蒼き雷刃のゼノグラシア ~灰かぶりの呪子と守る乙女ゲーシナリオ~ (雨在新人)
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遥かなる蒼炎の紋章 キャラ紹介
また、挿し絵(というかカスタムキャストの3Dモデル)は原作仕様(ゲーム本編の15~19くらいの年齢の際のもの)となります。ちゃんとした女の子の立ち絵は水美(@minabi_4649)様に描いていただいたものです。
主人公のイラストは七瀬 あお様によるものです。
また、カスタムキャストの限界により設定を一部反映できていないので、割と似てる似顔絵程度に思ってください。この先置かれている挿し絵についても、全て同様です。時折描写と矛盾がありますが、作者のカスタムキャストで再現できる限界による矛盾です
その辺りが気になる人は、挿し絵無視していただけると有り難いです。あくまでもキャラの外見を知る補助やちょっとえっちな読者サービス目当てのものなので……
"第七皇子"ゼノ (cv:
初期職業:ロード:ゼノLv10 属性:無し
男主人公、或いは隠し女主人公の場合のみ登場するキャラクターで、帝国の皇子の一人です。魔力を持たないという特異体質からか帝国内での扱いは悪いものの、本人は逆境の中でもしっかりとした皇子であろうとする善人です。主人公にも優しく、全力で力を貸してくれることでしょう
"第三皇女"アイリス (cv:
初期職業:ゴーレムロードLv1 属性:火、鉄、土
全ルートで登場するキャラクターで、帝国の皇女の一人です。男主人公ルートでは、攻略対象の一人でもあります。その儚げな印象と実際に非常に病弱な体とは裏腹に、その魔法は非常に強力です。病弱故に本人は部屋から出ることは殆ど無く、魔法で作り出したゴーレムを操って学園生活を送っていますが……
"幼き守護龍"ティア (cv:
初期職業:龍姫Lv1 属性:水、水、水
全ルートで第二部に登場するキャラクターで、魔の者が封じられたという遺跡を護る守護龍の一族の少女です。守護龍としての力を解放すると巨大な龍の姿となり、皇族すら越えかねない圧倒的な力を見せ付けてくれることでしょう。けれども普段は大人しく読書好きな少女です
"天光の聖女"リリーナ (cv
初期職業:聖女見習いLv1 属性:天、天、(天以外の選択した得意属性)
全ルートに登場する今作の主人公。名前はデフォルトネームです。男主人公ルートでは攻略することも可能です。子爵の娘(初期設定により変動)であり、そう強い魔力は持たなかった彼女ですが、ある日受けた聖女の予言と共に強い天属性の魔力を発揮するようになり、名門とされ皇族も通う学園に入学する事になります。元々は兄が家を継ぐ事が決まっていた為何れ何処かに嫁に出されることになっていて婚約などはしていない為恋に恋する年頃の少女であり、予言の聖女として恋愛の自由を得て修行に恋にと大忙しです
ちなみに、外見は3つから選べます
"異界勇者"アルヴィス (cv:
初期職業:火の勇者Lv2 属性:火、火、(火以外の選択した得意属性)
今作の男主人公。名前はデフォルトネームです。女主人公ルートでは登場しません。ある日勇者の啓示を受け、異世界から召喚された少年です。勇者として成長し、聖女と共に魔王を倒して世界を救うため、学園に通うことになります。元々居た世界との違いに戸惑いながらも、精一杯戦う正義感に満ち溢れた性格に惹かれる女性も多いとか
"誓いの風刃"レオン (cv:
初期職業:剣士Lv17 属性:風
全ルートで登場するゼノの乳母兄弟であり、彼の最も近い部下です。攻略も可能です。ゼノとは同じ師に学び、彼とはずっと共に行動してきたようですが、とある事情から反目している様子です
"
初期職業:司祭見習いLv8 属性:天、水、水
今作の隠し主人公です。特定の条件(主人公の苦手属性を天、得意属性を水、名前をデフォルトネームにしない、加護が龍姫)を満たすことで、ゲーム開始時に彼女を主人公として選択することが出来ます。それ以外では登場しません。平民出身の少女で、その特異な力から平民ながら学園に招かれた特待生です。今までの暮らしとは全く違う世界に戸惑いながらも、途中で聖女の預言を受け、聖女見習いとして精一杯努力する努力家で、恋愛には疎い面があります
基本的には主人公である為外見や声は変わりませんが、外伝作品においては差別化されています
"炎の公子"エッケハルト・アルトマン (cv:
初期職業:魔法剣士Lv15 属性:火
クールな辺境伯爵の息子で、攻略対象の一人です
炎の魔法と剣の腕は確かで、そのイメージとは裏腹にクールな性格ながら、心の奥には熱いものを秘めているようです
"誓いの銀盾"アレット (cv:
初期職業:アーマーガードLv15 属性:影、鉄
本作の仲間の一人で、皇族のことを恨む少女です。皇族嫌いではありますが、それ以外に関しては特に取っつきにくい所はなく、誰にも優しく親身になってくれるでしょう。平民出身ながら、貴族の息子の中には彼女に目を付けている人も居るとか
"特命を継ぐ銀腕"
職業:レリックドライバーLv2 属性:土/雷/影
本作の仲間の一人で、父の魂と共に魔神を追う青年です。責任感、正義感が強く、父の残したシステムLI-OHこと鬣の機神ライ-オウを駆り、魔神から人々を救うために旅をしています。その心の奥底には、何か辛い記憶があるようですが……
"悲劇の退治者"ロダキーニャ・D・D・ルパン (cv:
初期職業:トラジェティファントムLv2(上級) 属性:風、火、鉄
全ルートで登場するキャラクターで、帝国北東方向にある小国の一般市民です。が、一人桃太郎とされる幾つもの種の亜人へと同時に先祖返りを起こした特異な外見から、オンリーワンな存在として活動しています。攻略も可能です。
非常に明るく積極的で、熱血なところがある彼ですが、他人の悲劇を盗み悲しみを退治すると呟くその心にはある秘密を抱えているようです。
"魔神王"テネーブル (cv:
初期職業:魔王Lv?? 属性:影、影、影
本作の最終目的、倒すべき魔王です。幾多の魔の軍勢を連れ、遥かなる世界から侵略を開始した戦乱の元凶にして魔神族の王……のはずですが?
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序章、第七皇子と
プロローグ、或いは転生譚の蛇足
ふと、暗闇で目を覚ます。両の手で頬に触れ、首筋を通して肩まで流す
その感覚が有ることに安堵する。突然の自分の体すら見えない暗闇の中でも、体は此処に確かにあるのだと
『これはこれは、実に小さく可愛らしいお客様だ』
暗闇に、ぼんやりとした影が浮かび上がった。いや、影なのだ。それは確かなのだが、目の前すら認識できない真っ暗闇では、その影と分かるナニカは、淡く輝いて見えた
輝いているのは影だけ。右手を目の前に翳してみてもその影は見え、影が輝いているならばそれを遮るはずの手の姿は何処にもない
「……お客、様?」
『そう、お客様。ようこそ、輪廻に還る狭間の世界へ』
その声は優しく、そして何処までも胡散臭く響く
「りんね?」
理解できないというように、ぼんやりと聞き返す
いや、知っている。道徳の本で読んだのだから習っている。ただ、脳が理解したくないだけ
輪廻転生。死者の魂が生まれ変わる事
『ああ、小さな客人、君はあまりにも残酷な真実に気が付いてしまったのだね、おめでとう』
声は、人のそれ。何時しか姿を取っていた影も、人という形状からそう外れてはいない。けれども何処となく異形に見える尖った足先や頭、そして幾重にも突きだした首筋から察するに……影を取った彼の姿は道化だろう
いや、彼というのが正しいかすら分からない。響く声は男にしては高く、けれども女にしては低いもの。判断はつかない
色々と不可解だが、死後の世界の事なんて何も知らない。認識している常識が通用しなくても何も可笑しくはないのだと割り切る
不思議と混乱は無い。ああ、やっぱりかと思うだけ。暗闇だと認識した瞬間に、何となくそんな気はしていたから。ただ、死を祝われたのが少し……頭に来た
俺は、祝われるような何かを……為せて、いなかった気がして
そんな人生に、何か意味はあったのか
漠然と、分からない不安だけがあって
「死んだのか、俺は。それで、ならば貴方は死神だとでも?」
思い出せないそれを振り払うように、俺は声を紡ぐ
『おやおや、客人。取り乱さないのかい?それはいけない、死とは人生において何より大きな一大イベントなのだから。何よりも楽しまなければ、死に失礼ではないか』
言われ、有ることしか分からない体で、動くことは分かる脳味噌を回転させる
……覚えていない。俺は誰で、何時何処でどうして死んだのか、そんな簡単な事すら、上手く思い出せない
ふと、体が震える。ならば、俺は誰だ?そんな恐怖に駆られ頭をかきむしる
収まらない。実在認識出来るだけの触感、それしかないからか、どれだけ頭を抑えても何も変わらない
『イィィッヒッヒッヒ!そう、それさ!それこそが死の醍醐味!』
文字通り道化のように、影の尖りが下を向き、笑い声が響く。恐らくは、喉を抑え、上を向いての道化笑いなのだろうが、影では判断がつかない
『それが見れただけでも、門を開いておいた甲斐はあったよ
さて』
ふと、影が此方を見据えた、気がした
途端、体が硬直する。元々有ることくらいしか分かっていなかったが、指一本動かせないと感じる。けれども、口だけは動く
『客人、君はまだまだ若くして脳味噌を床にぶちまけて死んでしまった。ああ、なんたることか。まだ前途がある君は、若くして永遠にそれを生きる術を失ってしまったのだ
ああ、具体的に言えば、君はバスケットボール……分かるかね?こういう丸いものさ』
と、大きめのボールらしきものが、影に加わる
『君は、このボールを集めた籠に、思い切り頭をぶつけて死んだのさ。憐れに!無様に!何者にも助けられることなく!』
道化の腕が、目頭だろう場所を抑え泣き真似る。当然泣いてなどいない。死を祝った彼が、今更泣くなんて有り得ない
『さて、可哀想な君には、二つの選択肢をあげよう
一つは、このまま輪廻の輪に戻り、新たなる存在として転生すること。当然ながら、客人はもう客人ではなくなる。ああ、けれども君はきっとこの道を選ばないだろうね、客人』
どこまでも猫なで声で、道化は言葉を続ける
『もう一つの道はそう、おすすめの道さ。自分が誰かすら分からなくなって消えていく恐怖!それを体験した客人は、勇気があるならばきっと此方を選ぶ』
ケタケタと高笑いしながら、道化は続ける。柔らかく熱い何かが、頬を撫でる
「もう一つの道?」
『そう!もう一つの道さ
客人は客人のまま、新たに人生をやり直す。所謂異世界転生、という奴さ』
「異世界転生?」
思わず、聞き返す
読んだことがあるような、無いような。死の間際に異世界へと飛ばされた兵士が、翼の靴の聖戦士と呼ばれて異世界で戦うという物語。って、それは転生というか転移か
『ああ、安心してくれて良い。どんな酷い世界に転生させられるのだろうかという不安ならば必要ないよ、客人
君を招待するのは、君の大好きなゲームの世界さ』
「ゲームの、世界?」
……自分の名前すら忘れているというのに、それだけは思い出せる。よっぽど、生前の自分はそのゲームに関して時間と情熱を注いでいたのだろう
遥かなる蒼炎の紋章。そう呼ばれるゲームに違いない、のだろう
「いや、ゲームの世界にってどういう話だよ」
それは、当然の疑問だった。ゲームは、あくまでもゲームなのだから。その世界にと言われてもよく分からない。特に、あのゲームは所謂SRPG、ユニットを動かして敵と戦わせるシミュレーションゲームでもある。自分がその世界で、ユニットとしてプレイヤーに動かされるのか?それは……嫌だ
自分の命運くらいは、自分で決めたい。それが例え、一見とても簡単に見えて、殆ど誰しも果たせない程の無理難題だとしても
『ああ、語弊があったね
君が転生するのは、何時か誰かが夢の中で見て、未来予想を描いた世界。言うなれば、君がやっていたゲームとは、その世界を夢で垣間見た人間が造り上げたシミュレーションなのさ
つまり君は、あの娯楽に極めて近く、限りなく遠い世界で、改めて生きる事になるのさ』
「何故、俺なんだ」
姿のはっきりとは見えない影の、それでも恐らくは眼があるだろう位置へと目線を動かし、問い掛ける
『これは、正直な話だけれども
誰でも良かった。だから、門を通りこの地にやって来た迷える魂に、話を持ち掛けた訳だよ』
影が、自身の服の中を探り、手らしき部分に一つの、それと分かるものを取り出す
燃える玉。影のようにぼんやりとしてはおらず、明確な形をもって輝いている
その燃え盛る表面へと、道化は顔を近付け、躊躇いもなく焔を嘗めた
……燃えない。燃えそうでいて、その焔はまるで燃やす実体がないかのようにただただ嘗め取られる
『これを取り込むと良い。それが、転生を助けてくれるだろう』
ぽいっと、手首だけで道化が果実を投げて寄越す
慌てて両の手でもってそれを掬うように受け止める。何時しか、体は動くようになっていて
「……っ!」
同時、両の掌に感じたのは灼熱。火なんてまともに触れたことはない。星空キャンプの夜、面白がって松明の一本を脇腹に押し付けられた時くらいだろうか
それが何時だったかは、覚えていないけれども。覚えていないならば、きっとそんなものあのゲームに比べてどうでも良い事だったのだ
痛い。熱いのではなく、ただただ痛い
くつくつと、含み笑う声が響く
『道化が真実しか語らなければ、それは単なる語り部に過ぎない。そうだろう?
その林檎は、君の魂を焼き尽くす地獄の焔の塊、地獄の果実
私は君に一つ、嘘を付いた』
ふと、視線を感じた。彼は、何かを待っている
手の焔は少しずつ燃え広がってゆく。掌から甲、腕、もう肘までも灼熱しか感じない
……考えるまでもない。彼は一つ嘘を付いた
勇気があるならば、きっと
躊躇わず、首を伸ばし果実にかじりつく
歯で焔を巻き込んで削り取り、舌を焼かれながらも無理矢理に咀嚼する。苦くて、苦しくて、あまりにも甘い矛盾した味が口の中に広がる
『はい、御仕舞い
全て食べてはいけないよ。それは原初の罪人ですら出来なかった話だからね。人には許されてはいないのさ』
焔をものともせず、果実は道化に取り上げられる
『うん、思い切りが良いね。かじりすぎだ』
俺の残した歯形を繁々と眺め、道化は呆れる
『どうして、かじってしまったのだい?』
「わざわざ嘘を言ってくれたじゃないですか」
そう、分かりやすかった
果実は転生を助ける。果実は魂を焼き尽くす。一つだけが嘘ならば、どちらかは本当だ
そして、勇気あるならば転生を選ぶと道化は言った。ならば、転生に近いのは勇気をもって言われた通りに果実をかじり、取り込むこと
わざわざ矛盾点を言ってから嘘を付いたと宣言してくれたのだ、これほど分かりやすい答は無い
道化が悲劇を演出するために本当にかじれば燃え尽きるものを渡していた可能性はあった。だが、それを怖れて迷っていては意味がない。信じて無視した
直感を信じる勇気、ただそれだけに全てを託して
意識が薄れていく
認識していた体が、確かに其処にある、と思えなくなってゆく
視界がぼやけ、道化の影が焔のように揺らめきだす
『……よい夢を、客人』
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本当のプロローグ、或いは自己認識
眼を開いた時、見えたのはただ焔だけであった
「……
頭を押さえ、言葉を紡ぐのは初老に近付き始めた一人の若作りな男。その手に携えた人の手には余る大きさの大剣は、それそのものが燃えている
自分自身の小さな体は、最早火傷と痛みそして何より精神的な怪我でぴくりとすら動かなかった
蒼炎の中に佇む銀髪の巨漢。炎の中に沈む幼い子供
ああ、そんなCGもあった
此処からかよ、酷いな
そう、冷静に考えることが出来るのも、予めあの
その眼には、鮮やかな蒼い炎だけが焼き付いていた
次に目覚めたのは、ベッドの上
全治無し。まともに動けるようになるまで約二週間。一生焼け爛れた左目周辺は治らず火傷痕と生きていく。
治りについては何も言われていないけれども知っている。此処はあの道化が言っていた言葉を信じればおれの知っているゲームの中みたいなものなのだから
ならば、此処はゲームの中。そしておれは……その序盤お助けキャラの一人だ
遥かなる蒼炎の紋章シリーズ。おれが今その登場人物の一人になっているだろうゲームは、所謂乙女ゲームだ。ギャルゲー版もあるが
プレイヤーは聖女だと予言された主人公となって王公貴族も通う学園生活を送る
そして第一部の行動によって学園卒業後の個別ルートこと第二部があるという感じだ。ストーリーとしては、学園で成長し恋をした聖女(主人公)と仲間達が復活した魔神王達と戦う王道ファンタジー
だがこのゲーム、正直な話女性に受けはあまり良くなかった。話題にはなったが、評価はそこまで高くない。理由は簡単であり、ジャンルがSRPG+ADVであったから
あと、一部キャラを除いてHPが0になったら死ぬ。別ルートで攻略したお気に入りも普通に死ぬって話だからなこれ
極めつけには、シミュレーションゲーム部分の難易度は相当に高かった。どれくらいかというと、RTAだの最短ターンアタックやってたおれが、最高難易度の1発全員生存は運ゲー過ぎると言ってた程
だが、CGは良かったし、キャラも……SRPG部分に容量を取られ過ぎて重要イベント以外はパートボイスという部分を除けば声優も豪華で良し、という事でそこそこ受けはした。
というか寧ろSRPGとして面白いとか言って男性側に割と受けた。結果、元々SRPGだから女性キャラも多いしと男性主人公なギャルゲー版、そして次世代機で容量足りたからと男性女性双方のルートに容量の都合で削られたイベントやキャラも追加した完全版が発売された
更には続編みたいなものの構想もあったらしいが、(仮)として発表された頃に死んだようなので詳細をおれは知らない
そして、お前は弱いと言われるイベントを自分の体で体験した時点で、名前を呼ばれてなくとも自分が誰なのかは分かる。あのイベントは、とあるキャラの語る回想そのものだから
第七皇子ゼノ。それが、今のおれの名前である。
そう考えると、妙にしっくり来た。おれ……というか、これをゲームと認識していたおれの記憶は割と曖昧で、ゼノとしての記憶はしっかりとある。混ざりあったような感覚。おれはおれであり、ゼノでもある
目覚めても火傷で動けないのでもう少しおれの記憶を掘り起こす
第七皇子ゼノ。この世界の皇族の常として姓は無い。皇族としての籍を抹消される際に、婚姻と共に向こうの姓が付く、それがこの世界の皇族だから
ゲーム的に言えば、
一応最初の頃から設定はあるものの容量の都合上モブだった存在であり、完全版で追加されたもう一人の女主人公でのみ攻略出来るという特殊な立ち位置のキャラだ
第七皇子という肩書きから俺様系かと思わせて、割と影のある好青年という感じ
個別イベントでは、何時抹消されても可笑しくない皇籍程度の自分が平民出身とはいえ聖女の予言を受けた主人公に釣り合わない、もっと彼女には相応しくて幸せになれる相手が居る事に悩む、なんて本当に乙女ゲーなのかこれというキャラである
そして、救済枠だからかチョロい。あとは、彼の……今では『おれ』のルートへの導入はそれはもう滅茶苦茶に主人公が積極的だったりする
何より重要なのが……キャラとして追加された事で判明したのだが、ゼノは通常女主人公ルートでは分岐によって敵幹部と相討ちするか普通に負けたかは分岐するがどんな進行しても死んでいるということ
考察によると皇籍を抹消されて辺境の防衛に飛ばされ、侵攻してきた幹部相手に元皇子の責務として徴兵された皆を逃がすための殿を務めて死亡、だったはずだ
正直な話、死にたい訳がない。それなら転生なんて選ばない
つまり、急務としては生き残る道を選ぶこと。その為には……この世界が通常女主人公ルートでない事を祈る事しかない。或いはこの世界が難易度easy基準だと祈るくらいしか、やることがない
強くなって勝てば良いんだよと言いたくはなるが、相討ちになるルートでのゼノは、恐らくステータスが普通にカンストしている
その上で相討ちということは、強くなってもまあ勝てないだろうという話になる
実際問題、ドーピング含めてカンストしたゼノをもう一人ルートで相討ちしたらしい幹部とぶつけて再現してみた事もあるが勝てたのは難易度nomalが限界だったしな
じゃあ逃げるか?逃げれば殿なんて務めなくて良いから大丈夫?
そんな選択肢は無い。仮にも皇家、例え籍がその時には抹消されてようが護るべき民を見捨てて逃げて良い訳がない。というか、そんな事やらかすなら皇籍抹消はその心の弱さのせいだろボケで終わってしまう
さて、寝よう。考える時間はまだまだ沢山ある
火傷が疼き出したので、考えは打ち切っておれは意識を闇に沈めた
早急にやるべきことは……まずは原作より弱いなんて事がないように鍛えることか
実は結構難題だな!?
