……」

 「だから、私は君に頼む。君にしか頼めない、きっと……君にしか出来ないことを」

 そんなオーウェンの疑問は、覚悟を決めきった二人に出る前に封殺される

 「エクスカリバー。AGXのシステムに近いなにかを使う、彼等と同じ力を持つ剣

 君のその腕時計で、その時計が呼び出す力で……こいつをおれ達の切り札に修繕してくれないか?」




ということで、イラスト:えぬぽこ様によるラフ画となります。こんなアナちゃんによる耳かき、只今企画進行中です
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型式番号、或いは困惑

「修……繕?」

 目をしばたかせる黒髪の中性的な顔立ちの少年に、おれは頷いた

 

 って駄目だな、ぽろっと漏れた言葉を聞くに彼はその顔立ち等にコンプレックスがあるみたいだから、変につつかないように気を付けないと。女の子みたいだとか可愛らしいとかじゃなく、カッコいいとか男らしいといった言葉が欲しいんだろうし

 おれみたいに、かつての自分のトラウマもあるのかもしれないしな。同じ真性異言として、その辺りを分かってやるべきだ

 

 「というか、そこまで直っていたのか」

 剣の柄を見て、ぽつりと呟く

 おれが轟火の剣でぶっ壊したから良く覚えてるんだが、砕け散ったというか、柄飾りが粉々に10パーツくらいになって、柄本体も真っ二つになってた筈だ

 頼勇に見せた時点ではパーツ同士を単純にテープというか粘着するし魔力を流せば取れる素材で貼り付けて形を整えただけ。強い力を込めると分解する程度だったんだが……

 「ああ、アイリス殿下の協力もあって、何とかな」

 

 と、蒼髪の青年は少しだけ顔ごと視線をずらして、ふふん、としたエルフの姫の方を見る

 「勿論だが、エルフから提供して貰った合金を中心にヒヒイロカネや一部には魔導性を切るためのオリハルコンといった希少金属でそれっぽく直している以上、エルフの協力無くしては此処まで辿り着けなかった」

 「そっか、こいつは……」

 「ああ、私だけじゃなく、皆で直した」

 『Yu-jo!』

 と、白石が叫ぶ

 

 そこは恋情や愛情じゃないんだな、って少しだけ思いつつ、おれは微笑む

 こうやって、誰かとアイリスが深く関わってくれるのは素直に嬉しい。ガイストもだが……引きこもりがちで、原作と違って他人への興味が薄く内向的になっている妹を変えていって欲しい

 余計な兄心かもしれないが、おれだって妹の将来くらい心配するのだ

 

 というか、原作ゲームだともっと積極的に人と関わろうとしてたろアイリス!?

 加入はちょっと遅いというか聖女/勇者が二年に上がったタイミングなんだけど、それ以前からスポット参戦してくれるし寄ってくるし交流も出来る女の子の筈

 それを考えるとアナとは昔の縁かちょっと仲良しっぽいけれど、それ以外の関係性が変。というか、原作では普通に仲良くなれるリリーナ嬢を見るやふしゃーっと鳴く猫ゴーレムって明らかに可笑しい

 アイリス?彼女は主人公だぞ?何で初対面から嫌ってるんだ。しかも一応おれと婚約してるから、名目上は未来の義姉と更に仲良くすべき相手だ

 まあ、確実にそのうちおれから破棄して彼女の恋を完全に自由にする事が前提の婚約、義姉になるなんて有り得ないってことは分かってるのかもしれないが……

 

 閑話休題

 「そっか」

 「ただ」

 と、真剣な顔で青年は続ける

 「形は直した。ああでもないこうでもないと皆で壊れた回路も修復した……と思う

 それでも、ブラックボックスは手を付けられない。そもそも、皇子から聞いていた冷たく青い結晶の刃というものが何で出来ていて、どういう理屈で構成されているのか、皆目検討が付かない」

 青年は重苦しく告げ、左手に目線を落とす

 

 「父である貞蔵(てぐら)……いやレリックハートの性質が何か近いものな気はするが、魂を物質化した今の父に、確証もなくただの実験で無理をさせたくない」

 そりゃそうだとおれは深く頷く

 例えばだが、成功する確証も何もないし失敗したら昏睡しかねないゴーレム関係の実験にアイリスを参加させろと言われたらおれだってぶちギレて帰るだろう。下手したら一発くらい殴るかもしれない

 おれが実験材料になるならまあまだ良いが、妹に無理させたくはない

 

 ATLUS相手に一ヶ月眠り続ける程に無理させておいてどの口がとなるが、それがおれの本心だ

 「だから、オーウェン。君のその時計の中身が力を貸せるようなものなら、おれ達じゃ分からない部分を同じ技術で解決して欲しい」

 真剣に相手の目を見て頼み込む

 

 行けるって確信はあった。始水と共に見た異世界の存在の影。その中には……AGXっぽいものもあった

 といっても、巨大なATLUSみたいなものはほぼ無くて、人間が着込むくらいの大きさ。あれは始水によれば型式番号としては11(イレブン)に分類される機体……ほぼ確実に彼が持つという11H2D(ALBION)の前段階だ それが影の癖に色の付いたエクスカリバーの前身みたいな武器を振り回してくるのは確認したし、直せなくもないだろうな

 

 確かエクスカリバー自体、正式には……

 「E-C……何とかV(シックス)だったから、こいつはver6みたいなものだろう?

 なら、同じようなものは君の機体にも搭載されていたんじゃないか?」

 こくりと、少年は頷く

 「E(element)-C(caliber)-B(burst)-St(Starlight)V(victory)=ⅥS(シルフィード)……って言うんだ、それ」

 「む、難しいな……」

 聞き覚えの無い単語の羅列に、青年が苦笑する

 

 「蒼輝霊剣ⅥS(シルフィード)とも言うんだけど……

 うん、僕もこの力はカッコいいから貰っただけで別に内部構造とか全く知らないから、もしも修繕が間違っててとかあったとしても手助け出来るかは怪しいんだけど」

 強い意思を込めた瞳で、少年はぐっと手を握る

 

 「やってみる。僕に出来ることを

 僕にしか出来ないことって言ってくれたなら、それに応えたいから」

 「……ああ、頼む」

 「私からもお願いする」

 『にゃにゃあっ』

 と、ぴょんとおれの肩に突然乗ってきた猫が鳴いて

 

 「……何やってんだアイリス?」

 『猫の……真似』

 一気に空気は弛緩した



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夢、或いは託された力

「……アイリス」

 「動いたら……駄目」

 不満げにおれを見上げる腕の中の仔猫……ではなく妹に言われ、仕方ないとおれは溜め息を吐いた

 結局、あの後は本気で何もなかった。オーウェンの言う通り、何事もなくオリエンテーリングは行われ……

 おれは、静かにキレた妹によって椅子にされていた。まあ、椅子と言っても踞るわけではないんだが

 

 おれを背もたれ兼クッション扱いして腕の中にすっぽり収まってしまっては妹を追い出せない

 それにだ

 

 おれは真剣な表情で蒼い透き通る結晶を、そして緑の光を瞬かせる訳の分からない機械を眺める妹を刺激しないようにその口元に甘い飴のような菓子を運んだ

 「……あむっ」

 指ごと口に含まれ、ぺろりと舌で舐め回されて、べとべとになった所で唇が緩まって指だけ抜ける

 

 うん、結構余裕あるなこの妹となるが、彼女が今見ているものはオーウェンが託してくれたデータだ

 直接使いたくはないけれど、せめて……と渡されたソレは、恐らくは機体に残されていたデータの破片。取り出しかたが悪かったのか、或いは元から破損しているのか。そのデータは完全なものではないが……

 

 「……どう!?」

 バン!と……いうほど強くはないが、何か自信ありげにアイリスが謎機械を叩く 

 ぼんやりと緑の光を撒き散らすそれが不意に駆動を始め、周囲に更に大量の光を放ち始めた

 「……お兄ちゃん、わかる?」

 「分かるわけ無いだろアイリス」

 「……ゼノじゃない、お兄ちゃんでも?」

 その言葉に妹の脳天に軽く顎を載せる

 

 「おれはさ、こんな細かい発光物体が実用化されてる世界の事は知らないよ」

 そうだ。緑の光を撒き散らしているソレは、というかそれが撒き散らす小さな緑の光はおれの知る限り始水の家で見せて貰ったりしてた特撮なんかに出てくるナノマシンと呼ばれる物体だろう

 砂粒よりも小さな、それこそ何処にでも入っていけそうな小さなマシン。そんなもの、どう考えてもあのニホンでは夢物語に過ぎないのだ

 

 「おれが知る限り、こういったナノマシンはただの夢物語だよ」

 「……そう、なの?」

 「魔法と同じだ。夢見るけど、現実じゃ不可能なもの」

 「魔法と、おなじ……」

 ぽつりと呟く妹のオレンジの髪が揺れる

 そして、小さくミィと呼ぶと、飾ってある机がその四本の足で動き出して隣の部屋からおれが昔プレゼントした猫のぬいぐるみを持ってきた

 

 うん、ゴーレムを作成する魔法だな

 「こういうのも、ゆめ?」

 「ああ、夢物語だよ。アイリスに向けて寝るときに話してた話もさ、あの世界で作られたつくりばなし

 

 だからさ、魔法が使えるだけでお話になるんだ」

 きゅっと胸元にぬいぐるみを抱き締めて、妹は何かを考え始める

 

 「夢と、同じこと……」

 「アイリス?」

 「甘いの」

 言われて、一粒摘まんで

 「リンゴ」 

 「分かったよ」

 アナが作りました!していた林檎味の飴玉みたいな菓子を選んで摘まみ直し、前の一粒はおれの口へ入れておく。うん甘い

 

 「お兄ちゃん」

 不意に灰色の瞳がおれを見る

 「無いのに、なんで?」

 「ナノマシンや、魔法のことか?」

 「……有り得ないものを、どうして知ってるの?」

 ……そういう話か、と頷く

 

 確かにそんな疑問もあるかもしれないなと妹の頭を撫でる

 例えばなんだけど、星野井上緒(アステール)の出版させた魔神剣帝スカーレットゼノンが受けたのは、その物珍しさが一つの原因だ

 この世界は魔法も神も実在する。その証拠も存在するし

 

 『実際私みたいに話も出来るわけですしね』

 

 茶化さないでくれ始水と思考を読んで投げつけられる言葉に苦笑する

 だが、そうだ。創造力というか、有り得ないものへの空想……ファンタジーやSFという物語ジャンル自体が非常に弱いのが、この世界だ。だから、有り得ない魔神の力を持つ変身ヒーローがコンセプトからして物珍しくて受けた

 本は刷れるし劇もある。決して文化は未開ではないのだが、それでも特定ジャンルだけ異常に弱い

 万能の力があるからこそ、この世界の人は骨董無形な夢を描かない

 

 というか、その事に早くに気が付いていれば新ジャンルファンタジー小説の開祖として金稼ぎとか……

 いや無理だな。おれに文才無いし

 

 閑話休題

 「あったら良いなと夢見たから、って言うべきかな」

 うん、言葉にすると難しい

 でも。奇跡がないからこそ、若しもあったらと夢を見た

 「ゆめ……」

 こくりと、少女が頷く

 

 「アイリス?」

 「わかった」

 「何が?」

 「パスワード。夢と未来」

 真剣な灰色の瞳で机に置かれたマシンを見つめる妹

 

 おれはそんな彼女の軽すぎる体を載せたまま、流石にそんな分かりやすいパスワードなんて甘いセキュリティは……

 と、言いかける

 

 が、それを言いきる前に、沸き上がる光が更に増え、空中に発光するナノマシンらしき緑の粒子が文字を紡ぎ出す

 それは……

 「よめ、ない……」

 アイリスが即座に匙を投げておれを見上げる

 

 確かに、妹には見覚えのない文字だろう

 「夢は明日への希望。この言葉を継ぐ者達へ」

 「読めるの?」

 「真性異言(ゼノグラシア)ならきっと皆読めるよ。これは……日本語っていう文字だ」

 へぇ、と少しだけ感心したように頷く妹を急かし、先へと進む

 膝上で安心しきった少女が操作するのに従って、日本語の文字が……

  

 「かわ……らない」

 困惑気味に預けられた体が強ばる

 「……何かが、要る。共鳴する……ため、の……」

 と、すればそれは

 

 「アイリス殿下」

 『contact!』

 思考を遮るように扉を開けて現れたのは、正に今から呼ぼうとしていた相手

 「すまないが、入っても大丈夫だろうか」

 皇女様(アイリス)の部屋故に律儀なことを言う、AGXに連なる力を持つ竪神頼勇が、扉の前に立っていた



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異伝 アルヴィナ・ブランシュと参謀ゴリラ

「……アルヴィナ様」

 部屋の外から響くノックの音とそんな声に、ボクは不意に顔を上げた

 窓一つ無い、大きな部屋。今のボクの部屋

 またの名を屋内墓地。ふかふかしていない踏み固められた地面と、無数の魂が蠢く墓標が並ぶ他とは隔絶された土地

 

 かつて人類相手に世界を得ようとして死んでいった者達を、ボクが産まれる前に戦った皆を祀るための場所。肉体はあの皇子みたいに死んだら崩れ去るのが普通だから、あくまでも墓という物理的なものは霊を慰める意味しかない

 寧ろ、人間は遺体を埋めると聞いてへーと思ったことを覚えている。魔神により近くなる……つまり人の殻を捨てて人であって人でない超人にならない限り肉体が死んでも残る事自体、ボクからしてみれば不思議なことだったから

 

 そんな場所に半ば閉じ込められて、ボクはひたすらに作業を進めていた

 自分で望んで、皇子が見たらアルヴィナには合うかもしれないけれどと不安にさせてしまうような此処でずっと、死霊術を使い続ける

 

 皇子は魔神であっても殺すことを気にするだろうけど、本当は問題ない。違う、問題なく今している

 だって全部、ボクの死霊だから。彼らはもう死んでいるから、殺すもなにもない。それに、お兄ちゃんも皇子達の味方を遠慮無くすることが出来る

 魔神王として導く皆を殺すなんてお兄ちゃんはやりたくないだろうけど、これなら大丈夫

 

 その事、お兄ちゃんは分かるかもしれないけれど……皇子は分かるだろうか

 ボクの死霊くらいしか、まだ光溢れる世界には送れない。それくらいしか、まだ封印は緩んでいない

 四天王を送ったりボク自身が出向いてみたり、影みたいなものなら送れていた事は知ってるだろうし、気が付くかな?

 

 そんなことを思っていると、遠慮無く扉が開く

 其処に立っているのは、フードを目深に被ることが多い、三編みの女の子。四天王ニーラ・ウォルテール

 「アルヴィナ様、テネーブル様は何と」

 と、お母さんの親友は直接聞けば良いような話をわざわざボクに訊ねる

 

 「アルヴィナが本当にやりたいなら、って」

 ボクはぽつりと言って、亜似から渡された許可を見せる

 それを、マジマジと三編みの少女魔神は見つめていた。まるで、信じられないものを見るかのように

 

 実際、信じられないと思う。ボクだって、お兄ちゃんがそんな事言い出したら耳を疑って耳掃除する

 「ボクがあの泥棒を許さないと言ったら、こうして此処に閉じ込めたし」

 戦力を整えるんだと、ボクが一番得意なこの場所に入れて貰っている時点で、そういうこと

 「アドラーを殺し、その翼を強奪して使う相手……

 それを、ボクは許さない。だから、戦力を整えて滅ぼしに行く」

 殺すとは言わない。ボクにとって死は友達。死霊としてボクと一緒に居るようにすることも示すから、"滅ぼす"という強い言葉を使う

 

 「テネーブル様がそれを許したなら、参謀として作戦を立てるだけ」

 「……良いの?」

 ボクは相手を見上げる

 「親友の仇を、テネーブル様が他人に取らせる筈がない。有り得ない、率先して自分が殺しに行く」

 その言葉には、ボクも深く頷く

 

 そう、魔神王テネーブル・ブランシュとは、そんな性格。大事なものは本当に大事にするし、それを奪ったものは絶対に許さず直接的に動きたがる

 「……ニーラ・ウォルテールは、初恋の相手であるテネーブル様を疑わない。目の前に居たら、言われたことは何でもする」

 ぽつりと呟かれるのはそんな言葉

 

 ……自分の事を客観視するような物言いに、ボクは上機嫌に耳をぴこっと動かした

 その言い方は、自分がそうあるように操られている事を自覚している証拠

 ボクだって直接言えないから、自分で気が付いて貰うしか無かった

 

 「でも、私はスノウの友達。友達の娘の為にもちゃんと動くのは普通の事」

 「ボクは、本当は……」

 「大丈夫です、アルヴィナ様」

 優しく微笑まれ、ボクは……

 

 「有り難う、ニーラ」

 その手を握り、初めてそう呼んだ

 「はい、アルヴィナ様。必ず

 ですので、可能な限り相手の戦力を語っていただけますか?そうでなければ、アルヴィナ様の願う通りの作戦を立てることが出来ないので」




此処から幾つかイベントのプロットはありますが、進行順番は結構自由となります。

【その名はジェネシック】(アイリス/竪神イベント)
【決戦!屍の皇女アルヴィナ】(アルヴィナ帰還イベント)→【血戦!D(ダイナミック)G(ジェネシック)G(ギガンティス)
【ざわめく森】(???加入イベント)
【乙女ゲー主人公のガールズトーク】(アナちゃんvsリリーナイベント)
【学校の日常】(リリーナイベント)
【演劇!魔神剣帝第二幕】(アステールイベント)
辺りがありますが……


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悪役令嬢、或いは桃色少女の語り

「ゼノ君!ゼノ君!」

 跳ねるように駆けてくる桃色の髪のリリーナ嬢にぶつからないようにさっと体をずらし、けれども行き過ぎて激突なんてしないようにしっかりと右手で受け止める

 

 ふわりと香るのはお日様のような香り。腕に残るのは胸には当たらないように気を付けたものの、それでも柔らかなお腹の感触

 「リリーナ嬢。気を付けてくれないか

 あまり、おれとくっつくような真似は……」

 「え?別に良いよね?婚約者なんだし」

 だが、何も気にせずあっけらかんと言う少女に苦笑せざるを得ない

 

 「おれと近くに居るだけで悪い噂が立つ」

 実際、ニコレットなんかはそれで皇族の婚約者で便宜を図って貰える利益もあるけど辛いって言ってたしな

 

 「でもさ、婚約者をないがしろにするっていうのも、悪くない?」

 おれの手から抜け出すと桃色の髪の聖女はすぐに近くの部屋の扉を開き、ほらほらと手を振って空き教室に誘導。そうされるがままに、おれも少女に続く

 

 此処は次の時間はどの授業も使わない。その次はノア姫の授業の教室になるが、それまではほぼ誰も来ないだろう

 そういった教室は幾つもあるし、生徒達の駄弁り場なんかにも使われている。大部屋の集会所みたいな部屋もあるんだけど、そこは人が多いからな

 その点、こうした空き教室は授業がない時間帯は教員側で消灯してて空調の魔法も切られているから蒸していたりするが便利だ

 皆も分かってるのか、扉から個人の灯りが見える空き教室には入らないって鉄則が出来上がってる

 

 ……ゲームは18禁じゃ無かったし清純な雰囲気を壊さないために全くといっても良いほどに話題に出てこなかったが……空き教室だと思って入ったら愛し合う生徒達が居た事とかもあったらしい。結果、不文律が出来たんだとか

  

 それをわかってか、杖を呼び出して両手で軽く左右に振り、魔法の灯りを浮かべるリリーナ嬢。小さな太陽のような灯りは少し眩しくて

 「リリーナ嬢。眩しすぎる」

 「え?良くない?」

 「きちんと部屋の灯りを点けた時と判別がつかない」

 「あ、じゃあダメかー

 って、やましいことはしないんだけどね!?」

 焦ってちょっと開いた胸元の布地を左手で纏めて隠しながら、少女は慌てて光量を落とす

 こんなことに使われてて良いのか、伝説の神器。いや良いんだろうな、轟火の剣(デュランダル)だって演劇で振り回したところで怒られない気がするし

 

 「ゼノ君、期待した……とか、無いよね?」

 それならば聞かなければ良いだろうに、律儀にそんなことを訊ねるリリーナ嬢

 身長差から上目遣いに見詰められるが、可愛らしいそれにも揺らぐ気はない

 「欠片も思っていない。自分を大事にしてくれないか、リリーナ嬢

 貴女は聖女だ。聖女が恋をするなとは言わないし、形だけ婚約しているこんなおれに義理立てしろというつもりも全く無いが、その分しっかりとこの先の未来を見詰めて行動してくれ」

 「うん、信じてたよゼノ君

 そうそう、ゼノ君ってそういうお堅い答えだよねー」

 信じられても困……いや困らないか

 

 と、誰も来なくしたところで、個別に一人用の机と椅子が並ぶおれの見覚えのある小学校スタイルではなく、長い机とその前面に備え付けられた椅子。それが高低差のある教室に階段状に備えられている感じの教室の椅子ではなく机の上に座り、少女は語り出した

 

 「私ね、幾つかむかーし本で読んだんだけど、悪役令嬢ものってあるんだ」

 おれが渾名付けられてるアレだな。悪役令嬢

 

 男なのに令嬢とはこれ如何にと思うが、攻略の邪魔をしてくる(チョロ過ぎて好感度が一番高いと起きる必須イベント等のフラグを潰しまくる的な意味で)し、何かと死ぬし、これもう悪役令嬢だろと言われたら何となく納得してしまう辺り、悪役の名がおれには良く似合うのだろう

 いや、アンチから付けられてる渾名の筈なんだけどな?おれ自身割とゼノについてはアンチ気味だというか。おれにしておいて何を言うのかとはなるが、獅童三千矢としてのおれにとって、多少力のある自分って感じのゼノは嫌いだったというか……

 

 「悪役令嬢もの」

 「うん、ゼノ君みたいな……って性格はそんなこと無いけど、何かとヒロインの邪魔をして死ぬ女の子に転生しちゃうって話

 あ、乙女ゲームの話はしたから分かるよね?」

 その言葉に首肯を返す。いや元々知ってるけどな

 

 「分かる。ただ……恋愛に必要ないそんな女の子、ゲームに出てくるのか?

 現実ならば、世界には恋する二人とその物語に必要な者しか居ないわけじゃない。正に単なる余計な邪魔、物語にするならば要らないような相手も居て当然だとは思うんだが……」

 「うんまあ、それはそうなんだけど

 ゼノ君だって分かるよね?不幸で苦しい状況に置かれてからの逆転劇って人気になるってこと」

 ニッコニコの顔を向けられた

 

 「ほら、ゼノ君って正にそういう逆境を跳ね返して今まで生きてきた訳だし!」

 「つまり、おれは悪役令嬢……悪役だと」

 言いえて妙だ、と視線を床に落としてみる

 「まあ、悪役って付いてると逆境感出るよねーってだけで、悪じゃない事の方が多い変な称号だからさ、そこは気にせず」

 わざと茶化した言葉に、わたわたと焦って返されて少し悪い気分になる

 

 「そもそも、おれは逆境なんて無かったよ」

 それはそうだ。未来を知っていた、回避する術は……おれが最低限おれである為には微妙な手段ばかりではあったが、それでもそもそもそんな状況に陥らないという形で対処だって出来る。より良く戦いを進められれば、おれが殿を務めないと多くの人が死ぬまで追い詰められなければ良いのだ

 追い詰められたら民のために死ぬべきだとしても、それで済む。未来が分かるから、逃げずに立ち向かえる。原作ゼノでは知らずに踏み抜く地雷を対処して踏める

 呪いは何ともならないし、原作ではそこそこ仲良く出来ていたレオンとは決別してしまったが……始水が居る。それにアイリスは全く呪いを気にしてなさげだし、沢山の味方が居た

 

 「おれは、あまりに恵まれている」

 ……そして、沈黙が暫く場を支配した

 

 「……なんかごめん」

 「リリーナ嬢。事実を言っただけで謝られても困る」

 「いやまあ、ゼノ君がそんな人って分かってて話題を振った私も悪いんだけどさ?」

 「というか、悪役令嬢の話をしに来たのか?」

 その言葉に、はっと気が付いたように口を抑え、リリーナ嬢は目の色を変えた

 

 「それはちょっとこれからの喩えの為!

 ってあんま重要じゃなくて!」

 「そうなのか」

 「そう、そういう話だと、知らず知らずのうちに原作から大きく変わっちゃってどーしよーってあるんだけどね?」

 「そうか」

 と、とりあえず事態が呑み込めないままに頷いておく。悪役令嬢とこの先の話、何が繋がるのか全く検討がつかない

 

 「……シロノワール呼ぶか?」

 「シロノワール君?呼ぶ……って言いたいけど、まだ駄目かな」

 ころころとリリーナ嬢の表情が変わるが……実は最初からおれの影の中で話を聞いてる。少し離れててくれと言い忘れたからな

 なんだろうな、貴族だ何だのプライドが薄い普通の女の子過ぎて申し訳なくなってくる

 

 「ゼノ君でわざわざ悪役令嬢の話をした理由だけど……

 私はね、ゼノ君も何とかしたいの」

 「何とか?」

 理解できるが、わざととぼける

 

 真剣な緑の目が、おれを見返す

 「ゼノ君、結構死んじゃう話多いんだ

 だから、変えてあげたいの。だってさ、死ぬかもしれないって知ってて、なにもしないのも嫌だから」



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第二部一章インターミッション ざわめく森
鳴き声、或いは不実在の弟


「おれを助けたい、か」

 真剣な顔の桃色少女に向けて、おれは意識して寂しげに思えないように、明るく笑みを浮かべる

 

 「アナ……シエル様にも同じことを言われたよ」

 「うん知ってる。結構なゼノ君信者だもんね、あの子」

 うんうんと頷かれた。それで良いのか乙女ゲーヒロイン達

 いや良くないから今こうして説得を試みてるんだが。普通に考えて救済枠のゼノルートとか駄目だろ。おれが救われるだけだ

 

 救われたいおれの浅ましい想いが、勝手な好感度が、それによるシナリオ強制力が、きっと彼女等を縛っているんだろう。こんな塵屑に

 

 「おれはただ、昔あの子にとっての救いの神様だっただけだ」

 それも、始水のようなリアル神ではなく、紛い物の

 

 『いや、私もそこまで干渉出来ませんけどね?

 そうやって世界を変えられる存在の介入を干渉を縛ることで、傍迷惑な他の神様もやらかしてくれそうな魂にAGX持たせて送り込んで内部からーとか回りくどい形でこの世界を手にしようとせざるを得なくしてる訳ですが』

 と、補足するように耳に幼馴染(かみさま)の声が響く。実に自由だ

 

 この世界の神々って、こんな存在だからな。かなり親身になってくれるというか、近い。声は……アステール達一族しか聞こえないらしいけれど

 ちゃんと直接の恩恵もある。そもそもこの魔法社会、魔法の力を与えているのが神々な以上彼ら無くしては成立しない

 

 「ただおれは、七大天の神々ほど凄くもなんともない。ただの鍍金だよ

 何時かボロが出る。おれは単なる塵屑だ。だから……君も、シエル様も、おれなんて構わない方がいい」

 「いやいやいや」

 「この髪のように」

 絶妙に綺麗じゃない白髪のような銀髪を右手で摘まみ、前髪をおれの視界に入れられるように引っ張る

 

 「輝かしさのない灰かぶり(サンドリヨン)。それがおれだよ

 リリーナ嬢。君が恋愛譚の主人公ならば」

 と、少しおれは微笑んで少女が机の上に横置きした銀金の太陽杖を見る

 「いや、君の言葉は正しく、聖女として選ばれ、世界を護り導く光になるんだろう」

 

 魔神にとっての本来のシロノワール=魔神王テネーブルのような、先導者に

 だからな、頼むから影の中で不満げに翼をばさばさしないでくれシロノワール。魔法で忍び込まれてる以上手出しできないし、影へのダメージが内臓に直接来るんで胃が痛い。比喩じゃなく胃に穴が空く

 

 「おれの役目はそこまでだ。その先、こんなおれに構わず、君は君の言うように物語を描くべきだ」

 「でも、その話のひとつにゼノ君の話があるんだよ?

 私じゃない相手だけどね」

 少しだけ寂しげに制服だからかドレスよりも短いスカートの裾を小さく握り、少女は呟く

 

 「そんなものあるのか?」

 いや、ある事は知ってるが。おれ別にゼノルート好きじゃないけど、流石に無いと嘘をつく気はない

 それでも、初耳かのように目をしばたかせてみる

 

 「おれ自身、自分で言うのも何だが……塵屑だ

 こんなおれと恋愛なんて、正気とは思えないな」

 「うんまあ、実際関わってみると良く分かるんだけど」

 と、どこか呆れた顔でリリーナ嬢はおれの方を見る

 

 「ネット……じゃ分からないよね?

 みんなは私編だとゼノ君攻略出来ないの、ゼノ君が忌み子って呼ばれてるから普通の貴族な私が避けちゃってるって考察してたけど……」

 あはは、と乾いた笑い

 

 「このゼノ君にとことんまで付き合うの、結構キツイなーって」

 その言葉に、おれは深く頷いた

 「だろう?」

 「でもねゼノ君。それでも助けたくなるようなところが、確かにゼノ君にはあるんだよ?

 だから、あの子もきっと必死になるの」

 

 なーんて、と突然少女の顔が明るくなる

 「ごめんねゼノ君。本当はこんな話をしに来たんじゃなくて」

 ちらりと周囲を見回すリリーナ嬢

 その二つ纏めた髪が左右に振られ、目が何かを探して泳ぐ

 

 「シロノワール君は?」

 「呼べば来るけれど」

 「じゃ、呼ばないでね」

 と、手招きをする少女

 それにあわせておれも顔を近付けると、少女はおれの右耳に口元を寄せて、小さく囁いた

 

 「ゼノ君、シロノワール君って……原作には居ないんだ

 そしてね、近い存在を私は知ってるの」

 いや居るぞリリーナ嬢。ラスボスだ

 

 と言いたいが、聖女を(恋愛的に)落としに行くのを放任するという約束を破るわけにもいかずに沈黙する

 それを驚愕と見たのか、少女はちょっと興奮気味に更に言葉を続けた

 「そう、原作と変わってきてる……って言う話の為に、ちょっと悪役令嬢の話題を出したんだけどね?

 あのシロノワール君……魔神族っぽいんだ」

 魔神族というかラスボスの魔神王な訳だが

 

 気が付かれない辺り、髪の色による印象ってかなりデカいんだろうな。基本造形自体、幾度となくラスボス戦で見た(多分見た回数4桁くらいはある)テネーブルとほぼ変わらないんだけど

 

 「シロノワールが、魔神……

 有り得なくはないとは思うが……」

 ぽん、とわざとらしく手を打つ

 「だから、シロノワール無しで話を」

 「うん。ちゃんと手を貸してくれてるし、あんまり疑いたくはないんだけど、教えておかないとって」

 いや、知ってて協力してると言ったらどんな反応が返ってくるんだろうな

 

 ロクな反応ではなさげだし、この事は心に秘めよう

 

 「それでね、私が知ってるシロノワール君に似た相手なんだけど……」

 少女は言いにくそうに澱む

 「魔神王、なんだ」

 「アートルム」

 「え?テネーブルじゃなくて?」

 と、その言葉にはわざとらしくため息を吐く

 

 「リリーナ嬢。あまりその言葉を言わない方がいい。君の知る未来の魔神王はそうかもしれないが、一般的に魔神王と言えば聖女リリアンヌの時代に現れたアートルム・ブランシュを指す

 君のその言葉は、真性異言(ゼノグラシア)にしか伝わらない」

 いや、おれも昔やらかした覚えがあるけどなそのミス!

 

 「あ、そうなんだ

 でもゼノ君、本当に」

 「いや、神話のテネーブルは四天王として出てくる」

 因にだが、神話時代の四天王はスコール・ニクス、テネーブル・ブランシュ、エルクルル・ナラシンハ、ニュクス・トゥナロアだった筈だ

 スコールの空いた穴を埋めるのがニーラで、テネーブルの親友アドラーがテネーブルの後を継ぐ……だったかな

 

 「だから、魔神王になっていても可笑しくはないが……」

 「でね、味方してくれてるシロノワール君なんだけど、そのテネーブルに良く似てるの!」

 当人だ

 

 「と、いうことは?」

 おれは当人だと知っているから、その先の反応を上手く導けない。だから分からないといったように首をかしげて訊ねてみる

 「シロノワール君、多分だけど魔神王の弟なのかなーって

 ゲームには妹しか出てこないんだけどね?きっと、ゼノ君達が頑張った結果、ちょっとずつシナリオ外の何かが起きてるんだと思う」

 

 そして、少女は耳元から口を離し、ぴょんと机から飛び降りて扉の方へと向かう

 

 「だから、これもなんだけど……

 ゼノ君、本当は魔神族って半年くらい来ない筈なんだけど……あのオリエンテーリングの森で、恐ろしい鳴き声が聞こえるんだって」

 「鳴き声?」

 「うん、恐ろしい咆哮。ゲーム通りなら魔神な訳がないんだけど……」

 「分かった、見てこようか」



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森へ、或いは不満な同行者

ということで、何か天狼語の分かる賢い読者様がたの希望に添い、ゼノ君がベロベロ舐められる話です。


「で、何で俺まで……」

 森への道を馬で駆けながら、ぽつりと馬上の炎髪の青年がぼやいた

 

 リリーナ嬢と約束した森で聞こえる恐ろしい鳴き声の調査に向かう最中の話である

 シロノワールに魔神だと思うか聞いたところ、あの汚似いちゃんの思考が分かると思うかと不機嫌に返されたので、実のところは分からない

 だが、あの円卓達が出入りしていて、その際の音が鳴き声に聞こえるのかもしれないし、魔神かもしれない

 そう思って調査に来たのである。リリーナ嬢は……寧ろ連れてた方が安心かもしれないから同行して貰った

 アナを殺したくなさそうだったシャーフヴォルのように、乙女ゲーヒロインなリリーナ嬢だってという酷い目測だが……

 ってかこれ、事実上人質作戦だな?外道かよおれは

 

 「アミュ、頼むな

 おれの言葉に久し振りにノア姫から借り物だものと手綱ごと返された白馬が嘶いて答え……

 「いや聞けよアホ」

 流石高位貴族、人懐っこい愛馬アミュグダレーオークスではなく単なる普通の馬を難なく乗りこなしながらの突っ込みが空しく響いた

 いや、エッケハルトに構ってても仕方ないしな。最近はアナ関連で結構敵視されてるし

 うん、おれとしては友人だと思ってても、あいつからしたらアナ関連で恋敵みたいなもんだからな……。寧ろおれとしては応援してるってのに、もう少し態度が昔みたいになっても良いだろ

 

 「うわぁ……キャラ違いすぎる……」

 愛馬の上でぽつりと呟くのは、今日はドレスなリリーナ・アグノエル。ミニスカート(ちなみに膝下までのロングスカートもあって選択制だ。聖女が着てたで今はミニが流行りだとか)の制服ではない

 

 「リリーナ嬢、今日は制服では無いんだな」

 アナとの差別化か、それとも明るい緑の瞳に合わせてか、エメラルドをあしらったネックレスが映えるような黄色を基調とした緑の差し色ドレスは確かに桃色の髪にもそこそこ合っていたが……

 

 「うん、ゼノ君は知らないかもしれないけどね、私……っていうかゲームのリリーナは、戦闘ではずっとドレスなんだ」

 言われて思い返す。いや、第一部ではそんな前線で聖女を使うことがなかったから案外記憶に残ってないが……

 

 確かにずっとドレスだったな。だが、インターミッションで表示されるSDキャラは制服だった覚えがある。というか、制服を意図して着てた筈だ

 原作のリリーナ嬢、聖女として人々の気持ちを揃えられるように平民でもお揃いに出来る制服をわざと着てるって言及があったような……

 まあ、多分第一部と第二部で戦闘グラフィック変えたくなかったから容量削減で戦闘グラがドレスしか無かったんだろう

 

 「それに合わせた方が良いかなーって」

 「まあ、元が良いからどちらでも似合うとは思うが……」

 流石は乙女ゲーヒロイン。何着てても美少女としか言いようがない

 

 「おそーい!」

 ダメ出しされた

 「いや、何が?」

 「このドレスだよドレス!ゼノ君がくれたもの!折角着たのに感想が遅すぎ!」

 

 その言葉に、は?とおれは目をしばたかせた

 送ったっけ?

 送ったような覚えは……

 

 「あ、あれか」

 「クソボケかお前」

 エッケハルトの言葉が胸に痛い

 「自分が選んだものすら覚えてないの?」

 責められるような目を向けられて、おれは

 「いや、おれにセンスが皆無だからルー姐に頼むおれの代わりに一応婚約者なこの子に合うドレスを見繕って贈ってくれって……」

 と、事実を告げる

 

 「うわ、聞きたくなかった」

 考えてみれば確かに酷いなこの話。プレゼント丸投げって

 

 「すまない」

 「色々ともう遅いよ!?」

 「このボケ!頭ゼノ!」

 ……ところで、おれは何故エッケハルトからすら罵倒をされてるのだろう

 

 「……いや、私はゼノ君が私に似合うように必死に考えて、結果お姉さんに投げてくれたっていうなら別に嬉しいんだけどね?」

 と、フォローまでされる

 「お兄さんだけどな、ルー姐」

 「お兄さんなんだ……」

 「女装の変態なのか……」

 否定できない

 

 「兎に角、私みたいなゼノ君ってそうだよねーしてくれる女の子少ないよ?

 嫌われちゃうよ?」

 「ああ、気を付ける」

 そう頷いて、話題を終わらせ……

 

 「というか、マジで何で俺連れてこられたわけ?」

 再度エッケハルトの疑問がその隙間に入り込んできた

 

 「あ、呼んだの私!」

 「いや止めてくれよ!?」

 心底嫌そうだなエッケハルト

 

 「ってかリリーナ!いや(レン)!」

 ……ああ、あの魂は恋って名前なのか

 それで対応が変わるわけではないし、知ってても知らなくても良い話ではあるんだが……結構可愛い名だな

 

 「話したろ、俺はアナちゃん一筋なの!」

 「許してくれるならハーレムって聞いた!」

 「アナちゃんの気持ち最優先なの!」

 「でもそれ、一途じゃなくない?」

 「じゃあ好きで良いよ!

 俺はアナちゃんが好きなわけ!なのに、何でわざわざゼノとセットで連れてくるんだよ折角こわーい鬼の居ぬ間にアナちゃんとイチャイチャ距離を詰めることが出来るチャンスなのにさ!」

 ……言われてみればそうだな、うん

 

 「エッケハルト、お前もう学園に帰れ」

 「今更遅いわ!森に着くっての!」





【挿絵表示】
アナちゃん耳かきサムネイル(イラスト:えぬぽこ様)
とりあえず、サムネは完成しました


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迷い、或いは転生者

「……気配が不思議だな」

 周囲を飛び回っていた三本脚のカラスがおれの肩……に止まるのは嫌なのだろう、肩を掠めてマントをかっさらうと人の姿を取る

 

 「シロノワール、魔神のような気配はあるか?」 

 「異様な気配はあるが、これは残り香か?

 魔神というよりは、あの機械どものように感じるが」

 その言葉に、遠くを見る

 残り香と言うならば、恐らく襲撃してきた際の成果を確認する等の理由だろう。とすれば、その異様な気配はきっと、あの沼付近に

 

 「だが、私は雨が苦手だ。湿っぽくて翼が湿気る」

 と、天を仰ぐシロノワール。同意するようにリリーナ嬢を森の中でも乗せたままな白馬が鬣を震わせた

 

 確かに、と空を見る

 まだ時期は龍の月。つまりは始水の月であり……雨季だ。水属性の力が強く、全体的に雨が多い

 この先に魔の月と日照が少ない時期が続いて土地が肥え、そこから日照が増える温暖期が三ヶ月続く。そして土属性が強いタイミングが収穫期というのが自然作物のサイクルだな

 だから雨が降るのは今の時期当然極まるという話だが……

 

 「もう第六週、そろそろ月末だぞシロノワール。影属性の八咫烏としては魔の月が近いと嬉しいんじゃないのか?」

 「私は導きの太陽だぞ?

 影であり闇だからこそ、光に焦がれる事もあるだろう」

 少し目を流すシロノワール

 「あ、カッコいい」

 に、目をキラキラさせるリリーナ嬢

 確かにカッコいいというか、聖女を魔神側に落とすと言ってるんだからその為にわざとキザったらしくしてるんだろうが……

 

 シロノワール、お前は影/天のアルヴィナと違って影/影/影属性では?

 寧ろアルヴィナが可笑しいだけなのかひょっとして。天属性の魔神……いやでも、七柱の神が混沌から世界を切り開いたから大枠が七属性な訳で、混沌の中には当然光も混ざってるから天属性が居ても……

 

 って考えてる場合かおれ

 頬を叩いて意識を戻す。ユーゴみたいな相手と鉢合わせしないとは限らないんだから、ぼうっとしている時間はない

 

 「エッケハルト」

 「あー、はいはい」

 やる気ないなこいつ

 そんな気だるそうな態度だがやることは確か。おれ以外をふわりとした温風が包み込む

 火属性の魔法だな。暖かな風のドームが雨を避ける。皇帝シグルドともなると、下手しら雨雲を叩き切って晴らすとか言われてるんだが、そんな無茶な事はしない

 ついでに忌み子なおれには掛けられないから雨が降ったらおれだけ濡れネズミという訳だ

 

 『ちなみに降るのは止められませんよ。単純に世界の秩序を維持する為の魔力の巡りですから、私が降らせてる訳でもありませんし』

 知ってるぞ始水

 というか、神様が馬鹿みたいに話しかけてくるんだが寂しいのか

 寂しいんだろうな。何かとニホンのおれに携帯電話を新機種のテスターとして支給しましょうかと勧めてきたし

 

 寂しがりじゃなければ、おれと契約してでも外に出たがったりしないだろう

 

 そんな事を思いつつ、走らせると転びかねないと馬上から降りたエッケハルトに速度を合わせて森の中を進む。木の根も何もかも軽やかに避ける辺りアミュは流石のネオサラブレッドだな

 そろそろ復帰戦もやって良いかもしれない。人気の馬がレースに帰ってきた、って

 

 「……それとね、ゼノ君にエッケハルト君」

 曇ってきた空で少し重い空気のなか、ぽつりと少女が語る

 

 「実はね、二人を連れてきた一番の理由は……不安だったからなの」

 「不安?」

 「うん。私……本当はリリーナちゃんじゃない

 転生したゼノグラシアってことは、本当の聖女の肉体を乗っ取ってる……ん、だよね」

 重々しく呟かれる言葉は、この場の全員に関わる言葉

 加害者三人と、被害者一人

 

 「本当のリリーナって、私よりもっと明るいんだ。エッケハルト君は知ってると思うけど」

 いや、おれも知ってるが

 それを語ったとしても、その不安は晴れないだろう。だから言葉にはしない

 

 実際、原作リリーナってもっと明るくて社交的なのは確かだ。そうでなければあのシルヴェール兄さんを含めて沢山の人を引き込めない

 「確かにキャラ違うよな」

 「うん。エッケハルト君もそうだけど……」

 「ゼノとか怖いくらいにほぼそのまんまなのにな」

 と、エッケハルトがぼやく

 

 「そりゃ単なるゼノ君だもん、境遇がちょっと変わっても中身は変わらないよね?

 そうじゃなくて、魂からして違う私が……本当に、主人公(リリーナ・アグノエル)の代わりをやれるのかな」

 いやおれも別人なんだがな!?

 

 魂は同じというか、始水と最初から契約してたのを見るにおれ=記憶を無くして地球に転生したゼノの魂が成立するのかもしれないが、記憶が違う以上別人っちゃ別人だ

 

 「つまり、俺を呼んだのは……」

 「うん、私と同じ境遇のエッケハルト君なら……隼人くんならきっと、優しい言葉を掛けてくれるからって

 ごめんね?」

 「……ま、ならしゃーないか」

 折れたように、青年は自分の髪をくしゃくしゃと掻いた



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怒り、或いは隠し事

「シロノワール、どう見る?」

 周囲の警戒を怠らずに見回しながら、かつて人工沼だった部分を目指して歩みを進める

 腰の愛刀に手を掛け、その柄から僅かな震えを感じて気を引き締める。月花迅雷が震えているということは、何かある

 鞘から微かに抜いて放電しておかなければ危険かもしれないほどに反応している

 

 天狼の角は死して尚雷を作り続ける。角には魂が宿ってるんですよとは始水の談だ

 その天狼の魂がこうして何時もより雷を産み出していると言うことは、影の正体は分からずとも何か居る事は間違いないのだろう

 

 「……返す気があるならば、即座に返せ」

 ああ、そっちの話か、と意識を話に戻す

 

 そうだよな。おれ達は……シャーフヴォル等と何も変わらない。唯の肉体と人生の簒奪者、端から見ればそうでしかない

 それは、自分自身を奪われたシロノワールが誰よりも嫌っている事だろう

 

 「今更何を、とそう言いたいが……」

 優しげな笑みを浮かべ、青年魔神は俯く馬上の聖女にその右手を差し出した

 「望んでそうなった訳でもない者を責めても良いことはない

 せめて悼む心を持つ者を無為に追い込むのは悪だ」

 その背の翼が苛立たしげに乱雑に閉じられているのが見える

 リリーナ嬢は気が付いていないだろうが、あの言葉は本心からではないんだろうな

 

 それはそれとして死ね、くらいは思ってそうだ

 

 「シロノワール、(くん)……」

 「天光の聖女よ。私はシロノワール」

 瞳に小さく影が生じ、すぐに消える

 「すまないが、話を聞いていた

 貴女の思った通りだ。正しく名乗ろう。私はシロノワール・ブランシュ」

 いやテネーブル・ブランシュだろお前

 

 「ブランシュ……」

 「ブ、ブランシュ!?」

 と、横でエッケハルトが目を剥いているが、お前も気が付いてなかったのかよと思わず振り返る

 髪の毛の色補正って凄いな……

 

 「そう、私は貴女の感じた通りの魔神族。今の魔神王テネーブル・ブランシュに着いていけなくなって離反した存在だ

 彼の……弟みたいなものだと思ってくれて良い」

 弟で良いのか其処。アレが兄とか嫌だって態度になるかと思ってたんだが……

 ってまあ、おれは転生者だというテネーブルを見たことが無いから、本体から切り離された結果嫌悪感を顕にしていたカラドリウスや、後はお兄ちゃんは死んだって言っていたアルヴィナから推測するしかないんだが

 

 「そう、なんだ……」

 「本当は、魔神族ということは隠しておきたくてな。そこの人間の皇子とは話すなという方向で話を纏めていたが……」

 少女の手を引いて、長身の青年は聖女の割と小さな体を自身の腕の中に収めた

 「きゃっ!?し、シロノワール君!?」

 「私とて魔神だ。それも、今の魔神王に対して反旗を翻すような、な」

 少しだけ寂しそうな笑みを浮かべ、真なる魔神王は心をとろかすように口当たりの良い言葉を続ける

 

 「気に病むな。公言できないようなものを抱えているのは、私も同じだ

 故、思い悩むならば……少しくらい手を貸そう」

 「……良い、の?」

 「そもそも私は、今の魔神王を止めるために、貴女等聖女を導く烏となったのだから」

 ……うん、イケメン!実情ちゃんと知ってなければ惚れるわこれ

 実際、リリーナ嬢も少し頬を上気させ熱っぽい瞳で見返しているしな!

 

 「……ゼノ、お前知ってたのか?」

 で、さすがにそれでもあの取り入り方ではさくっと魔神側に落ち無いだろうからとリリーナ嬢はシロノワールに任せ、聞こえてきたその言葉に軽く頷く

 「ああ、出会った時から知っていた」

 「なら言えよ!」

 「言えるかよエッケハルト

 おれはそれなりにシロノワールを信じている」

 少なくとも、おれは原作テネーブルそのままな妹を何より大事に思う彼の人格を信用している

 

 「だからこそ、おれは彼との約束を裏切る訳にはいかなかったんだよ

 向こうが……」

 少しだけ背の翼を苛立つように震えさせながらも、ぱっと見はそれを見せずに少女の背と膝に腕を回して抱き上げた青年へと目線を移す

 「リリーナ嬢等に対して明かしてでも、彼女の不安を和らげようとしたから、おれも隠す必要がなくなっただけだ」

 「ゼノ、お前……」

 胸ぐらを掴む右腕

 

 ……あれ?で、なんでおれはこんなにキレられてるんだろうな?

 いや、真面目に分からないんだが助けてくれ始水

 

 『兄さん、只今圏外です』

 そもそもエッケハルトとの関係はおれの問題、始水よりおれの方が彼には詳しいんだから聞いて悪かった、と頼りになる幼馴染で居たいからか分からないことは圏外で誤魔化す神様に脳内で謝罪

 

 『兄さん、分かってるならそれは考えない方が優しいですよ』

 ……悪い

 

 そんなやり取りをしながらもエッケハルトがキレる理由を考えるんだが……

 いや、分からない

 

 「エッケハルト」

 「ゼノ!お前はっ!

 俺は、お前を友達だと思ってた」

 「おれはお前を友達で仲間だと思っている」

 聞こえてきた言葉に少し慌てた反論

 

 いや何を

 「お前、俺に色々と隠し事をしてるだろう!」

 「いやそれはしてるが」

 アルヴィナの事とか、エッケハルトが忘れてしまった事を結果的に隠してる形にはなっている

 「ゼノ!お前は俺を信用していないんだろう!

 だから、色々と隠す!」

 「信用しているに、決まってるだろう!」

 「なら話せよ全部!」

 「駄目だ。シロノワールや……アルヴィナ。お前を信じているのと同じだけ、おれは彼等だって信じている

 その信頼を裏切る訳にはいかない以上、話せることと話せないことがある」

 

 軽い音

 左手を痛そうに抑える青年の姿に、頬を叩かれたんだと理解する

 「痛っっぅっ!?」 

 「エッケハルト、分かってくれ。おれは皆を信じているし、仲間だと思ってる

 だからこそ、それぞれ隠したい部分は胸に秘めなきゃいけないんだ」

 おれが実は醜い転生者である事や、カラドリウスの想い。それらを明け透けに語るわけにはいかない。例え相手が誰でも

 

 「またそれか!」

 炎髪の青年が右手を振り上げ……

 「ちょちょちょっ!?止めてよエッケハルト君!?」

 おれと青年の間に、銀金の杖が割って入った

 

 ぷるぷると腕を重さで震わせながら精一杯に杖の先端を持って距離を稼いだ少女は、おれを庇うようにドレスの身を割り込ませる

 「駄目だよ、喧嘩しちゃ」

 「でもゼノの奴が……」

 「それより、ね?

 エッケハルト君はさ、あの事……どう思うの?」

 

 それは、少女からすれば自ら傷付きに行くにも等しい言葉

 

 「わぁーったよ、リリーナ」

 その言葉に、何故かキレ気味の青年は肩を竦めた

 「……またゼノかよ」

 という捨て台詞を残して

 

 そんな一行を、大きな白い影が眺めていた

 「……っ!何か居る!」



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奪うもの、或いは転生者

「エッケハルト君は……どうなのかな」

 不安げに上目で、桃色の髪を揺らすドレスの聖女は赤毛の青年の瞳を覗き込む

 

 「……どうって」

 バツが悪そうに、おれに対して憤っていた青年は頬を掻いた

 「俺さ、第二の人生でエッケハルトになったって思ってた」

 その言葉を聴きながら、気にせずおれは謎の気配の居た場所を探る。既に何処かに立ち去ったのだろう、気配の主の姿は無い

 が、大きな影だけあって体重も相応だろう。其処に居た事実だけで十分推測しえる何かが残っている筈だ

 そう、肉球と爪跡が組み合わさったと思われる足跡のように

 

 「どう見る、人間」

 リリーナ嬢を下ろしたシロノワールが、おれの上から屈まずに足跡に目を向けて問う

 「大きな何かが居るのは間違いない」

 大きな熊とか、そういった巨獣と呼べるだけの大きさの怪物が

 

 「此処は学園管理下の森、どう考えてもそんな生物が居るのは平常じゃない」

 出発前に森への立ち入り許可を貰う事を含めてシルヴェール兄さんに訊ねたが、大きな魔物は森には放していないらしい

 飼育してはいるのだが、森の中でそんなものに立ち向かうなんて場違いなシチュエーションを作るつもりはなく、平地で戦う訓練の為なんだとか。だから、こんな巨大な足跡を残す生物は居ない

 

 「つまり、原因は……」

 言葉を無視し、じっと足跡を見つめる

 いや、これ見覚え無いか?何となく、何処かで見た足跡に似ているような……

 

 「焦げているな。火属性か」

 周囲の木々を少し浮かび上がって眺めるシロノワールが呟く

 「いや、雷だろう」

 焦げるという言葉に、正体に思い至る

 

 「……分かったのか」

 「ああ、足跡の正体は多分おれが知っている生物だ。だけれども……」

 と、おれは遠くへと目を向ける。遥か西方、今もおれの師が帰っている彼の故郷の方角を

 

 「わざわざこの森にまで姿を見せる理由は分からない」

 エルフ種もそうだが、幻獣っていうのは基本的にテリトリーをあまり離れない生物種だ。それはおれが一度も見たことがない牛鬼等でも変わらない

 神の似姿と呼ばれる彼等は、その神の属性魔力が強く満ちた地に住まうものだ。例えば天狼が常に雷が降る天空山の山頂付近に暮らすように、エルフが常に晴れる天属性魔力の濃い不思議な森から中々出てこないように

 おれを手助けしてくれているノア姫みたいなのが例外

 

 「これは幻獣の足跡だ。だからこそ……」

 「私に分かるように噛み砕いて言葉を紡げ

 ウォルテールなら出来るぞ」

 「そりゃニーラは四天王の中で唯一理知的だか……うぐっ」 

 降ってくる羽根が肩に突き刺さり、小さく呻く

 「私が言いたいことが分かるな、人間

 分からないなら滅びろ」

 と、冷たく言い放つシロノワール

 「アドラー・カラドリウスはもう居ない。だから今は間違っていない」

 「……そうだな」

 少し不満げながら理解したと翼を納める八咫烏

 うん、こいつ面倒臭いわ。親友もそこそこ理性的だろうがとキレるとかさ

 

 「兎に角だ。幻獣がこんな人里近くにわざわざ出てくるのは異様だ」

 「成程、異常か」

 「ああ。牛鬼が人を拐うなんて話はあるものの、それもあまり住処を離れての事じゃない

 おれが知る限り、人里近くで目撃されたのは……」

 「あのエルフの餓鬼」

 という言葉に、そういやテネーブルって皇暦元年には既に四天王やってたから750歳は少なくとも越えてるし、そうなるとノア姫ですら己の1/8も生きていない餓鬼になるのかと感心しながら頷く

 

 「ってノア姫は……いやノア姫もか

 それとは別に、天狼が子育ての為に降りてきた事が一度ある」

 正確には降りてこようとした事が。ルートヴィヒ・アグノエルによる呪詛を止めるためにか、産まれようとしている仔を危険に晒して呪詛に呑まれながら荒れ狂っていたから、原作通りの天狼事件が発生した場合の話だな

 

 「そうした特例でのみ、か

 私にも襲い掛かったあの天狼は」

 「あれが本来子育ての為に降りてきた天狼

 彼等に出会い、止めに動いたんだと思うが……ああいったように、そもそも住処以外で見かける方が珍しい。だから……」

 「幻獣が降りてくるだけの何かが別にあると言いたいのか」

 その言葉に、おれは深く頷いた

 

 「だから、言われて愕然としたよ。リリーナちゃんは結構深く転生の事とか考えてたんだなーって

 俺は軽かったし、ゼノはめっちゃゼノだし」

 と、話を終えてシロノワールと共に転生者二人の近くに戻ると、まだ転生した事への云々を語っていた

 

 「あ、ゼノ君!ゼノ君は……どう思う?

 優しいゼノ君なら、酷いことは言わないと思うんだけど……」

 少し不安げに、おれの手を握って少女が上目に問い掛けてきた

 ついでに、酷いこと言わないでねと釘をさされた。いや、言う気はないというか、酷いことを言うとただのブーメランになるからやらないが

 

 「おれまで聞きたいのか」

 そもそも聞く必要あるのか、と聞いてみるが……

 「ゼノ君はメインキャラの一人、攻略対象だからそりゃ聞いておきたいよ」

 と言われてしまう

 いやリリーナの攻略対象じゃなくないか?と言いたいがまあ良いか

 

 「基本的におれのスタンスはシロノワールとそう変わらない。返せるならば返すべきだ」

 「……うん」

 そうだ、おれだって勝手にこの世界のゼノに記憶をインストールして適当な事やってる訳だしな。勝手な事をやらなくて済むならそうすべきなんだ

 

 「だからリリーナ嬢。貴女が本当の、えーと」

 「恋。門谷恋(かどやれん)

 「ああ、そうだった。貴女がその肉体を本来の持ち主に……(レン)ではない貴女の語る物語の主役であるリリーナ・アグノエルの魂に返したいというなら、その方法を探す手伝いもする」

 ひとつ頷いて、指を折る

 「一応だけど、手助けできそうな相手も知っているし、何とかやれるとは思う」

 そう、アルヴィナである。おれの中の獅童三千矢を呼び出せたように、本来のリリーナの魂だって呼べる気がするからな

 

 まあ、そもそもその為にはアルヴィナを拐ってこなきゃいけないんだが……

 

 「ただ、もしもうまく行かないなら」

 目を一度閉じて握られた手をほどき、此方からしっかりとすべすべした肌の手を握る

 

 「その場合は、せめて幸せに全力で生きるべきだ」

 「……え?」

 虚をつかれたように、リリーナ嬢の眼が丸くなる

 

 「リリーナ嬢。貴女が願って肉体を奪った訳ではないんだろう?」

 「うん。カーディナルって神様?が転生させてくれるって言ってたから頷いたの」

 

 幼馴染の反応がない。語ってくれるかと思ったんだが……

 いや道化の話にユートピアと共に名前が出てきてたな。紅蓮卿(カーディナル)って。恋い焦がれた事は?と言っていたから多分女神だ

 いや、それしか分からないが

 

 「そうだ。君のせいじゃない

 なら、もしも何とも出来ないなら……せめて、本来の持ち主に誇ろう」

 「ほこ、る?」

 「貴女の体で、貴女のお陰で、幸せな第二の人生を送ることが出来たって」

 「それ酷くない?」

 「酷いさ。でも……」

 奥歯を噛み締める

 

 「総てを奪っておいて……不幸だったと奪った意味すら台無しにするよりはまだ良いって、おれは思う」

 「ゼノくん……」

 「せめて奪ったことに、第二の人生に全力に生きて価値を作るんだ」



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異伝 桃色少女と純白の三日月

「ゼノ君……」

 ぽつりと呟く言葉

 

 ゼノ君からだと思うと何だかちょっと変な気がするけど優しい言葉を受けて、私はちょっと冷たい手をして、今も隻眼で私からちょっと目線を外して背後を見ている青年に少し潤んだ瞳を向ける

 鋭いんだよね、ゼノ君の瞳。どんな時でも、それこそ精一杯笑顔でも、何時もひきつっていて射るような剣呑さを失わない。それが怖くもあるけれど……

 

 男の人は基本的にちょっと怖いけど、ゼノ君は違う。その瞳が私を傷付けたり酷いことをする為のものじゃ有り得ないって分かるから平気

 「良いの?私……幸せになって、良いの?」

 「良いんだ、リリーナ嬢

 命を奪ったと思うなら、悔やむなら。せめて奪ったことを無駄にしちゃいけない」

 

 その言葉はまるで、自分に言い聞かせているようで

 「大丈夫?」

 どこか苦しそうな表情の彼に思わず声をかける

 

 「あがっ!?」

 と、感じる鋭い痛みに肩を抑えるゼノ君

 

 「目が覚めたか、人間」

 本来に近いだろう鳥姿のシロノワール君が、彼の肩に三本足の爪を全部思い切り立てて止まっていた

 「シロノワールくん!?」

 「聖女よ。思い悩ませてもしかたない。とっとと正気に戻すべきだ」

 「でもさ!?」

 痛そうじゃん、と私は思う。明らかに食い込んでるし

 

 「そもそもゼノ君に何の悪いところがあるのか私には分かんないけど!」

 でも、何処か自分を捨てるようだった彼の原作での行動から、何かを悔いていた事は分からなくもなくて

 

 でも、なら、何でゼノ君も同じことを自分に対して思ってないんだろうって気になる。だって、せめて幸せにって言うなら……自分自身もそうだよね?

 ゼノ君って確か、母はおれを産んだ時に呪いで焼け死んだって言ってて、それを悔いていたんだとしても……

 

 「なら、寧ろ!ゼノ君ももっと幸せに生きるべきなんじゃ」

 「……君に罪はなくても、おれには……」

 あ、容赦なく蹴りが入った。カラスの足だからそこまで大きくないけどそれはそれとして痛そう……

 

 「シロノワール」

 「罪か、勝手に言っていろ阿呆」

 と、翼をはためかせて勝手に何処かへと飛んでいってしまうシロノワール君

 木々の間に紛れてすぐに姿は見えなくなった

 「……あれ?良いの」

 「帰ってくるさ、そのうち

 必要になったら、絶対に」

 「うん」

 シロノワール君については、元から魔神だけどーってやってたゼノ君の方が明らかに詳しいもん、信じようかな

 これが原作に居るキャラで、かつ特に原作と違いがないなら私の知識も役に立つんだけど……

 

 残念ながら現状、私の知識がちゃんと役立ちそうなのってあのアナスタシアとゼノ君、あと大まかには違わない頼勇様やシルヴェールさんくらいなんだよね

 エッケハルト君はあの調子だし、ガイスト君は完全にアイリスちゃんをロックオンしてるし、残りの数人の攻略対象ってもうちょっと後に登場するしね

 あ、フォース君はそのままだったけど、そもそもおまけみたいなものだしね。商人枠で戦闘には参加しないから第二部行かないし、逆ハーレムルートの条件にも入らない

 

 というか……って、目の前の青年を見る

 ゼノ君自身、ああゼノ君だなぁってなるけど境遇はかなり変わってるんだよね。妹は原作時点で結構危なかったけど最早完全にブラコン拗らせちゃってるし、原作では影も形もないエルフのお姫様?が完全にあれツンデレだよね……ってムーヴかましてるもん

 その分原作ではそこそこ分かりあってて仲良さげだったレオン君がメイドと結婚して完全にドロップアウトしてるし、女の子が周りに増えて男の子が減って……

 

 って、それだとシロノワール君も女の子じゃないと可笑しいよね

 

 「でもゼノ君。本当はゼノ君もさ」

 「リリーナ嬢。貴女が貴女なのは望んでの事じゃない。でも、おれのこれは……自分の力不足が招いた事なんだ。罪はおれにある」

 むぅ、って私は唸るしかない

 うん、これだよねゼノ君。唯我独尊だからこそ、一人で全部背負うっていうか……

 

 端的に言って面倒臭い。本家リリーナちゃんが距離を取るというか攻略対象にしてないのも分かるっていうか……

 あ、私は勿論そんなこと無いんだけど、嫌う人の気持ちも分かるよねこれ

 

 「それはそれとしてだよゼノ君」

 暗くなりがちな空気を変えようと私は唇に指を当てて何かを探す。良い話題とかあるかな……

 

 「そうだ、ティアちゃんは知ってる?」

 引っ張り出したのはそんな話題

 ちょっといきなりすぎるかな?

 「ティア……ティア……」

 と、少しだけ何かを思い出すようにして

 

 「ああ、あの龍の子の事か。ノア姫くらいにしか存在を語っていなかったから、少しの間キミの言葉と彼女が結び付かなかった」

 あ、やっぱりこのタイミングでもう出会ってるんだ

 原作でも絆支援が最初から付いてるって形だったし、向こうの登場は2部でもかなり遅い方なんだけど昔の知り合いとかなんだ

 

 うん、第一部時点でのゼノ君の支援相手ってAまでのレオン、A+まで上げたらルートに入るのが確定なもう一人の聖女若しくはAまでしかない勇者アルヴィス、A+まであるアイリスの三人……と、ルートによっては天狼ラインハルト君。少ない方なんだけど、それでも上限の支援数10は達成出来ちゃうからね。初期支援を着けようにも参戦時にはもう埋まってて~が無いようにシステム上そうなってるだけかなーとも思ったんだけど、本当に昔から知り合いだったんだ

 ってそうだよね、他のキャラの支援と違ってあの支援何か特殊だったし……

 

 「ゼノ君、ティアちゃんって何か特殊なの?」

 だから私はそう聞く

 「ティアの事を知ってるというのは……うん、やはり君は未来を知っているのか」

 「知ってるけど、ちょっと不思議な子だからね。それに、私の知る限り、そこまで話に深く関わってこないから情報少なくて」

 それは確か。絶対に第二部でしか出てこないから、何があっても攻略できない。それに、ゼノ君、ルーク君、ラインハルト君、主人公で合計4人しか支援先が居ないからエピソードもあんまり無いんだよね

 

 「ちょっと聞きたいかなーって」

 「ティアの事なら、神様だよ。滝流せる龍姫ティアミシュタル=アラスティル」

 「神様!?」

 神様、神様かぁ……確かに龍で姫って呼ばれてるしあり得なくも……

 

 「でもゲームでは兄さんってゼノ君の事を呼んでたような……」

 「寂しがり屋で人間好きだからさ、なのに一人で……いや一柱でずっと人々のために守人をやっていたらしいから。だから、久し振りにまともに面と向かって話せたおれを気に入ったんだよ、きっと」

 少しだけ遠い目で、ゼノ君は呟く

 

 「そ、そうなんだ……」

 あれ?でも聖教国の教皇様って神様の言葉が聞こえたんじゃ

 「アステールやコスモ様は声を聞けるけれど、直接触れ合える訳じゃないから」

 あ、その辺りは違うんだ。でも……ゼノ君?アステールって多分教皇様の娘だろうけど呼び捨てって親しいんだね

 

 何かムカムカする。何だろうねこの気持ち

 「それにしても、神様かぁ……」

 と、染々と私が呟いた瞬間

 

 「吠えろ、月花迅雷!」

 突然何時も険しい顔を更に厳しくしたゼノ君が吠え

 「なっ!?ゼ……」

 エッケハルト君の言葉が途中で聞こえなくなる。突然、本当に刹那の間に世界は灰色に染まって……

 

 ガキン、と硬質な音と共に、私の眼前で純白の三日月と蒼く海のように澄んだ雷刃が打ち合わされた

 「っ!刹那雪走(せつなせっそう)……ということは、刹月花!」



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雷鳴、或いは蒼きオーラ

灰色の世界の中、硬質な音だけが響く

 

 いや、違う!

 「あぎゃっ!?」

 悲鳴と肉の焼け脂の跳ねる音と共に、青年が純白の三日月……流麗な曲線を描く三日月型の刀を取り落とした。薄く蒼い雷鳴を纏う水の色をした刃を伝い、電流が走ったのだ

 前回の襲来では兎も角、今のおれの武器は原作と同じ……というか原作ゲームでは経験値稼ぎの問題でおれが使わない方が大概強いぶっ壊れ神器、刀最強こと月花迅雷。ゲームでも本来の神器たる刹月花より強い説が根強かったこの刀があれば!

 刹月花込みで普通の刀を振るうおれとほぼ互角だった彼が、おれよりも成長していない限り!

 

 「負けるか、よぉぉっ!」

 押し通る!

 

 しかし……

 「はぁっ!」

 刀を持たず、気を解放するかのように腰に構えた両の腕。轟!と噴き上がる青いオーラ

 それらは即座にかつて一度対峙した冷気を纏った蒼い結晶と化しておれと青年の間に立ちはだかった

 

 「ちっ!」

 月花迅雷でもあの謎結晶は砕けない。轟火の剣(デュランダル)ですら傷ひとつつかなかったのだから

 故、即座に攻撃を諦めて距離を一旦離すためのバックステップ。至近で切り結ぶよりも多少の距離がある方が強いというだけ。臆する点はなく、逃げる気もなし

 

 が、

 「あ、きゃぁっ!?」

 背中側から聞こえる悲鳴にちょっぴり近付こうとしてきていたのだろうリリーナ嬢に激突しかねない軌道で跳んでしまった事に気が付いて、

 「でりゃぁっ!」

 周囲にまだ走る雷撃を底に電気を流すと魔力に吸着する性質を持つ特殊金属を仕込んだ靴で蹴って大袈裟に宙返り。くるっと視界の天地が逆転し、リリーナ嬢の背後に着地

 した瞬間、地を蹴って前へ

 

 対刹月花の鉄則は……常におれがお前の敵だと全身全霊で見せ付けること!

 「吼えろ!」

 空中で納刀した愛刀の刃を半ばまで鞘から晒し、一拍置いて天へと掲げる

 

 「降り注げ!雷轟!」

 「無駄だぁぁっ!」

 掲げた刀に反応し、跳躍したタイミングで漂い始めた雷撃が斜め上から青年の頭目掛けて落ちるも、やはりというか障壁に阻まれ……

 

 「伝哮雪歌!」

 「っ!油断も隙も」

 「あると、思うか!」

 ガキン、と硬質な音。踏み込み突きを落ちる雷撃に合わせた二点攻撃だが、どうやらそこそこに障壁展開の範囲は広いらしい!

 

 が……と、大きく横凪ぎに刃を震いながら青年を見る

 「おぉぉっ!」

 「甘いっ!」 

 防御は完全に蒼い結晶任せに大上段から落ちてくる刹月花の一閃を逆手に握り振り上げる愛刀の鞘で迎撃

 

 「凍て果てろ!雪花風葬!」

 「そっちも、無駄なことを!」

 雪花風葬……当てた刹月花の刃から相手を凍らせる技……だったかな。結局のところ魔力によるもの

 魔力を通しにくい鞘を通して放っても!凍らない!

 

 ……格好付けた割には案外腕が痺れるが、アナがおれの首に掛けた鎖の方がまだ冷たいな!

 「デュランダルッ!」

 「っ!」

 おれの叫びにびくりと肩を震わせ、青年がおれから逃げるように距離を取った。その背に向けてナイフをぶん投げるが、やはりというか障壁は背も護った

 どうやらユーゴやシャーフヴォルからおれが何故かあの剣を呼んで戦ってきた事を聞いているみたいだな!

 

 ちなみにだが、嘘である。此処で無理矢理に最強の神器を使っても障壁をぶち抜いて勝てるかは微妙。逆に月花迅雷だけでも負けない戦いは幾らでも出来る

 ならば、わざわざおれから時間制限を付けることはない。此処で重要なのは……

 

 「えっと、ぜ、ゼノ……君?」

 事態に付いていけていない聖女様を守る事!

 「……聖女様に何の用だ」

 納刃。腰溜めに構えてから問い掛ける

 

 「ゼノ君ゼノ君、怖すぎて何も話せないよ?」

 と、袖を引かれるが無視

 「そうだぞ、怖い」

 なんて青年も迎合して言ってくる。ぽいっと刹月花を投げ捨て、やれやれと手を半端に拡げて肩を竦めた姿で……

 「ほら、何か勘違いがあるらしいし、ちょっと武器を捨てて話し合おう?」

 ……怖くなければ敵ではないと時を止めてくる癖に良くもまあぬけぬけと

 話し合う気がないのは百も承知。おれとしても話し合いなんて望まない。捕らえて腹の底まで吐かせるまでだ

 

 「ほらゼノ君、相手の人も武器を置いたし……」

 「第一世代(オリジナル)である刹月花をか?」

 「あっ……」

 うん、リリーナ嬢は馬鹿じゃ無かったか流石に。言えば分かるようだ。あの神器相手に何処にあるかなんて関係ない

 

 「っていうか、さっきゼノ君が蹴り跳ばしてて……」

 「あの刀は何時でも何処でも手の中に戻ってくる。彼は武装解除なんてしていない。無害になったフリをしているだけだ」

 貴女の封光の杖と同じと言えば分かりやすいが……取り出されると困るので表現は婉曲に

 「それにこれって」

 

 「刹那雪走」

 「自分と敵以外の時を止め、刹那の間に決着をもたらす刹月花の力」

 何か今回はちょっと口が軽い青年に合わせて呟く。これで馬鹿じゃない彼女が理解できると良いが……シナリオは兎も角武装データなんかの記憶は曖昧みたいだからどうだろうな?

 

 「えっと?」

 「つまり、おれが何時でもお前の喉笛を切り裂いて殺すと脅し続けず、敵だと思われなくなったら……」

 きゅっと握られるおれの袖。正直困る

 「おれの時を止められる。止まった時の中に、貴女と彼だけが残る」

 「ひゅっ……」

 息を呑む調子外れの音

 その先を理解したのだろう。助けはない。時を止められては何者も介入できない。1対1で彼と戦わされ……何をされるか分かったものじゃない

 「そうだ、対集団、対絆。共闘する者達の各個撃破を旨とした決闘刃……魔神より人を倒すための神器。それが刹月花だ」

 「う、うん」

 

 「だから、リリーナ嬢。戦うな、封光の杖を構えるな。おれとセットで彼からしたらひとつの敵とならなきゃ、おれの時を止めることが相手には出来る

 あと……おれの背後に隠れるのは良いが、袖を掴まないでくれ」

 その言葉に、青年の瞳がおれの左手の袖を見て

 「大丈夫、抜刀は来ないんだ……

 刹な……」

 「はぁぁぁっ!」

 マインドセットしようとする青年の耳に向けて盛大に吼える!

 びくりと構えた青年が此方を見て……

 

 零の呼吸の反対、閃の呼吸。あの日見せた呼吸を乱さないことで攻撃の出を掴ませない方法とは逆に、わざと呼吸を乱すことで動くと誤認させる……所謂(いわゆる)小手先の技という奴だ

 だが……恐らく障壁ありの戦い慣れしていない彼相手になら十分!そもそもだ、障壁慣れされていたらおれが脅威ではないから時止めに巻き込めるからな!

 或いは……

 

 いや、不確定要素を考えすぎても駄目だな。賭けなきゃいけないほど切羽詰まっても居ないのだし

 

 「語るならば、牢で聞く!」

 雪色に染まる世界。雪降るように色を保ったまま、けれども白く染まった時の止まった刹那の最中に、再度雷撃の花が咲いた



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血華、或いは白影

「屍天皇!」

 「おれは、唯の!ゼノだ!」

 相変わらずおれの事を四天王だの何だの呼んでくる相手に対して、怒りと共に雷火を放つ

 

 激しく輝く雲角から迸るのは蒼き雷。此処で出会ったが100年目……ではないが、捕獲を優先させて貰う!

 「してんのう?」

 「彼に騙されるな!彼はもう屍の皇女の……」

 

 ……何となく違和感を覚える

 屍の皇女?それはアルヴィナの事を彼が勝手にそう呼んでいた言葉だが……その記憶はほぼ全員から抜け落ちている筈だ

 

 『兄さんが覚えているのは彼のせいですよ

 記憶という地獄の業火……辛いことを覚えていたら自傷するのが兄さんですからね。兄さん虐めですか』

 ……始水、気が散る

 『はい、すみません兄さん』

 と、声は途切れる

 

 そうか、何でおれだけ……と思っていたんだが、あの道化の果実がその原因だったのか。本当に、神々はおれの為に色々としてくれてるんだな

 

 だが、つまりは……

 「遅い!」

 彼等は別の理由で消える筈らしいアルヴィナの記憶を保持しているということ!

 中々に危険だ、早急に決着をつける!

 

 「しかばねのおーじょ?」

 青い結晶壁に刃を擦るおれに、不思議そうな視線が被さる

 「奴は魔神王の……」

 「ひっ!」

 怯えるような声

 

 遅かったか……と思うも、一度飛び下がって攻撃に際して発生する壁をリセットしようとしたおれの袖を少女は小さく握った

 「ゼノ君!あの人……変だよ!」

 「変?」

 「私を見る目が怖いの!好感度が40近いの!」 

 その言葉にそういえばこのリリーナ嬢は他人の好感度が見れる目を転生特典で持っていたなと思い出す

 ニコニコと教えてくれた数値によれば確か……±49の99段階。0が別に悪い数字ではなくあまり関心がないとなる感じだったか

 

 それで40近い見知らぬ相手……怖いな普通に!

 「信じてくれ、ゲーム主人公!」

 「転生者!?」

 「前から、知ってるよ!」

 抜刀して飛ばすのは斬撃。ついでにとばかりに腰にとりあえずで持ってきていたナイフを引き抜いて内鞘に残留する雷魔力をレールに電磁砲として加速させてぶん投げる

 

 「屍天皇!無駄だ!

 今すぐに屍の皇女と共に滅ぶが良い!」

 いや、アルヴィナは此処に居ないんだが!?

 

 「シャーフヴォルから聞いていないのか?」

 「『貴様と屍の皇女が私達の願いを阻んだ』、とな!」

 そりゃそうだった!彼を撃退したのはアルヴィナの影が砕け散る前。顛末なんて伝わってる道理がない!

 逆に言えば……彼等円卓の救世主はアルヴィナが帰ったという情報を知らないくらいの活動範囲。オーウェンや転生者だというテネーブルの肉体に宿る今の魂は参加していないということだ

 彼等がもしも仲間ならば、こんな発言は飛んで来ない!

 いや、有り得るか?単純に刹月花は確かに特に対人で恐ろしい神器ではあるものの、現実と化したこの世界では非戦闘タイプの支援ユニットを時止め暗殺連打もこうしておれに止められるくらいには厳しく……AGXみたいなバケモンに比べれば二段階は弱い。そんな彼は正直使いっぱしりにされていてロクに情報を流して貰えない等で……

 

 って!考えている!暇は……

 「くっ!おのれ屍天皇め!リリーナちゃんまで!」 

 ……何だろう、このエッケハルト感ある台詞 

 

 「だが、ユーゴから外回りしてこいと投げ付けられたこの蒼輝霊晶ある限り!」

 ……本当に雑用係かよ!?

 「ってことは」

 「……口を封じる!」

 額に眉を寄せて叫ぶ青年

 凡ミスだったのかよしかも!?抜けてるなオイ!?それで拠点入り口……かは微妙だが何らかの理由で彼等が此処に出入りしていたのは間違いないようだ

 

 ということは、変な音の原因はあの足跡の主ではなく彼等

 「……何をしていたのか、吐かせて……」

 といっても、相手にエネルギー切れでも無ければあの結晶を突破する方法はおれには思い付かない

 

 ならば切れるまで粘るまでの事。月花迅雷の柄を強く握り、意識を向けさせるために横凪ぎに抜刀したその瞬間

 青年の背後にぬっと白くてオーラを纏う巨大な影が現れた

 ガキン、と幾度めかの硬質な音と共に刃が受け止められ……

 「無駄無駄無駄む……」

 雪積もり白く彩られた時の止まった世界にぱっと鮮やかな血の華が咲く

 

 「あ、ぎゃがぼっ!?」

 青年の頭が突然()ぜた

 それはもう、花火玉のように、炸裂した

 「っ!リリーナ嬢!」

 和装だったら袖が長いからやりやすかったんだがな、なんて思いつつ。こういうのに耐性無いだろう桃色少女の視線を軍服の袖で遮りながら、おれはただ唖然と背後から……おれの刃を止めるために前方に向けて展開した結果守りが疎かになっていた背中から青年を爆破した影を見詰めていた

 

 「ゼノ君!?」

 崩れ落ちる青年の肉体に構わず、白い巨影はおれに躍りかかり……

 

 「ゼノ君、だ、だいじょ……」

 ペロペロとおれの顔、特に火傷痕周辺を舐め回した

 「や、やめてくれないかアウィル?」



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死骸、或いは動き出す時

「アウィル、ストップ、ストップだ」

 『ルルクゥ?』

 おれの言葉に、少し不満げに鳴きながらも白い巨大な獣は飛び掛かった体勢からぴょいとバック宙返りで距離を取ってくれた

 そしてそのまま立ち上がったおれの横にその強靭な四足で駆け寄る。後に残される筈なのはさっき見かけた足跡

 そう、あの巨大な足跡の主は彼女である。父狼の方にしては小さかったがラインハルトの可能性もあるので特に明言はしなかったものの、何となく理解していた

 

 ……完全にアウィルだ。間違いない。天空山で父親に返した時につけてやった布のブレスレットが今も左耳に引っ掛かっている

 額の一角は眩く蒼く煌めき、かつて見た母狼程ではないが別れた頃の額に盛り上りがある程度からすれば立派に成長している上、体格もおれの頭にはもうとても乗れない

 

 『ルル……』 

 そんなことを気にせずおれの背に回ったアウィルが今一度飛び上がり、おれの頭に乗ろうとするが……顎を頭に乗せ、両前肢がおれの肩を掴む形で終わった。最早端から見れば狼フード付きのマント被っているようなものだろう。というか顎下の結構ふわふわして長い毛が被さって視界が悪い

 幾ら天狼が王の名を持つ七大天の似姿と言われる通り頭を持ち上げた姿勢の、身長が他の四足歩行より特に高く見える生物だとしても、おれの顎付近までの大きさ(全長だと多分おれの二倍はある)になったアウィルが頭に乗れるはずもない

 

 頭が破裂した青年は起き上がって来る事はなく、その手に握られた刹月花は前回と同じように土くれに変わって朽ち果てて……

 

 雪の降り積もる白景色が消え、世界に時が戻ってくる

 「いきな……おわぁぁぁぁぁっ!?」

 と、驚いて後ずさったエッケハルトが木の根に躓いて足をもつれさせた

 

 「ゼゼゼゼノ!なんだそいつ!」

 ……ああ、そういえば時が止まってるエッケハルトからしたら、時が止まったことすら認識出来ないままに突然首無し死体と白狼が現れた形になるのか……

 しかもおれの頭に顎を乗せて

 

 「アウィル、お前なんで止まった時の中でも動いてたんだ?」

 突然の事で忘れていたが、重要なのは……

 『クルゥ!』

 強靭な尾を振り、名残惜しげにおれから離れつつコツンと額の角をおれの手の愛刀に押し当てる白狼。角は蒼く輝き、埋め込まれた角も輝きを保っていた。二つの角の間に、時折金と桜の光が走る

 

 『「おかーさんと、共鳴なのじゃ!

 けほけほけほっ!」』

 と、響くのは可愛らしい声。同時に苦しげに喉を鳴らす白狼

 「アウィル!?」

 『「ぬし、にんげんご……言いにく……けほっ」』

 四苦八苦してそうな狼が、つっかえつっかえ言葉を紡ぐ

 

 というか、人語話せるのか……って当然だな!天狼ラインハルトを見てみろ。人の姿に変身出来るわ攻略出来るわあげくの果てに聖女を花嫁に卒業エンド?するんだから、その実妹もお喋りくらいする

 

 「無理に喋らなくて良いんだぞアウィル」

 『ルルゥ!』

 あい!とばかりに吠える白狼。何というか、変わってない

 あれから5年、成獣程ではないが大きくなった筈のアウィルだが、性格面は昔のままのようだ

 

 「いやマジで何なのこいつ!?というか何がどうなって……」

 「刹月花」

 目線をアウィルに向けてやりたいのは山々だが視線を青年の死骸から逸らさず、おれはじっと睨み付ける

 

 「刹月花……って前に話してた襲撃者か!

 理由不明の!」

 その時はアルヴィナ狙いだったとちゃんと話した筈だけど、とは言わない。記憶が消えたくて消えてるわけでもないのだから

 「ああ、時を止めてリリーナ嬢を狙ってきた」

 「でも死んだんだろ?そんなことより……」

 

 『クゥ!』

 アウィルが吠え、突如として桜色の雷をスパークするオーラのように身に纏う。昔はまだ形成されていなかった体毛の変化した甲殻が一部展開し戦闘形態へと変貌し……

 「転生者は二つの命を持つ。前に言ったろうエッケハルト!」

 

 眼前で確かに死んだ筈の者達が傷ひとつ無い姿で立ちはだかったあの日を思い出しておれは叫び、納刀しておいた愛刀に手を掛けた

 

 が

 「何も起きないな」

 死骸は死骸のまま。突如完全復活しておれを襲うなんて事はなくただ野ざらしにされていた

 

 「なあゼノ、それ本当かよ?」

 「ゼノ君ゼノ君、私このおっきなわんちゃん?の事全然聞いてない!」

 と、口々に二人から不満が出る

 

 「アウィルは狼だよ。リリーナ嬢も見たことあるだろ?五年前くらいにおれが頭に乗せてた白い仔犬みたいな生き物」

 と、軽く解説。油断を誘う策かもしれないからまだ警戒は解かない

 「え?あのわんちゃん!?」

 『ルゥ!』

 と、相槌を打つようにアウィルが吠えた

 

 「で、だけど……」

 「少し待ってくれ、リリーナ嬢」

 というか、シロノワール帰ってこないな……何処に居るのやら。まさか死んでる筈もないだろうが……と考えつつ、青年の死骸に近付く

 

 「どうしたんだよゼノ」

 「既に誰かに一度殺されていたのかもしれないな。ただ、生き返ってこないなら相応の事をさせて貰うだけだ」

 アウィルが背後から強襲してくれたお陰で恐らくだがあまり損傷無く蒼輝霊晶?の発生装置を確保できるかもしれない

 

 『ググルゥ!』

 青年の体に近付くおれの足に、頭を下げて額を擦り付けるのは白き幻獣

 まるで褒めてとも言いたげだ

 

 「ああ、助かったよアウィル。でもな、本当は悪いことしてる人間でも、悪いからって簡単に殺しちゃ駄目だぞ」

 『ガゥ……』

 白狼はしょぼんと耳を垂らし、おれが撫でるままにされる

 そうして、死骸に手を伸ばせば届くくらいの距離に辿り着こうとした、その瞬間

 

 『ルゥ!』

 ヒィン、という空間の歪む音が耳に残る

 

 「おおマディソンよ、死んでしまうとは」

 響き渡るのはそんな声。全く悲しそうじゃない、嘲りを秘めた音

 「ぷっ!ぎゃっはははっ!なっさけねぇ!」

 そして声は、底冷えのするものへと変わる

 「誰に許可取って仕事もせずにおっ死んでんだお前?とっとと生き返れよ。もう一度殺すぞ」

 黒い重力球から放り出される体と、その背後に降り注ぐ燃えるオレンジのラインを輝かせる人の背丈を越える銀腕

 

 その存在に覚えがあった。かつての面影を残す金髪の青年の名は……

 「ユーゴ・シュヴァリエ!」

 「げぇっ、お前かよハーレムクソ皇子!

 めんどくせぇ!」



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ユーゴ、或いは来る銀腕

びくりと肩を震わせ、時が止まっていた(不可抗力)事で何一つ役に立つことはなかったエッケハルトが焦りを顔に浮かべる

 彼とてユーゴ・シュヴァリエという少年……いや今はもう姿を変え青年となった眼前の男の恐ろしさは身に染みて分かっているのだろう。何たっておれと共に一度戦ったのだから

 

 分かってないのは……

 「え?転送魔法?」

 呆けている桃色髪の転生者だけ

 というか、この態度の時点で彼女のゲーム理解度が良く分かるな。AGXだ何だの物語の大筋から外れた転生者同士で片をつけるべき余計な話(サブシナリオ)にあまり巻き込みたくなくて話を聞くことはしなかったが……聞いても分からないとしか返ってこなかったろうな!

 

 AGX-ANC14B 《Airget(アガート)-lamh(ラーム)》。ユーゴの背後にその右腕だけを少しだけ引き込まれるような感覚を残す重力球から招来したおれが対峙した中で文句無しに最強無敵の存在

 蒼輝霊晶?なる結晶の防御と、時空渦転システム《ティプラー・アキシオン・シリンダー》?と呼ばれる空間歪曲の二重に護られた(くろがね)の砦

 5年前に何とか中破以上に追い込めたATLUSとは異なり、傷一つ付けられる気がしなかったし……今も恐らく届かないだろう銀腕魂鋼(こんごう)の戦神

 

 「ねぇゼノ君とエッケハルト君。彼って何者なの?」

 「やべー奴」

 と、端的に告げるのは炎髪の青年

 実際にそれで良い

 

 「ねぇ、ユーゴ君?……だよね?

 私達に用があるの?」

 そう聞いたのに、案外呑気に少女は……おれの背後に身を隠しながらもそう問い掛けた

 

 いざとなれば連れて逃げられるようにか、アウィルの事は分かっているのか一切の動揺を見せていなかった元愛馬アミュグダレーオークスは背を低く少女を乗せやすい姿勢で苛立たしげに蹄を鳴らす

 

 「リリーナ嬢、それはあまりに」

 「大丈夫」

 任せて、と少女はおれに慣れていなさげなウィンクを返した

 「ユーゴ君、私への好感度一応+って感じでそんなに低くないから、問答無用ってならないと思う」

 ……案外便利だな、その好感度が見える目。敵意を秘めた相手は相手が猫かぶりしてても避けられる

 

 「ねぇ、答えてくれると私嬉しいんだけど」

 何時でも呼べる筈の封光の杖は呼び出さず、乙女ゲーム主人公だけあっておれでも見惚れそうになる太陽のような邪気の無い笑みでその少女はユーゴに問いを投げ続ける

 

 『クルゥ……』

 アウィルが纏うオーラの出力を下げて一度は展開した甲殻を閉ざし、おれも左腰のホルダーに鞘をマウント。ロックは掛けずに何時でもすぐ引き抜けるようにだけ注意する

 リリーナ嬢が上手く行くかは分からない。正直ミスするんじゃないかと思う

 

 だがそれでも、おれは彼女が乙女ゲーム主人公として動くのをフォローすると言ったのだ。邪魔はしない

 

 「用?我にそんなものあるかよ」

 相変わらずの尊大な言葉が響き渡る

 「ってかマジで何時まで死んでんだよマディソン」

 降り立った青年が、首の無い青年の胸を土足で踏みつけた。そのままグリグリと襟元に向けて泥を塗り付ける

 うん、酷いわこれ。割と可哀想というか……ここまでされる謂れはないだろマジで

 

 「ただ、てめぇ見張ってろと絶対に負けないだろう蒼輝霊晶を……精霊障壁を出せるよう手を貸して放り出したのに勝手に死にやがったし蘇ろうとしないからふざけてんのかってだけ」

 すっとその瞳が細くなる

 

 「別によ。アガートラームの制御キー……アストラロレアXが直った訳でもねぇし、今はまだやりあう気も無いっての」

 その割には背後にアガートラームの腕が見えるんだがな、と言いたいがとりあえずは話を聞こうとして……

 

 「でも、ああ。このクソ皇子を赦すほど、我気が長くねぇんだよ。死ねや」

 ばさっと大袈裟に青年が腕を振り上げた

 「グラビトンジャッジメント!」

 

 その刹那、全てが超重力の世界に包まれた

 「うぐっ!」

 振りかかる馬鹿げた重力に呻く。勝手にホルダーから鞘ごと愛刀が地面に落ち……そして大地に深々とめり込んでいく

 「うぎっ!?」

 エッケハルトはその炎髪を振り乱して苦しみ

 「う、きゃぁぁぁっ!?」

 痛みに耐えきれずにリリーナ嬢は地面に丸まって何とかやり過ごそうとする

 愛馬はオーラを纏うや大地に横になった。恐らくだが……無理に立っていれば足が砕けると思ったのだろう。まともに立っていられるのは、何とかまだ耐えれているおれと……

 

 『ルクゥ!』

 桜色の雷を纏うアウィルだけだ

 とてつもない重力に、森すらもその外観を喪っていく。葉が落ち、枝が折れ……幹が砕けて擦り潰されていく。森であった場所が、かつて木々が繁っていた荒れ地へと変えられて行く。森が葉屑と木屑だけが残る地盤沈下したひび割れた荒野に変わるまで、10秒とかからなかった

 

 それこそが……かつてシャーフヴォルとATLUSが放ったグラビトンフィールドを越える超絶重力。グラビトンジャッジメントなのだろう

 

 「あ、がっ!?」

 立ち上がることなど出来はしない。膝を付き、ひび割れて沈み始めた大地の中、精々が座り体勢を維持できるだけだ

 

 「……ってか、いい加減起きろクソボケ。魂に反応する蒼輝霊晶がお前を重力から護ってる時点でお前が単なる死骸じゃないのは分かりきってんだよ」

 青いオーラを纏い唯一自由に動けるユーゴが同じく青いオーラに包まれた青年の首無し死体を蹴った

 「助けが来るまで勝てないかもしれないからっておっ死んでのうのうと寝てんじゃなねぇよ。そもそも死ぬな。蒼輝霊晶くれてやったのに死なれたとかシャーフヴォルとかに滅茶苦茶馬鹿にされんだよ。我に何の断り無く死んでんだよてめぇに自分勝手に死ぬ権利があるとでも思ってんのかクソボケがァァァっ!」

 首の無い青年の遺骸は息も荒く金髪の青年の高そうなブーツを履いた足に傷つけられ……

 

 「まあ良いか。とりあえずあのクソを殺してリリーナを確保くらいは……」 

 「始水!」

 あまり頼りたくはないが、今はこれしかない!

 

 そう幼馴染の名を呼ぶが……返事がない。何時もなら要らないタイミングですら語り掛けてくるくらいにフリーダムだというのに何か……

 「ティア!」

 ひょっとして今の名前で呼ばなきゃ駄目だとでも?とばかりに名を呼ぶが当然返答はない。何か……向こうは向こうで問題が起きているのかもしれない

 

 ならば!

 幼馴染に言われた言葉を思い出す。かつて彼らと対峙した時の状況を思い返す

 そして……大地に半ば以上埋まった鞘から愛刀を引き抜くと……

 

 「ぐっ!」

 おれは、その蒼き刃を己の腹に突き刺した

 「……は?自殺?」

 「ゼゼゼノ君!?勝ち目がなくても自殺なんて……」

 

 おれが危機的状況(低HP)でなければ来れないというならば!今ここで即座に追い込むまで!

 情けないが……頼らせて貰う!

 「来い!不滅不敗の轟剣(デュランダル)!」



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重力圏、或いは死の雨

超重力に膝を付き、ひび割れていく大地から左手をつっかえ棒に身を起こす

 愛刀を突き刺した脇腹からは止めどなく血が流れ……そしてその紅の小川が焔と変わる

 

 燃え上がる血、吠え猛る力

 「『ブレイヴ!トイフェル!イグニッション!』」

 『スペードレベル!オォバァロォォドッ!』

 招来するのは赤金の龍大剣。燃え盛る焔の不敗刃

 

 「魔神!」

 『剣帝!』 

 「『スカーレット!ゼノン!』」

 この軍服とて耐火仕様。最早何時何処で彼等が突然来るのか本当に分からないから、おれの服は寝巻き含めて全てが耐火だ

 その分費用も馬鹿にならなかったが……今はそれが役に立ったってところか!

 燃え上がる焔を身に纏い……纏い……

 

 何だろう、何時もと違わないか?身を焼く焔は何時もの状況だが、それだけだ

 「出やがったかデュランダル!てめぇの転生特典!」

 ……違うんだが?

 

 「全く!全ての自分に都合が悪い事は神々から与えられたモノ扱いか、シュヴァリエ!」

 誤魔化すように煽る。デュランダルを召喚したは良いものの何時も程力が噴き出してこないから、剣を支えに無理矢理立ち上がる。地割れが起きていくかつて森と呼ばれた筈の枝葉と木屑の荒野を燃やしながら、それを意識させぬように虚勢で吠える

 

 「はぁ?ゼノがその武器持てる訳ねぇだろうが転生者が!」

 ごもっとも!実際これは原作のおれはバグでしか装備出来ないし、実際に始水(かみさま)パワーなんかも使って強引に使ってるだけ!

 お前らのAGXに比べれば……五十歩百歩かもしれない!

 

 騙すことに罪悪感はあるが……それでもだ!今のリリーナ嬢にさらなる困惑を抱かせる訳には!いかない!

 

 「っ!ぐっ!」

 そんな事を思うおれの左掌を上から何かが撃ち抜いた

 手を貫通する程の力ではなく、けれども浅く確かに抉られていて……

 「っ!?何だ!?」

 何だ、この攻撃は!?傷口に何一つそれっぽいものが無い!

 

 魔法か!?いや魔法ならこんな【魔防】0のおれの掌くらい貫通しても可笑しくない。針か何かのように細くて、突き刺さり抉っても何一つ見えず傷口に残らないナニカ……

 

 不意に、灰色の空を見上げる。龍の月……水を司る雨季の空は、太陽を覆い隠すように曇っていて

 「そうか!雨粒!」

 叫ぶおれの前で、渇いた地面をパラリと降ってきた雨粒が抉りヒビを入れる

 超重力圏であるグラビトン・ジャッジメントの範囲内に入った雨粒が重力に引かれて大きく加速し……巌を穿つどころか鉄を貫く死の雨と化す

 

 「っ!それが分かったところで!」

 自分で無意味さに叫んでしまう。マナの巡りによって鉄より硬いおれですら抉るのだ。雨が本格的に降り始めたら、おれはまだ何とかなるとしても……リリーナ嬢なんて雨粒に無数の穴を空けられて死ぬしかない。エッケハルトも似たような結末になるだろう

 じゃあどうするか、に対して魔法の一切の使えないおれには何の回答もない

 

 「……始水」

 どうする?おれに天候を変える魔法なんて無い。轟火の剣も天候を晴れにするなんて方向の力はない。頼れるとしたら龍神たる……

 『雨乞いなら何とかなりますが、その逆を期待しないでください、兄さん。雨を降らす水神様に晴れを頼むのは筋違いです』

 怒られた。いや言われてみれば当然だが……

 『雨を降らせるわけにはいかない以上龍化は厳禁となると、対応策は……

 っ!すみません兄さん!ちょっと手一杯なので暫く失礼します!そちらはそちらで大変そうなので手助けできることがあれば助けたいのはやまやまなのですが、自力変身でお願いします』

 ……もう変身してる訳だが。本当に何か手一杯らしい。何時もなら現状を分からない始水ではない筈だ

 

 なら、頼るわけにはいかない。元々幼馴染に頼りきりなんて情けなくて、だからちょっと意地を張って要らないって言ってたところもあって慣れきっている

 

 「エッケハルト!」

 「無理、言うなって!?」

 地面に両の腕を重力によって強く強く押し付けられた青年はただ呻く

 おれだって何とか立ってるってレベル。此処でまともに動いて魔法が使えるとしたら……竪神とワンチャンオーウェンくらい。だが、後者はALBIONと言うらしい機体を使いたくなさそうだし、機体無しでどこまでやれるかは微妙だな

 

 というか、13なんちゃらと型式番号が呼ばれてたのがLI-OHで11H2DがALBION。t-09(ATLUS)は蒼輝霊晶を使ってこなかったし、11にも搭載されているか分からない。一応13系列に当たるLI-OHと竪神は影響がないっぽいが……

 

 来てくれないだろうか?

 そう思うも、空に飛翔する蒼き鬣の姿はない。疾駆する巨大兵器の轟きも聞こえない

 おれが何とかするしかない。大体……13の一種らしいジェネシックダイライオウにしても、あるのは設計図だけだ。アイリスがノア姫の手を借りたりして頑張って再現しようとはしているようだが……とても支援機が完成形とは言えない。そんな未完成でより上のナンバーに立ち向かうのは無謀だ

 

 焦りばかりが募り……

 『ルクゥ!』

 ばちっとしたスパーク音。桜の光が少女を貫く。アウィルだ。幼き天の狼が、地面に押し付けられていた桃色少女にオーラを纏わせたのだ

 「っ!お願い!私に力を貸して!」

 その瞬間、天光の聖女の手に現れるのは銀金の陽杖。太陽を模した装飾から光が迸り……今にも降り始めようとしていた雨雲を吹き払った

 

 「……くだんね」

 心底つまらなさげに、金髪の青年が重力球から取り出した剣を逆手に握り

 「起きないなら死ねよボケが」

 足蹴にした首無し青年へと…… 

 

 「やめろ!」

 幾らちょっとアレな事をしたし敵であったとしても、無下に殺されるのを見逃してはいけない。おれは赤金の剣を振るい、陥没して行く地面を蹴ってその剣を迎え撃った

 

 「馬鹿が!」

 にぃ、とつり上がるユーゴの唇

 「カウンターブラスト!」

 「あぐっ!」

 オレンジの衝撃波のようなものがアガートラームの腕から拡がり、おれを襲う

 大きなダメージはないが、服だけは一発でボロボロだ。耐火による保護を喪ったおれの体に火が着き、燃え上がる

 

 ……スイッチオン!

 「っ!魂を燃やせ!帝国の剣(デュランダル)!」

 燃え上がる肉体と力。何事かと思ったが……追い込まれてからが本番のデュランダル、変身時はギリッギリHPが規定ラインを越えてたから能力補正が掛からなかった……みたいなオチらしい

 

 「自由に動かせなくてもよ、我を傷付けんとするものへの反撃だけはしてくれるわけ。勝てねぇんだよお前

 どぅーゆーあんだーすたん?」

 見下す煽り顔。おれは、それに……

 「それに一度破れたのは誰だった?」

 唇から垂れる血を燃え上がる前に舐め取り煽り返した

 

 「……ゼノ君、結構ひょっとして性格アレ?」

 酷くないかリリーナ嬢!?背後からの鋭い突っ込みに、少しだけ気が削がれるが、気にせず腹に突き刺していた刃を流石にもう良いと抜き放って納刀

 「そう、酷いだろリリーナ……」

 蒼いユーゴの瞳が揺れる

 

 「じゃねぇわてめぇ。転生者だろ名前名乗れよ」

 「私はリリーナで」

 「いや、美少女な実妹ってだけでルートヴィヒは満足してたから良いんだがよ。原作とキャラ違う奴がほざくな」

 殺すぞ、と凄むユーゴ

 その視線を遮るように、全身から焔を放ちつつ立ちはだかる

 

 「貴方も転生者なんだよね?

 なんでこんなこと……」

 が、桜色のスパークするオーラを与えられ、アウィルに見守られながら少女は座り込みつつ上目で問い掛けを続ける

 

 「ゲームのシナリオを知ってるなら、そうなるように頑張った方が、みんな幸せになれるし

 ほら、そんなにすっごい……私にはちょっとワケわかんないくらい凄いパワーがあるなら、誰も犠牲にならないようなハッピーエンドだって」

 「うっせぇよ偽物。いや、ぶっちゃけ我、太陽みたいて明るくて社交的(ビッチ)なリリーナより、ステラやアーニャのが好きなんだけどさ」

 アーニャ?……ああ、アナの事か。アナスタシア、ならアーニャって愛称も有り得るのか

 

 というか、こいつそんな人格だったのか……

 

 「ああ、思い返したらイラッイラしてきた」

 青年は頭を勝手に一人でかきむしる。隙だらけだが……必ず蒼き結晶が彼を護るだろう。あれを貫く手段は……

 防御奥義無視の切り札一発しかない。師匠が故郷に帰ってからも修得しようと努力はした【雪那月華閃】さえ使えれば2回だったが……まだ上手く使いきれない。あれを振るうのは本気で一か八かだ

 

 「ステラにどんな卑怯な事したんだよお前」

 が、飛んできたのは……割と予想外の言葉であった



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誘い、或いはゲーム

「……ステラ?」

 天狼の放つ活性の桜雷。それを受けて立てるようになったらしい桃色聖女が小首を傾げる

 

 そういえば、リリーナ嬢は出会ったことが無かったか

 私は転生者で皆を幸せにしたいの!と端から見ればお花畑丸出しの発言を大真面目にされたカミングアウト以降はそこまでだが、当初はおれもリリーナ嬢が転生者丸出しでちょっと警戒してたからな

 おれ自身は全然読んだことがないけれど、世界にはおれの蔑称でもある【悪役令嬢】ものとか、ゲームヒロインが悪役って作品もあるらしい。リリーナ嬢……(れん)がその悪役みたいな事を考えてるんじゃないかと思い、距離を取っていたんだ

 

 リリーナ嬢は時折昔からおれに接触をしてきてはいたものの、アステールと関係のあった時期にはおれは警戒をまだ解いていなかったから、あまり他人を巻き込まないようにしていた。だから、会ったこと無いし紹介もしていない

 

 これからも紹介するタイミングは来ないと思っていたんだが……

 

 「は?転生者なら知ってんだろ」

 「……えっと、誰?あのゲームにそんなの出てきたっけ?」

 ちらりと目線を向けられるのはおれではなくエッケハルト

 

 案外騙せてるんだな……と内心でほっとする。普通は転生者かつアステールと関係のありそうなおれに尋ねるだろう。それを転生者だから知ってそうとエッケハルトに目を向けるということは、おれはただのゼノだと思われてるということだ

 散々ユーゴ等がネタバラシしてる割に、斜め後ろに立つ聖女様はそれを信じていないらしい

 

 「いや、俺はアナちゃん目当てだから……アナちゃん主人公で全ヒーロー攻略する事以外全然やってないっていうか……全ヒーロー視点であの子とイチャイチャするので満足したというか……

 ステラだの何だのサブ女キャラの話なんて知るわけ無いだろ!ゼノに聞けよ!」

 ごもっともである

 

 「……お前クソザコっぽいけどこっち来ない?」

 ぽつりと呟くのは呆れ顔のユーゴ

 「ルートヴィヒの奴死にやがったから、席今なら空いてんぞ一応」

 ま、こき使うけどなと告げ、重力を緩めるユーゴ

 立ち上がれるようにしたのだろう。おれはそれでも隙を伺うに留めて動かない

 おれに放てる中でユーゴの障壁を越えられうるものは【似絶星灰刃・激龍衝】のみ。【迅雷抜翔断】はデュランダルを一旦投げ捨てて月花迅雷を握って一拍の溜めから放つ関係で重力を元に戻されたら発動を潰される。たった一つの切り札は確実に意味を持つタイミングまで切るわけにはいかない

 

 「魔法なら殺せんだろ?そこのクソ半殺しにしたら認めて許してやるよ」

 「断る!俺は……アナちゃんに嫌われる事をして手に入れても嬉しくない!

 自力で!アナちゃんの味方をして!惚れて貰う!」

 「……良く言ったエッケハルト!」

 頑張れ、応援してるぞ割と真面目に

 

 おれじゃあ、誰一人幸せになんて出来る筈もないからな。おれだってアナにもアステールにも皆に幸せになって欲しいし、その為には幼い憧れからの勘違いなんて、お前が覆してやれるならそれが良い

 

 「……これだから優遇メインキャラ様は、恵まれてるからアホ言いやがる」

 はっ!と金髪の青年は唾を地面に吐き捨て、ぱんと手を叩いて重力を再度強める

 

 「んで?ステラが誰かって?」

 「それもそうだけど、どうしてこんな……」

 すっとユーゴの青い目が細くなる

 

 「ってか、同じ転生者なら分かるだろ?いや優遇されたヒロイン様は何もしなくても勝手にイケメンがホイホイ寄ってくるからわかんねぇか?」

 

 嘲るような口振りだが、一つ言わせてくれユーゴ

 勝手に寄ってくるとか言ってるが原作でもアナザー編のゼノくらいだろ何もしなくてもルート入れるの!

 原作リリーナは聖女って特別な力を持ってはいてその結果として優遇されてるし聖女様だからって補正もあったろうけど、恋愛面はヒーローの為に無私で頑張った結果告白されるパターンしか無いわボケが!

 今のリリーナ嬢がお花畑風味で目指してるかもしれない逆ハーレムとかその延長、皆のために必死に動いたから緩く皆から好かれてるけどその分特定の誰かと深い関係ではないルートだしな!

 

 ……おれとしては特定の誰かのルートに入ることを薦めるんだが

 

 「分かんないよ!私には全然分からないから聞いてるの!」

 頬を膨らませ、乙女ゲーヒロインは小さく怒った

 「あの子をファンの良く使う愛称で呼ぶし、私を……ちょっと気にしてるんだけどキャラ違う偽物って酷いこと言うし」

 ……気にしてたんだな、偽物発言。確かに酷いと思うが

 「それに、ステラちゃん?って私も知らない子の話まで知ってるくらいにゲームのファンなんだよね?

 なのに何でこんな酷い事が出来るのか、分かんないよ!」

 「黙れ、お花畑」

 降り注ぐ青き落雷

 

 「っ!ユーゴ!」

 『グルゥ!』 

 天から落ちてきたのは、良くバリアに使われているアレと同じ材質の槍。エクスカリバーでも刀身に採用されていたから分かっていたが、殺傷力もあるらしい

 それを何とか咄嗟に動きを合わせてくれたアウィルの右前足と交差するように剣を振るって軌道を逸らす

 っ!重い!

 

 「直接は……何だって?」

 カウンターは出来ると言われてたが、降ってきたのは完全にリリーナ嬢を殺せる一撃だった

 肩で息をして重力に抗いつつ、その疑問を思わず口にする

 「ま、我一人じゃない訳よ。このゴミが勝手に死んだまま生き返らねぇから、我や他も出向いてくるしかない訳

 いい加減起きろボケが」

 何時しか吹き飛んだ筈の頭が再生している青年の顎をブーツで踏みつけるユーゴ

 

 「……ちっ、あいつ何だかんだルートヴィヒ居なくなればリリーナ狙いするかとか言ってたし、一発で義理は果たしたとばかりに直ぐに帰りやがった。今度ぶん殴る

 自由にまともな火力撃てるのてめぇくらいだって自覚持てよ」

 空を見てはぁマジと呟く青年ユーゴ。それでも警戒は解かない。解くわけにはいかない

 それが真実だなんて保証はないのだから

 ……それが真実なら、正直助かるのだが

 

 「ま、良いや。で、何でとかアホ聞いてくんなお前

 『ゲームはプレイヤーが遊ぶもの』、だろ?」

 

 ……分かっていた。そんな答えだと、分かっていたんだ

 それでも、唇を噛みしめる

 「ゲームって……」

 「此処はゲームの世界で、我は好き勝手望むように生きれる力を与えられた転生者(プレイヤー)で!

 だから、くだんねぇゲームシナリオなんて運命をぶっ壊して!気に入ったキャラと面白おかしく生き(プレイす)る。当たり前だろ?

 此処は、円卓の救世主(プレイヤー)の為の世界(ゲーム)だろうが

 ま、本当は我とあと一人だけで良いから残り全員死んで欲しいが」

 見下ろす冷たい青の瞳に、桃色の聖女は小さくその翠の眼を伏せた

 

 「あとステラの話?我が嫁だよ。原作のな

 ユーゴ・シュヴァリエに一途だし地位高いし狐耳だし、正妻にくらいしてやろうっての」

 「そんなの、生きてる人への……」

 「ゲームキャラだろ、結局」

 

 ああ、違う。おれは節穴かと自嘲する

 決定的に違う。オーウェンも、リリーナ嬢も、勿論エッケハルトも。此処がゲームの世界だとしつつ……現実だとも認識していた。そこに生きる者達を生きた人間だと思っていた

 そういった根本から、この世界を玩具だと見下している彼等とは違ったというのに!

 

 「だからよ、ステラは我にぞっこんな嫁でなきゃ可笑しい訳。それが何だよあのバグ状態」

 バグというか、可笑しいのは認めよう。だけれども、アレはまだおれの駄目さに気が付いていないとはいえ、自分で考えて、思って、苦しんで、おれに助けてと手を伸ばした結果だ

 それを……

 

 「好き勝手遊ぶって、シナリオなんて知るか壊してやるって、それなのに!シナリオで好かれてるからこの世界でもって!

 そんなの、都合の良いところだけダブスタじゃん!」

 「ユーゴ、お前はもう!喋るな!」



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ゲームキャラ、或いは怒りの雷

「ステラが出てくるのは特典小説だけで、我と共に聖教国で戦いを裏側から見てってやるんだよ」

 あの日のように血の涙を流しながら……

 

 全く、器用な事だ!

 「てめぇがステラのおーじさまな訳がねぇ。てめーを越えた、血筋は皇子じゃなくとも、何よりも大好きな白馬の皇子サマ」

 『ルルゥ!』

 反論するようにアウィルが吠える

 

 「だから有り得ない」

 「お前、はっ……アステールの心を考えた事があるのか」

 ギリリと歯を鳴らし、隙を産むためにどの口がと言いたくもなる言葉を吐き捨てる

 

 「は?」

 「ステラステラと、良くもまあ動く!」

 「は?」 

 心底理解できないといったように、青年は肩を竦める

 「何が悪い訳?」

 「おれは全く知るわけがないが、お前はアステールの原作とやらを知っているんだろう?

 その過去は真性異言(ゼノグラシア)が深く関わっていないだろうから、おれの知るものと同じ筈だ」

 「だから何だよ分かりにけぇな、説明下手か?」

 「なら、どうしてアステールを捨てられた子(ステラ)と呼べる?」

 

 単純に疑問なのだ

 おれが好かれていたのは単純に本名を呼んだからというだけだ。そんなの何が特別なんだ誰でも出来ると思ってはいるが……だからこそ目の前の彼が、わざわざ蔑称であり幼い心に深い傷を残していただろう『ステラ』とあの子を呼ぶ理由が皆目見当もつかない

 前に対峙した時は事情を知らず、彼女自身にステラって呼んでねーとおれと同じ事を言われてそのまま呼んでいたのかと思っていたが……

 

 「何故だ、ユーゴ・シュヴァリエ!」

 そんな叫びも意に返さず、心底理解できないものを見る目がおれを射る

 「お前なりきり上手すぎない?」

 「いやこれなりきりじゃなくて素だよどう見ても!?何で転生者扱いされてるのゼノ君!?」

 

 ……転生者全開で戦ったことがあるからな、向こうにはバレてるんだ。と言いたいが、騙されてくれている状態では口に出来ずに飲み込む

 

 「……ってか、ステラをステラと呼んで何が悪い?

 プレイヤーが何と呼ぼうと自由だろ悪役令嬢(男)カッコワライ。ってのもそうだが……」

 わかんねぇと右手掌底で額を抑え首を振るユーゴ。その態度に、本当に他意は無さげで

 「ステラってのは、呼ぶと後ろめたい皆が勝手に忖度(そんたく)してくれる便利な言葉だろ?ステラ自身が原作でそうネタにしてるんだから、何の問題がある

 言ってみろよ、バグ野郎が」

 

 『昔ステラレタコって酷い呼ばれ方されてたから、今でもステラがステラって自分を呼んだら皆優しくしてくれるんだー。だから、お店の奢りー

 何でも頼んで良いからね、おーじさま』

 うん、何となく言いそうだ。想像が付く気がするっちゃする

 

 だが!

 

 「それは何時の話だ、真性異言(ゼノグラシア)!」

 理解しつつ叫ぶ。シナリオの裏ということは、今から数年先の未来、所謂原作第二部の時期だろう

 ちゃんと大人になった頃には、幼い頃のトラウマだって乗り越えられて、ネタに出来る余裕もあるかもしれない。その事を、彼は語った

 その事実だけを

 

 「は?原作の話だが?基本プレイヤーがなにもしなければ原作通り進むモンなんだから」

 「そうなんだろうな。お前が知る未来では」

 怒りを込めて呟く

 「はぁ?設定からしてそうなってるんだから」

 「いや、昔は辛かったけどってネタにしてるなら、幼い頃って言われたら嫌じゃん!?私でも分かるよ!」

 ふんす!と鼻息荒くするのは桃色聖女。彼女は屈んで取り落とした杖を拾おうとしていて……

 「リリーナ嬢。呼べば来る!」

 「あ、そっか!」

 おれの一言と共に少女の手の中に銀金の杖が舞い戻る

 

 隙を晒したな、とばかりにその腕を伸ばしかけていた青年は慌てて手を引っ込めた。どうやら、向こうも一応おれへの警戒があるようだ

 ならば、轟火の剣にも意味がある

 

 「お前ら、世界をゲームだと言う気か。アナが、皆が生きる此処を!皆を含めて!」

 「そうだよ!ゲーム世界でも、同時にもう私達が生きる現実で!ゼノ君が貴方達を止めようとするように、何かガイスト君が勝手にアイリスちゃんに攻略されてたように!

 基本の境遇がゲームと同じだからゲームそのままになりやすいけど!皆生きてるの!」

 「……は?ゲームはプレイヤーに遊ばれてナンボだろ?

 お前らだって同じだろ、ちょっと与えられた立場がヒロインサマだったり優遇されてるからゲーム通りに遊ぼうとしてるだけで」

 

 「それ、それは……」

 ある意味図星に、少女が杖に目線を落として言い澱む

 実際そうだ。結局やっていることはそう変わらない。ゲーム知識を使って良い世界を目指すなんて、彼等と同じ行動なのだ

 それが……例え自分一人のためでなく、ちゃんと生きてると認めたこの世界の人々の事も彼女なりに考えた末の夢物語だとしても

 

 だから、おれが言えるのは……

 「目を上げろ、リリーナ嬢」

 「でも、ゼノ君……」

 「迷うな、君は……この世界の可能な限り多くを救う天光の聖女リリーナ・アグノエル」

 「それは、私じゃなくて本当の」

 「そうあることを!自分で選んだんだろう!

 だったら言ってやる、リリーナ嬢。行動そのものは確かにユーゴ達とそう変わらないかもしれない。それでも!根底にある想いの輝きが違う!」

 

 「はっ!口説き文句か!?」

 「思っていることを言っているだけだ、ユーゴ!」

 そう叫び、燃え上がる炎と迸る雷……二本の武器の放つオーラを纏って吠える

 「まともに生き残りたいだけのおれとも、好き勝手何の倫理も考えず享楽したい彼等とも違う

 好きなものの為に!誰かのために!命を掛けて!ならば、それはもう生きることと同じ。その為に、君はおれの手を取ったんだろう!」

 「……ゼノ君」

 「その想いを信じたから、おれは貴女を護ると決めた。貴女の言う物語を……紡ぐために刃を振るう事を願った!」

 ああ、何を言っているんだろうおれは。リリーナ嬢にも、(れん)と言うらしいその魂にも。立ち向かう義務なんて皇族なおれと違って欠片もないのに

 これ以上、聖女という重りを彼女に載せるような最低な事を

 

 「……うっぜぇよ!死ねよてめぇ等!」

 更に強まる重力領域

 それに対して……

 

 「私に出来ること……聖女の力……」

 なにかを悩むリリーナ嬢の横で、おれは……届かないと知っていて、それでも。微かに鍔を左膝で蹴って愛刀の刀身を晒し、それによりオリハルコンの檻から解き放たれ迸る雷の導線を伝って……駆け出しながら全身全霊で投げ放つ!

 「紅ノ牙・改!」

 

 「無駄だぁっ!」

 が、それも蒼き水晶に阻まれ……

 「皇子!此処だ!」

 何処に居たんだよシロノワール!?

 突如アウィルの首筋の卦から飛び出す八咫烏の飛ぶ軌道に導かれるように……

 

 見えた!貫くための一点!

 だが、轟火の剣をぶん投げたが故に燃え盛る炎が力を失い、重力に体は囚われ……

 「行ける筈!私だって、聖女なんだから!」

 その瞬間、おれを包むのは優しい陽光のような金光。天光の聖女リリーナの放つバフ効果の魔法

 

 そう。始水が穴を空けたおれの鼓膜を治せたように、七大天の力をほぼ直接ぶつければ……おれに掛けられた呪いすらぶち抜く!

 いや、原作リリーナってゼノと共闘出来るのはヒロイン枠で主役じゃないアルヴィス編のみで、かつそこでは効かなかったから一八なんだが……効くなら良い!

 

 突如現れたシロノワールが導いた道を辿り、一呼吸置いて地を蹴り距離を詰める

 「なっ!?てめぇ!」

 絶対の護りたる蒼き水晶を越え、捉えた!

 「迅雷!抜翔ッ、断!」



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蒼槍、或いは悲鳴

キィン、と鳴り響く音。既に蒼い障壁は前面に展開され、電磁加速を受けて放たれた赤金の燃え上がる大剣を受け止めている

 

 流石に相手はアガートラーム本体を扱うユーゴ。アウィルが背後から襲いかかったような事をしても、恐らくは防がれるが……

 それでいい!今一度僅かに抜き放ち納める際に響く小さな音と拡がる雷が、奥義の発動を阻害。更に完全に横凪ぎに抜刀!

 

 これ自体を当てることも勿論だが、本来の役目は一気に雷の魔力を周囲に漂わせること!

 バチバチとしたスパークがおれの全身を、そして周囲を苛み、相手を捉えつつ収束する

 そこから放つのは、抜翔の名を冠するに相応しい翔龍閃。抜刀切り上げの一撃!

 

 「ぬがっ!?」

 刃は歪む世界に受け止められる。どうやら、歪曲フィールドだか何だかの防御壁との二重防御かつ、そっちは奥義判定がないらしい!

 が!大地に降り注ぐ落雷ではなく、天へと迸る翔雷!青年の体を重力バリア毎拘束したまま、天へと昇り斬る!

 

 「っ!らぁぁぁぁっ!」

 重い!本来は地上数十m程まで駆け昇りながら叩き斬る奥義だが、地面に縫い止めようとする数十、数百倍の重力が雷撃ならざるおれの体を大地に押し込もうと荒れ狂う

 飛び立てない……が!

 「舐めるなぁぁぁぁっ!」

 それでも!貫く!

 

 罪は背負おう、ユーゴ!それでも、お前は……此処で止める!

 地を蹴り大翔(ソラ)へ。周囲に展開した金の雷……轟火の剣の金焔と同じく覚醒状態の特殊な雷撃が、刃を打ち上げ……

 

 「無駄無駄無駄無駄無駄ァッ!?」

 その言葉は、愉悦か悲鳴か

 効かないと全身を丸く覆う歪曲フィールドに護られながら、それでも焦りの形相を浮かべた金髪の青年は……思わずといった感じで顔の前で腕を交差する

 顔を護ろうとでもいうかのように

 

 「っ!はぁぁぁぁぁぁっ!」

 順手に握り締めた刃が重い。元々重いが、超重力と硬いフィールドに逆らっての斬り上げに耐えきれずに手首が悲鳴をあげる

 びきりと嫌な音が響き、刀の柄を強く押さえていた小指と薬指が撥ね、歪曲フィールドの重力に囚われて第二関節から本来曲がる方向から90度間違えた向きにへし折れる。中指に完全に覆い被さるようだ

 更には手首がガクン、とズレ……

 

 「あ、がぁぁっ!?」

 金雷が消える。おれの身長の倍くらいの高さまで翔んだところで奥義が終了し……打ち上がる加速を喪った体は超重力に引かれて地面に叩きつけられた

 

 「がふっ!」

 顔から大地に叩きつけられ、折れた前歯が左目を襲う。逆だったらヤバかったか、と思いつつ立ち上がろうとして……

 「驚かせんなオラァッ!」

 重力フィールドによりふわりと自由落下より遅く、天から降りてきた青年の右足がおれの頭を押さえ付けた

 

 「ったく、ビックリさせんなよな」

 言いつつ青年は、おれの手から溢れ落ち、近くに根元まで突き刺さった月花迅雷を見て

 「ま、良いや。月花迅雷は手に入る訳だし多少は良い()や……」

 突如、音が響く

 ボン!という爆発と共に、ユーゴの足に付いていたアンクレットのパーツが吹き飛んだ

 

 「おわっ!?」

 体勢を崩す青年を他所に、駆け抜けた白狼が母の形見たる刀を地面から引き抜いて咥えた

 「ちっ……というかオーバーヒートだと!?

 たった一撃を防いだだけで!?」

 きっ!とおれを睨む青年

 

 「やっぱりお前は、此処で……うげっ!?」

 その胸を撃つのは、太陽光のようなレーザービーム。封光の杖レヴァンティンの固有能力だ

 ダメージこそ確かレベル×1/3+3とかなり低いんだが……ダメージ計算式がそれだけというのが特徴

 そう、一切の軽減要素を考慮しないのだ。【防御】だの【魔防】だの【レベル】だの防具だの、それこそ歪曲フィールドも蒼輝霊晶も何もかも、そういった全てを無視する一撃が青年の胸を軽く抉る

 

 まあ、リリーナ嬢は聖女だ。直接前線でバチバチやるおれとは違う。レベルだ何だ、相手を殺すための力が強い訳ではないのだ

 ……生き残るためにはそのうち強くなって貰わなければ困るが

 

 だからこそ、ほんの少しの傷。致命傷には程遠いが……隙は産まれる!

 爆発でぐらついた足、更にレーザーに少しの後退りが合わさって完全におれの頭から足が退けられたのを見て……

 「負ける、ものかぁぁぁっ!」

 不滅不敗。決して負けない燃える心が、ある種目眩ましとして投げ放った結果数十m先に突き刺さっていた轟剣をこの手に呼び戻す!

 そのまま倒れた体勢のまま、左手の力だけで青年を支える軸足を狙い

 

 「油断も隙もねぇな!?」

 が、やはりというか蒼き結晶に青年の足は護られる

 

 が、それで良い。ふと見た瞬間に見えたものがある

 その時点で……おれのこれも陽動!

 「こんの!」

 何とか踏み止まった青年がおれを蹴り飛ばそうとして……

 

 「あぎゃぁがぁぁぁっ!?」

 初めての、本格的な悲鳴。いや、一度腕をへし折ったときに聞いたな

 「わ、僕は無敵のバリアが……」

 尊大な仮面が剥がれ、素の虚勢を張った普通の男が顔を覗かせる

 

 驚愕に見開かれた瞳で、青年は自身の肩から生えた蒼く輝く結晶槍の穂先を見つめていた

 「……げふっ」

 その体から黒翼が生える。いや……おれが派手に動く背後でこっそり突き刺さったあの槍を回収しユーゴ背後からその右肩を貫いたシロノワールが翼を拡げただけだ

 「バカな、こいつらは登録者以外には握れ……」

 「だから、私は握ってなどいない」

 その槍を掴む腕は黒い影に覆われていて、明らかに隙間だらけ。確かに……直接触れてはいない

 

 「そんな詭弁で使えるとか……がぁっ!?

 ……しかも、同系統だから、中和されるとか……欠陥がよ、本来は精霊の攻撃を防ぐための精霊障壁の……は……」

 同質の力はどうやら蒼い結晶を無視するらしい。それやおれが一度奥義無効でぶち抜いたとしての歪曲フィールドだったのだろうか

 だが、そいつは既に無い!

 

 「吠えろ!デュランダル!」

 中和の言葉通り、赤金の剣を受け止めていた結晶も虚空に溶け……

 

 ざしゅっと軽い音と共に、青年の体が足という支えを片方喪ってぐらついた

 

 「あんぎ、がぁっ!」

 血走った瞳がおれを、そして背後のシロノワールを睨み……

 

 「ガゥンダァァ!ドライヴァァォァァッ!」

 最早呂律が回っていない。それでも一度おれを襲ったオレンジの波動が全方位に向けて迸り……

 

 「効くか、そんなもの」

 一瞬影に潜ることでシロノワールが拡がっていく衝撃波の内側に潜り込む

 『ククゥ!』

 まともに対応できないおれの前には白い狼が立ち塞がり、降り注ぐ紅の雷撃で衝撃を粉砕した

 

 「っ!」

 「終わらせようか」

 「魔神王ォォォォッ!」

 漸く振り返り、シロノワールの姿を見た青年は叫び……

 

 「…………まで待たせてんだ、殺すぞ」

 何処かから反響するそんな声だけが響く

 忽然と、ユーゴ・シュヴァリエは姿を消していた

 いや、彼だけではない。刹月花の青年マディソンも居ない

 

 一瞬何か違和感もあったし、聞き覚えの無い言葉が耳に反響しているし……

 

 「時を止めて逃げたか」

 互いに結構仲悪そうだったしな。敵だと互いを思うことでおれ達全員の時を止め、互いにか殴りあったりしつつ何処かへと逃げ去った……というところだろうか

 

 既にもう、超重力も消えていて、反動か体が風船のように軽く思える

 ふぅ、とおれは立ち上がって……ぐらり、とやはりというか何時ものというか、無理しすぎた体が傾ぐ

 

 腕しか気にしてなかったが、やっぱり地を蹴って翔んだ際に折れてたか……

 

 そんな後悔とともに、おれは金髪のイケメンに突っ込んで……

 その体を突き抜けて地面に再度キスした

 「……実体消して避けないでくれないか、シロノワール」

 「聖女なら兎も角、お前を受け止めてやる義理が私にあるか?」

 

 ……うん、無いな



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褒美、或いは事後処理

「あ、ゼノ君大丈夫!?」

 と、心配そうに見てくるのは桃色の髪をちょっと子供っぽくツインテールに纏めた少女リリーナ・アグノエル

 

 「何とかな」

 「何とかって基本的に駄目な状況なんだけど!?」

 言いつつ、おれを包むのは優しげな陽光。さすがは聖女リリーナと言うべきか、おれの呪いを無視してキズを癒す力を発揮する……となれば良かったんだが

 

 「きゃっ!?」

 魔法は弾かれ、少女へとおれの全身を覆う焔が飛び火する

 ……ああ、おれに対して回復魔法なんて使う人がまず居ないから分からなかったが、変身中は変身中で回復魔法効かないのか

 ゲーム風に言えば、『変身中【炎上】(永続、回復不可)を付与。【炎上】が付与されている限りHPが回復しない』みたいな効果テキストがありそうな感じ。七大天の息吹はきちんとおれに対してもほぼ即死の効果を発揮したが……アレは色々と規格外の超魔法だから貫通するのか、或いは単純明快に呪いでダメージに反転しているから弾かれなかったのかどっちなんだろうな?

 検証できる訳でもないし、どちらでも良いか

 

 「あれ?バフは効いたのに」

 「……ご協力有り難う御座いました、御先祖様」

 よろよろと立ち上がろうとしつつ礼を呟くと、一度だけその刀身を煌めかせて赤金の剣は忽然と消え、同時におれの全身を包む焔も消失する

 

 「あ、消えた。それ何なのゼノ君!?」

 「……おれにとっての切り札、かな」

 やはりというか内臓も結構焼けているのだろう、口の端から漏れるのは体内で生じたろう黒煙。それを曇天に向けて吐き出して、おれはそう呟く

 「いや自分も燃えてるけど!?何なら良く見たら耳四つになってるけどそれ本当に切り札なの!?

 というか瞳も青いし!?」

 

 驚愕に目を見開かれるが……

 「そういうものだ」

 「ワケわかんないだろ?でもこのアホそうなんだよ」

 『ルルクゥ!』

 口々に周囲から告げられる肯定の言葉に押しきられるように、少女は黙りこくった

 「帝国の剣、轟火の剣を呼び出して無理矢理使わせて貰ってるからな。相応の無茶はする」

 ……というか自分では見ないから気にしてなかったが、やはり耳4つなんだな。後天的に魔神族っぽく灰銀の狼耳が生えるって変化と血が魔神族と同じく蒼くなり、血の色が透けてる瞳も同じ色になるんだっけか。あくまでも後天的に特徴を呼び覚ましてるだけだから、元々のヒト耳が消える訳ではないのだろう

 

 「……あ、赤く戻った」

 「一時的に魔神族に先祖返りしてるらしいからな」

 「だから、言ってしまえば私の血も青い」

 いや怪我したのを見たことないから何とも言えないが、ちゃんと血は青かったのかシロノワール

 「そっか、魔神だもんね」

 

 『ククゥ!』

 と、火が消えたおれを引っ張るように狼がその牙のしっかり生え揃った顎で腕を咥え、ぐいと引いて立ち上がらせてくれた

 「あ、有り難うなアウィル」

 『ルゥ!』

 ついで、ユーゴに回収されないように拾ってくれていた愛刀を咥えて差し出してもくれる。きちんと刃の中頃を咥えることで柄を持てるようにしてる辺り気が利くというか、流石は幻獣。自分が怪我しないようにではなくおれの受け取りやすさを重視するとか野生動物の知性ではない

 

 受け取って愛刀を軽く眺めて鞘に納める

 ……引っ掛かりを感じるな。中鞘が一部歪んでいるのか?良く見れば細かいヒビが鞘に見えるし、柄の狼の頭の飾り鍔も一部オリハルコンが剥がれているし、柄本体の布も解れている

 ってか、柄に関しては折れ曲がってるな。刃と鍔が一体整形のドラゴニッククォーツであり、それを噛ませる以上木だと耐久が足りないからと仮にもこっちも金属製の筈なんだけど根本から歪んでいる

 ……その割にうっすらと雷のように折れ曲がりながら拡がるヒヒイロカネ芯が刃の中に透けて見える刀身には欠けだのヒビだのどころか曇り一つ見えない辺り流石というか

 

 ……でも、おれ刀鍛冶でも何でもないから鞘の修繕とか出来ないんだよな。アイリスが出来たりしないだろうか、いや無理か

 このまま鞘が歪んでると抜刀術が使えないのが困りものだが……

 

 そうして、漸く一息付く

 「助かった、リリーナ嬢」

 そして、こそっと今回のMVPだろう相手にも向き直る。立ち上がっているだけで足が痛むが、さらっとアウィルが後ろで壁になってくれているから立てる

 「お前が居てくれて本当に助かった

 いや、貴方のご協力、誠に感謝する、シロノワール」

 その言葉に、金髪に染めた魔神王はふっと小さく笑った

 

 「それで良い、人間」

 

 そんなおれの横で、結構空気だったエッケハルトが小さくリリーナ嬢を手招きしていた

 

 そそくさとちょっと距離を取る二人。それを邪魔しないようにおれは折れた右手で軽く来てくれた狼の頭を撫でて……

 

 『「もっとアウィルを褒めるべきじゃろ」』

 「ああ、有り難うアウィル」

 昔から撫でられても気にしないどころか喜ぶ所が変わってない。角は天狼にとって大事なものの筈でそれなのに触れられても良いとばかりに鼻と額を寄せる姿は頭に乗っていた時そのままで

 

 「でも、何か意味があるのか?」

 『「ぬしに褒められると嬉しいから、もっとやって欲しいだけじゃよ?」』

 頑張って人語を紡ぐ幼い狼から返ってくるのはそんな言葉

 

 それで良いとか、アイリス並に安いなとおれは暫くそのふわふわの毛に覆われた撫で続けた



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異伝 桃色聖女と転生者会議

呼び出されて、私は少し悩みながらも二人と一頭の元を離れる

 でも、二人ともこちらを一瞥するけど何も言ってこないし、良いんだよね?

 

 前は森だったけど、今はもう荒野。身を隠す場所なんて無くて、あまりにも開けた場所

 

 と、突然空が翳る。シロノワール君が翼を拡げ、烏姿でこちらに飛んできていた

 「聖女よ、流石に大丈夫だとは思うが、あまり離れないように頼む」

 「何だよ、俺が何かするって?」

 不機嫌そうにひび割れた木々の破片を踏むエッケハルト君

 

 でも、言われても仕方なくない?頑張ったのゼノ君とシロノワール君だよ?

 

 「単純に、離れすぎるとあの時止めに囚われそうになった際に、対応できないからな

 そちらがどうこうというのは気にしてもいない」

 あ、そっか。ゼノ君が側に居たからゼノ君は時が止まらなかったんだよね?じゃあ離れすぎたら本当に時止めに対して間に合わない

 「あれ?でも……シロノワール君よく知ってるね?」

 

 「実は飛び去ってすぐ、あの狼に捕まってな。ずっと甲殻の中に仕舞われていた

 時を止めても共鳴で動いていたようだが……」

 何なんだあの狼……と呟いて、けれども警告はしたからなと飛び去っていくシロノワール君

 

 それを見送って視線を移す。ゼノ君は時折何か起きないか此方をその血色の右目でちらちらと見ながら、体を丸めて椅子みたいになった大きな白狼にもたれ掛かり、角付近をずっと撫でていた

 

 「こほん」

 その掌の指が二本ぷらーんとしていて、明らかに毛にちょっとからめられただけで曲がっちゃいけない方向に曲がる辺り完全に折れていて

 火が消えたなら治してあげられないかな?と思ってた私に向けて、大きな咳払いが聞こえた

 

 「あ、ごめんエッケハルト君。ちょっと考え事してた」

 それで、と私はスカートに付着した土埃が突然気になって裾を摘まみぱたぱたと振りながら答える

 杖?今は要らないって念じたら何処かに消えちゃうんだよね、あれ。とっても便利

 「考え事……は良いんだけどさ、(れん)

 

 その言葉に耳をぴくっとさせて、私は姿勢を正す。彼が私をそう呼ぶってことは、ゲームの話とかしたいんだなって分かるから

 「ねぇエッケハルト君」

 「どうしたんだよ」

 「その辺りの話、ゼノ君達にも聞かせて良いんじゃないの?」

 って、ごそごそと呼んだ馬の鞍に積んだ荷物をちょっと顔をしかめながら漁るゼノ君を見てそんな風に言う

 あ、干し肉かな?を取り出したらぱくって狼がそれを咥えてる。いや、私にはぜんっぜん関係性が分からないんだけど、直ぐに順応している辺り本当に知り合い同士なんだろうなーって

 直ぐにゼノ君に懐いてる辺り飼い犬……あの頭に乗ってた小さな毛玉の成長姿というのは良く分かる

 

 私はラインハルト君は一途なのは良いんだけどちょっと苦手で。ママってつい主人公の事を呼ぶことがあるのとかもそうだけど、何というかヤンデレ味があったからかな。そのせいでちょっとねーと天狼については避け気味だったんだけど。寧ろもう一人限定だとゼノ君の方狙ってたんだけど

 でも、大型犬みたいで可愛くてちょっと勿体無かったっていうか私も撫でてみたいなーとか

 

 って、それは良いかな、今は

 そもそも、私が転生者なんてゼノ君知ってるわけで。エッケハルト君については本人が言ってたし

 「私達が転生者……えっと真性異言(ゼノグラシア)って存在なこと、理解されてる訳だよね?わざわざ隠す必要なくない?皆で話して良くない?」

 仲間はずれはいけないよ、ふんす!

 って私はちゃんと主張する

 

 「……転生者会議ならゼノも入れるべきだとは俺も思う」

 複雑そうに友人である筈の隻眼の青年を何とも言えない渋そうな顔で見ながら、赤毛の青年はぼやく

 「でも、此処からの話はゼノに聞かれたくないんだ」

 「ゼノ君へのサプライズ?」

 あ、そっか。頑張ってくれた御褒美とか、相談してるの聞かれたくないよね。私、夜中に両親がクリスマスプレゼント何にするかの話し合い聞いちゃってサンタさんって親なんだってがっかりしちゃったことが……この場合とは違うかな?

 

 と、そんな私を見て、彼は君もかと言いたげに大きな溜め息を吐いた

 「何となく理解した。ただ、確認として聞きたい」

 真剣な青い瞳が私を見詰める

 

 やだ、告白?……って茶化せる辺り、本気じゃなさそうだよね。私が身がすくんじゃうような恐怖を感じてないってことだし

 「君は、さっきのゼノを見てどう思った?」

 「さっきの……って、変に時が止まってからの事?」

 

 言われてんー、と唇に左手人差し指を軽く当てて思い返す

 「怖かった」

 「だろう?」

 大きく頷くエッケハルト君。その瞳にはちょっとした怖れ……かな、怯えるような色が見え隠れする

 

 「正気じゃない」

 「……うん、そうだよね」

 私、ゼノ君に護られながら殆ど何にも出来なかったもん。良くあんな相手に対して勇気を出して戦えるよねみんな

 

 「怖いだろ?」

 「エッケハルト君、ユーゴ?って人に反応してたし知ってたんだよね」

 こくりと頷く青年

 「ああ。実はさ、ヴィルジニー分かるよな?」

 知ってると言えば知ってるかな。私はやっぱり乙女ゲーとしてプレイしたかったから全然あの子使ってないんだけど、聖教国からの留学生の女の子。何人かとペアエンドとかあった覚えがある

 内容知らないけどね、くっつけたこと無いから。一応ガイスト君とかエッケハルト君とかと支援S行けるんだっけ?

 

 最推しの頼勇様と絶対恋愛にならないよねこれ!?って気になったゼノ君は全部シナリオ見たい!って他キャラとのペアエンドとかやったんだけど、他はね……攻略対象にヒロイン以外と恋愛とか御法度って無視してたから

 こんなことならやってたらある程度皆の事解ったのになーって残念にもなるけど、此処はもう現実だし、ゲームの知識で考えすぎなくなるからそれはそれで良いのかな?

 

 「教皇の娘だよね?」

 「その子とユーゴが婚約するってパーティーに呼ばれて、あいつと出会ってたんだ」

 「え?婚約?あの人ステラがーって言ってたよ?」

 ヴィルジニーとステラって愛称が結び付かないけど、別人だよね?

 

 「二股!?」

 ハーレムはいけないよ!むん!

 勢い良く私は突っ込みを入れる

 「……二股、なんだろうかアレ。そんな態度でアナちゃんも良いとかあいつ本当にクソが」

 と、口汚く語るエッケハルト君

 

 「実際酷いと思うけど」

 「そんな時も、婚約を潰してくれって言われてゼノが来てたんだ」

 「へー、私と同じように、じゃないよね?」

 私の婚約というか結婚は自分が婚約したで潰してくれたけど、その手って幾らでも使えるわけじゃないし

 

 「ああ、ホスト国の皇族として、国賓を望まぬ婚約含むあらゆる不利益から救う必要があるとか何とか」

 「ご、ごり押しだー!」

 いや、凄い主張だねそれ!?ごり押しにも程があるっていうか、それをやるからゼノ君っていうか……

 「あいつ、昔からあんなんなんだよ」

 「いや、そりゃゼノ君だよ?昔はゼノ君じゃ無かったら困るよ」

 

 はぁ、と何度めかの溜め息

 うん、何でだろうと首をかしげる私に、真剣な目線が突き刺さる

 

 「……まあ、それは良いんだ。多分同じぐらいの強さで、全部ゼノが引き受けていたから

 同じく轟火の剣を呼び出して」

 そうなんだ、って私は聞き続ける

 「その時はさ、ぶっちゃけ俺まともに対峙してなかった。だから、結構軽いこと言えたんだけど……」

 何となく要領を得ない言葉

 

 「結局何が言いたいのさエッケハルト君」

 「リリーナちゃん、俺がアナちゃんを……って理由、これでしっかり分かってくれたと思う」

 「え?全く?」

 それとこれと関係あるのかな?って私はちょっと額に手を当てるも想像つかないっていうか……

 

 「あ、そっか。あの子の事狙ってる酷い人達が居るから、頑張らないと……」

 「いや違ぇよ!?」

 叫ぶような否定。顔を赤くしての大声にびくりと跳ねる肩と心臓を宥めながら、私は上目に恐る恐る相手を見る

 

 「直接対峙したら流石に分かるだろリリーナちゃん!」

 「えっと、何が?」

 「あいつらだよあいつら!円卓の救世主!あいつらを見てどう思った?」

 ……ゼノ君と関係あるかな?いや、あるよね

 

 「酷くて怖くて……」

 「そして、完全に世界観違うんだよあいつら!」

 と、青年の見据える先にあるのはとりあえずとばかりに地面に突き刺された青く透き通る槍。ワケわかんないけど、とりあえず滅茶苦茶な事は分かる武器

 

 「狂ってるんだよ!あいつらも、それに立ち向かうって馬鹿ほざく奴らも!」

 「……そうだな、エッケハルト」

 その声に、びくりとエッケハルト君は肩を震わせ、ぎこちなく首を回した

 

 「げっ、ゼノ……」



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異伝 桃色聖女と絶交

「……げっ、って酷くないか?」

 そうぼやくんだけど、火傷跡のせいで表情が全体的に硬い(だって、そもそもゼノ君のCGでちゃんと笑ってるのエンディングと……後はゼノアイリス支援A+の兄妹の一枚絵くらいだし)ゼノ君だから表情は読み取りにくい。けど、怒ってはいないよね、多分

 というか、ゼノ君ってぜんっぜん怒らないもん。初対面で私をたしなめた時だって……

 

 あれ?あの時何で私に優しくだけど謝れる?って注意してたんだっけ?あの時の私、一人ぼっちだろうゼノ君に話に行ったくらいだよね?

 交流が目的なんだから婚約発表のパーティーだとしても男の子の方に話し掛けたらマナー違反!なんて無い筈

 まあ、ダンスパーティなんかだと、多くの人と交流するべきだから余所でやれとばかりに、婚約者でも何でも複数曲を同じ人と踊るのはマナー違反だったりするんだけど……そういうのも無い筈だし

 これでも私、一応淑女としての教育くらいちょっとはしてきたんだよ?別に王妃とかになる訳でもないし望まれる地位でもないからそういった教育は無かったけど。ゲームでも皇族の攻略対象は居るけど、継承権第一位のシルヴェール様ルートだと最終的に皇位を妹のアイリスに任せて二人で復興と未来のために王都以外にも学校をってところで終わるんだよね

 

 「疲れたのか、リリーナ嬢」

 って、少し心配そうな声に耳を打たれて正気に戻る。いや、今物思いにふけってても意味ないよねこれって

 

 そうして、受け取るのは……

 「すーぷ?」

 「皆疲れたと思うからさ。用意した

 すまない、変なタイミングで持ってきてしまったようだが……」

 と、関節部分が完全に折れてぷらぷらした指を纏めて包帯で巻く事で軽く固定した右手のカップを振ってゼノ君は呟く

 

 「そ、そんな事無いよ!」

 慌てて受け取る私

 湯気を立てるのは暖かいカップ。両手で握りこんで一口すすると中身は……

 「結構しょっぱいね……」

 塩の効いた味

 

 「疲れには甘いものだろ」

 「すまない」

 って、自分も受け取って文句をつける炎髪の彼にそうだな、とゼノ君は曖昧に笑った

 「次があれば甘いものを用意しておくよ」

 「そうそう、アナちゃんも好きな林檎味とかオススメ……ってそうじゃないわ」

 あ、一人ノリツッコミ

 

 「ゼノ、お前」

 少し警戒心があるのか強張った顔でゼノ君を穴が空くほど見つめるエッケハルト君。一気に飲み干したのか魔物素材?なスープカップは即座にぷらんと無造作に指に引っかけるだけにして

 「言えよ、エッケハルト

 おれに言いたいことがあるんだろう?リリーナ嬢に投げつけて困らせるより、直接ぶつけてくれ」

 

 うわぁ、ってなる

 駄目だよゼノ君!ゼノ君らしいといえばらしいけど!それ普通に無神経だからね!?

 そんな感じで無言の訴えはするんだけど……それが分かるようなゼノ君じゃない

 

 あわわ、どうしよう。エッケハルト君って、あの子関連でゼノ君に恨みとかあるよね?助けて貰ってるからそれはそれとして呑み込もうとか思ってたんだろうけど……それを吐き出せって言われたら

 

 「じゃあ言ってやるよ、ゼノ

 俺はさ。お前の事ヤバイところはあるけど友人だと思ってたよ」

 「おれは、今も友人だと思っている」

 「どの口が!」

 顔を赤くして叫ぶ声。握り締めた拳が震え、足にも力が籠るのが見て分かる

 

 「お前、正気じゃないよ」

 その言葉に、どこか寂しそうに灰銀の髪の青年はうなずきを返した

 「そうだな」

 いやそこ認めちゃうの!?私ゼノ君がわからないよ……。いやゼノ君だしそうなのは分かるけど!行動は理解できても心境が分かんないよ!?

 ねぇ、これからも仲良くしたいのかしたくないのかどっちなのさゼノ君!?私もちょっとくらいフォローしてあげたいけど動けないよこれじゃあ!

 

 「あいつら明らかに世界観違うだろ」

 「ああ、この世界にとって異物なのは確かだな」

 「……俺さ。お前の事、スゲェとも思ってたよ

 ユーゴみたいな奴にも立ち向かうお前、ゼノエミュが上手すぎて狂ってるって思いつつも」

 「エッケハルト君、ゼノ君は……皆の為に」

 

 うっかり割って入っちゃったけど、即座に後悔する

 同じゲームのシナリオを知る彼相手だと、誰かのためにってのは何にも考えてない的外れな擁護って事がバレバレなんだよね。自己中ってことはシナリオでも散々指摘されて、だからあの忌み子は止めとけってゼノ君本人からすら言われる。『おれは君に好かれるような立派な存在じゃない。自己中の塵屑だ』って

 

 「皆の為?な訳無いだろ!」

 勢いのままに、青年は対面の灰銀の皇子の胸ぐらに掴みかかるけど、掴んだ服がオレンジの波動を真正面から受けてボロボロな上に半ばまで燃えてるからか直ぐに襟が千切れちゃってむなしく途中で空を切る

 

 ……うん。ゼノ君無理しすぎじゃない!?いくら彼の中では自分のためだからってさ!?

 

 「なあゼノ、お前何のために戦ってんの?

 本当に皆の為か?お前も転生者なのに、本気でそんなアホ言ってるわけ?」

 って、アホ言ってるのそっちじゃないかな?

 

 憤る私と、ぬっと現れて青年を威嚇する白い狼

 そんな一人と一匹を手で制しながら、灰銀の皇子は寂しげに笑った

 「当然だろう、エッケハルト。確かに正気じゃないが、本気で言っているに決まっている」

 「何のためにだよ」

 「護るべきものを護るためだ」

 「はっ!頑張り屋なこった。何でそこまで固執する?」

 「……知っているだろう?それが、皇族だからだ

 何故おれ達が皇族なんてやってると思う?その力は民を護るためにあるからだ。その大前提が、おれ達馬鹿げた強さを持つだけの政治も出来ないアホの化け物共に、皇族という地位をくれている」

 その辺りってちゃんとゼノ君関係でゲームでも説明されてるんだよね。だから忌み子で弱いからって形でどれだけやってもゼノ君の地位って向上しないどころか危うくなる

 

 でも、いやいやいやと言いたくなる。それはこの世界で、この国で生きてきた訳じゃないから言えることかもしれないけど……結構野蛮だよねこの国。トップ付近だけはだけど

 「ゼノぶってんじゃねぇ!」

 「……そうだな。そんなもの建前だ」

 あ、そうなの?

 

 ってゼノ君らしからぬ言動に言葉を呑み込んで次の発言を待つ私

 「おれに価値を見出してくれる相手も居る。それは有り難いことだけれども……どうしても、こんなおれが!多くを死なせて、護れなくて、なにも出来なくて!混沌に呪われた忌むべき化け物。民も護れない皇族の出来損ない

 母を殺して産まれ落ちた悪夢。半端に救って絶望を深めた偽善者

 そんなおれが!認めて貰える価値があるなんて思えないんだよ!」

 …………

 ……

 「だからだ!誰かを救えば、護れば!その為に使った『おれ』の分だけ、自分に価値があるって思える

 輝かしい誰かの命なり何なりと交換できたなら、自分では塵屑にしか思えないおれ(ゴミ)にもそれだけの価値があるって事だろう?」

 はっ、と自嘲気味に青年は唇を歪めて嘲る。でも、その全ては私も、勿論エッケハルト君も見てなんかいなくて

 

 「そうだとも。民を護らなきゃ皇族じゃない。そうして民を護り抜けば、それだけおれに『皇族』っていう価値が産まれる。だからやってるだけだ

 誰のためでもない。強いて言えばおれ自身の為だ」

 

 って!原作でも言ってた通りのゼノ君じゃん!何だびっくりしたぁ……

 忌み子だから魔法が使えなくて、それでも自分なりに頑張ってもやっぱり魔法の使えないってハンデを覆せなくて。原作始まる前に蔑まれまくって他人の価値を自分に投影しないと自己肯定出来なくなっちゃってるんだよね、ゼノ君

 だから誰にでも優しいんだけど。だって、実のところ精神的には殻に閉じ籠ってる訳だし。相手によって態度が変わらないし優しいのは『価値がある筈の誰か』を助ける自分に価値を出そうとしてるから

 

 「お前はっ!」

 「……それがおれだよ、エッケハルト」

 

 静かな言葉に、一瞬赤毛の青年は気圧されて……

 「だから、あんなものとも戦うってのか!」

 「当たり前だ」

 「狂ってる!お前達も頭可笑しい!」

 「いやエッケハルト君ってば」

 言いがかりだよと言おうとするんだけど

 

 「リリーナちゃん。見ただろうあいつら!あんなのと戦うなんて勇気でも何でもない!無謀だ」

 「一度は共に戦ってくれたろ?」

 意外そうに、虚を突かれたといった風に呆ける顔

 

 「それはっ!あいつがまともに俺と戦う気が無かったからだ!

 遊ばれてたから、意識しないで済んだ」

 「いや、今回も暫くは遊ばれていたと思うが……」

 「そんなこと聞いてねぇよアホ!

 とにかくだ!あんなのに立ち向かうなんてアホのやることだっての!」

 分かるだろ!とくわっと此方を向くイケメンさん

 

 だけど……

 「でもゼノ君がそのおバカな事を言って戦ってくれなければそのまま殺されてたよ?」

 そこなんだよね。確かに馬鹿っぽい無謀な話なんだけど、それはそれじゃん

 

 「……うぐっ」

 え?そこで言い澱んじゃうんだ……

 「それはそうかもしれないけれど!だったら次も勝てるのか?」

 「いや、今回勝てた方が可笑しい。ただの奇跡だ」

 「だろうな」

 と、告げるのはいつの間にか私とエッケハルト君の間に現れているシロノワール君

 

 「いや、それ言っちゃうの!?」

 「案ずるな聖女よ。次は無い筈の勝利をこの手に用意するためにこそ、私はこの槍を皇子に気を引かせて回収したのだから」

 って、見せてくれるのは変なあの降ってきた槍

 あ、そっか。相手の力を解析できれば……って事だよね?だから回収してたんだ納得

 

 「兎に角だよ!ゼノ!お前達は単なるキチガイだ!正気じゃない!」

 きっ!と炎の髪を揺らして彼はゼノ君達を睨み付ける

 「そして、お前達は下手したらアナちゃん達まで巻き込む!そうしたら、傷付くだろうし、死んじゃうかもしれない!」

 

 こくり、と火傷跡の青年はうなずきを返す

 

 「だからだ、ゼノ

 絶交だ。もうお前は友達じゃない。アナちゃんを不幸にする敵だ」

 「……おれは、お前のそのまともな意見、結構参考にしてるし、お前を友達だと思ってるよ」

 

 ……ところで、私空気じゃない?聖女様だよ私、主人公なのになぁ……



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報告、或いは保護者

「……大体、こんな事が」

 おれのその報告に、燃える紅蓮の瞳を閉じて、銀髪の男はふむ、と唇を吊り上げた

 

 「成程な。友人に振られた訳か」

 「父さん、それは……」

 「まあ、半ば冗談のような言い方だがな。要はそういう話だろう?」

 くつくつと机を挟んで向かいで含み笑う父皇シグルド。良く胸元で組む腕をほどいて一つ打ち合わせなどするあたり、本気で愉快そうだ

 

 「まあ、確かにエッケハルトとはおれとしては仲良くしていきたいから、振られたでも良いのかな……」 

 「で、代わりがそこの」

 ちらりと炎の瞳がおれの背後を見据える。其所に居るのは、さも当然の面をして城の皇帝執務室(謁見でも何でもないので当然ながら玉座の間ではない)にまで着いてきた巨大生物。硬質な甲殻とふかふかの毛並みを持つ一角狼……天狼アウィルである

 

 「久しいな、そやつも。雌の方か?」

 『ワゥ!』

 幼い頃だが覚えているのだろう。行儀良く脚を揃えて姿勢を低くした狼はこの場の所有者へと気負うこと無く一声吠えた

 

 「そうか。全く、女に好かれることに全才能でも注ぎ込んだか貴様

 というかだな、皇帝の前に堂々とペットを持ち込むのか貴様は」

 「すまない父さん」

 と、無礼を詫びようとして……天から父の降らせた金属塊が脳天に激突して中断させられる

 

 「阿呆が。幻獣をペット扱いされて頷くな。そちらの方が無礼だろう」

 「い、いやそうかもしれないけれど」

 『ククゥ?』

 ちょっと心配そうにその蒼い瞳を動かす狼に大丈夫と頭にはあえて触れずに目配せ

 

 「まあ、良い。戯れだ」

 「戯れなのか」

 「で、だ。そこな天狼は良いとして……貴様は何故当然とばかりに面を晒している?」

 少しだけ細くなる瞳。皇帝の眼が射抜くのは……おれの背後で優雅に何時もの飾らないワンピースの裾を整えて座っている長耳の少女であった

 そう、ノア・ミュルクヴィズ……ノア先生である

 

 いや、何とか戻ってきてそのままヤバいから父に即刻報告に……というところで、当然のように着いてきたんだよなノア姫。あら、脚折れた人間が何を言うのかしらとばかりに

 これでも一応皇子、城にはフリーパスみたいなものなんだが……。いやフリーパスでは無いし実際忌み子がと門番には睨まれたが、僕の弟に用かな?とひょいと現れたルー姐によって即座に事なきを得た

 

 というか、だからこそこんなにのんびりしている。本来なら、一刻も早く言うべき話が一個残っているんだが……その話をルー姐にはもう伝えたからな。皇狼騎士団が動いてくれるなら大丈夫だ

 

 「あら、ワタシが居ては可笑しいかしら?」

 「別に構わんがな。(オレ)が、用を認め通したのは一人だけだ。故、そこな馬鹿との関係はしっかりと語れ。無関係ならば摘まみ出す」

 その声に、優雅な態度を崩さずに相手を責めるような瞳を向けるノア姫

 

 「アナタのせいよ。あまりにも親としては不甲斐ないようだから、仕方なくワタシが彼を見守ってあげているの」

 楚々とした桜色の唇から無感動に紡がれるのはそんな言葉

 ……ん?おれどんな扱いなんだそれ

 

 「ああ、理解している。(オレ)は確かに親としてはあまり良いものではないだろう。母代わりも見つけられんし、激励は火傷を残すわ婚約者の選定も間違うわではな」

 自嘲気味に嗤う父

 おれはそこまで気にしていないというか、厳しいし分かりにくいが気にかけてくれただけで助かってはいたんだが……

 「つまり、エルフよ。お前はこの阿呆の親代わり、ノアママという訳か」

 「いやその解釈はどうなんだ」

 思わず突っ込みを入れる。ノア姫は確かにエルフとは思えぬほどに手助けしてくれてはいる。居るんだがママってそれはさすがに

 

 「だそうだ。ノアお姉ちゃんの方が良いらしい。それとも……恋人のノアちゃんかな」

 「……あんまりからかうんじゃないわよ」

 「すまんな、あまり気負わせずからかえる相手も居らん。冗談の通じん奴が多いゆえな」

 反省の色もなく、態度を崩さずに告げる父に、黄金の髪のエルフははぁ、と溜め息を吐いた

 

 「その怖さのせいでしょう?まあ、ワタシとしては何でも別に呼ぶ分には構わないけれど」

 「じゃあノア姫」

 「だから何なのよその珍妙な敬称。ワタシでも間違ってると分かるわよ。姫"殿下"、若しくは姫"様"でしょう?」

 まあ良いのだけれど、とエルフの姫は肩を竦め、それを愉快そうに父は眺める

 

 「で?結局その馬鹿共の護っていたものは何だった?」

 と、ひとしきり笑った父は漸く本題を切り出す

 全く、ワタシで遊んでる暇あるの?息子が脚折れてるのだけれどとずっとノア姫はじとっとした眼をしていて

 

 「アウィル」

 椅子に座ったおれは背後に控える狼を呼ぶ

 「説明してあげて」

 『「びりびりするとどーんじゃよ?」』

 響くのは、おれにも教えてくれたそんな言葉

 

 うん、実にアウィルというか、何言ってるんだ感ある

 

 「くくっ、分かるように言い直せゼノ」

 「つまり、地雷らしい」

 「ほう、地雷とは何だ?」

 その言葉に、そういやこの世界にそんなもの無いなと思い出す

 「地雷というのは……簡単に言えば誰かが踏むと壊れて爆発するように坪に爆発魔法を閉じ込めて地面に埋めておく罠みたいなものかな」

 ほう、と父は頷く

 

 「で、その魔力関知版が仕掛けられているのだと。普通に考えればどんな魔法だとなるが、次元が違えば軽く可能か」

 『「ぬしの香りを辿ると、びりびりしておったからアウィル慌てたんじゃよ?」』

 「成程な。撃退して気を良くして何を護っていたのかと近づいた馬鹿をその地より轟く雷とやらで吹き飛ばす二段構えという訳か」

 「多分アナとかリリーナ嬢とかの殺したくない相手が来たらそう強くはないから刹月花で捕らえ、そうでないなら殺せれば良し、数が多くて抜かれてもその爆発で殺せるから問題ない。って話だったんだろうと思う」

 「で、それをそこな狼に教わって逃げ帰ったと」

 こくりと頷く

 そして、誉めて誉めてとばかりに寄ってきたそのお手柄狼の耳の裏を軽く撫でてやった。うん、実に助かるし安上がり。シロノワールとは違うというか……

 あいつ当然の面で高級品食っていくしな。まあ、元が魔神の『王』なんだから舐められないようにって話なんだろうけど

 寧ろアウィルが安物のジャーキーだので満足してくれるのが安すぎるだけか、これ

 

 「……対応は」

 「近づかなければ怖くない。だからルー姐が誰も興味本意で来ないように封鎖をしてくれるって」

 「まあ、あやつの言葉があれば効くか」

 で、だと男はおれを見る

 

 「あやつはまだ女の格好か?」

 「じゃなきゃルー姐じゃなくルディウス兄さんかルディ兄って言うよ」

 その言葉に、あの馬鹿……と皇帝は額を抑えた

 

 「あの馬鹿が……」

 「というか、どれだけ教育失敗してるのよアナタ。馬鹿なのかしら?」

 冷たいノア姫の言葉だけが、静まった部屋に響いた

 

 「何だ、聞きたいのか?確かに(オレ)は子育てについては馬鹿だがな」

 「というか、妻の方はどうしたのよ。そっちがまともなら何とかなるでしょう?」

 「こやつの母などは死んだが?」

 その言葉に、一度エルフの姫は形良い唇をきゅっと結んで言いかけた何かを飲み込む

 

 「ええ、馬鹿馬鹿しすぎて困るもの。少しくらいこの彼の更正に役立つなら是非聞きたいわ」

 そして、少ししてそんな肯定の言葉を紡いだのだった

 

 おれも聞くか。実は今世だと母さんとの思い出なんて何にもないしな、おれ。いや、前世の方ならあるかと言われても小学生の頃に死んだから結構曖昧なんだが……体が弱くて良く寝てたことは覚えてるけど



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異伝 腕輪の聖女と後悔の決意

「アナちゃん!」 

 少し焦りぎみにわたしがお茶していた学園の生徒なら誰でも来れる広間にどたばたと走ってきた赤毛の青年に、わたしはほんの少しだけ反感を抱きながらもそれを表には出さずに対応します

 エッケハルトさんは皇子さまの友達ですし、わざわざ酷い対応なんてしたくないですから。いくらわたしを好きなんだって事は分かっていても、特別何かしたくはないです

 

 「エッケハルトさん。聖女様とのあれこれは無事に終わったんですか?」

 だから、そんな風に聞いて、それには彼は頷いて……そうしてわたしの手を握ります

 それをわたしは良いとは全く言ってはないですけど……文句をつけるタイミングを逃して、あまりごつごつしていない滑らかな手に包まれます

 そんな感触は、あまり良くなくて。皇子さまの皇子らしからぬ手に比べて嫌で。でも、何にもやれずに握られるに任せるしかない

 「終わったよ。何とか」

 そんな風に言う彼の顔はかなり疲れた風で。本当に色々あったんだなって思わせます。それは良いんです。良いんですけど……

 

 「大丈夫でしたか、エッケハルトさん?」

 と、わたしはそんなことを聞きます。実際、目の前に居るってことは無事だったなんて当たり前なんですけど、それでも聞かずには居られないです

 というか……本当の事を言えば皇子さまの事を聞きたいって話です。エッケハルトさんは無事なのは分かるんですけど……遠巻きに見た皇子さまは何処か脚を庇ってるようで。それは何度か(見たくはないですけど)見た折れた脚を引きずって動いている時と同じ行動なようにも見えて。だから、何か無かったのか聞きたいなと思うんです

 

 わたしも着いていけたらって思うんですけど、わたしの持つ腕輪は……わたしは何の役にも立ちません。皇子さまの傷を癒してあげたり出来ませんから。ただ足を引っ張って苦しめるだけならそんなの嫌です

 

 「いや、キツかったよ」

 って言いながら、彼は自前の白い制服の上着をはだけて、肩を露出します

 ちょっと色々と言いたくはなるんですけど……周囲の人々、特に女の子からはきゃーっと黄色い声が挙がるので特に何も言えません

 

 「あの、ちょっとこういうところで脱ぐのは困りますよ?」

 なんて言って、わたしは顔を手で覆います。皇子さまの体なら……って、絶対に細かい傷が沢山あってそれはそれで見たくないものですし、そもそも男の人の裸なんて見るだけで恥ずかしいので隙間なんて無いようにしっかり覆います

 別に全く見慣れてないかというと昔孤児院では替えの服が全然足りなくて上半身裸でうろうろと着替えを探す子を見たりしたので見たことは何度もあるんですけど……それはそれとして、恥ずかしいのは間違いないです

 

 「い、いや片な意味はなくて……ホントだって!」

 そう叫ばれてちらっと顔を上げます。と、見えたのはまず白地に赤の制服から露出したちょっと艶かしい肩。エッケハルトさんって外見は普通にカッコいいですし……

 そして、その肩に見えるのはおっきな青い色。当然綺麗なものじゃなく、青黒い……痣と呼ぶべきもの

 

 そう思うと、肩を庇ってるようにも見えて

 「だ、だいじょぶですか?」

 触れたら痛いかなと伸ばしかけた手指をちょっと猫ちゃんみたいに丸くしてわたしはそう問い掛けます

 

 「大丈夫だけどさ、割と痛い」

 その青い瞳が、訴えるように純粋にわたしを見詰めます

 それはきっと、治して欲しいって事で

 腕輪の聖女さまって聖教国で呼ばれてた時に沢山そういうことはありましたし、何となく分かります

 

 だから、わたしはスカートのポケットから薄緑のハンカチを取り出して右手に持ち、エッケハルトさんの痛みからか少しひそまった眉の間の脂汗を拭うと左腕の腕輪に集中します

 

 「水よ。小さき傷痕を癒す為に、わたしに……力を貸してください」

 と、わたしの左手の人差し指の先に沸き上がるようにエメラルドグリーンの透き通ったぷるぷるする液体の塊が現れます。といっても、小指の爪くらいの大きさですけど

 それを彼の肩に近付けて、指で皮膚の下に血が溜まっていそうな場所につーっと塗っていきます

 そしてふーっと息を吹きかけると液体はシャボンに変わって……後にはつるんとした健康そうな肌が残ります

 

 「はい、終わりです」

 「有り難うアナちゃん!」

 と、机を挟まずに横の椅子に腰かけていたエッケハルトさんは感極まって手を拡げ……

 

 ゴトン、と音がしました

 「静寂を破る……鐘」

 バツが悪そうに、護衛だからと隣の机で読んでいたはずの本……『剣帝vs剣匠~スカーレットゼノン第三幕~』を拾い上げながら、ガイスト様が咳払いします

 

 「あ、ご、ごめん!」

 と、青年は虚を突かれて正気に戻ったのかぱっと離れました

 

 「えへへ、でも良かったです」

 って、少しだけ突然の事に驚いたものの、はにかみます

 「良かった?」

 「はいです。ほら、皇子さま相手だと腕輪の力があっても傷付けることしか出来ませんし……治してあげられて嬉しいんです。何にも出来ないってちょっと自信無くなっちゃってましたから」

 「そっか、それは良かった。君の役に立てたなら嬉しい」

 「それで、どうしたんですかその怪我」

 と、本題に切り込みます

 

 「リリーナちゃんと調査に行って、襲われたんだ」

 「襲われたですか?魔物さん……じゃなくてこわーい魔神だったり」

 けれど、わたしの推測に彼は首を横に振ります

 

 「違うよアナちゃん。もっと怖い奴」

 「もっとですか?」

 「円卓(ラウンズ)

 その言葉に、びくりと震える肩を抑えられません

 

 だって、それは……あの日見かけた恐ろしい……

 「ほ、本当に大丈夫だったんですか!?

 それ以外に怪我とか、酷いこととか」

 だって、……あれ?あの日も一応みんな無事ではありましたよね?でも、何か大切なものが無くなっていた気がして。わたしの無力を思い知った覚えがあって

 エルフさん達の事は確かに辛いんですけど、もっと身近な……皇子さまが左目を喪った事もそうですけど、それ以上と言えるくらいの……

 

 ちょっとだけ首を傾げちゃいます

 「アナちゃん?」

 「あ、ごめんなさい、ちょっと変に考えこんでしまって」

 慌てて手を胸の前でぶんぶんと振ってアピール

 「アナちゃん、何とか大丈夫

 俺もリリーナちゃんもさ、滅茶苦茶な重力で結構痛い思いはしたけど」

 「重力……」

 ぽつりと呟いて、重力魔法が得意なオーウェンさんなら話が分かるかもと思うですけど、毎日のように母親のところに帰るお家から通ってる子だから近くには居なくて

 

 「奇跡的に被害は無かったよ」

 「皇子さまにも?あとシロノワールさんも」

 「あいつら一緒くたで良いだろ」

 まあ、確かにあのカラスさんは異心同影っていうか、セットになっててちょっぴり羨ましいですけど

 

 「まあ、誰も怪我はしたってくらいだよ

 奇跡的に」

 やけに奇跡を強調して、彼は力強く告げました

 

 「それでさ、アナちゃん

 あいつは……ユーゴ・シュヴァリエはゼノの奴に敵愾心を向けていた」

 当然だよなと昏く青年は笑みを浮かべる

 自嘲にも近い、嘲るような顔。多分意識していない無意識の敵意を

 それが、わたしの胸に棘のように刺さって

 

 「分かる?」

 「皇子さまと敵……なんですよね?」

 その言葉には頷きます

 「だからさ、アナちゃん」

 「はい」

 「俺は、君に生きて欲しい。だから言わせてくれ」

 

 真剣な瞳に、何となくその先の言葉を理解しながらも待ちます

 「君がゼノの事を尊敬してるのは知ってる。でも、距離を取るべきだ」

 「エッケハルトさん」

 「奇跡だって言ったろ?絶対に次は勝てない。それでも、あいつらは……ゼノのアホ達は戦う気なんだよ!

 そんなの、何人居ても無謀なんだ!」

 ……何にも言えません。わたしが居ても、あのシャーフヴォルって軽薄な細目の人に対して何が出来るでもないですから

 

 確かに、言われることは分かります

 「だから、馬鹿は馬鹿で勝手に……」

 すっと冷えた心に火が点ります

 「馬鹿、ですか」

 確かにそれはそうですけど、とは思います

 

 でも、でもっ!

 「どうしてですか、どうしてそんなことっ!」

 「もう一度対峙して分かったんだよ!世界が違うんだ、あいつらは!

 あんなもの、戦うだけ無駄で……っ!戦わないのが正解だって!そうじゃないと君を護れないと分かったから……」

 「でも、今回も皇子さまが主に戦ったんじゃ」

 「俺は動けなかった!だからこそだよ!」

 人は周囲に居ます

 

 ふとリリーナちゃんがごめんごめんちょっと貸し切らせてとフォローしてくれているのが見えて

 本当はってのはありますけど、止められません

 「確かにそうです。皇子さまは無謀な事ばっかりで……っ」

 少しだけ、顔が明るくなります

 

 「分かってくれたのか、アナちゃん!」

 「分かりませんっ!どうしてそんな態度なんですか、エッケハルトさん!」

 「……何が?」

 言われたことが分からないとばかりに呆けた顔

 「確かに皇子さま相手に敵意を持ってるかもしれないです、危険かもしれません!

 でも!実際に狙われて、エッケハルトさんも怪我するような状況で!助けてくれたのは皇子さまじゃないんですか!」

 「それは結局あいつの自己都合で」

 「そんなの知ってますよ!でも!」

 「あいつは結局のところ自分しか見てない!君を傷つけ死に追いやる!」

 ……止められない。ずっと言いたかった思いに歯止めを効かせられない

 

 「確かにそうですけど!

 なら、私の無い正義の味方の概念みたいな人じゃなきゃ駄目なんですか!」

 そう、ずっと言いたかったわたしの本音

 世界がそうで、みんながそうで。皇子さま自身すらそれを陶然としていて

 でも、それで元々傷だらけの彼がもっと追い込まれていく事が、わたしには……もう飲み込めなかった

 強く掌を握りこんで、叫ぶ

 「理由が何でも!自分のためでも!命を懸けて!傷だらけになりながら護ってくれたのは本当じゃないんですか」

 

 「あいつは」

 返事は要領を得ない

 「構造は民を護るものだし、あいつは結局自分しか見てないクソヤロウだし……」

 強く睨まれた彼の青い瞳が逃げる

 

 「エッケハルトさん。わたしだって人の事は言えないです

 昔、わたしを助けてくれる白馬の王子様っていう夢を、皇子さまに被せてましたから。勝手に期待して、当たり前に護られてましたから」

 「アナちゃん、俺は」

 「でも、皇子さまが自分の損害にに意味を見付けたくて、自分のためにやってるなら。あの人を貴方のお陰ですって抱き締めてあげなきゃ駄目なんです

 人々を護るのが仕事の皇族でも。神様達に呪われた忌み子でも、ノアさんみたいに」

 あのエルフの方が一番正しかったんだって分かる。アナタの理由なんて知らない。助けたことは事実だからその価値は此方が決めるって、価値を見出だせないから逃げ気味の彼には詰め寄るのが多分たったひとつの正解だって、今は思う

 「理由があるから当然だって態度を取られ続けて、もう意味も価値も見失って、わたしの知らない何かと、助けられなかった部分に押し潰されそうで!

 確かに皇子さまは可笑しいです。変で馬鹿でわたしの話を聞かなくてわたしを見てくれない酷い人で!」

 ……ごめんなさい皇子さま。でも、それだけ辛いこともあって、愚痴もするすると出てきて

 

 「でも!誰よりも誰かを護り続けた人。それをあんなに可笑しくなるまで追い詰めたのは、仕事だからと手を差し伸べることも抱き締めてあげることもしなかったわたしたちの筈なんです」

 責めるような目線を、目の前のバツの悪そうな彼に向ける

 

 「だから、エッケハルトさん。わたしはあの人がどれだけ傷付きに行くとしても、分かってくれるまで抱き締めに行きます。何時かあの人の心の氷が溶けるまで」

 って、わたしは精一杯の微笑みを浮かべる

 「だって、そうしないと……皇子さまは永遠にずっと、苦しんだままですから」

 「アナちゃん!」

 「すみません、それがわたしの本音です

 だから、エッケハルトさん。皇子さまに酷いことを言うなら、わたしは貴方が嫌いになっちゃいます」

 

 ちょっと自分でも思う酷い言い方で、分かってる好意につけ込んだ言葉

 でも、青年はそれを受けて静かに項垂れて何かを考え始めた




アナちゃんに怒られてしゅんとするエッケハルトの図。
まあストッパーというかアホかって常識人枠に逃げられたら困りますからね……


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リンゴの酒、或いは母の思い出

「それで、どうしてこんな阿呆に育ててしまったのよ」 

 「まあ待て。(オレ)としても素面で語るには重苦しい話だ」

 銀髪の男が目の前で指を一つ弾くと、その指から炎が放たれ……卓上に姿を現すのは赤みがかった黄金色の液体。既にグラスというかコップに注がれた酒である。しっかり氷が入ったものが一つ、氷の無いストレートが一つ、そして……濃厚なリンゴのような爽やかな香りの中にふわりと漂う刺激臭

 良く見れば、最後の一つは赤みがない色。様々な薬の材料叩き込んだ所謂エナジードリンク系では無かろうか、これ。いやおれ全然飲んだこと無いけれど、始水の護衛の人が時折缶の中身を開けて相伴していた事は覚えている。確かあんな色じゃなかったっけ、ゴールドスターグループの傘下企業が売ってたというニホンで四番目には売れてますが?と半端に始水が自慢してた奴

 

 「貴様にはこれだ。龍姫が人々に教えたという禁断のヤクだ。飛ぶらしい」

 「いや危険そうな言い方しないでくれないか!?」

 まるで違法薬物じゃないかそれ!?

 

 「まあ、実際は翼が生えると比喩されるくらい活力が沸いて体が軽くなるらしいな

 (オレ)には不要だが、疲れは取れるらしいぞ?七天教の秘伝だが……」 

 ふっ、と男は笑みを浮かべる

 「あの銀髪の娘が本当は教会を離れてる今のわたしが勝手に作っちゃ駄目なんですけどと言いながらついさっき持ってきたらしい」

 「アナが……っと、シエル様がそのようなことを」

 

 「此処ではどちらでも構わんわ、言い直すな

 ちなみにだが、スターゾーンと言うらしいぞ?良く知らんが、味わって飲め」

 ああそうだ、スターゾーン(無敵領域)って名前だっけ。星は国民的ゲームで無敵の象徴でありグループの名前でもあるから

 ……ってマジであれかよ!?完全にエナジードリンクだこれ

 『その実魔法もモンスター素材も使っていない美味しくて素材が集めやすくて兄さんにも効く便利な秘伝の薬ですよ。傷は心身共に治りませんが活力は湧きます』

 

 あ、無事だったか始水

 突然の声にほっと息を吐く

 『ええ、何とか。今は兄さんの方が立て込んでいるようなのでこれで話し掛けるのは終わりにしますが、後で愚痴に付き合ってくださいね』

 大丈夫か?と内心で聞くが 

 『分かっていた事です。《意義》の終末を召喚しようとされた時点で、魔神王があの群青の聖剣のオリジン……のパチモノを持ち込んでいる事くらいは』

 って、要領を得ない答えが返ってくる

 

 いや、恐らく魔神王が出てきたとかかなりヤバそうな話なんだろうが、今は止めよう。後できっと話してくれる

 

 「で、話は終わったか」

 「父さん?」

 「そこなエルフが遠い目をしていて、水臭い。恐らく契約を交わした何者かと話していたのだろう?」

 『ククゥ?』

 「そちらではないわ天狼」

 言いつつ、伏せて自身を見上げるアウィルの姿を父は少しの間見つめ……

 

 「ああ、そうか」

 と、何か気が付いたように頷くと、ひょいと取り出した干しリンゴをほいと投げた

 あ、そうだな。アウィルの分が無かったのか。喜んでリンゴにかぶり付く狼を見て納得し、自分も一口

 

 かっと熱くなる感覚はあるけれど酩酊はしない。これがエナジードリンクって奴なのか。全然飲んだことがないから知らないが良いものだ

 

 「あら、前とは違うお酒ね。前より強い」

 と、炎の鞭により手元に氷入りの方のコップを渡されたエルフの姫が自分より濃い金の酒を一口煽って告げた

 「まあな。同じくリンゴの酒だが、阿呆の母と出会った日のものと同種に変えた」

 

 と、唐突に語り始める父

 へぇ、ノア姫とサシで呑んだことが……って思うが、それはそれとして話に入る

 おれ自身、血筋の上での母について、マジで何にも知らないからな。出会いに酒が絡んでいたなんて初耳だ

 

 「……お酒で出会ったの。いえまあ、別に馴れ初めとか聞かされても良いけれど、必要なことは忘れないでくれる?」

 「この阿呆がどうしてこうも阿呆になったか、教育の間違えた点だろう?知っているとも」

 「というか、アナタ子供何人よ」

 「息子が9、娘が4だ。妻は累計で7人」

 「累計って何よ、捨てたのかしら?」

 「いや、三人死んでな」

 その言葉に、それもそうねとエルフは溜め息を吐く

 

 「ええ、そうね。何だかんだ阿呆阿呆と言いつつ忌み子として一蓮托生に白い目されるだろう彼を捨ててないのだもの、流石に変なこと言ったわ、ご免なさい」

 その言葉に銀髪の炎皇は苦笑する

 「素直な事だな

 

 あの娘と出会ったのは、そうアルノルフの結婚を祝うパーティでの事だ」

 「誰よそれ」

 怪訝そうなノア姫に、さらっと宰相の人ってフォローを入れる

 

 「ああ、あの幸薄そうな男ね」

 「そやつだ。その時にな、シュヴァリエの阿呆が謎の言い寄りを噛ましていた」

 くつくつと彼は笑うが、苛立たしげに足で床を小さく叩くのが見える。本当はそう愉快な思い出ではないのだろう

 

 「阿呆の母……ジネットはそんな時に見かけたハウスメイドだ」

 「ハウスメイド……ああ、家事をするけれど護衛はしないタイプのメイドの事ね

 サボり魔だったけれど、プリシラというあの女みたいな」

 「ああ、そういう奴だ。オリオール家に雇われた平民出の……いや七天教の教会に育てられた元孤児と言っていたか。その辺りは(オレ)もロクロク聞いてないが」

 呆れたような紅玉の瞳が父を射る

 

 「いやアナタの妻の事でしょう、曖昧すぎない?」

 「知らん。必要なのは過去ではなく未来だ。自身が関わる以前の事など、思い出したくないなら触れんで良い」

 「で、どんな人よ」

 父からそれた瞳がおれの髪をじっと見つめる

 「見る限り、髪と瞳の色は父親譲り。魔力に染まらない以上、母の面影無さげじゃない」

 「無いな。ゼノを見てジネットの事を思い出せるような面影は何も無い」

 「そう、なのか……」

 呟いておれは自身の手を見下ろす。アルヴィナにはおれ自身が形見みたいなものと言ったが、それっぽさ無いのか……

 

 「まあ、な。とはいえ、後先を考えんところはあやつ譲りかもしれんが」

 「アナタもでしょう?両親がこれだもの、もう馬鹿は血筋ね」

 そんなエルフの失礼な物言いにも、男はふんと笑って

 

 「まあ、当時文武の頂点に立たんとしていたところ、次の皇帝が(オレ)。故に宰相はアルノルフの奴だと一挙に押し通されて全てが狂ってな

 お陰で酔わせてでも何でも不貞を働かせてしまえばと言わんばかりに新妻に絡もうとしていてな

 その前に立ちはだかり、奥様の代わりに勝負しましょうと酒を持ち出したアホメイドがジネットという訳だ」

 そして、その勝負に使われたのがこれ、と父は一気にコップの中身を煽る

  

 「ああ、貴様は飲むなよゼノ。潰れるぞ」

 「潰れるのか……」

 強い酒なんだろうか

 「強いどころではないな。銘を鬼滅酒。一杯で牛鬼すらたちどころに酔い潰すというものだ」

 

 その言葉に、幼い外見のエルフは更に一口とつけかけた唇を慌ててコップから離した

 「何てもの飲ませてるのよアナタ!?」

 「安心しろ、ジネットと違ってしっかり薄めてある」

 「まあ、それならアナタの語る思い出の為として許してあげるわ

 それにしても、薄めてても強いわね……」

 ちびりと行儀良く口をつけるエルフの姫の頬は少しだけ赤い。酒が入ると赤くなる……ってのはおれだって知ってるが、結構艶かしいというか……

 

 「まあ、これが元々の酒を7倍に薄めたものだ。結果、涼しい顔のジネットの横で年若いメイドですら気楽に飲めるならとばかりに一気に原液を今(オレ)が持つコップ以上の大きさのグラスで煽ったシュヴァリエの奴は酔い潰れておねんねした」

 くつくつと笑い、濃い黄金色の二杯目を注ぐ父

 いや、そんなこと言いながら普通に飲んでる辺りこの親父化け物なのでは……?と思ってしまう

 

 「まあ、結果新妻は簡単に護られ、メイドに飲み比べで負けてぐーすか寝込んだシュヴァリエ公爵は大恥。そこから歯車が狂ってどんどんと昔の栄華から公爵位を固持するだけのお飾り貴族へと落ちていったという訳だ

 そして、果てはお前も知るだろう」

 その言葉に頷き、その名を呟く

 

 「ユーゴ・シュヴァリエ」

 「然り。良く良く考えれば、母子(おやこ)に揃って女を手籠めにする計略を潰されている訳だな、シュヴァリエの奴は

 

 それは今は良いか。兎に角だ、(オレ)はその一部始終を見て愉快な女だと当時16のハウスメイドを親友から買い上げたというのが、こいつの母との出会いだ」

 どうだ?と静かに見据える皇帝に対して、そもそも質問したエルフは……

 「両親健在でも心配な境遇なことは分かったわ」

 と、その特徴的な長い耳を少し垂らし、肩を竦めて答えたのだった



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母、或いは願い

「父さん。結局母さんはどういう人だったんだ?」

 貰った干しリンゴを食べ終わり、椅子に座ったおれの膝に顎を載せてくるアウィルの耳の裏を手慰みに掻いてやりながら問い掛ける

 

 『クルゥ』

 何処か寂しそうな狼に構うのは止めない

 産まれたその時に母を喪ったという点ではこの天狼兄妹だって同じことなのだ

 

 おれには同じように欠点を抱えた妹(まあ忌み子というよりは力が強すぎる側と逆なんだが)が居た

 次期皇帝の位を争うライバルとしてすら兄妹には認識されない事も多かったものの、ルディ兄は母が同じアイリスの事もあってか気にかけてくれていたりもしたから兄も居た。シルヴェール兄さんもそれとなくだから、二人もだな

 けれど、この兄妹にはそれが無い。何なら暫くは父とすらろくろく会えなかった

 賢い狼だ。父母の話だとくらいは分かって、寂しさを募らせるのだろう。だから幼い頃に居たおれに寄ってくる

 

 その耳を掻いてやることで、少しでも寂しさを紛らわせられるなら

 

 そう思いながら、耳はしっかりと父の言葉に傾ける 

 「知っての通りだ。面白い奴だった

 まあ、自分が出来ることだと思ったらその結果どんな損害が出るのかを考えずにとりあえず突っ込む、その辺りはお前にも引き継がれていると言って良いだろう」

 「酷くないか?」

 「寧ろ余りにも当然の話じゃない。アナタだって似たような事やったりしたんじゃない?」

 ほら、ワタシは良く知らないけれど、そのユーゴという相手に対して、と小首を傾げてエルフが問い掛ける

 

 いや、考えてみればそれもそうか。勝てると思って酒の勝負を挑むのも、勝てると信じて決闘を挑むのも、どちらも地位的に問題があって、それを屁理屈でごり押したわけだしな

 

 「アナタのその性格、母親譲りなのかもしれないわね」

 呆れたように少女はじとっとした眼でおれを見つめる

 「いえ、アナタ別にその母に育てられたという訳ではないようだし、なのに似るのも可笑しい話なのだけれど」

 「そうか?案外産みの親に似るものらしいが」

 「環境次第じゃないの?」

 ほら、とエルフの姫は肩を竦める

 

 「例えばワタシはリリーナと違って」

 と、少しだけしまったと言いたげに目をしばたかせ、エルフの姫は続ける

 「あの桃色聖女ではなく、ワタシの妹の事よ、分かってるとは思うのだけれど

 そのリリーナに比べて、お祖父ちゃん子なワタシの性格は……ええ、端的に言ってプライドが高くてキツいでしょう?アナタ達人間に聖女伝説の一つとして伝わる祖父ティグルのように」

 その言葉にいや?とおれは首をかしげた

 

 「ノア姫は結構優しくないか?」

 「あら、それなりに厳しく指導してあげたつもりなのだけれど、足りなかったのかしら?」

 「そうじゃなくて。言葉の表面は厳しくても、しっかり考えてくれてる

 最初は流石に焦ってたのか、結構酷かったけど」

 って苦笑しながら頬の火傷痕を掻く

 そういえば、この辺りに紅茶をぶっかけられたよな、と思い出に浸りながら

 

 「ええ、ワタシにも余裕が無かったのよ」

 「と、大分甘い本性が見透かされている訳だが……(オレ)は直接会ったことなどある筈もないが、ティグルとてそうだろう?」

 「ああ、もう。好きに判断しなさいよ」

 少しだけノア姫はむくれて膝上で右手を握り、淡い金のポニーテールが揺れる

 

 「兎に角よ。どこか人懐っこいあの子や両親に比べて、エルフの誇りをって思ってお祖父ちゃんに育てられたワタシは旧態依然としたエルフ

 それはそうでしょう?だから、境遇で変わるのよ」

 「そんなものか?」

 何となく納得してみる

 

 「……というか、母さんの話は結局全然だな」

 「そうね」

 『ルゥ!』

 おれのぽつりとした言葉に口々の同意

 それを受けて、鋼の髪の男は珍しく困ったように目線を落とした

 「といってもな。(オレ)自身、ああして面白いメイドだと買って以降、そこまで何があった訳でもない

 珍しく怪我をした際に気の迷いで手を出した以外、そこまで深く関わった訳ではない訳だ」

 「呆れた人。妻相手にそれ?」

 「当初は妻にする気も無かったからな。手を出した以上責任は取るかというくらいの話だった……筈だったのだ」

 

 その言葉が重くのし掛かる

 「でも、おれが……忌み子が産まれてしまった」

 「そうだ。最初は基本的に産まれずに死んでいくもの。それ故に気の迷いの子が流産する事は悲しいがと思っていた

 が、お前は産まれた」

 「だから、母は燃え尽きた。最後におれの火を受け取って」

 苦々しく腹を抑える。あまり人に見せたことはないが……おれの臍にはその時の火傷痕が残っているのだ

 

 「自分を責めるな。忌み子として産まれた責任はお前には無い

 ジネットとて、その責任を負わせるためにお前を生かしたのではないだろう」

 静かな声がおれを打つ。それでもだ

 どうしても、考えざるを得ない。話を聞けば聞くほどに、母について知れば知るほどに……

 

 「というか、どうしてアナタが何とかしなかったのかしら?

 呪いで焼け死ぬのを傍観していたとでも言うの?」

 責めるようなノア姫の声も、どこか遠くて

 

 「皇帝は全員の生誕に立ち会わんのなら子の産まれに立ち会うなというのが習わしでな。皇帝たるもの、特定の子を次代として肩入れする事は望ましくない訳だ

 まあ、女帝であれば当然全ての我が子の産まれに立ち会う以上平等だが、己はそうもいかん。それにな、どうせ流産と思っていた故、寧ろ慰めの言葉を後々かける方向で考えていた」

 「で、蓋を開ければこれと

 馬鹿馬鹿しい」

 

 「そうだな。あまりにも阿呆だ」

 父の声音には、少しだけ寂しげなものが混じっていて

 「ジネットであった灰とこやつを見た時、初めは殺してやろうかと思った」

 

 そうだ。最初から……

 「阿呆が!」

 一喝する怒号にびくりと肩を竦める

 膝が震え、顎を跳ね上げられたアウィルが少しだけ不満げに鳴く

 

 「皇族の名は、戚の側が付けるもの

 あいつは最後に、お前の名を残していた。ゼノ、と

 『忌み子として産まれ遥か暗い未来しか見えないだろう息子にも、未知なる何か輝かしいものがありますように』という祈り」

 

 おれの瞳を見据えて、男は吠える

 「その願いを聞いては、妻の敵だろうが、忌み子だろうが、殺せる筈もない

 だからお前は此処に居る。願われて、望まれて産まれてきた。それを忘れるな」



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掘っ建て小屋、或いは待ち受ける銀

少し憮然としてなにかを考えていそうなノア姫とも別れ、狭くて暗いが立地の良い何時もの場所へと戻ろうとして……

 

 その前に一つの影を見つけ、足を止める

 「……シエル様」

 柔らかなシルエットと揺れるサイドテールを見間違える筈もない。それはアナだった

 仮にも聖教国から来た腕輪の聖女だからだろう。ワンピースの神官服を何時も着ている彼女は、何処か所在無さげにおれ用の小屋の扉を見詰めていた

 

 「あ、皇子さま」

 と、おれの気配に気が付いたのか少女はぱっと此方を振り返り……

 「と、ええぇっ!?」

 ルァゥ!と元気に挨拶する狼の姿に目を見開いた

 

 「え、え?

 ……アウィルちゃん?」

 『ルルゥ!』

 と、強靭な甲殻に覆われた前足を上げるアウィル。いや、端から見たら化け狼が鋭い爪のある前肢を振り上げる恐怖映像なんだが、怖くないんだな

 

 「皇子さま、この子アウィルちゃんの方……ですよね?」

 『「アウィルじゃよ?」』

 「喋りました!?

 え?どうしたんですか皇子さま!?わ、わたし何がなんだか」

 目を白黒させてキョロキョロと辺りを見回す銀髪の少女に出来る限り優しく笑いながら、おれは手を叩いてアウィルに指示する

 と、白狼は狼というよりは四つん這いの子熊とでも言うべき100kgは越えているだろう体重と体躯からは思いも付かない軽やかさでおれの前に躍り出ると行儀よく座った

 

 「アウィルは、おれ達を助けに来てくれたんだ。変な匂いがするって」

 「そうなんですか?」

 『「アウィルが産まれた時にもあった、やな匂いが最近酷いんじゃよー」』

 頭を下げて鼻を前肢で抑えるようにして、アウィルは唸る

 

 「だから、皇子さま達を?

 本当に有り難う御座いますアウィルちゃん」

 ぺこりと頭を下げる少女に、白狼は気をよくしたように尻尾を一度くゆらせた

 『「もっとアウィルを褒めるんじゃよ?」』

 「褒められると嬉しいらしい」

 安上がりだ

 「はい、心強いですアウィルちゃん!」

 『グルゥ!』

 頭を高くする天狼スタイル……ではアナの頭辺りまで額が上がってしまうと頭を低く、狼は唸る

 暫く、その頭を昔のように銀の少女は撫で続けた

 

 「そうです、大丈夫だったんですか?」

 と、ふと気が付いたように少女が問いかけてきたのは……流石に近いからってこの小屋にアウィル入らないよなとおれが思い始めた頃であった

 昔のアウィルは頭に乗る大きさで行儀が良かったから部屋に連れ込めたんだが……大型犬よりデカイ今のアウィルを寝床しかないに等しい掘っ建て小屋には入れられない。これはもう、行儀とか関係なくスペースの問題だ

 「ああ、アウィルのお陰もあって」

 自慢げな狼を立てながら告げる

 いや、真面目にアウィルが居てくれて、桜色の雷を使ってくれなければリリーナ嬢の体があの重力下で持たず大怪我したかもしれないし、持ったとしてとても何らかの魔法が使える余裕はないだろう。お手柄なのだ

 

 「……そうじゃないです

 お怪我の方は」

 「大丈……」

 言いきる前に、乾いた音がした

 痛みは無い。だからこそ、少しの間何をされたのかが全く分からなくて……右手を抑えるアナに、漸く頬を叩かれたのだと理解する

 「シエル様、何を」

 「嘘」

 「無事なことは」

 「嘘言わないで下さい!」

 きっ!と温和な表情の似合う彼女には似つかわしくないきっ!とした睨む瞳がおれ……の足元を貫く

 

 「脚の動きが可笑しいです、近づく足音に金属音も混じってます」

 ……バレるのかよそれ

 「皇子さま、折れた足に金属の支え棒を巻き付けて誤魔化してますよね?」

 「アナ、昔金属仕込んだ高下駄を履いてた事があるだろ?それだよ」

 「燃えた軍服の代わりに適当なシャツ一枚羽織って、同じく焼け痕の残る革靴がですか?

 そもそも、添え木見えてますよ?」

 「本当か」

 足を上げたとして両足に負担を分散するから耐えられているから無理だと理解してアウィルにさりげなくもたれ掛かりつつ左足の靴を確認しようとして……

 「ほら、折れてるんじゃないですか」

 靴は流石に金属仕込んだものを履く余力がなくて履き替えた軽さを追求した新品だった事を思い出す

 肩を竦めるしかない

 

 「折れてるよ。でも、それくらいだ。どうせそのうち治るから、被害なんて無いに等しい」

 「治るから良いなんて、そんな訳ありません!」

 と、少女はその小さな手でおれの右手を取り、包帯を巻いて固定した折れたそれに顔をしかめるもそれで止まらずに手を引いた

 

 「行きますよ、皇子さま」

 「いや、何処にだ」

 アウィルを泊めるために男子寮の上の方の階(機虹騎士団の為に最上階の片方の部屋を寮代はガイストが出してくれて取っている)使うしかないかと思っていたのだが、男子寮とは逆だ

 「わたしの部屋です。こんな場所に怪我人を押し込める訳にはいきませんし」

 「こんな場所って……」

 うん、女子寮付近の板作りの簡易小屋は確かにこんな場所だな。不満はないんだが

 

 「そもそも、なんで建物とも言えないような場所なんですか。明らかに」

 「いや、聖女様を護るためという名分から女子寮に近くなければいけないものの、本来男性がみだりに近付くべき場所ではない。立ち入っちゃいけないんだ

 役目が終わり次第即刻潰さなきゃいけないのにまともに暮らせる施設を用意する方が変だ」

 「……理屈の上ではそうかもしれませんけど、可笑しいんです

 だから、怪我人はちゃんとしたベッド行きですからね」

 弱い力ながらぐいぐいと引かれる手

 

 「……変な噂が立つ」

 「皇子さまが苦しむくらいなら、噂くらい良いです」

 尚も少女は譲らない。力の差は歴然、正直な話振りほどくのは簡単なんだが気持ちの問題で突き放しきれない

 

 「いや、そうじゃなくてさ

 ゼノ君に浮気されたってなったら婚約者な私が困るんだけど!?」

 ……降ってきたのは、意外な助け船であった

 そう、桃色聖女様である

 

 「その割に、エッケハルトさんを連れ込んだり……」

 「あれはゼノ君の友人としての相談だから!潔白!セーフ!ちゃんと他にも見てる人居たし!」

 助け船は案外弱かった

 

 「いや、その通りだ。大丈夫だよアナ、アウィルを野宿させる訳にはいかないから、暫く騎士団に泊まるからさ」 

 その言葉に、不承不承といった感じで少女は手を離した

 

 「きちんと傷を治すまで安静にしててくださいね皇子さま、絶対ですよ?

 無理したら……また監禁しちゃうかもしれませんからね?」

 背筋が少し寒くなる

 「分かってるよ、足が折れてちゃ上手く走り込みも何も出来ないから早く治す」

 「あと、来週の新入生歓迎会なんですけど、やっぱり騎士団の誰かの護衛が必要なんだからわたしのエスコートを……」

 「いや、そこで婚約者の私無視されたらさっきの警告そのままじゃない!?」




次回予告

迸閃の祈りと共に、一つの計画が動き出す。
それがもたらすのは、一つの決戦。星の名を抱く少女の描く物語の第三幕が、此処に現出する。
其は、共に歩む希望を信じた祈り。其は、幾多の願いを込めた百獣王。
一つの再会が、譲れない魂の激突を呼び覚ます。

「エマージェンシーフュージョンッ!」
次回、蒼き雷刃の真性異言(ゼノグラシア)
血戦!D(ダイナミック)D(ダイナスト)G(ギガンティス)
「ダァィッ!ラァイッ!オォォォォウッ!」


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第二部二章前編 決戦、屍の皇女
祝祭前。或いは少女の問い


『兄さん、黒いタイはマナーがなってない証明ですよ?青いものに変えるべきです。まだ時間はありますからね』

 なんて忠告してくれる幼馴染の言葉を聞き入れ、おれは礼服の胸元のネクタイをほどく

 この世界のネクタイは、女性は胸元をリボンかアクセサリーで飾るが男性もそれに合わせる何かをというところから50年くらい前に発達したファッションらしい

 

 始水、別の色でも良いんじゃないか?

 『まあ、選択肢は3つです。白地に白は似合いませんからそれは無しとして、私の色である青、あの聖女の髪の色に合わせて桃、或いは瞳の色の緑

 でも、婚約者に合わせた色の方が露骨に意識してますといった面持ちで問題が起きそうでしょう?だから青が安牌です』

 いや、アドバイスは有り難いんだが、母親か始水

 『いえ、単にお嬢様な幼馴染で神様ですよ、兄さん

 私としても兄さんの失敗は聞きたくありませんからね。ただでさえさっきも愚痴ったように兄さんが真性異言ではと疑っていた魔神王が襲ってきて大変でしたし、これ以上頭を悩ませたくない訳です』

 うん、そうなんだよな。ユーゴとの時に始水の力を借りて~が出来なかったのは、そのタイミングでカラドリウスが持ってた謎の羽根を回収しようと魔神王テネーブルが急襲してきていたから、らしい

 おれより大変な事になってるならあれはもう仕方ない。寧ろ無事で良かった

 遺跡の防人としての役目を一度捨ててパターラ側に飛び込んで、そこから追ってくる魔神王を振り切れずに……世界の狭間に潜航しているらしい円卓の救世主の母艦?に神としての龍姿で突っ込み、魔神王の相手をを擦り付けることで何とか事なきを得た、と聞いたが……うん、ヤバイな

 

 『兄さん、とりあえずあの魔神王は……今兄さんの影を我が物顔で借りている方ではないアレがその世界の中に直接来れるような存在ではありません。少なくとも、ゲームシナリオのように小刻みな襲撃で侵食を続けた後でなければ

 だから、今はまだ無視してください。兄さんの知らない神器を持つ片剣翼の魔神王だからこそ、まだこの世界にとっては異形に過ぎます』

 そう幼馴染でありこの世界の神の一柱の心だという少女は言うが……それでも不安は消えない

 

 何たって、ユーゴはあの槍を放った奴がリリーナ嬢を殺す気がないからすぐに消えたと言っていたが……その直後くらいに、『ATLUSを達磨にしてコクピットを粉砕しようとした』魔神王の前に同一機体だろう小型のAGXが襲来し何とか修復したATLUS含め2vs1で良い感じにやりあっていたというのだ。つまり、原作ではいくらなんでもAGX複数と単独でやりあうのは無理だろうってスペックな魔神王が、そこまで強力になっているという事である。しかも、最終形態である竜魔神王無しで、だ

 とても、幾ら直接対峙する事はまだ無いとしてもとても忘れてはいられない。だっておれ達は……何時かアルヴィナの為にもその魔神王を倒さなければならないのだから

 

 『ルクゥ!』

 と、吼える声に意識を戻し、とりあえずお嬢様のアドバイスに従ってネクタイを青いものに変える。いや、七大天に合わせた色なら女神に合わせた色を……ってそれはそれでノア姫が馬鹿にしてるの?って呆れるか

 

 「じゃあ、行儀良く待っててくれよアウィル?」

 『「アウィルは賢いのじゃよー」』

 と、流石に連れ込めない狼にそう言い聞かせておくと、白い巨体は一声吼えて応えた

 今日のアウィルのご飯は……自分で狩ってきた猪のような魔物のシチュー。アウィルが頑張って臭みが消えるまで煮込もうとしていたのをアナが見付けてシチューにしてくれたので安心と信頼の出来だ

 そんな聞き分け良く自分で火の番も出来る万能狼をそう心配せずにおれは一週間泊まった騎士団の部屋を出た

 

 いや、いくらおれでも一週間は安静にしたし、それでノア姫特製包帯も巻いておけば大体治った。相も変わらず意味不明の回復力である

 

 ということで、男子寮を出て空を見上げる

 そろそろ龍の月が終わり、入学から一ヶ月経とうとしている空は……雨の多い月だけあって今日も曇っていた

 

 そうして歩いて、待ち合わせた聖女様と合流する

 「おっはよー!って、ゼノ君普通に帝国風の礼服なんだ」

 なんか意外、と会うなりしげしげとおれを眺めてくるのに苦笑しながら、おれは手袋を填めた手を差し出す

 「それでは行こうか、リリーナ嬢」

 「おっけーおっけー!って言いたいけど、ゼノ君って礼服は和服……じゃ分からないか。西国の服って印象だったんだけど……」

 ほら、前に祭の日に出会った時とかそうだったじゃん、と続けてくる少女に、おれは左手の袖を軽く振って応えた

 

 「ああ、あれは目立つし袖が周囲に当たりやすいんだ。今回のパーティの主役はおれではいけないから、こうして他の皆と合わせた服にしているという形」

 「へー、そうなんだ」

 ふんふんと頷く少女の胸元には太陽のような宝石飾りのアクセサリーが揺れる

 ちなみにだが、おれのプレゼント……な訳はない。騎士団の運営費用、障害を負った子供の為の基金費用等でおれの財政は常にカツカツだ、宝石なんて買ってる余裕はあまり無い

 

 「良いアクセサリーだな、リリーナ嬢」

 と、とりあえず誉めておく。本当はドレスとかも誉めるべきかとは思うが、おれにそんな才覚ある訳もなし。下手なこと言うくらいなら当たり障りの無いところを誉めるのだ

 それを聞いて、少しだけむーと唇を尖らせて、けれども直ぐに気持ちを切り替えたのか桃色聖女は胸元の太陽のネックレスの宝石を繋いだ紐を指先で持ち上げて此方に見せつけた

 

 「えっへへ、ありがとねゼノ君」

 「誉めただけなんだが?」

 「え?これゼノ君のプレゼントだよね?」

 ……初耳だ

 

 呆けるおれに、少女のあれ?という声が届く

 「昨日、シロノワール君が置いていってくれたんだけど、ゼノ君からだよね?」

 「いや、おれじゃない。シロノワール個人からの筈だ」

 「え?そうなんだ、じゃあ……」

 にっこりと笑って手を差し出してくる聖女

 

 「ゼノ君からもなにか無い?」

 「おれにそんな金あると思うか?」

 肩を竦め、困ったなと苦笑いしながらおどけてみせる

 寧ろシロノワールが何でそんなネックレス持ってたんだって話なんだが。流石におれの財布から金抜いてる様子はないし……

 いや魔神王だしな。幾らか自分のものだから持ってきてるのか?

 

 「あはは、うん。ゼノ君からはお金以外に色々と助けて貰ってるし、そこまでして欲しいって期待してないよ」

 「ああ、助かる」

 「いやいや、私が乞食してるだけだからねこれ。ゼノ君は畏まらなくて良いって

 ……で、そのシロノワール君は?」

 きょろきょろと周囲を見回すリリーナ嬢。主役は遅れて登場するべきだということで、結構後から来るように言われている。そのせいか、周囲には全然人が居ない

 皆は既に大講堂の中という訳だ。だから人影が居れば直ぐに分かるんだが……居ないな

 

 「そのうち来るさ。わざわざ贈り物までしたんだから」

 「ゼノ君は行方知らないの?」

 「シロノワールとは同盟関係だからな。あくまでも協力して貰っている立場、縛ったりは出来ないよ」

 「……信じて大丈夫かな?ほら、魔神であることは確かだし」

 少し不安げに揺れるエメラルドの瞳に、おれは火傷でひきつった笑いを返す

 

 「少なくとも、おれは信じてるさ。魔神な事は確かでも、あいつの思いを」

 「それで……なんだけど」

 と、袖を引かれる

 「ねぇゼノ君、まだ時間はあるよね?」

 言われてポケットから取り出した一本針の時計を見てみる

 昼前から歓迎のパーティは始まっているが、おれ達が入るのは昼過ぎだ。具体的に言えば水の刻の終わり。日本で言えば大体午後3時

 で、今は水の刻で針が7割回った頃だからまだ早い

 

 「……まあな」

 「ちょっと早すぎたかな……」

 あははと笑う少女。言われてみれば同じ時間に来るように言われた筈のアナはというと……まだ来てないな

 「まあ、遅れるよりは良いだろ?」

 「お陰でゼノ君とも話せるしね」

 「おれより、他の攻略対象と話すべきじゃないのか?」

 実際、どのルート目指すにしても協力するとは言ったが、まだあまりそれっぽい事をしてないんだよなリリーナ嬢

 いや、まだ出てきてないキャラも多いから一概に言えないが、逆ハーレム目指すなら早めにシルヴェール兄さんに取り次いでくれとか言わないと時間足りなくないか?

 そう思って聞くが……

 

 「ま、今は私達の為に頑張ってくれてるゼノ君と情報共有とかの時間かなって

 それで、なんだけど」

 真剣な表情に変わった少女がおれを上目に見上げる

 「……ゼノ君。結局ボロボロのゼノ君にはって気後れしちゃったからまだ聞いてないんだけど、あの人達が言ってたアルヴィナって、誰?」



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アルヴィナ、或いは友人語り

「アルヴィナの事か」

 おれも周囲を見渡しながら、そう呟く

 いや、語るのは簡単だ。だが……

 

 「シロノワール、居ないのか?」

 そう、アルヴィナ・ブランシュという魔神の少女について語るには、流石にその兄の許可が必要だろう。勝手におれがぺらぺらと情報を漏らしてはいけない

 それが分かるから呼んでみるんだが……

 「……呼んだか」

 

 ぬっとおれの影から姿を見せるのは黒い礼服に身を包んだ魔神王。喪服かよと言いたくなるが、タイの色は白いしタキシードみたいなと言うべきか?

 「何だ、ずっと影の中に居たのかシロノワール」

 「まあな」

 微笑んで、ふわりと一度浮き上がり八咫烏たる青年はリリーナ嬢の正面に降り立つ

 「アルヴィナの事か。語るのは……まあ、良いか」

 その言葉に頷いて、おれは話を始めた

 

 「リリーナ嬢。アルヴィナという名前に聞き覚えはあるか?」

 「えっと、全然」

 出会ってる筈なんだがな。忘れられてるのか。後はゲームではモブっちゃモブなんだが、小説版とか何処かで出てきたりしてないかと思ったんだが……

 どうやら、リリーナ嬢の知る限りではそういったものは無いようだ

 「では、屍の皇女や屍天皇という称号は?」 

 「何か格好いいね」

 無邪気ににこりと笑う少女に、ああこれは全然知らないなと理解する

 

 「じゃあ、リリーナ嬢。原作のゲームには、魔神王テネーブル以外に魔神王の一族は出てこなかった?」

 ちなみにだが、先代のアートルムは出てこない

 「えっと、名前とかはほぼ言われてないから覚えてないんだけど、妹が居た筈

 シロノワール君は出てきてないから、確かその妹だけ」

 むーと唸りながら絞り出される声に静かに頷く

 

 「え?ひょっとして……アルヴィナってその子なの!?穏健派と言われてるけど四天王ゾンビにして蘇らせたりしてるあの!?」

 「……多分」

 いや、恐らく間違いはないんだが、誤魔化すように曖昧に頷く。あれだけ言われてもおれが真性異言ではないと勘違いしてくれているのだから、悪どい考えだが利用させて貰う

 

 「え?え?えぇ!?」

 目を白黒させるリリーナ嬢

 「いや確か小説版だと確かゼノ君が決戦前に穏健派と聞いて保護しにいったら『ボクのものになって』と告白されて、でもヒロインが居るからって断ったとかそんな話はあった気がするけど……

 もう出会ってるの!?」

 いや、何だその話。アルヴィナは確かにおれの眼を気に入ったと言ってたが……普通殺されないかそれ?

 

 「……何だそれは。そもそも、何をほざいているんだその話のおれは」

 「ん?」

 首をこてんと倒す少女。その桃色のふわふわの髪が小さく揺れる

 「聖女が天狼の花嫁となる道だと聞いていたんだが、何だその言い分は。醜い横恋慕にも程がある」

 ラインハルトルートで何で彼氏面してるんだそのゼノ。アホか、アホなのか。恋は盲目にでもなったのか。可能性無くなったエッケハルトってるのか

 

 「……あ、あはは……ゼノ君って一途で頑固だから諦めないし……」

 少しの口ごもりの後、歯切れの悪い苦笑いを返される

 いや、良いんだが

 

 「というか、リリーナ嬢も出会っているぞ」

 「え?嘘!流石にいくら私でもそんな怪しい人が居たら分かるよー」

 またまたーと手を振って否定するリリーナ嬢

 シロノワールと目配せして大丈夫か確認して、更に一歩話を踏み込む

 

 「リリーナ嬢。おれと初めて出会った日は覚えているか?」

 「うん。私がリリーナ・アグノエルになってる!って気が付いたゼノ君の元婚約者との婚約のパーティでの事だよね」

 ちょっと言い方に刺がある気がするがまあ良いかと頷き、話を続ける

 「その時、君は何をした?」

 「え?ゼノ君に話しかけたよね?」

 「その時、おれに怒られなかったか?」

 いや、おれ自身はアルヴィナの存在を認識できている。だからこそ他人はどこまで記憶が曖昧なのか分からない。これでその辺り消えてるとお手上げだが……

 

 「あ、言われた言われた。自分のためには怒らないけどちゃんと他人が巻き込まれると怒るのはゼノ君だなーって思った

 あれ?でも何で怒られたんだっけ?何も私悪いことしてなかったような……」

 瞳を閉じてむむむ……と唸る桃色聖女。唇をきゅっと結んで必死になるが……

 「そう。本来君はおれに話しかけていた少女をうっかり突き飛ばしているんだ」

 「そうなの?」

 こくりと頷く

 「恐らく、転生に気が付いて、しかもおれという知っている存在を見て周囲が見えてなかったんじゃないか?」

 昔はなんだこいつと思ったものだが、今はちょっとお花畑だが悪い心の持ち主ではないと分かっている。だからちょっとフォローを加えておく

 

 「うーん、そうだったのかな?

 で、え?パーティに来てたのあの魔神の女の子」

 「いや、その時におれも出会っていたんだが……。それ以来、そこそこ縁があった」

 「え?小説版みたいにゼノ君に一目惚れでもしたのその子!?」

 

 いや、そうじゃないだろと苦笑しながら続ける

 「いや、多分元々は影というゴーレムみたいなものでこの世界を偵察していたらしい」

 「この皇子に近付いたのは、忌み子故に地位が低くて簡単に周囲に入り込める割に皇族という最大の敵になりかねない相手の内情を知れたからだ」

 と、付け加えるシロノワール。いや、そんな理由もあったのか……

 

 「うわ、普通にスパイ。というか、シロノワール君よく知ってるね?」

 「アルヴィナ・ブランシュは姉だ」

 いや妹だろ。と言いたいが、姉ということにしたいのは分かった。出来る限り合わせよう

 「まあ、そんなスパイだったアルヴィナなんだけど……最終的に、円卓の(セイヴァー・オブ)救世主(ラウンズ)の中の二人と対峙しなければいけなくなった時、魔神としての力を使ってまでおれ達を助けてくれた」

 「うんまあ、分かるよ」

 分かるのかよ!?と眼を見開く

 

 「良く簡単に納得するな……」

 「いやだって、小説版でさくっとゼノ君に惚れてた子と同じなら、当然ゼノ君が頑張れば惚れると思う」

 その発言に、シロノワールが額を抑えていた

 

 「まあ、それは兎も角だ。多分そういう惚れた腫れたじゃなく、単純に友情だとは思うんだが、一応そんな子だ、アルヴィナというのは

 死霊術の使い手だからか、屍の皇女と彼等は呼んでる。ついでに、そんなアルヴィナに協力していたからおれも屍なんじゃないかと思われていて、その際の名称が屍天皇」

 「へー、でも、ゲームだとスパイ活動なんて無かった気がするんだけど……」

 じーっとした視線がシロノワールを射る

 まあ、この中で一番物を知っているのはシロノワールだからな

 

 「ああ。魔神王テネーブルは、真性異言(ゼノグラシア)だ」

 と、ぽつりとシロノワール/本来のテネーブルは告げる

 「真性異言ならば、未来を知るからこそそれを変える者が居ないか確かめようとするだろう」

 うんうんと少女が相槌を打つ

 

 「その為に、彼は色々な事をした。魔神の為にもならないことを

 アルヴィナ姉の想いに水を差し……」

 ぎりり、と歯ぎしりの音が聞こえる。シロノワールの拳は、固く握られている

 そうだ。だからおれは彼を信じている。少なくとも、対テネーブルにおいては味方に違いないのだと

 

 「だから、私は貴女を護るために此方に来た。最早、あの魔神王はアルヴィナの害でしかないと理解して」

 「あ、そういう事だったんだ……」

 納得したように、ぽんとリリーナ嬢がひとつ手を打った

 

 「で、私はどうしたら良いのかなそのアルヴィナ関連は」

 「とりあえず、おれが何とかするから下手な刺激をしないでくれると助かる。特に……元々はアナと潜入中のアルヴィナは仲良しで、その記憶もあるだろうから、今のアルヴィナ潜入中の記憶の無いアナを近付けさせたくない。手伝ってくれないか、リリーナ嬢」



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パーティー会場、或いは異端抹殺官

こんなんで良いのかと思いつつ、アナ(+竪神)と合流。仲直りさえ出来ればいっそエッケハルトに任せるって事も考えたんだが、護衛は折角アイリスがもぎ取った以上騎士団メンバーにせざるを得ない。よって最初に一緒に行くパートナーは竪神固定という訳だな

 

 いや、竪神が最初からパーティーに出席していたらそれはそれで酷いことになってるだろう。それに、何か理由がないと出席しない気がするからちょうど良いと言えばちょうど良いんだ

 

 そうして、入学式も行われた大講堂の扉を開いて足を踏み入れるや、大音響が鼓膜を叩く

 部活……では無いが、芸術活動を行うサークルみたいなものは幾つかある。そのうち一つが集まって演奏する曲だ

 確かシルヴェール兄さんが顧問兼パトロンのサークルだっけな

 

 とりあえず、中々豪華

 いやおれは音楽なんて小学校の時評価1だぞ1。今日は習い事が無いので家に遊びに来ませんかした始水が音楽の補習食らったおれを見て呆れながら溜め息ついたレベル。その上教育を受けるより戦闘に明け暮れた今のおれなんて、語彙力小学生の感想しか出せるはずもない

 

 「わ、これは何なんですか?聖歌とは全く違いますけど」

 と、同じく音楽には疎いアナが横で耳を澄ます

 「不思議な音です……」

 「弦楽器。聖教国で使われるのは笛の類と鍵盤主体だっけ?」

 「あ、わたし歌は結構得意です」

 と、銀のサイドテールを跳ねさせて少女は少しだけ自己主張にはにかむ

 

 「でも、あまり歌主体じゃないかな、これは」

 「で、ですよね……」

 「そもそも、七天教の聖歌ってかなり魔法で電子音出す前提のアニソン……」

 と、何とも言えない表情で呟くのはリリーナ嬢

 ただ違うぞリリーナ嬢。アニソンなのは道化と龍姫に関する聖歌くらいだ。いや2/7がアニソンなのは何なんだよ七大天!?

 

 「それは今は良い、皆が待っている」 

 と、青髪の青年だけは冷静に手を引かず軽く上向きに手招きして皆を先導する

 

 それに合わせて、ホールに出た。別に下駄箱とかある訳じゃないんだけどな、入り口近くの両脇に一拍置かせるためか小さな倉庫があるんだよな

 と、明るいシャンデリアが照らす空間に出た瞬間、黄色い歓声が上がった

 

 「頼勇様!」

 「聖女様!」

 の二つの歓声が。うん、そりゃおれへの歓声なんてある筈もない。基本的に聖女様!というのは男性の歓声が殆どなんだが……頼勇に関しては女性多めながら結構男子からの声も混じるのが差すがというか。うん、LI-OH格好いいもんな、憧れるよな

 

 ということで、おれを蚊帳の外に一気に人が入口付近へと密集する

 そう、だからお前ら後な、されたのである。普通は歓迎会で初期から居るなされるなんて可笑しいんだが、聖女様なんて男子生徒がこうして大っぴらに絡める場所を用意したら群がるに決まっている。同級生を主とした生徒交流の場として、徹頭徹尾二人が華となってしまうのは好ましくない

 故に、最初は皆で交友を深める時間を用意して、ダンスパーティーの時間になった辺りで飛び入り参加という形になったのだ

 

 なお、忌み子は壁のようなものである。居ても居なくても変わらないというか、居ない方が多分良い

 長蛇の列みたいにはなっているが、予め何らかの合議はあったのだろう。口々に話しかける生徒達の中から、二人の男性が進み出る

 「アナちゃん、踊ろう!」

 片方はエッケハルトだった

 

 そしてもう一人はオーウェン、な訳もなく

 「踊っていただけますか、預言の聖女様」

 恭しくシルクに覆われた手を取るのは艶のある黒髪の青年。色合い的に魔力染めが起きているし、影属性だろうか。瞳はオレンジで、多分属性は土/影だろうな

 服装は白基調。どことなくアナが良く着ているワンピース状の神官服に近い趣がある。いや、アナすらちゃんとしたドレスで出席してて、ドレスじゃないのは礼服が制服しかない平民達とかそんな状況なのに神官服って何か浮いてる男だな

 何か変だと感じて構えを取るが、流石に物騒極まりないので愛刀は手元にない。というか、鞘の修繕に時間が掛かっていて、抜き身の刀身だけをアウィルが咥えて常に漏れ出す雷の調節してくれている危険なブツ過ぎて持ち込めない

 

 というか、流石に斬るのは不味いしな。何か違和感を覚えつつもいざとなれば取り押さえるくらいに意識を留めてさりげなく構える

 横で頼勇も同じことをしている辺り、やはり変だ

 

 「え、でも……」

 と、桃色聖女はおれの方を振り返る

 「ダンスって、婚約者と踊らなきゃ駄目じゃないかな?」

 「貴女の御手をおぞましい忌み子に汚させるなどとんでもない」

 ……オイ

 

 半眼になるおれを無視して話が続く

 「聖女よ。もう忌み子に縛られる必要など無いのだ。貴女様は既に預言の聖女、皇族とはいえ忌み子等遥か下の存在」

 と、膝を折ると青年は取った右手に口付けた

 

 うん、イケメンだけあって絵になるが……

 正直絡みに行くか悩む。おれはこの彼を知らないし、知らないということはゲームに出てきてはいない。となれば、彼は円卓の救世主の誰かか?という疑問も湧くが……

 違ったら失礼に過ぎるから待つ

 

 というか、リリーナ嬢が割と引いてるな……

 「あ、あのっ。えっと……わたしと同じく七大天様に仕える方ですよね?」

 と、おれより先に切り出したのは銀色の聖女。頼勇を一歩半離れたところに従えて、困惑しながらも助け船を出す

 その言葉に、青年は立ち上がり真面目そうな顔で頷く

 「はい、腕輪の聖女シエル様

 貴女様とお話しするのは初めてでしたか。我が名はエドガール・S・ミチオール。七天教聖教国枢機卿アングリクス猊下に従う者」

 恭しく礼をする青年を見て、何とか立場を理解する

 つまり、ヴィルジニーの家に代々仕える家系の出って事だな。って聖教国の人間じゃないかそれは!?

 

 「聞いていないな」

 「黙れ忌み子。貴様に生きることを許している事そのものが神々の慈悲の深さ。身の程を知れ」

 と、割り込もうとするもばっさりとおれの言葉は切り捨てられた。敵意しかない瞳がおれを見て、即座に逸らされる

 言動に可笑しなところはほぼ無いな。アステールの恩人として多少柔らかかった教皇猊下や昔のアステールを除くと、聖教国では大体こんな扱いだ

 

 「酷くない?」

 ぽつりと呟くのはリリーナ嬢。それにその通りとばかりに深く頷くのはアナ

 けれど、二人の聖女にちょっぴり咎められながらも、自分には神々が付いているとでも言いたげな彼は止まらない

 というか、何で居るのか、それくらいは教えてくれ

 「お優しいのですね、聖女様。されど今や貴女様方は神に選ばれし者。貴女の行動の全ては七大天、そして我等が保証いたします」

 ですから、と大袈裟に手が振られる

 

 「忌み子との婚約関係など、続けさせられる必要はないのです」

 「随分な言いようだな」

 「ヴィルジニー様から、散々貴様がどれだけおぞましいか聞かされたもので

 貴様を呪い殺さない神々の慈悲と、死を命じない聖女様の優しさに平伏しろ」

 

 ステイ、ステイだ始水

 耳に何だか不穏なというか口汚い罵倒が聞こえてきて慌てて脳内で念じる

 いや、実際の七大天がおれを呪っている訳ではない事は重々承知だ。ただ、端から見ればという話を否定する力を今のおれは持たない

 「そんなことありません!」

 きゅっと手を握りしめ、銀の聖女が叫ぶ

 「どうしてですか!皇子さまは確かに忌み子って呼ばれる存在です

 けど!だから何が悪いんですか!どうしてそこまで酷いこと言われなきゃいけないんですか!」

 「忌み子。呪われた子、おぞましき怪物。産まれてきた事が、生きている事が罪なのだ

 我はサバキスト。聖教国より、来年留学に来るヴィルジニー様を帝国が迎えるにあたっての内害を予め廃する異端抹殺官(サバキスト)である」

 そうして、青年は恭しく二人の少女へと礼をした

 

 「貴女方を、罪から救いに来ました」

 「じゃあ、わたしも異端で良いです」

 「ちょ、アナスタシアちゃん!?」

 その言葉に反射的にか叫ぶ少女。不満げに踵を返し、唇を強く結び肩を怒らせた銀の聖女がおれの服の袖を掴む

 「変な人がいるパーティーは危険です。行きましょう、皇子さま」

 「いや待ってくれ、シエル様!?」



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裁き、或いは再会

「シエル様、そう短気にならないで欲しい」

 掴まれる手を、包帯に指が掛かっている事を良いことにそれをほどくことで抜け出しつつ、静かに告げる

 

 そりゃ、おれだって味方してくれるのは嬉しい。でも、聖女としてやるべき事はおれなんかをただフォローすることじゃない。これを受けちゃいけない

 だから毅然と拒絶し、刺々しい空気を纏う異端抹殺官(サバキスト)の前に立つ

 ってか、サバキストって凄い名前だな……。二度程聖教国に行ったことはあるわけだが、殺意の籠った視線なら沢山向けられていた。それが彼等だったのか……せめて審問くらいしてからにして欲しいものだ

 抹殺官って、最初からこいつ異端だから殺すというように一方的に結論付けているじゃないか

 

 キィン、と小さな起動音。恐らくだが、頼勇が助けは要るか?と父たるレリックハートを目覚めさせたのだろう

 おれの背にしっかりと緑の光が当たるのが分かる

 「竪神、シエル様を頼む」

 「皇子、良いのか」

 「ああ、これは……」

 ぱん、と自身の頬を叩く

 「おれ自身が向き合うべき問題だ」

 「分かった。とりあえず……アイリス殿下には聞こえないようにしておく

 後で好物でも持って自分でご機嫌取りに行ってくれ」

 おれの言葉を受けて、青き青年はさりげなくおれとアナとの間に割り込んで壁になってくれた

 

 「竪神さん、退いてください」

 「そうそう、ゼノ君ってこういう時一人で勝手に自爆しに行くんだから!」

 ……信用無いなおれ!?

 

 「サバキスト、か

 一応、おれはヴィルジニー様の恩人ではある筈なんだが……その辺りはどうなんだ?」

 そう、ユーゴ相手にアステールの命を人質に婚約要求されていたようだが、それを止めたのは一応おれ、とエッケハルトだ

 おれのやるべきことではあったし、感謝しろとは言わないが……情状酌量の余地くらい無いのか?と問い掛けるが……

 

 「貴様等の不始末を貴様等が正した。罪を購う事を恩として押し付けるな」

 心底嫌そうに吐き捨てられるのは取り付くしまも無い答え

 「ああ、そうだな」

 いや、確かにそれはそうなんだよな……。実際、おれのやらなきゃいけない不始末だと介入した以上、この返しに反論のしようがない

 

 「いや可笑しいですよ!?」

 「可笑しくない、シエル様。これが、普通の答えだ」

 「普通じゃないです!」

 「うん、正直ちょっと変だよこの設定!」

 なんて、リリーナ嬢すらも荷担する

 

 が、いや、これが普通だ

 「聖女様方。何を(ほだ)されているのです。それこそ、この魔の者の思う壺」

 その言葉に、おれの背で空気に徹しているシロノワールがくつくつと笑う

 いや、おれからしたら反論の余地がないんだが……

 

 「いやいや、ゼノ君何か悪いことした?

 私を助けてくれたりはしたけど」

 「そうです、例え万が一産まれてきた事が罪だったとしても、皆の為に頑張ってきた皇子さまをそんなに貶めるなんて可笑しいです!」

 「そんなもの、罪を購おうとしているだけの事

 ヴィルジニー様を助けた?聖女様方を救った?だからもう良い?」

 嘲るような笑みを、異端を抹殺するという彼は浮かべる

 「何を馬鹿馬鹿しい。生きることが罪である忌み子が、生きていて良いのは我々の為にその命を使うからでしょう?そう、このおぞましい帝国の皇族のように」

 「お前」

 「頭が高いぞ忌み子!我等は七天の加護を受けその教えを伝える神の使徒、貴様が口を開く事すら本来許されない相手だ」

 ……だってさ、ティア

 

 思わず流石にあまりな言葉に幼馴染に話を投げるが、返事がない

 『兄さん、話しかけないで下さい。兄さんの前では頼れる幼馴染神様で居たいんですから

 これ以上、平静を保てなくなる言葉を漏れ聞かせないで貰えませんか?』

 ……悪い

 うん、これはおれが悪いな。始水が機嫌を悪くするなんて分かりきってたろうに

 

 「ヴィルジニー様を助けたと思い、それを誇っているようだが違うのだ忌み子

 助けさせてやった、生きていて良い理由を貴様にくれてやったのだ」

 ……ああ、そうだな

 「助けられて当然なんですか!」

 「腕輪の聖女様。既に無い筈の貴女の過去に何があったとしても、それで今を見失ってはならない

 忌み子は、存在してはいけない化け物だ。それを、呪いをもって神々は伝えてくださっている」

 そうでなければ、と男は大振りに手を広げて勝ち誇る

 「何故、忌み子はほぼ流産する?如何なる理由で産まれた時に母を殺し、神々の与えた奇跡たる魔法を、己にとって都合が良いものだけ呪いに変える?」

 

 少女に手を差し出し、男は説法する

 魔法で後光すら射させているが……それは流石にやめた方が良くないか?神々しさを出すためかもしれないが、七大天すら馬鹿にしているようにも見えるぞ

 「答えは一つだ。我等が七天が、おぞましき怪物である忌み子を我等が世界に産まれ落ちぬように呪っているのだ。全ては我等が幸福と安全の為」

 いや、まあ、魔神への先祖返りって事を思えば、誰が何と言おうと産まれてこない方が良いのは間違いないが……

 「それが分かれば、忌み子は()く己の命を絶つべきなのだ」

 「そうすべきなのは当然だろうが、悪いがそれは出来ない

 おれは、おれの母の願いを、自分の身勝手で台無しにするわけにはいかない」

 「そうです、皇子さま!」

 ……いや、アナ?そこで同意されると火に油を注ぐに等しいんじゃないか?とうんうんと頷く少女に思わず振り返って突っ込みかける

 

 「例え生まれがどうでも!皆の為に頑張ってきた今、そんなこと言われる必要なんて……」

 と、サイドテールを揺らし、期待を込めてか少女は澄んだ瞳でちょい遠巻きに取り囲む皆を見る

 まるで、その自分の言葉に同意して欲しいかのように

 

 それを受けて、おれは静かに踵を返す

 だってそうだ。来る言葉なんて、とっくの昔に知っていたから

 

 「いや、それは……」

 口ごもる声

 「化け物」

 アレットの声

 「皇族として俺達の為に死んでくれるから、まあ許してるけど……」

 そんな、誰かの当たり前の声

 

 そうだとも。おれが化け物だなんて、一番おれが知っている。だからこそ、皇族として在り続けなければ、生きている意味がない。いや、生きていてはいけない

 「え……」

 すっと、少女の瞳から光が消え、顔から表情が抜け落ちる

 「どう、して……?」

 

 それを尻目に、おれは場を離れてゆく

 「皇族が皇族として偉ぶって権力を持てるのは、化け物の力を持つからじゃない。その力を民のために使うからだ」

 「皇子さま、でも!」

 「忌み子も同じだ。民のために戦って民のために死ぬ、それをもって世間的に生きていることを許される」

 だからこそ、弱さを見せればお前要らねぇという風潮が強まり、原作みたいに追放される

 「言ったろ、アナ。おれはおれの為にしか動いていない。生きていることを許されるために、勝手にやってるだけの事を、感謝される謂れはない」

 扉を潜る

 

 「待っ……」

 「皆のもの、宴に水をさしてすまなかった。失礼する

 シロノワール、竪神、後は任せた」

 それだけ言って、引き留める少女の手を振り払い、一気に外へと駆け抜けた

 「逃げるのか、罪から。今は兎も角、必ずや……」

 なんて背にかけられる声を無視しながら

 

 そうして、雨の降り始めた空を見上げて一つ溜め息を吐いて……

 不意に、目の前に誰かが居る気配を感じて、目線を落とす

 同じ高さには……居ない。更に下げると見えてくるのは、喪に服す貴婦人が被るような黒いヴェールを目深に被った、小柄な少女の姿。金の糸刺繍のされた黒いドレスには、濃い赤のレースが踊り、あまり無い胸元には青い巨大な宝石のネックレス

 「あなたも、馴染めない、人?」

 

 ぽつりと語りかけられる言葉。ひょっとして、パーティーのような場所は気が引けるって引っ込み思案な……ってちょっと待て、この声は

 「アルヴィナ!?」

 その言葉に、ドレスの少女は何も答えない。ただ、しっかり被ったヴェールがずれて白い毛に覆われた三角耳の先が露出した



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前準備、或いは宣戦布告

「ボクは……」

 ぽつぽつと降る雨の中、何かに護られたかのように水滴がヴェール付近から逸れていく

 此処に居るのが可笑しい筈の少女はただ、其所に立っていた。ヴェールのせいで表情は見えず、記憶の中より豪奢なドレスも、何らかの意味を見出だす事は出来ない

 ただ、胸元のちょっぴり開いたアルヴィナが着るにしては珍しい形のドレスの端から、良く良く見れば掛けている大きな宝石のネックレスとは明らかに材質の違う水晶体が見え隠れしている

 

 それは、何処か月花迅雷が散らす花弁のような形の輝きで……

 「アルヴィナ」

 間違いない。おれが覚えている限り、彼女の胸元を見たのはたった一度。魔神狼として、力尽きたおれの代わりにATLUSと戦ってくれた最後の一瞬だけ

 けれども、その時、どんどん結晶化して砕けていく小さな黒狼の胸元に、綻ぶ花の蕾のような結晶が生えていた

 

 だから、晶魔のような結晶質が胸元から生えている少女は、アルヴィナとしか見えない

 「……皇子」

 意を決し、顔の横のヴェールの隙間に手を入れて、ふわりとかき上げる

 下から現れるのは、ちょっぴり跳ねた夜空のような黒髪と、そこに浮かぶ満月のような丸っこい金眼。左目が雲間に隠れるように、伸ばした前髪に遮られて半ばメカクレになっているところまで含めて記憶通り

 

 「やっぱり、アルヴィナだ」

 「そう、ボク。やっぱり覚えてるんだ、皇子は」

 「当たり前だろ」

 「違う。ボクの記憶、消えてないのが変」

 その言葉に、可能な限り笑って返す

 

 「知ってるだろ、アルヴィナ。おれは彼等と同じく真性異言(ゼノグラシア)なんだ。だからだよ」

 と、少女の瞳がおれの目ではなく、肩を見据えている事に気が付く

 

 「皇子。カラドリウスは?」

 「テネーブル」 

 と、唇に当たるひんやりしたもの

 アルヴィナの指だ。白く細く小さな少女の左手人差し指が、しーっというようにおれの唇を言葉を遮るべく当てられていた

 

 そして、ぷくりと膨らまされる頬。そう表情の変わらないアルヴィナにして珍しいぷんすか顔

 そこに意味があるとしたら……

 

 「やはり、貴様が……っ!」

 と、ギリリと無駄に大きく歯軋りの音を立てて怒りを顕にする

 それを受けて、眼前の魔神の姫はこくりと頷くと唇に当てていた指を離し……小さくぺろりと自身の舌で指を舐めた

 

 「そういうことか?」

 「うん。名前を呼んではいけない王

 防げてるとは思うけど、その名前で裏切ってないか音を聞くスイッチが入るかもしれない」

 そういうことか、と納得する

 アルヴィナの前だからとシロノワール=テネーブルとして本名の方を出したが、アルヴィナは多分裏切りを疑われている状態なのだ。更には、ドシスコンだから酷いことにはしないだろう本来の兄は今やシロノワールやってるからな。バレたら何をされるか分からない

 バレることを警戒するに越したことはないから止めたんだろうな

 

 「話すことは良いのか?」

 「大丈夫、乙女の……秘密

 覗こうとしたら、ウォルテールが怒る」

 「心配なんだが?匿名希望氏にベタ惚れだろうに」

 「犯人氏に片想い兼、ボクの母の親友。友情は、今は負けない」

 「そっ、か」

 ぴこぴこと揺れる耳を見つつ、おれはふーんと思って

 

 「そうだ、帽子」

 「今は良い」

 返してやれと言われていた事を思い出して取りに行かないとと騎士団の溜まり場を見上げるが、袖を引いて止められる

 「もう要らないのか?」

 「要る、絶対

 でも、持って帰れない」

 そう言われ、袖を掴む手をマジマジと見れば……文字通り透き通った指先をしている

 そう、本体じゃないのだ。影、しかも四天王等が使っていたアレと違い、戦闘能力も稼働時間もほぼ無いだろう簡素な作り

 

 「そっか、なら今は渡せないな」

 納得してぽんと少女の頭に手を置きつつ、問い掛ける

 「なら、どうして来たんだ?」

 「教える。でも

 シロノワール、何処?」

 そういえば、先にそれを聞かれてたな

 そう思いながら振り返り、背後にある大講堂を視線で示す

 

 「例のアレに対抗するにはアルヴィナの友人パワーが要るからって、彼女の近くで落としにかかってる」

 リリーナ嬢を標的にしてるかもしれないが、地雷踏まないように婉曲表現するのが難しいからアナを例にして語る

 「マントは、相手に触れるのに使えるらしい」

 「あんしん」

 心配していた訳でもないだろう、表情を変えずに、耳だけぴくりと跳ねさせて少女は告げた

 

 「ボクは……宣戦布告にきた」

 「宣戦布告」

 「だから、皇子。一仕事終えたら、この体を……破壊して」

 ぽつりと呟かれる言葉に、いやいやと突っ込む

 

 「それで良いのかよ」

 「良い。元々この体は壊されるとボクの死霊三体を解き放つようにしてある。壊れる事前提」

 まあ、耐久性無さそうで自然に崩壊しそうだしな

 「だから、壊されて良い。でも、皇子以外に触れられて滅茶苦茶にされるのは、何かやだ」

 ……言い方が酷くないかアルヴィナ?

 

 「だから、皇子。精一杯"ア"レに"似"た存在の名を呼んで、敵意たっぷりに壊して欲しい」

 淡々と告げられる言葉。けれども、揺れる瞳と耳はどことなく不安げで

 

 「……分かった。おれもアルヴィナを手にかけるなんて、例え必要でもあまりやりたくはないけれど、覚悟を決める」

 「んっ」

 満足げに目が細まる

 

 「でも、お前は……」

 「大丈夫。そうでなければ、宣戦布告なんてしない

 不意、うつ」

 「そう、だよな」

 「それに、壊すと次が湧く事も言わない」

 そりゃそうだ。被害を止められるように、わざわざこれから此処で暴れさせると告げてくれているのだから

 

 魔神王を裏切ってないように見せつつ、おれ達をさりげなく助けてくれている

 「だから、皇子

 次に会うのは、決戦の場。屍の皇女による、死霊の葬列の刻

 忘れないで。必ずボクを……拐いに来て」

 「ああ、分かってるさアルヴィナ」

 そのヴェールの頭をくしゃくしゃと撫でて、おれは頷く

 

 「……直さないと、宣戦布告、無理」

 あ、悪い

 

 だがそんなおれは気にせずに少女はしっかりとヴェールを被り顔を隠し直すと、少し地面から浮き上がり……

 「行ってくる。少ししたら悪い狼を止めに来て、ボクの怪盗で、ヒーロー」

 そのまま、大講堂の中に消えていった



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異伝 銀髪聖女と屍の皇女

「大丈夫か?」

 と、何度めかのダンスを何とか踊り終えたわたしに向けて小さな冷えた布を渡してくれながら、青い髪に何時もの軍服の青年が問い掛けてきます

 

 「タテガミさん。ちょっと疲れますけど、まだ大丈夫です」

 って、虚勢の笑顔を貼り付けて、講堂の外に行きそうな目線を何とか正面に固定しながらわたしは返します

 

 本当は、去っていった皇子さまを追いかけたい

 でも……周囲の期待を込めた視線が、それをさせてくれません

 

 この人達が、皆が。忌み子を恐ろしいものだとしていたから、どれだけやっても、皇子さまを抱き締めてあげなかったから。だからあんなに苦しそうに自分を呪い続けているおバカになっちゃったって怒りすら覚えますけど

 でも、神様に呪われた子を追い払ったって自慢げで、見返りすら欲しそうに近寄ってくる同級生の皆に怒っても……

 

 きっと、良いこと無いですから。ぜったい、あいつのせいだって皇子さまへの逆恨みを募らせて迷惑かけるだけで終わっちゃいます

 わたしに怒るんじゃなく、あいつが悪いって責任転嫁。皇子さまはほぼ間違いなく怒らないからこそ、好きなだけ悪役を押し付けられる

 

 皇子さまやリリーナちゃんがぽつりと『悪役令嬢』って言ってましたけど、令嬢じゃないけど確かにその通りなのかもしれないです

 生活への不満や不安や、そこから来るどうしようもない攻撃性を全部吐き出して押し付ける為の『悪』の役。七天教でも、懺悔の間に安置された抱き締める龍姫様像のように用意されている身代わり人形

 

 うぅ……わたし自身はそんなに偉くないですって思っちゃうほどちやほやされているのに、軟禁されてるみたいです……

 

 「いや、そうでは……」

 「ちょっと、お胸のせいで肩が疲れちゃいますけど、本当にそれだけです

 わたし、ちゃんと聖女として頑張らないといけないですから」 

 「そうかもしれないな。私の方が考え無しだったかもしれない」

 と、大人しくタテガミさんは引き下がり、隙ありとばかりに話しかけてくる女の子に「誘いは嬉しいが護衛としての仕事があるから今のタイミングでは厳しい」って説明を始めました

 

 「アナちゃん、疲れたなら休む?」

 って、手を差し出すのはエッケハルトさん

 「いえ、頑張ります」

 「疲れたなら頑張りすぎないように。俺心配だから」

 それなら、皇子さまの心配もしてあげて欲しいです

 

 「では、そろそろ……」

 と、わたしにもう一度手を差し出してくるのは、主犯の方

 「聖女……様」

 と、その眼前に割り込んできたのは黒髪の男の子だった

 確か……そう

 「オーウェン君だよね」

 「貴様、突然」

 「すみません!けれど目の悪い母はこのような天気では夕暮れ以降に出歩く事は出来なくて、僕はそろそろ帰らなきゃいけないんです」

 小さく震える声。でも、わたしの為だって言うのは分かる

 だから、わたしはその手を取ります

 「はい、じゃあ一曲だけですよ?」

 「腕輪の聖女様」

 「えへへ、わたしは聖女様ですから、出きる限り多くの人に祝福を。わたしと踊ることで運が良くなるみたいな祝福があるなら、お母さんの為に早く帰る孝行息子さんは優先しないと」

 って、わたしはちょっと意地悪く微笑みます

 うまく行かなくて怒ってそうですけど、正論に異端抹殺官?さんは唇を噛んで押し黙りました

 

 「なら、踊って」

 と、そんな抹殺官さんに向けて幼い声がかけられます

 その言葉の主は、思わずはっとする程に大きくて綺麗で、けれども透き通った感じの全くない宝石のネックレスを胸元にかけた女の子。全体的に黒くて、ヴェールで顔を隠しているのがちょっぴり不思議

 

 こんな子だったら、一瞬見ただけで記憶に残ると思うんですけど、さっきまで会場に居るのを見かけた記憶がありません

 背丈は、もっと大きく……せめて同級生の中で平均的な背丈なリリーナちゃんくらいは欲しいなって常々思っているわたしより、もうちょっと低くてノアさんと同じくらい

 線も細くて、お胸もネックレス以外に目立つところがなくて、ぱっと見は本当に、ノアさんくらいに見えます

 

 ……そのノアさんは、もう姿が見えません。教師をやれるくらいの大人な人で、皇子さまの事を「子供よ子供。愛を知らない虐待された幼子」って言いつつ見守っていて、多分皇子さまをワタシの生徒だから当然じゃないと言いつつフォローしに動いてくれたんだと思い、わたしは内心で頭を下げます

 そんな風な人も(エルフさんですけど)居ますから、外見の年格好で判断は出来ませんけど、酷く幼く思える女の子

 といっても、ヴェールのせいで顔立ちは分からなくて……怪訝そうに黒髪の青年もその琥珀色の瞳に困惑を浮かべます

 

 「何者か」

 「ボクは……リリーナ」

 「私と同じ名前だ!」

 「聖女様と同じ名など不敬な」

 そんな言葉に、流石に酷いとわたしはそそくさとフォローします。彼ではなく、言われた方の女の子を

 

 「でも、わたしの知るエルフさんにだってリリーナって名前の子は居ますよ?」

 実は知り合いと言えるほど知っては居ませんけど、ノアさんの妹のお名前はそうだったはずです

 「エルフさんも不敬なんですか?

 リリーナって、伝説の聖女様のリリアンヌから取った結構一般的な名前ですし」

 「そうそう、おかしくないって」

 と、わたしに同調するのは、さっき踊ったけどまた……ってエッケハルトさん

 嫌いじゃないんですけど、好きを叩きつけられて息苦しくなります

 

 「聖女様が言うなら、まあそれは不問としよう

 しかし、何故」

 「あの皇子を追い払ってくれたから」

 それは、普通の言葉。わたしの聞きたくない、幼いわたしが知らなかった忌み子への扱いの真実

 その筈なのに、何処か……化け物を追い出してくれた恩人に向ける言葉にしては棘を感じて

 

 すっと、少女が自身の顔を覆う黒いヴェールをかきあげ、雲が晴れて星が見えるように綺麗な瞳が姿を現すや、はっと青年が息を呑み

 「仕方がない。思い出作りならば」

 差し出された赤いフリルの付いた黒手袋に覆われた手を取ります

 

 タイミング良く、鳴り始める音楽

 さりげなくわたしを助けてくれた方の黒髪の青年に、本当に踊りますか?とわたしは笑いかけて……

 無言でこくこく頷く彼の手を取りました。これでも、結構ダンスには自信あるんですよ?

 神事には踊りも必要だよーってアステール様に教えて貰っただけですけど

 

 そうして、何事もなく青年と躍り始め、何時しか曲がサビに入ろうとした、その時

 

 ブシュッと軽い音と共に、わたしの顔に熱い飛沫が掛かります

 それは、何度も嗅いだ匂いのする液体。この匂いが嫌で、必死に腕輪の力を使った免罪符で聖教国に引き取られてすぐを思い出す……血の匂い

 

 「え……」

 「かはっ!」

 異端抹殺官さんが、左肘を抑えます

 その先にあるべき左腕は、突然でこぼこの断面を残して引きちぎられていて……

 

 その犯人であるあの少女は、無表情に近い可愛らしい顔を一切歪めずに、淡々と要らないものを捨てるように人間の左腕を床に放り投げました

 

 「っ!貴様!」

 その瞬間にわたしとリリーナちゃんを含む皆を守るべく、踊っていた一ペアを三角に閉じ込める三面の緑の光のバリアが貼られる

 「タテガミさん!」

 「頼勇君!」

 

 でも、それは……

 いくら酷い人でも、一人を見捨てるような……

 「だが、やりようが……

 くっ!」

 『インポッシブル!』

 苦虫を噛み潰すような表情をしながら、何時ものように剣を呼び出すタテガミさん。それを構えつつ、鋭く少女を睨みます

 

 「誰ですか!」

 わたしのその声に、不意にほんの少しだけ、黒い少女は寂しげな顔をして……

 その姿が宙に浮かびます。いえ、何処かから生えた細長い体躯を持つ巨大な骸骨の龍?の骨の腕の上にぺたんと足を折って座ることで持ち上げて貰ったんですけど

 

 そして、その姿がちょっとだけ変わります

 ヴェールが青い炎になって燃え、艶やかな黒髪を照らします。顔立ちが幼く可愛いのはそのままに、頭の頂点に揺れるのは白いアウィルちゃんみたいな耳

 何処と無く喪服な黒ドレスにも、赤いフリルから黒煙とカラフルな骨が湧いてきておどろおどろしく変わり、すっと胸元の宝石が透き通る。その中に封じられたのは、射抜かれるような感覚に陥る、強い眼光の……青い血色の瞳をした魔神族らしき眼 

 

 「リリーナは嘘

 ボクの名はアルヴィナ・ブランシュ。魔神王四天王の……五人目。リーダーみたいなもの」

 そうして、青い炎を纏い愛おしそうに胸元の一個だけ色が違う3つ目の眼を撫でながら、静かにその狼耳の少女は己の名を告げたんです

 「そして、あなた達の死を予言する、屍の皇女」



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異伝 アルヴィナ・ブランシュと機械剣士

「むぅ……」

 ボクは小さく唇を噛んで、体の各所にキューブ化して仕込んでおいたらしいパーツを展開結合させて何もなく見える場所から突然片手半剣を召喚し構える青い青年を見る

 

 何とか・タテガミ。ボクと親しくはなかったから皇子が呼んでた姓しか分からない、恐ろしい相手

 鋭く睨む瞳、左腕に輝く魂を石に変えた緑石。機械の腕が小さく唸り、ボクを威圧する

 

 でも、構わない。そもそもボクにあの人間を殺す気はない

 ずっと生きて苦しめば良い。死なんてあげる必要も価値もない

 

 死をあげたくなるしその価値もあるけど、でも何でか生きていて欲しい皇子とは真逆の感情。ちょっと殺したいけど、殺す意味がない

 ボクが彼を殺したら、皇子は怒ると思う。きっと悲しむ。そして……ボクを叱る

 そんな不利益を追ってまで、あんな奴をわざわざ殺してあげる必要ある?ボクは無いとしか思えない

 別に、死霊術を使って永遠にしたいとも思わないし、同意無くゾンビにして使い捨てるのは死霊術師として最低の侮辱。誇りも何もない下劣な行動過ぎてやれないしやる気もない

 ちょっぴり、ほんのちょっぴり……お兄ちゃんから折角パーティーがあると教えて貰ったから、皇子と踊れれば良いなって精一杯おめかししてきたのに、彼を追い出して滅茶苦茶にされた恨みはあるけれど

 でも、片腕で十分。ボクの皇子を馬鹿にした罰。死霊の呪いで治らない左腕で、隻眼と馬鹿にした皇子当人よりも馬鹿にされてしまえば良い

 

 だから特に攻撃するでもなく、ボクは機械式片手半剣……エンジンブレードを構える男を見下ろす。視界の端にさりげなく聖女になってるあの銀髪を庇うように立つお兄ちゃんを捉えながら

 

 そして、お兄ちゃんから目を逸らす。視界に入れていると、今のお兄ちゃんがカラドリウスの翼で実体化している死霊に近い魂だけの存在な事や、その顔付きがお兄ちゃんそのものな事をあの亜似に教えてしまうかもしれないから

 何時皇子が来るか分からない。裏切ってないという偽証を頑張るためにわざと経緯を伝えるべく途中でボクの見て聞いた事を記録する力を入れるから、その際に映らないように配慮する

 

 でも、お兄ちゃんは背後に二人の女を庇って皇子の味方という印象を植え付けながら、ふわりと浮き上がるとボクに向けて光を纏わせた翼を一振りして羽を飛ばしてくる

 フェザースコール、ちょっぴり痛そうに見えて、ボクはがくんと乗っている骨龍を揺らさせるけれど……別にダメージは無い。派手なだけ

 ついでに、寸前に飛ばさんとする光と羽根で文字まで作ってくれた。内容は……「茶番か?」ということ

 

 ボクはそれに、揺らしたことでずり落ちかけた骨龍椅子に座り直しつつ、両の手を叩いて応える

 黒煙の中から、一体の豪奢な骸骨が姿を見せた。まるで王様のような赤金の衣装を纏い、王冠を被った死霊

 でも、良く良く見ればこの王冠はメッキと軽い魔物の骨で出来ていて、じゃらじゃらした宝石もニセモノ。そう、この死霊は声劇において主役を虐げる残虐な王役……役者のもの。言うなれば、キングじゃなくオペラスケルトン

 「次々と!」 

 「AhhhhhhhhhhhhHEEEAh!」

 構えを解かずに攻め手を伺うタテガミとお兄ちゃん等、そして逃げた方が良さげなのに遠巻きに見てるだけのバカ達、全方位に向けてスケルトンの無い喉から放たれる声が襲いかかる

 

 そう、魂凍のブラストボイスみたいな咆哮ではないけれど、多少魂を揺らす音の攻撃。劇家の死霊でお兄ちゃんに茶番劇だと言葉を使わずに意思表示しつつ、これなら多くを無力化するためって立派な使う理由があるから真意がバレにくい

 

 「きゃっ!?」

 「くっ!」

 「あぎゃっ!?」

 お兄ちゃんは理解してか、ボクが死霊を出した瞬間に翼で女二人を覆って音を遮る。青髪の彼は……皇子みたいに、受けつつ自力で耐えて立ち上がるけど……殺す価値もない男はさくっと音にやられて意識の糸が切れたように崩れ落ちて膝を付く

 

 とりあえず、殺す気はないけど人質に……と更にナイフスケルトンを呼び出して男の首筋に骨のナイフを突き付けさせようとした、その瞬間

 「ハウリング・サイレン!」

 『エマージェンシー!』

 青年タテガミの機械腕、その手の甲から放たれる音波が声を限りに……魔力が尽きるまで息継ぎ無しに(肺もなにもないから当然)謳い続ける筈のオペラスケルトンの音をサイレンで打ち消し……

 

 ガキン、と緑のバリアが骸骨のナイフを受け止めた。決して砕けない硬度ではないけれど、止められれば隙は晒す

 「吠えろ!LI-OH!」

 『A!R!M!S!インパクト!』

 そして……左腕に構えられたエンジンブレードを振るってスケルトンを粉砕。した軌跡が緑に残ったかと思うと

 

 「……お願い」

 嫌な予感に咄嗟に骨龍にとぐろを巻かせてボクを護ってもらう

 嫌な予感は当たり、エンジンブレードの放つ緑の粒子から巨大な蒼き機械腕が召喚され、そのまま右ストレートが飛んで来る

 オペラスケルトンは一発で粉々となり、骨龍もバラバラの骨に粉砕されて、ボクは地面に引きずり下ろされた

 

 ますます、ボクの対峙したアレ……あとらす染みた行動が出来るようになっている

 

 ぱらぱらとした骨を護ってくれた事に敬意を込めて払わずに身に被ったまま立ち上がる

 対峙した青年はそんなボクに向けて剣を突き付けながら、トリガーを引くんじゃなく押してカートリッジを入れ換えていた

 

 「総員、待避を!」

 「いやでも、外にも魔神が……」

 「大丈夫ですから、此処はタテガミさんに任せましょう!」

 と、ちょっぴり苦労しながらあの銀髪と桃色髪が皆を誘導してる

 

 「すまないが、この仮組み式エンジンブレード、そう長く持つものではない!

 皇子も居る、事態に気が付けばガイスト団長も来る!」

 言われ、動き出す生徒達

 遅い。遅すぎて……狙えば殺せてしまう

 

 でも、殺さない。殺す必要はない

 「外は問題ない!」

 言いながら飛び込んでくるのは、待ち焦がれた灰銀色。ボク相手に本当に本気を出したくないのか、カラドリウス相手には使った蒼く澄んだ刀じゃなくて普通の鉄刀を握り締め、皇子が戻ってくると……

 

 ボクが湧かせたスケルトンを掌底一発で頭蓋を粉々にして倒し、崩れ落ちた片腕のゴミを背負う

 そして、両手で宙に放り投げた

 

 「悪い!彼を頼むエッケハルト!」

 それを見て、ちょっとだけ目を伏せるのは銀の少女

 気持ちは分かる。皇子ならそうすると分かっていても、皇子を馬鹿にした上にボクの『踊って満足したら宣戦布告』計画を駄目にした奴を目の前で庇われたらボクだってむっとする

 理解できるけど、何でそんなのまで助けるのか納得できない

 

 「ったく、押し付けかよゼノ!」

 おわっ!と体勢を崩しながら投げ渡された男の体を受け止めた赤毛がぼやく

 「全く、何で女の子なら兎も角男なんか背負わなきゃ……」

 「頑張ってください、エッケハルトさん!」

 「あい!あい!さー!」

 ……相変わらず、銀髪にチョロい

 

 そうして、人が捌け……お兄ちゃんもついでに聖女二人に付き従って大分下がってくれて

 ボクは漸く、皇子と対峙する

 

 余計なのが居るけれど。それも、滅茶苦茶強くて困るけれど

 「皇子、とっとと決めるぞ」

 あ、皇子も困ってる。ボクとじゃれあって、話を聞いたら壊してくれる筈だったのに、ボクに対する敵意が強すぎるタテガミは想定外

 

 「ねぇゼノ君」

 って、桃色髪が遠くから問いかけているのが聞こえる

 「すまない、竪神。おれにある程度やらせてくれないか」

 「しかし。システムL.I.O.Hはこれ以上魔神に誰の命も奪わせない為の力だ。私にもやらせてくれ

 ナラシンハと並ぶ四天王、放置など出来ない!」

 ……失敗した。タテガミの故郷はナラシンハに滅茶苦茶にされたと聞いていたのに

 うかつにそれっぽく四天王なんて名乗るんじゃなかった。面倒くさい

 

 「いや、アレはおれの敵だ、竪神

 おれが殺した、アドラー・カラドリウスの婚約者……復讐に燃える者。屍の皇女アルヴィナ・ブランシュ!」

 その場の全員に聞こえるように、普通の刀を腰溜めに納刀のまま構えた皇子が大声を貼り上げた

 

 でも、皇子。演技でも、その敵愾心込みの言葉は胸にちくっとする。やめて欲しい



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屍の皇女、或いは茶番劇

猛る頼勇をステイ!しながら、愛刀に慣れすぎて少し不安になるただの鉄刀を手におれは地面に座り込む少女と対峙する

 周囲に骨がバラバラになっているし、最初は骨の魔物に乗ってアピールしてたけれど頼勇に叩き落とされた感じだろうか

 

 いや、頼勇の思いは分かるのだ。基本はスパダリ過ぎて折角攻略対象に昇格したは良いものの恋愛相手がヒロインでなきゃいけない理由が無さすぎるって不満の声があったらしいくらい完璧超人な彼だが、唯一魔神族……特に四天王ナラシンハには並々ならぬ敵意を燃やす

 逆に言えば、父親含む故郷の人間を皆殺しとまではいかないが多数殺された相手と対峙した時にキレて冷静さを喪うって当然の事が欠点と言われるくらいにはスパダリなんだが

 

 だから、魔神たるアルヴィナへの怒りは分かるが……悪い頼勇、止まってくれ、アルヴィナ実は二重スパイなんだ

 

 と言いたいが、それを此処で口にして良いことなんてある筈もない。だから、せめてアルヴィナとは因縁の敵ですよーというアピールをかます

 ログ取れるようになってるらしいし、わざと因縁を徳盛に語ることでアルヴィナのサポートにもなるだろうしな!

 

 「……あ、やっぱり?」

 と、少し前にアルヴィナの話をしたこともあって即刻納得してくれたらしいのはリリーナ嬢。これは茶番だと簡単に分かってくれたようだ

 

 だが、分かってくれたのは彼女と後は最初から分かりきってるシロノワールだけ。残りの二人はおれの言葉を聞いておれの前で座ったままのアルヴィナを遠くから睨み付ける

 いやエッケハルト!?遠く行ってくれ頼むから

 

 「用があるのはおれだろう?」

 少しの怒気を込めて威圧的に言葉を紡ぐ

 ふつうにやったら怖がらせるようなやり方だが、それで問題ないようさっき打ち合せした

 

 ただなアルヴィナ。人を傷付けるのはやりすぎだ。アルヴィナ的には優しさのつもりかもしれないが、隻腕の辛さはおれにだって分かる。何度も腕折れたり溶接されたりで片腕使えない時間は体験してきたからな!

 

 「そう、あなた」

 と、おれの意図は通じているのか、アルヴィナも今度は四足歩行の怪物の死骸を召喚しながら告げる

 天狼……じゃないな。熊みたいな生き物だ。流石にアルヴィナもあの狼の遺骸を死霊として使う気はないだろうし当然か

 というか、デカイなこの熊。全長4m、生前の体重600kgってところか?

 「ボクの婚約者を殺した、最大の敵」

 ところでアルヴィナ?目線おれからずれてるんだが、睨んでるつもりなのかそれ?

 いや、睨んでないというか、テネーブル(真性異言)に向けて怒りを顕にしてるのを、おれに向けてるように見せかけてるだけだろうな。前にアステールがユーゴ相手にやってたような感じ

 

 「……分かった。フォローに徹しよう」

 おれ達の茶番を受けて、はぁ、と息を吐いた青髪の青年は少しの未練を感じさせながら一歩下がった

 「私だって、ナラシンハ相手に任せて下がれと言われたら同じ思いだろう

 だが、勝てよ皇子」

 その言葉に頷いて、鞘を強く握る

 「ああ、分かってるさ竪神」

 

 「あ、あの……」

 そんなおれの背後からかけられるのは、鈴の鳴るような透き通る声

 「わたしに出来ることは」

 「シエル様、エッケハルト!

 下がって、彼の治療を」

 「でもっ!」

 アナ!?いや腕がないとか辛いのは分かるだろ!治してやってくれよ手遅れになる前に

 

 「リリーナ嬢!前に何かあった時にという七天の息吹の使用を許可する!

 シエル様と共に使ってやってくれ!」

 「そんなお金かけてまで……」

 「外交問題になるんだよ!」

 うん、そうなんだよな。おれ自身は単純に治してやれるならって気持ちなんだが……万が一こんな奴と思っていても治さなきゃいけない

 一応彼は聖教国から来た異端抹殺官(サバキスト)らしいからな。その彼が大怪我したままだったら、うだうだ言われる隙になる。実際、兄の第三皇子はヴィルジニーの心の傷が云々で人質に送り出された訳だし

 いや、勝手に来て勝手に怪我したのは確かなんだが……素性とか聞いた以上見過ごす選択肢が消えているのだ

 

 「アナ!」

 おれの叫びに、はっとしたように銀の少女は唇をきゅっと結び……そして、エッケハルトの手を引いて外へと出ていった

 

 「茶番、終わった?」

 手持ち無沙汰そうに待っててくれたアルヴィナが何処か寂しそうにアナの消えた方向を眺めながら問い掛けてくる

 

 「そちらこそ、懺悔は済んだか四天王」

 「復讐に来たのか、屍の皇女」

 凄む頼勇と、話を進めるおれ

 今まではおれと魔神は基本的に敵対していたから良かったんだが……裏で示し合わせているとなると、頼勇は恐ろしい

 

 「そう、復讐のために」

 「させると思うか、私とL.I.O.Hが!」

 そんな叫びに、熊の上のアルヴィナはというと、やりにくいとばかりに助けて欲しそうな視線を向けてきた

 すまんアルヴィナ、おれにも何ともならない

 

 緑に輝く石と共に、おれの一歩半後ろで青年が吠え、熊へと斬りかかる

 「竪神!」

 「本体は任せる!行くぞ皇子!

 復讐だとしても、誰も傷付けさせない。これ以上!被害は出させやしない!」

 ……やるしかないか!

 

 覚悟を決めて、エンジンブレードが切り裂いた事で体から離れて小山のように横たわる巨熊の前肢を蹴って跳躍。そのまま抜刀術……なんて使わずにアルヴィナの首筋に抜き放った刃を突き付けた

 

 「それで、良いの?」

 「皇子、決めろ!」

 「いや、こいつは……あの時のナラシンハ等と同じだ、本体じゃない」

 冷静に落ち着かせようとするおれ

 

 「だとしても、倒せば被害は今は止められる」

 「本当に、良いの?」

 「何がだ、魔神」

 その言葉に、アルヴィナは漸くといったように言葉を紡ぐ

 

 「このボクの体を今殺したら、パーティーの場所が分からなくなる」

 「パーティー、だと」

 「そう。全てをボクのものに変える魔女祭(サバト)

 唇を噛む竪神と、アルヴィナの言葉を聞くおれ

 

 「ボクは、カラドリウスを殺した相手を許さない。そして、魔神王の妹として聖女を倒す必要がある

 ……だから、全部一気に終わらせることにした」

 「本当の場所を言うと、私に信じろと?」

 「……竪神」

 首筋に突き付けた刀はそのままに、おれは静かに青年を諭す。いくら頭に血が上っていようが、竪神頼勇というスパダリなら分かってくれると信じて

 

 「ボク、仇を殺すために待ち構えてる

 来てくれないと……困る」

 「なら、今此処で襲わない理由が」

 「準備しないと、殺せない

 彼を殺した相手が強いことくらい、ボクにも分かる」

 淡々と告げる少女がぱちんと指を鳴らすと、少女の纏う黒霧の中から執事のような服を纏う獣人のゾンビ(顔が真っ青だからゾンビだろう)が現れ、恭しくおれへと手紙を差し出した

 

 「誰も傷付けさせないというなら、必ず来て。聖女諸共に殺してあげるから」

 「皇子!」

 頼勇の叫び。聞くべき事は聞いたと言わんばかりの怒号

 それに合わせ、黒髪の少女はこくりと頷いた

 

 もう良いというのだろう

 だが、流石に分かっていてもアルヴィナを斬る自分を見たくなくて

 「もう十分だ。首を洗って待っていろ」

 背を向けるように体を捻りながら、小柄な少女を首から斬り捨てる

 「必ず、お前を終わらせてやる。屍の皇女」

 

 ……良いだろう?茶番なんだから……罪から逃げたって

 

 手紙を胸元のポケットに捩じ込んで立ち去るおれの背後で、頼勇の振るう光を纏った刃から放たれる砲撃のような一撃が熊の胴を貫き、その背の上で頭が転がった少女の体は結晶となって砕け散った

 

 って、感傷に浸ってる場合か!

 「竪神!置き土産が来る可能性が!」

 「ああ!そうだな皇子!だとしても……食い止める!」



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後始末、或いは静かな怒り

「あ、ゼノ君!大丈夫だった?」

 「皇子さま、お怪我は無いですか?」

 と、外に出ると掛けられるのは二つの声

 

 「竪神様ぁぁっ!流石です!」

 と、聞き覚えの無い声が横の頼勇を褒め称える声も横で聴きながら、おれはふぅ、と息を吐いた

 というか、やはりというか周囲には頼勇の方が労われるな……少しだけ妬ける

 いや、おれ自身助けられてるし単純にそりゃそうだと納得しか無いからな。少しだけ、おれにも……と思うだけだ

 

 駄目だな、こんな弱気じゃ

 「はい、お疲れ様」

 「同じだけやったろう。うだうだ言うな」

 ぴとりと背後から頬に当てられる暖かな感触に振り返る

 誰も居な……いや、背丈の問題で見えてないだけか。少しだけ目線を落とせば、暖かな手を爪先立ちで伸ばす金髪を纏めたエルフの姿

 

 「ノア先生」

 「ええ。何かあったというのであまり教師が見張るのは良くないからと遠巻きにしていたけれど、来させて貰ったわ

 勿論だけれども、あちらも一緒にね」

 「事態は解決かい、ゼノ」

 と、掛けられるのは何度も聞いた優しげな声

 

 「はい、シルヴェール兄さん」

 そう。外にもと人は言ったが、そもそもこの学園にはさらっと入学してもいないアイリスが居るし皇族最強を争うシルヴェール兄さんも居る訳で

 戦力で言えば、頼勇(アイリスとLIOH込み)、シルヴェール兄さん、ガイスト(ゼルフィード込み)、アウィル、おれくらいの順に強い事になるだろうか

 だから正直な話、万が一アルヴィナが茶番ではなく本気で殺しに来てたとしても頼勇から離れてでも外に逃げるのは正解だったんだよな

 

 「はい、とりあえずは」

 ポケットの手紙をちらつかせながらおれは苦笑いする

 「とはいえ、あれはあくまでも宣戦布告。まだ見てませんが……恋人のかたっ!?」 

 うぐっ!と足に走る痛みを飲み込んで続ける。蹴らないでくれないかシロノワール

 「仇を討つために、決戦の場を用意するから殺されに来いとは告げられましたが

 だから、まだ事件は終わっていない。寧ろ始まっただけと言えるものの……今回の戦いについては」

 その言葉に眼鏡の青年は頷く。いや、おれの確か11上だからそろそろ26歳を青年と呼ぶべきかは微妙なところだが、若々しいんだよなシルヴェール兄さん。理知的な大学生って雰囲気というか

 「うん、分かった。ルーちゃんにも伝えておくよ

 じゃあ、皆。お疲れ様。怖かったろうし疲れたろう?歓迎会がこんなことになってしまったのは残念だけれど、僕達教員や……」

 ふわりと近付いてきたイケメンがおれの肩を軽く抱き寄せる

 「皇族としても、直ぐに代わりというのは難しいんだ。今日は寮や家でゆっくりと休んで、ね?」

 

 その声音に彼の意図を理解する。さりげなくおれも皇族の一員だからな?と周りに向けてアピールしてくれたのだろう

 

 全く……流石は攻略対象、後から攻略対象入りした頼勇もだが、男から見ても格好良くて困る

 父さんが何で同性に好かれてないんだヒモに才覚振り切ったのかお前はとおれに呆れる気持ちも分かるというか……。そうだよな、普通リーダーってああいうものだよな

 

 何だか自分が情けなくなってきた

 

 そのまま、ポケットに手を入れるや其処に入れておいたのだろう飛行の魔法書を発動し、若き教師は何処かへと飛んでいった

 

 「聖女様!ちょっぴり足をくじいてしまって」

 「あ、ちょっと待ってて下さいね、直ぐに治してあげますから」  

 「腕輪の聖女様!おれも実は」

 そんな風に混沌とする中で、頼勇とアイコンタクト

 アイリスと云々で割と通じる辺り凄いなこいつ……と思いつつ、皆を返そうとして

 「何様だよお前」

 と、文句を付けられる

 

 いや、皇族様なんだがな、これでも

 まあ、仕方ないかと肩を竦め、頼勇に後を任せる

 っていうか、頼勇の言うことは素直に聞く辺り、人徳の差が酷いな。いや、頼勇はおれというかアイリスの配下という扱いだし、そのアイリスはというとおれに機虹騎士団関連ほぼ丸投げしてるしでまあ問題はないんだが……

 

 「聖女様、帰りましょうか」

 「あ、すみませんちょっとまだ一番の怪我人が残ってますから後でわたしは帰りますね

 心配しなくてもだいじょぶです。お茶とか、用意してくれたらわたしも嬉しいですから」

 と、アナがそそくさと帰る皆に挨拶なんかしているのを見送って……そういえば彼の方はと見れば、左腕の無い青年が意識を取り戻して呻いていた

 

 「……貴様」

 何か睨まれてるんだが?睨まれるような事したのかおれ?

 疑問を持ちつつ、異端抹殺を掲げる青年の前に立つ

 滅茶苦茶に睨まれるがそれより……

 

 「リリーナ嬢!」

 気になるのはその左腕だ

 「ん?どうしたのさゼノ君?」

 アナを送ろうと交渉するエッケハルトを尻目に呼べば、ひょこりとおれの横に立つ桃色転生聖女に、横目で呻く青年を示す

 「いや、おれはもう金に糸目は付けないから治してくれって言ったと思うんだが、何か問題があったのか?」

 「……何て言うか、結構残酷だよねゼノ君」

 ぽつりと告げられるのはそんな言葉

 ふと見れば、馬鹿らしいとばかりに飛んでいくカラスが見える

 

 ……エッケハルトにも振られるしシロノワールはこうだし、リリーナ嬢まで苦言を呈する辺り人望無いなおれ

 「残酷か?」

 「いや、私はまだ良いよ?でもさ

 あっちはもうゼノ君の事大好きじゃん?」

 

 と、少女はあ、と口をぽかんと開ける 

 「言って良かったのかなこれ」

 「告白ならされてるよ」

 「はやっ!?ルート確定早すぎない!?まだ一年目だよ!?」

 「まあ、断ったが」

 「好感度低かった!いやゼノ君的には普通か」

 ……何だろう、ちょっとエッケハルト感あるな、リリーナ嬢

 

 「というか、本当?」

 「そこ食い付くのかリリーナ嬢

 当たり前だろ。おれに好かれる価値はない。この異端抹殺官(サバキスト)の言うように、人々を護る事で生きていく価値を得てるだけだ。そんなおれは、誰も幸せになんて出来る筈がないし、呪いを断ち切るために誰とも結婚しちゃいけない

 告白も、好意も。おれには過ぎたものだ」

 「いや、残酷なのそこだよ

 ゼノ君はそれで納得できてもさ、助けられてる私達の側が当たり前って納得出来ないって言うか……」

 桃色聖女は曖昧な笑みを浮かべる

 「普通に命の恩人だよ?そんなゼノ君を馬鹿にされてさ、さも良いことらしましたーって言われてもいい気分になる筈ないっていうか、何で皆そうしておいて私達に話し掛けてくるかなー

 幾ら忌み子でもさ、頑張って助けてくれたしかも婚約者な相手を貶めておいて靡くと思われてるの何だかなーっていうか……」

 うん、いや何と言うか……今言うことかそれ!?

 

 「そんな事よりも大事な事があるだろリリーナ嬢!」

 「そんな事って言った!乙女の純情をそんな事って!

 デリカシー無いよゼノ君!」

 「目の前で苦しむ誰かよりはそんな事だろリリーナ嬢!何で治してないんだ金なら出すって!」

 いや、今のおれでも10000ディンギルなら工面できるぞ?苦しくはあるが出せなくもない

 

 「……むぅ、皇子さまは何時もそうですよね」

 そんな風に不満を漏らすのは、結局エッケハルトの送迎を無視した銀の聖女

 「……私に言われても、直接魔法は使えないから困るぞ?」

 周囲の警戒を解かず、はぁ、と息を吐くのは頼勇

 「あと、ワタシに頼むならちゃんと七天の息吹を渡してからにしてくれる?

 使ってあげる分の代金までは要求しないけれど、ものはアナタ持ちよ」

 ノア姫は何時も通りだった

 

 「いや、片腕の辛さは知ってるしそれは良いから、頼む」

 「それが……」

 何となく目線を下げた銀の聖女が、サイドテールを垂らして告げる

 「普通の魔法、弾かれちゃうんです

 皇子さま相手みたいに逆に傷が広がるみたいな怖い呪いじゃないんですけど、腕輪の力でも治せなくて……」

 俯く少女になら仕方ないか、と息を吐くが

 

 「いや待て、待ってくれアナ

 持ってる魔法書七天の息吹じゃなくてもっと安い奴じゃないか」

 治る訳無いだろその魔法で!?初期も初期、プロローグですらHP回復より経験値稼ぎの意味が強い初級魔法だぞそれ。2~3回使わないとそんな序盤ですら全快しないレベル

 「勿体無いですよ?」

 「頼むから真面目に治してやってくれ」

 

 ……何だろうな。アナが最近冷たいんだが



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対話、或いは救済

「でも、変な呪いがなければ腕輪の力である程度治せる筈なんですよ?

 それが効かないってことは、貴重な七天の息吹すら無駄になる可能性もあるんです。あんな高いの、確実じゃないと……」

 尚もむーとする少女を何とか説き伏せて、おれはエドガー……あ、違ったエドガールの名を持つ異端抹殺官(サバキスト)の前に立つ

 

 エドガール……江戸ガール……うん、覚えやすいけどそれっぽさが無いな

 というか、緊張感も無いなしっかりしろおれ。幾らおれ自身魔法が使えないから一切やることが無いって言ってもだ

 

 あとなアナ。性能も原作ゲーム準拠なら七天の息吹は万全な状態に作り直すみたいな力で、回復不可の呪い状態なんかは普通に貫通するんだが?ちなみに、おれの呪いは知っての通り貫通できない

 かつて裏切ったおれの先祖への神の恨みって恐ろしいな。いや、そもそも魔神族がこの世界を滅ぼしに来るのも大元はと言えば虹界が自分から切り開かれたこの地を自分に還したいからって理由で送り込んだからだしさもありなんだが

 

 『ええ、私達の世界に惚れて、此方に与したが故の【虹への反逆者】の勲章です。辛いとは思いますが、その分誇りにも思ってくださいね兄さん

 貴方はその血を色濃く発現したんですから』

 と、戻ってきた神様の声が脳裏に響く。相変わらずタイミングが良いと言うか……

 『ええまあ基本定期的に見回れば他に見るもの無いのでずっと兄さん観察してますからね

 はい、必要なら脳裏で呼んでくれれば繋ぎますので、では』

 あ、切れた。何だかんだ疲れてるのかもしれない

 

 そんな脳裏の一幕……少しの時間の間に、呻いていた青年の冷ややかな目線がおれを射る

 「貴様」

 「エドガール……」

 あ、えーっとだ。何て呼ぼう。敬称付けなきゃ文句言われる事は確かだが、様付けは下手になりすぎて皇族として不味い。殿下とか猊下とか使える地位でもないし……

 『殿が万能ですよ兄さん』

 サンキュー始水。いや考えれば当然か

 

 「失礼、エドガール殿」

 キッ!と睨まれる

 「敬意が足らん」

 「いや皇子さまの方が偉いですよ?

 この国の皇子さまなんですから」

 「……」

 と、真顔を崩さない銀の聖女に言われ、青年は押し黙った

 

 最近アナが怖いんだが、早く昔の良く微笑む可愛くて優しい心の頃に戻ってくれ。君は人を威圧するような残酷さ持ってなかった筈だろう

 「えーっと、呪いは……」

 「ちょっと待ってねー、封光の杖よ、私に太陽のごとき全てを照らす力を!」

 リリーナ嬢も神器の杖を手に参戦。というか、そういや今まで持ってなかったなと改めて思う

 

 「最初から使ってやってくれ……」

 「諦めろ。皇子のその考えの方が可笑しいんだ」 

 溜め息を吐くおれの肩を、慰めるように頼勇が軽く叩いた

 「いや目の前で人が傷付いてるんだぞ、出し惜しみなんて」

 「皇子。例えば人殺しが目の前で防犯に引っ掛かって体をバラバラにされ苦しんでいたらどうする?

 彼は『助けてくれ……頼む……』と呻いているが、これまで何人もそうして命乞いをした罪の無い人間を殺して金を奪ってきた」

 「助けるよ。生きていなければ、後悔も反省も出来ない」

 そう、おれのように

 

 「皇子が助けることで、更に凶行を繰り返す可能性があるのにか?」

 「当然人を殺してきたのは悪いことだ。許しちゃいけない。だから助けるにしても、当然騎士団に引き渡して裁きを受けて貰うさ

 でも、自分も味わったことでそれを理解してやり直せるならやり直させてやりたい。反省しないならば、そのまま裁かれるだけだろう?」

 「それなら助けた意味はないと思わないか?

 裁きを下して死をもたらすためにわざわざ助けるなんて、無駄も良いところだ。払う労力分だけ損になる」

 「助けた意味なんて、どんな時でも基本無いよ。相手が助けられた……いや、命を拾った事に意味を作るだけだ」

 

 小さく唇を吊り上げて自嘲する。おれはまだ、万四路を死なせて命を拾った意味を見つけられていない

 いや、見つけずに死んだ。そんなおれが言ったところで……

 

 と、こんな思考してたらシロノワールにまた蹴られるなと頬を叩いて気持ちを切り替える

 

 「そうね。だからワタシはエルフを助けたという意味に値段を用意してこうして居る訳だし、ね」

 と、聖女ではないから手持ち無沙汰なのだろう、ひょいと顔を出した金髪エルフが告げた

 

 「そういう考えか。ならばまあ良いんだが……」

 くい、と顎を引かれる

 「ならば、アイリス殿下等に様々にお世話になっている私が、支援された意味を作る。それを止める事はないな?」

 「無いさ、竪神」

 それには静かに頷く

 いやそりゃそうだ。おれなんかに勿体無いと思いつつ、ノア姫に頼りがちなのもそういうことだしな

 

 「了解した。皇子、後は任せて良いか?」

 と、青年は寮の方を向く

 「竪神?」

 「襲撃があってすぐだ。しかも一ヶ月のうちに二度もとなれば、多くの不安があるだろう

 誰か居てくれと皆思っているだろうから、私は寮に戻る。大丈夫か?」

 「ああ、頼む」

 言いつつ、ポケットから抜き取った手紙を青年の左手に託す

 

 「アイリスの代行として、おれから頼む。シルヴェール兄さんの言葉的に、恐らくは皇狼騎士団との共同作戦になると思うので、この手紙に記された情報を元に良い感じに作戦立ててくれ」

 「了解した。皇子の言葉通り、必ずあの屍の皇女を終わらせる。被害を出来る限り少なくしてな」

 ……力強く頷かれ、あれこれ駄目じゃね?と思い直すが……

 今更止めると怪しすぎるな、うん。流石におれとアルヴィナの間には仇だ何だのかなり深い因縁があるって(実のところ完全に間違った)印象付けたし、アルヴィナを拐ってくるだけの隙があると信じよう

 

 手紙をちらりと見てから手を離す

 いや、実はロクな事書いてないとかいうオチだったら渡したら終わりだしな、確認は必要だ

 

 「……はい、終わりました

 腕の方は動きますか?」

 と、そろそろ終わったか。去っていく青き青年を見送って、改めて色々言いたいこともある青年の方を見た

 

 「さて。とりあえず事情は聞いてないけれど、どうせロクでもない事だけは分かるわ」

 「いや、酷くないかノア先生」

 「あら、事実でしょう?教員代表として同席させて貰うから、アナタもきちんとしなさい」

 「ああ、心強いよ」

 いや本当に助かる

 

 そう告げて、おれは結局まだ腕を庇っている青年の前に立った




「おー、流石に幾らおバカを選んだとはいえ酷いねー
ごめんねおーじさま、ステラ人選間違えたかなー」


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疑惑、或いは詫び

埃を払って立ち上がる青年を静かに見下ろす

 

 「見下すな、触れるな」

 と、手を差し伸べるもパァン、と払われてしまい、ただそれを眺めるしかない

 その彼の左肘から先はぬめっとした赤い血に覆われていて……けれども、無くなった筈の腕がしっかりとある

 

 それを見て、良かったと息を吐いて……

 「これで問題が無くなったとでも思っているのか化け物」

 ぴしゃりとした冷たい声に背筋が冷える

 「はい、問題だらけですよね?」

 笑顔の抜けた光の無い瞳で、胸の前で手を組んだ少女が小さく首をかしげた

 

 「皇子さまは、貴方を助けてくれました。責任も何もないのに、大事なものを使って」

 「腕輪の聖女よ。それがこの化け物を生かす価値だ」

 あ、絶句してる。小さく口を開けたまま、銀の少女は何を言って良いか分からないといったように固まった

 

 「そう。何が言いたいの?」

 おれの背後から姿を見せずに告げるノア姫

 何となくエルフである自分はそうそう姿を見せるものじゃないのと言いたいんだろうなと思い、半歩ズレて更にしっかりと視線を遮るようにする

 

 「礼?礼だと?

 何故そんなものを貴様にやらねばならない」

 「それはどういう話でしょう、異端抹殺官(サバキスト)殿」

 いや、当たり前みたいに言われてるが、一応おれ聖教国から来る者の話聞いてないからな?昔のアステールみたいに誘拐された訳でもなく自由意思で来てるんだから……

 「多少は連絡無く帝国領土で我が物顔で裁きを語る点について、此方から問題視しても良いとは思うのですが」

 

 そう、ぶっちゃけた話すると異端抹殺官(サバキスト)ってニホンで言う公安警察というか……いや、寧ろ外国組織ということでFBIだCIAとかが近いだろう

 つまり、今の状況ってアメリカ諜報機関の人が無許可で日本で日本人をテロリストだと騒ぎ立てて射殺しようとして、何故かロシアのスパイに狙撃されて死にかけたとかそんなんなんだよな、地球で例えると

 

 当然ながら、他国の社会的地位のある人間を国交あるうちが見捨てたら問題だが……

 「あれ?そう考えるとそもそも悪いのはサバキストさんでは?」

 「最初からそうだと思う。私は聖教国の事良く知らないけどさ、他国で問題起こして良いほど偉いの?ちがいほーけん?」

 と、桃色と銀色、二人の聖女はおれ側に立って青年を責める

 

 ……ところで始水、チガイホウケンって何?

 始水と見たスパイ映画を元に例えたものの、難しい言葉知らないんだが

 

 『治外法権。その国の法律には縛られず自由にする権利を持つって意味ですよ兄さん

 幕末の日本史なんかで出てきたはずですから、しっかり勉強してれば分かった筈です』

 脳内ヘルプを出せば即座に幼馴染の解説が入る

 

 つまり、帝国の法を無視して帝国内で動けるってことか

 神か何かか?

 『どうも神的に助かる幼馴染です』

 いや神様だろ

 『まあ冗談です。一見神のようにも聞こえる概念ですが、しっかり故国の法は適応されますよ。好き勝手出来る神ではありません』

 そういうものなのか

 

 頷いて、青年を見据える

 「おれとしては問題にはしたくないが、そちらにも落ち度があることは分かってくれ」

 「落ち度だと?」

 「助けてくれたのは皇子さまですよ?」

 「聖女よ、忌み子に騙されてはいけない」

 滔々と続けられる言葉。また始まったのかと息を吐きかけて……

 

 「奴こそ元凶だ」

 静かに息を呑む

 ってか良く分かったなという話。確かに、おれとアルヴィナはグルだ。あれが茶番なのも、内応しているのも事実。一応……ノア姫とリリーナ嬢、あと父さんは知ってる事だな

 

 何処から気が付いた?どうやって見抜いた?

 思考を読み取る魔法なり何なりが……

 だが、焦りを顔に出してはそれこそ答え合わせだ。どうせひきつっている火傷痕に集中して表情を無理矢理に作り、平静を装う

 

 「どういうことですか?皇子さまの何が悪いんですか」

 「聖女よ、何故魔神が異端抹殺官たる我を攻撃したのか、貴女であれば理解できるだろう」

 「え?私に分かるわけないじゃん」

 困ったねーと肩を竦めるリリーナ嬢に目線を向け、青年は勝ち誇ったようにびしり!とおれを指差した

 

 「そう。忌み子のせいだ」

 ……多分その通りだろうから反論できない。確認は取ってないが、多分アルヴィナ的には皇子を護ってみた、くらいのノリだったのではなかろうか。そうでなければわざわざ呪うとは思えない

 

 「忌み子が指示したのだ。我を狙えと」

 「あら?異端を抹殺すると嘯くのだから敵だと思われたのではなくて?

 つまり、魔神族の敵として立ちはだかるから先に油断しているうちに潰すのよ」

 「はっ。無知が」

 

 ノア姫に暴言を吐きつつ、偉そうな彼は続ける

 「異端抹殺官は聖戦士ではない。魔に与する異端が人々を脅かし神の寵愛を否定する愚行を行わんとするのを裁く者

 魔を滅ぼすは聖女様方と聖戦士の役目だ」

 うん、つまりは……直接人々のために戦う気はないと

 

 駄目駄目だなその職業!せめて直接信徒の為に戦えよ異端抹殺まで言うなら!ただの特権階級か何か?

 

 「……戦わないんですか?」

 「戦うとも。内部から我らを狙うおぞましい悪と」

 「皇子さまは悪じゃありません!」

 ぽつり、と耳に届く悪役令嬢扱いされてるけどね、というぼやき

 

 まあ、悪って言葉は付いてるな

 「皇子さま、皇子さまも何か言ってください!」

 「シエル様、おれは『悪の敵()』だよ

 ただ、サバキスト殿。誓っておれは貴方を傷付けたいと思ってなどいない。魔神と通じて世界を滅ぼす気も無い」

 

 背後で呆れたようなわざとらしい溜め息の音がする

 仕方ないだろノア姫。内通は事実なんだから

 

 「ふん、どうだかな

 精々、役立って死ぬが良い」

 その吐き捨てられる言葉に違和感を抱く

 おれとアルヴィナの関係を何処まで見抜いているか知らないが、アルヴィナと殺し合えという言葉は出てこなくないか?

 

 「……さっきはグルだろうと言われた気がしたんだが、な」

 「うん、私も聞いたけど」

 「……我等を狙うなど、異端のやりそうな事だ。だが裏切り命を捧ぐというなら赦す」

 持ち出した銀の短杖をおれの首筋に突き付けてそう告げた彼は、結局礼ひとつ無く去っていった

 

 「……結局何だったんだ彼」

 というか、勝手に入り込んでる辺りの問題完全にガン無視されてるな……

 どうしたものかと思った瞬間、周囲が暗くなった

 

 「ふふー、だーれかわっかるかなー」

 しゅるりと足に触れるのはふかふかの二又尻尾。弾む声は聞き覚えのあるもので、目を覆う掌も磨かれた白磁のような手触り

 「此処に居てはいけない方」

 

 「ぶっぶー、おーじさま間違えちゃ駄目だと思うよー?

 正解はー、うちの異端抹殺官がめーわくかけたから、手助けにきたお詫びステラー」

 ぱっと目隠しにした手が解かれ、振り返れば

 やはり、其処にはぴこぴこと大きな先が黒い狐の耳を揺らす亜人の少女が立っていたのだった



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ステラ、或いは変装狐

「アステール様」

 昔の関係はもう関係ない。おれは体を強張らせ、きちんとした礼を取る

 

 「むー」

 それに不満げな声を、赤と緑、左右で色の違う瞳を持つ少女はあげた。まあ、何時もの事だが

 

 「ステラで良いのにー」

 瞳の中に文字通り星の浮かぶ少女に言われ、膝を折ったおれは狐少女の顔を見上げ……

 キラキラしたその瞳をじっと眺める

 

 「ステラ様」

 「もー、酷いよおーじさま。様じゃぜんっぜんステラの思ってること分かってない!敬意が要らないよーって事なのにー」

 「ステラちゃん」

 「おっけー!よーやくステラの言うこと分かってくれたんだー」

 ニコニコと屈託の無い笑みを浮かべる狐娘に対して作った笑みを浮かべながら、おれは立ち上がって改めて五年ぶりに再会した少女を観察する

 

 ノア姫より濃い金の髪と、ノア姫よりちょっと淡い赤い左目。その二つまでは魔力染まりで似たような色だが、右目は風の緑。背はそこまで伸びていないが……大きな狐の耳と、五年前はなかった大きな二つの膨らみが眼を引く

 顔立ちはちょっぴり大人びたがまだ童顔、ふわふわしてそうな尻尾をゆらゆらと揺らすのが中々に愛らしい

 そんな体を覆うのは、ほぼ形状がアナとお揃いの神官服。腰に巻かれたリボンだけは龍姫の色である青ではなく女神の黄色。そして特別なのだろうか、服自体も白ではなく薄桃色だ。本来の女神はもっと金なのだが、桃に合わせて薄い黄色という事だろうか

 

 「ふっふっふー、どうかなおーじさま?」

 くるっとターンして神官服を見せ付けてくる少女。ワンピースだからか尻尾を出すスリットが……普通に背中側にあってスカートが捲れないようになっていた。いや特注なら当然か

 

 「似合うと思いますが」

 「もー、もっと砕けた声じゃないとステラ怒るよ?」

 「いや、シエル様と同じような神官服だな、と」

 「ふっふっふー、似合うよねー?」

 「まあ、可愛いとは思うんだけれども……」

 

 少し周囲を見回して、「アイリス」とその名を呼ぶ

 結構すぐになーごという鳴き声と共に、オレンジの毛並みの猫が青赤のリボンを咥えておれの肩に登ってきた

 そして、そのまま頭の上へ。何時もそうだが、そんな場所定位置にしてどうするんだろうな?

 

 それはそれとして、妹からリボンを受け取ると、おれは少女を手招きする

 そして、頭ひとつとは言わないが低い背丈の少女の頭を少しだけ胸元に抱き寄せて……先だけが白いふわふわの毛並みの耳からさらりとした金髪への境目が分からない美しい頭を見ながら、その左耳にリボンを軽く巻いて飾った

 

 「おー、プレゼント?」

 「昔から綺麗な髪だと思ってたからさ。今度会ったらと用意していた」

 嘘である。本来はアウィル用に用意してたリボンなんだが……アイリスはホント、良くおれの意図を分かってくれた。後でお礼を言わないとな

 

 「あと、ステラちゃん」

 更に人気の無くなった周囲を警戒しながら、おれは胸元から小さなケースを取り出す

 「どうしたの、おーじさま?」

 「いや、周囲に今は人が居ないけれど、聖女様方の帰りが遅いと問題があったのかと誰か来ると思う

 その際に、その色違いの眼(オッドアイ)だと目立つから」

 そう言ってケースを開ければ、そこにあるのは赤く透き通ったコンタクト

 

 そう、カラコンである

 最近のおれ、何かあるかと警戒している時は何時もカラコン入れるしで持ち歩いてるんだよな

 先祖返りをしなければならない場合、魔神に近くなるせいでおれの血色の瞳が蒼く染まる。というか、血が蒼くなる。それを誤魔化すためのカラコンという訳だな

 「ちょっと合わないかもしれないけれど、誤魔化すためにこれを付けてくれないか?」

 「おっけー、確かにステラ目立つもんねぇー」

 と、少女は割と豊かになった胸を小さく揺らし、耳をそれより大きく揺らしながらおれの手からコンタクトを取ると、そう悩まずに目に填めてくれた

 

 「どうかな?」

 見返してくる瞳に星は見えない。魔力染まりによる緑も無い。ちゃんと両目ともノア姫っぽく赤いな

 「有り難う、それはそれで綺麗だ」

 

 それを確認して、おれは横でじっと事態を見守る少女へと目線をずらす

 「ノア姫。おれはステラと暫く話すから、先に寮に聖女様方を送ってくれないか」

 「皇子さま?わたしもアステールちゃんと……」

 恩もあるのだろう、ちょっとだけ食い下がるアナを手で制しながら、おれは首を横に振る

 

 「頼む、シエル様。寮の方がまだ安全だ。魔神族の襲撃が終わったとはいえ、警戒に越したことはない

 おれ一人では全員を護れない。だから……」

 にゃっ!と頭皮に立てられる爪。だが、ノア姫は何時もならワタシは役に立たないというの?と噛み付きそうだが今日は大人しく従ってくれた

 

 というかアイリス分かってくれ。必要な事なんだ

 頭の上の猫ゴーレムを撫でて宥めていると、不意にわかったと言いたげに尻尾をくゆらせて妹猫がおれの頭を降りる

 

 「ゼノ君」

 「リリーナ嬢。話があるにしても後で」

 「うーん、分かった!行こっか、ちょっと話し合いたい事もあるしね」

 一番聞き分けの無いアナも、リリーナ嬢が引っ張っていってくれて

 

 漸くおれはステラと二人きりになった

 「じゃあ、ちょっと行こうか、ステラ。君が来てくれた理由とか、色々と話そう」



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異伝 アルヴィナ・ブランシュと魂の棺

「っ!アルヴィナ……か」

 戻ってきたボクを出迎えたのは

 

 「兄様?」

 ボロボロの亜似だった。玉座に突き刺さったままの王剣ファムファタールの下で、玉座に座るというよりはもたれ掛かるといった趣

 右足が膝から無くなっていて、黒翼も折れ、そして……背中の何時もは蒼い炎を纏う紋章の剣翼からも焔が消えてくすんだ色をしている

 

 このまま死ねば良いのに。そう思うしお兄ちゃんの体が死ぬのは構わない。ボクが何とかするだけで良い

 魂と肉体が分離するのが死ならば、お兄ちゃんはもう死んでるし何も問題ない

 

 でも、流石に此処でボクが止めを刺す事は出来ない。横で甲斐甲斐しく亜似の体を拭いているニーラ・ウォルテールがそれを阻むだろう

 

 「兄様、どうしたの?」

 ボクが皇子のところに仮初めの体を用意してそこに意識を飛ばして出掛ける前、意気揚々と神を追い込んでくると楽しげに出ていった時は、こんなじゃなかった筈

 

 「アルヴィナ」

 荒れた吐息、つぅと唇から垂れる青い血。皇子のならちょっと舐めたくなるけれど、亜似のは御免でちょっぴり視線を下げる

 「アルヴィナは、昔あのチート野郎とAGXがどうとか、言ってたよな?」

 苦しげに、亜似はボクに問い掛ける

 

 「兄様、それより……」

 「答えろ」

 怒気に耳を伏せて、ボクは頷く。お兄ちゃんだったらしないのにと思いながら、何で疑うしボクの疑問を無視するのか分からないし困惑しながらも、ちゃんと返す

 何も嘘は言っていない。地雷は無いはず

 

 「アトラスのこと?」

 「違、う。もう一体」

 「あがーとらーむ」

 更に、右瞼に傷が入った顔が険しくなる

 「そう。あいつについて……アルヴィナ、なんて……言った?」

 

 「あの皇子が、勝った」

 「そこじゃない。どんな……だ、と?」

 「まともに動かない。皇子は最強の置物と呼んでいた」

 実際はそうじゃなくて、たった一撃で皇子を死の間際に追い込んでいたけれど。でも、その一撃以外まともに動かなかったのは確か

 

 それに……

 「宣戦布告のついでに記憶を読んだ」

 これは嘘っぱち。あの白狼が、光ある世界にボクが潜り込むなり目敏く……鼻敏く?駆け寄ってきて教えてくれただけ

 『アウィルが居るのはおーかみのおかげなんじゃよー』って、ペロペロされた。別に良いけど

 

 「少し前に、今一度皇子等は戦ってた。その時も、まともに動いてない」

 「それは何時だ?」

 「知らない。ボクにそこまで分からない

 でも、とても最近」

 どうしてそこまで?とボクは首をかしげる。耳はしっかりと伏せて、怖いって事をアピールすることも忘れない

 

 そうでないと、恐ろしいままだから

 

 「……嘘はないのか」

 「兄様、どうして疑うの?」

 嘘混じりだから、それを見抜かれる気がするから。わざと話題を逸らす

 「アルヴィナ。俺がここまで追い込まれたのは……何のせいだと思う?」

 知らない

 

 「……七大天」

 「間接的にはそうか……」

 あ、合ってた

 「だが、それが本題じゃない。確かに追い立てたティアが俺を奴等とぶつけ合った結果ではあるけれど、龍姫自体は王権ファムファタールの敵じゃない。他の神とつるんでない個体なら勝てる」

 「なら、アトラス」

 「t-09ごときに負ける道理あるか?」

 ボクは必死にやってギリギリ勝ったんだけど。そうイキるならば、あの時ちゃんと助けに来てくれれば良かったのに

 

 「あがーとらーむ」

 その言葉に、お兄ちゃんの肉体を使う青年は強く頷いた

 「そう、アガートラームだ。幾らなんでも、t-09(アトラス)だの11H2D(アルビオン)だのごときに負けるような王権じゃない

 ATLUSを追い詰めたその時、ちゃんと飛んできたんだよあいつ……銀腕の巨神が」

 睨み付けられる瞳。でも、ボクは知らない

 

 「なぁ、アルヴィナ。戦闘機動取れるじゃないか、嘘ついたのか?不意を打たれて死ねと思って、わざと警戒させなかったのか?」

 「ボク、知らない。言われても困る」

 「……本当に、アガートラームはまともに動かなかったんだな?」

 強く首肯を返す。言うべきか悩んだことも言う

 

 「アトラスと違った。あっちは途中で突然身震いするような気配を纏ったけど、それっぽさが無い」

 「気配」 

 「ボクの天敵って、思った。あの雷は、危険すぎる」

 

 思い出すだけで今でも体が震える。きゅっと手を握る。あの……ぶりゅーなく?という雷槍は、ボクの扱う死霊術に近いけれど、ある種の上位版だから

 

 「なら、本当に俺の前に戦闘機動で現れる寸前まで、あいつは……ゼーレシステムが動いていなかったのか?」

 「ぜーれ?」

 ……聞き覚えがある。ボクの耳には聞こえなくて、皇子の聴覚では捉えていたあの言葉

 

 「ぜーれ、ぜーれ……

 ぜーれなんちゃら、ちゃん何とか?」

 「SEELE G(グレイヴ)-combustion Chamber」

 「そう、それ。皇子がアトラスを追い込んだとき、突然それが解放されて恐ろしい気配を纏って復活した」

 意味は分からないけれど……魂の墓場の何とかだと思う。死者の想いをどんな暗いものでも、だからこそ暗闇を打ち砕き未来を照らす雷に変えて打ち出すとんでもない死霊術

 

 後悔も怨念も破壊衝動も怒りも何もかも未来を切り開く正の念に変換して放つなんて、どんな手段なのかボクには見当もつかない

 死者の力を借りるのが普通の死霊術。あんな馬鹿げた従え方、訳が分からない

 

 「ってかさー、そっちじゃないってのアルヴィナ

 そいつはATLUSにも後付けされた対X兵器。俺が言ってるのはゼーレコフィンの方」

 「なにそれ」

 相変わらず、亜似の言うことは分かりにくい

 

 「親しい相手を眠らせる絆の棺だよ、中身あったか?」

 「(ひつぎ)?棺桶が入ってるの?

 でも、ボクが知る限り、あがーとらーむにそんなボクが見たら分からないはず無いような生け贄?は居なかったと思う」

 あくまでも皇子の見て感じたものを通した初回も、あの狼の話してくれた二回目も、ボクは直接見た訳じゃないけれど

 それでも、目立つと思う

 

 「特徴は?」

 「コフィンに埋葬した相手はホログロムで出てこれるけれど実体がない

 だからホムンクルスの代用ボディでそれっぽく生活させてた……って設定だよ。ゲーム内ではクソボケ共がそこまでやってたって設定でしか無いから知らん」

 「そうなんだ」

 

 ……良く分からない。ゲームの理屈は分かるんだけど、亜似のやってたゲームではあがーとらーむが出てこない?

 その割に良く知ってる

 

 「とりあえず、居なかった」

 そのボクの言葉に、ふーんと彼は頷いた

 「じゃ、マジで負けそうだったから、誰かをコフィンに放り込んで無理矢理戦いに来たのかあいつ」

 良かった良かった、と息を吐く亜似

 

 「良かったの?」

 「絆の棺だからさ。本気で戦闘機動行ってるとすぐにそいつが燃え尽きる。そんだけの覚悟をあのアホ共が固めてないから、次元の壁をぶち破って此処に攻め込んできたりの予想外の行動はまず無いだろう」

 その言葉にボクはこてんと首を傾げた

 

 もうボクに対して威圧はない。納得してくれたみたいだ

 だから……可能な限りの情報を聞き出す。そして、皇子に対してちゃんと持ち帰る

 ボクは偉いから、手土産は忘れずに……決戦を仕掛けて負けに行く

 

 「要らない人、入れたら?」

 「あーダメダメ。アルヴィナも考え付くだろそれ?

 絆を焔に変える力。記憶と絆を葬って力に変える訳だから、コフィンに埋葬するのはちゃんと自分にとって大事で縁がある相手じゃないといけない

 例えばアルヴィナが適当な人間を放り込んだとして、絆がないから一瞬で燃え尽きる。効率ゲロ悪、コフィンが空になるのが爆速過ぎて敵前で機能停止する」

 ……うん、分かる

 

 「じゃあ、大事な人を取っ替え引っ替え、ちょっとずつ」

 ボク自身自分でも無理だろうなと思いながら、一応聞いておく

 「……出られたら棺じゃない。分かるだろアルヴィナ」

 「分かる。埋葬と言うなら、出られちゃいけない。不可逆

 そうでないと、制約にもならないし、力に変えられない」

 「まあ、だから……」

 と、青年はボクの瞳を覗き込む

 

 「アルヴィナ、正直さぁ……本気であいつ殺しに行かなきゃいけない?」

 「あたりまえ」

 そして負けて、皇子のところに帰る

 その目標があるから、何とか亜似を兄様と呼んで対応するのも耐えられるのに

 

 「正直、適当に噛ませてちょっとでもあのアガートラームのゼーレを燃焼させて貰いたいから、俺達の関係無いところで死んでくれって思うんだが?」

 「……困る」

 「まぁ、万が一何かチート能力で魂燃やさなくても良いとかなったら意味ないんだけどな」

 

 「……有り得るの?」

 「おうおう、ワンチャンあるレベル

 例えば、俺の王権ファムファタール・アルカンシェル、本来の持ち主が払ってたはずのリスクが全く無く好き勝手振るえるしな」

 「こわい」

 「まあ、でも流石にゼーレ無しでフルスペック出せるなら今頃世界終わってるし、何かリスクあるんだろうな」

 「そう、願う」 

 

 そう相槌を打ちながら、ボクは……

 皇子を通して見たあのへんな彼が、一体誰を生け贄にしたんだろうって思っていた

 

 そんな相手、居たの?



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偽物、或いは魂

「じゃあ、ステラ一旦帰るね、ばいばーい!」

 「ああ、またなステラちゃん」

 元気よく手を振り、ついでにふかふかの尻尾も左右に振りながら時折振り返りつつ遠ざかっていくコンタクト少女

 「今度はアステールと呼ぼうか?」

 「うーん、今更でもちょっとうれしーけど、これで慣れてるからステラのままがいーかな」

 そんな事を告げて去っていく狐少女

 

 それを見送って、おれは小さくふぅ、と気を抜いて息を吐いた

 「あ、終わったかなゼノ君」

 「リリーナ嬢、一人では……」

 「にゃにゃぁ」

 ツンとした態度の猫が鳴き、おれは仕方ないなぁと自身の頬を掻いた

 

 「アイリスが居るならまあ良いか。で、だリリーナ嬢。何かおれに言いたいことがあって来たんだろ?」

 何となくおれも想像が付いていて、出きる限り優しく微笑みかける

 

 「うん、そうなんだけどさゼノ君

 あの娘ってゼノ君が教えてくれたステラって娘だよね?」

 「まあ、対外的には」

 「アステールって呼んでやってくれってゼノ君が言ってた、教皇の娘さんな狐亜人。ユーゴ君が狙ってるらしい、私の知らない作品での彼の恋人」

 「……まあ、多分な」

 ちょっぴりごまかすおれに何か変だよともごもごしつつ、桃色の原作主人公はおれを見上げた

 

 「うん、でもさ。ゼノ君から話を聞いたあの娘にしては、何か変じゃない?

 ほら、私って好感度見られるんだけど……」

 「やっぱり、おれへの好感度がマイナスだったか?」

 「いやいやいや、マイナスって有り得ないって!あの態度でマイナス入ってたら可笑しいどころの騒ぎじゃないっていうか、超演技派過ぎるよ」

 全くーとブンブン振られる首と手

 

 「というか、何でマイナス?ゼノ君はあの娘と距離を取らなきゃってちゃんとフッたって思ってるから?」

 「思ってるって何だリリーナ嬢」

 思わずちょっと目を細めて突っ込む

 

 「え?ゼノ君さ、勝手に嫌われるのは大得意だけど……自分から縁切るのって苦手でしょ?」

 「いや、そんなことは」

 「ゼノ君の思考回路的には距離取ったはずのあの銀髪聖女とか見てから言って欲しいかな」

 ……ぐぅの音も出ないとはこの事か

 

 「だからさ、ゼノ君の話を聞いてる限り、ゼノ君への好感度ってまぁ滅茶苦茶に高いんだろうなーって思ってたんだ

 でも、予想してたより相当低かったんだよね。だから、可笑しいなーって」

 「それ、幾つだ?」

 「ゼノ君はどれくらいだと思う?ちなみに、私の予想は40近いってところだったんだよね」

 小首を傾げ、小さくおれの手を取る少女に、何か不安事項があるんだろうなとさりげなく位置を変えてステラが消えた方向を体で塞ぎつつ、おれは少しだけものを考える

 

 「……10前後」

 「流石にゼノ君よりはちょっと上だよ?

 って言いたいんだけど、ゼノ君あの娘苦手なのかちょっと他人より低めに出てるんだよね」

 ……いや、そうなのか。リリーナ嬢はおれは誰に対しても10台とフラットだと言っていたが……それより低かったのか、あの時のおれの態度

 

 ……バレたか?

 

 「ってそれはそれだけど、あの娘からの好感度は+20。低くはないんだけど、あの態度を取る相手への好感度じゃないよ?」

 「やっぱりか」

 「多分、ゼノ君があの娘をステラって呼んだせいもあるんじゃないかなと思うんだけど……

 というか、ゼノ君ちょっと変じゃなかった?何であの娘をステラって呼んでるのさ、自分で蔑称だからアステールと呼ぶべきだと発言しておいて」

 その言葉に、周囲に何もないか警戒しながらおれは頷く

 

 「その通りだよリリーナ嬢。アステールはアステールと呼ぶべきだ」

 「今さっきステラって呼んでた!」

 「アステールは、な」

 少し屈んで地面に手を伸ばし、妹猫の通り道にする

 意図を汲んだ猫ゴーレムは、おれの右腕を伝ってそそくさと肩にまで登ってきた

 

 「アイリス、あいつゴーレムだったか?」

 「ん?」

 「リリーナ嬢。アステールは教皇の娘だ。君だってさ、流石に聖教国の枢機卿や教皇一族にのみ現れる神の象形の事は知ってないか?」

 「えっと、オリハルコングラデーションとか?」

 「ああ。そういうものの特徴は?」

 「魔力に染まらない、誤魔化しがきかな……」 

 あ、と口を開けてぽんと手を打つリリーナ嬢

 

 「じゃあ、一番目立つ瞳の中の星って、本来ゼノ君から貰ったカラーコンタクトしても、貫通して外から見えてないと可笑しい?」

 「その通りだ」

 「つまり、ゼノ君があの娘をステラって呼んだのって……」

 「あれはアステールじゃない。自称アステールだ。それで、アイリス。あいつはゴーレムだったか?」

 『にゃにゃぁ……』

 この鳴きかたはそれっぽいけど確信は無いってところだろうか

 「そうか、有り難うなアイリス

 ……一応、中身がアステールって可能性は残るか……」

 

 少なくともあの肉体がアステールのものでない事は間違いない。おれがステラと呼んでも寂しさを感じさせない等の性格の違和感からして中身も別人な気がするが……他人の変装ではなくゴーレムならば、アイリスみたいに本人が本人の姿のゴーレムで安全圏に籠ったまま会いに来ている等の可能性は消えない

 っていうか、他人がアステールに化けるなら化けるで逆に変だ

 

 「というか、明らかに可笑しい。おれがずっとアステールをアステールと呼んでいた事は周知の事実。なのに、ステラ呼びに何も反応しないから探りを入れたら、『昔からそうだよねー』と返してくるんだよ

 逆にさ、変装してアステールのフリしてる奴がそんなところ間違えるか?」

 「じゃあ、何なのかな?」

 「いや、それが二人きりになっても上手く聞き出せなかったんだが……」

 駄目だな、と苦笑する。おれはそういうの苦手だ

 といっても、敵だった場合に困るからリリーナ嬢等に手伝って貰う訳にもいかなかったんだが。特にアナとか、隠し事あんまり得意じゃないからな、疑ってるのが筒抜けになりすぎるし

 

 「うーん、困ったね」

 「困ったな……ステラ、君は一体……誰なんだ」

 

 たったひとつのヒントは、ぽつりと言い残された一言。魂のSEELE

 だがそれを知る者は、此処には居なかった



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魔名、或いは相手

夜風が頬を撫でる

 

 此処は学園の外、流れる川に添って暫く歩いた場所である。時折騎兵隊が訓練していたり、魔法の授業で学生が使っていたり様々だが、実はそれ自体が発光しているらしいこの世界の月の明かりが木々のあまり無い草原を照らす今は人気がない

 

 ある程度は整理されているが自然の多い河原を二人……いや、一人と一匹で進んでいた

 「アウィル、まだ行くか?」

 『ルルゥ!』

 おれの言葉に、白狼は元気良く吠えた

 

 そう、何しに来たのかと言えば、アウィルの散歩である。犬か

 いや、誇り高い狼にしては人懐っこいし犬みたいなものだが……ってそれはそれでどうなんだ?

 

 その強靭な尻尾を立てて左右に揺らしながら歩みを進める白狼に先行して暫く歩き続ける

 

 と、段々と音が響いてきた

 

 ブン、ブンと空を断つ風切り音。ってか、アウィルの散歩を兼ねただけで、実はこっちが外出の本命だ

 見えてくるのは、紅の金属の柄をした緋々色の剛剣。何となくデュランダルを思わせる(というか実際モチーフとして使わせて貰ってるのだとか。アイリスが自慢していた)が、その大きさは大剣であるアレとすら比較にならない。全長にして21mを誇る、LI-OH用の武装である

 それを振るのは、機械腕を持つ青髪の青年竪神頼勇。と、その横で見守らされているオーウェン、そしてアイリスゴーレム。今は本人を模した少女型だ

 いや、何か頭に猫耳生えてるけど。何の意味があるんだそのつけ耳

 

 ついでに、いくら感覚無いから全く寒くないからって薄着過ぎるぞアイリス。本体は寒いってもこもこした布団に潜り込むってのに……いや、だからこその薄着ファッションなのか?

 

 そんな妹にお兄ちゃん心配だぞと言いながら、ふぅと息を吐いて此方を見る青年に手を上げて挨拶

 ドゴンという音と共に巨大剣が地に落ちた

 うん、無理して振ってたんだから気をちょっと抜けばそうなるわな

 

 「竪神」

 そう言って、おれは更に少し近付いて……

 空気がスパークする気配に振り返った

 「……アウィル?」

 地を蹴る音に、おれも合わせて地を蹴る

 

 弾丸のように桜雷を纏って駆け出そうとした白狼と青年等の間に割って入り、その鼻面を腹にまともに食らって地面を転がる

 「アウィル、どうした!?」

 『「ぬし!ぬし!」』

 スパークする雷鳴を抑えることもなく、バチバチさせながら吠える興奮状態の狼を、おれは飛び上がるとその頭を抱き締めることで宥めに入る

 

 『ルグゥ!』

 「アウィル、本当にどうしたんだ」

 『「そこの!臭いんじゃよ!」』

 頼勇……な訳はないだろう。アイリスも違う

 

 『「やな臭いとおんなじ!」』

 その言葉に理解する。アウィルは世界に嫌な臭いが充満してるから来たと言っていた

 それは恐らくはおれ達真性異言(ゼノグラシア)の事で、その中でも『円卓の救世主』を名乗る者達関連が主立ったのだろう

 その魂がどうこうの臭いが分かるってとんでもない事なんだが……理屈的にはオーウェンって円卓の救世主のメンバーと同じ臭いになる筈だ

 AGXというこの世界では無い場所の兵器を持っているし、転生者だしな

 

 「……え、え?」

 困惑するオーウェン、吠えるアウィル、どうして良いのか悩む残り二人

 「アウィル!オーウェンは別だ!」

 『……キュゥ』

 少しだけ不満げに鳴いて、けれども白狼は桜雷を消し去って地面に伏せた

 

 「おわり?」

 「一応な」

 と、おれは妹に対応しつつ黒髪の少年を真剣な瞳で見据えた

 

 「ただ、オーウェン。すまないんだが一応自分の口からも言ってくれないか。自分は彼等とは違うと」

 バツが悪く頬を掻く

 

 「いやまあ、来て貰ってこれって割とこっちが悪いんだけどな」

 「い、いや……大丈夫だけど、誓うのってどうすれば……」

 「神の名において」

 こくりと頷く頼勇

 

 「例えばなんだけど、七大天滝流せる龍姫ティアミシュタル=アラスティルの名において……」

 きょとん、とする顔がおれを見上げた

 

 「えっと、ティア……ティア……ティアマット?」

 「いや、ティアミシュタル……」

 「聞き取れないんだけど」

 

 ……あ

 

 「そういえば、人によっては特定の神の魔名が聞き取れないんだっけか」

 理屈とか後で始水に聞いてみよう。アステールと話せるかどうかとか兼ねて

 「……牛帝と道化だけ」

 「私が唱えられるのは王狼くらいだ。寧ろ全天の魔名を唱えられる人間はほぼ居ないだろう」

 と、補足してくれる頼勇

 

 「じゃあ、プロメディロキ……」

 ちょっぴり髪が焦げ、オーウェンが首を傾げる

 「牛帝ディミナディア」

 ダメそうだし、地面がちょい揺れた

 「王狼ウプヴァシュート」

 頷くのは頼勇だけ

 「猿侯ハヌマラジャ、女神アーマテラ……」

 「アマテラス?」

 あ、ダメそうだ

 

 「これでほぼ最後、クリュスヴァラク=グリムアーレク」

 というか、みだりに呼ぶとダメージ来るんで早めに決めたかったな……

 なんて思うおれの前で、少年はもごもごする

 

 「ごめん、もう一回」

 「影顕す晶魔クリュスヴァラク=グリムアーレク」

 「クリュスヴァラク……」

 って何だ、呼べるじゃないか

 

 「晶魔グリムアーレクに誓って。僕はただ、この世界で見つけた」

 気弱そうな少年は、そこで一度言葉を切る

 そして、きゅっと両手を握った

 

 「違う。見付けさせて貰った暖かいものを……失いたくない、壊されたくないんだ

 この世界を滅茶苦茶にしたくも、されたくもない」

 暫く何も言わずに待つ

 

 何も起きない

 「ああ、そうだなオーウェン」

 『ルゥ!』

 納得したとばかり、アウィルが鳴いた

 

 神に誓って、何も起きなかった。寧ろそれが正しい。何か起きるということは、おまえそれ嘘だろとばかりに天が裁いたというのが定説だ

 『ちなみに、私に誓った場合嘘ならびしょ濡れにしますね。魔名を唱えられれば少しは干渉できますので』

 ……事実らしい

 

 すとんと座りこんで、己の舌と鼻で毛繕いを始めるアウィル。警戒は完全に解けたのだろう

 そうしておれは、漸く本題に入る

 

 「さて、竪神」

 アウィルが背に背負った愛刀を引き抜き、つぅと左手の人差し指を刃に滑らせて刃先で止め、格好つけて構える

 「訓練相手が要るんだったな?」

 「ああ、ある程度で良いが、LI-OHとやりあえなければ困る相手が」

 

 ふっ、と笑う

 「引き受けに来た」



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テスト、或いは特命合体

すっとおれを見据える青髪の青年の茶色い瞳。澄んでいて鋭いそれをじっと見返しながら、少しだけおれは探りを入れる。

 

 「竪神。それは良いんだが、かなりいきなりだな」

 「確かにそうだな」

 「少し前、ダイライオウの調整がって言ってなかったか?」

 頷く彼に、おれは問い掛ける。

 

 オーウェンから託されたデータの中に入っていたのは、一つの設計図。名を……ジェネシック・ダイライオウ。

 まあ、元々竪神とアイリスが中心となって作っていた支援機及びその全合体形態であるダイライオウ自体、LI-OHのフレーム内部に残されていたデータをサルベージして作っているところがあるから、実質完全版ダイライオウだな。

 

 とはいえ、そんなもの一朝一夕に完成させられる筈もない。元々作ってあった支援機の合体時に相互干渉で強化する筈がうまく行かないコネクト部分等を調整している段階だ。正式な設計図に基づいた機体はまた別開発中。まだまだ完成は程遠い。

 

 だからこそ、今の頼勇ってLI-OH本体、そして5年前に完成したHXS以外の機体での訓練ってあまり言い出さなかったんだが……

 

 「ああ。事態が変わった」

 「屍の皇女関連か。だけれども、そこまで急がなくても良くないか?」

 アルヴィナ相手にダイライオウで一気に決着をつけに行くと言われたら、上手いこと事態を収められない可能性が出てくる。だからおれはそう聞くんだが……

 

 「皇子、父さんに今まで出会った魔神に関して魔力データを取って貰っていたんだが……殆どの個体が、同じ魔力波形の部分を持っていた」

 「魔神の共通点か?」

 が、彼は首を横に振る。

 

 「いや、例外は二体。あの狼の魔神達……ルートヴィヒ・アグノエルの使役していた死霊だ。

 つまり、魔神の共通波形でないのは確かだ。なら、四天王の影を含むほぼ全個体は……同じ魔神の下にある存在だという事になる」

 ……良く気が付くな頼勇。ノーヒントだっていうのに。

 確かに全部アルヴィナの死霊だからな、それで正解なんだろう。

 

 「つまり、あの屍の皇女が全ての魔神の影を作っていた。ならば、決戦の際に同じだけの戦力を投入してくる可能性は十二分に考えられる」

 ぎゅっと握られる青年の手。

 

 「そう、エルクルル・ナラシンハを含む四天王のような!

 ならば!LIO-HXじゃ足りない。少し無茶だとしても、あれだけの戦力に対抗するならば、ダイライオウを完成させなければ!」

 

 ……いや、アルヴィナ負けに来るんだからそこまで本気で戦力集めないと思うぞ?

 と言いたいんだが……これを言うわけにはいかないし、ある程度本気っぽい戦力を整えてないと流石に幾らなんでも露骨すぎるだろうから心配は最もだ。

 

 「前に出会った時は人々が少なかった。だが、予告された決戦の地は他国との交易都市。

 避難の必要性を語ったとして、証拠は相手の宣戦布告のみ。住民全員が理解し従ってくれるとは限らない……だから!

 そんな不確定の話で故郷を離れたくないと言うだろう人々すら護れるだけの力が!」

 「……分かった、竪神。

 行くぞ!」

 「ああ!行くぞ!父さん!殿下!皇子!」

 

 迸る緑の光。転移してくるのは蒼き鬣の機械神と……既に此処に在る剣を除く3つの支援機体。

 設計図上は空、陸、そして海の生物を模した全対応の三機だが……そもそも海中とか地上とか要るのか?とはちょっと思う。

 

 んだけれど、設計図的には4機合体で4つのコアを連結する事で出力を確保するのが本題なのだとか。だから……

 

 一つは天を裂いて駆け抜けるコンドルのような機体、HXS。そして時を同じくして転送されるのは、戦車を思わせる鋼の塊と、空を舞うジェット。設計図にある海と陸の生物モチーフなど何処にもない。

 

 そう、どうせ全部再現できないなら、単体合体をかなぐり捨ててしまえば良い!対空性能と機動力を上げるLIO-HXは必要だが、残りはダイライオウへの最強合体のみで上等!

 その割り切りにより完成したのが、この二機だ。大分スペックは設計図より落ちたが……

 

 「超特命合体!」

 ……本来なら今ある程度攻撃して妨害する方が良いのか?と思いつつただただ見守る。

 

 戦車のような機体が宙に浮かび、無限軌道を含む車体が後部のエンジン付近を残し、大きな砲塔と完全に軸接続。そのまま左右展開してLI-OH本体が背負うような形でエンジンを接続軸に合体。無限軌道が本体前方にスライドしながら展開して前面装甲になるのに合わせ、車体がLI-OH腕に接続。

 ジェットから機首パーツが離れ、そして後方エンジンが二つに分離すると機首が元無限軌道のレールにスライドして胸元を覆うように合体し、後方の二パーツがLI-OHの足を覆うように大きな下駄(というかブーツ?)として合体。翼が畳まれると翼に取り付けられていた大きな二つのエンジンが分離し、LI-OHの二の腕から先に合体。内部機構が押し出されて拳と腕を形成。

 そして前のようにHXSがバラバラになり……本来は腕アーマーとなる胴体部がエンジンと接合して増加装甲の無い股を覆い、長い機首が武装として左腰へとマウント。尾翼がブレードアンテナとして頭に装着され……エネルギーウィングが背の砲塔に合体して紅の光の翼を噴き出す!

 更には頼勇が握って振るってみていた巨剣が浮き上がってその拳に収まり、柄の両脇のパーツが弾けたかと思うとLI-OHの頭に更なる兜飾りとして合体する!

 

 「ダイ!ライッ!オォォォウッ!」

 そうして顕現する存在こそ、目指してきた合体兵器……ダイナミック・ライオウ!

 「さぁ!この力をテストさせてくれよ!皇子!」

 そのまま巨神が緑の光をツインアイに湛えて剣を振り上げ……

 ブン!と振り下ろす。それにおれは呼吸を合わせ……

 

 「迅!雷!抜翔断!」

 金雷の昇竜閃で迎え撃つ!

 「っ!らぁぁっ!」

 せめておれの奥義くらい、力任せに打ち破ってくれないと困るって話だ!

 何処と無く龍の咆哮のような音を轟かせ噴き上がる雷光の柱と共に放たれる斬り上げと、赤い金属剣がガッチリとかち合って……

 

 流石に重い!ってかそうでないと!

 実際問題……LIO-HX相手なら迅雷抜翔断の斬り上げで武装を弾き飛ばすというか切り落とせてしまうのは前の訓練で実験済だ。出力は間違いなく上昇しているって感じだな!

 後は……

 

 が、そう思った瞬間。

 『Fusion Error!Overheat!』

 突如として巨神の姿が弾け、それぞれの機体に戻って沈黙する。

 

 「……無理があったか」 

 「……そうみたいだな」

 コア機体のコクピットから飛び降りた青年に、地面に降り立ったおれは曖昧な表情で相槌を返した。

 

 「……オーバー、ヒート?

 合体出力に……内部が、危険?」

 ぶつぶつと呟くアイリス。その瞳は魔力で観測しているデータを覗き込んでいるが……おれに内容が読める筈もない。

 

 「失敗か」

 「失敗だな。竪神」

 「ああ、何とも……もどかしいな」

 おれの言葉に、恐らくおれと同じように微妙な顔を浮かべた青年は溜め息と共に肯定を返した。



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オーウェン、或いはゼーレ

「ふぅ」

 二人が去り、おれは残された黒髪の少年の前で息を吐いた

 

 「巻き込まれたか、オーウェン」

 「僕はゲームはやってたけど、実物の知識は……」

 俯いて元気なく呟くオーウェン

 まあ、そりゃそうだって話だな。例えばロボットのアニメが好きでそのゲームをやりこんでいたとしてだ。作中で全部のシステムの原理だ何だが解説されてパーツ一つ一つ全ての形や組み方が載ってればまた違うんだろうけれど、普通は無茶振りにも程がある

 例えばおれでも名前を知ってる人類が宇宙進出し宇宙世紀と呼ばれる時代に良くロボットで戦争やってる作品郡のコアな大ファンだったとして、その世界に転生したからといってZが重なる名前の三機合体するモンスター級の機体とか変形して突如赤やら緑やら青やらに発光する機体なんて作れないだろう

 

 「割と災難だな」

 「うん……何にも意見が……」

 「気に病むなって。竪神だって悪気があるとかじゃなく、単純に意見できる事があったらってくらいの思いなんだと思うからさ。使えないとか罵倒するつもりはないと……」

 『「びみょーにつかえないんじゃよ?」』

 「こらアウィル。手を貸してくれてる相手に酷いこと言わない」

 『ワフゥ……』

 しゅんと耳を倒して項垂れる幼狼。可哀想にはなるが、あまり相手を煽るように育って欲しくはないから心を鬼畜生にする

 

 「……僕は、あんまり使えないから……」

 ほら、オーウェン落ち込んでるじゃないか

 

 「いや、オーウェン。お前にしか出来ないことはちゃんとあるから自信持て

 例えば……」

 まあ、切り出して良いだろうな。そう考えておれはステラと呼ぶことにした偽アステールの言っていた言葉を口にする

 「魂のゼーレって何だ?オーウェンなら知ってたりしないか?」

 ゼーレ何ちゃらチャンバーってシステム名、謎の電子音で聞いたことがあるんだよな。確かATLUS戦の時だ

 何とかSEELE drive modeとLI-OHが叫んでいて、そして……ATLUS側の使う雷槍ブリューナク・トゥアハ・デ・ダナーンがさっきのゼーレ何ちゃらチャンバーによる機能の筈

 

 「SEELEっていうのは魂の意味だけど……」

 びくり、と肩を震わせるオーウェン。その瞳の奥には、明らかに怯えた光が見て取れる

 ってそんな怯えるようなものか?縮こまるなんて……

 

 「いや、おれは対峙したAGXからその名を聞いた

 魂という意味なのは分かったが……決してそれだけの意味じゃないんだろう?」

 きゅっと少年の目が、聞きたくないとばかりに閉じられる

 

 「オーウェン」

 「止めて……止めてくれ!」

 酷い怯えよう。これは何かある

 だからこそ聞き出さなきゃとは思うんだが、下手に刺激もしたくない

 

 どうしたものか……と思うが、答えなんて簡単だ

 「頼む、オーウェン。おれは君に何もしない。これ以上頼まないから、情報だけを伝えてくれ

 アステールの為なんだ。おれは……」

 奥歯を噛み締め、拳を握る

 

 おれはあの日アステールに約束した。彼女を振る際に、『もう一度会うとしたら、立ち向かうべき彼等が貴女に魔の手を伸ばした時だけ』と告げた

 敵の可能性は高いと思っている。だから、罠にかからぬようにアナやリリーナ嬢を守るために友人になれたのだろうアナを無理矢理にでも来るなと遠ざけて話した

 けれど、だ。もしもあれが……自身の肉体を捕らわれて必死に違和感に気が付いて欲しそうにしていた「他人に怪しまれないようにゴーレムの体を普段通り動かすことを強要されている」アステール自身だったとしたら。おれはあの約束を果たす。果たさなきゃいけない

 

 始水との休みの約束もすっぽかした。万四路へのお兄ちゃんの約束は最悪の形で裏切った

 もう、どんな約束も破りたくない。そんな救われる価値もない芥を更に下限突破したくない。そんな奴に生きてる価値なんて……って思いに押し潰されてしまいそうで

 

 「お願いだ、オーウェン。君に何も背負わせない、だから!」

 「……魂のゼーレっていうのは、二つ意味があるんだ」

 おれの叫びを受けてか、ぽつりぽつりと少年は語りだした

 

 内容を要約すると、苦しみ泣き叫びながらそれでも戦うための力の一つという感じだな

 「ああ、有り難うなオーウェン」

 蒼白な顔に精一杯笑いかける

 

 「もう一個聞かせてくれないか。お前のAGXに、ALBIONにもそのゼーレ・コフィンは付いているのか?」

 曖昧な顔で頷かれる

 

 ……ん?何か歯切れが悪いな。間違ってる気はしないんだが……

 

 「そっか。話をしたら……大事な人を、多分お母さんをコフィンに埋葬して、お前もAGXで戦えって言われそうで怖かったんだよな?」

 ちょっぴり首を回し、火傷痕が見えにくくしながらおれは語る

 「……うん」

 「言わないさ、オーウェン。君も君のお母さんも、おれが護るべき民だ

 お母さん向けの眼鏡を贈った時に言ったろ?だから心配しなくて良い。皇族は君達の平和で豊かな生活を護るために普段偉ぶってんだからさ」

 ……だが、分からない

 

 ゼーレ・コフィンシステムについては分かったんだが……それとあのアステールについての関連性が無くないか?

 万が一ユーゴがアステールのことをアガートラームのコフィンに閉じ込めるとして、だ。何でそんなことが必要になる?

 アガートラームを使ってなお、おれに負けたから?

 それならば最初からというか、五年前の時点でやってるだろう。ってか、傷一つ付けられてないのはあの二回目も同じだってのに今回はやらかす意味が到底想像もつかない

 

 自分が死にかけただけでアガートラームは負けてないんだから、早急に動く必要なんて無い

 寧ろアステールを拐う意味もない。だって普通に嫌われてるだろ、すぐに燃やし尽くして殺してしまう。そんなこと、多分ユーゴだってやりたくない

 

 ……始水?

 『すみません兄さん、二機がかりになったところで逃げ帰ったのでその先は分かりません』

 ……万が一があるとすれば魔神王襲撃だとは思うが、その辺りは不明か。ってか、おれの知るゲームの魔神王テネーブルならATLUSだけで勝てそう感無くもないというか、二機がかりなら勝てるだろって話だからな。チート込みでもフルパワーアガートラームが必要ってそんなに化け物になるか?

 っていうか、確か4機のうち所在不明だが恐らく円卓が持っている最後の一機って……AGX-15(アルトアイネス)じゃなかったか?14B(アガートラーム)より上の

 

 ますますワケわからなくなってきた

 即座に撤退したあの一機がアルトアイネスだとして、即座に消えた理由は分かるが……だとしたら何とでも対処できそうだしな

 

 ……いや、そもそも……

 「なあ、オーウェン。お前の機体って……

 AGX-ANC11H2Dだよな?」

 いや、何か考えれば違和感あるんだよなと思いつつ、ふと問い掛ける

 

 「オーウェン?大丈夫か?もう帰るか?」

 「あ、だ、大丈夫疲れてぼーっとしてただけ

 うん、僕の与えられた機体は……ALBIONだよ」

 曖昧な笑みで、少年はおれの疑問にそう答えたのだった

 

 「じゃ、帰るか」



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異伝 桃色少女とチーズケーキ

「うーん、ゼノ君大丈夫かなー」 

 って、私はぽつりと呟く

 

 まあ、今の私って結構凄い安全な場所に居るんだけど、それだけに心配とかあるんだよね。シルヴェール様くらいに陰険めが……完璧超人ともなれば逆にまぁあの人だしねって思えるんだけど、ゼノ君そこまですっごい信頼出来ないし……

 

 あ、別に信頼できない訳じゃないよ?魔法面からっきしも良いところだけど、とんでもなく強いのは確かだしね。でもなんか危なっかしいっていうか……うん、心配になるよね

 

 「えへへ、そろそろ出来ますから待ってて下さいね」

 って、銀のサイドテールを揺らして私を部屋に招いた女の子は微笑んだ……って、何でいつの間にかメイド服着てるのこの子!?

 驚愕する私を他所に、白黒のメイド服に身を包んだ女の子は嬉しそうにテキパキとお茶の用意を整えていく

 何処かから買ってきたんだろうぴかぴかのカップにお湯を貯めて暖めつつ、ポットに用意した茶葉にしっかりとお湯を注いでふんわりと香りを立たせながら待つ

 

 「えっと、リリーナ様は、お茶に合わせたいものってありますか?わたしに用意できるものなら幾らでもお出ししますけど……」

 「あ、じゃあミルクをお願い」

 って、私は普通に返したんだけど、少女はあれ?って首を傾げる

 

 「お茶とミルクですか?」

 「え?私好きだよミルクティー」

 レモンティー……はこの世界普通のレモンじゃなくてこの世界の柑橘類だからあんまり合わないんだよね。甘すぎたり、酸味が凄かったりで結構紅茶みたいなお茶とは喧嘩する。その点、ちょっぴり濃厚だけどミルクは良く合うと思うんだけど……

 

 「わたし、お菓子のことを聞いたつもりだったんですけど……」 

 「あ、お菓子!?じゃあケーキ……は高いよね……」

 そっか、クッキーとかか!って私は慌ててそんなことを返す

 いやぁ、昔の私って若かったよね!ケーキなんて幾らでも食べられる、だって貴族なんだからって思ってたんだけど……

 現実は違った。この世界ってケーキとか結構値段するんだよね。その分麦みたいなものの粉とか安いものはほんとーに安いんだけど、嗜好品は高い

 庶民が生きるために食べるものは安く、他はかなりの税を取るって話だっけ?だからお砂糖とか馬鹿にならない額するんだよね。だから、貧乏貴族のアグノエル家じゃそこまで毎日ケーキ!って贅沢は出来なかった

 

 だから、こんな時はケーキだよね!やっぱり

 「……えへへ、ちょっぴり待ってくださいね。わたしがみんなの為に作ったものしかありませんけど……」

 って、銀髪聖女……アナスタシア・アルカンシエルは笑って言った

 

 聖女!聖女だよこの子!皆の為にケーキ焼くなんて!ついでに私にもくれるなんて!

 「ケーキ!」

 ゼノ君が連れてた昔はむーって思ってたけど、味方としてなら頼れるよねこの娘。まあ裏方としてはなんだけど、私もそこは同じだし……

 っていうか、私料理できないし……女の子としてどうかと思うんだけど、貴族だからってそういうのサボってたんだよね……。ってか、本来のリリーナだって料理に関する話無かったから良いよね?

 

 って目の前の私を招待した料理出来る方のヒロインを見ながら思う

 そんな風に彼女の部屋で寛いでいると、暫くしてちゃんとお皿(陶器じゃなくて魔物素材)に載せられて色々なものが私の前に置かれた

 

 まずは、湯気を立てる紅茶みたいなお茶。私もここ数年で飲みなれたんだけど、独特の苦味が割とある

 そして、6等分かな?されたしっとりとしてそうな生地のケーキ。スポンジって感じはない白っぽいクリーム色に、しっかりと上に塗られた琥珀色のジャム、そしてアクセントには鮮やかな青い木の実が一個載せられている

 「わ、チーズケーキ?」

 「はい。ごめんなさいこんなもので……」

 申し訳なさそうに呟く少女に、私はいやいやそんなって首と手をぶんぶんした

 「美味しそうじゃん!」

 「でも、貴族の方々が普段食べてるっていうケーキと違って、チーズは買いやすいお値段ですし……」

 「……アナスタシアちゃんって、ひょっとして結構勘違いしてる?」

 ぽつりと言いながら、サクッと生地にフォークを入れる。しっかり塗られて層になってるジャムから小さくリンゴの香りがするし、ひんやりした生地は滑らかで心地好く切れる。でもしっかり砕かれたクッキー生地が下にあるからお皿がベタッとしないし……うん、前世の私が好きでお祝いの日には良く買ってきてたチーズケーキに良く似てるかな

 上のジャムはリンゴじゃなかったんだけど、懐かしいなぁ……

 

 「あ、あのっ!美味しくなさそうですか?」

 ……っていけない!物思いに耽ってたら、少女の青い瞳に心配そうに見詰められてて、慌てて口に運ぶ

 「うん、美味しい!美味しいよこれ!」

 「えへへ、良かったです。後でわたし達の事を心配してくれている騎士団の皆様にも贈ってきますね」

 言いつつ、少女は私の向かいに腰かける

 

 「ん?要らないの?」

 その席に置かれてるのはカップだけで、ケーキがない

 「あ、わたしは……みんなの分で全部ですから無くて大丈夫です」

 「ん?じゃあ私も食べない方が良かった?」

 「い、いえ良いんです大丈夫ですどうせノアさんは食べないから一切れ分余ってるんで平気です」

 って謙遜するけど、ってことはこの私が食べてる一切れ、本当はこの娘自身の分だったって事だよね?何かちょっと申し訳ない

 

 「っていうか、ゼノ君ぜんっぜん話してくれないんだけど、あのエルフの人何者?どうして受け取らないの?」

 「施しは受けないわよって人なんです。だから、自分から等価交換ってなにかを渡すとき以外、物は受け取ってくれないんですよね……

 あ、ノアさんは……えっと、エージーエックスって分かります?」

 少しだけ怯えの入った声

 

 「そういえば、その関係であなたに言わなきゃって思ってた事があったよ私!」

 そうだそうだ。お茶奢って貰ってる場合じゃないよ私!

 

 「……リリーナ様?」

 「そう、そうだよ!言わなきゃ!」

 私は一気にお茶を飲んで喉を……熱っ!?

 

 「だ、大丈夫ですか!?」

 って、水を貰って一息。うん、駄目だよね熱い紅茶を一気飲みなんて、反省反省

 「うん、私は大丈夫

 それでね、アナスタシアちゃん。私さ、貴女の敵になることにしたんだ」

 柔らかに微笑んでいた少女の顔から表情が抜け落ちる。眼から光が消える

 うわ、何かヤンデレっぽい。原作小説ではこんな顔全くしなかったのに……

 

 「皇子さまに、何をする気ですか?」

 きっ!と結ばれる桜色の唇。震えながら、胸元で組まれる手と、輝きだす腕輪

 「ストーップ!ちょっと待って!?私別にゼノ君に危害とか加えないよ!?」

 えこれどういう理屈!?恋敵宣言で何でゼノ君にどうこうが出てくるのさ!?

 

 「……?」

 首を傾げないで欲しいかなぁアナスタシアちゃん!

 「私もさ、色々思ったし考えたんだけどさ。やっぱり……どんなゲームでは好きだった人とか居てもさ、皆幸せな道を考えてもだよ

 この世界で、今の私で。誰よりも私を助けようとしてくれたのって、結局ゼノ君なんだ。その彼を……まずは助けてあげたい

 私も、彼の為に戦ってあげたいよ。だって、私は……リリーナ・アグノエルはこの世界(ものがたり)ヒロイン(主人公)なんだもん」

 えへへ、と曖昧に私は笑う

 

 「恋とか愛とか、ちょっぴり分からないしさ。結婚ーとかちょっとゼノ君相手には縁遠く感じるけどさ

 この気持ちが好きではない事なんて有り得ない。だからさ、多分私達は……」

 

 と、突然握られる右手。紅茶のカップで暖められた柔らかですべすべした綺麗な両の手が、私の右手を包み込む

 「あ、そうなんですね!」

 キラッキラの笑顔だ。心底嬉しそうで……

 ん?あれ?別に私にゼノ君を押し付けて自分はエッケハルト君とくっ付きたかったのが本音だったとかそういう事無いよね?

 

 覚悟してたのと違う反応に困惑する私を他所に、銀のサイドテールがうんうんという頷きに合わせて小さく揺れ続け、もう一人のヒロインは私の手を持ち上げた

 「はい、リリーナちゃん!一緒に皇子さまを護りましょう!」

 

 「……あれ?恋敵宣言のつもりだったんだけど」

 「わたし、皇子さまが幸せになれるなら何でも良いですよ?

 だから、リリーナちゃん……様が皇子さまの事を心の底から助けたいって思ってくれて嬉しいんです」

 少し前に光の無いヤンデレ顔してたとは欠片も感じない一点の曇りすらない笑顔で少女は喜んだ

 「信者っ!ゼノ君信者だこれ!?」

 

 拝啓、前世でリアルティアだの頭アナスタシアだのゼノ君ファンを揶揄して笑っていた皆様へ

 本物もそうだったんだけど!?




読み飛ばしても何の問題もない不確定にしていたネタバレ付きおまけコーナー、味方転生者の簡易まとめ
ネタバレ要素を含みます。ネタバレが気になる方は無視してください。



遠藤 隼人(えんどう はやと)
転生先:エッケハルト・アルトマン(攻略対象)
転生神:精霊真王ユートピア(真上 悠兜)
転生能力:固有スキル変更(焔の公子→七色の才覚)
我等がエッケハルト。アナちゃん大好き転生者。転生者の中での強さはというと最低クラス。
正確に言えば、本来のエッケハルトの魂に、物質化させた遠藤隼人の魂を後付けすることで転生させているのだとか。その関係で本来の魂の固有能力を喪い、代理として七色の才覚がくっついている。他の転生者とはやりかたが違うため、別に二つの魂で二度死ねる訳ではないらしい。
行動指針はアナちゃんとイチャイチャしたい。本当にそれだけであるが、流石にイチャイチャするために世界が滅ぶのは……という良心は併せ持つ。
ちなみに彼が転生させられた理由はというと、聖女であるアナスタシアを護るナイトの役目を増やしたかったから(ユートピア談)。
一応七色の才覚に仕込みはあるため、本気で役立たずではない。

 
 
早坂 桜理(はやさか おうり)
転生先:サクラ・オーリリア(通称オーウェン)
転生神:OOMG、《『《光虹》の楽園』 ミレニアム》
転生能力:王鍵ファムファタール・カノン
オーウェン君。ゼノ君の預かり知らぬところで勝手に倒されていた最強の転生者。
所有するチート能力は王鍵ファムファタール。またの名を、AGX-15アルトアイネス。そんなものあるなら戦えと言われそうで怖くて怖くて隠しているが、実は唯一ユーゴ・シュヴァリエのアガートラームを真っ正面から倒せる最強のAGXを持つ。
前世は中性的な顔立ちだったが故に女みてぇと虐められており、一人引きこもって僕は男なんだ!と男っぽい趣味としてロボゲーに嵌まっていた男の子。父親が事業に失敗して狂って以降、暫く父親に「女みたいな顔したお前なら抱ける」と性奴隷にされていた事から心を病み理科室の酸で自ら顔を焼いた経験を持つらしい。
転生した際に最強の力を与えられ本来は円卓を担うアーサーとなる筈だったが、ただのちっぽけな人間である母によって自分が本当に欲しかったのは男らしさやそれを誇示する圧倒的な力じゃなくて他人の暖かい心、小さなこの手の中の幸福だったのだと理解。誰も知らないところで愛によって勝手に円卓としては倒されていた。
第一シリーズはあまりやっていないので、好きなキャラは特に居ないのだとか。強いて言えば今の母(モブ)。恋愛面は滅茶苦茶に奥手。
アルトアイネスで世界を滅茶苦茶にさせるべく、自棄になるようわざと女性として転生させられている。その為実は女の子なのだが、上のトラウマから自身の女性性に対し深いトラウマを抱えており男性として振る舞っている。
 
 
 
門谷 恋(かどや れん)
転生先:リリーナ・アグノエル(主人公)
転生神:紅蓮卿(カーディナル)(晴天の女神シャルラッハロート)
転生能力:好感度が見える眼
リリーナ嬢。頭お花畑で暗い過去を持つ女の子。彼女もまた、エッケハルトのように他の転生者達とは転生させた神が異なる為能力面が特殊である。
特殊能力は相手の好感度が大体分かる眼。つまり、誰と誰が険悪だとかそういったゲームで言えば友人枠が教えてくれる情報が見れるくらいの効果である。
ちなみにこれはエッケハルトも同じだが、転生時に与えられた能力が弱いのはこの二人を転生させた神々は七大天と縁のある神であり、世界を滅茶苦茶にするつもりまでは特に無い為である。
本来はリリーナ・アグノエル自身を生き抜かせる為の後付け強化パーツみたいな扱いになる筈だったのだが、境遇を知った聖女本人が『私の人生を一緒に生きよ?』と主導権を明け渡している為に人格が表に出られているのだとか。
恋自身は本当のリリーナの人生を奪ってるんだよね……と落ち込んでいるが、リリーナ当人の魂はというと恋ちゃんと一緒に生きてるから君の幸せがつまり私の幸せ、だから頑張れーと後方守護霊面。本人曰く『ゲームで言えば恋ちゃんルート行ってるからオッケー!』


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異伝 桃色少女と新たな友達

「えっへへー」

 とても上機嫌なメイド服の女の子が、ホワイトプリムよりちょっぴり暗いんだけどもっと綺麗にも見える銀の髪を揺らし、ニッコニコで何かを取り出してくる

 あれ、普通の箱……じゃなかった。魔法で冷やすから、この世界の冷蔵庫みたいなものって結構どんな格好でも良いんだよね

 綺麗な水を巡らせる水槽みたいなインテリアにしか見えない場所から、天面を開いて取り出されたものは……ルビー色のゼリーだった

 

 「わ、宝石みたい……」

 キラキラして、内部に星みたいな青い粒が散っていて……単なる宝石っていうよりは赤い星空?みたい

 

 「ノアさんから貰ったすっごい逸品なんですけど、一緒に食べましょうリリーナちゃん!」

 うーん、心配になる

 この娘、ゼノ君の為だよって言ったら簡単に騙せちゃいそう。無防備っていうか、自分が完全に一人しか見えてないから回りからどう見られるかとか考えてないよね多分

 いや、私自身そこまで教育されてる訳じゃないよ?令嬢としての振る舞いーとかさ、結構杜撰な自信がある。って本当はそんな自信あっちゃいけないけどね

 原作リリーナも完璧令嬢とは程遠いし、まあ私は最低限は出来るくらいの教育はある。シルヴェール様ルート行くとかだったら……基礎は叩き込まないとまず無理なんだけど、そこまで行く気も無かったしね

 

 でも、この子って貴族社会に全く適応していないっていうか……そもそも孤児で拾ってくれたのもゼノ君っていう皇族とは思えないくらいに距離感近い存在だから当たり前なんだけどさ

 っていうか、ゼノ君が悪いよねこね。手を伸ばせば手を取ってくれる皇族って、頭と倫理観バグるよそんなの

 

 っていうか、私の心も結構破壊されてるかもしれない

 「うーん、何か思ってた反応と違いすぎて怖いんだけど……ま、いっか!

 宜しくねアナスタシアちゃん!」

 と、私も笑顔で手を差し出して……

 「あ、ごめんなさいその呼び方止めてください」

 「え?ちゃん付けって駄目だった?私は可愛くて良いと思うんだけど」

 目線を下げた目の前の女の子に、何が地雷なんだろって唇の端に指を当てて唸る

 

 「エッケハルトさんがわたしをそう呼ぶので、思い出してちょっとだけ嫌な気分になります

 好い人なのは分かりますけど、わたしの気持ちはやっぱり考えてくれないですし……」

 うん、確かにって相槌。エッケハルト君にはアナスタシアちゃんと恋仲になりたいから応援してって言われてるし、そこはまあ手伝ってあげなくもないかな?くらいには思ってるんだけど、普通に勝ち目ないよねこれ

 いや、普通にゼノ君貶す発言してる時点でさ、この娘絶対に靡かないって

 

 「リリーナちゃん?」

 「えっとね、ほら、今日の事。エッケハルト君の名前で思い返しちゃってたんだ

 なんでみんな、あんな発言するんだろって」

 力強く銀髪が頷く

 

 「そうですよ!なんで皇子さまを追い出して、それを誇るんですか!

 エッケハルトさんもそうですよ!わたしやタテガミさんはすぐに追いかけられないのに、フォローに行ってくれませんし……」

 「うーん、まあゼノ君が忌み子って一般的には嫌われるのは分かるんだけど」

 と、少女の瞳がまた曇る

 結構ナイーブで面倒くさいよねこの子。いや、恋に一生懸命って可愛さはあるけどさ。私も小説版では応援してたけどさ

 端から見るとちょっと思うところはある

 

 「でもさ、私にとってはホントに恩人だよ?例え忌み子でどうこうでってあったとしてもだよ?私がゼノ君をもしも忌み子だしなぁって思っててもだよ?

 恩人を貶されて良い気はしなくない?それで私に好かれようって、みんなズレてるなぁ……」

 「ですよね!」

 うわ、めっちゃ嬉しそう。アナちゃんニッコニコだこれ

 

 「皇子さまをどんなに悪く言われても困りますよね

 あ、リリーナちゃん何か要りますか?ちょっぴり高級なお茶とかでも出しちゃいますよ?」

 「いやいや、まだまだ前のあるから」

 ……何か、ぐいぐい来るなーってちょっとだけ引いてしまう

 

 そうして、逃げるようにゼリーを一口

 「……ちょっぴり大人の味」

 美味しいよ?美味しいんだけど、不思議な味。こんな果物食べたことない

 「何の木の実なの?」

 「えっと、血のゼリーだそうです」

 「ち?」

 「はい、動物さんの」

 「え、血なの!?」

 眼を見開いて驚きながらゼリーを見る

 

 え、これ血なの!?

 「エルフなのに!?」

 エルフっていえば菜食主義みたいなイメージなんだけど

 「エルフの皆さんと会ったことありますけど、別にお肉食べないなんてこと無いですよ?」 

 「何かイメージと違うなぁ……」

 言いつつスプーンでもう一口。うん、血と言われても分かんないくらいには美味しい

 

 「でも美味しい」

 「はい、すごい人……あ、凄いエルフさんなんです、ノアさん」

 「アナスタシアちゃ……」

 言いかけて止める。あ、さっき言われたところだった

 どうしよう、えーっと、私の知ってるアナスタシアの愛称は……

 「アーニャちゃんと、縁あるの?」

 「あ、皇子さまと一緒にエルフの皆さんを頑張って護ったんです」 

 きゅっと手を握り、小さく力こぶを作る銀少女

 

 「その時、わたしがこの腕輪の力を借りれるように、頑張って手を貸してくれたのがノアさんです」

 「へー」

 色々聴きながら、お茶やゼリーやケーキを貰う

 

 「えへへ、でも嬉しいです

 わたし、こうして普通にお話しできる友達居ませんでしたし……」

 はにかんで頬を染めるアナスタシアちゃん

 それは可愛いんだけど……

 

 「友達なんだ。っていうか、友達居なかったんだ」

 孤児院の出なのに

 「わたし、孤児院ではお姉さんしなくちゃでしたし、ノアさんやアイリスちゃんは凄すぎますし……

 あ、勿論リリーナちゃんが凄くない訳じゃないですよ?」

 「まあ、自覚はないけどね」

 

 って、苦笑する私。ゲームのリリーナ・アグノエルは後半もう凄かったけど、私じゃね。あそこまで覚悟は決められないっていうか……

 

 「でも、わたしは龍姫様の腕輪の力を借りてるだけで、本物の聖女さまじゃないですし……

 皇子さまのお役に立てることも何にも無いから……」

 いやいや、ゲーム的にはアーニャちゃんもそのうち聖女だよ?と言いたいけど、今言っても虚しいから止めておく。本家とアナザーが両立するシナリオって無いし、私が死ななきゃ駄目だったとかなったら嘘になるしね

 いや、その場合嘘になって欲しいってだけなんだけど。死にたくないなぁ……

  

 ……って、あれ?

 ゼノ君、ティア=龍姫様って言ってたよね?なら、アーニャちゃんに聖女の力とかあげられたりしないのかな?

 後で聞いてみよっかな。ゼノ君なら優しいから普通に教えてくれる筈だし

 

 そんな事を思いつつ、私はゼノ君を出汁にすると距離感が近くなる新しい友達とお話を続けた

 うーん、ゼノ君の味方だからって男の子相手にも距離近くて勘違い量産してそ……ゼノ君至上主義が分かりやすすぎてそんなこと無いか、流石にね?




おまけ、ゲーム版のウワサ
実はリリーナ編にゼノルートが無いのは同族嫌悪らしい


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授業、或いは薄荷

コツコツと板を叩く音がする。

 何だかんだ手書きの文字文化はこの国にも浸透している。おれは小さな魔力筆を握り、その低い背丈で腕をいっぱいに伸ばして板のそこそこの位置に文字を書いていくポニーテールの少女をぼんやりと眺めていた。

 

 本来はもっと集中すべきなのは分かっている。折角エルフ種であるノア姫が教員として人間に歩み寄り、エルフの考えや歴史を語ってくれているのだ。それを聞き流すなんて無礼に決まっている。

 

 それでも、おれの意識は時折内的な思考に逃げていく

 かなり早くに来るだろう、アルヴィナとの決戦に備えての思考に。

 

 アルヴィナ当人はまあ、本気に見える程度に戦力を整えて負けに来てくれるだろう。だが、それ以外は?

 アルヴィナが出てこれたということは魔神王が許可したということだ。原作の彼ならともか……

 いや原作からしてシスコン極まるから過保護だろうし、今回は真性異言(ゼノグラシア)。始水を襲った以上原作知識は間違いなくあるだろうし、どれだけの策を練ってくるか……

 おれを呼び出せばアナは多分着いてくるからそこで総力を挙げて殺しに来るとか十分有り得る。

 

 あと3週間。龍の月が終わり神の月が始まった今から換算して……四週目の水の日を狙う、とアルヴィナの手紙にはあった。

 精々瞳に勝てるという希望を詰め込んで、とらしい台詞付きで。

 だが、本気でやりあうとしたら……というところで堂々巡り。シロノワールが回収してくれた槍の解析も、ダイライオウの完成も何も目処がたっていない。

 不測の事態に何一つ対抗できない今、おれは……

 

 ツン、と額に当たる筆。光の魔力によって仄かに暖かな柔らかさ。

 見上げれば、呆れ顔のエルフが椅子に座るおれを見下ろしていた。

 「あのねぇ、真面目に授業を受けてくれるかしら?」

 「……すまない、ノア先生」

 「他はまあ、良いわ」

 くるっとターンしながら、周囲を見回す少女。流れるように揺れるポニーテールに目を奪われかけるが……周囲の男子生徒の視線はずっとそれより下、スカートの裾と割と見える太股に釘付けだ。

 

 さっき背伸びしていた時だって見えそうって感じでガン見していた視線が多いのは分かっていたしな。

 

 「皇族たるアナタがワタシという高貴な存在が折角気紛れに授業をうけもってあげているというのに、規範を見せられていないのだものね。それは他の生徒の気持ちも弛むはずよ」

 しゃんとしなさい、と言い残し教卓に戻っていくエルフ姫を見送って、おれは机の上を見る。

 

 小さな透き通ったスライム状の物体が置かれていた。薄荷色とでも言うべきか薄緑で、小さく爽やかな香りがする。

 ……心配してくれたのだろうか。あまり何かをくれることがない彼女が何も言わずに置いていくなど珍しい。大体は感謝なさいと言ってる気がするのだが……

 そうだな、あまり考えていても仕方がない。ノア姫が怒るだけだ。

 

 そう考えておれはゼリーみたいなそれを口に放り込んだ。

 うん、マジで薄荷……っていうよりワサビかこれ!?結構刺激的だなおい!

 スーっとするよりツーンとするんだが!?

 

 いや確かに意識は冴えるけど!

 「あ、お水です皇子さま」

 と、横で真面目に話を聞いていた少女が水を出してくれる。

 

 ちなみに高等部、紅蓮学園と呼ばれる此処の授業は一コマが長いのでちょっとした手間の掛からない軽食や水分補給くらいはマジで何も言われない。

 前世の記憶を辿れば中学だと弁当食ってんじゃねぇよと怒られている奴の記憶があるんだが、此処ではそんな事はないのだ。

 ついでに、その彼にお前の昼飯寄越せされる危険もな。いや、それは元々他人に向いてた矛先を彼を庇うことでおれに向けさせたからノーカンか……

 

 それを一口飲んで、おれは授業を聞く体勢に戻る。

 ……なんだろう、周囲からの視線が痛い。ついでにもう片隣のリリーナ嬢の視線は痛くない辺り、やっぱり彼女はそこまでおれルートとか考えてないんだろうな。

 

 「……良いかしら?

 まあ、ワタシが気になるなら好きなだけ見てくれて良いけれど、試験に落ちないようにだけ頼むわ」

 その言葉で仕切り直し、ノア姫は小さな体で版書を再開した。

 

 「……さて、神話の時代は此処までよ」

 それから暫くして、パタンと手書きの教本を閉じてエルフの少女が告げる。

 時はそろそろ昼時。もう終わりの鐘が鳴り響くだろう。

 「そして、一つ告知させて貰うわ。この次3週間、授業は無しよ」

 

 騒然とする教室。

 「ノアちゃん先生に会えない……?」

 「ミニスカ……」

 「ふともも……」

 「聖女様助けて……」

 ……って何を残念がってるんだこいつらは、と呆れながらも横のアナと二人真面目に話を聞く体勢を取る。

 

 「うん、ちゃんと聞こ?」

 と、リリーナ嬢はちゃんとリーダーシップを出そうとしていた。結構頼れる。

 「ええ、静かに。アナタ達もこれまで聞いてきた通り、エルフという真に女神アーマテライア=シャスディテアの眷属から見てきた人類史というものが、ワタシの授業。

 それを真に理解しアナタ達の糧にするには、恐らくだけれども今のアナタ達は人類から見た歴史を知らなさすぎる」

 分かるかしら、とエルフ姫はその低い背丈ながら少しの威圧感を持っておれ達を紅玉の瞳で見つめる。

 

 「例えば聖女史。色んな本でも描かれているし、ああした小説仕立てのものはワタシも一定の評価はするわ」

 なんて、ちょっぴりお茶目なのか少女が教卓から持ち上げるのはイラスト付きの恋愛譚仕立ての聖女の本。聖女リリアンヌは最後にエルフの英雄ティグルと両想いになったという……恐らく事実ではない妄想で締め括られる少女小説だ。

 いや、人気は結構あるんだが……

 横でアナもちょっぴり困ったように笑っていて、共感すべきか何と反応すべきか、他の女子生徒達も戸惑っていた。

 一方男子生徒は理由は分からないが湧いていた。

 

 「でも、そうしたものでしか知らない。だから、今のアナタ達に向けて講義しても意味はないの。

 それ故の休講。まずは自力でアナタ達なりに、魔神王と聖女の戦いを学んで知識を付けてくれるかしら?伝説として伝わっているけれど、ワタシからすればお祖父様の時代、口伝出来る程度の昔よ。調べれば学べない筈なんて無い。というか、実際に幾つかの本ならばこの学園の資料庫にあるのを確認しているもの」

 少女教員は肩を竦め、分からないなら落第ね、と長耳を揺らす。

 

 「まずは一から見詰め直せるだけの聖女史観を持つこと。それを3週間の課題とするわ。これがワタシからの宿題、出来なかった者は落第点をその場で押させて貰うから、覚悟してしっかり学んできてくれる?」

 と、鳴り響く鐘の音。授業終わりの音にして、昼御飯の合図。

 

 ……といっても、授業取ってない学生等は既に寮の食堂なり何なりで各々食べ始めてるんだろうけどな。

 「アナタ達がワタシの生徒で在り続けることを祈るわ

 では、今回の授業は此処までよ。そこのぼんやりしていた無礼者だけ補修、後は自由にしてくれるかしら?」

 ノア姫の宣言と共に少し空気が弛緩して……

 

 「お、怒られちゃいますよ皇子さま?」

 「ゼノ君眠かったの?」

 そんな呼び出しを食らったおれに話しかけてくれる両脇の聖女×2。

 ちなみにだが、ちゃんとオーウェン&ガイストって形でおれ以外にも騎士団メンバー+αは居たんだが、どうしてか二人でおれを挟んで座っていた。

 お陰で変に睨まれるんだが。リリーナ嬢、婚約者だからって近くに居ることは……いや頼勇居ないからそっちの隣!って言えないから仕方ないかこれは。

 

 「……補修はワタシにあてられた教員室。

 昼の後で良いわよ、高貴なるエルフの授業でぼんやりする程に疲れてるのでしょう?休憩を取らずに補習しても意味ないわ」

 「……次の限とか」

 「無いのは知ってるわよ」

 近付いてきたエルフ姫は、何時ものワンピースの衣装のポケットから小さな布を取り出して、おれのデコを拭う。

 

 「はい、光は取ったわ」

 「……光ってたのか」

 「光ってました」

 「うん。第三の眼ーって感じ」

 ……寝てる間に額に肉とか書かれてるみたいな感じだろうか。

 

 「悪戯は程々にしてくれノア先生」

 「なら、ワタシの授業を優先しないこともこれきりにしてくれるかしら?

 あと、そこの聖女達は来たいなら来てくれて良いわ」

 それを言うと、彼女はポニーテールを揺らして身を翻し……

 

 「気は進まないのだけれども、ニーソックスを履くなりスカートをロングにするなりすべきかしら?」

 「ニーソックスなんて履いたら喜ばれるだけだと思う」

 「そう」

 そのまま、エルフの姫は立ち去って行き……後には恨みを込めた目線を向けられるおれが残った。



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永遠姫、或いは補習授業

そうして訪れたノア姫の教員室は、薄暗い部屋であった。

 「光を!」

 

 魔法書片手に明かりを灯すのはリリーナ嬢。やっぱりというか着いてきたアナはというと、いきなりの明度の差に眼をぱちくりさせていた。

 「……あら、暗い方が雰囲気あると思ったのだけれども、嫌いだったかしら」

 「普通に話したいだけだよノア姫」

 「教員室なのだからしっかりノア先生と呼びなさい。礼儀が足りていないわよ」

 「すまない、ノア先生」

 

 冗談めかした口調で責めてくるエルフ姫に向けて微笑んで、おれは部屋を見回す。

 ……結構デカい部屋だ。流石に教室程はないけれど、狭っくるしい感じは全くといっていいほど無い。

 全体的にしっかりとした調度品が並べられていて、ノア姫の部屋って感じもあまりないが……

 

 「こんな部屋なのは珍しい」

 「そうね。長く教鞭を取る気もないのだし、そのうち次の教員に引き渡す間借りの部屋よ。自分の趣味に改造なんてしたら、それこそこの学園に骨でも埋める気なのかしらってなるでしょう?」

 さっき見せた恋愛小説仕立ての聖女物語を閉じて、エルフ少女は優雅に一口お茶を啜った。

 

 「……一応一理あるのか」

 「何にもしなくても素敵なお部屋ですしね」

 と、フォローなのか何なのか万能な誉め言葉を告げるのは銀の髪の聖女。

 

 「……さて、アナタはしっかり授業を受けた筈よね」

 言いながらおれに椅子を薦め、少女は苦笑いする。

 「まあ、今日はあまりにも上の空だったようだけれども」

 「すまない。どうしても……」

 「分かってるわよ。だから休講も用意したの」

 「あれ?皇子さまの身が入ってないからですか?」

 「馬鹿言わないでくれる?それだけで休みなんて作らないわよ。でも、ワタシの力が必要でしょう?」

 耳をぴくりと跳ねさせ、紅玉の瞳がおれをまっすぐ見据える。

 

 「つまり、休講はおれに手を貸してくれる為だと?」

 「魔神族、特に屍の皇女。その対応はアナタがエルフに求めたワタシ達を助けるためにアナタがその左目を含む多くの血を支払った見返りとして求めたものでしょう?

 それを蔑ろになんて出来ないわよ」

 「……ああ、有り難うノア先生。貴女の力……特に故郷への転移、いざという時には頼りにさせて貰う」

 と、おれは何時もの態度のエルフ姫に頭を下げた。

 

 「あら」

 降ってくるのは意外そうな声。

 「アナタがごねないなんて、ちょっとは成長したのね。前なら危険だとかわざわざ危険を犯すほどじゃないとかふざけた言葉を吐いていたでしょうに」

 優しく眼を細めておれを見るノア姫。

 

 「偉いです皇子さま!」

 「いやアーニャちゃん!?それ褒めてるのか貶してるのかわかんないよ!?」

 そして、いつの間に仲良くなったのか漫才を始める聖女達。

 

 アナ……友達が出来て良かったな……と素直に思う。というか、機虹騎士団としては聖女二人が反目してるよりは仲良しの方が護衛しやすいから良いんだよな。ユーゴみたいな超火力に一気に磨り潰される危険さえ除けばな。

 

 「……こほん、まあそこは良いわよ

 アナタ達も必要かしら?」

 自身のカップを振るエルフ姫に、女の子二人は頷いた

 

 「さて、ワタシが聞きたいのはまず、エルフの存在がどういったものか、前より見識は深くなったかしら?ということよ。

 エルフにとって、幼子と少女の差は何かしら?」

 身長の差から上目になるポニーテール少女に、流石に覚えてるよとおれは苦笑を返した。

 

 「女神様の加護……いや、庇護」

 「加護と言ってたら落第させてたところよ」

 悪戯っぽく笑うノア姫。危ないところだった……

 

 「勉強の成果ですね皇子さま」

 「っていうか、庇護と加護の差って?」 

 ……分かってないのが此処に一人。

 「リリーナ嬢。落第させられるぞ。

 語感の通りの差だよ。女神様の似姿であるエルフ種は全員女神の加護を基本的に持つ。そして、その加護を喪った者が咎エルフと呼ばれる」

 「では、ワタシは咎エルフなのかしら?違うことくらいは分かるでしょう?

 だから、女神の加護は差にはならない」

 「う、うん何となく分かる」

 「でもですよ?わたしが皇子さまに守って貰っていたみたいな庇護って、子供がされるものじゃないですか?」

 ぽん、と桃色少女が手を打った。

 

 「そっか。無条件で護って貰ってる力が、大人になると消えるってこと?」

 エルフの姫は少しだけ呆れ顔をした後、眼を閉じ頷く。

 「正解よ。庇護は消えるけれど加護は消えない。少し女神の力が弱くなるけれど、その分ワタシ達は大きく成長している筈だから結果的には問題がない補助、それが女神の庇護よ」

 でも、と少女の瞳はおれを見つめる。

 

 「ワタシには一応今も庇護があるわ」

 ちらりとエルフの目線は自分の胸元に落ちる。そして、アナの方へ向いて、そのあまりの落差にはぁ、と息を吐いた。

 「ええ、こんなんだものね、ワタシ。妹に比べても随分と幼子な外見でしょう?」

 「……いや、大人っぽいですよ?」

 「雰囲気の問題じゃないわ。体の問題」

 でも、有り難うとはにかんで、姫は言葉を続ける。

 

 「でも、だからこそ……アナタに一つ問うことが出来るわ、人間の皇子。エルフの為に命を擲った聖女リリアンヌ、いえ違うわね。アナタの先祖カイザー・ローランド以来の恩人。

 必要ならば、その庇護は永遠に出来るの。永遠姫の誓約、女神様に永遠の庇護を願う、永き時を子供のまま過ごす秘術によって」

 静かに空気が沈む。リリーナ嬢も、今は黙りこくって話を聞く。

 

 「聖女が二人も居るのだからと安心できるかもしれないけれど、未来はどうなるかは不明よ。

 そんな時、永遠姫となればワタシも聖女擬きのような事は出来るようになるわ。ええ、女神の庇護を受けたエルフ、永久に神の子たる幻想の存在として、ね」

 「……ノア、姫」

 「ええ、勿論そうなれば今のワタシはちょっぴり立場が変わるわね。ウィズに様々任せてきたけれど、一応今の纏め役はワタシ。

 けれどもそれも変わるわね、永遠に成人せず、何時か儚く神の御元に送られ消える幻想となるのだもの」

 

 それなのに、残酷な事を言うのに、彼女は優しくおれに笑うのだ。

 「そうね。その場合は……アナタを養子にでもしようかしら?」

 「いや何でですかノアさん!?」

 一気に厳かな空気が四散した。

 

 「あら、永遠に我が子なんて抱けない存在になるのよ?養子くらい良いじゃない。

 ワタシにだって、そうした願望の一つくらいあるわ。だから、そこの両親の愛の足りない被虐待児そのものの生き物を育ててあげるの。

 ああ、安心なさいな、我が子ともなれば、代価なんて要求しないわよ」

 それはどこまでも、妖精のような儚さを感じさせる顔だった。

 

 「元々、アナタ無くしては既に無い命、ここまで魔神族の話が出て、アナタの願いが切なるものだと分かった以上、それに応えてあげる。

 望むならば、永遠姫になってあげるわ。そうして、護ってあげる」

 訴える瞳に対して、おれは残っている右目を閉じる。

 

 何も見えなくなる。あるのはただ、迷いだけ。

 始水は呼ばない。これはおれに対する問いだ。始水が言ったからなんて逃げ道はあっちゃいけない。おれが結論を出さないといけないんだ。

 

 ノア姫に、自己犠牲の力を求めるか否か。

 

 ……ふぅ、と息を吐く。

 当然、答えなんて最初から決まってるんだ。おれの言うべき回答はたった一つ。

 ただ、魅力的な提案に揺らぎそうな馬鹿な考えを、心の水面に沈めるだけ。

 

 「ノア姫」

 「……ええ」

 「自分の幸せを捨てようとしないでくれ」

 「それがアナタの本音かしら?自分は捨てようとしていて、周囲を巻き込んで迷惑な行動となっていて、それでも曲げないのに。

 ワタシにはそのアナタの行為とは逆の事を言うのね」

 冷たい怒りに震える声が、おれを打つ。

 

 「アナタは結局、分かっていたと思ったのが間違いだったのかしらね」

 「……違うよ、ノア姫。民だからみたいな事を思ってるんじゃない」

 「なら、何かしらね」

 「……単におれは、ずっと助けてくれた誇り高くて見惚れるほど心の(たけ)きエルフには、幸せになって欲しいだけなんだよ。その為におれは戦いたい。

 アナや竪神のように」

 その本音に、暫し少女は押し黙る。

 

 「ええ、良いわ。二度目は無いわよ。

 幾ら成長遅めのワタシでも、アナタの7倍近い時を生きているのだもの。そのうち庇護は消える、それからやっぱり辛いから永遠姫になってくれと言われても困るから、もう一度最後に聞くわ。

 ワタシに何を望むの?」

 「人々の……いや、人間だけじゃない、貴女を含む手の届く限りの皆の幸せを目指す為に、おれに力を貸してくれ、ノア・ミュルクヴィズ姫」

 「ええ、それがアナタの選択ならば。死なない程度に、全力で力を貸してあげるわ」



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ノア、或いは作戦会議

「……シエル様、本当に申し訳ない話になるけれど頼まれてくれないか」

 おれは向かいに淡い金のポニーテールの先っぽを指先に絡めるエルフを見ながら横の銀の聖女の方へと声をかける

 

 「皇子さま?」

 「暫くノア先生と話がしたいんだけど、アウィルの分のご飯の用意を忘れてしまって」

 「材料があったらアウィルちゃんが普通に自力で作ると思うですけど、その準備も無しですか?」

 「朝の素振りに付き合って貰ってさ、朝を竪神が持ってきてくれた保存食を三人で食べてきたから」

 「あ、じゃあわたしがアウィルちゃんの分、持っていきますね」

 少女はポケットから取り出した手帳に目を落とす

 「ちょうど、今日の授業ってノアさんの講義で終わりですし……」

 行ってきますねと嫌な顔一つせず、銀の聖女は立ち上がると

 

 「あれ、でも護衛とか」

 「ガイストとエッケハルトを信じろ」

 ほぼ常に機虹騎士団の誰かが護衛に付くのが鉄則だが、その辺りはガイストが何とかしてくれる。そういった裏方は割と出来る奴なのだ

 あれでもガルゲニア公爵家の跡継ぎっていう化け物みたいな高位貴族だからな。情報網とか広いし、采配も出来る。頼勇がバケモン過ぎて頼勇任せで良くないか?が多発するので影が薄いが優秀なのだ

 

 うん、アイリスの事はどこかでおれが死のうが追放されようが大丈夫だ

 

 そんな風に体よくこの先の話を聞かせたくない少女に席を外して貰い、おれは改めて協力を申し出てくれたエルフの姫に頭を下げる

 「すまない、助かるよノア姫」

 「ええ、頼りにしなさい。アナタのやることがエルフに……いえ、それを含む多くの者にとって利益となる限り、あの日の願いに従ってワタシが手を貸してあげる。それは幸福な事でしょう?

 それを忘れないで」

 くすっと優雅に笑って、少女はカップを滑らせる

 

 「あ、リンゴの香り」

 ちなみに、リリーナ嬢は居なくならなかった

 いや、どっちでもいいっちゃ良いが……

 

 で、良いのとばかりにお茶を出されてもいないのに居残る少女を視線で示す教師におれは良いんだと頷いて話を続ける

 

 そう、ノア姫がわざわざ屍の~相手に必要でしょう?と前振りしてくれた通り、この先の話はおれ一人では何とも出来ない事だ

 一応カラドリウスから託された翼はあるが、あれは好き勝手転移できたり空を飛べたりする便利アイテムではない。世界を渡る翼として世界の狭間に移動する事は出来ても、アレも結構な無茶

 その力以外だとおれは正面突破以外で移動できないからな。それでアルヴィナを拐って逃げおおせろ?無茶を言うなという話だ

 

 だから、助けが必要だ

 「そう、分かったわ」

 言って少女はもう一セットカップを机の上で滑らせた

 それを受け取って、何か鳩が豆鉄砲食らったような顔してるなリリーナ嬢

 

 「あ、結構優しい」

 「ノア姫は何時でも優しいぞリリーナ嬢」

 「どの口が言うのよ、初対面のワタシにお茶をかけられた上に、礼の一言も無かったでしょうに」

 「え?そんな態度だったの?」

 へー、となってる桃色聖女に、終わったことだし人間をバカにしてたならしょうがないよとおれは告げる

 

 「それ、馬鹿にし返してるみたいに見えるわよ」

 呆れた声音で、けれども余裕を崩さずにエルフが告げる

 「……で、彼女は聞かせて良い相手な訳ね」

 その言葉にはそうだと首肯

 「え、何の話?」

 「リリーナ嬢。前にアルヴィナについては話したろ?

 ……当然、あの日来たアルヴィナは本気じゃない」

 いやと苦笑しながら一口お茶を飲んで続ける

 意識をさっぱりさせるハーブティが喉に染み渡るな。ノア姫なりの気遣いが嬉しい

 

 「ただ、全員それを分かって負けに来てくれる筈はない。だから此方としても、アルヴィナが負けを認められる程度には戦力を整えないといけない」

 「……そっか」

 「ええ、だからワタシの力が必要でしょう?」

 「ああ、恐らくは手を借りなきゃいけないと思う」

 宜しくと手を差し出すが……

 

 あ、届かない。小さなエルフの手は伸ばしてもおれの左手の指の先を小さく擦る程度

 「こほん」

 バツが悪そうに咳払いするエルフに、此方も頬をかく

 

 「兎に角、特に離脱という面で転移の使えるワタシの手は必要でしょう?」

 「……それ、庇護無しで出来るのか?」

 ふと気になって問いかける。わざわざ永遠姫なんて話してくれたんだ、何か理由があるのかもしれない

 

 「あら、そこは心配ないわよ。アナタに出来ない事は言わないわ

 それとも、やっぱりそうあって欲しいのかしら?」

 「いや、おれの言うことは変わらない。自分の幸せを捨てないでくれ」

 「……これ、私が聞いてて良いのかな?」

 ぽつりと告げられる所在なさげな声に現実に戻される

 

 「そうね、どうなのかしら」

 自分に自信があればこそ、エルフはこういうときに厳しい。大丈夫よなんて、基本的に余程の事がなければ言ってくれない

 そして、彼女はまだリリーナ嬢をそこまで信頼してはいないのだろう

 

 「うん、そっか……」

 今も尚ちょっぴり子供っぽいが続けられているツインテールがしょぼくれる

 「いや、聖女であり、ついでに事情を良く理解してるリリーナ嬢が手を貸してくれるなら有り難いよ」

 そんな少女をフォローすべく慌てて告げる

 「君が居なければ、ユーゴに殺されてたんだよ、おれは。自信をちょっとは持ってくれリリーナ嬢」

 「でもさ、私って結局そこまで役には……」

 「少なくとも、聖女が居るという事実だけでも役には立つ」

 

 ふわりとおれの影から顔を見せるのは何時もの八咫烏。シロノワールだ

 「あ、パンツ覗いてるのシロノワール君?」

 「……履いてないものは見えないし、見させてあげる気もないわ」

 からかい気味のリリーナと、冷酷なノア姫。アナなら恥じらってくれたろうか

 いや、別に良いんだが

 

 「……お前のような女神臭いものの下着など、見て何になる。目が腐るだけだ」

 何て言いつつ、ふわりとおれの影から浮き上がり姿を見せるシロノワール

 「私は単純に、姉たるアルヴィナを救うための話ならばと顔を見せたのみだ」

 「うんまぁ、シロノワール君ってそういう人だってのはわかるんだけどさ」

 くいくいと桃色少女がおれの袖を引く

 

 「ねぇゼノ君。エルフの人が助けてくれるのはたしかに有り難いよ?でもさ、頼勇君とかの方が頼れないかな?」

 にこにこと提案してくれる聖女様

 そう、本来はそうなんだよな。頼勇スパダリ最強キャラの一角だし

 

 だが、それはそれにダメだと首を振る

 「リリーナ嬢。そりゃ竪神は頼れる相手だよ

 頼りになりすぎるほどに」

 「それ何も問題なくない!?」

 「いや、大問題だ。竪神に頼りすぎると、おれがアルヴィナを確実に殺せるだけのお膳立ての為に力を尽くしてくれるだろう」

 そう、竪神頼勇とはそういう男だ。故郷を魔神に滅ぼされ、その復讐……ではなく、これ以上同じ悲しみを背負う人が居ないように動く本物の英雄

 だが……

 

 「その事は、リリーナ嬢も良く分かるんじゃ無いか?

 竪神に実はあんなだけどアルヴィナとおれはだなんて事実を語って、納得して貰えるとでも?」

 だってさ、結局のところ故郷を滅ぼした仇の仮初めの肉体を作ったのアルヴィナ当人だぞ?

 アルヴィナ自身にその認識はないだろうし、滅ぼす気があったかも微妙だが……人の世界を混乱させるためってくらいは分かってたろう

 

 「あ、うーんそっか。ゲームでも魔神族への怒りは良く分かるもんね

 で、ちゃんと片をつけられるくらいには理性的だし凄いから、ヒロインなのに私別にそこまで要らないんだよね……」

 残念そうに告げるリリーナ嬢。その手は所在なさげに机の上で丸を書いていた

 

 「そんな彼に、アルヴィナを……仇の一員を助けるために手を貸せと言えないだろ?」

 「でも、ワタシには言える。だからワタシは必須でしょう?

 ええ、良いわよ。その為の三週間の休講なのだもの、必要なだけ手を貸すわ」

 「大変そうだし、私に出来ることがあれば言ってよ」

 

 なんて言う少女の顔面に、懐中電灯から出たようなビーム状の光が突き刺さった

 「アナタはまず補習よ。休講中にしっかり自分なりに聖女伝説について理解を深めなさいという宿題は免除しないから」

 「えー!そんなー!」





【挿絵表示】
アナちゃん企画、此処まで来ました。
そう遠くないうちにお見せできそうです。


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ノア、或いは未来の話

これで勉強しなさいなと渡された本を手にリリーナ嬢が出ていった後、おれは少しだけ残れと言い残した少女はじっとおれを見ていた

 

 嬉しそうでもなく、悲しそうでもなく。ただ無表情に、飽くこともなく穴が空くように見つめ続け……

 シロノワールが戻ってきたところで、不意に空気が揺れた

 

 「さて。話は良いのだけれども、一つだけまずどうしても聞いておかなければならない事があったわ」

 笑顔はない。お茶のカップも片付け、しっかりと椅子に腰掛けておれを見据えるエルフの姫に甘さがない。これは……真面目な時だ。真面目すぎるほどに

 

 「ええ、アナタの気持ちは何となく分かってきたわ。だからこそ、ワタシは聞きたいの

 どうしてそこまでして、魔神族を助けようとするの?」

 ほら、と肩を竦めるノア姫。肩出しの服装故に裸の肩がリリーナ嬢が消えて薄暗くなった部屋で小さな光に照らされ艶かしい

 「魔神族は基本的に敵よ。分かっているでしょう?」

 「私は今は味方だ」

 「今は、ね」

 エルフの姫は暗く笑う

 

 それはそうだろう。彼女は直接聖女伝説に出てくる祖父、ティグル・ミュルクヴィズから話を聞いてきた経歴があるのだという。なら、魔神族との戦い、そうした空気はおれ達よりも良く知っている

 

 何ならシロノワールが一番知ってる筈なんだけど、とおれは横で一人寛ぐカラスを見るも、彼は縛られない奴だ。オルジェットの実を持ち込んで、机に右足を載せて座り囓っていた

 絵にはなるんだけれども、うーん自由すぎる

 

 「でも、アナタはちゃんと授業を受けられる程度には聖女伝説の時代を知っているでしょう?

 ならば分かる筈よ、ワタシは今でも、魔神族を信じられる理由が分からない」

 「シロノワール」

 キナ臭い話になるならばと思って声をかける

 だが、青年はふざけるなと翼を一振りするばかり

 

 「アルヴィナの敵は私の敵だ。いっそ殺そうか判断させろ」

 「……ええ、魔神族とは基本相容れないわ」

 睨み合う二人。一時結託はあったものの、基本的な歯車は噛み合わない

 

 「アナタがそこまでするのは何のため?そのアルヴィナという魔神の為?」

 上目に見上げてくるエルフの姫。その瞳には、焔のような何かが見える

 「それとも……あの魔神の呪いかしら?」

 「アドラー・カラドリウス」

 重苦しくその名前を呟く

 アルヴィナの事を託して、最後まで彼女に殉じて死んでいった魔神の名を

 

 「もしもそうなら、止めさせて貰うわ

 死人の為に死のうとしないでくれる?」

 それは正論かもしれない。おれだって分かっているんだ

 

 万四路はおれを恨んでいない。母はおれに生きて欲しかった。護れなかったってのは、毎夜おれを責めるのは、本当の彼等ではなく単なるおれの妄想だ、なんて

 「そんなこと分かってる!」

 思わず語気が荒ぶり、エルフの長耳がびくりと跳ねた

 

 「止めてくれる?図星だからといって」

 「違う!おれはおれの為に……」

 「だから、それが詭弁よ

 言い方を変えるわ。アナタ以外で誰を満足させるために、アナタは敵を救おうと手を伸ばすの?」

 立ち上がり歩み寄ると、少女はその小さな手でおれの両の頬を挟む

 そうして固定し、視線を逃がせないようにして見下ろす

 

 「……答えなさい」

 同時、喉奥から溢れる苦味を飲み込む

 【鮮血の気迫】。久し振りの感覚が相手の魅了を弾くが……それを止め、意識してあえて受け入れる

 

 意識がすっきりする。少女の心を重く見て、そうして口が回る

 「……ノア姫。おれがアルヴィナに言ったことは、嘘じゃない

 確かにさ、カラドリウスに託された以上、絶対にやりとげなければって気持ちはあるよ」

 でも、とおれは固定される手を優しく掴んで剥がし、それでも眼を逸らさずに見つめ返す

 

 「けれど、おれの気持ちの根底は……アルヴィナが魔神族だと知らなかった時からたった一つだ」

 「ほぅ」

 好き勝手するのを止め、シロノワールが唇を吊り上げる

 

 「かつての聖女の時代は、手を取り合える未来なんて無かったのかもしれない。けれど、アルヴィナは違う

 アルヴィナのような子となら、手を取り合える。殺し合うしか無かった時と違い、全てを護ることが出来る」

 それは、あの日言った言葉と同じ

 

 「おれはその未来を信じたい。アルヴィナ・ブランシュという友達となら行ける新しい可能性を諦めたくない

 だからさ、ノア姫。おれがアルヴィナに手を伸ばすのは、その日の……おれが信じた未来の為だよ」

 「それは、アナタが未来を知る真性異言(ゼノグラシア)だからかしら?」

 その言葉には首を横に振る

 

 「そうじゃない。確かに、魔神王までも倒した先に、最後まで殲滅戦を行うのではなく弱体化した魔神族からの停戦を受け入れるっていうのがゲームでの戦争の終わりだけど……おれが目指すのはそこじゃない

 停戦より前の話。手を取り合う未来」

 その言葉に、シロノワールは当然だろうと翼を閉じて立ち上がり、エルフの姫は淡い金の髪を揺らして微笑んだ

 

 「……なら、アナタは生きなければいけないわね

 その未来を目指すならば旗頭はアナタ以外に居ないのだもの」

 「……ああ」

 ぎゅっと手を握り込む

 

 「……でも、理解してくれるんだな」

 「当たり前でしょう?太古の魔神を七天がこの世界に受け入れた結果が今の人間よ

 ワタシ達の神が魔神族とて世界という暖かな光に焦がれ変わっていく可能性を教えてくれているの。それを信じるというなら、女神の似姿であるエルフがそれを馬鹿にする筈はないわ」

 

 だから、と紅玉の瞳をおれと同じ高さに合わせ、少女は囁いた

 「……その気持ちを忘れないで。アナタの未来を信じたワタシを、馬鹿に落とさないように」




ちなみに、漸く次回からvs屍の皇女編となります。


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トリトニス、或いは湖の都市

そうして、二週間の月日が過ぎた

 

 「いやー、空の旅って結構揺れるねー」

 なんて呟きつつ竜籠から降りてきた少女が一つ伸びをする

 それを、おれは周囲を見回しながら出迎えた

 「リリーナ嬢、お疲れ様」

 「あ、ゼノ君……って早くない?」

 眼をぱちくりさせる桃色聖女。何時ものツインテール……ではなく今回はドレス姿にツーサイドアップに決めた髪が籠と地面を繋ぐ階段を降りるごとに揺れる

 

 「まあ、な」 

 『ルルゥ!』

 苦笑いするおれの背後にしっかりと控えた白狼が吠えた

 そう、竜籠に乗らずおれとアウィルで大地を駆けてきたのである

 

 幾ら天狼でも空は飛べない。おれが靴に雷の魔力に反応して吸着する金属仕込んで宙を駆けるみたいな行動で暫くの間滞空くらいならきっと出来るが……ってそれもそれで可笑しいか

 兎に角だ。空は飛べない。そして、天狼種はネオサラブレッド種みたいに飛竜種への敵愾心があるのだろうか、竜籠には乗りたがらなかったのだ

 なので、そもそもノア姫が竜籠に乗れないし、おれも地上を行く事にしたのである

 

 「すまないな、リリーナ嬢」

 ちなみにだが、先行して向かう役目を負ってくれたのが彼女であり、他の皆はまだ来ない

 だからおれは小さく頭を下げる

 「ん?何が?」

 「いや、頼勇様と良く呼んでいるし、竪神等と来た方が嬉しかったろうなと思って」

 「いやいや良いって」

 「そもそも、おれは君の物語を応援すると言っておいてこれだ。一方的に助けて貰ってばかり、情けないにも程がある」

 「……ま、そう思うなら今度手伝ってよゼノ君」

 その言葉に当然だと頷いて、少女の手を取って最後の一段をエスコート

 

 「で、私の役目は聖女として危機を伝えに来たよーって喧伝する事、だよね?」

 「ああ。ステラに頼んでそれっぽい証書は貰った」

 と、おれは懐から取り出した一枚の証文を拡げる

 

 あの偽アステールだが、こうした所では手を貸してくれるんだよな。しかも一切ごねずに

 本来のアステールなら代わりに結婚して欲しいなーとか冗談で言ってくる気がするのだが、素直に見返り無く書いてくれた

 

 「えっと、内容としては……次の龍の日にこの街に災いが降りかかるという預言を龍姫様が下さった、で良いんだよね?」

 「ああ。教皇の娘の裏付けを込みで、預言の聖女様が直々に伝えてくださったとなればそれなりの人が避難を考えてくれるだろう」

 と、苦笑しながら空いた手で頬を掻く

 「まあ、逆に聖女様が来てくださったのだから安心だ!と残られる可能性もあるんだが……」

 「むー、少なくともゼノ君が言っても信じて貰えなさそうだし、私がやるしかないかー」

 苦笑に苦笑を返すヒロインに頼むと告げて……

 

 「で、あの荷物は何なんだ?」

 出立の時から思っていた話を切り出した

 暫く竜籠で移動した先の街に滞在する事にはなるんだが、そこでの生活全般はちゃんと保証されている。全額おれ負担だが、着替え等もちゃんと宿と共に確保した筈だ

 だからそんな荷物がある訳がないと思うんだが、リリーナ嬢は貝の魔物の殻を利用したお洒落なスーツケースを引いている

 

 それを何でだろうなーと眺めるおれ

 「うん?水着だよ?」

 「……遊びに来たんじゃないんだがな」

 と、おれは額を抑えた

 

 此処、交易都市トリトニスは大きな湖に面した国境近くの都市だ。ぱっと見海かってなる広さだが、あくまでも湖。お陰で水に塩辛さは無いが綺麗に澄んだ水辺は観光地としても発展している

 確かにそこに来るとなれば水着で水泳って言いたいのは分かるんだが、緊張感無いな……

 「えー、良いじゃん!」

 「リリーナ嬢。自分が遊びながら危険だから避難しろと言われて、従いたいか?」

 「うっ」

 胸を抑える桃色聖女。彼女だって馬鹿じゃないのだ馬鹿じゃ

 だから、それが問題だって言うのはすぐに理解してくれる

 

 「そ、それはそうだけど、都は内陸部だしアグノエル領も同じくだから全然泳げる場所無くて……」

 えへへ、と少女は可愛らしく照れ笑いを浮かべる

 

 「私ね、昔……あ、門谷恋の頃って意味ね、そんな時から結構憧れてたんだよね、観光地の綺麗な海って」

 「……湖だぞ、観光地なのは確かだが」

 「空から見たらもう海って広さじゃん」

 「……まあ、実質この湖が国境になっている程度には広いが」

 昔の感覚で言えば、淡水な日本海とかか?兎に角そんなイメージだ

 

 「だからさ、駄目かな?」

 「浮かれすぎだ、リリーナ嬢」

 はぁ、と肩を竦めるおれに向けて、手を離した少女はスカートの袖を摘まんでついでに胸元をほんの少しはだけ、くるっとわざとらしく一回転してみせる

 

 「そんな事言って、見たくないのゼノ君

 乙女ゲー主人公で婚約者で聖女な美少女の水着姿だよ?ゲームでもDLCで売れたらしい逸品だよ?

 ……ギャルゲー版の追加だから私買ってないし見てないけど」

 悪戯っぽく、更に畳み掛けてくる聖女様

 それにおれは顔色一つ変えずにあきれを返した

 

 「いや全く。危機感を持ってくれないか」

 「えー、気を張りすぎても疲れちゃうじゃん!ゼノ君ってば」

 ぽん、と手を打った桃色少女がにやーと笑う

 「あ、そっか。アーニャちゃんの方が良いんだ」

 「違うんだがな!?」

 

 いや、アナの水着とかおれには刺激が強いから見てられないぞ。リリーナ嬢のなら良いとかそんな話でもないが

 っていうか、小学校の水泳は男女別々だったから女子の水着とか馴染みが無さすぎておれには無理だ。始水に付き合って色々行くというのも、人が自由に動き回るプールなんて危険過ぎて選択肢に無かったしな……

 

 そんなおれの背を、柔らかな鼻が推した

 アウィルである

 「……そんなに遊びたいか?」

 「うん!」

 「……分かった。でも、夜だけだぞ、あとアウィル……」

 ふと思って言葉を切る

 

 『ルルルゥ!』

 任せろとばかりに背後で鳴かれる。泳げそうだな、うん。犬かき得意なのかもしれない

 「アウィルから離れないこと。観光地だけあって入り江にまで上位の魔物が入ってくることはほぼ無いし国境越えてどうこうのいざこざも線引きが曖昧な湖中央ならまだしも此処で起こることは無いはずだが、警戒しない訳にはいかない」

 「いよっし!ゼノ君ちょろ甘くて好きー!」

 「オイ、誰がちょろくて甘いんだ。あと気軽に好きと言うな好きと。勘違いされるぞ」

 半眼になって突っ込むおれ

 

 「ゼノ君、助けてと手を伸ばせば幾らでも助けてくれるのがちょろくて甘い存在じゃない訳が無いじゃん」

 またまたー、とリリーナ嬢は元気に猫のように丸めた右手をぱたぱたしていた

 「甘くはないよ。情けは人の為ならずってだけ」

 「それでちゃんと自分に返ってきてたらアーニャちゃん思い詰めないとおもうんだけど!?」

 「リリーナ嬢、竪神、アウィルにノア姫」

 影の中から足を小突かれ、そのまま付け足す

 「アルヴィナ、シロノワール、アナに()……ティア。それに父さん達も。信じられないくらいに、勿体ない程に、おれには返ってきてるよ」

 

 ……何か微妙な顔されたんだが

  

 「あと、そこまで私だって考えなしじゃないって

 ゼノ君はさ、こうしてからかっても勘違いしないし私を襲ったりしてこないって信じてるから。そうでなきゃ怖くて出来ないよ」

 「そうか、信頼されてて何よりだ」

 苦笑にもひきつったものにもならないように苦心して相手を笑いかける

 

 「一緒に居て楽しくないとさ、私の知ってるリリーナ・アグノエル(主人公)になれないから

 からかい上手のリリーナちゃんになる為に、ちょっぴり練習させてよゼノ君」

 「ああ。おれは君の物語の展開を助ける、お助け役だからな

 ……でも、寄り添い上手じゃなくて良いのか?恋愛譚のヒロインなのに」

 「あはは、一方的に踏み込まれる怖さって自分が一番良く知ってるからさ」

 きゅっと少女は無意識に己の体を抱き締める

 「……距離感とか、絶対に踏み込んでこないゼノ君で練習しなきゃ」

 寂しげに揺れる瞳の光と怖れ。相反するようにも思える曖昧な表情で、気丈に少女はそれでも笑顔を浮かべたのだった

 

 「分かった。気分転換とか、良く考えたら必須だよな」 

 ただでさえ、おれは彼女に戦えと聖女の役割を強要しているのだから

 「ごねるような真似をして悪かった」

 「じゃ、ゼノ君も泳ぐ?」

 「……泳ぎは苦手だ」



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アルヴィナ、或いは不可視

交易都市トリトニス。もっと具体的に言えば旧シュヴァリエ領関門都市トリトニス

 其処はトリトニスの湖と呼ばれる超巨大な湖を備えた交易都市である。この湖を隔てて向こうはもう帝国じゃないって形。この大湖の北には天空山とまではいかないがかなり大きな山が聳え、そこを越えればつい一ヶ月ちょっと前までおれが居た辺境の騎士団が防衛する遺跡の辺り。ちなみにだが、遺跡から国境越えた先と、トリトニスから湖を渡った先の国は別国家だ

 

 そもそもうちの帝国の歴史自体850年そこらあるが、成り立ちとしては聖女伝説の時代に轟火の剣に選ばれた小国の次男坊ゲルハルト・ローランドの元に、多数の小国の王が集って出来上がった集合国家なんだよな

 帝祖皇帝がぶっ飛びすぎてこいつ中心の一国にまとまって良いんじゃね?ってのが始まり。だから、集合しにくい湖の向こうの国は帝国領にはなっていないという訳だ

 遺跡云々も同じだな。多少交流が断絶しやすいから帝国外。そして皇族は民を護るものであって他国の民を侵略し危機に晒すものではないから、850年間帝国側から侵略戦争を仕掛けたことは一度としてなく、領土は変化がない

 

 ……いやまあ、シュヴァリエ公爵ってかつては武で名を馳せた家に与えられた領土であるところから分かるように、何度か向こうから攻められたことはあるんだが……それはそれだ。前の戦争だって150年前だぞ、今更根に持つ事もない

 

 名産としてはやはりトリトニス湖。この大湖から流れ出す川が龍海に注いでおり海と多少は繋がっているものの、塩気はなく澄んだ淡水。その為海とはまた生態系が異なるものの、水産資源は滅茶苦茶に豊富だし水も資産になる

 

 「と、だから特に龍姫様の言葉を持ってきた訳だ」 

 と、おれは星明かりに照らされる、街のシンボルともされる巨大龍の噴水を見上げながら横の婚約者(仮)に説明したのだった

 「あ、ゼノ君が信者とかじゃないんだ」

 「いや契約者なんだが、それはそれだ。というか、おれから言っても何の意味もないし、それこそ七大天が直々に言ってくれたとしてもアステールやコスモ猊下しか聞こえないから意味が薄い」 

 「……あ、そっか……考えてみれば、私だって女神様の声聞けないもんね」

 「それでも、貴女が聖女な事は変わりないし皆認めてるさ

 それはそうとして、湖が一大資源だからこそ、水を司る龍姫信仰が厚い。こんな噴水も建造されるし、七天教会行くと露骨に龍姫像がセンターにでっかく飾られてて全体的に青い」

 と、少しだけおれは笑う 

 「夜が明けて朝になったら見に行くか?

 結構特に信仰する神に合わせて同じ多神宗教の教会でも差があって面白いぞ?」

 「観光も良いけど……真面目にやれって言ったのゼノ君じゃん」

 「反省したよ。君に強要している立場なんだから、それっぽく動ける限り、君の心の健やかさを重視するさ」

 苦笑しながら、すっとおれは噴水を指す

 

 「結局のところ聖女様が警告して下さったってやるのは教会が一番だ。どうせ行く必要があるならって話」

 「でもさ、龍姫様なら……」

 不意に少女の表情が翳る。アナと比べてかなり快活そうな、ゲームでも見覚えのある立ち絵……程じゃないか。けれども明るい表情が曇り、不安を浮かべる

 

 「アーニャちゃんの方が良かったんじゃないの?」

 「いや、腕輪の聖女様と天光の聖女様なら、リリーナ嬢の方が人々は言葉を聞いてくれる筈だ」

 「……そうかな?ってそっか、アーニャちゃんまだ聖女として正式じゃないもんね」

 「まだって、何時か正式になるのか」

 いやなるのは知ってるんだが

 

 というか、最初から腕輪の聖女だーと半分聖女扱いなのが変だというか。その辺りは、頑張ってエルフの皆を助けようとしたとか色々絡んできてるんだろうな

 

 『エルフと縁がなければ、エルフの宝である流水の腕輪との縁も出来ませんからね』

 と、脳内で答えを返してくれるのは始水……というか、話題に上がっている神様である

 

 相も変わらず、おれには優しい。皆にも優しく……無ければそもそも七大天として広く信仰などされてないか

 

 と

 「あ、痛っ!?」

 突如としておれの横で少女が自身の右股を抑えて踞った

 「リリーナ嬢!?」

 「ゼノ君、何かが突然」

 だが、訴えるようにおれを涙眼で見上げる彼女におれは何も返せなかった

 それよりも衝撃的なものが視界に入っていたから

 

 踞る少女の横で、ちょっと冷たい瞳でじーっと見下ろす黒髪の少女。何時も隠していた白い狼耳は完全に露出しており、おれのあげた帽子はきゅっと左手に握られている。いや被ってないのかよアルヴィナ!?

 

 というか、何で居るんだお前

 

 つん、とさらに狼少女が右手の骨の杖でリリーナ嬢の……今度はそこそこ豊かな胸を小突こうとした瞬間、割って入る

 「何やってんだアルヴィナ」

 「え、アルヴィナ!?どこどこ」

 ……目の前に居る筈だが?というか……

 

 ひょっとして、おれにしか見えていないのか?

 脳内で困惑するおれを余所に、呼び掛けられた少女はその耳を上に立てて少し表情を綻ばせたのだった

 

 「皇子、ボクが見える?」

 「見えるからリリーナ嬢に謝ってやれ。悪戯される謂れはないぞ」

 「……え、居るの?」

 「いや目の前に居るだろ」




https://youtu.be/jyBOWhRUcYg
アナちゃんAMSR完成です。本日20:00から犬塚いちご様のチャンネルにて配信中となります。そのうち違反でこの告知は消すかもしれません。


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不可視、或いは狼の恨み

目の前にしっかりと存在を認識できるというのに、きょろきょろと視線を動かす聖女にどういうことだ?とおれは首をかしげる

 

 「ってアルヴィナ、つつくなつつくな」

 その隙に更に頬をつつこうとした狼の魔神の手を掴んで止めた

 うん、普通に掴めるな。実は幽霊でーなんて事も無さげだ。確かにアルヴィナは其処に居る

 間違いなくその筈だ

 

 「ほら、リリーナ嬢」

 むくれるアルヴィナを一旦無視して掴んだ腕を少女の前に突き出す。が、それでも桃色聖女は目をしばたかせるばかりだ

 「え?ゼノ君には見えるの?」

 「寧ろリリーナ嬢には見えないのか」

 「見える方が不可思議。あと、皇子、痛い」

 「悪いが我慢してくれアルヴィナ

 というか、何でリリーナ嬢をつつくんだ」

 「ボクにとって、結構敵だから」

 その淡々とした答えにおれはそうか、と返す

 

 「なら、聖女の護衛として逃がすわけにはいかないな」

 「……ん」

 耳を立ててアルヴィナご満悦である

 捕まえてる分には良いのか……って思うが、シロノワールが睨んでいるからそこまでキツくは出来ないな

 

 あくまでも彼はアルヴィナありきで共闘しているのだ。アルヴィナを傷付けるなら即座に敵に戻るだろう。親友の事もあるしな

 

 「シロノワール」

 と、ふと思って呼んでみる

 「アルヴィナが見えるか?」

 と、姿を見せた三つ足の八咫烏は首を横に振った

 「居ることは何となく分かる、程度だ」

 「……は?」

 思わず目を見開く。シロノワールでそれって一体……

 

 『ルゥ?』

 と、背後から寄ってきた白狼がおれの腕の中に収まった少女の白耳を舐め始めた

 「アウィルには見えるのか」

 『ルルゥ!』

 嬉しそうな鳴き声と共に桜雷を天狼は纏い……

 

 「だめ」 

 言われ、展開しかけた甲殻を閉じてお座りした

 

 「解除されたら、バレる」

 「バレるのか」

 「絶対安全だから、偵察」

 「絶対安全……」

 確かに、おれとアウィルにしか見付からないからな。とおれは像前の噴水の縁に腰掛けて膝上にアルヴィナの小さく軽い体を乗せる

 そそくさとリリーナ嬢がスカートにゴミがつかないようにしたそうだったので掃いてやればそこに腰掛けるが……アルヴィナは見えていないようだ

 

 「絶対安全って、どんな能力なのさ

 ゲームだと出てこないけど……ゼノ君が見えてるってことは、ステルスじゃないよね?」

 ステルス。カメレオンみたいなのだったり、いくらかの魔神の持つ姿を消す能力だ。似たような魔法なら普通にある

 「多分な。魔法でもステルスはあるが、普通におれに効くはずだ」

 こくりと頷くアルヴィナ

 

 「皇子が見えるの、普通」

 「そうなのか」

 「ボクの事、覚えてたから」

 ぽつりとどこか嬉しそうに告げる黒髪の少女の頭に手を当てて撫でながらん?とおれは首をかしげた

 

 「そう、なのか」

 「原理は、同じ。ボクを見た記憶が消え続けてる。だから、居ることを認識できない」

 「目の前に居るのに居ることを忘れ続けてる?」

 「そう、アレの剣翼の力。ボクと本人にしか、使えないけど」

 その言葉に呑んだ息を吐く

 

 「つまり、誰彼構わず認識できないまま潜入されて好き勝手される事にはならない、と」

 「……ボクを覚えてられる存在や……あとはあのタテガミのフィールドにも、多分弱い」

 「また竪神か

 ホント万能だなあいつ。頼りになりすぎる」

 だが、これはこれで収穫か。アウィルが見えてるのは……いやアウィル自身アルヴィナの事を覚えてそうだしその関係だろうな

 そうでなければ、臭い臭いとオーウェンに噛み付きかけたアウィルがアルヴィナには甘噛みして懐いてる理由がない

 

 「頼勇様が頼りになるの?」

 ……声も今もまだ聞こえてないようだ。いや、聞こえている事実を忘れてしまうってところか

 「……間違いなくな」

 と、聖女に対応しつつ腕の中の魔神を見る

 

 「で、何で居るんだ?」

 「偵察、の名目

 実際は……」

 かぷっと捕まえているおれの右手を黒髪の白耳狼が噛む

 痛くはない辺り、アウィルのような甘噛みだろう

 

 「皇子にボクが見えるか確かめに来た

 決戦でもボクはこの力を纏うはずだから、見えなかったら……困る」

 「いや、ならリリーナ嬢にちょっかいかけるなよ」

 「……名目」

 言われて仕方ないなと思う。何か向こうに損害出そうとしたと言わなきゃと……

 「あと、ボクを昔突き飛ばしたから嫌い」

 「まあ、仕方ないか。でも昔の事だから一発で満足したら終わりにしろよ?」



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逃走、或いは休息

「っ!」

 突如として唇を噛み締めるアルヴィナ。その金の瞳が片眼隠した前髪の奥に霞がかった満月のように揺れる

 

 「アルヴィナ?」

 「……もっと、皇子と遊びたかった」

 「遊びか……」

 「泳ぎとか?」

 おれの反応から何となくアルヴィナの言葉を推察したのだろうか、リリーナ嬢が茶化した

 

 いや、確かに浮かれて水着を持ってきてたりリリーナ嬢はそうだろうが……

 「やりたかった」

 ってオイ。そうだったのか……

 

 呆れ顔のおれの横で、聖女様は目をぱちくりさせていた

 

 「でも、出来ない」

 何処か寂しげに少女は告げる。その耳もぺたんと伏せられ、本気で残念そうだが……

 「すぐ、帰らないと」

 「そうなのか」

 だから、と上目に見上げてくるアルヴィナ。少し潤んだ瞳に何でも言うこと聞いてあげたくはなるが……

 うん、おれ始水の時からそういうところ弱いんだよな。心を悪鬼にしないと断れない

 

 いや断る必要も大概は無いんだが

 

 「皇子。次は敵同士

 ボクを拐ってくれるまで、ボクは皇子の敵に徹する

 そうじゃないと……」

 不意にアルヴィナの視線はおれの肩にずれる

 「ボクの為に死んでいったお兄ちゃんの友人が浮かばれない」

 その瞳が見据えるのはおれの左肩にマントとして残る彼の左翼

 

 「アルヴィナ……」

 「だから、ボクも同じ。最後まで敵のフリをする。皇子に捕まって拐われて、死んだ扱いになるまでは」

 「死んでくれるのか、アルヴィナ」

 「死ぬ。あの魔神王の妹で……屍の皇女としては

 皇子のボクとしては生きる」

 「ああ、そうか」

 そう言ってくれるのは嬉しいんだが……

 

 ん?アルヴィナだけが味方してくれたとして、それ大丈夫か?

 「心配ない。ウォルテールも分かってくれてるし、そのうちボクもまた表に立てる」

 おれの心配を理解したのか、少女はおれの頭を撫でて……

 

 「貰っていく。戦利品

 後で返すから」

 かぷっと今一度おれの左手を甘く噛み、左手の薬指を口に含んでなめ回すと……

 そのまま力を込める。魔法の力を込めたのだろう牙はさくっとおれの指を手から切り離し……

 

 「いそが、ないと」

 そのまま、少女の姿は消えた

 ……いやちゃんと味方するからと言ってからだからまあ良いんだが、いきなり指を持ってかないでくれないかアルヴィナ!?

 

 「へ、ゼノ君?」

 彼女の視点ではいきなりおれの指が消えたのだろう、桃色聖女が目を見開いて……

 「気にするなリリーナ嬢」

 「いや気になるよ!?

 あー、アーニャちゃんが言ってたのこれかぁ……」

 ……何か納得されたんだが

 困惑するおれを余所に、うんうんと聖女様は頷いていた

 「まあ、そりゃゼノ君ってこういう人だよねってのは分かるんだけどさ、いきなり見せられると滅茶苦茶困惑するよね」

 「納得しないでくれないかリリーナ嬢」

 そんなおれ達に真面目にしろとばかりに、カラスが鳴いた

 

 そんな中、おれは血を流す左手は放置してアルヴィナが逃げなければならなかった何かを警戒して立ち上がる

 手元に愛刀はない。鞘がまだ直ってないからな……とりあえずアイリスに預けたままだ。最悪鞘がないままでも頼勇が持ってきてくれるはずだし、気にするほどではない 

 とはいえ、アルヴィナが……おれとアウィルにしか存在を認識されないからと当然の面で攻めると宣戦布告した都市で遊ぼうとしていた魔神が突然逃げ出すほどの相手には心許ない

 

 が、普通の鉄刀の柄を握り……

 …… 

 「何も起きないな」

 暫くしておれはそう結論付けた

 

 「特に何もない」

 とは、シロノワールの言葉。いや知ってるなら教えてくれないか?

 「じゃあ、何に反応したんだろうなアルヴィナは」

 残念そうな素振りであったし、それまでも演技で本当はおれの味方する気がないというのでもなければ、今逃げ出す必然性を感じないんだがな

 

 そんなこんなで話していれば空が白み始める

 そこまで最初から騒ぎにしたくないからと夜のうちに着くようなスケジュールを組んできたから、そろそろ人々の活動が始まる時間だな

 「リリーナ嬢、そろそろ行かないと」

 「そっか。あんまり大事にする前に話をつけないとだっけ」

 『ウルゥ!』

 一番目立つ白狼が同意するように鳴いた。まあ、天狼なんて街中に居たら大問題だろう

 誇り高く案外人懐っこいから排除とかそういった話までは行かないだろうが、伝説の幻獣が居る時点で何事かとなる

 

 ということで、一応話をつけさせて貰ったホテルへと向かう

 『ルゥ?ククゥ……』

 ちょっとだけ不満げなアウィルだが、もうでかすぎて何時でも連れ歩けるサイズではない。馬小屋……は流石に他の馬に迷惑過ぎるため、騎獣舎へ向かう

 騎獣舎は言ってしまえば馬以外の生物のための馬小屋みたいな場所だ。全体的に馬小屋より広く、代わりに寝藁が無い。岩肌で寝る地竜なんかも居るからな、草原っぽくするばかりが良いわけでもないのだ

 

 『グルルゥ』

 「何処かに行くときはちゃんと呼ぶからさ、待っててくれるかアウィル?」

 観光地だけあって自前で飛竜を持つ貴族(王都に暮らすのではなく自領に居る方)なんかも泊まりがけで来ているのだろう。数頭の飛竜に、虎みたいな生き物も居るな。何処と無くタヌキ感ある黒い足の辺りヌエだろうか

 

 ちなみに八咫烏連れてても何とも言われないように、ヌエだって普通に居る魔物だし何だかんだ人間に飼われる奴も居るくらいの認識はされている

 一説には雷獣とされるんだっけか?だからか雷属性の魔物とされ……

 チラリとアウィルがその蒼い瞳を向けるやびくりとその体が跳ねた。そう、天狼は雷神の似姿とされる雷の幻獣、ヌエからすれば自分の超上位種な訳だ

 

 うん、何にも可笑しい奴は居ないんじゃないか?ごく普通の大きな街の宿の騎獣舎って感じ。此処にもアルヴィナが逃げる理由なんて無さげだし……本当に何を感じたんだ?

 

 そんな事を思いながらおれは馬小屋に白いネオサラブレッドが繋がれているのを確認してから、宿に真っ直ぐ向かっていたノア姫と合流し、一人の部屋で息を吐いた

 

 うん、湖も龍姫の噴水も窓から見えないな。逆向きの部屋なら見えるんだけど高いからな……



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宿、或いは奇跡

「お食事のご用意が出来ました」

 「ああ、すまない。直ぐに行く」

 宿の人(プロ)の扉越しの言葉を聞いて、部屋を出て向かいのリリーナ嬢と合流。向こうは大部屋なんだけれど、ノア姫とは別室である

 

 いや金が勿体無い気もするが、エルフと聖女……両方おれみたいな狭い部屋で良い訳もない

 「あ、ゼノ君」

 と、扉から出てきたのは少し眠そうに緑の目を擦る桃色聖女。ふわぁと口元に左手を当て、右手をくっと伸ばして欠伸をすれば薄手の生地の部屋着が伸ばされてその胸が少し強調される

 

 「リリーナ嬢。もうちょっと胸元隠してくれ」

 「うん、ごめん。そうだよね、ゼノ君以外の人も居るだろうに困るよね」

 と、慌てて胸元の布を重ねて抑えるが……そもそもおれは良いのかよリリーナ嬢

 

 「うーん、ケープで良いかな待っててね」 

 「分かった。けれど……最初から気を付けてくれると助かる。おれ相手にもだ」

 「うーん、ゼノ君はさ、絶対に襲ってこないから何か安心し過ぎちゃうんだよね」

 「おれはペットか何かか?」

 「あはは、そうかも」

 そう言ってそそくさと部屋に引っ込む少女を苦笑しながらおれは待った

 

 「……シロノワールも居るのにな」

 「気を抜いてくれる分には有り難いが」

 と、影の中から八咫烏は声だけを響かせた。現状表に出てくる気は無いらしい

 「まあ、そうなのかもしれないが……」

 はぁ、と肩を竦める

 

 本当に、リリーナ嬢は良く分からない。おれに対して現状悪印象を持っていないらしい事は確かだが、その先が全然読めない

 ちょっとのんびりやでお花畑と言われても仕方ない夢見がちさで……ってそこは原作リリーナもか。といっても、あっちは太陽照り付ける夏の向日葵畑ってくらいの強さを感じるが

 今のリリーナ嬢を例えれば、春の素朴な花畑……にちょっぴり主張の強い色の花を混ぜた感じだし、結構印象違うな

 

 いや、別に良いか。印象違うしおれと同じで現実見えてるかと言うと怪しいが、根底にあるのは善意だ。少なくとも、幸せになりたいとは思っていても気に入らない相手を原作知識を使って破滅させたいとかそうした思想は無い

 寧ろ、何時死ぬかも分からないおれに手を貸したいなんて言い出すくらいには、傷付く覚悟があると言えるかもしれないな

 

 その分、あの態度分からないんだよな……

 おれの前では結構無防備なのに距離を感じるというか、フォース等の簡単に絡みに行けるルート有りの相手とも深入りはしていなかったり最近の言動から男性恐怖症の気があるんじゃないかと思うがそれにしては無防備というか……

 

 一瞬おれの事が好きなのか?と馬鹿を考えるが、おれは好かれるような人間じゃないし……何よりその場合絶対に手を出してこない事を喜ぶような言動にならなくないか?と妄言だと切り捨てられる

 だから思考は堂々巡り。乙女心は複雑怪奇だ

 

 と、薄着の上からケープを羽織ったリリーナ嬢を出迎える

 泳ぎの有名なリゾートとなれば暖かな印象があるが、結局此処は湖の畔だ。そんな暖かなわけでもない。だからまあ、周囲から変に思われる問題はないだろう

 

 「えへへ、お待たせ

 ……あれ?」

 おれの周囲を見て桃色聖女が首をかしげる

 「ねぇゼノ君。こわーいエルフの先生どこ?一緒に来た筈だよね?」

 「良かったなリリーナ嬢。ノア姫に聞かれたら補習だぞ」

 「はえ?」

 目をぱちくちさせる少女に苦笑する

 

 授業は受けたけどあんまり真面目に聞いてないなさては?

 

 「リリーナ嬢。エルフは基本的に自給自足だ。そしてプライドが高くて自分を貫く」

 「うんうん」

 「だから、人間の用意した朝食なんて要らないわって言うよ」

 ぽん、と手が打たれた

 

 「ああ、そういう事なんだ

 あれでもアーニャちゃんとか、血のゼリー交換で貰ったとか色々言ってたよ?」

 「プライドが高いからこそ、自分が認めた事を相手の価値として認識してくれるんだよ

 だから、アナやおれ相手だと結構優しいし合わせてくれるだけ。今回は絶対におれに合わせて朝食取る必要がある訳じゃないし……」

 階段を降りて食事が用意されているだろうホールに向かいながら窓の外を見る

 「魚で有名な此処だ。外の屋台で食べるとかあっても可笑しくないから、和も乱さないしね」

 「そういうもの?」

 「そういうもの。5年で学んだ」

 

 ……っていうか、おれ5年もノア姫に助けられてきたんだな……と自分で言った言葉を噛み締める

 そして、これからも世話になるわけだ。本当に頭が上がらないな

 

 なんて考えていたら、5階建ての石造りの宿の一階、大ホールに着いた

 宿自体は総部屋数132部屋。大きめの部屋ならば3~4人……家族皆で泊まれる大きさだから想定客数はもっと上。そんな人数のうち半数は余裕で入れる……なんて訳は流石にない食事用のホールである

 頼めば部屋に持ってきてくれるが、おれはこちらを選んだ。おれの部屋に届けさせればリリーナ嬢がゆったり出来ないしデカいリリーナ嬢の部屋だとおれが訪ねたら女性の寝室に男がと変な噂が立つからな。そして、別々は宿の人に迷惑だし変なものを混ぜられてもおれが反応出来ない

 公的な場で食べればそうした下世話な話からある程度聖女を守れるとなればこっちにしない理由が……

 

 あ

 

 「いや、部屋の方が良かったかリリーナ嬢?」

 周囲に結構人が居ることになるなと思い、ふとおれはそう訪ねた

 今は基本的に貴族階級のための時間。巨大なホールに10人居ないくらいのまばらな数ではあるが……リリーナ嬢的には人目が気になるかもしれないと考えていなかった。ちょっぴり男性恐怖症っぽいしな

 「うーん、遠いから気にならないかな」

 少しだけ困ったようにツーサイドアップ……ではなく今はほどいた髪の毛の先をくるくると指に絡めながら、それでも少女はそう告げる

 

 「でも、バレて人だかりとか」

 「いや、聖女は有名でもその顔まで知ってる人は少ないよ」

 「あれ?じゃあ……ってそっか」

 疑問を浮かべた少女の顔がすぐに綻ぶ

 「私にしか使えないものがあるもんね。それで判別できるんだ」

 「そういうこと。演説の時は宜しくな」

 

 「ん?でもその割には視線こっちに向けられてない?」

 おれが引いた椅子にちょこんと腰掛けながら、桃色聖女は辺りを見回す

 「それはおれの側。金で治せるはずの火傷痕も左目も治してないとかどこの貧乏貴族だって見られてるんだろ」

 「皇子様だけどね」

 悪戯っぽく笑う少女におれは頷いて、自身も四角のテーブルを挟んだ反対の席に腰かけた

 

 「お嬢様方、貴女方は実に運が良い

 本日の朝食は奇跡の野菜のサラダとパン、そしてお好みの肉料理で御座います」

 席について結構お高いガラスのグラスに注いだ水を飲めば、そんな事を良いながらスタッフの手によって朝食が運ばれてくる

 貴族相手だから、朝からコース料理……みたいな形ではないがビュッフェ形式でもない。最初にサラダとパン、そしてメインが置かれて終わりだ

 

 「奇跡の野菜?」

 「はい、湖の向こうより輸入した奇跡の野菜で御座います」

 ニコニコと告げられておれは首をかしげた

 

 いや、向こうの国にそんなんあったか?

 「奇跡の畑と呼ばれる神域の畑で取れた逸品で御座いますよ、お客様」

 「わ!」

 どことなく輝いて見える葉野菜に少女は目をキラキラさせる

 

 いや、確かに美味しそうに見えるが……見えるがだ。畑となれば主に土魔法の領分。向こうの国、そんなに牛帝信仰厚かったか……?寧ろ、交易だ何だといった流動的な産業が多かったと習ったような覚えがあるんだが

 

 うちが道化主体で龍姫や王狼信仰も深い国なのと比べ、牛帝……ではなく彼と相性悪いとされる猿侯信仰主体じゃなかったっけか?そんな場所で牛帝の加護とか受けてそうな奇跡の畑なんて出来るか?

 

 いや、何処にあるともしれない牛帝の七天御物、豊撃の斧アイムールが実はあそこにあって……とか可能性としてはあるし、向こうの国とかゲームじゃ語られなさすぎて判別つかないんだけどな

 

 っていうか、始水知らないか?

 『何でも私に頼らないで下さい。自分の御物の在処なら幾らでも分かりますが、私そこそこ猿侯と仲良しですからね。反目してるようで友達以上な仲間でライバルでしかない女神と晶魔と異なり、彼らは本気で反りが合わないんですよ』

 寧ろ相反する力とされるその二つを司る二柱が仲良しなのが初耳なんだがな!?だったら何でエルフに影属性居ないんだよ寧ろ

 『同担拒否です』 

 

 …………さようか

 

 「ゼノ君?」

 と、幼馴染神様にあまり今すぐの益にはならない話を聞いていると手が止まってると心配そうに顔を覗き込まれた

 「ああ、少しだけ考え事

 じゃあ、いただきます」

 「うん、いただきます!奇跡の畑の野菜かぁ……楽しみ」

 そんな風に楽しそうな少女にまあ嬉しいなら良いかなと思いつつおれもまず切られた葉野菜を一口口に運び……

 

 「美味しいっ!」

 「にっが!」

 あまりの苦さに無理矢理喉の奥に流し込んだ

 ……とりあえず飲み込んで判別してみたが、毒はないな。馬鹿苦いだけだ

 

 「……苦い?」

 「毒はないみたいだから、全部食べて良いぞリリーナ嬢。おれには忌み子だからかな」 

 小さな欠片をもう一口

 うん、食べ物を粗末にしたくはないが、無理だこれ 

 「ちょっと苦すぎる」



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おまけ、或いはホワイトデーボイス

遥かなる蒼炎の紋章~英雄の旗の元に~で聞くことが出来るホワイトデーボイスの抜粋です。
という体のホワイトデー小ネタです。

また、ここで出てくるリリーナ・アグノエルはリリーナ嬢ではなく原作リリーナです。そのためちょっと性格違うのはご理解下さい。

この子見たいとかあれば追加するかもしれません。


ゼノ

「君か。ん?どうかしたのか?」

 「……そうか、すまなかった。当日なのにすっかり頭から抜け落ちていた

今日はホワイトデーだったな。君からチョコレートを貰っておいて何も返さない阿呆になってしまうところだった。話しかけてくれて有り難う」

 「ああ、あまり心配しないでくれ。一応少し前は覚えていたからちゃんと準備はしてあったんだ。つい忙しくて当日に何のために用意したんだっけ……ってなってしまっただけで、な」

 「ほら、これだ」

 「気に入ってくれるかは分からないけれど、バウムケーキ。木の年輪みたいに君が長く幸せであるように……って、格好つけ過ぎかな」

 「でも、個人的にはこれしか思い付かなかった。金にものを言わせたお返し……特に、こんな忌み子から物として残るものや変な想いを込めた奴も困るだろう?」

 「ああ、ちゃんとお茶も付けるよ」

 「喜んでくれて良かった。君との縁が、こうして続きますように。それじゃあ、また明日」

 

 

アナスタシア

「あ、御早うございます。え?そわそわしてる?そ、そんなこと……」

 

 「お昼ですね。一緒に食べますか?……そうですか」

 

 「え?あ、次の限の後……ですか?空いてます。はい、分かりました待ってますね?」

 「……はい、わたしを呼び出してどうしたんですか

?って、本当は分かってるんです。

 えへへ、催促するみたいでごめんなさい」

 「これ、ホワイトデーのお返し……ですよね?空けて良いですか?」

 「安物だ、なんて。良いんです良いんです。わたしだって、高いものなんて用意できなくて、悩んで悩んでチョコケーキを作ったんですから。貴方にはちょっとだけ特別にしましたけど、急いでいたからベースはみんなに配ったものと同じって手抜きまでしちゃいましたし……

 だから、わたしのために悩んで選んでくれたお返しっていう事実だけでとっても嬉しいんです。その気持ちが一番のお返しです

 大事に食べますね?」

 

 

リリーナ・アグノエル

「ふっふふー、今日は何の日でしょう?」

 「ってどうしたの、そんな曇った顔してさ」

 「えっと、私からチョコレート貰っておいて、忙しくてお返しが用意できなかった……って事だよね」

 「うん、しょーがない!忙しかったんだもんね。いや、私だってさ、バレンタインのチョコレートとかお友達が確保してなかったら手に入らなかったくらいにはあの辺り忙しかったし、気持ちは分かるよ」

 「でも、これは別。今日時間あるよね?じゃあちょっと後で付き合ってくれるかな?」

 

 「……うん、急な事だけど、結構楽しかった!君もそうかな?」

 「もう、まだそんな顔してる。私は君と仲良くやりたいからバレンタインにチョコレートを贈ったんだよ?そして君はちゃんとこうして私に応えてくれたじゃん。こうして友達として仲良く、さ

 これが何よりのお返しじゃないかな?」

 「え?そこは良かったけど実は夜は用事があって急がなきゃ?あ、大丈夫?間に合う?私も一緒に謝る?」

 「あはは、忙しいけど間に合うんだ。うん、付き合ってくれてありがと」



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異伝 桃色聖女と宝石獣の輝き

「ゼノ君ゼノ君、どうかな?」

 そうして朝食後。私リリーナ・アグノエルはゼノ君が用意してくれた見晴らしが良くておっきな部屋……じゃなくて、そこから一歩出た扉の前でくるっとターンしてみせた

 結構スカートは短いドレスだけど、ゼノ君の視線はふわっと浮き上がるそっちでも小さく揺れる胸元でもなく、私の顔ばかり見てる

 っていうより、私自身より周囲の警戒してる眼だよねあれ。泳いでるっていうよりも、視界に入れてない感じ

 もう、ちょっぴり失礼だよと頬を膨らませてむくれるけれど、でも優しさでもあるから強くは言えないよね

 

 それに、それがゼノ君だよねと思う。ここで私のスカートとか、胸元とかじっと見詰めるようなエッケハルト君(この世界)みたいな性格だったら私怖すぎて近付きたくないもん

 あ、隼人って名乗ってくれたあっちは平気だよ?だって、私に興味が欠片もないって逆に分かりやすいからね。アーニャちゃんとも仲良くなって、あの子の真っ直ぐさを改めて感じたからそこまで積極的に応援はしてあげられないけど……

 

 「うん、良く似合ってるよ。おれだって教会にそう詳しい訳ではないけれど、アナ……っと、シエル様やアステール様を見るだけでもそれなりに可愛らしさが重要な事は分かるし、その点で見れば十分だと思う。でも……」

 と、青年は片方しか無い瞳で私の胸元の桃色の花のブローチを見詰め、少し唇を下げて申し訳なさげに告げる

 「天光の聖女という要素を強調したいならば太陽の意匠やダイヤモンド、龍姫に寄せたいならアクアマリンといった方面の方が良いとも感じる」

 「堅い!あともっと素直に褒めてよゼノ君!?」

 端的に言えば、可愛い服だけどブローチを変えてくれだよね?長い!長すぎだよ

 

 「無難に可愛いと思うが。気は引けるだろう」

 「いやいや、シロノワール君も突き放さないでよ」

 うーん、二人して不器用というか、女の子褒め慣れてないっていうか……。そうじゃなきゃ私も萎縮しちゃうんだけどさ

 

 「そっか、でも私、そんな飾りは……」

 「はい、これで良ければ」

 と、灰銀の髪の皇子様は当然のように細長い木箱を取り出す。そこに納められているのはひとつのペンダント。太陽のような意匠で、中心には桃色の綺麗な宝石とピンクゴールドの金属で描かれた紋章がはまっている

 ちなみに流石に私でも分かる、この紋章、女神様を示すってされてる奴だよね?教会からの手紙とかにたまに描かれているし

 

 「え?良いの?」

 って目をぱちくりさせて意外な発言にほえーと口を開けたら苦笑が返された

 「おれ、仮かつ今だけの関係でも婚約者な訳だが。贈ったら可笑しいか?」

 仮だけど、私から今更解消しようとはちょっと言い出す気は無いかな。多分ゼノ君は自分の立場が悪くなると婚約解消を言い出してくると思うけど……。その時にえ?やだよ?って返したらどんな顔するかな?

 

 「じゃあ、貰って良いの?」

 上目に訊ねる私に、柔らかく微笑んで頷き返してくれるゼノ君

 

 それを受けて、私はちょっと引ったくるようにそのペンダントを手に取った

 ずっしりと重くて、鎖は金銀の色で私の杖に合わせてあるのかな?でも私っぽく桃色を入れてくれてるし……こんなの、ゼノ君が用意してくれるような印象無かったなー

 

 「リリーナ嬢、魔力を込めれば多少の間バリアフィールドが貼られる。あのユーゴのバリアほどの耐久はないが、多少身を護るのには役立つ筈だ

 それに、起動すればアウィルの左耳のリボンが呼応するからきっと駆け付けてくれる」

 と、にまにまする私に淡々と青年は告げたのだった

 

 ってバリバリの実用品じゃん!?ロマンチックなアクセサリーじゃなくて、私の安全のためのバリア魔法発生装置じゃん!?

 と、ときめいて損した感ある……そういうところだよゼノ君。だから女の子に失望されるっていうか……

 

 こういうデリカシーとかロマンチックさの無いところが改善されたらもっと頼勇様くらいに女の子の憧れに……いや、もうこれ以上モテて欲しくないかも

 

 でも、私の事を気にかけてくれてる事は確かだからブローチを外してささっと首からかける

 というか、ゼノ君ガチ勢のお姉さまには、無骨な中に精一杯女の子に喜んで欲しいって不器用な優しさがあって可愛いでしょう?とか何とかで結構こういうの好評なんだよね。私はもっとロマンチックなの欲しいなーって思うんだけど、アーニャちゃんとか私の為に……って感涙すると思う

 

 「うん、似合ってるよ」

 と、青年は開いている片目を細めた

 

 「大事にしてくれよ、リリーナ嬢」

 「うん勿論」

 「おれみたいに、即刻金が必要だからって貰い物売るような真似しないでくれよ、おれがノア姫に殺されるから」

 「いやいやいや売らないからね!?」

 寧ろゼノ君プレゼント売ったことあるの?

 

 ……あ、アーニャちゃん達を助けるために父から貰った指輪を売ったんだっけ?そういや小説版で読んだしアーニャちゃんからも聞いたような

 

 「売るわけ無いよ、せっかく私のためのプレゼントだもん」 

 きゅっと左手で太陽部分を握り締めて私は言う

 「でも、売ったら殺されるの?何で?」

 「そのコアの桃色の石、実はノア姫がカーバンクルから貰ったものを買い取ったんだよ

 だからさ、宝石獣がエルフを信じて託したものを私利私欲で売り払ったりしたらまあ、ノア姫の信用すらも損ねるわけ」

 「寧ろゼノ君が買うのは良いんだ」

 「そもそも聖女達の力にって理由で渡されたものだからそこは問題ない」

 ほえー、と私はペンダントの宝石を見る

 

 結構凄いものなんだね。ますますロマンチックというより機能重視なんだってなっちゃうけど

 

 「ゼノ君ゼノ君、これ持ってたらカーバンクルに逢えるかな?」

 ちょっと興奮気味に問い掛ける

 

 カーバンクル!宝石の獣!幻獣……って訳じゃないんだけど、結構上の方の魔物。ちっちゃくてもふもふのリスみたいな生き物だってことで見たかったんだけど、当然そうそう逢える訳もなかったんだよね

 ゲームだと一部マップの特定の場所に行くとカーバンクルが宝石の力で傷を治してくれるってイベントで一回だけ全回復出来るってくらいの出番だったかな?立ち絵が可愛いから何度も見に行ったし、SRPG面疎い私でも覚えてるんだけど……

 

 「逢えたら良いな」

 「さあ、忌み子なおれには何とも」

 ちょっとつれなく、青年は肩を竦めた

 「でも、君が望むならきっと逢えるさって信じた方が良い

 夢を見ないよりは、見た方が楽しいだろう?」

 

 なんてやり取りを経て、私はゼノ君+金髪イケメンシロノワール君と教会近くまでやってきていた

 うん!目立つよ二人とも!確かに平凡な容姿って訳じゃない私(だってそりゃ元が乙女ゲー主人公だよ?美少女に決まってるよね、誰だって不細工になってイケメンと恋するより美少女の方がいい)だから不釣り合い……って事にはならないんだけど

 

 はっ!と息を呑んで振り返る女性が何人か出るくらいにはシロノワール君は美形だ。そしてゼノ君も左目の傷痕が痛々しいし火傷痕もあるんだけど、基礎造形はめっちゃ美少年なんだよね。どこかのピンナップで書き下ろされた火傷無しゼノ君のイラスト切り抜いてラミネート加工して取っておいてたもん間違いない

 そんな二人が私の両脇に居たらそりゃ目立つわけで

 

 自慢したいような、私が聖女で乙女ゲー主人公だからってだけで私自身の魅力じゃないからドヤりにくいっていうか……

 と悩んでると、さりげなくゼノ君は嫉妬っぽい視線と私の間に入ってくれる。ブロックは嬉しいけどさ、もっと妬まれるんだよねそういうの

 

 「ねぇゼノ君。もうやるの?」

 「いや」

 少しだけ歯切れ悪く、青年は頬を掻く

 「今日はとりあえず教会の中で話をつけるだけだ

 それとも、今日は嫌か?」

 「え?もうスケジュール決まってたりしないの?」

 「おれは忌み子だからな。お前の話しなど聞くか神に見捨てられた忌み子がの一点張りで何一つ話が進まなかったから、『もう聖女の言葉を教えてやるよ』って強引に押し切るつもりで来たんだ」

 バツが悪そうに彼は告げる

 

 「悪いなリリーナ嬢。実のところ、完全に君に頼りきるスケジュールなんだ」

 それに私はあはは、と明るく笑って返す

 「おっけーまっかせて!」

 

 と、私はちょっと小走りに教会内部に向かって……

 

 ん?何か聞き覚えのある声が……

 

 と、聖堂に入った私を出迎えたのは、椅子に座って両手を胸元で組む何人もの人々と、その人々を先導して龍の像の前で祈りを捧げる白に青の神官服の少女。こんな時でも外さない雪結晶の髪飾りがステンドグラスからの光を浴びてキラキラと輝いている

 

 淡い銀のサイドテールを揺らし静かに祝詞を唱えながら、青いステンドグラスの光をスポットライトのように浴びる少女は何処か幻想的で…… 

 

 「ってアーニャちゃんじゃん!?」



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宗教画、或いは祈りの場

おれは一人で大丈夫なのかアナ!?とリリーナ嬢の声にとりあえず周囲を見回して……

 「……エッケハルト」

 何となく憮然と立ち尽くす赤毛の青年の姿を見かけてほっと息を吐いた

 

 いや竪神でもガイストでもないのかとは思うが、アナ大好きなエッケハルトが適任といえば適任だろうしな

 

 ぎろりと此方を見てくる集まっている信者達の後方に頭を下げて、横のリリーナ嬢にも態度で促す

 声は出さない。うっかりおれも声出ししてしまったが、こういうタイミングで空気読めてないのは此方だ。彼等は静寂の中、聖教国の至宝とか一部で祭り上げられている腕輪の聖女様の祝詞を聞き、七大天に捧げる祈りを共に行っているだけなのだから

 

 今のおれ達って教皇枢機卿……は言いすぎにしても教会のお偉いさんの説法を邪魔してるようなもんだぞ?そりゃ睨まれる

 「ねぇねぇゼノ君ゼノ君」

 「良いかリリーナ嬢。ちゃんと儀が終わるまでステイだ。そうしないと空気読めてなさすぎる」

 「ご、ごめん……」

 小さく俯きしゅんと垂れ下がるくるっとカールさせたツーサイドアップ。横に飛び出たそれが少女の顔の向きと合わせてころころ変わり心境を教えてくれる

 

 うん、そうだよなおれも問題だったしエッケハルトもガン無視してくる。そう結論付けて、おれは一個空いている……というか一緒に祈っている信徒の6~7歳くらいの女の子が詰めて空けてくれた席にリリーナ嬢を座らせ、自分は立ったままアナの言葉を聞き続けた

 

 「ゼーレ・ヤーハ、ティアミシュタル=アラスティル」

 「「ゼーレ・ヤーハ、ティアミシュタル=アラスティル」」

 アナの最後の祝詞に合わせ、リリーナ嬢と二人で言葉を紡ぐ

 周囲では言わない人が多いな。やはりというか、神の魔名を聞き取れなかった人も多いのだろう

 

 「滝流せる龍姫、わたし達の魂の主よ、これらの祈りを受け取りたまえ」

 と、さっきの祝詞を人々全般が理解できるように言い直して、ぱん、と銀の聖女はステンドグラスから降り注ぐ青い光に照らされて手を打つ

 「我等が龍姫よ、この願いを聞き届けたまえ」

 大きな合唱と共に、皆が手を打って……

 

 「宗教画だこれ」

 「宗教だぞリリーナ嬢」

 宗教画だって、宗教無関係ながら拝みたくなる絵面に使う言葉じゃないか?確かに祈りを捧げるアナは拝みたくなる神々しさを備えているが、文字通り神に祈る宗教行事の一場面なんだから宗教画に決まってる

 ちなみに、神を描くから始水の絵は何でも宗教画だ。それこそ寝顔でも何でも

 

 ぽちゃん、と水滴の音が響いた

 「はい、おしまいです」

 と、振り返った銀の聖女が柔らかな微笑みを浮かべる

 「龍姫様はみんなの言葉をきっと聞いてくださいました。あなたの苦しみも、届かないかもしれない夢も」

 と、聖女はサイドテールを揺らし、ぱっと青く輝く腕輪を嵌めた左手で巨大な龍の像を示す。正確にはその腕に抱かれた杯を

 

 「辛さに、苦しさに、切なさに、龍姫様は涙してくださいました」

 確かに良く見れば像の眼の青い宝石から水滴が零れて杯に落ちていっている。恐らくは魔法だろう

 「ですからきっと、あなた方のこれからの人生、祈った夢に向かうその時、龍姫様は小さくあなたの背を押してくださるでしょう」

 そうして少女は優しく慈愛の笑みを浮かべて皆を見渡した

 

 「あなた方皆に、幸せがありますように」

 と、ぼうっとした淡い青の光が数人の腕に浮き上がる

 「えへへ、完全にこれで今回はおしまいですけど……光った皆さんだけちょっと残ってくださいね?」

 

 「完全に宗教だこれ」

 「元から国教だよリリーナ嬢」

 『いえ世界宗教ですよ兄さん』

 創造神の一角様が何か仰っておられる

 

 というか始水、本気で手を貸してるのか?

 神様本神が話しかけてくれたのでちょっと尋ねてみる。これで無関係だと唯の怪しい宗教化しそうだが……

 『全部じゃありませんよ。あの娘に告白する勇気が出ないとかいちいち聞いて後押しなんてしてられませんし。神様が聞いていてくださると勝手に勇気を持てれば十分です』

 いや聞いてるじゃないか

 『普段は人が魔名を唱えて言葉を、心を送ろうとした際に大気のマナが決意と祈りを判断して足りないと弾き返しますが……集団で祈る際にそんなことはさせませんよ』

 ……ああ、魔名をみだりに唱えると罰が下るってそういう仕組みなのか、一つ勉強になった

 

 『まあ、ああして多少病に効く水とか杯に受けさせていますし、助けるべきと思った人々くらい助けますよ?これでもこの世界の神様ですしね

 といっても、何時でも何処でも何度でもやられても困りますし、無限に助けていたら堕落しますし、そもそも過干渉は七大天内でも禁じてますし……

 ああして代表立てて場を作ってしっかりした祈りを捧げた時だけですが。後は緊急事態以外知りません』

 国教だこれ

 『世界宗教です』

 くすりと笑い声が聞こえる

 『ちなみに、あの赤毛の男の、アナちゃんとイチャイチャ云々はしっかり右から左へ聞き流しておきましたので、ご心配なく』

 

 「ねぇねぇゼノ君、これ本物かな?」

 と、神様トークしている間に席を立った桃色聖女がおれの左手の袖を引いてきた

 エッケハルトはまだ憮然と立っている。多分折角アナちゃんと湖の都市に来たのに水着できゃっきゃじゃなく真面目な説法だなんて、と思ってるんだろう

 「七大天に選ばれた者が七大天を疑ってどうする」

 「ま、まあそうなんだけどさ?」

 そんな風に話しながらおれは、譲ってくれた女の子等がアナが取り外した杯からガラス瓶に詰めた水を手渡されていくのを眺めていた

 

 そうして、漸く声をかけられるほどに人が居なくなったのを見計らって……

 「あ、きゃっ!?」

 外から聞こえる小さな悲鳴

 

 「リリーナ嬢も任せたエッケハルト!」

 その声を聞いた瞬間におれは磨かれた石の床を蹴って飛び出していた

 

 外に出てぱっと見れば踞るさっきの女の子と、疎らとはいえそこそこ居る人の合間を縫って駆けていくフードの人影。時折当たりかけながらも教会の敷地を……

 

 「っ!すまないティア!」

 悪い始水!

 それを追うためにおれは聖堂の壁を少し駆け登り、頂点近くに掲げられた龍姫の紋章を強く蹴って一気に横へと跳躍。罰当たり極まる空中機動で人々の頭上をぶっ飛んでフードの影の前方に着地する

 

 「は!?」

 一瞬驚いたような人影だが、周囲の何だこいつ!?みたいな反応とは異なり逃げる決意を決めていたからか即座に立ち直り、ガラス瓶を左手に強く握り締めると腰の剣を抜き放ちながら……

 「往来で抜刀するな」

 振りかぶって斬りかかってくるが慌てることはない。ステータスくらい挙動で大体分かる

 

 「邪魔だぁぁっ!」

 振り下ろされる剣の刃を左手で受け止め、そのまま握り込み力を込めて手首を捻ってへし折る。唯の鉄剣ならばそれで砕けるので、そのままおれが倒れる前提で駆け込んでくるフードの男に肘……は強すぎるので肩を当てて弾き返し

 「ぐがぅっ!?」

 宙に浮かんで吹き飛ばされるフードの男(胸板が硬すぎるので確定)に向けて強く踏み込んで、左手を伸ばして喉を掴み、逃がさないし瓶も何とも出来ないように相手の左手も掴んで捻りあげる

 

 ……

 「くふっ」

 そのまま意識を落とさせて……ってちょっと待て

 くたりとなる男の左手の瓶に違和感を感じてその体を横たえながら引き抜いてみれば、見えてくるのは良く似たコルクだが少しくぐもった瓶。これ……ガラスじゃなく魔物素材だな

 

 教会は割と金があるし、七大天を現す七色のステンドグラスなんて金のかかるものも良く使っている。だから嗜好品故に高いガラスの職人なんかも居るし、瓶だってガラスだ

 ならばこれは別物。流石に全く関係ない一般人をって訳じゃないだろうが……

 

 そうか!何人かに当たりかけたとき、其処に仲間が居てすり替えたのか!もしも捕まっても似たもの持ってただけなのにって弁明するために!

 だから怪しいフードか、顔を見せないために

 

 ってそれが分かったとして、どうする?

 焦りと共に振り向いて……

 「ぐぇぇぇぇっ!」

 金髪のイケメンによって地面とキスさせられる男の子の姿に息を吐いた

 

 「すまないシロノワール」

 「確保されて一人だけ挙動不審になったから捕らえておいた」

 「やめ、助け!」

 呻く少年の懐から、コルク栓のされた小瓶が転がる。透き通ったガラス瓶だ。そこらの子供が持っているものじゃないし、観察していたがアナから貰うところをおれは見ていない。明らかに今パクったものだろう

 

 「貸し一つだ、何時か返せ」

 「やりすぎないでくれよ、彼についてもおれへの貸しも」

 ふん、と影に消えていくシロノワールに向けて告げながら、おれは瓶を拾い上げた



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窃盗、或いは腐敗

「……もう盗られるんじゃないぞ」

 言いつつぎろりと精一杯周囲を睨み付ける

 少女に向けてと言うよりは、周囲に向けての威圧だ、これは。ふざけた真似をしたら同じように意識落として騎士団に突き出すぞという脅しに他ならない

 

 ぺこりと頭を下げて瓶を受けとる女の子

 「良かったね」

 と、追い付いてきたリリーナ嬢が声をかけた

 「あ、ちょっと待ってくださいね」

 と、アナは少女を呼び止め、転んで擦りむいた足に小さく魔法の光を浴びせて傷を癒す

 

 「ありがと、おねーちゃんたちとおにーちゃん」

 きゅっと少女はおれの左手の小指を握って……

 

 「駄目じゃないユーナ、あれは恐ろしい化け物よ。手を洗いなさい手を」

 母親に怒られていた

 「ばけもの?」

 「あれは忌み子よ、何ておぞましい。どうしてこの龍姫様の見守る地に居るのかしら、出ていってほしいわ」

 「おにーちゃん、悪い人なの?」

 「ええユーナ、神様に呪われたとっても悪い人なのよ」

 

 「アナ、止まってくれ」

 何かを言いたげに体を震わせる銀の髪の聖女を手を伸ばして制する

 「でも、皇子さま」

 「おれは忌み子だよ。それは変わらない。それに余計に噛み付いても、どうやっても平行線」

 ぎりっと奥歯を噛む

 

 だからだ。だからこそ、夢物語の理想論に過ぎなくても、おれは……

 

 と、周囲に集まってくるのはこの地の騎士団の兵士達。ぞろぞろと集まってきておれへと剣を向けるが、横に立つ神官服の少女と追いかけてきた赤髪の青年の姿に剣を納めて礼を取る

 膝を折るのではなく、胸元に手を当てる形の礼だが

 

 まあ、無理もないだろう。エッケハルトの奴、いざとなったら使ってくれと手渡しておいた機虹騎士団の騎士服(ちなみにこれは騎士の位……つまり貴族にのみ配られるものだ。魔物素材繊維やら何やら色々編み込んであるので下手な金属鎧より硬いし重い)を着込んでるからな。第三皇女直下の騎士団のお偉いさんにしか見えない。おれ相手と違って、礼儀を弁えない訳にはいかないだろう

 

 ……まあ、アナを護れるように使って良いぞと言ってるだけで、実は部外者なんだが。いや何でそんな目立つもの着込んできたんだエッケハルト

 

 「聖女様」

 軍服を着た騎士が声をかけてくる。そそくさと女の子の手を引いて去り行く母娘を見送りながら、おれは逃がさないよう青年と少年の窃盗犯の首根っこをその手で掴んでおく

 「……まずは、白昼堂々と窃盗されている治安の微妙さを」

 「反逆者が」

 とりつくしまも無いな。まあ、高度を稼ぐためとはいえ教会に掲げた神の紋なんて蹴ったんだ、さもありなん

 

 というか、やらかしたな……人混みを飛び越えなきゃいけなかったとはいえ、流石に不味い

 『いえ緊急事態なら構いませんよ?』

 なんて本神は何時ものように冷静だが、神が許しても信者が許さない。何たって、神様の声聞こえないからな

 

 『……そもそも、兄さんに聞こえるのが私との契約の関係ですからね。人生どころか死後含めて自分の全てを差し出した救いようのない超絶特大馬鹿か、或いは誰も聞こえないと困るからと選んでおいた教皇一族か……それくらいしか聞こえなくて当然です』

 ……うん、何を馬鹿やってるんだろうな昔のおれ。別に後悔も何もないし、おれだって始水の為なら多分四の五の言わずに契約してたろうけどさ

 

 って漫才してる場合ではない

 「聖女様、この罪人を」

 「いりません」

 ぴしゃりと告げるのはアナ。って眼が笑ってないんだが?

 「しかし……」

 「龍姫様への無礼は、龍姫様自身が裁きます。そう、龍姫様像の眼を盗んだ彼等のように、自ずと裁きは下る筈です」

 と、くいくいと袖が引かれる

 

 「ねぇゼノ君、眼泥棒って?」

 「10年前くらいの馬鹿の話。後でちゃんとするよ」

 と、疑問符を浮かべる桃色少女に言って、静かに告げるアナを見守る

 

 「だから心配ありません、わたし達が心を砕かなくても、相応の罰は下りますから」

 小さく俯いて、ほんの少し青みがかった銀髪が垂れる

 「それに、彼はこの国の第七皇子さまなんですよ?身分はしっかりし過ぎてますから、逃げも隠れもしません」

 「しかし、腕輪の聖女様」

 「心配ありません。わたしに何かをやろうとするなら、そのまま皇帝陛下に裁かれて死ぬことを覚悟しなきゃ駄目なんですから、わたしは安全です

 だから、大丈夫なんです」

 なおも説得を続けるアナを余所に……  

 

 「答えろ、何がしたかった」

 おれの手からひったくり少年を睨み付けるシロノワールへの対応を優先する

 意識を取り戻した少年のズボンから水滴が地面に拡がるのが見えるが……うんまぁ怖いわな、見なかったことにしよう。指摘するのも可哀想だ

 

 「シロノワール、やり過ぎるなよ?」

 「殺す価値もない」

 「殺しを候補にするな」

 魔神王だから残酷さは分からなくはないが、それでもおれは怒りを顕に声を荒げて止める。うっかりで殺されたらたまったものじゃない

 

 そこはアルヴィナもなんだが、あっちは何だかんだ穏健な感じはする。シロノワールだったらあの異端抹殺官を殺してた気がするしな

 

 「ってかゼノ君もシロノワール君も、結構顔が怖いんだからあんまり睨んじゃ駄目だよ」

 「そうだぞ」

 同調するエッケハルトにお前なぁと言いたいが、絶交と言われてから仲直りしてないから我慢し、リリーナ嬢に任せることにする

 

 「……うん、でも君達のやったことは悪いことだからさ、私も庇ったりは出来ない。反省は必要だからね

 でもさ、何か事情があるなら、この怖い人達をある程度止められるんだ」

 「……まぁ、な」

 いや、怖い人扱いかとは思うがまあ良いか

 

 「それに、この人たち実は結構偉いから、何か力になれるかも」

 「第七皇子だ」

 「……怪我が治せないようなのが皇子?うっそだぁ……」

 うんまぁ、そんな印象だよな。悲しいことに。基本的に、アステール等が例外なだけで七天教においておれへの扱いなんてこんなもんだ

 罰当たりな行為を例えしていなくとも、存在が罰当たりで呪われていて馬鹿にされて然るべき

 

 「……一応本物なんだが?」

 「……じゃあ、何で俺達は苦しい生活させられてんだよ」

 うぐ、正論

 だが、だ。あまり怯んではいけない

 

 「何でもかんでも国が助けていて何になる。自分達でも生きていけ

 有事に護るが皇族であって、平素から為すべき事をしない者を助ける為に居る訳じゃない」

 自分で言ってて厳しいな、と思う。ニートを飼うために居る訳じゃないのは確かなんだが、おれはそれと同じような事をやらかしてたしな……

 

 それにだ。自分で自分を救えない幼い子や怪我人病人を立ち直るまで護るのは当然義務なところもあるし、少年は結構幼い。おれの1~2個下か?

 となれば成人していないくらいであり、保護者が居なければおれ達王公貴族の保護対象の可能性すらある。教会にはそこそこ孤児の為の資金とか渡ってる筈だが足りなかったのか?

 

 「口だけの偽善者」

 何も言い返せず、おれは肩を竦めた

 近年までシュヴァリエ領だった訳だから、本来こういうのはユーゴ達が対処すべき案件だったんだが……シュヴァリエ公爵家って地位だけ偉い馬鹿貴族だったしやるわけ無いか

 って、それをやらかしに乗じて潰しておいて改善が行き届いてない時点でおれ達も同罪か。いやでも、多少改善するために街長とかには金を送って無かったか?

 父があのボケを殴り倒してこいとか何も言っていない以上、上手く行ってるというような報告があがってきているのは確かなんだが……嘘か?

 

 「すまないな、偽善者で

 ならばこそ、偽善を善に変えるために、どうして幼い子供から神に与えられたものを奪おうとするような罪を犯さなければならなかったのか教えてくれ。何とか出来るかもしれない」

 おれは少年に目線を合わせて、その手を握って言葉を紡ぐ

 

 そんなおれを睨み返しつつ瞳に怯えを湛えながら、吃りつつ少年は返してくれた

 曰く、

 「風邪の妹に、奇跡の野菜を……」

 「龍姫様に祈れ」

 いや、さっきアナがやってたの何だと思ってたんだよ。参加して祈れば水を貰えたかもしれないだろそれ

 

 って、ん?

 「奇跡の野菜?」

 妹の風邪に効く薬としてあの神の加護のあるだろう水が欲しかったのではなく?

 「聖水は高く売れるから、それで野菜を」

 「悪い、前言撤回」

 無理だわ、貰える筈がない。妹云々関係なく、転売商品が欲しいってだけじゃないか

 何言ってるんだコイツと困惑しながら、おれは少年の頭をぺちんと軽く叩いた

 

 にしても、また奇跡の野菜か。流行ってるのかあの輸入品の不味い野菜

 「美味しいけど……そんな高いの?」

 と、疑問符を浮かべるのはおいしく食べていた桃色聖女。それを受けて少年はすがるような眼をしつつ頷く

 「とっても美味しくて奇跡の力もあるのに、街長様達が買い占めて」

 転売屋かよ。ってか大丈夫かその街長、かなり背任の香りがするというか……

 

 こんなキナ臭さを感じて巻き込まれる前にアルヴィナは逃げたのかもしれないな

 そんなこんなで、アルヴィナとの決戦は魔神関連を抜きにしても一筋縄では行かないのでは?という不安を抱えつつ事情を聞いたおれは……

 「それはそれとして窃盗は窃盗だ」

 少年を騎士団に引き渡すのであった

 

 一応妹関連のフォローとか何か考えておかないとな。一ヶ月前後の懲役ってなりそうだが、その間にあの少年の妹が病死とかなったら洒落にならないし

 というか、うちの帝国腐ってるところはかなり腐ってないか……?



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異伝 桃色聖女と不要説

「ふぅ、やっと何とかなりました」

 ほっと息を吐く銀髪の女の子に、私はお疲れ様と声をかけた

 

 「アーニャちゃん、どうなったの?」

 「あ、はい。ちゃんとわたしの言葉を信じて、龍姫様への愚弄は龍姫様が裁くから人間であるわたし達が心を砕かなくて良いってこと、分かってくれました」

 その言葉にへーと私は頷く

 

 でも、多分だけどゼノ君に裁きなんて下らないよね?だって……

 私はヒロインらしくてちょっと私らしくない綺麗過ぎる緑の瞳に力を込めて、難しい顔で考え込む青年の方を見る

 

 私がカーディナルって名乗った神様から貰った転生特典でゼノ君への好感度を見透かす。私は自分じゃ見えないけど+30くらいって多分頭の上に出ててアーニャちゃんは安定のカンスト間近。シロノワール君もつんけんしてるけど実は+12あるからそんな低くないツンデレさんだ

 エッケハルト君は一桁だし昔見た時より下がったかな?でも、一時期マイナスに行ってたのは改善されたっぽくて一安心。周囲で見てる一般の人々からは基本的にマイナスか無関心の0なのがなんというか女の子を助ける為に行動した直後なのにちょっと可哀想だけど、そこは私も頑張ってゼノ君としか言えないかな

 そして、ゼノ君の姿を良く見ると、当然のように周囲に数字が浮かんでるんだよね

 

 頭上のマイナス20はゼノ君自身、肩辺りの±20って良く分かんない複雑な表記は誰なのか分かんないけれど、その他に二つ数字が見えるんだよね。しかも両方高いっていうか、38と49。もうデッレデレ

 そのうち、38の方はゼノ君の左目を持っていって繋がってるらしいあの黒髪白耳に満月の瞳の魔神の女の子。ゼノ君の魔神と云々の発言を信じたのも、この私の特殊能力であの娘がゼノ君大好きなのが演技じゃないって分かるからなんだよね……

 

 じゃあ、49ってカンスト数値は誰なのかってなると……それが見守ってる龍姫様なんじゃないかな?アイリス殿下ならカンストはしてないから何となくそんな気がする

 ティアとして出てくるゲームでの印象は結構物静かなんだけど、実際はどうなんだろ?案外頭アーニャちゃん(ゼノ君激推しの民のファン内での愛称……あれこれ愛称で良いよね?)だったりして

 

 「ゼノ君裁かれなさそうだけど」

 「間違いないです」

 きゅっと握られる拳

 「それで大丈夫?みんな納得する?」

 「神様が良いと言ってるのに許さなかったらただの私刑ですよ?」

 「そりゃそうだよ。でもさ、ゼノ君って忌み子だーって嫌われてるじゃん?私刑勃発しない?」

 「させません」

 うん、頼もしい

 

 っていうかさ、教会で説法するし祈るし皆に向けてアピールも出来てるし……

 今回私要る?アーニャちゃんの完全下位互換にならない?

 

 むむぅ、不安だよ……。役に立てるならって原作にこんな話無い(まだ攻略キャラも出揃ってないし何ならゼノ君モブ扱いなのにこんなゼノ君関連の大規模事件とか起きたらゲームとして困るよ)けど怖さを堪えて頑張ろうって思ったのに、実は要らないってなると悲しいんだよね

 

 そんな私の手を、きゅっとアーニャちゃんは包んでくれる

 あったかいかというと、私よりちょっと体温低いかな?でも、そんな気遣いが嬉しくて

 

 ゼノ君こういう心のケア苦手だもんね。っていうか、アーニャちゃんが覚悟決めきってるようにゼノ君自身が一番フォロー要るタイプ

 まあ、それをだからほっとけないよね?するんだけどね、私みたいなファンとかは

 

 「リリーナちゃん?」

 「あはは、私役に立たないなぁ……って

 聖女なのにね」

 「ずっと、わたしも同じようなことを思ってました。わたしじゃ何にも出来なくて、だから何かしてあげたくて必死に出来ることを探したんです」

 ぼやく私に、銀の少女はえへへと笑う

 

 「そっか」

 「はい、結果今では聖女様って呼ばれるようになっちゃいました。こうして皇子さまのお役に立てる点には感謝してるんですけど……」 

 少女の目尻が下がる

 「何だか寂しいところもあります。皇子さまから畏まられたり距離取られたり悲しいですし」

 「分かる。でもそうじゃないとゼノ君じゃないよね」

 「う、それはそうなんですけど……」

 

 と、話している間に、男性陣の側の話も進んでいく

 「警告とか、教会から発信を」

 「わたし、頑張ります!」

 「……これ私要る?」

 アルヴィナって魔神とはその実完全に出来レースの戦いになるだろうから、聖女の力要らない説が濃厚だし

 

 「一人じゃ不安ですし、一緒に居てくれると心強いですよ?」

 あ、天使が居る

 「それに、おとめげーむ?のお話はエッケハルトさん達全然わたしにしてくれないんで、リリーナちゃんが居てくれないとわかんないところが多いですから……」

 やった!やることあったよ!ってまあ、アーニャちゃんが作ってくれたんだけど

 

 「いよっし!乙女ゲープレイヤーに任せなさい!

 ……まあ、戦闘関係のデータとかからっきしだけどね?」

 高難易度プレイとか私がやったら人死んじゃうもん、やったこと無い。難易度ノーマルの初プレイでエッケハルト君(原作の方)を私のミスで死なせて以降ずっと最低難易度でやったんだよね……



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異伝 銀髪聖女と乙女ゲーム

「そう言えばさ、アーニャちゃんはどうして此処に?」

 「えへへ、どうせ貴女が必要になるわよってノアさんに忠告され皇子さまのお父さんにもあの阿呆についていてやってくれって資金をちょっぴり貰って、追いかけてきたんです」

 何時もと違って長い髪を一つくくりのポニーテールにしているリリーナちゃんにわたしはお茶を用意しながら語ります

 

 「うわ、親公認

 ……何か気まずいよ、一応婚約者のはずなんだけど私の方がお邪魔虫感あるっていうか」

 「いえいえいえ、リリーナちゃんが皇子さまの事を助けてあげたいって思ってくれて本当に心強いんです大丈夫ですお邪魔どころか聖女さまみたいに見えます!」

 言いながら、まるで聖女って本物の聖女さまじゃ誉め言葉にならないですよねとわたしは困ったように笑った

 両手は塞がってますし、頬を掻いたりは出来ないですけど

 

 「えへへ、今日のお茶は教会の秘蔵のもので、お菓子は奇跡のお野菜?らしいですよ」

 聖女様の為ならって皆さんが下さったものを自慢げに言いつつ、わたしは淹れ終わったお茶のカップをソーサーごと机の向かいのリリーナちゃんに差し出しました。そうして自分も教会の一室の椅子に腰掛けます

 本当は懺悔を神様と神官が聴くためのお部屋なんですけど、今はお茶に使わせて貰っています

 

 「奇跡のお野菜……確か、あの泥棒さんも食べたがっていたものですよね?

 楽しみですけど、悪いことしてまでってどんな味なんでしょう?」

 ちょっと畏れ多いですと思いながらも、わたしはお茶菓子を真ん中に置きます

 さっくりと植物の油で揚げたお芋にとってもしょっぱい湖のお魚さんをぐつぐつと身が崩れるまで煮込んで粉末にしたトリトニス名産の魚塩を振り掛けて完成。薄く衣をつけたルビーのようにマッシュポテトのフライはこんがりと揚がり、赤い断面と黄金色の衣が輝いています。ついでに赤身のお魚も小さく切って幾つか揚げてあります

 

 美味しそうなんですけど、お茶と合うかはちょっと悩ましいです

 

 「あ、皇子さまにもお裾分けしないと」

 と、タイミング良く入ってくるのは赤髪のエッケハルトさん

 「アナちゃん、貰っていって良い?」

 「あ、みんなで分けてくださいね」

 「そりゃアナちゃんの料理は独り占めしたいし毎日食べたいけどさ、こういう時は流石にやらないって」

 って言いながら、彼は半分くらいを持っていきました。きっと外で警戒しながらこの先……恐ろしい化け物である屍の皇女から皆を護るために頭を捻っている皇子さまとシロノワールさんに分けに行くんです

 

 そんな彼の背中を、複雑そうな眼でリリーナちゃんは見つめていました

 「リリーナちゃん?」

 「いやー、露骨だねアピール」

 そんな言葉に首をかしげます

 「あれ?自覚ない?毎日食べたいって告白の典型的な台詞なんだけど」

 「そうなんですか?」

 じゃあ、毎日ご飯作ってってアイリスちゃんの言葉、わたしへの告白……な訳はないですよね?

 

 「あー、この世界だと貴族社会もあるし、女の子が手料理ってそこまで一般的じゃないし……」

 街の人々の中には自分のお家に料理が出来るスペースも無い人も居ますし、火属性魔法が使える人が作ったものを買えば良いって家も多いです

 「少なくともさ、私や隼人君……あエッケハルト君の元々生きてた世界ではその言葉は告白なんだよね」

 へー、とわたしは頷きます

 

 「えっと、そして……おとめげーむ?でもあんなんなんですか?」

 困ったようにわたしは呟きます

 悪い人じゃないんですけど……

 「いや全然?あんな露骨に君が欲しいしてこないよ」

 「……そっちの方が、いえなんでも無いです」

 ちょっと苦手で思わずそのゲームの彼の方がと言いかけますが、流石に嫌いじゃない彼を否定する気にまではなれなくて慌てて言葉を切ります

 

 「うーん、私だったらドン引きするかなぁ……恋愛感情も性欲もオープンで怖いもん。鳥肌立っちゃうよ」

 「好いてくれるのは嬉しいんですけど……その気持ちには応えられませんし」

 「まぁ、ストイックだったり欲望露骨じゃないパターンだと勝てるはずもないからあっちで勝負するしかないのは分かるんだけど、原作とキャラ違いすぎるの未だに違和感拭えないっていうか止めて欲しいっていうか」

 「その辺り、わたしは分からないから教えて欲しいです」

 世間話を切り上げて、わたしは本題に切り込みました

 

 「オッケー、あ美味しい」

 ホクホクしたお芋が確かに美味しいです。美味しすぎるほどに。でも、魔法で洗っても毒とか何にも無かったから美味しすぎるだけなんですよねきっと

 

 「で、乙女ゲーの話だよね、オッケー」

 「まず、わたしがヒロイン?ってエッケハルトさん達が呼んでて、聖女だって言ってて……

 でも、聖女ってリリーナちゃんの事ですよね?わたしはエルフの皆さんから借りている腕輪の力使ってるだけですし」

 そんなわたしの疑問を受けて、リリーナちゃんは話してくれます

 

 「乙女ゲーの基本は分かってるよね?」

 「あ、そこは何とか」

 「なら、ヒロインの意味も……ってこれは割と分かるよね。恋愛小説とか結構あるし」

 こくりと頷きます

 

 「で、元々は私……リリーナ・アグノエルが主人公だったんだけど、完全版移植の際にアーニャちゃんが聖女の場合が追加された感じかな」

 「つまり、二人の聖女さまですか?」

 「ううん、リリーナの場合はアーニャちゃん居ないし、アーニャちゃんが選ばれる場合は私が居ないよ。設定の上ではどうなってるか知らないけど、恋愛ゲームとして同じくらいの立場の女の子二人も居て、しかもライバル関係じゃないなんて困るもん」

 

 その言葉に、わたしはぐっと掌を握り締めます。単純に皇子さまの為に頑張れる聖女が増えてるってことですし

 「じゃあ、いまは……」

 「アーニャちゃんが腕輪の力って言ってるけど、結構異例かな。ゲームじゃ有り得ない状況」

 ふにゃっとした笑い顔を桃色の聖女様は見せます

 「っていうか、そもそも私がゼノ君と婚約してるのが有り得ない状況なんだけどね」

 「そうなんですか?」

 「うん、私の場合ゼノ君ってモブ……つまりさ重要じゃない人って扱いで全然関係できないんだよね」

 その言葉にわたしは首をこてんと倒しました

 

 「え?でも……」

 「うーん、ここで言う私リリーナ・アグノエルって今の私と結構性格違うからね

 今の私はゼノ君と関わらないーなんてやらないよ、推しだし」

 「推しですか?」

 「うんうん、攻略対象って分かんないか、ゲームの中で主役が恋愛出来る相手をそう呼ぶんだけどさ

 その中でもお気に入りの事を推しって呼ぶんだ。ま、攻略出来ない相手が推しでも良いんだけど」

 ちょっと目線を遠くして少女は語ります

 「例えば、エッケハルト君にとってのアーニャちゃん」

 「え?そんなに皇子さまの事好きだったんですか?」

 驚愕に眼を見開きます

 

 リリーナちゃんはちょっとだけわたしも昔から見かけたことがありますけど、そこまで皇子さまが好きには見えませんでした。そんなに想いが強ければ、もっと昔から……

 「いや、そんなアーニャちゃんみたいに自分の命を懸けてってくらいの好きじゃなくても良いからね?」

 「あ、そうなんですね」

 「否定しないんだ……頭アーニャちゃんの語源は伊達じゃないなぁ……」

 どこか納得した感じにしみじみと呟かれて、わたしはどう返して良いのか分からなくてとりあえず誤魔化すためにお茶を一口飲みます

 

 ……えっと、アイリスちゃんの茶葉ってとても高級だったんですね……香りの華やかさがあっちと違います。美味しくないってほどじゃないんですけど、美味しすぎる奇跡のお野菜に合わせるにはちょっと物足りないです

 

 「……えっと、タテガミさんは?」

 ふと、でもリリーナちゃんってあの方を様付けしてたようなと思って話題を変えます

 「ん、推し?」

 「はい、あの人が推し?なのかなーって」

 「あ、最推しは頼勇様だよ?正確には頼勇様、ゼノ君、後はルーク様の三推し」

 「推しって複数居て良いんですか!?」

 「一途貫く必要があったら別のゲームで別の推しすら作れないよ!?」

 

 その言葉にわたしは「あ、確かに」と頷きます

 確かにそうですよね。わたしだってかつての聖女様を題材にした恋愛小説でドキドキしたりしますけど、その気持ちが駄目って事は無いはずですから

 

 「キャラ推しが頼勇様とルーク様で、ストーリー推しがゼノ君かな」

 「それでなんですけど、皇子さまも攻略対象ってエッケハルトさん言ってましたけど……」

 「え、言ってたの?墓穴じゃない?」

 心底意外そうなリリーナちゃんに首を傾げます

 

 「そうなんですか?」

 「うんまぁ、ゼノ君って攻略対象なのは確かなんだけどさ。それ言っちゃったら絶対に諦められないでしょアーニャちゃん

 自分から自分の勝ちを無くしていく辺り、どこか抜けてるよね」

 「そりゃ皇子さまの幸せを諦めるなんて出来ませんけど……

 そもそも、そんな嘘をつかれたら怒っちゃいます」

 「言えてる」

 

 そうして、少し考えます。あと聞きたいことは……

 「えっと、誰がわたしやリリーナちゃんと恋愛する可能性があるんですか?」



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異伝 銀髪ヤンデレと攻略対象

「うーん、攻略できる相手かぁ……」

 何となくリリーナちゃんが渋ります。皇子さまがそうなのは知ってますし、最悪わたしはそれだけで十分過ぎるんですけど……

 

 「じゃ、まずは共通から言おっかな」

 「きょーつう?」

 「うん、攻略対象によっては私だったりアーニャちゃんだったりで固定の相手、つまりどっちかでしか攻略できない相手が居るんだよね」

 「例えばエッケハルトさんとかですか?」

 「いやあれは例外と言うか良く分かんないだけ。本来はどっちでも攻略出来るんだけど、今はアーニャちゃん一筋……でもないか」

 その言葉にわたしも頷きます

 

 「アレットさんとか、ヴィルジニー様もちょっと気にしてるような素振りはありましたから」

 どちらとも会ったことがあります。わたしと一緒に人拐いに捕まった女の子と、教皇様の娘であるアステール様とは結構反目気味な枢機卿さんの娘

 そして両方とも、エッケハルトさんには好意的

 

 「あの方達は……?」

 「んまぁ、戦略シミュレーションって面があったし、実は攻略しない攻略対象は他の女の子とくっつけたり出来るんだけど、そこは置いとこっか

 賛否あって私は結構批判的だったから、あんまり語りたくないしね」

 「そうですよね」

 確かに、わたし以外の女の子達の話まで絡めるとこんがらがっちゃいます

 

 「まずは頼勇様!アーニャちゃん視点の物語が出てきた時から攻略出来るようになるんだ」

 「タテガミさん、確かに女の子から人気ですもんね」

 「男性人気もかなり高いけどね……

 見ての通りの超人キャラで、シナリオは……アーニャちゃんにも結構分かるかな?」

 「えっと、タテガミさんとのお話になるなら……魔神族との」

 

 うんうんとリリーナちゃんは首を縦に振りました

 「そう、頼勇様ルートは魔神エルクルル・ナラシンハとの因縁の話……って程じゃないんだよね

 だって頼勇様、聖女である私達居なくてもナラシンハに挑むし多分何とか勝つからさ。格好良いけどちょっと問題を抱えた男の人と恋愛しつつ問題を解決するって普通のシナリオというより、聖女って運命を背負わされた主人公(ヒロイン)に焦点当ててるんだよねアレ」

 「何となく想像できちゃいますね」

 「『聖女の運命は自分で選んだものじゃない。そんな望まない力と責任を背負ってそれでも頑張る君を、私は一番近くで支えてあげたくなったんだ』がゲームでの告白台詞だしね」

 「凄く言いそうですし、単純に格好良いです

 わたしでもときめいちゃいます」

 「そうそう、基本どんな時でも弱みらしい弱みの無い珠傷の無い完璧超人なんだよね頼勇様

 それに甘く愛されるだけで満足は出来るんだけど……もっと私も役立ったーってシナリオの方が私は好き」

 

 一息置いてお茶を一口。最推しだという青年について語った時よりは落ち着いた口調でリリーナちゃんは続けます

 「で、王子様系と言えばシルヴェール様……はリリーナ編限定か」

 シルヴェール第二皇子様。学園では教師をしていらっしゃる皇子さまのお兄様です

 ……確か11つ上の方の筈なのですが、恋なんて出来るんでしょうか?

 

 「あれ?そもそもあの方、婚約者の方が」

 「……亡くなっちゃうんだよね」

 「大変ですよ!?何とか出来ないんですか!?」

 かたっと机に手を置いて身を乗り出します

 

 「……ゲームでも、結婚出来ない程に病が進行してはいるもののまだ亡くなってないから奔走はできるんだけどさ

 聖女の力も万能じゃないよ。ゼノ君の呪いだって治せないんだよ?」

 「そ、それはそうですけど……」

 正論に言い澱みます。確かにわたしの力は皇子さまを癒してあげられませんし、リリーナちゃんだって唇を結んでますから悔しいのはきっと同じです

 

 「でも、わたしたちなら?

 聖女様が本物と借り物とで二人いたら何とかなるかも」

 「……そうだよね。ゲームじゃどう頑張っても救えなくても、頼勇様もアーニャちゃんもゲームじゃ今居ないもんね

 やれるだけ頑張っても良いかも。……それで助けられたらもうシルヴェール様の攻略って不可能になるけど……」

 むー、とリリーナちゃんは少しだけ胸を寄せて考える素振りを見せると、ぱっと明るくなりました

 

 「いやもう、そっちの方が幸せじゃん?婚約者死んだことでちょっと歯車狂ってダークな面を隠しきれなくなったゲームのシルヴェール様より、幸せな方が良いよね?」

 「はい!」

 「って脱線脱線。次は……エッケハルト君でいっか。自分の力不足に悩んだりするふっつーの貴族。突っ込み役で常識人枠」

 「ざ、雑です……」

 「そりゃまあ、雑だよ。だって原作と全く似てないもん話してもしょうがない」

 苦笑しか出来ません

 

 「で、次はロダ兄……ルパン君。ロダキーニャ・D・D・ルパン」

 「誰ですかそれ?」

 今までは見知った名前ばっかりだったのに急に変わってわたしは眼をぱちぱちさせます

 「えっとね、この湖の向こうの国の人で、とにかく派手派手

 派手さの裏に結構な心の闇を~っていうか派手人格の奥底に臆病な本来の人格が引きこもってる話なんだけど、兎に角表面が派手すぎてぱっと見分かんない」

 その言葉にくすりとします

 「皇子さまみたいです?」

 「いやゼノ君はめっちゃ心の闇分かりやすい。一筋の光が見える闇の塊みたいなもんだから比率が逆

 色々派手なのも気を引きたい人恋しさの現れだった筈だし、割とぼっちが好きなゼノ君とは本当に逆も良いところだよ?」

 へー、としか返せなくて困ります。全く知らない人のお話では、ただそうなんですかと思うことしか出来ません

 あと、皇子さまも自制しすぎなだけで人恋しいとは思いますよリリーナちゃん?

 

 「でも、向こうの国っていうことは」

 「会えるかも知れないねーって思ってるけど、どうかな?」

 

 「次は……うん、西国の彼かな」

 一息ついてから、話は続きます

 「西……皇子さまのお師匠様の御国ですよね?」

 「そうそう。カタナと弓を使うあの国の王族の一人

 でもちょっと彼とは会いたくないかなぁ……」

 みんな大体好きっぽそうなリリーナちゃんにしては意外でわたしは首を捻ります

 

 「リリーナちゃん?」

 「いや彼……ストーカー気質なんだよね。最初っから好感度高くて、こっちから距離を詰めようとしたら滅茶苦茶早い。アーニャちゃん→ゼノ君とかティアちゃん→ゼノ君と同じ絆支援最速進行タイプ」

 「ストーカーさん?」

 きょろきょろと見回しますけど、そんな人居ないです

 そもそも皇子さま達が何とかしてくれそうですし、居るわけ無いですよね

 

 「いや、まだ会ってないから居ないってアーニャちゃん

 ちょっと初対面で運命の人……魂妹(たまい)だと認定してくるだけで」

 「たまい?」

 「魂の妹で魂妹。他人の妹じゃないよ

 いやまあ、最低限礼儀はあるっていうか、さすがにメンヘラ方向あるとはいえ他の攻略対象とくっつこうとしたら刺してくるとかそんな事はない……

 というか、兄を自称してるから祝福してはくれるんだけど何て言うか、怖い」

 「こ、怖い人なんですね……」

 ぶるっと体を震わせます

 

 「で、ガイスト君。言動が変だけど良い子で、頼勇様みたいに魔神と因縁が……」

 と、リリーナちゃんは遠い目をします

 「ある筈だったんだけどなぁ……。ゲームだと過去に起こってる惨劇、普通に回避されてるんだよね」

 「惨劇……」

 「うん、本来は魔神に唆された兄のシャーフヴォルが家族全員殺して~つて事件が起こるんだけどこの世界だと起きてないんだよね。だから皆生きてるし、兄を唆した魔神との因縁もない」

 「シャーフヴォル……あのアトラスの方ですよね。恐ろしい人なんですね……」

 そして、何だかわたしに変な視線をしてて、と体を抱きすくめます

 

 「あと共通枠は二部行かないおまけ枠なマッドなあの人と商人のフォース君と……」

 「結構居るんですね……」

 「リリーナ編だと世界終わっちゃうけど魔神王ルートがあって、ボイスだと恋愛感情持ってそうな台詞で仲間入りするカラドリウス君の味方ボイスもあるけどあれは没だし……」

 「ま、魔神王さんも!?」

 びっくりです。絶対に相容れないと思うんですけど

 

 「魔神と仲良くなんて無理です無理です絶対無理です」

 ブンブンと頭を振るわたしに、何となくリリーナちゃんは曖昧に笑いを返してくれます。普通にリリーナちゃんも天光の聖女様なんですから、同じ気持ちだと思うんですけど……わたしよりより伝説の聖女様に近いんですし

 

 「うーん、確かにそう……かな?」

 「理由は分からなくもないんですけど、それでも皇子さまを殺そうと人々を人質に決戦を仕掛けてくる屍の皇女って酷い化け物も居るんですよ?」

 「……居る、ね一応……」

 「?リリーナちゃん、どうしたんですか?」

 「いや、ゼノ君大変だよねぇ……って」

 その言葉にわたしは強く同意を返しました

 あのアルヴィナって怖い魔神の問題も、きっと何とかしてみせます!

 

 「あ、そうだそうだ、小悪魔ショタっ子も居たっけ」

 そんなわたしを他所に、リリーナちゃんは話し続けます

 「しょた?」

 「幼げな男の子ってくらいの意味で覚えれば良いよ?」

 「はい。でも、その方たちはお名前無いんですか?」

 「いや、ロダ兄ちゃんにピンと来てなさげだから、言ってもアーニャちゃん混乱するだけだよねって言ってないだけかな」

 その言葉にわたしはリリーナちゃんに会釈します。そこまで考えてくれていて嬉しいです

 

 「で、私限定が前言ったけどシルヴェール様と純粋ショタな勇者アルヴィス。まあアルヴィス編のヒロインの一人って話だから、後者は実は攻略される側なんだけど」

 あははと笑うリリーナちゃん

 

 「そして、わたしが……」

 「ゼノ君とラインハルト君。ゼノ君は推しだしシナリオちゃんと覚えてるけど……聞く?」

 それはきっと優しさだと思います。でも、わたしはにこにこと聞いてくる聖女様に首を横に振って返しました

 

 「え?聞かないの?」

 「必要ありません、リリーナちゃん

 確かに知ってたら……って思いますけど」

 「いや、なら聞けば良いよアーニャちゃん?別にさ、エッケハルト君と違って隠さないよ私」

 「でも、ですよ?

 わたしとリリーナちゃんが一緒に居るように、事態はリリーナちゃんの知るゲーム通りじゃないかもしれないんです。そんな時にゲームでは大丈夫って楽観視して皇子さまの苦しみをちゃんと分かってあげられなかったりしたら、わたし後悔で死んじゃいます

 ゲームでの皇子さまの話は要りません。わたしはわたしの意志で、皇子さまを幸せにしたいんです。シナリオ通りにとか、半端な気持ちを混ぜたくない、余計な事を知って今の本当の皇子さまを曇った眼で見たくないんです

 だからリリーナちゃん。これじゃ皇子さまを幸せから遠ざけちゃうって間違った道に行きそうな時だけ、駄目だよってわたしに教えてくださいね?」




リリーナ「余計な知識で今の好きな人を見れなくなるから原作知識は要らないって……ガチ勢怖いなぁ……」


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襲撃、或いは二人の聖女

夜御飯を終えて部屋へ向かう。とりあえずといった形でアウィルに御飯(買ってきた魚。アウィルは結構雑食だから何でも食べるのだ。今回はシンプルに焼き魚にして骨ごと頭からかぶりついていた)をあげて一息

 

 とりあえず、教会に話は通せた。おれだけでは欠片も埒があかなかったというのに、アナの一言にリリーナ嬢が口添えすることで反対意見の一つも出せずにガンガンに話が進んでいくのは寧ろ爽快ですらあったな

 こんな気持ちになるのはどうかと思うんだが……まあ、仕方ない。これも忌み子の定めという奴だ

 

 その分おれは睨まれたが……強権くらい使わせてくれないか、間に合わなければ多くの人が死ぬんだから四の五の言ってられないんだ

 

 「本番は明日か……」

 と呟くが、寝るわけではない。というか、寝てどうする。今はシロノワールしか居ないんだ、聖女リリーナ・アグノエルを護る役目を放棄などして寝てられるか。徹夜だ徹夜

 その辺りは頼勇かガイストが居れば交代で解決できるんだが、居ないものはしょうがない。ちなみに、オーウェンは駄目だ。おれは結構彼のことをかってるとはいえ、流石にゼルフィードもあるしそこそこの基礎能力の高いガイストとは比べ物にならない。一人で任せるのは無理だな。いや、AGXを使ってくれるというならその限りではないというか、頼勇並に頼れるかもしれないが……それは彼にはあまりにも酷だろう

 

 「……アウィルと……いや駄目だな」

 此処を離れてアウィルと遊んでたら何のための護衛かわからないので一人寂しいのは却下

 始水は今は何も言ってくれないので同じく却下だ。口汚くなるから今緊急でないのに話しかけるのは止めてくださいねだそうだ

 

 アナの方もどうやら同じホテルの別室を取ったらしい。教会は嫌なんだとか。エッケハルトがやってくれたらしいが……流石に同室にはしてないよな?

 してたらキレるぞエッケハルト

 

 それはそれとして、エッケハルトがアナを見ててくれるのは助かる。彼はアナ大好きだからな、きっと何かあったら護ってくれるだろう。その姿を見たらアナも絆されるかもしれないし、マジで頑張ってくれるはずだ

 

 おれなんか、とっとと忘れれば良い。アナの幸せはおれを探しても欠片も……

 

 と、扉がノックされて顔を上げる

 「あの、皇子さま」

 鈴の鳴るような声に、何だアナかと思って

 「何かあったのか?」

 「……えっと、不安で」

 「帰ってくれないか?」

 どっと脱力する。別に何事もないのか

 

 「でも」

 「嫁入り前の女の子が男の部屋に来るな。変な噂が立つぞ」

 「じゃあ、私はセーフかな?」

 更に聞こえるのは婚約者(仮)の声

 「いや大丈夫な訳があるかリリーナ嬢!?」

 「えー!婚約者の部屋に行くのすら駄目なのー?」

 「噂されたら結婚を避けられなくなるんだぞ分かってるのか!?」

 乙女ゲー主人公として、ちょっと不安がとかそんな程度でこの時期にそんなものをやらかしたら他の攻略対象全員からそっぽ向かれるぞ分かってくれリリーナ嬢!

 

 「いや、私はそれこそゼノ君でもいっかなーって」

 「駄目です」

 あ、何かアナに叱られてる

 「え、アーニャちゃん私の味方じゃ」

 「わたしは何時でも皇子さまの味方です。結婚相手は皇子さまが良いって言うなら応援しますけど、まるで妥協みたいな言い方は許せないです

 そんな人が皇子さまを幸せになんて出来ませんから」

 「……うん、ごめん」

 扉の外でしゅんとする声がした。何だか可哀想だがなんとも出来ない

 

 「というか、男を訪ねるなんて危険だろ」

 「それ本気で言ってるゼノ君?」

 いや本気だが

 「まずアナ、エッケハルトが護ってくれるだろ?」

 「それ正気で言ってるゼノ君?」

 何だか声のトーンが下がったんだが、リリーナ嬢?

 

 「正気だが?」

 「怒るよ?」

 「怒りますよ?」

 「何でだ?エッケハルトは鋼の意志を持つってベルタン嬢から聞いたぞ?流石にアナの事が好きだとしても自制」

 「ゼノ君、それ悪口だよ」

 言われて首を捻る

 

 鋼の意志って自制心が硬いって話だろうに

 「ねぇゼノ君さ、自分の自制心が何て呼ばれてるかは分かる?」

 その言葉に少し考えるが……まあ多分これか?

 「呪い」

 「うん確かに呪われてるけど、違う違う

 竜水晶(ドラクォ)メンタル。据え膳でも何でも絶対揺らがない最強金属レベルの硬度」

 「言いすぎじゃないか?」 

 「じゃあ私が今本当はゼノ君一筋で結婚したいから入れてって言ったら?」

 「おれは君と結婚しない。馬鹿を言わずに自分を大事にしろ、こんな呪われた化け物に、君に好かれる価値はない」

 「言われた通りじゃないですか。わたしの告白も断ってますし」

 酷くないかアナ?いや、おれは言われても仕方がない最低野郎だが

 

 ……まあ、言われるだけなら良いんだが

 「でも、エッケハルトも同じく鋼って金属に例えられて」

 「鋼は硬いけど炎魔法で溶けるよ?つまり……気にならない相手に対しては身持ちが硬いけど、恋の炎でドロドロに溶ける。アーニャちゃん相手だと危険って揶揄なんだ」

 エッケハルト、お前流石に女性陣から信用無さすぎない?

 

 「だから、皇子さま」

 「もうリリーナ嬢と同室にして貰ってくれ。おれは絶対に、君達に変な噂を立てさせるわけにはいかないから入れない」

 そうして、扉に鍵をかける。本来は飛び出すために掛けていなかったが、今は掛けざるをえない

 

 誰かに好かれることは嬉しいが、おれは好かれてはいけない。呪われていて……いやそんなもの無くともそもそもおれは誰も幸せになんて出来ないんだから

 万四路のように、不幸にしてしまうだけだ

 

 「ゼノ君!」

 「皇子さま」

 責めるような声から逃げるように、おれは部屋に閉じ籠り、二人をやり過ごした

 

 そうして、何とか二人がリリーナ嬢のための大きな部屋に帰ってくれて静まり返る。向こうの部屋は防音がしっかりしていて、殆ど何も聞こえてこない。ガラスも防音性の高いものだしな

 

 そんな中おれは一人で……

 っ!

 ガラスの割れる音に、おれは飛び出した

 流石にアナもリリーナ嬢も、おれを部屋から追い出すためにガラスを割るような非常識さはない!ならば!

 

 鍵を開けつつ蹴破って、しっかりと鍵を掛けられている高級なドアを……

 「邪魔だっ!」

 愛刀は手元に無いが鉄刀を抜刀しつつ斬撃を隙間に飛ばして鍵を両断、蹴り破って飛び込む!からどりうすの翼は短距離転移等が可能だが……アルヴィナを護る為に必須でなければそうそう切れる札ではないから、無理矢理に押し通る

 これで別部屋ですとかなったら単なる弁償ものだがな!

 

 と、きょとんとする二人の少女が見えた。薄手のネグリジェというのだろうか、肌着に近い寝巻きで目のやり場に困る

 白い肌の描く豊かな曲線を隠せないそんな薄手の布地なんて、見てて良いものじゃない!と無理矢理に目線をずらすが……

 いや真面目に只の弁償案件かよ!?何を聞き間違えて……

 

 「皇子さま?」

 「いやゼノ君、入りたいなら普通に扉をノックとか……」

 二人の聖女がおれの方を見る視線を感じる。だが、気まずさと邪を払うための二つの意味で目を逸らしたおれはそれを見ずに窓の外を眺めていた

 

 と、そんな窓の外に映る影。5階建てだというのにそうそう人影が映るものか。というか、揺れるそれは恐らくは飛翔する何者かに騎乗した影だ。羽ばたきに合わせて上下しているのだろう

 

 となれば、意味することは一つ。どうやら、アナがリリーナ嬢の部屋に集まってくれたことが功を奏したのだろう。先んじてアナを捕らえようと窓を割った音がおれの耳に届いたという訳か

 

 「……いやいや、反省して私たちに会いに来たんだよねゼノ君?」

 「違う!此方……いや窓横側!そして伏せろ!」

 二人の聖女は困惑しつつもおれに従って窓近くに寄り……

 同時、突き破られる窓。雪崩れ込んでくるのは……

 

 「昼ぶりか、騎士団の皆様

 聖女様に夜這いをかけるにしては……些か数が多すぎやしないか?」

 って何だ、此処の騎士団か。しかも見覚えがある面子だ。騎士団長等敵となり得る人材が居ない辺り……どちらだろうな?

 

 まあ良い。すぐに分かることだ

 「てめぇ!」

 聖女の姿ではなくおれを見つけて息巻く突入部隊

 「聖女様に何を不埒なことをする気だ!」

 「一応おれ、これでも皇子で聖女様の婚約者なんだがな?」

 いや結婚しないし認められるものでもないのは知っているが

 

 これで時間稼ぎは十分!逃走経路は……空にある!

 「アナ!リリーナ嬢!窓から飛び降りろ!」

 「なっ!?」

 「てめ、この忌み子!」

 「聖女殺し!」

 口々に聞き取れる罵倒。いやマジで酷くないか?

 

 だが、これが作戦。耐えてくれ

 「早く!」

 おれに急かされて、恐る恐る少女等は割れた窓から身を出して……

 

 「確保したか」

 上がってくるのは既に見えていた巨影。羽ばたく飛竜の姿と、上に乗る竜騎兵。ただ団長では無さげだ。現場のリーダーというところか

 

 とすれば、煽ればボロを出させられるな

 そう思いながら、おれは事態を見守る

 飛竜に乗った兵士が聖女を確保すべく窓に近づいて……

 問題ない!だっておれ側に来て廊下を逃げるより、外の方が数倍安全かつ早く終わる!

 

 「アウィルぅぅぅぅっ!」

 おれの言葉に待っていましたとばかり、桜の光が宙を(はし)

 騎獣舎から一直線に、そこに居たからとばかりに飛竜を大地に叩き伏せ、何事かと放たれる矢の全てを纏う雷で焼き払いながら、一角を蒼く輝かせる伝説の幻獣が割れた窓から顔を出す

 「アウィルちゃん!」

 「だから安心だろ、アナ!」



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脅迫、或いは天狼

「何だこの犬!?」

 犬扱いされてんぞアウィル?下から聞こえるそんな困惑の声に苦笑しながらも、聖女二人を連れて五階の窓からひょいと地面に降りた愛犬……じゃないな、天狼のアウィルを追って頭からくるっと宙返りしつつ窓を乗り越えて飛び降りる。

 ま、五階程度の高さからならそれこそ顔面で着地してもそんな痛くないんだが、普通に足から降り立って周囲を見る

 

 飛竜を前脚でしっかりと抑えるアウィル、その背に二人の聖女、周囲を取り囲む突入班より多く……はないな。7人、同数か

 いや、飛竜と共に目を回してる一人が居るから本来は8人だったか

 

 総勢15名。全員が同じ騎士団だろう。ぞろぞろと連れ立って来た時に見覚えがある。逆に言えば、見覚えのない強者が居ないとも言う

 

 「貴様!聖女様を」

 「いや、拐いに来たのはお前達だろう?」

 静かな威圧と共に、刀の柄に手を掛ける

 

 「しめた!神器を持っていない」

 「だから何だ?」

 閃光が閃く。何事かと顔を出す泊まりの客の部屋の明かりを反射して煌めく刃が、空から降り立とうとした鉄巨人の腕を縦に両断した

 

 「ふげっ!?」

 「アイアンゴーレムか。6歳の時には負けたが、もう負ける気はない」

 実際、今のおれのステータスってかなりアイアンゴーレムと同じだからな。HPが7割程度で、力が刀の分高くて、速と技と精神が相当上。その分魔法へのバリアとか積んでないから魔法にちょっと弱いくらいか。負ける道理がない

 

 「な、何事!?」

 「忌み子が」

 「いえ!彼等から皇子さまが護ってくれてるんです!」

 矛盾する互いの主張をぶつける聖女と騎士団の兵士。おれと兵士なら当然後者を100%信じるだろうが、聖女となれば微妙なところだろう

 

 「聖女様は騙されている!」

 「何一つ魔法が使えない忌み子にか?」

 そう、そこが数少な……くもない気がする忌み子の利点の一つ。魔法の一切が使えないと周知されていて、それを神に呪われていると解釈すればこそ、おれを忌み子と蔑める

 つまるところだ、魔法を使ったんだろう!という言いがかりをおれ相手には絶対に振りかざすことは出来ない。言った瞬間、おれを忌み子ではないと認識した事になる。宗教的に人権の無い忌み子だから社会的におれにどれだけ暴言吐こうが構いはしないだけで、普通の皇族にやったら裁かれるぞあんな態度

 おれに反撃される可能性を作るか、おれには不可能だと言うか、二つに一つ。どちらにしても、向こうとしてはたまったものではないだろう

 

 「魔法でなくとも……」

 「恋の魔法ですか?」 

 と、アウィルの上で呟くアナ

 「そうだ!恋の……」

 あ、固まったな。完全な誘導というか……恋の魔法も何もそれはただの自由意志だろう

 

 ……アナの言うその言葉が嘘ではないと分かるからこそ何とも言い難い。有り難いが、そんなものおれが受けてはいけない筈で

 

 「……アウィル?」

 『ワフ?』

 ふと、何時もとアウィルが違うことに気が付いた

 何と言うか、犬だ。普段と違って甲殻も角も無いし、強靭な前脚は細いし……。敢えて言えば始水のグループが支援していた盲導犬養成施設に居た大型犬っぽい外見。白いから名前はプラチナムレトリバーとなるだろうか?

 

 「何やってるんだアウィル」

 「投降しろ、聖女様を奪わんとする忌み子め!」

 というか、向こうが殊更に正義を主張するせいで欠片も話が噛み合わないんだがどうすんだこれ

 

 「……奪うも何も、一応天光の聖女はおれの婚約者だが?」

 ……そのうちそうではなくなるけれど、今のところ時間が経てばおれと結婚する相手という扱い

 「それは貴様が皇族の強権で無理矢理にしたものだろう!」

 「……そうだな。だが、聖女ならば真実の愛あれば皇族の言葉程度覆せる」

 現状最強は聖女。聖女が強く望めばおれのワガママなんぞ紙同然。くっさい台詞だが

 

 「聖女とはいえ、武力で脅されては」

 ……いやそう来るか。しぶといというか……

 

 「アウィル、どうしたんだ?」

 更に問い掛けて……

 『「変な問題起きないように普段は犬のふりしてるんじゃよ?」』

 ……ああ、そういう。天狼種は目立つからな、似てる犬のフリして抑えててくれたのか。ちなみにこの世界の犬と狼は全く無関係の種である。人懐っこい犬という生き物の存在も神々が人を特別な存在としている証拠だとか教会が犬を持ち上げてたりするが、天狼や王狼様と結びつけない程度には別物。家畜化した狼なんかではないのだ

 

 「偉いな、アウィルは

 でも良いんだ。彼等が死なない程度に、問題を起こしてやれ」

 『ルゥ!』

 その言葉と共に一声無くとテクスチャが剥がれ、何時ものアウィルが一角を蒼く煌めかせて姿を見せる

 顔を出したときは分かりやすく顔だけ姿を戻してくれてたんだろうな

 

 「一角!?」

 「て、天狼種!」

 「……暴力で従えるのも無理なんだが?おれが幻獣に勝てるとでも?」

 「いや、天狼すらも騙して」

 「……天狼の知能は人間越えてる。それを騙せるならお前達もとっとと騙しているさ」

 『ルルゥ!』

 「えへへ、アウィルちゃん」

 と、アナがこれみよがしにその狼のちょっと硬い首筋に抱きつく。まるで仲良しさをアピールするように

 

 武力という話を潰され、天狼という幻獣にまでも介入され、聖女に反論され……散々に道筋を消された彼等は互いに顔を見合せ、未来を探り始める

 それを見届けて、おれは漸く本題の煽りに入った

 

 「で、部下がこんな状況でも来てくださらない薄情か、そこの団長様は」

 と、これみよがしに団長について愚弄する

 見たいのは此処だ。反応によって団長が絡んでいるのか、それとも一部の独断かが何となく判別付く。つまり……

 

 「団長は貴様のような」

 「少なくとも、月花迅雷があればそこらの騎士団長は一蹴できるぞ?ゴルド・ランディア境槍騎士団長、ガイスト機虹騎士団長……何よりルディウス皇狼騎士団長のお墨付きだ。それくらい、騎士団長が知らないとは思えないが……」

 うん、どんどんと自分が黒くなっていく気が……しないな!元からおれは真っ黒だ

 

 おれの知り合いの騎士団長、それも皇の名を抱くルー姐の名を出して更に火をくべる

 「余程縁がないか、或いは……お前達、棄てられたか?」

 とりあえず、団長無関係のパターンだったら後で本人に謝っておこう。見ず知らずの彼or彼女にそう誓いながら更に煽り倒す

 煽りばかり上手くなる。マジでおれ何なんだろうな

 

 「貴様!」

 「団長は来ない!これない理由が……」

 「団長がおらずとも!」

 口々に叫ばれるのは団長不要論。結構酷いと思う。うちの騎士団、頼勇中心感あるけれどそれでもガイストだってもうちょっと慕われてるぞ。元人さらいの前団長(今は後方支援が主)レベル。そして此処は国境近くだからそんな感じの脛に傷ある人材ではない筈で……

 「とりあえず、団長も身柄を確保しておくか」

 言いつつ相手の顔を読む。恐怖に縛られた相手の顔は口よりものを言うが、見えるのは怯えが混じる顔

 

 この感じ、団長旗下で動いてないな?団長というおれ相手に何とかなるかも知れない戦力を巻き込むことを恐れている

 それは恐らく、団長が関与していないからだ。団長に知られた時、おれではなく自分達に向かってこられると思っている

 

 「理解した」

 尚も動いているゴーレムを一刀両断して停止させつつおれは呟く

 エッケハルトは……問題ないな。あいつ何だかんだ七色の才覚使いこなしてるからな、何か捕まったんだろうが縄脱けしてどっかへ飛んでいくのがちらりとみえる。怪盗か何かかあいつ

 

 「騎士団の兵舎へ走るぞ、アウィル」 

 「それ敵陣の真ん中だよゼノ君!?」

 「いや、違う!騎士団そのものは敵じゃない!えーっと……」

 「清流騎士団だ!」 

 「そう、清流騎士団そのものが敵な訳じゃない、ただ一部を動かしている者が居るだけだ!」

 「そうそう!」

 ……何かノリが良いな

 

 「だが、お前らは駄目だ。とりあえず捕まっとけ」

 「ご、御無体な!」

 何か言っているが、流石におれの知ったことではない。聖女を襲ったんだ、謹慎でもなんでもさせられてろ

 

 「皇子さま、でも本当に……」

 「アナ、騎士団を動かせる人間には3種類居る」

 「あ、はい」

 「一つは騎士団長。長なんだから当たり前だな。二つ目は危機的状況の民。これも当たり前だ、国家は民を護るためにある」

 そして、とおれは告げる

 「最後は貴族。辺境伯以上なら大概の騎士団は動かせるし、皇族なら皇の名を抱く者達も行けるが……地元なら街の長なんかでも行けるだろう」

 

 そう、つまり……

 「えっと、わたしとリリーナちゃんを狙ったのは」

 「恐らくこの街を治めている者だ!

 団長は抱き込めないと思って抱き込める奴だけを聖女誘拐に投入した!」 

 それがどんな理由かは……分かる気がする。分かりたくは正直ない

 

 と、その時

 「きゃっ!?」

 リリーナ嬢がアウィルの上で悲鳴をあげる

 鈍い地響きが、大地を襲っていた



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魔導船、或いは激震する憎悪

『クルゥ?』 

 ……アウィルは無事そうだな。揺れの中、特に体勢を崩すこともなくただ突っ立っている

 だからその上の二人もほぼ安全だが……

 

 だが、この世界に地震なんてものは無い。正確には自然現象としての、だが。プレートの活動がどうとかそういうの無いからな……なんたって星の姿しないんだぞこの地上

 だからこそ、人工的に何者かが起こさなければ有り得ない事象。その証拠に、身を乗り出していた宿の客も窓を閉めて怯えるし、騎士団員も地面が揺れるという怪奇現象に地面に踞り……

 

 「っと、危ないな、大丈夫か?」

 と、逃げ遅れて揺れに身を取られ窓から転落してくる少年を片手でキャッチ

 いや、おれはニホンの記憶があるから地震なんて慣れてる。室内だと昔の事故を思い出してヤバかった気がするが、外なら平気だ。だから動ける

 

 「……何事だ」

 震源は分からない。そんなもの推測できる地震学者じゃない

 だが、そんなおれの耳に飛び込んできたのは地割れの音。魔法で舗装された石造りの道が割れる鈍い音

 耐震性は高くないからひび割れるのはしょうがないが、それにしては遠く重い

 これは、湖の方か?

 

 「……顔は覚えたぞ」

 脅しだけかけて、アウィルを連れて未だに小さく揺れる街中を湖方面に向かって駆け抜ける

 

 教会は街中心、港は当然湖方向。騎士団の拠点は湖側だと侵攻か?と面倒なので内陸側に拵えられている

 湖側は基本的には開放感の演出だったり複数階建ての宿なりの景観を良くするためなりの理由で平屋が多い。その為出店とかそういった区画になりがちだ。あまり震源になりそうな場所は……

 

 いや、あった!市役所……ではないが扱いとしては多分似たものな街の管理の中核の役場!

 外交窓口ともなるそこは湖に隣接しているというか……

 

 けたたましく鳴り響く魔導機関の警笛、そして始動の赤い煙

 基本的に動かさないぞというアピール兼ねて道を舗装して陸に埋め込んでいるが、役場は元々魔導船だ。ゼルフィードに近い、かつての魔神との戦乱の際に造られた850年前の船の制御装置を覆うように建てた建物なのである。平和の象徴のようであるべきだと、おれは一応其処に強力な船が在る事は知りつつ使おうなんて思っていなかったが……

 

 あの阿呆、勝手に起動したのか。存在を知ってるものは歴代のシュヴァリエ公爵、彼からこの街を任された者、後は皇帝と……おれのような元ゲームプレイヤーの真性異言(ゼノグラシア)

 そのうち、【円卓の(セイヴァー・オブ)救世主(・ラウンズ)】は狙わないだろう

 確かに強力な船だが、空間転移だの超重力だのぽんぽんやってくるAGXの母艦か何かを彼等は恐らく所有している。そっちの方が間違いなく強いから要らないってところか?

 エッケハルトもリリーナ嬢もオーウェンも動かそうとは言わなかった。ならば……後は街を任された街長くらい

 

 整理すれば、街長が聖女を拐って、魔導船も動かして……では、その先は何だ?

 おれの言葉に共感して共に戦うため?ならばこんな行動しなくて良い

 

 ダン、と地を踏み締めて、湖の畔に辿り着く

 既に大地の錨を砕き、全長100mを越えるだろうかなりの巨体を誇る古代の船は本来の姿を取り戻して湖上にあった。やはりあの揺れは、大地という鎖を強引に絶ち切るための揺れか

 

 ……やりやがったな!

 

 首根っこひっ掴んで連れてきた騎士団兵士の兵士を前に突き出してその姿を見せる

 

 「魔導船フォルト・ヴァンガード」

 ぽつりと呟くのは、おれがゲームで見たヒロイン達は使わなかった船の名前。本来争いから逃げたい人々の為の水上生活用に造られるも、水上にも現れる魔神に戦闘用に転用せざるを得なかった古代船。眠らせてあげようと、ゼルフィードと違って平和のために産まれた船をまた戦乱に使いたくないという願いから一部兵装だけ貰ってくるに留めたアレを……っ!

 

 離岸した船は一目散に離れていく

 キラリと光って飛んでくるのはビーム砲。搭載兵器のうち現存するものの一つだ

 ゼルフィードのように魂火を注いで造られた幾つかの古代兵器は現代でも通用する超兵器、850年前の代物とは思えない程の脅威となる

 

 「っ!」

 だが、流石に殺されてやる程の事はない。ドボンと兵士を湖に落として両手を空け鉄刀を抜刀して横凪ぎにビームを両断、雪那の派生を学んだ今なら魔法も斬れる!

 

 「……全部貰ってくるべきだったか」

 ゲームでもそうだし良いだろうと、実はシュヴァリエ事件の直後、頼勇と会った頃にビーム砲のジェネレーターを二つ、おれは父の許可を得て取り外して確保している。あの船のビーム砲は総砲門40、そのうち半分はジェネレーターが無くて使えない筈だ

 そして外したものは、アイリスの使うHXS……そしてLIO-HXで使われている。だが、それ以上は外さず置いておいたから、今ビーム撃たれてる訳で

 

 「流石にこれ以上撃ってこないか」

 と、おれは息を吐きつつ……ごぼごぼという音に気が付いた

 「あ、すまない」

 意識無くなりかけてた兵士が溺れている。アホかおれはと思いながら引き上げて一息

 

 「……ゼノ君」

 「20基あっても、全部撃ったら街ばかり被害に逢う。そこまで阿呆では……」

 だが、船は遠ざかっていく。明らかにおれ達に対して好意的ではない

 

 おれの心を受け、魂に結び付いているという左嘉多のマントが無い筈の風を受けてはためく。翼のように、大きく拡がって……

 「止めろ」

 唐突に肩から掻き消えたかと思うと影から金髪の魔神王が姿を見せた

 

 「止めないでくれ、シロノワール」

 「殺すぞ、貴様」

 宙に翼で浮遊した青年は、おれの眼前に立ちはだかっておれの胸元に槍を押し付ける。心臓を貫くぞと言いたげに

 実際に、チクりと胸が痛む

 

 「シロノワール!」

 「私利私欲で翼を汚すな。それを赦した覚えはない。普段の自制心は何処に棄ててきた」

 「くっ」

 仕方なく意識を切り替え、翼の力を無理矢理に行使するのを止める

 

 「アウィル」

 代わりに呼ぶのは天の狼。伝説の幻獣

 「あの船、沈められるか」

 その言葉に、狼はブンブンと頭を左右に振った

 

 『「ぬし?駄目なんじゃよそんなことしたら乗ってる人死んじゃうんじゃよ!?」』

 「泳げば死にはしない」

 『「死ぬ人は居るんじゃよ!ぬし、怖いんじゃよ」』

 「そうですよ、いきなりどうしたんですか皇子さま」

 なんて、握り締めたおれの手を掴むのは銀髪の方の聖女。右手を自分の胸元に抱き締めて、おれの腕を封じこめる

 

 「逃がすものか」

 『「アウィル絶対やらないんじゃよ!」』

 白狼は耳を倒して丸まってしまう。協力はしてくれなさそうだ

 

 アナも、シロノワールも、誰一人として助けてはくれない。それでも、あいつらをここで潰すには……

 

 「ゼノ君、眼が怖いよ?どうしちゃったの」

 「……あの阿呆を、終わらせる」

 「終わらせちゃ駄目ですよ!」

 「そうだよ!何時もは無駄に誰にも甘いじゃん!」

 口々に言われる批判。腕は柔らかすぎるものに抑えられ、怪我させずに振りほどくのは難しい

 

 「王公貴族は民を護るものだ」

 「いやそうだけどさ!?」

 「こんな風に逃げるのは良くないことですけど!」

 「有事の際に民のために命を張って死ぬから、おれは皇族としての権利を持っている。貴族も……特に騎士団を、武力を預かる者達もそれは同じだ」

 ぎりりと歯を鳴らして、離してくれと強い瞳でおれを止めんと精一杯の怖い顔をする愛らしい顔立ちの少女を、全力で睨み返す

 

 「優しい皇子さまに戻ってください!今の皇子さま、可笑しいです!」

 おれは可笑しくなんかない。優しくもない

 だから、黙ってくれ

 「それを!有事の際に自分の安全のために戦力を持って真っ先に他国に逃げ出すような輩など!

 自分の意志で力を得ておいて、その責任を棄て危機を呼ぶ塵屑」

 

 黒い心が抑えられない。普段は自分にだけ向けていて、だからこそギリギリ律せているどす黒い憎悪が噴出する

 「更なる危機を呼ぶ前に眠れ。生かしておくものかぁぁっ!」

 その刹那、ドゴンという鈍い音が耳に届く

 

 同時、首筋から冷たい鎖に覆われ凍りつくおれの視界に映ったのは……槍を納めておれの腹に掌底を突き込む黒烏の魔神の姿であった



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異伝 桃色少女と怒りの氷像

「アーニャちゃん!?」

 私は突然シロノワール君に腹パンされた上に凍り付けにされた婚約者(仮)を見て困惑した声をあげた

 

 「駄目ですからね、皇子さま?」

 その瞳は何時もは綺麗な蒼なんだけど、何というか光がない。や、ヤンデレさんだよ……

 でもまあ、ヤンデレアーニャちゃんって結構ファン二次創作であったから何となく理解できるんだよね。相手はゼノ君に限るというか、理屈の上では他の攻略対象(頼勇様とか)にもヤンデレそうなものの殆ど無かったんだけどね

 

 そして、氷の中のゼノ君の閉じられた左の瞳に一瞬だけ炎が揺らめくけれど、そのまんま火が消えて完全な氷像になる

 あの日、ユーゴって彼から私を護るために変身?した時みたいに、原作ゲームじゃバグでしか使えない(逆に原作でもバグで使えるんだよね……)轟火の剣(デュランダル)を呼び出して燃えて解凍を考えて、止めたって感じかな?

 アーニャちゃんのせいだって分かってるだろうし、傷つけない理性は残ってたんだってびっくりする

 

 普段のゼノ君って基本誰にも甘くて、財布をスろうとしたら捕まえた後に説教しながら財布の中身の一部をくれるような(バカ)だし……

 いや、どうなのそれ?って尖り方。ファンの中でも賛否両論で良くも悪くも荒れるキャラ。そんなゼノ君があんなに露骨に殺しにかかるって明らか変なんだよね。いや、彼等が悪いのは分かるんだけどさ、ゼノ君の性格なら普通去るものは追わずしない?

 私がやだ!聖女やりたくない!婚約もしない!って今から逃げ出しても仕方ないなって赦してくれそうじゃん?

 いや、許してくれないか。それを許す訳にいかないと強要している代わりにって滅茶苦茶親身になってくれてる訳だし。逆に言えば、世界の命運背負ってる私でも、本来逃げて良いんだって言ってくれるんだよ?それが突然殺意剥き出しに怒るの可笑しくない?

 いくらゼノ君でも、いやゼノ君だからこそ私利私欲の殺人には激怒するんだけど、あの逃げてった人そこまではしてないもん、本当に何でだろ?私にも良く分かんないんだよね

 

 ゲームと別人なら分かるんだけど、ゼノ君はゼノ君過ぎるからさ。万が一別人だとしても、99%くらいはゼノ君なんだもん、何であんなに怒りを露にするのか、本当に不明なんだよね

 

 「いや、ゼノ君大丈夫!?」

 返事はない。ただの氷像のようだ

 「聖女様!」

 って、騎士団の人達が駆け付けてくる

 

 でも、私は曖昧に笑うことしか出来ない。騎士団全員が敵じゃないみたいな発言はゼノ君から聞いたけどさ、じゃあ私達を拐おうとしてるのかどうかって私に判断出来る訳無いじゃん。少なくとも私の居た部屋に突入した人達じゃない、までしか分からないし……エッケハルト君側に行ってた人達なら見分け付かないよ私

 

 救いを求めて氷像を見るけど動く筈もない 

 「いやアーニャちゃんも可笑しくない?何でゼノ君をこんな」

 「皇子さまを止められないから、こうしたんです」

 「いやいやいや、アーニャちゃんゼノ君に恨みでもあるの!?」

 「わたしは、皇子さまの為なら皇子さまの敵にだってなります。わたしの一番の敵は、救われようとしてくれない皇子さま自身ですから」

 うん、否定できない。ゼノ君ルートって、ゼノ君側がおれは君に相応しくないしてるのが問題なシナリオだしね。小説版だとすっごい分かるけど、アーニャちゃん側が一途でどんな苦難でも越えてみせます!な覚悟決めてるから、ゼノ君がデレたら即恋愛としては終わる。それで全四巻(うち最後はゼノ君が前巻ラストでデレた後の決戦)だから……面倒くさくてナンボなんだけどさ

 

 ってそんな事考えてる場合じゃなかった

 「聖女様、ご無事ですか」

 と、馴れ馴れしく近付いてくる騎士団の兵士に手を取られかけ、うっかりびくっと体は避けてしまう

 そりゃ今の私って、元の私と比べてもなお美少女だし、男の人の欲って分かるつもり。だから悪気はないんだろうけど、やっぱりそういった視線を向けられるのは怖い

 

 「う、うん」

 と、周囲に現れた彼等は私の横で凍り付いたゼノ君を見て、ほっと息を吐いた

 「良かった。神の裁きは下ったのですね」

 アーニャちゃんの顔から微笑が消えた

 

 あ、これ……

 「忌み子め。良い様だ」

 「確かに無様だな」

 そんな事言いつつ、ある意味元凶なシロノワール君はそれでもしっかりと自分の黒翼を拡げて私の前に降り立つ

 言動からして、たぶんこれ敵の側だって事なんだろうけど

 

 「さあ、聖女様方、行きましょう」

 「え、何処へ?」

 「テーバイへ、です。分かってくださったのでしょう?

 共に逃げましょう。貴女方は危険にさらされてはいけない」

 ……テーバイって何処だっけ?

 あ、トリトニス湖の向こうにある小さな国の名前だっけ

 

 「行きません」

 「何故ですか、あの忌み子が間違っていると理解してくださったのでは」

 「皇子さまはさっき可笑しかったですけど、貴方達が正しい訳じゃありませんっ!」

 手を握り込み、叫ぶようなアーニャちゃん

 

 うん、私もそう思う

 可笑しなゼノ君みたいに殺意を剥き出しにするのはやりすぎだけど、そもそも街が襲われるからって騎士団の人が真っ先に逃げ出したら駄目じゃない?しかも他国だよ?下手したら売国ものだよ?

 ……一応さ、この帝国ってテーバイともそんな悪くない関係性らしいんだけど……

 

 それでもだよ?前世で考えたら沖縄が大陸の国から狙われてるって聞いて、沖縄知事が沖縄の自衛隊連れて同盟国のアメリカに逃げますって感じで……

 

 いや、駄目じゃん!

 

 「逃げるの?」

 「聖女様の安全の為です」

 じりじりと詰め寄ってくる騎士団員に、ちょっとずつ追い込まれていく

 シロノワール君はまだ動かないし、あの狼は丸まったまま、ゼノ君は凍っていて……

 

 「だ、そうよ」

 凍り付いた空気は、その一言で一挙に解凍された

 嘶きと共に駆け抜けてくる白馬。私も乗せて貰ったことがあるスーパーホースの背には、小柄なエルフと一人の女性の姿

 かっちりとした騎士団服を着た、綺麗な女性。流れる紺の髪が美しいスレンダーな体躯を彩る

 「だ、団長!」

 びくりと震える騎士団員達

 「総員、話は後で聞く。今は聖女様から離れよ」

 ぴしゃりと騎士団長らしき女性に言われ、事態は一発で終わりを告げた

 

 「ということよ」

 どこか誇らしげなノアさんの声を、私はほえーと聞いていた



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異伝 焔の公子と闇の皇子

「……皇子さま」

 ジェルソファー(水魔法で作ったスライム状のソファー)の上で眠る灰髪の青年を、床の上に布一枚敷いて座り込み心配そうに見つめる銀の聖女

 

 それを見ながら、俺は何て声を掛けようかって悩み続けていた

 騎士団(清流騎士団って言うらしい)の拠点は今は結構がらんとしている。常在の騎士はそんなに多くはなくて、大半は街の住民からなる半自警団という形式だとか

 

 いや国境だろと思うけれど、そんな緩い形式であればこそ友好関係をアピール出来てるのかもしれない。国境を固める軍じゃなく、騎士団という形式の街内部の事件への自警団なら文句は言えないし。友好国の鼻の先に軍置くなは言えても、警察置くなは無理筋

 

 じゃあ裏切られたら?って点は……この世界転移魔法なんか使えたりするバケモン結構居るし、それこそあの魔導船も……

 あった筈だった。まあ、もうないんだけど!何やってんだよゼノ!?俺はすっかり忘れてたぞあの船の事!

 お前覚えてんならちゃんと確保してろよあの空飛ぶ船!細かいところ覚えてるのに肝心なところで使えないなあいつ!

 

 「……それで、どうしてこんな事になってるわけ?」

 眠り続ける忌み子を見下ろして、呆れたようにミニスカートのエルフが肩を竦めた

 「ワタシが宗教は合わないわと現地の騎士団に話を聞いている間に、随分と可笑しな事になっているようね」

 「ノアさん……」

 「そこの灰かぶりの皇子(サンドリヨン)を凍らせて、何がしたかったの?」

 ここで、やっぱりゼノと別れたいんだろ!とかは……流石に言わないって。アナちゃんがそんな理由な訳ないし、軽蔑される

 

 でも、結構不思議だ。アナちゃんってゼノ傷付けるような真似は殆どしない筈なのに

 

 「皇子さま、明らかに様子が可笑しかったんです

 なら、変なものの影響を受けてるんじゃないかって。本来なら……」

 こんこんと眠るゼノの手を取り、きゅっと少女は両の手で握り締める。その指先に、熱い雫が垂れ落ちる

 「わたしだって、こんな事したくないです!優しい魔法で、洗脳でも何でも、皇子さまを狂わせてる何かを解いてあげたいんです!」

 

 ……ごめんアナちゃん。気持ちは分かるけど……って俺は奥歯に言いたいことを挟んでしまって口をつぐむ

 ゼノの奴、【鮮血の気迫】ってスキルがあるからそういう洗脳だのバーサクだのの精神異常には滅法強いんだ。無効じゃないから掛かることはあるけどさ

 「でも、皇子さまにはそうした優しい魔法が効かないから……。酷い手でも止めてあげないと、何時もの皇子さまに戻った時に後悔させちゃいますから」

 「うん、明らかにゼノ君として変だったもんね。あそこまで怒るのは可笑しいよ、何かあったんだと……」

 

 「無いわよ」

 ぴしゃりとした一言

 凍り付けにされていたせいで冷えきった頬に白く儚い指先でちょんと触れながら、紅の瞳のエルフは冷たく告げた

 

 「でも!明らかに怖すぎです!何時もの皇子さまとは完全に別で……」

 怯えるように、銀の聖女は握り締めたゼノの手を優しくソファーに置き、少しだけ距離を取った

 「あんな怖いの、皇子さまじゃ」

 

 「アナタ、それを本気で言ってるなら……」

 エルフの瞳がアナちゃん、そして俺を見る

 「そこの彼の想いに応えてあげた方が多分幸せよ」

 「……え?」

 「話は最低限しか分かってないけれど、一目散に逃げ出す街長等の船を見て、アナタの言う『変な皇子さま』が沈めろと言い出した、で良いのよね?」

 「うん、完全に可笑しかった。私達を襲った兵士にも結構穏和っていうか、脅して止めさせようって感じだったのに、いきなりダークで闇落ちしたーって感じで」 

 「そうです、闇の皇子さまでした

 あんな酷いこと、例え悪い人相手でも、多くの人に酷いことしてないと、絶対に言わない人なのに……」

 

 その言葉に、淡い金髪エルフはそう、と少しだけ耳を垂れさせて呟いた

 「アナタは彼を良く知ると思っていたのだけれど、憧れで眼が曇りすぎてるようね

 悪いことは言わないわ。ワタシは見ていないけれど、想像くらい付く。あの言動が、アナタの言う闇が怖いなら、子供らしい憧れを捨てて、新しい恋に(うつつ)を抜かすことね」

 「なら、ノアさんはその皇子さまが可笑しくないと言うんですか!」

 「ええ。寧ろね、状況を聞いたら灰かぶり皇子(サンドリヨン)なら絶対そう言うわよとしか返せないわ。言わなかったら偽者よ」

 

 その言葉に、アナちゃんは泣きそうな顔になる

 「ノアちゃん!」

 「ミュルクヴィズ先生、よアルトマン辺境伯の子。アナタに馴れ馴れしく呼ばれたくないわ」

 とりつくしまもない正論に、出鼻を挫かれて

 「ミュルクヴィズ先生!アナちゃんにそんな言い方ないだろ!」

 「ワタシは正しいことを教えてあげているだけよ

 アナタなら、ワタシの方に賛同してくれると思うのだけれど?」

 「俺はアナちゃんに幸せになってほしいだけ!特に出来れば俺の手で……とは思ってるけど」

 

 呆れた目線が俺を二方向から見つめる。ってリリーナちゃんまで!?

 

 「違うわよ。アナタなら、彼が可笑しくない事が分かるでしょう?」

 「いやいやいや、原作ゼノ君絶対にあんな言動しないって!四天王級に人を殺してたらまた別だけど、明確な敵でもない相手には優しいよ?逃げても盗みを働いても許してくれるよ?」

 

 俺は……リリーナちゃん達に賛同しきれずに黙り込む

 本当なら、アナちゃんにそうだぞゼノ可笑しいって肯定の言葉を掛けてあげたいんだ。でも……小説版でゼノ側に感情移入してアナちゃん(一人称)の思考が分かるぜニヤニヤ読みをしてきたオタク遠藤隼人としての俺が、いや、何となくそんな言動しないか?って言いたくて口に糊するのを止められない

 

 「そりゃそうだけど、何となくだけどさ、ゼノなら普通に言う気がするんだよな」

 やっと絞り出せたのも、言いたかったのとは逆の言葉

 

 更に俯いて曇るアナちゃんに、慌ててフォロー入れる

 「いや、俺にも理由良く分からないし、そもそもあいつ転生者だから原作と言動違っても仕方ないし」

 ……言ってて苦しい。あいつほぼ性格ゼノそのままだし、ここだけ違うとか無いだろうから

 

 「いやいや、転生は無いって

 それに、私は原作ゲームやっててもゼノ君のあの言動納得いかないよ?」

 その言葉に、エルフは少しだけ嘲るように笑みを浮かべた

 

 「そう。アナタの言うゲームは、随分と優しい世界だったのね」

 「どういうこと!?」

 「簡単よ。竪神少年みたいな相手しか出てこなかったって事でしょう?」

 「頼勇さん?」 

 

 「そうよ。彼の期待に120%返す化け物。後は……あの歳上の皇子達」

 「?」

 リリーナちゃんが理解できずにいらっしゃる。説明して差し上げろ。俺には無理

 

 「本来、彼等への態度がアナタの言う闇の理解の切欠になる筈なのだけれど、アレでは無理もないわね

 でも、アナタは誰にでも甘いと言うけれど、良く知る中にも一人、そうじゃない相手が居るでしょう?」

 「え、誰?」

 聖女は二人して頭を悩ませるが、俺にはそこで分かった

 

 あー、そういう事

 

 「アナタね。本当にそこの彼との恋に目線を向けたら?

 自分で言ったことがあるでしょう?『わたしの敵は救われてくれない皇子さま自身』って。そこで理解してるのだと思ってたわ」

 

 その言葉に、はっと口を抑えるアナちゃん。胸が腕にむにゅっと押し上げられてなんだかえっちで眼福

 「……え、それって」

 

 「簡単なことよ。アナタの言う闇の皇子さまは、何時も自分に向けている想いを他人に向けただけの普段の彼

 アナタや忌々しい事にワタシを含む『護るべき民』ではなく、『民を護る者』への態度に過ぎないのよ」

 少しだけ寂しげに、俺の良く知らないエルフの姫は笑う

 

 「アナタが彼を助けたいと言うならば、最後には必ず彼が立ちはだかるわ

 だからこそあそこまで愚かに、愚直に、利益も後先も無く誰かを助けるの。民を護る義務を端から放棄した塵屑は死ねと自分に言わないために、ああも必死なのよ」

 淡い金髪を揺らし、此処では圧倒的に歳上で、年下にしか見えない少女はソファーに腰掛けると、意識のない青年の頭を抱き寄せて膝上に置いた

 

 「護られる者には甘い。でも、護る側には苛烈な要求をするのよ、彼。そして彼にはこの街の長が……逃げた場合の自分の姿に見えた。ならば死ねと言うわよ、自分に向けて叫ぶように、ね

 それが変で怖いと言うなら、アナタのそれはただの幼い憧れよ。美化した記憶、子供向けの優しいゆめまぼろし。恋にはならないし、追ってもアナタも彼も不幸になるだけの幻想よ

 そんなもの捨てて恋に生きなさい、それが身のためよ」

 

 その言葉に、誰も何も言わなかった

 アナちゃんは唇を噛んで、リリーナちゃんは虚を突かれたように呆け、シロノワールの奴は興味無さげに、それぞれ無言

 

 俺?いや、ゼノのフォローしてもしょうがないし……だからといって、流石に此処でじゃあ俺と新しい恋に生きよう!まで言ったら空気読めなさすぎだし……

 何を言えと!?

 

 あ、一個あった!

 このハーレム野郎が!爆死しろゼノ野郎!



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決戦、或いは戦力確認

「アナ、リリーナ嬢」

 おれは横に立つ二人の聖女に声をかけた

 

 今は予告の日。アルヴィナの告げた決戦の時の約一刻前。流石にアルヴィナが嘘をつくとはおれは思っていない

 教えてくれた時刻も、日付も、そして方向も

 

 但し戦力についてまでは教えてくれなかった。アルヴィナ自身にとっても不確定要素が入るからだろうか

 アルヴィナ自体と死霊達。流石にナラシンハ等の四天王の影は送り込まれてこないだろうし、魔神王自身が乗り込んでくるとかあったら正に詰みなんだがそれも無いだろう

 原作とは別人な以上不可能とは言いきれないため警戒するに越したことはないが、恐れすぎてもいけない

 

 ワンチャンあるとしたら、カラドリウスの遺体の死霊だろうか。原作でもその辺りはあったしな。最終面の中ボス的な感じで出てきていた

 アルヴィナ……というか今の魔神王が使える戦力を使わない選択肢を取るとも思えないし、ほぼ間違いなく居るだろう。それを切ってくるか否か

 

 「うん、何とか説得はしたよ。したんだけど……」

 小さく下を向くリリーナ嬢。この街に来た時に見た噴水の水が不安げな少女の顔を映し出す

 「やっぱり、全員って訳には行かないよね」

 街に灯る明かりは大幅に目減りした。戦場になるという聖女の言葉を多くが信じた

 だが、消えてはいない。湖から離れ内陸部に避難していった人間が3割。ならばとさも当然のように湖を渡り他国へと向かったのが3割。そして、ここが自分達の故郷だ離れるものか嘘つきめというのが3割。お前らが護るのが筋だろう護れよボケが!と残ったのが……8分ほどか?

 残り2分が火事場泥棒狙いって所。多くの人間が逃げていったんだ、おれ達が魔神族を退けて帰ってくるとして、その前に魔神のせいということで逃げた人々の家に置いていかれた家財道具パクって売り捌きたいって強かというかヤバい思考の持ち主は当然居る。そうした自身の利益しか考えていない存在は、どんな世界にも基本居る

 居ないとしたら聖人しか居ない天国か、或いは自我を持たない徹底管理のディストピアくらいだろう。そしてこの国は、世界はそんな楽園でも地獄でもない。人々の生きる現実だ

 

 「頑張りましょう、皇子さま」

 その言葉におれは頷くが、エッケハルトは何というか、微妙顔

 「ゼノ、何でアナちゃんを危険に晒してまで、こんな場所を護るんだよ」

 「その通りだ、忌み子が。聖女様に命を貼らせるなど」

 聞こえてくる声にはぁ、と溜め息を吐く

 頼勇が別件で遅れるという話はちょっと前に聞いた。機虹騎士団として最大戦力を他に向けなければいけない事態となれば仕方の無いことだ

 

 そして、元々は共闘する予定だったルー姐の皇狼騎士団だが……残念ながら別件で協力できなくなったのだ。流石に、危機的状況に突如天狼が現れて事なきを得たという場所をそのまま放置は出来ないと連絡だけ来た

 うんまぁ、仕方ないと思う。というか、ラインハルトなのかそれとも父親の方なのか知らないけれど結構頑張ってるんだなと思う。積極的に人類の味方してくれて居て頼もしいというか、頼ってしまって情けないというか

 

 ということで、予定の戦力が足りないからこの地の清流騎士団にも協力して貰わなきゃいけない訳なんだが 

 

 あれである

 

 半数が街の長と共に他国に亡命した騎士団、残りも結構アレだ。いや、民から募ったらしいから当然といえば当然なんだが……

 

 「すまない、皇子。幾ら忌み子とはいえ、聖女様方は認めておられるのだからと幾ら言っても」

 「いえ、問題ない団長」

 おれの横で申し訳なさそうなのは、女性の騎士団長。まあ、男女は良い。騎士団長の時点で既におれと同じく上級職、半ば人間止めてるのは確定だからな

 

 「半数が逃げ出して、本当に情けない話だ」 

 「騎士団といえど、雇われた民は半ば護られる側でもある。貴女と騎士の位を持つ者だけでも残ってくれてる時点で過ぎた話だ」

 「あ、それで良いんだ」

 意外そうに呟くのはリリーナ嬢。同意するように頷くアナ

 

 「酷くないか?」

 「いや、ノア先生から聞くに、責任から逃げたからって激怒するんじゃ……」

 ああ、とその言葉に苦笑する。ノア姫ならまあ当然だと何も聞いてこないから、疑問を投げられるのが何だか新鮮だ。ノア姫は……あれで90歳越えてるからな、年の功で色々とおれの本質が見えてるんだろう

 

 「リリーナ嬢。当たり前だが、今回は」

 ちらりとおれは横ですまなそうな若き団長を見る

 「団長等幾らかは残ったものの、この街の一番上の人間が恥も何もなく、戦力を持って売国した訳だ。規範となるべきトップがこれで、どうして下の人々にトップは責任を捨てたがお前は捨てるなと言える?

 それに、うちの機虹騎士団はアイリスとおれと竪神が、『予言通り魔神が封印から蘇る』ことを想定した対魔神族を主目的とした騎士団だ。ルー姐の皇狼騎士団等はどんな相手からも民を護るための皇を冠するものだ。

 でも、此処の清流騎士団の当初の役目に対魔神って入ってないだろ?人々の犯罪を止める為の騎士団に入ったら命懸けで魔神と戦えと言われても、流石に拒否したって良い」

 「じゃあ街の長の人とかは?」

 「何からも街を護る為に居る。予言なんて聞いてないとか今更言って良いものか

 魔神復活の予言の存在を聞き、ナラシンハと戦った竪神がその実在を告げ、聖女が予言の通りに選ばれた。此処まで事態が進行しておいて、対魔神をやる覚悟がないは通らない。とっととやる気ある相手に引き継いで長の役目を降りていなければならない」

 ただ、そういうことなのだ。権利が義務に附随するから、あの逃げ出した阿呆は死ねと言いたいだけ。権力も何もない残りにまで言う気はない

 

 実際、まともに戦う気はないエッケハルトなんかには、特に怒る気無いしなおれ。その事ちゃんと言ってるし、自分は正面からやりあわないけど回収したあの槍とかエクスカリバー寄越せとは言ってこないから別に良いのだ

 

 「あ、そういう……」

 「分かってくれたか、リリーナ嬢?」

 「え、じゃあ私は?」

 「すまない、本来義務はないんだが聖女が逃げると世界が終わるから頼むから手を貸してくれ」

 

 なんてやりとりをしながらも、戦力を数える

 本来居る想定だった中で抜けた大きな戦力としては、頼勇とルー姐。頼勇側は終わったら合流を急いでくれるらしいが……来ると信頼は出来ないか、流石に

 その代わりが現地の清流騎士団の一部となると……

 

 「大体想定した戦力の半分くらいか」

 心配だなおい

 

 「でも、やるしかないか」

 呟くおれの見上げた空に亀裂が走った



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戦力、或いは振り分け

幾度と無く(ゲームでは)見たひび割れた空。世界の狭間に封じられた魔神族がこの世界に降り立つためのゲート

 

 リアルで見るのは確か3度目か。たまにあるアルヴィナ単独で突っ込んでくるようなパターンだと、死霊術で魂に肉体を仮創して潜り込むような手段が取れるからか空が割れないんだよな。あくまでも本体がやってくるような侵攻の時だけ、空が割れる

 だから、ひょこっと一週間前にアルヴィナが姿を見せれたりする訳だ。ただあの時……何を警戒したのか、実は未だに分かっていない

 

 おれが把握しているアルヴィナ的な厄ネタは3つ

 1つ、アナの事。何だかんだ仲良くなっていたあの娘から敵意を向けられたくないから逃げた。今のアナ、魔神大嫌いだからな。いや、普通の人間は魔神の事は聖女伝説他で基本嫌いになるものなんだけどさ

 1つ、奇跡の野菜。あれ異様に不味い辺り幸せになる粉でも入ってんのかって感じだしな。さりげなく聞いてもリリーナ嬢達は特に体に影響も無いし負の魔法の気配も無いらしいから真偽は不明だが……アウィルは『苦いんじゃよー!』していたし、ノア姫は要らないの一点張りだったからな。真面目に何か変だ

 

 ってか、大々的に魔神の襲来を告知する前に先んじて話を通したら即他国に逃げたあのアホの行動も可笑しい。売国を躊躇無く行う程に駄目な人材……と当初から思われていたら当然ながらとっくの昔にクビだ

 父さん辺りもあの行動には激昂するだろうし、下手したら物理的な意味でも首飛んでるぞ。いや、骨すら残らず蒸発するから逆に飛ばないか

 

 つまり、彼は昔はそこまでやらかす人材とは思われてなかった訳だ。それがいきなりあんな逃げるか?しかも財源も結構持ち出して、だ

 この事態が終わったら『裁くから引き渡せ』って向こうに通達する案件だぞもう。薬物でもキメたのかって狂いかただ

 

 ってか、魔神云々の直後にこれって本気でどうなってんだこの世界。乙女ゲームの表舞台の綺麗さの裏がドロドロ過ぎる。いや、そこに綺麗な世界に居るべきヒロイン巻き込んでるおれが何言っても仕方ないんだが

 

 まあ良いや。最後の1個がアステール関連だ。アステールの所在、ステラとおれが呼ぶアステールの姿をしたナニモノか……これまた何かを感じる

 ってかユーゴの奴、アステールに執着するならそういう時に颯爽と助けに来いよ。おれが撃退しておいて何だが、そんな風に思う

 そもそもあれがユーゴのせいなら……そんな事があって欲しくないから一生の別れの言葉として言った再会の約束を果たさなきゃいけなくなるな

 

 どれにしても、だ。逃げる理由は何となく分かる

 最初はアルヴィナ自身の問題、真ん中はアルヴィナを怪盗してから対処する噴出した次の問題、最後は……ルー姐の報告しだいか

 

 そう、ルー姐……皇狼騎士団が何処行ったのかというと、聖教国である。天狼出現報告やら魔神の襲来やらを経て、第三皇子を差し出してるからその縁として向かってくれた

 ルー姐にはあのステラ……可笑しなアステール擬きについてもそれなりに話してある。皇子だから教皇猊下等とも会える範囲の地位だし、あの人は女の子の扱いが上手いからそれとなくステラから情報を集めてくれる筈だ 

 ……その関係で此方が大変になるが、こうした事を出来そうな人材でおれが縁あるのってルー姐か頼勇くらい。ガイストは大貴族だが重鎮だから変に他国に行けないし、エッケハルトとはアナ関連で対立してるし、シロノワールは魔神王。後は原作並におれの交友関係は寂しいしな

 

 ……転生者的にはもっと交友関係拡げて、原作ゲームで起こる不幸とか殴り倒す!の精神で行くべきだったかもしれないが、おれにそんな事出来るか!って話だな

 ついでに言えば、原作通りやらなかったせいで酷いことになりかけた被害者が今おれの婚約者(仮)な訳だし、やらかす可能性も高かったからな。原作壊して世界も壊れたら責任取れない

 そもそも、原作ほどの太陽の精神を持たない普通の女の子(門谷恋)に、お前はリリーナだから原作に添えと強要してる立場で何言っても空しいだけだ

 

 本当に割れた空を見て、冗談だろと信じていなかった人間達が騒ぎ始める

 そうだとも。地震が起こるから長年住んだ家を捨てて逃げろと言われても困るレベルの扱いで留まった人間だって居る。証拠があるといっても信じず、実際に事が起こると大騒ぎ

 

 分かってるさ、そんな人が居るなんて。だから…… 

 「頼んだぞ、ガイスト」

 おれは静かにそう言った。ゼルフィードは切り札であり、その巨大な白銀の巡礼者を持つ彼は信頼されやすい。だから逃げ出す者達の誘導を頼んだのだ

 

 頼勇のLI-OHもだが、ゲームでの3ターンほど明確な時間が決まってる訳ではないがやはり機神を起動出来る時間は限られている。だから最後の方の詰めに使うからそれまではと言ってあるのだ

 まあ、一応あれでもゼルフィード込みで団長扱いなガイストだ。戦闘力は低くはない。魔神はおれを狙うだろうし、危険はそう無い筈だ。……ユーゴのような化け物が襲来しない限りは

 

 ぶるりと体を震わせるアウィル

 ノア姫はエルフ様だ!と何か人気なのでガイストと共に誘導に回って貰っている。終わり次第アミュで駆け付けられる速度を重視して、ついでに聖女という魔神が狙う筈の人間を避難民に近付けないという目的も果たせる

 

 戦力的な話をすれば、ゼルフィード+ガイスト、アウィル、おれ、シロノワール、清流騎士団長くらいの順で強い。特に今のおれ、月花迅雷の鞘が修理中で……持ってきてくれる筈の頼勇が遅れてるから神器無し状態だしな

 いや、ゲームではゼノ+月花迅雷は強すぎて他キャラ育たないから今の序盤では他人が持っていてとうぜ……

 

 漸く自分のミスに気が付く

 アホかよおれは!?

 

 「アナ、リリーナ嬢。作戦変更だ」

 「え?」

 こてんと首を傾げる二人に、静かにおれは言う

 

 「聖女様方、怖いとは思うが貴女方にも戦ってもらう」

 「え、何で?」

 「貴女方のレベルとステータスが……」

 ぽん、と少女が手を打った

 

 「そうだよ!普通にゼノ君頑張れーって思ってたけど、ゲームだとある程度聖女のレベル上げてないと詰むじゃん!」

 驚愕と少しの焦りを浮かべる桃色聖女に向けて深刻な顔でうなずきを返す

 「だからすまない、戦ってもらうぞリリーナ嬢」

 本来一番安全に稼げるプロローグ、おれと頼勇とガイストで終わらせたせいでマジでレベル低すぎるんだよな

 今まで何やってたんだおれ!?真面目に試練の際にステータス不足で詰むぞこんな後手後手だと!

 

 世界を救うんだろうが!もっとしゃんとしろおれ!

 脳内で叫ぶおれの前で、割れた空から雪崩れ込むようにボロ布を纏う骸骨が降ってきた



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獲物、或いは襲来する三矢

「なぁゼノ」

 駆け出そうとするおれに、背後から声がかけられる

 

 「エッケハルト?」

 「いや、アナちゃん達の安全の為にレベルをって言うのは分かる。寧ろ何で忘れてんだボケ案件」

 ぐうの音も出ないな。そもそも入学直後のアレでやらなきゃしてたのに、何時しかすっかり忘れてただけだものな

 「いや、ゼノ君って自分は民を護るものって感覚が強すぎて他人を戦わせること忘れても仕方ないって言うか……」

 「傷付くのは自分だけで良いってのが皇子さまですから」

 「いや、君達が弱いと本気で世界終わるんだけどさ!?」

 すまないアナ、庇ってくれて有り難いが真面目に今はエッケハルトが正しい。間違ってるのはおれだ

 

 「何でガイストの奴とか避難民の方向に置いてるんだよ!」

 「必要だろ」

 「魔神族が彼等を」

 その言葉にはいや、と首を横に

 「彼等が狙うとすれば此方くらいだ」 

 アルヴィナはおれの為に敵っぽい行動してるだけだから、被害をわざと大きくはしないだろう。おれと聖女という狙う名聞がある相手以外をそうそう傷付けには行かない筈だ。戦力を確実に倒すために集中して、弱い者は後からで良いとか言い訳しそう

 

 「じゃあさ!」 

 「狙いが分かってるならガイスト君達……に更に一部騎士団員まで要る?」

 「要る」

 「うーん、何で?」

 その言葉に、苦笑しながらおれは告げる

 

 「リリーナ嬢、一番簡単にレベルを上げるにはどうすれば良い?」

 「え?強敵を倒す」

 「それは簡単な道じゃない」

 「なら、皇子さまが言ってたみたいに、マナの強い場所で……」

 「アナ、アレは体が強くないとぶっ壊れる危ない橋だから出来る人間は一握り。実際アステールとか耐えられないからってやらなかったくらいだよ」

 語るおれの前で、エッケハルトが黙り込む。アウィルは聞きたくないとばかりに丸まり、シロノワールは興味を見せない

 

 「居るだろう、弱くて群れてくれて経験値の高い旨い生物が」

 「え、私も狩れるかなそれ」

 呑気に告げる桃色聖女と、血の気の引くアナ

 「リ、リリーナちゃん」

 「リリーナ嬢。君にも殺せるさ。君になら喜んで殺されるかもしれない」

 「いや、何か言い方が物騒だよゼノ君」

 「聖女よ。物騒な話だ」

 と、最初から知ってたろうシロノワール

 

 「え?効率の良いレベル上げなんでしょ?何が悪いの?」

 「相手が悪い。おれの言う旨い獲物とは……一般人だ。人間は異様な程に経験値が高い

 だからこそ、騎士団長には相応のレベル、強さが求められるんだよ。凶悪な犯罪者ほど、人を沢山殺す事で一般的な人間とは比べ物にならない高レベルになっているから」

 

 ちなみに、理屈としてはゲームでは言われてないが、恐らくは人間は七大天側に鞍替えした魔神族の末裔だからだ。そもそも世界の異物故か魔神族の経験値が異様に高いから、そうそう産まれない筈の最上級職にゲーム内ではぽんぽんなれるという設定の筈だしな

 お陰で、被差別者である獣人はというと(人間より魔神から遠い為)経験値が低いので、人権無いからといって虐殺されたりしない。これで経験値高かったら多分心ない奴等に人間様のお役に立てと絶滅させられてたろう。上手く何とか綱渡りしてるな、うん

 

 「だからだ、リリーナ嬢。ガイスト等は、正直な話魔神族対策よりは魔神に殺されたくないからレベルを上げたいと避難民殺しに行くサイコを止める為に居る」

 居ないだろって?本当に居なければ良いんだが……自己中は何処にでも居るものだ。特に何処か空気が異様で、躊躇わず売国するアホが居たこの街でその可能性を無視できるものか

 無視させてくれるなら無視したいんだがな、正直な話

 

 「う、うん。私たとえ危険でも世界を滅ぼす悪い魔神だけでレベル上げたいかな……」

 うん、リリーナ嬢がまともで安心する

 

 降ってくるのは無数の骸骨と、いくつかの巨大なゾンビ

 「アウィル!派手に此方に居るぞと」

 『グルゥ!』

 咆哮と共に迸る雷鳴が、天へ昇り合図となる

 

 「……っ!」

 恐れるように足を止める聖女に、おれはこれを言うのはそもそもおれがレベルもステータスも恵まれているからだと自嘲しながらも声をかける

 「大丈夫だ、アナ、リリーナ嬢

 此処にはアウィルが居る、おれも、現地の騎士団長も、エッケハルトも」

 それに、と振り向かずに明るく続ける

 「そもそもさ、相手は魔神族。それを聞くと怖く思えるだろうけれど、大半は万色の虹界の産んだ混沌生物。この世界に生きる魔物の異世界版だよ

 神の与えた魔法の力なんて無い」

 ちなみに、アルヴィナがバレなかったのは特別製の魔神だからだ。魔法能力を持ってる者は持ってる

 ただ、ゲームではモブエネミー相当の魔神族が魔法を使ってくることは無かった。人間に比べても魔法使いは極一部、そこまで深く警戒しすぎる必要はない

 

 「言ってしまえば、回復の魔法で殺せない代わりにステータスが低いおれの劣化版だぞ?大丈夫だ、君達には七大天がついている、負けやしない」

 「それ自慢げに言うことかな!?」

 「というか、その屍の皇女ってのは間違いなく魔法撃ってくるだろ!」

 と、折角言わなかったことを追撃してくるのは、アナの横から離れないエッケハルト。何か服装が軽装になってるが、あいつの固有能力は勝手に武装生えてくるから何も気にしなくて良いか。アナ達?バリア用のもの渡してるし、不意の一撃くらい耐えてくれる筈だからその時間的な余裕をもっても護れなければおれの落ち度。それだけだ

 

 「大丈夫だ問題ない。あいつは絶対におれを最優先で狙ってくる。恋人のかた……」

 肩に走る痛み。八咫烏姿のシロノワールが肩に爪を立てて止まったのだ

 ……いや、痛いんだがシロノワール!?カラドリウス的には報われない恋だったのは知ってるし妹の名誉の為にキレてるんだろうけれど、恋人と言ってた方が因縁感あるだろ分かってくれ

 

 「仇を討ちに来る。その為におれを挑発しに来たんだから」

 「いやだめです!皇子さまは魔法への耐性が無いんですから危険です」

 「おれが、アドラー・カラドリウスを討った。おれの産んだ因縁はおれが終わらせる」

 ってか、こんな格好つけ言ってるけどそもそもアルヴィナとは別に敵対してないしな!その旨を理解してくれてるのは当事者除くとノア姫、リリーナ嬢、あとは父さんくらいだからそれ以外に居られると正直困るっていうか

 アルヴィナと戦うフリをしつつ捕まえる素振りを見せてこっちに確保で終わりって、おれの為に確実に仕留めないとって思ってるアナとか居たら滅茶苦茶やりにくい

 

 「そう言ってるし任せようぜアナちゃん

 死んでも自業自得だ」

 「死なせませんから」

 エッケハルト、フォローしたいのかアナを怒らせたいのかはっきりしてくれ

 

 と、左肩に感じるのは小さな疼き

 来るか、既に居ないアドラー・カラドリウスの死霊。アルヴィナなら……いや、おれそこまでアルヴィナに詳しくないから可能性は普通にあるな

 

 だが、感じるのはそれだけではない。アルヴィナ本体と思われる何かの気配。感じたことはないが、何処か懐かしい辺りそうだろう。カラドリウスのそれと違って何となく察知できる辺り、あれでも本当に魔神王の妹なのだと納得するしかない

 

 そして……1、2、3……合計3つの気配。おれはそんな存在を知らない。カラドリウス等四天王とはまた違うだろうナニモノカ

 「っ!楽して救わせては、くれないか」

 ぽつりと呟く。おれは原作で此処で出てくるような敵を知らない。対応のしようがない。ぶっつけ本番……

 「トリニティか。兄の誇りも何も投げ捨てたか、魔神王」

 横で空を切る三本脚の烏が、静かな怒りを込めて告げた 

 

 いや、お前の部下だろ魔神王テネーブル

 ……此処に居たわ、敵の情報知ってそうな上司



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異伝 屍の皇女と三柱魔神

割れた赤い空の下。おぞましき魔狼が人気の無い整然とした街並みを闊歩する

 背の低い景観に配慮を重ねた建物群。石や魔物素材ばかりではなく潮風ではない涼風ではそう害はないと木造もある区画別けされたそれを巨狼が練り歩く

 

 といっても、良く見れば本体は小柄だ。胸元に生えた花のような結晶を除けば、そう普通の犬に近い地球で言う狼の姿と変わるものではない。耳だけ白く、瞳が金なその黒狼を倍は巨大に見せているのは、彼女の纏う死霊のドレスによるもの

 無数の骨と腐肉、そして呑み込まれた死者の抱く武器。無数の屍が鎧となり小さな狼の全身を覆い尽くしていた

 

 指輪をした左手、繋ぎあったままの明らかにサイズの違う手達、無数の矢の突き刺さった左足。無念を残した残骸達が、その無念のままに盾であり剣へと変わる

 それ故に、この世界を描いたゲームにおいての名を『屍の皇女』

 

 だが、無数の屍を連れ、真昼の街を黒く染めながら歩みを進めるその屍の皇女当人はというと……

 

 暑い重い皇子にあってとっとと脱ぎたいと、そのおどろおどろしさとは逆の事を考えていた

 愛用の帽子は頭に無い。腐肉から垂れる汁が掛かって汚れたら勿体無い。代わりに王冠の如く被るのは祖父が残した英雄と呼ばれる男の頭蓋だが……

 アルヴィナからしてみれば、そんな自分が殺したものでも何でもない屍達よりも、自分の皇子がくれた帽子の方が何倍も誇らしいもの

 

 だが、そんな本魔狼の思惑とは関係無く、事態は進む

 嵐の魔神カラドリウス。アルヴィナの兄の親友であり、その兄の姿と肉体をした真性異言によって殺された自称婚約者の屍

 

 そして……

 

 「姫様」

 寡黙な声

 「お姫ちん」

 奔放な声

 「くすっ、人間と殺しあっちゃうねー

 ざーこざーこ」

 幼い声……は、アルヴィナではなく別に向けられている

 

 トリニティ。人類滅ぼして世界を混沌に沈めるという魔神王程の徹底撃破を狙わない穏健派の三柱

 だが、穏健派とはいえ、別に和解したい訳ではない。絶滅ではなく支配したい、くらいの認識でも魔神としては既に穏健なのだ

 

 だから胸に秘めた言葉を告げること無く、アルヴィナ・ブランシュは一人歩む

 

 「姫様」

 更にそう呼ぶのは、三柱のうち唯一の男性魔神。アドラー・カラドリウスと並びアルヴィナに想いを向けているだろう良く分からない生物の魔神だ

 「夜行(やこう)

 「……必ずや」

 ぐっと拳を握り、その赤い虹彩に黒い眼球を持つ瞳に決意の炎を燃やす魔神夜行

 

 「でも、あの皇子はボクのもの。ボクの獲物

 ついでに、あの聖女は……堕とす。殺すより便利」

 「御意。他を」

 うなずきを返す精悍な30代くらいの顔立ちに何とか理解してくれた、とアルヴィナは纏った屍の奥で息を吐く

 

 「あらあら、そう心配しないのお姫ちん」

 きゅっとそんなアルヴィナの首を宙を舞って後ろから抱きすくめるのは、青い肌をした魔神。三つの熱が押し付けられる

 2m近い長身に青肌、縦に裂けた金黒の瞳に、頭の赤い二本角を抱く妖艶な顔立ち。胸元にはあの銀髪娘(アナスタシア)と身長差を入れても同レベルという驚異的な大きさをした二つの巨重弾がぽよんと跳ね、そして……完璧から欠けた不完全な片割れとしての下半身。灼熱するソコには雄々しく屹立する竿だけがあるのだという

 かつて轟火の剣(デュランダル)豊撃の斧(アイムール)繚乱の弓(ガーンデーヴァ)哮雷の剣(ケラウノス)の四振りの担い手と戦い、うち二人を葬るも最終的に帝祖皇帝により魂ごと二つに引き裂かれた天獄龍ヘルカディア・ディヴィジョンの半身、白獄龍ヘル・デジョン。その人型体である。もう一体、紅楽龍アルカディア・ヴィジョンの方は穏健派ではないし、合体して完全に戻ってもまた多分非穏健派

 

 だが、死より生き地獄を好む彼女?だけは穏健派としてトリニティをやっていた

 「大丈夫、おねにーさん達に任せなさい?」

 「任せたくない。ボクがやりたいから、こうしてる」

 「あらら」

 仕方ないわねぇと慈母の微笑みを浮かべ、全身が豊満な龍はアルヴィナから離れる

 

 「でも、忌々しい龍神の気配がして、おねにーさん心配なのよー

 龍は執念深いわー、アウザティリス(万色の虹界)があのティアミシュタル(滝流せる龍姫)に体を引き裂かれて世界を造られた記憶から産まれたおねにーさんだから良く分かるの」

 すっと笑顔が消え、女性?体の龍は銀爪を伸ばした左手をゆっくり握る

 その周囲の家の窓が霜でくぐもった

 「この街は龍臭いもの、必死に何か介入されるわよー。だから、お姫ちん

 おねにーさん達にも頼ってね」

 そう返されては、負けて捕まるために行くから来ないでというのが本心でも、アルヴィナには肯定の意志しか返せない

 

 そんな中、トリニティ最後の一柱……遊んだら殺すがモットーの姉、四天王ニュクス・トゥナロアよりは穏健なその幼い妹ロレーラ・トゥナロアはというと、一人の人間の青年に肩車されて髪の毛を引っ張り遊んでいた

 

 「……誰、それ」

 「ざこざこおにーさん」

 「……」

 何時もはそこで寡黙ながら疑問を呈する筈の夜行が黙り込む

 

 青年は……まだ10代だろう。跳ねた淡い金とも赤みの濃い銀とも言える髪色をし、前髪に一房、濃い桃色メッシュのようなそこだけ違う色が映える亜人だ

 更には頭に耳が4つある。犬耳一対と、人間の耳の位置にもふさふさの赤毛に覆われた猿の耳。背中には色鮮やかな翼。伸びた尾羽と、しゅるりとした猿の尾。ラフな服の肩からも、上半身を覆う猿の毛が見え、右手は人だが左手には肉球と爪

 目元は桃を割ったかのような赤いマスクに覆われて見えないが、ぱっと見分かる整った顔立ちは、とても只人には思えない

 真性異言等が見れば、彼をこう呼んだろう。一人桃太郎と。或いは……

 

 「何処で拾ったの、それ」

 アルヴィナは呆けて尋ねる

 彼の存在は何となく分かる。銀髪娘の記憶を探るために、桃色聖女にこそっとつけた音声流す魔法で聞いた

 ロダキーニャ・D・D・ルパン。この世界が乙女ゲームだというならば、その攻略対象の一人だという男

 「アルにゃんに貰った体で、ちょうどいー玩具を探してたら、さくっと魅了出来たの

 ほーんと、このおにーさんってば、強そうなのにメンタルよわよわ」

 7~8歳程度、アルヴィナより更に幼い容姿の小悪魔はその肩車された小さく細い足をパタパタと揺らして青年の胸を叩く

 

 それでも何も言わず、魅了されたという攻略対象はされるがままになっていた



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屍の葬礼、或いはトリニティ

「……此方だ、少年!」 

 『「走るんじゃよーっ!」』

 行軍する無数の骸骨の前、逃げ遅れたのか何なのか、一人の人間……獣人の姿を見付けて叫ぶ

 

 本来ならそのまま軍勢に突っ込む所だが、残念ながら今のおれの手にあるのは普通の刀だ。月花迅雷のように雷鳴と共に加速してって芸当は不能

 更に言えば予備は3本、正直な話後先考えず振り回して足りるかと言われると怪しいところなので耐久力の無駄遣いは出来ない。こうしてある程度の長期戦覚悟の戦いになると、強さ以外にも耐久無限で好きなだけ振り回せるって神器の有り難みが良く分かる

 

 が!

 「っ!はぁっ!」

 抜刀と共に斬撃を横凪ぎに飛ばして屍の首を跳ね、相手が怯んだ隙に距離を詰める。そしてそのままステータスにものを言わせて左足を軸に回し蹴り、右膝で渇いた骨を打ち砕く

 

 「こっちです!」

 「そうそう、もう大丈夫!」

 その後ろからあまり聖女から離れないようにと配慮したが故に踏み込まないアウィルが取り囲もうとする骸骨を粉砕。よろめきながら、獣人だろう少年が聖女二人の方へ

 罠だとしても、アウィルとエッケハルトが居る。罠でなければ助けるべきだ

 

 「なにやってる!」

 おれの怒号にその犬耳をぺたんと伏せる少年はまだ幼い。幾らなんでも、戦いたくて来た訳はないだろう

 「でも、おかーさんが……」

 その言葉に自嘲する。当たり前だ、そんな子を助けるためにおれは居る筈なのに、こんな怒号か

 

 「まだ居るのか?」

 「ううん、お薬持たずに逃げてきて……」

 「薬を取りに来たんだ」

 そんなリリーナ嬢の言葉に頷く少年

 

 ……そうだよな、急いで逃げたらそんなこともあるだろう。だが、少年の手には何もない。恐らくは気が付いて家に取りに戻ろうとして、もう既に魔神の軍勢が来ていたという状況

 「アナちゃん」

 「はい、任せてくださいね」

 と、おれの背後で少女が小さく祈りを捧げ、その手に握った小瓶を輝かせる  

 

 「はい、ちょっぴりですけど聖女様の力を込めました。きっと暫くお母さん良くなる筈ですよ?」

 「安心しろ少年。暫くで良いんだ。必ず、彼等はおれ達が何とかするから」

 「あ、ありが……と?」

 おれを見て、首を傾げる犬獣人

 

 「彼女は腕輪の聖女アナスタシア、横の桃色いのは天光の聖女リリーナ

 一応おれは、帝国第七皇子ゼノ。民を守る盾にして剣。だから、とっとと行くんだ、おれ達に守られてくれ」

 「っ、はい!」

 「清流騎士団!2名ほど彼を護衛、機虹騎士団長ガイスト・ガルゲニアと合流し、一時的にその指揮下に入れ!良いな!」

 ……そこでは?何言ってんだ忌み子がみたいな顔される辺り、実におれだなぁ……と

 

 ゴルド団長と決闘し四天王を討ったからか境槍騎士団は割とおれの言葉を聞いてくれるようになってたんだが、他はダメかやはり

 うん、すまないそ呆けているこの少年

 

 「いや、一応あいつ皇子だからな!?」

 「っていうか、私がこうして動いてるの、ゼノ君に頼まれたからなんだからね!実質私のリーダーだしちゃんと聞いてあげてよ!」

 と、口々のフォローが暖色の髪色の二人から飛び、団長たる女性の頷きもあって漸く二人の男が動き出す

 

 何か心配だが、ここでそんなにバラける訳にはいかない

 頼勇さえ居てくれればかなり楽なんだが、あいつはあいつで想いも役目もある。無い物ねだりはもう止めだ

 

 「リリーナ嬢、アナ、おれとシロノワール、そしてアウィルがある程度動きを止めるから、魔法でトドメを」

 処理を終えたところで、おれは本題に入る

 

 「わ、無理矢理」

 「パワーレベリング、無理矢理スペックだけを引き上げる強引かつ本当の実力がつかない間抜け戦法だが……」

 同じくパワーレベリングで無理矢理ついてきた自分に自嘲しながらも、残る右目で二人を見る

 「単純明快にスペック足りなくて殺されましたよりは良い!」

 「オッケー!」

 移動時は重いしかさばるらしく所持していなかった金銀の両手杖を招来し、天光の聖女が元気よく答えた

 

 「ただ、狩れるようにするとはいえ、あまり集中しすぎないでくれよ。正直なところ、トリニティと屍の皇女という不確定要素が……」

 と、襤褸布を纏う死者の軍勢の中にふと見えたのは揺れる青い髪

 

 可笑しい。ゾンビ軍団ならまだしも、基本今アルヴィナが使っているのはスケルトンだ。恐らくは兄に面影のある部下の屍なんかを倒させたくないから判別つかない骸骨を使役している

 なら、髪なんて残ってる筈はない

 

 悲鳴はない。少年のように襲われてもいない。ならば……

 

 ダン、と地を蹴って跳躍。後方の骸骨兵が自身の骨を武器として投擲してくるが、そんなものダメージにもならない!

 骨の雨に打たれつつ、何か見えた辺りに目を凝らして正体を上から探る

 

 見付けっ!?

 「……阿呆が」

 烏姿で飛び立ったシロノワールが眼前で人型となり、背を向けたままおれの腹を踵蹴り

 「ぐっ」

 おれの身体は吹き飛ばされ、ふかふかしつつ割と硬いものに叩き付けられた。アウィルが跳ねて受け止めてくれたのだ

 

 そんなおれが少し前に居た空に向けて、地下水らしき何かが間欠泉のように噴き上がった

 「やはり」

 「ってなんだなんだゼノ!?」

 「『迸閃』っ!」

 そのおれの言葉に目を見開くのは二人。アナはついていけずに首を傾げる

 

 「皇子さま、それなんですか?」

 「『迸閃』の四天王、ニーラ・ウォルテール!」

 嘘だろ流石に!?アルヴィナがさらっとニーラに作戦立てて貰ったと言ってたから介入してるのは知っていたが、出張(でば)って来るなんて聞いてないんだがな!

 アルヴィナがおれ達を殺す気で此方につく演技をしていたとは思わない。可能性としては存在するが疑わしいだけでは横に置いておく

 

 だとすれば、真面目にアルヴィナの為に確実に勝てるだけの戦力をニーラの奴が確保して、アルヴィナに言わずに突っ込んだ感じか

 

 「ニーラちゃんまで来てんのかよ!味方してくれないかな!?」

 「いや無理でしょ!小説版アーニャちゃん並に一途……あ」

 桃色聖女の緑の瞳が間欠泉からシャワーのように零れる水の滴るイケメン烏を見上げた 

 

 「私はただのシロノワール。ニーラ・ウォルテールは魔神王テネーブルを絶対に裏切らない」

 うん、お前がその魔神王だろシロノワール

 と言いたいが、魂が此方側でも明らかに別人の肉体側の為に動くのを止められないって諦めなんだろうな実際は

 

 「……暴嵐は向こうか」

 向かう湖の畔とは逆方向、おれ達の背後、内陸部(と湖相手に使うのは正しいかは微妙だが)側の仮避難所の方面から、遠目にも分かる巨大な白銀の巡礼者の姿が浮かび上がる

 ガルゲニアの守護神ゼルフィードだ。早速いざという時の切り札を切らなければいけない状況……四天王なりトリニティなりの避難所襲撃が起きたってところか!

 

 更には……間欠泉を放った青い人影はフードを目深に被るとスケルトンの軍団に紛れて消え、代わりに現れるは

 

 「お姫ちんには悪いけど、おねにーさん心配なのよねー

 ほら、アナタ。アナタの眼とか、お姫ちん好きそうだから、ね」

 「っ!」

 何時の間に紛れた!?

 騎士団の兵士の中から聞こえるそんな中性的な……低い女性の声とも高い妖艶な男性の声ともつかない声音に、アウィルにもたれかかりかけた体勢を跳ね起こして抜刀の構えを取る

 

 それだけならまだ良いが

 「やれー、ざこざこおにーさん!よわよわな心で悲しみをびゅーしちゃえー!」

 屍の軍の前に、何時しか淡い紫の髪の幼い少女の姿があった

 完全に甘ロリと呼ぶべきだろう似合うような似合わないような服装で髪型はリリーナ嬢がたまにやってるようなツーサイドアップ。その前方辺りから小さな二本角が生え、ツーサイドアップに絡ませるように頭から生えた蝙蝠の羽をぱたぱたさせ、先がハート型な悪魔のような黒い尻尾を青年の足に擦り付ける

 そして、その少女に従うのは、右手に拳銃より大型の片手銃を携えた仮面の男……ってあの特徴の塊の一人桃太郎はロダ兄じゃねぇか!何で向こうに居るんだよあいつ!?

 

 「ろ、ロダ兄ちゃん!?」

 「げ!ロダキーニャ・ルパン!何洗脳されてんだあのアホ!?」

 アホが言うなエッケハルト!おれも言えないがな!

 

 更には困惑する兵士の中から冷気が噴き上がり……どことなく始水に雰囲気の似た色々とデカイ女性が姿を見せる。始水のようにオーラの龍翼をはためかせ、何人かの兵士を凍てつかせて、その頭を椅子にしておれを見下ろす

 

 「トリニティ……」

 さっきシロノワールから聞いたうちの男が居ないが、何処かに居るんだろう

 

 どうする、どう切り抜ける?

 おれを見てくるアウィルに返す言葉に詰まり……

 

 更に降り注ぐ熊のごとき分厚さと威圧感を纏う瘴気の巨影。屍の衣を纏う魔神狼が、アウィルを撥ね飛ばして降臨した

 『キャゥ!?』

 「お姫ちん、まだ早いわよー?」

 

 「屍の皇女アルヴィナ!」

 睨み付ける金眼にそう叫ぶ

 

 あ、大丈夫そうだ。わざわざアウィルの横に出てきたのにおれしか見てない

 アナとリリーナ嬢を狙える位置関係なのに逃がしてくれる辺り……っていうか、新入生のパーティの時にやったようにおれに向けてメッセージ飛ばしてるしな!

 青い炎を浮かべて威圧しつつ、その炎の中に『大丈夫?』というメッセージを光としてちらつかせている

 

 アレか、事態が混迷極めすぎて慌てておれをフォローしに出てきてくれたのか……



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窮地、或いは分担

『ルルゥ!』

 10mを越す巨体に撥ね飛ばされたものの、空中でくるりとローリング、おれもたまにやるように雷鳴を足場にして体勢を整え白狼が舗装された地面に着地する

 

 「あ、え?」

 「アナ、リリーナ嬢!どうやらレベリングしてる暇はない!生き残ることだけを……」

 目線は正直逸らしたくない屍の軍勢とロダキーニャではなく、アウィルと聖女、そしてその先の騎士団側へ

 

 「考えろ!」

 2m近い長身で、優雅に足を組んで凍りついた兵士の頭の上に腰掛ける魔神王トリニティの一角、白獄龍ヘル

 既に氷像の彼の首にはヒビが入っている。折れるのも時間の問題だろう

 

 この手に七天の息吹はない。あったとしても使えない。いや、そもそも……一々使っていたら即刻金が尽きてしまうから使ってやれない

 もう助からない。凍ってしまった彼等は、このまま砕けて死ぬ。死体すら残るかどうか怪しい

 

 っ!

 

 「デュランダルぅぅっ!」

 

 激情のままに叫ぶ!おれでも白獄龍の名は知っている。帝国建国話で、そもそも聖女リリアンヌ伝説で良く出てくる名

 轟火の剣によって引き裂かれた天獄龍の片割れ!ならば、轟火の剣でもう一度、今度こそ何も出来ないまで引き裂いてやる!

 

 が

 『駄目ですよ、兄さん』

 耳元で囁く幼馴染の声。叫ぶおれの音だけが空しく凍てつく大地に響き渡る 

 始水! 

 『だから駄目です。カラドリウス相手ですら時間ギリギリだったんですからね?

 間違いなく持ちません。先に兄さんの限界が来ます』

 

 なら、どうしろというんだよ!?

 正論で、おれの身を案じていて、それでも認めるわけにはいかない消極策に噛み付く。此処で民を護らなくて、何が皇族だ馬鹿馬鹿しい

 

 気迫に押されたように、巨大狼がおれと少しの距離を取る。適度に敵を演じつつ何とか手助けしてくれる気なのだろう。使うと言っていた目の前に居るのに記憶が欠落して存在を認識できないあの力も使ってこないしな

 

 「竪神ぃっ!」

 アイリス謹製のバッジに叫ぶ

 『今向かっている!皇子、少しだけ持たせてくれ!』

 ……希望は見えたが、今それじゃあ困る!

 

 と

 おれの視界を遮るように、黒い羽が舞い落ちる。シロノワールだ

 「私の敵だ、あの龍に手出し無用」

 「あらあら?テネーブル様の真似っこかしら?」

 愉快そうに、軽い足取りで腰掛けていた人間の氷像からひらりと青肌の龍人は地面に飛び降りる。本来ならば着地の隙をとばかりに魔法で攻撃してほしいが、兵士達は突然の事に完全に恐怖に囚われており、逃げるようにスペースを空けてしまった

 

 というか、兵士が半分くらいに減ってる。さては逃げたな?

 が、責めはしない。元々骸骨の死霊群の為に連れてきたものだ。ステータスがものを言うこの世界において、天獄龍の半身なんて、騎士団ひとつを一人で逃げ出す者含めて全滅出来るだろう四天王本体クラスの怪物だ。本体が出てきていたらまず間違いなく下級職の彼等では傷ひとつ付けられない

 仮初めの体なら魔法防御は0だろうからダメージは通るし対抗は出来なくもないが、多少の傷を負わせる代わりに死ねとはおれはとても命令できない。一気にトリニティが来た時点で、清流騎士団兵士の役目は終わっていたのだ

 

 「ってお前は逃げ……いや、逃げて良い!」

 同時、アナの手を引いて離脱を謀るエッケハルトや機虹騎士団のメンバーに突っ込みかけるが、奥歯を噛んで言葉を変える

 今やるべきは、アルヴィナが何とかフォローしてくれることを期待しつつ頼勇を待つこと。アイリスがHXSに乗せ飛んでくれているし、恐らくは1/6刻程度(30~40分くらい)を凌げば良い

 完全に調整出来たわけではないが、それでもダイライオウならばきっと閉塞した事態に風穴を空けられる

 

 ならば、逃げた方がアナ達を護るには寧ろ好都合!

 「臆病な『迸閃(ほうせん)』は逃げたか」

 自分のペットの筈の龍と対峙しながら、ぽつりと黒槍を構える魔神王が呟く

 

 成程、ニーラが消えたのはシロノワールが姿を見せたからか。本来の最愛の相手が何処に居るのか分かって、けれども真性異言の方の魔神王に忠義を誓わされている呪いを受け、消極的に理由を用意して奴を裏切らない範囲で手助けしてくれたってところか。少しは希望が増えた

 

 いや、ならそもそもアルヴィナの為にもっと簡単に負けられる作戦を……

 立てたけど無視してトリニティ送り込まれた、とアルヴィナが光でメッセージ送ってきた。うん、なら仕方ないがお陰で大変なんだがな!?

 

 しょげて地面向いている屍で出来た恐狼外装が何となくシュールだ。主成分が骨と腐肉だっていうのに

 

 「シロノワール、行けるのか」

 「誰に言っている」

 魔神王だが?

 「そちらこそ、私と」

 『ルゥ!』

 「私も居るからねゼノ君!逃げてられないし、そのトリニティってまだ見えてないのも居るから、離れない方が良いと思うもん」

 と、杖を掲げるのはリリーナ嬢

 

 「と、これならば抑えられるが貴様に残りを押し付ける形になる」

 と、金髪に染めた魔神の瞳がじっと逃げかけた赤毛の青年を見据える

 

 「俺かよ!?」

 驚愕の顔を浮かべるエッケハルト

 いや、頼りたいのは山々なんだすまんエッケハルト

 

 「トリニティの中でも、ロレーラは直接戦闘は強くない」

 その辺りは姉のニュクスと同じという事か。いや、強くない(HP250防御70、難易度HARD時)のは相対的な話ではあるが……

 「いや、普通に俺よりは強いだろ!?しかも向こうにはロダのやつ居るし!」

 「それくらい何とかしてみせろ」

 ピシャリと告げて、黒烏は白狼と共に龍へと槍を突き付けた

 

 「頼めるな、アウィル、シロノワール!」

 「俺は!?」

 「やれるならやれ!」

 言いつつ、白獄龍は完全にシロノワールに任せて気持ちを切り替える。本来は騎士団の人々を凍らせ殺した彼女(かれ)を何とかしたい気持ちだが、月花迅雷も不滅不敗の轟剣(デュランダル)も無ければおれが勝てる相手でもない。だから、円卓から奪った槍を持ち込んでワンチャンある彼に賭ける

 

 それに……

 「屍の皇女まで任されんの俺!?」

 「ロダキーニャ含めておれが纏めて相手をする!お前はロレーラを何とか止めてみてくれ!」

 「いや洗脳関連お前の方が耐性高いだろ!?」

 ぐわっと袖を掴むような抗議。だがそれを振り払いおれは歩みを進めて敵と距離を詰める

  

 「なら、お前ロダキーニャに勝てるか?」

 「え?いや初期から上級のトラジェティファントムだろ?」

 またまた冗談をとばかりの声

 ちなみに、凄い名前だが義賊系職の汎用上級職の一つだ。『悲しみを奪うもの』の名前の通り速度と技を重視し裏方に向く義賊系職にしては直接戦闘に向くステータス方面をしている。が、ゲームでは正直な話義賊系で戦うなら暗殺型のアサシンとかの方が強かったっけか

 閑話休題

 

 「だからだ。好き勝手遊ばれるから逆に殺されなさそうな相手の方がまだ良い」

 「いや俺魅了される前提かよ!?」

 「扱いに不満があるならアナへの想いで耐え抜く姿を見せてみろ!」

 「鬼!悪魔!ゼノ!」

 「何とでも言え!」

 

 そうして、穏健で人間からかって遊んでくれるらしい少女の相手をエッケハルトに投げ、おれは一人で魅了されたという攻略対象と対峙する

 アルヴィナ?じゃれてくるだけなので敵には数えなくて良い。なにもしないと怪しいから攻撃っぽいことはしてくるが……

 ぶるりと体を震わせて黒屍狼が撃ち出してくる骨を刀の腹で受け止める

 

 やはりだ。ロクな火力がない。

 そもそも鍔迫り合いにすら向かないのが刀だ。まともな攻撃と打ち合ってたら直ぐにダメになるというのに全然そんな気配がない

 

 なので、有り難くアルヴィナとはじゃれさせて貰うが……

 バキュンという音と共に放たれる銃弾。おれの横をすり抜けんとするそれを横凪ぎの抜刀術で切り落とす。手首を軽く捻って弾の勢いを殺すのも忘れない

 

 問題は眼前の一人桃太郎だな。まさか殺すわけにはいかないし、スペック面はおれより下だが油断できるほど弱い筈もない

 そして、魔神に魅了された彼は、おれを攻撃しつつ時折周囲のおれの味方を狙いに行く。そこが厄介だ

 

 「助太刀をしようか」

 あ、飛び入りだから戦力を一人忘れてた

 「いや、おれは良い。団長、エッケハルトのフォローや聖女様方の安全を重視してくれ!」

 とは言うものの、このまま頼勇が来るとロダキーニャが魔神の一味かと思われてLIO-HXで倒しに掛かりそうで困るしな。どうしたものか……



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魅了、或いは最低の手段

「ったく!いい加減に、してくれよ!」

 叫びながら眼前に迫る白桃色の髪の男の右手を左足で蹴り上げ、その手の銃を落とさせようとしながら、おれは叫ぶ

 

 やはりだ。やはり、全く本気じゃない

 振り回される爪を左手に逆手に握った鞘を掲げて受け止め、それ以上の蹴りを諦めて即刻残る右足で後方に飛びながら内心でそう思う

 

 パァン、という音と共に放たれる銃弾を額で受けて頭を仰け反らせ……

 が!そもそもあいつの初期銃の攻撃力なんて95!アイアンゴーレムでも精錬度によっては弾く程度の火力で!舐められたものだ!

 

 ぐいっと顎を引いて体勢を戻し、相手を睨み付ける

 ガチ手加減されてるな。最初に一回魔法を打ってきたが、以降銃と素手での攻撃に止めている。そして何より……

 

 ロダキーニャ本人の戦闘面の強みはその固有スキルにある。メインキャラの固有は他に比べて強いものが多いが、その中でも頼勇やガイストと並んでゲームシステム上別格の強さを誇るのが彼だ。いや、機神召喚系の実質無敵かつ高ステータス状態で暴れられるノーリスクハイリターンっぷりに比べるとハイリスクなんだけどな

 

 「A3!!!でマスカレイドしてこないとは、舐められてるな」

 その独り言に、耳聡いアルヴィナが牙を剥いておれへと突撃する。彼の怪しさを埋めてくれるのだろう……がこっそりハッハと舌を出すな舌を。バレるぞアルヴィナ

 それを刀でいなし、割れた桃の仮面で表情の読めない彼を更に観察

 

 A3!!!。真・一人桃太郎とも言われる彼のぶっ壊れ固有能力。読みはエース・アバター・オールマイティ

 幾多の先祖返りでちゃんぽん状態の亜人の血の力を放出、本人から亜人の特徴が消え一部の能力が消える代わりに犬亜人、猿亜人、雉亜人の三人の自分のアバターを産み出す。それがあの固有スキルだ

 ちなみに、アバターは回復できず、2ターンで消え、何度でも呼べるが消える度に減ってるHPに応じて本体のHP減少、倒されてた場合はそのマップでは再分身出来ない。その辺り倒されても影響無いし第一そうそう倒されるようなステータスでもないし搭乗中本人はほぼ無敵な機神ほどノーリスクではない

 が、だ。アバターに分裂する分個々は弱くなるし出来ない行動も増えるが、総合的に見て8割くらいの強さの4人に分裂する能力がターン制のSRPGで壊れてない筈がない。手数4倍戦力3.2倍だぞ単純に考えて。魔神王すら完全二回行動になるの難易度VH辺りからだってのに

 

 いや、それ言えば今のおれってノーリスクでシロノワールって分身出してるようなものか?持てない筈の神器を持ち分身を使うとかいよいよ非公式改造キャラ染みてきたなおれも

 

 あと、それが出来る理由に合わせ……もう一つ特徴がある。精神異常が効かないのだ

 理由は簡単だ。表に出てきてるロダキーニャ・ルパンという明るく強引な熱血漢という存在自体が、本来の彼の思い描いた理想の英雄(ヒーロー)というアバターだから。本来の彼は、体内から沸き上がる力を抑えられず、結果起こった異形の亜人としての迫害に耐えきれずに心を閉ざした。実質死んでしまった彼の心を守り、代わりに精神の表で彼が助けを願った理想の兄貴分をやっているもう一人の彼……彼の本来の能力の産み出した最初のアバターが、原作で主に関わるロダキーニャだ

 

 だから、原作ゲームの彼には精神状態異常の一切が効かない。理想像に理想から外れた姿なんてそもそも用意されてないからな

 それが、能面のように無言で洗脳されてるとなると……

 

 『グルル、ガウ!』

 観察に夢中なおれを押し倒そうかというように、吠え猛る屍狼が前肢を振り上げて躍りかかる

 が、単なる警告だな。本気なら吠えずに隙をつくだろうしとひょいと横にステップして回避。そのおれの右横を火球が突き抜けていった

 ……髪が焦げた煤けた香りを鼻に嗅いで、背後を一瞬だけ見る

 

 エッケハルトが四つん這いで薄紫の少女に馬乗りされていた。そして、口に咥えた魔法書でおれに向けてもう一度火球を……

 

 「このアホが!もう少し抵抗しろよ!?」

 「アナちゃん振り向いてくれないし!ちょっとこの娘良いかって思ったら……」

 「つけこまれてんじゃねぇよ!?」

 「GoGo!ざこざこおにーさんと一緒にアルにゃんをお助けー」

 「死ねぇゼノ!俺とアナちゃんの未来のために!」

 と、洗脳されたエッケハルトが対おれを想定してか三角帽子を被った魔法使い系にクラスチェンジして向かってくる

 

 「皇子さまを傷つけたら、怒りますからね?」

 そして、そのまま足を氷の鎖に引っ掛けられて頭から派手に転倒した

 「ア、アナちゃんこれは魅了されて……」

 「めっ、です!」

 「ぐふっ!」

 火力重視で詠唱時間のある魔法を使おうとしていたせいか、アナに言われてあっさり沈む炎髪の大貴族

 

 それを、何だか愉快そうに紫の小悪魔は、もう一人の洗脳した攻略対象の鍛え上げられた細いが筋肉質の肩に小ささを生かして座り眺めていた。腹を抑えてけたけたと笑ってすらいる

 

 「つっかえなーい。やーっぱりざこざこおにーさんのほーが、まだわんちゃんとして役に立つよねー」

 言われて発砲。アナに向けて飛んでくる銃弾は軽く切り落とす

 

 これでハッキリした。エッケハルト的に見て魅了の掛かりかたそのものはノア姫の使うものとそう変わりはない。物言わぬ人形にするのではなく、人格や記憶はそのままに言うことを聞かせる

 

 ならば、やはりか、とひとりごちる

 

 「アナ」

 「皇子さま、わたしに出来ることは……」

 心配そうな蒼い瞳に、大丈夫だと真剣な顔で返す。大丈夫な要素なんて無いが、そう言うしかない

 

 「でも」

 「大丈夫、勝ち方は見えた」

 これならば彼の弱さも理解できる。じゃれてくるアルヴィナと共に相手してても楽なんて可笑しいと思っていたんだが……今戦ってるのは、アバターじゃなく洗脳されたロダキーニャの本来の人格だ

 理想の兄貴分のアバターじゃないから、普段閉じ籠って戦わない彼だから、あんなにも滅茶苦茶に弱いしアバター分裂もしてこない

 

 ならば、方針は一つ

 「アナ、何とか向こうで……」

 三人+一頭で抑え込んでいる白獄龍を一瞥

 「リリーナ嬢達を助けてやってくれ」

 「でも、きっとわたしの……というか腕輪の力なら」

 「本当にあいつを何とか出来るのは今はきっと真性異言(ゼノグラシア)だけだ」

 奥歯を噛みながら告げる

 

 これからおれがやるのは人間の屑の手段だ。アナを巻き込みたくないし、おれ自身最低だと思う

 だが、これしか無い。これしか、一気に逆転の目を作る手段は思い付かなかった

 

 「分かりました、頑張ってくださいね……怪我、しないでください」

 じっと見つめる屍狼の前でおれの左手をきゅっと握り、はっと悲しげな表情をするも少女はおれを信じてまた遠くへと駆け出す

 

 そういや、ずっと手袋で左手の指アルヴィナに一本持ってかれたのを誤魔化してたな。触れたときに無いことに気が付かれたか

 ……って暇だからあの時持ってったおれの指を飴玉みたいに舐めて待ってるんじゃねぇよアルヴィナ!?

 

 何処かテンションの維持が出来ずに、それでも最低な行動を起こすべくおれは改めて仮面の攻略対象に向き直る

 

 「……策は?」

 「悲しみを退治するためにどんぶらこと何処か行ってしまったあいつに戻って来てもらうんだよ」

 「は?」

 「なぁ、そうだろ、ロダ兄!」

 わざとゲームでの愛称で、初対面なことを考慮せずにおれは叫ぶ

 

 「えー、わんちゃんに何言ってるのかなー?

 頭おばかさん?」

 からかいを止めない少女が、何処か怪訝そうにする

 

 「あれ?爆発は?」

 「アナが腕輪で解除したが?」

 何かエッケハルトに変な魔法仕掛けてたっぽいが、アナの腕輪の力はそうしたものは完全に消し去れるからな

 ……死霊術も弱めの術で出てきてるあのスケルトン達なら問答無用のワンパンだし、恐らくロダキーニャにも効く

 単純に、ロレーラを抑えてないと魅了を解こうとしても妨害されるし解けても即座にまた魅了され直しかねないからアナに頼りたくないだけ

 

 魅了が解けたとして、表に居るのが彼じゃ駄目なんだ。アバターのロダ兄じゃないと

 

 だからこそ、これから……そっちを呼び起こす。そうすれば、魅了も何も効かなくなる

 本来のロダキーニャを肯定していく彼シナリオからすれば、理想に逃げてすがりつく状態に叩き込むって最低の思考だがな!



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勇者の証、或いは勇気の逃避行

「もーう、解除って楽しくなーい!とっととやっちゃおーよアルにゃん?」

 ぴょんと横の巨大狼の首筋に抱き付いて頬擦りしながら、薄紫の小悪魔は冷たい声音で告げる

 

 「駄目」

 「そもそもアルにゃん手加減しすぎー、ざこざこにあわせてよわよわ」

 「じっくりいたぶる時間。すぐに殺したら勿体ない」

 「嫌いなものはー、すぐにぺってしたほーが良いんだけどなー」

 けたけたと笑いながら、少女は頭の羽をばたつかせる

 

 「まっ、いっかー

 アルにゃんの玩具、遊んでいーよね?」

 「好きにして」

 ……何かおれで遊ぶ許可出されたんだが、アルヴィナ?

 

 「遊んでたら死んじゃっても、よわよわだししょーがない、よね?」

 ふっと姿を消した少女が、不意におれの左横に姿を見せ……

 

 「せい、はぁっ!」 

 左足を軸に体を180度回転させながらの抜刀切り上げでそれを迎撃。白磁のような柔肌に鉄の牙を食い込ませ……

 

 「いったー!」

 ガン!と発砲される銃弾に横殴りに刀身を撃たれ軌道が逸らされる

 ちょっと刀身歪んだか、鞘にはもう入らないから使い捨てだなこいつは

 にしても、硬いな、と空いた右足で少女のまだちょっとぽこりとした(子供服がちょっとサイズ合わせてないのか、うっすらと体のラインが浮き出ているから良く分かる)腹を蹴り飛ばして距離を作りながらおれはひとりごちる

 

 蹴った感覚も、刃越しに触れた肌も嫌になるほど柔らかいのに、彼女の切り付けた手首にはリスカしかけて怖くなってすぐ止めた、程度の傷跡が残っているのみ。夜中におれがかきむしったのかってくらいの軽い傷。とても刀傷とは思えない

 

 「アルにゃん、遊ぶにしてもしつけてよー!」

 「野生なほうが、面白い」

 「えー!ざこざこはよわよわんちゃんってわからせてあげないとー」

 小さなウィンクがおれと横でけほけほしながら首後ろを抑えて立ち上がるエッケハルトを射抜く

 「めっ、だぞ?」

 

 「知るか!」

 穏健派だから殺す程は考えてない。エッケハルト爆発って肝が冷える単語を聞いた気がするが、まだ未遂だしアルヴィナとも仲良さげだからな

 

 人を洗脳して遊ぶが、殺していない。ロダキーニャを戦わせてくるが、彼を否定もまだしていない。これはまだ、アルヴィナのように何時か歩み寄れる可能性を捨てて殺しに行くには早い

 

 それを言えば、アルヴィナだっておれが贈った犬とか殺してる筈だ。民の、皆の敵から変わらないとならない限り、おれも殺すのではなく撃退の姿勢を保つ

 友人殺されたでアルヴィナと軋轢なんて作りたくない事の言い訳だが……

 それを考える程度で、おれはまだ正気だ!

 

 斬撃を……飛ばすには歪んだ刀では空を切る際に違和感が産まれて上手く行かないので、もう良いやとそのまま投擲。少女に当たれば良し、当たらなくても良いの精神で投げ付ける

 「そうだぞゼノ!メスガキはわからせも良いけど分からせられるのも良いんだからな!」

 「だからお前は耐えろよエッケハルト!?」

 アナが呆れ返るぞ

 

 「メスガキアナちゃんで目覚めたんだよ俺は」

 「なんなんだよそれ!?」

 「俺の尊敬する人の同人誌だよ!もしもアナちゃんの外見が幼いまま、色々とわからせに来たらっていう純愛」

 「そんなもの書いてる人尊敬すんなよ!?」

 思わず横でまた魅了されてる友人の頭を拳でどつく

 

 「ぐぇぇぇっ!?」

 「いやー、見ててちょーっと楽しいけど、やっぱり要らないかなー、やっちゃえ!」

 小悪魔の命により、幾度目かの発砲。けれど、来るのはその一撃だけだ

 

 「あれ?そっちのは?」

 「アナちゃんを想ってペンダント握ったら治った」

 「愛の力凄いな」

 「あ、ちょっとわたしが魔法込めておきました」

 「聖女の力凄いな……ってアナ?」

 聞こえないと思っていた言葉に振り向けば、銀の髪の少女が戻ってきていた

 

 「シロノワールさんから、護るのも手間だから皇子に護られてろ……って」 

 少しだけ申し訳なさげに言われるが、仕方ない。此方はアルヴィナってじゃれてるだけの実質味方が居る分楽だからな

 「……そっか。でも、おれが今からやるのは酷いことだ」

 「皇子さま。本当に酷い人は、理由があるからって酷いことを良いことだって嘘をつく人ですよ?」

 

 少女にフォローされて何も言えないままに予備の刀を構える

 「なら、あの少年の魅了を解いてくれ」

 「またすぐ魅了されちゃうかもですけど」

 「だから言葉を届かせる!最低で、問題で、でも今を解決する言葉を!」

 「はいっ!」

 力強く頷くアナを横目に、おれは駆け出した

 

 「アルにゃんあそびすぎー、どったのさー?」

 「最後に殺すから、やりにくい」

 「えー?まーいーけどさ?」

 アルヴィナの動きは尚も消極的。ローリングしての尻尾叩きつけも軽く急ブレーキで回避して尻尾を抜刀斬りし、切断して駆け抜ける

 

 「お願い!」

 そんなおれの横をすり抜けていく小さな蒼光、アナの魔法だろうそれが鍛え上げられた肉体の割に小さく見える青年に当たり……

 

 「ロダキーニャ!」

 びくり、とその肩が震える

 恐らくは恐怖で、だ。知らない人、しかも顔に大火傷がある相手に突然自分の名前を呼ばれたら怖いもんな

 「ぶー、あーしのわんちゃん、勝手に呼ばないで?」

 

 少女の蹴りがおれの後頭部を襲う。甘ロリのスカートが大きく捲れているだろう事を気にも止めず、いや寧ろロダキーニャに見せつけるかのような空中ハイキック。だがそれをガン無視し、右腕で受け止めながら言葉を続ける

 

 「居るんだろう、ロダキーニャ・ルパン!いや、ロダ兄!」

 不意に、少しだけ仮面の下の雰囲気が変わる

 「大丈夫、君は強いさ」

 「えー、初対面の人がざこざこおにーさんに言っても説得力なくなーい?」

 「そうだな。でも、おれは知っている。君の事を、君自身よりも」

 

 仮面が揺れる

 「おれは真性異言だ。君の事も、過去も、あり得る未来も知っている

 

 だから言うよ。君は強い。理想の救世主、夢見たアバター。そうやって君は戦ってきた。そして、これからも戦っていく

 目を伏せるな、背けるな。理想のアバターが勝手にやったことじゃない。君が願った事だ。救世主に、君はなれる

 

 だから!」

 「煩いよ不細工おにーさん!」

 飛んでくる牙のようなオーラ。ロレーラの魅了ではない攻撃の魔法

 

 それすら無視

 「いや、酷い言い方だなオイ!?原作台詞の繋ぎあわせだけどさ!?」

 飛んでくる火球が炸裂して大半を散らす

 「だから、戦え。君の夢、理想を取り戻せ!」

 

 どの口が、と嘲りながらながら真性異言(ゼノグラシア)としてアバターのロダキーニャを知って居るからこそ、理想でなくて良いとする彼ルートの否定を口にする

 

 「わんちゃんはきゃんきゃん吠えて遊ばれていればいーの!

 そんな理想像なんて」

 「夢のヒーローに、なりたかったんだろう!

 君ならなれる!夢を掴め、取り返せ!心地よい洗脳のぬるま湯で離しかけた君の輝きを」 

 おれもかつて忌み子だとしても皆に愛される者として夢見た言葉を、おれ自身今は信じていない空虚な戯れ言を叫ぶ

 

 「届くわけないよねー?」

 「えっと、わたしは何にも言えませんけど、抑えてる事には何か理由があるんですよね?

 ちょっと、そのあなたの優しさ、わたしは信じてみたいです」

 「そうだぜ、俺も君の凄さを知ってるんだよロダ兄!勝てねーから来てくれんなってぐらいに!」

 

 「ぶー!わんちゃんへのこれ以上のおさわりは……」

 「おっと、それは困るなロレーラ・トゥナロア」

 響き渡るのは、そんな声。快活で明るく強く、裏の一切無い力そのものの声音

 

 「あー、もう。そこまで言われちゃしゃーねぇな。貸しとくぜ、返してくれよ」

 「いやなにがだ!?」

 「俺様は安くないって事よ!」

 言葉と共に器用に犬の肉球の手でもって仮面をむしり取って投げ捨て、アナの力と真性異言による本来知らない筈の言葉の畳み掛けにより最短で覚醒させられた英雄(アバター)の赤と青のオッドアイが煌めく

 

 「ざ、ざこざこおにーさん?」

 「そーいや名乗ってなかったな、悪い悪い。俺様自身そんな気は無かったんだが、本性じゃ女の子に免疫無さすぎてちょいっと、なっ!」

 ドキュゥンという音と共に発砲。オーラを纏う銃弾がおれでなければとくっつけるのを諦めて投げ付けてきた屍狼の尻尾を打ち落とす

 

 「……何者」

 「知らなきゃ言って聞かせてやっよ

 ワンダフルでトリッキーなキーパーソン。ナンバーワンにしてオンリーワン、ロダキーニャ・D・D・ルパン

 悪縁を絶ち、悲しみを退治し、良縁を取り戻しに来たぜ」

 「……は?」

 突然のテンションについていけないかのように、アルヴィナが首を傾げる

 

 「袖振り合うも多少の縁、生きれば楽園!護ってやろうじゃないか!世間から悲しみを奪い取ってな!

 ってこった!そこの火傷奴!振りととされずに付いてこいよ!俺様との縁を、無理に望んだんだからな!」

 だが、これがアバターだ。これで押し通れるのが彼だ

 「ああ!」

 心の中でこの状況に完全に戻させた事に詫びながら、おれは白桃色の髪の青年の横に立った

 

 「行くぜ、アバターマスカレイド!」

 『0!0!1!マスカーレイド!』

 そして、四人に増えた彼に囲まれた

 うん、圧が凄い

 

 「え、え?ちょ、あーしのざこざこおにーさん返してよーっ!?」




ちなみにメスガキアナちゃん本とは、外見が幼いまま犬耳メイドと化したアナちゃんに性的に色々されるゼノの本です。最後に抱き締められただけで結局皇子さま大好きだと分からせられてオチがつく安心の純愛です。


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奇縁、或いは嵐

「何、あれ」

 幼い友人に語りかけるように、その実おれに向けて目で訴えながら、屍の皇女は当然の疑問を吐く

 

 というか、おれ自身現実で見ると圧倒されるっていうか……ゲーム知識が無きゃそもそもあの何も喋らない奴がこんな変わるとか分からない

 「ざ、ざこざこ……おにーさん?」

 「「ふっ、残念ながら、俺様はオンリーワン!雑魚とは違うって事だ!」」

 

 う、煩っ!?

 四方から飛んでくる言葉に耳鳴りを起こして思わず片耳を抑える。分身してるのに一斉に喋んないでくれないか!?

 「ざこざこおにーさんが壊れちゃった!」

 壊れてない、ヒロインと出会う際の正規仕様だ。いや、本来の性は洗脳時の大人しげで覇気の無いあっちだからこんなハイテンションは壊れてると言って良いかもしれないけど

 

 「うるせぇぇぇっ!?」

 失礼だぞエッケハルト。煩いのは知ってたろ。ゲーム時から分身時4重に声が聞こえて他キャラより音量デカかったんだもの

 

 「まあ、つよそーでも所詮わんちゃんだし?あーしがもう一回躾て……」

 と、薄紫の少女は何処からともなく鞭を取り出して、手で弄ぶ。何となく黒光りするそれを撫でる手付きが厭らしい

 「そんなの似合わないよ、心すっかすかおにーさん?」

 そのまま、ぴっと手首のスナップで鞭を振るい、少女は前衛に立つ犬耳の男の首に鞭を巻き付けた

 

 「あれ?」

 「はーっはっはっ!ワンダフルな人生のためには悪縁は絶ち切るに限るぜ、ロレーラ!」

 が、効かない。アバターが出てきた彼、ロダ兄と呼ばれる方の人格に魅了など一切効かない

 実際、おれよりステータスが低めな事さえレベルでカバー出来れば、おれ以上にロレーラの姉である四天王ニュクス戦が安定するのが彼だ。第二形態含めて強みが一切通らない鉄板の強さを誇る。頼勇ですら魅了されての負け筋があるが、彼は負けない

 ……その分、『アバターじゃなくて君で良いんだよ。最初から私のヒーローだから』って方向の彼ルートだと、素のロダキーニャでニュクス戦に突入するから辛いんだけどな!おれも死んでるから魅了の恐怖に怯えながら戦うことになる

 

 「爆破」

 「ざこざこおにーさんは殺すの勿体無いからつけてなーい」

 「そうじゃなくても、殺させません!」

 力強く腕輪を付けた左手を握り締める銀髪の聖女

 ってか、お前は死んでも良いやされてるぞエッケハルトしっかりしろ

 

 「付けといて」

 「アルにゃんも、おきには傷つけ方に気を遣うのにあーしに言われても困るなー」

 「うにゃう」

 論破されて猫るんじゃねぇよアルヴィナ!?あと何か手加減しまくってるのバレバレっぽいぞ

 

 あ、友達だから平気って光で伝言来た。いや、心配なんだがアルヴィナを信じよう。何となく手助けしてくれてる四天王ニーラも居るし、完全にアルヴィナの味方として死んだアドラー他、幾らかそれとなく反転生魔神王の行動をしてくれている穏健派の魔神も居るのだから

 

 「ってか、あーしが悪縁は酷くないかなー、ざこざこおにーさん?」

 「はっは!愉快愉快

 魔神が悪縁で無いとでも?」

 

 「そうですよ!取り込まれちゃ駄目なんです!」

 「……アナ、君を護るのが最優先だから、神経逆撫でする言葉は此方に任せてくれないか」

 元友人にボロクソ言われてアルヴィナが泣くからさ

 

 「あ、ごめんなさい皇子さま

 でも、魔神は昔の聖女様伝説の時代みたいにまた多くの人を不幸にするんだって思ったらつい……」

 

 あ、逃げた。虚空に向けてサマーソルトを決めながらかなり後方に着地し頭をぶるりと振るわせる屍狼にそんな事を思う。マジでアナに愚痴らせてるだけでアルヴィナぶっ倒れるんじゃなかろうか、いややらせないけれども

 

 「ぶー!返して!あのざこざこおにーさん返してよー!」

 「覆水盆に還らず、悪党盆にも帰さず!俺様が必要とされてしまった以上、本性はそうそう戻ってこないもんさ!

 何故ならば、俺様はあいつの願った最高無敵のヒーロー、だからなっ!ヒーロー呼ぶ声有る限り、俺様は居る!」 

 銃を顔の横で構える素のアバターと、それに合わせて各々ポーズを決める三人の分身

 ……ところでだ。盆にも現世に帰らせないのは良いが、この世界お盆なんて文化無くないか?

 シナリオライター?メタ発言するキャラだっけかあいつ?

 

 『まあ、お盆の風習の存在くらい昔の真性異言が伝えてますよ。戦い抜いた者は安らかに眠らせてやれってのが帝国だからこの国では定着してないだけです』

 ……案外ただのメタ発言じゃなく、国家間の文化の差を伝える言葉だったのかアレ……

 

 「一つ!人の世をワンダフルに!」

 と、叫ぶは犬耳のロダキーニャ

 「二つ!不埒を裁くトリックスター」

 翼を大きく展開し、雉の意匠を持つアバターが右手を天に向けて突き上げる

 「三つ!皆のキーパーソン!」

 猿の意匠を持つアバターがオーラを纏ってポーズを決める

 「さぁ!」  

 

 「さぁ!」 

 赤と青のオッドアイがおれを射る

 「いやおれかよ!?」

 「他に誰が居る!」

 「いやおれ第七皇子だから7番辺りで……」

 「ふっ、そこまで行かないものだ!なぁ、そこの犬っころ」

 気安く、青年は話をアルヴィナに振る

 いや、一応今はまだ敵なんだが……自由かこいつ

 

 「狼!」

 アルヴィナが吠えた

 「ロレっち、あいつ殺して」

 「アルにゃんの頼みでもーって言いたいにゃあ

 でも、ざこざこおにーさんじゃなくなっちゃって、面白くなくなったしー」 

  

 仕方ないか、と話す二体の魔神を前におれは無い脳味噌を振り絞り

 「四つ、世の悪を討つ!」

 「五つ、御苦労!いざ往かん!退治てくれよ」

 

 そこで、青年は言葉に詰まる

 「……そこの銀の髪、名は?」

 「おれは」

 「いやさ、お前は良い!」

 おれかと名乗ろうとした瞬間に止められる。いや、おれの髪も一応銀だぞ、ほぼ灰色だけどさ

 

 「わたし?わたしはアナスタシア・アルカンシエルですけど」

 「おう、了解!

 退治てくれよう、空だけでなく、心に虹を掛けるために!」

 上手いこと言おうとすんな!?

 

 「ってかおれは名前すら知らなくて良いのか」

 「必要ない!お前は俺様を呼んだ!これで俺様との縁は決まったな。御供……そう、ワンちゃん一号!」

 それヒロインの事だろ原作的には!?

 

 「皇子さまは犬じゃないです!」

 「そもそも犬ってほど可愛くないだろゼノは!」

 「……あげない」

 「ぶー!あーしのわんちゃんがワンちゃん飼うなんておかしーって!」

 敵味方からの総ツッコミが、嵐のような桃太郎を襲った

 

 「はーっはっはっ!それもそうだが、これも奇縁!お前が求めた縁の形だ、悪いものではないだろう!」

 ……いや、本来こっちでなくて良いって方向になってくはずの彼を無理矢理にとっとと呼び出させたのはおれだ。間違ってはないのかもしれない

 諦めて、おれは彼の横に並ぶ

 「もう犬で良いからワンちゃんは止めてくれ」

 「駄目なものは駄目だ、ワンちゃん一号!

 俺様をワンちゃんと呼ぶ者への意趣返しという奴だからな!」



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一桃、或いは両断

「さぁ、華咲き乱れクライムMAX!ヒーローの出番と行こうじゃないかワンちゃん一号!」

 「端っからクライマックスだろそこは!」

 「御託は要らねぇ!最初からクライマックスで行くぜ!だろゼノ!?」

 いや、ヒーローもののクライマックスって敵の悪行が最大限行われている場面だから罪もMAXなのは間違いないけどな?

 

 というか、こいつ言葉遊びしすぎだろ!?

 そんな事を思いながら、ガンスルーされ気味なエッケハルトを置き去りにして駆け出す

 

 「戦法は?」

 「くっははははは!快桃乱麻!俺様に任せとけ!」

 「それ作戦じゃなくないか!?」

 「心配すんな、悪縁は絶つ!御供は御供なりに、自分の縁に集中しなってこった!」

 分身して銃弾を霰のようにばら蒔きながらのその言葉に大人しく頷く

 

 悪縁を絶てとは言わない。自由過ぎかと思ったが、やはり彼はおれとアルヴィナの関係性が敵同士を演じているだけと分かっているのだろう。だから、お前の味方だろ?とばかりに気安かった

 

 いや、その事の理解が追い付いていないアルヴィナが面食らってるが……

 「屍の皇女、遊びはこれまでだ!」

 一人でその屍の鎧に向け予備の刀を振るうことで戯れてるぞとアピール

 

 「ロレっち」

 「アルにゃん!」

 コクりと頷いたアルヴィナが一声天に吠えると、雑多な屍の軍勢の中から落ちてきたのを見た数体の巨影が立ち上がる

 魔物の死骸(ゾンビ)だな。おれも狩った事がある大亀だ。確か名前はタイボクオーガメ。天空山麓~中腹等に生息する巨大な角と甲羅に背負った巨木が特徴の土/水属性の魔物で、その二属性に分類される魔法に耐性がある。が、結局他属性の魔法が素通しだから岩みたいに硬い甲羅もそんな意味がない可哀想な魔物だ。魔物同士では生態系の上位に居るんだけど、人間にも天狼にも弱いから頂点に立てない

 

 「ロダキーニャ!」

 死霊だからだろうか、常に繁っている筈の背中の木は枯れ木、角も折れた屍の亀が濁った黄色の瞳を爛々と輝かせて吠える

 「ロダ兄でもご主人様でも良いぜワンちゃん一号!そっちの呼び方は本性に取っときな!

 んで、俺様を誰だと思ってんだ?そっちはそっちで祭を楽しんでな!」

 「いや、真面目にやらないと駄目ですよ!?」

 アナ。おれは大真面目に手抜きしてるんで、止めてくれないか正論

 

 でも、そうか

 そういやあいつ超万能型だった。普通に基礎ステータス高いから魔法もそこそこ行けるんだよな

 ばさりと翼と共に魔法書を……開く素振りを見せた。が、手にしているのは空気

 

 「はーっはっはっ!」

 「笑ってんじゃねぇよ!?」

 エッケハルトの叫びが空気を振るわせる

 うん、そうだな。この世界の魔法って余程の天才でなければ魔法書ありきだけれど、洗脳時に本性の気弱さで強力な魔法書なんて持ってないわな……

 

 「エッケハルト!お前と同じく火属性持ってるから投げてやってくれ」

 「結構高いんだけどこれ!?」

 「後で返す!」

 その言葉に、仕方ないかと炎髪の青年は手持ちの魔法書を一冊天に向けて投げる

 それを打ち落とさんとばかりに飛ばされてくる枯れ木の枝と骨

 だがそれは、飛び上がった犬耳のアバターの爪に引き裂かれて地に落ち、翼のアバターはしっかりと本をキャッチして改めて開く

 

 「心配御無用!と言いたいがこれも縁、有り難く貸しを一つ返させてもらおうか」

 あ、金持ってないなさては。いや、貴族多めの攻略対象の中では一般家庭の出かつ迫害されてたって事で貧乏なのは仕方ないが

 「……ちなみに、あと幾つだ?」

 「はーっはっはっ!数えられんから決めてない!」

 「多すぎだろ流石に!?」

 「俺様を誰よりも必要とした以上、最期まで切れる縁でもあるまい!不満はあるか!あるなら聞こう!」

 「いや無いけれど」

 本当は割とあるが、それを言っても仕方ないのでそう返す

 ワンちゃん一号の称号も、この辺りのやり取りも、大体ちょっと向こうのリリーナ嬢(原作ヒロイン)との出会いイベントの筈なんだが!と声を大にして言いたい。なんでおれがそれやってるんだ

 

 「ならば良いだろう!」

 と、そんな会話を挟んでいる間にも雉のアバターは既に魔法詠唱を始めている。流石大体何時も平行して四体のアバター動かしてるだけの事はあって余裕綽々だなあいつ。おれはアルヴィナがじゃれてるだけだから喋る余裕が残ってるだけだってのに!

 

 「わんちゃんを、返せ!」

 「お前のものでもないな!俺様のものかと言うと怪しいが!

 はっは!ワンちゃん0号に返せと言われても、番犬に助けてと言ったのは本性の側!お引き取り願おうか!」

 闇で作り出した弓から放たれるロレーラの闇の矢を無造作に猿耳赤毛のアバターがオーラを纏って握りつぶす

 

 「うーっ!」

 「お仕置きして分からせてやろうじゃないか、鬼よ!」

 「小悪魔は鬼じゃないもーん!」

 「小鬼は鬼だ!」

 「いやゴブリンは愉快な隣人であって悪じゃないからな!?」

 「おっと失礼!そうか、小鬼とは眼前の者達でなくゴブリンの事か!ならば撤回だ!」

 うん、悪い奴じゃないんだけど、相手するだけで疲れる

 

 『グォォォッ!』

 亀らしからぬ叫びと共に、亀にしては早い速度の噛み付きが犬耳を襲う

 が、遅すぎる

 「口を開けたな!」

 ドゴン、という鈍い音と共に甲羅が破裂した。オーラの弾丸が空いた口から体内に炸裂したのだ

 

 「きゃっ!」

 傾ぐ大木からこぼれ落ちる枯れ葉を浴びて悲鳴をあげる小悪魔

 そこを、犬の意匠を持つアバターが軽く飛び上がってから首筋を……ではなく腹を狙って蹴りつけた

 うん、アバター状態と素と戦闘力に差がありすぎるな。本来、素の状態でも同じことが出来る筈なんだけど……

 

 軽く地面を跳ねながら転がる幼い子供の姿。何となく、虐めている気分になる

 アルヴィナが本来の姿+屍の鎧だから絵面がマシなものの、下手したら幼い女の子二人を大の男が二人して……いや五人で殴り倒す事になってたのか……

 

 いや、別に夜行というらしい最後のトリニティに来て欲しい訳じゃないがな!

 

 ひょいと伸びた襤褸を纏う屍の腕に受け止められ、小さくけほっと咳き込むロレーラ

 

 「さて、止めと行こうかワンちゃん一号!」

 が、その瞬間

 「ロダ兄!」

 凍てつく蒼と黒の流星が、集結した二人を凍り付かせた

 

 「ブレイズバーストショット!」

 同時、空を舞う雉アバターの魔法が完成して巨亀を焼き払うが……飛び上がった流星、いやトリニティの白獄龍たる巨女がその首筋を氷の爪で掴んだ

   

 「……逃がした、悪い」

 ちっとも悪そうじゃない言葉だけのシロノワールの謝罪

 ……止めきれなかったか。いや、だが、良い

 ここで危険なのはアナ達を狙われること。彼を野放しになど出来ないと思わせるだけの時間、稼げただけで十分!

 

 「……あらあら、どうしたのかしらー、ロレーラ。情けない姿ねぇ」

 「ざこざこわんちゃんが」

 「飼い犬に手を噛まれるなんて、アルちゃん泣くわよー、おねにーさんもびっくりしちゃうし」

 そのアルヴィナならすっごい微妙な顔してるぞ。ボク飼い犬に手を噛まれまくってるとでも言いたげに

 

 「もう大丈夫」

 「おねにーさん心配なのよー、苦戦してるみたいだし」

 でもまあ、と青肌の女性は凍り付いたアバター達を見下ろす

 「もう決着は付くかもねー」

 

 「ふっ、そうだな」

 意外と素直に、オッドアイの英雄はそれに肯定を返す

 分かるだろお前と言いたげな小さなアイコンタクト。ああ、分かるさと諦め悪そうにおれも刀を鞘に収め抜刀の構えを取る

 

 そうだとも。結局のところアバターだ

 喉を絞めた雉を掴んだままばさりと翼をはためかせて龍大女が凍った犬耳アバターの頭の上に土足をつける。そしてその頭をぐりぐりと爪先でいたぶるや、アバターはひび割れ……

 

 全ての分身したアバターが同時に消え去る

 「……あら?」

 突然足場を失い傾ぐ体

 

 そう、アバターなんだから消して出し直せる!

 分かるさ!おれだって真性異言(ゼノグラシア)だからな!

 

 「紡ぐは魂の残響()、吟うは未来の刃!

 《雪那月華閃》!」

 「アバターマスカレイド!さぁまだまだ踊ろうじゃないか、クライマックスを!

 一桃両断、二撃決殺、三獣連斬!」



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X、或いは魂の繋がり

「へぇ、でも」

 即座に余裕の笑みを浮かべて翼をはためかせて、言いかけたヘルの顔が驚愕に歪む

 鮮烈な銀の輝きを纏う光が、翼を射抜いたのだ

 

 ナイスだリリーナ嬢!あんまりまともに戦ってるのを見なかったが、それが此処での一撃を、確実に当てさせる!

 「……封杖レヴァンティンっ!忌まわしき……」

 

 三日月を重ね描く二条の魂の剣戟。三つのアバターが人の姿から更に各々の亜人のモチーフたる獣に近い形へと変貌しての爪、翼、そして拳の三方向同時攻撃がそれに更に波状として襲い掛かり……

 

 「斬!」

 持ち前の赤い銃から白いオーラの刃を迸らせた本体たる人アバターが追撃をかける

 それに合わせ、おれも横凪ぎに魂の刃を振るい、空間に見える形で刻み込んだ三日月の軌跡を断ち切った

 更には、山なりに放物線を描いてシロノワールの一撃が、青い肌の龍人を穿つ

 

 「華と散れ!」

 三日月が砕け、奥義に耐えきれなかった刀身ごと粉々に砕けて舞い落ちる。それはあたかも桜の花吹雪の如く

 が、そんな雪那月華閃の余韻など吹き飛ばし、三角形を描く三獣の同時攻撃跡から吹き上がる桃の意匠のオーラに閉ざされた龍人を、桃の拘束毎白き刃が一刀両断……というか一桃両断した

 

 「ん、ぐっ!きゃはごぁっ!?」

 声にならない悲鳴。宿敵たる聖女の杖への怨嗟すら中断させられ、二つの奥義(+魔神王の軽い手助け)がその体を蹂躙する

 

 「ルルガァッ!」

 流石に部下相手のそれを見逃せば怪しさが限界を越えるからか、屍狼がおれへと牙を剥く。しかし……

 『キュウ!ガゥ!』

 白獄龍が解き放たれたということは、それを止めていたアウィルも自由になったということ、降り注ぐ赤雷がその行く手を阻む

 

 「ちょ!?」

 焦るのは助けられた側のロレーラ。といっても、出来ることは多くはない、懸命に目線を向けるのは銀の聖女とその横のエッケハルト

 「わたしは、皇子さまを傷付けません!絶対に!」

 「俺は、もうアナちゃんを悲しませたくないんだよ!」

 が、魅了の波動は二人に纏わり付くや否や清浄なる青き光に消し飛ばされる。アナの置き回復魔法だ。ちょっとした回復でも何でも、あらゆる異常を払う龍姫の使徒たる極光の聖女の力が、精神をかき乱し幻惑する魔の力を完封する

 

 そのまま、青き巨女は纏う衣をボロボロにされながら宙を舞い、一つの石造りの民家に突き刺さって止まった

 

 うん。目に毒だ。ズタボロのスカートが捲れあがり、その下の下着……は尻尾が邪魔だからか身に付けていないからか素の下半身が露出している

 そこに二本の尻尾が見えた。いや、一本は言葉にしたくない象みたいな奴なんだが……

 

 「……おねにーさんを、あまり舐めるなよ人間風情が」

 突き刺さったままくぐもった音だというのに、底冷えのする声が響き渡る

 空が暗くなり、空気が震える

 

 ……そういや天獄龍って一度HP0にしても復活してきたっけな!片割れの白獄龍でも本来の姿に近いドラゴン形態変身が……

 

 「ヘル」

 「……と言いたいけど、止めたわー」

 シロノワールの小さな一言で、その空気は一気に霧散する。何事も無かったかのようにひょいと尻尾で壁を押し出して頭をすぽっと抜いた彼女(かれ)は、けらけらと笑う

 

 「何と!」

 「お姫ちん、後はしっかりねー」

 そのまま結晶化し、その体は粉々に砕けた

 

 あいつあれでアルヴィナの作った影だったのか……いや何となくそんな気はしてたが

 

 と、そこで漸く思い至る

 竜魔神王。テネーブル第三形態とは、魂で結び付いた伴龍ヘルカディアと合体した形態だったという事実。つまりだ、その半分であるヘルとも当然魂で結ばれてる筈なのだ

 そして、魂を操り死霊を従えるアルヴィナが違和感に気が付けてはいたように、彼女(かれ)もまた、此処に居るシロノワール=本来のテネーブルと理解していない筈がない

 

 ということはだ

 「シロノワール、お前最初から一言かければヘルを下がらせられたな?」

 お疲れ様と言いたげな雰囲気を纏わせて金髪魔神王の肩を叩き、耳元で小さく問い掛ける

 「……それが?」

 「もっと早くにすれば、皆は死なずに済んだ」

 「私が知るか。アルヴィナの為、私の目的の為、聖女達と貴様の身柄だけは護ってやる。他の人間など、寧ろ死んでくれるなら好都合」

 そのまま、彼は烏に戻って翼を打ち振るわせおれの影に飛び込んで行く

 

 「忘れるな、私は貴様等の死。馴れ合うものか」

 ……静かに拳を握り締める

 

 ふざけるなと言いたいが、その通りだ。本来敵だと分かっていて、それでも共闘して貰っているに近いのは此方だ。向こうに誰も殺させないよう動くべきはおれだった

 シロノワールに文句を言う事は流石に間違ってないが、責任は彼を動かす理由を早々に用意できなかったおれにある

 

 「おう、大丈夫かワンちゃん一号!」

 と、そんなおれに声を掛けるのは犬耳のアバター。残りはというと、とっととロレーラの行動を監視し始めている……というか、恐らくは仕掛けるタイミングをおれに任せようとしている感じか?

 「自業自得、問題ないさ」

 「はーっはっはっ!自省も良いが、袖振り合うも多少の縁、笑いあえばそこは楽園!

 悩みなんて吹き飛ばしな!」

 「そうだな、悩んでても仕方ない!挽回するまでだ!」

 

 「オーケイ!じゃぁ改めて行こうか御供達!」

 「いや、ゼノ君!?気が付くと私の居る立ち位置乗っ取られてない!?」

 やりとりに目を見開くリリーナ嬢

 

 そうだよな、ワンちゃん一号ってヒロインの事だものな……

 「おれにも良く分からん!」

 「うん、分かる!」

 「はっは!それでも縁だ!付いてこれれば問題ない!」

 その勢いに任せておれはロレーラとアルヴィナを睨み付ける

 

 ……さて

 「ロダ兄」

 「……終わらせるか?」

 「いや、違う。相手はトリニティと言って三人来てる筈」

 「ああ、あの犬ころ以外にまだ居ると!

 そういえば一人男が居たな!本性がぼーっと見てたから良く顔も知らんが!」

 「ああ、だから……」

 「ならば来る前にすっきりさせなければな!」

 

 叫ぶような宣言と共に、本体たるアバターが銃を構えた

 その周囲を取り囲む三体のアバターが光となり、完全にオーラの獣といった趣となる

 犬、猿、雉、三つの獣が、銃の周囲をふよふよと浮かびながらサークルを描いて回る

 

 「ざこざこじゃないワンちゃんからの超必殺(プレゼント)、受け取りな!」

 「ぶー!」

 「……ロレっち、後は任せるべき」

 「そ、そっか!」

 何処か逃げるようにゲートらしきものを開き、幼い少女の姿が消える。それを、白桃色の青年は静かに見詰めて……

 

 「おっと、逃げたか」

 きっと撃てたろう。届くかは微妙だが……

 しかし、撃つことなく、青年はその背を見送った

 

 何か思うところがあるのだろうか。性格というか、アバターの有り様からして可笑しい気がするんだが

 本性が止めたとかか?確信はないが

 

 そうして残るは屍の狼と、取り巻きの無数の骸骨兵のみ

 まともな戦力となるのはアルヴィナ単騎。となれば、カラドリウスが戻ってくるか?

 或いは、と気を引き締め直したその瞬間、上からふわりと長髪を靡かせ、一人の男が民家の屋根の上に降り立つ

 

 「夜行、遅い」

 「姫様。己しか頼れず」

 それで良いのかトリニティ!?

 姫が賊に襲われてから助けたら姫に惚れられるかもしれないから賊が他の近衛を倒すまで待ったとほざく近衛騎士が居たら一発でクビだろ普通

 顔は中々に彫りが深くて渋い男なのに中身が残念すぎる

 

 「はっ!本当に頼れるかは……」

 「笑止」

 くつくつと笑みを浮かべる夜行なる魔神

 その手には、一つの小鎚。青い結晶体の着いた合成な金色の……

 

 何だろうか、とてつもなく嫌な予感がする

 同じような色合いのもの、見たことないか?10年前……

 

 「エッケハルト!」

 言いながら刀を全力投擲。予備の刀を一本無駄にすることになるが、おれの予想が正しければ……

 ガキン!という硬質な音と共に男の前に発生するのは、幾度となく見た青き結晶壁

 

 そう、ユーゴそしてマディソンが使ってきた……精霊障壁!

 こいつ、円卓の(セイヴァー・オブ)救世主(ラウンズ)が持つだろう三機目のAGXの所有者か!

 

 だが、腕時計が……

 『違います兄さん!』

 脳裏に響く幼馴染の声

 

 『あれはAGXではありません!寧ろ彼等が魂を燃やして立ち向かった敵……』

 「終末将来!人理結すべし!陰陽滅ぶべし!」

 シャン!と槌が降られ……

 

 同時、ヒロイックな機械神ではなく、何とも形容しがたい怪物が空から降り注ぐ

 『仮称:X!此処とは異なる人類史の否定者、裁きの天使です!』



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夜恋曲(セレナーデ)、或いは最強の力

「仮称、X……」

 もう何でもありかよ、そんな気持ちと共に、眼前に降り立った異形を睨み付ける

 

 明らかな異形の姿。裁きの天使と言われても、これが天使だと?とどうしても思わずには居られない

 おれの知る天使なんて始水の家で見せて貰ってた星を護る特撮ヒーローくらいしか無いからそれを基準にしてもって話はあるが、少なくとも一般的な話でも美しい人の姿をして白い翼を生やし、頭に光輪を浮かべた存在の事を指すだろう。似たような外見の力の影ならば遺跡で見たしな

 

 が、眼前のXはそれとは全く違う外見だ。胴から下の無い緑の獅子の頭を、その耳を塞ぐように筋骨隆々とした赤銅色の二つの巨腕が握り締めている。天に向けて突き出したその腕の二の腕辺りから先は無く、肘のあるはずだろう辺りにはおぞましく張り出した眼球。その下辺りを青色の鎖がまるで口を表現するかのように貫いて腕を繋ぎ止め、その鎖の両端は腕を突き抜けると腕の上で光輪のように円を描いて宙に浮いている

 だというのに、光輪から生える白い翼だけは、その他のおぞましさとはあまりにも場違いな穢れ一つ無い純白

 

 「先手必勝!」

 気圧されている場合か!まずは刃が通るかは未知数ながら隙を作ろうと再度手にした刀を投擲。近付くよりは安全で、そもそも効かないなら予備も何も意味がないから出し惜しみは無し

 「良いこと言うぜ!」

 それに合わせて、オーラの弾丸が白桃色の青年の持つ銃口から噴き出す

 

 が

 「っ!」

 その全ては、ついさっき見たものとほぼ同じ蒼き結晶壁に阻まれる

 「精霊、障壁……」

 どういうことだ!?あれはアガートラーム等のAGXが使うバリアで、だからこそそれと同一のバリアを纏う魔神を同列の……

 

 いや、違う!と頭を振る

 詳しくその続編ゲームの設定を知らなかったし、話したがらないオーウェンを脅して問い質さなかったからこその勘違いに漸く思い至る

 そう、そもそも認識が逆だったのだ。1km超えの実体剣等の馬鹿みたいな火力兵装を持ちつつ、精霊障壁を使ってこなかったAGX-ANCt-09《ATLUS》。その存在からもう解ってて然るべきだった

 あの精霊障壁とは、元々Xとされる生物?の纏う特殊能力!アガートラームのあれは、撃破したXを解析して無理矢理人類が使えるように搭載したものでしかなく、今見えたアレの方がオリジナル!

 

 一手遅れた!効くかどうかなんて、そもそもあんな超兵器を必要とする敵の時点で効くはず無いの一言で済んだ筈!

 そんな無駄な検証してる暇があったら、轟火の剣にとっとと頼るべきだった!

 

 始水!

 内心で叫ぶが、既にその行動が遅い。獅子頭の天使は、その左腕のみを頭から外すとおれへと向ける

 その掌の中には、これまた場違いな瞳を閉じた美しい少女の顔。良く見れば小指のように細い親指と小指だけは指先に更に五本の指が生えていて、指でありつつ腕でもある造形をしており、その腕が掌の美少女顔の前で祈るように組まれ……

 同時、鎌首をもたげて見下ろす蛇のように曲げられた残り三本指の先に青光が灯ったかと思うや、三条の光がおれの居る場所へと放たれる

 

 変身の隙もない!何とか恐らく敵と見なして襲われるだろう聖女を護るべくリリーナ嬢の方へと思いっきりバックステップで飛び下がり……

 

 「なっ!?」

 最初に大地に激突したビームがそのまま輝く青い結晶と化して残りの二本を吸収して輝き、そのまま二条の光を別々の方向へと解き放つ!

 そんな曲がりかたアリかよ!?と悪態をつくが対処の手段はない。放たれる光はおれとアナを狙って空を走り……

 

 「聖女様方!」

 突如として響いた声と共に突き飛ばされ、軌道が逸れる

 今の今まで何処にも居なかった筈の清流騎士団の兵士達。10人程の名前も知らない彼等が突如として現れ、おれ達を突き飛ばしていた

 

 そうか、アステールを隠すのにも使われていた聖域魔法!ずっと隠れて様子を見ていたのか!

 それが分かった瞬間、何とか光の軌道を逸れたおれの眼前で、彼等はビームに呑み込まれた

 

 「馬鹿野郎!何やってる!」

 護られる側が、どうして!?

 「希望の灯が消えれば、逃げても殺されるだけです」

 っ!奥歯を噛み締める

 「ですから、どうせ死ぬならば、灯を護って死んだ方が良い」

 ……おれ、は

 

 そうした者を、皆を、護るために……彼等に生かされてきて、皇族だと、権利を振りかざして……

 

 光を浴びた彼等が溶けていく。体の端から石となり、それが塵となって消えていく。背後の家も何もかも同じように、存在を赦さぬとでも言うかのように、全て塵に還されてゆく

 「聖女様を、皆の未来を、ど……う、」

 言葉すら言いきれずに、全ては最初から無かったかのように塵の彼方に消し飛ぶ。この場に彼等の存在を残すものはただ、記憶のみ

 銀の髪の少女の伸ばした手も何も届かず、彼等は虚空に消えた

 

 「デュランダルぅぅぅっ!」

 やりきれない想いと共に全身全霊で叫ぶ。情けないという気持ちも、頼ってばかりな自分への失望も、何もかも燃やしてただ手を伸ばす

 護り抜くんだ。せめて、彼等が命をかけて祈った大事なものの事だけでも!制限も何も、知ったことか!

 

 「吠え猛れ!帝国の剣!不滅にして不敗!轟くは勝利の凱歌!」

 『不滅不敗の轟剣(デュランダル)!』

 「魔神!」

 『剣帝!』

 「『スカーレットゼノン!』」

 何時ものちょっと大袈裟なポーズを抜きにした、最速の召喚。眼前に現れる赤金の轟剣を掴み、身体を燃やして焔を纏う

 痛みも何も、彼等の心に比べればそよ風に同じ!

 

 が

 そんなおれを気にも止めず、異形の天使はその腕をくるくると周囲に回して何かを探ると……そのまま白い翼を羽ばたかせて宙に浮かぶ

 空からまたあのビームを、と一瞬思うが、そのままおれを飛び越えて何処かへと……

 

 っ!あいつ!

 「愚者。文明の否定を優先か」

 呟くイケオジの言葉も耳に入らない

 

 「……何事か」

 「街から逃げた人々の居場所だ!」

 事情を知らないだろうロダ兄に、たった一言で説明がつく。あの異形の天使は、おれ達を無視して弱くて殺しやすい人間が沢山居る場所を襲う気なのだ

 

 「度しがたい愚物。文明否定がそれほど重要か」

 より多くの人間を狩る本能に従っているって話か!愚物というよりは、おぞましい怪物だろうそれは!

 

 それを追うか、或いは……召喚者を先に倒すか!

 燐光を纏い空を行く天使が風に揺られる

 ゼルフィードだ。ガイストがかの天使の前に立つ

 ギロリと目が光り、天使が軌道を変える

 

 「愚者」

 ああ、だからか。だからAGXと呼ばれるのは人の姿をしている。有人の人々の造り上げた文明(機械)、それが、あの異形の天使Xにとって何よりも優先して否定すべき存在となるから!だから、彼等は己を盾に弱き者を護るために、優先して狙われるように人の姿を取った!機動力だけなら戦闘機等の方が有利だろうに、おれ達皇族のような想いで!

 それはゼルフィードも同じ!人の護り神たれと人の姿をしたゴーレムだから、ガイストと共に優先して標的となる!

 

 「ガイスト!」

 「四天王消失!」

 「……彼はヤバイ!とりあえず倒そうとせず生き残ることを!」

 短いやり取り。厨二っぽい言い回しという仮面すら被れない彼にアドバイスして、彼から掛けてくれた通信を即座に打ち切る

 

 AGXの祈りを愚弄してるとしか思えないユーゴ達へ怒りは湧くが、今は、今だけは関係ない!

 

 「叫べ!轟剣!」

 金の焔を身に纏う

 「奥義!」

 そしてそのまま、轟剣を振りかざし

 「絶星灰刃!」

 

 精霊障壁ごと、夜行なる魔神を討つ!

 「激!龍!」

 が、その寸前、今一度小槌が振られる

 

 「唄え唄えセレナーデ。魂の小夜曲にて、安寧の眠りを」

 突如現れるのは、唄う少女。純白の羽を纏い、鎖の光輪を頭にかざし……されど異形の一切の無い、柔らかな夜色のショートボブの幼い女の子

 その歌声が響いた瞬間

 

 「衝ォォォッ!」

 「無駄だ」

 焔の消えたおれの手は、ただ虚空だけを握り締めていた

 

 強制解除だと!?

 困惑すらロクロクさせては貰えない。無防備となったおれの腹を、鵺だか何だかだろう獣の脚で夜行が蹴り飛ばす

 

 「んがはっ!」

 宙を舞うおれの左肩から、魂で接合されているから意図せず外れる筈の無い翼のマントが地面に滑り落ちた

 

 ……始水!

 『……わた、の、加護……剥が……

 兄さ……そち……注……』

 聞こえるのは途切れ途切れの焦り声。だが、向こうに何かあった訳じゃなさげでそこだけは一安心。

 

 吹き飛んだおれの体は、屍を纏う魔神狼の屍肉から突き出す八本の骸骨の腕によって四肢の動きを封じる形で抱き止められた

 

 「……っ!」

 「奪いし翼」

 男がカラドリウスの翼を拾い上げようと身を屈める

 「穢れた手で触れるな」

 が、おれの影から飛び出したテネーブル(シロノワール)が翼を掴んで人型となり、間一髪それを防ぐ

 

 「……成程」

 くつくつと含み笑いを浮かべる男魔神夜行

 「姫様。貴女を救った」

 「救ってない」

 「ならば、貴女は我がものだ」

 ……いや違うだろ!

 

 「随分と勝手なことを!」

 吼えるのはロダキーニャ、それに頷くリリーナ嬢

 

 が、駄目だ。あいつは……駄目だ

 「夜恋曲(セレナーデ)。頭を垂れ裸の魂を」

 小槌が振るわれる

 

 全てを無理矢理解除したあの力か!

 響き渡る歌が周囲を振るわせ……

 

 「んぐっ!?」

 「あきゃっ!?」

 ぷつりと糸が切れたように、エッケハルトとリリーナ嬢の体が傾ぐ

 「え、きゃっ!?」

 アナの腕が輝き、腕輪が弾き飛ばされるや何処かへと姿を消す

 『「……き、気持ち悪いんじゃよ……」』

 アウィルも地面を向いてふらふらとしており、頼りには出来そうもない

 

 「っ!そう来るとは、意外にして想定外!」

 フォローすべく白桃の青年が四体に分身した瞬間、そのアバター達も掻き消え……

 「……仕方がない!」

 切り札にしたいのか使わないようにしていた槍から青い精霊障壁を展開してシロノワールが響き渡る音波を防ぐ

 

 が、それだけに留まらず、周囲を取り囲み隙を伺う死霊達すら形を喪って無に還る。アルヴィナの纏う屍の衣も大半が崩れ消えてゆく

 

 ちょっと待て。アナの腕輪って正規所有だろ?それすら引き剥がせるのかよアレ!?

 

 「……終演だ」

 静かに槌を胸元に当て、夜行が告げる

 が、その瞬間

 

 「ぎゃうーっ!」

 アルヴィナが悲鳴をあげて首を振り乱す

 その背に、轟雷と共に蒼き一本の刃が突き刺さっていた

 

 ……っ!月花迅雷!ということは!

 「風王剣!エクス・S(シルフィード)・カリバァァァッ!」

 轟音と共に天を舞う鋼の隼が一気に上空を駆け抜けるや、そこから小さな一つの影が見える

 その男の手にある蒼き結晶剣がほどけて渦を巻き、天空でゼルフィードを追う異形の天使を捉えるや両断、そのまま影はおれの眼前に石畳を派手に砕きながら降り立った

 

 「……竪神!」

 「すまない!遅れた!」



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セレナーデ、或いは見えぬ光明

「……竪神、頼勇!」

 その存在に黒い目を見開く魔神夜行

 

 その隙に実は全然力を込めて拘束していないアルヴィナの骸骨腕を振り払って脱出、案外痛そうに身を振るわせているのでそのまま背に駆け上がって愛刀を回収する

 ……恐らく、HXSから射出したのだろう。ざっくりと突き刺さった刀身は屍の幾重もの層を貫通し、本体に届いている

 

 ……蒼い刀身が見えてる時点で分かっていたが、鞘無いなこいつ

 「竪神、鞘は?」

 「すまない、作れなかった!」

 「案外鞘の構造って分かりにくいものな!」

 ああ、実は二重構造とか外から見たら分からないし作れなかったならしょうがないな!いや抜刀術的には困るし、当然迅雷抜翔断も撃てなくなるんだが、言っても今更!月花迅雷が無いよりは余程良い!

 

 歌姫天使……幼い外見をしたセレナーデと呼ばれた彼女の歌は未だに続いている。が、それを受けても月花迅雷は微動だにしない

 あくまでも、すべての武器などを吹き飛ばすのではなく、魂に作用する……言ってしまえば超強い雪那月華閃に近い性質だとすれば、それもまあ理解できる。月花迅雷そのものには魂が何だの繋がりは無い。誰でも使える第三世代神器だから、逆に歌の効果を受けない!

 

 「竪神、歌には気を付けてくれよ

 恐らくはレリックハートの繋がりすら断ち切る!」

 「何でもありか、そいつは!」

 「何でもありだ!」

 おれの言葉と共に、奥歯を噛んで修繕した青金の結晶剣を盾のように剣の腹を見せて構える頼勇

 おれは握ったことも無いから知らないが、シロノワールと話しているのを見るにある程度ユーゴが使ってきたアレと同じ能力を使えるだけ修復出来たようだ

 

 「……ほう、狼一号か!」

 「私はそんな野性的な気はないが」

 「だが犬ではない!」

 ……アバターの割に案外元気だなこいつ!?と耐えきったロダ兄を見て思うが、それはそれだ 

 

 「……彼は」

 「ロダキーニャ・ルパン、そこのワンちゃん一号の御主人様にして、悲しみを人より奪うもの」

 「味方と思っておこう」

 「そう、その通り!」

 ……これで分かり合える辺り、やっぱり覚悟決めきった攻略対象って凄いな

 

 って、そんな訳はない。何なんだ彼はと頼勇の精悍な茶色い目が訴えてきている

 見た通りとしか言えないのが困りものだ

 

 「味方か」

 「英雄だ」

 「……あまりちょうど良いフォローは期待しないでくれ」

 「上等!合わせてやろうじゃないか」

 さりげなくぶっ倒れたリリーナ嬢等を庇うように射線を遮って月花迅雷を中段に構え、二人の攻略対象を両脇に相手を見据える

 

 「……どうする、皇子」

 「LI-OHは無しだ。恐らくレリックハートが剥がされる以上、エクスカリバーで戦うほうが安全」

 ……だが、待て

 

 少女天使セレナーデを観察すれば……

 やはりだ。此方を見てすらいない

 「俺様との縁は嫌か?」

 という声と共に確認のために撃たれる弾丸だが、当然ながら精霊障壁に阻まれ届くことはない

 

 見上げているのは空。いや、頼勇が降り立つ際にすれ違いざまにぶった斬って倒したあの異形の天使のような者が現れないか空で警戒を続けるゼルフィードの姿のみ

 

 楽しげに、嬉しげに、それでも少しの寂しさを乗せた夜恋曲(セレナーデ)、恋の歌。任せろとアナの前に陣取るシロノワールも回収した槍から障壁を構えており、アバターなロダ兄も長時間耐えられないのか頼勇の背後気味に立ってエクスカリバーを盾にしている

 おれには何も影響がないが……

 

 『嘆きの解放、魂の詩!』

 少し余裕の戻ったガイストの言葉に安堵する。そうだな、ゼルフィードってガイストの魂に干渉してるとかそんなんじゃなく、ただ扱い方を伝えているのがガルゲニア公爵家ってだけだからな!

 ガイストとゼルフィードにはこの歌の影響は0!混じりっ気無し(いや魂に作用する特殊能力持ってるだけで、ロダ兄や頼勇もそうなんだが)の攻略対象だからこそ、どうやら後天的な魂のあれこれを引き剥がすあの歌を受けない

 

 ……ん?となると、真性異言(ゼノグラシア)なおれ、本来は転生した魂側が弾かれてリリーナ嬢みたいに意識飛ばないか?

 まあ良いか、耐えられる分には助かるだけだ

 

 「犬ころ、何処に消えた?」

 と、ロダ兄が左右で色の違う瞳で周囲を見回す

 ……居ない。忽然とアルヴィナが姿を消していて…… 

  

 「ぐっ!」

 左手を噛まれた!そこにいるのか!

 ……が、姿は見えない

 

 ……虚空を凝視するおれに対し、噛み付いた見えない何かは不満げに恐らくは舌だろう濡れた感触で暫し左手の指をペロペロと舐め回し……

 

 「あ、ぐがぁっ!?」

 そうか、これが前にアルヴィナが見せた力、眼前に居ても気が付けないという……

 何で今はおれにも効いて

 

 と、思い出すのは今のおれとしての始まりの道化の言葉。『地獄の業火』

 あの言葉、記憶をそのまま持つことを皮肉った言葉……な気がする。嘘は一つだけと言ったが、その嘘が何だったかは彼は結局言わなかった

 そして、始水が龍姫な以上、『転生させるのなんて誰でも良かった』こそが嘘だろう。なら、地獄の業火とは本当な筈で、実際記憶があるからの苦悩はおれの中にある

 

 ……ああ、アルヴィナの記憶を欠落させる力が効かなかったのは道化の加護で、今のおれはそれがないから記憶が見た端から欠落しているのでアルヴィナを認識できないというカラクリか

 

 って噛むな噛むなアルヴィナ!?

 と、おれの左手、囓り取られた指から呪いの青炎(アルヴィナが浮かべている人魂のようなそれ)が燃え上がり……

 一気にそれは手首まで拡がると肉が腐り落ちて骨格を顕にさせたかと思うと、接合を喪ってぽろりと落ちる

 

 「皇子さま!」

 悲痛な声が耳を打ち、漸く事態を理解する

 何とか出来ないかと膝を折って意識の無いリリーナ嬢に向けて回復魔法をかけていたアナが、地面に落ちたおれの左手の骨を泣きそうな顔で見つめていた

 

 ……手首から先がない。そして、地に落ちたおれの手だった骨には、見ず知らずの青い結晶が所々に生えていて……

 「屍の皇女ぉぉぉっ!」 

 出来れば説明してくれアルヴィナ!?魔法耐性が無いせいで、おれが気が付かないうちにセレナーデの力なのか何なのか左手に変なもの埋め込まれてるってさ!?

 

 更に見えない何かに優しく腹を蹴られ……地を蹴って派手に吹っ飛ぶ

 その隙に、右手の愛刀をひったくられた

 

 が、良い。愛刀は大事だが、あったところで迅雷抜翔断でしか精霊障壁は抜けない。そして今のおれには撃てないから、夜行相手に言い訳に使うくらいの役にしか立ててやれない

 「皇子、無事か」

 「あまり無事じゃないが……」

 

 夜行なる魔神を突破する手段が上手く思い付かない。エクスカリバー、そして多分グングニル辺りの名前のついたシロノワールの槍。二つほど精霊障壁を貫く方法はあるが、セレナーデの力が未知数

 それを知れなければ、守りを捨てて打って出るしかない以上返り討ちにされるのはおれ達だ

 

 唯一の救いは……ただ歌い続けるセレナーデなる少女天使。おれ達を見てすらいないし、攻撃してくる様子もない。ただただ、魂を解放する歌を気ままに歌うのみ

 

 「夜行」

 「姫様」

 「ボクの死霊、消さないでほしい」

 不意に視界に映り直すのは誇らしげに口に蒼刃を咥える屍狼の姿

 

 「文句、無能天使に」

 「無能?」

 「脅威と認識していないから、敵対行動を取ってくれない」

 

 夜行の言葉に、不可解なセレナーデの行動を理解する。敵とすら思われてなかったから歌ってるだけだったのか

 「だが!」

 「竪神、待て!」

 「相手は異形ではなく、敵意を持たないならば、今のうちに……」

 叫ぶ青年の額には小さな汗

 

 珍しく焦りを浮かべている頼勇を、それでもおれは制する

 「違う、竪神

 神は自分に似せて人を創った」

 「……皇子?」

 「日本という国の、いや地球という世界の、『天使が出てくる創世を語る』聖書の一節だ

 つまり、人に近い姿の天使ほど、神に似た外見をしているということ」

 恐らく、だからあの獅子頭の天使も掌の中に美少女顔があった。あそこだけが、神に近い意匠をしていたのだ

 

 「だから、下位の天使の方が神に似ているなんて有り得ない。無力に見えるセレナーデの方がさっきの異形より数段高位で凶悪な性能、仕掛けたら殺されるのは此方だ!」

 「……愚考」

 その通りだ。それが分かって何になる

 

 ただ、アガートラームの時と同じってことを認識できるだけ。勝てないしちょっかいかけたら終わりな化け物を、如何に刺激せず夜行を倒せるかって話だ。最初から何も進展がない!

 

 「……面倒な」

 しゃん、と更に振られる小槌。連続して振ってこない辺り、クールタイムか何かあるのだろう。その隙を突ければ良いが、まだ情報不足

 

 そして落ちてくるのは、さっき頼勇が切り裂いたのと同一の姿の天使Xが二体。やはりというか、本気でただの量産型下位天使だったのだろう

 

 「……勝ち目、あると思うか?」

 「無ければ作る、縁も勝利も同じ事!」

 「言えてるな!」




ちなみにですが、次々回で一気にひっくり返します。それまで結構暗いですがどうかお付き合い下さい。
次々回予告(ネタバレかつ結構緊張感台無しなので読み飛ばしてくれても大丈夫です)















貫く光、止まらぬ夜恋曲(セレナーデ)。敵とすら思われず、仇敵は遥か事象の地平の彼方。
天使が貫く光が炎を拭い去った筈のその時、最後の切り札は目を覚ます。

「禍幽怒」

「……そうだな。力を振りかざせば祈りはただのエゴだろう。だが、それで良い。エゴイストだとも、私は。護りたいというのも、何もかも欲望でエゴ。それは悪いこではない!」

『ならば、捩じ伏せて手懐けてみろ、荒れ狂う未知の力……太古から受け継がれてきた命の奔流を!』

「これが、ジェネシック・ティアラー!託された最後の手段!」

「父さん、エッケハルト!行くぞ!」

次々回、蒼き鬣の攻略対象(スーパーヒーロー)『焔誕、Genesis-Jurassic TEARER』

「レヴ……システムだと!?」
「「ジェネシック・フュージョン!GJ(ジェネシック)-T・L(ライオ)E(エヴォリュート)X(クロス)!」」

(注:今章が竪神編なので目立っているだけで、主人公は変わりません)


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血華、或いは投降

「……どう攻める?」

 「どう攻めろと?」

 静かにおれに問い掛ける頼勇相手に首を竦めて返す

 

 「まずは、皇子の武器を」

 「いや、あったとしても今のおれでは意味がない。向こうが気分良く遊んでくれているなら、遊ばせておく!」

 「だが、そのまま奪われたら……」

 

 その言葉をはっ!と笑い飛ばす 

 「恋人を殺された相手が、逃げ帰るかよ!」

 まあ、そもそも味方なんだがな!端から見れば攻撃な左手を腐らせたのも、ちょっと過激ながら知らなかったフリでおれをセレナーデから護るためだ。だからおれの指の骨を口の中で飴玉みたいに転がして舐めるのも……

 いや、指を食べたいから欲しかっただけじゃないよな流石に?

 

 「……相も変わらず、役に立たない」

 夜行の言う通り、呼び出されたXはまた、空を見上げる

 敵視してこない歌姫天使はこの場に留まっているが、直ぐに彼等はやはりおれ達を放って空へと身を踊らせた

 狙うは空のゼルフィード。人の姿をし、人の魂と共にある文明の巨人

 

 再度彼等の腕に光が灯り……

 

 「くっ!L!I!O!H!

 ライッ!オォォォウ!」

 咄嗟の判断。頼勇が鬣の巨神を招来するが……それで勝てる筈もない

 

 が、意味はあった。真っ直ぐにゼルフィードを狙う二体の異形の天使のうち片方が、ゼルフィードと同等の狙うべき敵の存在を関知して頼勇へと向き直り、溜めていたビームを解き放つ

 

 「……すまない、LI-OH」

 緑光と共に、一瞬で胸元の装甲が融解して消滅、コクピットが剥き出しとなった巨神の姿が消えて行く。まさに知っていたとしか言い様のないワンパンだ。中の頼勇もエクスカリバーで精霊障壁を貼らねばそのまま一緒に消し飛んでいたろう

 

 が、そうしなければ、消し飛んでいたのはゼルフィードだ。二体から同時にあんな曲がるビームを撃たれて避けきれるかというと無理だ

 

 「すまない、竪神」

 「いや、仕方の無い事だが……

 やはり、機械の巨神を優先的に狙うか」

 少しだけ悔しげな青年が宙から落ちてくる

 「ならば、彼……アルトマン辺境伯にも」 

 「残念ながら昏睡中だ」

 エッケハルトは何でもそこそこ出来るからな。その才能で有人ゴーレムを作れば良い囮役が出来るんだが……意識がないなら言ってられないし、そもそも一歩間違えば即死する囮なんて本人が嫌がるだろうから無理だ

 その点頼勇は躊躇無く己の機神を使い護りに入ってくれるんだが……そんな受け身な事に切り札を切ってしまったのが痛い

 

 「クソ、せめてLIO-HXさえ」

 「いや、恐らくはアイリス殿下がこの歌の中では持たない」

 唇を噛む。そりゃそうだ。遠隔操作ならゴーレムとの繋がりだって絶たれるかもしれないし、そもそもHXSで頼勇を運ぶためにかなりの時間全力で飛ばさせたろう。それ以上はアイリスに無理をさせ過ぎだ

 

 「シロノワール!」

 「私に頼るな!そもそも槍で防御しなければ私自身がどうなるか」

 キレ気味に影から戻ってきた魔神王もまた、何時もの余裕はない

 夜行相手ならば、アルヴィナへと変な欲を向けているからまともに戦ってくれるだろう。その上でこれなのだから、多分嘘じゃない

 

 「隙を」

 「作れれば、幾らでも戦ってやろう

 まずは隙を産め」

 ごもっとも!そもそも頼勇もそうだが、自身を護るために唯二の切り札を防御に使わなければならない時点で手詰まりなのだ

 

 せめて迅雷抜翔断が撃てるか、或いは轟火の剣が呼べれば話は変わるんだが……

 

 「畜生!」

 歯噛みしても何一つ変わらない。そんなおれを見下す魔神と、見下ろす魔神

 

 始水!

 呼んでも神様な幼馴染の声は返ってこない。神頼みすら不可能

 

 「……分かった、おれの負けだ」

 暫くして、おれは肩を竦めてそう告げた

 最後の手段だ。アルヴィナの温情に賭ける。最低極まるが、おれが負けを認めることでアルヴィナが夜行を止めてくれる大義名分が作れる可能性、これしかない

 

 ゼルフィードのお陰で人々は襲われないが、その分ガイストの精神は削られまくるだろう。もう長くは持たない

 リリーナ嬢とエッケハルトは昏睡して、目覚める気配はなし。アナも腕輪が消えて普通の女の子になった

 

 そして、遠くから響く蹄の音。アミュとノア姫だろう。いざという時に転移で助けてくれる気なんだろうが、今全員で逃げる訳にはいかない。そんな事したら、逃げた民があのXなる天使に皆殺しにされる。せめてリリーナ嬢とアナだけ護る為に転移させるくらいか

 そうして護って、どこまで意味があるかは分からないが……

 

 静かにアルヴィナはおれの言葉を聞き続ける

 「お前が殺したいのはおれなんだろう、屍の皇女。分かった、勝てない

 だから、おれの首で多少見逃せ」

 残った予備の刀を、あっても無くても変わらないからぽいと地面に放り出して、おれは空の右手を振った

 

 「皇子!」

 「止めときな、狼一号」

 「何も私も皇子も知らないだろう君に言われる事では」

 そんなおれを止めようとする頼勇と、彼の肩に手を置いて制するロダ兄

 

 うん、やっぱりアバター状態は完璧過ぎだな、煩い以外は

 「俺様は何も知らない。だが、俺様を呼んだワンちゃんが必死に足掻く一条の光を信じる事くらいは出来るぜ?

 やることは、邪魔じゃなくて、サインを見逃さないことってこった」

 「本当に策があれば、の話だが」

 言いながら、頼勇はなりふり構わず振るか迷うように一度掲げた蒼金の結晶剣を中段に構え直した

 

 「ま、そりゃワンちゃん達を信じる以外無いって事よ」

 「……ああ」

 小さなすれ違いを産みながらも、頼勇は事態を見守るように戻る

 

 「……分かった」

 少し悩む素振りの末に、屍狼はおれの宣言を受け入れる

 

 「駄目です、皇子さ……」

 ギロリと睨む強い瞳に気圧されたように、アナが黙り込む

 「夜行、聞いた?」

 「我が力による勝利」

 その通りだが神経を逆撫でする勝利宣言

 

 基本的にユーゴ&アガートラーム級の防壁貼りながら圧倒的な火力を出せる化け物じゃなければ、魂に後天的に繋がる神器も何も無しで精霊障壁を貫くのは厳しい。特に、おれ達となると防御を重視せず打って出られる中では迅雷抜翔断しか無かった

 恐らくだが、シャーフヴォルならATLUSの召喚を解除され、ルートヴィヒでもスコールを消されて瞬殺されていたろう。円卓の彼等でも相性的に勝てない事が多いような真性異言を相手にする可能性への考慮を、絶対に使えなければならない切り札の確保と温存を怠った

 

 あの少女天使に迅雷抜翔断で傷をつけ歌を止めさせた隙に何とかして夜行を二度殺せば勝てた可能性はある。ユーゴ相手より当初の手持ちで勝ち筋がたった一個だけでもあった分状況としてはマシだったのに、掴めなかった

 

 「……そう」

 「心に、刻むことを」

 馴れ馴れしく狼の首を撫でる男と、それを嫌がるように身を捩らせる魔神の皇女

 「……消して」

 「しかし」

 「処刑はボクが決める。言うことを聞かずに勝手に好き勝手暴れて、ボクが直接殺して死霊にしたい相手や苦しめて最後に殺す相手を先に殺されたら困る」

 ……ああ、そう言ってくれる事に賭けるしか無かった。それでセレナーデが消えた瞬間、シロノワールが槍を叩き込むとかそんな不意討ちしかもう手がない

 

 が、消し去ったのはセレナーデ以外の二体だけ。一番の敵はそのまま歌い続ける

 それではあまり意味がない!クソ、流石に無警戒にはなってくれないか!

 「では、姫様。まずは馬鹿を」

 「最後。思い付く限りの苦しみと後悔の後

 あと、歌が邪魔」

 言いながらも、やはり何もしなければ怪しすぎるので屍を纏う巨躯がおれにゆっくりと近付いてくる。初見に比べれば大分細身だ。まともにやりあっていないから、大半夜行というかセレナーデが歌の力で吹き飛ばしてるっていうのが、何とも言えないが……

 

 そうして、おれの眼前まで来ると、不意にその姿が崩れる

 中から現れるのは、見慣れた人型のアルヴィナ。宣戦布告の日に見た黒いドレス姿よりほんの少しめかしこみ、胸元がもう少し空いて少しだけ起伏のある曲線を描く胸元から生えた花のような結晶体を見せ付けたよそ行きの皇女姿。その両手には、しっかりと抜き身の透き通った蒼い刃を持つ刀が握られていて……

 崩れた屍の衣が巨大な腕となっておれを握り、そうして十字架へと変貌して吊るす

 「ボクの婚約者は本来の姿になれずに殺された

 だから、あの姿じゃなく、よわっちい此方のボクに殺される不名誉をあげる」

 って言うが、やはり瞳に殺意は全く無い。単に人間体になりたかっただけのようだ

 

 残ってるあの斧が背に当たる部分の骨に埋まっていて……痛くないな、全く

 刃溢れ一つ無い刃なのに、全く切れない

 

 ……これ、まさか!?だから原作でも一切情報の無い行方不明扱いだったのか!?

 だが、夜恋曲(セレナーデ)下では意味がないし、何ならそれが無くともおれが担う事なんて不可能だ

 

 ってかおれのアホ!切り落とした巨大竜の腕に貫かれた死骸とその手に残る斧なんて明らかにアレだってのに!

 何とかして担い手を見付けられれば、ワンチャンセレナーデが出てくる前に決着をつけられた!

 

 言っても始まらないミスに、動かせなくなった体を揺する

 「動くな。動くと痛みが走る」

 と、アルヴィナが精一杯冷たそうに告げた

 「警告など」

 「違う、夜行。それが分かっていたとしても目の前で死んでいく者達に苦悩して体をふるわせ、痛め付けられる姿を見たいだけ」

 

 言いながら、アルヴィナは……おれの脇腹に、蒼き愛刀を突き立てた

 あまり痛くはない。こそっと急所にならないように、計算して臓器の隙間を貫いてくる。ゲーム風に言えば、クリティカル出さないようにしてくる感じ

 

 「本当は、こんなつまらない勝ち方したくなかった」

 「……ええ」

 けれどもやはり邪魔と言われてもセレナーデを消さず、夜行はニヤリと笑いを浮かべる

 

 「セレナーデ!」

 その瞬間、男魔神が小槌を振り……

 歌が途切れた瞬間、祈るように手を合わせた幼い少女天使の、歌うために開かれた口に小さな光が産まれる

 

 「ノア姫ぇぇっ!」

 刹那、今やらなきゃいけないという思いにかられて叫ぶ。十字架がびりびりとおれを苛むが、気にしてられるか!

 「……聖女が死ねば、人類の勝ちは無い

 自己犠牲でこっそり残そうとした希望が潰える様を」

 「聖女は護るさ、私にとっても必要だからな」

 放たれる光。異形の天使達のものと同質のビームが、一直線にアナとリリーナ嬢を狙って迸る

 その眼前に立つのはシロノワールと頼勇。セレナーデ相手には一人の障壁では足りないと思ったのだろう、二つの円卓からパクった対X兵器の武器を重ね、二重の精霊障壁がビームを防ぐが……

 

 押されてる!?やはりX以上の火力してるか!

 だが、別に良い!

 「エルフ使いが、荒いのよアナタ!」

 口ではそう言いながらも怒りより任せなさいと言いたげな表情で、愛馬と共に隠れていたエルフの姫が駆け付ける

 そして、狙われた者を連れて……

 

 「……皇子さまを、見棄てたくないです!」

 銀の髪の少女に手を振り払われ、意識の無いリリーナ嬢と二人でその姿は転移して消えた

 もう何かお馴染みな故郷転移。これでそうそう、リリーナ嬢に手出しは出来ない!

 

 「……逃がしたか」

 頼勇が剣を支えに膝を付き、最後にシロノワールがアナの手を掴んで空へと逃げて、何とか被害なくビームをやり過ごす

 が、そう残念そうでもなく夜行は呟く

 「チェックメイト。聖女が死ねば終わりだったが……」

 

 見つけた、一つの隙

 が、昔のおれのように小説版を知らないからアナを聖女と認識していないというそれは、今必要な隙ではない

 「姫様、所詮奴はお花畑と」

 「桃色は馬鹿。間違いない」

 言われてるぞリリーナ嬢

 

 「ならば……」

 その瞬間、誰も動けなかった。唯一動ける魔神王も、アナを護るべく離れていたから

 

 貫く二度目の閃光は、ちょっと忘れ去られ気味であった炎髪の青年の胸を抉り、大輪の血の花すら咲かせず最初から何もそこにはなかったかのように、大きな穴を空けていた

 

 「真性異言(ゼノグラシア)、攻略対象。未来を知り動かす者が消えれば、後は烏合の衆」

 「……っ!エッケハルトぉぉっ!」



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異伝 焔誕、Genesis-Jurassic TEARER

「アルトマン辺境伯!」 

 エクスカリバーなる剣を支えに何とか倒れそうな体を支え、私は叫ぶ

 

 最優先で護らなければならないのは、この世界の未来を担う予言の聖女。その判断は決して間違ってはいないだろう。個人的にはアイリス殿下の為にもゼノ皇子も同程度の保護対象にしたいが、それは彼の性格的にも、聖女という存在の重要性的にも無理がある

 彼女等を喪えば、眼前の仇敵である屍の皇女(アルヴィナ)といった魔神の脅威を打ち払う術は無くなる。理屈は解らないが、聖女の力無くしては勝利はないという事は理解できる

 

 しかし、だからといって彼のような聖女ではない人間ならば喪って良いかといえば、勿論のことそうではない

 

 どうすれば良い。神頼みでも何でも良い、闇を打ち払い、夜行なる魔神とあの屍の皇女の脅威を退ける術があれば!

 

 「……あ、」

 私が駆け付けた時には既に意識がなかった青年の体から、力が抜ける。軽く握られていた手がだらんと垂れ下がる

 その死に行く体の頭を掻き抱いて必死に魔法を紡ぐ銀髪聖女だが、魔法は弾かれていく。生きているものを治す水魔法は、死体には既に……

 

 「や、嫌です!

 ……腕輪の聖女さまって、なのに!何で……必要なときに、何にも……」

 響く涙声。関係性は解らずとも、悲鳴は伝わる。私の近くで少しだけ所在無さげに、白桃の髪の青年が唸った

 

 だが、それは私も同じだ。命を賭けて投降し、自分が殺されても仕方ない覚悟で皇子が動いた。そうして、今散々に屍の皇女に弄ばれている

 プライドも何もかも捨てて……というのは元々プライドの無い彼に言うには可笑しいが、そうやって紡ぐ小さな糸を、どう繋ぐ?

 

 その瞬間、私は光のない闇の中に居た

 心境がそうさせたのかと思ったが、そうではない。物理的な暗闇だろう。自分の体すらも見えない

 

 そんな中にぼうっと立つのは、今正に死んだはずの男、アルトマン辺境伯。魂だとでもいうのだろうか

 ……いや、違う

 「貴方は誰だ」

 纏う空気の差に、私はそうエッケハルト・アルトマンの姿をした何者かに問い掛けた

 

 「解るか、LI-OHを継ぐ者」

 その言葉は、答えだった

 「禍幽怒(まがゆうど)

 「あ、やはりそんな訛り方をして伝わっているのか」

 少年の姿をしたまま、何者かは笑う

 

 「何故、彼の姿を取る」

 「オレは言ってしまえば遠藤隼人の神、だからな。彼の魂を転生させたのはオレだ

 だから、その魂の消え果てる隙間に、こうしてたった一度だけ、まともに干渉できる

 ……死にかかけた時に突然ATLUSの制限解除とかやらかしてきた奴居るだろ?あれ……ほど好き勝手出来ないが、似たようなものだ」

 「やはり、彼は死んだのか」

 

 「……」

 無言を貫く禍幽怒が、不意にブレる

 アルトマン辺境伯の姿の中から、一人の男が生えてくる。顔の左を覆う仮面の男、その仮面は淡い緑光を漏らしていた

 

 「いや、知っているだろう?真性異言は二つの魂を持ち、死んでも蘇る」

 「え、俺死んだの!?」

 そうして、彼が抜けた後には、驚愕の表情を浮かべる何時ものエッケハルト・アルトマンが残った

 

 「一度な」

 「うわぁ……って、お前がユートピアか!」

 くわっ!と目を見開くエッケハルト……いや、恐らくは転生者たる遠藤隼人

 

 「ああ、オレの名はユートピア、精霊真王ユートピア。人は禍幽怒、或いは墓標の精霊王とオレを呼ぶ」

 「せい、れい……」

 「鎮魂歌(レクイエム)、ともな」

 その言葉に、びくりと私は身を震わせる

 

 「貴方は」

 「ああ、お前等が見たセレナーデ等、Xの親玉さ、今はな

 ……って、セレナーデはオレが倒した筈なんだが、本当に好き勝手してやがる」

 自嘲気味に告げる男の仮面が、寂しげにラインを光らせる

 「しかし」

 その言葉に私は抗議する。それは有り得ない話にしか思えない

 

 竪神の家に伝わる彼の話や、彼の遺したライオウフレームとシステムL.I.O.H、そして彼の仮面の光を見れば……AGXなるあのXに対抗する為の力の側の存在にしか思えない。それが、Xなる化け物側だなど、不可思議な話だ

 「……黒幕相手に、相討ちに近い負け方をしてな

 ズタボロの神に無理矢理取り込まれ、オレが討った裁きの天使(せいれい)王の代用、新たな精霊の王になったんだよ

 オレの機体……アルトアイネス・シュテアネには、彼らに対抗するために精霊を解体しエンジンとして埋め込んでいたから、其処から辿られてな」

 「では」

 「……それでも何時か倒すさ。無限の墓を積み上げて、嘆きと祷りを焔と変えて

 世界を滅ぼせというならば滅ぼし墓標としよう。何時か、世界を滅ぼす神を討つために」

 

 その言葉に理解する。彼は……

 「ジェネシック・ダイライオウの設計図を贈ったのは」

 「アルトアイネスには時間を越えるタイムマシンを積んでいてな。オレのは既に半壊しているが……その中に最初からあったと誤魔化してデータを突っ込めば、何とか奴の機体の中にもデータを生やせる」

 何という強引な手

 

 「ってか、何で俺!?

 あと、何で俺の転生先ゼノじゃ無かったんだよ!あんなん勝てるわけ無いだろ!アナちゃんとイチャイチャさせてくれよ!」

 ……いやそこなのか辺境伯!?

 「七色の才覚を欲しいと言ってくれる人材だからだ。後、おにーたんに手を出したらオレが龍姫に殺しに来られる」

 龍姫。この世界の神の割に変な話だが……

 

 「禍幽怒、いやユートピア」

 「……どうかしたか?」

 「私達に、力を貸してくれるのか」

 その言葉に、男は私と同じような機械の左腕を鳴らして答えた

 「貸してるさ。七大天とはオレも縁がある」

 「そうではなく、今を打破する力を」

 「……当然だ。その為の、七色の才覚」

 そんな言葉に首を傾げるのは、焔髪の青年

 

 「いや、どうやってそれで勝てってんだよ!?」

 「勝てるさ。魂の器の在り方を自由に様々な型に変貌させ、肉体をそれに合わせる力、それが七色の才覚だ

 オレがこの世界に不時着した際に出来た、誰も辿り着けない筈のオレに近い異世界の魂のカタチに、切り札を置いてきた

 これが限界だ。オレが神に近い存在にされてなければ、いっそ今一度アルトアイネスと共に直接乗り込んで助けてやれたんだが、神は殆ど干渉出来ないのが七大天の理だからな」

 

 小さく、彼は左手で仮面に触れる

 「魂が消えかけるたった一度のみ、オレの手が届く。本来この介入はもう少し後の切り札にしたかったが……」

 「いや、使わなきゃ死ぬんだろ?」

 「ああ、死ぬ」

 

 そうして、男は私を見据える。アルトマンではなく

 「だが、だLI-OHを継ぐ者。私の託すものはとてつもない力だ」

 静かに聞き続ける

 

 「ジェネシック・ティアラー。正式に言えば、Genesis-Jurassic TEARER。荒れ狂う暴君の力」

 それは、アイリス殿下と共に見た設計図にある一つの機体の名

 

 「オレだって従えたというよりは捩じ伏せた、暴走する恐ろしいまでの力だ。それを……AGX-ANC13以降に匹敵するというか、そのものを得て、お前は何をする?」

 静かな問いが耳を打つ

 「振りかざすか?彼らと同じく恐怖で欲しいものを手にするか?

 それとも、力に呑まれるか?そうなれば、祷りはただのエゴとなる」

 ……あまりにも、恐ろしい力だ。だが、理解できる。アイリス殿下と共に訳の解らないシステムに頭を悩ませてきたが……それが、あのアガートラームに搭載されていたろうナニかである事だけは解っていたのだから

 

 それでも、私の言葉は変わらない

 「……そうだな。力を振りかざせば祈りはただのエゴだろう。だが、それで良い。エゴイストだとも、私は」

 実際に、もう私のような者を見たくないから、私は父の魂石と共に故郷を出た。それもエゴの一種だ。私はそれを知っている

 結局のところ、欲望とはどんなものでもエゴイズムだ。自分がそうありたいという願い。それが利己主義でない筈がない。ゼノ皇子のあれだって、彼自身はそうである事実を認識して自己嫌悪を抱いているが利己主義の一種

 

 「護りたいというのも、何もかも欲望でエゴ。それは悪いこではない!」

 「……それが答えか」

 「私の欲を、私は否定しない。間違った気はないし、間違えば殿下もゼノ皇子も居る。きっと止めてくれるさ」

 「良いだろう、オレと同じ答えだ」

 ニヤリ、と禍幽怒は口元を歪ませる

 

 「ならば、捩じ伏せて手懐けてみろ、荒れ狂う未知の力……太古から受け継がれてきた命の奔流を!」

 

 その瞬間、世界は元に戻る。ほんの一瞬しか、時間は経っていない

 そして……

 

 『叫べ、大地より迸る命の咆哮を!』

 父の魂石から、ユートピアの声が響く

 それに呼応するかのように、皇子を磔る十字架の一部が崩れ、そこに埋め込まれていた一本の斧が宙を舞う

 空中でバキバキと変形していくそれは、大きな刃とあまりにも太く指を入れる隙間すらある持ち手を持つ片手斧へと変貌し……レリックハート内から現れた紫色の装飾がされた鉄のメダルと共に、銀の聖女が抱き締める青年の亡骸に突き刺さる

 

 「豊撃の斧アイムール!?」

 業火と氷結。相反する二つが突然、胸の大穴から噴き上がる

 

 「危険だ」

 シロノワールというらしい、正直私は好きになれない八咫烏が聖女を亡骸から引き離したと思うや、大地の揺れと共に土砂と焔の中にその亡骸は消えた

 そうして、焔が凍り付き……砕け散る

 その奥に眠っていたのは、私の見たこともないような化け物だった

 

 強靭かつ大きな後ろ足と、何のためにあるのか微妙に解らない小さな前足というアンバランスな四足に大きな尻尾を携えた、龍のような凶悪な顔つきをした巨大な怪物。白い素体に、濃い紫の装甲を纏う機械巨龍

 「ティ、ティラノサウルス!?

 何だあの恐竜」

 と、解説してくれる皇子。ティラノサウルスと言うのか、あの生物は

 

 『グォォォォォォァァッ!』

 赤い瞳を爛々と輝かせて首を高く振り上げ、アルトマン辺境伯である筈の機械恐竜?は咆哮をあげる

 

 「驚愕。だが……セレナーデ!」

 攻撃をさせられたせいか歌うのを止めていた少女天使が、呼ばれるや槌が振られる事もなく攻撃体勢に入る

 放たれるビームは……しかし、恐竜に当たる前に青い障壁に防がれた

 

 『グガァァァァォッ!』

 「……何!?」

 『Ahhhhhh!』

 指示すらなく、少女天使が翼をはためかせる。それはたった一つの事実を示していた

 

 私達全てを敵と思わなかったあのセレナーデにとって、眼前の機械ティラノサウルス……ジェネシック・ティアラーは明確に敵足り得る存在だということ

 「セレナーデが、勝手に?

 ま、まさか……レヴ・システムだと!?」



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覚醒、或いは守護者

「ジェネシック・ティアラー……」

 いや、でも何でだ!?思わず痛みが走ると知りながらも叫ぶおれ

 が、十字架は壊れたかのように、魔力を流して痛め付けてくることをしてこなかった

 

 「姫様?」

 「情報、持ってるなら吐かせる」

 あ、大義名分出来たから解除してくれたのか。少し余裕が出来たが……

 それでも、色々と解らない。エッケハルトが突然あんな姿に……オーウェンから託された設計図にあった機械装甲恐竜に変貌した理由も、何もかも

 

 そんなおれを、狼姿に戻ったアルヴィナが十字架ごと背負う。纏う姿には戻さず、割と小さな狼には重そうだが……

 「姫様?」

 「大丈夫。本人の刀で痺れてる。抵抗はほぼされない」

 「しかし」

 抗議せんとした魔神が、振り回されるティラノサウルスの巨大な尻尾に弾き飛ばされた少女天使に激突されて押し黙った

 

 『グゴガァァァッ!!』

 そのまま、エッケハルトだろう恐竜は雄叫びを挙げ……構わず口の両端から冷気と焔を噴き、その両の脚で大地を踏み締めて尾を振り回す

 既にセレナーデは近くに居ないというのに

 

 「きゃっ!?」

 フルスイングされた尾の一撃が近くの家の屋根をバラバラに砕きながら吹き飛ばす。その破片を浴びそうになって、アナが縮こまる

 「何やってるエッケハルト!?」

 あれはエッケハルト、その筈だ。だのに……

 『ゴァァァァァッ!』

 頼勇の左手の白石が貼ったバリアによって護られたアナを見据え、赤き瞳が吠え猛る。猛然と地を蹴って数百m跳躍し、車輪のように回転しながら周囲の大地に向けて尻尾を叩き付ける!

 

 明らかに可笑しい!幾らなんでも、アナを巻き込むような攻撃など、普通エッケハルトがやる筈がない!

 ドゴン!という轟音と共に地が揺れ、おれを背負うアルヴィナが踏ん張るのが解る

 

 おれが十字架に吊るされていた辺りが尻尾によってクレーターと化していた。連れ出されなければ、ぺしゃんこだったろう

 全ての攻撃を障壁で受け止めながら、機械恐竜は目につくもの全てを適当に粉砕してゆく。まるで溢れ出す力を抑えきれないようにがむしゃらに機械の体を振り回し、セレナーデと呼ばれた少女天使の一撃すらそこまで意に介さずに街を、全てを破壊する

 

 最早、誰が敵なのか解らなくなってきた。最強の破壊者が、護ろうとした街を焼き払い、打ち砕く中、おれは……

 

 「……殿下、迷惑かけてすまない!」

 そんな中、頼勇は瓦礫を浴びて煤けた顔で、今一度左腕を翳す

 「竪神、さん?」

 

 「来い!LI-OH!」

 その言葉と共に再度転送されてくるのは青き鬣の巨人。溶けた胸装甲は、アイリスが必死に何とかしたのかそれっぽい装甲が被せられて応急処置されている。が、明らかに安っぽいし獅子の頭の飾りもない。そう強度はないだろう

 「おうおう、随分と派手だが、勝機はあるのかい狼一号!」

 「ある!」

 鬣の機神は、静かに荒れ狂う未知の脅威を見詰めていた

 

 「何だと!?」

 「ジェネシック・ティアラー。確かに恐ろしい力だが……あれはLI-OHとの合体を前提として創られた存在の筈だ。ならば……」

 『ギャティィィラァァァッ!』

 牙を剥いた巨大なティラノサウルスが、少女天使の羽根を巨脚で踏みつけて地面に縫い付け、迸る冷気で固めたかと思うと焔を纏う牙で噛み砕く

 

 「X!」

 『ギャォォォッ!』

 夜行とて既に余裕はない。セレナーデと呼ばれた天使でも、あの暴君を止められないと見せ付けられたのだから槌を振るうが、荒れ狂う力は当然のように召喚されたXの纏う障壁を打ち砕き、牙と脚の爪、そして尻尾や……噴き上がる冷気と焔が滅茶苦茶にその存在を引き裂き消し去ってゆく

 

 そんな圧倒する力を相手に、それでも青年はしっかりとした声で希望を語った

 「出来るさ!合体だ!」

 いや、確かにあの設計図、LI-OHとジェネシック・ティアラーの合体図とかあったぞ?でもその通りの存在なのか分からないし、暴走してる今それが出来るという保証もない

 何より……

 

 「お前まで暴走するかもしれないだろ、竪神」

 「そうかもしれないな。それでも、一か八か最後の手段を試す時だ!皇子がさっきそうしたように!」

 その言葉に申し訳なくなり、アルヴィナに背負われたまま縮こまる

 おれはアルヴィナが味方と知っていたからあんな賭けが出来ただけだ。頼勇のように本当に勝算あるかも分からない賭けでは無かったのに……

 

 「エッケハルト、父さん……行くぞ!

 ジェネシック・フュージョン!」

 『ジェネシック・フュージョン!』

 竪神貞蔵……レリックハートの声が共鳴して響き渡る

 LI-OHの目が緑に光ったかと思うと、それに呼応するかのように片翼を引き裂かれ喪った少女天使を牙の間に咥えて振り回し、近くの家に叩き付けていた巨龍の目も緑に輝く

 咆哮と共に引かれる緑光の導線。導かれるままに背後から駆け寄った巨龍が、その普通のティラノサウルスからすればアンバランス気味な大きめの顎を大きく開き……腕を畳んで背後気味に格納したLI-OHの細身の上半身をその牙で食らった

 

 「竪神!」

 頭を突き抜け、背の辺りからLI-OHの頭が飛び出す。食われてぎょっとしたが成程、そういえば上半身の獅子頭を覆うように巨大なティラノ顔がある合体方式だった

 そのまま前半身……前肢辺りのパーツが一部細身のLI-OHの腰上の装甲となり、後ろ半身が尻尾含めてぱかりと左右に分割。大地を荒らした後ろ足が胴の横に来て、前後反転し膝が前に曲がるようになった元後ろ足が胸前で打ち合わされる脚の爪の下から巨大な拳が出現し、尻尾が棚引く飾りと変わって肩を形成。後ろ脚が変化したが故に爪先が地面を擦る程に長く強靭な腕を持つ、上半身のパワーが過剰気味に強化された合体巨神の頭と胸の四瞳が緑に輝き、巨腕を突き上げ咆哮する!

 

 「『大地(ガイア)生命(ブレイブ)(ソウル)!……創征(ジェネシック)

 焔誕、GJ(ジェネシック)T(ティアラー)-L(ライオ)E(エヴォリュート)X(クロス)!』」

 此処に、LI-OH……いや、宣言によればGJT-LEXが降臨した

 

 が

 ガゴン、と上げられかけた右腕が震えて停止する。二つの右目が赤く輝き、左腕が周囲を凪払うように構えられて、焔と共に地に降りる

 「竪神!」

 やはりだ。抑えきれていない。暴走しきってはいないが、周囲に向けて冷気を放つその姿はとても、制御できているようには見えない

 

 「……隙だ」

 そんなGJT-LEXへ向けて走る閃光。魔神夜行が、更なるXを召喚し、波状攻撃を行わせたのだ

 幾ら腕が巨大すぎるとはいえ、一応は人型。その上セレナーデというらしいあの天使が敵として扱う力を持つ有人機となれば、文化を狙うXは召喚されるや勝手にGJT-LEXを狙う

 

 その全てを冷気と共に生み出す障壁が受け止め、無力化する。焔があまり噴き出さなくなり、周囲が徐々に凍ってゆく

 アルヴィナが、ぶるりと背を震わせた

 

 「寒いのか?」

 背負う狼の耳元で小さく問い掛ける

 「背中が暖かいから平気」

 「……そうか」

 おれが暖かいと言われてる訳で、何と返して良いか解らない

 

 「底冷えのする冷気だ」

 ……何となく、おれはそれを今までにも浴びた事がある気がした。そう、それは確か……

 

 「だから、神鳴」

 不意にアルヴィナが呟く言葉を、最初おれは理解できなかった

 だが、直ぐに何となく思い出す。そう、この冷気は、底冷えのする絶望感は、かの七大天焔舐める道化とおれが最初に出会ったあの時感じた感覚だ

 死、無、絶望。命の終わり、自身の時間が静止する凍結の時。だから、こんなにも冷たく不安になる

 

 「生命の、絶望……?」

 だが、それが解ったとして……

 「無の欲望(ぜつぼう)。それが分かるなら、皇子なら出来る」

 不意に揺れる体。アルヴィナが狼の姿のまま、地を蹴って荒れ狂おうとする機体を押し留めてただ聳え立つGJT-LEXへと駆け出す

 

 「アルヴィナ?」

 「ボクじゃ駄目。この世界で生きてる皇子じゃないと、きっと届かない」

 『ギャティィィラァァァッ!』

 迫る魔神を睨み付け、胸の機械恐竜の頭が咆哮する。牙を剥いたそこに対して……アルヴィナは空中でくるっと回って背を向けると、背負ったおれの体をほんの少し纏った屍の腕で押し出した

 

 『グォォォッ!ガギ!バギ!』

 そして、投げ出されたおれに食らい付く頭

 「お、皇子さま!?」

 驚愕するアナの声と、静かに見守るロダ兄。シロノワールはおれの方を見すらしないでアナを護るために周囲の瓦礫やXを見ている辺り、アルヴィナへの信頼が篤い

 「や、止めてください、それは皇子さまで……」

 『ゴックン!』

 牙が閉ざされる

 

 「あがっ!?」

 口内で粉々に噛み砕かれる……まではいかなかったが、左腕の半ばからと脇腹は牙に引き裂かれた。ころんと冷えきった口内に腹から抜けた愛刀が転がる

 

 何をしろというんだ、アルヴィナ!?

 だが、その瞬間おれの目に止まったのは、今も雷撃を迸らせる青き刃だった

 

 オーウェンから、始水から、何となく聞いてきた話を思い出す。そして、あの日のアルヴィナの嘆きも

 そう、ブリューナクと呼ばれる雷槍機構。ATLUSが使ってきたそれも、同じような底冷えのする絶望感を確か纏い、死霊を取り込んできていた

 だが、それなのに彼の機体が放ってきていたのは雷。そう、確か……

 怒りの焔?と言っていたろうか。絶望を、それでも未来を切り開く焔と変える熱。それがプラズマとなり、生命の雷槍となる

 

 「どんなものも未来に繋がる縁!死んだお前達の嘆きもまた縁の一つ!さぁさぁさぁ、聞き届けたからには動くも縁、護れなかったものを護ってやろうじゃあないか!」

 響き渡るのは、煩い声。一体のアバターをロダ兄が放り込んできたのだ

 「ああ!」

 

 「信じてますから、皇子さま、竪神さん」

 遠くから聞こえる、少女の声

 何かを訴えるように光る、おれに未来を託してくれた天狼の遺品たる雲角

 「終わりに絶望し、時が凍てつき、全てを壊していく……」

 

 それは止められない事。太古から続く、どうしようもない力

 それでも!

 「破壊を創造に。絶望を怒りに、君達が、皆が、見たかった未来を紡ぐ力に!」

 「そうだ、皇子!ほんの一欠片の光で良い!」

 聞こえる、諦めない彼の声が!

 「竪神!行くぞ!」

 その叫びと共に、おれは、口内のスペースでもがき、愛刀を右手で掴むと、喉奥……エンジンがあるだろう方向へと突き刺した

 

 障壁は無く、鋼の喉を貫通した刃傷から少しの空気がおれに届く

 途中のすかっとした感触を考えるに、恐らく切っ先はコクピットまで届いているが……眼前に刃先を突きつけられたろう頼勇は何も言わない

 

 「君達の絶望を!」

 「悲しみが産み出した破壊者を!」

 「「守護者に変えろ!GJT-LEX!」」

 考えることは同じ。おれの独り言を聞いていたのか、それとも同じ答えに辿り着いたのか、二つの声が重なりあう

 

 そして……

 「そっちに見えるかは分からないが、リミットカウント、350!

 制御が利くのは、その時間だけだ」

 つまり、350秒……というところだろうか。約6分、戦闘時間としては短いとも、光の国の戦士の倍近い十分すぎる時間とも言える!

 「十分!だろう、竪神!」

 「ああ、無駄にはしない、彼等の絶望も、私達に流れ込む何もかも!」

 決意を受けてか、鬣の恐竜神がその青い瞳を光らせ応えた



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獅子竜、或いは光獅子

「皇子!アイリス殿下の造りで簡易だがモニターを出す、我慢してくれ」

 「竪神こそ、制御の鍵になってるか……は微妙な月花迅雷の切っ先に気を付けてくれよ?」

 「「当然!」」

 二人して叫び、おれは左手……はもう無いので右手で肩越しに突き刺した愛刀を握りながらくるりと牙の並ぶ前を見据える

 

 「にゃごぉっ!」 

 と、牙の間に猫の声というかアイリスの景気付けの鳴き声と合わせて物理的なモニターが生えてきた。転送技術……LI-OHの装甲だけを転送してその場で修繕するという荒業の応用だろう

 

 そのモニターに映るのは、翼の折れた天使。だが……

 その背の純白の片翼が肥大化する。更には異形の天使Xが彼女の眼前に降り立ったかと思うと、セレナーデは優しくその獅子の額に触れた

 すると、獅子頭の天使の姿は溶け、翼だけが少女のジェネシック・ティアラーの牙に引き裂かれ折れた翼に接合され、そちらも肥大化した。色合いが違う(セレナーデ本来の翼の方が輝きが強い)から完全に治った訳ではないだろうが、下位存在を吸収回復まで出来るとは、一筋縄では……

 

 「吠えろ!GJT-LEX!」

 先制するのはやはり鬣の恐竜神、大地に擦る程の巨椀を振るい、無理矢理に制御した死者の無念、絶望という弋を解き放つ。それで周囲を凍らせ、セレナーデの動きを止める!

 

 「……晶輝・天威無法」

 が、肥大化したのは翼だけではない。天使のあどけない顔も、割と慎ましやかな胸元も、大体ずっと組まれていた手も、全てが青き光に覆われていく 

 一瞬後、其処には明確に内部に祈る少女の姿を確認できる、光そのもので出来た巨獣が顕現していた。背に肥大化したセレナーデのものがそのまま突き出して生えた、神々しさすら感じる有翼の獅子が

 

 パキパキと少女の纏う精霊障壁が凍りついていく。が、光の巨獣には届かない

 「スクラッシュバースト!」

 左右から挟みこまれるように閉じられる巨腕。咆哮と共に振るわれる剛爪。それは凍った障壁を難なく切り裂いて走り、現れたばかりの光獣の足を引き裂いた

 が、本体はその時既に跳躍し攻撃の射線上から逃走を終えている。落とせたのは左後ろ足のみ!

 

 「恋歌」

 同時、獅子の口から放たれるのは最早お馴染みとなったビーム

 それを自身も纏う結晶の精霊障壁で受け止め弾き、巨神は空を舞う獅子を見上げた

 

 「竪神、どう見る?」

 「残り300、どうやらリミットは障壁展開等でも使うらしいな

 そして、残念ながらGJ(ジェネシック)T-LEX(ティーレックス)HXS(ヒュペリオクロス)の合体は無理そうだ。つまり……」

 「飛び回られちゃ時間切れか」

 「時間制限もあり、向こうだけ飛行できる。火力、装甲は十二分に通用すると理解したが、機動力は完敗だな」

 「なら」

 一つだけそれを解決する方法がある気がする

 

 「これが設計図の良く分からないブラックボックスを組み込んだ完成形のGJ(ジェネシック)T(ティアラー)なら、未完成だがGJ(ジェネシック)R(リバレイター)を……」

 おれは唯一それっぽいものは完成している機体の名を挙げる。プテラノドンモチーフのGJX(ジェネシッククロス)の一機、残りのGJL(ルイナー)は試作すら出来ていないが、あいつは……

 

 「駄目だ、今のあの機体では噴き上がる力に耐えきれずに合体してもパーツが粉砕されるだけ、それに……

 皇子!アイリス殿下にこんな絶望の冷気に囲まれろと言うのか?」

 言われてはっとする。そうだ、そこを忘れるな

 

 今は怒りで冷静さを欠いているから耐えられているだけ。こんな無茶合体そう持たない。そんなものに体の弱いアイリスを巻き込んだら下手したら本人が心身共に病む

 

 「すまない。しっかり当てれば勝てる相手に対して、冷静さを欠いていた」

 「ああ、一撃で決める!」

 と、冷静さを取り戻しふと思い出す

 

 「そうだ、竪神。そもそも対抗できるからといって、わざわざセレナーデを相手するより……術者の夜行を!」

 そうだとも。そもそもATLUSのような搭乗型と違い、魔神夜行のあれはセレナーデを召喚しているだけだ。機体を落とさなければ本来の敵に手出しできない(その安全圏から勝手に降りてくれたからユーゴには勝てたわけだが)AGX持ちのような対処なんて、必要ない!

 「了解だ、そして……」

 

 「おーっとっと、させると思ったか?」

 ドゴン、という鈍い音と共にGJT-LEXの右足に激突する何か

 見れば、障壁を纏ったままアナに向けて突貫する夜行相手の肉壁となったロダ兄のアバター達が消えていくのが見えた。本体はというと、アルヴィナに対して激しく輝く銃口を向けている

 

 一見するとアルヴィナを止めてるようだが、あれ花火弾だな。ロダ兄の使うオーラ弾は原作から結構な種類がある(ゲーム内イベントでのみ使えるものが多く、システム上戦闘で使えるのは少ないが)が、その中でも特に派手で特に火力の無い、目立つ事だけを目指した弾だ。必殺の一撃に見せかけて牽制したり派手な音と光を目眩ましにしたり、原作ロダ兄ルートでも活用されていたから良く覚えている

 実際ただの牽制というかポーズなのだろう

 

 が、それで緩んだ速度で、けれどもそれでも人智は超えた鵺の速度で魔神夜行はアナを狙っての突撃を止めない

 「次善策。殺せるものだけでも」

 それを止めたのは……

 「夜行、止まれ」

 

 アナの眼前に降り立った屍狼であった

 「ひ、姫様?」

 思わずといったように障壁を解き、速度を緩めて男の魔神が自身の行く手を阻んだ魔神の皇女を抱き止めた

 「何故」

 「利用価値がある。今はまだ殺さない」

 「されど」

 「劣勢だからこそ、ボクの言うこと無視する奴は要らない」

 静かに吐き捨てるアルヴィナ。が、そんなもの実際は友達を護る方便に過ぎないだろう

 

 「姫さ」

 「悪いが、見逃せる訳がない」

 その背に突き立つ巨爪。魔神夜行がアルヴィナを護りつつと貼ったバリアごと貫いて、魔神を背から串刺しにして行く

 

 「月花迅雷!」

 おれの叫びと共に青い雷が迸り、GJT-LEXは夜行が抱えているアルヴィナの胸元に爪先が引っ掛かったところでがくんとその動きを止めた

 

 「かはっ!?」

 腕の中からするりと抜け出すアルヴィナ。けれども胸元の服は破れ、小さく青い血の流れがなだらかな胸元にも見える

 

 そして……問答無用と引き裂かれる爪に串刺しにされた魔神の体

 「ウギャォオオッ!?」

 そのバラバラになった体がメキメキと音を立てて接合されてゆき……巨大な魔獣鵺となって

 

 「凍てつけ!そして砕けろ!」

 完成する前に咆哮したGJT-LEXの纏う絶望の冷気によって物言わぬ氷像となり、巨大な拳に打たれて粉々に粉砕された

 「皇子、復活を……」

 「いや、どうせ生き返った瞬間尻尾を巻いて逃げ出すだけだ。此処から抵抗してくる事はまず無い」

 一度、魔神夜行は死んだ。真性異言(ゼノグラシア)の常として生き返ってくるだろうが、圧倒的な力を見せ付けられて尚も戦う程、彼に今此処に諦められない何かは無いだろう

 

 強いて言えば可能性があるのはアルヴィナだが、いざとなればさくっと逃げられるだろうアルヴィナを護るために命を懸けるとは思えない。ってか、それならわざわざアルヴィナのピンチを待つとかせず最初から出てきていたろう

 

 となれば……

 というところでがくんと衝撃が走る

 「ラァァァァァァ!」

 唄うセレナーデだ。

 夜行の気配は恐らくもう無い。凍てつく環境下でおれの気配察知なんてどれだけ正確に出来るんだよって話なんだが、それは兎も角粉々にした後蘇って向かってこないところを見るに、逃げたのだろう

 

 お前もうとっくに生き返ってるだろと言われていた彼しかり、普通に蘇ってきたルートヴィヒしかり、そして……アイムールを取り込んで突然復活しながらジェネシック・ティアラーに進化?したエッケハルトしかり、二つの命があるからと生き返ってくるまでにそうタイムラグは無い。ラグらせることは出来るだろうが、そもそも小槌ごと破壊したはずだ

 

 「消えては、くれなかったか」

 「倒すしかないのか」

 「力を与え、下位を呼び出す者はもう居ない。ワンチャン勝手にエネルギー尽きて消えてくれるかどうか」

 「残り160、半分以下になったが……行けるな、皇子?」

 「行けるかって?行くしかないだろう、竪神!」

 そんなおれ達の会話に、光獅子は美しい吠え声で応えた



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天使、或いは原始

「原始の破壊王……」

 「夜恋曲の天使(セレナーデ)

 おれの声に、ほんの少しだけ少女は寂しげに微笑む

 

 何だろうな、少しだけ雰囲気が変わったか?

 「皇子?」

 「竪神、決めるぞ」

 「そんな顔してないぞ、皇子?本当にそれで良いのか?私は勿論異論はないが」

 冷静に踏み留まってくれる頼勇。その友人の声にそれでもおれは大丈夫と返す

 

 思い出した。この感覚はアドラーだ。あの時は怒りに我を忘れ気味だったから無視していた、その実おれに殺されるために向けられた殺意 

 

 セレナーデが唄う。優しくどこか寂しい歌を。小夜曲、或いは夜恋曲。恋人に向ける(うた)の名を冠する天使の詩は、魂の後付けを解放する恐ろしい力だが、障壁に阻まれGJT-LEXには一切届かない

 

 そうだ。そもそもだ

 「歌とは文化だ、曲とは心だ。人類文明を否定する、反出生論、滅ぶべきだというテーゼ」

 「結構な事だな、皇子」

 「でも、それは……」

 ふっ、と友人は笑った

 

 「セレナーデという名とも、人の姿とも矛盾するか」

 静かにおれは頷く。その間にもチャージを溜め、けれどもまだ溜まりきっていないというように両の翼の間に光輪を産み輝きを湛えたまま、少女天使は光獅子の中で謡い続ける

 

 「……だから、眠らせてやろう。竪神」

 きっと本当は、彼女だって被害者なのだ。文明否定の裁きの天使にしては、敵じゃないから謡うだけで攻撃してこないとか明らかに変だったからな。他のXは即座に弱者達を皆殺しに行こうとし、ゼルフィードという優先度の高い敵に群がっていったというのに

 

 「……ああ、そうだな。終わらせてやろう。還る場所もない、魔神に呼ばれた天使を」

 ギン!と光獅子の瞳が赤くなる。歌が止み、代わりに轟く咆哮をあげて光の獅子がビームを解き放ち……

 自身がそれに突っ込んで光と一体化して突っ込んでくる!

 

 「サンシャイン……」

 迎え撃つは、鬣の恐竜神

 「殿下、力を借りるぞ」 

 召喚されてきた巨大剣をその腕で掴み取る。巨大な腕で漸くバランスの取れる巨剣、ダイライオウ用の剣だ

 それを握りエネルギーを巡らせるや剣はひび割れて力を吹き出すが、その吹き出す力が炎と代わり、更にはそれを内部に閉じ込めるように冷気が氷となって覆い尽くす。一回り大きな氷炎の剣。それは何処か弧を描いていた

 

 「一瞬託す、モーションリンクがあるから魂で動かしてくれ。魂を貫く月の刃を」

 「ああ!」

 突然、おれの意識がバグる

 動く。とてつもない寒気で凍えそうな感覚だが、全てをぶち壊してしまいたくなるが、まだ行ける、おれはおれだ。この右手にある愛刀の感覚がおれをおれに繋ぎ止める

 

 これが、モーションリンク。機体とダイレクトに繋がるということ

 ……ん?忌み子に効かない魔法じゃないのかそれ?いや、AGXシリーズのシステム幾らか搭載しているのがLI-OHだし、ナノマシンでリンクさせてるから魔法じゃなくて科学とかそんな理由か?

 

 雷光となって突撃してくる光獅子に対しておれは託されたGJT-LEXの持つ剣を静かに構えた

 魂で振るう刃、だからこそ……

 

 「スパーク」

 「雪那超月禍」

 氷炎の刃は、光を横に両断した

 

 「……あり、がと……」

 光の獅子が消えて行く。後に残るのは片翼片胸の天使の残骸。血は無く、切り口からは光だけが漏れ……

 

 「自分の勇気を信じて、『覇灰皇(はかいおう)の見た、光』」

 「破壊王……」

 頼勇の声が繰り返すが、何となくニュアンスが違う気がする。いや、何がとは具体的に言えないんだけれども、『破壊』じゃ無いのでは?

 そうして、戦いを引っ掻き回した夜行の遺した全ては、結晶として砕けて消えていく

 

 「……待ってくれ、セレナーデ

 なら、おれたちの最後の敵は……」

 「『覇灰の力』を振るう、者……

 役目の、もうな、」

 完全に砕け、セレナーデはこの場から消え去った

 

 「……すまない皇子、LI-OH側が限界だ」

 同時、強制的に転移させられたのか鬣の機神が虚空に消え、即座に元の恐竜型に戻ったジェネシック・ティアラーの口からおれは放り出された

 そのまま、機械恐竜も元のエッケハルトに戻りながら空中10mくらいから自由落下して…… 

 

 ぼすん、とおれの体は小さな屍狼に受け止められた

 「ぐげっ!?受け止めてくれよアナちゃん!?」

 そして、横で誰も受け止めてくれなかったエッケハルトがおー痛いと悲鳴をあげていた

 「無理ですわたしじゃ痛くて止められないですよ!?」

 「いやお胸に二つの大きくて包容力のあるクッショ……」

 

 「おい、怒られるぞエッケハルト」

 「ご、ごめん」

 衣服が燃えて半裸の彼は割と素直だった

 

 「って待てよゼノ!」

 噛み付くエッケハルト

 「まだ終わっていない」

 降りてきた頼勇も鋭くエクスカリバー……ではなく何時ものエンジンブレードを構えていて

 「屍の皇女!」 

 

 そんな怒号を受けたアルヴィナはというと、おれを背負ったまま纏った屍衣の骸骨腕に持たせた虹色の旗をぱたぱたと振っていた

 「……何やってるんだアルヴィナ?」

 「降伏宣言。秩序色の旗」

 ああ、確かに良く見れば七大天の7色だ。だが……

 

 「アルヴィナ、人間の降伏宣言は黒旗だ」

 光はないという意味だとか。自分の紋章とか入った旗を黒く染めるとなお良し。夜は見えない?そんなもの幾らでも魔法で照らせるだろうという話らしいな

 「塗ってくる」

 「いや待てゼノ!?」

 「お、皇子さま、突然どうしたんですか?」

 と、心配そうに駆け寄ってきたアナが、駄目だと頼勇に左手で制されて止まる

 

 「どうかしたか?」

 「皇子」

 『overdrive』

 すっと構えられる起動したエンジンブレード

 

 「アルヴィナ個人はそもそもおれの味方だ。この戦い以前からずっと

 もうおれたちに敵意はないし、素直に従ってくれる」

 もう良いかと真実を告げる

 だが、その言葉はアルヴィナが連れてきたトリニティ相手の後、あまりにも今更すぎた

 「信じられると思うか?」

 「そうです、彼女等は世界を滅ぼして、皆を殺す魔神なんですよ!?」

 「見ろよゼノ!突然俺の手に収まったアイムールを!聖女伝説に出てくる持ち主を殺して封印してたのが、俺に魔神を倒してくれって訴えてきた証拠じゃないか!」

 

 口々に言われ、アルヴィナが少し縮こまる

 「私の故郷を崩壊させた四天王、『砕崖』のナラシンハをこの世界に送り込んだのは屍の皇女だ

 そんな相手が、味方?骨董無形な夢は眠ってから言ってくれないか」

 そうして、何度もおれと共に戦った刃は遂におれに向けて突き付けられた

 

 針の筵にシロノワールに目を向けるも、彼は何も言わない。翼を軽く拡げおれに護れと無言で脅しをかけてくるだけだ

 ならとアウィルを見れば、アウィルフォロー出来ないんじゃよ?とばかりに丸まって我関せずモード。ロダ兄はというと、縁のまだ無い俺様が何言っても説得力無いってのと今回は役に立たない

 

 …………助けてくれノア姫とリリーナ嬢!




ちなみにですが、最初の破壊王は覇灰皇と同じはかいおう読みですが、此方はGJT-LEXの事なので破壊の王で正解です。
覇灰皇というのはGJT-LEXではなく、総てを覇し灰へと還そうとした法の皇、セレナーデ等の持つ文明否定の大元の力を産み出した存在の事です。

まあ、ぶっちゃけた話をすると、そんな彼、覇灰皇『窮聖守』のミトラは今作のラスボス……ではありません。彼自身は寧ろ心ある命が大好きだからこそ、負の想いが強すぎて苦しむ人々を救うために総てを終わらせて苦しみである生と文明から解き放とうとした神です。
その為、覇灰皇という単語はぶっちゃけ忘れても問題ありません。その力を持つものはラスボス格として出てきますが……


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第二部二章後編 血戦!ダイナミック・ダイナスト・ギガンティス!
すれ違い、或いは譲れないもの


きゅっとおれの肘辺りで切れた軍服の袖が握られる

 

 「皇子さま、痛くないですか?わたしに出来ることとかありますか!?」

 左腕はその先から無い。必死にそれを見て訴えるのは銀髪の聖女(予定)

 だが、正直な話今治せるものでも無いんだよな、回復魔法効かないし

 ってか、ユーゴに傷つけられた目は治癒したけど、片腕って流石に治るのか?七天の息吹が使えれば治せるのは有名な話だが、古傷になると治らないしな……

 

 そして、少女は何時もは優しげな瞳できっ!とその袖を握る幼い少女の顔を睨み付けた

 びくり、とその白狼耳を震わせるアルヴィナ。ころん、と零れ落ちていたおれの左腕を、白い翼にくるんで握っている

 「……くっつく?」

 「いや、ネジか何かが取れて分解しただけの機械じゃないんだからくっつくわけ無いだろ」

 ちなみにちゃんとした回復魔法を使えば割とくっつく。魔法万歳だな

 おれには効かないけれど

 

 「貴女方のせいなのに」

 「辛辣過ぎるぞアナ」 

 「お前は誰の味方なんだよゼノ!?魔神の肩なんて持って!」

 ……言われて対応に困るおれ。自分としては明確にアルヴィナの味方であり同時にアナの味方なんだが

 そもそも、最後に夜行からアナを庇ったように、アルヴィナ自身はアナと敵って気分じゃない訳で。この場で敵なんて、心を見れば本当は居ないのだ

 

 ……ただ、過去の行動と魔神であるという事実がアルヴィナのそれを赦さない

 「おれはアルヴィナの味方だ」

 だから今、おれが言えるのはこの言葉だけだ

 

 「皇子さま!その子は、世界を滅ぼす魔神なんです!貴方の護るべき……ってそもそもその思考が変なんですけど、護ろうと何時も頑張ってる皆の一部じゃなくてっ……その皆を殺す悪い化け物なんです!

 皇子さま、貴方は騙されちゃってるんですよ!」

 「そうだぞ、何魅了されてんだよゼノ!?お前実はロリコンだったのかよ!」

 「ロリコンではないんだがな!」

 「ボク、歳上」

 ……ただまあ、外見を見ればロリコンの謗りは免れないだろう。ノア姫ほどに外見の幼さに反してしっかりとしてるってオーラがあるわけでもないしなアルヴィナって

 

 「おれは正気だよ、アナ

 君は覚えていなくとも、おれは覚えている。アルヴィナ・ブランシュという友達の事を」

 愛刀を地面に突き刺しぽんぽんと残る右手でアルヴィナの耳後ろを叩きながらおれは告げる

 「だからおれは友達の事を信じているだけだ」

 「と、友達!?何がなんですか?」

 「実は……」

 

 こうして、鋭い瞳で此方を見据える頼勇に武器を突き付けられながらも何とか事情を話す

 が、

 「あのATLUSやかつての四天王との戦いに至るまでの暫しの間、彼女は私達と交遊関係を結んでいた

 それはスパイ活動から始まった行動だったが、何時しか本当の意味で友となり……自身の潜入時の記憶と友情と引き換えに、ATLUS等から皆を護った、と」

 静かな炎を湛えた茶色い瞳。信じられないですと言いたげに不安な光を抱く青い瞳

 真実を告げてもこれだ。記憶がないなら、信じるなんて出来ないだろう

 

 君が記憶無くしてるだけで昔友人だったんだよと親の仇が馴れ馴れしく言ってきて信じろと言われたらおれでも無理だ。頼勇もアナも間違ってはいない。ってか、あの説明で微かな今の記憶の違和感から信じてくれてたノア姫が流石エルフってところなだけなんだよな

 

 「何度でも言おう、皇子。冗談は後にして夢は寝てる時に言ってくれ」

 「ボク、友達には嘘つかない」

 「私にたいしては別、と」

 ぺたんと耳を倒してこくりと頷く魔神少女

 「でも、皇子やそっちの銀髪には嘘をつきたくない」

 「説得力が欠片もないな」

 「そうですよ!そもそも皇子さまの腕を抱えて、何を言っても……っ」

 涙目で訴えてくるアナ

 

 「ってか、何で抱えてるんだアルヴィナ?」

 「勿体ない」

 予想外の答え

 

 「な、何がなんですか!?」

 「そこの変なのに皇子が撃たれてむかむかした。怪我するの見て、やだって思った」

 何時しかおれの指まで飾られた胸飾りを持ち上げて、とうとうとアルヴィナは語り続ける

 「欲しかったから心がぽかぽかするのに、皇子痛かったと思うと、水を被らされた気分になった

 だから、こんなに良いもの、二度と手に入っちゃだめ」

 なんて言いながらも、アルヴィナの唇の端からはつぅと一筋の透明な液(よだれ)が垂れる

 

 アナの視線は暫く困惑したように揺らいだ後氷点下になった

 アルヴィナぁぁぁっ!?神経逆撫でしかしてないぞアルヴィナぁっ!?

 

 「皇子さまの腕を、御馳走みたいに……っ!」

 「たからもの」

 大事そうに腕を抱えたまま、胸元の瞳を閉じ込めた水晶を翳すアルヴィナ

 「おいアルヴィナ」

 「それ……」

 銀髪サイドテールの少女の海色の瞳の向く先がおれの右目、アルヴィナの胸元、おれの左目、そしておれの右目とちょっとぐるぐると巡り……

 

 「皇子さまの、左目……っ!」

 怒ったように、拳を握り締め震わせた

 「可笑しいと思ったんです、ユーゴさん?の時はわたしは状況知りませんけど、同じ眼の傷でも治ったのに。痛そうで見てて辛くても、皇子さまの傷はそのうち治るものだったのに。あの左目の傷はどんなに頑張っても一切治る気配がなくてっ

 貴女が、奪って呪っていたからっ……!」

 財宝を奪わんとする敵に向け牙を剥き出しにした龍のごとき(と形容するには幼さの残る顔立ちは可愛すぎるが)憤怒の形相で、アナは叫ぶ

 

 一度だけ見た本気で猛り狂う始水に似てるな、なんて場違いな逃げ感想しか思い浮かばない。あの時の始水は「私が連れてきた以上此処では兄さんの品位は私の品位です。謙遜は私の品位も下げるので兄さんは黙っててください」とおれを黙らせてから冷静かつ冷徹に言論で相手を完全に叩き潰してたっけ

 

 「アナ、落ち着いてくれ」

 「落ち着けませんっ!皇子さま、貴方の眼は、もう治らないんですよ?一生隻眼なんです

 例え貴方の忌み子の呪いを解ける方法があっても、貴方に回復の魔法って奇跡の力が使えてもっ……

 完全にもう治らない状態が正常って固まってしまったその左目は絶対に治せないんです」

 うんまあ、それはそうだ

 

 「それなのにっ!どうして貴方の片眼を呪って、治せなくした化け物なんか庇うんですか!」

 「おれが、命を懸けてくれたアルヴィナにあげたものだからだよ」

 「どうしてっ!」

 響くのは悲鳴のような声

 

 「どうして、そこで微笑(わら)えるんですか、皇子さま!

 何で、自分が傷付く事についてはそんなに無頓着で……」

 きゅぅと瞳が閉ざされる

 「わたしの手を、何で取ってくれないんですか!

 何がいけなくて、わたしに貴方を助けさせてくれないんですか!」

 瞳の端から零れる水滴をアルヴィナのメカクレていない片眼が追う

 

 ……うん、しょんぼりなのは分かるが半分おれの後ろに隠れるのは逆効果だと思うぞアルヴィナ、とおれは耳まで入れてもおれの肩まで無い少女の肩を小さく押した

 

 「……君は腕輪に選ばれた、聖女を支えるもう一人の聖女」

 それは違うと言いたそうにしたエッケハルトを目線で制する

 

 チラチラと視界の端に見えるんだよな、フードの影。そう、此方に現れた魔神族の中にちゃんと撃退していない奴が一体居るのだ。四天王ニーラという存在が

 つまり、アルヴィナ関連でまだあいつが観察している

 

 アルヴィナ、と目線を向けさせたら互いにアイコンタクトしてまた隠れ切っていないよう隠れた。まだ居るから存分に負けてくれという意思表示だろう。ならば余計な情報は与えるべきではない

 

 そんな冷酷さがあるから、人に好かれないんだろうなと思いつつ、おれは少女に向けてアルヴィナを庇うように動く

 

 「貴女が救うべきはおれじゃない」

 「ボクでも、本当はない」

 いやそこで真実を言うなアルヴィナ!?

 「……確かに聖女様の力をエルフの秘宝は貸してくれてますし、それで皆が助けられるなら助けます

 でも、わたしが幸せにしたいのは貴方なんですっ!」

 「おれに幸せなど要るものか!あって良いものなものか!」

 始水、と呼んで眠れる血を呼び覚ます

 

 魔神への先祖返り。何度か頼勇には見せたが、ニーラには見せていないからアルヴィナが此方に付いたのではなくおれを自身の死霊のようなものに変えて何とかしようとしている……感は出せるだろう。わざと勘違いしてくれる筈だ

 後は頼勇が分かってくれるか、というところ

 

 「皇子さま!」

 「アナちゃん、もう止めようぜこんなの」

 「……皇子。それが答えか」

 静かな瞳がおれを射抜く

 

 「腕輪の聖女様。彼はもう皇子では無かった。既に殺されて死骸が使われているだけだ」

 静かな瞳におれへの殺意はない。アルヴィナへの怒りは痛い程に伝わってくるが、それはおれに向いていない

 理解はしてくれたようだ。本気でおれが屍だというなら、云わばおれはアルヴィナの使う道具だ。アルヴィナに向ける殺意の幾らかが混じるはず

 

 「だから、後は私の仕事だ。皇子の代わりに、屍の皇女を葬り去る」

 カッ!と輝く左手の輝石。溢れる緑色の光と共に、今日三度目……アイリスにかなりの負担をかけて無理矢理エネルギーを供給したろう機械巨人が転送されてくる

 「LI-OH」

 

 さすがにアルヴィナを理解(わか)ってくれる訳はないことはおれにも納得できる

 「おれはアルヴィナを護る。それが一番の未来への道だと信じているから」

 だから、おれは手を翳す。おれを信じてくれる為に、負ける前提でも!

 

 「頼む、殿下、父さん」

 「頼む、不滅不敗の轟剣(デュランダル)よ!」

 「魔神(ひげき)を討ち払う光を!」

 「未来の(きぼう)を護る焔を!」

 「Come on!LIO-HX!」

 「変身!スカーレットゼノンッ!」



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異伝 発動、超特命合体~想い束ねし百獣王~

やはりか、と無理に呼び出した愛機の中で私……竪神頼勇は燃え上がる焔を静かに見下ろした

 

 そう、焔。幾度か見て、共に立ち向かったゼノ皇子の振るう伝説。本来は彼の父の神器たる帝国の象徴、不滅不敗の轟剣

 敵として対峙するのは初だ。あの神器はゼノ皇子のものではなく、訓練だ何だで好きに振るうことは出来ないのだから

 

 だからこそ、理解できる。皇子の言葉は恐らく真実だ

 少なくとも、彼は心からそれを信じ、帝国の剣もその想いを認めている。彼等は、屍の皇女アルヴィナを信じている

 

 だが、だ

 もう違和感のない筈の左腕、機械の腕との接合部が疼く。感覚そのものは無い機械腕の内に本来の腕の痛みを幻視する

 

 四天王エルクルル・ナラシンハ。そして、四天王アドラー・カラドリウス。故郷を蹂躙した『砕崖』と私達をATLUSと戦わせ終わらせんとした『暴嵐』。彼等を送り込んだのは屍の皇女だ

 誰が何と返そうと、友であるゼノ皇子がどれだけ力説したとしても、証拠そのものを見せ付けられても!

 私自身が、魔神王に連なり大きな被害をもたらした屍使いの魔神を!実はそこまで悪くないし味方なんですと言われて頭ではその可能性を理解できても魂が納得出来はしない!

 

 『お兄ちゃん、助ける』

 通信装置を通して響く殿下の声。ゼノ皇子を強く想う、兄には優しい姫の落ち着いた叫び

 声音で分かる。冷静さを欠いている。アイリス殿下も、兄が魔神の味方をすることへの疑問を晴らせていないのだろう

 

 戦況は確認してきた。その際、確かに私から見ても屍の皇女はゼノ皇子等を寧ろ庇うように行動していたと思う。恋人を殺され怒り心頭で乗り込んできた……という話で宣戦布告までしてきた割には、明らかに態度が可笑しかった

 

 「竪神、おれは……」

 「私の敵は、世界を滅ぼす魔神だ」

 「今のおれの敵は、未来を閉ざそうとする相手だ」

 「それが私だと?」

 寂しげに目を伏せ隻眼の王子は赤金の刃を掲げる

 「今は」

 

 「魔神族を打ち払った伝説の七天御物を携えて魔神を護る者、か。ある種の悪者になった気分だ」

 だが、止まるわけにはいかないと一人頷く

 

 そうだとも。私がそうしなければ誰があの自己中の皇子を助けてやれるだろう

 アイリス殿下も、銀の聖女アナスタシアも、エルフであるノア殿下も、転生者として特別扱いのアルトマン辺境伯ですら、その実彼から信頼されていない。だから彼は今も一人で、自己中ゆえに損な役回りすらも他人に回さずに背負い込んで一人で戦い続けようとしている

 

 それは英雄的とすら言えるし、私自身似たようなものかもしれないとたまに自分を顧みる。欠点ではあるが、輝かしくもある

 だが、だ。だからこそ彼は騙されやすい。いや、一度受け入れれば相手に騙されても良いと思っている

 

 真に警戒すべきは、そうした相手だというのに

 

 故郷を直接滅ぼしたのは確かにエルクルル・ナラシンハだ。だが、四天王たる彼がただ突然現れたのではない。その実、彼を召喚した者が居た

 それは、顔を怪我したと包帯を巻いた異様にひょろ長いフードの女で、白い猫耳を揺らす亜人だった。いや、亜人に似た姿を持つ魔神か

 彼女は憐れっぽく自分を襲った理不尽を語り、お人好しが多かった故郷は彼女を保護した。大変だったろうと街中に招き、休ませた

 そしてその夜、アレはナラシンハを招来したのだ。そうして、この地の人々のように逃げる暇すらなく、多くの民がナラシンハを筆頭とした魔神の牙に命を落とした

 

 そう、真に恐ろしいのはナラシンハよりも、そうした策士だ。ただ荒れ狂う暴虐よりも、一見して味方面や被害者面する獣心こそが厄介

 そして私は……眼前の屍の皇女が、自身を危険に晒さず、部下をけしかけてから自分が庇うことで味方アピールに余念がない彼女が、そうした策士側であるように思えてならないのだ

 

 ふわふわと揺れる耳が、奴に繋がる証拠に見えて仕方ない

 

 今までの全てが演技で、実際は皇子等を騙して味方のフリをしているのではない、とはとても信じられない

 皇子は信じるだろう、逆に簡単に信用してくれる。誰も信頼に値しないから、何を言っても納得する。そんな阿呆を、アイリス殿下が心配する兄を、私が何とか護らなければ!

 

 だからこそ、私は獅子の機神の中で、ゼノ皇子に心配げに寄り添う黒髪白耳の魔神を睨み付ける

 

 「平行線か」

 「平行線だ。絶対におれは折れないし、竪神もそうだろう?」

 折れる筈がない。魔神を信用して良いとはとても思えない

 

 『タテガミ』

 私を呼ぶ殿下の声

 「アイリス殿下。体調の方は」

 私達の話を、皇子は待っている。本来時間制限があると言っていたし、実際少しずつ彼の体は待っているだけで端から燃えていく。それでも待つ彼は、やはり決して正気を喪っては居ないのだろう

 

 『だい、じょうぶ……

 辛いのは、他の皆も、同じ……』

 そんな私達を、静かに見上げるのは私の知らない男、ロダ兄と呼ばれる見ず知らずの彼

 

 「何もしないのか」

 「はっは!しないとも!

 喧嘩は絆の華、譲れぬ燃える心の(えん)、剥き出しの心をぶつけ合う(えん)、終わればそれも強き縁!俺様が口出しする事ではないともさ!」

 バン!と銃口から火花を放ち、私の知らない白桃の男は派手に見栄を切った

 「故に!此度に出番は無し!俺様個人はワンちゃん一号を応援しているが、決着は当人達でつけなければ意味もあるまいよ!」

 はーっはっはっと高笑いして、青年はほれと銀髪の少女が戦いに巻き込まれないように前に立つ

 

 「……ボクは?」

 「屍の皇女!ワンちゃん一号よりも当事者だろう?」

 「ぶー」

 むくれながらも皇子に寄り添う黒髪の魔神。何というか、そうした絆を見せられると悪に思えてならずやりにくいが……

 

 その絆が本物だと安易に信じては、足元を掬われる。あの日のように!

 少し学ぶだけでも解る。皇子の理想系が帝祖皇帝。より多くを救える可能性に懸け、皇子と共に騙されないとは限らない

 

 ならば、芝居がかって違和感のある立ち回りをしてくる皇子に合わせて……本音を隠せない危機を、薄暗い本性をさらけ出して逃げるか皇子を盾にするしかない死を突きつける!

 味方だというのが本当だと言うならば、極限の中でも命を懸けて貫いてみせろ。それだけが価値ある証明だ

 

 「アイリス殿下」

 『……お兄ちゃんの為なら』

 「タテガミさん!皇子さまを騙す悪い奴、やっちゃって下さい!」

 大切な人を恋でなく奪われようとする嫉妬からか、或いは自身が聖女の紛い物?として聖女伝説を読み込みおぞましさを知るからか。何時もよりかなり当たりの強い聖女の応援と、あれどうやって変身するんだあれ?とブンブンと片手斧アイムールを振って困惑する辺境伯

 そんな二人を尻目に、左手の甲を目線に合わせて掲げ、叫ぶ!

 

 「ダイナミックフォーメーション!」

 機体が緑の燐光を放ち、光の導線が3つの力を呼び起こす

 HXS、そして二つの増加パーツ。ジェネシックとは異なり本来の姿として完成しないパーツの寄せ集め。それらが紋章の元にバラけ、周囲に集まる

 

 『世界を護る特命の元に!』

 『お兄ちゃんを護り、悪を()つ願いを束ね……』

 「超特命(エマージェンシー)合体(フュージョン)!」 

 静かな焔を湛えた彼は動かない。ただ傍らの魔神を抑えて合体を眺めるだけだ

 合体妨害、出来ない事はない筈だ。彼の放つ切り札は纏うフィールドを突破して合体最中の機体の隙間を狙える火力がある事は重々承知。その火力に、ATLUSを貫く金焔に一度助けられたのだから

 それでも待つのは、本気の私とやりあわなければ意味がないと、皇子自身が判断したからなのだろう

 

 ならば、乗ってやるまでだ。屍の皇女、その正体、暴いてやろう!

 「タテガミさん!皇子さまは殺され……ちゃってない可能性もありますから!あんまり怪我させないで下さい」

 「……殿下からも、言われているさ!」

 だが!横の化け物は別だ

 さぁ、本調子ではないが、殿下達と紡いだ願い束ねる百獣王、昏い野望を隠して勝てる力とは思うな

 「野望諦め逃げ惑え、安易に勝てると思わば魂消(たまげ)よ」

 全てをさらけ出し祓われよ、おぞましき屍の魔神よ!

 「『『ダァィッ!ラァイッ!オォォォォォウッ!』』」




https://syosetu.org/novel/256498/16.html
一応資料集側におまけエピソード公開してみました。もしものifヤンデレエンドの一つとなります。

何かムーヴに見覚えがある?まあ彼女は頭アナちゃんの総大将ですので……


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百獣王、或いは雷王砲

「ダイ、ライオウ……」

 降臨した巨駆を見上げて、おれは静かにその名を呼ぶ

 

 胸に獅子の頭はない。幾らかダメージから完全な姿をしておらず、何ならそもそも今のダイライオウ自体が個別の支援機形態と合体形態をLIO-HX以外捨てた簡易版

 本来に近い完全体は、完成の目処すら立っていないが一つだけ完成形が突然生えてきたGJ(ジェネシック)D-LIOH(ダイライオウ)に任せる

 

 三輪バイク(トライク)を模した走破形態への変形機構を最終的に完成させたが故に、上半身がかなり細身な鬣の機械神。そこに戦車のような支援装甲が被さることで細さを補い、トライクの後輪横に膝下部分を仕舞う関係で結構短い足をジェット型のパーツが巨大な下駄となることで補った、黒と濃い青を基調とした合体機神。HXSのビームウィングの光と、精悍な顔付きの瞳の光がまだ明るい空に映える

 

 「……皇子」

 「大丈夫だ、アルヴィナ」 

 「そうじゃ、なくて」

 突然無くなった左腕の傷口を少女はペロリと舐める。そして、自身の纏う屍を連ねた衣から、一本の骨の腕を差し出した

 

 「うぐ!?」

 無理矢理な接合。燃える赤焔にアルヴィナの手が炙られるが、少女は顔をしかめつつもそのまま骨をおれの肘に突き込んで……

 

 不意に、意のままに動く。骨だけで出来ているのに、おれの思ったままにその左腕が……

 「っておいアルヴィナ、これ右腕だろ」

 両右腕じゃないかこれ。間違ってるぞアルヴィナ?

 

 「……ごめん、でも……」

 「そうか、呪いか」

 その申し訳なさそうな表情に理解する。そもそもおれに普通の回復魔法とか効く筈が無いからな

 そんな事を考えているとこくりと頷きが返ってくる

 「狂い骨腕の呪い。本当は変な腕を無理矢理追加で生やして、感覚を狂わせる対生者の死霊術」

 それを、本当の腕がないから逆に治療擬きとして行けるって活用したということだろうか

 

 「無い腕の代わりになるけど、呪い。長時間使ってると呪いが侵食してしまう」

 「いや、大丈夫だアルヴィナ。どうせ……」

 紅の(エネルギー)を放出する青き巨神を見上げて、おれは焔を身に灯す

 

 「竪神もおれも、長時間戦える状態じゃない。すぐに決着をつける」

 生成されるのは焔の翼。ATLUS相手に使ったことがある飛翔する力

 長時間使うと背骨が燃えるが、そこまでの時間使う気はない。それに……

 

 鞘がない為無理にベルトに挟んだ愛刀の柄に目を向ける。そうだとも、ATLUSの時と異なり、愛刀月花迅雷がこの手にある。共に奴に立ち向かったアルヴィナを護るために、手を貸してくれ!

 いや、それを言うなら頼勇もその時共に戦った相手なんだが……

 

 (というか、良くおれに手を貸してくれましたねご先祖様)

 と、おれは心の中で右手の赤金の轟剣に語りかける

 始水パワーで無理に呼べるようになっているというのは、始水(神様)の力で召喚条件をごまかしているだけだ。そもそもデュランダル側が認めなければ来ない

 

 『(オレ)は既に七天より紡がれた歴史の影法師。今を切り開くはお前達よ!

 故に、魔神とも共に歩めると信じ決めたなら駆け抜けよ!未来を拓くならば、力となろう!それが影法師として残った役目というもの!』

 「……応!」

 焔の翼を打ち振るい、空へと……

 

 「『オーバーライオウ・アァァクッ!』」

 その体に降り注ぐ緑光の拘束。何度も見た光による拘束能力、ライオウアークの強化版だ

 

 だが!弱い!本来の発生装置である獅子の頭がない今なら!周囲の増幅装置等で補正して無理矢理に使おうとしたところで!

 「裁きの時だ!ライオブラスター!」

 空から降り注ぐのはビーム砲。LI-OHとて遠距離武器の幾らかはある!が!

 

 「紅の牙!」

 おれを止めたと、思うな!焔を纏って腕の拘束を砕き、覚悟を込めてビームへ向けて全力で轟剣をぶん投げる 

 光と剣が激突し、燃えながらビームを切り裂いて走るが…… 

 

 「それで決着が付くと思うか、屍の魔神!」

 背のウィングが粒子を吹き出すや残像を残して加速し剣の軌道から機神の姿は消え、すぐにアルヴィナの目の前に……

 「伝!哮!雪歌ァッ!」

 完全に拘束が解けた瞬間、空を蹴って空いた右手に愛刀を構えて神速の突きを放つ。といってもLIO-HXの装甲を貫けない火力、当然ダイライオウにも効きはしないが、そもそもこれは移動技! 

 肩の装甲を背後から掠めてアルヴィナの眼前に飛び出すや、おれの姿に一瞬だけ振りかざした剣を振り下ろす事を躊躇した機械巨獣に向けて……

 

 「もう一度だ、竪神ィッ!」

 即座に手元に呼び戻した紅の牙をぶん投げる!

  「ジェネシック・フィールド!」

 が、それはオーラの防壁に止められ……

 

 ジェネシック・フィールド!?あの精霊障壁を実用化しているとでも……

 「……ふかし。その力は感じない」

 と、アルヴィナがおれの横に寄ってきてフォローしてくれた

 

 「屍使いは騙せないか。怯えて欲しかったが……」

 「覇灰(はかい)の力を感じない、何一つ」

 でも、と少女姿ではおれの足手まといと思ったのか狼にまた姿を変えながら(案外好き勝手変身できるようだ。いや、アルヴィナ達だけか?シロノワールも結構好きに人と烏を切り替えるものの、四天王はそうでもないしな)アルヴィナは身を震わせた

 

 「それとは違う、恐ろしい存在」

 「……ああ」 

 「沢山の願いが折り重なった、百獣の王。死霊術使いとして、あそこまで怖いと思うゴーレムは、ない」

 「ゼルフィードよりか?」

 「あとらす、くらい」

 ……スペック的にも、フルスペックなら結構単独で良い勝負出来そうな性能には仕上がっているからな、分からなくもない

 いやそもそも、あのXに対抗するために多くの人が手を取り合って作られたのがAGX-ANCt-09《ATLUS》なのだろうし、本来の制作経緯としても似たようなものなのか

 

 「想いを束ねし百獣王……」

 空を舞う機械巨神は静かにおれの出方を待つ

 あくまでも目的はアルヴィナの撃滅。おれを殺す気は無いようだ

 

 ならば!

 「吼えろ!紅の牙!」

 剣を投げ放ち

 「抜翔断!」

 それを追って雷撃と共に空を斬り駆け上がる!

 

 先んじて飛んでくる空の機械神はジェット型の支援機の大きなエンジンが接合されることで完成した腕で掴み

 「ブースト!ナックル!」

 そのままおれへ向けて打ち下ろす!

 飛んでくるのはおれの上半身以上もある大きな巨腕(ロケットパンチ)

 当たれば当然無事では済まない。だが……

 

 分かっているんだろ、頼勇。当たる筈無いと!

 「皇子」

 突如、斬り上げで空へと舞うおれの足元に硬いものが生えてくる。鳥のような死霊

 そう、アルヴィナが死霊術で補助してくれるからな、とその足場を蹴って軌道を変えながら跳躍。斬り上げをキャンセルして雷を突っ切り、狼姿で駆け出して落ちてくる鉄拳から対比したアルヴィナを視界の端に入れるや更に用意された屍の階段を一足飛びに駆け上がる!

 

 これなら、タイムリミットは遠い!無理矢理轟火の剣で飛ぶより、負担は少ない!

 「竪神ぃぃっ!」

 そのまま逆手に握り直した(両右腕だと持ちにくい!)愛刀を背後に構えて…… 

 

 「ロック!バースト!」

 「っがっ!」

 そんな機能が!?パーツ同士の接合が解け、戦車型の上半身の支援機の一部が所謂ビット兵器として横殴りにおれを吹き飛ばした

 

 物理的な攻撃だからそうダメージは無いが、階段で駆け上れば打ち落とされるか!

 

 「くっ!」

 「タテガミさんっ!あんまり……」

 「分かっているさ!」

 加速して巨神はおれの前から消えた

 

 ならば!とおれも焔の翼でアルヴィナの前に降り立つ

 その瞬間には既に、大地を踏み締めた巨体の背後の砲塔パーツが肩まで展開され、巨大な主砲がアルヴィナを狙う。背のウィングも砲塔にくっついている為衝撃を受け止めるべく背後にエネルギーを流し、何時しか戻ってきていたジェット噴射する為に穴の空いた両の鉄拳の先にも光が灯りだす

 

 「雷王砲フォーメーションか」

 「バチバチする」

 アルヴィナが苦しげに呟く

 そう、雷王砲フォーメーション。40機のレーザー砲を撃てるようにした空飛ぶあの船のジェネレーターとLI-OHのエンジン等を直結して放つ最大砲撃。周囲に放出された集約前のエネルギーだけで違和感を覚えるレベルの最強技の一角!

 空中ではウィング全力噴射してもなお制動しきれないため、地上でアンカーを打ち込まなければ安定した命中を狙えないが、火力は十分!

 精霊障壁を物理火力でぶち抜けないかとおれの提案で頑張ってアイリスと制作したものだからな!

 効くかは試せてないが、一回だけ虚空に舞うアイアンゴレームに向けて試射した火力的には……跡形もなく消し飛んだので正確には測れないが恐らく数値に直して650+400程度。クリアさせる気あんの?なアホみたいな調整だった最大難易度でも被ダメージ半減二つで1/4した上からラスボス最終形態のHP(当然のカンスト400)を約1/3持っていく試算になる。絶対にHP3割切った時の必殺技を撃たせる執念すら感じたあの調整の竜魔神王をHP1/3程から倒しきれるって可笑しい火力だ

 射線一帯抉れたクレーターしか残らないぞそんなもん!?

 

 「正気かよ、竪神!」

 おれどころか背後の街まで吹っ飛ぶ!

 『……アンカー固定』

 アイリスの声と共にガコン、とふくらはぎから出た鋼鉄のアンカーが地面と脚を縫い付ける

 

 「ロダ兄!流石にこいつは」

 「はっは!良く見て受け止めな、ワンちゃん一号!」

 いや喧嘩ってレベルか!?ダイライオウとデュランダルがそもそも過ぎた力だが、雷王砲はもう言い訳つかない過剰火力!

 なのに手は貸してくれないか!

 

 「くっ!」

 横に避けるか?いや、アンカーで固定したとはいえ腰は回る。多少ブレても当たるし、横に逃げても避けきれはしないか!

 なら突貫?いや、間に合わない!先に撃たれる!

 

 ならば!

 「アルヴィナ!」

 水平方向には強くとも!上下には!

 焔の翼を解き放ち、理解してくれた友人がおれの首筋にぶら下がった瞬間に地を蹴って空へ!試算上空に向けて撃てば反動をアンカーでも軽減しきれない!

 

 「雷王砲!発射ァッ!」

 轟く爆音!近くに雷でも落ちたのかという音に鼓膜は蹂躙され、光がおれとアルヴィナを追う

 ……普通に撃てている!?反動でブレずにか!?そこまで改良が出来てたのは流石に想定外っ!

 

 それでもっ!ならば!

 「電磁!刀奉!」

 本来は鞘と合わせて撃つが、電気をある程度通さない右腕な左腕骨の隙間を無理矢理レールにして……

 アルヴィナのフードを愛刀で貫いて引っ掛けるや電磁投射式に射出!無理矢理最速で逃がすまで!

 

 「……駄目!」

 げがごぉっ!?

 が、それを撃った瞬間、首を襲うとてつもない衝撃に胃の中身(胃液と血しかもう無いが!)をぶちまけながらおれの体も更に上空へと打ち上げられた

 その足だけを過剰火力の光が掠め……

 

 って痛くないし、何なら消し飛んで感覚が無くなった訳でもない

 ふと下を見れば、赤熱していない砲塔を定位置に戻すダイライオウの姿があった

 

 そうか、空間飛んでくるATLUS相手にせめて!と作った幻影装置で撃つ気がない最大火力を撃つように見せかけ、無理矢理な逃走をさせたのか!