2週間と4日、つまり20日が過ぎた。この世界……マギ・ティリス大陸における1週間は8日。1ヶ月は6週間、1年は8ヶ月に当たる。1年は384日となる訳だ
この世界を創ったとされる七柱の神である七大天。
七大天とは、焔嘗める道化、山実らす牛帝、雷纏う王狼、嵐喰らう猿侯、滝流せる龍姫、天照らす女神、陰顕す晶魔の七柱。魔法の存在等あらゆる場所でその存在の痕跡が見える、この世界に実在する事が疑うべくもない神々
それに全てを束ねる者として想像される万色の虹界。それに合わせて月や日にも名前が付けられているが……そこは良いか、もう
閑話休題。正直な所言われた日付が今日から何日前何日後を指すのかさえ分かれば基本は問題ない話であり、あまり意味はない。ゲーム内でも一応表記されていたが、覚えてなくても何とでもなった。1日もやっぱり8つに分けられて火の刻から始まるのだが、刻一つが日本という世界では3時間なので24時間式で考え直せるし問題ない
重要なのは大体動けるようになるまで2週間であった火傷の大半が無視できるくらいまで回復したということ。顔の火傷は一生残るが、他は何とかなった。つまり、もう出歩けるということ。調査開始出来るということ
「……坊っちゃま」
そう、良しとベッドの上で握りこぶしを作るおれを、おれ専用のメイド……ではなく老執事は痛々しそうに見ていた
別に、おれの行動が痛い訳ではない。存在そのものが執事として見ていて辛い程に痛いだけだ、多分
「じい、大丈夫だ」
「しかし……」
「親父の……陛下の真意は伝わってるから」
分かるかボケぇ!と言いたいのを必死に堪え、そう返す
そう、陛下……あの焔纏って実の息子に消えない火傷追わせたボケにして帝国最強の当代皇帝のやらかした事こそが、多分おれが今のおれになった理由
この世界は、当然ながら剣と魔法の異世界である。聖女なんてものが居る以上当たり前だが。そして、そんな世界の人々は必然的に魔法を使う力を持つ。獣人は持たないから差別される
魔法属性は大きく分けるとやはり七大天の属性になる
そして、此処に一つだけ禁忌がある。相性が悪い属性同士、それも純属性とされる七大天の属性の二人は決して結ばれてはならない。その二人の子は呪われるだろう、というものだ
もう分かるだろう。あの親父の属性は火の純、メイドだったらしい母親の属性は水の純。おれ、第七皇子ゼノは、その禁忌を思いきり踏み抜いた忌み子なのである
何でも疲れた時に甲斐甲斐しく世話してきたメイドについうっかり手を出してしまったら禁忌の相手で、しかも1発で仕込んでしまったとか何とか
気の迷いで忌み子を作んないでくれ親父
因にだが、そんな忌み子を産んだせいで、母は死んだ。おれを産んだその時に、おれと共に呪いの炎に焼かれ、おれだけを必死に消火して、自分は燃え尽きた
……おれにある母の思い出は、左肩と臍にある小さな一生残る火傷痕と、父から母に子を産んだ際に贈られるはずだった、3回まで攻撃でない魔法を無効化できるアクセサリーだけ
そして、五歳の誕生日に子供は全員行う、属性を見幼い子供の弱い体では耐えられぬ為に眠っていた魔力を解放する儀式の際に、遂に禁忌の理由は明かされたのだ
属性:無し。魔力を扱えず、魔法も無い。当然魔法が使えなければ、魔法で色々出来る前提で8日に1度しか休みがなくても良いだろというこの世界での常識的なスケジュールがキツくなる
そんなことはどうでも良いがあまりにも致命的な事に魔力を使えないから魔法に対する障壁も一切無い。つまりは、SRPG的に言えばMP、魔力、魔防の3つの値のカンスト値が貫禄の0
ゲーム的には、固有スキルにその3つの上限を0にする効果が付いており、何しようが伸びない
そんな、人間相手では基本
それ故に、獣人と同じく魔法関係が0……いや恐ろしいことにもう一個魔法についての欠陥がある。そう、魔法があるのに全治無しな理由がそれだ
そもそも、回復魔法が効かないのだ、おれ。
アンデッドか何かかよおれ!?
そんな被差別対象である獣人以下、力をもって在るべき皇子としてはあまりにどうしようもない弱さ故に、周囲からはボロクソに言われ、泣き付いた実の父親にお前はどうしようもなく弱いとボコられ……というのが、第七皇子ゼノの過去だ。そして、今のおれの境遇だ
あの親父の本当に言いたかった事は、今のお前は弱いが、お前の父親は強い。父親の血を引いているのだからお前だって強くなれるはずだ。悔しさを糧に強くなれ、それだけがお前に出来ることだ。……なのだが
原作ルートにおけるゼノは、悩んだ末にその答えに辿り着いて立ち直っていた。そして、皇族としては失格スレスレも良い所だがお情けで籍を抹消されない程度の強さを手に入れて本編の学園に入学してきていた
言わせてくれ。正直原作ゼノはエスパーかと。幾ら父親が口下手で力で押し切るバカだと分かっていても五歳の子供がそんな真実理解出来る訳無いだろうと。超ポジティブヤンデレファザコン以外は親にすら見捨てられたと解釈して絶望、精神死ぬ以外のどんな結果が起きるんだよと
……だから、おれが産まれたのだろう。幼い純粋な第七皇子ゼノの意識は、父親に弱いと突き放された時点で壊れてしまった。その壊れた意識を、おれというもので修復した。それが、それこそが、ゼノであり、名前も覚えてない日本人だったおれなのだろう
「……陛下に伝えてくれ。武術の師を、おれに用意して欲しいと」
これで良いはずだ。分かっていると伝わるはず
「坊っちゃま!」
「頼むよ、じい」
それだけ告げると、おれはリハビリがてら部屋を飛び出した
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探索、或いは出会いイベント
あの日から8ヶ月……つまり一年が過ぎた
ゲーム内での得物が刀であった事から分かってはいた事だが、親父に付けられた武芸の師は、大陸から遥か西方に在る、どんな異世界にも存在する気すらする和風国家出身のサムライだった。問題はない。おれはおれとして、第七皇子ゼノとして生きていくとそう決めたのだ。まだまだ甘いが、生き延びる為に修行の手は抜かない
とはいえ、武器が刀というのは中々に面倒だった。まず第一に、手入れが難しい。西方の者はそこまで大陸と交流していない為、刀の絶対数自体が少ないのだ。当然ながら刀匠も珍しく、修繕出来る者も同様。
力で叩き斬るものである剣とは違い、技で斬る刀は切れ味が非常に重要だ。剣は血糊だ刃零れだはある程度まで無視出来るが、刀では致命的。だというのに、直せる者が居ないのだ。雑には扱えない
そう言えば、神器以前の時系列なんだよな……と、護身用として持ち歩いている短刀を見て溜め息をつく
そう、それが二つ目。おれの師は抜刀術中心に教えてくれる師なのだが、成長してない子供の体に刀が合わない。かなり短めの短刀でなければ、そもそも背が足りずに鞘から抜き放つ事すら出来ないのだ。元々かなり弱いというのに、まともな火力のある武器を使えない。結構不安だ
左手には父から詫びとして贈られた大粒のルビーの指輪が嵌まっている。指に嵌めている限りにおいてルビー自体が魔力を秘めている為か火属性魔法の威力が上昇し、逆に水属性に分類される氷属性だとかの威力が減衰する優れものだ。
自分に向けられた火属性魔法すら増幅してしまうのが難点だが、ルビーが勝手にやっている事でおれ自身に無関係なのでしっかりと水属性軽減の効果が発揮されるのが嬉しい
今やっているのは走り込み。基礎能力の絶対値の底上げ。この世界はレベルで能力値は上がるが、だからといって無意味ではない。どれだけ能力が高かろうと、これは既におれにとってゲームではないのだから
ゲーム的にも修行は無意味ではない。命中0、或いは100。そこまで圧倒的な差があればどうしようもないが、そうでないならば十分な意味を持つ
この1ヶ月動く練習用のゴーレムとやりあってて分かったことだが、ゲーム的なステータスによる命中率と、実際おれが戦ってみせた際の命中率には明確な差がある
要はマスクデータを入れた実効命中率が、彼我のステータスと其処から導き出されるはずの(計算式は覚えてるから求められる)表記命中率と多少乖離するのだ。1ヶ月でレベルは変わってないしステータスも同じで、それでも最初より明らかに当たるようになった
命中率5割が、体感6割になった感じだな
ならばと思ってステータス上明らかにどう足掻いても命中100な師相手に避けられたりするかと思えば、直感的に避けようがないと理解してしまった。そこら辺はゲーム的だ
とはいえ、恐らくの能力値を計算式に当てはめた場合の命中率が100か0でないならば、武芸なり技術なりが介入出来る。レベル差はある程度何とかなるというのは明確な福音。敵の方が技能が上ならばデメリットにもなりかねないが、そんなものは考えても仕方ない。メリットがあることを喜ぼう
と、いうかだ。当たり前のように命中回避について語っているが、だ。この世界にもステータスは当たり前のようにあった。更にはマスクデータではなく一部魔法で読み取れるようになっていたし、偽装魔法もある
とはいえ、七大属性持ちの7人でもって唱える大魔法である為、七大天を祀る教会以外ではまともに唱える事は不可能な大魔法、覚醒の亜種なので早々魔法書は出回らない
けれどもそこは皇家、城にはその魔法の魔法書を作る事が仕事の御抱えの魔法師が居り、ある程度の量産を可能にしているので何も問題はないのだ
ということで、おれ自身は魔力0なので論外としても、能力を見る為にと魔法書一冊を親父に頼んで貰ってきて、乳母兄のレオンに持たせている。それでもって、能力値を見てみたという訳だ
そんなおれのステータスは……ゲームでの初期職の下位版でステータスもHP、力、技、速、精神、防御が平均して馬鹿高いとまんま原作をダウンサイズした感じ。そしてやはりというか何というか、MP魔力魔防の3種は0で
そして、人の口に扉は建てられない。一月でその噂は多くの貴族に広まり……おれの扱いは、大分酷いものになっていた。火傷で寝込んでいたこともあり、本格的に復帰した時には既に、自分がやはり忌み子だったことに絶望して引きこもった雑魚皇子というレッテルが噂好きの子供達の間で定着してしまっていたのだ
恐らくは自分の貴族の血に誇りを持っていて、けれども皇家に勝てないと親に言われて悔しかった良家のぼんぼんにとって、自分がマウント取れる同年代から少し下くらいの皇子は、あまりに良いストレスの捌け口だったのだろう。わかっていたとはいえ、大分堪える。というかこれを素で耐える原作のあいつは何なんだと
まさか、こんなものも弾けないの?と嘲りながら弱めの火魔法を庭園会に来た貴族の子供からぶっぱなされた事もあった。分かりやすい軌道だったので避けたが、庭園がボヤ騒ぎになりかけた
大切な庭の一部が燃えた、皇子なら受けて耐えろと主催側にキレられて理不尽を感じたが、他の皇族ならそうしていただろうから何も返せなかった。実際、使われたのは属性さえ合えば誰でも使える低ランクの魔法書によるものでダメージ計算式が魔力の半分(小数点以下切り上げ)+5とかなり弱い、他の皇族ならば6歳の時点で普通にほぼノーダメージで耐えたはずだ。俺には無理だった
ふと、走り込みのなかで気が付く。庭園の植え込みが揺れている事に
とりあえず、今日朝の時間帯では此処に近付くのはおれ以外に居なかったはずだ。そもそも此処はおれの部屋近く。皇城の端であり、おれ付きの執事が趣味でやってるだけのそう良い庭園でない事もあり通りがかる者もまず居ない
風はない。だから違う。虫……と日本ならば言われるだろう生物は、皇城には魔法で駆除されていてまず居ない
ならば、答えは……まず間違いなく侵入者。それが犬猫級なのか、それとも悪戯っ子のレベルなのか、或いは本物の侵入者かは知らないが
師匠を呼びに行くか?と言う考えは断ち切る。遠すぎるし侵入者で無かった時が怖い。ならば
乳母兄と幼馴染の恋人関係?良いじゃないか、あの子が本編で一切出てこないのがひっかかるが
いざとなれば武器はある。皇城内で常時帯剣を許されるは皇族と見張りだけだ
意を決して、植え込みを覗きこむ
……そこには、子猫が居た。正確には子猫ちゃんと称するべきだろうか
……うん、明らかに人間である。頭隠してぷるぷる震えているが、隠れた植え込みが揺れて逆に怪しまれるだろう事に気が付いていない
年の頃は……俺と特に変わらない。6歳行くかどうかだろう。服はみすぼらしい布一枚のワンピース。隠れる際に枝に引っ掛かってスカート部分が捲れ……というか破れ、粗末な白い下着に包まれた幼い尻が微かに見える
「……はあ、何の用なんだ」
「ぴゃっ!?」
軽く肩を叩いてやると、一瞬顔を上げてこちらを見、意識が抜けたように震える小さな体がくたっとした。というか、明らかに恐怖で気絶した
……そんなに顔怖いだろうか。同年代くらいの刀持った銀髪顔火傷少年。うん、間違いなく怖い。服装からして侵入してきた幼い平民の少女が耐えきれる訳も無いな
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理解、或いは星の紋章
プリシラ、後で親父付きの偉いさんに追加申請しておくからちょっと届いてる新しい服貰ってくぞ、とだけ報告しておいて、プリシラ……お付きのメイドの支給品である幼い女の子向けの機能性より可愛さを重視したメイド服(まだ開けていない新品のもの、流石に彼女が着たことあるものを持ち出す勇気はないし部屋を探るのは皇子でも性犯罪だ)一式を彼女の個室の前に置かれていたので拝借。ついでに朝の走り込みが終わったらという事で執事が用意していた朝食(馬鈴薯に似た芋の蒸かしとこの世界の野菜スティックに独特の風味の茶)をテーブルからかっさらい、気絶した少女の元へ戻る。メイド服寄越せ宣言した瞬間にメイドの幼い眼が氷点下になっていた気がするが気にしない
まだ、少女はそこに伸びていた
庭園眺める用の木製の簡易卓なら其処にあるのでその上に持ち出した物品を並べ、気付けとして少女の頬を付く。無駄に柔らかな感触が、ちょっと病的な白さの肌からする
「ぴゃっ」
「……はあ、驚くな。取って食う気ならすでにやってる」
眼を見開いた少女に弁明になってない弁明をしながら、その姿を見る
……平民にしては有り得ない美少女だ。いや、六歳ほどだから美幼女か、それを言うならば
日の光当たってんのかと思う透き通る白い肌、それに映える鮮やかな蒼い瞳、柔らかな銀髪は朝の日光を浴びてキラッキラしている。ちょっと色悪いおれの銀髪とは比べ物にならない上質さだ。顔立ちは可愛らしく、育てば文句なしの美少女になるだろう
誘拐高額奴隷ルートとか見初めたお貴族様による強制妾ルートとか、今の状態でも趣味悪いロリコンによる拉致監禁ルートとか光源氏ルートとか、将来は有望……いや、無謀そうだ。何だろう、可愛いんだが、この世界の何の力もない平民にしては可愛すぎて黒い部分の犠牲になりそうな気がしてならない。というか、登場キャラのうち平民出身のキャラは割と酷い過去持ってたキャラ多いから本気で有り得る。奴隷制も公にしていないだけで存在するしな
「ま、」
「……ま?」
「まだ、食べないで……」
絶対的捕食者を前に逃げ場を喪った小動物みたいに震えながら、びくびくと、少女は言った
「まだ、なのか……
とりあえず、庭園の影でこれでも着ろ、目立つ」
言って、卓上のメイド服一式を軽く叩くと、少女は怯えながらも服を取り、そそくさと木の影に向かった
微かな絹擦れの音が聞こえる。見には行かない。おれはそこまで変態じゃない。朧気な記憶で、四年の時に女子更衣室となった体育の前の教室の中に大切な物を窓から放り込まれて仕方なく更衣室に突入したことがあった気がするけれども、ソレは無しだ、うん
暫くして木の影から出てきた少女は、一段と可愛かった。素材が良いと何でも似合うとは言うが、やっぱり可愛い衣装の方が相乗効果で可愛いに決まっている
「よし、これなら見つかってもバカ皇子が同年代口説いてるで済むな」
「……あ、あの……」
おっかなびっくり近付いてくる少女のお腹が、軽く鳴った
「食べるか?」
おれは、それを見て、野菜スティックを摘まみ、一本差し出す
少女はその一本を遠慮がちに手に取り、ほんの少しだけ小さな口でかじる
みるみるうちにその不安げな顔の頬が緩んだ
まあ、当たり前といえば当たり前である。一応これでもおれだって皇族、その朝食の野菜スティックはにわか現代知識で無双を一瞬考えた去年のおれの野望を打ち砕く、ふんだんに魔法を使った何時でも旬な完全無農薬屋内栽培のブランド品なのだから。土魔法で栄養集め、鉄魔法で耕し、風魔法で種蒔きし、水魔法土魔法天魔法で風魔法で環境を最適に管理したブランド品野菜
それほど手をかけずとも、トラクターで出来る事などは普通に魔法でも出来る、しかもそちらの方が早い。野菜の出来は既に現代日本を越えているかもしれない。魔法による大規模農耕やら室内栽培技術やらを知った時、おれは現代知識頼みを諦めた
というか、現代知識で帝国850年の歴史、積み上げてきた魔法の集大成に挑もうとするならば、せめて
「……それで、平民が皇城に侵入してまで何の用だ?」
「ぴゃっ」
「話を聞こう」
「こ、殺さないで……」
おれが軽く見せた短刀を見て、また怯えが再発する
「悪い。平民内では有名な話でも無かったな
皇城内で緊急時以外に帯剣を許されるのは、皇族か見張りだけ。おれが見張りに見えるか?」
「……皇子、さま?」
「まあ、形式上は、な
おれはゼノ、第七皇子……って事に今はなってる」
「え、えっと……アナ」
「そうか、アナ。で、何で侵入なんてしたんだ?
皇子様なら、何とか出来るかもしれないだろ?」
実際におれが何とか出来る範囲は別に広くない。寧ろ皇子としてはかなり狭い。だが
聞いてみる価値はあるだろう。もしかしたら本当に何とか出来るかもしれない
「お願い……、みんなを、助けて……」
その言葉を聞いた瞬間に、少女……アナは、おれにすがり付くようにそう言った
軽く出したおれの手をきゅっと握り、眼を見ようとして軽く上目遣い
……やめろ、それはおれに効く。多少の不利益なら構わず全力でなんとかしなければという気分にさせられる
「誘拐か?騎士団に連絡は?」
「違……うの」
言って少女は、片目を隠すほどの長い前髪をかきあげる
その髪で隠れていた眼に、星が浮かんでいた
比喩ではない。実際に、物理的に星のマークが、浮かんでいたのだ
「星紋症……。古代呪詛じゃないか、どうしたんだ」
古代呪詛。まあ、この世界特有の病の一つである。かつてとある街を恨みに恨んだ魔術師が生涯をかけて造り上げたという一つの魔法。それは実際にその街を魔法の疫病で滅ぼし、今も何者かが保菌しているのかたまに感染者が出てくるという。人工の病とかいう業が深いものがその正体だ。初期症状として眼の中に星マークが浮かぶ。それは段々と進行してゆき、眼から額、額から顔全体と広がって行き、ある一点を越えると急激に全身に星マークが浮かび上がって、星全てから出血、全身血塗れで死に至る。致死率は当然の100%、感染者に生き残る者は居ない
更には、街を滅ぼす疫病なので感染する。初期症状な状況はまだ良いが、額に星が出たらもうアウト、何時他人に感染するようになっても可笑しくない。不味い事に呪詛の為、距離は短いが当然の権利のように空気感染するので近づくだけでアウトだ
「……分かんない」
「分からないって……」
「でも、みんなが!……みんなが、殺されちゃう……」
「……アナ。君は早い方なのか?」
震えながらも、少女は否定した。曰く、自分はまだ眼だけだけど、他の人には既に顔全体に黒い星が浮かびはじめている者も居るということ
「分かった。つまり、星紋症に何でか感染した孤児院の皆を助けてほしくて、騎士団の監視が交代する隙に孤児院を抜け出して来た、と
このままでは、疫病の感染の恐れがある場所として中の皆ごと焼き払われてしまうから」
少しして、怯えながらもしどろもどろに話す彼女の言葉を要約するとこうなった
「バカか。何やってるんだ
……バレたら死罪ものだぞ」
額に星が浮かぶ第2段階以降は感染能力を持つ。それで街を歩くなど、パンデミックによる国家反逆扱いでも可笑しくない。近距離であれば無差別感染するのだし
「……でもっ!」
「……分かってる。とりあえず、可能な限り何とかする
……親父に頼んで」
おれ一人で何とかなるものでも無かったから、おれはせめてそう言った
「……なる、の?」
「ならなきゃ来ないだろ、アナ
一応治療方法は研究の末に出来てるんだ、治るさ」
そう、対抗魔法も既にあるのだ。治せない疫病ではない
問題は……それがアホ高い事。魔法書を作れる人が珍しく、手間もかかり、そして何より治療しなければ致死なので足元を見れる為、基本的に平民には一人分でも手が中々出ない。孤児院の皆……というなら恐らく10人はいるらしいからどうしようもない。金をかき集めても3~4人分、かといって、感染した子の一部だけ助けるなんてやれる訳もないだろう
まあ、ここまで重く考えていて何だが、逆に言えば金で解決できる程度の事である
「助けて、くれるの?」
弱々しく、少女は呟く
「ひょっとして、助けて欲しくなかった?」
その言葉に、おれは意地悪く返して
ぱっと明るくなった顔が翳ったのを見て、これじゃ駄目だなと自嘲する
「……アナ。おれはおれ自身が何者かである前に、皇族だ
皇族は、民の最強の剣で盾。国民を助けるのに理由なんて必要ない。寧ろ必要なのは……助けてと皇族に手を伸ばす誰かを、助けないだけののっぴきならない理由だけだよ」
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対話、或いは売買
おれが何とかする、絶対に此処から動くな、誰にも会うな。進行が遅くとも何時か第2段階にならないとも限らないから
と、少女に強く言い含めて席を立つ。そのまま管理している執事にだけ軽く事情説明をして場所の管理を任せ、皇子のワガママという体でアポイントメントを取らず、強引に父皇の居るだろう間へと踏み込んだ
「何用だ、ゼノ」
果たして、おれと同じ銀の髪の男は其処に居た
睨み付ける双眼に気圧されるが、止まってはいられない。最低限の臣下の礼として床に膝をつき、言葉を紡ぐ
「陛下、このおれに、力を貸して下さい」
「……時間が余った。話だけは聞いてやろう」
「だから、出世払いでも何でも構わない。おれに」
「阿呆か貴様」
説明の最中、おれの言葉を区切り、父はそう切り捨てた
「何を言い出すかと思えば、資金援助?あまり
ああ、そうだろう。目をかけるのは別に構わん。それを快く思わん相手とやりあう覚悟があるならば勝手にやれ。だが、その程度の話で
「……親父」
「今、貴様は父にものを頼んでいるのではない、国民として、皇帝に慈悲を誓願しているのだ。陛下と呼べ、バカ息子」
「でも」
「……
「なら!」
「……これ以上失望させるようならば」
「何でだよ!」
そう叫ぶ。全く動かず動じず、ただ見据える父へと、届くわけもないと知りながら
「……金が欲しい。その程度の事で、貴様はそれを頼むのか?本当に、
静かに、父皇はおれを叱る
……手助けは必要なはずだ。おれ個人のポケットマネーに治療魔法の値段を全額払えるだけの金はない。アナ一人分ならば足りるくらいならあるが、それでは足りない。
みんなも助けてと泣き叫ぶアナを閉じ込めて、孤児院が死滅して焼き払われるまで逃がさなければ彼女一人なら一生恨まれるが救えるかもしれない。だが、全部を救うには絶対にお金が足りなくて……
と、其処で気が付いた。漸く、気が付けた
皇の視線は、おれの眼ではなく、おれの指を見ていることに
……やっぱり、この皇帝の真意は分かり難い。もう少しヒントをくれれば良いのに
……助けない気なんて、元から無かったのだろう。けれども、おれが本気でなければ、そのまま見捨てる気だった
だから、試したのだろう
「……陛下。おれの為に、魔道具商を呼んでくれませんか?火急に」
「ほう。良いが、何故だ?」
微かに、父の険しい顔の中で、唇の端だけがつり上がった
「この指輪を、売りたいのです」
言いながら、父からのプレゼントであるルビーの指輪をおれ自身の指から引き抜く
「皇帝からのプレゼントをその眼前で売りたいとは、面白いことを言う」
「おれが貰ったものですから
だから、これはおれがこれが最も良いと思う道のために使います。金を貸してくれないというならば、この指輪を売って工面してでも救う。それが、おれの答えです」
……そう、きっとこれが求められた答え
助けない理由なんて簡単だ。高価な指輪を売れば全員救ってもお釣りが来るから。自分の身を切らずに助けて欲しいというのが虫の良すぎる話で、だからそれを咎めた。
もう少し分かりやすければと思うが、それがおれの親父という不器用で脳筋な武断皇帝というものだ
「……それで貴様は何を得る?
救って欲しいと言ってきたという少女は、全てを得るだろう
……だが、貴様は?貴様の利は何だ?」
少しだけ自嘲気味に、父は言葉を続けた
「……惚れたか?嫁にしたいから恩を売るか?それでも構わんが」
「忠誠と信頼を」
「……そうか、それが貴様の利か」
民にとって最強の盾であり剣であれ。それが皇族を皇族足らしめる。親父みたいな脳筋だったのではと疑っている建国皇帝の言葉だ
つまりは、報酬なんて無いが、建国皇帝の言葉が真実であると信じる民が増えること自体が、皇家として何より正しいことだという綺麗事である
「良いだろう。元々貴様の人望の無さには頭を抱えていた所だ。例え平民でも、信頼する味方が増えるのは、確かに褒美と言えよう
商人等要らん、
「……はい?」
手にした指輪が、突如床から延びた炎の鞭により絡め取られ、父の手に運ばれるのを見ながら、呆然と口を開ける
「何をしている。交渉してこい」
その代わりに、その手には皇帝直々に判を押した一枚の緑色の木券が握られていた。好きな金額を書き込んで財務担当に持っていくと書き込んだ金額と引き換えてくれるという魔法(物理)のチケット。又の名を白紙の小切手である
「分かっているとは思うが、裏に何者かが居る。その程度は気が付いているな?」
「……ああ」
それはそうだ。太古の呪詛の一種、実際に作られ掛けられたのは数百年というものが、星紋症である。今も人里離れた場には昔に使われた呪詛を保有した化け物が居るかもしれないが、そんなものから感染するとは思えない。ならば孤児院以外に感染者が居ないのは実に不自然だ
つまりは、禁忌として封印されている魔法書を持ち出して何者かが何らかの理由で孤児院を潰すために撃った、というのが恐らくは真相
一応魔法書は一回だけ使えるものであれば、治療魔法の研究の為等で国内外数ヶ所に残っていたらしいし。孤児院一つ潰すために禁忌の疫病魔法使うってどんなバカかは知らないが
「……つまり?」
「貴様はその何者かの行動に対抗しようという当事者に手を貸したのだ
ならば、貴様の手で護りきれ。皇子の所有物という肩書は、介入の名分にも多少の牽制にもなるだろう
とっとと行け、バカ息子」
所々分からなくてつっかえながらも、何とか書類的な手続きを終えきったのは、既に空に登る双子の太陽が南の空での交差を当に終え、もう片方が登った方向に沈みかけている時であった
このマギ・ティリス大陸には、西から登り東に沈む紅蓮の太陽と、東から登り西に沈む女神がおわすという黄金の太陽の二つの太陽がある。正直どうでも良い話だが、ゲームの考察班はこの世界天動説なんだろうと言っていた
「……何かと、迷惑をかけました伯爵」
おれが迷って筆が止まる度に苦虫を噛み潰したような顔で此方を睨んできた宰相、アルノルフ・オリオール伯へ向けて頭を下げる
「……折角の休みが……」
「本当に、申し訳無い。助かりました」
長期休みに入ったと喜ぶ宰相の彼を、親父は今日から休みだから暇だろお前と呼び出し、おれにつけたのだ
……結果、休みの期間は後ろに二日延びたらしいが、久しぶりにぱぱと遊べると思っていた彼の幼い娘から父親を一日引き剥がす事になった。まあ、悪いことしたとは思う。文句無しの暴君だ。まあ、無茶ぶりは何時もの事な友人同士であるからこそ、通ったのかもしれないが
騎士団による封鎖を突破するのは出来なくはないが問題が後に引きそうであったので、孤児院の責任者とは水鏡の魔法で話をした。要は張った水を通して、同じく水を張った場所を互いに映し出す魔法である
声は届かないが、其処は筆談が可能なので何も問題はない。繋げる場所だってしっかり知らなければ出来なかったがアナという其処で暮らしている人間ならば何とでもなるため、アナの待つ庭園に向かえば即解決
おれには魔法なんて全く使えないが、幸いな話アナの属性が水、天と水属性そのものを持っていたので水に属する属性持ちにしか使えない水鏡を使って貰えば済んだ
交渉そのものはそれはもう一瞬で終わった。運営費と皆の治療費ならおれが払うから名義上の全権利おれに譲れと金額白紙のチケットをちらつかせれば、既に額に星が浮かび上がってしまっていた管理者はそれはもう二つ返事で権利を譲ってくれた
だが……言葉での約束では足りない。ということで、親父に呼び出された宰相の手を借りて書類上の法的手続きを行うことになったというわけだ
因にだが、事情を聞いたおれ付きの執事であるオーリンと娘のプリシラ、そしてレオンの三人は最初の書類が手続きを終えた時点でそれだけを持ってそそくさと城を出ていった
なんでも、一度騎士団等の厳つい集団に向けて皇子の御命令であるぞ!控えよ!をやりたかったとか何とか。黄門様かよと思ったが、それでとっとと治療を終えてくれるなら願ったり叶ったりなので任せておいた
手続きに追われ、終わったときには既に治療用の魔法でも救えない状態になってました、が一番後味の悪いオチだから。助けてと言われて、任せろと答えた以上、誰一人として疫病で死なせはしない
そのあと、居るであろう元凶に勝てるかというと……うん、まあ、止めておこう。相手が高級な魔法を連発してくるような危険人物で無いことを祈る。物理で来るなら勝てるかもしれない
魔法系が壊滅しているとはいえ、仮にも
「……これで大丈夫だ」
最後の書類を宰相に託し、横で不安そうにずっとおれを見ていた少女に笑いかける。疲れからか、筋が上手く動かず微妙な表情になってしまったのは仕方がない。ずっと書類と慣れない格闘しておいて、即座に表情を作れと言われても困る
ずっと見守っていた少女は、それを見て漸くくすりと笑った
親父の手配した治療魔法により、流石に呪詛は取り除かれている。その瞳に、既に星紋は浮かんでいない
「……皆?」
「助けるさ。書類上とはいえ、皆はおれの所有物だからな」
言いながら、持ってきて貰ったものを手に取る
そのまま、少女の片目を隠す髪を掻き上げ、そのブツで止める
「……これは?」
「プレゼント
星紋を隠すために前髪で右目隠してたんだろうけどさ、やっぱり両目見えてた方が可愛い」
言って、自己嫌悪する
割と気持ち悪い言動だなこれ、と。けれども、柔らかな銀の髪に雪を模した蒼い髪止めは良く似合っていて、まあ良いかと思う
「……皇子様……」
「要らなきゃ外してくれていい。割と安物だしな」
「そ、そんな!いただきます!
……でも、本当に?」
「だから言っただろ、安物だって
気にせず使ってくれ」
値段にして約30ディンギル。星紋症の治療用の魔法書は一回40ディンギル。中流に入れないくらいの家族の一月の生活費が諸々込めて25ディンギル程度
最下級攻撃魔法書が50回分で1ディンギル。おれが最終的にあの指輪の値段として小切手に書き込んだのが1000ディンギル
多分だが親父が買った時の値段は800くらいだろうしそれより高くさせて貰ったが、護るために金が必要だったから先んじて請求で通るくらいの額だろう
魔法剣レベルの最高峰の魔道具なら3000ディンギルが下限といった所
つまり、魔道具としては相当安い。理由は簡単で、失敗作だったから。宝石魔術の一種で、護身用の氷属性魔法がオート発動するものなのだが、宝石のランクが低かったのかおれが父に貰って父に売った指輪と違い、かなりMPを食うという使えないものになってしまった
悪意を持って触れようとすると凍るという誘拐等対策のものなのだが、まあ、まともに使いこなせる程のMPなんて、幼い少女の段階では俺の唯一の妹しか居ないだろう
尚、おれが持ってても単なる髪止めであり、MP消費出来ないので無意味である。本当に使えない体質だ
「でも、これ……」
「ああ、魔道具だよ。ポンコツのな
悪いな、欠陥品で。要らなきゃ付けなくて良いぞ」
本当は少女ではなく
「それじゃあ、行くか、アナ」
「うん……うん?」
結局髪止めは外さず、少女は首を傾げる
「決まってるだろ、問題が解決したアナの家に、さ」
黒幕問題は一切解決してないが、不安がらせることの無いように、おれはそう言った
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困惑、或いは予定調和
とりあえず、走ってしまったらアナを置いていく事になるので走らず(流石に敏捷の差は大きい、という訳ではないが)に、というか案内が無いと迷いかねないので横の少女に道を聞きながら、自分のものとなった孤児院へと辿り着く
その周囲には、未だに兵士が居て警戒体制となっていた
「何者だ!」
近付くおれに対し、その武装した兵士は威圧する
抜剣までされており、完全に此方を怯ませる目的の喧嘩腰。これでは、それはもう人は近付くまい。こんな中を逃げ出して助けを求めに来たアナの恐怖も理解できる
寧ろ良く来たなと言いたい。足がすくんでしまってもおかしくない
見たところ、剣は単なるナマクラ。軽くて脆くて鋭さが無い。あらゆる意味で使えない。模造剣としてすら粗悪品だが、金属光沢だけは豪華なギラつきを見せる
威圧には良いが、市民に向けてうっかり本当に振るってしまっても殺さない程度には抑えられた武器。システム的に言えば、攻撃力は5くらいで主に手加減用だ
「……そちらこそ、何用だ」
「私はこの疫病の巣窟を市民から……」
「おれの孤児院を封鎖して、何がやりたいと聞いている」
怯えたアナは、既におれの背に隠れている
それで良い。正直な話、解決してないとは思っていなかったが……解決してないなら、アナは……正直言って前に居ても邪魔だ。護れない
「……おれの?ああ」
納得がいったというように、兵士はヘルメットの下で頷く
「貴様、あの皇子の指示を偽造して押し入ろうとした逆賊共の仲間か
幾ら皇子が幼いとはいえ、子供を使うとはな」
……理解する
成る程。通す気は欠片もないようだ。故に、すべてを偽物として葬る
つまりは、騎士団そのものが仕掛けた側……とまでは言わないが、今居る部隊は間違いなくあちら側
「ほう。逆賊、か」
「皇子さま……」
「大丈夫だ、アナ
……この程度なら」
一歩、足を進める
「近寄らば……」
「捕らえないのか?おれの部下はどうした?」
「あやつらはいずれ裁かれる者として牢に入れた。貴様もそうしてやる」
嘘は恐らく無い。つまり、牢に入れられる程度には彼等は上層まで抑えられている
つまり、だ。裏に居るのはそれなりの大物。少なくとも、辺境伯以上。まあ、その息子でも何とかなるだろうが、それ以下の位階ではまず牢にぶちこめる程に騎士団のみならず行政を動かせない
逆に言えば、ある程度の地位があれば親の名前である程度までなら動かせてしまう。それが高い爵位というものだ
……皇帝の息子、である皇子より優先されるのか、と言われると無理だと答えるしかないが、今のようにおれ自身が出ばらなければ皇子の使者の騙りで流せるといえば流せる
「……やってみろ」
臆せず、前へ
反射的に振るわれた剣は、右の手で受け止める
……受け止めきれはしないが、ギラついた刃はけれどもおれを斬ることはなく、僅かに血を滲ませて止まる
簡単な話だ。兵士とはいえ、そんなに強くない。レベルにして下級職の20無い程度だろう。そんなので務まるのか、という疑問は初プレイ時にモブ兵士のステ見て湧いたが、問題はない
そもそも、このゲーム世界は三段階職業制で強くなるが、魔王復活の兆し以前に最上級職になってるキャラクターなんぞ世界観的に見ても両手の指で足りる。上級職も管理できる程度
そもそもの敵となるモンスターが土着のもの故に弱いこと、経験値も少ないこと等から、そもそもレベル30の上限に到達し、上級職になる事自体が難しいのだ
故に、レベル20もあれば十分兵士としての役目を果たせる。何故ならば兵士を凪ぎ払えるほど強くなれる上級職を相手にすることがまず無いから。
というか、基本的に下級職レベル12~13くらいあれば土着の魔物が割と出没するらしい場所を旅をしてもそれ以上の相手と対峙しなければならないことはそんなに無い、それで十分なのだ。本来のこの世界は
……そして、皇族が皇族たる所以は強さである。おれのレベルは、師匠が計った所レベル12
だが、成長率が違いすぎる。ゲーム的に言えば大体の場合はレベルアップごとに数十%の確率で上がるか上がらないか一喜一憂するのが大半の他キャラクターと違い、第七皇子ゼノのステータスの延びは可笑しい
成長率が軒並み100%を越えているので、レベルアップの度に1~2延びるのは当たり前で、特に、防御の成長は確か個人140%+職業補正70%=210%。ゲーム内では上級職で出てきたので下級である今は多分成長補正は低いが、それでも180%はあるだろう
その点、確かモブ兵士の力成長は40%くらいとかなり低い。下手に高いとゲーム的には問題だがそれで良いのかお前ら
そして、ゲーム的に言えばこのゲームのダメージ計算式はアルテリオス計算式。つまり、補正込み攻撃引く補正込み防御=ダメージというシンプルな一部から妙に愛されるアレだ
よって、成長にして恐らくおれの防御が相手の攻撃を10は上回っていて、武器攻撃力は5
止められない方が可笑しいのだ。……相手が想定よりは強かったのか1ほど通ったけど
「……此処は、おれの孤児院だ
通らせろ」
力を込め、剣を逆に相手側に押し込む。力は此方が上、止められようはずもない
「何事か!」
「隊長!」
騒ぎを聞き付けて、新たに兵士が現れる。ヘルメットに羽飾りがついた隊長格のようだ
……見覚えがあった
「何、皇子の使者を騙る……」
「はっ!」
みえみえの流しを入れようとする二人を笑い飛ばす
まあ、末端の兵士なら皇子の顔を知らないから騙りだと思ったも通る。だが、彼では通らない
通るわけがない
「おいおい、アルベリック……男爵だったか
まさか、おれの顔を忘れたか?」
「知らんな、こんな逆賊のガキ」
「……皇子さま?」
「ははっ!笑わせる」
……何だろう。この六歳でやらされるには重い感じ
だが、まあ良い。それで後ろで震える子を笑顔に出来るなら良いじゃないか
「『出来損ないの皇子殿下の御到着』、2週間前、伯爵の庭園会で、呼ばれていた貴方は確かにそう談笑している相手に言った。よく通る声だったから、参加者の中には何人も覚えがあるだろう
……おれが参加するとは言っていなかったし、一人で来たので紋章も無い
……では、何故あの時おれをそう呼べた?」
耐久も低いナマクラを、力を込めて折る。半端に柔らかいので、強く歪めれば捻れ、折れる
「まさか、知りもしないのに当てずっぽうで違えば名誉を傷付けたと決闘を申し込まれても仕方の無い罵倒を吐いた訳でもあるまい
おれの顔を、出来損ないの第七皇子ゼノだと認識していた以外の答えを、返してもらおうか
……出来なければ、皇子の命だ。貴方がおれの身分を保証してくれるだろう?
勘違いで捕らえた者達を釈放し、去れ。おれの孤児院から、な」
「待てい!」
響き渡る幼い声に、事態は一変した
颯爽と現れたのは、おれ自身とそんなに年は変わらないであろう一人の少年だった
まず目を惹くのは、正に焔、としか形容しようの無い鮮やかなオレンジの髪。紅と呼ぶにはあまりにも明るいその色は、夕暮れの光で黄金にも輝き、炎と聞いて思い浮かべるであろう色の一つそのもの
そしてその瞳は、髪色に似合わず蒼い。そしてなにより、美少年である。育てば間違いなくモテるであろう美形になる事がほぼ約束された顔立ち
……おれは、その彼の事を知っている。いや、恐らくではあるが、こんな特徴的な色は幾ら魔力だなんだでカラフルに髪が染まる世界でもそうはない
「……エッケハルト」
静かに、その名前を呟く
言ってから、気にすることではないが普通に無礼に当たるな、とゼノとして二年は前に覚えようと努力した高位貴族の脳内名鑑を捲り、正式な名を思い出す
「エッケハルト・アルトマン
口に出しながらああ、と一人ごちる
星紋の病をばら蒔いた元凶かは兎も角、今の封鎖に関しては間違いなく彼が原因だろう、と。首都城下とはいえ、此処は孤児院なんてものが存在する区画
治安はそこまで良くはなく、道の舗装も甘い。周囲には、露店等もあるなど、綺麗とは言い難いだろう。今は、騎士団の存在を恐れて遠巻きに見ているだけだが、何時もはもう少しごった返していて活気だけはある。無ければ多くは生きていけないから
そんな区画、用事が無ければ貴族が訪れたりするものか。ましてや、自分の身は自分で護れな皇族でも無い貴族の子が、一人で出歩ける場所でもない。親が許す筈もない
今此処に居る騎士団が、実質的な護衛でも果たすならば、話は別だが
おれの姿を確認した瞬間、エッケハルト辺境伯子はその整った顔立ちを
親の仇でも見たかのように歪ませた
「お前ぇっ!」
鼓膜を震わせる全身全霊の叫び
とはいえ、おれに彼に恨まれるような点は特に無かったはずだ。困惑で少し、対応が遅れた
「騎士団に何をするか、逆賊うっ!」
電光石火。此方の対応が追い付く前に、少年は取り出した魔法書を起動した
「ぐっ」
火に腕を焼かれ、思わず捩りきった剣から手を離す
下級魔法である。火球を放つだけの、即効性だけがウリの低級魔法。威力計算式にして、自身の魔力×1/2+5、射程2マス。離れたところに届くが、魔防がある人間相手にぶちかますにはあまりにも頼りない。まあ、つまりは
この世界において、魔法絶対優位扱いの理由の一つが此処にある。この世界において、魔防というステータスを持つものは人間と、或いは神に近いとされる極一部の幻獣だけ。それ以外に、魔防を持つものは居ない
どんな硬い鱗のワイバーンだろうが、どんな硬い甲殻の魔亀だろうが、魔法は素通しする。まあ、ワイバーンは自身のブレス属性にだけは耐性を持つことが基本だが、逆に言えばそれ以外の属性は素通しだ
そう、剣の達人でさえ伝説の神器でも振るわなければ倒せぬ化け物も、魔法によってならば普通に倒される。故に、彼らは魔法によって倒される怪物、略して魔物と呼ばれるのだから
「皇子様!」
「大丈夫」
強がりだ。魔防0のおれは、正直この程度の魔法でも、多数浴びせられれば死ぬ。他の皇族ならば魔防で弾いて欠片も傷を追わないだろうが、おれは死ぬ
それでも、後ろで怯える少女にだけは、弱さを見せたくなかった。正直な話、避けて少女に当たった方がまだ被害は少ないだろう。アナには十分に魔防がある。弱い魔法ならば弾けるだろう。だとしても、と。二発目の火球を見ながら、おれはそんな事を考えていた
抜剣は……しない。すれば恐らく斬れるだろう。眼前の遠巻きに眺める兵士達すべては無理でも、元凶だろうエッケハルトを一刀の元に斬り捨て、皇子として事態を終わらせただけだと言うことは……不可能でもない
それだけの力の差はあるだろう。だがそれでは、何も解決しない。第一、封鎖の元凶だろう彼は、事件そのものの元凶とは限らないのだから
だが、二発目が届くことは無かった
「突っ走るな、阿呆が」
その火球を、突如おれと辺境伯子の間に降り立った銀の髪の男は、手刀を振り下ろして文字通り両断したのだった
「皇帝陛下!?」
その姿を見て、エッケハルトが驚愕の声を挙げているのが聞こえた
見えはしない。お前は外で礼儀も守れんのか馬鹿息子、なんて後で言われないように、即座に膝を折り騎士の礼を取ったから、見えるはずもない
「……皇子……様?」
「アナ。形式は構わないから頭を下げて
皇帝陛下のお出ましだから」
「う、うん……」
横で少女が膝を付く。舗装のなってない地面に付く足が割と痛いだろうに
「なってない馬鹿息子ですら礼儀を弁えているのに、お前は違うのか?