 忘れていた、焦りでその可能性にまで辿り着けなかった!

 

 「はァッ!」

 見れば分解していては砲塔自身が耐えきれない筈のパーツがビットとして分離している。空をもっと見れば気がついた筈なのに!

 

 「ライオビット!」

 空飛ぶ鳥のようなどこか三角に展開したビットが、射出されて空中に放られた黒髪少女を強く打ち据える。アルヴィナが咄嗟におれの首に引っ掻けたろう内臓のロープに引かれたおれごと、その小さな体は機械恐竜によって凍らされ砕かれた家の残骸に墜落した



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黄金、或いは終結

「げほっ、ほっ」

 気道を塞がれていたこともあり、咳き込みながら立ち上がる

 最後の最後に千切れてしまった腸のような紐を首から外しながら、ふらつきつつも周囲を見渡す

 

 「っ、ごほっ!」

 アルヴィナは首を絞めたのではない。単におれに上空へ打ち上げられ逃がされた瞬間におれまでも救おうとして、必死に引っ掛けたのがたまたま首だっただけだろう

 

 が、酸欠でちょっと苦しい

 「あ、皇子さま!」

 駆け寄ってくる銀髪の少女

 「来るな、シエル様」

 「でもっ!」 

 「これはおれとアルヴィナが、竪神を……!」 

 「……彼の故郷を滅ぼした禊」

 ぶるりと瓦礫を払いながら、小さな狼が立ち上がった。もうほぼ纏った屍は無く素の小柄さが露になっている

 

 「みそ、ぎ?貴女……」

 「ボクはもう、最期まで皇子を信じると決めた。友達って、見てきたボクを信じるって……命を、母の遺品を、全てを懸けてくれた彼を

 でも、それはそれ」

 狼になっても変わらない満月の瞳が、静かに此方を狙って巨剣……はおれが氷炎の剣にして壊してしまったので槍を構えて睨み付ける緑に輝く精悍な顔の機械巨人を見上げた

 

 「ボクはお兄ちゃんや……兄様の為に、この世界に興味を持ちつつも混沌に還そうとしていた」

 「そうか、やはり」

 降り注ぐ冷たい声

 「タテガミの言う通り。あの日、故郷に助けを求め、ナラシンハを喚んだ変な亜人はボク。正確にはまだまだ上手く調整できなくて顔も体も崩れ気味なボクの影を、ニーラが肩車してフードで誤魔化してた」

 「それって」

 とても悲痛な顔でアナは目線を下に下げる

 

 「許せないです」

 こくりと、目を閉じて苦しげにアルヴィナは首肯した

 「……当人は絶対に許さないと思う」

 でも、と少女狼は顔を上げておれの右手を舐める

 

 「でも、ボクは死ねない。皇子の横に立って、ボクを信じてくれた想いに応えると決めたから」

 だから、と屍の皇女は吠える

 

 「……あの日も、そうして憐れを誘ったな。その時、最初に助けてあげようと言い出したのは、幼き日の私」

 「信じてくれなんて、ボクには言えない」

 「だから信じるものか。今の話すらも、同情を誘い私達を殺す罠でないとは、とても思えない」

 

 四天王に、アルヴィナに……故郷を襲われた者だからこそ、その確執は強く深い。おれにだって、何とも出来ない

 頼勇の言葉は一般的に正しいし、寧ろ疑って当然だ

 

 「だからおれはこうして立っている、竪神

 言葉で分かり合える点はない。在るわけがない」

 「そうだ、理解は出来ても納得がいかない」

 「そんなこと知ってるさ、竪神。魔神にもう同じ目に遇う人が居ないように戦い続けたおれの親友」

 「譲らないと解っているさ、ゼノ皇子。誰よりも自分の想いを、それだけを信じて誰かの為にたった一人どんなものにも立ち向かう、私が共に歩みたい英雄」

 過大評価にむず痒くなるが、止まれない。赤金の轟剣を構え、アルヴィナを真横に控えさせておれを含めた多数の祈りを束ねた機械の百獣王を炎の燃える瞳で見据える

 

 「だから、離れてくれ、シエル様」

 「魔神は危険だ、聖女様」

 「そうだぜアナちゃん!」

 三者三様の声を受け、それでも何故かアナは一度アルヴィナの方を見た

 

 「解ってます。でも、何だか……」

 「アナ!」

 「っ!はい!ごめんなさい皇子さま……

 魔神さんは許せませんし、応援できませんけど……ご無事でいてくださいね?」

 その言葉には何も返せないので聞き流し、黄金の炎を燃やす 

 

 「……言葉はもう無意味」

 「元から無意味。決着を付けよう、皇子」

 「それだけが言葉になる!行くぞ竪神!」

 おれの言葉に合わせ、エネルギーウィングを遥かに巨大化させて鋼の巨神は構えを取った 

 

 「皇子」

 おれの周囲を取り囲む青い人魂。だがそれはおれを護り導くための力

 「ああ、おれだけじゃ駄目だ、手を貸してくれアルヴィナ」

 『お兄ちゃんを助ける!』

 「そうだな、アイリス殿下。間違いならば、友として正さねばならない!」

  

 そうして、ほんの一瞬の間を置いて……

 「絶星灰(ぜっしょうかい)!」 

 「『絶星灰!』」

 

 ……!?

 思わぬ叫びに驚愕の息が漏れる。《絶星灰刃・激龍衝》を初めとした金焔の一撃を放つ奥義は轟火の剣の固有技の筈!

 「(りゅう)!」

 「『(ほう)』!」

 

 が、止まれない。カラドリウスにも向けた、黄金の焔を爆発させて自身を吹き飛ばし、焔を纏う愛刀を直接振るう合体奥義……そこに更に轟剣を呼び戻しての最大火力を、放つのみ!

 「霹靂紅(へきれっこう)!双牙!」

 が、それに合わせ……機械神も同じく黄金に近いオーラを纏い、一条の光嵐の槍となり突貫する!

 「『応雷封想(おうらいほうそう)』!」

 

 最強の神器の黄金の焔と蒼き刃の紅雷、雷の名を関する蒼き咆哮と其の纏う黄金の嵐が激突し……

 

 「皇子、ボクは……」

 おれを包んで保護する屍が消し飛び、フォローしようとする骨槍等も届かずに塵と化し!それでもおれは圧倒的な力とかち合う

 同じ冠を抱く奥義とかワケ分からないが!それでも!負けるわけには!

 

 『……と、悪いですが兄さん、タイムアウトです』 

 『無理する場面ではない、後は今を生きる者に任せても問題なかろう!』

 ……っ!遅すぎたか!

 消える金焔、流石に鞘走らせる事も無く無理に振るった逆袈裟斬りを放つ愛刀だけで黄金を纏う機神に勝てる筈もなく

 

 「貫けぇっ!」

 手段は!

 

 と思ったその瞬間、不意におれの体は後ろに飛ぶ

 最後まで残っていたおれを護るように展開された人魂から生えた腕が、おれの足首を掴んで投げたのだ

 代わり、黄金嵐の前に立ったのは、一人の少女

 

 「アルヴィナ!」

 「……どうしようもないなら、ボクは…… 

 皇子。大事なものを護るために死ぬ方が、護られて殺されるより良い」

 右手は愛刀ごと巨大な槍とかち合った衝撃で痺れて動かない。左腕は轟剣が消えたときに耐えきれずに砕け散った

 

 伸ばせる手すらなく、おれは……

 「っ!リリーナちゃん!?」

 「アルヴィナぁぁぁっ!」

 

 「……オーバーアウト」

 そうして、嵐は少女に触れ、そこで止まった

 蒼き機神の姿がパーツとなって崩れ、LI-OH本体のみを残して直ぐに消える

 

 「……死ぬと分かっていても、命を張って最後まで護るか。それは、私が最後に見た生前の父の姿」

 『exactly!』

 「それを討つは、父の想いを否定するにも等しい」 

 LI-OHが緑の光に包まれ、消えていく

 「魔神を信じる気はない。ただ、屍の皇女……いや、私の知らないただの少女アルヴィナ」

 

 そうして青髪の青年は、静かに衝撃で眼前で地面に倒れ伏しながら、上目になって自身を見上げる黒髪の幼い魔神に向けて左手を差し出した

 「君の父と被るその想いだけは、良く分かった

 その想いが有る限り、君はただのアルヴィナだ。私の故郷の、父の、皆の仇である屍の皇女ではない。誰かを大事に想い護ろうとする……私が喪った、そして護りたかったヒトの一部だと信じよう」



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対話、或いは思い出した答え

「だ、大丈夫ですか二人とも!?」

 言いながら瓦礫にちょっと足を取られて揺らぎつつも駆け寄ってくる銀の聖女。胸と幼く髪を売ってた頃からの特徴なサイドテールが揺れる

 

 「ああ、何とか……」

 「あと、アルヴィナ」

 右手で頼勇の機械腕を取ってふらふらと立ち上がるアルヴィナが、ぽつりと顔を小さく綻ばせた

 

 「アナ、ひょっとして……」

 瓦礫の中に埋もれながら、おれは少女を見上げる

 「はい、やっと思い出せました、リリーナ・アルヴィナちゃん

 って偽名で、本当はアルヴィナ・ブランシュちゃん……だったんですよね?」

 こくりと頷くアルヴィナ。その和らいだ表情が少し苦悶に歪んだ

 おれの立ち位置からではほぼ見えなかったが、左腕が半ばから無い。黄金嵐によって削り取られてしまったのだろう。掠めた、ただそれだけの事で

 

 それを見たのか、アナの曖昧に綻んだ顔も沈む

 「大丈夫ですか、アルヴィナちゃん?

 あの日みたいに、体の端から結晶化して砕けていく……みたいな事は無さそうですけど」

 アルヴィナがアナと交流していた頃の最後の姿。それを言えたってことは、ちゃんと記憶が戻ってるんだろうな

 

 「ごめんなさい、ずっと……皇子さまを護ってくれた友達の事を忘れていて」

 「……寧ろ、覚えてる皇子が変」

 「愛の奇跡なんですね」

 アルヴィナが首をかしげた

 

 「そんなものがあったら、ボクの横には皇子じゃなく我が物顔のアドラー・カラドリウスが居る」

 ……言えてるだろう。アルヴィナの事を考えて死んでいった彼だが、当然おれより愛は何倍も深い。愛で奇跡が起きるならおれを殺して彼がアルヴィナを救っていたろう

 

 「あれ?

 皇子さまは、アルヴィナちゃんの事が好き……なんですよね?だから、わたしの言葉も、アステール様も、誰も彼も来るなって……」

 溜め息を吐くアルヴィナ

 「そうだぜアナちゃ……」

 そうして、アナの肩に手を置こうとしたエッケハルトの右手に噛み付いた

 

 「アイダッ!?

 痛、いだだだだだっ!?た、竪神竪神竪神っ!こいつやっぱり危険な魔神だろ!」

 ブンブンと手を振るが、ステータスは多分だが屍の皇女と呼ばれたアルヴィナの方が数段高い。エッケハルト程度の能力だとGJTに変身でもしなければ引き剥がせる道理はなく、アルヴィナに噛まれ続ける

 

 「いや、今のは辺境伯が悪い」

 「侮辱」

 かぱっと八重歯の見える口を離し、アルヴィナはアナの前に立つ。銀の少女は一瞬躊躇う素振りを見せるも、腕を広げた

 

 「……ちょっと分からないことは多いですけど、お帰りなさい、アルヴィナちゃん」

 「ただいま、アナスタシア」

 ぎゅっと白の少女は黒い少女を胸元に掻き抱いてもう離さないというかのように抱き締める

 

 「ごめんなさい、本当にごめんなさい

 最後までわたしたちの為に戦った貴女の姿を、わたしは知ってた筈なのにっ……

 あとらすさん相手に、最後に全部全部バレちゃうのに、全力で立ち向かってくれたあの時と被る時まで、忘れたままだったなんて……」

 「言ったけど、皇子が変なだけ」

 「でもっ!それでもっ!

 

 忘れてたくなんてなかったのにっ!皇子さまは覚えていて、アルヴィナちゃんはわたしをさりげなく助けてくれてたのにっ!

 忘れたからって、何度か救われてる相手を含んだ皆、絶対に分かり合えない化け物だなんて……っ」

 瞳から涙を、口からは整理も出来ずに溢れる言葉を溢しつつ、少女は漸く会えた幼い頃の友人を抱き締め続ける

 

 「アルトマン辺境伯。君の言葉は私には擁護できない」

 「いや、ちょっと眼福……って感じの尊い光景の何処にそんな言われる筋合いが」

 「いや、皇子を見ていて、彼とあのただのアルヴィナが恋仲に思えるか?

 私には思えない。そんな嘘をさも事実かのように告げて、あの仲を取り戻そうとする二人の関係をギクシャクさせようというのは、流石にどうかと思う」

 呆れ気味に、青髪の青年は自身のエクスカリバーから刃を消し、柄だけをバックパックに嵌めて背負いながら告げた

 

 「……ああ、そういえばだが、私からの呼び方はアルヴィナで良いのだろうか」

 「良い。許す。ボクも今では悪いと思ってるし」

 「……当時は思っていなかったか」

 苦笑しながらも、敵意は向けない

 

 その辺り、頼勇はマジで英雄的なんだよな……流石の逆にシナリオどうすんだと言われたスパダリ枠

 「でも、片腕の事は」

 「勘弁してくれないか。私としても死を目前にしてまでの行動で無ければ納得がいかない。傷くらい付いてくれ」

 「今、皇子とお揃い」

 「その納得の仕方は止めて欲しいんだがな?」

 疲れたとばかりに、頼勇が肩を竦めた

 

 「……皇子。私はとりあえず信じるさ」

 「案外あっさりだな」 

 「言ったろう?私は何だかんだ、皇子の頑なさ、自己中さは分かっているつもりだ。その皇子が最初から言っていたんだから」

 ちょっと呆ける

 

 「いや、分かってたのか竪神」

 「皇子。皇子が私という戦力を高く評価しているのは知っている。未知数の相手に対して私が後で合流する事を渋らなかった時点で、明らかに『円卓の(セイヴァー・オブ・)救世主(ラウンズ)』のようなイレギュラーが来なければ絶対の勝算を見ている訳だ

 皇子が魔神側に裏切る算段な事はまず有り得ない。ならば答えは、向こうが裏切るという約束を交わしている

 そもそも、宣戦布告からして態度が可笑しかった。それもあの時点で忽然とではなく外から現れたのは、話を付けたあとそれっぽく演出したかっただけというのが自然だ」

 そうして一気に話した彼はおれに手を差し伸べながら、鋭くアルヴィナを睨む

 

 「だが、一度そうしたものに騙されていた以上、確証が持てなかった。どうしても全て罠という可能性を捨てきれなかった」

 困ったように青年は笑う

 

 「話を聞けば、私自身彼女に奪われもしたが救われてもいたろうに」

 うんまぁ、ATLUS相手にアルヴィナが戦ってくれなきゃ全力使いきってぶっ倒れたあの時の頼勇もおれも死んでたのは確かだから、間違ってないな

 

 「……ただもう、疑わない。彼女の皇子への恋心が揺れない限り」

 半眼でおれは友人を眺めた

 

 「なぁ竪神。遠回しにアルヴィナと結婚しろとか言ってるのかそれ?」

 「皇子、皇子が色恋に縁を作らないようにしている事は知っている。だからそんな話はない

 私個人としては、アイリス殿下は止めて欲しく、あの銀髪の方の聖女を応援したい派だな。だから嘘で籠落しようとした辺境伯を止めた」

 うーん、自分の色恋をこのイケメンに語られるのは不思議な感じだ 

 

 誰とも付き合う訳にはいかない以上、関係ない話のはずなんだが

 

 そんなおれの前で、アルヴィナはずっとアナに抱き締められたまま頭を撫でられ……案外心地よさそうにしていた

 

 「……もう、大丈夫か」

 「そうだな」 

 「これにて一件落着。世界は続けどこの話はめでたしめでたし!」

 と、最初からこれしか道がないと思ってたろうロダ兄が蚊帳の外から割り込んで締める

 

 瞬間、緊張の糸が切れる。もうフードは隠れていた場所に見えない

 戦いが終わって、アナとアルヴィナが仲直りできたなら……もう

 

 ぐらりと揺れる視界。極限を越えた体が一気に重くなり…… 

 

 「皇子さま!」

 「おやすみ、皇子。また……多分明日」

 柔らかなものに左右から抱き止められる感覚を最後に、ぷつりとおれの意識は途切れた



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アルヴィナ・ブランシュと遅すぎた援軍

「……皇子」 

 やっとまた逢えた友達と一緒に重くて軽い体を受け止めて、ボクはぽつりと呟く  

 

 「……わたしには、何にもしてあげられないんですよね。皇子さまにも、アルヴィナちゃんにも」

 「……?」

 ボクはその言葉に首を傾げた 

 

 「皇子には効かない。でもボクには効く」

 「あれ?そうなんですか?」 

 こくんと頷くと、ボクは……

 

 困った、使える死霊は使いきった。またどこかのさ迷う魂にボクに手を貸してと契約しなおさないと

 

 と思ってたら、ロレっちが気に入ってた変な煩いのがほいとマントを敷いてくれたので皇子はとりあえずそこに横たえる

 

 「でも、魔神さんですよ?」

 「人間だって元魔神。魔法が効かない道理がない」

 「あれ皇子さまは?」

 「あれは裏切り者って直に呪われてるから別」

 その言葉に更に曇って少女は目を完全に伏せた

 

 「なら、アルヴィナちゃんだって」

 「例外」

 自分の状態を確認しながら、ボクは残る右手を軽く握って額を拭う

 「……魔神王は、虹界の力である王剣(ファムファタール)を……蒼炎の紋章を抱く代行者

 それが、意図しないものに乗っ取られている。そんな状況で……ボクの事を裏切り者と呪わない」

 だからか、今になっても別にボクはそんな変わらない。魔神としての力を捨てたという人類祖みたいな事はしなくて良いし、虹界由来の魔法も……

 

 「ちょっと弱くなったくらい」

 むぅ、と唸る。これだと100%皇子とお兄ちゃんの役に立ちたかったのに、93%くらいしか役立てない

 「つまり、アルヴィナちゃんは治してあげられるんですか!?」

 喜び勇んで銀の少女はいそいそとかなり豪奢な魔法書を取り出して……

 

 「あ、わたし一人じゃこの魔法使えないです……

 腕輪はなくなっちゃいましたし、リリーナちゃんもノアさんも居ませんし……」

 どうしましょう、と痛々しげな顔でボクの左腕を見てくるけど、別に良いと思う。皇子とお揃い

 ボクの左目も持っていってくれたら更に御揃いだったのに。でも、皇子は嫌がるから駄目かも

 

 「前、ボクと一緒に使った」

 ボクもその魔法書を覗き込む。一応そこそこ魔神の魔法とこの世界のものには(この世界が虹界から切り取って産まれたから)互換性があるし、行けるかも

 

 「……人手不足」

 チラッと周囲を見てみるけれど

 

 「私は父の魂と接合した結果、普通の魔法の適性が無くなっている。頼られても何とも出来ないな」 

 「はっは!俺様に助けを求めるな犬っころ!俺様回復魔法はてんで駄目だ!だからこそお供に求める縁もある!」

 「いや俺は炎属性しか無いし……」

 地面に唾吐くエッケハルト。やる気無さげだけど、ボク彼のことは結構嫌いだから明らかに本気を出そうとしてなくても許す。七色の才覚?で治療が得意な魂の形(回復職)に変われば?と言って頼る気もない

 そして、お兄ちゃんは魔神だと隠したいのかすっと消えていて頼れない

 

 そんな風に迷っていると……

 「何だ、馬鹿息子と御揃いの隻腕でも始めたか魔神娘」

 不意に、ばさりとボクの頭に帽子が降ってくる

 振り返れば、其処には鋼髪焔眼の大男が立っていた

 

 皇帝シグルド。皇子のお父さんで、本来の轟火の剣の所有者。帝国最強

 「……こ、皇帝陛下!?」

 「(オレ)のやるべき仕事もまた終わった 

 何かと馬鹿息子が借りていく剣が戻ってきた以上今更行けど遅いだろうが、一応事後処理程度なら請け負うぞ?」

 鋭い瞳に焔を灯し、彼は静かに周囲を見回しながら告げた

 

 「何時もの大火傷に裂傷打撲片腕喪失その他諸々、焔を纏って火傷しながら同時に凍傷とは器用かこいつと思うが、最早この程度見慣れた」

 手早く皇子を分析するお父さん。ボクはあ、これぬいぐるみごと置いてった帽子の一個と嬉しく思いながらそれを見守る

 

 「ちなみにだがな魔神娘。本体なら自分で取りに来いよ?大きくて転移に巻き込むのが面倒だ」

 「分かった」

 「えあの皇帝陛下、わたしは」

 

 「ってか、武力だけの皇帝が来ても」

 「阿呆か、言われんでもそんなことこの(オレ)が一番良く知っているわ」

 馬鹿ハルトに被せるように告げる皇帝。その背後から、ひょいとあんまり好きになれない二人が顔を出した

 

 金の髪のエルフと、桃色聖女

 「リリーナちゃんとノアさん?」

 「(オレ)の転移は轟火の剣ありきでの単独転移。だがかつての縁からエルフの里には飛べてな。どうせ馬鹿息子の事だからエルフをまだ安全な里に飛ばしているに違いないと思ったら、案の定だった」

 「で、ノア先生の咄嗟の魔法じゃなく、ちゃーんとした転移先を指定して飛べる魔法書で飛んできたんだ」

 そういうこと、と言いたげにエルフは無言で手の中に抱えた包帯等を小さく掲げて指し示した

 

 多分、皇子の為に用意した薬の染み込んだ包帯。治してあげるため

 それは良いのにもやもやする。ボクじゃなくて、あのエルフがって事に

 

 だってボク、奴のことは……お兄ちゃん関連で落ち込んでて皇子に逢いたい時に魅了で皇子に迷惑掛けてた事と、ボクの祖父の死体を勝手に使う彼に呪われてボク達に助けられたのに何だか不遜な態度してた事しか知らないから

 桃色?論外

 

 「あ、これで何とかなりますね……」

 ほっと息を吐く銀髪聖女

 

 それを見て鋼髪の皇帝は頷き

 「そう言いたいが、まずはケジメを付けんとな」

 「ケジメ、ですか?」

 「竪神準男爵。騎士団員に対する皇命だ

 アルヴィナ・ブランシュ及び馬鹿息子を外患誘致及び反逆準備罪で拘束せよ、良いな?」



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インターミッション ヒロイン座談会
異伝・アルヴィナ・ブランシュと発情エルフ


「……邪魔しないで」

 ぽつり、と本音をボクは漏らす

 

 此処は帝国(一応ローランド轟剣帝国、だと思う。皆帝国としか言わないけど)王都。帝国なのに王都なのは、帝祖皇帝がボクが産まれるちょっと前の魔神と聖女の戦い云々の後に、周辺国すら纏めて戦い抜いたお前がもう長になれとかつてあった王国の国王から国を譲られたから……らしい。

 その王城……から地下通路で繋がった郊外の牢。地下に建造して、完成後に王城からのトンネルを除いて地上と繋がる全てを魔法で埋めて在処すら分かりにくくしてしまったから、光も届かない地下深く。其処にボクは閉じ込められている

 

 でも、別にそれは良い。ボク自身納得している。皇子側に付くと決めた時に、はいそうですかとなる訳がないって思って、それでも決めた道だから

 殺されないなら良い。いっそ首輪で絞められても良い。その時は皇子に付けて欲しいけど、許す

 

 でも、問題なのは……

 「馬鹿は寝て言ってくれるかしら?」

 目の前で憮然とするいけすかないエルフ娘。歳上ぶってるけど100歳前後らしい。ボク……一応生まれは780年くらい前だからお姉さん、偉ぶるのは止めて欲しい

 

 光の届かない地下牢に閉じ込められているのはボク一人じゃなく、皇子も一緒。皇子の父はどうせ引き離しても共謀するからいっそ監視しやすく同一牢にしておくって言ってたけど絶対方便

 だから、夜目がきいて真っ暗闇でも問題ないボクが今も意識が戻らない皇子に包帯とか巻き治し……って思ったのに

 

 「馬鹿じゃない。ボク、ちゃんとやる」

 「……そこは疑っていないわよ、魔神さん。ワタシが言っているのは、どうしてアナタ、ワタシの持ち物を勝手に使わせて貰えると思っているのかよ」

 呆れた顔で、自前の灯りに照らされたエルフは告げる。その生意気な長耳と、ボクが知ってる頃はショートカットだった筈のポニーテールが揺れた

 

 「そもそも、彼が今巻いている包帯も、持ってきた替えも、ワタシ達エルフのもの。一応秘伝に属するわよ?」

 「……知ってる」

 「恩人であり、今もワタシ達エルフを含む皆の未来のために全力を尽くしている灰かぶり(サンドリヨン)との『大事が起こった時に手を貸す』約束を護り、高貴なるエルフが己の秘伝を使ってあげている、これはそういうことよ

 なら、勝手にアナタが自分にそれをやらせろというのは可笑しな話でしょう?」

 ……言ってることは間違ってない。実際、分からなくもない

 

 幾多の薬草や何やらを煎じ染み込ませた包帯。七属性全ての所有者が揃って初めて作れる七天の息吹ってイカれ魔法(お兄ちゃんもふざけた奇跡と愚痴っていた覚えがある)が影属性持ちが産まれないエルフには他種族と協力無くしては作れないから、代わりに発達してきた魔法ですら治せない大怪我を癒す秘宝。勝手にボクが使うのはと言うのは……理屈としては分かる

 

 「皇子はボクの。ボクは皇子の

 ボクが付けた傷みたいなものだから、自分でやりたいだけ。だから頼んでるし、誰が巻いても効能は同じ」

 ボク自身の腕は七天の息吹で治してしまった。その金額はボクが皇子の為に働いて返す

 

 「だから、貸して」

 「……嫌よ。そもそも、ワタシあの銀の聖女と違って何も思い出していないものの、一応アナタが恩人の一人というのは理解しているわ

 でも、それは別件。敵であった筈のアナタを認め受け入れるという一点で使いきる恩よ。それ以上は無いわ」

 ……恩恩煩い、と一人口の中で毒づく

 

 どうせ、皇子相手は恩を返してるだけと結構甲斐甲斐しく、そして恩着せがましく動く癖に、と揺れるポニーテールに噛み付きたくなる

 

 「あら、魔神も動物みたいね、揺れるものが気になるなんて」

 ……煽り、低俗

 「低俗な発情エルフが気になっただけ」

 分かってても、ボクはつい吠える

 

 「……何が言いたいのかしら?」

 「ボクが知ってる限り、髪は伸ばしてなかった」

 「エルフの髪は魔除けになるらしくてね。ある程度の長さまではすぐ伸びるのよ」

 「それをショートにしてたのを、わざわざ止めたの?」

 暗くボクは笑う

 

 「発情エルフ」

 「発情魔狼が吠えて、何がしたいのかしら?

 単に、恋に目覚める少女の歳にはまだ早いし、特に異性にアピールする気も無かったから動きやすさを重視していただけよ。でも、人間相手とはいえ、人前に出るなら女性らしさが有った方が良い、そう考え直したの」

 「語るに落ちた」

 がるる、とボクは吠える

 

 「何様のつもり?」

 「ワタシが聞きたいわね」

 「ボクは皇子が共に歩める道を信じた穏健派の魔神。屍の皇女アルヴィナ・ブランシュ」

 威圧するようにエルフを睨む。何時もは髪に隠れがちな方の目を爛々と輝かせて、強く主張する

 

 「ワタシはノア・ミュルクヴィズ。高貴なる女神に加護されたエルフの纏め役

 今は恩と縁の為、灰かぶりを初めとした一部人間の為の教師もやってるわ」

 威圧に全く揺らがないと、ちょっと困る

 

 紅玉の瞳は揺れず、ボクを見返してきて……

 

 「えあの?アルヴィナちゃんにノアさん?

 何を睨みあってるんですか?」

 ……と、不意に更に背後からそんな声がした

 「『無駄な言い争いなんじゃよー』」

 ……そういえば、ずっと皇子の横で寝そべっていた狼の存在を忘れていた

 

 「アーニャ、低俗エルフが皇子の為の包帯をくれない」

 「アルヴィナちゃん、そもそも人に貸してくださいって頼むときは喧嘩腰じゃ駄目だと思いますよ……?」

 「このエルフ、ボクは大嫌い」

 「ワタシも正直好きになれないわね」

 「『誰でも良いからまずぬしの包帯を替えてやるんじゃよー?』」



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異伝・銀髪聖女と踊る会議

「う、うーん」

 わたしは皇子さまが起きていたらって思って持ってきた食べやすそうな穀物団子を手に、小さく首を傾げました。

 

 来てみたらこれです。アルヴィナちゃんとノアさんが睨みあっていますし、皇子さまはやっぱり苦しそうに眠っていますし……

 

 「アウィルちゃんの言うようにまず皇子さまです

 間を取ってわたしがやりましょうか?」

 なんて、ちょっぴり本気で冗談めかして言います

 

 「駄目」

 「何処が間なのかしら?横から来た泥棒じゃない」

 けど、やっぱり即座に潰されちゃいます。いえ、分かってて言ったから良いんですけど……

 

 「えへへ……それより何より皇子さまの怪我を治してあげる事が優先ですから

 わたしだって、自分で治してあげられるならやりたいですけど」

 って、わたしは王都に帰って龍姫様に祈ったら戻ってきた腕輪に眼を落とします。一度離れた事で溜まっていた力が0からになっちゃって乱用が効かなくなっちゃいましたけど、帰ってきてくれたのは嬉しいです

 元々、聖女様の力を自分勝手に使いすぎるのは良くないですし、戒めです

 

 でも、やっぱり皇子さまには効かないですし……。エッケハルトさんやリリーナちゃんは、龍姫様の聖女の力は効く筈なんだけどって言ってて、それが悔しくて仕方ないです

 本当なら、治してあげられる力を持ってる筈なのに、わたしじゃ駄目だなんて

 

 ちらりとノアさんを見てしまいます。わたしより元々が凄い人……というかエルフさんですし、ノアさんが持っていたら、きっと皇子さまを治してあげられて……

 

 「はぁ、それもそうね。この発情狼と無駄な争いなんてしていては教師兼保護者として失格ね」

 「皇子第一」

 って、何だかわたしの言葉に納得してくれたように二人が頷きます

 

 「じゃあ、とっととワタシが」

 「未来の相棒のボクが」

 ……って変わってないです!?

 

 「兄が妹を護るなら、妹は兄を支える……もの」

 って、数日寝込んだらしいもののけろっと復活したアイリスちゃんまで猫ゴーレムで参加してきました。猫さんの手でどうやって……と思うんですけど、ゴーレムだから腕くらい生やせますし行けるんでしょうか?

 

 「ふしゃーっ!」

 「うにゃぁぁぁぁっ!」

 あ、アルヴィナちゃんが猫さんを見て唸りました。確かに、昔からアイリスちゃんとアルヴィナちゃんって龍馬の仲っていうか、相性悪かったですし……

 アイリスちゃんって、ノアさんとは保護者?と妹って住み分けしてるからか平気なんですけど、同じくどこか妹っぽいアルヴィナちゃんには自分の立場を脅かされてる気がするんでしょうか?

 

 「って皇子さまからまた離れてます!」

 「……鋼の、誓い。我が風をもって」

 と、わたしと一緒に護衛として着いてきたガイスト君がおずおずと言い出しますけど……

 

 御免なさい、わたしには何言ってるか全く分からないです!皇子さま、翻訳してください!

 

 「黙りなさい泥棒猫」

 「男が口出さないで」

 「妹の役目を、部下が……取らない」

 あ、あの言葉っていっそ男であるガイスト君がやろうかって意味だったんですね

 でも、三人から袋叩きにあってしゅんと沈んでガイスト君は牢の入り口に引っ込んでしまいました。えっと、この中だと公爵さんで騎士団長さんだから偉い筈……

 

 と思ったら違いました。今は半ば同盟関係にあるけれど帝国とは独立したエルフさんの纏め役のノアさん、魔神族のお姫様なアルヴィナちゃん、帝国の皇女様なアイリスちゃん、一応聖女?なわたし

 何だか可笑しいですけど、立場としてはガイスト君が一番下なんですね今……

 皇子さまの為に集まってくれたみんなが凄い人で嬉しいです。嬉しいんですが……

 

 「いや、だからもう皆で手分けしてちょっとずつで良いじゃんいがみ合ってないでさ!

 ゼノ君が可哀想だよ」

 あ、リリーナちゃん!本物の聖女様までも、金銀の杖を手に牢にふらっと現れました。

 「そうです、独占なんてしなくてもっていうか一人じゃ皇子さまは止まってくれないです!みんなでやりましょう!」

 ぎゅっと握りこぶしを作ってわたしは主張します

 

 「……そうね。アナタそういう人だったわ

 しょうがないから、銀の聖女様に免じて今回だけよ?皆で手分けしてあげる」

 「えへへ、ごめんなさいノアさん。ちょっとワガママで」

 「良いわよ。アナタが自分より灰かぶり(サンドリヨン)を優先してくれるお陰で、ワタシもプライドをひたすら張るのが馬鹿らしくなるもの。頭を冷やせるという話ね」

 くすりと優雅にノアさんは微笑んで、包帯をくるっと周囲を見回してから、はい、と4つに切りました

 

 「……一応、ありがとう」

 少しだけ不満げにアルヴィナちゃんはその包帯のうち、一番短いのを受け取ります。アイリスちゃんも同じくらいの長さで、わたしはそれより結構長いですけどノアさんの分程じゃないです

 あはは、ノアさんって結構皇子さまの事になると独占欲みたいなの出しますよね……って思いながら受け取って

 

 「いや私のは!?」

 「無いわよ。立場を弁えてくれる?」

 リリーナちゃんには渡しませんでしたね、ノアさん……

 

 「いや私って一応ゼノ君の婚約者で聖女だよ?偉いよ?

 何なら私って女神様に選ばれたんだし、同じく女神の加護を受けたエルフ族の上位かもなんだけど」

 「ええ、だからこそ不要でしょう。アナタ、自分が聖女だと言うならエルフの包帯に頼らずその自慢の伝説の神器で何とかしたら?」

 どこか挑発的なノアさんに、桃色髪の聖女様は一瞬むっとしたように眉を上げて……

 

 「そういや杖があれば一応補助魔法とかゼノ君に効いたし、回復魔法も弾かれたけど他の人みたいに反転してダメージになるなんて現象じゃなかったし、わざわざ恩売られる必要ないか」

 あっさり納得して頷いたのでした



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覇灰の力、或いは神話を超えし者

「ぐっ、が」

 口の中に溢れる苦味を吐き出して咳き込む

 

 「皇子、起きた」

 「ああ、アルヴィナか……」

 身を起こそうとしても重い。仕方ないのでおれの頭を膝上に載せている魔神少女から目線だけ逸らして周囲を探る

 

 「城の地下牢か、此処」

 「驚かない?」

 少し意外そうなアルヴィナに、おれはそりゃなと少しだけ眼を細めて返す

 「そもそも、帰ったらそうなるなって思っていたから。一応おれ、内通していたし魔神連れ帰ってるんだぞ?無罪放免は無理だ」

 ってか、周囲にバレたらこれが原因で追放イベント起きても納得するしかないレベル。おれはアルヴィナを信じたことに後悔はないが、周囲は違うだろうしな

 

 「……またこの包帯か。ノア姫達がやってくれたんだな」

 一応エルフ秘伝。腕すら治るかもしれないな。時間はかかるが

 そう思いながら感触を確かめていると……何もないに等しい牢なのに案外柔らかな何かが敷かれている事に気が付く

 

 白い翼だ

 「アルヴィナ、これって」

 「これだけ残った、セレナーデの欠片」

 「そうか、セレナーデの……」

 力を感じる。冷たく冷え込む、恐ろしいもの。ジェネシック・ティアラーに喰われた時にふと感じたもの、そして……アガートラームにも共通する冷気

 

 「覇灰の力……」

 こくりと頷くアルヴィナ

 「アルヴィナ、その名前は知っているのか?」

 「知ってる」

 ……いや初耳だが

 

 「……ええ、その名前ならば」

 と、鈴の鳴るような声に頭だけちょっと倒せば、見えるのは祈るように両手を組んだアナの姿

 だが、どこか何時もと雰囲気が……

 

 「ティア。いや、龍姫様」

 懐かしい気配じゃないかと気が付いておれはその名を呼んだ

 「おや、見た瞬間に分かってくれないとは、私は悲しいですよ?」

 全然悲しくなさげに、氷の翼を生やして告げるアナ……ではなく始水

 

 「何者?アーニャの体で」

 「分かりませんか、屍の皇女。私はこの子の体を神託の為と少し借りている者」

 「七大天」

 睨み付けるように、アルヴィナは吐き捨てた

 

 「ええ、滝流せる龍姫と呼ばれています

 が、まあ良いでしょう?アレを相手にする限り、貴方は私達と敵ではない訳ですから」

 「皇子は渡さない」

 「渡す?元々私のものですが?今世でくらい良いですけれどもね」

 ……あの、始水?何かおれの扱い酷くないか?

 

 「兄さん。今は脳内通信ではなく直接言葉にしてください。此方に声だけ出しているのと同時に反応はできないので」

 いや、そうだったのかすまない

 

 「神の割に使えない」

 「ええ、神託状態ですからね。この子の体を動かすことすら出来ませんよ」

 と、神の証明のような翼だけ動かして龍姫は答えた

 

 「私がわざわざ出てきたのは他でもありません。兄さん……貴方の言う皇子の為に、情報を擦り合わせに来たんです

 あまり私を敵視して為すべき事を忘れると嫌われますよ?」

 「仕方ない」

 ぶすっとしながら合わせるアルヴィナ

 

 「さて、覇灰の力、ですか」

 「覇灰皇」

 ぽつりと呟くアルヴィナ

 「それが、敵?お兄ちゃんを殺し、夜行を狂わせて、皇子を狙う……」

 「いえ有り得ません」 

 「……そう、なの?」

 「そうなのかティア?」

 二人して始水のあっけらかんとした発言に眼を見開く

 

 「ええ、兄さんは分からなくて当然ですが、敵はその覇灰皇ではありませんよ。というか、私自身彼の事くらい知っていますし」

 眼をぱちくりさせるアルヴィナ。いや、おれも初耳なんだがそれ

 

 「どういう、こと?」

 「屍の皇女。貴方はどれくらい覇灰の力について知っていますか?ああ、兄さんは何も知らなくて当然なので答えずとも良いです」

 「恐ろしい力、人類史を否定する滅びのテーゼ」

 「はい、そうです」

 

 「っていうかティア?その辺り知ってるならおれに教えてくれなかったのか?」

 思わず愚痴る

 それに対して、表情ひとつ変えられないアナに憑依?した始水は、それでも何となく申し訳なさげな声音で返してくれた

 「いえ、そもそもお手柄ですよ兄さん。私自身、相手が送り込んできたのがこの世界と縁あるAGXのみだと思っていましたから。上手く思考を繋げられなかったんですよ

 兄さんが、夜行の力を暴いてくれたから、敵が何者か何となく辿り着けた。AGXのみではなく覇灰の力に関係する他のものも与えてくると漸く分かった。決して黙っていたかった訳じゃありません」

 「使えない」

 「ええ、万能ではあっても、私達は全能ではありませんから。無理なものは無理です」

 くすりと微笑んで誤魔化しつつ、始水は続ける

 

 「当初私は、敵は精霊真王ユートピアに関連する何かだと思っていました。当人は違えどそれと縁深い存在だと」

 と、告げたところで不満げにアルヴィナがおれの髪を弄った

 

 「そもそも、覇灰皇は違うのは何で?」

 「おっと、話が逸れていましたね

 覇灰皇、正式には覇灰皇【窮聖朱】のミトラ。彼はそもそも、私の上に居るような神です」

 「初耳」

 「ええ。兄さんに語ったように世界は一つの葉、そんな葉々が並行世界として繁る枝が世界枝と呼ばれます。私達七大天はこのマギ・ティリスを虹界から切り開いた世界枝の神です

 が、それが枝なら幹、そして樹があります。それが世界樹と呼ばれるもので、覇灰皇ミトラはその樹を護る神……だったんですよ」

 「アレが?」

 思わず信じられないと突っ込む。人類史を滅ぼす力が、世界を護る神の力って矛盾してるだろうに

 

 「ええ、ですが兄さん。生きることが苦しい人々をどう救うか、神って良く悩むものなんですよ?」

 神様が言うと納得するしかない

 「そして、彼は一つの結論に達した。自分が世界樹を守護するにあたって一つ法を敷く時に……生が苦しみであるならば、生というものを終わらせて総てを救おうとした」

 「救済の為の、滅び。産まれてくるという苦しみを味わわせないよう、人類史を否定する?」

 「ええ、それが覇灰皇。そして其を為す覇灰の眷属の起こりです」

 

 一息入れて、始水の口調が和らぐ

 「ですが、彼は既に居ません。まあ、兄さんも分かるでしょう?

 そうして滅ぼそうとしても、立ち向かう者は居ます。勇者の神話を紡ぐ時を護る者、宇宙生命や一体の覇灰の眷属すらも味方に付けて抗った人間が居ました」

 何となく納得する

 「だから、覇灰皇の見た光とセレナーデは呼んだ」

 「ええ、兄さんやあの機体の中に、覇灰皇に抗った彼等の意志に連なるものを感じたんでしょうね

 そして、覇灰皇は……一瞬で消える光だとしても、確かに自分すら貫く未来への想い、それを信じて彼と共に眠りに就いた。輝かしいそれがあるならば、絶望する事は無い、覇灰は必要ないと信じて、己の法を封印して」

 静かに聞いていたアルヴィナの耳が跳ねる

 

 「……なら、別人」

 「ええ、覇灰を捨てた覇灰皇がですよ?そもそも割と人々が絶望してなかったから当時すら覇灰眷属が近寄ってこなかったこの世界にわざわざあんなもの送ってくる筈がありません」

 「なら、誰?」

 「……ですが、彼が封じた法を、覇灰の力を欲する者は居るんです。私達の中で、もしかしたら居るかもしれないと名付けたその者を……

 

 Oath Over Myth Geyser」

 「おうす、おーばー、まいす、がいざー」

 ぽつりと繰り返す。いや、意味って何だっけ?

 「はい。神話より噴き出すもの、覇灰皇を止めた者を超え、己の欲のために覇灰をもたらすという誓い。意訳すれば、神話超越の誓約

 私達は、頭文字からOOMG(ゼロオメガ)と呼んでいます」



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ゼロオメガ、或いは龍への誓い

「ゼロオメガ……」

 いや、名前を聞くだけで何となくヤバイとは思う。思うんだが……

 

 「なぁティア?それおれに何か出来るのか?」

 「出来ませんよ兄さん。人間が挑むものではありません。覇灰皇はまだ心ある命を愛するが故に慈悲として滅びをもたらすから対抗できたんです。ゼロオメガなんて呼称されている馬鹿は、あの円卓の親玉ですよ?

 その世界に生きる者を省みず好き勝手やる神なんて、兄さん達人間が戦う相手ではありません」

 さくっと言われて落ち込むが、いや言われてみればそうだよな?

 

 おれ自身、七大天と戦えと言われても困るし、それ以上の神相手に何が出来るわけでもない

 だが、それでも

 

 「何かおれに出来ることはないか、ティア。いや、龍姫様」

 アルヴィナが居るから始水とは呼ばない。だが実際、ずっと世界のために頑張っているのはおれより始水だ。何かほんの少しでも出来ることがあるならば

 

 「……兄さん。やっぱり兄さんは馬鹿です」

 暫くの沈黙の後、返ってきたのはそんな罵倒だった。が、そんな言葉を告げつつも、微動だにしないアナの体でこの世界の神たる龍姫はどこまでも優しい幼馴染の声音を響かせる

 「皇子、ボク達のやることは変わらない」

 「ええ、魔神娘の言う通りですよ兄さん。兄さんのやるべき事は変わりません

 私達ですら干渉出来る範囲を絞ることで他の神にも殆ど手出しをさせないのがこの枝です。相手がユートピアの同類だったとしても、ゼロオメガでも……送り込んだ尖兵を打ち払い、世界を護ってください兄さん

 それが相手の野望を砕く事に繋がりますから」

 

 その言葉は静かかつ厳か。他の人が聞けば神らしい威厳に溢れたように思うだろう。けれどもおれには、珍しく始水が弱音を吐いたように聞こえた

 だから無理矢理に体を起こそうとする

 

 痛みが走るが、アルヴィナの小さな掌に背を支えて貰って何とか上半身を起こす。そして眼を閉じ祈り続ける今の幼馴染の背後に居るだろう前世からの幼馴染と目線を合わせ……

 ることが姿は見えないがきっと出来たと思い、小さく頷く

 

 「心配するな、始水

 分かってるさ。おれは護れる限り総てを護る。おれの為に戦ってくれた天狼にも、アルヴィナの未来を託したアドラーにも、始水自身にも誓ったんだから」

 そうしておれは、自分の下に敷かれた翼を右手で撫でる

 

 「いや、それだけじゃない」

 「お祖父様は、勝手に眠りを荒らされた」

 「セレナーデだって、無理に呼び起こされて戦わされていた」

 だからだろう。冷たく覇灰の力を宿す筈のそれは、おれの心を凍てつかせる事もない。手は悴むのに、心臓は痛い程に熱く跳ねる

 

 これはきっと、アドラーの片翼のように、セレナーデという天使がおれ達に託した希望

 「戦い抜くさ、始水。総てを背負って」

 一息ついて、更に続ける

 「AGX、裁きの天使(精霊)、そしておれが知らない他の何か。勝手に振るわれる覇灰の力

 そんなもので好き勝手する者達から、頑張って生きている彼等の未来を護る。託された想いと共に」

 「……死んだら怒りますよ、兄さん?」

 「その時は、ボクの屍天皇として、まだ共に。出来れば普通に生きていて欲しいけど」

 「いやそれは許しません。まずその想定の状況にさせません」

 むっとしたように、調子を取り戻しつつ始水は言葉を紡ぐ

 

 「ええ、でも少しだけ安心しました。分かってくれれば覇灰の力について話した甲斐があります

 兄さん。相手は他にも同じ力を持つ者を送っている可能性があります。警戒を怠らないで、心に未来を切り開く蒼焔を灯して」

 「勇気を信じて」

 「皇子を信じて」

 と、横で何かアルヴィナが変なことを言っているが気にしない。気にしたら色々とヤバイ気がする

 

 「……龍姫。あのお兄ちゃんの体に居る奴は、王権?っていう剣翼を持っていた」

 不意にアルヴィナが始水の方に問いかけた

 「あれも、覇灰?虹界の力とボクは聞いたけど」

 「貴方の兄が持つ王剣ファムファタールの方はそうです。と言いたいのですが少し違いますね」

 「そうなの?」

 アルヴィナの瞳と髪が不安げに揺れる

 

 「ええ。あれは虹界の力ではなく覇灰の力です。本来は……枝葉が腐った時にそれを切除するための世界を終わらせる覇灰の剣、それがファムファタール」

 「初耳」

 「私達に必要ないと封印していたら虹界に呑まれその力を宿したのが、貴方の兄の王剣です。本来の王剣は覇灰に属するもの、流石にコピーされているのは別の王剣を既に持っているが故の例外と思いたいですが……」

 「つまり、あの亜似は危険?」

 「はい。残念ながら兄さんとセレナーデの戦いは歌のせいでそこまで観察出来ていませんが、少なくともセレナーデより上の覇灰者として扱って構わないでしょう」

 あっさりと告げられるが、正直少し辟易する

 

 いや、弱くあってくれと思ってしまうのは仕方ないだろう。覚悟決めても辛いものは辛い

 「……面倒臭い」

 「ですから、間違っても無策で正面から挑まないように、良いですね兄さん?」

 「ああ、分かってるよ」

 小さく頷きを返して、更にと思った瞬間

 

 「あれ?アルヴィナちゃん?」

 不意に氷の翼が砕け、銀の聖女は眼を開いた

 『タイムオーバーですね、でもまあ、最低限の話は出来たので良しとしましょう』



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狐娘、或いは欠落した記憶

「はい、皇子さま」

 ニコニコと笑顔で小さな匙をおれへと向けてくる銀髪聖女さま。幼少の頃はまだ恥ずかしそうに頬を桃色に染めていたものだが、今やその気配は欠片もない

 

 「恥ずかしくないのか、シエル様」

 「こうしないと皇子さま、食べてくれませんから」

 ……いやハイライト消えないでくれないか!

 仕方ないので口を小さく開けて木匙の中身を胃に流し込む

 前にこうされた時は……あ、ノア姫が鳥団子作ってくれた時か。あの時はまあノア姫相手だからと結構意識落ち着けたんだよな。  

 

 酷い話だが、何となく親っぽくて逆らいにくいというか……

 「どうですか、皇子さま?」

 小首を傾げておれを見上げる聖女に正気を取り戻す。 

 

 「味が分かる」

 「わたしがこうする時、大体何食べても炭の味しかしないって言ってましたもんね……」

 懐かしい話で何処と無く少女は沈んだ顔を見せて、それでも木匙をおれの口へと運ぶ

 

 「はい、あーんしてください。何時もより食べられるなら美味しいですよね?」

 「……まぁ」  

 気恥ずかしくて、逃げたくて、どうしても曖昧な答えになる

 

 「皇子さまは、優しくされる事に慣れていなさすぎです。もっと人を信じて、ゆっくりしてください」

 が、包帯をがっちり巻かれた体は重く、上手く逃げ出すことは出来そうも無かった

 

 ってか、包帯キツ過ぎないか?右足辺りはノア姫が巻いてくれたのか殆ど圧迫感も無いんだが、アナが巻いたろう左腕の残骸とかギッチギチだ。寧ろ包帯が痛い

 「ボクもやる」

 と、そんな悪戦苦闘するおれは気にせず、ケモミミの悪魔までも襲来する

 いや、おれ相手にそれとか止めて欲しいってのが本音なんだが……

 

 何とかして抜け出したいが……と格子を見る 

 壊せないことは無いんだが、逃げて良い身分でもないからな、今のおれ。謹慎中だ

 

 謹慎そのものは寧ろ父さん温すぎないか?レベルなんだが……と思いながら、こんなのおれにはという心を抑えて何とか木匙の中身の柑橘っぽい香りのする鳥粥にかじりついていると

 

 「おー、ステラもやっていいかなー?」

 不意に聞こえた声に、おれは肩を震わせた

 この声は聞き覚えがある。"ほぼ"アステールの声音そのままだ

 

 だが、何だこの違和感は

 いや、理屈は分かる。そもそもだ、何故気配もなく現れた?何時どうやって入ってきた?

 「あ、アステール様!」

 「ふっふっふー、おーじさまがまたまーた怪我したーって聞いて駆け付けたステラだよー?」

 耳をぴこぴこさせる姿はアステールにしか見えない。だが……

 

 こいつは本当にアステールなのか?ルー姐に頼んだがほぼ空振りだったようだし、正体は未だ欠片も掴めない。

 おれは静かに現れた狐娘を見据える

 

 「コスプレ狐娘」

 ポツリとおれの背後でアルヴィナが毒づいた。

 「アルヴィナ、アステールのことは」

 「……いけすかない狐。良く知ってる」

 ……まあ、会ったことあったか

 

 「ステラは野良犬知らないけどねー」

 という挑発に、アルヴィナは乗らずにおれの背にピとっと耳を付けて眼を閉じた

 

 「あ、アルヴィナちゃん……」

 苦笑するアナ。うん、でもアルヴィナっておれかアナか兄としか絡んでる印象無いんだよなそもそも……

 

 「……あ、アステール様も皇子さまに」

 「うーん、良く考えたら、ステラそんなことやってあげるほど、おーじさまの事好きだったかなーなんて」

 困ったような笑みを浮かべて匙を受け取らない自称アステール

 その言葉にほっとしてしまう自分に嫌気がさす。言葉自体は有難い。おれなんて屑、誰にも好かれなくて良い

 

 多分かつてのおれが始水の契約に一二も無く乗ったのも、そんな気持ちだったのだと思う

 だが、だ。相手はあのアステールだ。大人になって分別がついたと言えば聞こえは良いが、突然こんな態度になるのか?

 その疑問を最初に抱けないなんて、見過ごしにも程がある

 

 「アステール様?」

 「いや、それは良いんだシエル様。成長だし貴女も多分何れ理解してくれると思う」

 「絶対に一生分かりたくない理屈なんですけど……」

 ぽつりと告げられる聖女の愚痴

 

 それにへー、と意外そうなステラに、やはり何か歯車が狂っているのを感じる

 何度言っても聞いてくれないが、アナがこんななのは結構昔からだ。いや、おれには到底受け入れられないから断ったとはいえ告白すらしてくれたしな

 

 だが、だ。似たような告白ならアステールからもされた。そのアステールが、こうも変わるか?

 成長したっていうならと言いたいが、明らかに変だ

 

 リリーナ嬢とかには話してるが、何か致命的に彼女と歯車が噛み合っていない

 「アステール様、いやステラ様。おれ、いや私はどちらで呼べば宜しいのでしょうか?」

 だから、今一度そう尋ねる。多分その狂った歯車は、此処にあるのだから

 

 「えー、ステラでいーよ?

 今更おーじさまにアステールって呼ばれても、距離取られてる感じだしねー」

 何も気にせず告げる狐娘。ほら、コンタクト付けてみたよーと前回渡したコンタクトを嵌めて流星の魔眼の消えた瞳までも見せ付けてくる

 

 ああ、そこかと理解する

 漸く分かった。何が変なのか

 彼女は、あの日の事を忘れている。おれとアステールが出会った日の事を知らないんだ

 

 「ステラ様」 

 「おー、おーじさま何かステラに聞きたいのー?

 特別に答えてあげよっかなー?どうしよっかなー?」

 ふふんと自慢げな狐娘の揺れる二股の尻尾を見ながら、おれはどう言えば良いか脳内を探る

 

 そもそもステラ様って呼ぶのが通るのが変なんだが、もっと変だから放置

 

 そう、そもそもおれが最初から彼女の事は『捨てられた子(ステラ)』と呼んでいた、とこの自称アステールは認識している。そこが歯車の狂いなのだろう。だから、彼女はおれがステラと呼んでも気にしないし、何ならアステール呼びを嫌がる。

 本来のアステールなら、ステラなんておれが呼んだ日には拗ねて借金即座に返せーとか(まあこれは本来当然だけど)言ってきそうなのに

 

 「ステラ様」

 とおれはキツい包帯で何とか頭を指し示す。静かにしたアルヴィナがこそっと背中を支えて頭をずらしてくれて助かった

 「この通り頭を打って少し記憶が混濁していて……

 貴女と出会った日の記憶に違和感があるのです。貴女の口から正しい記憶を教え願えませんか?」

 

 その言葉に、狐少女はニコニコと返す。本物なら結構むーっとしそうなんだが……

 

 「オッケーオッケー、ステラに任せてね?

 ステラも最近、どーしてユーゴ様じゃなくてあそこでおーじさまを助けて自分まで死ぬかもしれないなんて道を選んだのか、昔の自分が理解できなくて困ってるんだよねぇ……

 別に、ユーゴ様に付けば必ず生き残れたしきっと大事にして貰えたのにーって。だから、ステラ自身もちゃんと整理したいしねぇ……」 

 

 詳しく知るべきだし聞くことは必須ではある。だがある意味、もう彼女の言葉は必要なかった。何より雄弁に、その台詞は元凶を語っていた

 

 「……やはりお前なのか、ユーゴ」

 信じたくはなかった。もう二度とアステールと会わなければ良い、何処かで自分の幸福を見つけて生きてくれればと思っていた

 だが、それは叶わない

 

 あの日アステールに言ったように、ユーゴ・シュヴァリエの魔の手は再度彼女に届いていて、おれとアステールの運命は交差せざるを得ないのだと、おれは直感した

 

 彼女はアステールだ。おれと出会った日の記憶を、おれにはちょっとそんなことでって理解できないが彼女がおれをああも慕ってくれた理由を……『由来を聞いてから一貫して彼女をアステールと呼んでいたなんて普通の人なら当然の事』を、記憶から欠落した結果、おれへのちょっと偏執的な想いが弱まり、ユーゴへの敵意の薄れた彼女なのだ

 

 「……前にも言ったけど、誓うよ、アステール

 君がまた自分をステラと呼ばなくても良くなるように。君をアステールの居るべき場所に連れていく」

 きっと、これは聞かせてはならない言葉。おれが小さく溢した言葉はアルヴィナ以外の耳に入ることはなく、静かに昔語りをしてくれるアステールの言葉に紛れて消えた



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狐娘、或いは告白

「おーじさま、良く分かったかなー?」

 「ああ、有り難うアステール様」

 耳をぴこぴこさせる、何処かおれとは距離を保ったままアナがそそくさと敷いてくれた床敷きの上に正座する狐娘の言葉におれはアルヴィナを背もたれにしながら頷いた

 

 「むー、何か変な感じー

 昔みたいにステラでいーのに。もうステラ気にしてないよ?」

 屈託無く微笑んで語るその言葉に本人は棘を含んだ気は無いだろう。本当にきっともう気にしてないに違いない

 

 彼女は、自分がかつて捨てられた子と呼ばれていたという事実を昔話として笑える大人(レディ)になった。そのアステールしか知らないから、ユーゴはずっと彼女をステラと蔑称で呼び続けて気にも止めなかった

 

 だが、おれの心には棘として残る。やっても居ない事を非難される気分になって、何かが痛む

 忘れろ、こんなの何時もの事だろうと勝手に防衛しかける心を必死に抑えて、おれはその痛みにわざと意識を向けて奥歯を噛んだ

 

 「お、皇子さま?顔怖いですよ?」

 「すまない、シエル様。顔が怖いのは元々だ」

 「おー、恐ろしいねぇ……」

 そんな狐娘の言葉に何とか動く右手で顔を覆おうとして

 「ばけものー」

 うん、こっちの方が怖いかと俯くに留める

 

 「いや、おれは色々と酷いことを忘れていたんだな、アステール様」

 ……ああ、良く分かる。アルヴィナはずっと、こんな気持ちだったんだろう

 アステール相手に正直距離を取りたかったおれですらこうなんだ。自分が大切だと思っている絆を、忘れたくない記憶を、全て忘れ去って。大事な筈の相手から絆無く語られる言葉は、こうも防ぎようなく(いた)

 

 「もーいいよ、おーじさま

 ステラも、おーじさまって結構駄目な人だしそろそろ幼いちっぽけな気持ちは卒業だよねぇ……って思うからねー

 流石に大怪我とか聞いて、なんにも気にしない程にははくじょーじゃないけど」 

 誤魔化ない魔力染まりで色が違う筈なのに、カラーコンタクトで誤魔化せてしまう両の瞳がおれを冷たく見る

 

 「おーじさま冷たいし、ステラの事心配もしてくれないし、変な野良犬とかばっかだし、昔ステラの恩人だったのは確かなんだけど、どーして好きだったのか分かんなくなっちゃったんだよねー」

 それは良い。そう割り切ってくれるのは大歓迎だ

 そう微笑みたい。こんな塵屑を卒業して本当の恋に、女の子としての最初の一歩を踏み出して幸せになってくれる宣言に、感謝すらして別れたい

 

 だのに、言えるものか!という心のささくれの流血で顔を歪める

 

 「えー、前の時みたいに、ステラをキープしようとセコいことしないで欲しいなー、おーじさま

 そういうのやるなら、ステラに好きって嘘でも言って、気持ち良くキープで良いって思わせてくれないとステラ困るよー?」

 ……いや待てよキープって何だキープって

 

 「そうですよ皇子さま」

 アナまで何言ってるんだ!?

 愕然とするおれに、アルヴィナも背でうんうんと……いやこれ女性陣全員でキープ云々納得してないか?

 

 わ、分からない……女心なんて元々分かってる気しなかったけど、更に……

 

 「『ごめんステラ。本当はもっと早くにこう言うべきだった。貴女の好意を、都合良く調子良く利用し続けた、最低のやり方だ。

  ……けれど、おれは誰とも結婚しないし、そんな不誠実な状態で、誰とも付き合えない。勿論貴女とも』っておーじさま言ったよねー?」

 責めるような瞳が、おれを射る

 

 「あ、そんな事言ってたんですね?

 わたしの時とほとんど同じ……」

 いや、使い回してないからな?と余計なことを思う

 「でもさー、これふせーじつだよね?」

 「そうなのか?」

 「誠実さの欠片も無いですよ皇子さま?」

 「これで誠実なら、ちょっと好かれてたら節操無しに手出しするのは一途な愛」

 それは一途じゃないぞアルヴィナ……ってそこまで言われる程駄目だったのかあの言葉、と今更ながらに落ち込む

 

 「いや何が悪いんだ」

 「全部ですよ皇子さま?」

 「酷くないかシエル様!?」

 おれには理解が及ばなさすぎて驚愕していても距離を取った口調が直らない

 そんなおれを他所に、納得しあえているらしい女性陣はうんうんと互いに頷いていた

 

 「え、皇子さま。わたしを見てもあれが告白に対する断りとして正しかったと思うんですか?」

 ……今も好かれてるのは分かる。そして困っている

 

 そうと知らずともヤバイと思っていたのに、乙女ゲーヒロインの一人と分かった以上おれルートにしか行けなさそうな現状は本気で不味い。おれは確かに助かるんだけど、それ以外の不幸が……

 特に彼女自身、割と不幸だろうあのルート。何より……ゼノルートに行くほぼ唯一のメリットである「ゼノが自動的に生存するし離脱しない」って点すら、そもそもアドラーがもう居ない今無関係過ぎて行く利点が無い

 

 「正しかったと思いたい」

 「いや、それ自分でも駄目だったって認めちゃってるじゃないですか」

 「そもそも何が悪かったのか分からないんだが、一応悪かったっぽいのは分かった」 

 その言葉に、女性陣は一斉にはぁ……と溜め息を溢した

 

 最近おれの扱い酷くないか?

 

 「皇子さま。例えばわたしが自分の命を捨てて、聖女様の腕輪の力で七大天さまをこの世界に呼び出して世界を救おうとしていたら、どう思いますか?」

 いや、考えるまでもなく反射で答えられる

 

 「止めてくれ。意味がないし君が自分の命を擲つ必要はない。民のために命を張るのはおれ達皇族の役目だ、君達聖女じゃない」

 その言葉に、銀の聖女はどこか遠い眼をして大きく息を吐いた。疲れたというようにすとんと落ちる頭と、合わせて少し揺れる胸元

 

 「でも、これは聖女のわたしにしか出来ない事なんです。だからわたしがやります」 

 だというのに、おれの言葉を無視して少女はおれに向けて覚悟を決めたように、強い光を湛えた瞳を向ける

 

 「そんなことはない。龍姫様だってそんなことは望まないし、君が死んで何になる」

 「皇子さまは、わたしが死んだら嫌なんですか?」

 「嫌に決まってるだろう!君は幸せになるべきだ。おれが……皇族が!君が生きるための幸せを保証するどころか、ふざけた戦いに巻き込んで手を貸してくれって情けないことを言ってるだけでっ!」

 「……それは良いです。皇子さま自身はどうなんですか?

 貴方自身の、飾らない言葉はどうなんですか」

 真剣な瞳がおれを見据える。だのに、おれにはどこか泣きそうな顔にも見えてしまう

 

 ……始水とそこは似てるな、本当に

 

 そんな失礼な想いを振り切って、動かない体を鞭うって言葉を紡ぐ

 

 「君に死んで欲しくない、そうに決まってるだろうっ!」

 「……それは、好きだからですか?それとも負い目があるからですか?」

 真剣な海色の瞳がおれを見据え、適当に言おうとした言葉が喉奥に落ちていく

 

 「……両方だよ。君の頑張り屋で、孤児院の皆を思うところや、どんな環境に置かれても出来ることを探してた優しさに惹かれたし、そんな君を過酷な状況に置かせてしまっている自分に腹が立つ

 だから、アナ、シエル様、そんな君は……っ」

 

 はい、と少女が突然真剣な表情を崩して寂しげに微笑んだ

 

 「……皇子さま、そこです」

 「何がっ!いきなり神に己を捧げるようなことを言って」

 「貴方がわたしを振った時に言った言葉って、わたしが今本当はそんな気無いのに言ってみた嘘を、本気で告げたのと同じことなんですよ?」

 

 頭を父の鉄拳で打たれたような気がした

 視界が歪み、頭がくらくらする

 

 『いや気が付いてなかったんですか兄さん?

 いえ、兄さん素で言いますよねあの言葉』 

 なんて失礼な幼馴染神様の言葉にも上手く反応できない

 

 「わたしは皇子さまを助けたくて、支えてあげたくて、幸せになって欲しくてっ

 だから告白したんです。それがわたしが出来るって思った一番の事ですから」 

 「そんなわけがない。君はそれで何を得る」

 何も言い返せなくて、ポツリと父からかつて問われた事をそのまま口から溢す

 

 あの時、何故アナを助けるのかと言われておれは当然の答えを返した

 そして、今も……

 「皇子さま。大好きな人に幸せになって欲しい、出来ることならわたし自身が幸せにしてあげたい。そう思ったら女の子は何処までだって頑張れちゃうんですよ?

 だって、自分の恋ですから。その恋に燃える事そのものが、わたし達が得るものなんです。貴方の幸せが、わたしの幸せにもなるんです」

 

 止めろ

 

 「皇子。だからボクは此処に居る

 例えお兄ちゃんが亜似(あに)様で無くても。誰よりもボクを想ってくれた者に反旗を翻してでも、ボク自身の信じた恋に殉ずる為に、命を懸けて皇子の横に居ると決めた」

 止めてくれ、アルヴィナ。おれにそこまで言わないでくれ

 おれに誰かの人生を背負わせないでくれ

  

 「もうステラ、そこまで思いきれた昔の自分が信じられないけどねぇ……」

 のほほんとのんびりした表情でお茶なんて飲みながら告げる狐娘に少しだけほっとして、相変わらずだと自己嫌悪する

 

 「だから、皇子さま

 貴方を助けたくて、支えたくて仕方ない女の子に向けてあんな風に自分一人で傷だらけになって誰かを助けるために突き放す言葉を言っても、相手には助けてって言ってるようにしか聞こえないんですよ?」

 「聖女、様……」

 「馬鹿言わないでくださいね、皇子さま?

 言った筈ですよ?わたしは何時か絶対に、貴方を攻略して幸せにしてみせますって。一人で傷だらけになってわたし達が傷付かないようにしたくても、許しませんから」

 

 真っ直ぐ見つめる視線から眼を逸らす

 

 「おー、ステラは正直、おーじさまにそこまで想いを抱けるのが信じられないねぇ……」

 ひょいと立ち上がり、少女はおれに背を向けて尻尾をくゆらせた

 

 「だからね、おーじさま

 ステラ、お別れを言いに来たんだー。あそこでおーじさまがステラに大好きとか結婚してくれとか言ったら、ほんのちょっぴり考え直したかもしれないけどー」

 ちらっとおれを見るアステール。何だかそうした言葉を言って欲しそうだが……

 

 「おれは君の幸せを願っている。だからアステール、君を必ず助けてみせる。それだけだよ」

 だが、おれにそんな嘘っぱちがアステールの事を考えればこそ言えるか。だから本音だけを語る 

 「そっか

 じゃあ、さよならだね、おーじさま。ステラ、憧れは忘れて自分の恋は自分で叶えることにするねー

 

 さよなら、昔のステラの心の支えになってくれた、かつてのおーじさま」

 何だか呆然とするアナを他所に、アステールは何処かへと忽然と消え去った



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決意、或いは狐娘の正体

存在の消えたアステールの居た場所を、血色の瞳で眺め続ける

 

 「皇子さま……」

 何処か不安げなアナと、

 「皇子、ボクの言いたいこと、分かる?」

 得意気におれの背を擦るアルヴィナ

 

 「ああ、辛かったよな、アルヴィナ」

 「ん」

 満足げに眼を細め、魔神少女はぴとりとまたおれの背に耳をつけた

 

 「アルヴィナちゃんと皇子さまだけで納得しないでください

 アステール様、どうしちゃったんですか?」

 辛そうに可愛らしい顔立ちを歪め、少女はおれに問い掛ける

 「明らかに変です。そもそも、わたしにアステールって呼んであげて欲しいって言ったの、皇子さまですよね?なのにどうして、あんな発言になるんでしょう……」

 「仮説は一つだけある」

 あまり、嬉しくない仮説。正直当たって欲しくないが……

 

 「アルヴィナ、一つ教えてくれ」

 その仮説が正しいとすれば、恐らくは原因となり得る事象についてアルヴィナが知っている筈だ。だからおれはそう背でくつろぐ少女に言葉を投げる

 「ティア……龍姫様の化身から、魔神王が世界の狭間にまで出張ってきた事があるって聞いた」

 『はい、私の持つカラドリウスに渡した物騒な触媒を取り返しに、馬鹿みたいな行動しに来てましたね』

 と、おれの記憶をフォローしてくれるのは神様。だが、彼女は最後まで見ていない。だから確信が持てない

 

 「その際、魔神王は後でアルヴィナに何か言っていなかったか?」

 どう具体的に言えば良いのか分からず適当そうな言葉を探って口にする

 だが、恐らく多分これで……

 

 「結構愚痴ってた」

 つまらなさそうな言葉が返ってくる

 「具体的には?」

 「アガートラームが動けないなんて嘘だとか、大怪我しながらボクに文句付けてきた」

 ボク自身そんなの知らないと、不満を隠さずにおれの背に鼻を埋めて怒りを発散する少女

 それは良い好きにしてくれ

 

 だが、必要な発言は取れた

 「……やはり、か」

 「必要な情報だった?」

 すんと鼻を鳴らし、アルヴィナが申し訳なさそうに背からおれに声をかける

 「ボク、皇子が聞きたいって知らなくて」

 「いや、良い。どっちみちアステールに来て貰わなければ確証が持てなかったから今聞ければ大丈夫」

 そうして、おれは遠くを見るように眼を凝らした。届かないアステールの影を追うように、はぁ、と息を吐く

 

 「皇子さま、仮説は」

 「ほぼ確実になった。彼女は恐らく……ユーゴに囚われて記憶を一部喪ったアステールだ」

 『記憶を、ですか?兄さんどういった理屈で』

 始水、本来AGXは大事な人を棺に閉じ込めて、自分との絆を燃やして力に変えるらしいが……ゼロオメガの影響があれば、他人との記憶を燃やして覇灰の力を捩じ伏せ制御する事って出来たりしないか?

 『何ですかその地獄そのものみたいな不正。馬鹿にしてるんですか……と言いたいところですが、彼等の黒幕がAGX乗りではなく覇灰の力そのものに干渉しているゼロオメガならば不可能な話ではないと思います』

 おれよりは詳しいだろう神様の裏付けも取れた。やはり……あのアステールは、おれとの絆を焔に変えてユーゴが魔神王と戦った結果、あの日の記憶を欠落させたアステール。本体が棺に閉ざされたが故に、ゴーレムか何かで仮初めの体を作っているから、誤魔化せない筈の眼が誤魔化せるようになっている

 

 「地獄か」

 「皇子さま、アステール様は助けられないんですか?」

 銀髪の聖女の上目がおれを見つめる

 「……助けられる……かは分からない」

 オーウェンに聞くしかないな。おれ達の中で今アステールが囚われているだろう状況に一番詳しいのはAGXが出てくるという続編(多分これもこの世界のように所謂世界枝の一つの歴史を別世界の住人が前世の記憶か何かからゲーム化した物)をプレイしていたオーウェンだ

 

 いや、無理みたいな事言ってた覚えはあるが……そんなもの、他に何か無いか可能性を探って限界まで足掻いてから絶望すれば良いだけの話。ゲームじゃ此処マギティリス大陸も七大天も聖女も出てこないだろう。それがきっと解決の糸口になると信じる

 「わたしに出来ること、あれば良いんですけど……」

 ぎゅっと胸元で手を組むアナ

 

 その瞳は真剣で、強い光を湛えていた

 「アナ」

 「あんなの、明らかに普通のアステール様じゃないですから」

 「ある意味、おれにとっては理想のアステールではあるけれど」

 「皇子さまの変な理想なんて知りません。酷い人だったってわたしに震えながら言ってきたユーゴって人に、何故か懐くアステール様はもっと知りません

 あんなのアステール様じゃないですし、皇子さまは幸せになるべきなんです」

 「皇子、ボクはあの狐嫌いだけど、魂片耳は痛そうだから見たくない」

 強い声は背後からも聞こえた

 

 アルヴィナがこうまで他人の為に何かを言うのは珍しい。大概あまり興味無さげにしてるイメージがあるが、本当に変わり始めているんだな

 

 「ああ。そうだな

 絶対にアステールを助けなきゃな」

 そんな二人に合わせるように、おれは小さく頷きを返した

 

 「……はい、それじゃあちょっと冷えてしまいましたけど、改めてあーんですよ皇子さま」

 「忘れてくれなかったか!」




なお、こんな話挟んでおいて何ですが次章はアステール編ではありません。前フリです。
次のアステール編はvsユーゴで正面からアガートラーム戦必須ですからね……もうちょっと先になります。


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朝霧、或いは未来展望

「……案外さくっと終わったな」

 新年を迎えた夜明け前の露を含む湿気た空気を喉奥に吸い込みながら、おれはぽつりと呟いた

 

 ああ、空気が旨いってこの事か……

 横でアルヴィナも唯の空気を吸って美味しそうに微笑んでいたりするし……

 

 「皇子。やっぱりボク、世界って結構好き」

 「ああ、だから護るさ、護らないと」

 時は人の月。龍の月や魔の月といった雨が多く寒冷化する時期を越え、溜まった肥沃さを生かして虹の月に蒔いた作物の種が発芽する時期だ。いや、魔法ありきなら一年中季節に関係なく色々作れるんだけど、一般的な話だとそんな時期

 新年が春に近い気候っておれの知識からすると少し違和感あるが、この世界の季節は七大天の影響が強いからそんなものだ

 

 「謹慎、終わり?」

 「ああ、もう反省したろって事なんだろうな」

 にしても、何で新年一発目におれを解放するんだあの皇帝は!?

 パレードか、新年にある皇族等のパレードを見ろってか

 

 「ボク、反省なら皇子側に付く時にした」

 ふふん、と自慢げなアルヴィナの耳が……被った帽子で見えない。外に出て良いぞと父が告げに来た時にぬいぐるみを返して貰って、被せてた帽子(おれがあげたものではないが同じ材質)をそそくさと被っていた

 

 「アルヴィナ」

 「耳、皇子以外に見せたら文句言われる」

 「そうだな。気にする人は居るだろう」

 「何処も駄目な奴は駄目。自衛」

 

 もう自身の死霊術を隠す気もないのだろう。ぶかぶかのマントにくくりつけられた骨の腕で地面に置かなくて良いように天狼ぬいぐるみを代わりに抱えさせて、アルヴィナは両手できゅっと帽子を更に深く被った

 

 「アルヴィナ」

 「ボクはもう皇子のもの。この力も、今もボクに応えてくれる死霊達も全部皇子のために」

 「……良いのか?」

 死霊術はそこまで便利な万能魔法ではない。あくまでも死者の側の想いが重要とはアルヴィナ自身の談の筈だが

 「そもそも、今ボクの元に居る魂達は、『皇子や聖女様方の為に』って人間が主」

 ……つまり、あの日おれとアナの盾になって死んでいった彼等みたいなのが大半か

 全く情けない。まだおれは護るべきだったのに護れなかった者に護られているって事か

 「有り難う、皆」

 だが、手を貸してくれるというならば有難いとおれは頭を下げて告げた

 

 「……にしても、今解放されてどうしろと……」

 きょろきょろと見回すが周囲はちょっと活気が遠くに感じる程度の静寂。新年ということもあり眠らずの民はそこそこ居るが、王城の端にまでその活気は届いては来ない

 「あのいけすかない狐を助ける?

 あーにゃんと一緒に」

 いつの間にかアナの呼び方があーにゃんになっている。うん、仲の良い事は良いことだが……

 

 「いや、まだアステールというかユーゴに手出しはしない

 ってか、あーにゃんなのか」

 「ボク、アルヴィニャ」

 「何猫っぽく渾名使ってるんだアルヴィナ」

 「アルヴィニャとあーにゃん。あの妹なんかに猫の座も皇子もやらにゃい」

 ……いや何を張り合ってるんだよアルヴィナ、無駄じゃないのか

 

 「……にゃあ」 

 「鳴かなくて良い」

 「ボク、あいつは狐娘並みに嫌いだから

 あーにゃんはロレっちくらい好きだから良いけど、他の女と近づけないで」

 と、アルヴィナからちょっと厳しいお達しが来る

 「ノア姫は?」

 「殺すほど好きになれないけど何処かで死んで欲しい」

 「物騒だな本当に!?」

 ノア姫、何だかんだ優しいと思うんだけどな

 

 「皇子。あのエルフが優しいのは皇子にだけ。ボクには優しくない」

 何か説教されたんだが

 「……兎に角、まだユーゴとやりあう訳にはいかない」

 「何で?」

 「あいつはアステールを棺に閉じ込めて、アガートラームで戦ってくる

 ということは、棺の中のアステールの記憶を燃やして力に変えてくる」

 「あ、だから」

 納得して頷くアルヴィナに言葉を続ける

 「そう、正直セレナーデの翼を組み込んだGJ(ジェネシック)X(クロス)は完成の目処が立っている。そのジェネシック・リバレイターと後はエッケハルトのジェネシック・ティアラーがあれば勝てない事はないと思う

 幾ら相手がアガートラームだとしても、勝ち目はある」

 「それは、だめ」

 「ああ、駄目だ。アステールの魂を燃やさせて何とか相手の機体を倒したとしてアステールは帰ってこない

 だから、瞬殺出来なきゃいけないんだ、あの……おれの知る限り最強のAGXを」

 

 そう、そしてその為には……

 

 「ジェネシック・ルイナー。どうやって作れば良いのか、設計図が訳の分からない解読不能状態のあの機体を何とか完成させて、ジェネシック・ダイライオウで挑める状況になるまで

 或いは、オーウェンが覚悟を決めてALBIONで一度で良いから戦ってくれると言ってくれるまで。おれ達はユーゴと正面から戦うわけにはいかないんだよ」

 「……面倒」 

 「ああ、面倒だな」

 特にジェネシック・ルイナー。モササウルスっぽい姿をした、海のジェネシッククロスに関しては、本気でどうなってるのか頼勇やオーウェンまで呼んで首を捻っても全く分からない。動力源とか一応日本語で書いてる筈なのに何言ってるのか解読不能だしな

 

 いや、そんな事言ったらプテラノドン型のリバレイターのエンジンであるレヴ・システムに関してもナニイッテンノコイツしてたが、あれは最近漸く精霊を生きたまま突っ込んで動力にしろという修羅みたいなシステムだと理解出来たので、一応セレナーデの翼からエンジン作る目処は立ったんだよな

 

 いや言わせてくれ何なんだよあの修羅みたいなシステム!?ヤバすぎるだろもっと穏便なシステムは……

 それじゃセレナーデ等に滅ぼされてたんだろうなぁ……うん

 

 と思っていたら、不意に肩を叩かれた 

 

 「シロノワールか?」

 「いやさ残念、俺様さ」

 朝霧の中から顔を覗かせたのは白桃の髪の青年であった

 

 「あ、ロダ兄」

 「久し振りだなワンちゃん一号とそのワンちゃん」

 「おおかみ!」

  がるる!とアルヴィナが吠えるのを、愉快そうに手で制する制服姿のロダ兄

 

 相変わらずマイペースというか、自分のペースしか無いなこの攻略対象

 とある種感心しながら……

 

 「いや制服着てるの早くないか!?」

 原作だともっと後では?

 「ん、早いか?」

 「おれの知ってるゲーム知識だと、ロダ兄が学園に来るのって新年の強制イベントが終わると直ぐに来る強制の長期イベントな修学旅行の後なんだ」

 修学旅行で出てくるからな。それが終わって暫くすると縁を辿って来たぜワンちゃん一号!とヒロインの前に転校して来て挨拶するんだよな

 で、そっから攻略のために色々出来るようになる。ぶっちゃけた話リリーナ編でのおれ枠だからまともに攻略しなくてもルート入れるけど、救済措置じゃなく条件満たして正規に攻略しないと見れないイベントやCGはそこそこあるって感じ

 

 つまり……ん?ちょっと待て

 「そう、だから俺様が来たのさワンちゃんズ」

 「あー、修学旅行の話?」

 「そう、新年の宴、縁拡がる時にお邪魔は良くないからな!」

 

 ってもうそんな時期か……

 と、おれは一息吐いた。って待て、ロクロク主人公勢の育成進んでないのにこんなイベントまで進んでて大丈夫かこの世界



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班決め、或いはあーにゃん

「修学旅行か……」

 原作では新年の後の箸休めみたいなシナリオだったな。新年って聖女と誰が一緒にパレードするかー等色々フラグがあって好感度調整や何やらが面倒(これは男主人公でも同じ)で結構疲れるんだけど、修学旅行は基本全員登場でキャラ分岐が少ないから割と気楽にプレイ出来るんだよな

 

 「ボクも行く」

 と、おれの服の袖を握ってくるアルヴィナ

 「いや、それは分かってるさアルヴィナ」

 連れていくのは確定だ。置いていくはずがない

 

 「おう、俺様だけじゃなく、そこの犬っころも行く前提で色々と頑張ってたぜ聖女様方がな」

 「有難い話だな。で……」

 息を吐いておれは相手の言葉を待つ

 「修学旅行関連で何が問題なんだ?」

 

 「ああ、それか。簡単だぜワンちゃん一号

 真性異言(ゼノグラシア)ってなら、普通にシステム分かってるだろ?」

 「ああ、基本5人でグループ組んで龍海の畔のあれこれを回るんだよな」

 ちなみに当然息抜きに水着で海だー!とかの話もある。女性向けでもそういう話あるんだなってちょっと思った覚えがあるな

 いやギャルゲ版だとヒロイン達の水着姿なんて欲しがられるに決まってるけど、女向けで男の水着とか見たいのか疑問だったが需要あったらしい

 が、おっ?と白桃の青年から意外そうな声と顔を返されておれはちょっと目をしばたかせた

 

 「間違ってるぜワンちゃん!」

 「いや何処が」

 「いやさ行き先よ」

 ……は?と首を傾げる。龍海広がる海辺の街が修学旅行先だ。そうじゃないとせっかくの学園もの時代なのに水着イベントとか無くなってしまうだろ。唯でさえ二部は真面目に戦闘しなければいけないし、学園も内陸部に存在するんだから旅行で海行かないと

 

 「聖女様方があってこそ今もこの街があるって、トリトニスの街そのものが修学旅行先をうちにしてくれって言ったそうな

 これも縁の為せる技」 

 「そう来たか」

 例年は海なのにエッケハルトとか男子勢がアナ達女の子の水着がーっ!と喚いて……喚いて……

 

 ぽん、と手を打つ。いやあの街国境だから原作ではわざわざ海じゃなく他国と緊張走らせかねないあっちへ行く理由が無かったってだけで、それこそあそこ湖だけど十分泳げるし別に水着イベント的には問題ないのか

 

 「だが、まだ恐らく結構な範囲が瓦礫だろ?」

 主な被害はヘル、X、そしておれ達によるもの。下手したらおれと頼勇とエッケハルト(ジェネシック・ティアラー)が壊した家が魔神によるものより多いかもしれない。反省点だ

 そして流石に二ヶ月半前後で完全に復興が終わるほど、魔法文明とはいえ便利ではない筈

 「だからこそよ。あれだけの瓦礫が生じる大激戦、それを行って我らが街を護ってくれた聖女様方は復興の際にも是非!是非!絆と勇気をくだされ!

 ってこった」

 ケラケラと愉快そうに笑うロダ兄

 

 言わんとする事は分かる。分かるんだが……

 「正直、護るために必死に頑張ったの聖女よりアルヴィナや騎士団の面々なんだけどな……」

 ぽつりと呟いてしまう

 

 そうだ。さらっとアルヴィナが死霊として確保したと言ってたおれとアナの盾になった彼等の方がよほど頑張ったのに、聖女様!しか言われないって何だか悲しい

 本当に勇気あったのは、名も知らぬ者達。それでも称賛は尊い者のみという悲哀を感じて……

 

 「はっ、何を落ち込んでいるワンちゃん一号。だから、俺様達直接縁があった者が覚えて感謝するんだろう?」

 はっ、と目をあげる。白桃のアバターは、眩しい笑顔を浮かべていた

 

 「それが縁、死によって切れること無い未来への導線よ」

 「……そうだな、落ち込んでても仕方ない」

 

 ふぅ、と一息吐いて心を切り替える

 「……で、行き先がトリトニスなのは分かったが、そこが問題なのか?」

 「いんや、ワンちゃんが言ってた五人ってのが問題よ

 当然聖女二人を同じにする訳にはいかない」

 そりゃそうだなと頷く。オリエンテーリングと同じだ

 

 「で、よ。俺様でも当然分かる話になるが、あっちの銀髪聖女様はワンちゃん一号の事が大好きなんで、必然的にあっちと組むんだろ?と思ったわけなんだが」

 あ、続き読めたわ

 

 「その当人から皇子さまはもう一人の方の聖女側に行くべきですと推されて、それはどうよって俺様大混乱

 なんで、ワンちゃん一号当人に話を聞こうって事」

 「……ボクは?」

 不安げなアルヴィナが、上目でロダ兄を見詰めていた。絶対別々にされたくないとばかりにきゅっと握られるおれの袖が皺になる

 

 「そこはワンちゃん一号と同行確定。引き離したら暴走を止められないとさ」

 うん、それはそうだな。アルヴィナ自身、ぶっちゃけおれに味方するとは公言してるが人間のために戦うとは……実は一言も言ってない。おれとアナの味方でしか無いんだよなまだ……先は長い

 

 良しとばかりに頷くアルヴィナ

 「……んで、何でそうなるんだ?」

 「一応、天光の聖女リリーナ様とは解消する事を前提に婚約者って事になってる」

 「なんだその縁、愉快か」

 「ボクは認めてない」

 いや、アルヴィナに認められる認められないは関係ないのでは?

 

 「……ごめん。ボクにも押し付けられた婚約者居たから文句言えない」

 カラドリウスが哭くぞその台詞!あいつ最期までアルヴィナ想って死んでったのに押し付けられたで流してやらないでくれ

 

 「だから、アナは遠慮してくれたというか、おれが社会的に死なないようにしてくれたというか……」

 「成程成程、ならば」

 「え、ボクあーにゃんと一緒が良い」

 と、即刻決まりかけた話を中断させたのはアルヴィナだった

 

 アナ側に入ると言い出した当人はというと、本気でそれが当然という顔

 

 「アルヴィナ」

 「ボク、あの聖女嫌い。あーにゃんと一緒かアレと一緒で後者を選ぶ意味がない」

 アナ、好かれてるなぁとは思うが、それを良しと即座におれは言えずに口の中で言葉を転がす

 

 「皇子、それで良い?」

 強い意志を持った瞳がおれを見上げる。通らない筈がないと思ってそうで、何とも返しにくい

 

 だが、なぁ……

 何度か告白されてるだけに、おれって割とアナの事苦手なのだ。こんなおれを何かと救おうとしてくるし

 決して嫌いじゃない。ただ苦手。おれにそう想いが向いていないリリーナ嬢の方が気楽に接することが出来る

 

 「……いや、それは」 

 「俺様は任せてるぜワンちゃん一号」

 うん、こういう時ロダ兄は欠片も役に立たない。自分達で決める縁ってなるとおれと頼勇の時みたいに完全に見に回ってしまうからな

 

 「アルヴィナちゃん」

 が、助け船は背後、意外なところからやって来た

 

 そう、話題の渦中の人、腕輪を淡く光らせた銀髪聖女アナスタシア当人である

 「……あーにゃん」



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説得、或いはパレード

「シエル様」

 しっかりと距離を取って、ふらっと王城の中に顔出しした少女の方を見る

 ひょっとして偽者か?とは一瞬思ったが、最初に出会ったあの時は侵入者だったが今は違う、腕輪の聖女様だ

 予言にあるのは天光の聖女の事。されど予言外で間違いなく存在する龍姫の腕輪を持つもう一人の聖女様。恐らくエルフの秘宝だからエルフに予言があったのだと教会からは言われ、エルフ代表として折衝してくれているノア姫当人は特にそれを否定していない。

 結果的に今のアナって滅茶苦茶に偉いのだ。王城だってフリーパス、何なら皇族に混じってパレードだって参加出来るレベル

 

 「アナです」

 「あーにゃんはシエルなんて変な名前じゃない」

 アルヴィナからすら何か否定されてちょっと沈む

 

 「いやアルヴィナ、彼女はアナスタシア・アルカンシエルって」

 「あーにゃんはあーにゃん。ボクの友達」

 取り付くしまも無いとはこの事だろうか。ばっさりと切られて話が続かない

 

 「シエル様」

 「ごり押しですか皇子さま?」

 「対外的な話もある。シエル様で通させてくれ」

 ってか、まあこんなんなのはおれが悪いんだけどな。たまにうっかりアナって呼ぶからそれを責められる

 

 「それよりあーにゃん、何で?」

 信じられないといったようにアルヴィナがアナを見る。恐ろしい魔神の筈が、その姿は飼い主に捨てられそうな幼い飼い犬のようにも見えた

 

 耳は伏せられ、縮こまって見上げてくる友人に、優しく銀の聖女は左手でその頬に触れながら微笑む

 「アルヴィナちゃん、わたしだって本当の事を言えば皇子さまとアルヴィナちゃんと班組んだ方が楽しいって思います」

 「おう、それを言及されると俺様困るんだが?」

 「えへへ、ごめんなさいロダキーニャお兄さん。でも、わたし自身のちょっとした楽しさより優先したいことがあるんです」

 「ボクには無い。あーにゃんが嫌なんじゃないなら」

 「アルヴィナちゃん」

 

 華奢な白い指がアルヴィナの頬を伝い、伏せられた白耳に触れる

 「わたしと皇子さまは良いんです。アルヴィナちゃんが……怖いところもあっても、皇子さまの為に頑張ってくれるちょっと良い子なんだって分かってます」

 いやフォロー微妙だなアナ!本当は凄く優しいとかそういった……

 うん、アルヴィナじゃないなそれ。普通の女の子だし仲良く出来るとは思ったけど、別に聖人とかそんな感じの人格してないのは認めるしかない

 何なら聖女だって原作リリーナは兎も角今のリリーナ嬢って割と普通の女の子だし良いんだが

 

 「だからこそ、わたしはアルヴィナちゃんにリリーナちゃん達の班で頑張って欲しいんです」

 「なんで?」

 「アルヴィナちゃんって大事な友達が、わたしと皇子さま以外からはずっと疑われてるのって、友達としてやですから

 本当のアルヴィナちゃんを他の人にも知って貰って、仲良くなって欲しいんです」

 「躓く石も縁の端くれ、共に歩めば紡がれる縁。広まる事こそ縁の輝きって事か

 成程成程、分かりやすいな聖女様」

 うんうんと頷くロダ兄

 

 「んで、結果的にそれで大好きなワンちゃん一号と離れるのは良いのか?」

 「あ、別に良いです」

 いや良かったのか

 「そこで大事なのは皇子さまが楽しく幸せな事ですから。わたしのちょっとした喜びより優先です」

 ……重いんだが!?

 

 どうしてこうなったんだアナ。もっと幸せになれるだろう運命の人(攻略対象)が君を待ってるだろうに、何でこんなにおれだけ救われる救済措置クソルート方向が強いんだ

 教えてくれアナ、始水は何も答えてくれない……

 「……んでワンちゃん一号。お前さんこれをキープして他の聖女様と婚約してて、犬っころ連れて、滅茶苦茶可愛いエルフに面倒見られてんの?」

 何かロダ兄が呆れた顔しておれの脇を小突いた

 

 ってか、原作だとそこまで女の子の好みが出ないし、もう一人編のおれと同じようにリリーナ編救済枠なんで他キャラと割とくっ付けにくいロダ兄自身の好みってその実ノア姫とかそういうタイプなのか……。あそこだけ可愛いって形容詞が付く辺り多分そう

 

 ……リリーナって原作からして結構ノア姫とキャラ違わないかそれ?

 

 「……一応」

 「それも縁だが、責任は考えな

 俺様に後で言われても悪縁は絶つしか出来ないぜ?」

 「だから、何処で死ぬかも知れない忌み子なおれは、誰とも……」

 「そーいった責任の取られ方、俺様だと正直他人に負けて振られるより嫌だがねぇ

 ま、そこはワンちゃん自身の考えの問題か」

 けらけらと笑い、青年はこれ以上深入りしないぜとばかりに距離を取った

 

 と、アナ達の話もさくっと終わったようだ

 「……あーにゃんがボクを想ってくれるなら、ボクも応える」

 あ、納得してくれたみたいだな

 

 「皇子、仕方ないから、あの桃色聖女側で良い」

 「それにアルヴィナちゃん、別にずっと別行動って訳じゃないですし」

 「それもそうだな」

 班メンバーとしか行動が駄目とか、ゲームでも困るし

 「だから許す」

 何とか納得したようにアルヴィナは頷いて……

 

 「それよりシエル様、何故此処に?」

 「あ、それなんですけど……皇子さま、わたしと一緒にパレードに参加してくれませんか?」

 と、きゅっとノア姫の包帯のお陰もあってまだ痺れはあるが生えてきたおれの左手を柔らかく握ってくるアナ

 

 ん?いや待て。ゲームではそもそもそんなルート無いのに何でだ?と首をかしげる

 

 ゲームではそもそも、新年のパレードには聖女様もということでヒロインも参加する事になるんだが、その際に直接共に参加する相手にゼノを選ぶ選択肢は出ない。そこは正規ゼノルート目指しててもそうだ

 好感度が高い3キャラ(ゼノ以外)から一緒に参加する相手を一人選ぶんだが、好感度一位と選んだ相手の好感度差が大きすぎると相手が来れなくなるハプニングでゼノが仕方ないと代わりに参加するイベントが起きるんだよな

 ゼノルート?正規で目指しても好感度があまりに上げやすすぎてこのイベントこなすまでもなくルート入れるからマジで只の地雷イベントだ

 一部のゼノ推しお姉様以外、ゼノとパレード行く価値なんて0。参加義務の無いパレードイベントに参加してくれたからと報酬が出るんだが、ゼノが代理するイベント起きると報酬のランク落ちるんだよ。だから本気で起こす利点が無さすぎる

 

 「いやそれは」

 「えへへ、駄目……ですか?」

 駄目に決まってる。だが、潤む瞳で見上げられて、おれは……

 

 「いや止めんか」

 轟く声に救われた

 

 振り返れば、完全に呆れた顔の父皇

 「え、皇帝陛下?」

 「常々思っていたがな、皇民にして聖女アナスタシア。貴様馬鹿息子ならぬ馬鹿義娘(むすめ)か?

 一応天光の聖女と婚約しているこの阿呆がそんなものに付き合わされたら嫉妬を集めて社会的に殺されるわ。いや、物理的に暗殺者送られかねん。気持ちは分かるが、自身の人気と忌み子への扱いを解して大人しく女性人気のあるあの馬鹿息子の拾い物と……

 いやそれも違うな。折角二人居るのだ。聖女同士で組んで参加せよ、良いな?」



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パレード、或いは百合豚

「おぉ聖女さまー!」

 と、人混みの各所でかなりの黄色い悲鳴が聞こえてくるのを聴きおれはというと、パレードなんだから皇族として金くらい使わないとなと出店の食べ物を買っていた

 

 「はい、アルヴィナ」

 「もぐもぐ」

 横の魔神娘だが、割と食べようと思えば良く食べる。何でもエネルギー貯蓄の範囲が人間とは比べ物にならないらしい

 その分沢山食べたら長時間何も食べなくても平気なんだとか。冬眠前の動物みたいな機能してるな

 

 「皇子、ボクお肉の方が良い」

 女の子らしく可愛らしい菓子類の方が良いか、と魔蜂の蜜がけの小さな果物串とか、穀物製のぷるぷるした小さな餅を沢山入れただだ甘ジュースとかを買ってみていると、不意に横の友人は不満を溢す

 

 「ああ、悪い悪い」

 「あと、ボク一人じゃ駄目。皇子も食べる」

 ……それもそうだ

 そう思って財布を開き、こうした祭に落とす個人予算から計算して……

 

 「おお、手を繋ぎなされて……」

 「はー尊い」

 「汚れなきお二人……」

 何だろう、聖女二人を見る民の中に変なのが居る気がする

 

 「アナちゃぁぁぁぁん!手ふってくれー!」

 「お前は貴族区画に居ろよエッケハルト!?」

 まだまだ貧民の多い元孤児院のあった区画から始まったばかりの皇族(+聖女)の新年パレードに黄色い声をあげる別の友人を見つけ、おれは呆れて肩を竦めた

 

 「は?尊いアナちゃんをずっと見るためにパレード追ってくのが筋だろゼノ」

 さも当然と言いたげだが、それが出来るのは貴族区画等まで入れる奴だけだ。皇族なんて襲っても返り討ちだろって事でパレード本体(ネオサラブレッドが引くお立ち台みたいな巨大移動車)こそ護衛の騎士とか居ないんだが、その通り道を確保したり人々の流れを整理するために騎士団は新年だというのにちゃんと仕事してる。区画を越えるのは許可必須だ、無礼講ではない

 

 ってか、頼勇が折角ゲームで言えば2年ほど早く登場してるのにリリーナ嬢やアナと一緒にパレードに参加できないの、そのせいだからな。仕事が忙しいのだ

 いや、本来おれもその仕事しろよ機虹騎士団の他の面々に投げるなって話なんだが、残念ながら謹慎明けだから役目割り振られてなかった

 

 そんな事を思いつつ、聖女二人が乗るパレード馬車を見上げる

 手を繋いでくるっと二人で回りながら全方位に手を振るアナとリリーナ嬢、そして横で曖昧な笑みを浮かべて一方向に手を振るアイリス。いや、あのアイリス普通にゴーレムだな、本物の妹にしては表情が硬い上に変わらなさすぎる

 

 ドレスで着飾った三人は可愛く、人々から感心を集めるのは確かに分かるが……

 「はー尊い」

 「手を合わせられておられる聖女様方……推せる」

 「挟まりてぇ……」

 「は?貴様異端か?」

 うん、民から語られるこの言葉良く分からないんだよな。ってか異端って何だ異端って

 

 「なぁエッケハルト」

 「うっさいぞゼノ。アナちゃんを見る時間が減るだろ百合豚と戯れてろよお前は」

 「尊いって何だ?」

 あと百合豚という謎の豚。そんな魔物の肉料理この辺りの屋台にあったか?

 「お前さぁ……ゲームやっててその言葉知らないのかよ」

 呆れたような声。友人の視線はアナから離れることは無い

 

 「この角度上手く行けばパンツ覗けそ……」

 と、焔髪の馬鹿が更に一歩よった瞬間

 「皇子、この豚肉美味しくない」

 がぶりとエッケハルトの腕に噛みつきながらアルヴィナがぽつりと不満を漏らした

 

 「あぎゃっ!?」

 「アルヴィナ、それは非売品だ食べるな食べるな。あとそれ豚じゃないぞ」

 「あーにゃんはボクも護る。豚には負けない」 

 アルヴィナは耳をピンと立てたようで、帽子が少しだけ頭から浮く

 「おー痛った」 

 ぶんぶんと手を振るエッケハルト

 

 「ってか冗談だって、そりゃ見たいけどさ、もっと近くでないと覗けない」

 「エッケハルト、やり過ぎるとアナに嫌われるぞ」

 「寧ろゼノ、お前は嫌われたいなら嫌われる行動しろよ!覗いて軽蔑されてこい」

 と、言いながら焔髪の友人は肩を落とした

 

 「って、ゼノだしって気にせず許されるんだろうなぁ……この世は理不尽だ

 アナちゃんしか尊いものがない」

 「だから百合豚とか尊いって何だよ」

 半眼でおれは尚もずっと着飾った少女を見上げる友人に突っ込んだ

 

 

 「ああ、百合豚ってそういう奴の事なのか」

 つまり、女の子達が仲良さげにしてると性的に興奮する奴のことだとか。アルヴィナとアナが友達に戻れて抱き締めあってる時に良かったなじゃなく尊い……って変な興奮覚えるようなの、ってのが例らしい

 「エッケハルト自身みたいな?」

 「は?俺は萌え豚……って違うわ!敢えて豚になるとしてもアナちゃんにブヒるアナ豚!誰でも良い萌え豚じゃないし、勿論他の女の子に百合百合しくアナちゃんを取られたくないから百合豚じゃないっての!」

 「ボク、百合豚?」

 心配そうにおれを見上げてくるアルヴィナだが、ソーセージを目を細めて美味しそうに噛りながらだしそんな気にしてなさそう

 

 「いや、アルヴィナを見て変な興奮してる夜行みたいなのが豚だと思う」

 「……昔は違った」 

 何処か寂しげにアルヴィナは呟いた。が、やっぱりソーセージ一口で機嫌が直る

 

 「そんなに好きかそれ?」

 ちょっぴり無表情だが狼耳が揺れる友人に、おれはパレードにも目を向けながら問いかけた

 「ボクが落ち込んでた時、皇子があーにゃんと食べて元気だそうと買ってくれた奴」  

 ああ、あの時の茸入りソーセージか

 

 その辺り覚えててくれるの、結構嬉しいものだが……何だか反応に困るな、うん

 

 「ってか、アナちゃん自体百合豚が湧きにくい筈なんだが……」

 遠い目のエッケハルト

 いや、何故だ?ゲームでも主人公だけあって絆支援相手は多い。男ばかりじゃなく結構女の子との支援も……ってそうか

 

 「ああ、小説版でしっかり描かれたからか」

 確かラインハルトルートだっけか。読んでないからエッケハルトとリリーナ嬢からの又聞きだけど

 

 「だから、アナと言えばラインハルトだろって認識が結構強い?」

 「あ、え?」

 何かエッケハルトの奴が面食らってる。何故だ

 

 「う、あ、そ、そうそう。俺自身アナちゃんが好きで読んでたから少し違和感あったけど一般的にはそんな感じ

 アナちゃんについて語る時、最大派閥はやっぱり小説版派でさ。女の子同士の百合とか少なかったの」

 ちょっぴり汗をかき、歯切れ悪くぶんぶんと首を縦に振るエッケハルト。何というか、鹿威し?な大振り感

 

 そしてそれを、うわぁ……って何とも言えない呆れ顔で見つめる少年

 「ん、オーウェン?」

 「あ、ゼノ皇子」

 おれから声をかけられるや、人気の少ない離れた場所からパレードを遠巻きに眺めていた少年は横の女性の手を引いて近付いてきて、ぺこりと頭を下げる

 少年につられ、40過ぎだろう見覚えのある眼鏡の女性もおれに小さく会釈した

 

 ああ、母親とパレードを見に来て、はぐれないようにメインストリートから離れてたんだな。で、エッケハルトの声に気がついて来たと

 何時もの事ながら親孝行してるなオーウェン。おれは嬉しいぞ

 

 「そっか」

 ほい、とアルヴィナと貢献でもするかと、とりあえず買い込んだものから幾つか見繕って少年に手渡す

 飲みやすいジュースとか片手で食べられるものの方が良いだろうな。そうすれば眼が悪い母親の手を離さなくて良いのだから

 「え、」

 「いや、このパレードって皇族が民に祭を楽しんで貰うためのもので、ついでに恣意行為

 なんで、おれも皇族として民がパレードをより楽しめるように貢献しようかと

 要らないか?」

 「この眼鏡も、何もかもごめんなさいねぇ、火傷の皇子様」

 少し躊躇いがちに、まずは少年の母がおれの差し出した揚げた骨付き肉を受け取った

 「いえ、総ては民の為に、それがおぞましい呪い子なおれの、皇族としての……せめてもの在り様ですから」



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おまけ、次回予告(ロダ兄風)

じかーい、次回!

 

「はーっはっはっ!船か!釣りか!とりあえず俺様に任せておけ!」

「皇子、何でこの人居るの……」

「悪いな、オーウェン。何というか懐かれた」

「いや何でさ!?あと何なの皇子にぴったりくっついてるあの女の子!」

 

目指す先は、少し前に救った湖の都市。今回共に歩むのは、親睦の足りない仲間達。

 

「や、やりにくいよゼノ君。やっぱり……」

「あーにゃんとが良かった。反りが合わない」

紡ぐのは大変なる縁。

 

「……おえっ」

「船酔いか、はーっはっはっ!寝てな寝てな!晩飯は釣果、俺様が全員分釣ってやるよ!」

「いやロダ兄ちゃん、一人だけ小魚一匹釣れないボウズな人が言うことじゃなくないかなそれ!」

「3つ獣が混じっててもどれひとつとして漁が得意じゃないだろロダ兄!」

騒がしい一時に乱入するは、一人の少年!

 

「何者だ、少年」

「ヴィルフリート・アグノエル。リリ姉の事でいてもたっても居られなくなって、アグノエル領から駆け付けた従弟だよ。本当に無事で良かった、リリ姉」

幼さを残す少年ヴィルフリートとの出会いがもたらすのは、如何なる縁か。

 

「うーん、居たっけ?」

「リリ姉は相変わらず、こーりゃく対象?の人ばっかり見てる。覚えられてなかったの悲しいよ」

ま、正直あまり良い縁じゃなさげだが……袖振りあうも多少の縁、折角の修学旅行、青春の縁、悩みなんざ吹っ飛ばせ!

 

「女の子のお風呂……」

「水着……」

「ベッドでの旅の思い出……」

っと、その辺りは正直良くはないと思うが、どうしたもんか……これも皆の思いを合わせるひとつの形か、悩ましい。

 

「放て、月花迅雷」

「っ!?がぁっ!」

そんな中、夜闇に走るのは一条の蒼雷。

「貰っていくぜ、お前の神器も、恋も、何もかもをよ」

奪われた月花迅雷。狂う縁の歯車。

 

「《独つ眼が奪い撮る(コラージュ)は永遠の刹那(ファインダー)》。

さようなら、ゴミカスクソハーレム皇子。お前の総ては撮らせて貰った。もう用済みだ、大人しく死んでろ」

俺様の知らない円卓の牙が、平和な修学旅行に牙を剥く。

 

「あ、あいつなら死んだよ。崖から湖に落ちてな」

「これが、円卓!」

「ヴィルフリート、オーウェン、無茶だ」

「そういうこった、だから俺様が居るんだっての」

上等上等!さぁ、断ってやろうじゃないか、悪縁をな!今回ばかりはどんぶらこと流れてきても、寝てても良いぜワンちゃん一号!別に死んでる筈もないがな!

  

次回、蒼き雷刃の真性異言

第二部三章 第七皇子と修学旅行

 

「でも、僕は……」

「あはは、私とおんなじだね、オーウェン君」

そして芽生える小さな勇気と恋心の蕾。

「勇気が無いなぁ、僕。誰よりも強い力はあるのに。皇子の言う覇灰を祓った力。

皇子達の手にあれば、良かったのに。きっとあんなに傷付かずに世界を護れたのに。何で僕のところにあるんだって」

「私もそうだよ。助けたいって思うけど、あんなに恐ろしい相手だと逃げたいって思っちゃうよ。

ヒロイン向いてないよね、本物なら相手があんなだからこそ、皆のために戦えると思うもん」

咲くかは未だ、誰も知らない。

 

「来い……っ!AGX-ANC11H2D、《ALBION》っ!」

 

さぁ、ワンちゃん一号。俺様と目指すは、どんなハッピーエンドだ?




おまけ、オーウェン君
【挿絵表示】
のこの先の恋云々ですが、新キャラ出してそれと恋愛は作者のパワー的に(掘り下げたいキャラのために掘り下げの要るキャラは本末転倒で出せない)ので以下からこれ良くない?をお願いします。

ちなみに解説すると、
1:ゼノ君のヒロインはもうかなり多いから、覚悟決まってないしふらふらしてるリリーナ嬢はヒロインじゃないとして恋愛する説
2:実はオーウェン自身、女の子として転生したが、男なのに女みたいと虐められてきた早坂桜理の記憶から女の子である事を否定しようとして男として振る舞ってただけのヒロインだったんだよ!説。つまり、「TSヒロインは良いぞオーウェン。お前もヒロインにならないか(ねっとり石田い声)」
3:片想いで恋は実らない。現実は非常である
4:フリーだから頼んだぞエルフの少年!(男装女子なので少女です)


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第二部三章 独つ眼が奪い撮る(コラージュ)は永遠の刹那(ファインダー)
おまけ、キャラ紹介2部3章(主人公とヒロイン候補)


ゼノ(獅童三千矢)

渾名、蔑称、愛称:呪い子、忌み子、灰かぶりの皇子(サンドリヨン)、第七皇子、蒼き雷刃の真性異言

性別:男性 年齢:16 種族:人間?

原作期

【挿絵表示】

 

好きなもの:「考えたこと……無かったな。敢えて言えば始水や皆」

嫌いなもの:「それは知ってるよ、おれ自身」

ゲームでの役割:モブ→味方お助けキャラ→攻略対象

今作の主人公。真性異言(ゼノグラシア)

悪役令嬢と冗談交じりに言われる攻略対象、ゼノに転生した(と思い込んでいる)メサイアコンプレックス持ちの少年。彼の前世である獅童三千矢とはゼノを平和な日本に転生させた姿なので実質元に戻っただけであり、後悔が積み重ねられてメサイアコンプレックスが深化したゼノそのもの。

ゲーム知識という形で並行世界の未来の知識を与えられ、可能な限り良い未来を目指す少年。ゲームでは良く自分は死んでいる為出来ればそうでない未来を目指すと言いながら、実はそこまでその点は重視していなかったりする。

 

ぱっと見は皇子らしく他人思いの英雄だが、その実忌み子であることに由来する生来のかなり重いサバイバーズギルトから自分嫌いな彼は自分を好かれることに拒否感を抱いている。また、誰かの死や不幸が少しでも関わっていれば自分のせいに思えてしまう感覚から、その不幸の責任を取りたくないと誰にも頼ろうとせず自分一人で解決しようとするきらいがある。

そんな人格と、元々呪われた忌み子である立場から、遠い者からは忌み子という境遇で、近い者からはその性格で嫌われがちであり、かなりのぼっち気質。とはいえ、そもそも近すぎず遠すぎずの距離感で都合の良い英雄になってもらう以外の関わりかたはオススメ出来ない程の性格難でありそれが普通の感覚。

その為、周囲に残るのは彼の本質をまだ理解していない者か、好意への拒絶反応を返されてもなお彼を見限らず非常に重い激情を抱く者くらい。結果的に激重ヤンデレホイホイと化し、ちょっと普通とは違う女の子を引っ掛けている。というか、「大抵の場合嫌われるが稀に精神にぶっ刺さった激重ヤンデレの資質を持つ者には好かれる」ような性格が正しい。

 

忌み子として、魔法の一切が使えない呪いを持つ。が、その呪いの正体(魔神への先祖返りが強く、裏切りの魔神と呪われている)により物理的なスペックは文字通りの化け物。そこに前々世で交わした約束により龍姫の加護、今世で巡り会った屍の皇女の祝福、嵐の魔神から託された翼等が合わさりもう彼の魂はカオスと化しているとか。

また、そもそも世界をどうこうするために別世界の神に送り込まれた転生者ではないので、特別な転生能力はない。

 

 

 

アナスタシア・アルカンシエル

渾名、通称:腕輪の聖女、極光の聖女

性別:女性 年齢:15 種族:人間(聖女)

幼年期

【挿絵表示】

 

原作期

【挿絵表示】

 

好きなもの「皆好きですけど、一番は皇子さまです」

嫌いなもの「皇子さま自身を含む、皇子さまを傷付けるものです」

ゲームでの役割:隠し主人公(ヒロイン)

今作のメインヒロイン、もう一人の聖女。

ゼノが龍姫と契約した後の世界線において存在するという龍姫の聖女にして、心優しい孤児出身の女の子。ゼノに幼少の頃に助けられ、以降彼を皇子さまと呼び一途に慕っている。

エルフの集落を襲う事件の最中に龍姫の力を秘めた腕輪を得、教会に拾われ聖女と祭り上げられていても本質は変わらず誰かを助けてあげたいという優しさを持つ。が、彼女のその心は「誰かを助けてボロボロになっている皇子さまを支えてあげたい」という恋心と完全に一つとなっている為、かなりのゼノ至上主義者。正に皇子さましか勝たん。

ただし、逆に至上主義過ぎて皇子さまさえ幸せなら良しとハーレムは積極的にこうていしていたりする。それで良いのか乙女ゲーヒロイン。 

能力は聖女のもの。現状はまだ時が来ていないので龍姫の腕輪による代行だがそもそも原作からして聖女の為変わらず。

 

 

 

アルヴィナ・ブランシュ

渾名、偽名:屍の皇女、リリーナ・アルヴィナ

性別:雌 年齢:800歳くらい 種族:魔神族

原作期

【挿絵表示】

 

好きなもの「お兄ちゃんとあーにゃん。ロレっちも……でも、一番は皇子」

嫌いなもの「亜似(あに)様。あとエルフ」

ゲームでの役割:半モブ、ヒロインとして主役を貼るルートがあったが没

今作のもう一人のメインヒロインであり、魔神王の妹。

本来はずっと世界の狭間に閉じ籠っていた穏健派だったが、真性異言と化した兄の偵察に同行する形で世界に出現、ゼノの目に一目惚れする。其処で産まれた小さな齟齬から兄の正体を看破、幾つかのゼノとの想い出を経て、彼を一途に想うようになる。

また、その事により「どれだけ可笑しいと思っても本来の兄への態度を崩せない」という真性異言による呪いを「最愛の兄に逆らったとしてもボクは皇子の横に居る」という恋心で打破。完全にゼノ側の存在として魔神を裏切り行動する。

 

……のだが、死霊使いの魔神として、どこかズレた感覚までは変わっておらず、目玉が宝物だったり腕を物理的に欲しがったりと物騒。その為、友達と呼べるのが元々魔神時代の友人を除くとアナのみのぼっち。

能力は死霊術。本来の兄の魂や、近くの魂等を駆使して死霊を呼び出したり纏って戦う。

 

 

 

アイリス

渾名、異名:妖精皇女、深窓の鋼嬢、第三皇女

性別:女性 年齢:14 種族:人間(皇族)

原作期

【挿絵表示】

 

好きなもの:「お兄ちゃん」

嫌いなもの:「……沢山」

ゲームでの役割:味方キャラ→攻略対象(男主人公編)

ゼノの一つ下の妹。強すぎる力の反動で体が弱いがゴーレム製作、操作に長けたチート皇女。

力をもって在る皇族において、体の弱さという致命的な弱点から見下されていた女の子。が、その弱さが圧倒的なゴーレム使役能力に体が耐えきれていないという事実が判明したことにより、自分の地位を脅かすとして他の皇族の大半から敵視される事となる。が、そんな中兄は妹を護るものだとずっと味方であり続けた唯一の兄、ゼノに対して結構危険な想いを抱く。

今の夢はお兄ちゃんを拉致監禁して手元に置いておくこと。

ゴーレム製作の腕は超絶一流。本人は出張らずゴーレムで語る。最近は巨大ロボットの支援機を操るのがもっぱらの仕事だが、案外お兄ちゃんの為と気に入っているのだとか。

 

 

 

ノア・ミュルクヴィズ

渾名:ノア姫、ノア先生

性別:女性 年齢:100前後よ 種族:エルフ種

幼年期(93歳)

【挿絵表示】

 

好きなもの:「言わせないでくれる?告白して欲しいなら、まずはアナタから恋を口にすることね」

嫌いなもの:「エルフを舐める相手よ。アナタもそうなりかねないから気を付けなさい?」

ゲームでの役割:未登場

帝国領の森に暮らすエルフ族、その纏め役の少女。皇帝シグルドの友人サルースの妹であり、かつての聖女伝説に出てくる英雄ティグルの孫娘。祖父ティグルから直接聖女の話を聞いた生き証人の後継者。

おぞましい呪いに犯されたエルフを救うために帝国に潜入、魅了により多少の人間に犠牲を払わせて金を得ようとした計画をゼノに潰されるも、アホの彼にそのままエルフ達を救えるだけの物資を供給された過去を持つ。

その事実から彼の浅ましい欲望を探ろうとするも、命懸けで誰かを救うのを当然と思っていただけという馬鹿そのものの現実に直面、自身の高いプライドからそんな彼に助けられたままという事を放置できずデレる。以降は何だかんだ言葉は厳しいツンツンに見えて滅茶苦茶優しくデレてるだけという後方ノア面で時に姉のように時に母のようにゼノを支えている。

七大天の女神に祝福された種族だけあって、かなり全体的なスペックは高い。が、現状聖女のような特別性は無い。主な強みは100年近く生きてきた年の功。但し外見は13歳のロリエルフママ。

 

 

アステール・セーマ・ガラクシアース

渾名、異名、蔑称:狐娘、ステラ

性別:女性 年齢:17 種族:亜人(狐)

幼年期

【挿絵表示】

 

原作期

【挿絵表示】

 

好きなもの「おーじさま……って、何で思ってたんだっけー?」

嫌いなもの「昔は、ステラって呼ばれること嫌いだったよー?今はへーきかなー」

ゲームでの役割:10周年おまけ小説でのヒロイン。それ以前は未登場

帝国に隣接する聖教国教皇の愛娘の亜人。オッドアイ狐娘。

かつて、教皇の血を引く証明の瞳を持ちつつ亜人蔑視の風潮から耳と尻尾を切られ存在しない子供として軟禁されていた教皇の娘。その自分の名前も知らなかった頃の「捨てられた子」という世話係の罵倒から、自分をステラレタコという名前だと思っていた女の子。一人称がステラなのはその名残。

が、ゼノの父のあの忌み子見ろ、もっと酷い境遇に立ち向かってんだぞという一喝を受けて父は改心。アステールという名を与えられ、教皇の娘という居場所を取り戻した。その事から、ゼノをおーじさまと呼び慕っているが……

教皇一族の特殊性として七大天の声を聞けるが、他はかなりからっきしで主な役目は後方支援。おーじさまポジティブキャンペーンとして、星野井上緒というペンネームでゼノをモチーフとしたヒーロー小説、『魔神剣帝スカーレットゼノン』を出版している。

円卓の一員、ユーゴの想い人であり、現在彼によってAGX-ANC14Bアガートラームの内部に封印中。

 

 

ティア(金星 始水)

真名、魔名、別名:在洲噺、滝流せる龍姫、七大天、ティアミシュタル=アラスティル

本名:諏訪建天雨甕星(すわたけあめのみかぼし)

性別:兄さんのために女の子です 年齢:10000は越えてますね、数えてませんが 種族:皇龍→神

ティアモード(始水交じり)

【挿絵表示】

 

好きなもの「この世界ですよ、兄さん。貴方も居るものですし、当然です」

嫌いなもの「兄さんマウント以外特にありませんね、一応これでも神様ですから」

ゲームでの役割:お助けキャラ

ゼノが飛ばされた封印された遺跡の中で、ずっと世界を護る役目を負っていた龍人の女の子。という形で世界にちょっとした干渉を行っているこの世界の神たる七大天の一柱、滝流せる龍姫の精神体。又の名をゼノの前世の幼馴染の金星始水であり、近所のお姉さんの在洲噺(ありすうた)。その二人の名前を合わせて始水(ティアマト)金星(イシュタル)在洲(アリス)(テイル)で神としての魔名ティアミシュタル=アラスティル。隠す気本当は無いでしょう貴女。

つまり、ゼノストーカーで前世以前から追ってきているやべーヤンデレドラゴン。元々世界を護る龍人の女の子という形で封印された遺跡の中で活動していたのは確かだが、其処にひょんなことから飛ばされてきたゼノととある並行世界で契約。それを全並行世界に波及させて世界を契約した新枝世界と契約してない既存世界に分岐させた。

そして、契約した世界でのゼノの死を経て、とりあえず兄さんを幸せにしようと自分の精神と共に日本に飛ばして転生させたりとかなりやりたい放題。本神曰く、龍は財宝への執着が強く、財宝を磨きたくて仕方なく、ついでに見せびらかしたいのだとか。

そんなヤバげな彼女だが、元々世界を護る七天の一柱である上、来世以降も契約した彼は自分のものだという無敵定型を盾に出来る為、兄さんを独り占めする気は無いらしい。寧ろ愛しの兄さんがモテないと見る目がないとキレる。

なお、アナスタシアが龍姫の聖女としてゲーム版では途中で生えてきたのは、本家聖女では兄さん(=ゼノ)を救ってくれない事を理解したからである。なら自分で兄さんの為に聖女選びますのノリ。何でもありかこのドラゴン。

なお、神になる以前の種族はとある世界で生ける星と呼ばれ恐れられていた存在、皇龍。そもそも初恋拗らせるのは皇龍の常である為、このヤンデレも実は当然だったりする。妹ヴリエーミアも良く似た性格。但し、そもそもスケールとか狂っているため案外独占欲はない。自分を捨てなければハーレムでも何でもえ?構いませんが?なノリ。それで良いのか最強ドラゴン。

 

 

 

リリーナ・アグノエル/門谷 恋

二つ名、渾名:淫ピリーナ、天光の聖女

性別:女性 年齢:15歳 種族:人間(聖女、真性異言)

原作期

【挿絵表示】

 

好きなもの「ゲームでの皆好きだよ?」

嫌いなもの「男の人、ちょっと苦手かな」

ゲームでの役割:主人公→攻略対象(男主人公編)

本家乙女ゲー主人公で、今作のヒロイン候補。真性異言。

本来のリリーナ・アグノエルとは違って結構普通の女の子、門谷恋がベースになっている。その為、太陽と称される原作ヒロインとは何となく感じが違う……のだが、それはそれとして原作知識などを使いよさげなエンディング目指すことで多くの人を救いつつ幸せになろうと思うなど決して悪人ではない。ただ、少し馬鹿であるのは確か。

ストーカーに襲われて引きこもりになった前世の記憶から、案外男の人が苦手らしい。その為ゼノ等あまり欲望を見せない相手にちょっと依存気味だが…… 

 

転生者としての能力は好感度が見える目。他に比べて便利とはいえとても弱いが、これは彼女を転生させた神が他転生者に力を与えているゼロオメガと呼ばれる存在ではなく、紅蓮卿シャルラッハロートという反ゼロオメガの女神だからである。

 

 

 

サクラ・オーリリア/??桜?

二つ名:???

性別:女性 年齢:16歳 種族:人間(真性異言)

???

【挿絵表示】

 

好きなもの「この胸の高鳴り、僕は……」

嫌いなもの「僕を女の子って、止めて……」

ゲームでの役割:未登場

もしかしたら出てくるかもしれないヒロイン(未確定)。黒鉄の腕時計をした、ボーイッシュな女の子の転生者。ゼノの事が何となく気になっているようだが……

いったい何者なんだ……

転生者としての能力はAGX-15アルトアイネス




リリーナ嬢とはいえヒロインっぽい相手を他のキャラと恋愛風にするのは荒れないかと思いアンケート取りましたが、案外平気そうですね…… 

ただ、オーウェン×リリーナのオーリリより、謎のボーイッシュ美少女オーリリアちゃんの方が需要が高い……?
けれど、それはかなり酷い尊厳破壊事項なので……

ん?そもそもオーウェン君を転生させたゼロオメガは尊厳破壊のプロなのでは……?あれ?

ひょっとして、男らしさを求めていたのにTS転生させられたTSボーイッシュ美少女オーリリアちゃんの恋堕ち、需要在ります……?


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竜籠、或いは女扱い

「あー、うっぜ」

 「忌み子め……」

 「まーた女の子増えてるよ……」

 

 っておい、聞こえてるんだが?と皮肉の一つでも言いたくなる状況で、おれは不平不満があれど並ぶ生徒達を見回した

 

 「頼勇様を独り占めして……」

 「仕方ないよ、相手聖女様だもん」

 なんて頼勇の奴は女性陣から残念がられているというのに、おれに向けられるのはなかなかにアレな言葉ばかりだった

 

 「聖女様。何か問題を起こしたというその忌み子を連れていくなど」

 何か男子グループから一人外れ、代表(リーダー)らしい青年がおれからちょっと離れた場所で私最後だしねーとのんびりしているリリーナ嬢に話しかける姿が見えた

 「いや、一応婚約者だし」

 「貴女様に、聖女様に忌み子は相応しくない」

 自身の胸にとんと手を当てて力説する青年。淡い色合いの髪と目が、割と当然の事を力説する

 

 「それにです聖女様。今年の行き先はトリトニス、あのおぞましい忌み子が大きな被害を残したという……」

 ……そうだな、とおれは地面に目線を向ける

 竜籠乗り場近くの草原の短い草がそよ風に揺れて心地よい空気を出しているはずだが、とてものんびりすることは出来なかった

 

 トリトニスでの戦闘自体、おれが起こしたようなものだ

 アルヴィナとしても、幾ら茶番劇とはいえ、人気の無い山奥に一人で向かっておれと決闘するとかそういった明らかに自分に利の無い作戦なんて押し通せやしない。街を襲って沢山の死者を出すという、本人の死霊術の性質上どこか可笑しいがぱっと見成立する名分を作って攻めてくるしか無かった。

 それは分かるが……。結果的に過保護な兄テネーブルによってだろうがトリニティ、そしてその中に紛れた真性異言(ゼノグラシア)が現れたのは、その計画をおれが良しとしたからだ

 

 そうだ。彼等の街を壊したのも、死者が出たのも……究極的にはおれとアルヴィナの責任だ

 「ちょっと!」

 怒ったようなリリーナ嬢の声が響く

 「良い、リリーナ嬢」

 「ゼノ君!そもそもゼノ君達が頑張らなかったら大きな被害どころか、死の街にされてたんだよ!」

 

 アルヴィナが横で耳をぺたんと伏せた

 元凶二人して、やらかしてたなぁ……と黄昏るしかない

 

 「次、龍二班、時間よ」

 と、ノア姫の班資料片手の声が聞こえ、青年はけっ、とおれを睨み付けると皆の元に帰っていった

 「しかも聖女様以外にも女二人連れて、ペットまで

 ご立派な」

 という捨て台詞を残して

 

 助かった……んだろうか。

 ん?待て待て待て

 変じゃないか?と思っておれは自身の属する班(修学旅行中は神一班と呼ばれるらしい)のメンバーを見回した

 最初に出発するのがアナ達の班として、おれ達は最後だから皆手持ち無沙汰だったりして思い思いに過ごしている

 案外選ばれた皆、交流無いしな……

 

 まず、おれからちょっと離れて憤慨している婚約している聖女様

 次に、おれの横でしょんぼりするアルヴィナと、静かに龍二班と呼ばれた彼等の背中を睨む烏姿の兄シロノワール

 ずずんと体育座りするオーウェンと、それに悪縁なんざ気にするな!と声をかけるロダ兄

 そして、元気出すんじゃよーと上半身……は割と甲殻でゴツゴツしているからか、尻尾を押し付けてオーウェンを慰める犬っぽいアウィル

 最後におれ。以上五人+一頭+一羽の大所帯。うち女性はアルヴィナとリリーナ嬢だけだ。一応アウィルは性別的には雌だが

 

 「アウィルも女の子に含めたのか……」

 二人ってことはそうだろう

 「ううん、僕だと思う……」

 顔色悪く、少しふらつきながら告げたのは、少しの間体育座りしていた黒髪の少年オーウェン。かっちり着こんだ男子制服の尻に葉の切れ端が残る

 

 「……そうなのか?」

 と、首をかしげるおれ

 いやまあ、と一応オーウェンを見下ろす。確かにおれより頭一つくらい小さな彼は、身長……160無いな多分。156cmくらいか?

 そして、結構ふわふわの黒髪に、中性的な愛らしい顔立ち。くりっとした紫の目も幼さを色濃く残す大きさ。正直なところ、ちょっとピンクのグロスでも薄く唇に塗り、そして可愛らしい女の子っぽい服でも着た日には女の子で通るだろう。ルー姐は意識して女装してるし結構大変なんだーって言ってたが、オーウェンに至っては素で行けるかもしれない

 

 「うんそうだよね。オーウェン君って素で男の娘だし」

 「そうだな、ちゃんと男の子だよオーウェンは」

 ……待てリリーナ嬢。何だか発音が変じゃなかったか?

 

 「うん、有り難う皇子」

 尚も顔色は青ざめ気味で、小さく組み合わされた手指が震えているのが見える

 「本当に大丈夫なのか?」

 「だ、大丈夫……

 僕は男で……」

 けほっと咳き込む少年

 「本当に大丈夫か、辛いなら」

 

 「皇子」

 小さな手招きに、何か他に聞かれたくないんだろうと当たりをつけて少年と目線を合わせ、耳を近付ける

 「……女の子扱いされるの、苦手なんだ。昔……ううん、僕が早坂桜理って呼ばれてた前世で、女みたいって僕はからかわれて……」

 耳許でささやくハスキーボイスの音程が落ちる

 「親からも、女みたいだからと酷いこと、されたんだ

 だから、大丈夫。昔を思い出してしまっただけ」

 それは大丈夫とは言わないのでは?

 

 おれがふとした時に護れなかった者達の事をフラッシュバックするように、万四路の夢を見て腕を血が出るまで掻きむしるように、彼にとってそれはもう平気じゃない気しかしない

 

 「休むか?」

 「嫌だ。言われて逃げたら、男らしくない」

 その声は震えていて

 けれど、しっかりと強い意志を感じた

 

 「そうだな、オーウェン

 大丈夫。おれは分かってる、君の優しさという勇気を。だから元気出せ、君は女々しくない、外見は確かに少し頑張るだけで女の子に見えるとしても、心が違う。君はちゃんと男らしいよ」

 その言葉に、ほっとしたように少年は息を吐いて、どこかすがるようにおれを見た

 

 「ゼノ君。それを女の子で頑張って勇気を出して聖女やろうとしてる私に聞こえるように言わないで欲しいかなー

 ほら、その言い分だと女の子は勇気がないって罵倒じゃん?」

 そして、じとっとした目でリリーナ嬢に責められて、おれはすまないと謝らざるを得なかった



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オーウェン、或いは桜色

「シルヴェール先生、聖女様をお願いします」

 「別に何時ものように兄さんでも良いよ、ゼノ」

 やることを決め、兄に相談する

 

 「それで、教師として聞こうか。君はどうする気なのか?」

 理知的な眼鏡の奥の瞳が、静かにおれを見詰めた

 「ちゃんと行きますよ。ただ、竜籠を使わない方が良いかと思ったから、別口で向かいます」 

 「ああ、そこの君の相棒の力を借りて行動すると言うことか。そんなに飛竜を怯えさせそうなのかい?」

 怪訝そうな瞳が、横で丸まるアウィル(光を雷でねじ曲げているのか何なのか、ぱっと見ただの犬)をゆっくりと上下に観察する

 

 「いえ、うちの班のオーウェンの方です。少し気晴らしさせて、心を落ち着かせてやった方が良い

 けれど、竜籠は数班が一緒に乗るもの」

 そう、結構搭乗人数多いんだよな竜籠。三頭の飛竜によるトリトニス行きだが、30人は軽く乗れる

 聖女云々でアナやリリーナ嬢の班は特別扱いで広くスペース取るが、それでも二班乗るのだ

 

 ぶっちゃけた話おれって評判悪いわけで、ほっといたらまた同乗する彼等になにか言われかねない。その時にオーウェンも巻き込まれるかもしれない

 

 あれだけ顔に出るんだ、せめて行きからそんな不快な思いをさせたくない

 「速度は」

 「アウィルは竜に負けない」

 『ルルゥ!』

 任せろと吠えるアウィル。実際、飛竜が人の乗る籠を運ぶ速度ってそんな速くないしな

 その点運ぶものも何もないアウィルならリニア並の速度が出る。ちょっぴり耐性の無いオーウェンが乗ってても旧式の新幹線には負けないんじゃないか?

 

 「だから追い付けるどころか、先回り余裕かと」 

 「あんまり羽目を外さないように。ただでさえ目立つ上に問題視されてる君がまた何かやらかしたと思われたら負けだよ」

 「分かってます、シルヴェール兄さん」

 くすり、とおれの言葉に年の離れた兄は微笑みを返した

 

 「君の言うプリンスオブチキンハートには、流石に政治的にも負けて欲しくないからね」

 

 なんてやり取りを経て、おれはオーウェンと二人(とアウィル)で、気晴らしには何が良いかと考えながら地上を進んでいた

 「ごめん、ゼノ皇子」

 「いや、おれも地上の方が好きだし、アウィルに走らせてやりたかったからちょうどよかったんだよ」

 地を疾駆するアウィルの背に乗り、オーウェンに抱き付かれながら周囲の自然を眺める

 こうして自然を眺めることが出来るのも、地上ならではだ。竜籠じゃ持ち込んだ本を読むとか、雲しか見えない外を眺めるとかするしか無い

 

 というか、やっぱりオーウェンって……

 「ゼノ皇子?」

 ちらりと後ろの少年を見て口をつぐむおれを怪訝そうにオーウェンが見上げた

 「いや、もう少し男らしくなりたいなら鍛えるべきだなって」

 言いつつおれは頬を小さく掻く

 「まあ、おれ自身ステータス頼みの面があって、そこまでムキムキの筋肉質って訳じゃないんだが」

 

 この世界、筋肉ダルマよりステータス高いだけで結構細身のおれの方が余程力強いからな。じゃあ筋肉ダルマに意味無いだろうって?

 いや、肉体の在り方は魂の器の形に関連している。つまり、レベルアップ時のステータスの伸びやすさに補正がかかるって感じ

 ゲーム風に言えば、職業(クラス)の固有成長率とは別に人には個別成長率があり、その合算でレベルアップ時のステータスの伸びが決まるんだが、細身の人間は技や魔法関連、逆にマッチョマンだと攻撃や防御の個別成長率が高い事が多いって話

 ゲームでも第一部、つまり学校での授業選択なんかで鍛え方を変え、多少はキャラ毎にステータスの伸びやすさに補正をかけることが出来た。まあ、大体60%の確率で【技】が上がるだったのが鍛えたことで70%の確率で上がるようになったとかなんで、リセット出来るゲームでは補正掛けるよりレベルアップアップ寸前に中断セーブして成長リセマラした方がよっぽど速いけど

 

 ちなみにおれは成長も上限も高い皇族専用クラスで、かつ個別成長率もイカれてる(最上級職になれないのと魔法関連が死んでる以外以外)唯の壊れだ。あまりにも固有成長率が高すぎるというか……

 内部データではおれも魔法関連のステータスにも成長率が設定されてるが、それを入れたら成長率合計はティアの次の二位。実際には魔法関連は上限0だと成長率も0として扱って……それでも二位のまま。いや可笑しいだろ人外かこいつ?

 まあ、魔神なんだけどさ、半分……いや2割くらい?

 

 ラインハルト?天狼って固有職が補正強すぎて、逆に彼自体の成長率はそこまで狂った数値ではないんだよな

 『ちなみに多分魔神度15%くらいですよ兄さん』

 いや、実は正確な数字知りたかったわけじゃないんだ始水、でも有り難う

 

 だから、その実物理面伸びやすいかでしかないからマッチョさと男らしさは無関係というか、英雄魔術師とか目指すなら細身で良いんだが……何となくマッチョが男らしいって思いがあるよな。この世界ゴリラみたいな筋力してても女性だと大概細いし

 

 「う、うん」

 あれ、何か落ち込んでる

 「……オーウェン?」

 「僕、そんなに男らしくない?」

 「いや、かなり柔らかくしやなかっていうか……」

 端的に言えば女の子っぽい。ただ、それを言われたくないのは分かるし、他にしなやかといえば……

 「そうそう、所謂斥候系に見える」

 「ごめん、僕に気を遣わせて」

 「いや、おれから振ってしまった話だしな……」

 と、胸元に目を落とす彼を余所に忘れていたことに気が付く

  

 「そもそも、筋肉付くのが男らしいとも良いこととも限らないしな

 自分の職業による。魔法系なら筋肉付いてるのも案外可笑しいし」

 「実は、錬金術師系なんだ」

 ぽつりとオーウェンは語る

 

 錬金術師系統。ゴーレム使いのアイリスも一応この系統に属する。分類としては……

 「前衛にも後衛にもなれる、間違えたら半端パターンか……」

 「半端……」

 「間違えなきゃ大丈夫。自分のなりたいもの、なるべきものを分かってれば、きっと大成できるさ

 あのアイリスや竪神だって実質錬金術師なんだぞ?」

 冗談めかしておれは言う

 

 「後方型錬金術師の最たるものがアイリス、前線で錬金した武装で戦うなら竪神

 オーウェンだってさ、道を見失わなければなれる」

 「いや、あれは特別な……」

 紫の瞳がしょんぼりと下(アウィルの背)を向く

 「そう落ち込むな、彼等は確かに特別な存在だが

 オーウェン、君だって特別な存在になれない訳じゃないだろ?」

 「ゼノ皇子、僕は生まれはモブで……」

 ああ、そこが引っ掛かってたのか

 

 「そんな事言ったらさ、おれが対峙したユーゴだって、殺さなきゃいけなかったルートヴィヒ・アグノエルだって

 おれに未来を託してくれた母狼だって君の言うモブなんじゃないのか?」

 ついでに言えばおれ自身リリーナ編では背景モブだし

 おれはアウィルの背を軽く撫でて速度を落として貰うと、半身を捻って振り返り……少年の心臓部にとん、と右手を軽く当てた

 指先に小さく触れる、硬い感触。

 「あっ……」

 

 「胸を張れ、オーウェン。君は君の人生を生きる一人の主役だ。この世界に生きる誰だって、ちっぽけな存在だって、誰かにとっては無関係の背景(モブ)なんかじゃない

 そうだろ、オーウェン?」

 「……う、うん。そうだよね」

 こくこくと、頬を微かに桃色に上気させて頷く少年。それは格好良いというよりは幼く中性的な可愛らしさを強く持っていたが……

 「ありがと、皇子。ちょっと元気出た」

 「ま、それにオーウェンには最強の力もあるしな。そういう点でもただのモブじゃないよ」 

 AGX-ANC11H2D、ALBION。話を聞く限り安全性を捨てて肉体が悲鳴をあげる前提で乗り回すっていう大ハズレ機体らしいが、その分強烈な強さを持つらしい異世界の兵器

 そもそも、それを持ってる真性異言はモブじゃないに決まってるわな!

 

 「……使わ、ないけどね」

 どこか申し訳なさげで、胸元をきゅっと直しながら告げる柔らかな黒髪の少年。その前髪に一房だけ混じった桜色が揺れる

 「良いよ。使わなくて

 それも勇気だ」

 昔はオーウェンの為に言っていた言葉を、心の底から繰り返す

 

 それが何なのか理解すればするほど、オーウェンの勇気が良く分かる

 世界を滅茶苦茶にさせるべくゼロオメガから与えられた覇灰の力を、彼は自分の意志で墓まで持っていく覚悟を決めた。それがどれだけ凄いことなのか、力の内情を知れば知るほどに痛感する

 

 「うん。最強のAGX、本当は皇子達の為に使うべきなんだろうけど……

 ごめん」

 「謝らないでくれ。力に溺れないオーウェンの勇気を信じてるおれが馬鹿に見える」

 「……端から見たら、皇子自身が回りを馬鹿に見させてる気もするけど……」

 うぐ、と唸ることしか出来ない

 

 だが、それでもおれは……こんな、塵屑は……

 

 「あれ、というかオーウェン、髪染めたか?」

 話題を変えるべく、おれはふと見えた桜色した前髪一房について言葉を投げ掛けた

 「あ、これ……何時もは浮くから黒く染めてるんだ。落ち込んでて、色が取れちゃったのかな」



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異伝、早坂桜理と隻眼の皇子





ぱちぱちと焚き火の音が響き渡る

 

 「良し、そろそろ出来たかな。アウィル、有り難うもう良いぞ」

 焚き火の横、電流で熱を持たせた鉄鍋の中身を軽くかき混ぜて確認し、隻眼火傷の皇子は小さく頷いた

 その言葉を受けて、人間二人を乗せて駆け抜けた白狼は咥えた鍋を石を並べた上に置く

 

 「はい、オーウェン。ノア姫程アウトドア料理になれてないし、アナほど料理自体巧くないけれど、食べられる味のはず」

 そう言って、彼はまず大きなコップ?に取り分けた穀物と干し肉で出来た食べるスープを差し出してくる

 

 「……うん、有り難う」

 僕は、それを受けとると両手できゆっと包み握った

 掌に感じるのは暖かな温度。湯気の立つそれを、まず一口啜ればちょっと僕には塩気の強い味が口の中に広がる

 

 「ごめん、しょっぱかったか」 

 思わず顔に出てしまったのだろう、どこか申し訳なさげに言ってくる皇子

 「ううん、良い。作って貰っただけで、とっても嬉しいから」

 それに慌てて、僕はパタパタと手を振った

 

 「あ」

 当然そうしたら、カップから片手が離れ……

 「大丈夫か?」

 ほんの一瞬。瞬きの後には刹那で立ち上がった青年が落としかけたカップを持ってくれていた

 左右でかなり違う手の感覚が僕の右手を包み込む

 僕の思う白馬の皇子らしい磨かれた布のような左手と、ゼノ皇子そのものな傷痕とタコにまみれた雨風に打たれて風化した堅岩のような右手。あまりのギャップと近すぎる顔に心臓が跳ねる

 

 「オーウェン?」

 はっと気が付いたように青年の顔と手が離れた

 少しだけ名残惜しく感じてしまうそれが、自分で嫌になる

 

 やっぱり、男らしくって思っても……ゼノ皇子だけは参考にならない

 「大丈夫か、ぼーっとして

 掛かったのか?」

 「ううん。手の落差にびっくりしただけ」

 そんな僕の発言に青年は苦笑して手を合わせてみせた

 皇子の肌に近い色をしてる左手より右手はちょっと黒い。無数の血と汗が染み込んで変色している

 「そっか、左手は」

 「ノア姫達のお陰で一度落ちたのが生えてきたんだけど、まだまだ感覚戻りきってないな。お陰で、ニコレットのお眼鏡に叶いそうな色と形になったけど」 

 ま、もう婚約解消されて縁もないが、と自嘲する皇子。その表情はどこか安堵を浮かべていた

 

 「ま、おれの傷は良い。不人気な手で悪かった」

 「ううん、男らしい」

 「オーウェン、おれみたいな手を目指したら駄目だぞ」

 優しく右目を細め、僕の為か塩気をまろやかにしようと野菜を小さく煮ながら青年は自身の手元に目線を落とした

 

 「貴族令嬢は今のおれの左手みたいな手を好む。右手みたいなのは、治せる金か人望かが欠けてる貧しい手だって、見ただけで残念がられるよ

 だから、君の元の世界ではどうか知らないけれど、この世界で男らしくありたいなら……おれは参考にするな」

 うん、元から参考にならない。どうしてか憧れの気持ちが出てこないから

 そう言いたいけれど、その理由が分からなくて僕はくちをつぐみ、良し焼けたと皇子が差し出してくる鹿みたいな魔物の肉を受け取った

 

 「傷と言えば、胸は大丈夫か?」

 大振りに切られた肉に口をつける寸前、青年の言葉にびくりとして目線を上げてしまう

 「ほら。包帯巻いてるだろ?」

 ほんの一瞬心臓部を叩かれたとき、と僕は理解する。あの瞬間に、彼は包帯の存在に気付いていたんだと

 「だ、大丈夫。ちょっと訓練で胸に突きをされて、大事を取って巻いてるだけ……だから」

 「そっか、アウィルなら活性化で治療してやれると思うけど、要るか?」

 任せるんじゃよ?とばかりに彼の言葉に合わせて狼が耳と尻尾をピン!と立てる 

 けれど、僕は良いと首を横に振る。誰もそれ以上言っては来なかった

 

 「……変な味」

 一口齧ると、口の中に広がるのは……そうとしか表現できない独特の臭みのある味。決して美味しくはない

 「そうだな。肉食の魔物だったっぽいな……

 血抜きとか、ノア姫は上手いんだけどおれじゃ不十分だったか」

 「でも、ワイルドで良い」

 ぽつりと漏らすのは、僕の本音

 

 「ああ、ありがとうなオーウェン」

 「ううん。本当に。こういうの、昔の僕じゃ考えられなくて……」

 「昔、前世か」

 「……うん」

 こくりと頷いて、皇子が野菜の出汁で塩気を薄めてくれたスープを一口

 

 「前世のこと、聞かないんだ」

 少しして意外そうに僕は告げる

 彼には聞いて欲しかった。なのに、何も言わないし、何も求めない。ただそこに居て、助けてくれる

 「話したいなら聞くよ

 だけどおれは……正直さ、背負いたくないんだ。君がどうして男らしさに拘るのか」

 「背負う?」

 「君の苦しみを知れば、それを解決するために動かないと駄目だろ?

 それが嫌で、おれは聞かないんだ。助けてと言われないと助けない、塵屑だろ?」

 ……いや、そもそも苦悩を知ったら助けに入るのが当然って前提がまず可笑しいのでは……?

 と思うけれど、だからこそ見返り無くただ母を助けて貰った僕としては、何も返せなかった。ただ、小さく俯いて少し美味しくなったスープを啜るだけ

 

 「……言えば、聞いてくれるんだ」

 「そりゃあな。それを無視したら皇族失格だろ」 

 「……なら、言って良いかな

 僕は、オーウェン。前世の名前は早坂、桜理」

 彼には知って欲しい。助けを求めるのではなく、僕自身も良く分からない何かに突き動かされて、僕は言葉を紡いだ




ということで、今回はオーウェン君編です。その為、早坂桜理視点が多発しますが御容赦ください
喜べ桜理少年。君の願いはある意味叶う。ヒロインと恋落ちするが良い。


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オーウェン、或いは昏い過去

早坂桜理(はやさかおうり)は、結構裕福な家に産まれたんだ」

 優しい味わいになったろうスープを飲んで体を暖めながら、少年は中性的な愛らしい顔を、綺麗な紫の瞳を曇らせてそう呟く

 

 「幼い頃……うん、これから話すことは全部前世の、記憶の僕の話であって今の僕じゃない。皇子が、お母さんが助けてくれた今は違うってことを理解して、変に気負わないで欲しいんだけど」

 気負わないさと微笑んで、おれはあまり美味しくはない肉を一口噛み千切る

 うん、獣臭い。塩と適当な香草で誤魔化せるかと思ったがそんな甘い話は無かったようだ

 

 「でも、男らしくなきゃって自分を追い詰めているだろう、オーウェン?」

 「皇族の理想論でなければって自分を追い込んでるのは、皇子もだよ」

 何処か優しげに、少年は微笑んだ

 「それに僕は、もう救われてるから」

 「ああ、そうだな」

 それは分かる。だからこそ、何らかの心の持ちようを変えてくれた母の為に、彼は勇気を振り絞って此処に居るのだろう

 

 「……話を戻すね

 僕の家は、父は実業家……って言っても皇子には分からないよね。この世界で言えば、新しい商売を考えてそれを実行するタイプの商人みたいなものだったんだ」

 実業家ってそんな意味だったのか

 

 『不勉強ですよ兄さん』

 なんて、勉強の出来る(いや神様がアホでも困るから当然か)幼馴染が呆れた声音で突っ込みを入れてくる

 

 「裕福な家ってことは、そこそこ成功していたって事か」

 こくりと頷く少年。その額付近の桜色の前髪が火の光を受けて艶めく

 「うん。父親一人がそうやってて、母は専業主婦。皇子に分かりやすく言えば、家の家事全般をやる使用人みたいな事が仕事な人」

 そこは知ってる。獅童三千矢の母もそうだったから

 

 「それって、そこまで可笑しな事じゃないんだろ?」

 「うん、普通だった。でも……」

 少年の瞳が悲しげに閉じられる

 「僕の両親、そんなに仲良く無かったんだ

 父は自己中な人で、だからこそ実業家としてやっていけてたんだろうけど……母の事、顔が良いから結婚したって感じで、自分を飾るステータスの一つみたいに思ってた」

 その言葉に、はぁと息を吐く

 

 どう言って良いか悩んで何も言わない。クソ親と断じても良いが、それだとオーウェン……いや桜理と呼ぶべきか

 桜理にとってのトラウマの原因が分からない以上下手なことは言いたくない。実はその父が不器用な愛情で自分の身を呈して護ってくれたから彼みたいになりたかったとかの可能性だと、非難は逆効果だ

 

 「そんな相手だと、母も大変だったんじゃないのか?」

 結果的に絞り出せたのはそんな無難かつ無意味な問い

 「ううん。母親(あのひと)、元から父の財産目当てだったから

 ちょっと体と家事の時間を売るだけで、他の時間はお金の心配なく好きに生きれる……って」

 「酷い話だな」

 思わずぼやく

 

 「酷いって、言ってくれるんだ」

 「当たり前だろ。当人達はそれで満足してたかもしれない。二人の間だけなら、互いの利益だけを擦り合わせた付き合いの形って言えなくもないだろう」

 ギリリと奥歯が鳴る

 「だが、そこにはオーウェン、いや桜理が居たんだろう?」

 反吐が出る

 

 「親が子を護らなくてどうする」

 そうだ。互いに愛の無い利による婚姻。その犠牲がオーウェンだとしたら、ふざけるなと言いたい

 「おれのアホ親父ですら、こんなおれにも不器用な愛情は向けてくれてるんだぞ」

 まあ、分かりにくいし怖いけどな!

 

 「……うん。だから僕、大半は父か母の雇ったベビーシッターや、保育士の人に育てられたんだ。幼稚園って子供向けの施設に送ったり迎えに来るのもその人

 皆が羨ましかった、妬ましかった。でも、周りの皆は言うんだ。『おねーさんが来てくれて、お菓子も毎日買ってもらえるおかねもちは良いよなー』って」

 益々下を向くオーウェン

 「僕はただ、僕に対してお金以外何も割く気が無かったから、お菓子で帰りに機嫌を取られてた、だけ、なのに……っ」

 ……昔、怒鳴り込みに来た頃のちょっと横柄な態度の由来が分かった気がした。いや、転生前からしてかなり荒むだろうなこれは。おれの人生が幸福すぎて申し訳無くなる

 

 寧ろそっから良く割と温厚な性格になったなオーウェン!?

 

 「そんな僕さ、前世でも似たような容姿だったんだ」

 沈んだ顔のまま、嫌そうにふわふわの黒髪を小さな白い手で少年は引っ張る

 「あんまり背が高くなくて、ちょっと筋トレとかしたけど筋肉付かなくて、線が細くて……

 だから、女みたいって虐められてた」

 まあ、理解できなくはない。虐めについてはおれも一家言あるし

 

 「庇ってくれる人とかは?」

 「居たよ?」

 「なら」

 だが、おれの言葉を遮って少年は首を悲しそうに横に振った

 「助けてやったんだから……って

 結局、僕の家がお金持ちだからお礼に何か寄越せよって気持ちが見え見えで、辛かった」

 

 あー、そういうのがあるのか、と反省する

 というか、前世のおれが虐められてた理由の一個がそれだ。怖いもの知らずだった頃の子供達に、澄ました生意気と虐められてた始水を庇って仲良くなったから、結果的に分別が付いた後の彼等にてめぇだけ上手く取り入りやがって!と……虐めが加速したのは間違いなくある

 それ以上に気味が悪いとか言われてた覚えもあるが、そこは良いや関係ない

 「そういった裏無く助けてくれた男の子は、中学校の時には一人居たんだけど……」

 歯切れ悪く、少年は更に俯く

 「3ヶ月くらいたった頃かな、僕を庇ったりして反感買ってたからか、虐めがエスカレートし過ぎて……死んじゃった」

 ごめん、と小さく掌を合わせるオーウェン

 

 ……そんな人間も居たのか、虐めで死ぬって前世のおれじゃあ無いんだから

 というか、結構世界的に深刻じゃないか虐め問題。二人は死人出てるぞ

 いやまぁ、おれは自業自得が強いとは思うんだが……

 

 というかオーウェン、何だか背筋が冷えてきたからそろそろ話題変えてくれ、さっきから自棄に合いの手入れてこず静かな幼馴染が怖い

 

 「そんな人も居たけど、虐めは変わらなかった。段々と、みんなスケベになっていって……

 それなのにあんまり変わらず女の子っぽかった僕への虐めも、罰ゲーム的な男とのキス強要とか、文化祭でメイド喫茶やるからって無理矢理メイド側にさせられて女装させられるとかに変化してて……」

 

 苦しげに、寂しげに、少年は過去を告げる

 

 「オーウェン、辛いならもう良いぞ」

 「最後まで聞いて、皇子。そうじゃないと、もう一度この辛い思いを何処かですることになるから」

 ぐうの音も出ない正論におれはスープを啜ってバツ悪く誤魔化すしか無かった

 

 「そんなある日、実業家だった父が、大きな失敗をして、一気に……雪崩みたいに色々と破綻してしまったんだ」

 ……それがどうなるかは、聞いてるだけで分かる

 

 「お金が手に入らなくなって、母はあっさり出ていった

 父は……壊れてしまった」

 少年は目を瞑り、寒そうに体を抱き締める

 

 おれは……何をすれば良いか分からず、とりあえず良く羽織っている和装の上着を脱ぐと、少年の肩にかけた

 「廃人みたいで、残ってる財産だけで生きてた父が、ある日僕が中学から帰ると、爛々と目を光らせていた

 そして、言ったんだ『母似で女の子みたいだから、もうお前で良い。こんな世で、せめて慰めになれ』……って」

 静かに目を逸らす

 

 いや、女の子っぽくても男だろ?ってのは良く分からないが、何となく察しが付く

 「一ヶ月後に父は精神病で病院に閉じ込められたんだけど、それまで僕は……

 父親に、性的な玩具にされてた。大事なところは雑に切られたし、血まみれの僕を襲って、あいつは昏く笑ってた」

 少年の声が震える、怯えが見て取れる

 「あんなことして、『顔だけだったお前の母の初めてを奪った日を思い出す』って、鼻息を荒くしてたんだ……っ」

 かしゃん、と抱き締める際に地面に置かれていたカップが少年の震える足に蹴倒されて転倒する

 

 「父から解放されて、そんな事の原因になった顔が嫌で、酸で顔を焼いた

 そうしたら僕も病院送りにされた」

 うん、そこだけはそりゃそうだ同情できないぞオーウェン

 「……だからさ、皇子。その後多分死ぬまで、僕はずっと……思ってたんだ

 女の子っぽくなければ、男らしければ、毅然と立ち向かえていたら、勇気が……」

 一段と少年の声が下がる。何処かドスの聞いた冷えた声が、おれの耳を打つ

 「ううん。やり返せる力があったら。こんなことにならなかったんだって」




始水『兄さん?
ちなみにかつて純粋に早坂桜理を助けようとしたけど死んだ彼の名前、私知ってますよ。
獅童三千矢って言います』


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桜理、或いは見つけた光

「桜理」

 何も言えない。おれなんて、恵まれまくっていて

 

 「皇子、どうしたの?」

 なんて、辛い事を思い出している当人に心配すらされる始末

 「いや、あまりの自分の恵まれた状況にちょっと自己嫌悪しただけだ」

 「いや、皇子の境遇って中々酷くない?」

 「酷くない」

 「……対外的には地位があるから?力があるから?

 でも、早坂桜理(ぼく)は一般的に言えば上流の家庭で、それでも……」

 痛ましいように、彼はその紫の瞳でおれを、特に左目の辺りを見る

 

 「辛さから、僕は自分の顔を理科室の酸で焼いた

 でも皇子は、同じ焼けた顔でも……立ち向かった証なんだよね」

 いや、これ普通に父親が発破かけようとして呪いで焼き付いたってお馬鹿な傷なんだが?処置を間違えたからこうなってるだけで、燃える家に飛び込んだとか轟火の剣で体を燃やしたとかそういったものは治せてるんだよな

 

 「いや、やらかしただけというか……」

 「ううん、僕にはそう見えるから、そう思わせて」

 と、少年はおれが中身を継ぎ足したカップをきゅっと握る

 

 「だからね、僕が話したゲームの話っていうのは、その時ずっと病院でやってたものの記憶なんだ

 男らしかったら、もっと早く体がちゃんと男に成長していたら、それよりまず性格が違ったら……っ!

 そう思って、男らしくなりたくて、ずっと沢山の創作物に触れていた」

 「そうだな、間違いじゃない」

 病院から外に出れないなら、創作物で知るしかないだろう

 ってか、誰かの理想が創作には出てくるから理想論を振りかざしたいなら正しい選択だ。こうあれればと憧れるには便利っていうか

 

 事実、おれだって帝祖を目指してるところがあるしな

 

 「皇子は知ってるよね、この世界が乙女ゲームって言われてること」

 やってたからな、当然だと頷く

 「僕、男なのに……って思われるだろうけど、女の人の理想の男らしさが分かる気がして、そういうものにも手を出してたんだ」

 可笑しいよね、と少年の前髪が揺れる。完全に桜色した一房が定着してるというか……上手く黒く染められてないな

 

 「いや、エッケハルト居るだろ?

 彼も真性異言(ゼノグラシア)つまり転生者なんだが、あいつも元から男だ

 そして、小説版の表紙に描かれていたヒロインが可愛かったからって理由でゲームやって、二次創作?活動もしてたって凄い奴」

 「す、凄い熱意……」

 ほえー、と呆けた顔になるオーウェン

 

 「だから、男が"乙女"って付いてるゲームをやる事くらい、案外普通にあるから気にするな。そんなんで男らしくないなんて言わないよ

 何ならアステールって女の子が少年向けの『魔神剣帝スカーレットゼノン』を書いたりするんだぞ?」

 なんて茶化しておれは微笑もうとした

 

 「……うん

 そうして、何時の日か、僕は死んだんだ

 死んだ時の事は良く覚えてない。ずっと一人で、父が死んだからそこそこお金は残って、好きに物は買えたし……

 物があれば大人しいからって、病院の中でも結構放置気味。だから、全然分からないけど……」

 

 目を閉じて一息吐くと、少年はきゅっと右手を握り一口スープを啜った

 

 「気が付くと、僕は赤子になってたんだ

 最初は絶望したよ。何でって」

 「……そう、なのか」

 おれはその感覚がちょっと分からない。やるべき事があって、それを果たせなくて

 何処か知らない場所でも、それを果たせる可能性が繋がった。例え自己満足でも、正直転生を有り難いと思ってしまったから

 

 「うん。物心付いた頃に、ちっちゃな子供の手には余る黒鉄の腕時計が腕に巻かれていて、その瞬間に自覚したから」

 と、カップを置いて少年は虚空から腕時計を呼び出す。ユーゴのものと同じ、とてつもなくゴツい黒光りする鋼のベゼルを持つ二本針の地球式時計。装飾は多少違う気がするが、かなり豪奢だ

 「ちょっと見せられるか?」

 「うん、はい」

 大人しくオーウェンは従ってくれ、おれの手にずしりとした重さが乗る

 

 ってか、滅茶苦茶重いな。この掌サイズで、竜水晶の塊か何かか?って程重い。

 ちなみにだが、月花迅雷に使われる竜水晶(ドラゴニッククォーツ)だが、確か体積辺りの重量が金の2.3倍くらいある超重金属だ。生半可な人間では重すぎて振れない。いや、その割にゲームでは重量結構軽かったんだが……まあ、刀って細身だからな。轟火の剣サイズだと人間の持てる重さしてないと思う

 

 六枚羽に展開しそうなベゼルとか、結構厨心くすぐられる造形してるが……

 当然おれじゃあうんともすんとも言わない。ただ、GJT-LEXも纏っていた何処か底冷えのするおぞましい絶望と言う冷気を湛えて其処にあるだけ

 ……ん?何か違和感あるが、何だろう

 

 何処か、致命的におれの認識と食い違っている気がするんだが……

 「オーウェン、これ、お前のAGXを呼び出すギアで合ってるよな?確かユーゴによればアストラロレア」

 「うん。合ってる。僕のAGXを……」

 少しだけ少年は言い澱んで、けれどもしっかりとした口調で続きを告げた

 「AGX-ANC11H2Dを召喚する為の時計だよ」

 「それが一個違和感あるんだ

 竪神達から聞いてそうだけど、おれ達はAGXが本当に戦う相手と対峙した。裁きの天使、人類史を終わらせるテーゼ、精霊セレナーデと」

 それもまた、覇灰の被害者っぽいが

 

 「この腕時計からは、そのセレナーデ等にも似た力を、絶望の冷気を感じる

 いや、ユーゴのアガートラームも纏っていたからそれはそこまで可笑しくないんだが……シャーフヴォルのAGXは、t-09(ATLUS)はそんな空気をほぼ感じなかった」

 そう、気になるのってそこなんだよな。何時しか覇灰の力を無理矢理制御して、覇灰に立ち向かっていったのがAGXだとすれば、昔の機体ほど覇灰の力が薄いはず。ATLUSなんて、今思えば謎の重力制御と覇灰の力に比べれば雑魚なビームが主な兵器、封印されていたらしいブリューナクだけ何処か覇灰の力に近いものだったが、他は何一つ無関係

 だから、纏うバリアも斥力障壁というか、そういったものだけでほぼ無敵の精霊障壁を使ってこなかった。だからこそ勝てた

 

 13以降は別格というだけあって、13以降の機体には間違いなく精霊云々の力、所謂魂の棺を用いた覇灰の力の発現装置が組み込まれている筈だが……

 「君の11H2D(ALBION)にも、ちゃんとその力は組み込まれているのか?」

 

 「あ、うん

 僕その世界で生きてきた訳じゃないからゲームで語られた知識なんだけど、09で何とかXを倒せるようになった。だから09が倒したXを捕獲しようと試みたのが10。何とかそれで確保したXのエネルギーの結晶を、無理矢理装甲と武装に転用したのが11。そこから12を経て、13で漸く精霊の力をエンジンにして自力で産み出せるようになったって経緯だから……

 11H2Dにはちゃんと、結晶化した精霊の力が組み込まれてるよ。ただ、外部から補給しない限り、回復できないだけ」

 ますます大外れじゃないかそいつ?アガートラームとか多分無制限にエネルギー湧いてくる無限機関っていうかタイムマシン積んでるらしいぞ。精霊の力というか覇灰の力を外部から補給する必要があるから単体ではエネルギー回復不可、しかも安全面かなぐり捨てた当時の最強火力だけを追求した機体って……

 

 「大外れだな」

 「うん、大外れだね。外れすぎるというか、僕だって欲しくないよそんなの」

 あはは、と二人して苦笑する

 

 でも、違和感は消えない。本当に大外れだからなのか?

 オーウェンは何と言っていた?彼が語ってくれた魂の棺の話は?

 

 いや、良そう。おれはAGXについて疎いし、穴だらけの知識では頭こんがらがるだけだ

 

 「……うん、最初は絶望した

 どうしてこうして産まれてしまったんだって。神様に何か言われた気がするけど、転生したら今度はもっと酷い環境で、明らかに過ぎた力だけこの手にあって

 幼すぎて使えない今を越えたら、こんな世界滅茶苦茶にしてやりたかった」

 

 でも、と晴れ晴れと少年は語る

 

 「でもね、皇子

 お父さんは居なかった。お母さんがどうしてもって無理言って、自分一人で育てるからって一晩だけ相手してもらったんだって

 だからお母さんだけだったけど……お母さんは優しかった。僕に愛情を注いで、ずっと育ててくれた」 

 優しくふわりと、何処か儚げに少年は微笑む

 「そりゃ、早坂桜理と違って家にお金は無かったよ?決して何でも出来たりしなかった。だから、まだ転生した際の絶望感と焦りで、皇子には酷いこと言っちゃったよね

 だけど、僕にとっては……お母さんとちゃんと過ごせる家が、ちっぽけな奇跡が、とっても心地よかった」

 だから、と少年は返された腕時計を握る

 

 「僕が本当に欲しかったのは、世界すら支配できて、誰かに言うこと聞かせられる力なんかじゃなかった

 ロボットものが好きで、あんなロボットに乗ってかっこ良く戦えば誰も僕を女みたいって言わない、男らしいって認めてくれる。そんな結論、変だったって分かったんだ

 必要なのは、最強の力じゃ無い」

 少し困ったように、人差し指が突き合わされる

 

 「勿論、男らしくはありたいよ?女みたいに扱われて、あの父親みたいなのや同級生にキスとか……え、えっちな事とか無理矢理されたの、もう二度と味わいたくない」

 「……だから、嫌そうにしてたんだな」

 「うん、庇おうとしてくれて有り難う、皇子

 でも、それだけ。お母さんが、そして……酷い僕を見てそれでも漸く見つけた光(お母さん)を護ってくれた皇子が、僕を僕にしてくれたんだ」



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異伝、早坂桜理と慰霊碑

「……皇子、皇子!」

 僕は歩みを緩めた巨大な白狼(皇子が信頼してるのは分かるし、天狼って賢い幻獣なのも知ってるけどちょっと怖い)の背で、無意識にだろうか自身の腕を握り潰さんとばかりに二の腕に爪を立てる銀髪の青年の肩を叩いた

 

 「『ぬし、ぬし、それは敵じゃないんじゃよ!』」

 舌っ足らずな人間の声(喋れたんだ)で、地を駆ける狼もそれを止め……少しして彼は、仮眠すると言って閉じた右目を開けた

 

 そして、冷たく自身のうっすら血の滲む右手を見下ろす

 「……最近は、頻度減ったと思ってたんだけどな」

 「頻度?」

 「……たまにやるんだ。皆を殺して、自分だけ生き残る夢を見て、自分を止めようと、穢れた腕に爪を立てるって」

 僕は何も返せない。何処か雰囲気が暗いのは分かってた。あれだけ誰かの為に、それこそ民だからって理由だけで「助けろ」って今思えば酷いこと言った僕すら助けようと手を伸ばしてくれたのに、周囲の扱いも彼自身の認識もかなり変だって思ってた

 でも……実は皇子も結構何か心の奥底に抱えてるんだ。ただ、それがあまりにも理想論を体現しようとした行動の眩しさで見えなくなってるだけ。あの光が産み出した深く濃い影が心に落ちていて、それでもずっと、動き続けている

 

 「僕が言うのも変だけど、大丈夫?」

 敵わない、って思う。どうしてそこまで、光であれるんだろう

 僕なら、きっと……と胸元のポケットに今は仕舞った腕時計に眼を落とす

 「もう、平気だ

 オーウェンの過去を聞いたからかな、不意にぶり返しただけ」

 それ、治ったつもりで治ってないんじゃ?

 僕自身、どれだけ意識しても男らしくなきゃ!って気持ちが何処かで消えなくて、だからこうなってるんだし……  

 

 「そっ、か」

 皇子。僕に出来ること、考えてみるよ

 

 今はまだ、何もかも嘘だらけで。皇子も竪神さんも、力を振るわない勇気って言ってくれて、でも本当は護るためにでも力を振るう勇気がないだけの僕だけど

 

 きっと、皇子は僕を信じるためにわざと考えないようにしてくれてるんだけど……使えばきっと溺れてしまいそうになる世界を覇し灰に還す事も出来る精霊真王の力(AGX-15)。僕の手の中に与えられた最強のAGX

 皇子達がダイライオウとかジェネシックを設計して追い求めている、AGX-ANC14B(アガートラーム)を真っ正面から撃破出来るだけの切り札。何時か、その存在を明かさなきゃいけない

 

 その時はきっと、流石に戦えって言われるよね。ゲームでAGXを駆る者達のように、世界を護るために大事な記憶を燃やし、絆を焔に魂を灰に変えて。僕がそうすれば、AGXなんて無い状況でそれでも魂を焔に変えてきた彼等の力になるから。

 

 ……でもそれは、僕の得た小さな奇跡を燃やす事。だから、とても言い出せず、ずっと大外れで使いこなせないALBIONが僕の機体だと真っ赤な嘘を言い続けてきた

 

 でも、何でだろう。皇子の影が見えた今は、ちょっとこの力が支えになるなら、光になるなら……って

 

 「って、止めだオーウェン。暗くなっても仕方ないだろ、そろそろトリトニスに着くし、今日明日辺りはまず遊ぶことからだ

 その為に、楽しいことを考えよう」

 ぱん、と自身の頬を両手で挟んで音を立てた皇子に、僕の思考は中断された

 

 「アウィル、飛べるな?」

 『ルルルゥ!』

 「……飛ぶ?」

 ぽん、と青年の手が僕の肩に乗せられる

 「掴まれ、オーウェン!飛ぶぞ!」

 言われて理由も何も分からず、僕は青年の肩に手を置いて……

 

 ぐわん、と体が揺れる。一拍溜めての、大きな跳躍。桜の雷を纏った白狼が宙へと身を踊らせ、視界が大きく開ける

 地上百mからの風景。湖近くの空気感は感じていたし、既に街が見えてきては居たが……

 

 「綺麗……」

 澄んだ淡い青色を湛えた、海かと見間違う程の大湖。その畔に築かれた、湖が見やすいように湖に近付けば近付く程に背の低い建物となるように整理された街並。石造りや木造と貧富でも区画は分かれるが、何よりも一部がまだ瓦礫と化してはいるものの、全体としては整然とした大波のような街並に溜め息が漏れる

 その横には街から見た際の景観を損なわないよう、少し離れて港が築かれて、今も一隻の魔導鋼鉄船が入港するのが見てとれる。

 

 が、何よりもやはり、ついさっき登った二つの太陽の光を受けて煌めく湖面に圧倒されるしかない

 僕は……一応ハワイ?とか一回行ったんだけど、幼い頃だし、家族が各々好き勝手やりたくて行っただけだから、自由がなくてあまり楽しくなかった思い出しかない

 

 「あれを、皇子達が護ったんだよね……」

 「ああ、皆が、故郷の盾になったんだ。元気出るだろ?」

 それは確かに、見ただけで何処か気分が上向く光景。そう思って僕は小さく頷きを返し、自由落下を始めた背から落とされないよう、目の前の皇子の背中にしがみついた

 

 そうして、辿り着いた湖の都市トリトニス。白狼はいきなりちっちゃな犬(といっても中型犬くらいある大きさ)の姿になるし、困惑する僕を余所に皇子は迷い無く歩みを進める

 

 「皇子、竜籠が到着するのは」

 「リリーナ嬢達が来るのは昼過ぎだよ。まだ二刻は後

 だから、まず寄らなきゃいけない場所に寄ろうと思うんだ」

 そう告げて青年が訪れたのは、大きな広場だった。龍姫様を模した像の噴水がある、教会前の広場。教会って結構背丈が高いし、噴水も豪華だしで湖からは結構遠い。

 

 「わ、凄い噴水」

 龍海を産み出しているという話通り、各部の鱗から水を噴き出す東洋龍の像が真ん中にある噴水広場。そして……

 「あ、アーニャ様」

 僕はその横に安置された像を見てそう呟いた

 龍姫像の横に安置されたのは真新しい銀色の金属像。色こそ1色だけど造形だけで分かる、時折見掛ける膝をつき手を組んで祈りを捧げる銀の聖女様を象った像がそこにあった

 更にその横には一枚の石碑。何か由来が書かれていそう

 

 「あ、これを見せたかったんだ」

 「いや、そっちじゃないよ」

 何処か嫌そうな皇子は、なのに聖女様像を一瞥すると周囲を見回して……早朝からお花を売ってる小さな女の子を見付けると花を三本買って、広場の端に向かう

 

 其処にひっそりと建てられていたのは、小さな石碑。意識しなければ見落としてしまうだろう、聖女様像に比べて影に隠れた真新しい慰霊碑

 皇子はそこに花を添え、蒼く澄んだ愛刀を抜き放つと石碑の前に立て掛けると手を合わせて眼を閉じた。アウィルちゃんも横で眼を閉じて項垂れる

 

 「慰霊碑……」

 「聖女様のお陰でトリトニスは救われた。それは確かな事実。それを讃える聖女アーニャ像と聖女に救われた街ということを大々的に外に喧伝する為には、裏で出た犠牲の事は……流石に封殺する程ではなくともあまり大っぴらに表に出したくないんだろうな」

 尚も祈り続けるその銀髪の青年の口調は苦々しく、額には眉が寄る

 

 「その聖女を護ったのも、街のために命を懸けたのも彼等だ。こんな扱い、しなくて良いだろうに」

 その声は震えていて、小さく怒気を孕んでいた

 まず、誰よりも全てを護ろうとしたのはきっと皇子自身で。それを誇るでもなく、ただ戦没者の為に祈りながら悔いる姿はどこか聖者にも、痩せこけた子供にも見えた

 

 「……皇子さま」

 と、そのまま暫くどう祈って良いか分からず立ち尽くしていた僕の背中に、そんな鈴の鳴るような声がかけられた

 「アウィルちゃんと駆けてきたんですね、皇子さま

 わたしも、わたしを護ろうとしてくれた人達の為に祈って良いですか?」




 後書き、おまけネタバレ(透明化してます)
透明化部分をネタバレ少なめで簡潔に纏めると、「オーウェン、お前恋堕ちしろ。ヒロインに恋しろ」です。
嘘だらけ、胸元に包帯、転生に気が付いた瞬間に絶望して世界を燃やしたくなる、ゼノ君だけは男らしさの参考にならない……。あとタイトルだとオーウェンでなく桜理表記。
はい、ということで、察しの良い読者の方はもう分かってそうですが、オーウェンは偽名で本名サクラ・オーリリア、トラウマから男装してる女の子です。無意識的に恋してるからゼノ君相手だと忌み嫌って押し込めている女の子としての面が出てきてしまって憧れを抱けないわけですね。今はまだ前世男だったのと前世のトラウマを引きずってるので自覚すら出来ていませんが…… 

オラ桜理、お前がヒロインになって作品のヒロイン(ゼノ君)に恋堕ちするんだよ!
前世でもちょっと救われていて(助けようとしてくれる人が居たから人間はクソまでは思わなかった)今世でも救われた前世からの因縁枠で、恋心からトラウマ抱えるレベルで嫌いだった女の子としての自分を肯定して前を向く、というある種ゼノ君に一番寄り添える相手を何で今までユーゴ戦で死ぬ男キャラと想定してたのこの作者?アホなの?
アナちゃん皇子さまを幸せに出来る人を遠ざけまくったってキレるよ?


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船上、或いは水着

「うっみだぁーっ!」

 その肉体を晒しながら、人工的に魔法で維持された砂浜……から少し離れた小型魔導船の舳先で両手を拡げ、ツーサイドアップの桃色髪の少女が楽しげに叫んだ

 

 「いや湖だぞリリーナ嬢」

 「えー、お約束だし、湖には見えないくらい広いから良いのゼノ君!」

 ぷんすか、とするも怒っては居なさげな桃色の聖女様。そのすらりとした体を覆うのは、薄黄色いフリルで彩られた花柄のオフショルダービキニ。乙女ゲー主人公らしく女の子として蠱惑的な魅力を(おれにはちょっと分からないが)ふんだんに湛えているだろう曲線美を描く双丘をしっかりと包むくらいには布面積が広く、お腹や胸の谷間は見えているからちょっと目線を逸らしたくなるが直視出来ない程じゃない。何と言うか、蠱惑的なんだけど清楚さが失われていない印象、流石の乙女ゲーヒロインって感じ

 

 恥ずかしくて連打で飛ばしまくってたし、水着での一枚絵とかきゃっきゃするおまけシナリオが追加されるDLCはおれが貰った初代(封光の杖)には無く、貸して貰ってた完全版(轟火の剣)でも噺お姉さん(始水)が買ってなかったので見ていないから、ゲームと比べてどうこうと言うことは出来ないけどな

 

 アナが慰霊碑に現れて少ししたら聖女様だ!と人が集まってきてしまったので其所から離脱。今日明日はまず遊べというスケジュール(それで良いのか修学旅行)なのでほぼ自由行動のため、結局リリーナ嬢等が到着する頃には言いくるめられて共に湖で遊ぶ予定にされていた。

 行き先は湖上の浮島の一つ。港からほど近いその無人島でキャンプしようぜという事で……完全に追い込まれて巻き込まれた。最近アナが怖い

 

 理由が分かるからなお怖い。でも、何が怖いのかは自分でも理解できなかった

 その想いに応えるわけにはいかなくて。こんな塵屑、愛想尽かせと言っていて。それでも本当に何時か愛想を尽かされる未来でも浅ましく恐れてるんだろうか

 

 「……聖女様、落ちないようにだけ頼む」

 と言いながら船を操舵するのは頼勇。何時もよりは少しラフだが、防水とはいえ金属の左腕では泳ぎは苦手だと長ズボンにライフジャケットで肌はほぼ見えない。DLCでも頼勇が参戦する時期以前のイベント追加だから見れない貴重な絵面だ。って水着じゃないけど

 というか、当然のように操舵する辺り本当に何でも出来るな頼勇、流石スパダリ

 

 その横で泳ぎにくいポニーテールをほどかず優雅に船上で本を読むのはノア姫。教員のワタシが一緒になって騒いでいたら困るでしょう?と湖で泳ぐつもりは無いらしいが、浮く気はないわとしっかりと水着は周囲に合わせて着てくれている。

 が、正直見られて困る体してないしあまり水着の必要性は感じないわと身に付けているのはチューブトップ型でリボンのように広がったバンドゥビキニというらしいセパレートタイプ。割と目のやり場に困る布面積だ

 

 「えへへ、水着なんて恥ずかしいですけど、こういうのも良いですよね皇子さま

 わたしたちが頑張ったから、皆楽しめると思うとちょっとだけ嬉しくなっちゃいます」

 慰霊碑に手を合わせて意識を切り替えたのか嬉しそうに告げるのは銀の聖女アナ

 その体を覆うのはタンクトップ・ビキニというらしいキャミソール型のトップスを持つ露出の少ない水着。下もパレオ付き。本人の気恥ずかしさをよく表しているし、可愛いとは思うんだが……

 

 「……牛」

 ぽつりと呟くのはエッケハルトに付いてくるアレット。モノキニというらしい前から見るとワンピース水着にも見えるが背中は空いたビキニですらりとしてそこまで起伏の無い体を覆っている

 

 うん、そうなんだよな。恨めしそうにアレットが言うように……この中で断トツで豊かな双丘に想定よりも大きく押し上げられ、キャミソール型のトップスによって隠れる想定のお臍が見えてる辺り、何と言うかサイズが合ってない。割とゆったりした造形の筈なのに……

 そのお腹をじっと見てるがなエッケハルト、お前何と言うか犯罪者に見えるぞそれ

 

 そして最後の女性陣のアルヴィナはというと……

 「新しい帽子」

 おれの買った麦わら帽子(いや麦わらとは違う材質なんだが、形状が完全にそれ)を目深に被り割と良く着ているワンピースの上に上着まで着込んだフル武装。絶対に湖には入らないという硬い決意を表明していた

 うん、確かに胸元に結晶生えてるからそれを顕にして人じゃないアピールしてしまう水着なんて他人が見てれば着れないか。とはいえ、少し寂しいな。後で何とか出来ないか考えよう

 

 あ、アウィルを忘れていたが、当然のように犬かきで泳いでいる。ラインハルトのように聖女に合わせて人の形をとか言い出さないんで、特何も着ていなくて当然

 

 ちなみにここまでの女性水着の種類は全部エッケハルトからの受け売りだ。何で女物の水着に詳しいのか……多分アナちゃんに着て欲しい水着妄想でもしてたんだろう、うん忘れよう

 

 で、男性陣に目を向ければ、何故泳ぐ必要がある?とばかりに何時もの軍服のままのシロノワール。相変わらず空気が欠片も読めない

 「太陽は水を蒸発させる、そもそも水中はニュクス等に任せれば良い」

 ……って、おれの視線にそんな言い訳が飛んできた辺り、単純にカナヅチなんだな多分

 いや、それを知ったところで最終決戦って開けた高地だから水攻めってほぼ不可能だし原作的には意味がないんだが、少しギャップがある

 そして、当然のビキニパンツ……ではなくブーメランパンツのエッケハルト。そこそこ筋肉質な体を惜しげもなく晒している。細マッチョではあるが……

 残念ながら、それにきゃーきゃー言ってくれるのはアレットだけだったようだ。リリーナ嬢はキモッ!と無視を始めたし、アナはというと恥ずかしいのでとアルヴィナと共に操舵してる頼勇の居る小さな船室へ行ってしまったしな

 

 「ゆ、勇気あるよね、彼」

 と、言いながらも何だか引いてるのは黒髪の少年オーウェンだ。ゆったりとした造形のトランクス型の水着に、これまたゆったりとしたパーカーみたいなもの。魔物素材のお陰で普通の服っぽいライフジャケットもあるからそれだ

 顔がやけに中性的で悪く言えば可愛いから上に何もないとどこか犯罪臭がしてしまうんだが、ちゃんと上に羽織られてるからセーフ

 

 「男なんだろ、さらけ出そうぜ」

 と、エッケハルトがそのオーウェンの肩をぽんと叩く

 「アナ一筋やってろお前は」

 女の子みたいな外見だからトップレス見たいだけなんだろ、アナ以外の女の子の水着もちらちら見てるの見えてるぞ

  

 「僕泳げないし、胸にちょっと怪我してるから良い」 

 ちらりと少年がパーカーをはだければ、見えるのはぐるぐるとしっかり胸元に巻き付けられた包帯の姿

 「何だ、なら仕方ないなー」

 ちょっぴり残念がるアホを、アロハシャツっぽい上を胸元全開に羽織り、下はショートパンツタイプ、水に浮くボールと浮き輪とを持っていつかのサングラスを掛けたフル装備ロダ兄が笑い飛ばした

 

 ……ってカナヅチ多くないかこの班

 

 「で、どうして皇子さまは普段の服で、水着を着ていないんですか?」

 「水中戦を行わなきゃいけなくなった時の為、水吸った服で泳ぐ練習を」

 と、おれが想定を口にするや

 「いや、修学旅行でそんなん止めてよ気が散るよ!」

 「……馬鹿話は寝る前の騒ぎだけにしなさい」

 「ボク、水苦手だから助けられない」

 「エッケハルト様、こいつ可笑しい!」

 「皇子……危険だから止めよ?」

 と、口々に女性陣から非難の声が飛び出す。いや、一人オーウェン()混じってるけど

 

 「皇子さま」

 たまに聞く冷えた声。アナの瞳が笑っておらず、水着でもその腕に煌めく腕輪が淡い光を放っている

 「そんな危険なことやめて水着を着てください、気が気でなくて何にも手が付かなくなっちゃいます

 安全に遊んでくれなきゃ怒りますよ?」

 「……すまなかった」



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小島、或いは警戒

「えへへ、アルヴィナちゃんは、水が苦手なんですか?」

 完全に引きこもりの様相を呈している船室の済のアルヴィナに積極的に話し掛けに行く水着のアナ。それは嬉しいし有り難いんだが、これミスだったかもしれない

 

 「おうワンちゃん、あっちの……」

 立ち尽くすおれに向けて話し掛けてくれるロダ兄。その声のトーンと声量も落ちる。アルヴィナとの決戦に来なかったアレット等にまで、アルヴィナの正体を明かさないように小声になる

 

 「魔神娘等の為だろ?良いのか?」

 「良いも何も、本来だからこそのリリーナ嬢側の班の筈なんだが」

 「困ったもんってか。ま、俺様と玉遊びくらいは出来るってなら、少しは縁にも繋がるが」

 と、青年はにかっと笑ってその手のボールをぽん、と空へと放ってキャッチした

 「頼めるか」

 ああ、わざわざボールとか持ってたの、無人島に着いた後でアルヴィナ達とも遊べるようにだったのか、とおれは納得する

 本当に、乙女ゲー攻略対象って凄いなと感心するしかない

 「応よ、任せな!」

 

 そう明るく返してくれた辺りで、船が大きく揺れた

 「そろそろ到着する。皆衝撃に備えてくれ」

 響くのは頼勇の声。それに合わせてふわりとシロノワールが浮き上がり、オーウェンがちょっとごめんとおれの側に寄ってきて、エッケハルトが船室に向かった

 

 そうして辿り着くのは小さな無人島。湖に浮かぶ浮島で、浜辺みたいなものが整理された言えば貸してくれる街所有の島、要はバカンス用に整備されてはいるが、普段は誰も居ないって感じ

 それで大丈夫なのか国境付近とはなるが、一応向こうとも一触即発ではないしな

 

 一応整備された証である小型の桟橋に船を停泊させると、おれは真っ先に……

 「よーし、前は結局魔神だなんだでぜんっぜん泳げなかったし、泳ぐぞーっ!」

 テンション上がったリリーナ嬢がおれの横をするりと抜けて真っ先に島に降り立った

 

 「いや待て……」

 少しおれはそれを制そうとして、周囲を探る

 小島だ。大きさは……端から端まで100mあるかどうかくらいのサイズ感。大きめの宿が浮いてるくらいの広さだな。木々は少なく起伏も少なく、定期的に掃除される無人の小屋はあれど他にそうそう隠れられる場所は無い

 ついでに言えば、あの小屋は体を暖め足り洗う為の風呂場なんだよな

 おれ達はキャンプで遊ぼうと小舟で来たが、普通この島借りてバカンスする人間は船上に泊まれる客室付きタイプの船で来る。だから島には船には流石に用意できない風呂場くらいを置いておけば十分という話

 

 「えー、ゼノ君ってばお堅いなー」

 「彼等が逃げ去った以上、友好関係が本当に続いているか怪しいものだ。少しくらい警戒させてくれ」

 騎士団には頼勇と顔出ししたし、改めて殉職した彼等の遺族への見舞金等の調整も行った。その際に話は聞いたが国家としては向こうも友好関係を続ける気らしいのは確か。ただ、逃げ去った元街長等については行方知れずだ

 

 何処へ行ったのか、何をしてくる気なのか。少し悩みながらも……とりあえず、今は何も此処に居ない事に安堵する

 

 「皇子さま」

 心配そうにおれを見つめるのは、何時ものようにアナと……いやそこで横に立つなオーウェン、女の子に見えるぞ

 

 「ロダ兄、向こうが故郷だろ、何か知らないか?」

 「いや、全く!自慢じゃないが俺様ただの庶民でな!」

 何ならルパンって姓自体勝手に名乗ってるだけで公式にはルパン家なんて無かった筈だ。勝手に言うにはまあ良いが公式な文書で使う姓って戸籍に近いからな。姓がある=信用と籍が誰かに保証されてる扱いなため、姓を偽称すると罪に問われるってレベル。

 なんで姓自体、体制側つまり貴族や、貴族から保証された一部市民にしかない。実際、元メイドのプリシラは今プリシラ・ランディアなんだがその父のオーリンさんはオーリンさんでしか無かった訳だし

 「いや、それはそうなんだが、少し前まであの国に居たんだろ?」

 

 その言葉には素直に頷くロダ兄。ロレーラに連れてこられたって感じだったしな、あの時

 「だが残念、俺様とは良縁であっても貴縁ではないという訳よ。そこはワンちゃんの役目って事。故郷近所の遺跡案内くらいなら出来るぜ?」

 けらけらと軽く笑う彼の額にも、オーウェンと同じ桜色……ってかこっちは桃色と表現すべきだろう髪一房が揺れた

 

 「いや、おれも貴い縁かと言われると違うんだが……

 何時か機会があれば、その遺跡の案内は受けたいな」

 何か得られるかもしれない。訳の分からない遺跡で始水に出会ったように

 

 「おう、そん時は任せときな」

 「それで何だが、ロダ兄」

 と、おれは青年の額から目線を逸らして、桟橋から小走りで離れていく少年を眺める、

 「オーウェンにもロダ兄と同じような桃色の髪が混じってるんだが、血縁とか有り得るのか?」

 「ん?あの子か」

 「魔力染まりにしても珍しい色だ」

 魔力の色に髪や瞳が染まるのは珍しいことではないが、それで桃色はまず出ない。リリーナ嬢のあれも、染まってない地毛の筈

 「オーウェンが心の持ちようで出るって言ってる辺り、隠せてるから特別な意匠では無いのかもしれな」

 おっ、とと喋るおれの口元に肉球が添えられる。ロダ兄の左手の犬手だ

 

 「何か勘違いしてないか?俺様のこいつ」

 と、天高くボールを蹴り上げて右手をフリーにした青年が己の桃色の髪を引っ張る

 「染められないぜ?」

 「……は?」

 

 そういえば、原作ゲームではその辺りの深掘り無かったっけ。俺様に必要なのは今からの縁だからな!で過去振り返られてないから出自がただの気味悪がられた市民で終わってた  

 「いや待て。染められないのか?」

 「……いや、染められるんだがな?あの子と同じで、心の持ちようで勝手に染めたのが剥がれるんだぜこれが」

 

 ……おれは染まらない髪を知っている。オリハルコングラデーション、神に与えられた特別な髪。それと同じように、前髪に一房桜色が混じるという意匠が、隠せないし誤魔化せないとしたら

 

 「……冗談めかして否定してたけど、実は本当は貴縁の可能性もあるぞそれ」

 「んー、そっか。俺様はどっちでも良いんだが……

 あとな、知っての通り、俺様化け物って迫害されてたんだが、その時は一人っ子だぜ?少なくとも妹とかは居ないな、遠い親戚になると知らないが」

 「そうか、有り難う」

 深掘りしたい気はあるが、今聞くことではない。そう思って落ちてきたボールをキャッチする

 

 「さて、じゃあ……やるか、ワンちゃん一号!」

 「良いぜ、何をするんだ?」

 そのおれの言葉に、楽しげに青年は返した

 「ストライクさ!」



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サッカー、或いは超次元

ストライク。学校でもたまに授業で行われるスポーツだ。ボール一個でやるコートゲームで、何となくサッカーに似ている競技

 基本的に腕は使用禁止で脚でボールを蹴りあい、相手のゴール棒にシュートをぶつけて先に相手のゴール棒を破壊したチームの勝ち。ボールを手で止めて良いのはキーパーとなった一人だけ

 特徴としては、全選手がつけるリストバンドに小型魔法書を仕込めるという点だ。ブックブレードとして軍用化もされているワンタッチで開いて魔法を放てる小型で表紙が頑健な魔法書をリストに嵌め、試合中にその魔法を行使して良い、というのが公式にルールとして定められている

 一応、ボールを奪取する競り合いかゴールの攻防にのみ使って良いという制限があるが、謂わば必殺技ありの超次元4vs4サッカーだ

 

 そうして、今おれ達はというと……

 「はっ、決めなワンちゃん!」

 分身したロダ兄(翼持ち)に中継されて天高く蹴り上げられるビーチ用のボール

 それを思い切り飛び上がっていたおれは……

 「任された!」

 思い切り踵落としで砂浜に向けて蹴り落とす!

 流星のように墜落するボール。それを止めるべくエッケハルトが腕のリストバンドに触れ、炎で出来た魔神のようなオーラを噴き上げるが……

 「これが俺の!マジン・」

 腕を掲げて天空から落ちてくるボールを受け止める前に、現れたばかりの魔神の顔を貫通して彗星と化したボールがゴール(アナに作って貰った氷の柱)へと突き刺さり、そのまま根元からゴール棒を折り取った

 

 「おれ達の勝ちだ、エッケハルト」

 「いや、素で驚異の侵略者すんなよゼノ!必殺魔法による攻防とか、そうしたストライクの醍醐味を何だと思ってんだよ!」

 格好付けて言ってみたら反論され、おれは肩を竦めた

 

 うんまぁ、そうだな。魔法使った必殺シュートとその発動モーションに合わせた必殺のキーパー魔法とでかち合わせたり、それを見越して必殺を使うと見せ掛けて使わず相手キーパーの魔法回数を減らしたり、シュートに持ち込む為に攻め手の三人にどれだけシュートではなく中盤用の魔法を持たせるか考えたり……そういったストライクの醍醐味を全部粉砕した気がする

 

 「あはははは、でもゼノ君だし」

 「中盤戦、魔法使えないからおれは弱いぞ?」

 「素で数十m跳躍する化け物相手に中盤戦とか不可能だろ、ってか素で分身して人数増えるのもうバグだろ!」

 びしり!と焔髪の青年は桃にボールを持った人間を閉ざすことでボールを奪う魔法を放った後、分身して一人で空へと飛び上がった最前線のおれまでパスを通した青年を指差す

 

 「超次元サッカーは!超次元なのが必殺技だけだから成立すんの!

 素の身体が超次元なのと必殺技が超次元なのは試合にならないの!分かる?分かるかチートども!」

 「あははは……」

 曖昧にうちのキーパー任されて、何もすることなく終わったオーウェンが笑った

 

 うん、一人だけパーカー着てるが暑く……ないな、動かなかったし

 

 「いや、おれって加減するとただの魔法での攻防参加できない雑魚だしな」

 「遊びは全力でやるものだってことだ」

 「もうお前ら出禁だろ、ゲーム成立しないわ

 ってかなんでわざわざ空からシュートしてんだよ」

 

 「砂浜だと蹴りにくいから空から打った」

 「これも修業とか言ってたろ、太陽のせいで空は見上げにくいから止めろっての!」

 

 そんなこんなの話に肩を竦めて砂浜に適当にラインを引いたコートを出る

 

 何だかんだ残るオーウェン等をフィールドに回し、ただのチートなロダ兄と頼勇をキーパーにしてバランス調整を図るようだ。これで女性陣も入りたければ入れるようになったが……

 

 「えへへ、恥ずかしいです……」

 走ると捲れちゃいますしとはにかんで断るアナ。最初からやる気の無いノア姫、代わりと死霊術で操り人形を用意するアルヴィナ等、案外人気がない

 

 「悲しいな、割と面白いのに」

 「いや、さっきの超次元を見て、やりたいって女の子居ないと思う。普通に吹き飛ぶし」

 「まぁ、そうなんだが」

 と、結局人が集まらずビーチバレーのような競技に切り替わってるのを見ながら、おれは息を吐いて桃色少女の横に膝を立てて座った

 

 「どうだ、リリーナ嬢。楽しめてるか?」

 「うん、楽しいよ」

 「おれ達の使命は、せめて貴女方に青春くらいは楽しんで貰うこと。それはよかった」

 はぁ、と溜め息が聞こえる

 

 「ゼノ君。それアーニャちゃん相手にあんまり言っちゃ駄目だよ?

 私はまあ良いけどさ?あの子、ゼノ君に幸せになって欲しい一心で頑張ってる忠犬なんだから、それをゼノ君が使命感で楽しませてるとか言われたら落ち込んじゃうって」

 「本音なんだがなぁ」

 「本音を隠すことを覚えてよゼノ君。普通に貴族には必要な事だよ?本音だけ語ってると人から煙たがられるよ?」

 「分かってはいるんだけど、そもそも理想論を掲げなければこんな忌み子に価値はないからな」

 

 横の少女が口をつぐむ

 「うん、もう私何にも言わないから。アーニャちゃんに頭冷やされてきてよ」

 ……そう言うと、可愛らしいビキニの婚約者(仮)は砂浜で始まったバレーのような競技に目を向けた

 

 ふと、その視線がとある一人を追っている事に気がつく

 アナではない。それはエッケハルトだ。わざと彼女の方にボールを打っては胸をガン見してて……いや普通にキモいぞエッケハルト?

 

 追っているのは桜の一房を持つ黒髪の少年……オーウェンだ

 アナとチームを組み、頑張ってフォローしようと動いてはいるがちょっと実力が足りてない感じの少年の事を、無意識に緑の瞳が追う

 

 「リリーナ嬢。オーウェンが気になるのか?」

 「あ、うん。ちょっとね」

 「婚約、破棄するか?」

 オーウェンを好きになったなら、おれとの婚約などただの足枷

 別にオーウェンなら良いと思えるし、止める気もない

 「だからさあ、私の事恋愛面で何にも気にしてないことは知ってるし私だから良いけどさ?

 アーニャちゃんとかそんな対応されたら心に傷を負うから止めなよ?」

 また責めるような瞳がおれを見る

 

 そう言われても、おれにはこう返すしかないが……

 「あ、オーウェン君気になるって言ってもさ、ゼノ君が知らないだろうあの異端抹殺官の時に精一杯勇気を出して助けてくれたからちょっとってだけで、恋してる訳じゃないからね?

 婚約解消とかまだまだ早いよ。ってか、穏便に解消で良いじゃん」

 「婚約破棄しておれが泥を被らないと、円満に解消して即別人とってリリーナ嬢の落ち度を捏造したり、責める層が出てきかねない。だからおれが泥を被るんだ

 おれが悪くて、だから相手はそんな悲劇のヒロインのリリーナ嬢を支えていただけだって」 

 「それさ、アーニャちゃんとか泣くよ?だからあんまり言わないように」

 仕方ないとばかりに理解しないままに頷く

 

 「オーウェン君かぁ……」 

 ぽつりと呟く桃色聖女の言葉が、やけに耳に残った



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エッケハルト、或いは監視

「ふぅ、アナちゃんと水着でキャッキャウフフ出来て満足!」 

 ホクホクとした顔のエッケハルトが、ごろんと砂浜に寝転がってサムズアップをかました

 

 「それは良かったな」

 「そのまま寝ていてくれ」

 と、おれと頼勇は一番危険人物だろう彼に向けてそう告げた

 暫く遊んだ後。二つの太陽は天頂で交差してそれぞれ互いが出てきた方角に沈みかけている。水平線を輝かせる夕陽が中々に幻想的な光景を見せていた。

 そして、そんな時間までで遊び疲れたろう女性陣の為に、ノア姫が魔法で風呂を沸かしてくれたのだ。この島には風呂設備はあるしな

 

 が、風呂は元々貴族が借りる想定なので一つしかない。そして夕陽を眺められるように、露天風呂とはいかないが大きめの窓が空いているのだ

 そう、つまり……メイドと混浴も想定済の無人島風呂であるが故に、覗きへの対策が絶無。それはもう、覗こうと思えば簡単に覗けてしまう開放的な設計

 

 そんなだから、こうして二人して見張りを立てているのである

 「いや、何で俺がずっと睨まれてんの?」

 「お前しかこの場で皆が入ってる風呂を覗く奴居ないだろエッケハルト」

 静かにおれは告げる

 

 「いや!何か居るロダキーニャとか!」

 「ロダ兄が風呂を覗くかこのアホ!」

 思わず突っ込みを入れる

 原作からして、「興味はある、だが其は悪宴よ!」と男主人公編で覗きを誘うと止める側に立つ筈だ。誘わないと我関せずでどちらにもつかないけど

 ちなみに女主人公(リリーナやアナ)編では好感度高くても低くても絶対に覗かない。好感度が高いと思春期拗らせて覗きに一旦加担するもやっぱり駄目だ!って土壇場で裏切ったと聞けるガイスト等より真面目だ。いや、結局最終的に覗きを止めたとならないイベント進行の攻略対象って居ないんだけどさ

 

 「いや、興味あんだろ普通に」

 「はーっはっはっ

 縁を繋いで見せて貰うがひっそり咲く可憐な華というもの。暴くは悪縁よ」

 くるくると小槌を回しながら、白桃色の髪の青年が笑った。分身を当然のように使い、船で持ち込んだテントを張ってくれている

 うん、その辺りは真面目なんだ、彼。煩いし突然転校してくるしワンちゃんとか呼んで絡みに来るが、際は弁えてる

 

 「畜生が!そこの魔神野郎は……」

 「興味などあるものか」

 「そりゃそうだわな!?」

 そもそもシロノワール=テネーブルってかなり一途拗らせた奴だぞ、死んだ幼馴染以外の裸とか見てもスルーだろう

 

 「じゃあオーウェン……は腰隠せば」 

 「……黙れエッケハルト」 

 静かにおれは威圧する。いや、言いたくなるのは分かるが、言葉にするなと

 「お、おう……」

 ぶるりと体を震わせて、青年はそれ以上は何も言わなかった

 

 オーウェンは今晩ご飯の為にちょっと小型の竈を組んでくれている。魔法である程度何とでもなるが、全部魔法では風情がない

 お陰で聴かれなくて良かったと安堵して、おれは周囲の警戒を続ける

 

 「ってか、それならもう良くない?

 堅物どもが覗くとは誰も信じないだろうし」

 「エッケハルト。これから夜が来るし此処は国境近くだ。本気でおれ達以外誰も来ないなんて信じきれる場所じゃない」

 目を水平線に向けて耳を澄ませながら、おれはそう呟いた

 

 リリーナ嬢等の手前ある程度は遊ぶが、おれの本業は皇族だ。故郷の盾、希望の剣となって民を護るのが仕事であり、それに休みなんてあってたまるか。アナは休んで良いと言うが、それは生きなくて良いと同じ意味になる

 

 だからこそ、こんな時にも警戒を怠る訳にはいかないのだ

 「全くもう、お前は何時も堅いんだよボケが」

 ぺしりと投げ付けられる砂浜に転がる貝殻。それを避けるでもなく、ちょっと逸れていたので然り気無く首を傾け額の中央で受ける

 うん、痛くないな。何一つダメージが残らない

 

 「ったく、化け物が」

 「だが、化け物でなければ民を護ることすら出来やしない」

 というか、化け物じゃなくても戦ってくれる頼勇って……LI-OHは端から見れば只のチートか。ロダ兄ってチート別にないぞ?滅茶苦茶強いだけで

 

 「もう良いや」

 諦めたように、エッケハルトは砂浜で横になったまま目を閉じた

 「とりあえず、俺はお前みたいな奴がアナちゃんと仲良しするとか認めないからな!」

 「……気にしなくて良いからね、皇子」

 と、そんなことを呟くのは薪を抱えたオーウェン

 

 「すまないが、そんなことはないさ

 気にしてないし、エッケハルトを嫌いになる気はないが、あれが正しい」

 ばらり、と薪が落ちた

 「オーウェン、大丈夫か?」

 「ち、ちょっといや流石にって思っただけ……

 皇子、自分を蔑む相手には何か言った方が良いよ……。皇子自身だけは慣れてるかもしれないけど、僕はあの時の異端抹殺官の言葉にだって苛立っちゃったんだし……」 



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夜話、或いはコイバナ(男性編、前編)

「ごめんね皇子、僕一人だけ別口で使わせて貰って……」 

 薄布を手に、ぺこぺこと頭を下げる黒髪の少年。前世での修学旅行のトラウマがと言い出して他男性陣と風呂に入るのを嫌がったので、晩ご飯の後に一人で入って来て良いぞと回を分けたのだ

 

 「気にするな。誰だって辛いものは辛い」

 言いつつおれはほいと鍵を少年に投げ渡した

 「え、これ何?」

 「この島に泊まるのは今日だけで、明日からは学園全体で泊まってる宿だろ?

 だからその宿の個室風呂の鍵。気心知れてない相手はおれと一緒に入りたくないだろうし一応皇族だから借りてたんだけど、オーウェンが使ってくれて良いぞ」

 その言葉に、濡れた桜色の髪からぽたりと雫を落としつつ、少年は渡された鍵を見詰めた

 

 「本当に御免、有り難う」

 きゅっと鍵を胸元に握り締め、小さく微笑む

 ……うん、キリっとしてればまだ男の子なんだが、ふわりとした顔をすると結構可愛いから止めようなオーウェン?

 

 「まあ、良いか

 今日は後寝るだけだ。おれはとりあえず頼勇と交代する時間まで」

 と、二つ並べて立てたテントのようなものを交互に見てから、おれは中に入ろうとするオーウェンと入れ換わりに外へと出る

 

 ぱちぱちとはぜる焚き火の音。その横にくるりと丸まる白くて結構堅い小山

 「外で見張りと火の番してくる」

 「……」

 おれの羽織る寝間着(流石に夜は肌寒い。水着とはいかないからな)の袖が引かれた

 「オーウェン?」

 

 振り返ると、やはり少年がおれの服の袖をきゅっと小さく握っていた

 「皇子、ごめん」

 「いや、どうしたんだよオーウェン」

 「少しだけ……皆が寝静まるまで、居て」

 か細い声が、そう訴えてくる

 

 「いやどうしたんだ?」

 「変な目を向けてくるから、ちょっと怖くて」

 大丈夫だと少年の低い背丈から簡単に届く頭をぽん、と撫でる

 「確かにエッケハルトはデリカシー無いかもしれないけれどもさ

 アナにしか興味ないから、変なことはしてこないよ」

 「失礼な!」

 と、テントの中からそんな声

 

 「俺はあんまり他の女の子に手を出してたら嫌がられるからアナちゃんの為に我慢してるんだよ!興味くらいあるわ!」

 びくり、とおれの横でオーウェンが震えた

 「……オーウェン。これ流石に好意持ってくれてる女の子に手を出してない理由であって、男女構わず襲いたいって犯罪カミングアウトじゃない筈だ」

 「う、うん……」

 だから、大丈夫とおれは火の番に戻ろうとして……不意におれの肩が強く叩かれた

 

 見れば、犬の手と雉の翼の個体、ロダ兄の分身アバターが二人して火の前に立っている

 「おう、楽しい火の番に俺様も混ぜてくれないかワンちゃん?」

 にかりと笑って、青年は言外にいやついててやれよと訴えてくる

 「……分かった」

 意を決して、とりあえず暫くおれはアウィルと彼のアバターに外を任せることにして男用のテントの入り口の布を潜った

 

 「ああ、エッケハルト。言っておくが女の子用のテントへの移動は禁止な

 リリーナ嬢からもアナからも、それこそアレットからも何も聞いてないから、本当は今晩約束してるとか言われても知らんぞ」

 というか、夜這い云々やると聞いてたら専用テント立ててやるからそこでやってくれって話だな

 「いやねぇよ!?幾ら俺でも、一夏のロマンスとかやりたくても、流石にアナちゃんから求められなきゃ手は出しにいかないっての!」

 「あ、案外紳士……」

 「紳士じゃなきゃ攻略対象になんてなれるか!」

 ……いや、ゲームによっては遊び人のチャラい感じの明るい人とか攻略できたりしないのか?おれは乙女ゲー全然詳しくないが

 

 「そう、かな……

 いや、確かに話として最終的には一途になるとは思うけど……」

 あ、オーウェンが何だか悩んでる

 

 「ってかさ、こんな時だからこそ、そういう恋だ何だぶっちゃけようぜ」

 と、敷いた布団(貴族だからちゃんと下にはマットレスが引いてあり、テントの中は結構快適だ。決して砂浜に一枚のシート引いた程度の床ではない)の上に胡座を掻いたエッケハルトがおれ……ではなく横のオーウェンを見てぽん、と布団を叩く

 「何かあるのか?」

 「お前相手はねぇよゼノ!

 ただ、分かるだろ?原作の攻略対象だの転生者だの増えてきたし、此処等でお互いのスタンス明確にしておきたいの!」

 ダンダンと布団が叩かれる

 

 うん、一理あるなとおれは自前の布団に何時でも立てるよう膝を立てて座った

 「オーウェン、そういうの話せるか?」

 「一応……。恋の話って、定番だし……」

 どこか気後れした空気で、少年は頷くと……ぺたんと脚を畳んでおれの横の布団に潜り込んだ

 そしてくるまったまま顔だけ出す

 

 「……まあ、私としても少し気になる話ではある」

 と、目を閉じた頼勇。完全に後でおれと交代するからか今体を休める感じだ

 

 そして、じっと待つエッケハルト

 「まず、おれから言おうか」

 と、仕方ないのでおれはまず切り出して……

 「全員知ってるわアホ」

 エッケハルトに一蹴された

 

 「そう、か」

 「いや待て。分からない事は案外多い、聞かせてくれないか?」

 と、フォロー入れてくる頼勇。目を閉じたままだが、その表情は優しげだ

 

 「分かった。おれは……恋愛的に好きな人は居ないよ」

 「アイリス殿下は」

 「妹だよ。大事なおれの妹。それ自体は他にも居る筈なんだけど、おれが兄として振る舞えたたった一人の相手。だから兄として必ず支えてみせる。それだけだ」

 「あのエルフの人」

 と、オーウェン

 

 「ノア姫は……恩人だよ。すごく助かってるけど、恋愛的には関係ない」

 「そうなの?」

 「向こうは何となく意識してそうだが?」

 と、笑いながら聞いてくるのは白桃の青年だった

 「その辺はワンちゃん的にはどうな訳?」

 「絶対無い。有り得ない

 ノア姫が何となくおれを気にかけてくれるのは分かる。でも、彼女はエルフでおれは忌み子な人間。親代わりになってくれようとした事もあったけれど」

 それを聞いて、マジかと青年二人が目と口を開いた

 

 「おれは必ず先に死ぬ。まだノア姫を……姫と呼んでも問題ない歳頃に、絶対に。万が一この先の戦いを生き残ろうが、な

 その時点で、深入りすればするほど、心を通わせば通わすほど……例えこの身に呪いが無かろうと、何時か必ず彼女を傷付ける。その心の傷を背負ってその先長く生きろなんて、おれは言いたくない」

 ノア姫が語ってくれた祖父の話は、何時も何処か寂しそうに寝物語として聖女やその周囲の皆について話す英雄ティグルで幕を閉じる。そう、800年ほど、彼はもう居ないかつて共に戦った者達の事を思いだし、そして寂寥感を覚えていたのだろう

 

 だからもう、おれは……

 「ここまでだ。人それぞれ考え方はあると思うけれど、おれはこの先はノア姫が傷付くだけだと思っている」

 そう、結論付けた

 

 「アナちゃんとは?同じかゼノ!」

 「ちょっと違うが、同じようなものだ

 アナがおれを……幼い憧れから好いてくれているのは知ってる。だけど、踏み込んでもおれしか救われない。だから、おれはその好意に応えられない」

 「アルヴィナ」

 と、何時も通りのシロノワール。こいつ寝間着とか水着とか着ないんだよな

 

 「大事な友達だし……」

 と、後はオーウェンだけだなと周囲を見回して確認。オーウェンになら言って良い

 「魔神王の妹だけど、見ての通り穏健派として今はおれたちに手を貸してくれている。だから、おれは彼女となら、殲滅戦せずとも手を取り合って魔神との戦いを終わらせられると信じている」

 「恋心は?」

 「無い。アルヴィナとおれは友達だよ

 アルヴィナからも、そこまで無いだろ?好きなものは殺して自分のものにしたくなるのがアルヴィナだろうけど、おれは殺そうとしてきた事がないし。何より外見が幼いまま。恋すると成長するって聞いたぞ?」

 その点はアナもそうか?でも、アナの事は友達として好きそうで……って、だから友達でしかない理屈に繋がるのか

 

 と、シロノワールは呆れたように影に姿を消した

 

 「ねぇ、皇子

 僕は……女の子視点の乙女ゲーってプレイはしたけどちょっと辛かったし、それよりも恋する女の子してた小説版って、殆ど気分悪くなって読めなかったんだけど……」

 おずおずとおれの目を見てくるオーウェン

 

 「オーウェン?大丈夫か?」

 「そんな僕でも、隻腕になった皇子が、精一杯アーニャ様の為に友から借りた機械の腕で」

 オーウェンの視線が頼勇を見る。正しくは座禅を組んだ彼の左手を

 「LI-OHを呼び出して戦うシーンだけは読んだんだ。元々、そのシーンを読みたくて買ったから

 それで、その話では……」

 「……ごほんごほん」

 突然エッケハルトが噎せた

 

 「オーウェン。ちょっとだけ、真性異言だけで話させてくれよ。下手に全部語りすぎると余計なことを知りすぎて逆に世界が可笑しくなるって事で、話せる範囲を共有したいからさ」



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異伝 夜話、或いはコイバナ(男性編、後編)

「大丈夫かオーウェン?」

 戻ってきた僕に優しく、けれども剣呑な空気を残したままに問い掛けてくる青年

 それに僕は、曖昧な笑みを返した

 

 「皇子、皇子って……人の心が分からないよね」

 「よく言われるよ」

 何処か遠くを見詰めて、灰銀の髪の青年は諦めたように肩を竦めた

 

 あの小説版は皇子ルートで、最終的に皇子と恋愛するんだって話をせず、ラインハルトルートだという体で嘘を語るべきだというエッケハルトの言葉に思わず僕は頷いてしまった

 だから、もうその事について口出ししない

 

 でも、何で皇子の為にはならないだろうその言葉に同意してしまったのか、僕自身にも何故かよく分からなくて。八つ当たり気味に酷いことを口にする

 

 「あー、止めとけ止めとけ」

 そんな彼の態度に、もう完全に匙を投げ気味のエッケハルトさん

 「こいつ、ふざけたくらいにゼノいからさ

 訳わかんねぇよ」

 「え、皇子は皇子で当然では?」

 僕自身、全然こっちの……乙女ゲーの方の系列作はプレイしてなくて、それでもほんの少しの小説版なんかからでもそれは分かるのに

 

 「いんや、こいつ普通に俺達と同じく転生者なんだぜ?」

 「……え?」

 思わぬ言葉に僕は目をぱちくりさせ、灰銀の皇子を見る。彼は静かに、こんな時でも何かを警戒していた

 

 「いやいや、冗談だよね?」

 「……いや、オーウェンがおれに何か言いにくそうな事があったように、おれにも利点があるから言ってなかっただけだ」

 目線を落とし、彼は告げる

 「いっそおれが真性異言(ゼノグラシア)でありゲームのあれこれを知っていると一見して分からない事が何処かで突破口になるかもしれないと思い、わざと言わないでおいた

 すまないオーウェン」

 「いやいやいや、皇子が謝ることじゃないよ!」

 と、わたわた手を振って僕は周囲を見るんだけど、驚いてるのは僕だけ

 

 「……あ、皆知ってたんだ……」

 「その事をさらけ出して、共に戦ってくれと言われた」

 「俺様か?初対面でも本性が凄いことを知ってるって説得に使われた。袖振り合うも多生の縁ってな」

 そして、無言を貫く魔神王に良く似た魔神

 僕自身当たり前だと思うけど、僕だけ仲間外れみたいで何となく悔しい

 

 「なら、日本での記憶とか名前とか」

 「獅童三千矢(しどうみちや)

 ガツン、と心臓を殴られた気がした

 ドキン、と心臓が跳ね、衝撃で息が出来なくなる

 

 ああ、思い出した。僕を助けてくれようとして、結構すぐに死んで居なくなった中学の頃一学期だけ居た男の子の名前。皆から、結構嫌われていた彼の名前が……

 そう、獅童三千矢

 

 そっか。皇子……

 ずっと、僕を護ってくれてたんだ。ちょっと頼りないけど、やり方も明らかに可笑しいけれど。それでもずっと、こうして戦ってくれてたんだ

 

 ……うん。だからこそ

 「本当に、人の心が分からないね、皇子」

 僕はこう呟く

 

 そうして知れば知るほど、分からなくなる。深入りすれば傷付くって言うけど、この皇子を見ればあの日の獅童君もただ僕を助けようとしてただけという事が良く分かるし……。ならばこそ、そんな相手が側に居させてすら貰えずに一人傷付いていくのを見せつけられる方が、よっぽど辛いって何で分からないんだろう?

 

 「いや酷くないかオーウェン」

 「酷くないよ、当たり前の事」

 ……うん、落ち込まないで欲しい。こんな風になるなんて、自分が傷付くことも、死ぬことも、当たり前の事みたいに思ってるのかなぁ……

 

 「ってそれは良いだろ!」

 エッケハルトさんの言葉で、一気に空気は弛緩した

 「で、俺は転生者で、元々推しなアナちゃんの事が好き

 ぶっちゃけ、この冷害……いやもうそのレベル越えたクソボケ寒波ヒーローに負けたくない。アナちゃんは俺が幸せにする」

 ……うん、知ってる。僕でも彼がアーニャ様に恋心を抱いてるのは分かる

 

 ただ、間違ってなくても……皇子をバカにされると、嫌な気分になる。それを抑えようと、僕は目を閉じて唾を飲み込んだ

 

 「で、頼勇は……」

 「恋愛か。実はあまり考えたことがない」

 「アイリスとは?」

 と、問い掛けるのは火傷痕の皇子

 「殿下とは……正直仲は悪くないと思うが、恋愛とは関係ないだろう。互いに、LI-OHや……」

 青き青年の茶色い瞳が灰銀を見回した

 「殿下にとって最大の関心時であり、私としても友であり続けたい皇子に関する事で協力する仲間と言った感じだ」

 「リリーナ嬢」

 「護るさ。ただ、あの聖女様と恋をするというのも、何となく想像が今は出来ないな」

 困ったように笑う竪神頼勇

 

 何となく理解できてしまうのが困るって僕も曖昧に笑って、話を聞き続けた

 「シロノワールは?」

 「答える必要があるのか?」

 うん、取り付くしまもない

 

 「で、そこの攻略対象は?」

 エッケハルトの青い瞳が、色々と頷いていた青年を見た

 「俺様か?

 恋愛なぁ……しょーじきな事言えば、縁の形としてはあんまり気にしてないってのが本音だ」

 「え、ノア先生とか結構気にしてない?」

 僕はふと疑問をこぼす

 

 「ああ、単純に気に入っちゃいるぜ?澄ましつつプライド保って、でもしっかり縁を結びに来てくれてる訳だろ?

 ただ、それが恋愛である必要はないってだけよ」

 あっけらかんと笑う白桃の青年。僕と同じ桃色の一房が揺れる

 

 「……あとは、僕?

 僕は……」

 うーん、と思い悩む

 

 「原作でのそもそもの推しは?」

 炎髪の青年がおれに問い掛けてくるが、僕は上手く答えられない

 「えっと、実は僕全然この世界が舞台のゲームはやってなくて誰が好きとかあんまり無いんだ

 そういえば、獅童君……皇子は?」

 ふと気になって聞いてみる。皇子は中々に一人ぼっちなのは知っていて、だからこそ昔はどうだったんだろうって

 「おれにもそんな好きなのは……

 推しが竪神で、おれというかゼノが嫌いってくらい。女の子も可愛いとは思ったけど、それより男性の格好良さに憧れてた」

 それは理解できるけど、彼って普通に男の子だったよね……?しかも、お嬢様の二匹目のドジョウとか嫌われてた辺り、女の子と仲良しな

 なのに何か僕みたいなこと言ってる……。ただ、僕みたいな状況でもないのに、彼が自分を嫌いなのはそれっぽいけど嫌だ

 

 「そういえば、リリーナ嬢とちょっと縁があったって聞くけど、その辺りはどうなんだ?」

 と、皇子が尋ねてくる

 「うん。ちょっと、ね

 でも、皇子の婚約者で、乙女ゲーではヒロインなんでしょ?僕なんて」

 「おれとの婚約は仮だし、シナリオ的にも気にするところはあるけれど……彼女だってちゃんと戦う勇気を持ってくれているから、攻略対象かどうかとか、運命論みたいなものでそこまで気にしなくて良いと思う」

 「うん?」

 「リリーナ嬢の想いはリリーナ嬢のもの。オーウェンの想いもまた。誰と恋しようが良いんだ。おれはそれが本気なら応援するよ」



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異伝 夜話、或いはコイバナ(女性編、前編)

「えっへへー」

 可愛らしい寝間着(何でもゼノ君の妹が愛用しているものと同じ人の作らしい)に身を包んだ銀髪の女の子が、パーカーフードのネコミミをふりふりと小さく左右に揺らして、何かを暖めていた。ほどいても一部だけ伸ばしていてそこだけ長い髪が尻尾のようにご機嫌に揺れる

 

 「アーニャちゃん、何やってるの?」

 そんな彼女に、私は気になって問いかけた

 「あ、リリーナちゃん。これは皇子さまの為に作ってるんです」

 ニッコニコの眩しい笑顔で、魔法で水を暖めて何かのエキスを薬草から抽出してるからそれはぱっと見分かるんだけど……

 「もう寝る時間だよ?」

 周囲を見れば、教師として少し立場を明確にするのよと言って簡易的な椅子に腰掛けて……けれどうつらうつらしているエルフの人や、我関せずなアレットちゃん。帽子を被ったまま灯りを魔法で灯して何かを読んでる魔神の子等思い思いにもう寝る時間を過ごしている

 

 「ゼノ君のためは分かるけど、今やる必要あるのかな?」

 「え、ありますよ?

 だってほら、皇子さま絶対に誰かが火の番で見守る必要があるって徹夜しますし。だから元気が出るように、教会秘伝の元気の出るお薬を持っていってあげるんです」

 きょとん、と小首を傾げて銀の聖女様はその言葉を返す

 「あー、言いそう。ってか絶対それ言って、頼勇様に途中で交代させられるパターンだよ」

 

 えへへ、そうですねと少女は頷いて、更にすりおろした何かの粉末をカップに混ぜてくるくると木ヘラでかき混ぜている

 カップ一個で水を湯気が立つほどに暖められる辺り、水魔法でかなり好き勝手やれてるよねアーニャちゃん……

 

 っていうか、可愛いよねーと私はそんな笑顔の女の子を眺めていた。うん、流石の乙女ゲーヒロイン。女の子の私から見ても可愛い

 特に上機嫌でニコニコ誰かの為に(まあゼノ君のためが多いけど、困ってる人は助けたいってなるのは前にこの街に来た時に証明済み)動いてる時ってめっちゃ美少女、惚れる

 

 あ、流石に私百合百合する気は無いよ?でも、聖女とかそういったキラキラした世界乙女ゲーのヒロインなんて、女の子からしても憧れるようなのじゃないと困るし……

 

 そう思うと、私ってこれ大丈夫なのかな、ってちょっと落ち込んでしまう。ゼノ君は色々肯定してくれるけど、あれ誰でも肯定するよね?ってなるからドキリとする言葉を掛けてはくれるんだけど、今一信じきれない

 寧ろ悪く言えば誰も信じてなくて、良く言えば生きてるだけで誉めてくれるゼノ君に否定されるって、何をしたら良いのって話だしね。いやまあ、理由なく人を殺せば即座に怒らせる事は出来るけど、そもそも私平気で人を殺せたりしないし……

 

 と、悩んでいると不意にあのアルヴィナって子が跳ね起きた

 「アルヴィナちゃん?」

 「あーにゃん、違う。今のボクは……アルヴィニャ」

 アーニャちゃんと色違いでお揃いの寝間着+胸元にケープを巻いて、黒髪の少女は大真面目に告げた

 いや、何が違うのさそれ

 

 「アルヴィニャちゃん、どうしたんですか?」

 「……今のボクは、誇りと礼儀を重んじる狼じゃない。皇子の犬でもない。気ままなネコ

 だから、アルヴィニャ」

 ……うん、訳分からない。良く分かるねアーニャちゃん……

 

 そんな事を聞いて、当然のように自分の膝に黒髪少女を呼び寄せると、銀の聖女は後ろからその小さな体を抱き締める

 「何か嫌なこと、あったんですか?」

 「ボク、魔法で皇子達を見てたんだけど」 

 我関せずしてたアレットちゃんの瞳が氷点下になった

 

 うわ、堂々と盗聴宣言してるよこの子……

 「ボクが恋してないって、皇子が言ってた。酷い、怒る

 ボクはただ、皇子が可愛いって言ってくれたから、このまま居たかっただけ。ちゃんとこの気持ちは恋

 だから、ボクは明日まで、皇子相手にも噛み付くネコになる」

 案外怒ってなさそうだねそれ、って思いながら見ていると、アーニャちゃんは優しくふしゃーっと威嚇する女の子の髪を取り出した櫛で漉き始めた

 

 「そうですよね。アルヴィニャちゃんは素敵な女の子なのに、皇子さまは結構酷いこと言いますよね

 明日素敵に整えて、見返しちゃいましょう?」

 心地よさげに目を細めて、少女は銀の聖女の久司を受け入れていた

 

 すると……

 「何その茶番劇」

 ぽつりと、アレットちゃんの声が響く

 いつの間にか起き上がっていた茶髪をショートボブに切り揃えた少女が、冷ややかに二人を眺めていた

 

 ゆ、勇気ある……

 思わずそう内心で思う。正直、あの子がゼノ君を良く思ってないのは知ってるけど……目の前に居るの、ゼノ君しか勝たんレベルに一途な聖女だよ?あと一応、ゼノ君が推し側に居る私もだけどさ。その二人を敵に回しかねないのに、良く言うよ……

 

 「アレットちゃん?」

 「茶番は止めて、寝させて」

 肩を竦める茶髪少女。心底呆れたような冷たさが私たちを見るけど……

 「いえ、アレットちゃん。実は少し聞きたいことがあったんです。ちょうど良いので教えてもらえませんか?」

 私は兎も角、ゼノ君原理主義の聖女様は諦めない

 

 うん、ゼノ君は早急に責任とるように。ちょっと頭撫でられたくらいできっと満足するからさ

 

 「……何」

 「ちょっと、好きな人のお話とか色々やりませんか?

 皇子さま向けのものも、あと暫くじっくりと蒸らさなきゃですし」



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異伝 夜話、或いはコイバナ(女性編、後編)

「アレットちゃん」

 珍しく……でもないかな。ゼノ君が絡まないと温和な表情ばっかりのアーニャちゃんがキリリとした顔で(といっても猫耳フードだし可愛いだけなんだけどさ)敷かれた布団の上に足を折って座る女の子を見つめる

 

 「アレットちゃんは、どうしてそんなに皇子さまが嫌いなんですか?

 わたしと同じように、昔悪い人に拐われて、皇子さまに助けて貰った……はず、ですよね?」

 うん確かそうって私は横で頷く

 ゲーム設定では、元騎士団員による誘拐事件の際に一緒にゼノ君……っていうか、ゼノ君に動かされた騎士団に救われてるんだよね。動いたのは皇狼騎士団だっけ?

 

 「皇子さまは命を懸けて、わたしたちを助けてくれました。なのに、どうしてそんなに皇子さまを嫌うんですか?」

 「だからよ」

 冷たく、膝上で組んだ手を見下ろして少女がアーニャちゃんに返す

 

 「ん?あれアーニャちゃん、そんな激戦になったの?」

 小説版では幼アーニャちゃん視点でその際の話とかあって、すっごくあっさり鎮圧してた筈なんだけど?

 って首を傾げる私に、アーニャちゃんは不思議そうにきょとんとした目を向ける

 

 「リリーナちゃん?」

 「えっとそれって、ゼノ君が誘拐された子達の居場所をアーニャちゃんの落とし物とか色々なものから何とか特定して、皇狼騎士団と共に一気に制圧したあの事件だよね?」

 「え?そんな事件ありませんよ?」

 ……え?

 

 「元騎士団のゴーレム使いさん達が人拐いになって……

 皇子さまが隠れていた孤児のフリをして、見落としが無いか戻ってきた人拐いの人に捕まることで助けに来てくれたんですよ?」

 うわ、すっごい乾坤一擲のやり方してる

 

 「翌朝何とか見つけたとかじゃなく?」

 「はい、事件を事前に知っていたエッケハルトさんと」

 アレットちゃんの目がちょっと細くなった

 

 「どういうこと?」

 「エッケハルトさん、この世界の事を知ってる真性異言(ゼノグラシア)さんなんです。だから、」

 何だか嫌そうに茶髪の女の子の顔が歪んで

 「わたしが拐われるって知ってて孤児院に意気揚々と来たんですけど……相手にゴーレムが居るって事は知識に無かったのか、連れてきた兵士さんごと制圧されて捕まっちゃってたんです」

 何だ、と緩んだ

 

 あ、ひょっとしてなんだけど、何故かゲーム開始時点からこの子エッケハルト君にそれとなく好意寄せてる(絆支援Bランクあるね間違いなく)んだけど、それがエッケハルト君の策によって向けさせられたとか疑ったのかな?

 無い無い、あれアーニャちゃんしか見えてないから無いって

 

 「つまり、ゼノ君が一人で制圧した?」

 「あ、一応エッケハルトさんも居ましたけど、命懸けで優しい皇子さまらしくない罵倒も使って、必死にアイアンゴーレムにわたしたちが狙われないように、拐われないように戦ってくれました」

 その事を語るアーニャちゃんの表情は暗い

 

 やっぱり、大怪我したんだろうなぁ……っていうか、良く良く考えたらゼノ君って結構傷だらけのイメージあるからガンスルーしてたけど、初対面の時のゼノ君って左腕怪我してたよねあれ?あの怪我、そのせいだったんだ……

 私、転生に困惑と受かれとで酔ってて、全然気にしてなかった……

 

 「皇子さまは、命懸けで皆を助けてくれました。エッケハルトさんも……や、役に立たなかったとは言いませんけど、助けてくれたのは皇子さまです

 なのにどうして、エッケハルトさんは好きで皇子さまは嫌いなんですか」

 真剣に見詰める海色の瞳。それを見て、馬鹿馬鹿しいと茶髪の女の子は肩を竦めた

 

 「助けてない。お姉ちゃんは……好きあってた人が、男の人が怖くなくなるのに5年かかった!」

 いや助けてるよそれ!って内心で思わず私は突っ込む

 

 原作のアレットちゃんもそりゃ皇族嫌いだったけど、それはゼノ君と騎士団が踏み込んだ時にはもう遅くて、お姉ちゃんがその後望まないお腹の子ごと自殺したって事件があったから……って事は聞ける。気持ちは分かるけど、助けに来たのが遅すぎるって恨むの可哀想じゃない?ってのが私の見解だったんだけど……

 女の子にとって無理矢理身体を奪われるってそりゃトラウマそのものだし、男の子と触れ合うの嫌にもなるよ?私経験あるし分かるよ?

 

 でもさ、ひょっとしてこれ、ゼノ君間に合ってない?アレットちゃんのお姉さんの結婚相手、純潔でなければ結婚を許さない家じゃなかった?

 

 「ねぇアレットちゃん、ゼノ君さ、お姉ちゃんを助けるの間に合ってない?」

 「間に合ってない!」

 うわ、凄い剣幕。吠えられて私は肩を震わせて引き下がった。

 私こんな狂犬と噛み合いたくないよ。ゼノ君の為になら立ち向かえるアーニャちゃんに任せた、うん!

 

 「でもさ、それ言ったら、エッケハルト君だって間に合ってないよ?」

 「それはそう」

 って認めたよこの子!?

 

 「でも、エッケハルト様はそれを分かってるし、お姉ちゃんを救う義務も何もなかった

 『アレットちゃんだけでも無事で良かった』って微笑んでくれた」

 「皇子さまは違うって言うんですか?」

 「皇族なんてただの人。お姉ちゃんも助けられない、無能な唯の人間の集まりにすぎない」

 いや、明らかにスペック可笑しいよ彼等

 そう私は思うけど、少女は止まらない

 

 「無能を認めれば良い、人だと言えば良い

 なのに、なのにっ!あの化け物はそう言わない!まるで七大天様方かのようにっ、故郷の盾、希望の剣、民を護る者だなんて嘘を吐く!」

 譫言のように、真っ赤に怒りで顔を染めた女の子が憎悪を吐き出す

 

 「神様ぶるなら、お姉ちゃんを助けてくれなかったのは可笑しい!お姉ちゃん、七大天様に仕える神官様と結婚する筈だったのに!

 だから、大っ嫌い。皇族なんて、傲慢不遜な神様気取りの無能ども。潔く無理だったって言って、それでも私の無事を共に笑ってくれたエッケハルト様と、比べるのも変」

 アーニャちゃんは何も言わない

 

 でも、その唇は固く結ばれ白魚の手はきゅっと握られていて

 「それだけ。だから、私は盾を手に取った。取るしかなかった

 あんなの、口だけで護ってくれないから」

 

 あ、キレた

 私にも分かった。アーニャちゃんの空気が変わったのが

 「……そんなだから」

 「何?言っておくけど、私エッケハルト様に何故か好かれてる貴女も嫌いだから」

 「みんなが、そんなだからっ!」

 アーニャちゃんの叫びが、テントを揺らす。いやまあ、実際に揺れたのはアーニャちゃんの羨ましい大きさの胸なんだけどさ

 

 「……だから何?」

 「ええ、そうです。確かにそうです。皇子さまは人間です、単なる人です

 でも、それを分かっていて……っ!なのに、なのにっ!忌むべき子だ、でき損ないの皇族だ、何で生きているんだって……

 果たせもしない理想論を掲げて死んでくれるから見逃してるだけだって……」

 泣きそうな声で絞り出されるそれは、私も聞いた教会の変な人の言葉

 

 「単なる苦しんでる人間の皇子さまを、傲岸不遜にも神様みたいな存在でなければって追い込んだのは、それを期待したみんなじゃないんですかっ!

 皇子さまに必要なのは、出来もしないのにってそうやって嘲ることじゃなく、抱き締めて頑張ってくれた事を有り難うって誉めてあげることじゃないんですか」

 小さく冷気を纏うアーニャちゃんが、カップを手に立ち上がる

 

 「もう良いです、アレットちゃん

 やっぱり、頑張って生きてる世界のみんなの事は嫌いになれませんけど、わたしはそんな人たちより皇子さまの方が大切です

 こんなわたしだから、きっと本当の聖女様になんてなれないんでしょうけど……それで良いです。わたしは皇子さまを護りますから。貴女達に負ける気は無いです。エッケハルトさんと勝手にお幸せに」



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異伝 桃色聖女と桜髪の転生者

「……むぅ、寝れないなぁ……」

 アーニャちゃんが帰ってくることはなく。何だか誇らしげなアレットちゃんは直ぐに寝てしまったけどどうしても私は寝付けなくて。暫くしてから、むくりと布団(魔物素材なんだけど、とっても軽くてふわふわ。私の家のベッドより良い素材な辺りやっぱり聖女ってすごい扱い)をはね除けて起き上がると、周囲を見回す

 

 今も起きてるアルヴィナさん。じっと私を見つめてくる目が爛々と輝いていて怖い

 チラリと此方を見ると好きになさいとばかりにまたうとうとを始めるノア先生と、すぅすぅと勝ち誇ったまま寝息を立てるアレットちゃん

 

 そして……帰ってこないアーニャちゃん。うん、危険はないと思うけど……流石に何か気になって、私も合わせてテントを出た

 素材がほんとーに良いんだろう。オレンジ色のテントを出た瞬間に肌寒さが襲ってくる。テントの中だと気にならなかった夜の湖の冷気が、そよ風と共に吹きつけるだけで小さな震えが体に走る

 

 「アーニャちゃーん、もう寒いよー」

 って、あの子を探そうとして……すぐに見付けた。火の番としてじっと周囲を見ているゼノ君。その左肩にこてんと頭を乗せて、白い猫耳パーカー寝間着の女の子がすぅすぅと安らかな寝息を立てていた。うん、とっても幸せそうにとろんと蕩けた無防備な寝顔を晒して目を瞑っている。寄り掛かられたゼノ君の真剣な表情とのギャップが凄い

 襲われても文句言えないよー?って茶化したくなるけど、ゼノ君が女の子を襲う筈無いし、何ならアーニャちゃんもそのまま寝てるうちにキスとかされても喜んで受け入れるから問題ないのかな?

 

 なんて眺めてると、ふと少女がゼノ君の何時もの上着を着ていることに気がついた。寝てたら被せて貰ったのかな?

 後で泣くよアーニャちゃん。ゼノ君さぁ……外が寒いからって暖かい何かを持っていったら、自分のために逆に上着脱いで被せられたとか……アーニャちゃん的に嬉しさより悲しさが流石に先に出ると思うんだけど?

 

 大事になる前にと思って更に一歩踏み出そうとして、私は漸く他の一人に気がついた

 オーウェン君だ。何か今日から桜色のロダ兄っぽい前髪一房を隠さなくなった少年が、じーっと二人を見て溜め息をついていた

 

 「あ、オーウェン君」

 しっかりと着込んだ彼の姿を見付けて、私は声をかける

 うん、何というか……私のためにか、変な人からちょっとでも庇おうとしてくれた時からちょーっと気になってるんだよね、彼

 特に、アーニャちゃんが出ていった後、あの子の方がマシだとか何とかアレットちゃんが私に色々言ってたのがあって、更に意識してしまう……って、良く良く考えると頑張ってる男の子を捕まえてマシってひどくないかなアレットちゃん?

 

 と、声を掛けられた少年はその線の細い体をびくっ!と大きく跳ねさせて、私の方を振り返った

 「あ、せ、せせ聖女様……」

 「え、リリーナで良いよ?」

 にこっと私は笑顔を作ってガチガチに固まった彼に返す。だってゲームでも聖女様よりリリーナ様の方が基本だったしね。いやまあ、名前は変えられるからボイスではテキストと異なり聖女様って皆呼んでたりするんだけど……

 「……リリーナ、様……」

 ぎこちなくそう呟く黒髪の男の子。おっかなびっくり、恐る恐るって感じ

 

 「ゼノ君相手は行けるのに、固くない?」

 「ゼノ皇子、皇子というか貴族っていう感じしないから……」

 「あー、分かる。民を護る者でなければってプライドだけは馬鹿みたいに高いけど、それ以外貴族っぽいところぜんっぜん無いよねゼノ君」 

 アレットちゃん達には神様気取りに見えるって言うけどさ、根底の精神ってゲーム的に考えて真逆。自分を皆の下に置いて存在価値を見出ださない事で、例外無く他人に対して奉仕するって感じ

 

 結局やってること的に七大天様でもないのに全てを救う神様気取りってのも間違ってはいないんだけど……

 それを救えもしないから人間以下って一番蔑んで苦しんでるのってゼノ君だし、アーニャちゃんはそれを分かってるから怒ってるんだよね。心に深い傷ありきの飛躍した結論だけどさ

 

 「僕とかに理不尽言われても怒らないし」

 「うんうん。ところで、オーウェン君はどうしたの?私はアーニャちゃんが外行ったまま帰ってこないから探しに来たんだけど」

 「僕は……」

 小さく俯いてから小柄な男の子はその紫色の瞳を寝息を立てたアーニャちゃんへと向けた

 

 熱っぽく……とはちょっと違うかな?

 「アーニャ様って、ああだよね……」

 「うん、ゼノ君一筋。絶対揺れないブレないルート一直線」

 あれ、ひょっとして……

 

 「ねぇ、ひょっとしてオーウェン君も」

 けど、ふるふると桜色の前髪を揺らして、少年は私の疑問を否定する

 「ううん。アーニャ様がゼノ皇子の事をっていうのは分かるし、そもそも僕は……

 でも、だから不思議なんだ」

 目を閉じ、ぽつりと告げられる言葉

 

 「そんなの分かってたんだ。なのに……どうして、僕はエッケハルト様と変な約束、しちゃったのかなって」

 その言葉に、私はほどいた髪を話してると邪魔かなーと軽く纏めながら言葉を返した

 

 「変な約束?」

 「僕も彼や皇子と同じように真性異言(ゼノグラシア)で」

 「いやいやゼノ君は違うでしょ明らかに」

 思わずツッコむ

 

 だってゼノ君だよ?アンチも多いけどファンも濃い男の子だよ?特にアーニャちゃんとか一応ちゃんと他ルートもあるヒロインなのに、『頭アーニャちゃん』がゼノ君激推し勢の事を指すようになるような娘だよ?

 原作知識がしっかりあったら、後々アーニャちゃんがああも慕ってくれる事とか、忌み子の真実云々も色々知ってる訳だよね?後で幸福になれることが分かるんだからあんなに追い詰められたゼノ君そのままの性格に育ったりしない

 例えば隼人君(エッケハルト君)がゼノ君に転生してたとしたら、ある程度頑張って原作沿いの進行をしてアーニャちゃんに惚れられた後、それはもう滅茶苦茶にイチャイチャ楽しむと思う。間違ってもあんな常に命懸けなんてやりたがらない

 

 それにさ、現代人だったら有り得ないってあの境遇。何時死ぬとも知れないとか言ってるけど、原作的にはアーニャちゃんとくっつかないとまずシナリオ的には死ぬよね?それでアーニャちゃんを拒絶するとか無い無い

 原作ゼノ君は悪役令嬢ってネタにされてたけど、だからこそ転生者なら悪役令嬢もののテンプレートとして「死ぬ未来を回避する」アーニャちゃんとのイチャイチャを拒絶する理由がないもん

 

 「ゼノ君がもしも、前世が女の子で今も男の子しか愛せないーとかなら百歩譲って分かるけど、有り得ないって」

 あれ?オーウェン君何か落ち込んでる……

 

 「僕、ちゃんと小説版のこと、ちょっとは知ってるのに……アーニャ様の為だって力説されて、ラインハルトルートって嘘をつくこと、どうしてか頷いちゃったんだ」

 「あ、それ私も」

 「え?」

 あっけらかんとした私の声に、目をぱちくりさせるオーウェン君

 

 あれ?そういえば転生者云々話してなかったかな?

 「私、門谷恋(かどやれん)。オーウェン君って真性異言(ゼノグラシア)なんだよね?

 実はさ、私もエッケハルト君に頼まれてゼノ君に嘘言ってるんだ」

 あれ?こんなところで話していてセーフかな?とちらりとゼノ君を見れば、アーニャちゃんを起こさないように一人で片腕だけで素振りしていた。体幹を揺らさず腕だけで対処する練習とかかな?とりあえず、意図的なんだろうけど私達の内緒話を聞かないようにしてくれてるっぽい

 

 「……え、え、え?」

 「そっか。オーウェン君もそうだったんだ

 私で良ければ、話聞くよ?」

 ま、私も悩み多いけどねと苦笑して、私は……ってあ、ゼノ君わざわざ焚き火を譲ってくれなくて良いのに……

 

 でも、ちょっと有り難うね?

 アーニャちゃんを優しく抱えて丸まってるアウィルちゃんに乗せて、ちょっと見回ってくるとばかりに焚き火から離れていくゼノ君に、私は小さく頭を下げた



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釣り、或いは弓

「……釣れるかしら?」

 釣糸を垂らすおれと、横のオーウェンへと不意にそんな声がかけられた

 

 声音だけで分かる、ノア姫だ

 

 翌朝、おれ達はまあ今日は普通に途中で合流して、当初思い思いに過ごせたろ?と明日からのアレコレ行事に備える為、そこまで遊ばずに船で島から移動を始めていた。まぁ、服装がラフなのはそのままだが、既に水着ではない。これから砂浜で遊ぶならそりゃ水着も良いけど、街に戻るわけだしな

 特に、リリーナ嬢とアナは聖女様として、帰ったら熱烈歓迎を受けるし、説法だ何だも多分予定されてる。本当に命を捨ててまでこの街を護った彼等への感謝を込めた慰霊碑よりも聖女というネームを利用してのアナ像の建設に力を入れる根性から分かりきっている話だ

 少しだけ心に刺が産まれるが、おれが言えた義理かと振り払う

 

 「何で釣りしてるの僕達……」

 ぽつりと告げるのはオーウェンだ。だらんと垂らした釣糸はあまり釣れそうには見えないし、やる気も少ない

 「あら、今晩は修学旅行の一貫として『自分達て料理を作って食べてみる』授業よ」

 「いや、それとこれと関係なくないかな!?」

 ツッコミを入れたのはリリーナ嬢。まあ、普通に考えて可笑しな話かもしれない

 

 「うん、そういう授業なのは分かるよ?でもさ、みんな普通に安い湖のお魚を買ってきて焼いたりするんじゃん!何で釣りからなのさ!」

 「落第点あげようかしら」

 呆れたようにうつ向いて首を振るエルフ。そのポニーテールが左右に揺れた

 

 「ひどっ!」

 「エルフは自給自足。その体験ということだろう?」

 と、おれは助け船を出す。いや、兵役の最中にノア姫の思考は本気で慣れまくったからな。幾らでも理解できる気がする

 

 「いや、私達までやるのそれ」

 「やるんだよ」

 「そもそも、当たり前だけれども、エルフだって農業出来るわよ?それよも人間より余程ね。それでも自給自足を説くのは、忘れないためよ

 自分達が神々の作った世界で、命を戴いて生きているという事実を、ね。エルフという女神様の似姿だからこそ、その事を忘れてはいけない。その心得としてあえて自給自足を説いているの

 郷に従うことも出来るけれど、たまにはある程度アナタ達に合わせてあげているワタシの文化側にも合わせてみてくれる?という話。だから、別に良いわよ?ワタシの心境以外、特に何も問題ないわ」 

 くすり、とエルフの姫は微笑う

 

 「……うーん、でも……でもさぁ」

 あ、説得されてるなこれ

 「良いよ、リリーナ嬢。おれがやる」

 苦笑してオーウェンから借りた竿をしっかり握るおれ

 

 が、おれ自身ドシロウトも良いところ。釣竿をどれだけ格好付けて握ったところで……

 「ところでノア姫、これどう使うんだ?」

 所詮はこの程度なのである。うん、おれに釣りとか無理だわ普通に

 

 「あ、あはは……うんそうだよね」

 「皇子にも出来ないことが……」

 おい失礼なオーウェン

 「違うぞオーウェン。おれに出来ないことの方が多い。魔法とか全く使えないから自力だと風呂すら入れられないぞおれ」

 「まあ、だからこそアーニャ様とか」

 「ワタシが必要になる、そうでしょう?」

 くすり、とエルフの姫はその長い耳を揺らして笑った

 

 「……というかノア姫、ノア姫は普通に魚とか捕って来れていたよな?」

 施される気はないと前にトリトニスに滞在した時の事を思い出しておれは呟く

 「釣りのコツとかあるのか?」

 「知らないわよ?」

 「え?」

 少しだけ意外なその言葉に、おれは片目しかない瞳をしばたかせた

 「そもそもワタシ、その釣竿だとかいうもの、使ったこと無いもの。知るわけ無いでしょう?」

 「あれ、普通に釣りして魚持ってきて無かったか?」

 少なくとも、おれはノア姫がせっせと焼いて魚を食べているのを見た覚えがあるのだが……

 

 「……ええ、そうね」

 じっとおれ、オーウェン、リリーナ嬢と体つきを眺め回すと、ぽんとエルフ少女はおれの腕を叩いた

 「アナタなら出来そうね。他は無理だけど」

 「やっぱり戦力外なんだ僕……」

 ずーんと黒髪の少年が項垂れた

 

 「いえ、ワタシのやり方も特別だもの。ちょっと見ていなさい?」

 と、波間に揺れる船から湖面を眺め……

 「ちょっと借りるわよ」

 おれの足元に置かれた餌を一つまみつまみ上げると、小さくエルフは魔法を唱えた。光の軌跡と共に、魚が食いつきそうな団子が放物線を描いて軽く投げたにしては明らかにトオイ湖面に着水すると、ほどけてばら蒔かれる

 

 少しの間、固唾を呑んで見守るおれ。釣竿に何か掛かることは無く……

 撒かれた餌を狙い、幾つかの魚影が姿を見せる。ノア姫はそれを何をするでもなく暫く眺め…… 

 「其処よ」

 電光石火、光が閃く!

 

 一瞬で取り出された小型の弓矢から放たれた矢がシュッと軽い音と共に湖面を貫き小さな飛沫をあげさせたかと思うと、ぷかりと一尾の良く肥えた魚がその腹を覗かせて浮かんできた。その背にはしっかりと矢が突き刺さっている

 

 「はい、おしまい。後はこれを回収するだけ。これがワタシの漁のやり方」

 紅玉のような瞳が、身長差から完全に上目遣いにおれを優しく見上げる

 「アナタなら、普通に出来るわよね?」

 「ってボウフィッシング!?」

 「うわぁ……」

 何か、横の二人が驚愕の表情を晒しているが……ノア姫というか、エルフってこうじゃないか?天空山で出会ったウィズだってさらりと凄いことやってきたぞ?

 というか、おれが最近は主に月花迅雷ありきで遠近問わず刀を使う事もあって、弓の腕とか普通にノア姫の方が上だ。その上で彼女が期待するように……

 「あら、エルフは森の中でしっかり獲物を獲れるように大半が弓を手足のように使えるわよ?だからこれが伝統的な漁なの」

 「だな、これならおれでも出来る」

 滑らかに湖面を貫くとはいかずとも、力任せに打ち砕いて波紋を立てながら水面を突破した矢が二尾目の魚をぷかりと浮かばせた

 

 「いや出来るんだ……」

 「っていうかゼノ君その弓何処から出したの……?」

 ツッコミどころそこかよ

 「いや、さっきから聞いてたロダ兄のアバターが使うかワンちゃん?とおれの荷物の中の弓矢を振ってたからそれ」

 「何時も持ち歩いてるの!?」

 「当たり前だろリリーナ嬢。本来月花迅雷は、軽々しく使っちゃいけない。だから遠距離に対応するには弓矢が要る」 

 最近麻痺しがちだが、これはおれの罪の象徴なのだから

 

 「銃は?」

 さらっと聞いてくるのは、おう俺様に任せろとちょっと離れて釣糸垂らしていたロダ兄だ

 が、完全ボウズ。釣果は0のようだ

 「いや、魔力込めてどうこうのおれには全く使えないタイプでないなら火力が一定の銃より弓矢の方が強い」

 実際ゲームでもそうなんだよな。銃はどんな人間でも、命中さえさせれば一定の火力が保証されるが、逆に一定の火力しかない。高ステータスになればなるほど火力不足が目立つ。例えば今のおれ、父や師匠に弓矢で射られればステータス的に怪我するが、あの二人にライフルみたいなゴツい銃で撃たれても何ともない

 

 「……こっわ」

 この世界のリアルってこうなのだ

 だからこそ、銃を使う騎士団が少ない。雑魚には良く効くが、強敵には固定値だからほぼ無意味。そして……雑魚なら一定火力は出せる銃よりも魔法耐性0なんだから魔法の方が強い

 

 そんなことを考えながら……

 「あれ?アナ達は?」

 アナ達も同じく魚を獲ってる筈なんだがと思って見回すと……

 「お願いします、わたしたちにちよっと命を下さい」

 手を組んで祈りを捧げるアナと、目の前で飛び込んでくる魚。ぴちぴちとアナの前で跳ねるその姿は、正に聖人の祈りに応えて身を捧げた供物のよう

 

 「……何でもありか」

 「龍姫様の加護すごいね……」

 っていうか始水?これならおれも

 『あ、無理ですよ兄さん。私が指示してるなら釣れますが、あれ私の加護に反応して龍姫の影響の強い湖の魚が勝手にやってるだけですから』



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異伝 早坂桜理と己のルーツ

「はい、これ。気になるんでしょう?」

 不意に僕の手に不可思議なものが渡され、僕は魚を射抜く皇子を眺めていたところから現実に戻された

 

 「え、あれ?」

 手渡されたのは、龍姫様の何かを示すだろうブレスレット。透き通ったガラスが嵌められた……結構高いもの。この世界って僕達の生きてた日本より数段ガラス製品が高いんだよね、魔法で作れるけど大量生産はあまりされてないから

 瓶もガラスじゃなくて魔物の素材を使ったりするからか、物価のギャップにはなかなか慣れない

  

 「あの、これは?」

 「ええ、それ?この後戻ったら行われる手筈になっている聖女様による説法の席を示すものよ

 アナタ、気になるんでしょう?」

 くすりと笑うのは、僕より更に背丈の低い女の子で、尖った長い耳と綺麗すぎる金の髪が浮世離れした美しさを魅せるエルフ種。ノア・ミュルクヴィズ先生

 

 「……ちょっと」

 「ワタシ、聞く気無いからあげるわ」

 「……え、普通入れないの?」

 「入れるわけ無いじゃない。アナタ感覚麻痺してるわよ。あの二人は神に認められた"聖女"という特例。エルフであるワタシですら無視も出来はしない存在よ。その二人がどうこうするというだけで大きな動きは起きるのが普通よ

 金儲けの面がかなり大きいのだけれどもね」

 だから興味ないわ、と言いつつ耳を上下に振るノア先生だけど……

 

 「え、じゃあどうしてこれ持ってるの?貴重なんだよね?」

 思わずそんな疑問が口から溢れた

 「どうせ馬鹿が」

 紅玉の瞳が僕の見ていた方向を見る。真剣な表情で弓に矢をつがえて、水面を睨む皇子を

 「深刻な顔で要りもしない事を思い悩むと思ったから、一応席を取ったのよ。ただ、アナタでも問題ないと思ったから要らなくなったわ」

 肩をすくめ、僕に譲ってくれる

 

 「良いの?」

 と、突然耳に痛みが軽く走った。引っ張られたんだと直ぐに理解する

 「ワタシがあげると言ったの、素直に受け取りなさい?彼の悪いところ、学びだしてるわよ?」

 責めるような耳責めに止めてよと手をふれば柔らかな指は直ぐに離れ、エルフの姫は静かに僕を見守る

 「い、いやそれは違う気がするけど……」

 言いつつ、ふと疑問に思う

 

 「でも、なんで?」

 僕自身、自分はこんなことされるだけの存在に感じれないんだけど 

 「はぁ、ワタシはエルフよ。女神様に選ばれた、アナタ達の言う幻獣種の一つ

 だからこそ、敬意を払うべき者には払うわよ。例えばアナタや、あのアナスタシアのような七天に護られた者とか、ね」

 え?と僕は呆けて口を開けた

 

 「え?どういうこと?」

 「どう言うことも無いわよ。その髪」

 と、優しげなタッチで白い指先が僕の前髪に触れる。最近桜に染まることが多い一房を、ゆっくりと撫で回す

 「それが証拠でしょう?」

 「え、何で?」 

 僕自身も知らない事実に思わず聞き返す

 

 「呆れた。自分の事も知らないのね」

 「うん、知らないんだ」

 はぁ、という溜め息。けれども、僕を見る瞳は何処か優しげな光を湛えていた

 「良いわ。教えてあげる。無知は可哀想だものね。代わりに、後で相応にワタシの言うことを聞いて貰うわよ?」

 

 そうして、不意に少女は僕に問い掛ける

 「その髪はワタシが言ったように、とある七大天の加護を現すものよ。勿論、あそこで釣りしてる変なののも同じく、ね。直接の血縁は恐らく無くても、遠縁くらいはあるでしょうね、アナタ達」

 「あ、そうなんだ」

 何だか楽しそうに釣り糸を垂らしてはいるけど何も釣れない青年を見てへー、と返す。原作ファンだったら……あれ?喜ぶのかな?良く分からないや

 推しで女の子だとしたら結婚できなく……いやこの世界って神様が許すなら兄妹でも結婚出来たよね?となると、血の縁って切れない縁でしかないから基本嬉しいのかな?

 

 うーん、何だろう、獅童君みたいに原作や攻略対象に思い入れがあったら、感想も違うのかな……。僕だと、そうなんだって気持ちしか起きないや

 特に彼、縁縁言うけどそれなりに線引きがしっかりしてて嫌なところには踏み込んでこなさそうだから実の兄だってくらいの関係でも何にも変わらなさそう

 

 「……どの天かは分かるわね?」

 えーと、桜色……うーん、彼が居なかったら女の子か何か?って落ち込みそうな色だけど、似た色は……

 「女神様」

 エルフの人が気にかけるってことは、と自信満々に告げる僕。リリーナ様の色だし、間違いが

 「……いえ違うわ」

 「じゃあ、赤色系列で道化様」

 「落第したいのかしら?あの天狼の桜雷、リリーナ・アグノエルの髪色、アナタ達の髪と、とある理念の象徴として桜色は全七大天共通で使われる色よ。色で判断したらどの天でも有り得るわ」

 あ、そうだったんだ……って思うしかないねこれ

 

 「じゃあ、ピンクって結構特別な色なの?」

 「ま、好き勝手身に付けてる人は多いわね。ただ、天の選んだものにとっては特殊というだけよ

 で、その理念を最も説く者が、アナタを加護する者。では、それは?」

 ……うん、僕はアーニャ様と違って、あと何か詳しいゼノ皇子とも違ってそういう宗教は疎いんだけど……

 

 困りきった僕に、一言エルフは溢す

 「悪をもって善を説く」

 「……晶、魔?」

 「……そもそも、アナタ影属性方面の才能があるんでしょうし、その黒髪も影属性の色、どうして分からなかったのかしらね?」

 「……勉強不足で……」

 縮こまる僕

 

 「ノア姫、あんまりオーウェンを苛めないでやってくれよ?」

 って、助け船を出してくれたのはやっぱりゼノ皇子……獅童君だった

 「……苛めてないわよ」

 くすり、と笑って、でもエルフの少女は何処か気にしたようにその特徴である耳を少しだけ下に向けた

 

 「でも、まあ人間は"魔"と付く晶魔を一部恐れているのは知っているわ、深い造形が無ければ分からなくても無理もない。ワタシだって、エルフだから知っていただけだものね?」

 「だ、大丈夫気にしてないって」



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異伝 早坂桜理と交渉ごと

「桜の髪は、そういうもの……」

 言いつつ僕は、ふと釣りつまんない!してるリリーナ様を見た

 僕より濃い?けど同じようにピンク色をした髪の毛。ツーサイドアップが幼さと共に邪気の無さをアピールしてるみたいで結構似合っているんだけど、実は結構特別な色なんだね、あれ

 

 「だからよ。だからこそあの男はほぼずっと髪の一房が桜色……いえ、彼に合わせて桃色と呼んであげましょうか。桃色の髪を持っていた

 でもアナタは違った。当初は悪をもって善を説くという晶魔様の理念に沿ってはいなかったから、見守る加護の象徴としての桜色の前髪が発現しておらず、黒一色に誤魔化せていた」

 だけれど、とエルフの姫は優しく僕に説く

 

 「今のアナタをワタシが信用してこんなに近付けるくらい、アナタの心は天に認められた。好きに振るえる悪の力、他世界からもたらされた巨神をもって……真面目に生きる善を説く。アナタは確かにそういう存在なのだという証明が、染められなくなったその桜の髪よ」

 何だか滅茶苦茶に誉められて、照れた僕はくるくると前髪を指に絡める

 

 「うん、有り難う」

 そうお礼を言って、僕はぺこりと頭を下げた

 そして、不意に気になる

 「思ってたより、優しい」

 「……怒るわよ?でもまあ良いわ、基本的にエルフは相応に優しいものよ」

 「そうなんだ」

 「ええ、エルフというのは、女神様に見守られし幻獣。基本がそこらの人間とは違うものね」

 あれ?と首をかしげる

 

 「だから横暴にとか、ならないの?」

 「ならないわよ。基本的にワタシ達の交渉は譲歩をもって通すものだもの」

 ……理解できない

 

 「簡単なやり方よ」

 僕の隣で皇子も首をかしげているのを見てか、はぁと溜め息を吐きながら、けれども機嫌は良さげにポニーテールを揺らして金の少女は眼鏡(多分伊達)をすちゃっと装着した

 「ワタシはエルフ。エルフとは当然、偉いものよね?」

 うんうんと僕は横の皇子と頷く

 

 「そう、まずはその事実を喧伝するの」

 ……何て言うか、自信満々だねこれ……

 「そして、その後まずそんな偉いエルフであるワタシが相応に譲歩する。本来ならばあり得ないけれど、これくらいならばアナタ達の為になってあげても良いわよ?とまず言うの」

 「……え、そうなの?」

 「ええ、そうよ。そして、そこから『特別なエルフがこれだけ譲るのだから』と本題を切り出すの。基本的に等価交換がモットーだからこそ、自分達の価値を高めて交渉するのよ」

 でも、とエルフの姫はくいっと眼鏡のフレーム?を上げた

 「……この交渉術は悪い手ではないのだけれど、一つ欠点があるわ。それが何か分かるかしら?」

 

 えーと、と悩む僕

 結構理にかなってるの……かなぁ?僕は全然交渉とかしたことがなくて、やったのなんて……獅童君相手に「助けろよ」みたいに無理言った事くらい。だから何とも……

 

 「おれと出会った時は、どうして交渉しなかったんだ?」

 と、鋭い瞳で獅童君が問い掛ける。何時もより少しだけ、気が立ってる?ように

 「ええ、そこよ。この交渉はね、エルフは人間より上という大前提のもと、その事実を強調することで成立しているの

 だからこそ、あのタイミングでだけは交渉術が使えなかった。ワタシ達が如何に特別かを説けば説くほどに、それを助けるために出す手助けの価値も上げてしまうもの。自身の価値を上げて、それをまず与えることで相手に望むだけの対価を出させる普段の交渉は一切通用しないわ」

 「……でも、獅童君なら?」って言いたくなる

 

 くすり、と13歳くらいに見える教師が笑った

 「馬鹿ね。彼のそれは交渉とは言わないわ。自分が無理をすれば払えるものを、全て当然だと言わんばかりにタダ同然で叩き売る事はね、施し若しくは慈善事業と言うの

 こんなの、交渉……特に外交の場ではただのカモよ。席に着かせた時点で他国からすれば勝利宣言を出来る国賊」

 「……民の為に生きなくて何が皇族か、とは思うんだが……」

 何となくバツが悪そうに獅童君は頬をかく。それに助けられた僕としてはあんまり言いたくはないけど……

 

 「向いてない」

 「ええ、だから交渉事があるならば、大抵はワタシがやってあげているわ。そろそろ流石にまともに出来るようになって欲しかった所ではあるのだけれど」

 それだけ言うと、少女はもう良いわねと言いたげに船に備えられた椅子に腰掛けると、一冊の本を拡げた。タイトルは……

 あ、恋愛小説だ。結構ミーハーというか、エルフの人もそういうの読むんだね……

 

 そんなノア先生を、何処か鋭い剣呑な気配を消しきらずに見詰める血色の瞳の青年。ちょっぴり腰が引けながらも僕は彼の袖を引く

 「皇、子?」

 「ああ、オーウェンか。どうした?」

 「皇子こそ、どうしたの?」

 基本的に、獅童君は何だかノア先生と仲良しに思えたんだけど、今だけそれっぽさが少ない

 

 「……実はなオーウェン。おれ、ノア姫に耳を触られたことが無いんだ」

 「あれ、嫉妬?」

 僕だって、嬉しいような触られ方じゃなかったんだけど

 その言葉に、曖昧に皇子は微笑んで……

 「そうかもな?」

 って、そうとは思えない言葉を返してくれた

 

 「あ、そうだオーウェン。暇ならリリーナ嬢と二人でこいつでもやるか?」

 と、いつの間にか取り出されて振られたのは一つの小型の箱

 「それは?」

 「良く兵士がサボってやってるカード式ボードゲームの……スカーレットゼノンコラボ版。貸そうか?」

 「そんなものあるんだ……」

 確かスカーレットゼノンって、あ、皇子か。読むだけで何となく彼モチーフなんだろうなぁって分かったあの話だ

 って僕、ブームが一段落して貸本とかで読めるようになってからしか読めてないんだけどね。行きたかった……けど価格的にお母さんに絶対に無理させちゃうからダメだよね、一番のブームの時にやってたお芝居だなんて



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説法、或いは従弟

時は少し経ち、おれ達は本土(いや言い方が変か?普通にトリトニスの街だ)に戻ってきていた。釣った魚はアナがきゅっと凍らせているのとノア姫が機嫌良く捌いてくれた昼用に分かれて保存されている

 やっぱり魔法って便利だなと自分にはこの世界でも縁の無い事を思いながら、始まる聖女様の演説に備え……

 

 と、不意に外から不審な何かが無いかを探るために中に入る気は無かったおれの目が、項垂れる少年の姿を捉えた

 前回アナに聖水を貰っていた彼……ではないな。もっと身なりが良い

 此処は元シュヴァリエ領だが、だからといってシュヴァリエ公爵家の面々以外の貴族とは無縁という程でもない。多少良い素材で出来たえんじ色のロングコートのような気取った服はほぼ……貴族の子息だろう。畏れるような波動を感じない辺り滅茶苦茶な高級品では無さげで、かつ周囲の人々を見渡したところで達人らしき気配もない

 ということは、下級貴族か。いや、おれみたいに本人が護衛より明らかに強いみたいな一部貴族だから護衛が紛れていない可能性はあるが、そんな凄い貴族の顔と名前はおれだってある程度一致する。というか、元々のおれやルー姐みたいに世界観的には居ると語られてるモブでなければ当然乙女ゲーに出てこれるだろうし、記憶を辿っても出てこない時点でそれは無い

 

 「どうしたんだ?」

 正体に当たりをつけて、おれは少年に話しかけてみる

 桜色の糸を拭くにあしらった少し珍しい色合いをした服が目を引くが、ピンクい髪色はしていない。赤みがかって明るくはあるが……茶髪の域だな。ということはただの聖女リリーナのおっかけか

 顔から読み取ると年の頃はオーウェンやノア姫と同じくらい。ってオーウェンは15でノア姫に至っては100歳くらいだから適切じゃないな。おれの1~2下で13~14程。幼さが少し残る顔にはどことなくオーウェンっぽさが……いや彼とは違い何かに顔をしかめたクソガキ感がある顔だな。言うなれば、おれに母を助けろよと言ってきた小生意気さが消えずつり目で中性的な印象が薄れたオーウェン

 「何で入れないんだ、貴族なのに」

 あ、やっぱりか

 

 ちなみにだが、ノア姫がさらっとオーウェンにあげていたように、幾ら聖女様~と超満員になる説法の場でも、相応の地位があれば場所は用意して貰える

 「貴族様か」

 「リリ姉の為に来たのに、どうしてこうなってる!」

 ドン!と苛立たしげに少年に蹴られる神殿の白壁。磨かれている靴だからか泥痕が残るような事はないが、そもそもダメだろそれ

 

 「八つ当たりは止めろよ、少年」

 「ってか誰だよお前!」

 ごもっとも……と言いたいが、今回は言わないな

 「分からないのか。リリ姉と聖女様を呼ぶのにか?」

 「は?」

 ふざけんなと少年がおれを見て……不機嫌そうだった緑の目を見開いた

 「げ、クソ忌み子!」

 ……って反応それかよ!?

 

 「……第七皇子、ゼノだ」

 「ヴィル。ヴィルフリート・アグノエル」

 リリ姉というからリリーナ嬢とは縁があると思っていたが、姉弟か?

 いや、可笑しくないか

 「アグノエル子爵家か。だが、おれ自身一応リリーナ様と婚約する際に挨拶に行った事があるが、君とは……」

 と、疑問をさらりと投げてみる

 「オレは従弟なの!ルートヴィヒが死んで、リリ姉が聖女様でその結婚相手が子爵家を継ぐ訳じゃなくなりそうだからって、貴族止めてのんびり農業してた当主の弟の息子のオレが呼び戻されただけ!聖女様になる前とはリリ姉は従姉だから縁があっただけで平民だから挨拶も何もない!分かるかドロボー!」

 噛み付くように吠えてくる少年

 

 あ、さてはこいつリリーナ嬢と結婚とか狙ってたな?聖女になって遠くなって……うん、それでも抑えきれずに此処まで来た、か

 

 うーん、と思い悩む

 おれ自身、リリーナ嬢の幸福には必要ない。おれは彼女を幸せに出来ない。だから、ちょっとずつ勇気を出していて互いに気になり出していそうなオーウェンとリリーナ嬢をさりげなく(いや、うまく出来てるかは別として)仲を取り持とうとか思っていたんだが……

 此処に来て、もっと前からリリーナ嬢一筋とかそんな感じそうな奴がやって来た。オーウェンを応援したい気はあるが、リリーナ嬢の幸福のためには本当にそれで良いのか?という悩みが生じてしまった訳だ

 

 『面白くない冗談ですね兄さん?』

 オーウェンとおうえん?いやギャグじゃないんだが?

 あと結婚は結局のところ始水等の七大天次第か

 『いえ、天光の聖女関連は女神が手を出すと怒るのでノータッチですよ兄さん』

 あ、そうなのか

 

 って今は良いやと幼馴染神様の声を切り、おれは少年を改めて眺める

 「おれ、何か盗んだか?」

 「リリ姉とは大きくなったら結婚するって約束を……このドロボー!」

 「いや本当か」

 「気持ちがおっきくなっても同じなら改めて考えるねって」

 「それ体よく断られてるだけだろ」

 「うぐっ!」

 ……何だこのエッケハルト感

 

 「ってか、貴族で従弟が会いに来たんだから入れてくれよ!」

 ドンドンと叩かれる扉

 「邪魔だから止めてやれ」

 言いつつ、少しだけ考える

 

 そもそもおれ、周囲の警戒に当たる気だったから席取ってないんだよな。取ってればあげられたが……

 と、悩むおれに不意に光が当たる

 ぱしゃり、というシャッター音に近い何かと共に、飛び下がったおれのついさっき居た場所を魔力の光が駆け抜けていった

 

 って何だ、風景を撮る写真みたいな魔法か。確か影属性とか天属性にある

 水晶玉をカメラみたいに構えていたのは、ヴィルフリートと名乗った少年と似た年格好の少年であった

 「リック、結局入れなかった」

 その言葉に、リックと呼ばれた少年は苛立たしげに神殿の扉を見上げる

 

 ってことは、友人同士か

 「折角リリ姉に会いに来たのに」

 「お前がリリーナ様とは従弟だから入れるはずって言うから付いてきたんだぞヴィル!」

 頬をつねられ、いててと叫ぶ少年ヴィルフリート。まあ、仲良さげといったじゃれあいの域で、本格的な恨みとかはないな多分

 

 「ってか、婚約者なら入れないのかよ!」

 「忌み子が強権使ったら禍根が残る」

 「はーつっかえ!」

 ……うん、そうだな

 

 軽口的に罵倒してくる少年に、人望無いなとおれは肩を竦めて、終わりを待った



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罪、或いは真実

当日夜、肝試しなんて企画の時間、泊まる宿の一室

『そう、その二人……君が連れていって面倒見るんだね?』

 水に映った兄の顔に、おれは小さく頷いた

 

 『それは構わないけれどねゼノ、一体どうして、ヴィルフリートとリックだっけ、彼らを引き入れるんだい?

 教えてくれるよね?』

 理知的な兄皇子の瞳がおれを射る。が、おれの答えは決まっている。彼に隠す気など無いのだ

 

 『……成程ね。考えようによっては可笑しなノア先生の態度をはじめ、幾つか気になる点がある。それに何も仕掛けて来ない気がせず、何処か異様な空気を感じる……か

 確かに、AGXという驚異と対峙したのは主に君だ。その君が言うならば、ある種監視の為に置いておくという判断を責める気は無いよ』

 「リリーナ嬢が『あ、ヴィルじゃん』って反応をしてくれたので、ヴィルフリートの方が確かに従弟関係にある裏付けは取れましたが、その友人が円卓ではない保障までは無い

 だからこそ、彼等がもしも円卓とそれに脅されている者等であった際、他の円卓勢の目的の為に、あまり傷つける訳にいかず無茶な行動を起こしにくいよう、敢えて聖女様等の近くでおれが監視する」

 『君に任せるよ、ゼノ

 ……だけれどもね。あまり隙だらけの状況を晒さないでくれるかな?君を買いたいのに、失脚させてしまいそうになるよ』

 と、悪戯っぽく兄にして教員は語り……

 『皇子さま、お休みなさいです』

 ぷつり、と術者のアナの笑顔と共に水を媒介にした通信は途切れた

 

 と、おれは自室でふぅと息を吐いて……

 「ん、オーウェン?」

 一人用の個室だというのに居る筈の無い姿を見つけてしまった

 いや、鍵をかけていたは……

 「ご、ごめん皇子……」

 きゅっと胸元に畳まれた布と厚手の寝間着を抱え、汗を額に滲ませて髪を一部貼り付かせた少年がわたわたとする。その手の鍵が揺れた

 

 「あ、わ、悪いオーウェン。個人で風呂使うかって渡しておいて、その鍵と風呂が一応皇子だからって用意してあるこの部屋専用のものだって事実を失念していた!」

 そうだ。この個室(皆が泊まってる部屋よりランクが上の部屋)専用で此処に入り口がある風呂だからそこまで大きくはないが他人は来れない。ならば寧ろオーウェンが居て当然で

 

 「悪い、すぐ出てくから」

 おれが居る方が困るわけだ。思い切り頭を下げて、そそくさと荷物を纏め……

 「い、いや大丈夫だから」

 「風呂と部屋は繋がってる、おれは何処でも寝られるからオーウェンが」

 「ううん、違うよ」

 きゅっとおれの服の袖が強く掴まれる

 

 「ねぇ、皇子……」

 おれを見詰める紫の瞳。真剣な表情は何か覚悟を決めたようで

 「警戒してるんだ、獅童君」

 びくり、と掴まれた腕が跳ねる

 

 「あ、ごめんつい……」

 申し訳なさそうに少し頭を下げて、少年は微笑する

 「……二人きりの時は、獅童君って呼んで良いかな?」

 これが言いたいことなのか?あまりその名前に良い記憶はないんだが……

 

 いや、始水は別だが、と多分思考聞いてそうな幼馴染神様に断っておいて、思考を巡らせる

 「良いけど、どうしたんだ?」

 理由次第では問題ないと結論付けて、おれはそう告げる

 

 「獅童君。昔……前世の僕、早坂桜理を助けようとしてくれた人も居たって言ったよね?

 仲良くなれずに死んじゃったから、名前を良く覚えられてなかったんだけど……」

 えへへ、と少年はおれの手を握った

 「名前を聞いて思い出せたんだ。獅童三千矢、獅童君だったんだって」

 

 ああ、そうか

 静かにおれは目を閉じる

 

 そうか、君が……おれの罪。逃げるなと、言うのだろう。全て忘れて、万四路の死も、その先も、もう過去だと割り切るなど許さないと。此処に居るんだと……

 ありがとう、桜理。お陰で逃げられなくなった。あのおれのやってきた全てが、単なる自己満足で君を含む誰も……結局救えていないという事実を突き付けてくれる君が居れば、逃げるなんておれがおれを許せないから

 

 同時に、心も決まったと小さく息を整える。最近、異性の耳に触れない筈のノア姫がオーウェンの耳はつねるし、リリーナ嬢がおれへの感情は恋じゃなさげと気が付きだしているし、どう動くか悩んでいたが……悩む意味なんて無かった

 せめて、今世でくらい挽回する。今度こそ、あの時何もできなかった罪の代わりに、早坂桜理(オーウェン)の幸福を優先する。それだけだ、他は要らない

 

 大丈夫。今の彼とならきっと、幸せは掴めるさ。母親を大事に思う気持ちを見ても、家族との関係は良く分かるから

 

 「……分かった、君が望むなら好きに呼んでくれ」

 「ありがとね、獅童君。でも、何か思い詰めてるよ?大丈夫?」

 「大丈夫だよ、桜理」

 言いつつ、しまったと思う。下手にその名前をおれが出すのは……

 

 「そう呼んでくれるなら、嬉しいな」

 あれ?何だか好評だ

 「僕が獅童君を呼び止めたのは……部屋から出てほしくないからなんだ

 ほら、修学旅行って良い思い出無いから、一人だと寝られなくて、一緒の部屋に居て欲しかった。早坂桜理としてのトラウマを、上書きしたかったんだ」

 手を離さず、彼は告げる

 その瞳は潤み、何となく可愛い。いや、男らしさあんまり無いな

 

 さっきまでリリーナ嬢と組んで企画の肝試しに行ってた時は、「僕が居るから」って男らしいこと言って頑張ってたのにな、と不思議に思う

 まあ、脅かす側(アルヴィナ)のモチベーション係で直接は参加してないおれが何か言えた立場でもないが

 

 「そう、か」

 ふわりと香る汗も、どこか桜のようなリラックス出来る香りに近い気がして 

 って変態かおれはと思い切り自分の足を踏みつけて思考を中断

 

 「お風呂、入ってきたら良いぞオーウェン

 少しだけ汗臭い」

 「う、うん!」

 と、そそくさと手を離した少年がおれの指差す方向に駆けていって……

 

 「獅童君、ひとつだけ、気持ちの整理をしておいて欲しい事を言うよ」

 逃げるように扉を潜りながら、少年がぽろりと溢す

 

 「あの子達を円卓と疑ってるって……聞こえちゃったけど、一つだけ獅童君の警戒は違うよ

 確かにね、僕もAGXの反応を最近此処で感じたけど……聖女様を実質人質にして戦わなきゃ行けない相手じゃない」

 「桜理?相手は……最強の」

 「ううん。最弱のAGX、AGX-ANC11H2D《ALBION》だよ、今回の相手は」

 「待ってくれ、どういう……」

 「お風呂上がったら、ちゃんと話すから、待ってて獅童君」

 小さな姿が扉の向こうに消える

 

 寸前

 「……もう、嘘つかないことにしたんだ。僕の本当の機体の方が、警戒されているAGX-15(アルトアイネス)だから」

 そんな声だけが、部屋に残された



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慟哭、或いは見据えた明日

暫くして、ほかほかとした湯気を立てながら一人の少年が戻ってくる。水気が取りきられていないのか汗よりも強く貼り付いた髪がどこか(つや)やかで……

 あれ?案外(なまめ)かしいってならないな?

 

 何処か雰囲気が違う気がして、おれはじっと少年を見詰めた

 桜の一房を持つ黒髪で中性的な容姿。うん、オーウェンだ、間違いなく。何処に違和感がある要素があるんだよおれ?

 

 少しだけ引き締まった二の腕や、太股すら見える短パンの下も鍛え上げられたとはとても言えないがアナ達のように柔らかという印象も受けない男性のもの

 

 「オーウェン、サイズ合ってないぞ」

 短パンが結構キツそうだ。股間の膨らみが隠しきれていないし、裾が太股に押されてピチッとしている

 上はまだマシだが……いや、チョイスが変だ

 前の空いた服なのは良い。今は包帯が巻かれておらず、鎖骨と薄い胸板がチラリと見えるのも構いはしない

 おれの火傷痕に近い気がする傷が小さく見えるのも、だから包帯を巻いていたというので理解できる

 

 だが……

 「それに上、死装束じゃないか?」 

 何となくそんな印象を受けてしまう服だった。いや、真っ当には親の死に目にも逢えていないおれが何を言うんだって話だが

 

 「……うん」

 そう頷く少年の左腕には、容姿には不釣り合いな黒鉄の時計が見える。実にゴツいというか……マジマジと見れば見るほどにスーパーロボットものに出てそう感が凄い。いや、実際にロボットを扱えるんだから当然か

 

 「どうしたんだ、そんなものまで身に付けて」

 おれがまともにそれを装着している桜理を見たことが無かったからか、違和感が凄い

 それを指摘すれば、髪のボリュームが減ったように見えるからか何時もより男っぽい彼は、困ったように左手を胸元に掲げた

 「それ、だけ?」

 「それだけとは?」

 「……僕、嘘ついてたんだよ?ずっと

 皇子が、竪神君が、獅童君が、求めていた最強の力……アガートラームと真正面から戦って勝てるAGXを持っていて、それを黙っていた」

 告げる彼の表情は暗い。まるで、死ぬと分かっている戦いにでも臨むつもりかのように、唇をきゅっと結んでいる

 

 「ああ、そうだな」

 おれは静かに返す

 「……なのに、獅童君が言うことは、他に無いの?」

 

 言われて、言葉を紡ぐために頭を巡らせる

 帰ってくるまでに色々と頭の整理はしようとした。だが、結局のところ……

 「何となく、分かっていたからな」

 これに尽きる

 

 「バレてたんだ」

 罰が悪そうに、胸元に翳した腕時計を握り込む少年

 「おれ、AGX-ANC11って呼ばれる機体を模した影ならばALBIONでないものとは言え、戦ったことがあるんだよ。その時の影は、他の機体に比べて明らかに小さくて、パワードスーツのような大きさをしていた

 だからさ、オーウェンが恐れていると言った、魂の棺。あれを搭載するスペースなんてそもそも無いんじゃないか?と思ってたんだ」

 始水と遺跡を歩いていた時だな。全長にして2.5m付近。それもかなりバカデカいブースターを足に着けての数値だからな。人一人を柩に閉じ込めて背負っていたら目立つ

 

 「それにさ、エクスカリバーを修復してくれたろ?

 11じゃ直せないと思っていたから、そこも可笑しかった」

 っていうか、ALBIONだとしてた事自体、隠したいなら隠せば良いって話でしかない

 

 「……なら、言うことは……」

 「ごめんな、桜理。君のその決意を、大外れって聞くALBIONだから使わないと矮小化していた」

 「そうじゃなくてっ……」

 きっと強い眼光がおれを見て、そして逸れる

 

 「どうして、それだけなの

 何で、僕に戦えって言わないの!」

 叫ぶ声が、防音の部屋に響き渡った

 キィン、と小さな耳鳴り。黒鉄の腕時計が、微かに緑の光を放って起動している

 

 「戦いたいのか、桜理?」

 冷静に、バカを言わないように。彼を追い込まない為に慎重に考えながら、ゆっくりと言葉を紡ぐ

 「……それは、獅童君が、皇子が戦えって言うなら」

 震えた怯えの見て取れる声で、一歩引いた態度で、全てをおれに投げてくる

 

 「何度も言った筈だよ、桜理。おれは君に、戦えと言う気はない

 そもそもだ、君の機体がALBIONかどうかなんて関係ないんだよ。例え最強のAGXでも、そこは変わらない」

 「どうしてっ!僕は……皇子が探してた、アガートラームに勝てる力を持ってたのにっ!あの一度見かけただけの狐の女の子を救うためには必須って言って!まだまだ完成しないジェネシックに焦って!

 その間ずっと、僕はそれを解決できる力を隠してたのにっ……!」

 ぽろりと零れた雫が、頬を伝う

 「言ってよ!最強の力で、アルトアイネスで戦えって!」

 「……漸く得た大切なものを、自ら柩に閉じ込めて燃やしながら、か?」

 静かなおれの言葉に、少年ははっ!としたような表情に……

 

 ならなかった。涙を浮かべた真剣な表情を、何時もより数倍男らしい顔立ちをくしゃくしゃにしながら、それでも頷いてくる

 「……止めろ、桜理

 だからおれも竪神も君の機体が本当はAGX-15(アルトアイネス)である可能性を無視していただけなんだよ

 自分の意志で、世界を護るために絆を燃やす事を心の底から願わない限り、君の機体は使い物にならない大外れで良い」

 「何でっ!」

 「……竪神は、目の前で故郷と父を喪った。おれは、誰も護れなかった。何も出来なかった、せめてもと動いた事すら、君を初めとした誰一人、希望を持たせて絶望させた自己満足でしかなかったっ!」

 びくり、とおれの叫びに少年の肩が震える

 

 「でも、ならっ!」

 「なのにだ、おれ達自身、もうこうして抗い続けるしか押し潰されない方法を知らなくて!

 そんな想いを、どうして君にも味わえと言える!こんなもの背負うのは、背負うと決めたおれ達だけで良い!」

 「……それは」

 「だから、桜理。君には大切なものが出来たんだろう?この世界で、何者かに転生させられて、得体の知れない世界を覇灰できるだけの驚異を託されて……

 大切な絆を燃やさない為に、君はその何者かの思惑に逆らってる。使わないことで、世界を滅茶苦茶にしたいそいつに抗ってるんだよ」

 静かに、おれは少年の頭にぽん、と手を載せる

 

 「それで十分だ、桜理

 君の過去を聞いて、より思ったよ。敵が何の理由で君を転生させたのかは知らない。多分、心に闇を抱えていて、その力を」

 目線を落として、時計を見る

 「使ってくれる事を期待したんだろう。でも、それで良いだろ?その悪意が、今の君を作った。早坂桜理に、オーウェンとしての奇跡的な人生をくれた

 なら、君は本当に欲しかったものに恵まれた今を、真面目に生きれば良いんだ。戦って苦しむのは、おれ達だけで良い、君にとっては、真面目に生きること自体が戦いだ」

 

 優しくその濡れた髪を漉きながら、おれは苦笑する

 「って言いながらさ、聖女か勇者無くしては絶対にシナリオ上勝てないところがあるから、アナやリリーナ嬢には戦えって強要してるんだけどな?」

 「……うん」

 「だからさ、桜理、オーウェン」

 あえて名前を重ねつつ、おれはふぅ、と息を吐いた

 

 「そんな話より、もうちょっと楽しい話をしよう

 何だか気になってそうなリリーナ嬢との話とか」



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飛翔、或いは方針

「……っ!」 

 それは突然の事だった。響く耳鳴りに飛び起きたおれは、一緒に寝てほしい(まあ、一人用の部屋だからベッド自体広いとはいえ一つしかないんだが)オーウェンを置いて、窓から外を見る

 

 変な耳鳴り……これは!

 「アウィル!」

 叫べば即座に相棒に近い狼が駆け付ける。その背に飛び乗るように窓を開けて即座に飛び降り……

 「あ、獅童君!」

 「桜理、おれを追うより竪神を起こして来てくれ!」

 「あ、うん!」

 そのまま、電磁でステルス発揮し出す白狼の背に掴まって……って呪いのせいでおれだけ隠れられてないか!

 

 「良い、近くまでおれより目立つアウィルが見付からないだけで十分だ!」

 そのおれの声に頷くような気配と共に、姿を隠した巨獣が地を蹴り駆け出した

 

 そして、一瞬で街を走破して、湖の畔へと辿り着く

 其処に立つのは、一人の大男。いや、そんな大きくないな、バカみたいな大きさのヒールで背丈が誤魔化されているだけだ

 年の頃は……18、9だろうか。青年といった趣だ。黒髪黒目が何処か目立つ

 

 この世界、黒髪黒目って珍しいんだよな。オーウェンみたいに黒髪なのは沢山居る……というか、遺伝より魔力染まりが多い関係で影属性に近い人なら黒髪になっても可笑しくないからどの地方でもそんなに珍しい特徴ではないんだが……黒髪黒目は珍しい。魔力染まりを起こせば黒くなるかもってだけで、染まらない場合の髪ってやはり西洋っぽい淡い色が基本だし、両方とも同じ色に染まるのはそれこそ聖女のように同じ属性が二重に表記される程に天の加護を受けた馬鹿げた能力を持つ者だけだ

 だからこそ、黒髪黒目は……魔力染まりを起こさず素で日本人みたいな色をしているか、或いは影/影属性って原作に出てくるなかでは魔神王テネーブルしか持たない特異属性の場合だけの色。明らかに変なのだ

 

 ちなみに、テネーブルは属性こそゲーム的に影/影/影だが、実際は違うらしい。あれはあくまでも七大天のルールに無理矢理押し込めた表記でしかなくて、晶魔の加護は一切無いのだとか

 って今はどうでも良いな。重要なのは目の前の奴がそんな不思議な色をしているという事だ

 

 日本人なら良くある色だ。おれは前世も若白髪だったし、始水は青っぽい色してたとはいえ、大半の人間は黒髪黒目だろう。だが、此処では目立つ筈なのだが……

 

 おれが影から見守る中、おれの存在に気が付かなかったのか青年は完全に龍のような鎧を身に纏う。巨大かつ重厚な脚に幾重にも重ねられたブースター、背に生えた剣を連ねたような刺々しい機械龍翼。全身は赤いラインの走った黒鉄に覆われ、その印象を一挙に塗り替える底冷えのする蒼く透き通った結晶が爪、肘、膝、肩、翼……全身から生えたひとがたの結晶龍。しなやかさがなく硬質にたなびいていない龍尾は半ば巻かれたままだが、そこにも節毎に結晶が生えている

 が、やはりというか完全じゃない。まだ、始水が言っていた魔神王テネーブル……肉体を乗っ取った真性異言の方の彼と対峙したという際の破損が直っていないのだろう。尻尾は本来地に付く程長そうなのだが、半ばから切り落とされているし、左の翼にはヒビが入ったまま、右手籠手に至っては融解して握り拳を開けなくなっている等損傷が各所に見て取れる

 そして……何より生えた結晶が刺々しくない。角が溶けて丸まったそれが、全体のシルエットを何処かユルく変えている。11シリーズは無理矢理精霊の力の結晶を確保してエネルギー転換してる機体だと聞いたが、おれの知らないところでやりあう際に使ったそのエネルギーが目減りしたままという事だ

 

 そんな観察しているおれに気が付かないままに、龍人機は一直線に湖の彼方へと飛び去っていった

 後にはキィン!という取り残された風切り音だけが残される

 

 異様な速度だ。マッハ幾つだというレベルで音を置き去りにしている。おれだって伝哮雪歌等で一瞬ならついていけなくもないが……手負いだとしても正面きってやりあうのは流石に無謀だろう

 だが……

 

 「皇子」

 「待たせたなワンちゃん」

 ざっという音と共に駆け寄ってくる頼れる二人

 「どうだった」

 訊ねてくる頼勇に、おれは小さく肩を竦めた

 

 「やはり、ゲームで言う大規模イベント、修学旅行。一年目はまだまだ共通序盤、恋愛面でも魔神との戦いの面でもそう動きはないとはいえ……流石に見逃しては貰えなかったようだ」

 「飛び去っていったあれは……」

 「ああ、AGX-ANC11H2D、ALBIONだ」

 「皇子が言っていた大外れだな。だが、視界から消えるのが速すぎる」

 そこに突っ込まないのか

 というか、そもそも始水の話で小型機体って言ってたし、第一円卓の三機目がALBIONじゃなければユーゴがアステールを柩に閉じ込めなくてもそれより強い機体で魔神王を撃退出来たろうしな。ヒントは寧ろ多すぎたくらいだ、当然知ってたか

 「が、やりようはある」

 小さく暗く、獣のように前歯を晒しておれは嘲笑う

 

 「あのブースターの形状と実際の軌道を見るに、直線は速くても、実際の機動性能は恐らくかなり悪い」

 「ATLUSより明確に速く見えたが、彼方程に小回りが効かない、という事か」

 「ああ、進行方向に向けて雷王砲を放てば恐らく止まることでしか避けられない感じの機体だろう」

 将棋で言えば香車みたいな奴だな。滅茶苦茶動けるように見えて突撃しか出来ない

 「高速だが、与しやすいという形か……」

 言いつつ、青髪の青年は既に見えない龍人機の消えた空を見上げた

 

 「んで、俺様はワンちゃんが拾ってきた二人を見てたんだがよ、流石に布団ひっぺがすのは気が引けんで確実じゃねぇが、二人で一個のベッドに文句言いつつ二人で潜り込むのは見たぜ?

 あと、リックだったか?あっちはちゃんと顔出してたから出ていってないのはほぼ間違いない」

 と、追加報告してくれるのはロダ兄

 

 「そうか。おれとしてはタイミングが良すぎるし円卓はリックの可能性は高いんじゃないかと思っていたんだが……

 そもそも、奴は黒髪黒目の青年だった。おれ達より少し歳上だろうという背格好だし、明らかに年下な彼等じゃない」

 言いつつ、おれも空を見上げた

 

 「んで、どうするんだワンちゃん?」

 「多少ヴィル達への警戒を解きつつ、待ち構えるさ」

 「構えてて良いのかよ?」

 「アトラスやアガートラームのように重力球に飛び込んでの転移が出来るならわざわざ飛び去らないだろうし、あの速度でバリアも貼らずに飛んでいく辺り、例え狙いがアナだろうが……」

 あ、とひとつの言葉を思い出す

 

 「いや、ユーゴの発言を信じれば恐らくはリリーナ嬢を狙ってくるのだろうが、それでも強襲してそのまま離脱が出来るような機体じゃない」

 「おう、あの速度で女の子を運ぼうとしたらばっらばらになっちまうって事か」

 「ああ、だから偵察で終わらせず仕掛けるならば、おれ達を倒して堂々と拐っていくしかない。隙を突こうが、高速離脱できない。だから待ち構え、撃退する」

 おれは方針をそう締めた

 

 「分かった、私はアイリス殿下と共に、いざという時にダイライオウで対抗できるように構える。LIO-HXの機動性で敵わないし待ちの姿勢ならば、いっそ最初から合体して待機も考えておく」

 「オッケー、俺様に出来ることなら任せな。見張りとか、得意だぜ?」

 にかっと笑う青年の頭には、良く見れば耳がない。ついでに左手も普通の手になっていて……

 「今もリック達を見てるが、ホントーに動かず寝てるっぽいしな」

 うん、ロダ兄も大概ぶっ壊れてんなスペック



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朝食、或いは婚約者の願い

「ねぇねぇ、ゼノ君ゼノ君」

 そんな声が掛けられたのは、朝食の時であった。

 

 全員一緒とはいかないので二回転に分けられた、時間を区切ったビュッフェ形式。大体1/4刻程、自由に用意されたものをよそって食べろというものだ

 ちなみにおれ達は後半。アナ等前半班が食べ終わった食器を片付け、そろそろスタートという時間なのだが……

 

 「結構汚れてるのに、洗わなくて良いんでしょうか……」

 遠くでそんなアナの悩み声が聞こえるが、良いに決まってるぞアナ。自分がメイドの真似事をしてる時期が長すぎて未だに家事をやらない事に慣れてないのか

 

 「いよっしゃぁっ!」

 「何かショボくない?お前ん家の方が豪華じゃん」

 と、横で楽しげなのは乱入者であるヴィルフリートとリック

 「……そもそも、学生の朝食に豪華さを求めるな。貴族子弟しか通わない訳でもないんだから、そう金を掛ける場所じゃない」

 と、参加させて貰った(金はおれ持ち)割に図太い子供達におれはぼやく

 

 ……ゲームだともう一人の聖女は平民出の特待生って扱いだった気がしたが、実際に学園を見ると平民も普通に沢山居た。というか、通うのは平民と下級貴族が大半の学校であり、高位貴族向けの学校は別にあったのだ。特待生というのも目を掛けてる程度の意味

 それで乙女ゲーとして良いのか?おれ達皇族が何で居るんだ?というと……皇族なんて民あってのものと案外自主的に通ってたりする。シルヴェール兄さんが現状継承権一位なのにこっちの卒業生で教員まで始めた辺りでも分かるだろう

 道理で攻略対象が貴族ばっかじゃない訳だ

 

 閑話休題

 

 「なあワンちゃん?

 黒っぽ兄妹の姿が見えないが、良いのか?」

 つついて聞いてくるのはロダ兄。そう、あの二人を座らせてる席はシロノワールとアルヴィナの席だ

 それで周囲からはおれが白い目を向けられてるわけだが……

 

 「アルヴィナ、何かおれに怒ってるようだし……」

 とん、とおれは指先でテーブルを軽く叩きつつ騒ぎながら我先にと料理をよそいに行く二人をわざと露骨に目で追った

 「ん、オッケー了解、変な縁を絶つ気って事か。なら俺様的には何も言わない、縁がないのも勝手勝手」

 言いつつ彼はひょいとおれとリリーナ嬢の前の皿を器用に腕に載せた

 

 「んじゃ、話したい何かがあんだろ?盛は適当で良いか?」

 「わ、取ってきてくれるの?じゃあ私は……お野菜多めでお肉少なめ!」

 健康とか美容に気を遣った感じの要求をハキハキと答えるリリーナ嬢。いとこだというヴィルフリートを見れば、せっせと肉ばかり皿に載せていて女の子はやはり違うなと理解する

 

 ……ところで桜理?実家割と貧しいだろうにこの機会にパンとサラダと野菜とキノコのスープだけで良いのか?とその近くで皿の隙間をそこそこ余らせて戻ろうとする少年にちょっと突っ込みたくなった

 「おれは任せる」

 「ん、任せな」

 

 そうして頼れる攻略対象に任せると、おれは大半の生徒が思い思いに料理を取りに行って一瞬だけ閑散とした卓で、同じ班として近くに居るリリーナ嬢に声をかけた

 「悪い、待たせた

 どうしたんだ?」

 「あ、えっと……うーん、実はちょーっと此処じゃ話しにくい事なんだけどさ……

 オーウェン君って、ゼノ君的にどう思う?」

 おれから距離を取ろうと背を微かに逸らしながら、おっかなびっくり投げ掛けられる問い

 「いや、良い奴だと思うよ」

 それに苦笑しながら、おれは残された右目を軽く閉じて冗談めかす

 

 「っていうか、おれのスタンスは話したろリリーナ嬢。おれがとやかく言える立場には無いよ」

 というか、だ。おれはかつて護れなかった……半端に希望を持たせるだけ持たせた彼を、今度こそ救わなければならない

 万四路等に償う術なんて無い。それこそ死のうが何しようが、死者へ何一つ返せない。だからこそ、この命が生かされている限り、せめてもの返せないとしても果たすべきおれの贖罪を行い続ける。おれに政治なんて不可能だから、せめて、この手で切り払える脅威を払い、手の届くものを護ろう

 

 だが。此処に一つだけ例外がある。早坂桜理。転生先で再会した彼にだけは、まだ償える

 桜理には奇跡のような人生と言ったが、その実一番救われているのはおれだ。ほんの少しでも、償える奇跡を与えられたのだから。こんなの可笑しいが、おぞましき神にこの点は感謝するしかない

 いや、桜理一人を救えたとしておれの罪が消える訳じゃないし単なる自己満足だが、ほんの少しでも気が楽になる

 

 ……そろそろ幼馴染神様が溜め息を吐いている気がするので一旦止めよう

 

 「うーん、ゼノ君、それ本当に?」

 「最初は流石に止めて欲しかった。アイリス達の努力とか色々と無駄になるし馬鹿にもされるから

 でも、もう半年だ。いい加減、ちゃんと恋して仮婚約を卒業したりしても良い頃だとおれは思う」

 ちらり、と周囲を……

 

 ってそうだ、頼勇はアナ側だから此処に居ないわ

 「それが推しだという竪神とでも、オーウェンとでも、或いは別でもおれは構わない」

 「ゼノ君自身は?」

 「それだけは無い。おれに誰かを幸福になんて出来ないんだよ、リリーナ嬢

 何時か不幸になるだけの想定は止めてくれ」

 「もう、いい加減にしないとアーニャちゃん泣くよ?いやもう泣いてると思うけど、愛想尽かされても……」

 と、緑の目をぱちくりさせて、悪戯っぽく冗談冗談と少女は微笑んだ

 

 「ま、私とかと違ってあの子に愛想尽かされるって無理だと思うんだけどさ。地獄の果てまで助けに行くレベルだし、ゼノ君側がもう諦めたら?って方が正しいかな」

 にへへという笑いを浮かべてそう告げる婚約者様

 いや、婚約者としてそれで良いのかとか色々とちょっと思うところはあるが……別に良い

 

 リリーナ嬢の不幸を望む程、おれは彼女が嫌いではない。ついでに、オーウェン的にもちょっと気になってそうだしな

 

 「……リリーナ嬢は愛想を尽かしたのか?」

 「ううん、そんな訳無いじゃん。でもさ、これが恋なのかって事は、ちゃんと生きた人間に恋したことの無い私じゃどーしても判断付かないんだけど」

 困ったように少女がかなり豊かな胸元を抑えてみせる

 「ゼノ君、頼勇様、オーウェン君

 男の子の中で私が好きって言えるのは今その三人なんだけど」

 あ、シロノワールの奴もロダ兄も居ないのか。少しだけ……約束的に困る気もする

 

 「それぞれさ、ちょーっと違うんだ

 これが恋なのか、どれが恋なのか分かんないから、婚約解消とか言う気は無いよ?

 でも、ちょっとオーウェン君と、この先の行動の時に組んでしっかり話させて欲しいんだ。大丈夫かな?」

 「いや、大丈夫と言うよりもリリーナ嬢が良いなら組んでやってくれと後で頼む気だったぞ?何でわざわざ」

 

 桜理的にも、そこそこ気にしてそうだから後押ししようと思っていたのだ

 そう首を傾げるおれに、苦笑が返される

 「ほら、何か来たいとこ達、ぜーったいリリ姉リリ姉って煩いから、押し付けちゃうのが申し訳なくて」

 「気にするな、そういう余計なことがおれ達の役目だろう」

 ……言っててしまったと思う。いや、家族が余計なことって何だよ。恋愛するなら結構余計ではあるかもしれないが、口にしてはいけないだろ

 

 「うん、ありがとねゼノ君」

 言って、少女の瞳が最初に戻ってくる少年をチラッと見て、微かに口許を綻ばせる

 「にしても、昨日より男らしくないかなオーウェン君?」

 「おれもちょっと感じる」

 そしておれは、悪戯っぽさを返すように、軽い口調で冗談を返した

 

 「男らしく誰かに告白する決意でも固めたのかもな」

 「あはは、今言われたらちょーっとまだ困るかなー」

 「実は別人にだったら?」

 「それちょっとショック!アーニャちゃんとかだったら多分立ち直れないよ私」



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異伝 桃色聖女と男桜

「えー!なんでなんでなんでー!」

 きゃっきゃと騒ぎ立てる私の従弟とその友達に、悪いなとゼノ君が頭を下げた

 

 「オレ、貴族なんだけどー!何でリリ姉と離れてなきゃいけないんだよー!」

 「おれは一応皇族なんだがな?」

 「うっせぇ忌み子!」

 ……ヴィル、お姉ちゃん怒るよ?と言いたいのは山々なんだけど、私はとりあえず口をつぐむ。下手に刺激したら、折角ゼノ君が矢面に立ってくれてるのに無意味になっちゃうもんね

 

 「今日はまず、午前中は此処トリトニスに残る様々な聖女伝説の遺産を巡る。そして、午後は湖での遊びだ」

 と、いうことなんだけど、ゼノ君頭抱えてたんだよね。本当はさ、動かそうと思えば動かせるむかーしの船とか、結構色んな見所があってーって話だった筈なのに、あの船は何処かに消えちゃったし、一部遺産も戦いの最中に壊れてたりで見所が大きく減ってしまったんだよね

 だから、何だか釈然としないというか怒り気味ながらも、観光やかつての聖女伝説に憧れての聖地巡礼という面で訪れる人間の大幅減少の責任を感じてか、ゼノ君はあの趣味悪いのか趣味良いのかちょっと判別付かないアーニャちゃん像なんかを表だって批判はしてなかった

 

 でもさ、私から言わせて貰うと今のアーニャちゃん像、スケベ心が透けて見えすぎて女の子的にはちょっとだよ?本物そっくりに見えて、実はわざと服の胸元がぱっつぱつっぽくなってておっぱいの形と大きさが強調されてるし、胸元の布も少なくなって谷間が深く見えるように造形しなおされてるし……

 こそっと覗いたんだけど、ちゃんとスカートの下にも(アーニャちゃんが見せてくれる筈もないし趣味違うから絶対に造形師の趣味で作ったろう)フリルでちょっと大胆なパンツの造形すらある。あれ、聖女様を讃える神聖な像というより、金属製の等身大アーニャちゃん萌えフィギュアなような……

 そこで幼馴染の聖女様が汚い性欲丸出しの萌えフィギュアにされてる事より、そんなもの優先して命を懸けた兵士達の扱いの雑さにキレかけてるのは……うん、アーニャちゃん的にはそっちの方が嬉しいのかな?私だったらあんな萌えフィギュア嫌なんだけどさ

 

 ……って、その実主人公だから日本では私というかリリーナフィギュアなら出てたんだけどね?私も持ってた好きな攻略対象と並べてねなプライズ品のデフォルトマスコットや私は買ってないけど確かそこそこの出来で10000円くらいするスケールフィギュアもあったはず

 そういえば、あのフィギュア……どうなったのかな?私の死後雑に扱われてたらちょっと悲しい

 

 ちなみにゼノ君のフィギュアは結構多い。アーニャちゃんのは……確か一個だけあったかな?乙女ゲーだけどギャルゲー版もあったからか、珍しく女の子フィギュアもそこそこ出てたんだよね

 

 そんなこんなのすったもんだを経て、朝御飯(この国の伝統的に、お米よりパン……っていうか、大きなピザみたいなものが大衆パーティ料理では一般的で、この朝食も主にそれ。色んな種類が焼かれてドン!って大皿に置かれてる感じ)を食べて桜理君と二人、最近良く組むねと笑いあいながら席を立つ

 

 「寝取られてやんの忌み子」

 「寝てない相手を寝取られるかヴィルフリート

 あと、リリーナ嬢の恋愛は彼女の自由だが、大声で言うのは聖女の護衛を担当する『アイリス派』全体への批判だから止めてくれ。罵倒するならおれ個人にしろ」

 いや本来ゼノ君個人へも駄目だからね!?皇族名指しとか、日本人の感覚だともっとヤバイからね!?

 

 「……僕、言ってくる」

 って、横で席に戻ろうとするのは、昨日よりちょっと男らしいオーウェン君

 やっぱり彼も、ゼノ君へのあの態度って気になるんだねって私はそれを見送……っちゃ駄目じゃん

 

 「オーウェン君、行こう?」

 「でも」 

 「私がゼノ君にさ、楽しい修学旅行にしたいからごめん抑えてって頼んだんだ」 

 仕方ないよねとちょっとだけ泥を被る

 

 ……これ、ゼノ君は何時もやってるんだよね……自分から泥を被って、全部自分でって

 ってダメダメ、今は頼んでまでオーウェン君と居させて貰ったんだから!

 

 ぱん!と私は自分の頬を小さく叩いて気合いを入れ直す

 良し!大丈夫、いける!

 

 「し……皇子がそう言うなら、今は……」 

 少しだけ複雑そうに、私とそこまで背丈変わらない少年は無理に飲み込もうかとするように頷いた

 

 「ごめん、迷惑だったかな?」

 「ううん。そんなことは無いんだけど」

 「アーニャちゃんの方が良かった?」

 空気を変えたくて、茶化すように言う私

 「ううん。アーニャ様よりは、リリーナさんの方が良い」

 「えー、アーニャちゃん私より出るとこ出てて背が低くて、男の理想って感じじゃない?嫌なの?」

 ま、私も同じくヒロインだから結構完璧な美少女なんだけどね。外見だけは

 

 「息が詰まるっていうか、僕に皇子の代わりなんて出来ないから……」

 「あはは、言えてる」

 うん、そりゃそんな認識だよね。あの子完全にゼノ君ルート一直線、他の男の子とか目に入らないって感じだもん、ゼノ君無しで組んだら息も詰まるか

 ……いや、ゼノ君の頑なさもだけどさ、良く隼人君もアーニャちゃんとイチャイチャしたいって思い続けられるよねあれ

 あ、円卓の人は例外。あの人達は、前世の私を襲ったストーカーと同じような、相手を欠片も思いやる気がない変質者だもん、気にも止めないと思う

 

 「……でも、どうしてまた僕と組むの?」

 不思議そうに紫の瞳が私を見下ろす

 その姿に、私は……

 

 あれ?

 「リリーナさん?」

 きょとんとされて、漸く私は自分が身を引いていた事実に気がついた

 「あれ、何だろう。何時もは気にならないのに、オーウェン君が近付くと……」

 これ、何となく分かる。昔の私にあった、男の子を怖がって避ける本能だ

 でも、何でだろう。今まで彼も平気だったのに

 

 平気なのはゼノ君、頼勇様、隼人君、桜理君って感じで、私に欲を向けてこないって分かってる人ばかり。その中では不思議と理由がある訳じゃなくて、でも無事な彼を気になったりしてたんだけど……

 

 「あはは、ごめんね?

 何だか、ちょっと前にゼノ君とオーウェン君きりっとしてるよねー、誰かに告白する気なのかな?とか色々とお話ししたから、変に意識しちゃったみたい」

 頬を掻く私

 

 「大丈夫?」

 その心配が心に染みて

 「うん、大丈夫!行こうか!」

 わざと大声で、私は彼の手を引いた

 

 あ、これ……

 背後で小さく聞こえるクスクス笑いと、ぽろっと溢れる陰口

 私へ向けたものではなく、ゼノ君への侮蔑。忌み子の癖に聖女様を無理矢理婚約で縛ってもという、正直非は私側にしか無いのに変な軌道で飛び火した嘲り

 

 ご、ごめんねゼノ君、わざとじゃないし気を付けてた気なんだけどつい……

 心の中で謝りながら、特に大声でバカにする従弟に対してわざと自虐的におどけて私を追わないようにしてくれている彼にもう一度頭を下げて、そそくさと私はオーウェン君と共に移動した



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少年、或いはフラッシュバック

ゼノ君ボッロボロ回です、愉悦片手にお読みください


「リック、それ、そんなに楽しいのか?」

 「あったりめーよ忌み子!リックの映写魔法は結構評価されてんだぞ!」

 わいわい騒ぐヴィルフリートと、そんな喧騒にフッ……とクールぶった鼻息を溢す13歳前後の少年二人組

 少し怪しいが少なくとも円卓のアルビオン使いでは無い事だけは間違いない彼等と共に、おれは朝食を終えて歩みを進める

 

 「そうなのか」

 「ってか、リリ姉の世界一の可愛さを喧伝してる婚約見合いの画像だって、二年前からリックが撮ってるんだっての!」

 その言葉に、おれはへー、と少しの感心と共に少年を見下ろした

 

 その間にも、街並みも写真(魔法だから正確には別物だが、何となくイメージはまんま写真家のそれだしもう写真で良いだろう。態度的に一眼レフ等を構えた本格派よりは気軽にパシャパシャするスマホカメラマンだな)に残そうとするかのように、リック少年は各所に両手に持ったクリスタルを向けてはフラッシュ?を焚いている

 いや、わざわざ光を放つ意味あるのだろうか、今は正午よりは速いが真っ昼間、周囲は生憎の曇り空なんて事もなく、二つの太陽が燦々と照り付ける快晴だというのに

 いや、その割には湖のお陰か涼しいんだけどな

 

 ぱしゃりとおれにも向けられて……

 「んー、そこのと二人並んでくれない?女の子達がキャーキャー言いそうに」

 なんて、カメラマンっぽい指示まで飛んでくる

 「ま、良いかね?」

 「それで相手の気が済むなら。おれが片割れじゃ、そこまで騒がれなくないか?」

 プレイヤーからの評価は兎も角、おれの生きるこの世界でのおれの評価は頗る悪いからな

 

 と、思いつつもおれとロダ兄は少し困ったように笑いあいながら並び、軽く拳を突き合わせてみた。ふわふわとした左手の毛が当たり、少しくすぐったさを感じ、そこにフラッシュが浴びせられる

 

 ……特に何も起きない。少なくとも、良性悪性共にロクでもない魔法絡みならばもっとおれの体に影響が出る筈だから、実はあの写真を撮る行為で円卓の謎能力を発動させている感じではないな。単に本当に写真撮ってるだけか

 

 と、おれの耳が変な声を捉えた

 ごめんなさいごめんなさいと、微かに聞こえる悲しげな涙声だが、この声音は……

 アナ?

 

 その事実に気が付いた瞬間には、もう既に足は動き出していて、一瞬で加速して少年二人を置き去りに、声の元へと辿り着く

 其処には……

 

 「神様のせーすいなんだよね?

 どーして、お父さんは起きないの?なんで、出てこないの?」

 慰霊碑にぱしゃぱしゃと水をかける幼い男の子と、その肩を後ろから緩く抱き締めて涙を流す膝立ちの銀の聖女の姿

 元気の良い無邪気な瞳の男の子は、指先が濡れるのも構わずに貰ったろう聖水を慰霊碑にかけ続ける。万病に効く薬とされるそれを掛ければ、またその碑が祀る誰かに会えると信じているかのように

 

 「石の下は冷たいよ?くらいよ?やだよ?

 だから、なおるんだよね?」

 治る筈もない。そもそも、慰霊碑の下に死体なんて無い。彼等は全員跡形も無く消し飛んでしまったのだから

 

 そうか、被害者遺族っ……

 ギリリと奥歯を噛み締める。おれは、また……幼い男の子に、またこんな思いを味あわせたのかっ!

 

 フラッシュバックする記憶。思い出さなきゃいけなくて、だのに封印していた獅童三千矢としての一瞬が、桜理の存在で緩んだ蓋から噴き出して脳裏に響き渡る

 

 『どうしてお前だけ』

 『何でおかーさんじゃない!』

 『お前と同じで、娘は救助が来た瞬間は生きていたのに!』

 『お前が(はじめ)兄さんもその子供達も殺したんだろう、三千矢!』

 

 「あ、があっ!」

 見える筈もない左目を抑え、アナの邪魔をしないように脇に避けながら小さく呻く

 足が縺れて壁に頭を強かに打ち付けるが、こんなもの痛くもない。彼等の痛みに比べれば……っ!

 

 止めろ、止めろ、忘れろ、忘れるな、覚えていても、苦しいだ……だからだ!逃げるな、ゼノ。忘れるな、獅童三千矢!

 違う!違う!と打ち付けた頭を振り、覚束なくなる脚を片足でわざと爪先を踏み締める事で鼓舞

 

 違う!あれはおれじゃ……

 『……何って万四路ちゃんの誕生日ケーキだよ、三千矢。妹の誕生日すら忘れたの?

 何で、此処にあの子が居ないんだろう?毎年、一緒に祝っていたのに』

 『兄さんっ!』

 脳裏に響く幼馴染の声。はっと正気に戻りかけるそれを……

 

 おれが悪いんだよ、始水。と振り払う

 

 これはおれの罪だ、忘れちゃいけないものだ。桜理がおれに思い出させてくれた、記憶に蓋をして逃げるなと!

 

 と、不意におれの背中が、ぴとっと冷たい何かに抑えられた。冷ややかなそれは、静かにおれの背を優しく撫で続け……更にはふわりと柔らかな何かに顔が(うず)もれる

 

 「だ、大丈夫ですか皇子さま?顔面、蒼白ですよ?」

 「怨霊でも、憑いてる?」

 気が付くと踞りかけたおれの頭は銀の聖女によって優しく胸元に抱き止められており、背はふらりと現れたアルヴィナの手で擦られていた

 ……既にあの子は居ない。どれだけの時間が経っているのか、実はおれにはちょっと理解できていない

 

 「アナ、アルヴィナ……」

 頭を振ってその溺れたくなる優しい海のような感触から逃げ出しながら、おれは目をしばたかせる

 そうか、フラッシュバックにやられて、意識が飛んだか……?

 

 「あの子は?」

 「見てたんですね、皇子さま」

 「ああ、おれが幸せを護れなかった子供」

 きゅっと、少女の小さく淡い雪のような指先がおれの両頬をふわりと包んだ

 

 「皇子さま、それはわたしも同じですし……兵士さん達が命をかけて、わたし達に託したあの子自身は護れたんです」

 『あの子と一緒に未来も希望も死んだの!私だけ生き残って何になるのよ!返しなさい、あの子を返してよ!』

 なおも止まないフラッシュバック。おれのある意味のルーツが、ずっと今のおれを形作っていたナニカの破片が、明確な幻聴をもっておれの前に現れる

 

 「違う」

 「皇子さま?」

 「父親を喪って、一生の傷を負って、そんなもので護れている筈が無い

 おれは、あの子を、その未来を護れてなんかいない!」

 「そう、ですよね……」

 ずずん、と項垂れる聖女アナスタシア。サイドテールも元気無く垂れ……

 がぶりとおれの左手がアルヴィナに噛まれたが、感覚がふわふわしてあまり痛くない

 

 「皇子。あーにゃんを苛めたら、怒る

 あれはボクのせい。悪いのはあーにゃんじゃなくてボク」

 「いや、一番悪いのは勝手に好き勝手やった奴等だろ」

 アルヴィナへのフォローを力無く告げるおれ。この辺りはまだ口が回る。まだ、いける

 

 「それもそう

 ごめん、あーにゃん。ボクずっと見てたけど、ボクが悪いって分かってるけど……あーにゃんを責めるあの子へ怒りしか覚えなかったから、何を言って出てけば良いのか分からなかった」

 「あ、そうなんですね?

 別に良いんですよアルヴィナ……じゃなくてアルヴィニャちゃん。わたしは結構平気ですから

 心配してくれたってだけで頑張れちゃいます」

 ぐっと、銀の聖女はその手を握った

 

 「……なら、おれは」

 「ダメです」

 「逃がさない」

 立ち上がろうとする体が、柔らかな二つの存在に挟まれて止められる

 「可笑しいですよ皇子さま?あのセレナーデって恐ろしい相手にも誰にも闘志しか見せなかった皇子さまなのに、今は怯えた顔をしています。絶対に変ですしそんな貴方を、大好きな人を放っておくなんて出来ません」

 「皇子、大人しくして。ボクが付いてるから」

 優しくかけられる言葉

 「はい。わたしもずっと居ますから、そんなに変に怯えなくて……」

 

 ぱしゃりという極最近聞くシャッター音

 それと同時に響くフラッシュバック

 

 『……「生き残った殺人鬼」この週刊誌に載っているのは君だね、獅童三千矢君?

 君はその精神病で憐れを誘い、娘を誑かそうとした。それを続けるならば』

 こめかみに冷たいナニカを感じる。有り得もしないし効きもしない筈の銃口を幻視する 

 『君の本当の望み通り、理不尽に人生を終える事でせめて精一杯やったと贖罪に満足して命を終えると良い』

 

 「やめ……ろ、やめて……ぁ、くれ」

 「皇子さま?」

 「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい

 おれが悪かった、良い子になるから、もう……」

 ダン!と手を振り、抱き締めてくる始水とは全く違うのに感覚が似ている感触を振り払い、おれは何処へとも知れずに駆け出した

 

 「もう、止めてくれ!」




ちょっとした解説
『生き残った殺人鬼』とセンセーショナルなタイトルの週刊誌が出てくるけど、事件当時小2で言われている時も小4の一般少年獅童三千矢君に対して少年法等は適用されてないの?という話ですが、一応適用されており、実名報道はされていません。
が、そもそも元の事件(航空便ハイジャックサミット激突未遂事件)は、あの世界では9.11テロのように多くの人間の記憶に残る最終的な生存者がたった一名という大事件です。当然その事件の報道は沢山されていますし、生存者の名前等も散々既に出ています。

その最中、実名を隠してあの事件の生存者の中に殺人鬼が~とか書いたとして、誰でも正体分かっちゃうわけですね。
ちなみにですが、当人がマスコミの前で「おれが殺したんだよ!」と半狂乱で叫ぶ映像とかもふっつーにネットに転がっています。獅童君、結果的に自分が万四路を盾にした状況になった事にずっと苦しんでましたからね。


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異伝 桃色聖女と浮気の証拠

「あ、アーニャちゃん達だ」

 って、私が見れば広場の隅っこに、曇り空みたいに笑顔を翳らせて、それでも多くの人に囲まれた女の子の姿があった

 

 あれ?あの子達って私と逆で午前遊んで午後に回る組じゃ無かったっけ?何で居るのかな?

 って思うんだけど、ちらちらと時折人気の無い裏路地の方を見ながらも、本物だーと子供達……だけじゃなく大の大人にも囲まれながらえへへ、と神様について説くその姿を見るとやっぱり頑張るなぁと思うしかない

 私とか、あんな風に下心ありありの男に囲まれてたらもうそれだけで駄目

 

 って思っていると

 「リリ姉リリ姉!」

 ぱたぱたと駆け寄ってくるのはヴィルとリック

 って、私さ、一応ヴィルフリートの事は従姉だしちゃんと知ってるんだけど、その交遊関係まではちゃんと把握してなかったんだよね。だからか、リック少年はほぼ初対面で何て返して良いのか分からない

 ……あれ?でもそもそもこんな交遊関係だっけ?とか、色々と思うんだけど……

 

 「リリ姉!見てくれ、リックが凄いものを撮ったんだよ!」

 ニコニコと……ほの暗い笑顔で見せ付けてくれる其処に映っているのは、一人の少年と一人の少女の姿

 って普通にアーニャちゃんとゼノ君だね。結構珍しく……っていうか原作でもほとんど見せたことがない目を泳がせ何かに怯えた顔のゼノ君をその嫉妬するくらい大きな(そして雪みたいに儚くふわふわ。一昨日お風呂で触ってみてびっくりした)胸元に抱き止めてる状況

 

 うわ、羨ましいって男の人ならなるんじゃないかな?

 

 「あいつ、浮気野郎なんだよ!」

 写真のアーニャちゃんは慈愛と満足感にちょっとの寂しさの入り交じった、でも聖女って言葉が相応しい淡い笑みを浮かべていて欠片も嫌悪感が見えないし、ゼノ君も何時もの険しさが消えて年相応……っていうか原作からして怯え顔だけ妙に幼く見える立ち絵差分そのままにくしゃくしゃの幼い顔を晒している

 うんまあ、何と言うか、何時ものアーニャちゃんだなぁ……って感想しか出なくない、これ?

 

 「あんな浮気者、リリ姉に相応しくない!あのゴミクズにリリ姉は勿体無い!」 

 キャン!とまるでチワワみたいに吠え猛るヴィル

 

 いや、それは違うと思うけどなぁ?私よりアーニャちゃんの方がゼノ君に相応しいよねって言われたらもうそれは白旗あげてその通りですと全面降伏するしかないんだけど

 関係性を良く知る帝国上部の人達からも、婚約者の私はあいつに付き合わされてお前も苦労するなみたいな目で見られるのに対して婚約者でもなんでもないアーニャちゃんなんてほぼゼノ君の嫁みたいな扱いされてる気がするんだよね

 ちなみに、本人は絶対に認めたがらないと思うけど、あのノアさんも似たような感じ

 

 ゼノ君に投げられる皇族ならこれくらいやってくれって仕事を私もちょっと見たんだけど、どう考えても魔法が無いと無理っていうものも当然のように混じっていて、どっちかが呆れながら助ける前提だよねあれって感じだったりした

 

 「なあ、リリ姉!」

 「ヴィル、あんまり迷惑かけちゃ駄目だよ?」

 「リリ姉、これさえあればあの浮気ゴミクズ忌み子のふざけた婚約から救われるんだ、もっと喜んでくれ!」

 撫でて撫でて、と満面の笑みで寄ってくるヴィル。まるで犬みたいで尻尾がぶんぶん振られてるのを幻視しちゃうけど……

 

 「いや、この映像じゃ何にも意味無くない?」

 「いやいや、浮気の証拠だって」

 「寝取られだなんだ、私にもオーウェン君にもゼノ君にも失礼な言葉吐く人にはあんまり言われたくないというか、これ浮気扱いしたら私も巻き添えをくらうっていうか……」

 たはは、と苦笑する私

 横ではオーウェン君が私に何時助けに入ろうかとその紫の瞳でアイコンタクトを取ってきている

 

 うん、こういう時にちゃんと庇いに入ってくれるんだよね、嬉しい

 いや、私自身従弟に絡まれてるのを助けられるって表現はどうかと思うんだけどさ、これそういうことだよね?

 

 でも、まだ良いよって私は……あれ?私別に桜理君とそんなにお話ししてないし、目線だけで意志とか伝わらないよ?

 「……それにさ、アーニャちゃんがゼノ君の事を大好きなのってほぼ周知の事実だし、ゼノ君何だか怯えてるしさ。これで浮気と言うなら幾らでも映像取れると思う。浮気の証拠って言うなら、ゼノ君側からキスしてる姿くらい要るって」

 

 って、私は無理無理とぱたぱたと手を振った

 「っていうかさ、ヴィルってこんなんだっけ?」

 「オレはリリ姉の騎士(ナイト)なの!前言ったじゃん!」 

 私を背丈のそんな変わらない少年は壁際に追い詰めるように腕を伸ばしてドン!と背後の壁を……

 「あいたっ!」

 って桜理君!?

 壁と私の間に挟まった少年をたたく羽目になり、ちょっぴりしまったとヴィルの顔が歪んだ

 

 「ごめん、でも、リリーナさんの騎士なら、主人の意志を尊重すべき……だと、思うよ?」

 しっかりとした意志の強い瞳が、私と似た色(まあピンク髪じゃなくて茶色だけど)の少年を強く見据える。勇気無さげで、でもちゃんと護ろうとしてくれる姿に、ドキンと心臓が跳ねた

 

 同時、ちょっとだけ何で?という恐怖も感じて一歩後ずさる自分が嫌になって、歯を食い縛っ……たら変だし可愛くないからちくっと後ろで組んだ手の指先に爪を立てて痛みで前に出る

 「そうだよ。私別にさ、浮気だーとか言ってゼノ君との婚約を破棄したいとなんて思ってないよ?」

 「でも、リリ姉!」

 「忌み子なんて、聖女様に相応しいわけがない。この写真だって、とても醜い」

 トントンとクリスタルを叩くのは、撮影者のリック

 

 ……ん?あれ?写真ってこの世界でも言うんだっけ?

 うーん、ゼノ君がそこそこ信じてるっぽいし、そんなに疑う気はないんだけど……どうかな?ひょっとして、ゼノ君が裏でこっそり教えてくれてたあるびおん?って変な凄いロボットの使い手じゃなくても、別の円卓の可能性とかあるかも知れない

 いや、私……は昔アレだったし、桜理君みたいに抗ってる側かも知れないけどね?隼人君とか、見せたらぜーったいに写真って言うだろうしそれだけで疑うのも……

 ヴィルとも仲良しな訳でしょ?私が変に怪しんでもなぁ……

 

 堂々巡りな思考は、ちょんと指を当たる感覚で途切れた

 「あ、オーウェン君」

 「リリーナさん、怪我は大丈夫?」

 「え、リリ姉怪我してるのか!?ナイトのオレに」

 「いやいや、ちょっと私の付け爪が擦れちゃったってだけだから!だいじょぶだいじょぶ!」

 と、少しだけ時間が稼がれているうちに……

 

 「リック、ヴィルフリート。一応君達はおれ……というかリリーナ嬢の好意で本来学生の為の修学旅行に同行させて貰っている身だ。その分を弁えてくれないと、庇うおれの立場が酷くなる」

 とってもレアな憔悴した顔をそのままに、ゼノ君が私たちを庇うために戻ってきてくれる。その横にはアルヴィナってあの変な魔神の子が……って逃げた!即刻どっか行っちゃったよあの子!

 いや良いんだけどさ?

 

 そうして、二人は不満そうながら、ゼノ君に連れられて……っていうか、「リリーナ嬢を困らせるな」と抵抗全部潰されて引きずられていき、後には私と桜理君が残る

 

 「あはは、結局ゼノ君に助けられたね」

 「ごめん、僕はやっぱりあんまり役に……」

 「良いって良いって。助けてくれようとして、嬉しかったよ?」

 きゅっと手を握る私に、照れたように少年ははにかんだ

  

 少し怖いけど、それよりドキドキする。ゼノ君にも感じるけど、彼相手だとやっぱりアーニャちゃんとか居るからそこまで強くない何かが心の奥で跳ねる

 

 これが恋なのかな?分からないけど……

 「ありがとね、オーウェン君」

 「僕、皇子の真似事をしただけだけど、助かったなら良かった」 




オーリリ需要は微妙っぽいですが、あと一話だけ本筋前の茶番にお付き合い下さい。
修学旅行三日目夜に桜理君が桜色に煌めく新たな姿(兆)を見せてからはヒロインとイチャイチャする余裕がないのです……


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下らない過去、或いは口付け

「おれは、おれは……っ!」

 不意に目を開ける

 

 何処へともなくみっともなく逃げ出して、裏路地の一角でへたりこんで、堰を切ったように溢れ出すかつての記憶に、おれの罪に意味もなく喚いて

 

 「えぇ、下らない過去はもう良いの?」

 おれの体は、何か柔らかなものに頭を乗せられ光の鎖によって全身を縛られていた

 「皇子、たすけて」

 そして横ではアルヴィナも同じように縛り上げられていて……

 「っ!アルヴィナ!」

 下手人は誰なのか、円卓か、それとも……

 

 「ワタシよ、灰被りの皇子(サンドリヨン)様。下手に醜態を見せたら本当にアナタの扱いが終わるもの、手荒く保護させて貰ったわ」

 と、その声はおれの頭上から聞こえた

 

 「ノ、ア……」

 「あら、今はそっちで呼ぶのね」

 長い耳とまとめられたポニーテールを揺らし、おれを膝枕するエルフの姫が背後から座ったおれを覗き込む

 

 「どう、して……」

 「皇子、うごけない」

 「アルヴィナを離してやってくれないか」

 が、馬鹿にするようにエルフの姫は紅玉の瞳を閉じるだけだった

 

 「馬鹿言わないで。そもそもね、ワタシも聖女アナスタシアは認めているわよ?一応、あの桜髪の子も赦すわ。でも、この子は別

 敵よ、特に今は。前に来た時よりもよほど害悪。絶対に拘束を解き放ってはいけないの」

 憮然としたアルヴィナが首を捻る

 

 「ボクは敵なんかじゃない」

 「なら言い換えるわ、害獣よそいつ」

 ノアがそう告げる言葉に、不思議と嫌悪感は……

 

 って待て。そもそもおれがノアと彼女を呼び捨てするってことは!

 「がふっ!」

 喉から溢れる血の苦味を飲み込み、掛かっていたことすら気が付いていなかった頭の霧を晴らす

 

 そう、《鮮血の気迫》の発動、そしてその原因は!

 「ノア姫、アルヴィナに失礼だ

 そして、おれに魅了を掛けたな?」

 静かに告げるおれ

 そのおれの頭を小さな手で撫で続けながら、そうよと何処までも優しく少女は返した

 「ええ、掛けたわ。あのタイミングで魅了すれば、多少はワタシもアナタの過去を知ることが出来るから。不快だったなら御免なさい」

 

 「なら、別に魅了は良い」

 あっさり謝られて拍子抜けすると共に、動けない体で無理矢理鎖を引き千切るのを止める。あと少しやれば砕けそうだが、まあ今は良いかと諦める

 魅了で過去を知れるとは中々凄いなと思うが、そういうものなら信じよう

 単に無意識のおれが話しただけかもしれないしな。理屈は通る。

 

 が、だ

 「アルヴィナには謝ってくれ」

 「お断りよ、灰被りの皇子(サンドリヨン)サマ」

 が、おれには慈しげな彼女は、ピシャリと冷徹な瞳でおれの言葉を拒絶し、左手の指を合わせて軽くパチッとした音を鳴らしてアルヴィナを吊るし上げる鎖をますます強めた

 「ノア姫」

 「ええ、言わせて貰うわ。アナタにとっては確かに大切な事かもしれないわ。でも、端から見れば下らない過去よ」

 

 「下らないって……」

 死んでいった彼等の命を、そんな!とおれはキッ!と相手を睨もうとするが、拘束からの膝枕されていてはどうにも締まらない

 何というか……アナを思い出す

 

 「下らないわ

 そうね。アナタは、獅童三千矢は確かに大事故……いえ、事件でたった一人生き残った。それは確かね

 死んでいった者の家族は居るでしょうし、生き残った者が居るならば、どうして自分の大事な人はと思うのも理解は出来るわ」

 小さく桃色の唇から息を吐いて、どこか寂しげに姫は微笑むとおれの灰の髪を優しくつぅと指先でなぞる

 

 「実際ね。ワタシ達が表には出させなかったものの、エルフの中にも居たのよ、そういう思いを抱く、プライドの無い輩がね」

 「一体、何の……」

 「同じでしょう?かつてのアナタが遭遇したハイジャック?っていうものも、エルフを襲ったかの円卓の(セイヴァー・オブ)救世主(・ラウンズ)の襲来も。どちらも勝手な思想に感化された阿呆が罪もない人々を巻き込んで起こしたテロリズムの一環よ」

 その言葉には、おれは何も返せない

 何か返さなきゃという焦りだけが空回りして喉が苦しくなる。渇ききった声帯がひび割れたように、荒い息だけが溢れ続ける

 

 「……離して」

 ガチャガチャと鳴る光の鎖

 「嫌よ。そこの害獣が

 アナタね、彼の過去は見たのでしょう?」

 大体どんな時も優雅っぽいノア姫には珍しくおれと初めて出会った日のような少しだけの怒気を込めて、エルフの姫は鎖を締め上げる

 

 「知ってる。ボクも魂を覗いたから」

 「で、どう思ったのかしら?」

 「ゾクゾクした」

 「ええ、それは分かるわ

 何も出来なかった。せめてと動いたことが裏目に出た。何か出来た訳もなく、責めてる彼等だって同じ境遇で何を変えられた筈がないのに無責任に責められ続け、味方なんて……ワタシのようにあまりにも勿体無い天上の存在とはいえどたった一人

 逃げれば幾らでも楽が出来て、でも生き残った苦しみからありもしない重責を感じてそれを選べない。心がささくれ立つけれど、思いも理解は当然可能よね」

 でも、とおれには優しく動きを封じながら、ノア姫は何処までも白耳の黒狼に冷たい

 

 「それを見て思った事を正直に言いなさい」

 「ますますその感覚が、全てを水底に沈め研ぎ澄まされた明鏡止水の眼が欲しくなった」

 ……それは、一部おれにとって腑に落ちる言葉

 だからアルヴィナは、昔からずっと、スパイやってた時からおれに対してそれなりに好意的に接してくれていたんだなと感謝すら覚える

 

 「……馬鹿馬鹿しい。聖女様はこの阿呆の」

 ちょっとだけ頭に爪が立てられる。痛くはないが、何だか気分が沈む

 「影響を受けすぎたのか、結果的に味方に近ければ何でも受け入れてある程度のラインまで引き込んでしまうけれどもね

 ワタシは違うわ。ただでさえ愛情を知らなさすぎて変な思想に染まってるのに、更に加速させようとするんじゃないわよ、害獣」

 「ボクは害獣じゃない!」

 「……アナタの欲しがっている明鏡止水の瞳とやらは、彼の様々な思いを水底に沈め覚悟を決めた波風の無い水面なんかじゃないわ、彼の血で出来た湖面よ」

 何だか酷い言われように思わずしなやかで細い野生動物のようなエルフの膝の上で苦笑する

 

 「ええ、そんなおぞましいものを望む者なんて。獅童三千矢、アナタの家族と同じね」

 「万四路達は!そんなんじゃない!」

 思わず鎖を引き千切って立ち上がる

 

 「分かってるわよ、落ち着きなさいな」

 が、そんなおれを手招きする幼い姿の女性は、何処までも何時までも慈母のようにおれを見詰めていた

 「ええ、そうね。アナタはさっきも妹に恨み節を聞かされる夢を見ていたようだけれど、それは自分を追い詰めたアナタの妄想でしかないものね

 でも、そうじゃないでしょう?アナタをそこまで確立させた赤の他人(かぞく)、引き取ってくれた叔父達の話よ」

 「あの人達はっ!大好きだった兄を、家族ぐるみの付き合いだった姪の万四路達を、一挙に喪って!なのに全部遺産はおれに行くから遺品すら全然残らなくて!」

 「……憐れっぽく振る舞い、自分達に遺産が回ってくるように、アナタを支えるどころか罪深いと思い込むよう家族ぐるみで追い込んだ」

 ……っ!と唇と奥歯を噛む

 

 始水にも言われたのと同じだ。その父にも、娘よりあんなゴミを尊重するならばゴミと同じ。そもそも価値がないのに有害ならば娘に近付くなと警告された事だってある

 

 そんなこと、おれだって半ば分かっていた。でも、それでもだ!

 死んでいった人々の恨みが聞こえる気がした。何より、有り得ない万四路の言葉が聞こえるくらいに、おれがおれを赦せなかった。ならば、同じく家族同然の者達を喪った彼等が……「おれを責めるのなんて仕方ないじゃないか!」

 

 「仕方なくないわよ。特に今のアナタはね

 同じような状況に巻き込まれて、ワタシを含む1/3は救ったのよ。価値で言えば、アナタが当然救える筈も無かった、背負う必要もなかった命の……さぁ、何十倍かしらね?」

 睨むおれの瞳を隠すように、少女は立ち上がると膝立ちのおれの頭を、良くアナがやるように胸元に抱き止めた

 

 「アナタはそうは思えないかもしれないけれど、御祓なんて必要ないし、万が一必要だとしてもとっくに終えてるのよ」

 「そんな、筈……」

 だっておれは、漸く桜理に償う切っ掛けを得た程度で……

 「ええ、そうね。本来アナタを支えてあげるべき家族がアレ過ぎたのよね」

 ふっ、とおれの右耳に息がかかる

 

 熱く濡れた感覚が、不意に小さく耳たぶに触れた

 「ノア、姫……」

 耳に触るのは家族くらいというエルフのマナーを知ればこそ、その行動に理解が追い付かない

 

 「言った筈よ。アナタのその歪みが気に入らないから、叩き直してあげると、ね

 だから、灰被りの皇子(サンドリヨン)様、帝国第七皇子。ワタシはアナタに根本から足りないものになってあげる。だから、今は頑張って立ちなさい?」

 くすり、と耳に小さく口付けたエルフは微笑い……その光景を、恨めしげな眼でアルヴィナは睨んでいた



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決意、或いはサクラ色の真実

『「一日デートっぽくやってみても……これが恋かは、まだ分かんない。でも、やっぱりさ、オーウェン君に対して感じたものは、ちょっと他と違うんだ」』

 てへへ、と照れて頬を掻きながら告げる少女におれはそうか、とうなずきを返した

 

 それは恐らく恋だろう。おれを本気で好きになるなんてそうそう無い。おれと違うというのならば、そちらが恋だ

 っていうか、頼勇へのそれは多分憧れだろうしな、おれも似たような思いを抱いているから分かる

 『「だからごめん。私ね、この気持ちを大事にしたい。ずっとゼノ君が保護してくれてさ、良いよって都合良く言ってくれてて……申し訳ないよと感じていたけど、本格的に使っちゃうかも」』

 

 『「むぅ」』

 と、何処か不満げなのはアナ。あまり男の部屋を訪ねるなということで、おれは今アナの水鏡を使ってもらって個室でリリーナ嬢と話している訳だ。うん、便利

 聖女使いが荒いと抗議が来そうだが、直接会うよりはマシだと思うから許して欲しい、いや誰に謝ってるかは……オーウェン?

 

 『「あはは……ごめんねアーニャちゃん

 でもさ、そもそも普通、女の子にとって好きな人を狙うライバルが減るって良いことだと……」』

 『「敵じゃありません。仲間です」』

 あ、切れた

 

 少しむくれているくらいで、本格的に気分を害した……って程じゃなかった筈だから良いんだけど

 そして、リリーナ嬢の本音は聞けた。おれはそれを応援するだけ、と言いたいところだがそうは問屋が下ろさない

 何より聞かなきゃいけないのはオーウェンの方だ。早坂桜理、おれが救えなかった者の一人

 そうだとも、ノア姫は優しくおれを認めてくれるが、それは違う筈だ。一人死なせた罪は、例え1000人の命を救ったとしても償いきれる筈がない。世界を救っても足りやしない

 ……だって結局のところ、自己満足でしか無いんだから。これだけの相手を救ったかと割り切ってかつて死なせた罪を忘れられるかってだけなのだ。そしておれは、転生なんかやらかしてもなお忘れられないし、忘れるわけにはいかない

 

 そう決意と共に拳を握り締めて……

 かちゃりと響く鍵の音。今日も来たのか……って当たり前かと自分の思考に苦笑して、おれは机の上に広げた水を貼った盆から顔を上げた

 「桜理」

 「うん、ごめん獅童君。今日も……良い?」

 「当然だろ」

 今日の桜理は昨日よりやはり男らしい。巻いていた包帯も取れ、下に見えるのはそんな鍛えてない胸板。前をしっかり閉めていた一昨日に比べて結構服装がラフだ

 とはいえ、上に羽織るのが長袖で……何か両腕にゴツいものが付いているな

 

 「桜理、なんだそのゴツい奴」

 「えっと、覚悟として腕時計……あ、アストラロレアX(クロス)っていう装備なんだけど、それを身に付けてるのを怪しまれないように、頑張って重りを付けて修行してますって感じを出そうかと」

 おれはその言葉に振り返り、お前なぁとがくりと首を落とした

 

 「昔アナにも呆れられたぞ、『デートの最中に修行されると楽しくないみたいで悲しくなります』って」

 「……うっ」

 今更気が付いたのか。おれかよオーウェン

 「ま、まあ獅童君をリスペクトしたってことで……」

 「おれをリスペクトするな、嫌われるぞ」

 「分かってるなら治したら良いのに……」

 「ぎゃふん」

 いや、そりゃ分かってるんだ。ただ、治そうとしても上手く行かないだけ。だからとりあえずぎゃふんと言わせられておいて、話を切る

 

 「……今日も風呂か」

 「でもさ、午後の獅童君、溺れかけた人達を助けるために服で湖に飛び込んでたよね?」

 桜の一房が揺れ、少年がおれの瞳を覗き込む

 

 「ああ、あれか?単に溺れたフリだったよ。悪戯でおれを溺れさせようとしてたっぽい」

 全く、とおれは腕を軽く振る

 「魔法込みならまだしも、普通に三人がかり程度で沈められるかよ、馬鹿かあいつら」

 「……当然厳重注意?」

 「ああ、他人にやったら冗談でも悪戯でも……いや、流石にシルヴェール兄さんとアウィルが見てる以上何とか冗談で済ませるんだが、危機感が足りなさすぎるのは確かだ」

 そう告げるおれの手を、きゅっと握られる

 

 「……冷えるよ、入ってきたら?」

 何だろう、この感じ。アナやノア姫みを感じる

 いや、男の筈なのにな

 

 「っていうか、この部屋の風呂、魔力で動くだろ?おれは入れない」

 「あ、獅童君って、魔力一切無いんだっけ

 ごめん、昔馬鹿にしながら助けろって言った黒歴史に絡むからちょっと頭の隅に追いやってた」

 ペコリと頭を下げられ、ふわりと香る桜の……って今は香らないな。何だったんだろうな昨日のは?

 

 「じゃあ、まず僕がお湯貼るから入ってきて?」

 「っていうか、他人のあとで良いのかよオーウェン」

 おれは因みに構わない。綺麗な湯でないととか、貴族みたいな事とはかなり縁がなかったからな、一応皇族の癖に

 ただ、忌み子の後とか穢れると言われて王城ではプリシラがおれの使った湯は即座に捨ててたのは印象的だった

 

 「……あ、って気にしないって。僕そこまで神経質じゃないし、獅童君が呪われてて穢れてるとか信じてないから平気」

 そんなことを言われて、オーウェンが寝てからとりあえず軽く鍛錬をして最後に入るかと用意していたタオルを手に風呂へ。魔力を燃やして湯を出す形式なのでおれにはどうしようもない装置はガン無視して、湖から引っ張ってきた水(いや良いのかよと思うかもしれないが、龍姫様の加護がどうとか言われるし泳げるだけあって、あの湖の水って普通に飲める綺麗さをしているのだ。糞尿垂れ流しとかそんなことはない)を張って湯船に浸かる

 

 「……豪華すぎるな、全く」

 なんて、オーウェンが操作してくれて直ぐに温度が上がり少し熱いくらいの温度になったのを感じつつ、おれは息を吐いた

 思い切り体を伸ばしても大丈夫で、何なら縦横両方おれの身長より長いって、個人用の湯船とは思えない

 

 ……いや、おれの感覚が貴族として狂ってるだけの筈なんだが、アイリスも体が弱いせいで広いと溺れるからってかなりちんまりした湯船だったし、前世の風呂なんて今浸かってるのの1/4くらいの広さ。何だか違和感が凄い

 

 「獅童君」

 と、鍵掛けられるけど掛けてなかった扉を開けて、一人の少年が顔を覗かせる

 「桜理、温度は大丈夫だ」

 芯から少しだけ暖まって解れていく気がする、とおれはちゃんと男の裸にはトラウマを持ってるだろう少年に体を見せないようタオルを拡げつつ笑う

 

 「……大きいし、入っても良いかな?」

 「大丈夫か?無理してないか?」

 「無理、してるよ」

 少しだけ震えた声に偽りはなさそうで、けれども強い覚悟を秘めた瞳で、彼は一歩浴場へと足を踏み入れてくる

  

 「でも、勇気を出すって決めたから。獅童君なら、耐えられるから。練習させて?」

 怯えは消えていない。目はすぐにおれから目線を逸らして何処へともなく泳いでいる

 でも、それでも、少年はおれのように逃げ出すことは無くて、逃げ腰な心境とは裏腹に完全に湯船の縁までやってくる。床を掘って深くスペースを作った湯船だ、そこまでくれば当然足にも湯が掛かって……

 

 「分かったよ」

 と、少年の方を見て、おれは言う

 

 ってちょっと待て

 

 「いやオーウェン、桜理。お前、何でこんな時でも時計してるんだ?」

 そう、あまり鍛えてない胸板も、おれ自身他人のソレをマジマジと見たことはほぼ無いが大きくはないというかお姉さんに可愛いとからかわれるのがお似合い感ある大きさの男の象徴も、何もかもさらけ出している筈の彼の腕には、あまりにも場違い過ぎる黒鉄の腕時計が嵌まり、小さく駆動音を立てていたのだ

 緑の燐光が見えるから起動しているのは間違いない

 

 っ!まさか!

 と湯船に入れると酷くスパークするから流石に困ると天井から吊るしておいた愛刀を構えようとして……

 不安げに揺れる桜色の前髪一房に毒気を抜かれる

 

 そう、神の加護に近い意匠は誤魔化せないし、逆に騙る事も出来ない。ヴィルジニー等枢機卿の一族のグラデーションの髪を幻では再現できないように、パチモノアステールの目の中の星が張り付けた明らかに変なニセモノでしか無かったように、彼の桜色の髪もニセモノならば再現できない筈なのだ

 

 ならば、流石に別人が魔法で変装した訳じゃなく桜理だろうとおれは息を吐いて……

 

 「……うん、全部伝えるって決めたから」

 燐光が途切れ、その腕から時計が溶けて空気の中に消えてゆく

 同時、ふわりと鼻に届く桜のような香り。中性的な男にしては高めの声に、柔らかさが少し加わり……

 

 「これが、本当の僕」

 胸板と呼ぶには少しなだらかな曲線を描きすぎ、きゅっと閉じてもなお隙間が出来てしまいそうな細い足の間には、小さな丘しか無い

 

 「桜、理?」

 顔立ちはほぼそのまま。ほんの少し……昨日のように花のような可憐さが増えてキリリとした格好よさが減ったくらい。欠片の違和感はあっても同一人物だと認識してしまう似た顔立ちだが……

 その体は、明確にまだ幼い蕾の少女のもの。ついさっきまで見ていた完全な少年の肉体とは全く違う。そんな女の子が、おれの前に、オーウェンが居る筈の場所に立っている

 

 「……君、は?」

 「僕は、獅童君が知ってる、君に助けられた早坂桜理で……」

 桜の花が七分咲きしたように、ふわりと少女は微笑み、湯船へと足を踏み入れて事態に付いていけないが何とか対処しようと立ち上がったおれの前に立つ

 「オーウェンっていうのは男の子でありたかった僕が勝手に名乗ってた偽名

 僕は、私は……」

 

 そうして、固まったままのおれに正面から飛び込んできた 

 「サクラ。サクラ・オーリリア」



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前世、或いはサクラ色の祈り

「……サク、ラ」

 ぽつりとおれは告げられたその名を呟いて……

 

 ふわりと漂う桜の薫とあまりにも柔らかな冷たい感覚に我に返る

 って冷たくないな、おれの体が湯で熱いだけで平温だ

 

 とか言ってる場合である筈がない。女の子に抱き付かれてるとか駄目に決まってる!

 とはいえ、突き飛ばす等の非道な行動なんて出来る道理はなく……自身の濡れた体をつるりと滑らせて少女の腕の中から身を屈めて抜け出す。目を瞑って少女の女性である何よりの証拠を映さないようにしながら湯船に潜り……

 ダン!と底を蹴って背後へ!ジェットバスかという大きな流れを産みながら水中で飛び下がり、自分を桜理だと言う謎の女の子に被害が大きく出ない距離になるや今一度水の抵抗を減らすべく丸めた体で湯船の底を蹴って真上へと跳躍

 水飛沫と共に、始水に連れていかれたショーで見たクジラのように水面から飛び出す!そしてそのまま空中で軽く右足を斜めから前方へ振り、天井から吊るした愛刀の紐を蹴り切ると反動で飛んでくるそれを白銀の鞘ごと回収、そのまま回し蹴りの要領で回転。軽く気流を産んでベクトルを変える事で更に背後へと軌道を変化させ、湯船の縁に着地した

 

 そうして愛刀を手に少女と対峙する

 って駄目だろ、相手ほぼ裸だし敵意は無さげ。そんな相手マジマジと見るんじゃない!

 愛刀を吊っていた紐は長い服の帯、幅があるので切れ端できゅっと目隠しをする

 

 「ストームライダーって……す、凄いけどそこまでしなくても……」

 自称桜理な女の子の声が呆れぎみだが、基本的に女の子の裸なんて見て良いものじゃない。間違っていない筈だ

 それにだ、そもそも彼女が桜理だというなら、女扱いには変なトラウマがあるはず……

 あれ?じゃあ女の子らしいこの扱いってミスじゃないか?

 

 混乱しながらも、どうして良いか分からずただ距離だけを取り目をしっかり閉じたまま目隠しを外す

 

 「君は……桜理なのか?実は妹とかそういうのじゃなくて」

 とりあえず、自称桜理が何者なのか理解するために問い掛ける

 少しして、ちゃぷんという水音と共に一歩だけ近づいてくる気配と共に、少女は頷いたように思えた

 

 ……いや、心眼でそこそこ状況が分かるせいであんまり目を閉じてる意味がないな。変態かおれはと嫌になる

 

 ……空気を読んだのか、始水が何も言ってこない

 

 「……大丈夫だよ、獅童君。僕を見ても」

 言われて目を開ければ、底に居るのはさっきまでの少年オーウェン。サクラと名乗った少女の姿は欠片もない。いや、そもそも体が男かどうかと、ちょっと顔立ちの鋭さが違うくらいでほぼ同じ姿なんだが……

 

 その腕に小さく輝くのは黒鉄の腕時計

 「……桜理で良いのか」

 「うん。この時計は基本的に僕にしか使えないものだから」

 「君はどっちが本物なんだ」

 女の子という単語は嫌だろうと暈して問い掛けるおれ。いや、男の姿をしていても今更直視なんて出来やしないから逃げるように目線を逸らしているが許して欲しい

 

 「どっちも本物……かな。今見てるのも、さっき見せたのも僕自身」

 「男女切り替えられるって事か?」

 「ううん。腕時計を身に付けている時は、僕は……前世の僕になれる。今見せているのもかつての僕で、今でも自分の認識ではちゃんと僕自身な姿。早坂桜理としての外見

 だからちゃんと男の子。勿論、この状態なら完全に男の子だから、男にしか出来ない事だって出来るよ?」

 

 つまり……と脳内を整理する

 「現世では、そうじゃないのか」

 「……有り難うね、獅童君。僕が辛いと思って言葉を選んでくれて

 でも、そう。あんなのが嫌で、男らしくなりたくて。でも、この世界に産まれ落ちた僕の性別は……女だった

 あんな事されて、それが嫌で!なのに、僕は男の人を受け入れるのが当然の存在として、新しくこの世界に転生させられた」

 強く怒りを込めた荒いその言葉を、おれは静かに聞き続ける

 

 「絶望したよ。何でって

 あんなのもう二度と御免で、こんな体で!生きろなんてなんて酷い世界だって!

 そんな時、転生の特典として僕は腕時計を手にした」

 でもね、とまた少女の姿に変わりながら、サクラ・オーリリア/早坂桜理は少しだけ翳りのある笑みを浮かべた

 

 「絶望しなくて済んだ。生きていこうと思えた」

 「本当の願いを、見付けたからだろう」

 それは聞いた。母親に出会って、それで…… 

 

 「違うよ」

 それなのに。そうであるはずの真実を否定しながら、少女はおれへと歩み寄ってくる

 

 逃げるか?

 そう思うが……

 「逃げられないよね?」

 少女が持っているのは、おれの着替えだ。それをタオルのように持ち込まれて、あまつさえ湯に浸けられては即座に逃げ出すという選択肢が消える

 本格的に出なきゃいけない要素さえあってくれれば、着替えがどうだとか服装が何だとか無視して突っ切れるんだが……っ!

 「っ!」  

 「ごめん、だからお風呂に入って貰ったんだ

 そうしないと、獅童君はアーニャ様が嘆いてるみたいにすぐに逃げ出しちゃうでしょ?」 

 って待て、そんなに逃げ癖があると思われてるのか

 

 「……僕が絶望しなかったのは、もっと別の理由」

 呆け気味のおれを無視して、おれの眼前にまで辿り着いた彼女は、きゅっと更に逃げられないようおれの手を握った

 「獅童君が居たからだよ?」

 「おれは何もしていない!」

 そもそも会ってすら……

 「してくれたよ。僕に」

 腕時計が唸りを上げ、姿が少年(前世)に戻る

 「何をっ!おれに何が出来た!希望を与えて、絶望を深めただけだろうっ!」

 とん、とおれの胸元にとても軽い衝撃が走る

 

 小さな握り拳で叩かれたのだと、一拍おいてから漸く理解した

 ぽかぽかと、更に振り下ろされる力の入っていない拳がおれを滅多打ちにする

 

 「助けてくれたよ」

 「何処がだよ。桜理、君自身が言っていたろう。すぐに死んだから名前すら良く覚えてなかったと!」

 なのに、だ。そんな事実を無視するように、紫色の透き通った瞳は少しの潤みを湛えておれを見つめ続ける

 

 「……うん。前の獅童君とも、もうちょっと仲良くなりたかった

 けど、でもね。確かに君という存在が居た。必死に、見返り無く、僕のために、女っぽいだとかそんな事気にせずに手を伸ばしてくれる人が居るって、それを信じられたから

 獅童君が居たから、僕はね、他の人全てを嫌いだって最初から遠ざけて、何でも出来るような化け物そのものの力に溺れずに済んだんだよ?」

 その笑顔に、何処かアナの泣きそうな顔が被って見えた

 

 「違う!違う違う違う!そんな筈がない!

 無償なんかじゃない、立派なんかじゃない!単におれは自分のために!救われたくて!購える筈もないものを」

 「……そもそも、無い罪を購えないもんね?」

 「違う!」

 「違わないよ、獅童君。それにさ、僕に見返りを求めてなくて獅童君が勝手に救われるなら……そんなの、笑顔が報酬だと無償で手を尽くすお医者様と変わらない」

 見詰めてくる瞳に気圧される。どこまでも害意のないそれが、殺意を全開に睨み付けてきた血の涙を流すユーゴのそれよりも、何倍も恐ろしいナニカに思えて、思わず半歩足を引く

 

 「君が僕に手を差し伸べてくれたあの事が無かったら、ちょっと苦しくなったからってあの人を見捨てた母と僕を女のように暴行したアレと……そんなカゾクを体験してきた僕はね、最初からお母さんを信じる気すらなく世界に復讐していたよ?」

 「それは君の強さでしかない!」

 「その強さをくれたのは!信じる気持ちを残してくれたのは!獅童君なんだよ……」 

 ぽふんと、柔らかく湿った一撃がおれの胸を打つ

 

 「お願いだから、獅童君。君は僕を助けてくれた。少なくとも、僕はそう信じてる。なのに君に助けられた僕を、君自身が勇気と肯定してくれた今を、自分で否定しないでよ……」

 涙ながらに胸元で啜り泣く声に、泣き崩れる少女の姿に、おれは……何一つ返すことが出来なかった



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恋慕、或いはサクラ色の誘惑

「落ち着いたか?」

 風呂場では本当に心がざわついてどうしようもなかったので、部屋へと移動し、服を着たところでおれは泣きじゃくるのを漸く止めた少女……早坂桜理/サクラ・オーリリアへとそう問い掛けた

 

 服装はおれが一応持ってきた和装で、桜理がおれの軍服の上のシャツだけ。女物なんて持ってないと言われても、夜に服飾がやってる筈はないしアナやリリーナ嬢に貸してくれは変態過ぎるし胸元が恐らくダボダボになるから、仕方なくおれの私物を今は被せている

 

 んだが、と所謂彼シャツ状態だろう少女を見て(いや彼じゃないが)、ざわつく心を抑えながら変なことを思う

 元々流石に素肌を見せられれば女の子と分かるものの、こうして服を着ると体の起伏がそこまで無いから見分けが付きにくい。筈なんだが……変な艶かしさを感じるのは確か

 やはり、一昨日なんかは女の子姿してたんだろうな。で、リリーナ嬢が何だか変なんだよねーしていた今日は男の姿をしていた。だから、男性に過剰反応する彼女が違和感を感じていた……って感じか

 

 って待て。彼女からはこれが恋かもと言われたが……

 「ふふっ、やっぱりドキドキしてるんだ」

 涙は止まったが、目尻に残る微かな滴が自棄にキラキラと目立つ

 「っていうか、どっちなんだ」

 「……逃げないよね、獅童君?」

 言われて、そういえばと思うが……足が動かない

 

 ある意味、思考がずっとふわふわしている。アナにも、ノア姫にも似たような事を言われた。それすらも違う!と何とか言い返せていた根底である『誰も結局救えなかった』という獅童三千矢の大前提が揺らがされて、論理が上手く噛み合わない 

 「……逃げられない、かな」

 

 アナは聖女だ。ゲーム的に、おれよりも幸せにしてくれる運命の存在を知っている

 ノア姫はエルフだ。それも誇り高く、高貴で、相応しいのは同格の特別で永い時を寄り添える存在であるべきだ

 アイリスは妹だ。万四路の代わり……と言えば失礼すぎるし、何よりゼノとしてのおれが代用扱いを許さないが、家族との縁に閉じ籠るのを止めて心の扉を開け誰かと幸せになる事を願っている

 アステールはお姫様。今もユーゴに苦しめられているのはおれの責任も少しある。因縁を断ち、救いだす。記憶を燃やされもう二度とおれをおーじさまと呼んではくれなくとも

 アルヴィナは友人だ。魔神族で友達で、共に120%の未来を目指す同志で……あれ、言葉が出てこない

 

 『因みにですが、似たことはずっと私も言っていましたよ、知っていましたか兄さん?』

 そんな言葉を放つ幼馴染神様に、知ってるよと返す

 始水は……そもそもおれが助けなくとも何とでもなったと分かっていた。御嬢様で、神様で、何処か大人びたクールさを持っていて。虐めだって、嫌そうではあってもどうせ幼さ故の無謀と知っていたのか苦しんでは居なかった

 だからだろう、おれがやったことにあまり意味を感じられなくて……申し訳なさばかりが先行していた

 

 だが、彼女は……サクラはどうだろう

 もう変わらない過去、おれが救えなかった筈の、絶望させたに違いなかった場所から、おれに希望を見たと返す彼に、おれは何を返せば良い

 解らない。思考が纏まらない

 

 「僕はね、自分は男だとずっと言ってきたよ。女の子な自分が、男らしさが必要なくなる今の体が嫌だった」

 ……なら

 「でもね。リリーナさんとデート?して、何度も何度も君に庇われて、今の僕で良いんだって言われて……」

 意を決した紫の瞳が、ベッドの上でぺたんと足を折ったままだがおれを見詰める

 

 「僕は、漸く解ったんだ。何で獅童君の、ゼノ皇子の男らしい行動には憧れて真似しようって思えなかったのか」

 少し体を倒して椅子に腰掛けるおれへと近づくサクラ。サイズの合わないシャツの胸元の隙間は大きく、谷間が出来る程ではないなだらかな丘陵が見えてしまって目線を逸らす

 

 「……見ても良いよ」

【挿絵表示】

 

 「自分を大事にしろ!」

 「してるよ、アーニャ様と同じ

 獅童君はさ、ちょっと流石に付いていけないくらい自分を酷使するから憧れないのかなって思ってたんだけど、違った。だって、竪神君だってさ、かなり無茶やってるけど普通に男らしさとしてああなってみたいって思ったから

 ……恋だったんだ」

 

 ぽつりと告げられる言葉に、脳天を殴られた気がした

 

 「僕は君が好きだ。早坂桜理としてもかもしれないけれど、少なくとも、サクラ・オーリリアとして」

 腕時計を弄り、今一度早坂桜理に戻りつつ、困っちゃうよねと少年であり少女は両手の人差し指を合わせた

 「僕はずっと男でありたかった。だから気が付かなかった

 でも、ね。可愛らしいし僕に好感を向けてくれるリリーナさんへの想いを感じて、その想いと僕の感じる心の差に、流石に気が付いた。大好きな人だから、憧れて君みたいになるんじゃなくて、君の隣に立ちたい

 ううん。そこまで求めない。横はアーニャ様で良いから、側に居たい」

 

 だから、と少年は折角止めた上のボタンを外す。ぱさりとシャツの前が開くと共に、何度目か姿が変わる

 「だからさっきのが、僕の最初の勇気。男の子でありたい早坂桜理じゃなくて、サクラ・オーリリアであることを認めた初めての想い」

 

 少女の潤んだ瞳が、震える桜色の唇が、おびえる肩が、全てがさらけ出されておれの前にある

 「僕は君が好きなんだ。だからね、獅童君。僕を、君のものにして欲しい」

 

 「……駄目だ」

 ほんの一瞬気圧されて頷きかける心を脳内で殴り飛ばし、鮮血の気迫を発動すらして無理矢理に頭をすっきりさせる

 って発動しない!そりゃそうだ迷いは何の精神的な状態異常でもない!だから奥歯を噛み、前歯で舌を傷付けてセルフで血を呑み込むことで苦味と痛みで霧を払う

 

 「どうして?アーニャ様に操を立ててるから?」

 潤みを超えて、もう一度泣きそうな顔。ボーイッシュながら可愛さの際立つそれが、おれを上目に見上げてくる

 「違う!アナとそういう関係になることは有り得ない、操を立てるも何も無い!」

 「じゃあ……」

 不意に、少女の瞳が翳る

 

 「そう、だよね。僕は……今の僕をずっと認めてくれた君を好きになったけど、獅童くんは違うよね

 前、ずっと酷いことした。忌み子なんだからって、他の酷い人たちと同じように助けろよって言った。そんな僕、大嫌いで触れたくないよね」

 「違う!そんな事はない」

 俯く少女に、言っちゃいけないと思いつつも止められずに堰を切ったように言葉が溢れる

 

 「確かにおれは忌み子で!呪い子で!」

 『わたしが恋愛譚のヒロインだっていうなら、何時か必ず貴方を幸せに(攻略)してみせますから』

 不意に耳に聞こえるそんな幻聴。忌み子としての絶対的拒絶を前提にしなければと思うのに、あの日聞いたそれを変えようとした想いに言葉が止まる

 

 「いや、違うよ、オーリリアさん」

 そうして絞り出せたのは、そんな台詞

 「サクラ……ううん、せめて桜理って呼んでよ。そんな他人みたいに言わないで」

 「桜理。例えおれが忌み子でなくとも、それは出来ない」

 「何でっ!」

 涙と共に叫ぶ少女の肩を掴み、おれは叫び返す

 

 「震えているだろう、怯えているだろう、桜理!

 君の心は、逃げたがってるだろう、おれのように!」

 「だからだよ!好きになれた君相手なら耐えられるから、きっと、女の子な自分を受け入れられるようになるから!

 だからお願い、責任なんて取らなくて良いから、僕を君の女の子にしてよ……」

 涙ながらにおれの胸元に顔を埋めて響かせられる言葉

 心臓が跳ね、それでもおれはその言葉を拒絶するように肩においた手に力を込めて少女を引き剥がすと目線を合わせた

 

 「そんなに怖がってるのに、そんな事出来ない

 君が自分を受け入れる前に、きっと心が先に染み付いた恐怖で壊れてしまう。だから、駄目だ」

 「君になら壊されて良いから」

 「頼む、壊れないでくれ。君が言ったんだろう、おれのお陰だと、おれが自分を救ってくれたって

 なら、おれにそんな君を、唯一救えたかもしれない誰かを、滅茶苦茶に破壊させないでくれ」

 

 そんなおれの言葉に、暫く少女は目を瞑り……

 「……でも、少しだけこうさせて」 

 おれの胸に額を押し付けて、静かに目を閉じた



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失念、或いは円卓

「……桜理」

 「結局ずっとそれで行くんだね、獅童君」

 くすりと腕の中で少女が笑う。その表情はとろんとして、今にも寝入りそうだった

 

 あれから暫く。胸元に抱き寄せて頭を撫でていたら少女な桜理は完全に落ち着いて、もう変におれに不可能を迫ってこなくなったところで小さく疑問に思っていた事を問い掛ける

 アナにされたのとは逆だなと苦笑しながら、気楽に言葉を紡ぐ

 「ずっと、ああして男の子そのものの姿になって生きてきていたのか?

 嫌だったんだろ、今の自分」

 

 当然返ってくる言葉は予想通りの……

 「ううん。獅童君が誉めてくれたように得体の知れない力をあんまり使いたくなかったし、何より使って意味があるの、今だけだから」

 いや待て、全く想定してなかった否定が飛んできたんだが

 

 「ん?どういうことだ?」

 「この力は、生前って言って良いのかな?昔の自分の姿になるもの。体も何もかも変えられるんだけど」

 おれの胸に擦り付けられるくすぐったい桜色の前髪

 

 「その髪色は?」

 「早坂桜理には無かったんだけど、何でか今は色付くんだ」 

 言われて理解する。ああ、神の加護の意匠って変装とか貫通したなと。だから変身しても前世の姿+神の加護の桜の前髪になるのか

 

 「でもね、僕の取れる姿は、早坂桜理としての体は、僕が絶望して自分から酸を顔に浴びせる前の体」

 その言い方に違和感を覚える

 そして、脳内で絵柄が歪んでいたパズルに正しいピースが嵌まった気がした。そうして完成する絵は……

 

 「つまりさ、桜理。おれが君と初めて会った時、男女の差なんて服装でしか解らなくて男の子だと思っていた時

 君はその気になれば今くらいの年格好の姿を取ることが出来た?」

 否定して欲しい、そんな希望と共に答えを知っている質問を口にする

 「取れたよ。だから、何となく竪神君に監視されてるのは知ってたけど、見えないところで早坂桜理の体になれば、オーウェンとは明らかに年格好が異なるからって監視を潜り抜けられた事もあるし」

 

 っ!やはり!

 「シロノワァァァルっ!」

 少女の体を優しく離してベッドに寝かせつつ、飛び起きながらおれは自分の影に叫ぶ。居るのは知ってる、出てきてくれ!

 

 「……」

 無言で影から顔を出す八咫烏。明らかに不満げな彼に、おれはおれの魂に結び付いたマントを意図して投げながら飛べ!と叫ぶ

 「獅童君!」

 「やってくれる!いや、おれのミスか!」

 「何がどうした、人間」

 確かに言葉は飛躍している、焦りはするが、最低限の事情くらい!

 「円卓の奴等はチートに胡座をかいて魔法に疎く、変な魔法を感知できず、だから外見が大きく違うなら別人と警戒を緩めた

 その前提が間違いだった。それを伝えるために飛んでくれ!致命的な何かが起こる前に!竪神とロダ兄に、真実を!」

 「だから、どうしたの?」

 心配そうに問い掛けてくる桜理に説明している暇も無く、後で話すとだけ返して最低限の服装を整えて愛刀を引っ掴む

 

 「ALBIONの使い手は二十歳前後の大柄な男

 だからあいつらとは別人と判断したが!そもそもそれがALBIONにも同じく組み込まれた前世の姿になる能力による生前の姿ならば!」

 というか、黒髪黒目はほぼ間違いなくそうだろう。コンタクトでも入れてたのかと思ったが、日本人の姿なら一般的な色!

 13歳くらいの少年とは結び付かない……なんて理屈は、今此処に消えた!

 

 ならば当然!

 「ALBIONを纏う円卓の正体が、彼等のどちらかである可能性はかなり高い!」

 そして警戒を解いてしまった以上動かれても可笑しくはない!

 

 やらかした!もっと早く、桜理に色々と根掘り葉掘り訊ねていたらこうはならなかったろうに!

 すっと消える八咫烏。影を走る魂だけの鳥は、同じ敵に対峙する今だけはしっかりと味方として頼れる。だからそれを見送って、おれは走り出した

 

 「獅童君っ」

 「悪い、桜理!嫌な予感がするんだよ!」

 そのままおれは全速力で窓を飛び越え、予感を振り払うように……否、その予感を潰せるように駆け出した

 

 そうして辿り着くのは昨日と同じ湖の畔。ちょっぴり崖っぽくなってはいるが、すぐ下が湖面な場所。もう少し高ければ探偵ものなんかで犯人が追い込まれるのに相応しかったが……湖では難しいな

 

 「……やっぱり、な」

 そこに立つ二人の影を見て、おれは唇を噛み締めて顔を歪めた

 

 一人はぼんやりした目のリリーナ嬢。そしてもう一人は……当然、昨日の大男

 「忌み子皇子。何で来るんだてめぇは」

 声も聞き覚えの無いもの。だがしかし、正体は何となく掴めている

 「当然、婚約者だからな」

 「ふざけんなよお前。アニャちゃんだけじゃなく、何でリリーナとまで婚約してるんだよバグ野郎」

 ……言われて苦笑する。そんな扱いか

 ってアナとは婚約してないが!この先も……なんて気を散らす場合ではない

 

 「リリーナ嬢」

 返事はない。どこか焦点のずれた瞳は、何故か大男にだけ向けられている

 「あれ、何なのこの人、馴れ馴れしい

 っていうか、私と婚約してるのって……君だよね?だから、ちょっと星空を一緒に見に来たんだし」

 少しして多少の嫌悪と共に、男を振り返りながら告げられる言葉。それに事態を軽く理解する

 

 つまりだ。今彼は何かを使っておれかのように扱われているって事か。だから疑わずにリリーナ嬢を連れ出せた。明らかに外見が違うだろとか突っ込みたくはなるが、その無理が通ってこそ変なチート能力

 

 「あ、ゴミカスクソ転生者」

 「え、あ、言ってた変な円卓の人!」

 封光の杖レヴァンティンを召喚しながらおれに向けて構えてくる桃色聖女

 その円卓そっちだぞと言いたいが、残念ながらそれで納得されるとは思えない。というか、マジでおれの天敵だから止めてくれないかそいつ。ダメージ計算式に防御が入らないから普通に痛いんだよその杖からのビーム

 

 ならば、どうするか

 決まっている。先手必勝!

 

 相変わらず卑怯な手とアレなところばかり上手くなる!

 「……変なことをやらかして満足か」

 「は?」

 一瞬だけ迷う。本当に推測は合っているのか

 

 だが信じようと決め、おれはその名を口にした

 「なあ、聞かせてくれよ、リック(・・・)

 忌々しげに歪む男の顔に、ビンゴと心の中で笑う

 

 ヴィルフリート・アグノエルの方が明らかにそれっぽいリリーナ嬢への執心を見せていた。だのに彼でなく此方の名を呼んだのはただの勘。な訳はなく、リリーナ嬢の兄の存在があったからだ

 ぶっちゃけた話、おれが殺したルートヴィヒ・アグノエルだが……ヴィルフリートが円卓ならあいつが居るうちにとっとと何とかしてリリーナ嬢をモノにしようとしていたんじゃないか?という推測。

 逆にリリーナ嬢大好きなだけの従弟のヴィルを騙して、最近円卓のリックが近付いてきたという方がまだ自然。今リリーナ嬢にやってるような洗脳で昔から友人だった誰かっぽく見せていればそれも可能だろう

 

 「てめぇ!」

 歪めた顔から、声を荒げて吠える前世の姿のリック

 だが、今!隙だらけだ!ALBIONも恐らく斬れない事はないが……出されないに越したことはない!

 「伝!哮!雪!歌ァァッ!」

 踏み込み一閃、縮地を駆使した剣閃でリリーナ嬢が動く前に貫く!

 愛刀を抜刀しながら構え……

 

 「くれよ、そいつ」

 唐突なとんでもない嫌な予感に、思わず突貫を止め、右足を横に倒して急ブレーキを掛けつつ、左膝を跳ね上げながら左肘を落とし、腹を狙って振るわれる何かを挟み込む!

 ガキン、と硬質な音と共に、腹の寸前で止められたのは、青く透き通る刃であった

 

 月花迅雷!?まさか円卓の使う偽刹月花のような……いや、違う!

 おれの右手から愛刀が掻き消えている。ということは、ついさっきおれが振るおうとした刀が一瞬の意識の隙の間に相手の手の中に移動したってことか!

 

 『……呼びますか』

 要らない、と幼馴染の言葉に返す。奪われない可能性はあるが、下手に不滅不敗の轟剣(デュランダル)までパクられたら正に取り返しがつかない。そもそも相手にはALBIONがある事が解っているし、それを無駄に強化してしまうかもしれない手は本気でそれしかない場合まで切りたくはない。今はまだ、相手の手の内を覗く為に仕掛けない

 

 まずは!

 肘が微かに切れるのを無視して肘を腹から離すように刃の上を滑らせ、デコを作る。そして相手が反応する前に一気に膝を支点に押し込む!

 「んがっ!」

 止められたことすらまともに認識する前に一挙に柄がガクンと下がり、青年の体がそれに引っ張られて(かし)ぐ。途中で手から抜ける柄、それを確認したら左膝で愛刀を跳ね上げて刃を握って回収

 それとほぼ同時、ぴよんと右足で軽く飛び上がると倒れかけた青年の顔を横凪に蹴り飛ばす!

 「んぐほぉっ!?」

 「っ!りゃぁっ!」

 そのまま悶える相手を足場にしてその肉体を飛び越えつつ、左踵で後頭部を打つ!

 流れるように移動して、リリーナ嬢に背を向けて庇うようにしながら、不安を断ち切って納刀

 

 相手は今自分を理解していない。ならばそのままリックを護るために攻撃されかねないが……それでも、態度で示す

 何を言っても聞き届けられるか微妙ならば!態度だけが物を言う!

 

 ……攻撃は、来ない。不安げにおれに向けて杖を突き付けながらも、少女は攻撃せずおれの背を見詰めて……

 

 ならば!

 「っ、てめっ!」

 納刀した愛刀に手を掛ける。一意専心、振るうは雪のごとく朧の一刀

 「雪那」

 「寄越せぇぇっ!」

 何かを手に叫ぶ青年の言葉と共に、振り抜こうとした手の中の重みが消失する

 

 だがそんなもの百も承知!振るうは魂の刃、物理的な物ではない。上位版の雪那月華閃までは無理でも……それこそ雪那ならば、媒介となる刀が消えたとしてもそのまま魂で斬り裂く!

 キン!と軽い音と共に青年の左腕の黒鉄の腕時計のベゼルが二つに分割され、地面に転がる。同時、そこには最初から大男など居なかったかのように、クリスタルと刀を両の手に握る小さな少年リックだけが残った

 

 「んなっ!」

 「悪いな。おれに月花迅雷しか無いと……」

 「思ってねぇよ!」

 その刹那、背後に感じる何時もの気配。だが!

 

 「があっ!」

 左肩を噛み砕かれ、火傷痕に血飛沫が散る

 『ガルルゥ!』

 「あ、アウィ、ル……」

 少年リックを護るため、おれに対して牙を剥く幼い天狼の咆哮が、おれの耳を叩いた



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発現、独つ眼が奪い撮るは永遠の刹那

蒼き雷を受け、痺れながら地面に倒れ伏す。普段なら何か反応してくれそうなリリーナ嬢だが、今は何も言ってくれない

 

 「アウィル……」

 突き刺さる牙はそこまで深くはない。殺意はなく、ただおれを止めるために食い込ませたのだろう

 

 だが……

 

 「何、なんだ……」

 喉から溢れてくる血を呑み込んで、しゃがれた声で問い掛ける

 おれの背後から飛び出したリリーナ嬢に支えて貰いながら立ち上がる彼は、それを何処か詰まらなさそうに聞いていた

 

 というか、何だか辛そうだなリリーナ嬢。おれの立場に今あいつが居て、だからといっておれ相手みたいに何も気負わない事は無いってことか。男に触れられるの、普通に怖がってたしな

 

 それは分かるのに、それでも少年リックの側に皆立つ。その事実が理解できなくて乾ききった喉を酷使して言葉を紡ぐ

 「何を、した」

 AGX-ANC11H2D《ALBION》。大はずれとされるその機体だが、相応の力を持つことは確かだろう。だから何か可笑しな力でリリーナ嬢を(かどわ)かしている事を理解しつつ、あいつの制御装置を破壊すれば止まると思っていた

 

 だが、これは何だ?何故破壊した筈なのに可笑しな状況が悪化する?ユーゴのアガートラームだって、制御装置が壊された上でエクスカリバーを投入する等の多少の干渉は行ってきたから完全に解除できないのは良いとして、アウィルまで影響を受けて現れるなんて寧ろ強くなっている。有り得ない

 

 その疑問に応えるように、少年はユーゴのようにおれに向けてぺっ!と唾を吐きかけながらクリスタルを翳す。

 

 「ああ、すっきりした。あの大はずれ正直面倒くさかったんだよ」

 自分で割れたベゼルを踏み抜きながら、少年はおれを嘲るように狂暴な笑みを浮かべる

 

 「な、に?」

 いや、話を聞く限りALBIONは確かに使いにくい機体だろう。スペックもシャーフヴォルのATLUSには勝るもののユーゴに劣り、特にパワードスーツ型だろうから防御面についてはATLUSに毛が生えた程度かもしれない。それで安全装置全撤廃で肉体改造ぶっ壊れながら戦う想定の特攻兵器とか愚痴りたくもなる。

 

 だが、自分の持つ超兵器を邪魔とまで言うか?唯一と言って良い超常の力を?

 不可思議な違和感。ならば、ひょっとして……

 

 「冥土の土産って奴?アニャちゃんはやらないが」

 それはメイドだ。あとこの世界に冥土は無い、死後の世界は一応あるが冥土とは呼ばない

 更に違和感が加速する

 

 「要らないっての、ALBIONなんか

 お前が勝手にこれを切り札と勘違いしてくれるから、これみよがしに使ってただけ」 

 は?

 

 思わず目を見開いたまま固まる

 いやいやいや待て待て待て!ALBIONを超える切り札だと!?

 

 想定外だ!どう対処すべきか、検討もつかない!ってか情報が無さすぎておれのもう一個の切り札を切って良いのかすら不明!

 逃亡するならシロノワールから翼を返して貰えばワンチャンあるが、それも効くか未知数。恐らくは奪ってきた能力と関係があるんだろうが……

 

 地面に手を付いたまま、痺れが軽く取れてきた足を動かして半ばまで立ち上がる。まるでクラウチングスタートかのように、獣の四つ足を保ち相手を見据える

 この方がまだ動ける。それこそ喉笛に噛み付くなんて原始的な攻撃しか出来ないが、何とかして情報を……

 

 「リリーナ。ちょっと離れててくんない?

 こいつボコるのに邪魔」

 「あ、うん」

 ちょっとほっとしたようにリックの体を支えるのを止めたリリーナ嬢。その態度からは、何となくの信頼と不信が信頼へと傾いているのを感じる。やはりおれへの態度に似ているというか……

 

 「ま、勝てないし何も持ち帰れないお前に教えてやるよ。

 ALBIONは単にパクれたからパクって使ってるだけの余計なモン。本当の力は……」

 キラリと煌めくクリスタル。まるで映写機のようにおれの眼前に投影されるのは一枚の写真。昼間やらかした時に、おれがアナの胸元に抱き締められている……っ!違う!

 確かにその時の写真だが、顔だけがリックに差し替えられている。ちょっと繋ぎ目が荒いというか、首がズレてないか?となるが……

 

 クソコラ写真としか言えないそれが何なんだと思っていると、更に何枚か切り替わる

 アウィルと共に海で遊ぶ皆を見回るおれ。撮りたいと言われて構えた月花迅雷を構えた時のおれ、その他さまざまなおれの写真が次々と表示され……その全てが、顔だけリックにコラージュされている

 

 何となく薄気味悪くて、だが……

 「つまり、お前は!」

 「《独つ眼が奪い撮る(コラージュ)は永遠の刹那(ファインダー)》。これが本当の力だ

 お前の全てはもう撮し盗った」

 そういうことか!と奥歯を噛み締める

 

 写真を通して誰かの顔に自分の顔をコラージュすることで、写真の中の他の存在とコラ元の関係性を自分との関係性に書き換える力!謂わば……

 「クソコラを現実にする能力!」

 ……何だそのアホみたいな能力!?

 

 「尊厳を覇灰(はかい)するにも程がある!」

 ふっざけんなよそのクソボケチート!確かに特定の誰かと周囲の好意的な人物との写真を全部取れば誰かにほぼ成り済ませるからもうALBIONは要らないだろう。第一、言葉ぶりからしてALBION自体たまたま本来の円卓が使うところを見て、その際の写真をコラージュすることで所有権をパクったものっぽいしな

 月花迅雷と同じように奪い取ったって事か

 

 だが、だ

 

 「もうお前要ねぇわ。って、誰からももう見ず知らずとしか認識されないだろうが、生きてるだけで不快」

 「そんなこと、ペラペラとリリーナ嬢相手に喋って良いのか?

 おれは……彼女の知る第七皇子ゼノは」

 「え?帝国第七皇子ってリック君だよね?」

 調子が削がれる!

 

 が、マジでおれとの関係を能力がほぼクソコラしてるっぽいと分かっただけでも上等か!

 

 「っていうか、今の言葉……」

 「カット、コピー&ペースト、上書き保存」

 「やっちゃえリック君!信じてるよ!」

 いきなりほんの少し焦点がズレて元気にそう叫ぶリリーナ嬢

 

 「……疑われてもコピペしなおせば即座に初期に関係が戻る、って事か」

 ああ、面倒だ。あくまでもクソコラだから、過去まで本気で変えている訳では無いのだろう。だから違和感を覚えられるし下手をすれば見破られるが、その都度使い直せば0からに戻るとなれば、実質無敵

 突破するには見破ってから相手がコラージュしなおすまでに裏で何とかしてリックを倒すしかない

 

 だが!ならばこそ!

 「ブレイブ!トイフェル!」

 祝詞を叫ぶ

 そう、この能力には欠点がある。それを知るまで温存していて正解だったようだ

 

 段々膨れる微かな違和感はそのままに、おれは手を天に翳す

 お前の欠点を教えてやるよリック!写真に収めた事のないものはコラ出来ない。ならば、写真に撮せないように視線を遮断する!

 そう、不滅不敗の轟剣(デュランダル)で全身を業火に包めばお前がどれだけ写真を撮ろうが写るのは焔だけ!コラージュして奪えないならば、お前に負ける道理など……無い!

 

 「イグニッション!」

 が、しかし……おれの言葉は空しく空を切る

 ……始水!

 

 ぷつり、と何時もオープンな幼馴染との通信すら途切れ、何の力を発揮することも無い

 っ!まさか!?七大天にすらコラージュが通用するっていうのか!いやだが…… 

 

 困惑と共に手を握る。通るというなら、それなりにやりようはある!

 

 だが、そんな思考を貫く轟く機械音。シロノワールに呼んで貰っていた青き髪の青年がおれとリック達を遮るように降り立っていた

 

 「はっ!何をしようとしたか知らないが」

 「これ以上の狼藉、させると思うな」

 冷たく煌めくエンジンブレード。静かに睨み付ける瞳は、アルヴィナと共にダイライオウに挑んだあの日のようにおれを射抜いていた

 

 っ!竪神ならあるいはと思ったが、流石に無理か!何より始水に対して効く時点で……いや、何処でだ?

 暫しの疑問。だが、すぐに氷解する

 

 そうか、あの時!アナに抱き締められていた時に、背後に龍姫像があった!神の加護ある似姿から影響を受けたのか!無機物を通してでも影響を及ぼせるなら、有り得ない話ではない!

 

 やってくれる!いや、おれが警戒を解いて写真を撮らせた自業自得か!

 

 「……終わらせようぜ」

 更に横に降り立つのは、何時もより何だか声のトーンが暗いロダ兄

 いや、これは……

 

 白桃色の青年は、頼勇の横で崖側に立つおれに向けて銃を向けた

 

 「ロダ兄、違う!敵は」

 「はっ!お前が一番知ってる筈だ。そういう洗脳なんて効かないんだよ」

 やっぱりか、と少しだけ安堵するが、突き付けられた銃に変化はない

 

 そして、尚も残る違和感。何故彼はわざわざおれにペラペラと能力を喋ってくれた?時間稼ぎか?

 いや、そうじゃないはず。

 

 「っ!らぁっ!」

 仕込んでおいたナイフを二人の攻略対象の隙間を縫って投げようとして……

 

 っ!何やってる!聖女相手に!

 振りかぶった手を止めるために地面に倒れ伏す

 

 ……阿呆か!と今漸くおれもコラージュの力を理解した。

 あの一瞬だけ、あの写真でおれではなく……アナの顔に自分をコラージュしたのだろう。だからあのタイミングでは、おれには彼が幼馴染の聖女に思えた

 

 ……そう、この力があれば、おれ相手に時間稼ぎなんて要らない。最初からこの力を使いまくれば、ALBIONの腕時計を壊される事もなかった

 誰かが駆けつけてくれば来るほど基本的に自分の味方になるとしても、駆けつけさせる必要もない

 

 なのに何故?どうして……

 思い巡るまとまらない思考。勝ち目がない中で、何とか何かを掴もうとして……

 

 「もう良いだろ?終わりにしようぜ」

 ロダ兄……いや、ロダキーニャが銃をおれの心臓に向ける

 

 その瞬間、不意に理解した

 「違う!ロダキーニャ!敵は……」

 「だから、知ってるっての!」

 「そうじゃない!ALBIONが!」

 ……頼む!今下手なことを言えない!気が付いてくれ!

 

 そんな思いを胸に、心臓部に炸裂する銃弾

 思った通り、火力よりも爆発を優先した吹き飛ばすもの。殺意はない

 

 だが、おれの体は崖から大きく吹き飛ばされ……

 

 「後は頼んだぜ、ロダキーニャ……」

 湖面に叩き付けられた大きな音と衝撃が、おれの体と意識を襲う

 

 今回ばかりは、この先お前達に任せるしかない。ロダキーニャ、オーウェン、そしてシロノワール。その思いだけを胸に、無駄に足掻かずにおれは流れに身を任せた



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第二部三章EX 龍神少女と見る喪心失痛の龍機人考(ネタバレ注意)

始水ちゃんとの裏事情ネタバレ回です。この先の桜理達がゼノ君無しで対リックに頑張る回を、裏を知らずに純粋に読みたい方は章終わりまで見ないことをお勧めします。


流れる水に身を任せていると、不意に意識が浮上する。別に溺れた訳ではないが、世界が切り替わったかのような感覚

 

 戻れない。戻るわけにはいかない。この先、リック相手におれは本当に必要になるまで何も出来ない

 理由は簡単だ。これ以上クソコラされない為。現状だが……リックが写真を撮っていた間桜理はずっと前世の姿をしていたし、ロダ兄はアバターであるロダ兄しか表に出ていなかった。

 そう、おれとロダ兄、おれとオーウェン(早坂桜理)の関係こそコラージュ出来るかもしれないが、写真に写っていない本来のロダキーニャの人格とおれやサクラ・オーリリアとおれの写真を彼は用意できていない

 そしてついでに言えば、一度たりともリック達が居る間に姿を見せていないシロノワール(テネーブル)との写真もない。つまり、彼等彼女等については、コラ元の写真がなく能力を発揮できない

 

 ロダ兄は食らってないか?と一瞬疑いたくはなるが、その実影響受けてない事は良く分かる。コラが効いていた場合、ロレーラに魅了されてたロダキーニャ相手にロダ兄人格引っ張り出して対処したのはリックって記憶している筈だ。ならば、洗脳無効は知ってるだろなんて見ず知らずのおれに言う事は出来ない

 だからあれ、実は効いてないんだよな。それで攻撃してきたってことは、後は俺に任せろという合図。ということで吹っ飛んで退場してきた訳だ

 

 おれが姿を見せなければ、コラ元が用意できない。そして……影響受けてない奴等だけ別人にコラする訳にもいかない。当たり前だが、アナからはおれと思われ、アルヴィナからはテネーブルと思われ、シロノワールからアルヴィナと思われるリックとかコラージュ能力的に不可能ではないだろうがあまりに不自然

 だから、その不自然さからあいつを何とかするために、お前可笑しいよという状況を残しておく必要がある。おれが出向いたらまたコラ素材を提供してしまう以上、もう任せた方が良いという訳だ

 

 ……と、思考を整理した所で起き上がる

 何時しか水は無くなっており、おれの前には真っ暗闇が広がっていた

 

 そうして見えてくるのは青い光。大体理解できる、これは……

 「始水」

 歩み寄ってくる氷の翼を小さく拡げ、何処か警戒心を持った瞳でおれを見下ろしてくる和服っぽい服装(といっても下はミニスカート。可愛さと少女らしさ重視ですよと笑って初詣に着てきた事を覚えている)の龍少女

 その姿を確認して、おれは小さくそう呟いた

 

 っていうか、龍姫像に龍姫の加護が入ってる事は知ってたけど、それで影響受ける辺りあの能力ヤバいな。それを完全無効にしてそうなロダ兄も怖いが

 

 「不快ですね。その名前を読んで良いのは兄さんと、後は他の七天くらい。貴方に呼ばれる筋合いはありません」

 と、降り注ぐのは冷たい言葉……なのだが、即座に少女はくすりと氷の表情を崩しておれに向けて手を差しのべた

 「と、言いたいのですが、ひとつ聞かせて貰いましょう、此処に来れる見知らぬ旅人

 貴方、最近まで私から『兄さん』と呼ばれては居ませんでしたか?」

 「呼んでたよ、ティア」

 「ああ、やっぱりそうですか。明らかに可笑しいと思っていたんですよ、兄さんと契約した筈なのに、見ず知らずの貴方と契約やリンクが繋がっていて兄さん自身とは何の縁もない。その事に突然気が付いてしまった訳ですが」

 少女姿からは異次元の万力で一切揺らがずおれを引っ張って立たせながら少女は淡々と語る

 

 「突然語りかけられてつい切ってしまいましたが、考え直せば貴方の方が兄さんである筈。なら、謎の影響を受けているのは私」

 「《独つ眼が奪い撮るは永遠の刹那》」

 ぽつりと告げたおれの言葉に、納得するように始水は頷いた。その顔の向きに違和感を覚える

 

 「ん?始水、右耳を庇う癖は違わないか?」

 そう、何時ものティアは左耳が悪かった始水時代の癖で左耳を庇うし聞こえる右耳を前に出すしおれに自分の左を任せる。なのに今は逆だ

 「ええ、良く気が付きましたね。私らしくないでしょう?兄さんしか指摘しませんから、貴方が嘘つきなのかの判断に使いました」

 

 その言葉に苦笑する。まあ、疑うのも無理はないが、そんな細かい指摘を要求するのかと。いや、寧ろおれがティアにお前始水だろうと言った原因だから一番正しいのか?

 

 「まあ、大体契約が貴方側な時点で、向こうが勝手に兄さん貼り付けてるだけだと思っていましたが、一応貴方が契約を奪う者だった場合、あそこで手を貸したらそのままあっち死んでましたからね、あの時は切ってすみません」 

 ぺこっと頭を下げてくる始水。その頭の角に付けられた飾りが小さく揺れた

 

 「いや、それは良いんだ。寧ろあそこで倒さなくて良かったかもしれない」

 「おや、それは何故?」

 「いや、あの力なんだが……ALBIONを奪えたのが案外変な気がしてさ」

 「おや、そうですか?」

 興味深げに深海のような深い青の瞳がおれを見詰めた

 うん、身長差から上目遣いで相変わらず可愛いと思う。慣れ親しんだ幼馴染じゃ無かったら直視できない

 

 「ああ。パクられている事は当然理解してるだろう。持ち主が殺されていたとして、当然その事実も伝わってないと可笑しい

 ならば、その状況でALBIONを彼は使った。前世の姿になれるとして、他人の前世になるのは流石に可笑しいからあの大男はリックの前世だろう

 じゃあ、奪われた機体で何かやらかしてる円卓外の人間なんて……見逃す筋合いがあるか?」

 ついでに言えば、使い手はリリーナ好きだとユーゴの証言があるが、リックはアニャと親しげにアナを呼んでいたしリリーナ嬢にくっつかれてもそこまで嬉しそうでは無かったから恐らくアナの方が好み。その点でも本来の所有者とは差異がある

 

 本当に正規の海賊版使いから奪っていて、それで個人で好き勝手やってるだけというなら良いんだが……

 「第一、リリーナ好きの所有者がユーゴと二度目に戦ったあの時まだALBIONを持っていたのは確か。あの後始水も見てる筈だ」

 「ええ、魔神王と戦ってましたね、あの機体。その際の損傷が治せていないようですが……」

 「そう、そこなんだよ始水。魔神王は傷付いたものの死んでいないのはアルヴィナが教えてくれた。ユーゴがアステールを……本当は棺に閉じ込めたく無かったろう彼女を埋葬して本気を出さなきゃいけない相手を取り逃がした

 その状況で、他人にコラージュして扱いを変えられるだけのリックの前で半壊した機体を呼び出す状況って何だ?しかも戦力を奪われて、それを放置する理屈は?

 何より、あいつら乙女ゲーのキャラを好き勝手自分のものにしたいという意図で動いてるだろ?その点でもリックって敵の筈なんだよ

 

 こんな好き勝手されてる現状を見逃すか、普通?」

 「ええ、確かに可笑しい話です。では、貴方」

 困ったように目をしばたかせ、少女は小さく胸に左拳を当てると咳払いした

 

 「もう大丈夫ですね、兄さん。ええ、呼べるようになりました

 では、兄さんはどう思ったんですか?」

 「そして、何処か失望した眼と、必要もなくALBIONの制御装置を破壊させた行動。その全てから導きだしたおれの結論は……あれはリックからのSOS」

 一息置く。本当に正しいのか、今一度思考を巡らせて……だが、異論は出ない

 

 「リックは円卓の一員だ。能力は彼自身の言ったとおりの《独つ眼が奪い撮るは永遠の刹那》

 そして……おれがあの時始水の協力でデュランダルを呼べたら恐らく勝てていたように、圧倒的な力には弱い搦め手使いな彼は、恐らくユーゴ達AGX持ちからは明確に格下として扱われている」

 「でしょうね」

 優しくおれの言葉を少女は聞き続けて相槌を打つ

 

 「だから、本命が味方面で潜り込む為のスケープゴートとして、他人のALBIONをパクらされ、これみよがしに使うことを強要されているんじゃないか?

 そうして倒され、ALBIONの脅威は去ったと錯覚させる為の生け贄、それがリックだ」

 静かに聞き続ける少女の翼がせわしなくほんのすこしずつ開閉される。迷っているのだろう

 

 「それ、本当だと思いますか兄さん?」

 「ああ。リックの表情などから、おれはそう思った。つまり、本当の敵は、真のALBIONの持ち主で倒すべき相手は……彼に同行し、被害者面しながら監視を行える者。ヴィルフリート・アグノエルだ」

 そうしておれは周囲を見てから、幼馴染神様に笑いかけた

 

 「それを相手に気付かれたくない。被害者でもあるリックは何とかしてやりたい気持ちもあるけど、少なくともあいつだって敵だし反省はしなきゃいけないのは変わり無い

 だから始水、いざというときには此処から出て介入出来るように」

 「あ、何時でも出られますよ兄さん?ちょっとあの剣呼べば即です。此処、遺跡の離れみたいなものですし、出入りする門もすぐ近くですから」

 

 いやそうだったのかよ

 

 「さて、では暫くは見守りましょうか兄さん。ええ、あまりあの子を舐めないように。兄さんの心配ほどに大事件には発展しませんよ。

 あ、別に物理的に舐める分には構いませんが」

 「アナは飴じゃないだろ、というか何様なんだ始水」

 「あの子の神様ですが?」

 「……完全無欠の返しは止めてくれないか?」




ちなみにですが、あれ?と思う方もいらっしゃるでしょうが、元々アルビオンの持ち主はヴィルフリートです。その辺りというか、ヴィルフリートという名前の円卓メンバーの存在(少なくともシャーフヴォルとタメ口きけるくらいの枠)が居るという旨は186話で出てきています。


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早坂桜理と奪われた場所

今回から暫しの間、オーリリアちゃん主役のvsリック編となります。そこまで長くはならないと思うのでお付き合い下さい。


「……ねぇ、どうしよう」

 僕にふとそんな声が掛けられたのは、翌朝の事だった。

 獅童君の帰りを待っていたら変な気配がして、そそくさと部屋から退散した僕が見たのは、見知らぬ男……という訳じゃなくてリックって子。いや、何で居るの?って思ったけど部屋の前の植物の陰に頑張って縮こまって隠れていた僕には気が付かなかったのか、彼は獅童君とこの宿の人しかもう持ってない筈の部屋の鍵を鼻歌混じりに空けて部屋に入っていった。

 

 本当に意味が分からなくて、その後も一睡もせずに、ずっと部屋の扉を僕は眺めていた。

 獅童君は帰ってこない。何かあったのかなと思って探しに行きたいけど、でもと悩み続けていたら何時しか夜が明けていたんだけど……

 

 「リリーナさん?」

 「オーウェン君。昨日怖いことがあったんだけど、変なの」

 キョロキョロと周囲を見回すリリーナさん。それはまるで草食動物がそうするみたいに何かに怯えているかのようで……

 

 「どうしたの、ゼノ君が」

 「え、誰?」

 ……あれ?どういうこと?

 

 呆けたような返しに僕も目をぱちくりさせる。

 何か嫌な予感がして、今は時計は隠してる。隠しておけば僕のってあれでも凄く高性能だから誰にも存在がバレることは無いと思うけど、その分男の子姿になることも出来ない。だから今は体は女の子で、それが不安点

 でもそれより、ゼノ君を、獅童君を知らないかのような発言が更に不安を掻き立てる

 

 「誰って……」

 そこで問い詰めるのは簡単だけど、と僕は悩む。明らかに昨日の夜から何かが変

 そして、獅童君の姿が見えない。リックが獅童君のものを持っていた

 

 ……下手に僕が疑うような言葉を思いっきり吐くのって危険なんじゃないかな、これ

 っていうか、獅童君大丈夫かな……?とんでもなく強くて、だから平気だとは思うんだけど……アーニャ様も変に騒いでないし

 

 って僕は遠くを見て……

 「あれ、アルヴィニャちゃん?何処行くんですか?」

 「……ボクは気ままな猫。今のあーにゃんの膝の上で丸くなる気はない」

 「あの、アルヴィニャちゃん?」

 「ボク、見知らぬボクのこの瞳の人を探してくる」

 あ、大事そうに宝石のネックレスを撫でた変な子がさらっと何処かに行こうとしてる……

 あの子、確か獅童君と仲が良くて……

 「いってらっしゃい、アルヴィニャちゃん

 でも、わたしが寂しいですから、見付けて満足したら帰ってきてくれるととっても嬉しいです」

 「……あーにゃん。ボクはちゃんと帰ってくる。帰るべきところに」

 

 「リリーナさん、ごめん!聞いてあげたいけど僕にもちょっと理解できてない事があって、先にそこだけ整理させて!」

 そう言い残して僕は去ろうとする黒髪の女の子を追った

 

 そして、人気のないところで追い付く

 「ね、ねえ!」

 「……ふしゃぁぁぁっ!」

 吠えられたんだけど!?この子何なの獅童君!?

 

 「……ボクに用?」

 明らかに不機嫌そうな隠れてないほうの金の瞳が僕を見る。満月みたいで綺麗なんだけど、鋭く睨まれると怖い

 

 「えっと、何でいきなり居なくなろうとしたの?ひょっとして、何か変な事が」

 ぺろり、と鋭すぎる犬歯を舌で舐めるアルヴィナさん。きょ、狂暴そうで……

 

 「呪い」

 「え?」

 「話を聞く。でも、ボクに危害を加える側だったら困るから、まず安全に呪ってからなら」

 怖っ!?

 

 「う、うん……良いよ」

 ってそこで逃げたら駄目だよねと思って僕は頷く

 これ、アルトアイネスなら発動した時に弾けるかな?いや、頼っちゃ駄目かも

 そんな風にドキドキする僕の掌にかぷっと少女の噛み痕が残されて……

 不意に黒髪の少女はずっと大事そうに持っている宝石飾りを翳して見せてくれた

 「これ」

 

 よ、良く見ると瞳が閉じ込められてるんだけど、これ何!?

 それにこの眼、ちょっと独特の虹彩が獅童君に似てないかな!?

 「ボクの皇子の瞳」

 「え、本当に獅童君のなの!?」

 ゲームの獅童君は両眼あったよね?と思ってたけどそんな事情が……

 

 「シドークンは知らないけど、これはボクの皇子のもの

 皇子はボクに、ボクの為に、ボクがずっと欲しかったものをくれた

 

 なのに今の皇子は両眼がある。明らかに変。ボクをバカにするにも程がある」

 「う、うん……」

 何だろう、怖いんだけど分かるような、分からないような……

 少なくともだけどね、僕には嬉々として隻眼にしておく理由は思い付かないっていうか、それを良しとする獅童君にもびっくりする

 

 「だから、あれはボクの皇子じゃない。隻眼じゃない時点でムジュンしてる」

 ぴょこりと何時も被っているブカブカの帽子を取って跳ねる猫?耳を見せながら、少女は語る

 「だからボク、この瞳の持ち主のところに行く」

 「あ、そうなんだいってらっしゃい」

 って待って?

 「生きてるって分かるの?」

 「分かる。ボクの呪いが生きてるから無事」

 呪われてるの獅童君!?っていうか今も呪ってるの!?

 危険人物過ぎないかな!?僕が人の事言えた義理無いかもしれないけど!

 良くアーニャ様は仲良く出来るなって思ってしまう。僕は多分無理

 

 でも、獅童君が無事なのは良かったってほっとする

 

 「……一つ、忠告」

 不意に前髪をかき上げて隠れた方の金の瞳をさらけ出しながら、片メカクレだった女の子はボクをじっと見詰めた

 「今だけは、その魂と肉体に齟齬がある姿をしてた方が良い」

 「この、姿?」

 「ボクに掛かってるのと同じ力が見える。齟齬を消したら、影響される」

 「……そこ、分かるんだ」

 「慣れてる」 

 「慣れてるの!?」

 「亜似(あに)に、同じような力を使われているから」

 「お兄さんに?……って痛っ!」

 不意に噛まれた痕から炎が噴き出して僕を焼こうとして、僕は慌てて手を振った

 

 「お兄ちゃんじゃない。お前と同じニセモノ、亜似」

 つまり転生者って事なのかな?獅童君はほぼゼノと同じっていうか、良く良く考えたらあのゲームを……ロボットものの作品から遡って過去シリーズまで手を出したの、ゼノって何となく獅童君みたいな攻略対象が居るって聞いたからだったっけ?ってくらい似てるんだけど……

 

 「うん、その辺りまで分かっちゃうんだ」

 「ボクは凄い」

 あ、何か自慢げに耳が揺れてる。結構分かりやすいのかな?

 怖いし……仲良くなれる気もしないけど、そこまで警戒しなくても良いのかも

 

 「だから、忠告はした」

 「うん、ありがとうねアルヴィナさん

 でも、今だけなの?」

 「皇子はボクのもの。あげない、だから女になっても無駄」

 ……あ、そっちの理由なんだって思わずぽかーんとしてる間に、アルヴィナさんは何処かへと行ってしまった

 多分、獅童君を探しに行ったんだと思うし、見付けるまで本当に帰ってこないんだろうなぁと分かってしまう  

 

 獅童君、愛されてるなぁ……

 嬉しいような悲しいような想いをふと浮かべて、そうだそうしてる場合じゃないと気合いを入れ直す

 あんな話は何とか出来たけど、獅童君の立場がリックに乗っ取られてるらしいことが分かってしまった

 

 つまり獅童君は、立場とか色々と奪われて帰ってこれなくなっている。その事を何となく理解してるアルヴィナさんは早々に居なくなってしまったし……

 

 僕が、何とかしないと

 

 「本当に出来るかな?勇気を、僕に貸してよ、獅童君」

 理解の外にある超兵器に頼りたくなる気持ちを振り払って、僕はそう小さく胸に手を当てて呟いた

 

 「あ、もう大丈夫かな?

 不安で不安で……ちょっとアーニャちゃんってリック君を否定する事言ったら怒りそうであんまり相談できないし……」

 「あ、ごめんリリーナさん。ちょっと僕も混乱してたんだけど……リック皇子の事だよね?

 大丈夫、頭整理できたから聞かせて?」

 本当は、あんまり言いたくない。獅童君の居場所を、ゼノという存在が必死に血反吐を何度も吐きながら自分を呪って、それでも立ち向かって作ってきた今の立場を、勝手に乗っ取っている相手を……獅童君みたいに扱う言葉なんて

 でも、きっと理解してない振りが必要だと信じて、僕は心にもない言葉を返した



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早坂桜理と見えそうな光明

「……昨日ね、私リック君と星空が映る湖を見に行ったんだ。綺麗だって聞くし、確かに街の明かりが少しあるとまた見え方も違って素敵だと思ったんだけど……」 

 話し始めてくれたリリーナさん。ちょっと部屋を借りて、人気を払っている。って言っても、扉の向こうには竪神さんもアーニャ様も居るんだけど

 

 獅童君なら絶対にそこで護衛をしてると思うけど、竪神さんなんだ……ってなる。リックが部屋から出てこないんだよね

 あれかな?乗っ取ったは良いけどそういえば深く関わってそうな全員は何とか誤魔化せたけど、実はそこらの生徒達は所詮モブってガン無視したから誤魔化せてないことに気が付いた?そうだったら相手が間抜けで助かるんだけど……

 

 でも、ちょっと不安。だってリックって名前を出してはいるんだよ?この国のある意味有名な第七皇子の名前が変わっちゃってるっていうのに、それを言葉にしても何も気にされないって時点で可笑しい

 いや、僕の感覚からすれば考えてみればそもそも皇子様相手の態度じゃない人ばっかりなんだけど……

 

 「その時ね。突然襲われたんだ」

 「襲われた?」

 「うん。刀を使う……えっと和服で左目に大火傷があって隻眼のおっそろしい顔立ちの男の人」

 うん、獅童君っていうかゼノ君だ

 「その人が、どうしたの?」

 僕はとりあえず事情を整理しようと問い掛けた。多分その襲われたというのは、リックに今みたいな状況にされているリリーナさんを護ろうと、僕の前から飛び出していった彼が駆け付けたって事だよね?

 

 「何だか変だったの

 リック君へは殺意……は無かったかな?殺すというよりは倒して止めるって感じで冷たい敵意を向けてたんだけど、私に対しては敵意がなかったんだ」

 「……そうなんだ」

 「それでね?私、リック君から円卓の(セイヴァー・オブ)救世主(・ラウンズ)の中には私狙いも居るって聞いてて、それが彼なんだって怯えてた」

 それに僕はうんうんと曖昧に頷く。事実は全く違うんだけど、言って良いのか分からずに話を聞き続ける

 

 「でもね、不思議とそんな気がしなかった。彼は私を必死に護ろうとしているように見えた

 勿論、そうその見ず知らずの彼が言ってた訳じゃないよ?でも、私を性的に?狙ってるっていう私が一番嫌なタイプの人の筈なのに、嫌悪感が湧かなかったんだ」

 

 ねぇ、と聖女リリーナの不安げに揺れる緑の瞳が僕を見る

 「結局その彼、本当に敵だったみたいでアウィルちゃんに噛まれて、最後はロダ兄に吹き飛ばされるって形で倒せたんだけど」

 「それ本当に敵?」

 「敵だよ。確かに違和感あったけどさ、ロダ兄に精神的な何が通る筈無いもん。ゲームでも本当にいっっさい効かないんだよ?四天王の洗脳すら」

 ……ってことは、ひょっとしてだけど。彼は味方になってくれる可能性あるのかな?

 吹き飛ばしたって言うけど、獅童君は物理的な話なら滅茶苦茶なスペックなのは何度か見せ付けられたし、周囲の洗脳を解けないから戦わせられないと逃がしてくれたって事なのかも

 

 「だから、私の感じてる違和感は単なる違和感の筈なんだけどさ

 リック君ってさ、もっと痛々しくなかった?あんな普通のちょっとお調子者気味の皇子ってキャラだっけ?って疑問が出てきちゃったんだ」

 あー、うん。過去の記憶とか変わりきらないのかな?単にリックがやったことに置き換わるだけで。性格にも矛盾が生まれるかもしれないし、アルヴィナさんのように物理的な証拠とか残ったままだし

 

 例えばなんだけど、僕にも洗脳が効いたとして、リックの性格だと多分僕なんて助けてくれないよね?でも、あの時獅童君にお母さんを助けて貰えてないと、僕はきっとこの腕の中のアルトアイネスを使い、円卓に参加してたんだと思う

 その矛盾を解消する為に能力が無理矢理記憶の整合性を合わせているって事はなくて、過去と今が上手く繋がってない?

 

 結構希望が見えてきたかも

 最初は頑張らないと、でもどうやってと思ったけど……みんな、結構抵抗出来てる。それが獅童君の性格と行動の一般からの逸脱っぷり由来なのが、僕としては複雑だけど……

 

 「うーん、ねぇオーウェン君、桜理君ってリック君ルートはやったことあつたっけ?」

 「……あるよ」

 いや、無いけどと言いたいけど、相当するゼノルートはちゃんとプレイしたから頷く

 「……なら私の記憶違いか教えてほしいんだけどさ、リック君ルートって、何か特徴無かったっけ?今のリック君さ、別に嫌いじゃないよ?

 でも、あの彼を私じゃ攻略できなくてアーニャちゃんならってなる差がちょっと分からなくて」

 

 多分なんだけど、獅童君とゼノ君って性格ほぼ良く似ていて。僕相手に何かすがるような目をしていたように……昔会ってて、助けられなかったって彼自身が思っていて。でも実はそうじゃなくて心を救われていて。だからこそ、今度は自分が必ずって決意を決めて拒絶されてもずっと想い続ける……そんな子にしか、ゼノ君を攻略できないって話なんだと思う

 原作のリリーナさんにはそれがないから、そんなに嫌なら良いよって見捨ててしまう……んじゃないかな?

 

 でも、これってリックが乗っ取ったって話をする前提だよね?言って良いのかな……

 「うーん。僕も何だか違和感あるんだよね。覚えてるのは特徴の無いルートなんだけど、そんな特徴の無いルートって事そのものが何だか可笑しい気がするんだ」

 だから悩んで、僕はそう誤魔化すことにした。

 

 「お、リリーナ?男と話して……」

 ……僕、女の子なんだけどなぁ……なんて内心愚痴る。獅童君に会えなかったら絶対に言いたくなかったそんな愚痴だけど、今は言える

 

 って!リック!

 その事実に気が付いて、僕の体はびくりと震えた。もしも、もしも真実を言っていたら……そう思うとぞっとする

 「あはは……ごめん、婚約者が居るのにあんまり他人と話しちゃ駄目だよね

 何で忘れてたんだろ」

 多分本来の彼が気にしないからこそうっかりというか当然の事として気にしてなかった事を指摘され、慌てたように僕の背後に……隠れたら更に面倒だからかほんのすこしだけ寄るようにして、リリーナさんは謝る

 

 ……そんなリリーナさんの前に立つのは僕……だけじゃなかった

 「あ、ヴィル君」

 「リック!……皇子殿下

 リリ姉だって、聖女様として色々と大変な筈なんだから、あんまり……」

 すこしの怯えっぽいものを見せながら庇いに入るのはリックの友人のヴィルフリート。本来同レベルだし何なら彼の方が格上だったと思うんだけど、リックがほぼゼノ君の要素を何故か持つ今、完全に格下になってしまった少年は怯えしか見せられていなかった

 

 「あ?ヴィル、皇子様に向けて何様よ」

 「皇子だっけ……?」

 「お前リリーナと婚約する際に初めて会ったの忘れたんか?」

 あ、そういう設定に変わってるんだ……

 

 それを言われてびくりとするヴィル。僕はその間にリリーナさんの手を引いてリックから逃げ出した

 

 た、大変だね彼も……

 そう思いながら向かいたいのはすぐ近くに居る筈のロダキーニャさんの所

 なんだけど、出た瞬間に目の前に居るのは鋭く獰猛な獅子のような男の人。竪神頼勇

 「た、竪神さん……」

 

 「アイリス殿下と喧嘩した。今の私は……」 

 あ、悩んでるようで此方を見ていない

 ってそんな訳ないよと自問自答する。いきなりだし、あからさまにチラチラ見ながら悩んでるし……

 

 それに、殿下?

 

 あ、そっか。この合宿に居なかった人間なら……って思ったら、アイリス殿下なんかも影響受けてないのかも!

 でも、何でそれを教えてくれるんだろう。影響受けてないとは思えないというか、竪神さんまで影響受けてなかったら普通にリックを三人で止めれば良いし……

 

 そんな事を思いながら横を抜けて、僕は影響受けてなさそうな人の元へ向かった



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早坂桜理と桃色の暴君

「よっ、桃色同盟」

 探そうとしていると、向こうから来てくれた。気さくに左手の犬の手(肉球まで付いてて本当に犬)を上げて挨拶してくれる白桃の髪に同じように神様の意匠である桜色の一房がメッシュのように混じった青年、ロダキーニャが

 

 僕、眩しすぎてそこまで周回して無かったんだよね彼ルート……でも、凄い人なのは覚えている

 「何か同盟組まれてる!?」

 「はーっはっはっ、同じ桃の髪を持つ者同士、縁があるって事だ!」

 「僕は桜色って言いたいんだけど!?」

 「桃と桜、仲良しじゃないか?」

 うんまあそうだし、軽い言葉だけど

 

 「んじゃ、チームのリーダーな皇子様へのサプライズでも考えるか?」

 「さぷらいず?」

 リリーナさんと二人して首を傾げながら青年を見上げて……

 

 「悪縁絶つは一桃両断、歌舞いてみようぜ、サクラ色」

 ……何か変な言い回し

 「あ、今日劇を見るんだっけ?トリトニスに居を構えてる劇団の公演日だから……」

 「ま、それも見るし、他の劇もな」

 あ、結構遠回しだけどこれって……

 

 「ひょっとして、僕の記憶を試してるの?」

 「俺様、ワンちゃんの事なんて一言も言ってないぜ?」

 ワンちゃんって……あ、獅童君の事。リーダーな皇子が別人ってことは、ちゃんと分かってるって話なんだ

 

 「え、どういうこと?」

 「……ねぇ、リリーナさん」

 真剣に見つめ、逃げないでと真正面からその手を握る僕に驚いたように目をしばたかせる聖女様。それを見ながら、一瞬悩んで僕は告げた

 

 「……実は、リック皇子は偽皇子だって言ったら、信じる?」

 「それさ、何度も言うけどアーニャちゃんに言ったら駄目だよ?あの子、リック君が否定される事大っ嫌いだから」

 そうなのかな?と僕は首を傾げる。正直な話なんだけど、軽く接するだけでも性格が違いすぎてアーニャ様とか違和感で頭の中ぐるぐるしてそうだし……

 

 「あはは、私も違和感あるのにって顔してる。でも、あの子の一途さはやっぱり私とはレベル違うから、不安なんだよね。オーウェン君がどうかされたらって思うと

 ほら、リック君のためなら凍り付けとか……あれ?そんな事してでも止めるような事あったかな?」

 「はーっはっ!でだそこの聖女、此処で面倒なことはあまり話すものじゃないぜ?」

 言われて気が付く。そうだよね、リックが突然部屋に来たりしたわけだし……

 

 「んじゃ、ワンちゃんの部屋は勝手に使われてるし、行くか」

 鍵をひょいと取り出しながら、白桃の青年は笑う

 「え、何処に?」

 「機虹騎士団で借りてる部屋。一応鍵かかるぜ?」

 「良くそんなもの持ってるね……」

 「これか?獅子というか狼に借りたぜ?自分が間違ってるとは思わないが、間違っているならばアイリス殿下が動きやすいように、だそうだ」

 ああ、だからわざわざ殿下がどうとか言って通してくれたんだと納得する。っていうか、みんな本当に結構効いてない。案外ガバガバじゃないかなこれ

 

 そう思いながら部屋に入り、明かりを点けて鍵をかける。ひょいと鍵を開けたら大きな音を立てる魔法をリリーナさんが付与して……

 「あ、リリーナさん、どうぞ」

 僕は少女のために椅子を軽く引いた

 

 「……じゃあ、ロダキーニャさんは」

 「ロダ兄で良いぜ?案外そっちの通りが良いんだろ?俺様的にもよ、本性と区別されてる方が良い訳だしな」

 へー、と思いながら言い直す 

 「ロダ兄は効いてないの?変な改変」 

 「いんや、効いてるぜ?ただよ、ワンちゃんも言ってたが俺様はアバター、本性の描く理想の自分って寸法よ。

 つまり、本性と俺様って別人格で、本性は影響受けない。んで、本性側から見れば狂った点は一目瞭然。そいつを修正するから実質無効って話だな」

 ケラケラと笑いながら青年は告げた……ってこれかなりのチートでは?

 

 「っていうかさ、どうなってるのかって知ってるのかな?」

 僕はそう問い掛けて……

 「コラージュなんちゃらって言うらしいぞ?」

 さらっと返ってくる言葉に驚愕する

 

 「ロダ兄知ってるの!?」

 「いや、知らん!」

 「じゃあ何で名前が出てくるのさ!?」

 「いやな、俺様も狼一号も、実はワンちゃんがなーんかやりにくそうにそこの聖女を護ってる状況に辿り着いた訳よ。だが、様子が可笑しい、縁も狂っている

 変だってことで、とりあえずワンちゃんが聞き出そうとしてるのを眺めてたって寸法よ。聞き出したらもう良いだろうと介入しようぜと示し合わせてな

 

 だが、」

 と困ったように青年は肩を、そして背の翼を竦めた

 「そのコラージュ何とかという……ワンちゃん曰く現実をクソコラする能力について聞き出して、さぁ終わりだと思った瞬間、突然狼一号までも影響を受けた。んで、あっちを助けるために駆け出してったんでどうすっかなぁになった訳よ」

 その言葉に僕は……最初から介入してくれたらと思うけどそれだと逆に酷いことになってたかもと考え直す。目の前で洗脳?されるよりは良いよね?

 

 でも……

 「うーん、コラージュする能力ってことは、コラ元が要るってことだし……」

 能力が分かるだけでも対抗しようはある

 

 「そういえば、皆はどうなんだろう」

 「その事なんだがな、観察しながら、俺様別の国から来たから良く分からんのよと聞いて回ってたんだが、あるタイミングから突然ワンちゃんじゃなくリックってことに切り替わったぜ?」

 「え、そうなんだ」

 不可思議な話にびっくりするけど……

 

 「あ、集合写真」

 ふと気が付く。そういえば全員の集合写真とか撮ってたってことに

 「聖女様の喧伝として他の人でも手に入れようと思えばいけるし、それで皆を」

 と思うんだけどそれ以外にも気になるところがある

 「でも、それには僕も映ってるしアーニャ様やリリーナさんも居る。わざわざ他の写真とか要らないし即座に……」

 

 と、僕はすっかり忘れていたリリーナさんが手を上げてるのに気が付いた

 「あ、ごめんリリーナさん」

 「えっと、リック君が偽者で、私達が変な能力で洗脳というかワンちゃん……あれ?ワンちゃんって私の事だよね?」

 「えっと、実は違うっていうか、この世界だと」

 「あー、オッケー。そういえばリック君の事そう呼んでた……って記憶になってる」

 「本当はゼノって言うんだけど、リックをその彼だと思い込まされている。彼のやってきたことをリックのやったことにコラージュされているんだ」

 今さらだから言って良いと思って、僕はそう告げる

 案外納得したようにリリーナさんはその愛らしい顔をキリッとさせて頷いた

 

 「そっか。案外リック君変だもん。信じるよ

 でも、何で最初に……って、リック君にバレたらヤバイか」

 「うん、それが怖くて。それにさ、アーニャ様とかに言ったら、信じてくれなかった瞬間にリックに言われちゃうでしょ?そういう不安もあったんだ」

 「うんうん。でも、本当にそうなら、私よりアーニャちゃんの方が違和感凄いんじゃない?」

 「うん、それ僕も思ったんだけど、まだ確認できてないんだよね……」

 言いつつ、ふぅと息を吐く

 

 僕もちょっとは頑張れてるよね、獅童君?

 そう思いながら、この先を考えようとする

 「うーん。ある程度対抗できそうだけど、どうしよう」

 「はーっはっはっ、付いてこいお伴達」

 「いや、駄目だよ?」

 にかっと笑うロダ兄に僕は首を振る

 

 「おう、どうした?」

 「獅童君の事だもん。僕が頑張りたいから、お伴で居たくないんだ」

 「ふっ、面白い。良いぜサクラ色。今回は俺様お前のお伴になってやろうじゃないか!

 んじゃ、まずは方針を頼むぜリーダー」

 「他にも違和感を持ってて引き込めそうな人を探したり、相手の能力の詳しい条件を探ったり……

 後は、利用されてるヴィル君を助けてあげること」

 きっと獅童君ならと思いながら付け加える

 

 「よーし、頑張ろ、オーウェン君!」

 何だか元気良く、リリーナさんが応えた

 「にしても良かった、下手に動いてたらリック君偽者だとひどい目に逢ってたよきっと」

 「……リリーナさん?」

 「あ、ごめん何でもないよ今はまだ

 後でね、オーウェン君」




おまけ

みつなつ様からデフォルメファンアートを戴いたので自慢しておきます
【挿絵表示】


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早坂桜理と虚勢の皇子

「……離れた方が良くないかな?」

 「うん、リック君と出会ったら怖いし確かにそうなんだけどさ。逆に不安も多いからちょっとだけお願い」

 

 なんて僕の背中に隠れるようなリリーナさんと共に、一番の不安要素であり何より心強い味方になってくれるかもしれない人のところへ向かう

 そう、今は龍姫様の腕輪に選ばれた聖女として連日何だか教会から色々と要求されているらしく、調整してくれる教師陣とお話ししているアーニャ様のところ

 っていうか、修学旅行で想い出をって呼んでおいて連日聖女様○○してって要求してくるって結構酷くない?確かにこの地は龍姫様の加護を強く受けてるから一年通して結構涼しいし雨季は雨が多くてとか色々あるけどさ、その龍姫様に選ばれた人を担ぎたいのは分かるけど獅童君達の想いはガン無視だよね……

 

 これで本当に楽しい想い出を作れるのかな?

 

 って悩みながらアーニャ様を探していた僕達が発見したのは

 

 「アニャぁぁぁっ」

 「大丈夫です。わたしが居ますから。だからそんなにらしくない事言って怯えなくて良いんですよ?」

 椅子に行儀良く腰掛け優しく髪を撫でるアーニャ様の膝上で泣き崩れるリックだった

 ……えっと、なにこれ?っていやいやいやどういう状況なのさこれ!?

 「アニャ……」

 「知ってます。写真を撮れる魔法以外あんまり強い魔法が使えなくても、皇子様の中ではその事で馬鹿にされていても

 貴方が頑張ってることは、わたしが認めますから。もっと頑張りましょう、リック皇子さま」

 

 

 「あ、リリーナちゃん」

 と、唖然とした時に扉を離してしまい、バタンと音を立てて閉まったその音で僕達の存在に気が付いたのだろうアーニャ様が顔を上げた

 「えっと、どうしたの?」

 同じく唖然とした聖女様が問い掛ける

 

 「あ、えっとですね……リック皇子さまがちょっとわたしに迫ったんですけど、リリーナちゃんにも悪いですし、何かに怯えて……いるのはまあ何時もの事だと思うんですけど、それで自棄になってるのはらしくないと思ったんです

 だからちょっと、何かしてあげたいなと思ってたら……」

 えへへ、と少しだけ陰りを見せながらも嬉しそうに微笑む銀の聖女様。そのサイドテールが犬の尻尾のように左右に小さく振られ、片手はずっと少年リックの髪を優しくすき続ける

 

 「だめ、なの?」

 顔を上げ、すがり付くようなリック

 「はい、駄目です。わたしだって好きですよ?何度も言ってます

 でも、そんなわたしに対して何時だって自棄にならずに溺れずに頑張ろうとするのが、わたしの大好きな皇子さまです

 だから、気持ちは嬉しいですけど、あんまりえっちな事は無しです。傷ついた時、誰かが……わたしが頑張れって言ってあげないと、きっと一緒に落ちていっちゃいますから」

 あ、そこはそうなるんだってびっくりする。アーニャ様、獅童君に求められたら何でもしそうな空気あったし、獅童君だと思ってるリック相手にも同じなのかなって思ってたから

 本当の獅童君相手だとどうなるか分からないけど、結構身持ちが固いんだ……って驚愕する

 そして、『らしくない』って発言から違和感を感じてる事も理解する。これなら行けるかも。それこそアーニャ様が味方してくれたらリックのやってることは一気に突き崩せるよね

 

 「あー、えっちな事。うんうん、私も結構そういうの嫌なんだけど、優しいねアーニャちゃん」

 と、リリーナさん。流石に当人が居る時に真実を知ってるよと言ったら逆上されかねないからか、無難of無難な発言

 「えへへ、貴方が好きですって言っておいて断っちゃうのも変なんですけどね?

 リリーナちゃんって婚約者にも悪いですし、何だか絶対にこれを受けちゃいけないって思うんです」

 ふわりと目を閉じて笑い、銀の聖女は尚もぼろぼろと涙を流す彼をあやし続ける

 

 何だかモヤモヤするし、それに……これだとアーニャ様と話せないよね?って悩みが生まれた頃

 

 「あー、リック」

 扉が開いて姿を見せたのは、前みたいに気さくに声を掛けようとするヴィルとそろそろ時間だとアーニャ様を呼びに来る竪神さん

 その瞬間、びくりと震えてどこか憐れっぽかった少年リックの顔がキリリとなり、アーニャ様の膝上から立ち上がる

 「ったくヴィル!お前まーた皇子様を呼び捨てにしやがって」

 うん。獅童君とかゼノゼノ呼び捨てにされてるどころか、散々忌み子って言われまくってたんだけど

 というか、立ち直り早すぎない?爆速過ぎるって苦笑する僕

 

 「ったく、浮かれてんじゃねぇよバカフリート!」

 そして復活した彼はごつんと友人……って友人だよね?なヴィル君に拳骨を落とした

 その右手に、ちょっと傷の入った黒い腕時計が見える。僕のものよりは装飾が少なく軽そうだけど、確かに僕が託されたものに良く似ている装備

 

 全員コラージュで洗脳?してるから良いのかな?って警戒が薄い彼を少し不思議そうに眺める

 あれ?でもそもそも何で持ってるんだろう。二つも変な能力を手に入れる事なんてあるのかな?

 

 ……でも、リリーナさんってそんなに変な能力見せたことがないし、同じく真性異言だというエッケハルトさんは確か固有スキルが別物になってるのと、最近豊撃の斧アイムールって言う凄い武器を手に入れてたけど……あれも片方は純粋に手にしただけで特殊能力では……無いよね多分

 僕、普通に影響ほぼ無いっていうか、多分アルヴィナさんは色々と言ってたけどこの腕時計なら影響を弾けなくはないと思うんだけど……。だからあれが確かにアルビオンならば盗られるって可笑しいし、コラージュなんちゃらが後付けなのかな?

 

 そんなことを思っている間に、リックはヴィル君を引っ張って何処かへ消えた

 ま、すぐにまた何かしに来るんだろうけど……

 

 「うーん、イキリック君だったね」

 「あはは、虚勢張らないとって何時も頑張ってますもんね」

 それは獅童君もだと思うしだから何となく分からなくもないけど、アーニャ様が彼を庇ってるのが何だか複雑

 

 「あ、そうだアーニャ様」

 今のうち!と焦って僕は言葉を紡ぐ

 「あ、オーウェン君、どうしたんですか?」

 「えっと、今のリック……様、何か変じゃないかな?」

 「はい、変ですよね」

 こくりと頷く少女に、行ける!と僕は畳み掛ける

 

 「実はさ、あれ私達の敵らしいんだよ」

 「そう、本当の皇子の立場を、記憶を乗っ取った……」

 「信じません」

 返ってきたのは、そんな何処までも冷たい否定の言葉だった

 

 「え、アーニャ様?」

 「確かに変です。らしくないところもあります

 でも、わたしはあの人を信じます。わたしが信じてあげないと駄目なんです、ひとりぼっちになんてさせません」

 それは、どこまでも強い意志。獅童君……ゼノ皇子に対して何時も向けられている思い。変だという違和感すら塗り替える激情をもって、少女はきっぱりと告げる

 「それを向ける相手が本当は別なんだよ?」

 「そう……かもしれません」

 寂しげに、虚空を撫でるアーニャ様

 

 「でもです。わたしの膝で泣いていた彼は、その怯えて虚勢を張らないとって必死な姿だけは、わたしの知ってる彼と何も変わりません。だから、わたしはめげませんし信じません」

 小さく腕輪を撫でて、少女は胸元で手を組む

 

 「もしも本当に彼が偽者だとしても。あの想いは本物です。それを助けられなかったら、偽者じゃない皇子さまだってきっと助けられません

 だからわたしは絶対に見捨てませんから」

 そう言って、少女は席を立った

 

 「リック皇子さまには言いません。確かにらしくないことは確かですし

 でも、わたしは彼を信じますから」

 言い残されたのはそんな言葉と、ふわりと漂うリンゴのような香り

 

 「駄目かぁ……」

 「クソコラ洗脳、強いなぁ……」

 「アーニャちゃんの想いの強さが変なところで可笑しな噛み合いかたしちゃってるし……どうしよ?」

 「どうしようね、本当に」

 アテが外れ僕達は顔を突き合わせた




ちなみにNTRはありません。クソコラされても、歪んでも、操を立ててキス以上は抵抗しますからねアナちゃん。


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異伝 銀髪聖女と虚勢の機械龍

「アニャちゃん……」

 リック皇子さまがふと声を掛けてきたのは、今日皆が見る演劇の後でした。って、わたしは見れなかったというか、その間聖女様として復興した街並みの……新しく建て直した騎士団の出張所(街全体を一ヶ所から護るのって難しいですから街の区画毎に数人の騎士団の人が詰める場所があるみたいです)の完成記念に出てくださいとか、そのまま集まった人々にもう大丈夫ですよって説いてくださいとか、色々と大変で……

 本当はわたしだって、演劇を見たかったですよ?折角、モチーフが昔の聖女様伝説で、しかもこの街関連なんですし

 

 「あ、リック皇子さま」

 そんな不満なんて、わたしを助けるために命を張ってくれた人達の所属してた騎士団のどうこうとかの前で口に出したくなくて、来てくれた彼に少し救われたようにわたしは微笑みます

 

 「リック皇子さまもお疲れ様です」

 でも、とそんな……例え別人だと、偽物だと言われても信じたくないけれど、どうしてもらしくない態度も多い彼に向けて、わたしは今ならとその唇に人差し指を軽く当てました

 

 「あ、アニャちゃん?」

 「リック皇子さま、わたし、ちょっとだけ怒ってます」

 「何を?」

 「ヴィルフリートさんへの態度です。確かにわたしは全然知りませんけど、仲良しさんなのは分かります

 でも、あんな態度じゃ嫌われちゃいますし、何よりらしくないです。何で彼だけ虐めるような態度を取るんですか?」

 「そ、それは……」

 何だか言いにくそうなリック皇子さま。その瞳には、何時もとはちょっと違う怯えた色があり、目が泳いでいます

 自分が嫌いで、赦せなくて。何度と何度も、皆から忌み子って言われて……あれ?そんな事無いですよね?

 リック皇子さまは、ちょっと魔法の才能が乏しくて芸術家気質なものしか使えなくて……なのに本人の資質は武闘派だから結果的に魔法が弱いポンコツってバカにされてたくらい。魔法が使えない忌み子なんかじゃありません

 なんでこんな失礼なことをって落ち込んじゃいます

 

 でも、何時もはその怯えは何処までも……自分を信じられなくて何処か遠くを見てる視線の筈です。鋭くて、寂しくて。なのに助けてって言ってくれない孤高の右目

 それと似てて、でも泳いで近くを見てるのは何だか違う気がして。だとしても、怯えるからこそ虚勢で立派にやろうとしてるのは同じです。それが、ヴィルフリートさん相手だと威圧する感じなのがだからとっても悲しくて……

 

 「どうしちゃったんですか?

 本当にらしくないです。疲れちゃったんですか?」

 周囲を見て、わたしは仕方ないですよねと頷きます。彼はきっと、助けられなかった……寧ろ助けられた人の事を否が応でも思い出し続けないといけないこの街の事、気にしなくて良いのに居心地悪いと感じてる筈ですから

 

 「……アニャちゃん」

 何度も何度も、ただ彼はわたしの名前を呼びます。あんまり背が高くないわたしとほぼ変わらない身長で、唇を噛んで見つめてきます

 「大丈夫です。わたしはあなたの味方です。あなたを含めて誰があなたの敵だろうと」

 「……っ!これでもかよ!」

 突然、リック皇子さまが右手を振りかざしました

 

 その腕に光るのは、銀色に地金を見せる大きな傷の入った鈍い黒鉄色の腕時計

 ある意味、これが何よりの証拠なのかもしれません。そんな力がなくて、だから竪神さん達とずっと悩みながら何かを開発して戦ってきたのが、わたしの知るリック皇子さまです。一番欲しがっていたものを、持ってる筈がありません

 

 でも

 「信じます」

 「なら、言ってみてくれよ!アニャぁぁぁっ!」

 リック皇子さまの左手に朱い鍵が見えたかと思うと……かなり大きな腕時計にその鍵を差し込み、90度回します

 同時、べぜる?というらしいフレームの一部が赤熱し、まるで人魂のように一部が浮いてどこかSのような形状に変わったかと思うと……彼は鍵ごと基部を90度回転させました。同時、更にベゼルの羽が展開します

 

 『G(グラヴィティ)G(ギア)Craft-Catapult Ignition.

 Aurora system Breaked.

 G-Buster Engine Top Gear.

 SEELE G(グレイヴ)-Combustion Chamber Lost

 O(オーバードライブ)-OMG Crystal Dragonia Driva Burst.

 Verrat Bombe Active!Active!Active!

 

 A(アンチテーゼ)G(ギガント)X(イクス)-ANC(アンセスター)11H2(ホロウハート)D(ドラグーン)

 《ALBION》

 

 materialize』

 

 彼を包み込む、傷だらけの鋼の龍。それと同時、わたしと彼を隔てるように発動する結晶の防壁。

 すっと頭が冷えます。同時、何で忘れていたのか分からないような事を思い出しました

 

 彼はリック。そしてわたしの大事な人は……彼じゃありません。ゼノ皇子さま

 本当に、彼は偽者だと自分で証明して……

 

 けれど、ボロボロのまま纏われ、皹から漏れる何かの液で涙痕をフルフェイスの表面に残しながら咆哮をあげる鋼の龍機人が、わたしには泣いているようにも見えました

 

 『ククゥ!』 

 わたしを護るように足元に寄ってくれる犬姿のアウィルちゃん。頼れるその子に見守られながら、わたしは立ち上がった皇子さまが警戒していた機械龍と対峙します

 

 「これが、ALBIONだ!

 さぁ、言ってみろよ、怯えてみろよ!アニャぁぁぁっ!」

 本当に、全く違うのにそこだけはそっくりで

 

 だからわたしは、虚勢で鋼の龍まで見せて威嚇する傷だらけの捨て犬みたいな男の子に向けて、優しく手を拡げて胸元を無防備にさらけ出します

 これがもしも駄目な行動だったら、胸元を貫かれて死んじゃいます。その恐怖に少し足がすくみますけれど……それでも、と逆に一歩前へ

 ここで逃げたら、皇子さまにだって寄り添えませんから

 

 「……リックくん」

 「何でだよ!」

 泣きわめく姿は、本当に皇子さまみたいで、何だか不思議な気持ちになります。受け入れてと言うのに、絶対に受け入れられない事を前提としている、不思議な態度

 

 「確かにあなたは怖いです。そして、わたしたちを騙してたってことも分かりました

 でも、なら……何で泣いてるんですか?」

 びくりと、巨大な結晶の爪を構えた龍が震えました

 

 「何でだよ!」

 「あなたが泣いてるからです」

 「否定してくれよ!怖がってくれよ!そうしたら、そうしてくれたら君を、力ずくで……っ!」

 「しません。わたしはあなたを否定なんてしません」

 「どうしてだよっ!」

 傷だらけの翼から、変な方向に炎が噴き出します

 

 「あなたが泣いてるから、変わりたいときっと思っているからです」

 えへへ、と笑いながら消えた障壁のあった場所を越え、アウィルちゃんが見守ってくれる中もう一歩進み彼の前に立つと、わたしは膝をついた機械龍の頭に優しく触れました

 

 「確かに、あなたはきっと円卓さんで、悪い人です

 でも、それを言ったら……わたしの親友のアルヴィナちゃんだって、とっても悪い女の子だったんですよ?」

 冷たく、そしてとても熱いそれを、ふわりと撫でます

 

 「悪いことをした、酷いことをした、そんな人を赦せないって人は多いと思います。反省は要りますし、そんな人達だって正しいです」

 でも、とわたしは真剣に項垂れた少年に諭します

 

 「それでもです。皆がそうだったら、苦しくて悲しいです。そんなの、償うのも何もかも辛すぎて駄目です

 だから……せめてわたしは、わたしと皇子さまくらいは。

 

 変わろうとした人に、良く頑張ったね、偉いねって言って許してあげたいんです

 だってわたしは、あの人が……何よりもそれをしたがっていて、なのに自分には適用出来ない皇子さまの事が大好きな女の子で、仮でも聖女様なんですから。わたしがやらなかったら、みんな困っちゃいますよ」

 

 だからって、動かない機械龍の頭を前みたいに胸元に抱き締めて、熱さを我慢して呟きます

 「悪い人でも、あなたが泣いて変わりたいって思ってるから、わたしはあなたを……否定なんてしません、リックくん」

 

 機械龍が溶けていく。虚勢の装甲が剥がれて、幼く泣きわめく男の子が顔を出します

 

 そして……

 

 「独つ眼が奪い撮る(コラージュ)は永遠の刹那(ファインダァァァッ)!」

 頭に霧が掛かっていきます。またあの変な影響を受け、忘れたくない大事な人の事がリックくんに上書きされていきます

 

 でも、わたしはそれでも彼を離さず、その背中を擦ります。その叫びも、力の発現も……

 どうしても、苦しそうに見えたから

 

 「……こうしないと、君は……君までも……」

 「大丈夫です、大丈夫。わたしは、あなたの味方ですから、リック君」

 そして……絶対に生きて何かを待っている皇子さまも。だから、もう泣かないでください、リックくん

 

 きっとわたしたちが……あなたを助けてみせますから




リック君のメンタルはもうボロボロ。アーニャ is Goddessの域。

こんなんだからそんな強敵じゃないんですよね彼……


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早坂桜理と親友告発

「うーん、面白かった」

 僕の横で伸びをするリリーナさん。僕も多少は息をつけた。何だか知らないけれど、リックが居なかったから

 アーニャ様も居なくて、竪神さん的にはアーニャ様はリックに任せれば良い。それは不安だったけど、アーニャ様とはアウィルって狼も仲良しだし、他にもそれこそ全然姿を見せないシロノワール君も居るから何とかなる筈

 だから鬼の居ぬ間に洗濯……じゃないけど、リックの居ない間に色々と調べさせて貰ったし、息抜きもさせて貰えた

 

 「ヴィルフリート君はどうだった?」

 って横で怯えた顔を少しは綻ばせた少年に僕は問い掛ける

 彼も息抜き出来たかな?

 

 「……伝説のリリアンヌ様より、リリ姉の方が可愛いって思った」

 「あはは、あれ演劇のためにカツラ被ってメイクしてるから……」

 伝説のリリアンヌ様もリリーナさんみたいに桃色の髪……って訳じゃなかったらしいけど、魔力染まりで出すのが難しい色だから明らかに偽物なカツラ被るしかなかったみたい。僕の桜色だって、見て分かるカツラなら出せるんだ。だってどう見ても偽物だから、逆に騙りじゃないって話

 

 「まあ、ヅラなのもあるけど、何よりリリ姉ほど性格が可愛くない」

 確かに結構イケメンな人格してたみたいな話は聞くし、聖女様伝説も作品によっては割と……なんだよね。男性向けだと大体アーニャ様っぽい性格してたりするけど

 

 でも、原作のリリーナさん……恋さんじゃない方の本物って、割と太陽みたいっていうか、明るくちょっと苛烈だった気もするんだけど?って僕はツッコミを入れたくなった

 まあ、彼にとっては今のリリーナさんしか知らないからその反応も仕方ないんだろうけど

 

 「それにしても、何かに怯えてたのは何とかなった?」

 僕は少年に問い続ける。一瞬だけ彼、変な顔してたんだよね

 同時に、ALBIONの気配も僕の腕時計が感知して……すぐにまた消えちゃった。何か感じたのかって思うけど……

 

 「そうだよリリ姉!最近リックが可笑しいんだ!」

 うん、知ってるって言いたくなる話が飛んできた

 「何だか僕の知ってる彼じゃないみたいで!記憶にあるリック、そんな皇子ってやつじゃなかった筈で!」

 混乱するように、従姉に向けて叫ぶ赤毛の少年。それをあやすように、でもあまり近付けたくないのか少しだけ距離を離して頭を撫でながら、リリーナさんはその話を聞き続ける

 

 「何かが変なのに!何なんだよ今!

 リリ姉、僕可笑しくなっちまったのかな?」

 口調がブレるほどの動揺。それを僕は……どうしようかとリリーナさんと瞳を交わす

 

 一応色々とおもうところはあって。即座に本当のことを言うのはどうなんだろうと悩む

 だって、彼とリックは友人同士。怯えてるし、相手はアルビオンを奪って好き勝手やってるし……脅されて色々と吐かされないとも限らないよね?

 でも、リリーナさんはどこか心配そうにも従弟を見つめていて、よし!と覚悟を決める

 だって獅童君ならきっと見捨てようとしないから

 

 万が一にもリックが戻って来て聴かれないようにこっちこっちと鍵のかかる場所に誘導し、一息つく

 リリーナさんが使わせて?と言ったことで開けて貰えた劇場の休憩用の小部屋。そこにあるソファーみたいなおっきな椅子に少年を腰掛けさせて、僕は相手と目線を合わせる

 

 「……君は可笑しくないよ、ヴィルフリート君

 可笑しいのはきっと、相手の方なんだ」

 言いながら、とりあえずって感じに水も用意して渡す。コップの中のそんなに冷えていないそれをこくりと飲み干しながら、少年は小さく頷いた

 「君の知ってること、教えてくれる?」

 

 そうして、赤毛の少年がぽつぽつと、時折リックが来ないかというように扉をちらちらと確認しながらも教えてくれたのは、僕が覚えているのと似たような経緯。ただ、リックとが結構昔からの付き合いで、その点については違和感は無いって事も教えてくれた

 「そっか、何で気が付いたの?」

 「リックとは仲良しだけど僕からしたらリリ姉の婚約者の皇子なんてゴミ過ぎる」

 言われてちょっといらっとするけど、そこは頑張って呑み込む

 

 「つまり、親友の筈の彼が絶対に仲良くなれない立場に居たから可笑しいってなった?」

 何となく理解できるかも。獅童君というかゼノ皇子の立場っぽく振る舞ってる今、割と違和感を覚えられていてもそれでも案外ごまかせているのは……リックっていう人間の事を知らない人ばかりだから。元のリックを知ってるとやっぱりそこが致命的にズレるよね

 「そうなんだよ、あいつどうしちゃったんだって聞きに行ったら、バケモンみたいなドラゴンになって誰にも言うなって脅してくるし……」

 ぶるりと体を震わせるヴィルフリート

 

 僕もそれには頷く。そりゃ、実態を知ってれば相対的に他のAGXよりは外れなALBIONだって滅茶苦茶な性能をしてるのは間違いないし、怖いよね普通。言うなれば、特撮ヒーローものに出てくる幹部怪人より弱いから一般怪人の方がマシ、くらいのそれ戦える力持ってなきゃ同じだよねって感じだし

 「そっか、脅されたんだ」

 「……だから、どうしようか迷った。あいつは友達だったはずなのに、何にも知らなかった!

 でも、だけど!だから!」

 叫ぶように絞り出される言葉

 「止めなきゃって思ったのに、僕に何も力なんてないからっ!リリ姉っ!

 聖女様っ、何とかして……お願いだ、狂ったのかもとから狂ってたのかは知らないけれど……リックを止めてくれ!」

 その言葉を受けて、少しだけ曖昧に目を閉じるリリーナさん

 

 ALBIONの存在を明確にされた以上、安請け合いとか出来ない。僕達だって……何が起こるか正直まともに起動させたことがないから分からないAGX-15(アルトアイネス)以外だと、結構洗脳が強いっぽい竪神さんのLI-OHというかアイリスさんと共に開発してるっていうGJ-(ジェネシック)LIO-LEX(ライオレックス)くらいしか勝てそうにない。正直、今挑んだら……勝てない

 だから、即座に安心して良いよとは言えなくて。でも、僕達はお互いを見て頷き合う

 止まれないよね、だからって

 

 「うん。私だってさ、世界を救う聖女様だもんね」

 「そうだよ、リリ姉こそ聖女様なんだ」

 「あはは……、私よりアーニャちゃんの方が何だか聖女様化してる気がするけどね?ほら、今日も私はまあ良いけどってあっちだけ色々とお仕事に駆け回らされてるんだし……」

 頬を掻くリリーナさん。僕自身もあっちの方が原作まんまで聖女様だよねという意見には同意するけど……

 

 「でも、リリーナさんだって」

 「うん。見過ごせないし、私だって別にお話の中にたまにいる偽物聖女なんかで居たくないもん。やってみるよ」

 きゅっと、リリーナさんは従弟の手を握る

 

 安心したように微笑みを浮かべるヴィルフリートは、小さく頭を倒して従姉な聖女の胸元に顔を埋めた

 少しだけ嫌そうなリリーナさんだけど、それを受け入れて背中をさする

 「うん、大丈夫だよヴィル。オーウェン君やお姉ちゃんが、きっと何とかしてみせる」




ということで、オーリリコンビ側にあんまり役に立たないけど情報役の味方としてヴィルフリート君加入です。

まあ、今回の黒幕こいつなんですけどね


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早坂桜理と決戦準備

「で、どうだったんだ?」

 ま、俺様怖いかんなと遠くで別行動していたロダ兄と合流。そのまま顔を突き合わせる

 

 「ロダキーニャさんの方は何か分かった?」

 「いんや?あのリックがデートしてたってアレな報告だけよ」

 「デート!?」

 くわっ、と目を見開くリリーナさん。そういうところは結構食い付くね……って僕はくすっと笑ってしまう

 

 「おう、銀髪娘と一緒にお揃いの耳飾りなんて買ってたぜ?」

 「「うわぁ……」」

 二人してあまりの行動に溜め息を吐く

 いやいやいや、リックさ、やりすぎじゃない?確かに怪しいって言いつつ信じるものは信じるって程アーニャ様に想われてる状況って心地良いかもしれないけど……でもさ、自分は操ってる自覚とかある訳じゃん?

 それでお揃いのものとか買って染めに行くのは本当に屑だなぁって思ってしまう。いや、アーニャ様って銀色で染めやすそうに見えて結構芯が強いから染まらないかもだけど……

 

 「やっぱりさ、早くしないとだよね」

 真剣なリリーナさんに頷く

 「うん。ヴィルフリート君の為にも、アーニャ様の為にも、絶対に」

 時間をかけて好き勝手させる訳にはいかない。正直さ、最初はいっそ波風立たせずに修学旅行を終わらせるとかの手も考えた。だって、写真を使って洗脳するコラ能力は……獅童君と写ってる写真がない相手には使えない。つまり、修学旅行が終われば相手はもう詰む。今の立場を捨てざるを得ない

 

 でも、それじゃ遅いし……ヴィルフリート君を助けてあげられない。というか、きっとそれまでに決着をつけて目的を終わらせる気だ

 

 だから、今止めないといけない

 「ゾッとするもんね、好きでもない人と洗脳されて付き合わされてるの」

 「ま、そりゃそうだ。自分を出させてくれないってのは、中々辛いもんだからな」

 その言葉に賛同する白桃の青年。そして……

 

 「んで、リーダー等の収穫は?

 何もねぇなら、最後の切り札にお出まし願う訳だが」

 「最後の切り札?あ、アイリス殿下」

 「そ、俺様と似たような……いんや体が一つな俺様と逆なあっちなら、効かない意味ないで切り札になってくれんだろ?」

 連絡なら取れるぜ?とひらひらと何かを見せてくれる青年に、確かにと返しつつ僕はその前に少しだけ整理しようってヴィルフリートから借りてきた写真達を並べた

 

 「これさ、リックが撮っていたものらしいんだ。全部顔がリック化してるけど……」

 と、昨日の写真を見回す僕。全部本当は獅童君だって思うと本当にムカムカする

 

 特にアーニャ様に抱き締められてる奴とか、ノアさんに子供みたいにされてる図とか……

 「そんな中で気が付いたことがあるんだけどさ。リリーナさんは何か思うところある?」

 その言葉に、桃色の聖女様は自分の唇に軽く曲げた左手人差し指を当ててむーと唸る

 そして、小首を傾げた

 

 「ごめん、モッテモテってところだけかなー

 私の婚約者な筈なんだけどねー」

 たははという笑い声

 「っていっても、私も婚約者らしくないし、そーんな文句言ってられないんだけど」

 「そう、そこなんだよね」

 と、僕はその意見に同意する

 

 「ん?どうかしたかな私?」

 「そう、一応だけどリリーナさんって婚約者で、嫌ってる訳じゃない。だけどさ、一緒に写ってるのは殆ど無いんだ」

 その点、と僕は貰ってきた中でも不快な写真達を纏めて置くとぽんと手で叩いた

 

 「アーニャ様、アルヴィナさん、ノア先生なんかは……」

 言いつつこれもかなと一緒に船上で皆を見守っている竪神さんとのツーショットをその上に置く

 「あと友人関係だけどこれもかな。こういった……コラージュの洗脳が強い相手って、ちゃんと本来の皇子との関係性がしっかり読み取れるような写真が撮られてるんだ」

 「あー、だから」

 「そう。多分だけど僕が今影響がないのは僕自身との関係を写した写真がないからで、リリーナさんが納得してくれるのは、婚約者でどうこうじゃなくて、ちょっとした知り合い程度の写真しか無かったから」

 ふむふむという首肯が少女から返ってくる

 「つまり、昨日ずっとオーウェン君と居た私には、その本物の皇子様との関係が微妙な写真しかなくて、コラージュで関係を上書きしきれてない?」

 「多分そうだと思う。そして、皆が偽物に簡単に納得してるのは……そもそもあまり強い興味を抱いていないから、適当な写真でも良かったって話なんじゃないかな?」 

 「そっか、じゃあ……」

 

 うん、と僕は頷く

 「色んな写真を見て、縁がある筈なのに全然それっぽい写真がない相手を探せば、その人は仲間になってくれるかも

 少しでも仲間は欲しいからね」

 言いつつ、僕は少しだけ肩を落とした

 「この推測が正しい場合、ほぼ間違いなく竪神さんは味方になってくれないっていうのが辛いところなんだけど」

 「同じ方向を向く友達同士。ちゃんと写真に残っちゃってるからそうそう説得で歪みから納得は出来ないかぁ……」

 「そもそも、狼一号が味方する気があるなら、ワンちゃん妹と喧嘩せず納得してると思うぜ?」

 「うーん、それもそうだよね。やっぱりほぼ無理か。アイリス殿下と話をしたとして、ALBION対策を何とか見つけないといけないんだけど……」

 と、僕はぽんと手を叩いた

 

 「あ、そうか。シロノワールさん!彼ならALBION由来の武装、グングニルがあるからあれで貫けばダメージ通せる!」

 「それだ!」

 

 ってところで、扉を開いて現れるのはヴィルフリート君。その顔は……

 「どうしたのその怪我!」

 鼻が腫れて血を流していた

 

 「リリ姉……あいつにやられた

 『聖女様と従弟で一方通行のお前ともう一人の聖女様に想われてる自分との差分かる?』って

 説得出来ないか、何か分からないかって、少しでも役に立ちたかったのに……」

 その言葉にリリーナさんが少し憤ったようにぐっと拳を握る

 

 「やっぱり見過ごせないよ!」

 「うん、頑張らないと」

 「ま、今回はリーダーに任せるぜ」

 そう言いながらも、白桃色の青年は一人だけ少し離れてヴィルフリートを見詰めていた

 

 「……なぁ、何が言いたかったんだ、ワンちゃん?

 俺様が警戒すべきは……ALBION?リックだろ?それとも……他の機体も来てる可能性でも言ってんのか?」



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早坂桜理と灰眼の機巧

「じゃあ、話しに行くか」

 と、ヴィルフリート君を匿ったところでロダキーニャさんがそう告げて……

 

 「必要、ない」

 「え?」

 聞こえた全然僕の耳には慣れていないけれど可愛らしい声音の途切れ途切れの言葉に、僕はびくりとした

 そうして振り返ると、其処に立っていたのは露骨な不機嫌さを隠そうともしない一人の見覚え無い女の子。鮮やかなオレンジ色の髪に、灰色に近い瞳。フリルをあしらって可愛らしく仕上げられた服は白や黄色といった淡い色をしているけれど……あまり豪華じゃないというか、ゴテゴテしてなくってスッキリ纏まっている。貴族だともうちょっと装飾があるかな?ってところ

 髪はツインテールにまとめられていて、猫耳のキャップが何だかギャップが凄い。そんな女の子が立っていた

 

 ぱっと見た印象は……現実味がない。其処に居るんだけど、手足が細すぎてまるで陽炎みたい。触れたら消えてしまうんじゃないかっていうほどに、淡い存在感しかなくて……

 「え、君……は?」

 「あ、アイリスちゃん!?」

 言われて、そういえば僕全然会ったこと無かったって思い出す。会った時は基本的にオレンジ色の猫さんで……

 

 「何で居るの!?」

 「……わかり、きってる……」

 じとっとした目が、僕を見つめた。

 「あの聖女、使えない」

 「う、ごめ……」

 思わず謝ろうと頭を下げかけて、リリーナさんがこてんと首を倒す

 「あの?」

 「銀髪。裏切った」

 あーそっちか

 

 「ってアーニャ様裏切ってないよ!?」

 声を少しだけ荒くツッコミを入れてしまう

 「アイリスちゃん、これはね?」

 「リック皇子って、誰?第何皇子?」

 その言葉にあれ?と思う

 

 「あの、アイリスさん?」

 「何?」

 無表情の目が見返してくる

 「えっと、リック皇子の事を何だと思ってる?」

 「知らない皇子。第八辺り?」

 「いや第七だけど!?」

 ひょっとしてだけどこの子、自分の家族覚えてないの!?と目を見開いてしまう

 

 「それはたった一人のお兄ちゃん」

 第七皇子な時点で獅童君/ゼノにはあと6人は兄が居るんだけど!?

 「えっと、知ってる兄……じゃなくて皇族の名前は?」

 「ゼノ、ルーネエ、シルヴェール」

 「二人しか合ってない!?」

 ルーネエって何!?確かに獅童君はルディウス皇子をそう呼んでたけどそれ名前じゃないよ!?

 

 つ、疲れる……

 「変。それを伝えない駄目聖女に、お兄ちゃんは任せられない」

 ただ、色と感情の薄い瞳でも分かることは分かる

 「ゼノ皇子、か。本当に影響とか受けてないんだ……」

 なにが?と目をしばたかせるアイリスさん。そこは何処か幼げだけど……他がちょっと怖い。一応ゲームにも居たはずだけどこんなんだっけ……?違ったような……

 

 「影響?」

 「えっとね……」

 と、ゆっくりリリーナさんは話し出した

 そして……

 

 「あの聖女、無能」

 いやそういう結論なの!?って僕は首をかしげた

 「あのさアイリスちゃん、アーニャちゃんは」

 「お兄ちゃんの立場を奪う奴は分かった。でも、お兄ちゃんが、襲ってきた……なら。それは異変。

 伝えて、くれたら……もっと早く、駆け付けた。だから……無能……」

 そう言われたら反論が難しいけど……と僕は悩む

 

 「いや、でもさ?それだけぜのくん?の事が好きで疑いたくないって事なんじゃないのかな……

 いや、私アーニャちゃん何で擁護して……友達だしあの子応援したいし普通だった」

 あははと笑う僕

 

 「ってことは、アイリスさんは僕達に手を貸してくれるの?」

 「貸さない」

 「そこでそういう流れじゃないの!?」

 「お兄ちゃんを取り戻す。これは自分の……意志。手伝いなんか……じゃ、ない、です」

 ぽつぽつと告げられる言葉。けれども、灰色の瞳には強い光が見えて……って輝いてる!物理的に光ってるよこれ!?

 

 「あ、なら僕達が協力する側?

 でも何で居るの本当に!結構王都から遠いよね!?」

 「……居ま、せん。器を、転送した……だけ」

 「いや此処に」 

 って思い出した!そういえばゴーレムマスターだアイリスさんって。つまりこれもゴーレムの一種……

 思いながら僕は少女の姿のゴーレム、特に僕は正直おっきくなってほしくなかったから助かってたけど、今となっては少しだけ残念な僕並みに無い胸(割とあるリリーナさんとは比べたくない。アーニャ様はもうただの反則)を見る

 結構やわらかそうで、ゴーレムにはとても見えないけど……才能って怖いなぁって。ただ、そういえば生きたものより無機物を送る魔法の方が簡単だっけ。ダイライオウだって転送されてくるわけだし

 

 「そっか、ゴーレムなんだ」

 「だから影響、受け、ません……

 リック。お兄ちゃんの恨み、晴らす」 

 「いや死んでないらしいからね?」

 「もし死んでたら、もう殺しに……行ってます

 仇、生かしておかない」

 こっわ、って思いながらも僕はうんうんと頷いた

 

 「でも、相手には……AGXがあるんだ」

 「……だから、来た

 ジェネシック」

 「……完成したんだ」

 「……残念。もう一度、ジェネシック・ティアラーのデータが、欲しい

 だから、ぶつける」

 あ、と思い出す。結構彼への態度が酷いから忘れてたけど、そういえばエッケハルト君って最近凄い存在になって、その謎の機体に変身できるようになったんだっけ?

 制御できないから普段は頼る気はないって獅童君はばっさり切り捨てて他の機体に注力したり、ダイライオウと模擬戦したりしてたけど……

 

 そういえば切り札になりそう。アーニャ様アーニャ様ばっかりで全く獅童君と仲良さげなところ無いけど、元々割と仲良しだから効いてないかも

 ならゆっくり説得を……と思った瞬間

 

 「な、なんだこれ!?」

 響くのはリリーナさんの膝を借りてゆっくりと寝息を立てていたヴィルフリート君

 その手から変な青い水晶が生えていた

 

 あれって、精霊結晶?ALBIONにも搭載されてるけど、人間から生えるものじゃない筈なんだけど

 思っている間に、段々と少年の手は覆われていって……

 

 「竜の呪詛、土下座して従わないと明日の朝までに死ぬ……

 リックの警告は本当だったんだ!」

 助けてリリ姉と抱きつくヴィルフリート君。ちょっとびくりと肩を震わせながらも、さすがに見捨てられないのかリリーナさんも相手を抱き締め返す

 

 「ちょ、ヤバイよオーウェン君!」

 そして、焦った顔を浮かべた

 

 「明日の朝か。もたもたしてられないね」

 もう、否は沈む。今日中に決めないと、被害が出るなら!

 決めなきゃ!

 

 「僕より多分上手いから、ロダキーニャさんはエッケハルトさんを説得してきて!僕達は……

 何とかして、リックを止める!」



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早坂桜理とおぞましき武器、或いは反撃の号砲

「ふーん、呼び出して何の用?アニャちゃんがリリーナちゃんに悪いって言ってヤることさせてくれないから……」

 舐めるような瞳が、リリーナさんから逸れて僕を見る

 

 「焚き付けられて代わりにというか婚約者として結婚に至る云々……って訳じゃなさそうだ」

 「当たり前だよ!私さ、そういう18禁なのはいけないと思います」

 「いやリリーナさん、成人や結婚は15歳だよ一応」

 「まあこの世界だとそうだけどさ!?」

 「リック!僕はお前にぜーったいリリ姉はやんないからな!」

 わいわいと僕達はちょっと緊張無く、呼び出したリックを出迎えた

 っていうか、リリーナさんの名前で呼べば釣れるんだね彼……って何か残念な気持ちになる

 いや、獅童君とか誰かが呼べば来るからそこは変わんないか

 

 目の前に現れたリック。もう隠す気も無い気がしてなら無い。だって、当然のように腕には分厚い黒鉄の時計が……僕のよりショボいアストラロレアXが見えているから。何時でもアルビオンを招来できるようにしてるってことは、それだけ僕達を警戒している事

 

 「何をそんなに怖がってるのかな、リック皇子?」

 「はっ!怖がってねぇよ裏切り者どもが」

 「え、裏切り者?それ何なのリックくん?」

 呆けたフリでリリーナさんがこてんと小首を倒した瞬間

 

 「《独つ眼が奪い撮(コラージュ)るは永遠の刹那(ファインダー)》」

 びくん、とリリーナさんが肩を震わせ……

 「違う!私の知ってる婚約者な君と!今のリックくんは別人だもん!」

 手の中に太陽の杖を召喚してそれを支えに崩れかけた体勢を立て直す。僕には影響がないけど……

 

 「カット、コピーアンドペースト」

 「ゴメン。僕にもちょっと特別があってさ。あの時は変装してたから、僕にはその能力は効かないよ。コラージュ出来るだけの関係性を、僕を、君は写真に撮せていない」

 「ちっ。面倒な」

 毅然とした態度で、ヴィルフリート君を庇うように僕は一歩前に出る

 

 大丈夫、犠牲者が出る前に、片腕が結晶に覆われてそこからタラタラと血を流すヴィルフリート君を……ちゃんと護るから

 その為に、アイリスさんが来てくれたんだしさ!

 

 「ちっ」

 「っていうかさ、ヴィルフリート君は良いの?」

 僕はわざとワルっぽく問いかける。時間稼をしたいのはこっち。アイリスさんとエッケハルトさんが今回の切り札、それを揃えてALBIONを倒すために、最初にイキって語らせる

 

 「あ、ヴィル?」

 「友達がいきなり変な結晶に苦しんでるところ見たらさ、普通何かあるよね!?私とか見た瞬間どうしよって頭まぁっ白だったんだけど?

 薄情じゃないかなリックくん?」 

 「薄情?情がある相手に対してだけだろそんなん使うの」

 その冷たい言葉と、心底どうでも良さげな顔に、それでもと付いてきた赤毛の少年が膝から崩れ落ちた

 

 「何だよ、それ……

 リック!僕達は、友達だったんじゃないのか!」

 「……メモリーデリート」

 「……っ!」

 膝をつき、呼び出した湖の畔に手をついて地面を見つめていた少年が唇を噛む 

 

 「リック!お前、誰なんだ」

 「あ?だから、分かんない?」

 「僕の親友を!何処へやった!何で君と!親友だと思ってたんだ!」

 「だから、これが力。お前の友人って事であまり疑われず聖女等に近付いて、この能力の起動条件を満たすために友人に成り代わってた訳」

 「そんなことは聞いてない!」

 「だからよ、ヴィルフリート

 ありがとよ。お前の親友と地獄で再会させてやるから、安心して感謝を胸に死ね」

 既に赤熱し人魂のようなものが見えている(あ、そう展開するんだ僕のとは展開後の形状が違う)時計が輝いたかと思うと、結晶……ではなく、キィンという異音と共に超小型ブラックホールが出現し、事象の地平線から何かが射出される!

 ATLUS以降の縮退炉搭載機の標準装備!ブラックホールの先の空間を安定させてそこから武装を取り出して応戦する規格システム。ATLUS辺りだと1km越えた巨剣とか入れてたっけ?

 

 でも!

 

 「うにゃう」

 ドゴンと着地した巨大な鋼の巨兵に阻まれ(って思い切り突き刺さってるけど)放たれた槍は止まる。アイリスさんが平行して動かしてるというアイアンゴーレムだ

 「あいたっ!?」

 「着地点、失敗……です」

 何かヴィルフリート君に当たってるんだけど!?

 

 「だ、大丈夫ヴィルフリート君?」

 「いったぁ……」 

 と言いつつ、怒りよりも落ち込みが見て取れる顔。本当にショックだったんだろう

 

 アーニャ様にも同じような目に逢って欲しくないから!

 改めて僕はリックを見る

 

 コラージュ能力は確かに凄い。凄いけど……

 「リック。君の能力は、疑われてからは強くないよね」

 そうなんだよね。滅茶苦茶弱い。関係性を奪い取るにしても、写真がないと駄目。だから……有利な状況を作るのには長けていても不利を覆す力はほぼ無い

 武器さえ持ってる場面を見れれば対処は出来るんだろうけど……そこを写真に撮られなければ奪えない

 

 「そうか?そう思うのか」

 「既に僕達を警戒してたみたいだからもう隠さないけど。例えば招来する所を写真に撮ってなければ、LI-OHを奪えないよね君?」

 「ま、そりゃそうだ。縁を書き換える力、縁無くしては……」

 と、にぃと少年は狂暴な笑みを浮かべた

 

 「だが!こいつはどうかな!」

 「AGX-ANC11H2D。どれだけ強くても……」

 「はっ!ちげぇっての!」

 ケタケタと僕を嘲ってくるリック

 

 え?彼にアルビオン以外の切り札なんてあるの!?それはちょっと予想外……と思ったけど、それは意外なところから現れた

 

 「リック皇子様!」

 「アーニャ様!?」

 そう、少しの焦りを見せながら、この場に駆けてきたのは銀髪の聖女様だった

 

 「今の俺は、アニャちゃんの皇子さまなんだよ!呼べば来る!」

 そうして、少女は一緒に居たろう白狼と共に、イキる少年の半歩背後に控えた

 「アーニャ様!」

 「アーニャちゃん!そいつは」

 「関係ありません。リック皇子様が、わたしが護るべき人です。わたしだけは、彼の味方をして上げなきゃいけないんですっ!」

 悲痛な声で騙されていると叫ぶけど、彼女にはその声が届かない

 

 「アルビオン?違う。俺の武器は信じてくれるお前らの仲間だよ」

 「この屑……っ!」

 「酷い……っ」

 アーニャ様が味方してくれないのは分かってたけど、こんなの人質みたいなものじゃないか!

 そう叫びたくなって、どうしようと構える

 

 だけど、大丈夫だって心を落ち着ける。本当は心配だけど、戦う際に彼らまで敵にって考えたくなかったけどっ!

 

 「そうだよね!エッケハルトさんっ!」

 「出来たら様付けしてくんない!?」

 な、何だか締まらない……でも!ちゃんと来てくれた!と僕は手をくっと握る

 

 「って誰かと思えば空気!」

 「空気じゃない。確かにお前たちの知ってるゲームだと割と無難すぎて空気よりの扱いだったけど!今の俺はもう違う!」

 そう叫びながら、多分ロダキーニャさんに投げられたのか僕の前に落ちてくる炎色の髪の青年

 

 「は?お前特別なもの無いだろ」

 「あるさ!見せてやる。アナちゃんを護るために与えられた力!選ばれた証を!

 お前を倒し、この手に取り戻し!ゼノなんかより俺が!アナちゃんの運命であると証明する!」

 そして青年は、大地へと拳を振り下ろした

 

 「来い!そして轟け、豊穣と神撃の力!

 アイムゥゥルッ!」



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早坂桜理と強斧の竜

「豊撃の斧アイムールだと!?」 

 大地を割りながら地中より出現し青年の手の中に現れた巨大な片手斧の存在を認めた刹那、リックの眼が見開かれる

 

 「有り得ねぇ!?何処にあるのかも全く分からないものだったのに……」

 「今!この手にある!アナちゃんを取り戻すために!」

 吠えるエッケハルトさん、それに合わせて唸りをあげるアイムール

 

 「いやお前のじゃねぇだろ!?」

 「お前のものでもない!お前のものにしちゃいけない!」

 その気迫に気圧されたように少しの間リックは押し黙り……

  

 「いやそもそもゼノの嫁だろ!ってか今は俺の!」

 「……そ、そうなんでしょうか……」

 と、ついていけてなさげなアーニャ様が首をかしげていて

 

 「兎に角だ!」

 「そう。見せてくれてありがとよ。俺の七天御物を」

 キン、と輝くクリスタル。ぱしゃりという音と共に、見せ付けられるのは大地を割りエッケハルトさんが斧を手にする際の写真 

 

 あ、しまった!

 そう思ったときにはもう遅かった

 「コラージュ」

 っ!奪われる!折角切り札になる筈だったのに!そう焦る僕だけど……

 

 『GuGiaaahhhh!OHHHHH!』

 耳をつんざく咆哮が響き渡ったかと思うと、炎髪の青年の中に巨大な……冷気を纏う機械のティラノサウルスを幻視する。そして……

 

 「あがぁっ!?」

 精霊障壁……結晶のバリアが青年の収一展開され、リックの方が腕を抑えて恨めしそうにそれを見つめた

 

 「効かない!アナちゃんの為にあるこの力は!お前なんかに奪われない!」

 周囲に障壁を纏い、片手斧を天高く掲げながら青年は叫ぶ

 

 それは良く分からないっていうかアイムールにそんな能力無いよね絶対!?って突っ込みたくなるんだけど……それよりも気になる点がある

 「いやそれアーニャ様のための力なの!?」

 「わたしの為だったんですか!?」

 ってそうじゃなくて!

 

 「防げるんだそれ!?」

 うんまあ、僕のAGX-15を奪うとか無理だろうなーって思っていて、実際にそれは正しいってエッケハルトさんが見せてくれたんだけど

 

 あれ?なら何でアルビオンは奪えたんだろ?って少しの疑問が出てしまう。あの機体にも障壁はあるから防がれたりしないのかな?

 「アナちゃんの力だからな!」

 「いや違うんじゃないですか?」

 「何か機械恐竜見えるし、寧ろ竪神さんとの力じゃ……」

 「うげっ!ホモじゃないんで男はNG!」

 口では否定しつつけらけらと笑いながら、巨大すぎる片手斧を肩に担ぎ、ラフな服(上半身なんてはだけたシャツ一枚だし……アーニャ様もさらっと目線を外してるくらいの毒。女の子でこれなら嬉しい人もいるんだろうけど、好きじゃない男の人のサービス?服装なんて困るだけ)の辺境伯は構えを取る

 その背のアイムールが咆哮し、冷気を小さく放った

 

 ……ところでなんだけどさ。牛帝の神器だからもっと他のエネルギーを出さない?冷気ってそれ本当にアイムール!?

 

 「クソがぁっ!」

 「アナちゃん!今のうちにこっちへ!」

 そう叫んで左手を伸ばす青年。けれど、覚悟を決めたように小さな手をきゅっと握って少年リックの脇に立つ少女は嫌です!とその手を払う

 

 「わたしは、絶対にリック皇子様を見捨てたりしません!あなた達に、負けたりしませんっ!」

 そう、説得が無理なんだよね。だから困る。流石に幾らなんでもアーニャ様を攻撃なんて出来ないから、強さ以前に厄介すぎる状況で……

 

 「無能、阿呆、失望、お兄ちゃんにふさわしく……ない」

 ぶつぶつ言いながら大振りな動きでゴーレムを前に出させるアイリスさん。その際に、歩こうとして後ろに振られた鉄拳が軽くヴィルフリート君を掠める

 

 「いやアイリスさん!?もっと気を付けて!」

 「……気配、薄すぎ」

 「もうほんと、何なんだこいつら!?」

 うん、ごめんヴィルフリート君。僕じゃ纏めきれないっていうか、個性的というか自由というか……

 

 「そんな、アナちゃん……っ

 お前!俺のアナちゃんに酷いことしやがって!」

 だから君のじゃないよ!?って叫びたいけど我慢して、僕は一応最大の味方を応援する

 

 「ちっ。やはり精霊障壁には阻まれるか!」

 言いながら、少年リックは右手を掲げた

 「だが、俺の武器はアニャちゃんだけじゃあない!そうだろう?」

 「……殿下と戦うのは気が引けるが……」

 すたっと降り立つのは竪神さん。茶色い瞳に迷いが見えるものの、エンジンブレードを手にリック皇子の横に立つ

 

 「頼勇様!」

 「竪神さん!見てよ、あいつは……っ」

 「皇子は割りと良く隠し事をするものだ。今は、信じるのみ!」

 あ、こっちも説得が通じないんだけど!?やっぱり影響強いのは困るんだ……。流石にノア先生辺りまで敵に回られると厳しいんだけど……

 

 というか、と見回すけれどうるさい気配がない。アイムール片手に竪神さんと睨み合うエッケハルトさん、唸りをあげるアイアンゴーレム、そして何とかしないとと焦る僕とリリーナさんに、片腕を抑えたヴィルフリート君。味方はこれだけだ。呼びに行った彼、どうしちゃったんだろう?

 

 「犬っころ!」

 「アウィルちゃんですよ、リック皇子様」

 「アウィル、竪神。ゴーレムを止めてくれ」

 リックの出した判断は、結構無難?なもの。確かにアイムールは恐ろしい武器だから、止めるならこっちの方が楽かも

  

 「おいおいおい、俺と戦ってくれるってのか」

 「戦う?ふざけてんの?」

 そうして、彼は軽く頷く二人を余所に、獅童君の愛刀を手で弄びながら障壁に囲まれたエッケハルトさんを見下した目を向ける

 

 「好都合!」

 「ああ、こっちもだ!」

 そうして捻られるベゼル

 

 「っ!食らっとけよ!」

 刹那、炎髪の青年の巨斧から咆哮と共に放たれるのは巨大なビーム!

 そんな機能……いや砲撃の斧だしあるのかな?

 兎に角、巨大なエネルギーがリックへと迸り……

 『G(グラヴィティ)G(ギア)Craft-Catapult Ignition.

 Aurora system Breaked.

 G-Buster Engine Top Gear.

 SEELE G(グレイヴ)-Combustion Chamber Lost

 O(オーバードライブ)-OMG Crystal Dragonia Driva Burst.

 Verrat Bombe Active!Active!Active!

 

 A(アンチテーゼ)G(ギガント)X(イクス)-ANC(アンセスター)11H2(ホロウハート)D(ドラグーン)

 《ALBION》

 

 materialize』

 そうして、少年リックの姿が20くらいの男に切り替わったかと思うや……ビームを重力障壁と青い結晶が防ぐなか、僕の前で機械龍に包まれていく

 

 GGC-Cは確か母艦か何処かからブラックホールで転移するカタパルトシステムの事、迷彩のAuroraが故障してるから、僕の腕時計ややったことないけど機体そのものの透明化は出来ない感じなのかな?

 G-Busterっていう縮退炉は生きていて起動するけど、SEELE G(グレイヴ)-Combustion Chamber……つまりブリューナクを放つための死者の嘆きを怒りの雷轟とする12以前の最大火力は機構そのものが破壊されて打てないっぽい。O-OMGCDってのは確か、設定資料にあったけど……あ、そうだ。精霊そのものを埋め込んだレヴシステム以前、相手のエネルギーを回収して限りある結晶資源として使っていたAGX-ANC11の結晶装甲システムだった。それはまだ動くみたい

 

 と、僕は招来の際に聞こえた言葉から状況を反芻する。半壊してそうだし最大火力が失われているけど、まだまだ動くし油断は出来ないかな、これは

 

 そして……最後のは何だろう?フェアラートって設定資料で見たことはないけどゲームでは聞き覚えが……

 

 『「この裏切り者(Verrat)共が……

 せめて、幸せに生きろよ。過去に居る別のオレ達と共に……」』

 あ、そっか、確か精霊真王がアガートラームの残骸に残るタイムマシンで過去に逃げていった生き残りの人々に告げた別れの言葉にそうあった。ドイツ語で裏切り者って意味だ!

 ってことは……ヴィルフリートを処刑するための爆弾システム!

 

 「ヤバイよリリーナさん、みんな!

 多分だけど、ヴィル君の命が、タイムリミットが!」

 「それが?」

 興味無さげな返しが飛んでくる

 「リックのせいで苦しんでる人が理不尽に殺されちゃったら、アーニャ様後でずっと後悔するって!だから早く何とかして、エッケハルトさん!」

 少しやる気無さげというか、アーニャ様が洗脳されてるからって来てくれただけだろう彼に僕は叫ぶ

 

 「おう、よっしゃ任せとけ!

 行くぜアイムール!」

 轟!と迸る触れるだけで冷たいオーラを纏い、エッケハルトさんが大地を蹴り、凍結した爪痕を残しながら降臨したばかりの機械龍ALBIONへ向けて駆け出した




長くなりましたが、次回でとりあえずオーリリア頑張る編は終わってゼノ君が帰ってきます。ぶっちゃけ、イキリックじゃアイムールに勝てませんからね……下門陸(しもん りく)君がボスやるのは此処までです。


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降り立つ英雄

下門陸(しもん りく)の人生は、何処で間違えていたのだろうか。それを自分に問いかけたら、間違いなくたった一つの答えが返ってくるだろう

 所謂不良のレッテルを貼られていた状況から脱け出さなかったこと、それに尽きる

 

 勇気がなく怯えがちで、友人も何もおらず一人ぼっちな中学生の陸に話しかけてくれたのは、上木南柘(かみき なつ)……カミキと呼ばれていた一人の不良だった

 夢だけ書いたタイムカプセルを一人で中学の校庭に埋めようとしている時にふらっと現れた彼は、夢なんて願うんじゃねぇ!叶えてやるもんだ!と強引に陸を連れ出したのだ

 

 それから、陸の人生は変わった。決してカミキは品行方正な人間ではなく、破天荒なところもあった。だが、腕っぷしが強く人情派で、譲らないところは譲らない。普段は快活だが友達や無関係の人々の為には容赦なく拳を振るう彼の元には、行き場の無い半グレみたいな連中が集まって相応に楽しくやれていた。彼のお陰で、大きなやらかしもなく、不良っちゃ不良だが……というくらいで収まっていたのだ

 そんな中で、リーダーのお気に入りである陸も相応に息をしていたのだが……

 

 カミキは死んだ。無関係の人を巻き込んだ大きな火事騒ぎ。夏に浮かれ危険な花火遊びをした皆の前で、関係ない人様に大きな迷惑をかけすぎたら未来はねぇ!と取り残された人々を助けにいって……彼自身は帰ってこなかった

 

 それから、グループは崩壊していった。結局カミキありきである程度抑えられていただけの半グレ達。抑えが消えて、どんどんと悪化していった。お気に入りでしかなかった陸に、それを止める力なんて無く……暴力に怯え、もう抜けるよと言い出す事もまた出来なかった

 

 そうしてずるずるとどんどん落ちてしかも増えていくクズ達とつるみ続け、行き着いた果ては少年院

 下門陸の人生は、カミキの死で何も出来なかったその時にあると言って間違いはなかったろう。自分が第二のカミキになれていたら、陸はずっとそう思っていた

 

 「だから、この力を!独つ眼が奪い撮る(コラージュ)は永遠の刹那(ファインダー)を!

 あんな俺が!カミキになれる力を!手にしたんだ!」

 ふと、リック/下門陸は疑問に思う。本当にそうだったろうか?と

 カミキは何時も、陸に発破をかけてくれた。その言葉を何故か陸は覚えていない。だが……オレのようになれ!では無かった気がするのだ

 

 しかし、そんな疑問で止まる事はもう陸には出来ない。進み続け掘り続け、未来に辿り着くこと。それしかもう道はない

 「だから!吠えろ!ALBIONっ!」

 ロクロク動かない切り札とも呼べないボロボロの龍機人を駆り、陸は叫ぶ

 

 「アナちゃんを返して貰うぞ!」

 迸るのは冷気。持ち手があまりにも太い巨斧から吹き出すそれが、周囲を凍てつかせていく

 纏う力の質は、ALBIONと同じ。半ば消えた機体各所の結晶と同質のおぞましく恐ろしい恐怖と絶望の冷気。それを力に転用できれば!と陸は思うが、そもそもALBIONにそんな機能があるのか不明

 

 「ぐっ、がぁっ!」

 機械翼もボロボロで、即座に飛び立つことが出来ずに凍り付いて機能を停止する。そのまま氷に全身の動きを封じられ……

 「悪!即!斬!アナちゃんを返せ!」

 振り下ろされる紫の斧刃

 

 ガギン!と硬質な結晶を盾として纏いその刃を受け止めるも……赤熱したソレによって、段々と無敵の筈の精霊障壁にヒビが入っていく

 

 「リック皇子様!」

 『ルキュゥ!』

 ゴーレムと戦う最中、それでも陸を……リックをゼノになった者として扱う白狼の援護に放った赤い雷撃が翼を閉ざす氷を打ち砕き、銀の聖女がエッケハルトの左手を引いて斧を止めようとする

 

 「確保したぞ、アナちゃん!もう離さない、君を二度と!」

 それを良しと青年は刃を一旦収める。漸く翼が起動し、陸の体は……機械龍ALBIONは宙へと浮き上がった

 

 遅い!遅すぎる!

 陸は心の中で怒鳴る

 だから俺は!負けられないのに!

 「アニャちゃんを、返せ!」

 「返す?ふざけんな泥棒!」

 そうだ、泥棒だ。端から見て、誰が間違ってるかと言えば、陸だろう。それは陸自身も誰より知っている

 それでも止まれない。停まるわけにはいかないのだ

 

 「リック!」

 飛び上がったところに響くのは絶対に聞きたくなかった声。ヴィルフリート・アグノエル

 

 「お前!お前ぇぇっ!」

 投げつけられる何か。恐らくは魔法だろうエネルギーの塊。それを重力が生み出す斥力障壁で弾き、陸は翼の砲門から反撃のビームを……

 放てない

 

 「ぐぅ!やはり……」

 キリリと痛む心臓

 「エネルギーが、足りないっ!」

 かはっとフルフェイスの下で血を吐きながら、陸は苦悶に唸る

 「ヴィルフリートぉぉぉぉっ!」

 

 その怨詛の台詞を前に、まるで怯えたように一歩下がる赤毛の少年

 「ヴィルフリート、オーウェン。流石に無茶だ!」

 迷いから互いにまともな決定打を放たないゴーレム達の戦いのなか、一応陸側に立つ竪神がそう告げる

 

 「幾ら半壊してようが、敵はAGX、君たちでは」

 「その通りだよぉぉっ!」

 動かない機体の武装には最早頼る気はない。ゼノ皇子からコラージュした彼の愛刀を振りかざし、そいつで切り捨てる!

 その覚悟と共に陸は翼を噴かせ、まずは……いや、最初から何よりも!とヴィルフリートを狙い突撃を……

 

 「ぐはぁっ!?」

 同時、ひび割れていた機翼が噴煙を上げて爆発し、陸は機械龍ごと大地に転がる

 

 「今だっ!」

 「がぁっ!?」

 振り下ろされる斧。今度は止められることはなく、咄嗟に左腕を出して受け止めるも……

 「ぐぎゃあばぁっ!?」

 その腕は纏う機械ごと切断された

 ころんと大地に転がる、血塗れの左腕

 

 それを恨めしげに眺める陸

 「止めてください、リック皇子様が」

 「アナちゃん!そいつが何よりの悪なんだよ!」

 止めようとしてくれる聖女。けれども、既に事態は陸を悪としての決着をみようとしている。何を言ってももはや同じだ。聖女の声は届かない

 

 「それでも、俺は……アニャちゃんを!」

 喉から溢れる血を呑み込んで、陸は最早デッドウェイトと化したアルビオンを纏い立ち上がる

 

 少年院の陸に送られた四冊の本。憧れるならクズじゃなくと親戚から送られた、乙女ゲーの小説化

 そこを呼んで憧れた、なりたかった……

 そんな彼の大事な人を、失いたくなかった

 

 「だから俺はゼノでなきゃ!」

 「うるせぇ偽者が!」

 再度迸る冷気。抵抗すら最早無く、機体は全体が凍り付いて完全に静止する

 

 「俺はぁぁっ!」

 「違うだろ、リック」 

 不意に聞こえる、そんな声

 

 「誰!?」

 「誰なんですか!?」

 二人の聖女が困惑する、今の彼女らには聞き覚えの無い声。それに反応しないヴィルフリート

 

 ……仮面の下で、リックは笑う

 ああ、やっぱり……俺は君にも、カミキにもなれなかった。でも

 「俺は君でなきゃ」

 「違うだろうリック、お前はお前になれ

 叫べ、お前の本当の願いは、何だ!」

 何処かから響く、そんな叫び

 

 ああ、何で俺を……ぼくを庇うんだ、彼は

 まるでカミキのように……

 

 紐解かれる記憶

 『お前はお前になれ。オレになるな。お前の信じる道を行け

 それに自分で勇気が持てないなら思い出せ!お前を信じろ。オレが信じた、下門陸を!』

 

 ああ、そうだ。だから……

 

 「アニャちゃんを、ぼくを……」

 「何が何だかだが!終わりだ、アナどろぼぉぉぉっ!」

 振り下ろされる斧刃。そしてそれは……

 

 「助けてくれ!」

 「当然だ!」

 轟火を纏う赤金の大剣に阻まれた

 

 「っ!?」

 驚愕に目を見開く炎髪の青年

 「魔神!」

 『剣帝!』

 「『スカーレット、ゼノン!』」

 その前に突如として立ちはだかったのは……

 焔を纏い、帝国の剣を携えたゼノ皇子だった



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早坂桜理と真なる機龍

前回ゼノ帰ってきましたが、今回だけサクラちゃん視点です。ネタバレ要素を知ってるゼノ視点だと色々と駄々漏れしてしまうので……


「ん、なっ!?」

 眼前に降り立ったのは、燃え盛る炎に自分の身すら焼きながら、伝説の神器……七天御物、轟火の剣デュランダルを携えた仮面の騎士。その姿は少年達の中で人気の娯楽小説の主役そのもので……

 

 「獅童君、どうして!」

 彼自身が敵に回っているという事実に、頭が追い付かない

 

 「何だこいつ!?こいつもリックに洗脳されたのか!」

 その言葉に理解する。あ、きっとアーニャ様か誰かみたいに思わされてるんだって。獅童君……ゼノには魔法防御がないから、影響をモロに受けて……

 

 「ゼノ!お前!何をしてる!」

 「決まってるさ。この戦いを終わらせに来た」

 「お前が止めなきゃ終わってたんだ!このアホ!」

 そう叫び、斧を振り回すエッケハルトさん。確かにその筈なんだけど、何かが引っ掛かる

 

 「終わってた?」

 「アナちゃんを誑かすリックさえ倒せば……」

 「どうなってたって?」

 

 轟!と振るわれる金刃。横凪の剣閃が機械龍の胸を断ち……

 ごろんと、その胸装甲が転がり血が迸る

 

 「あ、やった……」

 ぽつりと安堵の声を呟くヴィルフリート 

 

 だけど。明らかに可笑しい

 流石に僕でもわかる。何で……装甲の内側に血に濡れた精霊結晶が、胸を抉るかのように生えているの?まるで、纏うリックを傷付けるかのように……

 

 「なに、これ」

 「……一つ聞かせてくれないか、ヴィルフリート」

 底冷えのする言葉。何時も優しいからこそ、獅童君のその声は顔が見えない事も相まって……背筋が凍る程に、恐ろしかった

 

 「な、なんだよ?僕が」

 「その手」

 「あいつに!竜の呪詛だって、従わないと殺すって……」

 「なぁ、ヴィルフリート。ならば、どうしてだ?何故『明確にリックを裏切っているのに呪いは一切進行しない?』」

 え?と彼の言葉に僕はリック達から目線を逸らして振り返る

 

 そう言えば、呪いをかけられたって結晶が生えた手を見せられて焦ったけど、更に進行する姿を見たことが

 「うっせぇよゼノ!お前も洗脳とか!されて……」

 「……答えてくれるよな?

 紅ノ牙」

 その瞬間、焔を纏う青年は躊躇無く手にした身の丈近くある大剣を全力でぶん投げた。焔の軌跡を残して、閃光のように剣が宙を走り……

 

 「っ!ヴィル!」

 リリーナさんが心配そうに叫んだ刹那、青い障壁が噴き上がり……

 

 「ちっ、もう少しで上手く行って、リリ姉にも真実を信じてもらえたのに」

 焔の剣を受け止めた障壁が消えた時、少年の姿は既に其処には無かった。代わりに君臨していたのは、ほんの少し前まで僕達の前にリックの機体として立ちはだかっていた筈の機械龍人、AGX-ANC11H2D……

 「ALBIONっ!!」

 

 明らかに、自由意思で呼び出したように見えた。リックの纏っていたあれを、呼び戻したように

 嘘、嘘だ。なら、僕達のやって来たことって?

 困惑する僕を余所に……傷だらけだった、翼すら飛び立てずに爆発した筈の機龍は鋼を擦り合わせる不快な音と共に空へと浮かび上がった

 

 「ね、ねぇヴィル!嘘だよね」

 「嘘だよ、リリ姉。リリ姉が僕を見ないで、ゲームキャラなんかに現を抜かしている悪夢(げんじつ)

 嘘でなきゃ、可笑しいんだ」

 天から響く、どこまでも敵意の無い言葉。でもそれはまるで……昔の僕が抱きかけていた想いと同質な、歪みきったもので

 

 「だから、正そうと思った。なのに!」

 キッ!と龍のフルフェイスが、紅に瞳を輝かせて自身の血が産み出した池に沈む少年を射抜いた

 「何で最後まで、ALBION使い手として死なない!リック!君の役目は、そこまでだろう!」

 「待ってよ!全部、全部嘘だったの?」

 「嘘なものか。あるべき形だ

 そうでなければ!何でリリ姉に心配して貰えるとはいえリックにわざと虐められてやらなきゃいけない?」

 それを嘘と呼ぶよ!と叫ぶ勇気が出ない。静かに獅童君は剣を手に天空に結晶纏う機械翼を拡げる脅威を見上げ、なにかを待っている

 

 「だから、リリ姉待ってて。すぐにリリ姉を縛る悪いキャラ、殺してくるから

 ほんとはさ、リリ姉が気に入ってるからあんまり壊したくなかったんだけど、壊れた玩具は僕が片付けないとリリ姉が怪我しちゃうから」

 そのまま、人型の龍が見下ろすのは獅童君……そしてリックへと目線が移る

 

 「まずは、一番役に立たなかっ!?」

 突然、その背中が爆発した。ぐらりと機体が揺れ、高度が落ちる

 

 「なっ!?」

 「と、こっそり遅れて爆発する弾を撃ち込んどいたが、正解だったようだな」

 にぃ、と笑って雉の翼で僕達の前に現れるのはロダキーニャさん

 

 「なっ!何時」

 「何時って、てめぇがワンちゃん妹と戯れてる時だぜ?服に数発、気が付かなかったか?」

 「まだその時は!」

 その言葉に、腕を組んでドヤっとしながら、白桃の青年は笑い返した

 

 「俺様これでも縁は大事にする質でな?

 人を呪わば穴二つ、呪も悪縁、縁の端くれって訳。お前の腕のそれでよ、俺様に教えてくれたろ?

 そいつが呪いのような悪縁じゃないってことを。ならば簡単、本来の縁で……ALBIONの力で自分から生やしている

 ならよ、そんなの……ワンちゃんの言ってた気を付けるべき存在以外居ないだろ?密かに気を付けさせて貰ったぜ、悪縁さん?」

 「ぐっ!お前ぇぇっ!」

 怒号と同時、巨大なブースターウィングに4つある砲門から放たれるビーム砲

 それを堂々と受けて……青年の体が掻き消えた

 

 「そいつ実態の無い陽炎だぜ?

 さて、俺様の弾丸、あと幾つあると思う?」

 「こ、このっ!」

 大地近くまで降りてきた機龍が吠え……

 

 「なんて、なっ!」

 しなやかにしなる鋼の尾。その先にもやはり生えている結晶が光り輝き……

 

 「シャーフヴォル等なんてもう知るかよ!リリ姉から聖女の役目を奪うてめぇを血祭りにあげて!絶望を!」

 そこから背後……崩れ落ちたままのリックの事を助け起こしている聖女様を狙う!

 

 「アーニャ様っ!」

 でも、獅童君はそれを止めようとするでもなく、逆に一歩前に出て……

 

 「……竪神」 

 「ああ、解き放て、エクスカリバーっ!」

 ビームと聖女様の間に割って入るのは蒼き結晶剣を携えた青年であり、それに任せきった龍騎士はそのまま地を駆けて……機龍の揺れる尾を断つ!

 

 「ぐっ!?こいつら!?」

 「行けるな、竪神」

 「勿論だ、迷惑をかけた」

 「ほとんど全員、互いにな。それで良いだろ?」

 それだけの言葉を交わし合うと、二人の青年は互いにやるべきだと思ったろう方向へと別れる。獅子の騎士は聖女様を守る方へ、龍の騎士は機械龍の討伐へと

 

 「っ、こいつら」

 「リックのコラージュが消えれば、記憶は戻り全員事態を理解してお前の敵に回る

 さあ、本番と行こうか、ヴィルフリート・アグノエル

 その機体、此処で打ち倒す!」



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機龍、或いは奮戦

おれは、愛刀ではなく先祖の魂の宿る轟く焔剣を手に吠える

 

 「ALBION、それがどれだけ恐ろしい力かは知らないが!」

 「ってか、俺とアイムールの敵じゃねえっての!お前はもう見てなゼノ!おしえてやるよ、最強って奴を!」

 ……何だろう、滅茶苦茶エッケハルトがイキっている。リックを見てる気分というか……

 お前アイムールに魅了されてないか?大丈夫か?と心配になるというか

 まあ、良いか

 

 そう思いながら、信じた聖女(アナスタシア)にリックを任せておれはただ敵と対峙する

 というか、良くアナは分かってくれたなと思う。リックは確かに悪いが、よりヤバイ奴が居て被害者でもあるから護れるなら護りたい。そんなおれのワガママに合わせたような事を、全部知ってますよと言いたげな始水以外がやるとは思わなかったが……

 

 「うっぜぇよてめぇ。リリ姉にも好かれやがって!」

 叫びをあげるアルビオン。機械の龍人は確かに各所にヒビを残し、結晶が欠けているが……それだけだ。明らかに精細を欠くとまでは言わない。やはり、リックに使わせていた頃は明らかにヴィルが能力に大幅な制限をかけていたのだろう

 おれ達に倒させるために

 

 刹那の後に、機械龍の姿はおれの背後にある。転移した気配はなく、単純明快に出力にものを言わせてかっとばしてきた、といった趣だ

 だが!

 

 「死ねっ!」

 「おれは、死なない!」

 轟剣を横凪ぎに半回転、振り下ろしてくる鋼爪を受け止める!

 「てっめぇぇぇっ!」

 吠える機械龍。やはり、弱い

 

 弱さの原因は簡単だ。リックが見せかけて、ヴィルフリートを巻き込みかねないからかさらっと発動をキャンセルさせられていたようにもっと高火力を誇る武器は所持している筈だ

 だが、それを振るえない。近くにリリーナ・アグノエルが居るという事実が彼に……おれ達を圧倒する本来の火力を使わせない

 

 そしてっ!

 「雪火謳歌翔っ!」 

 師匠から習った技の一つの滞空技で更に逃げんと天へと飛び立った龍を迎撃する!こいつは刀じゃなくても撃てるんでな!

 

 ガキっとした硬質な手応えが返ってくるが……問題ない!竜水晶の刃は刃零れするほどヤワじゃない!押し通す!

 刃が足の爪を掠める

 

 やはりそうだ。脆い。AGX-ANC13以降は化け物らしいとアルヴィナは言っていたし、実際に今のおれ達の総力を結集してもユーゴの14(アガートラーム)には勝てないだろう

 だが!弱い!特に……

 

 「畜生っ!リリ姉を返せ、返せよ!」

 「……脆い!激龍閃!」

 更に突貫して畳み掛ける!

 

 天空へとブースト。翼のエンジンを噴かせて天へと鋼の流星が昇っていく

 そうしておれの一撃を回避するが……奴は、ヴィルフリートはそこからおれ達の射程圏へと降りてきてくれる

 まるで、ゲームの敵ボスか何かのように、倒せるような場所に来てくれる。弱すぎる

 もっと火力がある、射程もある。おれ達の手の届かない遥か数十kmは先からATLUSの撃ってきた縮退砲なり何なりを高速飛行しつつ乱射すればおれ達に対処のしようもないから負けようがないというのに、わざわざ負け筋の接近戦を挑んでくる。それも、ATLUS以下の防御性能をさらけ出しながらだ

 

 「……お前弱いだろ、ヴィルフリート」

 「抜かせリリ姉泥棒ぉぉぉぉぉっ!」

 こうして少し煽ってやれば、分かりやすく突進してくるところも!

 

 「……だろう、エッケハルト」

 「人使いが荒すぎんだよお前!」

 背中を今回は護るでもなく、無防備に晒す

 だがそれで良い。おれにはALBIONの装甲も重力操作による斥力障壁だか何だかも精霊障壁も無いが、それを貫ける火力ならアイムールにあるし……何よりヴィルフリートはおれの背中を狙う気しかしなかった

 

 分かりやすすぎる上に、そのまますれ違いつつ引き裂くのではなく(恐らく安全性が切り捨てられてるらしいから速度を出したまま当たると自分の腕も反動で折れるのだろう)、一旦静止して速度と奇襲性を自分で殺してくれるのだ。これほどやりやすい相手は居ない。何というか……おれはへーと始水の居ないときにおれの生活費で皆が買いに行った狩りゲーのデモムービーしか見てないが、そこに出てきていた巨大な飛竜みたいだ

 ハンターの射程外から永遠に高射程技撃っておけば確実に勝てるのにそれを捨てて隙だらけの近接戦仕掛けてくる辺り、まんまだ

 一撃貰えば致命傷だが……こんな相手に、負ける気がしない!

 

 「ぐがぁっ!?」

 背中を巨斧に断ち割られ、龍機人が悲鳴をあげて空へと逃走し……

 

 「エクス・S(シルフィード)・カリバァァァァッ!」

 そこを狙って貫くは蒼き嵐!ユーゴも使ってきたそれが逃げ出したアルビオンを包み襲い掛かる!

 

 逃げ出す方向すら画一的。やりあって分かったが、精霊障壁を持つとはいえ、出力にものを言わせて完全に防いでくるアガートラームのそれとは違い、アルビオンのそれは一瞬展開してインパクトを止めて火力を緩めつつその間に機動性にものを言わせて攻撃範囲から離脱する事で実質的に無効化するための装備のようだ

 それを回避の補助ではなく単なる盾のように使ってくるのだから、ある程度ダメージを通せてしまう

 

 正直な話……ヴィルフリートと比べれば、ATLUSとシャーフヴォルの方が何十倍もヤバかった

 

 「てめぇら!とっととリリ姉を解放して死ねっ!」

 腕を交差して切り裂かれながらも耐えた機体から振り下ろされるのは巨大な剣、全長5m程か?一応身に纏うALBIONの全体よりも長い。切り落とした尻尾がそのままなら尻尾の先までと同じくらいか

 

 「……だから、脆い!」

 轟剣でそれを両断、やはりというかこうした武装はほぼ現代兵器と変わらないもの。ファンタジー舐めんなミリタリー!と叫びたくなるくらいに……単なる鋼!もう豆腐でもそう耐久力は変わらない!

 

 「ぐがぁぁっ!」

 発狂したかのように頭をかきむしる……が、フルフェイスでは意味がなかったのだろう。そのまま飛び去るALBIONの姿

 一息付いたところで、ふと火が消える

 

 タイムリミットか。流石にあいつ単騎相手に時間をかけすぎた。あまり長時間呼んでいられないと、別れ際に始水に言われていたというのに

 

 「……勝ったっ!見ててくれリリ姉!」

 それを見てか反転、突っ込んでくる鋼龍

 だが!本当に……読みやすい!

 

 「皇子さまっ!」

 叫びと共に、銀の聖女が手にするのはリックが取り落とした愛刀。それをアウィルが咥え

 「そっちが、今度は遅ぇぇぇんだって!」

 「ノロマは、そっち」

 あまりにも直線的におれへと流れ星となって突撃してくる龍星がアイリスのゴーレムという壁に激突する

 

 「んぎゃぁぁぉっ!?」

 やはり、速度に中身が耐えきれないのだろう、鋼の巨体を龍星がぶち抜くものの、貫いた側がすっとんきょうな悲鳴をあげ……

 「……手を貸してくれ、月花迅雷!」

 だから、ここで動きを止めるから……お前は!弱い!ヴィルフリート!

 

 「迅雷!抜翔、断!」

 おれは手の内に収まった瞬間、愛刀を全力で抜刀し……黄金の雷が、宙で静止した機械巨龍を貫いた



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異伝 下門陸と薔薇色に染まる龍神

またまたリック視点です。もうリック視点は死に際まで無いから許して……此処で挟まないとボス戦中に挟むことになってしまうので……


「……だいじょぶですか?」

 そう声をかけてくれる銀の聖女様に、ぼく……下門陸は血の池に半ば埋もれながら、小さく顎を引いた

 

 「リックくん、もう酷いこと、しないでくださいね?」

 なんて言いながら、背丈の低い女の子は自分の纏う白い服が血で赤く染まっていくのも気にせずに屈みこむと、ぼくの肩を持ち上げて、頭を膝に乗せてくれる

 そして、仰向けにされるとじんわりとした青い何かが胸元に流れ込んできた

 息が楽になる。魔法で産み出されたジェル状の何かが、肺に穴が空いたような状態を何とか埋めてくれている

 

 「……ごめん」

 「ねぇ、アーニャちゃん。もう大丈夫だよね?私たちと敵とか言わないよね?」

 近寄ってきたリリーナさんからのその言葉に、ぼくの心臓は何かが突き刺さったように跳ねる

 

 「言いません。わたしは皇子さまの味方ですし、リリーナちゃんとも友達ですから」

 「ならっ!アーニャちゃん、そんな奴、触れる価値無いよ」

 けほっ!と血を吐く。仰向けだから良く見えないけれど、こてんと首を倒して喉から溢れる血を唇の端から垂れ流し、白い太股を汚していく

 

 「そうだ、ぼくなんて……」

 「ず、随分イメージ変わったね……」

 「また洗脳してくるかもしれないんだよ、危険だってアーニャちゃん」

 「……でも、苦しんでるリックくんを見捨てるなんてしたくありません。このまま放置したら死んじゃいます」

 「死んで良いよそんな奴!アーニャちゃん分かってる?まだ洗脳の影響残ってるの?

 そいつは、アーニャちゃんの心を弄んだ酷い奴なの!」

 そう言われて、ますますぼくの心は落ち込んでいく

 

 そうだ。言われて当然だ。ぼくの人生は、カミキという太陽を喪ってからずっと薄暗い穴蔵だった

 何の勇気もなくて、流されるままで。無理だって諦めて

 

 「確かに、許せないです

 それでもですよ、リリーナちゃん。生きていなければ、反省だって出来ないんですよ?」

 「どうせ生き返るんだよそいつ!そして傷が癒えたらまたイキって来るって!」

 

 ……確かにとぼくも思う

 ヴィルに連れていかれた、謎の場所。ブラックホールの先にあった円卓の間で、確かにそんな事を聞いた。ぼく達真性異言(ゼノグラシア)は真の神によって祝福された存在。この世界の偽りの神どもの下僕の肉体に降臨した高位の魂であり、奴隷である過当な魂を生け贄に運命を覆すのだ、と

 それを語ってくれたのは、リーダーだというアヴァロン・ユートピア。彼を一目見た瞬間から、逆らったら死ぬってぼくは昔みたいに流され続けた

 

 無理だって、勝てっこないって。コラージュ・ファインダーというスーパーパワーを持っていても、それは変わらなかった。言われるままに、力を振るった

 何時しか、ぼくを連れてきたヴィルフリートの下僕にされていて、それを疑問にも思わせて貰えなかった

 

 「こんな、ぼくを……」

 「リックくん。それでもですよ?

 言ったじゃないですか。わたしは、泣いていたあなたを、変わりたいって思ったリックくんを、許してあげたいんです」

 「許さなくて良いよっ!」

 そう叫ぶのは、ぼくを露骨に警戒し続けていた男の子。どうしてか、一切の力が効かなくて……

 

 淡く漏れる緑光に納得する。そっか、本来ALBIONだって上手く奪えるものじゃない。コラージュ・ファインダーに抵抗する力を持った神から授かった力。それと同質のものを持つ転生者に、効くはずもなかった

 

 ズルい。そう思おうとして……これじゃあ変われないって振り払う

 「こいつが何をしてきたか、分かるよね!?」

 「分かります。許せないです」

 「なら」

 「だから、一緒になって御免なさいって謝って、変わろうとするのを助けてあげたいだけです」

 それでもあの日見惚れた本の中の女の子は、こんな下門陸を庇って魔法で傷を治し続けてくれる

 

 「ほんと、私には分からないよアーニャちゃん!」

 「わたしは分かりますよ、リリーナちゃん。みんなが怒る理由も、それでもわたしがリックくんを助けたい理由だって

 わたしは、誰かを許してあげた方が心がすっきりするんです。確かに許せなかったりすることはありますけど……その怒りより、そんな酷いことをした事を後悔してくれる嬉しさが大きな人間なんです

 それに、ですよ?皇子さまがほとんど攻撃していないのにこの怪我、リックくんだってきっと脅されてたんです。だから、同じ被害者でもある人を、そんなに悪く言いたくないです」

 「そんなのっ、僕には割りきれないよっ!」

 「私だってそうだよ!ふざけないでって思っちゃう」

 「そう、だよ……なんで、こんなぼくなんかに」

 ぼく自身すら、そう呟いてしまう

 

 「……こんなって、反省してるからですよ?」

 なのに、聖女様はどこまでも(やさ)しかった

 「リックくん。少し前に、リックくんは自分をさらけ出して、変わろうとしました。あの時は分かりませんでしたけど……あの後もう一度わたしを洗脳したのって、ヴィルフリートくんにバレたらわたしが困ると思ったんですよね?」

 ……小さく、ぼくは頷く

 

 ヴィルフリートにバレたら、殺される。あいつは……リリーナさん以外、本気でどうでも良いと思っているから。だからぼくには脅しをかけたし、自分の策が失敗したとなれば、アニャちゃん達を即刻ALBIONで殺しに行ったろう

 ぼくが疑われて殺される。その道しか……無かった。だから、もう一度洗脳した

 

 全部、勇気がなかったから。あの日から、憧れになれる力を与えられたのに、ぼくはずっと穴蔵で立ち尽くしたまま

 こんなんじゃ、カミキに笑われる。愛想を尽かされる。そう思うことすら……

 

 『だからな下門。お前はお前になれ。夢は叶えるもんだ、立ち止まるな。穴ばっか掘るなら……自分を埋めず天を掘れ!

 何時かお前は自分が信じるお前になれる。それまでは、オレが信じたお前を信じろ』

 

 耳に残っていたはずのその言葉すら、ずっと忘れていて。ぼくは……こんなぼくは……

 

 「だから、わたしはあなたの味方です。変わりたい人に、わたしは手を差し伸べてあげたいですから」

 その言葉に、ぽろぽろと涙を流す

 なんでこんなぼくに、此処まで優しくしてくれるんだって、大声で泣きたくなる

 

 だけど……

 「ぐっ!げはぁっ!」

 飛んでくる何か。アニャちゃん達を護る竪神頼勇の反応を振り切ってぼくに激突してきたのは、焼け焦げた服を着た灰銀の髪の皇子

 

 「皇子さま!?」

 「え、ゼノ君!?」

 「がっ……ふっ!」

 血反吐を地面へと吐き捨てて、あらぬ方向に曲がった左腕をだらんと下げて、刀を支えに立ち上がるゼノ皇子

 でも……その刀の透き通った刃、刃渡り77.7cmの筈のそれは……40cmくらいから先が無かった

 

 お、折れてる!?

 「……ティア」

 静かに、折れた蒼き刀をそれでも構えながら、青年は静かにそう呼ぶ

 見れば、遂に地面に倒れ伏した機械龍を護るように、薔薇色に染まった氷の翼を拡げた漆黒の晴れ着を身に纏う小さな龍少女が立っていた

 

 髪も瞳も鮮やかな蒼で、顔立ちは理知的ながら幼げな雰囲気から背伸びした可愛らしさ、の方がより強く感じられる。なのに、白い肌にも、蒼い髪にもあまり合わないだろう真っ黒一色のミニスカートの振り袖

 見覚えなんて無い。ティアという名前は小説版にはほんの欠片程度しか触れられておらず挿し絵も無かったから、下門陸は彼女の外見を一切見たことがない

 

 「邪魔しないでくれますか、23(にいさん)

 抑揚と感情がないから、とても可愛いのに不気味さを感じさせる声音で、少女はふらつくゼノ皇子を番号で呼ぶ。1~22は何なんだろうなんて、場違いな推測もしたくなるけれど……

 「23を傷付けたそいつを殺せないじゃありませんか。あまり抵抗して迷惑をかけないでくれますか?」

 「いや、言い方を変えようか

 誰だ、お前は!」 

 少女を睨み付け、叫ぶ皇子

 

 「良く知っている筈ですが?

 ですがまぁ、神として常命の輩にも名乗ってあげましょうか。ティアーブラック、とでも呼んでください、23?」

 ……その言葉に、背筋が凍った




ということで、今章ボス、ティアーブラック登場です。ちなみに当然ながら始水ちゃんではありません。孫悟空と尊悟空(ゴクウブラック)ぐらいには別物です。


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竜少女、或いは真なる神

黄金の雷撃が消えたとき、天空に既に機械龍人ALBIONの姿は無かった

 

 無様に両断された肉体が大地に転がる。そのまま、下半身はドボンと湖へと転落して沈んでいった

 

 「ぐっ、がぁっ!?

 ありえねぇ、AGXが、超兵器がこんな生身の奴等に……」

 砕けたメットの下、おれのように火傷痕を残しそうな焼け焦げた顔から炭を吐き、満身創痍の少年が呟く

 その上半身の断面は完全に雷撃によって炭化し、血の一滴も流れることはない。ブスブスと油の焦げる音も段々と消えていく

 

 「精霊セレナーデだって半分生身だったが?」

 「……リリ姉泥棒どもは、違う。それにっ!初めて精霊を打ち倒したALBIONが」

 おれは飛び立とうとする機械翼を突き、雷撃でショートさせながら肩を竦める

 

 「ヴィルフリート。そもそも、そのゲームでの設定というか恐らく此処とは別の世界枝での出来事では確かに精霊にそいつは勝ったんだろうが……

 パイロットお前じゃないだろ」

 呆れたようなおれの声に、少年は呻くが何も返してこなかった

 

 そう、そもそもだ。リックが使ってきたALBIONは倒されるために散々制限掛かって弱くなっていたようだが……本来の持ち主であるヴィルフリート自身、本当の意味ではALBIONの使い手じゃない。別世界からパクってきたものだ。それが使いこなせる筈もないのだ

 

 使いこなせて初めて精霊に対抗した機体で、精霊に勝てるのに何故負けるも何もない。パイロット性能が恐らく違いすぎる

 

 「何度も言うぞヴィルフリート。アガートラームの障壁と違ってそいつの障壁は回避の補助。それで正面から受け止めに来る辺り、お前本気で弱いだろ」

 「ほざけぇぇっ!」

 「分かったろう、終わりだ。これ以上やるか?」

 翼を切り落とし、転がる少年の喉元に蒼き刃を突き付けておれは恫喝する

 

 「お前の敗けだ、ヴィルフリート。リックを捨て駒にしようとして反旗を翻されてる時点で、最初から計画は破綻していたんだよ」

 殺す気はない。ユーゴのようにやらかしは確かにしているが、それはおれもリックもアルヴィナも同じこと。落ち着いてくれるなら、それ以上をやる気はない

 リックだって、多少分かってくれたんだ。ALBIONは何とかして解体させて貰うが、生きていく事はさせよう。七天の息吹は勿体無いが、いっそアイリスに下半身を全部ゴーレムで造って貰うとか……

 

 「負けてねぇ!僕は、リリ姉を護る!」

 片翼でブーストを噴かし、尚も上半身だけの体で機爪を振り上げるヴィルフリート

 

 「ゼノ、こいつらに言っても無駄、アナちゃん達を傷付けるだけだっての」

 その体が凍り付き……振り下ろされる巨斧によって全身が跡形もなく粉々に粉砕された

 

 「……っ!」

 何度見ても慣れない、人の終わり。この手が届かなかった時でもこの手を汚した気がして心苦しいのに、今回は……あの時ルートヴィヒを殺したように、本当にこの手で終わらせたようなものだ

 暴れ出る嫌悪に愛刀を鞘に納めつつ、空いた左手で右腕を引っ掻く事でそのやるせなさを発散する

 

 幾ら真性異言なら一回蘇ってくるとはいえ……

 「っ!そうか!」

 あいつ、一度死ぬことでリセットを計ったか!

 

 「……何だよゼノ」

 「エッケハルト、あいつ生き返ってくるぞお前みたいに」

 いや、アイムールと共に復活したお前は何か違うがと苦笑しながら、おれは粉々になった残骸を見詰める

 そこから忽然と生えてくるとは限らない。実際、マディソン(刹月花の所有者)は死体が修復されて動き出した感じだったが、ルートヴィヒは完全にマナに溶けて消えたあと復活してきた。ALBIONごとリスポーンするように天から降ってきたりしても可笑しくない

 

 と、思っていたら来た!

 飛来する龍星、天からおれを狙って墜落する禍星を……

 

 「アウィル、頼む」

 『キュゥ!キュア!』

 愛刀の柄と愛狼の額の角を突き合わせることで即座に雷の魔力を爆発、今一度黄金の雷撃を呼び覚ます

 だからお前は弱い、ヴィルフリート。逃げずに性懲りもなく不意を討てると向かってくる!

 

 「迅雷!」 

 落ちてくるアルビオンに向けて抜刀。まだかなり距離はあるが、アウィルのお陰で120%の力で拡散する雷撃はまだ天高いその機体を捉え……

 「抜!翔断っ!」

 二度目の黄金の雷撃が天へと迸る奥義が天の龍星を切り裂く!

 

 「ウィング・ブレェェドッ!」

 叫びと共に、落ちてくる星の……最低限修復されたALBIONのブースターウィングから翼のような結晶剣が生えた

 流石に二回目は無策で食らってはくれないか!だが!

 

 「死ねよやぁぁぁっ!」

 「舐めるなぁぁっ!」

 黄金の雷、奥義たる迅雷抜翔断は!絶望を固めた精霊結晶にも負けやしない!

 結晶の翼と竜水晶の刃、蒼く澄んではいるが全く性質の違う二つの剣が天空で交わる!

 

 ……押しきれる!片翼がほぼ死んでいるからか、向こうの出力がかなり弱い!ATLUSの方が強かったくらいだ!

 

 が、その瞬間

 「……無粋ですね、にいさん?」

 抑揚の無い、聞き覚えのありすぎる声。女の子としては少し低めで落ち着いた、敢えて例えるなら冷たい水のように耳に触れる音。だが、何時もはクールでそれほどブレないがしっかりと感情が乗っていたはずのそれが、今は無感情で……酷く気持ち悪く聞こえた

 

 「……始水」

 小さく呟く、それでも気を逸らさず……

 

 「っ!?」

 が、無理だった。打ち砕かれかけた結晶の翼。それを護るように天空に忽然と姿を現した家だと和服なんですよとたまに見せてくれたり、始水だと隠さなくなったティアが着ていたりする振り袖に酷似した服装の少女の姿に、黄金の雷が掻き消える

 

 背の氷の翼も、頭の角も、二つの三つ編みに纏められた海色の髪も、全部がそのままで

 ただ一つ、服装が黒一色な一点だけが異なる

 

 全てを受け入れる色ではありますが、同じ印象なら海の色の方が好きですねと、始水はあまり好まなかった黒。有り得ない、着るとは思えない

 だからこそ致命的に可笑しくて、けれど……金星始水、いや龍姫の精神の化身ティアそのものの姿をした少女が、其処に居た

 そして、ヴィルフリートを護っていた

 

 「っ!ティア!?」

 ふわりと浮かぶ少女の体

 感じるのは、始水と同じくひんやりした雰囲気。そして、さっきから始水が何も言わない

 まさか、何も言わないが……

 

 違う!そんな筈がない!と咄嗟におれは咄嗟に精霊結晶とすら刃零れ一つ無く撃ち合う最強金属による愛刀の腹を翳し、左手を添えて盾代わりにする

 

 ふわりと空中で優雅に一回転、そして……

 「私はにいさんを苦しめたリックを処刑しないといけないので。邪魔ですよ、にいさん」

 薔薇色のオーラを纏い、軽い蹴りが放たれる

 それはもう、何の火力もなさそうなふわっとしたもので。晴れ着のミニスカートが捲れて覗く始水が絶対着ない黒いレース?の下着すら見る余裕すらあって

 

 「んごはぁっ!?」

 だのに、おれの体はそんな軽い一撃で、天から叩き落とされていた

 

 「んぐっ!げはぁっ!」

 血反吐を吐きながら、地面にワンバウンドしてリックに激突して止まる

 

 っ!左手の感覚が無い。そして……

 

 「……ティア」

 盾にした愛刀は、半ばから折れていた

 いや待て待て待て待て。基本傷一つ付かない神器だぞ月花迅雷って!?だからこそ、普通に刀でやったら曲がるわ折れるわで厳禁極まる腹を盾にするなんて行為も出来るわけで

 それが折れるだと!?何が起きている!?

 

 困惑するが、実はある程度目星はついてしまっているのだ

 認めたくないだけで

 

 冷気を纏うのは始水も同じ。だが彼女のそれは優しい冷たさだ。ひんやりして心地良い、夏に感じる海の冷たさくらいのもの

 だが、眼前の黒く薔薇色のオーラを放つティアが纏う冷気は……何度となく対峙した精霊結晶と同質の絶望を塗り固めたような魂を凍らせる冷たさ。包み込む慈悲を感じない

 

 即ち、あのティアは精霊に近い存在であり、七大天の龍姫の化身などではない。姿が同じなだけの別物だ

 

 「これ以上……邪魔しないでくれますか、にいさん?」

 良く聞けば、声も違う。兄さんの発音はもっと感情豊かで、抑揚だけである程度なら始水の思ってることが分かる。それに照らし合わせれば……っ

 AIの棒読み!何一つおれに対して思ってない!それは始水では有り得ない

 

 「にいさんを傷付けたそいつを殺せないじゃありませんか。あまり抵抗して迷惑をかけないでくれますか?」

 おれ……いや、リックを静かに嫌悪を顔に浮かべ眉間に微かにシワを寄せ見下ろす始水の顔の誰か

 「いや、言い方を変えようか

 誰だ、お前は!」 

 少女を睨み付け、おれは叫ぶ。答えてくれれば良いが……

 そして、思っていたのと違えば

 

 「良く知っている筈ですが?

 ですがまぁ、神として常命の輩にも名乗ってあげましょうか。ティアーブラック、とでも呼んでください、にいさん?」

 ……思っていたのと違う答えが来た

 

 いや、だが嫌な予感は恐らく当たってしまったのだろう。『神として』『常命の輩』、その言い回し……この世界に生きる者が好きだからこそ遺跡を護り続ける始水が何があっても言わないだろう、この世界に生きる者達を下らぬものとして見下し己を尊ぶ言葉こそ、おれの推測した正体ならば言いそうな言葉

 

 即ち!

 「ゼロオメガ!」

 「アヴァロン・ユートピア……」

 ぽつりと、リックがまた違う何かを呼んだ

 

 「……ゼロオメガ、実に品の無い常命共らしい言い回し。それに興醒めですね。実に下らない。所詮はアレに選ばれたとはいえ、常命に過ぎませんね。実に、趣を解さない」

 その言葉は、否定ではなく実質の肯定

 

 「アヴァロン・ユートピア」

 「ええ、既に愉快も無くなってしまったので、改めて名乗りましょうか」

 ふぁさりと薔薇色に染まった氷の翼をはためかせ、始水の姿の神は告げた 

 

 「真なる神、浄化の光、円卓の(セイヴァー・オブ)救世主(ラウンズ)、アヴァロン・ユートピア

 それが(わたし)の名だ、滅ぶべき者よ」

 その重苦しい男性の声は、始水のものと混じって世界に二重に響き渡った



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黒き龍少女、或いは機神降臨

「……ゼロオメガ。覇灰の神よ

 何故、この場に現れた。どうして、ティアの姿をしている」

 その言葉に、始水ならば浮かべないだろう唇の端を吊り上げた侮蔑的な笑みを浮かべ、そんなに無い胸の前で腕を組む龍少女はおれを見下ろす

 

 「(わたし)に問うか、礼儀のなっていない輩よな」

 響く声は渋い男のそれと、愛らしい始水のものとが重なりあう不可思議なもの

 「だが、良かろうよ。所詮泡沫、真なる神の意志を理解する事など到底不可能」

 くすり、と龍少女は笑う。そして、そのフリフリした良く揺れる豪奢な振り袖を大きく拡げた

 

 「(わたし)こそアヴァロン。円卓のアーサーである

 そんな私が、円卓の弱きものの終わりを前に、現れないと思いますか?随分と……良く分かっているようですが、残念ながら今は違いますよ」

 途中から口調が始水に寄り、同時に男の声が重ならなくなる

 

 「所詮は無価値。それでも今はまだ、完全に無意味になられては困る。神に無意味などあってはならない、神に間違いはない

 故、ALBIONを此処で喪う道理などある筈がない」

 言い回しが独特だが、要はヴィルフリート……じゃなくALBIONを護りに現れたという事なのだろう。いや、これ機体は兎も角持ち主は割とどうでも良いと言ってないか?

 それで良いのか円卓の救世主のリーダー!?

 

 折れた愛刀を正眼に構え、隙を伺う。降りてきてくれたが、薔薇色に染まったオーラは酷く冷たい。やはり、精霊障壁くらいは纏っているのだろう

 となれば、折れた月花迅雷でそれを貫く術は……何がある?

 迅雷抜翔断はもう撃てない。雪那月華閃は撃てるか微妙だし、そもそもあれは魂の刃、恐らく深く凍てつく魂の絶望と致命的に相性が悪い。こちらまで凍りかねない

 となれば後おれが撃てる奥義で、ゲームで防御奥義を貫通できる性質を持ち、あのバリアを無視できる術は……

 

 「……どうだこの姿」

 更に愛らしい龍の姫の姿を、本来の彼女が無防備そうに見えてさりげなくしっかりと隠していた意識もなにもなく全てをさらけ出して、そんなに無いが12~13の年格好にしてはある胸も、割と触れれば折れそうというよりは健康的で膝枕されたら心地よさげな足も、黒く何処か淫靡で似合わない黒い下着も……気にせず見せ付けながら、見下し嘲る顔で彼はおれ達に問い掛けた

 

 「えっち」

 っておいエッケハルト!?

 「だけど!そんな事されても俺はアナちゃんを裏切らない!」

 「ふん、貴様の個人的な心情など知らぬわ人間め」

 言い方は尊大だが……正直何処まで行っても外見が前世で出会った中で断トツの美少女だから恐怖が薄れてしまう。それが狙いなのかもしれないが、滅茶苦茶やりにくい

 どれだけ美少女だろうが始水じゃなければ……いやアナや桜理やアルヴィナの姿でも困るか。縁も所縁もない相手ならば動揺する事もないんだが、知り合いの外見をされているとどうしても困る

 

 「見るが良い、崇め、讃えよ」

 ナルシスト……じゃないな、外見は本当に始水ブラックそのものだし。服の色を黒くして表情を嫌悪に変えただけ。本当の姿じゃないだろう

 「何が言いたい」

 「この世界でたった一つ、価値あるものだ」

 

 理解した

 ああ、どれだけ神様って尊大に振る舞っていても……こいつは円卓のリーダーだ

 

 「価値あるもの、か」

 「理解できるだろう人間。それすら分からぬならば」

 「分かるさ。だが、それはたった一つなのか」

 「一つですよ、にいさん?」

 始水の声だけになって、嘲ってくる龍少女

 

 「この私以外に、何処に価値などあるというのです?」

 「本来のその体で生きている神様なら、この世界そのもの、其処に生きる皆ですが?と返すだろうな」

 聞こえないが、始水が深く頷いている気がする

 

 「その辺り、所詮は偽神よな。価値なきものに意味など見出ださんとする」

 小馬鹿にするような笑みを浮かべる龍少女

 「されど許そう。それが星の龍の性質ゆえに。初めは盲目であろうとも。(わたし)の如く完全には(あら)ず」

 内心で何処が完全だ、と吐き捨てる。

 

 そもそも、他人の姿をしてる奴が完全な筈が無いんだが、それを指摘した時どうなるかが未知数過ぎてそんなことは出来やしない。折角あーだこーだ気前良く語ってくれているのだ。隙を探しつつ情報を集めるに越したことはない

 

 「星の、龍……」

 いや、始水だって無から産まれて世界を作った訳じゃないだろう。確かにこの世界の創造神の一柱だが、それ以前は神じゃない何者かだったというのは分かる

 それが星の龍と言うことだろうか

 

 「然り。皇龍諏訪建(スワタケ)天雨甕星(アメノミカボシ)

 ……いや、そんな名前だったのか始水!?

 「彼女は、ティアだ。我等が抱く七天、ティアミシュタル=アラスティルだ!」 

 「それこそ、正すべき過ちよ。悠久を統べ真なる神と共に在るべき厳星(ミカボシ)が、偽神に落ちて何とする」

 「そんなもの、人に言うな!」

 始水に言って……いや絶対に困るから勝手に妄想で収めててくれ

 

 「……だから言うのだ。この世で唯一価値あるものに護られし常命よ

 価値ある者に護られているからといって、貴様らには価値等無い。それを理解し滅ぶが良い」 

 ……何だか始水感ある言い回しが常に剥がれだしたが……

 

 『兄さん、大丈夫ですか?』

 と、耳に届く何時もの声

 始水  

 『ええ。すみません、漸く繋げられるようになりました』 

 いやスワなんとか……

 『兄さん。それは此処ではない私の産まれた世界での名です

 諏訪建天雨甕星。風と水と戦を司る、皇の名を抱く伝説の生ける星の龍

 そんなもの、遥か過去の話です。今の私は始水以外の名で呼ばれても返事しません、良いですね?』

 怒られた

 

 だが、これで良く分かる。あれと違って、本物の始水はこの世界を、其処に生きる皆を愛して護ろうと思っている。だから、この本名より世界の神としての名(いやその捩りで付けた日本名)を誇りとして語る

 

 あいつは

 『……兄さん、神はこの世界に入れません。私たちがそう作りました

 ですが、知ってますか兄さん。化身であるティアは世界の中で活動できます』

 つまり、あいつは……

 『はい。どうやら魔神王に追われ奴等の本拠地に近付きすぎた際に、型を取られこの肉体のデータを完全にコピーしたものを彼が確保してしまったようですね。それを使って、入れない筈の世界内部に乗り込んできた』

 で、繋がらなかったのは

 『私が既に居るのに同一のデータの化身が二人に増えて混線してしまった。ですが兄さん、漸く安定させられました。お陰で向こうも自動でやっているらしい私っぽい言い回しへの変換が崩れてきたようです』

 ほっと息を吐きながら早口になる龍少女(本物)。それだけ心配してくれていたのだろう

 

 有り難う、始水

 『いえ、神々が大体あんな阿呆だと思われたら私が困りますので

 後は変身時の兄さんと同じです。違和感からそのうち世界による強制排除が起こりますからそれまで何とか耐えてください』

 ああ、有り難うと心の中で告げて一度言葉を切る

 

 少女もこれ以上語りかけてくることは無かった。聞きたいことはあるが、後で良い

 

 「じゃあ、俺達は?」 

 「私達は何なのさ!」

 と、そんな間に、翼を拡げた神へ向けて二人の転生者が噛みつきにいく

  

 「元より価値等無い。それも分からぬか常命の滅ぶべき者よ」

 「いや一応私だって聖女なんだけど」 

 「七天?星の龍が居たから混沌を切り開けた滅びるべきであった有象無象

 あのような者共が(わたし)と同じ神を名乗るなど……」

 黒いティアは目頭に涙を浮かべ、ぽろぽろとそれを溢す。下手に仕草だけは愛らしいからこそ、神経が逆撫でされるがそれをおれは抑え込む

 

 「何たる不幸か。かくも世界は穢れている」

 何様だお前!と喉元まで出掛けた言葉を呑み込む。折角始水が作ってくれた生存の筋、わざわざ怒らせて断つ事はない

 

 だが、遅かったようだ

 

 「……ふん。宝の持ち腐れよな」

 愛らしい顔に何度も見た嘲りが浮かぶ。今の視線の先は……桜理

 「所詮人間。使いこなせる筈も無かったか。封印まみれ、穢れ憐れな姿だ

 なれど」

 「え、何!?」

 「……多少は起動しよう。来たれ、AGX-15 《ALT-INES》」

 その瞬間、勝手に少女の腕にある腕時計のベゼルが展開し、緑の光を解き放った

 

 そして、何かあるかのように虚空に腰掛ける黒き龍少女。座り慣れていないのかスカートが捲れて折り畳まれてしまい下着が全開だが、そもそも見ちゃいけないものだということは置いておいて、見えたとしてここまで見えて嬉しくもない美少女のパンツも無い。ってか、始水の体で止めてくれないかそれは!?



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鋼皇、或いは旧き祖

……来る!

 一拍置いて、そう感じた。いや、既に其処に居るかのように透明な何かに腰掛け、足を組んで見下してくるティアーブラック/アヴァロン・ユートピアが居るというのに、今更そう感じるというのは狂っている気もするが、直感してしまうのだから仕方ない

 

 そして、折れた刀をそれでも迸る雷撃……諦めるなとでもいうかの如き託された想いと共に鞘に収め、何処まで通じるかも分からない抜刀術を構えたその刹那!

 世界が歪んだ。時の果て、因果の地平線、最早理解の及ばぬ何処かからこの世界へと溢れ出す何かの気配に、時が一瞬飛んだ気がした

 

 いや、実際に一歩後ずさった覚えがない。湖の畔近くのおれは、湖が凪いだ状況から荒れ始めたとは認識していなかった。なのに気が付いた時には、ばちゃばちゃと周囲は水浸しになっていて、出現した超重力源に引かれ湖から溢れた大量の水を既に浴びていた

 本当に、時が飛んだとでも言うのか、これは!?

 

 そして、響き渡るのは上手く聞き取れないが何度か聞いた降臨の詠唱。されど、何時ものそれよりも、何倍と想定する事すらも不可能な威圧感を感じた瞬間……

 腰掛ける黒き龍少女の下の見えない何かの周囲に、3つの巨影が現れた。降り注ぐ緑光と共に未来から顕現するのは、紅蓮の巨人。世界を歪め重力球から降臨する、天蒼の機神。そして、突如空間に生えた精霊結晶を砕き誕生せし、深緑の化身。同じ姿で、けれども色が違う巨神達が見えない何かと完全に重なり合い……完全に色付いた一機の機械神として本当の意味で世界に降り立った

 

 正義を示すように精悍で、けれど何処か悪魔のような恐ろしさを感じさせる顔立ち。銀鋼のコアフレームが黒に近い紺の装甲を纏ったような立ち姿。胸元に見えるX字……といっても、上が炎のように大きく、そして躍動的に拡がっている為ぱっと見悪魔の羽根を模した赤きV字にも見える赤熱する胸部アーマーと、その中央に輝く『神』の文字

 その背にはセレナーデが獅子姿になった際に見せたものに何処か似た三つの黄金の円が三重に重なって出来上がった太陽のような光背を背負い、其処からオーラの巨大な緑の光翼を生やす。皇帝を思わせる圧倒的な威圧感と、天使のような神々しさ、そして魔神のごとき荒々しさを携えた、黒銀の巨皇

 

 旧き祖なる者。太古より続く歴史の果てに産まれた、人類史の守護神。その祈りを込めた名を託された正義の魔神、AGX-15アルトアイネス!

 その偉大な姿が、忽然と最初から其処にあったように存在していた

 

 「これが……アルト、アイネス……」

 「待っていたぞ、勝利の化身デビルマシンよ」

 立っているだけでやっとだ。フルパワーのアガートラームと対峙したことはないが、同じくらいなのだろうか。光背まで含めれば全長20m近い機械神の顔に、その輝く瞳の光に射抜かれるだけで背筋が冷たくなり膝を折って平伏したくなる

 

 勝てるかどうかじゃない。そう思わせてくる、総てを越えた存在感

 ただ仁王立ちで突っ立っている、それだけで……体が動かない

 「何で、それが……」

 怯えた声で自身の勝手に動いている時計を見下ろす桜理

 「ふん。(わたし)の与えた力を、貴様のものと思うたか?」

 度しがたいと目頭を抑えて泣き真似をしてみせるブラック龍少女。可愛いが、言ってることはクズだ

 

 「平伏せよ、人間。神の御前である

 グラビトン・ディバイン・ジャッジメント」

 刹那、肩にかかる重圧が数百倍に増大し、おれは顎から大地に叩き付けられた

 

 「んがっ!?」

 っ!アガートラームも使ってきた超重力圏!

 「アナ、リリーナ嬢!オーウェン、リック!」

 皆の名を叫びながら、膝の力だけでおれは世界最大の滝の全質量が上から雪崩落ちてきているのかとでも言いたくなる重力の中膝立ちで立ち上がる

 

 「って俺は無視かゼノ!偉くなったもんだな!」 

 「お前だけは良く分からんアイムールで動けるだろエッケハルト!」

 ひび割れてぐしゃぐしゃと潰れていく舗装された道路。粉々に分解され沈む船の残骸。そんな中で唯一、何一つ影響を受けずに突っ立っていられる相手におれは吼える

 いや、そのアイムール真面目に何なのか聞きたくなるが、ジェネシック・ティアラーへの変身も含めて恐らくはユートピア(眼前に居るアヴァロンなんちゃらでなく始水や道化様の話でしか聞いたことがない本物の方)の力を借りた影響だろう

 

 「確かに!だけど心配しろよお前はさぁ!?」

 言いながら、ちらりとアナの方を見て、苦しそうに地面に押し付けられる少女の姿に彼は怒りを露にする。紫の巨斧から炎と冷気が怒髪天を突いて噴き上がる

 「アルトアイネスだか何だか知らないが!」

 「邪魔だ、下郎。滅びるべきであった者たる精霊真王に欠片を与えられた分際で、静かにすべき時ほど良く吼える

 凍てよ」

 「ふざけっ!」

 「レヴ・システム、ハウリング」

 「は?」

 何処かセレナーデで聞いた覚えがある音が耳に届いた。そう思った瞬間……

 

 「なっ!?はっ!?こ、これ!」

 エッケハルトの胸元に、腰のポケットから勝手に飛び出した紫色の装飾のある鋼のメダルが吸い込まれ……

 

 『グルギャォオオオォオオオオッ!』

 爆発的に気配が膨れ上がる。この存在感は……ジェネシック・ティアラー!

 

 だが!

 『ルヲォォォォォォォォッ!』

 咆哮を上げながら変わっていく紫の装甲恐竜に理性の光はない。やはり、前と同じく暴走している!

 こんな方法で半ば無力化されるなんて!想定しきれていなかったか!

 

 でも!

 「っ!殿、下……」

 「うん」

 少し遠くで示し合わせたような言葉が響く

 「殿下、手を貸してくれ!

 カモン!LI-OH!そして……」

 カッ!と輝く緑の光。この世界に残るAGXの息吹たるレリックハートが煌めき、空に鬣の機神の姿を描き出す

 「『ジェネシック・フュージョンッ!』」

 

 「『大地(ガイア)生命(ブレイブ)(ソウル)!……創征(ジェネシック)ッ!

 焔誕せよ!GJT-LEX!』」

 そう、前回だって暴走していた以上対処は出来る!降臨した鬣の巨神が相も変わらず暴走した機械恐竜と一つとなり、腕のゴツいアルトアイネスを遥かに越える上半身のみ屈強に過ぎる合体機神へと姿を変える!

 そう、これならば重力圏の影響も受けず……

 

 「吼えろ!」

 「ブリューナク・カイザァァブレェェェクッ!」

 天へと掲げられたアルトアイネスの指先。その指先へ集約された雷轟が、獅子と機竜を貫いた

 一瞬精霊結晶こそ見えたが、それを一瞬で溶かし尽くして迸る雷撃。それはあの日ATLUSが撃ってきたそれを……遥かに研鑽を積んで磨き上げた果てにある皇の一撃。極限の雷槍が一つになった機械恐竜と鬣の機械神を関節部から2桁を優に越える断片へと粉砕し……バラバラになったGJT-LEXは暴走したのだろうエンジンの爆発によって完全に凍り付いた

 

 一撃だと!?

 「竪神!エッケハルト!」

 時間稼ぎも何もない!あまりにも……セレナーデと比べてもスペックに差がありすぎる!耐えるとか真面目にそんな領域の火力をしていない!攻撃される=死だ

 これが、最強のAGXっ!桜理がこいつで戦ってくれればどれだけ楽だったことか!と言いかけて、その心を振り払う

 当然の面で桜理に与えられたアルトアイネスを使ってきたんだ。桜理が使おうとしてたら何が仕掛けられていたか分かったもんじゃない。使わなくて良かったんだ

 

 こんな、世界を粉々に出来るヤバい力!

 

 だが、そんなことを思っても意味はない。今、眼前には確かにその驚愕の力が立ちはだかっているのだから

 

 「……なんで、たつんだよ……」

 苦しげに聞こえるそんな声。リックが、おれに瓦礫に顔を埋めながら問いかけていた

 「民を、皆の未来を護る、それが皇族だからだ」

 「……ぼく、も?」

 「そんな当たり前の事を聞くな」 

 と、言ったはいいものの、どうすれば良いか本気で皆目見当がつかない

 始水のお陰であいつは時間制限で消えるだろうが……逆に消えるまでどう耐えろというのか。また煽りで話させるしかないか?時間切れに気付かれてちょっと攻撃されたらどうしようもないが……

 

 そう悩みながら、どうしようもない時でも最後にせめて一撃狙えるように折れてぶらぶらする左手に、鞘を腰に括っていた紐でくくりつける

 そんなおれを見て何処か得意気にぱたぱたと背中の翼を開閉し、組んだ足をスカートがはためくのも気にせずばた足しながら、黒き龍少女は鋼皇の左肩のアーマーに腰掛けて愉快そうに嗤っていた



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鋼皇、或いは孤独

「これが、アルトアイネスだ」

 見下す黒服の龍少女。その蒼い瞳がおれを射抜く

 

 だが、それがそもそも可笑しい。その想いを込めて、おれは少女を……そして黒銀の鋼皇を見上げ返した

 

 「ふん、この体に興味でもあるか、慈悲を望むか人間

 ならば、(わたし)が手に直接かかり絶える慈悲をくれてやろう」

 ふわり、と機神アルトアイネスの肩から飛び降りてくる少女姿の神。ユーゴ辺りならば舐め腐った真似を!と首を跳ねることも出来たかもしれないが、本体の防御性能も高いかの神相手では迂闊に攻撃しても阻まれるだけだ

 

 「違う!」

 吼えるおれに対し、始水姿の彼は形の良い眉をひそめた

 「ほう、無知蒙昧な人間よ、神に見当外れの何を問う?」

 「……神よ。人を見下していても、その機体は!AGXは人の造り上げた希望ではないのか」

 

 そう、そこなのだ。人を価値がないと散々見下してくるアヴァロン・ユートピアだが、彼が使ってくるし力として転生者に与えている力はAGX。つまり、桜理等から聞く限り人間が作った超兵器の力だ

 いや、人間の作ったロボットを使いながら人間を馬鹿にしてくるのって普通に矛盾しているだろうと思ってしまうのだ

 

 「ふん。そのような自明の理すらも理解できぬとは、やはり人間は愚かよな

 故に、思い上がり己に神々の産み出した世界に生きる価値があると勘違いをする。何故だ人間、またか、またなのか」

 ……凄く見下された気がする

 その間にもふわりと降りてきた始水と同じく身長130そこそこの龍は、地上から50cm程浮き上がった地点で静止した。おれの身長より少し高い位置。自身が小さな体である事に漸く思い至ったらしい

 

 「本当は、人間が好きか?」

 「付け上がるな人間め!

 此は浄化。人の手により穢れた価値ある悠久を、真なる神たる我が手によって浄化し、存在すべき理由を取り戻す神聖なる儀式」

 翼と手を大きく拡げ、その神は朗々と、そして恍惚とそう語る。細められたとろんとした瞳は始水が見せない艶かしさを感じる表情で、どうにも毒気を抜かれかけるが……

 

 言ってることは滅茶苦茶だ。都合が良いにも程がある。人が造り上げた祈りにして希望だろう機体を、神の手にあるべきものだからセーフって何なんだこいつ。ダブルスタンダードとすら言えない気がしてくる

 

 「その価値あるものを造り上げたのは人間だ」

 「ふん。穢れに価値を認めろと?悠久にのみ意味がある。悠久に手を届かせんとしたとして、終わりあるものに意味など元より無いだろう?」

 海色の瞳が、折れかけるおれの膝に載せられた白銀の鞘を見詰めた

 

 「価値は結局無かったようだが、少しの光はあった。だが、悠久の神器に価値があるならば、それを穢す使い手にも意味はあるか?

 断じて否。常命の者達よ。貴様等人間はただ、刹那という害を悠久に振り撒き貶めているに過ぎぬ」

 「死んでいくから、価値はないというのか!」

 「何度説けど愚者は介さぬか。必定を叫ぶな人間め!」

 翼から爆風が吹き荒れ、煽られたおれの体は宙を舞ってから超重力によって地面に叩き付けられた

 

 「がぁはっ!?」

 「おぞましき世界の穢れが。諏訪建天雨甕星、かの星を穢すしかない者どもよ。世界を喰ろうて生きる害虫が、己を恥じこの(わたし)に対し消滅という名の救済以外の何を望む理屈があろう」

 「その穢れと呼ぶ人間……精霊真王ユートピアのフリをしながらか!」

 思わず叫ぶ

 

 「ああ、そうだとも」

 少女は翼と腕で己を抱き締める

 「何という苦悩、苦痛であろうか。世界樹の悲鳴を、真なる天樹の神として罪そのものの姿をこの身に抱く事で理解しよう」

 ただ好き勝手使いたいだけだろうが!と叫びたくなる台詞と共に、今もまだ始水の姿を勝手に使う黒き龍少女は愛らしい顔を小さな右手で覆った

 

 また、涙を流している 

 「ああ、何という苦しみであろうか」

 じゃあ捨ててくれそいつ、と言いたくてならない。それなのに、口も体も動かない弱さに歯噛みする

 「増え、群れ、滅び、穢れを残すおぞましき常命には理解も及ばぬ領域であろう。苦しみを知り、涙を流し……全てを洗い流す真なる世界の神は、ただひたすらに」

 顔を覆った掌の指の間から、少女神はギラリと光る瞳を覗かせる

 「尊き孤高」

 

 「違う」

 折れた愛刀がそれでも何かを訴えかけている。背中の翼のマントが、魂の叫びをあげている

 そうだ。そうだ!

 「お前のそれは、自分勝手で空虚な孤独だ」

 天狼の母は最期までおれ達を護り、己の角をおれに託した。アドラー・カラドリウスは最期までアルヴィナへの愛に殉じ、おれ達に愛する婚約者の明日のバトンを繋いだ

 どちらも死んでいて、それでも無価値なんかじゃない。永遠のみを語るこいつは!

 

 「何も継がない、一つとして続いていくものがない。たった一人で、完結して終わっている

 始水の姿で、ユートピアの力で。神を名乗りながら、自分自身が紡ぐものが何もない。おれをコラージュしていた時のリックと同じ、うわべだけの空っぽだ。そんなもの、神たる偶像でも何でもない未来の無い虚像だ」

 立ち上がりながら吐き捨てる

 

 そんな奴に!せめて自分自身苦悩していた事、自分を見失っていた事をまだ分かって変わろうとしていたろうリック以下の……円卓の親玉そのものの神に!

 負けるわけには、いかないんだよ!

 「神を愚弄するか人間め」

 「そっちこそ、おれ達を!それを見守る七天を愚弄するか神様め

 それが真なる神だというなら、お前の言う偽神の方がよほど神に相応しい」

 

 精一杯、相手が今正に世界から排除されかかっていることに気が付かないよう神経を逆撫でする

 「空っぽな神なんて御呼びじゃないんだよ、神様」 

 「ああ、理解できぬか人間。星の龍が見初めようと、所詮滅びる者に何を言おうが意味など無いか」

 「そうやって見下してるから、理解が足りないんだろう?」

 その背の翼が四枚に見える。始水そのままの外見で、それでも色違いで全く似つかわしくない表情を浮かべるかの神の姿がブレ始めている

 あとちょっとだ。あと少し気が付かれなければ……世界から異物たる神として弾き出される!それまで、アルトアイネスとティアーブラックを足止めできれば!

 

 「貴様等は蜂のダンスを見たことがあるか?その理由を理解しようとしたことは?

 無いであろう?害は死のみが救いである。どのような意味も成すべきではない。それと同じだ。理解すべき価値を持たぬ」

 乗ってきた

 「無知だから理解できないだけだろ?」

 更に煽る。重力がおれを地面に埋め込もうとしているが、もうそんなものに負けるか!あまり人間を舐めるなよスーパーロボット!

 

 「下らぬ。やはり……」

 「轟け雷光よ、迅雷っ!」

 肩を竦めた瞬間、左腕にくくりつけた愛刀を鞘から半ば抜き放つ

 

 「無駄なことを」

 「そう、かな!」

 折れた刃で迅雷抜翔断は撃てない。だが!

 「雪那ァッ!」

 魂の刃くらいは伸ばせる!そして!ぶれきった今ならば!ほんの少しの揺らぎが……

 ブン!と振られる刃に煽られ、龍少女の姿が完全に溶ける。そして……

 

 「愚劣、蒙昧、無価値。諏訪建天雨甕星よ。(まこと)如何なる価値を見出だせるというのだ、かくも愚かしき害虫めに」 

 刹那の後、始水姿の幼き龍神の消え去ったその場には、紫を双眼に湛え、黄金の髪をした一人の精悍な鋭い顔つきの青年が立っていた

 「っ!アヴァロン・ユートピア!」

 「ティアーブラック。かの星龍の姿の方がまだ幾らも快いのだが仕方あるまい。かくもおぞましき災厄(にんげん)の姿を(わたし)に取らせた大罪、その薄汚れた命をもって償うが良い」



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終焉、或いは鋼の咆哮

「っ!」

 燃えるような、あまりにも鋭い赤みの強い紫瞳。同じく燃えるような色の濃い黄金の髪。歳の頃は……良く分からない。10000は超えましたが?という割に幼い気配の始水とは逆に、外見だけで見れば20歳そこそこだろうに、顔に刻みこまれた経験は老兵といっても過言ではない。纏う空気は最早、歴戦の大将軍もかくやというもの。その深い寄せられた眉間の皺や無数に流してきて焼けついたように少し変色した涙の痕がその外見年齢を狂わせる

 

 「その姿が、精霊真王(せいれいまおう)ユートピア」

 エッケハルトから聞き、禍幽怒という名で頼勇……もう居ない二人から教えられた神の姿。かつてこの世界に墜落したという、AGXシリーズの開発者!

 

 やられた!と心のなかで毒づく

 始水の外見で無理矢理世界の中に現れた彼は、時間で排除できると思っていた。だが!そうだ、元々ティアーブラックより以前にアヴァロン・ユートピアを名乗り、円卓の面々にAGX等を与えていたならば……精霊真王を模した姿も当然持っていた筈。そして……禍幽怒の伝承が残っていたならば、その姿でもこの世界の中には留まれる

 ティアーブラックより時間制限は更に短いかもしれないが、そもそもその第二形態に気が付かれていなければほんの少しの時間でも致命的な隙を作ることが出来る!

 

 糞!どうする、どうすれば良い!?

 もう居ない友人や、どうしようもない神様に向けて呟くよう、譫言のように軋む脳内を無理矢理繰るが……

 答えはない。ある筈がない

 

 でも!負けるわけには……

 「アヴァロン」

 「さぁ、全てを終わりにしよう。神の世の到来を示す嚆矢となりて」

 ギン!と黒銀の巨皇の瞳が黄金色に輝く。赤っぽい胸部の赤熱したX字のアーマーに更なる熱が籠っていく

 

 「ちょ、待ってくれ!?どこまでやる気だよ」

 「無論、街一つで抑えるとも。今はまだ、な」

 冗談じゃない!と始水の化身姿を捨てたからか完全に男の声だけが二重に聞こえてくるようになった神を、今もまだ他人の褌で破壊しにくるアヴァロン・ユートピアを睨み付ける

 

 こいつ、この街ごと消し飛ばす気か!

 出来るだろう、アガートラームでも出来るのだから!

 「やら、せるか、よ……」

 突き付けようとした愛刀を取り落とす。重力に引かれ、折れた刀身が完全にひび割れた大地の割れ目に呑み込まれた

 

 「ってか、リリ姉!」

 「好きにしろ」

 「よっしゃ!」

 機械龍を身に纏い、重力の中一人だけ好き勝手に動けるヴィルが、グッと手を握って歩みを進める

 そして、重力に負けて地面に押し付けられたまま動かない桃色の髪の女の子を、少し大事そうに抱えあげた

 

 『キュ、クルキュゥ……』

 それに対して動きたそうなアウィル、けれども体が動かせないようだ。そして、それを見ながらおれの横を通り抜けようとする龍機ALBION。ギロリとその瞳がおれを睨み……

 

 「オラ!死ねリック!てめぇこの役立たず!」

 ブン!と空を切り、一切の重力を感じさせず振り抜かれる鋼の尾。アナに傷を治してもらっていたからか少女と重ならないよう何とか身をそらして倒れた少年リックに向けて、鋭き尾先の槍が走り…… 

 「っ!リック、アナ!」

 おれはまだ何とか動く体で、鞭のようにしなる尾に向けて体当たり。当然として弾き出されるが、それで何とか軌道を変える

 そうして、ズレた尾は暗い色合いの髪をした少年の横に突き刺さった

 

 「ヴィルフリート、何をするのです」

 更に聞こえる声。最早大集合だ

 

 「シャーフヴォル・ガルゲニア」

 会うのは三度めか。装甲にヒビの入ったATLUSと共に、20代の軽薄そうな男がアヴァロン・ユートピアとアルトアイネスの横に君臨する

 もうここまで来たらユーゴも繰るんじゃないかとなるが、正直来てほしくない。唯でさえ見えた光明を覆されたってのに、アガートラームまで来たらもう……どうしろというんだ

 

 「私のものに当たったら」

 「控えろ、シャーフヴォル」

 キッ、と現れた部下を睨み付けるアヴァロン。その瞳にあるのは、おれへ見せる怒りと侮蔑の顔……から怒りを抜いたもの

 

 「しかし、アヴァロン・ユートピアよ。私が運命を解き放つべき」

 「滅びが運命(さだめ)よ。諏訪建天雨甕星が加護など、常命にあたえられるべきものに非ず。あれは生きていてはいけないものだ」

 「しかし」

 「貴様も滅ぶか、シャーフヴォル?

 見て理解せよ、真なる神による浄化をもって、己が愚かしさを……神の世の到来を」

 ヒィン、と重力球とともに、見ていられないとばかりに青年の姿が転移して消えた

 

 ……どうやら、アナもおれも逃がす気はないらしい。ここで殺すという意志をもって、アナを回収しに来た彼を帰らせた

 

 ……どうする、どうすれば良い

 未来をリリーナ嬢に、殺されない聖女に託して此処で終わる?そんな訳にはいかない

 でも、何をすれば良い。竪神もエッケハルトも居ない、ロダ兄は何が出来るか模索中、シロノワールは姿を見せず……

 

 っ!そうか!

 

 胸元で巨皇がその強靭な腕をクロスし、何かが駆動する音を響かせたかと思うと、ぐぐっと胸を張る

 胸元のアーマーが軽く開き、中央の神の文字が浮かび上がると……胸の横に構えられた軽く開いた拳と、胸アーマーの間に中学の授業で見たような光が現れる。プレートアーマーの光を中心に、小さな光がそれを取り巻いてくるくると不可思議な軌道で回っていく。まるで、原子のように

 

 「龍姫を名乗る我が手にあるべき星よ

 仰ぎ見るが良い、真なる神星を」

 男がまた、始水の姿でやっていたように機体の方まで飛び上がり、腰かけたその瞬間!

 

 今だ!始水っ!

 「来い!デュランダル!」

 この脅威相手なら!そう思って伝説の神器を召喚した瞬間、普段は使わない魂のリンクを手繰り、アドラーの翼を大きく拡げる

 そう、短距離転移してぶった切る!たった一つの……

 

 なのに、だ。確かに振るおうとした筈の、手を伸ばした筈のおれは気が付くと大地に微動だにせず突っ立っていた

 

 「なっ!」

 「時を遡り、事象の地平を超え無限の光が集まる」

 っ!そうか!14以降はタイムマシン、ティプラー・アキシオン・シリンダーを搭載している!そいつでおれの時を吹っ飛ばしたっていうのか!

 

 っ!これじゃあ……

 「アドラァァッ!」

 せめてアナやリックだけでも!と嵐を放って飛ばそうとするが、嵐を出した筈の瞬間に飛ばし終わった状況まで時を飛ばされ無意味に終わる。

 

 「くっそぉぉぉぉぉっ!」

 何か、手は!

 「さぁ、虚無(ゼロ)に還れ!

 『アイン・ソフ・オウル-アキシオン・ノヴァァァッ!』デッド・エンド・シュート!」

 曇天、雨天、快晴、雷雨、月夜、正午、雷雨、雪、快晴、嵐、深夜……

 目まぐるしく空模様……いや、時を歪めながら胸アーマーの熱を受けた原子星がビームとなって放たれる

 

 それは、避けようのない終焉。せめて、何か起きると信じておれは唯一動く右手を振りかざし……

 

 「『独つ眼が奪い撮るは(コラージュ)……っ!永遠の刹那(ファインダ)ァァァァッ!!』」

 轟く鋼龍の咆哮が、音を吹き飛ばした静寂の時を切り裂いた



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鋼剣、或いは鋼龍覚醒

「……ALBION!?」

 おれの横を駆け抜け、迸る原子光へと飛び込んでいくのは、鋼の巨龍人。AGX-ANC11H2Dアルビオン。けれど、その所有者である筈のヴィルフリートは、おれ達の敵の筈で

 

 そうか、リック!

 超重力にリリーナ嬢を抱えたまま大地に叩き付けられ崩れ落ちるヴィルフリートを見ながらその事に思い至る。また、あの能力でALBIONの所有者であるヴィルフリートに自分をコラージュしたのか。

 だが、何故!?

 

 アルビオンそのものを壊すことで自爆機能を無理矢理止めただけだ。そう、裏切り者を殺す為の機能は、決して停止などしていないというのに。また纏えば、同じ機能が……

 

 蒼き結晶を輝かせながら光に向けて片方しかない腕を突き出す龍機人の翼が()ぜた。やはり、壊れていく。あの爆弾は今も生きて、リックを襲っている

 

 「リック!」

 おれ達を護ろうとした!?でも、どうして!

 そんなことをしたら、今纏うそいつに殺される。第一、本来の所有者に奪い返されて終わる!なのに!

 

 「ぎゃうっ!?」

 バゴンと鈍い音と共にフルフェイスが弾け飛ぶ。その下から見えた少年の顔は、両眼から膨大な血を噴き出していた

 

 「ふん。既に何も見えぬだろう。アージュがくれてやった力、アージュの為に振るい続ければ、コラージュする為の世界を見る眼を喪うこともなかったろうに

 まあ、今此処でどうせ死ぬがな」

 そう、リックの両眼はコラージュの力を与えた神の呪いにより体の内部から潰され、ぽとりと眼球が地面に落ちる。もう、コラージュも何も風景を見ることすら出来ないだろう。状況すらまともに掴めるかどうか

 そうなるなんて分かりきってたろうに!どうしてだ、リック!

 

 「……アヴァロン・ユートピアァッ!」

 「コラージュの無い貴様に何が出来る?」

 「そんなもの、もう要らない!」

 だが、無くなった眼の血を拭い、隻腕の少年は天を突くように叫び続ける

 

 ……は?

 

 「カミキは死んだ、もう居ない!」

 ……少年は、おれの知らない何かを叫ぶ

 「だけど、ぼくの心に!この胸に!彼の示した道は輝き続ける!例えこの眼が潰れても!道しるべは此処に在る!」

 「死した者に意味など無い!」

 「あるっ!ゼノ皇子とアニャ様は、ぼくを……ぼく自身を信じてくれた!カミキはぼくに道を照らしてくれた!

 ぼくは、俺だ!カミキでもゼノ皇子でもない!彼らになる必要もない!彼等の立場にコラージュなんて、意味がない!

 俺は、俺だ!下門陸(しもんりく)だぁぁっ!」

 「だからどうした!」  

 魂の叫びに、別人姿の神は嘲りの声を溢す。そうだ、無理矢理ALBIONを奪ったところで……

 

 が、その瞬間!勝手に壊れた兜の代わりの予備が虚空からブラックホールと共に呼び出され、リックの頭に被さる。更に……その瞳が投影するのは一つの写真。片眼を仮面で覆ったアヴァロン・ユートピア……いや、片腕が竪神頼勇のような義手だったりと細部が違う男と共に何処かの施設に佇むアルトアイネスの写真。そう、11(アルビオン)には本来時代が違うから残っている筈の無い、未来の写真

 こんな事が出来るのは……本物のユートピアか!

 

 「『叫べ!その魂を!鋼の龍は、オレの願いは!お前と共に在る!』」

 「カットアンドペースト、コラージュ!」

 その刹那、リックの……アルビオンの背後に現れるアルトアイネス!ある筈の無い写真を使って、所有権をコラージュしたのか!

  

 「アイン・ソフ・オウルっ!アキシオン・ノヴァ!」

 そして、アヴァロン・ユートピアの腰掛ける機体が所有権をコラージュされたせいか半透明となり……現れた二機の鋼神の放つ二つのビーム!二つの終焉は対消滅して消えた

 

 「ユートピア、おぞましき人め!」

 「だが、返して貰うぞそいつ!リック!お前にアルビオンなんて勿体無いんだよ!」

 が、あくまでも時を歪める一撃が終わっただけ。二つの怒りがリックと半壊したALBIONを襲い……

 

 「なっ!?」

 バキン、とヴィルフリートの腕の時計が凍り付いた

 同時、咆哮をあげる機械龍人。その瞳が、今までに無いほどに煌々と輝いている

 

 「アルビオン、戻れ。戻れってんだよ!僕の命令だぞ!」

 それでも、鋼の龍は其処に在る。消えることはない

 「まさか!貴様!そのゴミを正規のパイロット……乗り手として認め、反旗を翻すとでもいうのか」 

 顔を歪めた神の言葉を肯定するかのように、輝く瞳

 

 「この失敗作がぁっ!」

 「リック!この泥棒が!裏切り者は……死ねよ!」

 ヴィルフリートの叫びと共に完全に機龍の翼が爆発して砕け、その機体は空から墜落する。それでも何となくリックを護るように、殆ど無い結晶を輝かせて盾を張り、機体は何とか地面に降り立った

 

 「リック!」

 「ゼノ皇子。ぼくは……俺はっ!」

 何かを言いたげな彼。そんな彼の横に、無言でおれは立つ

 『クルゥ!』

 そして、投げ渡される折れた愛刀を手に、静かに一つだけ頷いて意志疎通。そうだ。分かるとも。何がやりたかったのか、何が切っ掛けだったのか、そんなものは分からない。彼の言うカミキが誰なのかだって知りやしない

 

 それでも、彼が勇気を振り絞った事実だけは理解できて。それ以上のものなんて必要なかった

 「この人間め!」

 「そうだよ。人間だから、頑張るんじゃないか!この世界で、生きているから!」

 勝手に輝く腕時計を手で覆い、対消滅の余波で重力圏の消えた中何とか立ち上がった桜理が吠える

 

 「だから!アルトアイネス!君にも想いがあるなら!僕たちに力を……お願い!」

 カッ!と輝く腕時計。その黄金の瞳を鋼皇が光らせたかと思うと、リック目掛けて巨大な剣がブラックホールから放たれてくる

 

 が!

 リックの……ALBIONの拳と激突した瞬間、その巨大な蒼き剣の刀身は縦にまっぷたつに割れ、そこから柄が分離して……砕けたブースターの翼を、もう少し生物的なブレードウィングへと変えるようにALBIONの背に、そして柄は展開しながら兜に新たな角として合体する!

 

 「来い!そして解き放て!AGX-ANC11H2D……S(ソウル)f(フル)C(キャリバー)

 アロンダイト・アルビオン!」

 「んなっ!結局ALBION自体がアロンダイト完成時にはもう無かった筈だろ!」

 焦りと共に叫ぶヴィルフリート

 「うん、そうだね。でも、此処に在る」

 桜理の静かな声を掻き消すように、新たなる翼を得た龍機人の殆ど溶けていた各部の結晶がアロンダイトと呼ぶらしい巨剣から送られたエネルギーを受けて一気に完全にまで生え直した

 

 「ちっ!おい、シャーフヴォル!お前の」

 大事そうに重力により意識を手放してぐったりしたリリーナ嬢を背中と膝に足を入れて抱えあげ、さらっと頬に口付けながら叫ぶヴィルフリート

 逃げようというのだろう。だが!

 

 「ぐぎがぁっ!?」

 突然その背中で炸裂する爆発によって少年は体勢を崩し、桃色の女の子を思わずといったように放り投げる

 

 「言ったろ、仕込んでるってな?」

 投げ出された体を抱えてにやりと笑うのは、大きな犬耳の青年。そう、ロダ兄のアバターだ

 「悪いなヴィルフリート。お前に何にもやれないって訳よ、縁がなかったと諦めな」

 「このっ!返せ!僕のリリ姉だぞ!」

 尚も手を伸ばすヴィルフリート。けれど、凍り付いた時計が重いのかその手はすぐに落ちる

 

 「死ぬか下がるか、好きに選べヴィルフリート」

 「ちっ!」  

 「人間共よ。何故そうも抗う。死ぬべき命に初めから価値など無いだろう。何故だ、何故産まれる。世界の一部を喰らい、穢しながら何を為そうとする

 何も意味など無い。無いのだ!貴様らに産まれてくる価値も、理由も!」

 その背後に控えていた半透明の鋼皇の姿が虚空へと消えていく 

 

 「桜理」

 「有り難うね、アルトアイネス。君を僕じゃ使いこなせないから……これ以上暴れないために眠って」

 仮にも操る力を渡された少年姿の少女の言葉に今は素直に従い、最強のAGXの脅威は消え去った

 

 「リック、行けるか」

 「何とか!」 

 明らかに大丈夫じゃないだろう。アルビオンの機能がある程度居場所とか教えてくれているっぽいが、ちょっとおれの方を向こうとして30度くらい目線がズレている

  

 けれど、それでも戦おうという意志に獰猛な笑みを浮かべながら、おれは最強の力を取り戻された神へと刃を突き付けた

 「さぁ、行こうかリック」




コラージュ要らないの直後に使っててオイとなるかと思いますが、ぶっちゃけあれ心意気の問題であって使わないと対処が出来なかったので許して……


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ソロモン、或いは百獣王

「……ヴィルフリート」

 静かな輝く機龍の瞳が、それでも傲岸不遜な顔を崩さない青年姿のアヴァロン・ユートピア……の背中にこそこそと隠れようとする少年を射抜く。いや、目が見えずほんの少し逸れてるが、流石に本来の持ち主の居場所くらいは把握できるのか

 

 「や、やめろよリック。僕達友達だろ?」

 「友達ってことに、なってたね」

 「止めようぜ、殺すなんてさ……」

 その言葉に、おれは頷く

 

 「そうだな、リック。殺してもあまり良いことはない。取っ捕まえて反省させ、色々と吐かせたほうが有意義だろう」

 今の彼はALBIONを使えない状況だ。確かに悪だが、絶対に此処で殺してでも止めなきゃいけない程の絶対悪じゃない

 「ゼノ皇子、分かった」

 こくりと頷いてくるリック。思うところは彼にだってあるのだろう

 

 それが何なのかは分からない。自分のように改心(と言うとおれ達がまるで絶対正義みたいで可笑しいが)する可能性を信じているのか、単に殺す価値もないと思っているのか、殺したら今此方に手を貸してくれているALBIONも消えてしまうからなのか……

 おれは、リックの事を何も知らないから、分かりようがない。だから、せめて

 

 「いや違うな。何と呼べば良い?」

 相手の出方を伺いつつ、おれはそう訊ねた

 「下門陸」

 「なら、下門(シモン)。おれはヴィルフリートを確保する、君は……っ!」 

 「行けるさ、きっと!」

 言いきる前に、鋼剣の翼が青白い光を噴射し、隻腕の鋼龍人は天空へとかっ飛んでいく。その周辺に薄く青白い光が見え、流れ星としてより完成している印象を受ける

 

 それを見送りながら、おれは地を蹴り神の背後へと向けて時が一度滅茶苦茶に捻じ曲がった影響からか何時しか直っている石畳を疾駆する

 ある程度の距離から鋼龍が突っ込んでくる以上、今の彼はそこまでおれにばかり構っていられないはずだ!と、神を見据えて軽く雷撃を飛ばすと納刀。折れたとはいえ、まだやれる!届くものは届く!

 

 なのに、神はどこまでも不敵

 「人の子よ。無意味なる鋼龍人を扱うアージュの選んだ出来損ないよ」

 意味不明の言葉が、黄金の髪の神の口から漏れる

 「AGX、このおぞましき姿の穢した鋼のみが(わたし)の力と思うたか?かくも、大いなる神の存在を貶めたのか?」

 天空でアロンダイト・アルビオンが何かを警戒するように静止した

 

 やはりか!最強のAGXであると言われるアルトアイネスを桜理の力として他人に与えていた以上、その懸念はあった

 幾ら取り戻せるといっても自身の最大戦力を転生特典として他人に与えるか?という話。実際にリックには反旗を翻され、桜理にもアルトアイネスを抑え込まれていて此処まで追い詰められた訳だ。それを考えれば、何か切り札の一つは隠し持つものだ

 

 「っ!」

 「臆するな下門(シモン)!どっちにしても、彼の神のこの世界に居られる時間は長くはない!」

 そう、そうだ。AGXについてはかつて墜落した関係で排除が弱いと始水が言っていた。ならば、他の切り札を出した場合はその違和感からかなり世界の排除が働きやすいはずだ

 そう叫んだおれの頭上で、炎の流星が天空を舞う鋼龍へと激突した

 

 それは、燃え上がる炎色の翼。機首に輝くのは幅広い緑の宝玉のようなパーツ。鳥を思わせるシルエットの逆翼の戦闘機が、燃え上がる炎のゲートから飛来していた

 「マイスフェネク」

 静かに告げる神。燃える鳥のような戦闘機に確かに神話の不死鳥とは、粋な名だが!

 

 ……何だろう、始水が絶句している気がする

 ってそんな場合か!

 「そして、ソロモン」

 おれの前に降り立つのは、細身の人型ロボット。全体が本当に細い。胴に関してもまっぷたつに縦に割れそうな気がするし、何というか……線を重ねたようだ

 ソロモンという名だけは立派だが、実物はあまり威圧感を感じない。ATLUSの方が強そうに思える

 

 あまり侮りすぎてもと思いながら横凪ぎに抜刀して斬りかかる

 硬い感触。が、精霊障壁のようなバリアは貼ってこない。単に硬いだけといった印象。アイリスのゴーレムに斬りかかっているような……

 

 そんなおれの頭上では、不死鳥の名を関する翼長30mくらいありそうな巨大戦闘機からとんでもない量の炎弾がばら蒔かれていた

 それを鋼龍は『コォォォッ!』とエンジンのような咆哮をあげながら全身にバリアを発生させ……背中のブレードウィングを振るうようにその場で右旋回してバリアで防ぎきれない分を切り払い、尾で打ち払う

 その尻尾が、爆発して半ばから砕け散った

 

 やはり、自壊はアロンダイトと合体しても止まらない。リックは死んでいきながら戦ってくれている

 ならば!その理由は分かりきらずとも!

 「何故抗う。死は決まっているというのに。無駄ならば、大人しく死ぬべきだとは」

 「思わない!」

 「一歩進めば、その分だけ前に進む!ただそれだけでも、道は出来る!」

 天から響くその叫びに合わせて、おれも叫ぶ

 

 「そうだ!だから、おれは!」

 「俺達は!諦めない!」

 「この愚者共がぁぁっ!その傲慢が、どれだけ世界を蝕むと思っている!」

 「人もこの世界に生きる者。お前の言う世界の一部!それを好き勝手しようとする、真なる神様とやら程じゃ、無いっ!」

 魂の刃を重ね、ぶったぎる!その心意気と共に右手で愛刀を振りきった

 

 届かないか!だが!

 迸る雷が背後に隠れていたヴィルフリートを打ち据えた。

 「伝!哮!雪歌ぁっ!」

 それを逃さず懐に飛び込み、思いっきり踵でその体を蹴り飛ばす!

 ボールのように吹き飛んだ小さな体はソロモンを名乗るひょろながの巨人の足の間をすり抜けて……

 

 「ほいよナイスな宅配だワンちゃん!」

 ロダ兄の用意した縄へとシュート!グルグルに縛り上げられる

 

 「……あまり強くないか」

 そう言うが、油断は出来ない。このオーラの薄さは、やはり何かあるだろう。それに不死鳥の名を持つ機体も良く分からない。LI-OHのように合体してくるのか?

 が、その瞬間ひょろ長い機体の手の十指が光った

 「来たれ神に挑んだ愚か者の影よ

 バレットファイヤー」

 駆動音を響かせて水の上にレールをひき駆けてくる新幹線のような何か

 「アストラ・イカロス」

 ローター音と共に宙に現れるやけに尾翼?というか後部がデカイヘリコプター

 「バーストデッカー」

 サイレン音と共に地を疾走して現れる大きなパトカー

 

 なんだこいつら!?

 その三機はおれの前で突如として変形し、それなりにしっかりとした人型のロボへと変わる

 威圧感は少ない。正直ATLUSの方が強いとは思うが……数が多すぎる!

 それに、こいつら恐らくAGXじゃない!重力操作をしてきそうもなく、根本から設計が違う!

 

 どうする?流石にこの数は、と今共闘してくれている鋼の龍人を見上げるが……咆哮と共に口から放ったビームと鋼の不死鳥が翼から放つ鳥形のエネルギー体が空中で激突し、炸裂する。此方を支援してくれる余裕なんて向こうにもないか!

 一応時間稼ぎに徹すれば良いとはいえ、もう少し此方にも

 

 そう考えた瞬間、空を貫く見覚えのあるビームが背中にローターを回して明らかに向きが可笑しいのに浮いていたヘリコプター型のロボットを打ち落とした

 これは!雷王砲!ということは!

 

 「『ダァイッ!ライッ!オォォォォウッ!!』」

 氷の中からそれを打ち砕いて姿を現すのは、祈りを束ねた機械の百獣王、ダイライオウ!

 

 「打ち砕いた筈だ、忌まわしき紛い物よ」 

 「ああ、打ち砕かれたとも。反省しよう

 だが、時の歪みが、お前達の悪が、私達を再び呼び覚ました!」

 そうか、気がつけば周囲の壊れた物達も殆どが修復されている。いや、それこそ魔神襲撃で壊れたはずの建物すら健在の状態になっている。時の歪みが、過去をこの世界に上書きし……砕けたはずのLI-OHをほぼ完全な姿で過去から呼び出してしまったって事か!

 

 「竪神!」

 「すまないが皇子、システムが旧式、GJ(ジェネシック)LIO-REX(ライオレックス)への合体は不可能だ!」

 「良い!お前が居てくれるだけで十分だ!」

 「ああ、流石に最強のAGX相手にはなんの役にも立てなかったが、数多いとはいえこのくらいの心無い機械相手ならば!私とダイライオウ……とアイリス殿下が相手になる!」



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異伝 剣翼、或いは光華の終幕

『キュリキュォォォォォッ!』

 想いを込めた咆哮と共に、剣翼に力を込めて天空で燃え盛る文字通り不死鳥のような姿となった戦闘機と激突する

 

 ぐわんぐわん鳴る耳鳴りと、シェイクされる脳。それをフルフェイスから流れてくる電流で無理に覚醒させながら、俺は!かちあい鍔迫り合いの要領となっている右翼ではなく左翼のブースターをフルブースト!翼と翼の衝突点を軸に急旋回で相手の頭上に回り、そのまま左翼で切り落とす!

 が、燃え上がる炎と共に一瞬実体が消え、翼は虚しく空を切った

 

 更に、強引な軌道に対して安全性を捨てたALBIONでは自壊していく中耐えきれず、バシュッと軽い音と共に振り回された右足の膝から下が千切れ飛んだ

 痛みはない。そもそもそんなもの当の昔に麻痺していて、体の感覚はない。今もう何処の骨が折れているだとか一切分からない。多分モニターには映っているけれど、もう目がない俺にはそんなもの見えない

 ただ、機体の意志に合わせ、なんとか敵に相対しているだけだ

 

 どうしてこうなった、と言いたい。後悔は沢山ある

 何であの言葉を忘れていたのか、何故自分はこうなってしまったのか、幾らでも湧いてきて

 

 それでも

 「最期まで行くぞ、アロンダイト・アルビオン!」

 今こうしている事が無ければ良かったなんて事だけは、一切脳裏に浮かぶことはなかった

 

 応!とばかりに機械龍が吠える。片方完全に耳鳴り以外何も聞こえなくなった耳で、意志があるのか無いのか分からない今の相棒の奏でる鋼の音色を聴きながら、俺は見えない目で訳の分からない不死鳥と対峙した

 

 というか、俺に分かるのってアニャちゃん達だけだから真面目に今使ってる相棒の事すら分からないんだが!

 

 「ブリューナク!」

 シャーフヴォルの放つそれは腕からの雷槍らしいが、ALBIONのそれは機体全体を砲身にして口から解き放つ収束ブレス。魔方陣のように光円を浮かび上がらせながら、全身を焼きつつ雷槍が迸る!

 

 痛い!でも!でも!それでも!

 「俺はもうっ!カミキが応援してくれた、ゼノ皇子とアニャちゃんが信じてくれたっ!

 俺が信じる、下門陸自身を!裏切るわけにはいかないんだぁぁぁっ!」

 だから!もう!怯えきってただヴィルフリート達に良いようにされながら生きているだけよりも!流れ星のように!燃え尽きながらでも!夜を切り裂いて!

 

 「これが!生きるって事だぁぁっ!」

 文字通り命が燃えていく。安全をかなぐり捨てて自分の魂すら燃料にするらしいブレス砲と、本来の役目を完全に捨てて神へと反逆したせいかどんどんと腐り落ちていく呪いの二つによって、俺の命は刻一刻と終わりに近づいている

 

 悔しい。こんなの嫌だ。それでも、カミキの言葉にも、なりたかった信じた自分にも反した生き方なんてもっと嫌だから、俺は叫び続けた

 

 そして、轟く雷槍が不死鳥に激突しようかというその瞬間、燃える鳥は突如として羽のような前進翼を前へと折り畳み、盾のような姿へと変貌した

 ガギン!という硬質な音と共に雷槍と炎翼盾が激突し……空中で炸裂する

 燃える翼と鋼の盾ばかりではない。薔薇色に煌めく精霊の力とは全く質の異なる暖かなナニカが、防壁となって精霊障壁を砕くために搭載された雷槍を受け止めていた

 

 「っ!クソォォォッ!」

 届かない。鋼の不死鳥を落とせない。訳の分からない相棒の力をもってしても、意味不明の強さをしたアルビオンの攻撃を受けても、鋼の不死鳥は空を舞い続ける

 

 そんな俺へと、前進翼に炎を纏い再度不死鳥が襲い掛かる

 警告音に回避をしようとして……

 「ぐがぁっ!?」

 右腕が爆ぜた。体勢を崩し、離脱のために飛び出そうとしたブーストが途切れる

 思わず腕をクロスして衝撃に備えようとするけれど、そもそももう俺には両腕なんて贅沢なものは残っていなかった

 

 が

 「雷王砲フォーメーション!」

 地上から迸るのは爆発的なエネルギー。といっても、元のシステムの割りきりかたが違うのでフルパワーのブリューナク程ではないが、強大かつ巨大なビームが天を焦がして鋼の鳥を襲う

 それを苦もなく切り裂いてくる鋼の不死鳥だが……どうしても、そのエネルギーに押されて速度はかなり落ちている。その隙を縫って、何とか意識をハッキリさせて離脱を成功させた

 

 「竪神頼勇!」

 ぶっちゃけると良く知らない。ただ、羨ましさはあった

 ビームウィングを噴かせ天空を駆ける合体機神。それよりも、壊れていくアルビオンの方が二回りは強い。それでもだ。自分の意志を強く持ち、為すべき事を見据え続けて走れる相手がどこまでもズルく思えた

 「正直、君を信じて良いのか答えは出ていない!だが、私は私を信じよう。皇子はきっと何より良い道を選ぶから共に行くと決めた私自身を!」

 その言葉と共に、俺の空域まで飛び上がってきたダイライオウが咆哮するのが聞こえた

 

 そうも割りきれていた彼がちょっと羨ましい。そう思いながら回避を続けて……体が砕けすぎて鋼龍は天空から墜落する

 

 「……はぁ、はぁ……」

 荒い息を吐き続ける俺。モニターが口と目から溢れる血や胃液や砕けた骨のミックスでグチャグチャに汚れている

 それでも、と立ち上がろうとするけれど、もう体を支えきれるだけの脚が無い

 

 「下門(シモン)

 そう呼び掛けてくる声も、何処か遠い。小説の挿し絵では両目が健在だったけれど今は隻眼の灰銀の皇子。アニャちゃん達に慕われていて、俺はこうはなれないと思った彼。コラージュすればするほど、その在り様に恐れ(おのの)いた

 でも、何処か俺に似ていたとも言われていて。そんな片鱗見えないただの英雄にも思える彼が、彼の立場を奪っていた俺を優しく呼ぶ

 「立てるか」

 「何、とか……」

 剣翼が背中から外れ、それを杖にして腹の下にひくことで何とか体を起こす

 

 対峙していたヴィルフリートは折れた剣と折れた腕で制圧し、ソロモン?というらしい変な機体にも傷を残し、神と相対する灰銀雷光の皇子。彼の周囲には何体かの機体の残骸が転がっていて……

 

 「アニャちゃん、達は……」

 「アウィルとアイリスを舐めるなって話だ。ある程度避難して貰ってる」

 そんなやり取りを引き裂くように、鋼の巨神と鋼の不死鳥が俺達と神の背後にそれぞれ降り立った

 

 「何故抗う、何故戦う!」

 「『生きることが、戦いだからだ!』」

 脳裏に神の……抗うことを昔は考えられなかった偉丈夫の姿を思い描きながら叫ぶ。自分自身では掠れた声しか出ないが、纏う龍機人が合成音声で言いたいことをフォローしてくれる

 

 「否!否!否や!貴様等の生は戦いではない。おぞましき汚染と堕落、その発露に過ぎぬのだ

 何故分からぬ、神が偉大すぎるが故か、人間が愚かすぎるが故か」

 神たる者は両の手を開き天を仰ぐ

 「ならば、真に終わりを行おう。テウルギア達よ」

 

 その瞬間、ソロモンと呼ばれた細かな傷の残るひょろ長い機体が変質し……胴から二つに分かれてくにゃりと曲がると、指輪と鍵のような姿へと変質した

 「フェネク、マルコシアス、フォルネウス、ウァプラ、フォカロル、バエル!」

 無くなった俺の目ですら感じる薔薇色の光と共に、沢山の何かが鍵となったソロモンに呼ばれて姿を現していく。形の定かではないそれらは、鍵を中心に一つに解け合っていき……しっかりとした鋼の体を持っていた不死鳥も一つになったかと思った瞬間

 「神話零結(エクスマキナ)・勇創合体!」

 不死鳥の前進翼を背に携えた何処かダイライオウを思わせる鋼の巨神へと新生する!

 

 駄目だ、と直感的に思う。相棒が何かを叫んでいるようにも思える

 あいつを完全に呼び出されちゃいけない!

 その想いに突き動かされるように、杖にしていた蒼剣を鋼の牙で咥え、全身に残る全てのブースターをonにして地を滑る。走れはしない、飛べもしない。かなり不格好にかっ飛んでいって、まだ薔薇色の光のままの巨神へと刃を振り下ろす!

 

 が、薔薇色の輝きがそれを阻む。アルビオンの纏うものと根本が違えど、対精霊を考えたようなその光だけで機能が一部麻痺していく。最低限の生命維持装置すら停止し、パージ

 胸元が完全にさらけ出され、一本の血管で繋がった心臓がころんと器から溢れ落ちる

 

 「吠えろ!紅ノ風!」

 そんな俺の背後からクロスするように、赤金の剣が叩きつけられる

 「ライオ・シルフィード・アークッ!」

 更には百獣王の胸元の獅子の顔から光の巨神を拘束するように光輪が放たれた

 

 「……無駄だ。神話より来っ!?」

 神の言葉が途切れた

 「貴様等ぁっ!」

 神の胸元から、蒼い刀の切っ先が生えていた

 折れた月花迅雷の片割れ、先端部が黄金の雷を纏い背後から神の胸を貫いている

 にぃ、と笑いながら透明な返り血を浴びて溶けていくのは、犬耳の青年アバター

 

 「……ふん、時間切れか。所詮忌まわしき姿よ。今はくれてやろう」

 そうして、神の姿は薔薇色の光神と共に虚空へと溶け消えた

 

 完全に現れぬよう振り下ろした剣達が空を切り、世界に静寂が訪れた

 

 「……がふっ!」

 その瞬間、アロンダイト・アルビオンが完全解除され、俺は達磨のような状況で大地に……

 

 「大丈夫か、下門(シモン)

 放り出されることはなく、何とか銀髪の青年の右手と左腿に挟まれて空中で止まった

 「リック君、待っててくださいね、今行きますから」

 そして、耳鳴りの酷い耳に届くそんな声

 

 「ちょ、アナちゃんあいつ汚いしヤバイって!」

 「そんな人を有り難うって治してあげなくて、どうするんですかエッケハルトさん!」

 あ、怒られてる……と薄れる意識の中で思う

 

 「もうちょっとだけ頑張ってくださいねリック君、今何とか治して……」

 淡い青い涼やかな光が俺を覆うのを感じる

 

 でも、無意味だ。自分で分かる。これは、小説版で言及されていたものと何ら変わらない。ゼノ皇子を蝕む神の呪詛と性質は同じで、より強い悪意

 どんな魔法も……それこそ聖女の力すらも弾く神による死の宣告

 

 「そんなっ!どうして」

 「っ!」

 唇を噛むようなひゅっという音が聞こえる

 

 行くぞ、アルビオン

 

 駆け寄ってくる女の子の手を首を振って払い、地面に落ちる

 「下門っ」

 「離れて、くれ」

 「何でですか!」

 「危険だ、から……」

 「そんな傷だらけで、何が危険だって」

 そんな声は銀髪の皇子に遮られる

 

 「裏切り者の爆弾は、死ぬまで終わらない……何か出来ないのか」

 首を横に振る

 解除方法なんて無い。それこそヴィルフリート当人にも、アルビオンにも解除できない。これはさっき消えたアヴァロン・ユートピアが後付けした悪意、彼を倒すことでしか消えない

 

 「皇子さま、何か、何か手は」

 「……なぁ、ゼノ皇子」

 だから、これで最期。一つだけ聞きたかった事を、何とか言葉に紡ぐ

 「俺、ちょっとは役に立てた……?君達の仲間みたいに、なれた……?」

 「違うだろ、下門

 想いを同じにした時点で、みたいじゃない。仲間だ」

 散々迷惑かけてきて、どうしようもなく脅されているから逆にその中で酷いこともしようとしたのに。そんなもの捨てて、彼は優しく返してくる

 

 ああ、やっぱり……

 「そっ、か」

 寂しく笑いながら、今一度完全に一度は消えたアルビオンを呼び戻す。もう、呪いの外から来たから影響の無い剣翼アロンダイト以外の場所は殆ど壊れきっている。残されたのは、自爆装置と化したエンジン他極々一部

 

 そして、アロンダイトで俺は天へと飛び出した

 

 3

 と脳裏にカウントダウンの電気信号が届く

 もっと空へ

 

 2

 星のように

 

 1

 でも……

 

 0

 認めてくれた、思い出せた。だからこそ悔しいなぁ…… 

 

 体の内部から、そして龍骸から解き放たれる爆発し拡散する力が、下門陸という存在を粉々に0へと還していく

 

 もう、終わるしかないなんて

 嫌だなぁ……

 

 「畜生……っ」

 その想いだけを残して、俺の総ては天に咲く花火のように、光と共に散っていった



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鋼龍、或いは過去の縁

「……有り難うな、下門(しもん)、リック」

 下門陸というらしい意識と、そしてリックという肉体。空に咲く花火のような彼の最期の光を右目で見上げておれはそう呟く

 

 結局、分からなかったことは多い。おれ達と最初から仲良くしたかったが脅されていたのか、それとも最初はやらかす気があったが止めたのか。カミキという名前も彼の兄貴分ということしか分からないし……

 

 それでも、おれは彼を見(おく)る。横で駆け寄ってきたアナもお揃いとしておれのフリした彼が買ったらしい耳飾りを外して、それでも捨てることはなくきゅっと握りしめていた

 

 「皇子、何だったんだ彼は」

 訪ねるのは百獣王ダイライオウを格納庫に帰還させた青髪の青年

 「最後だけは、おれ達の仲間だよ。おれもそれしか分からない」

 「ま、自分で己の悪縁を断とうとした、それだけは確かってこったな」

 あー疲れたとばかりに翼をだらんとしながらロダ兄がやってくる。アバターが一個吹き飛んだからか大分疲労の色が濃いが、それを思わせずに少年を抱えたまま歩いてくる

 

 「お疲れ様、ただいま、皆」

 「ただいまじゃねぇっての!死にかけたぞ俺!」

 「いや一度死んでたぞエッケハルト」

 「うげっ!そう言われると心臓が……ギリリと痛い!助けてアナちゃん!膝枕!」

 「いや結構それ元気だよね……」

 ポツリと告げるのは、複雑そうに自身の手の腕時計を見下ろす桜理

 

 「やっぱり、恐ろしいものなんだよね、これ……」

 「ああ。万が一使いこなせれば」

 脳裏に浮かぶのは鋼皇の姿。あれがアルトアイネス、あの機体さえ使えればどれだけ心強いだろう。敵として対峙したあの機体の恐ろしさは身に染みて理解できてしまったから、よりそう思う

 「だけど、使いこなせなければ彼の、アヴァロン・ユートピアの思う壺だ」

 その言葉に黒髪の少女は曖昧に頷いた

 「うん。そうだよね。僕はあの機体をきっと使いこなせない。敵だったけど、最期に少しだけ本当のアルビオンを見せてくれた彼みたいには」

 いや味方だぞ桜理、と言いたいが呑み込む

 

 リック自身やらかした事は大きい。許せる許せないはあるだろう。おれはただ、民を守る皇族として民であるリックを、下門陸を許せただけだ。許せないと思うのも当然で、それは間違ってないと思う。個人の考えなのだから平行線、間違いが無い以上妥協点もない、互いに心の中に仕舞うのが一番だ

 

 折れた刃を見下ろし、折れた腕に引っ掛けた鞘へと納める

 まさか折れるとは思わなかったが、これからどうする?一瞬だけ呼び出した轟火の剣に今までもかなり頼ってきたが今以上に頼るわけにもいかない。というか、あいつ父さんの持ってるものをそのまま呼び出してる以上、この先に魔神だなんだと本格的に戦う際に毎回父さんの武器を奪うなんて出来ない

 

 だからこそ、死してなおおれ達に手を貸してくれる天狼の角を埋め込んだ愛刀は本当に頭が上がらない武器だったのだが……

 最低限全部残っていれば、修繕が出来た可能性はある(そもそも修繕すら出来ないがそれ以前に傷一つ付かない武器のはずなので直るかは微妙だが)が、切っ先は神に突き刺されたまま消えた。材料すら足りない

 

 「皇子さま、大丈夫ですか?」

 心配そうにおれを見上げてくる聖女にひきつった笑いを返す

 「大丈夫さ、アナ。だから離れてて」

 「え、なんでですか?」

 「これから残酷な事をするからだよ」

 と、おれはロダ兄に目配せし、エッケハルトにも眼でメッセージ

 

 「行こうぜアナちゃん」

 「残酷って何を」

 「悪いが拘束もそのうち破壊される。リックが、シモンが壊してくれたALBIONだって、数ヵ月もすればきっとこいつの手元に戻ってきてしまう。だから……その前に二度と飛べないように。ヴィルフリート、お前の腕ごと貰っていく」

 そう、何度かAGXやその召喚用の装置は破壊したのだ。それで今こうなっている以上……両腕を落とさせて貰うしかない

 

 「外道!悪魔!ゼノ!助けてリリ姉!僕のエンジェル!この悪魔を止めてくれ!」

 じたばたと暴れる少年だが、ロダ兄に捕らわれていて上手く動けていない

 「ヴィルフリート。おれはお前を殺さない。罪を自覚し、購い続けろ。リックじゃないが、生きることが、償うことが戦いだ」

 おれのように

 

 そう付けようとして、言葉が途切れる

 

 「ふざけるな!僕はリリ姉と!自由に生きる!」

 「もう、無理だ」

 もう一度抜刀。半ばから折れていても、腕くらい切り落とせる

 

 静かに覚悟を決めて、ロダ兄に地面に彼を下ろして貰い見下ろす

 ……顔が違う。何だか見覚えが……

 

 っ!

 

 「獅童君?」

 心配そうな桜理の声

 「皇子さま?」

 

 「獅童。やっぱりそうだよな、三千矢」

 目の前に見える顔は、良く知る顔の、少しだけ幼い日のもの

 「カズ、おじさん……」

 おれを、家族を喪った獅童三千矢を拾ってくれた獅童和喜(かずき)が、其処に居た

 「お前は僕たちから兄や万四路ちゃんだけじゃなく、リリ姉や僕の未来すら奪うのか、三千矢!この疫病神が!」

 やるべき事は分かっているのに手がブレる。刃が空を切る

 

 そして……

 

 「はっ、遂に戻ってきたぁぁぁぁっ!」

 バキン、と氷が砕けたかと思うと、和喜の姿は青きオーラに包まれた。そして現れるのは鋼の龍機人。各所のパーツは陸のお陰で欠けまくっているが……背に煌めく剣翼と完全に復活した結晶体を煌めかせる機械龍が其処に降臨していた

 

 「リック、お前は糞だったよ。死んでくれて清々する

 でも、サンキューな、最期だけ役立ってくれて。お陰でよりパーフェクトな、シャーフヴォルに外れと虚仮にされないアロンダイトの力を、僕にくれてよ!」 

 『コォォォォッ!』

 何処か寂しげに、剣翼を携えたアロンダイト・アルビオンが咆哮する

 

 速すぎる!もう復活してヴィルフリートが使えるようになったっていうのか!

 ならば、彼の必死の抵抗はなんだったんだよ!命を捨てて自爆を受け入れて!それですら稼いだのはほんの数分だけか!

 

 ふざけるな!

 そう叫びたいが、眼前の剣の翼を翻す龍がその隙を見せてくれない

 

 「ヴィルフリートぉっ!」

 「……三千矢。僕からこれ以上リリ姉まで奪うのか。一兄さんを奪い!万四路ちゃんを奪い!そしてっ!」

 ほんの少し、迷いが生まれる。その瞬間、裁きは下った

 

 「だから、これ以上僕から奪うんじゃねぇよ三千矢ぁっ!死ねぇ!ブリューナクッ!」

 そして迸るのは剣翼から溢れた力が結晶となり解き放たれる結晶混じりの雷の槍!それをおれは折れた刀で鍔迫り合いの要領で受け止めるが……

 

 止めきれやしない。直ぐにぐぐっと押し込まれていく

 「なあ、三千矢。お前は死ぬべきだろ」

 昔から聞いていた正論が耳を打つ

 

 だが、その瞬間

 「……やっと見付けた」

 おれの横に不意にひょこっと姿を見せるのは黒髪白耳の狼娘

 「アルヴィナ!」

 「鋼の龍が、死者の想いが泣いている

 だから、皇子……」

 エネルギーが螺旋を描き、雷槍が炸裂する。完全に爆発におれとアルヴィナは呑まれ……

 

 「はっ!死んでてくれよ三千矢。それがお前の役目だろ?」

 粋がる和喜伯父さん。彼にも思うところはあって、正論でもあって

 

 それでも、とおれは……刃渡り79.7cmの蒼刃を振るい、巻き上がった煙を切り払った



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異伝 獅童和喜と尽雷の狼龍

「……な、に?」

 螺旋が渦巻く。忌まわしい相手を吹き飛ばす筈だった蒼き結晶を核とした雷槍は確かに大きなエネルギーの爆発を引き起こした

 

 これで勝った。その筈なのに、どうしても不安が拭えない

 進化した鋼龍を身に纏った僕の前で、蒼き螺旋が収束し、立ち上った煙が切り払われた

 

 中から現れるのは隻眼の怪物。淡く桜色の雷光を散らす姿から花の名を抱く青く澄んだ神器、月花迅雷。半ばから折れていた筈のそれは、ほんの少しだけ大きく、峰が龍の背のように波打った姿に変わって……切っ先まで完全な姿に戻っていた

 

 水のように澄んだ刀身の中を迸る雷光。軽く振られて虚空に花吹雪のごとき軌跡を残す

 

 「……な、どういう……」

 ブリューナクを打ち込んだはずだ。折れた刀で受け止めたところで消し飛ぶはずだ

 「何故お前は生きている!どうしてもう一度僕の前に立ちはだかる!折角死んでくれたろう!終わってくれたろう!」

 どうしてだ!リリ姉……いやリリーナすら奪っていく!と喉を枯らして叫ぶ

 

 僕……獅童和喜はゴミだった。堕落した者達でつるみ、クズみたいな女と出来婚して、タバコと酒のやりすぎで流産。なら結婚なんてしなきゃ良かったと思いつつも今更別れても金が無くずるずると過ごしていた

 だのに、兄は憧れていた女の子に認められて付き合って……それがずっと怨めしかった

 

 だから、勝手に認められて成功していった、悪意無く時折子供達と実家に戻ってきてその運ゲー格差を見せ付けてくるあの兄が事故死した時、脳裏に過ったのは歓喜だけだった。忌まわしい相手は死に、財産は自分に入るのだと

 子供達の中で慕ってくれるのは末の妹だけ。あれは可愛らしく、あの兄の子という立場ある者が好いてくれる……自分にもあるべき運が来たという想いから生きていて欲しかったし、いっそ成長したらそのままクズと別れた後結婚して正規に共に遺産をと思ったが、死んでしまっていた

 

 だのに!一番おぞましい甥だけが生きていた。あの兄のように、立場ある者に認められて、勝手に成功していく裏切り者。それも、何処か兄のような性格で、兄より更に勝手にチャンスを貰っていて

 自分ならとっととモノにして成功を確約するのに、それをしない大馬鹿

 

 思い出す程に苛立ちが募る。だからせめて僕のものになるべき遺産を手離せと追い込んだ。それで勝手に死んでくれて、正当な喜びに浸っていたというのに

 

 『兄さんがずっと貴方方を庇っていたから今まで直接手は下しませんでしたが』

 とてつもなく冷たい目をした一人の少女に、そのあるべき幸運の総ては粉砕された。様々に奪われたまま、獅童和喜の人生はどん底で終わった

 

 「だから、生まれ変わったんだ。こうして本来あるべき特別を得たんだ!

 それはお前も!(はじめ)も!与えられるべきじゃないものなんだよ!

 何で此処まで来てまた立ちはだかる!僕から特別を、価値を奪う!お前は死んでなきゃいけないんだろうが!何でそうなる!何をした!死んでてくれよ三千矢ぁっ!」

 

 それも、無くなった筈のものを携えて

 本当にふざけるな!なんなんだそれは!

 その想いと共に捲し立てる僕の前で、忌まわしい敵の左手が燃え上がる。人魂のような炎が灯り、折れた左腕をすっと空へと伸ばした

 

 「空を見ろ、ヴィルフリート」

 静かな隻眼が心を射抜く。血が透けた瞳の色が赤から青に変わり、その頭に一対の狼耳が生える

 「はっ!?星がどうかしたか」

 「……言葉を借りるぞ、下門(シモン)

 天の光は総て星!紡ぎ上げ見守る、道を照らす天津導星!」

 「は?」

 ナニイッテンダコイツ?

 「円卓の(セイヴァー・オブ)救世主(・ラウンズ)!アヴァロン・ユートピア!お前達は簡単に死を望む!意味を求めない!

 でもな!意味が無いなんて事はない!」

 見据える目は、獅童和喜としての人生を生き地獄の底に叩き落として終わらせに来た少女と同じ、怒りの無い色

 ただの憐れみ

 

 「僕を、見ろぉぉぉっ!」

 僕を、獅童和喜を!ヴィルフリート・アグノエルを!特別に選ばれるべき何かを兄に!お前に!ユーゴに!そこの黒髪に!奪われ続けた僕自身を!

 リリ姉に選ばれるべき……

 

 「ああ、見ているさ」

 「ならばどうしてそうなる!何故沢山の女の子に囲まれて僕を見下す!お前は罪人じゃないか!何で僕の、被害者のために死なない!」

 その言葉に、隻眼の皇子は静かに、寂しげに笑った

 

 「そうだよな」

 「そうだ、死ねよ!」

 時間を稼いでいる間にアルビオンで大きな何かを仕掛ける準備はほぼ整った。これで何とかしてリリ姉を回収して……

 

 「確かにおれには沢山の罪がある」

 まあ、僕の特別を、幸福を奪っていく以外はどうでも良い勝手に思ってくれてる罪なんだけど、好きに背負っててくれ

 

 「でも!おれを誰だと思っている」

 「死刑囚!」

 「……違う。始水が、桜理が、この手を掴んでくれた獅童三千矢で!アドラーが、アウィルが託してくれた」

 蒼き雷刃に雷光が灯り、その左肩の翼のようなマントが無い風を孕んではためく

 「そしてっ!アナが、ティアが、信じてくれたゼノで!」

 

 その姿が、炎と結晶に包まれていく。耳を模した狼龍の兜に、全身を覆うアーマースーツ。リックを護り本当の敵だと僕を弾劾しようと現れた時の姿に、狼の要素を加えたような……

 「下門(シモン)が、龍姫が、帝祖が、シロノワールが願った英雄!」

 青年の背後へと黄金の落雷が迸る

 

 「『スカーレットゼノン・アルビオン!』

 おれは、皆が信じるおれとして、罪も何もかも背負って!明日を切り開く!」

 「ふっざけるなぁぁぁっ!」

 ここまで聞いておいて!何か立ち直ってんじゃねぇよ!追い詰められて死んでろ忌み子がぁぁぁっ!

 

 怒りと共に手に入れた剣翼にエネルギーを集中し、精霊結晶で槍のように前方を覆う

 「ぶっ殺す!」

 「……行くぞ、()月花迅雷(げっかじんらい)

 静かに、相手は波打つ背の消えた元の直りきった刀を鞘に収め、深々と中段に腰を落とす

 

 剣翼を噴かせ!

 「消えろきえろキエロ消えてくれぇっ!」

 対峙する自称英雄の背に、拡がる鳥の左翼と……今のアルビオンに酷似した龍剣の右翼を幻視する

 左翼に渦巻く嵐、右翼に迸る氷炎。その二つが中央の何時しか柄先に龍の……アルビオンの兜を模した龍の意匠が追加された蒼刃に、混ざりあい黄金の雷となって集約していく

 

 っ!これまさかヤバい!?

 

 その予感に、迷わず向きを変更。湖へと尻尾を巻いて逃走を謀る!

 

 「龍覇!尽雷!」

 はぁっ!?

 が、その背に迫る熱気に思わず振り返ると……湖面の上をカッ飛んでくる怪物の姿

 お前足場無い場所に突っ込んでくんなよ!?逃げさせろ!今だけリリ姉諦めるからさ!

 

 ヤバ、逃げられな……

 「ステラを苦しめることなるんだからな。貸し一億」

 虚空からブラックホールと共に降臨する銀の巨神アガートラーム

 「ま、バリアと」

 そして貼られる結晶と重力の二重壁。二つの盾が逃げる僕を庇い……

 

 「断っ!」

 それすら突き抜けて、振るわれる刃が剣翼を掠めた

 

 「うげらぼぐぅぁぁぁっ!?」

 片翼を半ばから喪って、湖へと激突、思わず意味不明の悲鳴が漏れ……

 何とかユーゴの重力球によって、僕の体は安全圏へと転移した



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龍霊水晶、或いは尽雷の刃

「……逃がしたか」

 背に輝く龍剣の翼を噴かせ、嵐を纏いそれに合わせたかのように打ち振るわずに飛翔する左翼も駆って、おれは湖面を時折蹴りながら滑空する

 何というか……やっぱりアドラーの想いは完全におれに力を貸してくれはしないようだ。追っている間は好きに飛ばせてくれたが、……

 

 何度か湖面を蹴って高度を確保したところで漸く着地。同時に変身は強制解除された

 纏った精霊結晶のアーマーが虚空に溶け、一部その制御を担当してくれていたアルビオンの残骸が左腕のアーマーから形を喪ってオリハルコンの鞘の飾りへと変わる……って其処にくっつくのかそれ

 

 『お疲れ様です、兄さん』

 ああ、有り難う始水、と心の中で最低限のやり取りだけ交わして一度会話を切る

 

 「有り難う、アドラー、アルヴィナ」

 この変身、『スカーレットゼノン・アルビオン』は沢山のおれが背負ってきた死が、受け継いできた魂が発露した姿だ。言い方を変えれば、おれ自身どんなものか詳しくは実は知らないんだが今のおれとアルヴィナによる屍天皇ゼノと言えるかもしれない

 ぶっちゃけるとおれの魂と共鳴してくれたアドラー・カラドリウス、アウィル(名前同じらしい母狼の方)、下門&アロンダイト・アルビオンの力を折れていた月花迅雷の竜水晶をコアにアルヴィナの死霊術も借りて解き放った姿。一応御先祖様も多少手を貸してくれていたか

 つまり、おれ個人で変身できた訳ではないのだ。というか、今も変身できない

 

 二度と纏えるかも……アルヴィナが居てくれたら、そして始水が手を貸してくれれば変身は出来そうだな、一応

 と、凍てついた足でふらつきながら思う

 

 「あ、獅童君」

 「皇子さま、だいじょぶですか?」

 と、左右から銀の聖女と黒髪の男装少女に支えられながら苦笑する

 「ああ大丈夫、皆のお陰だ」

 

 「皇子、がんばった」

 ……これはおれへの慰めというより、撫でろという話か。変身中はアーマーの補助で動かせた左手だが、やはり今は動かない。部分的に死んでいるというか……逆にいえばだからアルヴィナの死霊術で動かせるわけだが

 なので、横のアナに目配せして右手を空けてもらい、近付いてきた黒髪の狼娘の頭にぽん、と手を置く。ちゃんと帽子を脱いでくれて撫でやすい。軽くその頭を撫でてやれば嬉しそうに眼を細める

 

 「……ってか、何がどうなった?」

 「下門(シモン)が、皆がおれに力を貸してくれた。あの機龍には彼の想いが籠っていたから、アルヴィナの死霊術でその想いを呼び覚まして……放たれた力を逆におれのものとして取り込んだ

 簡単だったよ、下門の想いだってそのままあいつに使われるのを良しとする筈無かったから、即座に応えてくれた」

 まあ、おれだけだと呼び掛けることすら出来ず取り込めないしアルヴィナ様々って話だな

 それに、本当に彼がおれ達の友として勇気を振り絞ってくれていたから、アロンダイト・アルビオンはおれの呼び声に自身の認めた乗り手の為に力を託してくれた

 これはおれの勝利じゃない。下門、お前の紡いだ勝利だ

 

 心の中でもう居ない彼に向けて呟く。あの時、放たれた雷槍と融合する際に彼の記憶を垣間見た。お陰で多少は理解が深まった

 どうして彼がああだったのか、何故いきなりおれ達に手を貸しはじめたのか、ある程度納得できた

 

 「いやそのシモンって誰だよ」 

 「リックだよ。下門、陸。もしもほんの少し縁の歯車が違えば、きっと一緒に喜べていた、そんなおれ達の仲間だ」

 「なかまぁ?あのクソ野郎が?」

 「正直、僕自身結構苦手かなああいうの……

 自己嫌悪入ってるとは思うけど、何様なんだって思う」

 信じられねと肩を竦め、ぽけーっと馬鹿にしたような顔を浮かべる炎髪の青年に仕方ないなと苦笑する

 

 ま、万人にそうだと受け入れられるとはおれも彼も思ってなかったろう。ってか、何だかんだ長い間居るアルヴィナやシロノワールですらそうだからな。一度出来た禍根はそうそう無くせない

 

 だけど

 「お、良いこと言うじゃねぇかワンちゃん。躓く石すら縁の端くれ。そっから紡ぎ直した縁、たぶんそんな悪くなかったぜ?」

 「皇子、私の意見は一つ。そこのただのアルヴィナと同じ事だ」

 認めてくれる人も居て

 

 だからおれは、その魂の冥福を祈る

 っていうか、そもそも待てよ?あまり頼るのはどうかと思うが神様当神が居るじゃないか。この世界の死後の世界とか魂の行方とか当然干渉できるだろう

 『あ、無理です兄さん』

 いや無理なのか?

 『いえ、私の及ぶところではないという意味ではありません。そもそも干渉が出来なければ兄さんを獅童三千矢に出来ません』

 ……それもそうだった。おれを転生させられるんだから……

 

 『彼の、下門陸の魂は死後の世界に来てないんですよ。死者の嘆きを怒りの雷に変え、ブリューナクを放つあのシステムに取り込まれて、燃料にされているのでしょうね

 だからこそ、兄さんの声にせめてと応えたというのもあるのでしょうが……』

 そう、かと息を吐く

 

 あの機体を破壊してやらなきゃいけない理由がまた増えた

 

 「ってか、あのクソの力を借りて?変身した訳?」

 「ああ」

 言いながら今は普通の月花迅雷の姿に戻った新生した愛刀を見下ろす

 

 「直ったんですか?」

 「直ってないよ、アナ」

 「空気が変わってる」

 そう告げるアルヴィナに、おれは鋭いなと頷いて軽く透き通った蒼い刃に触れる

 

 「今のこいつはドラゴニッククォーツだけじゃなくて精霊結晶が使われている。融合して一つの刀身に変わった……謂わば、龍霊水晶ってところだな」

 この世界に有り得ない材質だ。触れるだけで絶望の冷気を感じるが、それ以上の暖かさがそれを打ち消している

 「だから、同じなのは外見だけで中身は別物。直ったというか進化した感じだよ」

 「へぇー、ちょい貸してくれよ」

 その言葉に良いぞと鞘に収めてほいとおれは愛刀を投げ渡し……

 

 「ふげらばっー!?」

 受け取ったエッケハルトが凍りついた

 「殺す気かよ」

 「いや、全く」

 アイムールが放つ熱が何とか氷を受け取った右腕のみに抑え、その間に地面に放り投げられる刀。外見は変わらないが……

 

 「何こいつ。第一世代か何かかよ」

 いやそれは流石にと想いながら呼び掛けて……

 

 ヒィン、という小さな歪みの音。何度も聞いたブラックホールを通して転移してくるAGX特有の音と共に、愛刀が手の中に現れる

 「持ち主選ぶように進化してる!?」

 「退化じゃねぇか!」



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事後処理、或いは心境

「その、大丈夫なの獅童君……?」

 心配そうに紫色の瞳で見つめてくるのは桜理。怨めしそうにカタメカクレしたままアルヴィナが爛々と眼を光らせているが、それは気にせずおれの左側に立ち続ける

 

 「大丈夫だよ、オーウェン」

 皆に事情を話してないだろうから、おれは彼女をそう呼ぶ

 「あ、アルヴィニャちゃん、こっちですよ」

 と、おれの右手を支えてくれていた少女が少し離れてぱたぱたと手を振った

 「ボク、あーにゃんの場所は盗りたくない

 だから」

 と、黒髪狼娘はそれをガン無視して桜理を睨み続ける

 「……君は不安だし、あまり心を許したくはないかな」

 

 「勝った」 

 と、やり取りを無視しておれの頭にぴょこんと乗って丸くなるオレンジ猫。アイリスのゴーレムだ……って持ってきてたのかその個体

 

 それを見ながら、目配せしてロダ兄と笑い合う。気を抜けるだけの余裕はもうあった

 

 「でも、皇子さま。本当に平気ですか?」

 と、銀の聖女の青く澄んだ瞳すらもおれを上目に見上げてくる。ってか、良く見ればそこまで酷い事はされてないはずだが戦いの余波だけでちょっと服が破れて肌が覗いているんであまり見返したくない

 特に胸元。純白の布の切り口からちらちらと水色のフリルの付いた何かが見え隠れする。そこのエッケハルト、ガン見は止めて差し上げろ

 

 「……おれは平気だよ。左腕は折れてるけど治る範囲だ」

 「そうじゃなくて……皇子さまはずっと自分を責めてました」

 そうだなと頷くおれ

 「そして、わたしには詳しい事はまーったく分かりませんけど、三千矢っていうのが皇子さまの事で、あのヴィルフリートさんはそんな別世界の皇子さまの事を知ってる……んですよね?」 

 ぎゅっと手を強く握り、不安に満ちた眼がおれを射る

 「皇子さまが苦しむ原因、あの人に関係あったりしませんか?心は苦しくないですか?」

 どこまでも真剣におれを心配してくれる少女に、大丈夫だよと眼を細める

 

 「そうだな。心配かけた」

 「はい。でも皇子さま、あなたは……」

 捲し立てるように何かを言いかけて、そのくりっとした眼がしばたかれる

 

 「あれ?皇子さま?」

 「彼は獅童和喜。事故で死んだおれの家族の縁者の人」

 「あれ、結構平気なんですか?何時もみたいに、おれが皆を殺したせいでって……」

 「言わないよ、もう」

 眼を閉じて、一つ息を吐く

 柔らかく儚いその手を傷つけないようにゆっくりと、おれは右手を空へと向ける

 

 「別にさ、まだおれはおれを信じれちゃいない。皆が死んだのにってさ、自分を責めたくなるよ」

 でも、と眼を見開く。視界に映るのは満天の星空。地球より星の光が強く、地上の星が光景を打ち消さないから拡がる無限の輝き

 

 「君はずっとおれを信じてくれていた。桜理は昔のおれの意味を……無かったと思っていたそれを、違うって言ってくれた」

 そして、と愛刀を超短距離転移。だらりと吊り下げた鞘に収まっていた筈の神器を右手の先に呼び出す

 

 「そして、万四路が、下門が、アウィルが、それだけじゃなく数多くの人がおれに託してくれたんだ」

 澄んだ刃は星の光を受け、桜の雷光を虚空に散らす

 「ああ、確かにおれの罪とかは無いなんて言えない。でも、それと同じだけ、いやそれ以上におれを信じてくれた者達が居る。天の光は総て星、おれ達を見守る光だ

 だからさ、アナ。おれは……君達の信じたおれを信じる。確かにおれのせいでってのはあるんだろう、和喜おじさんの恨みも分からないでもない

 それでも、おれは前に進むよ。天の光が見守ってくれる限り」

 「えへへ、そうなんですか皇子さま?」

 ……何だろう、聖女さまがとっても上機嫌  

 

 「……アナ?」

 「アーニャさま?」

 「やりましたアルヴィニャちゃん!ずっと皇子さまを信じてきた甲斐がありました!

 えへへ、これでもう、自分はって変に追い込んだりしませんよね?」

 「皇族としてやるべき事はやるよ。でも、ちょっと立ち止まって考える。君達の信じたおれであれるかどうか」

 考えた果てに、おれ達に命を懸けて流星のように燃え尽きていった下門のように

 

 「じゃあ、もうおれは忌み子だからって一人で居ようと距離を取るなんて寂しい事もしませんよね?」 

 「いや、それとこれとは話が別だ。君達の信じたおれを信じても、呪われた忌み子であることは変わらない」

 「何でですか……」

 いきなりご機嫌に少し揺れていたサイドテールが沈みこんだ

 

 「そうだぜアナちゃん、こいつ呪われてんだよ!」

 「だったら、呪いを祓うまでです」

 「逆効果っ!?」

 そんなやり取りが出来るのも、一時の平穏を取り戻したからで

 

 「ゼノ」

 ふわりと降り立つのは弓を構えた一人の青年

 「シルヴェール先生、いや兄さん」

 「すまないね、生徒皆の誘導や保護を優先した結果、手助けする余裕は無かった。特にノア先生は突然不快ねと消えてしまうし……

 いや、居たとして二人ともどれだけ役に立てていたかは未知数だけれども、ね」

 殆ど損傷がない……いや、もう戦闘開始前より遥かに戦いの傷痕が残らない畔付近を見ながらそう告げる兄

 というか何やってるんだノア姫。いや、寧ろ良かったのか、コラージュしてた時の下門やヴィルフリート相手にだとプライドから普通に喧嘩売りに行きそうだしな、ノア姫。それを察して関わらない範囲まで身を引いてくれてたんだろう

 

 「……一応、今回は何とか撃退に成功しました、シルヴェール兄さん」

 「……事後処理は大人に任せてくれるかな。聖女様方に無理をさせたって言われる前に、ゆっくり休ませるように」

 その言葉に皆で頷く。誰も彼もきっと酷く疲れていて、異論は出なかった

 

 いや、寝床にしたおれの頭が揺れてアイリスキャットだけ不満そうだった

 

 此処に本当に、トリトニスで起きた二度目の戦いは終結した



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慰霊碑、或いは誓い

二日後、おれは慰霊碑の前で無言で立ち尽くす

 

 「自分、此処に奉られてたんですね……」

 と、横で唖然としたように呟くのは一人の兵士だ。そう、おれの盾となり消し飛んだ筈のうちの一人。時が滅茶苦茶にされた影響か、彼等も生き返っていたのだ。嬉しいような、彼等のあの日の想いを馬鹿にされるようで不愉快なような、複雑な気持ちにならざるを得ない

 

 ただまあ、遺族があの人が帰ってきたと普通に喜んでいる以上、それで良いのかもしれない

 「ゼノ殿下」

 「騎士団長。今の責任者はアイリスです。うちはこれでも第三皇女アイリス派なんで」

 語りかけてくるこの地の団長に笑いかける

 

 まあ、アイリスはその辺りに興味を見せないから実質おれが代理なんだが……

 

 「彼等は殉職した筈だ。どう対応すれば良いだろう

 そして、約半数は今もまだ姿を見せないが」

 「これが、おれ達が立ち向かう敵の一角の力です。時を操る怪物による怪異現象

 彼等は偽物とか他人の変装ではありません、死ぬ前の時間軸からやってきた……言うなれば過去から来た当人です。返してやれるわけでもありませんし、それはもう一度死ねということに他なりません。だから聖女の奇跡として上手いこと保護してやってください」

 ただ、とおれは言葉を切って再度慰霊碑を見つめる 

 

 「これはあくまでも偶発的に取り戻せてしまっただけのもの。自在に死者を過去から蘇らせられるとかそんな話は全くありません。だから、全員は帰ってこなかった」

 実際、もしも桜理があの機体を使いこなせたとしたら、どうなるのだろうと少しだけ思う

 

 でも、きっとそれは有り得ない

 いや、桜理が使いこなせないって意味じゃなく、AGX-15に自由自在に時を巻き戻す力なんてきっと無いんだ

 『おや、どうしてそう思うのですか?』

 と、耳元に囁く幼馴染の声。こうして思考を軽く誘導してくれるから助かる

 

 ……だってそうだろう。ほんの少ししかおれも知らないが、時を戻して死者を生き返らせたり、そんな機能があればあの機体は……あんなに一人ぼっちではなかったろう。誰も居なくなった世界で、たった一人の孤高の鋼皇。護るものすらほぼ居なくなった世界できっと彼は戦い続けてきた

 

 そう思ったら、今回のあれは本当にイレギュラーだ。起こって良かったとは思うが、二度と期待はできない

 

 「……奇跡として」

 「はい。七大天様がきっと、わたしたちに希望をくれたんです」

 『ま、私にはそんなこと出来ませんが……』

 神妙におれの横に控えていたアナが七天教らしいことを言い、神様がおれにだけ茶化す

 

 というか、死者蘇生とか

 『世界のルールを曲げますからね。兄さんを一度異世界に送って過去の兄さんに組み込むとか、あれも割と反則なんですよ?

 本気になればやって出来ないことは無いのですが、それを行うという事は生と死の境を世界自体から曖昧にしてしまうことです。それは困りますからね』

 

 なんて裏話をおれが聞いている間に、自分達が体を、命を張って護った聖女に微笑まれて生き返った兵士達は照れ気味の笑いを浮かべる

 が、大半はこれでも家庭持ち。特に変な視線はない

 

 「おーい、ゼノ君、そろそろ帰る時間だってー」

 なんてやってる間に、リリーナ嬢の声まで聞こえてきた

 

 「了解です、聖女様、殿下」

 それだけ告げると、少しだけ嬉しげに足取り軽く騎士団長は靴音を鳴らして部下達と去って行く。その足音には寂しげなものも混じっていて、それでも複雑な気持ちながら帰ってきてくれた事は嬉しく思う

 

 自分の保持して助けてくれる死霊が減ったとアルヴィナは耳だけ不機嫌だが……何も言わないで見送ってくれた

 そうして、もうそろそろ行かないとなと思い、おれは横の聖女様と共に今一度慰霊碑を見る

 その上側に新しく刻んだ文字と、小さな箱。日本語で刻んだその文字は人々からすれば不可思議な紋様にも見えるだろう。でも、おれには読める

 下門 陸、と

 

 その文字の上に用意した箱に、アナが耳からもう一度取った耳飾りの片方を仕舞うと、魔法で軽く封をした。ふわりとした青い光が水球となり、日を浴びて煌めく宝石のように慰霊碑に華を添える

 

 反対もされた。やっぱり納得できないとも。おかーさんは赦してもとアウィルすら難色を示した

 当然だ。実際おれだって理解できる。だっておれと下門の間には……交流が無さすぎたから。普通に信じてやるには縁が足りなさすぎる

 だけど、せめてと理解しようとした二人で此処に葬る。結局ほとんどの人が見向きもしない場所、遺体の一部すら無く何なら死者の一割程が生き返ってしまって更に扱いが微妙になりそうな慰霊碑を護る意味も込めて、聖女の祈りを合わせながら奉る

 

 その魂は此処には居ないけれど、だからこそ覚悟として

 きゅっと、アナが耳飾りの片方を握り締めた。きっと持っていくのだろう、それで良いと思う

 

 「行ってくるよ、下門」

 「リックさん、行ってきますね。貴方がくれた未来を、より良くするために」

 

 小さく手を合わせてから、おれ達は慰霊碑に背を向け、皆の元へ戻る

 ……アルヴィナ祈ってないな?

 

 「アルヴィナちゃんは良いんですか?」

 「ボク、居ない者に祈る気はない」

 それもそうだろうと頷く。おれ達自身、本当に冥福を祈るよりは自分達の心を、決意を固めるためという意図が強いのだから。それが要らないアルヴィナは祈らなくても良い

 

 「ゼノ君ゼノ君、帰りは私があの子の背にのって良いかな?ちょっと私もゴツゴツモフモフ体感したくて

 あ、桜理君……じゃなかったオーウェン君も出来たら一緒に」

 「うーん、僕は龍籠が良いかなぁ

 ロダキーニャさんのマッサージ、結構凄くて、もうちょっと疲れを取りたいなって」

 なんて、皆がワイワイと話している

 

 「アナちゃん、行こうぜ」

 「皇子、祈りは終わったな。後は」

 「ああ、過去は胸に、脚は未来に」

 「そういうこった、歩みを止めた奴は、どれだけ脚が速くても止まらなかった奴に追いつけないもんだからな」

 上手く出来れば、ここに彼も居たのだろうか。そう考えても仕方がない

 

 改めて心の中で思う

 行ってくるよ、下門。君の照らした未来を、おれの脚で。皆と共に

 

 愛刀が揺れる。鋼の軋みと共に、龍の咆哮が風にのって小さく聞こえた気がした




ちなみに、次回からは息抜き回です。乙女ゲーが帰ってきますしアイリスが頑張ります。


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第二部三章インターミッション 第三皇女と婚約者選定会
乙女ゲーム、或いは必須イベント


「これでぇぇぇっ!」 

 天空から、そして背後から。二方向からおれへ向けて貫いてくる炎と氷のブレス。それを見ながら、おれは……

 自身の左腕を埋め込んだ岩塊を右足で蹴り砕き、そのまま横へと避ける

 空しく空を切る十字砲火と、小さな舌打ちが耳に届く

 

 同時、鳴り響く鐘の音におれは軽く息を吐いた

 「時間切れ、戦闘終了だ

 拘束して迎撃を見越した複数方向からの挟撃。筋は悪くなかったが、そもそもおれみたいな相手に対処したいならば腕より脚を拘束した方が解除する際により体勢を崩す必要が出来て効率が良い。とはいえ、竜のような相手だと脚への拘束は翼のせいで体勢を崩しても問題がない等の難点もある

 結局は相手次第という事だな」

 まあ、月花迅雷を使って良いならば正直なところ瞬殺出来たんだが、と実も蓋もない事実は伏せて、おれは対戦相手であった四人の同級生に笑いかけた

 

 「筋は本当に悪くなかったよ」

 そう、単なる授業の一貫なのだ、これ。ノア姫の歴史の講義タイプではなく、皆大好き体を動かすタイプの実戦式

 そこでおれは……他人は1vs1、或いは3vs3の訓練なところを、1vs4でやりあわされていた。レイドボスか何かかおれ

 いやまあ、ステータスを見れば完全にボスキャラ枠なくらいに隔絶した差があるのは確かなんだがな。その証拠に、三度戦ったが誰一人としておれ相手に接近してこなかった。全員魔法の逃げ撃ちばかり

 前線張る奴が居ないから、月花迅雷を抜くわけにもいかずに加減するしかなかったんだよな。流石に伝哮雪歌で突貫して一人倒して離脱とかやったら訓練にならずただの蹂躙だ

 

 「ちっくしょー」

 「1vs3なら割と勝てるって聞いてたのに」

 なんて口々に呟く生徒達に苦笑する

 いや、自嘲か。初等部の頃のおれ、訓練式の戦いで1vs3で勝率8割とかいう低さだったものな。だが未だにそれじゃあ皇族失格過ぎる、ただそれだけだ

 

 「雑魚が」 

 と、戻ってくるのはシロノワール。あの茶番など知るかとトリトニスではアルヴィナの横で知らぬ存ぜぬを決め込んでいた魔神王である

 「雑魚はないだろうシロノワール

 ただ、手伝ってくれて助かるよ」

 「聖女とアルヴィナの為だ。身の程を弁えさせれば、無駄なことはしないだろう」

 「無駄じゃないんだけどな、誰だって」

 実際、多くの当時は名前も知らなかった兵士達(慰霊碑に名前を刻む時に知った)のお陰でおれは今生きてるわけだしな。いや、あれはある種の悪い例か

 

 「ちっぽけな勇気が力になる、どんな光も繋がる縁、だろ?」

 と、よってくるのは何時もの白桃の青年。相変わらず太陽のような屈託のない笑顔が眩しい。これで割と色々と考えてるんだよな、彼

 

 「人との縁か。下らん」

 「そうか?」

 「先導者(ヴァンガード)ってのは、ちっぽけなものも拾う縁だと思うけどな」

 なんて、おれはゲームでの二つ名に絡めて少しだけ茶化した

 

 ……ん、ゲーム?

 そういえば、何か忘れてるような気がする。この時期……原作的に言えば修学旅行(一年目)が終わり、一年目の後半戦に入った辺り。もうちょっとでロダ兄が原作でも登場するって時間軸で、何か忘れちゃ行けないイベントがあった気がする。するんだが……何だっけ?

 

 と、他の転生者に意見を聞きたくなって周囲を見回すが、見学してる桜理はこういう役には立たない。おれよりゲーム知識無いからな。その分AGXなんかの続編ゲームでは語られてた別世界には詳しいが

 エッケハルトは何か引きこもりだしたので居ない。死にかけたというか一度死んだからか、暫く療養するらしい。ちょっと寂しいが、彼はそういう友人だ。また決別とか言わないでくれただけ助かる

 っていうか、ジェネシック・ティアラー無しで戦い抜ける気がしないしな、この先。もう一度あの神が来た時、ジェネシック・ダイライオウ無しでは話にならないだろう

 下門達のお陰でアガートラーム相手はワンチャン食らいつけるようにはなったが……正直な所これでアステールを助けられるか不安だ。攻めてこられたら仕方ないが、打って出る気はしない

 

 では最後のリリーナ嬢は……と見れば、旅支度を整えた桃色の髪の聖女様が居た

 ついでに、横には荷物を持った頼勇と、アナの姿もある

 そういえば今回参加してなかったな頼勇。何時もはおれと同じボス枠で訓練してくれるのにな

 

 「リリーナ嬢、アナ」

 「あ、皇子さま」

 「どうしたんだ、その荷物」

 「あー、ゼノ君ゼノ君、実はさ」

 と、桃色聖女がぱたぱたと手招きした

 

 「実はねゼノ君。ゼノ君のお兄さんの婚約者さんなんだけど……このままだと死んじゃうんだ

 でね、ゲームだと助けられないの。でもさ、私とアーニャちゃんが組めばって思ったから、ちょっと二人で行ってこようかと」

 と、日陰に来ればそんな言葉と、こくこく頷く銀の聖女

 

 ああ、それがあったか。聖女は話を聞いて何とか頑張るけど、婚約者は生まれつきの病で死んでしまって、そこからシルヴェールルートのフラグを立てられるようになるんだよな。婚約者の為に頑張る姿を見せてないと攻略不能なので、共通序盤の必須イベントだ

 ちなみに、七天の息吹は無効だ。生まれつきの病なせいで、万全の状態=病を持った状態という判断にされてしまい、治せないのだとか。おれの呪いにも似た状況だな

 

 「アウィル」

 『ワゥ!』

 呼べば駆けてくる小型に姿を偽装した天狼

 「アナ達を竪神と共に頼めるな?」

 『ルルゥ!』

 まあ、そこまで酷い危険はないとは思うが、頭を撫でて愛狼にも行って貰う

 「あ、良いんだ」

 「シルヴェール兄さんのためだろ?おれが止める理由はないよ、寧ろ頑張ってくれと応援する」

 「おー、分かった!」

 元気よく返してくれるリリーナ嬢。横ではい、と頷くアナ。二人のサイドの髪が跳ねた

 

 そうして、二人(+護衛の一人と一匹と魂一つ)を見送って……

 

 「聞き忘れた」

 馬鹿だろうか、おれは

 

 仕方ないが最後の手段でも使うか?神様コール

 あまり反則気味なこれに頼りすぎると思考回路が退化する気がして気が引けていた幼馴染神様に声をかけようとして……

 

 不意に脳裏に閃く雷鳴

 

 そうだ、このままだと死ぬ、だ

 思い出した。この辺りの時間軸って、皇族の攻略対象(但しゼノを除く)の必須イベントが犇めく時期だ。当然それはシルヴェール兄さんもだが……

 ギャルゲー版のアイリスルートの必須フラグも此処なのだ。そしてそれは、乙女ゲーシナリオだとサブイベント的に攻略できる男キャラに関するイベントでもあり……

 彼の妹を襲う悲劇を描いたイベントだった

 

 思い出したからには、そしてまだ遅くないからには……悲劇くらい、回避したい

 だからおれは、とりあえずイベント絡みでアイリスに会いに行く事に決めた

 

 ん?ちょっと待てよ?ゲーム的には聖女なり勇者なりが居ないとどうなるんだ?二人とも別イベントのために出掛けたような展開になってるけど

 

 なるようになるか、まずはイベント内容を整理しつつ、この先最良の終わりかたを迎えるためにメインとなるアイリスと情報を共有しないとな



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隠し部屋、或いは鋼の正体

「……何やってるんだロダ兄」

 そして、暫く後。おれは呆れた顔でそう告げた

 

 此処は騎士団の借りている一室。魔法的な(ユーゴがやっていたのと同じ影の聖域だ)方法で隠された名前の無い部屋である

 まあ、扉に影の聖域が掛けられていて、更には隠し扉になってるってだけなんだけどな。ついでに言えば横が結構堅固に防護魔法仕込んだ屋内魔法練習場だから隠蔽用の魔法の存在も誤魔化せる

 

 おれは当然開けられないので、妹に頼んで開けて貰うと……其処には場所を教えていない白桃の青年と、ナニコレとおれに向けて半眼を向ける妹が居たという訳だ

 

 「いやさ、縁に導かれて」

 「隠し部屋に迷い込まないでくれないか、いくら音痴だとしてもだ」

 ちなみにだが、公式設定で彼は色々と音痴である。方向音痴だし、割と味音痴だし、歌は下手の横好き。実際登場だって迷った果てに出会う形だしな

 ただまあ、頼勇程の完全無欠感あるキャラが複数居られても困るしな、案外抜けたところがある方が親近感が沸くのかもしれない

 

 とはいえ、流石に此処に辿り着くのはどうなってるんだこの方向音痴

 「何、全ては縁ということさ」

 「まあ、アイリスにもそのうち紹介はしたかったが……何で先に入ってるんだ」

 いや、原作からして縁の一言で迷い込んでくる娘とはあったけど……

 「ま、そこはワンオペちゃんと出会った時も同じ事よ。奇縁宿縁」

 「小さなものから良縁に変えていく、じゃなかったのか?」

 と、話していると足を引っ掛かれた

 

 見れば、妹の猫ゴーレムがおれの足に不機嫌そうに爪を立てている

 「っと、すまないアイリス

 改めて一応紹介しておくと、彼はロダキーニャ・ルパン。おれ達の仲間だ」

 その紹介に青年は己のキメラな形象を全てさらけ出す。雉の翼を拡げ、犬の左手を肉球が見えるように前に突き出し、猿の尾を燻らせる

 が、少しだけつまらなさそうに妹はコクリと頷くだけだった

 

 「で、そっちが全っ然素を見せてくれなかったワンちゃん妹と」

 「お兄ちゃん、は……

 犬じゃ、ない……」

 いやそこかアイリス。そこなのか

 

 「……ワンちゃん、悪縁じゃないか?」

 妹の灰色の瞳が氷点下になった

 

 「ロダ兄、言い過ぎだ」

 「……で、てって」

 いや、おれだって少しは分かっている。原作ゲームのアイリスと違って、今の妹の感情が内向的で危ういって事くらい。だが、だからこそそこを突っ込まないで欲しかった

 

 「おっと、ワンちゃんに任せるぜ。今回の俺様は迷い込んだだけで、部外者だしな。まだしっかり縁を繋ぐ時じゃ無いってこった」

 と、おれのアイコンタクトでさらっと青年は姿を消した

 

 あ、アバターかあれ。確かにロダ兄のアバター姿ってぱっと見見分けが付かない形にも出来る(キメラな先祖返り亜人要素を分割すれば数を増やせる)しな、見えない扉の先に空間があるなら其処に出現だってさせられるだろう

 

 チートかよとか密室にする等の対策が何一つ取れないとか色々と言いたくはなるが、攻略対象なんてそんなものだ。実際閉鎖空間に閉じ込められたヒロインをさらっと当然の面で助けに来るイベントとかあった筈だし、そう考えれば……いや知らずにアバターを女の子の部屋に送り込まないでくれないか?

 

 「なに、あれ」

 「だから、おれ達の仲間だ。見ての通りアバター使いだからさ、アイリス的にも参考になると思うぞ

 最終的にジェネシック・ダイライオウを考えると複数機体を平行して制御しないといけなくなるだろう?その際に平行思考は間違いなく必要だ」

 「それは、分かり……ます」

 でも、とベッドの上で上半身を起こし、バカデカい丸っこい猫の頭を模したクッションに背を埋めた妹は嫌そうに溜め息をついた

 

 「でも、あの人……何だか、嫌」

 「そっか。嫌がられてるなら彼は基本近付いてこないから、本当に見に来ただけなんだろう

 でも、アイリス。そのうち、な」

 ふるふると力無く振られる首。揺れるツインテール

 

 「お兄ちゃんだけで、良い……

 許すのも、タテガミと、ガルゲニアの人まで……」

 ガイスト、名前覚えられてないのか……って少し寂しくなる

 

 なんて感傷に浸っていると、細すぎるくらいの手でぽんぽんとベッドが叩かれた

 「お兄ちゃん、こっち……」

 ああ、近付いて欲しいのかと理解しておれは薬草の香りのする妹の横に座った

 うん。薬臭い。本来の体の弱さは相変わらずで、魔法の乱用が厳しいので薬草等も併用して健康を維持しているせいかアナのような香水の良い香りという感じではない

 

 「……大丈夫か、アイリス?」

 突如咳き込むその背を擦りながら問いかける

 「だい、じょうぶ……」

 小さく返す少女に嫌がる素振りはない。昔はおれも警戒していたのにな

 

 「ん」

 甘えるような吐息。多分こうだろうと、あまりにも軽い妹の肩を軽く触れるように触り、上体を引き寄せる。心地よさげに少女はそのオレンジ色の髪をおれの肩……には届ききらないので腕に擦り付けてきた

 まるで、マーキングするように。ってか薬草の香りが本気で移るな、別に良いけど

 

 「……でも、それは、今は……別」

 「そうか。聞きたいこととかあるのかアイリス?」

 「お兄ちゃんが、来た……理由も、後で」

 見上げてくるのは真剣な瞳。内向的で病み気味で、何処かおれに似た眼ではなく、光の強い父にも近い皇女としての眼色

 

 「ああ、何が聞きたいんだアイリス」

 こういう時の妹は真面目だ。原作でもたまに見せてくれた本気で取り組む時の顔だからな

 「お兄ちゃん。出てこなかった、合体」

 それだけで理解できた。下門とおれが何とか降臨する前にティアーブラック……もう面倒だからアヴァロン・ユートピア略してAUで良いや。AUの使おうとしていた謎の巨神の話だろう

 

 「なに、あれ?」

 「実際に現れていないからおれにもさっぱりと言いたいが……」

 実は、正体については何となく理解できている。だからこそ、あれを見た瞬間に始水は絶句して何も言わなくなったんだろうな、と

 

 「分かる、の?」

 「推測だけどな。AGXとは系統が違って、コンセプトも違う。魂を燃やしてくる力じゃない」

 こくり、とおれの腕に体を預ける妹の代わりに膝上に呼び寄せた猫ゴーレムが頷いた

 

 「でも、恐らく彼等も意志は同じなんだ

 精霊に、生への絶望を根源とする覇灰に立ち向かうという、その真実の意志は」

 「……べつせかい?」

 「ああ。きっとあの機械達も、別の世界で覇灰に立ち向かった何者か達の成れの果て……というかコピー品なんだろう」

 実際に、下門に本物のユートピアが可能な範囲で手を貸している様子があったが、データを書き込むなんて手法はオリジナルが手元に無いと出来ない芸当だろう。あくまでも、彼等が使うものは都合の良いコピーに過ぎない筈だ

 

 「……それは、分かる」

 「ああ。そしてだ、アイリス。アイリスにはおれ達が立ち向かう最終的な敵の事は話したよな?」

 「おうす、なんちゃら……」

 その言葉におれは深く頷く

 

 「ゼロオメガ。正式には、神話(オウス)超越(オーバー)の誓約(マイスガイザー)。夜行に呼ばれた精霊セレナーデが言っていた『覇灰皇の見た光』を超え、覇灰を再び世界にもたらす者

 そして、精霊とは覇灰の力を使ってゼロオメガが作り出した存在らしいし、AGXもまたそうだ。だとしたら、別系統ながら対覇灰を考えているだろうあの機体の正体は……」

 おれは一息置いて、妹の答えを待つ

 

 「神話より出でし者(マイスガイザー)

 「そうだ、アイリス。きっとあれが……覇灰皇の見た光そのもののコピー品。転生者達に与えたものとは違う、もっと根源に近い対覇灰の力。最低の尊厳破壊機体だよ」

 「……さい、てい」

 静かな声で、妹はそう結論付けた

 

 うん、絶句するしかない。流石に自分勝手すぎるだろうあのAU。そもそも始水の姿をコピーしてる時点でクソッタレなのは分かりきってるが、神として傲り腐りきってる

 

 二人して、あんなんに負けるわけにはと頷きあい、妹が眼を閉じて何かを要求する素振りに合わせておれはこん、と優しく額を突き合わせた



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妹、或いは怯えの瞳

「で、だ」

 「アージュ」

 ぽつりと告げられる言葉に、肩を竦める

 枕が揺れて不満げに猫が鳴いた

 

 「悪い、アイリス。おれにもそれはさっぱりだ」

 始水に聞けばと思うんだけど、その辺りはあまり話してくれないんだよな。なんでも秩序を定める神である自身が名をみだりに呼び存在を語ると相手への制限が緩んでしまいかねないのだとか

 

 理屈としては分からなくもないので話してくれと強要も出来ない。【AU】についてはそもそも向こうが既に入り込んでる為結構話してくれるんだが

 だから自分で探るしかないし、そうなると色々と分からないことも多い。本気でお手上げだ。分かることなんて、【AU】の奴とは別のゼロオメガだろうということと、変身時に感じた下門の思いと過去からして、やはり人の心を滅茶苦茶にする事に喜びを感じてるクズっぽいってくらいだ

 

 守りたくて守れてなかった大切な誓いを忘れさせてよりクズに堕としていたり、割と真面目にゴミクズと呼ぶべき思考回路感がある

 

 「なら、良い」

 アイリスもその辺りは突っ込んでこない。あっさりと引き下がる。何なら、円卓とやりあっていたらしいから真性異言テネーブルを転生させたのはAUではないとして、そのアージュという神なのかも分からないしな。下手したら三柱目が居かねない、事情が分からなすぎて深掘りなんて出来ないのだ

 そして、一息ついておれは本題を切り出した

 

 「アイリス、婚約の予定とかあるか?」

 そう、原作で起きるイベントとは、妹アイリスの婚約者を選定するようなそれなのである

 

 ちなみにだが、男女どちらの主人公でやっても結局誰とも婚約は成立しない。男主人公だと此処で婚約したらアイリスルート一直線過ぎるし、女主人公だとアイリスの婚約云々より妹が巻き込まれた攻略対象キャラとのあれこれが必要だからな。逆にこのタイミングでヒロインにもなるアイリスと誰かが婚約してもやはり展開に困る。あくまでも男主人公だとアイリスに意識され出す切欠くらいのイベントだ

 

 ちなみにだが、連続して起きる複数日数使うイベントで、終盤では好感度が高い攻略対象と協力して頭アレな奴に立ち向かうストーリーになったりする。その為割と重要そうなイベントっぽく見えるし、実際天光の聖女編ではかなり便利に好感度稼げる良いイベントなのだが……もう一人の聖女編ではこの連続イベントそのものがフラグを立ててはいけない核地雷扱いだったりする

 理由は簡単。ゼノが悪役令嬢とネタにされる原因のひとつだが、当然原作ゲームでもゼノとアイリスの兄妹仲は割と良い。結果必ず「おれ」がこの連続イベントに顔を出す。そして好感度が勝手に馬鹿上がりして、大抵の場合意中の彼ではなくゼノとの共闘イベントへと展開を上書きしてしまう訳だ。頼んでないのにイベント乗っ取る辺り正に悪役令嬢とはアンチの談

 

 閑話休題

 

 「婚、約?お兄、ちゃん、と……?」

 「アイリス派が終わるわ」

 只でさえあまり大きな勢力ではないのに、忌み子と婚約とか死ぬしかない。ついでに、聖女様を捨てた扱いでおれが社会的に死ぬ。いやそこはおれから破棄する約束だから遅いか速いかしか無いが

 

 「……なら、要らない」

 どうしてこうなったんだと、おれには懐く仔猫を見る

 妹が懐いてくれるのは嬉しい。だが……原作ゲームじゃもうちょい他人に優しかったろアイリス!?

 

 どこで間違えたんだ……取り付くしまも無い。というか、頼勇すら選択肢に上がらないとかどうなってるんだ。恋愛感情が互いにあるかは兎も角として、ぱっと見お似合いなんだが。主に能力とか立場とかそういう点で。基本モテて当然の頼勇がちょっと女の子から遠巻きにされてるのは、そもそもアイリスに勝てないよねという諦め……が多いらしい(情報源、リリーナ嬢)というのに

 

 「こほん」 

 ひとつ咳払い

 「アイリス、おれから一つ良いか」

 そして、おれに全身の重さを預けてくる妹の壊れそうな(アナの消えてしまいそうな雪の儚さとはまた違う、細い細工品のような脆さ)肩を支えてその瞳を強く見る

 

 じっと見返してくる灰色の瞳。金属を思わせるそれに吸い込まれそうになる

 「アイリス、君は一人じゃない」

 「お兄ちゃんが、居る」

 いや今は勿論居るが

 「それはそうだ」

 一昔前なら否定してた気がする言葉におれは残る右目だけを少し細めて笑い返す

 

 「おれも居る、アナも居る。竪神やあのロダ兄だってそうだ。君は一人じゃないんだ、アイリス

 だから……」

 「外は、怖い」

 不意に、脚に痛みが走った

 

 見れば、脚に薔薇の蔦のような紐状のゴーレムが絡み付いてきている

 

 「お兄ちゃん、逃がさない」

 ぐんぐんと重くなっていくアイリス。いや、違う。軽すぎる彼女が様々なゴーレムを乗せていっているのだ

 

 「アイリス。駄目だ」

 愛刀は流石に妹相手に抜くことはないから少し遠くに置いてある。今となっては轟火の剣と同じく呼び出せるものになっているが、呼びはしない

 「何が」

 「そうじゃないだろう、アイリス」

 「お兄ちゃんが、全てで……良い。だから、世界から、居なく……ならないで」

 すがるような眼。絶望した顔。おれのあまり知らない顔で、胸元に埋めた頭で、少女は嗚咽のように絞り出す

 「……違うよ、アイリス。おれは前に言ったはずだ」

 

 そうだろう。ずっと妹は……一人ぼっちの感覚だったんだろう

 

 「お兄、ちゃん?」

 ぽつりと瞼の上に朱い線が引かれた妹に、唇を噛みきっていた事を漸く自覚する

 「どう、したの?」

 「忘れていたんだよ、アイリス」

 「忘れてない」

 「そうじゃないんだ。おれはさ、ゲームでのアイリスを知っていた。今のおれの妹と良く似てて、でももう少しだけ外を見てる女の子を。だから、アイリスは大丈夫だって勝手に一人で思い込んでた」

 実際、ぱっと見ゴーレムで色々と好き放題外と関わっているようにも、ゲームとそう変わらないようにも見えたのだ

 だが……幼い妹に見えるのは、端から言われるヤンデレ的な執着というより、恐怖と孤独感

 

 「ごめんな、アイリス」

 「……だい、じょうぶ……

 お兄ちゃんは、居る……から。触れる、から……」

 そうだ。ゴーレムで絡めているからとおれは思っていたが、当人からすれば感覚の無い偽物のような思いだったのだろう。それで孤独を感じない訳はなかった

 

 「ああ、そうだな、アイリス

 もっと外を見よう、外に行こう。おれと一緒に」

 原作のおれって、もっと昔に妹の想いに気が付いて対処してやったのではなかろうか。だから、原作ではもっと外交的だった

 そう思うと、おれが情けなくなるな……と苦笑しながら、おれは大人しい妹を背中に背負うようにして、ベッドから立ち上がった

 乗ってきたゴーレム達はひょいとおれから退き、邪魔になら無くなる

 

 「……良いのか、アイリス?」

 「お兄ちゃんを、信じてます……から

 でも、婚約は……無理」



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外、或いはサクラ色の買い物

「……ってアイリス、そういえば外は大丈夫か?」

 と、連れ出そうとしておいて何だが心配になって背中に軽すぎる全体重を乗せてくる妹に問い掛ける

 胸だけは無くはないくらいで柔らかさがあるんだけど、他は本当に細い。食も細いがその上で燃費が悪いというか、一応これでも皇族として良いものは食べてるはずなのに動かずとも痩せていくのだ。ほぼ寝たきりで食べ物食べてて痩せるとか、羨ましいと言う人は居るかもしれないが、おれとしてはただただ不安でしかない

 

 そんな妹を外に連れていって本当に良いのかと思うが……

 「だい、じょうぶ……です

 無理なら、此処に……居ま、せん」

 ぺしりと何時ものようにおれの頭の上で丸まったゴーレムがおれの額を肉球のある前肢で叩いた

 

 うん、言われてみればその通りだ。王都内の自室から近郊の学園にまで出てこれてる訳で、外の空気が駄目という話はない

 「でも、乗り心地……最悪」

 「言わないでくれアイリス。人を運ぶのには慣れてないんだよおれも」

 「お姫様の、運び方……じゃ、ない……」

 背中でむくれるような気配がする

 いや待て、所謂お姫様抱っこじゃないなんてって話かこれ

 

 「勘弁してくれ、アイリス」

 「にゃう……」

 「唯でさえ今のおれの立場は色々と危ういんだよ」

 皇族としての功績としては、幾つか表だったものがある形。特に竪神頼勇の勧誘が大きいな。アイリス派の実質最大戦力であり、皇の名を冠した騎士団長等にも比肩する力を持つ「他国出身の」騎士。倭克との縁にもなるし、彼を引き込んだというのは一つおれの立場の補強になっている

 

 が、それ以上にマイナスが大きすぎるんだよな、おれ。忌み子という点でまず立場がないし、一昔前はアステール……つまり聖教国への縁に繋がっていたから良かったがそれが今は消えているせいで、聖教国を怒らせたと更に立場がヤバい

 ついでに、そこまで深い仲ではない状況で聖女リリーナと婚約してるだとか、聖教国の聖女アナスタシアに好かれてそうだとか、細かいところでも不興を買いまくってる上に……表立った戦績の中で目立った功績が無いのだ。いや、寧ろアナに懐かれている点は流石に放逐するのもなぁ……ってセーフティにもなってるが

 

 おれが公式に参戦したとされる戦いは幾つもあるが、だ。辺境を襲撃した四天王アドラー戦は、公式には『撃退』という扱い。彼は死んでいるのだが、公には影を止めただけで本体は生きているとされている。敵前逃亡扱いもあるし、被害は大きかったわけだし、決してあれは功績ではない

 まあ、仕方ないだろう。聖女伝説を知る者が、どうしてアドラーをテネーブルが討つと思う?あり得ない有り得ない、おれだって現実にアルヴィナとアドラー当人から聞かなきゃ信じないっての

 魔神が入学式後に色々と送り込んできたあの小競り合いも……被害0じゃなかった点を叩かれるしな。トリトニスでの二度の戦いも中々に被害が多く、特にアルヴィナが攻めてきた時は頼勇頼み扱い。割と戦闘でのおれの評価って低いのだ

 戦闘面でしか役に立たないとされているのに、戦闘面すら微妙。これで立場が良いはずもない

 

 「あとで、とっちめる……」

 「いや、誰をだ」

 「銀髪……お兄ちゃんを、任せるには……不足」 

 ああ、アナか

 「どうしてそうなった」

 「お兄ちゃんを好き……なのに、立場で、追い詰め、てる」

 「なぁアイリス、お姫様扱いしたら、アイリスも似たような事になるぞ?」

 あ、背中でしょぼんとしてしまった。言いすぎたか

 「なら……」

 ひょいと猫が頭から降りてくる

 「この子で、我慢」

 ……猫を腕に抱けと

 まあ良いけれど、それで良いのかアイリス。というか、おれへの感情が兄妹超えて……るのはゲームからしてそうだったか?

 

 複雑に思いながら、降りてきた猫ゴーレムを腕に抱くと……うん、重い。猫とは思えない重さだ。いや、ゴーレムだから当然だがな

 

 とか何とかやりながら、妹に開けてもらって隠し部屋を出る

 「いよっと」

 「……今は、要ら、ない」

 「俺様との縁はまだ要らなかったか」

 待ってたロダ兄が取り付くしまもない発言に笑って去っていった。いやスタンバイしてたのか……とおれはそれを見送る。そして……窓の外を見る

 風に揺れる木々。こうした光景はもう見慣れたもので、でも安全のためにもと王城の自室以外ではほぼ窓のある場所に居なかったろう妹には珍しいものだろう。気象は管理されていて王城じゃこんな風に風は吹かないしな

 と、下から喧騒が聞こえてくる。おれは今の時間にやる授業は取ってないが、今日の授業は終わっていなかった。今は休み時間に入った頃なのだろう

 あまり巻き込まれるのは今のアイリスには良くないか?そう思って、おれはちょっと窓を開けると……

 ひょいと三階からジャンプ、軽く着地して歩き出す

 ……あ、窓開けっぱなしだ。まあ誰か閉めてくれるだろうし、問題なんて稀に木の葉が廊下に舞い込むくらいだろう、そう信じよう

 

 「で、何処か見たい場所はあるか、アイリス?」

 「猫、居ない……」

 その言葉に苦笑する。猫自体まあ、そこそこ見かける生き物ではあるんだが、割と高いペットだし学園には居る筈もない

 いや、居るか?動物を使う魔法とか使う層は居るし、単におれと縁がないだけか

 ただ、縁かないということは、見せてくれとも言いに行きにくいわけで

 

 「じゃあ、王都の方に行くか」

 苦笑しながらおれはそう行き先を決めたのだった

 

 「あ、獅童君」

 と思ったら、そそくさと門を出ようとしている知り合いを見かけてしまった。おれの顔を見るなり、何だか嬉しそうに駆けてくるのは今もまだ基本が男装だし男の姿にもなっているサクラ・オーリリアである

 その額の前髪、一房染まった桜が跳ねる

 

 「……ゼノだ。周囲に人が居るだろ、オーウェン」

 おれも二人というか事情を知ってる相手だけなら彼女をサクラと呼ぶし桜理とも言うが、今此処では無しだろ?と微笑む

 「あ、ごめん」

 「まあ、おれが真性異言(ゼノグラシア)な事なんてそこそこ有名な話ではあるんだが、隠せるに越したことはないからな」

 「有名かなぁ……」

 「隠しておきたい敵には大概バレてるぞ?」

 バラしたとも言うが。いや何やってんだろうなおれ

 

 「僕とか気が付かなかったし……」

 「お兄ちゃんは、今のお兄ちゃん、しか……居ない」

 こうしてさらっと認めてくれるから、困るっちゃ困るんだ

 と、思いつつ少女の姿を見る

 

 「珍しいな、大きめのバッグなんて」

 桜理はあまりものを持たない印象があるんだが、今日は結構大きな手提げカバンを持っていた。勉強道具一式……いやその五倍は入るんじゃないか?

 

 「あ、これ?

 ほら、何かお金出たから……お母さんに色々と買っていきたくて」

 あ、そういえばトリトニスでの一件で頑張ってくれた皆へはアイリスとおれから機虹騎士団名義で褒賞を出したな。一番配りたかった彼はもう居ないし、機虹騎士団名義だから騎士団員の頼勇にも行かない割と片手落ちの褒賞だったけど、桜理にはちゃんと配られたのか

 

 「良かったな、桜理」

 「……えへん」

 と、何だか威圧と言うか自分のおかげ感を出す背中のアイリス

 

 「うーん、良いのかな?僕そんなに活躍してないよ?」

 「いや、皆良くやってくれたよ」

 「獅童君がそれで良いなら良いんだけど……」

 と、少女の眼がおれに抱かれた猫に向いた

 

 「あれ?獅童君腕の方は大丈夫?」

 「いや、大丈夫だ。さっとノア姫が色々と持ってきてくれたしな」

 普通に帰ってきた時、どうせ怪我してるでしょう?取りに戻ったのと悪びれずに包帯とか持ってきてくれたお陰で、そうかからず腕は治った。折れてただけだしな

 

 なんて話しつつ、少しだけ不満げなアイリスを背負いながらおれは王都へ向かった



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幼子、或いは歩み

「お兄、ちゃん」

 と、王都に入った辺りで背中の妹が小さく耳元で囁く

 

 「ごめんなアイリス、少しだけ耐えてくれ」

 まあ、そこまで問題がない事は多いんだが警戒に越したことはないと、おれはかなり大きなマントを背中に羽織る。ついでに左肩の翼のマントも被せて防護は完璧だ

 いや、実はそこまでしなくても良いんだが、あまり頼りきりたくないというのがある

 

 今の湖・月花迅雷には自動防御機構……つまり、円卓勢がよくやってくる精霊障壁展開能力があるのだ。アルビオンの遺骸を組み込んだし、何なら精霊結晶が材質に混じってるから当然だが。だからアイリスを狙って攻撃されても実際は蒼い結晶壁がそれを防ぐ

 だが、力の正体を知っててあまり使いたくはないだろ、あんなもの

 嘆きをそのまま力として酷使したくない、だから使わなくて良いだけの防御を固める

 

 「それは、良い……です」 

 更にきゅっと背中に抱きついておれの肩から顔を覗かせるアイリス。ふわりとしたオレンジの髪がおれの首筋を撫でてくすぐったい

 

 「……そこの、女、何時まで着いて……くるの?」

 冷たい声音が、割と温暖な空に響き渡った

 

 「……女?僕は」

 「泥棒猫の、匂い。分かり、ます」

 「いやいやいや、何で?」

 「見てた、から……」

 いや何をだ

 

 「お兄ちゃんに、お風呂で、迫って……」

 ……ああ、ゴーレムで見てたのかあれ。おれ、その辺りは安心してくれるならと気にしないようにしてるからな

 流石に知らない奴から魔法を掛けられてたりしたらおれでも対処するぞ?そもそもおれじゃ気が付かないから正確にはアルヴィナかノア姫辺りが指摘してくれるってだけだが。アイリスとかアルヴィナはもうフリー、好きに追跡してくれとしてたからバレたのか

 

 「元々、聖女に……『わたしと同じ眼だから、女の子みたいに見えるんです』と、聞いてた

 本当に、女……なんて、詐欺」

 ……アナ?なんでそれで見分けられるんだアナ?

 

 というか、どんな眼だ

 『恋する乙女の眼です。私を見れば分かりませんか?』

 ……黙っててくれないか始水!?

 

 ……地味にかなりヤバイ告白をされた気がする。何だかんだ契約したし神である始水に転生して幼馴染やるくらいには気に入られているのは知っていたが……恋する乙女と言われるのか

 

 「お兄ちゃん」

 かぷっと耳を噛まれて正気に戻る。まあ、始水のおれへの感情に恋愛が混じってると分かっただけだ。関係は正直変わらないし、今は後回しで良いか

 

 「この女、いらない」

 「駄目だろアイリス。オーウェンはこれでも、エクスカリバーとかで助けてくれたろ?

 そうして遠ざけてばかりだと、お兄ちゃん悲しいな」

 言ってて少し吐き気がする。何様だろうな、この言い方

 でも、荒療治だ。外に連れ出して、素直に世界を感じさせて。そうしないと、きっと妹はずっとおれだけ居ればとちっぽけな世界に閉じ籠ったままだ

 

 「……かぷっ」

 噛むな噛むな

 「分かってくれアイリス。もしもおれが居なくなったとして」

 ぞわっとする寒気

 「ぐっ!」

 脚に走る鋭い痛みに沸き上がる吐き気を呑み込む

 

 攻撃!?いやこれは……

 「獅童君!?」

 「全然直ってないぞオーウェン!?」

 何事もなかったかのようにひきつった顔を取り繕う

 

 鋭い何かが、おれの右膝を貫いている。そう、アイリスが魔法で造り上げた恐らくは槍が

 こういう時、さらっと手が出るとか、本当に一人ぼっちで、喪わない為に何をすれば良いのか分からないんだろうな

 ……おれみたいに

 

 だから、物理的にという判断しか出来ない。本だけ読んで、閉じ籠った来年には成人する深窓の皇女は……その実、世間知らずの幼子と何ら変わらないのだろう

 って、おれが言えた道理かとは思うが

 

 「アイリス、不安にさせてごめんな?」

 「二度と……言わ、ないで」

 背中に感じる重さ。何もかも預けるように、全身の重さをかけてくる

 それでも、おれは首を横に振る

 

 「いや、言うさ

 おれだって死ぬ気はない」

 昔ならこんなことは言えなかったろう。それでも、暗くなりはじめ、星が見える空を見上げておれは言葉を溢す

 「それでもだ。絶対なんて無い。だから、アイリス

 考えたくない事だからこそ、安心させてくれないか」

 「……やだ」

 「頼む」

 「……でも」

 不意に、少女の重さが消えた

 

 「アイリス?」

 「お兄ちゃん、が、言うなら……」

 背中から降りようとする小さな妹に焦りを浮かべ、手は虚空を切る

 「立てるか?」

 「こう、すれば……」

 と、良く見れば降り立った妹は……大きな猫に乗っていた

 ああ、車椅子ならぬ猫椅子か……確かにこれなら自分でも動ける。というか、アホかおれ、ゴーレムに乗れば良いなんて当たり前だろ、背負う必要がまず最初から無かった

 

 「……名前」

 「え?」 

 と、灰色の瞳で見つめられてぽけーっと桜理が惚けた

 「だから、名前」

 「お、オーウェ」

 「それ、偽」

 「……早坂、桜理。そしてサクラ・オーリリア」

 その名乗りを聞いて、深窓の皇女はこくりと頷いた

 

 「お買い物。一緒に行く」

 「あ、うん、分かった……」

 で、そんなに見詰めないでくれないか桜理。今回助け船とか出せないというか、焚き付けた側なんで……

 と、おれは頬を掻いた

 

 「それで、何を買いに?」

 「服。女物

 お兄ちゃんに、言われても……その服装、気に入らない」

 「僕は気に入ってるよ?」

 「男のふりで、泥棒猫……」

 「正直あんまり女物は着たくないかなぁ……。ちょっとはマシになったけど、やっぱり女の子女の子すると気持ち悪いんだ。スカートとか」

 「……同じく、我慢」



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妹デート、或いはぬいぐるみ

「……でぇと」

 何処か上機嫌にオレンジの髪を揺らす風を心地好さげに妹は往く。猫(大きさ的にもう虎か?)の動く椅子に腰掛けて、おれの肘くらいの背丈だが自力といえば自力で

 

 最初から動けた以上、おれに護られる気だったのが自分で隣を歩こうという想いになった。それだけで嬉しくて、ついおれはきょろきょろと周囲を見回す

 流石にかなり大きめの戦いが二度に渡ってトリトニスで起きただけあって、此方の門は少し活気が落ちている

 いや、全体的に怯えて自粛……っていうのも勿論あるが、それ以上に商機だからな。トリトニス特需って奴。結果的に学園から一番近い門を潜るような商人は減るのだ。皆別の門からトリトニス目指すからな

 

 アランフルニエ商会なんかも動いてるそうだ。ニコレットに堂々と便宜を要求されたので、少しの嫌がらせとして"元"婚約者として一筆書いた

 うん、正直おれを蔑んでる層は「ちっ皇族が言うなら」って態度になるだろうし、逆に極一部のおれを信じてくれている層は「こいつあの人を信じなかったな?まあ書類は書類だが……」となるから、便宜ははかるが同時に心象は明らかに悪くなるという諸刃の剣だが、事実だからまあ許して欲しい

 

 ……今思うと酷いことした気がする。埋め合わせの機会があれば何とかしよう

 

 なんて思いつつ、あまり人気のない道を通って多数の店が並ぶ区画までやって来た

 「……猫。犬も……許す」

 残念ながらアウィルはアナ達に着いていっているから不在で遊ばせてやれない

 確かに犬猫を見掛けないが……それはあの区画で今の時間に散歩で通ってる人間が居なかっただけの事だ

 「あはは、猫が好きなんだ」

 「……お兄ちゃんが、買ってくれた」

 「ぬいぐるみをな、それを気に入って、猫のゴーレムとか作り出したんだ」

 平面猫という凄かったものは今更説明しにくいので無視しておれは桜理にそう語った

 

 「仲良し、記念。買ってあげても……いい」

 「いやいやいや、僕猫耳とか着けないからね!?そんな女の子っぽい……」

 「オーウェン、犬耳のロダ兄が嘆くぞそれ」

 茶化すように言う。実際、亜人なら耳があるのは割と普通なんだよな。猫耳男とか居る居るってくらい

 「女の子?」

 と、アイリスも首をかしげているしな

 

 「あ、そっか。亜人とか居るから実は女の子っぽいのは僕の偏見か……

 でも要らないからね!?」

 「残念」

 ちょっとしょんぼりしながら、アイリスが歩みを進めて辿り着いたのは……って本当に女性向けの服屋じゃないか 

 

 「いらっしゃいませ」

 と、出迎えてくれるのも女性の店員。おれとアイリスのゴーレムを見て一瞬顔をしかめるが……

 「こ、皇女殿下!?」

 「……にゃあ」

 と、無表情で鳴くアイリス。いや、割と顔を知られて……るか、当然だ。何たって聖女様方と共にパレードに良く似せたゴーレムで出ることで深窓の皇女美少女説を確定させた訳だし、顔は売れているだろう

 というか、顔を売ることでアイリス派を何とか補強したくてやった面もあるしな、あれ

 

 「ということは、横のは……あ、忌み子」 

 「一応これでも皇子だ」

 「しっし!」

 掃除用の箒を振られるおれ。何でそんなに嫌われるのかは流石に分からずに肩を竦める

 

 「お兄さま」

 「アイリス皇女殿下?」 

 その台詞におれも首をかしげる。さま付なんてらしくない

 「なんで、お兄さま……だめ、なの?」

 「私どもの服が呪いで穢れる。七天の運気に合わせ仕上げた至高の品が!

 さぁ、殿下と忌み子ではない御付きの方は御入り下さいませ!殿下の為とあれば」

 と、アイリスに向けて畏まる女性店員

 

 と、それをガン無視してすたすたと歩く猫ゴーレム

 「で、殿下?」

 「『お兄さま』。そう、呼んだのに……変な扱いは、怒る」

 と、そのままアイリスは別の店へ向かった

 

 「割と苛烈だね……」

 「好き嫌いが子供なんだよアイリスは。一旦受け入れると懐いてくれるんだけど、初動に失敗するとな、どうしても嫌われる」

 最初は冷たかった妹を思い出しながら、おれは横の少年(しょうじょ)に向けて呟き、妹の後を追った

 

 そうして結果的に……

 「なぁアイリス、ここぬいぐるみの店だぞ」

 辿り着いたのは、ファンシー過ぎる店であった。うん、女物といえば女物なんだけど、ぬいぐるみは違うだろう。女性じゃなく女児向けっていうか……

 

 「……あ、可愛い子」 

 が、珍しく目を輝かせるアイリスの前には何も言えない。外を気にしろと言っておいて、いざ妹が気になるものを買おうとしたら止めるなんて流石に無理だ

 そう思って、おれも店先を眺める

 露店のように表にもテントを拡げて展開した触れやすい店だ。子供が主な顧客だからか、地面には置かれていないがかなり低い背丈の台にぬいぐるみが並べられている

 

 魔力を感知できないし、そういうことは得意なストーカー妹が何も言わない辺り魔法なんかは掛かっていない。本当にただのぬいぐるみだな

 形としては……

 

 「あ、これ七大天を模してるのか」

 変な帽子のデフォルメされた謎生物を見て漸く気が付きおれは手を打ち合わせた

 手足が細くて座った形の道化師、つぶらな瞳と可愛い顔(作画崩壊感はある)したあまり長くないドラゴン、角が短いし全体的に柔らかいせいで犬に見える甲狼、ふかふかの牛や可愛い顔した猿等。考えてみれば七大天っぽい

 

 「……お客様?」

 「あ、すまない。妹への買い物で」

 「全種類、買う」

 と、ぽんと紐で括った硬貨の束を取り出すアイリス

 

 店員の眼がぬいぐるみに使われてるようなものになった。うん、事態が呑み込めていない

 「あ、え?」

 「すまない、妹……アイリス殿下なりの冗談と称賛だ。金を多く払いたいくらいっていう」 

 ちなみに括られているのは1ディンギル硬貨。つまりこれ数十万円くらい取り出したのに等しいんだよな。流石にぬいぐるみ代なんて1ディンギルは越えても、こんなに要らないのは当たり前

 

 「で、殿下?」

 「そう、アイリス殿下。誇って良いぞ、殿下が趣味のぬいぐるみ集めに来て、目を止めたんだから」

 と、おれはデカイ金しか持たないアイリスの代わりに支払いを考えながら呟く

 

 「と、オーウェン。なにか一個買うよ、こうして付き合ってくれてるお礼」

 なんてついでに振るのだが……

 「あ、ありがとう。じゃあしど……ゼノ君が選んで」 

 返ってくるのは丸投げ

 ということで、少しだけ悩む

 

 桜理に手を貸してるのは角生えててもデフォルメされてて何一つ怖くない悪魔(晶魔)のぬいぐるみか、さもなくばおれ的な無難にぬぼーっとした……何と言うか龍より角のあるサンショウウオ感ある始水のものか……

 

 『晶魔で。可愛さは確かに相応にありますが、私としてはあまりぬいぐるみといえどあの間抜け面を認めたくありませんから』

 ……神様が何か不満を溢していらっしゃる

 

 「あ、晶魔ぬいぐるみだけ二つ。此処の彼の土産にするのでそれだけ分けてお願いします」



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ぬいぐるみ、或いは初めてのお使い

「うん、ありがとね獅童君」

 ……また呼び方が戻ってる少年(しょうじょ)が左腕に黒くて赤く透き通る角のデフォルメされた悪魔のぬいぐるみを抱き抱えて頭を下げる

 おれは、良いってとぬおーっとした呑気な顔つきのぬいぐるみを背中の袋に仕舞い今で応えた

 

 『……兄さん。私は兄さんに対してはそういうものではなく』

 幼馴染が何だか不満げにおれが自分を模した(ゆるデフォルメの結果可愛いアホ面とかなり似てない)ぬいぐるみを買ったことを批判してくる

 

 うん、実際始水のイメージとは違いすぎるが、これはこれで可愛いじゃないか。そもそも、晶魔だって神像では細マッチョで司祭服ロングコートのイケメン悪魔だっていうのに、デフォルメだと頭が大きくてバッテンに口が刺繍されてて可愛いになってるんだから

 印象を崩したくないならぬいぐるみじゃなく像を買おうという話であって、子供向けのぬいぐるみはこういう親しみあるアホ面で良い

 

 『兄さんには私が居ますから、ぬいぐるみなんて必要ないでしょう。フィギュ……神像も持っていないというのに』

 自分でフィギュア言うな神様

 ちなみにだが、教会は当然信徒向けに神像なんかも家で崇拝できるよう売っているのだが、かなり種類が多い。大きめのもの、小さいもの、全体が金属のもの、安い魔物素材のもの、一本の木から削り出した芸術品等……

 その中で、何か人気らしいんだよな、龍姫像(擬人化)。おれは幼馴染がフィギュア化してる感じがあって敬遠してたけど、女神像と並んで良く売れるらしい。変態ばかりか

 

 ……余談になるが、正直個人的に言えば王狼像とか晶魔像とか高くて躍動感あるものになると10ディンギルとかする代わりに滅茶苦茶格好いいんだよな。ただ、龍姫像無いのに他の七大天像なんて買ったら始水に悪いから買ってない。ちなみに、アナの部屋にはちゃんと龍姫像(龍形態)が飾られてるのは見たことがある。しっかり埃とか掃除されて祈りに使われていた

 

 閑話休題

 幼馴染神様の機嫌は後で取る……というか別にこれ怒ってる訳ではなくクールに振る舞うフリしてるが寂しくておれにじゃれてきてるだけなので対処不要として話を切る

 

 「オーウェン、お母さんへは」

 「あ、うん。ちょっと美味しいものをって思った感じだから、これから買うよ。食器も古いし、家に居られないことも多くて寂しいから彩りも欲しかったし」

 と、少年の紫色の瞳が抱えたぬいぐるみに落ちる

 「ああ、ぬいぐるみもちょっとした彩りにはなるよな」

 インテリアとしては子供っぽいが、アイリスとか今も10年くらい前の古いぬいぐるみを飾ってる訳だし

 「うん。僕に買ってくれたのにお母さん向けなのは……」

 と、おれは一度立ち去りかけた店を振り返った

 

 「じゃあ親向けに別の要るか?」

 「ううん。お母さんも悪をもって善を説くあの神様みたいにって晶魔様派だから喜んでくれると思う」

 なら良いかと軽く手を振り、少年と別れる

 

 そして、ホクホク顔でぬいぐるみの束を乗せて大きな猫椅子を動かす妹を追った

 ずいぶんと嬉しそうだ、見てるだけでほっこりする

 「どうだった、アイリス?」

 「自分で、買い物……初めて」

 ……過剰すぎる額出してたけど、初めての体験に心を踊らせたようだ

 

 「そっか、よかった。楽しかったか?」

 「お兄ちゃん……と、だからが、大きい……です、けど」

 それでも、外に興味がないとまではもう言わないでくれる

 「うん。こうして色々と、外を知っていこうな」

 と、声をかけたところで妹が軽く咳き込んだ

 

 やはり、長時間連れ回すと疲れるのだろう、そう判断してぬいぐるみを抱えた妹と共に騎士団の詰所に向かう

 おれ達の立場は皇族……という以前に機虹騎士団の特別枠という形で明確に騎士団員としての籍を持つためシンボルを出せば普通に部屋を借りれ、一室に入って鍵を閉める

 

 大きな部屋で、会議などにも使えるがベッドはない。一息ついて妹を休ませようと思ったら……一声鳴いたデカ猫ゴーレムがびよーんと胴を伸ばしてベッドになった

 うん、何でもありか

 

 「疲れ、ました……」

 二人きり(実はシロノワールは影の中に今も居るけど我関せずで本を読んでいる。自由かあの魔神王)だからか気を抜いて、ぽふっと簡易猫ベッドに倒れ込む細すぎる体。取り出したぬいぐるみを枕に、ごろーんとリラックスした体勢になるが、掛け布団はない

 細すぎる体と不健康気味な白さの肌を汗がつうと伝うのが少し艶かしいが……おれには汗ひとつ無い。やはり引きこもりにはちょい外気は暑かったのだろうか

 

 「ああ、お疲れ様アイリス。今日は休んだら帰ろうか」

 「……一緒に、寝て」

 「いやどうしたんだ?」

 「不安に、させた……埋め合わせ、です

 鬣の人も、居ない……です、し」

 確かに今出掛けてるからな。聖女の護衛として

 

 「分かった。今日はずっと手を握ってる」

 いった瞬間に伸ばされる妹の手

 「……寝る時にはな。早い早い」

 「寝て、ます」

 「休憩中じゃなく就寝の時だけだ。ずっと手を繋いでたら色々と不味い」

 「……」

 不満げな瞳に負けて、おれはベッドに歩み寄ると膝立ちになり妹のちょっと冷たい手を握った

 

 「……外、少しは、面白い」

 「これから、もっと知っていこうな」

 「煩いのは、いや、ですけど……」

 「慣れれば民の活気がある証拠として割と楽しくなるぞ」

 今日は割と静かだったが。喧騒があればこそ、民を護れてる実感を得れたりするんでおれは嫌いじゃない

 

 あの事故の時、最後はもう誰の声もしなかった。あの不気味な静寂よりは煩い方が余程良い

 いや、爆発とかそういった煩さは嫌だけどな?

 

 「……わから、ないです」

 「そのうち、何となく分かってくれると嬉しい」

 そうおれは微笑んだ

 「お兄、ちゃん

 これだけが、来た理由?そもそも、ほぼ聞いてない」

 あ、と不意に言われた言葉に思い出す

 

 「そうだそうだ。アイリスの婚約者云々の話をすっかり忘れていた」

 「婚約者、要り……ません」

 そこは本当に取り合ってくれない。だが……

 

 「いや、そうじゃなくて。立場的に決めなきゃいけないって圧力がそろそろ来るんだ

 そして、その候補の中に……やらかす地雷が混じってる。おれはその人のやらかしを、未来をある程度知ってる真性異言として止めてやりたくて、まずアイリスに話をしに来たんだった」



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父、或いは孫の話

「……さて、分かるな馬鹿息子」

 そして数日後、おれは父シグルドに呼び出されていた

 

 「アイリスの事ですか陛下」

 「父さんで良い。さて、分かるか」

 「ああ、おれの真性異言(ゼノグラシア)としての知識に則ったらそうなる」

 完全にバレているのは分かっている。だから包み隠さずにおれは父の眼を見てそう応えた

 

 「そうだ。お前に……いつの間にか婚約者が変わっていて、かつ当初は何を考えているか分からず不気味だったがな

 それはそれとして、婚約者の一人も居ない皇族というのは本来問題だ」

 「そんなに要るのか、とおれは思ってしまうんだが」

 「皇族籍を捨てた場合だ何だが面倒だ。特に今の時期は……」

 男はおれを見て、少し遠い目で溜め息を吐いた

 

 「どいつもこいつも結婚せん。何があったと言いたい程に、(オレ)に孫が居ない」

 その言葉に思い返す

 一途な相手が病に倒れているので婚約止まりのシルヴェール兄さん、女装癖のルー姐、忌み子のおれ……確かに結婚してる皇族が少ないな。他にも結構独身が多い。いや、攻略できるキャラは大体独身の方が正しいんだが

 「乙女ゲーム的には、女の子と結婚していたりする相手は困るからその影響とかあるのかもしれないけど」

 「磐石な次代が居ないのは、群雄割拠という点で見れば戦力的には悪くないが……

 もはやアイリスを婚約者の一人も無く野放しにはしてやれん訳だ。分かるな、馬鹿息子」

 その言葉には頷くしかない

 

 「おれは忌み子で血を絶やすべきだから結婚も何もないけれど、アイリスは違うしな」

 散る火花

 拳骨を落とされたのだと一瞬して気が付いた

 

 「痛いんだが」

 「(オレ)をそう責めるな、神経の逆撫ででも狙っているのか阿呆が」

 「……何が?」

 「親が自分を忌み子に産んだせいで、あの子と恋も出来ないと言ってるようにしか聞こえんわ

 お前にその気がないのは知っているが、端から見る者はそうは思わん。素直なのは構わんが、もう少し言葉を選ぶ事を覚えろ」

 言われて反省する

 

 確かに、忌み子なのは父のせい……っちゃそうなんだけど、悪意なんて無かった。それを責めるように聞こえてしまうのは問題だろう

 

 「……ごめんなさい」

 「気を付ければ良い。それで、だ

 お前はまだ分かるが、他が此処まで結婚せんのは何かあるのか」

 額を左手で抑える父。昔は見せなかった少しの弱みを晒す辺り、大分信頼されたと見るべきか

 

 「……分からない。シルヴェール兄さんもアイリスも結婚していない以上、次世代の安定って一つアピールになると思うのに、何で結婚してる兄姉が少ないのか……」

 「困りものだな」

 と、言いつつ睨まれるおれ

 

 「父さん、その眼はいったい?」

 「一番はお前だ。あまり未来の嫁を悲しませるな」

 「いや結婚とか絶対にしないからな!?忌み子だから血を絶やすって言ったろ!」

 「……変わったな」

 ぽつりと言われる言葉

 

 「え?」 

 「一昔前なら、幸せに出来る筈がない、と言ってたろう?」

 「あ、」

 そういえばそうだ。忌み子だからに含まれているとはいえ、何でそっちが先に出るように変わったんだ、おれ

 

 「いや、実際おれは……今でも分からない。女の子を幸せにする方法なんて知らない

 おれに出来ることなんて、届かなくても手を伸ばして、誰かの手を掴もうとする事だけ。そして、その手を離さないために」

 腰に吊った愛刀に目を向ける。応えるように、小さく桜の雷が散る

 「戦い続けるだけだ。それで、誰を幸せに出来るかなんて分からないよ」

 でも、それでも

 

 「それでも、と言えるようになったか。(オレ)に出来ることはそう無かったが、やはり嫁か」

 「いやだから違うって」

 「まあ、構わんがな」

 鋭い顔つきを何処か穏和に歪めて、彼は笑う

 「言った以上、手離すなよ?

 己はああも愛を向けられた事はないが故に、アドバイスなど出来ぬが。今更逃げられるという事は無いだろうが……何があろうと」

 「いや、ペットかもの扱いしないでくれないか?彼女は」

 ……目を細められる

 

 「彼女等は、一人の女の子達だよ」

 恐らくはノア姫達を忘れるなということなのだろう、そう思って言い直す

 「そこに好かれている事は分かるだろう?モノ扱いなどしていない、義娘と呼んでいるだけだ」

 「というか、複数系で良いのか」

 「お前、この(オレ)の妻を何人だと思っている?七天の理解の元ならば別に構わんだろう」

 ……うん、別にハーレムでも逆ハーレムでも許されるんだよなこの世界……

 いや、おれはそういうのどうかと思うし、ゼノもそうだったというかヒロイン以外にまともに恋愛フラグ立たないタイプのキャラだったが……。フラグ立つ他のキャラでもヒロインと恋愛する場合一途なんでそこは良いか

 

 「っていうか、話が逸れてないか父さん?」

 「逸らしているとも。この阿呆の事も心配でならんからな。言わねば分からんか?」

 「……すまない」

 うん、何か謝るべきだったろうかと思いつつ頭を下げる

 「まあ良いがな、半端に改善してエルフめに見捨てられたりするなよ?」

 茶化すように言って、男はばさりと資料をおれに投げ渡した

 

 「さて、この馬鹿息子の事はある程度嫁に任せれば良いとしてだ」

 ちらりと見れば、それは男の経歴等を描いたような紙であった

 「これは……アイリスの?」

 「そうだ。見覚えはあるか?」

 言われて目を通す

 四人の男の絵と軽い経歴等が載っている。どれもこれも見覚えがある感じだ

 という訳ではない。当たり前と言えば当たり前なのだが、元々容量と予算が足りなくてパートボイスだったりしたゲーム版で、このイベントで出てくるだけのモブキャラに各々固有のグラフィックなんて用意されてる訳がないのである。が、ゲームではないこの世界で全員モブ顔な訳がない

 結果的に……モブが原作通りの相手なのかもう見分けがつかない

 

 だが、まあ、やらかすキャラは流石にモブではなく固有グラフィック、彼が居るのは分かった

 そして……

 「竪神とかガイストが居ない」

 「別枠だ。入れても良かったが、こうして無理に意識させるのも違うだろう」

 まあそうなんだけど、と頷く

 

 「それともあれか?あの黒髪か」

 「ん?誰だ?」

 と、おれは首をかしげる

 

 「聞いたぞ?デートしていたらしいな」

 そうして更に追加された一枚は……

 って桜理じゃないかこれ!

 

 「オーウェンか」

 「父さん。彼女は本名サクラ・オーリリア。女の子だからデートも何もない」

 「何だ、あやつとのデートかと思ったらお前案件か。相も変わらず、変な相手を引っ掛けるのが上手いな馬鹿息子、ヒモか」

 「ヒモじゃな……いやヒモだわ」

 ノア姫に様々に世話を焼かれている現状、ヒモと呼ばずして何と呼ぶ

 「せめてそこはリーダーと言え情けない」

 「でも、相手の好意に甘えるのはヒモだろ」

 「息子がエルフと聖女のヒモを公言した時の親の気持ちを考えろ阿呆が。何故そやつら相手にヒモになれたのかと困惑するしか無いわ

 

 ……これ以上語れば阿呆に頭が痛い。話を戻すが」

 燃える瞳が、おれを射た

 

 「変な顔をしたな。何があった」

 「いや、やらかす人間が混じってたから」

 「ほう。やらかすか。先んじて潰すか?」

 いや駄目だろとおれは手をぶんぶんと振る

 

 「"まだ"なにもしていないのに潰されたら相手も怒るだろ

 何をしでかすかなんて真性異言(ゼノグラシア)なら分かりきってるんだから、相手が動くまで待って、それでも被害を無くすよ」

 「出来る気か?」

 「方法はある。考えてる」

 それが上手く行くかは……これが上手く行かないなら、逆に相手がおれの思うより相応に優秀だったという事だ。いっそ引き込むのも良いだろう

 そう考えながら、おれは頷いた

 

 「……良いだろう。任せる」

 「有り難う、父さん

 ……それにしても、何があったんだ?らしくない」

 

 大きな溜め息が、おれの耳を打った



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父、或いは銀河

自嘲するように椅子に座ったまま笑う父

 「流石に分かるか」

 「流石に変だ。あまり口出ししない筈が、おれ達に肩入れしようとしすぎている」

 次代の皇帝を選ぶという以上、基本的にフラットな立場であろうとして直接的に手助けはしない。それが父だった筈だ

 なのに、おれ相手への今の態度は何か変だ

 

 「聖女様方の事なのか?いや、だとしたらアイリス関連まで押し進める必要がない」

 ふと気が付いて、愛刀に眼を落とす

 「おれ達に不安があるのか?おれ達しか、実質立ち向かえる存在が居な……」

 ドン!と押し付けられる威圧感に、おれは思わず言葉を切った

 

 ギラリと光る赤い瞳が、見開いておれを睨み付けている

 「月花迅雷を抜け、ゼノ」

 「っ!父さん!?」

 「思い上がるなよ」

 「っ!そんないきなり!」

 椅子を蹴り倒して立ち上がった彼に目眩がしながらもおれは抗議する。だが、威圧は止まらない

 

 「皇子」

 更に、ひょっこりとおれの一歩半後ろに姿を見せるのは怖いのか目深に何時ものぶかぶかの帽子を被った小さな女の子

 「アルヴィナ!?何で此処に」 

 「(オレ)が鍵を開けた。扉の前でうろうろしていたからな」

 険しい顔付きが、二人を射抜く

 

 「本気で来い、その思考を叩き直してやる」

 「……いや、本気って」 

 アルヴィナが来てくれた以上、一応変身は不可能じゃない。だけど!

 あんなこの世界の理の外にあるようなものを何で使わせようとする!?

 

 ええい!分からない!分かんないのが、彼だ!

 もう良い!

 「アルヴィナ!」

 「大丈夫、ボクはずっと皇子と居る。そう決めた

 だから、アドラー、皆、お願い」

 その言葉と共に、おれの背後から暖かな風が吹いた。アドラー、お前が手を貸してくれるなら!やるしかない!

 

 「ブレイブ!」

 が、その瞬間

 『いやそれは違うでしょう兄さん』

 『そうではない、遠き子よ!』

 抗議のように青い雷がおれの手を痺れさせる。って待て、総ツッコミかよ!?

 

 いやどうしてこうなったと悩む。何を間違えたんだ?

 『兄さん、良いですか?

 その台詞は兄さんが不滅不敗の轟剣を呼ぶ際に唱える言葉です。センスが足りていません』

 『必要ならば呼べ。帝国の魂は常にお前と共にある。だが、今響かせるは己の魂の神鳴よ

 同じ言葉であるべきではない、そうだろう!』

 

 ……いや、そういうことなのか。変身のキーワードが同じって駄目だろというオチ

 『兄さん。自分の託された想いを、己の言葉で、勇気で解き放つ。貴方自身で作ってください、その想いの光の名は……』

 「星刃(せいば)界放(かいほう)!」

 その瞬間、冷気と雷がおれを包み込んだ

 

 『銀河の果てに放つ!光り唸れ銀河』

 『煌めく星々の祈りを束ね』

 『気高き雷、勇気を紡ぎ』

 『星龍と共に我等は往く』

 『輝け、流星の如く!』

 『愛!勇気!誇り!大海!夢!魂を束ね紡ぎ、創征の銀河へと』

 『(GONG)を鳴らせ!』

 『『スカーレットゼノンッ!』』

 『アルビオン!』

 

 ……え?いや待て何これ?

 朗々と脳裏……いや刃を通して周囲に響き渡る始水と帝祖達の放つ音についていけずに呆ける。そのおれの背後で、一緒に言葉を紡ごうとして失敗したらしくアルヴィナが口をもごもごさせていた

 

 いや待て、何だか神様と御先祖様が五月蝿……

 

 『The dragonic saber with you

 Are stars to bright and realize

 Words to Vanguard Worlds』

 ええい、歌うな歌うな

 意味は、貴方と龍の剣は未来を切り開く想いを照らし束ねる銀河である。辺りだろうか……多分始水が頷いてそうだからこれで合ってる。いや、意訳凄いなこれ

 

 『と、変身音はこれで良いですか兄さん?』

 割と自信作です、と言わんばかりに多分少しだけ何時もより誇らしげなんだろうなぁと思う声音の神様ボイス

 長い!そして五月蝿い!もう歌じゃないかこれ!?いや素のスカーレットゼノンでも歌っぽかったけど!

 しかも半分くらい歌ってるのが始水のせいで清水のように澄んだ可愛い声だから迫力が少し欠ける。アナが凛々しい歌を歌っても可愛いだけ理論と同じだな

 

 というか変身音とかつけられたら唯の変身ヒーローではこれ!?しかもこの長さ最強フォーム辺りの!

 

 『む、不満ですか?』

 いや、何でこんなに変身音が長いんだ……盛り上げようとしてくれるのは嬉しいけど……

 ついでに突然大音響聞かされたアイリスがおれの声を筒抜けにするバッジの向こうでびっくりしてるだろうし

 

 なんて、締まらない状況ながら、おれは一応ある種銀河を思わせる蒼き龍狼を模した姿へと変貌していた。鞘にくっついていたアルビオンパーツは今回は右手に装着されてガントレットと化している。恐らくは前回左手に付いてたのがイレギュラーなのだろう

 が、この姿を見せろって一体……そう悩んだ瞬間

 

 『「……スカーレット……いや、違うか。それはお前だ」』

 ん?と思ったおれの眼を、黄金の焔が()いた

 『「魔帝剣皇アルジェント・ゼノン!」』

 は?と思うが、銀の光を身に纏い、おれの変身形態にも似た姿へと変わった父が、常に黄金の焔を噴き上げる愛剣を地面に突き刺していた

 

 いや待て待て待て!?なんだあの姿!?

 そんなおれへ向けて、横凪ぎに刃が振るわれる

 

 ガギン、と響く硬質な音。撃ち合わされる赤金と蒼

 っ!一応貼ったはずの蒼輝霊晶による精霊障壁では防げないか!いや待てそれって普通に凄くないか?

 

 「っ!何するんだ父さん!」

 敵だというなら分かる。だが、振りかざした剣に敵意はない。当てる気すらきっと無いのに……

 「……分かったか、馬鹿息子」

 「ああ」

 ふぅ、と息を吐いて変身解除。そもそも敵じゃない相手だから変身を維持するのが大変すぎるんだよなこれ

 それに合わせ、父の焔も消えた……って部屋焦げてるけど大丈夫かこれ

 

 「そうだ。お前が龍姫に見初められて戦い続けるように、他の七大天や(オレ)達だってただ見ているばかりではない

 そう気に病むな、お前達以外にも抗う力はある。……といって、慢心して聖女を死なせたりしたら困るが、背負いすぎるなよゼノ」

 うん、それが言いたかったのは分かった。別におれ達しか戦えない訳じゃない、と。阿呆みたいなゼロオメガが荒れ狂う状況で、抗う者は多いのだと

 

 いや、その為に全力変身までさせるか普通!?

 いや、変身して障壁出させないとぶち抜ける黄金の焔を見せ付けての説得力を出せないのか……

 

 「というか、どうやってその力を」

 「言ったろう?七大天で脅威に立ち向かうために動くのは何も龍姫だけではない、と」

 その言葉を告げる父の背後に、おれの今のおれとしての最も古い記憶に姿を見せる道化が笑った気がした

 

 「ああ、成程……」

 おれが始水の手を借りて変身しているように、父は道化の力を借りて変身したという話なんだろう。そもそも道化の七天御物だしな、デュランダル

 

 「いや、それとさっきまでの話は関係無くないだろうか、父さん」

 「ああ、無いとも」

 いや本当に無いのかよ!?

 ボクの事が歌に入っていないと憮然とするアルヴィナに向けて『アルヴィナの眼は月みたいに綺麗だ。そして月は最も近い星なんだから、星はアルヴィナの事でもあるんだ』と何かキザっぽく誤魔化しつつおれは眼を見開く

 

 「ゼノ、お前は自分と(オレ)との関係を何だと心得る?」

 「親子」

 「然りだ。(オレ)もそう思っている。だが実の所、あくまでも正式な話に限るが、(オレ)とお前の間に血縁は無い」

 「それは、おれが……真性異言だから?」

 「違うわ、阿呆が。そもそも、お前もアイリスも(オレ)の子だ。籍の上では赤の他人なだけでな」

 ……あ、と思い出す

 

 「そうか、忌み子」

 「その通りだ、ゼノ。どう見ても(オレ)の子だが、忌み子を産む組み合わせに限り七大天は絶対に結婚を許さない、許可を出すわけにはいかんらしい

 故な、あくまでも公式書類の上では、お前は父の分からぬ未婚のジネットの息子という扱いにしかならん。(オレ)が勝手に母の居なくなった孤児を引き取り息子だと呼んでいる、という状況だ

 ふざけるなと散々誤魔化してきたがな、忌み子故にここまでしか出来ん」

 そして、父の瞳がおれを見る。もう燃えるような感じも、鋭さもない

 

 「まあ、だがジネットと己の子なのは周知の事実。普段はそれで良かったが……

 最近キナ臭い。こうした問題を突いて何とかお前を様々に引きずり落とす気を持つ層が暗躍しているらしい。それは正直不快だが、あまり表立って潰しに行く訳にもいかんのだ」

 「だから、なのか」

 「そうだ。この時期に阿呆過ぎる者共相手にする為に、慣れん事をしてみたが……

 

 やはり向かんな」

 思わず頷く

 

 「頷くな、お前も同じだろうゼノ」

 「ああ、おれも父さんも、脅威を物理的に打ち払う方がよっぽど向いてる」

 「そうだな。勝つぞ、我が子よ」

 「分かってるさ、父さん。だっておれ達は」

 「「民の故郷()を護る盾であり、希望の剣だから」」



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愚痴、或いはエルフ

「っ!なかなか……」

 そう呟くおれに、氷点下の呆れた視線が突き刺さった

 

 「良い、これ以上持ってきた包帯を無駄にするようなら、代金を請求するわよ?」

 そう告げるのは何だかんだそう言いつつおれの腕に緑の薬草を使った包帯を巻いてくれるエルフの姫

 

 「それにしても、何をやったら左半身が凍傷、右は火傷ってなるのかしら?」

 「制御と単純火力」

 そう、今は頼勇が居ないのもあり、いざという時にまともに戦い抜けるように、父に付き合って戦闘訓練をしてるのだ

 あの当代皇帝と……というのは大出世だろう。原作ゲーム的に考えても、彼は余程認めた相手以外手合わせすらほぼしてくれないからな

 

 ただまあ、父相手ともなると出し惜しみなんぞ一切やってられないのが一つ難点。敵でも転生者でも魔神王軍どもない相手に湖・月花迅雷を抜くこは……なんて言ってた日には死にかねない圧を放ち全力で掛かってくるのだから此方も命懸けだ

 当然愛刀を抜き応戦する。それでも正直スカーレットゼノンアルビオンへの変化を使わないでやってると勝てないと思い知るのだから恐ろしい

 

 結果的に、こうして回復魔法なんて効かないおれは毎回包帯のお世話になるという訳だ

 「本当にすまない」

 「こんなに包帯を乱用するような鍛練、本当に身になるのかしら?甚だ疑問よ」

 はい、終わりよと大分短くなった包帯の巻きをしゅっと魔法で切り取りながら告げるエルフ

 

 「それはおれだから」

 「違うわよ。アナタじゃなければ、その分魔法で傷を治していた訳でしょう?それ同じことじゃない

 毎回毎回怪我して帰ってくるのが普通の鍛練というものがそもそも変だと言いたいの、分かるかしら?」

 ぎゅっと腕の包帯を絞られる。が、痛くはない、単なる抗議なのだと分かる

 

 こうしてくれるのは単純な心配からだ、それが分かるから、有り難うとおれはおれの数倍生きている年下にも見える少女に微笑みかけた

 

 「でも、間違っていないよ、ノア姫

 確かに危険な事をやっている。でも、だ。おれ達が立ち向かうべき相手は、それで終わらない相手だから。いざという時に上手く戦えませんでしたで終わらないために、今傷付いているんだ

 分かってくれないか?」

 「分かってるわよ、それくらい。あまり言わせないでくれる?」

 「ああ、悪い」

 「随分と素直になったじゃない」

 「おれだってさ、これだけ背負ったんだから」

 と、今は大人しい愛刀を見下ろしておれは呟く

 

 「天の光は大体星。幾多の想いをおれは背負って、未来に進むよ

 勿論、ノア姫の想いも全部」

 「あら、ならばこの恋心もと言ったら、背負って結婚してくれるのかしら?」

 悪戯っぽく、茶化すように少女はおれに向けて微笑んだ。が、案外笑っていないというか、耳飾りを無言で取る辺り少しだけ圧を感じる

 

 ちなみに、これはノア姫当人から聞いた話なんだが、エルフには左手薬指の指輪とかの文化はない。その分、異性から貰った耳飾りが似た意味を示すのだとか……

 

 「冗談よ、そんなものアナタに背負わせたりしないわ、恋を認めるのも癪なところがあるのだもの、ね」

 ……何だろう、圧を感じ出すんだが……

 

 「ノア姫、本当に何時も助かってるよ、有り難う」

 「言葉は良いわ。態度で示してくれる?そうでないと、わざわざ同盟してあげている価値がないの」

 ……と言いながらも、何だかその流麗な長い耳が上下に揺れているのはおれの気のせいではないだろう

 

 駄目だな、見捨てられるなよ?と言われたせいか無駄にノア姫の細かい仕草を気にしてしまう

 

 「まあ、そこは良いわ、別に本当に必要だと言うなら持ってきてあげる。ワタシから見て無駄にも思えたら相応の対価を求めるだけよ

 それで、アナタ……もっと動くべき事があるのではないかしら?」

 言われて少し考える

 

 「あ、すまない。今週のノア姫の講義、すっぽかしてる」

 「……案外しっかり意識していたのね、アナタ。てっきり聖女の付き合いかワタシへの義理だと思っていたわ」

 くすり、とエルフは愉快そうに首を少しだけ倒し、そのポニーテールが揺れる

 

 「でも、違うわよ。あと、欲しいなら後で講義の要点を纏めた資料をあげるわ

 ただ、他言は止めてくれるかしら?あれ普通に試験内容の一部をメモしてるから、点数が底上げされるのよ」

 そんなもの寄越さないでくれと言いたいが、まあおれならどうせメモが無くとも覚えて点数取れるからという信頼なのだろうか?

 というか、普通に有り難い。聖女目線での魔神王との戦いは色々と本なり絵本なり資料なりでそれなりに知れるが、聖女以外を中心に描かれる話は本当に少ないのだ。帝国は帝国だからまだ帝祖皇ゲルハルトの話がある分マシな方で、他国ともなれば本気で何も残ってない事が多々ある

 そんな中で、エルフ(英雄ティグル)の視点から語られる歴史は本当に為になるのだ

 

 「というか、アナタ何であんなに精力的なのかしら?」

 「アルヴィナは魔神だ。シロノワールに至っては当時の四天王で、おれが背負うアドラー・カラドリウスもまた、当時から幹部だった

 彼等の想いも背負い、おれは未来を切り開く。となれば、その昔おれの先祖と彼等が戦った時の話だって、本当に帝祖側の視点一辺倒で学んでいたなら、申し訳ないだろう?

 その点、エルフは女神様の加護を受けていて、一歩引いた視点だから帝国の史観より少しだけ冷静で面白いんだ。といっても、魔神族と敵対はしてるから魔神族側の正義は流石にあんまり伝わっては来ないけど……」

 「あら、好評ね。あまり授業を真面目に聞いているようには見えなかったのに」

 「変な悩みが多くて。しっかり内容はノートに書いて、暇な時に読み返して学んでたよ」

 「冗談よ。ワタシを見せ物のように眺めに来ただけの生徒よりは何倍も真面目に授業を受けてたものね、アナタ。トリトニス後の試験だって、アナタと銀の聖女が成績でトップだったもの」

 が、エルフの姫は紅玉の瞳を細める

 

 「だからこそ、アナタ達にはちゃんと満点取って欲しかったわ。両方とも一問間違えていたわ、それぞれ別の箇所だけれども、そこが残念ね」

 いや、面目ないと頭を下げる。エルフ史観なら割と学んだんだけど、どうしても理解しきれないところもあったのだ

 

 「まあ、冗談よ。というか、そうそう満点を取られないような試験にしていたのだけれど、正解者が居て驚いたわ

 アナタもだけど、あの銀髪の聖女も中々にぶっ飛んだ頭をしているのね。感心したわ

 

 …と、そうではないでしょう?ワタシの授業を好んでくれるのは嬉しいけれど、アナタのやるべき話はそこではないわ」

 

 「というか、何で気が付かないのよ

 アナタ、あの少し頭の可笑しい妹の婚約者候補に悪行を為す相手がいるって知っているのでしょう?父とのんびり剣を交えている余裕があるのかしら?

 そもそも妹当人が卒倒してるというのに」

 そうなんだよな。アイリス自身はおれが父とやりあってるのを見てそのまま寝込んだ。多分心の問題で体は割と健康よりなので遠からず起きてくる筈なんだけど……

 

 「いや、彼は本気で今はまだやらかしてないんだよ。そこを潰したら、割とある才能を潰した上に敵に回す事になるから今は本当にさ、アイリスの婚約者を選ぶ云々が始まることを待つしかないんだ」

 というか、おれとしては頼勇に任せられれば完璧、ガイストもアイリスの事は大好きっぽいから良しの域だし……

 「それで見逃すなんて、ワタシ的には良く分からないわね。まあ、アナタがやりたいなら良いけど」

 ぴくぴくと不満げに揺れる耳と、納得いかないと細かに動く首を反映して微かに振られるポニーテール

 

 「ごめん、迷惑をかける」

 「本当よ、迷惑ね。あまり心配をかけさせないことね

 ああ、ワタシじゃないわ。あの銀髪の聖女の事よ」

 ……いやノア姫も心配してくれてるだろ、とは流石に言わない。そこを明かしたくないって本人が無言で主張しているからな

 

 「分かってるよ。そこまで無茶なことをする気はないんだ、相手のやることは分かってるから、それをさらっと妨害してやれば良いだけだし」 

 ただ……もしも、もしも彼が変だったら、そこまで簡潔には行かないだろうがそこまで考えても何になる

 リック……下門陸のように特異な能力と共に心を弄られていそうな相手は恐らくは別のゼロオメガの管轄、幾ら【AU】を一旦は退けたとしても別枠で出てくるだろう

 

 「その割には不安げね、大丈夫なのかしら、本当に?」

 「不安はあるよ。恐らくは……奇跡の野菜というあいつらは、別のゼロオメガによる侵食の発露だ」

 紅玉の眼が細まる

 

 「なら、対処を」 

 「したいよ。でも、向こうが何を狙っているかも分からない時点で仕掛けても、下門の仇すらまともに討てないだろう。情けないがボロを出すまで対処療法しかない

 ……って言っても、ルー姐も居るし、おれだけが無理する必要なんて無いからさ。警戒だけ怠らずに、今はアイリスの未来を考えるよ、ノア姫」



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前準備、或いはホバー猫

むすっとしたアイリスを連れて、おれは行く

 

 何処へかというと、当然婚約者候補が待つ場所へだ。おれが常に横に居るという条件で、アイリスは外に出てくれるようになった

 兄離れもするんだぞとは言いたくなるがまあ良いか、今はまだ、不安とか沢山あるんだろう。今のうちに甘えさせてやりたい

 

 「お兄ちゃん」

 不安げにおれの礼服(ちなみに今回は騎士団としてではなくアイリスの兄として出向く事になるので騎士団の制服ではなく和装だ。皇族としては和装、騎士団としては制服と使い分けることにしている)の袖が引かれる

 

 「いなくなろうとしないで」

 「何でそうなる」

 「顔で……分かる」

 始水かアナかお前は

 

 ……あれ?そもそもあの二人がおれの表情を読めるのがまず変なのではなかろうか……って神様だもの出来るか

 

 「いや、居なくなるつもりで考えてた訳じゃないよアイリス

 たださ、これから先、大きな戦いになる。その際にずっとアイリスと居てやるわけにはいかない。おれ達は民の剣で盾だから、それぞれ別々に多くを護り……それを合わせて全てを護る義務がある

 だから、一人でもって思ったんだ」

 

 その言葉に、今日はスライドホバー移動するジェット猫ゴーレムに乗りながら妹は小さく頷いた

 

 そうだ。この妹は幼いだけで……周囲を知らなさすぎて変なだけで、別に悪じゃない

 こうした時には「お兄ちゃんが居れば良い」からと民を見捨てるような発言をすることは無い

 

 だからこそ、頼勇だってこの一見危うい少女を信じているのだろう。心の奥底に、確かに皇族としての誇りを持つのだと

 

 「……でも、不満」

 ぽつりと少女は告げて、ホバー走行する鋼の猫を止めた

 というか、割とおれも乗ってみたいんだがそれ。中々に凄い光景だし乗り心地も良さげだ

 原作ゲームじゃ基本バストアップというか、腰辺りまでの立ち絵が基本で足元が見えるのって戦闘グラと一部のスチルだけなんだよな。お陰で……いや、そもそも良く良く考えたら、外に興味を持ってくれた後のアイリスって無駄に自分で外出する必要また無くなるからゴーレムで出てきてるしわざわざこんなゴーレムに乗る必要もないのか、自分が使ってる体自体がゴーレムだからそれで好きに動けるんだし

 

 と思うと、この猫ゴーレムに乗って外出するアイリスってかなりレアなんだろうか

 いや、レアだから何だと言われたらそれもそうだが。寧ろ危険がある分困るのではなかろうか

 うん、反省しよう。おれもアイリスも皇族だから狙われてどうこうはほぼ無いが、面倒は面倒だしな。こうなるまでおれが無視していたのも悪い

 

 「不満か」

 「結婚は……考えてないけど。でも、あの鬣の人なら、婚約、者、って……言われても、許せ、ます」

 お、好印象。というか割と当たり前か、アイリス頼勇の二人ってゲームでは鉄板みたいな組み合わせだし

 ガイストは……うん頑張れ、おれは割と応援してる。頼勇の側がアイリスと添い遂げる気にならない限りは

 

 「でも……これから会うの、違う人」 

 「らしいな」

 モブ三人とやらかす人一人。あくまでも新規開拓目的だということで、婚約者候補にすら頼勇もガイストも入っていない

 いや、どう見てもあの竪神だろみたいな扱いとか一部ではされてるらしいが、その二人が候補に居なくて界隈は騒然としたのだとか

 

 なお、ガイストは一晩寝込んだらしいが頼勇は平然としていた

 ノア姫は……当初意外そうにしていたのだが、少し出掛けて帰ってきた時には納得していた。何でも、おれの父に「お前はあの阿呆の婚約者候補を選ぶとしてあの銀髪を枠に入れるか?」で理解したのだとか。解せぬというかどういう意味だそれ

 

 『兄さん、既にもう決まってる相手をこれから選ぶ枠に入れても意味ないという話ですよ』

 ……言われても良く分からないというか、だ。頼勇がそこまでアイリスとペア想定されていたのかというのが意外に思う

 

 「許せる範囲、の外……

 知らない人と、婚約者……やだ。お兄ちゃんか、あの鬣の人か、ガルゲニアで最低限……」

 「ロダ兄」

 「きらい」

 「エッケハルト」

 「大、嫌い」

 「シロノワール」

 「論、外です……」

 「オーウェン」

 「女とは、結婚しない……」

 「アナ」

 「嫌いじゃ、ないけど……結婚は、おかしい

 遊ばないで、お兄ちゃん……」

 怒られた

 

 「悪い。でも、本当に結婚とか婚約とかしなければいけないって訳じゃないんだ、アイリス」

 ぶっちゃけ多分ガイストを焚き付ける意味が混じってるというか、基本的に皇族側から取り込みにいくのは……みたいな関係であるガルゲニア公爵家側から忠誠というか告白を引き出しに行ってるんだろう

 

 その為に四人も候補募って競わせるのかとなるが……いや、そもそもアイリスの婚約者を選ぶという話でさらっと参加してる四人がまず変なのか。一部界隈では頼勇だろで片付くような扱いだとすると逆に何で自分がと名乗りを上げたんだって話になる

 

 それが単純なアイリスへの好意なら良いが……

 

 「お兄ちゃん?」

 「悪い、考え事だ」

 首を振って意識を戻す

 「やらかす人、教えて」

 「駄目だアイリス」

 「何で?」 

 

 その言葉に、おれは静かに今の考えを纏めたものを告げた

 「良いかアイリス。やらかす人はそもそもアイリスへの好意が狂ったアレな人だ」

 割と酷い言い方しつつ、おれは語る

 

 「でも、やらかすと知らない三人はさ、どんな思想で応募してるのか分からない。だからこそ、本気で気を付けるべきは寧ろ、そっちなんだと思う」

 ぶっちゃけるとだ。やらかす彼が真性異言化してれば割と分かると思う。原作でやらかす姿を、心の奥底の歪みを見てきたからこそその歪みが違えば違和感がある

 

 だが、残り三人の誰かだと正直分からない。おれがかつて狙っていたように、真性異言だとしてもそうと知られないというアドバンテージが向こうにはあるのだ

 いや、単にアイリススキーであわよくばってだけの人かもしれないし露骨に脅すのは良くないが……

 

 「気をつける」

 「気を付けすぎないようにな。変に思われるから」

 「ん」

 おれの言葉に、妹は小さく頷いた



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選定、或いは奴隷

「これから始まるの、何?」

 貴族邸宅の庭。会場とされた一人の婚約者候補(ちなみにやらかす当人)の屋敷の敷地内の其処で、おれの横の少女が首をかしげた

 

 「分かってるだろうアイリス?戦いだよ」

 と、茶化すようにおれは告げた

 

 「正確にはさ。ゴーレムマスターと呼ばれるアイリスと婚約するのに自分はこんなに相応しいっていうアピール会みたいなものかな。今日即座に決めろって話じゃないから、まだ最初のデモンストレーションみたいなもの」

 「つまり、LI-OHや、ゼルフィードを……御披露目する」

 「いやそいつらを創れるならとうの昔にもっと上の立場だろ」

 基本的にうちの学園なんて才能ある下級貴族とか平民拾うための場だぞ?そんな頭角見せてたらスカウトしてる

 

 「残念ながら、もうちょっとポンコツかな」

 ……と、脇に控えていたメイドがギロリとおれを睨んだ。うん、すまない、この屋敷の主人をポンコツ呼ばわりは普通に失礼だった

 

 ちなみにおれ達が居るのは割と豪勢にセッティングされた机と椅子の場所。何というか、垂れ幕とか掛かってて審査員席感がある……というか実質それだな。そして目の前の庭はだだっ広い。何でも元々飾られてる像を動かしたとかでぽっかりと空間だけが拡がっている

 

 そこで、次々アピールしてくる四人の候補をそれぞれ見て、今日は終わりだ

 

 少しだけつまらなさそうに待つアイリスと共に、おれも暫し待つ。ちょっと足腰の為に正座しておくか、こんなタイミングでもトレーニングしておかなきゃ鈍るからな

 何てやっていると、最初の一人がやってきた

 

 ちなみに、ゲームでのモブ三人が先だ。この屋敷の主からしたら恋敵なんて長々と招いておきたくないのだろう、終わったら出てけという扱いである

 それぞれ……うん、名前すらゲームでは出てこなかったから初見だ

 

 一人目は冴えない青年だった。髪の色的に土属性持ちっぽく、ガシャガシャとゴーレムに乗ってやってくる。結構煩い辺り、金属ゴーレムだろうか。端から見れば土の巨人だが、中身は違うというセンスを見せたいのだろう

 

 「殿下、殿下と同じ巨人の使い手で」

 「うにゃうっ!」

 あ、電光石火の猫パンチで左腕が吹っ飛んだ。今日のアイリスのゴーレムは移動用で戦闘力は其処まで高くない。それでワンパンで壊れる辺り駄目じゃないかこいつ?

 と思いきや、吹き飛んだ腕の内部からマジックハンドのようなものが複数伸びてパンチした猫の前肢を拘束する

 

 ああ、成程、わざと脆くして攻撃反応トラップにしたのか

 「ふふん」

 「にゃっ!にゃっ!にゃあっ!」

 が、そのままジェット噴射で空へと飛んでいく猫ゴーレムにぶらぶらと持ち上げられていく取れた腕

 

 「イマイチ。発想の、割に……拘束力、足りない」

 ぽつりと無表情で評価するアイリスと、横で頷くおれ

 

 「何を。そこのしたり顔の忌み子程度なら」

 と、ゴーレムの右手が取れた。ばら蒔かれて飛んでくる金属弾。変な切れ込みがある辺り、展開して拘束も狙えるのだろうが……

 「烈風剣」

 とりあえず斬撃を飛ばしてゴーレム本体の首を跳ねる

 

 「……別にゴーレム本体を破壊すれば終わりだろ?」

 正座すら解かずにおれは鉄刀をこれ見よがしにチン!と音を立てて鞘に納めた

 そんなおれの目の前でバラバラと制御を失い墜落していく金属弾

 

 「撃ちっぱなしのものを混ぜればもう少し奇襲性が高まるだろうし、今後に期待だな」

 青年は肩を落として去っていった

 

 ……で、なにこれ?

 ゲームでのアイリス婚約者イベントってこんな殺伐としてたっけ?愛刀だけで良いだろうと思いつつ鉄刀持ってきて助かった……

 ふぅと思わず息を吐く

 

 まさか、一人目から刀抜くことになるとは……。荒事にならないならある種おれの象徴である湖・月花迅雷だけ持ってれば良いが、こうなると本気で加減用に鉄刀が必要になる

 

 と思いながら二人目を待って……

 ふと、視線に気が付いた

 

 何だろうか、何処と無く粘ついた不可思議な感覚。ねちゃりとした、例えようもない気持ち悪さがあるような……

 が、その気配はすぐに消えていく。そして現れたのは、二人組だった

 

 成金感溢れる青年と、襤褸切れを纏う女の子のコンビ

 「……女連れ?」

 不快そうにアイリスが目線を落として問い掛ける

 既に二人を見ていない。返答によってはこのまま机だけ見続けて終わりにして評価に値しないという気なのだと分かってしまう

 

 「奴隷ですよ殿下。全てをゴーレムにさせていては」

 くいっとメガネ(多分伊達)を上げる青年のそのメガネがキラリと光る

 「魔力の浪費が激しい。使えるものは使う、そうでしょう?」

 その言葉にはおれは頷きたくはなるが……

 

 「すまないが、服装の面はもう少し配慮してくれないか?主張の正しさを下げてしまう」

 「おっと忌み子皇子殿、これは失礼

 彼女は毒持ちの訳あり奴隷でね。まともな服装は毒で駄目になってしまうのだ。だから、どうしても襤褸布しか着せられない」

 分かるかね?と少しだけおれを見下すように告げてくる青年

 

 ……多分原作には居ないな、彼。此処で奴隷だなんだの話を持ち込んだらイベントがややこしくなるから、奴隷連れなんて居ないに決まってる

 

 が、だからといって……彼が敵とは限らないんだよな

 例えば、元々参加する気だった相手が竪神が居るとか無理!と参加しなくなった枠に入ってきただけの可能性もあるしな

 

 なんて警戒を控え目にしつつ、実際はどうなのか奴隷と言われる少女の方を見る

 ……額の汗が湯気になっているな

 

 「お客様。そんなものを入れないで下さい」

 そして、この家の執事に正論を吐かれていた

 「失礼。毒のゴーレムを扱うもので、毒の素が必要なのですよ

 結果、体液が弱毒性の亜人奴隷がタンクとして丁度良かったという訳です」

 ぺらぺらと捲し立てる青年だが、理屈の筋は割と通っている。これが嘘か真かは分からないが、真実ならおれは警戒しすぎだろう

 

 寧ろだ。毒持ち種の亜人みたいな生きにくい存在に、お前の毒に意味があるってある種手を差し伸べている好い人説もあるぞこれ

 それを感じたのか、アイリスも目線を戻して、青年を見ていた

 

 「ですので、後片付けまで御容赦を

 ああ、私はラヴァナ男爵家のラサと申します。以後、お見知り置きを」

 と、アイリスへ向けて青年は一礼した。ちょっと髪色が毒々しい蛍光グリーンなのが目に痛いが、結構礼儀正しいなと思いつつ……

 

 「君の名は?」

 おれは出来る限り優しく、その横の奴隷だという少女に笑いかけた

 

 「アー」

 少女は何かを言いかけて一度つっかえる

 そして、けほけほと咳き込んだその唾が襤褸布の端に掛かると、じゅっと音を立てて其処に穴が空いた

 ……ああ、これは服はどんどんと襤褸布になっていくしかないなと理解する。いや、すぐに蒸発するから良いのかどうか知らないが結構危険じゃないかこの毒?

 

 「落ち着いて、おれは敵じゃない」

 「……アーカヌム。ドゥーハ=アーカヌム」




ということで、今後ちょいちょい出番があるラサ・ラヴァナ男爵とその奴隷登場です。ちなみに、その前の彼はモブですので覚えなくて大丈夫です。
まあ、ラサではなく奴隷に扮してる方が始水みたいに化身で乗り込んできている三身の毒龍妃アージュ=ドゥーハ=アーカヌムの化身のひとつ、【アージュ】の名前通りリックを転生させたゼロオメガですがね……こいつも虐げられてるフリです


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毒龍、或いは奴隷少女

「アイリス、後は行けるか?」

 「……任、せて」

 きゅっと握られる袖。頼れる言葉とは裏腹の態度にごめんなと謝ると、その小さな手は名残惜しげに離れていった

 

 迷いながらも任せてくれたのだろう。それを理解しておれは愛刀をアイリスを護るように机の下、地面にこっそりと突き刺しておいて席を立つ

 そして、蛍光グリーンの青年の方へと歩み寄った

 

 「む、第七皇子よ、何か御用かね?」

 言葉尻に侮蔑はあまり見えない。本当に単なる怪訝そうな目を彼は向けてくる

 ここで忌み子の名が出ない辺り、割と真面目に胡散臭いだけの可能性を考慮できるだろうが、だからこそだとおれは青年ではなく、横の襤褸布の少女に目線を合わせてしゃがみこんだ

 

 「男爵よ。貴方の力の披露には確かに彼女の存在は都合が良いのだろう。だがしかし、私と同じように彼女もまた、あまりこうした場では歓迎されない存在である事は確かだろう」

 一人称を"私"として、堅苦しく言葉を紡ぐ

 「故、あまりこの場の皆は良い顔をしない。一時的に、この子を私に預けてはくれないだろうか?

 勿論、彼女が貴方の奴隷として相応の扱いをされているならば、貴方の所有物だ。この会が終わったらお返ししよう」

 奴隷って言ってもフォースの姉みたいな形もあるし、法律上の奴隷への扱いを護っているならおれとしては口出しする必要もないんだよな

 

 無条件で人権なんて得られない。そこまでこの国だって甘くはないというか……まともに税も払わない層の救済のために予算を使いすぎては破綻するからな。その点、奴隷とは主人が人権を保障する制度でもあるから一概に悪とは言えない

 

 「……毒龍の血がゴーレムに必要だ。それを抜いた後ならば、暫しお任せしようかね」

 「了解だ、男爵。アイリス、自分の婚約者になるかもしれない人達だ、しっかり己の眼で見極めてくれ」

 そんなやり取りを経て、注射器のようなものでぷつっと二の腕から血を抜かれた少女を連れて外に出る

 

 『……大丈、夫?』

 と、聞こえてくるのはアイリスの声。そう、普通にゴーレムを通して連絡手段くらいあるから気にせず連れ出せるって訳だな。遠すぎると魔力の問題で幾らでも通信できるわけではないが、せいぜい周囲を散策するくらいの離れ方なら楽勝で通じる

 なので気にせず暫く少女の手を引いて、とりあえず睨まれながら門を出る

 そして、暫く行ったところで……不意に変わった空気におれは飛び下がるように距離を取りながら振り返った

 

 襤褸布の女の子。男爵の奴隷で全身が毒物な少女。ぱっと見おどおどビクビクしていた人に慣れていない筈のその娘の気配が明らかに別物に変わる

 「……誘い込まれたって事か?」

 「……そう構えないで欲しいのじゃがな」

 「ほう、言うな」

 言いつつ、鉄刀に手を掛ける。愛刀は呼ばない。あれが消えた瞬間敵だと言うことになる。それはまだ早い

 

 「すまぬの。儂等の事を隠すため、怯えておれと主殿が言っておったのじゃよ

 怯える単なる奴隷の方が、敵から警戒されにくいとな」

 「敵、か」

 「毒使いともなれば、主殿も疎まれることが多くての。儂等が奴隷兼護衛として着いておったとして、護衛出来るとバレない方が都合が良い事もまたあろう?」

 ふふん、と告げるちっぽけな……何処か誰かを思わせる態度の生きた毒少女

 おれは確かに一理あるかと呟いて刀から手を離した

 

 「つまり、単に本性を見せても良いと思っただけで、敵対する気は無いと言いたいのか、君は」

 「儂等、敵なのかの?」 

 こてん、と無邪気に首を傾げて少女に問われて、おれは口をつぐんだ

 

 何だろうな、口調は老獪っぽいのに無邪気な幼さも見て取れる。雰囲気やバランスは違うけれど……あれ?おれは誰を例に出そうと思ったんだっけ?ノア姫?いや多分違うな。幼さなんて外見と後は恋心についてくらいしか見えないからな

 まあ、良いか。そこまで彼女を敵視する必要もないだろう

 

 「成程、おれ達には見せて良いって話なんだな、えーっと」

 ドゥーハ=アーカヌム。名前は聞いたが、ちょっと呼びにくくておれは少女を見る

 「シュリ」

 「さっきと名前が違うんだが」 

 「ドゥーハ=アーカヌムとは儂等の共通の称号のようなものでの」

 「等ってことは複数居るのか」

 分かるかのと少女は微笑む

 「三姉妹で、儂はその一番下というところじゃの。さっき名乗ったのは全個体合わせてのもの、儂という個を現すのならば、シュリと呼んでくれると嬉しいの」

 そう告げる少女の背に、揺れる爬虫類っぽい尾がふと見えた

 濃い紫色……いやもう紺色に近い甲殻に覆われ腹側は黄色い、太い龍尾

 ゴツゴツした甲殻は、蛇なんてものよりも更に巨大な力を思わせる

 

 ……ドラゴン。或いはワイバーン……なら尻尾より翼か。兎に角、かなり上位の魔獣の亜人だろう。毒蛙や毒蛇の亜人は時たま見るが、それより余程希少だ

 いや、亜人種は形象の種類によってそこまで滅茶苦茶な能力差があるってほどじゃないが、それでもやはり基礎能力値に差は出るからな。やはり特別な存在と言って良い

 

 「シュリ、君は……」

 おれの言葉に、少女は縦に裂けた瞳孔を嬉しそうに細める

 「うむ、何かの?」

 「どうして、おれに色々と話してくれるんだ?」

 「どうして、と言われてもの。儂を普通に扱おうとしたのは、お前さんが初めてでの

 どうして良いか、良く分からぬ」

 ぱたぱたと振られる尻尾に揺られ襤褸布のフードがばさりと落ちる。下から見えたのは……ある意味おれにも近い焼けた肌

 可愛らしい顔立ちには傷はないが、胸元に大きく残る痛々しげなそれだけで、彼女の境遇を推し測る。いや、分かりきらないが……苦しさは伝わってくる

 

 「あの男爵は」

 「む、主殿が嫌と言う気は無いのじゃが。しかしの、主殿は儂を必要としてくれておるのは確かなれど、毒龍として求めておるのは違いない

 感謝も尊敬もするし、お前さんが主殿に敵意を向けるのであれば止めねばならぬが、儂を恐怖の化け物と思っているのは変わらぬであろ?」

 そう告げる少女の瞳には、少しだけ不可思議な光があった

 

 その光に違和感を覚えるように、おれは改めて少女……シュリを見る

 既に被っていた襤褸布はほぼ脱げ、全身が露になっているので良く見えるが、体格としては……ノア姫くらいだろうか。胸元の痛ましさはノア姫とは比べ物にならないが、その分年格好より胸は大きめだ

 ボサボサでかなり長い髪は紫。何となくアルヴィナを思い出す。ちょっと毒々しい赤みの強い色だが、鮮やかな色は蛍光グリーンの主人に合うとも言えるだろう。そして、瞳は……緑色だ。かなり暗い色なのは、主人との兼ね合いを考えると残念だが、色自体は割と綺麗。緑色の沼とかが毒物表現で割と使われるが、その色だろうか

 まあ、蛍光色は幾ら魔力で染まるとはいえそんなに無い色なので合わないのは仕方ないか

 

 そんな少女を見て、おれは……

 「服、買うか」

 そう呟いていた

 

 「む、嬉しいが儂にそれを買う筋はあるのかの?」

 「君はあの男爵の奴隷だろう?そして、彼はうちの妹の婚約者になるかも知れない人だ

 つまり、未来の義弟かもしれない人への、挨拶代わりのプレゼントという訳、大丈夫?」

 「……優しいの、お前さんは。勿論主殿も否やとは言わぬだろうし、受けとるとも」



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奴隷、或いは勇猛果敢

アイリスと少しだけ連絡を取りつつおれはシュリと名乗った毒龍少女を連れて貴族邸宅の集まる区画を抜ける

 

 感心したような溜め息が聞こえてくる辺り、やはり毒のゴーレムには見所があるのだろう

 

 「やはりお前さんは違うの」

 引かれる自身の手を見て、また襤褸布を被った少女はぽつりと呟いていた

 「ん?」

 「毒だからと、儂に触れたがるものなどおらんかったからの。人が触れたのは何時ぶりであったか、もはや覚えておらぬのでな」

 言われて、おれは漸くその事を思い出した

 

 そうか。全身毒庫みたいなもので、汗に触れることもしたくないからと手を握られたことも殆ど無いのか

 事実に気が付いてしまうと流石に無視は出来ずに繋いだ手を見る

 少し冷ややかな少女の掌。汗は滲んでいるが……

 

 「そう痛くはないな」

 「お前さん、強いの」

 その台詞が返される辺り、【防御】判定でダメージ食らうタイプの毒なのか、汗

 

 「おれは気にしないことが出来るけど、怖がられるのも仕方ないのか」

 火傷痕を見せ付けながらぽつりと呟く

 「仕方の無い話ではあるの」

 ますます握られる手を、離さないように握り返す

 

 「それにしても、優しいの」

 「おれ自身、散々忌まわしい存在って扱いは受けてきたからさ。忌み子、呪われた子って

 だけど、おれには地位があった。色々と助けてくれる人も居た。かなり恵まれてた

 だからさ、似た立場って聞いて……何か出来ないかって思ってたんだ」

 何様だろうな、と苦笑しながら、おれは何処か誰かの面影を追いつつシュリの手を引き続けた

 「……それが言えるのは、凄き者の証よ」

 ふわり、と微笑む毒龍

 

 「儂の……ヴィーラ」

 「シュリ?」

 聞きなれない言葉におれは目をしばたかせて聞き返す

 「ヴィーラって何だ?女の子の名前……じゃないよな?」

 こくり、と頷きが返ってくる

 

 「儂は三姉妹の末と言ったがの、儂等アーカヌムには九つ、特別な名があるのじゃよ。儂がシュリであるように

 

 そして、その中でヴィーラとは……」

 むむぅ、となにかを思い出すように少女は眉間にシワを寄せ、とんとんと指先で頭を叩く

 「そうじゃ、勇者を現す名という訳じゃよ」

 

 その言葉に、おれは思わず首を横に振る

 「おれは勇者じゃないよ」

 「……駄目かの?」

 自棄に懐かれたな、とおれは内心で思いながらも、それでも駄目だと言い続ける

 背負ってやっても良くないか?という思考回路は、頭の隅に追いやって

 

 「駄目だよ、シュリ。おれは君の事をあまり知らない。そんな君の想いまでも背負いきって勇者なんてやれない」

 でも、と不安げな紫の毒龍少女にせめてもと笑いかける

 「だけど、おれは皇族だ。君達国民を護る剣で盾だ。だから、今はそれで良いか?」

 その言葉に暫し黙り……少女は申し訳なさげに己の小さな頭をぴょこんと下げた

 

 「すまぬの。主殿は認めてくれたが、あれも儂の毒を欲しての事。毒龍たる儂を案じてくれ、全てが毒と知りながら触れてくれる者などついぞ知らぬゆえ、急いた事を」

 しゅんと肩を落とす仕草は老獪というより明らかに幼い

 

 「……気に入ってくれるのは嬉しいよ。でも、安請け合いは出来ない」

 ただでさえ、おれは背負うものが多すぎる。魔神相手の世界の命運は元々アナやリリーナ嬢に降りかかるもので、ゼロオメガ相手などは頼勇達が共に背負ってくれていて。それでも、おれ個人が託されたものはあまりにも手に余る

 だからといって捨てたりしない。それでも、まだこのほぼ知らない少女の憧れまでも背負っては壊れてしまう気がした

 

 「すまない、シュリ」

 「構わぬよ。儂自身、ビーバッアを喪い冷静さを欠いていたのじゃから」

 ……で、そのビーバッアって何だ?

 

 ……ん?おれは誰に聞こうとしたのだろうか。シュリ当人か?

 何だか歯車が噛み合っていない気がして

 

 『お兄、ちゃん。デートなら、帰って……来て』

 妹の呆れきった通信に正気を取り戻す

 そうだ。同情してようが可愛い女の子奴隷だろうが、やるべき事を忘れててはいけない

 

 慌てて少女を引き連れて服を買う。あまり良さげな服は無かったというか、頑丈で毒に耐えられるものをと思ったら下着はそんな阿呆な想定したものが売ってるわけもなく、せめて襤褸布よりはマシなワンピースだけを買い与えるに留まってしまった

 いや、寧ろ毒に強い魔物素材のワンピースって何なんだろうな……どんな需要だと思いつつ、くるっと襤褸より可愛い服に身を包んだ奴隷毒龍がターンするのを見守った

 

 「……うむ、好いの

 じゃが、本当に貰って良いのかの?」

 「良いよ、シュリ。おれからのプレゼントだ」

 そんなことを言いながら、おれはそろそろ時間かとアイリスの元へと戻る

 

 ……何にも、気が付かずに



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スライム、或いは面倒ごと

「……貴様等」

 戻ってきてみれば、二つの巨人が睨みあっていた

 一つは何処か流体的なスライムの巨人で、もう片割れはかなり普通のゴーレム。いや、生体にも見える辺り普通とまでは言わないか、所謂合成個種(キメラテック)だしな

 

 後者も割と才能がある人間の使うものだが……前者が才能全振り過ぎてちょい霞む

 原作ゲームでもその合成個種という個性では足りないと、更なる強みを盛って絶対的に優位に立とうとした結果、割と人道に(もと)る事をやらかすというシナリオだ。具体的に言えば……勘の良い君は嫌いだよとヒロインが襲われるような案件

 

 とはいえ、『足りない』であって、明らかに向こうの方が凄くない?みたいな存在に押され気味とまではいかなかった覚えがあるんだが……どうなってるんだこれ

 いや、当たり前か。元々はシナリオ上モブだった三人の枠とはいえ、シュリを連れたラサ男爵なんて居たらモブにしておけないだろう。何らかの差異で居なかった筈の才能ある彼が参戦してしまったから、原作より更に焦らせてしまったって話だろうか

 

 となれば、おれのやるべき事は……寧ろラサ男爵を下げる形でこの場を収めること、だろうか

 うーん、悪役染みた結論だ。とはいえ、そもそもおれ自身渾名は悪役令嬢だし、悪口ばっかり上手くなるし……やってやろうじゃないか

 

 「お兄ちゃん」

 おれの姿を確認するなり駆け寄ってきて袖をきゅっと握ってくるアイリス。あまり剣呑とした空気に慣れていない妹にとっては本当に辛い場所だったのだろう

 というか、敵意飛び交う場なんて、覚醒の儀のあの日以来かもしれない

 

 「ごめんな、アイリス」

 「……来て、くれた、から……大丈夫」

 怯えた声と共に更にきゅっと寄り添ってくるオレンジの妹を庇うように二体のゴーレムと彼女の間の壁になるよう半歩進み、おれは二体を睨み付けた

 

 「……さて、うちのアイリスが止めて欲しがっている訳だが」

 「何様が」

 「アイリスのお兄様で、皇子様だろうか」

 「此処は私の庭だ。アイリス殿下の為に貸し与えているものの、所有権は私にある」

 と、おれに変な抗議をしてくるのは少し疲れた顔立ちのワカメヘアーの男性(34歳)

 

 そう、彼がやらかす当人、合成個種使いのタック・リセント子爵である。34歳で20下のアイリスに執着するとかロリコンかよとなるが……うん、ロリコンかもしれない

 「そうです、出てかないとお庭のおそうじがたいへんで……」

 と、男に合わせて告げるのは一人の小さな女の子。大体アイリスくらいの背格好のメイドだ。頭に大きなネズミの耳があるところから獣人だと分かるだろう。亜人と呼ばないのは彼女に魔法能力がない事を知ってるからだ

 髪の毛の色は灰、おれの灰銀色より更に光沢がない。まあ、ネズミと言えばグレーな気はするしそう変でもないだろう

 そんなメイドの横に控えるのは、そんな彼女とはかなり違って重用されているんだろうなと思える外見の男の子。外見はまあおれ達とそう変わらないくらいで、黒髪だがネズミの耳が少女との血縁を主張している

 彼はあの子の兄だ。兄妹で子爵に買われている奴隷で、一応攻略対象の一人。といってもメインではなくおまけのサブルート枠だが。フォースと同じだな

 

 「……それは分かるが、己のゴーレムを出すまではやりすぎではないのか」

 「そうじゃの。お前さんもっと言ってやるんじゃよ」

 いや、煽るな煽るな。煽られると上手くいかなくなるぞそれで良いのかシュリ

 

 「戻ったか、アーカヌム」

 その言葉に眉を潜める

 シュリと呼んでくれ、自分を示すのはシュリだと言う言葉は当人から聞いた。なのに、その主人はシュリではない単語で彼女を呼ぶのか?何かが可笑しくないだろうか、それは?