それとも……」
場違いに暖かな風が、頬を撫でる
「この
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心折、或いは皇帝
膝を折る
エッケハルト・アルトマン辺境伯子、その権力を振りかざした少年は、より強い権力の前に、成す術もなく屈服した
その眼から、微かに溢れた涙を見て、おれは……
特に何も、感じることは無かった。いや当然だろう。人の涙にはそれなりに感じさせられるものがある。それは本当だ。だが、こちらからしてみれば彼は助けてと言われてアナ達を救おうとしたら邪魔してきただけの……悪い言い方をすれば屑にしか思えない訳だ。実際には何か理由があるのかもしれないが、それを知らないおれからすれば、何で泣いてるんだこいつ、としか言いようがない
まさか、自分が華麗にアナを救って、おれの横で必死に頭を下げて震えているアナに惚れてもらおうとかそんな計画を邪魔されて悔しいとかそんな話じゃ無いだろうし。といっても、おれの行動をわざわざ邪魔する理由が他にあまり思い付かないのも確かなのだ
「馬鹿息子。これ以上親の手が必要か?」
「いえ、陛下
陛下の仲裁を受けた……上で尚、おれの命令を、皇子の命、ひいては皇家の命とわざと理解せず反抗する事は陛下への……
陛下への反逆罪にも等しいと、示されたはず。ならば、陛下の僕である騎士団は、逆らわぬものかと……」
つっかえつっかえ、本当にこの言葉で良いのだろうかと迷いながらもなんとか言葉を繰る
「つまりは、もう必要ないか?」
「はっ!申し訳ありません、ご迷惑を掛けました、陛下」
そんな頭を、軽く
軽い愛情表現なのだろうが、この世界に両手の指で足りる数しか居ない
「息子が頼りないから来てみただけの事。やはり阿呆故苦闘していたようだがな
後、ゼノ。馬鹿息子と親子のように呼んだのだ、陛下ではなく親父と返せ。わざわざ来てやったのが馬鹿らしくなる」
「悪い、親父」
「軽すぎだ阿呆。礼儀は守れ
……其処の少女が、この馬鹿息子が
「は、はいっ……」
消え行くような声で、アナはそう返した
……気持ちは分かる。正直声を張り上げるのは、この人の前だとかなりの勇気が居る
「たぶらかすなよ。節度を持て」
「あ、あの……」
平伏の姿勢を崩さないアナの前に、当代皇帝は立ち……
かがんで、その頭を慎重に、軽く撫でる
少ししてその手が離れた時、その髪には小さな宝石のあしらわれた髪飾りが輝いていた
「阿呆で弱く頼りないが、これでも息子だ。人は悪くないと保証しよう
仲良くしてやれ、皇民アナスタシア
馬鹿息子が馬鹿なせいで迷惑をかけただろう。その髪飾りは詫びだ、取っておけ」
……まあ、そうなるのか、とアナスタシアという言葉……アナの名前にうんうんと頷く
アナと略するなら、本来の名前はアナスタシアというのが割と普通だ。まあ、アナから始まる名前は幾つかあるのだが、その名前は儚げな少女にとてもよく似合っていた
それと同時に、本名聞いてなかったなー、なんて事も思い出して
「知ってたのか、親父」
「向かう最中に、アルノルフに大体聞いた」
折角仕事終わったと思ったら親父に報告がてら走らされたのか。泣くぞ
「要らん者達はとっとと去れ。今までならば、星紋症の感染を抑える業務の最中、熱心さゆえについやってしまった事だと見逃しても構わんが、これ以上は許さん」
その一言と共に、蜘蛛の子を散らすように、居心地悪げに頭を下げつつ屯っていた騎士団達は、崩れ落ちた少年を抱えあげると去っていった
親父も時間が惜しいととっとと去り……後には、おれとアナだけが残される
「……迷惑かけた、アナ」
最初に出てくるのは謝罪
「そ、そんなこと」
「おれがもっとしっかりした存在なら、こんな迷惑なんてかけなかった。何の問題もなく、スムーズに星紋症を治療できただろう
だから、面倒ごとに巻き込んで、すまなかった」
頭を下げるのは、ちょっと誉められたことではない。皇子として、堂々としていろとは親父が何度か言っていた事だ。皇家とは象徴。ぺこぺこするのは皇家そのものを弱く見せる、と
だけれども、頭を下げた。それが、日本という国で生きていた頃のおれにとってならば、当たり前の事だったからだろうか。不思議と当たり前のように、気が付けばそうしていた
「そ、そんな!」
あわあわと、アナは首と手を振る
「寧ろ、こんなこと言っちゃったせいで、火傷まで……」
「大丈夫、この顔のと違ってほっときゃ治る」
「でも、魔法で治療した方が」
「それは止めてくれ」
真剣な眼差しで、その言葉を止める
理由は……割と簡単なことである。忌み子であるおれは、補助系列の魔法が反転する。つまりは、ステータスupバフでステータスが下がり、回復魔法でもってダメージを食らう。その分補助魔法にたいしても魔法回避率があり、デバフ系列に強い……という利点もあるのだが、基本的に回復がダメージになるというアンデッドかよおれといいたくなるデメリットの方がでかい
ゲームではそうだったが、現実な今なら火傷が治せないかと思い、頼んでプリシラに低級回復魔法をかけてもらった所、逆にちょっとずつ傷口が開いていった時には頭を抱えたものだ
薬草なりの回復剤ならばきちんと効果があるなど、基本的に割と緩い回復縛りではあるが、その点辛い。ゲームでは主人公の聖女の魔法、そしてとあるお助けキャラの魔法だけはしっかりと効果を発揮出来る、という形で他の人の魔法と聖女は格が違うことを見せつけていたが、そのイベントの為だけのせいで回復反転とかついていたとすれば恨むぞ、スタッフ
それなら回復不可の呪いの上から回復してみせるイベントなどでも良いだろと
そんな事を話しながら、おれはアナと共に、星紋症を治療できる魔導書をもって捕まっただろう執事達を待った
読んでる人が居れば感想などを貰うと作者が喜びます
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置物、或いはキャラ紹介(序章編)
推敲なしの駄文注意
ネタバレは見ない方はメインヒロインの挿し絵(水美様によるもの)だけ見ていってください
"第七皇子"ゼノ
固有スキル:
主人公。そして
この世界において、英雄足り得る力、即ちこの世界においては本来誰も知るはずの無い、世界の行く末を知る力、要は転生者としてゲームをプレイした際の記憶を持つ者の一人。神々等の転生を知る者は、彼等の事を
転生者として二つの意識が混じりあっている……はずなのだが、転生前からして虐められてる誰かを積極的に庇いだてして虐めの矛先を自分に集め受けきろうとした超ド級のアホ孤児中学生なので基本的にはゲーム本編のゼノとほぼ性格は変わらない。行動も変わらない。変わるとすれば、ゲーム知識的に地雷を踏み抜くと確信できる一部行動だけである
と、かなり原作には忠実。転生特典はしっかりと転生認識があることくらいであり、原作通りのスペック。当然魔法は使えない
原作でもそうだったように、もう一人の聖女=かつて助けた孤児院の少女ということには気が付いていない
"
固有スキル:氷晶の極光(自身の最大Lv+4、水属性の回復魔法使用時に対象の状態異常を解除。使用魔法が状態異常:回復反転の効果を無視する)
ヒロインの一人であり、メインヒロイン。真性異言は持たない
星紋症という古代呪詛を受け、誰か……という思いで城に忍び込んだ平民の少女。魔法の才覚は割と高い銀髪幼女
その正体は彼が言っている遥かなる蒼炎の紋章完全版における隠し主人公、もう一人の聖女。アナスタシアというのは、小説版におけるもう一人の聖女の名前である。勝手に主人公に惚れるちょろいヒーローだとゼノはゲーム内の自分の事を言っていたが、それは序章における出来事を等受けてかなり強いが恋かは漠然とした好意を彼に対して抱いていたゲームでの彼女が、プレイヤーの意思が介入しない限りゼノ寄りの選択肢を取り続ける結果である為
つまり、基本的にプレイヤーが他キャラとくっつけない限り、彼女はゼノに尽くすのが当然であり、その為勝手に惚れるのも割と普通の事である
キャラクターとしては、幼い頃助けてくれた、努力家で忌み子で、辛いだろうに無理に笑って大丈夫って無茶をする大好きな初恋の皇子様に恋する乙女である、小説版が基本となっている
その心は、ゼノの行動が最初引きこもっていて外を見たときに彼女に気が付くか、鍛練の最中に気が付くか以外同じであるためか、本編でも特に変わりはない
エッケハルト・アルトマン
固有スキル:焔の公子(自身の使う炎魔法に対し、ダメージを+魔力×1/10。炎魔法の命中率の最終値+10%)➡七色の才覚(自分の行動時、1ターンに一度まで別の職業へとCCする事が出来る。CC後、レベル等は保持される)
真性異言持ち
ゲーム本編においては仲間キャラの一人であり、もう一人ルートでは攻略出来ない貴族の一人。なのだが、彼の真性異言は……もう一人ルートの主人公の方が本編主人公より可愛い、嫁にしたい、という男のものであった
その為、そもそもの幼少期のゼノとの出会いイベントを騎士団云々でアナが城に駆け込むのを防いで潰しつつ、星紋症をたまたま視察の際に通りがかった自分が助けることで、幼馴染兼未来のお嫁さんとしてのアナスタシアとイチャつこうと序章の問題を引き起こした
即ち、ゼノの考察(アナに惚れられようとしたマッチポンプ失敗が悔しかった)は、残念な事に完全な正解だったのである
といっても、元が攻略対象だけあって、ちょっと転生前の記憶に引き摺られてもう一人の聖女ちゃんと幼馴染になってラブラブするんじゃぁ!な暴走以外は割と善人
流石に星紋症を撒き散らしたりはしてない。星紋症事件自体は原作の小説版にあるエピソードである
だがゲーム本編で最初から惚れられてるゼノは殺す。そしてその代わりに憧れの皇子様系幼馴染をやる。その意思は子供にしては高い。そんなアナスタシア大好きゼノ大嫌い転生者の残念なイケメン
実は転生特典として固有スキルを変更して貰っている。本来の(ゲームでの)彼とは異なり、固有スキルとして七色の才覚(あらゆる汎用職業にCCする事が出来る。CCは固有コマンドで、1ターンに一度自分の行動時に行える)を持つ
CC時にクラスボーナスが変更される為、相手に合わせて丁度良いステータスの職業で相手したり、有利な武器を使える職業になって優位に立ったり、移動に長けた職業で斬り込んでから盾職業になったり、レベルアップ直前に伸ばしたいステータスに高い補正を掛けられる職業になって良成長狙ったりと便利ではあるのだが、元々の固有スキルが有能なため一長一短
本人は転生すると聞いた際にこれはゼノに転生だろ、固有スキルの未知の血統と固有職業のロード:ゼノによって魔法関連壊滅してる作りだったから固有スキルと職業変えれば魔法関係すら伸びるから最強じゃん!という考えだったのだが、転生先が違ったのでこんなちぐはぐとなってしまった
固有スキル:ある訳がない
第七皇子ゼノの人格基礎。つまりは転生前。享年13
小学2年の時に飛行機事故で両親と兄姉と妹を喪った孤児。怖いと抱きついてきた妹に、咄嗟に自分を守ろうと抱き締めた兄に、へし折れた機体の破片が突き刺さる事で自分一人が生き残った事から重度のサバイバーズギルト持ちであり、極度の生存欲求と自殺願望が入り交じった変な奴
妹と兄のように誰かの盾になって死んだらまた会えるかなという誰かの盾になっての自殺願望と、妹に護られた命を捨てたくないという生存欲求とにより、正義感ではなく誰かの為に(その恩返しもちょっと期待して)ひたすらに体を張る性格となっている
因みに死因は、飛行機事故以来閉暗所恐怖症なのに虐めの一つとして体育倉庫に閉じ込められ、高いところの窓から脱出しようとして跳び箱から落下、バスケットボール籠の鉄枠に頭を打ち付けての失血死。ではあるが、本人は特に恨んではいないし、だからこそ忘れている
完全に第七皇子と意識が一つになっている為本編未登場
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一章 第七皇子とゴーレムマスター
暇潰し、或いはバカ二人
自分の名前も忘れてしまった中学生の少年獅童三千矢。暗所恐怖症なのに暗い体育倉庫に閉じ込められ脱出を試みてうっかりバスケットボール籠に頭をぶつけて死んでしまった哀れなピエロ少年は、七大天焔嘗める道化に導かれ、彼がプレイしていたお気に入りのゲームに限りなく近い世界に転生する。ゲーム内では進行によってはいつの間にか死んでる第七皇子ゼノになっていることに気が付いた彼は、そのルートに行かないように奔走を始める。もっと簡単に変えられるというのに、その手をすっかり頭から消して、皇子らしく
……はずが、そんなものそっちのけで助けてと言ってきた見ず知らずで原作にも出てきてない気がする可愛い平民の少女を助けるために奔走するのだった。まあ、本人がそう思っているだけで、彼にとっては完全に運命、助けた少女こそゲームにおける裏主人公なのですがね
そして今、彼は自分より遥かに才覚のある妹と対峙する。ゲームでは良い関係を築けていたのですが、はてさてこの先はどうなることやら
興味が尽きないでしょう龍姫。彼は、貴女のお気に入りですからね
アナ……アナスタシアの皇城侵入によるちょっとした事件から、二週間が過ぎた
そして、おれはというと……
「レオン、面白い話はないか?」
暇していた
今日の仕事は、庭園会への出席。基本的にバカにするか、それとも無視するか、この庭園会へ招かれた子供達の反応は二つに一つである。実りのある会話なんぞ出来ようはずもない
一部は、招かれた異性の中から、未来の嫁……或いは婿を探すように親から言われてたりもするのだろうが、おれには関係ない
いやだってそうだろう。誰が好き好んで忌み子なんぞに大切な娘をやるというのか。それでも、次期皇帝ならばこれも縁の為と差し出す者も上位貴族には居るだろうが、おれの継承権は正直な話有ってないようなものだ
長子世襲ではなく、皇族の中での力に応じて継承権は順位付けられて行くのだが、当然ながらおれの順位は二桁
いや、ゲーム開始時点で二桁になっているというだけで、今の順位は9位なのだが。といっても、継承権を持つのは今現在上の兄6人、皇弟1人、おれ、第二皇女で合計9人。最下位である事には今も本編も変わりはない
結果が、この暇である。コネの作りようがなく、話すような友人もおらず、皇族の出席という箔の為だけに呼ばれた以上主役でもないのに抜ける訳に行かず……となると、ここまで庭園会というものは暇するのか、と溜め息が出る
「まあ、アイリスの為だ、仕方ないか……」
本来来るはずだった妹の事を思い出し、息を吐く
第三皇女アイリス。おれの一つ下の腹違いの妹。継承権第二位。幼き機神兵、チート皇女、バランスブレイカー等々とプレイヤーから呼ばれる、おれの妹
まだ、覚醒の儀を受けておらず、魔法が使えないけれども、ゲームをやったおれは良く知っている。彼女の才覚を
ゲーム内では体が弱く、あまり人前に出ないものの、自前の魔法で作ったゴーレムを通して生活している、という設定だった。けれども、今はまだその魔法が使えない
そして、すぐ後の日に覚醒の儀があるこの日、やっぱり体調を崩してしまったので、行くはずだった庭園会には弱いお前は強くなれとほぼ修行以外の予定がないおれが代わりに出席する事になった、という訳だ
当然、薄幸で深窓の美少女と噂される妹の代わりに来たおれは子供達からはボロクソに言われた。アイリスと会いたがっていた女の子達からは、無言の冷たい視線を向けられた。分かっていたことでも辛い
「おい、バカ皇子!
アナスタシアちゃんは居ないのか!」
「居る訳あるか、あいつ単なる平民だぞ。何言ってるんだよ、アルトマン辺境伯子」
「本当に使えねーなバカ皇子は!」
だが、転機は訪れる。やっぱりというか、呼ばれていた某辺境伯子が絡んできた。ここ二週間で二度目である
前回も、似たような事を言われた
……何というか、こいつアナ好きだな、というのが言葉の端から見え隠れする。いや、気持ちは分かる。小動物みたいで、けれども努力していて、外見も可愛いし
割と本気で、あの星紋症はアナが欲しくてマッチポンプを仕掛けたというのが現実味を帯びてくる。帯びてこられても困るわそんなもの。直接告白しとけとしか言いようがない。アナ達に迷惑かけんなボケと
「そんな男じゃなくて、可愛い可愛い」
「……家の乳母兄弟で、男爵子だ。爵位を持つから連れてきた。平民は入れない」
「じゃあ、アナスタシアちゃんに爵位渡して連れてこいよ気が利かない」
「そんな、権限が、おれにあるかよぉっ!
あるとして、皇子の婚約者だからせめての地位が居ると何処かの貴族の養子にするくらいだぞ方法」
「それは駄目だ」
エッケハルトは、奥歯を噛み締めておれを睨み付ける。やったら殺すぞ、とその顔に血の涙を幻視した
「そんなことだろうと思った」
話してみたら、アナスタシアへの好意がバレバレだったのがこいつなのだ。そのエッケハルトの前に婚約者としてアナを連れてきたとか、やったらぶっ殺しに来られても文句は言えない。殺される義理は無いが
そもそも、アナと結婚する気もない。忌み子かつ、生き残れるのかも分からないおれなんかに縛り付ける気になんてなれない
「というか、何でそんなにアナアナ言うんだ」
「可愛いだろ!」
「自分で告ってこい!」
「てめぇのせいだろうが!逃げられたわ!」
「昨日会いに行ったら怖い人が来てたって部屋に閉じ籠って震えてたのはそのせいか!」
「お前のせいで嫌われたんだろバカ皇子!責任もって連れてこいよ!」
「まずは自分から謝罪の意思を示せよ色ボケ辺境伯子!」
「ふざけんな、一人だけなつかれやがって!」
「怖がらせたのはお前だろうが」
「バカ皇子が邪……
っていうか、やってねぇよ!たまたま通りがかったら親父と親しい騎士団が揉めてただけだってーの!」
「ちっ、言質取れなかったか」
わざとらしく舌打ちをする
疑っているぞと、牽制する
正直な話、また手を出してくる事はほぼ無いだろうと当たりは付けられた。平民最強クラスの美少女にクラっと行ってしまったんだろうと分かった今、本気で潰しに行くなんて事はない、と断言出来るだろう。星紋症も、犯人が彼ならば、確実に治療まで込みで考えていた策だろうと
そうやって考えてみると、そもそもエッケハルト・アルトマンというキャラクターとして違和感があるのだが
エッケハルト・アルトマンは、プレイヤーの同級生だ。焔使いの、魔法剣士とでも言うべきタイプのキャラ。貴族補正かそれなりの伸びと、鍛えられてきたから高めのレベルと初期値を持つ、序盤から使いやすいキャラで、性格としては割とクール寄りだったような
愛情は深く、聖女とくっつく本人ルートでは甘ったるいラブコメシナリオをやらかして、恥ずかしくて飛ばし飛ばしテキスト捲った事を覚えている
愛情は深いが、飛ばし飛ばしのテキストでもこんなアホではなかったはずだと言える。他のルートでは絆支援で女キャラとくっつけない限り女っ気は無かったし、ひょっとしてだが、本来は彼が星紋症を治してアナとくっつくはずだったのをおれが邪魔したとかいうオチだったりするのだろうか
だとすれば困る。シナリオがシナリオ通りに始まるのかがまずちょっと怪しくなり、生き残る算段が立ちにくくなってしまう。まあ、アナは可愛い訳だし、それなのに本編に出てこないのは何か理由があるのだろう
少なくとも、おれの辿れる記憶のなかでは、アナスタシアという名前のキャラクターは出てこないのだから。例えば、この辺境伯子の許嫁だったとか。或いは本編前に死んでいるとか
実は平民出身のもう一人の聖女……は、孤児院出ではなく、七大天を祀るかなり大きな教会出だったはずだから、違うとは思うが。名前については、リリーナではないしか情報がない
確か、もう一人の聖女編を書くという少女向け小説版ではアルカ何とかって名前が付けられるっぽかったけど、1巻すら出る前に死んでるっぽいニホンのおれの記憶にそんなの残ってるはずがないのだ
そもそも、デフォルトネームのリリーナで本編主人公が居ることは確認したしな。アナザー主人公まで居る……ということは無いだろう、あっちはデフォルト名無いから出てきにくいだろうし
というか、主人公の姿は3種類から選べ、……ピンクいふわふわの髪(通称淫ピリーナ)、神秘的そうな黒髪(通称ロリリーナ)、金髪褐色(通称日焼けリーナ)なのだが、その中に銀髪は居ない。アナザー聖女もキャラ設定時に特定の条件満たすと出身が替わるパターンなので外見はその3種のどれかのはずだ
本編主人公は……遠巻きにとあるお茶会に出てたところを確認したが、恐らくは淫ピリーナの外見だろう。とりあえず髪は桃色してた。父親まで桃色で笑ったが
「ああ、アナと掃除でもしてたほうがよっぽど楽しいわ
早く終わらないかな、庭園会」
「お前だけ良い思いしてんじゃねぇよバカ皇子」
だが、まあ良いや。今更過ぎる。考えても無駄だ。そうだったとしても、放ってなんておけないから助けた。それが間違いの訳がない。後悔はしない
そして、案外確執を感じないバカと他愛の無い言葉を交わしながら、おれは庭園会を乗り切るのだった
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訪問、或いは謝罪
そして、庭園会を終えたおれは、本来行くはずだった妹を見舞っていた
「で、てって……」
上手く口が動かせないのだろう。途切れながらそう眼前でベッドに伏せる少女は呟く
「そう言うな、アイリス。兄妹じゃないか」
「そう、いいま……す……」
「酷いな、ホント」
言いながらおれは、貰ってきた果物の皮を小型のナイフで剥く。正直な話、そこまで今の妹には向かないだろう果実だ。何たって、水分が少ない。熱を出してカラカラの喉には、ちょっと物足りないだろう
だが、それは仕方ないことである。今の妹は動けなくてベッドに臥せっている訳だ。つまり、まともに食事さえ取れない。そんな状況で、果汁がこぼれやすい果物を持ってくることは、おれには出来なかった
こぼしてしまっても、生活系水魔法なんてものが使えないおれにはシミ抜きだって出来ない。大変なんですからねこれとシミを作ったら小言を言われるのはおれだ。我ながらセコい保身だが、問題を起こしたくないのだ
問題を下手に起こしてしまえば、ちょっと過保護なメイド達は、只でさえ火傷痕が弱った心には特攻刺さるとか言って顔の時点で散々な評判のおれを、二度とアイリスに近付けないだろう。そんなことは駄目だから、抑える
おれが妹に会いに来る理由。まあ、そんなものは当然ある
今の妹は、それはもうぼっちである。友人の一人も居ない、大体ずっとベッドに臥せっている筋金入りのぼっちだ。まあ、ずっと体調崩して寝込んではたまにマシになり、すぐにまた倒れるを繰り返しているのだから当然の話である。親しい友人か家族くらいしか私室にまで行けるわけもないのだから、新たな出会いなんてあるわけがない
だが、かつてはそうでもなかったのだ。そう、一年ちょっと前くらいまでは、メイドの娘だとかの幼い友人が居た。その母にも、可愛がられていた。今ほどずっと臥せってばかりでも無かった
そのメイドに、誘拐されたのだ。発覚は1日後。即座に探し、数時間で見つかったアイリスは、閉じ込められた事で大きく体調を崩していた
以来妹は、臥せる事が多くなった。誰も、近付けたがらなくなった。そして、それを痛ましい事があったからと、メイド達は是とした。時間が傷を癒すまで、一人にしてあげるのがメイドの役目だと
だから、だ。だからずっと、妹を訪ねる。要は下心だ。閉じ籠って欲しくないというエゴが、せめてもと足を向かわせる
少しでも、心を開いて欲しいと。興味を持って欲しいと、下らない外の話をする
「おはなし、つま……ん……ない……」
そう言われながらも、ずっと
……実のところ、未来の彼女の事は知っている。第三皇女アイリスというのは、ゲーム本編でも出てくるキャラクターだから。本編の彼女はやはり体は弱く、けれども本人は寝込みながらも自身の魔法で作ったゴーレムを動かし、偽物の体ではあっても、不器用かつ気の引けた形ではあっても、他人と関わろうとする人間だった
だから、自分のやっていることに意味があるのかは、良く分からない。ぶっちゃけた話、おれが何もしなくても時間が解決するのかもしれない
けれども、あの日おれになってしまった本当の第七皇子は、誘拐された日から、自分が消えるまでの一月ほどだけれども、おれと同じことをしていた。だから、続ける