 ……いや、疑いすぎても頭が痛くなるが…… 

 

 「……ラサ男爵、リセント子爵

 この場はアイリスの為の場。貴殿方が戦うための場ではない。それ故……」

 ひゅん、と頬を霞めようとする何かを咄嗟に袖を掴まれていない左手で叩き落とす

 それは、硬質化した針のようなもの。剛毛過ぎるそれは、地面に落ちると焦げ茶色の毛に戻った

 

 「……子爵」

 「護衛の忌み子を倒せば、そんな奴より私が殿下の横に相応しいと分かるはず。ならばもう、面倒な選考も何も……」

 おいちょっと待てそこのアホ子爵

 「……正気か?」

 「成程、一理ありますね。アーカヌム、決戦形態です、貴女の毒を捧げなさい」

 っておい!メガネで太陽光反射してそっちまで構えるなよ!?

 

 と、言いたいところだが、寧ろ好都合だ。止めろと言ってラサ男爵だけ矛を収めた場合、合成個種側だけ倒す事になる。そうすれば、子爵の立場を悪くしてしまい、焦ってやらかすのが早くなりそうだ

 その点、ワカメヘアーの子爵が焦る原因でもあるスライムのゴーレムまでもおれが撃破すれば、寧ろ自分より強そうなライバルも無様に負けたという事で多少は機嫌を良く出来るだろう

 

 少しだけ名残惜しげに、けれどもそれ以上はなくひょいと離れていく少女を見送り、おれは妹に目配せをする

 

 「お兄ちゃん」

 「……皇族だからな。言われたら教えてやらなきゃいけないだろう?」

 「うん」

 素直に下がってくれるアイリスにごめんなともう一度呟いて、おれは鉄刀に手を当てる

 愛刀月花迅雷は呼ばない。あんなもの使って勝っても意味がない

 

 素でぶちのめすだけだ

 

 「……第七皇子よ。恨みはないし、アーカヌムを」

 と、蛍光グリーンの男はどうじゃ主殿、中々イカすじゃろ?とワンピースを見せびらかすようにくるくるしている自身の奴隷を呆れたように眺め、どもるように続ける

 「まあ、面倒を見て多少あちらの理不尽を減らしてくれた事には感謝する。けれど……

 挑まれた勝負、お覚悟を」

 「おい!私が先で……」

 

 「……いや、当に終わった」

 話している最中に全身全霊、踏み込んだ速度で毒龍少女の毒を回収する前にぶよぶよと跳ねるスライムへと突貫し、掌底一発!見えている赤く明滅するコアを体外へと弾き出した瞬間に毒の最中を突っ切ってそれを追い、抜刀して切り捨てる

 そして、弾かれたコアに集まろうとしていた触手のような最後の欠片を踏み締めた

 

 「確かに毒でゴーレムというのは凄い事だ。同じゴーレムとの殴り合いでも優位に立てやすく」

 錆びついた鉄刀を振る。あの一発で錆び付くあたり、幾らこの刀が安物とはいえ、割と毒の力は有効だろう

 

 「特にウッドやアイアンゴーレムならば腐食してほぼ無力化出来る。弾力で物理的な攻撃性能は多少低いが、防御と搦め手は中々だ」

 じゅうと手が焼ける。流石に無傷とまではいかないか。といっても、少し皮が爛れて捲れる程度。膿が出来そうなのが一番のダメージ……じゃなくて袖が破れている。礼服をだめにしたのが何よりヤバイか

 

 「だが、それで勝てると思ったのか、ラサ男爵?」

 「おお、格好良いのお前さん。主殿相手に一歩も引かぬとは」

 「しかし、決戦形態では」

 「変化するなら、変化中を防御できる手段くらい無いと困るぞ?」

 例えばLI-OHは合体時に当然のように防御フィールド纏うし、おれだって変身する際には同じように護られている

 

 「くっ……」

 「まだやるか?そもそも、戦うために来たのか?

 おれを殺しに来たなら、相応に相手をするが」

 愛刀を此処で呼び、白銀の鞘から僅かに雷轟を纏う澄んだ蒼刃を引き抜いて晒す

 「困り、ます……」

 アイリスの言葉で、全ては決着が付いた

 

 「お、お庭が毒で……」

 「あ、すまない……」

 忘れてんじゃねぇよおれ!



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後片付け、或いは紋章

「すまなかったな、迷惑をかけた」

 「申し訳無いの、儂の毒じゃが回収など出来んからお前さんにやらせてしもうて」

 ぺこりと頭を下げてくるシュリ。その割と毒々しい髪が跳ねる

 

 「お片付け、おわりました……」

 心底安堵したようなネズミ少女が何とか片付いた庭を眺めてほっと無い胸を撫で下ろした

 敷かれた芝は地面にばら蒔かれたスライムの破片が放つ毒で溶けてしまい、ある種のミステリーサークルかの如くに変な模様が出現してしまってはいるが、一応毒は取り除けた。もう後で其処にテーブルを置いてお茶会をしたら残留した毒のせいで病に倒れて問題が起きるなんて事はないだろう

 

 徹底的に月花迅雷の赤き雷で毒は焼き払ったからな。お陰でかなり焦げ臭いが、安心度は桁違いだ

 ちなみに、子爵はその光景をみて唖然としていた

 

 「すっごい刀……」

 「民を護る神器だからな」

 うん、原作ゲームだとゼノが月花迅雷を抜いてる描写とか無いし、その点では原作よりやりすぎた気もする。このイベントは月花迅雷を持たせてるかどうかでCGが変わったりしないし、本気の皇族を見せ付けられたりしなかったんだろうか

 

 「化け物よ、終わったら」

 と、瞳を髪で隠したワカメがそんなことを言い出した

 うん、完全に怯えられたか。だが……どうだろう、とりあえず彼のゴーレムを倒さずにライバルになりそうなラサ男爵のゴーレムは完膚なきまでにボコボコにしたという結果に終わった以上、そこまで過激に走るのはまだ先だろうか

 警戒に越したことはないが、露骨にそれを見せすぎては逆効果だ

 

 「ああ、すまなかった子爵。アイリスへの付き添いだったが、迷惑をかけてしまった

 この先の話は、恐らくアイリスの婚約話を進める父の使者からあるだろうから、おれ達は今回はこれで失礼する」

 お庭……と後の事に悩んでいそうな奴隷の女の子に最後に笑いかけて、おれは妹と共に屋敷の門を潜る。それに合わせて、ある意味では元凶の男も門を通り抜けて外に出た

 

 「……恐らく、男爵とリセント子爵辺りだけが次から候補になるだろう」

 と、おれは時折おれを見返しながら主人へと付き従う毒龍の女の子を見ながらそう持論を告げる。まあ、おれだけでなくアイリスの思いやその他諸々の思惑が絡むから一概に決まりとは言えないが……

 

 「少なくともおれは、貴方と彼にしか光るものを見出だせていない」

 「……全員タテガミと、お兄ちゃん……以下」

 それはいいっこなしだろアイリス

 どうなんだとおれは相手を見るが、蛍光色が目に止まる彼は案外嬉しそうにその言葉に頷いていた

 「光栄な話ですね」

 「光栄なのか」

 「その名を轟かす機虹騎士団の彼と比較される時点で、私の評価も分かるというもの」

 くつくつと笑う彼の表情に暗いものは見えない。横に控える毒龍少女も何だか自慢げだ

 

 ……いや、分かってはいたが頼勇の世間評価って滅茶苦茶高いな?彼よりは下っていうのが褒められてると言われる程とは

 いやまあ、伝説の英雄よりは下とかそう言われたとして悪い気はしないだろうし、理解できないわけではないんだけどさ

 

 「主殿は人気じゃな、儂も嬉しくての」

 ぴょこぴょこ跳ねる毒龍の髪。そんな態度からは、言葉のような老獪さはあまり伝わってこない。何というか、ズレている

 

 だが、おれに向けてくる瞳はそれとは違っていて

 

 「ああ、そうだラサ男爵」

 おれは一つの紋章をポケットから取り出すと青年に向けて放り投げた

 「む、これは?」

 「機虹騎士団の紋章だ。見せればとりあえずそこそこ便宜を図ってくれるし、色々と入れてくれる」

 「いや、それは良いのだが、何故私に?」

 もしかして、と青年の瞳がおれの背後に隠れがちな妹を見る

 そこにあるのは怪訝さと少しの期待。唇がほころんでいる辺りそうだろうが……

 

 「いや、アイリスとは無関係に、おれからの贈り物だ

 シュリが何処か寂しそうだから、会いに来れるようにと渡しておく」

 ……で、痛いんだがアイリス?そうおれの足を蹴らないでくれ

 

 「シュリ、か」

 「ああ。男爵はそう呼んでは居ないようだが」

 「そもそも、何故シュリなのか私にはさっぱりだ」

 「ああ、儂に姉妹が居るというのは話したかの?

 主殿に買われたのは末の儂一人、ならば主殿からすれば儂らの区別など最初から必要なかろ?」

 と、フォローに入るのはシュリ自身だ

 

 「それにの、主殿が欲しかったのは儂の体質、毒の方じゃし。儂でなく姉でも問題なかろ?

 ならば、儂も儂自身を区別して呼ぶ名で呼ばれる筋も無し」

 そう告げる言葉には寂しげな気配はない。けれど、告げるその少女の瞳は少し曇っていて

 

 「……そういうことだ、男爵。関わった以上はおれはシュリの事を見てやりたい」

 「あげないが?」

 「いや、そういった話ではないんだが?

 とりあえず、シュリの為にも、おれ自身が貴方ならばという期待をしているという点でも、これを渡しておく」

 「わかった」

 と、青年は紋章を受け取ってくれた

 それを見て、何処か不思議そうな毒龍少女と共に去っていく彼を見送って……とりあえずおれは訪ねてみる

 

 「で、誰が問題児か分かったかアイリス?」  

 「お兄ちゃん泥棒の、あの毒物」

 「いや違うんだが!?」



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報告、或いは知らぬ言葉

所在無さげに誰かを探す女の子の横を通り抜け、妹を送り、おれはふぅ、と人気の無い広場で息を吐いた

 

 と、後で汗を拭う為に張っておいた桶の水面が揺れている事に気が付く

 この反応は水鏡のそれかと近づいて覗き込めば、其処に映ったのは少し前にも話題に挙がった友人の姿であった

 

 「竪神か。アナに頼んで水鏡を繋げて貰ったって感じか?」

 水面に映る青年は静かに頷く

 「『ああ、話がしたいことがあって、けれども皇子に確実に繋げる手段が私には無いから、腕輪の聖女様に力を借りている

 皇子の居る場所、で水鏡の魔法の地点指定が可能なのは何というか驚きだが……』」

 聞こえてくるのはそんな声。というか、アナの使う水鏡って昔は姿を映せても声を届けられなかった筈なのに、いつの間にか声すら届くように進化してるんだが。最早只のテレビ電話だ

 

 「そっちはどうなんだ竪神?シルヴェール兄さんの婚約者の病を治せる何かを探しに出掛けた筈だが

 というか、今何処だ?」

 「『一つ試してみたいものがあって、トリトニス方面に来ている。リリーナ様から話を聞いたが、そもそも乙女ゲーム?時代には奇跡の野菜という話は全く無かったし、トリトニスでの決戦も行われなかったらしいが、本当だろうか?』」

 「ああ、確かに」

 と、おれは意図が理解できてふむふむと首肯を返した

 

 そっか。おれには何か不味い野菜だなーくらいの認識で、平民も多い修学旅行中には街長が逃亡した先として交流が途絶えていた事もあって出てこなかったからすっかり忘れていたが、あの国原産の奇跡の野菜なんて試してみる価値はありそうなブツの情報とか既にあったんだな

 リリーナ嬢がそれに気が付いて試してみようよと言ってくれて助かった

 

 「奇跡の野菜に関してはやはりトリトニス方面以外ではそう話を聞かないからな。試してみる価値はあるだろうな」

 「『私もそう思ったし、他にも探れるものは多いだろう

 龍姫様の遺跡も湖底にあると言うし、手懸かりは幾らでも欲しい』」

 ……あったっけ?

 

 ……有った気もするな

 

 と思考を巡らせれば、親友が少しだけ怪訝そうな目をおれに向けていた

 「ん、竪神?何かあったのか?

 此方はとりあえず言っていたアイリスの婚約者だ何だのアイリス派の話がって状況だ」

 結構地位が低い相手ばかり選ばれてたが、あれも父の策だろう。下手に高位の貴族とだと他派閥から狙われやすいという判断

 というか、高位貴族と結婚ならもうそれガイストとで良いだろで終わるしな

 

 「『そのアイリス殿下の婚約者の話だが……

 リリーナ様と何か話したかったんじゃ無かったか?』」

 一拍おいて切り出される話

 「いや、ゲームでの話などを少し聞きたかっただけで、実際に彼らと話してみれば相応の対応は出来るから問題ない。おれの知識があくまでもゲーム通りになっていた場合に合っていたか確かめたかった、それだけなんだ」

 「『そうなのか。ならばそれに関してはそう気にしないようにするが……

 遺跡などについて、皇子が分かることはあるか?』」

 遺跡か、とおれは少し考えを纏める

 

 遺跡と言えば、ティアの居た謎の遺跡が一つ思い浮かぶ。それに関連したキャラとなるとティア自身、一応原作だと縁があるらしいおれ、ゴブリンのルーク達だが……

 ルークは幼いし、ティアには連絡手段がないし、おれはあの遺跡について無知だ

 

 いや、ゲームではばかり考えていても仕方ないかもしれないな。となれば、縁があるのはまずコボルドのナタリエ……に聞いても仕方ないな。となれば、ノア姫?

 

 「すまない、ノア姫に聞いた方がまだ分かるかもしれない

 恐らく、魔神王等ならある程度知っているとは思うが」

 わざとシロノワールが来そうな言葉を紡いでみるが、影からはおれを睨む冷たい視線だけが返ってくる。何も教えてくれないのか、知らないのかだ

 遺跡に現れた四天王アドラーの存在から何かは掴んでいたと思うが……教える価値もない事だったのかもな

 

 「ノア先生か」

 「ああ、他にはリリーナ嬢なんかも知ってる可能性はあるが……」

 「『他は?』」

 「シロノワールは知らないのか分からないが教えてくれそうにない。だからそれで全部だ」

 「『……了解だ』」

 どこか怪訝そうに話が切られた

 

 「というか、遺跡についてって、探すのは薬草等の病に効きそうなものじゃないのか?」

 此方も理解が及ばずにそう問いかける。頼勇を疑う気はないが、何か変だ

 「『実はこんなものを見付けてな

 何かを感じた』」

 と、彼が見せてくれるのは一冊の本

 いや、あれアナが持ち運んでるノートだな

 

 「『本物は壊れかけた石碑だったんだが、不可思議な文字が描かれていた

 読めない文字、作為を感じてリリーナ様に書き写して貰ったんだが、彼女にも見覚えあるような無いようなと言われてしまった。何か覚えはあるだろうか』」

 言われて拡げられるノート

 其処に書かれている文字は確かに見覚えがないだろう

 

 って言っても、おれ自身何処か日本で見たことがあるだけなんだがな

 「竪神、これ恐らくインドのサンスクリット語か何かだ。地球という星の言葉だよ

 真性異言なら見覚えがあるかもしれないけれど、この世界の言葉じゃない」

 「『つまり、読めるのか?』」

 「いや、おれ自身多分そうって分かるけど習った訳じゃないから読めないかな

 ただ、何となく伝わってくる。これは、何かを訴えているって」

 苦笑して答える。これはノア姫に聞いても分からないだろう。というか読めたらビックリだ

 

 「エッケハルトにでも聞いてみるかな……」

 「『ああ、頼んだ

 また明日連絡する。この時間で大丈夫だろうか』」

 頷きを返すおれ

 

 「ああ、分かった。連絡がなければ何かあったとして動く」

 「『頼んだ。その時に結果を教えてくれ』」



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料理、或いは薬草の塊

「9499、9500!」

 と、騎士団の為の訓練場で刀を振るうおれは、ふと不可思議な視線を感じて振り返った

 

 「お前さん、中々に精が出るの。儂も驚きじゃ」

 「ん、シュリか?」

 果たして、其処に立っていたのは毒龍少女、シュリであった。横に主人であるラサ男爵は居らず、そのせいか目深にフードを被っている

 フード付きの襤褸布の下には、ちゃんとおれがあげたワンピースがちらちらと見えており、使ってくれているようだ

 

 「男爵から何かあるのか?」

 「そういう話は特に無いがの」

 と、少女はフードを取って朗らかに笑う。明るい紫の髪が揺れた

 「主殿とは無関係に、儂に来ても良いと言ってくれたじゃろ?

 昨日は儂と主殿が迷惑をかけてしまった訳じゃし、やはり一方的に与えられてばかりでは申し訳が立たんというもの」  

 そう言っておれに向けて付き出した手には、鋼鉄の小さめの箱が下げられていた

 

 「……それ重くないかシュリ?」

 「重いの。けれど、普通の布だと下手したら溶けてしまうからの、溶けにくさは重要じゃよ」

 そうだった。体液が毒ってそういう時にかなり面倒なのか

 

 「奴隷というか主殿の所有物として整理はするが、全体が鉄でも包丁が稀に融解してしまって困ったものじゃ」

 毒龍は茶化すようにけたけたと笑うが、本気で笑い話ではないレベルだ、それは

 

 「……大変だったな」

 「じゃろ?主殿はそれが必要だと言ってくれたし、お前さんは気にせず接してくれるが、案外効くんじゃよ」

 「案外なのか?」

 「奴隷としても、拘束などされんからの。痛いのも苦しいのも無し、ただ暴れたら奴隷契約を駆使して殺す、それだけを抑止力に遠巻きに怯えられておった」

 その言葉におれは一方相手に近づきつつ膝を折って目線を合わせた。上目になりかけていた緑の瞳がまっすぐに変わる

 

 「お陰で、奴隷としての価値など何一つ無かったの

 ま、全身毒物じゃから、愛玩には使えん。何時毒を撒くか分からん者に仕事などさせたくもない」

 愉快そうに告げるシュリ

 

 けれども、流石にこんなもの露骨すぎておれにも分かる。楽しげにぺたんぺたんと地面をリズミカルに叩く尻尾も、口だけ笑っている顔も

 何もかも、本気じゃない。この楽しさは仮面に過ぎないと

 

 「……泣かないのか?」

 「涙も毒じゃよ。流さぬよう気を付けておる」

 その言葉こそが、何よりの答えだった

 

 「……そっか」

 言いつつ、これ以上の下手な慰めなんて要らないだろうとおれはそそくさと鉄の箱を受け取り、中身を開ける

 ふわりと拡がるのは良い香り……でも無いな、結構刺激的だ

 

 「うーん、緑」

 フランスパンのような長いパンを切り間に緑の葉が詰め込まれたサンドイッチ……いやこれサンドイッチと呼んで良いのか?な物体や、スープ……だと思われるナニカの浮いた液体。果たして中に入っていたのは中々に冒涜的な料理の数々であった

 そして、滅茶苦茶緑だ。緑一色ってレベル。どうやったらこんなに緑しか無い弁当が出てくるんだと聞きたくなる

 子供はこういうの好きですからねと……あれ?おれが獅童三千矢な頃に揚げ物だ何だで茶色ばかりの弁当を持ってきてくれたのって、誰だっけ?

 

 とりあえず、食欲は全く湧かない

 「シュリ、これは?」

 「お前さんは気にせんでいてくれるがの、やはり儂自身己の毒は良く知っておってな。不安じゃし、お礼もしたいしで初めて料理というものに挑戦してみたのじゃよ」

 は、初めてか……とおれは静かに目を閉じた。開けてしまうとシュリに呆れた目をしてしまうのが分かっていたから

 

 うん、明らかに料理としてはアレな姿はそのせいか

 「この青いのは?」

 「緑に見えるがの?」

 「こういう野菜?は青物って言って青と表現することも多いらしいんだ。おれも幼馴染から聞いてるだけだけどさ」

 「それかの?儂の毒には色んな種があっての、全部に効くわけでは無いがある程度の種類には効く薬草じゃよ」

 ああ、ある程度その辺考えて緑なのか、と思わず納得しかけるが……

 

 「いや待ってくれないかシュリ。これひょっとして、全部毒への対策のための薬草を使ったものなのか?」

 「そうじゃよ?すりおろしてみたり、さんどいっちなるものにしてみたり、考えるのが大変じゃった」

 ささ、お前さんへのお礼じゃからと薦められるが……

 

 ってあまり渋るわけにもいかないか、とおれは意を決してとりあえずまだ外見がマシなサンドイッチ?にかぶり付いた

 

 うん、苦い。この世界の少し日本より塩味の強いパンの味すら塗り潰す……

 いやこれ甘めな貴族向けの高級パンだな。この世界、高いパンは甘いのだ

 だが残念、寧ろ安いパンの塩気の方がまだ立ち向かえたろう圧倒的な草の苦味に負け、パンの風味は完全に台無しである。薄荷みたいなスーっとする刺激のあるソース?も塗られているのだが、如何せん肉も何もないほぼ草の塊にこれでは……

 

 「……シュリ」 

 「料理など見よう見まねじゃが、美味しいかの?儂の毒は例え付いていても問題なく食べられると保障出来るのじゃが……」

 「シュリ、今度アナを……」

 言いかけていや違うかと思い直す。薬草といった方面ならアナじゃない

 

 「いや、ノア姫って凄いエルフの人を紹介するからさ」

 「む、エルフかの?何故(なにゆえ)に」

 「あの人、薬草やハーブを上手く使った料理が大得意でさ。正直薬効に振り切れすぎて、気持ちは嬉しいしおれは食べられるんだけど」

 

 一時期雑草を食べようかと思ってた時期がある……気がするからな。本で食べられる雑草と調べようとしたら誰かに冗談は寝てから言ってくださいと止められたけど

 その時食べてみた雑草よりは何倍も食べられる。いや基準が可笑しいが

 「正直、料理としての完成度はあまり高くないと思う、これ

 だからさ、あの人に教えて貰えば間違いなくこの料理、もっともっと美味しく出来るんだ」

 ……ノア姫が匙を投げたらまた別だが、多分料理と呼べる域には改善してくれる筈だ

 

 言いつつ、おれはこれ言って大丈夫だったのかと少しだけ悩む

 だってそもそも、シュリは善意で作ってきてくれた訳だ。しかも、分からないなりに毒で迷惑をかけたくないと解毒の薬草をふんだんに使いすぎて苦味の塊って程にしてしまうほど、此方の事を考えて、だ

 

 「シュリ、シュリは美味しいと思う?」

 「何を食べても唾液()の味しかほぼせんからの。薬草だけじゃよ、儂が食べて他の味と思うのは

 故な、儂にとってこれは主殿がたまにくれる御馳走のフルコースなんじゃが……お前さんには違ったのかの」

 露骨に少女の目尻と尻尾が垂れた

 

 ……放っておける筈もないか、これは

 「シュリ、明日も来る?おれは明日もこの夜明け前頃、此処で何時もの鍛練を続けているけど」

 「む?来れるが、儂など迷惑じゃろ?」

 「いや、違うよ、シュリ

 この箱と中身、預かって良いかい?明日君には、本当の料理の味ってものを教えてあげる」

 ……ノア姫がな!おれには薬草の知識とかあのエルフの姫の数千分の一もあるとは言えないから何とも出来ないが、頼み込めばきっとこの薬草の塊だって料理にしてくれるだろう

 

 ……してくれるか?いや、信じよう、あの人の信頼に漬け込むようで悪いが、食べることにすら何も感動がなくこの苦味だけを楽しみにしている女の子を放ってはおけない

 それしか味を感じられないと言うし唾液も毒だからきっと薬草を食べて直ぐに別の食べ物とやっても遅いのだろうが、薬草を上手く使いつつしっかりとした味の一つの薬草料理に仕立て上げれればきっと美味しく食べられる筈なのだから

 

 「……すまぬの、お前さん

 お礼のつもりが、更に儂に愛を返してもらっては、情けないの」

 その言葉に苦笑する

 「愛……とは違う気がするし、情けなくないさ。おれは助けられる範囲で民に手を伸ばしたいだけだから

 その手は、取ってくれた方が嬉しい」



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依頼、或いは鉄箱

「……で、ワタシに何か用かしら?」

 そうしておれの前には、そんな事を言いつつも力が必要なんでしょう?と少しだけ自慢げに微笑むエルフの姫が居た

 

 「まず一つ。そのうち竪神達からきっと薬草類が送られてくると思う。使えるかもしれないものとして、だ

 だからそれが届いたら鑑定の方を頼みたい」

 「ええ、良いわ」

 返事はあっさりとしたもの。何となくそれは知っていた

 

 「良いのか」

 「あら、そこまで非協力的に見えるのかしら?」

 その言葉に肩を竦めて、おれは更に借りてきた箱を持ち上げる

 

 「……で、何よこれは」

 「ノア姫は昨日の話は……」

 「知らないし興味もないわ」

 つれない返事だが、それがエルフというものだ。寧ろここまでおれに手を貸してくれているのが不思議なくらいだ

 

 「アナタの妹の事は正直なところあまり好きではないもの。関わりたくない以上知る必要なんて無いでしょう?

 誰と結婚しようと、アナタに執着したままでそれを断ろうと、勝手にすれば良いの、ワタシを巻き込もうとしないでくれる?」 

 

 そこを何とかとおれは箱を開ける 

 「……何よ、これ?」 

 その中に敷き詰められた草を見て、少女の紅玉の瞳が怪訝そうに細まった

 

 「そこで出会った女の子から借りてきたお弁当」

 「ああ、弁当ね。ワタシ達も作らないことはないけれど……」

 え、と完全に呆れきった瞳がおれを可哀想なものでも見るように撫でた

 

 「アナタ、これをその弁当だと言うのかしら?疲れたなら寝てなさい、何に頭をやられたのよ」

 「……おれも割とそう思う

 その娘は全身の体液が毒っていう亜人でさ。主人の人はその毒が自身の魔術……ゴーレム作成に必要なんだって言ってくれてはいるみたいだけど」

 「あら、凸凹に噛み合った悪くない二人じゃない」

 そう言ってくれる辺りが実にノア姫。全員に対して基本ワタシは偉いのという態度を崩さないからこそ、逆に冷静かつ俯瞰的に状況を見てくれている

 

 「でも、毒まみれのその子を快く思わない相手は居てさ。同じく忌み子として疎まれ気味のおれが暫く連れ出してたら、少し懐かれたんだよ」

 「また変なところで不思議な責任感を持っていたのね。で、その娘の作ってきてくれたお弁当自慢?

 なら帰って良いかしら?」

 何処か不満げなエルフがそう溢す。その長い耳も少し上向きで、これは……割と本当に怒っている時に近いだろう

 これでもノア姫との付き合いは長いから案外耳を見れば分かるのだ

 

 いや、何に怒ってるかなんかは微妙に分からなかったりするけれど、少なくとも無関係の自慢を聞かされたら嬉しくはないか

 

 「そうじゃなくてさ、さっき言ってたろ?これ弁当なの?と」

 「ええ、言ったわよ。なってないにも程があるものね」

 「そこだよ、ノア姫

 話を聞く限りさ、あの娘が感じる味は唾液の毒味と、その毒を解毒する薬草の苦味のたった二種類

 草と毒の味しか知らないから、味覚ってものがあまり分からなくてこんなものを善意で作ってきてしまう」

 「善意?この無駄だらけのものが?

 『美味しくない』ものは許せるわ。けれど、食べ物として成立していないと言っても過言ではないこれは無いわ、本当に無理」

 「エルフとして?」

 「当然よ。元々ね、食物を過剰に獲る人間のやり口は好きじゃないけれど、それでも保存なんて称しつつそのうち食べる気があるから許容するの。食べ物として扱う気の無い無駄は、何より嫌いよ、唾棄するしかない」

 その言葉にはおれも頷く。ノア姫保存食とか嫌いだしな、それ以上に食べ物を残すことが嫌いで、だから人間のパーティなんて本当に出たがらない

 まあ、パーティに出される料理ってかなり残る想定が多かったりするからな、それを見てイライラするくらいなら最初から近付かないわという話らしい

 

 「だからこそ頼みたいんだ、ノア姫

 この弁当とも呼べないような薬草の塊」

 と言いつつ、おれは箱の中の草の汁でふやけたパンを取り出す

 「これを作るしかない毒龍に、食べ物というものを教えてあげたい。でも、この毒が怖いから鉄箱に入ったブツを料理に変えられるとしたら、おれにはノア姫、貴女しか思い付かなかった」

 

 その言葉にふふんとエルフは微笑み、ただおれを見返した

 「ええ、それを料理にして欲しいというなら、不可能ではないわね

 で、代価は何かしら?」

 ん?とおれは首を傾げる

 

 「代価?」

 「ええ、アナタにも言ったように、有事の時に手を貸すのは約束よ。そこで何か求める気は無いわ」

 でも、とエルフは何処か悪戯っぽく笑う

 

 「今回はそうじゃない。別に手を貸す必要も無い

 そんな時にワタシの力を借りるのならば、相応に何かを要求しても良いでしょう?」

 その言葉におれは頬を掻いた

 

 いやまあ、それはそうだ。理解は出来る。だが、だからこそ何を返して良いのか分からなくて……

 「……要求か」

 「ええ、出来ないわけではないし、アナタが望むならやってあげる。けれど、代価くらい良いでしょう?

 ああ、好きに言ってくれは無しよ。アナタが、アナタの言葉で、相応だと思う何かを選びなさい?それが誠意よ」

 と、逃げ道を塞ぐように紅玉の瞳がおれを射た

 

 少し悩む。が……案外言えることなんて少なくて

 おれは結局下げていたとあるものを差し出した

 それは、紋章の入った全体が金属で出来た小振りなナイフ。完全に一つの金属塊から柄まで鍛造された、割と凝った逸品である

 金属でない部分なんて柄に巻かれた皮だけだからな

 

 「あら、これは何かしら?」

 首を傾げるノア姫に、おれも何だろうなと笑いながら説明する

 「うちの紋章の入ったナイフ、かな」

 「あら、くれるなら貰うけれど、どういう意図なのかしらね?」

 「薬草って色々種類があるだろ?だからナイフがあった方が良いかなと思ったんだ

 あ、一応この紋章にも意味はあるけど」

 それは聞く必要ないわねと少女エルフはちらりと学園の教員免許(ちなみに父の渡した紋章なので、実質おれのナイフに付いてるものの上位互換だ)を見せ付けながら、くすりと笑ったノア姫はナイフを受け取り、マジマジと見つめる

 そして、しゅっと軽く振った

 

 「合格とはちょっと言いにくいけれど、まあ良いわ。進歩はしてるものねアナタも

 そこで変なことを言ったら断ってやろうかしらと思ったけれど、ワタシの願いを考えて馬鹿は言わなくなった。十分よ」 

 

 そんなことを言いつつ、少しだけ目線を下げ愚痴るように金髪のエルフは溢した

 「まあ、その毒龍がなんでそんなに大事なのかは知らないけれど、ね」

 「……同じだよ、ノア姫

 エルフを見捨てる理由が無かったように、あの子を見捨てる理由がない。ならば、助けられる道を知っているならば、手を差し伸べる。それがおれのせめてもの皇族としての在り方なんだよ」

 「そう、アナタは何時もそうね」

 言いつつ、少女はおれから箱も受け取って……

 

 「お料理?なら僕も見てて良い?」

 ひょいと顔を覗かせたのは、桜色の一房を持った黒髪の少女だった 



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ノア姫教室、或いは記憶の毒

「駄目、かな?」

 えへへ、とはにかむ黒髪の少女。男らしく少年らしくといった気を張った雰囲気が抜けると、何処か女の子らしさが出てきている

 まあ、外見は何時も通りなんだが、纏う空気というかそういったものがアナに似てきたって感じだ

 

 「あら、どうしてアナタに対してわざわざ労力を使って物事を教えてあげないといけないのかしら?ワタシ、料理の先生じゃないわよ?

 授業に関して分からないことならばまだ教える理由もあれど、これはプライベート」

 静かにエルフの姫はボーイッシュな少女を見上げる

 ……あ、ノア姫より桜理の方が背丈ちょっと高いんだな……って良く良く考えるとその程度の差って桜理がかなりちっさいな

 

 「……習いたい、じゃ駄目かな?」

 「それが通ると思う?子供かしら、教えてあげる義理がワタシにはないから、義理を作って見せなさいという話なのに、情に訴えてどうするのよ」

 呆れた、とエルフの姫は溜め息を吐いた

 

 「あ、そうだ。居ない時の為に僕も薬草の知識とか……」

 更にじとっとした目が細くなる

 「あのね、確かに一理あるように聞こえる理屈ね、それは。ワタシだって何処かで大怪我するかもしれない、その時の為に学びたいというのは、一見して正しいでしょうね」

 

 でも、と纏めた金髪を左右に揺らしてエルフは言葉を紡ぎ続ける

 「ワタシ、これでも10年くらいかけて色々と学んできたのよ?アナタじゃ何年掛かるのかしら?

 それだけの期間と労力をかけてあげる必要と価値が本当にあると、アナタはそう言うの?」

 「うっ……」

 何時もの手厳しい言葉に打たれ、ノア姫慣れしていない黒髪の女の子がみるみるうちに頭を垂れた

 

 「やっぱり駄目なのかな……僕じゃ」

 「そんな事はないぞ桜理」

 と、おれはその肩をぽんと叩く

 思わず振り返った少女の頬が軽く伸ばしていたおれの人差し指に当たり、ぷにっとへこんだ

 

 「ノア姫はこう見えて基本優しいものだ」

 「こう見えては余計よ」

 「だから、こういう時はこう頼めば良いんだ」

 言いつつ、少女の代わりにおれはノア姫に向き直る。そして、軽く頭を下げた

 

 「桜理……オーウェンの母親は一人で、目が悪い中頑張ってるんだ。だから、こういった薬草料理なんかで労う方法を知りたいし、持っていってやりたいんだろう

 でも、知り合いだからってただで貰っていくよりは、せめて何かしたかった」

 そうだろ?とおれは笑いかける

 こくこくという頷きがボーイッシュな少女からは返ってきた

 

 「だから、手を貸してくれないかノア姫?」

 「そう、親孝行の為に、労力で対価を払うというのね

 分かったわ。どうせ灰かぶり(サンドリヨン)の頼みで料理にしてあげるのだもの、下拵えを手伝うならその分多少持っていくくらい構わないわよ」

 ふふん、と自慢げな瞳がおれと桜理の間を回る 

 そう、これなんだよなノア姫。基本こんなだ

 

 相応の頼み方をすればプライドが高い割に……いやだからこそ受けてくれる

 

 「あ、くれるんだ……」

 「あげてないわよ、等価交換」

 と言うが、価値はノア姫が決めてるわけだからな。安売りはしないと言いつつ、端から見ればかなり代価に見合わないくらいにやってくれるんで等価とは言えない

 

 まあ、認めてくれた相手でないと滅茶苦茶高く吹っ掛けて諦めさせてくるんだろうけど……

 うん、うちの兄がエルフを懐柔して地位をと言ってパーティに誘って無理難題吹っ掛けられてるのを見たしな、何やってるんだあの兄さんは

 

 「……ご飯、だけ」

 更にひょっこりと姿を見せるのは猫のゴーレム。帰ってからかなり不機嫌だったし疲れて眠ってもいたアイリスだ

 今回は自力で外に出てきておらずゴーレムだが、流石に一人で外出は無理があるだろう、何も言う気はない

 

 「何様よ」 

 「お兄ちゃんの、妹……様」

 「そこは皇女様でこの辺りの所有者様で良いだろアイリス!?」

 何でおれに絡める

 

 「……そうね、場所を借りるのだから、一部わけてあげるのも当然ね」

 と、エルフは突っ込まずにスルーしてくれた

 耳が少し怒りか上向きになりほんの少し絞られた感じがあるが……うん、すまないノア姫、最近のアイリスは特に子供っぽい

 

 「……ボクも」

 と、更に扉を骨の腕でこじ開けさせて入ってくるのは、黒い衣のネコミミ亜人種の女の子

 所在無さげに誰かを昨日待っていた彼女が、不機嫌そうに黒髪で隠れた下の満月の瞳を爛々と輝かせ、ほの昏い纏うドレスの闇からスケルトンを生やしつつこの場に侵入を……

 

 「あ、アルヴィナか」

 何だ警戒して損したとばかりに召喚した愛刀の柄から手を離し、おれは息を吐いた

 「そう、ボク」

 しゅっと屍は何処かへと仕舞われて消え、同時に纏うほの昏いオーラも掻き消える。後に残るのは何時ものアルヴィナだけだ

 というか、屍の皇女の力を一部解放してなかったか?何があったんだ?

 

 怪訝そうに見るおれの右(すね)が、鋭い爪を持つ何かに蹴り飛ばされた。シロノワールだ

 

 更にじとっとした三対の眼がおれを見つめている

 

 ん?三対?と思えば我関せずといったようにアイリスゴーレムは丸くなっておれの頭の上に陣取っていた

 

 「皇子、ボクは怒っている」

 「どうした、アルヴィナ」

 「今さっきまで、ボクを無視していた

 許せない、埋め合わせを要求する。ボクも食べる」

 と、おれの左手を取るや軽くその中指に歯を立てるアルヴィナ

 

 ……そうだな。言われてみたらおれはさっきまでアルヴィナの事をアルヴィナと認識していなかったのか?

 まるでそれは……って駄目だなと今はその思考を振り払う

 

 「ごめんな、アルヴィナ」

 そして、軽くエルフにも頭を下げた

 

 「すまないノア姫、そういうことなので、アルヴィナの分も頼めるだろうか?」

 「まあ、仕方ないわね、アナタの不始末に使われるのは少しだけ癪だけれど、今回はアナタ側に自覚もないでしょう?」

 その言葉に頷くしかない

 

 「どうしたんだろうな、おれ

 まるでコラージュされた……いや、寧ろ下門みたいな……」

 こいつの影響なのか?とおれは愛刀を見下ろす。下門が手を貸してくれた事で完成した新たな愛刀、湖・月花迅雷。そこには、かつて彼を苦しめた何かが残っていて、それがおれの認識を狂わせたのか?

 

 「皇子、ボクをあの時覚えてたのに」

 恨めしそうに、狼少女はおれの指を齧り続けた

 「ごめん、アルヴィナ」

 「寧ろ、さらっと思い出しただけ獅童君が凄いんじゃないかな……」

 「……許す、ボクは皇子には寛大」

 なんて言いながら、飴玉か何かのように舐め回したおれの指をちゅぽん、と唇から離し、少女は何時もの帽子を被って一歩離れた

 

 ……許すと言う割に、歯形が指に残っている。噛み千切ろうとしたように、結構深々と

 でも、良い。心配かけたし、これで溜飲を下げてくれるならば構わないかと軽く唾液を……

 

 「あーにゃんに言いつける」

 「アナはおれの親か何かかアルヴィナ」

 どうやら駄目らしい。仕方ないなと苦笑して、おれはぽんと何故か忘れていた女の子の頭に濡れていない方の手を置いた

 

 「……アナタ、記憶改変耐性高かったと思うのだけど、一体何が起こってたの?

 ええ、可笑しいと思ってたのよ、毒龍に変に肩入れ…………は、素でしそうねアナタ。ワタシに対してもそうだったし」

 くすりと笑うノア姫だが、紅玉の瞳はあまり笑っていない

 「でも、この魔神娘を無視するのは可笑しすぎた」

 「言ったように、下門に掛けられていた何かに近い呪いがおれにも降り掛かっているんだろう」

 その原因は分からない。月花迅雷に残る遺志を通しているのか、いないのか

 

 シュリが実は……という事も有り得るかもしれないが、あまり信じたくはないし、信じられない

 「その毒龍こそが七大天の言う神話超越の誓約(ゼロオメガ)の化身、みたいなことは無いのかしら?」

 おれは曖昧に首を横に振った

 

 「可能性は無くもないと思う。でも、彼女からは寂しさと絶望しか伝わってこなかった。手を伸ばすことを諦めているようだった

 何処か、下門をそうした神というよりは、下門に近いように思えた」

 そう、だから思わず手を伸ばした。救われているように見えて、あまり救われていない。おれの手が届くかも分からないが、せめてと

 「でも、こうして弁当を作ってきたり、おれに何かをして欲しそうに関わってきたり……」

 一息置いて思考を整理する

 

 「だからさ、ゼロオメガにしては対峙したティアーブラックとは根本から何かが違うと感じた。何となく絶望しきってるようで、誰かに何かをまだ求めたがってる。あの神様ほど、自分以外に興味を喪っていない

 だからおれはシュリを信じたいよ、きっとゼロオメガでも、さっき受けていた精神支配の犯人でもないって」

 この中で、シュリを知るのはおれとアイリスだけ。しかもアイリスは殆ど見てただけだ 

 

 「でも、もしも黒幕なら?」

 「止めるよ、絶対に」

 静かに愛刀に手を掛ける。そうだ、それすら本気で演技で、本質がアレと同じ神ならば……下門を狂わせた享楽の存在ならば。殴り飛ばして、倒すしかない

 

 そんなおれを見ると、取り敢えず今は一番知ってるアナタを信じるわ、とノア姫は肩を竦めて会話を切ったのだった



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碑文、或いは亡びの毒

「はい、出来たわよ」

 そう言ってひょいひょいと並べられていく大きめの皿

 ……うん、何だろうなこれ?

 

 「ノア姫、おれは弁当を頼んだはずで、明日シュリにそいつを渡し返す必要があるんだが……それは残してあるのか?」

 と、かなり大きなそれにおれは首を傾げた

 いや、明らかに鉄箱に入っていた弁当とも呼べない草の塊よりも何倍も多い量だ。他の食材を混ぜなきゃロクな料理にならないのは分かるが、取り分けてあるのか不安になる

 

 「あのね、流石に舐めないでくれる?

 ワタシなのにそんなミスを犯すと思うのかしら?しっかりと取り分けて箱に入れ、魔法で保温してあるわ」

 「保温なのか」

 魔法で冷やしてある、じゃなくて保温って暖めてるのか?と思うと、おれの前にトン、とカップが置かれた

 其処に入っているのは湯気の立つ緑色のスープ。いや、マジで今もまだ緑だが……香る匂いは割と美味しそうだ

 よく見ればほんの少し何かのミルクが渦巻いているポタージュスープだし、この緑色も柔らかな色で豆の匂いが残っている

 

 「スープか」

 「ええ、豆と茸でベースの味を付けさせて貰ったわ。正直、それが一番上手くいったものだから、最初に感想をくれる?」

 困ったわね、と何処か肩を落として、憂う瞳が残りの大皿を見回す

 「その薬草だけは、効能をそのままに味を整えられた自信があるわ。けれど、苦味が強すぎて過剰な味付けをしながらも消しきれていなかったり、効能が残っているか怪しかったりするのよ、残りはね」

 「そっか、おれにはしっかり見分けが付いたわけではないけれど」

 「そう、四種類の薬草……いえ、草が使われていたわ。二種類は何なのかも分かったのだけれど、残りはワタシの知識ではこの草の親戚かとか、そうした推測しか立てられないものだったのよ」

 「じゃあ、もう一品……」

 「無理よ、分かったうち片方は実質只の下剤よ?口にすれば高熱と共に吐く作用がある毒物そのもの。毒抜きをすれば食べられはするけれど、味も消え去るわ」

 はぁ、何でこんな……という呟きにおれも苦笑を返すしかなかった

 

 「毒なんだ、使わないと切り捨ててたアレ……」

 「ええ、毒よ。でも、悪意があるとは限らないわね

 強烈な吐き気を催すということは、異物を食べてしまった時に無理矢理吐かせる事が出来るの。胃を滅茶苦茶に荒らすけれど、その分……体内に入れたら致命的な毒や、取られまいと体内に呑み込んだ何かを水と共に呑ませれば洗浄しつつ取り出せるわね」

 でも、と耳が怒り耳になりながら続けられる

 「そうした強引な薬には出来ても、基本はこれ毒よ。耐性のある草食の魔物の胃に残り、それを食べた大型獣に胃の中の消化前の食物を大地に吐かせることで周囲に栄養を補給する、そんな毒草

 そんなもの送られるなんて、本当にこれ善意なの?」

 じとっとした眼に、おれはどうなんだろうなと肩を竦めた

 

 「自分が毒過ぎて気にしてなかっただけなのかもな?

 敵意は現状感じなかったよ。あったのは寂しさだけ」

 何て言いつつ、おれは残された皿を見る。どうやらその毒草は料理に変えられていないらしいが……

 

 「残りは?」

 「残念ながらワタシの知識に無い草だったから、解毒……はせず作ってみたわ

 作れたといはいえ……」

 大皿の上に置かれたのは、緑色で毒々しかった時と比べればかなり美味しそうに見えるサンドイッチ。しっかりと何かが塗られたパンの中に、さっと湯を通したのか鮮やかさを増した薬草と共に薄切りの焼いた鳥肉が挟まっている

 そこはハムなんかの燻製じゃないのかと思うが、エルフってそこまで保存食が好きじゃないからな。ジャムなんかは作ったりするけど、あれも美味しい食べ方であってそう長持ちする製法ではないのだとか

 

 「これとか、苦さを消せなかったしね」

 言われて、どんなものか一口

 

 「……にがっ!?」

 思わず吐きそうになる程の苦味に、おれは眼を白黒させた

 異様に苦い。それはもう、ヤバい苦さだ

 

 でも、何となく覚えがあるような……?

 「そう、苦すぎるのよ。何をやっても苦味が消えない」

 お手上げね、とエルフも耳を軽く垂らすが……

 

 「美味しくないの、獅童君?」

 くりっとした紫の眼をぱちくりさせるオーウェン

 「苦いけど、美味しい」

 むしゃむしゃと囓るアルヴィナ

 「……にが、い?」

 不思議そうに小さく一口含むアイリスと、態度は様々だ

 

 いや、異様に苦いんだが……

 

 「……お、何か美味しそうじゃん。アナちゃんの手料理じゃ無さげなのが残念だけど」

 横から伸びてきた手が、サンドイッチを一つ掴んで持ち去っていった

 「エッケハルト」

 「何だよ、皆で食べるなら仲間外れは止めろよ」

 と、ノア姫のジト眼にも気にせず青年はぱくりと一口サンドイッチを口にして……

 がっついて一気に全て食べきった

 

 本当に、貪るようにあっという間にノア姫手製のちょっと女の子には大きめのサイズ感のパンが手の中から消え去るその光景を、おれは唖然と眺めるしかなかった

 いや、あれ滅茶苦茶苦いだろ?あんなにがっつけない。毒でも煽る方が(毒に慣れて耐性を付けるために実際何度か水銀だとか色々と毒物はコップ一杯呑んだ事があるが)まだ気楽

 

 「もう一個!」

 「食い過ぎだエッケハルト、というか本当にそれ美味しいか?」

 「悔しいけどアナちゃんの手料理に匹敵する旨さ!」

 「いやそれアナを馬鹿にしてないか?」

 少なくとも、おれならこんな苦いものに匹敵すると言われたらメシマズと言われたと落ち込むぞ?

 

 アナの料理が美味しいのは周知の事実、アイリスのメイド代わりとして鍛えられたし、孤児院でもみんなのお姉さん枠としてせっせと頑張ってたのを見てきたから知っている。だとすれば、本当に美味しいと思ってるんだろう、彼はアナについては貶める筈がない

 

 なら……

 その瞬間、脳裏に一つの閃きが走る

 「奇跡の野菜」

 が、それを口に出す前に、ぽつりと同じ思考がエルフから告げられた

 

 「アナタも食べたわよね?あの湖の都市に流通する輸入品」

 こくりと頷く

 そうだ、人気で奇跡と呼ばれる割に異様に苦いあの野菜も、リリーナ嬢は美味しい美味しいと食べていた

 

 となれば……

 「まさかこの草、奇跡の野菜の一種なのか」

 「そうかもしれないわね」

 「あ、あはは……」

 と、トリトニスでの二回目にしか同行していない桜理が曖昧についていけなくて笑った

 

 「いや、よく分からんからアナちゃん居ないし帰る」

 「帰るなボッケハルト」

 「ボケじゃねえ!?」

 くわっ!とおれに向けて眼を剥く焔髪の青年に向けて、おれは座れと静かに威圧する

 

 「奇跡の野菜……関連は今は良い

 ただ、アナの為に一つ教えてくれ」

 と言いながら取り出すのは昨日の水鏡に映っていたものの写し。多分地球の言語だろう途切れ途切れの文章だ

 

 「これ、読めるか?」

 「お、サンスクリット語じゃん、何これ?」

 「人助けのために色々と探してるアナと竪神が見付けた碑文の写しだ。解読できればアナの助けになるだろうな」

 わざとアナを絡めて好意を煽り立てる。こういうのばっかり上手くて本当にセコいなと自嘲しながら、おれは読めるか?と右手で紙を振った

 

 「サンスクリット語はカッケーって大学で囓った程度ですぐにロシア語に切り替えちゃったからなぁ……」 

 うーん、と机に肘をつき顎をその手をつっかえに支えて悩む青年

 

 「あ、そっか」

 暫くして彼はぽん、と手を置くとほんの少し空気が変わり……眼鏡を掛けた理知的な姿へと変質する

 

 「エッケハルト?」

 「七色の才覚で、全ての書を、言葉を読む者へとクラスを変えれば……っ!」

 ……そういや、そんな設定の職業はあったっけ。総てを詠む者という名で、ある程度適性を無視して魔法が使えるスキルを持つはずだ

 いや、それサンスクリット語詠めるようになるのかよ?と思うが、真剣にむむ……と唸る彼を茶化す気にはなれず

 

 暫くして、厳かに彼は言葉を紡いだ

 「『例えこの身は離れていても、繋がる心が私達を一つにする』そこから結構歯抜けで分からないけれど……後ろは多分こう

 『揺らめく心に自我あり。彼女等は総てを呑み込む三首六眼の終末

 九つの感情が毒となり、世界は堕落と享楽に腐り堕ちる。それを喰らうは亡毒の……

 撃滅の怒り、堕腐の愛、終末の平穏。心に腐る世界を喰らう三首。六つの眼は伴となり心毒による終末を演じ、魅せ、調理する

 शांत(平穏)अद्भुतं(驚愕)वीरं(勇気)भयानकं(恐怖)बीभत्सं(嫌悪)कारुण्यं(悲嘆)रौद्रं(憤怒)हास्यं(笑い)、そしてशृङ्गारं(愛恋)

 最後に残る一条の光は腐り果てても朽ちぬ心の■。何時の世界かそれを見出だす者を信じ此処に心毒のアージュ・■■・■■による滅びの未来を記す』」

 

 静かにおれはそれを聞いていた

 「三首六眼の……毒」

 恐らくこれは……下門を、リックを送り込んだゼロオメガに対する記述。誰かが、何かがこれをおれ達に送ったのだ

 いやサンスクリット語かよとなるが、何か理由があるんだろうか……?そもそも、送り主が味方とは限らないし、何となく敵については掴めたが、その先は微妙だ

 

 愛、怒り、平穏の三つの心を司る三つ首の化け物が本体で、悲しみ、笑い、嫌悪、恐怖、勇気、驚愕の六個の心をそれぞれ司る六体の駒を従えている、そして心を毒として世界を腐らせ喰らう存在である、くらいか、分かったのは

 何となく納得する。下門も大切な想いを忘れ、心が狂わされていたから。恐らく彼は何かの感情の眷属だったのだろう

 

 「有り難う、エッケハルト」

 「まあ、アナちゃんの為ならな。じゃ、貰って……」

 「まだ食うのかよそれ」




おまけ解説
もう隠す気も無いため軽く解説しておくと、今回意図的なニアミスが起きています。耐性が強いほど苦味を感じて拒絶反応を示すのが奇跡の野菜という心を腐らせる毒です。
エッケハルト君は耐性が低い(アナちゃんに関してだけはその限りではない)為、意図的に歯抜けにしたり、わざと訳したりしています。結果、碑文に書かれていたアージュ=【ドゥーハ=アーカヌム】というシュリが名乗った部分を言っていません。また、シュリンガーラを愛恋、ビーバッアを嫌悪といったように、訳して意味だけを伝えています。

その為、ゼノ君は心の毒となる九つの心の中にシュリが言っていたヴィーラやビーバッアが含まれる事、シュリという個別を示す名がシュリンガーラから来ていることに気がつかず、此処ではシュリ=ゼロオメガという結論に至っていません。暫くお前騙されてんぞ状態だと理解してお読みください。


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襲来、或いは父

「……で、(オレ)も貰って良いか」

 不意に轟く言葉に、おれの横で小さくもう一個の薬草料理……草団子の揚げ物らしき何かを囓っていた桜理がびくりと背を震わせた

 

 「ひっ!?」

 膨れ上がる気配と熱に怯えたような声が響くが……おれはその声も気配も良く良く知っているからはぁ、と溜め息を吐くだけだ

 「いきなり来ないでくれませんかね父さん?」

 そう、父皇シグルドがその身一つだが融通の通しやすい転移の魔法で熱風と共に姿を現していた

 

 纏う空気は何時もの威圧的なもの……というか、存在そのものがそんな感じなんだよなこの人は。威圧しないことが出来ないというか、これでも割と友好的に接しようとしてる筈なのだ、怖いだけで

 

 「……あのね、言っておくけどアナタのためには作ってないわよ、代価を払いなさい泥棒皇帝」

 だが、それに怯えぬエルフも居る。それにくつくつと愉快そうに笑いながら、父は頷くとほいと何かを投げた

 それは、一つの小瓶

 

 「酒で良いか?」

 「あまり呑まないわよ、ワタシ」

 「馬鹿息子の方が欲しかったか」

 「自分でものにするわよ」

 と、何だか告白めいている気もする言葉をぽつりとつぶやいた後、あ、と何かに気がついたように少女エルフは口をつぐんだ

 「言葉の綾よ。もしもこの灰かぶり(サンドリヨン)を手に入れるのであればの話」

 「ああ、そうだな。もしもの話だ。正直貴様乙女だろうからな、告白はされたのを良いわよと受け入れたい願望くらいあるのだろう?」

 なんてやりとりがされてるが……もう告白じゃないのか?もしもってどういう状況での話なのかと

 まあ、これ以上は考えなくて良いか。おれは今も、呪われたおぞましい血を絶やすべき化け物に変わりはないのだから。そもそもノア姫の優しさにつけ込みすぎてはいけないのだ

 

 「まあ、それはそれとしてだ。貰っていって良いな?」

 酒の瓶(中身は透けて見えているが林檎の酒だ。何と言うか、父は良く好んで飲んでいるが、おれは飲んだことはない。というか、酒自体まだ早い)を机に置いて、父はそう告げた

 

 「まあ、そもそも皇帝陛下相手にそう強情する気もないもの、別に持っていきなさいよ

 ただ、わざわざ来た理由が知りたかっただけ」

 柔らかくあきれた顔で出迎えるエルフを、倍……は言いすぎにしても1.5倍は軽くある身長差から見下ろしながら、父は銀の髪をくしゃっとした

 

 「馬鹿と世間知らずだが、我が子の事を身に来てはならんのか?」

 「見に来るじゃなくて、食べ物を要求してるじゃない」

 「毒龍奴隷だったか?怪しすぎてな」

 言われると何も返せない。というか、アルヴィナについて忘れたのはアイリスと共に行ってからだ。今日出会った時に盛られた毒ではないため、ラサ男爵、シュリ、その他にも候補は居るが……一番怪しいのはやはりシュリだろう

 

 「……ああ」

 「冷静か、馬鹿息子」

 静かな炎がおれを貫く。何処までも皇帝として、父は敵かもしれない相手を……そちらに与するかもしれないと疑うおれを凝視する

 

 「ああ、分かってるんだ。シュリが変だという事くらい。もしかしたら、敵かもしれないって事実も

 下門(シモン)だって、最後はおれ達の友として生きたけれど、最初からそうだった訳じゃない。彼のようにまだ分かり合える存在とすら限らない」

 開く片眼を閉じ、脳裏に思い出すのは口調よりも幼く無邪気で、まともな関わり方を知らない紫の龍少女

 

 「でも、おれはシュリを信じたいと想っている。ただ……もしもあの態度が、総て嘘ならば」

 愛刀が静かに鞘の中で震えるのを感じる。おれと共に戦う友の遺志が、己を狂わせた敵を予感して雷を迸らせる

 「シュリが若しも、ゼロオメガ側ならば。おれは必ず止めてみせる。あの日死んだ友の想い、空に見守る願い星に懸けて」

 

 そしておれは、頭一つはまだ高い父を見返した

 「だから、父さん。心配しないでくれ

 例え毒が思考を乱そうと、為すべき事は間違えない。シュリをどう想おうと、敵を庇ったりしない」

 アルヴィナは庇ったことがある。下門もそうだ。でも、あれはおれなりに信じれる勝算があっての事。それが無ければ、シュリだろうが斬る

 おれは天に見守る星達を背負う……あれ?何と言う筈なんだっけ?

 

 誰かに聞こうとして、その誰かが居ないことに気が付く

 

 「まあ、そこまで心配しておらんがな」

 と、父の目は少しだけ柔らかくなり、おれの左手を見つめた

 其処に在るのは、アドラーの翼と、湖・月花迅雷。おれが託されてきた願いの象徴達

 「この阿呆、馬鹿正直に信じた果てに裏切られる事は少ないからな。その馬鹿が信じたいと言うならば、(オレ)は釘を刺すだけだ」

 にやり、と狂暴な笑みを浮かべ、焔の赤眼が周囲を……いや、ノア姫と桜理を見据えた

 

 「だろう?泥棒エルフに転生者?」

 「ええ。馬鹿で愚かで、自分すら心の底で信じてはいないからこそ、簡単に相手に寄り添える」

 「欲しいものを言ってくれて、あんまり邪険には出来ないよね……」

 と、見られた二人は苦笑するように答えた

 

 「だろう?絆せる相手を見分け、絆すのは得意なのだこの馬鹿(ヒモ)はな」

 ……何だろう、誉められてるのか貶されてるのか……

 

 「なのでな。この阿呆が釣った方を見に来つつ、本題は娘の様子の観察だ

 まあ、物を食べに来るならそこまで心配はしていないが……」

 言いつつ、大男は手で掴んだサンドイッチを軽く一口で半分ほど頬張り、少し目尻を上げる

 「ああ、毒か」

 「父さんにも苦いのか」

 「ああ、感覚として毒とは思わんが、恐らくは毒なのだろう。毒耐性は(オレ)もお前も毒殺が馬鹿馬鹿しい程に高いが、だからこそ毒龍めが毒を盛ってきたという前提を入れねば単なる不味いものとして切り捨てかねん」

 その言葉におれはそうだなと返す。実際、おれには不味くて苦いというあの奇跡の野菜について、おれは半ば見落としていたしな。毒じゃなく体にも異変は起こらないから口に合わないだけなんだ、と

 

 もっと早くに、気が付くべきだった。そうすれば頼勇にもいやあの野菜怪しすぎるぞと言えたのにな

 そう思うと、今日の連絡が待ち遠しい。アナはおれの居場所で水鏡を繋げられるが、おれ側にそんな反則技は無いから何も連絡を取る手段がないのが辛い

 

 「……まあ、それは良い。ノア・ミュルクヴィズよ。この馬鹿を暫く頼む。何時もの嫁が居ない今、支えてやれるのはお前だけだからな」

 「アナは嫁じゃないんだが父さん!?」



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桃太郎、或いは奇跡の出所

「いよっ!と」

 軽く城壁を駆け登り、お前またかよみたいな顔をした兵士(十年ほど前には七日坊主とからかわれた事もある古参の人)にこいつまたサボってカードやってるよと互いに軽口を叩き合う

 そんな時、背後から声が掛けられた

 

 振り返れば、其処にはばさりと翼を広げて飛んできたろう白桃色の青年の姿があって……

 「侵入者を許してるぞ、働けカード大王」

 「危機が迫ってるんだから民を護ろうと働けよ火傷皇子」

 ……ふ、不安だ……城壁の上での警備員がこの調子で本当に大丈夫なのか?有事の際に多くの民を収容出来るように割とスペースに余裕がある作りな王城は、その分割とスカスカで普段は結構侵入しやすいんだよな。だから魔法のオート迎撃だけでなく人の目という人力の監視も必要な訳なんだが……

 平和ボケが酷すぎないだろうか。十年前なら兎も角、既に魔神復活の兆候が幾らか見えていて、何なら四天王の影の襲撃等が起きているというのに、こんなのほほんとしてて良いのか

 

 「ま、どうせ空が割れる訳だし?万が一魔神が来るようなら監視しなくても分かるっての

 それによ、護ってくれんだろオウジ様?」

 「護られるだけじゃなくて、護る側でもある自覚は持ってくれ」

 「まあお硬いこと言うなって十年坊主、そもそもお前城壁を駆け上るとか侵入者側だろ」

 その言葉に何言い負かされてるのかと頬を掻いて、警告だけしておれは侵入者(知り合い)に向き合った

 

 「ロダ兄、迎撃はどう潜り抜けたんだ?」

 「ん?簡単だぜ?俺様の本体は下の階に居て、ぽんとアバターを出しただけって感じ」

 ……そういやアバターって少し離れてても出現させられたっけ。ゲーム的には同じマスには複数キャラクターを出せないから隣のマスに出てくるんだが、壁に隣接してると壁越しに向こうに出せてしまう仕様だった。お陰で本来回り込む必要がある小部屋の中の鍵付き宝箱を即座に回収できたりと割とゲームブレイク出来ていた……というよりは使わないのが縛りみたいになってたっけ

 高難易度だと理論上ワープかアバターでしか取れない速度で宝箱破壊されてた覚えがある

 

 「警備の意味がないなそれは」

 「ま、俺様だからな」

 と、二人して笑い合う。これが味方だから頼もしいが、敵だと本当に恐怖でしかない

 

 「で、ロダ兄はどうして此処に?」

 彼がふらっと縁だと現れるのは、基本的に自分が必要だと彼が確信している時だ

 「ん、何かワンちゃんが呼んでる気がしてな、ちょいと見に来た」

 「どうせならノア姫の料理教室から見に来れば良かったのに」

 「いんやそれは止めとくわ。アバター状態だと実は味が分かんなくて失礼だろ?あれは縁がなかったってこった」

 「そう、か……」

 と、青年は少し顔を伏せたおれを見てけらけらと明るく笑い飛ばす

 

 「んな顔すんなってワンちゃん。聞いてた話だと毒の味しか知らない娘の為って言うけどよ、俺様それと違って自分で味を感じない状態なだけで、アバター使わなきゃセーフだぜ?

 単に、あれだけの縁の薄いの含めた人数の前で本性出したくなかったってだけ。ま、俺様としては躓く石も縁の端くれって突っ込んでも良かったんだけど、本性はまだ勇気が無くてな」

 「悪い、変なフォローさせて」

 「そういうのも縁だろ?」

 それを受けて二人で軽く笑い、おれは本題を切り出した

 

 「実際、そのシュリに絡む話になるんだけど、ロダ兄。奇跡の野菜って分かるか?」

 「あー、あの何か異様に評価されて高値のあれ」

 ふんふんと頷く彼の態度に変な点は見当たらない

 少しだけアテが外れたなと思いつつ、おれは話を続ける

 

 「そいつなんだけど、主な流通の拠点は湖の都市トリトニス。正確な事を言えば、その先の国が産地らしい」

 「ふんふん、だから俺様な訳か。その国の出なんで何か掴めないかって?」

 「ああ、そういうことなんだ。何か知らないか、ロダ兄?」

 

 が、青年はダメだこりゃとばかりに翼を軽く畳み、肩を竦めた

 「いんや、俺様の産まれは貧しい場所なんでな。奇跡の野菜なんて馬鹿高いものの産地なら苦労してないもんさ

 何たって、先祖返りが複数起きてて魔神みたいで気持ち悪いって俺様が、それでも労働力だからって言われてる程度。裕福なら奴隷買えば良いし、いっそ金にもならないけど奴隷商人に売るってのも人道さえ気にしなきゃ行ける手

 それすら出来ない程に人手を用意できてなかったような場所に、高値の作物は無いぜ?」

 軽く辛かったろう過去を笑い飛ばす青年が、あ、と不意に何かに気が付いたように左手を上げた

 

 「んでも、分かるかもしんないわ

 湖を挟んで隣接してるのが此処だから正直戦争は無い。平和で軍役なんかもほぼ無くてあんだけ寂れてたのは、多くの人が出てったからなんだろ

 故郷の縁と土地を捨てて、それでも何処かへ向かった者達……何か匂わないかワンちゃん?」

 「ああ、奇跡の野菜を作りたくて出ていった……という話はあるかもしれない」

 「だな」

 と、頷き合うが……そこから何か分かる点があるだろうか?

 

 むぅ、と唇を噛んで何か無いかと探していると、いやこういうこった、とばかりに目の前の青年がぱん!と手を叩いた

 良く見れば左手が犬の手じゃない。確かにアバター姿だ

 「ま、分かることといえば、その奇跡の野菜ってのは案外狭いところでしか栽培されてないってこった

 俺様が出てったのは極最近、でも何年か前から奇跡の野菜は流通してたんだろ?」

 その言葉には頷く。当時取引していた者は古代の船をパクってあの国に亡命してしまった為かなり資料が欠けていて当事者も居ないが……

 その埋め合わせとして急遽一時的にうちの兄(第六皇子)が長として赴任したから、ある程度の事はその彼の送った資料で分かる

 それによれば、シュヴァリエ公爵の失脚辺りから流れてくるようになったらしいからな。その頃には既に奇跡の野菜の栽培は始まっていたのだろう

 

 となると、ゼロオメガの疑いは微妙になる。強ければ強いほどあまりこの世界に干渉できないだろうし……

 

 いや、そうでもないのか。あの時アガートラームなんて降臨した訳で、シュリはそれより数段は弱いだろうし、幾らでも送り込めたのか?

 「下門が居ればな……」

 思わず呟く。ゼロオメガの側に暫く間違いなく所属していて、此方に勇気を振り絞って味方してくれた彼。ゼロオメガ側の裏切り者の彼が生きていてくれれば、幾らか情報を教えてくれたろう

 ってダメだな、と弱気で利己的な考えを振り払う

 

 「ワンちゃんの悩みは分かんないけど、分かることはあるぜ?」

 そんなおれの弱気を払うように、明るい声が耳に届く

 「狭い範囲でしか栽培できない?」

 「というか、狭い範囲でやってるって話よ。あの国、国境付近は湖があっから少し違うけど、気候も地質も大体一緒よ?

 何の理由もなければ、全土で奇跡の野菜が作れる。ま、ワンちゃんによれば毒なんだが、対外的には凄い良いもんなんだろ?

 それをわざわざ狭い範囲で作るしかないってことは、何か秘密を抱えてる」

 「土壌に毒でも撒いていて、それを水代わりに育つとか?」

 「有り得そうだなワンちゃん?」

 そんな話を二人でするが、そもそも分からないことは分からないままだ

 

 シュリが敵かどうかも、あの国の奇跡の野菜が何のための毒で何者が用意しているのかも

 「ま、ワンちゃんがその毒龍を調べてくれなきゃ始まらないって訳よ

 そいつ、ワンちゃんが選んだ縁だろ?」 

 その言葉に、静かにおれは頷いた

 

 とりあえず、幾つか情報は得たし、シュリの為にノア姫が作ってくれた弁当は此処にある。後は……

 もしも敵ならば次はもう心の毒を受けないようにするだけだ。もうアルヴィナを忘れないように

 

 あれ?まだ何か忘れていないか?と、おれは愛刀を眺める。が、物言わぬ刀は今は何も返してはくれなかった



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薬膳、或いは毒龍

「お前さん、すまぬ!」

 今日も今日とて早朝に刀を振るっている際に現れた紫髪の少女は、開口一番深々と頭を下げた

 

 「シュリ?」

 「儂、自分が毒じゃしあまり分からず、儂の毒とは反発するから薬じゃと思うて毒草を混ぜて持ってきてしもうておった」 

 ……何か言う前に謝られると、何とも返せなくなる

 「主殿も毒も薬も使いようの差と分けておらぬからの、お前さんにはそうと知らず半ば毒を盛ってしまうような事になり、誠儂は馬鹿じゃの……」

 頭を下げたまましゅんとする毒龍少女。大きな尻尾も垂れ下がり、完全に意気消沈といった趣だ

 

 これが敵?となるくらいだが……演技派なら有り得はするだろう。信じきるなとおれは内心で気を引き締めた

 が、そもそもおれはシュリを信じている。それは敵じゃない、という形ではない。敵だとしても、あの日のアルヴィナや下門のように、分かり合える何かがきっとある、という方向だ

 だから、正直な話をすれば敵でも良いのだ。アヴァロン・ユートピアのように到底相容れられない存在でなく、言葉が、心が通じるならば

 

 だからこそ、おれは本当か疑わしい言葉にも出来る限り優しく笑って、大丈夫と鉄箱を差し出す

 「シュリ、確かに毒にもなるものが入ってたけどさ、精一杯だと思ったらそんなに気にならなかったよ。毒同士打ち消し合うものがあるのも分かるし」

 実際、あの下剤は毒を吐き出す薬にもなるし、奇跡の野菜は……毒だろうけど効果って不明なんだよな。毒に弱いとおいしく感じるだけ

 変な中毒性でもあれば話は別なんだけど、現状そんな話もないというか、美味しすぎてハマってるだけらしく、血相変えて金を積む人間は出ても、手に入らないと禁断症状が出る報告はない

 だからこそあまり対応出来ないというか、毒物だと言えないんだよな。麻薬みたいに症状が出れば毒物として取り締まれるんだけど……

 

 ってそんな事考えてる場合かよ、とおれは苦笑しながら蓋を開けた

 ついでに、ノア姫に保温して貰っていた鉄カップも差し出す。一番うまく出来たというスープが湯気を立てた

 

 「む?」

 「効果を消さないまま、精一杯作って貰ったよ、料理になるように」

 ま、とおれは頬を掻く

 「言ってたように、出来る人にやって貰っただけで、おれが何とかした点はないんだけどさ

 それでも、シュリ。きっと、味を感じられると思うんだ」

 

 なんと!と少女の緑の瞳がキラキラと輝き、視線がおれの手のカップに移る

 「味などほぼ知らぬから、変な感想になってしまうかもしれぬが……」

 「上手く行ってるのかも微妙だしね

 でも、食べてみてくれると嬉しい」

 

 そんなおれの手から、優しくカップが取られたかと思うと、ちびりと赤くて先が割れた舌が恐る恐る緑色したスープに触れた

 最初は怪訝そうだった表情が段々と眼を見開いていき……

 数秒後、くいっと小さめのカップが傾けられて一気に中身は喉に流し込まれた

 

 「あっ、熱っ!?」

 そして、目の前で眼を白黒させる龍少女の姿が其処にあった

 ……いや龍だろと思うが、別にこの世界のドラゴンって火を吐くものって訳でもないんだよな。何なら龍姫も水神だしな

 

 「まだまだあるし、慌てなくて良いよ、シュリ」

 と、おれは少女の背をさすってそう呟いた

 

 なんで、あまり爛々と眼を光らせないで欲しい。見えてるぞアルヴィナとアイリス?

 二人して訓練場の隅に積まれた道具(魔法で直せる(まと)のようなアレだ。実際に鎧のように硬いものに剣を振るう際の練習に使ったりする。おれは即座にぶった斬る上に魔法が使えず直せないから使えないが)の裏から爛々と眼を光らせて此方を監視している。横並び……ではなくちょっと距離を取って間に的一個を挟んでいるのが今の二人の距離感を示していて少し寂しい

 

 「あ、熱いの

 じゃが、何じゃ?何なんじゃこれ?儂の知らぬ刺激……違うの、刺激ではないが何か染み込むような……」

 少し恍惚としたように、少女はおれが続きのスープを鉄瓶から注ぐや次は火傷しないようにか一口含んで喉に流し込む

 

 うん、気に入ってくれて何よりだ。それに、これが演技にはとても見えない

 まるでアイリスを見ているようだ。外界に対して毒という壁があったせいであまりにも何にも触れてこなかった幼さが見て取れる

 

 ああ、だからだと太い尻尾を地面を擦るように左右に振る龍少女を見て思う。彼女は敵かもしれないが、不倶戴天の敵じゃない

 だから信じよう、彼女の中にある、おれに期待している何かを。ヴィーラというらしいそれは、きっと……

 

 「って、シュリ。スープばっかり飲んでたらバランス悪いよ」

 と、おれは三杯目を期待して完全に飲みきったスープの鉄カップをおれへと両手でしっかり握って差し出してくる龍少女に向けて鉄箱からサンドイッチ……ではなくもう一個まだ上手くいったという料理を銀のフォークに刺して差し出した

 それは、肉と混ぜた香草団子。臭みは消えるが味が酷くなると言うことで、寧ろ独特の臭み同士で打ち消し合うようにと熊魔物の肉を使っていたり茸が使われていたりとかなり試行錯誤したらしい。アナタが言うから癪だけどなんて買ってきたのよ、と釘を刺された程だ

 

 銀食器は毒に変色しやすいが、団子を刺しても特に変化はない。む?と期待を込めて受け取った少女の汗が薄いとはいえ毒だからか、少しだけ柄に変色の兆候が見えるが……ぱくりと一口で小さな口に小さな肉が消えても先端に色の変化はない

 ……いや、もごもごと舌の間で転がしてこくんと飲み込むまではそうだったが、少しするともう変色が始まっている

 本当に一瞬しか毒を中和出来ないんだなと、おれは少し唇を噛んだ

 

 これじゃあ、ノア姫くらいの人が解毒作用のある薬草を料理してくれて初めて何とか一度味のあるものを食べられる程度

 っていうかここまで全身毒物だと通ってきた地面大丈夫かこれ?被害出ないように清掃を……

 と思ってアイリスに無言の瞳で訴えようかと思ったら、もう父シグルドが魔法で何か連絡していた

 

 いや待て父さん来てるんだが!?何やってんだあの人!?

 ……冷静になれおれ。明らかに怪しい毒龍なんて監視しに来ない方が可笑しい。ぶっちゃけ、シロノワール(正体は魔神王テネーブルの魂)並の厄ネタだもんな

 シロノワールは今に限って言えば味方してくれている第三勢力だし、シュリも似たようなものだと信じたいが……もしも円卓みたいな側だと本気で困る。おれを信じきる訳にもいかないだろう

 

 というか父さんもアイリスもだけど、隠れるならもう少し隠れてくれ。見えてる、見えてるからな?

 

 「お前さんよ、賑やかじゃの?」

 「シュリに興味があるんだよ。毒だと言われて不安なのと、普通に外見は可愛いのとあって」

 「あまり歓迎されてはいないようじゃがの?」 

 気にも止めないように、龍は呟いた。実際、敵意には慣れているのだろう、おれに作ってきたのが毒だったと告げた時よりも余程余裕そうに龍少女は二つ目の団子に手を伸ばした

 

 「大丈夫、シュリ

 気にしなくて良い、あれはおれを心配してるだけだから」



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毒龍、或いはゾンビ

「シュリ、あとはこれかな?シュリに合わせて、サンドイッチを用意してみた」

 と、おれが取り出したのは、奇跡の野菜系統の草を使われたあのサンドイッチ。おれには苦いが、取り敢えず出してみる

 

 これは一個賭けだ。どんな反応を返してくるかで、シュリのスタンスが分かる

 これも毒の一種のようなものだ、素直であればあるほどすっとぼけずに謝ってくるだろう。気にしなければ敵寄りなのは確実で、話してくれればくれるほどゼロオメガではない可能性が高い

 

 じっと見守っている中、幸せにそうにシュリは小さな口で軽く齧って……怪訝そうに眉を潜めた

 「む、むぅ……

 お前さんは食べたのか?」

 「苦かったよ」

 「すまぬ、これ儂の毒が染みすぎていての。儂には美味しくないのじゃよ。他人には良い味らしいのじゃが……」

 むむぅ、と唸るシュリ

 

 毒であることを素直に告げた辺り、本当におれが信頼されてるのかこれ?と少し意外に思う

 というか、待て待て

 「これ、シュリの毒なのか?」

 「まあの。全身毒物なんて、何らかの価値が無ければ当に殺されておろう?

 儂の毒の中に一般的な価値あるものが無ければ、奴隷にすらなることはなかったろうな」

 くすりと、寂しげに微笑むシュリの顔には、やはり何かを求める光だけがあった

 

 「シュリ」

 「ま、昔のことよ。儂は今はそれ以外の意味を見られておるから。恵まれておろう?」

 と、おれを見上げる緑の瞳にはやはり寂しさばかりが見える

 

 そうだ、これはお兄ちゃんが死んだと言ってた日のアルヴィナや、今のアイリスと同じ眼だ

 「そうなのか、シュリ?」

 「恵まれておるよ、お前さん」

 「そんな、一人ぼっちみたいな顔をして?」

 そのおれの言葉に、びくりと小さな襤褸を纏う肩が震える。大きな尻尾が何かを警戒するように、龍というか猫か犬のように丸まった

 

 「一人ぼっちかの?」

 「おれにはそう見える」

 「可笑しいの」

 「可笑しくない。昔のおれみたいな眼をしている」

 これは何か違う気がしながら、おれは告げる

 それでもまるで何かに怯えてるような眼は、昔鏡で何度も見ていたように思えて

 

 「だから心配になるよ、シュリ」

 「……お前さんは、どうやってそれを越えたのかの?」

 儂には自覚もないがの、とぱたぱたと左右に尻尾を揺らしながら、少女は告げる

 自覚はない……のだろうか。それを思いながら、おれは心の中を整理して言葉を何とか紡いだ。おれ自身、本当に乗り越えられてなんていないから

 

 「一人じゃなかったから」

 「……人が居れば越えられるのかの?

 儂の周りにも、奴隷を買う者、飼う者、主殿、様々居ったが……それはお前さんの言う一人じゃないでは無いのかの?」

 「違うよ、シュリ」

 何と言って良いのか分からない

 

 おれにとって、アナはどんな子と表現すべきだろう。好意を向けてくれていて、それにまだ応えて良いなんて思えなくて……なのにこんなおれを見捨てないあの女の子を、ずっとおれを信じ続けて言葉をかけてくれた誰かを思い出すけれど名前が出てこない龍姫様の聖女様を

 それに、それだけじゃない。アルヴィナも、ノア姫も、頼勇だってそうだし……

 何より背負ってきた魂達

 

 「言うのは難しいね。でも……」

 「儂にも、出来るかの?」

 不安げに見上げてくる顔に大丈夫だと頷く

 

 「例えば、おれだって」 

 「……これでも、かの?」

 不意に、底冷えのするような声が響き、少女の立っていた筈の場所にはおぞましい姿の化け物が居た

 

 半ば溶けてドロドロに固まったかのような歪んだ甲殻。同じように歯並びの悪い何本か牙が外へ突き出した口元。シュリのものと同じ太い尻尾

 翼の無い、ゾンビのような死を感じさせる地龍が底に鎮座していて……おれは思わず愛刀に手を掛けた

 

 「って何だシュリか」

 が、その龍の濁った緑の切れた瞳がシュリのものと同じような光を湛えているのを確認しておれは刀の柄から手を離す

 「一瞬突然食われたのかと思ったからさ、一言告げてからにしてくれないか?」

 「『怖くないのかの?』」

 響く声はかなり低くなっていて、けれどシュリのものだと理解できる。だからおれは何が?と言いながら案外ちっこい龍(首を高くもたげて3m無いくらいだな)に一歩近付いた

 

 「『お前さん、儂の本性は此方じゃよ

 愛らしい姿など儂が同情を引きたくて頑張って変身しているだけなんじゃ』」

 怖いじゃろ?とおれと同じくらいの目線の高さで見てくるが……

 

 「いや、シュリがシュリになって何を言えと?

 可愛いより格好いいの方が似合うからそうしてくれとかそういう話か?」

 おれはそう返す

 ぶっちゃけた話、アルヴィナだって本来の姿は屍を纏う狼な訳だし、それと同じだろとしか思えない。確かに恐ろしげな外見だけど、アルヴィナでもう慣れたというか、寧ろ寂しげな瞳がそのままだからあっちより愛嬌がある

 「その眼が変わってないんだから、シュリはシュリだろ」

 「『……怖くないのか?』」

 「いやまあ、外で駆け回られると多分毒の処理が面倒だからそこは怖い」

 アルヴィナみたいに魔神の感覚で突然やらかす事は無さげだが。主な標的がおれだからまあ良いんだけど、他人に向けて屍の皇女としてのあれこれを向けだしたら普通に危険だしなアルヴィナについては

 自覚的な分よほどシュリの方がお利口さんだ

 

 「でもだ、こんな自身の危険性を知って傷付けないよう怯えている天下無敵のお利口さんが、毒龍だからって怖いものかよ」

 少女を安心させようとちょっと格好つけて過剰な言葉を呟く

 あまりに似合わない事に背筋が痒くなるがそれは無視して、おれは目の前のゾンビのような龍の首を抱き寄せた

 

 「『毒で汚れてしまうぞ?』」

 「舐めるなよシュリ。幾ら忌み子でも、替えの服くらい幾らでも用意できるさ」

 「何故かの?どうしてそこまで儂を信じる?」

 胸元で響くその言葉に、おれは右手で己の潰れた眼に触れた

 

 「おれはさ、端から見たら可笑しくて、敵で……それでも信じれると思った友との未来のために、この眼を置いてきた

 それはおれの誇りだよ、シュリ」

 胸元で、頭を抱き寄せられた龍の濁り眼がおれの顔を見上げる視線を感じる

 「そのおれが、君を信じない訳にはいかないさ。君の眼を、手を伸ばすその視線を……それに近いものを真実だとおれはあの日信じたんだから」

 「『……馬鹿じゃの、お前さんは』」

 「当然だ。民を信じない皇族なんて居ない、だから大概大馬鹿だって話だ」

 その言葉を告げている頃、不意に龍の姿がぶれると、元のシュリに戻る。いや、話によると寧ろ変身したのか?

 

 「もう良いのか、シュリ?」

 「『お前さんには、どっちの姿でも同じじゃろ?ならば、熱を感じたいの』」

 と、小さくなった体で更に身を寄せてくる毒龍。構わずその軽い身体を抱き締めれば、毒で元々ボロボロになった服に穴が空いていく

 

 って待て待てアルヴィナ!なんだその鬼の形相!?屍の皇女のオーラ纏って結晶の角を生やすなオイ!?

 幾らでも後で愚痴なら聞くから!今はシュリを刺激しないでくれ!頼むから!

 

 と、シュリにそれがバレないように更に強く身体を抱き締めて……

 

 しばらくして、漸く毒龍は離れてくれた。同時、アルヴィナのオーラも消える

  

 「スープがほしいの」

 「いや気に入ったのかあれ」

 「外は夜から異例の土砂降りでの。肌寒いんじゃよ。まるで、龍姫が怒りで湖を逆さにしたようじゃ

 お前さんは暖かいが、持って帰れんからの。体の奥から暖まるあの初めての感覚が欲しいのは悪いことかの?」

 「いやいや、龍姫様の怒りは無いだろ流石に」

 というか、豪雨だったのか今。龍姫様が怒り狂ってる訳はないだろうが、龍の月でもないのに豪雨なんて珍しいな?

 なんて思いながら、おれはもう一杯スープを何時しかひょいと膝上に乗ってきた龍に注いだ



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転移者、或いは敵

「……ではの」

 寂しげな気配はそのままに、大きめな尻尾を燻らせご機嫌に、けれど……何か失望のような隔意も込めたような声音で、毒龍少女はおれの持ってきた彼女のものである鉄箱を手にすると去っていった

 

 結局、ヴィーラというらしいものにはなれないと拒絶したままだった。それが嫌だったのだろうか……

 違う気もして、けれどそうだとも思えて。悩みながら足取りは重くない紫の少女の小さな背を見送る

 

 その瞬間、おれの背後から何かが吹き付けられた

 ぶしゅっとした音と共に全身に浴びせられるのは霧状のなにか。見ればゴーレムに搭載した二本の肩砲台からおれへ向けて何かが散布されている。

 

 割と喉に引っ掛かる

 「けふっ!あ、アイリス?」

 「お兄ちゃんを、守る……妹の、役目。消毒……消毒……もっと、しないと……」

 多分ゴーレムの中に居るのだろう。逆さにしたバケツみたいなゴーレムの顔の奥にアイリスの瞳が見える

 「有り難うなアイリス」

 言いつつ己を見れば、完全に襤褸布と化した服は霧の水分を吸い込んで貼り付き更に酷い有り様に変わっていた

 

 ……やりすぎじゃないか、これ?

 とはいえ、熱を持った肌には心地良い点もある。物理面の耐性はかなり高い筈なんだが、肌にもシュリの汗という毒のダメージの痕跡があるってかなりヤバイな

 

 「でも大丈夫だから、な?やるならシュリが帰った道……は逆に大雨で直ぐに毒が流れるか」

 と、大丈夫かとおれは少女の去った方を見た

 そうだ、大雨だと聞いたが、シュリに雨避けの魔法なんて無いんじゃないか?そうなればずぶ濡れになりながら帰るしかない訳で、送ってくれることを期待していたりしたんだろうか

 だから……って、そもそも夜から大雨だと言ってた割に来る時に濡れた様子が無かったからそんな事無いか

 

 「……毒は、毒。浄化、消毒……」

 うーん、心配してくれるのは良いけど、とやりすぎな妹に苦笑していれば、熱波が更におれの背に叩き付けられた

 「父さんまで」

 「濡れた馬鹿息子は見てても面白味はないからな」

 くつくつと笑いながら、父は笑わない瞳でおれを射た

 

 「今すぐ討て」

 「父さん、それは」

 「精神を高揚させ自己肯定感を増幅させる心毒を持ち、(オレ)の存在に気が付きながらも怯え一つ見せぬ

 明らかに平常の存在では無い。お前に語った過去と態度からすれば、何故(オレ)の存在に気が付いて怯えぬ道理がある?お前は気が付かなかったようだが、あやつ、此方を気にしていたぞ?」

 それ、言ってて寂しくないだろうかとおれは苦笑する。いや、自分は怯えられて当然って宣言なんて悲しいじゃないか、おれみたいに呪われた忌み子でもないのに

 

 「知ってるよ、父さん」

 シュリの態度は観察していた。確かに気が付いてるなということは分かっていたし、だからこそシュリが龍姿を見せた時に、更にアルヴィナが怒ることは承知で強く抱き締めて視界を封じていた面もあったりする

 「何だ、知っていたか。ならば斬れば良かったろう」

 「でも、怯えないから敵って酷くないか?」

 「過激だが、そもそも(オレ)に怯えん時点で、貴様の嫁かあのエルフくらいのものだ

 前者はお前を信じきって、その父だから怖くないの一点張り。後者は自分の立場は対等というプライド故だが……あの毒龍にそれが在るか?無いだろう?明らかに可笑しい」

 その言葉には頷きを返す。返すしかないというか、それで良い

 

 「分かっているか、ならば」

 「だからだよ、父さん。気が付いて怯えるフリをしても良かった、寧ろさ、同情を引くならそっちの方が都合が良かった

 でも、怯えなかった。それだけ本来のシュリを見せていたんだろう

 

 そして、その上でおれに何かを求めていた。希望を持っていた」

 一息置いて、話を続ける

 

 「それが何なのかは分からない。おれに求められていた『ヴィーラ』、どういうものなのかおれには見当が付かない。下手したら下門に与えられていた《独つ眼が奪い撮る(コラージュ)は永遠の刹那(ファインダー)》と同類のものかもしれない」

 「ほう?」

 「でも、だけれども、本性を出して尚あの眼をしてるならばおれはシュリを信じたい」

 その言葉に、父は唇を軽く吊り上げる

 

 「もしも、信じたものが敵ならば?」

 「信じたものとして一緒に罪を償うよ。アルヴィナとおれのように」

 当たり前だとおれは父とアルヴィナを交互に見てそう告げた

 

 「もしもの時の覚悟は出来ていたか」

 「ううん。違うよ、父さん

 そもそも、シュリは敵だよ、"今は"」

 その瞬間、おれの鼻先には燃え盛る剣が突き付けられていた

 

 何時もならアルヴィナが怒って庇ってくれそうなんだが、今回はアルヴィナも怒り心頭なのかおれを恨めしそうに見てて助けてくれないようだ

 

 「馬鹿が、何を言っている」

 「確信した。シュリはゼロオメガと関係がある」

 轟剣をしっかり見返しながら、おれは臆せずに言葉を紡ぐ

 「おれに嘘は吐こうとしなかった。あれだけさらけ出してくれた

 

 ……でも、可笑しいんだよ。シュリが語った事が真実ならば、あれがシュリの過去で、だからああも他人に関わることに怯えているならば

 あんな麻薬を産む毒龍なんてね、おれは兎も角父さんやノア姫等の耳には入るよ。ほぼこの世界で言う幻獣のような存在で、あの過去で、奇跡の野菜の類似品の逸話や毒龍の物語が『残っていない筈がない』」

 「つまり、何が言いたい?真性異言(ゼノグラシア)よ」

 冷たい瞳に、冷徹な言葉に射抜かれて、それだとおれは畏れを喉に押し込んで呟く

 

 「知らない筈の異世界の事を知る者、真性異言(ゼノグラシア)。若しくは、異世界転生者

 そもそも、おれみたいに地球の日本からしか転生してこない筈がない。そして、今のおれみたいに特殊な力があるならば……魂だけ弄って送り込む転生ではなく、肉体ごと送りたいだろう

 実際、竪神によると倭克に伝わる伝説の存在たる禍幽怒の正体は異世界人だったらしいし、来れる筈なんだ」

 成程、と父は頷く 

 

 「即ち、異世界転移者。異なる世界で受けた過去を語っていた、という話だな?」 

 「ああ、そうだ。そして七大天様は恐らくはそんなことしない

 だからこの時点で、シュリの正体は……あの毒をこの世界にばら蒔く為にアージュというらしいゼロオメガが肉体ごと送り込んだ『別世界の幼く孤独な毒龍』。アージュの手の異世界転移者だ」

 「ならば、斬れ。敵だろう」

 「……なら、おれだって死ななきゃいけないよ

 毒を撒くために送り込まれただけかもしれない。確実に敵の手駒で、そしてシュリが教えてくれた姉が今奇跡の野菜として毒を世界に撒き散らし、なにかを起こそうとしているけれど」

 それでも、とおれは左目の傷痕を撫でて、父を見返し続ける

 

 「それでもだ。シュリは敵であることを実質分かるようにおれに告げてくれた。あんな怯えた眼の彼女を、おれは信じたい」

 困ったように笑う

 「きっとシュリ自身何かを既にやらかしてるよ。それに更にやらかす筈だ」

 おれにシュリの毒が未だに効いていて、何かを忘れている以上、まだ改心とかしていない。出会った当時の下門位にはゼロオメガ側な事は間違いない

 

 「でも、分かり合えると信じてる。だから、もう独りぼっちじゃないよう共に罪を償ってやるだけだ」

 分かってくれ、とおれは頭を下げた

 

 「……阿呆。万が一分かり合えんならばどうする?」

 「総てを懸けて、討伐する。それが信じた責任だ」

 「良いだろう。任せた」

 ふっ、と炎が消える

 

 が、父の背後に燃える青い炎は消えなかった

 「皇子。ボクは嫌だ」

 「……アルヴィナと同じなんだ、分かってくれ」

 「ボクは特別でありたい。だから、絶対に赦さない」

 そうして少女は踵を返す

 

 「皇子を嫌いたくない。だから、あーにゃんが帰ってくるまで寝る。皇子の眼を、覚まさせて貰う」

 「……ごめん、アルヴィナ」

 「謝るくらいなら、あの毒龍を倒して」

 その言葉と共に、魔狼と化して黒髪の少女はおれの伸ばした手を一瞥もせず、懸け去っていったのだった




ちなみにですが、毒を与えている事から分かるように、実はこの会話シュリに聞こえてます。


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閑話 享楽と薔薇色

「……ふふっ」

 思わず唇の端に笑みを浮かべ、紫の髪の毒龍はその大きな尾を燻らす

 

 それを呆れきったように、否、嫌悪するかのように顔を歪めて、一人の少女が眺めていた

 漆黒の和装に薔薇色に染まるオーラ。おぞましく悲鳴を固形にしたような氷の翼を持つその者の名を、ティアーブラック。或いは、『神話超越の誓約(ゼロオメガ)』アヴァロン・ユートピアという

 

 「何が面白い、下等龍」

 「酷い言葉じゃの。今に限れば、儂もお主も同じ立場じゃろ?」

 その言葉を、氷翼の龍少女はふざけたこととばかりに凶暴に右目を見開いて嘲った

 「何処がだ、滅んでおくべきであったおぞましき毒物が」

 薔薇色の光が紫を苛み、その肌に傷を残していく

 

 「止めてくれんかの?あやつから貰った服に傷が付く」

 「価値の無いものがどうなろうと知ったことか。貴様含めて、壊れてしまっても構わんのだからなシュリンガーラ」

 その言葉に、シュリンガーラと呼ばれた龍少女はその大きな尻尾を胸元に抱えて丸くなった

 

 「どうした、シュリンガーラ。随分と甘い。絆されたか?」

 はっ、と防衛反応のように縮こまる少女を足蹴にし、地面に転がったところで左膝を立てて顔を踏み椅子にしながらティアーブラックは幼き龍を煽り倒す

 「堕落と享楽の亡毒龍、(わたし)にすらその名を轟かす腐りの祟り神。所詮は元は小さな龍とはいえ、価値を見出だしてやらんことも無いかと思っていたが、期待外れか」

 「……儂、は」

 「三首六眼。大半の眼を閉じ、それでも自身の享楽のために幾多の世界を心という毒で腐らせ食ろうて来た

 ああ、世界には存続に価値など無い、かくもおぞましい者共には滅びこそが唯一の意味、それを分かっていると、まあ信じては居なかったが。所詮は下等生物、たまたま正しさに添った行動をしておっただけよな」

 

 縮こまりながら、地面に頭を押し付けられながら、その大地を小さく吐いた唾液がじゅっと音と湯気を立てて溶け行くなか、すこしずつ地面に肉体全体を沈みこませ、毒龍は吐き捨てる

 「知っておるよ、アヴァロン・ユートピア」

 そして、何処か悲しげに溶けかけの龍形態へと変貌しながら呟いた

 「……『共に償う』、か

 当に遅いの、お前さん。儂はもう、単なる怪物じゃよ。堕落と享楽に、世界を腐らす心毒の龍」

 そのままに、紫の龍は全身から周囲に向けて毒霧を散布して己を椅子にしたままの神を追い払わんとする

 

 が、絶望の冷気と薔薇色の光を纏う少女姿の神は、微動だにせずに毒龍の首を軽く腕で打ち払った

 「……痛いの」

 「下らん事ばかり言っておるからだ、下等」

 「それが儂じゃからの

 分かっておる、分かっておるわ。何も響かぬ、変わらぬ

 最早アーシュ=アルカヌムには戻らぬ、戻れぬ。儂は、儂等は堕落と享楽の(アージュ=ドゥーハ)亡毒龍(=アーカヌム)。世界を心で滅ぼす者

 共に償うというならば、世界を滅ぼしたという罪も背負ってくれるのかの?馬鹿馬鹿しい言葉じゃろ、お前さん。何も分かっておらぬわ」

 失望したように、毒龍は眼を閉じた

 

 「何故、お前さんはあの時居なかったのかの

 完全に今更じゃよ……。この儂はただ、六眼を……眷属を用意する為に、最早他人に対し狂い果て終わる享楽しか意味を見出だせぬ儂自身に用意された、誰かをまだ信じていた頃の幼き儂の再現に過ぎぬのじゃから

 愛恋(シュリンガーラ)。未だ他に意味を用意するが故に、眷属として堕とす事が出来る唯一の首。それを信じたいならば、堕ちてくれよ、儂の勇気(ヴィーラ)

 さての、と気持ちを切り替えるように、首を回して毒龍は背の神を見据えた

 

 「何しに来たのかの、神様?今は儂のターンじゃし、その姿、儂の毒で見えておるだけで外に出られぬじゃろ?」

 「ふん。決まったこと。下等な龍が真なる神に対して変な気を起こし、滅ぶべき者共と組み出したらあまりにも不毛

 故に、躾てやったまで」




チラっとな
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イラスト:ぽん酢様


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庭園回、或いは怒りの源泉


【挿絵表示】
「『今更遅い』とか『あの時居てくれなかった』って、実は獅童君への想い結構重くないと出てこない言葉だよそれ……?ねぇシュリンガーラさん、それで良いのかな僕達を狂わせた癖に……」


「で、では!我々の未来のために」

 と、少しだけつっかえながらワカメヘアーの男がびしっとした礼服に着られながらグラスを掲げた

 

 ちなみに、着られるというのは間違いではない。一応貴族の筈なんだが、本当に馬子にも衣装の逆というか、礼服が似合わないの何の。着られていると言いたくなるくらいに浮いている。四角い大きなテーブルの向かいに構えているラサ男爵の方が数倍着こなしているな

 何やってるんだかと言いたいような気もするが、そもそも彼は研究職……ってそれラサ男爵もそうだな。ゴーレム使いなんて割と偏屈で引きこもりが多い

 まあ、社交的な人は社交的なんだけど、統計的な話だ。お陰でああいう人はあまり礼服を着なれていない事も多い

 

 その点、ラサ男爵って凄いとはなるが、そもそも何というか……アイリス自体引きこもりとはいえ、婚約者候補の人選可笑しくないだろうか父さん?

 

 そんなおれの横で、アイリスが無言で自身の前に置かれたグラスに口を付けた

 「行儀が悪いぞアイリス?」

 「面倒……です。礼式を気に、しすぎる……場でも、無い」

 身も蓋もなくて苦笑しながら、すみませんとおれは二人に頭を下げた

 

 結局残したのはこの二人。正直なところ、ラサ男爵寄りの判定をしたいおれだが、両方ともアイリスを任せるには不安が残るというか……早く来てくれー!竪神ぃぃっ!ってくらいの心境だ

 

 うん、すまないガイスト。忘れてたが……いっそ此処に参戦してくれても良いんだぞ?と空いた一角を見て思う

 

 おれとアイリスを挟むように四角いテーブルの両脇に二組が控えてるって形の……今日は会食回だ。前回と違ってゴーレムを出しての殴りあいはしない。というか前回も本来は見せあうだけで殴りあう気は毛頭無かったんだがな……

 

 ちなみに、前回で滅茶苦茶に此処の人々に嫌われたのか、シュリだけ完全に魔法込みの拘束具って感じの椅子だ。毒が垂れるからの、と本人は小さく笑ってはいたが……これ普通にヤバくないか?と抗議したところ、毒を抑えさせてみせろと返されてしまった

 アイリスが落ち着いたらシュリを連れ出そうと思う、と思いながらおれも出された茶を一口啜る

 

 うん、毒。露骨というか、下剤というか……シュリがうっかり(かは微妙だが)持ってきた毒と同じものだろう

 そんなにおれが居て欲しくないか、この家の人々は…… 

 そんなんだから原作ゲームからしてやらかすんだよ、と内心で溜め息を吐きながら半ばまでおれは茶を飲み干した

 

 「お兄ちゃん、中身……違う?」

 「飲むなよアイリス、あまり美味しくないからさ」

 ……毒と明言しないが流石に失礼だったろうか?なんて考えつつもおれはカップを置く

 何処か期待を込めたような瞳。この館の主とその脇に控えた使用人がバレバレの見守りをかます中、一息吐いて……

 

 「悪い、正直皇族にこの程度の毒は効かないぞ?」

 茶化すようにおれはそんなもう犯人ですと言ってるような彼等に笑いかけた

 途端、びくりと跳ねる小さなネズ耳の二人と、ダラダラと汗を流し出すワカメヘアーの主従達

 

 「お兄、ちゃん」

 そして、怒りと共に座っていた椅子(ゴーレムを変形させた自前)をゴーレムモードに戻そうとする妹と、眼をしばたかせるシュリ

 割と分かってるのか、ラサ男爵は何も言わずに状況を見ていた

 

 「毒?」

 「攻撃しちゃだめだぞアイリス。そんなことしたら、皇族はただの危険な怪物になる。排除されるべき、恐れられる化物だ。だから、絶対に何もするな

 リセント子爵。試したかっただけなんだろ、皇族の力を?だから、笑ってやり過ごすんだよアイリス

 効きやしない、そもそも傷付けてすらいない……喧嘩すら売れてないんだから、そんな守るべき民に対して上げる手なんておれ達は持っていない」

 割と暴論だが、そうしてひたすらに民の剣であり盾であり続けたから、おれ達皇族は馬鹿みたいな力を持ちつつ恐れられずに高い地位にふんぞり返れている

 

 「ラサ男爵、どうやら余程おれは歓迎されていないようだ。シュリを借りても?」

 「どうぞ、傷一つ無く返して下さるのであれば幾らでもお貸ししますよ」

 その言葉を、苦々しげに見つめるワカメヘアー

 そんな彼こそが元々対処すべき相手だから、おれははぁと息を吐きつつ彼に向き直る

 

 「リセント子爵」 

 「あてつけの……」

 「そもそもです。これはアイリスとの新たな縁を描くためのもの

 既におれとシュリという形で縁があるならば、わざわざ更なる結び付きなど要らないという判断かもしれない。その方向にも思いを馳せて貰いたい」

 つまりあれだ。おれとシュリが仲良さげにしてるから自分は切り捨てられると焦ってゲームみたいな馬鹿やるなよ?という釘差しである

 こんなものがどこまで通用するかは……正直分からないというか効かない気もするが、言わないよりはまだマシだろ多分

 

 「む?儂、お前さんのものになるのかの?」

 「……シュリが本当は男爵の奴隷で居るのが辛くてならないって場合なら、買い取る事も視野に入れるけど?」

 なんて軽口をシュリと叩きあう。実際には有り得ないなんて分かっているけれど、今はシュリが敵であると理解している事などおくびにも出さずに友好的に振る舞い続ける。信じたいと言っておいて、今は敵だからって敵対視しすぎるのは馬鹿だしな

 

 「まあ、良いでしょう。二度と戻ってこなくて構いませんし、汚物同士お似合いとも言えるもの」

 その言葉に、おれは静かにワカメヘアーの子爵を睨みつけた

 いや、幾らなんでも許容範囲外だ。どうしてこうも口が悪いんだ、うちの貴族は

 ……父やおれからして相当悪いからお国柄というものか

 

 「子爵。おれは良い、どうせ忌み子、好きなだけ貶して溜飲を下げれば良い

 シュリについても多少は許す。迷惑していることは確か、部外者のおれが愚痴の一言も許さないというのはお門違いだろう」

 でも、と立ち上がりながら叫ぶ

 

 横でネズ耳の女の子がびくりと跳ねた。尻尾がくるくると丸い辺り、滅茶苦茶怯えている

 「あまりおれの友人を馬鹿にするな。なりたくてなったものでもない、やりたくてやってることでもない。毒を持つからといって、侮辱が過ぎる

 アイリスの婚約者"候補"である意味を、品位を、あまり落とすな。民に対してのあまりの無礼があれば、容赦なく潰す」

 

 行こうか、シュリと声をかけながら、内心で頭を抱えるおれ

 いや、完全に喧嘩売ったわこれ。何やってんだか、色々言っておいて、結局おれが全部台無しにしてないか?これ普通に原作でのやらかしルート入りそうな……

 知ってて割と後手に回ってるとかアホかこのおれ?

 

 でも、だ

 ひょこひょこと着いてくる紫の毒龍少女を見ながら、放っておく方が悪いな、とおれは自分を正当化した



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心毒、或いは吐露

「……お前さん、何時もあんななのかの?」

 不満げなアイリスの視線にごめんと謝ってその場を立ち去ろうとすると、ひょこひょこと後を着いてくる小さな毒龍からそんな言葉を掛けられた

 今日は『髪から毒が散ると怒られるからの』と結び上げられた紫の髪はあまり跳ねないが、案外上機嫌そうに大きな龍尾は左右に大きくぱたぱたと振られている

 いや何を喜んでるんだシュリ?と思うが、案外そういうものなのだろう。傷の舐めあいというか何というか……変に自分の境遇と重ね合わせて同じなんだと気分良くなる事、あるだろう?

 おれにもたまに経験がある後ろ暗い喜びだが……抱いてしまうのは止められない。寧ろそれで歩み寄ることを決めてくれたら万歳という話だ

 

 「ま、おれは忌み子だからさ。毒なんて割としょっちゅう盛られるし、魔法も突然飛んで来るし、悪意ならば大概好き勝手投げ付けられるよ」

 言ってて思うが、皇族への態度かこれが?

 なんだけど、そもそも力を見せなければ皇族足り得ない。反撃したら人間で居られない。好きなだけ試せ、投げられた試練は捩じ伏せた上で護ってやる、という暴君の理念を体現し続けてきたからこその皇族だからな

 

 いや改めて思うが何だこの蛮族!?それに疑問が湧かないおれもおれかもしれないが……

 

 「……何じゃそれは。お前さん偉いんじゃろ?」

 「偉いよ。でも、おれ達なんてそもそも単なる化物だ。他人より明らかに強い、恐怖の対象だよ」

 可能な限りの笑顔で、おれは言う。それが何処か空虚に見えてしまわないように、心を込めて必死に

 「正しく在る、絶対に味方をする。だから怖くない、排除しなくて良い。寧ろ奉り上げておけ。そうなるように努力してきた、単なる暴力だ」

 政治とか、おれ達大体が頭悪いから苦手だしな、と肩を竦めて苦笑する

 

 「何で笑えるんじゃお前さん?理不尽じゃろ?怒るじゃろ?何故他人の為にって尚も思えるんじゃ?」

 少女の暗い緑の瞳に光が揺れる

 「儂は、まあ今は良いが……あの毒を取る為に生かしておく危険生物と扱われておった頃になど戻りたくないがの?

 お前さん達の境遇は、その頃に意図して留まっておるように見えてならんのじゃ」

 教えてくれるかの?とぱたぱたと尻尾が振られる

 それに対しておれは襤褸布を被せられているが、一部ほつれが見えるんだが大丈夫か?なんて場違いなことを思った

 

 「……そう、見えるかもね」

 実際、誇りだ何だが無ければ、逃げてしまうのも手かもしれない

 「力があるから恐れられる。力があるから、縛られ生きる

 何故、お前さんはそうも笑えるんじゃよ……苦しくないかの?」

 すっと、横の少女が両手を拡げた

 

 「お前さん。もっと自由で、良くないかの?

 まだ皇族として大いに自由ならば理解は出来るのじゃが、あの妹さんと違ってお前さんはそうでは無い。忌み子と呼ばれ蔑まれ、苦しかろ?」

 じゃから、と少女は淡い笑みを浮かべておれを手招きする。ふわりと甘い香りが漂ってきて、意識を麻痺させていく

 

 頭に霧が掛かって、考えが散漫になっていく。ただ、譲れない何かに突き動かされるように、おれは……

 膝を折ると、毒香を散布しているであろう敵毒龍を、それでも優しく抱き締め返した

 

 「分かってくれたかの?」

 「うん。分かったよ、シュリ。辛かったんだよな、苦しかったんだよな?」

 「……む?む、むぅ……」

 少し面食らったような顔をして眼を数度ぱちくりさせた後、龍少女は唸るようにしておれの肩に頭を載せて眼を閉じた

 撫でられるような体勢に、無意識に動く左腕は優しくその後頭部を撫でる。少し硬質過ぎる髪の感触と、ぴりぴりとした毒の刺激

 

 「儂は、このまま貪られるのかの……」

 何処か嬉しそうに、少女が潤んだ瞳でおれを見る

 

 が、騙されるな、と内心で呟く。その瞳の奥に見える色は歓喜なんかじゃない。やるしかないと頷きあったあの時に頼勇の中に見えたような……決意と覚悟

 「そんなに心臓の鼓動が跳ねていて、この先を怖がるのに?」

 だから、おれはそう告げる

 桜理もそうだけど、もっと自分を大事にしろ、女の子だろ

 

 「お前さん、辛かったじゃろ?ずっと自分だけ、苦しんできたんじゃろ?

 今だけは欲望のままにやって良いんじゃよ?覚悟は儂だってする」

 何処までも慈愛に満ちた言葉。堕ちていきそうになる優しい(どく)

 「だからこうしてるよ、シュリ」

 それに堕ちないよう、こふっと喉に溢れてくる血を飲み込んで意識を覚醒。【鮮血の気迫】で心毒に酩酊しながらも自我を保つ

 いや、酔ってても行動そのものは全く変わらないんだけど、やっぱりというか、無意識ではなくしっかりとおれ自身の意志で言いたいからこそ、無理矢理毒の影響をある程度まで抑え込む

 

 「君だってもう一人じゃないよって、だからこうして君を抱き締める

 ……それとも、嫌か?」

 「その言葉は流石に狡いの」

 言いながらもおれに抱き着いてくるシュリ

 当初は聞こえなかった鼓動が今はあまり無い胸を通してはっきりと分かる。ドキン!ドキン!ダン!ダン!と強く跳ねている

 膝上に乗られても、抱き締めても聞こえなかった、殆ど動いているかも分からなかったような、心臓の鼓動が

 

 「……でも、どうしてそうなるのじゃろ?」

 「君を放っておけない、それだけだよ

 おれにああ言ってくれた、共感しようとしてくれた。そんな君は、きっとおれと同じように……」

 いや、違うなと苦笑する

 

 「君の苦しみを、少しでも分かった気になってさ、カッコつけてるだけだよ、おれは」

 その瞬間、おれの唇には何か柔らかなものが触れていた

 

 それは、何処までも柔らかく蕩けるようで。熱よりは冷たさを感じる、濡れた毒の甘い味。駄目だと分かっていても堕ちていきたくなるような、甘い甘い極上の甘露

 

 「んっ……」

 唇を合わせてきたシュリがっ……と唾液と共に息を吐く

 その姿は、今までに無い程に艶かしかった

 「誰かのためにばかりじゃの、お前さん

 お前さんの本当の願い、儂に教えてくれんかの?そして共に堕ちてしまえばよかろ?」

 甘さに意識に霧が掛かる。つぷっと沈む唇を重ねた少女の八重歯が唇を傷付け、血にその唾液が……心を融かす毒が混じる熱だけを、ひたすらに感じる

 「お前さんは恐ろしいの。儂には出来んかったよ、そこまでの自己犠牲

 なれど、もう良い、良いんじゃよ。欲望を叶えるのは罪ではない。正しいことの為に戦うべきじゃ。精神を願いのままに解放してやるべきというもの

 気持ちは分かるが……もう我慢する必要なかろ?」

 ひたすらに心地よい少女の声だけが、溶けて無くなった心に響く

 「儂とお前さんは同じじゃ。じゃから見てて苦しい。その押し込めた願いを、好きにぶつけてくれんかの?」

 

 ………………

 …………

 ……

 もう、何一つロクに考えられない

 

 ただ、ふらふらと数歩前へ。ギリギリ雨をしのげていた屋敷の前の屋根を越え、それでも何故かおれと少女を降りしきる豪雨は避けて地面に跳ねる

 雨避けなど、おれには効かない筈なのに。でも、その疑問も雨音も聞こえない。ただ耳に残るのは甘いシュリの音だけだ

 

 「……おれを置いて逝かないでくれ

 エッケハルト、ロダキーニャ、シルヴェール兄さん……ルーク、ナタリエ、レオン……一兄さん、白二兄さん、万四路……アーニャっ!

 アウィル、シモン、アドラーァッ!

 頼む、何でだ!どうしてこの手は誰にも届かせられない!どうして、おれに遺していく!

 

 ……頼む、頼むよ……!おれは英雄なんかじゃない!皇族にも、英雄にも、なれやしない!だって、目の前の君達にすらこの手は届かなかった!

 

 だから!だからっ!置いて逝かないで……頼む!お願いだ!こんな、おれだけを生かして!

 おれを君達と一緒に……

 

 違う!逆だ!君達のために、死なせてくれ!この命を使わせてくれ!

 おれに、君達の命なんて……っ!だから……だか、ら……おれ、を……おれ、は……

 シュ、リ……君、すら……お、れ……は」

 もう、何を言っているのか自分にも分からない。己の声すら聞こえない

 ただ無意識にひたすら何かを溢しながら、必死にせめて護るべきものに手を伸ばし……けれども届くことはなく、おれの意識はゆっくりと闇に堕ちていった

 

 「……何じゃ、それは……

 世界よ、今更運命の人を宛がい無力化を狙おうとしても、それこそ『もう遅い』の……。儂はもう、貴様等の勝手な堕落と享楽を貪るだけじゃよ……」




『(シュリンガーラちゃんの男性観が粉々になる音)』

【挿絵表示】
「……良い気味ね。所詮ワタシと同じ目に逢うのよ、アナタみたいな存在。放置しても勝手に壊れるだけだから、対処するまでもないわ」


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通話、或いは混合されし神秘(アルカナ・アルカヌム)の切り札(・アマルガム)

降りしきる雨の中、膝を折って心配そうにおれを見つめるシュリ

 その周囲には何かバリアでも貼られているかのように雨粒は落ちてこず、その結界はおれも一緒に包み込んでくれる

 そんな中、無意識に地面に倒れ込んでいたおれは、シュリの八重歯に切られた唇を濡らす雨水の溜まりが揺れていることに気が付いた

 それは、水鏡の予兆。アナが何時ものように、おれの居場所に向けてそれを使っている証明

 

 霞む頭を上げようとして、下手人が手を……というか尻尾を貸してくれる。雨を受けていなくとも周囲の空気によってひんやりしたそれを枕に、何とか頭を持ち上げて水溜まりと距離を取ったところで、水溜まりに像が映った

 

 「竪神、どうした?」

 『「すまない、皇子。アイリス殿下と少し連絡が取りにくい。やはり迷惑なタイミングだったろうか

 だが、危機的ではないが面倒に過ぎる事態だ、鍵の解放をお願いする!」』

 「何があった」

 『「分からないが、可笑しな人間達に襲われている!強くはない、魔神でも円卓でもない以上、下手に命を奪うわけにもいかない!

 だからこそ、LIO-HXで空から強行突破、離脱する!」』

 「了解!」

 言うとおれは胸元についているバッジを軽く叩いた

 これはアイリスへの合図だ。遠すぎると届かないが今なら楽勝で届く。これを受けたら……気が付く筈!

 

 うん、そう。おれに操作とか無理なんだよな、そもそも魔法が使えないし

 『「ああ、すまない皇子!

 

 行くぞ父さん!特命合体!制空の蒼き鬣、LIO-HXっ!」』

 ぐん!と見えていた彼の周囲に緑の光が無数の数字を描き……

 

 『「ふぅ、聖女様方、息を吐いてくれ、一応これで安全……とは限らないが、かなり状況はマシになる筈だ」』

 その言葉と共に揺れていた水面が安定し、青年のもたれる椅子の背後からひょこっと二人の少女が顔を出した

 

 そして、何だか微妙な顔になった

 『「お、皇子さま!?」』

 「む、儂?」

 その青い瞳が驚愕と共に見詰めるのは、おれに尻尾を枕として貸した毒龍少女

 

 『「ぜ、ゼノ君その娘って」』

 と、その瞬間頼勇の切れ長の目が細まる。何かを見通すような瞳が、おれとおれに尻尾を貸すシュリを暫く見詰めて……

 

 『「聖女様方、特に腕輪の聖女。愛しの皇子がまた新たに女性を引っ掛けていて気が気でないのは分かるが、今はその事をあまり話す余裕はない。彼を信じて帰ろう」』

 『「は、はい……」』

 何処かむーっと頬を膨らませながらも、アナは分かりましたと背後に戻る

 

 これだけで理解した。シュリは敵って話は昨日夜に頼勇と交わしたが、その結果アナに何か思うところが出来たんだろう。が、頼勇はおれを信じて、シュリを刺激しない道を選んだ

 

 「すまない、竪神

 そしてシュリ、今からの話、聞いてても面白くはないぞ?」

 「そうは言うがのお前さん、儂が居なきゃ駄目じゃろ?随分とまだ苦しそうじゃし」

 いや、君の毒のせいだろうと言いたくはなるが……責めない

 あれがヤバい毒ならば敵として対処する。だが、あくまでもおれの本音を探るための毒だったようだ。単におれが心の奥底に隠していた何かに耐えられなかっただけ 

 だから、まだ敵とは言わない。シュリ自身きっと迷っていて、そんなことをしたのだろうから

 

 そのまま何とか膝立ちになれたおれを支えるようにシュリが横に来てくれて、どうすべきかなぁといった表情の頼勇とおれは向き直った

 

 「それで、本当に何があった?」

 『「リリーナ様の方の聖女様が、コケツに入らずんば孤児?を得ずという言葉を言われて……」』

 「『虎穴に入らずんば虎子を得ず』。ニホンの言葉で、翻訳すると……エルフに逢いに行かなければエルフの嫁なんて得られない、みたいな奴かな?」

 まあ、本来虎だからもっと危険だけどさ、似たような意味だ

 

 『「理解した。だから、湖の端を進みトリトニスから更に先を目指していたんだが……その時、向こうから襲われたという話になる

 謎の覆面を付けた存在達に。あれは何者か分からないが、強くはなかった。そして、自分達を……『ダハーカさま』の使徒と名乗っていた」』

 何か聞き覚えはあるか?と言われておれは少し記憶を探る

 

 割とすぐに出てきた

 「アジ・ダ・ハーカ」

 『「何なんだそれは」』

 「地球のゾロアスター教って宗教に出てくる世界を滅ぼすと言われるドラゴンだよ」 

 『「地球には、そんな怪物が……」』

 驚いたようなその言葉におれはいやいやと苦笑する

 

 「実はな竪神。この世界と違って、あの地球の宗教神話って大概が人々が死後への不安とかを無くしたり、統治の権威を付けたりする為の『創作物』なんだ。恐らく、そのアジ・ダ・ハーカも実在しない」

 『「そ、そうなのか。複雑だな……」』

 珍しく困った顔をする頼勇。精悍な顔付きが緩むが……まあ、この世界って七柱の天も禍幽怒も実在が確認されてるしな。神が架空ってのがまず頭に無い発想なんだろう

 

 ……だから、恐らくカルト宗教らしきものを謎集団とか言ってしまう訳だ。実在しないだろう……

 

 その瞬間、脳裏に電流が走った

 「アジ・ダ・ハーカ。そうか、そうだ……」

 『「皇子?」』

 「竪神。そのダハーカ様とやらの正体は実在する神だ

 神話のアジダハーカは、総ての悪の根源とされる"三つの首の"ドラゴン」

 『「そうか、碑文にあったという堕落と享楽の亡毒、アージュ!」』

 その言葉に強く頷く

 「"アージ"ュと、最初の言葉も符合する。つまり、ダハーカ様とはゼロオメガ……アージュの事だろう」

 『「つまり、《混合されし神秘の(アルカナ・アルカヌム)切り札(・アマルガム)》を名乗る彼等は、円卓に類する者か!」』

 水鏡を通して響く言葉に、横のシュリが何故かびくりとした

 

 ……って、そんな訳は無いだろう。何故かじゃなく、多分だがアナの態度からして襲ってきた中にシュリの姉が居るんだろう

 だから、おれの横に良く似た顔の女の子が居て既に此方にも!と焦ったというのが真相だろうな

 

 「ああ、恐らくは。ってか、奴等そんな名前だったのか……」

 アルカナ・アルカヌム・アマルガム。長いからもうAAAとでも略すか

 「竪神、帰れるか?」

 『「勿論、聖女様方を護るために私と父は同行したのだから!」』

 その言葉と共に、ぷつりと連絡は途切れた

 

 それを受けて、複雑そうな顔で、それでもおれに手を差し伸べる毒龍に手を借りながらおれは何とか立ち上がる

 もう、気分の悪さも頭の霧も殆ど無かった

 

 「お前さん……」

 「何て言うかさ」

 少しどう誤魔化すか考える。だが、変に悩むだけ不安を煽りそうで

 「シュリのお姉さん、その変な組織に無理に使われていそうだな」

 きゅっと呼び出した愛刀をシュリに峰を向けるように注意しながら握り込む

 

 ……結局これしか思い付かない。実は敵のリーダー……の可能性も勿論あるんだが、シュリを信じていると言うなら、そこで敵と疑っちゃいけない。だから、毒を使われている被害者として語る

 「……そう、らしいの?」

 そんなおれに、敵としての正体を隠しきれるか悩んでいるのか、曖昧にシュリは笑ったのだった




ということで、アヴァロン・ユートピア/ティアーブラック率いる《円卓の(セイヴァー・オブ)救世主(ラウンズ)》と並ぶアージュ=ドゥーハ=アーカヌムちゃん率いる《混合されし神秘(アルカナ・アルカヌム)の切り札(・アマルガム)》のお披露目です。
ちなみに、シュリが情動(ラサ)の力を与えた幹部の大半にその自覚がなく、まともに従ってるのは毒に浮かれたヤク中の下っ端のみというトンデモカルト宗教組織です。
嫌悪(ビーバッア)のリック君とか、勇猛果敢(ヴィーラ)のゼノ君とか、恐怖(バヤナカ)黒葛川(くずぬき)君(汚似いちゃん)とか全員自覚無いですからね……


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帰路、或いはやらかし

戻ればもう会食(庭園会の筈なんだけど外が土砂降りで雨避けの魔法もかなりの負担がある。主におれのせい)は終わっていて、不満げな様子を隠す気もないアイリスを連れ、シュリを元の居場所に返して家路に……ってか郊外の学園への道を辿る

 

 「アイリス、そろそろ……」

 ぺろぺろとおれが取り出した林檎の飴を転がす妹。ゴーレムが傘となり、雨から物理的におれを護る

 だが、不機嫌な妹はそのままおれを無視した

 

 「……悪い」

 「お兄ちゃん、当初の、目的」

 謝れば返ってくる言葉

 「あの毒物と、仲良く……じゃ、ありません……」

 言われればそうだ、おれは苦笑して、軽くごめんなと言葉を紡ぐ

 

 「真面目に、やって……

 したくもない、婚約……選ぶフリ、してる……から」

 「でも、未来はちゃんと考えないと駄目だぞアイリス。呪われたおれと違って、君には幸せな未来があるべきなんだから」

 ぺしん、とおれの頭が小型猫ゴーレムに叩かれた。痛くはないが心だけは痛い

 

 「お姉ちゃんに、言い付け……ます」

 「姉上等と仲直りというか、仲良くなっていたのか」

 降ってくる言葉に、おれは少しの感心と共にほっこりする。アイリス、ちゃんとおれの知らないところで家族の皆と交流なんてやってたんだな……

 

 「アナスタシア、お義姉ちゃん……あの他人達は、知りません……」

 「ってアナかよ!?」

 血も義理の縁も繋がってない赤の他人はそっちなんだが!?

 でもまあ、今も呪いを宿したおれはそう思っているとはいえ、アナに泣かれるのは確かで……それはあまり、見たいものではなかった

 

 だから、言葉を翻して話題を変える

 

 「……元々言ってたあれな?」

 「何が、起こるの……?」

 その言葉に、あの二人の態度などを少しだけ思い出して、簡単に結論付ける

 やはり、やるだろうな、と

 

 「アイリス、アイリスの婚約者を目指したとして……確実に負けない為には何をすれば良い?」

 「相手を、殺す……」

 物騒すぎる。まあ、ある意味では真理だけどさそれ

 

 「それは捕まるよ。そうじゃなくて、もう少し穏便に」

 いや、穏便かあれ?とやらかしの内容を思い出しながらおれは横の妹に言葉を投げた

 

 「じゃあ……スゴい、ゴーレム?」

 「そう、恐らく次で覚悟を決め、これで最後と言った時に彼はとんでもないゴーレムを完成させるんだ」

 「どんな?」

 「人語を解し、自律稼働してくれる合成個種(キメラテック)

 その言葉に、妹の耳がぴくりと跳ねた

 

 「……本気?」

 「ああ、彼はそれを完成させる。そして、だからアイリスとの結婚を、と言い出すんだ」

 目を見開くアイリス。あまりにも驚愕だろう

 実際そうだ。ゴーレムについては類い稀な才覚を見せつけるからこそ、アイリスはこのおれの言葉が如何に狂っているか分かるのだ

 「……なら、仕方……ない

 でも、作れるようには、到底……見え、ません」

 ま、そりゃそうだとおれは妹の頭を軽くぽん、と撫でた

 

 「見えないだろ?

 でもさアイリス。実は彼の取る最後の手段と似たものなら、もう見てるんだよ。それと似た最悪の手を使い、彼はそんなとんでもないゴーレムを完成させる」

 分かるか?と微笑むおれ。このヒントで、彼の作るものの正体が分かるだろうかと妹を暫く見守る

 

 すると、少ししてなにかに気が付いたように、横の妹は細すぎた左手を目の前に翳した

 「魂の白石」

 「そう、レリックハート。竪神貞蔵さんの魂を物質にした白い石。あれを組み込めば、LI-OHはそれなりに自律して行動が可能だ」

 「それ、自律と……言いません」

 嘘つき、とじとっとした眼で責められて、おれは肩を竦めた

 

 「そうだよ、自律とは本当は言えない。人間が動かしてるんだからね

 でも……それがバレなければ?」

 「……最悪

 人間を、合成個種(キメラテック)の……素材にして隠す、話?」

 おれは静かに頷く

 「そうだ。ゲームにおける彼は、勝つために、アイリスに絶対的なアピールをするために、『兄を確保する為に買ったが正直要らない妹』を素材として組み込んでぱっと見自律稼働するゴーレムを完成させるんだ」

 

 「……殺人」

 暫し呆けた後、妹は苦々しげにポツリと溢した

 「そうだな。だから、それがおれの言っていたやらかしだ」

 「ゴーレムの体は、人間の魂に、合いません……

 特に、合成個種なんて……一日たたず、崩壊していく……だけ……

 最低」

 少しおれとは違う切り口に笑いながら、おれは怖くなったのか怒って離していた距離を縮めてぴとっと寄ってくる妹に寄り添って歩く

 

 「ああ、組み込んでも長くは持たない。死んでいくしかない

 でも、彼はそれをやる。やってしまう」

 「……許せ、ません」

 「ああ、だから……アイリスならどうする?」

 

 おれが聞くと、妹は少しの怒りを表情の薄い顔に浮かべて、何時ものように息を多めに途切れ途切れのものではなく、一気に言った

 「作れない状態に追い込みます」

 「過激すぎるし、きっとやるってだけでまだやってない

 それに、そもそも彼だって才能がない訳じゃないんだ。心の奥底を見透かされたとして、実行に移してないのに暴力で止められたら、それこそ彼の心は悪に落ちるよ」

 「なら、何を……」

 「そこで、アイリスやアルヴィナの出番だよ。ぱっと見バレない替え玉を用意して、犠牲になるあの子とすり替える

 そうすれば、ドヤ顔で人を組み込んだと隠して自律する合成個種を出したと思った彼は実はアイリスのゴーレムやアルヴィナの死霊を組み込んでるから制御を簡単に奪われて、そこでバレてた事を知るんだよ

 でも、実際には誰も殺していないんだからさ、この場合は反省すればやり直せる範囲の罪に収まる」

 その言葉に、少しだけ迷うような顔を見せた後、妹はこくりと頷いてくれた。幼いツインテールが揺れる

 

 「お兄ちゃん、信じる……

 だから、あの魔神に、頼る……必要は、ありません……

 今回は、二人だけで、解決……します」

 「いや、それじゃあ交遊関係拡がらないだろ?出来たら協力を」

 「お兄ちゃんを苦しめる、泥棒……

 仲良くする道理、ない……です」

 

 あまりの反応に、前途多難だとおれは溜め息を吐いた

 助けてくれアナ!





【挿絵表示】
「ふっふふー!不安な人も結構居そうだから、ステラがもう早めに次章予告しちゃうねぇ……
異端抹殺官を通して告げられた、ヴィルジニーからのSOS。ステラのおーじさまを苦しめるゼノ達は、その言葉に聖教国への突入を決意する。そして……聖教国から留学してきた聖女の帰還は、ステラとユーゴさまに何を引き起こすんだろうねぇ……
次回!蒼き雷刃の真性異言 第二部四章『極光の聖女と烈斧の救世主エッケハルト』、ステラとあの銀髪娘の出番だよー
返り討ちにしてやろうね、ユーゴさま!

あれ?ステラ何で悲しいのかな……何も悲しくなくて、勿論ユーゴさまに勝って欲しい筈なのに、どうして……?
助けてよ、ステラのおーじ(ユーゴ?)さま……」


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異伝 銀髪聖女と降臨する愛恋

「大丈夫か?」

 「う、うん……ありがとね、頼勇様」

 って、何処か照れたように竪神さんの手を借りてふらふらしながら立つリリーナちゃんを、わたしは静かに見詰めていました

 

 脳裏に浮かぶのは皇子さまの事ばかり。確かに竪神さんの言う通り信じてあげなきゃって思うんですけど……

 

 どうしても、あの姿を見てしまっては、不安で仕方ありません

 勝ち誇ったように……は穿ち過ぎかもしれませんけれどわたしを見つめる毒々しい緑の瞳。皇子さまに触れて尻尾のように揺れる紫の髪。そして、何よりも少し幼くなったあの顔

 

 その全てが……

 「それにしても、ロダ兄ちゃんが居るのに入り込まれちゃってるの、心配だなぁ……」

 リリーナちゃんの言葉に繋がります

 

 「あの子、シュリちゃん……でしたっけ?」

 その言葉に、重々しく竪神さんは頷いて、休眠に入った父親の魂を見つめました

 「皇子からはそう聞いている。だがあの姿、ほぼ間違いなく……」

 

 「僕の妹さ」

 弾かれたように、竪神さんが背の巨大な剣を引き抜きました

 「すまない、無理をさせる!レリックハート、ウェイクアップ!」

 ブゥン、と小さな音と共に、緑の燐光が舞います。何処まで役に立てるか分かりませんけれど、わたしも腕輪を前に、手を胸元に掲げて魔法を使えるように構えました

 

 聞こえる声は、さっき水鏡を通して聞いたものが……ほんの少し大人びた低い音域になったもの。でも、寧ろイントネーションは落ち着いたあっちの方が少しだけ大人っぽい気もします

 そしてこれは、わたしが少し前に聞いたもの。そう、あるかな?何とかさん達に神輿として担がれた上に退屈そうに乗っていた……

 

 「ラウドラ!」

 竪神さんが、名乗ってくれたその名を叫びます

 「もう、逃げないでくれないかな?僕、別に君達と遊びたい訳じゃなくて

 躍り狂って死んで欲しいだけなんだから、余計な労力掛けさせないでくれない?」

 毒々しい緑の左瞳をギロリと見開いて、わたしより……ちょっと背が高くて同じくらいの歳格好の女の子は、その八重歯というより牙を剥き出しに笑い掛けてきました

 その姿は、シュリと名乗って皇子さまに取り入るあの女の子と……瓜二つ。いいえ、あの子がわたしくらいの歳に成長したらこうだろうというそれそのままの外見で、違うのはあの子には畳んでいるのか見えなかった大きな龍翼があるところと襤褸布じゃなくて豪奢なドレスを身に纏っているところの二つだけです

 ……後、胸が大きいこと……は成長の一環かもしれません

 

 その飾られたドレスに彩られる大きな胸を揺らしながら、毒龍ラウドラはわたし……は完全にスルーして構えた竪神さんを見据えます

 

 「君に僕の名前を呼ばれる筋合いはないよ。死んでくれる?」

 「それすら許されないとは、私も予想外だが」

 「僕は【ラウドラ】。人々に残酷な仕打ちを受けた星龍アーシュの怒り(ラウドラ)の化身。人に名前を呼ばれるなんて、御免だね」

 「そうか、それは失礼した」

 と、言葉を交わしつつ彼はわたしに目配せします

 これは多分ですけど、自分が時間を稼ぐから逃げろって合図。勝てないことは分かっていて、切り札のLI-OHも少し前にエネルギーを使って格納庫に転送されていったばかり

 かなりの時間飛べていて、進歩すごいって思ったのもつかの間、内陸までラウドラさんが追ってきたという想定外に完全に追い込まれています 

 

 「腕輪の聖女様!」 

 「アーニャちゃん!」

 「でも」

 「私たちが死んじゃったら、世界が終わっちゃうよ!」

 

 その言葉に、ぴくりと龍人のエルフさんほどでなく尖った耳が動きました

 「へぇ、なら君達が死んでくれないかな?

 僕は見たいだけだよ、君達の絶望と灰滅(かいめつ)を。邪魔しなければ、もう少しの間苦しんで生きられるのに何故無駄な抵抗をするのかな?

 君達は醜く、浅ましく、どんな地獄でも生にしがみついておぞましい醜悪さで死んでいくものだろう!なら、邪魔せずに居てくれないかな!?ウザったいからさ!」

 

 ギロリ!と。拡げられた翼膜に毒で出来た瞳が浮かび、わたしたちを見据えます

 「そうかもな、だが!」

 びくり、とリリーナちゃんが震えます

 

 「生にしがみつく姿は醜くもあるだろう!貴女方からすれば想うところはあるだろう!

 だが!それでも!神から!父から!母から!世界から貰った命を!むざむざと棄てるものではない!だから立ち向かう!」

 「五月蝿いなぁ、僕はそんな御託を聞きたい訳じゃなくて、死んでくれって言ってるの

 重要なら、死んでくれたら面白い事が……起きるだろ!?」 

 しゅっ!と伸びる毒尾

 

 わたしはそれに対応しきれず、竪神さんがエンジンブレードで毒尾を切り払ってくれて事なきを得ます

 「あ、ありがとうです竪神さん」

 「礼は良い!まずはこの状況を切り抜けるだけだ!」

 

 「ふぅん」

 と、眼前のラウドラさんの眼が細まります

 「ねぇアーニャちゃん!」

 「でも、でもです!ラウドラさんだって、あのあるかな?さん達を連れていましたし、何とか……」

 「止めてよ、殺すよ?」

 どこまでも冷たすぎる言葉に、背筋が凍りました

 

 「あいつらなんて、勝手に僕を奉り上げてるだけだろ?

 どうせろくでもないんだ、虫酸が走る

 

 そんな奴等を、全て自分達が目茶苦茶にした後で絶望して死んでいってくれるからって見逃してあげてるだけ、僕は優しくない?慈しいだろ?優しいって言え」

 どんどん語気を荒くして、ラウドラさんは捲し立てます

 その背から、霧のようなものが溢れて……

 

 「……そう急く事もなかろ、ラウドラよ」

 不意にわたしたちの前に姿を現したのは、一人の女の子でした

 解れた女の子向けの服の上から襤褸を羽織り、翼の代わりに大きな尻尾を左右に揺らす、幼いラウドラとでも呼びたくなる龍人の女の子、皇子さまの横に居た、シュリと名乗る個体

 

 「随分と早く来たね、シュリンガーラ。どうしたんだい?」

 怪訝そうに、ラウドラさんが問います

 「未来の儂が随分と焦った行動を取るからじゃろ儂よ。直接神の暴威で殺すは容易い。じゃが、それ程までに面白くない事も他に無かろ

 もっと気長に、堕落と享楽に生きるべきじゃろ?楽しみをこうも減らしてしまうとは、やはり憤怒(ラウドラ)の儂、かなり短絡的じゃな」

 尻尾をふりふり、わたしたちにはまるで目もくれずに幼い龍人さんはほぼ同じ外見のラウドラさんの前に立ちました

 

 そんな筈無いんですけど、まるでわたしを守るかのように

 

 「……殺した方が余程楽しいさ」

 「破滅を見て享楽に酔う、こやつらを短気で殺してしもうては、それが最早出来んよ

 儂が見たいのは、儂の運命……ヴィーラが己の堕落と享楽の果てに自業自得の結末に絶望する顔じゃ。それこそが、この世界に儂等が降り立った理由だったのじゃろうと思うておる

 じゃからの、見たいのはあやつが必死に手を伸ばしても届かんかった事に慟哭するような、そんな絶望した顔では無い。そんな顔、己の手でそれを破壊し堕落した姿を見れんくなった証明じゃろ?断じて見たくもないわ」

 

 と幼い毒龍さんは同じ顔の未来の自分?に凄みます

 「短絡的な怒りで儂の娯楽を奪うでないわ、ラウドラ」

 「……五月蝿いよ。僕はラウドラ、君みたいな軟弱な昔の……

 有り得ない夢物語を信じようとしていた間抜けな頃の僕とは違う。滅び行く心持つ者達に、たった一つの【見世物】の価値を見い出した真理を知った僕。堕落と享楽の亡毒

 不愉快だよ、幾ら眷属なんて今更僕達が見出だすには価値を認めなさすぎるとはいえ、こんな不完全な頃の僕をわざわざ分けて存在させているなんて

 だから、偉ぶるなよ、愛恋(シュリンガーラ)。不完全すぎる僕。お前の言葉が僕より正しいわけがない

 殺してやろうか?」

 鋭い眼光が、同じ顔の女の子を射抜きます

 

 「構わんよ?儂を殺したところで意味無いことは知っておろ?全ての情動(ラサ)を破壊せねば、どうせ直ぐに蘇るからの。好きにするが良かろ

 じゃが、この服はこれ以上壊さんといてくれよ?着れぬと困るからの」

 その言葉に、状況にあまり付いていけていなかったものの構えていた竪神さんが弾かれたように剣を納めて飛び下がりました

 

 「つまり、奇跡的に一体を倒せたところで全滅が出来ねば無意味か!

 聖女様方、此処はただ、逃げの一手だ。内輪揉めの間に!」

 その言葉にわたしもリリーナちゃんも頷くしかありません。こうしないと、皇子さまのところに帰れそうもありません

 

 でも、その瞬間

 「めんどーだなー

 やっちゃえー!」 

 そんな、無邪気な声が空から降ってきたのでした

 「平穏(シャンタ)!儂まで此処に来るとは、流石に遊びが過ぎるのではなかろうかの?」

 「えー、めんどーだし、全部焼いちゃおーよ?

 ジャンクで単純なのが、いちばんおいしーんだよ?」

 同時、響くエンジンの音

 

 空には、皇子さまがすっごく昏い顔で逃げ去るのを睨み付けていた……おっきな魔導船が浮いていて、わたしたちにビーム砲の砲門を向けていたのでした



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異伝 銀髪聖女と最期の言葉

「フォルト・ヴァンガード……」

 苦々しげに竪神さんが天空を悠然と雲の海を航海(航空の方が正しいかもですけど)する大きな鉄の魔導船を見上げました

 

 「ど、どうしよ頼勇様!?」

 「ふん、最早どうにもならぬ事よな。諦めよ、そして絶望に沈み……」

 どこか目線を逸らしながら、幼い毒龍はわたしを小馬鹿にするように笑いました

 「せめて少しくらい時をやっても構わんよ。祈りくらい、させてやろうではないか儂よ」

 「えー、おあずけー?」

 そんな風に不満を顕にしながらも、砲撃はまだ降ってきません。ほんの少し時間をくれるっていうのは本当なんでしょうけど、残酷です

 

 わたし達に……わたしに、何か出来る事なんて無いのに。聖女様の力は借り物で、腕輪は苦しむ人をわたしの個人的な力よりもうちょっと癒してあげる事しか出来なくて

 目の前の女の子に対して何か有効な手なんて有りません。逃げる手段だって無いんですから

 絶望が、長引くだけ

 

 きゅっとリリーナちゃんが眼を瞑ります

 

 「神にでも祈れ、先立つ不幸をな」

 竪神さんは尚も剣を構えますけれど、どうしようもなくて

 最後にわたしがぽつりと呟いたのは、龍姫様への言葉ではなく……何より大事な人の名前でした

 

 「皇子さま、ごめん……なさい」

 本当はきっと弱くて泣き虫で、誰かを喪いたくないから最初からって怯えがちなわたしの大好きな人

 背負わせたくないのに、リックさん達だけでも辛そうなのに。わたしの死すら背負わせてしまう

 それが、たまらなく嫌で

 

 なのに、最期にせめて一目見たくて、水鏡を……

 

 『「竪神ぃぃっ!行けるな!」』

 でも、零れた涙越しにわたしの眼に飛び込んできたのは……

 おーばーろーど?って言うんでしたっけ?バチバチと煌めく雷に腕を焼き焦がしながら、黄金の光に照らされて叫ぶあの人の姿

 

 「……え?」

 『「エネルギー充填、78%!GGCカタパルト、起動展開!頼む、手を貸してくれアロンダイト・アルビオン!

 ……起動完了!アイリス、頼めるな!」』

 「お、皇子!?」

 『「明らかにシュリの言動が変だった。ならば何か起こるって言ってたのは必然!それを切り抜けるにはやはりこいつしかないだろう!

 下門の託した力が!この湖・月花迅雷が!百獣王の力になる!

 

 転送っ!」』

 その言葉を聞いた瞬間、こくりと竪神さんは頷いて、わたしとリリーナちゃんに一歩寄ります。寧ろ近すぎて本来危険なくらいに

 

 「ああ、ああっ!

 殿下!皇子!リック!君達の想い、託された!」

 その体が……わたし達を巻き込んで緑色の光に包まれます

 

 「え、頼勇様!?」

 「無かったはずの希望、私の英雄達が繋いだ光!無駄にはしないさ!」

 わたし達が転送されていきます。何度か聞いた……でも、ずっとわたし達の身体を狙う人の元でばかりだった不思議な音と共に、今一度鋼鉄のコクピットへと

 

 「世界を護る特命の元に!

 顕現せよ、我等が想いを束ねし百獣の王!

 

 超特命(エマージェンシー)合体(フュージョンッ)!!ダイッ!ライッ!オォォォォウッ!」

 「……やはり儂は割と嫌いじゃよ、龍姫の聖女……」

 

 次の瞬間、地上に……わたし達を煽った結果、皇子さまが託してくれたものに気がつかれてしまった唇の端を綻ばせて呆けている女の子を残して、わたし達の姿は大空にありました

 一度見た竪神さんの最終兵器……皇子さまと戦っていて、あの時は見たくなかった切り札、ダイライオウ。アイリスちゃんや皇子さまと共に開発していた合体機神に乗った状態で、です

 

 「だから、余計な抵抗を!」

 「『オーバーライオウ!アァァクッ!』」

 翼をうち震わせて飛び上がったラウドラさんの全身が緑光のリングに拘束されました

 

 「こんなもの!」

 「『十分な時間稼ぎだろう、ラウドラ!』」

 ひゅん、とモニター?に映った視界の端をビーム砲が掠めます。魔導船から放たれたビーム達。けれど、一切怯むことなく、空を舞う鋼の百獣王はその最中を突き抜けて

 

 「『雷王砲!』」

 「頼勇様、勝てるのこれ!」

 「勝つ!エンジンに不調を与え!

 

 生き延びる、それが勝利だ!足止めだけで良い!撃破の必要など無い!

 ならば聖女様方、皆の想いが!ダイライオウが!勝てない道理などあってたまるものか!」

 その言葉と共に、背の巨砲でバリアーを貼る魔導船の全身を揺らした巨神は背のブースターウィングを全力で噴かせ、LIO-HXでやった時のように離脱を計ったのでした

 

 「お願いします、竪神さん!」

 「うん、命預けるしかないんだから頑張ってよ頼勇様!私だって死にたくないもん!」

 「はい、皇子さまをもっと孤独になんて……」

 「ああ、分かっている!帰らせて貰うぞシュリンガーラ!」

 

 そうして戦場となった森を飛び去るわたし達を……ビーム砲で燃え始めた森の中、じっと幼い龍は満足げに見つめていました。まるで、こうでなきゃ面白くないとでも言いたげに、尻尾を上機嫌に頭の後ろでフリフリしながら、拘束を破って追おうとするラウドラさんの肩に手を置いて、首を横に振ります

 遠ざかっていくモニターに映るその整い過ぎた顔は炎光に照らされていて……

 

 あ、森の火事……ごめんなさい!今度何とか出来るならきっとやりますから!



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勇猛果敢、或いは毒龍の告白

「終わりかの、お前さん?」

 そんな声に、おれはふと振り返った

 

 其処に立っていたのは、大きく紫の尻尾を左右に振る上機嫌な毒龍。だが、その名が本来何を意味するのか、何者なのか、おれはついさっき聞いた

 聞いてしまった

  

 そしてそれを、恐らくは彼女も知っている。ならばもう、偽りの知らんぷりなんて出来ない

 

 「ああ、おれの役目はとりあえず終わったよ」

 だというのに、目の前の少女は入れないはずのこの場……地下のLI-OHの格納庫の一角で無邪気に上機嫌に、おれの前で無防備な姿を晒すことを止めることはない

 

 まるで誘ってるようだ。おれが攻撃することを

 でも、だ。おれは無理矢理に全力の雷を発して貰った結果、ほぼ沈黙した愛刀を鞘に納める。それだけでオーバーロードさせた刀が焦がした腕が痛むがそれはそれでまあ良いと無視

 「君が変に姉自慢をしてくれて助かったよ。お陰で間に合った」

 

 本気ならその場で飛んで行くって手段が本来は取れたのに、アルヴィナが居なくて、アドラーの翼も応えてくれずに困ってはいたが……

 

 『兄さん、もう私の声が聞こえますね?』

 ああ、聞こえてるよティア……始水。相手が正体を晒したことで、何とか毒で切れたリンクを繋ぎ直せた

 

 そう、金星始水……龍姫ティアミシュタルが伝えてくれる。目の前の龍神の事を。そして、彼女に突き立てられる牙……龍姫の加護ありきの変身、スカーレットゼノン・アルビオンも取り戻した

 今ならば勝てる。この眼前の毒龍だけならばこの場で倒せる 

 

 そう分かってるけれど、おれは刀を納めて、火傷した手を相手に差し出した

 「そこは有り難うな、『堕落と享楽(アージュ=ドゥーハ)の亡毒(=アーカヌム)』」

 少女の顔が歪む。嘲るというよりは、何処か目尻が下がるように

 

 「儂はシュリ、愛恋(シュリンガーラ)じゃよ、お前さん」

 ……本名よりそっちの方が良いんだろうか

 『……知りませんよ兄さん。私はあの邪悪の悪行は兎も角、細かい性格なんて聞いたことありませんからね』

 神様が冷たい。いや当然だろうけれど

 

 「……シュリンガーラ」

 「シュリで良いがの?」

 「シュリ」

 ……なんだろう、やりにくい

 

 「何じゃお前さん。儂に聞きたいなにかがあるのかの?答えても良いが、その分対価は払ってくれんかの?」

 「君は、結局何者だ」

 「知っておろ?

 遥かな星に産まれた毒龍。流す心毒が人々を狂わせ、やがてその世界を感情をもって滅びに向かわせた者」

 ぽつぽつ語られるその話は、無感動な声音で

 

 なのに何処か寂しげだった

 

 「毒で勝手に滅んだ故郷の世界を追われ、各地で命を狙われ……こうなってしもうた。最早還れぬ、世界を滅ぼす心の毒」

 肩をすくめ、上機嫌だった尻尾を丸め、少女は語る

 「それが儂、アージュ=ドゥーハ=アーカヌム。今見ておる儂はまあ、他人の心に付け入る毒を放つため、まだ希望をもっておった頃の昔々の儂を再現したものじゃの」

 すっ、と表情が抜け落ちる。おれが信じようとした眼の光もなにもかも消え失せ、ハイライトの無い裂けた瞳がおれを射る

 

 「ま、結局儂自身、昔の再現をしておるだけで本体が当の昔に諦めておるからの。お前さんは運命の人じゃが、儂を変えられはせんよ」

 その言葉に、おれは……信じようとした全ては単なる……なら! 

 

 だが、そのおれの背に何か鋭いものが突き刺さった

 

 これは!?

 

 「ま、俺様良く分からんが、一つだけ言わなきゃいけない気がしてよ、聞けよワンちゃん

 

 『俺様はどうなんだ』?」

 響くのはそんな声

 

 すっ、と頭が冷える。使おうとした、呼ぼうとした力を周囲に散らして深呼吸する

 

 「……そうか。でもおれは信じるよ、シュリ」

 もう迷わない。こう決めた!ロダ兄のお陰で大事なことを忘れそうになった事を気が付けた

 

 そうだとも。そもそも、ロダ兄だって本性が願ったアバターだ。理想の自分って夢だ。そんな彼を、所詮夢だと断じていないのに!

 シュリと話せていたのに、当に絶望してるって話とその瞬間の顔だけで、諦めるなんて馬鹿馬鹿しい!

 おれがああして会話を交わせたならば、だ。今もまだ、当に絶望しきったと思っているその邪悪な毒龍の心の奥底には、誰かに助けて欲しがっている幼い頃の自分の想いが残っているんだろう。だから、再現できる。まだ圧し殺した希望が奥底に無いなら!再現ももう出来やしない!信じるだけだ!

 

 おれが、あれだけ言ったおれが!

 

 このおれが!

 

 自分はもうって諦めている、そんなおれみたいな女の子を信じて手を伸ばさなくてどうするんだ!

 

 「……信じる、かの?」

 「ああ、信じるよ。君の絶望は、おれも何となく分かるから。だから君を救い出す、シュリ」

 「そこまで言うなら、儂のヴィーラとなって欲しいがの」

 くすり、と笑う眼前の幼き毒龍。おれは良いよとそれに微笑み返す

 

 「む?」

 「下門のようになるなら困るが」

 「あやつかの?あれは嫌悪(ビーバッア)の力。自分が嫌で変わりたいというから与えた、世界を欺き他人になったように見せかける幻覚毒じゃよ」

 やはり、と、かまをかけてみたが正解だったと理解する

 

 下門のあのコラージュは、アージュ云々とアヴァロン・ユートピアが言っていたから恐らくと思っていたが、やはりシュリが与えた能力か

 

 「ま、お前さんは勇敢(ヴィーラ)の力じゃから、ああはならんよ?」

 よしよしと警戒せず手招きする龍少女。何というか、無防備過ぎて逆に不安になる

 だが、おれは請われるままに近づいて……

 

 「ではの。儂の血をもって」

 おれに近付く唇。その桃色の隙間から覗く八重歯

 「実は血さえ混ぜれば何処でも良いがの。お前さんは特別に……」

 ハイライトの無い瞳が閉じられ、んっ……と吐息が溢れる。背伸びした龍少女の唇がおれに触れる、その瞬間

 

 「もう離れんでくれよ、儂の運命のヴィーラ」

 「ああ、だから……」

 近付く胸、響く鼓動。その心臓部に……     

 

 「雪那(せつな)朧尽衝(ろうじんしょう)

 魂の刃を突き立てる

 

 「こふっ……?」

 前と違って熱を持つ濡れた唇を合わせたまま、唇の端から血を流し、龍少女が信じられないというように眼を見開いた

 

 「何故じゃ、お前さん……?」

 少女はおれから離れず、唇を合わせたままに眼を白黒させ困惑する

 

 「何故こんなことをする?お前さんに何の得がある?

 儂が敵じゃから殺したいならばそれも良かろ?殺しに来られるだけなら理解は出来るとも。ま、殺されても死なんがの」

 

 ふっと漏れる吐息。おれの中に入ってくるそれが何かになっておれの中で渦を巻き始める

 

 『そうです、何をしてるんですか兄さん!』

 

 「アージュ。おれは君の中のシュリを信じる。君を救ってみせる。君が寂しいなら、ヴィーラって眷属にでも何にでもなってやる。そして何時か、一緒に神様に頭を下げよう

 でもね、だからこそ……」

 きっ、と唇を離すと共に距離を取り、始水!とおれは絶句してるのか返事の無い神様を呼ぶ

 

 「『スカーレットゼノン、アルビオン!』」

 「!?お、お前さん何を!?」

 「良いかシュリ。さっきのが下門の分、これからの一撃が、リックの分!

 一緒に償ってやる、だから!まずは自分が撒き散らした苦しみを味わって理解しろ!シュリ!」

 だが、その言葉を聞いてほっとしたようにシュリは微笑する

 

 「しかしの。もうお前さんは儂のものじゃよ。眷属たる六眼が儂に傷付ける行動など取らせて貰えると思うたのかの?

 甘くないか、お前さん?」

 その瞬間、肉体の自由が奪われ、おれは勝手にシュリに背を向けて……

 

 「シュリこそさ。分かってないよ

 君がもう一人じゃないように、おれだってとっくに一人じゃない」

 だろう、アルヴィナ?

 

 すっ、と体の感覚が薄くなっていく。爆発的に膨れ上がった愛刀の雷がおれの体を焼き、ボロボロに変えたことで死霊術が効くようになった肉体がアルヴィナの制御下に移る!

 

 「何じゃそれ……儂に一人じゃないと言うために、そんな無茶して眷属にもなって、なお立ち向かうのかお前さんは……?」

 「当たり、前だ!」

 

 その言葉に、すっと災厄の毒龍たる少女は眼を閉じた

 「今回は負けで良いよ、お前さん

 まあ、次は知らんがの?」

 「……ああ、起こしたことの痛みを知ってくれ、シュリ。次は君を救いに行く 

 『龍!覇!尽雷断!』」



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水龍、或いは見送り

「……またな」 

 雷轟に貫かれて、ぺちゃっと血溜まりのように毒を痕跡として残して跡形もなく吹き飛んだ龍少女に向けて、何処か間違ったそんな言葉を吐く

 

 「もう会いたくない」

 「まあ正直同感だなアルヴィナ」 

 会わなくて良いなら会わないに越したことはない。だが、既にアージュ=ドゥーハ=アーカヌムがこの世界に襲来して毒をばら撒いている以上、まだ希望を持っていた頃である……変わってくれる可能性のあるシュリが出てきてくれるのが一番良い

 

 アナが皇子さまも聞きたいですよね?と繋げ続けてくれていた水鏡を通して竪神とアージュ等の会話を色々と聞かせて貰ったんだが、アージュ本体はハナっから此方を理解する気がない。ぶっちゃけた話あのティアーブラックと同レベルには分かり合えない

 

 だが、シュリは……既に諦めきった毒龍后の中で、まだ諦めてない頃、本当は何処かにあるのだろう小さな希望を分離したもの。最早誰も信じないなら、何で『運命の人』なんておれを呼ぶ?

 あれは彼女なりの自分を止めて欲しい、希望を持たせて欲しいというSOSにしか、おれには聞こえなかった

 

 「だけど、残りの殺す気しか持ってない奴等より、シュリが出てきてくれた方がまだ助かるよ」

 救うって何をすれば良いのか分からないがな!

 

 『馬鹿ですか馬鹿ですよね馬鹿と言って反省してください兄さん。今日という今日だけは……』

 と、そんなおれを非難するように耳に届いた言葉が尻切れ竜頭蛇尾にしぼんでいく

 

 始水?

 『いえ、私が反省しました兄さん。私が七天だとも何も知らなかった兄さんは、それでも「これで寂しくないよな?」と私と契約してくれました。それを受け取った私だけは、孤独だと感じた龍神へ後先考えず手を伸ばす兄さんの恐ろしい蛮行を非難する資格を持ちません

 ええ、その馬鹿な行動で、兄さんと私はもう一人じゃない訳ですから。ええ、ええ、ええ、私にも無意識に同じことした訳ですし、何よりも兄さんなんて安易に取り返しがつかない契約を交わすものだなんて身に染みて分かってる私が納得しないなんて』

 ……何か怒ってる気しかしない

 すまない、始水

 

 『兄さん、此処で謝るのは最低の選択です。反省されても遅すぎるし致命的な道をとっくに選らんだ後なんですから、冷静に振り返られると流石に兄さんにも口汚い言葉を紡いでそうなので、せめて「君の時と同じだ、間違ってない」と胸を張ってください

 どうせもう遅いんですよ、正直あの毒龍なんて真っ平ごめんですし、殺せるなら殺してくださいって話ではありますが……』

 くすり、と語気の割には楽しそうに、龍神様はおれに警告した

 

 『龍は……特に私やこの世界には来ていない妹、そしてアージュの大元であるアーシュ・アルカヌムのような星の龍、皇龍という存在はですね

 絶対にこれと決めた財宝を手離しません。これと決めた相手のために星になる生ける星

 

 「儂の運命の【勇猛果敢(ヴィーラ)】」ってその宣言です。どれだけ泣き叫んでも後悔してももう逃げられません

 あの行動をかました時点で、今後兄さんは「何があろうと【愛恋(シュリンガーラ)】を救って共に罪を償う」事を身も心も腐り堕ちた毒物に強要されます。当然、死のうが来世にまで追ってきます。それだけは忘れないように、ちゃんと戻ってきてくださいね?』

 く、詳しいな始水……

 『腐りきった今は最早星の龍ではないので知りませんが、私と同じ事してる同種の事が分からなくてどうするんです?』

 ……そ、そうか……

 ひょっとして、始水ってフレンドリーで世界想いの神様だとしても割と怖いのではなかろうか……

 

 あ、切れた

 

 まあ良いやとおれは少し放置してしまったアルヴィナに向き直る

 「来てくれたんだな、アルヴィナ」

 ちなみにアルヴィナが居ることは問題ない。ジェネシック……絶望の冷気を扱う機体を完成させるには、間違いなく死者の魂の扱いに、弔いに長けたアルヴィナの協力が必要だから入れるように鍵をあげている

 

 寧ろあのシュリどっから入ってきたの領域で……

 多分ロダ兄だな、ひらひらと手を振ってきた彼にそう理解する

 

 「皇子が、ちゃんと敵対してくれるなら」

 そのまま、おれのあげた帽子を目深に被り、魔神の女の子は……

 ガブリ、とおれの焼け焦げた右手に八重歯を立てた

 

 「……痛いんだが」

 「皇子はボクの、ボクは皇子の

 あの腐肉に安易にあげようとしたのは犯罪、お仕置きする」

 

 おれは大人しくそれを受ける

 「……ごめん、アルヴィナ」

 「……怒ってるだけ、許してる」

 帽子の下で耳が伏せられているのが、帽子の高さで見て取れる。あまり納得はしてくれていないようだが

 

 「乙女心。ボクにしたのと同じこと

 許すしかないけど、ボクだけが特別が良かったって怒る」

 「……ああ、ごめん。それでもおれは行くよ、あの道を」

 うん、と少女の首が振られ、歯が離される

 

 「ボクと行った道、これからの道。皇子の目指すそれは大きすぎて、二人だけ……」

 少しだけ言い澱むアルヴィナ

 

 「あーにゃん含めて三人までと思ってるボクとは違うけど。でも、良い

 それが皇子。ボクの見た明鏡止水。相手が誰かなんかで、状況がほぼ同じでも態度が変わる方が問題。ボクが勝手に怒ってるだけ

 だから、もう平気。皇子を嫌いにならない。だけど、噛ませて」

 いや結局まだ噛み付くのか、とおれは苦笑しながら、はい、と左腕を差し出した



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閑話 愛恋と憤怒

「お早いお帰りだね、僕。やはり不完全で未完成、出来ることに限りでもあるのかな?

 情けない。こんなのが昔の僕だなんて怒りすら覚えるよ。ま、事実上コスト自体はタダだとしても僕達【情動(ラサ)】から自身を構成し直すだなんて面倒事もさせてさ。しかも帰ってくる事に利用?その場で蘇って駆逐するのが筋というものじゃないかい?」

 気さくに眼前に降ってきた小さな少女をその健康的な足で蹴り飛ばしながら、翼を大きく拡げて紫色の神の龍少女は毒づいた

 

 「ま、そう怒ることもなかろ儂よ。これでも儂、しっかりと目標であった【勇猛果敢(ヴィーラ)】の確保には成功しておるし、毒の種も撒いてきたしの?

 後はそれが芽吹いて、彼等が己の欲望に破滅するのを遠くから見ておるだけで良いのじゃよ」

 事も無げに立ち上がり、けろっと告げるのは、幼い顔立ちになったもののベースが完全に同じ顔をした龍少女、シュリンガーラ。無邪気な微笑みを浮かべて、上機嫌に尻尾を揺らしてそう語る

 

 「ふうん。まあ、良いけど

 ならそのヴィーラは何処だい?僕の眼が悪いとでも?」

 はっ!と翼を威嚇に更に拡げ吐き捨てるのは、自分を……そして眼前のより幼い己も、両方を僕と呼ぶ龍神ラウドラ

 

 「じゃから、儂は帰ってきたのじゃよ儂よ。ま、あの場に蘇っても良かったがの?

 その場合、単なる愛恋ではなく、儂が乗っ取ってメインは【憤怒(ラウドラ)】の儂に融合回帰する気だったじゃろ?あの場にそのまま居たとしてもまた」

 「当たり前だろ?僕が二つの首を合わせれば、幾らでも殲滅できる。ヴィーラ?正直総ての眼、総ての眷属なんて揃える必要があるのかい?【嫌悪(ビーバッア)】には反旗を翻された上で死なれ、復活も効かない。また新たに選ぶしかない

 

 ……そんな役立たず、本気で必要かい?支配しようが所詮同じヒト、あいつらと何も変わらない」

 ああ、嫌だ嫌だと龍神少女は少し前まで椅子として座っていた人間を蹴り飛ばした

 ぶひぃと嬉しそうに啼いて、その肉体が胴から二つに千切れ飛ぶ

 

 「有り難うございます!有り難うございます!つきましては」

 「……儂、助けんよ?」

 少し嫌そうに目線を逸らすシュリ。男に手を伸ばされ、庇うように触れられかけた尻尾を腕に抱えて逃がす

 「……え?御褒美は良いのですがこれ治して戴かねば死……」

 「壊れたものは変えれば良い。僕はもう要らないし死ね。生きたいならそこの僕に頼んでよ」

 「そ、そんな!うげらばぁっ!?」

 そのまま、美少女にモノとして扱われる倒錯した快楽に耽るだらしなく溶けた顔を突然恐怖に歪め、真っ二つにされた信徒の男性は内部から毒を弾けさせ、毒沼となって終わりを迎えた

 

 「椅子!」

 返事はない

 「おい椅子!僕の声すら聞こえないのか!」

 「……っ!あっ!私めの事でしたかラウドラ様!不肖この私その栄誉を戴けるとはついぞ……」 

 「遅い!煩い!ウザい!死ね!」

 翼から吹き荒れる暴風。嬉々として両手を擦り合わせながら寄ってきた信徒が跡形もなくバラバラにされ、さっきの信徒の残骸の上にぱらぱらと降り注ぐ

 

 「……そこまで無駄遣いすることもなかろ?」

 「使えないなら死ね、折角僕が価値を見出だしてやってるのにその役目を果たせないなら当たり前だろ?」

 「ま、どうせ儂じゃしその考えは分からんでもないが……儂はあまり好かんの」

 肩を竦めるシュリンガーラ。その肩がぽんと叩かれた

 

 「しゅ、シュリンガーラ様!貴女様は是非儂を椅子に……」

 「え?絶対嫌じゃが?何で儂が人間を椅子にせねばならぬ?普通に気持ち悪いんじゃが、心毒でさらけ出された変質な欲望を儂に向けんでくれんかの?

 ほれ、あっちにそういうの気にせんのんびり屋の儂が居るからの、シャンタ相手に好きなだけやっとくれ。儂、それ以上言われると毒の汗でお主を溶かしてしまうぞ?」 

 「儂はシュリンガーラ様のぷにぷにでロリロリしいお尻に……」

 と、尻尾を抱えて震えるシュリに、尚も信徒の男性は近付いて……

 「ええい!これじゃからあまり混合されし神秘(アルカナ・アルカヌム)の切り札(・アマルガム)に居たくないんじゃよ!

 こやつら欲望が見てて面白うない上に気持ち悪いんじゃ!」

 ぶるりと身を震わせる龍少女。その顔から脂汗……というか毒液が噴出し、信徒の指を溶かした

 

 「ああっ!光悦の極み……」

 「頼むから儂に近付かんでくれ……

 何故此処まで堕ちるんじゃ未来の儂等……それにの、こんな醜い欲望ばかりで、希望を持てというのかの?笑わせるわヴィーラ」

 表情の抜けた瞳で、少女は嗤う

 

 「信じれんの、流石に」

 「というか、無駄に逸れたけど、ヴィーラはどうしたんだい僕?不完全で無能すぎて置いてきたのかな?」

 「いやの。勇猛の情だけあって普段結構反抗的での。必要ない時は勇猛が剥がれるから心を毒で溶かしてやる訳にもいかんし、普段は力を抑えて置いておく事にしたのじゃよ

 心配せずとも、反抗こそすれど儂の味方ではあるからの。あまりちょっかいかけるでないぞ憤怒の儂よ

 

 儂とて本当はもっと時間をかければ落とせると思っておったがの、この儂なら兎も角他の儂と出会ってしもうては警戒されまくって最早ヴィーラになってくれそうもないから柄にもなく焦ってしもうたわ。結果は望外に良かったから、まあ功名じゃが」

 ぺろりと唇を舐めて、幼き毒龍はそう結論付けた

 

 「じゃからの。あまり出向くでないぞ?ま、儂が彼処に居らねば本体から遠く離れた場所まで長くは行けぬじゃろうが……」




謎のシュリ人気……これはやはり絶望純情腐れドラゴンのシュリンガーラちゃんにだけイラストがない事への怒りなのか何なのか……
まあ、ヒロインのうちゼノ君の心を支える側(アナ達)でも心を揺さぶり前を向かなきゃいけなくなる原因(アルヴィナ、アステール)でもなく第三の立場である「前を向いたから漸く手を伸ばせる相手」「メサイアコンプレックスに閉ざされていた頃の自分を彷彿とさせる存在」って唯一の立場のヒロインですからね


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布教、或いは似た者同士

「晴れ、ました……」 

 「そうだな……」

 横にひょっこり姿を見せたアイリスと共に、地下の格納庫から出て空を見上げる

 実は格納庫、王都じゃなくて学園近郊の地下なので通路を通って地上に出れば学園の敷地内だったりする。まあそれは良いか

 

 見上げた空には虹が掛かり、晴れ晴れとした朝焼けの空。

 午後にやっていた庭園会の最中にLIO-HXを転送してから、一夜明けたってところだ。逃げ切れるだろうし大丈夫だと思ってたら、不意にシュリが何時ものように夜明け前の自主鍛練の最中に現れて……の割に突然姉自慢なんてらしくない事を始めたから、慌ててLI-OH格納庫に走ったんだよな

 これはきっと、シュリなりの警告だと。だから、そもそもさっきも敵だとはそこまで思ってなかった。確かにゼロオメガなんだろうけれど……あまりティアーブラックみたいな尊大さが無いというか、事情を感じる

 

 あれ?そういえばアウィルあの時居なかったが……大丈夫か?なんて不意に不安になるが、仮にも天狼種だし大丈夫な気もする

 『王狼に聞いてきましたが、離れて薬草摘んでたらLIO-HXで逃走されて追い付けなかっただそうですよ』 

 と、頼れる神様のフォローに安堵する

 

 「それにしても、ここ数日酷い雨だった分、晴れ晴れとした気分だ」

 ひんやりした朝の空気はまだまだ湿っぽいが、それを吸い込んで深呼吸。一日以上の間どしゃ降りの雨だったから、この空気が美味しく感じる

 「でも、虹……綺麗。ゴーレムだと、案外、認識が……難しくて」

 その言葉に、おれは寒いのかもこもこのカーディガン?を羽織り猫耳の生えた大きめの帽子を被る妹の頭をぽん、と撫でる

 うん、柔らかいなこの帽子。大きさの割に軽くてふわっふわだ。耳まで羽毛と絹って感じ。

 

 「良いだろ?外を見なきゃ、ほぼ見れない天然物だ。まあ、魔法さえ使えば似たようなものは幾らでも出せるんだけど……」

 「魔力光混じりだと、目が痛い……です

 だから、自然のは、凄い……」

 ほえー、と軽く口を空けておれの横で空を眺める妹。その顔は珍しく年相応に幼い希望に溢れたものに見えて……良かったと息を吐く

 少しくらい、外への想いを持ってくれたろうか

 

 「スケジュール」

 「ああ、今日は何もないよ。ダイライオウもまだ帰ってこないし、転送されてくるにしてもエネルギーも案外持つらしいから午後まで暇」

 もう追ってくる様子はないがと頼勇から聞いたしな。それでも警戒は怠らず王都まで飛んでくる事にはしたらしいが、戦闘行動を取らないから案外エネルギーが持つのだ。原作ゲームじゃまともに戦わずともターン数で強制解除されてたが、そこはもう流石に何とかした。その辺りの改良にも時間は掛かったし、ホントあの昔っからおれ達と戦ってくれてる頼勇には頭が上がらない。お陰でこんな無茶を通せている

 

 「あの嫌な人達と……会うのは?」

 「それは明日と……最終選考がそこから二日空けて虹の日に合わせてる」

 「……落として」

 ぽつりと告げられる本音

 

 「お兄ちゃん、ゲームでは……結婚、させられる……の?」

 不安そうに、怯えの見える潤んだ灰色の瞳がおれを見上げた

 「させられないよ。彼ら全員流石にアイリスに釣り合うほど凄い人じゃなかったで終わり」

 その言葉に、ほっと息を吐く妹

 

 「結婚、嫌なのか?」

 「お兄ちゃんとなら、喜んで。他の人も……竪神くらい凄いなら、考える

 あの人達は、御免……」

 その言葉にだな、と苦笑する

 ラサ男爵にはちょっと期待してたが……奴隷として控えていたシュリがゼロオメガの一柱、堕落と享楽(アージュ=ドゥーハ)の亡毒(=アーカヌム)愛恋(シュリンガーラ)】だって分かった今、彼も厄ネタ……その信徒なのは恐らく確かだ

 ま、実は騙されてた一般善良貴族って可能性は0じゃないが、それを信じきるにはちょっと奴隷が危険物過ぎる

 

 というか、貪られるのかと聞いてきた時の怯えからして、割と人間恐怖症の気があるだろう、シュリ。その上でおれに助けてと言っていた

 毒で支配して抑えてなければ、あんなこと言わないんじゃないか?素で男爵が優しいなら、案外満足してたろうし

 

 「……でも、今日は、空いてる?」

 「まあ、シュリに構う時間分は空いたし、ダイライオウが竪神に召喚されている状況でジェネシック・ルイナーの開発もジェネシック・リバレイターの調整も全く進む筈がない」

 「じゃあ、デート」

 その言葉においとおれは思わず突っ込む

 

 「兄妹だろ、それに一応は婚約者を選定中の」

 「選ばれない……聞きました」

 うん、言ったな。これはおれの負けだが……

 

 「だがなアイリス」

 「お兄ちゃんと、お外」

 「……分かったよ」

 おれは、雑魚だ……妹にすら割と言い負ける……

 

 でも、おれとでも外に興味を持ってくれるだけで、割と嬉しいことで

 だからなアルヴィナ?今日は止めてくれると助かるんだが……と、おれはほの暗いオーラを纏って兄妹の間に割り込んできた小さな狼の魔神を眺めた

 

 退いてくれない

 「あのー、アルヴィナさん?」

 「デートなら、ボクと行く」

 「いやいや待て」

 「お兄ちゃん、付き合ってくれる……って言った。頑張る分、アイリスが願うことを一緒にって」

 ふしゃーっ、と寄ってきた猫ゴーレムが黒い女の子を威嚇する

 

 「ボク、皇子を助けた。居なかったら困りもの

 そのお礼と、ボクの怒り……あの腐れドラゴンに構った事の埋め合わせ、まだして貰ってない」

 が、おれの左にアイリスを阻んで陣取った魔神は威嚇に怯えること無く、耳を大きく立てて威嚇し返した

 

 「これから……やる、大仕事の、報酬」

 「もうやった献身の報酬」

 「献身なら、無償で……良い」

 「皇子が好きだから助けたけど、釣った魚に餌くらい欲しい

 そもそも、ボク矛盾したことを献身する前の奴に言われたくない」

 ……がるる、うにゃぁ!と睨み合う少女二人

 

 どうしてこうなった。いやおれのせいなのは分かってるが……

 「似た者同士、仲良く出来ないのか?」

 「「無理!!」」

 ……割と息が合ってるんだけどなぁ……無理か

 「「似てない!!」」

 ……似てると思うんだが?

 

 「……じゃあ二人ともと」

 「あーにゃん以外駄目」

 「もう一人が御義姉ちゃん……なら

 これは駄目」

 だから何なんだよアナへのその信頼!

 

 が、そんな中現れる救世主。それは……

 「獅童君、僕……良いかな?」

 更なる乱入者だった

 

 「オーウェン?」

 「うん。仲良くなる記念に……とか、前言ってくれたけど。あの時の僕は何時もの発作で、女の子っぽいって断っちゃったけど

 何度も悩んでも結局、君達と仲良くなりたくて。ごめん!やっぱり……アイリスさま、獅童君。一緒にあれ、買いに行ってくれないかな!?」

 と、少女はぺこりと頭を下げた

 

 「……別に、良いです……けど?」

 と、ぽつりと無表情のままアイリスが呟く

 いや良いのか……

 

 「お兄ちゃんと、ちょうど買いに……行く、ので。布教……」

 と、すっとおれと桜理の手を奪ったのはアルヴィナだった。でもなアルヴィナ、ちゃんと自分の手を使おう、スケルトン出したりせずにな?

 

 「布教なら、ボクも……やる」

 ……丸く収まったのか?それは分からないが、とりあえず事態は終息し、おれは悪いな助かったとサクラ色の一房を持つ女の子に笑いかけた

 ところでアルヴィナ?布教するものってそれ倫理観的にセーフな代物であってくれよ……?





【挿絵表示】
何だこの(スーパー)美少女エルフ!?(依頼者並感)

ということで、数話前にさらっと告知していましたが、犬塚いちご様×えぬぽこ様、最強のフュージョンことヒロインASMR第二弾、企画進行中です。
今回は某後方保護者面エルフが昔のアナちゃんのメイド服に身を包み、ご奉仕メイドノア姫をやってくれます。時系列としてはルートヴィヒ&シャーフヴォル戦後、こんなことがあったかもしれないという原作では出てきてないオマケシナリオとなります。アナちゃんみたいに元となる回はありません。


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文化的交流、或いは立ち込める暗雲

何だか上機嫌なアイリスと共に王都を行く

 横で纏めたツインテールがふりふりと揺れ、小さな鼻歌まで聞こえる辺り超上機嫌だ。いや、こんなに楽しげなアイリスって久し振りに見るんだが……

 

 「楽しそうだね、アイリス様……」

 「にゃっ!

 布教……します」

 ……で、何の布教をするのだろう。猫のぬいぐるみか?なんて思いながら、おれは不機嫌そうにおれの右腕にしがみつくアルヴィナを連れ、桜理と共にアイリスの先導に従って王都へと……そして商売や劇等の文化的なものの多い区画へと足を踏み入れた

 

 何年ぶりだろうか、人市通りと呼ばれる此処にまともに目的をもって足を踏み入れるのは。来たいとは思ってたんだが、スケジュールが合わなかったんだよな。中々に見たい劇の公開とまともな時間の空きが噛み合わなくて、結局足を運ばなかった

 

 「……お兄ちゃん?」

 「アイリス、行くのは劇か?」

 時間があれば、面白い劇とかシュリも連れていきたかったな、なんて思う。敵だとは判明したけど正直嫌いになれないから、少しでも良くできていたらって今でも思う

 

 『あまり情をかけすぎないように、兄さん。まあ多少は靡くでしょうが、あれの本質は邪悪な毒龍、その本質を揺るがすことは基本的に最早不可能です。例えシュリンガーラには届きそうでも、そのノリを他の化身に持ち込んだら……死にますよ?』

 分かってるよ始水

 

 そう答えるが、実感はない。おれ自身、アージュの中ではシュリとしか直接逢ったことがないからな。アルヴィナ程好意的ではないけれど、あの娘とは手を取り合えない気は何故かあまりしなかったのだ

 何と言うか……生来の性格がアルヴィナよりももっと善というか、って言葉にしにくいな

 確かに残酷そうな面や、何かに絶望している様子はあったけれど、残りのアージュももしもそうならば、世界を滅ぼした堕落と享楽の龍だと話に聞いて想定していたよりは……

 『兄さん、重ねて言いますが、あれはシュリンガーラだけです。警告しますが、あれ以外の首には私っぽさは無いですからね?本気で兄さんを弄んで殺すことしか考えてませんからね?』

 ……だが、と言いたい

 言いたいが……おれは頼勇達を襲った残りの姉とシュリが呼ぶ者達を見ていない。そして、LIO-HXで飛翔した先にまで追ってきていた以上、確かに信じきる訳にもいかないのだろう

 

 と、なんて思考を明後日に逸らしていると、心配したのかアイリスの猫ゴーレムに頬を引っ掻かれて我にかえる

 うん、そうだな。今はシュリの事は後だ

 

 「劇では……ない、です」

 「でも、この辺りって人市通りだから文化系のものばかりで……」

 と、アイリスが真っ直ぐに目指す場所に思い至って、ああそうかとおれは頷いた

 

 「あ、本か」

 「……新刊、今日から……」

 魔法書だの何だのの必要不可欠な本は兎も角、一般的に嗜好品である小説の類いは人市通りで売ってたりするんだよな。何ならたまに劇団等のスカウト希望も兼ねて売り子の人が朗読会なんかをやってたりする

 

 「あ、そっか僕も今日新作買わないといけなかったんだけど……」

 ぴくり、とアイリスの被った帽子が揺れた

 

 「オーウェン、それ、何?」

 「えっとね、アイリス殿下は知らないかもしれないけど、魔神剣帝シリーズの……」

 がしっ!と。妹が桜理の手を取った

 

 「わ、わわっ!?」

 突然掴まれ、ほんの少しつんのめりかける桜理。おれは大丈夫かと掴まれず空いていた左手を取って少女……じゃなくて今は恐らく周囲の目か少年姿に変化しているその割と小さな体を引いて支えた

 

 「な、何!?」

 「……布教、完了」

 「え、あ!アイリス殿下が僕にって、あのシリーズの事だったの!?」

 こくり、と頷くアイリス

 「女の子に読まれるなんて意外な気もするけど」

 「お兄、ちゃん……主役」

 「うん、確かに何となくこれ獅童君に似てるって感じの描写がされてることもあるし、獅童君もイメージしたのか変身名に……」

 「逆。お兄ちゃん、から……名前が付いた」

 「え!?本当に獅童君がモチーフなのあの作品!?

 もっと早くから読みたかった……」

 

 そんな二人を……興味無さげに無視するアルヴィナ

 「アルヴィナは良いのか?」

 「皇子の偽物に、興味無い。ボクには本物の皇子が居る。そっちの方が重要で、それで十分」

 ……うん、直接言われると照れる

 

 で、足がちょっと痛いぞシロノワール、蹴るな蹴るな

 

 なんてやりながら、おれ達はとりあえず本屋に辿り着いて……

 

 「新刊が、ない……?」

 愕然とした表情のアイリス

 横でえ?でも……と困惑した顔の桜理。おれ自身、割と違和感があって何でだ?と開店させたばかりの本屋の店主を見る

 

 「ひっ!そ、そう言われましても……」

 「すまない。睨んだつもりはないんだが」

 「火傷痕の忌み子に見られたらもう睨まれているのと同じことで……」 

 はぁ、とおれは肩を竦め、桜理の肩を押して自身は後ろに下がる。可愛い方がやりやすいだろうという判断だ

 

 割と今もまだ散々だなおれの扱い?

 「ねぇ、僕は予約してなかったけど、人気作品……だよね?

 その新刊が入荷してないって信じられないんだけど……それとも、人気過ぎて予約で完売しちゃった?」

 ふるふると振られるアイリスの首。ツインテールがぴょこぴょこ揺れる

 「予約、完璧」

 「そ、それがですね……」

 

 と、おれの背後に現れる気配。が、少しだけ覚えがあるし、敵意はない

 だから何もせず、肩を叩かれるに任せる

 「ああ、第七皇子殿下」

 ……うん、珍しいなおれをまともに呼ぶ人間なんて。これも縁の賜物か

 ってロダ兄風に締めてる場合でもないか、と振り返ればやはり、其処に立っていたのはその昔おれがもう無い孤児院の孤児達+αの為に劇をする際、劇場を貸してくれた男であった

 

 「ああ、団長さん。お久し振りです、結局あまり劇場に足を運べず申し訳ない」

 「良かった、貴方にお話を伺いたくて」

 「いえすみませんが、今は」

 「スカーレットゼノン」

 その言葉にびくりとする

 

 「モチーフは貴方ですよね?その貴方に聞きたいことがあるのです。どうしてこうなってしまったのか、この先何をすれば良いのか」

 と、深刻そうに告げてくる彼の左手には、今日別売だろう新刊が一冊、しっかりと握られていたのだった

 

 「……了解です、団長。しかし、何故」

 「……読めば分かります、殿下。この本の発売をさせる訳にはいかなかった。無理を言って止めて貰ったのです」




此処は妙にシュリちゃん好きの多い危険なロリコンインターネッツですね……何だこの人気。皆恥ずかしそうに口元隠すシュリちゃんに処女捧げられる(R18指定)話とか読みたいんですかね……?

来月末また来てください、アナちゃんにもノア姫にも負けない最強のシュリンガーラちゃんをお見せしてあげますよ。
ということで、予告しておきますがシュリちゃん(まあ正確には大元のアーシュ・アルカヌム)にも立ち絵が付きます。絵師は何だこの美少女!?と作者がノア姫について叫んだ事でお馴染みのえぬぽこ様です。まだ依頼した段階ですので暫く後ですが……もう逃げられんぞシュリ、ちゃんとヒロインしろ。


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新刊、或いは顕在化する害

「お兄ちゃん、どう?」

 「獅童君、ぱらぱら捲ってるけどこれじゃ読めないよ」 

 と、両脇からおれが軽く内容を確認する本を覗き込む二人。早く新刊が読みたくてたまらないって感じで微笑ましくはあるが……

 

 「アイリス、新刊が出るならデートなんて言う必要無かったんじゃないのか?今日は本を読んで過ごすんだろ?」

 「手に入ったら、安心……出来ました。夜に……読み、ます

 でも、手に入らない。だから、です」

 今日中なら良いってことか。おれとなら外を見て回りたい……本当はもっと他の誰か一緒ならの方が良いのは確かなんだけど、それは少し嬉しい

 

 そんな軽い話をしながらぱらぱらと読み進める。おれ自身、アステールが新刊を贈ってきていたから既刊は全部に目を通してある。これまでのストーリーやキャラについても分かっているし、飛ばし飛ばしでも新刊の話は何となく分かるのだ

 うーん、特に変なところは無いようだが……

 

 何か引っ掛かりを覚えつつもおれはあらすじだけ確認するようにページを捲り続けて……

 

 「……っ!そういう、ことか」

 ぱたん、とクライマックス、一番の盛り上がりどころが始まってすぐ、桜理達がちゃんと読もうとする前に、おれは本を閉じた。

 「あ、獅童君……ここからがシリーズの」

 「桜理、このシリーズさ、好きか?」

 「何でそんな当たり前の事を聞くの、獅童君?僕が実は女の子だから?変だなんて言わないよね?」

 あれ?何か不安にさせてしまったのか?

 慌てておれは違う違う!とフォローする

 

 「好きな人も多いよな?特に子供達に人気だ」

 「うん、僕も……学園に入れて貰う前は長く待って庶民でも借りれる貸し本で読んでたから、回ってくるのがずっと待ち遠しかった。人気が恨めしかった事すらあるよ?」

 と、桜理は告げる

 その言葉に、アイリスはきょとんとしていた。まあ、皇族なんだから貸し本を待たずとも買えば良いしな、そんな悩みとは無縁で、だから……

 

 「全巻、買う」

 ……うーん、分かりやすい

 

 「だから、これは発売しちゃ駄目だ」

 「え?どうして?」

 「桜理。おれはさ、幼馴染の家で見せて貰うくらいしか出来なかったけど、日曜日に特撮ヒーローやってたろ?」

 「あ、うん。確かに魔神剣帝シリーズじゃないけど、やってたやってた。結構見てたよ僕、懐かしいなぁ……全部買った作品もあったけど、あれどうしたっけ……」

 何か羨ましい事言ってくる桜理。おれとかメインのアイテムすら買えないんで木の枝とかで遊んでたぞ。いや、正確には始水はプレゼントしましょうかと言ってくれたが、流石に悪いからな……

 これでも一応、奮発して食玩ベルトは買ったこともある。光らないし鳴らないけど、あれはあれで形状はしっかりしてて楽しいんだ

 

 って特撮の話は良いや、例えであって無関係

 

 「桜理、もしもなんだけどさ、その特撮の30話くらい、まだまだ中盤ってところで、突然主役のヒーローが敵に負けて終わったらどう思う?」

 「あ、次回最終フォーム登場なんだ」

 ……桜理に聞いたのが間違いだった気がするな、何か。いや、分かる。おれだって割とヒーローものは成れやしない憧れとして好きだったけど、おれもその反応になると思う

 だが、求めてる答えはそこじゃない

 

 「……いや、使えるかも」

 「話が見えないよ獅童君?」

 と、何時しかおれからひったくった……ものではなく、劇団の人から渡された別の一冊をぱらぱらと捲っていたアイリスが愕然とした顔で本を取り落とした

 

 「つまり、今のアイリスの反応とおれの話が全部だ

 この新刊……クライマックスの最後の最後、戦闘中に急に方針転換して、主役達が負けてそのまま打ち切られるように終わってる」

 ……考えてみれば当然だったのだ。アステールはおれポジティブキャンペーンと称してこいつを書いていた。今、あのアステールはその根底にある気持ちを無くしてユーゴに従っている。ならば、こんな話……ユーゴへの裏切りにも等しい作品など、書く気なんて無くなって打ち切りたくなるだろう

 だから、ユーゴという敵相手に惨敗させて、主役のゼノンが死んだろう描写で話を終わらせている

 

 理屈は分かる。そもそも良く良くアステールの事を心配していれば、とっくの昔に気が付けた筈だ

 だが、だ。この物語を……最早おれをポジティブキャンペーンするなんて関係なく子供達のヒーローになっている英雄の物語を、こんな形で終わらせる新刊なんて、発売する訳にはいかない

 どれだけの子供が悲しむか、分かったものじゃない

 

 「じゃあ、新刊を出さないようにして……」

 「駄目だ。劇団の人達が、今回の新刊をテーマに軽い劇を公演してくれるという事で早めに新刊を確認してくれたから、王都では暫く販売を止められるだろう

 でも、でもだ。世界各地で読まれている以上全部の販売を止められるわけじゃない。もう手遅れなんだ

 販売は止められない。此処は止められてもこの場だけの一時しのぎ」

 「え?じゃあどうするの!?」

 困惑する桜理に、おれは君がヒントをくれた、と笑い返した

 

 ……アイリスはまだ蒼白な顔をしてる。うん、そうだよな、慣れてないと本当に困惑するし恐怖するだろう

 「僕?僕何か言ったっけ?」

 「言ったろ?最終フォーム登場の前フリって

 多分だけど、今のアステールは打ち切りたかったからああ書いた。もうあの作品に興味はないし忘れている

 だからこそきっと何とか上手くやれる……最低の手」

 「それは?」

 「おれ、実はアステールからアステール名義で色々出来る権限のある判子を貰ってるんだ。一回だけ捺せる」

 ちなみに、これ勝手に捺して婚姻届出したらステラが認めたしょーこがあるから抵抗できないねぇ……と渡されたが、婚姻届に捺すわけがない

 「そいつらを使って、星野井上緒(アステール)当人の承認を偽装し、実は最後が落丁したまま製本してしまった事にして……」

 一息おいて、おれは最低の手を告げる

 「実は新たな姿で蘇る布石があったんだと、本人が書いたことにした二次創作で希望のあるエピローグを作り本にして新刊に付ける!」

 「割と最低の発想だよそれ!?」

 「ああ、最低だ。でもな桜理、アイリスを見ろ。多くの子供達にあんな顔をさせない為に、何より……本来もっと早くに手を伸ばしてやらなきゃいけなくて!勝てる算段がないからって逃げてるアステールに、手が届いた時にあの娘が頑張ってた作品があんな形で完全に終わってるって現実を突きつける訳には!いかないんだよ!」

 その言葉に、何か納得してくれたのか桜理はうんうんと頷いてくれた

 

 「うん、頑張ろう獅童君」

 「ただ問題がある。おれの国語の成績、大体2だからまともにそんな構想した続編二次創作を用意できたら苦労しない」

 「いや駄目じゃん!?」




おまけ、えぬぽこさまから戴いたノア姫表情差分
【挿絵表示】

何だこの美少女!?何でこんなのが忌み子なんかのところに居るんだよ……
やはり忌み子には勿体無さすぎでは?


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依頼、或いは同人

「ということでだ、頼めるか?」

 色々と駄目なおれがまず頼ろうとしたのは、やはりというかエッケハルト……というか遠藤隼人であった

 そう、アナの同人を自分でも描いていたとその昔おれに言っていた覚えがある彼だ。同人を描けるなら、おれのやろうとしている救いのある二次創作による打ち切り回避をごり押しで公式のフリして押し通すというとんでも手段も出来るだろう……いや出来るか?

 それはエッケハルト次第だが……

 

 「え、嫌だけど?」

 と、最近引きこもりがちの彼は見下すような視線でおれを見た

 「っていうかさゼノ。公式が言ってるだけって創作として割と最低の侮辱なの?分かる?そんなものに加担させるってさ、創作者への侮辱だぞ?

 二次創作なんて愛と敬意で……」

 「いや二次創作でもしかしたらを描いてるなら同じじゃないか?貶める気があるかどうか」

 「公式がこれが結末って言ってるのを」

 ごね続ける彼に、思わず口が滑る

 「ならそもそもお前のやってることも同じだろエッケハルト」

 そして、あまりの最低発言に嫌になる

 

 「そして、おれも、ユーゴ達も。それこそリリーナ嬢だって

 真性異言(ゼノグラシア)なんて、おれ筆頭にどいつもこいつも当にお前の非難する最低の二次創作者だろうが」

 そう毒づいて……いや駄目だろこれと自責する。これから手を貸してくれって頼む相手にこの罵倒、おれはアホなのだろうか?

 「ふざけんなよゼノ!」

 あ、扉をバタンと開いて出てきた

 煽りは成功してしまったって感じか。いや、最低だなおれ、人の神経を逆撫でするのだけは得意というか、散々に敵相手に冷静さを喪わせてこっちに勝機の糸を手繰り寄せ続けたせいか最低の方向の舌戦だけは無駄に強い。よくノア姫にもアナにも正論で論破されるので、普通の舌戦に関しては……こんなおれが皇族やってて良いのかってレベルだが

 

 「やってくれるのかエッケハルト!」

 「……お願い、する」

 横で大ファンなのかあの打ち切りに憤りを見せるアイリスまでも出てきてくれた焔髪の青年に向けてぺこりと頭を下げる

 だがなアイリス?これ多分おれにキレただけだぞ?火に油だ

 

 「誰がやるか!そもそもおれはアナちゃんが幸せになる二次創作専門なの!

 いやまあそりゃ抜けたしお気に入りもあったけどアナちゃん陵辱ものとか、何よりノーアナちゃんものとか専門外なの!分かる?分かるかハーレムゼノ野郎!」

 血の涙を流しながら、おれにびしぃ!と指先が突き付けられる

 「なら新キャラとしてアナ描けば?新キャラが何か意味深な助けかたしても良いだろ」

 「そんなことしたらお前モチーフの奴に惚れるヒロイン枠だろ!却下だ却下!創作でまで二度とそんな夢のないことを描きたくないの俺は!」

 「じゃあもう新キャラはカップルでお前モチーフの夫でも何でも出せよ、あの作品だと村娘のステラがメインヒロインで描かれてるし何も文句出ないだろ」

 「そーいう問題かよぉぉぉっ!?」

 喉の限りに叫んでくるエッケハルトだが、そういう問題なのでは?とおれは横のアイリスと共に首をかしげた

 

 「御義姉ちゃん、モチーフのキャラ……あげるのは、勿体無い。ですけど」

 「違うのかエッケハルト」

 「本物のアナちゃんと触れ合えるのに、サブキャラもサブキャラにしたモチーフの娘と夫婦になっても虚しいだけだわ!

 イチャイチャにだって紙面をロクロク裂けないし」

 「伸ばせば?」

 「ページが足んないしテンポも酷くなるの!このド素人が!同人作家がどれだけ苦心して製本にちょうど良くて予算を越えない範囲のページ数に調節してるかお前に分かるか!」

 うん、知らない。とおれはどんどんとおれを叩くエッケハルトにむけて苦笑する

 でも言われてみれば、紙を真ん中で束ねて本にする訳だから、紙を一枚増やすと四ページ分が出来てしまう訳だ。一ページ入れたいがために空白のページを三ページ増やしてしまうとそれはそれで問題だし、金も多く掛かる

 うん、言われてみれば確かに間違いないんだが

 「いや資金はおれとアイリス持ちだぞ?好きに描いてくれ、子供達の夢を守るために、アステールとの約束を果たした時にあの娘が悲痛な目にならないように!好きなだけ資金は出す!」

 皇族だから割と資金でごり押せるのだ、その辺り。というか、アステールも多分ごり押してたぞ、一作目では。二作目からはもう人気作品だからそんな無茶苦茶しなかったろうが……

 

 「……嘘、50000ディンギルが限界」

 「ご、五まっ……」

 うんまあ、流通込みとはいえ、同人一作品に50000ディンギル(日本に換算して5億前後)はヤバい投資だろう。好きなだけ好きなものを描ける。というか、おれの想定その1/5くらいだったしな

 「……でも、なぁ」

 「頼む!エッケハルト!お前しか居ないんだよ、おれが知ってる、子供達を絶望させないだけの何かを描けるのは!」

 「お願い」

 でもおれに言えることなんてこれしかなくて、ただただ頼み込む

 

 「何か言えよゼノ野郎!何か俺を動かせる報酬とか」 

 「策なんて無い!お前が納得してくれるものなら出す!おれに言えるのはそれだけなんだよ、だから!」

 おれの言葉を受け、目の前の豪奢なパジャマの青年はああもう!と自前の鮮やかな焔色の髪をくしゃくしゃに掻き乱した

 

 「お前何時もさぁ……全くもうふざけんなよ!どんだけ迷惑してると思ってんだよ!」

 「……悪い。でも、今回も譲れない」

 「ああもう分かってるよ!描く、描いてやるからあまりふざけた命の危機に俺やアナちゃんを巻き込むな!」

 「ああ、分かってる。本当に助かるよ、エッケハルト」

 「お前そんなこと言って、アイムールがどうだのでまた危機的状況に引きずり込んだら今度こそぶん殴るからな!あと絵はある程度描けるけど文章はそこまで!もう一人くらいアシスタント連れてこい!」

 味方してくれると思ったが、提示されたのは案外難題だった

 

 「ということでノア姫、頼めないか」

 「……あのね、ワタシは大概の事は出来るけれど完全万能無敵の存在じゃないわよ?」

 エッケハルトに働いてもらうべく、とりあえずといった形でエルフに頼めば、呆れた顔が返されたのだった

 

 あれ?他におれの知り合いでこうした活動が出来ても可笑しくない相手なんて居たか?

 

 ……あ、一人居たわ。ガイスト……って違う違う、ニコレットだ

 

 と、そこまで考え、おれはため息を吐いた

 おれが散々にやらかしておいて、縁も切れていて、今更頼んだからって引き受けてくれるか、あの子……?



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依頼、或いは元婚約者

「今更どの面を下げて現れているんですの?」

 冷たい瞳がおれを見据える。そう、あの翌日、おれは一人でアラン=フルニエ商会を訪れていた

 流石に幾ら皇族とはいえおれなんて忌み子と呼ばれて蔑まれ更には婚約者としては最低の行動ばかり、即日アポイントメントなんて取れなかったという訳だ。っていうか、翌日にならと受けてくれただけでもかなり優しいと言える

 

 ただ、とおれの背に一人だという重責がのし掛かる。当然集めておいて本人参加しませんは無しだからアイリスは庭園会に顔出ししていて居ない。ノア姫が着いていってくれておりその点は安心できるのだが、結果的におれは本当に単独で彼女と対話する必要が出来てしまった

 だから今、誰も居ない。誰かに頼る逃げなんて出来やしない。いや、シロノワールは影の中に居るけどな?頼りにはならない

 

 覚悟と共に、おれは眼前で割と豪華な椅子に腰掛け優雅にお茶を啜る元婚約者に目線を向けた

 「恥ずかしいことに、困り果てたこの面だよ、ニコレット嬢」

 「馴れ馴れしい。生きていたとはいえ、婚約は既に敵前逃亡の罪により解消された身、無礼ではなくて?」

 「一応これでも皇族、忌み子とはいえ相応の立場と矜持ってものはある。それを貫くことは無礼とは言えないだろ?」

 その言葉に、夢見がちな女の子はあれ?と眼をしばたかせた

 

 「そこは謝るものではなくて?」

 「昔のおれなら謝ってたよ。でもさ、信じることにしたんだ。おれが信じられないおれを、皆が信じるこのおれを

 だから、すまないニコレット嬢。今回は貴女を立てられない。皇族としての矜持を貫かせて貰う」

 「……少しはマシになったの?

 でも、遅すぎる。それに、結局私を大事にする気はないって事よね、それ?」

 その恨めしげな眼と言葉に、おれは素直に頷いた

 そして、腰の……最早誰にも(まあ若しも下門が生きてたらコラージュで一時的にパクるくらいは出来たろうから言いすぎかもしれないが)切り離せない愛刀の柄に手を当てる。軽く桜色の雷が柄の角から散った

 

 「……ああ、すまないニコレット嬢。今も昔も、貴女は護るべき民の一人。そう思うけれど……」

 一息置く。これを此処で言うべきか、本気で迷う

 これはある種の決別だ。これから力を借りたいと言い出す相手に向けて言う言葉か?とおれ自身首をかしげる

 だが、誤魔化してもろくな事にはならないと思えて。だから言葉を紡ぐ

 「それ以外じゃない。貴女に手を伸ばすべき人はおれじゃないし、貴女は強いから自分でそれを見付けられる」

 そのおれの身勝手な言葉に、けれども少女は深い同意を示していて

 

 「そう。少しだけマシになったの?

 ま、どうでも良いけど。所詮もう、交わる道なんて無いし御免だから」

 「ああ、すまなかったニコレット嬢」

 「謝るくらいなら最初からまともな対応してよ。白馬の王子様を期待して馬鹿を見たわ」

 その言葉に、最初はむしろ期待されてたのかと苦笑する。おれなんて、婚約時点で悪い噂しか無くないか?それに期待してくれていた辺り、きっと彼女は少しは歩み寄ろうとしてくれていたのだろう。それを滅茶苦茶にしたのはおれか

 

 だけど、仕方ないしそれで良いとおれは微笑(わら)

 

 「気持ち悪い、何それ?」

 「いや、昔のおれの駄目さが良く分かってさ、何か可笑しな気分になった

 でも、有り難うニコレット嬢。お陰で色々とやるべきことが分かってきたりした」

 そうだろ、シュリ?

 

 『あ、あの毒物は見捨てても……いえ冗談です』

 なんて茶化す……いや嫉妬か?な神様はまあ今回だけは無視して、話を続ける。シュリの毒を受けてから何だか神様が良く話し掛けてくる、きっと心配してくれているのだろう。寂しいだけかもしれないが

 

 「だからさ、ニコレット嬢。おれと君が夫婦になる縁なんて元から無かった。おれにそんなこと無理だった

 それは今も変わらない。けれど」

 流石に話がズレてきたと思いながら、おれはとん、と持ってきた本を少女の机の上に置いた

 「単なる人として、君とおれは取引を、交渉を、売買を、縁を結べはしないだろうか?」

 真剣に見つめること暫し、眼前の栗色の髪の女の子ははぁ、と肩を竦めた

 

 「その割と真っ当な受け答え。人間だったの、忌み子」

 「おれを何だと思ってたんだニコレット嬢?」

 「頭の可笑しい狂った怪物。あ、ごめんなさい」

 「謝らなくても」

 「思ってたじゃなくて、思ってるだからキャンセル」

 「いやそちらなのか!?」

 思わずずっこけかけるが、そんな軽い口を叩いてくれるくらいには、相手もおれを排する気はなくて

 

 「……一個だけ聞かせて?

 まあ、着いていけないし頭可笑しいと思うし白馬の王子様の可能性を信じた私があまりにも馬鹿でしたけど、ええ、忘れたいくらい。本気で葬れるなら葬りたい過去

 けど、そんな怪物が人間じみて必死になるのは誰のため?やっぱりあの聖女?憐れにも婚約をさせられてまだ逃げられない方?それともフォース君から買ったと噂を聞いたエルフ種?」

 「全員だよ、そして、それだけじゃない」

 ニコレット嬢の眼が氷点下になった

 

 「この最低男叩き出して!女の敵!聖女様の敵よ!」

 「いや待ってくれせめて交渉だけでもだな!その後なら幾らでも出禁食らうからさ!

 本当に、君の力を借りなきゃ救えない人が居るんだ!だから!頼む!後にしてくれ!」



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通話、或いは宝石獣

「『うーん、繋がってるかな?』」

 「ああ、聞こえてるよリリーナ嬢」

 おれは深夜の格納庫で、持ってきた飲み水の水面に映る少女に向けて頷いた

 

 「『あれ?ゼノ君そんなところでどうしたの?珍しいね?』」

 「やっぱりさ、流石にもう見過ごせない事ばかりだから。力が足りないからって、何時までも後回しにしてられない。それが分かったから

 何とかして、早急にこいつを」

 と、おれは格納庫に鎮座する銀色の翼竜を見上げた。エネルギーの翼膜の展開されていない巨大な鋼のプテラノドン。精霊セレナーデの翼を組み込んだ支援機、ジェネシック・リバレイターだ

 大まかなガワは作れた。メインエンジンもアイリスが頑張ってくれた。でも、構造上合体可能ながらエンジン同士の同期が上手く行かず……実際にジェネシック・ライオレックスへの合体を果たすと直ぐに暴走してしまう欠陥機

 「完成させなきゃいけない。これ以上、あまりアステールの苦しみから眼を背けるわけにはいかないんだ」

 だからって何が出来るんだよ?と言われると苦しいが、それでも動かない事なんて出来なくて。設計図上はそれなりに完成に近い筈で、そもそもエンジンの暴走を止めるシステムなんて書かれていない

 未完成のサブエンジンなんかはあるので(というか、とんでもなく気軽に書かれているが、小型縮退炉ってそんなもの要求しないで欲しい。こちとらファンタジーだぞ、超科学は専門外だ。まだジェネシック・ルイナーのエンジンであるらしい雷電核の方が湖・月花迅雷みたいな雷の神器っぽいから分かるレベル)100%は無理にしても、合体して戦闘に耐えるくらいの事は出来る筈なのだ

 

 何で暴走するのか掴めないし、ジェネシック・ティアラーと違って抑え込む事も出来ずに合体解除されてしまうから事実上使えない

 だから何か掴めないか、翼を組み込んだエンジンを前に様々に唸る訳だが……

 

 結局何も分かってないんだよな

 『私だって万能ではあっても全能じゃありませんよ兄さん。遺跡から大きく離れることは出来ませんし、この世界の外の法則によるそのロボットについては、当人に聞いた事しか知りません。そして、その設計図はその際には創られてなかったものですからお手上げです』

 と、この世界の神様も何とも出来ないことだしな。もうがむしゃらに探るしか手がないのだ

 

 ま、完成させられたとしても最後の一機に関しては本気で何一つ完成の目処が立っていないので本来のジェネシック・ダイライオウに合体は出来ないけどな。せめてまともに使える合体形態が無ければアガートラーム相手に対抗すら厳しい

 此方はアステールの魂を燃やされる前にあいつを瞬殺しなきゃいけないってのに、これじゃまだ困るが……

 

 「ま、今はおれは大丈夫。そっちは?」

 と、おれは背後を一旦振り返るLI-OHが其処には眠っている。エネルギーをまた供給し直してるため、今はうんともすんとも言わない。夜遅くだがちょこまかと猫のゴーレムが整備すべきところの点検なんかをしているのが微笑ましく、申し訳なくもなる

 

 「『あ、そうだゼノ君!』」

 と、喜色満面、ニコニコ笑顔になるリリーナ嬢。ぴょこんとツーサイドアップが揺れ、その頭の上に何かの影が見えた

 一瞬身構えるがぶっちゃけ此処でおれが構えても何にもならないし、それに……

 ひょこりと少女の桃色の頭の上に現れたのは、何というか……頭に蒼い宝石が付いたウサギ顔のリスといった趣の白い小動物であった

 

 「『ん?その動物……カーバンクルか?』」

 「『そう、カーバンクル!いやー、アウィルちゃんが帰ってきたと思ったら、この子が出てきてカーバンクル達の森に招待してくれたんだよね!

 だから、ちょっと予定より帰るの遅れちゃうかも!』」

 そんな事をニコニコ告げてくる聖女様。横では……丸まって寝てるアウィルと、その背の甲殻に腰掛けているアナの姿もある。その膝にもちょこんと一匹色ちがいって感じのカーバンクルが乗っていて、何かのナッツを貰って齧っていた

 

 「そっか。アウィルとも合流できたし、カーバンクルとも出会ったのか」

 「『いやー、可愛いね、この子達!

 ゼノ君のお陰だよ。私だけじゃゲームじゃ出てこなかったんで出会えなかったもん』」

 言われておれが?と暫く眼をしばたかせ……あ、と思い出しておれは手を叩いた

 

 「そうか、ノア姫を通してリリーナ嬢にあげたあの宝石か」

 「『そうそう!あの石が点滅したから、それでこの子』」

 と、桃色の聖女は愛しそうに小動物を抱えあげると額を突き合わせた

 「『この子達と出会えたんだ』」

 「『キュキュウ!』」

 魔法少女もののマスコット(おれ見たことは殆ど無いけれど、始水に特撮ヒーローものを見せて貰った時にちらりと映ってた)か何かのように尻尾を立てて鳴き声をあげるカーバンクル

 うん、懐いてるな。何となくアウィル感がある。あそこまで大きくも強くもないけれど

 

 「『だから、本当に有り難うねゼノ君。そして、この子達と暫く居るからちょっと帰りが遅くなっちゃうけど……

 その分、伝説のカーバンクルの力でシルヴェール様の婚約者さんも何とか出来るようにするから!』」

 

 あ、すっかり忘れてた。当初そんな目的で旅立ったんだったなリリーナ嬢達

 「『あー、忘れてたなゼノ君?』」

 にんまりと、悪戯っぽく歯を見せて笑ってくる桃色聖女。抱えられた小動物も前足をびしぃ!と上げて追撃してくる

 

 「『……御免ね?私が危険そうな奇跡の野菜をって提案したせいで大変で、目的なんて吹っ飛んじゃうよね?』」

 「いや、誰かが何時か確認しなきゃいけなかった事だ。リリーナ嬢がそれを早めに果たしてくれただけだよ

 それに、そうして危険を犯してくれたから、奴等の事が掴めた。アルカナ・アルカヌム・アマルガム、それがラウドラとシャンタを有するゼロオメガの一団であり、対峙する事になるだろうって……君が教えてくれた」

 「『あー、シュリンガーラ?の事別枠にしてるー!』」

 「おれはシュリを信じてる。でも、信じる覚悟を決められたのは……おれが一人じゃなかったからだし、ある意味君達のお陰でもあるよ」

 だからそんな気に病むなとおれは笑った

 

 「あ、ただリリーナ嬢、一つだけ気を付けてくれ。カーバンクルが幻獣と呼ばれない理由、分かるか?」

 きょとん、とした顔が返される

 「『ん、ゼノ君どうしたの?』」

 「いや、ちゃんと知ってて欲しい事だからさ。理由は分かる?」

 「『え、私そういうゲームで出てきてない話はちょっと……』」

 「カーバンクルは宝石に周囲の魔力を溜め込み、奇跡を起こす獣。だから宝石獣と呼ばれる

 でも、その子達は自在に魔法を操る神の似姿たる幻獣じゃない。そう、カーバンクルの奇跡は好きに使えるものじゃなく、力の噴出の結果起きるもの。カーバンクル自身、それで傷付く……というか傷付いたから溜めた魔力が噴き出すという形で力を発揮する生き物なんだ」

 「『え、じゃあ』」

 「奇跡を起こして貰うのだって七大天やリリーナ嬢達聖女のものと違って、代償ありきって事を念頭に置いて、折角出会えたその子達に無理させ過ぎないように考えてくれよ?」

 その言葉に、はーいと元気良く少女は頷き返した

 

 「……ところでリリーナ嬢、竪神は?」

 「『あ、頼勇様なら機械の左腕にカーバンクル達が怯えてるからって遠くで一人警戒してくれてるよ?』」

 「あいつ万能じゃなかったのか……」 

 「『あはは、こういう動物に好かれそうって印象は確かに無くもないけど、そうじゃなかったっぽいね……』」



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おまけ、ハロウィンボイス

ソシャゲ版元ネタ乙女ゲーのハロウィンボイス(という体の)おまけです。


ゼノ(通常)

 「ああ、君か

 ん?何をしているのかって?ハロウィーンは死者の為の祭り、死んでいった皆に想いを馳せて、お菓子を御供えしてたんだ」

 「そうだな、おれが沈んでちゃ彼等だって帰ってきたとして楽しめない。だから……トリック・オア・トリート、お菓子をくれなきゃ暫く忌み子に付き合わせるぞ?」

 「……いや、ちょっと待ってくれないか?後ろ手に君が隠したのはお菓子だろう?素直に出してくれ」

 「え?暫く一緒に遊びたいから……

 そ、そうか。それなら行こうか」

 

 アナスタシア(通常)

 「あ、おはよう御座いますです。そして……トリック・オア・トリート、です!

 えへへ、こんな日ですからわたしも……」

 「え?あ、わたし?だ、だいじょぶです、ちゃんとお菓子用意してます……。ってもう、騙されないです!ちゃんとお菓子か悪戯か選んでから、わたしにやり返して下さいね?」

 

 アルヴィナ(通常)

 「……トリック・オア・トリート」

 「残念。トリック確定」

 「……お菓子は出した?

 ボクは一人じゃない、死霊術士にとってハロウィーンは特別な日。その日のボクは最強、お菓子は山のように貰わないと話にならない、全然足りない」

 「だから……ボクと死霊達の悪戯、その身で受ける」

 

 

 アイリス(通常)

 「……え?何?」

 「とりっく?とりーと?」

 「そんな、お祭り……

 困った、お菓子なんて……ない、です」

 「あまり、酷く……しないで、欲しい」

 

 

 アステール(通常)

 「ふっふっふー、トリック&トリート!」

 「えー、何でって、ステラのおーじさまなら、美味しいお菓子も楽しい悪戯も両方くれるよね?」

 「さぁ、好きなよーに悪戯してみてねー!そしたらステラもお菓子あげちゃうねぇ……」

 

 

 ティア(通常)

 「おや、おはよう御座います」

 「はぁ、言ってくれないんですか?あの言葉

 ええ、結構楽しみにしていたんです。話には本で読んでいても、実際には遺跡の中では体験できない事ですから。なのに言ってくれないと、少し寂しいです」

 「はい、張り切ってお菓子を沢山作りすぎたくらいです。存分に受け取ってください」

 「これが悪戯かって、人をまるでメシマズみたいに言わないでくれません?」

 

 

 リリーナ(通常)

 「おっはよー!ハッピーハロウィン!そしてトリック・オア・トリート!」

 「あ、これ?そう、皆にやってたらたっくさん貰えたんだよね。やっぱりこういう日には、皆で盛り上げないとだし!」

 「おや?おやおや?実は……誤魔化すという事は、お菓子を持ってないのかな?」

 「よーし!じゃあ一緒にハロウィンを盛り上げるの刑!頑張ろうね!」

 「あ、私のお菓子ちょっと分けておかないと

 ん?この山からじゃないのかって、皆の思いを横流しなんてしないよ。後で分けあって食べようね?」

 

 

 頼勇(通常)

 「ふっ、ハッピーハロウィン、言われたお菓子だ」

 「悪い、父さんやあの時の皆の事を思い出してしまって、あまり積極的に浮かれる気にはなれないんだ。だから、お菓子だけで今回は良いか?」

 「ああ、すまない。決して嫌いなわけじゃない、ただ……ってだけなんだ。私自身、情けない話だとは思うよ」

 『festival!』

 「ああ、事件が起きない限りゆっくりしているから、君は存分に楽しんできてくれ」

 

 

 ロダキーニャ(通常)

 「トリック・オア・トリート!お菓子をくれなきゃ……」

 「おっと、じゃあ……バァン!ってな」

 「ま、そう構えんなって。弾は弾でも、飴の弾ってもんだ。一緒に食おうぜ?」

 「じゃ、俺様は行く。今日は何たって、死者を含めて無限に縁を繋ぐ日だからな!」

 

 

 テネーブル(通常)

 「……何だ、期待する目で見て」

 「ハロウィン?馬鹿馬鹿しいな。私がそんな人間の文化など、気にすると思うのか」

 「アルヴィナは楽しそう……仕方ない。一度だけだ」

 「トリック・オア・デッド。お菓子を出すか、それとも迎える死霊の仲間入りか、好きな方を選べ」

 「丸ごと同じ言葉を返すな。流石に冗談だ。こんな時に人を殺す気は無い。互いに悪戯をしたということで良いだろう?」

 

 

 ゼノ&シロノワール(スカーレットゼノン)

 「トリック・オア・トリート!」

 「元気が良いなって?死霊祭はおれ達にとっても割と特別な時期だからな」

 「おっと、お菓子は二つ頼むよ。おれだけじゃなくて、相棒のシロノワールの分もある」

 「って、おれも返さなきゃいけないんだったな。じゃあ……行くぞシロノワール!変身!」

 「『スカーレットゼノン!』」

 「……って、マシュマロを炙るだけなんだけどな。変身しないと火が出せないんで余興にはなったろ?」

 

 

 ゼノ(ハロウィン)

 「トリック・オア・トリート。お菓子をくれなきゃ、おれみたいになるぞ?」

 「ま、仮装なんだけどな、このゾンビっぽい外見。いっそお揃いとはいかないけど、君も着るか?」

 

 アルヴィナ(ハロウィン)

 「トリック・アンド・トリート」

 「……言った筈。死霊の魔神王、屍の皇女はハロウィンの化身のようなもの。ボクはやりたいことをやる」

 「だから、悪戯もする。お菓子は当然貰う」

 

 

 

 おまけ、ゲーム未登場キャラ

 ノア

 「……あら、今何と言ったの?」

 「へぇ、お菓子をくれなきゃ悪戯する……ね。楽しくやるのが人間の死者への奉り方というの」

 「あら、変な顔してどうしたのよ。別にワタシだって、お菓子の一つくらい即座に作れるわよ、そしてアナタ達の文化を否定する気も無いわ。だからあげるわよ」

 「……はぁ、悪戯出来ると思って声をかけたのね?残念だけど、エルフを舐めないでくれる?」

 

 

 ティア(始水)

 「兄さん、トリック・オア・トリートです」 

 「懐かしいですね、昔は大体お菓子なんて無いよと言う兄さんに、ケーキバイキング等に付き合うのが罰と言って連れ回しましたね」

 「……今回はお菓子を流石に用意できました?まあ、それでも良いですが……昔の思い出に浸って悪戯されるのも、粋だと思いませんか?」

 「おや、付き合ってくれますか。では兄さん、今日は何処に行きましょうか」

 

 

 桜理

 「あ、ハッピーハロウィン」

 「う、うん。僕も参加してるんだ。ほら、片目とはいえ目が悪いお母さんはちょっとこの人混みの中じゃ色々と大変で、せめて楽しかった話とお菓子だけでもって」

 「あ、お菓子くれるんだ。有り難うね?といっても、僕はお菓子を用意できてないから……」

 「あんまり酷い悪戯とか、しないでね?」

 

 

 シュリ(アーシュ)

 「……なんじゃ、お前さん?」

 「そうか。そんな時期なんじゃな……」

 「すまんのお前さん。儂にはお菓子の味も分からぬし、悪戯などどんな毒が付着して惨事になるかも分からぬ。参加など出来んよ」

 「む?お菓子が出せないなら悪戯かの」

 「そう言われても、さっき言ったようにの、儂に参加する権利など……」

 「む、んぐっ?」

 「こ、これは……唾に混じる毒液を解毒する飴かの?すっきりした味じゃの」

 「諦めきって参加したがらない君を引き込んで少しでも楽しませるのが悪戯って、何じゃそれは……」

 「……すまんの、お前さん」



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宣告、或いは日食の子

「……本日はまたお集まりいただき、誠に」

 「そんな茶番はもう良いでしょう」

 慣れない喋りにつっかえるおれを冷笑しながら、ワカメヘアーの貴族がかっちりと着込んだ(にしては着こなせてないが)礼服の袖を振った

 

 うん、露骨というか、何時も横に控えさせ使っているネズミ獣人メイドの姿がない。割ととっととアイリスの力を借りて(というか、前回おれが行けない庭園会の直後にノア姫に頼んで入れ換えた)やらかしに備えておいたが、そのまま本当にやっちまったんだろう

 いや、実際ゲームだとこのイベントやってると妹を喪った兄の方と付き合うルートに入れたりする(第二部には行かないおまけだけど)が、良くまだバレてないな……

 

 ゲーム時代は其処に居たとしても喋らないなら立ち絵が出ないし違和感が無かったが、現実になると凄く不可思議だ

 なのに、兄の方は……ってノア姫からは連れ出した話だけ聞いていたが実はこっそり妹が無事なこと教えたんだな?なら冷静に居て当然の妹が居ない一見異常な事態を見守れる

 

 「今、必要なのはこの集まりの結末。アイリス殿下の婚約者の発表、そうでしょう?」

 その大袈裟な台詞に、無気力に頷くのは明るいグリーンの髪の男、ラサ男爵

 「最も、決着は見えていますが」

 「アーカヌムよ……何処に消えてしまった……」

 ずっと暗く、下を見てばかりでぶつぶつと呟く生気の無い男。見る影もない

 アイリスから報告は聞いていたが、シュリが居なくなった後の彼、半分くらいゾンビだ。生きてるだけの屍といった趣。それが演技で何かを狙っているのか、単に善人でシュリに騙されていただけなのか、毒の影響かは分からないが……

 

 「早くに言葉を告げてくれませんか、忌み子よ」

 その言葉に頷いて、おれはワカメヘアーの彼……リセント子爵を見詰めた

 

 「結論は一つです。見てきて相応に評価しようとしたものの、どちらもアイリスの婚約者となる程の存在ではない」

 ぴくりと震えるラサ男爵、怒りにかきゅっと拳を握り込むリセント子爵。だが、正直これしか言うことはないし……その先も分かっている。というか、おれが言った言葉、そのまんま原作ゲームでも同じ台詞あるからな!

 まあ、元はおれの台詞じゃないんだが、凍王の槍(ギャルゲー版)以降はおれが言ってる

 

 「……忌み子、それは」

 「おれと、アイリスと、そして皇帝陛下、皆の結論です。おれ一人の戯れ言ではない、忌み子ごときがと思うのは」

 ギリリ、と歯軋りの音がする。だが、ワカメな髪型の男は唇を吊り上げると、手を前に翳した

 

 「流石は忌み子、見る目がない。そんな男に報告されては真実など見えないでしょう」

 そして、降ってくるのは一体の巨獣だ。明らかに人外だという印象を強めるために明確な意図をもってクジラみたいな生き物の姿をベースにされた合成個種。海戦じゃないなら正直言って無駄な努力と言いたいが……

 

 「合成個種(キメラテック)か。だが、それが」

 「ふはははは!アイリス殿下!これが貴女に相応しいものの実力!さぁ、語ってあげなさい!」

 と、高笑いをあげるのは子爵。そう、此処でぽんと人の言葉を理解し自律的に動く(まあ中身あのネズミの子だしな本来)ゴーレムを出して覆そうとするのだ

 

 だが……

 「ラサ男爵、貴方はなにもしなくて良いのか?」

 とりあえず対処の前に話を振るが何も返ってこない。本気でほぼ屍のようだ

 「男爵、せめて最後に貴方側も何か」

 と、言われて彼は地面に瓶から何かを溢すと、毒性のありそうな緑のスライムを生成する。だが、何故あの子が去っていったのだ……ばかりで生気がないまま。スライムもただプルプル震えるのみだ

 いや真面目にどうなってんだ彼。おれにシュリを何処にやった!と詰め寄ることすらしないんだが

 

 「勝負は見えた。後は忌み子、この自由に動く天才の……」

 「では一つ聞かせてくれないか、リセント子爵。横に連れていたメイドの子、何処にやった?そして、ラサ男爵の奴隷の子もだ

 おれはあの子等の失踪について何も知らない」

 と、実は何処に行ったかなんて二人とも知りすぎなくらい知っているが惚けて、シュリまで巻き込んで話を盛る

 

 「勝手に消えたのでしょう」

 「シュリについてはまだそれで良い。しかし、メイドの子は貴方の奴隷だ、生活を保障する義務は貴方にある」

 ……此処はほぼゲーム通り。さらっと気が付くんだよなゲームでの主人公等。ちょっとしたヒントというか似た仕草はあるんだが、マジで早い

 

 「もう一度聞きます。姿が見えず、気配を探るにこの屋敷自体にもう居ないようですが、何処に消した?」

 ぎろり、と残された右目でゴーレムを睨み付けながら一言。分かっているぞとばかりに

 

 「何処?」

 と、知りきっているアイリスも追撃。後は彼が襲い掛かってきて、それを返り討ちにしてから真相を語るだけだ

 「そしてその合成個種、何かが可笑しい」

 「そ、それはそうでしょう。自律した」

 「人を素材にして?」

 びくり、と男の肩が震える

 

 「君達のような勘の良い忌み子は」

 うーん、小物。おれは鉄刀を構え……

 

 だが、その瞬間

 「……リセント子爵。貴方は……」

 愕然としたように、ネズミの耳を揺らして見守っていた少年が呟く 

 「妹を!」

 「本来、我々の栄光の礎となってくれる筈だったのだ!忌み子が余計な」

 「そんな為に!奴隷として買われる時、妹を守るならと約束したのに!」

 その言葉に、子爵は目線を逸らした。いや、駄目じゃないかそれ

 

 「貴方もだ、忌み子皇子。忌み子と呼ばれる貴方なら、俺達の苦しみに気が付いてくれると信じていたのに!」

 ……何かが可笑しい。歯車が噛み合わない。というか、おれにもその怒りが向くのか?

 

 「やはり、悪とは

 人間!そして人を贔屓する邪悪なる七天か!」

 少年から吹き上がる謎の紫色のオーラ。何となく、リックの能力を見た瞬間の悪寒に近いものを感じ……

 

 っ!

 唇を噛む。そうだ、シュリが居た事を分かっていたのに!毒を撒き散らし、心を腐らす堕落と享楽の龍!そんなものが居て……

 どうして原作通りの展開になる筈がある!

 

 おれ自身耐性が高いから忘れていたが、シュリは全身毒。それをばら蒔けば……心は歪む!

 

 軽く上げた左腕に、少年は右腕を重ねた

 ……やらせない方が良い、おれはそう本能的に直感して飛び込もうとするが、突然地面から噴き出した赫い光の粒子に阻まれた

 ……シュリの翼から放たれるのを一瞬だけ見た気がする。どんな毒だか判断もつかないから突っ切れない

 

 それを迂回しようとするおれより前に、震えていただけのスライムがネズミの少年に飛び掛かった

 

 「避けろ!それに、話を聞いてくれ」

 「龍神様が夢で言った通りだ!」

 だが、おれの言葉は届かず少年の腰に毒のスライムは取り付いて……突如としてスライムの中から金属製の無骨な大きなベルトが出現した

 開いて内部の管が見える鋼の外装、中央に輝く赤い太陽のようなパーツ、どこかヒロイックなベルトだが、嫌な予感しかしない

 

 「そもそも君の妹は」

 『悪とは誰だ!』

 ベルトから響くのは、シュリの声に似た声音の音

 「悪とは人だ!」 

 『悪とは何だ!』

 「邪神どもの用意した間違ったこの世界だ!正しき『怒り(ラウドラ)』だけが正義!俺は……この世界を!妹を苦しめ殺す世界を!

 赦さんっ!!!」

 その言葉と共に少年はぐっ!と右手を振って顔の横で拳を握った。ギリリと音すらさせて握り込まれた瞬間、ベルトがそれにあわせて閉じ……

 

 「え?」

 アイリスがさらっと制御して止めていた合成個種ゴーレムがバラバラになったかと思うと、融け合い小さくなりながら装甲と化して少年に纏わり付く

 

 そして、一瞬後、完全に少年の全身が装甲に纏われると中央の赤い石に黒い影が降り、複眼だけが赤く輝く

 「俺は、俺はっ!太陽を墜とす日食の子!」

 「いや待て待てどうなってるんだ!?」



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黒鋼のLX、或いは怒りの戦士

「日食の子……」

 いや真面目になんだそれ!と思いながら仮面の戦士となったネズミ少年を見る

 何処かクジラを思わせる胸部に、凛々しくも何処かグロテスクな虫のようなマスク。其処に輝くのは赤き複眼で、全体的には漆黒。クジラとも虫とも……いや、腕はもっと別の動物にも見えて、正に合成個種(キメラテック)と呼ぶべきだろう。特徴としては、胸元に赤く輝いて刻まれた000(無限光)っぽいマーク。三匹の蛇……いや恐らく三つの龍の首が中央から三葉を描くようにそれぞれ円を描いて、それでアイン・ソフ・オウル(000)。特徴としては、中央の首だけ3/4くらいで太陽?を咥えるようにして止まり、完全な円にならずに隙間が空いている

 それが何を意味するかは分からないが……

 

 「お前は何者だ!」

 「俺は日食の子!そして『怒り(ラウドラ)』の御子!バージャタム!エルクスッ!」

 いや名前の由来が良く分からん!と叫びたくなる宣言を受けておれは相手を睨み付けた

 

 「アイリス!」

 「……ごめん。制御、出来ない」

 が、最初に呼んだ妹は小さく首を横に振る。装甲そのものは大元はゴーレムの筈だが、流石にそのまま操って変身解除とはいかないようだ

 「リセント子爵!」

 が、青年は(おのの)くばかりでまともに反応しない。びくりと震え、机の下に身を隠す

 ……うん、役に立たない!おれがやるしかない!

 

 「来い!」

 おれは叫び、愛刀を呼ぶ……訳ではない。流石に何か可笑しいとはいえ、民相手にあんなものそうそう振るうわけにはいかないので鉄刀を構える

 「イアン!」

 「その名で呼ぶな人間っ!」

 と、叫ぶイアン。本名は確かイアン・バルクス。一応原作ゲームでは攻略も出来る筈なんだが!こうなるともう話はおれでは通せない

 ならば!

 

 「アイリス!唯一話を通せそうな」

 「もう、ゴーレムで運んでる」

 「話が早い!」

 妹がどうこう言って変身しだした以上、彼を止めるには実は生きている妹を隠し場所から呼んでくるのが手っ取り早いだろう。そもそも妹がゴーレムの材料にされて死んだというのが勘違いなのだから。そう判断しておれはアイリスと軽く意志疎通すると時間稼ぎの為に黒鋼の戦士に向き直った

 

 「イアン、お前は間違っている」 

 「違う!間違っているのはこの世界だ!悪は俺達を虐げる世界そのものだ!」

 血走った赤い複眼に正気は無く、おれは唇を噛んだ

 原作の彼にこんな頑なさは無い。もっとおれがゲームではとたかを括らず話し合っていれば変わったのか?それともこれが心の毒、世界を腐らせるアージュの毒の力だとすれば、早期に気が付いても……

 そんな弱気な心を振り払う

 

 「違う!」 

 「何が違う!貴方は忌み子だ!散々酷い噂も聞いた!だからこそ、苦しむものの気持ちが分かるとっ!

 世界を!変えるために動いてくれるのだと信じていた!

 だが実際はどうだ!答えろ!答えてみろぬくぬくとした人生を送り!同じように……いや、より虐げられた者達の嘆きを聞きすらしない裏切り者!」

 ぶん、と手を振り、仮面の戦士はベルトに手を当てた

 

 「っ!イアン!」

 「ソル!リボルト!」

 同時、ベルトの日食して黒く染まった赤い宝玉から引き抜かれたのは、一本の光輝き渦巻くオーラの杖。実際にリボルビングというか、杖として握り手部分以外が回転しているのを感じる

 

 「っ!話を聞け!」

 「問答無用!貴様を赦すわけにはいかない!」

 暴走しているとはいえ相手は民で、一応は攻略対象。斬るわけにもいかずに刀を盾にするも……

 

 「お兄ちゃんっ!」

 「っ!ぐっ!」

 横凪に振るわれた光杖に触れた瞬間に鉄刀は溶かし斬られ、ギリギリで避けるも余波で服の胸元が軽く燃える。赤熱しているという話か、厄介な!

 「っ!月花迅雷よ!」

 更に振りかざされ、大上段からおれの脳天めがけて降ってくる光杖に対抗すべく、今回は使わない筈だし威圧したくないと持ち込まなかった愛刀を召喚、何とかその澄んだ青い刃で受け止める

 光と龍水晶、二つの蒼刃が打ち合い、硬質な金属音が響き渡った

 

 割と耳障りだが、ネズミの亜人である彼の方が聴覚は良い、これで……

 「はあっ!」

 聞こえてないな!装甲してるからか!

 さらに振るわれる杖を愛刀で受けながら、装甲された少年の膝を思い切り蹴って後退。かなり堅く、正直アイアンゴーレムを蹴る方がマシな感触。しかもおれより小柄だというのに、そうされても体躯は微動だにしない

 流石に纏われただけで強くなりすぎ……でもないか!ヒーローなんて変身したら強いもの!いや、ヒーローと認めたくないけどさ!

 

 「っ!」

 ごほっ!と血を吐く。斬られた印象は無いが……と一瞬霞んだ視界で相手を睨む

 「ちっ、毒か」

 此方へ向けて光杖を構える黒鋼の戦士を見て、おれはもう一度血を吐き捨てた

 クジラの潮噴きのように、戦士の背中側の首筋から赫い粒子が噴き出している。それが触れた芝が枯れて10秒も経たずに腐葉土に変わり、木製のテーブルが腐り脚が折れる

 

 「イアン!いや、LX(エルクス)!そんな毒を周囲に撒いて、自分も無事では済まないだろう!

 もう止めろ!」

 愛刀を同時に召喚しようと思えば付いてくる鞘に納め、敵意が無いように見せながら(本領は抜刀術なおれからすれば納刀してた方が正直強いので形だけだ)おれは叫ぶ

 

 「この痛みは、体が溶ける苦しみは妹の、俺の味わった差別の苦しみ!

 その怒りが!貴様等に裁きを下す!この龍神の杖(ソル・リボルト)で!」

 「その前に自分が壊れるぞ!止めるんだ!君の妹だってそんなの望まない!」

 自分で言っててこれ逆効果だと思った瞬間複眼が更に赤くなり、噴き出す毒が潮といった趣を超え、蝶か何かの翼にも見える程に拡がった

 

 「貴様が妹の苦しみを語るなぁっ!

 正義の怒りだ!この間違った世界に苦しむ人々の叫びがある限り!俺は負けない!」

 「そんな事が、あるかぁっ!」

 後でアナ達が帰ってきたら七天の息吹を使って治す!だから今は!その覚悟と共に踏み込み一閃

 

 「刹華迅雷断!」

 鋼を切り裂く硬質な感触と共に、ぽろりと少年の右腕が地に落ちる。

 傷口から漏れるのは緑になった血と、ぐじゅぐじゅの腐肉。骨はまだ原型を残すが、装甲の下の腕の肉はほぼ腐り果てている

 

 「見ろ!お前はこんなになって」

 「正しき嘆きが!怒りが!俺を蘇らせる!貴様等に裁きを下すその日まで!」

 カッ!と輝く複眼、日食の下で煌めきを増すベルトの宝玉、そして怪しげに光る胸元のマーク!

 「何 度 で も だ!!!」

 噴出した緑色の毒が少年の腕に変わったかと思うと、再度装甲が周囲に出現して装着される!

 

 もうこいつ自分の大元の肉体どうなっても良いって感じかよ!?

 っ!どうする?どうすれば止められる?

 やはり……

 と、おれは一瞬だけ時を待って

 

 「死ね!悪魔の忌み子!怒り(ラウドラ)の正義の元に!」

 黒鋼の左腕が蠢いたかと思うと、左手に蛇の頭を模したようなバスター射出口が現れ、そこから赫い光が漏れる

 

 だが、おれはそれを見据えて息を吐いた

 「こんな悲しい戦いは終わりにしよう、イアン」 

 「黙れ!」

 「おっと、黙るのはそっちだぜ?」

 ダン!と少年の肩に撃ち込まれるや炸裂する弾丸。それにより銃口が逸れ、放たれるエネルギー弾は地面を抉り腐らせる

 

 「っ!誰だ!」

 「知らなきゃ言って聞かせようじゃないか!

 袖振りあうも多少の縁、躓く石も縁の端くれ!視線合わせりゃ繋がる縁!楽園紡ぐは笑顔の縁!悩みも苦しみも吹っ飛ばせ!

 ハッピーエンドを紡ぎ、悲劇を奪いに来た怪盗さ!」

 にやり、と微笑んで庭……ではなく屋敷の屋根に降り立つのは、右手に銃を構えた白桃色の青年。その背にはしっかりとネズミ獣人の妹の姿があった

 

 「俺様を呼んだろ、ワンちゃん?」

 「ああ、呼んだぜロダ兄!」

 「んじゃ、お届け物だ!家族は大事にしようぜそこの変身ネズミ少年!」




おまけ、えぬぽこ(@nnm_555)様から戴いたシュリちゃん(というかアーシュ)のチラ見せ
【挿絵表示】


ちなみに、此処から胸がもっとぺたんこになって髪が紫に染まって眼が両方緑になると今まで出てきたシュリちゃんになります。といっても、次に出てくる時にはこっちの外見に変わってるので……


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赫、或いは降り立つ少女達

「……?」

 よっ、と屋根上からぽんと放り投げられるネズミメイド少女。ひょいと何時ものアバター分身したロダ兄(犬耳)が下でその体を受け止めて安全に地面に下ろす

 

 「わ、わわっ!?」

 その行動に目を白黒させた少女はけれども兄の前に辿り着き……そして首を傾げた

 「……え、え?

 な、なに?わたし皇女様に危険だからって連れていかれて……それで」

 びくびくおどおど、きょろきょろと周囲を見るメイドの子。耳は垂れ、尻尾は丸まり、怯えが見て取れる

 

 「ひっ!に、にぃに、何処?」

 そして、赤く複眼を輝かせる兄の姿を見て、更に一段階びくりと肩を震わせるともう駄目だといったように逃げ出した

 そしてバランスを崩しながら腐り始めてぬかるみ始めた庭を駆けるとおれ……ではなくロダ兄の背後に隠れてちょこんと軽く顔を覗かせた

 

 「……まだやるのか、イアン」

 「イアン?に、にぃに……にぃに!何処?」

 「妹が呼んでるぞ、イアン」

 腰に愛刀を戻しておれは告げる

 

 「何のつもりだ」

 が、黒鋼の戦士は蝶に見える複眼を持つ仮面のまま、変身を解くことはない

 「妹の死すら愚弄するか、そんな偽物まで用意して」

 「……え、あれ、にぃに……?」

 びくっ!と耳を立てる少女

 

 「ど、どういう……」

 腐った机の天板を盾に震えていた子爵が天板の背後からひょこっと顔を出した

 

 「リセント子爵。貴方が欲望に駆られ、何らかの大きな成果を見せつけようとする事は分かっていた。そして貴方は合成個種使い。ならばそれは秘密裏に人を材料にする事で産み出せる自律稼働するゴーレムだろう

 そう判断して、貴方が今日に臨む為に、そう長くは持たない人間素材のゴーレム作成に入る前に、生け贄にされるだろうこの子を『アイリスが操るそっくりのゴーレム』と入れ換えておいた」

 貴方なら、何時も人前に姿を見せるアイリスがそもそも同じシステムのゴーレムな事くらい知っているだろう?とおれは子爵に少しの怒りを込めた視線を向ける

 

 「そう、貴方が作ったゴーレムはそいつを素材にしていた。だから、あいつアイリスが操っていただけなんだよ。自律稼働なんてとんでもない」

 まあ、実のところ他人のゴーレムを素材にゴーレムを作れるってある種の才能ではあるんだが、今回は誉めない。後で裁きを受けさせ、誰も結局殺してないし才能自体はあると情状酌量に使って罰を兵役のみで済ませる時には使う

 

 「……だから、イアン。君の妹は死んでなんかない」

 「にぃに」

 ロダ兄の背後に隠れたまま、小さく少女は兄に手を伸ばした

 

 「そうだぜ変身ネズミ少年。わざわざ覆水でも無いもんをひっくり返し続ける意味なんて、だろ?」

 その言葉に、変身が解ける。ベルトが毒になって水溜まりとして地に落ちる

 中身が大丈夫かと思ったが、服まで完璧なネズミ少年の姿が見えてほっとした。そして、ゴーレムが分離したかと思うと

 「……おやすみ」

 アイリスの一言で崩れ去った

 

 「ほら、アイリスが幾らでも干渉できるでしょう?」

 「にぃに、わたし、生きてるよ?」

 

 「……ロニ」

 それを見て、小さく少女の名を呼ぶネズミ少年。おれはそれに息を吐いて

 「にぃに!」

 「そいつ等から離れろ!」

 顔を怒りに歪ませて叫ぶイアン。ぐしゃっとその腹から毒が噴出し、消え去った筈のドライバーが再出現

 

 「え、にぃに?」

 「おぞましい者達め!ロニが狙われると分かっていた、分かっていながら!」

 赫い粒子が吹き上がり、展開した形態のベルトに更なるカバーが付くと……

 

 「イアン!もう止めろ!止めるんだよ!」

 「お兄ちゃんっ!」

 背後から聞こえるアイリスの悲鳴。思わず振り向けば……そこに居たのは、自身の胸に短刀を突き立てるラサ男爵の姿であった

 

 「ラサ男爵!?何を!」

 「ああ、おお、『怒り(ラウドラ)』の御子、我等がアーカヌムの眷!

 我が愛しきシュリンガーラ、この心を、命を貴女に捧げましょうぞ!」

 そうして、胸元に突き立てたナイフを捻り、青年は口元と胸元からだらだらと血を流しながら己の心臓を抉り出す

 

 っ!呆気に取られ対処が遅れた!止めきれなかった!

 唇を噛んで青年に駆け寄るが、既に鼓動する赤い果実はおれが手を伸ばせば握り締められてしまう位置にあり、もう戻せない

 

 「ラサ男爵っ!」

 くたりと崩れ落ちる体を支える。白い何時ものおれの服が血で染まっていく

 「……これが我が愛。さぁ、吹き荒れて下され、我等が神シュリンガーラよ!」

 ぱしゅっと、おれの前で心臓が弾け飛ぶ。撒き散らされた血が魔方陣を描き、天へと昇る!

 そして……

 

 「……ふん。遅い」

 思わず飛び下がったおれの手から溢れ、残された青年だったものを踏みつけて、災厄が降り立つ

【挿絵表示】

 

 「っ!アージュ=ドゥーハ=アーカヌム」

 「おや、僕の事を呼ばないのかい、何時ものように『シュリンガーラ』ってね」

 にぃと狂暴な顔を浮かべるのは、紫色の龍の神。大きな翼を拡げ、招来された龍の神はその何処か畳めばブースターにも見える翼から少年と同じ赫い粒子(いや多分彼女の粒子を使って変身している方が正しい表現だ)を放つその女性姿の神の名を、『シュリンガーラ』

 「ああ、分かっているさシュリンガーラ」

 だからおれは彼女をそう呼んで、敵意を抑え出迎えた

 

 『兄さん、分かっていますね?』

 脳裏に響く幼馴染神様の声に頷く。そもそも、分かってなければ彼女の事を『シュリ』と呼んでいる。本物の愛恋(シュリンガーラ)ならば、自分の事をそう呼んで欲しがるとしっかり分かっている

 そう、眼前のアージュは当たり前だがシュリじゃない。能力でコラージュした別人だ。あのコラージュ自体がアヴァロン=ユートピアによれば彼女が与えた能力のひとつ。ならば、当然アージュ自身が使えない筈もないのだ

 恐らくはラウドラかシャンタ、頼勇が伝えてくれたそのどちらかだ。その別の首が、かつて下門が使った能力でシュリのふりをしている、というのが現状だろう

 それが何の意味を持つのかは分からないがな!

 

 「分かってるなら良いよ、ヴィーラ。僕を邪魔しないでくれるかな」

 その言葉には頷く。正直な話をすれば、散々分かり合えないとは言われていたが、おれ自身シュリではないアージュと話したことはない。どちらなのかは分からないが、彼女の思考を……想いを確かめたい。だから刀を納め、動きを待つ

 というか、彼女もおれをヴィーラと呼ぶ辺り、シュリの冗談なんかではなく真面目に眷属化してるんだなおれ

 いや良いというか、そこまで懐に飛び込まなければシュリは独りぼっちだからむしろ好都合だが

 

 そういや、シュリにあんな翼は無かったなと赫い光を噴出する翼を見ながら思う。全体的にだが、シュリはまだ毒を撒き散らす事に怯えているように見えた。というか、翼自体生えてなかったから変身しても地竜だった

 だが、翼の大きな節……畳めばブースターなそこから毒を噴出する今のアージュの姿にその面影はない。これがシュリな筈もない

 「しかしシュリンガーラ、おれ自体『勇猛果敢(ヴィーラ)』と呼ばれている以上、現れた理由くらい教えてくれても良くないか?」

 「僕は正直要らないと思っているけどね、君。いや、そもそも分からないのさ、不完全な僕が『勇敢』を探していた意味自体が、ね。確かに眷属の六眼という点では価値があるのは分からなくもない。けれど……」

 露出の多い服装の少女龍神は、事も無げに胸元に手を突っ込むと、熟れたメロンのように豊満な胸の間から赫い石を取り出した

 

 「理解できないから、呼ばれてやったんだよ。僕はとても優しいだろう?

 そもそも来てやる義理も何もないけれど、回収だよ。君を殺しても正直意味ないからね今」

 「そう、か」

 あっけらかんと殺す価値があるなら殺してると言われて背筋が寒くなる。いざとなれば戦う必要がありそうだから、心の中で最悪変身できるように幼馴染神様を呼ぶ

 

 「ならば、何をしに来た?

 ああ、戦う気がないなら」

 と、おれはロダ兄に目配せする

 「あ、ワンちゃんの言ってたあれな?」

 おれの視線を理解したのか、青年は横のアイリスが持ち運んでくれていた包みを取るとひょいとおれに向けて放り投げた

 それを受け取り、中身を一応確認。間違いなく目的のものだと理解しておれはそれを、翼を拡げた毒龍の神へと差し出した

 

 「気持ち悪い、近寄るな」

 吹き荒れる毒嵐。翼のブースターから放たれたそれを受けて包みは解けるが、それを気にせず歩みを進める。幾らでも耐えられるし、耐えてやるさ。それくらいの覚悟は当に決めてきた

 

 「なぁ、アージュ。君はシュリとは別の首だろう?ならシュリに渡しておいてくれ、襤褸を着ているのは気になる」

 そうして、おれは包みの中身を差し出す

 そう、一着あげたが襤褸布を上から纏ったり時には解れたまま(そこらの鉄板より頑丈に出来ているのだが何があったのか破れていた)着たりしていたので服が案外無いのではと思い仕立てて貰ったシュリ向けの服だ。毒にも火にも勿論傷にも強い魔物繊維。ぶっちゃけ、鋼のフルプレートよりは二段階くらい軽くて頑丈だ

 拡げた訳ではないが女の子用のブラウスとスカートに一応ニーソックス、好みは分からないのでお任せにして貰った下着(パンツ)も一応。それだけではなく、露出を減らしたそうに襤褸を着ていた事に合わせておれの着ているものをイメージしたコートとブーツまで一式揃えた

 本来、こいつでラサ男爵との縁をシュリを通して維持しつつアイリスとの婚約までは駄目だって言うためのものだが、当人が敵としての正体を見せて居なくなってしまったから今縁者に渡しておく。これが恐らく敵意の無さの証明にもなるから

 

 「あっそ。分かったよ

 何だ、僕等の毒、一応眷属だからロクに効かないのか」

 いや、実は効いてるんだよな。ただ、シュリのフリしててもシュリとは眼が違いすぎるから矛盾してると思って解除できるだけで

 

 「っ!」

 服をひったくられたその瞬間、腹を履いたヒールで蹴飛ばされ、何とか寸前でガードしながら地面を転がる

 そんなおれに向けられるのは、ずっと同じ冷えきった視線

 

 「っ!アージュ!」

 「やっぱりさ、君要らないだろ

 僕は少なくとも、『勇敢』の存在を必要だとは思わない」

 そうだろ、と取り出した石を少女はぽいとネズミ少年に向けて放る

 その石がベルトに触れた瞬間、一気に毒が膨れ上がり、アイリスが破壊した筈のゴーレムの姿となる。いや、背に蝶の羽が増えた強化形態か!

 

 「だってそうだろ?怒りこそが勇気なんだから!」

 「ああ、そうだ!結局、あの人がロニを殺そうとしたことも!それを黙ってた忌み子も!何も変わらない!ロニが生きていたとして、また同じ裏切りが起こる!

 それを、俺は赦さんっ!変身っ!!」




ラフ画はえぬぽこ(@nnm_555様)によるものです。ぶっちゃけこれ正確にはラウドラちゃんではなく全首揃ったアージュではありますが、服装このままちょい幼くなったくらいのものがラウドラですので……
ちなみに、当然ですが以降シュリちゃんは今回贈った服装で現れるようになります
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変身、或いは憤怒の叫び

「バージャダム!エルクス!」

 そうして現れるのは二度目の変身体。それ相手におれは唇を噛んだ

 いや、どうする?そう思った瞬間……降り注ぐのは翼から放たれた赫い毒のビーム

 

 「っ!敵意はないんだがな?

 それに、貴女も別におれと戦いに来たわけではないだろう?」

 その言葉に、はっ!と龍神少女は嘲笑う

 というか、嫌な予感がするんだが……

 

 「そうさ、僕は戦う気なんて元から無いさ。ただ、ウザいから殺しに来ただけ」

 同時、ブースターのような翼から更なる大量のレーザーがおれを襲った

 

 シュリはもう少し……いやかなり穏健だったぞ!?と、飛び下がりながら心の中で叫ぶ

 始水が何度も警告してくれたが、本当にシュリって奇跡的なまでに話が通じる化身だったのかもしれない。いや、あまりそれを信じたくはないがというかまだ分かり合う希望を持ちたいが……厳しいかもしれない

 

 「面倒だから逃げないでくれるかな?そして死んでくれ

 別に良いだろう?《勇猛果敢(ヴィーラ)》?君が本当にそうならば、死なんて殆ど意味がない。ま、そんな筈無いと思うけどさ。だから、しょうがなく服は届けてやるから死ね」

 と言われてもなとおれは肩を竦める。シュリは生きているのは分かっている。あの肉体を破壊しても倒せた訳じゃない、何処かに居るだろう

 だが、それがおれにも適用されるルールかと言われると違わないか?

 

 「だから!」

 愛刀を一旦納刀し、天を貫くように振り上げる!

 ガギン!と放たれた赫いエネルギーを両断し、蒼い結晶刃が迸る四色の雷に煌めく!

 

 「始水!アルヴィナ!」

 一息置いて、更に此処に居るだろう皆へと心臓に力を込めるように唸り叫ぶ

 「御先祖様、下門、アドラー!行くぞ!『星刃、界放!』」

 最早遠慮も出し惜しみもすべき相手でも出来る状態でもない!星雷の輝きがおれの内側から沸き上がる魔神(せんぞ)の猛りと共におれを覆い、雷炎と氷、絶望と未来を背負う!

 

 「『愛!勇気!誇り!大海!夢!』」

 短縮した祝詞、御先祖様に合わせ言葉を紡ぐ

 「『溢れる(おもい)を束ね紡ぎ、創征の銀河へと』」

 始水の声が合わせてくる。シュリへ届かせるために、おれがほんの少しアップデートさせた言葉がぴったり唱和する

 

 「『『(GONG)を鳴らせ!

 "スカーレットゼノン・アルビオン"ッ!!』』」

 黄金の雷が轟き、尽雷の狼龍が咆哮をあげた

 「っ!変身だと!?」

 「ああ、そうだイアン!お前と……」

 脳裏でさらっと正体を教えてくれる始水。何となく予想はしていたというか当にイアンが答えを叫んでくれてはいたんだが、それが事実だと裏付けて叫ぶ

 「アージュ=ドゥーハ=アーカヌム 《憤怒(ラウドラ)》!貴女を止めるために!皆がおれに力を貸してくれる!」

 キッ!と結晶が形となったバイザーの下で彼を睨む

 

 「そんな怒りで、これ以上戦わせない!」

 「そんな怒り?本当に、人間とは愚かすぎる。この怒りが!想いが!お前達が呼び起こした裁きだというのに!」

 シュリの可愛らしいものに比べて明らかに伸びた八重歯を剥き出しにして、目を見開いた龍の神が吠える

 

 「そうだ!理不尽で残虐な人類への怒り!それが俺を呼び覚ます!」

 「間違いだと言ったろ、変身ネズミ少年」

 「黙れ!お前もおぞましい裏切り者なのか!その耳も翼も、尻尾も左腕も!何もかも飾りなのか!神に人に!理不尽に虐げられてきた亜人の怒りと誇りはないのか!」

 ロダ兄相手に抜き放った光杖を突き付け、血の涙でも流していそうな声音で少年は吠えるが……

 

 「いやな?別にこいつも飾りじゃねぇしそれで差別もされたがな?俺様はまーったく、世界にも人々との縁にも絶望しちゃいないぜ」

 それを意に介さず、白桃の青年はからからと笑う。まるで諭すように、優しい態度で

 「どうしてだよ!」

 「はーっはっはっ!そもそも変身ネズミ少年!アンタだって別に恵まれてないって訳でも無いだろ?

 拾ってくれる人もいた、そいつの悪意から庇ってくれた人も居た、心配してくれる妹も、引き戻しに伸ばされる手も、全ては縁よ!どうしたどうした、自分一人で完結して閉じ籠ってちゃ、世界なんて何処にもないぜ!」

 「最初は悪意から始まった」

 「そうだ、人間など、心など!全て醜い欲望の発露!(シュリンガーラ)勇気(ヴィーラ)?馬鹿馬鹿しい、おぞましい!」

 すらりとした腕をぴっちりと覆う黒い手で少女龍神は右目を抑える

 

 「そんな優しさなどまやかしだ!全ては悪意を誤魔化す醜悪な塗飾!それをさも正しく尊いものであるかのように嘯いて、貴様らは僕に何をしてきた!」

 「分かるかよ、そんなもの!」

 言っちゃダメだろ、と思いながら叫ぶ

 そうだ、おれがシュリに向けてきた想いも、感じた事も何もかも、表面だ。あの子の心の奥底に何時もあった絶望なんて、何一つ本当に知っちゃいない!

 それでもだ!

 

 「君の過去は君の過去に過ぎないだろう、ラウドラ!」

 「そうだぜそこの毒龍神!自分から世界を閉ざしちゃ変われない、だから俺様は縁を紡ぎ世界を見続ける!」

 

 「……都合の良い言い訳を!」

 っ!平行線!シュリならばそこで迷ってくれるぞ!?ってそうだな、対峙すればするほどに痛い程理解できる

 

 「というかだ!一応僕等の眷属だろう貴様!!何を無礼を働いている!」

 「ああ、眷属だとも。だからおれはシュリンガーラを一人にしない。手を伸ばす!それだけだ!

 その為に!今は間違った怒りを止める!!」

 そう!おれはシュリに願われた眷属、勇猛果敢(ヴィーラ)だとしても!そうある事と……お前を止める事は矛盾しない!シュリの根本にある何かと、そもそも今の世界を滅ぼすアージュ=ドゥーハ=アーカヌムの存在の方が矛盾しているのだから!

 とはいえ、ロダ兄にはエクスカリバーも無いし、実質1.3vs2くらいの差があるから攻めに攻められない!倒さなくて良いとしても、不利は不利!

 

 「ああもう、理解出来ない!何だその矛盾は!

 こんな理不尽、良くもまあ昔の僕は耐え、あまつさえ寄り添おうとしたものだ!全て怒りで祓う事だけが、たった一つの正解だというのに!

 正義も勇気も、全てを討ち滅ぼす怒りの中にしか無い!

 欲望を押し付けることが正義か!それを受け入れ耐えることが勇気か!紛い物の正義を振りかざして僕に挑むなぁっ!」

 「そうだ!人間は悪!世界も悪!間違った世界における間違いなど!正義に同じだ!」

 その言葉に、ひっ!と怯えたようにネズミ少女は完全にロダ兄の背にしがみついて隠れた

 

 「……本当かよ、少年

 今もアンタに怯えてる妹が死んだって思った時、アンタ何を感じた?怒りだってなら、何にだ?」

 「ただ、主を気取っていた悪魔と!助けなかった忌み子と!理不尽な世界にだ!」

 

 その瞬間、おれの背から嵐が起こり、一つの影を呼び起こす

 それは、黄金の髪と混沌の瞳をし……なぜかおれっぽく水晶のガントレット等各部を武装した上で何時もの黒翼の他におれの背のブレードウィングっぽいオーラの翼まで生やした四枚羽根の魔神王シロノワール

 「シロノワール!」

 おれの声に応えるように、青年は静かに結晶の槍グングニルを構えた

 

 「私も大切なものを奪われた事はある。だから今此処に居る

 だが、だ。貴様の言葉には太陽の精神も鋼鉄の決意も、貫き猛る意志の片鱗も見えはしない。空虚な怒りに振り回される、憐れな人形が

 そんなものが、妹を護る者だと?私の神経をあまり逆撫でするな、不愉快だ」

 「つまり!」

 「ふん、あれは私の裁く敵だ、付いてきたいならば精々邪魔をするな」

 ロダ兄の言葉に翼を打ち振るい、魔神王は澄ました顔で告げる

 ……ツンデレかお前は!

 だが助かる!エクスカリバー程ではないとはいえ、グングニルとて蒼輝霊晶の武器、火力は十分!あの謎変身にも立ち向かえる!

 

 「ああ、任せたシロノワール!おれは、神様にお帰り願う!」

 「……ああもう、ウザい!煩い!」

 が、その瞬間、赫いオーラが膨れ上がり、庭全体に炸裂した

 その最中、おれに向けて飛んでくるものを左手の鞘で受け!

 

 「お前たち人間が欲しかったのはアマルガム(これ)だろう!おぞましい!くれてやるから、僕の前から消えろぉぉぉっ!」

 刹那、おれの全身から無数の雷撃と冷気が迸った

 「っ!?ぐ!がぁっ!?」




おまけ、えぬぽこ(@nnm_555)様から戴いたラフで作ったラサの名前の解説的なアレ
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ラウドラ(憤怒)だけ無い?そもそもラウドラちゃんがぶちギレて叫んでいますが、アージュは兎も角その大元の姿は自分が痛いから他人にもこの痛みを与えちゃいけないと溜め込んで耐える、何をされても反撃してこないから虐め放題酷いことし放題の美少女皇龍ですのでそんな感情ありません。酷いことされたら涙目で震えるか逃げるかするだけです。
まあ、こんなんだから闇堕ちした状態のラウドラってキレ散らかしているんですよね……


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虹の祈り、或いは新たなる姿

「っ!ぐぎっ!?」

 全身から吹き荒れる雷と冷気、これは……

 そうか、ティアーブラックのやってきたものと同じような覇灰暴走か!

 

 寂しい、辛い、苦しい……様々な死んでいった者達の負の想いが冷気となっておれの全身を凍てつかせていく。制御しきれない、抑えられない、全てが凍り付いていく

 それでも何かをと動こうとするがそれすらも出来ない程に固まっていって……

 

 「アマルガムは効くだろうヴィーラ?君達人間が求めた心の毒、存分に味わって死んでいけ。君だって覇灰側、おぞましい絶望を纏う者。その絶望で滅びてしまえ」

 求めた……とは

 そう叫びたいが、口を開こうとしても装甲が氷の拘束となり、喉が凍りついて息すら通らず声にならない

 

 ……どうする

 どうすれば良い?あの時の頼勇達のように為す術無くなんて訳にはいかない!だが、そんなのあの時の彼等だって同じだった筈だ。暴走する絶望の冷気、制御が効かなくなった覇灰の力の一端を押し留めることなんて……

 

 だが、その瞬間。首筋にふとふわりと暖かなものが触れた

 それは……

 「お兄、ちゃん……」

 首筋にしがみついてくる小さなオレンジ色の仔猫の姿。そう、アイリスのゴーレムだ。人間姿のものでは吹雪く暴走の影響をあまりにも受けるからか小さく纏まったゴーレムを操るアイリスが、自身も半ば凍てつきながら懐まで飛び込んできていた

 

 「あ、う……」

 響くのは苦しげな声。一人だけゲームで撃破されても何の影響もない(普通死ぬし、何なら特別枠の始水(ティア)ですら数話の間は戦闘形態取れませんと離脱する)事から分かるように、本来ゴーレムって倒されても本人に影響がないくらいのものだ。それが明らかに術者が苦しそうな声をあげるのは可笑しい。あり得ないダメージが本人にフィードバックされている

 可笑しいのだが……そもそもこの冷気自体が世界的に存在しない覇灰の一端、そんな矛盾も起こるか!

 

 「駄目だ、アイリス」

 凍てついた喉で、何とか言葉を絞り出す。それだけで痛みが走り、肺に無理矢理凍った声帯を震わせた事で割れて溢れる血が流れ込む

 

 「駄目じゃ……ない」

 「体が、持たない」

 「お兄ちゃんも、同じ……」

 「だから!」

 「だから……一人に、しないで……」

 そのまま少しでもおれを暖める防寒具にでもなろうというように、ゴーレムは必死におれに覆い被さる。頑丈さだけは馬鹿げたおれとは違う少女の幼い悲鳴がおれの耳に響き渡り、周囲の猛り狂う霰に掻き消されていく

 

 くそっ!と毒づく。このままでは飛び込んできたアイリスが先に力尽き、そのままおれも凍り付く。そんなの

 

 『一人に、しないで』

 

 そんな妹を!おれは!

 

 その刹那、おれを庇い、おれから噴き出す冷気でズタズタにされて内部が見えたゴーレムのコアが、暴走する愛刀と共鳴するように光った

 

 不意に体が楽になる

 あれだけ遺志を剥き出しに荒れ狂っていた凍てつく嵐が収まっていく

 代わりにおれの全身を覆うのは、アイリスの心からの叫びに呼応したような寂しさと悔しさ

 

 そうだ。そうに決まってる。どれだけ恐ろしくされていても、世界を灰に覇する力に変わっていても!大元は人々の絶望

 それを始水は語ってくれた。死が産む苦しみと絶望からそれらを排する為に生というシステムを、生きてきたという人の歴史そのものを終わらせんとした慈悲の救世主、それが覇灰皇

 そんな彼の感じてきた死の絶望のなかにはきっと、大事な人を遺していく悲しみ等が無数に含まれていたろう。その想いが、切なる願いが……アイリスの決死の叫びによって呼び覚まされた!

 

 ならば!行ける!制御が効かないから力は暴走していた。こうして、アイリスの想いに共感してくれている今ならば!

 敵を倒す想い、撃滅の雷に変える何時もの方式ではなく!そんな荒れ狂う怒りではなく共に生きたかった想いを紡ぎ!

 

 「アイリス!行くぞ!」

 「任、せて……」

 「シンギュライド!feat.アルコバレーノ!」

 想い描くままに叫ぶ

 刹那、妹が乗っていたゴーレムがイアンの装甲のようにおれに飛び込んできて鎧と変わり……全身の装甲がほぼ全て蒼輝霊晶であった素の姿から一転、猫のような兜を被った新たな鋼の騎士として姿は新生する!

 

 「「スカーレットゼノンッ!アルコバレーノ!アルビオン!」」

 「……っ!」

 「教えてやる、ラウドラ!」

 そうしておれは、全身を覆うように展開された妹の想いを感じて、暴走を収めた愛刀を鞘に納めるとぽい、と地面に置いた

 

 「……は?」

 「戦うばかりが勇気じゃない。貴女と戦う気はない、何度も言ってきた筈だ」

 「何を言っているんだお前は!?僕はっ!貴様に死んで欲しいだけだ!他に何も求めてない!それすら難しいのか!」

 「……ああ!」

 

 その瞬間、少女龍神の背から放たれるビームがおれを襲う

 「結晶を脱ぎ捨てて!死に急いだのかい?」

 「違うさ」

 が、それはおれの眼前で止まる。戦うために、速度を上げようが耐えきれるように全身に結晶の装甲を纏う素のアルビオン形態は確かに強い。今の姿より大元の防御力、機動力、そして火力も上だろう。だが

 

 「そもそもだ。アイリスの想いがおれを護ってくれる。おれ自身が硬い必要なんてないんだよ」

 愛刀から放たれる障壁がおれと、そして置いていかれている子爵とそのメイドを護るように展開され、ビームを受け止め消滅させる

 

 そう、今のおれ……スカーレットゼノン・アルビオンは半ば生きたAGX状態、それもアイリスの願いが産んだ大事な人と生きたかった願いに想いを集約した姿!元より護るための障壁展開には長けている!

 素の装甲が結晶で無くゴーレムになろうが、アイリスと共に盾を産むから事実上無意味な弱体化だ。まあ、火力と機動力は実際大幅に落ちたままなんだが……これはおれに無かった生存特化の姿だ、火力なんてそんなもの今は要らない

 

 「お前は!」

 何処か忌々しげに龍神は叫び……

 

 「帰る」

 自棄にあっさり、その姿を霞ませていく

 「紛い物の願い人どもが。本音はもっと醜いだろうに

 でも、良いよ、僕は寛大だからうざったい君達にも暫くの猶予をあげる。その間に死んでおいてくれないか?

 帰るぞ、そこの!」





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恐らくは来週くらいには公開できると思います。cv:犬塚いちご(@shiba_15_)様、イラストはえぬぽこ(@nnm_555)様という前回と同じ最強タッグです。え?声が同じ?大丈夫大丈夫、プロ声優ですから。


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閑話 銀と紫

「……ああ、もう!」

 短距離移動して転移先で何者かに抉り取られた場に水が溜まったろう湖に要りもしない服を投げ捨てて翼から可燃毒をばら蒔き着火。火事の中ひとしきり怒りを周囲に叩きつけたあと、一息置いて龍神ラウドラは本拠地へと舞い戻った

 

 「全く使えない!僕を呼び出しておいて!あれしきの時間で効果が切れるなんてやる気が無さすぎる」

 そう毒づき、けれども良く浮かべる怒りの表情を(じぶん)と同じような気だるげな顔に変えつつけろっと少女はその話を打ち切った

 「まあ、所詮人間の浅ましい欲なんてそんなものだけど」

 拡げていた翼を畳み、紫の龍神はぼやきながら己の本体……一番今の堕落と享楽(アージュ=ドゥーハ)の亡毒(=アーカヌム)に近しい首である《平穏(シャンタ)》が何時も眠っている玉座のある場へと足を運び……

 

 「捨てるとは酷くないかの儂よ」

 其所には、捨てた筈の服を身に纏い、巨大な尻尾をご機嫌に左右に揺らす銀と紫の龍神少女が居た

 「……シュリンガーラ」

 紫メッシュが入り、毛先に向けて紫に染まっていく銀髪をした少女はラウドラと同じ形状をしていて、けれどもほぼ銀色な行儀よく畳まれた色違いの翼を少しだけ開いてそれに応えた

 

 「む、どうかしたのかの儂よ」

 「その翼、何処から出てきた」

 怒りを顕に、自分より頭一つは小さな銀色になった龍神に詰め寄る未来の姿

 

 《愛恋(シュリンガーラ)》、《憤怒(ラウドラ)》、《平穏(シャンタ)》。それらは総て本来の三首の毒龍からそれぞれ龍尾、龍翼、龍角の形象を分かたれて三つに分裂した首である。そう、知る限り愛恋の個体に翼はない筈なのだ

 だというのに、何処か自慢げに……右角が根元から折れた小さな二角を誤魔化すように髪の一部をお団子にしたお団子ツーサイドアップとでも呼ぶべき髪型で、巨大な翼を生やしたその姿は、小さな本来のアージュにも見えた

 

 「何なんだその姿は!」

 「これかの?儂が捨てた服じゃが、折角儂のヴィーラがくれたものじゃから拾ってきたんじゃよ?全く、捨てないでくれんかの」

 ぱたぱたとサイズが合っていない……いや、わざと少し大きめに作られたコートに隠れた左手を振るシュリンガーラ

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 「ま、胸元はサイズが合っておらんからキツいんじゃがの」

 と、ボタンを緩めるしかなく露出してしまった胸元を覗き込み、銀の毒龍は恥ずかしげに白地に赤いラインの入った……彼女の言う運命が良く着ている外套の色合いを再現したコートの前を閉めた

 

 「違う!そんなことは聞いていない、何なんだお前は!?シュリンガーラじゃないのか!」

 「いやの、そう怒るでないぞ儂よ。儂は儂、シュリンガーラじゃよ

 ま、この姿は言うなれば、儂の人格の再現モデルであるかつての儂、『アーシュ・アルカヌム』。ヴィーラを眷にしたお陰か、この姿を取れるという訳じゃよ」 

 左右で色が違う……かつて毒に色が染まる銀龍であった頃の黄金の色を取り戻した右目を残して左目を瞑りウィンクしながら、楽しげに龍は告げた

 

 「ま、外見だけじゃがの。儂は儂、アージュ=ドゥーハ=アーカヌム。再現に過ぎぬ過去の姿になろうとも、堕落と享楽の毒龍である事に変わりはないとも

 故、言うなれば分割した翼を出せるようになり、こうして毒の制御も強くなって……」

 けらけらと愉快そうに微かに弾む言葉とは裏腹に何処か困ったような笑みを浮かべ、銀龍はツーサイドアップを垂らして語り続ける

 

 「儂という個体の弱点であった物理的な能力の低さ、が改善されたという、それだけの話よな

 そう怒り焦るでない未来の儂よ。儂は絶望を知らぬ頃のアーシュの姿であれど、到底そんなものにはなれぬのだから。敵対などせぬよ、当然」

 

 じゃから、と太く大きな尻尾を振り、銀龍は翼を拡げ、また閉じる

 

 「心配などせずとも良い」

 そして老獪な喋り方を一番幼い姿と幼い声で語る邪龍は、世界を滅ぼす前の姿を貰った服に包んで御満悦に、気楽に闇と毒に染まった頃の自身に語りかける

 

 「そも、儂がアーシュならば仕掛けなどせぬよ」

 「ああ、あの男。まあ暫く使って壊れたらそれまで、程度。分かりきった気になっているけれど、僕の怒りの片鱗程度で良く言うものだよ」

 仕方なく納得したように翼を閉じ、龍神ラウドラもそれに乗った

 

 「って待てシュリンガーラ。それとその服は関係ない」

 「そんな訳なかろ?これは儂に対して、儂の力を増させてくれた眷属たるヴィーラがくれたものじゃ」

 銀龍は興味深げにコートのポケットからひょいと一枚の紙を取り出し、萌え袖をたわませて指先を出して摘まみながらヒラヒラと振る

 

 「何でも元は妹のために用意したが、儂に出会って妹は要らんらしいから特急で仕立て直して貰ったらしいの

 ま、その代金の18000ディンギルとやらの価値は儂も知らんが、それだけこれは儂の為に作られたもの」

 言いつつ、此処ならまあ良いかとばかりに少女はコートの前の留め具を再度緩めた

 隙間から見えるのは清楚なブラウス……をキツく押し上げてボタンを止めることを許さず何処か淫靡に変えてしまう大きな胸。眼前のラウドラ、そしてシャンタには負けるが既になだらかな丘陵とは到底呼べない存在感を持ち、小さく幼い全体像にアンバランスさを醸し出している

 

 「胸と翼に関しては儂の運命(ヴィーラ)と関わっていた頃に比べて中々にこの姿でも大きいから合わぬが、毒にも火にも傷にも非常に強い、あやつの想いの詰まったものじゃ。それを捨てては心毒の龍失格じゃろ

 本来の儂や昔の姿からして、あの儂が幼さに合わせ小さく設定しすぎたというもの故、サイズは合わなくても仕方なし。……肌着が下だけなのは気が効ききらぬがの」

 それが何故か嬉しいように閉じた状態では何処かブースターにも見える三節の骨が異常発達しており毒を噴射する機構がある翼を打ち振るい、銀龍は語った

 

 「何が言いたい」

 「女慣れしてなくて面白いじゃろ?儂のヴィーラ、中々だとは思わんかの?」 

 「はっ!くだらない怒りの毒を受けただけのネズミの方がまだマシだよ。あそこに留まるだけの力をもう少しあのゴミが用意してくれていたら殺して……

 いや、殺せなかったから帰ってきたんだけど。抵抗するなんて、あいつ本当に使えない!」

 苛立たしげに石の床を踏み砕くラウドラ。それを何処か悲しげに眺めながら、銀龍は目を閉じた

 

 「最早人の心が分からぬ儂等には分からぬよ、本当に想われている事も、の

 それはそれとして、まあ本当に儂の味方として動いてくれるよう策は既に完了しておるからの。後は芽吹くのを待つだけじゃ」

 

 と、その瞬間……毒嵐と共に何かが落ちてくる

 

 「無事回収できたんじゃな」

 「糞っ!クソクソっ!ロニっ!

 1vs3では取り戻せないが、下手に悪魔どもに絆されてっ……!」

 その言葉を紡ぐのはラウドラの力を受けた戦士、イアン。それを受けて、面倒くさいとばかりに銀龍は玉座を立ち去り……

 総てを玉座の上で、シャンタと呼ばれる一番歳上姿の邪龍は微睡みながら聴いていた




ということで、こちらの外見でシュリちゃん敵兼ヒロインとして本格参戦です。元々デレまくってましたがね……

力が増したとか言って、外見が光堕ちモード化してる時点で普通に可笑しいんだよなぁ……なおラウドラもシャンタも自己完結しかしない他人に興味ない奴なので気が付かない模様。


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後片付け、或いは急転直下

突如姿を消したラウドラに、おれは刀を納刀したまま腰に構える。何処かから奇襲を仕掛けてくるのか、それとも……

 

 だが、(あか)き毒光を放つ紫翼の龍神が急襲してくる気配はない。暫くして、完全に何処かへ……というか恐らくは本拠地であろうトリトニスから更に向こうへと姿を消したのを感じて、おれはふぅと息を吐くととん、と愛刀の柄を叩いた

 

 同時、変身が解除されてぽん、とおれから猫ゴーレムが分離する

 「お疲れ様、アイリス」

 そんなおれへ向けて粒子砲が放たれるも、無造作にシロノワールが槍を振るい叩き伏せた

 

 見れば、苦々しげにイアンが粒子に包まれて何処かへとラウドラを追うように逃げていくところであった。それを寂しげに耳を伏せて見送るのはメイドの少女で、そんな彼女を護るようにひょいと二人に分身したロダ兄の片割れがその体を背負い、傷だらけのもう一人が剣を持って盾となっていた

 

 「にぃ、に……」

 「お前なんか」

 「んな事言うんじゃねぇよ、家族って縁は切れやしないんだから」

 背の雉の翼を閉じて、ボロボロの方のロダ兄がそう告げ、黒鋼の戦士の姿も完全に消えた

 

 「って事で、本日はこれまでって事にしようか。また次回お楽しみにって話だな」

 と、パン!と手を叩いたロダ兄が締める

 「次回があるのか」

 「無きゃ困るだろ?こんな不完全燃焼、あっちに本気で決着をつける気が無いままに終われないってこった」

 けらけらと青年が笑う。釣られたように、蒼白な顔を続けていたネズミ少女がほんの少しだけ顔を綻ばせた

 

 「……シロノワールは無事か?」

 「聞くほどか?」

 「だろうな」

 見ただけで分かる。ただの確認だ

 

 それを終えて、おれはゴーレムを見る

 うん、普通に動いてるし平気そうだな

 「アイリス、ゆっくり休んでくれ」

 「……うん」

 素直にぷつっと電源が落ちたように猫ゴーレムが停止した。というか、今回はアイリス本人居ないんだよな此処には。ゴーレムだけだ

 だから、これでひと安心

 

 そうして仲間の事後処理を終えて、おれは二人に向き直った

 既に完全に事切れたラサ男爵。その遺体は最早ミイラってくらいに乾ききっている。その彼は……敵であったことは確かなので後で簡素に葬ることにして、今は残された子爵組だ

 

 「んじゃ、任せんぜワンちゃん」

 と、丸投げしてくるロダ兄。信頼されているのだろう。だから間違えるわけにはいかない

 

 「リセント子爵」

 呆然としたままの彼に話しかける。返事はないが、一応此方を見た

 「イアンの事は……何と言って良いか分からない。だが、貴方が奴隷を私利私欲の為に殺そうとした事が、彼の暴走の引き金になったことは確かだ」

 虚ろな目で頷かれる。いや、もう少し何か反応してくれないだろうか

 

 「リセント子爵。ロニ・バルクス殺害未遂、及び奴隷法違反で帝国皇子として貴方に求刑する

 終身懲役。貴方がもたらした災禍、イアン・バルクスの暴走を止める日まで、貴方に対して機虹騎士団においての対処義務を与える。当然、これは懲役だから最低限の生活費以外は出ない」

 元々こうする気だったものに近いものを、おれは座り込んだままの青年に対して片膝をついて目線を合わせながら告げる

 それに対して、小さく青年は頷いた

 

 「あと、一応告げておく。貴方はアイリスの婚約者には相応しくない」

 「……間に、入れる……はずも、なかった……」

 いや誰と誰の間だ。おれとアイリスは兄妹だぞ?

 

 思わず半眼になって突っ込みかけるが堪えて、おれは背後を振り返る

 うんうんと頷くロダ兄。割と合ってたのだろう……というか、この対応を期待して投げてるだろうな

 

 「ロニ、君はどうする。このまま彼の元で、お兄さんが帰ってくるまで」

 「やだ!」

 ぴっ!とロダ兄の背後に隠れるネズミメイド。うん、まあご主人様にゴーレムの素材にされかかって、はい元鞘とはいかないか

 

 「どうする、ロダ兄?」

 「いや別に、これも縁よ。俺様が暫く面倒見るぜ?」

 気にしてなさげに手を振る青年に、おれはそうかと軽く頷いた

 

 「んまあ、ただ俺様この国の国籍とかまともに無いから、ワンちゃん用意してくれよな?」

 「あ、」

 

 そういやすっかり忘れていた……。一応ロダ兄って外国人だったわ。外国人が奴隷を形式的にとしても持つのは不味いし……

 「じゃあ頼むよルパン準男爵。こちらで騎士の位と爵位は用意するから」

 と、おれが選んだのはそんな道。そう、頼勇と同じく騎士団に組み込んで騎士にしてしまう手段であった

 「オッケー、任せなワンちゃん!

 んでよ」 

 と、青年の指がおれの胸元を指差した

 

 「その赤いの何だ?」

 見れば、おれの服の胸元にはラウドラから放たれた……確かアマルガムとか言う名前の結晶が軽く刺さっていた

 

 何だろうなこれと少し考えるが、割と早く結論が出る

 「多分だけど、奇跡の野菜の大元……かな?」

 シュリが色々話してくれたが、かつての彼女は特定の毒を求めて生かされていたらしい。そして、ラウドラはこれが欲しいんだろと叫んでいた 

 つまり、これこそがかつてのシュリが生産を求められた心毒の結晶なのだろう

 

 「んー、ま、俺様に何とか出来るもんでもないか。帰ろうぜ」

 その言葉に頷いて、おれは皆を伴って屋敷を出る。途中で騎士団に子爵を預けて幾つか手続きがあるのでロダ兄達とも別れ、足取りはあまり軽くなく学園への家路につく

 

 ある程度元のゲームでの話は知っていて、それでここまで酷いことになるとは……まだまだ反省し足りない気がして

 そうして、学園に戻ったおれを待っていたのは

 

 「……エッケハルト様は、何処か……」

 「っ!異端抹殺官殿!?」

 両腕が肩から無く、片足が膝先で千切れたものを魔法の靴で何とか補強した。そんな死に損ないの一度だけ出会った青年と、どうしようかしらとでも言いたげなノア姫、あわあわしている桜理であった

 

 「何があった!」




次回予告

「頼む、ヴィルジニー様を……救ってくれ。聖女様、エッケハルト様……」
死に行く者から託されたのは、かつて助けた少女の未来。
「お願いだ。己を神と思う教王ユガートを……」
対峙するのは、出来ればまだ戦いたくはなかった、銀腕の超兵器と、アステールを実質人質にした青年。
避けられぬ運命が、聖教国へとゼノ達を導く。
其処で起きるのは、どうしようもない戦い。戦力不足のままにアステールの……託された想いの為に聖教国の為に奔走する中で、一つの雪花が覚醒する。

次回、蒼き雷刃の真性異言(ゼノグラシア) 第二部四章 極光の聖女と強斧の救世主エッケハルト

『そうです!だからこそわたしたちは戦うんです。
聖女様だからじゃありません。七大天様が見守ってくれているこの世界は……わたしたちが生きる世界なんですから!神様の奇跡を信じるだけじゃなくて、自分達で護りたいから。
だから、わたしに龍姫様は力を貸してくれたんです!忌み子だ何だ非難されても必死に世界を護る、わたしの大好きな人を助けるために!』


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おまけ、簡単なキャラ解説(2部3章インターミッション)

キャラ増えまくったのでおまけとして作った簡易キャラ紹介です。こいつ誰だよという時にでもご覧ください、どんなキャラかは兎も角どこのどいつかくらいは大体分かります。たまに加筆修正します。

イラスト:ぽん酢様(アイリス、アステール、サクラ、リリーナ、ノア、始水)、七瀬あお様(ゼノ)、水美様(アナ、アルヴィナ)、えぬぽこ様(シュリ、アージュ)


攻略対象勢

【蒼き雷刃の真性異言(ゼノグラシア)】ゼノ

【挿絵表示】

今作主人公。忌み子と呼ばれ恐れ嫌われる呪われた皇子。結果的に生じたメサイアコンプレックスにより誰かのために命を投げ棄てるような性格。前世(獅童三千矢)のサバイバーズギルトと共にかなり尖っていたが、最近は改善してきている。

だが、責任感はかなり強く、幾多の託された想いが完成させた愛刀、湖・月花迅雷と共に総ての運命に立ち向かう。

そんな性格が、地位は高いが面倒な女の子にだけは突き刺さるのか、周囲からはこいつ高貴な女の子のヒモになるのが天職か?とかネタにされることも。

 

【特命を継ぐ銀腕】竪神 頼勇

親友にして相棒。南方の国倭克出身の、魔神に故郷を滅ぼされ他に同じ苦しみを味わう人間が居て欲しくないからと旅を始めたスパダリ系攻略対象。父の魂レリックハート、かつてこの世界に不時着した異世界の神が残した切り札、LI-OHと共に神々に立ち向かう。

欠点らしい欠点は親の仇と決着を自分で付けたがるくらいしか無く、女の子からはモテるが誰とも付き合っていない。エッケハルトはひょっとしてこいつホモか?と疑っているとか。

 

【悲劇の退治者】ロダキーニャ・D・D・ルパン

白桃色の大怪盗。悲劇を盗み、ハッピーエンドをもたらす者。何時でも明るく前向きな俺様系攻略対象。

その正体は自分に自信が持てない少年が産み出した理想の自分のアバター。本人にも自覚はあるがそれはそれとして活動している。

自棄にゼノを気に入っており、ゲームではヒロインに対して名付ける筈の渾名、ワンちゃん一号と呼んで絡みに来る……が、ホモではないらしい。

 

【巡礼の十字架】ガイスト・ガルゲニア

兄に家族を殺され厨二の裏に己の悲しみを隠す攻略対象……の筈だった少年。ゼノ等によってその悲劇は無くなり、単なる優しくてアイリス大好きな厨二病と化した。

 

【焔の公子】エッケハルト・アルトマン

悪友。本名遠藤隼人な転生者。アナ大好きなアナフェチであり、案外モテるがアナ一筋。だが、報われないそんな可哀想な奴。

豊撃の斧アイムール等特別な力こそ託されているが、本人は割と穏健なので総てを掛けて血反吐を吐きながら戦ったりせずアナちゃんと平穏に生きたがっているし、あんまり戦闘には参加したがらない。

 

【第二皇子】シルヴェール

優しげなイケメンの皇子様系攻略対象。実はちょっと腹黒いが民想いの教師枠。病弱な婚約者に一途だったが、ゲームでは彼女の死後、聖女だからと婚約者を助けられないか奮闘したヒロインに惹かれていき、手元に置いておこうとする……らしい。

 

 

 

乙女ゲーヒロイン達

【極光の聖女】アナスタシア・アルカンシエル

【挿絵表示】

今作メインヒロイン。ゲームにおけるアナザー主人公。ゼノに救われ彼を慕う孤児出身で教会出の女の子。原作より過酷な状況を見てきて、原作通りにゼノ大好き神様の加護を受けるゼノ大好きヒロインと化した。

こんなんだからゼノルートだけアホほどフラグが簡単なんだよ……と友人は呆れ気味。ゼノ原理主義のレベルであり、ハーレムは寧ろゼノを幸せにしたい人達の集まりだと積極的に肯定して交遊関係を築いていく。ヤンデレ。

 

【天光の聖女】リリーナ・アグノエル

【挿絵表示】

多分ヒロインな本家乙女ゲーヒロイン。本名門谷恋な転生者。転生者の為、本家みたいな事が出来るか悩んでいる。

前世でストーカー被害に遭ったことから男性不信の気があるが、ゼノは襲ってくる筈がないから平気らしい。

ゲームシナリオ開始前に結婚させられそうになり、結果的にゼノの婚約者という扱いで無理な縁談から保護されていた。が、周囲は聖女様にあのゴミカス忌み子なんて、と実質誰も認めていない。その為、公式にゼノが婚約者として扱われていないこともしばしば。ヤンデレない。

 

【天光の聖女】リリーナ・アルヴィナ

⇒【屍の皇女】アルヴィナ・ブランシュ

 

【天光の聖女】リリーナ・ミュルクヴィズ

エルフなヒロインのアナザー外見。繚乱の弓ガーンデーヴァを持ち、ちょっとだけ竪神を想いながら今もエルフの集落を姉の代わりに護る健気な女の子。

 

 

その他乙女ゲー登場キャラ

【誓いの銀盾】アレット・ベルタン

幼少にゼノとエッケハルトに助けられた平民の女の子。ゼノは気持ち悪く感じたので、エッケハルト大好きになった。10年くらい想い続けているが地位の差と何より相手がアナキチの為成就はしそうもない。

 

【誓いの風刃】レオン

本名レオン・ランディア。ゼノの乳母兄。ゼノのメイドのプシリラと恋仲になり、魔神王四天王にプリシラが殺され掛けた事件を期にプリシラ達だけを護る覚悟を決めてゼノの元を離れる。

原作においてはプリシラを喪い、軋んだ関係のままゼノの乳母兄として部下を続けていた。

 

【ユキギツネの旅商人】フォース

獣人の商人の男の子。姉が大商人と結婚したことで商人になれたらしい。

ゲームでは一応攻略できるがおまけ枠のサブキャラ。

 

【夢見の白書】ニコレット・アラン・フルニエ

女の子の商人枠。夢見がちで小説書いてたりする女の子。元・ゼノの婚約者だが、あくまでも政略というか利益のみでの関係であり、白馬の王子様の真逆の屑とゼノの事は大嫌い。その為、行方不明の際に即座に婚約を晴れ晴れした顔で解消したとか。

今やゼノ達に関わる気はないが、聖女リリーナにはあの屑の婚約者させられるなんてと超同情的。

 

 

 

皇族

【炎皇】シグルド

ゼノ達の父にして当代の皇帝。脳筋の怖い人だが、案外不器用なだけ。スペックは皇族だけあって超化物。

 

【第三皇子】

聖教国に送られた皇子。新・哮雷の剣という偽神器を持つ。

 

【第四皇子】ルディウス

ルー姐と呼ばれたりする皇子。皇狼騎士団を率いて戦い、民想いの立派な皇子だが女装癖がある。

 

【第六皇子】

トリトニスに送られた皇子。

 

【第七皇子】ゼノ

⇒【蒼き雷刃の真性異言】ゼノ

 

【第三皇女】アイリス

【挿絵表示】

ヒロイン。ゼノの妹にして、幼いゴーレム使い。圧倒的な魔法の力に体が耐えきれず病弱であり、ゴーレムを駆使して外と関わっている。

結果的にかなり狭い世界に閉じ籠っており、兄さえ居ればと危険思想を抱いているが、実質幼く世間を知らなさすぎるだけである。ゼノの行動やアナスタシアや竪神との出会いによって多少は外にも興味が出たようだ。ヤンデレ。

 

【ローランドの轟帝】ゲルハルト・ローランド

カイザー・ローランド。帝祖皇帝とも。轟火の剣デュランダルの中に眠るかつての英雄の魂。ゼノの遠い先祖。割とノリが良く、熱血。

 

 

 

その他帝国民

【円卓の鋼皇】オーウェン

⇒【サクラ色の夢】サクラ・オーリリア

 

【コボルドの母】ナタリエ

ゼノが奴隷として買ったコボルド種。ゴブリンとの子を孕んでおり、故郷に返す代わりにゴブリン達の言語を習ったりとそこそこの関係を築いていた。今では故郷で暮らしている。

 

【ゴブリンヒーロー】ルーク

ナタリエの息子。コボルドとゴブリンのハーフ(突然変異)。

ゲームでは皇子達の恩に報いるために聖女を助けに現れるお助け枠のキャラだが、まだ幼い為その片鱗はまだ見えない。

 

【境槍の騎士】ゴルド・ランディア

謎の遺跡のある辺境を護る境槍騎士団団長。レオンの親戚。

 

【シュヴァリエ公爵】クロエ・シュヴァリエ

ユーゴの妹。割とまとも。

 

【双角の剣鬼】グゥイ

ゼノの刀の師匠。牛鬼と人間のハーフであり、化物のような存在。半ば怪物として、何だかんだゼノを気にかけている。正確には西方の国の民だが、名誉帝国民でもある。

 

 

 

帝国領に暮らす者達

【幼き天狼】アウィル・ガイアール

大体アウィルとだけ呼ばれる伝説の幻獣、天狼。ゼノに角を託した母狼の生まれ変わった姿であり、ゼノに懐きまくっている。

 

【天狼】ラインハルト・ガイアール

アウィルの兄。原作では擬人化して攻略対象になるイケメン狼。アナの事が好きで天空山で修行中。

 

【エルフの媛】ノア・ミュルクヴィズ

【挿絵表示】

ヒロイン。疫病を撒き散らされ、その治療が出来る魔法書を得るために自分を売る詐欺を敢行しようとした際ゼノに止められたエルフの纏め役。

疫病の元凶等に傷だらけになりながら立ち向かうゼノ達を見て、プライドの高さから放置できずに協力してくれるようになる。実は一生面倒見てやる気なくらいにはゼノの事が好きで、今では完全に保護者面。ツンデレっぽく見えるがプライドが高いだけでほぼ唯のクーデレ。

 

【咎エルフ】サルース・ミュルクヴィズ

ノアとリリーナ(エルフ)の兄。咎と呼ばれる女神に反省しろと一部加護を奪われたせいで纏め役の座を追われたシグルドの友人。

 

【エルフの英雄】ティグル・ミュルクヴィズ

帝祖や昔の聖女を手助けしてたという850年前の英雄にして当時のガーンデーヴァの所持者。ノアの祖父。今ではガーンデーヴァの中に魂として眠っている。

 

【白き炎】アミュグダレーオークス

ノア姫の愛馬である白馬。所有は元々はゼノというかアイリスのネオサラブレッド種。雌で大人しい。

 

【黄金の暴君】オルフェゴールド

元ゼノの所有していたネオサラブレッド。今はアステールが飼っている。自由な性格の雄。

 

【ネズメイド】ロニ・バルクス

リセント子爵家に仕えていたメイドでネズミな女の子。今はロダキーニャが保護している。

 

【鋼のネズミ亜人】イアン・バルクス

⇒【怒鋼の鼠戦士】イアン・ラウドラ・バルクス

 

【リセント子爵】タック・リセント

ロニ達を雇っていた子爵。ゴーレム使いは割と上手いがアイリスを偏愛するロリコン。

 

 

聖教国

【星の名を抱く狐教皇】アステール・セーマ・ガラクシアース

【挿絵表示】

ヒロイン。蔑称ステラな狐耳狐尻尾の亜人の女の子。亜人だからと蔑まれる事を恐れた父に軟禁されていたが、呪われた皇子ゼノよりマシということで段々と扱いがマシになり、ゼノに興味を持った。

実際の邂逅を経て惚れ込んだりしたは良いのだが……今はその際の記憶に欠落があり、結果的に恋心はかなり減衰している。本体はAGX-ANC14Bのコフィンの中、折角あいつをほぼ忘れてイチャイチャ出来るのにえっちが出来ないとユーゴは嘆いているとか。ヤンデレ。

 

【教皇】コスモ・セーマ・レイアデス

アステールの父であり教皇。愛娘を軟禁しなきゃいけなかった反動か表に出せるようになった後は割と親バカ。

 

【オリハルコンの少女】ヴィルジニー・アングリクス

枢機卿の娘。帝国への留学中にユーゴに狙われ、ゼノとエッケハルトに救われる。ゼノとはずっと反目しており、命の恩人なもののその反目の原因は更に強まった為彼の事は今でも許していない。エッケハルトの事は割と素直だったので好き。

 

【枢機卿】

ユーゴに脅されていた人。偉いのだが、教皇と違って神の言葉は聞けないのでちょっと影が薄い。その分神を騙る事はないと教皇より実権は大きいのだが……

 

【異端抹殺官】エドガール・S・ミチオール

サバキスト。聖教国等に巣食う悪を祓うと言い張る特権階級。学園のパーティに入り込みゼノを排して聖女に取り入ろうとしたところ、キレたアルヴィナに左腕引きちぎられた可哀想な人。一応枢機卿派閥のエリートである。

 

【教王】ユガート・ガラクシアース

⇒【堕天の銀腕】ユーゴ・シュヴァリエ

 

ユーリ

ユーゴのメイドをしている金髪少女。ユーゴが生家を追われる前からの付き合い。

 

クリス・オードラン

ユーゴの騎士。元帝国の騎士であり男爵家だったがユーゴを神と崇め、シュヴァリエ公爵家に肩入れしすぎて失墜した。が、今もユーゴを信じているようだ。

 

 

七大天

【焔嘗める道化】プロメディロキス=ノンノティリス

獅童三千矢の前に現れた焔の七大天。割と享楽家。

 

【雷纏う王狼】ウプヴァシュート=アンティルート

ちらちら見てる雷の七大天。アウィルを送ったり割と仕事してる。人間はかなり好きで狼だが犬っぽい。

 

【山実らす牛帝】デュミナディア=オルバチュア

のんびりしてる土の七大天。武器だけエッケハルトに貸して寝てる。割とアホ。

 

【嵐喰らう猿侯】ハヌマーラシャ=ドウラーシャ

働き者な風の七大天。世界の外でこの転生者どもめんどくせしながら色々と弾いたり仕事してる。が、一柱じゃ何ともしきれないのである。

 

【天照らす女神】アーマテライア=シャスディテア

聖女に力を貸してる天の七大天。聖女パワーの他、ノア姫に力を貸してたりする。

 

【影顕す晶魔】クリュスヴァラク=グリムアーレク

悪魔の姿をした影の七大天。桜理に手を貸したり、ロダキーニャに力を貸したり割と大忙し。

 

【滝流せる龍姫】ティアミシュタル=アラスティル

【挿絵表示】

最強ヒロイン。金星始水を名乗って獅童三千矢の幼馴染やってたりかなり自由なチートドラゴン。これでも自分達が切り開いた世界を護るために必死な働き者。だが契約した兄さんのために公私混同はする。元の世界での名を諏訪建天雨甕星。生きた星とも呼ばれる皇龍である。

来世だろうがその先だろうが兄さんとは契約しているので実質無敵定型を使う。が、シュリンガーラはそれに干渉してくるからNG。スーパーヤンデレ。

 

 

その他神(七大天側)

【墓標の精霊王】精霊真王ユートピア

本名、真上悠兜。禍幽怒とも呼ばれる神であり、ゼロオメガの眷属たる精霊王。エッケハルトを転生させた存在。

精霊の力を使って精霊を倒す機械、AGXシリーズを駆りゼロオメガと戦い続けた果てにほぼ相討ちしたゼロオメガにより精霊にされた元・人間。AGXの誇りの為、本来の自分の戦った意味のために人類に味方する反逆者(リベリオン)

かつての戦いの最中半壊したAGX-15アルトアイネスと共に旧倭克に墜落しており、その際にLI-OHフレームを残す等この世界に縁がある為に協力してくれている。

 

【紅蓮卿】カーディナル

本名、晴天の女神シャルラッハロート。別世界における七大天のようなもの。単純に放っておけなくてリリーナを転生させた心配性の女神様。本来のリリーナでは明るさゆえに騙されそうなので門谷恋ちゃんに本当の好感度が分かる力を与えて送り出した。過保護過ぎて案外人の心が分からないとか。

 

【覇灰皇の見た光】神承時蒼

マイスガイザーと共に覇灰皇を止めたとされる伝説の存在。本人は明確に七大天側だが……

 

 

 

魔神族

【黒翼の先導者(ヴァンガード)】シロノワール

本名テネーブル・ブランシュ。魔神王の魂。肉体が転生者に乗っ取られた為魂だけで妹のアルヴィナ、そしてアルヴィナの選んだゼノと共に活動している。あくまでも呉越同舟であり、馴れ合う気はまだ無い。ドシスコン。

 

【屍の皇女】アルヴィナ・ブランシュ

【挿絵表示】

もう一人のメインヒロイン。魔神王の妹。実は先代魔神王と、現魔神王の想い人の子という割とアレな出自。色々あってゼノに完全に惚れ込んでおり、今の魔神王の呪縛も『皇子のためならお兄ちゃんが本物でも裏切る』という信念で突破して彼の側に付いたゼノガチ勢。

但し屍使いの魔神の為結構過激な思想や性癖を持つ。宝物は彼のくれた帽子と左目。ヤンデレ。

 

【魔神王】テネーブル・ブランシュ

転生者なテネーブル。前世の名を黒葛川龍悟。ゲームではラスボスだが……?スペックだけ見れば原作よりチート貰っているため上。また、魂の呪縛により転生者ではなく本来のテネーブル相手への態度を皆に強要している。

 

【迸閃の四天王】ニーラ・ウォルテール

アルヴィナの母の親友な四天王。理知的なゴリラ。テネーブルに恋しているが、親友の想いから一歩引いた態度を取りアルヴィナに味方してくれている。

 

【砕崖の四天王】エルクルル・ナラシンハ

四腕を持つ獅子のような大男の四天王。抵抗する相手を殺すことに快楽を覚える戦闘狂。

 

【暴嵐の四天王】アドラー・カラドリウス

テネーブルの親友。アルヴィナ大好きなイケメン白頭鷲。テネーブルが偽物と気付きアルヴィナの事をゼノに託して死亡。

 

【惑雫の四天王】ニュクス・トゥナロア

えっちなおねーさん四天王。他人を誘惑して堕落させるのが好きだが、大体シュリンガーラちゃんの下位互換スペックという可哀想な奴。

 

【白獄龍】ヘル

アルヴィナ派の四天王枠、トリニティの一柱。テネーブルの愛龍の片割れ。雌雄同体。

 

【不協和音の葬列】夜行

トリニティの一柱。アルヴィナを狙うロリコン。実は転生者であり、精霊を操る力を持つ。

 

【悪魔嬢】ロレーラ・トゥナロア

トリニティの一柱。アルヴィナとは友達で無邪気に残酷なニュクスの妹。

 

【怒れる小嵐】ミネル・カラドリウス

アドラーの妹。兄の死にキレて四天王代行している。本来の兄殺しの下手人が慕う魔神王であるとも知らず……

 

 

 

円卓の(セイバー・オブ)救世主(・ラウンズ)

アヴァロン・ユートピア

⇒【真なる神】ティアーブラック

 

【サクラ色の夢】サクラ・オーリリア

【挿絵表示】

ヒロイン。好きに世界を否定しろと最強のAGX、AGX-15を与えられた女の子。前世の名は早坂桜理。前世が中性的な男の子であり、女扱いされて酷い目に遭った為男らしくありたいと女の子になった現世を否定していたが……

早坂桜理として獅童三千矢に少し救われていて、男のフリしたオーウェンとしてゼノに救われ、世界が間違っているとAGXを振りかざす事をせず、女の子としての今の人生を選んでゼノ側に付く。その為、円卓に席こそ用意されていたが、実際に所属していたことはない。

 

【堕天の銀腕】ユーゴ・シュヴァリエ

AGX-ANC14Bの使い手。アステール等を侍らせて世界を生きたい小物な奴。能力がチート過ぎてイキらず生きる術を忘れてしまっているのだとか。

 

【刹那の剣】マディソン

ユーゴに連れられたりする刹月花使いの少年。ユーゴに虐げられているが割とMなのでそれで良いのだとか。

 

【血のガルゲニア】シャーフヴォル・ガルゲニア

AGX-ANCt-09の使い手。ガイストの兄であり、本来は四天王ニュクスに唆されて魔神族側に付く存在。だが、AGXに魅入られ、円卓に付いたことでその状況にはならなかった。アナ好き。

 

【アグノエルの病】ルートヴィヒ・アグノエル

アルヴィナの母側の血、ニクス一族の屍を操る能力を与えられた転生者。リリーナ(ピンク)の兄。アルヴィナを手に入れたりすべく疫病を撒いて暗躍していたが、ゼノとアルヴィナに討たれた。

 

【剣翼の慟哭龍】ヴィルフリート・アグノエル

AGX-ANC11H2Dの使い手。ルートヴィヒの従弟。リリーナ(ピンク)大好き人間で、彼女を好き勝手したくてたまらない。実は前世は獅童三千矢の伯父。

 

【嫌悪のコラージュ】リック

前世の名を下門陸。写真に映った存在だと自身の事を世界に思わせるコラージュ能力、《独つ眼が奪い撮るは永遠の刹那》の使い手。

自身の心の毒に気がつき、ゼノ達によって己を取り戻した事で円卓に反旗を翻し、皆を護って死亡。魂はヴィルフリートに、託した想いの欠片はゼノの愛刀にそれぞれ取り込まれた。

 

【咎エルフ】サルース・ミュルクヴィズ

AGX-03(ドライ)オーディーンの使い手。そもそもAGX-ANC14BがAGXシリーズが開発され始める前の時間軸に持ち込まれた結果、アガートラーム基準で造られたANCと付かず型式の数字部分をドイツ語読みするシリーズについてはユートピアの管轄ではない為現状は存在すらバレていない。

が、そもそもノア姫が咎められていないのに咎堕ちするなんて真性異言(ゼノグラシア)に決まってるのでネタバレ的に記載。

 

 

 

 

混合されし神秘(アルカナ・アルカヌム)の切り札(・アマルガム)

【愛恋】シュリンガーラ

⇒【堕落と享楽の亡毒】アージュ=ドゥーハ=アーカヌム《シュリンガーラ》→アーシュ・アルカヌム《シュリンガーラ》

 

【憤怒】ラウドラ

⇒【堕落と享楽の亡毒】アージュ=ドゥーハ=アーカヌム《ラウドラ》

 

【平穏】シャンタ

⇒【堕落と享楽の亡毒】アージュ=ドゥーハ=アーカヌム《シャンタ》

 

【勇敢】ヴィーラ

⇒【蒼き雷刃の真性異言】ゼノ

 

【恐怖】バヤナカ

⇒【魔神王】テネーブル・ブランシュ

 

【嫌悪】ビーバッア

⇒【嫌悪のコラージュ】リック

 

【悲哀】カルナ

⇒【アグノエルの病】ルートヴィヒ・アグノエル→ルートヴィヒ・アグノエル/【不協和音の葬列】夜行

 

【笑い】ハスィヤ

⇒【大司教】マーグ・メレク・グリームニル

アルカナ・アルカヌム・アマルガムを宗教として成立させている存在……らしい。より佳き結末を、が口癖であり一見して好人物だが、その実『死は恐怖と絶望の象徴であるのだから、終末とはそうあるべき』と最後の最後に絶望させることが好きな凶楽家である。

真性異言(ゼノグラシア)としての能力はAGX-03 オーディーン。つまりはサルースの事である。

 

【驚愕】アドゥブタ

⇒???

 

 

 

【怒鋼の鼠戦士】イアン・ラウドラ・バルクス

ロニの兄のネズミ亜人。本来彼を上手くこき使うために妹ごと買われていた天才奴隷亜人だったが、シュリンガーラの心毒により精神を暴走させられた事で過激思想に染まり、謎の変身体を得てAAA入りを果たした。ちょっと頭がアレに見えるが、大体シュリの毒に犯されたアマルガム中毒者はこんなもの、寧ろ怒りに染まって明後日の方向とはいえど目的を立てて動けるだけ凄い方であり、大半はひたすら毒を飲んで恍惚としながら目先の快楽に溺れ果てる。

 

 

 

 

ゼロオメガ

【真なる神】ティアーブラック

ティアの姿をしたゼロオメガ。この世界において星の龍たるティアミシュタルのみが価値あるものとして、他はゴミと明言する真なる神。人に価値をみておらず害虫のように思っている。又の名をアヴァロン・ユートピア。そちらは元人間の姿を借りてるから嫌いらしい。

 

【堕落と享楽の亡毒】アージュ=ドゥーハ=アーカヌム

【挿絵表示】

世界を心の毒で堕落と享楽に落とし滅ぼす伝説の三首六眼の龍神。星ではなくなった堕ちた皇龍……なのだが始水と血縁はない。イラストは全首がひとつになった本来の姿である【激情】(ラサ)

《シュリンガーラ》ヒロイン。幼い外見、大きな尻尾、落ち着いてのんびりした老成した喋りが特徴の首。一人称は儂。愛恋を司り、まだ他人を信じていた頃の再現。

本来は一番心毒の扱いに長け、眷属も産み出す一番厄介な首なのだが、ひたすらにゼノが心に突き刺さった結果『彼が悲しむ顔は見たくないからアナを殺すな(意訳)』とか言い出したりする程度に無力化されている。他人に与える愛恋の化身ゆえに他人の影響を唯一受けるからこんなことに……。結果として、本来はラウドラに渡しているから無い筈の翼が生えたりとかなりアーシュ・アルカヌムへと戻っている。

余談だが、若しも心の奥には絶望と諦観の巣食う昔の面影の再現体シュリンガーラではなく、まだゼロオメガになる前の希望を持つ毒龍アーシュ・アルカヌムにそのままゼノをぶつけると始水二号になる模様。

《ラウドラ》

少女な外見、大きな翼、快活な喋りが特徴の首。一人称は僕。毒を撒き散らし世界を初めて滅ぼした頃を再現した憤怒の化身。

《シャンタ》

大人の外見、巨大な爪と角、おっとり幼い喋りが特徴の首。ただ何の希望も棄て怒りすら無く毒で世界を滅ぼさせ続ける平穏の化身。最早揺らがず、変わらず、毒龍は滅びを起こしそれを眺める享楽を貪り続ける。

 

 

【心毒の銀龍】アーシュ・アルカヌム

【挿絵表示】

シュリンガーラが半ばアーシュ化しているので一応記載。

幼く、人懐っこく、立派であろうと老獪な言い回しを頑張る銀色の皇龍。しかし、自分の持つ力が毒、即ち人を狂わせ傷付けるものである事を理解しており、常に己の毒に怯えている。また、その性格から誰かを傷付ける事を極端に恐れており、何をされても絶対に反撃しようとはせず逃げるか大人しく傷つけられるに任せる。

世界を滅ぼせる力を持ちながらも何もしてこない上に生来人懐っこいが故に散々に弄ばれ、無理矢理取られた毒を利用され……最終的に産まれた世界を滅ぼし、世界を腐らす亡毒龍と化した。が、堕ちた姿では首が三つに増えているのは……結局のところ、本当のアーシュ自身ではまだ誰も傷つけられず外部に攻撃できる別の何かを産み出しているから、なのかもしれない。



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第二部四章 極光の聖女と強斧の救世主エッケハルト
教王、或いは決意の残骸


「こふっ!」

 床へと吐き出される血。目の前の異端抹殺官(サバキスト)は今にも絶命しそうな程に傷付いていて、良くもまあ此処まで来れたといいたくなる様相だ。ってか、腕がない時点でそりゃそうだってレベル

 

 「ってノア姫!」

 それを眺めてる少女エルフに対して思わず叫ぶ

 「これでもね、仕方がないから薬草は煎じて飲ませてあるのよ。その上でこれ」

 「七天の息吹でも何でもあるだろ!」

 「勿体無いわよ、それに……ね」

 すっと細くなる紅玉の瞳。手にした杖が振られ、淡い光が死にかけの青年を覆うと……弾かれる

 「見ての通りよ。アナタに似た症状ね。普通の魔法は効かないわ、それこそ聖女の力でもなければ、彼は死に行くだけよ」

 その言葉と、事実回復魔法が弾かれた現実に戦慄する。おれの呪いは七大天……と言われているがその実混沌の神のものだ。魔神達の神が裏切り者を呪っている

 だが、異端抹殺官にはそんな呪いの由来はないはず。ならば一体誰がこんな……

 

 「げふっ!エッケハルト、様は……ヴィルジニー様の、希望は……」

 かすれかすれの声。それにおれは彼の手を取ろうとしながら横に振る。無いてはとれず、肩を握ることになる

 「あいつは引きこもりがちだ。だからおれが聞く」

 と、そんな言葉を告げると、元々血の気の無い顔が更に青ざめた

 

 「ならば……聖女様は……我等が腕輪の……」

 「出先だ。だが、おれを信じてくれ、異端抹殺官殿。確かにおれは忌み子だが、かつてヴィルジニーを護ったのはエッケハルトだけじゃなくおれもだから。だから……

 確かに彼に伝えるから、おれに教えてくれ!何があったんだ!」

 そうして肩を揺すりかけ、そんなことしたら事切れかねないと思って視線でただ訴えるに留める

 

 だが、彼は言葉を紡ごうとせず……

 「あら、ワタシというエルフ種が、女神の似姿が居てもその態度?」

 「かつて、ヴィルジニー様を襲った……二つの、災い」

 と、ノア姫に言われて漸く溢し出す

 

 「二つの……」

 思わず聞き返す。いや、一個は分かるんだ。だがもう一個はおれは知らない。それがひょっとしてエッケハルトがどうこうに繋がるのだろうか、おれは少し言葉を待って……

 

 「一つ、忌むべき子」

 ってもう一個の災いっておれかよ!?一気に気が抜けた……ってそんな場合かしっかりしろおれ!

 「ならば、もう一つは」

 「ヴィルジニー様を娶ろうとし、今やそうではない動きを為す不遜」

 「ユーゴ・シュヴァリエ」

 「教王、ユガート・ガラクシアース」

 

 「随分大きく……あれ?そうでもないか」

 ガラクシアースという名に過剰反応しかけて思い直す

 いや、アステールの姓ではあるんだが、そもそも彼女の父の名はコスモ・セーマ・レイアデス。【セーマ】の名が教皇一族である事を示し、姓ではない

 

 「あんなもの、セーマの名に相応しく……ない」

 「ああ、名乗っているのか」

 本当は彼、ユガート・セーマ・ガラクシアースと言ってるんだろうなぁ……

 

 「あんな、神気取り……」

 「神気取り、か。それはもう、許せるわけないな」

 「貴様もだろう!」 

 と、彼は怒りの形相で叫び、げほっ!とおれの胸元に大きく血を吐いた。ってかそこまでするほどに言いたかった言葉なのかそれは……

 嫌われてるな、と当たり前の事に少しだけ悲しくなって、目を閉じる

 

 「……神じゃない。おれは人だ。人でしかない。英雄でも神でもない人だから必死に手を伸ばす

 おれは七大天様みたいに、伝説の勇者みたいに全てに手を差し伸べられないから。だから目の前の貴方に手を伸ばしているだけなんだ

 だってそうだろ?おれ達はこの世界で生きているんだから」

 「…………言うものだ、忌み子……

 だが、ならば……たの、む」

 そう言って、顎でほんのすこし指し示すのは、胸元のポケット

 

 触れてみれば、硬いものが指に当たる。取り出してみればそれは……どこか見覚えのある、金属片だった

 「これは」 

 「贋竜水晶……」

 ひょこりと横から出てきて魔力を注ぎ正体を教えてくれるアイリスの猫ゴーレムと、ぷにっと肉球に触れられ淡く輝き青に染まる金属片

 そうか、偽物の……と思ったところで気がつく

 

 「って待て、これは!」

 そう、新・哮雷の剣と名付けられた贋神器の一部!

 「我等を護った、帝国皇子の……神器の残骸

 お陰で、我一人、何とか逃げ出した……」

 その言葉からして、もう兄は生きていないだろう。だがあの人、何だかんだ戦ったんだと分かる

 

 おれの月花迅雷の為に作られた偽物で

 少しだけ申し訳なさを感じる。だが、きっとあれが偽物だなんて当に彼自身知っていて。最期まで本物であるかのように振るい、誰かの希望となろうとして死んでいったのだ

 

 ならば、ごめんはおれが言うべき言葉ではない

 

 「有り難う、兄さん。有り難う、エドガール殿

 その想いが勇気が、叫びを確かに此処まで……おれ達にまで届かせてくれた」

 きゅっと愛刀を召喚して握り込む

 小さなスパークが、角から走る雷がおれの手指をくすぐる。攻撃という程ではない、決意表明のようなものだ

 

 ああ、おれと同じく怒ってくれるんだな、とその角先を撫でる

 

 「七大天に非ず、銀腕のカミと共に己こそが神を詐称する……教王ユガートを

 七大天への信仰を捨てさせる彼に対抗しようとした我等を殺したあの化け物を!」

 「ああ、もう一度、おれ達が……彼からヴィルジニー達を救ってみせる」

 キィン、と鳴る刃。鞘に装着されたALBIONの破片が勝手に展開される

 

 「星刃、界放」

 その意志を汲み、外見だけ変身する。青年から手を離してしまうが、あたふたしなかがらその背中は桜理が支えてくれた

 

 「スカーレットゼノン・アルビオン

 おれだって、少年達の希望(ゆめ)のヒーロー擬きだからな、一応

 相手が銀腕のカミだとしても、きっと助ける。だから……」

 お休み

 そう言いきる前に、彼の頭ががくんと落ちた

 

 「限界、だったようね」

 杖を置いて、ノア姫が静かに告げた。同時、変身を解く。そもそも戦うために発動したのではないからすぐに解ける

 「それで、どうするの?」

 紅玉の瞳がおれを射る

 答えなんて、当に知っているだろう。だが、あくまでもおれから決意として聞きたい、そんな想いを感じておれは一息つく

 

 これは、本来あまりやりたくなかった事。だが、分かっていた。分かっていたんだ

 もうとっくに、これ以上戦力不足だからと後回しにする訳にはいかなくなっていた脅威が、エッケハルトとニコレットの手を借りて次善的に何とか対処した間接的な被害ばかりではなく、遂に直接被害をもたらした

 

 元々、放置していた事自体割と不味いことだったんだ。だが、勝ち目がなかった。ジェネシック・ダイライオウも何もない状況で勝てる未来が見えないから、言い訳して逃げてきただけだった

 

 だがこれ以上、逃げるわけにはいかない。おれ達に(正確には何故かヴィルジニーの信頼厚いエッケハルトにだが)手を伸ばされた、おれはその手を取った。だから

 「ユーゴ・シュヴァリエ。そしてAGX-ANC14B相手に、アステールを、そして聖教国を、ついでにヴィルジニー達も取り戻しにいく」

 「ええ、分かったわ」

 青年の目を閉じてやりながら、纏めた髪を揺らしてエルフの姫が強く頷く

 

 「ぼ、僕は……」

 迷いながら、桜理は左腕の時計に目を落とす

 「怖いけど、君が必要だって言うなら……」

 「有り難う、ノア姫、桜理。でも、別に戦争しに行く訳じゃない。あくまでもおれ達の敵はユーゴだ

 だから、最低限国と国の間の礼儀を通した上で何とかする。準備を頼めるか?」



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桃色少女、或いは平穏

「やっほー!たっだいまー!希望を手にしてのご帰還だよー!」

 「今帰りました、皇子さま」

 そんな声が、おれの背後から聞こえる

 「ってちょっと待って待って、何だかすんごい神妙な空気で場違い感が……」

 「ご、ごめんなさいです……大人しくしますね」

 そして、一気に元気そうだった気配が萎縮した

 

 「すまない、最後に葬儀を終わらせるから」

 「へー、私達が居ない間にそんなことが……」

 漸く戻ってきた聖女様がうんうんと頷く。すでに彼等の葬儀は終わった頃であった。まあ、初七日だの葬儀の前のあれこれだのはほぼ無いから早かったが

 が、ラサ男爵の遺骸についてはさんざん渋られたし、異端抹殺官殿については逆の意味で渋られた。何か聞き付けて現れた教会側から故国にお返しすべきだとか忌み子が穢れた手で触れるなとか散々言われたが、故国から逃げてきたんだよと何とか説き伏せた

 

 『心配せずとも、私がちゃんと死後の事はしておきますよ。あまり彼に対して良い思いは個人としてはありませんが、流石に神様としてそこくらい弁えていますから』

 と、脳裏に直接語り掛けてくるのは最近まで黙っていた幼馴染の神様。彼等の信仰する七大天の一柱である

 これで安心ではあるんだが、地味に異様な状況な気がする。といくか、彼を救えたりしなかった……だろうな。救えるならまず助けたろうから。神様は万能であっても全能ではないのだ

 

 『ちなみにですが、あの毒に狂った方は無理です。愛恋の毒のせいで死後の魂は腐った龍神に喰われましたから残っていません』

 ……何だか嫌なものを聞いた気がする

 

 それはまあ今は置いておくとして、おれはもう一度最後に手を合わせてから、二人に向き直った

 

 久し振りに会った気がする二人の聖女。彼女等が居たら呪われた彼は死なずに済んだのだろうか、なんて最早遅いし罪もない相手に対しては間違った責める気を追い払いながら、おれは二人に笑いかける

 

 「って待ってください皇子さま!いったい誰のお葬式で……」

 「異端抹殺官エドガール殿」

 「え、あの方なんですか……」

 心配そうに尋ねてきたアナの目がホッとしたように緩んだ

 いや緩まないでやってくれないかアナ?彼だって普通に生きてただけだろ

 

 「いや、なんでそんな事になってるのゼノ君!?」

 「それを合わせて、情報交換しようか」

 くわっ!と目を見開いて言ってくるリリーナ嬢に対しておれはそう告げた

 「あ、じゃあお茶煎れてきますね!皇子さまはお砂糖少なめでミルク多め、リリーナちゃんはお砂糖たっぷりで良かった……ですよね?」

 ……いや、やりたいなら良いけど疲れてるなら休んでも誰も文句言わないぞアナ?とそそくさと嬉しそうに久し振りに駆け出す銀髪聖女を見送って……

 暫くすればたしかに相手の好みに合わせた紅茶のような暖かな琥珀色の茶が並べられた

 

 「えへへ、疲れたからわたしの分普段より多く甘いもの入れちゃいました」

 と、銀の少女はサイドテールを揺らして微笑(わら)う。何か悪いことみたいに言ってるが……いや別に何一つ問題ないからなアナ?聖女様の為にって散々予算貰ってるから好きに使ってくれ

 

 「な、成程そんな事が……」

 あの女の子悪かったんだねーと頷くリリーナ嬢。ずずっと啜られる琥珀色のお茶

 「うーん、どうすればいいかなゼノ君」

 と、悩んだ少女の手を、制服の上着の裾ポケットからひょこりと顔を出した小さな生き物が舐める。頭に宝石の付いたウサギともリスともつかない謎の生き物……カーバンクルだ。流石に胸ポケットでは無いらしい……って、そもそも柔らかいとはいえ胸に押し潰されるから入れないかそんなの。おれは制服の胸ポケットに手帳を入れてるが、正直銃弾とか防ぐ昔始水と見た映画の影響だしなそれも。いや、そもそも手帳で防げる程度の拳銃弾なら今のおれ数千発撃たれても痛くも痒くもないんだがお守りだ

  

 連れ帰って来てたのか、と何となく息を吐く。いや、別に悪いことではないんだが……

 

 「あ、皇子さま、ナッツ……じゃなくて干しリンゴとか無いですか?アウィルちゃん向けのそれ、この子好きそうだったんですけど全然沢山は持ってきて無くて……」

 『ククルゥ!』

 抗議するようにおれの脚に頭を擦り付けてくる小柄な姿に擬態した天狼。本来はおれが乗れるので頭が低すぎる

 

 「あはは、あげたらアウィルちゃん怒ったんだよね……」

 苦笑するリリーナ嬢に、おれはほいと大袋を指差した

 そもそもアウィルの為に買いだめしてある。ノア姫には良い顔されないからノア姫が来ない騎士団の一室に米俵みたいな肩に担ぐレベルの巨大な菓子屋に卸す業務用の干しリンゴが置いてあるのだ

 

 「あ、あるんですね……」

 「ゼノ君って割とこの子に……だけじゃないけど甘いよね……いやまあ、それがゼノ君って攻略対象なんだけどさ

 ……誰にでも優しいから泣くよ?」

 「そうか?」

 「アーニャちゃんが」

 いやアナがか。うん、それは気を付けるべきかもしれない。結局おれの呪いはそのままで、応えるわけにはいかなくて。それでもだ、好きだと言ってくれる相手から何時までも何時までも逃げてるだけなのもいけないから

 

 「え?泣きませんよわたし?」

 「そこは泣こうよアーニャちゃん!浮気だよ浮気!」

 本気でも無いのか……と少し肩を落とす。その掌をペロペロとアウィルが舐めてくれていた

 

 「いやわたしに本気になってくれたら嬉しいですけど、それはそれとして、それで手を伸ばして貰ったから今があるわたしが皇子さまのその行動を責めたりしませんし……

 何ならそうして皇子さまが手を伸ばした子達が多いほど皇子さまを助けてあげられますし」

 「……ごめん、頭アーニャちゃんってそんな反応なの忘れてたよ……」

 

 そんな久し振りのやり取りに唇を歪めて微笑みながら、おれはよくやってくれたろう愛狼に向けて干しリンゴを投げた

 

 「……で、とりあえず情報を互いに交換しようか?あまり時間がない」

 「え、そうなの?ごめんごめん!

 私達は割と報告どおり!頼勇様は早めに開発行くって!」



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円卓、或いは警戒

「……そっか」

 ふぅ、と桃色の聖女がカップを置いて神妙に呟いた

 

 「まあ、ゼノ君は頑張ってもあの相手はキツいんじゃないかなーって思ったりしたけど」

 「ああ、流石にラウドラには声も手も届かない。それは思い知らされたよ」

 まずはとアイリス絡みの話を終えて肩を竦める

 

 「でも、皇子さまは間違ってないです」

 「……そう、かな」

 「はい。そのしゅりんがーらちゃん?ですけど……。突然わたしたちの前に駆け付けてきてくれたというのは前の報告で言ったと思うんですけど、まるでトリトニスでのアルヴィナちゃんみたいにあくまでも敵だって言動でしたけど何処か庇うようにしてくれて、それで逃げきれたんです」

 と、おれをフォローしてくれるのは銀の聖女

 「ああ、隠そうとしていた正体をチラリと見せる明らかに怪しい言動で、まるであの時はおれを誘導してるようだった」

 呟くおれに、ふわりと雪のように銀の聖女は儚く微笑む

 「はい。だからです。きっとあの個に手は届きます、わたしも一緒に頑張ります。だから」

 「ああ、諦める気は毛頭無いよ、アナ。この手が伸ばせる限り」

 そんなおれ達を、横で僕の好みはまだ覚えられてないんだ……ってしょんぼりしながら砂糖とミルクをどばっと入れて甘ったるくしたものをちびりと飲んでいる桜理が少しだけ不満げに眺めていた

 

 「あはは……原作が原作だけあって即座に二人の世界」

 「う、うん……」

 こくこくと頷く桜理

 「いや違うだろうそれは」

 「そもそも、あの子を何とかして助けてあげたいって話なんですよ?ちょっと妬いちゃうような、二人きりじゃないお話です」

 「言い訳乙!って奴だよゼノ君にアーニャちゃん

 いやまあ、言い訳かは微妙かも……だけどっていうか、そこ重要かな?」

 正論にすまんと謝って話題を変える

 

 「シュリとアージュ、そして混合されし神秘(アルカナ・アルカヌム)の切り札(・アマルガム)についてはそこまでだ。あれはおれ……」

 と、言いかけて何処か余裕げな雰囲気を常に纏う白桃色の彼が真剣な顔してネズミの女の子を見ていた事を思い出して言い直す

 「いや、縁あるおれ達の戦いだから

 リリーナ嬢は少しだけ警戒してくれれば良い」

 「うーん、このロダ兄ちゃんの影響丸出し台詞。あと警戒は要るんだ」

 「要るさ。何となく分かるんだけど、リリーナ嬢の知り合ってた中に、実は一人幹部が居たんだぞ?本人も自覚は無かったろうけど」

 その言葉に少女はえ?と目を見開いてぱちくりさせた

 

 「分かる、リリーナ嬢?」

 むむむ、と指を額に当てて唸る少女。少ししてぱっ!と顔を輝かせる

 「あ、リック!ってあれ円卓?の人だよね」

 そう言われて、今度はおれが唸らされた

 

 「あ、そうか下門もそうだな」

 ぽん、と手を叩くおれ

 「あっれ、違うの?」

 「違う違う。確かにあいつも『嫌悪(ビーバッア)』っていう幹部枠……だったっぽいけど」

 そもそもシュリがおれの前に現れたのだって、探りを入れてきていたろう最初の方の言動からして下門陸が倒されたからその相手を見に来たって感じだったしな。だというのに完全に仲間扱いしてて数えてなかった

 

 「え、じゃあ誰?」

 「リリーナ嬢は良く知ってる人だよ。アナは逆に全然知らないと思う」

 「そんな方なんですか?」

 「ああ、そんな人だよ。おれもそこまで知らないけれど、対峙した事はある」

 「あいつ」

 「ああ、あの下郎か」

 ひょこりと姿を見せたアルヴィナと、その肩に止まる八咫烏が理解したとばかりに告げる

 

 「あ、アルヴィニャ……はもう良いんでしたっけ?アルヴィナちゃんとシロノワールさんの分もありますから」

 「今日はストレート。ボクは大人」

 「……ミルクでも貰おうか」

 と、案外乗り気で頼んでくれる二人。それを受けてサイドテールを跳ねさせて銀の聖女はそそくさと追加を淹れに行った

 

 「え、皆分かるの?私分かんないけど……」

 「ルートヴィヒ」

 「ん?」

 「ルートヴィヒ・"アグノエル"。彼だ」

 「あーっ!そうだったの!?」

 うっそ!と口を開けて驚愕を顔に貼り付けるリリーナ嬢。まさに初耳といった感じで、しかも……

 「え、うっそ何で何で!?」

 完全に合点がいかない感じにおれは……そういや分かるわけ無かったと反省していた

 

 「リリーナ嬢。そういえばあまり心労をと思ってまともに告げていなかったから分かる筈が無かったな」

 「いや分かるというか信じられないんだけどそんなの」

 「そもそも、おれがリリーナ嬢と婚約してでもあの時助けないとって思ったのはさ。君の言葉を信じたのもあるけれど……

 おれが君をそんな状況に追い込んだからだ」

 目をぱちくりさせ、桃色の聖女が何言ってるの?とばかりに小首を傾げる

 

 「えっとゼノ君?」

 「おれが、ルートヴィヒ・アグノエルを殺した。円卓の(セイヴァー・オブ)救世主(・ラウンズ)として伝説の三つ眼の魔狼を使役する彼を、この手で葬った

 ……そう、君の兄も真性異言(ゼノグラシア)で、死んだ魔神を使役する力を持つ円卓で、そして……円卓を支配するアヴァロン・ユートピアではなく、アージュ=ドゥーハ=アーカヌム由来の能力を持っていたんだ」

 めんどくさいよな、とおれは苦笑する

 

 そう、多分だが転生者がどちらのゼロオメガ由来なのかは能力で判別できる。武器を与えているのがティアーブラック、能力を与えるのがアージュだ

 例えばユーゴに与えられたのは兵器であるアガートラームつまり武器に類するものだからアージュ由来ではなく、○○を使役する力やコラージュ能力はアージュ由来

 その観点で行くと召喚能力だけど謎の小槌を振る魔神、夜行がどちら由来か微妙に見分けられなかったりと確定ではないが……能力の補助と思えばアージュ側か?

 後おれ自身見たことがないから一番ヤバい奴(魔神王テネーブル)が詳細不明だが、円卓と敵対してたらしいのと魂を鎖で縛る力からして恐らくアージュ側。本人に自覚はないがアージュの毒を受けているのだろう

 

 「私気が付かなかったよ……」

 ほえーとなるリリーナ嬢。こくこくと頷くのに合わせて胸が揺れる

 「だから気をつけてくれ。少なくともおれは今仲間達を信じてる。頼勇やロダ兄やシロノワール達は転生者じゃないし、エッケハルトや桜理は転生者だけれども味方だ

 だけど、深く関わって縁を繋いだ相手以外、誰が実は転生者かなんて分からない。そして、少なくともまだ、転生者は何処かに居る筈なんだ」

 三首六眼の毒龍だというアージュの眼とされる眷属だが……。下門、おれ、テネーブル、夜行、そしてルートヴィヒ。全部で五人しか居ないのだ

 つまり最低限あと一人誰か居る

 

 と、シロノワールに小突かれて思考を中断させられる。何か言いたげだが……

 「精々気を付けることだ聖女よ。魔神夜行は、少なくとも私が知る限りではああも狂ってはいなかった。片鱗すら見せなかった

 あれは、極最近真性異言(ゼノグラシア)に成り代わった可能性がある。心を許しきるな」

 と、告げてくるのはそんな言葉。いや、それが事実ならばヤバい話だが……下手したらこれ、死んだからで新規で補充されかねない

 

 「うわぁ……気を付けるね

 でさ、そんな話しにきたんだっけ?」

 言われて違ったなとバツ悪く頬を掻く。ちょうどアナも戻ってきてくれたところで、一息入れておれは本題を話し始めた

 

 「いや、そうじゃなくて聖教国やアステールの話だ」

 「あ、同人誌作るって奴」

 「それはそろそろ見本が出来上がるらしいから見てやってくれリリーナ嬢。同人とか詳しい方がまともな意見が出ると思う

 が、それじゃなくて、ユーゴ自身の危険度の事なんだが……」



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握手、或いは人材選定

「な、成程……?」

 理解できてない感じにリリーナ嬢がふむふむと頷く

 だが、横のアナはちゃんと状況を理解したようだ。流石は聖教国で聖女とされてただけのことはあるな

 

 「つまりさゼノ君、多分大丈夫って思ってたユーゴが暴れまわってるって話だよね?」

 「ああ、そうなる」

 「じゃあさ、潰しに行けば良いって事だよね?確かにあいつすんごい強そうだったけど」

 だが、おれはその言葉にダメだと首を振る 

 

 「ん?駄目なの?」

 「駄目だよ。相手は教王ユガート・セーマ・ガラクシアース。まあ正体はユーゴなんだけどさ、一応それらしい地位に居る他国のお偉いさんだ。教王なんて名乗ってる以上そうなる

 あそこは聖教国、七大天を奉る宗教国家。そしてね、彼らはおれ達に公にSOSを出してはいないんだ。つまりさ、介入したくても正当な理由がない。そんな状況で大挙して乗り込んだら、おれ達が世界の敵になるよ」

 ま、リリーナ嬢とアナだけは聖女様だから騙されてるだけって許されるだろうけどとおれは肩を竦める

 

 そう。それが一つ厄介なのだ。苦しめられてると言ってくれないから内政干渉になりかねなくて動き難い。向こうのトップのうちアステールはユーゴに惚れている状況だし、教皇様は恐らく殺されて既に偽物。枢機卿はかつてもヴィルジニーとアステールを人質にされてユーゴに味方させられていて弱みがあるし、まともなのはヴィルジニーくらい。だが、それも表だって動けばユーゴに即座に殺されるだろう

 

 「分かってても大っぴらには動けないんだ、リリーナ嬢」

 「うっわ」

 「だから、分かっていても公式に礼節に則ってあの国を訪問して、そのメンバーだけで裏で何とか解決しないといけない

 分かってるのはおれ達だけだ。そして……おれ達は世界の敵になる訳にはいかない」

 そして……とおれは指折り数える

 

 「そもそも、ユーゴ的にはおれ達を入れたくないだろう。だから、下手な人員は入国すらさせて貰えないよ

 入れるとしたらまずは聖教国である以上無下には出来ない聖女様」

 指を二つ折る

 

 「あ、私行けるんだ。でも……」

 「折角方法を見付けてきたシルヴェール様の婚約者さんを治せるかもしれない状況で、行くわけにもいきませんよね……」

 「うん。何日かかけてゆっくり馴染ませていく必要があるみたいなんだよね……」

 役に立たないねーとばかりにしょんぼりするリリーナ嬢。心なしかツーサイドアップが何時もより沈んで見える

 「いや、折角頑張って力を手にしてきたんだ、シルヴェール兄さんのために使ってやってくれ」

 

 と、おれを見上げてくるのは銀の聖女様

 「あの、皇子さま、わたしは……大丈夫ですよね?ほら、一応聖教国で腕輪の聖女とか呼ばれてますし、今回はあなたのお役に立てますよね?」

 心配そうに揺れる海色の瞳。危険な場所だからと断りたくもあるが、最初から危険だと言いながら話を進めている現状、そんな自身の命の危機より他人を優先したいという気持ちは分かる。だから、おれは少しだけ気を落ち着け、いや残れと出かかる言葉を呑み込んで頷く

 「ああ、アナが聖教国に一旦戻るって話を止められる人間はあそこに居ない。来てくれたら本当に助かるよ

 そもそも、おれだけじゃ入国拒否で終わってしまうからさ。少なくとも誰か来てくれなきゃアステールを救いに行く事すら不可能なんだ」

 

 そんなおれの言葉に、頬を軽く染めてサイドテールの女の子は微笑む

 

 「えへへ、全然皇子さまのお役に立てなくて悲しかったですけど、勝手に距離をつくらされるだけに思えてましたけど

 偽物?聖女様としての立場が、あなたの役に立てるんですね」

 「でも、だアナ。知っての通り相手はユーゴだ。とてつもない危険に晒される事は間違いないんだ」

 本当に良いのか、と改めて確認だけ取る

 本当は、おれ自身が言って欲しい……責任を逃れたいだけのようなもので

 「大丈夫です、皇子さま。わたしがやりたいんです

 あなたのお役に立ちたくて、でも決してそれだけじゃなくて……」

 ふわりと雪のように儚さを感じさせる笑みを少女は浮かべ、その腕輪の付いた手を眼に毒な胸元に置く

 「わたしだってアステール様……ううん、アステールちゃんの友達です。聖教国で、あの子が居てくれたから皇子さまのところに帰るために頑張ろうって想いを強く持てた、大切な恩人です

 だから、わたし自身が、この力で、わたしの出来ることで、あの子の為に動けることがあるなら、やりたいんです」

 「アナ」

 「危険だって承知の上です。皇子さまもアステールちゃんも命がけなんですから、わたしにも同じくらい一生懸命にさせてください

 お願いです、皇子さま」

 その言葉を告げる瞳には、儚い印象とは真逆の強い光があって。それは、あの日おれを監禁してきた最後、告白してきた時に見えたのと同じ光

 それを信じないことはおれには出来なくて、少女の手を取った

 

 胸元に当てられていたせいでその際にふわりとした新雪に手を埋めるような感触が指先に触れ、慌てて離す

 地味に締まらないなこれ……

 が、胸元に当てられる程ではなくとも逃げるおれの右手を細く白い指が追い、掴んだ

 

 「……はい、頑張りますね、皇子さま」

 そして銀の聖女様は横ですんすんと香りばかり嗅いでいる黒髪の魔神を見る

 「アルヴィナちゃんはどうします?」

 「行く」

 「いや待ってくれアルヴィナ。魔神族であるアルヴィナは正直なところ向こうの索敵にバレて面倒になりかねない」

 が、参戦を表明してくれて悪いと思いつつ、おれは手で立ち上がるアルヴィナを制する

 帝国内でバレてないの、そもそもトップである父さん等が知っててガン無視決め込んでいるからだからな。割と魔神族察知する魔法は多いし、実際何度か引っ掛かっているのだとか。もう少し手綱を付けろとは父さんに愚痴られたが、そもそもアルヴィナはおれのペットじゃない

 

 「正直最後の手段だ、アルヴィナに来て貰うのは。魔神が居ると知れたら聖教国は混乱する。それに乗じてって戦法を取るしかなくなるから……

 それしか手がない時まで温存したい。他に何とかなる可能性がある限り、それを模索したい。この手を使ったら、もうアルヴィナは追われるしかなくなるんだからさ」

 「……わかった。でも、あーにゃんか皇子が呼んだら即座に駆け付ける」

 「ああ、頼むよアルヴィナ」

 

 「あれ?えっとじゃあ他には……?」

 「そもそも、向こうが来るなと言えないようなラインの人材となると、此方には……」 

 と、アナとの対話でズレた話を戻すおれ

 「まずアナとリリーナ嬢。次にエッケハルト……の奴は引き摺ってでも連れていくとして」

 脳内で酷っ!という抗議が聞こえた気がしたが無視。いやお前多分アナの為だと言えば着いてくるだろうきっと

 「後は流石にノア姫とアウィルくらいか」

 

 「あら、呼んだかしら?」

 と、その瞬間に扉を空けてきたのは、珍しくめかしこんだ……というか何時もより重装備のノア姫であった。まるで旅装備だ

 

 「ノア姫」



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旅支度、或いは思わぬ訪ね人

「あら、アナタ。ワタシを見て何か言いたそうね」

 くすり、とエルフの媛は笑う。何時もの何処か不敵さを感じさせる偉そうなものではなく、申し訳なさそうに目を微かに伏せてだ

 「いや、どうしたんだノア姫。そんな旅支度なんかして」

 「ああ、これね。ご免なさい、少し故郷に行く必要が出来たのよ。仮にも今の纏め役はワタシ、居なければ何ともならない事態が起きたら頼られるのは必然ね

 だから、悪いけど今回ワタシを期待されても助けられないわよ」

 特徴的な長耳も水平気味だ。何時もはほんの少し上向きで、それが彼女らしさだというのに

 

 だが、困った。ノア姫は貴重なエルフ種だ。幻獣として聖教国としては迎えざるを得ず、いざとなれば退避にもつかえる何時もの転移魔法や、本人もあまり使いたがらないが魅了も使えて来てくれたら本当に頼れた筈なんだが……

 

 「そんな顔しないの。ちゃんと帰ってくるわよ

 言ったでしょう、アナタの灯した決意の火が必要なくなる日まで、ワタシが手を貸してあげるって、ね。だから、あくまでも故郷の問題を解決しに行くだけ」

 「いや、それは本当に助かってるよ有り難う。これからも宜しくお願いしますって話なんだけど……」

 と、苦笑するおれ。何だか気分良さげに、ええそうでしょうとばかりに頷くエルフ

 いや、流石に今は分かってる。此処で今まで有り難うとか言い出す方がノア姫にとっての禁句だと。だから、帰ってきてくれるという言葉を肯定する……んだけど、何か変だ

 

 ノア姫ってこんなだっけ?おれの所に……帝国に帰ってくるなんて言葉を使ったっけ?と疑問が湧いてくる。普段の彼女なら、故郷に"帰る"だし"また来る"ではないのだろうか

 ……まあ良いか

 

 「ちょっとな。ノア姫が居てくれたら助かる案件だったんだ。だからそれが残念なだけ」

 「あら、心配しないで。いざとなれば駆け付けるわ、有事には手を貸すと言っておいて、肝心要の時には無視を決め込んだりしないわよ、ワタシ

 でも、一旦戻らせてくれるかしら。アナタの馬、何時もみたいに借りていくわね」

 「もう半分くらいノア姫の馬だけどな、アミュ」

 ちなみに、エルフ種が乗ってる事は周知されており、既にグッズ商売に使われていたりする。本エルフはあまり買い物をしないから知らないだろうけど、完全に萌えフィギュアにされてて笑った

 ちなみに、フィギュアの方はパンツを履いていた……って当然か

 「ええ、そうね。ずっと『借りている』もの、ね」

 「ああ、おれ達の為に手を差し伸べて駆け付けてくれている大切な仲間に貸してるよ」

 「ええ、それで良いの」

 くすり、とひとつに纏めた髪を揺らし、紅玉の瞳を軽く細めて微笑むノア姫

 

 「ええ、じゃあ行ってくるわね」

 「あ、待ってくれノア姫」

 が、背を向けて立ち去ろうとする外見13歳くらいのエルフをおれは呼び止める

 

 「あら、どうかしたの?」

 「せめて、竪神を同行させてやってくれないか?」

 そう、おれだってそうあって欲しくはない。欲しくはないが……

 

 「ええ、彼が頷くなら別に構わないわよ。でもどうしたの?」

 「嫌な予感がするんだ」

 「予感?」

 こてん?と首を倒すリリーナ嬢。ので姫自身はどこか納得してそうに頷いている

 

 「ああ、まだ知らぬ真性異言(ゼノグラシア)が何処に潜んでいるか分からない」

 事此処に至って実は味方ですってのが出てくることはないだろう。そもそも桜理が奇跡みたいな存在だし、分かり合えたとはいえ諦めと嫌悪から下門だって元は敵だったしな

 

 「それに……ルートヴィヒは本当に死んだのか?」

 アルヴィナの何時もの帽子が浮いた。下で耳を立てたのだろう

 「え?死んだんだよね?」

 「確かに彼を殺したよ、真性異言の特徴を切らせて、二度とも。でも……そもそも死者の魂を使ってくるのがAGXだし、シュリの言葉を信じればアージュとアージュの眷属は全員倒さなきゃそのうち復活するらしい

 だから死んだルートヴィヒの魂が敵として出てきたり、下手したら殺されただけで死んでない可能性までもあるんだ」

 いや言っててふざけてるのかとぼやきたくなるが、可能性としてはあるんだよな……

 

 「……そう、なら分かったわ」

 「ちなみに、(オレ)からあやつには既に言った」

 と、業火と共に姿を見せるのは銀髪の威丈夫、皇帝シグルド

 

 「あら、そうなのね」

 「本来(オレ)が行きたいが、そうもいかんからな」

 困ったことだ、と頭を振る父に、いや突然だなとおれは思わず半眼で見返した

 

 「というか、行きたいのか父さん」

 「そろそろサルースに会いたくてな」

 「ああ、そういえば友人だったわね」

 「まだ向こうがそう思っているかは分からんがな。兎に角、(オレ)の代わりに……そこの馬鹿を送れれば手早かったが別件で忙しいようだからな、あの少年に任せることにした」

 言いつつ、あ今すぐお茶をと動こうとするアナを制して、父は一方的に語り続ける

 

 「というか父さん、そんなに余裕がないのか?」

 「当たり前だろう?」

 「いや、流石にそこまで状況が既に逼迫しては……」

 ぽん、と父の大きな手がおれの肩に置かれた

 

 「そうではない、馬鹿息子」

 「うん、そうだよゼノ」

 父の声に合わせるように扉を開けて顔を覗かせたのも、おれの良く見知った顔であった

 

 「あれ?ルー姐?」

 普段の彼とは違う本気の雰囲気を纏う女装した兄が、其処に居た 柔らかな空気は消え完全に昔の……女装に嵌まる前の彼のような荒々しい気配がして、ミニスカートの軍服とのギャップにくらくらする

 「うん、そうだね。聖教国に行くんだろ?僕も同行させて貰って良いかな」



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参戦、或いは足りない手札

静かな燃える瞳がおれを見据える

 

 「ルディウス兄さん」

 「君と同じだよ、ゼノ。許せる範囲ってものがある。そして、ね

 彼等はそれを踏み越えた」

 おれの手の中にある折れた剣の破片を摘まみ、彼は小さく語る

 「君の計画があるのは分かるよ。やりたいことがあるのも知ってる。僕はこれでも信心深いからさ、あのアステール様から散々聞いてるよ

 だからこそ、良いかな。君たちの行動に、僕も入れて欲しい」

 「と、言うことだ。他に皇狼騎士団を纏め散発的とはいえ襲来が始まった魔神族を抑えるとなれば、(オレ)が行くしかなかろう?

 ま、政治など纏められた幾つかの方針からこの道だと選ぶ等半分は部下任せだ、多少の時間ならば居なくとも回る」

 と、静かに告げる父皇。完全にルー姐の行動を認め、言外におれに対応を促している

 

 「……ルディウス兄さん」

 一応おれもアナに目配せし、良いですよと微笑まれるのを確認してからおれは青年に向けて手を差し出す

 「良いんだね」

 「一つだけ、おれの言うことを守ってください。そうしなければ上手く行かないから」

 「分かった、僕は君達の為に何をすれば良いかな」

 女装しているというのに鋭すぎる眼光に見詰められ、おれは何処か茶化すように、ごまかしを混ぜながら告げた

 

 「ルディウス兄さん。おれが良いというまで、若しくはこのままではどうしようもないと思うまで……『ルー姐』を貫いてください

 それが出来るなら、大丈夫です」

 「ん、どういうことかな?」

 小首を傾げ、青年のツインテールに纏められた髪が揺れる。男性だと分かっていてもフェティッシュな魅力に何だこの人とクラクラする

 

 「それだよルー姐。第四皇子、皇狼騎士団長。そんな相手が乗り込んできて、警戒されない道理があるはずがない。だから、そんな手は使えない

 シロノワールも、竪神も、だから寧ろ着いてきては頼れるけど困る」

 具体例を挙げながらおれは指を折る

 

 そう、だから頼勇にもそうそう頼れないんだよな。あくまでもユーゴにはおれ達を舐めて貰う必要がある

 その点おれは何処まで行っても魔法に弱い忌み子だ。そして恐らくだが、向こうは月花迅雷の進化を知らない。だから月花迅雷を預ければ脅威とは見なされないだろうという皮算用がある

 

 が、頼勇やシロノワールは別だ。そして、警戒されたら勝ち目なんて無い

 

 「じゃあ、ルーねえさん?ならだいじょぶなんですか?」

 「うん、大丈夫だよアナ。ルディウス皇子なら困るよ?

 でもあいつらはきっと……」

 と、おれはふんふんと着いていけてないように桜理と共に適当に頷いているリリーナ嬢達に言葉を投げる

 

 「リリーナ嬢、オーウェン。君達の知る『原作ゲーム』において、メインキャラクターっていうのは、皇族の中で誰だ?」

 「まずゼノ君、シルヴェール様、あとアイリスちゃん」

 「えっと、皇帝陛下もそうじゃなかったかな……?」

 そのおれと同じ答えにそうだなと首肯を返す

 

 「そして彼等円卓の(セイヴァー・オブ)救世主(・ラウンズ)に属する者達、特にユーゴなんて超兵器使いは……おれ達の国や世界の状況なんてロクに知る気もない」

 うちの学園のテスト受けさせたら軒並み落第点取るだろうなあいつら。一応貴族に産まれてこんな点数恥ずかしくないのかとどやされるレベルで何も学ぶ気が無かったろう。力に溺れて学が無さすぎる

 「だから」

 と言いつつ、おれはルー姐のツインテールに触れる

 

 「あいつはルディウス皇子がどんな人間かを知らない。第三皇女がアイリスな事は知っていても、他にどんな皇女が居るかもロクロク知らない

 だからこそ、アイリスの姉だと言い張って、ルー姐自身も完全にお兄さんに会いに来たか弱い皇女を演じてくれさえすれば、ユーゴは騙せる」

 「そうやって騙していかないと、勝ち目はないんだね?」 

 「はい。正面から戦ってアステールを救えるなら、当の昔におれ達は戦ってますから」

 言いつつ、おれは愛刀を見る

 

 湖・月花迅雷。アロンダイトの名を加えたくてそう名付けた進化した姿。最期まで子を護るよりもおれ達を護って戦い続けた母天狼と、死ぬと分かっていながらおれ達の為に円卓に反旗を翻した下門陸の想いが産み出した海色の刃

 こいつならば、ある程度戦える。立ち向かえはする。だが……

 「決め手に欠けるから、姑息な手を使うってことだねゼノちゃん?」

 「そういう事です。ルー姐には……」

 「事情なら聞いてるよ。『ステラがどーなっちゃっても、変なこと言い出しても、おーじさまを助けてねぇ……』って手紙に書いてあったからね」

 いや、アステールがそんな手紙を出してたなんて初耳なんだが

 「そもそもゼノちゃん、アステール様が何かと王都に来れてたの、誰か皇族が手引きしてたとか思わなかったかな?」

 くすくすと笑うルー姐に、おれはそれもそうだと頷くしかなかった。他国のお偉いさんがそんなほいほいうちの首都で活動できる筈もない。出来るとしたら誰かが許可してる訳だし……

 「父さんだと思ってた」

 「残念、ルー姐なんだよね、手引きしていたの」

 笑いながら、すっと兄の表情が固くなる

 

 「でも、切り札がないと」

 「……ある」

 ひょこりと姿を見せたのは、引きこもっていったアイリス(のゴーレム)だった

 「アイリス?」

 「切り札なら、あります」

 「いや、何が」

 「ジェネシック・ライオレックス」

 「いや待てそいつはまだ暴走するだろう」

 が、降り立った猫ゴーレムはおれの頭の上で首を恐らく横に振った

 

 「大丈夫、です。お兄ちゃんと一つになった時、漸く分かった」

 「ひ、一つに……」

 「兄妹だよね……」

 何だか横で二人ほど顔を赤らめてるが、何なのだろう。アナもあれ?と首を傾げているが……

 

 「あー、ごめん。アーニャちゃんはそんな純真なアーニャちゃんで居てね」

 「物理的にアイリスのゴーレムを纏ったって話だぞリリーナ嬢」 

 「うん、そんな事だろうなぁって後で思ったけど、言い方が悪い」

 と、余計な話とばかりに頭に爪が立てられた

 

 「今まで、相手を倒すために調整してた。だから暴走する

 違い、ました……。あの翼は、護るべき者の、元へ。辿り着く為に……護るためにある、機体

 それを、戦うため、に……調整したら、暴走するのは……仕方ない、です」

 「つまりあれか。おれとアイリスの合体形態みたいに、防御特化にすべきなのか」

 うーん、設計図から読み取れって中々に難しいぞユートピア、もう少し分かりやすく書いてくれ

 そんなおれの苦笑にアイリスは軽く頷いて去っていった

 

 「って言っても、竪神に来て貰うのは本当に最後の手段なんだよなぁ…… 

 アルヴィナに暴れてもらって、魔神族の襲来がと理屈を捏ねてって散々にヤバい橋を渡るから、あまりやりたくはない」

 さてどうするべきかと悩んでも答えは出ない

 あまり長々とやってても意味がないので、おれはもう諦めて発つ事にした



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頼み、或いは怒れる聖女

「ぼ、僕も行くよ。絶対舐められてるだろうし、実際に僕にある唯一の力(AGX-15)なんてまともに使えないし……

 でも!何かしたいんだ!」

 と、必死に訴えてくる桜理になら行こうと言っておいて、おれはメンバーを決めて下準備に取り掛かっていた

 

 メンバーとしてはアナとエッケハルトという向こうが来訪を断れないメンバーを中心に、兄に会いに来た皇女と偽る女の子のフリしたルー姐、エッケハルトの付き添い枠のおれ、アナの付き添い枠の桜理、ついでに威圧用の天狼であるアウィルである。流石にルー姐に誰かを付けるのは先方に渋られそうなのでこれが限界だ

 って、おれが頼める相手のうち枠を増やせるだろうノア姫は別件で出掛けてるしガイストは高位貴族過ぎてヤバく、残りは原作の知識くらいはあるだろうユーゴを刺激しすぎるから結局他に候補も居ないんだがな

 

 ついでに言えばまだ舐めてくれる可能性があるロダ兄はといえば故郷見てくるわと旅立っていった

 ま、彼は縁だってそのうちまたふらっと必要な時にはやってくるのは分かってるので好きにさせておこうと割り切って、まずは聖教国に向かうための仕込みを……と思ったのだが

 

 「はい!わたしに出来ることなら頑張ります!」

 と銀の聖女がニコニコしてくれていたのも少し前の話

 「え?」

 おれの提案に少女の瞳が見開かれたかと思うや……

 「しょ、正気ですか皇子さま……?」

 と、泣きそうな顔になり

 「ぜーったい!絶対にやりませんからね!」  

 と、とんでもない勢いでアナに拒絶された……というところで時は今に舞い戻る

 

 何故だ……

 

 「いや、それはどうかと思う」

 「ゼノ君さぁ、アーニャちゃん泣くよって言ったじゃん!」

 「皇子、ボクの歯形の刑」

 と、アルヴィナすら……いやアルヴィナは普通か、桜理にすら敵に回られておれの味方は0だった

 

 「待ってくれアナ、必要なことなんだ」

 「わたしの大事な人を傷付けさせようとする悪いお口は……此処ですか?」

 あのー、アナスタシアさん?瞳のハイライト消えてないか?

 

 「傷付ける訳じゃない」

 「でも!でもっ!おれを罵倒しろって何なんですか皇子さま!それも元々皇子さまを嫌ってる教会の人達の前でって……やりませんからねっ!」

 頬を怒りで上気させ、きゅっと拳を握って威嚇してくる銀の聖女。可愛らしい範囲で開いた胸元が強調されて、ぷくっとした頬や小動物の尻尾のように振られるサイドテールも込めて怖いというよりは可愛いが……

 

 「アナ。向こうは……ユーゴは彼の逃亡を知っている」

 そんな少女を諭すようにおれは告げる

 「勿論、本気で絶対に逃がさないと決意して追った訳じゃないだろう」

 そうだとしたら、うちの兄とんでもねぇなという話になる。湖・月花迅雷どころか素の月花迅雷よりも数段性能の低い偽神器一本でAGX-ANC14Bを逃げる者を追えない段階まで追い込んだって事だぞそれ。散々皆の力を借りたスカーレットゼノン・アルビオンより素の彼が強いレベルだそれは

 だから、追ってこなかったと考えるのが自然。アステールの記憶を削る代価を、異端抹殺官を殺す事のメリットより大きいと判断した

 

 「それは……分かりますけど」

 「でもさ、逃がしてもそこまで大きな事にならないとはいっても、やっぱり不快だし不安はあるだろう」

 そこでさ、おれと彼の間には確執があるのが効くんだっておれは頬を掻いて苦笑した

 

 「だから、彼の想いを無駄にしないために、彼の最期の勇気を無駄にしたフリをする」

 最低の発言だ、怒られて当然だ。そう自嘲しながらもおれは真剣に言葉を紡ぐ

 「教会に、おれが彼の遺体を引き渡そうとせず勝手に葬ろうとしたのは、確執から傷だらけの彼を死に追いやったから。その証拠を見付けられないために、ああも教会の介入を嫌がった。話なんて、そんな状況で彼から聞いた筈がない」

 「でも、断れない聖女様であるわたしがそれを見付けてしまった……

 って何なんですかこの筋書き!嫌ですからね、何も悪くない皇子さまを他の人々みたいに責めるなんてわたしぜーったいに嫌ですからね!」

 ぶんぶんぶんと振るわれる頭と、それに合わせてふわふわ揺れる胸。足元では干し林檎を食べてご満悦そうに丸まっていたアウィルまでもアナに味方して吠えてくる始末

 

 アウィル、お前もなのか……

 

 がっくりきたおれを、慰めてくれる者は居なかった

 『相も変わらずですね兄さん。自分に関しては捨てる事に躊躇というものが全くといって良いほど足りません

 もう少しまずは自分を切り捨てない術を先に考える癖を付けないと、私でも助けきれませんよ?』

 神様(始水)にすらダメ出し食らうとは……

 『すらって何ですか。私は布がないから形見を使ってぬいぐるみ作るとかそういったの散々批判してきましたよね?普通にこれはそれの延長ですが……』

 はぁ、と耳元に溜め息が響く

 

 『多少マシになりましたが、自分はどんなに泥にまみれてもそれを何一つ問題だと思わないところは変わりませんね』

 いやそんなことは

 『良いですか兄さん。兄さん自体はどれだけでも自分は傷付いて良いと思ってるかもしれませんし実際傷付いても気にしないとは思うのですが、その際に連動して私と私の選んだ聖女のメンタルが死にます

 今度からそれを心に刻んで行動して下さい。今なら流石に分かりますよね兄さん?』

 ……肝に命じるよ

 『ええお願いします。神様のメンタルを殺せるの、世界を壊しに来る化物以外では兄さんくらいなんですからね?』

 それはそれとして、今回は他に選択肢がないんだ。だから許してくれ始水

 『さては分かる気無いですね兄さん!?』

 

 余談だが、頼み込んだらアナはしっかりおれを蔑んでくれはした。くれはしたんだが……

 おれを酷い人だと罵倒するアナを漸く聖女様も分かってくださった!と持ち上げる教会の面々にアナの目は完全に死んでいた

 

 うん、すまないアナ……

 

 『謝るならやらないで下さい兄さん。私もキレかけましたので』

 ……大雨降ってるぞ始水

 『降らせました。これで龍姫の怒りを気がつかないようなら……少し距離が遠すぎたことを反省すべきかも知れません』

 いや、龍姫様もお怒りだ!呪いが移る!と楽しげだったが?と内心で通話する

 

 というか呪いが移るって何だ。移るなら今頃学園は壊滅してるし何より真っ先に聖女様に移ってるぞ

 

 なんて思いつつ、表情が完全に死んで不貞腐れたようにアウィルの毛に顔を埋めて無言になったアナを見て乾いた笑いを浮かべる

 ルルゥと鳴きながら、アウィルに慰められてるアナはあまり見たくはないが、ここまで言われるとは思わなかったおれは何も声を掛けられなかった

 

 『何だか言われた事の割にはご機嫌ですね兄さん?』

 いや、昔の始水が言われてた耳悪菌が移る!って苛めを思い出してさ、と内心で神様幼馴染に返す

 『ああ、ありましたねそういうの。すぐに終わりましたが』

 一年ちょい続いたろ。いや神様からすればすぐか

 

 おれが出会った時の始水は左耳が悪くて澄ましてるからって少し苛められてたんだよな

 まあ、すぐに相手が金星のお嬢様という事実がヤバイという分別が付き始めて、一年もして小学校中学年に上がった頃にはすっかりそんな苛めは消え、苛められてた頃に仲良くなったおれへの嫉妬からおれへの苛めだけ加速してたんだが……

 『そうでしたね。私が兄さんと呼んでいた理由については思い至らなかったようですが』

 いやそれは兄さんと呼んでればお嬢様として狙われにくいって理由じゃなかったか?確かそう聞いたが

 

 『あ、それですか?方便です兄さん

 本音はこの人は私のものだと周囲を威圧していただけですね。まあ、威圧すればするほど兄さんへの苛めは何故か加速したのであまり意味は……って話でしたが』

 馬鹿だったんですかね彼等とぼやく神さまに、おれは何も言えずにとりあえずアナが機嫌を直すのを待ち続けたのだった




本日より犬塚いちご様×えぬぽこ様によるヒロインASMR第二弾、公開となります。
https://youtu.be/_WRdKLyNcXU

今回のヒロインは予告の通り後方保護者面エルフです。


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野営、或いは野生

「よーし良し」

 と、アウィルの耳の裏の毛を軽く指で透きながら、おれはそんなことを呟く。白く、けれどもふわふわというよりはかなり硬質の毛は犬っぽくても確かに伝説の幻獣なんだと理解させてくれる

 

 いやまあ、道中当然の面して雷でワイバーンとか叩き落としてたから間違いないんだけどさ。餌だとばかり牙を剥いて襲ってきたあの竜が可哀想になったレベルだ

 

 「これが幻獣の力か。報告では聞いていたけれど、実際に見ると中々に脅威だ」

 と、呟くのは天馬……ではなく普通の馬に跨がるルー姐。何時もは駆る天馬は目立つから置いてきたそうだ

 「ああ、ルー姐は話だけは聞いてたって感じだっけ」

 「まあ、時折魔神族が出現したと聞いて向かえば天狼が襲い掛かっていた……という報告をされる程度。魔神が居なくなれば立ち去る彼等と矛を交えたことは無いね」

 その話からして完全に人類……というか世界を護りに駆け付けてるだけだからな。それを狩ろうという方が危険思想だ

 確かに天狼素材っておれの月花迅雷しかり魔道具に加工すればトンデモ性能になるんだけど、その為に天狼種を狩るのは現実的じゃない。まあ、アウィルの抜け毛とかでも素材になるっちゃなるんだが

 

 閑話休題

 そんな風にのんびりとした空気を纏うのはおれ達皇族二人くらい

 「た、食べられるかと思った……」

 ぶるりと肩を震わせて怯える桜理、涙目でアウィルにしがみつくアナ、そんなアナを慰めようとしながらおれに厳しい目を向けてくるエッケハルト。残り三人は割と厳しい評価を下していた

 

 「なあゼノ、本気でアナちゃんや俺を連れてくのかよ」

 不機嫌さを隠す気もなく青い目で睨んでくるのは焔髪の青年

 「というか、あんな牙を剥いたドラゴンが襲ってくる場所を通るとか正気かよ!たまたま撃退できたから良いものを」

 『ルグルゥッ!』

 抗議するようにアウィルが吠える。今は人間の言葉に訳してくれていないが、恐らくは『流石にヘマしないんじゃよー』くらいの意味だろうか

 

 「もっと安全な道を」

 「流石にもうアナ達にも最低限のレベルになって貰わないと困るだろ。それに、こうして荒れ地を進むべきだ」

 「なんでそうなる!アナちゃんの体力的にもまともに街道を行けば野生のドラゴンに襲われるような」

 「エッケハルト。あいつは野生じゃないしワイバーンだ。全く違う」

 「ドラゴンでもワイバーンでも良いだろボケが!」

 くわっ!と目を剥くエッケハルト。それを愉快そうに見守るルー姐と、慌てておれを庇おうとして……間に入れない桜理。うんまあ、理不尽にキレてる相手って怖いわな

 「まあ、それは一応訂正してるだけだが」

 「えっと、何か不思議な気配を感じましたけど、野生じゃないってそういうことですか皇子さま?」

 「そういうこと。歯の間に仕込まれた毒袋も見えた。恐らく興奮材も使われていて、あの毒は吐き気を催すあれだろうな」

 ノア姫が呆れていたシュリが薬なんじゃよしてきたあの毒草だ。似た香りがした

 

 「つまり、興奮状態でかつ空腹なのに物を食べたら吐いてしまい、暴れていた訳だ」

 狩りをする際に罠を仕掛けるのはまあ当然で、おれみたいに正面から殴り勝てるアホじゃなければワイバーンを狩るなら工夫は基本だ。だが

 

 「それ、狩るために」

 「狩るために、完全に拘束して顎に仕掛けを施して、そっから逃がしたのか?狩った方が数倍楽だぞ」

 「じゃあ調教しようかと」

 「卵からしっかり育てれば家族のように懐くぞ。成体を調教するとか何千年前の手法だ」

 ルルゥとアウィルが得意気に鳴いてるがまあ、卵というか生まれたてから幼少にかけては育てたようなものか……

 いやそれで良いのか天狼と思うがそれで良いんだろうな……

 

 「いやそういう話かよというか詳しいなオイ」

 「アナにはまあアウィルが居るとしてだが」

 というか、多分暫くしたら天狼ラインハルトも駆け付けるだろう。原作だと割と面倒な参戦条件を満たさないとそもそも参戦してくれないが、この世界ではそんな話はない。ってか、多分ルー姐が言ってる天狼って武者修行中の彼だろうし、ほっといてもそのうちアナを護りに来てくれそうだ

 「じゃあリリーナ嬢は?ってことで、彼女の為にドラゴン見繕ってたら色々と教えられた」

 そのお陰で割と良いドラゴンが選べたと思う。孵るまで時間がかかる卵にしてしまったせいで孵化には立ち会えなくなったが

 

 「あっそう勝手にしてろ」

 興味無さげにエッケハルトは告げた

 

 「あ、皇子さまがリリーナちゃんに色々と言ってたのってそれだったんですね」

 と、顔を上げたアナがへーと呟く

 「まあな。アナには無いぞ、多分ドラゴンなんて付けたらアウィルもラインハルトも臭いって拗ねるから」

 『ワゥ!』

 と、アウィルがおれの投げた骨を器用に雷で打ち返して咥えながら吠えた

 というか骨で遊んでて良いのか伝説の狼。これじゃ伝説の犬だぞ

 まあ良いのだろう。母狼の方だって刀振り回してるおれと遊んでくれたりと割と人懐っこいというか人の姿してたら多分取っ付きやすいノア姫って感じの性格してたしな……

 

 「俺には」

 「自分で買え辺境伯」

 それくらいの金はあるだろ。こっちはアイリスのお陰で足りてるとはいえ頼勇のLI-OHの改造だ何で費用かつかつなんだよ割と

 

 そんなおれ達を、女装した青年と男装?の少女が横で眺めながら何か話していた

 

 「まあそれは良いとしてだ」

 一息付きながらおれは告げる。アウィルだけなら全力で駆ければ一日掛からず辿り着く距離だが、人数が多いので今日は此処に泊まりだろうと野営の準備を始めたところ、エッケハルトの冷たい視線が突き刺さる

 「野宿かよゼノ」

 「悪いが野宿だ。変な事仕掛けてきた相手が居るのはさっきのワイバーンで分かるだろ?聖都でまで仕掛けたら流石に問題になるのは向こうだが、まだ帝国領土な以上下手人が分かるまではあまり他人を巻き込みたくない」

 と、おれは肩を竦める。本来はまあアナとしても……

 

 「じゃあ、わたしが今日の御飯作りますね!」

 ……案外聖女は逞しかった。いや、おれが昔変なところに連れ出したりしたせいかもしれないが、こういう時に割と美味しい御飯を作ることに命懸けてる感があるというか……

 それを見て、焔髪の青年はがっくりと肩を落としていた

 

 「……ってか、本当にあいつは変なのかよ」

 「変に決まってるだろ」

 「今も遠巻きに狙ってる個体が……3頭。天狼種相手に襲い掛かるワイバーンの顛末を見て、尚も逃げないなんて完全に何者かに野生個体に偽装されているだけの襲撃者確定だよ」

 と、おれを補足するルー姐

 「あ、こういう外での料理は塩気を気持ち強めにした方が美味しく感じるから宜しくね」

 なんてアナの料理をふんふんと見る姿を魅せつつ、警戒心はmaxだろう

 

 「ヤバくね?帰ろうアナちゃん」

 「いや所詮ワイバーンだぞ。寝たら襲ってくるだろうが余裕で勝てる。帰る理由が無い」

 そんなおれの横で、行儀良く座ったアウィルが相槌を打つように吠えた



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飛竜、或いは白亜

「……ああもう、煩い!」

 ぶん!と凪ぎ払う拳が空を裂き、飛んできた火球を右手の甲で叩き返す

 

 ワイバーンのブレスは物理現象、今回のは爆鱗と呼ばれる強い衝撃を与えると発火炸裂する鱗を口に含んで吐き出すタイプだ。だから中心に鱗が残っており、打ち返せてしまう。当然そんなものは火属性物理ダメージなのでおれの【防御】数値を抜けずに傷ひとつ負うことはない。魔法だと食らうが、そもそも野生の生物で魔法が使えるのは天狼初めとした極一部の幻獣種のみだから脅威はない

 

 甲高い悲鳴と共に自身のブレスに翼を撃たれた飛竜が墜落するのを見ながら、数多すぎだろとおれはぼやいた 

 アナが頑張って作ってくれた夕食後、簡易テントを張ってアナが寝静まったと思ったらこれだ。テントは二つ、エッケハルトとルー姐向けと桜理とアナ向け。その間で今日はおれがやるからと火の番をアウィルとやっていたら、絶え間なくとまではいかないがワイバーンが襲ってくるのである

 

 もう訳が分からない。野生のワイバーン種って色々居るが、爆鱗種って倭克周辺の固有種の筈だし、隠す気本当にあるのかと疑いたくなる

 

 「ったく、またかよ!」

 蒼銀の甲殻に覆われた右手を今度は掲げ、おれはしなる靭尾をテントに向けて振り下ろそうとした黒いワイバーンの尾を受け止めた

 

 黒いせいで軽く保護色になっており見付けるのが遅れたが、何とも無くてよかったってところだな

 力任せに尾を掴み、もがきながら憐れな悲鳴をあげる小柄なそれの後ろ足を全力で蹴り飛ばすと、嫌な音と共に尻尾の先だけが右手に残り、半ばから自らの最大の武器を奪われた黒い飛竜は苦悶の声と共に……

 それでもおれへと後ろ足で大地を蹴って躍りかかろうとした瞬間、天から降り注いだ青い雷に撃たれて沈黙した

 

 アウィルである。おれと共に見張りをしてくれている天狼が制圧の雷を放ち周囲の飛竜全個体を打ち据えてくれたのだ

 月花迅雷は抜きたくないというか抜けない。お陰で素手でやりあっていたので正直助かる支援だ

 「有り難うなアウィル。というか、殺してないよな?」

 『ルルゥ!』

 誇らしげに吠えて返された。多分セーフなのだろう。此処は国境付近、こんな場所でここまで大規模に活動できるって事は向こうはかなりの立場に居るのは間違いない。というか多分ユーゴの手下の誰かだろう、この犯人

 一応野生に偽装されている以上多分下手人に繋がるものなんてワイバーンを探しても出てこないし、殺して抗議をかましに行くのは得策ではない。野生の飛竜を大量に殺したとして、此方が生態系等を脅かした悪にされかねないというか……

 いやまあ、野生の爆鱗種がこんなところに居るかボケがとか一応言えるが、おれ舌戦は苦手だからな。あまり余計なリスクは負いたくない

 

 なので、湖・月花迅雷は相手を殺さないとなると完全に過剰火力なのでもう納刀状態でもほんの少しなら張れる障壁の為にテントに置いておき、素手で撃退だけしてる訳だ

 まあ、さっきの地を走る黒い飛竜みたいにやりすぎたりもするが、それは正当防衛と言わせてくれ。というか、おれ自身普段は竜殻のような鞘飾りとなっているアルビオンパーツがガントレット化してる状態の右手ってずっと月花迅雷を握っていたから、素手時の加減って割と分かってないというか、さっきはつい力を込めすぎた

 全身に特異な力は行ってないが、障壁展開の為にアルビオンのパーツが起動してるから右手だけ変身時一歩手前くらいの性能に変わっている、それをしっかりもっと意識しないと相手を殺してしまう

 

 特にこれは隠し球だ。湖・月花迅雷の性能に関しては円卓、特にユーゴに把握されていないというのが重要なのだから。バレたら不意も突けないしな

 

 そんなこんなで

 『クギャアォッ!?』

 なんて竜の悲鳴が絶えないまま、空が白んでくるまでおれは攻めてくるワイバーンを撃退し続けたのであった

 百鬼夜行ならぬ百竜夜行か何かかよと途中飽き飽きしてきたが、そんな時はアウィルが爪を振るってくれたのでそう問題もなく夜が明ける

 

 「あ、皇子さま御早うございます」

 と、テントの入り口から顔を覗かせるのは銀の聖女様。寝起きだからか何時ものサイドテールはほどかれており、一部だけ伸ばしたロングヘアーが少し何時もと印象を変える。が、頭に何時もの雪の髪飾りがあるからあんまり変わらないか

 

 「御早う、獅ど……皇子」

 「今は獅童君で良いぞオーウェン。全員にバレてるからな」

 横からひょこっと顔を覗かせる黒髪の少女(いや、ゆったりした寝間着のせいで今桜理がどっちかは分からないが、アナの為に今はサクラ・オーリリアの姿だと信じる)におれは軽く笑いかける

 

 「いや、君はその名前で呼ぶのに……」

 と、少女はアナが作ったろう朝のホットミルクを両手で握り込みながら呟く

 「おれは何ならヴィルフリートの前世とは血縁ってレベルで全部知られてる。桜理はまだ真性異言(ゼノグラシア)ってところまでしかバレていない

 だから誤魔化してるだけだよ」

 肩を竦めておれはそう返した

 

 「このテントは防音だし聖域もアナが張ってくれたから」

 ちなみに此処は嘘で、本当はルー姐がやってくれた。遠くにまたまた飛竜の気配がしたので、わざと嘘を吐く。これで二人も恐らくは聞き耳を立てられている可能性を考慮してくれるだろう

 「心配ないけど、外だと変に聞かれるかもしれないからさ」

 「確かに、わたしはぐっすり眠れましたけど、皇子さまは……大変だったんですよね?」

 銀の聖女様が入り口を開けて、焚き火辺りの惨状を見ながら呟く

 「ごめんなさい、皇子さまにばっかりで」

 「良いんだよ、それが戦う以外の才能が特に足りてないおれがやる事だから」

 まあ、戦いの才能も魔法が使えないし防げない欠陥のせいでそこまで誉められたものじゃないがな!

 マジで皆が居ないと既に何千回死んでるのか分かったものじゃない

 

 「えへへ、そんな偉い皇子さまには、特別な朝御飯作りますからね?」

 「アウィルも頑張ったんだからそっちにも頼む」

 「勿論ですよ?」

 慌てたような様子もなく、少女はふわりと微笑み返してくれた

 でも、寝間着がふんわりレースなせいで少し透け気味なので早く着替えてくれ。そんな想いを込めて、おれは少女用テントに背を向けるのだった

 

 そんなこんなで、数日

 「漸く着いたな」

 何度か見た高い白亜の壁を確認してどっと疲れが襲ってくる

 漸くだ。何度襲われたかもう数える気もないというか、総勢200頭は居たぞワイバーン、百竜夜行どころじゃない。騎士団の所持飛竜全部使ったとかそんな量はもう笑うしかない

 お陰でもう既にげんなりしている。しかもアナはその事実を見て朝御飯を張り切るし、エッケハルトは朝御飯の格差を見て不機嫌になるし、役に立ってないね僕と桜理はしょんぼりするしで空気まで微妙。気を利かせておれ基準で朝を作ってくれた事もあったが、その時のエッケハルトの微妙な顔付きは忘れられない

 

 そんな何とも言えない行軍を終えて、何とか聖教国の聖都へとおれ達は辿り着いていた

 ……いや、此処からが本番だろ何気を抜いている、と内心で自身に叱咤する。そんなおれを鼓舞するように、小さな犬の姿になってアナの横に控えたアウィルが吠えた



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聖なる都、或いは巡礼者

白亜の壁を抜けて街へと入る。おれを見た瞬間に門を護る兵達が異様な空気で手にした長槍を交差させて封鎖しようとしてきたが、おれの背後から遠慮がちに手を振るアナを見てはっとしたようにすぐに道を開けてくれた

 

 いや、知ってはいたが嫌われてるなぁおれ。アステール絡みで何度か訪れた程度の筈なんだが……

 850年前の魔神族との戦いの際の人類の大きな砦の一つとしての遺産から街そのものがぐるっと高い壁に覆われた聖都。お陰で街を外に拡張出来ず、壁自体が歴史的宗教的価値を持つから破壊も出来ずに……限られ過ぎた土地を多くの信徒が求めあい金があるか特別な才能がないとまず住めない場所と成り果てた金持ち宗教家の総本山にして聖地

 その由緒ある壁を馬鹿にするかのようにアミュを駆って飛び越えて帰ったのが最後だっけか?あ、うんこれは聖都の人々からすればキレても可笑しくないか。おれのせいだな

 

 「皇子さま、大丈夫ですか?」

 「まあ、聖都で歓迎される訳がないのは知ってたよ。おれは七大天に呪われた忌み子らしいからな」

 肩を竦め、茶化すように言う

 

 あー始水、溜め息吐かないでくれないか、耳元に聞こえるようふぅされると何だかくすぐったい

 なんて、さっき呪ってるとして挙げた神様の一柱がこんな調子なのは知っていて、あれは冗談みたいなものだ

 「皇子さまは呪われてますけど、七大天様方からじゃありませんよね?」

 「いやその辺り分かるのかアナ」

 「はい。龍姫様の力が込められた腕輪が、皇子さまを助けてあげて欲しいって想いでわたしの元にある……って事は何となく伝わってきますし。それにですよ?」

 こてん、と小首を傾げて少女は何時も着ている白と青の神官服のスカートのポケットから小さな古ぼけた手帳を取り出す。おれが初等部の時に書いて渡していたアナ向けの授業メモだ

 「皇子さまを呪ってるなら、魔名を皇子さまが聞き取れるし発音できるって可笑しいんです」

 えへへ、と笑って開いたページは焼け焦げている。みだりに焔嘗める道化の名前を記載した結果天罰的にそのページだけ燃えたんだったっけか

 

 「これ、皇子さまを呪っているのは神様ではない別の凄い存在って証拠ですよね?」

 『まあ私達七天だけでなく万色を含めて八を祀るならば、兄さんを呪っているのは万色の虹界(世界の源の混沌)ですからあながち神以外という訳でもありませんが……』

 神様本人が注釈まで入れてくれる始末だ

 というか、七天教としてはおれが名を聞いた他の神を認めるとは思わないが、世界としてはあれどんな扱いなんだろうと少し気になってきた

 

 『虹界は世界の源なので七大天に近いものとして扱われます。ただ、精霊真王ユートピアについても縁があるので実は同じ枠なんですよね

 だからこそ規制が緩く、魔神族はこの世界に侵出するし、AGXも持ち込まれる。面倒な話です

 あ、シュリンガーラだの私のブラックだのは完全に侵略者枠ですので心配なく。入り込まれましたが世界からしても完全に敵です』

 頼勇等から聞いてて薄々勘づいていたんだが、やっぱりユートピアって七大天に類する扱いされてるのか……

 エッケハルトはあまり話してくれなくなったからあいつの七色の才覚から君臨するジェネシックのシステムも良く分かって無く確証は無かったんだが……と、おれはちらりと横ではなく数歩離れた場所を意図的に歩く青年を見る

 そろそろ話してくれても良いんじゃないか?アイムールがどうとか、何時かって言われてからずっと放置されてるが

 

 あのアイムール、本来冷気を纏う斧じゃないから始水も良く分からない進化してるらしいしな……おれの月花迅雷に近い状態というのは間違いないとは思うが、やはり詳細は不明だ

 おれみたいに、あのATLUSの使ってきたブリューナクを撃てるようになってたりするのか?いやまあ、アルヴィナの協力ありきなのでおれ個人でやろうとすると本気で場所によるというか撃てる場所がたまにある程度なんで頼りないが

 死者がおれに怒りを託してくれる場でならば一応何とか撃てるが、彼らと違って死者の魂をチャンバーに溜め込んでおいて何処でも怒雷に変換するとかおれには出来ないからな

 

 なんて色々と思いながら、都を進む。相変わらずそこまで活気を感じない、厳かな空気の強い場所だ。いや、これを本当に厳かと呼ぶのかは分からないけど、不可思議な気配が漂う

 カラフルな屋根に、白に統一された壁。七大天の七つの色で豊かな色合いだというのに、何処か無機質というか人を拒絶してる感じがある

 恐らくだが此処に住む人間の大半が高い地位に居て偉ぶっているから……なんじゃないかとはおれの推測にすぎないが、そこまで的外れでもない気がする

 何たって、この聖都に居るのは聖地巡礼者以外はあの異端抹殺官エドガール殿とかそういったエリートばかり

 

 「相変わらず神の代弁者って感じの偉ぶった雰囲気強いですね此処……」

 嫌そうにきょろきょろしながら、アナがポツリと告げた

 「あれ、そうなの?」

 「白に七大天様の色ってわたしの服もそうですけど、信仰の色なんですよね」

 くるっとターンしてスカートの裾を揺らす銀の聖女。エッケハルトの視線がスカートと同時に揺れる大きな胸とを忙しく行き来する

 

 「わたしがこれをずっと着てるのは聖女って呼ばれてるからちゃんと神職としての服装をしておきたいなーって話なんですし、教会が同じ色合いなのも神に祈る場である証明って理由なんですけど……」

 海色の瞳が立ち並ぶ豪邸気味な家々を見渡して伏せられる。しゅんとサイドテールも垂れぎみだ

 

 「あのおっきなお家達って、別に教会ではありませんよね?なのに教会と同じ色で……って、わたしは好きじゃないんです。まるで自分が龍姫様方の化身であるみたいな不遜な主張な気がして……」

 あ、と気が付いたように手をぱたぱた振るアナ

 「別に白と七大天様の色を組み合わせたもの全てが駄目って訳じゃありませんよ?」

 謝るような視線にいや何がと思って気が付く。そういえばおれの羽織る外套って白地に赤金だったから、おれも不遜と言ってしまった気がしたのか

 いや、全く気にしてないんだが……

 

 『まあ兄さんは私に対して不遜なんですが』

 すまない始水

 『いえ責めてませんのでお構い無く。赦してなければ天罰下してるに決まってます。ただ、蒼が入っていない事に関しては抗議をしたいですね』

 月花迅雷が蒼い刃だからだろう多分きっと、うん

 『まあ、兄さんの愛刀の色に免じますか』

 何だか幼馴染神様が良く話しかけてくる。やはり祀られている七大天からしても何となく心地よいものではないのだろう

 

 いやそれで良いのか聖地!?

 

 なんて思いつつ、大通りの歩みを進める。流石に魔神族がどうとかで不穏な空気だからか、或いはユーゴのせいかおれが前に来た時よりは結構巡礼者が少ない。もっと

 「あ、腕輪の聖女様!」

 ……って感じに巡礼に来ていた人々に囲まれるんじゃないかと思ってたんだが

 いや、今正にバレたな、うん

 

 「あ、どうしましょう皇子さま」

 ちらちらと聖女様は向こうの人々を眺めている。貧しそうで、擦りきれた服で無邪気に疲れた顔に笑みを浮かべる巡礼者達に、何かしたそうに……けれど、そんな事してる暇なんて無いと思っているのか、きゅっと手だけ握りこんでおれの言葉を待っている

 「ゼノ皇子、あんまり囲まれるのは良くない……のかな?」

 「いや別に良くないか?寧ろ少しくらい相手をしてやるべきだと思うし、行ってきてくれないかアナ?」

 「うんそうだね、きっとみんな魔神復活の預言や……実際にトリトニスで起きたという魔神襲来なんかで不安でならなくて、聖地にまで来て必死に七大天様に祈りを捧げようと思ったんだから

 聖女様がそんな彼らを無下にしたらいけないよ?」

 

 と、ルー姐の許可も出たのでぱっと顔を輝かせてアナは皆さんちょっと待ってくださいね?と駆け出す。そして四方に道が伸びる広場の中心、大きな噴水にまで辿り着くと噴水を背にこっちですと大きく手を上げて振った

 『ルルルゥ!』

 横で付き従うアウィルも犬のフリを半分くらい忘れて吠えてるが……

 

 「アウィル、本当の姿で良いぞ」

 おれはそんなアウィルに許可を出した。いや、アウィル=天狼っていうのはとっくの昔にユーゴにはバレてるからな。何ならアウィルとユーゴは同じ戦場で再会したし、隠してもしょうがない

 寧ろ、天狼という神の化身扱いされる幻獣が此方には居るって威圧していく方が宗教国家では役立つまである。

 

 『ルワゥ!グルゥ!』

 おれの言葉に合わせて、アウィルが犬の姿をほどいて本来の甲殻を纏う一角狼の姿へと変貌した

 「ひぇっ!?」

 「ば、化も……」

 途端、あがる悲鳴。だがそれも一時の事、段々とこの気品に満ちた白い姿は伝説の幻獣、天狼種では?という事に人々が気が付きはじめ……おれが何事も流石に此処では起きないだろうなと思いつつアナの近くまで来た時には畏れはあっても恐れは無いのか、少し遠巻きに完全にアナとアウィルを囲んで人々は言葉を待っていた

 

 うん、おれと違って慕われてるなぁアナ、って少しだけ遠くに思いながら、ふとおれは違和感を感じ横のルー姐に問いかける

 「ルー姐。一部の像ってかつての戦いで壊れたが○○って色々と逸話があるから壊れた状態のまま修繕、その姿を維持してるって話があるけど……」

 おれはアナが背にしてる噴水を見る。大きく抉れ傷口が融解したまま固まった像から水が流れ出ている状況だ

 「この像って、それだっけ?アミュと共に駆け抜けた時は普通に立派な猿侯像だった覚えがあるんだけど……」

 「ごめんゼノちゃん、ルー姐も全部覚えてる訳じゃないから確証はないんだけど……破損新しくないかな?」

 「だよなぁ……」

 だが、今はそれ以上分からない。なのでおれも聖女として皆を激励するアナを眺め続けたのだった



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演説、或いは騎士

「大丈夫です。確かに魔神族は復活します。わたしはそれを知っていますし、実際に戦わなきゃいけなかった事だってありました」

 きゅっと手を胸の前で握り、腕輪を輝かせるアナ

 「でも、でもです。だからこそ戦う人達だって居ます。皆を護ろうと、今も自分達は傷付きながら、貴方達を護れるならそれで良いって剣を取る、勇気を振り絞った人達が居るんです」

 『ワゥ!』

 相槌のようにアウィルが軽く天を剥いて吠えた。共鳴するように腰の愛刀は小さく鳴るが、流石にこの場で出ていくことはしない

 

 何たって、正直忌み子なおれって避けられる側だからな。おれが出ていくと寧ろがっかりされる

 だからほい、カッコつけろお前と横でアナちゃーん!と黄色い歓声を挙げていた男の背を強めにどついて人の輪から追い出した

 「おわっ!?何するんだよゼノ野郎!」

 「エッケハルト、斧を取れ」

 「何を言って」

 ぼやきつつ焔髪の青年が手を大地に向けると、舗装された地面からぼこりと小振りな斧が飛び出してきた。豊撃の斧アイムール、七天御物と呼ばれる伝説の武器の一つが

 

 「あ、アイムール!?」

 「アイムールだ!」

 「……彼はエッケハルト。そう、彼のように立ち向かう者達が、確かに居るんだ」

 ちなみに嘘だ。アイムール持ってるのは確かだけど、魔神との戦いにもロクロク顔を出さないんだよな……

 まあ、死にたくないのは分かる。おれだって無理強いする気はないが、せめて希望として持ち上げられる役目くらいは果たしてくれという暗い気持ちもある

 だから無理矢理ここで表舞台に引きずり出す。それが分かってるのか、青い瞳がおれを恨めしそうに見るが……

 

 涼しい顔で無視

 

 「そ、そうです。このエッケハルトさんのアイムールみたいに、七大天様の武器だって立ち向かう意志に力を貸してくれているんです」

 と、アナまでもおれの嘘に乗っかって持ち上げはじめると、まあ……と青年はデレっとして頬を掻く

 

 でも良く考えるとこれエッケハルトの事はまともに誉めてなくないか?

 「それに……」

 と、おれを見るアナは一瞬だけ何か言いたげにして、けれどもおれの意志を汲んだのか口を閉ざしてくれた

 

 「そう、知ってますか?わたし、帝国に居る時はライオさんっていう、鋼の獅子を駆るすっごい人に護って貰ってたんですよ?」

 えへへ、とはにかみながら誤魔化すアナ

 「確かに大変な時代ですけど、わたしたちが、七大天様が見守ってくれる勇気ある人達が、きっと平穏を取り戻しますから」

 そう締め括る聖女の周囲で、うぉぉぉぉーっ!と歓声があがる

 

 「聖女様ぁー!」

 「エッケハルト様ぁーっ!」

 きゃーきゃー中々に煩いが、辛気臭い状況よりは余程良い。調子を合わせるようにおれもとりあえず拍手で参加しておけば、横で曖昧に笑いながら桜理も続く。更にルー姐も合わせてくれて……

 

 というところで、ガチャガチャという金属音におれは遠くへと右目を凝らした。慣れはしたが、今でもどうも遠近感が掴みにくい。隻眼の弊害って奴だろう

 そのせいで少し距離の把握がしにくいが、大体数百m先から真っ白い鎧の集団が此方へ向かってくるのが見えた

 

 聖教国の所謂聖騎士団だな、何処までがユーゴの手の側なのかは分からないが、少なくとも即座に敵対して良いことはない。向かってくる集団の戦闘に居るのは龍兜で青い色を加えた騎士、体格的に男性だろう彼が恐らく聖騎士の長だろう。その周囲にユーゴらしき人物は見えない

 居たらあいつ絶対真ん中でドヤってるだろうしな

 

 だからおれは周囲の喧騒の中普通に彼らの到着を待った

 

 「静まりたまえ君達!」

 果たして、到着した聖騎士団の長だろう龍兜から聞こえたのはやはり若い男の声

 「聖騎士団」

 びくり、とエッケハルトが震えるが……

 アナの前に膝を折り、剣を捧げるように騎士の礼を取る彼にあれ?といったように固まる

 団長らしき若き騎士の礼に倣い、さっと波が波及するように現れた騎士達15名も一気に膝を折った

 

 「お待ちしておりました、腕輪の聖女様。よくぞお戻りで」

 「あの蛮族国家へ行く等気が気でありませんでした。よくぞよくぞ……」

 あ、団長の横で感極まったように泣き出した騎士が団長に肘鉄を食らわされてる

 

 「どうも、蛮族の一員ですが引き継ぎをしても宜しいか?」

 「い、いえ第七皇子殿下。忌み子と呼ばれ恐ろしき存在とはいえ、今の貴方をあまり蛮族と呼ぶことは我等としても好ましくはありません」

 静かに冷静に告げられる言葉に、へぇとおれは彼らにばれないように驚きを噛み殺した

 いや、もっと嫌われてるものかと思ったが……

 

 「ぐっ、事実を……」

 あ、人によるかその辺りは、なんて団長に押さえ付けられて強制的に頭を下げさせられる口の悪い騎士を見ながらおれは思う

 「……聖女様?」

 「いえ、皇子さまは必死にわたし達の為に頑張ってくれてるので、それを悪く言われるのはあまり好きじゃないんです

 だから、咎められてるのを止めたくないなって。勿論酷い事をされそうならやりすぎですよって止めるんですけど」

 「存じております。アステール様とお二人の時も、貴女様は何時もそうでいらっしゃった」

 深々と頭を下げる団長、それに合わせておれに暴言を吐いた騎士の頭が舗装された大地に擦り付けられた

 

 「おれは気にならない。寧ろ、忌み子であるのは当然、歓迎されないのも必然だ。言いたいものは言わせて欲しい」

 団長の手をおれは軽く掴み、力の抜けたその手を兜から離させる

 「ただ、結果だけがそれを覆せる。そうだろう?」

 そうしておれは地面に這いつくばらされた騎士へと手を差し伸べて……当然のように払われた

 うん、知ってたがまあこれで懐柔できる訳もない

 

 ただ、彼等はそこまでユーゴ派って感じはないな、と態度を見ながら思う

 

 「皇子さまが言うなら、今回は此処までですよ」

 「……聖女様と皇子殿下がそう仰るのであれば」

 と、礼を終えて騎士は立ち上がる

 「巡礼者の者達よ、すまないが道を開けていただこう。もう聖女様からの暖かなお言葉は十二分の筈。これ以上は寧ろ害となる

 何時までも聖女様方を寒空の下に居させるわけにはいかないため、お迎えにあがりました」

 もう一度軽く礼を取る騎士。その兜がすぽっと脱げて転がった

 

 「あっ……」

 「おっと」

 ぐらっとした瞬間に何となく気がついていたおれは地面に落ちる前に兜を回収して被せたが……そのほんの少しの間に、彼の正体は分かってしまった

 自棄に兜がデカイと思ったが、亜人だったのか。耳を収納するスペースのせいで大きな兜になり、結果少しブカブカになったと、とちらりと見えた獣耳にそう察する

 あの丸めの耳は……多分虎系か?

 

 「聖騎士殿、兜の緒はしっかりと締めないとな」

 「……申し訳ない。アステール様から戴いたこの兜、少し合わないのは自覚していたのだが、折角戴いたものをサイズを合わせるための改造などしたくなく……」

 「あ、アステールちゃんの選んだ方なんですか?」

 ぱっと目を輝かせるアナ

 

 「はい、聖女様」

 が、何処か微妙な空気が漂い始める。アナは気にしてないって事を周囲にアピールしてるが、やはり亜人蔑視は消えきらないのだろう

 だからか、おれへの態度があまりキツくないのは、とも思う。自分も蔑まれる側だから、少しのトゲはあってもそこまで……って話なのだろう。そして、そんな亜人にとっては希望とも言えるアステールを信奉しているアステール派、と

 

 「ルー姐、どう思う?」

 「アステール様の味方というのが、何処までかは分からないね。ゼノちゃん、もう少し様子を見てよっか」

 その言葉に頷き、おれは彼が調子を取り戻して先導を始めるのを待った



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考察、或いは紹介

「……第七皇子殿下」

 アナ達と共に大教会へと向かう最中、ふと青年騎士団長がおれへと小声で話し掛けてくる

 

 「貴方は……」

 「約束通り、アステールに会いに来ただけだよ。この先、あまり時間は取れないから」

 あまり、あって欲しくはなかったけれどとおれは肩を竦めて返す

 「…やはり、貴方は聖女様と共に、亜人の希望の火になる人だ」

 小さく彼は指先で円を描いてから一筆で十字を描き、神(ティアミシュタルを示すマークだ)への祈りを切った

 

 ……これ、分かってて言ってるな?

 おれはアステールに会いに来たとしか言っていない。だが、彼はその言葉からすれば変な返しをしてきた

 それはもう、アステール相手の『ユーゴ達がまた君に手出しをした時』の約束を果たしに来たって事まで理解した反応だろう

 

 これで実はユーゴ側だったらもう詰みだ、諦め……はしないがユーゴを称賛しよう

 

 「……龍姫様の印なんだな」

 「意外でしょうか」

 「いや、君みたいな亜人と言えば王狼信仰の印象が強くてさ、龍姫ってのが不思議だなと」

 「……アステール様から戴いた兜や、あの方の笑顔を繋いでくださった方も龍姫様のものでしたので

 いえ、不満ではなく新たな信仰の目を開かせて貰ったと感謝しております」

 ちらりとアナに視線を向けてか、青年騎士は慌てて取り繕った。龍姫信仰はアナ達の影響があるのか、なら納得だな

 

 うんそこの龍姫、自慢げに……してて良いや別に。神様の信仰とかおれがとやかく言うことではない

 『まあ私は兄さんの信仰にとやかく言いますが』

 信じてるよ

 『正解ですよ兄さん。私が欲しいのは信仰ではありませんので』

 

 ……あ、満足したのか切れた。最近寂しいのだろうあの神様幼馴染。良くあまり重要でない事でも話し掛けてくる

 

 そうしながら、そろそろ大教会へと辿り着こうかという時……

 

 「……殿下、他の皆はどんな存在なのでしょう」

 ふと、おれの周囲の皆を警戒するように、青年が尋ねた

 

 「まずおれとアナ……は分かるか」

 「流石に」

 「おれと……いやアナと似た髪色の女性はルー姐。おれの姉のルヴィ皇女殿下。こっちにも帝国から来てる皇子が居るだろ?たまには会いたいって言うから同行してる。すぐに帰るよ」

 その言葉にふむふむと頷く青年。あまり疑っていないな?

 ルヴィ皇女なんて居ないんだが、まあ他国の皇族なんて全員覚えてないのが普通だ。基本余程の地位でないと関わりなんて無いしな

 

 その点で見れば彼がそうなのは可笑しくはない。だが元々帝国の公爵家に産まれた上に今は教王とか名乗って国家一つを好きにしてるユーゴの奴が同じく騙されそうという判断なのは……その方が助かる

 

 「で、黒髪で晶魔様の加護を多少受けてるのがアナの友人のオーウェン」

 言いながら、そういやサクラ色の一房って始水やノア姫によれば七大天の力の形象らしいし、桜理も特別枠に捩じ込めたのでは?と思い出す

 が、兜飾りを揺らし小首を傾げる青年を見て、駄目だったかとおれは一つ息を吐いた

 まあ、聖教国の上の方の人間ならある程度までは顔(まあ魔法で作られた似顔絵での話だが)と名前が一致するものの、おれも桜理とロダ兄以外にそんな特徴的な髪見たこと無いしな。あまり有名ではないのだろう

 

 「アステールが証言してくれれば……無理だな」 

 こくりと頷かれると、何も言えない。始水も黙ってるし、出発時に思い付かなくて良かった。危うくポンコツ晒すことになってたな

 

 「で、エッケハルト……は正直知ってるだろ。ヴィルジニー様のお気に入りだ」

 「ええ、彼の事は」

 「……で、おれ達については以上だ」

 『ヴァゥ!』

 と、抗議の声に悪い悪いとおれは吠えた狼の頭を軽く撫で、続ける

 

 「そういえばアウィルを忘れちゃ駄目だな。天狼のアウィルだ。おれ達に手を貸してくれていて、腕輪の聖女様を護るために今こうして着いてきてくれた」

 『ルルゥ!』

 「以上、ですか」

 おや、何処か気になる点でもあるのか、青年は少しだけ気落ちしたような声音でおれに問い掛ける

 

 「以上だ。それとも、竪神達を連れてきた方が良かったのか?」

 「竪神、様……」

 ぽつりと溢される言葉

 掛かった、と言いたいが……何か違和感があるな。こっちの最強戦力とも言える竪神が来てないと確認しておきたかったというには、何だか不思議と心が籠った呼び方だった

 

 『さて、どう思います兄さん?』

 有り得る答えは二つあるかな、始水。まず一つは、彼が真性異言だから

 と、おれは自分の思考を幼馴染の手を借りつつ纏める

 

 そう、リリーナ嬢とか、知り合った瞬間に頼勇の名を出せば即座に食い付くだろう。似たように、ゲームで知ってるから名前に反応したというのがまず一つの可能性

 そしてもう一個は……

 

 『この世界の中で、彼と知り合いである可能性、ですね?』

 その通り。こっちなら倭克、それも竪神貞蔵が治めていた領の出という話になり……これも可能性としてはあるだろう。頼勇によればナラシンハにより崩壊したらしいが、そこで七天教を頼ったという状況ならば、この状況は決して変ではない

 

 「君の名は?教えてくれないか」

 だからおれはそう問い掛ける。ここで名前から推測できるか?という判断だ

 倭克の出ならば、頼勇のように日本っぽい名前になるだろうが……

 

 「ああ、そうでした。ディオと御呼びください。アステール様からいただいた此処での……教徒としての名です」

 ビンゴ……にはならなかったか、と溜め息を隠れて吐く

 だが……アステール由来の名か。これだとどっちだ?所謂洗礼名って奴で、ユーゴのユガートとやらと同じようなものだろう。本名ではないから判断がつかない

 

 「……第七皇子殿下。これから我等は、教王の元で動くこととなります」

 が、更に問い質す前におれ達の歩みは終着点へと辿り着く事となり、彼は話を切り上げてしまう

 「貴方方には不快ともなりかねませんが、御容赦を」

 「……ああ、了解したディオ聖騎士団長」

 言いつつ、とりあえず頷いていく

 

 うーん、味方っぽいがこれは……本当にどっちだ?

 なんて思っている暇など、そこまで無く

 

 「いよう、良く来たな。本当に、良くもまあ我の前に顔を出せたもんだ大罪人」

 おれを蔑むような声が聞こえてくる

 「そーだよねー、ステラ感心しちゃうなー」

 空虚にも思える、可愛らしい声音もまた

 

 それはこっちの台詞だという返しを呑み込んで、おれは軽く彼へと頭を下げた

 「申し訳ない、教王殿下」

 睨下、と本来は呼ぶべきなのだろう。だがユーゴ相手にそんな呼び方真っ平ごめんということでそれはガン無視でおれは正式な礼儀よりかなり軽めに頭を下げる

 不届きもの、無礼千万、最低限学んでいた礼儀作法(ちなみに本気で最低限だ。ある程度以降の礼儀はノア姫に習ったが……そもそもノア姫自体がおれより格上なので、彼女なりの礼儀作法をおれが真似たら問題視確定なんだよな)でも分かるが気にもとめずに

 横ではアナがしっかりとした礼をしていて、ルー姐はおれと同じく何処か嘗めた礼、エッケハルトは……いやお前は礼をしろよ?突っ立ってるんじゃねぇよエッケハルト!礼儀作法は習ったろ!

  

 そんなおれ達を、漸く生身で再会した白銀の巨神の使い手は冷たく見下ろしていた



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襲撃、或いは証拠

「……アステール様、横の方はどなたでしょう?」

 そんな沈黙を破り、最初に言葉を切り出したのはやはり、この場では唯一彼等に対して対等に言葉を紡いでも咎めることは出来ない少女であった

 

 「ん?我は」

 「えっとねー、聖女様なんだから分からないかなーアナスタシアちゃん?」

 耳をぴこぴこ、ヴェールに上手く隠された付け根の白毛から軽く逆立たせながら、狐少女はこてんと小首を傾げる

 

 「おっかしーねー、昔々良くおしゃべりしたのに変だよねー?

 どーして、ステラのおーじさまの事をわすれちゃってるのかなー?」

 心底不思議そうなその言葉に奥歯を噛む

 アガートラームがアステールの絆を、記憶を燃やして力に変えている事は分かっていた。だからこそ、ユーゴはあまり彼女が空虚にならぬようまともに戦いに来ない筈というのが此方の皮算用だった

 だが、前に出会った時よりも更に記憶の欠落と、それに合わせた勝手な補完が進んでいる気がする

 

 ステラのおーじさま。アステールがおれに向けて言っていた言葉が、ユーゴを示すようになったのは分かっていたが……ほぼ完全にユーゴに擦り変わっている

 

 「ごめんなさいアステール様。でも、わたしは全然会ったことがありませんから……」

 「そーだっけー?」

 不思議そうに目をしばたかせるアステール。その左右で色の違う瞳の奥に見える星はかなり薄い。ともすれば見落として普通の瞳にも見えてしまうだろう

 おれは静かにアナを制しようとする。そう、この明らかな異常事態でも彼等はユーゴを敬わされている。つまり、支配されているのだ

 あまり藪をつついても魔神を呼ぶだけ。此処でやるべき事は喧嘩を売ることではない

 

 いやまあ、おれ自身はユーゴに喧嘩売りに来たんだけどな?でも、だからこそ

 

 「申し訳ありません、アステール様」

 「ステラって呼んでよ」

 何時ものようにアステールと呼んだおれに対して返されるのは、そんなあまりにも冷たい言葉。絶対零度、嫌だという音色を含んだ拒絶の言葉

 「……申し訳ありませんが、貴女様はアステール様ですので、どうか御容赦をお願いします」

 「えー、ステラ、ほんみょー今更呼んで取り繕うの嫌いだなー」

 「てめぇ舐めてんの?うちのステラに対して……いやマジで何しに来たわけ?喧嘩売りに来てんの?」

 金髪の二人からの責める視線がおれを打つ。どちらからもおれに対しては嫌悪しか感じない。昔のアステールにあった『本当はステラと呼ばれるのが嫌だ』という期待なんて欠片も無く、心の底からかつて望んでいた呼び方への拒否だけが存在する

 

 「……今更ではありましょう。ですが、同じ忌まれてきた存在として」

 ぺしっと頭を打つ何か。たらりと垂れる生暖かいもの

 下位の魔法で狙撃されたのだと理解した。が、防御を無視した怪我を気にもとめずにおれは言葉を続ける。此処でキレたら敗けだ

 

 「えー?忌み子と違ってむかーしむかしの事だよー?

 ユーゴ様が居て、まぁほんのちょーっとだけはそこの七大天様にもステラのおーじさまにも逆らう化物に比べたらってステラ憤慨しちゃうよーな意見もあって、お陰で今ステラはこーしてちゃんとおとーさんの娘で次の教皇になったんだよー?

 むかーしの事を掘り返してどーじょーを引こうなんて……侮辱も良いところだよねー?」

 尻尾の毛を逆立てて威嚇してくるアステールの姿に、横でエッケハルトが噴き出すのが見えた

 いや酷いなエッケハルト、幾ら深く関わってなければ何処かシュールな光景ではあるといえ……

 

 「あの、アステール様」

 「……うんうん、多分七大天様にもユーゴ様にも逆らう魔神と同じ怪物の悪い力のえーきょーだよね?

 ステラが助けてあげるから、大人しくしててねー?」

 アナの声も届かない。そして……

 

 「そもそもよ?お前どの面で我の前に顔を出してる訳?」

 「この面です、ユーゴ教王殿下?」

 「ユガート・セーマ・ガラクシアースだっての!」

 飛んでくる重力波に少しだけ地面に押し付けられそうになるが無視。舐めるなとばかりにおれは微動だにしない

 その左腕に輝く緑の光を放つ黒鉄の腕時計、語るに落ちているぞユーゴ

 

 「おれは一時聖教国に帰還したいという腕輪の聖女様の護衛を担当していた機虹騎士団として、聖女様の護衛をしていただけですが

 それに、アステール様相手には借金もありましたので、それをお返しする約束も」

 孤児院の費用とか色々借りてたから、これは嘘ではない。まあおれの至らなさで潰されたんで、割と借りた意味が無くなってたんだが……

 

 「ふぅん?」

 嘲るように、ユーゴがふんぞり返る

 「マジでいってんのお前?」

 「大真面目ですが」

 「んじゃよ?」

 と、彼は一つの水晶を掲げる。魔法による記録水晶だな、おれは使えないが、下門がコラージュ素材として使ってたりで覚えがある

 

 「これ、どういう訳?」

 そして、輝き投影されたのは……おれの姿

 そう、野生に偽装されたワイバーンを蹴散らしていたあの時のおれだ

 

 が、殺す気はないから抜いていなかった月花迅雷を抜いているように加工されていたりと細工が目立つ。特に抜刀状態なのにアルビオンパーツが鞘飾りのまま残っていて、ついでにガントレットにもなってると増殖してるとか、もう少し考えて加工してくれないか?ぱっと見で矛盾指摘出来るぞ?

 あと、桜色と金雷を放ってるが、桜雷は纏うものであって周囲に向けて撃つことはないし、黄金の雷は奥義時だから赤雷と青雷であるべきだし……

 

 はぁ、と溜め息を吐く

 「それが何か?」

 「……あ、認めるんだな?」

 「何を?」

 「あぁ?聖教国が誇る竜騎士団が連絡を受けて聖女様を迎えに行ったってのに、それを聞き入れずに飛竜を襲ったって事実だよ」

 

 ……そう来たかぁ……とおれは内心で息を吐いた

 同時、理解できる事もある。少なくとも竜騎士団はユーゴの傘下に収めきられてるということだ。相棒にして生命線である飛竜をあんな使い方させられるなんて、反抗はもう出来ない状況なのだろう

 

 「それは可笑しいよ!」

 と、横で必死に黙っていたろう桜理が思わずといったように声を上げる

 「そうですよ?わたし、迎えなんて聞いてません」

 「じゃあよ、この必死に団員が撮った証拠はどういうことだよ?」

 ずい!と突きつけられる捏造記録。良く見れば、映っている飛竜は野生の偽装がされた状態ではなくそれ用の鎧を身に付けた装甲騎竜だ

 これを見たら騎士団の所属だと分かるだろう。目立つようにエンブレムがこれ見よがしに映されているしな。実際に出会った時は野生に見せ掛けられていたが……

 

 「……ゼノちゃん、どうする?」

 と、小さくおれに、そして一番噛みつきかねないアナにも聞こえるように、ルー姐がそう問い掛けてくる。それに対しておれは、考えがあるから任せてくれと小さく返した

 「……それは本当ですか?」

 問い掛けるおれに対して、ユーゴは小さくぱちりと指を……あ、スカってる

 が、音ではなくポーズが合図なのだろう。羽ばたきと共に見覚えのある爆鱗種が舞い降りる。撃退した時に首筋に着けた傷がまだ残っているので、今は装甲してるが間違いない。傷つけてない部分にも装甲の上から傷が入ってるのが凝った偽装だ。それが装甲していたのに傷つけられた感を醸し出している

 ……でもなユーゴ?月花迅雷で斬った傷周辺はそんな露骨に融解しないぞ?

 

 「……はぁ」

 息を吐く。散々脳裏で思い描いたように、幾らでも反論は出来るだろう

 「バレてしまったか」

 だが、わざと悪辣に、おれは肩を竦めて見せた

 

 『兄さん』

 「皇子さま?」

 「ああ、知らなかったろ聖女様?」

 わざと歯を剥き出しにして悪を演じる

 そうだろうユーゴ?お前はゲームで良く知ってる筈だ。月花迅雷は誰でも振るえるのが一番の強さ

 だからそう、おれから取り上げれば自分達の力に出来ると……下門の想いが折り重なる前までは確かに正しかった事実を未だに信じる

 

 良いよ、くれてやる。それでおれを無力化したと思い込ませてやる。反論はしない。すればするほどに、此方の手の内を明かして行くことになるのだから

 「あ、あの!」

 「ゼノ皇子」

 「おれが勝手にやったことだ。認めよう、教王殿下。理由は貴方が良く知ってる確執だ」

 軽く手で頭を掻く。うん血が付くがまあ良いや

 「誤魔化せると思ったが、甘くは……なかったか!」

 弾かれたように愛刀を腰から鞘ごと引き抜き、中段に抜刀の構え。更に深く構えてユーゴから鞘を隠したところで愛刀の鞘飾りを起動。普段はガントレットになるアルビオン由来のそれを袖から滑り込ませて肩に装着する

 この一連の動作を終えたところで……

 

 「ステラおこるよー?おーじさまはステラが護るから」

 ユーゴの前に壁になろうと立ちはだかる狐耳に、諦めたように軽く頭を振っておれは構えを解いた

 もとから承知の上だ。これは斬り付けるためでなく、捕まった後までパーツを持ち込む為の演技なのだから。さて、真実に気が付けるかなユーゴ?

 

 「アステール様が敵ならば仕方ない。少しは味方してくれると思ったんだがな」

 ぽい、と愛刀を地面に放り出して、お手上げとばかりにおれは手を上げる

 

 「連れていけ!」

 ……さぁ、本番はこっからだ。そそくさと月花迅雷を回収する彼を横目に、おれは内心でそう呟いた



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牢獄、或いは偵察

ディオと名乗る彼に連れられて牢へと向かう

 

 「申し訳ないが、服は……」

 「分かってる。ユーゴが怖いから脱げってんだろ?」

 と、何時もの服を脱いで、渡されたみすぼらしい囚人服へ袖を通そうとする。その際に見ていた彼が、肩を見て少しだけ怪訝そうな顔をした

 

 「ん、それは……」

 「いやな、ああ凄んではみたが別に噛み付かれなかった訳じゃなくてな」

 と、これ見よがしに肩を見せるおれ。其処には歯形のように残った生傷が見える筈だ

 

 勿論飛竜に噛まれたのではない。そもそも噛み付かれても傷一つ付かない。単純にアルビオンパーツを脱いだ時に隠せるの場所がもう傷の下しか無かったのだ

 だからこそ、歯形のように歪んだ楕円を描いてパーツを抉りこませ、体内に隠した。幾らなんでもこの言い訳だと四刻(半日)は前に付いた筈の傷、些か新しすぎるのは確かだが……

 「構えた時にまた開いた。あのまま戦うのは正直困ってたんだよ」

 おどけて左手だけぱたぱたと振って見せる。その揺れでつぅと血が右肩から垂れた

 

 「やれやれ、生傷は見せなくて大丈夫ですよ」

 「そういうものなのか」

 言いつつしっかりと粗末な服に袖を通して……何か妙にごわつく感触に眉を潜めた

 

 「教王曰く、あいつは月花迅雷取り上げて服をこいつにすれば雑魚、とのことで」

 「何なんだそれは」

 と、思わず半眼で突っ込むおれ

 「何でもその服は発火性の高いもの、月花迅雷無しで唯一恐ろしいチートを使ってきた瞬間火だるまだ、と」

 その言葉にああなるほどとおれは自身の着る灰色の服を見下ろした。つまりこれ、轟火の剣召喚したら纏う焔で焼け死ぬように超燃えやすくなってるって訳か。多分このねちゃっとした乾いていない感覚、油でも染み込ませて火傷しやすくしてるんだろうなぁ……

 普段の服が耐火性が高い分落差は大きそうだが……

 

 「ディオ団長、それおれに言わなければ良かったのでは?」

 「どうせ逃げられやしないが一応、と」

 言われ、自身が通された牢の格子を見るとやはりというか魔法による冷気と電流が流れる仕組みになっていた。確かに逃げられないだろう

 

 昔のおれならば、だが

 

 甘いなユーゴ、ぶっちゃけアルビオンガントレット使えば右手だけ結晶の籠手で魔法を受け付ける前に引きちぎれるぞその格子?

 まあ、そんな事を牢に閉じ込めようとしてる当人の前で言うわけがないが

 

 「……教王という新設の位の方の言うことの真意は、我等には分かりかねますので」

 何処か失望したような声音が兜の下から響き渡る。これはおれへのそれか、それとも……

 「鍵は掛けさせて戴きます。裁きは……暫しの後。三日ほどそこでお過ごしを」

 「ま、魔法に弱いおれに出る手立て無いからな、バレた以上は大人しくしておくよ」

 それは流石に嘘だが、いけしゃあしゃあと素知らぬ顔でおれは告げる。こういう腹芸はそこそこ上手いのだ、感情丸出しじゃ相手を煽って怒りを出させられないから、どれだけ勝ち目が薄いと内心思ってても余裕の顔が出来るように、散々特訓してきた

 ってロクな特訓じゃないなこれ。舐められ過ぎたら貴族社会でも負けだがこれは無い。まあ、そもそも忌み子の時点で最初から舐めきられてるんであまり政治では意味がなかったんだけどな、余裕ぶった顔を崩さない特技なんて

 

 「ではこれで。監視はおりませんが、魔法で万一外に出ればバレると理解して無駄なことをせぬようお願いしますよ、皇子殿下。直すのにも金がかかる」

 ……さてはこいつ、味方だな?

 外に出ればセンサーがある。これを教えたってことは……とおれはきょろきょろと周囲を見る。が、滅茶苦茶暗い。地下牢で、明かりはほぼ無い

 ……ならばこそ、恐らくは天井というか上方に対しては無理矢理地上まで移動できればセンサーに引っ掛からないのだろう

 

 「……ああ、大人しくしてるよ」

 明かりの無い牢の中、灯りを持って去っていく彼を見送り、おれはそう呟いた

 にしても、本名って何なんだろうな?

 

 『白上星(しらかみせい)ですよ兄さん?』

 と、耳に響く幼馴染の声

 成程、白上星か。ならば倭克の出……ってちょっと待て

 

 始水、ひょっとして最初から知ってたのか?

 『ええ、知ってましたよ兄さん。そもそもディオという名前、私が少し冗談めかしてあの子に提案したらそのまま神様がくれたお名前だよーって採用を決定してしまったものですから』

 いや、ならば……と抗議しかけて思い直す 

 

 ……有り難うな始水

 静かな沈黙が心の中に漂う

 

 そう、知ってて言わなかった理由は簡単だろう。最初のタイミングで言っていたら、倭克の出だから反応したんだろうとおれはそこで思考停止していたかもしれない

 倭克出身な事とユーゴ達の側についている事は何ら矛盾はないのに、味方だと思い込みかねなかった。だからこそ、始水はおれが結論を出すまでは黙っていたのだろう

 

 『ええ、私が知ってるのは彼の名前まで。彼が何のために動くのかは分かりませんから不確定な情報を与えたくなかったんですよ』

 その言葉におれは小さく頷いて、周囲を見回した

 

 うん、見えない!いや夜眼は効く方なんだが、ろくに物がないから壁しか見えない

 この牢獄、牢と呼んで良いのか?牢って本来は罪人を長期収容する場所の筈なんだが、床に直に転がって寝るしかないとかもうこれ長居させること考えてないだろ

 

 というか、本当に何もないな……水とか食事とかも一切無い

 さてどうするか……と思いつつ、とりあえずひょいと軽く飛びあがって天井を叩いてみる

 重い音が返ってくるが、これは特に抜け穴とか無いタイプだな?少なくとも此処には隠し扉とか無い

 

 そうやって探ること暫し。響く足音におれは耳を立て、一旦行動を止める

 そうして素知らぬ顔で待っていれば、小さな足音と重苦しい足音が近付いてきて……かちゃりと牢の鍵が開かれた

 そして、乱雑な音と共に何かが突き飛ばされてくる

 

 「っ、と。大丈夫か?」

 入り口へと軽く駆けて抱き止めればそれは小柄な感触

 「男はそこに入ってろ!」

 響くのは聞き覚えの無い男の怒声、恐らく別の聖騎士団の人だろう

 

 更に魔法詠唱がされたと思うや、ボゥと虚空に火球が現れる

 「ゼノ皇子……」

 おれの腕の中に居たのはまあ何となく予想してた通り桜理で、魔法書を構えているのは……腰のパーツに特殊な金具が着いている辺り、竜鞍に乗る騎士だろう。つまり、飛竜を扱う竜騎士団の誰か……命を預ける相棒を傷付けさせる策を取らされるくらいにはユーゴに従わされている者だ

 

 「……何用で?」

 「ちっ!」

 そのまま投げ込まれる火球をひょいと頭を傾けて避ければ、壁で炸裂して熱風が背後からおれを押す。いや案外範囲と火力広いなオイ

 が、まあ力を込めて立ってれば倒れるほどじゃない。爆風に煽られて地面に倒れかける桜理を離さないように軽く掴む手を強めながら、おれは静かにフルフェイスの騎士を睨んだ

 

 「気持ちは分かるが、あまり下手なことをしないでくれないか?」

 「お前が、皆の翼を……」

 ギリリと歯軋りの音が聞こえる

 やるせない気持ちはあるのだろう。相棒を直接傷付けたのは確かにおれだ。そんな相手を前にして……

 

 「駄目だよ、獅童君」

 が、そんなおれの袖を掴んで止めてくれる者が居る

 「……ああ、そうだな。すまなかった」

 軽く頭を下げるおれ。その頭頂へ向けて再び火が放たれ……

 「だけどな、竜騎士殿。その怒りを真に向けるべきは本当におれか?」

 それを意識していたおれはとん、と片足の脚力で天井まで飛び上がってそれを回避、横に桜理を優しく降ろしながら着地する

 そのままじっとフルフェイスの騎士を見詰めて……逸らされたのは、兜の下の視線の方であった



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牢獄、或いはサクラ色の怒り

「さて」

 と、おれは鍵を掛け直された牢のなか、軽く息を吐いた。いや、ぶっちゃけるとあの竜騎士殿ならあの場で殴り倒せたしそのまま脱獄も出来たんだが……帰すことに意味があるからな

 彼はあそこで何も言わなかった。ユーゴに心から心酔していたならば責めるべきはお前だとおれに食って掛かったろう。本気で此方に付く気ならばそれはそれで態度は違ったろう

 つまりあれは、嫌だけどユーゴに従うしかない状況だと取れる。そんな彼が暫くしても帰ってこなかったらどう思うだろう?

 簡単だ、アナ達に何が起こるか分からない。だからおれは諦めた風に牢から出ようとしなかったのだ

 

 「獅童君、これからどうするの?」

 と、心配そうに此方を見てくる桜理

 「まぁ、なるようになるさ。一晩くらい様子を見て……本気で誰も見張りが来なさそうなら本格的に動き出す」

 「え、この牢から出られるの?」

 と、言いつつ不意にその顔が曇った

 

 「ごめんね、獅童君……

 元々あんまり使いこなしてないけど、僕……いま、獅童君がアテにしてるであろう何も持ってないんだ」

 しょぼんと垂れたサクラの一房が何時もよりくすんで見える。その左腕には何もない。この暗闇の中でも本来は輝くであろう黒鉄の腕時計が消えていた

 

 「あの、ごめんね?」

 本当に申し訳無さげにしょんぼりとした少女(服装こそ男装のままだが腕時計が無いということは間違いなく前世の姿ではないので身体は現世のものだ)が膝を抱えて冷たい床に座り込む

 「獅童君が僕を連れてきたのって、あれ有りき。僕自身は何の役にも立たないし……

 なのに、『あいつが大人しすぎんのは、てめぇが切り札だからなんだろ?』って」

 ますます沈む少女の小さな顎が膝の間に埋まっていく

 「一応何時もなら時計は呼べるんだけど、同じ系列の力で封じられたから何の能力も使えない。元々役に立ててないのに、更に足手まとい」

 だからおれは、ぽんと少女の縮こまった肩を叩いた

 びくりと震えられるが、触れられてもそのまま上目におれを見上げる紫の視線に、優しく大丈夫だとおれは告げる

 

 「でも」

 「桜理、役に立ってるよ。少なくとも、最強のAGXが敵じゃない、それだけでどれだけおれ達が助かってることか」

 「そんなの!」

 「そもそもさ、桜理。君は役に立ってるじゃないか」

 そう、おれは笑いかける

 

 「ユーゴは君を、君が使わない事を選んだあのAGXをおれ達の切り札だと思った」

 何故かまだしょんぼりした少女に向けて、何者も見ていない事を確認して傷口から飛び出してきたパーツをガントレット状にして右手に装着してから軽く振る

 

 「本来のおれが想定した札は此処にある。でも、一応ヴィルフリート達から下手に君が封印した切り札の事だけを聞いていた彼は『現れる筈の無い鋼の皇帝』を恐れるあまり、おれ自身にもまだまだ切り札がある事にまで思考が辿り着かない」

 ほんの少し前までおれも陥りかけてた事だな、と頬を掻いて天井をおれは指差す

 

 「そうだよ、桜理。居るだけで良い、戦う必要なんて無い。寧ろあの鋼の皇帝を下手に使おうとか考えなくて良い

 君自身が居ること、アルトアイネスをアヴァロン=ユートピアから世界を滅茶苦茶に荒らすべく託された存在であること。ただそれだけで君は円卓の面々に対する撹乱の役目を果たしているんだ」

 勿論、とその頬を軽く触れる。何処か冷たい感触が掌に残る

 

 「怖いならさ、逃げて良いんだ。実質囮だものな」

 ぴくり、と少女が顔を上げた

 「……獅童君は、戦うんだよね?それでも、何一つ怯えること無く」

 「怖いさ、怖くてたまらない。だから逃げない

 逃げられないって言った方が正しいか」

 前世の事を知ってるからか、桜理の前ではすらすらと言葉が出る

 

 「……そう、なんだ。勇気あるね」

 「勇気なんかじゃないさ。怯えだ」

 「ううん。怖いから立ち向かうって……それで少なくとも僕は救われた。だからそれは勇気だよ、僕にとっては間違いなく」

 微笑むサクラの髪をした少女におれは何も言えずに少し口をもごつかせて言葉を探り

 

 「それは違う……いや、そうでもないか」 

 諦めたように息を吐いた。いや、諦めてはいない。単に、いっそそう考えるのも良いかと思っただけだ

 『おや、変わりましたか兄さん?』

 変わってないよ始水、あれだけおれに託されたんだ、あまりおれがその皆の思いを馬鹿にしたくなくなっただけ

 幼馴染の言葉に、自分に甘すぎるかと苦笑するが

 『それは成長って言うんですよ兄さん?』

 と、返ってくる声は何処までも優しかった

 

 「うん、勇気だよ」

 と、少し顔を上げてくれた少女の目を見るように少し屈みながら、おれは周囲に軽く視線を向ける

 「……ああ。で、桜理は何か持ち込めたか?おれはあの場では流石に全然だが……」

 問い掛ければ、膝を抱えた体勢からペタンとした女の子っぽい座り方に変わった少女がズボンのポケットを漁る

 

 「時計は無いけど、明かりなら一応……」

 ぼうと灯る魔法の明かり。良くある証明魔法だ

 「って要らないよね?」

 「いや、有ると便利っちゃ便利だぞ、そんなしょんぼりするな桜理」

 「でも、あとなんて最低限の飲み水と……」

 言いつつ、少女が背後からおずおずと取り出したのは紙と筆記具であった

 「あとは、皆から押し付けられたしあの狐の子から『何でか持ってってくれなきゃ困る気がするんだー』って言われたこれだけ」

 顔を上げた桜理の表情に軽い怒りが見える 

 

 「でも酷いんだよ?皆いきなり獅童君は反省すべきだって、反省の文章をって言い出したんだ

 アーニャ様もあの人もだよ?」

 可笑しいよ、って小さな手をきゅっと握って桜理は憤慨してくれるが……おれにとって大切なのはそこでは無かった

 

 「……そっか」

 遠く天井を、その先に居るだろう狐耳の女の子を見上げる。アステールはおれに対して紙と書き物を届けようと無意識に思い、アナの茶番を肯定してくれた。まだきっと、苦しんでる

 「ありがとうな桜理。君が憤慨してくれたのは、きっと役に立った」

 「役に?」

 「……いや、何でもないよ」

 言いつつおれはさらさらと反省文書用と言いつつ馬鹿みたいな量用意された紙の一枚を取って殴り書きをする

 内容は『書くための物が必要だったんだよ。でも、全員一丸となっておれに対してそれを送ろうとしたらバレるだろ?だから芝居を打ってくれたんだよ』という答え 

 

 「……え?」

 「『だろ、アナ?』」 

 おれの視線の先、桜理が持ってきてくれていた飲み水の水面が揺れていた



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水鏡、或いは今後の相談

「?……え?」

 目をぱちくり、困惑顔を浮かべる桜理にそういえば知らないよなと苦笑しながらおれは新しい殴り書きを指差す

 それを読んで慌てたように少女は自身の口を手で覆うが……うん、過剰反応だ。そこまでしなくてもって感じ。ちなみに、内容はこの声が向こうに漏れるかもしれないから静かにというもの

 揺れる水面によく知っている銀髪サイドテールの少女の顔が浮かぶ

 

 うん、この辺りはユーゴ知らないよな?アステールは当然知ってる筈だが、この辺の記憶が消えてるのか全く警戒が無かった。警戒してたとして、恐らくは声云々だろう。水鏡に映る向こうの映像から鏡となって遠くを映す水面を覗き込む相手なら見えてしまうからな

 水面を見える位置には誰も監視が居ないから多分知らないのだろう。まあ、アナの顔を見るに部屋の中に誰か突っ立って護衛という名の監視をしてるのは確かなのだろうが……小さな吐息すら聞こえないということは、今回は音声切ってるなさては?

 

 「『皇子さま、見えてますか?此方は声を出せなくてすみません』」

 と、小さく書いた机に拡げた紙をとんとんと指で叩いて見せてくるアナ。あまり動かさず、透明なコップの水に映るように角度を調節している感じだ。その分アナの顔が見えなくなったりするが……警戒してるんだろうな

 

 少し遠くをおれが指差してやれば角度が変わ……らない。水を見られたらバレるから、監視の人がまともに映る角度にまでコップを置けないのだろう

 逆に監視からも見えはしないという事だから大半は安心だが……

 

 と思いつつおれは天井を見上げた。コンコン叩いていて理解したが、多少脆い部分がある。ぶっちゃけそこの先に隠し通路とかあるんだろうなぁ……と理解できてしまう感じだ。大体厚さは30cm程度だし、ぶち抜けなくもない。というか、抜け出す場合そこを貫いて隠し通路に出るのが王道だろうってくらい

 同じくアナも天井裏から監視とかされてないとは限らないんだよな

 だからおれは紙にそう書こうかと迷うが……あ、良く周囲を観察すればギリギリ見える範囲にルー姐が居る。ならば安心して良いだろう、流石に天井から覗いてる相手に気がつかないなんてルー姐じゃないからな

 

 「『分かってるよアナ、そっちは大丈夫か?』」

 と、紙にさらさらと書いて見せるおれ

 慣れたものだ。というか、何となく懐かしい気すらしてくる。なんたって、前にアステールを助けようとした時も、同じようにアナの特殊な水鏡の力を借りていたんだから

 その事にアナも思い至ったのか、二人で何だか可笑しくて笑い合う

 

 ってか、原作ゲームでは全く言及されていないからな、このアナの謎特殊能力。ユーゴが知らなくても無理はないというかおれ自身、アナの水鏡だけはおれの付近の水で地点指定が可能なのか全くもって分かってないしな

 本来の水鏡って知ってる場所にしか繋がらない。だからアナの知らないこの地下牢獄って本来水鏡が繋がる筈がないし、警戒すらされていないだろう。寧ろアナが繋がる方が明らかに水鏡として可笑しいっていうか、龍姫の加護を受けた聖女って怖いなぁ……

 

 『ま、私と兄さんは当の昔から永劫離れることはない縁で繋がってますので、その派生です』

 ……神様(おさななじみ)がさらっと怖いこと言ってるが後悔はないので無視

 

 「『わたしは平気です。これでもわたし、聖教国では聖女って変に祭り上げられちゃってるんですよ?』」

 「『うん、知ってるというか痛感した』」

 と、軽く紙でやりとりを交わす。何というか手紙を送ってる気分になるな、いや寧ろメールか

 というか、アナと聖教国に来たことはなかったせいで案外実感が無かったが……本当におれとは世界からの扱いが違うと見せつけられた。おれなんて大概国民からすら石投げられてたもんな。いや、アナにこれを言うと泣かれるからこれ以上は突っ込まないが……

 

 「『はい、ちょっと皇子さまとの扱いの差が悲しくなりましたけど、あんまり邪魔はされないんです。一応保護と言いつつ監視の人はいますから、声は出せませんけど……

 わたしが皆さんのために演説しますから内容を練らせてくださいって言ったら邪魔なんてほぼ入りません』」

 えへへ、といった顔で少女が水面に映る

 「『だから、安心してくださいね、皇子さま?

 って大丈夫ですか?ご飯とかちゃんと出ますか?』」

 突然オロオロしだす聖女さまに、おれは寧ろそれ怪しいからもっと安心してと苦笑しつつ、ご飯とか無いよと返す

 

 「『……え?』」

 「『ユーゴがそんなもん出す訳がない。あいつおれに恨みでも……あるわな当然ってレベルだ』」

 親の仇くらいには恨まれてるだろう。餓死とかまともに狙ってても可笑しくない

 

 「『大丈夫ですか?わたしが何か言ったり』」

 「『しなくて良い。桜理のために何か食べ物はあって欲しいけど、正直桜理さえ食い繋げるなら誰も何一つ届けてくれない方が助かる』」

 と、え?とばかりに海色の眼が見開かれた

 

 「『皇子さま、変に自分を』」

 「『アナ、これから当然脱獄してアステールを助けるために暗躍するんだぞおれ?誰も来ない方がバレにくくて助かるだろ?』」

 いやまあ、桜理まで連れてけないから、その分は要るんだがそれはもうおれが届けるとかそんな話になる

 

 「『あ、そういう事なんですね。皇子さまは平気で無茶しますから心配しました』」

 いや、どんな扱いされてるんだおれとは思うが、何となく自覚はあるのであまり言えない

 ほっと息を吐く少女を見ながら、おれは軽く天井を見上げた

 

 「『アナの方こそ大丈夫なんだよな?』」

 「『はい、ユガート?ユーゴ?さん達は少しだけわたしの事を嫌に思ってるんだとは感じるんですけど、一応これでも聖女様ですから。この国の多くの人が護ってくれちゃいます』」

 なんて言いつつ、水面に映る表情は暗いが……まあ、アナだしな。そんな人々に負担をかけているって感じに思ってるのだろう

 

 「『そっか』」

 「『皇子さま、わたし……お役に立てますよね?』」

 不安げに震えた文字から、心境が伝わってくる。それを払拭出来る……かは正直なところ分からないが、それでもおれは水面に映るように強く頷いた

 

 「『……はい、わたし、何時でも皇子さまとアステールちゃんの為に頑張りますね?』」

 それを見て、少しぎこちなく少女はうなずきを返した

 

 「『で、おれは水を持ち歩くから時折水鏡を使って欲しい。というか……』」

 言いつつおれは桜理が持ってきてくれた水を見る。おれの邪魔をしないように見てるだけの桜理の前に置かれた大きめのコップを

 

 うん、持ち運ぶと蓋も何もないから簡単に零れるなこれ。というか、桜理に何も置いていかないと困る

 「『水とか取りに行くよ。だから持ち運べる水とか用意してくれると助かる』」

 「『はい!用意しておきますね!』」

 ……やる気が十分すぎる

 

 そんな風にぐっ!と手を握る聖女様を見ながらおれは小さくそう呟いたのだった

 

 「『あ、あとですね皇子さま。アステールちゃんからむかーし渡されたって話で最初に来た騎士団長さんから鍵を貰ったんです。どうしましょう?』」

 と、さりげなく鍵を眺めるようにしておれに見せられるのは小さな金属の鍵。だが、魔法が掛かってるのは刻まれた魔法陣で分かる

 確かあれは魔力鍵だな。鍵を鍵穴に差し込もうとすると持ち主の魔力を吸って形状が変わる鍵だ。ぶっちゃけおれや獸人みたいな魔力をまともに持たない存在だと魔力を吸えずに形が変わらないという欠陥を抱えていて、本来は特定人物以外は形が変わってしまって嵌まらないとすべきところが割と盗んでも使えてしまうというポンコツ防犯魔法鍵。こんなものアステールが……つまり教皇の娘が使うか?

 

 『あ、それあの子の部屋の鍵ですね。昔は亜人だから蔑まれていた頃の名残で、本人の希望でその部屋をまだ使ってる筈です』

 と、疑問は神様が解決してくれた。いや、アステール……それで良いのかお前と言いたくなるが、それはそれこそ本人に後で言うべきだからぐっと堪える

 

 そうしておれは、受け取りに行くよと告げて水鏡から完全に顔を上げたのだった



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遺志、或いは通気孔

おれ自身では流石に連絡が取れないこともあり、アナにとあることを言付けて水鏡を完全に切って貰う。そうしたら、はいと絞った布を桜理が渡してくれたので軽く顔を拭い、石の天井を改めて見上げた

 

 「獅童君、大丈夫だよね?」

 「いや、どうだろうな……」

 「え?」

 「いや、おれは何とかなるし何とかする。だけど、誰か来た時に誤魔化したりは桜理がやらなきゃいけないからさ」

 その言葉に、ほっと息を吐かれて申し訳なくなる。負担をかけるっておれは実質言ってるってのに、それに安心されるなんて何というか情けない

 

 「……うん、頑張るよ。でも……」

 不安げに見上げてくる桜理。その前髪が揺れる

 「獅童君、アーニャ様達と会う地点を言ってなかったけど、それで大丈夫なの?会えないんじゃないかな?」

 と、零れた疑問に何だそんな事かとおれはぽんぽん少女の頭を撫でた

 「心配するな桜理。アナの居るのは来賓用の貴賓室の一個。正面大聖堂からの行き方ならおれも知ってる」

 というか、前に聖教国に来たのは今はもう居ない兄を送りつつアステールに別れを告げに行った時だが、その際に宴まで待つための場として一回おれに向けて供された事がある。アナの周囲の光景から見て恐らくは間違いない

 その時は場違い過ぎると苦笑していたが……あの杖と金の頭輪が描かれた扉は間違いなくあの部屋こと貴賓室猿侯の間だ。あの日の場違いな厚遇が、今こうしてアステールを助けるための行動を簡単に為せる状況に繋がっている

 何より、無意識だろうがアステールはアナの居場所におれが知ってる場を選んだ。意識しているのならばおれが位置を知らない龍姫の間にしたろう。アナは龍姫の腕輪の聖女、本来はそれが正しいのだ

 

 だからだ。だから痛感する。アステールは今も無意識でおれの味方をしている。記憶が燃え消えても、ユーゴに恋してもなお、灰になったかつての彼女の想いがおれをこうして助けてくれている

 ……そうだ。故にこそ、光明が未だ何処にも無くとも諦めるわけにはいかない。一番苦しんでいるアステールが必死に動いてくれたのに託されたおれが勝手に立ち止まってどうするというのだ

 

 「……そう、なんだ」

 「ごめんな桜理、巻き込んで」

 「ううん。良いんだ、アステール様の為なんだよね?」

 「ああ、でも桜理にとっては好きな本の原作者って以外特に何も」

 「……違うよ、獅童君。そうじゃないよ

 獅童君は誰かのために……ううん、誰のためにでも動けちゃう人。だからね、こうして少しでも君の特別になりたい、その為に僕に……わたしに出来ることはしたいんだ」

 えへへ、と見詰めてくる紫の双眸、ふわりと甘い香りが漂う

 

 「……有り難う、御免な?」

 「大丈夫。誰にでも優しいから、わたしにだって意識すらせず手を伸ばしてくれたんだから。気には……ちょっとなるけど、それよりも頑張りたい」

 何だか返事がズレてないか?とは思うがこれ以上は藪なので敢えて無視する。少女の幼い好意に漬け込んで最低だなと毒だけ軽く内心で吐いておいて、ガントレット状にアルビオンパーツを展開

 

 「でも獅童君、本当に天井をって大丈夫?僕にはもう何も分からないっていうか、見分けつかないんだけど……」

 「問題ないよ、桜理には当たらないようにする」

 軽く飛び上がって目星を付けた天井の一角を裏拳で叩くおれ。この他より空虚な音は恐らく数十cmの壁の向こうに通気孔か何かで相応に大きな空気の通り道がある音だ

 

 「……そうじゃないんだけど、自信があるなら信じるよ」

 頭じゃなく別の意味で心配してくれた黒髪少女を横に、おれは右手首に左手を添えて、静かに右目を閉じる

 そして、小さく自身の耳に「アルヴィナ」と語りかけた

 返事はない。ただ、ほんの少しの寒気が背に走る

 

 それだけで大丈夫だ。死霊を率いる屍の皇女、おれと共に戦ってくれる残酷で優しい魔神の少女がおれに散々甘噛みして残した力は確かに起動してくれた

 その内容は勿論死霊術。前みたいに死にかけさせたおれの肉体を無理矢理操って貰うのでは当然ながらなく、周囲の死霊に語りかける補助。といっても効果としては死者の嘆き呻きが聞こえるようになるってだけの呪いなんだが、だからこそおれの呪いによる反転を受けずに力を発揮してくれる

 

 耳に響くのは、この牢で死んでいった者達の声。辛い、苦しい、そんな想いがおれの心に冷たいものを掛けてくる

 が、それに臆せず、ただ聞き続ける。ああ、そうだ。だからこそ、おれに全てを吐き出してくれ

 バチリ、と死者の嘆きを怒りの雷へと変えて戦い続けた鋼の龍鱗が反応する

 

 「し、獅童君!?焼けてる、焼けてるよ!」

 桜理の焦った声とおずおずとした柔らかな感触に目を開けば、右手から煙が上がっている。雷霆がおれの右手を灼いているのだ

 

 「桜理。これは皆の嘆きだ。おれがその苦しみを受け止めないで、どうして力だけ借りられる!」

 今も鼓膜の奥、脳で反響している死者の想い。還るべき場所に帰れずに朽ちていった、宗教国家の暗部に消された者達。その魂は七大天により救済され新たなる輪廻へと既に旅立っていったが、心残りはこうして呪いとしてこの場に染み付いている

 ああ、受けよう。だからその代わり、そんな君達の想いを……現在の|聖教国最大の暗部<ユーゴ・シュヴァリエ>を照らす雷に変えて、おれと共に戦ってくれ

 

 そう告げた時、死者の想い達の行動は様々だった。アルビオンパーツを通しておれの掌を焦がす者、怖じ気たように消えていく者。残るのは半々……いや、4対6くらいで去る遺志の方が多いか?

 

 だが、強くおれに応える遺志がある。深い嘆きと怒りが伝わってくる。これは……

 そうか、とおれは息を吐くと龍姫の印を切った

 

 おれはアステールの父である教皇には会ったが、母を知らない。当たり前だ、貴きものを誑かした邪悪な狐として彼女は……アステールの母は此処で朽ち果てさせられたのだろう。産まれた娘をその手に抱くことすら許されずに

 

 その遺志が、おれに伝わってくる。そんな目に遭ったというのに、死して尚、アステールを案ずる想いが痛いほどにおれを打つ

 

 「獅童君、平気?」

 と、桜理がおれの左手の血を拭いながら問いかけた。知らず知らずにあまりにも強く握り込み過ぎて拳から血が滲んでいる

 「大丈夫だよ、桜理。おれがせめて、その遺志(くるしみ)を背負う。そうじゃなきゃ、手を貸してくれなんて言えるものか」

 そんな心配そうな少女に軽く微笑んで、おれは流石に強く握り込み過ぎた手を振った

 

 「デュランダル」

 呼んでも来るのは陽炎のような実態の無い幻影だけ。が、それで良い。愛刀の代わりなんて話だからな、少し礼儀がなってない

 だからおれは幻の剣を握ると、隣の牢獄へと騎士の礼(膝を折り剣を捧げる礼)を取った

 

 未来を背負う輝きを……貴女の娘(アステール)を、野望のために貪る悪を祓う為に

 小さく応じるようにガントレットが振動する

 

 それを受けておれは立ち上がると、天井を見据え……

 今!と思った瞬間に昇龍とでも呼びたい形で拳を突き上げる!

 

 嵐のように轟く力が吹き上がり……

 「おっ、と。当たらなかったよな桜理?」

 螺旋の溝を抉り取られて、天井の一部がおれの頭の上に落ちてきたのをひょいと掴む。うん、上手く行ったから、案外嵌め直せそうだ。精査すれば当然バレるが、ぱっと見でならば天井に大穴空けたとは到底見えないよう偽装できるだろう……いやちょっと削りすぎて脆いか?

 

 「こっわ……」

 自分の頭より明らかに大きな塊の天井の破片を見て、思わず桜理が身震いした

 「平気か?」

 「うん、あまりの獅童君と僕の差にちょっと引いただけだから……」

 怯え気味だが気丈に振る舞う少女を置いて、おれはひょいと天井に空けた穴から推測していた通気孔が本当に有ったか見て、存在を確認したので良しとそのまま潜り込んだ



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異伝・教王ユガートと他教の本尊

「……む?成程の」

 眼前でふむふむと突如頷いた紫混じりの銀の髪をした少女に向けて、我は冷たい視線を向けた

 

 「あ?突然何を言い出してんだお前?ってか突然来やがって何の用だてめぇ」

 我はステラとの蜜月があるんだが?と凄んでみせても、我関せずといったように前回は見覚えがない銀の翼を軽く畳むのみ

 

 だが……眼前に居る相手について我は円卓の長から強く言われた。変に気に入られたようだが、あれは世界を滅ぼす邪毒の龍神。心を赦せば腐り殺される邪悪と

 だから騙されたりしない。本当の愛に気がついてくれたステラと違って、ゲームじゃ居なかったこいつを信じるなんて馬鹿のやることだ

 今も左右で色の違う瞳の奥で一体何を考えていることか、分かったもんじゃない。そう考えながら、我は奪い取った黒鉄の腕時計を白く豪奢なケープ付きのマントのポケットの中で握り込んだ

 

 「む、儂かの?儂は単にの、同じ宗教集団の上に立つ神話超越の誓約として、少しお話と手助けをしに来ただけじゃよ?」

 こてん、と小首を傾げる姿は邪気をあまり感じさせず愛らしい。ロリコン野郎共なら惚れるかもしれない

 だが、我には効かない。手に入らぬ相手を追い求めてる円卓の馬鹿共とはそこが違う。真にステラ達との運命により結ばれてる我こそが正しい。原作を変えなきゃいけないあいつらはカスだ

 

 「我にそんなもの必要と思ったかシュリンガーラ」

 「そーだよねー?ユーゴさまはすごいもんねぇ……」

 横でうんうんと頷くステラ。しょーがないなぁというように酒……ではなくジュースを少女の前の器に注ぎ、我には高い林檎酒を振る舞う。黄金に近い琥珀色に悦に入って、我はグラスを軽く回転させた。ちゃぷちゃぷという揺れすら心地良い

 元の世界ではどれだけ苦労しても味わえなかった幸福だ。そうだ、努力は報われるべきで、だから我はこうして報われるべきだったのだ

 

 「……その名はやめてくれぬかの?儂は堕落と享楽の亡毒、シュリンガーラとは儂が司る心毒の事にすぎぬよ。お主とて、あまり好かぬのは分かるのではないかの?」

 「は?知るかよ」

 「ならば言い直そう。儂はアージュ・ドゥーハ・アーカヌム。混合されし奇跡の切り札の長として此処に立っている者。其故に、半端な名で儂を呼ばんでくれんかの?」

 その言葉に、我ははぁ?と馬鹿にしたように息を返した

 いや、何いってんだこいつ?知るかそんなもんって話だ。亡毒だか何だかしらないが、偉そうすぎるってか馬鹿かこいつは?

 

 「……えー、ユーゴ様に逆らうのは良くないよねぇ……?」

 「ま、そこまでどうしようもなく不快ではないから別に良いがの」

 翼を収め、紫に近い尻尾を垂らして銀龍は告げた

 その手にはきらりと銀色のナイフが見える

 

 「毒龍が銀ナイフか」

 「すまんの、毒で」

 手にした食器とそれに貫かれた肉を視界に入れて目を細める銀龍少女。儚げだが、それに騙されるのは馬鹿のみだ

 「ってか、その肉は我の晩飯の筈だが?勝手に食うな」 

 「いや、供されたのでつい、の。すまぬが、これも赦してくれんかの?」

 「いやそもそもお前何しに来た」

 改めて吐き捨てる我。それを受けて、肩を竦めながら銀毒はまた息を吐いた

 

 「さっき言ったじゃろ?」

 「いやー、ステラには訳が分からないねぇ……」

 冷たい視線がステラから放たれる

 「しょーがないからもてなしてるけど、ステラ的にはこまっちゃってるしー、まともにやって欲しいかなー?」

 「では聞くがの?お主は儂の勇猛(ヴィーラ)をあれで止められたと思っておるかの?」

 その言葉に、我は少女が興味津々というように目線を向けていた我が手にした雷刀を静かに見下ろす

 

 「はっ!やけに大人しかったのはアルトアイネスをアテにしてたからだろ?そいつならさっき潰した。アルビオンみたいに持ち主を殺したら変に奴らの手助けをする謎機能があったとして自殺しないと発動しない

 あんなナヨナヨした野郎に自殺の勇気なんてあるかよ。だから無力化なんて終わってんだっての」

 その言葉に、馬鹿に……はしてないが溜め息を吐かれる

 

 「ぁ?」

 「いやの。あやつ、ついさっき脱獄に成功したんじゃが、本当に無効化はできておったのかの……?」

 「いや待てよ、脱獄だと?何で分かるんだ?」

 「いや、あやつは儂の勇猛じゃからの?大抵の心境も行動も筒抜けじゃよ?儂に勝手に伝わってくる程じゃ」

 ふふん、と尻尾とツーサイドの髪を揺らし自慢げに告げてくる銀毒。我は調子乗るなてめぇと上下を分からせるようにその纏められた右髪を引っ張った

 同時、掌に走る結晶の輝き。全身毒物は伊達ではないというか、油断も隙もない

 こうして好意的に接してきてきてもこいつは敵だ。何が同じ宗教集団の上に立つ神話超越の誓約だ、我に嫉妬してるのだろう。こいつも原作におらず、無駄に努力を重ねる必要がある負け組なのだからな

 

 ってか、我を本当に好いてるなら良いんだが、そんな気配が薄い。自分の体液は毒だからとヤろうとしても逃げるし……

 ステラにもコフィンに入れざるを得なかったせいでしっかりとは触れられないし……考えるだけでイライラする!それもこれも大体は襲撃してきた魔神王テネーブルとあのゴミカス皇子のせいだ!

 

 「あぁ?そもそもてめぇの何かなら止めろよ!」

 「眷属にしたから全部筒抜けで、不意など最早打てんしの。半ば無力化はしておるのじゃが……」

 ふふん、と何故か自慢げに銀龍はその縦に瞳孔の裂けた金の瞳を細めた

 「それ以外はあまり止められんの」 

 「つっかえ!」

 「ま、それはそれとして……儂の言葉に答えてくれんかの?」

 

 静かに告げられて、知るかよと酒を喉に流し込みながらそれでも横で追ってきてくれたユーリがわたわたしているのを見て、しゃーないかと口を開く

 

 「だから、本気で何があいつに残ってんだよ」

 まず、我は龍少女がじっと見ていたから仕方なく貸してやったオリハルコンの鞘に収められた蒼刀を見る

 「そいつは第三世代、此方が持ってりゃ我の力だ。何だか()?月花迅雷だか何だか名前が変わってても持てるってことはそこは変わってない。我を強くしてくれてご苦労さんって話だっての」

 こくこく頷くステラ。流石ですとキラキラした目のユーリ

 

 「次、一回だけ軽く面倒な状況にさせられた轟火の剣はもう使わせねぇ。あいつに渡した服は良く燃える」

 「脱がれたら終わりじゃろ?」

 「べっとりと既に体に塗られて染みてるんだ。余程のんびり風呂にでも入らないと取れやしないし、脱げば魔法で探知する。楽勝だっての」

 「……ま、それもそうかの。脱いではおらぬようだしの」

 「分かってんならまず位置を教えろてめぇ!」

 が、我関せずとばかりに龍少女は翼をぱたぱたするのみ

 

 「儂、知っておるのは流れてくる思考ばかりじゃからの。通気孔まで素手で掘り抜いて、そこから何処かへ抜け出しておるという思考は伝わっておるから脱獄したとは分かるが、位置は知らんよ?」

 「つっかえねぇーっ!」

 「そう言うなお主よ、内心の裏切りも何もかも知れるから筒抜けなのは便利じゃよ?」

 「てか何が言いたいんだよ!あともう肉食ってんじゃねぇよ!ユーリも出すな!」

 「す、すみませんユーゴ様」

 「今はユガートだっての!お仕置きな!」

 「は、はい!」

 どこか頬を赤らめ頷くユーリ。それを興味無さげな顔で眺めている銀龍

 

 いや、マジで我に惚れてるなら目の前で他の女を抱くと言ってて嫉妬の一つも浮かべるだろ?何だお前と溜め息を吐く

 

 「んで?結局何が言いたいんだよ本当に」 

 「いやの。そもそもじゃがの、その刀は実はその気になれば呼べるようになっておるよ?」

 「は?」

 「ついでに言えばの、他人が振るえば雷撃が迸ってしまうようにもなっておるの」

 「何じゃそりゃ!?」

 「それが湖・月花迅雷への変化、つまりはあれは罠という訳じゃよ」

 「そんなのゲームに無いだろいい加減にしろよあのチート野郎」

 「ま、じゃからわざわざ儂が来た甲斐がある。総ては心毒で歪み、意味を為さなくなるからの」

 つぅ、と抜いた刃に右手の指を押し付け、血を刃に流しながら少女は無表情な瞳で微笑んだ




ちなみにですが、あれ?と思うかもしれませんが仕様です。思考読みは本来は言ったとおりのメリットがある効果なのですが……うんまぁ、ゼノ君って対シュリンガーラ最終兵器ですのでこうなります。


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通気孔、或いは燻製

通気孔を通り、何処かへと向かう。いや、桜理にはああ格好をつけたが、おれアナと合流するためにはまず正面大聖堂までたどり着かなきゃいけないんだよな。目隠しこそされていたが魔法の有無は関知していたし、だからこそあの場からどの方向にどれくらいって道順は暗記できたんだが……それはそれとして、地図が頭にあるわけではない

 だから今何処かなんて実は全く分かっていないのだ

 

 というか……とおれは恐らく此方か?という気配の方向を首を回して確認する

 何か狭苦しい通気孔の中で余計な身動ぎしたせいで頭を掃除が行き届いていない証拠のゴミの塊にぶつけたがまあ気にすることはない

 ノア姫なら灰かぶりとは呼んだけどゴミかぶりは止めてくれないかしら?とか言いつつ拭くもの用意してくれるだろうが……そもそも服自体が廃油で出来てるのかってレベルだしゴミの帽子の方がまだマシだな

 

 いつの間にか……いや間違いなくあのキスの瞬間からおれの中に発現した毒の塊、それが心臓の中で脈動している。それは一つの事実をおれに教えてくれる

 即ち……シュリが近くにまで来ている

 

 うん、何しに来たんだろうな。あくまでもおれはシュリの味方、その為に勇猛果敢(ヴィーラ)の呪毒を受けたのだからこの鼓動は他ならぬシュリが来てることを示す筈だ。決して他のアージュ、つまり敵であるラウドラやシャンタでは無い。ってかラウドラ接近時にはこんな鼓動は無かった

 だからまあ、結局のところシュリが来てるからといって目的によってはそこまで警戒するものでもないのだが……

 

 いや、それはそれでどうなんだと脳内で総ツッコミを受けた気がしておれは頭を振った

 『頭を冷やしましょう兄さん。【愛恋】(シュリンガーラ)がまだ人の心を理解しながら弄び狂わせる搦め手を唯一使う分危険度が高いんですが、何を「何だシュリか」してるんですか

 あと、ゴミかぶりは灰かぶり(サンドリヨン)と違って単純に異名として使ってもダサいですよ兄さん』

 ほら、神様までそう言ってる

 

 そうだよな、おれはあの子を信じてるからつい何だシュリかと思ってしまうが、本来単に暴れるだけの【憤怒】(ラウドラ)と比べて、謀略とかまだ使うシュリの方が余程怖い筈なんだ。イアンを狂わせ内心の想いに忠実になるよう暴走させたのだって結局シュリなんだしな。あそこのラウドラは単に回収しに来ただけで、種は蒔いていない

 

 ……いや、そう考えるともう一回怒らないと駄目か?シュリはシュリで完全に反省しておれ達の味方してるって訳でもなく毒は蒔いてるわけだし

 『ええ、潰しましょう兄さん』

 ……この世界の神様が過激すぎる、こんなんだと多分ある程度思考を読めるだろうシュリから愛想つかされて本気で敵に回られる気がするんだが……

 

 まあ良いや。心毒でユーゴのハーレム願望とか暴走させてアナ達まで丸ごと力ずくでモノにする!とかにさせないと助かるんだが、奥底には怯えと優しさがまだ残ってる気がするシュリを信じよう

 というか、本当に何で来たんだろうな?

 

 想いながら少しずつ動く。いや、シュリっておれからしたら敵には思えないが一応あれでも混合されし神秘(アルカナ・アルカヌム)の切り札(アマルガム)の本尊の一柱で、始水が警告してくれた神話超越の誓約(ゼロオメガ)の一体だ。流石にアガートラームに抑え込まれて……なんて事は無いとは思いたいが、本気で大丈夫だろうか

 アルトアイネスが見せたような時間操作系機構に対してはそんな強くなさそうなんだよな、シュリ。半壊したアガートラームが過去に飛んだ結果始まるのがゲーム世界って聞いたから、あいつにも同じ機構はある筈だ。下手なことをしてユーゴに足元掬われてないと良いが

 特にあの子は本来の?龍形態も醜いより痛々しいが先に来る傷だらけの姿で物理的な戦闘力って高くないだろうしな

 

 うん、必要なら呼んでくれよと多分おれの思考を覗いている少女におれは内心で呼び掛ける。見られてなかったら始水が呆れるだけの大恥だが……まあ、見てると信じよう 

 

 冷ややかな視線の幼馴染を余所に歩みを進める

 

 通気孔だけあって薄暗いというかほぼ光はないが、だからといって何も分からない訳ではない。何処かに繋がってる筈なので光が見えたら終わりが近いという所とかな

 ついでに言えば、クモの巣とか張ってなくて汚れがあるということは逆にこの通気孔は今も使われている事を教えてくれている。そんな場所には変な罠もまず無いだろう。それこそ毒ガスとか発生させる罠を用意していたら自分達にも被害が及ぶわけだしな

 そんなこんなで狭苦しい人が通ることを想定していない通路を這い進めば……

 

 「っ!」

 通路の向こうからもわっと寄ってくる煙を確認して息を抑える。そのまま突っ込むか?と少しだけ悩んで突貫

 物理的な毒には強いのがおれだ。特に精神性なら【鮮血の気迫】でほぼ無力化出来る。だから強気に突っ込んで行けば、少し先に終点が見えた。床がなく微かな光と大量の煙が湧き出てくる穴、これは通気孔の終わりだろう

 

 だが……煙と光が逆に出ていけなくさせている。何たってそんなもの出ていった先に今正に誰か居ますって証拠だものな

 

 っていうか、この煙なかなか喉に張り付いて気持ちが悪い。そうは思うがこの距離では咳なんてしたら存在がバレるので我慢。普段なら袖なんかを口元に当てて少しでも濾過を狙うんだが、このべったべたの油まみれ囚人服ではそれも気持ち悪い

 

 そう思いながら更に近付いて……いこうかと思ったが熱気が漏れてきたのでその場に留まる。ちりちりと服が燃えだしそうになっているからな、このまま近付きすぎたら火だるまだ

 というか、熱まで出てるってことは出口は調理部屋で燻製でも燻している最中なのだろうか?

 

 そう感じて聞き耳を立てると……

 っ!更に勢いが増したか!

 

 狭苦しい通気孔の中では咄嗟に飛び下がるなんて出来ずに熱波を受ける。煙は毒性を含むのか目が痛いし服には火がつきそうだ。これは……料理には思えないが

 

 「……もう良いよ、ゆーりと言ったかの?」

 「はい?ユーリはユーゴ様に言われた通り通気孔を通って逃げ出したにっくき忌み子を焼こうとしてるだけです」

 っ!と漏れてきた会話に奥歯を噛む

 

 片方の声はシュリ、もう片方は聞き覚えの無い女の子の声だが……と脳裏を探っていくと答えにたどり着いた

 ああ、ユーゴがシュヴァリエ家に居た時に雇っていたメイドの子か。確かユーリという名前だった。ヴィルジニー婚約騒動の後で捕縛されていた筈だけれども、主犯でも何でもないからずっとは拘束しておけず解放後またユーゴを追ったのか。ってことは、彼女は心の底からユーゴを慕ってたんだな

 そんな子も居るなら、この世界でこの子と共に生きるって思ってくれたなら、おれ達は戦う必要も無かったんじゃないのか、ユーゴ?と言いたいがまあ、それが出来るような人間をアヴァロン・ユートピアは己の尖兵に選ばないか

 

 ってそんな場合か!おれの脱獄が既にバレているって事だ。何時バレた?桜理は無事か?アナは?

 

 飛び出すか?いやでもユーリを殺せばもうユーゴの凶行を止められないしと悩むおれに、のんびりした老獪な声が聞こえてくる。いや、そう演じてるだけで可愛らしい声音なんだが

 

 「じゃから、無意味じゃよ?さっきこの通気孔を抜けて、逆から地上に出てしまったようじゃからの

 儂に外の空気という心が伝わってきた」

 ……シュリが脱獄を伝えたのか。やはり心を読んで……

 の割にはおれが此処に居ることは把握した筈なのにわざと嘘を告げる辺りが不可解だ。何故そんなことをする?

 

 「でも……」

 「敵などあの皇子くらい。呑気な皇女もあの聖女も何も敵とはならぬ、捨て置けば良し。それにの、このまま毒煙を撒けば地下牢に届いてしまうんじゃよ?」

 「それがどうしたの!」

 「更なる力、星の名を抱く狐の魂を焼かぬ道を探っておる以上、切り札となるものを持つあの黒髪は無事に生かしておく方がそのユーゴ様的にも余程都合が良かろ?

 殺してしもうては手にしかけた力を捨てさせてしまいかねんよ」

 ……あ、これシュリ割と本気でおれ達の味方寄りだな?と咳き込むのを抑えながら理解する。桜理の心配をした瞬間に桜理の安全を語るなんて思考読まれてるのはほぼ確実だ。その上ですっとぼけているのだから、本格的にユーゴに与する気はないと分かる

 ただ何でおれが脱獄したとか早々に明かしたのかだが……大まかには真実を教えていたら嘘を混じらせてもバレにくいとかそんな意図か?

 

 「故に、もう無用じゃよそれは。寧ろ害じゃ、止めた方が賢明

 で、一つ聞きたいがの、少し見てみたい大聖堂はこの部屋を出て左の階段から行けたかの?」

 うん、おれがとりあえず目指す場所への案内まで置いていく辺り間違いない。おれが聞いてること知っててさりげなく味方する為にやってるわこれ

 そんなことを思いながら、おれは下の気配が消えるまで煙で煤けた通気孔で小さな呼吸を繰り返したのだった



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スニーキング、或いは聖歌

ひらりと通気孔の出口から飛び降りる。やはり地下で燻製等の煙を扱うものを作るための調理場だったようで、下には煤けた薪等が見えるし壁際にはベーコンらしきものが吊るされている

 これをこそっと持ち去っても良い……訳はないな。ぱっと見で表面は既に燻された色をしていても、おれはこういった料理には疎い方だ。中がまだ生っぽいとかあったら困る。おれみたいに耐性付けるべく毒を常備薬レベルで服用してるならば良いが、桜理ってそんな物騒な訓練してないだろうからな。あの牢獄で腹を壊したら大問題だし毒にも苦しむだろう

 なので放置。煤けた体で外から鍵を掛けられた……ものの鍵穴近くに丸っこい穴の空いた扉に右手を突っ込んで錠前を握り潰し、いざというときにぶん投げる金属球へと変えて脱出。誰か来た瞬間にバレるなこれ?

 しかも良く見れば紫の鱗の破片?が穴の周辺に突き刺さっているし、シュリが尻尾の毒でそれとなく立ち去る時に溶かしてくれたんだろうなぁ……って点まで分かってしまう

 これを放置してはいけない。一瞬悩んだ果てにおれは一旦部屋に戻ると掛けられた燻製ベーコンブロックを数個背に担いで泥棒すると、一目散に部屋を出て扉を閉め……

 

 「っ!らぁっ!」 

 思いっきり外から回し蹴りを放って錠近くを蹴り破った

 「っよしっ!」

 外から粉砕しておけば、穴が空いてたとか内部から侵入したとかもう分からないだろう。腹減ってたおれが食糧を見付けて扉を破り、外から侵入して強奪した。これならシュリの発言と矛盾はないな、シュリが疑われることも無いだろう

 

 『なんでゼロオメガの為に行動してるんですか兄さんは』

 おれを助けてくれてるんだ。応えるのは当たり前すぎないか始水?

 『ええまあ、兄さんはそんな人ですからこれ以上文句は言いませんが』

 あ、念話が切れた。怒ってたし少しの間話を聞いてくれなさそうだ

 内心で幼馴染神様に謝りながら、それでも後悔はせずにシュリが教えてくれた道順を辿り地上へ

 

 出たのはドンピシャで大聖堂前……とまではいかないが、絵画の裏から出て、そのまま正面の扉を潜れば背の高い薔薇の植え込みの先に大聖堂の横腹が見えるってくらいの場所にある通路の真ん中の隠し扉。ほんの少し扉を開いてやれば、人の声と気配がする

 

 うーん、やはりというかまだ夜は来ていない。この時間帯なんて目立つ隠し扉から出たら即座に発見されるよなぁ……

 さぁ、どうする?

 

 そう思って天井を見る。無理矢理通れたりしないか?と探してみるが天井裏に抜け出せたりはしなさそうだ

 このまま時間を掛けすぎては誰かおれを探しに来るだろう。隠し扉とはいえ、ユーゴのメイドが使ってた部屋から繋がってるんだ、知ってる人は知ってるから調べに来るのは間違いない

 

 だからこそ、すぐに移動しなければならないんだが……

 焦りだけが募り始め、いっそ強行突破を狙うか?と思い始めた頃

 ばたばたと忙しそうに人々が大聖堂に集まっていく足音が聞こえた

 

 「おや、腕輪の聖女と呼ばれる者よ。どうかしたのかの?」

 「あ、はい。今日はせっかく聖教国に帰ってきたから、昔みたいに聖歌の時に一緒に混ぜてもらいたいなーって」

 と、わざとらしく会話が漏れ聞こえる

 

 つまり、アナがわざわざ部屋を出て聖歌を披露するってことで聖女様!と沢山の人々が大聖堂に押し寄せ、通路の見張りが疎かになるという訳だ。此処はアナに助けられたって事だな

 

 気配が消えた瞬間を狙って絵画裏から飛び出し、扉を潜って大聖堂を彩る植え込みの中へと姿勢を低く身を隠す。綺麗な薔薇には棘があるって事で棘が服を引っ掻きこそするが、おれ自身の体には傷一つ付かない。ついでに言えば毒が塗られてるからどろぼーさんはホント気を付けてねーとアステールから教えられていたが、ぶっちゃけその毒も効かない

 うん、割と隠れやすいんだよな此処。下手な人間は棘と毒で隠れられない分監視が甘いんだ

 

 と、完全に周囲の人気が消えて、代わりに通路にガシャガシャとした鎧の音が響いた

 流石に人気がないのは不味いと気が付いて監視の兵を送ったかユーゴ。だが、遅い。薔薇の植え込みのアーチを抜け、反対側に出たら音もなく壁を蹴って大聖堂を昇る。うん罰当たりだ、罰当たり過ぎる

 前も似たようなことやったが、本当にすまない始水

 

 大聖堂の正面扉には白い一角狼がその前肢が発達した独特のどっしりしたフォルムで行儀良く座って聖女様の聖歌を聞きに来た何も知らない人々を出迎えて、おれから意識を逸らしてくれている

 

 割と綱渡り、シュリが居てくれて、アナもアウィルも助けてくれて漸く警戒を潜って誰かを気絶させる強行突破を使わずバレにくい場所まで来れた

 皆に内心で感謝しながら、大聖堂の屋根上、他の高い建物からの死角で漸くおれは一息付いた

 

 おれが抜け出したのは今見える傾き始めた二つの陽からしてまだまだ昼間の事。夕方に差し掛かるかって時間には外に出れた訳だ 

 逆にシュリが騒ぎを起こしてくれなければ監視は居なくても一般人うろうろはそのまんま、アナが心配して聖歌歌うとかも無かった可能性がある。そう考えると本当にシュリが居てくれたのは大助かりだ

 

 うん、龍神様の恨み言が耳元に聞こえるが、今回は本当に助かってるんだからゼロオメガ差別はいけない

 

 そう内心で呟きつつ、下からの聖歌を聞き続ける。良く通る鈴のような声が一際大きく響くが、多分これは聖女様のお声を掻き消すわけにはと他の面子が少し声を抑え目にしてるからだろうな。本来ここまでアナの歌声だけがはっきりと聞こえるのは可笑しいし

 うん、本当に聖女様が手を貸してくれてるのも助かる。助かるんだが……この先の見通しが難しいな

 

 と思ったところで身を隠す場に何か置いてあるのに気が付いた。拡げてみればそれは白いローブ。傷ある者向けのフード付きのものだ。禿げた人とか、顔に傷を負った元兵士なんかが良く着るタイプ

 ついでにルー姐の紋章付きの封筒が置いてある。中身は空だが、それだけで置いた人間は分かるねというメッセージなのだろう

 

 うん、このローブが此処にあるってことは、ルー姐が先回りしたんだろうなぁ……この辺りまでおれの思考を読みきってこうしたと。さっすがルー姐、おれの思考回路は良く知ってる

 いや、あの兄って凄いわ

 

 そんな事を思いつつ、おれはこの服があるなら帰る人々に紛れ込むのが最善だろうと聖歌の時が終わるまで待つことにしたのだった



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脱走劇、或いは私刑

ルー姐に用意して貰っていたローブを羽織って聖歌の終わりと共に信徒に紛れ、外に出ては意味がないから途中で帰りの列を離れる

 

 これ大丈夫だろうかとは思ったが、何だかんだ聖歌を聞きに来ただけではなく他にも用事がある者は案外多いようで、各々様々な方向へと散っていく。これならおれが紛れていてもバレはしないだろう

 

 そういえば、上で植え込みに飛び込んだ時に付着していたトゲの破片等を取ったが処分忘れているな。このままだとそのうちおれが彼処に暫く居たことはバレてしまうが……

 どうせ抜け出したことはとっくにシュリ絡みで伝わってるし良いかもう。今何処に居るとかバレなければ、多少警戒させるだけだ。ユーゴ本人は出張ってこないっぽいし、そうそうそれ以外に負ける気もない

 

 いや、正直な話シャーフヴォルにもヴィルフリートにも勝てないけど流石に来てないだろあいつら

 来ていたらヤバイってレベルじゃないが……特にシャーフヴォルはアナに執着してるし、ルー姐が居てくれるとはいえキツい

 

 リンクは切れてはいないが……と少しだけ手を伸ばして悴む指を見て思う

 月花迅雷を呼ぼうとしたらこうだ。悲鳴のような冷たさだけがおれの手に響く。これは恐らくだが……シュリの毒によって今のあの刀の刀身になっている精霊結晶(蒼輝霊晶かもしれないけど、桜理によると使い手によって呼び方が違うだけらしいしどっちでも良いや)の大元である死者の想いが暴走し凍りついているって状況だ

 このままではおれの手元に来れなくなっている訳だな。お陰でユーゴ的に言えばあの日見せたおれ……いや、おれと下門達の本気の姿、尽雷の狼龍スカーレットゼノン・アルビオンへの変身は不可能って判断が出来る

 

 だからこそ、こんなのんびりしてられるんだろうな、彼は。だが、実のところ制御装置をガントレットとしておれが持ち歩いているから簡単に暴走するのだし、おれがパーツを戻せば即座に凍結は解除されて呼び出せるように戻る訳だ

 

 うん、知ってると相手がバカに見えるな、これ。おれが鍵を持ってる南京錠をシュリが掛けておれからの安全を保障してるというマッチポンプというか……

 これ本気でどうしようもないタイミングまで呼べないな?呼んだ瞬間にシュリが一気に怪しくなる。来てるのがラウドラやシャンタなら容赦なく呼んで共倒れ……は無理だろうが、ユーゴが多分負けるそれを狙っても良いんだが……

 寧ろこれなら気を付けるべきはアガートラームが破壊される前にアステールを救う手立て位なんだが、ままならないものだ。いや、穏健派のシュリじゃなければこんなことそもそもやってられないが

 

 兎に角、そうなると決定打こそあれどそこまでの戦力不足が強く露呈する。デュランダルだって呼べないしな

 ユーゴは警戒しまくってるが、その実あれは父さんの剣だ。父さんに必要な今召喚しても来ないだろう

 

 となると、本当に切り札以外が不安すぎるな……と内心で呟き、いや元々かと頬を叩く。アガートラームへの勝ち筋自体は元からあったんだしな、そこまで相手を早々に追い込む手段が無かっただけで。今もその追い込む手段が更に欠けただけって状況だ

 

 少なくとも今のおれにあるのはガントレットとこの肉体、そして……ユーゴの警戒が少しは薄いだろうあの奥義だけだ。あいつだけは魂の刃、重力の影響は受けないしその気になれば素手で放てる。あの一発を本気で上手いことユーゴを抑え込むのに使えなきゃそもそも薄い勝ち目も0ってところだろうか

 というか、アガートラームの動きを止める手段がまず無いからな。ユーゴ本体を傷付けて眩暈でも起こしてくれるのを祈るしかないというか、素で龍覇尽雷断しようが迅雷抜翔断しようが絶星灰刃しようが時間操作とブラックホールで即座に回避されて終わりなんだ。精霊障壁と歪曲フィールドこそ貫けようが、そもそも当たらないのではどうしようもない。奥義でしか傷つけられないのに奥義を当てられないのでは、アステールに手を伸ばす事すら無理だ

 

 どうする、本当にどうすれば良い

 今も答えの無い思考の迷宮を彷徨いながら足が覚えている貴賓室への道を進み……

 

 暫くすれば人気がほぼ消える。この辺りに用がある一般信徒はまず居ないような区画なのだろう。おれの存在も目立ち始めたって状況か

 

 さて、と周囲を見回したところで、不意におれは周囲を警戒する兵士二人と、近くの少年を見付けた。兵士は何時ものって感じの特に違和感の無い鎧の兵、少年は……うーん、この聖都の民では無さげな服装だ。恐らくは巡礼者

 

 だが、何故だ?と物陰からおれは成り行きを伺う。巡礼者がこんな貴賓室近くにまで来る意味はない。だから何かが変だ

 

 そうして聞き耳を立ててみれば、おおよその理由はわかった。そろそろ聖都の宿泊期限なのだが、父親が行方不明だというのだ。だから、兵士や偉い方、それこそ聖女様なら……と少年は訴えていた。

 いやどうなんだそれと少し思うが、必死さは伝わってくる。アナに聞いたところで何一つ分からないだろうなぁ……というのは間違いないんだが、彼のために動けなくはないだろう

 

 そう思ってこそっと通り抜ける隙を伺っていたおれの耳に、どうにも聞き逃せない言葉が転がってきた。即ち……

 

 「あー、どいつの子だっけ?」

 「いちいち知るかよ」

 

 というものだ。つまり、この時点で彼等は……目の前の少年の父親の失踪に関わっているという事が読み取れる

 

 そしてもう一つ、ゲームでも言及されていた暗部の話を噛み合わせると……恐らく少年の父は生きてはいないだろう。聖なる戦士、その贄にされている

 

 いや聖なる戦士って何だよ!?となるが、ゲームだと神の名の元にって人間を生け贄にして強力な存在を造り出す禁忌の魔法とか使ってたらしいんだよな、聖教国。しかも悪気無くだ

 その関係で勇者編だと序盤は敵として聖なる戦士の材料を求めて正義を振りかざしながら人さらいの如く襲ってくる。一応途中で和解はするんだが、その影響でか聖教国ってプレイヤーからの評判悪かったのを覚えてる

 今思えば、アステールが裏で頑張ってくれたから和解とか出来たんだろうなぁ……と思う。あの子は昔虐げられていた事もあって、偉い自分達の為に他人を犠牲にしてもという汚れた特権意識が薄いから、許せなかったのだろう

 

 というかだ、アナ達を拐った人拐いが孤児達を売ろうとしていたのも聖教国だ。まあ割とありがちなことだが、宗教国家なんて一皮剥けば神への信仰より私利私欲優先の優しい顔のケダモノが跳梁跋扈する魔境だ。だからこそ、教皇とかそういった「神の声を聞くだけの者」が上に立っていなければならないのだ。そうでなければ、神への想いより権力への想いに上層部が傾きすぎる

 

 全体が腐ってるわけではない、だが、腐るものは腐る。帝国だって一部は腐ってる。何処だって同じ、寧ろ宗教こそ腐りやすい

 何たって、我は神の代弁者なりと、神という免罪符を得て大きな顔をしやすくなるからな。そこで欲に溺れるのは……悲しいが、あまり責められるものでもない

 偉くなればなるほどに、溺れ堕ちやすい。それが権力という毒だ。だからおれ達皇族は何というか蛮族かって状況を看過している。傲らず、狂わず、己の力が民の為にあることを、権力に溺れて見失わぬように

 

 だが、全員にそれを求めるのは無理だ。正直苦しくなる事がおれでもあるんだ。だから……

 

 「ま、どいつか知らないが父親のところに送ってやりゃ良いだろ」

 「違いねぇな相棒」

 騎士が剣を振り上げた瞬間、おれはフードを相手の剣へ向けて投げ捨てながら物陰を飛び出していた

 

 『馬鹿、兄さん!?』

 馬鹿丸出しだが止めるな始水!保身のために罪もない相手を見捨てる方が余程の大馬鹿、ならおれは此処で飛び出す馬鹿で良い!

 そんな風に内心で思わず止めに入った神様に威嚇しながら少年と兵士の合田に入って、ローブを叩きつけた剣を布越しに受け止める。そして、軽く力を込めて握り砕く

 

 バキッと軽い音と共に砕ける刃に、一瞬兵士の顔が歪む。だが、その直後におれが何者か気がついたのだろう、狂暴な笑みを浮かべておれへと向き直る  

 

 「お前、お前は!」

 直後、二人居る兵士は一斉に魔法を唱え始める。それぞれ、別の魔法を、だが

 それは別に間違ってはいない。寧ろ正しいと言って良いだろう

 「おれか?おれは悪の敵(あく)だよ

 何をしている」  

 それに対して、おれの声は自分でもゾッとするほどに底冷えのする悪夢のような音色をしていた

 

 聞こえてくる詠唱は二つ。ゲームでは詠唱モーションこそあれその中身は聞こえなかったが、此処はゲームではない。

 そしておれも、当然それくらい知っている。魔法ごとの詠唱を覚えて即座に対処が出来なきゃ死ぬからな!

 片方は恐らくは打ち上げ花火とかそういったおれの存在を伝えるもの、そしてもう一個は!

 

 「ライトニングアーマー!」

 そう、ゲームでも割とお世話になる雷属性の補助魔法だ。触れたものに強力なカウンターの雷を与える魔法で、聖女を護ったりするのに役に立つ防衛向けの魔法。確かに片割れが危急を告げる相方を護るってのはある意味理に叶ってるだろう。だがな!

 

 「ルー姐、借りるぞ!」

 ぐっ、と拳を下段に構えるおれ。そして……

 「旋流、翔撃波ァァッ!」

 一気にアッパーの要領で突き上げる!

 当たらない軌道だが……そもそも当てるものでもない!音速を越えた拳により周囲に発生した嵐は……触れずに相手を吹き飛ばす!

 爆風のような風に煽られ、雷撃の鎧を纏わされた兵士の身体が斜め上方へと打ち出され……

 

 「へぐぇっ!?」

 魔法を詠唱しきる前に、近くにあった白亜に紫屋根の建物の天井の出っ張りに頭を強打。手から魔法書が滑り落ち、一拍おいてガシャンと鎧の落ちる音が響く

 

 いや、やりすぎたか?と思ったが、意識が落ちただけで流石に首の骨が折れたとか無さげだ。殺してしまっては、おれの方が余程堕落してるからこれで良い

 

 「っ!?相棒!?」

 困惑したような声が兜の奥から響く

 当たり前だろう。ある程度あの場で内容を考える伝達魔法より、魔法を唱える相棒を護ると決まってるから事前準備が出来る雷纏の魔法の方が早く発動できる。それで安心していたらその相棒が即座に落とされたのだから

 

 「な、何を」

 「確かにライトニングアーマーは魔法が使えないおれへの対策としてはかなり有効だった魔法だよ

 でもな?直接触れなきゃカウンターは発生しない」 

 「忌み、子」

 「欲に落ちるなとは言わない、恐怖に従うなとも言えやしない」

 冷たく、告げる

 

 「ただ、私刑だ。おれは(おれ)の自分勝手な意志で、それを裁く!

 神々に仕え反省しろ、このボケ共がぁぁっ!」

 相手が更に魔法を唱える前に、寸止めになるような距離から振り抜いた右ストレートの掌底

 その圧に吹き飛んだ兵士は相棒の横で厚い白亜の壁に埋め込まれて動かなくなった  

 

 うん、直接当ててないし生きてるから良し!

 と、何が良いのかおれでも分からない自己弁護をかましておいて、少年に向き直る

 

 「大丈夫……じゃないな、少年。だけど一応聞く、平気か?」

 そうして手を差し出したおれに向けて、小さな少年は怯えたような目を向けたのだった

 

 「お兄ちゃん……忌み子、なんだよね?」

 「まあ、忌み子だが今は君を助けようとしてるだけだ。そう警戒は……」

 「……ごめ、ん……」

 突然謝られて面食らうおれ

 その眼前で、少年の体内から謎の鼓動が波打った

 

 「っ!」

 これは……魔道具か!少年に化けて……

 じゃない!これは下門の時と似た、爆発の魔道具!

 「忌み子、殺さなきゃ……」

 

 ぎりりと奥歯を噛む

 「ユーゴぉぉっ!」

 あいつ、二段構えか!おれを釣り出すような芝居をさせておいて、本命は危機的状況に置かれた少年の体内に仕込んだ爆発。それでのこのこ介入して少年を助けたおれを吹き飛ばそうと!

 

 「……忌み子を殺せば、これで

 父さん……」

 親を人質に取られていてなのか、或いは死んでいるその身元に行けると思ったか。ポツリと寂しげに呟く8歳前後の少年

 

 始水!

 あまり頼りきりたくはないが、それでも内心で叫ぶ

 『何ですか馬鹿兄さん!?』

 今すぐ少年の体内の爆弾の位置を

 『無理すれば分かりますが暫く何も干渉が』 

 そんなものどうでも良い!どうせ轟火の剣も尽雷の狼龍も使う訳にいかない!だから早く!

 『自力で切り抜けてくださいね兄さん、右脇腹です』

 了解助かった!

 

 脳内でのやり取りを即刻で終わらせるとおれはガントレットを起動

 

 「……父、さ」

 「悪いな少年、目茶苦茶荒っぽいぞ!」

 即座に指先に爪のように伸びた結晶で少年の脇腹を抉り、精霊結晶で傷口を凍結

 「イヅッッ!?あ、え?」

 痛みに顔を歪めた少年が、すぐに冷気に意識を奪われくたっとなる。倒れるその身体を抱えれば、抉り取った腹肉の内部で脈動するのは乱雑に切って埋め込み魔法で塞いだのだろう小さなビー玉大の魔法の爆弾

 

 っ!舐めてるのかあいつは!このサイズの爆発はまずおれを殺せない。少年を爆散させるには十分だが、そこからおれを殺すには何回りも火力が足りてない。アガートラーム絡みの相応の手段で火力を上げている様子もない

 目の前でこの子を殺しつつおれに手傷を負わせる事が目的か、性格の悪さが滲み出てる!

 

 が!

 「舐め、るなぁぁぁっ!」

 結晶に閉じ込めるのは簡単だ。だがそれは何時かその封が解けた瞬間に爆発し何処かで被害を出す。ならば両の掌で爆発を抑え込む!

 掌の中で吹き荒れる熱嵐。けれどこんなもの、同じ嵐ならアドラーの一撃の方が何倍も重かったし痛かった!こんな、想いのない攻撃など……っ!

 

 「っ、ぐぅぅっ!」

 抑えきれずに腹に押し付け踞るような体勢で威力を殺す

 

 その甲斐あってか、被害は掌と臍付近が爛れた程度。物理的な火力の爆弾だからか耐えられた

 

 「っ、効かないって、の。アドラーに習えよ、馬鹿ユーゴ」

 誰も聞いていない一言が漏れる。今はリンクを無理矢理乱用した反動で始水すら聞いていないしな

 あ、シュリは聞いてるか。ってそれは良いや、そもそもが単なる強がりだ

 

 それよりも、抑え込んでも多少のくぐもった爆音と閃光は周囲に響いた。すぐに沢山の兵士と、ともすればユーゴが駆け付ける。その前に!

 おれは爛れた手で意識のない少年を担ぐと地を蹴った



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セーフハウス、或いは再会

「皇子さま、大丈夫ですか!?」

 地を蹴り、此所の筈という場所に当たりを付けたら反転。おれが通して貰った際にも窓がある事そのものは確認していたので建物と位置さえ分かればわざわざ正面から向かう必要はない

 ということで、何処に行けば良いのか分かってないように明後日の方向へと駆け出しておいて、さらっと貴賓室の窓に近付けば……ガタンと窓が開いて中に入れてくれたという訳だ

 

 そして、一瞬身構えたおれに、ついさっきの声と共に何かふわりと柔らかなものが飛び込んできたのだった

 

 うん、アナだな。と珍しく抱きついてきた少女をとんとんと肩を……って駄目だなこれ。自分の掌が爛れ汚れている事を認識して何とか手の甲で叩いてそのすこし体温の低めな身体を引き剥がす

 

 「ぁ……」

 少しだけ名残惜しそうな声が響き……

 「ってその子どうしたんですか皇子さま!?

 ちょっと待ってくださいね?」

 おれが背負った少年に気がついたのだろう、ぱたぱたとおれから離れて駆け出すアナ。勢い良くサイドテールが跳ね、机の上に置かれた魔法書を持って少女は豪奢なダークグリーンのソファーに腰掛け、おれを手招きする

 

 「おれを誘き寄せる為に爆発物を埋め込まれていた何処かの子だ」

 「あ、その子の頭をわたしの膝に乗せて……

 皇子さま、ちょっとだけ待っててくださいね?もっと重症なこの子を早く何とかしてあげないと……」

 「ああ、頼む」

 こういう時、流石は聖女だと思う。おれの事を心配してくれてるのも、それよりも危機的な相手を見た時に優先順位を間違えないのも、だが

 

 「皇子さま、少しだけ先にすみません」

 「いや、この子の為に何とか此所まで急いだんだ、頼む」

 言いつつ、周囲を見回すおれ。アナが躊躇無く飛び付いてきた時から分かってはいたが、天井裏含めて部屋には他にはルー姐しか居ない

 

 「監視は?」

 「居ないよゼノちゃん。その分部屋には外から何重にも鍵が掛けられてるけどね」 

 「それで出られないとしてるのか」

 と、銀髪ツインテの兄はくすりと笑った

 「いやゼノちゃん、物理系上級職でもなければ、四階から躊躇無く飛び降りるなんて出来ないよ」

 言われてはっとする。そういやおれや本来のルー姐基準だから四階の窓から出入り出来るだろと思ってしまったが、向こうはそう思ってないのか。非力な女の子なら大丈夫と判断してしまったと

 

 「っていうか、おれに気がついて飛び込んできたりは」

 「大丈夫、そこの聖女ちゃんの魔法で誤魔化してただけで、此所には聖域が張られてるからね」

 「そうか。おれは単純に前通された時からこの位置にある筈と当たりを付けてただけだったけど、実際に行ったら此所の筈なのに見付けられない状況になるのか」

 で、その魔法をアナが誤魔化してくれた、と。聖女の力ってやはりかなり凄いな

 やってることが主に対ゼロオメガAGX(アガートラーム)のような馬鹿みたいな単体戦力との命運を分かつ直接戦闘ばかりなせいでゲームに比べて聖女の力の凄さって全然目立ってないんだけど、こういうまだ真っ当な戦いの時は頼りになる。流石はヒロインの為の七大天から託された力

 どんな状態異常をも吹き飛ばすチートも即死級の一撃をひたすら乱打してくる相手には意味がないからな……

 

 というか、実はアステールにアナの聖女の力効いたりしないだろうか

 いやしないか流石に

 なんて思いながら、待っていればその間にひょいとルー姐がおれの手を取って慣れた手付きで包帯を巻いてくれた

 

 「はい、これで良し」

 「あれ?こういうの出来たんだなルー姐」

 「ま、騎士団って自己治療が出来なきゃね。何時でも魔法が使えるとは限らないから、魔法頼みばっかじゃないよ」

 けらけらと軽く笑うルー姐。ちゃんと着こんだドレスのスカートと、詰め物を仕込んだらしい胸が揺れた。うん、男だから作り物なんだけど、胸元空いたドレス姿だけ見ると割と豊満に見える。改めて思うと割と技術凄いな

 

 「そうか、有り難うルー姐」

 そういって手を軽く握ってみるおれを何処か寂しそうにアナが見ていた

 

 「それで、とりあえず此所は今は安全なことは分かったけど……

 アウィルは?」

 「あの天狼なら部屋には入れるなと言われたから外の庭。子供達にもふもふって群がられてるよ」

 と、水鏡を通してアウィルの状況を見せてくれるルー姐。まあ、神の似姿である幻獣を殺しに行く愚まではユーゴも犯さないか。せめて引き剥がしておくってならば、今は良い

 

 「ならエッケハルトは?」

 「えっと、ヴィルジニー様が呼んで連れていきました」

 何処か困惑気味のアナがそこは教えてくれる

 「じゃあ今は放置で良いか。ってか、エッケハルトについては嫌がってることもあってそこまで何かを強要しすぎも良くないからな」

 言いつつ、いや戦えよという言葉は呑み込む。正直ここまで引きずり込んだ時点でもう逃げられないからなあいつ。聖教国で七天御物の一つを持ってるとかもう巻き込まれなきゃ可笑しい

 

 「はい皇子さま。お水に鍵に……」

 と、アナが色々と渡してくれるのを受け取ってポケット……が無いので抱える

 「あ、どうしましょう」

 と、少女がおれの囚人服に触れた

 

 「えっと、これは……」

 そして暫く見て、ぱっと目を輝かせる

 「皇子さま、このべたべたの服って魔法掛けられてますよね?」

 「ああ、脱ぐと多分……」

 「それ、この半袖の袖に仕込まれてますから、袖だけ残せれば後は脱いでも多分平気ですよ?」

 言われて見てみるおれ。魔法についてはあまり算段できないおれでは何とも分からないが、この辺りなら……とつぅと白い指が袖をなぞるのがくすぐったい

 

 「はい、ここだけ切り取って残せば、魔法は発動しない筈です」

 「じゃ、ちょっと待つんだよゼノちゃん。君には刃は通らないけど切り取りかたを間違えたら困るから……」

 聞いた瞬間にナイフを構えたルー姐が袖に触れ、ひょいと布を……

 

 「あ、待ってくださいルー姐さん。皇子さまの別の服と切り取った後にその服と繋ぐものを用意してないとすぐにずり落ちちゃいますよ?」

 「おっと、それもそうだね」

 袖を半ばまで切り取ったところで、ルー姐の印象よりは白い指が止まる

 

 「でも、着替えかぁ……ゼノちゃんに言われたから女の子向けの服しか持ってきてないし」

 「あ、それは平気です」

 と、アナが持ち込んでいた荷物から取り出したのは何時もの服だった。いや何であるんだ

 「……アルヴィナちゃんが洗濯物からこっそり持って行こうとしてたのを皇子さまに返すべきですよ?って……焦ってたから持ってきちゃいました」 

 そんなアレなことを言われて良く見れば、おれが着た痕が無い新品だった

 

 「いやアナ。これ新品だぞ」

 「あれ、そうなんですか?アルヴィナちゃんがこっそり持ってたんですけど……」 

 「多分だけど、元々着てた奴の代わりとして用意したんだろう」

 つまりあれだ。元のおれの服を入手して代わりに同じ服の新品を置いていこうとしたところを見付かったと

 ……アルヴィナ、おれの服なんて欲しいのかそれ……?うん、女の子は良く分からない。いや違うな、女の子の使用した下着がそのまま欲しいとかそんな一部変な男性層含めてその趣味が理解できない

 「まあ、良いか」

 とりあえず、欲しいなら良い。不機嫌で無くなるならそれで十分だ

 

 「そういえば、皇子さま」

 持ち込んでおいたピンで何時もの服に切り取った袖を止めるアナを見ていると、不意に声が掛けられる

 

 「ん、どうかしたのかアナ?」 

 「えっとですね、わたしが聖歌を~っていうのは、お役に立てましたか?」

 「無かったら厳しかったな」

 「えへへ、良かったです」

 ふわりと雪のような笑みを浮かべる聖女様が、でもと言いながらこてんと小首を傾げた

 

 「わたし、皇子さまと比べたら全っ然にお話ししたことがありませんから自分の記憶違いなのかなーって悩んでたりするんですけど」

 言いながら少女は少年の脇腹に当てていた半透明のスライムを一部取ると白い掌の上に乗せる。と、その中に何かの姿が浮かび上がった

 

 それは、銀色の龍少女。右角が折れたラウドラの翼を持つ龍神

 「しゅりんがーらちゃん?がなんとなーくわたし達に教えてくれてたから聖歌を歌わないとって思ったりしたのは良いんですけど……

 あの子ってこんな外見でしたっけ?」 

 

 「……アーシュ?」

 その姿を見て、おれはぽつりとその名を呼ぶ。おれが贈った服をそのまま着ている。だから恐らくアナが見たのはシュリ、そのはずだ

 だが、アナが見せてくれた姿は紫色の小さな毒龍ではなく、腐った夢の中で出会った……まるでおれみたいで放っておけなかった少女、アーシュ=アルカヌムの姿をしていた




なお、最後があれ?となるのは仕様です。ゼノ君は既にアーシュと会っていますが、その話はまだ語っていないので……


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夢、或いは覚悟

「あーしゅ、ちゃん?それはしゅりんがーらちゃんとは別の子なんですか?」

 気持ち苦しさが寝顔から薄れた少年の頭をソファーの上に置かれたクッションに乗せて撫でてやりながら、銀髪聖女様がそう問い掛けてくる

 

 それに対しておれは、シュリとのキスの後、夜に見たあの夢を思い出して言葉を探る

 が、何というか……良く分からない、が本音だ

 

 「いや、どうなんだろうなあれは」

 「あれ、分からないんですか?」

 「ああ、今のおれってアルヴィナがずっと見てるように、シュリともリンクがある状況なんだけど」

 びくり、と少女の肩が震え、ルー姐が呆れたような目線を向けてくる

 

 「ゼノちゃんは本当に、さぁ……一回ルー姐の女の子の大事に仕方講座でも受けた方が良いよ?泣かせることばっかり得意になって、ルー姐悲しい」

 「泣かせるって」

 「だ、大丈夫ですから。わたしは気にしてませんから!」

 ぱたぱたとアナが手を振り、それを見たルー姐はほらね?とおれを責める

 

 「こうやって、我慢させて心のなかでは泣いてる子を作ってるんだよ。気にしないと駄目だよーゼノちゃん

 少しずつ泣くけれどちゃんと晴れ晴れとした気持ちになれるようずっと皆の面倒を見るでも、誰かに決めて一旦大泣きさせて気持ちを整理して貰うのでも良いけどさ?もっと大事にしないと」

 怒ったような言い回しだが軽く、少女(せいねん)はおれの肩をぽんぽんと叩く

 

 「特にゼノちゃんみたいなのはさ、女の子を泣かせやすいからね。早めにどっちかに覚悟決めるんだよ?

 泣き腫らしたままの女の子を沢山産んだら、ルー姐本気で怒るから。それこそ魂の逝く所にだって向かってゼノちゃん殴るよ」

 ……いや、そこまで言われなくても死ぬ気はもう無い。最期まで足掻ききる

 代わりに死ねたら、って想いはまだ燻ってはいる。いるけれど……

 

 ぐっと腹の前で右手を握る。其処にガントレット状にパーツが結集し、何処か龍爪のように結晶が伸びる

 

 「大丈夫だよルー姐。この手でなければ伸ばせないものがある。こんな命でも、捨てたら届かなくなるものが多すぎる」

 シュリにも、そして……母狼や下門にアドラー達から託された想いの果てにも。この手しか届かない

 

 あの時おれは桜理に手を伸ばした。そして届かせられなかった。桜理はそれでも伸ばした事に意味を見出だしてくれたが、結局届いてないのは変わりが無い

 おれは他の真性異言と違って、前世の記憶の有無で性格なんて変わらない。だから……この手を『今度こそ』とより強く伸ばせるように、獅童三千矢としての記憶の火を継いだ。今ならそう思える

 

 夢を見ていた。死んでいった妹達に責められる、おれの妄想が産んだ夢だった

 夢を見た。かつての世界の人々に穢さる、今も妄想に囚われているおれみたいな少女の見続ける夢だった

 

 現実に、恐らくはシュリの中に見付けたあの銀龍を見て心の中が整理できた。故に今、ちょっと場違いだけど言えるだろう

 ごめん、ずっと願いを無視した上におれの呪いの言い訳に使っていて。でも、君の思いも背負っていくから。だから……

  

 「いってきます、万四路(ましろ)

 ぽつりと、そう呟く

 

 「皇子さま?」

 「ごめん、独り言だよ、アナ。君がずっと信じてくれていたから、ちょっと言いたくなったんだ」

 「……はい!」

 何だか嬉しそうに満面の笑みで返されて目をぱちくりさせる。いや、おれには筋が通ってもアナからしたら誰ですかそれで終わりそうなんだが……寝言で万四路の事でも言ってたのだろうか?

 

 「えへへ、皇子さま、自分を呪うのはもう良いんですか?」

 「呪ってる暇なんて無いよ。それに、呪っていたら伸ばせる手も伸ばせやしない」

 「はい!じゃ、今ならわたしの好きも」

 「いやそれは無理だ。それはそれとして、おれは忌み子だ。おれがどうとかそんなものは無関係に、単純明快な事実として呪い子で周囲から疎まれる奴は駄目だろ」

 だというのに、フラれた筈の聖女様は嬉しそうににっこりと笑みを浮かべ、くるくるとサイドテールを指に絡めた

 

 「えっへへ……」

 「嬉しそうだね、聖女様」

 「はい!だって皇子さま、今回は自分が悪いって言わなかったんですよ?

 わたしがどれだけ皇子さまを想っても、皇子さま自身の心の問題は解決してあげられません。でも……そうじゃなかったんです

 忌み子だから。周囲からそう扱われていて、実際に呪われているから。だから駄目だって。そんな風に貴方を縛る……大事な人を傷付ける外部要因とだったら、女の子は幾らでも戦えちゃいますから」

 きゅっと豊かな胸の前で少女が手を握り、腕の神から与えられた腕輪が煌めく。正に聖女という絵面だが……

 言ってるのおれへの告白に近いんだよなぁ……それで良いのか乙女ゲーヒロイン

 

 それが普通じゃん!?自分を攻略対象外だとでも思ってたのゼノ君!?と脳内でリリーナ嬢に突っ込まれた気がして、まあそれもそうかもしれないと諦める

 

 「うんうん」

 「いやルー姐まで」

 「いやいや、同じ気持ちだからねー

 もう流石に目の前のほんの少しの何かの為に全部投げ捨てそうな危うさは無い。良い目になったねゼノちゃん、ルー姐嬉しいよ」

 「そんな風に思われてたのか……」

 「ゼノちゃんがあの四天王の影と戦う時とか、心配すぎてこっそり見てようかと思ったくらい」 

 いや心配され過ぎだろおれ!?どれだけ信用無いんだと言いたいが、まあ仕方ない気もするので黙っておく

 

 「それで、話は戻りますけど、そのあーしゅちゃん?はどんな子なんですか?」

 言われて言葉を探る。いや、夢で会ったけど、何というべきか……

 「おれみたいな奴だよ」

 結果、出たのはそんなどうなんだこれという言葉 

 「つまり、皆想いですっごく優しい女の子なんですね?」

 「いや違うが!?」

 違わない気がするがつい否定してしまう

 

 「アーシュは割とそんな感じだが、どうしておれみたいという単語からそんな性格が連想されるんだ!?」

 「え、皇子さまと言えば誰彼構わずにとりあえず手を伸ばす、愚直で優しすぎて簡単に騙せる、助けたくなっちゃって仕方ないお馬鹿さん……ですよね?」

 「いや割と口が悪いし屑だぞおれ」

 「悪い人は自分を屑と呼びませんよ皇子さま?」 

 うん、何か言うと変なカウンター飛んできて少し怖いんだが。これが敵からのカウンターなら死んでるな、反撃しにくい

 

 「それで、その子は……夢で会ったんですか?

 どんな夢で」

 「多分昔、シュリの故郷の世界で……自分の分身が首を絞められながら言葉に出来ないおぞましいものを舐めさせられているのを怯えながら見ていたよ」

 その気になれば瞬殺出来たろう力の差を必死に抑え込んで、傷付けないために傷つけられるに任せていた

 

 「やっぱり皇子さまみたいな子なんですね……

 それで、その子としゅりんがーらちゃんは」

 「多分アーシュの未来の姿、流石に人類に絶望しきったのがアージュ=ドゥーハ=アーカヌム、つまりシュリだとおれは思うんだが……」

 言いつつおれは肩を竦めた

 「その割にはじゃあ今のシュリの姿がアーシュ時代に戻ってるのは何でなんだ?って事は分からない」

 いや本気で何故なんだ?考えても答えは出ない

 

 というか、夢の中で見ただけでも、あのアーシュってシュリより遥かに強いんだよな。ぱっと見だけど、三人に分裂してる今の力と同じなのか違うのか分からない何かで分身を産み出して素のユーゴくらいの男に弄ばれていたけど……少しでも本気で拒絶して強く頭を振ってしまえばあの男は血煙になっていたろう。腰周辺とかミンチすら残らなかったに違いない

 その頃のスペックに戻った……のだろうか?いやそうなると寧ろ怖すぎるんだがな

 

 「皇子さまにも分からないんですか?」

 「ああ。今分かるのは少なくとも今回は敵に回る気は無いって事くらいだよ」

 言いつつ、おれはもう良いかと立ち上がる

 

 正直、あまり留まりすぎるのも良くないだろう 

 「そうなんですか?」

 「さっき言ったリンクで全部おれの思考は筒抜けだからな。敵ならとっくにこの部屋に居るとバレて踏み込まれてるよ」

 「あ……」

 が、長居し過ぎればシュリ関係なくバレる

 

 「じゃあ、アナ、ルー姐

 休ませてくれて助かった。行ってくる!」

 新調した服のポケットで鍵を握りしめて、おれはそう叫んだ



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移動、或いは予想外の参戦

「よし、行くか!」

 気合いを入れ、タイミングを見計らって窓から飛び出す

 そしてバレるように、わざと壁面を滑り降りながら下の階の窓を蹴破って外部へと跳躍、くるっと空中で前転して着地。ぱらぱらと虫素材の窓の破片が降り注ぎ、一瞬誤魔化せるだろう

 

 その実外から蹴ったからガラス……じゃないが窓の破片が室内に多く落ちてしまっていて割って飛び出したって誤魔化しは難しいだろうが……

 

 どたばたと走る影が廊下に見える

 「外から部屋に飛び込んで……む、音でバレたと知って外に逃げ帰ったかの?」

 そのまま反対の背の低い建物の屋根の返し?の部分に飛び上がると両手両足を引っ掛けてたまに降る雪が屋根からずり落ちた際に窓や扉を塞がないようにと作られたその出っ張ったスペースに身を潜める

 そうして少し見ていれば、わざとらしく大きめの声でシュリがそんな事を言っているのが聞こえてきた

 ……あれだな、いい加減建物中に入るために蹴破ったが外に逃げたとして、おれが更に上の貴賓室に居た事を誤魔化そうとした意図に乗ってくれてるのだろう

 

 「……すまぬの、わざわざエルフの森から出てきて、即座にこんな騒動じゃ」 

 その言葉にぴくりと肩を跳ねさせてより耳を澄ます

 エルフ、か。此処で言葉を返す相手はおれの考えでは二択だ

 一人は勿論の琴だがノア姫。ああ言って自分の懸念を晴らす為に別行動したが、結局心配で来てくれたパターン。これなら安心できる。プライドの塊みたいなノア姫だが、流石にエルフの纏め役を名乗ってるだけあっておれみたいな不敬な態度は取らないだろう。相応に穏便に立ち回ってくれる筈だ

 

 そして、もうひとつの可能性が……

 「……此方こそ申し訳ないと思うよ。エルフといっても咎、女神に寵愛された本来のエルフからはつまはじきにされる鼻摘み者。だからこうして、気楽に手助けしに来れるという話でもあるのだがね」

 ……そう、か。とおれは内心で呟く

 

 そう、彼が来てる可能性はほんの少し考えていた。サルース・ミュルクヴィズ、おれの父の友人にしてノア姫やウィズや会ったことは確か無いリリーナ・ミュルクヴィズの兄。雪のような白い肌が多いエルフの中では珍しい、女神様からの加護を喪った証とされる濃いめの褐色の肌。転生者なら人によってはダークエルフだ!と逆に興奮しそうな、優しげな雰囲気のエルフの青年……いや男性だ

 

 「それに、貴女はこの教会の者では無いのでしょう?明らかに纏う衣が異質だ」

 「最近献上された儂の宝物じゃよ。儂自身は確かにそう深くこの世界の神に仕えておる訳ではないが、神々の使徒はのんびりさんじゃからの。代わりもせねばならぬという訳じゃ」

 困ったものじゃな、教王殿はとシュリが茶化すのが聞こえるが、それは割とどうでも良い。気になるのは、サルースさんの動向だ。変なことやらかさないと良いんだが……

 

 「ま、儂自身割と慣れておるからの。どうにも儂でない儂はがさつで考え無し、計画を立てるのが苦手じゃし……」

 「おや、複数人居るのかい?」

 「ま、姉妹の絆という奴じゃよ。そんなことは良かろ?

 少し乱入騒ぎ等も起きておって大変な時期じゃ、聖教国としてもあまりお主に人手を回せぬ、勘弁してはくれんかの?」

 「妹なら文句を沢山言ったろうけどね。残念ながらエルフとはいえ咎、そこまで言わないさ」

 

 うーん、ノア姫は寧ろこの場合文句一つ言わなくないか?

 ノア姫、無礼だと分かってる相手に無礼な扱いをされても「礼儀を求めてあげる価値もないわ」とか言いそうな気がする。おれに対して散々色々言ってくるのは、期待を込めて「貴方なら直せるでしょう?」と教えてくれてるのだから

 関係性の差か、見方が違うな……いや会ったことがない方の妹、リリーナの事かもしれないけどさ

 

 なんて思いながら、身を潜める。スペースはあるが、あまり人が入る事を想定していないからそうそうバレはしないだろう。だが、何よりの不安はサルースさんだ

 

 「ああ、気にしなくて良いよ。気になってるかもしれないけれど、友人と妹が頑張っているのになにもしない気はなくて、それで駆けつけただけだから

 勿論、世界を守るために、七大天を信仰する者達に手を貸しに来たって事」

 何というか玉虫色な言葉が耳に届く。聞く人が聞けばおれ達を手助けに来たと聞こえるだろう。それ以外にとっては聖教国……つまりは今はユーゴの味方、みたいに聞こえるはずだ

 少なくともシュリの味方ではないって台詞にはなるが、そもそもシュリ側も世界を滅ぼすゼロオメガであると隠してるからな、怒ることもないだろう

 

 と、ばたばたとした幾つもの足音が聞こえてくる。流石に窓際で話してたらシュリ達以外も来るのだろう

 

 「……奴は!崩壊をもたらす悪夢は!」

 ……と、何だか聞き覚えがある声が響いてきた。誰だったか……

 「む、お主は……クリスと言ったかの?」

 そんなやりとりを聴きながら、おれはもう潮時かと少しずつ移動を重ねていく。屋根の出っ張りは建物をほぼ一周している。隠れたまま……直角に曲がるのは無理でも端までは行ける

 

 というか、クリスか。確かユーゴに付き従っていた帝国騎士だっけ?今はもう元だけど、やっぱりあの人もユーゴに付いて行ったのか

 というか、この時点である程度勢力図が分かる

 

 一つ、アステール達を想いユーゴに対してはあまり従いたくない派。これは白上星(ディオ)達だろう。恐らくだが、兄もこの派閥の為に命を懸けた筈だ

 二つ、竜騎士団等の嫌々だが従うしかない派。消極的だが彼等は味方をしてくれないだろう。ユーゴ達のために全力って訳もないと思うから、そこはおれ達があまり彼等が動かないといけない事態を起こさないように頑張ろう

 そして三つ目。あの騎士クリスやメイドのユーリ達、心からのユーゴ派。完全な敵だ

 ついでに一応第四勢力としてシュリが居るんだが、今回は完全におれ達側だと信じよう。こっそり誰か幹部を連れてきていたりしたらその限りではないが……

 

 「あやつか?向こうに逃げてしまったよ

 ま、実はこの辺りにあやつの仲間が居るのでな、合流されなかっただけ、有り難い事じゃが。まっこと、逃げ足は立派よな」

 と、そんなシュリの言葉に合わせて端から飛び出して着地。そのまま地を駆ける

 ちょうどシュリは反対方向を指差してくれていたようで、見つかることなく隠れ場を去ることが出来た

 

 そうして少し。おれは簡素な扉の前に立っていた。いや、正確にはその部屋の前の天井にぶら下がる豪勢なシャンデリアの上に張り付いていた

 

 うん、シャンデリアは光魔法で照らしてるのではなく魔力を通して輝かせるタイプで天井裏に魔力配線を通すために隙間があって助かった。シャンデリア関連で天井に元々外してたろう隙間もあったしな、簡単に動けた

 後は……と隙をみて飛び降り、鍵を差し込む

 アステールの部屋は知ってた。訪ねてきてもいいよーとわざわざ地図と鍵と貰ったからな。あの時は返してしまったが、今思えば回収しておけば……その分アナ達が不安か、一長一短、今の現状が実は最優かもな?

 

 くるりと鍵を回せば軽く魔力が走るが、獣人やおれみたいに素で魔力を扱えない人間の魔力に合わせて鍵の形状は変わらない。アステールが持った時と同じくスルッと鍵は動き、錠が外れる

 

 そのままおれは薄暗い少女の部屋へと潜り込んで、鍵を中からかけて一息吐いた



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侵入、或いは少女の秘密

するりと中に入れば、ふわりと薫るのは花の香り……なんて事はない。生活感の無い桃色の部屋がおれを出迎える

 

 いや、別にがらんとしている訳ではない。ちゃんとベッドもテーブルも本棚もなにもかもあるし、床には元々ベッドの横の小さな机の上に置かれていたんだろうなぁ……と分かる首の取れたデフォルメされた白い服の少年らしきぬいぐるみが首が半ば取れた状態で転がっている。腐ってはないが何だか魚介っぽい?変な匂いまでする

 うん、このぬいぐるみとか手製だし、元々一人の女の子が暮らしていた痕跡は沢山あるのだ。白服のぬいぐるみが変にちっこい二股尾の狐のぬいぐるみを抱いてるのが何だか笑えてくるが、まあそこはアステールの好みとして置いておこう

 

 だが、自棄に生活感がないのは、恐らく部屋の主が最近は一切部屋に帰っていないから、なのだろう。そう、さっきのぬいぐるみとかは位置的にかなり大事にされていたろうに、床に落ちたまま放置。そして少しだが埃まで被っている。普通あり得ない

 

 いや、まあ、こうなるのは分かっていたとはいえ……と思いながら奥歯を噛む

 そうだ、どうにか出来たんだろう?何処で何をすれば良かった?何をおれは間違えた?

 

 そうして自分を責めたくなるが、つぶらなバッテンで縫われたたぶんおれを模したろう白い衣のぬいぐるみの視線がそれを止めてくれる 

 

 そうしてアステールが何だかんだ割と好いていた桃色の部屋の中で立ち尽くせば、扉の鍵が蠢く音が耳に響く。おれが回した時はすんなり開いたが、何だか引っ掛かるような音を立ててゆっくり鍵が回る

 

 ちっ!と思いながら、おれはこっちの方がアステールらしいと思ってしまう長らく使われていないだろうぴっちり整理された白い枕に青い色の掛け布団のベッドの下へと飛び込んだ

 

 そうして息を潜めれば、豪奢な靴がベッド下の隙間から見てとれる。うーん、豪華だ。おれが良く履いてるのは鉄芯を入れた高下駄やシンプルな魔物素材なんだが、それとは比べ物にならない高級品だろう。宝石なんて各所に散りばめてるのは高いに決まってる

 リリーナ嬢に贈ったドレス用の靴とかはつま先付近を彩るように桃色の石を一個あしらっているし、実はそれがリアクティブアーマーみたいに魔法反応で炸裂して一瞬バリアになる機能とか付けてるが、これはそういうのじゃない。というか、起動したそうした防壁石って近くに密集させると互いの存在に反応して炸裂するから、これは単なる宝石でマジの成金趣味だ

 

 「ま、ステラの部屋に入れるわけ無いか。鍵どうやって得たんだって話だ」

 聞こえてくるのはそんなのほほんとしたユーゴの声。此処で仕留めれば終わるならどれだけ楽だろう。が、ぶっちゃけ此処で殺すのは簡単だが、どうせ蘇ってくるんだよなぁ……おかげで取れる手段が限定され過ぎる

 蘇った瞬間のリスキルは恐らく神の手によって対策されてる。つまり此処で首を跳ねても外で蘇生してアガートラームが飛んでくるんだよな。それさえなければ隙だらけのユーゴの事、アガートラームと対峙せず勝つのは難しくないんだが……

 

 何て思っていれば、ベッドの下でも分かる乱雑な歩みで少年は色々と漁っているようだった

 「ってか、ステラも何だよ、『何か隠してた気がするけど場所を覚えてないねぇ……』って。ふざけてんのか」

 と、その言葉で理解する。アステールが部屋に何かを用意していて、記憶が燃えてユーゴ側になってからおれ達の為に何か置いてたような……と伝えた。結果として今ユーゴがそれを探してるという訳だな。置いた時の記憶は燃えているから、具体的に何をどう置いていたかは分からないと

 

 とそれを理解して耳をそばだてていれば……青年はあまり探さずにおれが隠れるベッドの上に乗った。そして、暫く上でギシギシという音がしたかと思えば……

 気がつけば、何か白い液がポタポタと床に垂れるのが見えた。うん、汚ったねぇ……と愚痴りたくなるが我慢して相手の出方を伺う

 流石に相手はユーゴとはいえ、おれの存在に気がついていて、かつおれから仕掛けてこないだろうと見切った上で演技で隙を晒していた可能性はまあ十分ある。というか、その方が手強いがそうであって欲しいまである

 

 流石に見てたくはない。その想いを堪えて身を強張らせていれば、何かを探すような音が聞こえる。覗き込まれてもばれないように必死にベッド下部の枠組みに貼り付くが、すぐにユーゴの足は止まった

 

 「って、そんな重要なものが隠せるはずも無いか。来てからコフィンに入れるまで、なにか出来たのはほんの少しの時間だ。外にも出られないし、何が出来たってんだ

 ってかイカくせぇ!?後で掃除させるか?いやでもステラの部屋に他人を入れるのは」

 そんな事言ってるが当におれは侵入してるぞ?と内心で少しだけ馬鹿にしていれば、バタンと乱暴に扉を閉じて苛立った足音が遠ざかっていった

 

 で、だとベッドの下から這い出る

 うげ、白くてべったりしたアレが手に付いた。がまあ、後でそのぶんもユーゴをぶん殴ろう

 切り取られた元々汚れた袖だけのアレで手を拭い、改めて部屋を見る

 

 探れど気配はない。誰も来ていない。そう確認して、じっくりと今度は冷静に見回せば……

 違和感に気がついた。ベッド横の卓に何もない。ぬいぐるみが雑に落ちてる以上変に何かが持ち去られたってことは無いはずなのに、がらんとしている

 他は本当に連れ去られる寸前までのアステールの生活していた痕跡が埃を被っているのに変じゃないか?

 普通、ベッド横の卓って時計やベッドランプを置かないか?そうして夜本を読んだり、目覚ましをならしたりするのが役目のはず

 

 というか、だ。近付いてみれば本気で呆れた。良く良く見れば一部だけ四角く埃が積もっていない。此処に何かありますと言ってるようなものだろ、気が付いてなかったのかユーゴ

 

 敵ながら頭を抱えたくなりながら手を伸ばせば、透明な何かに手が当たる。魔道具の隠しボックスだな、たまに売ってるのを見るが高いし置き場を忘れると面倒だからおれは買わない

 が、基本的に開けるのは簡単だ。鍵は見えなくても手で簡単に開けられる奴だし、手探りで……と手を動かしてみれば、壊れた錠前に指先が触れた

 

 いや、これもうユーゴが見付けて中身見た奴か?その場合は中身に期待は出来ないが……と思いながらも一応開けてみれば、やはり中身は透明化の魔法が効かずに見える。外側に魔力を張り巡らせれば周囲に溶け込むステルス迷彩効果のある素材を使ってるって事だから、開ければ中身は見えて当然だけどな

 

 で、中身はといえば、一冊のノートか

 悪いと思いつつ取り出してみれば、すてらのーととあった。内容は……ほぼ夢日記。こうなったら良いなという未来を描いた、少女らしい妄想ノート。くるっとまるっこく小さくて、そして少し下手な文字列が、かなり昔のものであることを理解させてくれる

 そして捲っていけば……おーじさまと出会って恋に落ちるとか楽しげに妄想していた幼き日のアステールの書き物から、栞が挟まれた地点を越えるとがらっと趣が変わる

 とある点からはほぼネタ帳だな。魔神剣帝シリーズの基礎設定とか、こういうのどうだろうというアイデアの走り書きとか、大まかなストーリーを考えるためにアステールが書き留めていたのだろう様々なものが、本人さえ読めれば良いとでもいったように取り留めも纏まりもなく書き殴りされている

 

 うん、大事なものだけど、ユーゴにとって何も価値はないな。おれにとっても……特に何かの糸口にはなりそうも

 そう思いながら、ふと手帳を戻そうとして

 

 おれの指が、底に触れた

 

 っ!違う!この箱二重底だ!

 何で気が付かなかった!?

 

 いや違うと頭を振る

 寧ろだ、どうしてそこにあると気が付けないものを今おれは気が付けた?

 あると分かって良く良く観察すれば、その二重底構造に対してとても強く聖域魔法が掛けられているのを感じる。それで誰も気が付かなかったのだろう。元々隠された箱の中身が単なる乙女の秘密という事で、もうそれ以上を探ろうと思わない精神的な落とし穴もあったのだろう 

 そこまでされていて、何でおれが今気が付く?

 

 そう疑問を溢しながら二重底の蓋を開けられないか更に指を滑らせた瞬間、箱が輝いてフワッと何かが飛び出してきた

 

 『おー、隠しに気が付いた者よ。誰なのかなー?

 ステラのおーじさまでないことだけは確かだよねー。だって、おーじさまが心配しちゃうだろうから、ぜーったいにおーじさまにだけは見付からないようにって全力で聖域唱えたもんねぇ……』



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問い掛け、或いは遺書

「……これは」

 声と共にぽん!と姿を見せたのは半透明のふわふわした小動物。でっかい頭をした、大体2頭身のデフォルメ狐だ

 ちゃんと左右の目の色がアステールと同じだし、彼女が用意した魔法プログラムなのだろう

 

 『これはステラのかくしごとー。乙女のひみつを覗こうとするなんて、悪い人だよねぇ……

 おーじさまなら責任取って貰うけどー、絶対におーじさまじゃないしー』

 こてん、と首をかしげる狐。その周囲にふよふよと狐火が幾つか浮かぶ

 

 『爆発までーあとー』

 っ!何かあったら爆発して中身を隠滅できるようにしていたか!それだけ大事なものが入っているという話になる

 

 と、身構えるおれの前で、狐は楽しげに短いし間に関節もないぬいぐるみな足で器用にステップを踏んで尻尾を振った

 

 「踊りか?何を」

 『でも、有り得ないはずだけどもしも万が一おーじさまだったら困るよねぇ……

 だから、質問にこたえてねー?おーじさまなら、ステラが言って欲しい言葉がわかるはずだよねー?』

 楽しげな声に懐かしさを感じて手を握る。そうだ、本来のアステールって、こんな感じで……

 

 『ふっふふー、とっても簡単、これを間違えたらおーじさま失格ものだよー

 貴方は誰かなー?ステラのおーじさまかな?』

 耳をぴこっと動かして、半透明の狐がそう問い掛けてくる

 「おれはゼノ」

 『おやおやー?本当に、それは貴方のおなまえかなー?』

 恐らくだがあらかじめアステールがこの名を聞いたらと反応を設定していたのだろう。つまり、ここまでは相手の想定内。アステール的にも、ゼノまでは誰でも答えられるって分かってやってる

 ならば、後答えるべきは、多分他人からは言えないおれを示す名前。が、スカーレットゼノンとか名乗るわけにもいかないし

 

 と、ほんの少しの間悩むが、実は簡単に答えは出る。そう、彼女は最初に出会った時からその名を知っていた。即ち

 「ああ、そうだよアステール。おれはゼノで、獅童三千矢(しどうみちや)だ」

 前世のおれ、手をがむしゃらに伸ばして届かせられなかった頃の自分。求められるのはその名だろう

 

 『おやおやー?倭克の人かなー?ステラ、倭克出身で親しいのはせーやんしかいないよー?』

 その言葉に思わず間違えたか?と手を震わせるが、止めておく

 というか多分これ、アステールなりの手助けのつもりだ。せーやんというのは恐らく(せい)、つまりあのケモミミ騎士ディオの本名だ。彼を信じろとアステールも言っているのだろう

 

 『ほんとーにおーじさまなのかなー?疑わしいよねー?

 貴方はどういう人なのかな?』

 来た。これが本当の質問なのだろう

 

 間違えたら爆発だ。考えろ、おれ。目の前でふよふよしている狐を見ながら頭を巡らせる

 アステールは何を聞きたがっている?何と答えて欲しい?おれなら分かるって……逆に言えば、おれ以外の例えばユーゴならおれのふりをしていても絶対に答えられない何かって、何がある?

 

 というか、おれは何だ?何者だ?

 そう考えた瞬間、脳裏に閃くのはひとつの自称。が、これは口に出した事なんて

 いや、そうじゃない。口にしたことがなくとも、考えていた以上アステールに伝わるはずだ。だってその思考は全て、アステールの為に幼い頃から話しかけていたろう龍姫が読んでいたのだから!

 「アステール、おれは君に手を差し伸べるのが遅すぎた大馬鹿で、至らないところばかりで……

 それでも、多くの人から託された想いをさ、無駄にしたくなくて。嘆きの結晶の刀に、未来へ繋ぎたかった彼等の想いを共に乗せて足掻き続ける……『蒼き雷刃の真性異言(ゼノグラシア)』だよ。だから、君にもう一度手を伸ばす」

 『おおー』

 

 ぱちぱちと目を輝かせた狐が短い手をギリギリのところで何とか打ち合わせて拍手する

 『一言一句間違えずに当てる自信あったんだけどなー。結構違うねー

 おーじさま、何て言ってるのかなー?決まった単語に返せるようにしただけだから分かんないやー』

 気楽そうな声が響き、狐の姿がブレる

 『聞きたかったなぁ……』

 「何時か聞かせてあげるよ、直接」

 が、その言葉には何のトリガーワードも含まれていないからか反応を引き出すことは出来ず。狐は完全に姿を消した

 そうして残されるのは、二重底が完全に開いた箱のみ。中身を取り出せば、これもまた折り畳まれた紙であった

 紙?と思って取り出してみる。白く非常に上質なものだが、一部だけ水に濡れたようにたわんでいるな

 

 そうして裏……いや表返せば、とても簡潔な文字列が飛び込んできた。即ち、『遺書』だ

 

 漸く理解する。何故おれがこれを見付けられたのか、それは魔法で隠されていたからだ。だからアステールはあれだけおれには見付けられるわけがないと強弁していた

 おれに対して遺されたアステールの遺書。それを見たおれが何を思うか考えて、『おれの為に』、特におれに見付からない優しい魔法を掛けてあった

 

 だからこそ、見付けられた。おれの身の呪いが、おれの心を護るための隠蔽をおれの心を蝕む為に無効化したのだ

 いや完全に呪いを逆手に取られてんぞオイとなるが、そうしておれにしか見付けられないだろう二重底が完成して、此処に遺書がある

 少しの苦々しさと感心を胸に、おれは遺書と書かれた手紙を開いた

 

 『おーじさま、おーじさまがこの遺書を読んでいるって事は、ステラのために来てくれたんだねぇ……本当にありがとねー?

 でも、だとしたら多分ステラはもう、ユーゴ様のこふぃん?の中に居て、ほんとーにどーしようもなく敵になっちゃってるのかなー?おーじさまの事、忘れちゃってるのかなー?』

 そんな出だしから始まるのは、割と長いアステールの想いの発露。今や記憶が燃えて何処にも居ない、少女の最期の想いの丈

 それを黙々と、奥歯を噛み締めておれは読み進めた



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遺書、或いは切り札

楽しげに、語るような口調で書かれているのは、ほぼおれへの告白といっても良い文言の数々。なんでこんなものが遺書になってと思いながらも、おれはそれを読み進めていく

 

 何というか、しっかりしたように見えて、小説の原作までやって(ちなみに魔神剣帝シリーズの作者欄を良く見れば分かるんだが、原案:星野井上緒(アステール)であって文章は別のプロの人だ。アステールは大まかにキャラ設定と展開を考えていて、それを話に纏めてるのは別人。その人は……多分あの打ち切り感満載の終わり方に面食らうも押しきられて書いたんだろう)いて、それでも中身はあんまり変わってない。まだステラレタコと呼ばれていた頃の幼い女の子の夢日記と内容が乖離していない

 

 と、上質な紙が濡れてかたわんだ辺りに差し掛かれば、雰囲気が変わる

 『……おーじさま。ステラのだいすきな人。神様からアステールっておほしさまのお名前を貰ったステラの、真っ暗な空に光をくれた、ステラのステラのお星さま』

 ぽたぽたと落ちたろう涙で文字が最初から滲んでいる。泣きながら書いていたのだろう、その文章の読みにくさが書き手の心境を教えてくれる

 

 『そんな貴方の光が、キラキラと輝いていますように。ステラはずっと願っていたけど、限界みたい

 ほんとーは、誰かのためにステラから借金までするおーじさまの為に、ステラがずーっと保護してあげたいよねぇって思いで結婚したかったけど……それももう出来ないから

 

 おーじさま、ステラノヨイチシステムで貸したままのお金、返してね?』

 読んでていきなりの事にいや何でだよとツッコミを入れる。ヨウカでイチバイになる、つまり利子0という凄い金利の借金だったが……

 いやまあ、アステールが優しくおれの為だからと無利子で貸してくれるのを良いことに5年以上借りっぱなしのおれ自身今思えばどうかと思うが、機虹騎士団の運営費やLI-OHの維持改造費、孤児院の費用にと散々出費が嵩んでおれのポケットマネーじゃ足りなかったんだよな。お陰で今こんなこと……いや可笑しくないか?遺書で金返せって何だそれ。遺族に遺したいとかか

 

 『お互いに成人してから根回しして逃がさないーって、結婚しか無いよおーじさまって言いたかった分、あの沢山の借金の分、最期にステラにちゃんと返してくれるよね?』

 いや返す、返す気はあった。結婚は兎も角、世界を護りきって、機虹騎士団が役目を終えて規模縮小出来るようになって、ついでに孤児院の皆が自立できたら、後はレオン達の給料払っても金に余裕が出来るから返していこうと思っていた

 だが、ここで念押しするように言うということは、きっと返すとは単純に金の事ではなく……

 

 『だからおーじさま。ステラのお星さま。ちょっと酷いことだけど、あのお金の分で、依頼するね?

 「ステラを殺して」』

 ギリリと奥歯が軋む音が耳に届く。握りすぎた紙が握力だけで摩擦熱を起こし、火が点きかけて慌てて指で抑えて沈火する

 

 『あー、無理だーって思ったかな?やりたくないよーって感じてくれたのかな?

 ごめんね、おーじさま。ステラだってこんな言葉、書きたくないよ。でも、きっとおーじさまがこの遺書を読んでる時、ステラはおーじさまを嫌って、ユーゴさまの為に動いてるんだよね?神様が教えてくれたんだ。魂の柩に閉ざされた後のステラがどーなっちゃうのか』

 

 滲んだ涙よりも、荒れた文字が心境を更に伝えてくれる

 『勿論、おーじさまが今からステラに聞いたらどう答えるかは分からないよ?でも、それはもうステラじゃない。まっくらだったステラの未来を照らしてくれたお星さまの事を忘れちゃったのは、もう別人だから

 ステラ、これ以上おーじさまに迷惑をかけたくないから。貴方の光を翳らせることが無いように、これ以上貴方を傷つける前に、ステラをまだ貴方がアステールって呼んでくれる気になってるうちに……ステラを終わらせて欲しい』

 やるせない思いにかられ、手紙を思わず引き裂いてしまわぬように離した右手を虚空に向けて振り切る。力を込めすぎて衝撃波が壁を打ってしまい、ぱらぱらと破片を落とす。

 

 『うーん、困っちゃうよね?どーすればって思うよね?

 だいじょーぶ、最後の切り札は此処にある。ステラだって、無理なことおーじさまに頼んだりしないよー?』

 いや違う、倒せない……訳じゃない。死に物狂いで戦えばアガートラームとはいえ最早逆立ちしても勝てる可能性が無い相手じゃない。0.02%前後の勝率は多分ある、無理とまではいかない。寧ろ、問題は

 

 『それとも、敵になったステラでも、昔のステラの事があるから敵だと思いたくないって、考えてくれてるのかな?ステラを殺したくないって、悩んでくれちゃうのかな?

 ありがとね、おーじさま。そしてごめんね?

 

 でも、ステラもそれは同じこと。ステラね、例え記憶が消えちゃっても、その時には別の思いに置き換わっていても。それでも絶対に、もう大事な人を傷付けたくない、殺したくないんだ』

 

 ただ、読み進める。最早何も考えない。考えたらこの手紙を引き裂いてしまう

 

 『だからね、おーじさまも辛く思って欲しい気持ちもあるし、本当は言いたくないけどね?お願いだから、無理はせずにステラを終わらせてね。まだ貴方を酷く傷付けない昔のアステールへの想いが、残ってるうちに』

 

 口調は明るい、遺してる文字からは空元気が伝わってくる

 

 『そんなおーじさまに、ステラから最後のプレゼント。実はーアガートラームを止める方法があるんだよー

 あー、変なこと考えちゃったかなー?せーかくには、コフィンをきょーせーかいほう?して暫く動けなくすることが出来るんだー』

 

 その文にほんの少しの希望を感じる。コフィンを開放するということは

 

 『おーじさま、きょーせーかいほうっていうのは、ステラを助ける為じゃないよ?

 ほんとーは何とかしてコフィンから外に出してあげる手段を見付けた後に助け出すためのものだったらしいけどー、結局彼等はそれを発見することは無かった。

 だからね、このコマンドはこれ以上苦しめる前に、全てが消えていって壊れきってしまう前に、愛する人を葬る為のもの

 

 。コフィンの中は魂の力を燃料にする為にトロットロ。外に出したら壊死して崩れちゃうからー、助けよーとか無理しないでね?おーじさまには、絶望とか似合わないよ?』

 

 奥歯の先が折れる。情けない、こんな言葉を、遺書を書かせる事が情けない!

 

 『そうそー、そんなふーなステラはもう死んでるから、終わらせることが救い

 だからおーじさまは、アガートラームと対峙したらこー言ってね?「ポーホロヌィY10-14B……さようなら、ステラ」って。前のコマンドで機能がonになって、後半でコフィン強制解放。だから前と後ろは少し間を開けてもおっけー!

 でも、気がつかれないよーに出来たら一気に言ってねー?』

 

 視界が滲む。読みにくいそれを、使命感だけでずっと読み続ける。

 

 『えへへ、これで全部。あんまり長いと、ユーゴさまが何してるんだーって来てバレちゃうからね

 だからごめんね、おーじさま。さようなら、有り難う。ステラの……わたし、アステールの明日を照らしたお星さま。くやしーけど、貴方の事は、結婚はもう極光の聖女にお任せするしかないかなー?

 ちゃんと、ステラを助けて……殺してね?

 貴方の目指す明日に陰りが無いことを。魂が燃えたら神様の御元にすら辿り着けないけれど、どうなろうがずっと祈っています』

 

 「…………こんの、アホテール……っ!」

 最後まで読みきって、何とか絞り出せたのはただその一言だけだった

 

 「覚悟なんて出来てないんだろ、なら!なら……

 こんなの書くなよ」

 すっと指でなぞるのは、最後付近のたった一行。ほんの少しだけ漏れた本音

 

 書き直しているし、予防線も貼っている。だが、思わず漏れてしまったその言葉を、見逃す筈もない

 「素直に言ってくれよ、ステラを助けてって!似合ってないんだよ、この馬鹿!アホテール!」



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切り札、或いは祈りの光明

遺書を握り潰し、顔を落とせば……おれの影が揺れている

 

 「シロノワール?」

 そう呼んでみたら、今は居ない筈の烏が不意に顔を出した

 「っお前本当にシロノワールか?」

 何者かが化けているのかもしれない、そう思いおれはもうくしゃくしゃになった遺書を握りしめたまま拳を静かに構えるが、八咫烏は動じずに翼を打ち振るった

 

 「その通りだ、疑うか、貴様等の死を」

 あ、これシロノワールだ。おれは基本ずっと彼をシロノワールと呼んでいるし、彼もテネーブルとしての本性を顕にすることはあまりない。だからテネーブルらしい言い回しをしてるならまず本人……本鳥?だ

 

 「いや、リリーナ嬢のところに残ったんじゃなかったか?」

 「王子がきっと困ってるとアルヴィナに言われて来ただけだ」

 「というか、魔神絡みのものには引っ掛からなかったのか」

 「魂だけの姿ならばな。実体を持って活動すれば忌々しいこの空気に混ざった魔法に当てられるだろうな」

 と、八咫烏は軽く頭を振った

 

 「で、何をそう苦悩している」

 静かな言葉

 「分かるだろう、アステールをどうやって助ければ良い」 

 と、バシリとおれの額が(はた)かれた。見れば、人間っぽいいつもの姿になったシロノワールがその翼でおれを打ったのだが……すり抜けてダメージはない 

 「そんなことか。やはり阿呆か、人類」 

 「いや、真剣に」

 「アルヴィナが私を頼るわけだ。そんな体たらくでアルヴィナを娶れるとでも思うか?もっとしっかりしろ貴様、呆れて物も言えなくなる」

 呆れたように翼を閉じる魔神王。まるで正解を知ってるようだが、おれには到底思い付かない

 

 「いや待ってくれシロノワール、どうやれば」

 「それは貴様が一番知っているだろう?といっても、私自身も救いだし方は知らんが、どうせ貴様等の事だ。想いの奇跡でも何でも起こして魅せるのだろう?」

 「その想いを!燃やされた今のアステールは抱けない、だから!」

 静かな混沌の瞳がおれを射抜く。不機嫌そうに腕を組んだ魔神王が魂だけの姿でおれを蹴る

 

 「阿呆。貴様はその回答を当に知っている筈だ。何を眼を曇らせている。見捨てて欲しいか

 貴様自身が言っていたろう。『無意識におれを手助けしている』と」

 「だからって」

 

 完全に呆れた顔のシロノワールが蔑むように肩を竦めた

 「(まこと)に阿呆であったか。あまり私を失望させるな、アルヴィナの為とはいえ、殺意を抑えきれなくなる

 見たろうが、心の奥の真の願いを引き出す術を。其をもって産まれた怒れる鋼の戦士を」

 その言葉にひとつの物に思い至る

 そう、心毒である……が

 「アマルガム?だがあんな欲望に狂い果てる猛毒なんて、幾らなんでもアステールに向けて」

 とその時、夢を思い出した。おれが見たあの夢では、アーシュはこれ以上毒性を強めたら願いで苦しむんじゃよと泣いていたっけ。あくまでも勇気を持って……一方踏み出せない夢のために行動できるように、勇気と力が湧いてくるそんな優しい毒を、夢に狂い苦しむ精神暴走の毒にまで濃くしないでと叫んでいた

 結局、夢の中ではおれが間に入ったけど、現実にはおれは居ない。あれがシュリの過去の話ならば、仕方なくあの子は毒性を強め、結果的に出来上がったのが今のイアン達を狂わせた心毒アマルガム

 

 と、すれば……

 「そうか、毒性の弱い本来のアマルガムなら、アステールの精神を暴走狂化させることなく、心の奥に未だに残ってる願いを増幅させられるかもしれない」

 『「はい、それさえ出来たなら……」』

 と、聞こえてくるのはそんな鈴の鳴るような透き通った声

 

 「っ、アナ!?」

 『「ごめんなさい皇子さま、心配しすぎて水鏡で少し前から独り言聞いちゃってました」』

 言われて取り出せば、確かに持ち運べる透明な水筒の水面に少女の姿が映されている

 

 『「でも、言いたいことは本当です。神様の奇跡は本当に頑張って、それでも後は祈ることしか出来ない、そんな人にこそ与えられるもの……っていうのが、七天教です

 奇跡は祈れば起こるものじゃなくて、必死に人間に出来ることをやりきってから祈ってこそです。だから、アステールちゃんが祈ってくれないときっとわたしの奇跡……与えられた腕輪の力も何にもお役に立てませんけど」』

 キリリとした顔で、真剣な眼差しで少女は水鏡越しにおれを見つめる

 

 『「アステールちゃんがあれだけ頑張って皇子さまの為に切り札を遺したんです。その切り札を使って、皇子さま達が必死にそこまで繋いで……そこで助けてって伸ばされた手を、掴ませてあげられないならわたしは聖女失格ですし、神様だって神様失格ですよ?

 皇子さま。皇子さまがぼんやり読んでましたけど、こふぃん?の外に出したら元々体が魂に干渉できるように崩れてるから壊れて腐ってしまうんですよね?だから、二度と出られないんですよね?

 奇跡なら起こします。大切な友達すら助けられないなら聖女なんて言えませんから。わたしと、この聖女さまの力をわたしに貸してくれる腕輪の力で!その状態異常、治してみせます!

 それが、貴方が、リリーナちゃんが言っていた極光の聖女の力ですから!」』

 あまりに強く言われて思わず面食らい、反応が遅れる 

 

 だが……一理、あるかもしれない。あくまでもAGXの話は、意味不明の進歩を遂げていてかつファンタジーな敵と戦っていたとはいえ、基礎は現代地球ベースのはずだ。技術体系に魔法なんて奇跡の力は当然組み込まれていない

 だからこそ助ける手段が無かったとして、この世界には治癒の魔法がある!体がもうまともに外気に耐えられる状態じゃない、謂わばドロドロに溶けた姿だとして……それでも生きているなら!そこから魔法で治せる可能性はある!

 

 もう迷うな!賭けで良い!どうせ失敗しようが、手がなかったのと同じ!希望があるなら、可能性は低くても構わない!

 「アナ!」

 『「はいっ!」』

 「仕掛ける時までに君に七天の息吹を何とかして託す!おれがアステールをコフィンから救いだしたなら、即座に奇跡を信じて使ってくれ、頼む!」

 『「任せてください皇子さま、きっとアステールちゃんを助けますから」』

 「ああ!だから……危険なんで少し水鏡は切っててくれ」 

 そう言えば、割とすぐに少女の姿は水面から消失した 

 

 が、これで良い。少しは希望が見えた

 「有り難う、シロノワール」

 「知らん、礼など要らん

 そもそも、私に言われるまでもなく気がついていろ、滅ぼす際に抵抗すら出来なさそうで興醒めだ。私達を封じた人類共はここまで墜ちたか、とな」

 言い方きつく、八咫烏は烏に戻るとおれの影へと飛び込んでいく。が、もう流石に分かる。言い方キツいのは割とツンデレというか、馴れ合う気はないって自分に言い聞かせてるからか当たりが強くなってるんだよな、多分

 「……ああ、でも助かった」

 

 言っておれは、おれがうっかり少し砕いてしまった壁に向けて視線を向け、それを更に上げた

 

 「……で、だ。いい加減出てきたらどうだ、ディオ?

 さっきから気配がした。居るのは知っているぞ?それとも……ユーゴに伝えに行くか?」

 もしも彼が敵に回ることがあればとばかりに構えて威圧する。味方なら素直に隠しから出てくるだろうし、敵なら逃げようとするだろう。天井裏に現れたろう相手におれは静かな視線を向けて……

 

 「やはり、アステール様の皇子殿下は見抜いていらっしゃったか

 すみませんが、流石に教皇様の娘の部屋に天井裏からの侵入は……ということで、天井の隠し扉も部屋の内から施錠されているのです。本来は少し前に出ていきたかったのですが……」

 雰囲気ぶち壊しの真実におれは思わず右手を額に当てた



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騎士、或いは行動指針

良く良く天井を見れば確かに鍵穴がある。恐らくは入り口と同じ鍵だろう、飛び上がって同じ鍵で錠を開けてやれば、暫くして素直に白い騎士が姿を見せた。兜までしっかり被っていて完璧だな

 

 「此処へ向かう道こそ教えて貰ってはいたものの、アステール様からはおーじさま以外を寝室に入れたら浮気だよねぇとずっと」

 「んまあ、それは分かる」

 うんうんと頷くおれ。割とその辺りの貞操しっかりしてそうだよな、アステール。いやおれは良いのか……良いんだろうなぁ……してもいない既成事実を言い出すだけで

 

 「でだ、大半おれ達について、知られては不味い湖とを明かしてみた訳だが、お前はどうする、ディオ団長?いや、白上星?」

 「此処で死ぬか?」

 と、姿を見せるシロノワール。グングニルまでさらっと構えて実にノリノリだ

 「その答えは決まっていますよ、我らが明星。全ては我等を掬い上げ身を案じてくださったアステール様の為に。あの方が最後まで信じ続け、希望を託した貴方を、我等が信じずしてどうします?」

 兜の下でも分かる曇り無き瞳でそう告げられて思わず眼をしばたかせる

 

 うん、アステールにもそこまで思ってくれる味方が出来てたんだな……とほっこりもするが、それよりも何というか、覚悟決まってるなこいつらって印象が先に出る

 

 「というか、明星って何だ明星って」

 ルシファーか何かかおれは?

 と思ったがそこで思い出す。確か前世で始水が言ってたが、甕星とは確か金星(きんせい)だ。そして金星始水(かなほししすい)=龍姫の本名は天雨甕星(あめのみかぼし)、金星に由来する名で……明けの明星(ルシフェル)とかも同じく金星を大体意味する言葉が元だ。ってことは、おれと始水の関係が深いことを前提として、アステールがおれをその縁から明星扱いしていてそれが伝播したのか

 いや分かりにくいぞアステール!?というかおれは太陽じゃなくて金星なのか!?と言いたくなるが、そもそも太陽みたいな存在になれてる気もしないので置いておく

 

 「そうか、裏切った時は」

 「あの方を裏切るくらいならば、この命は貞蔵様達に護られること無く散っていた方が良かった」

 「そ、そうか……」

 いや、覚悟決まりすぎてないか?躊躇無く命を懸けてくれそうというか、何というか……こんな相手まで居てもおーじさまはおれなのかアステール!?

 

 何だろう、脳内で総ツッコミを受けた気がする。そう、『儂に対して、大概似たような態度じゃったよ?』とかそんな感じで……

 良く良く考えれば後先考えず始水と契約していたっぽいし、後先気にせずシュリの眷属化したし、命を簡単に懸けてるのおれもか?まあ、どれだけ冷静になって考え直そうがあの時の選択が間違っていたとは一切思わないが

 

 「ならば、共に」

 「ええ、アステール様の皇子殿下」

 「いやその長ったらしい呼び方は止めてくれ。ゼノで良いディオ団長

 これまでもこれからも、おれたちはこの国を、アステール達を救うために、護るために肩を並べる仲間だろ?」

 そんなおれの問いに、兜を取って獣の耳をさらけ出した青年騎士は強く同意の笑みを浮かべて膝を折った

 「イエス、カイザー」

 「いやまておれ皇帝じゃないし多分継承する事無いぞ?」

 「失礼、何と返すか悩んで……」

 「ははっ、よく考えたら騎士の礼とか一切されたこと無いからおれもどう言えば良いのか良く分からないな」

 「その時はこう告げよ。イエス、我が先導者(マイヴァンガード)とな」

 「イエス、マイヴァンガード」

 「いやディオ団長、言わなくて良い言わなくて良い。シロノワールの冗談だから」

 影から顔だけ出した八咫烏の冗談におれはぱたぱたと手を振って律儀に従う青年騎士を止める

 

 「というか、彼は一体?」

 「共通の敵たる真性異言(ゼノグラシア)、所謂異世界転生者を世界から追い払う為に一時的に手を組んでいる……」

 「魔神王、シロノワール・ブランシュだ。この名を聞いた時点で貴様は我が黒翼に呪われた。私の名を(みだ)りに語り洩らす事あれば死の裁きが魂を引き裂き闇へ誘うだろう。心して生きよ」

 と、影から人姿の全身を出して翼を拡げ威圧するシロノワールだが……いやそんな魔法かけてなくないか?単なる嘘の脅しだなこれ。ついでにテネーブルを名乗っていない、これで割と他に聞いてた奴が居たとして転生者か判別が付くって話だろう。普通は聖女伝説にある魔神王アートルムしか知らない。だからシロノワールが魔神王ならば=テネーブルとなるのは転生者だ

 

 「ま、魔神王……」

 「この世界は、スノウが欲した太陽は我等が手に。転生者共になど渡すものか。こやつらとの決着は、蹂躙はその後だ」

 「……ヴァンガード、どう返せば」

 「だからその呼び方は止めてくれ。ゼノで良い。あと、シロノワールはまあ今は味方だからとりあえず変に敵視しなければ良い」

 

 一息置いて、おれはこの地ではおれより馴染んでいる亜人騎士へと切り出す

 「さて、これからどうするかだが」

 「ゼノ皇子殿下。その点は此方が」

 「いや何が出来る?」

 「とりあえず、とある他人のフリをすれば自由行動は確保できるかと」

 その言葉に思わず眼を見開く

 

 「いや待てどうやって」

 「少し前から、アステール様の為に来ると信じていました。ですので、貴方が来た時に相応の行動が取れるように、貴方の立場を用意しています。下位の騎士であるがゆえに、少し無礼をお許し戴きたいのですが」

 「待て、本当に待て!おれの為に誰かそれっぽい新米を演じていたとして、その当人は」

 「貴方のフリをしてかのユーゴに処刑されます」

 「止めろ!そんなことを」

 「彼自身、残り少ない命。耳を案じてくださった貴方の為に使うことに異論は無いそうです」

 その言葉で誰がその役か理解する。前に聖教国に来た時に轢かれかけていた彼だろう。成長したおれのフリは……厳しいがまあ体格としてはそこまで可笑しくはないのか?

 

 「馬鹿野郎、そんなに自分を捨てて……っ」

 が、止められない。この場に居ない時点で、最早おれが止められる状況じゃない

 だからせめて、あの彼の想いを背負う。それくらいしか、おれには出来ないから

 

 「……ゼノ殿下、これから」

 問われる言葉に少しの間眼を閉じる。今何をすべきだ?おれの代わりに処刑されに行く彼を救うことか?それとも違うのか?

 すぐに答えは出た

 

 「ディオ団長。とりあえず、今この聖都に来ているというエルフ、サルースさんと合流する。おれが見て保護していないとどうなるか分からないから」

 特に今はシュリと行動しているようだからな、シュリがどうなるか不安だ

 「イエス、マイヴァンガード。直ぐにエルフの場所に案内しますので、入れ替わる騎士の服を着ながらお待ちください」

 「いやだからその呼び方は止めろって!?」



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誘い、或いは銀毒の再会

まずはサルースと合流したいということで、とりあえずディオ団長の用意した騎士服に袖を通す。まだあの囚人服の袖は着けておかなければならないが、アナが軽くピンで止めててくれていたお陰で割と移植は簡単、更に上から鎧兜なりたまに降る雪を考えてか装備されている前まで閉められる大きめのマントなりで不自然さは自然に隠せてしまう

 

 そうして用意をして歩き出せば……

 呼ばれた気がして、ディオ団長に横の部屋を開けて貰う

 

 果たして、其処には当たり前のように銀色の龍少女が待っていた。何か豪奢なソファーの上にちょこんと正座してるのが不可思議で、少し笑えてしまう

 

 「む、お前さんからしか伝わらんと思うたがの、案外儂の事とか分かるのかの?」

 「ま、君の過去を夢に見るくらいだからね、アーシュ」

 そう呼べば、嬉しいのか少女はしっかりと閉じた背の翼を軽く拡げた

 ああ、ソファーに普通に座るとラウドラの持つ翼と同じ形状をした翼がクッションに引っ掛かってしまうから正座していたのか。背中に大きな翼があると大変だな。

 いや、ロダ兄やシロノワールにも翼はあるが、あれは鳥のものだ。その点シュリの翼は甲殻が重なった巨大なブースターが皮膜で三つ連なったような形状をしている。つまり、しっかりと閉じた時に彼等の比じゃなく嵩張るのだ

 

 「いや、儂はシュリ、シュリンガーラじゃよ。アーシュ=アルカヌムなど最早何処にも居はせぬ。お前さんの前に立ちはだかる儂も、所詮は堕落と享楽(アージュ=ドゥーハ)の亡毒(=アーカヌム)

 何処か寂しげに小首を倒して笑う毒龍。良く良く見れば、銀髪に昔のシュリの色を思わせるように紫メッシュが入っているんだが……その範囲が増えている。あれか、気分が落ち込むと髪の紫色が増えるのか

 

 「そっか、シュリ」

 「にしても、夢か。儂の夢とは不可思議じゃな。面白いものでもなかろ?」

 「まあ、不快な夢ではあったよ」

 言いつつ、夢の内容を思い出す

 

 「毒を強めたら危険だからと泣き叫ぶ君に暴行する男が出てきた」

 「……ふむ。お前さんはそれを見てどう思ったかの?自分も同じ事をしたくなったり」 

 「いや、願い下げだよ。あんな事はやりたくない」

 話していても、シュリは割と潜入してきた時と変わらない。敵意も害意もろくに無い

 

 そこまで確認して、おれは夢の話が出たことを期に言葉を紡ぐ

 「それはそうとシュリ。君がこうしておれと話しもしてくれ、何なら行動の援助すらしてくれてるなら頼まれて欲しいことがある」

 「む、あまり無理を言うでないよ?」

 とは言うが、ふかふかソファーに正座したままの龍少女の大きな尻尾はご機嫌に揺れている。こうして見れば見るほどそっくりというか、あの夢で出会った龍神が絶望して世界に毒を撒き散らしてしまい、己に絶望した結果が今のシュリと言われても分かる

 だとすればこそ、ラウドラ達の存在が良く分からないのだが……

 

 「シュリ。イアン達を狂わせた強さじゃなく、昔のアマルガムって貰えないだろうか」 

 「昔のとは、どんな毒かの?」

 「誰も痛いのは駄目って言ってた頃の、優しい毒。夢のために勇気と本気が出せるってくらいの強さをしていたという」

 「無理じゃよ」

 即答された

 

 「そこを何とかならないか」

 「じゃから、不可能じゃ。本当は強い毒を撒きたくなかった一人ぼっちの龍神なればともあれ、今の儂は邪毒の龍。毒を強めすぎたからの、そんな使い道の無い弱毒は残ってなどおらぬよ」

 「そう、か」

 分かっていた。あくまでも可能性でしかないことは。万全というか安全最善の手が消えたとしてもまだ他の道は

 

 「じゃが、まあ毒も薬も使い手次第、じゃろ?

 時をくれれば、可能な限り昔のように毒性を弱めたものを用意はしてやれん事は無い

 無いがの。それは結局あの狐娘を救うためであろう?」

 左右で違う色の瞳が、静かにおれを見つめた。翼は閉じ、尾は静かに背もたれを擦る

 

 「では聞くがの儂の勇猛果敢(ヴィーラ)よ。儂を救うと言った口で、何故他の女を救うための手助けを求むる?」

 部屋の温度が数度下がった気がした。光の薄まった瞳が責めるようにおれを射る

 が、だ。おれは正面で膝を折った体勢のままぽんぽんとその頭を撫でる

 

 「シュリ、どちらかしか救えない訳じゃないだろう?」

 それにさ、と苦笑しながらおれは天井を見上げる

 「正直、シュリ……どころかアージュ自身、そこまでアヴァロン=ユートピア等と相性良くないだろ?」

 「ま、最終的には世界を腐らす儂等とあやつ等は雌雄を決するであろうよ。別に、同盟など結んでもおらんしの」

 「その時の前に相手の戦力を減らせる。悪くない理由付けじゃないか?」




「次回、『EX 毒銀龍と語る凶敵考』。儂の勇猛果敢(ヴィーラ)と共にちょっと今章の敵への対策とか話すネタバレ回なんじゃよ
え?夢の話?……ちょ、ちょっとここでやるのは恥ずかしいからの……えっちな要素が入ってしまうし……」


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第二部四章EX 毒銀龍と語る羊面狂楽の凶敵考

『注意じゃが、今回は前章にあったらしい「龍神少女と見る喪心失痛の龍機人考」と同じく、ネタバレ回となっておるよ。儂と儂の勇猛果敢(ヴィーラ)が実はこの時点で知ってるあれこれを語るからの、素直な気持ちで読みたい人はスルーするんじゃよ?』


















『良いかの?儂は毒じゃし、バレンタインの甘いチョコなど準備出来ておらぬよ?この先には苦いネタバレしかないからの?去るなら今じゃぞ?』


「……ふむ。ではもう1つ聞いて良いかの?」

 言いつつ、少女は尻尾でソファーをぺしぺしと打つ。誘われてそこに腰掛ければ、ひょいと膝の上にシュリの体が乗っかってきた

 

 ……案外重い。翼と尻尾が大きいだけはある。が、小柄だからかすぽっと腕の中に収まってしまうな

 

 「何だかお前さんの思考変じゃなかったかの?

 幾ら儂相手とはいえ、本質は世界を滅ぼすゼロオメガ。普通そんな相手と共に知り合いが居たら、そちらの安否を案ずるものであろ?」

 その言葉にああ、その事かとおれは納得する

 

 「サルースさんと居ることを確認した時の話か

 あれは本当にそのままの意味だよシュリ。君の方が心配だった」

 「敵の心配の方が先に来るとは変であろう?」

 いや、シュリは今更完全に敵とは思えないというか昔の魔神側に戻ってた時のアルヴィナ感ある……んだがまあそれはそれ。おれはおれが贈った服をしっかり着てきた龍少女に苦笑した

 

 「分からなかったか。まあ、考えないようにしてたからさ」

 「む?」

 がまあ、シュリがここまでおれとそこまで敵対したくないって態度を出せているならそこまで警戒は要らないかと、自分でやってた思考制限を外す

 

 「簡単だよシュリ。彼がサルース・ミュルクヴィズじゃないから。おれが、おれ達が把握していない真性異言(ゼノグラシア)の一人だからだよ」

 そう、それが答えだ。その疑惑からノア姫は真実を確かめるべくエルフの森へと一旦戻った。そうして……彼はこの地に現れた。ノア姫の歩みの速度からして、あまりに有り得ない速度で

 

 ある意味それが答えだった

 

 「む、そうなのかの?」

 こてんと小首を傾げるシュリ。さらっとした銀のツーサイドアップが揺れる

 「まあ、おれ達も最初からそうであったと気が付いたのは最近なんだけどさ

 そもそも最初から可笑しかったんだ。おれ達と出会う前から、彼は咎落ちを起こしていた。女神の加護が一部呪いとなり浅黒い肌を持つエルフとなっていた

 それは、女神の教えにあるという『人に肩入れしすぎるな』というものを破ったからだと皆言っていたし、その原因であろう父さんは割とその事に悩んでいた」

 というか、だから割と無礼そのものな態度だったおれと出会った時のノア姫にもそこまで苦言を言わなかったのだろう。あの人なりに友人を咎に落とした負い目を感じていたのだ

 

 「でも、考えてみれば可笑しいんだ」

 「可笑しいのかの?」

 翼の付け根を完全に横に倒し、背中をおれに預けて寛ぐゼロオメガ様がおとがいを持ち上げて見上げてくる

 

 「うん、可笑しい。エルフの森って相応に結界なんかが張られていて見付けるのは至難の技。なのに円卓は簡単に辿り着けた」

 おれ達が行けるのはひとえにウィズやノア姫が招いてくれてるからなんだよな。そうでなければ、天属性に長けた幻獣の集落なんて、相応にとんでもない力を使わなければ見付けられない

 

 そして、だ。あの時の古代呪詛(星紋症)は恐らくルートヴィヒが展性者としてアージュから与えられた力で撒き散らさせたものだが、その痕跡は残っていなかったろう。そういう敵が居たではなくたまたまエルフの誰かが持ち込んだ呪いが広まったという感じの言い回しであったし、彼が無理矢理侵入したのではない

 

 「つまり、逆に言えばエルフ達の中に円卓の面々を招き入れた者が居る事になる

 あと、更に根本的にだけど……」

 

 「ふむふむ」

 内心で思ってることも読んでいるのか、角を当てないように胸元に猫のように後頭部を擦り付けながらシュリはおれの解説を聞き続ける

 

 「おれ達のためにあそこまで手助けをしてくれるノア姫が咎められてないのにおれとノア姫より健全な関係性だろう父さんとの交友で咎められてるのが狂ってる」

 まさか同性でそういう薔薇の花咲く関係性な訳はないだろう。父さん割と性癖は普通というか、女性が好きだからうっかりおれの母に手を出してたりするわけで……

 というか、ノア姫は永遠姫だっけ?成長できなくなるが女神の庇護を残す術を使おうかとまで言ってくれたが、咎に落ちるのとは真逆だろうそれ

 

 「人に肩入れしすぎるなってのは、きっと惚れた弱み辺りで相手の私利私欲の為に女神の与えた力を悪用するなって意味なんだ」

 だから、少なくともおれ達と共に世界を護るためにという割と真っ当な使い道をしているノア姫についてはお咎め無し

 

 「なのに、彼は咎められた。父さんなんておれと同じような思いで人生を走り抜けてきた人なのにだよ

 ならば、寧ろ……咎に落ちた理由は別にある」

 

 そうして一息置く

 

 「そう、だから結論を出したんだ。サルースさんの咎落ちは、肉体を真性異言(ゼノグラシア)に乗っ取られた事で、転生者の私利私欲の為に全てを使われているから起きたものだ、と」

 おれと二人でその結論に辿り着いた瞬間のノア姫は、珍しく目を閉じて顔を伏せていた。見せたくもない涙顔なんて、初めて見た

 

 「ふむふむ、そうであったか

 儂はこの世界に飛来して日が浅いからの。お前さんの言葉が真相か判断はつかぬが……」

 と、おれはそんな少女の肩に手を置く

 

 「む?どうかしたのかの?」

 「シュリ、そこで1つだけ聞きたいんだが……彼はどっちだ?

 円卓に縁がある転生者、そこまでは把握してる。でも、その先はまだ未知数。リックみたいに本来は君の側の転生者なのか、あの自称真なる神の側なのか」

 それで大分警戒するべき力が違う。円卓なら物理的にトンデモ兵器が飛んできかねないし、実はアルカナ側ならば下門陸(リック)のような特殊能力持ちという可能性が高い。つまり、どちらが転生させたかだが……

 

 「少なくとも、儂とお前さんの味方ではないしそうなりえぬよ。今の儂から言えるのはそれだけじゃの」

 それに対して、尻尾を丸め、おれの膝上からでは地面に届かない細足をパタパタとご機嫌に前後に振りながら少女は答えてくれた

 答えは確定した。この言い回しというか態度は混合されし神秘(アルカナ・アルカヌム)の切り札(・アマルガム)所属

 が、わざわざ色々付け加える辺り転生させたの自体はA(アヴァロン)U(ユートピア)側だから転生者としての能力自体はAGXとかそういう方面という事だろう。つまり、おれと同じく後天的に眷属化させた者ということだ

 

 が、毒で落としたのは良いけれどあんまり好きじゃないってところだろうか。ルートヴィヒを呼んできて致死性の高い呪詛を撒かせるとか、シュリのやり方より凶悪さが相当増してるからな……

 

 「そう、か」

 そう考えつつ、おれは内心でシュリへと謝り、愛刀のアルビオンパーツへと声をかける

 ごめんな、シュリ。ちょっとだけ試させてくれ。そう、今此処で君を傷付けようとしてみたらどのようにおれの中の力に止められるのか。そう、だからアルビオ

 

 ……………

 

 「げはっ!?」

 喉奥から沸き上がる血を溢れさせないように歯を食い縛って無理矢理喉奥に飲み込み返す

 っ、何が起こった?というかおれは何をしようとしていた?

 「……何やっておるのかの、お前さん?」

 呆れたようにシュリが上半身を捻っておれと顔を合わせるように見上げてくる

 

 「いや、何をしようとしていたんだ、おれは」

 何か酷いことだったような気はあるんだが、一瞬意識が断絶し、その寸前が思い出せない

 「む、儂の六眼、情動(ラサ)は儂を傷つけられぬと前に教えたがの、理屈を確かめようとしたようじゃよ?」

 「つまりシュリを攻撃しようとしたのかおれ?

 すまないシュリ」

 「いや、別に構わんよ?内心で謝っておったしの、他の眷属が本当に儂を傷つけに行けぬのか確かめたくなる気は儂にも分からぬ事でもない」

 じゃが、とおれにまたまた頭を預けて少女は不満げに語る

 「お前さん、儂が頭を出しておるのに今日は全然撫でんの」

 その言葉に苦笑して、おれは預けられた銀髪に右手を添えた

 

 これで許してくれそうなんだから大分優しい。アーシュ姿になってるだけあるというか、希望を持ってくれたのだろうか

 

 というか、こういう止め方なのか。傷付ける行動を取ろうという意志を持った瞬間に意識をブラックアウトさせ、意志ごと0にすることでそもそも行動させない。大分恐ろしいセーフティだ。本気でこの状態でシュリに反旗を翻そうとするなら、よほど遠回しに仕掛けておいて行動を止められても巡り巡って攻撃が発動する仕込みをしなければならないだろう

 いや、別にシュリは攻撃しないが……ってか待て

 

 「シュリ、次に出会ったらイアンの事でもう一発殴るって決めてたんだ。だから撫でない」

 「……そ、そうかの……」

 見るからに肩を落として尻尾も垂らされると悪いことをしてる気になるが、悪いことをしていたのはシュリだ。情けはない

 というか、本当に人懐っこいんだが、これ本当にラウドラ達と同一個体のゼロオメガなのか?

 

 「ってそれはそれか。頼んで良いか、シュリ?」

 「今回は儂等にとっても益のある事であるが故に、手を貸すのも(やぶさ)かではないの。が、時は掛かるのは覚悟を頼むぞ?」

 「有り難うな、シュリ」

 「礼を言うなら、次はちゃんと儂の頭を撫でてくれんかの?」

 「今回は怒っただけだから、ちゃんと作ってくれたなら」

 おれがそう言えば、ひょいと龍少女は立ち上がる

 

 「で、お前さんは部屋の外で待つあの亜人と何をするのかの?」

 「決まってるよ。彼が、サルースと今は喚ぶしかないあいつがノア姫の兄だった頃の優しい羊を被ってくれているならば、そのうちに合流するよ。そうすれば、恐らくだけど表立って動けず彼は最後まで羊を被っててくれる」

 まあ、そのうち敵対せざるを得ないだろうけれど、今回はおれの味方面するだろうから派手な動きを封じられる

 

 と、そんなことを考えていれば、興味深げに龍神少女の鼻がおれの左手に触れた

 「で、その手の形は何かの?」

 言われてみれば、少し小指を立てていた

 

 「ああ、これか。昔幼馴染とやってた奴だな」

 じゃあやるかとおれはそのまま手を差し出す

 「む?」

 「ああ、そのまま小指を絡み合わせて……」

 「こう、かの?」

 素直に指が絡まる。が、にしても小さいなシュリは……

 

 「指切り拳万、嘘付いたら……」

 と、そこでふと悩む。元の言い回しのままにするかどうかだが……

 「元?別の言い方をしたいのかの?」

 「いや、元は針千本飲ます、なんだけど」

 「いや痛いのは駄目なんじゃよ!?」

 「大丈夫、元は不変の愛を誓うために指を切り落としたって話から来てる、約束を違えない誓いだから。本当にやる訳じゃないというかやりたくないことを言うんだ」

 

 教えながら、おれは曲げた指を離さないように上下に揺らす

 

 「なら、儂から良いかの?」

 「ああ、良いよ。『指切り拳万嘘付いたら』」

 「心溶けるまで毒飲ます」

 「『指切った』」

 いや、割とおっかないなと思いつつ、シュリのちっぽけな小指を小指に絡めたまま振り、ひょいと離した

 

 「約束だ、シュリ」

 「お前さんだけは、儂の願いを違えぬよう頼むよ」



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身バレ、或いは咎エルフ

約束を果たすようにと銀龍と指切りを交わし、ひょいと気楽に大きすぎる尻尾を犬のように振って出ていくシュリを見送ってからおれも部屋を出る

 神妙な顔で待っていたディオ団長が困惑したように鍵を閉めてくれるのを見て、悪いとおれは軽く頭を下げた

 

 「い、いえ交友が広いのは別に良いのですが、あの銀色龍人は一体何者なので……?」

 「おれの味方でおれ達の敵だ」 

 「矛盾してませんかそれは、というか敵なのですか」

 「敵だよ。相応の希望を見せなければ、絶望のままに敵対してくるだろう独りぼっちの銀龍

 だからディオ団長、彼女に対しては毅然と対応して欲しい。希望だと懐いてくれたら割と安心なんだが、そうじゃない以上貴方には何してくるか分かったものじゃないから」

 「何でそんな化け物に懐かれて……

 いえ、狂っていなければアステール様の境遇を変える存在になどなれなかったでしょうが……」

 兜の上から額を抑えてみせる青年にだなと苦笑して、おれは彼の先導を受けて歩みを進める

 

 「……彼を、救いに行きますか?」

 途中、二階の廊下から下の喧騒を見て青年はぽつりと告げた

 おれに似た服を着て、おれと同じように顔の左側に大火傷を負った銀髪の青年が魔法でがんじがらめにされている

 おれはそれを食い入るように見詰めつつ、首を横に振った

 

 「アステールの為にも、シュリの為にもおれは行動まで時間を稼がなきゃいけなくなった」

 すまない、と聖都の発展と比較すれば粗末な作りの騎士服のポケットに突っ込んだ拳を握り込む

 すまない、本当は助けたい。そんな無茶するな、あと少ししか生きられないならば、それこそ最期の時間を大事に好きに生きてくれ!と叫びたい。だが……

 覚悟を無駄には出来ない、おれにはまだ稼げる時間が足りていない。だから、せめて心に刻む。光の鎖に囚われて、そのうちユーゴに処刑される事で時を稼いでくれた彼の事を、忘れるものか

 

 目に焼き付けながら、嘲るように青年を蹴り飛ばすユーゴへの怒りを今は振り切るように、おれは何度も首を横に振り続けた

 

 と、不安になって水筒を取り出せばやはり水面が揺れている

 『「あの、皇子さ……あれ?」』

 「騒ぎは替え玉だよ」

 外での騒ぎを聞いたのか焦った顔の少女に笑いかけ、水を一口。噛みきった唇から垂れる苦い味だけが舌に残る

 

 そうして、ちょっとしたあれこれを経ておれはエルフの青年が待つという別の貴賓室にまで辿り着いていた

 

 「ディオ団長、此方なのでしょうか」

 と、兜を被りつつ礼儀正しい感じで声をかけるおれ。ボイチェン……ではないがプロの女性声優のまんまの少年声が声帯から出てただけあって、声真似は案外得意技である。ぱっと聞いただけでは到底おれの声とは思えないだろう

 

 いや、ゲームのおれと同一声優な別作品の○○の声だ、でバレるかもしれないが、それが出来るのは真性異言(ゼノグラシア)だけだ

 そう考えるとおれの声なかなかのチートだな?と思うが他人に成り済ませれば今は良いのだ

 

 「ああ、アルデ」

 そう、アルデ。それがあの青年の名であり、今はおれの名である

 「……ディオ団長、何用だ」

 貴賓室、女神の間の前で槍を交差させ護衛していた此方より立派な支給品の騎士達が怪訝そうにおれたちを見る。が、そこは既に決めてある

 

 「いや、アルデがエルフ種については騎士団の中では詳しくてね。少々彼……いや彼で良かったかな?」

 「男性のエルフだ」

 「そう、彼の目的とか、色々と話を聞きやすいと思って連れてきたんだ」

 どん、と背を強く叩かれる。幾らでも耐えられるがわざとおれはそれを受けて体をぐらりと揺らした

 

 「アルデ、勿論無礼の無いように」

 「は、はい!」

 そんなおれ達を少し疑わしげに見詰める彼等。良く良く見れば竜騎士達だなあれ。となると……と思ったが、案外あっさりと彼等は槍の交差を解いた

 

 「良いか、無礼の無いように。ユガート様がお怒りになられる。あと兜は取れ」

 「御意に」

 そうおれは小さく告げて兜を外しつつ開かれた扉を潜る。その最中、「お願いします」と小さな声が聞こえた

 

 ……これおれの正体バレてないか?とは思うが、何も今は起きないのでそのまま扉を抜けて部屋へと入った

 

 果たして、優雅にお茶を淹れながら彼はおれを待っていた。サルース・ミュルクヴィズ、ノア姫の兄であり父シグルドの友人であった咎に落ちたエルフの青年が、優しく微笑む

 

 「やぁ、待っていたよ。久し振りだね、アルデ君」

 ……うん、正体バレバレだな。久し振りと言える時点で、おれが誰かは分かってるという事だろう

 

 ちらちらと見れば、扉を警護していた騎士の片割れが入ってきていた。まあ、流石に貴賓室を守る彼等が中に入った人間をスルーするわけにはいかないだろうが……これでは何と返して良いのか分かりにくい

 

 「……お知り合いでしたか、忌み子皇子」

 ……あ、完全にバレてた

 「いや何故」

 「愛竜の薫りが残っている以上、騎士アルデでは有り得ない」

 ……ああ、匂いか……とがっくりくる。嗅覚が鋭いアルヴィナが居てくれたら気が付いてくれたろうか?彼等竜騎士の騎竜に襲撃された時、ほぼほぼ素手で追い払うに留めていたせいで匂いが着いてしまったのか。遠距離から月花迅雷で近寄らせないべきだったのか……?と悩むが、そんなおれを見て彼は肩を竦めた

 

 「忌み子よ。貴方は忌み子だが、決して我等の相棒を殺そうとはしなかった」

 まあ、割と酷い怪我は負わせたというか尻尾を掴んで振り回したりとやりすぎた相手も居るが……逃げ出す時のあの竜の尾、関節思い切り外れてぷらぷらしてたしな

 

 「しかし、教王は違う。我等は救世主に伴われた貴方が何を言おうが聞かなかったことにする」

 その言葉に安堵し……

 「ん、救世主?」

 聞きなれない言葉に首をかしげた

 

 「あ、すみませんサルースさん」

 「良いよ。より良い結末がそれで訪れるのならば、暫く大人しく聞いておくよ。此方の話はその後でも問題ないさ」

 「すみません本当に。折角来てくれたのに待たせに待たせて

 で、救世主とは?」

 「御存知、無いのですか?」

 驚愕したように目を見開く竜騎士without騎竜に、思わずいや知らないがと半眼になるおれ

 

 「かの救世主エッケハルト様に付き従って来たというのに」

 「ってあいつかよ!?」

 何なんだ救世主エッケハルトって。あいつそこまで言われるような事……

 

 枢機卿の娘と仲が良くて、国境の領土を任されてる辺境伯の嫡男で、七天御物の所有者。うん、おれより余程救世主と呼ばれる素質があるな!

 

 「救世主を襲えなどと、教王はやはり彼を恐れている……」

 うん、恐れてないと思う。寧ろそれがあいつのアホさを裏付けるというか、まともにエッケハルトが動いてくれたらアイムール絡みで一撃叩き込めそうな隙になるが、あいつ動いてくれるか?

 

 そのうち会いにいかなければならないだろう。が、まあ、竜騎士達が敵という訳ではないのは確認できた。これで十分か

 

 「……お久し振りです、サルースさん」

 だからおれは、エルフの青年に向き直って開き直りながらそう告げたのだった

 「うん、久し振りだね。より良い結末の為に、ノアに請われて助けに来たよ」



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異伝、銀龍と見る笑顔の終末

「……何じゃ、お主か」

 ユーゴに面倒臭げに用意された大教会の一室。ご機嫌に自身の体内に蓄えられた毒を一部指先を切って血で出来た石として抽出、そのまま小指で転がして毒性を調節していた銀色の龍神は、部屋に現れた男の姿を見て尻尾を垂らした

 

 「ご機嫌なようで何よりですよ、我が終末よ」

 静かな声音で深々と一礼するのはこの場にはあまりにも似つかわしくない黒い神官服の青年。その服装は何処か地球という星に存在するキリスト教と呼ばれる宗教の神父にも似て、明るい色を基調とする七天教のものではない。胸元に光る聖印も、三頭の蛇が輪を描く意匠である

 

 「……そう、じゃな」

 それに比べればこの地に溶け込んだ白い服を見下ろしながら、ぽつりと毒龍シュリンガーラは呟いた

 「分かっておる。解っておるよ

 儂は終末、世界を腐らす邪悪な龍」

 「ええ、貴女様こそ僕等が求めた尊き終末の神」

 何よりも目を引くのは、その顔に被った優しげな顔をした白い仮面だ。慈悲の笑みを浮かべる聖人の像をそのままかたどったような白い仮面に覆われその下の表情は窺い知れない

 

 「ですので、あまり危険な行動はお控えください、我が終末よ

 あれは危険な男です。心地好い猛毒、人を狂わせる勇気という名の狂気」

 「……そのような事、儂自身が何よりも知っておるわ……」

 逃げるように目を伏せ翼を固く閉ざし、龍神は絞り出すように呟く

 

 その脳裏に蘇るのは、今の肉体からすれば未来の出来事にして、過ぎ去った最早取り戻せぬ過去

 勇気を標榜し、仲間を鼓舞し、それをもって敵国を焼く。勇気と勝利の大虐殺の光景。それをもたらしたのは、他ならぬ少女の与えた心毒であり……

 

 「勇気など狂気と同じ。全てを灰に覇する力と同質の怪物

 分かっておる、分かっておるよ……」

 「ええ、その通りです我が終末よ。所詮勇気は無謀の境地。歪み良き終末を崩すものに過ぎません。あまり、我等六眼だからといって期待を持ちすぎませんよう」

 「……儂自身、勇気を信じる愚は一番理解しておるよ、我等が笑顔(ハスィヤ)

 告げながら、寒そうに龍少女は己が纏った外套……話題に上がっている勇猛果敢(ヴィーラ)より贈られたそれの前をきゅっと強く閉めた

 

 「故にの、そこまで儂の眼が節穴じゃと責めずとも良かろう?」

 「ええ、申し訳ありません我が終末よ。御理解戴けると当然信じておりましたが、つい口が多いのは我が悪い癖というものでございますよ

 良き終末を覆し、凡百の下らぬ三文芝居へと貶める。それだけは僕としては許せぬ悪行ですので。それを為さんとしかねぬヴィーラなど、そもそも我等六眼として存在して良いものかと、どうしても思わずには居られぬのです。ご容赦を」

 くつくつと、言葉の表向きとは裏腹にあまり反省の意図はなく、青年は深々と礼をする

 

 「では我が終末よ。良き調整をなされたこの石を授けて頂けませんか?」

 「まだまだ濃いものじゃよ。お主が先程言ったばかりであろう?『勇気とは無謀』。ならば、このような毒に価値は無かろ?何故欲しがる?」

 怪訝そうに、自分が今作っているアマルガムに向けて手を伸ばす配下に向けて毒に染まった緑色の左目を上目に訴えるシュリンガーラ

 が、それには慈悲の笑みを崩さず……いや、仮面であるがゆえに崩せずに気にすることはありませんと青年は止まらずに応えた

 

 「ええ、勇気は愚劣。それは確かでしょう。我等に相応しくなど御座いません

 しかし、我が終末よ。貴女様がその【情動(ラサ)】の力を持つように、アマルガムが下劣な勇気を解き放つように……」

 ぽん、と青年の手袋に覆われた手が銀の髪に触れ、思わず銀龍は翼を拡げた

 そうして微かに毒性を持つ凝縮された赫き龍気を翼脚を軸に前方へとそれこそ背負った砲身のように展開させた翼節の先に灯し……そのまま、消し去った

 

 「おやおや、如何しました我が終末よ」

 「悪いがの、お主も識っておろう?

 儂は、他人にこの身に触れられることが到底好みにはなれぬ。どのような目に逢い、狂わせてしまうか検討がつかぬ故にな」

 「これは異な事を」

 なおも抵抗したがらないのを良いことに少女の頭を折れていない方の角を掴んで胸元に抱き寄せ、青年はその耳元に囁く

 

 「我等六眼に死は一時の事。それが貴女の祝福でしょう?

 我等に終末はなく、貴女の為に良き終末を産み出す者。狂わされても構いませんよ」

 「止めよ!」

 嫌悪を込めた叫びが部屋に強く響き渡る。そして……

 

 「おや、我が終末よ。僕の胸元に甘えてくださるとは、忠義への御褒美でしょうか?」

 「逆じゃ。判れば離れよ」

 「まこと、我が終末は芽吹きし残り二柱に比べて非常にお堅くいらっしゃる

 ですがこの笑顔(ハスィヤ)、それもまた好ましく思いますよ」

 名残惜しげに仮面の人は掴んでいた角を離し、ほんの少しだけ距離を取る

 

 「儂は人の心がまだ解せる故の。他の儂ほどに興味を抱かん訳では無い

 折角の眷、壊れるならばそれでも良いとは思えぬからの。こんな毒龍の身体を貪ろうなどと、思うてくれるな

 ラウドラ達ならば当にされ飽いたと身体くらいくれるであろうがの、儂は他人と交わりそやつを壊す気にはなれぬ

 何度目かの、儂に手を伸ばして醜い情動ごと吹き飛ばされるのは」

 翼の節同士を擦り合わせ、身震いしながら寒そうに男から距離を取り、火の無い暖炉へと逃げ出すシュリンガーラ

 

 「幾度でも告げる。欲しければ他の儂の身体を貪れ」

 「おやおや本当に手厳しい。僕は貴女様によって目覚めた六眼。貴女のための終末の使徒。真に心が求むるは、貴女の笑顔(ハスィヤ)であるというのに」

 「……嘯くのであれば、せめて仮面を外し、己の身に宿したかの真神より与えられた力について語ってはくれぬかの」

 「ああ失礼。この顔、人に魅せるものでは無いと思っていたゆえに、貴女様の前でも外すことを忘れておりました」

 言いながら、堂々と、自慢げに、ゆっくりと青年は己の仮面を外す

 その下から現れるのは、さっきの言動から受ける印象とは真逆と言っても良い珠玉の白肌。傾国の美少女もかくやという病的な白さのキメ細やかな肌に切れ長の青い瞳

 「マーグ・メレク・グリームニル、一生の不覚というもの

 これでは、神父失格も遠くはありますまい」

 すれ違えば男ですら振り返るだろう。人間離れした美貌の青年は、それを誇示するかのように銀龍に告げながら、逃げ出した少女が置き去りにした血石を指先で摘まむと、それを恭しく絹のハンカチで包むと胸元のポケットに仕舞いこんだ

 

 「本当じゃよ、我等が笑顔(ハスィヤ)

 儂の問いにくらいは答えねば困る」

 「ええ、構いませんが、何故に?」

 「お主も言ったろう?儂の……いや、かの勇猛果敢(ヴィーラ)は儂には敵対せんし出来ぬが同じ眷属に過ぎぬお主は狙いかねん。それだけ危険な想いの持ち主じゃよ

 故にの、己で逃げ切れるか知っておきたい、それは可笑しいかの?」

 「ええ、可笑しいですとも。我等に死は一時。終末は与えるものであり訪れるものではない。ですが、貴女様の心配は快く思います

 そんなに不安ならば、僕の胸にどうぞ。深く貴女の愛を確かめ……」

 「もう無駄な口を叩くでないわ」

 「失礼。ですが、貴女様の愛こそが一番必要なものですので

 我が力については、見れば解るというものです」

 そう告げて、青年は神官服の袖をまくる。その腕には、二本の針が時を刻む黒鉄の腕時計が鈍くシュリンガーラが点けた暖炉の火を反射して輝いていた

 

 「もう無いのでは無かったかの?」

 「ああ、敵から仕入れた、ユートピアの談ですか。馬鹿馬鹿しい

 彼が作ったとされるAGX、しかしそれは嘘。過去に飛んだアガートラームのデータを元に産まれたたものは奴の管理のANC(アンセスター)と呼ばれる種に非ず

 

 未来よりもたらされた力でもって、未来を拓く真のアンチテーゼ。それこそが我が力

 それは、かの終末を嫌う反逆者(リベリオン)に感知できるものではない、それだけですよ。ええ、心配ご無用です」

 くつくつと笑う切れ長の瞳に向け、どこまでも冷たく銀龍は翼をしっかりと閉じながら告げた

 

 「が、貰い物であろ?」

 「AGX-03(ドライ) オーディーン。我が力は我が物ですよ、ご安心を

 流石にアガートラームを元にしたとはいえ安全性を重視したもの。彼等には流石に苦戦を強いられる事でしょうが、それも我が終末の加護無ければの話」 

 「儂をコフィンに葬れば勝てると?」

 「いえいえとんでもない。愛するものを葬り漸くまともに戦えるなど、そのような阿呆極まる非効率。良き終末には程遠く、見下すことしか出来ませんよ

 あのような欠陥品ではありません。貴女様の祈りが更なる力を呼び覚ませ、ポゼッションに至れば勝てるというだけです

 ああ、あまり心配めさるな。良く言ってアロンダイト・アルビオンと同程度のあの無謀(ヴィーラ)に、討たれる僕ではありませんとも」

 

 「討たれてしまえば良かろうに」

 ぽつりと告げる銀龍。恍惚と語る男を前にして、小さな毒龍はぶかぶかのコートの下で指切りを交わした小指をきゅっと反対の手で握り締めた

 

 「あまり迷惑は……

 おっと、もっと貴女様と睦ごとを交わしていたいのは僕も山々というものですが、本体に帰らなければならぬようです」

 恭しく一礼する青年に、少女は小さく問いかけた

 「で、儂のものを勝手に奪って如何するのかの?あまり邪魔してくれるなよ?」

 「ええ、御期待くださいませ我が終末よ

 かの銀腕の虚神へ挑むは最早勇気ではない。ですので、貴女様のアマルガムで正義と無謀(ゆうき)を振りかざし、救世主に舞台で踊って戴くので……

 

 無能が。通すのが早すぎる……門番としてあまりにも」

 唐突に端正な顔を歪め、突如として青年の姿は無数の緑の光となって溶け消えた

 

 それを見て、ほっと外套の胸元を緩めながら銀色の毒龍はぽつりと告げる

 「……人など、こんなものよな

 お前さん、お前さんだけは……そうでないと、信じて裏切られるのは。もう嫌じゃよ……?」

 きゅっとベルトについた雪飾りを握り締めて、ただ虚ろな瞳で呟く

 

 「おー、あんまり動かれると、ユーゴさま怒っちゃうねぇ……」

 そんな龍神の耳に、扉をふわりと透過して大きな狐耳を動かす少女が声をかけた



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エルフ、或いは救世主

目の前でニコニコする浅黒い肌の青年エルフ。どちらかといえば、その纏う空気はノア姫よりもウィズに近い。まあ、パッと見では凛として冷たいってのがノア姫だし、それより人当たりが良いのは悪いことではない

 

 ちゃんと知れば、ノア姫ってかなり親身になってくれるというか義理堅くて優しいってなるんだが、まあそれはそれか

 

 「はい、来てくださり有り難う御座います、サルースさん。助かります」

 実はあんまり助からないというか、来て欲しくないまであったがそれはそれとしておれは深々と頭を下げる

 ノア姫なら出来ることは良く知っている。魅了魔法も転移の魔法もあり、色々と知識も深い彼女ならば深入りしすぎることも暴走することも無く、危機だって思えば即座に逃げ帰ることくらいはまず可能だと思える

 流石にアガートラームの本気で来られたら厳しいだろうが、ユーゴはハーレム野郎だ。魅了してくるようなエルフの美少女を跡形もなく消し飛ばす判断は即座には取れず、結果的に逃げおおせるというのは想像に難くない。アステールにも執着していたし、リリーナ嬢も積極的に狙おうとはしなかったしな

 

 が、サルースってそんな安心感も無いし、何なら……だしな。居ない方が本当に助かる

 とはいえ、来てくれてしまった以上文句は言えない。存分におれ達の味方として活躍してもらうしかない

 

 「うん。ノアが来れたら良かったかもしれないけれどもね。久し振りの帰郷だ、あまりね、即座に発つのは良くはないと僕は思うんだ」

 「だから、ノア姫の代わりに……すみません、本来はおれ達だけで片を着けなければと思うのに」

 「良いよ良いよ。僕だって、一応君の父とは昔仲良くしていたからね」

 ……その言い回しにちくりと胸が痛む。まるで今は……

 

 「はい、そうですね。その縁での協力、感謝します」

 「いやいや、ノアの事もあるしね。本当にそれだけじゃないさ」

 「でも、どうして来てくれたんですか?」

 本音は出さず、おれは穏和になるように微笑みながらそう問いかけた

 

 「うん。さっきも言ったかな。僕はより良い結末を求めている。だからね、昔……かのATLUSが襲来した時に僕はほとんど何も出来なかった、その事をずっと悔いていたんだ

 もっと何かすべきだったんじゃないかって」

 その言葉におれは同調すべきなのか否か刹那の間悩み、大丈夫かと思って首を横に振る

 

 「いえ、貴方がノア姫を……星壊紋に倒れた彼女を追い出さずにあの場に匿っていたから、出来たことがあります

 貴方が居なかったらおれ達はきっと、誰も救えなかった」

 だから、とおれは青年姿で、ノア姫の年齢からして恐らく200歳は越えてるだろうエルフへと包帯の巻かれた右手を差し出した

 

 「だから、そう思い悩まなくても良かったのに

 でも、その想いはノア姫も恐らく同じこと。共に誰かが泣かない明日を切り開く。その想いに感謝します、サルースさん」

 「誰かが泣かない、か。ノアが聞いたら怒るだろうね

 敵すら泣かないなら困るわ、と」

 言うだろうか?いや多分言うなノア姫

 

 ……ただ、冗談めかして「心配であの子が泣くわよ。それともワタシにも泣いて欲しいの?」とかそんな方向で、だが

 「サルースさん、変わりました?ノア姫は敵より友の名前を出すと思いますが」

 「おや、僕が引きこもるしか無かった間に変わったんだね。あまり話せていないのが残念でならないよ」

 至極残念そうに微笑む兄エルフに、そういう考えかとおれは頷いた

 

 「だから、今のノア姫なら解決してからまた戻ってくれば良いのではないかしら?と言いそうではありますが……

 流石に遠いかなぁ……」

 西方とを隔てる天空山に程近いエルフの森と、寧ろ北東方面の聖教国。寧ろサルースが速すぎるレベルだ。駆け付けてくるにしても、もっと時間が掛かる気がする

 

 「いや、遠すぎませんか?」

 「ああ、それね。ノアも転移が出来るだろう?この地は指定できないけれども、さ

 それと同じだよ。ノアとは違う形だけど転移が僕にも出来る」

 「それこそ重力球に呑み込まれて?」

 「ははっ。それはATLUS達のやり方じゃないのかな?僕には無理だよ」

 「……申し訳ない、下らない冗談で」

 これでうっかり頷いた日には円卓側の真性異言(ゼノグラシア)だからな。流石にサルースに限ってそんな事はない

 

 「冗談はまあ、もうちょっと面白くなるように鍛練して貰うとして、ね

 どうするんだい、君は?」

 「サルースさん、貴方は今の状況をどう思いますか?」

 まずはおれはそれを確認する

 うーん、とソファーに腰かけたまま右手を顎に当てる姿が絵になるエルフを見ながら、暫く返事を待つ

 

 「随分凄い危険な状態だと思うよ。君はどうしたいんだい?」

 「知ってるでしょうサルースさん。このとんでもないアンバランスな現状を解決したい、それがおれの望みです。だから、貴方にもそれを手伝って欲しい」

 「うん、それは分かってるさ、ゼノ君」

 おれの言葉に、エルフは簡単に頷きを返す。それを受けて、おれは同じように頷きを返した

 

 「はい、分かってますサルースさん。お願いします」

 いや、本当にこの人を信じて良いのかとかいうのは今は無視。とりあえず彼からの信頼を得るべく友好的に語り掛ける

 

 「それで、僕なりに考えていることはあるけれど、君なりの解決法はあるのかな?」

 静かな声と共に鋭い視線がおれを射抜く。が、特に気にはならない。ノア姫だって良く同じ目をしているし、それなりに心配して勝算を聞いてくるのだ。妹みたいに駄目そうなら逃げなさいと言う気で、おれを試しているのだと信じよう

 

 「時間さえ掛ければ希望はある、程度です。それでも、おれとしては唯一の希望、とある女の子に背負わせてしまうのは心苦しいものでこそあれ、信じるしかない」

 シュリの名は出さない。一応敵対してるって事になってるからな

 

 「さて、それは本当に信じて良いものなのかな?」

 「裏切られたら勝ち目そのものが無い、おれ達だけじゃそう言うしかない

 だから信じるんだよ」

 だからシュリがこれを聞いていたら、まともに動いてくれると嬉しい

 

 「サルースさんなりに、何か手は?」

 だからおれは他人の意見を求めてそう告げる。目の前のエルフの人にそこまでの意見が出せるかは兎も角として……

 

 「僕がこの地に聞いて思ったのは一つだよ。本来それは時間が掛かるもので、かつ僕だけじゃどうしようもなかった話なんだけれども

 時があって、君たちが居ればきっとと思えるものがあるよ」

 「それは何ですか?」

 「君も聞かなかったかな、救世主を待望する人々の声を

 彼らは一様にこう言っていたよ、救世主エッケハルト様が来てくだされば、と」

 そして、青年はふわりとおれへと微笑み、手を差し伸べた

 

 「そして、ノアから聞いたよ。君達の中に……居るんだろう?救世主エッケハルトが

 彼等を味方に付ければ、相応に対処しようがあるとは思わないかな?」



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談義、或いは救世主

「我等が救世主エッケハルト様を」 

 とか竜騎士が呟いているのを聞いておれは思わず噴き出した

 

 いや、似合わないにも程があるというか……

 「救世主かぁ……」

 「うん、救世主。何でもこの地の偉い子がずっと言っていた、らしいよ。お陰で、皆彼を信じていたんだって」

 「それなら、おれについても相応に信じておいて欲しかったりしますが、ね」

 なんて愚痴りながら、おれは右手を軽く握った

 

 が、分かっていた。分かっていたから彼を巻き込んだ。否応なしに事態を動かす鍵としてエッケハルトは必要だった

 その最中で制御の効かないジェネシックを使えるようにして欲しいとか欲はあったが……っていうか、あいつがユートピアから託されたあの力があれば割と楽になるというか、あれって夜行曰く後期AGXと同じエンジン積んでるらしいしまともに立ち向かえる最良の術だ。流石にティプラーなんちゃらのタイムマシンは積んでないらしいが、心臓(レヴ)の名を冠するシステムはある

 

 いや、それを考えると本当にあいつ救世主足り得るな?

 が、それを考えたおれはうーん、とあえて渋る。サルースの考えを聞いておきたいからだ

 

 「おや、どうしたんだい?救世主エッケハルトは不満かな?」

 「いや彼が持ち上げられてるのは別に。存分にやってくれって話ではありますが……」

 と、おれは左腕をとんとんと二本指で叩いた

 「問題はユーゴの側。おれ達が多少見逃されているのは一重に焦って殺しにいくだけの価値を見出だしていない……つまり、まともに脅威だと思われていないから」

 あいつ何度も戦ってきてそれとかアホも良いところか?と思ったりもするが、結局のところアガートラームと正面から戦ったことは一度もない。切り札を切れば精霊障壁は突破できるようになってきた、元から斥力フィールドだののバリアは力技で貫ける、だが……それあくまでも此方が一方的に攻撃できたら、の話なんだよな

 まともに起動して動いてくるAGX相手には当てるのも至難の技。それを分かってるから基礎スペックの差と、何より今はそもそもおれが切れる切り札を封じたという偽りの安心から彼はまたまたおれを舐めきっている。何してこようが勝てねぇのに御苦労様って余裕ぶっている

 何なら、月花迅雷だの桜理の時計だのを貢いでくれたとかまで思ってるかもな?

 

 まあ、それが滅茶苦茶に助かってはいるんで文句を言う気はないが……

 「つまり、君はあの救世主を巻き込むべきではない、という意見なんだね?」

 「いやそれは無い。正直あいつ無しで勝てる気がしない」

 肩を竦め、拳を握り力説する。これは嘘ではない。正直な話散々あの銀腕のカミに対してダメージ通す手段については語ってきたがその逆……一撃耐える手段とか無いからな!

 アイリスと目覚めた防御特化派生形態、アルコバレーノアルビオンでも真っ向から耐えきれる筈がない。なので、それこそ精霊障壁には同じ障壁複数ぶつけんだよ!くらいのノリがなきゃ必殺の一撃を撃つまでもなく仏に……いやおれはそんな上等な死に方出来ないか

 「じゃあ」

 「逆ですよサルースさん。確かにエッケハルトは救世主足り得ます。寧ろ皆から信用されているエッケハルトやアナの手助けが無ければ、ユーゴの部下達を抑えてくれる人達を確保しなければ本気で勝負の土俵にも立てないし、彼個人の戦闘力も当てにしなければおれ達全員死ぬしかない」

 「それは困る」

 「そう、それはユーゴだって承知の上の筈です。だからこそ、下手に彼に接触するのは、根回しを終えずに早期に彼を引き込むのはユーゴの本気を招く。その先にあるのは壊滅だけです

 切り札だからこそ、最後に切る。その判断を、おれはしたい」

 静かに青年の瞳を見る

 

 「間違ってると思いますか?」

 「いや、僕は君達の友情とかその辺りには本当に疎いからね。判断を委ねるよ」

 「助かります、サルースさん」

 そんなおれの言葉に、優しげに目を細めて青年は軽く頷いた

 

 「さて、救世主にはあまり干渉しない、それは良いけれど……」

 「いや話くらいは通しますよ?」

 と、ぼやくおれ。というか、何も言わないとそれはそれでキレるからなあいつ。思いきり色々任せようとするとそれはそれで「お前ら狂人と違って普通の人間なの!」と激怒するが、何も知らされないのも嫌という点で面倒だ

 

 まあ、それでも貴重な得難い味方なのは間違いないんで良いが

 「おや、そうなのかい?」

 少しだけ意外そうにエルフは耳角をピン、と上げた

 

 「まあ、何一つ知らせずに動くわけにもいきませんし、何より彼はこの地において……教王と並ぶとはいかずともかなりの信頼を元から持ってますからね。変に意図を隠して疑われるのも困ります」

 「じゃあどうするんだい?」

 と、おれは横の騎士達を見る。おれに見られて元から背筋をピン!と立っていた騎士が怪訝そうに此方を見詰めた

 

 「竜騎士殿。おれ自身が行くのは難易度が高い。だが、相応に教王でもその動向を抑えきれない地位の者は居る」

 言いつつ、おれは遠くを見る

 

 「例えば、枢機卿猊下。教皇猊下。それに、腕輪の聖女様。保護の名目で軟禁していても、全てを抑えられるものではない筈だ」

 「つまり」

 「ああ、エッケハルト側もアナを拒むなんて無理も良いところ。聖女様から色々と伝えてもらうように、会えるようセッティングをお願いしたい」

 「いや、それは……」

 「頼む!」

 顔をさらけ出しておれは頭を下げる。基本的にあまりへりくだると怒られるが、今は良い。プライドも権威も知ったことか、下げなきゃいけない頭は下げろ

 

 「……分かった」

 「恩に着ます」

 認めてくれた騎士に向けて、おれは今度は軽く頭を下げた



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聖都、或いは咎エルフの仕事

「で、どうするんだい?」

 おれを座ったまま穏和な表情で見つめるエルフに対して、おれは手を差し出した

 

 「おや?」

 「まあ、救世主についてはああ言いましたけど、結局のところ……警戒されるのはサルースさんも同じです。流石にノア姫ほどは」

 と、いや円卓って女の子には大概甘いところがあるしどうなんだろうなとちょっと言い澱む

 「……ってそれは微妙か。ただ少なくとも、エルフという幻獣が来ていることは一つ警戒対象な事は間違いないです」

 「……成程、確かにそうだね。僕は咎だから影響は少ないとはいえ、無視できない訳だ」

 くすり、という微笑みに頷く

 

 「まあ、アナもそれは同じですが、彼女には簡単には手出しできない」

 「ん、守る人が居るのかい?」

 「エッケハルトを恐らくヴィルジニーが居ることで守られてるように、下手に殺したくない相手っていうのはそれだけで守りですよ

 でも、おれやサルースさんはそうじゃない」

 あまり言いたくないと頬を掻いて言葉を続ける

 

 「咎、ですからね。やろうと思えば難癖を付けられる」

 その点ノア姫とかは難癖付けにくいんだが、一長一短でもあるだろう。サルースだからこそって点もあるはずだ……うん、厄介な点以外にも、あって欲しい

 「うん、そうだね。だから僕は人と、皆と距離を置くしかなかった。全く、恐ろしいものだよ咎の呪いは

 より良い結末を探すのも一苦労だよ」

 そう苦笑しながら、おれの手を取るサルース。すらりとしたノア姫にも似た細身の指がアザと豆と傷で彩られたおれの掌に被さった

 

 「はい、より良い未来(あした)のために」

 「エンドレスより、ハッピーエンドが個人的には望ましいけれどもね」

 「物語は終わっても、人生は続きます」

 そう言葉を交わしながら、ふと幼馴染が何も言わないことに寂しさを覚える

 気にしないでいたが……案外おれも寂しいのか?獅童三千矢としての自分を完全に思い出して、その全てを、万四路達からとっくに託されてた想いを背負って。終わった筈の物語を紡ぎ直す中で……あのおれを知るのは桜理と始水だけだ。それに桜理との縁はあるようで繋げてなかったしな

 

 ……うん、返事がない。そろそろまた語りかける力が戻ってきてくれると嬉しいが、まあ無い物ねだりも良くないな

 

 「そうだと、良いけれどもね」

 「ええ、終わらせない。おれが、おれ達が、絶対に」

 此処にアナが居たら確実におれの言葉に強く頷くだろう、あの子はそういう子だ。だからこそ、乙女ゲーの主人公(ヒロイン)足り得る。その想いを受けてわざと複数系にしておれは語る

 

 そうして……

 「アルデ、これは本当に僕たちがやるべき事なのかな?」

 なんて言われながら、おれはサルースと騎士二人と共に聖都の外周部へと足を運んでいた

 

 ちなみにだが、騎士二人というが流石に片方は(せい)……ディオなんだが、もう片方はサルースを護衛していた竜騎士ではない

 

 「何故私がこんなことを……ユーゴ様……面倒ごとなど貴方の女にさせずとも……」

 そう、このぼやきからも分かる通り完全なユーゴ側の存在。その名もクリス・オードラン元男爵である。うん、かつてヴィルジニー絡みの婚約騒動で彼に荷担した二人の女性のうち騎士の方だな

 あの当時でも20代、今は三十路に差し掛かっているだろうが、成熟した女性の体にあまりとやかく言うつもりもないので無視。敢えて言えば、身長はアナより大分高いのに胸はあんまり無い。うん、どうでも良いな

 

 で、だ。おれ達がこんな女性とわざわざ行動を共にしているのには当然ながら理由がある

 「分かっているなエルフ。ユーゴ様は神そのものだ。七大天の上に立つ真の神」

 なんて、女性は後ろ楯をかさにイキってくる。おれはさらっと流すように頷きだけ返しておいた

 

 うん、ユーゴより始水の方が良いぞおれ。いや知り合いでなくてもユーゴが神とか御免被る、始水ならまあ良いが

 他人への優しさに差がありすぎだろあの二人、ユーゴが神とか滅ぶわ世界

 

 「も、申し訳ありません」

 「まあ良いがちゃんと名前まで呼ぶべきだろう、騎士として習わなかったか?」

 騎士クリスに言われて、おれは必要だろうと頭を下げる。本来あまり誉められないが、今は別だ

 

 「も、申し訳ありません!ディオ団長からは新米はあまり他の騎士とは関わらないからと名前を教えてもらってはいないのです

 何分新米なもので……」

 ペコペコと頭を下げるおれ。まあ、本名なら知ってるし経歴も分かるが、それをうっかり答えたらアウトだ。おれの身代わりになった彼が昔の騎士クリスを知ってる筈がない。だからわざと知らないフリで頭を下げる

 

 屈辱……はあまり感じなかった。いや頭下げ慣れすぎだろおれ

 なんて苦笑しながら、着いてきた……いや同行させたユーゴ側の存在を見る

 

 「騎士アルデ」

 「ですが教王騎士様、折角咎でもエルフが来てくださったのです。それもまた、教王様の威光の結晶ではありませんか?ですので、皆にそれを知らしめるのは、この地に相応の想いがあるであろう腕輪の聖女様についてより、余程人々に安心と教王様への信頼を与えるものかと」

 いけしゃあしゃあと告げるおれ

 

 いや、サルースを連れて人々にエルフがどうこう言ってもほぼ意味ないだろうけどな?何で騙されるのか良く分からない

 ユーゴが呼んだと信じるものもないしな……特に本当に伝承の魔神復活を信じてるのかってくらいに今の聖教国って謎の沈黙を貫いている

 

 まあ、ユーゴ的にはアガートラームがあって負けるわけ無いってタカを括ってるんだろうが、一般人にはそんなの分からないからな。そんな不安の中だからこそ、救世主エッケハルトとか期待されてるんだろう

 「ま、まあ教王様だからな」

 あ、釣れた。チョロいなこの女騎士……とおれはうんうんご機嫌に頷く騎士を見て思った

 

 いやチョロくなければユーゴに惚れ込まないか

 閑話休題、そんなことを思いつつ、サルースを前に進めば……

 

 『ルゥ!』

 という遠吠えが聞こえた。あ、忘れてたアウィルが外に居るんだっけか

 サルース絡みであまり派手に動かずユーゴを油断させつつ人々の中に希望をと思って行動していたが……アウィル何も知らないじゃないかこれ

 

 そう思って背筋が凍るが、興味深げに此方を見た白狼は暫くおれをじっと見つめ……そしてそのまま顔を逸らすと人々の輪をその脚力で飛び越えてしなやかで強靭な尻尾を軽くおれへ向けて振ると走り去っていった

 

 分かってくれたか、アウィル……とほっこりしたところで、皆が此方を見ていることに気が付き、おれは横の褐色エルフの肩をとんと叩いた

 

 「とりあえず、貴方が此処に来た意味を果たすようお願いします、サルース・ミュルクヴィズ」

 「良いよ、分かった。僕としても、引きこもっていては悪い結末に行ってしまいそうで不安だったからね」



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潜入、或いは牢獄

そんなこんなで女騎士とサルースを連れて軽く街を回り……さらっとディオ団長に促される形で保存食を買い込まされたおれはというと、今日は休めと解散させられた後に牢獄を訪れようとしていた

 

 そう、長らく放置してしまった桜理の様子を見に行きつつ食料の補給である。何も食べてないに等しいからな、怒涛の一日だったおれより動くことは少なくとも、空腹にはなっているだろう。目上ということになっている団長から言われたなら食料は買っても可笑しくなく、少しちょろまかしても大半を納入すればバレない

 

 ということで、さりげなくフォローしてくれる彼の手を借りて、それっぽく理由を付けつつ食料を確保。そのまま解散して日が替わった深夜の聖都を駆け抜けて地下へ。鍵が壊れたままの地下室へと滑り込み、あの通気孔を……

 

 「お前さん、そんな場所から何をしようというのかの?」

 背伸びした女の子の低い声に振り向けば、通気孔から逆さまにひょこりと紫混じりの銀の髪を垂らしてオッドアイを輝かせ(右目に至っては本当に暗がりで輝きを放っている。発光したのかそれ……)た銀色の小さな龍がおれを見詰めていた

 

 「何だシュリか」

 「何だとは挨拶じゃの、お前さん?」

 「いや、何か手を打つ気なら早めに聞きたかったって不満はあるからさ

 おれが危険を犯して動かなくても良くなる」

 その言葉に、窮屈そうにぴったりと畳んでいた翼を寛げながら、通気孔から降りてきた襤褸布を纏う龍は小さく伸びをした

 

 「お前さん、儂を味方と勘違いしておらんかの?」

 「助けると決めた神話超越の誓約(ゼロオメガ)。少なくとも敵じゃないだろ?」

 「素でこれじゃから儂のヴィーラは怖いの。我等が笑顔(ハスィヤ)とは大違いじゃよ」

 その言葉に大体は理解する。多分このシュリ、おれがこの道を通って桜理のところへ行くのを思考読んで待ち構えていたな?

 で、用件は……

 

 「そうか、ハスィヤか」

 此処でこの名が出てくるということは、誰か居るかもしれないと警戒していた六眼、つまりアージュの眷族のうちおれが敵対的に出会ったことはない相手、【笑顔(ハスィヤ)】がこの地に来ているという事だろう

 

 この名だと味方っぽく聞こえるが、その実敵でしかないのは知っている。シュリは【愛恋】だからまだマシというか他人を理解しなければほぼ抱けない想いの化身なんで世界に絶望気味ながら話が通じるが……

 そう、例えばサルースさんが単なるより良い結末という優しい思想ではなく悲劇的な終わりこそ至高って拗らせた劇作家みたいな思想を持ちその情動を解き放てばバッドエンドによる笑顔を求めてやらかすだろう。というかアージュ自身の異名が堕落と享楽の~だし、笑いというか嗤いとして、どこまでも残虐で有り得るんだよな、そいつ

 

 閑話休題。今は桜理関連だ。シュリが教えてくれた事は恐らく有効活用できるが、今はまだ使わない

 

 「そう、笑顔(ハスィヤ)。マーグ・メレク・グリームニル。好かぬ男じゃよ。お前さん、変に関わるでないよ」

 「分かってるよ、シュリ」

 と呟けば……少女は纏った襤褸布を脱ぐと、気にもとめずにばさばさと振るう。それだけで燻製された肉に向けて煤が掛かってしまい、割と台無しになる

 

 「勿体ないよ、シュリ」

 「儂等が()むものではないからの」 

 「多分みんなに、説法の時にでも切り分けるためのもの。あんまり汚しちゃ食べられる範囲が狭くなるから止めような」

 「……すまぬ、食には疎くての」

 と、肩を萎縮させて、素直に少女は謝ってきた

 

 「で、シュリ。シュリは何しに来たんだ?

 ひょっとして、おれの思考を読んで七天の息吹でも届けに来て」

 「無理じゃの。儂は毒龍、治癒の魔法なぞ、その事実を知る者が与えてくれよう道理無しよ」

 うん、言われてみればそれもそうか

 

 じゃあ、と思ったところで、少女はというとおれが贈った外套を部屋の隅の箱から取り出すと身に纏っていた。どうやら通気孔に入ってみる為に一旦脱いでいただけらしい。というか、翼の大きさ的に桜理の居場所から通気孔通ってくるのは無理だし、嵌まってみた、くらいのノリだろう

 

 となると……

 「寂しかったのか?」

 「儂には分からんよ。寂しいという想いそのものが、抱くような相手も居らんかったしの

 が、そうかもしれんの。ではの、お前さん。その顔を見たら、何のために足を動かしたかも分からぬが……何となく満足したが故にの」

 うん、それ本気で寂しかったんだろう、シュリ

 おれも妙な寂寥を感じていたが、それに引っ張られたか?

 

 そんな事を思いつつ予想より相当に早く再会した龍少女を見送って……

 おれは荷物と共に今日の昼間に抜け出した通路を逆に辿り、ひょいと牢獄の天井から飛び降りた

 その瞬間、真っ暗闇に何かが揺れる

 

 「桜理」

 「え、あ、……獅童、くん?」

 「悪い。取ってくると言っておいて待たせたな」

 と言った直後、おれの首筋には何かが飛び付いてきていた




はーっはっはっ!まさにいつもの、これも一つの円の縁、二度あることは三度ある!
【挿絵表示】
と、これで良いのかい、ワンちゃん?

ところでだが、妙に票が一気に入るが本気であの毒龍需要はあるのかねぇ……?


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牢獄、或いは缶詰め

「お、桜理?」

 濡れた感触と柔らかさ。そしてふわりと香る汗と桜のような薫りはやはり間違いない、早坂桜理……というかサクラ・オーリリアのもの。普段はオーウェンって名乗ってるし男の子姿なんで分からない少女の感覚が鼻と肌を打つ

 

 「うぅ……ご、ごめんね?」

 なんて呟く声も震えていて何時もよりもか弱い涙声。いや、おれ自身桜理についてそこまで語れるわけでもないけれど……

 

 「大丈夫か、桜理」

 「……うん。信じてたけど、ざまぁないって金髪のあの男が言いに来て……」

 金髪といえば……ああ、ユーゴか

 

 「ユーゴか」

 「そう、教王ユガート

 獅童君の事だからって信じてたけど、捕まえて……明日処刑するっていうし、それが本当なのか、何時もみたいに獅童君の作戦の一貫なのか分からなくて……」

 ぼう、と暗がりに灯りが灯る。というかそこで漸く気がついたが、ここまでライト付けてなかったのか……

 いや、ひとりぼっちで踞ってるだけなら明かりは要らないから消してたのか?

 

 「桜理」

 「何時もならね、僕は男なんだ強くなくちゃって頑張って耐えるんだけど……」

 おれに抱き付いてきた少女の声が震え、寒そうにおれに更に腕を絡めてくる

 

 「でも、今は不安で不安で」

 「そっか、そうだよな。色々忙しくて放置してて悪かった」

 考えてみれば、アナとは連絡が取れるけど桜理やエッケハルトとは何も話せてないんだよな。お陰で状況とか分からずに不安にさせたろう

 

 特にだ。早坂桜理としての少年姿を今は使えずに少女の体だ。その何時もとの差異が更なる不安を煽っているのだろう

 だからおれは暫くの間、御免ねと謝りながら嗚咽するショートの黒髪の少女の頭と背中を撫で続けた

 

 「落ち着いたか」

 「うん、御免ね、獅童君。信じてたけど、本当に無事なのを見たら何だか……」

 女の子みたいだよね、とぽつりと告げられるが、今の桜理って普通に女の子だと思う。が、それを言ってもむくれられそうなので言わずに、おれはひょいと服に仕込んでおいた缶を取り出した

 

 「あれ、それは」

 「何も食べてないだろ、桜理。なんで盛ってきた」

 言いつつ缶を振るおれ。中身は知ってるから多少乱暴でも問題ない

 

 「う、うん。でもお腹は……」

 くぅ、と小さな音が鳴る

 「あはは、安心したら思い出しちゃった」

 小さく頬を掻く桜理。その紫の瞳が不安に揺れる

 

 「でも獅童君、それ缶詰め……だよね?」

 「ああ、そうだな」

 言いつつおれは指に力を込めて蓋を貫き穴を開けると、そこに小指を突っ込んで鉤の要領で蓋をひっぺがした

 うん、流石に素手だと端がギザギザになるな。これは危険だからと指で摘まんで折り取っておく。多少先端に触れるがこんなのおれには刺さらないので無視して折れる。が、桜理はそうじゃないからな

 そうやって開けた大降りの缶の中には、赤黒くテカテカとした肉の塊が見える

 

 「はい桜理、熊みたいなモンスターの肉の缶詰めだ」

 と、缶の蓋に張り付いている小柄なフォークとナイフを差し出しながら告げる。魔法がある分保存が効くものって多いけど、やはり生魚とか幾ら保存出来ても調理も面倒だしな。こういうものの需要は確実にあるのだ

 ってか、日本にも焼き鳥の缶詰めとかあったしな。叔父さんがお前にごちそうをやると言いながら投げ付けてきたりしたので何度か食べた

 

 「あ、うん……」

 「流石に道具なしで開けられるようには大体なってないんだけど、これで食べられるだろ?」

 「ご、強引だね……」

 苦笑いする少女だが、気は紛れてくれたのだろう。小さな付属フォークを手にして、中身に突き刺すとおっかなビックリ取り出してくる

 

 「わ、凄い大きさ」

 「そういや、熊みたいなのって大丈夫か?臭みは煮込んだ時にかなり消えてるってディオ団長から聞いたけど」

 言いつつ二つ目の缶を素手で開ける。今度は小さなものが沢山入っているからか上部から数個飛び散るがそれは空中で全て回収して缶に入れ直し、一個だけ頬張る

 うん。塩気があって中々の出来

 

 「はい桜理。こっちはパン……は置きたくないだろうし乾パンもどきな。グランドビーの蜂蜜を練り込んであるから仄かに甘くて疲労回復に効く」

 ちなみにこれも団長オススメの一品だったりする

 「で、こいつがデザート。団長一押しの奴」

 と言いながら三つ目の小振りな缶を開ければ、中から覗くのはつるんとした白い大振りな桃。日本でも見る桃缶である

 まあ、この世界蜜柑の缶詰めより林檎の缶詰めの方がメジャーだったりと差異はあるが、それはそれとして桃缶はやっぱり売ってた。みんな好きだものな

 おれも……って小学校のデザートに出た時は基本皆から無言で圧力掛けられるのが分かってたから最初から辞退してたが、嫌いじゃない。人気の無い給食の方が食べても周囲から怒られない殴られないからその分好きってだけだ

 

 「桃?」

 「食後にな。シロップの味が少し特徴的だけど美味しい筈だ」

 「有り難う。でも良いの?」

 「良いって良いって。桜理に持ってくのを分かってたろうディオ団長がごり押しで買って持たせたレベルのものだぞ?寧ろ食べてやれ」

 どんだけ桃推すんだと思った程にまず桃缶から買おうとしていたぞ彼。多分好物なのだろう

 桃は倭克で良く獲れるしその辺りも関係しているのかもしれない

 

 最後に水の袋を出して終わり。晩飯一式を揃えて少女の前に差し出せば、行儀良く足を折って座った少女はちびちびと乾パンからかじり始めた

 

 「ぼ、ボリュームが……」

 「まあ、度々持ってくるとはいえ何時来れるか分からないしな、最悪蓋出来る奴を選んできた」

 と、おれは食べやすいように下に敷いた二つの金属皿を指差す

 「そいつら蓋になるから缶の上に被せれば持つぞ」

 「あ、そうなんだ、有り難うね獅童君」

 ぺこりと頭を下げる桜理の額のサクラ色の一房の髪が揺れる

 

 「でも、本当に御免ね?僕なんて役に立たないのに付いてきて、転生者としての力も取り上げられて、信じてるって言いながら震えるだけで、本当に……足手まといばっかりで……」

 どんどん涙声が強くなっていくのに苦笑して、おれはぽんと少女に近寄ると頭を撫でる

 

 「だから気にするなよ桜理」

 「サクラ」

 弱気な声に同意するように今だけ呼び方を変える

 「大丈夫だ、サクラ。君が居ることに意味がある。ユーゴは君を煽りに来たろう?

 そうやって、君が此処で意気消沈しているだけでユーゴは調子に乗り油断しまくって隙が出来る。本当に、サクラは居るだけで役立ってくれてるよ」

 それに、とおれは頬を掻く

 

 「AGX」

 「今のわたし……僕は持ってないよ」

 「違うよ、サクラ。おれ達が今まで対峙したり、設計図を託されたもの以外に、別の派生ってあるんだろ?」

 その言葉に、少女はテニスボール大より少し小さな肉の塊を切り分けるのに悪戦苦闘する皿から目を上げて頷いた

 

 「あるけど……」

 「話を聞いてると、ゲームで本当に味方だったのはそっちの別のAGX(機体)で、おれ達が戦ったのとは別なんだろ?そして、そのゲームについて一番知ってるのは……君だ

 君から教えて貰う知識がおれ達の知識の限界点」 

 ちなみにこれ嘘ではない。始水にも確認したが、ユートピア当人からしても存在する別系統については自分が開発していないから詳しくないらしいしな。ゲームで味方側の戦力として出てきていたならそれをプレイした桜理の方が本気で知識は上なのだ。元の機体の開発者兼AGXと戦った精霊王より詳しいって何だよと思うが……まあそんなもんなんだろう。敵の詳しいスペックとか分からなくても当たり前かもしれないしな

 

 「……そう?」

 「君が居てくれないと戦いを始められないよ。教えてくれるか、サクラ?」

 その言葉に、少女は両手で抱えたコップから一口水を飲みながら頷いた

 

 「うん。獅童君が望むなら

 でも、必要なの?」

 「必要だよ。ユーゴ相手じゃなく……シュリが名前を教えてくれた、他にこの地に来ている敵。【笑顔(ハスィヤ)】、マーグ・メレク・グリームニルに対抗するために

 そいつはさ、恐らくだけど、さっき言った派生AGXの一機を持っている。どこまで強いのか、どんな機能があってアガートラーム相手にどれだけ粘れるか、それを知らなきゃ作戦に支障が出る」



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牢獄、或いは狂狐

「はい、獅童君もどうぞ」

 と、塊肉を半分差し出してくる桜理。ちょっと多かったか?と思いつつおれはそれを指でつまみ、ずっと持っていた透明な水筒を置く

 

 すると割とすぐに水面が揺れて、ぼぅっとした灯りに照らされた銀髪サイドテールの少女の姿が映し出された

 

 「アナか」

 「『はい、お時間大丈夫ですか皇子さま……と、オーウェン君も居るんですね?』」

 「うん、今はオーウェンじゃないけど、居るよ」

 「『えへへ、わたし達は……割と平気なんですけど、色々と分からないことがあって……お時間大丈夫ですよね?』」

 と、水から声が響いてくる。この地下牢に他に誰も居ない。格子には脱獄を防ぐべく魔法が掛かっているし、監視も居ないと雑だ。おれは逃げても桜理は逃げられないとタカを括ってるわけだな

 お陰で気にせず……

 

 「いやアナ、そっちは声は平気なのか?」

 「『はい、流石に女の子のお部屋ですし、聞き耳立ててる相手は居ないってルー姐さんから言われてますよ?

 あ、あとわたしに保護させたあの子なんですけど、途中で亜人の騎士さんが明日エッケハルトさんと会って貰うと言いつつ受け取りに来てくれてました。皇子さまが手配してくれたんですよね?』」

 ……どうやら、ディオ団長が気を回してくれたらしい。おれはあの子についてその先を考えずに助けてしまっていたが……流石は騎士団長、馬鹿皇子とは頭の出来が違う

 

 「ああ、亜人なら恐らくは」

 「『はい、わたしが居た頃はまだまだ発足して間もないって感じで、わたしと会うことも禁止みたいにされてたんですけど、ちゃんとあの半年で認められてたんですね……』」 

 しみじみと呟く銀髪の聖女。それを見て、当たり前だけど聖都の情勢とかおれより詳しいよな……と納得するしかない

 

 「そういえばアナ、アナから見てディオ団長ってどんな人だった?」

 「『あー、えっと、これは言って良いのかな?って思いますけど……』」

 どこか気恥ずかしそうに少女が胸元で指をくるくると合わせて回す

 

 「『でも、竪神さんからも特徴として聞きましたし……

 実はですね、甘いもの、特に桃が大好きだったり可愛いところがあるんですよ?』」

 ……秘密をばらして申し訳ないって態度で語られるがうん、知ってる

 

 「『あ、内緒にしておいてくださいね?竪神さん曰く、本人は隠したがってるみたいですし』」

 「バレバレだよあの態度」

 「僕にイチオシって桃缶くれたくらいだし……」

 が、頼勇の証言も相まってますます疑う余地が無くなっていくな。元々もう疑っちゃいないが……

 

 と、更に軽く話をしようとしたその刹那、おれの耳は不可思議な音を捉えた……気がした

 気配はない、だが、何か起こったと直感だけが告げている。だからおれはアナに分かるようにそそくさと水筒を仕舞いこんで……

 

 「おぉー、しんにゅーしゃが戻ってきてるねぇ……」

 壁をすり抜けて、二又の尻尾をフリフリ。耳をぴこっとしながら壁の中から現れたのは、桃色の神官服の狐少女であった

 

 「アステール」

 気配はやはり無い。そこに確かに見えているのに、何処にも居ないとしか思えない。呼吸を抑えている訳でもないのに、軽く息をするその唇は一切空気を震わせていないのだ

 

 普通ならば有り得ない。気配とは空気の流れが大きい。動けばそれだけ周囲の空気を動かす。だというのに一切空気を震わせないのならば……

 

 「魂だけ、か」

 出来る限り敵意を向けずに、微笑みを浮かべておれは両手をあげた。アステールは敵じゃなくとも、その背後のユーゴは敵だ。だが、それで刺々しい態度を取らないようにしなければ

 

 「そうそう、ユーゴさまも触れないって悲しんでるんだよねー」

 酷いよねーと耳をぴこぴこと左右に振る少女に敵意は見えない。だが……

 

 「ふっふふー、なーにしてるのかなー、忌み子さん?」

 そう、そうだ。今のアステールは記憶が燃え、ユーゴへの好感を抱いている。つまり敵なのだ

 捕まった筈の男がのうのうと牢獄で飯を奢っている、彼女にとってこれはそういう状況。すなわち……

 

 「おー、これをユーゴさまに言ったらどーなっちゃうのかなぁー?」

 こういうことだ

 びくりと桜理が震えてどうしようと見てくるが……

 

 「アステール」

 おれはそう呼び掛けるしかない。当たり前だ、アステールと敵対したくないし、何より敵意を向けても彼女を捕らえる手段が無い。此処に姿はあっても居ない相手なんて捕まえようがない

 だから、もう交渉するしかないのだ

 

 上手い手だ、と唇を噛む。己の本体がアガートラームの中である事を利用して、止められないのを分かって語りかけてきている

 

 が、と不安げにおれの手に手を重ねてくる桜理に大丈夫だと笑いかける

 「でも、獅童君」

 「サクラ、そもそもね。交渉の余地がないと思ってるならアステールはとっととこの事実をユーゴに報告している。それで終わりだ

 でも、わざわざおれの前に姿を見せた。それは交渉したいから……だろう、アステール」 

 「おー、まずはその今更のアステール呼びを止めて欲しいねぇ……」



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狂狐、或いは上辺の交渉

「アステール」 

 それでも、おれはその呼び方を止めない。何度言われようが変えるつもりは毛頭無い

 これはおれとアステールを繋ぐ絆だ。そんなものと言ってしまった事すらあるくらい細くて意味が薄いが、それでも本来の彼女がおれに願った言葉だ。それを捨てたら、おれと彼女の縁は切れる。ロダ兄がそれを見てたらガッカリしたぜワンちゃん、と非難するだろう

 

 「今更過ぎるんだよねぇ……」

 左右で色が違う瞳がおれを見る。キラキラしたもののない空虚な瞳は今の彼女を端的に見せつけていて。それでも、おれは言葉を交わさずにはいられない

 伸ばしかけた手は握りこみ、奥歯はくいしばって、それでも言葉を探す

 

 「……それより忌み子さん?ステラのおーじさまをころそーとしてる相手に対して、どーして交渉?なんて言うのかなー?

 殺さないでおいてあげるからステラに何かしろーなんて、それこーしょーじゃなくて……脅しだよ?」

 その言葉に怯みはしない。いや、怯むわけにはいかない

 どれだけ言われようと、おれは……

 

 というところで、不意に脳裏に閃くひとつの言い訳

 

 「いや、本当に交渉だよ、アステール」

 「えー?ステラと交渉する何か、あなたにあるのー?」

 こてん、と無邪気に小首を倒して聞いてくる少女。現状の状況とその愛らしさのギャップに頭が痛くなるが、それを振り払っておれは大真面目に頷いた  

 

 「教えてくれるかなー?」

 「そもそもだよアステール。おれ達は、君やユーゴと闘いに来た訳じゃない」

 その言葉に桜理がえっ?と目を見開いているがそれはそれとして、おれは続ける  

 

 「えー、嘘はいけないよー?」

 「嘘なものか。君も知ってる……と良いけれど、別におれ達は君達、いや、正確に言えば円卓の(セイヴァー・オブ)救世主(・ラウンズ)そのものと戦いたい訳じゃないんだ」

 言いながら、おれは天を指差す

 

 「その事は、ユーゴや……そして誰よりもヴィルフリートが知っている筈だ。証言してくれるだろうよ、おれはリックと敵対するつもりがなかった、って」

 「えー?それとこれと、何の関係があるのかなー?」

 「ユーゴはさ、そして彼等円卓も。一応この世界で生きようとしている。その際に、ちょっと互いにやりたいことがぶつかりあって、結果的に戦うことになってるだけなんだ」

 優しく笑って、おれは告げる

 

 「この世界で生きたい、第二の人生をやり直したい、今度は幸せになりたい。そういった想いを、おれは否定したくない。おれたちだって結局同じでしかないんだから。ユーゴとおれ達はさ、不倶戴天の敵じゃなくライバルに過ぎないんだ」

 でも、と強く拳を握りながら天に掲げたリックポーズを止めて胸元に手を引き下ろし、おれは告げる

 

 「そうじゃない奴等が居る」

 ……そうだ。だから戦う。最悪ユーゴ達については、それこそユーゴ派としておれと戦い、今も付き従うあの女の子達と生きていくっていうならば、一部の土地を与えてそれっぽい爵位もあげて、それで満足して貰うって解決法を取れなくもないんだ

 それで彼等がこの世界で生きていくならば、それをおれは止めたくない。その為ならば父に談判くらいする

 

 でも、だ。そうした対話のしようがない神々をおれは知っている。自分にとってのみとはいえより良く生きるために動き、結果的に闘いになる相手ではなく、此方を滅ぼす事にのみ意味を見出だしている不倶戴天の敵を

 

 そう、それこそが

 「アージュ=ドゥーハ=アーカヌム。そしてティアーブラック

 この地を滅ぼす為に現れた二柱の神。おれにとって、いや、おれたちにとって本当に敵なのは彼女等と、それに喜んで従っている者達だけだ」

 その言葉に、狐耳の教皇の娘はほえー、と間の抜けた笑みを返してきた

 

 「ユーゴさまは違うのかなー?

 円卓のーってステラ良く分からないけどー、そのティアーブラックが率いているんだよねー?」

 それには頷く

 

 「うん、僕も入れと言われたよ」

 と、桜理が補足してくれる。いや、そんなことしてたのかあの神様。積極的に動いているのは人懐っこいシュリだけかと思っていたから意外だ。案外出不精とかじゃないんだな

 

 「あ、違うよ獅童君。あのカミサマ自体じゃなくて、その使徒を名乗る人」

 そう言われて納得する。あの真なる神を名乗る奴が見下してる人間をスカウトしに行くとか無理そうだもんな

 「へー、そーなの?

 つまりー、ステラ達が敵なんじゃなくて、本当は彼等さえ倒せれば良いって言うのかなー?」

 強くおれは頷く

 

 「散々敵対してきて今更だよ。でも、だ。どれだけ好き勝手してても、この世界の住人でハーレム計画立ててても!」

 それ自体個人的にはどうかと思うので語気強く、拳を軽く横に薙いで続ける

 

 「考え方が逆なんだ。ハーレムを築いて好きに生きるって事は、少なくともこの世界で生きようとしてくれている。分かり合える余地があるんだよ

 でも、だ。かつての魔神族やあの神々にそれは無い。だからおれは皆を、この世界を護るために彼女等を討つ」

 「忌み子さんの意図は分かったけどー?」

 冷たい視線がおれを見る。尻尾が怒りからか膨らんで見える

 

 「それと、実は今回ユーゴさまと闘いに来た訳じゃないって繋がらないよねー?

 どーして、此処に来たのかなー?」

 が、その一見痛い質問にも怯まない。表情一つ変える気は無いしその必要もない

 だってその質問くらい分かっていた。だから答えも当然、シュリがくれた!

 

 「誤解だよ、アステール。おれは君に対して相当な借金がある。ユーゴを通してそれを返しに来たんだよ」

 「え?そうなの?」

 いや驚くな桜理。完全に当初の予定にはなかった話だ

 

 「オーウェンは知らないよな、たまたま聖都が見たくて着いてきたんだもの」

 これも嘘。細かい嘘を重ね過ぎれば見破られるだろう。が、アステールの中におれの味方をしたい無意識がまだあるならば、筋を通せば交渉しきれると信じて押し通す

 

 「借金?覚えてないなー?」

 「あるよ」

 と、おれはまだ持ってきていたくしゃくしゃの遺書の一節だけを切り取って見せる。全体見せたらアステールの遺書だから内容を読まれて全部の策が破綻するので、破り取った借金をこう返して欲しかった、の一節だけだ

 が、それをふんふんと鼻を紙に近づけて読んだ少女は頷く

 

 「ステラの字だねぇ……借金を返してって、確かに書いてるねぇ……」

 「だからおれは来た。変なすれ違いはあったけれど、君に借金を返すために」

 「借金を返すなら、何をするのかなー?」

 「混合されし神秘(アルカナ・アルカヌム)の切り札(・アマルガム)、【笑顔(ハスィヤ)】。おれ達にとって不倶戴天の敵の一人が、聖都に現れている。それを知ったから、おれは来たんだ

 ユーゴを騙し、決定的な亀裂を産み出そうとする彼を止めるために」

 うんうん、とそれに頷く狐耳。それで通るんだ……とばかりに目をしばたかせる黒髪少女

 

 「えー、理屈は通るけど、ほんとーに居るの?」

 「マーグ・メレク・グリームニル。何者かに扮していて、今はまだ正体が掴めないが……」

 恐らくって人は居るけれど、確証無しに言葉にしたくなくてそう告げる。下手に刺激されたらたまったものじゃないしな

 ディオ団長に任せてきたサルースとか、あいつなら大丈夫と信じてるエッケハルトとか、ルー姐に任せきってしまってるアナとか……彼に動かれると色々とバラけて動いているのが仇になって誰か傷付きかねないのだから、正体不明の方がマシ

 

 「え!?嘘、僕をスカウトしに来たあの仮面の人!?」

 いや大分昔から動いてんだな笑顔(ハスィヤ)!?

 「あー、あのいやーな仮面の人ねー

 ステラも気を付けた方がいーよ?って思ってたんだよねぇ……でも、ユーゴ様は、AGX-03(オーディーン)ごときでAGX-ANC14B(アガートラーム)には勝てないからってー」

 ひょこひょことおれから軽い足取りで離れながら、アステールは何かを暫く考え……

 

 「仕方ないなー、ステラはユーゴさまのために、黙っておこーかな?

 でも、一つだけー。裏切らないでね?ということで」

 一瞬狐娘の言葉が途切れる

 

 「偽ゼノ皇子の処刑、騎士に首を斬らせるけれど、貴方がやってねー?

 多分だけどー、騎士の中に入り込めてるんだよねー?」

 っ!バレてるか。奥歯を噛み締めつつ、何も抵抗するわけにはいかずに大人しくおれは頷きを返した

 

 「おー、おっけー

 ……ステラの信じていた夢のおーじさまは、誰かのために必死になれる人。少しだけユーゴさまの為に燃えちゃった記憶があるのは知ってるけどー

 ステラの夢見たおーじさまなら、頷く筈がない。あの偽物を助けるために、死力を尽くすと思うんだー

 じゃあ、あれは夢でしかなかったんだよねー。それならー、貴方がユーゴさまに勝てる筈がないよねー忌み子さん

 ステラ、これで安心。明日はよろしくねー、そして、ユーゴさまの為に、ちゃーんとあの変な仮面の人、追い詰めてねー?」

 それだけ言って、何処か寂しげに少女の魂は壁を突き抜けて再び消え去った

 

 だが……言葉の槌に頭を殴られたような衝撃で、おれはそれをぼんやりと追うことしか出来なかった




なお、忘れないで欲しいのですが、今のアステールってユーゴに命握られて記憶も改竄されてる状況です。一番内心吐いてるのアステール本人です。あんまり嫌わないでおいてあげてください。
今章でちゃんと元のアステール戻ってきますので……


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相応しい者、或いは迷い祓い

狐少女の姿が消えたその牢獄でおれは暫し立ち尽くす

 

 「本当に、どうしてだろうな……」

 右手にまたくっついてきた銀鱗のパーツを見下ろしながら、ぽつりと呟く

 「獅童君?ねぇどうしたの?」

 「サクラ……おれは、全てに手を伸ばしてきていた……

 その筈だし、間違ってたなんて思わない。なのに、どうしてだ?

 

 おれは、アルデの手を取らないことを最初から良しとしていたんだ?何時からだ?」

 答えは出ず、思考は堂々巡りの迷宮へと

 

 「阿呆」

 が、それを引き裂いて、静かな罵倒が響く

 シロノワールだ。影から顔を覗かせた魔神王が、言葉とは裏腹に満足げにおれを見上げていた

 

 「……シロノワール?」

 「教えてやろうか、人間」

 「教えてくれるのか、寧ろ」

 おれ自身ですら答えが出ないのに

 「貴様は何も変わってなどいない。あの狐は何も見えていない」

 「けれど」

 「簡単だ。アルヴィナに相応しくなってきた。だからこそ、貴様は想いには何一つ変化がないままに、ただ基準が変わった」

 「基準?」

 

 ふっ、と金髪の男は笑う

 「人間、生物は何時終わると思う?

 肉体が死したときか?」

 じっと見詰められて、言葉を紡げない。死んだ時だ……と、昔は言えていたその言葉が今はもう口から出てこない

 

 「違う。アルヴィナなら呼び戻せる。貴様も幾多背負っているだろう」

 ただ、おれは頷きを返してアルビオンパーツを見詰める

 「そうだ。終わりとは肉体の死ではない。死とは、無意味となるのは……想いが(つい)えた時だ」

 冷徹に、氷の微笑を浮かべたままに翼を大きく拡げ、先導者たる八咫烏の魔神はおれへとその手を差し出した

 

 「そうだとも。アルヴィナに相応しく……貴様は唯、その肉体の命ではなく本当の意味での彼の死を迎えさせぬべく、死力を尽くしているに過ぎん。何故(なにゆえ)あの狐は己が死に瀕していながらもその事にすら想い至らんのか、理解に苦しむ

 いや、あまりにも人類ごときに期待しすぎということか。私も妹のために馴れ合いすぎたか」

 言いたいことだけ言って、おれの影に潜って魔神王の姿は消え去った

 

 が、もう大丈夫だ

 「うわ、自分勝手だね……」

 「だが、助かった」

 そうだ。揺らいでちゃいけない

 

 「ありがとうなシロノワール。忘れちゃいけなかったのは……ただ目の前の人を短絡的に助けるだけがやるべき事じゃ無いこと」

 アステールに言われる事がなくて、つい思い詰めすぎていた。本当に必要なことを見失いかけていた

 

 「うん。僕の好きな獅童君の顔」

 そんな風に言う少女の頬は赤い

 「って勿論何時もがダメって訳じゃ無くて

 いやいやそれより別に好きって恋愛とかそういうのじゃなくて……ううんそうでもなくて……」

 要領を得ずにもごついて指をつつく少女に苦笑して、調子を取り戻せたおれは落ち着け桜理と桃缶の中身を口に突っ込んだ

 

 「獅童君、結構無理してあの子と話してそうだったけどもう平気?」

 「大丈夫だよ、サクラ。わからず屋なアステールに教えてやる。手は伸ばした。この手はちっぽけで、一人じゃ何にも届かないけれど。手を繋げば誰かに届く

 君を助け出すのはおれじゃない。アルデの、ディオの、アナの……君に向けて伸ばされた無数の想いの手だ。おれはそれを繋ぐだけ。アルデを救わないんじゃない。その想いを死なせない為に、背負うんだって」

 「……うん。僕に出来ることって……本当に全然無いけど。それでも、いってらっしゃいくらいは言えるから」

 と、おれはぽんと少女の肩に手を置いた

 

 「ん?どうしたの?」

 「いやサクラ。しんみりしてるところ悪いが……そもそもおれ、アステール乱入でうやむやになったが、本当に彼女に向けて言った通り、対【笑顔(ハスィヤ)】を練りに来たんだよ

 アステールが答えをくれちゃったが、奴はやはりおれの……そしておれ達に手を貸してくれた墓標の精霊王(ユートピア)の知らないAGXを持っていた

 AGX-03(ドライ)オーディーン。君のと同じくANC(アンセスター)と付かない謎の機体。そいつについて教えて貰わないとちょっと帰れないんだが?」

 「……あ、そうだった」



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処刑、或いは銀の腕のカミ

そうして桜理から色々な話を聞いたおれは、騎士アルデとして……

 アナが昨日聖歌を披露しに行った大聖堂の前に広がる大きな広場の中央に据えられた大きめの木の台の上で、其処に設えられた十字架に体を吊るされた青年の前に立っていた

 

 ぐったりした青年の左頬にはおれと同じ大きな火傷痕が残されている。本来耳の形がおれとは違って猿のようなふさふさの毛に覆われているのだが、それは耳の毛を耳ごと一部削ぎ落として補聴器の役目を持つ魔道具を使うことで誤魔化している。コアになっているのはおれがあの日……以前馬車に轢かれそうになった彼に耳が聞こえないから危険すら分からないのかよとあげた補聴器だ

 本当に……痛ましい。自分でおれに似せるためにメイクではなく実際に己の顔を焼き、左目を抉り、耳を削ぐ。どれだけ思い詰めた覚悟があれば、それを良しと出来るのだろう

 おれだって、自分で左目をアルヴィナにあげたことはあるが、それくらいだっていうのに

 

 ぐったりしたような体勢で吊るされながら、おれのフリをした青年はそれでも意思は死なずにおれを見詰めていた

 

 「あ、あの!皇子さまを処刑するなんて間違ってると……」

 「煩い!聖教国から出てった偽聖女は黙ってろ!」

 おれから遠く、特等席という体で割と近くで目を逸らせない状況に追い込まれたアナがとりあえず抗議して、ユーゴに一喝された

 

 まあ、これは茶番だが。おれ自身は目の前で処刑執行人の騎士アルデやってるってことをアナは知ってるからな

 だから、怯えたように食い下がらずに口をつぐむ。せめて何か言っておかないと怪しいってだけで、本気でユーゴと争う気はないからな

 

 周囲には沢山の人々が詰めかけている。かの色んな意味で有名で、何で生きてるんだとまで言われた忌み子ゼノが教王ユガートに楯突き多くの被害を出した罪で処刑されるとあって、平の信徒からお偉いさんまで大量の人々がその結末を見届けに来てしまっている

 

 もっとこじんまりしていて隠されていたら色々と出来たが、正直ここまで野次馬を集められてしまえば何もしようがない

 彼を助けられたりしないかは一晩シロノワールと吟味した。が、無理だと結論付けた

 無論彼が本気で魔神王としての全力を出すとか、後先考えずにやらかせばこの場だけは何とかなるが……未来が無さすぎる。おれ達に必要なのは託された想いを繋ぐ明日だ。流石にそんな手は取れない

 

 昔のおれなら其処でやるしかない!って言ってたろうが、もう言わない

 

 だからこうして、おれは執行人として此処に立っている

 連れ出されてユーゴ御付きの騎士クリスに拘束されながら遠巻きに見ているしかない桜理、ヴィルジニーや枢機卿と共に観覧席で見ているエッケハルト、ルー姐と共に近くで見詰めさせられているアナ……皆も集められて結構な状況だ。下手な動きは出来ない

 

 アステールはこれでおれを追い詰めた気になっているのだろう。ふふーんとアガートラームの巨大な掌、その親指の上に座ってユーゴの横で自慢気に尻尾をくゆらせている。その横で……もう片方の掌の上に呼ばれて何処か心配そうな顔でおれを見てるシュリが居るのが笑えて、何だか緊張感が無くなってしまうが

 

 広場の中心から少し聖堂側にズレた処刑台、そして……嘲りの顔をしたユーゴは、そのすぐ目の前に顕現させたアガートラームからおれを見(くだ)している。二対のブレードアンテナを備えた精悍な顔立ちをした巨大なカミ。他のAGXと何度も対峙した後に改めて、近くでその存在を見ると存在感の違いに驚かされる。エネルギーを通して黒い鋼を赤青の合衆国色に色づかせて強度を上げていたATLUSとは比べ物にならない程に、眩き白銀の巨神の装甲は堅牢。正直な話、ファンタジー金属である竜水晶(ドラゴニッククォーツ)とも遜色無い強度だろう

 地球でその硬度に至るってどうやって辿り着いたんだよと聞きたくなるレベル。正直な話、多分至近距離の水爆の爆発を装甲だけで耐え抜けると思う。そこから斥力フィールドだ蒼輝霊晶だのバリアがあるんだから嫌になる

 

 だが、こいつを撃墜……まではいかずとも相応に追い込まなければ、アステールが託してくれた対処法も使えない。一瞬動きを止められたとして、其処で相応にダメージを与えてアステールをかの機体の中から引っ張り出すことで救わなければ、勝ちじゃない

 だからおれは、じーっとおれを眺める来賓であるシュリの方を見る。あの左腕……通常の人型機体としては大きなその銀腕の中には、ゼーレ・ザルクというパイロットの大切な人を閉ざす柩があるのだという。ちなみに、その周囲にはゼーレ・グレイヴなんちゃらチャンバーという同じく(ゼーレ)の名を冠したシステムがあり、死者の無念を雷に変えてブリューナクを放ってくる

 逆にユーゴの居る右手側には縮退炉が……その内部の事象の地平線に未完成のティプラー(タイム)シリンダー(マシン)が搭載されているんだっけ?だから最後の瞬間、おれが狙うべきは左腕って訳だ

 

 いや、更にレヴシステム含めてワケわからんエンジン3種類積んでるのは何とかならないかあれ……出力が過剰すぎて正面から戦うのが怖くて仕方ないんだが。何と戦う気なんだよあいつ

 ……いや、神話超越(オウス・オーバー)の誓約(マイスガイザー)略してゼロオメガらしいが……逆に正規パイロットの乗った完全体アガートラームでゼロオメガどころか配下の精霊王に勝てなかったってのが怖い。最終的には、あいつらと対峙しなければ世界もシュリも救えない、始水との約束も果たせず、明日を掴めないというのに

 

 なんて、現実逃避してる場合ではない

 流石にユーゴも学習している。今回はアガートラームの掌の上でふんぞり返っていて、隙はない。前みたいに降りてきてくれたら守りが疎かだなとこの場でボコれるんだが、流石にバリアを貫通しながら戦うのは無理だ。此方が持たないし、何より即刻動き出した巨神にアナや桜理が殺される

 

 「さぁ~てと、クソ皇子。言い残すことはあるか?

 あるよな?叫べよ、虚しくよ」

 「……無い、と言ったら?」

 おれのように静かに告げるアルデ。その声はおれとはまた違う声音だ。流石に誤魔化せていない

 

 「んんん~?」

 にやりと顔が歪むユーゴ

 「お前そんな声だっけー?我が知ってる声優と、なーんか違うなぁ……」

 ……分かってるのだろうか、アステールが伝えたのだろうか?おれは此処に居て、彼はアルデだと

 そうすれば、おれを狙う代わりにアルデへの敵意は消える。どうでも良いと切り捨てる

 

 いや、とニヤニヤした金髪の豪華すぎる服に着られた男を見てそうじゃないと判断する。単に違和感からカマかけてるだけだな、アステールがおれを見ていないから、教えて貰ってなさそうだ

 

 だが、アステールの視線は……と辿れば、勝ち誇ったその表情の先に居るのは、見覚えのあるメイド。確かユーリと言う彼女が、銀腕の紋章を掲げた騎士の中でユーゴを応援していた

 

 ……何だ、隙だらけじゃないかユーゴ

 最低の戦略(人質作戦)ひとつで、お前を一個切り崩せる。おれみたいにせめてルー姐クラスを付けておけよ?

 

 と言いたいが、おれもそういう護りは疎かだから何も言えない。桜理なんて人質として差し出して殺さない方がオトクという相手の利で無理矢理安全保障してるレベルだし、おれの方が不味いな。自省しつつ何とかユーリを捕虜にしてあいつの動きを封じよう

 

 「……逃げる際にバレないよう、喉を……焼いてな

 知ってるだろう、左目と同じだ」

 いやおれの左目は……アルヴィナにあげたから似たようなもんか!説得力が割と凄い!何で知って……

 ああ、アナから聞いてたんだな多分

 

 けほけほしつつ訴える偽おれの前でおれは何となく共感して……

 

 「ふん、どうだか」

 その言葉と共に、おれの横から青き結晶の刃を携えた一対のビットが飛んできて青年の胸元を切り裂いた

 服が破かれ、確かに喉には酷い火傷痕が見える

 

 「はーん。無駄だったようだが、なっ!」

 勝ち誇り、シュリが付けたろう紫の毒々しい鎖が巻かれた白銀の鞘に納められた月花迅雷を掲げるユーゴ

 「お前も、お前の兄も!勝てやしないんだよ……この七大天を越える銀の腕の神、ユガート様にはな!」

 その言葉に、青年は小さく笑った

 

 まるでおれへ、何か遺せたとでも言いたげに、柔らかく、ただおれを見て

 

 ざわつく周囲

 それもそうだろう。この地は聖教国。何よりも七大天信仰が強い地なのだから。幾ら絶対の力を持っていても、本当に神にも匹敵するアガートラームがあろうとも

 こんな場所で七大天を愚弄して神を名乗る奴は反感くらい買う

 

 その視線はおれ……ではなく、何処か当たり前のように巨大な斧を背負い、ヴィルジニーの横で憮然としている炎髪の青年に向けられていた

 

 「ってか、何時かこうなるって分かってたろゼノ。自業自得だ」



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処刑、或いは荒ぶる怒雷

「ほ、本当に良いんですの!?」

 なんて、何処か能天気なようでいて、警戒は流石に怠っていないエッケハルトに食って掛かるのは毛先に書けて銀になっていく特徴的な髪色の少女ヴィルジニー・アングリクス

 そんな少女にどうどう、しながら、炎髪の青年はあっけらかんと頷いた

 

 「そもそも、ゼノのアホ頭可笑しいんだよ、考え無しでさ

 良い薬だ」

 と、その言葉に何となく理解する。ああこれ、処刑されて死ぬと思ってないな?と

 

 最低限身を護るためにアイムールを顕示して、後はおれが死なないと思って任せてる感じだ

 が、まあ信頼感を出していたら怪しまれるから突き放してる……と。いやそうだよな?諦めてないよなおまえ?

 

 と、ちらりと人々の視線に合わせておれも彼等を見るが、何とも表情は読みにくい

 諦めてそうにも、そうでないようにも……少なくともアナをチラチラ見てるのは分かるが、それはそれだ。いつもの事

 

 「ふん、そうだな、良い薬だ」

 「エッケハルトさん……」

 「アナちゃん、何も考えず勝手にこの国に楯突いた奴なんて、処刑されて当然だろ」

 「でも!」

 「俺達の敵は、明日のために戦わなきゃって相手は!魔神族だろ!」

 うん、正論だと静かに頷く

 

 まあ、ユーゴ相手に食って掛かって良いことはないからな、とおれも彼に同調するように頷いた

 更に、周囲もその言葉にはっ!としたようにざわめきの波が引いていく

 

 ただの一喝で、それっぽい言葉で、起きかけたユーゴへの反抗心を抑えて見せた。やはり彼……この地では何か救世主扱いされてるだけあるな

 が、これは悪いことじゃない。この場では収まるが……そもそもユーゴは『魔神族相手にまともに戦う素振りを見せていない』のだから。この場でノリに任せて蜂起する気は無くなっても、不平の火は燻り続けるだろう

 

 穏便に爆弾を作って、この場は終わり

 それはおれにとって希望の灯火。全く、意図してか分からないが良い仕事だよエッケハルト!

 

 処刑に立ち会わない気なのか姿を見せないアウィル、ディオ団長に見守られているサルース。それらも確認して、完全にざわめきが収まった時、にぃと嗤うユーゴの顔があった

 

 「見棄てられたな、お前

 ま、アイムール持ってる変なのも正直我等側じゃね?って思うし当然当然。我が世界に、忌み子だ攻略対象だ要らねぇんだよ」

 ビット兵器が再度閃き、青年の胸元から血が飛沫(しぶ)

 「何か言えよてめぇ」

 「……此処からの勝ち方を探している

 あの日のように」 

 おれがアステールにあげたコンタクトと同じような血色のカラコン。それを嵌めたアルデの右目が、じぃと空を見上げた

 

 「はっ、奇跡は二度起きないから奇跡って言うんだぜ?」

 と、金髪の青年は意地悪げに横の狐娘の肩を叩く

 「まあ良いや、治してやれ」

 っ!と奥歯を噛む

 

 やられた。当然ながらおれは呪われているから治癒の魔法が効かない。だが忌み子ではないアルデには効く。その矛盾をどうすべきかは考えていなかった

 

 いや、対策を思い付かなかった

 

 どうする、君はどうしようと思っていた?

 もう、やるしかないのか?と愛刀へと手を伸ばすか迷う

 

 というかこのやり口、前に傷を治してみて最初から偽物とバレているのか?と思いながらユーゴを見上げれば……怪訝そうな顔をしていた

 いや、違和感は感じているが偽物と確信は無いな、だから試しに来たって事か。本物なら処刑で良し、偽物ならおれを煽って炙り出せると

 

 「ふっふふー残念だったねー忌み子さん?

 勝ち目はないよー。ユーゴ様は生きてるかみさまだからねぇ……」

 「七大天様も生きておられるかと」

 思わず突っ込むおれ

 

 いや、始水とかかなり親身になりすぎてるくらいだからな?干渉し過ぎると危険というか、今既に二柱ほど現れてるゼロオメガがもっと来ても可笑しくないから神が干渉しにくくしてるだけだからな?

 それこそ、アガートラームが挑んだというゼロオメガってアージュでもアヴァロン・ユートピアでも無いだろうし……他にも居るとか頭痛くなるのも分かる

 本来のアステールならそれを知らない筈もないので、思わず声が出た

 

 「おー、そうだけど、ユーゴさまはここに居るからねぇ……」

 「ステラ、ユガートだ」

 「あー、そうだったごめんねー?」

 何だろう、変に気が抜ける。が、アステールに対しては何も出来ず、ユーゴへは今挑んでも届かない

 

 っていうか良く考えたら今のおれ、始水とのリンクが上手く繋がってないから星刃界放が出来ないじゃないか。そんな状態で勝ち目とか端から無い

 少なくとも、スカーレットゼノン・アルビオンへの変身無しでは無理だ

 

 本当に、時間稼ぎするしかなくて。それを命を捨ててかって出てくれていた青年に疑いが向けられていて。全てが台無しにされそうなのに何も出来ずに奥歯を噛んで拳を握ることしか、出来ることはない

 

 そうして、魂だけのアステールの指先から放たれた炎が、青年の胸元を癒していく。炎に炙られ、じゅくじゅくとした傷口が盛り上がって塞がっていく

 そして……唐突に途中で再生が止まったかと思うと、どばっと血が治りかけた傷痕から噴き出した。見れば、より大きな傷口が開いている

 

 っ!そうか!と内心で理解する

 良く良く横目で周囲を探れば、ディオ団長等がこっそりと魔法を唱えている。一つは恐らく治癒の阻害、そしてもう一個は傷を開かせる魔法だ。これで、治りかけたが呪いでやはり傷は悪化したという嘘を演じた

 そうだな、おれ達だけでは無理でも、元々アルデはあの騎士団の一員。騎士団ぐるみで嘘を突き通す気があれば、誤魔化しは効く!

 

 だがそれは、バレたその瞬間に全員ユーゴの敵になるということ

 あまりにも思い切りが良すぎる

 

 そんな風にほんの少し狼狽えるおれの態度を呪いに怯えたとでも思ったのだろうか。満足そうに頷いたユーゴはどっかりと膝を立てて鋼の巨神の掌の上に座る

 

 「ま、呪われてんな」

 いや、おれの身の呪いって最初から治りかけないが……ユーゴがそれを見たことは無かったっけ?

 だから、原作知識の回復魔法がダメージになるという点だけで、安易に納得してくれた、と

 

 そう安堵したおれの前に、何かが降ってきた。それは……

 「この、武器は?」

 名前を知らないかのように惚けて首を傾げ、おれは見上げたユーゴへと尋ねた

 が、本来は知らない筈はない。オリハルコンの鞘に納められた、一角を携えた天狼を模した蒼刃。銘を、湖・月花迅雷

 相手を油断させるために回収させた愛刀が、鞘ごとおれの眼前に突き刺さっていた

 

 可笑しい、おれは呼んでいない。だとすれば……今確保しているユーゴがおれに向けて投げたということ

 

 「……自分の武器で死ねよ、忌み子皇子」

 そういうことか、と投げ掛けられた言葉に理解する

 つまりユーゴは、アルデをおれに殺させる際に愛刀で止めを刺させようというのだ

 

 全く、悪趣味だと思いながら鞘ごと台に突き立った愛刀に手をかけて引き抜く

 ぱしっと走る雷鳴と共に、見慣れた蒼き刃が白日の元に晒されるが……違和感がある

 

 成程、本来はある程度暴走するように仕向けてあるようだ。それを月花迅雷の中に今も残る母天狼の意志が止めているから変なバチバチした空気を感じるのだろう

 

 だからおれは、良いよと角をユーゴから見えないように撫でる

 暴走しろ、月花迅雷。傷付けて構わない。そうでない方が、ユーゴに教えてはならないことを教えてしまうから

 

 そうして……鍔の角からスパークする桜色の雷がおれの手を軽く傷付けるなか

 「殺れ」

 おれは、青年の胸に、わざと持ち方を普通の直剣のように少し変えて握りこんだ愛刀の切っ先を突き立てた



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呪い、或いは正体

「かふっ……!」

 愛刀が心臓を貫く。その瞬間の感触は殆ど無く、こんなに柔らかいものなのかとだけ思う

 が、流石にそこから振り切るには骨が邪魔をして抵抗がある。肉体も生きようと力を込めて刃を留めようとする

 

 そうして、吐き出された血を見えない左目に浴びながら、ただ、おれは立ち尽くす

 

 「最期に、聞か……せろ……」

 途切れ途切れのしゃがれた声

 おれの想いを代弁するかのように、死の間際の青年が叫びをあげる

 

 「はぁん?しょーがねぇなぁ、冥土の土産が欲しいってなら、別に?」

 掌からブレードアンテナを携えた頭の横へと移動してアンテナを掴んで肩に腰掛けるユーゴ。巨大ロボとしてはまだ小柄寄り(20m無いくらい)だから腰から上でも頭位はあるのでそんな体勢になるようだ

 

 「多少教えてやっよ、我は寛大だろ?満足して地獄へ行け」

 その言葉に、少しだけ思考を巡らせるおれ

 

 ユーゴが答えてくれるなら、と思ったが、そもそもこれはおれへの言葉じゃないと思考を振り切る。これをおれが問い掛けたら台無しで……

 

 『聞くべき、ことは』

 不意に、そんな声が聞こえた気がした

 

 どうして、お前はこんなことをしている、と聞きたい。そうおれは己の思考を脳内で、始水に告げるように語る

 聞こえた声は間違いなく彼女のものではないが、それでも

 

 「ユーゴ!お前は……っ、ごふっ!

 どうしてこんなこと、をする。魔神族と戦おうとすらせず……っ」

 一度咳き込みながら、おれに心臓を貫かれたアルデが聞きたかったことを叫ぶ

 

 ……さっきの声、ひょっとして

 『……ボク』

 っ!?アルヴィナ!?

 『ボクの呪い。死に貧した相手の声が聞こえる呪い。【断末魔の残響】

 本当は、死に貧した相手の苦しみと嘆きで精神を責める魔法だから、皇子にも効く』

 なんて、呪いに組み込んでおいたのか原理の解説すらしてくれるアルヴィナボイス。というか、出発前におれの耳を甘噛みしながらしゃぶってきたのはその呪いの為だったのか

 

 ……違う気がする。多分呪いの為にかこつけた趣味だ。呪うだけならもっと手軽な筈

 

 だが、助かったよアルヴィナ。お陰でアルデと少しだけ、バレずに言葉(おもい)を交わせる

 

 そんな風に魔神娘に小さく礼を告げて、おれはアルデと共に天を、聳え立つ白銀の腕を持つ機械神を見上げた

 

 「皇子さまっ!」

 「眼を逸らすなよ、偽聖女が。貴様が招いた、紛い物の結末だ」

 良い気味だ、と嘲るように、寂しそうに嗤うユーゴ

 「逸らしません。あの人の苦しみを、少しでもわたしも分かって一緒に持ってあげたいですから」

 それに対して、信徒の人々にぐるりと取り囲まれた少女は、胸元に両手を合わせながら力強い視線を返す

 

 「まあ、好きにしろや。シャーフヴォルの野郎のモンとか興味ねぇからよ」

 けっ、と何処か寂寥を感じさせる虚ろな嘲りを消し去って青年は吼えた

 「んで、何でだって?

 寧ろどうして、わざわざ戦ってやる必要があんだ?アガートラームさえあれば、あんなもん雑魚の集団だろ。魔神王だろうが銀腕の前には唯の」

 っ!落ち着けシロノワール!

 影から怒りを顕に翼を出そうとする魔神王の魂をアルデの体を影にして隠して足で押し込む。不満げに足首を嘴が貫くが無視だ

 

 「生け贄に過ぎねぇっての」

 「ならば!何故だ!」

 「だからよ?何言ってんだよてめぇ?まるで、魔神族に勝てる力があるから戦えってご立派な事をほざいてるように聞こえるが……んなことねぇよな?」

 「残念だが、その通りだ」

 おれが意志を伝えるまでもなくアルデが思ったのと同じ言葉を吼える

 

 「ああ?てめぇ馬鹿か?何でそんな事をしてやらなきゃいけねぇんだよ?」

 「それが……それが、力を持つという」

 「だったらよ!てめぇは何でそこに居る。どうして二度も僕に殺されてんだよ、獅童がよぉっ!」

 

 ……その叫びに、漸く彼を理解した。そうか、ユーゴ……お前は

 あの日、獅童三千矢を閉じ込めた少年の一人だったのか。いや、だから何だというのだ

 

 「……それとこれとが、関係、あるか!」

 おれのそんな意識を受けて、アルデが吼え……喉から血が飛沫いた。愛刀は突き刺したまま、まだ心臓部が潰れていても出血だけは防いでいるが……吐血は止められない

 

 「ああっ!?分かんねぇのかよ!見捨てられて殺されておいてよぉ!」

 「何が、言いたい……」

 「だからよ!分かってんだろうがてめぇ!

 ゴールドスターだなんだ、力を持ってる奴らは居る。そして持ってる奴等だけで楽しくやってんだよ!僕等が日々の生活にも苦しんで、てめぇに八つ当たりしてたりした間にも!有り余る金で好き勝手してたんだろうが!」

 ……は?

 

 何言われているか理解できない

 「さらっと殺されてよ、てめぇは何にも護られてない。楽しみも金も何もかも!持ってる奴等が下々なんて省みずに好き勝手やってるだけだ!

 転生して分かったろてめぇだって!」

 その何時もの傲慢さをかなぐり捨てた悲痛な叫びに、ようやっと言いたいことを理解する

 

 ああ、こいつ……おれが始水に見捨てられたとか思ってるな?だからこうもズレる

 

 『……ズレ?』

 ああ、始水は……龍姫様は今もおれを、おれ達を見守って手助けしてくれている

 あ、でもアルデ、それは言うなよ?

 

 「だからだ。転生してこの力を得たんだ。持つ者になったんだから好き勝手して、何が悪い!」

 「……本当にそうか?」

 おれの意志を汲んだアルデは、最期に、たった一言そう告げた

 

 「っ!うっせぇよ!殺れアルデ!とっとと殺せ!」

 タイムオーバーか。が、アルデは散々色々とやってくれた。ユーゴの真実とか本音を引き出して、幾ら銀の腕のカミを持っていてもという不信も何もかもを人々に植え付けてくれた

 

 その瞬間の……肉体の抵抗が消えてすっと刃が肉を両断する刹那の無いに等しい感覚を、おれは二度と忘れないだろう。いや、忘れるものか

 

 言いたいことはあるか、アルデ

 内心でアルヴィナの用意してくれた呪いで問い掛ける

 『……出来ることならば、もう一度幸せそうに笑うあの方を、見たかった

 頼む、皇子……』

 閃く刃、斜め上へと振り上げたそれを、傷口を辿るように袈裟懸けに斬り下ろす

 

 おれの近くでそれを見守るのは、何も言わずに見守っていた、狐娘

 そんなおれ達に向けて、何処までも優しく微笑んで。おれに化けた騎士の上体は台へと転がり、二度と起き上がることは無かった

 同時、肩に隠してあるアルビオンパーツに小さな重さが加わる。その重量は21グラムほどだが……おれにはその何倍も重く感じた

 

 「ちっ……帰るぞ、ステラ!

 ユーリ、後片付けしておけ。ちゃんと月花迅雷を回収してろよ!」

 それだけ告げて、銀の腕の巨神は重力球に呑まれて乗り手ごと姿を消す

 

 「……儂、やはり嫌われておるの」

 一人だけ空中に取り残されたシュリが憮然と呟くのが、何故か耳に残りながら……友を斬った愛刀を鞘に収め、おれはその体を受け止めた



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異伝 銀腕の王と心に刺さる棘

「クッソ……」

 もやもやする気持ちを抑え、金髪の青年……ユガート・ガラクシアース、いやユーゴ・シュヴァリエは豪奢な部屋で一人言葉を溢す

 「おいユーリ!とっとと飯を持ってこい!」

 なんて叫んでおけば、少しして公爵令息時代からずっと着いてきているメイドの少女がそそくさと焼き上げた高価な肉を持って現れた

 

 公爵家で育ったとは思えぬ粗野な切り方、置かれたナイフが柔らかすぎて崩れるように切れる肉を通り越し、皿を引っ掻いて音を立てる。それを無視してユーゴは肉汁滴るミディアムレアに焼き上げられたそれにかぶり付き、勿体無いほどに豪快に呑み込んだ

 

 「……ちっ、うっせぇよ」

 「ユーゴ様。どうぞ」

 そのまま同じく少女から差し出されるワインをグラスを引っ掴んで一気飲み。ガン!と白いレースが敷かれた机に空になったそれを叩きつけ、青年は頭をかきむしった

 

 「ユーゴ様、何が」

 「何でもねぇ、何でもねぇ筈なんだ。何一つ食らう筈がねぇ」

 「ですが、お顔色が……」

 「黙ってろユーリ!僕は無事なんだよ!

 なのに、だのに!何だってんだ……」

 乱暴に高級なものを食い荒らしても、喉につかえた何かは取れない。苦々しげにユーゴは吐き捨てる

 「『本当にそうか?』だと?

 相変わらず無駄にイライラさせるのが上手い奴だ」

 「ですが、あの忌み子は死にました。ユーゴ様のアガートラームの一撃を耐えたあの日とは違って、死んでくれましたよ?」

 「あぁ!?

 死んでねぇよあいつ!」

 「ふぇっ!ふぇぇぇぇっ!?」

 青年の当たり前だろとでも言いたげな言葉に目を見開くメイドの少女

 それを見て何とか冷静さを取り戻したように、金髪の教王は小さく頭を振った

 

 「おー、そうなのかな、ユーゴさま?

 ステラ、ちゃーんと死んだの確認したよー?」

 「いや死んだぞステラ

 でも……我が気が付かないとでも思ってたのかよ、アホが。てめぇは獅童だ、我と同じく真性異言(ゼノグラシア)

 一回殺して死ねば世話はねぇっての。どうせ、わざと殺されてよ、もう死んだからって警戒を解かせた後で一回復活できる共通のチートで寝首でも掻こうって魂胆だろ?」

 けらけらと笑い、青年はワインを今度はメイドに卓上に置かせた瓶からラッパ飲みしながら調子を取り戻したように言葉を続けた

 「見え見えだっての。全く、これだから獅童は」

 

 そんな言葉を聴きながら、狐耳を揺らす魂だけ少女は、ふとした言葉を溢す

 「おー、ユーゴさま、そのしどー?って好きなんだねー」

 「は?あぁ!?ステラてめぇ今何つった」

 途端、くわっ!と目を剥くユーゴ。その頬は酒のせいか何か、少し紅潮している

 

 「誰がだよ。あんな偉そうに虐めだ何だ食って掛かってきて死にやがった奴なんぞ知るかよ!」

 「あれー?そーなのかな?ユーゴさま、何だか嬉しそーっていうか、何時もと違うよ?」

 「死んだ筈の奴がまーた立ちはだかってきてウゼェって思ってるだけだっての!」

 ぶん!と腕を振った拍子に当たったグラスが倒れ、甲高い音と共に砕け散る

 

 「でもユーゴ様、彼が……忌み子皇子が転生者であり、獅童三千矢だと解った時、嬉しそうに笑っていませんでしたか?」

 「ユーリ、黙ってろ

 何が嬉しいものかよ。あんだけ言っといて死にやがったし、結局金星の奴は僕に手出しすらしなかった。大事に思われてたなんてのは獅童のアホの勘違い、実際にはどーでも良い遊びだったんだろ」

 けっ!と嘲るユーゴ

 

 「だから、何が悪い。結局持ってる者は持たざるものを見下すもんだろ!」 

 青年は頭を抑え、呻く

 「だから当然なんだ、何が言いてぇんだよ、獅童の野郎が……

 『本当にそうか?』ってそうに決まってんだよ。イラついて、恨んでた力持つ者になった時、どうしてわざわざ立派になってやらなきゃなんねぇんだ!

 他の奴等が好き勝手して富も何も独占してたから!不況で不当に解雇されて父さんは自殺なんてしたんだよ!そん時助けてくれねぇ程度には、あいつら薄情なんだよ

 

 何でだ、何で分からねぇ……っ」

 「ユーゴさま」

 「何で立ちはだかる。ゼノまんまの台詞で、どうしてまた、それは違うと嘯く見捨てられたゴミがあいつら側として同じ状況を起こす!」

 皿を退け、青年は交差した腕に顔を埋めた

 

 「本当に、何なんだよてめぇは……うるせぇ……っ」

 とんとんと叩かれる両肩。メイドの少女は優しく青年の背を(さす)り、狐耳の少女の手は肉体をすり抜ける

 

 「ユーゴ様、難しく考えすぎです。あれが何度立ちはだかっても、ユーゴ様は負けません。ユーリは信じてます」

 「ああ、分かってるユーリ。三度、てめぇは立ちはだかった、獅童。三度目の正直って言葉があるが、そこでてめぇは勝ちきらなかった。中学で、公爵家で、あの森で。四度目はねぇ」

 「でもユーゴさま?一回死んで、もういやだーってこーふくとか、しそうじゃないかなー?」

 「は?」

 漸く落ち着いていたユーゴの瞳が裏返った

 

 「てめぇ獅童の何を見てきた?」

 「え?ステラ見てきてないよー?」

 「ちっ、そうだったな。アホは死んでも治らねえ、一度死ねる保険を切ってきた程度で折れるかよ。絶対に向かってくる」

 ぐっと拳を握り、左腕の黒鉄の時計を見下ろして、何処か寂しげに青年は続けた

 

 「……金星が、そして七大天とやらがどれだけ助けてくれた?

 てめぇは、此方に来た方がましだろうに」

 「来て欲しいんだ、ユーゴさま」

 「要らねぇよ。単に……あんだけ言ったなら見せてみろよって不可能な事をほざいてるアホを嘲ってるだけだ」



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救世主、或いは戯れ言

ユーゴがアガートラームと共にブラックホールを通り何処かへと姿を消した直後、巻き起こる大混乱

 それを何とか止めようとしてくれているアナ達に目配せで後を任せて更なる混乱を起こしかねないエルフであるサルースを連れて離脱。人気の無いところで髪をくしゃくしゃにすれば、脂汗等で少しだけ湿った髪から流れ落ちる髪色を誤魔化すための塗料がぺとりと指の隙間に残された

 

 「……お前さん」

 「ああ、貴女様か。教王殿下へ、これをお返し下さい」

 そんなところにひょいと姿を見せたのはシュリ。だが、サルースの横ではあまり親しげにするのも困りものだとおれはへりくだった態度で背筋を曲げて対応。そのまま愛刀を預け……

 

 「シュリ、ごめんな」

 その際に受け取ろうと爪先立ちになる少女の耳元で一言

 「構わぬよ、お前さん。儂が責任もって役目を果たしてやろう。安心して後は、あの混乱にでも揉まれるか、逃げるかすれば良かろ?」

 その言葉は何処までも優しくて。じゃあおれが居ても更に混乱するだけだから逃げるよ、とシュリに見送られて広場からもっと距離を取る

 そしてちょっと人死にを見ると疲れるねと顔色の微妙な(いや褐色肌なので色合いは分からないが露骨に態度に出ていた)サルースを部屋に送り、何とか同じく抜け出してきたディオ団長に後を託す。いざとなれば叩き起こしてくれとも言っておけば何かあっても多分何とかなる

 そうして……様々に奔走したおれは、漸く落ち着いたところで赤毛の青年と部屋で対峙していた

 

 いや、正確に言えばアナの護衛という感じで騎士団長ディオに命じられた騎士アルデが救世主と聖女の会合に立ち会うという名目ではあるんだが、中身はおれなのでこうなる

 

 部屋に居るのはおれ、エッケハルト、ヴィルジニー、アナ、そしてルー姐。桜理はまた牢獄に連れ戻されたらしいし、そっちは竜騎士達が見てくれるらしいので任せてある

 そう、竜騎士達。何処か消極的であった彼等も動いてくれるようになったんだよな

 理由は簡単だ。アルデの叫びは確かに皆に届いたから。教王ユガート、銀腕のAGXをもって支配者として君臨する存在は……宗教国家の真ん中で神を愚弄しつつその力を世界のためには振るわないと宣言した。アホほど反感を買った訳だ

 だからこそ、彼等は動いた

 

 『おや、そうなんですか?』

 そうだよ、始水。彼等はユーゴに従うことを選んでいたりした。けれどそれは、死を恐れたから。だから、竜騎士達はああしていたけれど……その意味はもうない。だってそうだろう?ユーゴ自身が、元々彼等が恐れていた魔神族復活に対して自分は何もしないと公言したんだから

 なんて、漸く帰ってきた幼馴染神様に告げる。ユーゴの時に聞いてなくて良かったな、大分始水を馬鹿にしていたから大雨でも降ったかもしれない

 

 ユーゴも阿呆だ。せめて魔神関連さえ誤魔化しておけば、ユーゴに従うのも魔神に殺されるよりは良いと消極的に味方していた者達を敵に回さなかったろうに

 従おうが護られないという事実が今を呼んだ訳だ。彼等は死の恐怖から従っていた。魔神という昔から語られてきた脅威からは護ってもらえるから、ユーゴを消極的支持してきた

 その前提を覆せば、やはり天秤は此方へ向く。それだけのことを、アナ達はしてきたし……パッと見ただけでも掲示板に貼られた新聞?のような宣伝とかでアナの活躍は面白おかしく喧伝されていたからな。それに……

 

 「ってか、何でこいつは此処に居て俺を睨んでくるんだよ」

 と、あー嫌だと肩を竦めるエッケハルト。そんな彼に向けて、おれは火傷痕を誤魔化す白粉を拭い、目線を向けた

 「よう、救世主と呼ばれた気分はどうだ、エッケハルト?」

 「ぅぇっ!?ぜ、ゼノ!?」

 「何だと思ってたんだ?」

 「いやまあ流石に生きてるとは思ったけど、入れ替わりは想定してなかったというか」

 「ならどうやって切り抜けたと思ってたんだお前は……」

 頭を抱えたくなるおれ。が、おれだと分かってしまえば青年はあっけらかんとした表情でおれに詰め寄る

 

 「ってか何に巻き込んでんだお前は!」

 「果たすべき戦いだ」

 「救世主エッケハルトってなんだよ!?」

 と、その言葉に何処か罰が悪そうに……いや、この顔開き直ったな?と思うや、ヴィルジニーが会話に我が物顔で割り込んでくる

 

 「ええ、それはもう救世主のお姿ですもの。何か問題でも?」

 「だから何でだよヴィルジニーちゃん!?」

 「(わたくし)が、かの方こそ救世主と常々言っていた、それだけですわ。そして実際に貴方様は七天の神器を携えて現れた。それ以上の証拠は必要ありませんわよね?」

 「げっ!?」

 助けを求めてか青年の視線はアナに向くが……

 

 「わたしにも良く分かりませんけど、皇子さまと一緒に頑張りましょうねエッケハルトさん」

 ニコニコとした笑みを浮かべるアナ。奴の味方はいなかった。うん、追い込んでおいて悪いが……ヴィルジニーが勝手に追い込む力が強すぎて笑うなこれ

 

 「ちくしょーっ!」

 そうぼやく彼を横目に、おれは少しだけ安堵の息を吐いた。ずっと気を張ってきたからか、何時も通りなエッケハルトが何とも安心感がある

 

 「……というか、何故生きてるの忌み子」

 「ヴィルジニーちゃん、あいつ真性異言(ゼノグラシア)なんだよ。だから一回死ねるの」

 あっけらかんと言ってくる彼

 

 いや待て、その認識なのか?となれば、ユーゴの奴も……一回殺されることで油断させようと思ってるって判断を下しかねないな

 ということは、あまり大っぴらに動くと足元を掬われるのはおれだ。エッケハルトに話聞いて良かった

 

 「まあ、そんなもんだ」

 そこで本当の事を言うのは簡単だ。けれど、彼等彼女等とアルデの間には何もない。だから、訂正してやってもあまり意味がないとして、曖昧におれは笑った

 

 「そういえば皇子さま、どうしてあんなことを言ったんですか?」

 そうではないと分かっているアナも合わせてくれる、あれはおれの発言じゃないと分かってるだろうに

 「そうだぞゼノ。『本当にそうか?』ってカッコつけ過ぎだし何が言いたいんだよ阿呆!煽っただけじゃんあれ」

 くわっ!と我が意を得たりとばかりに詰め寄ってくる青年、背後で応援するヴィルジニー。それを見ながら、おれは……取り出したハリセンで彼の頭を軽く叩いた

 「ふげっ!?なんだそいつ」

 「ディオ団長から借りた。というかしっかり考えろエッケハルト」

 「お前こそ正気になれよ!」

 「おれは正気だ。ユーゴの言葉は明らかに可笑しい」

 「力を持って可笑しくなってるのはそうだろ!」

 「いやそうじゃない。そもそも、彼はアステールと本来のユーゴ・シュヴァリエが恋仲だとか、おれ達の知らない範囲の設定すら知っていた。それだけ、ゲームとしてのこの世界を熟知していたんだ」

 怪訝そうな四つの目がおれを見る

 

 「で?要領得ない話、止めてくれない?」

 「要領は得てますよ、ヴィルジニー様

 つまりユーゴはゲームをやりこんでいた」

 「それが?」

 「お前はもう気がつけよエッケハルト!」

 

 そう叫んだ時唇に手を当てて銀髪の少女が吐息を漏らした

 「えっと、皇子さま。リリーナちゃん達によると……そのげーむ?の物語って、わたしやリリーナちゃんと、タテガミさんや皇子さまとの恋物語や魔神との戦いのお話なんですよね?」

 「そうそう、それの何が関係あるんだよ」

 「『偉い奴は力を独占して助けてくれないし好き勝手やるものだから自分も好きにやる』だ?

 全くもって可笑しい。やりこんでいたならさ。おれも竪神もロダ兄もシルヴェール兄さんも、戦える力があるから……いやそんなもの無くても、聖女と共に皆を護るために戦っていくものだって良く知ってるだろ?」

 それが、あのゲームのシナリオなんだから。ギャルゲー版だとアイリスやヴィルジニー達が攻略対象に変わるけど、それはそれとして皆を護るために魔神と戦うって話のラインは同じだ

 

 ならば、だ。そうじゃない頼勇達の存在を痛感しているだろう乙女ゲープレイヤーとして、あの発言は無い。有り得ない

 だから、ユーゴの本音は全く違う。おれはそう、結論付けていた

 

 ユーゴ、お前は……何を願ってあんな前提からして可笑しい言葉を吐いたんだ?



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竜胆、或いは反撃への火種

「な、成程……?」

 首をかしげるヴィルジニー、ニコニコと頷くアナ、憮然としたエッケハルト。三者三様の様子を見せるが……

 

 「いやだから何でお前が……もう良いか」

 「どうなっていますの?」

 「俺にも分かんねぇよゼノのアホの思考回路!」

 「……アナ、君はユーゴの言う恵まれた側になった存在だろう?」

 しょうがないと実例を出そうとおれは銀髪の聖女様に語りかける

 

 「あ、確かにそう……ですね。たしかにわたし、元は孤児ですけど皇子さまに助けてもらって、龍姫様の腕輪もあの時わたしが……って託されて。どんどんと恵まれていきました」

 あなたのお陰ですよ?と微笑まれて、そこに突っ込みは入れない

 「そう思うと、教王さんの言うあの人と同じような立場……なんでしょうか?」

 「アナちゃんはあんなクズじゃない!」

 「いきなり的外れ……でもないか、叫ぶなエッケハルト」

 「……漸く、納得出来ましたわ

 (わたくし)達が力を持つだけ持って偉ぶっているのだから自分も同じことをして暴虐の支配を行う、と。馬鹿にされたものですわね」

 優雅に紅茶を一口啜る少女に、おれは軽くうなずきを返した

 

 「そう。彼は、ユーゴはアナの事とか本来前世で良く知ってる筈なんだよ。何ならヴィルジニー様も

 その上であの言動、明らか変だろ?目の前に主張の反証が居るのを分かってて叫んでる。ならさ、本音と言うより……」

 何度か説明してるうちに、心の中では答えは出た

 

 始水、おれが……獅童三千矢が死んだあとさ

 『何ですか兄さん?』

 主犯格って三人居たと思うんだ。男二人と女一人のグループで、良くつるんで桜理を虐めたりしてた

 その彼等、どうなった?流石に見てるんだろ?

 

 他にも一応叔父も虐め側だがそれはもう転生してる事も正体も知ってるので無視しておれは神様へ問う

 何となく、答えの裏付けが取れる気がして

 

 『二人は私に怯え、一人は何となく……詰まらなさそうな表情をしていたので何もしませんでしたよ。怯えるという事はやらかした事を悪行と知っている証、最後の一人も何となく気力が消えていましたし

 私が潰したのは兄さんの叔父の逆ギレだけです』

 有り難う、始水

 

 答えを確認して、おれは言葉を続ける

 「きっとあいつ、止められないんだ」

 「止められない、ですか皇子さま?」

 「そう。多分だけどさ、本当はあいつ、正義の味方に憧れてるんじゃないかな?

 おれと本質は同じで、竪神に、皆にこうなりたいって理想を見てる」

 「いや可笑しいだろ、それとあの態度と何が関係するんだよ単なるクソ野郎になってアナちゃんやヴィルジニーちゃんを困らせて!」

 「……だから、だよ

 竪神に、アナに、謂わば乙女ゲーのメインキャラ達にお前は間違っているって否定されたがってる。止められたがってる

 自分の信じたものが間違ってなかったって事を、己が悪として振る舞い止められることで証明したい。きっとユーゴの奥底にあるのは、そんな思いなんだ」

 そう、それがおれの結論だった

 

 そう考えると今までも割と納得が行く気がする

 だってそうだろう。アガートラームは稼働できるんだ。本気で好き勝手したいだけなら、おれ達なんて開幕アキシオンノヴァでもブリューナクでも何でも放って跡形もなく消し飛ばせば良い。アナを殺したと怒るシャーフヴォルだってAGXの性能差は歴然だ、叩き潰して黙らせられる

 それをせず、寧ろおれが抗うのに付き合ってくれてるってレベルなんだ。処刑とかわざわざ大々的にやるし、ノリ良く悪辣な宣言までしてくれるし、最初はアガートラームから降りてきて大きな隙すら晒した

 アステールの記憶が消える前に、一瞬で片を付けようと思えば出来た筈なのに、この隙だらけっぷり。止めてみろよ、寧ろ止めてくれよと叫んでいる気がする

 

 「……相変わらず、意味不明ね」

 そのオリハルコン色に変わりゆく髪の少女に苦笑して、おれは続けた

 「……ま、だろうな」

 「俺達はお前の言うシドーなんちゃらを知らないんだし分かるわけねーだろ」 

 「え?皇子さまの事をしっかり想って考えれば結構理解できますよ?」

 ……うん、アナのことは無視。寧ろちょっと怖い

 

 「あ、アナちゃん!?」 

 「それはそれとしてだ。少なくとも、多少は戦える。あいつは本気でおれたちに対抗するというより、どうやって自分を止めるのか、それを見たがっているのだから」

 そう、そうなんだよな。少なくとも今回……いや実際は大概の状況で、ユーゴは本当の敵では無かった。止めようとすれば止められる、寧ろそれを願ってたような奴だった

 

 いやまあ、それなら寧ろ止める側に回れよお前!?と叫びたいが、少なくともあいつは頼勇やおれを信じていて、咎めれば聞くタイプだ。だからお前の想いは違う!と何時ものように叫んでやれば案外あっさりと引き下がってくれるし……何より、事前に潰しに来るつもりが欠片もない

 そう、ユーゴって良く良く考えると敵対してきたのはおれから宣戦布告してからなんだよな。しかも直接やりあおうとした後のみ戦いに来た。それ以前にヴィルジニーやアステール絡みで色々やってたが……ヤバさはそれこそルートヴィヒ以下。どれだけ強くとも強いだけだ

 

 「お前さ?ユーゴに同情してないか?」

 半眼で突っ込まれてどうだろう?と肩を竦めるおれ

 「いや、少しだけ思ってはいるんだ。もしもおれがちゃんとあいつを……竜胆侑胡を止めていたら。こうはならなかったんじゃないかって」

 『兄さん』

 突っかかってきた、虐めてきた。その時におれがしっかりとした対応をしていたら。ああも自分を悪として止められたがってるような事をしなかったんだろうか?しっかりと友として、共に戦えたのでは?

 そんな想いはある。だが……

 「皇子さま?貴方は頑張ってます。何よりわたしが、貴方に助けられた皆が、それを知ってます。あんまり思い詰めちゃダメですよ?」

 そう微笑む顔が、きゅっと握られた手が、少女の全てがおれを咎める。

 

 「分かってるよ、アナ。決して後悔してる訳じゃないんだ。ただ、別の可能性もあったのかも?って思いを馳せてるだけ」

 そうはならなかったし、そうはきっとなれなかったことも、分かっている

 

 「そうだよ、今だから、君達が居てくれたから手を伸ばせる。シュリと同じだ

 あの時こうだったらという想いじゃなく、おれはあいつを止めてやる。今度こそ、届くから」

 言いながら苦笑する。何人にこれ言ってるんだろうなおれは

 

 「はい、頑張りましょう皇子さま!」

 「ってかそれは良いとしてだゼノ!お前あいつに勝ち目とかあんの?」

 「おいおい、何を聞いてたんだよエッケハルト。ユーゴは寧ろ負けに来てるんだ。勝てなきゃ困るし、勝とうと下準備してる限り余程あいつを逆撫でしないと潰しに来ないさ

 だから勝つ。それだけだ」

 そう言いながら、おれを見返してくる海色の瞳に小さく首肯する

 

 「だからさ、やるぞ、アナ」

 「はい。何でも言ってくださいね?」

 「ちっ、アナちゃんの為だから手を貸してやるよ。でも危ないことはしねぇからな!分かってんだろうなゼノ!」

 「少なくとも、馬鹿にされてるのは分かるから、見返すだけならさせてもらうわ、良いかしら忌み子?」



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提案、或いは踊る会議

「……それで、貴方の方針は?

 言っておくわよ。(わたくし)は納得した事にしか手を出しませんわ」

 冷たく、冷徹に、椅子にずっと腰掛けたまま豪奢な赤ドレスの少女は呟く。似合わないが、処刑の際に血で汚れることを危惧したのだろうドレスは、少しだけ汗の匂いがした

 

 「ドレスも変えたいし……」

 「すいません、ヴィルジニー様。しかしどうしても、後から動く程にユーゴは焦れておれへの当たりを強くします。長すぎれば『嘘付きが!』と攻めこんでくるまである

 時間は有限です、そしてそれは刻一刻と迫り始めている」

 「そう」

 「それに、おれは貴女からは嫌われてるようですから。一回で終わらせたかった、ご容赦を」

 「そうね」

 ぴしゃりと告げて、少女はカップを置く

 

 「あ、どうぞ」

 アナが空になっているのを確認して茶を注いだ

 「……相変わらず。それは他人にやらせるものよ、付き人を馬鹿にする事は品位を落とす

 まあ、今は仕方ないけれども」

 相も変わらず冷たい視線だ。そこまで嫌われるようなことをしたろうか?一応ヴィルジニーは助けにはなったと珍しく自負してはいたんだが

 

 「それはそれとして、対抗策なら簡単だ」

 「危険な賭けで?」

 「まあ、おれは当然賭ける。命くらい賭けなくて戦えるかよ」

 うわぁ、という眼。だけど、おれは知っている

 「『プロ(ヒーロー)は何時だって命懸け』。図書館に置いてた有名漫画の台詞だけど、お前も知ってるだろ隼人?

 本気でやらなきゃ人助けなんて無礼なだけだ」

 でも、と肩を竦める

 

 「お前が厭なのは知ってるし、ヴィルジニー様は巻き込まれた側だ」

 「ええ、(わたくし)達を頭のおかしい真性異言(ゼノグラシア)の内輪揉めに巻き込んだ責任、取って貰いますわよ?」

 「あ、わたしは一緒に頑張りますよ?」

 「アナ、聖女様が命を落としたら世界の終わりだから自愛してくれ。本当は誰だってそうだけど、命は大事にな

 君の肩には背負うものが多すぎるし、リリーナ嬢と五歩くらい譲ってノア姫くらいしかその責任を分けあってあげられない」

 ニコニコとした聖女様には釘を刺しておくが、きゅっと手を握られて黙り込む

 別に痛くはないが、心は少しだけ痛い

 

 「なら、貴方もそうですよ?」

 「おれの意思はまだ共に戦う皆が持ってる。竪神達が居てくれる

 でも、簡単に命は棄てないさ」

 世界のためにも、始水の為にも、勿論シュリやユーゴ自身の為にだって。伸ばす手は簡単に朽ちさせない

 

 「それはそれとしてだ」

 こほん、と咳払いしておれは続ける

 「ユーゴに勝つための種は当に蒔いた」

 「蒔いたって……ああ、あの変な問答?」

 「変な言うなエッケハルト。わざわざユーゴが煽りに乗ってきてくれたんだから活用しないとな」

 実際にはほぼおれの意思を汲んだアルデが問答してたがそれは良いや

 

 「えっと、あの問答って本当に酷かったですけど、本当にみんなわたしや皇子さま達に手を貸してくれるでしょうか?」

 こてん?と小首を傾げる聖女様におれは頷く

 

 「大丈夫だ。聖女様が居るしアウィルも居てくれて、何より妙に人気な救世主エッケハルトが居るんだ」

 「だーかーらー!その救世主って何なんだよ!?」

 「聖都でもやはりあの本は流行しましたわ。その最中、(わたくし)が常々語っていた者こそがゼノンのモチーフとなった英雄であるはず、という考察が立ったのです」

 ……アステェェル!?思いっきり目論見外れてないかお前の小説!?

 いや受けてるのを批判はしないし読んでても美化が凄くてこれおれモチーフなのか?って疑問は湧いてきたけどさ!

 

 「そして彼は、スカーレットの髪をたなびかせる炎の公子。彼こそがゼノンのモチーフだという風潮が確立し、ファンクラブが設立されるまで時間はかかりませんでした

 そしてその信仰は、現実にあの英雄のモチーフが居るならば七大天様はきっと聖女に啓示を与え彼を遣わせてくれるという、突然現れ抑圧を始めた銀腕の教王に対する希望として、誰ともなく語られ始めたのです。それこそが救世主エッケハルト」

 「うっわ」

 心底嫌そうに、炎髪の青年はぼやいた

 

 「ってか、あいつの武器どう考えても轟火の剣モチーフだろ!」

 その言葉には頷くしかない。というか、対峙したルートヴィヒ・アグノエル達は轟火の剣デュランダルを手にしたおれを見て魔神剣帝扱いしてきたからな。少なくとも、原作ゲームの続編だか派生作品だかで出てくるifのおれとしてのゼノンはそうなのだろう

 「炎の公子。世界を護る炎の剣。その二つを結び付けるのは当然でしょう?」

 「オイ」

 思わず半眼で、おれはオリハルコンブロンドの少女を残った片眼で睨み付けた

 

 「あの、ヴィルジニーちゃん。あの剣は皇子さま達皇族の誇りですから、関係ない血筋の人こそ相応しいって侮辱ですよ?」

 「……忌み子として、貴方に負い目を持つ者として、数度なら聞かなかった事にはするけれど、あまりに言いすぎれば咎めさせて貰う。おれとて皇族、あまり帝国そのものへの侮辱を無視は出来ないから」

 言いつつ、でもまあたまにはとおれほわざと視線を外した

 

 「ってか、重荷過ぎるんだけど!?何してくれてんのヴィルジニーちゃん!?」

 「大丈夫だエッケハルト」

 くわっ!と更に抗議を続ける友人の肩におれは手を置く

 「まああの剣とか要らないし持ちたくないから良いんだけど」

 「とっくの昔にお前は巻き込まれてる。その背を見ろ

 同じ七天御物と、更には竪神に託されたLI-OH絡みのシステムまでも背負ってるんだぞ?今更逃がすか」 

 「逃、が、せ、よ!」

 「いや、逃さん。お前だけは絶対に、そもそも逃げられると思うなよ?」

 「さっきと言ってることがちがぁぁう!助けてー!アナちゃんこいつを止めてくれー!」

 「皇子さまは優しすぎますから、本当は貴方がやった方が良いって思ってることまできっと一人で無茶してやってくれますよ?」

 「嫌だぁぁっ!?俺は君とイチャイチャしたいだけでそんな地獄味わいたくなーい!」 

 「というかヴィルジニーに失礼だろお前」

 ぺしり、とハリセンを叩きつけるおれ

 

 「忌み子の存在が失礼ね」

 が、それは彼の頭を叩く前に虚空で言葉の刃に迎撃されて静止した

 

 「ってか、話が逸れた

 端から命を賭けるのはおれと桜理……っと、オーウェンだけで十分だ」

 「わたしも出来る限り頑張りますよ?」

 「いや、あいつは、ユーゴは恐らくおれの推測が正しければ……おれやオーウェンの前世で因縁がある相手だ

 おれ達が、あいつを今度こそ間違ってるって教えてやりたいんだ」

 言いつつ内心で謝る

 そういや桜理に聞いてなかったからな。自分を虐めてた三人組のうちのリーダー格、竜胆佑胡がユーゴだとして、何をしたいだろう?

 それでも身勝手に話を進める

 

 「で、だ。あいつには味方が居て、お前も見たと思うけどユーリってメイドや騎士達が居る

 そいつらに関して、ユーゴは相応に執着心を持ってるんだ。だから、殺さないで、けれど捕らえてやればあいつの行動を一部止められる」

 「その為の根回ししろってか?」

 「ああ、頼む」

 「自分でやれよと言いたいけど?」

 「いや、これはおれが言ってもダメなんだ。勝つために、あいつを止めるために、未来のために

 恨めしい筈の、いっそ殺せるなら殺したいと思われてるかもしれない恐怖のユーゴ一味を……

 殺さずに、寧ろ出来る限り傷付けずに時が来た際に捕縛するのを手伝えって話なんだから。余程皆が『あの方が言うなら仕方ない』と思う相手が頼まなければ、従ってくれる筈がない。だから、頼む

 ヴィルジニー様、エッケハルト、アナ。この国で特に皆が希望を抱いている皆が手を貸してくれなければ、足並みを揃えられずユーゴを怒らせるだけに終わるんだ」



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異伝 炎の公子と転生者達

ゼノが立ち去って暫く。俺はヴィルジニーちゃん……もドレスを変えますわ、処刑に立ち合わされた服なんて燃やして浄化しなければと居なくなった部屋の中で、アナちゃんと二人のんびりした時間を過ごしていた

 

 「やっぱりさ、一緒に居てくれるってことは愛想尽きた?」

 「あ、違いますよ?皇子さまの事、オーウェン君のこと、色々と考えてたら時間経っちゃって……

 あ、お茶ですねすぐに淹れますから待っててくださいね?無意識でやってたみたいですけど、やっぱりお時間とか雑になって香りが落ちちゃうのは嫌ですし……」

 ぱたぱたと手を振り、何度か淹れてくれたお茶のお代わりを淹れ始める銀髪聖女。お湯を魔法でひょいと沸かしている姿はまるで剣と魔法の世界の新婚さんで、ここだけは現実を忘れてほっこりと……

 

 「では、御相伴に預かりましょうか」

 「っ!?だれだてめぇ!?」

 突然の言葉と優雅に突き出される豪勢なカップに俺は思わず突っ込んだ

 

 「えっと、貴方は?」

 何処か怯えたように目を泳がせ、けれども毅然と、そして柔らかに少女が言葉を紡ぐ

 それを受けて、黒い修道服の男は仮面をずらし、白く綺麗な肌と端正な唇をさらけ出して微笑みを浮かべた

 「失礼、我が名はグリームニル。この地での」

 「えっとですけど、七天教じゃありませんよね?

 基本的に、万色の混沌様を加えて八大神とする派閥でも黒い色は使いませんし……」

 「ええ、残念ながら。私の神は他におりまして。我が神に捧ぐ愛故に、漆黒を旨としております。真白きこの身を黒く染めれば、最早何にも染まりはしない

 この身は貴女にしか染まらぬと、我が身の未来を定めているのですよ。ですので、ご了承の程を」

 仰々しく頭を下げられて成程と頷きかける俺。っていや待て!?

 

 「何の説明にもなってなくないか!?」

 「はっ!説明なんて要るかよ、グリームニルっ!」

 その瞬間、虚空から刃が……いや、刃の姿をしたビット兵器が現れて脳天を狙って空を走る!

 「んなっ!?」

 「おやおやご挨拶だ。君も私の存在を認めてくれなければ困るよ、ユーゴ」

 「……はっ!偽名のてめぇがそれを言うかグリームニル!てめぇだけは絶対にこの我を!教王ユガート様と呼ばなきゃいけねぇだろこのエセ神父が!」 

 ……つ、付いていけねぇ!?

 

 が、とりあえず重力球からふんぞり返った椅子ごと降ってきたユーゴとは仲が悪いってことはわかった。そして……

 降り注ぐ12機のビット兵器を止める重力波による壁と青き結晶壁。かの力を振るえるということは、彼は眼前の怪物と同レベルの化物だということも

 いや、ユーゴが偉ぶってるしかくしか?俺等より上なだけで……って上な時点でそこの強弱意味ねえよ!?勝つ気のゼノ(クソボケドアホ)に染まりすぎてんな俺も!? 

 

 「此処は逃げようアナちゃん!」

 「おー、逃がさないねぇ……」

 少女の手を引いて逃げようとしたが、おれの手は突然の突風に阻まれた

 「ちっ、あの狐!」

 「アステール様ですよ、エッケハルトさん」

 「あ、ステラって奴な。とかそんな場合じゃないんだって!?」

 

 前門のグリム、後門のユーゴ。双方ヤバいし、アナちゃんと逃げなきゃ命も当然のように危ない

 が……

 「ってか、何でそんな危険視されてんだよ?ステラ、分かるか?」

 「えー?ステラ、ユーゴさまが嫌われる理由とか……あー!

 ……何だっけ?」

 ぴこん!と耳と尻尾を立てた狐娘がすごすごと全部縮こまらせるその姿にずっこけかける

 いや、ユーゴと俺……は兎も角アホはヴィルジニーちゃん絡みで殺しあってたしその時の因縁とか

 

 その辺り忘れてるってあのアホ言ってたな。だからか、だからアナちゃんが悲痛そうな顔で手を握り締めてるのか

 「お前らが化物みたいに強くて、敵だからだろ!」

 だから思わず俺は叫んで

 「おや、心外ですね」

 「ったく、てめぇそんなんで敵対してたの?」

 二人して黒鉄の時計を輝かせる男二人から言われて思わず肩の力を抜いた

 

 「あ、え?」

 「……ってか、敵じゃねぇっての。寧ろさ、お前も真性異言(ゼノグラシア)だろ?じゃあ味方だって話」

 「おやおや、可笑しいですねユーゴ殿。彼は我が女神等にこそ相応しい救世主、薄汚れたテーブルを囲む負け犬に首輪を付けられる謂れはないでしょう?」

 

 いがみ合う二人の男。片割れは仮面故に下は分からないが、仲良さげには到底見えない

 「……えっと、つまり?」

 「ふっふふー、ステラが教えてあげるとー、あなたはユーゴさまの味方だよねー?」

 「は?」

 「特別な力を持つ転生しゃー、だよね?つまり、ユーゴさまはステラと一緒にあなたを味方に迎えに来たんだー」

 「よー分からねぇけど、てめぇにもあるだろ、力」

 言われて、おれは胸元を見下ろす。そこに勝手に入っているメダルを見詰める

 

 「ジェネシック」

 「ま、我にも分からんが、そーいう力があるならよ、円卓に来いよ、歓迎するぜ?」

 「ってかこれ勝手に押し付けられただけで!」

 「ええ、そうですよユーゴ。他人を指そう等貴方らしくもない、偉ぶって味方を喪うのがお似合いでは?」

 「あ゛あ!?」

 くわっ!と目を見開く金髪青年と、がんばれーとその背後から頭を照らして迫力を付けるアホ狐

 

 「……もう勝手にしてくれ……帰ろうアナちゃん……」

 「だから、返さねぇの?分かる?言葉通じてんの?」

 「通じねぇのはそっちだろ」

 言いつつ、俺は知るかよ!とばかりにメダルを放り投げた

 

 「っ!と、何だこりゃ」

 「ワケわからんジェネシックの発動の為のメダルだよ!くれてやるからもうそっとしておいてくれよ!

 俺はアナちゃんとイチャイチャしたくてゲームやってたの!巻き込まれたくないの!分かる?」

 「……は?お前正気?獅童の側で、未知の力を持ってて、言うに事欠いてそれ?」

 すっと、青年の顔から表情が抜け落ちた

 

 「そうだろ!あんな奴等付き合ってられるかよ!」

 一息置いて、俺は叫ぶ

 「前世で因縁があるなら、君もそうだろ竜胆佑胡!」

 「竜胆じゃねぇ。我はもうあいつじゃねぇ、アステールと!世界を支配する!ユーゴ・シュヴァリエだ!二度とその名を口にするな!

 ぶち殺すぞ!」

 ぶん!と俺の肩口を掠めて、剣状のビットが(はし)った

 

 こ、こえぇ……何が逆鱗スイッチかわかったもんじゃねぇ

 「おやおや、いけませんよ救世主。こんな薄汚いテーブルを囲むさもしい衆に気圧されては

 貴方こそ、我等が救世主となるべき方」

 キレたユーゴの手からすっと何時の間にかメダルを抜き取り、仮面の男は優しく告げた

 

 「いや、アナちゃんの救世主としてイチャイチャ人生以外で救世主になるとか面倒だし御免だが?」

 「……このままでは、その娘も奪われるとしても?

 ええ、良き終末は訪れない。寧ろ、貴方もあの灰の忌み子と共に屍を晒す結末を辿り、聖女は奪われ世界は闇に沈む。それが今では当然あるべき結末。より良き終末とはあまりにかけ離れた事態」

 「はっ!我等円卓に来れば済むだろそんなもん!変にたぶらかしてんじゃねぇクソ神父!」

 やいのやいの、俺達の逃げ場を塞ぐ障壁を貼ったままいがみ合う勝手にやってて欲しい転生者二人。それを見て、ドン引きしたように曖昧に笑う逃げられないアナちゃん

 それを見て俺は……ゼノー!こいつら何とかしてくれー!と内心で叫んでいた





【挿絵表示】

ということで、ゼノ君耳かき、何時もの豪華メンバーで大体完成です。


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銀龍、或いは牢獄

おれは、牢獄で見守っていた水筒から顔を上げた

 

 「ごめんなサクラ。でももう良いぞ」

 その言葉と共に、おれの横で……肩に髪が触れるような距離感で息を呑んでいた少女、サクラ・オーリリアはふぅと息継ぎをしてこくこくと眼前の水を飲んだのだった

 

 そう、此処は牢獄。エッケハルト等に言った通りにおれは(かのじょ)に会いに来て、そうして此処で水鏡を覗いていたという訳だ。今回の水鏡はエッケハルトの持つお茶(紅茶というよりほうじ茶感が強い茶葉)の水面に魔法をかけてあり、あいつが魔法を維持できないくらいの量自棄になって一気飲みした事で繋がりが消えたという状況だ。そして、今回の魔法は声が通るタイプの奴だったので、おれがまたまた持ち込んだ食料で昨日の深夜以来ほぼ2/3日ぶりの新しい食事にありつこうとした彼女は声を立てて向こうに漏らさぬようにおれの横で口を押さえてフリーズしてたという寸法

 

 「……やっぱり、そうだよな。おれはエッケハルトを信じすぎてたのかもしれない」

 「言ってくれなきゃ、伝わらない?」

 「そう。始水とかシュリとかさ、後はノア姫もかな。おれの周囲には勝手に分かってくれる人が多すぎて、口下手でも何とかなってた

 ……友人って言っても、少しウザがられてるのもあってあいつと腹を割って話さなすぎた。それで巻き込んで本気を出すのを待ってたら、そりゃああ鬱憤貯まるよなって」

 「獅童君は悪くないよ。必死に立ち向かってるんだから」

 少女の右手がおれの左手の甲に重ねられる。黒髪の少女は櫛が無い牢で少し乱れた黒髪を揺らして微笑んだ

 

 「誰よりもいっぱいいっぱいなのは獅童君。歩み寄るのは、僕達がやらなきゃ」

 「……サクラ。そう言ってくれるのは助かるよ。でも、獅童三千矢はそれに甘えたから、金星始水に甘え過ぎたから、君を助けられなかった。ユーゴの鬱屈した想いにも辿り着くことすら出来なかった」

 「ユーゴって、彼?」

 「ああ、同級生だったなら知ってるよな?君を虐めていたグループのリーダー、竜胆佑胡。それが、ユーゴだ」

 少しだけ空を……っていうか天井を見上げる。当然星は見えない。見えるのは穴の隙間に隠れるのに失敗してるシュリの上着の袖の端くらいだ

 

 「え?でも僕を虐めてたグループって男女混合で、そのリーダーって」

 「君の逆だろ?あり得ない話でもない。ってか、君やエッケハルト程の事情が無さげなのに乙女ゲーに無駄に詳しいってそういうことだろ」

 それはそれとして、とおれは今日は暖めてきたスープ缶を空けながら告げる

 

 ちなみに、今日は堂々と入れた。拘束はしてるし逃げ出せば警報が鳴るが、割とザル警備だ。というかどんどんザル化してる

 ユーゴ的にも、桜理を捕えておくのに思うところがあるのだろう。お陰で偵察に来た時に正面から入れてる訳だが……うん、そのせいで多分燻製室じゃない方の通気孔の前で待ってたシュリが隠れてるんだろう

 

 「はい、サクラ。正直さ、変に魔法を使えばバレるし、暖かいものなんて久し振りだろ?」

 「……うん。有り難うね、獅童君」

 「と、シュリはどうだ?」

 スープ缶を渡した後、本来はおれ用のものを指で蓋を力任せに剥がしながらおれは天井に向けて声をかけた

 

 ってか、桜理と二人きりで話すべきものは少ないし、シュリが居ても良いかって話だな

 「シュリ?」

 こてんと首をかしげる桜理、出てこないで袖が少し引っ込む

 「知ってると思うが袖見えてるぞシュリ」

 と告げれば、天井からひょいと飛び降りてくるのは邪毒の銀龍。そのスカートが捲れているのでとりあえず下を一瞬向いてスルー

 

 「……良いのかの?」

 「大丈夫。恐らくだけど、かの笑顔はサクラと違って魂だけで姿を別の場所に出現させられるんだろう。けれど、逆に言えば魂も肉体も動けなければ下手に動けない

 ルー姐はあの部屋の外に待機していて、ディオ団長はサルースさんの警護でその当人は寝ている。少なくとも警戒すべき人間の大半は動けないからね。ユーゴやアナ達があいつを釘付けにしている間は、君も好きにしていいんだよシュリ」

 そう言ってスープを差し出すが……

 

 「お前さんの優しさ以外は何時もの味じゃの」

 何処か寂しげに告げる銀龍。やはりというか、良く考えたらシュリって料理の味分からないわ

 

 「というか獅童君!?前回はまだ理解が追い付いたけど今回は何者なの!?シュリって、前に言ってた敵の首魁のシュリンガーラ!?」

 「ああ、混合されし神秘の切り札の【愛恋】だ。っていっても、おれはシュリを信じてるけどな、他の奴等と違って」

 「獅童君、僕やアーニャ様くらいに獅童君の事を信じきってるなら良いけど、当然のように敵の親玉と親しくするって普通怪しまれるよ……」

 まあ、僕からして同じようなものだよねと何処かしゅんとした桜理に元気出せよと何を言って良いか分からずに鶏肉の缶詰を差し出しながら、おれは頬を掻いた

 

 ってか、割とこれエッケハルト的にはNGと言われても仕方ないな

 

 「……儂、居て良いのかの?」

 「グリームニルの居ぬ間に少しでも気を休めてくれ、シュリ」

 「うんまあ、彼の話とか聞くと多分首魁の一柱の割には浮いてそうってのは分かるんだけど……」 

 バツが悪そうに頬を掻く桜理

 

 「何で分かるの?というか、どうしてあの水鏡に居ないみんなの名前を出したの?」

 「ああ、それか?シュリもさすがに教えてくれないけれど、あいつの本体ってその辺りの誰かの可能性が割とあったからさ。少なくとも、ユーゴ達があいつを止めてくれてる最中には動けるのは本体だけだから。このタイミングで彼等は来れない、万が一あいつが現れたら彼等じゃないって証明になるんで、つい」

 「教えておいてよ獅童君!?心配でならないから……」

 「悪い、サクラ。少しずつ気を付けていけるようにする」

 「そうなってくれると気が楽だよ……」

 

 そんなおれ達のやり取りを、貰った鶏肉缶をやはり微妙な顔で食みながら、シュリはぼんやりと見ていた

 

 「……儂、お邪魔かの?」

 「いや、居たいから来てくれたなら居てくれないか?」

 「あ、僕にも一個貰えるかな?鶏肉と違って前に持ってきて貰った熊の肉は味のクセが強くて……」

 「では、交換かの?」

 言いながら、ひょいと缶を取り換える2人の少女。おれが安全と言ったからか、桜理側の手元にもあまり躊躇いはない。シュリ?それこそ人間の致死量の数億倍ほどの量の毒を盛っても気にしないだろうし元から多分何一つ警戒する必要がない

 

 「……味同じじゃの……」

 「あ、これ美味しいね獅童君」

 そして交換したのを互いに一口食んでの感想はやはりというか真逆

 「そうか。じゃあ次もこの缶貰ってくるなサクラ」

 「うん、ありがと」

 と、まずは好評の方を片付けておれは不評なシュリを見る。が、分かってた反応なんだよなこれ……

 

 「やっぱり、不味いか?」

 「お前さんのお陰で味というものを知ってから、余計不味いの」

 その言葉には乾いた笑いを返すしかない。この場には何も対処の術がないから

 「君を救えたその時には、ノア姫に頼んでちゃんともう一度」 

 と、ぽんと手を置かれた。振り替えれば、サクラ色の前髪一房を揺らして少女が首を横に振っている

 

 「獅童君、そこで他の女の子の名前を出したら駄目だと思うよ?」

 「……悪い。何とか君が食事を楽しめるように腕を磨くよ」

 「いや、儂としてはお前さんが儂のために何か働きかけてくれるだけで十二分故に、嫉妬とか変なことはせぬがの?」

 

 こてんと首を傾げた龍神様はついでにおれを見上げて、ぽろっと溢す

 「……明後日の朝にはお前さんの望みの薄さの毒は作れるがの。他に儂にやって欲しい事はあるのかの?」

 「……あんまり頼りたくはないよ、シュリ。おれは君に手を伸ばしたいのだから

 でも、敢えて言うなら……この先ずっと、君に執着しているグリームニルを側に置く事で留めておいてくれないか?」




https://youtu.be/H-1wml1lwPY
ゼノ君耳かき、本日20:00投稿です。
CV犬塚いちご様、イラストえぬぽこ様の何時もの最強タッグです。大体誰に対してもこんなんなので君も頭アナちゃん気分になろう!


ちなみに、今回の聞き手は既存読者の皆様的には良く分からないかもしれませんが、これ始水ちゃんです。ちょっと寂しすぎてアバター別に作って会いに来たパターンですね。


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決意、或いはサクラ色の覚悟

「……止めよ……それは、それだけは、止めてくれんかの……」

 ぽつりと呟くのは、おれの膝元で両目を閉ざし尻尾を抱くように身体を丸めた銀龍少女。苦しげな寝息を立てる彼女の翼は、連なったブースターにも見える翼の節の甲殻同士が噛み合い擦れて小さな音を立てる程に強く強く閉じられていた

 寧ろ痛いだろうに、そこまでして身体を閉ざし、零れるのも苦悶の声。これがかつて世界を滅ぼした事がある邪龍そのものだとは信じられないような小ささ

 が……唇の端から零れるほんの少しの唾液だけでも普通に服に穴空くしおれの皮膚とかいう鋼より傷付け難くなってしまったアホ防御力貫通して爛れる

 

 「……うーん、寝ちゃった?」

 「疲れてたんだろう。おれも割と酷いことを頼んでいるし、な」

 そんな龍少女の頭を、折れた角を隠すように纏められたお団子ツーサイドアップがほどけた結果強くウェーブした髪を撫でながら、おっかなびっくり語る少女に向けておれは微笑んだ

 

 「っていうか、けっきょくこの娘味方なの獅童君?凄く懐かれてるというか、羨ましいくらいなんだけど……」

 膝枕をじとっとした眼で見てくる桜理。だが、流石に実力行使には出ないようだ

 「敵だよ、間違いなく。おれはシュリを信じているけれど、それはそれとして敵だ

 ぶん殴るし、世界を滅ぼした過去を反省させるし、その上でその手を掴んで引っ張る。今は敵だよ。本当に」

 シュリが寝てるから、おれはそう本音を告げ……

 「にしてはダダ甘だよね獅童君……誰にもだけど」

 ちょっとだけ唇を尖らせて言われて、おれは肩を竦めた

 

 「そういえばだけど獅童君、皆の名前出してたけど、本音としては誰を怪しんでるの?」

 「あれか。彼の本体……9割くらい、おれはサルースさんだと思ってる」

 ノア姫に言われて来た?早すぎるしまるで彼女から逃げてるようだ。有り得ない

 だからおれは、少しでも動きを止めようと信頼出来そうなディオ団長を彼に付けていた。本体というか、今の肉体では動けなければ水鏡で見た仮面の姿で無理矢理出てくるしかないだろう。そして恐らくだが……

 「もう一度聞くけどさサクラ。魂を力に変える事は得意でも、AGXってそれ以外は苦手だよな?」

 「うん、魂だけで生活する術には乏しくて延命にはあまり使えないって、原作ゲームでも嘆かれてたよ」

 「なら、あいつの姿も、魂だけで動いている以上脆い筈だ。何やっても魂が肉体に帰るだけで倒せないだろうが、あの姿は派手には動けない」

 「……そっか」

 こくこくと頷く桜理

 

 「獅童君は、これから明後日の朝以降、昼くらいに決戦を目処に動くんだよね?」

 「ああ、皆に先導してもらって、ユーゴ派を一網打尽にする。それを人質にして何とかアガートラームを落とし、アステールを救う」

 けれど、とおれは手を握り締めた

 

 「それよりも、笑顔(ハスィヤ)……グリームニルがあまりにも不気味だ。あいつも対処する

 両方やらなくちゃいけなくて、後者は誰にも頼れないのが辛いところだな」

 「……でも、本当に僕の知らない彼がそんなことしてるの?」

 「うーん、ノア姫とおれはほぼ確信してるけど、エルフを良く知らないサクラにも分かりやすく言うなら……

 彼はより良い結末の為にって来てくれた。それ変じゃないか?」

 その言葉に、鶏肉を食みながら少女はフォークを加えた頭をこてんと倒した

 「え、変かな?」

 「ノア姫から減点されるぞサクラ。基本的にさ、エルフ種って長命だ。ノア姫が直接数百年前の戦いの英雄から寝物語に色々聞いてたくらいには、ね

 だからさ、割と思考が気長なんだよ。根気強く付き合ってくれるっていうか、時間感覚が長いというか、あんまり早期に結論を出そうとしない

 ま、だからずっとノア姫はおれを見捨てないでくれてるんだろうけど」

 本当に感謝しきれないな、と告げながら、おれはシュリに対抗してか軽く食べ終わって肩に頭を乗せに来る桜理の為にかたの埃を払った

 

 「そう、アナタが死ぬまでくらい付き合ってあげるわとか、エルフって割と継続を旨とするんだ

 それと、短期的な良い結末のためにってズレてるだろ?エルフにとって人生は長く続き続けるもの。一つの区切りは新しいものに継がれてまだまだ続くっていうのがエルフ思考なんだ。結末をっていうのはそこで区切れて終わりの思考だから、本当に有り得ない」

 まあ、それよりグリームニルが良い終末と言ってるらしいのが口調が似てるって方が短絡的に結びつけ易いんだが、それじゃああまりにも表面的だからおれはそう結論付けた

 

 「だから、肉体はおれやディオ団長、魂はシュリが止めてくれればって思ってる」

 これでディオ団長=笑顔(ハスィヤ)だったら失笑ものな結論を強く告げるおれ

 

 「……うん。それで、僕は君のために何をすれば良いの、獅童君」

 「サクラには……早坂桜理には、君にしか出来なくて、ユーゴの激昂を招きかねない危険な賭けをして貰う」

 「賭け?」

 「ああ、適宜ユーゴ派を一網打尽にして人質にしたりで相手を追い詰めるけれど、そうした揺さぶりの中でも最高峰の一撃。君にしか出来ない、最後の一手を任せたい」

 「うん頑張るよ」

 紫の眼はキラキラしていて、曇りがない

 

 「それで、具体的には?」

 「あいつが竜胆なら、君とは虐めていたって因縁がある。それを点く

 あいつが使いこなせてないから、恐らく何処かで君のアストラロレアXを取り戻せる筈だ。あいつも、おれに否定されたがってるなら君の時計の護りはそう堅くない筈だ。彼女(かれ)なりのおれが潰すべき矜持とあまり関係がないから」

 「つまり、僕に時計の力を使って欲しいの?

 でも、アルトアイネスは……」

 「いや、そっちは危険だし違うよ。君には早坂桜理として、竜胆佑胡に対して何か思いの丈を叫んで欲しい

 あいつは君が何者かは知らない、そして、虐めていた君の事は覚えている筈だ。だから必ず動揺する

 危険だけど、やってくれるか?」

 

 おれの言葉に、少女は肩から頭を上げて強く頷いた

 「怖いけど、君が望むなら僕は……わたしは頑張るよ。だから必ず勝ってね、獅童君」

 「負けるかよ、サクラ。誰にも手が届かないなんてもう二度とごめんだ」



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決戦前夜、或いは銀腕の虐めっ娘

そうして、決戦前夜

 夜風に乗って空を見上げるおれに向けて、水を飲みに来ただけなのに!と不満げな炎髪の青年は、何処か嫌そうにおれを見詰めていた

 

 「ってか、マジであいつと一戦やんのかよ」

 「ああ、本来の敵とな」

 なんて、おれが真に恐れている相手を煽らないようにことを選んでおれは告げる。ってか、サルース相手となると何を警戒して良いのか分からない

 あいつが【笑顔(ハスィヤ)】ということはまず間違いないし、だからこそ最初からおれが迎えに行ったり何だり、散々に動きを止めてはきた。だが……何が奴の能力でとか全く不明だ。というか、笑顔(ハスィヤ)の力についてすらシュリは教えてくれなかった

 あの辺り、やはりまだシュリとおれは敵同士だと思い知らされる。全部流して助けてと手を伸ばしてくれればそりゃもう何をおいても助けるが、そうではないってことはまだ敵だ

 

 「ま、それは良いや」

 何処か投げ槍に、青年は告げる

 「ってかよゼノ、ふざけてんのか?」

 「何がだ、エッケハルト」

 この一日半ほど、駆け回っていたのはおれとて同じこと。ふざける余裕など無い。というか、アガートラーム(AGX-ANC14B)や底知れない敵相手にそんなものあってたまるか

 

 「なにがって、そもそも可笑しいだろ!相手がお前の因縁の相手ってどんな確率だよ!」

 その言葉には苦笑して、おれはバレないように夜風に当たる青年に向けて恭しく白く半透明なグラスを差し出した

 「いや、そいつは当然だぞエッケハルト」

 

 というか、桜理にはもう言った結論だ 

 「ワケわからねぇんだけど!?あいつキレてたけどお前の知り合いなんだろ!?どんな確率か答えろよ!」

 「確率とか無関係だエッケハルト。昔言ったが、ゼノ(おれ)ティア(始水)の間にはゲームの最初から縁がある」

 「そんなん知って……ん?」

 「金星始水(かなほししすい)。知ってるよな?彼女は龍姫と同一人物だ」 

 「おい待て、イキなり俺の前世が意味不明なんだが!?あの世界の有名お嬢様=乙女ゲーに出てくる神って何それ」

 「両方嘘じゃない世界だから、互いに干渉できるって話らしいぞ

 それはそれとして、お前は聞いてなかったかもしれないが、円卓の長……アヴァロン・ユートピアは始水に執着している。いや寧ろそれ以外にまともに興味を示さない」

 龍姫を諏訪健天雨甕星と呼び、それにしか意味がないとまで言ってのけていたからな

 

 「それとお前の因縁の相手が多い偶然と」

 「偶然なものか。獅童和喜、竜胆佑胡、早坂桜理。全員あいつが意図して……別世界で何かやってる龍姫を煽るためにわざと選んで転生させやがっただけだ。

 いや、頭数が足りないのか無関係にランダムに選んだ奴も居そうだが」

 桜理に少し前に語ったことを言いつつ、おれは少しだけ頬を掻く

 というか、本当によくもまあ基本ずっと味方だな桜理……やはりスゴいのではなかろうか

 

 「つまり、おれ自体は関係ないが、おれの幼馴染である金星始水即ちおれを転生させて自分が幼馴染面していた龍姫に関連して、わざと選ばれている。だからあんなに揃う

 無関係な割には縁深いが、おれをターゲットには全く意識していなかったろう」

 なんて苦笑するおれ。下手したら残り二人の虐めっ子とか転生してそうだってくらいだ

 いやどうだろう。リーダーの佑胡は桜理を虐め続けていたってのを当人から聞いたし、その件もあって……寧ろあれだ、おれへの反抗心とか色々あるから転生に乗り気だったろう。が、残りはな。始水曰く彼女に怯えてすっかり大人しくなったらしいし

 ってか、おれに対して敵愾心が高かったの、多分だが原作ゲームからして性格同じなおれ=ゼノに向けておれ=獅童三千矢を重ねて執着していたのかもしれない

 

 となると、アステール絡みの執着の奥底にあるのが彼女への性欲なりなんなりではなく『ゼノに好意を向けたことがある少女を己のものにする事でのゼノ否定』欲になりそうで頭が痛いんだが、それはもう直接殴りあって確かめるしかない。ってか、おれ自身彼女の好意はちょっと理解できないがそれはそれとして、本気で当人に向き合わない奴がどうこうってのは止める。もっと止めなきゃ行けない理由が出来たって話だ

 いや、本気でユーゴがアステール大好きとかそんななら、止め方もまた変わるというかアピール間違えてんだよ!と頬をぶつ感じになるが、さっきの懸念が当たってると不味い

 

 「お、おう。ってかまずさゼノ。てめぇティア絡みで疑ってたけど神と繋がりあんのかよ!なら勝手に神とあーだこーだしてろよ!アナちゃん達巻き込むな!」

 『私の聖女ですが?』

 と、聞いてるだけだった話題の中心様が一言

 

 「エッケハルト。アナって龍姫の聖女だから巻き込むなって無理だ」

 「畜生このハーレム野郎!アナちゃんを解放しててめぇは龍姫とイチャついてろ!」

 胸ぐらを掴まれるおれ。振り払えるが、大人しく聖騎士団の制服の襟をネジ上げられるに任せる

 

 「こんなことすら隠して、秘密主義で俺達を巻き込むなよ!ゲームの魔神絡みだけですら手一杯だし怖いんだよこちとら!」

 「すまない」

 「すまないですんだら要らねぇだろお前ら皇族!」

 「……ああ、そうかもしれないな」

 それを言えば、はぁと溜め息を吐かれる

 

 「ゼノ、いい加減秘密主義は止めろ。頭が痛くて仕方ない」

 「分かってる。だからこの決戦前夜、お前と話をしに来た」

 「で、他は?ってか竜胆佑胡って名前に違和感あんだけど、ひょっとして女か?」

 「虐めっ子のリーダー格の女の子だったよ。女の子は三次元でも許すが男は二次元以外キモい、とか言っててオタク趣味があったから案外陰の者からワンチャン狙われてたりで陽のグループからは浮いてて輪に入りきれなかったからか、グレて桜理……ああオーウェンな?あいつの前世とか虐めてた

 それをおれが止めて、暫くは標的にされてたかな」

 「前世女かよあいつ!?もうやだこのハーレム王!」

 バシバシと背を叩かれる

 

 「もう良いや、言った通りに人々に言付けだけしておいたからな!これ以上やらないしアイムールは転生者無関係だし押し付けられたジェネシックは手放したかんな!もうアナちゃんや俺に無茶振りすんなよ!

 ただでさえアガートラームとか二度と目にしたくない恐怖の塊なのに。相手が女とか勝手に攻略してろ!」

 

 そう誰もいない筈の部屋の隅に彼は吐き捨てた、筈だった

 が……

 

 「ええ、酷い話です。では、参りましょうか我らが救世主」

 其処には忽然と仮面の男が居た

 

 待て、サルースは……

 っ!もう寝てるか!無理には起こせないし、何なら桜理には言っちゃったが露骨に警戒しすぎるとバレるから他人には言ってないせいで、寝てる当人が魂だけ抜け出す事への対応が誰も出来ない。お陰で来てしまったわけか

 

 バレてるのはサルース相手という扱いでディオ団長を交えておれは色々話してるが、それ以上の事を言ってなくて良かったってところだ

 

 というか……と少しだけ怪訝そうな目をおれは青年に向けた

 「いや、嫌だけど?」

 「つれないものですね。ユーゴは嫌だと言われ撃沈したものの、此方は勧誘を保留にされていた筈なのですが?

 こんな秘密主義、本当にまだ味方する価値はあるのでしょうか?我等が混合されし神秘(アルカナ・アルカヌム)の切り札(・アマルガム)、聖女諸共に貴方の事を歓迎するというのに」

 

 あ、案外平気そうだ

 そんな事を考えながら、おれはユーゴより寧ろ警戒すべき仮面の男と対峙した

 が、こいつを止められないと、そもそもユーゴ戦が始まらない。自在に介入されては戦える筈もなく、味方にするのはまず不可能。向こうから来てくれただけ、準備は足りないが好都合か!

 

 「言葉だな、笑顔(ハスィヤ)。そもそもその言い様だと、勇猛果敢(ヴィーラ)なおれとは何故か敵同士なのか?」



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交渉、或いは慇懃無礼の仮面

武器無く対峙するおれと、優雅たらんとした素手の仮面の色白。だがしかし、互いの手には見えぬ凶器がある

 

 サルースには見せていなかったアルビオンパーツが僅かに脈動するのを感じるし、奴の黒鉄の腕時計が神官服の袖の下で鈍い光を放っている

 一触即発、その状況を互いにおくびにも出さずに、おれと彼は表面上だけにこやかに同じ立場として言葉を交わす

 

 「ええ、不安でなりませんね。【勇猛(ヴィーラ)】。貴方が真実頼りになると信頼できたのであれば、そう介入する必要性すら感じない筈ですが?

 来なければと焦りを産んだ時点で無能な味方という敵の方が余程救いがある立場に立っていることを、どうかご自覚の程をと切に願うものです」

 慇懃無礼、おれ自身ほぼ出会った事はないというのに染み付いたその言葉を吐きたくなる。が、言わない

 

 警戒しているからこそ、下手は打てない。こいつが敵……なのはまあ当然として、敵対的に動かれたら詰みも良いところだ。おれは何とかユーゴ相手なら勝ち目はなくもない、アステールを救ってアガートラームを落とせる『可能性はある』だけの対策を何とか間に合わせただけなのだから。薄氷の作戦だ。それこそ、容易く破綻するから味方すら増えて欲しくない

 

 例えばだが、今頼勇が駆け付けてきたとしたら、多分これで策が崩れる。散々言ってきたがユーゴの味方を炙り出し、それを人質に取ってあいつの無差別超重力圏グラビトン・ジャッジメントを封じる。これが大前提過ぎるのだ

 アガートラームを出させないという勝ち方が不可能だし万一可能でもアステールを救えない以上、それをしないと聖都が一夜にして廃墟を越えて瓦礫の山による人々の墓標と化す

 

 「おやおや、その自覚はあるようですね、良い傾向ですよ。我が終末にも困ったものですが、貴方もまた」

 「だが、今回はユーゴはおれの敵だ。手出し無用、もちろんおれの仲間にも、だ

 余計な入れ知恵は、ロクな結果を招かない」

 おい、とばかりに炎髪の青年がおれを見るがその青い眼をスルーする

 

 「ええ、分かっていますよ。貴方が本当に役立つならば、ね

 しかしそれはそれ。不安でなりませぬが、此方としても相応に使い捨ての駒として信用しているシュリンガーラ様の意志は尊重せねばこの身を包む服装に申し訳が立ちませんよ」

 そう告げて、青年は一枚のカードを差し出した。良く見れば中に何か液体が閉じ込められたおれの瞳と同じ色の分厚いもの

 

 「ええ、差し上げましょう、シュリンガーラ様からの、我が終末からの贈り物ですよ」

 そうか、と微笑んでおれは受け取り、覗き込もうとするエッケハルトから後でな、と離した状態で手に握っておく

 

 「おいゼノそれ何だよ」

 「毒だよ」

 「ど、毒!?お前良くそんなもん欲しがるな……」

 うわ、と引いてくれるエッケハルト。少し傷つくがこれで良い。いやこれが良いのだ

 

 「毒とは不敬ですよ。我が終末の血より産まれし、忌まわしき心鎖を解き放つ」

 「毒だよ。使い手次第でどうとでもなる」

 言いながら、おれはそれをきゅっと握った

 

 正直捨てたいがなこれ!シュリを信じてる以上、直接渡しにこないこいつがシュリの約束したアマルガムであるとは思わない。つまり……

 「貴方は本当に、忌まわしい言葉を使う。このアマルガムは……」

 おっと、と仮面の下で表情を見せずにくつくつと青年は嘲った

 

 「あまり我が終末に対して疑いの目はいけませんね

 それに、間違ってもいない。アマルガムは確かに有効な手だてとなるでしょう」

 その言葉にうなずく。そう、その通りなのだ

 

 「このように」

 刹那、握っていたカードが破裂し、おれの頬にべちゃっと血が付着した

 ああ、知ってたよ。これがシュリに頼んだ薄められた毒性のアマルガムではないなんて

 

 沸き上がる衝動に喉を掻き、そして己の喉を締め上げている腕を掻き毟る

 「うぐ、がぁっ!」

 同時、愛刀やそのパーツ達が強く脈動し……炸裂したそうにカタカタと小さく震えるが、何とか苦しんで暴れるようにしてそれは抑え込んだ

 

 「おや、アテが外れてしまいましたね。防がれないとは。それでかの教王に挑むというのですか?無謀も良いところではありませんかね?」

 踞るおれを見(くだ)しながら、仮面の奥で瞳を光らせ男は笑う

 「無謀じゃないさ。切り札過ぎて、今はないし無駄撃ちも出来ないだけだ」

 嘘である。正直分かってたし防げた

 が、防ぐ価値がなかったから食らっただけだ。アマルガムならシュリに経口(キス)で流し込まれた事もある。あの時はシュリの手前本音を漏らしたが……耐えきれるのは分かっていた

 あの子におれの弱さは見せても多分良かった。が、今回のこれは違うから耐える。耐えきれる

 

 「が、一歩間違えれば危険すぎる。忠告感謝だグリームニル」

 そう、精霊結晶だ何だは死者の想いの力だ、アマルガムでその念が暴走した時にどこまでやらかすか未知数

 それを実演したくて、彼はおれにアマルガムをぶちまけた訳だな。それで暴走結晶に腕とか食われたおれを失笑しながら更に畳み掛けるために

 

 ってか性格悪いなこいつ!?

 「精霊結晶で防げないくせに活用できると?」

 「持ってないからな、今は。それに使う相手はユーゴだ。暴走すれば危険だからこそ、おれはシュリに毒性の弱いものを頼んだ。ほんの少しゆさぶれればそれで十分勝ち目が出る、ならば暴走するAGXの脅威というリスクを負ってまで、強毒を使う価値がない」

 言いつつおれは立ち上がり埃を払う

 

 持ってるがアルビオンパーツに関しては隠し通す。いや、今あの中にはアルデとアステール母の魂が、想いが眠っているから抑えてくれて暴発しなかっただけなんだが、隠せるなら隠す

 望み通りになど動くか、笑顔(ハスィヤ)

 

 「ええ、下らないお喋りでした。貴方の終末など、彩ってあげる価値もない愚劣のようです」

 言いつつ、青年は横でまーたかよと下らなさそうな眼をした青年に向き直った

 

 「ええ、ええ。それでもかの14B相手。下らぬ茶番劇、噛ませに過ぎずとも暫しシュリンガーラ様のお戯れにも興じましょう

 しかし我等がすべきはそうではない。違いますか救世主」

 「だから巻き込むなって」

 「巻き込みなどしませんよ、救世主」

 言いながら恭しく差し出されるのは小瓶。中には黄金色の液体が揺蕩っている

 

 が、見れば分かる。これも多分アマルガムだ

 「愛と勇気の薬です。貴方が勇気を出すのに使うも良し、かの聖女がかつての呪縛を捨て去り真の愛に目覚めるために使うも良しです

 ああ、ご心配無く、貴方と敵対する気などありませんから、毒となる事は無いと保証しましょう」

 「ホントかよ」

 ぼやきながらも、青年は仮面の男からそれを受け取った

 

 「勿論ですとも。良き結末の為に動くことこそ我等が心情。その為ならば何も惜しみはしませんし、救世主よ貴方を今終わらせるのはあまりにも、あまりにも惜しいのです」 

 仮面を抑え、くいとおとがいを突き上げてくねっとしたポーズを決める男。それを見ながらはぁ、とため息を更に吐いたエッケハルトは、それでも小瓶を仕舞い込んだ

 

 「エッケハルト」

 「ってかゼノ。お前みたいなのに付いてくの疲れるんだよ。俺はアナちゃんの為に、そして俺自身の安全の為に好きにやる

 持ってるくらい良いだろ!」

 「ああ、良いよ」

 睨み付ける瞳は、けれどもそう曇ってはいない。それを判断しておれはうなずきを返した

 

 「……もう戯れは十分だろう」

 「ええ、仕方ありませんが、まだ救世主は迷っておられるご様子

 では、このグリームニルめは一旦下がるとしましょう。我が終末をからかってしまったこともありますし……」

 青年は己の黒い司祭服の袖を捲る。その手には、煌めく腕時計

 

 「この力は我が身を護るためだけに」

 「足りない。ただ中に勝手に飛び込んできて我が身を護っただけですよと嘯きながら好き勝手されたら、まだ困る」

 「疑り深いものだ。それでは女性に嫌われてしまいますよ【無謀果断(ヴィーラ)】」

 ん?なんか呼び方の声音が違うな

 

 まあ良いか

 「しかし良いでしょう。距離を取り干渉しませんとも。別に構わないのですよ、ですが導くまでもない終わりを迎えたその時に、助けてなどとは言わぬよう

 それでは救世主よ、この身は無謀の阿呆の言葉に唯々諾々と従わされ、何も出来ぬ場へと参るとします。快い返事を、お待ちしておりますよ」



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第二部四章 極光の聖女と強斧の救世主 暁の血閃アガートラーム編
暁を待つ者、或いは火蓋


そうして、夜が明ける前。牢獄へと向かうおれの背後にはついてきてくれる騎士の姿があった

 

 「すまない、ディオ団長。巻き込むことになる」

 「いえ。戦えて助かります。あの日我等は何も出来なかった。魔神に蹂躙される皆も、立ち向かった主の死も、変えられなかった

 そして今、新しい主の苦境を変える一助にならなければ、その方が心苦しいのですから」

 「……そうだな」

 そう告げて、影から見守るシロノワールにも頷いて、おれは牢へと辿り着く

 

 まず、ユーゴを引きずり出さなければ始まらない。そして、あまり民間人が巻き込まれない場を選ぶ

 その二点を考えた結果が早朝、暁を迎える前。わざと桜理の入れられてる牢獄を破り、警報でユーゴを呼び出すというものだった

 後は散々用意してきた策が全部嵌まれば……残りはおれが死力を尽くすだけだ!

 

 「桜理、迷惑をかける」

 「ううん。僕が頑張れば、君が勝てるんだよね?」

 「そう、巻き込まれても良いのです。貴方が勝つならば、危険はあれど死ぬわけではない」

 違いますか?と獣の耳を立て、尻尾で壁を叩きながら青年騎士は告げた

 

 「だから頑張るよ、僕」

 「はい。いざという時に近くに居なければならない。それまでの護衛、それからの対処……この身に任されました」

 その言葉を信じて、おれは牢獄の格子に手を掛ける。そして一気に力を込めて引き抜いた

 

 「作戦開始だ、走れ!」

 同時、ばちりとスパークが走る。警報音は恐らくユーゴの寝室に、そして騎士団の夜勤の詰所にも響き渡ったろう

 

 だが!騎士団に対しておれが働きかけている事くらい向こうも把握済み。騎士団に任せるなんて手は取る筈がない。だからこそ……

 地下を駆け抜け、外へと飛び出し……

 

 「甘いぞユーゴ!」

 飛んできたレーザービームのような魔法を身を屈めて前転回避。そのまま現れていた豪奢すぎる寝巻きの青年の腹を蹴り飛ばす!