正直、塩対応に心はたまに折れそうにもなるけれども、下心があるから続けられる
「……つまん、なかった……」
暫くして。今日の他愛もない外の話……今日のメニューはエッケハルト・アルトマンという少年についてだった。正直な話、おれに話せる事の種類は多くないので、大半は聞きかじりの物語か自分の周囲の事になってしまう……を聞き終え、幼い少女はじとっとした目でそう言った
「その目、止めてくれないか」
「やめ……ない……」
恨みがましく、少女はおれを見詰める
恨まれるような事は……
「髪、勝手に……切……った」
「そのことか。悪かったって」
眼前の少女の頭を見て、おれはそう謝る。不格好だったショートカットはもうしっかりと手入れされて可愛くなっていた
……3日前の話である。訪ねてみたら、アイリスが魘されていて、苦しそうに頭を振っていた。それが、最初の位置からそこそこ転がったのだろう、ベッド端近くで。柱に当たりそうで思わず両手と腹でその頭を抑えた
その時思ったのだ。折れてしまいそうに首が細いな、と。そして、感じたのだ。ずっと伸ばしてる髪、重いなと。そして、絡まってるな、と
魘されて、夢遊病的に起き上がろうとして、髪の重さに引きずられて倒れる。良く見たら首にちょっと絡まってすらいる。そんな姿を見て……
つい、懐に忍ばせた小刀でその長い髪をざっくり切ってしまったのである。言い訳するなら、下手に引っ掛かったら魘されているうちに首が締まりそうだったからついという兄心である
まあ、言い訳のしようもない酷い行動である。アイリスが、ずっと髪を伸ばしている事は知っていたというのに
首に絡まった髪を見て、行動自体で二度と来るなとは言われなかったが、メイドの目が笑ってなかったことは覚えている
「いや、改めて謝るよ。ゴメン。すまなかった」
「許、さ……ない……」
「……すまない」
「ずっと、恨……む」
それでも、だ。来ることそのものは止めないし、剥いておいた果物もしっかり食べるし、割と優しいのだ、おれの妹は
だから、こうして絡み続けてしまう。何時かまた、外に興味を持ってくれるように。逆効果だったら困るし、そうでない保証は……無いのだが
「そういえばアイリス。明日だな」
「覚醒、の……儀?」
少女に、頷く
「そうだ。怖いか?」
「怖……い
目の前の……人、みたいに、なったら……」
「それはないさ」
そう、笑いかける
そう、それはない。有り得ない。元々化け物染みたスペックを誇る皇族の中でも、あまりの力の大きさに体が耐えきれずに病弱になるほどの圧倒的才覚
それが第三皇女アイリスである。覚醒も何も解き放つものが何もない忌み子のおれとは逆に、覚醒の儀で解き放たれる前から体に負担がかかるほどの馬鹿みたいな力の塊。ゲーム内の彼女はそうだった。だから自信をもって言えるのだ。それはない、と
「信じ……られ……ない」
「酷いな。寧ろおれみたいな奴のほうが、よっぽど珍しいんだぞ?」
というか、記録上には居るってくらいの珍種だ、忌み子は。あまりの珍しさに、忌み子になる組合せの二人を拉致ってきて無理矢理子供を作らせたらその親にバレて殺されたマッドな研究者が居る程度には産まれて来ない。結局、その二人の間の子供は流産したのだったか
もう忌み子でも良いとくっついたカップルも居るのだろうが、そこに子供が出来た話は聞かない。死産流産は聞くが。ぶっちゃけた話、おれだって皇族とかいう意味不明のチート血統じゃなければ生まれてくる事すら無く死産してたんじゃないだろうかと、たまに思う
「大丈夫。兄ちゃん……は信じられなくても、親父を信じろって。間違いは一度、大丈夫さ」
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罵倒、或いはチキンハート
「……」
妹を見詰める目、目、目
そのどれもが、決して好意的な光を湛えたものではなく
寧ろ、忌まわしい化け物を……敵を射抜くような、そんな目をしていた。そう、それは……おれへと向けられた、憐れみと蔑みといった侮辱の視線とはまた違う、敵愾心の塊
何故だ、と思う。ひとつ下の妹、アイリスの覚醒の儀は、おれの時とは違い何処までも滞りなく進んだ。このときの為にと仕立てて貰ったドレスは、ずっと伸ばし続けた髪に似合うように作られていて、これでは少し似合わないと憮然としていたが、拒絶反応を示したりする問題なんて起こる事は無かった
当たり前といえば当たり前の話である。寧ろ拒絶反応なんて起こしていたおれの時が可笑しい。覚醒の儀は、この大陸に産まれた、認知されている子供及びしっかりと七大天教会に保護されている孤児ならば、例外無く全員が受けるもの
それはもう稀に、珍種of珍種といったレベルで、望まれない妾の子で受けさせて貰えなかった居ない筈の子供とか見付かるのだが、それは親が受けさせなかった例外だ
大抵は居ない筈の子供でも、孤児の中に入れて受けさせる。この魔法社会で、魔法を使うための覚醒の儀を受けていない、つまりは魔法の資質が眠ったままというのがどれだけのハンデかは、言うまでもない。要水属性だとか、そういった素養の問題がある仕事が全て門前払い、実力主義で食っていく傭兵も魔法無しとかどこも使えない奴として切り捨てるだろう
……おれ、レベルのぶっ壊れた物理性能があれば話は別なのだが、おれ自身が親父から魔法性能を取った下位互換。皇族レベルだに何とか使える程度。いわんや一般人をや……違うか
……だというのに、だ
妹はしっかりと儀を果たした。光魔法を閉じ込めたステンドグラスの光を反射して輝いていたおれの時と違い、目映いばかりの紅と橙の光を、属性を測るオーブは湛えている
火、土属性。正確に言えば、実はあの光は正確に測定するともうひとつ混じっていて、火、鉄、土の三属性。土属性の派生である鉄と、七大属性二つというかなりの豪華仕様だ。何も無しのおれとは正に格が違う
だというのに、誰も、誰一人、それを善しとしていない
……いや、違うか
ふと、そう気が付く。難しい顔で娘を眺めているあの親父に関しては、そう思えた。単純に、あの人は体が弱くて、椅子に座って儀式を受けたことが気に入らないだけだろう。体が弱いのは分かるが情けない、鍛えてやろうか。きっとそんな感じだ
だが、他は違う。その敵愾心は、幼い妹に向けられている。まだ、五歳だというのに
親父の瞳が、一瞬だけ此方を見た
責めるような、目だった
分からんか、馬鹿息子。動けんのか
と、その焔そのものの瞳は、おれを苛んでいた
貴様には関係がないから、思い至らんのか、馬鹿息子。そう、無言の圧力がかかった気がして……
ふと、今日、アナと会話した際の他愛もない話題を、思い出した
皇位継承の、話だ
そうだ。そうだ
……此処に居るメンバーを思い出す。暇なおれ、暇を宰相に作らせた親父、第一皇子、第三皇子、第五皇子、第二皇女
4つの敵愾心は、そのまま四人の皇位継承者のもの。ならば、話は簡単な、筈だった。寧ろおれも皇子なのに何故気が付かなかったとしか言いようがない
簡単な話。おれの時は、立ち会った皆はおれを敵と思ってなかった。皇位継承権は、実力主義。自分達と争える段階におれは居ないと、見下せたから敵愾心など抱くはずも無かった
けれども、アイリスは違う。目映い光は、その才覚の大きさ。今は幼く、体が弱く、敵ではないかもしれない。だが、成長したらどうだろう。自分を越える才覚が目覚め成長した時、自分の上に立つ事への恐怖を、振り払えるだろうか
……正直、おれには無理だと思う。皇位継承を狙っているならば、家族以前に皇帝位を狙う敵の誕生を、素直に喜べる筈もない。まあ、今のおれには関係ないのだが。兄弟全員殺すくらいの事をしなければおれが皇帝になる何て有り得ないしな
でも、だ。それが分かったとして、何をしろというんだ、親父
此処に居ない
『敵になるならば、無知のうちに、敵になんて今更なれないほどまでに、味方に深く引きずり込んでしまえば良い。君だって、私からもう離れられないだろう?だから、今言ったんだよ
君はもう、私のものさ。一生、ね』、とは本編の彼ルート告白イベントでの主人公への言葉だっけ。……って駄目じゃないかあの人。方法は穏便だけど怖い
おれが、何とかする?無茶を言うな。おれの発言権など、皇族の中では吹けば飛ぶような程度。皇族の恥晒しは伊達じゃない。というか、ここまで社会に浸透するって、どうせ最下位だけど噛み付かれる前に蹴落としとこうと兄の誰かが裏で噂流してるだろうこれ。悲しいことに事実過ぎて対抗して何も言えないのが辛いところである
更に、立場を悪くするのがオチ。兄や姉達の不興を買えば、結託して皇族から追い落とされる。それに対応できるコネも、力もおれには無い。だから、出来ない
アナ達を護ると、一度言ってしまったから。いっそ早めに喧嘩売って皇族籍剥奪されれば本編に繋がらなくて生き残れるのかもと思った事もあったが、その手は消えた。皇族籍だけが、おれの保護に意味を用意しているのだから、もうその籍は捨てられない。だから、喧嘩なんて……
椅子に座ったまま、アイリスは身動ぎひとつしない
その目尻に、微かに水滴が見えた
ああ、と一人ごちる
馬鹿か、おれは
何を、恐れている。何を、保身に走っている。お前に出来ることは、親父に泣き付くことくらいだろう。それさえすれば、馬鹿息子でも、きっと何度かは助けてくれる。なら、動け
一年前、見守る全員から蔑まれた際に、同じ針のむしろの気持ちは体験しただろう。なのに、妹をその只中に放置するのか?お前の、ずっと無駄に絡んできたエゴは、やさしい妹相手にしか発揮出来ず、困ってるときに見捨てるのか?
阿呆。そんな醜いエゴ、魔物にでも喰わせてろ
「兄上、姉上」
一歩、前へ
「アイリスが怯えています。どうか、醜い保身をお止めください」
ああ、考えなしに飛び出したせいで、言葉を選ぶ時間が無かった。駄目じゃないか。これじゃあ完全に喧嘩売ってる
「何だぁ、出来損ないの弟」
更に、歩みを進める。妹の視線を、背中で遮るように。敵を見る兄達の目が、見えないように
「家族を敵と思う、その醜い目を止めて欲しいと、そう言ったんだプリンス・オブ・チキンハート」
自分も、そのチキンハートだけれども。格下が居ないから、逆に開き直れているだけではあるけれども。逆立ちしたって敵わないなら、最早敵視するのも馬鹿らしいという、諦めの産物でも
それでも、良いさ
だから、この場で最も年の近い兄に、そう言い返した
にしても酷いなこの咄嗟の言葉。向こうの世界のおれって、口悪くて嫌われてたんじゃなかろうか
苦々しい顔で、兄等は唇を噛む
当たり前だ。敵意はある。それでもそれは、敵意を僅かに向けることしか出来なかったとも言い換えられる
眼前に居るのは、大きな事を言い放った
おれだけならば、幾らでも排除は効くだろう。それこそ、風魔法でこの部屋から邪魔だと吹き飛ばす事だって可能だ。締め出す事も苦ではない
けれども、それは今成り立たない。おれの同席を当代皇帝が認めている以上、そして未だにこのおれのある種侮辱とも言える発言を咎める発言をしていない以上、手を挙げた際に不利になるのは挙げた側だ。咎める言葉を発していれば、排除の名分は立つのだが
「……無礼な」
「大人げない」
立ち上がる兄の姿に後退りしかける足を誤魔化して、逃げるように落ちかける瞼を見開いて、ただ、上から見下ろす巨体を睨み返す
6歳でしかないこの体に、10代の……その先の未来を、大人となった自分の生き方を考え出した兄の背丈はあまりにも大きくて。けれども、何時か自分の未来を閉ざすかもしれないからとこのおれより更に小さな存在を敵視するのは、大人であろうとするならどうなんだ、と睨む
壁のような威圧感が、一歩近寄ってきていた
その事に、思わず半歩下がってから、漸く気がついた。最初の一瞬、その事に気がつけなかった
……半歩下がり、距離を保っていてしまったから
ああ、やっぱり弱い。生前のおれに関しては良く覚えていないが、それでもこれではまともな人生では無かったろう。無鉄砲に飛び出すのは、格好の標的。けれども、子供染みた敵意を、魔法なんて飛んでこないから温いだろう苛めを、耐えることは出来ても跳ね返す力は無い。怯えが隠せないながらも反発する、そんな半端な抵抗は、相手をむしろ煽るだけ。そんなもの、力の足りない正義感を振りかざすバカでしかない
それは今も変わらず……
「止めんか、阿呆共」
されど今は、それを止める強者が居る。それ頼みというのが、実に情けないが
「けほっ」
背後で、少女が咳き込む音がした
「アイリス……」
「……殺気……怖、くて……」
「わ、悪い……」
殺気を放った覚えは流石に無い。当たり前だ。彼等だって第七皇子ゼノの兄弟ではあるのだから。まあ、母親は大体皆違ってたりするのだが父皇が同じなら兄弟で良いだろう。妹だからその敵視を止めろチキンハートとほざくおれが、兄を敵視していてはお笑い草も良いところ、説得力というものが欠片もない
けれども、脅えから睨んでいてしまったチキンハートなのは確かで。緊張感で体調の悪さを抑えていた妹にとっては、眼前に立つおれのその気が、緊張を崩させたとしてもおかしくはない
素直に謝り、前を向く
父皇が立ち上がり、間に割り込んでいた
「自分の言葉にくらい責任を持て、バカ息子。これ以上は、貴様の言葉は口だけとなる。分かるな?」
「……はっ!」
そうして、頭を下げる
「お前もだ、エル
あのバカ息子の言葉ではないが、妹に今怯えるような者が立派な兄になれるか
立派な兄にすらなれん奴が、真っ当な皇帝になれる訳もあるまい。貴様が皇帝を、この
実に横暴かつ一方的。だが、それがこの父の何時もの事。言葉の裏にはそれなりの親心だってある。ただひたすらに、膝を付き騎士の礼の擬き(流石に妹の前にまで剣を持ち込む気はせず、剣が無いため擬きにしかならない)を取り、言葉の終わりを待つ
「……父よ!それは横暴ではないか!
今此処で私を排しようなど、そこの出来損ないへの肩入れと取られても仕方の無い事」
「此処で皇を目指すのを止めるか、止めんか
選ぶべきはそれだけだ。余計な言葉は要らん」
「ふざけないで貰おう!止めるわけが無い!」
第三皇子エル……エルヴィス。普段はまだ落ち着いた言動の金髪の皇子が、声を荒げる
まあ、当たり前と言えば当たり前だ。今此処で皇籍を外されると言うことは、半分くらい死刑宣告である。まあ、死にはしないだろうが。婚姻を通して皇族としての籍を捨て向こうの家の貴族になるのは皇帝にならなかった皇族のテンプレだが、臣下……つまり貴族との結婚前に皇籍を外されるということは、婚約者の家に婚姻前に依存する事となる。自身の家からは放り出されるのに等しいので当然と言えば当然
要は、婚姻を結ぶ前に嫁の家の居候となる訳だ。そして彼は婚姻出来る歳でもないので、即座に婚姻しての誤魔化しは効かない。別に死に至るようななにかがある訳でもないが、単純に赤っ恥。その恥はそれこそ一生に渡って付きまとうだろう。イケメンで爽やかそうな皇子様として割と市生から人気なエルヴィスとしては、それは死にも等しいと言えなくもない
「構わん。此処で臆するようならばそもそも皇の資格はない」
靴音が響く
父皇が、踵を返し部屋を去ろうと言う音
「今更頭を付き合わせても意味は無い。今日は開きだ
……バカ息子。飛び出した以上、責任は持てよ?」
要は、最後までアイリスの面倒を見ろという話だろう。とりあえずこの儀式の終わり、皆が去るまでは。もしかしたら、それ以降の事も言っているのかもしれないが、それは今は忘れる。事実上次代皇帝が絞られた時、アイリス派として立てという話だとして、今から頭を悩ませたくはない
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来訪、或いはバカ襲来
「と、言う感じかな」
「皇子さま……」
それから2日後。おれは何時もの如く孤児院へと顔を出していた。今日の荷物は……現代風に言うならば50kgほどの重量だろう穀物。マギ・ティリス大陸での重さの単位はgではないはずだが、詳しくは知らない。おれ自身とはゲーム的にもゼノとしての生活的にも関係が薄すぎて聞いたことがない。穀物は加工すれば塊で食べることも可能だが大抵の家庭では粥として食べられている一般的な主食のひとつ、その材料である。詳しいことは知らないが、あえておれの曖昧な記憶で似たものをあげるならば麦だろうか
「お怪我とか」
「特に無い。何にも食らってないからさ」
そう言って、手を振る
「でも、その手……」
ふと見ると、右の手の甲には、ざっくりとした斬り傷が残っていた。血は止まっている。流石にそこはしっかりと止血した。けれども、逆に言えばそれだけしかしていない。固めた血で傷口が塞がっただけである
「皇子さま……」
話を聞いていた少女は少し潤んだ目でその傷を見て、ゆっくりとおれの手を取った
「魔法でも、治せないような傷を」
おれの顔と、手の甲の傷を交互に見ながら、少女ーアナは呟く
一時期の顔半分を覆うほどよりは大分マシになったとはいえ、火傷痕は一生もの。それを見れば、この手の甲の傷もそうなのかと思ってしまう……事は有り得るのか
「いや、魔法だから治せないんだ。それにこの傷は別件、単純におれの弱さが招いた傷だよ」
「そう、彼こそが禁忌の忌み子だからだ!」
「皇子さまにそんな酷いこと言わないで!」
「ぐっ、事実なのに……」
何時の間にやら、扉をバァンと音を立てるように跳ね開け、一人の少年が太陽光を背に立っていた
そうして、器用にも吐血していた
「……何やってんの、ポンコツ伯子?」
エッケハルト・アルトマンには別に持病とか無かったはずだが。寧ろ、強い炎を受けた際に古傷……というか火傷痕が疼くのおれの特権だろ
「この胸の痛みが、人を強くする!心が流す血が、何時かお前を越えるんだ」
「要は精神ダメージか。宴会芸を修めて道化師にでも転職する気か?」
一発芸としては受けるかもしれない。きっとこの世界でも、オーバーリアクション芸は一定の笑いを取れるだろう、多分
おれの背に半分隠れながら、冷たい目でアナが突如現れた少年を見つめている
逃げたり、隠れきったりしないのは多分、出鼻を挫かれてたから。あの日、騎士団の前に現れた貴族様は恐かったけれども、今の彼は……なんか怖くない。そんな感覚だろうか。案外道化のような吐血芸、有効に効いているのかもしれない
「それで、おれの孤児院に何用だ。孤児にでもなった訳じゃないだろ?」
「未来の嫁に会いに」
「教会行け。天才的なサニティ使いの神官を紹介してやる」
「別にパニック掛かってないって」
「いや、またチャーム食らってるから解除しろ」
「……また?」
「また、だって……?」
おいこら、折角アナさえ居なければ割と話せる貴重な相手だからと助け船出したのにお前まで首を傾げるなエッケハルト
「アナ、チャームとパニックは分かる?」
「魔法書、だよね」
「正確にはそれらの症状を引き起こす基本となる魔法書の名前がそれ。実際に使われるのはもっと色んな副次効果を組み込んだものだけど」
「……それ、で?」
こてんと首を倒す仕草が愛らしい
それに引き寄せられる蛾のようにふらふらと前に出る同い年の少年にお前はそこに立ってろと火傷の残る目で睨み付け威圧して
「前、あいつが酷いことしたのは覚えてるだろ?
あの時、その二つを受けていたみたいなんだ」
嘘は言っていない。嘘は。幼い初恋の熱に浮かされる、恋煩いという名のチャームはかかっていたのだし
厄介な点は第三軍化。その状態でも発動時点では操作が効かなくなる訳ではない。術者を味方認定し、攻撃が出来なくなり、範囲回復や範囲補助対象になるだけだ。ただ、術者を大切な味方と思い込むというのは、それだけで盛大な初見殺しである
ゲーム的には、その第三軍はリーダーが攻撃されると敵軍になるという形で表現されていたが、要は術者を殴るとプレイヤー側が大切な仲間を裏切って殺そうとした裏切り者としてチャーム掛かったキャラに扱われ、チャーム解除しない限りそのキャラが敵になる。当然ながら、その状態でもHPを0にすれば死ぬ
チャーム食らったキャラは武器の損傷も何も考えず最大火力で狙ってくる等も合わさり、初見チャームでリセットしなかったプレイヤーは少ないのではなかろうか
おれの初見時は当時ルートに行こうとしていた回復役の女キャラがチャームを受け、範囲攻撃魔法でその後直ぐに術者を倒して敵化を踏み抜き……そこまではそのキャラは火力の低い回復役なので被害は低く良かったのだが、彼女に効きもしない杖殴りを選択され、狙われたゼノ(おれではない。ゲーム内のキャラの方である)の反撃が8%の必殺引いてぶっ殺してしまった
まあ、つまり何が言いたいかというと、皆チャームでキャラを死なせてリセットくらいやってるだろう、おれもやったんだからさ、という話である
ゲーム的な話は閑話休題。チャーム、パニック、どちらも精神異常魔法である
それを受けていたならば、まあ、アホな行動を取っても仕方ないよね?というお間抜けな擁護。それがおれの言葉の意味である
あの行動については擁護するが、代わりに油断からか幼さ故かチャームなんぞを気がつかないうちに食らってた間抜けの名を背負え、というただでは許さない策。自分の事ながら、セコい
「……そう、なの?」
「星紋を撒くような外道だぞ?更に強力な魅了で事態を大きくしても可笑しくない」
いや可笑しいだろと言いたくなるが無視して
「すまなかった」
暫くして。おれの言葉の意図に思い至ったのか、少年は軽く、頭を下げてそう言った。下げるのは頭のみ。首を曲げ、目線を下へと向けるのみ
貴族としては、それが正しい。謝ることは弱味である。基本的に頭は下げるな、下げるとしても頷く程度。それが、格下相手のやり方だ、というのがデフォルト
「わたしは、大丈夫
けど、皆に謝って。皆、死ぬかもしれないって怖く思ってた」
「分かった」
大人しく、少年は頷く。実に素直に
「って星紋症ばら蒔いたのは違うから!やってないから!そこは間違えないでくれよ!」
「本当に?」
「本当だ!」
「じゃあ、誰なんだよ黒幕は」
「それは知らない」
少年の瞳には、静かに炎が揺らめいていた。まあ、嘘を言っているとは見えない
「けれども、夢を見たんだ
城下の孤児院から始まるパンデミックの夢を」
「ぱんで……みっく?」
少女が、首を傾げた
案外アナは色々と知っている。体は強くなくて、孤児院の中で本を読んでたからか、年の頃にしてはしっかりしていると言えるだろう。チート(前世の記憶)のせいか子供らしい可愛げが無いと言われるおれとは違い、背伸びしてるだけ、なのだが
けれども、パンデミックという言葉を知らないという。星紋症に関しては、本で読んだことがあるらしいのに、だ。その本に書いてなかったのだろうか
けれども、そんな疑問はすぐに忘れて、おれはアナに説明を始めた
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召喚、或いは身の振り方
そうして、約2日後
「何の用なんだ、親父?」
おれは、父皇シグルドから、呼び出しを受けていた
皇命である、の一言が添えられていたそれは、最上級……とまではいかないが、最上位に近い順位の命令。即座にでも、今やっている事をそれこそ放り出してでも、駆け付けねばならない
そう、師匠との訓練を無視してでも、だ
後でキレて色々とやらされるだろうなーなんて、後の話は置いておくとして。まあ、どんな理由であれ、自分の定めたことを無視されることを異様に嫌うあの人は仕方ないと、メイドのプリシラに言い訳を頼んでおいた。露骨に嫌な顔をされたので、果たしてくれるかは微妙な所だ。どうにもあの娘にはおれへの敬意というものが無い。いや、情けない所ばかりのおれに対する敬意がそもそもあるかどうかは別として、一応主人扱いだろ?理論上の主人は親父だとはいえ
「来たか、悪いな」
おれの顔を見て、そう父は笑う
珍しい話だ。呼び出しておいて、それを詫びるなんて。基本的に、皇帝が呼んだのだ、来て当然だろうという態度な人なのだが。
それでも許されるのは、単に強いこと、そしてそもそも呼び出すに足りる理由がないなら呼ばない、理不尽な出頭が無いが故のこと
だからこそ、珍しい
畏まって、言葉を待つ。何故、父がおれなんぞを呼んだのか。予想は……正直な話付かない
「ゼノ。お前が呼ばれた理由は、分かるか?