 

 超硬質なバリア……いや、重力の歪みによる実体の無い壁がそれを阻むが!とっくに御存知だ!あくまでもこれは挨拶!

 空中でくるっと回って着地。ローリングから蹴りに繋げて、立ち上がる隙を突けなくしただけだ

 

 「よう、お早いお着きだな、ユーゴ」

 「はっ!随分と早くに仕掛けてきたなぁゼェノくん?」

 けっ!と笑うユーゴ。その狂暴な笑みは、確かに前世を知ってみれば笑いながら桜理を虐めていた彼女に同じだ。何処か性的興奮があったのか頬を染めながらカッターで制服を切っていた部下と違い、嘲るようにしながらも目はあまり笑っていないあの顔

 

 「もう十分だ。終わらせてやるよユーゴ」

 「ほぉん?勝てるつもりかよこの阿呆」

 「勝つさ。勝ってお前の尻でも叩いて反省させてやる」

 男の尻を叩く趣味はない。女の子のもまた。だから嘘だが、屈辱的な言葉を選んで告げる

 

 「言ってろ、よ!」

 叫びながら、寝巻きのままの金髪青年は持ち込んできた白銀の鞘の刀を抜き放った

 オイ鞘を捨てるなアホユーゴ!と言いたいが、途中で鞘を拾えてしまうので好都合かこれ。月花迅雷としては間違いまくりだがな

 

 「お前の武器はどうした?おれの刀なんて慣れないものを持ち込みやがって」

 「はっ!エクスカリバーはてめぇにパクられたし、ガラティーンを抜くまでもない!」

 あ、やはりあるんだなそういうの

 

 「そもそも、てめぇの刀で止めを刺してやるよ。手だての無いてめぇにはうれしいだろ!?」

 澄んだ青い刃がおれを狙って大上段から振り下ろされる。隙だらけの一撃だが、防御手段が豊富にあるが故に間違ってはいない

 が、それは……おれの手に何もその斥力フィールドを剥がす手がない時だけの話!

 

 「聴け!猛る鋼龍の咆哮を!」

 刹那、おれはアルビオンパーツ総てを右手に収束させ……

 カタール状に結晶刃を展開!片手持ちの刀の横っ腹を弾いて軌道を逸らす!そのまま拳を握って怒りを放出し、解き放つは死念の雷槍!

 「ブリューナクっ!」

 「うげっ!?」

 思わずといったように、青年が飛び上がる。そのまま重力カタパルトで射出されるようにかなり上空まで吹っ飛んでいき……

 「あっぶねぇ。そんな隠し玉を持ってたとか聞いてねぇわ」

 ひゅんとブラックホールに呑まれて戻ってくる

 

 が、それで十分だ。飛んでいった露骨なまでの隙の最中に、おれはとっくに愛刀の鞘を拾っている

 

 こんなことしなくても良い筈だが、わざとだ。自力で愛刀を取り戻そうと動くことで、愛刀召喚は不可能だという誤認を植え付ける。取り戻したとして刀を奪えば!という認識を持たせれやれば、必ず何処かで見誤る!

 だってそうだろう。ユーゴは圧倒的な力で、おれの罠に引っ掛かってから突破したがりだからな!

 

 「だがよ?我が生きてることに気がついてなかったとでも思ってんの?一回死んで御苦労様、徒労だな!」

 「徒労かどうか、一刻後のお前に牢獄で聞いてやるよ」

 薄暗い空に吐き捨て、残った右目で少しだけ空へ浮かぶ彼を見上げて告げる。寝巻きで飛んでるのが笑えてなら無いな。アガートラームの機能酷使され過ぎだ

 怯えが見えるぞユーゴ

 

 「やってみろよ、ステラに捨てられた忌み子がよぉ!」

 「やってみせてやるよ、竜胆ぉぉっ!」

 まずは第一段階、てめぇの手から、あの母狼の想いの詰まった愛刀を取り戻す!左手に鞘を握り締めて、おれは内心でそう叫んでいた



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決戦、或いは太陽の剣

「どこまで、出来るかなっと!」

 鞘を捨て、青年が斬りかかってくる

 それをおれは左手に逆手持ち……というか、鞘としては逆手にまるで刀を普通に握るように手にした鞘でもって撃ち払った

 

 「はっ!忘れたか!てめぇの刀は雷の」

 「そっちこそ、オリハルコンの性質は魔力遮断!金属の鞘だからって電導性はほぼ0だ!」

 ばちりというスパークが伝って来ることはない。それを分かっているから鞘を稲妻を待とう刀身と合わせ、そのまま押し込む!

 

 「ちっ!上手く撃てねぇ!?」

 明後日の方向へと迸り、漆黒の夜空を照らす雷撃。使いなれていないおれの愛刀から、オリハルコン押し当てられたままおれへと赤雷は飛ばせないようだ

 やはり、弱い。遊ばれている。おれの愛刀よりはまだ別の武器を使った方が強いだろうに!

 

 「っ!はぁっ!」

 だから、貰い受ける!

 おれはガントレット状にしたパーツから一瞬だけ結晶の刃を伸ばし……

 「はいバリアっと」

 「甘い!」

 張り巡らされる結晶壁を同質の力で中和して粉砕。そのままユーゴの指を貫こうと刃は走る!

 

 「げっ!?」

 それに対して、青年は手にしていた刀を捨てる事で対処した。完全に武器を捨てて飛び下がり、虚空から同時におれに向けて一条の蒼光が降り注ぐ

 「月花迅雷よ!」

 手首をねじ曲げて鞘で無理矢理手放された刀身の峰を弾いて手元に引き寄せ、握り込んだ愛刀の刃でそれを迎え撃つ

 こんなことしなくても召喚すれば楽だが、そうしたら斬り結んだ意味がない!

 

 「っ!ぐっ!?」

 重い!何度か頼勇のエクスカリバーと斬り結んだ事はあるが、それとも遜色無い威圧感。ならばこれが!

 

 「ガラティーンっ!」

 「そう、その通り!」

 カッ!と輝く黒鉄の腕時計。それを大きく天に向けて掲げ、その手で空を指差しながら青年は叫ぶ

 「これこそがガラティーン!そしてこれが!」

 ぱちん、と指が鳴らされた

 

 その瞬間、おれの全身に光の鎖が絡み付く!

 「よくやったユーリ!」

 「はい、ゆ、ユーリがやりました!」

 そう、メイド少女の放った拘束魔法である

 「油断したな、阿呆」

 何処かつまらなさげに、掲げた手を下ろし、単体で鍔迫り合いしていた剣を手元に呼び戻しながら金髪の青年は告げる

 

 「くっだらねぇ」

 「ああ、そうだよなオーウェン?」

 が、おれは冷静にそう言葉を紡ぐ。そうだとも、どうせ誰か呼んでおれの欠点である魔法に弱い点を突いてくるなんて百も承知。単に避ける必要性すら感じてなかったというか、わざと食らって誰を側に置いてるのかを見たかったのが本音だ

 そこで殺しに来ていたら相応に避けたが、拘束しに来るなら食らってやろうじゃないか

 

 だって此方だって一人じゃないのだから

 「う、うん!『グラビティ・ケージ』」

 おれを縛る鎖が、光を捕える重力波の檻によって体から引き剥がされて地面に落ちる。そう、桜理の魔法である

 だから護れるようディオ団長連れて桜理救出から動いたってのもある。魔法には魔法、おれには出来ずとも桜理になら出来る!

 

 「っ、ちっ!?そんな手が」

 「お前も同じだろ!」

 言いながら、一気に踏み込みをかけるおれ。それを迎え撃つは、ガラティーンと呼ばれた巨大剣

 系列であるエクスカリバーは刃全体がほぼ完全に結晶で出来ていた。が、こいつは巨大な金属の刀身に結晶が付着しているって感じだ。恐らくは旧式で、安定して精霊結晶を刀身として制御しきれなかった頃の武器なのだろう

 

 が、重さは似たようなもの。愛刀の頑丈さにものを言わせて一撃だけ打ち合い、おれは大きく距離を取る

 

 「はっ!さぁどうするんだ?っていうか……」

 その嘲りの瞬間、おれの横を掠める何者か

 そう、あの日アルデを襲った小さな結晶刃のビット兵器だ

 ユーゴの意思により飛来したそれが、背後の黒髪の少女へと襲いかかる

 

 だが

 『ルルゥ!』

 更に上空から降ってきた巨大な白影に叩き伏せられ、鋼の鳥は地に落ちた

 

 「良くやったアウィル!」

 『クルゥ!』 

 嬉しそうに吼える天狼、そして……しなる靭尾に誘われ、黒髪の少女はそのゴツゴツした甲殻に覆われた背中へと導かれる

 

 「ゆ、ユーゴさまどうしましょう!?」

 「下がってろそこのメイド。さぁユーゴ、互いに札は切ったがあまり意味はない。こっから無駄な殴り合いは止めて、おれ達だけで決着を付けようぜ?」

 煽るように刀の切っ先を喉元に向けて、おれは呟く

 正直な話、ここでユーリの方が出てくるのは少しだけ予想外だったが、まあ分からない展開ではない。あっちの騎士かと思ってたが……

 

 この煽りにも意味はある。ユーゴは恐らくだがあまり味方を引き連れていない。そろそろおれが来ると思っていたからこそ、人を減らした節がある

 それを確かめる為に、かくし球があるなら出させようって話だ

 

 「ユーリ、離れてろ。あいつは危険だからな」

 そしてユーゴはそれに乗ってくる。わざわざおれの手に掛かってくれる

 

 良いぜ遊んでやるよ

 「オーウェン、アウィル。互いにあまり不干渉を貫いてくれよ」

 「う、うん。頑張って獅童君」

 「ユーゴさまは勝ちますから!」

 そうして、互いに味方が斬り結べる範囲から離れたその瞬間、おれは一気に彼へと刃を閃かせて突貫していた

 

 「伝、哮」

 「はっ!一つ覚えかよ!」

 その瞬間、腕時計のベゼルに触れたユーゴの眼前に分厚い結晶壁が出現しておれの行く手を阻み激突を誘発する

 少なくとも、彼はそう信じていたろう

 

 だが……残念だったな!

 おれは地を強く蹴って、壁ごとユーゴの頭上を飛び越えると構えた刀から放たれる雷を足場に蹴って無理矢理飛び込むベクトルを真下へと変え、靴がいつものではない為小さく焦げる煙と割れた石畳の破片を散らしながら着々、そのまま彼の背後、ほんの少しの距離で飛び降りつつ納刀した愛刀を深く構える!

 

 紡ぐは魂の残響華

 「迅!雷!」

 「ぐぎっ!?」

 驚愕に見開かれた眼、そこから更に恐怖で開いていく口元。首を捻って振り返った青年は、抜刀術の構えの前に間に合わないことを察知したのか地面に突き刺したガラティーンを抜いて立ち向かうのではなく重力球を発生させ……

 

 ああ、お前は間違ってないよユーゴ。確かにおれの迅雷抜翔断はその手で逃げる方が正しい。飛び込んでくる一発目を斥力フィールドだかで止めて、抜刀斬り上げ部分を転移でスカす、本当に正しい対処だ。

 

 だからこそ、お前は甘い。知らないだろうし見分けも付かないだろう。ゲームではおれの抜刀構えモーションって一種類しかないからな!何を撃つにしても同じ構えからだ

 だが、迅雷抜翔断はもっと踏み込みを強く、深く構えてから放つ奥義!そう、こいつは……

 

 「だが、これで!」

 「吟うは未来の刃、何者も阻めぬ魂の雪華」

 重力球に呑まれようが、バリアを貼ろうが。実体の無い魂刃の奥義の前に意味はない!

 

 「……ち、違っ!?この奥義は」

 「《雪那月華閃》!」

 振るわれる刃が、総てを透過してブラックホールに呑まれていた青年を逆袈裟掛けに斬り裂いた



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煽り、或いは輝界

「げぶっ!?」

 おれの背後で吐く音が聞こえる。恐らくだが、おれの後ろを取ろうとしたユーゴが転移の最中に叩き斬られて血反吐でも吐いたのだろう

 

 それを確認して右足でステップ、軽く前へ飛ぶ

 そんなおれの背後で風切り音がするも、何も起きない。空振りしても斬撃が飛んでくるタイプでは無かったようだ

 いや、そう決めつけるのは良くないが、少なくとも今回は飛ばしてこず単に空振りしただけ。ガツンと地面に突き刺さる巨大剣の音を聞きながら、更におれは距離を取る

 至近距離で斬りかかり続けるのが今のユーゴを倒すだけなら正直な話最適解ではあるんだが、それを選ぶ意味はない。一回死んで復活してきた方が面倒見臭い!

 

 だから適度に攻め手を緩めて煽る必要がある、という訳だ。距離を取ること自体は……

 

 と、背中に熱風が吹きつけるのを感じて空中で足を振って半回転、ユーゴ側を見て着地すれば、おれが少し前まで居た辺りが、刺さった鋼剣を中心に融解しているのが見えた

 煮立った石畳に思わず目を疑いたくなるが、良く考えたら普通に雷王砲等でも似たような事になるな。圧倒的熱エネルギーならば、石だって溶ける

 

 「ひっ!?」 

 「こ、これがユーゴ様の真の力……」

 「その刃、太陽の如く!吠えろガラティーン!」

 輝きを増した巨剣を両手で持ち上げながら、金髪青年は自分の周囲だけ熱を遮断しているのか微かに額に汗を浮かべて叫ぶ

 

 それを聞き流しながらおれは愛刀を鞘に納め直した。おれの基本の型は抜刀術、後は単純にアルビオンパーツだけでも相応に戦えるからな。というか、幾らなんでも刀を振るいながらパーツ制御がちょっとまだ苦手というのもある

 いや、変身すれば始水やアルヴィナがやってくれるんだが、その点がネックなんだよな。アルヴィナが近くに居ないから変身の隙が大きいし、何よりあれは……

 

 と、少しだけ意識が逸れた瞬間、ユーゴの姿がブレる。転移の重力球に呑み込まれて消えたと思うや

 

 「そこだろうっ!」

 おれは愛刀の鞘を握る手を大きく下げると、弧月を大きく描くように天へ向けて振り抜いた

 鞘から解き放たれた蒼き刃から天へと迸るのは青き雷。その光柱に照らされるのは、太陽の如き輝きを放ち、周囲の空気を燃やしながら落ちてくる鋼の巨大剣!

 

 やはり、空からか!

 って違う!

 

 「アウィル!」 

 『クゥ!』

 おれの叫びに咄嗟に事態を理解したのだろう、白き狼は背に黒髪の少女を乗せたまま跳躍し、その下を青きレーザーが突き抜けていった

 

 やはり、目立ちすぎると思った!あいつガラティーンだけ上空に転移させて自分はこそこそと地上から桜理を狙って攻撃しようとしてた訳だ

 「せせこましいな、竜胆!」

 「はっ!こっちは超有利なんだぜ?てめぇに従ってやる義理なんて、何処にあんだ?」

 「本当に有利ならば、なっ!」

 アルビオンパーツを展開、降ってくるガラティーンは放置して愛刀を納刀し、ユーゴが遠巻きに見させているメイドの少女へと

  

 「あっ、てめぇ!?」

 ブン!とおれの視線の先、ユーリというらしい少女の眼前へと転移してくるユーゴ。何時の間にか巨剣も手元に呼び戻しており……

 

 「だから、そういうのは無しだって言ったろうが」

 おれにだって、その子くらい殺せるぞ?とこれ見よがしに鞘と鍔を当てて金属音を鳴らす

 「アガートラームを呼ばれたら流石に困るが、な」

 「わっかんねぇなぁ……

 寧ろお前ら、この我にアガートラームを呼ばれた瞬間に勝ち目無くなるんだってのに、良くもまあそんなことを言うよ

 やるべき事はよ、呼ばれないように死力を尽くすことじゃねぇの?」

 向けられる嘲ったような笑み。だが、目は笑っていない。もっとキラキラしているし、何なら口元も少し疑問を抱くように釣り下がっている

 

 「分かってないのはそっちだ。おれは、おれ達は……銀腕のカミを、お前が信じる最強を打ち砕いて、間違ってました御免なさいと心から謝るまで、お前の尻を叩きにきた」

 一息置いておれは続ける

 「本当は、あの時やらなきゃいけなかった。竜胆佑胡、君達相手にさ、ただ苛めの矛先をおれに代えてさ、そこで満足するんじゃいけなかった」

 「で、苛め殺されたしーどう君?ゴールドスターグループが護ってもくれなかったし、仇すら取ってくれなかった見棄てられた大ボケさんよぉ?」

 出来んのかよ、とユーゴは嘲る

 

 それが何よりの答えであり激励だ。出来ると証明して欲しくなきゃ、此処で煽る必要もない!

 「始水はおれを信じてたし、君を信じてた

 でも、変われなかっただけだろう?お互いに、な」

 だから、と愛刀を構える

 

 「抜かすな!」

 「抜かすさ。銀腕、落とさせて貰う」

 で、とおれは嘲りを返す

 

 「軽く斬り結んで分かった。多少修行したろうが、お前弱いだろ」

 「はっ!これでもかよ!?

 輝界・装着!」

 次の瞬間、おれの前に立っていた青年の頭は白銀のフルフェイスヘルメットに覆われていた



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装甲、或いは星の刃

「っ!?」 

 謎の白銀の鎧を見ておれは少しだけ息を吐く。未知数の姿だ、イアンにも似た、っていや仮面のヒーロー感ある姿ってくらいしか共通点は無いんだが、これは……

 

 「……獅童君、あれは」

 「ふっ!」

 『キュグゥ!』

 裏拳一発。剣を振り回すので手一杯で移動は半ば転移任せであった筈のユーゴが猛然と地を蹴り、何処かカサカサとした動きでアウィルの眼前へと高速で接近すると、咄嗟に腕甲で受け止めた白狼の巨体を弾き飛ばした

 

 「うわっ!?」

 「くっ!」

 そのまま建物同士を繋ぐ連絡通路の壁へと激突し、瓦礫と共に屋内へと倒れ込むが、流石天狼というか即座に四肢を踏ん張り、桜色の雷と共に駆け抜けて追撃として振り下ろされる陽剣の燃える一刀とすれ違う

 『ルグゥ!』

 その背後で、穴の空いた連絡通路の壁……そして屋根が一刀両断されていた

 

 「はっ!誰がアガートラーム頼りの雑魚だって?」

 「頼ってないのか、それは?」

 「てめぇだって武器頼みだろ、知ってんだぜ?」

 軽口を叩きあいながら摺り足で間合いを測る。が、猛然ダッシュの速度はおれにも匹敵していた。大分重いだろうガラティーンと短距離転移を合わせれば、今の機動力はおれを越えていると見て良い

 

 「おいおい、抜くのかよ」

 それを把握し、抜刀して構えたおれを見て、銀白のヒーロー感の強い仮面(マスク)の下からユーゴの声が響く。フルフェイスの割には音質がクリアなのが違和感があるが、その分くぐもっていて魔法詠唱の種類が判別つかないなんて事は無さそうで安心だ

 「抜刀術は一撃必殺、良く考えたらお前相手に使うものじゃ無かったようだ」

 言いつつ腰に鞘をマウント、突きを狙うように頭の横まで持ち上げ刃を天に峰を地に向けて構える

 

 「こほっ、獅童君、それはノーマルスーツだよ」

 「スーツ?近未来は変わってるな」

 「違うっての。要はパイロット向けの防護服、最強のAGXを扱う際の環境に耐えるパワードスーツってこった!

 身の程、思い知った?」

 その言葉に、瓦礫に突っ込まされて咳き込んでいた桜理の肩が大きくびくりと震えた

 

 その言い方は、おれを、そして桜理を苛めてきていたリーダーの口癖だったから。もう隠すつもりもないのか、それを告げて、仮面の下でおそらく彼は狂暴に笑うのだ

 

 「成程な。確かにヒロイック過ぎるが、英雄たろうとしたアガートラームには似合いの姿だよ」

 良く良く考えれば、アルビオン時点でかなり可笑しい軌道描いて飛んでたものな、あれを巨大ロボでやるとなると、やはり生身では耐えきれないのだろう

 「でも、それをわざわざ着て出てくるって余裕だな。破壊すればお前は生身で」

 「はっ!」

 その瞬間、背後から飛び込んでくる気配。が、おれは動かずに近くに控える騎士に任せた

 「重いが、それだけか!」

 「ユーゴ様のようにはいかないか」

 

 そう、フルフェイスではないがほぼ同じものに身を包んだ騎士クリスの姿。こっちが最初から来ると思っていたが、やはり居たか

 

 「お前さぁ、忘れたのかよ?我等円卓の救世主だぜ?

 確かによ我だけならそりゃ一着喪えば大事よ?でもよ、最近ティアちゃん外見で外面だけはめっちゃ可愛くなったリーダーが居て、他にもAGX持ちも居るんだぜ?そして拠点はユートピアの奴が使ってたっていう事象の地平線に潜航している潜界母艦ティル・ナ・ノーグ

 流石にAGX量産はキツいってか縮退炉のシステムも精霊自体をコアに組み込まない安全性の高いレヴも造れねぇけどよ?このスーツくらいなら量産出来んだぜ?」

 

 ちっ、と毒づくおれ。もう少し楽にと思ったが、やはりというかユーゴに従うスペック面での利点って案外あるもんだな。スーツを支給して貰えるってなれば、それだけで嬉しいだろう

 

 「で、配ったって訳か」

 「はっ?配ってやるかもとは言ったがよ、そんなもん本当に配ってやる必然性あるか?」

 「そう、選ばれし者だけが許される。そして、この身はユーゴ様に選ばれたのだ!」

 なんて自慢気に言う騎士クリス。ディオ団長が不意討ちの一撃を防げた辺り、アイアンゴーレムとかそのレベルで性能は止まってそうだが……まあ全長6mとかある巨大ゴーレム並の強さって上級職でもなきゃ太刀打ちしようもないんで十分強いな

 

 「なぁユーゴ、お前こそ、此方に来ないか?」

 「抜かせ!我は好きに生きるんだよ、力を得たんだから」

 「……本当にそうか?」

 おれの知っている竜胆佑胡は、ユーゴ・シュヴァリエはそうじゃ無かったぞ?と唇の端を吊り上げる

 

 「抜かしたいなら、まずはこの輝界装甲を超えてみろよ、超えられるんだろうが!てめぇの本気で!」

 巨大な剣がおれの顔面に向けて突きつけられる

 「ヴィルから聞いてんだぜ?スカーレットゼノン・アルビオン。使ってこいよ、遊んでやる」

 「お前が切り札を切ったら、こっちが遊んでやるよ」

 が、変身はしない。きっと今発動すれば待っててくれるだろう。だが、今はまだ駄目だ

 

 まだかよ、ユーゴ!とおれは内心で歯噛みする

 

 「ったく、訳分からねぇなお前はよ!」

 「早坂の為にも、今度こそお前を止めてやるためだよ、竜胆」

 「……っ!」

 少しだけ突きつけてくる剣の切っ先がブレた

 やはりというか、あいつなりに桜理に対しては思うところがあったのだろう。まあおれは勝手に自己死しただけだが、桜理はあの後も女みたいな奴として虐め続けた結果、親の事もあったが女扱いされる最大の原因であった整った童顔を焼いて入院したんだものな

 

 だからだ、だから早く、お前の怯えを形にしろユーゴ

 怖いだろう、怒られたいが怒られたくないだろう?だから、お前はきっと……

 

 「っと、ふーん?」

 と、ユーゴが不意に何処かから通信を受けたように剣を下ろす

 その隙にとりあえず雷を撃っておくが、どうせ防がれるのは知っている。隙を晒してるようで、此方が切り札を切っていかねば特に隙にはならないバリアはまだ彼を護っている

 

 「はっ、でだよ獅童君よぉ?

 お前、こいつを期待してたろ?ざーんねん、来ねぇよ」

 と、ユーゴは空中にモニターのようなものを投影した。そこに映っているのは、一つの巨大な影

 そう、鬣の機神LI-OHである。いや、支援機と思い切り合体しているからダイライオウだな。その巨体が、暗い筈が一部だけ空が割れその光を受けて輝く湖面に映っていた

 

 「仕込んでたのはてめぇだけじゃねぇんだわ

 トリトニスに再度魔神が襲来し、鋼の巨神が対処に向かった。これが、今さっき起こった事だ」

 仮面の下では顔は分からないが、恐らくにぃと笑っているだろう

 

 「竪神は来ない。あそこでLI-OHを呼んだ以上、此処に駆け付ける手段はねぇ」

 「忘れたか?王都近郊からエルフの森に飛んだ事だってあるんだが?」

 「はっ!そんなもの、四天王カラドリウスありきの、向こうの策略だろ?

 今回はそんな奇跡は起こらねぇ。どれだけ頑張ろうが、そもそもエネルギー持たない筈だが……

 全力で今から飛んできたとして、辿り着くのは一刻半後。約四時間、間に合う筈がねぇ

 

 竪神は来ない。アガートラームに唯一他に対抗できそうな切り札は、我が送った仲間が魔神の扉を開いたことで消えた!」

 ……そう、おれはそれを待っていた

 

 ユーゴだって流石にLIO-HXでATLUSとやりあった頼勇とLI-OHだけは警戒する。だからこそ、引き剥がしに来ると知っていた

 そして、遂に勝ったと思ったろう。だからこそ、もう変身して構わない

 

 あの変身の今回最大の弱点は先祖返りを起こすこと。人の中の魔神だった頃の血が活性化する事で身体がヒトを完全に超えた人間型の魔神になる反面、この聖都で変身した瞬間に魔神警報に引っ掛かる

 そしてユーゴは、魔神が聖都に現れた際ならば、帝国と聖教国の間の約定に反せずに帝国騎士団所属の頼勇が介入できると分かっているだろう

 

 だから変身する訳にいかなかった。あいつが策を講じて警報の鐘を鳴らしたとしても頼勇が来ないと安心してくれるまで、手を貸してくれる魔神達もそしておれも警報に掛かるような動きは出来なかった

 

 でもなぁユーゴ、少し後で教えてやるよ。アイリスの執念を。お前がアイリスと頼勇を舐めすぎだって事を、な!

 

 もう良い。あいつはもう、頼勇を警戒することを止めた。ならば十分!

 始水、下門、アルデ!皆おれに力を貸してくれ!アステールを、星の輝きをこの手に掴んで護るために!

 「……ああ。ならばやるしかないようだな!

 星刃!界放!」



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尽雷、或いは脅威の狼龍

『銀河の果てに放つ!光り唸れ銀河』

  響くのは幼馴染神様の朗々たる声

 『煌めく星々の祈りを束ね!』

 轟くのは遠き祖先の声

  『気高き雷、勇気を紡ぎ』

 叫ぶのは下門の、二度と聞けない筈の声

  『星龍と共に我等は往く』

 吟うのはアルデ、誇りを語るように、あの最初に出会った日からは想像もつかない凛とした声が響き渡る

 『輝け、流星の如く』

 そしてこれは何時ものようにちょいテンション低いアルヴィナ。うん、混じってくるか

 『「愛!勇気!誇り!大海!夢!魂を束ね紡ぎ、創征の銀河へと」』

 おれに合わせ、シロノワールが歌い上げる。まるで、親友を代弁するように

 

 ふわりとおれの肩に翼のマントが出現すると、ありもしない風を孕んで大きくはためく

 『「(GONG)を鳴らせ!」』

 一瞬、おれと帝祖皇帝の想いが、声が交差した

 『『スカーレットゼノンッ!』』

 神と祖、二つの大いなる存在の声が一つとなって

  「アルビオン! 」

 先祖返りで狼耳の生えたおれの身に尽雷の狼龍は君臨する!

 

  『『The dragonic saber with you

  Are stars to bright and realize

  Words to Vanguard Worlds』』

 ……あ、アルヴィナ今回はちゃんと歌えたのか

 変身音完全発動、咄嗟の何事も無く、太陽の剣は益々光を増しながら、おれへと放たれるのを大上段で待ち続ける

 そして、前と違い……

 

 「勇猛果敢(ヴィーラ)ッ!」

 雷炎の実体の無い右翼が霧散し、シュリのものと瓜二つのブースターウィングへと生え変わる

 そう、"生え"だ。魔神への先祖返りの際に、アルヴィナ達ニクス一族の血脈の証である耳の他に、シュリのヴィーラたる証として翼も生えるようになっているのだ。片方だけだがな!ついでに耳の横から銀に途中から跳ねた節だけ朱い双角まで生え、既に無い左目に黄金の焔が燃える!

 

 「っ!?それが!」

 「そう、魔神龍帝!スカーレットゼノン・アルビオン!!」

 「でも、出落ちではなぁぁぁっ!

 エグゾースト・サンライズ・ガラティィィンッ!」

 完全におれの周囲に勝手に発生していた雷が消失した瞬間、銀白の仮面騎士は天へと掲げた煌めく巨剣を振り下ろした

 

 刹那、放たれるのは光の奔流。極太のビームソードってところだろう

 だが!

 「ドラグハート・アロンダイト!」

 おれの背中にあるのはブースターが連なったようなシュリの翼と、展開されたカラドリウスの翼!右翼は節を伸ばせば半ば剣のようにも使えるんだよ!そう、あのアロンダイト・アルビオンのように!

 

 ガラティーンとアロンダイト、おれ達が勝手に呼んでいるだけではあるがある種因縁の相手となる円卓の騎士二人の愛剣の名を冠した二つの剣がぶつかり合い……

 「伝、哮、雪歌ぁっ!」

 光の剣を前方へと一節を拡げた吹き荒れる青光でブーストした銀翼剣で突っ切りながら、雷光と共に更に加速!

 

 「聴け、尽雷の咆哮を!」

 「っ!」

 分が悪いと見て取ったのだろう、パワードスーツの背部ブースターを噴かせて天へと逃げるユーゴ。だが、前は逃げられたとして……

 今のおれは、空くらい好きに飛べる!

 

 「っらぁ!落ちろユーゴ!」

 迎撃を諦めて光剣が消えた瞬間、剣翼の外節を背中に戻してシュリが何時もやってる完全なブースター型へと変形!

 見たものは蒼光が夜空を切り裂いたと思ったろう。飛び上がるユーゴを軽く追い抜いて天へと飛翔したおれは、一気に展開される青き結晶のバリアごと、後を追ってくる形になった青年を踵落としの要領で蹴り落とした

 そう、固定されるものがない空中という場所では精霊結晶による障壁で攻撃を受けた時、吹き飛ばされるのまでは防げない!

 「うげらっ!?」

 せめてもの抵抗として遮二無二振るわれるガラティーンだが、まるで届かない。光剣こそ発生するが、裏拳で軽く砕ける程度のエネルギーだ、脅威にはならない

 

 「迅雷!」

 「いっ!?」

 そして、左翼の風でもって慣性を殺していたおれは、さっきの剣翼の要領で天へとブースター状の右翼を大きく展開、一気に地上へと墜落して納刀していた愛刀を深く構える!

 

 「ユーゴ様を」

 「行かせると!」

 それを防ごうと斬りかかってくる騎士クリスだが、騎士団長ディオの刃に阻まれおれに届くことはない

 まあ、今のおれって普通に蒼輝霊晶発生させるからユーゴと同じバリアを一種類持ってるんだがな!攻撃してもまず無駄なんだが、止めてくれるに越したことはない。これは死んでいった者達の想いを燃やした果てにある力だ、無駄遣いなどするわけにいかない

 

 「だから、甘いって」

 「のは、自虐かユーゴ?」

 背後に転移された瞬間、おれの右肘が青年の仮面に突き刺さった

 

 「んぐっ!?」

 仮面を砕かれながら地面に転がる青年、フルフェイスの銀兜全体に(ヒビ)が入り、三度バウンドして頭から壁に突っ込んだところで砕け散る

 

 AGX-ANC11H2Dの方のアルビオンはもっと硬かったぞ?と言いたくなるが、あれはまあ出力特化のAGXだし例外か

 

 「ぐにゃっ!?」

 「バリアがある筈、か?」

 出現した狼耳の立った何処と無くディオ団長とお揃い?の兜のしたでおれは息を吐く

 「斥力フィールドと短距離転移は同じシステムによるもの、転移の瞬間付近だけ解除される」

 そして、とおれは拳を握って続けた

 「精霊障壁は確かに凶悪な防御となるが、同じ精霊結晶由来の力でならぶち抜ける」

 そう、だからこそAGX-ANCシリーズは精霊と同じ力を求めた。効率良く彼等に立ち向かうために

 

 「気分はどうだ?」

 「なめんにゃ……」

 ふごふごとした要領を得ない声音で答えが返ってくる。歯の数本でも喉奥に詰まったのだろうか

 

 「少しは堪えたか、竜胆?

 あの時一回ぐらい殴ってやるべきだったのかもな」

 「にゃから、舐めんなって言ってんだよ!」

 その瞬間、彼の銀白の装甲に一点だけ見える黒点、即ち黒鉄の腕時計が輝きを放った

 

 「っ!」

 その寸前、おれの全身はLI-OHが放つライオウアークとほぼ同質の緑色のエネルギーに拘束され、その周囲を7機のビットが取り囲んでいた

 「これは!?」

 「時を遡り、てめぇは死ぬ!ガンビットライザー!」

 成程!と感心する。最初の時もあまりにも拳を振り下ろすのが早すぎると思っていたが……速度ではなく時間操作で攻撃を終えるまでを早回ししていたって事か!

 今回はその応用で、ほんの少し過去に攻撃したって……いや待て正気で言ってるのかこれ!?

 

 とは言いたくなるが、これも承知の上だ。というか、桜理から聞かされたし似たような事はAGX-15もやってきたからな。対処の仕方こそ分からないが使ってくることは分かってる

 

 「終わりだぁっ!」

 「ああ、そうだな!

 おまえが!な!」

 だが、だ。後手に回って良いなら対処はしようがあるのだ。謂わばこれ、時を止められてその最中に攻撃準備を終えられているようなもの。おれからすれば突如として攻撃が出現しているようなものだが……

 そう、過去に既に『攻撃が当たった』事にはならない!ならば!

 

 キュォォォオオオオッ!という風切り音と共におれの深呼吸に合わせて両翼が唸る。羽ばたく嵐、噴き荒れる光、その二つが螺旋となって、緑色の光柱を砕いておれの体を敵の前へと運んでくれる!

 

 「ふぎゃっ!?」

 「当たる前に、お前を叩く!お前のカミサマと違って、隙だらけだ!」

 そのまま龍翼一閃、ギリギリで巨大剣を盾に逃げ出そうとしたユーゴを掠め……ガラティーンの刀身ごと青年の右足を半ばから切断!

 

 「んぐぎゃっ!?」

 全く笑えないが面白いほどに悲鳴をあげてのたうち回るユーゴ

 そうだろう。どうして死んだのかは分からないが、そこそこ可愛い外見で取り巻きも居た竜胆佑胡も、産まれながらに大貴族の跡取りかつ最強格のAGXを持っていたユーゴ・シュヴァリエとしても、あまり怪我などしたことはないだろう。痛みだって慣れていない

 だから、こうも情けなく逃げ惑う。彼にとって、反撃なんてまともにされたことがない一方的な狩り以外など……ほぼ味わったことがない未知だから

 

 「し、しどぉぉっ」

 腹の底から出てきたような少しおどろおどろしい声と共に、青年が何処かへと消える。また性懲りも無く背後か?と今度出てきたらシュリ譲りの龍翼の先からドラゴンブレスでも放ってやろうかと思ったが、そうではないようだ

 

 ……いや何処行った?

 そう怪訝に思った瞬間、嫌な予感と共にメイドの方を見る

 それと同時であった。ちょっと珍しく厚手のドレスに身を包んだ銀髪をサイドテールに纏めた豊かな胸の少女の喉をひっつかんで、恐らく七天の息吹で治したろう素足を晒して、銀の装甲騎士が少女の前に降り立っていた

 

 「っ!ヴィ……アナ!?」



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異伝 揺らぐ竜胆佑胡と尽雷の恐怖

「あ、きゅぅ……」

 苦しげに呼吸する銀髪の少女を掲げた腕に吊るし、あーし……じゃなかった、僕、でもなくて我は少し離れた地でその名を呼んだ異形の怪物を眺めていた

 

 全身を覆う深い海に近い群青色の精霊結晶には時折幾多の光が明滅して銀河を思わせる。その下に見えるのは何処から持ってきたよ宇宙金属か何かと言いたくなるほの暗い金属光沢を持った灰銀のアンダー。各所に白銀の甲殻のような装甲が追加され全体としては我も一回見たことがあるかの変身、スカーレットゼノンに似ていると言えるだろう

 だが、胸元から迸る紅のエネルギーライン、狼を模したろうフルフェイスの兜を突き破って後頭部へと流れる銀の角からは前へと突き出す小さな朱角が見え、僅かに透けた兜の下から黄金に燃える左目の光だけが強く見える

 何より……その背には狂った翼がある

 右翼は短い翼脚に三つの巨大なブースターのような翼節がくっつき、その間を鱗に覆われた翼膜が軽く繋いだような、少しだけ寛げた今は巨大なクローを背負うようにも見える姿。そして左翼はヒロイックなロボットの鳥型パーツならこんなだろうと言いたくなる展開翼。少なくともブースターを連ねたものとは全く機能が違うだろうし、実際羽ばたくような動きを見せている

 

 だというのに、だ。右翼のみを噴かせているとは思えない自在な制動で、奴は襲いかかってきた

 

 有り得ない。何だよあの意味不明の軌道!?普通片方だけ噴かせたらまともに飛べないだろ!?

 

 だが、だ。大丈夫だ、何とかなる

 「はっ、良かったぜ本当に

 お前がユーリを人質に取ってたらそれこそ交換とかさせられる所だった」

 「……やりたかったのか?」

 「御免だっての」

 その言葉に、狼のマスクの下で、灰銀の怪物は静かに笑ったのだろう

 

 本当にイライラする。それをあの日、見せてくれていたら……っ。勝手に死んで、歯車は狂い初めて!全部コイツから始まったってのに!

 

 「まあ良いや、聖女を殺すぞ、武器を捨ててその変身を解け」

 更に少しだけ力を強める。苦しげにサイドテールが揺れるが、それを見ても狼なのか龍なのかという異形の装甲を纏ったゼノは静かに燃える左目でおれを見つめていた

 

 「ほら!」

 嫌がらせの意図を込めて胸元に左手を伸ばし、無駄にデカイそれに指を埋め……

 ふにゅんとした感触が、ズレた

 「あ、パッド!?」

 「はっ!」

 思わぬ事に目を剥いた瞬間、奴の右腕ガントレットと化していたパーツが単分離して我の右手を打ち据え、思わず少女の喉を緩めてしまう

 

 「ヴィルジニー、こっちだ!」

 「全く、魔神のような男に庇われるとは悪夢ですわね!」

 は!?ヴィルジニー?

 が、胸元の詰め物を放り投げて背を向ける少女は確かに良く良く見ればゲームで……はそもそも銀髪スチル無かった。そう、小説の挿し絵で見てた銀髪聖女とは別人。少しだけ青みがかった銀髪も、魔法が解けたのか毛先にかけて銀色に変わっていくストロベリーブロンドへと変わってしまう

 

 っ!銀に変わるって点は魔法で誤魔化せないけれど、逆に言えば銀に染めるだけなら何とか出来るのか!最初から騙されてた!?

 

 「にがっ!?」

 手を伸ばし、装甲を失った右足と左足の圧倒的な出力差に足を取られてつんのめる。それを静かに隻眼は見下していた。まるで全てを見透かしていたように

 

 「てっめ」

 「全く、無茶をする」

 「無茶くらいしますわよ。何度も良いようにされて、放置せざるを得ないなど困りますわ」

 変装魔法が完全に解け、グラデーションの髪の少女はドレスの裾を摘まむとそう言った

 

 「危険だ」

 「ええ、大丈夫ですわよ。『恐ろしいしやりたくないけど、あいつらはそれを当然のように出来てしまう、そして勝ってくる。バケモンだよ、付いていけない』とエッケハルト様が言ってらしたもの。守ってくれるのでしょう?」

 その台詞に、怪物ははぁ、と溜め息を吐いたように見えた

 

 「我を、見ろぉぉっ!」

 「見てどうする」

 瞬きする間の回し蹴り。死角から襲いかからせたビットが攻撃を放つ前に蹴り飛ばされ、我の腰に付けていた斥力フィールド装置の位置を正確に撃ち抜いた

 

 「それだけか、竜胆」

 ……遊ばれている。そう理解した

 此処まで、何度でも殺せた。殺意があれば死んでいた。我自身適度に加減して遊ぶのには慣れていたっていうか、気に入らない相手では遊んでいたから良く分かる

 

 全く本気じゃない。だってゼノはもう抜刀すらしていないじゃないか。変身後まともに月花迅雷を振るってきたか?

 

 「だが!こいつは!」

 「……そろそろ、遊びは終わりにしようユーゴ」

 背後に落ちている足とその装甲から魔法を放とうとするが、軽く爪のような右翼を薙がれて失敗。背中に目ん玉付いてるのかと聞きたいし、あの右翼背後に攻撃出来るの反則だろう

 

 それに、何か違和感が……

 「もう良いよ、お疲れオーウェン」

 その瞬間、真っ黒な空が落ちた

 いや違う。空を、周囲を覆っていた闇という名のスクリーンが剥がれたのだ

 「うぎっ!?」

 照らされる多数の光の魔法に目を焼かれて思わず強く目蓋を閉じる。そうして研ぎ澄まされた耳に届くのは、鳴り響く鐘の音とざわめく人々の喧騒

 

 「っ!これは!?」

 「お前はオーウェンの貼った結界からルー姐が貼った消音結界の中に転移したから聞こえなかったろうが、さっきからずっと鳴ってたぞ?

 恐ろしい敵が聖都を踏み荒らしたという危急存亡を告げる七つ鐘の音が」

 「て、っめぇ!」

 折れた歯をぺっ!と吐き出して叫ぶ。聖女アナスタシア……に化けたヴィルジニーを脅して魔法で繋がせたが、顔までは治してる暇がなかったのだ

 

 「……お陰でだ、全部多くの人の前で見せてくれたよ教王ユガート・ガラクシアース

 意図的に伝統と血統のアングリクス枢機卿家を、己のためだけに人質に取った。聖女を人質に取ろうとし、更には害そうとした」

 カシャンと兜がバラバラのパーツとなって虚空に溶け、縦に裂けた青光を持つ燃える黄金の左瞳と静かな明鏡止水の右目。見せ付けられていた狂った揺らがぬあの眼に、全てを覗かれた気にすらなって心がざわつく

 「お前がカミ足り得ない証明を皆が見ていたぞ。お前に教王足る資格があるか、聞いてやろうか?」

 

 「だがぁぁっ!」

 助け起こしてくれるユーリと、我を護るように姿を見せるステラ

 

 「亡霊の如く。人ならこうして忽然と現れることはないよな、アステール?」

 「おー、ユーゴさまの為にって嘘だったのかなー?」

 怒り心頭、尻尾を膨らませるステラだが、我聞いてないんだけどそれ。何か交渉とかしてたのかよ!?

 

 「いや、真の敵を倒すために、ユーゴに色々と分からせるためにやってるだけだよ」

 その言葉に嘘はないだろう。殺意が感じられない一撃ばかりで、此方の全てをあしらってきた。格の差を知らしめるように

 

 「それより、幽霊みたいだぞアステール?」

 「いやー、失敗だねぇ……裏切られるとは、どーしてか思いたくなかったのが仇になったかなー?

 あそこでしょけーされるように、動くべきだったねぇ……」

 「そう、これがあの教王の真実ですわ!」

 微かに透けるステラを指して勝ち誇るのはヴィルジニー

 

 「勝った気か」

 「お前自身には勝ったよ。また人質を取るか?アナの居場所はお前に分からないから転移は不可能。探し回るなら、その間にお前の仲間も死ぬ

 それとも一緒に転移するか?その隙があるならば好きにしろ」

 

 くっ、と唇を噛む

 クリスは一頭と一人に抑えられユーリを守れない状況

 どうしてだ。何であんな遊びで死んだんだ。これだけ出来て、飾って誤魔化すしか無かったあーしと違って素で沢山持っていた奴が!

 

 「ならこれでどうよ!グラビトン・ジャッジメント!」

 もうなりふり構うか!あーし達も身を切らなきゃやられる!というか、既に立場を崩され身を切らされてる!

 もうステラの記憶がとか、反動が来て少し昔の記憶が強く脳に焼き付くとか言えない!

 

 「アガートラァァム!」

 「それを待っていた!」

 だのに

 胸元ポケットの顔が奴に似ててイライラするあの男からパクった腕時計と共鳴する我の時計を高く掲げて叫んだ瞬間、眼前の怪物はにやりと笑った



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銀腕のカミ、或いは雷槍

「そうだ、それを……待っていた!」

 煌めく黒鉄の腕時計。そしてそれに共鳴するかのように緑の燐光を放つ桜理のそれ。パクられるとヤバいと思っていたろう、何よりおれに一度壊された記憶が恐怖となって纏わりついているだろう

 だからこそ、あいつはきっと身に付けているし、恐れから早めに切ると踏んでいた

 

 「全員ぶっ潰れろぉぉぉっ!これでも、お前は!」

 叫びと共に身がほんの少しだけ重く感じる。アガートラームの持つ超重力圏が展開され、周囲の全てを押し潰そうとしてくるのだ

 

 が、それは……

 「きゃっ!?ゆ、ユーゴ、さ……ま」

 足が折れ苦しげに踞る奴のメイド

 「ユーゴさまぁっ!?」

 民衆の中からも挙がる悲鳴

 

 「んなっ!?」

 「隙だらけだ、ユーゴ!」

 その最中を流石に見逃す気はない。おれは愛刀を閃かせて装甲を切り裂き奴の服の胸元を薄く傷付けるように撫で、其処に仕舞い込まれていた黒鉄の時計を切っ先に引っ掛けて手首だけでそれを桜理へと放る

 

 「あっ!?」

 「そして、遅い!」

 そのまま右翼を噴かせ、加速した回し蹴りで青年の肉体を思い切りぶっ飛ばした

 

 此処で斬り捨てることは簡単だが、アガートラームを出させてから勝つ、が必須条件である以上それはしない。殺しても復活してくるし、その際は最初からコクピットに収まってから降りてくるだろう

 それじゃ駄目なのだ。召喚してくれてこそ……

 

 『Action!Gravity judgement』

 『Emergency code received.

  System hacked all green.

 Master No.006 『Lion Agato(阿伽斗 犂音)』……Error!

 Master No.i 『Yu-to Magami』……confliction Error.

 Master No.none 『Yu-go Chevalier』……check OK!

 

 G(グラヴィティ)G(ギア)Craft-Catapult Ignition.

 Aurora system Started.

 Lev-L.U.N.A Heart beat.

 Tipler-Axion-Cylinder Awakening Awakening Awakening.

 SEELE-COFFIN Eeterrer Astella.

 A(アンチテーゼ)G(ギガント)X(イクス)-ANC(アンセスター)14(フォーティーン)B (バスター) 

 Airget-lamh(アガートラーム)   

 Overd Re:rize』

 吹き飛ぶ銀白の青年を包み込むように、全長10mを越える銀腕の巨神が顕現した

 

 が、だ

 「うぐぁっ!?」

 その瞬間、恐らくコクピットであろう胸部が少しだけ揺れ、呻き声が響き渡る

 そう、自分の身を護るためにコクピットに自分を転移させた時、吹き飛ばされているユーゴの体はそのままコクピット内部に叩き付けられる。それを防げるだろう斥力フィールドは破壊した。だからこそ、一部計器はユーゴに激突して異常を起こすだろう

 

 まあ、どこまでエラー吐いてくれるかは未知数だが……

 わざわざ愛刀で斬り付けたのも、青き制圧の雷でもってスーツの機能を更に落とすため。それで壊せなくとも、コクピットにダメージは与えられた、それで十分だ

 

 ついでに、取り返す必要があったものも上手く行ったしな。恐らく共鳴してくれると思ってはいたが……共鳴しなかったら終わってたな

 本当に綱渡り、何とか繋いでる状況だが……ここからが漸く本番だ

 

 対アガートラームの切り札は四つ

 一つ、尽雷の狼龍たる魔神龍帝スカーレットゼノン・アルビオン

 一つ、アステールから託されたゼーレの強制解放コマンド

 そして一つ、コクピット内部のユーゴの動揺を誘うアルトアイネスの所有者……早坂桜理の存在

 一つ、本当の最後の切り札、ユーゴの知らない全てを護るための力。アイリスが必死に造り上げた最速の翼『ジェネシック・リバレイター』

 

 それらを切っていき、何とかアステールを救い、あいつを止める

 そしてまず!

 

 「てめっ!?あ、ユーリ!?」

 「ようユーゴ。自分の仲間達を砕けた大地の染みに変えていく気分はどうだ?」

 悪どく嘲り、挑発するおれ。おれ自身はほぼ超重力を無効化出来るし、恐らくはあのスーツも無効に出来るのだろう

 だが、それを纏ってないユーゴ最大の味方は巻き込まれる

 

 『ルゥ!』

 「僕達だって、役に立てるんだ!」

 そう、本来の騎士はユーリを護らせる為にあのスーツを与えていたようだが、アウィルと桜理達に抑え込まれて不可能

 更には……七つ鐘の音に呼ばれてきた民衆の中に多数のユーゴ派も巻き込んである 

 

 「それにお前ら!?巡礼に旅立たせた筈……」

 「はっ!トリトニス行き第二陣か?『ごめんなさい、わたし達が呼び戻しちゃいました』とアナが謝ってたよ」

 アガートラームの広範囲制圧兵器は範囲と火力が広すぎる。だからこそ、おれ達がチラチラと戦おうとする素振りを見せておけば奴は適当な理由で味方を遠ざけると思っていた

 が、聖女達が聖都に来てどうこうで興味を引き、更にユーゴの名を騙って呼び込めば……アガートラームについて深く知らないユーゴ派はごっそり聖都に戻らせられてしまうわけだ

 

 「さぁどうするユーゴ?お前の味方達まで押し潰すか?」

 「でも、僕達は戦う」

 「他国の首都一つ。巨大な犠牲だが……お前の味方も壊滅させられるならば、被害は同レベル。いやそれ以上か」

 狂暴な笑みを浮かべて、ヘルメットを再度装着。燃える左目で睨み付ける

 

 が、分かっている。何だかんだ虐めグループのリーダーやってたあいつは……此処で見捨てない

 ってか必要ないようなユーゴ派を逃がしてるし、ヴィルフリートやマディソンだって助けに来た時点で味方への面倒見は悪くないのだ。言動はクソヤロウだけどな

 

 ふっと超重力圏が消失する

 「やりやがったなてめぇ」

 「先に仕掛けてきていたのはお前だろうユーゴ」

 翼に力を込めつつ、静かにおれは告げた

 

 精霊結晶は貫ける、斥力フィールドは破壊できる。だが……その先に普通にアホほど硬い装甲があるんだよなアガートラーム!

 かといって、早々にコマンドを唱えても動きを止められたとしてアステールは救えない

 

 もう少しダメージを与え、せめて中破くらいまでは追い込まないとな!

 

ヒロイックさより少しの異様さを感じさせる巨大な銀腕……左腕を構えた状態とコマ送りの間が抜けたように銀の巨神の姿がブレたと思った刹那の後には、リボルバーの撃鉄が落ちたような音と共に莫大なエネルギーの雷光がその左腕から迸り……

 

 「ブリューナク!」

 「ブリューナク・アロンダイト!」

 放たれるはATLUSも切り札として放ってきた嘆きを怒りに変えた雷槍!が!それはもう……おれだって撃てる!

 二つの雷槍が虚空で激突し、何処か空を切る悲鳴のような衝突音を響かせる

 

 いや、実際に悲鳴に近い音だ。死者の想いを糧としてる、悼ましい力なのだから!

 それでも、こうしてでも!おれ達は明日へと進む!進まなきゃいけないんだ!彼等の願った、未来を!この手に!

 

 「無駄だぁぁぁっ!」

 此方の振り抜いた右腕から放たれた方の雷槍はあっさりと貫かれる。が、そんなもの百も承知。アロンダイト・アルビオン……いや下門陸の想いを継いだこの姿とて、銀腕のカミに勝てる出力はしていない

 だが!

 

 「吠えろ、月花迅雷よ!」

 抜刀!勢いを殺されながらも飛来する雷撃の槍をおれは赤き雷を纏う愛刀で切り払った

 出力こそ足りなくとも、同じ性質までは辿り着いている。ならば後は、勝てるまで複数回攻撃を当てれば良いだけの話だ

 

 「だがなぁ!此方も二発目があるんだよ!」

 振り抜いた筈の左腕は一瞬で再度ストレートを撃ちたそうに振りかぶられていて

 「はっ!こんなの遊びだ

 此方だユーゴ!」

 おれは地を大きく蹴って加速、まだまだ夜明けは遠い暗空へと舞い上がった

 

 「空かよ!」

 「空さ。沈めてやるよユーゴ。その黒鉄(くろがね)の終末を、未来を照らす暁の雷光の下に、な」

 「抜かせぇぇっ!ブリューナクッ!」



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驚異の力、或いは銀腕の機械神

空へと浮かび上がる銀の巨神。合計五本の角(今のおれの角と同じく途中で枝分かれしているから)からなる一角獣のような突き立つものと左右後方に流れるもので三本の紅のブレードアンテナを備えたヒロイックな顔立ち、骨格だけだと思わせる子羽根が外に向けて展開する内外入れ替えられたようにも思える翼、そして明滅するオレンジラインを持った巨大な銀腕

 

 ほぼエネルギーが尽きた状況ですら圧倒される存在感が、力の輝きを纏って空へと舞い上がってくる

 

 おれの10倍はあるその巨躯、特に特徴的な両腕を見据えて内心で反芻する

 桜理が教えてくれたが、両腕にはそれぞれエンジンが搭載されている

 一つ、右腕に存在するのが縮退炉。そしてその内部に仕込まれた時空流転装置(タイムマシン)。こいつだけは十全に動かせない状況に追い込まなければならない。そうしなければ、一瞬時を戻してコマンドを使用する前にされてしまうだろう

 そうなれば詰みだ。時を越えられないような状況が必要。それこそ、右腕を破壊するとか……。まあ下手に落とすと縮退炉、つまりは核融合によるブラックホールエンジンが暴走して周囲一帯が呑み込まれてしまうので安易に壊せないが、そもそも安易な一撃で傷付くほど脆くもない

 そして左腕が今回狙うもの。アステールを閉ざした柩は左腕にある。そして周囲にはもう一つのゼーレも。死者の想いを雷に変えるチャンバーはあそこだ。此方は破壊の必要はないが、アステールを引っ張り出すまでは逆に破壊しちゃいけない。アステールを殺すことになるから

 そして中央、胴体のコクピット近くにはレヴシステムが搭載されているが……それは魂の柩から中身(アステール)を引っこ抜けば制御を喪うから脅威度は低い。ゼーレ・コフィン無しでも動かせるが、大きく暴走させないでいられる稼働率は落ちる

 

 だからまずは!右腕を落とす!そしてコマンドでアステールを左腕から引っ張り出して救出、然る後に最初に出会った時並にエンジンを喪ったあいつを撃墜する

 その最中、何時頼勇が間に合うか……これはかなりの賭けだ。最初から呼んでいればユーゴに警戒させてしまう。かといって安心させた後時間稼ぎし過ぎればそれはそれでバレかねない。遮二無二やるしかないのだ

 それを悟られるな、本気で……

 

 「バァルカン!」

 そんなおれの思考を引き裂くように轟音と共に銀神のブレードアンテナの下部が煌めく。其処に仕込まれているらしい小型(といっても巨大なロボット基準なので口径は恐らく50mmはあり対物ライフルの良くある12.7mm口径を遥かに越える)のガトリング?砲から無数の弾がおれを襲う!

 咄嗟に右翼をブースト、左翼で慣性を制御して捻じ曲がった乱雑な軌道を描いて飛翔するが連射性に優れた銃撃はそれを追って次々に飛来すると地面に着弾、光柱を上げて其処に大穴を残す。二三発当たっただけで建物が瓦礫すらほぼ残らず光柱と共に砂塵と化す脅威の威力を避けて更に旋回し……た瞬間、弾の嵐が止んで急制動

 

 何かと思えば、何時しか人々を背にしていた

 そうか、流石に味方混じりの民衆を跡形もなく消し飛ばす気にはなれずに射撃を止めたか……と思った刹那、反対方向に転移したアガートラームがやや下方から更にバルカンを撃ち上げてきておれは更に空へと舞い上がった

 

 「滅茶苦茶な火力を……」

 「ガトリング!ミサァイル!」

 「言わせて欲しいもんだ!」

 ブレた瞬間、銀のカミの眼前には何処から取り出したのか巨大な四角いミサイルポッドが出現しており、其処から55発のミサイルが一斉に空へと放たれる!

 ってこれ、ATLUSもやってたブラックホールからの武器召喚か!アホみたいな火力してやがる!

 

 こんな過剰戦力でおれと戦うとか元々何想定してたんだ。いやシュリというかアージュみたいな世界を滅ぼすカミの眷属にされたバケモノなのは知ってるが!実際に対峙すると驚愕の火力に畏れ戦く!

 対峙した瞬間は恐ろしかったし、今でもそいつを継いだおれ自身のこの力が怖くなるが……ALBIONって本当にまだ抑え目の性能してたんだな!?

 

 「まだまだまだまだぁっ!!」

 更に第二波、三波と放たれてくるミサイルの雨。もう冗談かよ!?としか叫べないが……

 

 「舐めんな、ユーゴぉっ!」

 遥か上空、雨雲すら突き抜けた瞬間に反転、針のように尖りきった軌道を描いて全身全霊で急落する。流石に全ミサイルの波状攻撃を耐えるのはおれには無理だからこそ、数発だけすれ違いざまに切り裂いて、後は空に置き去りにする!

 

 そして!

 「っ!はぁっ!」

 シュリからもらった剣翼の軌道には粒子(シュリは自前の毒を撒くっぽいが、おれのそれは精霊結晶の粒子だ)が残っており、それに触れたミサイルは誘爆。4波、累計220発のミサイルが犇めく空では完全に巻き込まれ事故を防ぐなど到底出来ず、一発誘爆すれば次々と爆発していく

 が、全ては落とせない。ならば更に

 

 「超超重豪断!オーバーブラスト・パニッシャァァァッ!」

 そんな思考もミサイルの爆光で照らされた夜空も引き裂いて、全長1……最早見えない程の巨剣が逆袈裟斬りにおれに迫る

 全く、ATLUSは1.5kmの剣を重すぎて振り下ろすだけだったってのに、斬り上げて来んなよな!?

 

 「だが、流石に!」

 剣圧だけで乱気流が発生して、普通の飛行物体ならばまともに回避も出来ないだろう。だが、流石に聖都の直径すら優に越えるというか、下手したら地上から振って成層圏届きそうなアホみたいなデカさの剣とはいえ、(くう)を支配するカラドリウスの力を借りた今ならば!その圧を超えて動ける!

 

 が、その瞬間に嫌な予感と共に足元を通りすぎていくもう幅数百mあるだろって剣の腹から目を逸らしおれは天空を見上げる

 「十!紋!逆鱗断!」

 果たして、やはりというかおれの頭上数百m先に転移してきていた白銀の巨大機神が、その己がまるで人の指先に載せられた米粒にも見えるような巨剣を振り下ろしてきていた

 

 「っ!避けっ!」

 刹那、おれの周囲全方位に発生するブラックホール。剣圧で爆発していくミサイルの15発くらいが瞬時におれの周囲を覆い尽くして炸裂する!

 「っぐっ!?」

 この身の精霊結晶の性質はほぼアルビオンそのままだ。回避の為の防壁に近く、全てを受けきることは出来やしない

 咄嗟に幾つか切り裂いて爆発の威力は弱めて離脱するものの、左右の翼に大きな衝撃と共にミサイルに搭載されていたろう毒と金属片が無数に突き刺さって加速を妨害

 「獅童君!」

 その瞬間にどうしてかそんな言葉が聞こえた。そう思った時にはおれはその言葉に後を任せて翼から力を抜き……

 

 超高速の重力加速に逆らわずに引っ張られ、肩から大聖堂に墜落した

 

 ……すまん始水、余波で神像とかかなり吹っ飛んだ!

 『良いんです兄さん!無事ならばその方が重要です!』

 「っていうか思わずやっちゃったけど大丈夫獅童君!?君に意図した通りに効くのって害ある魔法だけだから、思わず墜落の重力魔法唱えちゃったけど」

 「いや、助かった桜理!」

 叫びながら瓦礫の中から身を起こし、空を見上げる

 おれを追って降り注いでくる都を縦に両断出来るだろう巨大な鋼剣を迎え撃つように何頭かの飛竜が空を舞い、その背の騎士達が合唱して大きなバリアを貼る。それが何重にか重なって……

 最初三枚を紙屑のように破壊したところで剣は止まり、消え去った

 

 流石にユーリ達ごと両断はしてこないか!まあ当然!

 

 だがどうする!?想定してはいたが、やはりというか流石の対神話超越の誓約(ゼロオメガ)として造られた銀腕の巨神、想定内と言って対処しきれる程度の能力はしていない!

 

 「はっ!お前から降りて休んでんじゃねぇよ獅童!

 お前に赦したのは、冥界への墜落だけだ!」

 天空から降り注ぐのはそんな拡声された怒号

 「悪いがこの世界に冥界なんてないぞユーゴ!諦めろ!」

 空元気と共におれは突き刺さった破片を無理矢理にエネルギーを暴発させて吹き飛ばし、再び空へと舞い上がった

 

 「人混みに紛れろ桜理、周囲から人が消えたら狙われる!」



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悪戦苦闘、或いは先導者

「っ!悩んでる暇もないか!」 

 思い切り地を蹴って空へと翔び上がる。攻撃というよりは、周囲に人が居ない状況を作り出すことでターゲットをおれに絞るというのが主な目的だ

 まだおれならばワンチャン回避も迎撃も可能だが、桜理やアナ達があんなもんに狙われたとして何の対処も出来ないだろう。圧倒的な力に潰されるだけだ

 

 だからこそ、おれは一人で闘うしかない。誰も巻き込まない、それがおれの……やるべきことだ!

 カッ!と噴き出すエネルギー。死者達の想いを燃やして生じる正負の熱量をもって飛翔する。決して何時までも持つものではない

 

 「ぐぅぅっ!」

 不意に右目が凍りつき、空のおれへと放たれていたバルカン弾に頭突きして強引にそれを打ち砕く。ぐわんぐわんと揺れる視界を目を閉じて無視し、軌道を逸らせば……

 

 「見えていたぞ!」

 骨組みだけの翼から無数……いや正確に数えれば恐らく65535機放たれた青い結晶で出来た拳大の超小型ビットが、おれの軌道を塞ぐように大量に集まって壁を形成する。更には一瞬の隙に四方八方に転移してきたビットの壁が形成されておれを箱状に閉じ込めた

 

 っ!そうだ、これが本領。時間を操り少しだけ過去に攻撃を飛ばせるということは、ユーゴからすればおれが晒した隙を見てから後出しで、隙が生じた瞬間にそれを突いていた事に出来てしまう訳だ

 だから実質先読み攻撃を放たれて、このザマか!

 

 「獅童君!」

 「ゼノ皇子!」

 二人の声が聞こえる。それに……隠れて貰っているアナやルー姐の声は聞こえないが、同じように心配させている筈だ

 諦められるかよ!とおれを擦り潰すべくどんどんと分厚く小さくなっていく無数のビットによる箱の中で叫ぶ

 

 だが、おれは単独で転移なんて出来ない。とすれば、抜け出す手立て等……

 

 「咆哮するは神解(かみとけ)、龍!覇!尽雷断!」

 風雷火を纏って、強引に押し退ける以外には無い!

 周囲の空間が無くなる寸前、ギリギリで壁を形成する粒子ビットの波を掻き分けて離脱。だが……

 

 「げほっ!」

 無理をし過ぎだ、制御が効きにくくなってきた

 更に……

 

 「もう、終わりかぁっ!」

 抜け出す事も、その飛び出す方向も、飛び出したのを見たおれからすればほんの少しだけ未来のアガートラームがとっくに知った行動として対処の一撃を既に撃ち終えている!

 っ!裏をかくように、左方向へと飛び出してみたが、当然ながら何の意味も無いか!

 

 「ブリューナク!」

 「くっ!」

 どうする!?確実に手が足りない。相手が未来視というか、一旦おれが避けきったのを見た未来のあいつが過去のおれを攻撃してくる以上、分かってはいたが、未来から攻撃してくるのを止められなければダメージを与えるどころじゃない!

 

 「吠えろ!」

 咄嗟に右翼をブースター型から翼脚を捻って前方に突き出して肩巨大砲のような姿に変え、左翼で無理矢理己を空に固定。さっき突っ切ったビットの壁ではないが、精霊結晶の粒子を全力放出でビームというか壁を形成して強引に飛んでくる雷槍を受けきる!

 

 「そこだぁぁっ!オーバーブラストパニッシャァァッ!」

 が、既に相手はブリューナクの為に腕を振り切った隙……なんてものは未来から飛んできた攻撃だから存在しないが、粒子ビットの隙を転移でキャンセルし、再度成層圏まで届く巨大剣を振り下ろしてきている!

 

 っ!

 そう唇を噛んだ瞬間、おれの身体は突如として左翼の空間制御能力を喪って大きく真横に向けて吹き飛ばされていた

 

 というか、左翼自体が消滅している!?あいつの大元はアドラー・カラドリウスから託されたものの筈で

 と、そこで漸く気が付く。あの翼はおれ一人が使うマントではなく……

 

 「シロノワール!」

 そう、眼前で空を切る巨剣を共に見下ろしながら、混沌色の瞳をした魔神王がおれの首根っこを掴んでいた

 

 「既に誰が為にか鐘は鳴り続けている。私が居たところで変わるまい?」

 「行けるのかよ、銀の腕のカミ相手に」

 「ふん。私が目指すは魔神王の討伐。これしきの相手に勝てぬようでは、やはり人を信用など出来んということだ。アルヴィナをくれてやる道理はなくなる」

 静かな瞳がおれを見るが……魂だけの八咫烏、正直今のおれと比べて、最高難易度の竜魔神王ならいざ知らず今のシロノワールでは能力不足も甚だしい筈だ

 

 「おまえ、は」

 「知る必要などあるのか?私はお前の死、それだけだ」

 だというのに黒き翼を拡げ、魔を導く八咫烏は不敵に嗤う

 

 「死ねぇ!アンタなんてお呼びじゃないんだ!」

 そんなおれを掴んだ王に向けて、翼から再度無数のビットが吹き上がるが……

 

 「あがっ!?」

 迸る金雷にその全てが爆発して、初めて白銀の巨体が微かに揺らぐ

 

 やはり上手く行ったか。龍覇尽雷断の本質は月花迅雷の……天狼の操る全ての雷を統合して放つ金雷の力。制御と撃滅、何とかビットだけは異常をきたしてくれたのだろう

 

 だが、所詮は本体と別に攻撃してくるオプション兵器を封じれたに過ぎない。かの銀腕の能力自体は何一つ落ちていない

 

 「……そもそもだ。私が勝ち目もなく現れるとでも、思われているのか?」

 その瞬間、天空におれとは無関係の金雷が走る。アウィルだ

 地上から迸る雷の柱を駆け登り、白き狼が空へと現れている。が、おれには何が何だか……

 

 「七天の眷。癪かもしれないが、今この時だけは、私に従え」

 ……っ!まさか!?

 

 その瞬間、天に翼を拡げた青年が八咫烏としての本性を一瞬だけ見せたかと思うと、その姿が溶けた

 そして、アウィルを包み込むと二重螺旋を巻き起こし……太陽のような光と共に、一つの姿を形取る

 

 「人間風に言ってやるのならば……天魔狼王ノワール・ガイアウィル、というところか」

 そうして現れたのは、黄金の髪に純白のメッシュが混じり、妹のように頭頂に狼耳を生やし、全身に甲殻を生やし……雷と黒き烏の翼で二対四枚の翼を生やした、魔神王の姿であった

 

 「フュー、ジョン……」

 原作ゲームでも、己の配下たる天獄龍と合体した第三形態はあったが……アウィルともフュージョン体があるのか!?ってか、ゲームじゃ絶対不可能だろその姿!?

 なんて、おれ自身ゲームじゃ有り得ない変身してるから何も言えんがな!

 

 「……行けるのか」

 「私を何だと思っている?そも、生命の絶望の冷気結晶、お前達の死と絶望たる私達の方が余程扱いやすいというもの

 だからこそ、アルヴィナに見初められ、魔神に先祖返りした姿ではあやつらに比べて扱いに長ける」

 伸びた犬歯を見せて笑うシロノワール、その手には何時もよりも鋭く大きく姿を変えた結晶槍が見える

 

 「……頼りにするぞ」

 「共通の敵が居る限り、な」

 首を離され、空に浮かぶ……って、そもそもシロノワールの実体化に左翼パクられたんだった!と落下し初めて理解し、シュリの眷たる証の翼は両翼生やせる程肉体が毒に染まっていないから、炎雷で翼を形成。空間を支配するカラドリウスの力が抜けたせいでエネルギー噴出でのみ空を舞うようになり、今までより最高速が少し落ちつつ軌道ももっと直線的になりがちになった

 

 が、それ以上に、シロノワールが共に闘えるという点は大きいか!1の力を振るうよりも、0.8と0.4の二人で挑んだ方がマシ!

 

 「待っててくれたようだ」

 「ま、見て分かるように負けねぇかんな。好きなだけ策を練れよ、そうじゃないと下らなさすぎっての」

 「後で後悔しな、ユーゴ。行くぞシロノワール!」



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共闘、或いは新たなる切り札

結晶槍を手に四枚の翼を形成はためかせる青年を追って空を駆け、銀腕のカミの動きを見る

 未来から攻撃が翔んでくるとはいえ、頻度はそこまで高くはないし、攻撃を飛ばしてきたとしてその先もない。避ければ終いだ

 

 となれば、本体を注視して攻撃を捌き、隙を突く。一人では捌く為に手一杯で手が足りずとも、シロノワールと二人ならば何とかならないこともない!

 そう思った瞬間、雷鳴が迸る。ブリューナクの構えだろう

 

 「っ!?お前、お前は!」

 そんな少し焦った声と共に轟く雷槍が空を裂く

 これは……おれ狙いじゃないのか!ならば!

 

 「伝、哮、雪歌ァッ!」

 空中で噴き出す翼の粒子を蹴って加速、強引に距離を詰める!

 

 「おわっ!?」

 が、刃が届く寸前で腕を振り切った巨神の姿がブラックホールに呑まれて消える。そして……

 「ビット!ちっ!無理かよ!?」

 10km程離れた遥か遠くでエラー吐いたビットをもう一度使おうとして固まっている姿が見えた

 

 重畳、完全にエラー吐いてくれてなきゃ、本体と別に動いてくる大量のビット兵器に二人して擂り潰されて終わりだからな!

 

 ってか遠い!聖都の街門の遥か外まで逃げてるんじゃねぇよ!?届かないだろ!

 ってか、その逃げムーヴされたらタイムリミット持ちのおれに勝ち目無いんだがな!

 

 そう、タイムリミットだ。おれ自身当然分かってはいるが、シロノワールが指摘してくれたようにこの尽雷の狼龍形態は長くは持たない。フル詠唱かつアステールの母の魂が自身を燃やして力を貸してくれていたりと散々補助があるが、それでも長い時間戦ってはいられない

 

 「それでも、なぁっ!」

 託された想いが詰まった愛刀の鞘を撫でて、おれは叫ぶ

 負けるわけになどいくものか。討ち果たす。おれと同じく沢山の悲しみを背負うはずで、けれどもあまり背負わなくて良いように改悪(普通は改善としか言いようがないが、改悪で良いだろうこんなの。本来の使い手の悲しみも何もかもほとんど無視して戦える単なるぶっ壊れなんて……いや製作者的には寧ろ有り難いのか?使い手さえ真っ当ならばプラスは多いし……)された鋼の神を

 

 「グングニールよ、その力を示せ」

 「させねぇよぉっ!」

 更に降り注ぐのは複数のビット兵器から放たれるビーム砲

 いやビットは潰したはずだ!と叫びたくなるが、良く良く考えてみればそもそもさっき放たれた65535個くらいあるだろう超小型ビットの類いとそれ以前からユーゴが使ってた剣のようなビットって別の武器なんだよな

 ……お前どんだけビット兵器積んでんだよ!?

 

 

 そんな悲鳴を心の中だけで抑え込んで飛んできたビームを切り払い、シロノワールの投槍をフォロー。その瞬間、夜明けを待つ暗い空に光が走った

 

 「ガンライズ!」

 光と共にブラックホールから出現するのは、7機あるらしいソードビットそれぞれに対応したろう全長3m程の機械人形。その背にビットが装着されれば、人形の頭の半分以上を占める巨大な単眼に光が灯り起動する

 

 「ブリューナク!オーバーライド!」

 そして、七機の小型機械人形が全員背中に背負っていた雷槍射出筒から巨大な雷槍を同時に撃ち出した

 それすらもシロノワール狙いか!

 

 「人気者だな、シロノワール」

 「冗談は止めて欲しいものだな」

 ブゥン、とその姿がブレたかと思えば影に潜みシロノワールの姿は遥か遠く、雷槍の軌道から大きく離れた場所に出現する

 が、その瞬間には銀の拳が降り注ぐだろうと判断し、おれは翼を噴かせてそちらへと向かう!

 

 「ちっ!邪魔すんな!さっさと片を付けないと……」

 おれが斬ろうとしているのを理解してか、攻撃は来なかった。やはり二人で戦えば何とかならないこともない

 

 そして、零れた言葉には違和感がある。まるでシロノワール相手に焦っているような……どうしてだ?

 と、思ったところで不意に思い出すのはゲームでの話。そういえばだが、魔神王テネーブル第三形態って時間制限あったな

 いや、正確に言えば龍気レベル8で発動する【反逆の先導】が全マップ対象の軽減不可無効化不可の即死火力っていう形で無理矢理ゲームオーバーにしてくるんだが、ターン毎にレベルが上がるから実質8ターンで決着付けなきゃ負けになるんだ

 

 そうか、それか。アガートラームがどれだけ強かろうが強制即死かつどんな防御手段も効かないあの一撃で中身のユーゴ自身が死ぬ可能性を恐れているのか

 

 「シロノワール、ひょっとしてだが、【反逆(リベリオン)の先導(ヴァンガード)】撃てたりするか?」 

 そう遠くから問いかけるおれに対して、妹のように白き狼耳の生えた青年は小さく笑った

 「さぁ、どうだろうな?」

 

 ……あ、これ撃てないパターンだな。撃てるなら撃てると言うだろう、王として皆を不安がらせないためにか出来ないという言い回しがほぼ無いだけで、誤魔化すってことは出来ないのだろう

 「撃てるかどうか、敵に教えてやる筋合いもあるまい?」

 尚も呉越同舟というか、敵だとアピールしてくる彼に仮面の下でにっ、と笑っておれは右翼を噴かせて背を向ける。背中を預ける形だ

 

 「ならば、相応にやるぞシロノワール」

 「ふん、まあ良い。アルヴィナに涙などあまり似合わんからな。相応に協力してやろう。まずは、あの小型人形を落とす、異論は?」

 「無い!桜理達を狙われたら困るからな、本体外に動かせるものは、徹底的に最優先!」

 「了解だ」

 

 と、不意に手にした愛刀の柄が震えていることに気が付く

 そう、か。そうだ

 

 「シロノワール」

 「まだ何かあるのか?」

 「一つ、おれに切り札がある。お前の中にフュージョンしたアウィルほ居るし、アウィルの力も使えるんだろう?」

 「だろうな」

 青き一角を良く見れば額に生やした青年は小さく頷く

 

 「ならばきっと……」

 あの時は出来なかった。けれども、天狼が手を貸してくれ、何よりもこの手に雷刃があるならば!きっと届く

 天狼と共に天空山で修行させて貰った際に何となく試して使えなかった、あの奥義を!本来は哮雷の剣が放つ、銀を穿つ霹靂神(はたたがみ)をな!

 

 「良いだろう、奴等を片付けた後合わせてやる」

 「といっても、恐らく一撃では崩せない」

 「ふん。私は太陽をこの手に納める先導者(ヴァンガード)。一時とはいえ勝利を導いてやろう」

 軽く槍を素振りする魔神王に向けて頷いて、おれは空を蹴った

 

 「ああ、行くぞ!」



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機械人形、或いは空戦

『……兄さん』

 耳に届くのは暫くおれを集中させてくれていた幼馴染神様の声

 

 始水、何かあるのか?

 『いえ、王狼から聞いてはいましたが……撃てると思いますか?第一、撃って平気ですか、今の兄さんは』

 心配そうなその声に、仮面の下でにぃと笑って返す

 

 撃てるさ。どんな犠牲を払っても、な

 

 『【心煌剣(しんこうけん)逆龍(げきりゅう)霹靂神(はたたがみ)】。或いは、轟威火鎚。兄さん、あれは人が振るうものではありません。生き飽いた永き時を過ごす者が振るう、命を懸けた霹靂(へきれき)です』

 何を言っている、誰だって、アナも桜理もシロノワールも……死んでいった皆を含めて命懸けでない奴なんて居ない。だから撃つ、撃てるさ。天狼の想いと一緒ならば!

 

 「もう、攻撃して良いかよぉっ!待ちくたびれたっての!」

 その刹那、降り注ぐのは無数の結晶の雨

 ってかそんな技もあるのかよ!?

 

 「はっ!」

 が、おれはそれを嘲笑して空中に留まる。何もしない。する必要がそもそも無い

 だってこれは……

 「ちっ!避けろよ!」

 なんて言いながら、すぐに雨は止む。そう、当たり前だが……空から雨を降らせれば地上は濡れる。それと同じで広範囲過ぎて味方を巻き込むから放置してたら勝手に止むんだよな、あの攻撃

 そんなおれの真似か、シロノワールも同じように微動だにせず一瞬だけ雨を受けてにやりと笑う

 

 「まあ、最初からスノウ以外は御免だがな。随分と私も好かれたものだ」

 おいシロノワール、一応聖女を攻略するだなんだで味方面って話なんで、真実ぶっちゃけるなオイ。最初からあんなこと言ってるけど単にアルヴィナの為に味方してるってのは分かってたけどさ

 ってか、リリーナ嬢が聞いたら……案外最初からうん知ってたけど?ってけろっとしてる気もする。最初だけシロノワールと仲良ししたそうだったけど、そんな素振りすぐに無くなったしな

 

 まあ、外見割と魔神王だし……って馬鹿かおれは!今はそこまで想いを巡らしてる場合か!

 

 「……お前は、お前はぁっ!」

 雨が上がった、その瞬間に降り注ぐ7発のビーム。四方から飛んでくる機械人形のそれをシロノワールはブレて回避し……た瞬間、鋼の神のアッパーが転移先を襲う!

 

 だが、そんなもの知っている!シロノワール狙いだということは分かっているのだから……

 「浅い!」

 おれはそれを完全に無視。手助けすらせずに、ユーゴ側が集中を切らした大型ビットへと駆ける

 

 って良く見るとデカイな。数メートルサイズか!だが!

 「はぁっ!」

 流石にこの人形にまではレヴシステムも何も搭載していない!っていうか、桜理から聞いたが有人機……魂を持つ者が居なければ暴走して凍りつくらしいからな!お陰で脆い!

 

 横凪ぎの一閃、刃渡り的にその胴を両断するには少し短いが、おれの想いを汲んで迸る雷光が、そしてそれにより更なる加速を得て吹き荒れる衝撃波が補い、一撃で両断。背中にくっついていたビット本体ごと切り裂く

 

 が、その爆発を認識した瞬間、流石にユーゴも気が付いたのかバルカン砲の掃射がおれを襲った

 

 いや数百mくらい先から普通に届くって距離感バグるんだが止めてくれないか!

 そんなことを考えながら、おれは咄嗟に二機目の機械人形の背後に回り込む

 盾がズタズタに引き裂かれるのを見ながら、どうせ持たないと分かっていたので即座に離脱。倒せたのは二機か、割と悪くない!

 

 やはり脆い。まあ当然か、AGXが対峙していたのは精霊、人の歴史へのアンチテーゼだ。人間を優先して襲うがゆえに、無人のこの兵器は迎撃そのものを想定していないのだろう。落とすのはそこまで難しくはない

 あの奥義は隙がある、だからこそビットは潰してからしか当てようがない

 

 次は……

 というか、まだか、まだなのか頼勇!

 

 そうして約5分後、天空から機械人形の姿は消え去った



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降雷、或いは霹靂

「はぁ、何とか……」

 フルフェイスの下で息を荒げながらおれは呟く。その息が凍っている、仮面の中が白く……いや青く凍結してそれを通して眺める視界が微かに歪んでいる

 

 「……行けるようだな」

 「そっちは妙に余裕だなシロノワール……」

 おれがビットを落としきるまでの間を凌ぎきってみせた魔神王には傷らしい傷はない。飄々かつ威風堂々と、彼は四枚の翼をはためかせていた

 

 「ふん、当然だ。貴様と違って私はかの銀腕の敵の力が主な切り札ではない。私を討つための装備はしていないのだからな」

 言われてみればと頷いて、飛んでくるバルカン砲を二人して回避。翼を強く羽ばたかせた瞬間に転移してくるシロノワールが何だか可笑しい。っていうか、カラドリウスの翼って本領発揮するとアガートラーム並に転移使い出すんだな……と、あの日戦った彼の手加減っぷりを改めて想い知る。ここまで本気でやられていたら勝ち目はなかった

 

 「さて、準備万端か?」

 「まあ、な!」

 二人して笑い合う。こうして完全に共闘するのは初めてな気がするが、案外気が合うような……

 「ではどうする?」

 「最初に言ったろう?奴のあの装置を機能不全に貶める!」

 「それに、私の手は本当に必要か?」

 「必要ないと思ったら、姿を見せてないだろう?」

 「理解した」

 これだけで済む。実際問題、おれのやることは簡単なのだ。ビットを潰した後で何とかあの奥義を叩き込む。が、それは致命打にはならないしなり得ない。当たり前だが、あれだけ極短時間の跳躍を繰り返してきている以上、あれはアガートラームにとっては特に何か特殊な能力ではないのだ。未完成のタイムマシンでもそれくらい出来てしまう

 ならば、だ。それ以上に時を操らざるを得ない状況に持ち込むしかない。そうして初めて、銀腕のカミは自分を庇ってられなくなる。そう、それだけのダメージを通してタイムマシン部分を露出させる、それがおれの今から放つ奥義の役目だ

 そのダメージは残らない。時を遡り跡形もなく消し飛ぶだろう。だからこそ、シロノワールが露出したそれを傷付けてくれなければ、全力を使い果たしたおれはそのまま墜落して終わりだ

 

 え?元からタイムマシンそのものにダメージを通せばって?桜理によると普段は常時時が戻り続けているから素材が劣化しない永遠の物体になってるらしいし、大きく時を戻させてる時しか傷付かないらしい。その情報を知らなければ無駄撃ちしてたろうが、それを知った上でわざわざ狙ってやる必要はない

 

 だが……元よりおれの知らないゲームでも、意識をナノマシンに移さなければ40年前の過去に飛べなかったくらいには未完成のタイムマシン。多少の傷で動きを止めるだろう

 

 後は!

 

 そう思った瞬間、不意に何かに気が付いたのか超高速で銀腕のカミの姿が消える

 

 「お前っ!?」

 地上を見れば、大地に君臨した鋼のカミはしっかりと桜理を睨み付けていた

 そう、腕時計を輝かせ、メイド少女のユーリにその腕を突きつけていた彼女を、だ

 

 「何をしている!」

 「何をって、君への反逆だよ?」

 「どうしてそんな」

 「……竜胆祐胡。だって僕は……君に苛められていた、早坂桜理だから」

 「……っ!?」

 遠くで、大きく動揺が見て取れた。鋼の巨体が動きを止めて、制御を喪ったようにバリアが彩度を減らす

 

 「……伝えておいたぞ?私が導くべき答えを」

 「……ああ!」

 横で告げるシロノワール。おそらく彼が、おれが奥義の隙をカバーする何かを求めてると桜理に告げて……だからわざと自分の正体を言った。ユーゴの動揺を誘うために

 

 無茶をする!だが……地上で呆けるユーゴ、飛ばそうとしてもビットが無くて何もしないアガートラーム。その桜理が産み出した隙は確かに、おれの求めていた切り札であった

 

 「逆巻け、遡れ、天の遡月(さかつき)よ。ただ、満たされるままに朧を確とする

 我が意に紡ぐは皇雷……」

 唱えながら、おれは半ば凍りついた体を無理に動かして大上段に鞘に納めたままの愛刀を構える。

 

 そう、納刀したままだ。天空でそれを構えるのが、あの奥義

 天から降り注ぐ黄金の雷。天狼の本気の雷を受けて、本来魔力伝導が悪いがそれすら貫通して電磁を帯びた金属の鞘が内部の刀身へと全てを伝え……

 

 「これが我等の鎮魂歌(レクイエム)

 虚空に固定された鞘から圧倒的な速度で愛刀ごと抜刀、地上へと撃ち出されて降り注ぐ!其は正に命を燃やす流星にして雷、気が付いて転移する隙間すら、無い!

 

 「煌天心火(こうてんしんか)、」

 黄金の稲妻と共に、大地を砕いて撃ち下ろされるのは神の怒り(いかづち)

 「遡朧(さくろう)霹靂神(はたたがみ)!」

 

 放たれたその刹那、天に見えた魔方陣から……蒼金の霹靂(へきれき)は、確かに咄嗟の防御も光を取り戻した精霊障壁も何もかもを貫いて、聖なる地へと降り注いだ

 

 「っ!?なぁっ!?」

 ぐらり、と初めてだろう、銀腕のカミの姿が衝撃に揺れる。そして……

 

 「戻せ、遡れ、我がカミよ!」

 大地へと翼のようにも見える尾を引いて突き刺さったその一撃は確かに、銀腕の左腕を半ばから切り落としていた



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別れの言葉、或いは迅雷

刹那、眼前に聳える銀腕のカミの巨大な腕に迸るエネルギーラインから装甲が展開し、リング状に変形した腕装甲パーツに囲われた中身が露出する。それは白銀の腕の中、機械的な同じく銀色の金属製の蛇腹パイプ等が装着された内部構造の中央で微かに脈動し大きさを都度変える漆黒の太陽

 

 そう、マイクロブラックホールそのものである

 

 大きく内部へと引き摺り込む重力を感じる。大地に深々と突き立った……いや最早大地を抉って柄どころか握っていた腕までもが地割れに埋まりきった状態では掴む物もなく、おれの身体はブラックホールに引かれて軽く浮き上がった

 

 踏ん張ろうとはするが……あの奥義は言った通りに「哮雷の剣ケラウノスの奥義」だ。再現こそ出来たが……そもそも、武器主体の技であり、おれが使う必要も意味もない、そんな奥義なのだ。当然、そんなものを無理矢理再現したおれの肉体はボロボロで、けほっと青い血を大地へと吐き出してしまう

 纏う力も剥がれ、結晶が凍結して砕け散る。尽雷の狼龍形態……良く持ってくれたが、流石に限界か

 

 そのまま呑み込まれるようにして……

 その瞬間、ブラックホール周囲に様々な紋様が浮かび上がる。ルーンのような光の文字、時計の針のような不可思議な紋様。その他諸々により、収束黒点が膨れ上がっていく。空の雲もおれの放った奥義により砕けた地面も何もかもが巻き戻って行く。それは正に、かつてあの鋼の皇帝が行ってきたものと同じ現象で……

 完全に呑み込まれる寸前、一条の光が膨れ上がった漆黒の太陽を貫いた

 

 「オーバードライブ・グングニル。という所か。

 時を遡る為に総ての守りを解いた一瞬、言われた通りに突いてやった」

 同時、引力が消え去って虚空に投げ出されるおれの体。半分凍っていて動かないままに墜落するそれを受け止めるのはやはり、シロノワール。が、青年はそのまま一瞥だけして、おれをぽいと大きく放り投げた

 

 「後は貴様の仕事だ。ゆめゆめ、予想を裏切るなよ?」

 そのまま影に消えて行く八咫烏

 

 ああ、向こうも当に限界だったのだろう。というか、ほぼユーゴの攻撃捌き続けさせてたようなものだ。良く生き残れたってレベル。ゆっくりしててくれ

 

 と、言いたいのは山々だが、と何とか受け止めてくれた桜理の心配そうな顔を無視して血反吐をもう一回吐き捨てて立ち上がる。

 視界がブレる。生えたままの右翼が重い。左翼はオーラで出しているもの、変身が解ければ消失してしまい肉体が大きく左右非対称故に重心のバランスが崩れる

 

 そんなおれの前で、一条の光……結晶槍の一投を受けた銀腕の巨神が一瞬だけ膨れ上がり全体を覆いきった黒点から姿を現した

 

 「てめぇ、ら……」 

 右腕に光はない。脈動していたラインが消え、威圧感も無くなっている。だが……逆に斬り裂いたはずの左腕は完全に傷一つ無い状態へと回帰してしまったようだ

 

 「もう時は戻せない。破壊しきれなかったようだが……タイムマシンは狂った。お前に時の支配を明け渡すのは勿体無い」

 精一杯に凄んでみせる。そんなおれの額を、復活したらしいビットが撃ち据えた

 

 「ぐっ!」

 「獅童君!」

 咄嗟におれの肩を持ってくれる桜理に支えられ、右手で流れる青い血を拭う

 ギリギリだ。だがここまで来て……

 

 「終われよ」

 「終われるかよ」

 腕を掲げてブラックホールから何かを呼び出そうとして、巨大な銀腕が空を切る。縮退炉はその機能を喪っている。今ならば!

 

 「まだ先がある」

 先なんて無い。もうほぼ切れるものは切った。左足の感覚は無くなったし、視界も霞んでろくに見えたものじゃない。眼前の見えない筈もない巨体が3機あるように見えてならない

 

 「はっ、何を馬鹿言ってんだ?」

 嘲りの声が降り注ぐ。正直おれ自身頷きたくなる。だが……

 

 「っ!何やってる!」

 不意に銀腕の巨神の目が輝き、首を回して遠くを見据える

 「お前」

 「悪いな、教王。色々と教えて貰った」

 そう告げるのはディオ団長。その横に居るのは……うーん、知らない人だな

 が、大体分かる。多分ユーゴ派だ

 

 「っ!お前等」

 「離れていった教王派は兎も角、潜伏したままだった同派閥の持つ七天の息吹等の魔法書も押収させて貰った」

 「いやー、ごめんねごめんねー。でもさ、まけそーなざぁこ、いまっさらちゅーせーとか要らないよね?」

 なんて、げんなりするような言動が横の幼げな少女から飛んできた

 

 「はぁ!?」

 「じゃ、そーいうことで」

 なんて言いながら背を向ける幼少女

 いや何なんだあの子、仕込みか?

 

 とか思ったが、ユーゴは絶句したのか少しだけ固まっていた

 

 「獅童君、平気?

 僕にはこんなことしか出来ないけれど……」

 背中をさすりながら、少女が呟く。その腕の時計が、凍てついたおれの肉体を薄く覆う氷のようにも見える結晶を吸収してくれて体が暖まる

 が、それを感じると共に、触れる指先がどんどん冷たくなっていって

 

 「桜理」

 「言わないで、振り返らないで。僕を見ようとしないで

 このまま、僕に少しでも手伝わせて」

 おれはまだ耐えられる。けれど、怯えがちな少女がおれの代わりに絶望の冷気を受け持ったとしたらどれだけ持つだろう。なのに、無理矢理引き受けてくれた。あまり意味はなくとも、ほんの一欠片のおれの休息のために

 

 「っ!ちっ!」

 そんなおれを見て、鋼鉄のコクピットで毒づく音が聞こえた

 ああ、持てる

 「うぜぇ!」

 が、足の感覚が戻る前に銀腕のカミの胸元がフラッシュする

 っ!スタングレネードみたいなものか!

 

 咄嗟に目を瞑ろうとして間に合わない。体が重くて閉じきれず……が、おれ達を覆うように黒い光を呑み込む魔法壁が出現して視界を塞いだ

 

 「ディオ団長?」

 「いいや、忌み子殿下。我等竜騎士団の事を忘れぬよう」

 あれ?ああ竜騎士団の人達が助けてくれたのか

 

 って待て、彼らまで協力してくれるのか

 

 「死ねよ!裏切り者と邪魔者ども!守ってみせろよ三千矢ぁぁっ!」

 「ならば!」

 とん、と背中を押されて一歩前へ。もう手は動く。先祖返りしたままで血を垂れ流す翼も動かせる

 「……終わりにしよう、ユーゴ。さようなら、アステール」

 一息だけ置く。本当は続けたいが、コマンドの直後に言葉を続けては反応してくれないかもしれないのだから

 

 「……なんて、言うわけ無いだろうが!」

 おれの眼前で、今正にバルカン砲を最早気にせず乱射して元味方ごと総てを穴だらけに変えようとした巨大な機械神がぴたりと静止した

 

 「こんだけの人間が呼んでるんだよ、とっとと戻ってこいアステール!

 迅雷!抜翔断!」



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銀腕、或いは柩

「雷!轟!伝!檄!不動の如く!」 

 轟く斬撃が駆け上がり、今一度……今度こそ銀の左腕を斬り飛ばす

 

 装甲の一部が閉まりきらないまま色を喪った右腕と同じく微かに隙間が生じた左腕。そこから見えるのは緑色をした液状のナニカに浸けられた狐尻尾の少女の姿

 

 「おっと。ごめんね。これ以上何もさせるわけにはいかないかな」

 そんなおれの前に立ってくれるのは、此処が決め時だと思ったのか鎧装したルー姐

 

 「僕には出来ない事だったよ。良く頑張った。じゃあ、弟が必死になったものを最後に覆させないように、今度はこっちの番って事かな?」

 しゃん、と魔力で出来た剣と盾を構えるルー姐。その表情は今のおれからは伺い知れないが、きっと何時もの優しげな顔ではないのだろう

 『ルゥ!』

 と、シロノワールに続いて空から降りてきた……多分電磁浮遊か何かでゆっくりと降下してきたのだろうアウィルまで四肢で大地を踏みしめて吠える

 

 「さぁ、ルー姐も頑張るからさ、後一歩」

 鋼のカミにこれ以上踏み込ませないように落ちる左腕を魔法で遠ざけて、一人と一頭がおれを送り出す。更に羽ばたく大きな羽音達が……多数の飛竜が口から炎を漏らして援護してくれた。何時でも撃つぞ、とでも言わんばかりの包囲網だ

 

 ……ビット兵器が万全ならば、当然のように全員対処できたろう。縮退炉が稼働すれば、超重力の前に総てを大地に落とせたろう。何より……全てを切り捨てる覚悟が出来ていたならば、此処からでも何とでもなったろう

 

 炉心の回転が止まり、柩は暴かれても……心臓(レヴ)は鼓動し続けている。おれのように凍てつきながら、殲滅するのは不可能じゃない

 

 だが、銀腕のカミアガートラームはほんの少し、躊躇いを見せた。銀腕を大きく振るい、人類史を閉ざす精霊結晶を纏って絶望を振り撒くことを躊躇した

 

 その最中、共に落ちながらおれは銀の左腕の隙間へと手を伸ばす

 「帰ってこい、アステール!」

 震える指先で、実はずっと右腕の袖に仕込んでおいた紅玉を握り込む。それは、シュリから貰った龍血の塊

 

 「おー、無理するねぇ……」

 石畳を砕いて地に落ちた左腕の隙間からぼんやりと漏れる光と共に、そんな声が聞こえる

 「諦めたほーが、良いよー?ステラはね、ユーゴ様のためにだけ存在を許されてるんだし……」

 「そんなことはない。そうだろう

 あんなおれの見え見えの嘘っぱちを信じて!確かにユーゴだって助けられるなら手を伸ばす!でも!決して総てを見ないフリはしない!分かってたろうに!」

 白い息と青い血を吐きながらおれは叫ぶ

 

 「……見捨てたら?ステラなんて、あの日しょけーを見逃した名前も知らないだろー亜人並みに、忌み子さまは捨てても良いって感じの……

 ふよーな存在だよね?切り捨てて許せるんだよね?

 

 ステラが思い描いていたおーじさまは、どれだけ自分が傷付いても、苦しんでも。誰かが傷付くことの方が怖くて……結果的に多くを泣かせるひどーい人だよ?」

 だから帰れ。今此処で自分を殺せ。心の奥底に秘めたろう絶望を、滔々と狐少女は柩の中で語る

 

 「……そう、だな」

 流れる血で目が塞がる。黄金の炎は左目から消え、残った右目もほぼ見えず

 それでもおれは、静かに足を引きずって少女の柩に近付く

 「確かにそうだ。桜理にも言われたよ。今のおれでも、まだ足りないって。死者の想いばかり背負いすぎると足が止まるってさ」

 苦笑するように顔を歪める

 

 「アナにだって怒られた。もっと自分を大事にしろってさ。貴方が幸せになれないなら、世界なんて一人で救おうとしないでって」

 それでも、と言おう。だからこそ、と告げよう。無理してあの姿を維持し続けた反動、その身で愛刀を振るった衝撃、上げることすら辛い右手を……最早取り落とした愛刀を拾うことすら出来ないこの手を、ただ持ち上げる

 

 「でも、だからこそ。おれの言葉じゃなくても聞こえるだろ?アステール」

 駆け出しそうなメイド少女やその横の騎士を抑えてくれているディオ団長。のろのろとした歩みで、それでも障壁を貼って無敵なままに進行しようとする鋼の巨神を壁となって食い止める竜騎士達

 人の壁となって、波に呑まれるようにユーゴ派を散り散りにさせる民達。そして、それを扇動したヴィルジニー。全てがおれ達を助けてくれる

 

 「お前らぁっ!何でだ!」

 本気を出せば総てを滅ぼすことは容易いだろう。けれど、人の心を持つがゆえにユーゴは止まる。その先はない。動けはしない。おれを叩き潰すべく振りかざされた神のごとき銀の腕は、壁となる人々の前に振り下ろされること無く静止する

 

 「……おれに世界は救えない。おれには君すら救えないんだから

 でもさ?それで良い。世界を救うなんて誰にだって出来る。いや、皆にしか出来る筈がない。一人で世界なんて救えるか。誰かのちょっとした勇気が重なりあって、皆が世界を救うんだ

 君を救おうとするように。君がおれに後を託そうとしたように。そして、助けなかったって言われた彼が、アルデがおれに希望を見出だしたように」

 だから、と手を伸ばす。伸ばし続ける。例え拒絶されようと、ひたすらに

 

 「そんな皆が、君を呼ぶ。だからおれに手を貸してくれる」

 少しだけ背後を振り返る。本気を出した瞬間に殺されるような銀腕のカミ相手に立ちはだかる人々は、ヴィルジニーとエッケハルト(いつの間にか居た)に扇動されているが……それだけではないだろう。幾ら言われても納得できなきゃ命を捨てかねないこの壁なんて出来やしない

 

 「確かにおれは君を救えない。でも、皆が君を呼んでいる。それを無視できるほど、世界に絶望しちゃ居ないだろ、アステール?」

 「……おかしーよね。おーじさま

 ステラはね、此処でしか生きられないし、それで良いのに」

 「ならばさ。おれを最初から突き出せばそれで終わっていた事を、おれに付き合う必要なんて無かった。記憶が燃えても想いは燃えない。前提となる記憶が消えようが、君は心の奥底で、おれ達を呼んでいたんだろう?助けてって

 その想いを胸に、君に想いを寄せた人々の願いを受けて。助けに来たぞ、アステール!」

 その言葉と共に、拳を振り下ろす。そして……

 

 「居るよな、アナ!」

 「本当はもっと貴方を助けたかったんですけど!聞こえますよねアステールちゃん!わたしたちが、貴女の不可能をきっと可能にしますから!」 

 

 「させるとでも!」

 「ったく!結局手伝わなきゃいけねぇのかよゼノ!このポンコツが!」

 その刹那、総てを超えて転移してきた銀腕の一撃を、蒼き結晶が阻んだ



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魂の叫び、或いは降臨

「なっ!」

 コクピットで驚愕する声がする

 

 そうだろう、お前はまさかと思うよなユーゴ?来るわけがないって。エッケハルトはそんなんじゃないだろうって。あんな逃げ腰で、一般人の感性を持っている真っ当な人間が、死ぬと分かってて飛び込んでくるか?って

 

 でもな!分かってないのはそっちだ。遠藤隼人が、辛いと思いながらも命懸けで必死に皆のために頑張ったアナスタシア(乙女ゲー主人公)に惚れ込んだ、そしてゲームじゃなく現実になってからもその想いを貫きたがっていたあいつが!

 その想いを無にするなんて出来るかよ!どんだけ当たり前の文句言いながらでも、助けに入るんだよ!

 

 「何でだ!何でアンタまで立ちはだかる!干渉しないなら見逃してやろうってのに!」

 眼前で巨大な片手斧たる豊撃の斧アイムールを掲げ、託された力で精霊結晶の壁を形成する炎髪の青年に向けて叫びが聞こえる

 「俺だって分かんねぇよ!」

 「なら下がってろよ!見逃してやっから好きにイチャイチャしてろ!まあシャーフヴォル等が狙うかもしれねぇがそんなもん自分で何とかして……」

 「けど!」

 炎が逆巻く

 

 「勝手に与えられた力でも何でも!使えるのに使わないで見捨ててさ。二人で許されて逃げて!

 それで、誰かのために必死に世界を救おうとしてる!俺が大好きだった原作のあの子に顔向け出来るかよ!」

 「その子と好きにイチャイチャさせてやるから見逃すって言って」

 「ちげぇよ!心が折れて俺に尽くしてくれても、そんなの俺の好きなアナちゃんじゃないから願い下げだっての!」

 そんなやりとりで時間を稼いでくれている間に、アナの詠唱だって終わった

 

 「なぁ、だからさ。いい加減本音を叫べ!叫んでくれよアステール!」

 「うるせぇよ!」

 強引にエッケハルトの障壁を砕いて一歩歩みを進め、銀腕の隻腕巨神がおれの元に辿り着く

 アマルガムは半ば溶けて柩に染み込んでいるが、それはそれとしてまだアステールの声は変わらない

 

 「救世主様!」

 「良いから信じてろ。あいつ頭可笑しいからさ、勝てるわけねぇと思ってもおっそろしい事に勝って来るんだよ」

 

 「はっ、それも前までだ、ろっ!」

 刹那のうちに切り落とされた左腕を持ち上げた銀腕は、その腕をおれに叩き付けた

 それに対しておれは右手を掲げて拳で受け止め、地面に叩き付けられ……

 

 「……おれに遺書を託し、記憶の奥底でまだ燃えている想い(ねつ)は!」

 ……答えはない。おれの肉体はバラバラになりそうな程に軋みをあげて……

 

 「ブレイブ!トイフェル」

 『イグニッション!』

 「『スペードレベル、オーバーロォォドッ!』」

 これがおれが切れる最後の切り札!人々の想いを背負って無にするならば!帝国皇族なんてやれるかよ!

 「魔神!」

 『剣帝!』

 「『スカーレットゼノンッ!』」

 「聖炎を燃やして!」

 『剣を取る!』

 全身から炎が噴き上がり、おれの体を覆う氷を熱に変えて燃え盛る

 

 「っ!助けてよ、おーじさま!」

 同時、手にしていたアマルガムが砕けたと思えば、そんな声が響き……

 「ああ!」

 その声を待っていた。救われたいと思っていなければおれは……いや、彼女は何も出来ない。それが死霊術の本質

 「でも、もうステラは此処でしか生きられないから」

 「その道理!燃やし尽くして新しい道を産む!」

 赤金の轟剣が柩を切り裂く。漏れ出る緑の液を浴びながら、アマルガムを纏った手でおれは必死に手を伸ばしてそれらしきものを掴み取る

 

 「アナ!」

 「はい!待ってました皇子さま!貴女がアステールちゃんを引き留めてくれたから、後は、わたしの役目です!」

 「……あーにゃん。違う。それはボク達二人の役目」

 ……っ!アルヴィナ!

 やはり来てくれていたか!そうだよな、そもそも来るなって言った理由は鐘の音で侵入がバレるから。当に鳴り続けている今はもう、何も遠慮する必要なんてない!

 

 「アルヴィナ!後は、アステールの事は任せる!」

 柩に入り、その中でしか生きられない肉体がドロドロに溶けた姿。それはもう、半ば死人に近い。だからこそ、アルヴィナの死霊術が生きる!

 「……任された」 

 「はい!」

 

 そんな二人を尻目に、赤金の剣と撃ち合う銀腕は固まっていた。もっとパワーはあるだろう。押し潰しに来れるだろう

 だのに、動かなかった

 

 「何でだ。何でお前はそんなに味方される」

 「……は?」

 

 「この鐘の音が聞こえるか!我は教王ユガート!魔神を討つ銀の腕なり!

 だのに!」

 「……忘れたのかユーゴ。この街でも流行っている一つのストーリーを

 魔神剣帝スカーレットゼノン。魔神の力を持ちながら人々の為に戦う英雄の物語だ。おれは彼にはなれないが……その夢に憧れた人々は、自分のために戦う魔神モドキを恐れない。お前は、最初からアステールに負けていたんだよ」 

 あざけるように笑いながら、左手の剣を振るう

 

 「そうじゃない!何でだ。何で味方されたままなんだよ!

 皆、強くなきゃ、勝ち馬じゃなきゃ付いてきてくれないだろう!」

 その声は最早泣いていて。だけれども、おれはそれに首を傾げ、心の底から何言ってるんだ?と銀腕のカミを見上げた

 

 「ユーリさんは、君が勝つから付いてきていたの?」

 「っ!」

 唇が噛まれる。桜理の正論に、おれの思っていたことの代弁に貫かれ、無敵のごとき鋼のコクピットの中で無敵ではない心が揺らぐ

 

 「終わりにしようぜ、ユーゴ」

 ふっと炎が消える。元々限界突破。変身できるのなんてほんの少しの間だ

 「っ!死ねよぉぉっ!」

 もう破れかぶれなのだろう。目からのビームが放たれて目眩ましをされたかと思えば、呼吸する間もなく天空にその姿はあった

 「もう良い!全部殺してから治ったあいつで時を戻せば!後ろめたさ以外何でもない!

 滅べぇぇっ!」

 膨れ上がる重力球。銀腕のカミはバチバチとスパークが走るそれを天に掲げ……

 その瞬間、翼を切り裂かれて重力球は霧散した

 

 「……は?」

 「……間に合った、間に合わせたさ、アイリス殿下!」

 それは、白を基調とした鋼と、噴き出すエネルギーの翼。巨大なウィングを背負う群青色の鋼神。そう、その名は!

 

 「っ!バカな!速すぎる!?」

 「願う最速の翼。皆を守る想いが産み出すジェネシック!

 Genesis-(ジェネ)Jurassic(シック) LIO-REX(ライオレックス)!御期待通りに到着した!」

 「……良いタイミングだ、竪神!」



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飛来、或いは暴走の片鱗

プテラノドンのような支援機ジェネシック・リバレイター。それを纏った群青色の獅子の咆哮が響き渡る。その名こそ融合機神ジェネシック・ライオレックス!王の名を冠する最速の翼!

 そうだろう。アイリスの執念が、託された翼が、本来有り得ないこの場への降臨を間に合わせた

 

 「……有り得ねぇ、有って良い筈がない」

 譫言のように呟く声が銀腕のカミから漏れる。が、それを消し去るほどの音は、鬣の機神から轟く

 「が、なあっ!」

 「舐められたものだ」

 刹那の攻防。背にプテラノドンのような支援機をほぼパーツ分割せずそのまま背負った機神ではなく、おれ達を狙った一撃を放とうとした白銀の腕が、群青色の機神の持つ槍によって防がれる。ほんの少し回復したらしい縮退炉による転移を駆使して距離を詰めたにも関わらず、それを越える速度によって、一撃は阻まれたのだ

 

 「……あ、あ。お前は、お前達は、何なんだよ!我の、あーしのやりたいことを邪魔しまくって!」

 輝く瞳がおれ……そして少し離れた場所で肩で息をするエッケハルトを見据えて叫ぶ

 

 「あ、大丈夫ですか皇子さま」

 「……これで、最後だから平気だ」

 立ってられるかと言われるとそんな力はない。燃えた全身、凍てついた魂、動くことすら最早奇跡な体を引き摺って、おれは頭をもたげる

 

 「……おれか?おれ達は……悪の敵だ。そう在りたいとせめて願ったただの人間の集まりだよ、竜胆」

 「勝った筈だ、勝てた筈なんだ、お前に!」

 その言葉に、おれは優しく笑みを浮かべた

 

 「ああ、お前の勝ちだ。お前はおれに勝利して……

 そして、おれ達に負ける。自分勝手な夢は、それで終わる」

 「っ!てめぇ!」

 「誇れよ、それを胸に絶望しろ、竜胆。おれに勝ちたかったんだろう?そしてお前は勝ったんだよ。おれ個人には」

 そして、と更に呟く

 「でも、おれ達には勝てない。それだけだ」

 「っ!ふっざけ!」

 声無き声。言い終わる前に突き込まれる槍の一撃を避けて、片翼の銀腕が空へと舞い上がる。ってか、片翼で自在に飛ぶなよ自由か

 ……いやおれの尽雷の狼龍も物理的には片翼だな

 

 そんな事を考えながら、天空で槍を振るう鬣の機神を見上げ……軽く息を吐いた瞬間に崩れ落ちる

 流石に立ってられなくて、有りもしない壁にもたれるように……

 

 が、ひょいと受け止められた

 「……アルヴィナ?」

 「せい、かい」

 おれの背中を抑えてくれたのは、突如として駆けつけた魔神娘だったようだ。背に軽く何時も被っている帽子のつばが当たっているのを感じる

 

 「……平気?」

 「平気だ。それより、アステールは」

 「……皇子が引っ張り出してくれたけど、全部じゃなかった」

 言われ振り替えれば、確かに狐尻尾に見える何かを立てたぐしゃぐしゃの……半分くらい溶けた存在が其処には残っていた。アナは手を翳し、腕輪を輝かせて魔法を唱えているが、それはそれとしてまだ特に形は整わない

 

 「駄目、なのか」

 「ううん。駄目じゃない。皇子がちゃんと引っ張り出したから、きっと形を保てる。あの毒を撃ち込んで強く生きたいと願わせたから、ボクの死霊術で、あーにゃんが体を治せるまで消滅を引き伸ばせる」

 おれの背に頭を押し付け、アルヴィナはきゅっと狐火……いや人魂?を浮かべた右手を強く握った

 

 「勿論僕だって、役に立てる限り」

 アナの横では腕時計を輝かせて桜理が何かやっている。おれには理解できないが、まあ魂の柩はあいつのAGXにも積まれてるしな。出来る手はあるのだろう

 

 そんなことを思っていれば、おれの前に立つ影があった

 「どうした、エッケハルト」

 「ったく。また助けさせられた。もうこれっきりにしてくれっての。何度も何度もあんなのと対峙してたらそのうち死ぬって!」

 そんな抗議からかと苦笑しておれは彼に手を差し出そうとして……濡れていることに気が付く

 そういえばシュリの血由来のアマルガムを握り砕いたし、何より刀を握り込んで硬質なもの相手に振りすぎて掌の皮なんてボロボロだ。他人と握手したり手を借りて立ち上がるには汚れすぎている

 

 「……ああ、すまない。だが、おれ一人では勝てなかった相手だ。巻き込むしかなかった」

 「もっと覚悟決めてる奴等だけでやってくれよ!俺もヴィルジニーちゃんも、お前にどんだけ文句言いたかったか」

 「後で聞くさ」

 言って空を見上げる。今も銀腕のカミは結晶で無理やり固定した左腕をぶんぶんと振るって抵抗している。ある程度縮退炉の機能は回復したのか、その飛行機能には変なブレはもう無い

 

 あれだけやって、この程度のダメージか、と結晶で同じく腕を、放たれるいい加減弾切れしてほしいバルカン砲の雨を止めて空を駆けるジェネシックを見つめる

 

 「でもまあ、勝つんだろ?」

 「いや、厳しいな」

 「は!?あんだけイキり散らしておいてその発言!?ってか、あんだけ格好付けて来ておいて勝てるわけじゃねぇの!?」

 その暴言に対して返す言葉に詰まる

 

 「どういうことですの?」

 「そもそもアイリスからコンセプトが間違ってたって聞いてるからな。あの機体は、ジェネシック・リバレイターは速度と防衛に全能力を振り切った機体だ。出力そのものは大きく上がってる割には火力は素のLI-OHとほぼ変わらない」

 槍を投げつけ、アイリスが送った剣に持ち変えた鬣の機神を見ながらおれは告げる

 

 「いや、ならばそもそもダイライオウだか何だか使ってろよ!」

 「そもそもお前……は逃げてて知らなかったか。お前のGJT(ティアラー)もそうだけれども、ジェネシックってのはレヴ搭載機、絶望の冷気を鼓動させる精霊心臓を組み込んでるんだよ

 あまり巨大な兵器に、パイロットと離して組み込むとすぐにレヴ暴走が起きて凍りつく。そう、今のアガートラームのようにどんどん凍っていくんだよ」

 それを抑え、制御しやすくする為の魂の柩。それをそもそも搭載していないLI-OHには安全装置なんて勿論無い

 「ダイライオウに合体してからだと危険すぎる。だから素のLI-OHに合体させて駆けつけるしか無かった」

 うげっというような顔をするエッケハルト

 

 「だが、此処に例外がある」

 「俺に戦えっていうのかよ!」

 「まあ、出来るなら、な。お前のあの力は、そもそも共にLI-OHと合体する為に作られたもの。ならば、合体できない道理はない」

 「これ以上やりたくねぇよ!?やめろっての!俺は、命が惜しい一般人なんだよ!」

 そんな叫びに、遠巻きに見ていた人々が動揺しがっかりす……るよりは、何というか生暖かい視線になっていた

 そして満足げに頷くヴィルジニー。あれか、あのシュヴァリエ邸の一件もそうだが、嫌だって真っ当な思考しながら、それでもやるしかないならやるって喧伝されてたんだろう。だから、誰一人として彼が本気でやらないとは思ってない

 

 いやこれ、おれが憎まれ役買って出て戦って貰う方面に誘導する必要無いのでは?

 そんなことを考えた瞬間

 

 「迷い、何も見えぬ瞳では!」 

 「っ!何なんだよぉぉっ、お前ら、本当に!

 あーしに手を差しのべてろよ、そんなんなら!」

 背後に自棄になったように転移してきていたアガートラームを、結晶で出来た鬣の機神の背中の翼が捉え、装甲を切り裂いていた

 

 ヒィン、と可笑しな耳鳴りがする。不気味に胴部装甲が歪んだアガートラームの損傷部が蠢いたように見え……

 そしてその瞬間、おれの視界は完全に凍てつく結晶に染まった



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凍てつく荒野、或いは決意の炎

『……これが真実、これが未来だ。お前は、何も救えない』

 荒れ果てた荒野。いや、砕けた瓦礫に埋もれた街であったものの跡地。紅の空の下、傷だらけの異形と化した、体に7本の剣が突き立てられた隻眼の青年が呟く

 その手にあるのは折れた蒼く透き通った刃を持つ刀

 

 「知っているさ、おれ自身が何よりも」

 火傷痕を持つ男に向けて、おれはぽつりと呟き、足を一歩踏み出す

 その踵が、折り重なって事切れた、喉に大きな傷痕を遺した幼い二人の少女の亡骸を踏み越える

 

 「……始水に、シュリ」

 冷たくなった龍少女達の遺骸は何も応えない

 全く、此処でさらっと混じるなんて、意識していなかったが随分とシュリに絆されてきてるのか、おれ。そう思いつつ更に一歩。互いを庇い合うように抱きしめあったまま一本の槍によって串刺しにされた少女達をも超えて、異形の前に立つ

 

 「分かっているさ。だから消えろ、おれの奥底の絶望とやら

 お前が真におれならば、『おれは何も救えやしない』と、今も思っている事を言う筈だ」

 その瞬間、荒野は吹き飛び……

 

 「起きているか」

 「何とかな」

 喉から溢れ出す苦い血を飲み込む。【鮮血の気迫】が発動したのだろう

 眼前に見えるのは少しだけ憔悴したような金髪の青年の顔

 「……ふん、強いことだ」

 「シロノワール、お前は」

 「私にとって絶望の光景とは既に見たものだ。何度見せられても慣れはしないが、当に終わった過去でもある。そんなものに呑まれ凍てつく気はない」

 ……流石は、かつて四天王として人間と殺し合っただけの事はある。のだろう

 そんな彼の手を借りて立ち上がり、周囲を見回す。パリパリとした薄氷が砕けて体から零れ落ちた

 

 「皇子さま、これ……」

 まだアステールに手を翳して腕輪を輝かせているアナ

 「何なんだよこいつ!おいゼノ説明しろ!」

 アイムールが放つ氷炎がフィールドとなって無事なエッケハルト。そして……

 「う、っ……」

 喉元から生えた結晶に血を嗚咽する桜理の姿

 

 「桜理!」

 「……言ったよ、獅童君……。僕は男らしくありたかったって。此処で、逃げたら……女々しすぎるから、さ」

 それを告げた少年(しょうじょ)の体が、薄い氷に覆われる

 爆心地に近いこの場で無事なのは、もうそれだけで……

 

 「……重い」

 いや、違った。咄嗟に庇ったのだろう物言わぬ氷像と化したアウィルの下から、ひょこっとアルヴィナが顔を出した

 

 「いやホントどうなってんだよ!?」

 「救世主さまー!これは一体!」

 遠くでそんな声もする。さっきユーゴを煽っていた元ユーゴ派らしき少女も遠くからなにかを言っている

 

 「……暴走だ。あれが、レヴシステムの暴走」

 見上げた空には、半ば凍りついたアガートラームと……各所から結晶を生やした鬣の機神の姿がある

 

 「……やはり同質の力は浸透してくるものか。アイリス殿下、まだ動けるか」

 「お兄、ちゃん……の、ため、なら……

 あと、少しは……」

 「すまない。少し休んでてくれ。私の方がまだ耐えられるようだ」

 双方共に動きはぎこちない。更には……アガートラーム側は何も言葉を発しない。コクピットのユーゴ自身無事なのか何なのか……

 

 っていうか、アガートラーム中心に更に冷気が拡がり始めているな、これは

 危険な状態か

 

 「我、は……」

 ゆっくりと降下してくる銀腕の、切り裂かれた装甲の隙間からコクピットが見える

 

 「っ!」

 唇を、噛んだ。ぐしゃぐしゃの顔で、おれに手を伸ばす金髪の少年。それは……何処か助けを求めているようにも見えたから

 「竜胆っ!」

 コクピットが完全に凍結する。アガートラームの瞳から光が消え、そして……

 「『我は落陽を到来する者。灰の鐘を鳴らす者

 嘆き、苦しみ、怒り、嗚呼……産まれるとはかくも苦難に満ちている

 ゆ え に』」

 そして響くのは、そんな声。ユーゴのものでも、竜胆祐胡のものでも有り得ない、朗々とした男の声

 

 「『落陽せよ、寿(ことほ)がれよ。我は生誕を否定する。我等は生命を窮聖する。我等は不完全な忌まわしき世界を覇灰する』」

 この声は、やはり!

 「『苦難と苦痛に満ち、終わりに絶望す生を歩まされる悲劇を運命付けられんとする生命達に、産まれ得ぬ真の祝福を』」

 覇灰皇、【窮聖朱】のミトラ!始水が教えてくれた、かつて生きることが辛いならばと全てに死の安寧をもたらそうとした神の言葉!

 

 暴走し、抑えきれず、人々の人生の輝きを信じて当神に封印されたと教えられたあの力……覇灰の力に呑み込まれ、暴走を始めているのか!

 アヴァロン・ユートピア。お前は何時かこうして暴走して覇灰の力が漏れだす事を願って、AGXをばら蒔いたのか!?

 

 そう思うが、即座に奴が再び世界に降臨するようには見えない

 『兄さん、流石に入らせませんよ。七大天が創ったこの世界、我が物顔は許しません』

 と、少し憤慨したように語気が強い幼馴染神様が耳元で告げる

 『勿論、あの毒龍にもです。共に追い払いますよ、兄さん』

 いやシュリ自体は

 『追い払いますよ、兄さん。そして今回、奴を私達が止めている間に、アレを破壊するんです。難しい事ですが、信じていますから』

 

 ……丸投げかよ始水!?

 『私に出来ることなんて、自分の聖女に力を貸すくらいなんですからね?』

 いや助かる!

 『勿論相応の奇跡、あの子の行動が無ければそれも出来ませんが』

 上等!

 

 それだけ会話を交わして、愛刀を手元に呼び戻す

 「……止めてやろう、月花迅雷。ユーゴだって、こんな終わり!認めたくないだろうから!」

 ああ、決めた。一度その息の根を止めてでも!

 

 そう決意した直後、白銀の腕の倨神が歯車が軋むような虚ろで歪な咆哮をあげた

 

 「きゃっ!?」

 遠くで、多くの人々が……爆心地から離れていたから凍らずに済んでいた人々が凍っていく

 各々が苦悶の表情を浮かべ、絶望したように膝を付き、物言わぬ氷像と化していく

 

 「……っ、あ……」

 そして、エッケハルトの目の前で、彼に手を伸ばしたオリハルコンブロンドの少女も凍てついた。手を伸ばしたまま、エッケハルトも固まる

 

 「あ、あ……」

 「みなさん!」

 悲痛な声のアナ。が、凍ってないだけ状況としては彼女は恵まれているだろう

 

 「……なぁ、ゼノ」

 「行けるか、竪神!」

 ボロボロの体を引きずって、擦れた刃が傷だらけの床を更に傷つけるのを無視しながら一歩歩みを進める

 

 「覇灰の力を持つ人類史への死のテーゼ、精霊。止めるぞ」

 「……やるしかない、か」

 「聞けよ!」

 響くのは、そんな言葉

 

 「……こんなの、可笑しいだろ!」

 「この世界はさ、元から可笑しいよ。おれたちが居る時点で、狂い始めている」

 「だからってこんな」

 「それでもさ、護るんだよ。皆が、おれたちが生きる世界だ」

 

 その言葉に、炎髪の青年は静かに己の手を見た。伸ばしても届かなかった、その指先を

 

 「でも、俺は……」

 「……何を迷うておるのかの?」

 ひょい、と凍てついた世界に姿を見せるのは、この地には良く似合う白いコートを羽織る銀色の龍少女

 「シュリ……」

 「お前さん、儂は何もしてやれぬが、無事かの?」

 「それより、君は平気か?」

 その翼は少し寒そうに震えている。 周囲を吹き荒れる絶望の冷気を防ぐ手だては無いだろうに

 

 「心配要らぬよお前さん。儂の心など、当に絶望に凍っておるからの。何も意味など無いよ」

 いやそれはそれでと思うが、今は信じる

 

 「……ゼノ、こいつは?」

 「アージュ=ドゥーハ=アーカヌム【シュリンガーラ】。少なくとも、あいつの仲間ではないよ」

 そんなおれのフォローになってないフォローにあきれたように肩を竦めるエッケハルト

 

 「お前は相変わらず」

 「それで、シュリ?君は何を言いに来た?」

 「つれないの、お前さん。しかし理解はするとも。時は必要であるしの」

 と、あまり怒らず柔らかに微笑んだ少女は、片角を振ってエッケハルトに向き直る

 

 「メダルなど要らぬよ、お主。願うならば、儂の【勇猛果敢(ヴィーラ)】のように、力は常にその手に」

 その瞬間、少しだけ唇を噛んで迷いを浮かべ、けれども青年は凍てつき、虚ろな光を浮かべて起動し始める巨大な銀腕を見上げた

 

 「なあ竪神!お前、俺が居たら勝てるのか!」

 「……何?」

 「勝てんのか聞いてるんだよ!」

 「勝ってみせよう!」

 「なら良い!こんなもん、見てても嫌だからよ!一回だけやってやるよ!」

 そうして、彼は大きく斧を掲げた!

 

 「吠えろ!アイムール!叫べ!引き裂け!

 ジェネシックッ!ティアラァァッ!」



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異伝 絶望を払う炎、或いは決意の合体

頬を暖める熱で、僕は目を覚ました

 ああ、凍ってたんだ……って、手元の完全に凍結して結晶に閉ざされ、けれどもそんな状態でも緑色の輝きを喪わずに簡易的なバリアを貼り続けてくれているとんでもない転生特典を見て、情けないなぁと感じる

 

 獅童君は自力で起き上がったのに、戦おうとする皆はちゃんと動けたのにって。僕も勇気を出して、何かきっと仕込まれているだろう策も超えて……鋼皇を扱えたらって思ってしまう

 

 そんな事を思いながら、目を凝らして……

 

 「獅童くっ!けほっ!」

 思わず叫ぼうとして、喉の傷から咳き込む

 あんなボロボロで、立ってるのだってやっとだった筈の隻眼の青年は、傷だらけで歪で、壊れていく片方しかない翼を、それ全体を噴かせて空に浮き上がり、振り下ろされる蒼き結晶剣と蒼刃で撃ち合っていた

 その彼の背後には、緑色の光の柱。僕は全然見たことはないけれど、それでも分かってしまう。あれは僕の貼ったバリアと同質の光。つまり、あれって……

 

 それと同時に理解もする。あの柱は確かに障壁になって内部を護ってくれるけれど、あの触れなくても周囲に伝播する冷気だけで心が凍てつくあの結晶剣の前には薄紙にしかならないって

 だから彼は、壊れた体を引き摺ってでもその剣を止めているんだって

 

 「……僕には応援しか出来ないけど、頑張れ、獅童君!」

 その声をせめて張り上げたその時、時計が少しだけ振動する

 「うん、行って!」

 そう願うと、輝く光が一条、冷気を撒き散らしながらぎこちなく動く銀腕の巨神へと向かって走った

 

 「……無理をする。その体はアルヴィナのものだ。あまり砕くな、その権利はない」

 と、その光……アガートラームのブラックホール内部に存在する巨大な円筒型タイムマシンに突き刺して無くなった結晶槍グングニルの代わりになりそうな同系統の結晶槍を手にして、シロノワールさんが獅童君の影から現れ、共に巨剣を止めに入ってくれる

 

 更には……

 「さて、弟ばかりに良い顔はさせない方が良いよね!

 君の居る場所は違うよね、さあ、行って!」

 魔力の装甲を身に纏い、銀髪の女性(青年)が加勢する。それに留まらず、魔力の砲撃が、無数のドラゴンブレスが剣を襲う。この国の騎士団達が、立ち上がった皆が助けようとしてくれている

 

 「……っ!あぁ!」

 そうして、獅童君は踵を返すと、絶望に凍りついた人々を溶かす熱の源点、光の柱へと飛び込んだ

 

 けれども

 

 「『抗う必要は な い』」

 「『苦しむ意味は な い』」

 「『生の苦悩に、身を置かせるは 忍 び な い』」

 更なる冷気が僕たちを襲う。全てが熱を超えて心を冷やし……。銀腕のカミの周囲から、全てが消えていく。建物も、武器も、逃げ遅れたというか空き巣しようとしたのだろう逞しい一人の人も……全てが最初から無かったかのように灰と化して、後に残るのは生命の痕跡すらも見えなくなった傷ひとつない大地だけ。戦いの傷跡である地割れすらも消えてしまっている

 「『恐 れ る な』」

 「『(やすらぎ) に 帰 れ』」

 

 「『世界(ガイア)っ!』」

 「『生命(ブレイブ)!』」

 でも、もう凍る気はしない。僕の知る限り誰よりも信頼できる二人の声がするんだから

 

 「『え、あ、いや何!?』」

 そして、何か頼りない彼の声も

 「「『(ソウル)ッ!……創征(ジェネシック)ッ!!』」」

 「『いやだから聞けよ!?』」

 「「『明誕(みょうたん)せよ!Genesis(ジェネ) Jurassic(シック)-Tyrant(タイラント)ォォッ!』」」

 光の柱が弾け飛ぶ。爆発的な熱量が、熱波が僕たちの間を吹き抜けて、響く声による絶望をある程度振り払うだけの暖かさをくれる

 

 そうして降り立つのは、LI-OHの上半身を食べるように合体したティラノサウルス?型の巨大ロボの後半身が二つに割れて巨大な腕になった超兵器……に、更に背中に巨大なプテラノドン型ロボがくっついた巨大神、GJ(ジェネシック)-T(タイラント)。言っちゃ悪いと思うけど、下半身部分がLI-OHそのままで上半身に比べて貧弱すぎる外見の機神

 うんまあ、背中に巨大なエネルギーウィング背負ってるんだし、足は飾りだって割り切れば何にも問題ないのかな?

 

 「『無 意 味。覇灰せよ』」

 熱波を受けても、暴走する銀腕は止まらない。更に……

 

 「な、何だあれ!?」

 「バケモノ……」

 「教王も敵で更にあんなバケモノゴーレムまで!?」

 「俺達は生きた痕跡すら全部灰になって消えるんだ!もう終わりなんだ!」

 「魔神なんてとんでもねぇ!もっと恐ろしい……世界は終わりだ」

 「助けてくれよ、教王を、神を名乗ってたんだから!」

 「救世主なんて、魔神剣帝なんて!聖女伝説すら嘘っぱちじゃないか!」

 「救いなんて、無いんだ……」

 伝播した冷気だけで絶望に凍てついていた人々から恐怖の声が上がる。うん、まあ結構異形の合体だし、知らなきゃ無理もないよね?って悲しく思う

 あの機体は、獅童君達が皆を護るために必死に合体した正義の機神なのに……

 

 可笑しいって思ったけど、彼らの声は僕の腕時計が拾ってくれてるだけみたいで、他の人には聞こえていない

 

 そう思った時には、僕は声を上げようとしていて

 「『滅び(すくい)あれ、滅び(すくい)あれ、滅び(すくい)あれ、滅び(すくい)あれ、滅び(すくい)あれ、未来(あした)あれ、滅び(すくい)あれ

 晩鐘に導かれ、安らぎに消滅(ねむ)れ。赦 し で あ る』」

 それより前に、鳴り続ける鐘のように響く抑揚のない声をかき消すように、鈴の鳴るような澄んだ声が張り上げられていた

 

 「でも、わたしたちは死にたいなんて思ってません。だから、戦う人達が居るんですっ!

 皇子さま達は、わたしたちが生きる今日と言う時間を護るために、今も……っ!」

 「そうだよ!」

 何を言ったら良いか分からなくて、思わず同意だけする

 なおも懐疑的な人々の顔を上げさせることは出来なくて、悔しくて拳をきゅっと握ったところで、不意に手に布が擦れる

 

 「……聞かせたい、の?」

 問いかけてくるのは、アルヴィナって呼ばれる女の子

 一も二も無く頷く。この子そのものは信じられなくても、獅童君なら信じられるから

 

 「……お兄ちゃん」

 と、少女は目深に帽子を被ると、そう烏を呼んだ

 「アルヴィナが望むのであれば、私に異論はない。彼の者達の言葉を導こう。それに意味など感じぬが……」

 「あります。だって皇子さま達は、わたしたちの為に頑張ってるんですから。応援されてないなんて嫌です」

 と、シロノワールに告げるアーニャ様に僕も強く頷いて、声を拡散するって言い出したその青年に向けて腕時計を嵌めた手を差し出す僕

 

 「『ってか、これ熱すぎるんだけどどうなってんの!?』」

 「『止まること無く未来を見るために、心を燃やせ!その熱さくらい、耐えてやるものだ!』」

 「『いや根性論!?』」

 

 ……あれ、急に不安になってきた

 なんて思う僕の前で、合体機神はその手の大きな爪を振りかざして横凪ぎに振るう。それを、腕を組んだ銀腕のカミはふわっと浮かぶと重力球に呑まれて転移した

 

 「『それはお前の力じゃないだろう?』」

 刹那、背中のウィングが強く煌めき、巨神は天へとロケットのような速度でかっとんでいった

 

 「……ほら、そうですよね?

 だから皆も信じてあげてください。あの人達を」

 それを見送る聖女さま。そして……

 「たしかに、あの声は!」

 「やはり、救世主!」

 「狂った声も聞こえたけど、正気で、恐ろしくて、でも戦おうとしてくださっている!」

 「きゃー!エッケハルトさまぁっ!」

 ……何か違うよね!?って思いながらも、妙な熱狂をしだした人々と共に、僕は暁も近い空を見上げた



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決着、或いは燃える魂

大顎の中で、おれはアイリスが展開してくれているモニターを通して周囲を見回す。ティラノの喉に愛刀を突き立てて無理矢理制御。荒れ狂う冷気と熱波を束ねて纏いながら、融合した百獣の機神は吠え猛る

 その眼前に見えるのは、まるで仏かのように巨腕を組んでいる銀腕の暴走機神。座禅のような姿形で空に浮かぶソレは、本体は微動だにせず冷気による氷のみを飛ばして攻撃を仕掛けてくる

 

 だが!

 「……効くかよ」

 周囲に溢れる炎がそれを融解する。この姿のLI-OHを……いや、ジェネシック・タイラントを前にその冷気はほぼ意味がない。触れる前に吹き荒れる熱波によって消滅する

  とはいえ、そう長く持つ合体形態ではないがな!本来から比べて、ジェネシック・ルイナーが欠けているせいで機動力と火力はあるが出力バランスが保てていないのだ。ってか、熱波が出続けてるの、エンジンの同期が出来ずに半ばオーバーヒートしてるからだしな!

 が、そんなもの関係ない!

 

 ぶん!とおれの思いに合わせて刃のような爪が振られて……眼前の機神の姿が微動だにしないままブラックホールに呑まれてやはり何処かに消える

 

 「っ!逃げるか」

 「ってか武器とか無いのかよゼノ!」

 「アイリスが転送してくれるのを待つしかない!」

 「あぁもう使えねぇな!」

 と、叫ぶと共におれを食うように閉ざした機恐竜の顎が開き、咆哮する。その音響と外の冷気と熱気に二分された世界に少し咳き込めば、巨神の手にはアイムールを模したろう巨大な片手斧が出現していた

 

 「助かるものだな、皇子」

 「ああ、大助かりだ!」

 砲撃……もとい豊撃の斧アイムール。けれども、案外短いがその分太い柄は、確かに砲らしき意匠も持つ。そう、柄から砲撃出来るビックリギミック武器なのだあいつ

 だからこそ、おれは頼勇とは目配せどころか一瞬の言葉だけで思考を交わすと、右手に現れた斧を刃を持って間違った構えかたをする

 が、その先端に魔力は、熱気は溜まっていく

 

 「お前の絶望は、払ってやる。払われなきゃいけないものだから!」

 「ああ、己すら疑問を抱く滅びという名の救済に、従ってやる道理はない!

 放て!」

 が、おれに続く彼からも名前は出てこない

 

 「エッケハルト、お前の武器だろこの技の名は」

 「いきなり振るんじゃねぇよ厨二病末期患者ども!?」

 「ならば!バスターズドゥーム!」

 全身を覆う冷気を蹴散らすように叫んだ瞬間、片手斧の柄から極太のドラゴンブレスのような発生源に渦巻く光を生じるビーム砲が放たれ、空を座禅したまま飛ぶ覇灰に乗っ取られたアガートラームを襲う

 それすらも転移で逃げる銀腕のカミ。が、その瞬間に天に現れたその機体の右腕から光が消えたのを見逃す気はない。ボロボロのまま縮退炉を使いすぎたんだろう、一時的なオーバーヒートを起こしたってところか!

 

 「放て!パラディオン・バスター!」

 そのままおれは多分出来るだろうと高く掲げさせたアイムールの柄を軸に刃をぐるぐると回転。後を頼勇に任せれば、巨大化したその斧は、天空から大切断!一回転させるように振り下ろす!

  

 「『抗 う な

 救 い を』」

 が、組んでいた筈の左手を翳され、ソレに触れた瞬間、斧は跡形もなく灰となって消滅し、機神の手は空を……切ると思ったか!

 

 「アイリス!」

 『お兄ちゃん、これが、限界……』

 虚空に伸ばされた巨爪腕の元に忽然と現れるのは巨大な鋼剣。何度も使ったことがあるダイライオウ向けの武装!

 「行けるな、竪神!」

 「ああ、譲渡完了!少しの間だが、好きに動け!」

 

 が、それを阻むように虚空から5体のナニかが現れる。鎖と翼、そして変な場所に浮き出た美少女顔。恐らくはXと呼ばれる精霊の下位種、AGXが本来倒そうとしていた敵だろう

 

 「おいゼノ!」

 「臆するなエッケハルト!ルー姐もシロノワールも居る!それで十分だ!」 

 おれ達へ見向きもせず地上へ向かう二頭をガン無視するよう諭し、残りも無視。トリトニスで脅威を誇ったビームが三条迸ってくるが……無駄だ!幾らなんでも、あの日苦戦したビームに負けるほど、託された想いは弱くはない!

 

 「任せろ!龍!覇!迅雷っ!断!」

 そしてティラノの顎の中で喉奥に突き立てた刃を通して、迸る黄金の雷を放ち、不格好な上半身だけ装甲した機神は刃を腰に溜めて空を走る

 

 が、それすらも……

 「『救 い を。止まるが良い』」

 右手を翳された刹那に灰となって消滅する

 とはいえだ!

 「負けるものか」

 「ああ、負けてやる道理はないな、辺境伯、そして皇子!」

 「己すら疑問を持つ救済を掲げてる紛い物に!負けてなんて!やれるかよ!」

 かっ!と巨大な顎が開く。吹き荒れる猛吹雪と熱波の中、おれに向けて手を伸ばしたまま凍りついた銀腕の巨神の使い手が見える

 

 「吠えろ!ジェネシック・ティアラーッ!」 

 「いや俺の体ぁっ!?どうなってんの!」

 叫ぶエッケハルトを無視して、頼勇の手により振るわれた巨大な爪が両腕を既に翳して力を振るい、無防備となった胴へと向けて振るわれる

 

 「止 ま れ」

 その瞬間、銀腕の巨神の瞳が強く輝いたと思えば、機体全体が凍りつく。無視していた覇灰の(ともがら)たるXが灰となって消えて行く

 それでも、動きを止められたとしても!消滅には至らない!ならば、勝てるに決まっている!

 カッ!とその顎がさらに開かれた瞬間、おれの全身を光が押し出す

 

 「ライオウ・バスター・アァァクッ!」

 「っ!これが、おれたちの、答えだぁぁっ!」

 それに押し出され、銀の凶星となって。纏う吹雪のフィールドを貫いたおれの刃は、確かに凍てついたコクピットの中央に鎮座する青年の胸を貫いていた

 同時、吹雪が氷柱となりおれの腹を貫く。が、もう遅い

 

 「……何 故 だ」

 「……自分が一番良く知っているだろう、残骸」

 吹雪が晴れる。何もない空に浮かぶ虚ろな銀腕の神が、暁の光に斜め下から僅かに照らされる

 

 ふっ、と。暴走の果てに少しだけ見えたその存在は、笑ったように思えた

 それと同時、銀腕の巨神はおれごと転移の重力球に包まれる

 っ!まだやるのか!

 そう思ったのも少し、巨躯は地上へと転移するとまるで満足したように唐突にその目の光が消える。そして……

 ぐらり、と傾く機体。エネルギー供給が遂に完全に途絶えた、三つのエンジン全てがまともに機能しなくなったその巨体が遂に傾ぐ

 

 氷が消え去り、繋がれていた銀の腕が地に落ちる。そして……銀腕のカミは、漸く膝から大地に崩れ落ち、少し傷は入っているものの精悍な頭部が天を仰いだ

 ラインは消え、鼓動は止まる

 

 「覚えておけ、皆が繋いだこの力が……っ、覇灰皇(おまえ)の見た(あした)。おれ達の、勝ちだ 

 眠っていろ。苦しくても、おれ達は世界にも己にも、まだ消えたいほどに絶望しちゃいない」

 銀腕の巨神から力が消え去り、鋼のカミは完全に沈黙した

 

 同時、視界が揺れ、漸く明るくなってきた世界が真夜中を超えて暗くなる。いや、限界ギリギリから本来エネルギー射出する技でおれを打ち出すのは無理があっ、た、か……



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暁、或いは事後処理(少女達)

「あー、おーじさま、起きたー?」

 そんな聞きたかった声が耳をくすぐる。ふわふわとした何かが、おれの頭を支えてくれている

 

 凍てついた体には暖かなそれを感じて、おれは薄目を開けた

 「アステール?」

 「ふっふふー、お早うだよね、おーじさま?」

 おれを見返してくるのは、左右で大きく色が違う瞳を持った狐耳の金髪少女。その綺麗な赤い色した左瞳の中には、八つの頂点を持つ星が確かに輝いていた

 「っ!アステールっ!」

 思わず跳ね起き、その手を握る。あの日取れなかった事を、伸ばして届かなかったことを埋め合わせるように

 

 「ぶー!」

 だというのに、握られた手を見て少女は不満げに先っぽが黒い狐耳を左右に流した

 「こーいう時は、感極まって抱き締めてくるものじゃないかなー?かんどーの再会って奴だよー?」

 あまりの物言いに苦笑してしまう。そうだ、こういうおれをからかうような言動だったって懐かしくて涙が零れる

 「……おーじさま、おーじさまに涙は似合わないと、ステラ思うなー

 それより、ほらー?」

 おれの為に枕にしていた尻尾をフリフリ、さっきまで溶けていたとは思えない気楽さで、おれを責めること無く……っていや可笑しな点では責めてるか。ピントのズレた避難と共に狐少女はその桃色の特注神官服で両手を拡げた。まるで、飛び込んでこいというように

 

 そんなおれ達を、遠巻きに微妙そうな顔で眺めている視線。アルヴィナだ。不満げに帽子を目深に被ってはいるが、アナに肩を擦られて、此方に首を突っ込んでは来ないようだ

 

 「終わった、のか」

 「はい、何とかアステールちゃんの体も、形を取り戻させられました」

 ふわっと雪のように微笑むのはアナ。けれど何か違和感が……とその全身を見回して気がつく。そうだ、腕輪がない

 

 「アナ、腕輪は」 

 「あ、それなんですけど」

 「奇跡のだいしょー?って奴かなー?」

 揺れる尻尾がおれの視界を覆う

 「おーじさま、ステラに言うことあるよね?」

 「お帰り、帰ってきてくれて有り難う」

 「むー、そんなうれしーだけの言葉じゃなくてー?」

 言われて少し狐少女の全身を眺める

 

 足りてないものが、あった

 

 「尻尾、一本しかないな。それに片眼にしか星が無い」

 「良くできましたー?」

 「はい、皇子さま達が取り戻してくれたのは良いんですけど……」

 「魂、大きく欠けていた」

 と、アルヴィナが続けてくれる

 

 「だから、その魂に合わせて溶けた肉体を再構築し、不完全な姿でしか戻ってこれなかった?」

 「そうそう、おーじさまが喜ぶおっきなおっきな、聖女越えのお胸も萎んで」

 「それは元々だろアステール」

 「そもそも結構あるから十分だアステールちゃん」

 あ、エッケハルトの奴が民に囲まれたところから逃げるように顔を出して……ヴィルジニーに手を引かれて輪の中に連れ戻された

 

 「というか、それとこれとは」

 「生きていくには足りない欠けた魂。ボクでも、あれは死霊として扱いたくないくらいに傷付いていた」

 「はい、奇跡を願って、魔法を使って……流水の腕輪そのものをアステールちゃんに埋め込んで、漸く帰ってきてくれたんです」

 嬉しげに微笑み、銀の聖女は告げた

 

 「つまり、エルフの神器そのものが、今のアステールの存在を支えている。だからアナの手にはもう無いってことか?」

 「はい、ノアさんやエルフさん達へは貴女達から貸して貰ったものなのにって謝って済むか分かりませんけど……」

 「ノア姫なら許してくれるさ、プライドが高くて結構優しいから。それがたった一つの救える手段だったのなら人間の一生分の時間貸しておいてあげるわよって言うよ」

 「はい、そうですよね?

 でも、どうしましょう。わたしは腕輪の聖女で、あの腕輪ありきで聖女様みたいな事が出来ただけなんですけど……」

 頑張ったと言うのにどこか沈み気味なアナ。それを今度は自分が肩に手をおいて慰めているアルヴィナ

 

 それを見ながら、漸くだっておれは息を吐いた

 

 そうして大きく周囲を見回す。拘束されたユーゴ派達。桜理に御免だけど動かないでと止められているユーリが筆頭か。少なくとも今は何も出来ないだろう

 完全に沈黙したアガートラーム。破壊しきってはいないが、恐らく再起動する事はない

 壊さなかった理由は簡単だ。そもそも破壊できなかった……って程じゃないんだが、データが欲しいのだ

 今のところ、おれ達側で調べられるAGXってその系列のフレームを使ったLI-OH、基本沈黙していて調べきれない桜理の15(アルトアイネス)、そしておれの手にあるアルビオンの残骸だけ。ついぞ作り方の片鱗すら分からない最後の支援機、ジェネシック・ルイナーの完成のためにも形あるAGXを確保して解析してみたかったのだ

 

 ってまあ、解析するのはアイリス達なんだが

 

 「竪神、状況は?」

 「最後、暴走した機神は皇子を天空から落とさないようにか地上に転移し、此方もリミットが来た。殆ど私達が辛くも勝利した時から変わっていない

 変わったのは、教皇の娘様が目覚めた事くらいだ」

 「うん。有り難う、そういう状況か」

 事態は大体理解した

 

 これで、漸くだ。何とか此処まで来た

 と、おれはおれにひっつくアステールの熱を感じる

 漸く、あの日の君との約束を果たしに来た

 

 そう呟いて腕の落ちた銀腕を見上げるおれの前でコクピットを覆う結晶が砕けて愛刀が落ちてくる。そして、其処にあったろう亡骸が消滅すると……ブラックホールから、憮然とした顔の金髪青年が落ちてきた

 

 おれは彼の首にキャッチした愛刀を、鞘に納めてから突き付ける

 「生き返ってきたか、ユーゴ」

 「……っ!」

 「言ったろう、おれ達の勝ちだ。投降しろ、お前の、お前だけの夢は此処で終わりだ」

 首筋に当たる鞘の冷たさ。それを感じてか青年は小さく肩をすくめた。腕時計を回すが、何も起きない

 

 「何で、負けた」

 「お前、実は止められたかったんだろ?勝てる訳無いだろ、勝つ気がそもそも無い。おれ達に止められる可能性をわざと残しすぎだ

 それで負けたも何も、竜胆?お前も内心勝ってるだろ?」



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暁、或いは事後処理(転生者)

「……甘すぎない?」

 なんて、端から見れば正論みたいな台詞を告げて、鞘ごと突き付けた愛刀の代わりに差し伸べた掌に爪を立てながら、金髪の青年は立ち上がる

 

 「甘いか」

 「普通に考えて我とか助ける必要あるか?殺したいんだろう?」

 なんて言葉に、は?と肩を竦める。そもそもユーゴを殺す気になったこととか一度もないんだが、何を言ってるんだろうな?

 

 「なあ竜胆。寧ろ殺されたいのか?」

 その言葉に、少しの沈黙が返ってくる

 「……そんな訳無い」

 ベゼルが展開したまま砕け、歯車が折れた時を刻まめなくなったボロボロの腕時計を見下ろして、ポツリと告げられて苦笑する

 

 「だろ?だからこれで終わりだ」

 「っ!ふっざけんな」

 「ふざけてる訳がない」

 ぶん!と振られる拳を、避けもせず肩で受け止める。痛みはない、力も込められていない

 

 「情けのつもりかよ」

 「おれが他人に情けをかけた事があったか?」

 「上から目線の情けしかかけてこないっしょ!自覚しろアホ!」

 ……台詞回しが崩れているぞユーゴ?

 

 「ってかお前、マジでやるの?」

 軽く拘束だけしてあるユーゴ派等を心底嫌そうに顔を歪めて眺めながら、エッケハルトが溜め息を吐いた

 「おー、おーじさまだねぇ……」

 心なしかアステールの声も沈んでいるが……その割にアナやアルヴィナは何も嫌そうじゃなく、寧ろニコニコとおれを見ているのが対照的だ

 

 「ユーゴさま……」

 と、心配そうな言葉を溢すのはメイド少女のユーリだ。纏めて凍らされた時に巻き込まれ、桜理が腕時計バリアで庇ってくれていた

 ってか何も言わなかったのに良くやってくれたな桜理。後でお礼を言っておこう

 

 「……おれは、自分が必死なだけだよ」

 「この甘さが?それとも、油断させて処刑でも……

 ああ、我は見せしめには良いか」

 一人で納得したように、だらりと力を抜くユーゴ

 「だから君とも戦った。互いに、やりたいことがぶつかり合っていた。そのままでは譲れなかったから」

 「……昔は、虐められるのを喜んでたってのに」

 「ああ、獅童三千矢としては、それだけがおれに出来る事だと思っていたから。でも、それが嫌だったから、虐め続けたんだろう、竜胆?」

 おれの眼前で、青年の顔立ちが少し変わる。髪が伸びてショートボブくらいになり、顔には他人を威嚇するような強めの化粧が入る

 「今っ更。早坂まで連れてきて」

 そうだな、とおれは桜理に目配せして参加するか見るが……任せるよと手を振られた

 

 「ああ、今更だな。今更やり直す」

 「あんたを二回殺した敵相手に」

 「おれが勝手に暗闇で妹達の死を思い出してパニック起こしただけだよ。それに……竜胆、おれ達の敵じゃないだろ?」

 「いや敵だわアホゼノ!」

 いや今回だけは黙っててくれよエッケハルト!?

 

 「敵だ。殺せよ」

 「敵じゃないし、殺さない。お前もお前の仲間達だって」

 言いつつ歯を見せておれは笑う

 「勿論、無罪放免って事はないけどな?反省も、後悔も、償いだってして貰う。でも、誰一人として全部悪いって罪を被せて殺したりしない」

 「……っ、なにそれ」

 と、ああと表情から棘が抜ける

 

 「我を殺しちゃ、アガートラームが消えそうだからか」

 「それはあるよ。折角原型が残ってるんだ、解析に使いたい。勿論暫くは……それこそ下手したら一生お前にこいつは返す気はない」

 でも、とおれは額に垂れてくる血を腕で拭う

 

 「それはそれ、だ」

 「……まっさかアンタ、あーしに気ぃでもあったの?」

 金にカラー染めしたショートボブの髪型、ぱっちりした眼、濃いメイク。前世たる竜胆佑胡の顔で、半壊した時計ゆえか首から下はユーゴのままの不格好さで、少し意外そうに青年(少女)は問い掛けてきた

 「こんなに助けようとするなんて変じゃん。虐められて惚れたマゾだった訳?」

 「そんな訳無いよ」

 「ま、昔のアンタの心には事故で死んだ家族と見ず知らずの人間しか居なかったもんね

 あの幼馴染すら心に入り込めないのに、あーしが入り込めてても可笑しいか」

 「嫌か?」

 「嫌みかって。あーしに言う、それ?」

 「悪いが、おれへの怒りを集めて周囲を庇うってのだけが得意でな」

 「……変わってな。虐めた側すら庇ってたアホのまんまじゃん。あーしが馬鹿みたい」

 「みたいじゃなく、おれも君も馬鹿やってたんだよ

 ただ、それはもう終わりだ。チートを喪った。馬鹿は死ななきゃ治らないと言うが、死んだから治ったとも言える」

 

 と言いながら、おれは桜理に目配せし、ユーリを解放させる。すると即座に少女はいじけたような青年のところへと駆け出した

 まあ良いや、別に咎める気ではな

 

 と思っているとおれの肩が叩かれる

 「……竪神?」

 「一つだけ教えてくれないか、ゼノ皇子。私を呼んだのは、鋼の機械神を操る"敵"と戦うためで合っていたろうか?」

 「あってるよ」

 とだけ告げる。すると蒼髪の青年は小さく頷いて距離を取った

 「ならば私からはもう言うことはないか」

 そう告げて、青年はおれから離れると、アウィルに一言告げてその背のふかふかした毛に背を預ける。やはりというか、これで分かるから凄い

 

 「ってか、お前本気で許す気かよ。こんだけ被害出したクソを」

 「本気で許す気だよ。そもそも敵じゃないからな」

 と言いながらも、やはり譲れない線としておれは歯を食い縛れとユーゴに告げる

 

 そして、その鳩尾へと鉄拳一発、右ストレート

 「かはっ!?」

 「アルデの無念の分だ。おれからはこれで十分、だが分かったろう、お前は無罪放免なんかじゃない」

 腹を抑えて踞る青年に向けて、冷たく一言

 

 「だから甘すぎって」

 「最初に言ったろうエッケハルト。おれはおれが生き残るために正しいと思ったからこうしてる。皆が赦せないというのは理解できるが、その先に待つのは」

 と、おれが諭そうとしたところで、ぱちぱちという手拍子の音が聞こえた。いや、拍手……なのだろう

 

 「ええ、ええ。全くです

 何という三文芝居。これを上映するとは……シナリオ担当が無能に過ぎます。反省のほど、宜しくお願いしますね、ヴィーラ?」

 漸く来たかと息を吐く

 

 そう、最初から言ってた通りだ。今回の敵はユーゴじゃない。そもそも竜胆佑胡は相容れない敵じゃない。確かに味方ではなかったし戦う必要はあったが、あいつは自分なりに救われたくて動いていた。迷惑だが理由には理解しようがあった

 理解の及ばない仮面の怪物。マーグ・メレク・グリームニル。混合されし神秘の切り札の幹部、笑顔(ハスィヤ)。それが、おれが見越していた敵であった

 

 「……笑顔(ハスィヤ)

 「かくして、頭を垂れたゴミは、甘すぎる阿呆に赦される。なんという、何という無能か。全く、命を持って代金の返金を要求しますよ。あまりにも劇としてなっていない、物語の体をなしていない

 このような三流の結末、困るというものです」

 「三流で悪かったよ」

 「真に、後悔を要求させて頂きましょう。人はただ、孤独と絶望に怯え滅ぶもの。一人ぼっちにしない?あまつさえ手を取る?

 冗談は妄想か、死後にお願いしますよ。絶望のままに独り滅ぶ以外の結末など、何一つ素晴らしさがない。実に残念です。貴方ごと滅びてしまえと、口汚く酷評を与えてしまいそうなほどに、失望のみが今、張り裂けそうなこの胸を支配しているのですよ」

 

 ……分かっていた。だか、実際に理解しきれない思いの丈で否定されると……どうしても、悲しくなる。ノア姫に、見せたくなくなる

 

 「では、仕方ありませんとも。あまりの愚劣なシナリオ、不承ながら、最低辺の終わりにだけは至らせるために。重い手を伸ばし乾いた筆を取りましょう

 さぁ、絶望の果てに、独り地獄への旅路を。旅路の代金は、彼に払わせましょう、ユーゴ・シュヴァリエよ。絶望の時間です

 ええ、気持ちは有り難いですがこの笑顔(ハスィヤ)にチップは不要、出血大サービスというものです。孤独に怯え死ぬ、羨ましく素晴らしき……良き終末を」



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仮面の人、或いは君臨

「……良く言うよ、【笑顔(ハスィヤ)】。それじゃあ、舞台に上がったおれ達は笑顔になりようがない」 

 嘲るように、注意を引くようにわざと悪辣に、奥歯を噛み鳴らして恫喝する

 

 「舞台に上がらないことを選んだ機械仕掛けの神サマは、おとなしく物語の一巻の終わりを眺めててくれ」

 「いえ、終わりとしては下らない。続きは必要ない。投資したのですから、編集くらい、させて戴きますよ。このままでは、無能極まる幹部、【勇猛果敢(ヴィーラ)】のせいで我等全ての評判が落ちてしまいますので」

 くすりと仮面の下で青年は嘲笑う

 

 「我等が終末、麗しき毒龍の女神の御不興を買っては」

 と、おれの背中に何かが触れた。って何だシュリか、不意に現れてはすぐ居なくなるから何処に居たのかと思っていた

 

 「……お前さん。儂は、この儂だけは。三流の喜劇に落としてくれて、喜ばしく思っておるよ

 告げてやれるのも、今はこの瞬間だけじゃが……」

 背後から囁きが聞こえてくる。何処か申し訳なさげな辺り、多分味方できるのは此処までなのだろう。いや別に良いがな!?

 そもそも、アステールを助けるのに手を貸してくれただけで助かりすぎだ。シュリが居なければ此処まで動けなかったろう

  とん、と小さな手に押される背中。それに合わせて抵抗せず軽くつんのめる

 

 「もう良いじゃろ、儂の【勇気(ヴィーラ)

 敵は排除した。アガートラームは地に墜ちた。これ以上、儂等で内輪揉めしておく価値などあるまい?」

 おれの側からエネルギーを噴き出して飛翔した少女は、スカートの裾を抑えながらふわりと仮面の男の前に着地する。少しだけ違和感を覚えるが、エネルギーがおれのポケットに落ち込んでずしりと重さを感じて、せめてアマルガムをもう一つくれようとして嫌いなのに翼を拡げて噴射で翔んだのだろうと理解した

 

 「ええ、それに酷いではありませんか。頼まれたからわざわざ手出ししないでおいたというのに。そんな此方に敵意を向けるなど、約束を守る甲斐があまりにも」

 左手で額を抑えて喉を見せつけるように奇っ怪なポーズで天を仰ぐ仮面の人

 

 「っ!」

 異様な空気と妙な金属音に振り返れば、おれの瞳に映ったのは……

 

 「きゃっ!?ゆ、ユーゴさまぁっ!」

 「違うの!ユーゴには脅されてただけで!」

 「私は被害者なの!」

 「「「「「……お前達は敵だ。何で生きている!」」」」」

 各々に壊れた建物の瓦礫やら、騎士からひったくったろう鉄槍やら、思い思いの武器を手にした住民達が、拘束されたユーゴ派(12歳~30前後くらいの女性が主)へと血走った瞳をギラつかせて襲いかからんとしている場面であった

 

 「っ!何をして」

 「そうだぞ!気持ちは分かるけどさ」 

 「救世主サマ……奴等を血祭りにあげる号令を!」

 「嫌だわ!この場で私刑したら後味悪すぎんだろ!?冷静になれ」

 「そうです、止めてください!」

 エッケハルト達が止めようとするが、伸ばし掴んだその手を振り払って、多分善良だったろう彼等は武器を人質として捕らえ拘束してあったユーゴの味方していた女性等へと、躊躇無く

 「「死ぃねぇぇぇっ!」」

 『キュッ!?ルゥ!ルルゥ!』

 武器が振り下ろされんとしたその刹那、青い雷が迸った。アウィルだ

 

 傷つけず止めるためか、迸る雷が一般市民達を痺れさせ……

 

 「死ねっ!」

 だというのに、赤黒いオーラがその喉から吐き出されたかと思うと、痺れたままにその肉体は動き出していた

 「くっ、これは一体」

 なんて、受け止めてくれたのはディオ団長等だ。が、ステータスでは、スペックでは上回る筈の騎士達が困惑しつつそこらで拾った武器に押されていく

 

 更に……

 「ああ、邪魔ですよ。手早く悲惨劇(グランギニョル)を始めましょう」

 笑う仮面を付けた男がその左手に触れるや、袖の下に隠しておいたろう腕時計が強く緑の光を放つ!

 

 「グラビトン・グランギニョル」

 そして降り注ぐのは、ユーゴも使ってきた超重力圏。流石にあれほどまでに理不尽な重圧ではないが、体力も尽き果てた今のおれでは堪えきれずに地面に膝を付く。勿論、他の皆も……なんて事はなく!

 

 「……すまない、アイリス殿下、ランド氏等。緊急整備、恩に着る!

 超特命合体!ダァイッ!ライッ!オォォォウッ!」

 そう、彼の確認は此処だった。本来の敵は、ユーゴとアガートラームではなく彼のオーディーン。まだ戦いは終わりになんてなっていない!

 それを理解してくれていた頼勇の叫びと共に、一旦エネルギーを使い果たして消えた筈の鬣の機神が、姿を遂に見せたAGX-03(ドライ)、オーディーンを討つべく降臨する!

 

 ……そう、思った時だった

 「えー、つまんないのー。ウチと遊んでよ」

 転移の柱に、巨大な雷槍が突き刺さった

 

 『「くっ!LIO-HXっ!」』

 爆発の中から飛び出すのは、最低限機動力だけは確保しようとブーストウィングを装備した合体機神、LIO-HX。けれども、これでは足りないだろう

 

 一体誰が!?

 焦りながら周囲を見渡せば、答えはあまりにもすぐそこに居た

 「っ!ヴィルジニー様」

 遠くでディオ団長が唇を噛んでいる

 近くにほいほいと近付いてしまったのだろうヴィルジニーの喉につるりとした質感の黒手袋に覆われた手をかけて、おれが特に絡むことは無かったユーゴ派からのリークをしてくれたらしい少女が、無邪気で悪戯っぽい舌を出した笑みを浮かべていた

 

 その腕には、やはりというか二本針の腕時計

 「ウチとやろう?『喜劇をもたらせ、ユピテール』」

 「ええ、時間です。『悲惨劇(グランギニョル)黄昏(ラグナロク)を、オーディーン』」

 

 『AGX-03(ドライ) Odin(オーディーン)

 『AGX-02(ツヴァイ)D2Z(ゼータ)Juppiter(ユピテール)

 『『真体再鍛』』

 

 その瞬間、二人の背後に、巨大な鉄影が君臨した。ANCと付く奴に比べて随分とあっさりとした降臨だが、それが弱さに繋がるわけではない。彼等彼女等はコクピットに転移せずそのまま地上に居るが、それも勝利には繋がらないだろう

 紺色の機神オーディーン、そして桃色の機神ユピテール。どちらもかなりすらりとした体型で、アガートラームに見られる腕の巨大さ等は無い。そして、同じシリーズか疑うような大きな差があったANCシリーズと違い、02と03とナンバリングこそ違えど外見は機動戦士とか言いたくなるような割と統一感のある人型。桃色の方は背面ブースターに光輪が付いているが、まあそれは個性だろう

 が、そんなものより何より……二機居るのが何よりの危険性だ

 

 幾らなんでも、ジェネシックなら兎も角LIO-HXに二機とも止めろは無茶振りすぎる。実際、桃色の機神は、裏切り者の少女をユーゴ派から庇うように周囲を囲んで護衛していた聖教国騎士団の面々を天から降り注ぐ雷で惨殺しながら天へと登り、重力圏を打破して飛翔する鬣の機神の槍とその細腕で打ち合い始めた

 

 そう、そうすればどうしても、彼はオーディーンを止められない

 「っ!クソォォォッ!」

 何か無いのか、手は!

 答えは出ず、重力圏が拡がっていく。全てのモノが大地に抑え付けられるが、アマルガムで心の中の欲に狂い、それを果たすためだけに限界を越えた狂人と変えられた中毒者達は赤黒いオーラでその重圧をはね除けてしまう

 ユーゴ派を守ろうとした騎士達は大地に倒れ、動けない。おれ達の中でまともに体力が残ってる頼勇はユピテールに止められていて

 

 「「オマエタチの、せいで!シネェッ!」」

 刹那、緑の光が咲いた



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嗤う仮面、或いは一縷の希望

緑の光が、盾として人々を覆う。が、それは同じことが出来るだろうLIO-HXからのものではない。彼は天空で桃色の機神を止めるのに手一杯

 

 ならば、これは……

 「桜理!」 

 「どうしてなんですか?」

 頭の前に腕時計を掲げてベゼルを回し、彼に出来るだろう目一杯の力を解放して、サクラ色の一房を持つ黒髪の少女(しょうねん)はバリアを展開する

 

 「……弱虫ハーサカ?」

 ぽつりと、項垂れたユーゴがそんな言葉を溢す

 「何で、今更あーし達を庇うんだ。あんだけやったのに」

 「許したくないよ。君を、君達を助けたいなんて思えないよ!

 でも、僕は獅童君を信じたいから。彼がやったことを無になんてされたくないからっ!」

 「何それ。あーし等、当て馬じゃん」

 けれど、怒りというよりは自嘲気味に、ユーゴは己を嗤う

 それを受けて、重力に耐えられるアウィルに背負われたアナがはっとしたように魔法書を開く。けれど……

 

 「……どうしたのー?」

 「今の、わたしじゃ……あの人達の心に巣食うものを、払ってあげられない」

 咄嗟に唱えられた下級の回復魔法。ちょっとした消毒とかそういったレベルの生活感溢れるそれが桜理の貼ったバリアに向けて各々武器を振り下ろす暴徒と化した民に淡い光をかけるが、何も起きない

 

 それを見て、辛そうに銀髪の少女は目を伏せた

 「……あ」

 「アナちゃん!?」

 それを見て漸く事態を理解して唇を噛む。そうだ、アナが言っていたが、アステールを救うために彼女は腕輪を手放した。聖女としての力を貸してくれる神器を失った。だからこそ、どんな回復魔法でも、それこそ気休めの消毒魔法ですら劇毒を治してしまう奇跡の力はもう無い。そして……腕輪の奇跡を使うことを想定していたアナには、素の性能で彼等の心毒を中和浄化する力を持った魔法の手持ちがないのだ

 

 「ってか、お前」

 「えー、別に殺したりしないから、ウチ等の邪魔してほしくなーいってだけ。きゃはっ?」

 エッケハルトが食って掛かるが、ニコニコと悪戯っぽい笑みを浮かべた少女は、何とか治せそうな魔法書を持ってそうなヴィルジニーの喉を抑えたまま、愉快そうに己の機神がバラバラに引き裂いた騎士の亡骸が転がるその場で、結晶……ではなく鋼の椅子に(良く見たらクッションが付いているが)腰掛けて足をぷらぷらさせた。その細腕に喉を握られた少女はぐったりしているが、息はある

 

 「……君は、何者だ。何故こうして」

 「あー、ウチ?ウチは円卓のケイ卿。ま、そこら辺はウチ等の神サマもあんまり気にしてないけど、本名宮野(けい)だから、けーちゃんって呼んでね?

 って、生き残れるなら桃色にーちゃんに言っておいてねー?」

 きゃはきゃはと楽しげにあっさりと名乗ってくれる。が、此処で簡単に分かるが、奴は円卓側なのだろう。ってか持ってるものの時点で確定だ

 そして、名乗りが日本人名なことから、あれは前世の姿であり、それを表に出したせいで誰なのかユーゴは暫く分からなかったって感じだろうか。前世の姿って、互いに案外分からないものだ。桜理やおれが例外で、ヴィルフリートはおれの叔父なので老けまくるし、ユーゴとか前世はギャルっぽい女の子だし……

 

 「それよりも」

 「アイサツってやつー?それに」

 「TIME JUDGEMENT ALL。ええ。此処で銀腕を得れば、全てを裁く時の力を得られるのですよ」

 漸く理解した。

 やけにあっさり認めると思ったが、ユーゴを倒してくれたら、あいつの右腕のタイムマシンを回収できるって寸法か。おれ達が負けてもダメージを与えてくれたら、あの二機で破壊できるかもしれないしな

 

 何よりだ。こいつは最初から仕込んでいた。アマルガムで皆がユーゴ派を殺せと、願いで暴走する事を分かって、シュリの毒を持っていたのだろう。それを使えば、そして今世の姿で潜入してかユーゴ派として情報を集めていたケイというらしい少女の不意討ちでユーリを捕らえれば、決して勝てない事は無かったろう

 

 単純明快な性能面ては勝ち目なんてないが、おれ達が戦っても分かったように、ユーゴって割と寂しがりで味方思いなんだよな

 いやマディソン相手とか足蹴にしてたが、そもそも見捨てるって選択肢だけは取らなかった。貸し一つってヴィルフリートも手助けに来たし、何よりアステールを柩に閉ざしてまで魔神王と戦ったのもボコボコにされてる二人を助けるための筈だしな

 

 「……やってくれる」

 言いながら、おれは切れる手を探す。ユーゴは今頼れはしない。お前の仲間達くらい自力で護れと一発殴りたいが、その為に何の力が残っているというのか

 

 余力がある奴なんて居ない。リリーナ嬢には来て欲しくないし、せめてノア姫とか居てくれたら……

 「……大丈夫かしら?」

 「はい、何とか」

 「では、無いようね。嘘は止めなさい?」

 って居るじゃんノア姫!?

 突如として姿を見せてアナに向けて不敵?に微笑んで小さな手を伸ばしているエルフを見て戦く

 いや、駆け付けるのが速すぎる

 

 「ですけど」

 「困ってるときは、素直に助けてと言うものよ。ワタシはそれを、他人に向けては声高に叫びながら自分は実践出来ていないおバカさんから教えて貰ったの」

 と言いながら、金髪を纏めたエルフは、少女に笑いかけて一冊の書物を手渡す。それは確かに強力な魔法書であり、確かにアナなら使えるだろうが……いや良く用意してきたなそれ!?

 

 「……はい、頑張ります!」

 「ええ。そうしてくれないと、取ってきた意味がないわ」

 ……あれ?と疑問を感じる。ひょっとして

 「ああ、期待は止めてくれるかしら?ワタシは結局、居るべき場所と故郷にしか飛べないもの。好きな場所になんて行けないから、後はアナタがやるべき事よ」

 なんて、ノア姫は肩を竦める。だが、それで良い。彼女が来てくれただけで、最後に失えないものを撤退させつつ、救える限りを救う手だてが一発で出来た。十二分過ぎるというか、何で持ってこれたんだよあの魔法書ってレベルだ

 

 「……マーグ」

 「グリームニルとお呼びください」

 それに対して少し悩む

 

 「……もう良かろ。戦う必要も必然も価値もない。儂はそう告げた筈じゃよ、【勇猛果敢(ヴィーラ)】」

 そう、軽薄な笑みを浮かべた顔を模した仮面を顔に被った男の横で、銀紫の龍少女が無表情に吐き捨てる

 

 が、おれは止まらない。止まれやしない

 桜理が繋いで、ノア姫が更に可能性を作ってくれた救援を、無駄にさせたくない

 

 「そちらが心毒によるおれ達への侮辱を捨てて下がってくれたら、な」

 「心外な。我等はただ、至らぬ貴方方を助けつつ、敵を終わらせる為に動いているのみであるというのに」

 非難するような声が飛んでくる。それに何を反論するか悩みつつ銀龍を見れば、何処か辛そうな顔をしていた。シュリ自身想定外だった可能性が高いなこれ?

 一応連れてきたがというか付いてきたが、おれ達をここまで妨害する気は無かったと。まあ、知ってはいたが、シュリ自身自分が用意した眷属に振り回されてそうだな

 

 「ですので、我等が終末の言に従い、去ることですよ。さすれば、この場で殺す愚を犯さなくて済みますので」

 「……儂は、これ以上争う愚を説いておるがの?お主もそれは同じじゃよ。儂の【勇気(ヴィーラ)】と争っても良いことはあまりあるまい?何より、これはあ奴等が紡いだ勝利の物語。結末を決めるのも、彼等でも良かろ?」

 「ああ、ああ、貴方様の言葉は実に正しく聞こえますよ我が終末よ。しかしそれはいけない。あのような三文芝居だけは、笑顔で終末を楽しみ語る我等として、許してはならないのです」

 おれを見下しながら、彼は告げる

 

 「だから、ほら」

 仮面の人が手を伸ばせば、バリアが揺らぐ

 「サクラ!」

 「あ、うっ……

 抑えて、アルトアイネス。僕は君を、悪魔にしたくない……だから、君を使わないっ」

 「無礼な。かの神が与えたのは、世界を好きに終わらせる力。それを終末に使わずして愚弄するのは愚の骨頂」

 「……あ、獅童、く…ごめ、後、は……」

 緑の光が乱点滅し、時計の中に秘められた精霊の力が暴走する。少女はそれに呑まれて氷像と化し、バリアも凍てついてしまう

 

 が、桜理が稼いでくれた時間、ノア姫が持ってきてくれた希望、それらが実を結ぶ

 アナの握りしめた魔法書の詠唱がもう完成する。これで、人々を冷静にさせられる!

 

 そう思った瞬間

 「……果たして本当にそうでしょうか、ね?

 ああ、一つ教えて差し上げましょう。貴方が手を出すなと仰ったので、誠に心苦しい事ではありますが、いざという時のために予め盛っていた毒を、必要無いと解毒する事が出来なかったのですよ。実に、悲しいことです」

 全身の毛穴から血を流したように突如として血まみれになった騎士達が、地面に崩れて呻き声をあげた



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異伝 満ち溢れる極光

「っ、どうして」

 完成しかけた詠唱を思わず一旦止めて、わたしはそう呟く。目の前で重力に苦しむ騎士の皆さん(特に竜騎士さん達や、皇子さまがディオ団長さんと呼んで信頼していたあの人の部下の亜人さん達)が喉を掻き毟る姿を見せ付けられて、思わず目を逸らしたくなってしまう

 

 でも。良かったって感じます。今唱えている魔法は、悪性の毒の治癒魔法ですから。聖女様の力が使えたら必要ないですけど、ほとんどどんな毒でも治せちゃう、水/天属性の本当にすごい魔法なんです。これをあの騎士さん達に向けて使えば、すぐに治して……

 

 けれど。目の前で緑色のバリアが凍りつき、精霊結晶?って言うらしいものに近くなって、ぱりんって薄氷のように砕け散ります。その先には、やっぱり凄い重い空間に囚われている教王派の人々の姿

 

 ……喉がからからになって、動けなくなります。騎士さん達の毒は致命的。放っておいたら手遅れになりかねません。でも、今直ぐに心の毒?に狂わされた人々を癒さないと、あの人達は殺されてしまうでしょう

 そして……今のわたしには、二度この魔法を唱える魔力って残ってません。そしてこの魔法は、一度に複数種類の毒は治せません。同じ系列の毒なら、一気に沢山の人を治せるんですけど……

 

 きゅっと、袖を握ります。わたしは、片方しか救えないから

 

 「皇子さま」

 助けを求めるように、傷だらけで、本当は一番に治してあげたいけれど何にもしてあげられない人に視線を向けます。でも、それを見返す彼の血色の蒼い瞳が、静かにわたしを見返すんです

 

 「……望むままに」

 答えは、くれませんでした。皇子さまが言ってくれたら、ちょっと嫌ですけど、わたし達を、アステールちゃん達を、皆を苦しめた人々を優先して助ける覚悟が出来るのに

 言ってください、わたしに、貴方のやろうとした事を……っ

 

 そんな自分の思考を、何処か駄目だって思うわたしが居て

 はっ、と気が付きます

 

 どうして、竪神さんをずっと羨ましく思っていたのか。わたしに、皇子さまの為にならってずっと思っていた自分に、足りていなかったものは何だったのか。理解します。分かってしまいます

 

 そう、あの思考です。皇子さまの為。貴方が望むなら

 それが、何より今のわたしが思っちゃ駄目なこと。だってさっきのあれは……

 ただでさえ苦しんでいる皇子さまに、「わたしに自分の望む方向の行動を命じた」ってところまで背負わせてしまうんですから

 

 大好きだから、少しでも役に立ちたいから。一緒に背負ってあげたいから。そうしたら結局……わたしすら背負ってしまう人だから

 

 わたしが、やるべき事は!

 

 「ユーゴさん」

 乾いた喉で声を張り上げます

 「わたしは、貴方達を許したくないです

 だから!理不尽に殺されて、終わりなんて言わせませんっ!」

 覚悟を決めて、治癒魔法の矛先を民の皆さんに向けます

 

 「……アナ?」

 少しだけ、呆けた顔の皇子さまにこれがわたしの答えですって笑って、わたしは最後の一節を唱え、魔法を完成させました

 

 「お願い、皆さん!怒りは分かりますけど……っ!」

 ふわりとした青い光が、思い思いに武器を振り上げた人々に降りかかります。そして……

 

 「……死ねっ!」

 振り下ろされます

 駄目なんですかって、心が苦しくなって……

 「いや待ってくれよ!」

 でも、その石は横の、ついさっきまで同じく鉄の棒を振り上げていた筈の同じ普通の人に払われて地面に落ちました

 「確かに許せないけどさ、何か……こう、皆殺しって可笑しいだろ」

 赤黒い血のオーラは消えています。多くの人が、怒りそのものを無くしたわけではないが理性を取り戻し、幾らなんでも殺すのはって思い止まってくれています

 

 けれど、ユーゴさんの顔は沈んだまま晴れません

 「結局は、さ。勝者じゃなきゃ」

 乾いた笑いが響きます

 

 ……そうかもしれません。ああして追い詰められた教王派は、沢山の人が心から従ってた訳じゃって命乞いしてましたから

 命を懸けてでもって心の奥底からの想いは、少なかったんでしょう。わたし自身、わたしの想いって重いのかな?って思いますし、気にする程では無いって気がしますけど……彼には違うんでしょうか?

 

 と、安堵を感じながらわたしはもう一度魔法書を開きます。例え手遅れになるとしても、わたしだって、諦めたくなんて

 

 『……その必要はありませんよ。十分です』

 その瞬間、わたしの体がふわりとした青い光に包まれます。周囲の時は、まるで止まっているように凍てついて、目をしばたかせるわたしの目の前に、水柱の中から一人の女の子が姿を見せました

 それは、実体無い影のような、でも凄く良く知っている気もしてしまう気配の龍人の女の子。ミニスカートに上は皇子さまっぽい西方服

 

 「……龍姫、さま?」

 『私の名は金星始水ですよ』

 「えっと……あ!皇子さまが夢で時折呟いているお名前の……」

 と言いつつわたしは首を傾げます。感じるその力は、わたしの手にずっとあったものにしか思えないですから

 「でも、龍姫さまですよね?」

 『……流石に分かりますか。まあ、分からなければ失格ですが

 兄さ……もとい、かの呪い子の事を好くのは前提。だからといって、手を貸す訳にはいきません。特に貴女では、共倒れする時はすぐに二人して落ちますからね』

 優しく、その二房の三つ編みの女の子は髪を揺らし、翼を軽く拡げます

 

 『ですが、己の足で立ち、その上で共に歩むならば構いません。彼の為ではなく、彼を想う自分自身の想いのために。その意志を忘れなければ、私達の造り上げた貴女達の世界を愛し救う祈りが、星になるならば』

 そうして、少女はその振り袖の手を軽く上げて微笑みました

 

 『アナスタシア・アルカンシエル。星のような煌めく願いと共に、想うままに生きなさい

 根源の願いを違えぬ限り、見守りましょう……極光の聖女よ』

 

 ……はっ、と気が付きます。元に世界は戻っていて……

 でも、一つだけ違うものがありました。ずっとわたしを助けてくれていた腕輪と同質で、でももっと身近に感じる力が、わたしの胸の中、心臓と共に鼓動しています

 

 「……はい!わたしは、諦めませんっ!」

 決意を込めて、さっきは意味がなかった消毒魔法を、わたしは唱えました



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撤退策、或いは全てを覆す狂愛

地に輝く極光(オーロラ)が視界を優しく灼く。痛くないのに眩しいほどのそれは、包み込み護ろうとする龍の翼のようにも見えて

 

 「アナちゃん!?」

 同時、感じるのはおれがみまごうはずもない始水の気配。つまり、これは!

 「おー、ステラもびっくりだねぇ……」

 「あら、やっぱりやれば出来るじゃない」 

 何だか自慢げなノア姫は……いや当初から分かってたものって理解者やってるか

 輝きの中心に佇むのは、愛らしい顔を、唇をきゅっと結んだ銀髪の少女。儚さすら感じる雪のような雰囲気は鳴りを潜め、気高い強さを感じさせる

 ゲーム中ではオーラのグラフィックを背後に重ねるだけだったから分からなかったが、これが!現実での聖女か!

 

 彼女が手を掲げ、軽く横に振って消毒魔法を唱える。それだけの事で、騎士達が顔の毛穴から噴き出した血は拭われ、よろめきながら彼等は立ち上がる

 

 っ?立ち上がる?アマルガムによる心毒が消えた民達もそうだが、どうして立てている?

 「獅童君っ!」

 「サクラ、これは」

 「……っ、これは一体。どのような都合の良すぎる奇跡ですか」

 この事態は仮面の男にも理解できないらしい。仮面で笑顔が貼り付いているが、内心はとても嗤えていないだろう

 

 「彼等の方の……ANCって付かないAGXシリーズは最初から未来から降ってきたAGX-ANC14Bの中のデータを元に作られたもの。発展した技術状況から始まった開発な分、エンジン一個で全部一括で賄ってて、どんなものも精霊結晶の影響が強いんだ」

 その言葉に理解する。つまりだ、少しずつ改良してきた結果として、左右の腕と胴部で三種もエンジン積んでたアガートラームの放つ超重力圏は右腕の縮退炉を使った物理的な重圧。だが、実はオーディーンのそれは絶望の冷気による心の重さで重く感じさせる亜種って事だ。だから耐性のあるおれは圧が軽く感じたし、絶望を祓う極光が、アナの力があれば、精神の問題が消えて重さがほぼ感じなくなるって訳か!

 

 逆にこれ、おれが重圧感じていたの心が負けてただけって話じゃないかよ情けねぇなオイ!?

 

 そんな事を感じながら、愛刀を支えに立つ

 

 「っ、これだから三流は難儀です。困ると直ぐに、奇跡で低俗なハッピーエンドを目指してしまう。ケイ」

 底冷えのする、そんな声

 「じゃ、この人質は必要ないよーね?」

 きゃはっとした、ケイを名乗る少女の声。少女は軽く時計のベゼルに手を掛けて

 

 バァン、と轟くのは花火のような轟音と、色とりどりの火花

 「きゃっ!?」

 思わずといったように目を瞑れば、忽然と出現した影が少女の腕を切り落とし……いやあれ良く見ればマニピュレータだ。血の代わりにコードと歯車がこぼれ落ちている

 

 そうして、さっとヴィルジニーを奪還し、その白桃色の男は背の雉の翼を大きく見栄に拡げた

 「……応応応応っ!俺様を呼んでたろ、ワンちゃん?奇縁気焔、エルフと共に助けに来たぜ?」

 「ロダ兄っ!」

 いや何で間に合ってるんだ!?

 

 「はーっはっ!なぁに、危機に間に合うは英雄の常ってもんだ!」

 ひょい、と掴んだその体をエッケハルトに向けて投げ渡しながらからからと青年は笑う

 

 「ええ、十分でしょう」

 と、相槌を打つのはノア姫だ

 そういえばノア姫と共に来たって言ったのか。転移魔法で来た……にしてはノア姫って自分が転移する際に同時に飛ばせる範囲は広いけれど、転移先は故郷固定じゃなかったっけ?どんな魔法を使ったのやら

 

 まあ、後で教えてくれるだろう

 「アナ、エッケハルト、下がるぞ!」

 「え!?下がっていいのか!」

 「皇子さま!?」

 オーロラに照らされた少女は頑張るんじゃとばかりにおれを見るが、これで正解だ

 

 「あいつらに、此処で聖教国を滅ぼす意味も価値もない。己の抱く御神体が止めてるんだからな。おれ達が逃げ仰せれば、それでお前らも下がるんだろう?」

 シュリが見てるぞ、と嚇しをかけるおれ

 

 「つまり」

 「人質は取り返した以上、下がれば勝ちだ!」

 走れ、とおれは指示する

 

 「えー?」

 その先に、不満げに唇を尖らすケイとやら

 「せーっかく、桃色おにーさんが来たのに」

 「今回は縁が無かったって話さ!」

 更に一発花火弾が瞬く。半ばオート操縦らしいユピテールは此方を攻撃しようとして、天空で刃を振るうLIO-HXに噛みつかれて失速する

 

 「だから……」

 おれ自身も対峙したグリームニルがオーディーンをけしかけてこないよう見守りながらノア姫のところに集まるのを待って……

 

 「……おい!」

 そうしてユーゴがずっと電池が切れたように項垂れたままなことに気が付く

 

 「何やってるんだユーゴ、てめぇも走れ!」

 「……何もかも、無くなった。我は……我でなきゃ、強く、なきゃ……」

 「何時まで呆けてるんだよ!」

 仮面の下でニヤケてそうな男が悠々と歩みを進めるのを歯を剥き出して威嚇しながら、敵である青年をどやしつける

 「おれを、桜理を虐めていた時の元気は何処に消えた」

 「それは、人が着いてくる……強者ムーヴだか、ら」

 「だから何だ!お前にはもう何もないのか!」

 ったく!間違ってるってしっかり止めたら止めたでこれかよ面倒臭い!

 

 「お前を叱るおれが居る!反省したなら今度は前を向けますね?と許してくれる龍姫(始水)が居る!そして何より!」

 「ユーゴさま!此方です!」

 響くのは悲痛な呼び声

 「そうだユーゴ様!此方へ!」

 そうして、まだ装甲したままの女騎士の声

 

 「お前にはまだまだ、その手に残ってるものが居るだろ!諦めてる場合かよ!」

 「……ああ、全く」

 嘆かわしい、というように仮面の人は歩みを止める

 「下らなさすぎますよ。が、しかし……

 我が終末の事もありますし、最悪アガートラームのエンジンは確保できる」

 唇を噛む。そうなんだよな。ユーゴ連れ帰ったとして、アガートラームの残骸を持ち帰れない

 

 「竪神」

 『「無理を言わないで欲しいものだ!離脱するなら可能だが、その際に破壊できる保障はない」』

 まあ、そうだよなと苦笑する。やはり、おれがやるしかないのか。ダメージを与えておければ、再利用しにくいだろう

 それに、本来の持ち主を生かしておくんだ、反省してくれればユーゴを通して封印とか出来るかもしれない

 

 「……殺せば、楽」

 「アルヴィナ、それ今までが無意味だろ」

 そう呟きながら、ひょこんとおれの背中に手を当てて死霊術を使ってくれる魔神少女と共に、刀を構えて最後の仕上げに向かう

 よろよろと立ち上がった彼がノア姫達のところに来たら、一気に隙を作っておれもあそこへ。そのまま転移に……

 

 ってダメじゃんこれ!?おれに転移魔法が効かない。希望にすがりすぎて忘れていた

 

 「……皇子さま!」

 「エッケハルト。暫くアナやアステール達を任せる」

 「あ、おま」

 「忌み子に転移は効きやしない。だから、おれは自力で帰る。それまで頼む」

 死ぬ気はない、何より頼勇も居るし、二人で離脱でもしようか

 

 「……そうね」

 おれを見る紅玉の瞳にも、憂いはあっても迷いはない。ノア姫も分かってるんだろう

 「……っ!皇子さま」

 ユーゴが、其処に辿り着く。さあ、お前のやりたいことは大半終わりだグリームニル

 

 この先、帰るのが一苦労だが……

 

 その瞬間

 「ユーゴ様!」

 二人は手を取り

 

 「っ、え?」

 血の華が咲く

 「ユー、リ?」

 「ああ、ハスィヤ殿。これでユーゴ様は、他の者に現を抜かさないのですね!」

 凍りついた場に、空虚な声が響く

 

 「……ええ、そのメイドを殺せば、彼は貴女しか見ることは出来ません

 上出来ですよ、騎士クリス嬢。狂気を心の底から受け入れ、正気のまま狂うことを良しとすれば心毒を祓われても最早無意味

 

 安直な奇跡に泥を塗る、素晴らしい幕引きです」

 アマルガムの赤黒いオーラは無い。確かに祓った筈だった。けれど、女騎士の瞳には狂った光が湛えられていて

 

 メイド少女に突き刺さった剣が、業火と共に爆散した



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散華、或いは残された力

「……ゆー、」

 飛散する血飛沫と肉片。だというのに、それを引き起こした女騎士はどこまでも邪気無く笑みを浮かべて、さっきまでそこに居た少女の血にまみれた剣を鞘に納め、返り血の付着した手を愕然とした金髪の青年に向けて差し出した

 

 「ユーゴ様。これでもう居ない女に目移りなんてしませんよね?」

 その笑顔に、世界は凍りつく。物理的にではないが、誰も動けなくて……

 

 「っ!アルヴィナちゃんっ!」

 最初に動けたのは、聖女であった

 「ごめん、皇子。少しだけあーにゃんのところへ」

 呼ばれてきゅっと深く落とさないよう帽子を被って駆け出す魔神娘。それを見送りながら、更なる一撃に備えておれは楽しげな仮面を見る。見るしかない。あいつから目を離すわけにはいかず、背後は大体気配で察知するしかない

 

 「アルヴィナちゃん、貴女なら!」

 「……やっては、みるけど……」

 そう、死霊術。メイド少女の肉体は爆散させられたが、こと死者の魂の扱いにかけては屍の皇女に一日の長がある。断トツで長けているとは、死者の魂を力にするシステムが向こうに搭載されているから言えないのが悲しいところだ

 が、アルヴィナが動いてくれなければその魂は当たり前のようにAGXに回収されて燃料にでもされるだろう。それを防げば、死後の安寧くらいは!

 

 「……困りますよ、【蛮勇無謀(ヴィーラ)】」

 ねっとりとした声で、仮面の男は手を拡げる

 「折角の二流の終わり。孤独な死。邪魔をしないで戴きたい」

 「……おれは三流で結構だ」

 「それはいけませんね。我が終末に捧げる結末が、三流とは」

 「……そう、じゃな。お前さんの描こうとした結末は三流に過ぎぬ」

 半ば表情が抜け落ちたシュリが、そう告げてくる。が、まるで泣きそうにも見えて……

 

 「しかしの、我等が【笑顔(ハスィヤ)】よ。お主の描く結末は確かに悲劇的でより美しいが……当に見飽きた」

 「何と!それでは……」

 大袈裟に身を逸らす仮面。シュリとしては止めようとしてくれたのだろう。割と心を持ったままの時期の分身だからか、悲劇的な終わりは見ていたくないが本音だろう

 が、それで止まったらこいつらじゃない

 

 「……ええ、完全にアナタのものにしてしまいましょう、騎士よ」

 「はっ!」

 言われて、女騎士が動き出す。勿論剣の矛先は、少し離れた教王(ユーゴ)派!

 だが!

 

 「おっと、行かせないけど?」

 ルー姐が持った槍でその動きを少しの間止めてくれる

 「さて、お暇しようか!」

 更に一発、目眩ましの花火が上がる

 「ノア姫!」

 「そうね。これ以上の被害は出させないように」

 そしてエルフ少女の持つ杖が輝く。そう、転移させてしまえば良い。それである程度の勝利は拾える。ユーゴ達を逃がしてしまえば……

 

 光と共に皆が消える。勿論だが、女騎士クリスもだ。巻き込むのはノア姫的に心苦しいだろうが、ユーゴ達まで逃がして完成。許して欲しい

 

 そうして、全てが掻き消える。残ったのはおれと頼勇と、アガートラームの残骸のみ。アナ達全員離脱した。これで終わりだ。後はシュリがきっと矛を収めさせてくれると信じて、頼勇と帰るだけ

 

 だが、眼前の男はくつくつと仮面の下で嗤う

 「何と言うこと。自ら味方を消し去るとは、諦めたのですか?」

 「諦めてなんていないさ。お前の手は」

 「届いて、いますよ」

 ヒィン、という重力球が出現する耳慣れてしまった音が響く。其処から弾き出されたのは、呆然としたままの金髪青年と、それを抱き締める女騎士の姿

 

 っ!転移能力は向こうにもある。そいつで妨害されたか!やってくれる!

 更には、もう妨害してくれる仲間は居ない。巻き込まれたり狙われたりする事はないのが救いだが、降り注ぐ二体の機神相手に、LIO-HXだけでは流石に何も出来やしない

 

 ぐしゃりと、拳によってへしゃげた人間であったものの腕が飛散する。ユーゴ派の人間達を殺して、機神オーディーンが咆哮する

 止めたくても、止めきれない

 

 「だから言ったではないですか、死は恐怖の中、孤独に旅立つもの。仲間など、残っていては困るのです」

 「ええ、ユーゴ様にはこのクリス・オードラン以外、居てはならない。ああ、スッキリしましたよ本当に」

 脱け殻のようになった青年を抱き締めて、装甲の女騎士は無邪気に笑う。それはもう、恋する少女のように

 だが、周囲では味方の筈の人間達が虐殺されていき、己がその発端となった証拠の返り血すら浴びた中での無垢なそれは、あまりにも浮いていた

 

 「っ!そぉっ!」

 せめてもの抵抗として愛刀から雷撃を放つ。が、当然のように機神に対して効きやしない。薄い結晶壁に阻まれる

 やはり、ゲームで防御奥義無効が付いていたような奥義でなければ何も通らないのは変わらないのだろう。結晶を中和出来ればその限りではないが、その為の力は当に使い果たした

 

 「……くっ!」

 飛来するLIO-HX。やはりというか、無茶が祟ったとしか言いようがない。これまで桃色の機神を抑え込んでくれていたが、流石に限界といったように翼から噴き出すエネルギーもほぼ見えなくなっている

 

 「……ほら、もう他には居ないだろう?」

 そう、騎士は笑い

 「ええ、孤独こそ良き終末。勿論、仇でもある貴女と二人というのも愉快かもしれませんが……やはり、其処は貫かなくては」

 「……あ、え?」

 止める間も、止めるだけの力も、残っていてはいない。おれはただ、突如として騎士の胸部装甲の下から生える鋼の鎗を見つめるしか無かった

 

 「かひゅっ」

 心臓を一撃。イカれてなければ致命傷だ。途切れた呼吸音と共に、青年を抱き止めたまま、女騎士が大地に倒れ伏す

 

 ……もう、息なんて無いだろう。けれど、何一つ飲み込めていないのか、それとも諦めたのか。金髪の青年は、あれだけ最初はイキっていた彼は、力が抜けて重くなっていくかつて自分の仲間だった騎士だったものの下から抜け出そうとはしなかった

 

 「……なにやってる、ユーゴ」

 「良い表情です、教王殿下。我が終末に捧げるに相応しい」

 煽るようなその言葉。銀龍は諦めたように、表情の見えない瞳でそれを眺めている。どう見ても嬉しそうではないが、それを言っても何もならない

 

 どうする。何をすれば良い?アステールだけは最低限救えて、けれどほぼ負けに近い。最悪の詰みだけ防いだって言いたいが、アガートラームをもう一回倒せる気はしないし、エンジン回収されたら半ば詰みな気がする

 

 ……もう、手なんて思い付くとしたら此処でユーゴを殺して、残骸が消えることを祈るくらいだ。が、その割に余裕そうに、彼はユーゴで遊んでいる訳でそうとも限らない

 

 「ああ、美しい良い顔です。やはり死出の旅路は誰にも看取られず、惨めに絶望して戴けなければ」

 つかつかと、司祭服の男がユーゴに近寄る。そして、己の時計を叩いた

 

 そうすれば、青年の顔が、体つきが変わっていく。前世の姿……染めた金髪の竜胆佑胡に

 

 「ねーねー、もう帰って良い?」

 エネルギー切れで機能を停止したLIO-HXが転送されていくと共に、桃色の機神を遠隔操作していたケイという少女が、足をぷらぷらさせながら言う

 「桃色おにーさんも消えたし、これからもうつまんなーいし?」

 それに対して頷く仮面

 

 「構いませんよ、勝利は揺るがない。此処から何があるというのです

 またどんなにか都合の良い奇跡でも起これば、話は別ですが……」

 せめて愛刀の切っ先を突き付ける。が、正直こんなもの脅しにもならないだろう。今のおれに何が出来る。アルヴィナの死霊術で死にかけの体を立たせてるだけの、死体一歩手前に

 

 「じゃーねー。ウチ、あんまり他人のヤってるところキョーミないっていうか、ウチがヤんなきゃつまんなくね?」

 そんな不穏な捨て台詞と共に、桃色の機神ユピテールごと、少女は転移して消える

 

 「……、あー、し……」

 その頃漸く、思考が自分の肉体が女性であった前世に戻された事にたどり着いたのだろう、ユーゴ……というか竜胆佑胡がぼんやりと言葉を紡ぐ

 

 「さて、我が終末よ。本来貴女様に捧げるもの、少しの無駄撃ちをお許し戴きたい。けれどやはり、少女とは散華するもの」

 そう告げる男の司祭服の下半身が歪んで見える。変態かあいつ

 

 今世は男だしそちらの姿が基本だから当然な豪奢なズボン姿を血に濡らして倒れたままの少女を軽く重力を上方向に向けることで浮かせ、仮面の男は愉快そうにその肌に触れた

 

 「時に、前世の貴女、経験のほどは?」

 変態かよこいつ!元から知ってたが!シュリドン引きしてるぞお前!

 いや、もう見飽きたから今更って大義名分付けて目を伏せてるレベルか

 

 不意に、体が軽くなる。もう尽きた筈の活力が湧いてくる。微かにだが、右手のガントレットに光が灯る

 

 ああ……そうか、と理解する。おれに手を貸すほどに、己の最期を、魂を燃やしてでも、あいつを救って欲しいと願う祈りがある

 

 都合の良い話だ。虫が良すぎる

 

 それでも!

 

 「さて、本来この身は我が終末に捧げる聖なるもの。それに、万が一今世に戻られたら大惨事

 手早く済ませると」

 「吠えろ、月花迅雷!」

 おれは、愛刀を手にズボンに手を掛けた男へと斬りかかっていた

 

 「……なん、で?」




作者のtwitterを追っていたような奇特な方はもうお気付きかもしれませんが……

次回、『葬甲霊依(ポゼッション)!Airget-lamh/Try-R』
なお、今後のユーゴ・シュヴァリエ君はゼノ厄介ファンの竜胆佑胡としての面が強くなります。

ところで、何でユーゴ君ですらヒロイン説を唱える方が多いんですかね……ラスボスの癖にとにかくデレまくりのシュリちゃんでもないですよ?


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異伝 総てを擲つ覚醒、或いはポゼッション

その姿はボロボロで。服も煤と埃と焦げ跡と破れだらけ。白地に赤を基調としていた筈なのに、赤黒い染みで見る影もない

 

 だというのに。勝手に死んでいって、皆が離れる原因になったのに。あーしの孤独を作ったくせにっ!

 死に体の肉体に鞭打って、汚い銀髪の青年の振るう刀が、己のズボンを突き破るほどに肥大化した見たくもないアレを雄々しく掲げるド変態の腕に刃筋を立てている

 

 通らない。あーしもそうだけど、割と自分でもワケわかんないっていうか、何で?ってなるくらいに護ってくれる転生特典の腕時計による精霊障壁に阻まれて、硬質な音を立てるだけだ

 

 無駄なのにって思う。それでも、焼け焦げた無い左目すら見開くような必死の形相で、彼はあーしの為に刃を振るう

 

 「何でさ……」

 あーし、敵だよ?我、何度も突っかかった。最初に目の前に現れた時は何だこいつってなったし、原作で知ってたとはいえやっぱり獅童に似てるって思ったら苛立って来たし、当人だって知ったらもうふざけてるのとしか思えなかった

 

 「見捨てたら楽じゃん!勝手に死んだあの日のように!

 助ける義理なんて、意味なんて……」

 「……ある!

 おれが、おれを止めないように!」

 ああ、変わってない。虐められっ子を庇って自分まで虐められに来て、それを笑ってた気持ち悪いあの時と、何も!

 

 「アンタが自己満足で命を擲って、誰が得すんの!」

 「投げ売りはしてないさ。賭けてはいても、捨てるかよ。この手はまだ、誰にもまともに届いちゃいないから」

 「ええ、そして誰にも届きはしないのですよ、【蛮勇無謀(ヴィーラ)】」

 振り下ろされる、鋼の鉄拳。崩れ落ちたアガートラームと違って動く唯一の機神がこの場を支配する絶対神の如く吠える

 

 「……私も居るが?」

 「そうだな、竪神」

 そう告げる青年に首根っこを掴まれ、鉄拳から少し離れた場所で蒼刃を構え直す灰銀の青年と、その横で元々我が使っていたエクスカリバーをリペアして構える左腕が機械な青年

 

 「正直な話、皇子の悪癖にも困ったものだが」

 「目の前のユーゴを、昔のおれに期待して絶望した相手にすら手が届かなきゃ、困るだろ?」

 困ったように微笑する機械騎士に、灰銀の皇子はにぃと笑う

 

 「おれ達は皆で世界を救い、シュリを救って償うんだから」

 「全く、共にと言ったのは此方だが、手間がかかるものだ!」

 「嫌か?」

 「無論、構わないとも!」

 

 ……どうしてだよ。何でそうなる

 太股に押し付けられるおぞましい熱を感じつつ、理解できないものを見る

 勝てないって分かってて、何でそうも死にかけで啖呵を切れる?しかもなんで、他人がそれに付き合う?

 

 「強者じゃないあーしに、誰も着いてこないのに」

 「馬鹿ユーゴが。おれが立ってられるのは、死してなおおれに君を救ってくれと叫んだ人の願い故だ」

 右手のガントレットを輝かせ、灰銀の皇子は叫ぶ

 

 「ユー、リ」

 「欲しいものは、目をしっかり向ければ元からあった。イキり倒して、権力に人を集めて……」

 ほんの少し、警戒を解かない程度に視線をずらして周囲を見回すゼノ。その目が、痛々しいものとして、我に従ってた教王派だった残骸を見つめる

 「そんな表面で愛されてもさ。本当に欲しかったものから目を曇らせるだけだったってのに」

 

 「……なにが、分かる……っての」

 それは、自分でも分かるほどに負け惜しみで

 「竪神、行けるか」

 「行けないと本音を吐ける余裕はない、というところだろう。やるぞ」

 そんなあーしを置いて、二人は一歩、胸ぐらを掴まれたあーしへと踏み込む

 

 「……何処から、間違えてた」

 「最初からですよ、散華の教王」

 「最初からだ、ユーゴ」

 ぽつりと溢した疑問に、二人の声が被る

 

 「だからこそ、貴女は散華の結末を迎える。ええ、女になって死ねて良かったでは無いですか。結局、欲望まみれの男が怖いと尻込みしたまま事故死してしまい、悦びすら知らずに潰えていた命です」

 過去を読んだように、仮面の男は文字通り笑顔を貼り付けて嗤う

 

 「……でも、だ。間違っていても、そこから変わろうとした」

 静かに、蒼き雷刃を携えた青年は歩み続ける

 「おれだってさ、間違いなんて幾らでも犯してきた。いや、今だって本当にこれで良いのかって迷い続けてる」

 「私だって、己の人生に間違いがないなんて、口が裂けても言えるものか

 その間違いを越えていけるならば、私から言うことはない。後は明日がそれが正しかったか示すだろう」

 赤に戻った血色の隻瞳が、静かな双瞳が見詰めてくる

 

 「だから、(うたが)い続ける」

 「……いい加減五月蝿いのですよ、だらだらと終わらせるべき物語を引き伸ばす行為は嫌われますよ?」

 「引き伸ばしたのはそちらだろう?」

 「三流の終わりなど、未完成と同じこと。同列は止めていただきたい」

 二振の蒼刃に光が灯る。暁の空に舞い散る花弁のような桜光が、あーしが機械任せのぶっぱでしか使えなかった変なシステムによる冷気が反転したかのような熱光が、暗くなる視界を眩しく灼く

 

 でも

 

 「……『アーク・グラビトン・グランギニョル』」

 今一度展開される重力圏。無効化してくれる聖女も、食って掛かってくるくらいに変わったあの早坂も、此処には居ない

 この場の支配者は依然、胸ぐらを掴み……さりげに胸を弄ぶこのド変態畜生。正確には、そいつの持つチート

 

 勝てないと分かる

 ユーリ、ごめん。最後まで信じてくれたのに。何も出来てない。仇すら討ててない

 

 何処で間違えた?何処かで、変えられる手はあった?

 「……違うぞ、ユーゴ。お前は間違っていた。でもな、開いた目を閉ざさせようとされた。後悔すべきは、止めるべきだったのはおれ達だ」

 重苦しい世界に膝を付き、それでも灰銀の皇子は愛刀と共に吠える

 「もう良い、殺せよ!」

 それで終わるならって叫ぶ

 

 「そんなの、一番の卑怯ものの独り勝ちだ

 漸く分かった。ユーリが死してなおおれに手を貸した。そもそも下門の想いがこの背を押してくれている。それと同じだ

 

 想いを遺して死んだとしても、その魂を媒介にアガートラームは消えない。だからお前、竜胆を絶望させたがったんだろう?強い心残りを作らせるために」

 にぃ、と。至近距離の男は……表情は見えないけど、笑った気がした

 

 「……だとした、ら?」

 「『エクス・S(シルフィード)・カリバァァァッ!』」

 「『電磁!刀!奉っ!』

 ちょっとスケールの大きいだけのガキ同士の喧嘩を、悪い大人が食い物にしようと来るんじゃ、ないっ!」

 あれだけの事を、因縁を、ガキ同士の喧嘩ってばっさりすっきり切り捨てて。あーしをもう十分とばかりに殺しに来る拳を、刀身そのものが溶けてエネルギーの嵐となった一撃が、それを貫いて走る打ち出された刀が、ほんの少し食い止める

 

 ……悔しい。もう、死ぬならそれで良いけれど。ああ、力が、この手に残っていたら……

 

 『あるよー?』 

 その声は、聞こえる筈がなかった

 ステラ?と、声にならない声をあげる

 

 『あー、ユーゴさまにしか聞こえないよー?ステラはステラ。おーじさまには分からない事から、すこーしだけ柩の中に残った魂の欠片』

 な、なんでそんな……

 

 『だってー。ユーゴさまってステラとおんなじ

 せめてうわべだけで良いから、愛されたかった。寂しがりやの独りぼっち。特に求めてなくても愛されちゃうおーじさまには、とーてー分かんない。だから眩しすぎて、大好きだけど……

 ステラは、ユーゴさまを独りにしたくなかったんだー』

 ……良く聞けば、声は腕時計から漏れている

 

 『柩は空っぽじゃないよー?

 大事なものを沢山喪って。悲しみで柩が一杯になって。自分から、一緒に持って行けない何かを葬って。それでも、先に進むなら』

 あまりにも、時計が熱い

 

 『銀腕はまだ……おーじさま達の勝ちを認めて沈黙を選んだだけで、終わっちゃいないよ?』

 虚ろな目で、転生時に与えられた最強の力を見る

 

 でも、あれだけ勇気を振り絞れるようになったあの早坂が、使わないって叫ぶほどに、本当は使っちゃ駄目なもので。あれは、イキりやすいように与えられた撒き餌

 

 『うんうん、だから……再起するなら、反逆の時だよ、ユーゴさま。ユーゴさまは、何者として、何がしたい?

 孤独の中で、死にたいのかなー?』

 ちが、う

 

 からからの喉で、息を吐く

 

 我は、僕は……あーしは、竜胆佑胡。ユーゴ・シュヴァリエの人生を乗っ取って、ユーリ達を護れなくて。とうとうあの獅童に間違ってたと突き付けられて

 

 「それでもっ!」

 『喪失(Regret)

 『再起(Re:BIRTH)

 『叛攻(Rebellion)

 突如響く音声。それは聞きなれたアガートラームの起動音に酷似した声音で、けれども聞き覚えなんて無い。というか、何時になく、感情が籠った感じ

 

 『vendetta drive overlay!』

 「っ!これは!?

 何ですか、この下らぬ余興は。興醒めです。有り得ない。ゲーム上、ポゼッションに辿り着いたのすら精霊王のみ

 理論上、もしかしたらアガートラームでも可能だったかもしれない程度の、夢幻(ゆめまぼろし)。幾ら【笑顔(ハスィヤ)】相手とはいえ、無理に有り得ない事を嘯いて笑いなど誘わずとも」

 その声が途切れる。胸ぐらを掴む腕が、転移の重力球に半ばから食われて消失しては、勝利を確信して増長していたあの変態には続きなんて口に出来ない

 

 『全てを纏いて進むは……墓標の先の逆襲譚(ヴェンデッタ)。吠える未来への英雄譚(ガイアール)

 与えよう、その名は……

 

 葬甲霊依(ポゼッション)

 AGX-ANC14B'(ブレイク) Airget-(アガート)lamh/Try-R(ライアール)!』




なお、英雄譚はガイアールと普通読みません。勝利という意味ですが、まあ精霊真王氏が割と格好付けなのでお許しください。

ということで、Airget-lamh Regret ReBIRTH Rebellion、略してAirget-lamh/Try-R覚醒です。味方より先にお前が覚醒すんのか!?感はありますが、もうユーゴ君は敵じゃない面倒な奴なので……


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銀腕の翼、或いはアガートライアール

「アガート、ライアール……」

 聞こえたその言葉を、ただ呟く。桜理から聞いてるが、確か最終的に精霊真王ユートピアの乗機の型式番号はAGX-15MtS アルトアイネス・シュテアネ'(ブレイク)。14B'というのは、恐らくそれを意識した型式だろう。それに、聞き覚えがあるというか……LI-OH絡みで聞こえる声音と同じだからな、さっきの声はきっと精霊真王が叫んでたのだろう

 

 いやそんな干渉できるなら助けてくれないか!?ジェネシックだガイアールだ凝った名前付けてるよりも先にさ!?

 

 おれの眼前で、完全に沈黙していた筈の銀腕の巨神の残骸、特に左腕がほんの少しの煌めきを持ったかと思えば……宙へと浮かび上がる。そちらにあるのは縮退炉ではなく、魂の柩。アステールが力を貸してる……のだろうか。それとも、死してなお残るユーリの想いが突き動かしているのだろうか。どちらにしても、有り得ないと思われていた再起動

 

 切り落とされた両腕が、砕けた骨組みだけの翼の根元に、背から延長されるように合体。その五指を拡げ更には結晶で延長して……まるで太陽の意匠を取り込んだかのような異形ながらも何処か神聖さを感じさせる翼となる。見ようによっては背中から大きな腕が生えてるようだ

 更に、折れた左ブレードアンテナが折れていない右側へと溶接されたかと思えば、折れていた左側は結晶の角で補完され、ヒロイックさを遺しつつも精悍さより鬼のような力強さを大きく意識させる形状へと変化。ひび割れたマスク部分はそのまま砕け、割れた部分から、そして機体の後頭部から……燃え上がるような白光と共にたなびく細かな結晶、鬣が現出する

 落ちた肩から先には、すらりとした装甲を纏ったかのような結晶の腕が生え、腕組みを行う。まるで、あの時レヴが暴走して姿を見せた覇灰の皇を何処か思わせる出で立ち

 

 エンジンを搭載して異形というくらいに腕が大きかったアガートラームに比べ、背中のアームウィングさえ無視すれば余程一般的な人型と言えるパーツバランスとなった、銀翼腕の機神が、両の瞳が照らす緑と蒼の残光を残して駆動する!

 

 「何と!何と都合の良い話で」

 「あーし、は」

 「全く、困ったもので……」

 やれやれといったように肩を竦め、仮面の男は己の時計を操作すれば、その姿が掻き消える。恐らくはコクピットに逃げ込んだという所だろう

 

 それを見下ろす銀のカミは、わずかに駆動音を響かせた

 初めて、機神オーディーンが腕を交差する。まるで胴を庇うかのように防御姿勢を取り、城壁のごとき障壁を前方に張り巡らせ……

 

 銀光一閃。瞬きすらする暇もなく、その体は、左足の足首から先だけを残して障壁ごと蒸発した

 「ブリューナク・アガートラーム」

 肩口から前方へ槍のように突き出された腕翼。其処から放たれた白きブリューナクが、総てを貫いていた

 

 ぐらり、揺れたオーディーンの残骸がバランスを崩して横転する

 「……終わっ、た?たった一撃で……?」

 同系列だろう機体と暫くやりあっててくれた頼勇が、ぽつりと呟く

 おれも同意見だ。こんなあっさり……

 

 「……逃げんなっての、バーカ」

 右翼が軽く握られたかと思えば、軽く重力球が現れ、何かを破砕するめきゃっという音が響き渡る。そして、おれの眼前にぽとりと肉塊が落とされた

 それは、司祭服……の成れの果てにくるまれた骨も内蔵も何もかも一緒くたにしたミンチの塊。それが暫くすれば妙に蠢いて、気味の悪い逆再生でもしたかのように元の人型を取り戻す

 

 「けはっ」

 「逃げんなってグリームニル」

 左右で違う煌めきを持った双貌が静かに見下ろす中、流石にとおれは前に出る

 もう重力は感じない。発生させていたその機体は消し飛んだ

 

 「ユーゴ」

 「もう居ないっての。あーしは」

 ……あれ?どっちで呼んでもあまり気にしてなかったから、前世に向けて言いたかったこととで使い分けてたんだが……と思うが、まあ良いか

 

 「竜胆」

 ふらつく仮面……いや、それが割れていけすかないが整った顔立ちを覗かせる男を庇うように愛刀を鞘から微かに抜く

 もう、こいつの機体は消し飛んだ。ユーゴみたいに何らかの切っ掛けで復活してくる可能性は無くはない、が、流石に今すぐじゃないだろう。無力化したし、殺すまでは……と、言おうとして

 男はおれを肯定するように頷いて、薄く笑っていた

 

 「おれが言えた義理じゃない。だが覚えておけ、お前も、誰かにとってはこの【笑顔(ハスィヤ)】と同レベルの事をしたんだ」

 「……だからあーしの手から、零れていった。無くしちゃいけないものも、全部」

 「そうか、なら良い」

 その言葉を聞いておれは刀を納め、踵を返す

 

 「……は?」

 ふらふらと立ち上がろうとする司祭が、整いすぎた顔を歪めた

 「誰にも手を伸ばす阿呆が、仲間だけは見捨てるとでも?」

 「お前、余裕あるだろ?あそこで笑えるのはそういうことだ

 それに、お前に手を伸ばしても、その手で誰かの首を絞めさせようと誘導されるだけだ。なら、自分の身くらい、自分で守ってくれ」

 アガートラームを阻まないように、そのまま背を向けて男から離れる

 

 「っ!この愚劣が……」

 忌々しそうに男が時計に触れる

 すると、突如として空に重力球が……っ!?8つ!?

 

 「オーディーン!」

 そうして、そこから現れるのは、8機の機神

 「ええ、残念ながら此方の機体は量産機。大元たるワンオフのアガートラームに比べては弱いでしょう。しかし、だからこそ……こうして低コストで多数運用できる訳です」

 空から、雷槍を構えて八機が降りてくる

 「果たして数の前には……」

 

 無造作に、銀腕の機神は己の腕翼を頭上で組み、左右に振り抜いた

 それだけで、腕から伸びた全長10kmを越える馬鹿みたいな長さの結晶剣に両断され、擂り潰され、降りてきていた八機は粉砕された

 「は?」

 

 ぽかーんと口を空けるグリームニル。いや、おれとしても流石の戦力差に目を疑うしかない

 

 「ど、どうい……いえ良いでしょう」

 更に、空に展開された重力球からどんどんと次の機体が降ってくる。まだ在庫あるのかよとか、理不尽度は正直お前のその機体も大概だとか言いたいことは沢山あるが……

 

 「……走れ、銀翼」

 その総てが、銀翼の一振で両断される

 が、その隙に、空を見上げられている間に地上に召喚した機体に逃げ込んで、そそくさとグリームニルは転移を済ませていた

 

 こういうときの逃げ足早いな!?

 「……だから、逃げんなっての」

 が、吐き捨てるような声と共に、銀翼の機神は左の腕翼を輝かせる

 「……は?」

 「時を遡れば、逃がさない」

 忽然と、いや呆然と。ついさっき逃げ出した筈の機体の姿が、銀翼のカミの前に引きずり出される

 っ!時を戻したのか!元のアガートラームは自分の時以外操ってこなかったが、これがポゼッションの力の一端か

 

 「せめて、仇くらい討たせろよ」

 その言葉と共に、腕を組んだままの機神は腕翼の先の爪を装甲に引っ掛けオーディーンの装甲を剥がし、中の男を大気に晒す

 

 「っ、こ、こんな……」

 「ユーリは終わらされた。てめぇも、同じ終わりを味わえ」

 「……な、あぎゃが!?」

 乱舞する白光。細切れにされて蒸発し、機体ごと男は光の中に消滅する

 

 同時、次々と量産型だからとオーディーンを呼び出していた重力球も、現れてきていたオーディーンも総てが、元から無かったかのように存在を薄れさせ、虚空に消えていった



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決着、或いは暁の別れ

空には最早、何も飛ぶものは無い。雲は千切れ飛び、機械神の残骸は塵すら残らず消滅し、夜明けを告げる暁の光は瓦礫すらほぼ残らない大地を横から照らす

 

 そんな光を反射して、一度も腕組みを解かずに翼の機能だけで荒れ狂っていたアガートライアールが大地に降り立ち、片膝を折る

 背中の腕翼だが、だらりと下げられると何だか銀のマントにも見えるな、なんて事を思うが……

 

 「大丈夫なのか、皇子」

 「やる気なら、こうして待機させないだろ?」

 初めて腕組みを解くのが待機状態移行ってどうなんだと思わなくもないが、そのまま見守る

 

 「ユーリ、仇は……いや、あーしの気持ちは晴れたよ」

 そう告げて、胸部の装甲が開く。ひらりと飛び降りてくるのは、ボロボロのズボンの少女。体型が青年のものから変わってしまい、全体的にはサイズとして余裕があるものの、胸と腰だけはピチピチなのが悪い意味で印象的だ

 

 「……まあ、無いよりはマシだろ、竜胆?」

 そんな彼女に、おれは己の外套を投げる。まあこいつも焦げだらけで微妙っちゃ微妙なんだが、チラチラと男物の下着しか付けてない(まあ前世の女性としての体に戻ることを想定してなかったろうし、ブラしてたら変態だ)から特に上半身から色々見えるのに比べたらマシだろう

 

 「私の軍服の方がまだ形はあるが」

 「は?女の子に自分の匂い付けようとか止めてキモい」

 何だろう、変に罵倒されてるが懐かしい気分になる。そういや竜胆佑胡ってこんなんだった

 「寧ろ、おれは良いのか?」

 「は?クールな男が突然汗つきの服を渡してきたら発情し出しててキモいけど、最初っからずっとキモいじゃんアンタ。逆に今更だっての」

 言いつつさっと血に濡れた外套を羽織るが、何というか……サイズ合ってないな、当然か。ついでにボロボロのズボンはそのままだ

 「……そうだったな」

 ああ、懐かしい……。女みたいでキモいとか桜理に言って虐めてた(当時のおれはそれを止めに入って標的にされてたっけ)のを思い出す。特におれについては何時も最初からキモいからって昼飯は取ってくわ一本しかないペン勝手に借りてくわで困ったことも多々あった。いや、取り巻きからで良いだろと言うけど、キモくなるからやだの一点張り

 

 「ならば」

 なんておれが思い出に浸っていれば、全く、と言うように額を右手で抑えて、頼勇が左腕の白石を輝かせる。そうすれば、転移の光と共にぽん、と白いタオルが落ちてきた

 「汗を拭く為の新品だ。身に付けてなければ問題ないのだろう」

 「うわ、キモい性能してんな……ま、良いけど」

 と、もう完全に前世の少女外見になったユーゴ改め竜胆佑胡はそのタオルを腰にくるりと巻いて先を結んだ

 これでまあ、あまり露出は無くなったって感じだな

 

 すたっと砕けた大地にボロボロのローファーに近い靴で立ちながら、少女は毒気の抜けた顔で此方を見てくる

 「気は済んだか、竜胆」

 「んまぁ、ちょっとは晴れたかな?

 ま、あーし自身、チョーシ乗りすぎてたってのもあるし、言いたいことはそれはもう一生かけても終わんないけど、さ」

 んっ、と両手を上にして伸びをしながら、自然体に告げてくる姿には、もうユーゴとして対峙してきた時の悪意は感じない

 

 「恨みはないか?」

 「だから、そんなんもう晴れないっての。で、それを言ったらあーし自身が変えられた話だーってカウンター食らう訳っしょ?」

 ぶんぶんと手を振って御免だと主張までする。うん、胸の服、ズレるから止めた方がいいぞ?

 なんて、お気楽な事まで考えられてしまうほどに、貼りつめた空気は暁の光の中に消え去っていた

 

 「だな。おれ自身、言えるなら言いたいことは山程ある

 おれ自身が当時は望んでた事もあるし、そんなもの今更過ぎる」

 「……一つ良いか、皇子

 解決したかのような空気感だが、本当に信じて良いのか?」

 と、横から頼勇

 

 「知らん。おれと竜胆の中ではとりあえず決着を付けた、おれは元々別に嫌ってた訳じゃないから変わろうって思ったと信じたら許す

 が、他人が何を思おうと、許さないって言おうと、信じれるかって反発しようと……それはそれで正しい」

 肩を竦めて、続ける

 「寧ろさ、グリームニルの野郎を信じすぎたからこうなったってのもあるんだ、怪しいと思ったら批判してくれ」

 「ウッソ、同郷のあーしを庇ってくんないわけ?」

 「お前を庇ったら、お前等に虐められて苦しんでた早坂桜理にどう顔向けしろっていうんだ?」

 はあ、と溜め息を吐くおれ

 

 「あー、やっぱ、向き合わなきゃ?」

 「おれの死後に解決してたってなら良いが、桜理の態度的に最後まで虐めてたんだろ?当たり前だ」

 バツが悪そうに頬を掻く少女に向けて隻眼で凄む。ってか、随分と棘が抜けたなこいつ?

 

 更に言えば、当たり前だがこの先の話において……桜理相手にどうするか悩むってことは着いて来る気か?

 「あーもう、もう女の子なんだし良いじゃんか。あーし、正直女の子の方が好きだし……」

 「本人そう思えないだろうが。それが通るなら、女みたいってあれも虐めになら無い。反省してろ竜胆が」

 「うっさいなぁ、わーってるから言ってんの!」

 言葉で噛み付いてくるが、随分と穏やかな空気が流れる

 

 うん、頼勇、目茶苦茶居心地悪そうだが、前世の話で置いてきぼりにして悪い

 

 「……それで?結局君は誰なんだ?」

 「言ってんじゃん。あーしは竜胆佑胡だって」 

 「ユーコ・リンドウ。しかし」

 「あーしは結局さ、アンタみたいにどっちかわからんってくらいに一つになったんじゃなく、ユーゴって男の人生を乗っ取った唯のあーしでしか無かった。じゃ、そう名乗るのが筋じゃん?」

 けらけらと笑うその顔には、明るさはない。案外反省の色が見えるというか、考えてるなこいつ

 

 「が、それはユーゴとして起こしてきた事への批判から逃げることではないか?全員が全員、そうと知るわけではない。怒りを、悲しみを……行き場を消して逃げ出す算段ではないのか?」

 「ったく、お堅すぎない?

 あーし自身が分かってて、特に危険な奴等はあーしが何者かなんて知りきってる。だから、辛いのはおんなじ」

 「私自身、故郷を離れて逃げていると言えなくもない。あまり深く追求したかった訳ではないが」 

 なんて折れる頼勇に、うわぁと引いた顔が返される

 

 「マジ?そこで反省する?キッモ……アンタと同じじゃん」

 「おれの上位互換だよ」

 「完璧すぎて距離取りたくなる分下位互換だっての、バーカ。分かれ?」

 「どちらの評もあまり合っていないと思うが……」

 と、そう話しているおれの袖が引かれる

 

 今残っている者といえば……ってかこの力は強いのに怯えて控え目な引き方は

 「ああ、シュリか」

 すっと、コンタクト入れてない素では黒い少女の目が疑うように細くなった

 

 「くっさ」

 「臭いか?」

 「儂、毒臭いと良く言われるがの?」

 いや普通に認めるのかシュリ

 

 「儂は……」

 「アージュ=ドゥーハ=アーカヌム」

 ひゅっと、刃の無い剣を振る音がする。頼勇だ。明らかに警戒する顔の青年に、少しの怯えを見せながらも銀龍は寂しげに笑った。まるで、討たれに来たように

 「如何にも。儂はそれじゃよ。識別するならば、【愛恋(シュリンガーラ)】」

 「何を、しに来た」

 「……ってか、お前」

 突如として、膝を付いた銀腕のカミの両目に光が灯る

 

 「此処で死ね。黒幕が」

 「……何故かの?」

 分かってるかのように、銀龍は問いかける

 「てめぇが、あいつを呼び込んだ。本当の敵は」

 ……許してやってくれないか竜胆!?シュリ自身涙目になりながら自分の部下の凶行止めようとしてたぞ?止まらなかっただけで

 

 いやでも、実際シュリのせいなのは一部確かだしなぁ……。あいつに力を与えて【笑顔(ハスィヤ)】にしたから起きた事なのは間違いないし、心毒も与えてるしで、悪気は無くて止めたがってても原因色々作ってるというか

 

 が、だ。おれは輝く瞳を湛えた銀腕翼の前に愛刀を構える

 「竜胆」

 「どけよ」

 「……儂は災厄を呼ぶ。此処は、あやつが正しかろ?」

 静かな責めるような声が前後から聞こえる。が、譲る気はない

 

 「今回、シュリはそう悪くない。素手で一発、それが限界だ。それ以上というなら、相手になる」

 が、正直な話勝ち目など無いに決まってる。アガートライアール、アガートラーム相手にギリギリ勝てたおれ達が、おれ一人で勝てるものか。だが、それでも凄む

 

 「ああ、そう。……こんな奴だっての。何浮かれてんだバーカ」

 腕翼に輝きを宿したまま、それを振り下ろさずにコクピットへ転移した竜胆は溢す

 「お前さん。儂は邪悪な龍、庇う必要などなかろ?」

 「そうだな、皇子。止める意味はあるのか?」

 「ある。止めたかった、変わろうとした。それを潰されたから、君はそんな悲しみを纏って変わったんだろう?

 シュリを此処で殺して心を晴らしても、連鎖が続くだけだ」

 その言葉を受けたのか、右腕翼が微かに蠢いた。時がほんの少し戻り、空に何かが巻き戻っていく

 

 それは、一人の少女。メイドのユーリだ。ふわっと落ちてきたそれを、構えを解いて受け止める

 ……外傷はない。だが、息もない。冷たくはない、熱を持っている。生きた人間そのままの肉体で、生きてはいない

 

 「時を戻しても、ユーリは帰ってこない。魂が無くなった人間は生き返らせても生きられない。それとおんなじ

 あーし等は最初から、関係なんて壊れてた。覆水盆に還らずだよ、バーカ」

 それだけを告げると、銀腕の機械神は空を見上げた

 

 変化が解ける。翼となっていた両腕が落ち、結晶で産み出されていた偽りの両腕が砕けた所に再接続。元のボロボロのアガートラームへとその姿が巻き戻ってゆく

 

 「待ってるからな、竜胆。盆に還らずとも、新しい器なら関係ない。何時か」

 「はっ!アンタがあーしの横で?

 解釈違いだっての、バーカ」

 それだけを告げると、銀腕は天空へと飛び去っていった




なお、此処でシュリを庇わずにいた場合はシュリの好感度が0だけ下がってしょんぼりしますが、ユーゴは飛び去っていきません。二者択一な訳ですね。


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終幕、或いはエルフの帰還

「……終わった、か」

 「ああ、この場は、な……」

 二人して息を吐き、武器を納めると肩を組んで崩れそうな体を支えて地面に膝を立てて座り込む

 

 「……お前さん。お前さんは……いや、何も言うまいよ」

 何処か泣きそうな顔のままのシュリ。が、不意に折れた角を振って何かを払う動作をしたかと思えば、翼を閉じたままおれから離れ出す

 

 「そんなことをしても、儂は変われんよ。では、の。気を付けて生きるんじゃよ?

 儂等も、暫くはまともに動けんからの」

 うん、素の人懐っこさが漏れてるぞシュリ

 そのまま少女の姿は霞のように掻き消える

 

 「珍しく振られたな、皇子」

 「珍しくって何だ」

 「皇子が妙な決意で無茶を通した時は大体、誰か殊勝になって着いてくるものだったろう?」

 「そうか?」

 「だろう?今駆け寄ってくるエルフの媛や、あの魔……いやただのアルヴィナもそうだ」

 言われて遠くを見れば、離れた所から銀髪の少女が此方へと包帯を持って駆けてきていた。その背後には小走りの聖女を追うエルフの姿もあって……

 

 何だか、終わったという気がして、おれは暁の空を眺めるように抱えたままの亡骸を横に転がすと仰向けに寝転んだ

 

 「あ、皇子さま!大丈夫ですか!?」

 「死ぬような男に見えるかしら?アナタこそ、焦って転んだりしたら大事よ、しっかりなさい?

 ただでさえ、重いものをぶら下げているのだもの」

 何だろう、ノア姫にしては辛辣な言葉を聴きながら、おれはただ雲すら切り飛ばされた快晴の空を見上げる。まだ暗さを残してはいるが、東西から登る二つの太陽に照らされ、すぐに消えていくだろう

 見れない可能性は高かったそれを眺めて安堵の息を吐き、右手を伸ばして朝日に煌めくガントレットを眺める

 

 「お疲れ様、おれに手を貸してくれて有り難うな、皆」

 告げれば、ガントレット状になっていたパーツは分割され、鞘へと装着され直した。同時、おれを突き動かしていた力が消えてグッと体が重くなる

 

 「えへへ、平気ですか皇子さま?」

 そんなおれの手を取って微笑むのは、海のような深い青の瞳の少女であった

 

 「……ってアナ!?それにノア姫!?」

 つい少し前に転移した筈の二人の姿に、今更目をしばたかせるおれ

 

 「えへへ、ノア先生の魔法で色々と皇子さまの為のものを持って帰ってきちゃいました」

 そうとても嬉しそうに微笑まれても、おれには納得がいかない

 

 「いや、ノア姫って」

 「あら、聞こえていなかったかしら?ワタシだって変わるわよ。居るべき場所と帰るべき場所になら、転移できるわ」

 「此処、居るべき場所なのか……」

 思わず突っ込む。さっき姿を見せてくれた時から薄々勘付いてはいたが、ノア姫の転移先に此処が選べてるな?

 「違うわよ、唐変木。ええ、ワタシはアナタ達……特にアナタと共に世界を護る事を決めたエルフ。それに女神の似姿たる誇りの有り様として、恥ずべき所は無いわ

 だから、逆に言えばワタシはアナタの隣に居なければならないの。そう思ったら、飛べるようになっていたわ。どんな用事を用意してもその用事のある地点に飛べるようになったりしないのは覚えておいてくれる?」

 ……あれ?おれの場所に飛べるってかなり凄くないかそれ?いや、特定の地点としておれの近くを水鏡で指定できるアナとかも大概意味分からないんだが、それと同じレベルというか……

 おれが居れば知らない場所に行けるって、転移魔法の原則を無視してないかノア姫!?イカれた性能してる父さんですら今どうなってるかイメージ出来ない場所と行ったこと無い場所には飛べないぞ

 

 まあ、良いや。考えてもおれに魔法とか使えないしな

 

 更に、見ればアルヴィナもひょこりと顔を見せているし、皆戻ってきてるんだな、と理解する

 そんなおれの視界の端で、壊れた建物の瓦礫が浮き上がると、砂塵と化していたものを巻き上げて逆再生。元の建物に巻き戻って行く。恐らくはというか、絶対に竜胆だろう。飛び去った割にさらっと戻ってきてるのが笑えてしまうが、出てくるのは流石にバツが悪いって感じなんだろうな

 

 それに……

 「奇跡だ……」

 「聖女さまの、いや我らの救世主の奇跡か……」

 と、遠くから声が聞こえた。猛威を振るい過ぎたAGX達から逃げるように避難していた住民達が戻ってきていて、その場面をちょうど目撃している

 ああ、これを狙って……いや待てよ竜胆!?お前自分で出てきて謝れよな!?

 

 まあ、理解は出来る。自分がまた色々喪って多少反省はしたろうが、それはそれとして被害者の前で自分が悪かったですって言うのは怖いよな?

 個人的にはいや真摯に向き合えよと諭したいとはいえ傷心なのは竜胆も同じ。今回は大目に見よう

 

 が、次やったらキレて引っ張り出し、頭下げさせるぞ竜胆。

 

 なんて、少女に支えられて立とうとして

 「寝てて良いわよ。後始末くらい、任せて貰えるかしら?」

 「えへへ、わたしはそこまでお役に立ててませんでしたけど、戦う以外の事ならもっと頑張れます!」

 頼もしい言葉に頷いてそのまま頭を下ろす。そうすれば、柔らかなものが下に敷かれていた

 

 いや、ノア姫の膝だな、これ

 そう思って見上げれば、くすりと優雅に笑うメイド服エルフの顔。紅玉の瞳には揺らぎがない

 ……って待て

 

 「メイド服?」

 「ええ、皆が準備する間に着替えてきたわ」

 「いや、何で?」

 見れば確かに昔アナが着てた奴と同じ仕立てのメイド服なんだが……

 困惑するおれの頭を撫でながら、ホワイトプリムのメイドエルフは微笑んだ

 「あら、分からない?此処は聖教国。七大天を崇める人間の国。エルフを特別視する場

 そこで、崇めるエルフがこの服でアナタに膝枕していたらどう思う?」

 「嫉妬で殺しに来られる」

 「馬鹿ね。それは、何故?羨むからでしょう?

 忌み子として認めないのではなく、認めたからこそ嫉妬するの。つまり、アナタの存在を認めさせるのに手っ取り早いということよ」

 ……うん、分からん!ノア姫がわざわざ仕える者の服を着てきたってことで多少箔が付くって感じか?

 

 が、まあアナがちらちら此方を見ながら人々に何かを話しているのは邪魔したくない。ついでに横にエッケハルトが立ってるが、所在なさげというか憮然というか……持ち上げられるのを困ってそうだ。まあ、今回は許してくれ

 

 そんなことを思いながら、エルフの媛に頭を撫でられ、少しだけおれは目を閉じた

 「……ええ、お休みなさい。目が覚めた時のために、食事を用意しておくわ」

 「おー、ステラも手伝おうねぇ……」



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後始末、或いはいけしゃあしゃあとした困り顔

「あら、お早う、目が覚めた?」

 ことことという蓋が煮立った湯に押し上げられて鍋と当たる音に、おれは眼を擦った

 「皇子、起きた」

 更に聞こえるのはアルヴィナの声。少し上体を起こして周囲を確認すれば、それは時が巻き戻った大聖堂を臨む東屋のような屋根と椅子だけ付いた場所であった。そういえば、聖歌の時とか此処で水配る人が机出したりしてたっけ?

 

 外では沢山の人に囲まれてアナが何かわちゃわちゃと説得している。横でヴィルジニーとエッケハルト、それにアステールまでも立ってるし、任せて良いだろう

 

 「ええ、麦粥が少ししたら出来るから、食事は待ってくれる?」

 「というか、体が重い……」

 「当たり前よ、半死人は安静にしていなさい?今は命を懸けて立ち上がるべき時ではないもの」

 言われて、気が付くとおれの腕をペロペロと赤い舌で舐めてるアルヴィナを見る。うん、何やってんだ兄が怒るぞ?

 と言いたいが、まあ実際ここまでやった後はアナ任せの方が良いのは確かだ

 

 「腕輪の聖女様」

 「あ、えっと……もう腕輪はわたしの手から無くなっちゃったんですけど」

 と、困ったように笑う少女が魔法書を手にすれば、その背から淡い極光が漏れる

 

 「えっと、苦しい人とか、怪我しちゃった人とか残っていますか?

 この先のお話とかで忙しくなって、暫く皆さんの為にって動けませんから。そういう人は今のうちに言ってくださいね?」

 「うぉぉぉぉ!この胸の」

 あ、ヴィルジニーに睨まれてアナの手を取ろうとした大柄な男(なお当然だがエッケハルトではない)がすごすごと引き下がる

 

 「あの、おとーさんが、怪我しちゃって」

 「はい、他には居ませんか?今のわたしならきっと一気に治してあげられますから」

 

 なんて、持ち上げられまくっているからな、アナ。理解は出来るというか、聖教国の聖女だものな

 

 「きょっこーの聖女」

 「「「「銀腕の教王も、謎の悪意も祓った極光の聖女さまぁぁっ!万歳!」」」」

 アステールがぽつりと龍姫から与えられる筈の異名を告げれば、やんのやんの騒ぎが拡がる。うるさすぎる程だ

 

 「……あの、わたしは確かに頑張れることはしましたけど、わたし一人の力じゃないですよ?」

 「ええ、我等が救世主エッケハルト様!やはり枢機卿の語るものは正しかった!」

 「救世主!救世主!」

 「いや何でさ!?」

 あ、エッケハルトが愕然としてる。まあ、本人の自覚としてはそんなに自分がやったこと多くないって思ってるからだろうな

 

 いや、エッケハルト。お前とお前のジェネシック無しに勝てたかっていうと怪しいぞ?誰だって必要だったんだ

 

 「あ、あのそうじゃなくて、勿論エッケハルトさんだって頑張ってくれましたけど」

 「ええ、分かっていますよ聖女様にアステール様」

 わたわた慌てるアナを諭すように、悟った感出してる白い司祭服の男が告げた

 

 「魔神剣帝。邪悪な魔神の血を引きながらも、人類の為に戦う者。魔神と変わらぬ忌み子であっても」

 その言葉に感極まったように首肯する銀髪聖女。涙ぐんで目元を指先で拭ってすらいる

 「はい!」

 「恐ろしい忌み子すら、七天に帰依させるとは、流石は我らの聖女様!」

 うぉぉぉぉぉぉ!と更なる盛り上りが起こる。まあ、沈みまくっているよりは良いか?とは思うものの、どうしても笑ってしまうな、うん

 

 「あ、あの……何というかわたしが皇子さまにって感じで違うんですけど……

 少しは分かってくれたなら、理解されないよりは良いです」

 困った顔を振り払うように微笑んで、聖女は話を続ける

 

 それを眺めていれば……ひょいとアルヴィナが東屋備え付けの椅子の下に潜り込んだ

 

 ん?と思えば、足音と共に現れる人影があった

 

 ……全く、いけしゃあしゃあとはこの事だろう。姿を見せたのは、焼けた肌の咎エルフ、サルース・ミュルクヴィズ。又の名を、【笑顔(ハスィヤ)】マーグ・メレク・グリームニル

 ついさっき竜胆にあれだけされておいて、けろっと乗っ取った現世の肉体で姿を見せている

 面の皮が分厚い仮面か何かかこいつは。いや、だから仮面被ってるのか

 

 「げほっ、サルースさん」

 そんな怪訝そうな顔を誤魔化すように少し過剰なまでに咳き込んで顔を歪め、おれは澄まし顔を作り出す

 「……あら、何用かしらね、咎者」

 ノア姫も即興で対応してくれる。何というか、分かって来てくれたんだなと少しだけ申し訳なくなる

 「……良かったよ、君達の望むより良い終わりに、近付けたみたいで。まあ、此方は人々を抑えるのに手一杯だったし、暴れられたりしてしまったけど」

 いやお前のせいだろとは言わないで、おれは早々に頭を下げた。放っておけば、嫌みの一つでも漏らしてしまいそうで顔を隠す

 

 「それにしても、酷いな、ノア?」

 「ええ、エルフの纏め役だもの。咎エルフを個人的には何を思っていても、良しと言うわけにはいかないの

 だから、己のあるべき場所に戻ってくれないかしら?」

 そう告げれば、あっさりと焼けた肌のエルフは頷いた

 

 「うん、帰るとするよ。君達の役には……」

 「ノア姫が来てくれるまで、居ただけでも割と十分ですよ。エルフ種だから、皆相応に態度を改めましたし」

 まあ、それ以上に前世の姿で好き勝手されるのを少しでも止めようと頭が痛かった訳だが、これ自体は本当だ

 表面的に穏やかに話せば、さらっと彼は背を向けてくれた

 

 「じゃあ、先に帰ってるよ、ノア」

 「ええ、帰った後は、善意でもあまり外出はしないでくれないかしら?咎エルフなんて、エルフとしては恥も良いところだもの」

 「気を付けるよ、じゃあ、より良い結末を望んでいるよ」

 振り向きながら微笑んで、ひらひらと手を振って去っていく彼を、おれ達は微妙な顔で見送った

 

 「……意味、無かったのかしらね」

 その背を見送って、ぽつりとノア姫が呟く

 「アナタ達が命を懸けて、それでも当たり前のように生きている」

 「そりゃ、生きてるよ。竜胆も知ってるだろそんなの」

 だから、気持ちは晴れたと微妙な言い回しに変えた

 

 「三首六眼、その悉くを滅ぼさなければ復活する。それが堕落と享楽(アージュ・ドゥーハ)の亡毒(・アーカヌム)。その一部なら、殺しても生き返るさ」

 あっけらかんと言うおれの頭を無意識にか撫でるノア姫に、おれは心配ないと微笑んだ

 「おれがやらないように、シュリだって無駄な嘘はおれに向けて言わない

 だからさ、暫く動けないと告げて去っていったなら、あいつ実は内心困り果てて居るんだよ」

 言いつつ、左手を持ち上げようとすれば、アルヴィナがひょいと脇を支えてくれた

 

 「あいつの力は二つ。【笑顔(ハスィヤ)】としての眷属の力と、AGX-03オーディーン。でも、与えた神は別々で、そう仲良しでもない。七大天のように互いに認めあってなんていない

 つまりさ、全く無関係の力同士、特にリンクしていない。あいつ自身はシュリを困らせて生き返れようが、アガートライアールに完敗して大量に破壊されたオーディーンが復元される訳じゃない

 今のあいつは恐らく、AGXが量産できる上で、全機ぶっ壊されて途方に暮れているのさ。だから、ああしていけしゃあしゃあと現れて、それっぽく逃げ出した」

 「なら、捕まえたら?」

 「殺しても意味がないし自殺で逃げおおせられる。だから捕まえない

 でも、竜胆やおれ達のやったことは、無駄じゃない。あいつを足止めは出来た。何時か根本から覆してやる方法を見つける時間稼ぎは、今出来てるんだ。逃がしてやろうぜ?」



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未来展望、或いは終わった筈の話の続き

「そういえば、オーウェン達は?」

 麦粥というか、実情はほぼスープパスタを掬って口に運びながら、不意におれは問い掛けた。グラタン等に入ってそうなくるっとした木の葉型のパスタが牛骨から取ったろうスープと千切られた肉、そしてアクセントに散らされたハーブと合わさって濃厚な味を醸し出している

 うーん、粥かこれ?とは思うがおれ自身弱ってる病人というよりは栄養が欲しい怪我人なのでこうした濃いものは割と嬉しい

 

 「あの子達なら残ったわよ。『後はワンちゃんの縁さ』とか『僕が居たら文句言っちゃうから』って理由でね」

 ……妙な信頼されてんなぁ、おれと苦笑しながら、もう一匙と掬って……

 

 口へと運ぶ寸前、横からあむっとアルヴィナに食べられた

 

 「……止めなさい」

 「……ボクを心配させ怒らせた埋め合わせ」

 「後にしなさい、怪我人に余計な事をさせないの」

 半眼で嗜めながら、ノア姫は小鍋に残してあった麦粥を別口でよそってアルヴィナへと差し出した

 

 「皇子と食べるのが良いだけ」

 「……だからそれを後になさい、と」

 そんなやり取りは周囲からはほぼ無視されて、アナ達はといえば……

 「えっと、本当に聞きたいんですか?」

 えへへ、と少し照れた顔。終わったことを実感したくて、聖歌を歌って欲しいといったリクエストを受けて頬を赤らめてサイドテールを指先でくるくると回す

 「おー、任せてねぇ……」

 と、アステールが指を鳴らして、理由は分からないが一本になってしまった尻尾をメトロノームのように降り始める。そうすれば、魔法書が輝き、勝手に大聖堂内に備え付けられている巨大な楽器……パイプオルガンみたいなアレが鳴り始めた音が開けた扉の中から聞こえてきた

 

 って待て、このイントロって

 「え?あ、この曲ですかアステールちゃん?

 が、頑張りますけど……『お、お、オーオーオーウォー……』」

 うん、こんな歌い出しの時点で分かりそうだが、これ聖歌じゃない。いや始水の冗談か龍姫のそれってアニソンなんだけど、その意匠を組んだオリジナル曲……子供向けの劇の舞台で合唱されているあの曲。そう、タイトルは確か『剣帝覚醒!』である

 つまり、あの魔神剣帝シリーズの劇のOP、ガッチガチの熱血スーパーロボット曲風味なのだ

 

 ……いや良くイントロだけで分かって歌えるなアナ!?

 「え、アナちゃん!?」

 「えっと、アステールさまが願うなら、やっぱり子供達の、皆さんの希望となるなら!この曲から!

 歌える人は、一緒に!」

 なんて告げて、指を遠慮がちに伸ばして天を指すと少女は氷で作ったマイクを手に歌い始めた

 

 「ふふふん」

 更にはノア姫までアカペラというか音程だけ合わせてハミング始めている

 いや良く歌えるな、完全に男子向けの曲な気がして……

 あ、と思い出す

 「ええ、アナタが歌うのを記録水晶に録音してあげたのは誰か、思い出した?

 何度も聞いたのだもの、音くらい覚えているわよ」

 言われてそりゃそうかと頷く。確かシリーズのとある巻の特典に付けるとか、劇の続編以降歌う為に練習したいが音の手本が欲しいとかで辺境の騎士団に居る時に歌おれも散々歌ったんだった。声優の声が出る喉って美声で凄いなと思ったのをうっすら覚えている

 

 そんなことを考えていると、不意に脳裏に幼馴染神様の声が響く。即ち

 『行かないんですか?』

 と。いや待て行くって……おれが素のまま出てってどうする?

 

 『いえ、少しなら手を貸してくれますよ。神器を振るうものは希望たるべし。その意志は強く持っている筈ですからね』

 そういうものかと横に置いた愛刀を見れば、淡く輝いていた。共に限界ギリギリの割には乗り気だと思う

 

 っていうか、最後の方何も言ってくれなかった割にはさらっと戻ってくるな始水……と思ったが、口出ししないで置いてくれたって感じか?

 

 とか考えている間に一番のサビが終わり、間奏に入る

 「救世主様も!」

 なんて父親の手を握った少女信徒に言われて、エッケハルトがうわぁと頬を掻いていた。ついでにヴィルジニーがその子を睨むが……相手は子供だぞ子供

 

 そんなものを見て少し迷っていたら、背中を押された

 「行きたいのではないの?無理する程ではないし、何より……アナタが一番頑張ったんでしょう?それを誇るのを、ワタシは止めないわ」

 「皇子、ボク……皇子が録音したの、聞いたことない」

 アルヴィナもさりげに左手に手を重ねて魔力を送り、死霊術を作動させて手助けしてくれる

 

 じゃあ、行くか

 そう決心したおれは、さらっと生きてはいない少女ユーリの亡骸を眺めるアルヴィナを置いて、愛刀を手に地を蹴った

 

 折しも、最後のサビ、盛り上がりどころに入るところで……

 「ああもう、分かったって!」

 二番を聞いて何となく歌詞を掴んだろうエッケハルトが歌い出したその瞬間に、変身してというか、ハリボテの装甲だけ展開して飛び込む!

 

 「『紅蓮の空へ!』」

 そしてちゃんとステップ踏んで場所を開けてくれたアナに感謝しつつ、演劇であの縁ある人達に見せて貰った演技のように愛刀を振って歌いながらポーズ!サビが終わる頃に剣を天高く掲げて歌い終える

 

 ……良く良く考えたら、原作小説や舞台では愛刀湖・月花迅雷じゃなくデュランダルモチーフの大剣だな掲げるの!?まあ良いか

 

 「……はい。これからもわたしたちは頑張ります。こうして、皆さんを護ってくれる人達が居ますから!」

 「「「「「ウォォォッ!」」」」」

 謎な程の熱気が巻き起こる

 

 「救世主!救世主!」

 「聖女さまー!こっち向いてー!」

 ……声援はこんなんばっかだったけど。そしてエッケハルトが折角歌おうとしたのに邪魔すんな!と膝蹴ってきたがまあ、そこは許してくれ

 

 と、そんなこんなで熱気に誤魔化されたのか、割とあっさり民衆は引いてくれ、昼頃にはもう大聖堂……では勿論なく、貴賓室でおれはアステール達と向かい合っていた

 

 「この先どうするんだ?」

 「うーん。ステラは残るしかないかなー?おとーさん、実はあの円卓の人達の傀儡にされちゃってるし、ステラが居ないとまとめきれないよねー?」

 その言葉に頷くと、寂しげに少女の大きな狐耳が揺れた

 

 「けどー、ステラはおーじさま達が頑張ってくれたからお姫さまになれてるわけだしー?そこはしょーがないというか、光栄だよねー」

 ふふん、とそこは自慢気。耳も尻尾も立つ

 

 「それにー、おーじさま達が盛り上げてくれたのもあって、新刊書かないとだからねぇ……暫くおーじさまとは別行動かなー?」

 「いやその事なんだが」

 「ステラ知ってるよー?誰かが、ユーゴさまのせいで狂ってたステラが打ち切ったお話の続き、書けるように非公認の次回予告用紙、挟んでたんだよねー?」

 耳をぴこぴこ、楽しげに置かれた茶を啜るアステール

 

 「ああ、でも何で」

 「ユーゴさまに、こんな打ち切り止めろってこーぎされたからかなー?」

 瞳を細めるアステール。ってかユーゴの奴、読んでたのかあのシリーズ……

 

 「獅童モチーフだろうが、こんな終わらせ方解釈違いだバーカ!って怒ってたよー?」

 ……何か今となっては納得できるなそれ!?

 「……そうか」

 

 なんて頷く

 「あー、あの炎髪の人は置いていってねー?」

 「ん、エッケハルトか?まあ謎に救世主として持ち上げられてはいるから、居たら旗頭にはなりそうだが。それはアナでも良くないか?」

 「それがねぇ……」

 

 というところで、扉が開かれる

 「駄目ですよ、皇子さま。というか、皇子さま自身が言ってたじゃないですか?」

 「いや、何を」

 「『戦乱に巻き込むことになるから、せめてこの世界を、皆を好きになれるような青春を送れるように』って」

 その言葉には頷く。が、それとこれとは繋がりが

 

 「はい、そろそろ学園祭の準備ですから。一緒に頑張りますよ皇子さま?」

 そんなおれに、入ってきた少しだけ凛とした空気を纏うようになった少女は、満面の笑みで告げたのだった




じかーい、次回。
ふっふふー、ステラはステラだよー。
ステラが帰ってきたとはいえ、何だかユーゴさまは逃げていくし、倒したけどまともに動けないだけで仮面の人も無事だしで、案外うまく行かないねぇ……
そんな中、聖女の二人が張り切るのは、二人にとっては初めての学園祭。ステラも行きたいねぇ……
でも、準備して何をやるかで大混乱?聖女様が複数居て、グループが分かれて大変たいへん。次回はきっと、そんなお話だよー?
次回、蒼き雷刃の真性異言 第二部四章インターミッション 『デート夢見る少女達と波乱の学園祭』
敵はヒロイン兼任のシュリンガーラしか出ないほのぼの息抜き章かなー。



昨日と同じ今日、今日と同じ明日。世界は同じ様に時を刻む。それはまだ暫く、変わらないと夢見ていた。
水神はこの手に収まらず、銀腕は意趣返しをすべく飛び去り、円卓に座す黒き龍神の姿を取った神は真なる侵攻を決意する。
それは、一つの決戦の火蓋。
『ユピテールは多数が平行して動くからー、きゃはっ!ざぁんねん、ざーこざーこ!数が足りないから、焦っちゃったねぇ……』
降り注ぐ機械軍団、飛来する合衆国を護る為の復讐の機神、天光に焦がれた剣の機龍。全てが、たった一つの目的の為に、街を戦火に沈めていく。

『……すまない、皇子』
『そんな縁、祓っちまえって言いたいが』

『ダイライオウが、私達の敵になるなんて!』

蒼き雷刃の真性異言 第二部終章 『鋼毒神龍決戦 奪われたダイライオウ』

『……うん。それが、それだけが……僕の、私の……君に言いたかった、たった一つの望み。ごめ、んね……
獅童、君……大好き、だったよ……』
願いは遥か、鋼の城に。
『神にもなれる力は、悪魔の機械となりて滅びをもたらす』
『……悪魔、か。確かにそうだ。サクラがあれだけ願っても、世界を滅ぼす力には変わりない』
『ああ、待っていたぞ、その目覚めを。世界を滅する覇灰を』
神とも悪魔とも成り得る鋼帝は今、悪魔として目覚めるのか

『……ああ、待っていたぜ、デビルマシン!』

ポゼッション、それは悪魔憑きを意味する言葉


葬甲霊依(ポゼッション)!ジェネシックッ!ルイナァァァァッ!』


神か悪魔か鋼鉄のカイザー 
待っていたぜデビルマシン、マジンカイザー 勝利の勇姿だお前の出番だ
ということで、明言しておきますが何か煽ってますが元ネタが元ネタなだけで、味方です。何ならサクラちゃんと2人乗りの主人公機です。


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異伝 金髪と襲い来る覇灰

「……ふぅ」

 影の聖域の魔法で姿を誰も見ようとはしないマント。それを脱ぎ捨てて、あーしは軽く息を吐いた

 「ねーねー、佑胡さま?」

 その背に話しかけるのは、ふよふよと浮いた一人の狐尻尾少女だ。本来の姿より少し幼く尻尾も一本になっていて、けれどもその右瞳には星を輝かせる姿は彼女が確かにアステールの一部であることを雄弁に物語っていた

 

 「佑胡さまさー、帰らなくて良いの?大事な人の亡骸を置いてって良いのかなー?」

 転移で抜け出してきた、聖なる都。鋼のバケモノ達の戦いの傷痕で、内部からぶった斬られたように外壁には大きな亀裂が走り、本来は階層数の少ない建物で統一されているが故に高い外壁に阻まれ見えない内部の建物が露呈している

 

 それを名残惜しげに一瞬振り返り、未練を断つように姿を隠すためのマントに火をつけて、染めた金の髪の少女は首を横に振った

 「良いって。あーしが居ても邪魔なだけだし、つらたんじゃん?」

 「つらたんー?」 

 「マジ辛いって意味」

 そういや昔みたいな言葉遣い止めようって思ったのにと、もうポゼッション発動のために切り捨てたから男の……今世の姿に戻ることはなくまた一生付き合っていく必要が出来た胸を見下ろすあーし

 

 はぁ、と溜め息が出る。男の視線が厭らしくて嫌で仕方なかった胸。目茶苦茶揉みたいとか言われても、嬉しくなくね?ってずっと思ってた

 いや、あーし自身他の女の子と戯れで触るのはあったけどさ?軽いスキンシップ越えて何分でも揉みたいとか嫌悪感ヤバいって。特に妄想でイっちゃってる眼とかキモすぎ

 

 「ってか、おっきいと思ってたけど、やっぱリアルで見たらあの聖女に負けてんじゃん、ウケる……って訳でもないか」

 貰った上着の胸元を閉めようとしたらパツパツで、少し緩めながら愚痴るあーし。何でそんなのが気になるのか、自分でも分からなくて笑う

 

 「邪魔かなー?」

 「邪魔だっての」

 言いながらあーしは左手をぶんと振る。其処にあるのは、凍てついた腕時計

 「ポゼッション?って変化は使えるようになったけどさ?あーし、使いこなせて無いわけだし。それにさ?」

 あーしは前を向いて眼を細める

 

 空を割って、バケモノが降ってきた。獅子のような姿だけど、鬣はほぼ丸めた人間の指みたいな、そんな怪物。鬣を開けば、頭の後ろには少女の顔がある

 Xとか言う人間を歴史ごと葬る為の怪物だ。確か地上特化型で、ゲームだと主人公の妹が入院している病院を襲撃して患者と職員の7割を食い殺したとかドン引き必至の個体が居た筈

 多分、ほっといても他のも来る

 

 「あーし、今やこうして狙われまくる身じゃん?結局、ワンチャンを信じてユーリの亡骸連れ回すとか無理っしょ?

 獅童の奴とかこんなん飼ってたらやばたんのおろち。あーしはあーしの道を行くの」

 「おー、じゃあ、ステラもお供しないとねー。ま、ステラに他の選択肢なんて、佑胡さまごと死ぬしか残ってないから、悲しいことにそれしかないんだけどねー」

 けらけらと笑う狐少女を睨んで、人頭を後頭部に携えた異形の獅子が吠えた

 

 「で、どうするのかなー?」

 「ステラ!」

 「はいはーい、でもー、アガートラームはかなーり佑胡さまにこの力を与えた神様につごーの良いように弄られてるよー?

 それに、今の佑胡さまって自由にポゼッション出来ないよねー?」

 「あの獅童の発言とか、何より意味分かんないけど原作に無いジェネシックとか、どうせAGX絡みの奴等どっかに居んでしょ?現実に存在できるなら、あのゲームも実際に有り得る事って話っしょ?

 なら、もうそいつに会って使いこなせるようになれば良いじゃん?頭使えよバーカ」

 「それは良いけどー?今のこれはどーするのー?」

 その言葉に、あーしは軽く笑った

 

 「逃げる!」

 「おー!で、どーやって?」

 「ステラ、少しならあのいけすかねー女の姿になるカミサマのアレ無視して扱えんじゃん?」

 「出来るけどー、ステラつらいよー?

 ちゃーんとほーしゅー、欲しいかなー?」

 「何?」

 「佑胡さまの知ってるおーじさまのおはなしー、聞きたいなーって?」

 獅子が吠えて、爪を輝かせて飛び掛かってくる

 それを避けても、多分あーしを狙って鬣からビームが飛んで来て串刺しにされるだろう

 「は?あいつの話とか正直……」

 少しだけ、あーし的にもあんまり明るい過去じゃなくて言い澱むけど

 

 「ま、いっか!」

 自分の心も整理したくて、あっさりとあーしは頷く

 「おっけー!ステラ頑張っちゃうよー?

 それで、確実に出来るのは一アクションくらいだけど何すれば良いのかなー?」

 ぴこぴこと動く耳に、焦りからか語気を荒くするあーし

 「未来に、転移して逃げる!奴等が諦めて消えた後の時間軸にまで飛べばそれで終わり!」

 「えー?出来るのー?」

 「タイムマシンが過去にしか飛べないと思うなバーカ!とりあえず3日後!」

 「おっけー!

 こうかなー?限定顕現、ティプラー・アキシオン・シリンダー、駆動!」

 爪が届く寸前、あーしの姿は世界から消えた



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第二部四章インターミッション 聖女達と波乱の学園祭
学園への帰還、或いは手土産


「ふぅ、お疲れ様、アウィル」

 長らく地上を駆けてくれた狼の背の甲殻を撫で、持ってきていた干し林檎をその口元に向けて投げながら、おれはそう呟いた

 

 眼前に見えるのは学園の門。日が落ちて既に閉められているものの、高さは10mちょっと。アウィルもおれも飛び越えられる高さである。逆に言えば、だからこそ帰ってくる際に開けてくれとか言う必要もないんだよな。防犯の魔法はあるけど、それだけ一旦offにして貰えば門自体は開けなくて良い

 

 なんて考えながら大きな白狼から降りて見上げれば、壁の上に一人の人影が見えた

 「あ、お帰りなさいです皇子さま!」

 温い夜風で冷えないのか少し紅潮した頬、ぶんぶんと振られる左手と、それに合わせて揺れるサイドテール。我らが?聖女アナである

 「アナ。魔法は?」

 「あ、わたしが登りたいってことで一旦切ってあるですよ?」

 「了解」

 良く見れば、ちゃんと見張り兼護衛の教師も居るし、心配ないな

 

 「驚愕の」

 あ、ガイストまで居る。ってそれは可笑しいことじゃないわな、ちょっと忘れがちだがおれ達機虹騎士団の団長ってガイストだし、護衛にくらい来る

 大体の場合はその役目は頼勇なんだが、その当人は今……竜胆が見せた力、葬甲霊依(ポゼッション)について研究していてあまり学園に顔を出さない。アイリスも同じだが、その辺りはもう皆認めてくれている。ってことで、今はガイストが頑張ってる訳だ

 

 いや、ゼルフィード・ノヴァって強化もあるし、ガイストも覚醒的な事があったら情報出せそうだが、今はな……ってこともある

 

 「お疲れ様、ガイスト団長」

 「英雄相手に、それは……」

 「団長なのは本当だろ?」

 笑いながら、おれは小走りから足を踏み切り、一気に城壁のような学園の門の上にまで飛び上がった。同じく踏み切ってアウィルが横に飛んでくるんだが、慣れてないと巨大狼が10m級のジャンプかましてきてビビる。ってか、ガイストが思わず一歩後ずさってるし……

 

 「えへへ、お帰りなさいです、皇子さま」

 はにかみながら、少女はさっき振らなかった右手に持っていたタオルを渡してくれる。良く冷えたそれをおれはアウィルの耳の間、頭に乗せてやって自分は手持ちのハンカチで額を拭った

 

 「あ、……ごめんなさいアウィルちゃん、アウィルちゃんも走ってきてくれたのに、用意足りてなかったですね?」

 それを見て申し訳なさげに少女は頭を下げた

 『ルゥ?』

 が、アウィル当狼は気にしてなさげ。慌てたアナから頭や背の甲殻を拭かれ、心地よさげに一声吠えて足を折ると丸くなる

 

 「早急の所以は」

 「ああ、一旦行く必要はあったけどさ。やっぱり、聖教国は居心地悪くてさ、石投げられたんで一晩泊まらず帰ってきたよ」

 と、帰りは明日では?というように心配してくるガイストにひらひらと手を振る

 

 「え?石投げられちゃったんですか皇子さま!?」

 「そりゃそうだよ。ある程度は認めてくれたとして、皆を救う行動もやってたとして

 それ以前に、おれは竜胆に……彼らを苦しめた教王ユーゴに手を伸ばした敵でもある。割り切れない人は割りきれないさ。投石ですんで優しいくらいだ」

 肩を竦める。間違ったとは思っていない。が、やるせない気持ちを抱かせるのは間違えない。ディオ団長すら、アルデの仇をって少しだけ曇った顔だったものな

 

 けれど、皆一応英雄だとおれに気を遣っていた。心の底から歓迎していたのなんてアステールだけだ。だから、これ以上気を遣わせないように用事をでっち上げてとっとと帰ってきた

 

 「……そう、ですよね」

 みるみる萎れるサイドテール。紅潮していた頬の赤みも取れてしまう

 「皇子さまはずっと頑張ってきてましたけど、誰か個人のためって点は薄いですから。嫌な人は嫌ですよね」

 「英雄の矛盾……」

 アナからタオルを借りてアウィルの前肢を拭いてやりながらガイストも呟く 

 

 そんな重苦しい空気を変えようと、おれはひょいと肩掛けバッグから一冊の本を取り出した

 「はいアナ、お土産」

 

 「あれ?なんですかこれ?アステールさまの新刊……ならまずアイリスちゃんですよね?」

 「これか?最近魔神剣帝シリーズと並んで熟れまくっているらしい本。特にお嬢様方に大人気の恋愛もの」

 「あ、そうなんですね、有り難う御座います皇子さま」

 と言いながら、少女は微笑んで本を受け取ってくれた

 

 「でも、珍しいですよね、皇子さまがそんなもの買うなんて」

 「中身は割とドロドロした三角関係ものらしい。エッケハルトがアナちゃんモチーフの子に好かれる小説出回りすぎと愚痴ってたから買ってきた」

 「……あ、これわたしを元ネタにしてるんですね……

 皇子さまをっていうのは読みましたけど、自分が下敷きになった子が他人の手で描かれるって新鮮です」

 ……良く良く考えたら、ヒーローものの主役に描かれているおれは兎も角、恋愛もののヒロインの一人にされてるのを実際に読むのってどうなんだろう?

 

 「悪い、選ぶ本間違えたかも」

 「いえ、これはこれで気になりますから」

 健気に微笑まれて、おれは申し訳なさから適当に口を回す

 

 「……その分、おれに出来ることならするから」

 「じゃあ、今度のお休みの日に、劇に連れていってください」

 「あ、そんなんで良いなら何時でも」

 

 なんてやり取りの後、そういえばとおれは切り出す

 「おれが聖教国にまた行ってる間に、今度来る新入生を迎えるための学園祭の準備、少しは進んだか?」 

 ちなみに、去年はあの襲撃事件のせいで中止になってるから、アナ達が関わるのはそもそも初めてとなる。新入生の為の祭をってのは少し気が引けたが、あの事件の直後では押し切られた

 

 「あ、その事なんですけど……」

 言いにくそうに少女は苦笑した

 「グループを決めて、色々と出し物用意するじゃないですか?

 今の一年の皆さん、聖女さまと一緒にって言って、一年がわたしのグループとリリーナちゃんのグループとでたった二つしか出来なくて困ってます……」

 

 その言葉におれも釣られて苦笑する。困ってるな、アナ

 いやまあ、気持ちは分かるのだ。が、それで100人程のグループ作っても、出し物が少なくてがらんとした印象になるだけだろ

 「アナ、そういう時は簡単だ

 『皆さんの出し物を見て楽しみたいです』と言えば、張り切って別グループ作ってくれる。まあ、当日回らなきゃ文句が出るから当日が大変だが」

 と、腕を取られた

 

 「はい。大変そうですし、当日は一緒に回ってくださいね、皇子さま?」



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依頼、或いは劇団

そんなこんなで、アウィルを洗ってやってくれと言い残してアナと一旦別れ、おれは歩みを学園外へと向ける

 

 あの日……ユーゴと戦った日から3週間ちょっとが経過していた。で、ノア姫の転移でとっとと皆は帝国に帰り、悪意無い転移には乗れないおれもアウィルと共に地を駆けて戻った。そうして今、またまたアステールからお手紙で呼び出されて聖教国と学園を往復したって所だ

 何用かと思っていたが、何でも新刊絡みの話だったらしい。星野井上緒名義で出しているあいつの新刊、大急ぎで原稿仕上げたけどーって奴だ。無理矢理おれがニコレット達に作って貰った予告用特典短編ペーパー挟み込んでたからな。それと矛盾を感じないか、強化フォーム登場回として違和感無いか、色々と聞きたかったのだとか

 特に、とある人達に。が、その人達とコンタクトを取る魔法は使えないし対等に話をするのも難しい。だからおれに対談してきてその結果をアナを通じて水鏡で教えてとの結論だった

 

 いや、案外気楽に呼び出されてんなおれ。仮にも一応他国の皇族なんだが

 

 なんて思いながら、おれは学園を出て、ひょいと王都の街壁の上に飛び乗る

 「曲者!って何だ忌み子か」

 「何だカード大好き衛兵か」

 夜勤は珍しい顔見知り(良く見張りをサボって隣の兵士とカードゲームやってるアホ)兵士が見張りに立っていたので、仕事しろボケとどの面な言葉を吐いて街に降り立つ

 うん、門を開けてくれと言わずに入るとかおれ自身侵入者だしな、仕事されたら捕まるわ

 

 とかろくでもない事を考えながら人気の残る街を駆け抜ける。何年ぶり……って訳でもないな、最近来たし

 そうして、辿り着くのは人々が夜半まで己を売っている人市通り。その一角に目的地はあった

 

 高いビブラート音声をバックにシックな扉をノックし、鍵が開けられていることを確認して入る。おれが行くと言うことは伝えていた筈だし、今は営業後だ。表が空いているということは入って良いのだろう

 

 「……ああ、来たのか」

 「はい、暫くぶりです、団長さん」

 そう、おれが度々お世話になっている劇団の劇場である

 

 「……暫く差し止めておいては貰ったのだけど、流石に皆が発売を待っていた作品は完全には止められなかった」

 「いえ、平気です。その為に、いえその為も含めて、おれ達は頑張ってきたんですから」

 と、おれは微笑んで劇団を管理する男に向けて一つの紙の束を差し出した

 

 「……これは?」

 「作者、星野井上緒(アステール)からです。可笑しくなっていた自分が、描いていた物語をあんな形で終わらせずに済んだのは皆のお陰もあるんだって事で、大々的にちゃんと続編で復活編を出したい。だから……」

 一息だけ置く

 

 正直、アステールからはそこまで言われていない。初稿の意見を聞きたいというだけ。が、聖教国でも痛感した事がある。この世界では珍しかった痛快娯楽物語、それがどれだけの人の心に根付いていたか。どれだけ希望に繋がっていたか

 魔神は敵と語る宗教国家の大の大人があの作品を下敷きに魔神由来の血を持つおれを認め許していたりと、あまりにも裏で影響は大きかったのだ

 

 ってか、原作ゲームよりおれの立場そのものが割と良いからな。ゲームだともっと周囲から馬鹿にされまくってた。それを変えたのはやはり、あの作品とノア姫の存在なのだろう

 

 「その盛り上げの一貫として、帝国内で一番あの物語を演じてきた皆さんに、発売と同時くらいから復活編の劇をしていただきたい」

 静かに、相手の瞳を見ておれはそう告げた

 

 「……公演依頼という訳だね?」

 「はい、そうなります」

 「ということは、解決した?」

 「お陰さまで、です。この劇団の方々がいち早く行動を開始してくれていなければ、きっと無理難題になってた状況でしたよ

 けれど、希望的改変を間に合わせてくれた。魔神剣帝の物語を読み進め、だからとおれに手を伸ばしてくれる人達が残っていてくれたから、何とかなりました

 物語も、現実も、明日を迎えられる状況を護り抜けました。有り難う御座います」

 頭を下げながら、もちろん、とおれは腰の愛刀の柄を軽く叩きながら苦笑する

 「被害を出さないことは出来ませんでしたけれど、最悪は避けられた。だからこそ、期待させた希望の復活を、劇として演じて欲しい」

 

 暫くの沈黙が周囲を支配する

 

 「一つだけ、条件を言っても良いかい?」

 「出来ることならば」

 「難しくはないさ。君になら出来ることだよ、皇子

 その復活の剣帝公演、最初の一回の時期は……恐らく、聖女様方の通う学園の学園祭の頃だろう?」

 軽く頷くおれ

 

 「紅蓮祭には、招待枠があった筈、それとも、もう無いのかな?」

 「いえ、ちゃんとありますが」

 「ならば、そこで公演させてもらって良いかな?」

 その言葉には一も二もなく頷くおれ

 

 「助かります。いっそ此方から頼もうかと思ってた程です。聖女様方ではなく流石に皇族が外部からの招待枠を選ぶべき……なものの、あの学園で正規に生徒なのはおれ一人ですから。第一候補でした」

 「買ってくれてるね、有難い」

 「そりゃ買いますよ、おれには出来ない芸術ですから、ね」

 互いに軽く笑いあって、更に続けようとして……

 

 軽く手に遮られる

 「さて、これとは別に、本来の要求良いかな?」

 「あれ、もう一個あるんですか?」

 「あるよ。その公演に限って……主役を君に頼みたい。それ以外の時はちゃんと家の役者が演じるけれど、やはり、本人がやってこそ、を見せて貰いたいね」

 

 そう来たか、と内心で驚く。まあ、彼等に悪意など無いだろうというのは理解している。理解しているが……

 

 「君なりに思うことはあるのだろう、第七皇子。だが、だからだね。我等もその英雄を見てみたい」

 少し陰った表情を誤魔化すように、おれは自分の火傷跡を撫でた

 

 「団長さん。おれに出来ることは、敵を倒す事くらいです。でも、それで明日を護れても、人々は傷付く。そうして立つ気力を喪えば、そこで終わりです

 だから、貴方方や聖女様方が居る。おれはそう思っています。傷付いても、苦しくても、明日に希望を持てるように。おれは本来、そうなる以前の場面で足掻くだけの男ですよ

 

 ……でも」

 「やってくれるかい?」

 「一度だけですよ、おれ、演技派ではないですから」



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威嚇、或いは再会

「では、この辺りの意見は確かに当人に伝えておきます。そちらで復活編の基礎台本が完成したら伺いますので」

 そう言って軽く頭を下げ、前金として魔法石(ちなみに魔法で幾ら分の値段まで引き出せるって刻まれた石の事だ。おれは残高見れないし使えないが、刻まれた額は知っている。まあ、小切手というか引き出すことだけ出来る預金通帳というか、そういうものだ)を卓上に置くとおれは立ち上がる

 

 「前金かい?律儀だね、信用も信頼も、相応にしているというのに」

 「そう言ってくれる相手は少ないですから。前金全額で請け負うって言って逃げる相手の方が多いですよ」

 なんて苦笑するおれ

 

 「問題行動だね」

 「おれを忌み子として知ってる相手からすれば、こんな奴の為に時間を割いただけで損って話すらありますし、裏切っても評判もそこまで落ちない。それが忌み子ってものです」

 いや可笑しいと思う点もあったが、虐められるってそういうことだしとずっと割りきれてしまっていた

 自嘲と共に少しだけ寂しくおれは笑って、でもと切り出す

 「まあ、今回そんな話になるとは思ってませんが、癖みたいなものです。受け取っておいてください、どうせ衣装だ小道具だで資金は必要ですしね」

 「そうだね。仕立てておくよ。で、君の衣装は……」

 その言葉に、立ち上がったおれは腰に下げた愛刀の狼の頭を模した柄頭を軽く右手の二本指で叩いた

 「力を貸してくれるそうですから、本物使いますよ。いや、あれは本物というかおれに手を貸してくれる皆の想いの結晶装甲でしかないので、外観のモチーフくらいではありますが」

 「見せて貰えるなら有り難い。脚本が完成したら、一度造形の為にも見て良いかな?」

 「はい、時間を取って伺います。余裕があれば、ですが」

 そうしてやり取りを終え、外に出たおれは空を見上げる。太陽は二つあるが、月はそうではない。まあ、天動説じゃないから満ち欠けは月の変わり目毎に、世界に満ちる魔力の強い属性が変わったことで見え方が変わるって状況だが。今は新月に近くてほぼ見えない。これが次の龍の月になると一ヶ月の間三日月っぽく見えるようになるんだよな、不思議大気圏だ

 

 が、そんな星しか見えない空に、翳りが見えた。大きな少し透き通った翼が、王都の空に翻っている。それを見上げて、何かあったら撃ち落とすと愛刀の柄に手を掛けていれば……呑気にそいつは通りの真ん中へと翼を打ち振るって降り立った

 

 ……全体的に赤い姿に、青い光。若いというか幼いからか透き通った部分もある身体が、内部に迸る魔力……青い光として見えるそれを外部に漏らしている

 外見そのものはほぼまんま西洋のドラゴンってイメージそのまま。強靭な四肢がある分、聖教国で見たワイバーンの各種より凄そうって印象が少しあるだろうか?というくらいだ

 

 ってこいつか、なんて思って警戒を解けば、その背から二人の人影が降りてきた。即ち……

 

 「おっつかれー!」

 「空の旅……凄いけど、落ちたらって思ったら怖いね……」

 一人はピンク髪の少女で、もう片割れは桃色の一房を持つ黒髪の少女……いやこの顔立ちからして早坂桜理側、つまり少年だな。中性的過ぎて一瞬迷うが、見分け付くようになってきた

 

 うん、時折サクラ側で顔見せするんだが、その時に間違えると寂しそうに目を伏せるからな、可哀想で見たくないんでおれもいい加減学んだのだ

 

 そんな二人がドラゴンの背から降りて、きゃっきゃと楽しげに話し合っている。おれには気がついていないようで……

 「って、わっ!?ぜ、ゼノ君!?」

 あ、リリーナ嬢の方が気が付いたか。龍に乗るというのにスカートなのはどうかと思うぞ?という嫌味を飲み込んでおれは軽く手を振った

 

 「リリーナ嬢、それにオーウェン。仲良さげだな」

 「い、いや僕は一人で空はってついていっただけで……」

 「まあ、まだデートとかじゃないよゼノ君、変に早とちりしないでね!?」

 と、互いからデートを否定されて、知ってるよとおれは苦笑するしかなかった

 

 ……うーん、何というか、リリーナ嬢側はツンデレというか、恥ずかしい感が出てるのが何とも言えない。普通応援したいんだが……桜理の側、おれに告白してきた事がある程度には女の子なんだよなぁ……

 いや、百合とか別に良いぞ?同性を愛するのを止める気はないが、互いにそれをちゃんと話し合った上での愛情には程遠そうだ。桜理側が前世側を主軸に男として生きるってどっかの竜胆佑胡みたいな覚悟を決めたらうまく行くんだろうけど……

 

 悩ましい、と肩を竦めていたら、おれの視線が妙に気になったのか、良く頑張ったねーと撫でられていたドラゴンが一声吠えた

 ってか、自分が選んでおいて何だが、希少種族だけあって、外見が凄いな。一部だが透き通った肉体とか何なんだろうコイツ。心臓が燃えてるのが肉眼で見えるのは只者じゃない

 

 「っ、と。まあそれは二人の問題か

 リリーナ嬢、ちゃんとおれが贈ったドラゴン、孵ったんだな。名前は決めたのか?」

 「うん、ジーバ君だよ!」

 言われて、ジーバクンとは何だろうと首をかしげながら、まあ当人の言いやすい名前なら良いかと頷き、アウィル向けには干しリンゴの方が喜ばれるから余っていた干し肉を取り出す

 

 「ジーバクンか、ほい、食うか?」

 『ギャルルルグォォッ!』

 ……何だろう、滅茶苦茶に威嚇された気がする

 「あ、あはは……ジーバ君どうしたの?ゼノ君って凄く好い人だよ?」

 『グルギャアッ!』

 リリーナ嬢を護るかのように立ちはだかり、前肢を上げてしゅつしゅと爪で空を切るドラゴン。完全に敵視されてて笑うしかない。おれが何をした

 

 「……うわ、何か嫌われてる……ごめんねゼノ君、私そんな気は無かったけど」

 「まあ、頼もしいんじゃないか?リリーナ嬢を護ってくれって贈ったんだし」

 当たり前だとばかりに、既に足を折って伏せ気味の体勢でも人の身長より大きなドラゴンが吠えた

 

 「で、ジーバクンってどんな意味の名前なんだ?」

 「ゼノ君ゼノ君、名前自体はジーバだよ?」

 「ジーバなのか、由来は?」

 ジーヴァの方がカッコいい響きな気がするんだが

 

 「この子さ、頭の角がぴょんと立ってとがってて、何処か猫ちゃんみたいじゃん?

 それに、赤で青い炎が燃えてるって色合い、私が前世で沢山見ていたアニメに出てくる地縛霊に似てるんだよね。その霊猫ちゃんも全体的に赤くて青い人魂を浮かせてて、まんまだなーって。だから、地縛霊猫でジバ……をもじってジーバ君。だめ、かな?」

 こてんと首をかしげられるが、止める意味はないので別に?とおれはおどけた

 

 「良いと思うぞ?頼んだぞ、ジーバ」

 お前に言われるまでもとばかり、牙を剥き出しにして年若い龍は吠えた



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思い出、或いはサクラ色の迷い

「お帰り、獅童君」

 ジーバと名付けたドラゴンを連れて飛び去っていったリリーナ嬢を見送ると、ふと黒髪に一房だけ桜色が混じる少女はそう呟いた

 

 「ああ、ただいま桜理。そっちこそ、リリーナ嬢達を見ててくれたんだな」

 「うん、僕だって役に立てることがあるなら頑張りたいし……」

 えへへ、と左手の人差し指で淡く色づいた頬を撫でる少女。可愛い仕草だが、男らしさはほぼ無い

 「そうだな、竪神は今忙しいものな」

 「……僕も頑張ってるよ」

 上目におれの顔を見上げながら、少女は微かに唇を尖らせて主張した

 

 「……そうだな。使わなくて良いとおれが言っていた、けれども頼ろうとした鋼の皇帝の中のデータ、開示してくれてるんだものな」

 静かに頷いて、おれは桜理の頭を軽くぽんぽんと撫でた

 

 そう、あの日竜胆佑胡の変化を見たお陰か、解析できるようになった資料がある。それが、葬甲霊依(ポゼッション)と呼ばれる解放形態データ。桜理のAGX-15の中にあるそのデータを解析し、どうすれば作れるのかエンジンも何も分からなかった最後のジェネシック、ジェネシック・ルイナーを作り上げようとしているってのが現状だ

 

 まあ、手掛かりが得られたってくらいでその先は長いんだが……何も分からないよりはマシだ

 何よりこれ、あんだけ言っておいて桜理に頼りまくってるんだよな。情けねぇとおれは軽く唇を噛む

 

 が、そんなことを思うおれに反して、桜理の顔は翳ったままだ

 「桜理?」

 「……あ、ごめん獅童君」

 ぱっと顔は明るくなるが、無理してるのは丸分かりだ

 

 「どうしたんだ?」

 「うーん、ユーゴは、選んだんだよね」

 その言葉に頷く

 ポゼッション、それは大切なものを葬り、逃げ場を棄てた先にある姿だとあった。だから、去っていったあいつは……完全に竜胆佑胡の姿をしていた

 「ああ、あいつは自分の事をユーゴ・シュヴァリエの人生を乗っ取り破滅させた竜胆佑胡だと規定した。他人として逃げる道を棄てた」

 だからああなった。もう、ユーゴに戻れなくなった

 

 というところで、言いたいことに気が付く。そう、桜理もポゼッションに辿り着く気ならば、そこが問われることになる。結局己は何なのか、決めなきゃいけない

 そこが悩みの種なのだろう。女の子扱いが嫌で男の姿を取っていた彼だ、それを棄てるか……それとも現世のサクラとしての自分を無かったことにするか。母親想いゆえに、選ぶのが苦しいのだろう

 

 だからおれは、軽く微笑む

 「君は君だ。どんな選択をしても、それこそポゼッションなんてしないって言っても、おれは絶対に君を笑わない。それに、ゆっくりで良いんだ」

 「うん。僕は獅童君ほど強くないから、まだまだ自分なんて、決められないよ」

 そんな頼りなさげな言葉を紡ぎつつも、少女は儚げに、けれども少しは前向きに微笑んだのだった

 

 「そういえば桜理、リリーナ嬢とは仲良いのか?」

 話を変えようと、話題を振るおれ

 「うーん、僕が転生者の中では話しやすいからか、良く話してはくれるよ?」

 「恋してたりしてな?」

 まあ、今のところの話をすればサクラって女の子でもあるし、そうなると何か複雑な状況になるが……

 「あはは、僕自身、あんまり恋愛とか得意じゃないから分からないや……」

 あはは、と笑われる

 

 「それもあるんだよね。女の子と付き合ったら男らしいけど、僕……わたしとして、獅童君に恋してる気もするし」

 「それ、おれの前で言うか?」

 「獅童君に言わないと伝わらないよ?」

 「それはそうだが」

 「……ごめんね?獅童君への想いはあっても、怖いものは怖いし、答えなんて中々出ないや

 リリーナ様との関係も、自意識過剰だったら恥ずかしいしさ」

 と、頬を恥ずかしさからかぱん、と叩いた少女は少年に見える短いズボンを履いた細めの足を急かしておれの前に出て振り返った

 

 「そういえば獅童君、獅童君はリリーナ嬢が言っていた作品は知ってた?」

 ……うーん、いきなりだな。多分おれと同じで話を変えたかったんだろう

 なのでとりあえず乗ることにする

 

 「いや、全然」

 「あれ、獅童君って同学年だよね?あれだけ流行ってたのに」

 「ゲーム買うからって生活費カツアゲされるし、お前が話すと穢れるとか言われるしでさ、話は聞き流して無視してたよ」

 特に気にすることでもなくそう言えば、少女が足を縺れさせて体勢を崩した

 

 「おい大丈夫か桜理」

 「ご、ごめん……」

 うん、失言した気がしてきた。と少女の手を取って転ばないように支えつつ反省する

 「あはは……駄目だね僕。この話題はさ、アーニャ様とじゃ絶対できないからって勇み足で……

 獅童君に、そこら辺思い出させたくなかったのに」 

 が、完全に前髪は垂れて元気を無くした桜理はしょんぼりしたまま、おれの支える手に体重を預けていた

 

 「気にするなよ桜理。おれは何も捨てちゃいない。後悔なんてしていない

 あの時のおれの判断は、世間知らずで馬鹿だったかも知れなくても、今もそうでも。やるべきだと思ったからやっていた

 そのおれの想いを、否定する気はない。だからさ、思い出しても、嫌な気分になんてならないよ。不快にさせて御免な?」

 「ううん、僕こそごめんね?」



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傍観者、或いは学年末考査

そんなこんなで三日後。おれはふぅ、と息を吐いて大教室へと入っていく皆を眺めていた

 

 ちなみにだが、所謂学年末考査という奴である。アルヴィナと共に投獄されたり大怪我してたり聖教国へと駆けつけてたりであまり授業を受けられていないから実感沸かないが、あの入学式から7ヶ月ちょっとが経過したのだ。一年は八ヶ月だから、最後の一月はほぼ休み。その期間で学園祭の準備を進めて~って訳だな

 

 そんなことを思っていると、白い何時もの外套の袖を引かれた

 「ああ、アナか」

 「皇子さま、ずっと見てると遅れますよ?」

 という言葉におれは苦笑を返した

 

 「いや、受けないよ」

 「え、受けないんですか?」

 「アナも嫌なら受けなくて良いぞ」

 「いやいやいや、そんなことしたら落第しちゃわない?ゲーム内だったら考査とかスキップされてたけど、現実だと」

 と、桃色髪の聖女様が横から突っ込みを入れてきた。びしっと手でチョップまでかましている

 

 が、別にとおれは語る

 

 そんなおれを見て、いつの間にか初等部から転勤してきた教師、マチアス先生が軽く此方を見て……スルーした

 

 「ん、あれ?」

 「ゼノ、受けないのか」

 「ああ、シルヴェール先生。基本受けないことにしたよ」

 「そうか」

 教員を兼ねた兄もおれの言葉をスルー

 

 「え?いや待って?何で?」

 「何でも何も、おれ達って最初から進級確定してるからな」

 ちなみに確定枠はアナ、リリーナ嬢、おれ、頼勇、ガイストの五人だ

 「そうなの?何で?」

 「多くのものを押し付ける以上せめて青春して欲しいから学園で楽しく過ごせるように、が聖女様相手のおれ達皇族のスタンス。だから、三年で自動的に卒業するように最初から全単位ある扱いなんだよ、聖女様方は

 後、その護衛を担当するおれ達も同じく。なんで、受けなくても進級するし、試験受けてたら逆に護衛として目を逸らして平気かよって話になる。おれの目なら不正し放題だ」

 試験中もずっとアナやリリーナ嬢に何か起きないようにチラチラ見なきゃいけないからな。最初から受けないことにした。アナの書いてる答案の答えくらい軽く読めるしな

 

 「ゼノ君、試験無視してると頭悪いって思われるよー?」

 なお、これが正論である。勉強してない訳ではないが、正直そこまでテストの点数に自信は無かったりするのだ。半分くらい授業出てないからなおれ

 「そうそう、そんなのが皇帝になろうとしたら」

 「おれが皇帝にならなきゃいけない時点で世界終わってませんか、先生?」

 「もう、皇子さま、出来たら勉強もしませんか?」

 なんて、アナにすら言われてしまう

 

 が、まあ出来ないこともないのだ。アナが勉強してるのを見守ってるからな

 

 なんてやっていると、じっと見詰める視線を感じておれは振り返った

 そこに居たのは、やはりというか一人の教員。小柄な体格には多い量の試験用紙を持つノア姫であった

 

 「あ、ノア姫」

 「此処ではノア先生、よ」

 紅玉の瞳がおれを射た。ぶっちゃけ身長差的に見上げられるような形だが、甘さというよりは厳しさを思わせる視線に思わず頭が下がる

 「試験はそろそろ始まるわよ、受けるならば早く席に着きなさい」

 うん、授業取ってたから知っているが、かなり真面目に教員やってるんだよな、ノア姫。そんな彼女に、受けないよと告げて……

 

 「許すと思うの?」

 そう、返された

 「ノア先生?」

 「ええ、進級の必要は知っているわ、それを咎めたりはしない。けれど……」

 くすり、と微笑まれる

 「ワタシ、これでも己の仕事には誇りというものがあるわ。折角教員なんてやってあげたのに、成果を見させないというのは、許しがたいわね」

 「つまり?」

 「ワタシの授業の試験くらい、受けてくれるかしら?今日ではないけれど」

 確か明後日だとおれは脳内でスケジュールを捲る。学年末というだけあって、試験は一週間がかりだ

 

 「……分かった」

 折れるように、おれは頷いた

 「はい、頑張りましょうね皇子さま」

 「って言うかゼノ君、その試験で酷い点数とか……

 ま、取らないか。エルフの事は割と知ってそうだし」



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採点、或いは班

「……さて、と」

 答案用紙を回収してさらさらと採点しながら、エルフがそう呟くのをおれは眺めていた

 結局ノア姫の用意したテストだけは受けた。っていっても、今日受けるさと気分転換を兼ねて試験を受けに出てきた頼勇に頼んで暫くアナ達の護衛を任せている間に、だが

 

 「ああ、アナタの試験の採点なら直ぐに終わったわ。今は他の皆のものよ」

 見る?と小首を傾げるおれより幼くも見えるが雰囲気はしっかりとした大人なエルフに頷けば、超適当に採点された感がある答案をひらりと卓上に置かれた

 うん、全部で7問あり、うち後半3問は記述式問題って奴なんだが……大きく名前の横に赤く✔️が入っているだけだ

 

 「……ノア姫?」

 「ええ、個人的に言いたいことはあるけれど、アナタの考え方も一つの在り方。咎めて減点する要素はないわ。エルフから見た話、幻獣への理解の足りていなさ、そうしたものは無いもの。個人的に気に入らない書き方だから、要素は正解でも駄目、なんてフェアじゃないものね」

 そういうものか、と頷いておれの答案を受け取り、改めて眺める

 

 「アナタ基準だと少し点数低い子も多いわね。といっても、割と書けている」

 とんとんと一つの答案の文章を、手にした赤いインクを付けた羽根ペンの色付かない羽根側で叩きながら、少しだけ少女は迷いを見せていた

 

 「というか、おれの採点こんなんで良いのか」

 「ええ、受けて欲しかっただけだもの。ワタシの事を、折角伝えに来た言葉を、ちゃんと覚えてるのだと証明して貰って良いかしら?

 というだけよ。ええ、分かりやすく言えば、安心したかっただけ。アナタ、そういうのは得意でしょう?」

 くすり、と淡く微笑むエルフの媛。纏められた髪が軽く揺れた

 

 「得意か?」

 「得意だから、あの子等がずっと着いてくるんでしょう?

 放っておけない、心に刺さる棘のように抜けず、痛みと共に色々と溢れるもの。覚めない熱狂に、相手を留めてるのよ、アナタ。自覚なさい」

 

 その言葉に黙りこくるおれ

 分かっているからこそ、言葉に出来ない。アステール達でも、桜理達でも、思い知らされた

 もっと出来た筈という思いは燻り続け、それでも……やってきた事を間違っていたとは言いたくない。結果的に着いてきてくれた皆の事も……否定すべきところはある気がして、でも言えない

 

 「アナタ、試験を受けて良く分かったでしょう?人を動かす熱、エルフ種にすらそれを感じさせた者が聖女リリアンヌであり、あの魔神との戦いに、エルフが参加した理由なのよ。アナタと同じく、ね。それが最後の記述問題の意味

 

 ずっと無駄に背負って深刻そうな顔をしていたら、減点するわよ?彼等彼女等はアナタの火を継いで走り出したの。もうアナタの手を離れたわ。聖女リリアンヌがそうであったように、その先は彼等の紡ぐ物語。無駄に責任なんて取ろうとして、馬鹿にしないで」

 

 と、おれの前にぱさっと用紙の束が置かれた

 「はい、この話は終わりよ

 早めに片付ける必要があるの。手伝って貰えるかしら?」

 くすり、と微笑まれる。多分気を遣ってくれた……のは分かる。分かるが……

 「いや、生徒に採点させるってどうなんだそれ」

 「あら、満点だし良いでしょう?」

 どうだか、と言いつつも、おれは答案を手に取った

 

 「……それで?試験は良いとして、その先は?」

 言われ、とりあえずおれは考え込む。記述問題は兎も角、暗記問題は脳死で採点できるから手は止めない

 「奴等は何時仕掛けてこれるようになるのか、それは」

 「そうじゃないわよ、馬鹿。アナタがそれじゃあ、せめて青春を謳歌しろと言われても無理でしょうに

 学園祭の事よ。ほら、聖女様方に楽しんで貰う!って沢山のグループに分かれたでしょう?」

 その言葉に苦笑する。おれの脳内殺伐とし過ぎてたな、うん

 

 「……アナが張り切ってるし、そこら辺は任せておれは別件」

 「あら、一緒じゃないの?」

 「いや、ゲスト絡みも多いから特別枠。何処の班にも入らないけれど参加はする形。自分達の出し物に行くってのも微妙だし、アナ自身案内したいから別班が良かったんだってさ」 

 言いながら、おれは窓から部屋の外を見た。漸く試験は終わり、此処から一ヶ月程で学園祭の為の諸々を仕込むのだ。が、まあ……

 

 「メイド服で出店を!」

 「聖女様、どうでしょうか!?」

 ……試験の寸前までグループすらまともに決まってなかったのだ。まだまだこんな領域の班も多い

 ってか、アナにメイド服着せたい派の連中がメイド喫茶みたいな出し物をやろうとごり押ししてるっぽいな。気持ちは分からんでもないが……

 

 「はい」

 と、ノア姫が窓を指を鳴らして魔法で開けてくれたので、微かに聞こえていたそんな話し声が大きくなり……

 

 「お前ら、当日聖女様方は色々と見て回るんだからな?長時間当日拘束するような出し物は止めろよ?」

 とだけ、おれは窓越しに釘を刺しておくのだった



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白桃色の来訪、或いはボケ

「ふぅ」

 と、ノア姫の採点を手伝うのを終えて一息吐く

 魔神剣帝、復活編。あのシナリオが上がってこないと練習も何も無いし、暫くは護衛と修業以外暇なんだよな

 いや、頼勇達のフォローが出来たら幾らでもやるんだが、おれが居てもアイリスが撫でてとおれの膝の上に座りたがる以外にやることがないし、毎日行ってもしょうがない。おれは椅子かって話だ

 あと、修業もな……。昔なら兎も角、尽雷の狼龍の圧倒的な性能(ゲーム的に言えば、おれの素ステよりあいつの補正値の方が多分遥かに高い)にものを言わせて何とか食らい付いていくって状況で、おれ自身の能力値ってどの程度意味があるのだろうって思ってしまうのだ

  

 そんなことを思いながら、おれは教員やってる兄から貰った護衛用資料……という名の各班の内訳と現状の出店内容、そして使いたい教室の申請一覧を眺めていた

 うーん、例年喫茶店とか、そういった店が多かった印象があるが今年は例年大体決まりだしてる頃の割に凄いスカスカだ。本当に当初は聖女様と一緒に希望してたからまだ決めてない奴が多すぎだろ、どうなってんだよってレベル

 決まってるのなんて、休みは王都から離れた家に帰るからって層の展示や、シルヴェール兄さん保護下の芸術家肌の人間がやろうとしてる自作絵画展のブースくらい。例年決まってる音楽絡みのスペースすらスッカスカなのは流石に失笑ものだ

 あれか、アナは聖歌とか歌うから自分達と一緒にって奴か。希望的観測過ぎる

 

 「真面目なのはアナ達当人と、後は帰る組だけかぁ……」

 基本的に学年ごとに分かれるから、次に三年になる層は聖女と班を組む事は有り得ない。とはいえ、本来この先沢山交流するだろう方が優先ってことで、彼等現二回生はまだ入れてないし、そこは別枠

 

 と、眺めていたら不意に資料が風に揺れた

 「よっ!で、ワンちゃん自身は何をやるんだ?俺様にも教えてくれよ」

 ……目線を上げれば、やはりというか当然というか、其処には白桃色の髪をした青年が立っていた

 

 「ロダ兄。何処へ行ってたんだ」

 おれが帰ってみれば、宴は終わりさ!ととっとともう立ち去って元々のやることに戻ってたと聞いて、以来行方知れずだった男の姿におれはそう目をしばたかせる

 

 「ああ、あれな?一旦終わったから帰ってきたぜワンちゃん

 んで、試験受けてた」

 そう、ロダ兄って試験免除勢じゃないんだった

 そう思っておれは一瞬不安になるが……

 

 「ま、縁も点も同じ、気楽に行こうぜワンちゃん?」

 その言葉にそうだなと頷く

 そう、リリーナ編ではもう一人の聖女編でのおれに当たる救済枠とまで言われる彼、大体どんな授業カリキュラムでも関係なく好感度上がるように出来てる。まあ、そこまで授業風景がある訳じゃなくてゲーム的には組んだカリキュラム次第で一年の合間合間にイベントが起きたり、ステータスが上がったりするくらいなんだが……簡単に会えるってのは、幅広い授業を取れるって事。ああ見えて大抵の授業は大体分かるぜ?ってケラケラ楽しそうに合格していく。おれより数段頭の出来が良いんだよなロダ兄

 

 いや、当たり前か。今こうして笑ってる当人、本来の彼が演じてるアバターだものな。アバターだからある程度分身して操れるってトンデモ能力、あれ自分の頭で全部処理してるんだから天才で当然

 

 「んで、試験を終えたら既に祭の気配は始まってたって訳よ。いやさ、俺様とはいえ、あんまり無理に後から入るのは雰囲気悪いだろ?」

 「いや、ロダ兄なら……」

 言いながら思い返す。彼が来たのは3ヶ月ほど前。奇抜だし亜人だしぱっと見近寄りがたい……って雰囲気が払拭される程の時間はまだ経ってないか。ゲームでも当初は気楽に誘えるんだよな、学園生活後半になるとモテるようになるのか先約があってな、別の日になんぜ?とかそういった話が出始める。で、一応ルート入ればそりゃワンちゃん最優先だろ?って向こうを断るようになるが……そこまで行ってからデートしてもゲーム的には無駄行動でしかないからあんまり見ないんだよな、あの台詞

 

 「はーっはっはっ!新たな縁も良いが、覆水盆に帰らず、腹心本当に返さずってか。楽しめる時に、縁を深めるもまた一興、だろ?」

 楽しげに目を細めて扇(多分そこら辺で拾った大きめの落ち葉)を仰ぐ青年に、おれは頷くしかなかった

 

 「んでよ、じゃあワンちゃんとだろ?他にも色々と」

 「ん?アナ達なら皆おれや他の仲間にも当日楽しんで欲しいからって大概バラバラの班だぞ?」

 「おっと、夜道は怖いな」

 「読み違えたのか、ロダ兄」

 「んま、誰か居るだろ?って話は俺様大前提にしてたってこったが」

 

 と、おれの袖が引かれた

 「あら、ワタシじゃないわよ?ワタシは最初から主任に頼まれているもの、弟を支えてやってくれないかな?って」

 「いや何を頼んでるんだシルヴェール先生」

 そして、それが助かるから否定できないのが悔しいところだ

 

 「ま、そんなの言われるまでもないから無視してるのだけれど、それはそれとして顧問代わりはやってあげる

 でも、今はそんな当然を語ろうとしたのではないわよ?」

 くすりと笑うエルフに、ちゃんとおれは袖の下を見れば……

 

 「お兄、ちゃん……手伝い。ま、す」

 「いや駄目だろアイリス!?」

 オレンジの猫ゴーレムが爛々と目を光らせ、ついでに爪も発光させていた

 「……どう、して?」

 「アイリス、お前の入学は来年度だ。つまり、新入生になる側だ。それが新入生歓迎の学園祭で出し物してたら伝統が色々と台無しだ。今回は我慢してくれ」

 「ふしゃーっ!」

 「吠えるなアルヴィナ。お前も学生じゃないから有り難いが駄目だ。当日外来枠でアナやおれと一緒に回る分にはノア姫やシルヴェール先生が手回ししてくれるから、その時に存分に遊んでくれ」

 二人して出てきた助かる問題児を片付けてしまうと、これでもう居ない

 頼勇と桜理は帰る人々の展示班だし、アナとリリーナ嬢はそれぞれ当日はそこまで忙しくならない何かをやるらしく、ガイストはリリーナ班、って感じで……

 

 が、その瞬間、扉がバァン!と強く開けられた

 「あ、あの……僕も」

 「おいゼノ!いい加減呼び戻してくれよ、遅れかけただろ!

 アナちゃんメイド喫茶!」

 「色んな意味で出来るかボッケハルト!」



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一途、或いは馬鹿話

「はぁ、ワタシ入室を許可した覚えはないわよ。教員の為の部屋、礼儀は」

 「おいゼノ!」

 「……言うだけ無駄ね」

 溜め息を吐き、右手で纏めた髪をふぁさっと後ろに払うと、エルフの媛は手元の答案を纏め、とんとんと机の上で叩いて揃えた

 そして、それをしゅっと緋色のリボンで結ぶと立ち上がる

 

 「鍵は置いていくわ。しっかりと返しに来ること。今日中に返さなかったら反省のために呼び出すわよ」

 「ああ、有り難うノア姫、そしてすまない」

 「まあ良いわよ、教室も沢山使われているのだし」

 くすりと笑って、エルフ教師は部屋を出ていった。揺れる髪とその幼い容姿に似合わずかっちりとスーツのような服を着こなした背中を見送れば……

 

 「ってかアナちゃん!アナちゃんは」

 「別の班だ」

 むんずと肩を掴んで血走った……と言いたくなる迫力ある瞳をした男にそう告げる

 

 「……は?何で?」

 「アナ自身、皆に楽しんで欲しいからだってさ

 お前も、当日一緒に働くよりはアナが働いてるメイド喫茶に遊びに行くイメージだろ?」

 まあ、メイド喫茶は出し物として有り得ないんだが。アナの拘束時間がヤバイからな、それ

 「ん、まあそうなんだけど……」

 と、青年は口ごもる

 

 「それはそれ!これはこれ!一緒に練習してってのも良いじゃん!」

 「はーっはっはっ、一度に相反する二つの縁は結べないってこった。今回はって思おうぜ?切れなきゃ、次があるってもんよ」

 青年は楽しげに笑い、炎髪の男の肩を叩いた

 

 「ふべっ!?」

 あ、つんのめってる。まあ、色々とスペック高いからなロダ兄……痛いほど叩かれるとは思ってなくて、押しきられたか

 「お、おまっ!?」

 「っと、悪いな燃えてる兄ちゃん。俺様、耐えられる気でやったんだが……」

 「アナちゃん以外に押し倒されるとか悪夢でしかねぇの!分かる!?」

 うーん、ブレないなこいつとおれは内心で感心の息を吐いた

 

 「ってかエッケハルト、お前変わらないな」

 「てめぇもだゼノ野郎!」

 「……だな、互いにそうそう変われない……」

 すっと、おれは右目を細めた

 

 「ま、それは良いんだがなエッケハルト。変わらないのか?」

 「変わるかよ。お前は気が狂ってる。それでも助けたいってアナちゃんの気持ちは分かるし、あんな奴等に無理矢理従わされてるようなアナちゃんは見たくないから手を貸したの!

 でも!てめぇはクソ野郎だし何時かアナちゃんだってそれに気が付く。そん時に、諦めたと思われてアナちゃんを竪神やらロダキーニャに盗られたら死んでも死にきれないっての!だから、言い続ける。君の運命の人は、俺だ!と」

 まあ頑張れと何時ものように言おうとして、口が動かない

 

 「ま、その時に真っ先に行くのは恋愛云々じゃなく親友のアルヴィナのところじゃないか?とおれは思うが……」

 ぞっとしないな。おれが死んだりアナから見捨てられた後の話なんて、あまりやりたくはない

 考えておいて当然ではある筈なんだが、どうにも思い浮かべたくない。それに……

 

 「死ぬ気はないさ」

 「いや、見捨てられるって当然の事言ってんの!死ぬ気あったらとっくにどっかで死んでんだろうがゼノ野郎!」

 「……ははっ、そうかもな。死ぬ気で挑んだ事なんて無い。死にたくて戦ってた訳でもない」

 おれの認識なんて、自分であまり自覚していないように、実は最初から対して変わってないのかもしれない

 

 『さあ、どうでしょうね?少なくとも兄さんは、少し変わったと思いますよ?』

 と、寂しい幼馴染評がおれの耳に届いた

 

 「まあ良いや。で、だ」

 と言ったところで、おれは漸く小さく手を上げている少年の姿に気が付いた。背が低いから埋もれて見えてなかった

 

 「ってか、オーウェン?」

 黒髪に桜色の少年が背伸びする(身長、多分少年の姿でも150くらいしかないんだよな)のを眺めながら、おれは目をぱちくりさせた

 「どうした、何かあったのか?」

 腰に差してるだけで威圧と言われるので、抜刀前に一拍置かざるをえないよう背に背負った愛刀の柄に手を掛ける

 が、少年は慌てたようにぱたぱたと手を振った

 

 「いや違って違って、何かあって助けてって違って、単に……

 お母さんの所に帰ったら、やっぱり友達やあの人と色々としたいんだろう?って、送り出されちゃって……」

 えへへ、と少しだけ紅潮した頬で見上げられると、そうかとしか頷けなくなる

 

 「少しでもお休みの間に仕事を手伝ってお母さんが楽になったらって思ったけど、目が悪い人向けのお仕事があって十分暮らしていけるからって

 皇子が、用意してくれたんだよね?」

 「公共事業を用意して、民の仕事の需要を産むのも皇族の仕事だ。特に贔屓とかしてないよ」

 まあ、推したのは間違いないが、桜理の母が仕事出来ない人間ならクビになってるからな、そこは当人の努力。おれからとやかくは言わない

 

 「ってかさぁ、オーウェン」

 と、突如無視されたエッケハルトが少し嫌そうに、いや共感を求めてか少年の細い肩を叩いた

 

 ……うん、少年で合ってる筈だ。常に見分けがつく訳じゃないが、今は前世の早坂桜理側が表に出てるっぽくてちゃんと男性

 良かったなエッケハルト、男装だったら知らないうちにセクハラだぞ

 

 「お前それで良いの?」

 「えっと、何が……かな?」

 少しだけびくりと震えて、少年は己を庇うようにしつつ頭ひとつ高い青年(同い年)を見上げた

 「いやだから、お前ゼノ絡みで何も思わないわけ?ひっでぇのにあいつばっかモテてさ」

 「あはは……」

 乾いた笑いが響く

 

 何処まで本気だったのか分からないが、実は今世では女で告白までしてくれた側だもんな、桜理。言われても困るのだろう

 

 「僕は、獅童君の事信じてるから」

 「ちなみに、俺様もだぜ?ま、ワンちゃんに言われて縁を繋いだからな。その縁は大事にするさ」

 「……ちっ、そういやお前って恋と仲良かったか……」

 と、吐き捨てるように青年は目線を反らした

 

 ……いやお前もおれ程イカれてないけどそれでもって姿がとヴィルジニーから好かれてたろうがエッケハルト!昨日の夜、アナの手を借りて水鏡で話したアステールから聞いたぞ。「そのうち諦めて帰ってくるから寛大なだけ」と呟いてたって

 ……似た者同士だな!

 

 「ってそれはもう良い。考えるべきは何するかだ

 おれは実は外部招待枠絡みでも動くからそこまで沢山時間は取れないし、あまり複雑でない方が良いが……」

 と、おれは話題を変えるように切り出した



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桃太郎、或いは探し物

「会議は踊る、されど進まず……か」

 ノア姫に何て言い訳しよう、なんて思いながら掌の中で鍵を握り締め、おれは歩みを進める。恐らくは職員室……なんてものは無いが、総務課というか学生のあれこれを受け付けてくれる場所に居るだろう

 

 というところで、よっと声を掛けられて振り返る。まあ、声の時点で主は分かりきってるが……

 「ロダ兄だろ?どうしたんだ?」

 「いやな、ワンちゃんにはちゃんと言っておこうと思ってな」

 「……何を?」

 小首を傾げる。ロダ兄ってそこまで隠しておくことも無いし、隠す場合はその存在すら分からないのが常だ。明るいこの性格がアバターだってのすら、ゲーム内で最初に知るまでは気付かれないくらいだものな

 「俺様の目的、紡ぎたい縁の糸ってもんよ。ま、ワンちゃん相手に色々とってのも多少の縁、縁の端くれって奴だ」 

 「いや、気にしてないぞ?」

 「ははっ、俺様が喋りたくなっただけ、聞き流してくれて良いぜ?猫に神託、パンに新沢庵ってな」

 ……いや、この世界に沢庵とか……

 売ってた気がする……。まあ、米自体があまり普及していないから漬物もあまりメジャーではないが、輸入品の酒の肴で見たような

 

 「沢庵は新ものの利点少なくないか?」

 「浅いのはそれはそれで優しい味で良いぜ?

 っと、本題は違うぜワンちゃん、曇らせちゃなんないぜ」

 「……となると、ロダ兄が何を思って何を探してか各地を回ってるのかって奴か」

 

 今、彼の故郷はシュリ達に支配されかかっている。それの対応をしてる……のも当然あるだろう。が、正面きっても勝ち目無いのも知ってるだろうし、何よりロダ兄って普通に平民だ。おれみたいに忌み子だが血筋だけは良いから発言力が多少あるとかも無く、キメラかって外見的特徴から忌み子と距離取られてただけの一般亜人だ。辛さはおれより数倍だろう。ってか、おれが恵まれ過ぎてるって話だな

 いや、部下の仇である竜胆をおれ自身のみの理屈で勝手に庇っておいて面と向かってはその恨み言すら言えないって何だよ、暴君かっての

 

 「そそ、分かるかいワンちゃん?」

 楽しげな青年に向けていや、と返す

 「おっと。別に嘘は要らねぇぜ?真性異言らしく、当ててみて構わねぇ」

 「と言われても無理だ。ゲームでも実は特に出てこないんだよ、ロダ兄の探してるものって

 ゲームだと、そもそも主人公である聖女を気に入ってって形で出てくるんだけど、別に探し物とか無かった筈だ」

 と、青年の目が少し遠くの空を眺めた

 

 「そーいうものか?

 ま、ワンちゃんでも俺様の過去は分かってるんだろ?」

 そこには頷く

 「ってこった。俺様がこんなに沢山の亜人の特徴を出してしまったが故に、息子を恐れて母は父の元を去ってしまった。まだ腹の中に居た娘を……俺様の妹を連れてな。んで、最近うちの父が倒れたって訳よ」

 さっと言われるが、それと繋がる旅に出た理由が分からない

 

 「あ、ひょっとして薬とか?」

 「いんや?俺様見て分かるけどよ、あれは薬じゃ無理だぜ?」

 すっと真剣な顔で言われて面食らう

 

 「……そうなのか」

 「ま、ワンちゃん相手に言うのはちょっと酷だがよ

 特に、良く知ってるだろ?混合されし神秘(アルカナ・アルカヌム)の切り札(・アマルガム)って奴等。勢力を伸ばすために、信徒を増やすために、ばら蒔いた毒にやられたって感じだぜ」

 ……何も言えずに奥歯を噛む

 

 知っていた。いや、理解しようとしてはいた。おれの前ではあれだけ害の無いような行動だらけのシュリだが、世界に絶望して心毒に世界を腐らせた神なのだ。更にはもう話が通じようもなくなったアージュまで居る。やらかしているなんて、当然だった

 

 「……すまない、ロダ兄」

 「おっと、ワンちゃんが謝る理由とか無いぜ?」

 「いや、おれがシュリをちゃんと止められていたら」

 「はっ、悪縁は断つに限るが、悪縁でも無いだろ?」

 そう笑って、彼はおれの頭の上に時折彼が書けている派手なサングラスを載せた

 

 「悪いな、寧ろ気を使わせてしまって」

 「良いって良いっての。手を伸ばして縁を結ぶ事を願う、嬉しいこった」

 パン!と手を叩き、青年は笑う

 「俺様は、あの銀だか紫だかの龍神様は嫌じゃないぜ?ワンちゃん自身、ほかの龍神とは明確に区別して、区別した悪縁の方は断つってやってっからな

 

 ま、それはそれだぜワンちゃん。毒物は心の毒、狂いだした体を治すにゃ、心残りを晴らしてやるくらいしか思い付くもの無いって寸法よ

 だから俺様は、一度も見たことの無い、生き別れの妹?を探しに旅に出た。故郷にゃ俺様を怖がる人も多いし、その気持ちが増幅されるあの場にゃ居られねぇからちょうど良し」

 笑う青年をサングラス越しに見る。うん、色付きだから何時もと違うな

 

 「で、せめて俺様の母親の手懸かりをさがしてるって訳よ

 知ってるか、ワンちゃん?」

 「……桜理は?」

 問われて、おれはふとその名を挙げた。彼と髪の色こそ大きく違うが、同じく前髪に一房桜色が混じるってのは、兄妹故の特徴じゃないのか?

 「おっと、それは無しだぜワンちゃん。俺様達のこの髪は、家族にしか発現しないって訳じゃなし。確証無しに妹だろって異ったら、俺様側が悪縁ってもんよ」



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異伝 極光の聖女としょんぼり狼

「皇子さまが楽しんでくれるような出し物……」

 帰り際、魔力を通せば昇降してくれる魔法の床板を動かしながら、わたしはむむむ?と首を傾げました。もう、寮の中ですし殆ど身に不安はないんですけど……

 

 悩ましいところは、何も解決していません。沢山の人が尚もわたしと一緒にって言ってくれたのは嬉しいんですけれど、わたしなんて、折角皇子さまに付いていったのに、アステールちゃん達を助ける際にあんまりお役に立てませんでしたし……

 

 細かい傷が増えた隻眼で、優しく君が居てくれたからって微笑んではくれますけど、わたし自身が何より分かっています。シロノワールさんにも竪神さんにも、ロダキーニャさんにも出来て、オーウェン君だって頑張っていて。でも、わたしは……命を懸けて戦っている彼等の為には殆ど何も出来ませんでした

 見てるだけに近かったです。腕輪の力を使いきって、龍姫様からその上位版とも呼べるような、リリーナちゃんと並ぶ力を託されたのに、です

 

 情けないですよね、聖女さまって持ち上げられて、護られてばかりで。だから、せめて出来ることは頑張りたいんです

 ああして命を懸けた皆さんが少しでも心休まるように、楽しく過ごせるように

 わたしを希望だと傷ついていく皇子さま達が護ってくれた意味を、ちゃんと彼等に返せるように

 

 その一貫として、やっぱり学園祭でもわたし達の出し物で心に響かせてあげたいんですけれど……

 

 「難しいですよね」

 堂々巡りの思考をひとりごちながらわたしの為の部屋の鍵を開けて……

 わたしは明るさに目をぱちくりさせました。ちゃんと照明の魔法は消していった筈なんですけどと思えば、小さな人影が机の上に突っ伏しているのが見えます

 

 「アルヴィナちゃん?」

 そう声をかければ、ぐてっと気力無く伏せた少女の大きな耳がぴくりと片方だけ立ちました。そして、わたしの方へと向きますけど、全体としては伏せたままです

 「……あーにゃん」

 大事な帽子も机の上に置いて、本当に辛そうな少女を見て、わたしは手元の鞄を閉じた扉に立て掛けて慌てて走ります。

 茶器の大きめの湯差しに水を注いで置いてあった魔法でお湯に変えると熱すぎる温度が少し冷めてお茶を淹れるのに良い温度になるまでの間にカップと茶葉を用意し、後は蒸らすだけというところで手作りのクッキー(明日にでも皆さんに配ろうかな?って包装しておいたものですけど)を一つ開けて、コトンと全部を机の上に置きます

 

 「大丈夫ですか、アルヴィナちゃん?」

 ぽふっと大事な帽子を被せてあげれば、満月みたいで綺麗な瞳がわたしを見上げます

 「大丈夫だけど、平気じゃ……ない」

 「え?どうしたんですか?魔神警報に引っ掛かっちゃった……とか本当に危険な何かですか?」

 ちなみにですけど、アルヴィナちゃんがサバキストさんの腕を引きちぎったあの事件以降、魔神絡みの警報魔法は多く張り巡らされています。だから、アルヴィナちゃんは皇子さまやわたしが大丈夫って言った範囲から出られないんですよね。警報鳴っちゃいますから。だから、学園に通ったり出来ずに居るしかないんです

 

 「皇子に、フラれた……」

 「それは許せませ……あれ?」

 思いがけない言葉に、わたしはきゅっと握った手を下ろしました

 「えっと、どういうことですか?」

 「ボクは、少しは皇子達の為にも何かしたかった。怖がらせた分、楽しませる事でボクは居て良いって思いたかった

 だから、ボクも学園祭に混ぜてと言ったけど、にべもなく断られた。話すら聞いてもらえなかった」

 「それは酷いです」

 皇子さまならそうするだろうなって思いは胸に、わたしは相槌を打ちました

 

 「確かに、皇子さまは変に心配性ですし、アルヴィナちゃんを連れ回したら危険かもって思って断るのは分かります」

 「ボクも、そこは覚悟していた。でも、話を聞いて欲しかった……。あれは、悲しい」

 完全に意気消沈、しょんぼりしたその手に、暖かいカップを握らせます

 

 「アルヴィナちゃん」

 「あーにゃん。ボクは……」

 「一緒に頑張りましょう、アルヴィナちゃん!」

 覚悟は決めました。皇子さまにはアルヴィナちゃんと一緒に学園祭を盛り上げる手はありません。それは仕方ないです

 でも、です。聖女様って扱いで、魔法も使えるわたしなら、あんまり誉められた事じゃないですけれど、警報の誤魔化しも割と出来ちゃいますから

 

 「……?」

 こてん、と少し持ち上げられた首が傾げられました

 「皇子さまは無理でも、わたしが居ます。一緒に盛り上げて、輝いて、皇子さまを楽しませちゃいましょう?」

 「……良い、の?」

 「えへへ、変なところでお堅い皇子さまだって、アルヴィナちゃんを何とも思ってないなんて事はないですから。わたしが責任をもってちゃんとすれば、嫌とは言わないですよ?」

 そこは自信たっぷりにわたしは友達のひんやりした手を取りました

 

 「……ボク、頑張れる?」

 「はい、一緒にやりましょう?

 えっと、とりあえず今回はアルヴィナちゃんはわたしの義理の妹?とかそういうもので、編入してくるって設定なら大丈夫でしょうか……」

 参加するなら相応のカバーストーリーが必要です。わたしが孤児だったとか言われずに、ほぼ会ったこともない聖教国のお偉いさんの秘蔵っ娘みたいな扱いなのと同じくそれっぽい立場を言えれば良いんですけれども。この学園に編入してくるというか、編入したんだけど試験終わっちゃってたから本格的に登校は二年からってお話なら、一緒の班になれます

 「分かった。一緒に頑張れるなら、ボクはお兄ちゃん以外の妹になる。宜しく、あーにゃんお姉ちゃん」

 そんな言葉に、うっかりくすっと笑ってしまいます。お姉ちゃんと渾名が何だかミスマッチ過ぎて、違和感が凄いですから

 

 「さてアルヴィナちゃん。アルヴィナちゃんも共にって言うなら、どんな出し物が良いか明日みなさんとお話しするまでに、二人で考えましょう?」

 そうわたしが言えば、機嫌を直してぱくりとクッキーを口に運んでいた女の子は己が従えている死霊を自分の背後に指を鳴らして呼び寄せました

 

 「ボクと言えばこれ」

 「あのちょっと幾らなんでも怖すぎて学園祭には向かないっていうか、所謂ホラーハウス?なら行けなくもないと思うんですけどそれだとわたしとかアルヴィナちゃん自身はぜんっぜん活躍しようがないですから……

 もう少し、アルヴィナちゃんの可愛らしさを表に出せるものとか、無いですか?」

 

 と、わたしが疑問を投げた瞬間、大きくばぁん!と扉が開かれました

 「話は聞かせてもらったよ!この時こそ、アイドルの出ば……」

 「あ、リリーナちゃん」

 そして、わたしが立て掛けていた鞄が扉に撥ね飛ばされ壁へと当たって、小さな音が鳴ったのでした

 「あ、ご、ごめん!?」



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異伝 銀髪聖女とあの日の夢

桃色の髪の聖女様はそそくさとわたしの鞄を元の扉に立て掛けようとして……

 「あ、それアルヴィナちゃんが落ち込んでましたから置いてただけで、持ってきてくれた方が助かりますよ?」

 「うんまあそうだよね!?」

 って、拾い上げたままそそくさと机まで持ってきてくれました。わたし一人が使うにはちょっと大きすぎるくらいの机は、並べたお茶のセットの横に白い鞄を置いてもまだまだスペースがあります

 

 「……ところで、あいどる?ってどういうものなんですか?」

 少し落ち着いて、リリーナちゃんにもお茶を用意したところでわたしはふと問いかけました。聞きなれない単語ですけれど……

 「あ、アイドルっていうのは……あれ何だっけ?元々は偶像って意味の言葉なんだけど……あれ?正確な定義ってどんなだっけ?」

 こてん、と首を傾げるリリーナちゃん。偶像というのは実際に物理的に存在する、崇拝する存在……つまりは神様の像とかそういったものの事です。というより……

 

 「わたしたちって、元々偶像みたいなものですし、アイドルなんでしょうか?」

 「あー、うん、何て言うか、恋愛感情含めて愛される、歌って踊って色々と芸能活動する……って、この世界じゃあんまりそういうの無いから何ともね……」

 「あ、真性異言(ゼノグラシア)さんの言葉なんですね?」

 「まあ、皆から好かれるように、可愛さを押し出した服装でより歌とか踊りとかやって好感度稼ごうとしてるアーニャちゃんとかそういう感じで思ってくれたら良いかなーって」

 その言葉に頷きます

 

 「つまり、リリーナちゃんはアルヴィナちゃんと一緒に歌って踊れば良いんじゃない?って言ってくれたんですか?」

 少し考えるように左手の人差し指を曲げて唇に当てます

 悪くない気もします。アルヴィナちゃんは可愛いですし、ぜんっぜん縁が無かったからちょっぴり舞踏会とか苦手なわたしと違って魔神族の皇女さまですから。踊りは得意だと思います

 

 「あー、舞踏会とかより、もっと可愛さ重視で、うん」

 「なるほど?」

 「あ、こんな感じね」

 そう言うと、リリーナちゃんは立ち上がり、制服のスカートを揺らしてくるっとターン。そのまま、ステップを踏んで両手でハートを作り、それをわたし達に向けて押し出してそのまま両手を上に上げ、大きなアーチを描きました

 

 「可愛らしい曲に合わせてこうやって、ペアで舞踏って感じじゃなく踊るのがアイドルの一般的な感じかな?」

 「わ、可愛いです。アルヴィナちゃん、一緒に頑張れますか?」

 これなら、アルヴィナちゃんも活躍できそうですし、皆さんにも多少受け入れて貰えそう。そう思ってわたしは横の黒髪の女の子に語りかけました

 

 「……ボクにも、出来そう?」

 呟く少女の狼耳は立ち、瞳はキラキラしていて……やりたいって気持ちが伝わってきます

 「あーにゃんの足、引っ張らない?皇子に見て貰える?釣られた魚に餌を貰えないのは、ちょっと堪える」

 「いやいや、アイドルって可愛い、推せる、って気持ちが主で……別に歌も踊りもそこまで上手くなくて良いって言うか……

 単純な技術より惹き込む感じ、応援したくなる気持ちが重要だから……行けるんじゃないかな?」

 ツーサイドアップが揺れます。桃色の少女の太鼓判を得て、アルヴィナちゃんはやる気を得たのかひょこっと立ち上がりました

 

 「……あれ?けれどその場合、班の皆さんは?」

 「いやいや、演劇とか普通に出し物にあるじゃん?班の全員が出演はしないけれど、小道具だったり照明係だったりで皆で頑張るもの。アイドルも同じだよ?」

 「じゃあ、主にステージに立つのがわたしたちって感じでも、出し物として大丈夫ですね」

 結局わたしを推したいって皆さんの思いにも、皇子さまと回りたいからあまり長時間拘束されたくないわたしの我が儘にも、アルヴィナちゃんを参加させてあげたいってところも、全部叶えられちゃう名案です

 

 「あーにゃん、ボク、やる!」

 「はい、頑張りましょうね?」

 と、わたしはふと気になります

 

 「けれど、随分と詳しいんですね?」

 「あー、実は私……あ、リリーナじゃなくて(れん)の方ね?

 私、昔アイドル目指してたから……オーディションとか受けてたし、練習もしてた

 ……デビューも目前だったなぁ……」

 そう遠い瞳で告げる少女の瞳には、寂しさが見えて。きゅっと縮こまりながら自分の体を抱き締めるリリーナちゃんに、わたしは何をして良いのか少しの間分かりませんでした

 

 「……上手く、行かなかったんですか?」

 「あはは、可愛かったから、オーディションはちっさなところとはいえ三回目で受かったんだけど、ね

 

 だからかな?

 『ボクだけのものだ』なんて。ワケ分かんない台詞を吐き散らすストーカーに襲われて、さ。多くの人の前に、特に男の人の前に立つのがどうしても怖くなって引きこもっちゃったから。アイドルとしてはまともなレッスンすら一回しか受けてないよ」

 「……リリーナちゃん」

 「だから、乙女ゲーとかさ、基本的に被害を受けない世界に逃げて……私は……」

 

 言葉が途切れる前に、わたしは震える手を取りました

 

 「リリーナちゃん」

 「……あはは、情けないよね。乙女ゲーヒロインにまでなって、元の太陽みたいな女の子乗っ取って、こんなんだもの」

 「リリーナちゃん。皇子さまも、竪神さんも、ロダキーニャさん?も。オーウェン君達も、皆リリーナちゃんの味方です

 わたしだってそうです」

 涙に濡れる緑色の瞳を覗き込んで、皇子さまも言うであろう……何よりわたしが言いたい言葉を探しながら紡ぎます

 

 「大丈夫です。きっと、今恋ちゃんがこの世界に居るのは、今度こそ幸せになるためですから」

 「アーニャ、ちゃん……」

 「えへへ。わたしはもう迷いません。欲張りさんになっちゃいますよ?

 だからですね、あんな風に踊れたり、きっと本当は夢、忘れてないんですよね?なら……

 

 一緒に、やりませんか?」

 

 「……大丈夫、なのかな?」

 微笑むわたしを見返して、暫くの沈黙の後、少女はぽつりと返しました

 「はい!きっと、です」

 「じゃ、じゃあ……」

 おずおずと上げられる顔。少しだけ憮然とした表情をしていたアルヴィナちゃんも、意を決したのかリリーナちゃんの手を握ったままのわたしの手に小さな己の手を重ねます

 

 「えへへ、頑張りましょうね?」

 「そ、そうだよね。頑張ってみる、ゼノ君にも言われたし……私も進んでみないと。じゃあ、」

 と、そこでリリーナちゃんが固まります 

 

 「あれ、どうしたんですか?」

 「いや、頑張るぞ、おー!しようとしたんだけど……ユニット名無くて言えなかった」

 「ゆにっと?アイリスちゃんが作ってるあのゴーレムとかですか?」

 「いやあれもユニットだけど、グループ名って方が分かりやすいかな?」

 それを言われて、少し考えます

 

 「皇子さま達が守った明日をキラキラしたものにしたいから。だから始めた物語……『明日部』」

 「うんごめんねアーニャちゃん、意図は良いけどちょっとアイドルのユニット名としては、言いたくないけどダサい」

 「『あーにゃんず』」

 「それどうなの!?」

 「間違えた。皇子のためが強いのに名前に入ってないから可笑しい」

 「いやそういう問題なのかな!?」

 そんな風に元気に色々と言ってくれる、髪を跳ねさせる少女に思わず微笑みが漏れます

 

 「じゃあ、リリーナちゃんはどう思います?」

 「えっと……明日、っていうのは良いアイデアだと思うし、私達ってぶっちゃけた話寄せ集めたばっかりで明確な共通点って無いから……」

 むむぅ?と唸るリリーナちゃん。けれど、すぐに答えは出たようでした

 

 「『ラススヴィエート』、でどうかな?」

 「えっと、語感が格好良すぎじゃないですか?皇子さま達が名乗った方が似合うような……?」



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遭遇、或いは星の狐

ロダ兄と別れた後、焚き火の灯りを見ながらおれは女子寮を目指す。それで良いのかという話だが、護衛のために女子寮前のボロ小屋なんだよなおれの部屋。まあ、全然戻ってないし、何なら鍵すら掛からないポンコツで雨は防げるってだけなんだが……こうもなろう。基本的に男子が女子寮に近付くなって話だしな

 

 ってか、その割に一年間あまり居なかったんだが……そこは反省点だろう。護衛として、ついでに言えば乙女ゲーの攻略対象としても割とアレだ

 騎士団の仕事もあるし、アルヴィナを取り戻しに行って暫く牢にぶちこまれるわアステールを助けに行くわで、まともに学生として動いてなかった。ここまで会えない勝手に動く攻略対象だったらゲーム投げてた

 

 いや、違うなと自嘲する。ゼノってゼノルート行く気無いなら邪魔な癖に何かとイベントあったから飛び回って絡んでこない方がマシだわ。その点嫌なら関わってこない空気読めないようでその実絡んだ方が良いと判断してからしか来ないロダ兄とは対照的だ

 『兄さん、寂しさを感じてるならしっかり学園生活送れば良いんですよ?どうせ、前世では中学一年までしか通えなかったんですし』

 とか神様が言っているが、それをしたら終わりだろう、世界が

 

 とか無駄な事を考えながら歩いていると、ふと揺れる尻尾に気が付いた

 ああ、亜人の生徒か、と軽く目を向ける。教員の中には亜人って一人しか居ない(なお獣人は0だ。魔力がない=おれと同じで魔力で動く照明は点かないしボードに魔力を流して文字は表示できないしで授業にならない)から生徒だろう。特にあの彼はウサギっぽい亜人で尻尾はスーツのズボンに隠れてしまうし、耳も大きな帽子から流すように出して飾りのようにしている。少なくとも今見えているように薄桃色のヴェールとかでは……って待て、ヴェール?

 

 「……アステール?」

 「おー、待ってたらおーじさま来ると思ってたねぇ……」

 耳をぴこっと立てて、良く良く見れば地に足が着いていない(靴底が接地せず0.2cmほど宙に浮いている)その姿は、しっかり見れば此処に居るはずの無い少女であった

 本来二又の筈の狐の尻尾は一本になり、片方の瞳にだけ星が浮かぶオッドアイ。もう間違いはないだろう

 

 が……居る筈無いのだ。昨日話をしたし、その際はアナに水鏡を使って貰ったがしっかりと繋がった。だから聖都に居たのは間違いない。アナの水鏡は地点指定型だ。聖都から移動していたら繋がらない

 そして……それから一日以内に移動するなんて、それこそAGX系列でもなければ無理だ

 

 「……どうやって来たんだ?」

 同時、少し警戒して愛刀の柄に左手を添わせる。もしかしたら、このアステールは本人が言っていた魂の分裂先、つまり竜胆佑胡の元に残った欠片なのではないか?

 ならば、近くにあれだけやらかした事をちゃんと反省したのか未知数のあいつが居ることになるし……

 

 と思ったが、片方の星の浮かぶ瞳をしっかり見直して違うなと結論付ける。あっちのアステールの姿は見ていないが、多分今のアステールと逆の眼に星があるんだろう

 

 「おー、実はステラ、生き返ったとは言いがたくてねぇ……」

 とんと地を蹴れば、その姿は宙で停止する。触れようとしても、おれの指は彼女の体をすり抜けていく

 ……だからって、さりげなく動いておれの手が胸元に行くようにするのは止めようなアステール?

 

 「……実体が、無い」

 「今のステラはドロドロになった体と、溶けて歪んだ魂の憐れな狐」

 「いやでも、聖教国では」

 「あー、そこではちゃーんと実体保ててるよー?」

 こてん、と傾げられる首。おれは何がなんだかあまり分からずに首を捻る

 

 「おーじさまに分かるように言うならー、今のステラは体も魂も足りない状態をあの腕輪でカバーしてある状態なんだー

 だからー、所有者であるあの子の側にこーして腕輪に補われてる部分だけで来れるーってこと」

 「つまり半ば幽体離脱しているのか」

 と、こくこくと頷かれる

 「そーだよー?だから、ステラは死んでないし生きていない」

 言われて、胸に棘が刺さる

 

 「おーじさまには責任取って貰わないとねぇ……」

 が、ニコニコ顔で言われてその棘は溶け消えた

 「……責任、か」

 「そーだよねー?おーじさまがあのおっそろしーユーゴ様を生かすって選択をしたから、今のステラがある」

 ぐぅの音も出ない。それは確かだ

 

 だが

 「そこに思うところは……二つの意味であったから、今こんな状態なんだろう?」

 反撃はおれにも出来る。何故ならば、アステール自身彼女を信じる部分があったから、その部分が柩の中に切り離されて今の状態なのだから

 「まー、そーだと思うけどー、今のステラってユーゴ様について思うところをぜーんぶ無くしたステラだからー、死んでほしーなーとしか想ってないんだよねぇ……」

 言われて苦笑する。まあ、ユーゴ想いの部分が消えてるから不安定なんだしな、分からなくもない

 「すまない」

 「謝るくらいなら、とっとと決着付けて欲しーなー?」

 その言葉に、本気を感じて気が重くなる。己の選択が正しかったと叫ぶ心に亀裂が入る

 それを隠すように、おれは曖昧に歪んだ笑いを浮かべた

 「まあ、出会うことが……道が交差することがあったら、な?」

 ……逃げだ。そんなのおれ自身が知っている。それでも、間違っていたと言えば全部が無駄になる気がして、おれは言葉の上で逃げた

 

 「おー、待ってるよー?」

 「というか、何で現れたんだ?」

 「ステラ自身から色々と言おーとしたら、こーだよねー?」

 それは分からなくもなくて頷く

 「つまり、誰かに何かを……というか、多分アナと話したかったってことか?」

 「そーそー。おーじさまがステラが書いてるお話について進めてることはー、何もしなくてもだいじょーぶそーだしー」

 「いや、アナ達についても」

 「お金って、大変だよねー?」

 「うぐっ」

 結局、アステール絡みの借金は半分だけ返して後は踏み倒してる。それを言われると弱い。そもそも返済まで金利0って良心的極まる状態で借りてるのが酷いがな

 

 「そーじゃなくてー」

 ん?何だか困った顔してるな、アステールが

 「いやー、ステラも関わりたいから、お金がひつよーな聖女にお金を貸しに行ったんだよー?」

 「いや、アナ達ってそんなに金が」

 「アイドルユニット、『天津甕星(アマツミカボシ)』、ステラもいしょーで関わろっかなーって」

 「いやどうなってるんだよその辺りの話!?ってか、その名前大丈夫か!?」

 主に七大天絡みで

 『あ、兄さん。私は天津甕星ではなく天雨甕星(あめのみかぼし)ですし、私が伝えましたから平気ですよ?』

 ……神様公認ユニット名だった

 

 「ってことは、やりたいことは終わった?」

 「後はおーじさまとデートで満足かなー?」



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焼却、或いは鬣の友人

そうして、何か期待しているアステールの為に学園内で一番高い場所を借りて(天文研究会の人々こそ居たものの快くはないが貸してくれた。彼ら集まって天文幕……所謂プラネタリウムを今年こそ開催するんだ!と意気込んで空を見るよりも天幕を作っていたからな)、暫くアステールと星がまだあまり無い空を眺めて……

 

 戻ってくると、寮が無かった

 うん、見事に撤去されてるわあのボロ小屋。誰が入るとも知れないから小銭と教科書……つまり盗っても仕方ないものしか置いてなかったから良いんだがどうなんだそれ

 っていうか、燃え残りが放置されてるが、解放感からキャンプファイヤーしてる奴等が居るなぁと明かりを確認したがその材料の薪あの小屋かよ、せめて片付けていけ

 

 いやまあ、本来何やってんだと暴言の一つでも吐きたくなるが、女子寮近くに男子がのうのうと居座ってたのがそもそも嫌だってのは分かるんだよなぁ……。おれ自身聖女様の護衛が忌み子とかふざけんなって石を投げる気持ちは理解できるし

 

 「だからって、落書きは止めろよ、寮の壁だぞ」

 煤で書かれたおれへの罵詈雑言。手紙なり直接なり言ってくれるなら良いが、女子寮の壁にやったら唯の違法な落書きだ。アナに近付くなとか散々にボロクソ書かれてるが、やはり忌み子って嫌われるものだなと苦笑しかない

 『兄さん』

 仕方ないだろ。おれなりにやれることはやってきたけれど、それは彼等に好かれる努力じゃなかった。寧ろ嫌われても良いと走ってきた報いだ

 そんな風に少しだけ憤る幼馴染の耳元囁きに応えつつしょうがないかととりあえずそれを消して……日が暮れる

 

 ってか、今晩どうしようか。泊まる場所が無くなったが……まあ、ハンモックで良いか。近付くなとか呪いで死ねとか言われても、それがおれの仕事だからな

 と思っていると、不意に肩を叩かれた

 

 「シロノワール?」

 「すまないが私だ」

 振り返れば、少し煤けた青年が困った笑みを浮かべていた

 「竪神」

 「それにしても、この国の皇族相手とは思えないな、これは」

 「まあ、皇族である前に忌み子だ。そして、七大天に歯向かう呪い子でありながら、聖女様を誑かそうとしている大魔神」

 って痛いんだがシロノワール?蹴るな蹴るな

 この世界では悪魔って七大天の一柱の事だし、邪悪な奴は悪魔じゃなくて魔神扱いするんだよ。この悪魔!って完全に誉め言葉でしかない

 

 「嫌われるのも分かるさ。が、これは犯罪だし犯人も正直分かる。なんで明日にでも反省して貰おうか」

 ま、おれが説教しても聞きやしないが、と苦笑しながら壁の汚れを落としきる

 

 「分かっているさ、皇子。同学年の三人だ。アイリス殿下が確認している」

 と、頼勇が持っていた一枚の魔力映写を見せてくれた

 そう、当たり前だが寮の防犯設備ってあるし、壁登って女子寮に侵入とかされないように壁にも魔道具埋め込んであるからばっちり誰がやったのかバレてるんだよな。浅はかというか、怒りに身を任せすぎだというか……しかも男子生徒が二人混じってるから凄い。大義名分消えてるぞそれ

 

 「……アイリス自身は?」

 「憤慨しつつ、聖女様方のところに行ってしまわれた。で、だが……」

 言いにくそうに、青年は機械の腕を握ったり開いたりした

 「アイリス殿下曰く、『お姉ちゃんのところに泊まるべき……です』ということで、腕輪の、いや極光の聖女様の部屋に案内するようにと言われた

 言われたんだが……」

 「却下に決まってるだろ!?」

 アナがおれを大事だとおおっぴらに公言して、一歩引いた感じが減ったせいで周囲が忌み子がぁっ!?とキレてこうして寮破壊されている只中にアナの部屋に泊まるとか正気の沙汰ではない。恨みで人が殺せるならおれは死んでるだろう

 第一、悪い噂がアナに立つだろうそれは

 

 「……まあ、流石にな?私はそう思ったし、他の皆がアイリス殿下を宥めてくれる事を祈るとしよう」

 「アナ自身止めてくれ……」

 いや、最近のアナ怪しいなその辺り?貴方が大切だからですと言って憚らないし、言動に予想が付かなくなってきている。いや、ダメですよと諌めてくれるのは助かるんで有り難いが……ノア姫の影響でも受けたのだろうか

 

 「まあ、明日ノア先生に色々と頼むし、今日さえ乗りきれば良いからハンモックでも何でも良いんだが」

 「泣かれるだろう?外泊でも良い筈だ」

 そこで漸く、おれは彼がタオルを首に掛けていることに気がついた。軍服の上から博士のような白衣っぽい防護外套って少し珍妙だが似合う出で立ちのインパクトに隠れて見落としていた

 

 「まあ良いんだが……ひょっとして、その誘いなのか竪神?」

 「ああ。アイリス殿下がゴーレムで聖女様方と話に行ってしまった以上、今日の作業は進められない。まだ一番星以外はあまり見えない程に夜早く、たまには友人とゆっくりと話したくてな」

 そんな青年に、おれはそれもそうだなと微笑んだ

 

 「行くか、竪神」

 「そう言ってくれると嬉しい」

 「ところで、竪神は学園祭はどうするんだ?」

 「参加できる範囲ではやりたいが、何よりも……ジェネシック・ダイライオウの完成を急ぐ必要がある。皇子が下準備辺りで私や殿下が作れそうなものを発注してくれると大助かりという所だろう」

 「……じゃあ、仕掛け付きの出し物を考えてみるか」



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商業区、或いはプールの話

そうして、とりあえずラフな格好に着替え(軍服白衣も和装も遊びに行くには威圧感が凄い)、門で待ち合わせ。二人して小走りで地を蹴って、完全に否が暮れきって門が閉ざされる前にと焦って鞭が走る馬車ならぬ虎車を追い抜きながら王都へ。門番に入りたがってるのが居るから待ってあげてくれよな?と一声残して門内へと足を踏み入れた

 今回目指すのは、貴族の区画……よりは格式低い場所。劇座とか構えてる人市通りの隣接区だ。まあ、謂わば商業区、特に商店とは区別されたサービス業が発達した場所である

 実はプールとかあるぞ、おれが辺境に兵役行ってる間に完成していて随分と余裕だなと嬉しくなった覚えがある

 

 だってそうだろう。僅かに人々の心にも緊張が走っている。【円卓の(セイヴァー・オブ)救世主(・ラウンズ)】、【混合されし神秘(アルカナ・アルカヌム)の切り札(・アマルガム)】、そして何よりそれらを支配する異世界より来るカミ【神話超越(オウス・オーバー)の誓約(・マイスガイザー)】。それら正直理不尽過ぎて同じく理不尽を振りかざすしか対抗手段の無い裏の敵については知らずとも、伝説の魔神復活の神託は皆既に七天教に伝えられているのだから

 その上で、娯楽施設の発展が相応にあるなんて、勝つと、護って貰えると信頼されている証だ。不安なら生き残るために、何時でも逃げ出せるように財産を纏めておくだろうしな

 

 「で、だ。何処に行くんだ竪神?こっちは……雨季、龍の月の前にってことでナイトプールとかやってるらしいが」

 煌々とした明かりは遠くからでも見える。あまり夜遅くまで光が点っている訳ではないのだから、それこそ城より目立つ程だ。溜め込んだもので賄うにしても魔力消費大変そうってレベル

 

 「いや、それは良い」

 と、友人は己の左手を軽く上げた

 「この通りだ。あまり水泳は好きではない。それに、皇子も微妙な顔で、トリトニスでの湖で遊ぶ日を見ていたろう?」

 その言葉に苦笑を返す

 

 「おれじゃないおれの話だけど、プールは苦手でさ。先生がおれが生き残ってしまった事故で妹の夫を喪った人で、ずっと微妙な顔をされて……足を引っ張られたり、水底に押し付けようと腹に足を乗せられたりさ、色々あったから」

 あ、とおれは誤魔化すように笑う

 

 「勿論、抜け出してじゃれてただけって話だし、海とか湖とかなら平気だぞ?単にプールが思い出がない分嫌なだけだ」

 「まあ、それはもう聖女様とプールに行って克服してくれとしか私には言いようがないが」

 肩を竦めたかと思うと、青年は歩みを止めずに進み続ける

 

 「劇も良いが、夜に公演しているものでもないしな。まずは夕食と行こうか」

 「いや、服装ラフで良かったのかそれは」

 「……アイリス殿下を誘えればと思っていた事もあり、あまり格式張ってはいない」

 まあ、ゴーレム入店とかかなりアレだものな。それが通る程度には自由な場所か

 

 「というか、それおれが居て良いのか?」

 おれはふとそう尋ねた。いや、アイリスとだろう?

 「いや、私なりにも殿下に外の世界をと思っての事だったが、話自体は何時でも良いしと言われた上に断られて困っていたところだ」

 そのおれに、優しく青年は笑いを返した。どうでも良いが、おれを見て忌み子への嫌悪感からか露骨にそっぽを向いた若い女性がうっかり振り返る程度には女に毒だぞ、それ

 

 「……上手く行ってないのか?」

 「どうだろうな。一部で言われているように、恋愛という面があるとすれば確かに上手く行っていないと言えるだろうが、私にもアイリス殿下にも、それより優先したいものがある。それが一致しているからこその盟友、恋とは多分違うものだ

 となれば、ある意味正しいのかもしれないな」

 「何だそれは」

 「喪うのが怖いから、総てに一人で立ち向かいたがる、私たちの英雄についての話だとも」

 ……言われて、歩みを止める 

 

 流石に分かる。それはおれの話だ。主におれの為だと、大概は逸らされ気味の言葉を投げつけられたに等しい

 

 「……有り難う、こんなおれに付いてきてくれて」

 絞り出せたのは、一歩とそんな言葉

 「聖女様も、アイリス殿下も、私も同じだ。傷付くのを見たくない、己が突き進む以上責任を負うものだと思っているから、喪う可能性を背負いきれないと遠ざける

 そんな皇子を一人にしたくない、それだけさ」

 「……告白か、竪神」

 逃げるように茶化す。異様に喉が渇いて、言葉が掠れる

 分かってる、分かってるんだ。それでも、まだ。足が、手が止まる。素直にその手を取ろうとすることが、おれには出来ない

 見下ろした手の甲に赤黒い返り血が見えて思わず袖でありもしないそれを拭う

 

 「……皇子が皇女だったら、そうなっていたかもしれないな」

 私も男に恋愛はしない、と茶化しに乗ってくれて空気が軽くなり、おれは息を吐いた

 もう、何時もの幻覚は見えない。いや、最近はほぼ見なくなっていたし、さっきのあれも昔ほど血は多くなかった。前は腕全体にベッタリだったものな

 「……前には、進めてるか」

 「追い付くのが大変だ。置いていかれて嫌う人間の気持ちも分かる」

 その言葉には、何時ものように困った笑みを返すしかなかった

 

 「悪い、竪神」

 「気にしないでくれ。私自身、聖女様から『皇子さまには言わなきゃ伝わらないです』と憤慨されて今言葉に出している

 

 あまり暗い話ばかりしても、面白味は無いだろう?この話は一旦終わりにしよう」

 「……ああ、そうだな」

 と、おれは一歩前に踏み出した

 

 「……それにしても、食事マナーの辺りは案外出来るんだな皇子……」

 「元々が忌み子だからな。皇族として列席する度に粗探しされる以上、其処で躓いていたら困るんだ」



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異伝、銀髪聖女といがみ合う犬猫

「……にゃあ」

 「あれ、アイリスちゃん?」

 乱入してきたアステール様から『天津甕星(アマツミカボシ)』という、お星様の化身の神様の事を言う異世界の言葉らしい龍姫様が用意してくれたグループ名を教えて貰いつつ支援を取り付け(わたしは一緒にと思いましたけどアルヴィナちゃんが威嚇していたのと他国の重鎮ですし諦めました)、三人でお話を続けようと思ったその時、ふと扉を叩く小さな音と鳴き声に、わたしは振り返りました

 安全を一応確認して扉を開ければ、やはり其処にはオレンジ色の鮮やかな毛並みの猫ちゃんが足を揃えて待っていました。アイリスちゃんが良く使うゴーレムさんです

 見ていれば、わたしの前でその実はかなり重いゴーレムは姿を組み換え、内部に仕込んでいたらしいパーツを膨らませながら見覚えのある女の子の姿へと変わりました。頭の上に本物には無い猫耳が揺れているのが特徴です

 

 「どうしたんですか、アイリスちゃん?」

 「お姉ちゃんの……手伝い、です」

 「さっきアステール様も幽体離脱?って朧気な姿を見せてくれましたけど……随分と皆さん来ますね?」

 「まあ、乙女ゲーヒロインだからね、中心人物だよ」

 と、わたしの淹れたお茶とクッキーを美味しい美味しいとつい摘まみすぎちゃったって自分のお腹を見下ろしていたリリーナちゃんが呟きました

 

 「あはは……わたしだけじゃ無いというか、重くないですか?」

 「まあ、重いよね重圧……。アーニャちゃんと二分してなかったら吐いてたかも」

 昔は気楽だったけどねーと、お茶を飲みながらリリーナちゃん

 ちょっとだけ強張った顔にわたしも頷きます。命を懸けて戦う人達を、死んでいくところを、間近で見てしまったら想像だけで平気って思っていた事なんて、吹き消えてしまいます

 

 「でも、一人じゃありませんから。それに、わたしがやりたいって気持ちだってちゃんとありますから」 

 とん、とわたしは自分で心臓部に左手の甲を触れさせます

 「うーん、色んな意味で立派」

 「にゃあ!」

 「……流石はボクのあーにゃん」

 ……皆さんの視線が何というか、胸に行って少しだけむず痒いですけどね?

 

 でも、嫌じゃないです。一部の男の人みたいにねとっとした視線じゃないですし

 

 「そ、それより」

 気恥ずかしさからわたしは少し話題を逸らせるものを探して……あ、ありました 

 「そういえばリリーナちゃん、リリーナちゃんは良いんですか?」

 「ん、何が?」

 「わたしは乙女げーむ?についてはあんまり詳しくないっていうか、聞いた知識しか無いから何にもアドバイスとか出来ませんけど、その話の通りならリリーナちゃんと皇子さま達の誰かが恋愛してって事が起きる筈なんですよね?」

 「あ、うん」

 「その辺りとか、リリーナちゃんがどうしたいとか、色々と聞いてみたいなーって」 

 「それはアーニャちゃんも」

 と、桃色少女の口が止まります

 

 「ま、ゼノ君以外に靡くわけも無く……だから何にも言うこと無いよね当然……」

 「皇子さまの為にも皆さんもっていうのは沢山ありますよ?」

 「半分惚気!っていうか100%もう甘ったるいよアーニャちゃん!口直しにお茶頂戴!」

 「……ボクは」

 「うんうん、ゼノ君の為に魔神を裏切ってる時点でもう知ってる」

 「うにゃぁ」

 アルヴィナちゃんがさくっと話を終わらせられて不満げにクッキーを噛み砕きました

 

 「あでも、ゲーム通りならアドラー君とは」

 「皇子に未来(ボク)を託して死んだ」

 「死んだの!?ゲームだと御披露目イベントすらまだ起きてないのに!?」

 「あはは……真面目な魔神さんっぽくて、わたしはちょっと苦手でしたけど……」

 「会ったことあったのアーニャちゃん!?」

 「いえ、ノアさん達を助ける事になった際に、円卓さんに皇子さま達をぶつけようとした彼とほんの少しだけ……」

 「うっわ、怖いねー本当に。良く生きてるよ皆」

 しみじみと呟くリリーナちゃんと、手元を見るアイリスちゃん

 

 「やはり、お兄ちゃんは、地獄に、居、ます

 捕らえ……て」 

 「アイリスちゃん。わたしももう十分頑張ったってゆっくりして欲しいですけど、皇子さまはそんなことしても絶対に心休まりませんよ?

 自分には命を張る事しか出来ないからって、何とか戦いに戻ろうとします。そんなの、もっと見てられないです」

 「うんまぁ、ゼノ君って戦う事が好きじゃないけど、自分が必要なくならないと剣を置く事なんてしないよね絶対……」

 「流石、ボクの皇子だけある」

 「いやアルヴィナちゃんのものじゃないし。私の婚約者だし一応」

 

 と、桃色髪の聖女様は慌ててわたしに向けて体をブンブンと振りました

 「あ、違うからね?私別にアーニャちゃんから奪おうとかそういう意図無いからね」

 「有ったら、噛む。皇子泥棒は私罪(しざい)

 鋭い犬歯(というか牙)を桜色の唇から覗かせてアルヴィナちゃんが小さく唸りました

 「こ、殺されるの!?」

 「私の罪って意味だからそこまではしないと思いますよ?」

 少しだけ首を横に振るわたしに、ほっとしたようにリリーナちゃんはお茶を飲み干しました

 

 「……こほん」

 「お兄ちゃん、泥棒?」

 あ、アイリスちゃんも一拍置いて反応しちゃいました。でも、アイリスちゃん自身皇子さまを心配しすぎなくらいに心配してますし……自分の体が弱くて死を身近に感じているからか、その辺りには敏感です

 それで閉じ籠るというか、関わってから喪う辛さから逃げるように広い世界に興味を無くす辺りが本当に兄妹なんですけどね?

 

 「ボクはお前には興味ない」

 「お兄ちゃんを、傷付ける……害悪」

 「死んでもボクが居る。だから平気」

 「うにゃっ!」

 ぱしっと肉球のパンチが飛びました

 

 「あ、アイリスちゃん!?」

 「お兄ちゃんも、猫の座も……渡さ、ない」

 「ボクは魔狼。猫は止めた。狼は偉い」

 帽子をきゅっと胸元に抱き、左手でアイリスちゃんがゴーレムを組み換えてあまり痛くなくした猫パンチを受け止めたアルヴィナちゃんが吠えます

 「魔狼は……忌まわしい、害獣。お兄ちゃんと、違って……本当に、神に逆らう……」

 「がるるる……」

 「星紋の疫病を振り撒く厄災の狼を討った帝国の血、味わう?」

 「ちょ、二人とも!ストップ、ストップですよ?

 アイリスちゃんはアルヴィナちゃんほど世界が広くないから、例え死んでもって思えないんです」

 突然の一触即発にどうして良いか慌てつつ、わたしはとりあえず親友から止めることにします。多分ですけど、大人だからって先に止めたときに分かってくれそうですし……

 

 「あーにゃん」

 「アイリスちゃん、アルヴィナちゃんだって悪いだけの女の子じゃないんですよ?それに、アイリスちゃんが皇帝陛下や皇子さまを災いって言われたら辛いように、アルヴィナちゃんにとってかつての四天王をって辛いんです。確かに恐ろしくて昔被害を出した魔神さんですけど、少し柔らかく言いましょう?

 お互いに最初は自分の価値観と違って分かり合いたくないっていうのは理解できますけど……そのままだとわたしは悲しいです」

 と、黒髪の少女の白い狼耳がぺたんと伏せられました

 

 「でもボクは、コイツ嫌い」

 「お兄ちゃんに、害ある……」

 「どうどう、ですよ?

 すぐに仲良くなれなくても、いがみ合いすぎたら皇子さまが苦しいです」

 「そうそう、此処でやりあっても苦労するのアーニャちゃんだからね?

 ってか、ゼノ君今はまだそこまで関係ないよアーニャちゃん!?」

 完全に置いていかれていたリリーナちゃんが、漸く入れるとばかりにわたしのフォローをしてくれました



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遭遇、或いは気品

「……さて、と。風呂屋にでも行くか?」

 そう誘われて、そうだなーと考える

 

 おれ自身はあまり汗とか無いし、わざわざって思いはあるんだよな。汚いかもしれないが、風呂に入れない日も良く経験するし汚れてなければって認識がある

 いや、日本人混じりとしてはどうなんだろうなそれ?

 

 『兄さん?男から風呂に誘われるってことはですよ?』

 いや、頼勇はそんなじゃないだろ始水?

 楽しげにからかいを話しかけてくる幼馴染に呆れた声音を脳内で返す

 『いえいえ、日本という国にはあるじゃないですか。会社の同僚男と連れ立って向かうと、何故かそれぞれ自由恋愛に発展する謎の風呂屋が……』

 ってそっちかよ!?色恋というか欲が膨れた早熟な生徒が行きてー言ってた気がするあそこだ

 って待て、そもそもこの世界そんな誤魔化し要らないぞ?おれは行かないが風俗はその行為を明言して営業している。だから逆にそんな風呂屋システムは無いというか……

 

 閑話休題

 からかうのに満足したのか幼馴染神様は言うだけ言って黙り(何だか気まずい)、おれはというとどうだろうな?と首をかしげながら一応向かおうかとして……

 「美味しかった、有り難うお母さん」

 「良いのよ、久し振りだもの」

 聞き覚えのある声に右眼を細めて声の方向を見た

 

 ああ、やはり桜理か。こういう場所で会う時の常というか、おれが贈った眼鏡を掛けた白髪混じりの中年女性の手を引いた黒髪少年の姿がある。ラフな服装で、軽く火照っていて風呂上がりって感じだ

 

 いや待て、腕時計起動してないから今のあいつって女の子だな。多分母親と湯場に行くから、一緒に入れる女性の方が良かったんだろう。何時も服装はボーイッシュだからぱっと見混乱する

 

 いや、気にしてなかったがどうなんだろうな?男になれる少女って、他の女性にとって共同の場を使うのは危険って意識も……

 おれ自身なら桜理に危険はないって言いきれるが、他人には押し付けられないしな

 

 まあ良いや、その辺りの話はおいおいな?おれが考えてても仕方ない

 

 「あ、皇子」

 と、向こうも視線からおれに気がついたのか魔物素材の安くて魔法が良く通るカップから顔を上げておれ達を見る

 「風呂か?」

 「うん。お母さんと行って、冷えたフルーツ牛乳……じゃないけど飲んでたんだ

 そっちは?っていうか、出てくるの珍しいね?」

 「アレット達のせいか寮が燃えたからな」

 いや、マジでなにやってんだアレット・ベルタン。エッケハルトどん引き案件だぞ真面目な話

 

 「え、え!?だ、大丈夫なの!?」

 「今日は可哀想だが明日相応に対応させて貰うから、今日だけ何処かで……」

 いや、とおれは笑う

 「軽く刀を振って勘を鈍らせないようにしつつ寝なくても良いが学園内でやりたくはなくて、さ」

 「うーん」

 と、カップを持ったまま少女は少しだけ悩む素振りを見せ、あっと顔を上げた

 

 「なら、家……来る?」

 「オーウェン?」

 いや、女性しか居ない家にお邪魔するって駄目だろう普通に

 「オーウェンのお母さん、貴女からも」

 「この子が何時も言ってくれますのよ、皇子が皇子がって。それに、この眼鏡を贈って下さった方ですもの

 変にワルぶって、自己評価が呪いのせいで酷くて、誰にでも手を伸ばす皇子殿下。今回くらい、此方から手を伸ばすのは宜しいかしら?」

 ……何だろう、言い回しにどことなくノア味を感じる。高貴さ?というかなんというか……

 

 となると、少し疑っていたが本気でこの人というかオーウェン、ロダ兄の探している生き別れの妹だったりするのか?ロダ兄は一人桃太郎なキメラ亜人だから遠ざけられてたけれど血筋はそこそこだった気がするし、その家に居たなら気品の欠片があるのも分かる

 

 むぅ、とおれは悩む

 とはいえだ。何か気になったって女性の家に上がり込むとか……

 「駄目、かな?」

 上目遣いで見詰められて、おれは溜め息を吐いた

 「竪神、悪いけれど」

 「ああ、残りはジェネシックの完成の目処が立った後、打ち上げとして頼めるだろうか」

 「いや割とおれと色々と遊びたかったのかよ!?」

 「友人と遊ぶのは楽しいものだろう?それとも皇子は違うのか?」

 「いや、おれもそうだよ。なら、今度頼むな?予定が空いたらそれを教えてくれ」

 そう告げれば、藍の髪の青年はその機械の左手を上げ、踵を返した

 

 「ならば今日は楽しかったが、もう夜だ。続きは今度またとしよう」

 「良いのか、竪神」

 「アイリス殿下とは食事したら終わりのつもりだった。皇子とならばと思ったが、計画は白紙も良いところだ。ちょうど良い、今度の隙間の日までに埋めておこうと思っていたところだ」

 「そうか、ならばまたな、竪神」

 「ああ、まただ皇子」

 ほんの少しの微笑みと共に彼は去り、それを見送りながら……

 

 「と、まずはその前に」

 やるべき事をおれは思い出す

 「ん?これから僕の家に行くんだよね?」

 「一宿一飯の恩義は返すものだろう?そこまで高くても萎縮するだろうし……そういえば晩御飯は?」

 「食べたよ?」

 「ならば明日まで持つし、変に加工しなくても良い……となると、揚げ物は劣化するし保存食はその気が強すぎても困るし」

 「だからどうしたの?」

 「お世話になるなら何か土産くらい持っていくだろ?いっそ選んで貰うかって話だ」

 「い、いやいやいや、昔の僕は調子に乗りすぎてたから図々しくお母さんの眼のアフターケアまで要求したけど基本的に僕ら皇子に散々に助けられてきたっていうか、寧ろ僕らがおもてなしするのが当然なのに要らないって!?」

 「親しき仲にも礼儀有り、だぞオーウェン。世話になるなら何か返せ、それが基本だ」

 「そこがまず変なんだけど!?世話になってるの僕たち!」



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異伝、銀髪聖女と巷の娯楽

「えっへへー」

 と、お風呂(わたしのお部屋、ちゃんと大きめのそれが付いているんですよね。何時もは一人で使うから寂しいくらいの大きさですし、リリーナちゃん達を誘うのもと思ってましたけど、さすがに四人で入るとちょっとだけ狭くて足は伸ばせませんでした)から上がると柔らかい湯着に袖を通します。下着は……無くてもあんまり辛くないように湯着が出来てるから今回は良いですかね?別に外に出る気も、他の方を出迎える事もありませんから

 明日の朝制服……じゃなくて神官服に着替える際に身に付けましょう

 

 「ほかほか」

 と、帽子を直しながらわたしの湯着(何というか、胸元がぶかぶかです)を羽織ったアルヴィナちゃん

 「……うーん、帽子ってそれシャンプーハットじゃないから邪魔だったんじゃ」

 「これは皇子から修学旅行の時に貰った奴。防水加工で泳いでも平気」

 「邪魔……」

 「あはは、アイリスちゃんもわたしの頭の上に乗ったりしてましたけど、毛の掃除って案外大変なんですよ?」

 「……にゃぁ」

 と、猫姿のアイリスちゃんはしょんぼりとしたように床を見ました

 

 「スライムゴーレム、明日持ってくる。スライムはゴミ取りが得意」

 それは分かります。ぶよぶよした体で小さなゴミを全部体内に入れちゃうんですよね?それに柔らかいから管とかも隅から隅まですぐに掃除出来て重宝される生活用の水属性魔法です

 「あ、あんまり責める気はないんですよ?わたしが皆で一緒にって言ったからですから」

 慌てて手を振ります。アイリスちゃんは壁を作りがちで、それを分かってて、多分猫姿だと思ってそれでもアルヴィナちゃんと仲良くする切っ掛けになればって

 

 「あーにゃんは、悪くない」

 と、わたしの膝に乗って頭を預けてくるアルヴィナちゃん。わたしは櫛を出すと、水濡れした黒い髪をとかし始めました

 「悪は、そっち……」

 「悪いネコは、休業中」 

 「悪い……魔神」

 「それは失業済み。今のボクは、皇子と未来を夢見る裏切りの魔神」

 「……信じられま、せん」

 アイリスちゃん(猫形態)が、二本足で立ち上がります

 

 「その目は、お兄ちゃんを、傷付ける」

 「お前ほど、皇子を信じていない訳じゃない」

 と、猫の動きがフリーズします

 

 「……?」

 尻尾が垂れ、首をかしげるアイリスちゃん

 「あの眼が、ボクを見ずに誰かの未来を見続ける明鏡止水が、ボクが見惚れ欲しくなったもの

 奪うな、止めるな。心の果てまで、手を伸ばさせろ」

 「……そうしたら、お兄ちゃんは、死ぬ

 脚を砕いて、手を縛って。止めるべき」

 ……うん、お互い皇子さまを大事なのは分かりますよ?だから、です

 

 と思いますけど、わたしは今回は何も言わずにアルヴィナちゃんの髪を整えてあげながら見守ります

 「……あれ?良いの?」

 「はい。お互いに、言い合う時だと思いますから。さっきみたいにお互いに酷い時はちょっと止めますけど、皇子さまを思う気持ちは同じですから。いっそ譲れない事を叩きつけあった方が良いんです」

 と、わたしは笑います。だってそう、羨ましく思うあの竪神さんと皇子さまだって、アルヴィナちゃんの事で同じくやってましたから。譲れない、譲りたくない、その思いを心の底からぶつけることで、きっと分かり合える事だってあるんです

 

 「うにゃぁぁっ!」

 「しゃーっ!」

 ちょっと不安ですけどね?