正確には分からずとも良いが、全く分からんというのは認めん」
「酷くないか、親父」
ぼやきながらも、何を言えば良いのか言葉を脳内で探る
まず、恐らくはアイリス絡みなのは間違いがない。だが、その先が繋がらない
「啖呵切った事に関して、だとは思う
けれども、おれにはその先が分からない」
だから、大人しく負けを認める
そんなおれに、父は一つ息を吐いて、手元の紙の束を投げて寄越した
そこにあるのは……数枚の資料。光魔法やら火魔法やら、様々な魔法で焼き付けられた似顔絵。まあ、言ってしまえば写真付きの資料。まあ、それは良い
問題は一つ。そこに載っているのが、幼い少女のものばかりというところ。年頃は……まあ、おれと同じか少し上くらいだろうか。6~8歳くらいだろう。顔は……悪くない、というレベルだ。
アナと比べてしまうと……ってあれはちょっとヤバいレベルか。比べてはいけない。深窓の美少女扱いとなった妹と比べても負けてないとか平民として可笑しい。居ないことは無いのだが。
というか、母も美貌故に親父が平民からメイドとして引き上げたのだったはずだし、たまに居るのだが。それでもあれは反則だ
といっても、不細工な訳もない。それなりに整ってはいる
「……これは?」
「お前の婚約者候補だ。好きに選べ」
「は?」
一瞬、呆けた
改めて考えてみれば、それは間違ってはいないのだろう。同年代くらいの異性の写真(魔法により焼き付けられた絵だが)を見せる理由なんてそれくらいしかなさそうだ
けれども、いきなり過ぎる話
「……親父。本当に?」
紙を捲りながら問い掛ける
文字はこの一年でしっかり学んだ。流石に読める。読めないなんて事はない
捲って軽く見る限り、下級貴族の娘ばかりだ。そこまでの上位貴族は居ない
「難色を示すか?」
「……まあ」
大人しく頷く
「理由は分からんでもない。釣り合わん、というのだろう」
いや、そうじゃない
「……親父」
「何だ?」
「彼女等は、生け贄じゃないか」
静かに、そう口にする
生け贄、というのは物騒な言葉だが、その通りといえばその通りである
皇族から籍を外す際に婚姻先の姓を得る、と皇族について言ったが、それに繋がる話である。つまりは、どんな皇族にも相手が要るのだ。
迎える家がなければ、何もしようがない。追い出しようも無い。というか、皇族の後ろ楯は、自身の力と婚約先の権力である、という程度には影響は強い。であるならば、婚約者は必須である。その理屈は分かる
それで、だ。皇帝になる望みなぞまず無い、顔には一生消えない火傷痕、更には魔法が使えず魔法への防壁もない糞雑魚。そんな噂が広まりに広まっているような最低皇子に、誰が娘を嫁に出してその後ろ楯に付こう、等と思うだろうか。
そんな貴族が居る訳がない。いや、昔おれが其処の娘を何でか助けていて、その恩があるとかならば有り得なくもないのだが、生憎とそんなイベントは起きなかった
いや、助けてないとかそういう意味ではなく、感謝される程の事じゃなく寧ろ忌み子に助けられた黒歴史として葬られてるという意味でだが
つまり、だ。それでも誰かを後ろ楯につけなければならない以上、誰かが娘をおれに差し出さなければならないという話。そこに選ばれたのが、今おれが見ている資料の娘達なのだろう
まさに生け贄である。もしもおれに選ばれれば、おれがよっぽどの不祥事を起こさぬ限り、選ばれた娘は出来損ないの忌み子皇子の婚約者として縛られる。一生、自由を奪われる。
不貞等許される訳もない。恋を知る前から、それを許されなくなる
会ったことも無い、結婚も出来ない、呪われた忌み子皇子の為に
「生け贄か。言いえて妙
等と言うと思ったか、馬鹿息子」
「どうしてだ、親父」
「……分からんか?生け贄というのは、自分には自分で選んだその女を、己に惚れさせる事等出来んと思い込んだ負け犬の言葉だ。親の決めた婚姻、それが最善だったと言わせられるならば、そんな言葉は吐かん」
「いや、でも」
「言いたいことは分かる。だが、馬鹿息子。今のお前に必要なのは、後ろ楯だ」
「何で必要なんだよ。早いだろ、婚約だ何だ」
「早かった、だ。お前が啖呵切ったのだぞ?
今やお前は、事実上アイリス擁立派の先鋒だ。他に居るかというとだがな。
お前がどう思おうが、周囲がそうする。ならば、その際に個人では何もならん。今すぐにでも後ろ楯が必要なのだ
分かるな、馬鹿息子」
「……わかるよ、親父」
何となく考えていた事。アイリス寄り扱いされそうだな、という話。先鋒扱いまで広がっていたのは予想外ではあるが、想定していなかった訳でもない
その先にまでは、思い至らなかったが
「それでも、彼女等は選べない。選びたくない」
「あの娘か。力無ければ奪われるぞ?側室で留めておけ。それを看過出来んというならば、その程度の気持ちだ」
「アナの事か?って関係ないだろ、アナは!
側室だ何だ、そんな事考えてない」
考えるわけもない。そもそも、だ。おれは忌み子である。おれと結ばれるというのは、それだけで後ろ指指されるようなもの。それは……駄目だ
まあ、そもそもアナになつかれている事自体半分吊り橋効果みたいなものだろうし、そのうちボロが出る
命の恩人への憧れは、きっと恋にはなり得ない。おれがもっと凄い人で、皇子さまと呼ばれるに足りるならば話は違ったのだろうけれども。おれは……魔法の使えない出来損ないの忌み子でしかないからな
そもそも、第七皇子ゼノの婚約者があんな平民出身の美少女だったなんて話はないのだし
おれは、おれの分くらい弁える。たまにそれを無視してしまうけれども
だからこそ、普段から自分を弁えるべきなのだ
「どう考えても、忌み子であるおれとの婚姻なんて嫌に決まってるだろ!
誰もが嫌だ、そんな状態から幸せに出来るなんて甘えた言葉は、おれには無理だ
だから、親父。この中から選ぶことなんて出来ない。不幸を覚悟しての生贄娘から選ぶなんて嫌だ」
「選ぶならば、元より打算、か?」
「ああ」
大人しく頷く
打算。まあ、言うなれば貴族に渡りを付けたい者達の事である。分かりやすく言えば商人の家系
「良いだろう。一つ、商家からも話があった。貴族に拘るかと思い外していたがな
握り潰す気はあったが、馬鹿息子たっての願いならば受けよう
自分の言葉だ、責任は持てよ?」
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夢見る少女、或いは婚約者
「こんなのみとめないわ!」
城の一室。妹アイリスの部屋の扉が突如開け放たれたのは、父皇との会話から更に3日経った日の事であった
「……摘まみ出してくれ」
「第七皇子。立ってくださいまし?」
「は?」
「邪魔者は摘まみ出せというのであれば、貴方様こそが何よりの邪魔者。もろともに摘まみ出すので、運びやすいように立って下さいまし?と言ったのです」
「邪魔者おれかよ!」
冷たい表情でそう告げる妹付きのメイドの一人ー確か何処ぞの男爵の娘だったろうか。誘拐騒ぎの後大分整理という名の飛ばしをされたがその中を生き残った若さの割に歴戦のメイドであるーに向けて呆れたように首を振る
「おや、自覚は無かったのですか」
「無視するなんて良いどきょーね!」
実際問題、メイドとのやりとりの半分くらいは軽口だ。本気で追い出そうという気は……半分くらいしかないだろう。やらかした事の大きさを考えると仕方の無いことではあるが、仮にも主君の兄であり、主君擁立派の先鋒に気が付いたら祭り上げられている存在だ。あまり下手な扱いは出来ない。それは付け入る隙になる……んだろう多分きっと
なのでまあ切り上げるとして。改めて乱入者の姿を確認する
走ってきたのだろうか、多少頬を上気させ、肩で息をしている
年頃はアナと同じくらい。つまりはおれと同年代。一つ上、くらいだろうか。当然ながら、髪の長さなんかで性別の見分けは付くが、別に何処が出ているという訳もない
顔立ちは……まあ、悪くないだろうか。一般的に見れば多少整った方だろう。子供らしい大きめの吊り目が印象的。……ってか、これは多分おれの可愛いの基準が狂ってるだけだ。基本的に今の皇族なんて美形な父皇が色んな美女に手を出した結果だ、美形に決まってる
くるくるとカールした明るい茶色の髪は、別にドリルという訳ではなく広がっている。それに合わせたのは、明るい青を基調としたワンピース。各所にフリルがあしらわれ、可愛らしい印象を際立たせている
「摘まみ出してくれ」
「ぶれーもの!」
少女はおれに向けてそう叫ぶ
いや、無礼者である事は確かだ。言い訳のしようもない。だが、妹の部屋に突然踏み込む無礼者に言われる筋合いは無い
「突然は……同じ、です……」
思考を読んだかのように、アイリスの手が背を叩く
面目無い。その通りである。このメイド達はおれのアポイントを了承する事は決してない。拒否しようが、どうせおれは勝手に来るとわかっているのだから。それでも摘まみ出さないのは、妹故の優しさだろうか。行くのはおれのエゴである
「だ、れ……?」
ベッドの上に身を起こし、多少焦点の合わない瞳で、アイリスが問い掛ける
「起きて大丈夫か?」
「要らない、ひ……と、くらい……」
矜持というものもあるのだろう。おれの火傷痕と似たようなものだ。皇族として、譲れない一線というプライドがある。突然の訪問者を任せきりにしたくないというのもそう。痕を隠して誤魔化していたくないというのもまた
「誰?誰ってしつれーな話ね!」
「いや、当たり前の話じゃないか?」
何となく、予想は付くのだ。まさかここまでとは思わなかっただけで
そう。この少女自体には見覚えが特に無い。真面目に無い。大貴族の娘なんかであれば庭園会なり何なりで姿を見掛けることがあるはずなのだが、それも無い。だというのに、だ。この少女は皇族の私室にまで踏み込めた。その区画の衛兵を通り抜けられた。それは、彼女個人がその区画に踏み込むだけの資格を持っていたという証
ならば答えはほぼ一つ
「というか、アナタのせいじゃない!」
びしりと、少女は左腕を上げておれを指で指し示す
行儀が悪い……というのはおれの生前の知識だったか。この世界では、目上の人から指指されるのは割と光栄な事だったはずだ
格下からされるのは、自分はお前よりも目上だ敬えというアピールだとして、時々喧嘩沙汰になるくらいには侮辱的なのだが。仮にも皇族にそれをやるとか大丈夫かおい。世間的に、あくまでもおれ相手なら咎める者は多くはないとはいえ……
「アナタの側から頼み込んで来たんでしょう!おじーちゃまが言ってたわ。なのに何であいさつにも来ないのよ!」
「……おにぃ、ちゃん……
何、やっ……た、の?」
アイリスの視線が背に突き刺さる
割と痛い
「親父に呼び出されてすっぽかした事で、師匠に一泊二日に渡ってボコボコにされた」
早朝から次の日の昼過ぎに至るまで。一日の弛みは三日の努力を殺すだとか何とか言われてひたすらに限界までしごかれた。その日は真面目に腕が痺れてまともに食事も取れなかった
余談だが、その師匠はそれを終えたその足で飛竜に乗って西方に立った。何でも、おれの為に頼んでおいた刀が鍛え上がったので状態を見てくる、だそうだ
それは有り難いけれども、あれだけおれ相手に刀振るっておいてそのまま乗り心地が悪くて乗り続けるのに体力が要ることで有名な飛竜に乗るとか体力可笑しいだろあの人。いや、人じゃなくて鬼だけど
それを終えて、漸く親父に言われた云々でもお話しするかとアイリスに会いに来た、というのが今
「それ、だけ?」
「それだけだ。あそこのには何もやってない」
「何よ!こんやくを頼むならあいさつくらい来なさいよ!」
そう、そういう話である
親父の言っていたおれの婚約者、それが眼前の少女である
親父ぃ!原作でもそうだったけど考えすぎて人選完全にミスってんぞおい!と、叫びたくはなるが言っても仕方の無いことなので無視
商人の家系に声をかけようと言われた時点で察していたのだが……
眼前で憤然としている女の子の名はニコレット=アラン=フルニエ。アラン=フルニエ商会というそこそこ手の広い大商会の孫娘にして、遥かなる蒼炎の紋章における登場キャラの一人である
第七皇子ゼノの婚約者……ではあるのだが、男主人公では普通に攻略可能だったりする。そんな事からも分かるように、婚約者との関係性は冷えに冷えている。というか、彼女自身こんなの望んでないと公言している……訳ではないが、本心ではあんな婚約者嫌だと思っている、ということを彼女の知り合いから聞くことが出来る
そして、フラグを立てておくとおれの皇族追放イベントと共に晴れて自由の身になった彼女との交際が可能になる……という形
うん。別に良いと思う。そっちの方がきっと彼女は幸せだろうし
というか、実際婚約者なのに絆支援無いし、互いに打算、愛は欠片もなかったんだろう
「申し訳無い、アラン=フルニエのお嬢さん。だとしても、我が妹の部屋に踏み入るはあまりにも無礼だと分かって欲しい」
「何ですの!このわ!た!く!し!が来て差し上げたというのに」
特徴としては、煩い
そして、大商会の孫娘として可愛がられた結果、かなり自尊心が強い。恥さらしとはいえ、仮にも皇族であるおれよりも、自分を上だと思っているフシがある
「……皇子様の婚約者、というのは一つ権力だ
けれども、その力は皇子様に依存する。君の力じゃない
君は、この場で威張れる程偉くない」
格好付けて、言葉を選ぶ
似合わないと妹に小突かれても気にしない
「アナタより上よ!わたくしは、あのニコレット=アラン=フルニエなの!
忌み子なんかより上に決まってるわ!」
「君からしてみればそうかもしれない。けれども、その君の上に、この部屋の主は居る」
何か言ってくれないか、とベッドを振り返る。妹は、光の無い瞳で乱入者の少女を見ていた
「おにぃ、ちゃん
婚約者……?」
「親父が選んだのは彼女らしい。商人なら忌み子だなんだは広まってないだろうと思ってくれたのかもしれないけれども……無駄だったかな」
……でも、良い。親父の言う後ろ楯的にはあまりにも不安だが、それは弱小貴族でも同じこと。寧ろ、両親に望まれた生け贄として、本心を隠してひたすらにおれにイエスマンするだろうあの資料にあった子達より好ましい。心ない事をさせられるよりも、本心のままに反発してくれた方が心は痛まない
「アナタなんか、わたくしの白き龍の王子様にはぜーんぜん足りませんわ!抗議します!」
「コレ、が?」
「コレ言うなアイリス。相手は人間だぞ」
「わたくしの方が!コレが?って言いたいの!」
親父、チェンジで
と、言いたくはなるが言っても無駄だろう。それは自分に惚れさせられない負け犬の言葉だ。お前は男か?それとも負け犬か?と返されるに決まってる。そこでもう負け犬で良いよと弱音を吐けば動いてくれる気もするが……それはそれでダメだろ情けない
つまりは、おれへの認識を改めて貰えば良いのだろう?ゲームでイベント進めれば男主人公に惚れたり、おれじゃなくて第六皇子様の婚約者だったら良かったのにと言っていたりと、本来の第七皇子ゼノは、それには完全に失敗していたようだが。とはいえ、童話の王子様に憧れる女の子の前に婚約者としておれを出すのは……オウジサマという肩書き以外のギャップが大きすぎる
「で、てって……!」
「きゃっ!」
ベッド横に生けられていた花が蠢く
切り取られていないその葉を動かし、それが両の足であるかのように、支えられるはずもない重量の花本体を歩かせる
……高級品の絨毯ー万が一魘されてベッドから落ちても体を痛めないようにとふかふかさを追求した逸品だーの上を歩く花。なんというか、シュールな光景である
「な、何を……」
魔法書無しで魔法を使っているだけである
使用しているのは土+火のゴーレム系魔法の一種。ウッドゴーレムを動かす魔法の……初心者向けの入門魔法である。それで花をゴーレムにしただけ
使っている魔法自体は驚くに値しない。子供でも遊びで使える程度のもの。入門用かつ殺傷性は殺意を持たなければほぼ無い(殺す気で目に茎を刺すように動かせば殺傷力はあるが、そんなもの別の魔法でも同じだろう。ちょっとものを冷やすだけの魔法でも、花の茎を凍らせて目に突っ込めば目を潰せるから危険だというのと同レベル、考慮しなくて良い)
だけどなアイリス。此処に魔法書なんて置いてないだろ、魔法書無しで魔法を使うな、チートかよ。
「追い……だす」
妹はカッコよく宣言するが……うーん、どうにも迫力がない。殺傷力もほぼない花ゴーレムでは、凄みが足りない
「お嬢様、摘まみ出しましょう」
「良……い。自分で、やる……」
「うるさいのよ!」
業を煮やしたのか、胸元の首飾りを少女が引きちぎる
……ってオイ雷鳴矢じゃないのかアレ
目を見開いた
雷鳴矢。要はアナにあげた髪飾りと似たようなもの。あれは失敗例だが
つまりは、護身用の物体。首飾りの紐を引きちぎるとスイッチが入り、投げつけると共にオートで雷魔法をぶっぱなすという代物だ。魔法書手に魔法なんて唱えてる余裕がない時には便利。オート照準付きなので適当に投げても当たる素晴らしいものでもある
あのタイプの首飾りに込められた魔法はいわば痴漢防止用。低めの雷魔法ダメージ+スタンである。生前で語るなら投げて使える使い捨てスタンガン。護身用に開発されたのに誘拐にも使われまくり、一般販売を中止された曰く付きのブツである
販売はアラン=フルニエ商会であり、今も信用できる者には会員限定販売方式で売っているらしいので持っていることは普通だ。でもおいこらこの区画の衛兵、凶器持ち込まれてんぞ仕事しろ
……いや、おれ以外の皇族なら魔防で軽く弾く(それはアイリスも例外ではない……ってかアイリスが弾けなければおれどころか第六皇子辺りにも通るくらいには魔防は高いようだ)から単なるオモチャと同じとスルーしても割と問題ないか。オモチャでしょ?と証言されればそうだなと親父に返されかねない
ってそれで良いのかお前ら。皇族の方が見張りである俺達よりも化け物だからやること無い閑職とかぼやいてるらしい(レオン談)が、これで減給食らう可能性もなくはないぞオイ
「あんな忌み子なんて……!」
「……どうした?」
投げようと振り上げたその腕を掴み、問い掛ける
そう、腕を掴み、である。力を込めるとアザが残りかねないので軽く加減して。仮にも女の子の腕に内出血の青いアザを付けるのは如何なものかという話である。更に軽蔑されるだろう
「わたくしのこれで軽く……!」
「撃てれば、ね?」
おれ以外、と注釈していた通り、おれになら通る。物理状態異常であるスタン耐性はおれに無いので、スタンまで通る。確かに有効打である。それは否定しない。あの魔法によるスタン率は魔防依存(確かゲーム的には120%-魔防×3%の確率だったろうか)なのでゼロな俺にはスタン率も100%だ
だが、それは撃てればの話
振り下ろす手を捕まえておけば、投げられないから放てない
「全く物騒な……」
「ブー、メラン」
「おバカ様、それは自らを卑下する言葉でしょうか」
「おい!って、小刀持ち込んでたおれの言うことじゃないか」
というか、雷鳴矢の15の固定ダメージ(魔防による軽減アリ)が通ったりスタン率が残る皇族なんて覚醒の儀を経た中ではおれしか居ない。普通の平民相手や幼い貴族子弟になら猛威を振るうが。魘され絡まったアイリスの髪をばっさり切った小刀の方がよほど物騒だろう
「離しなさい!」
「婚約者の手を取ってるだけさ
……向こうで話そうか」
「おバカ様」
「何だ?後でその絨毯は……」
「その事ですが。やりませんように
おバカ様のセンスでものを贈られると、部屋の調和が乱れますので」
そう、絨毯
投げられる前に辿り着けたのは他でもない。単純に、強引にふかふかの絨毯を荒らす覚悟で踏み込んだから。それで妹のベッドから入り口にまで届く辺り、魔法以外のおれのスペックはやはり意味不明に片足突っ込んでる。だが、その代償として、踏み込む際におれの足のせいで絨毯は大きく捲れ、ほつれも出来てしまった
まあ、踏み込む際に絨毯を抑えてその下の床にグリップした上に、後ろに大きく蹴ったようなものだ、ほつれくらい出来るだろう。流石に、それをそのまま使うというのは皇族的にみっともない訳だ
なので弁償はと思ったのだが……
「行こうか、婚約者様」
そのまま、力を込めないようにして、少女の腕を引いた
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呼び声、或いはクソ皇子
「それで……」
ひたすらに割と勝手知ったる城内を歩き、辿り着いたのはアナと出会ったあの城壁近くの庭園。……というか、本来の城壁の外に作られた庭園
アナ侵入なんてあった結果、一応改修はされている。といっても本来の城壁の外に忌み子たるおれの為に作られた半隔離区画、そこの壁には本来の城壁には存在する悪意を読んでの自動迎撃魔法なんて無いのだが
業者の雇った作業員の中に盗賊稼業の者が居て、狙って穴を作っておいた、それで子供がそれを見つけて侵入できてしまった……って程度の防犯である。穴は結局作業員が別件の泥棒で捕まっていた為城壁の外ーーつまりは貧民街ーーの子供たちにしか知られておらず、アナ関係の事件後に穴は埋められたが、相変わらず単なる壁である
本来の城壁を抜けて辿り着ける理由は簡単、元々城壁に隠し扉があるのだ。といっても、知らなければ見つけられるものではないが。というか、城壁に触れた際、元々知ってなければ隠し扉を探すということは何らかの理由で侵入しようという悪意を持つ行動であるので迎撃される
「こ、こんなところに連れ込んで……!」
「いや、なにもしないけど?話しやすいから来ただけ」
移動がてら、庭園で一際目立つ巨木の枝に引っ掛けられた鈴の紐を引く。勝手に鳴らないのかというと、一応皇城の中、風魔法があれば意図しなければそよ風しか吹かないので鈴が鳴るほどの事は起きない。だから、鈴が鳴るという事は誰かが呼んでいるという意思表示になるのである
まあ、入ってきた誰かが鳴らさないとも限らないが。といっても、衛兵が来るかもしれないと思って基本は鳴らさないだろうこんな露骨なもの。アナだって、あの行動は寧ろ咎められるもの、衛兵にでも見付かったら殺されても当たり前と分かっていたから鳴らさずに隠れて震えていた訳だし
それでも、国民の最強の剣であれと建国のお伽噺に詠われている皇族に助けを求めた……らしい
「……用件」
「おれの婚約者様らしい。お茶を用意してくれないか」
鈴の音と共に庭園に顔を出したメイドに、そう頼んでおく
露骨に嫌な顔をされたが、まあそれは気にしないことにする。どうせ、レオンとの時間がーとかそういった事だろう
或いは、師匠に話を通しておいてくれといった3日前の恨みか。プリシラはあの人は怖いって嫌ってるから。ちょっとおれと同じく顔に傷があって額に2本の角が生えてるだけだろ怖……いな、普通に
ってか、2本角は普通に考えて牛鬼の意匠だから怖すぎるわ
「……安物?」
「高級品出してやれよ、婚約者様は商家出だ。下手なものをだせば出した側が舐められる」
「ぶれーものの部下はぶれーものな
んですの!?」
「いや、おれを舐めてるだけだと思う」
いやまあ、魔法の能力が基本的にぶっ壊れてる皇族の中で、そこまででない自分以下のおれとか、子供からしたら舐めても仕方ないだろうが。特に皇族たる理由は力であるのだし
「同じだろ。似た者同士仲良くしてやってくれ」
「い、や、で、す、わ!
なんでこのわたくしがこんな忌み子とこんやくなんて……!」
「親父の意図だろう。文句は親父に……当代皇帝に言ってくれ」
「人をみる目がなさすぎますわ!」
頬を膨らませる姿は、年相応
それが、おれ関連でなければまあ良かったのだが……
「まあ、うん。おれをちょっと過大評価しすぎているとは思う」
「ちょっとどころではありませんわ!」
いきり立つ婚約者の少女を、木の下のテーブルに誘導する
そこに自分も腰掛けようとして……ひとつ、不可思議な音が耳に入った
「お茶にお菓子くらいは付くんでしょう?」
「それは家のメイド次第かな。在庫はあるだろうけど
……少し黙ってて」
唇に指を当て、耳を澄ます。残念ながらおれは
えーっと、これは……
ぐ、そ、お、お、し?
いや、クソ皇子、か
「ってお前もかよ!最近流行ってるのかおれを舐める呼び方!」
流行ってるのかもしれない。そこらの貴族から言われたことも何度かあるし。お前ら幾ら基本自分がマウント取れない皇族の中でおれだけ雑魚忌み子扱いだからってな……
耳を澄ませて聞き続けるが、やはり定期的にクソ皇子、とおれを呼ぶ声はする。城壁の向こうから、だろうか
城壁の先にあるのは貧民街。割と貧しい者達の街。街の正門は大路で城の正門にそのまま繋がっているという見栄え重視で防衛に難がある造りである以上、正門側に貴族街やらは集中している。結果城の僻地は貧民街と接している作りなのだが……
とりあえず、呼ぶ声はエッケハルトの阿呆でもレオンでも無いはずだ。彼等なら普通に城に入れる
とすれば、アナの孤児院関連。だがそれも可笑しい。水鏡の魔法書は孤児院に置いてある。それを使って此方の水鏡用の溜めた水と繋げて用件を書いた紙を見せれば良いはずだ
割と難易度ある魔法ではあるが、アナなら使える。というか交渉の際に使った
それを使わず、届く気があまりしない城壁越しにおれを呼ぶとすれば……
何かしら、アナにあった場合。例えば、水鏡を使えないほどの高熱でも出した、とか
「悪い。用事が出来た」
一言だけ告げて、深呼吸
一際目立つ木から後ずさりながら、息を整える
距離目測、集中よし、Go!
スタート。平たい地面を疾走し、その勢いのまま木の正面で踏み切る。速度を出来るだけ殺さぬように木に着地後、そのまま強引に靴底のデコボコと樹皮を噛み合わせてグリップ、その表面を駆け抜ける
それで止まりはしない。まだ走りやすい木を速度を保って駆け上った今、そこから更に天辺の枝のしなりを使ってジャンプ、城壁上部に辿り着き、速度が足りずに落ちる前に、ギリギリで上にしがみつく
今おれに出来る手としてはパーフェクト。敏捷にものを言わせた強引なショートカットである。わざわざ城を門から出ては時間が掛かって仕方がない。因にだが、親父ならそのまま城壁を駆け上るが、そんなものおれには無理なので木という登りやすいものを使った
グリップしやすい木なら兎も角、城壁を駆け上るって何だよあの人。まあ、その気になれば風魔法なり何なりで魔法を使えばこの城壁越えられない皇族なんて居ないのだが。というか、一番おれの越え方が不格好である。皇族の癖に城壁越え程度成功率5割とか雑魚かよおめー
城壁から、貧民街を見下ろす。大体目測で15mほど。飛び降りればちょっと痛い。着地を失敗すれば怪我も有り得る。風魔法なりでクッション作れば良いのだが、そんな才能はおれにはない
「クソ皇子ぃっ!」
叫んでいるのは、孤児院の子供の一人。アナの一つ下の少年だ
その存在を確認し、まあ、着地すればいいんだよとおれは虚空へと足を踏み出した
「ちょっと、おいてけぼりですの!」
悪いな、そうだよ
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人拐い、或いはドナドナ
「アナが浚われたぁ!?」
飛び降りたおれを待っていたのは、そんな言葉だった
「頼む……クソ皇子、ねぇちゃんを……」
別に、この少年とアナに血の繋がりはない。単に孤児として年上のアナをねぇちゃんねぇちゃんと慕ってるだけだ。結果、僕のねぇちゃんを取ったと認識しておれをクソ皇子と目の敵にしていた……んだろう。アナの眼前ではクソ皇子呼ばわりは怒られるので抑えていたようだが
「分かってる」
……誘拐ルート。考えた事はあった。光源氏ルートだとかも。だが、幾らクソ雑魚忌み子でも皇族の保護下にそうそう手を出す阿呆は居ないだろうとたかを括っていた
自分は忌み子クソ雑魚だろうがキレた皇族が皇帝を呼ばないとも限らないから、手出しなんぞしないだろうと。正面から皇帝に勝てる奴などこの国には一人として居ない
実は割とぶっ飛んだ経歴持ちのおれの師匠でも無理だ。つまり、皇帝に喧嘩を売るということは即ち死だ。この世に両手の指で足りる最上級職、その上アホみたいな上限値と成長率を誇る皇族専用職で神器持ち。伝説の勇者だとかと同格と言っても良いバケモノに誰が喧嘩を売りたいだろう
というか、だ。ゲームにおいて条件を満たすとお助けキャラとして加入するのだが、その際のスペックは意味不明。難易度Hardestのラスボスとタイマン張れる……どころか、難易度Hard深度5のラストステージをソロれると言えばその意味不明さが分かるだろうか
難易度低いとたった一人で魔神王3形態全てと殴りあいラストステージをクリアするバケモノ、それが当代皇帝である。喧嘩売る奴とか居ないだろう流石に、と思っていても仕方ないだろうこんなの
だが、違ったらしい。おれもやっぱり甘い
がくり、とおれの腕の中で弛緩する少年の体を抱き止める。致命傷ではない。意識を失っただけだ。外傷は特にはない
まあ、当たり前と言えば当たり前。彼曰く、頼まれた買い物を終えて帰ってきたら孤児院がめちゃくちゃに荒らされてた、らしい。彼自身は犯人に会ってはいない。傷なんて無いだろう。だが、心労で倒れた
「すまない、そこの人。彼の事を頼めるか?
後で礼儀は通す」
「任せて下さい皇子!」
「いや俺に!」
「私に!」
口々に手を伸ばす民に苦笑しながら、皆に送るから皆でやってくれ、と返して気絶した少年を横たえる
まあ、城壁越えてきたのを見ている民達は、おれを皇子だと信じるだろう。ならば、頼まれた少年を介抱すれば礼という名のかなりの金が手に入る……という打算に動かされるのは当然のオチである
それで混乱が起きてしまうのも必然、皆に最初から配るからと言わず、一人にとしようとしたおれがバカだった
人混みを抜け、孤児院まで走る
「いやー、酷いなこれ」
其処にあったのは、原型を留めた家。だが、その正面扉は斧らしきもので蝶番が破壊され、玄関に落ちている
内部もまた荒れ放題。金目のもの全部を持っていこうとしたのだろうか、衣装棚も何もかも扉が開いて中身が床に散乱している。実に典型的な物取りの仕業であろう
と、言いたいがここまで荒らすのは普通ではない。何たってここまでやればすぐにバレる。単なる物取りはもっとこっそりやるものだ。バレて兵を送られたらどうするというのだ
兵なんぞ返り討ちよ!と粋がれる程の勢力でなければこんな荒らしはしないだろう
「ん?おめぇここのガキか?」
ふと、影が頭にかかったので振り返る
大男が、此方を見下ろしていた
市民の皆さまは遠巻きに眺めるだけである。一人兵士の詰所に駆け出していくのが視界の端に見えたがそれだけ
正しい判断である。ステータスがあるこの世界で、見るからにやばい相手に数人がかりでも蹴散らされて怪我人や死人が増えるのがオチだ。遠巻きに見つつ、こっそり対応できるだろう兵士を呼ぶのがベターな手
だとすれば恐らく真っ昼間に行われた最初の荒らしから時間が経ってるだろうに未だに兵士が駆け付けていないのが気になるのだが……
「みんなをどこにやったんだ!」
舌足らずさを出すように叫ぶ
振り返る地面に見えたのはかなりの大きさで点々と残る僅かな土の陥没。恐らくはゴーレム系の通った跡。成程、そのせいか。石造りのストーンゴーレム辺りが使われたのならば、末端の兵士ではそうそう太刀打ち出来ないだろう。より上を呼びに行ったのだ
「ちっ、男かよ。儲からねぇ
教えてやろうか、ガキぃ」
訓練用の割とボロい服(師匠にボコられて良くほつれる。今さら毎回直しても無意味とそのままだ)を着ていたのが効を奏したようだ。城壁飛び越えてたのを見なかった彼には孤児院の一員扱いしてもらえている。まあ、お忍び用のボロ布だと見てた人には認識されたのだろう。たまに親父も安酒呑みたいと街に降りるらしいし。それで良いのか皇帝
妹に会いに行くのにそんな服で良いのかって?良いのだ、着飾っていくと似合わないだ何だ文句を付けられるから、粗末な服で行くことにしている。泥臭いのがお似合いだとでも言いたいのか、割とこの服のアイリスからの評判は良いのだ。複雑な事に
男かよ、という事は人拐いだろう。基本的に男より女の方が高く売れる
需要が違うのだから当たり前だ。魔法があれば力仕事なんて大半何とかなるんだから、力仕事用の男奴隷なんぞあまり売れない
顔が良ければ一部女に飽きたお貴族様や男を買う貴族の奥様に売れるかもしれないが、生憎おれは顔に火傷があって悪くなかったはずの顔立ちが台無しだ
「教えて……」
「連れてってやるよ、オラぁ!」
分からない奴ぶって首を傾げたおれの脳天に、棍棒が振ってきた
どうせそんなこったろうと思ったがまともに食らったフリをして、まるで気絶したかのように倒れる。実際にはダメージは無い。死なないまでもダメージ食らうんじゃないかと思っていたが拍子抜けである
……脳天だからクリティカルヒット、所謂必殺だよな、多分これ。それでおれに通らないって、割と弱いんじゃ無いだろうかこの人拐い。少なくともアナの事件で剣を受け止めた兵士はもっと強いぞオイ、筋力20あんのかてめー
いや、殺してしまったかとか不安がらない辺り、大男ではあるが子供すら一撃死しない見かけ倒し筋肉と自分でも理解してるのかひょっとして
まあ、良いか。とりあえず連れていってくれるというなら有り難く運ばれよう
延びたフリを続けながら、とりあえず縛られーー子供程度と舐めてるのかかなりユルくその気になれば千切れる程度ーーそのまま運ばれることにした
って気絶したフリってのも面倒だなおい。つい動こうとしてしまう
初めて知ったわそんな事。知りたくはなかった
そのまま馬車に放り込まれると、直ぐに馬車は動き出す。一息つけるかと思ったが、運んできた大男はおれと同じ荷台に乗ってきたので流石に無理
そのまま、数時間ほどドナドナられて、漸く彼等の根城に辿り着いたのだった
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牢獄、或いは暗がり
「入っておけ、ガキぃ!」
そんな声と共に放り込まれたのは……何処だ此処
目をしばたかせ、ずっと気絶したフリを続けていたが為に閉じていた目を暗闇に慣らす。一刻を争うパターンでは割と致命的な隙だが、残念ながら彼等はそこまで強くはない。恐らくはゴーレムに頼った奴等。ゴーレム自体は材質にもよるが強力な存在であり、それを扱う魔法も重宝されるが……
ガチャンと背後で金属音がする。どうやら、此処は所謂牢獄らしい
わざとらしく今正に投げられた衝撃で起きましたよーとでも言いたげに呻きながら、寝返りを打って眺める
割と粗末な自然にくりぬかれた石壁を想定していたが、視界に入ってくるのは予想外に整えられた土壁
其処に如何にも後から付け加えられましたと言わんばかりの、割と新しい金属の光沢を放つ鉄格子。打ち付ける釘が後付け感をそれはもうマシマシに盛っている
恐らく、何処かの魔物の巣の改造だろうか。主が消えた巣を、とりあえずの拠点に改造……ありがちな話である
閑話休題。とりあえず、単なる鉄格子。言ってはなんだが、この世界において単なる鉄格子というものはあまり役には立たない。魔法も何も掛かっていないそれは誰でも買えるようなものであり疑われる事も無いが、それは大抵は家畜用になるから
凶悪なモンスターやら
兵士の剣を折れた事からも分かるように、何の魔法も掛かっていないならば……鉄格子はおれでも曲げられる。つまり、見張りが居なければ鍵なんて無くてもフリーパスなのである
とりあえず、動くのに邪魔な縄は千切っておく。力を込めて強引に横に引けば千切れる。鉄格子よりも脆いので何も言うまい。単なる子供相手なら十分だが、皇族とかいうバケモノを相手にするには不足に過ぎる
そうして、少し奥を眺めて……奇妙なものに気が付いた
奇妙な物というか……者だ。雑に放り込まれたおれ、以外にも何人か放り込まれている。その誰もが、怯えたようにそっぽを向いている
まあ、騒ぎもなく助けが来るなんて思わないし当たり前か。それは良い。拐われた子供達……の中で特に商品価値が低い男の子達を突っ込んでいるのだろう。徒党を組んでも基本子供、勝ち目はない。というか、レベル10越えてるおれの方がよっぽど可笑しい
基本子供はそんなに強くない。レベルとは修練だ……とは言わない。この世界にはパワーレベリングだってあるのだし
要はレベルとは体に溜め込んだ魔力、エネルギー量のバロメーターだ。魔物なんかが持ってるそれを、相手を殺す事で自身の体に取り込む。それが経験値であり、その量がレベル
だからこそ、レベルはスペックに大きな差を生む。エネルギー量が違うということは、根本的な出力が違うということなのだから。そしてその出力こそがステータスという値な訳だ
職業もそれに準ずる。魔力を溜め込む器の形が七大天から与えられる職業であり、それに応じて魔力の巡りかたが変わるからステータスの上がりやすさが違うわけだな
そして上級職業へのクラスチェンジとは、人でなくなりより大きな魔力を溜め込める超人に生まれ変わるという儀式だ
HPってのも、その一種。体を巡る魔力が、本来の生命力を底上げしてるからどんなアホな怪我しててもHPがあれば死なないし、逆にその魔力を消し飛ばされる高ステータスの攻撃はかすっただけでもHPが無くなれば死ぬ
そうだとしても、エネルギーを溜め込むのがレベルであるとすれば、年上の方がより溜め込む時間があるから強いに決まっている。それが基本だ
獅子は息子を谷底に突き落とす……ではないが、生きて帰ってこれるだろうと魔物の群れのなかに叩き込まれでもしない限り子供がそんなに高いレベルを持つことなど有り得ない
只でさえ、ゲーム内で語られている話だが、魔神王なるゲームラスボス直下の魔物は魔力の塊としての性質が強い生物であるから原生生物とは比べ物にならない
この一年師匠に魔物狩りとかさせられたおれでもレベル14が限度。皇族のスペックにものをいわせて割と格上扱いの原生種の中では強い方とやりあって、である
それは良い。重要なのは取っ捕まってる者だ
「……エッケハルト?」
そう、両手両足を鎖で縛られ壁に磔られていたのは、あのアルトマン辺境伯子であった
「何やってんだエッケハルト?」
小声で、そう問い掛ける。土壁とはいえ音は響く。下手に大声を出したらバレるだろう
ならば話しているのがバレた時の為に捕まってるフリが良いのかと手に千切った縄を掛けなおす。良く見ると切れてるが、ぱっと見誤魔化せるだろう
「バカ皇子……」
よろよろとした焦点の僅かにブレた眼で少年がおれの顔を見上げる。どうでも良いけれどもこんな時くらいバカ皇子は止めてくれ
「お前も……かよ」
「それが一番早いだろ。相手が勝手に案内してくれる」
「それは、そうだけどさ……」
「お前もそうじゃないのか?」
「いや、颯爽と助けに入って助けようとして……」
「そうして普通に負けて捕まったと。貴族様だから見せしめ兼逃げられないように磔か?」
「多分……な」
こくり、と少年は力なく頷いた
勝てなかった。まあ、割と当然の話である。ゴーレムが出てきたなら……ウッドゴーレム辺りの火特攻なら勝てたかもしれないが、普通は無理だ。動かない鉄なら兎も角、動くゴーレムとなるとアイアンゴーレムだったりすればおれでも無理だ。基本ゴーレムなんて物理火力で突破するものじゃない
「で、大人しく捕まってたと
アナは?」
「このダンジョンの……どこか
くそっ、アナスタシアちゃん……」
「やっぱりダンジョンかここ……」
とりあえず、エッケハルトを捕らえる鎖……を引きちぎるよりもよっぽど楽なので鎖を壁に止めている杭を抜いていく。軽々と抜けないように返しがついてはいるが、所詮は固められたとはいえ土壁に埋めたもの、抜こうと思えば抜ける
数分で、少年は一応の自由を取り戻した。まあ、まだ腕輪足輪から鎖はじゃらじゃらしているが
とりあえず、鉄格子まで戻る
見張りは……居ない。って雑だなオイ。遠くから酒盛りの声が聞こえているので、恐らくは成功を祝って皆でドンチャン騒ぎでもしているのだろう。だからって見張り無しって本気で大丈夫かあいつら
「……どう、だ?」
「とりあえず曲げられはするな。折るのは手間そうだ」
触れてみると、想定よりちょっと固い手応え。適当に折れば武器になると思ったが甘かったようだ。乱闘に備えて長物一本は欲しかったのだが……
と、いうところで思い出す
「エッケハルト。お前なら何とかならないか?」
そう、この焔の公子様である。焔のとつくだけあって、鉄を熱して柔らかく出来たりしないかと。出来るかは兎も角、脆くなれば十分
「無理だ。魔法書がない」
だが、じゃらじゃら音を立てながら此処まで来た少年は首を横に振る
「いや、焔の公子に魔法書無し魔法付いてなかったか?」
言ってしまってから、しまったと失言を認識した
今までおれは、無意識的に"おれ"であるが故の言動を避けてきた。脳内ではその方が思考整理が楽なので言っていたが、ゲーム的な言葉は口に出さないようにしていた
だが、今のこれは……
「無理だ。焔の公子を持ってない」
「いやお前の固有スキルだろ持ってないなんてオチがあるか」
「固有スキルは七色の才覚になってるから持ってない」
「おいこらそこの辺境伯子。別人の固有スキルだろうがそれ」
……可笑しい、話が噛み合う
職業、ステータス。スキル。そこまでは良い。それはこの世界でも確認出来る魔法がある
まあ魔力の器や魔力量、その出力の値や、魔力による超常現象や特殊補正の事だしな
だが、固有スキル。それは確認不可能なはずだ。そもそも、他の汎用スキル(修業やレベルで覚えられる技術や特性であるソレ)と異なり、固有スキルとはキャラの特長を、個性をスキルとして落としこんだよりゲーム的なものの筈だ
だから、固有スキルなんて単語はこの世界にない。何だそれはと返されるべきなのだ。固有スキルは、この世界ではあくまでもマスクデータみたいなもののはずなのに
つまり、だ。それを知るとしたら……
「お前、まさか……」
「「転生者か!?」」
その声は、見事に重なった
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事情、或いは情報共有
「エッケハルト、この世界の元だろう
「「遥かなる蒼炎の紋章」」
そこまで、被った
「お前もか」
「くっ、お前もだったのか……」
「どうりで可笑しな行動を取ると思った。ゲームで恥ずかしかったから飛ばし飛ばしだったとはいえ、エッケハルト・アルトマンってもうちょっとクールだっただろって思ってた」
「まあ、な」
バツが悪そうに、ぽりぽりと少年は頬を掻く。色々と知っていて、尚おれに止められるような行動していた……というのは、中々に恥ずかしいのだろう
「どうにも上手く行かないと思ってた」
「おれが変に介入してたか?そんなシナリオじゃなかったと思うんだが」
「……なあ、ゼノ」
「何だよ、エッケハルト」
お互いに前世……というかゲームとしてのこの世界の記憶がある、それは分かっても呼び方は変えない。まあ、暫くその呼び方だったし良いやという奴である。そもそも、例え自己アイデンティティだ何だで生前の名前を使おうにも、覚えてないしな
「お前、何処までやった?」
「何処までって、今聞くことか?」
言いながら、それでも格子を千切れないかやってみる。上手く行かない。小刀は実は服に仕込んである。だが。それ一本では不安だ。ある程度狭い中、一人で乱闘するならある程度の長物があると便利なのだが……長すぎればそれはそれで壁に引っ掛かるが
「封光の杖はフルコンプ。轟火の剣はとりあえずってところ。一応RTAとかやってるくらいにはプレイしてたけど、封光の杖程じゃない
外伝とか小説は……金が無かったのかな、覚えがない」
「お前、元女かよ!?何で男なんかになった」
「いや違うけど?」
言われてみれば、封光の杖は初代である。つまりは、乙女ゲー時代だ。それをフルコンプと言われれば女扱いも……っておれは男だし、SLG部分をコンプリートするのは男のやることだろ
「何度も羨ましそうに話聞いてたらさ、新機種買ったからってお古の本体ごと近所の高校生の姉さんから貰ったんだったかな、記憶がちょっと曖昧だけど
轟火の剣はその後その家でやらせて貰っただけだから半端なはず」
その割にゼノルートRTAの知識有るし、そのお姉さんの家に入り浸ってないかおれ?