 「それより、わたしはリリーナちゃんが気になりますよ?」

 「え何?いきなり私の話?っていうか、そんなに気になる?」

 「はい。さっきリリーナちゃん自身が言ってましたけど、この世界の辿る未来は結構乙女ゲームとして知られてるんですよね?」

 と、桃色の少女はひょこっと顔を出した小さな生き物の喉を撫でながら頷きました。宝石獣の子です。最近はお気に入りなのかジーヴァ君と名を付けられたリリーナちゃんを護るドラゴンさんの頭の上や翼の間に何時も居ますけど、ちょっと来てくれたみたいです

 

 「あ、要りますか?」

 と、クッキーの上からナッツを取り外して指の上に載せれば、ちょこちょこと短い四肢で走ってくるのが可愛いです

 でも、わたしはそこまで懐かないようで、ナッツを取ったらそそくさと大きな尻尾を振りつつリリーナちゃんの近くに戻ってから、リスさんみたいな歯でそれを齧ります

 

 「……あ」

 「……よしよし、どうしたの?」

 と、そんなわたしには気がつかず、リリーナちゃんは自分に付いてきてくれた宝石獣さんに話しかけました

 

 「……あれ、どうだったんですか?」

 「お腹空いたってだけみたい。うん、明日の朝の分忘れてたし、成長期だから欲しいみたいで……」

 「深刻じゃなくて良かったです」

 そんなわたしの膝上では、アルヴィナちゃんが業を煮やしてかドレスの肩から下げていた小さくて新しいポーチから、何かをごそごそと取り出していました

 

 「……それで、さっきの話なんですけど。乙女ゲームとしては、今リリーナちゃんはどうなんです?

 皇子さまとは特にシナリオがないっていうのも、オーウェン君がゲームでは出てこないっていうのも何となく分かりますけど……

 それに、ゲームだと今からわたしたちがやろうとしているアイドル?活動って成功して皇子さまや、他の皆さんの心を打つ事が出来たんですか?あ、実は駄目だったとしても諦めませんよ?

 アルヴィナちゃんも居ますし、原作が駄目ならそれを超えて成功させてみせますから」

 そんなわたしに、難しい話なんだよねとリリーナちゃんは曖昧に笑いました

 

 「……ボクに勝てたら、少しは誉める」

 カードデッキを取り出して机の上に起きつつつつ、アルヴィナちゃんは真剣な面持ちで告げます

 「吠え面、かくと良い……」

 それに合わせ、アイリスちゃんも喉元から(何処にどうやって仕舞ってたんでしょう?)カードデッキを取り出すと、人の姿になってそれをかまえました

 

 「えっとそれ何ですか?」

 「牢獄は暇だから、皇子や混ざりものが持ってきてくれる」

 「マジック・ルーラーズ。最近流行りのカードゲーム、です……」

 「あ、そうなんですね?」

 「あーにゃんは好きそうじゃないから、あーにゃんとはチェス?とかそういうのにしてる」

 確かにわたしがアルヴィナちゃんと会うと良くやります。でも、そんなカードもあったんですね?

 

 「コイツで、お前を倒して分からせる」

 と、黒髪の魔神はデッキ?の一覧上のカードを徐に捲ると、其処に描かれた轟く帝国の剣を持った燃える皇子さま……っぽい人のイラストのカードを見せつけます

 あ、多分魔神剣帝さんですね。わたしはそこまで詳しくないっていうか、普通の皇子さまの方がって思ってあんまり追いませんけど、彼モチーフのあの物語の人は皇子さまと違って普通に人気ですから。差は少ないし忌み子と皇子さまは嫌われるのが悲しいですけど……

 

 「所詮、安物」

 と、アイリスちゃんも同じカードを見せました

 あ、でもこっちは名前の部分にキラッキラの青い加工がしてあって、魔法のお陰かイラストの焔が大きく揺らめいて見えます。それに、デュランダルを変えるポーズも別ですね?

 

 「お兄ちゃんへの想いと、レア度が……違い、ます」

 「ボクのこれは、当てたカードに皇子が応援を書いてくれた、最高レア。市販品ごときが」

 ……これ、普通に仲良しなのでは?

 

 「負けたら、お兄ちゃんを狙う悪」

 「負けたら、皇子を分からない駄目妹」

 「「決闘(デュエル)!決闘開始時、初期手札に含まれるこのカードを封印状態でバトルゾーンに置き、相手は山札の一枚目をドローして、手札を一枚山札の下に置く!『眠れる焔のゼノン』!」」

 もうこれ仲良しですよね絶対!?



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少女の家、或いは誤魔化しの決闘

「もう、買わなくて良いのに」

 「日持ちがする魚だから、明日の朝にでも使ってください」

 鰻の蒲焼き……ではないが、それっぽいハーブとタレ焼きの袋を差し出しながら、おれは小さく会釈した

 

 「悪いわねぇ」

 「さっきも言いましたが、親しき仲にも礼儀あり。かつて相手に何かをやっていたからといって、それを盾にはしたくない。今は今ですからね」

 だから、こうして世話になるならば何かを持っていく、それがおれなりのケジメだ

 

 「……でも良かったわ。この娘、ほら、男の子っぽくしたがるし……しっかり落ち込んでた助けてくれた皇子様と仲直り出来てたのね」

 「おれも助けられてますよ」

 特に、彼自身は嫌うあの力に。AGX-15(アルトアイネス)、大いなる鋼の皇(カイザー)。ほんの片鱗でも、まともに起動しない状態でも、おれ達の未来を切り開いてみせる窮極の力。あまり頼っては桜理に毒とは知っているが……

 

 「というか」

 言いかけて口をつぐむ。当たり前だ、この世界に産まれたサクラは女の子だものな。それが嫌でオーウェンと名乗って、早坂桜理の姿で男をやってたとはいえ、今世の母からすれば男っぽく振る舞いたがる男装娘に過ぎない。わざわざ前世を掘るのは駄目だろう

 「何かしら?」

 「その魚は米の方が合います。おれ自身強要はしませんが、可能なら一考をとだけ」

 適当なことを言いつつ、さらっと誤魔化せる何かを探しておれの右目は周囲を漁り……一つの束に目を付けた。スリーブ(ちなみに魔物素材)に包まれたカードの束。ギャンブルで使われるカードは大体こうして(マーク)対策をされているがそれよりもだ。この裏面は……

 

 「マジック・ルーラーズか?」

 「うん。知ってると思うけど四年前から発売されてっているカードゲームで、獅ど……皇子モチーフのあのカードもあるんだよ?

 最近は王都近郊だけじゃなくて帝国全土に広まってて」

 知ってる。というか、散々やった。何ならアステールが聖教国で大々的に売ろうとか言って、販売元とのアポ取り付けてと言ってきてる

 んだが、エッケハルトが販売に一枚噛んでるんだよなこいつ。最近はフォースのとこ(エルリック商会)とニコレットのとこ(アラン・フルニエ商会)が利権でバチバチやってる噂を聞いたりと中々アレだ

 ってことで、おれ自身版元から来た販売戦略として魔神剣帝シリーズ出して良いか?という話に元ネタとしてアステールも良いと言う筈だし了承すると一筆添えたくらいしか関わってない。製作者とか会って話したことすら無いんだよな……エッケハルトは会ったらしいが

 

 閑話休題。とにかく、おれもプレイヤーではある

 ということを示すように、おれはちらっとデッキを振る。ちなみにこれはシロノワールが影から投げてくれたものだ。同じのが実は3つある

 いや、アルヴィナ何か気に入ってたがそれはそれとして良く預かってくれてるなシロノワール!?余暇にデュエル誘っても断るのに

 

 「……あれ!?皇子も持ってるの?じゃあ、やる?」

 そう誘われて、おれはデッキを翳した

 

 そして……

 「なあサクラ、その混成魔神剣帝デッキ流行ってるのか?」

 アルヴィナ相手に大体のカードを見たデッキを眺めて、おれはぼやいた。ってかおれの知り合いのマジック・ルーラーズプレイヤー、ロダ兄以外そのデッキなんだが!?切り札が火闇属性のカードなのにデッキ構成は火光水の三属性って点まで同じ。噂に聞くと魔神剣帝デッキ、普通に火闇で組んだパターンも七属性で組んだ通称7Cゼノンコントロールもあるらしいが……そもそも他に大量にデッキタイプあるのにここまで同じデッキ使いが居るって環境デッキか何かかそいつ

 

 「というか、獅童君のそのデッキ何!?」

 と、勝利者様が驚いたようにおれのデッキを見る 

 「何かすっごく変なデッキだけど」

 「こいつか?パウパービートって言うんだよ。コモンカード縛りの速攻ビートデッキ」

 「え?獅童君ってひょっとしてお金がないの?」

 「いや自分で使える分も多少あるが?でも、1ディンギルするようなデッキとかちょっと興味あるって時にぽんと渡されても困るだろ?

 その点このパウパーデッキは割と流通してるコモンカードしか入ってないから、屋台街で二個くらい何か食べ物買うより安いんだよ

 ついでに低レアを一部高レアに入れ換えるだけでかなり強くなる。複雑なコンボがないから初心者が回せて、貰っても罪悪感なくて、そして改造しがいがある。プレゼントしやすい布教しやすい良いデッキだろ?」

 と、おれは己のデッキの背を撫でた。

 「あ、布教用なんだそのデッキ」

 「まあな。安いし案外強いから何パターンか組んで持ってるぞ

 おれ達と関わりたくない真性異言(ゼノグラシア)が売るのは良いが、普及を願うならもっとスタートデッキ売れっての」

 と、会ったこともない製作にちょっとだけ愚痴りながら、おれはふぅと息を吐いた

 

 うん。これで万が一作ってたのが桜理だったらしょんぼりされたところだが、そこは一般家庭の出。そんな筈も無かったようだ

 最近の世界の狭さならあり得るかと思ったが……

 「でも、最近の新段ちょっとばたばたしてたんだよね……」

 心配そうに告げるサクラ

 「獅童君は知ってる?」

 「呼び方可笑しくなってるぞサクラ」

 「あ、そっか」

 と、慌てて少女はデッキを大切そうに仕舞いこむと母を見た

 

 「あらあら、愛称で呼び合って、良かったわねサクラ」

 ……メガネを贈っただけであまり話してこなかったが、さてはこの女性案外強いな?

 

 「というか、気になるのか。そういえば……」

 『ちなみに、最初の販売元は名前だけの貴族ですよ。多分引き継ぎは起きますが、そこまで問題は無いでしょう』

 と、幼馴染様が教えてくれる

 いや分かるのか始水

 

 『ええ。これでも神様ですからね、私。兄さんはあまり意識していないようですしそれで構いませんが』

 

 「……皇子?」

 「いや、ちょっと神様からの啓示でな

 カードについては多分大丈夫だって」

 「啓示!?しかも俗っぽい!?」

 「神様だってゲームくらいするぞ。野球のチームだって買ってたくらいだからな」

 「いやそれ本当に神様!?」

 「神だぞ。諏訪建(すわたけ)天雨甕星(あめのみかぼし)様だ」

 「……えーと、何て?」

 「ティアミシュタル=アラスティル様」

 「……えーと、同じ言葉だろうけど聞き取れないよ?

 あ、そっか魔名か。ってことは、七大天様のこ……って本物だったの!?」

 紫の眼を見開く少女におれは苦笑した

 

 ってか、あの名前ちゃんと始水として理解されるんだな……?おれは魔名ちゃんと聞き取れるから違う名前では?となるが、魔名を唱える資格がないと始水を示すそれぞれの名前割と同じ謎の音に聞こえるらしい

 

 「ま、まあ皇子がとんでもない札を隠し持ってるのは何時もの事だし……」

 曖昧に少女は笑ったのだった




「……へっくち!」
 「おー、佑胡さま、風邪ー?」
 ふわふわ浮く桃色服狐耳少女に言われて、金髪でラフな服装の少女はいやいやと頭を振った
 
 「あーしの事、誰か噂してるんじゃない?
 あーし、風邪とかマジ御免だし頭も痛くないし熱もない。これ噂っしょ」
 言いながら、少女は防塵防寒用だが今は要らないと腰のスカートの外に巻いていた上着の袖をほどいた
 
 「ってか、うっわ」
 そして、嫌そうに空を見上げる。乾いて雨季を前に一部の花が散っていく林の上、夜空が割れて位やな赤色を見せていた
 「あのバケモン達だけじゃなくて、原作ゲーム通りの魔神まで来るとかマジありえんから」
 そして、苛立たしげに左手の傷の入った腕時計を叩く
 
 「壊れてても、さ。これしかないっしょガラティーン!
 あーもう、獅童からエクスカリバー返してって恥覚悟で貰ってくるべきだった!」
 「おー、おーじさまから?」
 「回路壊れてるし、アガートラームの予備パーツはあの神に差し押さえられてて円卓に取りに帰るとか冗談過ぎるし!使う度にダメージ来る壊れた武器とかマジ無いって!」
 
 そんな姦しい少女の前に、空から異形が降って来る。それは、コカトリスといったおぞましい怪物達。万色の混沌より湧き出る脅威……低位の魔神
 「ま、四天王とかじゃないならあいつらXよりは弱いのが助かっけど、心身共に休まる時が無さすぎて流石につらたにえん……
 あーし入園料払ってないから!とっとと閉園しろバーカ!」
 「おー!へいえんだー!
 で佑胡さま?辛谷園ってどんなばしょー?」
 「あーしが!知るか!適当に言ってるだけのやばたにえんなワードだっての!ノリで返せ!」
 そんな少女を、銀髪を纏めスカートを履いた銀髪の軍人の影が、少し遠くから呆れたように、槍を片手に眺め……
 「ゼノちゃんには悪いから、不意討ちはしない。けど……
 あの屑を助けてやるだけの価値、ルー姐分からないかな」
 静かに、少女に加勢しようかという騎士団の兵士を手で押し止めた
 「とりあえず様子見、良い?」


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夜、或いは少女の母

「あら、夜遅くなのにどうしたのかしら?」

 深夜、日が変わった頃。借りたベッドの脇から立ち上がって窓を開け、空を眺めているとそんな声が聞こえた

 ちなみにだが、ベッドは家に二つしかないし、寝室は同じだ。女の子だからって別の部屋に泊まるとかそもそも出来ない一部屋式の他人を泊める事を考えていない家だからな

 貧しい暮らしならばそんなものだろう。寮の方がベッドと机しか置けない大きさとはいえ寝室が別な分豪華まである。ま、居間みたいな場所は二人共用とか三人共用とかそういう大部屋だったりするんだがな、無料で借りれる寮だと

 金を払えばその限りではなく完全個室で複数部屋の寮も借りれるが、サクラにその金が払える筈も無し

 

 いや今は良いか

 「ああ、すみません。どうしても寝られないもので」

 「あの子、嫌だった?」

 「嫌も何も、女の子と同じベッドはおれには無理です」

 女性と同じ布団で寝た記憶なんて、前世で怖がる妹を安心させたのが最後だぞおれ

 いや、アナとかアルヴィナとか、おれの意識がない中で入ってきた事はあったかもしれないが……少なくともおれが自分の意志でやったのはあれだけだ

 

 ってか、女の子に失礼だろ、おれと一緒なんて

 

 「あらあら、お母さんと寝た時の事とか思い出せば」

 「……有名な話ですが、おれを産んだせいで母は呪い殺されましたし、そんな相手なんてどんな乳母も御免ですよ

 乳母兄弟のレオンだって、母が怯えていた事からおれを敵視してた時期もあった程です」

 結局そのまま、更におれが亀裂を入れてしまった関係だが

 

 「……なら、ね。本当は人恋しいって泣くのも良くないのかしら?」

 「まるで、オーウェンとおれの関係を進めさせたいような」

 「そう言ってるのよ。私も皇子様に病の薬も後遺症対策の眼鏡も貰ったとはいえ、あまり長くないしねぇ……」

 こほっという咳が響く

 

 「あの子は男の子だったら良かったのにってずっと言っていた。そんなサクラが、女の子としてあってみたいって言えたのは、あなた様の前だけなのよ」

 「おれに何を背負わせる気ですか」

 肩を竦めるおれ

 重すぎる。おれはそんなもの背負えない。分かっているから、茶化して誤魔化す

 

 「背負わなくて良いの」

 「そもそも、おれに誰かを幸せになんて出来ない。不幸を食い止めることすら、出来てないのに」

 「要らないのではなくて?貴方が幸せにしなくても、貴方が居ることで幸せにはなれるわよ?」

 「ノア姫やアナみたいなこと言わないで下さい」

 「親バカだもの。娘の恋路を少しくらい、応援してやりたいのよ。私自身は逃げてしまったのだし」

 止めてくれ。おれしか居ないと言われると、背負わなければならなくなる。サクラ・オーリリアの人生なんて背負えない。独りで居るべきおれに!そんなもの言わないでくれ

 

 そう頭を振って、聞いた言葉を受け流す。流せてないとか知らない、流したことにする

 

 「……逃げてしまった?」

 だから、踏み込むべきではないとわかっている言葉にも反応してしまう。そんなの、おれが苦しんでいるように……聞かない方が良いなんて当然だというのに

 「あら、昔の話よ。ごめんなさいね」

 が、黒髪の女性は微笑んで許してくれる

 

 「……申し訳ない」

 「良いのよ、皇子。貴方はそれだけ、サクラも私も助けてきてくれた。踏み込む権利くらい、あるのよ?」

 「そんなことは」

 「忌み子、七大天に呪われた死すべき邪悪。それでも、その運命に違う!と叩き付けてきた。ふふっ、私も残っていたら、似たものを見れたのかしらね」

 その言葉に、口をつぐむ。ほぼ答えであったから。おれと似たような境遇でそれを越えてきた少年。そう、それを一人知っている

 

 「D・ルパン。いや、ディルバン家」

 ロダ兄自身は不吉だからとその名を名乗らせて貰えない一家の名をぽつりと呟く

 「まだ、ふんぞり返っているのかしら?」

 それはもう、答えでしかなくて。思った通りながら、言うことが見つからなくておれは唇を噛む。こんな女性に今更何をという話はある。ロダ兄の為にと言いたい気持ちもある

 

 「言いたいこととか、あるのかしら?ええ、娘の不満とか、それとなく聞くわよ?」 

 「いえ、サクラには世話になりすぎな程ですよ。おれとしても、居なかったら此処におれが居ないのは知っていますから」

 「……心配されるのも分かるわね。可笑しな所で物わかりが良いもの」

 くすりと微笑む女性は、すぅすぅと(おれが部屋に居るのにも関わらず)己の男性性を保証する腕時計すら外して寝息を立てる娘を眺めた

 

 「大変よ、サクラ?」

 「……申し訳ない」

 「おやまあ、謝ること?」

 「違ったかも」

 柔らかな笑顔に、おれは頬を掻いて空を見た

 

 何だろうな、このノア姫感。けれどもっと、儚く消えてしまいそうで。桜理の母想いが行きすぎているのも、少し理解できてしまう

 ノア姫は幼く小さめな外見に反して儚さの欠片もないというか存在感強すぎるからだろうか、どうしてもそのノア姫と似た雰囲気と儚さがちぐはぐに感じてしまうが……病というのは、そういうものなのかもしれない

 本人の気質等に関わらず、その命を奪っていくようなもの。実際、あの星壊紋に苦しんでいたりした頃のノア姫は、何処か焦りと儚さがあった気もするしな

 

 「けれど、本当に聞きたいことは無いのかしら?」

 くいっと上げられる眼鏡

 さっきまで寝ていたから身につけて居なかった気がするんだが、いつの間に掛けたんだろうか

 「おれからは、特に。ただ言えるとしたら……

 貴女の言う逃げた場所。少しでも思うところがあるのならば、其処から来た話に耳を貸してやってください。決して受け入れろという事ではなく、断ろうが何だろうが構いませんが……

 事情だけは、知ってあげてください」

 「そんなので良いのね?

 分かったわ、語りたい人に託す優しい皇子殿下」

 「……逃げてるだけですよ、おれは。おれが背負うべき責任から、他人が自由意思でやった事だからって

 ほら、良く知らないままに説得して失敗したら、おれの責任じゃないですか」

 逃げてばかりじゃ居られないことなんて、分かっていて。でももう少し、せめて乙女ゲーの中でも一つの分岐点であるおれの追放イベントの足音が聞こえてくる時期までは

 

 それを認めてくれているのか、たまに叱ってくれる幼馴染神様も聞き流して何も言わないし。って、これも逃げだが

 

 「あらあら。サクラが危険でないなら、普通は恩人の言葉を無下になんてしないのよ自己中さん?

 馬鹿にしやすくて敵愾心を投げつけ易いからって、助けられても結局忌み子の癖にってそんな人ばかりじゃ貴方も疲れてしまうでしょ?」

 「……そんな人の意見も分かりますし、何より周囲には逆におれに優しすぎな人が多すぎますから」

 「あらあら、強敵登場ねサクラ」

 おれから一歩離れ、娘の顔にかかる桜色の前髪を指先でとかして、女性は慈愛の笑みを浮かべた

 「なんて。聞いていたのだけども、ね。聖女様にエルフ様、手強いと思うわよー?

 二号さん、いえ三号さん狙いとかが良いのかしらね?」

 その瞳には、あまり責めるような光は見えず。だからこそおれは、耐えきれずに目線を反らした。この優柔不断と罵られた方がマシだ

 

 「ところで貴方、この先の日々に時間はあるのかしら?

 サクラがさっき貴方とやっていたゲームのイベントとか、劇とか見たいけれど眼の悪い私とじゃ行けないからって悩んでいたのよ」

 「とりあえずは鍛練と劇の練習や打ち合わせと、後は学園祭の仕込み……墓参りなんかはもっと後でですしまあ時間はありますが、そういうのは当人から言わせてください」

 「ふふっ、親バカ過ぎたかしら?でも、あの子押しが弱いからねぇ……」 



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劇座、或いは学祭の脅威

まあ、そんなことがありつつも、おれはといえば翌朝早くに劇座へと顔を出そうとしていた

 ちなみに、鍵は眠そうな眼を擦る桜理からちゃんと借りた。窓開けて出てくのも流石に危険だしな

 

 「っ、とっと」

 体を動かす修行も兼ねて、通りと通りの間を細道ではなく店舗の上を軽い幅跳びの要領で飛び越えて……

 発声練習中の自分の才能を買って欲しそうな少年に当たりかけて空を蹴って無理矢理急制動。雷を足場に出来ないからある程度自在とはいかないが一応風を起こすくらいの勢いで虚空を蹴れば反動で体の飛んでいく向きは多少変わる。ということで少年の前にしゅたっと降り立って、悪いな邪魔したと紙幣二枚を置かれた少年の帽子の中に放り投げて踵を返す。ちなみにだがこの世界貨幣の方が紙幣より高い額面なので割とケチなのだが……まあ良いだろう、被害0だしな

 

 「お、来たね」

 「ええ。とりあえず色々と此方のものは出来上がったので、一旦擦り合わせをと思いまして」

 「助かるよ、でも、魔法が使えない割に早かったね」

 「その辺り、極光の聖女(アナスタシア)様が優秀ですから」

 と、おれはいやおれが自慢してどうすると内心ツッコミながらも告げる

 

 そんなおれを見て、ついでに幽体離脱アステールから貰っておいた資料も見て、少しだけ遠く(まあ屋内なんだが)を見詰めると、座長は口元を綻ばせた

 

 「ふふっ。そうだともね

 聖女様は最初から、見抜いておられた。まあ、認められない者は多いだろうけれど……」

 「団長さん?」

 「いや、前の時に、君の手助けを必死に頑張っていた娘が、聖女として喧伝される今も同じだと思うと笑えてしまってね

 そうだ、彼女にも手を借りれるのかい?」

 それにおれは首を横に振る

 

 「今回は聖女様方は各々でやりたいことがあるようなので。そんな最中に参加はさせられません。体力と身体能力だけに自信があるおれじゃあ無いんですから疲労で倒れますよ」

 「それは残念。忌むべき呪い子という現状を変えるために描かれた英雄譚。誰よりもその為に動く聖女様は正に一番居て欲しい相手だとは思うのだけれど」 

 「寧ろ……って話ですがね、それは」

 言いつつ、おれはアステールから貰ったメモに目を落とす。そこには神の啓示として冗談みたいな事が書いてあった

 曰く、『天津甕星』と。始水に聞けば本人達がやろうとしていたからユニット名をあげたそうだ。うん、何やろうとしてるんだアナ

 と言いたいが、おれは参加したこと無いものの文化祭と言えば歌や躍りはメジャーな出し物だと思う。それを披露するのは間違った判断ではないだろう。アイドルには相応の力がある。人々に前を向いて明日を生きようとする活力を与えてくれる

 それは希望であり、おれには出来ない行動だ。だからそれは良い、それは良いんだが……

 

 「どうしたのかな?」

 「えっと、ある程度それぞれの出し物が決定したのですが……

 聖女様方の出し物が、此方で用意しようとした劇の目的と丸被りする目標の歌劇舞台になりました」

 

 アイドルのステージとヒーローショーを同じ分類で括るのかよって話だが、人々の心に希望と勇気をって目標は同じだから、おれは同類として括りたい

 「……手厳しい話だね」

 「まあ、メインとなるのは可愛らしい少女ばかりなので、勇気と希望より恋心と欲望が強くなりかねない気はしますが……」

 苦笑しながら続ける

 「でも、本人の信念は確かに団長さん等と共通するものだと思います

 そして、聖女様は注目度が高いから、此方の劇の寸前の盛り上がる時間に出演して貰うしかない」

 前座にする気かと言ったとして、一番人々が来れる時間に二連続ってのは外せない。そしてステージの締めが外部枠って伝統だからそれをおれが変えられない

 

 結果……

 「下手したら完全に前の出し物に呑まれる状態ですね、おれが依頼した劇」

 そう、そうなるんだよな

 「おっと、それは大変だ」 

 「はい、大変です」

 まあ、何が大変かと言われると言語化しにくいがな!彼ら元から手抜きする気はなかっただろうし、つまりは演出などをブラッシュアップして少しでも目を惹くようにするしかないって事だ

 

 「うーん、手厳しい」

 「おれとしても昨日の夜、即刻話が通ったと聞いた時は目を疑いました。元孤児だけあって料理とか得意なのでそれを生かすものだと」

 アナのケーキを出す喫茶とか、模擬店としては大繁盛しそうだしな

 そこまで自己主張しないアナが、必要にかられたりせず最初からやります!って自分の可愛さを押し出してくるのは予想外だった。てっきり喫茶系で、押しきられてメイドもやる時間帯があるとかだと思ってたんだが

 

 「けれど」

 「あ、後何故か気が付くとそれぞれ別班だった筈の二人の聖女様、同じ『天津甕星』を名乗って共に歌うらしいです」

 そこは本当に何でだよ!?ついでに聖女様と一緒にやりたい!組!結局統合された上に裏方に回るから人手過多気味で個々の出番とか壊滅的だぞ!何かあって仲良くとかそんな希望消えてるぞ、良いのかそれで

 

 まあ、一番ヤバいのはアルヴィナがさらっと参加してくるらしいことだが……そこはもうアナ頼みだ。おれじゃ何かあったときの責任しか取れない。警報に引っ掛からないようにとか無理だ無理

 

 「ははっ。本当に責任重大だね

 外部枠、何時も大人気で伝統と化してる出し物を……聖女様方のおまけとして、面白くなかったと批判される訳にはいかない、と」

 「はい、すみません」

 「いやいや、謝ることはない。此方は常に、人々の笑顔のために全身全霊で舞台劇という一時の夢を織ってきたんだから。今回も、聖女という輝きに負けないだけのものを仕上げるだけさ」

 「ま、素人混じってますが今回は」

 「本人だから仕方無いさ」

 と、男は優しく微笑んで……

 

 「ところで、君は何を出すのかな?」

 「ああ、友人達と話してこれかな?というものは考えたんですが、それは……」



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出し物、或いはシナリオ依頼

「は?今なんて?」

 炎髪の青年がその青い瞳をくわっと見開いた

 「うーん、獅童君、良いアイデアだとは思うけどさ、場所って大丈夫なの?」

 と、聞いている桜理も首を傾げ気味だ

 「ああ、大丈夫だよ。今年は気合いを入れてるグループ多いけど、それと同時にメンバーも多い。そしてついでに、模擬店なんかより発表をやるってところが多いんだ」

 と、おれは資料を叩く

 

 まあ、聖女様方が居て、それが様々に出し物を見るって事を宣言してるからな。目立ち易い出し物で意識されたいという意図は分かる。それこそ文化祭でお化け屋敷やるよりバンドの方がモテるってのは真理だろう

 

 が、お陰でステージの利用スケジュールは準備時間がタイトになるほどパンパンな割に、使って良い部屋余りがちなんだよな、今年

 去年の資料と見比べると一目瞭然のスカスカさ。記録映像会(つまり自主製作映画みたいなもん)とか、それでも教室利用な出し物のグループはあるが……

 

 「成程成程、結構結構!

 面白いじゃあないかワンちゃん、なぁに、此処から始まる縁もまた良し!俺様は支持しよう!」

 なんて、おれの肩を叩く青年にだろ?と笑って……

 

 「俺は!脱出ゲームとかいう面倒なものよりアナちゃんミスコンとかやりたいの!」

 「嫌われんぞエッケハルト」

 半眼でおれは突っ込んだ

 ついでにもうミスコンやるグループ居る。いや文化祭の華みたいなものな印象はなくはないが、堂々とミスコンが出し物です!って申請するのはどうなんだ。伯爵家の子息がリーダーだからって通すのもどうなんだ

 

 「知らん!俺はお前みたいな好きとも一言言ってやらないキザ野郎じゃないの!女の子としてアナちゃんが好きなの!

 そこがお前を越える点なんだから」

 「アナに直接言え」

 「お前による洗脳を解く!」

 「むしろ解いてくれよ。おれより幸せに出来るだろうからさ」

 おれだって死ぬ気はもう無い。死んで楽になんてなってる暇はない

 

 けれども、やはり。それでも誰かから好かれるのはどうしても吐き気がして

 シュリは良い、あれは自分を許す手段を欲しておれに手を伸ばしているから

 始水もまだ良い。神様として手出ししにくい分おれみたいなのが必要だという打算がある

 でも、アナにおれは必要ない。居なくても幸せになれる。だのに!と思ってしまうのだ

 

 だからおれは、炎の赤毛の青年の肩を叩いて……

 「ゼノ野郎が、触れんな!」

 その手を払われて肩を竦めた

 

 「おっと、悪縁は絶つに限るが、そうでない縁は大事にするもんだぜ?」

 「うっせぇ!アナちゃんを誑かして危険に晒す悪縁が!」

 「ちょ、ちょっとエッケハルト様……」

 「オーウェン!お前も言ってやれ!」

 「え、え!?でも僕は獅童君のこと好きだし……」

 「ホモがぁぁぁっ!?」

 言われ、少年(しょうじょ)の瞳が少しだけ曇った

 

 「ほ、ホモ……」

 「でワンちゃん、そのホモってのはなんだ?」

 しょんぼりと肩を落とす桜理と、愉快そうなロダ兄に、おれは少し言い澱みながら答えた

 「同姓を恋愛対象にする男」

 

 「おおっと、それは可笑しいぜワンちゃん?」

 「まあ可笑しいんだけどさ」

 そもそも本名サクラな女の子だぞ半分。つまり、悪く言ってバイだ。良く言えば単なる女の子

 

 肩を竦めながら、おれは桜理を庇うように軽く横へとさりげなく動いた

 「そもそもリリーナ嬢と割と仲良いしな」

 「ちっ、ホモテかよ」

 「エッケハルト!」 

 「ったく、冗談くらい分かれよゼノ。最近……じゃないけど可笑しいぞお前。同じ真性異言(ゼノグラシア)だってのに、狂気孕み過ぎだ」

 ばん!と少しだけの申し訳なさを奥歯で噛み締めるような、歪んだ顔の青年に肩を叩かれる

 

 分かっている。それでも、折れた先には何もないから

 「悪いな、怒鳴って

 それでも、オーウェンには謝ってくれ。そういうのが嫌で、苦しんでるんだから」

 「そうだぜ少年。そこは、誰しも触れて欲しくないもんだ。謝らなきゃ、自分が悪縁になるぜ?」

 そう告げるロダ兄の眼も、何時もと違って笑っていなくて

 

 「……悪かったよ。ゼノのせいで苛立ってた

 何かに当たりたかったんだよ」

 黒髪の少年に向けて、炎髪を揺らして頭が下がる

 「オーウェン、おれからも御免な?」

 「い、いや皇子が悪いことはなくて!?」

 眼を白黒させられて、これでまあ良いか?とくすっと笑って手打ちにする

 

 「で、なんだけど……」

 「うげー、アナちゃんと学園祭したくて何とか交渉して帰ってきたのにさ」

 「それならもうアナと脱出ゲーム参加しろよ」

 呆れたようにおれは言う

 

 何そこは遠慮してるんだコイツ?

 「は?ってか流石に幾ら俺でも全部知ってるゲームで無双して惚れて貰うのが無理筋なくらい分かるわボケ!」

 すこーんと飛んでくるハリセン型の炎

 

 っ!

 反射的に呼び戻した愛刀でそれを切り払ってしまって気まずくなり、おれは頭を突き出した

 

 「存分に叩いてくれ」

 「もう遅いわ!?ってかいきなり」

 「……いやさ少年。ワンちゃんの左眼付近は、焔で焼けた痕がある」

 「……もうおれは気にしてないよ、ロダ兄。うっかり寝ぼけて敵かと勘違いしただけだ」

 実際は、やはり焔の一撃には何か心の底がざわめくが。それを無視しておれは曖昧に笑みを浮かべた

 

 「というか、エッケハルトはこの中で一番話が作れるから、何人かで参加したメンバー向けにシナリオを作って欲しいんだ

 仕掛けなんかは此方で頑張るから、謎解き部分はほぼ初見のままで行こうと思えば行ける。だから参加するのも悪くないんじゃないか?」

 ほら、とおれは手を上げて適当に資料を振る

 

 「聖女様とで宣伝にもなるしさ

 おれはオーウェンと仕掛けを考えたり設置するから流石に参加できないし、おれと参加じゃ宣伝にならないだろ?」

 「あ、僕そこなんだ。頑張るよ」

 で、とおれは白桃色の青年を見た

 「仕掛けの魔法部分の装置とか竪神に作って貰うから、ロダ兄は当日の案内とかナレーションとか頼めるか?」

 「適材適所、ってとこだぜワンちゃん」

 

 と、炎髪の青年が席を立つ

 

 「……エッケハルト?」

 「ああもう、迷惑かけたしアナちゃんと宣伝するし!

 二度と白ばっかコピ本案件ごめんだっての!」

 ……と、その言葉におれは横の桜理と顔を見合わせた

 

 「白ばっかコピ本?分かるか?」

 「え、僕おたく?用語詳しくなくて……」

 『白ばっかとは恐らく背景描き足りないという意味。コピ本はコピー本。つまり正規の印刷ではなくコピー機でコピーしたものを束ねて本にしたものを指します兄さん

 つまり、言い換えれば遊び過ぎて締め切り過ぎたので慌てて最低限だけ書いてコピーで形だけ作った駄目作品。つまり、酷評されるようなものにはしたくないという意味です』

 ……詳しいな始水。あと一応受けてくれてるのかエッケハルト



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襲来、或いは噛み付き

「さて、と」

 ロダ兄にサクラ母の事こそ教えたものの、まだ早いぜワンちゃんと返された後。おれは桜理と共に学園を歩いていた

 

 「獅童君、これから何をするの?」

 「基本的にはエッケハルトがシナリオを上げてくれるまでに、どんな仕掛けを作っておくかを考えるんだ

 脱出ゲームは基本的に暗号を解いて先に進む」

 と、おれはさりげなく脳内でwikiを丸暗記でもしたのか情報を流してくれる幼馴染神様の受け売りで語る

 

 「うん。色んな謎を解く、物語仕立ての謎解きゲームなんだよね?

 脱出って言葉からは派手なアクションさせられるのかなって思うけどそんなんじゃなくて」

 と、それにおれは笑いながら頷き、軽く足を踏み切って飛んだ

 

 そして、四階の窓にタッチしてひょいと横に片足で着地

 「皇族だの上級職な騎士団長だのになれば身体能力こんなだからな。まず調整なんてしようがない」

 「説得力が凄い!?」

 まあそうだろう。人間並みに設定したアトラクションなら全部仕掛けぶち抜いて正面突破出来る自信がある。魔法の罠さえ避ければ、壁も穴も飛び越えられるしな

 「こんなバケモノに物理的に楽しんで貰うよりは頭脳を使えって奴だ

 あと、単純に教室を主に使う以上体を動かすにはスペースがない」

 うんうんと頷く黒髪の少年におれは苦笑して頭をうっかり撫でながら、話を続ける

 

 「ってことで、空き部屋なんかを多く使って幾つかの謎を用意する必要があるんだが……

 その謎までエッケハルトに丸投げする訳じゃないし、それを考えておこうって訳。こんな暗号で先に進むための鍵をこう隠したら面白いんじゃないかとか、な」

 そしておれは、不安げに揺れる瞳に笑いかけた

 

 「大丈夫、おれ達は真性異言(ゼノグラシア)だろ?

 おれはあまり読んでないけれど、サスペンスものとか読んでたらそこの謎かけを元ネタにしたって良いんだ」

 例えば某ホームズの人形の暗号。踊る人形そのものを書いて自作として売り出したら著作権……はこの世界に無いとはいえ倫理的に問題だが、こういった祭の場で暗号を使うくらい良いんじゃないか?という話

 

 「あ、うんそうだよね」

 と、桜理が軽くフワッとした笑みを返してくれたところで、おれは道に仁王立ちしている少女に気が付いた

 横には、やれやれといった雰囲気の金髪エルフ。ノア先生である

 

 「ノア先生にアレット。どうしたんだ?」

 「……こっの、卑怯もの」

 うーん、殺気すら感じる。激怒といった面持ちだな、アレット。原作ゲームからしてかなり嫌われていたという話はあるが、逆に嫌われてるからほぼ絡む時がないんだよな。お陰でどんな会話になるのか検討も付かない

 「……卑怯者?」

 なので、とりあえず聞き返す。呆れた顔をノア姫がしてるのが気がかりだが

 

 「どうせ灰かぶり(サンドリヨン)は聞くんでしょうから好きになさい。ワタシは止めたわよ、流石に逆恨みが過ぎる、学園からの評価下がるわよ、と」

 ……何となく理解した。おれの寮という名のボロ小屋をキャンプファイアーした事で呼び出されてキレたな、アレット?

 いやどうなんだ、そもそもおれは許すが他にやったら犯罪だぞ

 

 「皇族が悪い」

 「皇子は悪くないよ。節穴なんじゃない?」

 が、おれが何かを言うより前に、桜理が珍しく何時もは優しげな眼をつり上げておれの前に立つ

 

 「何を!貴方も同罪なの。お姉ちゃんを救わず、世界を救わないあんな奴等と!」

 「救おうとしてるよ!」

 「救うのは聖女様じゃない!皇族じゃなくて!あのキラキラした方じゃない!」

 それを言われるとぐぅの音も出ないのが辛いところだ。聖女に頼る時点で民の守護者としてはポンコツだってのは、父さん含めた全員の悩みだ。だから忖度込みで学園生活送ってもらって少しでも何か恩返ししようとしてる訳で

 

 「いや、負けちゃ駄目だよそこ!?」

 ノア姫の冷ややかな視線が突き刺さる。何だろう、味方が居ない

 

 「いざという時に人々を護るのが皇族と嘯いておいて!お姉ちゃんも助けない!世界の危機にエッケハルト様や聖女様頼み!」

 びしっ!と少女は持っていたアクセサリー(魔法で圧縮された武器)を展開し、盾の裏に取り付けられた片手剣を利き手と逆の手でおれへと突き付けた

 「そんな奴等、敬う価値も従う価値もない!皇族だなんて偉ぶるだけで反吐が出る!」

 

 静かに、眼を閉じる

 

 手元に現れるのはオリハルコンの銀鞘に収められた愛刀。僅かに外面でも帯電が分かる、幾つもの託された想いが織り成した奇跡の神器、湖・月花迅雷

 それを抜かず、けれども携えて。ぽっかりと空いた左眼窩をも開いておれは栗色のような髪色の少女を見据えた

 

 「……黙るが良い、アレット・ベルタン」

 「ひっ!?」

 少女が剣を捨て両手で盾を構える。その盾の背には魔法書のページが仕込まれているってのは、原作でも話があったな

 ……今回仕込んであるのは攻撃魔法、岩槍か。殺意の高いことだ、学園内では基本的に使用禁止だぞそれ

 

 信頼しているのか動かないノア姫。おれの背後にそそくさと逃げ込む桜理。そして、何か遠くで見かけてしまったのか駆け寄ってくるアナ

 その全員に向けて軽く手を上げて制止して、おれは少女と対峙する

 

 「……確かにそう見えるかもしれない。でもな

 それで馬鹿にして良いのはおれだけだ。護れていないこの皇族失格だけだ。今の見せかけの平和すら、第四皇子ルディウスやアイリスが精一杯やって、それで護られている事を忘れるな」

 「煩いっ!」

 飛んでくる岩槍は避けない。これは魔法……の中では珍しく物理攻撃判定だ。あくまでも岩を固めて撃ち出す、までが魔法であって岩は魔法で産んでおらずそこらから持ってきたもの

 

 だからだ。裏拳一発、愛刀を握った左手で正面からそれを打ち砕く

 「言いたいことがあるならおれに好きなだけ吐き出せ。サンドバッグか最前線貼って被害を減らす役にくらいしか立たないが、それくらいはやるぞ?」

 ぱらぱらと落ちる瓦礫

 

 「不安は払おう。愚痴も聞こう

 君の言う通り、皇族(おれ)(くに)を護るために生きてるんだから」

 その言葉に、忌々しげにアレットは唇を噛む

 

 「調子の良いことを!」

 「聖女様と同じだ。希望となる為には調子の良い事くらい言うさ」

 その返しはおれでも分かるくらい欺瞞に満ちて空虚で

 

 「……勝負よ」

 「ああ、良いよ。但し」

 一歩近付く

 「ある程度平和的に頼むな?」

 静かに少女が眼を伏せる。勝算を考えているのだろう。直接では皇族相手に勝ち目などほぼ無い。ならば、多分……

 

 「学園祭!そこである出し物の投票で勝負しなさい!」

 「良いが、一位取れとは言うなよ?おれたちも君たちも多分今年は無理だからな」

 「逃げ腰ね」

 「当然だ。おれは希望を護るだけだが、希望そのものが参加しているんだ、勝ててたまるか

 だからだ、あくまでもおれ達と君達のみで判断する、良いな?負けたら反省しろ」

 「そっちこそ!負けたら謝って学園を出てきなさい、詐欺一族!」

 それだけを告げると、少女は踵を返し……

 

 「反省文書くまで、寮には帰らせないわよ?」

 あ、ノア姫に捕まった



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銀の来襲、或いは勝つ気

「あ、皇子さま」

 と、アレット相手に話してた頃から視界の端にチラチラしていた話題の聖女様(兼乙女ゲーヒロイン様)が、今来ましたよとばかりにニコニコ笑顔で話しかけてくる

 まあ、おれの静止のせいでちょい遠くで止まり話に絡んでこなかったから今来たってのも間違いじゃないが……

 

 「それにオーウェン君も、ちょっとだけお久しぶりですね?

 わたしたちがちょっと無理な事言っちゃった気もしますけど、あの申請は平気でしたか?」

 と、小首を傾げられるが、多分リリーナ嬢と聖女二人+アルヴィナでアイドルやる申請の事だろう

 面食らったが、おれ自身アルヴィナには何かしてやらなきゃなという想いはあったが肉体的な血とかしか思い付かなくて止まってたところだ。助かるとしか言いようがない

 

 「『天津甕星』か。頑張ってくれよな、アナ?」

 「えへへ、皇子さまも楽しくなれるように頑張っちゃいますよ、わたし」

 きゅっと胸元で両拳を握りしめる姿が少し微笑ましくて

 

 「それは良いんですけど皇子さま、さっきのアレットちゃんは」

 「嫌われたな」

 と、おれは肩を竦める。けれど、それで良い。ぶっちゃけた話、誰かゴミ箱……じゃないが、貯まった不平不満叩き付けられる役が居た方が良いのだ。馬鹿にしやすくて歯止めが効かない。ちょうど良いじゃないか。アイリスなんかに向けたら可哀想だし、父さんやルー姐に向けて言うと怖いからな、そこはおれが担当する

 

 「ひょっとして、負けてあげたりする気ですか?」 

 心配そうな海色の瞳。信頼されてないなと自業自得ながら奥歯を噛んで、おれはその目を見返した

 「馬鹿言うなアナ。皇族ってのは、勝ってやることで安心しろと結果で示すものだぞ?

 当然、正面から完勝する気でやるし、勝つ」

 ま、流石に買収とか不正はしないが

 

 「はい、安心しました。わたし達にも勝つ気で」

 「勝つ気でやるが、勝てても困る」

 おれは頬を掻く

 

 「あはは、買いかぶり過ぎですよ?」

 「確かにアーニャ様大人気だけど、人気だけで出し物の勝負決まっちゃったら可笑しいから」

 と、珍しく……でもないか。割とやる気の高い桜理の頭をぽんと撫でて苦笑いする

 

 「基本はそうだがな。おれはおれに出来ることを精一杯やる。けれど、それはそれとして聖女は希望だ

 おれに出来ることはそれを護ること、喪わせないこと。おれ達が勝つようじゃ、聖女側が情けなくて困る」

 と、頬を掻いて肩を竦めていたら、えへへと笑う銀髪少女が目に止まった

 

 「皇子さまからそこまで期待されてるなら、もっと頑張りますよ」

 えい、と拳を握って軽く突き上げるが、背が低いせいで微笑ましさしかないぞアナ

 

 「っていうか、案外期待してるんだ……」

 「いや、おれを何だと思ってたんだオーウェン?」

 「え、自己中で自己犠牲の塊の、僕とかアーニャ様とか信じなくて傷つけまいと遠ざける人」

 「がはっ!?」

 うん、割とそうだからわざとらしく血を吐く演技をして後ずさる

 

 「は、反論してよ……」

 「出来るかオーウェン。事実は反論できないから痛いものなんだ」

 「でも、嬉しいです。だってわたしに後を託すくらいの信頼はあるんですよね?

 それはおとめげーむ?主人公っていうわたしの知らないわたしの肩書きからかもしれませんけど、そもそもそれ以前に聖女様の肩書きだって重いですし……」

 「うん、重いよねそこら辺……僕なら逃げてたかも」

 「ふふっ。リリーナちゃんも浮かれた気持ちが収まってからは正直怖いって言ってましたよ?」

 そう微笑む聖女。楽しげにサイドテールを指でくるっと巻いた

 

 ……うーん、多分アナ的にはリリーナ嬢のまだ蕾の淡いを花咲かせたいのかもしれない。が、桜理良く分からないんだよな

 女の子としての自分を認めるか、男だって前世の姿を主にするか……。チート能力があるから、後者を選べば普通にリリーナ嬢と恋愛も出来るだろうし、その選択をしたならばおれも応援する

 が、まだサクラ色……な訳はない。玉虫色な現状では何とも応援しようが無いというか、な。いやまあ、少女として、現世の姿でとなるとその淡い想いがおれに向くからそれはそれで辛いが

 

 おれに出来るのは、所詮手を血で汚す事。誰かと手を繋いで幸せにとか考えれる立場でも無い。キラキラした希望とは違う、血生臭い存在だ

 

 「う、うん……」

 あ、やっぱり桜理も曖昧に答えるしかないんだな

 

 「それにしても皇子さま、顔が怖いですよ?」

 と、銀髪の聖女さまはニコニコとおれの手を取る

 

 「……止めてくれ」

 「いえ、止めません。ズルいことを言うと、皇子さまはわたし達を護り、危険に巻き込むからせめてって人生を、青春を楽しく過ごすために手助けしてくれるんですよね?

 なら、離しません」

 「おれは」

 「駄目です」

 「この手は

 君が!」

 「構いません」

 「薄汚れて、穢れて、血塗られていて」

 「でも、それはわたしや誰かを必死になって助けようとした結果です。どれだけ汚れていても、それはわたしにとって(きた)ないものじゃありません」

 「悪の敵(あく)は、正義でも希望でも」

 ふわりと、おれの肩に手が回される。少女の小さな体が、おれを抱き締める

 更に桜理も何かぽんとおれの頭に手を……って待て、桜理じゃなくていつの間にか戻ってきてたノア姫じゃん!?なにやってるんだ先生!?

 

 「貴方がわたしを正義と、聖女と呼ぶなら。絶対にこの手を離しません

 だってわたしは、貴方が願った未来の希望ですよ?汚れて希望を残してくれた人を、見捨てるわけ無いじゃないですか」

 「ざまぁないわね、自分で勝てないって言った相手に喧嘩売る癖、いい加減止めたらどうかしら?ワタシにも極光の聖女にも勝てるわけ無いわよ、アナタ」

 「そこ、悪い癖だよ獅童君。分かってても辛いんだから」

 三方向逃げ場無し

 

 『残念でしたね兄さん。360°です』

 

 はぁ、と息を吐く。逃げ場は何時もの事ながら無いようだ

 

 「えへへ、じゃあ、昨日アイリスちゃんが愚痴ってましたけど、竪神さんと遊びに行った後オーウェン君のところに泊まったんですよね?

 羨ましいから、わたしとも遊びに行ってくださいね?」

 ……逃げ場は、無かった



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説法、或いは理想の未来

「あ、皇子さますみませんお待たせしました」 

 と、とてとてと駆け寄ってくる聖女様に、柱の陰に隠れていたおれは良いよと軽く頭を振った

  

 此処は王都の教会。かつてヴィルジニーが泊まっていたのとはまた別の場所だ

 うん、教会勢力って結局強いんだよな、うん。お陰で生きづらい

 

 ってか、気がつくとおれの悪評が広まってるしな、七天教絡み。枢機卿の娘ヴィルジニー・アングリクスの影響はすさまじい。の割には聖女アルカンシエルの力は……強いな、本人だけ

 

 そうなんだよな。アステールやアナはおれをひたすら擁護してくれている(アステールはおーと気楽に責めてくるが)ものの、そんなもの極一部。七大天に呪われているとされる忌み子のおれについてはかなり評判は悪い

 ってか、だからこうして物陰に隠れてるんだけどな。アナが説法してる間なんて邪魔にならないよう天井に張り付いてたくらいだ

 

 まあ、聖女自体が人気者なのは良いことなんだけどな。おかげで一刻ほど天井に隠れてたが。説法の二倍くらいの時間は親子連れとかに囲まれてたぞ、アナ

 若い男性なら美少女って点に惹かれるのは分かるが、その他がこれだけ集まるんだ。やはり希望ってのは、最初が肝心らしい。おれが同じことやっても、アナとノア姫くらいしか最後まで残らないぞ多分

 え?アルヴィナ達?あれは終わってからひょこっと顔を出すだろ、おれに興味はあるが説法とか下らないと聞く筈もない。その点で言うとノア姫も多分ダメ出ししかしないが、そこは実のところ助かるから良いや

 

 「大人気だったな、アナ」

 「えへへ。ノア先生も居てくれたから説得力が高くなっちゃいました」

 「あら、ワタシそんな気は……まあ、あるのだけれども。エルフ種こそ女神の似姿。希望にならなってあげなくもないわ

 それも、人類の希望あってこその補助だけれどもね」

 うーん、ドヤ顔。偉そうな何時ものノア姫で安心する

 

 「あはは……」

 と、笑うのはアナ。ちなみに、 桜理はというと母と過ごしたいからと説法後帰った。デート?よりも優先とは感心だな。今度あの人に泊めて貰ったお礼とか今一度ちゃんとしたの贈っておこう。二人の家を邪魔したしな

 

 「でも、皇子さまが隠れる必要なんて」

 「おれを見ると不快って人は多い。それにさ、おれとつるんでるからって頼勇すら馬鹿にする人が出るんだ。表から絡む必要はないよ、一見して希望が穢れる」

 そこなんだよな、とおれは肩を竦めた。おれと居ると頼勇やアナすら一部から蔑まれるとか我慢ならないだろ、普通。エッケハルトはむしろそんな層から救世主と崇められてるし、おれの至らない思考の欠陥を容赦なく突きつけてくれるから助かるし良いんだがな

 

 「やりたいこと、やるべきことは終わりましたよ皇子さま、あとは今日は二人で何しましょう?」

 「……三人よ」

 うん、着いてきてるんだよなノア姫、さっきから居たが

 

 「えっと、教師として大丈夫なんですか?」

 「試験は終わりよ。来年までは教員は休業中。だから昔のようにやらせて貰うわ」

 と、得意気なエルフは低い背であまり無い胸を張った

 

 「それで良いのかノア姫……」

 「ワタシはやりたいようにやる。文句言われる筋合いはないわよ?」

 開き直りが強すぎる。実際その他の面でも強すぎるんだがな、と、おれは何故か父がおれに向けて断っとけと転送してくるノア姫絡みの見合い云々の書類の束を思い出しながら内心で呟いた

 というか、全部おれの時点で握り潰してるが問題とか……あったらノア姫とっくに言ってるな、気にしないでおこう

 

 「……正直、助かるよ」

 「当然でしょう?ここ一年で、アナタもワタシの力を理解したのかしら?

 とは言わないわ、アナタなりの理解は最初からしていて、修正点も少なかったものね」

 「いや、聖都への転移とか、おれの思考では無理と切り捨てていて、それを為してくれたのは助かったよ」

 と、(かぶり)を振るエルフにおれは微笑む

 「そうですよ、大事にしないと駄目ですからね皇子さま?」

 アナ、それで良いのか?

 

 まあ良いや

 

 「……ところで、アナの来たい場所って此処だったのか?」

 と、おれはそこまで大きくもない教会を見回してそう聞いた

 ちなみにだが、周囲でちょちょいと聞き耳を立ててる30過ぎのオッサンが此処の司祭様だ。別に良いがな、こっちは場を借りてる立場だもの

 「あ、それは一応前から予定してた説法なんですけど、違いますよ?」

 「そうか。護衛は要るがおれじゃなくてもと思ったが」

 「えっと、わたしは御迷惑でない限り皇子さまが良いです」

 ……それを言われると、反撃の手段がないから困る

 

 肩を竦めて助けを求め……たいが、眼前のエルフの(ひめ)はこういう時にだけは欠片も役に立たない。ふっと鼻……じゃなく全身で笑うだけだ

 エッケハルトー!ヘルプミー!

 

 『しかし、助けは私でした残念ですね兄さん』

 始水も珍しく役に立たない案件なので意味がなかった。元々エッケハルトも来るとは期待してないから同じだなうん

 

 「で、だ。どういう用件なんだアナ?」

 ……ノア姫の視線がちょっと冷たい

 「用件が無かったら、わたしは皇子さまと一緒に居たら駄目なんですか?」

 と、小首を傾げる少女。ほんの少し混じる悲しげな声音に、目尻に微かに見える水滴に、思わず謝りたくなるが踏みとどまる

 

 おれは、クソ野郎で十分だ。これは今も変わらない。何時死んでも良いように、生き残ってシュリ達全てに手が届いたとして、その先どうなろうが最低限の波風で済むように

 

 「出来たらそうしてくれると助かるよ。君の希望の象徴、聖女としての立場もあるし」

 「あ、ならわたしが嫌だから気にしないことにしますね?」

 アルヴィナー!親友として止めてくれ、割と正面からこれを叩きつけられると心が痛んでキツい

 て、アルヴィナにこの事で助けを求めるとか末期かおれ

 

 「……こほん。兎に角だ

 あまり時間を置くと門限があるからな。何をしたいのか知らないけれど、もう少し時間を気にすべきだと思う」

 「……えっと、わたしたちが『天津甕星』っていうあいどるをやるってことは知ってる筈ですけど

 衣装はアステール様が特注してくれるらしいです。振り付けはリリーナちゃんが考えてくれます

 

 だから、わたしとアルヴィナちゃんが歌う曲の歌詞を考えようって事になってですね?

 わたし、皇子さまが言うように未来の希望とか、含んだ歌にしたいなーと思ったんです」

 それに、おれとノア姫はふんふんと頷く。理解できるし応援したくなるな、その判断

 

 「だからですね皇子さま。皇子さまなりの望む未来ってどんななのかなーって気になっちゃいまして」

 「おれが居なくても問題ない世界」

 はにかむ少女の前で愛刀を呼び、とっくに決まりきっている言葉を、おれは吐いた 

 

 「……え?」

 銀髪の聖女のニコニコした楽しげな顔から、感情が抜け落ちた

 「……駄目ですよ、皇子さま?」

 「気がつかないと駄目なのはアナタよ、聖女アナスタシア」

 と、おれの前にはドヤ顔のエルフが背中で語って聖女の前に立ち塞がっていたのだった

 

 ……うーん。ノア姫だと可愛さに負けるなこの頼もしい雰囲気……



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未来、或いは英雄の要らない世界

「ノアさん」 

 少しだけ怒ったように頬を膨らませ、銀の聖女が冷たく告げる

 が、まあノア姫は何時ものように涼しげだ。自分に疚しさを感じていない瞬間のノア姫は無敵ってくらいにメンタルが強い。退かず、媚びず、堂々とって感じ

 まあ、疚しさがあるとそれを気にするからか無敵感無くなるけどさ

 

 ということでおれはその少女の背後に……隠れたら流石にクズ

 正直隠れてやり過ごしたくはあるがノア姫の肩を軽く叩いてその意思を示せば、少女エルフは満足そうにまとめた髪を揺らして横に避けてくれた

 

 「ノアさん、わたしと同じ考えだと思っていたのに……」

 「アナタほど盲目である気は無いの。盲目な愛も必要かもしれないけれどワタシ向きの立場じゃないもの

 それはそれで、基本同じ方向を向くことに異論はないわよ?」

 「なら、あの皇子さまの言葉は」

 「『自分が居ない世界』と言うなら、ワタシも止めてたわよ

 でも、さっきのは意味が全く違うの。止めなくて良い、ワタシからしても一つの目標だった有り様だもの」

 ふふん、と腕を組むエルフの首元に、さっと取り出されたペンダントが揺れる。身に付けてるのをパーティーに引っ張り出された時くらいしか見ない、エルフの集落の纏め役の証だ。確か、英雄ティグルが聖女から貰った手の保護用手袋の甲に付いていた石を加工したもの

 

 「……ああ、それもそうか」

 と、おれは漸く事態に追い付いて頷いた。いや、ノア姫が助け船出してくれたは良いけど理由については置いてけぼりされかけてた、うん

 それを言ったら呆れられるから言わないけど

 「皇子、さま?

 死のうとなんて、考えないんですか?」

 「信用無いな、おれ」

 なお、自業自得だ。始水に言われた方がメンタルダメージがデカいので、言われる前に先んじて自虐しておく

 

 「それはそうですよ!わたし達じゃ全然助けてあげられなくて、困ってたんですからね?」

 「ごめん。ただ、死ぬ気はない。居なくなりたいって訳ではそこまで無い

 それとは別に、おれが居なくても良い世界になって欲しい」

 「そ、それが良く……」

 と、小首を傾げたアナの前で、いつの間にか教師っぽくするための眼鏡を装着したノア姫が、魔法で光の板を用意してそれを杖で叩いた

 

 「あら、授業の時間ね、感謝なさい?

 特別に教えてあげる」

 「あ、お願いします」

 ぺこりと下がる頭

 

 「まず。そもそもワタシはエルフの纏め役。そして、そのワタシとしてもエルフの集落の方針は……ワタシが必要ない有り様なのよ」

 あ、ノア姫の言動にアナの頭の上に大量のハテナが浮かんでそうに見える

 が、正直おれには割と分かるのでふむふむと首肯しておく

 

 つまり、だ。そんな方針で居て、かつそれがある程度上手く行っていたからノア姫って此処に居てくれるんだよな

 「勿論、ワタシが不要とか言わないわよ?」

 「え、さっき必要ないって……」

 「違うわよ。"居なくても良い"と"不要"は全く別

 ワタシが居た方が勿論里として良いけれども、居なかったとしてもどうしようもなくなる事無くちゃんと社会は回り復興も出来る、それが前者

 ただただ居なくなりたいから役目が消えて欲しいって昔の灰かぶり思考が後者よ

 

 ワタシは前者。ワタシ込みで100の事が出来たとして……ワタシ抜きでも90回る、だからワタシは別口で動いて他人を80から100にした方が総合的に良くなれるとして、こうして人間と共闘してあげてるのよ。」

 「えーと、違うってのだけは分かりますけど……」

 「つまり、アナタ的に言えば皇子さまが必死に命懸けで戦わなくても相応に平穏に過ごせる世界って事よ

 彼が持ち振るう世界の法則の外の力、そんなものが必要ない平和(みらい)と言っても良いわ」

 と、ノア姫の言動にみるみる顔が明るくなるアナ

 

 「そうなんですか、皇子さま?」

 「まあ、そういう話だよ」

 おれ自身自分が許せない気持ちも……消えた訳じゃない。ふとした時にぶり返すし、あの気持ちが間違ってたなんて一生言いたくもない

 けれど、おれにあるのはそれだけじゃない

 

 「全く、もう少し人に誤解されない言い方を学びなさい?アナタその辺りについては貴族失格よ」

 ぐうの音も出ない。矢面に立つために相手の神経逆撫でする言い方ばかり上手くなって、自然と誤解を招く言い回しになってしまってるのはおれの悪い癖だろう

 

 「えっへへー、それならわたしも嬉しいです

 でも、他の人も誤解して酷いこと多分言っちゃいますから、宣言するならわたしかノアさん連れて、誤解を解ける時にしてくださいね?」

 「善処するよ」 

 「しないわね、これは」

 ……ちょっとノア姫!?冷たくないかそれは!?



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夜会、或いは怯えの大衆

そうして、おれは……

 

 「お兄ちゃん、こっち……です」

 もっと寄れとばかりに袖を引く妹(の、ゴーレムだ勿論)の前で憮然とした表情を浮かべていた。いや、どうしてこうなった

 

 「竪神様は何処ですの!?」

 「申し訳ないが、アイリスと竪神が婚約者かのような発言は止めていただきたいルーセント伯爵令嬢」

 と、苦笑するおれ。つまりはこうだ、アナとノア姫等と居たら、アイリスに夜会に参加しろと呼び出された。気にはなるが……と思ったところ、転移してきた父に良いから行け馬鹿息子とどやされて、アナと別れて正装(何時もの白赤金の和装だ)に着替え、今参加しているわけだ

 

 が、だ。どうやらこの夜会、婚約者同士で来る者が多い貴族のパーティらしく……。アイリスが来るとなればまず頼勇が相方に決まってる!という判定の元駆け付けたうら若き女性にお前かよ!されている訳だ

 

 「アナちゃんじゃねぇのかよ使えねぇなこのボケ皇子!」

 「お前はそれで良いのかエッケハルト。自分でアナを誘えよ」

 と、愚痴を溢すのは珍しくソロ参加枠のエッケハルトだ。いや居たのか気が付かなかった

 ってか、アレットを連れては……いるわけ無いか、うん

 

 「……断られた……

 此処で一緒に参加したら教会側から俺との婚約をしたものとして話を進められる気がするからって」

 完全に萎れ気味だなこいつと肩を落とす青年を見て思う

 

 うん、割と可哀想だ。お互いに聖教国……七天教にがっつり絡んでしまったからこそ、今までより更に自由に恋もアプローチも出来ない。一挙一動が人を動かすから慎重を要求される。どうやっても非難しかされないからいっそ気楽なおれとは真逆だな

 ま、アナがエッケハルトと結婚したいと思うなら何の障害にもならないんだが。例えヴィルジニーだろうが止められないしな、聖女と救世主の結婚とか

 

 ちなみに、おれは腫れ物扱いされていた。近付くだけで人が逃げる

 病原菌か何かかおれは?恐怖からか昔と違って食って掛かってくる奴すら居ない

 

 「……何で居るんだろうな、おれ。これだけ怯えさせておいて」

 瞳にも恐れを滲ませた参加者を見ながらぼやく

 ってか、アナもアステールも割と頑張ってくれてる筈なのに、偏見は未だ止まずか。ってか、おれ自身自分の性格が嫌われがちなのは分かってるし、それは正常な判断だと思う

 単におれがそれを止められないだけだ。そんなものをフォローしても騙せないものは多いだろう。が、証拠を見せ付けられると辛いというか……

 

 と、足に蹴りが入った直後、そんなおれの頭が炎のハリセンでスコーンと叩かれた

 今回は一瞬前もって気が付けたから流石にうっかり防衛反応はせず叩かれるに任せる。周囲の貴族の顔がぱあっと明るくなるのが揺れる視界に映った

 

 助かったシロノワール、と影に向けて右手でサイン、そうして相手を見れば、注目を一心に集めた救世主様は何処か呆れた顔をしていた

 「ゼノお前さぁ、気配とか気が付かない訳?鈍ったんじゃねぇの?

 お前から無駄な強さ取ったらもう何が残るんだよクソボケが」

 と言われて気配を探るが、怪しいのは……絶望に澱んで抑え込まれた歪んだこの気配は……

 何だ敵意無いしシュリか、後で怒るぞシュリ。ひょこひょこと歩き回ったら周囲の人が危険だろう? 

 

 「ああ、あの銀龍なら」

 「ち、げ、ぇ、よ!?ってか誰だよ!?」

 「おれの知り合い」

 「そんなの聞いてねぇよ!ってか気付けよ!」

 言われ、じゃあシュリじゃないのかと気配を改めて探るが、まともな敵意は無い。怯えてる彼等も己の場を守るためにおれを排する気概を感じない

 で、後は心配なのか会場の中庭(ちなみに皇族所有の建物の庭だ)を建物三階の窓から優雅に見下ろしてるノア姫、その横ではらはらしてるアナ、何かバツの悪そうなリリーナ嬢、お行儀良く座ってるアウィル、以上だな。平民な桜理とかロダ兄とか居ないし、平穏そのもの

 「何がだ?アナが遠くで見てることとかか?」

 「え、アナちゃんが!?って今それじゃねぇの!後ろ!」

 びしっと指差されて叫ばれるが、アウィルしか居ないぞ背後。いや、一応遠巻きに頑張るんじゃよーしてるシュリも居るか

 

 「ん?アウィルしか居ないぞ?」

 と、振り返ればやはり『ルルゥ』と吠えてくれる白い狼の姿があった

 「そいつだよ!?」

 もう駄目だこいつとばかり、エッケハルトが膝から崩れ落ちた

 

 「清掃費お前持ちな」

 と、敷かれた芝の露と土に汚れたズボンを見てエッケハルト

 「……分かった」

 「ちゃんとアナちゃんに魔法で洗ってもらえよ!」

 「何だ、元気有り余ってたのか」

 もうやだと地面を叩くエッケハルト。その背を何か皆が応援してるが……うん。アウィルが居ても問題なくないか?

 

 「ゼノ。天狼とか人はビビる」

 「天狼は誇り高く無闇に人を傷つけたりしないだろ。人間より余程安心だ」

 「おまえは!知り合いだから!言えんの!このクソボケ皇子!頭空っぽの方が常識詰め込めんだろ!詰め込めよ!」

 「……すまん。おれにとっては人に危害を加えるアウィルとか有り得ないから気にも止めてなかった」

 が、良く考えるとアウィルが居るの可笑しいな。連れてきてないぞおれ

 

 と、人がさっと引いたテーブルから骨付きの大降りな肉(羊っぽい魔物のあれだ)を一本取って行儀良く座った狼に差し出す

 「餌付けすな!?」

 「いや、ご馳走を前にちゃんと貰うまで待ってるんだぞアウィル。何を話すにしてもまずは食べて良いぞとやらないとな」

 もうやだと天を仰がれるが、今回は抗議したい。おれは兎も角、アウィルは馬鹿にするな。理由くらいある筈だし、行儀も良いんだから

 

 「というかアウィル、何かあったのか?」

 『ルリュ?』

 と、与えた肉を行儀良く骨から外して齧っていた天狼(魔法で誤魔化してない本来の姿)は、こてんと頭を倒す

 この反応、何か事件があっておれを呼びに来たって感じじゃないな。だとしたら妙に焦りがないし

 で、アウィルは賢い狼だ、火急の用事無しにこんなところに勝手に来るわけがない。となると……

 

 悩むおれの前に揺れる影。リリーナ嬢だ。ちゃんとこういう場では貴族の娘らしくしっかり着飾った(といっても髪型はトレードマークなのかツーサイドアップだが)桃色聖女様がぶんぶんとおれへと手を振っていた

 で、多くの人(ほぼ男)の視線がその動きによって揺れるそこそこの胸に行く、と。正直だなオイ。そして微塵も興味無さげなエッケハルトも分かりやすいなお前。アナならガン見してたろうに

 

 「リリーナ嬢?

 とりあえず、花を模したリボンが何時もより可愛らしいな……というのは置いておいて」

 「ゼノ君ドレスで誉めるところそこなの!?」

 あ、ちょっと引かれたか?と心配になるがそうでもないらしい。目を見開くが少女がその先おれへの視線を曇らせることはなかった

 

 「……って違って」

 「……早く。お兄ちゃんの、邪魔……」 

 「ご、ごめんってアイリスちゃん!?」

 「……殿下か、様。昨日言った」

 「アイリスちゃん様」

 満足げに頷くアイリス。それで良いのかこの二人。まあ良いのか

 

 「えっとさ?私ってゼノ君から凄い贈り物とか貰ったじゃん?」

 「……あげたか?」

 首をかしげるおれ。今回のドレスは多分アナによるコーデだろう。教会式の白ベースに桃色が入った色合いは正にそれだ。リボンも違うし……というか桜理の家に同じのがあったから多分お揃いで買ったんだろう

 

 「いや、そのボケ良いからねゼノ君?」 

 『ルゥ!』

 同意するようにアウィルが天を向いて吠え、漸くおれはそういやあれプレゼントかと思い出した

 

 「君を護ってくれという願いを込めたドラゴンか」

 「そ、でさ?皇族のシルヴェールさんから人々が知らないドラゴンだと怖がるから大々的に宣伝してくれないかな?と言われて、今回そのお披露目なんだ」

 それを言われて頷く。確かにまあ、見ず知らずのドラゴンが空舞ってたら何事かと思うわな。騎士団のならば鞍もあるし騎士が大体乗ってるがそうでないとどうしても怖いのは分かる

 

 が、それとアウィルは……

 「ああ、アウィルも紹介したかったのか」

 「そそ、それで私が呼んだんだよー

 じゃ、ゼノ君も分かってくれたところで、改めて……ジーヴァくーんっ!」 

 その呼び掛けと共に、空が軽く翳った



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夜会、或いは正当な怒り

空に現れたのはやはりというか当然だがおれが贈ったドラゴンの姿。赤と青の色合いのそいつが翼を拡げて中庭に降り立ち、アウィルと共にリリーナ嬢によって紹介されるのを少し遠巻きに見詰めて……

 

 空を切る音の一拍前、不意に溢れた敵意におれは地を蹴った

 リリーナ嬢の前に出て、飛んでくる何かの軌道に頭の前を横切るように左手を入れてぱしっとそれを掴む、万が一の時に右手が残った方がマシという判断だ

 そうして掴んだのは剥かれていない茹で卵……いや、生だろうか、妙な音がする

 

 「……何者か」

 流石に不審者はシュリしか居ない。さらっとやらかしてる気がするから後で拳骨落とすとして、あのシュリは当然卵なんて投げない

 それに、不審者扱いもされないだろう、心毒でちょっと狂わせれば毒性が薄くても入り込むくらい容易いからな。外見可愛いとその点お得だ

 

 ……何だろう、抗議の視線を感じるし別手段か?ってのは今考えてどうすんだおれ!?

 と、心を切り替えて愛刀を心で呼んで凄む。が、ちゃんと刀は背に背負っておく

 おれの戦闘スタイル的に抜刀術使いにくくて一番扱いにくい場所だが、不審者でないならばおれへの不満を滾らせた民だろう。アレットと似たようなものだ。最低限威圧はするが、威嚇以上の事はしない。勇気をもって叫ぶ言葉を遮る気なんて無い

 

 「ぜ、ゼノ君!?」

 「おいゼノ、何を」

 なんて二人に首を横に振り、ほんの少し待てば、リリーナ嬢を心配する人垣が割れた

 

 「何が、聖女だと。そう言った」

 怒りの形相と共に姿を見せたのは……

 すまないが、どちら様だろうか。俺は意表を突かれて目をしばたかせた

 

 青い髪、緑の瞳。風と水の属性の色が出てる辺りそこそこの才覚を持ち……って考えて眼前の20後半くらいの青年の素性を脳内で探るが答えは出ない。ということは、だ

 

 「準男爵の方だろうか。申し訳ないが、顔と名前が一致しない」

 「知る価値もないってか、皇族!」

 「国民全員、いや貴族全員覚えるだけでパンクする。遠い縁は居ることだけでも覚えておく程度にしておかないと回らないんだよ、すまない」

 桜理曰く、AGX-15のデータの中には無限とも思える墓標が、死んでいった人々全員の名前や顔や多少の経歴といった生きていた証が納められてるし、頼勇によればLI-OHフレーム内部にもそれらしきものの残骸が見える……らしいが、人間の脳ミソでは処理しきれない。本当は覚えておきたいんだけどな?

 「うんうん、憶えておきたいって思っても、私なんて接点無いと同級生すら名前忘れちゃうくらいだもん」

 と、気楽にフォローに入ってくれるリリーナ嬢だが、横に立とうとするのをおれは手を横に伸ばして抑える。タイミングズレて胸に当たりかけてしまって慌てて引っ込めるが、意図は伝わったろう

 

 「あぅ……」

 「……情けない庇いあいか。紛い物で婚約者同士良くやる」

 冷たく告げられる言葉には、敵意の刃が込められていて

 

 「……言いたいことは、早く言ってくれないか?

 仮にも聖女様相手だ。無用に罵倒すればそちらが不利なのは分かるだろう?」 

 あえて脅しをかける。周囲で見守っている貴族達がぴりぴりした空気を纏い始めているし、騎士団呼ぼうとまでしてるからな。何か言いたいとしても、下手に煽ると本音を吐露する前に捕まってしまう

 

 「……脅しかよ」

 「脅しだよ、君のための」

 「ヴェネット準男爵」

 ぽつりと告げられる一言。多分彼の事だろうが、何か聞き覚えがあるような無いような……

 

 「分からないのかよ、義弟殺しの偽善者が」

 ……言われ、漸く思い出した。確かにおれ自身があの石碑にその名を刻んだから

 「トリトニスの騎士団に居た兵士の」

 あれ?だがおれが守れなかった彼は平民だったのでは?

 「そうだ!お前達が魔神をあの街で迎え撃ち、巻き込んだ結果死んだ男が居た

 妹は、それを苦にして聖教国で死んだ夫になるべきだった人の冥福を七大天に祈り、そして恐ろしい鋼の怪物によって死んだ!」

 っ!

 

 唇を噛む。分かっていた、知っていた筈だ

 あれだけアガートラームからアステールを救う事を第一目標として、こうしないと勝てないからと竜胆に大規模破壊兵器を躊躇させるべく街を背に戦っていたら!余波だけで死人は出るなんて!当然の事だろう!

 

 「が、っ……」

 不意に耳に再生されるフラッシュバック。虐めを寧ろ喜んでいたまである体育教師の溢した一言

 『何で俺の義弟は帰ってこなかったんだ、獅童?』

 

 違う!とそれを振り払う。もうおれにしかぶつけられないやり場の無い怒りとは違って、今の彼のそれは正当な怒りだ。おれが聞かなきゃいけない言葉だ。逃げるなゼノ、他の怒りと同じと矮小化するな獅童三千矢

 奥歯を噛み、軽く前歯で舌を噛みきって溢れる血を啜る苦さで正気を保つ

 

 「ゼノ君?大丈夫?」

 「聞きたいのは此方だよ、リリーナ嬢」

 少女の視界を封じるように、おれは軽く立ち位置をずらして完全にリリーナ嬢と青年の間に立つ

 

 「ヴェネット準男爵」

 「……だのに、だ。死んだ筈の義弟は帰ってきた。妹は、その知らせを聞く前に死んだ。鋼の怪物に、光に変えられて、遺品すら残っていない

 死んだ人間は生き返らない。七大天の奇跡すら、七天の息吹ですら!死の間際にしかそれを覆せない!なのに、何でこうなっている!」

 怒りが、怒号が、響き渡る。此処には理解できてない人も多いだろう、トリトニスと聖都、累計三つの事件を全て知らなければ言えやしない言葉だから。そして彼は、遠くで全部を知ってしまったのだ

 

 「お前が、叫んだ言葉を聞いた人が居る

 エージーエックス、意味の分からない言葉と、真性異言(ゼノグラシア)という叫びを」

 否定は出来ない

 「真性異言の、転生者の!謎の事が起きてるんだろう!」

 静かに頷くことしか、出来はしない

 

 「何が聖女だよ。何が魔神の復活だ!?

 本当なのかよそんなもの!異世界からの転生者が、好き勝手にやってるだけじゃないのか!?

 そうじゃなきゃ!妹を殺したのは銀腕の鋼神だなんて有り得ない!

 全部全部!お前らのせいじゃないのか!」

 「……そう、だ」

 此処は偽れない。ただ、認める。血眼で叫ぶ青年に対して、逃げずにその瞳を見る

 

 ふわりと香るのは甘い香り。人の心を溶かす妙な蜂蜜のような甘さを感じるこれは、嗅いだことは無いが恐らくはあれだろう

 固められていないアマルガムの香り。シュリによって、想いの丈を叫ぶリミッターを外され、言いたいことを秘められなくなったということか

 

 やってくれるな、シュリ。意図は分からないが、これは逃げられない

 

 「この偽善者どもが!お前らのせいで、俺も妹も人生滅茶苦茶だ!」

 更に投げられた卵を、今回は避けもせず額で受ける。ぱしゃっと弾けて飛び散るが気にしてはいけない

 

 『クゥ!』

 「アウィル!ステイだ、これはおれのやるべきことだから落ち着いてくれ」

 思わずといったように跳ね起きて爪を伸ばす狼を強く叱ってしまう。しゅんと耳を垂らして丸まる姿には罪悪感もあるが、これで良いんだ

 

 「どう責任取るんだよ、あぁ?」

 「ちょ、それは流石に」

 「聖女ってのも怪しいもんだ!特にてめぇだよ!

 極光の聖女はまだせめて無茶苦茶の中で人々を救おうとしたって聞いたが、アンタは何してたか聞いてない」

 「ちょ待てよ、リリーナちゃんだって正式に神託を受けて」

 あまりの事にかエッケハルトすら助けに入るが、心毒に怒りを膨れさせた彼は止まらない

 

 「アンタは良いよ救世主様。話は妹に着いていってた人から聞いてる

 でも、鋼の怪物を扱う化物は、聖教国に巣食っていた。そしててめぇも同じだって聞いた!」

 びしっと突き付けられる指

 「七大天様が選んだってのも怪しいもんだよ。その化物……教王みたいに、真性異言の恐ろしい何かで嘘吐いてるんじゃないのか」

 そんなことはない。が、これはリリーナ嬢には刺さるだろう。実際に転生者ではあるからな

 

 だから、嫌だった。止められるなら止めるべきだった

 何やってるとより強く拳を握る。おれ自身は分かっててやってるとして、リリーナ嬢にまで飛び火しないように庇うべきだったろう!こんな矢面に立たせて!

 

 「どうなんだよ!

 あの持ち上げられてる竪神ってのも本当は同じく自分勝……」

 「いい加減、黙れ!」

 思わず大声が出た

 

 「おれはそうだ。確かに色々関わったし、おれが何かしっかりと対策していれば、君の義弟も妹も救えたろう!

 だがな、全部が全部好き勝手と貶めるなよ!」

 青年の瞳が、恐怖に揺れる

 

 ああ、駄目だ。こんな風に押さえ付けて、何になる

 分かっていても、今はこれしか出来ない

 

 「聖女様だって、竪神だって、エッケハルトだって。皆、恐ろしい転生者や実際に復活の兆しを見せている魔神から皆を救いたくて頑張ってる

 滅茶苦茶にした責任は、彼等に上手く動いて貰えなかったおれと!実際に暴れた転生者本人にある!」

 「信じられるかよ!」

 背後のリリーナ嬢は何も言わない。悪意にあまり慣れていない少女はこういうときに、気丈になりきれない

 

 だから、おれが泥でもなんでも被る。いや、そもそもおれの責任だから被らなきゃいけない

 

 「それでもだよ!彼等が暴れたから人生滅茶苦茶になったんじゃないだろ!

 せめて守ろうとしてくれた人々を、被害を少なく食い止めて」

 「妹も!義弟も!どうでもいい人間だったってのか!」

 「違う!」

 違わない。さっきの発言はそういう事になってしまう。それでも!

 

 「より多くの人が、君と同じ想いをしない為に!」

 「俺は無視なのかよ!被害に直接遭って!我慢しろと!」

 「おれに出来ることなんて!死なせないだけなんだよ!金なら出す!命なら張る!それでも!被害を食い止めきれやしない!」

 「大嘘つきが!そんなものが、民の盾で剣か」

 「そうだよ。ああ、情けない話だよな。だから聖女様を危険な目に遭わせなきゃいけなかったりするんだよ」

 

 そう言って、おれは懐から二枚の紙を取り出した

 「何だよ、これ」

 「一枚はおれ名義の小切手。出せば保険を受けられる

 もう一枚は」

 言いきる前に、要るかよと紙は引きちぎられる

 

 「今更金か!?金で解決するのかよ」

 「ああ、金がなきゃ、未来に進むのも大変だからな」

 「偽善者が」

 「偽善者だよ、おれは。自分が生きていたくて世界を救おうとして、被害を減らすだけしか出来やしない

 だからこそ、信じてやってくれ。聖女を、竪神を、皆を。君達が、せめて明日に希望を持てるように必死な人達の事を

 もう一枚は、その為の証。学園祭の外部向けチケットだよ。せめてさ、これ以上の文句は平行線。今の彼等を見てから、もう一度言ってくれないか?」



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見送り、或いは迷う聖女

「……遊んでおいで、アウィル」

 遠巻きに見守っている少年少女に向けて、終わった?とばかりに頭を上げた狼を送り出す。不満げに体を振るわせる龍も、狼も怒り狂う彼に向けて手を出すことはなかった

 

 「ゼノ君」

 「すまない、リリーナ嬢までも巻き込ませる気は無かったんだが、そうそう上手くは行かなかったようだ」

 肩を竦めて、立ち去っていく青年を見送りながら呟く。くしゃくしゃに握られた招待状は、それでも小切手と違ってその場で破り捨てられることは無かった

 

 「皆、不快感を与えてすまなかった。せめて、この先少しの時間は楽しんで欲しい」

 言って、おれは横の少女の手を取った。まあ、あまり意味はないが、この場に残していくのも辛いだろうからな

 

 「ゼノ、くん?」

 「顔色が優れないぞリリーナ嬢。無理しない方が良い。倒れるのが一番の迷惑になってしまうからな」

 「……怖かった」

 「だろう?だから休むんだ。心配かけないために、ちゃんと言い返すために」

 って、微笑むおれだが心は晴れない

 正直なところ、さっきのあれは詭弁だからな。アナや頼勇という盾で怒りの矛先を受け止めて、彼らに怒ってるんだっけ?と怒りの行き場を隠して止めた。最低の逃げ方だ

 本来は、おれがアルヴィナと共に茶番をして、転生者たる夜行やテネーブルの思惑が絡んだことで起きた悲劇が原因なんだから、責められるべきは奴等とおれだ。多分だが、おれへの怒りのままだったらあそこで一旦下がって冷静になるとか出来なかったろう

 

 「……エッケハルト、後を頼む」

 少女の手を引き、後を憮然とした炎髪の辺境伯に託し、

 「……あの人、私を嫌いじゃなかった

 そりゃ好感は無かったけどさ、大嫌いって思っても無かったんだ」

 と、ぽつりと地面を向いた桃色少女が呟く

 

 「分かんない、私……正しいの?」

 「分からない」

 此処は正しいと言ってやるのが良いと思いつつ、それを口にする前にぽろっと言葉が溢れる

 「そっか。やっぱり」 

 「でも、分からないから必死になるんだ。自分が正しいって思ったらさ、止まれなくなるから疑い続けるんだ」

 愛刀の柄を撫でて、空を仰ぐ。夜空に近い其所に見える星は少なくて、それでも綺麗に見守ってくれていた

 ……そうだ。おれも

 背負ってきた死は多すぎるくらいだ。けれどもあそこで輝く星のように。見守ってくれている、背中を押してもくれている。罪として、枷として背負うだけじゃ駄目だって、今はそう思う

 

 「リリーナ嬢だってさ。だから『天津甕星』ってやるんだろ?」

 そんな思いも込めて、おれは軽く微笑んで……

 「うん

 やっぱり、火傷で顔、怖いね」

 「すまない、昔からだ」

 「知ってるよ」

 なんて、少しはマシなやり取りが出来たと一息を吐いたところで、おれは瞬時に空いた右手を柄から離した

 そして、少しだけ申し訳なさげ?に寄ってきた少女の肩を掴む

 

 「な、何じゃよ?」

 「怒るよ、シュリ」

 「も、もう怒ってるんじゃよ?」

 そう、あそこまで歯止め無く心を吐いた元凶、心毒を撒いた当龍、至極当然の面で入り込んでいたシュリンガーラである

 おれの心は読んでるだろうし、その上で逃げていないならば捕まって怒られる為だろうと、容赦はせずに強く掴み続けた

 

 「痛、痛くは無いが辛いんじゃよ……」

 「じゃあ、聞いてくれるよね?お陰でリリーナ嬢にまで飛び火して、苦しむ事になったんだから」

 「……御免なさいなんじゃよ……」

 素直にしゅんとする辺り、悪意で毒を撒いたのでは無いのだろうが、結果的にはただの毒だ

 

 「じゃあ、改めて行こうか」

 と、少し恨めしげなエッケハルトの視線を受けながら、改めておれは促した

 

 うん。他の参加者からもシュリとの会話は聞こえてないが他の女まで連れてと憎らしげな視線が刺さるが無視だ無視!



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銀龍、或いは希望への誘い

「シュリ」

 呼べば、何時ものおれのあげた外套、ではなくドレス姿の龍神は怒られている形の状況の割には楽しげに、その太い紫の尻尾を揺らした

 

 「どうやって来たの?」

 「ゼノ君、この子は?」

 言われて、あれ?と思う。リリーナ嬢もシュリの事は見たこと無かったか?って話だが……

 

 「えっと、貴族さんだよね?どうしてそんなに」

 この違和感に覚えがある。そう、目の前の人間が別の人物のように扱われるその現象は……

 「【独つ眼が映し盗る(コラージュ)は永遠の刹那(ファインダー)】」

 ぽつりと、その力の名を告げる。下門が使っていたクソコラ能力、確かにそれを使えば自分を招待客のように思わせることも出来なくはないだろう。それこそ、誰かが招待状持ってる時を撮影してコラージュすれば良い、送った者達から招待状を持つべき者として扱ってしまうから通して貰える

 

 「奪ったのか?」

 「休むらしいから、貰ってきたんじゃよ?」

 ……見上げる左右で色の違う瞳に、曇りは……いや、何時も絶望に半ば翳ってるから分からないなその辺り。ただ、今回のシュリはそこまで悪いことはしてない気がする

 

 「……使えたのか、あの力」

 「全ては儂の眼じゃから、の。三首六眼、誰かに与えている時には使えぬが、今はその気になれば何時でも使えてしまうよ」

 「……君が元々持つには、違和感のある能力だけど」

 今は話してくれそうなのであえて深く突っ込む。いや、他のアージュは更に他人との関係性に興味ないから要らないだろうし、シュリ自身欲しがらない力な気がするんだよな

 「【嫌悪(ビーバッア)】。儂が与え魂に埋め込んだ眼から、託された持ち主に合わせて力は発芽する。情けない自分でありたくない、憧れの他人になりたい。そんな想いが産んだんじゃろう」

 そう告げる少女の目線は何時もと違っておれへの上目遣いではなくなっていて。多分下門の死とか、思うところがあるのだろう。自分が巻き込んだわけだしな

 

 こうして見ると稀に夢で見る龍神アーシュ=アルカヌムそっくりだ。ちょっと自虐と絶望入っているが……分かりやすく人懐っこく、善かれと思っても毒という性質で人を傷つけてしまいかねない危うさがある、超常で頂上の龍

 「……お前さん?」 

 「えっとゼノ君、話が本当に見えないけど」

 と、扉に空いた窓からちらちらと見える銀髪。心配してか、リリーナ嬢を休ませる部屋までアナが来てくれたのだろう

 

 「リリーナ嬢」

 「うん」

 「アナが来てる。おれはやることがあるし、おれが止めるべき恐ろしい神様の対処をするから、休んできて」

 「いや心配過ぎるけどその発言!?ってかぜんっぜん危険そうに見えな」

 叫ぶ桃色少女の眼が、ぴたっとシュリの履くニーソックスっぽいもの辺りで止まった

 

 「解れてるよ、大丈夫?」

 「儂の汗、毒じゃからの。溶けてしもうたか」

 翼も心なし下向きになりショボくれる龍少女。これ見ても毒耐性高いおれは気にしないが……

 「え、毒?本当に?」

 「さっきの人、皇帝から思いの丈ぶちまけろって言われたけど言葉が……と苦しんでいたから心のままにと少しだけアマルガムを香にしたんじゃが……

 

 あそこまでとは、の。すまんかったよお前さん」

 ついでに、シュリもおれの意図を組んだのかわざとらしく恐ろしそうな事を呟く

 

 これが精一杯となると本当にアーシュというか、これが【憤怒(ラウドラ)】になったなんて信じられなくなるが……

 

 「……ご、ごめんねゼノ君!怖いから逃げさせて!」

 「逃げてくれリリーナ嬢」

 「でも!なんか知らないけどゼノ君への好感度めっちゃ高いからそこ安心して!アーニャちゃん並みでホントこわい!何で!?」

 と、さらっと聞く人によっては爆弾な言葉を残して、少女はそそくさと出ていった

 

 ……好感度が見える眼で見ても、やっぱりシュリからの好感度高いのか……なかなか、恐ろしい話ではある

 ってか、もしもラウドラ辺りも好感度自体は見たら高かったら実に怖いが……その辺り、三首の龍のそれぞれの首とはいえリンクしてなさそうなんだよな

 

 まあ良いか。シュリから嫌われてたら色々な点で終わりだしな、おれ

 

 「……そっか。あんまり怒るべきじゃない事が多かったな、短絡的過ぎたか」

 「佳いよ、お前さん。儂に向けて駄目なら駄目と言おうとするのもお前さんだけじゃしの」

 寂しげに、龍は微笑む

 「言いたくないがあの【笑顔(ハスィヤ)】は?」

 「儂があれを願ってたと、思うかの?」

 言われ思い出すのは聖都での虐殺。シュリは泣きそうな顔で、見たくもないものを逃げられないとばかりに見つめていたようにしか見えなかった

 

 「……ごめん」

 「善いよ、お前さん。儂自身今となっては後悔しておるがの」

 「……取れないのか」

 「儂は幼き頃の再現。本来、アージュ=ドゥーハ=アーカヌムには最早要らぬ姿じゃよ。与えられても取り戻す権限は持たぬ」

 持ってたら多分だが、あのサルースから取り戻してるんだろうな。ってか、だったら与えた後裏切り防止の対策を弄くるとかも出来なかった可能性もあるのか?

 シュリを全部信じきるのは危険だが、下門も実は裏切り対策で殺す……まではしたくなかった可能性くらいは信じよう。疑いながら信じろ、おれ

 

 「なぁシュリ。ならば、おれの、【勇猛果敢(ヴィーラ)】の力って?」

 と、おれはとぼけて聞く。シュリの眷であることは感じても、下門のあれみたいな特殊な力は感じない。いざというときの切り札になればと思うが……

 

 あ、しゅんとした。尻尾も翼も縮こまるから良く分かる

 「儂の眼の芽は、木に近いんじゃよお前さん。魂という土壌に埋め込み、魂を食ろうて成長し、何れ魂に生える異能の大木となる。儂に収穫の権利は無くとも、他の首は伐採が可能

 じゃがの。残念ながら今のお前さんにある【勇猛果敢(ヴィーラ)】は発芽しておらぬよ。ゆえに伐採も出来ぬ。魂に触れるなど、未来の儂には我慢ならぬから不可能じゃしの」 

 

 整理しよう。つまり、特別な能力は無い。シュリに思考読まれるのと眷属扱いされるだけか。まあ、思考読んでさりげなく助けてくれる事もあるのだから、シュリの眷属な事がメリットと言えそうだが。で、その状態では能力覚醒してないので剥奪も逆に出来ないと

 「一生このままだな、それは」

 「……どうだか、の」

 寂しげに、龍神は微笑(わら)

 

 「そうだ、シュリ」

 そんな少女に、おれはポケットからあるものを取り出した。それは二枚目の小切手……

 

 「すまん、間違えた。こっちだ」

 ではなく、二枚目の学園祭チケットだ

 「……む?」

 「来れるんだろ、シュリ。だから来い」

 「じゃが、儂は」

 「大丈夫。傷つける気があるなら兎も角、精一杯傷付けないように縮こまる龍神様の毒に滅茶苦茶にされるほど、この世界は、頼勇やアナ達は弱くない

 見に来い、そして理解しろ。何時かおれは君に世界を守り救わせる。そうして共に償う前に、何時か守らせられるものが君の思うものよりキラキラしてるってことを、消したくないと思えるって事実を叩きつけてやるよ、シュリ」

 敢えて挑戦的な物言いで、おれはチケットを差し出した

 

 「言ったの?お前さん。嘘なら、儂は怒るんじゃよ?」



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飛来、或いは焔

「……お前さん、最後に聞くがの

 儂の【勇猛果敢(ヴィーラ)】よ、お前さんは何のために儂に手を伸ばす?」

 真剣な瞳がおれを見上げる。そろそろドレスが持たんのと姿を消そうとする前に、独りぼっちの龍の神様が、小さな唇を震わせる

 

 知ってるだろう、おれの心くらい読めるだろう。けれども、きっとそれは分かるのではなくて耳で聞きたいことで

 「おれもさ、昔から悩んでばかりだった。結果的に間違っていたような事もきっと沢山あった

 最適解、求めた最善なんて掴めちゃいない。けれどもさ、おれはずっと一人じゃなかった

 

 だから、おれは君を救いたい。おれと同じような悩みに苦しんで、更に誰も居なかった君に……もうそうじゃないって言ってやりたい。言葉にすれば、それだけだよ」

 「……愚か、じゃの」

 おれに背を向けて呟く声は、けれども罵倒の言葉にしてはとても柔らかくて

 

 「心を溶かす毒に、壊れなどせんでくれよ?

 儂を……救うというならば、己の、言葉には……意味を持たせよ」

 それだけ告げると、三首の中で最も弱く、故に動きやすい紫の銀龍の姿はこの場から掻き消えていた

 

 それを見送って、おれは息を吐く

 捕まえろって?割と妥当な話ではあるがああして自由に……ってほどあっさりではないが転移能力とか見せつけられるとな。捕まえようとしても無駄ってのは分かるのだ

 が、同じ能力を持つ筈のラウドラ達が来る気配がないってことは臨戦態勢でなければ転移が出来るって形なんだろう。周囲に毒素撒きすぎると転移出来ないって感じか?

 だから戦う気にさせて被害を出さないようある程度好きに泳がせる。シュリな分には被害とかあまり出そうとしないからこうしてのんびりやる

 前回ラウドラまで来たのはぶっちゃけ呼び込む導線があったから、だろうしな。シュリだけ来てくれてる間にやれることはやるさ

 

 結局のところ、おれもそうだが……全てはシュリ自身の心の問題だ。周囲が何言っても変わらない。言い続けて、自分で心に整理を付けるのを待つしか無いんだ

 

 ……それに気がつけたのはアナとノア姫

 『こほん』

 後は始水のお陰だ、と幼馴染様が不満げにわざと咳き込みだけ聞かせたので内心で付け加えておく

 いや実際、始水が居なければもっと思考が頑なな堂々巡りになっていた気もするしな?ずっと居てくれた。アナほど近くて悩むこともなく、良い距離で、けれども離れずに居てくれた

 

 『兄さん、浮気は許してますよ』

 ……何て神様幼馴染様は言うが、それはそれだ

 何処まで行ってもおれはおれ。恋愛とか父親とか欠片も向いてない

 

 とか思った刹那、背後に不意に現れた強い気配に振り返る。愛刀を呼び起こして中腰に構え……

 

 「何だ父さんか」

 おれは刀から手を離した

 「親に向けて何だとはご挨拶だな、ゼノ。言いたいことは無いのか馬鹿息子」

 「何故リリーナ嬢を巻き込んだ。彼を呼べば、そしてリリーナ嬢まで来させればああなることは分かっていたろうに!

 どうしてだ!」

 

 叫ぶおれの顔を見ながら、欠片も揺れず涼しい顔で銀髪焔眼の皇帝は唇を吊り上げた

 

 「ふん、庇いだてするか。どうした、惚れたか?」

 「それはない。ただ、おれ達は彼女らに唯でさえ苦しい戦いを!おれ達王公貴族が解決すべき有事の解決を!押し付けている立場だろう!」

 「まあそうだな。お前は惚れんか

 第一あやつが居るのに目移りなど、贅沢以前に節穴か」

 「アナは関係ない。誤魔化さず逃げずに答えてくれ父さん」

 「おっとそう来たか。(オレ)はかのエルフの(ひめ)の事を念頭に語ったのだがな、残念だ」

 悪戯っぽく……だろうか。愉快そうに笑う皇帝に悪びれた感じは欠片もない

 

 「冗談は!」

 「過保護もいい加減にしろ阿呆。庇うだけで何になる」

 焔がおれを取り巻く。轟火の剣デュランダル、幻の焔が燃え盛り、当代の担い手である父の手元で赤金の大剣が輝く

 

 「けれど!」

 「だからお前は人を信じろというのだ、馬鹿息子。守ろうとし続けたら貴様を助けようと期待以上に応えてくれるお前の嫁を基準にするな

 多少は苦しみを知らせろ、さもなくばより酷いところで立ち止まるぞ?」

 

 それでも、と反論しようとして言っても平行線だと、おれは完全に構えを解いた

 

 「……たださ、父さん。限度ってあるだろ」

 「む?(オレ)は寧ろ内心では信じさせて欲しいと思っている、煌めきさえあれば寧ろ楽な相手を選んで送ったつもりだがな?」

 その言葉にうぐっと詰まる

 確かにそうなんだよな。ヴェネットってシュリの毒食らってても殺意までは無かった。疑問が強かった。ちょっと物言いが強くとも、人選は間違ってなかった

 

 「いやでもさ」

 「希望を見せるだけだぞ?出来んと思っているのか?

 お前の嫁と、嫁と、嫁面の益もある害獣と、正しき聖女と、後ついでに枢機卿の娘だぞ?」

 ふっ、と男は微笑み、それにまぁ……と返しながらおれは、アルヴィナの扱い酷くないか?とその兄に影から足を蹴り飛ばされながら思っていた

 

 「ってもう一人誰だ!?」

 「あのエルフだが?」

 「ノア姫に呆れられんぞ父さん!?更に言えば嫁が二人も居る扱いは」

 「(オレ)にはもっと沢山居るぞ?」

 「そうだったよ父さんに言っても無駄だったな畜生!」



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銀龍、或いは焔の問い

「それで、父さん」 

 遠くを眺める。アウィルが雷のロードを作って空を走っているのが見えるが、急いでいるというよりは人を背に乗せてあげてるって感じだな。急勾配とか作って駆け上がってるし、つまり生体ジェットコースターだ。遊んであげている、といった趣だし気にすることもないな

 何か問題があればそれこそさらっと居たノア姫が何とかしてくれる

 

 それを確認して、来いとおれの耳を千切れるかという力で引いてから歩きだした父に向けて口を開く

 「どうして来たんだ?まさか、おれの恨み言を聞きに来たってほど暇じゃないだろう?」

 「まあ、誰かさんのせいでな。真性異言に魔神族に、更には毒龍宗教。この世界はどうしてこうも屑どもに人気なのか、頭が痛いわ」

 「……すまない、父さん」

 「貴様にはほぼ関係無かろうが馬鹿息子」

 

 と、父の顔が少しだけ歪んだ

 自分が失言したなと思ったときのサインだ。顔が怖くなるって事だから、パッと見分からないけれどもな!

 

 「いや、関係あったな。毒龍の首に己を売り渡していたらしいからな、このボケは

 何だ、何時もの己を売る悪癖か?」

 軽口のように聞いてくるが、瞳に欠片も笑いが無い。あるのは静かな焔

 

 直感する。下手な嘘や、意に沿わない真実を告げれば、おれは轟火の剣に両断されるだろう

 

 「……そうじゃないさ、父さん」

 「ならば、何時ものお前自身の為か?あれだけの事をしておいて」

 ふっ、と笑う父。一瞬だけ威圧が和らぐ

 

 「エルフの時もそうだったな。あれはサルース亡き今、最終的に相応に意味があったが……

 流石に今回は違う、と言ってくれねば困るぞ?」

 「……おれの為ってのは、勿論あるよ。理由のうち、結構な割合だ」

 嘘を吐かず、おれは大人しく歩きながら語る

 

 「……素直だな」

 父の背に現れるのはおれも何度も手を借りた帝国の象徴たる赤金の轟剣。不滅不敗(デュランダル)の名をもって、未来を謳う焔の剣

 それに怯まず、言葉を続ける

 

 「どうせシュリには全部筒抜けだし、隠しても意味がない」

 「妙なところで相手を信じる。お前の嫁でなければ嫌うレベルだぞ?」

 「だからアナをおれの嫁扱いしないでくれ」

 「エルフだが?」

 「だから冗談キツいって

 

 それは兎も角、実際そうだよ。彼女を助けることで、一緒に罪を償う事でおれ自身の心を救いたいからって、それがまず一つ理由としてある」

 

 男の眼が細まる。おれの肩に置かれた手が、大地を砕くような重さになって指先が食い込む

 

 「繋がらんが?」

 「繋がるよ。ニホンのおれが生き残った事故で、沢山の人が死んだ。おれみたいに特例なんて無く、彼等彼女等にとって、世界は其処で終わったんだ。数百人の世界の終わりを、おれは見てきた。そして、この手で何人か討ち、救えず、更に沢山の死を、つまりその人の世界の滅びを背負ってきた

 シュリは自分は世界を滅ぼしてきたと言うけれど、おれも同じだよ。だから、自分を救う為にって思うのは仕方ないだろ?」

 熱風が頬を撫でる。熱い程だ、ちりちりとして髪が発火し焦げてしまいそうに思う。口を開けて息をすれば喉と肺が焼けそうになる

 

 それでも、退かない。逃げたくなる気持ちと、込み上げてくる吐き気を呑み込んでただその焔を睨み返す

 

 ズキズキと痛む筈の無い古傷が痛む。轟剣を手にした時のように、左眼付近の火傷痕が焔を纏うように灼熱する

 

 「でも。それだけじゃない

 そんな風に誰よりもおれが、彼等の理不尽な死を納得できなかったから。背負わなきゃって思って

 けれどずっと、おれは一人じゃなかった。見守ってくれる人も、止めてくれる人も。愚かな考えと馬鹿にしてくれる人も。沢山居た」

 

 小さく苦笑する

 「おれはそれを要らないって突き放してた。いや、今も正直正論で頭が痛いから出来たら居て欲しくないって馬鹿言うよ

 でも、だ。おれよりも優しくて、だから必死だった龍神様には誰も居なかった。だから、あんなに人懐っこくて、怯えがちで、好かれるためにやらかすシュリが出来上がった」

 小さく眼を閉じる。もう、焔の熱さは感じない

 

 「心を求められなかった。力と肉体(からだ)と。何処までも都合の良い部分だけ必要とされて、あの子は何処までも独りぼっちだった……おれより酷い環境に置かれていた成れの果て

 だからだよ、父さん」

 眼を開く

 

 焔は消えている。肩に置かれた腕は、優しく当てるだけに変わっている

 

 「おれはさ、独りぼっちで、狂い果てる未来になると()っていて。そんな優しい銀の龍を

 独りでなかったからこそ、壊れきらなかったおれだから。もう独りじゃないって言ってやりたいんだ」

 

 そう、これがおれの本音

 分かってるさ、この共感だって自分勝手だ。おれの感じてきたものは、シュリの苦しみと性質は似ているだろうが、純度も量も違いすぎる。学校の遊びでしかやらないサッカー少年がプロの事を訳知り顔で語ってるような的外れかもしれない

 

 それでもだ。おれはあの子を独りにしたくない、その気持ちだけは譲らない、譲れない。捨てろというなら、誰にだって叫んでやる

 

 が、それは必要なんて無くて

 少しだけ呆けたように黙っていた父は、ふぅと息を吐くとおれの頭をぽんと撫でた

 「っぐっ!」

 ……力が強すぎるんだが?

 

 「っと、悪いなゼノ。つい力を抜くのを忘れた

 が、まあ……嫁が三人も居る息子を見た親心だ、許せ」

 「父さん?」

 「何だ、三人目のお前の嫁か。いや、四人目か?」

 「シュリとは恋愛じゃないし間誰だよ、アルヴィナか?」

 「奴は害獣だ、嫁とは認めん。貴様をずっとチラチラ見守る七天だ、気がついてくらい居るだろう?」

 「罰当たり過ぎないか父さん!?」

 相変わらず、この人はとおれは眼を向いた

 

 『どうも、親公認の嫁です』

 幼馴染神様顔で居てくれ、始水。七天教他から殺される

 

 「というか、シュリは許すのか」

 「(オレ)はな、魔神が嫌いだ。特にあの魔神王シロノワールがな」

 当人の前で言わないでくれ父さん、蹴られるのおれなんだから、と抗議のカラスキックを影から食らいつつ、おれは私怨かよと苦笑する

 

 「親心なんて私怨だろう、馬鹿息子

 が、あの啖呵が切れるならもうお前の嫁だ、好きにしろ。助けが要るならば多少はするが、最後は自身で止めろ。それが出来ねば……心毒の邪龍、国家たる(オレ)が裁く」

 言い回しとは裏腹に、男の声は少し優しかった

 

 と、おれと父だからかそこらの人間の小走りすら置き去りにする速度で進んだ歩みが、城に入ったところで止まる

 

 「で、だ。お前の所に来た理由だったな」

 「あ、今までの違ったのか」

 「いや、大体知っていることを、息子の口から言わせたかっただけの前座だ」

 その物言いに首を傾げる

 目の前にあるのは皇狼騎士団の詰所の一個、その扉の先に何があるのだろう

 

 「知りたいのはお前なりの想いだ。何を助け、何故邪悪と切り捨てるか。その核とスタンスを見るために、敢えて一貫して手を伸ばした世界の敵たるお前の嫁の毒銀龍についてから聞いた」

 「そこか。おれなりに、考えてるよ」

 「まあ、考えてなければ世界の敵とお前を処刑しているところだ

 で、だ。聞かせろゼノ」

 鉄の扉がバァンと勢いよく開かれた

 

 「こやつは何故、お前にとって敵ではない?」

 そこには……

 「む、むぐぅー!」

 焔と鉄の鎖でグルグル巻きに縛り上げられた、胸元を開けたラフな服装の金髪少女が椅子の上に転がされていたのだった

 

 「何やってんだ竜胆」

 「むぐぁーっ!捕まってんの!見て分かれバーカ!って熱っつ!燃える!肌焼ける!」

 ……逃げ出しておいて本当に何やってるんだろうな、こいつ?



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異伝 金髪虐めっ子と、灰銀の誘い

ったく、とばかりに目の前で溜め息を吐く灰銀の髪。前世に良く似ていて、若白髪よりはまだ光沢がある色合いと、黒さのない血色の眼に火傷痕に覆われた隻眼

 けれど、背の刀が微かに怒ったように電光を迸らせ鞘飾りとなった龍鱗型のパーツが宙に浮かぼうとするのを制し、青年はあーしを見詰めた

 

 呆れた顔で、奥歯を噛み締めて。ぐっちゃぐちゃの顔で笑顔を浮かべる彼に……

 思わず吹き出したくなるくらい滑稽で。けれども、かひゅっという過呼吸しか漏れ出さない

 

 「ったく、酷い顔だ」

 更に現れるのは、あーしを此処に閉じ込めた男。より鮮烈な色合いの髪と瞳をした、彼の父たる皇帝

 まだ優しさを残す獅童三千矢と違い、欠片の同情も感じさせない、寒気すら覚える焔がその瞳に燃えている

 

 「どうしてそれで見逃す?銀龍は分かった、許そう

 が、こいつに関しては本当に分からん。ルディウスの奴も呆れていたろう?」

 じたばたとするあーしを目線で制し、皇帝は続ける

 

 「ひっ」

 力があったから。圧倒できたから、恐れずにいられた。でも、借り物でやってたあれを、捨ててしまったから。今のあーしは、それだけできゅっと脚を閉じて震えるしかない

 

 「見て分かるだろ、父さん」

 「(オレ)には、息子や民、そして直接交流はないが罪もない隣国の民の仇が、首を落とされるのを待っているだけにしか見えんが?」

 じわっと、脚の間から暖かいものが広がりそうになる

 

 「父さん、恐怖で支配したら竜胆と同じだろ。おれも良くやらかすが、今回は止めてくれ」

 が、その燃える視線を完全に遮って、妙に頼りなく感じる背中が見えた

 

 「……頼りなくない?」

 「お前が言うな竜胆、見捨てるぞ」

 「マジやめてくんない?」

 「まあ、冗談だが。おれが此処から見捨ててどうする」

 って言ってくれる背中は線が細い割に妙な存在感があって、けれども獅童だと思うとちょっと頼りない。ナイナイってあーし自身の心の中の何かがそう思わせる

 

 「見て分かるだろ、父さん。今のコイツは、竜胆佑胡であることを選択し、ユーゴとしての自分を棄てた奴は、もう敵じゃない

 そもそもあれは、傍迷惑で、犠牲者も出して、何時かそれを当事者のおれと竜胆で償うべきで、その癖本質は下らないガキ同士の喧嘩だったんだよ」

 と、あーしに言ってた事をそのまま今も告げる皇子。今はもう、あのいけすかない仮面野郎とかから庇う必要もなくて、逃げ出してるから味方とも多分信じられてなくて。それでも、変わらず庇いに来る

 

 「勿論」

 くるっと上半身を捻って、血色の片眼があーしを射る。その眼は笑っていない

 「多くの被害を出したのは確かだ」

 「うげっ」

 えずくあーし。でも、言われても仕方ないってか、今更文句言えない

 

 「あーしだって、全部全部喪ったんだけど?酷くねってカンジ?」

 「お前のせいで死んだ人々も、その遺族も、大事なもの奪われまくったんだ。同じ目に遭おうが、因果応報だろう?

 寧ろ足りないまである」

 「まぁーさ?しゃーないけど」

 「元気にやれてる暇あったら謝りに行け。お前とおれがガキの喧嘩したせいで妹まで喪った人が今日泣いてたぞ」

 「……あーしも捕まって苦しいんだけど!?もっと苦しくすんのフツー!?」

 「するだろ。逃げんな竜胆」

 そう凄まれるとウザったいし正論だしで辛いんだが!?少しはあーしの気持ち汲んでくれよバーカ!

 

 って内心であっかんべーするあーし。けれど、庇いながらも責めてくれるから、あーしの気は少し楽で……

 「……まあ、今となっては、か」

 何時の間にか轟剣を突き付けていた皇帝が、その剣を背に背負ったかと思うと消し去った

 

 「が、今は神妙になったとして、何故貴様は最初からこのシュヴァリエのクソボケを赦そうとしていた?」

 言われ、あれ?とあーしは思う。ふっつーに殺されかけたような……

 

 「最初から、おれの中で竜胆は、いやユーゴは変われるって思ってたからだよ、父さん」

 「いやあーし三回殺されかけたけど!?」

 「……そうか?この馬鹿とシュヴァリエの息子の肉体を乗っ取ってた頃のゴミの戦いに(オレ)が来た時、馬鹿息子は貴様に敗けを認めさせようとしていた」

 言われ、思い返してみる

 

 あ、確かに良く良く考えると最後の一戦は一回死ね!されたけど、他は武装破壊して投降させようとしてた……ような?死んでたマディソンもあれ獅童に殺された訳じゃ無かったし、何ならあーしがしゃーなしに庇いに現れたあのトリトニスの時も、別にヴィルフリート殺すというよりはALBIONの破壊のために翼狙ってた

 

 「獅童は甘ちゃんって事しょ?」

 「なら、死ぬか。(オレ)は愚鈍な善人である気は無いから」

 「いや殺さないでやってくれよ父さん!?」

 

 はぁ、と一息付くと、獅童は少しだけ眼を閉じた

 

 「おれさ、自分で自分の罪から逃げてた」

 「別に馬鹿息子のせいでもないがな、大半は。責任を負うのが皇族だが無駄に一人で背負いすぎだ、嫁にも回せ」

 「え、あーしやだけど?」

 「……お前ではないわ」

 いや、別に獅童とか好きじゃないけど、何か釈然としなくね?って思って口から出てた言葉で睨まれて、すごすごと引き下がる

 

 「自分が生きてて良いって思えるように、自分を赦せる道をずっと心の奥で探してた

 だからだよ。何となくちょっと話してるだけで分かるんだ。相手が変わりたいって、救われたいって思ってるか」

 そうして、彼は父から目線を外してあーしに微笑み、右手を差し出した

 

 「竜胆も、下門も、シュリも、マディソンも、他の大半の人達だって。大義だったり下らなかったり、色々理由あっておれ達とは相容れてなかったけれども、そうした想いがあった

 だからおれは手を伸ばす。だってそれは、おれなんだから」

 その手があーしの鎖を留めていた錠前を親指から中指、三本の指で掴んで引き千切る

 

 「ただ、だ

 ティアの姿を盗るあいつや、シュリ以外の堕落と享楽(アージュ=ドゥーハ)の亡毒(=アーカヌム)、そして彼女等に享楽から従う【笑顔(ハスィヤ)】達。それらからは、おれと同じ気持ちを欠片も感じなかった

 心の底から、あれが楽しくて仕方ない、やりたくて仕方ない、って想って皆を傷付けていた

 だからだ。そういう相手だけは、おれが討つ。彼等は救われたい認めて欲しい、そんな風に社会に……皆にはしっかりとした状態で有って欲しいおれ達と絶対に相容れないから。皆を傷付けて消し去って、それで喜べる存在だから」

 と、青年は少し苦笑する

 

 「シロノワールも、主張は割とそうなんだけど……アルヴィナと居れば、何時かって想えるから例外にさせてくれ」

 「いや別に(オレ)は端からやらかさん限りお前に任せているから言われても困るがな」

 「……ってか、あーし、良いの?」

 「竜胆、お前仲間欲しいから無駄に飾ってたろ?

 そんな奴、おれと相容れない敵じゃないよ。まあ、素でやっててくれた方が正直可愛いし仲間出来たろってある種の全否定はしたいが……」

 かっと、頬が怒りでか、羞恥でか……何だか分からない感情で熱くなる

 

 「いきなり口説くなバーカ!この女を泣かせることにだけ特化したヒモ!」

 「何でこんなにおれはヒモ扱いされるんだ」

 初めて、彼の困惑顔が見れた

 

 それが可笑しくて笑いながら、あーしは解かれた鎖を払って立ち上がる

 

 「自分で分かれっての!

 あ、あーし違うから変な気……起こさないか」

 からかおうとして、そんな訳無いって言葉に詰まる

 

 「兎に角、バーカ!」

 「竜胆、謝るの兼ねて、学園祭来いよ?」

 「は、口説き続く訳!?ってか、あーし普通に居ると精霊に狙われるし、もうアヴァロン=ユートピア裏切ったからノーリスクじゃ力使えないしで他人の所に行くとか御免だっての!」

 立ち上がり、スカートの誇りと煤を払うあーしに向けてハンカチとチケットを出してくる獅童。完全に、もう敵意なんて見えない

 

 あーしは獅童と、そして早坂を虐めてた時期のあーしに完全に踏ん切りなんて、ついてないのに

 

 だからそれをひったくって煤を拭きながら、あーしは叫ぶ

 「勝手に無駄な期待してろっての、バーカ!」

 「期待してるよ。少なくとも、少しの間ならXだっておれ達が誰にも手出しできない範囲で倒すから

 後、ユーリの生きてるけど魂の無い遺体、今度で良いから本家アステールのところに受け取りに行け。何時までも生ける屍のまま管理させるな」

 「ったく、わーってるっての!」

 それだけ言って、あーしは手首の腕時計のベゼルを捻った

 

 「ステラ!」

 『おー、ステラおーじさまの前で呼ばないでーって言ったのにー』

 「だから逃げ帰るから顔合わせなくて良いっての!未来へと時間飛ばして逃げる、オーケー?」

 『おー!』



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受領、或いはオタ芸

「ったく、はい!これで俺の仕事は大半終わり!当日は好きにするからな!」

 ドン!と怒りを込めて卓上に叩き付けられるのはそこそこ分厚い手書きのメモ束。おれが頼んでいた脱出ゲームのシナリオだ

 

 が、かなり凄い量だ。正直な話、ペラ紙数枚かと思ってたが、そんな程度ではなかった

 

 「これ全部か?」

 「あったり前だろ、何?お前さ、同人誌とかでも出されてる20頁そこらの小冊子だけしか作られてないと思ってた訳?

 冗談じゃない、没とかキャラ考えてのメモ書きとラフとか、あの一冊だけ出すためにどんだけ表にならないものがあると……」 

 楽しげに愚痴を溢す彼に、思わず可笑しくて笑みが溢れる

 

 「うわキッモ」

 あ、おれにキレ気味の何時ものエッケハルトに戻ってしまったか

 

 「そこまで本気になってくれてたんだな」

 「アレットちゃんに喧嘩売ったんだろ?半端なモン出したら、逆に失礼だって!」

 顔を赤らめて怒ってくる彼に、おれら少しだけ眼をしばたかせた

 

 「寧ろアレットとやりあうから手抜きしたいとかならないのか?」

 「あのさ?創作者舐めてんの?二次創作でも何でもさ、周囲に比べてクオリティ……は個人の実力だから兎も角として、情熱で負けてるものをいけしゃあしゃあと恥ずかしげもなく出せんのはイナゴだけだろ!」

 叫ばれても、とおれは耳を抑えた。言いたいこと……分からなくもないが、おれは創作者じゃないから何とも返せない

 何なら同人誌もほぼ見たことないってか……

 

 「ああもう、アナちゃん絡みで金稼ぎのためだけに適当に整った感あるイラストで金稼いでた奴等思い出して今っ更イライラする……」

 ぶん!と拳を振るエッケハルト。どうやら、おれには理解しきれない想いの領域とかあるようだ。うん、立派だと想うぞ、エッケハルト

 ちらっと覗きに来たアナがびっくりして扉から離れてどっか行ったことさえ無ければ、だが

 まあ当人の同人誌書いてたとか、エッケハルトがこの世界をゲームとして知ってる事実とか理解しててもちょっと受け入れるのはアレだわな?自分のえっちなイラスト書いてそれで興奮してたと言われるようなもの。素直に喜べるのは、発言者にそうした感情持って欲しいという好意を持ってる子か、或いは性に対して自由な子くらい。アナはどっちでもないからな……

 

 「だから、こんなにしっかり色々と書き込んでくれたのか」

 「まぁな。手抜きとか出来ないし、俺はちゃんと造りとか知らないしで、何個かパターン考えておいた。序盤中盤結末、好きに組み合わせて使えよゼノ」

 言われて資料を見る。なるほど、ある種のゲームブックみたいに、何個かストーリーライン分岐出来るように仕上げられているんだな?

 が、せっかく用意してくれたんだからと全部使うと、参加者によってどんなナレーションするかとかかなり面倒になるし仕掛けも大掛かり。一番参加して面白そうなシナリオをメインに、多少の横路をアクセントとして入れるくらいにするか?

 

 「じゃ、当日はアナちゃんと過ごせる限り過ごさせろよ!」

 くわっ!と眼を見開くエッケハルト。おれはそれに苦笑を返しながら、二枚の手紙を差し出した

 

 「ちなみにだがなエッケハルト。当日アレットからお前を渡さなきゃ妨害するって脅迫と、ヴィルジニーが来るってアステールの報告とがあるんだ。おれには何も出来ないから、後は任せた」

 「ちっ、畜生ーっ!この鬼!悪魔!裏切り者!ゼノ野郎!」

 「おい一個誉めてんぞエッケハルト!?」

 まあ、おれもシュリだ竜胆だで忙しいし、少しはスケジュール考えてエッケハルトの夢も通せるようにしないとな?

 

 ただでさえ、暫しの間、竜胆を消すべくこの世界に乱入してくるらしいXとか、そういった脅威と戦う必要もあるのだし

 

 「……ん?」

 そう想いつつ資料を持てば、才女の頁が可笑しかった。これは……何だ?棒の設計図?

 「ゼノ、お前俺にあれこれ言うんだからこれくらいくれよ」

 言われ改めて見れば、光る棒だ

 「何に使うんだよこれ」

 「オタ芸だよオタ芸!今世の肉体凄いからさ!やらせろ!」

 言われ、おれは少しだけ目算して……ほい、と設計図と共に二枚の紙を出した

 

 「ん?」

 「アラン・フルニエ商会への紹介状。オタ芸は良く知らないけどアナ達天津甕星を応援したいのは分かったから、いっそ量産しろ」

 「お、おう……」

 「応援の宴か、俺様も混じって言いか?」

 が、ひょいとその紙を取り上げる者が居た

 

 「げっ!?派手野郎!?」

 「はーっはっはっ!ならばこのライトで全身輝くが良い、目立つさ」

 「超変態だわ!?」



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点検、或いはリハーサル

そうして、そんなこんなで準備期間はほぼ終わり。おれはリハーサルとして色々と設置した借りた教室類を点検していた

 なお、実はこっから更に隠し通路はあるのだが、そいつの入り口は仕掛けと装飾で塞いである。魔法鍵なんで魔法が使えないおれは開けることすら不可能だが、一応これ秘密の通路だしな

 

 「竪神、音響入れてみてくれ」

 と、おれは虚空に向けて話しかける。そうすれば、おどろおどろしい音が聞こえた

 頼んでアルヴィナが死霊術で呼び出した人魂やスケルトンが奏でる音を記録水晶に録音、それを今頼勇の合図で再生している。うん、雰囲気バッチリだ

 ってか、魔法で音響とか出来るのやっぱり凄いな。機械仕掛けより大々的個人の能力による分、凄い奴なら嵩張らないしすぐに完成するし……

 

 そんな事を思いつつ、一つ一つ点検していく。うん、おれと桜理はほぼ飾り付けしかやってないから申し訳なくなってくるレベルだな

 「さて、隠し場所はokと」

 ちなみに、あぶれた子を引き込んで当日の仕掛けを戻す作業は彼等にやって貰うことにした。鍵を探したりするもんな、毎回同じ場所に鍵がないと困る

 ちなみに総勢9人の三交代制。あまり無茶ではないはずだ

 

 「暗号の方は?」

 と、語りかけてくるのは制服に身を包み、そわそわとした心を隠せていない少年(しょうじょ)。足取りが踊るようで、実に楽しげ

 それを言われ、おれは汚したような塗装をした板を貼った壁を見る。まあ、雰囲気作りとはいえ壁を汚したら問題だからな、その辺りはハリボテだ

 

 そんな壁には血文字にも見える赤い色で何かが書いてある。これが暗号だ

 で、とおれは振り向く。そっちにもちゃんと暗号が貼ってあり、良く見れば一部が欠けているんだよな

 そして、欠けてる部分を辿ればそれが数列になっていて答え。扉に掛けられた南京錠的な鍵を開けられるって寸法だ

 

 それを確認しながらおれは頼勇が用意してくれた魔法鍵に答えの数字を……

 「オーウェン、君が入れてくれ。おれに魔力がないから反応させられない」

 「あ、そうだった……竪神君達がそれっぽく作ってくれてるけど機械じゃなくて魔道具だもんね」

 あははと笑って、少年が6桁の数字を入れれば、鍵がすっと抜けるようになった

 

 そして、響くナレーション(cv:ロダ兄)。うん、ちゃんと機能してるな

 

 「よし、後は」

 と思いつつ、おれは最初の部屋の装飾を改めて確認する。結構ホラーものっていうか、お化け屋敷的な装飾が多い中に各所可笑しなものがある

 「で、此処にそれっぽく全体のヒントが落ちてて……」

 おれはん?と振り返った

 

 「なぁオーウェン?」

 「あれ?どうしたの皇子?」

 「まあ各部屋にヒントとなる物品を散らばらせて、それらから何で参加者が閉じ込められたのか、犯人は何者で何を思っていたかが推測できる……ってのが大きなシナリオだろ?」

 うんうんと頷く少年。桜色の前髪が揺れる

 

 「となるとさ、クリアして貰うための脱出ゲーム。ヒント品はもうちょっと目立たせる方が良いのか?」

 「うーん、どうだろ?露骨すぎても逆に面白くないし……」

 むむむ、と唇に手を当てて考え込む桜理、うん、どこか小動物

 

 「あ、でもこの部屋は最初。壁を見て欲しいって部屋だから此処だと部屋に置いてあるより壁にある方が良いかも!

 ほら、謎解きの仮定でちゃんと探してれば見付かるようにして……」

 「例えば今回、対の壁にある二つの暗号に気が付いたとして、残る壁の片方は今の脱出の扉。んじゃ、もう片方……遂には扉とどんな縁あるもんなんだろうな、ワンちゃん?

 ってどうだい?」

 ひょいと不意に現れたのはロダ兄。犬の意匠のみを持つから分身アバターだな。ホントナレーションとか進行役はお任せって奴だ。平行して幾つもの事が同時に出来る

 

 ふんふん、とおれは置いてあるヒントを取ると、壁に置いてみた

 下手したら見落とすが、良い感じかもしれない。謎解きなのに謎に関連しそうな場所を探さなかったら見落として詳しくは分からない、それで良いのかもしれない

 

 「うん、実際に設置してみると改善点出てくるな

 あと二日後にはもう本番だ、頑張ろうなオーウェン、ロダ兄、そして竪神?」

 「……他とはなしかい?」

 「残りは当日だけと、もう仕事終わりだからな……

 でも、当日やる皆も、シナリオ書き上げてくれたエッケハルトも感謝してるよ」



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滝、或いは修練

「えっへへー!皇子さま、御早うございます?」

 滝に(ちなみにこれはノア姫と頼勇が用意してくれた魔道具の滝だ。現実の滝じゃないので屋内にあるし、高さ3mくらいから水が落ちてくるのにその勢いと圧力は多分地球最大の滝より強い)打たれつつ鉄刀で滝を縦に割る修業をしていたおれは、響く声に両断して水が途切れた最中に振り返った

 

 「あれ?大丈夫ですか皇子さま?」

 心配そうに見られ、大丈夫だよとおれは手を振った

 が、まあ滝なんて縦に両断したとこで本気でずっと斬れてる訳もなく。まあ魔道具ごと両断すれば壊れるんで完全に停止するがそれをしては本末転倒。降ってくる嵐のような水を軽く地を蹴ってアナの横まで来て回避

 

 「有り難うノア姫。もう今日は終わり。あと30回を2セットって思ってたけど、アナが来たし」

 ぶん、と刀を振って水を払い、鞘に刀身を収める

 

 「えっと、修業ですか?」

 「鈍ってたら困るからさ。水のように普通は斬れないものを斬る感覚を鈍らせないように。雪那系統の技が撃てなくなってたら、師匠に失笑されるよ」

 まあ、愛刀たる湖・月花迅雷はデフォルトで魂にまで刃が届きそうなのだが、それはそれだ。死人の魂と想いの焼き付いたあの刀があればって、それ完全に武器頼みのポンコツだろう。無くとも自力で使えるに越したことはない

 最近手紙をくれたが、師匠自身雪那・残照という教えてなかった技とかおれに教えようと、ついでに原作ゲームでも転入してくる西の王族(つまり師匠のちょっと遠い血縁の(残念イケメン))の事前案内を兼ねて、学園祭に来てくれるらしいしな。鈍った姿なんて見せたくない

 

 「あ、そうなんですねお疲れ様です

 皇子さま、これどうぞ」

 と、少女は持ち歩いている小さな魔法書を唱えて冷たい水を出し、自前のハンカチと共に差し出した

 「有り難うアナ、借りるよ……と言いたいけど、ハンカチは良いよ。流石に前から決めてた修業だからタオルはあるし、汗で汚したくない」

 「これ、ノア先生から聞いて用意した皇子さまの為のものですからどうぞ?」

 ぐいっと差し出され、なら仕方ないかとおれは受けとると額の汗を拭った

 

 うーん、飼われてる気がする。というか、ノア姫いつの間にそんなこと教えてたんだ、おれは聞いてないんだが?

 女性陣ネットワークが勝手に出来てる気がしてならない。まあ、仲良い事は良いことなのでおれからとやかく言うとか有り得ないんだが、少しだけ疎外感を感じる

 いやこれ、おれと頼勇達の間柄についてアナ達も思ってそうだな?お互い様か

 

 冷たく冷やされた布が少しだけ疲れ汗ばんだ頬に染みる

 「有り難うな、今日明日は大変なのに」

 そう、返しながらおれは微笑んだ

 

 そう、今日から二日間は学園祭、通称紅蓮祭だ。アナの出番は最後の最後、大トリであるおれが主演を投げつけられた劇団の簡易舞台の前。つまりスケジュール的には二日目の終わりの少し前以外は自由。なのだが、おれも御存じの通りアナは聖女さまと組む!組を遊びに行きますからって大体振り分けたから殆どの展示に遊びに行かなきゃいけないんだよな

 ノア姫がスケジュール表を組んでおれにも共有してくれたが、本当に大変そうだった。まあ、おれもその6割くらいは護衛として同行しろって言われてるんだが

 

 まあ、行きたい奴に行ける時間とかあるにはあるけどな?

 

 「今日から明日は宜しくな?」

 「えへへ、アルヴィナちゃんに悪いです

 あ、皇子さま。わたしじゃなくてアルヴィナちゃんと行く時もちゃんとしててあげてくださいね?

 昨日、眠れないってくらいにワクワクしてましたから」

 言われて頷く

 

 が……

 「いやそれはアルヴィナ当人が言うために来れば良くないか?」

 それを思っておれは首を捻った

 「あ、アルヴィナちゃんならすぱるた?って言ってるリリーナちゃんにダンスを教え込まれてましたよ?

 何でも、『アイドル舐めないでよね!やるからには完璧で究極!』って……」

 あははと愛想笑いするアナに、愛想で頷く。いや、おれとしても流石にアイドルに命懸けてるってのはリリーナ嬢の事としてまだまだ理解が薄いからな。曖昧な対応になってしまう

 いやまあ、そこまで本気で取り組んでくれるって有り難いけどな!?後で桜理にも感想聞こう

 

 「皇子さま。皇子さまは一緒に朝御飯食べますか?」

 「いや後免、今日は朝抜くよ。というか、アナも朝御飯は御免なさいって食べない方が良い

 どうせさ、模擬でお店をやるってグループをいくつも回るんだから、下手に食べてから行くとお腹が辛いよ?」

 「太っちゃいそうですよね」

 と、自分を見下ろす少女だが、正直胸以外細すぎるんで心配なのはそっちより食べられない方だ

 

 なんて思いながら、おれは最後に少しずつ稽古していた出演の台詞とかを思い出していた

 明日までに仕上げないとな



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快晴、或いは祭りの空気

「むぅ……ですよ」

 唇を尖らせ、少しだけ不満げにサイドテールにピンクのリボンを結ぶアナ

 

 「わたしだって、皇子さまと色々と回りたいのに……」

 「そう言わないでくれアナ。アステールや他の皆だって来る」

 と、今日は少しだけおめかしして何時もの神官服ではないふわふわの服(確か甘ロリ?というのだったか?)な少女に頭を下げた

 「何よりそれと交代で今日の昼からは学園祭中ずっとヴィルジニーが来る事になるんだ。その前にかなりの時間その対応に拘束されるエッケハルトに束の間でも自由をやってくれないか?」

 「それは聞きましたし、仕方ないなって思うのはそうなんですよ?」

 悲しげに眼を伏せて、少女は呟く

 「でも、ヴィルジニー様がずっとエッケハルトさんと居るって我儘を通せたみたいに、わたしだってってちょっとくらい思っちゃいます

 勿論、実行したりはしませんけど……」 

 「すまない、アナ。割と任せることになって」

 「いえいえ良いんです。皇子さまがわたしを頼ってくれるなんて嬉しいですから

 けれど、申し訳ないと思うなら少しくらい、わたしの言ってほしい事言ってくれたら」

 「アナ、今日の服何時もと違うな。個人的にはやっぱり青が入ってる何時もの服装の方が見慣れててしっくり来るけど可愛くて似合ってる」

 「えへへ、今日のわたしは聖女さまじゃないですよ?って言いたくて、わざと龍姫様の色を入れてない服にしたんです」

 くるっとターンするアナ。ふわりとレースが揺れる

 

 「あ、アルヴィナちゃんもお揃いの服ですから、会ったらちゃんと誉めてあげて下さいね?」

 その言葉におれはこくりと頷き、別れを告げると壁を蹴って屋根上へと身を踊らせた

 

 そうして、空を見上げる

 

 「アウィル!」

 と、愛狼を呼べば、1分ほどすればどうやって声を聞いたのか分からないが駆けてくる白い影。何か何時もと違って大きめの犬用服を着せられているのが特徴だ

 

 「ん?おめかしかアウィル?」

 『クゥ?』

 こてん、と首を傾げる辺り違うようだ。何だろうなあと思いながら服を良く見れば、タグが付いていた。これ学校が発行してる魔法のタグだな。公式で認めたものですよって奴

 ……グループ企画、【ふれあい動物広場】とあった。良く見れば、アレットの企画だった

 うん、対策とか取らずに出し物で勝つって意気込んで見てなかったがこんな手段を取ることにしたのか……

 

 お前プライドとかそういったものは無いのか。動物集めて区画に入れておくだけの出し物を学園祭で出すとかさぁ!?

 99%其処に居る動物票だぞ、こんなん

 

 「ってかアウィル、お前それで良いのか?」

 『ルゥク?』

 キラキラした眼で見返された。うん、多分アウィル自身はこの服着て学園の此処に居れば人々が遊んでくれるらしい、くらいの認識だなこれ

 まあ、本狼が良いなら半ば見世物なのは良いとしよう。さすがにアウィルに頼りきられてる、そんな企画に負けたら恥だしな。下手に対応する方が小物か

 

 そう考えながら、快晴の空を見上げる

 何でかというと、おれ自身あれな奴を招待しているからな。シュリとか竜胆とか、危険人物がいつ頃来るのかの把握である

 少なくとも、今や円卓の救世主等からすれば裏切り者な竜胆については、空を見れば来るか分かる。空気が微かに渇いて喉にはりつくような気配というか、何というか薄ら寒さがあるんだよな。つまりは人類史の否定者、仮称Xがアガートラームを排しようとこの世界に乗り込んでくる前兆があるって事だ

 ってことで、そういうのへの勘が働くアウィルと共に眺めてみたが、空に異変はない。逆に言えば、現状竜胆の奴、近くまで来てたりしないな?

 

 更にアウィルが下に顔を向けて鼻をひくひくとさせて臭いを嗅いでいるが、その動きも楽しげだ。そろそろ模擬店が準備してるから、その香りだろう

 違和感はない。ということはシュリも来てない……かは定かではないが、少なくとも残りの奴等が強襲してくることはない。毒を抑え込んでるシュリはまだしもラウドラ達は居たら心毒を常に垂れ流してるからな、可笑しな臭いになる筈だ。いや、心毒って嗅げば毒とは思えない甘くて蕩けるような香りしてるが、逆にあれはあれで目立つ

 

 まあ、シュリから人混みは苦手と聞いてるし、わざわざ人が多いところに意味もなく強襲仕掛けてくる訳もないか

 

 と、眺めて誰が来ているかを探っていれば、背後に気配が産まれた

 「アステール」

 「おー、もっと早くに迎えに来て欲しかったねぇ……ステラは長く居られないねぇ……」



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星空、或いは天井

「あ、僕もちょっと空に興味が」

 「ほら、邪魔しちゃ悪いよオーウェン君。っていうか、男同士の友情ーとか私にも分かるよ?

 分かるけどさ、そればっかり優先されてると、女の子として傷付くんだけどなー」

 「う、ご、ごめん……」

 なんて、ちょっと遠くでリリーナ嬢に捕まったっぽい桜理が連れ回される羽目になってるのが見える

 

 「まあそもそも、皇子忙しいよね……」

 「そうそう、一応婚約者の私相手にもあんまり時間を割けないらしいし……」

 視線が痛い。ついでに周囲の視線もと言いたいが、横のアステールのウィンクした瞳に浮かぶ星にあっ……という感じで色々と察せられた

 

 ちなみに、ウィンクしてるのは多分片目にしか星がないのを誤魔化すためであって、他意はない……筈

 

 「まあまあ、ゼノ君モテるしねー

 私にもモテて欲しい気もするけど」

 「何でそこで僕を見るのさ!?」

 「いや、オーウェン君が気にするかな?とかちょっとした乙女心で」

 

 なんてやりとりを延々と見ていても何も進まない。ってか、仲良いことは良いことだから進展してくれ。好いて貰って悪いが、おれは誰にも応えられないのだから、寧ろ桜理には己のなりたい男らしい男になって欲しいまである

 となると、それには女の子に恋するのが良いわけで。リリーナ嬢とかおれとの婚約を終わらせる相手という意味でもちょうど良いだろう。存分にラブコメしててくれ、頼むから

 

 ということで、自慢げなアステールを連れて、案内されて部屋へと入る。流石に分かってるから最初に予約は入れてあるって話だ

 まだ声が聞こえるが、向こうの二人は二回後の回を予約したらしい。整理券発行して予約入れてく辺り、盛況で良いな

 

 そんなこんなで、入った大きめの教室。机は片付けられ……ということは無く講義に使われる講堂まんまだが、天井には魔法の掛かった布が張り巡らされている。今は明かりを点けているからあれ?となるが、消せばそこそこ夜空に見えるだろう。後はそこに魔法で空を映すだけ

 

 そう、おれ達が居るのは天文部のやるプラネタリウムである。多少……というか本当にほんの少しなら知ってるが、この世界の星座とかおれ自身割と疎い

 なので、実は結構楽しみだったりする。この世界の星座、偉人由来のもの多いからな……。地球にもオリオン座とかあるけど、七天が~でそのオリオン座的なものが多くあるって感じだ

 オリオン座自体割と無理矢理星の並びを当て嵌めてるのにな、って、これは穿った見方か

 

 『あ、ちなみに兄さんなら分かるとは思いますが、本物の七大天公認星座は2個くらいですよ』

 くらいって何だ始水

 『ああ、それは私が把握してる数です。他の六天個神が認定した星座とかは知りませんからね、私。全員一致で認めたのが二個ということです』

 ……逆に二個本物あるんだな!?

 

 オリオンとか、実は本当に星座になってたりするのかもしれない

 

 「ふっふふー。おーじさまのいちばーん」

 と、とっとと席に着いたおれの横で、一本しか無くなった尻尾がふらふらと揺れる

 「アステール」 

 「おーじさまは冷たくてー、ステラ以外にも尻尾振っちゃうもんねぇ」

 おれの掌を摘まみ、狐少女は恨めしそうに告げた

 

 「悪い」

 「悪いという言葉はききたくないなー

 それはねー、ステラ以外の女の子に見向きもしない一途なおーじさま……ステラの夢の中にしか居ないりそーのおーじさましか口にしたら駄目な言葉かなー」

 うぐっと言葉に詰まる。半ばデートみたいに学園祭とはいえプラネタリウムを二人で見に来て、これを言われる時点で情けなくて涙が出るな

 

 『まあ兄さんは私のものなので、本当に夢でしかないのですがね』

 ……そこの神様、マウントは大人げないと思うぞ

 『神様が信徒に啓示をして何が悪いんですかね兄さん?

 只でさえ化身体は遺跡を護るから出られず、二柱ものゼロオメガ対策で本体もてんてこ舞いなんですからこれくらい良いじゃないですか』

 悪い、有り難う

 

 これしか言えない。始水……七大天の龍姫はもう、おれが本来茶化せるような相手じゃないからな

 この世界でシュリと戯れられてるのって、この世界に顕現する神の力を制限する創世記の世界理論、つまりは1/7は始水パワーだ。それが無ければ今頃この世界は本来の力のゼロオメガにより消し飛んでる。向こうが真性異言(ゼノグラシア)……転生者なんて送り込んで一応対応出来る範囲の攻めこみ方なの、ひとえに自分達すらも制限する理論を組み込んで世界を切り開いた七大天のお陰なのだ

 『失礼ですね兄さん。星の龍たる皇龍が一番元の種として格上なので、大体1/5が私です。兄さん含め全人類の2割が私のお陰ですから、もっと敬ってくれても構いませんよ』

 いや1/5かよ!?ドヤる割には少なくないか……?と思うが、悪魔と女神が他に居るしな、そんなものか

 

 なんて、脳内で会話を続ける。ここまで話しかけてくるのは珍しいというか……声音に元気が無い

 いやまあ、始水なんて常に抑揚少なめでクールっぽいけれど。何時もの澄ましたクールさというよりは今は疲れきって感情も湧かないってイメージだ

 

 『良く分かりましたね兄さん。本当に、あの毒龍は……世界の外核に一体どれだけの毒を撒き散らしているのかという状況です』

 うーん、おれ達とは別ベクトルで戦ってくれてるんだろうな

 

 『ということで、少し話し相手、時にはお願いしますよ兄さん

 けれど、まあ私自身浮気は赦す寛大な龍です。プラネタリウムが終わったら呼んでください』

 それだけ告げて、言葉は切れた

 

 それと同時、天井の灯りが徐々に消えていく。もう今回のプラネタリウムを見る人間は全員椅子に座ったのだろう

 

 「おーじさま。ステラのおほしさま 

 楽しみだねぇ……」

 横で、他より座布団というか敷物が敷かれて豪華な椅子の隙間から尻尾を出した狐娘が、天井を見上げるおれの右手に己のちょっと冷たい左手を添えて、ぽつりと呟いた



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吐息、或いは星座

「おっほしさまー」

 流石にアステールとて大声を出すほど空気読めないわけではない。おれにくらいしか聞こえない大きさで、ポツリと呟く

 

 一応貴族も(大概は下級貴族だが)通う学園、講堂の椅子も案外良いものだ。平らとまではいかないが、案外背もたれを倒せるリクライニングシートになっている

 なので頭だけ倒さなくて良いように席を倒し、満天の星空が映し出された天井に張り巡らされた布を見上げる。完全に空に見え、知らなければこれが白い布に魔法で投影されているだけだなんて思わないくらいの迫力だ

 

 が、正直要らなくないか?とおれは思わず環境音に内心で突っ込んだ。微かに虫のさざめきと草木が風に揺れる葉音が聞こえてくるんだが……風まで吹かせてるし。プラネタリウムに臨場感、要るか?

 

 「風情だねぇ……」

 要るのかもしれない。案外好評だった

 が、そこの風担当だけは駄目だと上体を起こして隻眼で睨み付けた

 

 「ひっ」

 無言の圧力。血色の眼光は死兆を告げる星の如く、青年の心に影を落とす

 逃げ出すようにして、青年は風を止めて姿を消した

 

 「忌み子」

 「風で来てくれた女子のスカートを捲るのは、星を見せる者としてどうなんだ?」

 叩かれる肩、苦言を呈してくる部長に一言返せば、すまんとすぐに責任者は離れた

 うん。アステールのスカートが僅かに浮いてたし、臨場感の為の送風魔法を唱える立場を悪用してパンツ見てたのは間違いない、アホかあいつ

 

 解説が始まった頃、遠くでみぎゃぁぁぁっ!という悲鳴が微かに耳に届いた

 多分空の星より地面のスカートの中か?と締め上げられたな?

 

 閑話休題。見上げた空は本当に満天の星空だ。天文部が見てきた夜空を、記憶そのままに魔法で映しているのだが……実に見事に星だらけ

 「ステラ、こんなのはじめてー」

 何かを噛み締めるように、横で少女が溢す

 

 「……おれも、ここまでのは見たことないな」

 「おーじさまもー?二回も生きてるのにねー」

 「人々が明かりを点すから、星は全然見えない」

 そう。星が消えてなくなった筈はないのだから、常に輝いている筈だ。王都でも、草原の中心でも、天空山であったとしても

 けれども見えないのは、周囲が明る過ぎるから。おれが見上げる空は、大体の場合疎らにしか星がない。ニホンでも、此処でも。特に煌めく星だけが、周囲の光があって尚、視界から消えず空に見える

 

 「でもー、ずっとあるんだよねー?

 そうだよね、おーじさま?見えてなくても、罪もお星さまも消えないよねー」

 正論止めてくれないか?

 が、本当に……正にその通りとしか言いようがない。天の光は大体星。それは見守る死者にも例えられる。とすれば、此方から見えずとも常にそうなのだ

 だから、下手なことなんて出来やしない。そうだろう?とおれは置いてきた愛刀から分離したガントレットパーツを撫でた

 

 って、流石に失礼だな、と意識を戻す

 ……落ち着かない。さわさわと脚に毛先が触れる揺れる尻尾が、繋ごうとする手が……夜空の投影よりも横の狐少女が気になってしまう

 

 「これらの星を繋ぐと、伝説の姿を象った天狼座が」

 と、解説を聞けばちゃんと星空の中でも特に煌めく幾つかの星を線が結び、天狼っぽいイラストが背後に映った

 うん、現実の星座もそうだが結構無理矢理だなー、と。オリオン座なんかも何も知らずに見れば台形を重ねたようなものでしかないし、あそこから人を連想するのは無理があるかもしれない

 

 が、だ。七大天の似姿である幻獣が星座として語られるようになったいきさつを語りはじめる声に、大人しくおれは耳を傾けた

 

 「こうして出会った狼は、きっと空の神々の所へと帰ったのだと、そうして2200年前に見出だされたのがこの天狼座です」

 聖女や帝国より古いな、その逸話。だがまあ理解は出来る。ノア姫も教えてくれるが、伝説の聖女も星座について語った逸話が残ってる程だ。つまり建国の頃には一般に星座という概念が浸透してたって訳だからな

 

 「おーじさま。おーじさまはステラにとっておほしさまだけど……」

 意識を解説に集中しなおす寸前、耳元に吐息が触れた

 「星座にまでは、ならないでね?」

 「ならないよ。見守ってやることしか、出来なくなるから」



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桃色、或いはサクラ色

「じゃあ、またねおーじさま。次にステラと会える時までにはー、ステラにあやまれるよーな心持ちになってねー?」

 お星さまと喜んでいたのが嘘のように、少女は儚く悲しげに笑って、青い光になって消滅する

 半ばアナを選んだ腕輪の力で死に損なっている状態だからこそアナの近くになら来れ、それ故に長居は不可能。まあ、今回に限れば端っから長らく聖都を空けられないので逆に好都合だが

 

 「きつね様は」

 「学園祭でプラネタリウムがあると聞いて、無理言って来てただけなので。聖都での打ち合わせに出ないとーと転移でお帰りになりました」

 「その為だけに……そうですか」

 ほろりと涙を流してスルーしてくれる部員を尻目に部屋を出る。ちなみに嘘ではないので後ろめたさはあんまり無い。おれが他の選択肢用意してなかっただけではあるが……

 

 と、周囲を少し観察する。学園祭とはいえ、完全に一般公開という程ではない。その辺りは日本の中学高校とは違うな。一応貴族子息が通う事もあるし、何より今は聖女とされる二人が居る。完全フリーではその辺りが面倒なわけだ

 ってことで、一応チケット制。買うもの買えば入れるんで、厳しくはないが金を払うか誰かから招待されるかしていない野次馬は弾く。緩いのは他人を呼びたくはあるからだな

 

 とか考えつつ、端にある教室から多少何時もより混雑した廊下を縫って外に出たところで、不意に肩を叩かれた

 

 「あー、此処に居たよゼノ君!」

 そんな声に一瞬虚空に愛刀を呼び出しかけた事を後悔しつつ振り返れば、やはりというかこんな日も制服姿の桃色髪の少女が、桜色の前髪を困ったように丸める少年を引き連れて其所に居た

 

 「リリーナ嬢?」

 「いや、オーウェン君と遊んでた私も悪いけどさ?良く良く考えたら、私とゼノ君って婚約者じゃん!」

 「何時でも嫌なら解消して良いぞ」

 「んまぁ、本気で好きな人が出来て、この人とって思えたらね?

 でも!」

 ぷくっと頬を膨らませ、少女はおれに怒る。そんな顔が実に平和で、思わず笑みが溢れる

 

 ああ、今でも、彼女等はまだ、笑えるんだ

 

 見上げた空は青く、二つの太陽が輝いている

 だが、そんなもの偽りだ。何時まで持つか分かったもんじゃない。【円卓の(セイヴァー・オブ)救世主(・ラウンズ)】等だけじゃなく、本格的に魔神族も動き出す。そしてそのリーダーは、堕落と享楽の亡毒……シュリが産み出した転生者だ

 おれから見て……いやシロノワールからしても重要視していたアドラーを真っ先に切り捨てたところから見ても、あいつゲーム感覚で好き勝手やるタイプだろう。どこまでやらかしに来るか分かったもんじゃない

 

 だのに。それなのに。こんな平穏、壊されるの分かってるだろうに。おれ達が何処まで護れるか、おれ自身不安で吐きそうだ

 それでも、少女は無邪気に笑うのだ。大体の事を知って、尚

 

 「ゼノ君さ、泣いて謝らなくて良いじゃん!?いや言葉は無いけど」

 「え、お、皇子!?どうしたの?僕、なにかしちゃった?」

 慌てる二人に、泣いてた……と疑問に思いながら目尻を拭い、改めて笑いかける

 

 「すまない。プラネタリウムで語られた星座の逸話で感動してたのかな?迷惑かけた」

 何故涙が出たのか、おれ自身全く分からない。けれども、弱さを見せるのは恥であり罪な気がして

 希望になれずともせめて人々の盾であれ。ならば、弱みは綻びでしかないのだから

 

 「いや良いんだけど……大丈夫?」

 こてんと小首を傾げ見上げてくる少年の頭をぽんと撫でる

 「あー、ずるい!私もちょっとやって欲しい!」

 言われるままに、少女を呼んで撫でる。周囲の視線が凍りついて突き刺さるが……まあ許して欲しい。仮の婚約者だからな

 「うへへ……見たまんまだぁ……」

 少し恍惚とした顔を見て大丈夫かと思うが、言い方的にあれだな、ゼノ追放のフラグを折った場合の3年のイベントで見れるスチルか。頭を撫でてくれる一枚絵で、確か構図が今のまんまヒロイン視点で見上げる奴だ

 

 うーん、その時のゼノ(おれ)って和装みたいな服じゃなく制服だったと思うが、まあそこは差分か

 

 「あ、僕もその視点持てば良かった」

 「オーウェン、お前は止めてくれないか」

 心まで女の子になってるぞ桜理。いやおれも頼勇ルートのスチルまんまの構図とか見たいしそうでもないのか?

 

 「ま、まあ兎に角だよ」

 こほん、と咳払いして桃色聖女が話を戻した

 「私はゼノ君と婚約してる。なら、私を蔑ろにして先に他の女の子と学園祭を巡るってのは可笑しいよね?」

 「アステール様はあの時しか来れないから仕方なかった。堪えて欲しい」

 「いや本気で怒ってるというかちょーっともやもやするから、これから私達と回って欲しいよーってだけなんだけどね?

 ほら、アーニャちゃんにも悪いし……。あの子ニコニコして『わたしは最後で良いですよ』してるけど、本当は誰よりずっと居たいって分かって心苦しいしさ……」

 「だけど、僕と合わせて二回分くらい、時間を取ってくれる……?」

 そんな二人に、何だか仲良いなとほっこりして、おれは頷きを返した

 

 「当たり前だろ。おれの時間なんて、誰かに使う方が良いんだから」

 おれ一人だと、まだ思考が暗くなる。だから、これで良いんだ



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異伝 銀髪聖女と孤独の毒銀

「うぅ……アナちゃぁぁん!もっと!もっと俺と一緒に!」

 「どうどう、ですよ?」

 ぎゅっとわたしの手を握ろうとする赤髪青眼の青年。別に嫌いって訳ではあまり無いんですけどどうしても向けられるちょっぴりエッチな視線混じりの好意には引いてしまって

 

 すがるような眼に、ほんの一欠片も可哀想と思わない……とは言いませんけど、御免なさいと頭を下げます

 「そんな、俺は君と居たいのに!」

 「えっと、エッケハルトさんがそう思うのと同じように、アレットちゃんやヴィルジニー様は貴方と過ごしたいんですよ?」

 えへへ、と笑います

 がっくり肩を落とされますけど、わたしだってそこでめげません。押し切られた日には、気が付くと彼と婚約させられてそうですから

 周囲が皇子さまを良く思ってないのは知ってます。だから、わたしやリリーナちゃんについても、何処かで自分達の許容範囲の人と結婚させたいっていうのも分かります

 

 だからこそ、ここで毅然としないと

 って、ちょっと悲しいですけどね?あれだけやっても、忌み子は認めて貰えないんだって。そもそも、皇子さま自身の態度が認められたがってないとしか思えないのもあるかもしれませんけど……

 

 「ヴィルジニー様、後はお願いしますね?」

 「は?お下がりのつもり?施しは要らないわ、自力で手に入れる」

 きっ!とグラデーションの髪の女性に睨まれて、わたしはそんなって慌てます。ぶんぶんと手を振りますけど、全然視線を緩めてくれないです

 

 「い、いえ!わたしは皇子さまが忙しそうで、貴女様が来るまでエッケハルトさんが手持ち無沙汰だから居ただけですから、ご、ごゆっくりです」

 毅然と立ち向かわなきゃって思える時ならまだ良いんですけど、今はそういうのではなくて。だからおっかなびっくりわたしは立ち去ろうとします

 

 「待ちなさい。今はアルカンシエルの庇護は無い。此方の言いたいことは」

 「……すまんの、待たせてしもうたか」

 けれど、今もまだわたしに噛み付こうとしてくる少女を止めるように、不意にわたしの背後から声が掛けられました

 あまり聞き覚えはありませんけど……少しは、聞いたことがあります

 

 「しゅりんがーら、ちゃんですか?」

 「……貴様は」

 更にヴィルジニー様の眼が厳しくなります。実際、あの時居ましたもんね?そして、結構あのユーゴさんと親しげにしていた。嫌うのも分かります

 

 でも、です。エッケハルトさん絡みで睨まれてる今のわたしには、完全に福音で

 「あの時、わたし達をさりげなく助けてくれてましたし、そんなに睨まないであげてくれませんか?」

 「あ、アナちゃん!?いやこいつは」

 銀髪の紫龍の出現にエッケハルトさんも構えます。流石にいつの間にか選ばれていた斧を呼び起こす事はしてませんけど、手に魔法書を持ちます

 そんな彼に向けて、わたしは大丈夫ですよ?と笑いかけました

 

 怖いのはちょっとありますけど、わたしにも信じれる点があります

 簡単ですけど……そもそも、皇子さまが信じてるというのがあります

 

 「えへへ、行きましょう、しゅりんがーらちゃん?」

 「……そう、じゃの」

 微妙な空気の中、あんまり背丈がないわたしより更に低い少女は、その小柄さに見合わない巨大な翼と尻尾を出来るだけ邪魔にならないようぴたっと畳んで頷き、わたしの手を取り……ませんでした

 

 「じゃがの。触れるでないよ。儂は、人と手を繋いで好い、そんな平穏な存在ではない故な」

 するりと、慣れたように、そして何処か怯えすら含んで。わたしの手をすり抜けて、アステール様のように左右で色の違う瞳の龍少女は、儚げな笑みを浮かべました

 「これから一緒にお祭りなのに、それは寂しいですよ?」

 「……聖女も、か。この枝葉の民は、どうにも儂等に対し、甘美な隙が多いの」

 皇子さまがあげたっていう皇子さまらしい色合いのコートの前をしっかりと閉じ直して、破滅の神は微笑みます

 

 「ではの、燻る火種等よ。申し訳は立たぬが、極光を少しの間借りて行かせて貰うとも

 心労は(かい)せぬ程でもないが、無用の長物。今は、何もせぬよ」

 こてん、と傾げられる首。片方折れた小さな赤い角を隠すようにくるっと纏められたツーサイドアップがふわっと揺れました

 

 「……ゼノのアホ野郎ぉぉぉっ!誰かあのクソボケゴミカス呼んでこい!可愛い邪神呼び込むとかどうなってんだとっちめて

 あ痛っ!?痛いってヴィルジニーちゃん!」

 背後で、そんな声が聞こえます

 

 あれ?けれど、最初から皇子さま、ユーゴさんもしゅりんがーらちゃんも来るかは分からないけれども呼んだって言ってた気がしますよ?

 平穏は壊さないし壊させない。だからこそ、呼ばれて来るようならこの先もきっと敵じゃない、とも。だから、今回皇子さま何も悪くないですよエッケハルトさん?



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異伝 銀の二人と向かう脱出

「それで、何処に行きたいですか?」

 周囲には割と沢山の人が居ます。ある程度のお話であれば聞き流してくれるとは思うんですけど、ぜろおめが?とか色々と怖い事にまで突っ込んだ言葉を言えば、聞かれて拡散されちゃいます

 

 昔のわたしは気にしなかったんですけど、今はもう違います。違わなきゃ駄目なんです

 「語らうのも悪くはない、がの」

 「えへへ、わたしもお話ししたいことはありますけど、沢山の人々が頑張った出し物を見て回ってあげないと困っちゃう立場ですから」

 はにかめば、少女も頷いてくれます

 

 「解らぬでは無いよ」

 「じゃあ、喫茶とか行きます?皆さん張り切って用意してましたし、机と机の間は空けてくれる筈ですけど」

 「止めておこうかの。儂では無礼じゃ」

 言われ、わたしは落ち込みます。ノアさんが皇子さまに言われてお料理作ってたのを知ってる筈なのに無神経で、きゅっとスカートを握ります

 

 「やっぱり、味が?」

 「思い出せはするが、それだけじゃよ」

 ちょっと言い方は解りにくいですけど、あの時以外のお料理は全部毒の味しかしないって事です……よね?

 

 「なら……」

 って見回します。もうじきお昼時になるから、結構な数の人々が屋台出店なんかのお料理を出す区画に向かって人の波を作っています。それに乗れず、あまりものに触れたがらないのなら……

 

 「えーと、そういえば」

 ぽん!とわたしは手を打ちました。そうです、皇子さまです

 いえ、会いたいけれど本人ではなくて……今のこれは、あの人の作った出し物の事です

 

 「む?何かの?」

 大きくて太い尻尾が揺れました

 「皇子さまのやってるあれですよ。もう行っちゃいました?」

 「儂は毒、他人には触れぬよ。故にの、如何なるだしものも、遠くより眺めるのみ」

 「じゃあ良かったです。わたし一人や皇子さまとだと、悲しいけど変に叩かれちゃいますけど……

 しゅりんがーらちゃんを案内してあげてる最中なら、文句は言わせません」

 よし!と胸元で手をきゅっと握り、わたしは大きく頷きました

 

 「止めよ。儂は儂、あやつの邪魔をする気など無いよ」

 「邪魔じゃありません。皇子さまが言ってましたけど、脱出げーむ?っていうものらしいんです

 組んだ人達が、それぞれ用意して貰った場所で謎を解いていく……っていうホラーハウスに近い出し物で、おっきなパズルなんです。他の人とも別の部屋でやりますし、触れて壊れるような仕掛けだと沢山の人が遊べないですし……きっと、今の貴女にはぴったりですよ?」

 ぴくりと、翼が動きました

 

 えへへ、と笑います。実は結構、この娘分かりやすいですよね?

 「理解したよ。なればまあ、あまり警戒は要らぬか」

 警告と共に皇子さまから聞いてましたけど、人懐っこさが隠せていないです。尻尾は揺れて、けれど翼は閉じたまま。きゅっとちょっぴり緩められていた胸元までも拘束するようにコートの前を閉めて。そんな一見拒絶的な態度も、話してみればこの娘なりに関わろうとするからこそ、傷付けないように自分から閉じるって事が分かります

 

 「ならば佳し。こんなところで意地を張るものでもないよ」

 されど、と左右で色の違うくりっとした瞳がわたしを見据えました

 「何故(なにゆえ)に、儂を誘う?

 己のみで往くのがより佳かろうに」

 「一人で行くより楽しいと思いますし、何よりわたし一人だと色々と言われちゃいますから

 特に皇子さまの出し物は謎解きですから。知り合いほど行きにくいんですよね……知ってるから解けるし聞いてたら面白くないだろ、みたいな事も言われますし」

 困ったなと自分の頬に触れます

 「だから、そんな無駄な時間を割かないでと、周囲から拒絶されるんです

 でも、知らないに決まってる人と楽しむなら、意味はありますから」

 よーしと伸びをして、わたしは歩き出しました

 

 「えへへ、だからわたし自身の為でもあるんですよ?

 楽しみです」

 と、そこに不意に声が聞こえました

 

 「あー!あの娘って!」

 「アナ……に、シュリか?」



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二人の銀、或いは催し

まあ、二人相手ならと思って射的や何やのお祭りの定番(学園祭でか?とはなるが、まあ王都の子供も来るしな)の出し物にでも向かおうかと思うおれは、ふと異色のコンビを見付けて声をかけた

 

 銀の髪の二人。どちらも背が低く、けれどもその他の身体つきは対照的。うっすら青みがかった銀と、毒々しい紫の混じった銀と。今は出現していない閉じることはない聖女らしいオーロラの龍翼と、毒を撒くが故に常に硬く閉ざされた物理的な銀翼。あらゆる点で違う、本当に異色のコンビだった

 

 いや何でだ!?アナとアルヴィナなら分かる。でも何で相方がシュリなんだよアナ!?

 ってか、来てたのかシュリ、気が付かなかったぞ

 まあ、悪意は無いし要らないっちゃ要らないんだけどな、居るかどうかの確認

 

 『まあ、私は欲しいですがね』

 なんて呟きは当然神様である。ってか、必要なのか始水

 『当然、呪いと海に底は無く、故に総てを受け入れます』

 幼馴染様が厨ニ発言しだした。可笑しい、厨ニチックな映画を見た当日くらいしかこんな言動しない筈

 

 『まあ、どちらも底、実は存在しますが。それはそれとして、母なる海と呪いは近しい存在という事です』

 つまり?

 『私ならば、あの毒龍の思考盗聴、妨害できますよ?という話です』

 いや要らないが?

 『危機感がありませんね、兄さん』

 シュリに隠すべき事以外は隠すべきじゃない。それだけ後ろめたさを感じさせる

 『ならば構いません。まあ兄さんに任せてますからね、泥棒猫の処分は

 けれど、他の泥棒猫ですら無い毒龍は私にとっても唯の敵。そこはお願いしますね兄さん』

 ってか泥棒猫なのか

 『泥棒猫です。唯一無二、私に同列の立場で立ち向かってくる、泥棒猫足り得る毒婦。あの折れた角に猫耳カバーでも被せればもう猫でしょう?』

 少し考えてみるがまあ可愛い。いや猫耳付ければアナだろうが始水だろうが誰だって元が良いから基本可愛いが。但し最初から狼耳生えてるアルヴィナを除く。ケモミミ4つになるからな

 

 閑話休題、あまり時間を取らせる気もなく、すぐに幼馴染神様の声は消えた

 

 「あ、皇子さまおはようございます」

 「お前さんか。息災の……寧ろ息災が過ぎたようじゃの」

 ぱたぱたと手を振るアナ、少し手を曲げて袖をたわませ、きゅっと袖の端を握って軽く手を上げるシュリ。ああしないと手の先まで袖に覆われてるからな、おれの贈ったコート

 ぱっと見少しだけ避けられてるように見えて、シュリは上機嫌だ

 

 「私達はこれからゼノ君と遊ぶんだけど、大丈夫?」

 「っていうか、あの子!」

 「ストップだオーウェン。シュリ“は”敵じゃない」

 そう強く、おれは少年を止める。が、まあ言いたいことは分かる。……いや分からないか、多分シュリ当人への敵意だしなこれ

 理解は出来るが、おれは味方であると決めたのだ。この世界を、皆を、心の毒のままに腐り落とそうとしない限りにおいて、彼女の、昔のおれの酷い版のその手を離さないと

 それは、おれが心の底できっと願ってた事だから

 

 「でもさ、シュリ?

 お姉さんや近所のお兄さん達は来ないのか?」

 だが一応ぼかして聞いておく。が、龍少女は少し嬉しそうに顔を上げて首を横に振った

 「儂しか興味を持たぬよ。子供達が行う児戯をもって作る児戯など……

 不格好ではあろう?儂はそれでもという心意気が好ましく思うが、そんなもの異端じゃよ」

 うん、良かった。そもそもグリームニルも【憤怒(ラウドラ)】も、来る気そのものが無いらしい。少しでも行こうという素振りを見せていたら、きっと此処でシュリが警告してくれる

 

 この辺りの思考を読んでる筈なので、表情が曇らなかったから確実だ。シュリに素面で人を傷付けるための嘘吐くだけの顔芸技能はないからな

 ちなみにおれは出来る。他人を傷付けるための技ばっかり育って自分で情けない話だ

 

 「そうか。ならアナ」

 と、おれは腰のポケットから手帳大の綴を取り出すと、ちょい豪快に10枚ほど千切って手渡す

 「あ、皇子さま?」

 「シュリの世話、頼めるか。こういうところ多分初めてだし、楽しませてやって欲しい。余ったらアルヴィナと遊ぶのに使ってくれ」

 渡したものは簡単、チケットだ。そう、この学園祭、特に模擬店なんかで細々としたお金のやり取りは面倒だしトラブルの元。ってことで、全部チケット制なんだよな

 ちなみに、入るのにも金がいるといったが、それはこのチケットを3枚以上買う事を要求するという形。10枚1ディンギルなので模擬店等利用代兼ねてるとはいえ日本円で約3000円。聖女様相手に云々で学園祭には興味もないのに払うには高いので、相応に人が絞れるって感じだな。そもそもアナに会いたいだけなら教会へ説法なり治療なりやりたい!って来てくれるんで待てばタダだ

 

 「はい、任されました!シュリちゃん」

 「その名では、呼ばんでくれんかの?ある種、儂の【勇猛果敢(ヴィーラ)】の特徴故にの

 他の名であれば、別に構わぬが」

 「じゃあ……あれ、難しいですね?」

 と、首を傾げるアナと共に、上機嫌なままの毒龍神は足取りも相対的に軽く去っていった

 

 「自分も子供じゃん」

 「だよね」

 「龍姫様も子供か?」

 外見13~14だぞ、始水、とおれはシュリに敵意を向ける二人に突っ込んだ

 「そ、そうじゃないけど」

 おどおどと、少年が頭を下げる

 「ひきょーだよゼノ君、あの龍の子は龍姫様じゃないじゃん!」

 

 「あら、あまり苛めは感心しないわね」

 と、実はアナとシュリが去る少し前からチラチラ視界の端に居たエルフが、そろそろ良い?とばかりに告げた。何時もの割とかっちりした服(なおミニスカート)ではなく、割と簡素な服だ。まるでエルフの伝統的な……

 「エルフ服なのか、ノア姫?」

 「悪いかしら?学園側にも言ってあるし、別に服装規定は無いはずだけれど」

 いや、と肩を竦めて、おれは服装を見ながら尋ねた

 「ひょっとして、エルフ側で何かか?と思っただけだよ、ノア姫。例えば家族を呼んだとか」

 「あら、やっぱりアナタの父の友人、呼んで良かったの?」

 っ!

 

 思わず愛刀を召喚して構え

 「家族は呼んだわよ。でも、家族でないモノは呼んでないわ。そう心配しないでも、アナタの信頼を裏切る気は毛頭ないわ。その分、ワタシの信頼にも応えて貰いたいものだけれど

 妹よ、呼んだのは。咎の理由も分かったし、あの娘元々好奇心強めで人間好きだもの。何時までも貴女まで咎落ちしたら困るわと言うのも可哀想でしょう?」

 くすりと笑う妖艶さすらある幼い顔に、ほっと息を吐いた



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屋台、或いは少年の挑戦

ノア姫の用事とは、つまりは頼勇を貸してくれとの事だった。何でも、これから来る妹に尋ねたところ、おれか頼勇の事は覚えているから、あの人となら安心と答えたらしい

 

 まあ、彼女自身繚乱の弓の持ち主だしそうそう問題は起きないだろうが、案内が欲しいという言葉を無下にする必要も無い。快く頼勇に連絡して、おれはこういうのも良いだろう、とばかりにシュリの言う児戯そのものの場に来ていた

 結構な人数が集まって作った祭の出店街、みたいな場所だ。輪投げやら射的やら金魚……は居ないがヨーヨー掬いなんかが並んでいる

 

 とりあえずと入口で三枚チケットを渡せば、返されるのは15枚のメダル。チケット一枚=約1000円、一回1000円は祭にしても高すぎるので数回プレイ出来るようにこうしてさらなる独自通貨?と交換するのだ。チケット制の工夫である

 まあ逆に言えば貴族向けのお茶会体験みたいなのだと、一回に複数枚チケット要求するが……あれはチケット一枚じゃ原価割れするレベルだったりする。学園祭は営利ではないが、損しろとも言えないんで、あの価格も妥当か

 

 「はい、リリーナ嬢とオーウェン、君達の分」

 と、おれは二人に5枚ずつメダルを渡して笑う。こんな場所に居るのは家族連れが多いので少し浮くが、まあ良いや

 「あ、ありがとう……」

 言って、黒髪の少年が周囲を見回す

 

 気が付くともうリリーナ嬢は子供たちに囲まれていた

 「おねーさんおねーさん!」

 「うわっぷ!た、助けてオーウェン君!」

 スカートを引っ張られて慌てた少女が助けを求めるのはおれじゃなくて。そうかと微笑みつつ、けれどもオーウェンはあわあわしているので代わりに、と強く手を叩く

 パァン!という大きな音に子供達がびくりと震えて視線を此方に向け、それを確認しておれは膝を折って目線を落とすとじっと見据えた

 

 「気になるのは分かる。でも、お姉さんに迷惑かけちゃいけないだろ?」

 「ひっ!」

 「忌み子だ忌み子!殺されるぞ!」

 なんて、子供達が叫ぶ。多分景品として貰ったろう玩具の武器まで持ち出して構えて来るのに、もう駄目だこりゃとおれは肩を竦めた

 

 「ど、どうしてこうなったのゼノ君……」

 「おれが、知るか!ここまで怖がられてなかったろ最近までは」

 「まあ、今の皇子、愛刀の月花迅雷を背に背負ってるから、そこが……」

 ああ、と頷く。確かに何時も子供達と会う時に神器は持ってなかったか。白銀の鞘に白狼の鍔。伸びた一角が静かに雷光を湛えて、納刀しててもかなりの威圧感はあるからな。そりゃ怖いか

 

 「よし、じゃあ子供達よ

 この怖い忌み子を撃退すべく、勝負しようか」

 が、それ幸いとおれは子供達に語りかける

 「しょーぶだって!」

 「そう、この場にある催しでおれを超えてみろ。お前達が勝ったら、化け物は退治されて居なくなる」

 「やってやらぁ!」

 「忌み子になんて負けるかよ!」

 「で、でも向こうは大人で……」

 近くに居た三人が各々あーだこーだ言う。一人が冷静ってところか、これは

 

 「力を合わせて戦うんだから、三人合わせてで良いぞ?」

 「よっしゃあ負けねぇ!」

 と、さくっと乗ってくる三人

 

 「あ、あの……大丈夫なの、皇子?」

 心配そうにサクラ色の一房を揺らす少年の肩を心配すんな、と叩く

 「しっかりしろオーウェン。駄目に見えるか?」

 「……ちょっと……」

 おい、と内心で突っ込むが言葉にはしない

 

 「ゼノ君ゼノ君、なにこれ?」

 「悪役やって子供と遊ぶ。オーウェン、子供達側でも第三勢力でも良いぞ」

 「いや僕基本し……皇子の味方だからね!?」

 「カッコいいところ見たいぞオーウェン君ー!」

 なんて、呑気にリリーナ嬢は応援していた

 

 「おれは?」

 「どうせこういう遊びだと素スペックの差で最強じゃんゼノ君。手を抜いて遊んであげるって時に応援も無いかなーと」

 まあな、と頬を掻く

 

 「竪神かロダ兄でもないと勝負にすら基本ならないのはまあ確かか」

 と、ふと思い出す

 「そういえば悪いな、リリーナ嬢」

 「え、何が?」

 きょとんとされた

 

 「竪神の事だよ。ちょっと聞いたけど、ゲームの時の推しなんだろ?

 やっぱりこういう時に」

 「あー、それ?良いって」

 けろっとした顔で否定され、おれは少し面食らう

 「そりゃ頼勇様は好きだったよ?

 御免ちょっと違うか、好きだよ、今でも。でも、私が彼が推しっていうのはさ、多分だけど一人で完璧に近かった在り様が主」

 オイ、と半眼になる

 「竪神は確かにおれにとっても輝く英雄だが、あれは百獣王だ。想いを束ねて、人と在ってこそだろ」

 「そこら辺の英雄同士の友情とか、しょーじきついて行けない!」

 自信満々、満面の笑みで返されてはそうか……と目を伏せるしかない

 

 「私にとっての頼勇様はね、ゼノ君の言うように確かに戦闘面で皆が居たほうがってなるのかもしれないけれど……それ以前に一人で立ち直れて立ってられる人。そう、スパダリなんだ

 だからね、好きだけど……私がその横に居る必要とか意味とか、正直無くない?ってなるんだ」

 言われ、唸る

 

 確かに、ゲームでも後から追加された頼勇ルートってヒロイン側を掘り下げるルートなんだよな。頼勇本人が一人で自分の問題に折り合いを付けて覚醒できるが故に、ヒーロー側にシナリオの盛り上がりを作りきれないっていうか……だからヒロインの事情だ何だをとことん掘り下げて総てを打ち払うヒーローさせられるって話ではあるが

 おれの内心のドス黒さ……ってゲームだとまだマシだが心の底の汚泥をヒロインが必死に何とかしようとするゼノルートとは違って綺麗なんだよ、あのルート

 

 「だからね、好きだけどこれは恋愛じゃないなーって、割り切れちゃったのです。アーニャちゃんにも言ったけどね、もう恋愛って点では頼勇様は天空行っちゃって圏外!

 ってことで、私はゼノ君やオーウェン君と遊べればそれで満足かな?」

 「おれはとっとと圏外で良いぞ?」

 最初からその気だったし、と肩を竦める

 

 「後、そもそもロダ兄は?」

 「えっと、原作だと実はアーニャちゃんにとってのゼノ君みたいなもの扱いなんだけど……実物はぐいっと来ると怖い!ゼノ君の方が良い!」

 ぶるっと震えられて苦笑するおれ

 言われてみれば、実際これが良いんじゃないか?と縁マンやってるロダ兄だが、男が怖い女の子にしてみれば初期の距離感が近すぎるかもしれない。踏み込んで欲しくなきゃそこから先には来ないとはいえ、な……

 

 「いや、おれは」

 「しょーじきアーニャちゃんが横の方が良い!それは分かる!でも、放っておけないし、放って置かれてたら私が死んでたしで、複雑なのです」

 それだけ言うと、少女は逃げるようにツーサイドアップを烈しく揺らして一つの出店枠の前に駆け出した

 

 「おー、すっごい色々景品あるじゃん、これちゃんと取れたら貰えるの?」

 射的だった。ただしコルク銃じゃなくてちゃっちい弓で射るらしい。子供向けだがアーチェリーに近いな

 「忌み子!しょーぶだ!おねーさんの願う物を取れたら勝ちだぞ!」

 そんな風に親から貰ったろうメダルをぶんと振って仕掛けてくる少年に微笑んで、おれは受けて立つ、と告げたのだった

 

 が、あの弓矢のヘボさで高い賞とか……子供の力じゃ落とせなくないか?



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出店、或いは仕掛け

「さて、と」

 射的を管理している学生(ちなみにリリーナ嬢をガン見していた。その辺り話を聞くに元プロアイドルだからガード甘いアナと違ってスカートの下は見えそうで見えないを徹底してると思うぞ?)にコインを渡して、少年達を見る

 

 まあ、6歳くらいだ。おれが6歳の頃はもっと賢そうな顔してたとは思うが、まあそれは個人差というか転生者故の老成だろう。それを考えると転生無関係なアナの悟りっぷりが凄いなあの頃。当時から聖女の片鱗見せてたのか

 

 『いえ、兄さんが頼れるのに危なっかし過ぎる珍種だったせいでお姉さんぶる必要があっただけかと』

 正論は黙ってくれないか始水!?

 

 「君達は先にやるか?それとも後にやるか?

 先ならばおれに後から負けるかもしれないが、勝ったならば何も反撃させない。後ならばおれが失敗したら有利に頑張れるが、おれが先に落としたら戦うことすら出来やしない」

 まあ、実際におれが先行ならそこそこのラインまで動かして余ったら外すけどな

 

 そう思いながら眺めれば、少年達は少し悩んだ後、先にやる!と言い出した

 ……あ、二枚しかコインが無い。さり気なく弾いて三枚目を係に渡して誤魔化しておく

 

 で、最初にリーダー格らしい少年(髪色的に多分風魔法とか得意そうだ)が弓を構える。真剣な顔で、睨むのは2つの的になっている人形だ。片方を落とせば大きなヌイグルミ、もう片方はお菓子の詰め合わせが貰える奴。特等と一等、幾ら営利でなくとも楽々取られては困るレベルの品だろう

 

 ってか、あのヌイグルミ、アナからリリーナちゃんがちょっと欲しそうにしてましたよと聞いたが値段はディンギル単位だった筈。1.2だっけ?うん、高すぎて取れるようにしてない気もする。低額景品なら良いんだが、学園祭で景品にするには高いだろあのヌイグルミ

 

 ちなみに、モチーフは猫だ。本物の猫よりデカいってかリリーナ嬢なら抱いて寝られる抱き枕レベルのデカさだが……

 

 と、思ってる間にひゅっと先が安全性考慮して柔らか素材な矢が放たれ……

 その刹那、台がスライドした。哀れ矢は景品を得られる的人形の間を抜け、虚しく覆いの布に当たる

 魔法でコンベア的に動くのかあの台。知ってしまえば、良く見ればちょっと遠くで見てる別の係の人が何か詠唱してたな、と思い返せる。が、初見殺し度は強いだろう

 

 「まだっ!」

 今度は動くと思ってか少年は人形の右を狙う。良い狙いだ、明後日の方に矢が飛ばないのを含めて本当に子供にしては才覚を感じる良い腕。が……今回詠唱してないから動かないんだ

 そんなおれの内心は正しく、虚しくやはり矢は外れる

 

 いや性格悪くないかこの出店?当てても子供の力とへろへろ弓矢じゃ人形一発じゃ倒れないだろこれ。せめて全発狙いが合ってたら当てさせてやれよ

 

 「くっそ!まだ!」

 と、矢をつがえて必死に狙う少年だが、結局最初に渡される5本の矢のうち当たったのすら一発、それもカス当たりなのでほぼ揺らぎすらしなかった

 

 「そんな……皆、頼む」

 と、しょぼんと肩を落として少年は弓を横の子に渡す

 うーん、リーダー格の割に素直だ。竜胆ならお前らの分寄越せとか言ってそうだってのに譲るんだな

 ほっこり見てれば、少年はリリーナ嬢に慰めてとばかりに寄っていき……僕でいい?とサクラに庇われるリリーナ嬢に少し残念げにしていた

 

 失礼な、サクラ割と中性的だがボーイッシュ美少女だろ。いや今オーウェンだから普通に男か。その辺り、変におれの前だと女の子出そうとしてくるせいで分からなくなる

 とか思っていたら二人目が終わっていた。うんまあ、普通の5〜6歳の少年なんて全発明後日に飛ばして当たり前だわな。下手に大きく外れたから軽い人形に一発矢が当たってクッキーの小袋貰って憮然としている

 明らかにリーダーより下手だから賞品貰えて悔しいんだろうな

 

 まあ、リーダー以外に特筆すべき点はなく、さらっと三人目も爆死する。いや当然というか、子供に取らせる気はないに決まってる

 

 ので、おれはさくっと弓を借りて弦を引く。うん、脆い。本気で引けばバラッバラに分解しそうだな

 いやまあ、おれ向けの弓って上級職の高レベル向けというか、人間向けじゃないぐらいの弦の張り方してるから仕方ないがな!

 大体の威力は対物ライフルとタメを張るくらい。そんなもんこの場で撃ってどうする

 

 そして、片眼で人形を睨む

 

 うん、悲鳴をあげるなそこの係の生徒。当てないし傷付く火力を出そうとしたら弓が先に折れるから安心しろ

 なんて思いつつ、頑張れーするリリーナ嬢の応援を受けて見据える

 大体のコンベア移動速度は端から見て把握した。今回の詠唱は……あるな、ということは動く

 

 と分かった所で!

 一気に弓弦を引き、折れる前に解き放つ。一直線に飛翔した矢は動く的……ではなく、止まった下の方の的の人形、そのコケシみたいな形状の脇腹を撃ち抜いた

 

 そう、皆動く方、つまりヌイグルミ狙って爆死してたがもう一個リリーナ嬢が見てた皆で食べられるお菓子詰め合わせの人形、もう少し狙いやすいんだよな!

 更に言えば不意を突くから威力を乗せて当てやすい

 

 ということで、おれが壊さない範囲で弓を射た際の威力や人形に仕込まれた簡単に落ちなくする仕組みの確認に打ち込んだ矢は、確かに人形を弾いたが……

 

 ズドン!と背後の布の後ろに仕込まれたマットに突き刺さる矢の威力の割には飛ばないというか、横にスライドするように人形は弾かれた。

 

 うん、磁石的な魔法で床から飛ばなくなってるなこれ。動く辺り完全固定じゃないので何度も上手く当てれば取れるようにはなってる。多分だがライン超えたら魔法が切れて吹っ飛ぶんだろうが、後……1回かな、流石に

 幾ら何でも、おれ基準で距離設定はアホの極みだ。普通の人間ならしっかり横に飛ぶように10回は当てられて初めて来るぐらいの位置まで弾いて、それでも落ちてないからな。これの何倍もは流石にクレームだろ

 

 「すっご……」

 ぽかーんとする桜理、信じてたのか素直に応援するリリーナ嬢、ぐぬぬとばかりに拳を握る少年達

 

 それを見て、おれがやるべきことは……

 

 「っ、と。駄目か。オーウェン、後は任せていいか?」

 最後の一発をコンベア移動を見越して動かなかったら当たる位置に向けて打ち込んで、おれはメダルを弾いて少年に弓を渡した

 

 此処で勝ったら正直ちょっとな?ということで、当てれば落ちる位置にまで4発で両方追い込んで、全5本の矢の最後を読みを外したように外す。これでまあ、桜理か諦めず二周目やる少年達が落とせるって寸法だな

 

 「すまないリリーナ嬢。取ろうとは思ったんだが」

 「やっさしーなぁ、ゼノ君ってば。私、ゼノ君から貰っても嬉しいのに」

 「ってか、あれアイリスとお揃いだぞ。色まで白猫だから同じだ」

 「あ、ちょっと複雑……でもないよゼノ君。もう、音響とか手伝ってくれたアイリスちゃんとはアイドルの絆!仲良し!って感じで蟠りとか無いし!」

 そうか、と頷いてぴょんと跳ねるツーサイドアップを眺めていたら、少年がなれない手付きで打った弓がそれでもちゃんと3発目で菓子袋の人形を落としていた

 

 「で、できたよ皇子にリリーナさん!」

 喜色満面、弓を振る姿は何だか子供っぽくて笑顔になる。で、皆で分けるという菓子袋を預かって見守れば……

 

 「くっそぉぉっ!結局勝てねーのかよ!」

 うん。ギリギリまで追い込んだ人形相手に桜理も二周目少年達も全員全敗していた

 

 結局おれが取るのかよこれ!?

 

 「オーウェン君や私のファン、そしてゼノ君が取ってくれたヌイグルミ、大事にしよー!おー!」

 「当てたの全部皇子だけどね……」

 「皆が取ろうと頑張らなきゃ、おれそもそも狙いすらしなかったし取れなかったぞ?だからプレゼントしたがった皆の力だ」



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人形、或いは帰路

「……最後に一つだけ、言わせてくれないか」

 かなりデカイヌイグルミを抱いてホックホク顔のリリーナ嬢等を尻目に、おれは立ち去る間際、幾つかの縁日アトラクションを管理する生徒に目線を向け、最後に残った2枚のメダルを返す

 

 「すまなかった!」

 「……い、いや良いけど……」

 あ、案外反応悪くない

 が、言いたくはなる。屋台荒らしじゃなかろうに、完全に向こうの想定外の投資で幾つも景品乱獲したからな

 「いやまあ、皇族の実力で乱獲してしまったから、な」

 「宣伝には、なったし……。その分ウチで遊んで取った事、見せびらかしながら帰って下さい……」

 「って事らしい。頼むぞリリーナ嬢」

 ちなみにだが、桜理はもう居ない。トラブル……は無いがちょっとと自前の(というかおれ達の)出し物を見に行った。何でも、リリーナ嬢がプレイして今はアナとシュリが行ったからか人が押し寄せてるのだとか。人手がキツいしまあ、どこまで行っても造りも甘いからな。力を掛けたら壊れた!とか起きかねない

 

 となると、此処にも来るのだろうか?まあ何だかんだ童心に返って楽しめるのは確かだしな

 

 とか思いつつ、おれは係の人が渡してくる小さめの箱(おれの掌よりは大きいが、あのリリーナ嬢の上半身サイズと比べると小さい)を手に、それをおれの腰前後しか無い少年達に差し出した

 

 「はい。リリーナ嬢やおれと遊んでくれて有難うな?」

 「結局、これも忌み子のにーちゃんに取って貰っちゃったなー」

 と言いながら少年が箱を剥けば、現れるのは一つの人形。鉄にそのまま色を付けるのは面倒だからと色付きのコーティング……ってか何かの金属でメッキした玩具だ。この世界では樹脂による人形、つまりソフビやらプラモって発達してないからフィギュアとかもヌイグルミ方向か金属製になるんだよな。その分結構安くフル金属の玩具が売ってるのは羨ましいところもある。造形はまあ、ニホンで始水や近所のお姉さんに見せてもらった高額フィギュアに比べて甘いところだらけだけど、ソフビのヒーローくらいの出来ではある

 

 「ってか、それで良かったのか?」

 「うん!」

 満面の笑顔で人形を握りしめて言われたら、もうそうかと笑うしか無い

 「あ、ゼノ君の」 

 「ゼノンだ、リリーナ嬢」

 心無い桃色聖女様に突っ込みを入れる

 まあ、謂わばヒーロー役の役者と特撮ヒーローの関係に近いな。◯◯役は◯◯じゃないって奴

 

 そう、割とざっくりと色付きメッキで色分けされているヒーロー人形、ゼノンのものだ。最近アステールに大きく売り出したいからちゃーんと見せてほしいなあと言われ、ガワだけ変身をアナの水鏡を通して見せた

 すると、半月ほどで試作が完成したのだとか。おれが展開する翼は片方がカラドリウスのものだがアルヴィナの為でないと応えてくれないので、形状が違ったりするが左右非対称ってのは一つ特徴的だ。その特徴ちゃんと反映されて、ヒーロー然としつつちゃんと造形が違う

 これ、片方炎で片方雷イメージだろうな。おおまかな形状は似てるが曲線ラインと直線ライン、いい感じの差別化だ

 

 「そう、ゼノンの」

 と、喜んでたはずの少年は少しだけ目線を下げた

 「どうしたんだ?」

 「あの……ごめん」

 「何が?」

 全く理由が分からず首をひねるおれ。横目で助けを求めても桃色の聖女様も何もわからなさげにぽけーっとしている

 

 「実は、分かってるんだ。忌み子のにーちゃんって、酷い言い方って

 ゼノン様みたいに、ううん、物語のヒーローと違って現実を守ろうとしてくれてるんだって

 でも、おかーさんはあの忌み子って言うし、何て呼んでいいか分かんなくて……」

 大事そうに人形を握り、リーダーの子は頭を下げた

 

 おれは、その頭にぽんと手を置く

 「別に良いさ。忌み子なのは本当だし、寧ろ謝ろうと思ってくれただけで十分だ」

 そう告げれば、ほんの少し少年の頭が上がる

 

 「大事にしてやってくれよ?」

 「うん!」 

 

 ってことで、何か最後にせがまれたのでその人形の足裏にサインして、おれはリリーナ嬢を寮まで送るために移動を始める

 今日は早めに休むんだとか。まあヌイグルミはデカイし、明日は天津甕星本番だ、体力の温存は要るだろう

 となると、アナもなんだけど……頑張りすぎて倒れないようにでも後で見てくるか

 「明日は聖女様に見て欲しい!って所を巡ったりもあってキツいだろうからな。ちゃんと寝てくれよ、リリーナ嬢?」

 「だいじょーぶ!明日もオーウェン君は居てくれるし、今日はこの子抱いて寝るよ」

 「そっか」

 「でも、私で良かったの?アイリス殿下とか欲しがりそうな子だけど」

 「とっくに買ってプレゼントしてあるよ。沢山あっても大変な大きさだろ?」

 あー、と頷く少女。バランスが崩れてヌイグルミが大きく揺れた

 「おっと、大丈夫か?」

 それを支え、倒れないようにしてやる

 

 「あ、ありがとゼノ君

 ……でも、そういえばさゼノ君」

 と、話題を変えられておれはん?と耳をそばだてた

 

 「出し物と言えばゼノ君たちの脱出ゲームだよ。何かさ、最後だけ雑じゃなかった?」

 「そうか?」

 おれは首を傾げて返した。確かに、数人の学生が作った脱出ゲームだ。手間暇かけてプロが完成させたものよりは出来は悪いだろう

 が、文句言われる程では無いと思うんだが

 

 「いや、最後にさ、幽霊がプレイヤーをこの場に閉じ込めた理由、幽霊の心残りって何なんだ?って問題あるじゃん?

 それ、眼の前に雑に答えが謎掛けで置いてあるのは不味くない?」

 言われ、ああとおれは笑った

 

 「騙されたなリリーナ嬢?」

 「えー!でも正解って言われたし時間内クリアって」

 苦笑しながら、おれは憤ってまたヌイグルミでバランス崩した少女を今度は肩を持って支えた

 

 「違う違う。確かにそれ答えだよ

 でもさ、雑な謎掛けって……ニホンの文字で書いてたろ?オーウェンに書いてもらったんだ」

 おれより文字が綺麗だからな、桜理

 

 「あ、ひょっとして、普通の人ってあれ読めない?」

 頷くおれ

 「そう、読めない。あれ読んで答えを出せる奴は真正異言(ゼノグラシア)って引っ掛け問題なんだ。本来はもっと論理立てた思考からダンスって答えが出せるよ」

 「えー?でも、それまでのヒントにダンスなんて……」

 「無いよ、一切ヒントが無い。でもさ、だから答えなんだ」

 まあ、考えたのおれじゃなくてエックハルトなんだけどな、そのシナリオギミック

 だが代弁として得意げに、おれは言葉を続けた




「わたしと一曲、踊ってくれませんか?」
 音楽をかけ、わたしは自分の左手を無くした願いは何か問う幽霊さん(って事になってますけど、竪神さんの作った幻です)に差し出して微笑みました。

 「『はーっはっはっ!良縁良縁!かくして、皆はなくしものを、未練を、取り返してやることが出来たのでした。めでたしめでたし』
 ってこった!正解だ」
 響いてくるのはロダキーニャさんの声です。
 「んで、本来なら楽しく踊ろうぜ?ってとこまであるんだが、狼1号もワンちゃんも居ないし、俺様と踊る縁は不要だろ?んじゃどうする?」
 「あ、なら楽しんだから帰りますね?」
 と、シュリンガーラちゃんの袖を引いてわたしは答えました。皇子さまがしてくれるなら踊りたかったですけど……

 「……む?」
 あ、横であの子が首を捻ってます。
 「リンちゃん、分らないんですか?」
 「あやつの心を読めば、謎解きは降らぬものに成り下がるからの。知らぬよ」
 「えーとですね、これまでのヒントって、プロムナード……つまり学生達がやるパーティに関するものばっかりだったんですよ。此処も学校の部屋ですし、全部がプロムナードを指してます」
 「じゃが、踊りに関するもの等、此処には置かれて無かろ?」
 それでも小首を傾げた少女に、わたしは皇子さまが信じるだけあって可愛いですと思いながら続けました。

 「はい、ありません。でも、だから答えなんです。
 わたし達が探すものは、幽霊さんが出来ずに死んでしまったもの、心残り。なら、幽霊さんの世界に……心残りに関するものって、『思い出として持っていけなかった』から存在しないんじゃないですか?」
 「ってこったぜ、毒龍」
 そんな声と共にぱちんとぼんやりとした雰囲気重視ではなく、しっかりとした灯りが点き、同時に魔法で隠されていたダンス用の品々が辺りに出現しました。

 「『かくして心残りは晴れ、彼の心は、思い出を完成させ旅立った。これにて完全閉幕、完全攻略!いやぁ完璧!天晴天晴!』
 じゃ、もう鍵は空いてるからお帰りは扉からだぜ」


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困窮、或いは満月の提案

「困った事になったな、皇子」

 と、アナ……には時間のかかるプラネタリウムに行ってしまったから会えなかったので、という所で頼勇を発見して合流。そうすれば、彼は肩を竦め、父たる白石の力でホログラムな何かを見ながら呟いた

 

 「ん?どうしたんだ竪神?」

 おれには分からないので首を傾げる。横で小さくおれに手を振ったエルフの女の子……リリーナ·ミュルクヴィズもこてんと小首を傾げていた

 「えっと、人間社会を知るのを手伝ってもらったから何か問題が」

 「いや、此方の出し物の問題だ。君には何ら非は無い

 ただ、皇子。想定外に近い事態だ」

 言われ、蒼き髪の青年を見る。真剣な顔だ、あまり冗談ではないだろう

 ってか、冗談を仕掛けるならロダ兄も来てる気がする

 

 「何があった」

 「聖女様方が来てくれたというのは聞いていると思う。そのお陰もあってそこそこの人が入ってくれていたんだが……」

 「人が多すぎた?」

 「そういう嬉しい想定外では無いな」

 言って、青年は講堂外壁に備え付けられた大時計を見る。もう今日の一般客の入りは終わり。最後に少しだけ余韻というか……所謂中夜祭をやって二日目の為に休む時間だ

 

 「……」

 あ、隠れたように小柄な影が見える。あの栗色の髪はアレットだな

 異様に落ち込んでいる……ってか怒りに肩が震えているのだろう、何があった

 「アレット絡みか」

 「ああ、謎解き脱出ゲーム、試みは面白いし特に銀の聖女様は良いですよこれと宣伝してくれてはいたんだが……。本質は謎を考える楽しみだ」

 嫌な予感がする

 「謎の全てを喧伝されては、どうにもな。来てはくれるとして、楽しみを本当に供給できるかと言われると困ったものだ」

 うーん、其処が元から問題ではあった。しっかりしたプロの作品ならば演出等でネタが割れていても楽しませられるだろう。そう、推理漫画のアニメ化のような奴だ。あれは原作で犯人も動機もトリックも何もかもバレているが、それでもファンからすれば見たいものになる

 が、今回のあれは学園祭の出し物。タネが割れていても楽しめる程に演出とか凝ってない。そんなコストは無い

 となると、話のタネが全てバレてるとなると、行く理由がなあ……となる訳だ

 

 「時間内クリアでのダンスとか。竪神やロダ兄……は駄目か」

 時間内にダンスって答えを導けた人にはそれっぽく追加ステージで頼勇やロダ兄演じる幽霊と踊るものを用意していたんだが。ちなみに男性クリア者向けの幽霊はというと、ロダ兄がアバター弄ってやってくれてる。モデル調整なんかは桜理だ。男っぽくあろうとしたから女の子に見られやすい動きは分かるって、少しだけ嫌そうな顔だが手伝ってくれた

 「もう誰でもクリアだぜワンちゃん?」

 ひょい、と現れるのはロダ兄。言われて頭を抱える。そうだよな、エッケハルトはクリア者少ないだろうと言っていたが、全部の答えを最初から皆が知ってればクリアは簡単だ。そうなるとダンスの相手役はてんてこ舞いだ

 

 「やられたな」

 「しかも、聖女様を引きずり込もうと噂まで流されてる」

 「え?」

 リリーナ嬢が目を瞬かせた

 

 「と、話しにくいだろ?俺様が持とうか?」

 「宜しく、ロダ兄」

 と、ヌイグルミを託すリリーナ嬢を見ておれは自分で己の腕をつねる

 「ゼノ君?」

 「悪い、気が利かなかった」

 「いやいや良いって、ゼノ君はさ、話をして色々と考える立場だもん。聞いてるだけの私と違って」

 「んで、俺様は縁あるから聞いてるだけの聴衆。ワンちゃん達の方針に従うぜ?ま、余程駄目なら止めるけどな」

 

 言われ、おれは目を閉じて考える。この場合は……

 「エッケハルトが別のパターンのシナリオ考えてた筈だし……

 いや、厳しいな」

 「徹夜で飾りを用意して変えていって、間に合うか?という状況だ」

 駄目だと首を横に振る

 

 「エッケハルト様を貶めて、こんな勝ち方……」

 ぐぬぬとハンカチを噛むアレット。おれは嫌いだがおれが嫌いなだけだからな、彼女。ここまでして勝負に勝つのは嬉しくないか

 

 が、その瞬間。おれの服の袖が引かれた

 

 「……問題ない」

 「アルヴィナ?」

 ひょっこり現れたのは、アナお手製のアクセサリ(魔神警報が鳴らなくなるスグレモノだ)を大事そうに首から下げ、何時ものブカブカ帽子がピン!と伸びた耳で更に頭から浮いている魔神娘

 満月色のメカクレした瞳は爛々と黒髪の下で輝いている。いやこれ危ないな?魔力が昂ってる

 

 「皇子。ボクもこっそり見に行った」 

 「こっそりなのか」

 「あーにゃん、あの毒物と行った。あの毒許さない

 ……でも、それはそれ。見る限り、あれはプロムナード」

 言われて頷く。ってかアルヴィナちゃんとプロムナードって……分かるか。仮にも魔神族のお姫様で貴族として潜入操作してたんだから

 

 「ならば、簡単。乗せる物語を変えて、人を呼ぶ」

 「とは言うが、人は悪しき縁を求めた言葉に惑っているぜ?」

 「そんなもの、切り開く」

 じっ、と少女の月瞳がおれを見詰めた

 

 「覚えてる?ボクが、皇子とちゃんと再会した時のこと」

 「竪神達とやりあって大変だったな」

 「……嬉しいけど、違う。ボクと皇子が敵として演じあった時の事」

 言われて思い出す。聖教国異端抹殺官(サバキスト)絡みであったな、あのパーティ

 

 「あの事実を、物語仕立てにする。謎解きではなく、追体験するような物語」

 「あの時の戦いを、幾つかの部屋で物語仕立ての展示にするのか?

 確かに、秘されてはいないが人々は直接見てはいない。物語には出来なくもないが」

 「生憎その事件自体は俺様はまーったく知らないが!必要なら手を貸すぜ?」

 ぽん、とおれの肩を叩くロダ兄。彼がこうやって投げてくるのは相応の信頼と理解の証だ。やれると思ったから手伝う、この辺りシンプルな彼が認めたなら

 いや、それ以前におれじゃすぐに思い付けなかった事を言いに来てくれたアルヴィナの為にも

 

 「……やろう」

 そう呟くおれの脳裏には、大事そうにおれをモチーフにしたアステール考案のヒーローの人形を握りしめる少年の顔が映っていた

 

 「竪神!おれだって出来る限り手伝う!間に合うか!」

 「小道具を作らなくて良いならば間に合わせるさ。だが、皇子には劇の前に負担を強いる」

 「ワンちゃん、ワンちゃん自身の言葉が一番響く!音声は任せな!言うべきことだけ考えてくれりゃ後は俺様が仕上げる!」

 「行けるな!ならば!やるか!」

 そんなおれを、おーと小さく手を突き上げてアルヴィナは応援し、少し着いていけなさそうにリリーナ嬢は肩を震わせていた

 あ、エルフの方のリリーナ(ノア姫の妹)は割とノッてくれてる……って分かりにくいわ!



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夜風、或いは絶望の銀龍

「……ふぅ」

 外の空気を吸いに、部屋から外へ。寮という名の掘っ建て小屋は燃やされてそのまま(再建の目処も立ってない。父があいつに要るか?したそうな)なのでノア姫に部屋を借りて、色々と仕上げる。今夜は徹夜確定なのでそれで十分だ

 

 にしても、とおれは一人で空を見上げる。月は夜の間何時も其処にあって、おれ達を照らしてくれている

 何だか、今回のアルヴィナはスパルタ式だ。『ボク、皇子とボクのあの事件については妥協を許さない』と思い切りノリ気で口出しを始めるものだから用意が大変過ぎる。小物にも拘りを持ち、今もせっせとプロムナード風に飾り付けた教室に新たに置く小物を作ってくれてはいるんだけどな

 

 お陰で入り込めない。見方としては殆ど使わない死霊術使いの本領を生かして大量のスケルトンを出して物量工作までやってるからな

 

 まあ、流石にゴーレムは作れない(正確に言えば作れるが屍素材なので明らかに腐臭がしてしまう)からか、或いは自分の美化を入れすぎないようにか、肝心のヒーロー人形とかは此方任せなんだがな!

 が、口は出す。ということで軽く行き詰まり、気分転換に外に出たという訳だ。龍の月……ってか雨季に近い今の空気はひんやりして、ほんの少し湿り気も帯びている。からっとしていないが良い心地だ

 

 もし万が一まともに皇族としてこれからもやっていくことになれば、こうした書類仕事の息抜きなんかも常態化するのだろうか?

 まあ、まず無いだろうが。戦いがどうなるにせよ、ゼロオメガと魔神族を退けきれた暁には、おれなんてもう必要ない

 

 そう思いつつ、展示フィギュアに持たせるレプリカ作成用に呼び出している愛刀を見下ろす

 過ぎた力だ。振るわれないほうが良い。だから、象徴たる轟火の剣(デュランダル)等を除いた七天の武器は人里離れた場所に突き刺さって眠っているのだろうし、な

 

 何時か、微睡みに夢を見れるように

 きゅっと鞘飾りを握り締めたところで、おれは不意に現れる気配に気が付く。敵意0、殺意皆無、怯え少々。迷いを込めた足取りは……うん、シュリ。迷いがあるから竜胆かと思ったがそれにしては重い音だし、敵意0じゃない分少し歩みが荒いからなあっち

 まあ、まだ割り切り切れてないってレベルなんでこの先またやり合うことは無いだろうが

 ってか、やりあったら負ける。今のおれ達にあいつのアガートライアールを倒す手は何一つない。おれ達を倒すために変化するような機体でも無いだろうから心配してないが

 

 振り返れば、やはり其処には大きな尻尾を揺らす龍少女。背丈に合わぬ重い足音は生えた龍の意匠の重さを物語っている

 

 「シュリか。捕まえるぞ?」

 と、おれは手錠を振るような仕草を取る。まあ捕まえても意味ないので冗談だが

 「儂、捕獲されてしまうのかの?」

 「祭りの最中は許可しても、本来此処は学び舎。無関係の者の立ち入りは駄目だからな。不法侵入者は捕縛しないと」

 と、茶化すおれと、元々閉じた翼を更に強く縮こまらせる龍少女。怯えではなく反射なのだろう

 そんな彼女に向けて、ノア姫が用意してくれていた巨大なマグ(これは陶器のやつだ。何でも10年前にノア姫が焼いたらしい。何でもありかあのエルフ)を差し出す。中身はホットミルクだ、少しの蜂蜜でほんのり甘いがほぼミルク

 

 「……温かい、の。けれどもなお前さん、儂には味は分からぬよ」

 「言ってるじゃないかシュリ。温かいんだろ?心も体も冷えてるなら、どうぞ。少なくとも少しは温まる」

 まあ、飲みかけだけどとおれは頬を掻いた。やけに大きいと思ったが、今も起きているノア姫は到来を予測して、あえて沢山用意してくれたんだろうな。横にあった小さなマグ持ってくれば良かった

 

 「すまんの」

 小さく頷いて、折れそうな手でマグを受け取る銀龍。ちびりと一口飲んで、泣きそうな顔を浮かべる

 「味は分からぬが、温かい……の」

 「まあ、ノア姫はおれの為にもずっとある程度長期的に毒を中和できる薬を作れないかやってるから、そのうち味も楽しめるよ、きっと」

 その撫でやすい位置にある頭をぽんと撫でながら、おれは呟いた

 

 「それで、今日は楽しかったか?」

 どうしたと聞きたくなる。不意に現れた理由は知りたい

 けれどもそれよりも、とおれは微笑んで尋ねた

 

 「……楽しくは、無かったよ」

 地面に向けて吐かれる震えた言葉

 「この世界の神に護られた者に言われたとおりじゃな。儂は……の。荒削りで誰かを楽しませようと一生懸命で……

 そんな微笑ましい生きることの総てを、かつて心の毒に融かし沈めた」

 

 ……と、何も言えない。安易に茶化せない

 きゅっと握られるコートの袖に、楽しくなかったというのは嘘だと分かる。ってか、アナと一緒に遊んだろうおれ達の脱出ゲームだが……その景品の金属製バッジがコートに付いてるしな!楽しんでなきゃそんなもの夜まで身に付けない

 

 「……それが言えるなら、君はシュリだ。アナは、きっとおれの為に君に対して毅然としようとしてるんだろうけど、おれは君を何も否定しない」 

 寧ろ、楽しめたから自分が(本人の思考の時系列では)未来にやらかす、そして世界的には過去にとっくにやらかした世界を滅ぼすことに心を痛めているって、心優しい証明みたいなものだからな。おれがそれを肯定しないで誰がやる

 

 「そう言ってくれると助かるよ、お前さん」

 寂しげに、けれども何処か嬉しげに……って頬の赤みは多分撫でてるからだな。人懐っこくて撫でられたがりな割に毒が出たらって怯えて撫でられに行かないからなシュリ

 「……明日もあるんだし、シュリも寝るんだぞ」

 言いつつ、ああと思う

 「此処来て場所がないならおれからノア姫に」

 「良いよ」

 が、おれの言葉は大きな白い袖に遮られる

 

 「お別れじゃよ、お前さん。儂の【勇猛果敢(ヴィーラ)

 明日はアヤツも現れるじゃろうし、儂は邪魔。十二分じゃよ」

 「何処行くんだ、シュリ。明日も居れば」

 「儂は世界を滅ぼした毒龍。英雄譚には邪悪に過ぎぬよ」

 「そんな事言わず、見に来れば」

 「……儂に、英雄などはの

 

 ……居やしないんじゃよ。じゃから、儂は堕落と享楽(アージュ=ドゥーハ)の亡毒(=アーカヌム)なんてやっておる」

 

 何も返せない。おれがそうだとも、何とも約束してやれない。安易に嘘になるかもしれないことを告げて、万が一上手く行かなければ。彼女はきっと二度と、誰にも心を開けなくなるだろうから

 代わりにぎりりと拳を握り込む。空いた手に握った愛刀の飾りに皮膚が食い込んで、つぅと赤い血が垂れる程に

 

 そんなおれの手を見て、小さなハンカチを置いて。銀龍の姿は消えた



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異伝 銀龍と融合溶液

かつん、と。鋼の床にボロボロに履き潰してしまった靴の底が当たって音を立てる。ほんの少しの汗でも、吐く息ですら。総てが微かに毒を含んでいる

 そしてそれは、人智を超えた邪毒。毒という概念そのものと言っても良い程に、絡み合い時に変質し、事前の対策などほぼ意味を為さない

 そんなものを体内に渦巻かせていると理解しているから。肌はほぼ出さず、鋼より硬いが中空で毒が巡る翼も閉じ、息すらあまり吐かずにいた龍神は、己のテリトリーとして扱われる空飛ぶ戦艦の中でふぅと息を吐いた

 

 そして、唖然とした

 少女の眼前に広がるのは、一応似たような目的ではあるもののそこまで馴れ合う気はないもう一柱のゼロオメガ側の勢力の一員と仲よさげに語り合う軽薄な笑顔を仮面として貼り付けた男の姿

 いや、それは良い。勝手に楽しげに好き勝手やらかすのが【笑顔(ハスィヤ)】の特徴である。が、何より問題なのは……

 其処に、運んでもらったソファーでぐでーっと豊満な身体を投げ出している未来の己が居たことだ。完全に毒素に染まり元々の銀色の片鱗すら無く変色した紫色の髪、とろんとした気怠げな顔、不釣り合いに大きな胸と爪と角。濁った緑の瞳に光は無く、ただ運ばせた豪奢な赤いソファーベッドの上で享楽を貪る

 その名を【平穏(シャンタ)】。幼き銀龍の果ての姿。少女にとっては未来、世界にとっては過去である世界を滅ぼした果てに怒りすら溶けた邪毒である

 

 それを見て、一番幼く、そして唯一他人と縁を持とうと思うが故に現在よりも老成した過去の龍神はきゅっと目を閉じて眉を(ひそ)めた

 「……どこいったのー?」

 聞こえる声は己の声帯とほぼ同じ。けれどもより甘く、幼く聞こえてくる。無防備で、無垢で、純粋で……怪しげな欲を掻き立てる毒声

 「仕込むものじゃよ、未来の儂よ。如何に手をこまねくのみで世界が腐っていくが故に、あまり表立って動く必要は否やであろうとも。それを阻む氷雷を払う屋根くらいは欲しがろうというもの」

 銀龍少女は顔色を変えずに告げる。嘘ではない、表立って毒を仕込まずとも、其処に出向くだけで狂気は拡がってゆく。だからこそ、毒龍シュリンガーラは1日のみで姿を消した。そしてだからこそこの【平穏(シャンタ)】が微睡む空飛ぶ戦艦の中は、最早とっくの昔に正気とは呼べない人間、さもなくば異様な耐毒性を持たねば到底己を保てない甘ったるさに満ちている

 

 毒を仕掛けたかった訳では無い。が、それでも、名分くらいにはなる。そう信じ、銀龍は嘘にはならぬ大義名分を語り、それにのんびりした未来の毒龍はうなずきを返した

 「そうなのー?私たいへんでー、たすけてー?」

 ぽわっとした雰囲気で、片手だけ上げて20過ぎくらいの龍神は手を振る。その手から、ぽちゃんと粘っこい液体が溢れた

 

 「……む?何かの?」

 目を細め、鼻から空気を吸い込み、銀龍は問い掛けた。嗅ぎ慣れてしまった生物臭ではない、何より黄ばんだ白濁ではない。だからこそ、シュリンガーラには一瞬、それが何なのか理解出来なかった

 

 オレンジ色と水色が溶け合わずけれども同居した、スライム状の粘り気のある2色液体。それを、銀色の龍神は見たことがあったというのに

 それは、かつての罪。良かれと思った、救えると信じた。その果てに産み出した災厄の権化

 

 「のう、儂よ。一つ、問い掛けたいがの?」

 くつくつと笑う仮面の男。その横で悩ましげにする腕に黒鉄の腕時計を巻いた軽薄そうな男。それらに見られているならば、ほぼ答えは出ていたが

 「【憤怒(ラウドラ)】が椅子にしておった男、居るじゃろ?

 儂にもこの汚れた身体目当てで寄ってきたアヤツじゃ。……何処に消えた?」

 答えなんて、眼の前にあって。けれども否定するように、龍少女は未来の己に問い掛ける

 意識的には未来を、己が辿った過去を、二度と繰り返すものかと思っていたから

 

 「覚えなくてよくなったー」

 けれど、どこまでも無邪気に、呑気に大人毒龍はぱたぱたと露出の多い服装の袖をはためかせた

 「ええ、これぞ切り札」

 「『ホウビヲ、ホウビヲー!』」

 仮面の【笑顔(ハスィヤ)】の嗤いと共に、そんな響きが耳に届く

 

 もう、何を求めていたのかすら忘れてしまった哀れな音が

 目線を反らし、銀龍は目を伏せる

 「融解の毒」

 ぽつりと告げたのは、かつて……いやシュリンガーラの肉体からすれば少し未来の時間軸において、人々に与えた毒の名

 それは、魂を残したまま肉体を融解させ、液状に変えてしまう毒であった。ある意味では肉体の軛から解き放たれ、そして中々分かりあえぬ筈の他人とも、物理的に混ざってしまうことで一つになれる。悲しみやすれ違いも捨てられる、そんなある種の安らぎを齎すと、あの時の銀龍はそう信じていた

 それだけ、根本的な救いを望まれていた

 

 だが、その果てにあったのは己すら曖昧と化し、蠢く液状となった、非常に良い燃料と化した肉体を邪悪な目的に浪費させられる悲劇のみ

 望まれたままに人の身体を捨てさせてやっても、誰一人幸せになどならず。液化人間計画は、ただ良かれと思って毒を用意したアーシュ=アルカヌムの絶望のみを残して歴史から消された筈であった

 

 だが、その時に変容した人間の成れの果てと同じものが、確かに其処にはあった

 「……何故(なにゆえ)じゃ、儂よ」

 その声は、当人も分かるほどに掠れていた

 「何のために」

 「えー、一つにしたら、強いし覚えなくていいしー」 

 まるで、ヒーローもののロボットを全部合体させるように。罪悪感の欠片すら、かつて己が創り出した忌まわしき液体の人間達のスープを前にしても、紫の毒龍には見えなかった

 

 「混ざれば、己すら喪う。最早ヒトになど戻れず、願いも、夢も、溶けあって混合したナニカに成り果てる」

 蠢く毒スライムを見ながら、銀龍は静かに、そして寂しげに呟いていた

 

 「では、手筈通りに」

 が、話は長たる毒龍を他所に、勝手に配下で進められていく。手渡される、容器に入れられたスライム。それを受け取り、黒鉄の腕時計を身に着けた男……シャーフヴォル・ガルゲニアが頷きを返した

 

 「何をする気じゃ」

 「ええ、我が終末よ心配めさるな。これは我が信条に反してはおりませんよ」

 「知らんが?」

 「ええ、シャーフヴォル。言う通りのものを作れば……持ち主が去れど封印されたかの銀腕の巨神の予備パーツ、このAGX-03(オーディーン)の力をもって解放しましょう。その時こそ、合衆国の巨人は神に、我らと同じAGXの高みに到るでしょう」

 「聞いているのか」

 「ええ、聞いておりますとも、愛しき終末よ。故に、貴女様に魅せねばならぬのです。忌まわしき百獣王が、束ねた祈りに滅びる正義を

 

 ジャスティス・ダイライオウ。この液状人間を装甲とし、強制合体から侵食、あの機体を堕としましょうぞ。これぞ我等の第二幕、どうか特等席でご覧いただけますな?」

 

 正直嫌じゃよ。そう告げようとして……

 銀龍は口を閉ざした。所詮、自分は最終的に世界を滅ぼす龍に、既に成り果てた後の筈なのだから

 

 「儂の【勇猛果敢(ヴィーラ)】よ。見捨てるなら、早いうちじゃよ……?」

 ぽつりと零す言葉。誰にも聞こえない微かなそれに、反応はなかった



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改変、或いは展示

「ロダ兄、そっちは?」

 「設置完了だぜワンちゃん!

 でワンちゃん妹、そこはどう隠す?流石に魔道具丸見えって訳にゃいかないだろ?」

 「……心配ない、です。マントを……着せ、れば」

 「おっと、躍動感が足りなくないかそれは?」

 「……ボクの死霊が、骨格を用意してる。マントはたなびくもの」

 「ならば良し、これで良いかワンちゃん?」

 「っと、大丈夫だろう!」

 と、そこで校内に声が響き渡る。拡声魔法を使ったシルヴェール兄さんだ。この学校で事実上一番偉いからな、こういう時に開始を告げるのだ

 

 いや、校長が学祭の始まりを合図すると言われると何か可笑しいが、皇族としての宣伝も兼ねてるからそんなものだ

 

 「間に合った、扉を開けてくれ!」

 「……駄目、待って」

 と、おれの袖が引かれた

 

 「え?」

 「まだ、ボクが」

 言われてそういえばと思い出す。アルヴィナはアナ達が誤魔化してくれてるだけで、警報に引っ掛かるんだよな……そして、サプライズだからと来てくれたアルヴィナ以外の聖女二人はというと今日のライブに向けてステージ見に行っている

 此処には居ないから、アルヴィナが暫く軟禁されていた地下室に繋がるある程度魔法遮断の張られた扉を開けてしまうと、そのまま魔神警報が鳴る

 

 「心配、ない……お兄ちゃん」

 が、言われて扉を開けようとする現場スタッフ枠の生徒を止める前に、手伝ってくれてたアイリスがひょいと自分の座る巨大な猫の背を開いて、取り出したフードを被せた

 

 「……これ」

 「魔力、遮断、し、ます……」

 「帽子、被れない」

 少しだけ不満げに何時もの帽子を取り、己の白い耳を隠してアルヴィナは、けれども文句はないというようにフードを被り、胸元を閉めた。黒いフードはしっかりと似合い、首元には白いケープ。外行きにも悪くない出来だ

 そして、扉が開いても警報は鳴らない。桜理が音を遮断している……なんて事はなく、普通に鳴ってないのだ。ちゃんと対応してくれてるな、うん

 

 「良いのか?」

 「……お兄ちゃん、困らせたく……無いから」

 濡れた灰色の瞳がフードを眺める。眼の下に隈が見えるのは、夜通し手伝ってくれた訳では無いし自力では動かないアイリスにしては珍しい

 

 ……いや、隈って可笑しいな。何時もはゴーレムだし、だからこそ濡れた瞳は見えない。精巧だが、感情表現は薄いのだから。要らないから涙は流さないし、水気もない

 「アイリス?大丈夫か?」

 「……生身?」

 「遮断、これ……。魔物の素材、だから。ゴーレム動かすのも、邪魔され……ます」

 「そう」

 アルヴィナはそれだけ言うと、何時もの首飾りを外に出すために一度開きかけた胸元を、そのままきゅっと閉じた。首飾りで隠れるはずだった首元の意匠がそのまま残る

 

 「皇子、ボクは一旦出掛けてくる」

 「平気か?」

 「……あーにゃんと回る前提だったから、チケットない」

 おれはそれもそうだなと苦笑して、仮にも皇族だからと多めに持ってる中から数枚チケットを千切ると黒髪少女に渡す。そうすれば、ぺこりと軽く礼をして魔神少女はそそくさ部屋を出ていった

 

 「おっとワンちゃん、暫く居るだろ?」

 「アイリス、頑張ってくれたしな?暫くのんびりするよ。連れ回したら大変だ」

 「んじゃ、あの炎髪少年の作ったナレーション、ちょいとの間任せていいか?」

 ちなみに、脱出ゲームの時のナレーションと取り替えてはある。が、流すタイミングとか、色々とあるのだ。その辺り全部を到底一晩では仕込めないから、そこは手動だ

 

 「ん?どうしたんだロダ兄?」

 「いやさ、鼠少年の妹、俺様が面倒見てる訳なんだが。ちょいと楽しさを与えてやるのも縁の端くれだろ?」

 その言葉に頷く。【憤怒(ラウドラ)】へと従ったイアン……の妹。おれが原作知識を振りかざして、何も言わず事前に悪役のフラグを潰したからこそ救えなかった二人。それを少しでも救えるとしたら、きっとそれはおれじゃないから

 

 「悪い、任せる」

 「任せなワンちゃん。これでも俺様は、悲しみを盗む快盗だぜ?

 んじゃ、ワンちゃんが外で縁紡ぐ頃には交代するから、宜しく頼むぜ?」

 そのまま肉球のある手をぱらぱら振って白桃色の青年も出ていけば、その場にはおれとアイリス、そして気まずそうな扉を開けた生徒の子だけが残った

 

 「……あ、あの」

 「悪いな。脱出ゲームから変えざるを得なかったから、今日はもうほぼ展示。次の人の為に整頓し直すのは不要になったし、遊んできて良いよ」



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猫妹、或いは変化の兆し

ふぅ、と一息吐いて、控え室の扉を開ける。一般には隠してはあるけど、昨日からロダ兄等が色々と作業するので一部屋そうしてあるんだよな。そこから、頼勇が操作してロダ兄が語り、脱出ゲームで色々と動かしたりした仕掛けを戻しに当日の生徒達が行くって感じ

 

 いや、考えてみれば結構な贅沢だなこの部屋の使い方。とは言っても結構余ってはいたから、特に問題はないんだが

 そこにアイリスを招き入れて、椅子を引く。昨日は頼勇が主に座ってた椅子でちょっと硬いので上着を敷物代わりに敷くが、妹は大丈夫と首を振って連れてきている猫のゴーレムの背中からマットレスを取り出すと、椅子の上に置いて座った

 

 「お疲れ、アイリス。手伝ってくれて助かったよ」

 小さくこてんとおれの腕に頭を預け、猫のように髪で擦ってくる妹に苦笑しながら頭を撫でてやれば、灰色の瞳を細めて満足気に吐息が漏れる。そして、暫くすると、自分の横の椅子をゴーレムに引かせ、おれが座るとその膝に乗ってきた

 

 膝に感じる、何時もよりは重い感触。けれど、それでも一般的な体重に比べてかなり軽い。30kg……無いんじゃなかろうか。が、そんなおれとは裏腹に、超珍しく生身で外出のアイリスはご機嫌そうだ。呼吸にも乱れはなく……いや、何か過呼吸気味か?とは思うし頬も軽く紅潮してはいるが、多分これ体への負担のせいじゃない

 

 「どうだった?」

 ごめんな、とその頭を撫でながらおれは出来る限り優しい声で語る。元々ヘイト買う演技ばかりが上手くなる上に、劇団の人に言われてヒーロー然とした台詞回しまで教えられて、ゲームで言われる影があるけど優しげな雰囲気とか欠片も無いんだよな、今のおれ

 これで良いのかと悩みながら、それでも笑顔を作る

 

 「ここ、今月から?」

 それに頷く。アイリスはおれの一つ下、ゲームで言えば2年になると後輩として入ってくる事になるから、この学園祭で歓迎される側なんだよな

 「手伝わせてごめんな?」

 「お兄ちゃん……の、為、だから」

 言われて情けないな、と目を閉じる。でもまあ、実際のところアイリスとアルヴィナの手を借りなきゃ、控え室の外になんとか誤魔化し誤魔化しジオラマを作り上げた改変が間に合わなかったのは確かだ

 プロムナードっぽい飾りつけだからアルヴィナ襲撃の際のヒーローものの展示にしてしまえって、一晩で等身大のフィギュアなんて用意できるかって話だ。魔法は大概の奇跡を起こせるが、完全に何でも出来るわけではないのは周知の事実。ってか本当になんでもありならAGXの精霊障壁にも、それこそ13以降が使ってくる時を操る機能にも対応できるんだ

 その点を死霊術とイカれたゴーレム魔法でフィギュアを補ってくれた二人には本当に頭が上がらない

 

 「本当は、要らな……かった」

 が、案外しょげ気味な妹におれはあれ?となる

 「助かったよ」

 「変なこと、されて……人気で勝とうとした、から……」

 「挑まれた戦い、負けてやる筋もない。ってか、負けてたら皇族としての沽券に関わるよ」

 ぽん、と細すぎる肩を撫でる

 「ただでさえおれは忌み子で、本当に皆を護れるのか疑問視されてるんだ。こうして向こうから証明の手をくれた時にはやり遂げなきゃな」

 まあ、おれ自身も魔神族、円卓、AAAと三種三様な奴等相手にゲームでの対魔神族知識と託された力でどこまでやれる?守り抜けるか?って点は自信は持てないが……それでもだ。故郷の盾であり、人々の希望の剣。そうあるべき皇族が形だけでも揺れたら明日を信じられないだろう

 聖女が明日を照らす光なら、おれ達は照らされる明日を残す側だ

 

 「……でも、楽しかった」

 そう言ってくれる妹の髪を、乱れているからと指で漉く。大人しく受けてくれるのが、嬉しいが、悲しい。この態度、何処か昔から変化がなくて……

 

 ん?とおれは首を傾げた。こてん?と気配に敏感なアイリスも小首を傾げてふわりと色に似合った香りをしたオレンジの髪を揺らす

 「にしても、偉いなアイリスは」

 そう、そうだった。手伝うしアルヴィナの為にって生身でフードまで持ってくるなんて、昔のアイリスからは考えられない事だ。ゲームでの外を知りたい気持ちはちゃんとあるアイリスに比べて、どうにも内向的ってか引きこもりを良しとしてそうだったのにどんな心境の変化だろう

 

 「偉い」

 「ちゃんとさ、アルヴィナとも仲良くしてたろ?

 おれが居なくても、きっと」

 その刹那、おれの脚に鋭い鋼が突き刺さった。アイリスの猫ゴーレムの爪だ

 

 「……変わってなんて、ない、です」

 その声は、おれでも解るほどに震えていた

 「お兄ちゃんが、居れば……良い。他に、何も無い部屋で……」

 きゅっと、おれの脚を斬り裂くようにゴーレムが力む。何時でも斬れると、言いたげに

 

 「アイリス」

 「でも。お兄ちゃんを閉じ込めておける部屋は、大きすぎるから」

 アイリスを抱きとめるように前に回したおれの手の袖が強く握られる

 「お義姉ちゃん、や……みんな、いないと……」

 言われ、苦笑する。何だ、結局おれの独り相撲で取り越し苦労。言い方こそ何だか病んだ女の子だが、しっかりとアイリスは外を見ているじゃないか

 

 いや、おれを閉じ込めるには大きくて沢山の人が居る部屋が要るって何だそれ!?とはなるが、つまりは沢山の人と共に行く……皇族としての最低限の在り様の肯定だろう

 だからおれは、偉いなと暫く小さな妹の頭を、ただひたすらにゆっくりと撫で続けた。うん、脚が軽く痛むがまあ支障はない程度だしな?このくらいの怪我なら師匠も良く負わせて来た。怪我して十全の力が出せないから負けましたは困るって、片腕へし折ってから訓練とかさせられたなぁ……と、今はもう遠い昔にも思える事を回想する

 

 ってか、2年に上がったが、西方からの攻略対象の留学の話まだ出てきてないな?ゲームでは2年の学園祭後少しした辺りでフラグ立ってれば話が出てきて聖女である主人公が案内役てして選ばれるってイベントが起きるから、今の時点で学園の上層部には話が来てないと可笑しいんだが。ノア姫は教員やってる以上話があったら教えてくれる筈なんだが何も言わない

 

 とはいえ、そもそも真性異言(ゼノグラシア)やら神話超越の誓約(ゼロオメガ)やらで原作とは情勢違うからな、ゲーム通りじゃない事もあるだろう

 

 なんて思考を整理していたら猫に噛まれた。うん、撫で方が雑になってすまなかったアイリス

 

 「でもアイリス、このままでいいのか?」

 と、おれは膝上の猫みたいな妹に問い掛ける

 「手伝ってもらったのもあるし、出来る限りお兄さんとして時間は割くが、行きたい場所とか無いのか?」

 「……ゴーレム、フィード、バックを、薄く、して……て」

 「つまり、生身だとまた新鮮だろうから出し物に行きたいのか?」

 うん、と頷くおれ。おれが政治上アイリス派始めた頃なら此処に居るって言ってたろうから、兄として嬉しい。さっきの考えはきっと正しかったのだろう

 

 「と、分身アバター出せるくらいまで落ち着いたし、後は任せなワンちゃんと猫姫」

 なんて、都合良く……いや多分タイミング測って戻って来たロダ兄分身に後を任せて外に出る。やはりというか展示内容変えただけあって、教室に人気は無い

 

 「んじゃ、宣伝頼むぜワンちゃん?」

 なんて送り出されるが、どうしたものか……



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騎士団、或いは預かりもの

「あ、居た」

 と、少し顔に汗を浮かべた桜理が走ってきたのは、昨日も行った出店にアイリスを連れて行き、服自体が着るゴーレムでありそれを使って然りげ無く補助して無双しだす妹をそろそろ宥めないとな?と思っていた時であった

 

 うん、楽しかったかアイリス。でも他の人が楽しむ分を奪っちゃ駄目だぞ?おれ達は人々が楽しんで生きられる世界を維持する側なんだから

 

 「どうしたんだオーウェン?」

 「えっと、昨日リリーナさん達と一緒に遊んだ子達が居るよね?」

 その言葉におれは頷く。アイリスが横でふんふんと首肯しているのは……まあ仕方ないか。アイリスから貰った装飾品に多少の感知能力あるのは知ってるからな。感知範囲は知らないが、範囲内だから見たか聞いたかしてたんだろう

 「どうしたんだ?」

 「今日も来てて……、何だか入口で揉めてるっぽいから呼びに来たんだ」

 「良く分かったな?」

 「あ、僕リリーナさんと一緒に頑張ってる皆のところに挨拶って、連れ回されてたから……」

 あはは、と少年は笑って己の一房だけある桜色の前髪を右手人差し指で絡めた

 

 「良い人だけど疲れるよね……デフォルトが明るいから」

 「案外暗くないか?」

 「何があって怯えてるのはそうだけど、親しくなると根の明るさに圧倒されるタイプだよリリーナさん。僕と違って」

 まあ、と少し考える。やる!ってアイドル的な出し物を推進したパワーは中々だしな、確かにリリーナ嬢って人に馴れれば行動力凄いのかもしれない

 

 の割には昔のリリーナ嬢そんなに活動的じゃなかったが、あれはゲームと現実の差でどうすべきかとか、現実に男性と関わることへのトラウマとかあったのか?まあ良いか、楽しげで良かった

 

 なんて話しながら、おれはひょいと窓を飛び越えて庭へと降りる

 「アイリスは」 

 「満足……です」

 と、窓に腰掛けて告げて送ってくれる妹に有難うと手を降って、おれは1年ほど前に防衛した学園の正門前へと向かった

 

 ……あ、桜理忘れてきた。が、まあ後から来てくれるだろう

 

 そうして辿り着いた門の前、人々を捌くためにあまり大きく開かず、門を見守る何時もの交代制の衛兵の他にもこれ以上開けなくなるような位置に小屋を建てて受付を行っている其処には、小さな人だかりがあった

 

 「リリーナ嬢」

 「……じゃなくてすまないね、ゼノちゃん?」

 「っ!?あれ、ルー姐?」

 果たして、多分リリーナ嬢が聖女さまーと囲まれているのだろうと思っていた人垣の中心には銀髪を纏めた美少女(男性)が居た。兄のルディウスだ

 「お帰りなさいルー姐、けれども珍しい」

 ルー姐……皇狼騎士団長ルディウスは帝国各所を飛び回っている筈だ。こんな祭に顔を出すのは何と言うかイメージにそぐわない

 

 「それは、この子達の事があってね」

 と、屈んだルー姐に肩を押されておれの方につんのめりかけるのは昨日の少年だ。リーダーの子だな

 「あれ?この子」

 「そう、彼の父親はルー姐達と一緒に騎士団の兵をやっててね」

 言い回し的に騎士……つまり貴族位は持たない、くらいの立場かとおれは頷く。……あれ?

 

 「ルー姐、おかしくはないか?」

 「可笑しいかな?」

 楽しげな兄におれは真剣な眼差しを返す。怖がる少年の肩におれも手を置いて、大丈夫だと念を込める

 

 「だってだルー姐。皇狼騎士団に騎士位持ってないメンバー居ないだろ」

 なお、機虹騎士団には居る。まあおれ自身半ばガイストと頼勇任せな点があるから、全員の顔と名前がギリギリ一致する程度で家族関係とか疎いが……

 「あー、ゼノちゃんそこは大丈夫。ルー姐のところじゃないから」

 言われてほっと息を吐く。誤魔化すような素振りはなく、ぱたぱたと子供っぽく無邪気に誘う姿は少女のようで。これはルー姐だ、他人が化けてたり真性異言に乗っ取られてたりしないだろう。ならば、おれの知らない事実が正当な理由を語ってくれる

 

 と、そこまで背の高くないおれよりほんの少し低い背丈で、軽やかにおれの肩に手を当てて、兄は耳元に唇を近付けた

 「魔神族から人々を護ることは、もう皇の名を持つ団だけでやりきれる範囲じゃないよ」

 ふわっと香る香水はミントの爽やかさで。けれども、言葉にはねっとりとした血の香りしかついてはいなかった

 

 「……そう、か。でも、魔法で」

 「更にねゼノちゃん。警告を兼ねておくけど……。ゼノちゃんは誰よりも知ってるとは思うけど、魔神族っぽくて、でも違う相手がこの世界にはもう現れている」

 アルヴィナ?とは思うが恐らく違う

 というところで、脳裏に漸くあの人間の顔を持つバケモノ達の姿が過った

 「X」

 「そう、仮称Xっていうらしい、蒼き結晶を纏うバケモノ。彼等から受けた傷は……ゼノちゃんは最初から魔法で治らないから気にしないだろうけど。普通の人だって、魔法じゃ治らない。自分の治ろうとする気合が氷を溶かさない限り治せない、みたいなんだ」

 そう来たかぁ、とおれは唇を噛んだ。囁きは兄なりの優しさだろう、周囲からはこんな物騒な話をしてるようには見えないほど、彼の動きは軽やかだ

 

 「だからねゼノちゃん、彼らの大事な人が帰ってくれるよう、少しの間面倒見てやれないかな?」

 言われておれは頷く

 「そっか、だから今日も君は来たんだ」

 「父ちゃん、聖女様が七天様に選ばれて、これで世界は明日が迎えられるからって。すっごく学園祭で聖女様に会えるの、楽しみにしてたから」

 ぽつり、と翠の少年は語る

 「だから、今はお仕事で居ないけど帰ってきた時に色々と教えてやるんだ!」

 ……死んでたら後味悪いってレベルじゃないぞこれ、と内心で苦虫を噛み潰す。まあ無事ではあるらしいから何とか片足踏み留まってるか

 

 「じゃ、騎士団長として任されたケアはしたし、ゼノちゃんにも会えたし、そろそろルー姐仕事に戻らなきゃ

 ルー姐見たら逃げちゃった桃色の子にも宜しくねー!」

 と、言うだけ言って、ぱたぱた手を振ると青年は着込んだスカートを手で抑え、ガードするような装飾の魔力の鎧を身に纏い、そのまま飛び立っていった

 

 後には、唖然とした少年等が残される

 「凄いお姉さんだった……」

 「お兄さん、だ」

 「うっそだぁ!?」

 「ちょゼノ君!?あれお兄さんなの!?」

 なんて、ひょこりと戻って来た(良く見れば入口で握手会してたっぽい)リリーナ嬢もあんぐりと口を開けていて。それが可笑しくておれは苦笑を浮かべた

 

 「おれのお兄さんだよ、二人共

 じゃ、合流出来たし……」

 というところで、おれは不意に行列を見掛けた。入口程近くの教室を借りての出し物のようだが、列が長い。そして……あれ?これ何の展示だ?この場所は生徒に貸してないんじゃ無かったろうか

 

 「ゼノ君?」

 「どうしたんだ?」

 二人から怪訝そうに言われる中、おれは講堂の中程、列を作っている入口とは違う場所に開いている扉を見つけて……

 

 「あら、珍しいわね。子供連れとは」

 「何やってるんだノア姫?」

 果たして、何時ものように伸ばした髪を後ろで括ったエルフの媛が、エプロン姿にコック帽を被って何かしていた。うん、何だここ

 

 「妹から素材も届けてもらったのだし。エルフらしいものを用意して欲しいと請われた以上、郷に従ってあげる。ということよ。喫茶NOA,1日限りの開店をさせて貰っているわ、分かったならば座りなさい?」



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シェフ、或いはエルフの不安

「座ってくれるかな?ずっと立ってると邪魔になるから」 

 言われ、空いている席を引いて座る

 

 ……あれ?ノア姫の声じゃないな?

 と思えば、横で連れ回すことになった少年がスッゲーと目をキラキラさせていた

 「にーちゃんにーちゃん!耳とんがってる!」

 「幻獣、エルフ種だからな。女神様に近い姿をしてるから耳が長くて尖ってるんだ」

 「おっぱいでけー!」

 ぶっ!と無邪気な発言に慌ててちょっと周囲の空気をと説教に入り、そこで漸く違和感を理解した

 

 喫茶店の内部は講堂の改造……というか一日限りの学祭用なので完全流用。椅子はそのままだしテーブルには一応クリーム色のクロスが敷かれているってくらい。厨房と呼べるほどの大規模な設備は無く、衝立で仕切りを作ってこの先厨房と扱ってるだけっぽいな

 大体は既に完成した料理を更に取り分けて出してくれるスタイルのようだ。カップスープを飲んでいる人達が居るが、煮てる様子は無いしな

 

 ってあの人達、うちの宰相の妻とじゃないかと気が付いて軽く会釈して礼をする。が、一瞥を向けると冷めた視線で無視された

 まあ、仕方はない。孤児院絡みとかで宰相には迷惑をかけてきたから、その家族からのおれの評判はゴミだろう

 

 「でで、この子どこの子?」

 と、気さくに話しかけてくる(店員としてはどうかとは思うが、周囲を見る限り反応は悪くなさそうだ。別にプロの給仕意識を求める場所でもないしな)のはメイド服に身を包んだエルフの少女

 ノア姫より頭一つ分背が高く、サイズ合わなかったのかほんの少し緩い胸元をかなりデカい黄色いリボンで誤魔化している彼女の名はリリーナ。あ、桃色聖女じゃなくリリーナ・ミュルクヴィズ、ノア姫の妹だ。リリーナの名前から分かる通り、もしかしたらゲームで言われる聖女になってたかもしれない候補のエルフの子

 原作だと多分咎のせいでギャルっぽく肌が褐色気味になってた筈だがこの世界ではノア姫並に白い

 

 ……って待て?原作だと咎になるのか?

 『ああ、彼女に聖女の役目が渡った可能性の世界ではそうですよ兄さん。人間達を特別視することへのケジメレベルなので、そんなに黒くはなりませんけれど。他のエルフと変えて特別感出したかっただけ、と当神は言うでしょう』

 ……神様が補足してくれた。気にはなるけど、今此処で長々と始水の話を聞いてても周囲が困るから後で聞こう

 

 『因みにですが、私があの子に託したように、聖女の力は人に与えることこそ出来ますが複数人にほいと渡せるものではありません。其処は勘違いしないで下さいね

 兄さん、今からでも聖女三人目、とかは不可能です』

 まあ、それはそうだろう。第一ゲームでは聖女のグラフィック3種類あるけど、それはそれとして武器とかは同じだしな。ソシャゲ版ではイラスト毎に細かい設定の差とか語られたらしいし使用武器にも差があったりするだろうが、流石に七天御物の繚乱の弓(ガーンデーヴァ)まで本来の天光の杖と一緒に持ってる訳じゃないだろう。おれみたいに轟火の剣を二刀流で振り回すような活用は無理だしな

 

 なんて何時までも考えていても仕方はない。気持ちを切り替えて、置かれた綺麗に整った二つ折りのメニューを開く。飛び込んでくるのは文字列。美麗で、まるで芸術品のようだがこれノア姫の手書きだな

 

 値段については書き慣れていないのか、メニュー内容よりは少し辿々しい。そして書かれる値段はといえば、ちゃんと学祭に合わせてチケット表記ではあるのだが……うーん、凄いなこれ

 「何か、食べたいのはあるかな?」

 ガチガチになった少年に聞けば、頭を横に振られる

 「遠慮しなくていいよ」

 「じゃなくて、忌み子の兄ちゃん……

 難しくて読めない」

 言われて、ああそうかとおれは苦笑する

 

 流石はノア姫、一流シェフ面が良く似合うっていうか、貴族の邸宅で出される小洒落た料理みたいな名前で料理名は書かれているからな。雷光鮎と茸と香草の炙りチーズリエットとか言われても何だそれ?としかならないだろう

 ちなみに、これは香草や茸と共に脂も多めに煮込んで肉を細かく解したコンビーフみたいな食べ物だ。更にこれをバゲットのような硬めのパンを切って上に乗せ、軽く炙ったものが皿に載って提供される。始水曰く本来は豚肉でやるらしいが、今日提供されてるのはそれより少しさっぱりした魚肉使用、最後にチーズでアクセントを用意している

 

 うん、一般人に馴染みとか無いだろこれ。ちなみに、二切れチケット2枚で、これが飲み物以外の最低値だ、周囲の出し物と比べて値段が違う

 

 「ノア姫のおすすめを2人分」

 ってことで、おれ自身庭園会なんかで無知を晒さないように知識だけ頭に突っ込んだに等しい。無難な注文に逃げることにした

 「お姉ちゃーん!あの人からオススメー!」

 なんて元気な声を聞きながら、おれは本当に今もガチガチな少年に向けて即座に持ってこられたオススメ品のキイチゴのジュース(なお、これだけでちゃんと1枚チケット取られる)の細長いワイングラスを差し出した

 

 と、そんなこんなでおれ向けには5品目、子供には削って3品とおれより豪華に二色盛りとミントにキイチゴが添えられたジェラートを持ってこられた料理は二人で食べ終えて、おれはチケットの束を捲っていた

 

 「さて、この子甘いからワタシがしっかりと払って貰うわ」

 なんて、眼の前でおれを見上げるエルフの紅玉の瞳に見据えられながら、しっかりと一枚一枚誤魔化さずに数えていく

 いやまあ、ノア姫お金とかおんまり気にしないというか使わないし、誤魔化そうと思えばいけるだろうが、失望されるだけで良いこと無いしな。こんなたけーの?と震える少年にこういうものと頭をぽんぽんと叩いて、おれは数え終わったチケットを差し出した

 しめて2.7ディンギル、日本で言えば3万行かない程度である。8品とデザート、そしてドリンク2本でこれはまあ、始水に連れ回された店でもそうはないレベルというか……5万と言われて二度と止めてくれってなった一回だけだな、うん

 つまりは凄い高級店レベルなんだが、人の入りは絶えない。おれ達が立った席を清掃したら、エルフのリリーナが次を案内していた

 

 「ええ、ちょうど

 ……一つだけ聞くわ、これ、高いかしら?」

 不意に、そう問われ……おれは自然に頷いた

 「高いよ」

 「そう、どうしてそう思ったのかしら?」

 その声は、普段と変わりないかのように聞こえて……けれども、少しの震えがあるように、おれには思えた

 

 「ノア姫は、それだけの価値を用意したと思えたからこの価格にしたんだろ?

 なら、見合った値を用意したら高いに決まってる」

 「ええ、合格。エルフ学の単位は与えたままで良いようね」

 その声は茶化すようで、けれども、緩むエルフの頬に差す朱色はきっと、冗談だけでは無かったのだろう

 

 「……そんな立派な生徒にもう一つ聞くわ。何が一番だったのかしらね?」

 表情から欠片の不安を消して不敵に笑うコック帽のエルフに、おれは軽く笑って手を振った

 

 「メインだよ。エルフ伝統の血まで使う、野鳥の味の癖を和らげるソースの甘みの中に血の苦みが野性味として入った味わいは、やっぱり普通の人間じゃ作れないからさ

 じゃあ、行こうか。御馳走様、ノア姫」




「……合格と、言いたかったのだけれども」
 連れ歩く必要も本当は無い少年の手を引く火傷痕の青年の背を目で追いながら、エルフの媛は纏めた髪を無意識に指で遊ばせる
 「お姉ちゃん?何で?」

 「アナタのソースだけ、血は使わず果実の種類を2種類から4種にしたフルーツソースなの
 ……どんなものも、血の味が混じってるなんて。改善したと思ったのだけれど、別の意味で心に大きな傷が生まれたままじゃない」


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喧騒、或いは潰された希望

「あー、面白かった。昨日の脱出ゲーム?ってのはキョーミ無かったけど、何でやってくれなかったのさ忌み子にーちゃん」

 って、目を輝かせ赤黒の肩掛けポーチから昨日取ったあのブリキ人形を取り出して振りながら、少年は興奮気味に告げた

 

 そう、楽しませようとしたのは良いんだが少年を連れて回る場所に困って、とりあえずとおれ達の展示に連れてったらこれである。目の輝きが違う

 いや、ノア姫の店である喫茶NOAの時もスゲーってワクワクが抑えきれなさそうな輝きを湛えてはいたが……、昨日のあの縁日より楽しそうで、ちょっぴり複雑だ

 「やれることはやって、複雑なものを出してみたい、それも青春の一種なんだ。きっと君にも、もう少し成長すれば分かる日が来るよ。大変だから楽しいって感覚」

 と、微笑んでおれはふと、大きな建物の一階の壁、何時もなら何らかの活動をやりたい生徒達が各々募集やらを貼り出す其処に掛けられたボードを見た

 

 「すっげ、キラキラ光ってく」

 横で少年が呟くが、確かにボードには光の粒が上から降り積もる雪のように溜まっていくような光景が広がっている

 

 何かというと……投票でアレット達とやり合うって啖呵切ったが、その投票結果を見れる奴だな。アイリス製で、魔力でリアルタイム反映。少年の目線は……喫茶NOAの票数の方を見てるな。いやおれ達じゃないのかとなるが、まあ良い

 

 「あれ?あんだけ美味くてスゲーのに、何か光そんなに無い?」

 こてんと首を傾げる少年に頷く

 「エルフのプライドに適うだけの対応を……今回の場合は具体的には金とマナーを護ることを出来る事を求めてるからね。そもそも、おれ達も結構な時間居たけど、あの場所って利用できる席も少なかったろ?

 行った人全員がノア姫に投票したとしても、上位には来ないよ」

 と、解説しながらおれも首を傾げた。数個横にはおれ達の出し物の票が貼られてたりする。まあ、それなりレベルかな……な票数は取れてるんだが、心許ない。というか、現在一番票数多いのがまだやってすらいない聖女達の舞台歌唱って時点で何なんだろうな今年の学園祭……

 というか、何か違和感がないか?

 

 と思ったその時、遠くから反響するように微かな怒号がおれの耳に届いた

 

 「……すまないが」

 「おっと、俺様の出番かワンちゃん?お目々キラキラ少年はヒーローに御執心らしいし、ちょっぴり裏側見るか?」

 「助かる!」

 と、ひょいと都合良く現れたロダ兄(頭の上に犬耳がないし翼もないので猿アバター分身だな)に引いていた少年の手を預けて、大丈夫と頭をポンと一度撫でる

 

 ということで、あの一瞬の怒号から方向を把握し、そちらへと一気に跳躍、祭を楽しむ人々の頭の上を飛び越えて……

 「月花迅雷よ!」

 人が多すぎてあまりにも助走距離が足りてない!流石に素のおれでは空を蹴っても大量の人を飛び越えきって四階建ての建物の屋上には届ききらない。壁さえ蹴っていいなら届くが、この壁には聖女様方が歌いますよと宣伝の垂れ幕が掛かっているし、これを蹴ったら周囲から殺される

 ということで、愛刀を手元に呼び出して、こんな事に使うのも心苦しいがと内心で誤りながら微かに刀身を晒せば、溜まった雷が周囲へと迸る。人々には当たらないように拡散しないそれを何時もの靴で足場にしてもう一度跳躍、屋上を超えて更に上から周囲を見回す

 

 ……居た!

 

 「楓雅雪歌」

 流石に愛刀ありきの強化アレンジ伝哮雪歌は使わず、愛刀を鞘に収めて架空の刀での踏み込み刺突。師匠から習った技術そのままの技で上空から、言い争い?をしている人々のところに着地、勢いを殺しきれずに数cm程度地面を滑って割って入る

 

 「……祭の最中に何事だ?」

 「あ、皇子さま!」

 ……凄く聞き覚えのある声がする。うん、アナだな

 と理解して振り返らず、何故かは知らないが数人の前で怒号を受けていた少女を背中に庇い、わざと何時ものコートの留め具を外して腕の動きで大きく拡げ、目線を切る

 

 「はっ!黒幕のご登場かよ」

 が、おれの耳に届いたのは、そんな言葉だった

 「ま、まあ……」

 見れば、おれから見て左手側にいたせいで隻眼の死角に入っていたアレットが何人かの生徒を宥めている

 

 「黒幕とは何だ?」

 「知ってんだろ!卑怯者が!

 あーあ、流石は忌み子、まともに戦わず不意討ちかよ」

 「違います、皇子さまは……」

 「待ってくれ、事情が掴めない」

 『ルゥ!』 

 と、吠えるアウィル、居たのかアウィル。となると、此処はふれあい広場ってアウィル借りてったアレット達の出し物のところだな

 

 「アウィルは貸した、特に仕込みはしていないはずだが」

 「何言ってるんだ、投票されるに値しないって脱落させておいて!」

 顔を真っ赤にして、何かを投げつけて来る青年。避けたらアナに当たるかもしれないが、流石に受けてやる気にもならない、と思った刹那、アウィルが放ったろう空から降ってきた赤い雷がその何かを焼き尽くした

 

 「……おれは何もしてないが?」

 「お前だろ、クールで突き放すようで、でもちゃんと相手を見てくれてるノアちゃん先生が自分でいきなりあんな……」

 もう一人が拳を握り締め、血の涙でも流しそうに目をくわっと見開いて叫ぶ

 

 ……ノア姫ぇっ!?

 漸くさっきの違和感を理解した。ノア姫の喫茶NOAに投票が出来るようになってたあのボードだが、実は制作者のアイリスによれば細長いボードを横に連結させているものらしい。だから、昨日はずっとおれ達に手を貸してくれてたアイリスにボードを改修する時間はない以上、一個元々あった投票先が消えてるって事になる

 そして、投票のポイントで勝負と言ってたこのふれあい広場が消されてた、という訳だ

 

 「えっと、『元々人に慣れてて襲ったり問題を起こさない賢い動物さん達を借りて集めただけで、学園祭の出し物として生徒達が目標のためにまともに動いていないから失格』って、確かにノアさんちょっとばっさり切り捨て過ぎですけど……」

 アナのフォローの言葉で状況は大体分かった。喫茶NOAのをやって貰うに当たって、学園側……というかシルヴェール兄さんもおれの啖呵とか知ってるし出し物が受けは狙えるが他人任せ過ぎたので投票対象としてのふれあい広場を潰す話が通ってしまった、と

 『勝負の土俵に立ちもしない相手と戦ってあげる義理なんて必要無いわよ』と諭すノア姫の声が聞こえてきそうだ。あのエルフの媛ならやる

 

 ……寧ろ、別のものが入るからという名分が出来るから喫茶を引き受けた?のは考えすぎか

 

 はぁ、と溜め息を吐く。おれが仕掛けた訳では無いが……ノア姫の言いたいことは分かるし、彼等が怒りを顕にするのも仕方ないだろう

 

 「アレット」

 なので、彼らの中では一番話を通しやすいくらいに知り合いの少女を呼ぶ

 「……聖女様を長らく引き止めては、皇族と同じ」

 苦々しげな言葉に、肩を竦める

 「アレット!」

 「でも!エックハルト様達の頑張りを卑怯な手で潰したし、文句は……文句はっ!」

 「アウィル、行こうか」

 あまり長居しても、良いことはない。おれが顔を見せてるだけで文句の一つや二つ言いたくなるのだろう。ならば、とっとと去るが吉

 

 「……アナ、行こう。彼等には、言葉よりきっと己の中で割り切る時間の方が必要だから」

 「……あ、はい

 でも、本当に大丈夫でしょうか?」

 「大丈夫。言いたいことも言えずに周囲に当たるなんて、おれもよくやってたまだまだ割り切れてない証拠だから」



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陸の舟、或いは思い出

「アナ?」

 アウィルを連れて彼等の元を去ってすぐ。礼服の袖をきゅっと掴む白い手に気が付く

 

 「えへへ、逃がしませんよ皇子さま?」

 振り返れば、ほんの少しいたずらっぽく笑みを浮かべる聖女様の顔を見下ろす形になった。今日は珍しく何時もの神官服ではなく制服なので胸元はしっかりとリボンタイに護られて全く見えないが……

 

 「そういえばアナ、何時もと服が違うんだな」

 「もう、気付いてくれないんですかって少し不安だったんですよ?」

 「いや、すまない。それで、何か意味があるのか?」

 「あ、これはですね、わたし達今日の最後の方にアイドルしますから。リリーナちゃんと示し合わせて、その時のフリルのある衣装の可愛さを際立てたいから、制服を着ておこうって話になったんです」

 と、少女はくるっとターンして珍しいファッションをおれに晒す。何時もの服だとふわりと広がるスカートは、今日は動きに合わせて流れるように動いた。学生なら誰でも着て何処へでも出て許されるように採用された騎士団のプリーツスカートが原型だからな

 

 「ちょっとアナにしてはお堅いイメージになってるな、確かに」

 「そうなんです。リリーナちゃん、アイドルに本気だから。こういうところ、わたしじゃ思いつかなかったなぁ……って」

 と、少女ははっと気が付いたように慌てておれの手を掴み直した。緊張からか、ひんやりした手触りが手を包み込む

 

 「そ、そうじゃなくて。逃げないで下さいね?」

 「逃げないよ」

 「アルヴィナちゃんが居てくれたから安心は出来ましたし、皇子さまにもやるべきことがあったのは分かりますけど……」

 その言葉に、おれは周囲を探る。が、居るのはアウィルと、影の中のシロノワールと……ちらちら壁越しに部屋の中から観察してる朧気な気配はアステールか。妙に霞んでいるし、これアステールでも竜胆のアガートラームの柩内に残ることを選んだ魂の欠片の方だ。ってことは、おれの気配察知にすら引っ掛からないが竜胆も来てるな?

 

 が、可笑しい。話題に挙がった魔神娘が居ない 

 「アルヴィナは?」

 「えっと、わたしに比べて歌が苦手だから最後に一人で発声して備えるって、先に」

 「そうか」

 「その分わたしに時間をあげるけど、後夜祭は譲ってって言ってました。皇子さま、ちゃんと後で構ってあげて下さいね?」

 待て、構ってで良いのか言い方

 

 「……えへへ、実は皇子さまと行きたくて、回ってないところがあるんですよ」

 なんて言われて、手を引かれるままに少し歩く。辿り着いたのは、先程も無視したが見えた大きなアトラクションであった。様々な事に使えるよう広く取られた校庭のど真ん中に聳える巨大な鳥居……のような支柱。そこから2本の鎖で両端が繋がって吊るされているのは、どこか菱形を思わせる大きいような小さいような言葉に困る大きさの舟であった

 

 何か見たことあるな。回る舟型のアトラクション……そう、系列グループの新アトラクションを作るためにいくつか無くすとしたらどれか子供なりの意見を聞きたいですと始水に連れて行かれた遊園地で乗った事がある遊具だ。遊園地なんて、万四路が色々乗れるようになったらって約束は果たされなかったからあの一回しか行ってないし良く覚えてる

 まあ、魔法でぐるぐる回すから、しっかりとした柱で繋がっていて円を描くように一周できるだけの日本のアレと違ってもっと自由に動けるように鎖で繋がってるだけだが……。しかも両方の舳先に繋がる鎖のもう片方は一点に集中してるから回転させられるんだよな……

 

 ……これ、何と言ったっけ

 『バイキング、ですよ兄さん』

 なんて、疑問を投げれば幼馴染神様の答えが返ってくる

 

 「えへへ、知ってますか皇子さま?」

 「バイキング、って遊具だっけ。先輩達がアイリスに強度確かめて貰ってやってる」

 「……龍姫の方舟ですよ?」

 こてん、と首を傾げられて頬を掻いて誤魔化すおれ

 

 始水ぃぃっ!?

 『……兄さんが昔を思い出していたので、ニホンでの呼び方を答えました。けれど、これで二度と忘れはしないでしょう?』

 くすりと笑う神様の言葉に諦める。からかう始水に勝とうというのが、まず間違いなのだ。少なくとも本当に困った事にはしないのだから引っ掛かってからかわれる方が余程良い

 

 「……何処かで混じったな」

 「ばいきんぐ?も素敵なお名前ではあると思いますけど、船の形なら水を司る龍姫様のお名前を付けたほうが喜ばれますし……」

 なんて会話をしながら、今回の乗る客に合わせてか鳥居っぼい柱の上に通された柱を軸にぐるぐるとまるで鉄棒選手のように回転する舟を眺める。12人乗れるな、鉄製……じゃないな、あれ鋼亀の甲羅か。水に浮かべるには重いからそこそこ安いが頑丈で撥水性の強い魔物素材で出来た船だ。甲板に当たる場所には二列に椅子が備え付けられており、皮のベルトで体をしっかりと固定できる。そうそう落ちる事故は起きないくらいにしっかりした造りだ。この企画のために結構頑張って舟作ったんだろうな。こういう努力を見ると、本当にアレットと組んだ奴等何なんだろうな?と思ってしまう。いや、批判し過ぎても駄目というか、彼等なりに考えて努力するより元から集客力ある奴をまんま出す結論なのかもしれないが……

 

 なんて思っていたら、道を譲られてしまう。並んでるから先で良いと言いたくなるが堪え、アナが有り難う御座いますとお辞儀するのを見て相槌のように軽くだけ頭を下げて通る。下げすぎるとそれはそれで突っ突かれるからな、皇族は面倒だ

 聖女を並ばせたくないってのは分かるしな、と料金を見れば、基本はチケット一枚でグループ乗れるらしい。まあそんなものだろうなという価格設定

 が、目を引くのはそこではない。何だか、コースが色々と書かれているのだ

 

 「アナ、このコースって内容は分かるか?」

 「えっと、さっきみたいに回るだけじゃなくて、色々とあるようですけど……」

 言って、少女は己の胸元に目線を落とした

 

 「皇子さまなら、出来ます?」

 「君自身は平気か?」

 「えっと、見てみたいから頑張ります」

 なんて言われては、無視はできない。難関コース、アタランテ級?とやらに挑むことにする

 

 そう告げれば、渡されるのは小型のボウガンとその為の矢。何でもこれで龍姫の方舟がぐるぐる回る中でポイントターゲットを撃ち抜けってアトラクションらしい。ターゲットは魔法で浮かべるようだが、これ危なくないか?素人だと外して地面……というか並んでる人撃つぞ?

 

 なんて思いつつ、舟に乗らせてもらい、ベルトを締める。横目で横の席に座るアナを見るが、どちらのベルトや椅子も外れる心配は無い

 

 「ちょ、ちょっぴり揺れるのは怖いですけど、楽しみですね?」

 「アナ、多分ボウガンおれに預けてたほうが良いよ」



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方舟、或いはあの日のユメ

「それでは!」

 と、生徒が笛を鳴らせば、ゆっくりと魔法を掛けられた舟が空へと漕ぎ出す。複数人で舟を浮かす魔法を使い、空を飛ばしてくれるのだ

 

 今回の客は……残念ながらおれとアナのみ。一緒に乗りたがるかと思いきや、どうぞどうぞと譲られた。本来もっと席が埋まった状態で皆がボウガンで的を射るらしいし、ここ2日での最高得点は9人乗ってての奴らしいんだが……

 

 「っと、アナ」

 揺れる舟。飛行機が落ちる嫌な揺れを思い出してしまいそうで、それを振り払うように手にしたボウガンに力を込める。集中しろ、おれ。揺れなど知らぬ存ぜぬ感じない!やるべきことは撃ち抜くことだ、忘れろ識るな無いと思えば無いに決まって

 視界の端に打ち上がる的を確認。おれの左側の席のアナから更に向こうだ。舳先が持ち上がっていく今撃てば地面に向けて矢を放つことになるので一拍置いて、ごめんなと頭一つは低い聖女様の頭を左手で抑え、その上に右手を置いて舟より高くへと上がる瞬間をボウガン狙撃

 「と、残念だ!」

 そのまま背後に魔法の気配を感じ、膝元に置いてあるアナから預かったもう一丁のボウガンでノーロック。勘だけで誰も乗ってないから気にせず後頭部の先に出現した的を抜き、膝を軽く跳ね上げることで膝上に同じく置いておいた2本の次の矢を浮かせ、一瞬片手をボウガンから離して装填、右手のそれを膝上に置いて左手側も装填し、右手に持ち替えつつアナの席との間に設置された矢筒から次の2本を取り出してボウガン下に滑り込ませて……って次もう出てるか!

 

 「皇子さま、すご……っ!?」

 がくん、と揺れる舟。魔法での持ち上げが終わったのだ。となれば……

 「っ!待てないか!」

 揺れを認識した瞬間に思考を再度切り替えて両手にボウガンを持ち、同時発射。その一拍後、90度まで持ち上げられた舟は魔法による支えを消されて一気に振り子の原理で後方へとぶっ飛ぶ!

 

 「きゃっ!?」

 背もたれから体が引き離される感覚、後ろ向きにぶっ飛ぶジェットコースター気分

 「きゃぁぁぁっ!?」

 そして、射撃を終えた後のおれの腕をぎゅっと掴まれる柔らかな感触。舌でも噛むかと思った思考がクリアになる

 

 「ま、ま待てアナ」

 「た、助けてください皇子さまっ」

 「助けても何も別に危険はないって!」

 腕を振り解くわけにもいかず、ふわりと柔らかな包む感触に左手のボウガンを取り落とす

 

 「ひゃっ!」

 今度は遠心力が掛かる。ぐるぐると砲丸投げのように舟が回され始め……

 「お、皇子さま!離さないで……」

 「いや、しがみついてるのアナの方だからな!

 怖いならもうずっと縋ってて良いけれど!」

 っ!片手じゃ手数が足りない!こういう揺れ自体はアウィルやアミュでも何度も味わったから慣れっこだ。愛刀なら遠距離攻撃も楽だが普通の鉄刀じゃ斬撃飛ばすにしても射程や連射力に欠けるので、馬上で弓を射る訓練ならやってきている

 が、それは両手ある前提の話。片手でボウガン装填から発射までやりきる事は考えていない!

 

 「や、やっと終わりました……」

 そして、アナに腕を抱き込まれながら片手で的を撃ち続ける事体感数分、最後の的は地面に向けて撃つことになるのであえてスルーしたところで舟は漸く地面と平行に停止した

 ふぅ、と息を吐いたおれはボウガンを降ろし、床に落ちたもう一丁を見る

 うん、アナの膝に屈み込まなきゃ取れない位置だ、迂闊に取ろうとは出来ないな。とまずは自分が使ってたのをスタッフ生徒に渡す

 

 「こ、怖かったです……」

 震える少女は、未だにおれの二の腕を胸元に抱き込んだまま離さない

 「……こういうの、苦手だったかアナ?」

 「意識してなかったけど、そうだったみたいで……」

 漸く腕を離してくれたのでおれは立ち上がり、ほいと(へり)を乗り越えるが銀髪の聖女様は立ち上がらない。大分参っているみたいだ

 

 「……はい、少し待ってくれ」

 仕方ないのでひょいと縁を再度超えて舟の中へ。固定用のベルトを外したが腰が抜けた少女の脚の下に手を通し、ついでにもう一丁のボウガンを拾うと腰にも手を当ててひょいと軽いその体を持ち上げる。そのまま今回は手を使って降りられないしと甲板を蹴って跳躍。縁を飛び越えて地面へと降り立った

 

 ……いや、後部に乗り込む為の出入り口と踏み台あるしそこまで歩けば別に縁超える必要無かったなと気が付いたのは、その直後の事であった

 

 「情け無い……」

 「あ、有り難う御座います……」

 溜息を吐くおれの横で、頬を微かに紅潮させた少女が腰に通していたおれの左腕を支えに地面に立つ。うん、子鹿みたいに脚が震えてるままだ、暫く貸そう

 

 が、それで良いんだろうかと周囲を見回す。こんな忌み子が……

 

 「流石というか、何で聖女様に片手貸したままボウガン撃ててるのか聴きたいというか……」

 と、おれの頭に紙吹雪が降り掛かる

 「……何だこの紙吹雪?」

 「3位御目出度う御座います!実質一人でこれはもう実質最強でしょう」

 パァン!と弾けるクラッカー(ちなみに魔力で弾けるタイプ)、少しズレて響く拍手の音

 

 「待て、ロダ兄なら多分一人で全部撃ち抜けるぞ」

 おれは8割ちょっとしか射抜けなかったから普通に負ける

 「いや分身とか流石に4人扱いで

 というか、本当に一人ならもっと撃ててた人に言われても」

 その言葉にそうだろうか?と微笑む

 

 ……何だろう、酷く和やかな雰囲気だが……

 「不思議そうな顔ですね皇子さま?」

 「まあ、な。おれは忌み子で」

 「確かに、七大天様から見捨てられた邪悪だって言う人も居ます。それを全部駄目だって、わたしは言えません

 でも」

 おれの腕を支えに、銀の髪を揺らして少女はおれを潤む瞳で見上げる。まるで湖面のように、濡れた瞳は澄んでいて、見詰めれば何かが沈められてしまう気がして

 「そうじゃない人だって、居たら駄目なんて事はないです。皇子さまがずっと駆けてきた道を、その背中を、守られながら見てきた人達だって居ますから」

 思わず目を逸らせば、訴えるような言葉に頷かれる。同い年の子供達にそれをされると、酷く自分が幼く癇癪持ちの子供に思えて

 

 何も言えずに、歩みを進めてしまう。まるで、逃げるように

 

 「……えへへ、まだ時間ありますよ、皇子さま?」

 が、握られた腕は離されない。つんのめってしまわないように抑えた歩みは遅々として、逃げ出す事すら出来ていない

 「……あんなおれと乗って、楽しかったのか?」

 まあ、一人で乗っていたら最後まで乗り物の揺れに耐えきれたかは微妙だし、助かりはしたが

 「安全だと解ってても怖い、それを楽しんでやれなかった訳だが」

 「えっと、わたしは楽しかったですよ?」

 こてんと小首を傾げて答える少女の眼は輝いていて

 「皇子さまは怖がらずずっとボウガン撃ってましたけど、だからこそこの人はわたしを護ってくれてるって思えて。横に皇子さまが……安心させてくれる人が居たから、心置きなく怖さを楽しめたんですよ?」

 「なら、良かったよ」

 「はい!皇子さまは、何だか少し嫌そうでしたけど……」

 一瞬目を伏せた少女は、けれど切り替えたようにすぐに表情明るく、おれの手を引く。もう、足取りはしっかりしていて

 

 「そんな皇子さまと見たくて、のんびり出来る展示も取ってあるんです、行きませんか?」

 「回るって約束だろ、アナ?」



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絵画、或いは望まぬ再会たち

そうして、アナに手を引かれてやって来たのは幾つもの教室が並ぶ中の一つであった。二つ隣は部屋を複数使ってのメイド喫茶で、向こうの方はお化け屋敷。喧騒に囲まれた割に閑静なそこは扉を開いており、けれども正直言って寂れている。いや、学園祭なんだし寂れてるとかどうでもいいっちゃ良いんだが、もう少し折角多分頑張った展示なら人が来てて欲しいものだ

 

 って、おれが言っても仕方ないな、と部屋に入る。此処は普通の展示らしく、チケットは不要だ。まあ、他の展示でも超簡素とはいえ魔導具作ろう会とかでなければ基本的に金要らないものな

 いや、金取ってたボードゲーム研究会の展示あった気がするが、あそこはもう半ば排他的というか父さんの時代から当日もほぼ内輪でボードゲームやってるだけの場所らしいし無視。実際例年ほぼポイント入ってないレベルに寂れてた筈だが、気にしてるという話は聞いたことがない。あれでも60年の歴史あるグループなんだが……

 

 そんなおれは、言葉を喪った

 眼の前に拡がるのは広大な雲海。2つの太陽が左右に煌めき、何処までも広いそれは……

 「……あれ?」

 が、思い出す。これは天空山に関する有名な絵だ。途中で筆を落とした画家が不貞寝してたら天狼が拾ってきてくれてたってあの逸話の人が描いたものだ

 勿論プロの作品であり、ぶっちゃけると今は王城の広間の一つに飾られている。見たければ騎士団に言って拝観料を払えば翌日以降に見せてもらえるシステムだ

 

 というか、良く見れば本物じゃないなこれ。しっかり良く描けてこそいるが、本物はもっと雲の描き方に特徴がある

 「ふふっ、どうですか皇子さま?」

 「これ模写か?」

 「……あ、皇子さまのお城にあるんですもんね、分かっちゃいましたか」

 みるみる萎れるサイドテール。笑顔は浮かべていても、何が嬉しいのか微かに身体が動いていたからそれに合わせて楽しげに揺れていた髪の動きが止まる

 

 「わたしは凄いなって思って、皇子さまにも見せたかったんですけど……」

 「いや、懐かしい光景だから嬉しいよ。城にあっても、何時も見てる訳じゃないし」

 なにより、とおれは少女を慰めるように笑顔を貼り付けて続けた

 「この光景、ずっと見てないから。君とも一応見たのに」

 

 天空山には訪れても、登ることはほぼ無い。母狼の祈りはこの手にあって。己に魂であり力の根幹とも言える角を託してくれた彼等の為にも、今はまだ、彼処に登りたくはない。あの場所にまた立ち入るには、おれは託された役目を果たしていないから。何より千剣の座にまで行ってもおれに哮雷の剣とか抜けるはずもないしな、七天の座を侵す意味もないだろう

 

 「また、見れたら……っていうには、わたしにはあの場所辛すぎましたけどね!?」

 けほけほとわざとらしく咳き込む銀髪の少女にそうだっけとおれは目を閉じて

 ……うん、空気は薄いし雷の魔力で常に静電気纏ってて肌がピリピリするし、宇宙だろ此処って言いたくなる割に魔力で重力強い場所多いしで修行向けだがまともに暮らすには辛い場所だったな、と理解しておれは頷いた

 いや、良い場所なんだぞ?おれみたいに一般人じゃなくかつ天狼相手に無礼を働かなければ、だが

 「……そうだっけ?」

 「もう、忘れないで下さい皇子さま」

 ぽかっとおれの腕を叩く拳は握られてすらいなくて、笑い合いながら横を見れば……

 

 あ、微妙そうな顔

 

 其処には、助けを求めるように伸ばした手を引っ込める黒髪に桜の一房の少年と……その彼を見て憮然とした顔の脱色金髪少女が居た

 そう、早坂桜理と竜胆佑胡である。いや何で二人して居るんだ!?前世では苛められっ子と虐めてた側だし、別に特別和解するような時間は無かったろうが……

 

 「オーウェン?」

 「あ、もし次に行くならぼ、僕も連れてって貰えたりするかな?」

 慌てたように、何か話に絡めればそれで良いとでも言いたげに、ちょっと急な切り口で少年が言葉を紡ぐ。ってか(ども)ってるぞ桜理?

 

 「いや、機会があればな?」

 良い機会かもしれない、魔力制御的に。転生特典か知らないが、本人の資質も重力方面なんだよな桜理。その鍛錬には使えそうだ

 

 「で、あーしは無視?」

 と、そんな中に割って入ってくるのは金髪少女。胸元が……空いてないな、イメージと違う

 いや、とおれは内心で頭を振る。表には出さない

 何というか、前世の竜胆佑胡って自分の周囲に人が居てくれるには自分が凄くないとって思ってたっぽいからな。胸元開けてたのも、本人のやりたい事というより谷間が見えてたら男子がちやほやしてくれる、認めてくれるって心境だったんだろうな

 なら、そうじゃないだろという今はもうわざわざ胸元晒さないか

 

 「無視してないさ、リンドー。単にオーウェンの方を優先したほうが良い、それだけだよ」

 言い方を何処となくカタコトっぽく、おれは肩を竦めた

 

 「……それで、リンドーはどうしてオーウェンと?」

 桜理との間に入るおれ。割と当たり前だが、どうやら親しく話してた……訳ではないようだ。多分だが、鉢合わせして気不味いなーって時におれが来たから助けを求められたって所だな

 

 「あーしが居ちゃ悪い?そっちが招待したの、覚えてないのバーカ」

 からかうように告げる少女の腕に、けれども黒鉄の時計はない。隠してるだけか?と思ったが、良く見れば何時もはしてるだろう場所に時計型の凍傷が見て取れる。金属ベルトの形にくっきりと、だ

 ってことは、本気で無理に外してるなこれ。敵意無いアピールに必死だ

 

 「アナ」

 「どうしました皇子さま?」

 「暖かいタオルでも用意してくれ」

 はい!と破顔した少女は、しかしおれの視線の先を見て意図に気が付いたのか少し表情を曇らせる

 「皇子さま、自業自得っていうのもありますけど」

 「その通りの自業自得。でも、おれ自身はわざわざ報いを受けて来た事に、敬意を払いたいんだ」

 「……赦すんだ」

 

 ぽけっと言われて、隻眼でその顔を見据える

 「おれ以外も赦すと思い上がってんのか、竜胆」

 「ひゅっ」

 ……いや、睨んでどうする、おれ。おれは許す、そう決めたろう

 

 「……わたしは、今も嫌ですけど。皇子さまを信じますから」

 「僕も、同じく」

 と、アナが出した水を桜理が渡している間に、軽く湯気を立てるタオルを銀の少女が腕に巻く。大人しく、金髪のかつての敵はそれを受け入れていた

 

 ……凍ら、ないな

 転生者の力は正直おれにも良く分からない。アルビオンパーツで制御してる精霊結晶は気を抜いておれ自身一部凍ったって事故なら多発している。何なら今も脇腹凍りかけてる。その為、実はアナが触れたら暴走するかと危惧していたが、構える必要は無かったようだ

 

 「と、あまり無駄話だけしてても困るな」

 と、切り替えるように言って、おれは絵画を眺めた

 「アナはこれを見せたかったのか?あの絵の模写を展示してるって」



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異伝 早坂桜理と、前世の因縁

「……にしても、どうして来たのさ」

 獅童君……皇子が銀の聖女様と共にメインになる大絵画以外のものを折角だしとちゃんと見てる時、残された僕は、意を決して所在なさげな金髪の少女に話しかけていた

 

 昔からそうだけど、背丈はほぼ変わらない。女の子になっちゃった今の僕は兎も角、ちゃんと男だった頃すら、同じく僅かに見上げてしまう身長差

 

 怖い。でも、と僕は己の前髪に何時からか混じるようになったサクラ色の髪一房を左手の小指にくるっと巻く

 同じ……僕の他の髪は真っ黒だけどそれとは違う白桃色だから結構違うけど何だか似た髪色をした人が、俺様と同じなのを誇れって背を叩いてくれた特別な色

 だから、前世の姿そのまんまな彼女……僕を虐めてきていた竜胆佑胡だって、目線を逸らさない

 

 「……あーしは、呼ばれたけど時間潰すために暇そうな場所行っただけだっての」

 こんなところ来たのそっちじゃん?と、金髪の少女はドレス……より制服に近い服の袖をぱたぱたと振った

 「……好きなの?」

 「あーしは漫画とか読むけど?だからこんな一枚絵よりそっちが良い。皆同じでしょ?来ない来ないって」

 その言葉には少しだけ同意したくて。けど聞こえてるからと憤る気持ちもある

 

 「……にしても、半端。キモくないわけ?」

 「君に言われるのは嫌かな」

 僕自身、ちょっと自分でもどうかなとは思ってる。サクラ・オーリリアとしての自分と早坂桜理としての自分。女の子である覚悟も、男の子として生き抜く決意も、今は足りてない

 獅童君が、僕を女の子にしてくれてたら。或いは、今の彼女のようにキモいと完全に拒絶してくれていたら。何か違ったのかな

 

 「黙んないでよ、あーしが悪いみたいじゃんか」

 「君が悪いよ、色々と」

 「昔さ、なんにも口ごたえしなかったのに」

 意外そうに目を見開く金髪。女みたいなオタクって僕を弄ってきた時ほどには怖くない。僕が変わった……というより、取り巻きが居ないからかな?

 でも、今のほうが自然。取り巻きから裏切られないようにか、他人に望まれるよう暴力的だった雰囲気が今は柔らかいから…

 って、無理。変わってても無理!

 

 ぶんぶんと頭を振る僕。やっぱり、マジマジと対峙すると、どうしても脳裏に浮かぶのはあの日々の言葉ばっかり。女々しいかもしれないけど、この相手と和やかに話なんてしたくない

 「……昔だって、言いたかった」

 だから、絞り出せたのはそれだけ

 

 「なら言ったら良かったじゃん、ばーか」

 「言えないよ!」

 「……それがばーか、分かれ?

 獅童の馬鹿は勝手に死んだけど、それまであーしに噛み付いてきてた。お嬢様に見捨てられて一人で死んで、間抜けで馬鹿で意味不明で、でも言い訳なんて無かった」

 こつんと気楽に右手の中指と人差し指に額を小突かれながら言われて、言葉に詰まる。息にも詰まってしまう

 

 確かにそうだから。庇おうとして苛めの矛先を集中させていた青年が根深いトラウマから錯乱して事故死して。それで怖くて何も言わなくて良いって逃げてたのは昔の僕だから

 守ってくれる皇子が、獅童君が居るから今は言えるだけって言われたら、何も変わってない気がしてしまう

 

 「……言い返しなよ、バーカ」

 ……その声は、何処か寂しげで。獅童三千矢が死んだって言われたあの日以降、僕への苛めを復活させた後の……何だかつまらなさそうな竜胆佑胡のものと同じ

 「……じゃあ言うけど、今世では男になれたのに、変わってなさすぎない?未練でもあったの?」

 言ってて、自分で嫌になる。未練があるから、女の子として産まれた今世を肯定しきれないから似たことやってるのにね、僕

 「……ってか、普通に受け入れる、フツー?」

 あ、変な返しされた

 

 でも、と僕は考える。確かにそうなんだよね。当たり前のように受け入れてるみたいになってるけど、眼前の少女はユーゴ・シュヴァリエって名前で公爵家の跡取り息子をしてたのに

 ……いや、思い出すのに時間かかったよ今?

 「何ていうか、僕等との関わり殆ど無いから、今世の姿に馴染みもないし、違和感とか無いかなって」

 例えばなんだけど、今から実は皇子の前世が獅童君じゃなくてゼノガチ勢の女の子でしたっていって前世姿になられたら、受け入れ難いと思う。でも、そこまで今の世界で生きてきた状態を知らないからどうでもいいっていうか

 

 「ぷっ、笑える」

 と、少しだけくすりと笑った少女は、貰ったタオルで口を拭うと真剣な顔つきになった

 「……何で、受け入れられてんのさあーし

 ってか、何で獅童には正体バレてた訳?ユーゴとしてのあーし、ちゃんと出来てたと思うけど?」

 いや、僕に言われても

 

 なんて思いつつ、考えてるフリ。答えを出そうとしてる感あったら、話しかけてこなさそうだし

 

 ……あ

 

 思い付いてしまった。いや、僕ってユーゴ時代知らないけどね?獅童君は言われなきゃ原作通り獅童君っぽい性格だなーとしかならないけど、ユーゴって教王で大貴族でって人だとしたら明らかおかしい点なら、すぐに出てきちゃったから

 無意識的に、獅童君もそれを感じてたのかな?だから、違和感からユーゴとは竜胆佑胡の性別逆転した転生者だと分かった。僕っていう、前世と逆の性別になる可能性を知ったから、その可能性を考慮に入れて……答えに辿り着けるようになった?

 

 「は、何?分かるわけ?オタクのアンタに?」

 言われて苦笑する僕。でも、僕は向き直る

 「オタクじゃないから分かるんだ

 いや、オタクでもきっと分かるよ」

 「勿体ぶんなし」

 「……一つ聞くよ。獅童君と対峙して、一番厄介だと思った味方って誰?」

 此処で、僕なんて答えは返ってこない。それは少しだけ残念で、でも、仕方ない

 

 「何落ち込みながら言ってんのバーカ

 そんなの……」

 あ、言い澱んだ。僕なら一択なんだけど……あれ?良く考えたら僕も一択じゃないや

 「一回処刑した時に誤魔化したアルデ」

 「……竜胆。アルデを殺したのはおれだが、殺させたのはお前だ」

 と、別の絵を見に行く最中に眼の前を通った火傷痕の青年が冷たく一言

 こういう時、釘を刺し続けるよね獅童君……。自分自身にも、刺すように

 

 「ったく、あーしだって分かってるって

 アルデじゃないなら、やっぱり竪神?いやでも聖女のチート無しに逆転も有り得なかったし、何でかロダキーニャ居るの訳解んないし、魔神王とか共闘してくるの理不尽極まるし、エルフも味方しに来るのゲームじゃ有り得ないチートで」

 もう良いよと、僕は遮る

 

 「うん、僕もさ、エッケハルトさんとかずるいなーって思うよ

 でもさ、そうやって挙がる候補……気が付かない?」

 「何が?」

 「女の子の名前より、同性……男の子の方が、すらすらと挙がるって」

 それが何だよって睨まれて、びくっと肩が跳ねた

 

 「け、けど!分からない?

 実はさ、獅童君みたいに同性の人との方が、気安く友達になりやすいんだ

 だから、心が男の子なら……ユーゴ派って僕が見た限り女の子しか居なかったけど、その状況って変なんだ」

 「同列の仲間なんて要らないってだけかもしんないじゃん」

 「……ううん、それは無いよ。獅童君が立てた作戦はアガートラームを使わせる所から始まってた。確かにほぼ何でも圧倒出来る力はあったけど、取り返しがつかない程に魂を燃やさせる可能性から出来る限り使いたがらない。その状態で……自分が最強だからって一人で良いとは言わないよね?

 あの感じが、違和感あったんじゃないかな?特に貴族って、繋がりが重要なのに」

 ぶすっとした顔で、黙る金髪のいじめっ娘

 

 僕は意を決して、言葉を紡ぐ

 「オタク趣味に触れたなら分かるでしょ?性欲っていうか可愛い女の子をたくさん見たいって気持ちは男ならきっと簡単に持てる。でもね、子供の頃に見て憧れるのは……心の奥底にきっとずっと残る姿はね、同性のヒーローの姿なんだから」

 今の獅童君がやっている、魔神剣帝みたいな、ね。と僕は拳に勇気を握って締めた

 

 「ウケるんだけど」

 その言葉は否定のようで、けれども手が出てくることはなく少女は胸元にまで上げた己の手を見下ろしていた。それはきっと、自問で

 

 「ゼノ君ゼノ君!大変大変!」

 その時、扉が開いて胸とツーサイドアップを弾ませて飛び込んできたのは、桃色の聖女様であった



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入れ替え、或いは寝耳に水

「……リリーナ嬢?」

 息を切らせて飛び込んできた少女を見て、桜理と竜胆が微妙な距離感で喋っているのをいざとなれば止めに入ると横目で確認しながらアナと共に絵を眺めていたおれは怪訝そうに眉を潜めた

 

 時計を……と見上げようとしたら横でアナが教会謹製の懐中時計を取り出していたのでそれを確認。結構時間は経っていたが、何を焦るのだろう

 あまり時間を取らないものをもう一つくらい回ってから行けば、アナ達の出し物……天津甕星の衣装と最後の発生合わせには十分間に合うだろう。いや、聖女様に握手して欲しい!って入口でリリーナ嬢がやってたような握手会を求められたら厳しくなるが、明確に用事があるからな。それこそおれが抱えて壁蹴りしつつ空の道を行けば良い訳だ

 

 「有り難う、けれどまだ時間はあるんじゃないかリリーナ嬢?

 アナを呼ぶのは」

 「ち、違うよゼノ君!呼びに来たのはゼノ君の方!」

 びしっ!と指差されて、おれはは?と首を傾げた

 

 「おれ?何か事件でも」

 「事件じゃないよゼノ君!でも、でもっ!

 私もそろそろかんっぺきに衣装を合わせようと思って行ったところで知ったんだけど……」

 ……要点が掴めない

 

 「みんなが聖女様のLIVEこそ一番の目玉!って騒いで署名集めてさ

 今日、順番変わっちゃってたんだよ!」

 ぶんぶんと手を上下に振ってアピールする桃色聖女。が、言ってることが……

 

 いや待て?

 

 と、遠巻きに見てるこの展示の人を見れば、不思議そうに見返してきた

 「すまないが君、聖女様の歌唱には行くか?」

 「はい、席取れたんです!」

 ぱあっと明るく頷くおれと同い年の少年。そのポケットから取り出される整理券

 そう、流石に聖女二人(とおまけのアルヴィナ)が歌うとなれば大混雑と幾多のトラブルが予想される。だからあの出し物に限り、椅子置いて席指定をする事にしてあるのだ

 ちなみに劇は特に子供たちが見やすいようにカーペット敷いて完全自由席。ちゃんとした劇場での観劇って高いしな、気楽に見やすく調整してやりたいが、聖女ライブでそれをやればドミノ倒し必死だろう

 

 で、当日席指定の整理券を配った訳だが……可笑しなものが付いてるな?

 「席番号の後ろのその紙は?」

 「?」

 首を傾げつつ見せてくれる少年が翳すそれを見るおれ。何でも、時間が例年大トリである卒業生ゲストの出し物と入れ替わる旨が……

 

 ……待て!?

 

 「アナ、知ってたか?」

 「えっと、今日の朝早くに放送聞いた……気がするんですけど、あの時わたしちょっと龍姫様に祈りを捧げててちゃんと聞いてなかったです」

 言われて理解する。多分放送されてたけど、ギリッギリまで脱出ゲーム故にあまり外部と音が響き合わないよう桜理に頼んで防音魔法掛けてたあの教室閉め切って出し物を改造する作業に勤しんでたから放送の存在すら気が付かなかった訳だなおれ?

 アルヴィナ等も手伝ってくれてたから知らず、ノア姫……は多分流石に知ってるでしょと特に言葉にしなかった……わけじゃないな。多分妹と狩りに行って仕込みにと忙しくしてたから知らないと

 

 「っ、と」

 リリーナ嬢がバァン!と横開きに開いたままの扉を、その先を見据える

 「ご、ごめん僕がちゃんと」

 「いやいや、オーウェン君のせいって部分あるこれ!?」

 「そうだなオーウェン。君はやるべき事をやってた。それを悪用して変なことを仕掛けた奴が居るだけだ」

 って、多分これも反おれ派閥がかけた迷惑の一種なんだろうなと頭が痛くなる

 

 ひょっとしてだが、安易に敵を作り過ぎだろうか、おれ?今回は洒落にならないというか、おれ以外に被害範囲が大きい

 

 「……と、逃げるなよ竜胆?」

 おれの混乱に乗じてかこそこそとした態度で視界から外れようとした馬鹿を首根っこ掴んで確保

 「の、伸びるけど?女の子Ⅱこんなん責任ものだばーか!」

 「責任なら取るが、お前も責任は果たせ逃げるな」

 ……分かってる。許されたいから、甘くなってることは。

 かつて何とも出来なかった相手を、今更変えた良い気になってるだけだって、自分で知ってる

 が、だからどうした?それでもやると決めたのだから

 

 「……せめて、見ていけ。お前は見るべきだ」

 言いつつ、おれは金髪少女の胸元のポケットにずっと持ってた券を捩じ込んだ

 

 「……何これ」

 「チケットだ。呼んだおれ向けに伝統として渡されてはいるが、今回おれは出演する側になってしまったから余るんだよ」



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楽屋、或いは劇団

「申し訳ない!」

 少し不満げに衣装合わせなきゃいけないから直接見れませんって言うアナを横の部屋に押し込んで、楽屋として使える大講堂脇の小部屋に飛び込みつつ、おれは頭を下げる

 

 「……皇子殿下」

 「おれ自身初耳で遅れた、迷惑沙汰で申し訳ない」

 あまり謝るなというのが皇族の常だが、これはもう単純明快におれ側に非がある。ってか、まさか聖女様が大トリの方が気分的に良い……というのはおれ自身薄々感じてたが、それで例年大トリは外部ゲストって伝統すら変えるだけのムーヴメントになるとは

 もっと周囲の考えにも目を向けないとな?お陰で迷惑かけた訳だし

 

 「いえ、此方としても今年の学園を見て回りたかった。早めに来ていたので問題はありませんよ」

 そう微笑むシルクハットを被った劇団の長。くすりと笑えば、口元の伸ばした髭が吐息に揺れる

 周囲の20〜30代の団員達もその言葉に頷いてはくれるが……多分おれへの配慮入ってるよなこれ

 「……どうでしたか、今年は

 といっても、今年はもう皆が浮き足立っていて、正確な氷華など出来なさそうですが」

 が、先達がそれを許してくれるのであれば乗ろう。おれは微笑んで、彼等の言葉に合わせて話題を繋ぐ

 

 「やはり、聖女様方ありき、というのはお見受けしました」

 「お恥ずかしい。ゲストとして来て頂いておいて、前座のように扱う無礼な姿を晒してしまう事となってしまい申し訳なさの極みです」

 「……いえ、仕方ありませんよ。聖女様方とて、披露する前に我等劇団の劇……それも、題材の英雄の原型たる貴方当人が演ずる特別仕様。見たくもなるものでしょうから」

 「そういうものですかね」

 「……我等の知る方ならば、確実に。殿下が舞台を借りに来た時も、袖から見守っていたではありませんか」

 言われて、頬を掻く

 

 まあ、聖教国では便宜上アルカンシエルって姓と義父の存在が用意されてはいるんだが、完全に緘口令(かんこう)を敷いている訳ではない。昔のアナを知る人は知ってるしな。あの劇でもおれを見てたからで、邪推(……でもないか)をするのも仕方はない

 

 「にしても、今更ですが良くおれを使おうと思いましたね。しかも、合わせるからと合わせの練習すら数度で

 確かに言われた通り、作者はおれをモチーフに彼を描いていると言っていますが、どうにもおれは演技が下手だ」

 昔も見ていたでしょう?と肩を竦めるおれ

 

 が、男達はからからと口を開けて笑う

 「演技は、な」

 そして、普段敵役をやっている大男は、おれの肩を強く叩いた

 「人々を護る魔神の力を持つ英雄。それが演技ではないことならば知っていますよ、殿下。ならば、真に迫る演技は出来ずとも、真実そのものの振る舞いに何の不満がありましょうか」

 見詰められて、なら良いかと愛刀を手元に呼ぶ

 

 ずっと、共に戦ってきた

 いや性格にはずっとじゃないが、おれの中で……本当に止めなきゃ駄目だ、手を伸ばしてもきっとどうしようもないと思ったのはエルフの森での一件で……あの時から本当にずっと、天狼の魂はおれを見守り続けてくれている

 

 「さて、本当に何時もの服で良いんですか?」

 と、おれは慣れ親しんだ……が今日は初めて袖を通した赤白金の和装の袖を振る

 「勿論。見慣れた人々には安心を、そうでない者には信頼を」

 「まあ、最近は原作側からして、白くて和装っぽい描写ではありますからね。上着があったり」

 その辺り、アステールが調整してたんだろうな

 

 そう言って、おれは手を振ってがんばれーと言ってくれる半分くらいは劇場を借りて子供劇をした時から見たことある人々に見送られて、舞台に上がった

 

 大講堂の窓にはカーテンが……うん、掛かってないな。魔法で暗がりを作って影を落としてるだけだ。人の入りは……満席に近い

 が、まあ思い思いに人が座っての話だからな。おれを見るとブリキの人形を掲げて振ってくるあの子が邪魔にならないくらいだ

 

 っていっても全校生徒突っ込んでも余裕がある大講堂、4桁人数が来てると思えば十分過ぎだな

 

 おれ用のちょっと魔法……ではなく席を用意することで区別された区画を見れば、言った通りに竜胆が釈然としない顔で座っており、舞台袖からは爛々と輝く満月色の片眼が……ってガン見かアルヴィナ?

 

 が、おれが今回の劇の前口上を語ろうとしたその時、不意に視界の中で影が揺れる

 竜胆だ。少し嫌そうながらちゃんと座ってた筈の少女が立ち上がり、腕を抑えて外へと駆けていった

 

 全く、勝手に去るとか何を理解して……いや、待て?

 シャン、と。嫌な音が響いた

 鈴の音?っ!これは!

 

 っ!と奥歯を噛む

 この鈴の音には聞き覚えがある。魔神夜行が振るっていた小槌が鳴らす音だ。正確には……Xと呼ばれるあの化け物が世界に現れる時、同じ音が響く。夜行のそれは、きっと任意で音を鳴らすことで逆説的にその音が鳴ったのだからXが空を割って現れている筈だ、として顕現現象を起こすのだろう。シュリが前に理解しきれなかったが似たようなことを教えてくれた

 

 と、なれば!

 

 そうだ。流石に大人しくなった今の竜胆佑胡が逃げ出すのも可笑しい。だが、化け物が現れたなら話は別だ

 自分が呼び込んだとして、逃げるかもしれない。おれ達を巻き込まないように

 

 口の中に、血の味が広がる。力を込めすぎて、唇が切れていた

 が、どうすれば良い?今ここで、劇団員の人々に恥をかかせて、竜胆を追うのか?

 竜胆じゃなければ、そうだと即断したろう。が、あいつなら……一人で、いやアナザーアステールと二人で対処して逃げ切れる。それが分かるのに、わざわざ追うのか?ただ、自己満足のために?

 

 ……おれは、どうする?どうすべきだ?

 何をしたいかじゃなくて……

 

 「おおっと、待ちな」

 が、その一瞬の沈黙と迷いを突き破る声が響いた

 

 ロダ兄!?

 

 「おっと皆々様、此度はお集まり頂き誠に有難う御座います

 全く、この縁に何時か感謝を捧げるだろうよ」

 「え、誰?」

 「な、何!?」

 静まり返り、始まりを待っていた人々が口々に困惑を漏らす

 当たり前だ、おれ自身……

 

 「おおっと、それはまだ秘密。しかし安心しな、英雄譚を追えば、君達は理解する!」

 ドヤッ!と自信満々に告げるロダ兄。懐かしい桃のサングラスなんてして、正体不明感を演出しているがもう全力で翼を拡げてるから割と正体分かりやすい

 

 「……さて、これから目にするは新たな英雄譚。その前唱といこうじゃないか!」

 ……漸く、ちゃんと理解する。さてはロダ兄……時間を稼ぐ気か!

 自分達でパフォーマンスして、おれがXを薙ぎ倒して竜胆を連れ戻してくるまで、歌か何かで繋ぐって

 

 「……知るべきは、一人ではない」

 更に響く声。頼勇か!

 「皇子。私が行っても、あの男女に掛ける言葉など無い。だから、向こうを任せる」

 「竪神、ロダ兄……

 

 ああ、少しの間だけ、頼む!劇団の皆さんも、申し訳ないが少しだけ待っててくれ!」

 「おっと、俺様が全部盛り上げてやるから、遅れても大丈夫だぜ?」

 「任せきったら駄目だろ?」

 ……行ける。実はパーティで星空を見るとか企画する事もあるから開けられる屋根も、気が付くと空き始めている。そこで開けて下さいね?してるのは銀髪の少女

 ……そこまで、やってくれるなら!止められない気はしないな!

 

 始水!

 『了解ですよ、兄さん。人々のために外面だけ魅せる気でしたが、正式に、完全に、兄さんの在り様の深奥を見せましょうか』

 ぎゅっと、愛刀の柄を握り込む

 

 「星刃、界っ!放ぉっ!」



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天空、或いは友達

「魔神!」

 「『『龍帝!』』」

 おれの声に、始祖と先祖、2つの声が呼応する……いやそれで良いのか龍姫、魔名を唱えれば声が届くからこそとその名を識り唱える事に制限がある法則がある割に普通に声重ねてるが?

 「「『スカーレットゼノンッ!』」」

 重なるアルヴィナの声……だけではなく、おれの代わりに死んだアルデの声も聞こえた気がした

 

 ……お前を死に追いやった相手だぞ。それでも、変われるなら、おれを信じて託すっていうのか

 すまない、そして有り難う

 

 「『『『アルビオンッ!』』』」

 下門の叫びに合わせ背後で響く咆哮。……って母の幻聴だけじゃなく実際アウィルが遠くで吠えてるのが屋根を開けたから響いてるなこれ!?

 

 屋内に、そよ風が吹き抜ける。アルヴィナがノリで手伝ってくれているからか、カラドリウスがおれの魂に遺した片翼のマントが最愛の人を護るための嵐を纏って膨れはためく。声はないが、ある程度はおれを認めてくれている

 ……何処まで、おれと共に変身フル詠唱してるおれに託した遺志(ほし)達の声が周囲に届いているかは知らない。でも!

 

 同時、響くのは知らない前奏。って何だこれ

 「「「『『The dragonic saber with you 』』」」」

 そして、変身後に轟くフル詠唱のサビ……おれが叫ばない部分を謳う一人と1柱に、3つの声が重なる。前も歌ってたアルヴィナ……に加えてロダ兄と頼勇だ

 「「『『Are stars to bright and realize

 Words to Vanguard Worlds』』」」

 ……あ、アルヴィナが止められたのか声が消えた

 

 ……何時もの最後のアレ、曲の前奏に変えたのか!?ってか知らない曲だがいきなり歌い始めて合わせられるって何時の間に練習してたんだロダ兄!?

 というか、そもそも今回の劇ってロダ兄等の出番なんて組み込めるシナリオでも無かったような……

 

 ええい、信じるだけだ!

 背の左右で完全に姿が違うオーラの翼を拡げ……噴かせないように三歩助走して強く床を蹴り、飛ぶ!

 噴かせない理由は簡単だ、周囲の子供達が吹き飛ぶ。今回は元々想定していたガワだけのデッドウェイトじゃなく、本気で変身してるからな!

 

 そして、一瞬で空を駆けたおれは天空へと辿り着く

 割れた空、まだ夕暮れには少しだけ早い茜色に染まり始めた空が砕け、謎の空間が見えている。そして、そこから湧いてくるのは天使のような異形の存在達だ

 鎖で肉体を貫き繋がれてその端に大きな白翼を拡げ、肉体の何処かに祈る少女の顔を持つ化け物。見たことがある手型が3体に、前見たのを半ば石にしたような前足がモアイ?な獅子っぽいのが1体。そして鎖で雁字搦めに縛られた蛇みたいな新顔が3体。最後のはまるで捻れた杖のようにも見えるが……どんな悪趣味だ

 

 が、それを見ておれは少しだけ安堵の息を吐く。こいつら仮称Xは神の使徒。異形な程量産型で性能が低い。ならば、コイツ等はおれの力の根底に関わるAGX-ANC11H2D《ALBION》で倒してた奴って事になる

 竜胆に負担を掛ける必要もない!

 

 「……この世界を護るためだ。手を貸してくれ、月花迅雷よ!」

 そのまま、踏み込み抜刀斬りで一体断とうと思い、愛刀を一度鞘に納めたところで、違和感に気が付く

 空に巨大な銀影がない。竜胆と言えばアガートラーム、流石にリスクのデカい葬甲霊依(ポゼッション)形態にはならないだろうがと思っていたが……そもそも銀腕のカミを呼んでいない?

 

 「竜胆?」

 蛇の目が光ったかと思うや、鎖が先っぽから生えた尻尾の先から飛んでくるビーム。それを翼を噴かせる勢いを抑えて減速する事で回避しつつおれはその姿を探す

 ちゃんと居た。あの時おれがアガートラームを出させるために対峙した騎士鎧姿だ。が、アレだな、ユーゴ・シュヴァリエサイズなせいかパーツ外さないと着れないのだろう、腹部の装甲が無くてお腹が剥き出しだし、前腕の装甲は萌え袖状態。ユーゴってスタイル良くは無かったというか股下微妙だったからスタイル良い竜胆姿でもギリギリ脚装甲は付けきれたようだが、太もも当たりは締め付けられてそうだ。後、股間近くに隙間があるっぽいがホントギリギリサイズなせいで膝が覆われてて脚も曲げられないな

 

 ……何やってるんだコイツ……?

 

 「竜胆、そいつは何の趣味だ?」

 折れた剣を取り落とす姿を見て、それを蹴り上げて手に収めつつ、おれは呆れてその不格好な少女を見る

 「っ!これで、何か出来るのかって、な!」

 あの日おれが打ち砕いたガラティーンというらしい機械剣。実体がほぼ柄しか無く結晶の刃を伸ばすエクスカリバーより実体が大きく取り回しが悪い旧型らしいが……これ直して使うしか無いのか?いや半ばから折れたままだし根元欠けてるし完全には直ってないが

 

 が、割とちゃんと斬れる。すぱっと蛇と鎖を絶ち……

 「伝!哮!雪歌ァッ!」

 即座に無理に装甲の龍の甲殻のように刺々しい部分に柄を引っ掛けて抜刀、空を蹴って縮地、獅子の一本に融合した前腕を貫いた

 

 硬い!が、月花迅雷ならば!

 「逆昂(げっこう)!龍鱗断!」

 アロンダイト・アルビオンの遺した精霊結晶で修復された今の愛刀は、時に峰を逆立て龍を模す。その時ならば、脆い蒼水晶のバリアは貫ける!

 まあ!アガートラーム相手には通じないくらいの対精霊能力だから、こういう敵相手に奥義で結晶貫く必要がないってだけだがな!

 

 「ちょ、何?」

 「そっちこそ何だその姿」

 「……あーしだってさ、兎に角アガートラーム頼みじゃ変わってない扱いされんの分かってこうしてるんだけど?」

 言われ、仮面の下で苦笑する

 言い返されたというか、あれだけ言っておいて竜胆に昔の駄目さを求めていたのは、おれの方か

 

 「……なら、良い!」

 「ってか、何で来た訳?」

 「……一人じゃないから逃げなくて良いだろ?連れ戻しに来た……って事だ!

 電磁!刀奉!」

 ガントレット状のアルビオンパーツを愛刀の柄先に槍のように尖らせて配置、鞘に刀身の放つ電力を纏わせ、撃ち出す!

 

 「あ、何やってんのさ」

 「あの蛇的なの、体内毒まみれだ。何処まで変な作用があるか分からないのに、食らってやる道理はない」

 「あー、あのアスクレピオス型、そういやアンタ大体近接……今はあーしもか」

 愛刀の放つ天狼の雷じゃ、基本的にバリアに阻まれるから仕方ない。刀を射出して無理矢理対応する

 いや、愛刀がぶっ刺さって消えていく2体目の蛇型の毒が刀全体にまぶされるのは心が痛むが……

 

 『心配いりませんよ兄さん。私が残した最後の切り札、ゼロオメガ以外に傷など付けられるものですか』

 と、神様が太鼓判押してくれる……が無事だと思ってなきゃ射出しない。心境的にはそれでも毒に突っ込むのが嫌なだけだ

 というか、実際不滅の神器の割に折られたからかちょっと消極的な言い方だな始水!?

 

 戻れ、と心で呼べば、撃ち出した筈の愛刀の姿は手元に戻るが……

 あ、毒性か柄に巻いてる皮溶けてるな。侵食前に転移で振り払ったからか他には損傷も無いが……柄の革部分は刀身に比べて脆すぎるからなぁ……

 

 「……帰るぞ、竜胆」

 2分後、結局まともに戦えないが空は飛べるし逃げずにいた少女を横目で見ながら、空の全ての神の輩を撃ち落とし、おれは愛刀を収めると右手で折れた剣を刀身を握って柄を差し出した

 

 「……返すんだ。あーしに要るように見える?」

 「死ぬ気も無いだろ、持ってろ」

 アガートラームを無闇に使わないって言葉を信じたと、言外に伝える

 

 「ま、そうだけど」

 「が、色々変な場所を晒して見えてるぞ、その鎧はどうなんだ」

 「何、あーしの事気になる?好きになったの?」

 「なると思うのかよ竜胆?

 ……あの時、おれが自分の事しか見えてなくなければ、お前を正してれば」

 装甲した仮面を解除して、ぎこちなく微笑む。言語化難しいな、これ

 

 「友達まではなれたかもしれないし、きっとそうなるべきだった

 だから、それをやり直そうとしてるだけだ。何時かおれがおれを赦せるように、な」

 

 少女が空で固まる。不格好に被さった兜のせいで表情が……

 あ、結んだ髪のせいで変に浮いてたから掬い上げるような風で兜が飛んだな

 

 「……正直さ、解釈違いはあんだけど?」

 そう告げる少女は、けれどユーゴ時代に、いやもっと昔から顔に貼り付いていた憑き物が落ちきったように、らしくなく口元に微笑みを浮かべていた

 「でもまあ、いっか。あーしなりに、生きてみるから」

 そう言って、おれが落とさないよう足のつま先で引っ掛けておいた兜を拾おうとして……

 あ、胸を下にして揺れたせいか更に胸部の鎧すらズレて体勢崩した

 良くもまあこんな状態で一人で出ていったなコイツ!?

 

 「……ったく、改めて、そのうち出ていきたい理由は分かったが、一旦帰るぞ竜胆」

 その首根っこを捕まえて、おれは息を吐いた

 「……良いけど、何で焦る訳?これがリアル劇じゃん。きっと大喜びされてるっての」

 「だとしてもゲスト呼んでおいておれ単独の劇なんてお出し出来るか!」

 

 肩を竦め、アイリス、と呟けば、何時の間にか妹が仕込んでいてずっと遠い感じで鳴っていた音が大きく響く

 

 そう、つまり……

 『『理想を未来(あした)とし 君の中の英雄を呼べ』』

 BGMかよって感じで聞こえていた、二人の歌である

 二番らしきものの後だし、多分、大サビの直前のタメだ、此処

 

 「……こういう事だ!」

 「もう、変に拡散しなくても最初からアステールが聞かせてくれてるっての、離せよ」

 「……駄目だ。二度とあーだこーだ言えないように、皆に情けなく連れ戻される姿を晒せ」

 

 ……というか、この先まあ竜胆を椅子にでも縛ってギリギリ劇は出来そうだが、時間稼ぎの弁明とか出来るよなロダ兄!?



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舞台袖、或いは歌の秘密

「貴様、は……」

 息も絶え絶え、血まみれで片腕を喪った大男が、おれに向けて言葉を紡ぐ

 

 「おれは、魔神龍帝。名乗った筈だぞ?

 虚まで、その名を持っていけ」

 おれは巨大な轟剣(デュランダルを模した大道具)を背中に背負うように構え、飛んでくる最期の足掻きを刀身で受け止め、壇上に倒れ伏す男を一瞥もすることなく舞台の上に突っ伏した粗末な村娘服の女性を抱えると、一息に地を蹴って舞台袖に消えた

 

 「……かくして、恋するワイバーンの少女を救いきれなかったゼノン。けれども、仇は討ち……

 新たなる力と共に、魔神の征く道とは。あ、これにて閉幕めでたしめでたし」

 ……待て、此処ロダ兄の台詞じゃなくナレーション担当居たろ!?何でロダ兄が劇を締めてるんだよ!?

 

 ということで、だと女性をそそくさと舞台袖で下ろすと、流石に劇のために変身し続ける負担に耐えきれずに全装甲を解除。先祖返りも終わったのでそれでも頭の上に変な瘤として残る狼耳を握り潰して(先祖返り中は血が通って耳4つになるのに即座に壊死してこうなるのは何とも不思議だ。いや勝手に取れる前に取ると血はちょっとだけ出るが瘡蓋を剥がすような感覚だ)

 

 「おやおや少年少女、予告された彼等が出て来ないって顔だな?

 勿論、魔神の血を引き、今龍の血を継いだ剣の皇が新たなる皇と出会うのは、龍血と焔導くこの先の話……つまりじかーい次回、ことーし今年の発売を、楽しみに待ってくれよな?」

 締め方強引だなオイ!?いやまあ納得はある程度はされそうだが……

 

 「時間押して短縮版にして貰った上にこんな締め方させて貰って重ね重ねすみません」

 そう、脇で見守っていた座長に頭を下げるおれだが、当人はほっほと笑っていた

 「いやいや、この場に呼ばれたその時に、己の誇りは捨てているよ」

 「いやそれは捨てては駄目なのでは」

 「その心意気、寧ろどんな時でも立ち向かう本物を見るための参考として、私達は受けたのだよ?」

 言われ、その可能性はあったかとおれは頬を掻く

 

 いやこれ単におれへのフォローだよな!?

 「いや、ほぼアドリブです」

 言って、そもそもアドリブというのが真性異言用語だなと苦笑する

 

 「……というか、ロダ兄のやりたいように無理に色々とやって貰っただけですよ」

 そう、おれは肩を竦めた。というか、割と寛容だなこの人達?

 

 「……と言うことだぜワンちゃん?」

 と、戻ってくるのはドヤっとしたロダ兄、横でこれでいいのか?してるのが頼勇だ。いや、割と強引だし理由はわかるが、そもそもおれ自身割と無茶な事を通しているから何とも言い切れずに曖昧に笑う。清廉潔白なら此処で何か言えたんだろうなとは思うが、それはそれだ

 

 「いや次回作の話は」

 「あー、それな?つけてきた」

 いや何時の間にだ!?スペック面やっぱり侮れないなロダ兄……

 「新たな力、新たな仲間。良いだろ?って教皇娘に話してあるぜ?

 なんで、大急ぎで仕上げた復活巻の次の巻で実際に出る訳よ。心配要らないぜ?」

 「だからって」

 「ってか、復活回予告の紙入れて対応したんだ、その次からもじかーん次巻って、やりたいもんだろ?」

 はっはと笑う青年は、すちゃっと割れた桃のサングラスを掛けた

 

 「いや、詐欺にならないなら良いんだが……」

 片付けの大半は魔法だ。炎のエフェクトなんかも魔法で出してるから、道具は少ない

 ということで礼を言って借りていたデュランダルもどきを返せば、後は下がっていく彼らを見送るだけ

 

 って言っても、聖女ライブは脇から見てて貰うんで、会場設置の間休んでて貰うだけなんだが。リリーナ嬢、超張り切ってお芝居やってる層からライブの改善案とか聞きたいって言い出したんだよな……

 

 ってそうだ、ライブだ

 「あの歌どう用意したんだよロダ兄と竪神?」

 アニソン系列だが、結構しっかりと作られていた。即興の出来ではない

 いやまあ流石に歌唱面は素人……カラオケの歌上手いお兄さんクラスだったが。曲の完成度は本物だ

 

 「あら、ワタシよ」

 何時の間にか現れていたエルフが、唇を軽く吊り上げて告げた

 「ノア姫が?珍しいな」

 「あら、20年ほど料理の腕を磨いてみたことがあると言ったけど、エルフは基本自給よ。人間のシェフのように大量に作る事は少ないわ。だからその間に自然の音を聞いていたの

 エルフ文法が混じりかねないし感性も違うから歌詞は作れないけれどもね。曲ならば提供出来るわよ」

 ふふん、と自慢げなエルフ。クールだがご機嫌に纏めた髪が揺れている

 

 が、そこでは無いのだ

 「曲は作れても人間に提供するんだな、って」

 そもそも作詞は無理だが作曲出来ますの時点で頼勇並に何でも出来るなこのエルフの媛!?って話は置いておく、ノア姫のスペックに突っ込んだら負けだ

 「あら、不思議かしら?

 これでもワタシ、対価があるなら応えるわよ?」

 「この馬鹿と出会った時は、対価を踏み倒して強盗する気だったがな」

 と、更に現れるのは銀髪の男。そう、皇帝シグルド

 

 「父さん!?」

 「静かにしろ馬鹿息子。面倒事を起こさん為に人の寄らん場所に転移してきたのに無意味になる」

 と、落ちる拳。軽いものだがこれも懐かしい。この(ひと)、割と手が早いんだよなぁ……じゃれてるレベルと本人は加減してるが、正直慣れてないと怖い

 

 「そうね。それしか早急に手を打つ手段は無かった。最悪囚われる覚悟もあったわ

 でも、今それを蒸し返すのかしら?」

 ノア姫は引かず、完全に見上げる形で赤眼と対峙する

 

 「……何をしに来たんだ父さん?」

 「少しな。息子等の努力を見に来たという訳だ。空が割れる現象が王都ですら確認され、てんやわんやが起きているのでな。息子が解決した後で、(オレ)がふんぞり返っていても何にもならん」

 逃げたいものは今逃げろ、とばかりに床を向いて男は吐き捨てた

 

 「問題が起きた訳じゃないんだな」

 「当たり前だ、それならばこうして無駄話に割く時間はない

 ……で、だ。話を続けて良いぞ?息子の嫁の馴れ初めをからかいたくなっただけだ」

 「違うわよ、少々親として頼りない父しか持たない恩人を保護はするけれど、ワタシ告白もされてないもの。恋人以上の関係になったつもりもないわよ」

 

 ……言われて、苦笑するしかない

 「心が痛いな」

 「ええ、それはそれよ。だから、ワタシが曲を用意したの。あの子達の分もね」

 いや一月……練習も要るからそこまで掛けられないしどれだけ早く用意したんだよそれ!?

 

 「といっても、さっきのは彼女等の曲のアレンジよ。ワタシが作ったのは二曲」

 ……十分凄い

 「凄いなノア姫は。でも、そこまで助けてくれるんだな」

 「ええ、これでも心変わりはしたもの、ね」

 そこで頷くロダ兄

 

 いや何故だ?

 

 「……そこで呆けるな、報告聞いた時点で気が付け」

 父にまで駄目出しされ、頼勇に助けの視線を向けるが、さり気なくノア姫を指されてしまった

 逃げ場はないらしい

 「何が?」

 「(オレ)の転移は己一人を飛ばすもの、このエルフは故郷へ周囲毎跳ぶもの。それは分かるな?」

 言われて頷く

 「……分かってなかったの、アナタ?」

 何だか呆れ気味に、ノア姫が呟く。あ、ポケットから伊達な眼鏡出した。教師っぽくするために掛けてるアレだ。ってことは、教えてくれるのだろう

 

 「では、質問よ。ワタシの魔法で跳べるのは、何処?」

 「故郷の他に第二の故郷として、現住所である王都にも跳べるんだよな?」 

 「ええ正解。……では、故郷は何処を指すのかしら?」

 いやエルフの森だろ

 

 と、言い掛けて澱む。これじゃあ問題にならないし、聖都での【笑顔(ハスィヤ)】戦の挙動に説明がつかない

 「……サルースが居るから、あそこを故郷と思う事が、出来なくなった?」

 「良く出来ました。ほぼ正解

 今のワタシにとって、アレが兄面で蠢くエルフの森は敵地よ。皆は知らないから危険はない……と信じたいけれど、妹は危険だから帝国に呼んだの」

 言われてノア姫の妹のエルフのリリーナが来てたことに納得する。サルースが真性異言(ゼノグラシア)化してるのは分かってても、配慮足りてなかったなと奥歯を噛む

 あれ?ウィズは?いや、男なら大丈夫か?相手は変質者の気があるし

 

 「そんな顔しない。全部をやろうとするのは悪い癖、直しなさい

 ……その時に、ワタシの居るべき場所として故郷を再定義したわ。何時か帰れる日が来るならば、それは彼処に居なければ来ることのない明日」

 薄々分かる

 

 分かるから、言いたくない。どうしても、拗れる言葉だから

 「そう、あの聖女じゃないけれど……アナタの横よ。だから、ワタシ自身のためにも出来る限りの手は貸すわ。それが等価だもの。

 それだけよ」

 が、あっさりとそれを告げるエルフは、しかし

 小さな手を軽く差し出しつつ優しく微笑んでいたのだった



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暗がり、或いは不安狼

ノア「ところでアナタ、いつの間に妹と弟が同じエルフと気が付いたのかしら?」
ゼノ「……あれ?」
前話違和感あったかもしれませんが、ゼノ君はまだウィズとエルフのリリーナは別人だと思っています。作者のミスです今は訂正済みです。


父はまあ放っておいて、さりげに爆弾発言したエルフをスルー

 

 正直なところ、ノア姫が妙に優しいのは感じていた。いや咎められないのか?とは思うが、おれ個人に肩入れするだけではないから大丈夫なのだろう。恋心……でも無いだろう。おれ、これでも恋愛面で好かれるような奴じゃない自覚はあるしな

 

 ……何だろう、金星始水さんが呆れた溜息を耳元でふぅした気がする

 いや待て、流石に始水もアナもアルヴィナも恋愛方面は違うだろ。おれだって頼勇とか好きだし憧れるけど例えおれが女だとしても恋人関係は考えないぞ?

 

 閑話休題、藪蛇つつくのか?と思ってるうちに設営が終わり、大講堂の扉が開く

 

 その瞬間、次々に入ってくる人々。仮にもそこそこレベルの知名度あるOBの劇団による劇を遥かに超える人の波。そこまで聖女見たいかと、もう圧倒される事しか出来ない

 

 いや、おれも金に糸目をつけない立場なら兎も角何か見たいなら聖女優先するな?

 それにしても、凄い人だ。普段のルール無視して金取って席決めてて良かった。これ無秩序だと押し合い圧し合いで事故りかねなかった

 

 じゃあ入れない人は?というとアイリスがせっせと作ってくれた中継装置がある。水鏡の魔法等の離れた場所を映せる魔法はあるから、大きなシルクの幕に映像投影出来るよう水晶製魔導ゴーレムを用意し、その映像を映すのだ。まあ、魔法の効果を飛ばせる範囲的に王都内が限度なんだが、教会とか結構な場所で見られるよう聖女の護衛担当のアイリス派、機虹騎士団としておれが交渉しに行った

 なお、実際に纏めてくれたのは団長ガイスト等である。おれ、忌み子として今でも信用低いからな、一部を除いて

 

 「……あむっ」

 と、おれの右手に熱い感覚。燃える程ではない肌の熱さは……ってなんだアルヴィナか

 いやアルヴィナ!?

 

 「何してるのよ」

 呆れた顔のノア姫。が、満月の瞳の少女はおれが邪魔にならないように居る舞台袖とは逆の楽屋からライトを落としたステージ上を通り、わざわざ目を爛々と輝かせてやって来ていた

 

 「本番前だぞ、アルヴィナ?」

 おれの右手の指、薬指の第二関節に軽く八重歯を立てて舐める姿にアウィルか?と苦笑しつつ、唇から指を抜く。きゅぽっと濡れた音がちょっぴり艶めかしい

 「……ボク、皇子と全然会えてない」

 不満げに漏らされる声。お楽しみですよ皇子さま?とアナからも秘密にされてたアイドル風衣装……を見ないようにしつつ、おれは少女の頭のピン!と立った耳を撫でた

 

 「……足りない」

 「……本番前よ、足りなさい?

 それとも、仮にも役目を果たした後の相手に自分への更なる配慮を求めるのかしら」

 ひゅっと、おれの影から何かが飛び出す

 おれは、それを駄目だと腰に差した愛刀で制そうとして

 「……駄目」

 が、その前にアルヴィナに制され、おれの影に潜む八咫烏は不満げに翼を打ち振るうとまたおれの影に消えた

 

 最近あまり姿を見せないテネーブルだ。何だかんだいざとなれば共闘してくれはするんだが、どうしても魔神王本人故にアルヴィナみたいに仲良くはしてくれないんだよな。本当は、こういう時に共に楽しめれば良いんだろうけど

 

 「……何時か、この手に太陽を抱く。その時まで光を楽しむが良い。手にするものに、それ以前に焦がれるのは太陽だけで十分だ」

 この始末である。妹の晴れ舞台だぞちゃんと……いやおれの影から見てるな。ローアングルだが、死んだ幼馴染に操立ててそうだからパンツ見る気もないだろうし良いか

 

 「ワタシより難儀ね」

 肩を竦め、ノア姫は優雅にその長い耳を揺らして、父が来た時に用意してくれたらしいちょっと豪華……でもないな、魔物の骨による簡易な椅子にクッション付けてクロス掛けたものに膝を交差して腰掛けた

 いや父さん、ノア姫に甘くないか?

 

 「勿論、一応は共に歩める立場の種族と、これから共に歩めないか考えたい相手と、立場差は大きいよ」

 というか、アルヴィナはおれの指をまたぺろりと舐めてるが、何処まで魔神族と融和出来るかなんて未知数。シロノワールはあくまでも魔神派であるスタンスは崩さないし、計りきれてないところしか無い

 

 そんな風に思っていたら……

 「ほいよワンちゃん、展示に忘れもんだぜ?」

 折よく、おれに向けてひょいと投げられるおれの肩掛けカバン。何時もながら、よく分かるなロダ兄は

 

 「届け物って、怪盗じゃなかったかロダ兄?」

 「勿論、悲劇を奪う怪盗だぜ?

 怪盗ってのは信念を持ってそうと決めたものを盗む、それが民の為に秘された金を盗むなら義賊にもなるさ、だろ?」

 にっと笑われ、そうだなとおれも笑い返す

 

 そして、バッグの中からとあるものを取り出すと、今も血でも出ないかとばかりに八重歯を擦る少女にぽんと被せた

 「……皇子?」

 「その衣装、帽子付いてないんだろ?」

 「あーにゃん、アルヴィナちゃんへは秘密ですって」

 「アナから聞いてたんだ。きっと、おれから渡すべきだって、色合いだけ駄目なもの聞いて、おれが用意した」

 昔おれがあげた帽子、今でも大事にしてるからな。こういう一大事にも、帽子を贈ってやりたい。きっと、おれとアルヴィナの関係はそうやって繋ぐもので

 

 「どんな?」

 取ろうとするアルヴィナの小さな手を制する

 

 「皇子、これはもうボクのもの」

 「……おれだってさ、君達の着飾ったステージ上の姿を見ないようにしてるんだ」

 わざとらしく隻眼の左目を指し、右目も瞑ってみせるおれ

 

 「だから、今は信じてくれ」

 まあ、別におかしな帽子という訳ではない。アナに言われたようにアルヴィナには少しだけ合わない(耳だけ白いから似合うっちゃ似合う)白基調、黒はワンポイント以上禁止……ということで、所謂トップハット。つまりシルクハットみたいな帽子に金刺繍の桜のリボンを巻き、リボンの結び目を胴を赤い石で表した黒い水晶の蝶飾りで止めたものだ

 おれには黒をワンポイントでオシャレに入れるとしたら華やかな蝶か花型を入れることしか思い付かなかった。黒くて華やかでアイドルっぽさを残すとなると、やはりこの二択。本当は色合いも金強めにしたかったが、アナに魔神さんなのは秘密にできて紹介しやすくと言われたので、七大天である晶魔の色の桜と黒に差し色金赤で仕上げた。とはいえアルヴィナ色、誤魔化しの七大天色、おれがよく使う赤金白が全部あるから割と出来は気に入っている。桜理の色があるのはちょい気になるが、其処はスルーして貰うとしよう

 

 ……アルヴィナのイメージとはちょっと違うか?とも思うが、寧ろ胸元に結晶花が咲いていればこそ、その上に蝶が舞うほうがかっこよくないか?という話だ。つまり、おれの趣味である。まあ、ヒーローって花モチーフより昆虫モチーフが多いから許してくれアルヴィナ

 

 完全に証明が落ちる。始まりの合図だ

 とん、と少女の背を叩く。アルヴィナはゲスト、発表されてないし、期待もされてない。最初の曲の最中、サビで飛び込み参加を演出するとリリーナ嬢から聞いている

 

 「頑張れよ、聖女達」

 ぽつり、静寂を引き裂かぬように慎重に小声で漏らす

 それに、少女は頷いた気がした

 

 って待て待て!?今流れ始めたイントロ聞き覚えあるというかついさっき聞いたぞ!?あれ開幕曲なのか!?



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黒銀の翼、或いは流星の約束

「……あ、案外歌詞違うんだな」

 始まったライブ。明かりが灯されると共にステージ中央で歌い始める二人の聖女を見て、おれはそう呟いた

 

 「ええ、歌詞はそれぞれ考えたそうよ」

 「そうして、同じ曲で二つ歌詞を?中々だな……」

 「いや、私達は音楽への造詣は無い。それ故に、相当にアドバイスを貰っている。向こうに合わせた歌詞には仕上がったはずだ」

 頼勇に言われてそれもそうかと頷く。何でも出来そうな頼勇でも、歌はそうでもないか……いや乙女ゲーキャラの低めのイケボだから、音程ちょっと覚束なくても目茶苦茶にカッコいいけどな!?

 

 「そうなのか。それで、この曲ってなんて言うんだ?」

 「『Real eyes-流星の約束』よ」

 良く訳せるなおれの耳と脳ミソ!?

 

 中央で跳ねるリリーナ嬢、その左隣で右手を掲げるアナ。マイク……は無いのだが、それを幻視してしまう。ステージ上に特別なセットは無い。教員が話をする時向けに一段高く出来る場所が競り上がってるだけだな。それでも、キラキラしているように見えるのは、やはりアイドルというものが持つ魔力、なのだろうか

 

 いや、魔力が実在する世界でそれ言うと心に響くって意味じゃなくなるし魅力と言い直そう

 そんな事を思っている間に、時が過ぎてサビへと入る。その刹那、見つからなくなる陰の聖域の魔法を解いて飛び出すのは白黒の影。アルヴィナだ

 煌々としたプリズム光に照らされて、初めて見たその姿は……なんというか、印象が違った。狼というだけあって野性味あるというか何時もちょっとぼさっと拡がった印象がある髪をしっかりと纏めたサイドテール。右手側に向けて流したアナのそれとは逆に、しっかりと梳かれた髪は己の左手側に纏められ、サビに入る際にターンしながらセンターでしっかりと両足で立って右手で天を差したリリーナ嬢を左右から挟んだアナの大きく拡がって、銀と黒の両翼のように揺れた

 

 「『辿り着く 明日(さき)なんて 分からない

 ヒカリを信じて、今 星を追い掛けるよ』」

 伸びる良い声。リリーナ嬢の声量は、アナとアルヴィナの二人を凌駕して講堂全体を震わせる

 その表情は、おれが見た中では断トツで晴れやかで。何も憂わず、おれ相手にも心の底ではあった怯えの色さえも完全に消え去って煌めく

 

 「……見惚れてるのかワンちゃん?」

 「当たり前だろ?」

 素直におれは頷き、こんなんに使うのもなと思いつつほんの少し鯉口を切って微かに刀身を晒した愛刀を握り、柄を軽く振る

 月花迅雷、月のように弧を描く刃の軌跡が桜色の花を思わせる稲妻の残光を残す事から付けられた愛刀の名を顕示するように、少女3人を祝福して吹雪く花弁のように、桜雷が迸った

 

 「おれ相手ならきっと大丈夫の筈、そんな遠慮の何も無い、初めて見た屈託の無い笑み。当然さ、今まで見た中で一番可愛いよ」

 「自分に向けられてなくても?」

 その声と共に、脇腹を小突かれる

 そういやチケット買えないってふざけんなよ!?してたなアイツと苦笑して、おれは目線を外さずもうちょっと前でも良いぞと空いた方の手で手招きした

 

 「エックハルト。女の子は心の底からやりたいことをしてる時の満面の笑みが一番可愛いに決まってるだろ、お前ヒロインに惚れたって乙女ゲーで何を見てきたんだよ」

 「キス顔とか一部以外大体男の顔」

 「……悪いそうだった」

 うん、これはおれの例が悪かった。あのゲーム、一応初代は乙女ゲーだからルート毎の攻略対象メインのCGの方が多い。ギャルゲー版とかはやり込みきれてないし、満面の笑みのCGとか無かった気がするしな

 

 「君の(きぼう)が」

 右サイドテールの少女の涼やかな声が、間奏の中、不意に音が途切れてしんと静まった講堂に響く

 「私の祈り(ゆめ)が」

 左サイドテールの少女の落ち着いた声が、遠巻きに轟くような小さな音がなり始めるのに合わせて、アナの声が起こした波紋を広げる

 「夜を越えて 煌めくまで……っ!」

 そして、2つを合わせたツインテールに桃色の髪を結んだ少女の叫びが、大きなうねりを呼ぶように木霊する

 「「「届けーっ!」」」

 3人の、大サビ寸前の声が重なった

 

 

 「……っ!ということで、皆ー!聞こえてるかなー!」

 そして、音楽が鳴り止むと共に、びしっと指を……誰とも分からないくらいの場所へ向けて、桃色少女は声を響かせる

 いや、ついさっきまで歌ってたとは思えないくらいのよく通る声だ。ゲームだとパートボイスだったが、フルで聞くと迫力が凄い。普段それっぽさを出せてないが、この中心って感じのキラキラさは間違いなく、おれが知るゲームでの天光の聖女リリーナ・アグノエルのものと言って差し支えないだろう

 

 「えへへ、そんなに皆さん、大きな声で応えてくれるくらいに、楽しんでもらえましたか?」

 センターに立つ少女を立てるように、横でアナが微笑めば、何となくブー!という声が聞こえた

 「あはは、大丈夫ですよ?始まりの歌は終わっても、まだまだこの時間は続きますから

 ですけどちょっと、次までに一緒に頑張ってくれるわたし達の大切な友達を皆さんにも紹介したいな、って」

 ぴょん、とリリーナ嬢の前に出るアルヴィナ

 

 「えへへ、リリーナ・アルヴィナちゃんです。聖女のリリーナちゃんと同じく昔の聖女さまのお名前から付けられた名前の女の子で、わたしとリリーナちゃんの友達

 そして……」

 アナの目線を受けたのか、ひょいと一人だけ帽子をしていたアルヴィナがその帽子を取った

 光に照らされ、揺れる黒髪と白い狼耳。隠したがりのアルヴィナには、少し心理的負担もあるだろうが、ちゃんと己を曝け出す

 

 「人間じゃないんですよ?でも、一緒にって

 だから、これがわたしたち……」

 「そう、『天津甕星(アマツミカボシ)』!この世界の明日を、希望の光で照らすお星さまになるべく私と!」

 「わたしと!」

 「今はボクと」

 「「聖女って呼ばれてるなら出来ることをって思って作った、歌で明日を生きたい想いを照らすグループです!」」



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ライブ、或いは疑いの言葉

「えへへ、今回のは皆さんも聞き覚えありましたよね?龍姫様の聖歌の一つです」

 はにかむアナ。かなりフリフリしていて、何処かシンプルさを残している何時もの神官服とは色合い自体はほぼ同じなのに見違えて見える。特に、スカート丈か。何時もはふわりと広がる膝くらいまであるそれが今は膝上10cm超えのミニさ。まあ、多分下着はそうそう見えないとは思うしその点についてはリーダー張ってるリリーナ嬢を信頼しているが、印象違うな……

 

 なんというか

 「えっちだ……」

 「お前それアナに聞こえるように言うなよエックハルト」

 睨み付けて悪友へとそう言っておく。

 「いいや、言うね。侵し難い神聖な雰囲気が薄れて親しみやすい可愛さが出てる。これはこれで良いって」

 おまえなぁと呆れるが、言いたいことそのものはおれも分かる。キツイのか開けてる胸元以外そこまで露出がないのがアナだ。神官服なのと合わせてちょっと近付き難い触れにくいって神聖さがあった

 でも、今はあんまり無い。服がより可愛らしくなって、露出が増えて……七大天に仕える者、というより女の子って側面が強調されて見える

 

 まあ、流石に下品な色気なんかではないが……

 

 そんな事を思いながら見ているおれの前で、更に曲が流れようとしたその時、空気をつんざくような声が響き渡った

 「こんなの、嘘っぱちだ!」

 

 しん、と静まり返る講堂。聞こえた声は幼く……って聞き覚えあったぞあれ!?

 思わず飛び出していこうとするおれ、が、その袖は強く何者かに握られ、動くことはなかった

 

 「何を」

 背後を振り返りながらおれは止めた相手へと詰め寄る。それは、銀の髪をした偉丈夫……父であった

 「父さん」

 「護衛か、ゼノ」

 「その通りだ」

 「……たまにはやらせてやれ。此処で出ていけばその場は収められるだろう。が、それで何になる?その場その場の対処ばかりを考えて、叫ぶ者の心に寄り添いきれんか、馬鹿息子

 少しは己の嫁を信じてやれ」

 呆れたように言われ、おれは飛び出そうとした脚に掛けた力を緩めた

 

 が、それでも……と思い壇上を見る。ちょっと横目でこっちを見たリリーナ嬢とアナが、大丈夫だと言いたそうに軽く手を降ってみせたのを確認して、完全におれは力を抜いた

 

 任せていいと当人まで言うなら、妨害を止めるのはおれの仕事だがサボって良いだろう

 

 「皆さん、その子を見つけたとして……傷つけるのは止めて下さい」

 強い語気。拡がるオーロラの翼に気圧されて、言葉を発した幼い少年を囲んで居た人々はその拳を抑えた……っぽい。舞台袖からだからどうしても良く見えないが……

 というかアナ、そこまでやるのか……と青白のフリルミニスカートなライブ衣装にオーロラの龍翼まで生やして聖女としての本領を出したアナを見守る

 

 「えへへ、どうしてわたし達に向けてあんなこと言ったのか、教えてくれますか?」

 そう優しく微笑まれ、注目の的になった少年は萎縮する。それをおれはこそっとアルヴィナが光源を弱めてくれたので舞台袖の暗がりから顔を出して眺めていた

 

 「……けど」

 「言って良いんです。わたし達のライブを止めてでも言いたいことなら、寧ろ知りたいです」

 手を伸ばされ、昨日来てた少年は意を決したように拳を握った

 

 「……昨日、父ちゃんが死んだ」

 「そう、ですか」

 「……父ちゃん、国のために働いて、頑張って、最近は大変だって帰ってくることも少なくて……」

 耳が痛い。本当は、おれ達が学園生活してるのだって可笑しいのだ。それでも、少しでもこの世界を好きになれるように、楽しめるようにっておれ達側が無理を言って聖女様達を学生という青春を過ごせる身分に押し込めている

 そのしわ寄せは、決して0じゃない

 

 「昨日見た父ちゃんは、身体の半分が凍って、苦しんだ顔で眠ってた

 ……なのに!聖女様方はこんなことしてる!嘘っぱちだ!

 嘘っぱち……じゃんか。呪いを祓い世界を救うって……皆のために頑張った父ちゃんすら救わないで!こんな人気取り……なんか、して……っ」

 乱高下する声音。怒号のように叫べば、次の瞬間に涙ぐむ。本人すら感情を理解しきれていないのだろう

 

 けれど、その言葉はかつておれ達がトリトニスで言われた事にも似ていて。何よりも真実で

 

 「思い上がるな、馬鹿息子。(オレ)達がすべきは感謝だ、後悔ではない」

 唇を噛むおれを背後からとてつもない威圧と実際に脳天に振るわれる拳が襲う

 避けは……出来た。加減してかそれほど早くはない。それでも、おれはそれを受けて地に沈む。否定は、したくなかった

  

 それでも、銀の聖女は……あの日おれの横で沈痛な面持ちをしていたあの子は、今回は何処までも優しげに目尻を下げて、しかしながら真剣に少年の顔を見据えていた

 

 「……はい、そうです。わたしだって、人間です。助けてあげられない人だって居ます

 だってわたしは、大好きな人にすら、ちゃんとこの手を届かせられてないです。助けてあげたくて、それでも一人じゃ足りないんです。完璧なんかじゃないから、貴方のお父さんだって助けられなかった」

 後悔するように告げる言葉。それでも、銀の髪を揺らす少女の顔に一切の曇りはない

 

 「完璧じゃありません。さっき皆さんも見た……ってわたしは信じてますけど、わたしはあの不思議な化け物を倒せたりなんてしません」

 「……伝説の、嘘つき」

 「でも、それは嘘じゃありませんよ?」

 優しく、少女は胸元で手を組む

 

 「えへへ、さっき見たように、戦ってくれる人が居ます。皆さんを、世界を、守る為に命を、何もかもを燃やす人たちが居ます

 わたしは、聖女は、何でもは出来なくても。出来ることを、皆がやってくれるんです。この力はそれを支えられるだけなんです」

 きゅっ、と。少女は己の手を組む。その握られた手に、ふわりと他の手が添えられた

 

 「ボクは、完璧……と思いたいけど。残念ながら、まだ、無理」

 「そうだね、私も似た思い」

 「救えない人だって居て、それでも貴方みたいな人も、前を向けるように。それがわたし達ですから」

 「ごめんね、全員救えたら良かったんだけど、私達だってちょっと特別な力を神様から借りて人より多くに手が届くだけの単なる人間だから

 だから!せめて多くに届くように!少しの勇気でも、君にあげてまた立てるように!いっくよー!」

 リリーナ嬢が振り上げる手と共に、音楽が鳴り響く

 

 それを見ておれは、こういう点では本当に勝てないな、と。コイツさぁと友人に冷たい目をされながら笑っていた

 

 「言ったろう、嫁くらいしんじてやれとな

 それにだ、心に刻むのはお前自身もだ馬鹿息子。(オレ)達は単なる人に過ぎない、国など一人でどうにかなるものではない

 だから、神を気取るな、罪と背負うな。後悔する前に、それでも共に戦おうとしてくれた相手に抱くべきは感謝だ」

 「……皇帝陛下、皇子に言い過ぎては歌が聞こえないかと」

 「……そうだな、出過ぎた」

 ぽつりと告げる頼勇に笑って、父は力を緩める

 

 少年はもう何も言わなかった。小さく貰ったのだろう光る棒を振り、意思を示す

 ライブは謎のアンコール合唱を挟んで、体感約30分くらい本来の終了時間を押した

 ……駄目じゃないかそれ!?



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オーラス、或いは投げられたバトン

「……この時間も終わりか」

 ぽつり、とエッケハルトが寂しげに呟く。その目は本当に名残惜しそうで……

 

 あ駄目だ、コイツアナしか見てないな?とその視線の向きから呆れ果てる。たしかにアナだって頑張ってはいたが、この場を作り出したのはリリーナ嬢だぞ?もっとその当人も見てやれよ。アナ一人のステージじゃないんだぞ

 

 ってダメ出ししたいが、おれ自身が偉そうに言える立場でもないんだよな……

 って考えていたら、終わりの挨拶らしきものを5回のアンコールで時間も伸びて疲れているだろうに高らかに声を張り上げる少女が、不意にマイクを落とした

 

 ……いや、投げたのだと此方へと飛んできてから気が付く。アイリスが用意したゴーレムのマイク。この世界らしく地球と違って葉っぱみたいに幅広く薄いのが集音部分なんだよなこれ

 

 首を傾げるおれ。そんなおれの方をちらっと見て、桃色ツインテールの少女は横手で手招きした

 ……聞いてないんだが?いや本気で

 

 「じゃーん!ということでーっ!」

 「わたし達が照らす明日を護る皇子さま、です」

 「ボクの八咫烏」

 呼ばれ、とっとと行け馬鹿息子と背を父に押し出されてステージに転がるように上がれば、劇では演出で炎を出すから結構暗かったそこは燦然たる光に囲まれていた。眩しすぎるくらいで、片目を細める

 

 「怖いですよ、皇子さま」

 「そもそも君達の晴れ舞台に何で呼ばれてるんだ」

 後、痛いぞシロノワール。脚をその八咫烏の三本足で百烈蹴りするな。アルヴィナの八咫烏は私だじゃない

 

 「えー、それ言うのゼノ君ってば」

 「そうですよ、あの時、おれ達がって出て来てくれても良かったのに」

 ……不満げにぷくっと顔を膨らませられても困るんだが!?

 何!?あの子が父の死への嘆きを叫んでた時に飛び出すべきだったって?分かるかそんなもの!

 というかちゃんと抑えてただろうに何でおれが要るんだよ

 

 「私達、天津甕星が明日を照らす星ならば!」

 「照らす明日を護る龍星」

 「違う、狼」

 ……言われ、ああ多分これだなと理解する

 

 「茶番劇だ。それでも共に歌舞いてくれるか、おれの罪」

 空から桜の燐光を散らして落ちてくる愛刀。なんというか、分かってる演出で手元に飛んでくるなこの刀。アルヴィナが今もあの天狼の、そして下門の想いが遺っていると言うわけだ!

 「星刃、界放っ!」

 「『スカーレットゼノンッ!』」

 「アルビオン!」

 流石に別人の舞台でフルは……長すぎて不味い。変身音フルに近ければ近い程皆が手を貸してくれるタイミングと時間があるから変身が持つんだが、別に長期変身要らないしな今!

 

 けふっと展開された狼耳の龍兜の下で吐血する。連続しての変身は体に負担が強く伸し掛かる。体感30分ほど聖女二人とアルヴィナのライブが長引いたとはいえ、負担無しに再変身出来る程ではない。ってか、戦闘は楽でもその後変身形態で劇してたからな、ダメージは酷い方だ。動けなくはないが……

 

 うん、心配そうな目は止めてくれアナ、ダメージ残ってるのがバレたら困るだろ。こういうのは涼しい顔してるべきだ

 「……って違うか」

 苦笑するように笑って、おれは纏う兜を解いた

 素顔を晒し、口元の血をバレないように手の甲で拭う

 

 「劇では演じたが、おれ自身はあんなヒーローじゃない」

 ぽつりと呟く。が、リリーナ嬢はそんなの気にせず、ぱちんと指を鳴らした

 うん、無茶振り止めてくれない?

 

 「それでも、だ。おれ自身は英雄になれずとも、逆に一人でもない」

 言いつつ、ほいと投げられたマイクを更に投げる

 おい逃げるなエッケハルト。と思っていたら影から出てきたシロノワールが嘴で弾いて無理矢理彼の手にマイクを押し込んでいた

 

 「うぎゃぁぁっ!」

 「アナと共演できるぞ、とっとと来い」

 「俺とアナちゃんをお前らに巻き込むなぁぁっ!」

 叫ばれるが、今回はおれもアナに巻き込まれた側なんだがな?

 

 と思いつつ、待てば引っ立てられて壇上に青年が連れてこられていた。さらっと連れてきたロダ兄と頼勇が残ってる辺りが需要分かってるなと言いたいが……何でかシロノワールまで居る。案外人気欲しいんだろうか

 

 「そうそう、私……達も居るしね!」

 「そうですね皇子さま。一人じゃないから、物語の英雄さんと違うことも出来ます」

 「そうそう、ゼノ君達に用意した、この星を繋ぐ4つの刃の曲だって、希望の象徴として歌えるよね!」

 いや無理だが!?

 

 と叫びたかったおれだが、そこで流れたイントロに黙らせられる。それが、おれ自身良く知るイントロであったから。これ、始水の家で見せて貰ったあの作品だな?

 いやそれで良いのか……そもそも何で異世界で再現されてるんだ……

 

 『私の神託ですが?』

 だろうと思ったよ!始水は今日も絶好調である。アニソン輸入くらいなら影響出ないからかやりたい放題かこの神様?

 

 「覚悟決めろ、救世主!」

 「ゼノォっ!お前が言うなァァァっ!無責任がよぉっ!」

 そんなこと言いながらマイクを構える辺り、やはり律義だ、なんて思っていたらアルヴィナから投げられたマイクを引ったくられた。犯人は勿論シロノワールである

 シスコンガラスも割と馴染んできたなこういうところ……一昔前なら無視してたろうに。魔神王当人と昔のおれに言ったらいや原作よりフランクだから弟では?と返しそうだ。アルヴィナ命なのは変わってないがな

 

 「見えぬ太陽 引き上げるのさ!」

 そして、歌詞を叫ぶシロノワール。いや良く知ってるな……と思ったら、ノア姫がせっせと宙に光で歌詞表示してくれていた。うんまあ、おれは聞き慣れてるから曲掛けられたら歌詞は分かるけど他人は分からないわな……

 寧ろノア姫自身が知ってるの可笑しくないか?と言いたいがまあ良いか、ノア姫だし

 

 「4つの願いを、重ねたら」

 「6つですよ皇子さま」

 「ボクも要る」

 いや待てこれ歌詞だからな!?元歌詞が4人組だったから4なだけでハブる気とか無い。そもそも、おれ、エッケハルト、頼勇、ロダ兄、シロノワールで何か歌ってくれてる勢のみで既にオーバーしてる

 いや、アルヴィナ歌い始めてるしとっくに6超えてるから6で足りてないぞアナ!?

 

 「夜闇を貫く、夜明けの刃!」

 そうして歌い終わったときには、さらっとリリーナ嬢すら混じっていた。後は父さん

 うん、後者は何やってるんだよ卒業生!?



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キャンプファイヤー、或いは桃色の疑問符

オーラスを終え、片付けも終わった頃。一応皇族だしなと色々とやり終わったおれは、大きな焚き火の前に来ていた。割と定番のキャンプファイヤー、この学園でも後夜祭として行われている

 そんな中、ぼんやりと人の視線が行かないような影で炎を眺めている少女を見つけて、おれは近くで小声をあげた。まあ、聖女だしな見つかりたくないだろう

 

 「……名残惜しいのか、リリーナ嬢」

 「あ、ゼノ君。うん、何だかね……」

 そう告げる少女の手元にはあの時の衣装がある。本来は今回だけの衣装だ。割と勿体ないがドレスって割とそんなところがある。その時のために仕立てたから2度着ないのがしっかりしたドレスというか……

 が、だ。割り切れるものでもないよな、おれ自身もそうかと言い切れないレベルだし。特に彼女にとって、あの衣装は叶わなかった夢の象徴だろう。捨てられやしない

 

 「……だよな」 

 「あはは、私達がやったアイドルも終わってしまうんだって思うとさ、寂しく見えるよね、あの炎」

 空元気のように笑う少女に、おれは無意識に手を差し出していた

 

 「終わりなのか?

 別に、やれば良いだろうこの先だって。アナもアルヴィナ……は少し未知数だが、手伝ってくれるはずだぞ?」 

 「……そう、かな?」

 不安げに言われ、おれはいやいやと頷く

 

 「……実はおれ、少しさ、君に対して警戒していたんだ」

 「え、いきなり?」

 「ただ、杞憂だと、舞台で歌う君の顔を見て漸く理解したよ

 天光の聖女リリーナ・アグノエルの魂とは別人であっても。門谷恋として、君は確かに聖女として未来を託される可能性がある存在だった。そこそこ善良な君を転生させて、だからこそ詰ませる堕落と享楽(アージュ=ドゥーハ)の亡毒(=アーカヌム)辺りの謀略かと、疑った自分を恥じるばかりだ」

 肩を竦めて告げるおれ。実際、リリーナ嬢自身が敵対したがるとは助けてと言われたあの瞬間からこれっぽっちも思ってなかったが、この可能性は捨てきれ無かったんだよな。始水も割と過保護な神によるって言ってたが、この世界を作ってる七大天と違って害意があればとっくに滅んでるって証拠がないから信じきれなかった。カモフラージュかと疑っていた

 

 全く、馬鹿かおれは。あれだけ人々のために歌う少女が、ちっぽけでも太陽な子が、悪意ある奴のお眼鏡に適うかよ

 

 「……ゼノ君?」 

 いや駄目だな、心配そうに見られたら恥じるしかない

 「兎に角だ、君次第で終わらないさリリーナ嬢」

 「……そう、かな?」

 「君が頑張ったから、そうなった」

 そう、おれは微笑む。きっとこうすべきだと思って手を差し出す

 

 ……きっとおれは、あの日頑張ったねって言ってほしかったのだろう。それが間違っていても、始水的に言えるはず無くても

 けれど、今は違う。リリーナ嬢がやったことに、昔のおれみたいな保身の嘘はない

 

 「まあ、ゼノ君ありきだけどね?」

 言われ、違うよと言いかけて

 「だからね、有り難うゼノ君。ゼノ君が集めてくれた皆が居たから、私はさ、古い夢を叶えられた」

 言葉を紡ごうとして。きゅっと目を閉じて微笑む少女を前に過去で良いのかと茶化すことは出来なかった

 「君が、動いたからだろ」 

 「って言われてもさ、私自身は怖くて舞台を諦めた身だよ。ゼノ君が声を掛けてくれなければ、皆こんな私にまた舞台に立てるようにって手を貸してくれなかったって

 特に、あの狐の娘とか」

 言われて苦笑する。アステールってそんなところあるよな、と頷くしかない。とはいえ、彼女もユーゴから開放されたばかり、無茶は言えないがな

 

 「それでも動いてくれたのは、君の心に真実があったからだよ。無理なら無理と切り捨てる、特にノア姫なんかはさ」

 「……うん。そうだね」

 けれど、少し前はステージでキラキラしてた筈の少女の顔の寂しさは消えず、少女はおれを見ずに星を見上げた。

 釣られて見上げてみても、炎の明かりが星の光を霞ませてしまって、あまり綺麗じゃないが

 

 「だから、有り難うねゼノ君」

 「おれは何も」

 「ううん。ゼノ君の頑張りだよ」

 言われ、気恥ずかしくなったおれは手の甲でかいてもいない汗を拭う

 「そう、だったら良いな」

 「あー!今の顔、アーニャちゃんに見せてきた方が良いよ!」

 「何だそれ」

 「だってゼノ君さ、自分嫌いで肯定されたがらなくて、面倒臭いじゃん!

 それが微笑むとかレアだよレア!スチルあるよ絶対!ってか今のスチルまんま!」

 いきなり捲し立てられて、ずんと近付く距離に思わず半歩下がる

 

 「あ、ごめんねゼノ君。つい乙女ゲームでの話を……」

 バツが悪そうに頬を掻くリリーナ嬢。が、正直言おう

 「何か不安、あるんだろ?」

 これ、おれがたまにやる誤魔化し方だ。無理矢理吹っ切る為にオーバーになる

 

 「……え?」

 虚を突かれたように、少女が目尻に涙を浮かべたまま固まった。軽く開いた口も閉じず、目をしばたかせる

 

 このタイミングなら、何となく理解出来る。つまり……

 「センターやって、思うことがあったんだろ?」

 「あはは、バレちゃうか。やっぱり横で並び立つアーニャちゃん見ててさ、思ったんだ」

 「?あそこで一番輝いてたのはリリーナ嬢だろう?」

 首を傾げるおれ

 「いやいやいやそれゼノ君が言うの!?聞かれたら泣かれるよ?」

 「そうか?」

 「……嬉しい、けどさ……」

 ぽん、と少女の肩を叩き、手に握り締めた脱いだ後の衣装……を受け取ってしまっては壊れそうだからそれはせずおれは手にとあるものを握らせる

 

 「これは?」

 「近所の……というか学園の花壇の花で作った花束」

 まあ、おれが即座に許可出せる範囲って少ないし、四輪四種類ってくらいの本当に小さな花束だ

 「ぷっ、なにこれ」

 「あの子だよ。ステージ中に声をあげた子。あの子が渡したいって言ってたから、作って貰った」

 「あの子が、私に……?アーニャちゃんじゃなくて?」

 「リリーナ嬢、貴族令嬢の割に他人を立てるの苦手だろ」

 言われ、少女はむっとしたように頬を膨らませた

 

 「うぐっ!っていきなり罵倒は止めて?」

 「いや、だからこそだよ。アナは確かに凄いけど、何処までもあの子は神官寄りの子だから」

 「うんまあそうだけど、それがさっきの罵倒と」

 「七大天様に仕え、動く神の使徒。聖女って言葉にそんな雰囲気はあるけれど、アナはより直接的。龍姫様に直接代行者として浄化の水を与えられた

 でもね、だからこそアナは主体じゃないんだ。神様の為に動く……相手を支える事が得意。だからさ、自分が中心となって輝こうとした時は君の方がより輝く」

 「……あ、そういう……」

 「君自身が自分よりアナが見える立ち位置に居たから圧倒されたように思えただけで、ちゃんとやってたよ。良く頑張れてた」

 微笑むおれ。炎の光を逆光に、火傷痕の左側が見えにくいよう調整して怖さを下げる

 

 「……もう、そういうところだぞゼノ君」

 茶化すように微笑み返した少女は、ぽつりと言葉を零す。しっかりと左手に花束を握り締め、右手を所在無げに伸ばして

 

 それを取るべきか悩む。リリーナ嬢が本質的に男を怖がってるのは聞いたしな。ゲームキャラだからで割り切られてた昔の方が距離近かったし、触れないべきかもしれない

 「……本当に出来るのかな」

 「出来るさ」

 「アーニャちゃんと違って、転生者の偽物だよ?」

 「君は真性異言かもしれないけれど、偽物じゃない。本来のリリーナ・アグノエルじゃなくても、ちゃんとした聖女門谷恋だ」

 「それに、優柔不断だし……」

 思わず苦笑を返す

 「おれに言うか、それ?別に良いだろう、決めなければならない時まで悩み続けて」

 言われた少女は暫く呆けて……口元に手を当ててくすりと笑った

 

 「そういや、ゼノ君って女の子に対してだけ結果的に大体優柔不断だった。他はすっごく割り切ってるのにね」

 「言われると事実ながら傷付く」

 「……ズルね、ゼノ君って

 本物ずっと見てたら辛いしって思ってたのに。他人の事には妙に敏いところあるし、微笑まれると良いなって思う

 ……本当に、出来るよね、私」

 「……何なら聞くか、リリーナ」

 え、と呆ける少女の手を取る。今なら取るべきな気がした

 

 「皆に、さ。正直皆待ってるよ、主役の一人を」

 「っていうかゼノ君、手……」

 「嫌じゃない、っぽいからさ」 

 「……うん、夢を諦めたあの日から、ちょっとだけ進めた気がして。ちょっとだけ平気……

 ってそうじゃなくて!」

 顔立ちより儚げに微笑んでいた少女の頬が紅潮する

 それを見つつ、おれは偉いよ、という嫉妬を表に出さないよう噛み殺してゆっくりと手を取ったまま歩き出す

 

 「リリーナ嬢って呼び方か。止めた」

 「止めちゃったんだ」

 「君が何時でもおれを捨てられるように距離感を取ってた。でも、必要ない」

 「そうなの?」

 「今日、漸く君が分かった。例えばオーウェンと恋仲になるとかしたとしても、縁は切れない。ちょっと関係が変わるだけだ」

 にっ、と笑う。隻眼故に歪むのは仕方ない

 「君は君として、尊敬すべき一人の太陽。ならば、あえて距離取る言い方は要らないだろ?」

 「……ホント、ズルだよ。リアル化ゼノ君って、卑怯だなぁ……」

 が、否定的な言い方とは裏腹に少女ははにかむのだった

 

 「どうせなら、ね。私は私って言うなら……ゼノ君には、(れん)って呼んでほしいな。私自身はゲームのリリーナにはなりきれないし、しっくり来る」

 言われ、おれはもう片手に鋭い痛みを感じつつ頷いた

 

 「痺れを切らしたアルヴィナが隠れておれの手を噛んでるから急ごうか。そして、人々には聖女リリーナでなきゃいけないから……言える時だけだ、行こう、(れん)



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第二部終章 鋼毒神龍決戦 インターミッション
火事、或いはあの日の焼き直し


「いやー、悪いねゼノ君。オーウェン君ってばお母さんが風邪引いたからって来れなくてさ」

 あはは、と明るく笑う桃色髪ツーサイドアップ(ツインテールはアイドルモード限定らしい)の少女に向けて、おれはいいよと手を振った

 

 「うーん、自分でお店で選んでみたいからってついてきて貰ってごめんね?」

 「貴族だし聖女だし、その気になれば御用と呼び付ければ良いものな」

 「もう、風情が足りないよゼノ君。憧れのお姫様みたいではあるけどさ?

 やっぱり私は色んなお店からこれってハートに電流走ったものが見たいの」

 その言葉に微笑むおれ

 

 「君がそう願うなら、それは君の中で真実なんだ。付き合うよ、(れん)」 

 周囲に聞き耳を立ててるのは……うん、アルヴィナ一人だ。怪しい気配は……

 あるな?数人ずつのグループ、何処かピリピリしている。殺気って程ではないし此方に向いている訳でもない

 

 空を見上げて警戒に留めておく

 

 「どうしたのさゼノ君。ひょっとして、呼び方に慣れてない?」

 「いや、慣れてるよ」

 「爪先で地面トントンしてたし」

 「影の中のシロノワールに合図してただけ」

 もしも彼等が何か仕掛けてくる時向けに、な。とは言わない

 リリーナ、気が付いてないしな。楽しい気分を何か起こると分かる前から台無しにはしたくない

 

 「へー、シロノワール君か

 あ、ごめんねゼノ君。一応デートで婚約者で」

 と、一歩あった距離は半歩へと詰められた。それで良いのか聖女

 いや良いのか、優柔不断で行こうってしてるしな、今のリリーナ

 ゲーム的にも、1年目終えた段階でルート決まるレベルになるのって、積極的に会いに行った時のもう一人編のおれ(ゼノ)ルートくらいだ、恋にアイドルにって好きに悩んで欲しい

 

 「あー、遠い目してるー!」

 そんな気楽な物言いに、鐘の音は聞こえないと安心して手を取ろうとして……

 おれは焦げ臭さに眼を細めた

 

 「焦げた匂い?」

 周囲を見回せば、微かに立ち上る白煙

 「火事?」

 「えっ……」

 少しだけ何かを思い出そうとするように眉を顰めると、ぽんと胸元で手を打った

 

 「ゼゼ、ゼノ君!そういえばあったよこのイベント!」

 「リリーナ?」

 大声に閑静だった貴族の館が並ぶ区画で庭を整えていた執事らしき人がこちらを向く。注目されたのを機に呼び方を戻して、おれは首を傾げ……

 

 あ、思い出した。そういやあったなぁ……学園生活2年目始まる頃の火事イベント

 原作ゲーム的には、条件を満たすと起きるという訳でもない強制発生のイベントで……

 

 「あ、でも頼勇様が何とかするか」

 ほっと息を吐いた少女に、おれは違うよと首を振った

 そう、頼勇の顔見せなんだよな、本来。で、特定のキャラの好感度が高いと放火だとヒロインが見抜く派生イベントがあってそのキャラの好感度が更に上がる……んだけど

 

 「どうして?たまたま頼勇様が通りがかって何とかしてくれるけど」

 「リリーナ、今の竪神にたまたま此処を通る理由って、あるか?」

 そう、そこだ。ゲームではまだ各地を回って魔神の脅威を説いていたから王城に向かう最中に貴族邸宅が並ぶ区画を通ったんであって、今の共に戦ってくれる頼勇が寄り付く理由が無い。たまたま通りがかる前提がまず消えている

 

 「あ、ない!?それにあれ放火だし……下手したら誰か死んじゃうかも!」

 「……行くぞ、掴まってくれ!」

 叫んでおれは少女の手を取る。そのまま腰を抱き寄せようとして……

 

 「アーニャちゃんでも無いしそれは恥ずかしいって!?」

 「なら、絶対に離さないでくれよ!」

 言われて、ひょいと軽いその身体を背負う。首筋に手を回させて、小走りから一気に跳躍。ダン!と道路に小さなヒビを残して全力で宙へと飛び上がり……

 

 「悪い、月花迅雷よ!」

 空中に愛刀を呼び出し、刀身から漏れる雷を何時もの靴で駆け昇って更に高度を稼ぐ!

 「ちょ、きゃぁぁっ!?ジェットコースタぁぁぁっ!?」

 少女の悲鳴を無視して雷を蹴って高度を下げて煙の辺りに着地、せめて前傾姿勢で手をつき、おれの身体をクッションにして衝撃を抑える

 むにゅりと全体的に柔らかさが押し付けられて、やっぱり抱き上げたほうが結果的に良かったかな……と反省に頬を掻いて、おれは立ち上がると桃色聖女を下ろした

 

 「し、死にかけた……無茶だよゼノ君ってば。急ぎたいのはそりゃそうだけどさ?」

 「ごめん、リリーナ」

 「怒ってないよ、急げたもん。でも、次は心の準備だけさせて……」

 肩で息をする息も絶え絶えな少女に頷きつつ、おれは周囲を見た

 

 燃えているのは貴族邸宅の一角。というか端の一軒。広めの平屋……じゃないな、2階建ての豪邸だ。とはいえかなり木造部分が多く、直ぐ隣には商業区画があるせいで土地も貴族向けとしては安い。人々の喧騒とか聴こえてしまうからな

 

 となれば、全邸宅の所有者は覚えていないしゲームでもモブだったが、恐らくは見栄を張りたい下級貴族の邸宅だと推測出来る。高位貴族なら大体石と魔物素材でもっと高い邸宅作るしな

 

 ってそんな場合か

 「機虹騎士団、第七皇子ゼノだ。事情をお聞かせ願いたい!」

 此方を見る人々も居るが野次馬だらけの喧騒を引き裂くように声を張り上げる

 それと同時、愛刀を手におれは空を見て……

 

 ごめんな、こんなことにばっかり使って。それでも、これで人の命を救えるなら!

 桜、青青赤青桜!連続して愛刀の放てる三種の雷鎚(いかづち)を真昼の空へと打ち上げる。謂わば信号弾!どこまで気が付いてくれるかだが、少なくとも赤雷は青空に映える!

 騎士団の符牒では犯罪……放火強盗のサインだが、そうまで理解されずとも有事は伝わる!十分っちゃ十分だ!

 

 「アウィル!」

 更に叫べば、遠くから遠吠えが返ってくる。これですぐにアウィルが来てくれる

 そうしている間に人々は収まる……訳ではなく、聖女リリーナを中心に何かわいわい始めた

 

 ……本当に野次馬根性、駄目なところは駄目だなうちの国!?あの日もそうだった

 

 「……ゼノ君、少なくとも中に何人か居るはず!」

 「忌み子皇子殿下、貴方に何が」

 そう聞いてくるスーツの老人……恐らくは燃えている家の執事に、おれは静かに首を横に振って返した

 

 「確かにおれは忌み子で、かつて火事から助けてと言われた犬を助けてあげられなかった無能だ

 けれど、二度目はない!此処に逃げれてない人は!」

 「料理場と清掃のメイド達、それに病に伏せっておられた奥様とその付き人が……」

 「リリーナ!君、火は」

 「ごめん、燃え広がらないようにすることは属性的に出来ても消火は無理かも!」

 「十分!これ以上拡大したら商業区が燃えだす!そこまで行けば大惨事だ!頼めるか!」

 「が、頑張ってみる!」

 少しの怯えは見えるが少女は緑の眼に炎の光を反射させて頷いた

 「アウィルに守って貰うから、その背ででも頼む!」

 「ちょ、ゼノ君!?炎ってなんだかんだ苦手なんじゃ」

 「確かに、色々と炎に奪われた。守れなかった。嫌な思い出は多いよ」

 一歩踏み出す。愛刀を手に、駆け出す

 

 「だから!今度こそ奪わせないと思えるんだよ!」

 それだけ叫んで、一気に悪趣味な庭を抜けるとおれは蝶番が溶けて歪み始めた扉から燃える館へと突っ込んだ



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おまけ、今回予告 第二部終章

昨日と同じ今日、今日と同じ明日。世界は同じ様に時を刻む。それはまだ暫く、変わらないと夢見ていた。

水神はこの手に収まらず、銀腕は意趣返しをすべく飛び去り、円卓に座す黒き龍神の姿を取った神は真なる侵攻を決意する。 それは、一つの決戦の火蓋。

『ユピテールは多数が平行して動くからー、きゃはっ!ざぁんねん、ざーこざーこ!数が足りないから、焦っちゃったねぇ……』

降り注ぐ機械軍団、飛来する合衆国を護る為の復讐の機神、天光に焦がれた剣の機龍。全てが、たった一つの目的の為に、街を戦火に沈めていく。

 

『……すまない、皇子』

そして、それは眠れる毒龍を動かすのに、十全を超えた心毒の激情。

『そんな縁、祓っちまえって言いたいが』

溶け合う個を超え一つとなった悪意(ねがい)。液化集合意識が、束ね重なる己を正義として牙を剥く。

『最終究極絶対特命合体!ジャスティス・ダイライオウ!』

『……ダイライオウが、私達の敵になるなんて!』

 

『……うん。それが、それだけが……僕の、私の……君に言いたかった、たった一つの望み。ごめ、んね…… 獅童、君……大好き、だったよ……』

願いは遥か、鋼の城に。

『ゼノ君、オーウェン……桜理君っ……!私は……私は何も……っ』

『神にもなれる力は、悪魔の機械となりて滅びをもたらす』

『……悪魔、か。確かにそうだ。サクラがあれだけ願っても、世界を滅ぼす力には変わりない』

『ああ、待っていたぞ、その目覚めを。世界を滅する覇灰を』

神とも悪魔とも成り得る鋼帝は今、悪魔として目覚めるのか。

 

『わたしに、出来ること……リリーナちゃん達を助けられる可能性、龍姫様が託してくれた極光……』

時は旧き祖により明けぬ永夜と化して世界を覆う。

『終わりにしましょうか、23。これが神の為す正義。人の為す偽証ではなく、ただひたすらに、燦然』

君臨する鋼の皇の前に、どんな夢も意味など……

 

 

次回、蒼き雷刃の真性異言 第二部終章

起 「Now here Utopia」

承 「But GOD BLESS JUSTIRIZER」

転 「No where Utopia」

結 「so as I play……」

 

『Now here Utopia

見果てぬ夢の理想郷

 

but GOD BLESS JUSTIRIZER

されど個を越え人を超え、正義に至る』

終わるが良い、完全なる神の秩序の前に。永遠ならざる人はそれを穢すのみだ。

 

『No where Utopia 

見果てぬ夢の理想郷

 

so as I play“Genesis-Jurassic DAI LI-OH"

故に夢追い、猛く創征を謳う』

……だからこそ、完璧でなくとも!

わたし達は今より一歩だけでも良くなった、明日を謳います!



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