だが、やはり、おれはおれでしかない。生前の……ニホンに生きてた頃はあくまでもゲーム知識や一部の記憶だけしか無い。だから、そんな感じだったようなとしか言えない
因みに、乙女ゲーだったので学校で散々に言われたのは何故か覚えている。良いだろマップ攻略楽しかったんだから
「兎に角、お前は雷鳴竜と氷の剣とか読んでないんだな?」
「読んでない。興味はあったけど」
正式名称、遥かなる蒼炎の紋章~異伝・雷鳴竜と氷の剣~。確か発売予定だった小説版だったか
異伝、とついている事からも分かるが、本来とは違う物語の小説化……つまりは、漫画化された
それを聞くや、焔色の髪の少年ははあ、とわざとらしくおおきな溜め息を吐いた
「お前そんなんで生きていけるのかよ」
「そんな話になるか?一応ゼノルートの内容は覚えてるぞ。というか、淫ピリーナが居るんだから行くとして通常ルートの何れかだろ?相討ちには気を付けるさ」
「いやさ、それ以前の問題。雷鳴竜と氷の剣読んでないんだろお前?」
「そういうエッケハルトは読んだのか?」
「ああ、読んだ読んだ。表紙の子が可愛くて妹から借りて読んだ
というか、そこからゲーム知ってプレイしたんだわ」
「……それで?雷鳴竜ってのはラインハルトだろ?おれ関係なさそうなんだが」
ラインハルト。天狼ラインハルト。アナザー聖女限定で出てくるゲーム版での仲間キャラだ。天狼と呼ばれる土着の生物。魔防を持ち、七大天の一柱たる雷纏う王狼の似姿ともされる伝説の幻獣の一体である
因にだが、土着の魔物と幻獣の違いは魔防の有無である。魔防があるのは神に選ばれた存在である人間と……霊長と同列として幻獣と呼ぶ生物だけ。まあ、人間も万色の虹界に選ばれた似姿だとか教会では言っているので同列というのは教義的には正しい
「ラインハルトルートじゃないのか?関係あるか、おれ?」
まあ、擬人化状態で出てきて更にはイケメンなので、当然というか何と言うかアナザー限定で攻略も出来た。
天狼の花嫁エンドだったか。とりあえずラインハルトが専用武器の
……ラインハルトルート条件を満たすと恐らくおれは死んでるのだが。大丈夫かよオイ、ではあるが、その分おれと関係は無さそうだ
「まあ、暫くはメインキャラだったからなお前」
「……そうなのか」
おれの何度かぼやいた神器、月花迅雷。ゲーム版ゼノの初期装備であるそれは名前通りの雷の刀である
実は初代でもとあるキャラが持ってきてくれるのだが、何故か男主人公ルート等のゼノ自身が出てくるパターンでは初期装備として持っている。加入時からさらりと持っていてそれが当然というように特になにも言われていなかったが……
まあ、それが初代ではモブとして生きててモブとして死んだんじゃないかという話に繋がるのだが。多分リリーナ編で貰えるのはゼノの遺品とか……止めてくれ、おれは生きたい
それは置いておいて。神器とまでされる雷の刀。まあ、ラインハルト関連で小説で掘り下げられても可笑しくはないか
というか、月花迅雷って設定上は哮雷の剣を再現しようとした現代神器だっけ?そりゃ話に出るわな
「それで?」
「色々と掘り下げられてるのよお前。それ知らないって大丈夫かよ」
「大丈夫……だと良いな」
「だろ?だから教えてやるぜ色々と
流石に、同じ転生者が此方が知ってる知識が無くて死ぬのは嫌だし」
「助かる」
嘘かもしれない。その分自分のやるはずの余計な事に口出しするな等の算段は有って良い。アナだって、おれは読んでないけれどもエッケハルトが割と出番多いらしいラノベ版での彼の婚約者辺りだったのかもしれないし
だとしたら思いきり邪魔したことになる。よりドラマティックに助ける為だとしても騎士団による封鎖はトラウマを残しかねない酷い手だが
ただ、信じてみる事にした。人を信じられないで何が皇子だという話である。疑う気の無い奴はそれはそれで駄目皇子だが
おれの差し出した手を、エッケハルトは鎖を鳴らしながら取った
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突撃、或いは名乗り
「……さてと、今はそろそろ夜か」
それから、とりあえず様々な事をエッケハルトと話して一刻、つまりは三時間ほど経った。今はとりあえずこの世界表記で言えば大体影の刻の半ば、生前なら午後八時くらいと呼べるくらいだろうか
とりあえず、今日は何も間に合わなかった。まあ、騎士団が辿り着くとしてもっと後だろうとは思う
土着のモンスターが作った巣穴、何らかの理由で主が居なくなったとして、そうそう見つけられるものでもない。彼等もそれを知っているからこそ騒いでいたのだろう
捜索されても見付かりはしない、猶予はあるのだと。寧ろ捜索をやり過ごしてからの方が動きやすいと。ゴーレムが居たならば、土のゴーレムで入り口を塞いで隠す位は難なくやれるだろうし
未だにどんちゃん騒ぎの音は耳に届く。宴もたけなわといった所だろうか。動くならばもう少し騒いで寝静まった所が良い。倒す敵が少なくて済む
結局逃げられるわけも無いとたかを括ってるのか、見張りは一度も来なかったのだし。寝る際にも見張りが来るとは思えない
恐らく、入り口を塞ぐゴーレム辺りには外に対する索敵魔法組み込んだりしてるのだろうが、内部はガバガバ。流石に子供とはいえ舐められ過ぎだろう
「寝静まったら動くか」
「……駄目だ」
だが、エッケハルトは当たり前の提案に駄目出しをした。因にだが、他の子供たちに立ち上がる気概はない。まあ、皇族でも中位以上の貴族でもない普通の子供に誘拐犯一味に立ち向かえというのが酷なので、騒がないように、そしておれが大きな声で逃げろと叫んだら逃げるようにとだけ言い含めておいた
「どうした、エッケハルト」
「ゼノ、お前なら覚えてるよな、アレットちゃんのこと」
「アレット……ああ、平民出の子か」
知っている。アレット・ベルタン
おれことゼノと同じ凍王の槍以降の追加キャラだ。確か、皇族と盗賊を恨む少女。平民出身で女の子ながら、ガチガチの前衛職で初期値も高いので割と重宝するキャラのはずだ
「……ゼノ、可愛い女の子が盗賊に拐われて、なにもされない訳がないよな?」
「アナを襲うほどあいつらもロリコンペドフィリア野郎じゃ無いだろ」
「いや、幾ら可愛くてもアナスタシアちゃんは襲わないと思う。盗賊って割と短絡的思考だろうし」
好きなことを仕込みやすいからと将来性込みで子供を買う者は割と居るらしいが。だから可愛らしい外見の子供奴隷には商品価値がある。そんなものあまり合法的には居ないからこうした人拐い……違法に奴隷狩りを行う人拐いが出るのだ
「けど、年頃の女の子は?
ゼノ、アレットちゃんが皇族を恨む理由って知ってるか?
助けに来るのが遅すぎたから、だ」
「……『国民の最強の剣だなんて嘘つき!本当に最強の剣だったら、お姉ちゃんは死なずに済んだのに!』」
ふと、その言葉を思い出す。これは……アレットルートでの言葉じゃないな、ゼノルートでのお前は聖女様に相応しくないという糾弾のひとつだったか。発言者はアレットだ
「まさか!?」
「そう。それがこのイベント。ゲームでのお前は、騎士団を率いて明日此処を見付ける。けれども、その時には拐われてたアレットちゃんのお姉さんは奴等の毒牙に掛かってて……」
ゲームにおいては、本当の事だし過ぎたこととかなりさらりと流されていたのだが……重いわ
「その事で精神が壊れて……翌年、お腹の子供と共に自殺した
だったかな」
実に見事な逆恨みである。おれ……というか皇族はなにもしてない。彼等なりに全力で助けに入って、それでも間に合わなかっただけだ
だが、恨まれる理由にはなるだろう。間に合ってさえいれば良かったのだから。そして、皇族は最強の剣だと大言を吐いているのだから。落ち度はないが責任はある
「それが、この事件か」
「そうだ。雷鳴竜と氷の剣で言ってた」
「成程。それは知らなかった」
つまり、待つ選択肢は消えた
知らなければ、待っていただろう。その方が確実に勝てる
だが、だ。おれは皇族である。幾ら忌み子で面汚しでも、皇家なのだ。今なら間に合うかもしれない。寝静まるまで待てば確実に間に合わない
目の前の人間すら救わない奴が、国民の最強の剣であるわけがない。絶対に勝てない相手ではないのだから。多少の危険など知ったことではないと言えなければならない
「……行くぞ、エッケハルト
話した以上、今更おれは行かないなんて言わないよな?」
「当然っ!それを止められたらと、向かったんだからな!」
その返事と共に一閃。流石にうだうだ言っている時間はもうない。隠し持った小刀でもって、強引に鉄格子を叩き斬る。流石に小刀一本で大立ち回りは不可能だから武器として調達する。そうしてそのままでは長すぎる為、二つに切って片方は武器の無い相方へ
「使え、7色持ちなら剣の使える職にチェンジくらいは出来るだろう」
斬鉄剣ならざる小刀はその二撃でもって刃が大きく歪み、とりあえず斬るという言葉とは縁遠いものになってしまったが、まあ良い。一応刃先はあるから突きは出来る。いや、突きは傷が小さいから敵を無力化するには急所を狙う必要があり、手を誤ると殺してしまうからかなり使いにくいのだが。何はともあれ、大立ち回りに良いサイズの鉄棒は手に入った
そのまま、鉄格子を抜けて駆け出す
ダンジョンといっても巣穴。そう複雑な構造はしていない。駆け抜ければ、直ぐに辿り着く……!
「さあ、よーく見るんだ。可愛いかわいいお姉ちゃんが、お母ちゃんになる瞬間をなぁ!」
そうして、とある角を抜けた瞬間に辿り着いたのは狂乱の場であった
広間を煌々と辺りを照らす焚き火に照らし出されるのは十数名の男達。身なりは様々だ。腰布とグローブにブーツといった荒くれものから、さも一般的な人民ですといった姿の男まで。街に入る際に怪しまれない格好と、何時もの姿とかそういう振り分けだろうか
焚き火の周囲には食い荒らしたのだろう骨やら酒の瓶が幾らでも転がっている。とりあえず、彼等の身内に女性は居ないようだ。その中の一人、荒くれ姿の大男ーおれを取っ捕まえて運んできた男であるーは、一人の幼い栗色の髪の童女の肩を掴み、自身の膝に押さえ付けている
そうして、やんのやんの騒いでいる男達から少し離れた場所、向こう側に固まっている男達よりはおれ寄りに居るのは……一組の男女。実に似合わない不釣り合いさであるペアだ
男の方は、如何にもな姿。暫く剃っていないのだろうか髭は延び放題で、山賊の頭と言われれば大半はこのような姿を予想するだろう。まあ、辺りに衣類を脱ぎ散らかして全裸なのだが。実に目に毒である。他人のそう粗末でもないモノを見て楽しい訳もない
女の方は、別の男二人によって地面に押さえ付けられている。顔立ちは素朴。決して山賊に似合う顔ではない。粗末ながらも可愛さを持っていたのであろう上着は既に意味を成さない布切れとして彼女の周囲にばら蒔かれ、豊かな双房の恐らくは桜色の頂点はそれを握り締める男達によってのみ隠されている
栗色の髪は抵抗の際に頭を振ったのか大きく乱れ、けれども今はぐったりとして動いていない。気絶したのか、させられたのか、それとも恐怖から固まっているだけか、判断はちょっと付かない
身に纏っているものは、最早下の下着だけで、それも太股に引っ掛かっているだけ。半分脱がされている
……だが。逆に言えば、まだ、そこなのだ
手遅れでは、なかったらしい。男が隠すべきモノをぶら下げている事から、あと少しで遅かったのは確かかもしれないが
「ああっ!?テメエ何だ!」
横目におれを確認したのだろうか。女性の両足を抱えた男が叫ぶ
「我が名はエッケハルト!アルトマン辺境伯子の名にかけ、今度こそお前等を討つ!」
……何かバカがヒーローっぽい事やってる
無視して突貫。おれも男の子、ヒーローに憧れはするが、まずはやるべき事はやってから名乗るべきだろう。そう、戦隊ヒーロースタイルではなく黄門様スタイルであるべきなのだ、皇族ってのは。いや、助け出してから名乗る方がカッコいいだろ
そのまま、女性の足を離すのに手間取り動けない男の眼前に辿り着き、そのまま股間をキックオフ
「ぐげぇっ!?」
割と愉快な声が響く。足裏に伝わるのはぐにゃりとした感触、割と気持ち悪いが、そのまま蹴り飛ばす
そのまま、手持ちの鉄棒を胸を鷲掴みにしている男の右側の肩口に振り下ろした
同時、辿り着いたエッケハルトが左の男の脳天に一撃、両方の男が呻き声をあげて崩れ落ちる
「が、ガキ共ぉ!」
「お出迎えご苦労。お陰でお前等の根城を探す手間が省けたよ」
アレット(推定)を座らせたまま叫ぶ男に、そう返す
「何者だ、単なるガキじゃねぇな!」
「正義の使者」
「お前にはもう聞いてねぇだろエッケハルト
おれの名はゼノ。帝国第七皇子、国民最強の剣の中の最弱さ」
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勧告、或いは将軍様
「皇子、だぁ?」
「お、お、お……皇子ぃぃぃッ!?」
空気が固まる
比喩である。実際に空気を固定するエアロックなる魔法は……風属性に存在する。のだが、そんな空気が固まり一切動けないままに、本来は詠唱を妨害されやすい高火力魔法を全員から叩き込まれて死んだ魔王の側近が居るという、伝説の停止魔法なんぞ使われた時点で負けなので無視で良い。神話の時代にしか出てこないのだし
兎に角、おれの宣言を受けて、人拐いの者達は暫し、おれに全注目を集めた。集めて……しまった
「そこっ!」
その隙を逃さず、背中に鞘ごと背負っておいた短刀を抜き放ちぶん投げる。的とするのはアレットを捕まえてげへげへしていた男
鉄格子を斬る際に歪んだ短刀では真っ直ぐは飛ばず、狙った場所ではなくその男のまだ組んだままの右の太股にざっくりと突き刺さる。しっかりと貫通しただろう
「い、痛でぇぇぇぇっ!」
最悪拾われても構わない。所詮は鉄斬ったせいで刃が潰れまともに斬れない小刀だ。それなりに投げる練習積んだおれでもブレは酷く、使いにくいことこの上ない。どうぞ拾って使いにくさに振り回されてくれ。突き刃に関わらないが、刀身歪みすぎて上手く狙えないだろうし
「此方へ逃げろ!」
「は、はいっ!」
太股を抱えて呻く男の腕の中から少女はあっさりと抜け出せる
……名乗った意味はあったようだ。それほどまでに、皇子というものは概念的に衝撃だったのだろう
「エッケハルト。任せられるか」
「分かってる!」
そのまま、駆け寄った少女を焔髪の少年が後ろに庇う
「貴方も、早く」
「でも、出口は向こうじゃ……」
「他にも捕まってる人は居る。だから、全員蹴散らしてから堂々と出る」
「やって、みろよ……皇子サマァッ!」
よろよろと、股間を蹴り飛ばしておいた男が、棍棒を杖に立ち上がるのが見えた
「やっちまえ、アーニキー!」
「てめぇが本当に皇子サマってなら、そんな醜い傷がある訳ねぇ!
ハッタリもいい加減にすんだな、殺すぞガキぃっ!」
「単純に、自分の至らなさへの戒めだ」
大嘘である。忌み子故に魔法で治せなかっただけだ
基本大貴族ともなるとどんな傷も魔法で跡形無く治してしまうので、こんな火傷跡が残っているわけもない。それ故に、疑いが薄かったというのもあるのだろう。皇子サマに怪我跡なんてある訳がない。そんなものすら治せない貧乏なはずがないのだから
「言ってろ、ガキィ!」
駆け寄りながら、男が棍棒を振り上げる
十分返り討ちは狙える範囲の速度。だが……
おれは、ゆっくりと目を閉じる
「失った目で、戒めなぁ、俺達に歯向かったことをよぉぉっ!」
そうして、棍棒は振り下ろされた
「……で、何を戒めれば良いんだ?」
バキッ、と。それはもう軽い音を立てて棍棒は根元から折れた
まあ、当然の結果と言えば当然の結果。仮にも皇族、下級職業の振るう棍棒なんぞ避けなくてもまともにダメージは無い。兵士の剣でも気にせず受けられるのだから当たり前である
目を見開く
「……何を、戒めにするのかと聞いている」
「は?棍棒の、ほうが、折れ……?」
横凪ぎに一閃。呆然とする男のわき腹を、鉄棒で打ち据える。手に残るのは嫌な感触、肋骨でもへし折ってしまったろうか
「くぺっ!?」
気の抜けた声とともに、男の口からなにかが溢れた。まあ、何かというか、男がさっきまで口に放り込んで咀嚼していたろう食べ物なのだが。ああ汚い
「「「ア、アニキぃっ!」」」
「アニキがこんなガキに……ありえねぇ!アニキは……アニキは……」
「上級職でもないんだろう?」
おい煽るなエッケハルト。隠れてる魔術師……ゴーレム使いはまだ居るんだぞ分かってんのか
「そろそろ上級職だって笑ってたんだぞ!」
「成程。帝国内で奴隷で稼ぎ、金次第で通してくれる異国に渡って上級
せこいこった」
「てめぇ!」
「だが、それも終わりだな。皇家のものに手を出すからだ。こうして直々に潰される」
「バケモンがぁっ!」
「バケモンだから、皇族なんて中央を存在させる理由になっている」
そう、皇帝という最大戦力、皇族というそれに継ぐ化け物達。その存在を、恐怖をもってこの帝国は成り立っている。絶対的な力故に、小国の王達を貴族として封じ直し、纏めあげた一つの帝国として外敵を迎え撃った。それが、帝国の成り立ちであるのだから。今や皇族のチートさは広まり、かつて小国の王であった者達は貴族としての世代を重ねすぎて帝国への忠誠心も割と高いのだが、初代の頃は俺が俺がで、逆らう気すら起きない力でぶん殴らなければ纏まれなかったという
「他の皇族は、おれより強いぞ
投降しろ」
それに対し、隠れているだろうゴーレム使いは反応すること無く。お頭ですら敵わないと悟ったらしい盗賊達は、静かに頭を垂れた
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移動、或いは起動
「持ってけ、エッケハルト」
とりあえずとしてそこらに放置された荷物を漁り、盗賊が確保していた火魔法の魔法書を投げ渡す。火力は……無くもないもの。ゲーム的に言えば、(魔力×2+力)×2/3
大魔法と言われるほどの高位魔法ではないものとしては異様に火力は高い。けれども、多少の空間を開けて作った手の内の空間に焔のナイフを産み出す近接魔法なので火力は兎も角取り回しは悪く、結果全然魔法書が売れなくて流通は既にほぼ無く、逆に制作者もまず居ない物珍しさからコレクター相手には他の同ランク魔法よりちょっと高いという駄目なブツ
まあ、射程1の魔法なんて魔法の意味がないだろうという話だ。他の同ランク魔法は基本短くとも射程1~2はあるというのに。片手剣や短剣の間合いとか魔法やってられないだろう普通に考えて
「どうせ格子嵌まってるだろうし、助けてこい。返り討ち……は無いと思うが気を付けてな」
盗賊達を睨み付けながら、そう告げる
他にも人拐いにあっている人は居るだろう。助けることは、そこそこ信頼は出来る知り合いに任せる。おれが睨みを効かせていること、それが何よりの抑えなのだから
そうして。結局リーダーをのめされた人拐い等は動くことはなく。普通におれに見張られたまま人拐いの持ち物な縄で全員捕縛される事となった
……それはある種当然の話。この世界において、ステータスはほぼ絶対だ。戯れに力が50後半のおれが攻撃力5の棍棒を持って恐らく防御100はある親父の何も付けていない素頭を全力でぶん殴ったとして、ダメージは無いだろう
人間の頭を子供の力とはいえ全力で棍棒で殴って割れない訳もないなんて生前の常識は通らない。この世界では、補正込み攻撃を補正込み防御が上回ればダメージは0だ。おれの力+棍棒の攻撃力は66無い、それを必殺威力補正1.5掛けても100を越えない以上頭を殴っても親父にダメージはない
そしておれは何やってんだバカ息子とその日の晩飯を抜かれる。それがこの世界のルールだ
言ってしまえばだ。この人拐いたちのなかで最も力の高いだろうリーダーが、おれにむけて振り下ろしてダメージがまともに通らなかった以上、どう足掻こうがそれ以下の力数値の人拐いたちがおれにダメージを通せないという話
正確には致命必殺や奥義などなど防御をある程度貫通する方法はあるのだが、それは目レベルに脆い部分に正確に突きこむか、そもそも上級職以降の奥義スキルを持っている必要がある
自分の力より防御高い格上相手に下級職がそんなもの用意出来るかという話だ。鈍亀級におれが遅ければ致命必殺は狙えるかもしれないが
なので、最強の人員がまともに戦えない相手には敵わない。それが、この世界の掟である。理論上
この世界のHPカンストは400であるから。魔王だろうが神だろうが伝説の龍神だろうが太古の大魔獣だろうがHPは400を越えることはない。スナイパー指定なのは、そもそも400人が一挙に攻撃する方法はかなりの遠距離からの魔法狙撃だけであるからだ
まあ、これは神は絶対者ではないのだ!という一部教団の戯れ言なので置いておく。逆に、化け物に一点たりともダメージを通せない軍団が数千数万集まろうが、それよりも化け物一匹の方が強い
数の差は質の差を埋めるが、あまりにも大きな質の差はどれほど大きな数の差であれ覆す。実に理不尽、それが、この世界だ。そうして、皇族は基本理不尽側に属する。故に、おれ一人で10を越える遥か年上の男の見張りなんて無茶もまかり通るのであった
「……皇子さま!」
そうして、あまりにもあっさりと、囚われていた人々は解放された。実はその中にはアナ達が混じっておらず、別の人拐いに拐われていたんだ、なんて間の抜けた話は当然なく、さっさとアナを回収出来た
「皇子さま、お怪我は……」
「特に無いよ。というか……」
ちらりと、横を見る
おー痛てと、流石にこれは大道芸だろう道化師になってるんじゃないというレベルで頬から噴水のように血を噴き出すエッケハルトの姿が見える
「実際に助けたのはエッケハルトだろ?」
「そうだぞアナスタシアちゃん!」
「でも、元気そうだし……」
「しまった、やりすぎた!」
「おいエッケハルト。アナで遊ぶなよ」
苦笑して、とりあえずの確認
「一緒に拐われた誰それが居ないという者は居るか!」
「妹が眼を覚まさないんだ!体が弱いのにこんな場所で……」
「おれにはどうしようもない。急いで帰るぞ
ってそんな話は後で良い。次!」
そう聞いてみるも、返ってくるのは腹へっただ何だ、そういった言葉ばかり
「……うん、大丈夫そう」
アナも黙りこくった子供たちに話を聞いてくれ、そう返した。まあ、火傷痕あるおれ相手じゃちょっと萎縮したり警戒する子も居るし当然か
「助かった、アナ」
ぐるりと、周囲を見回す
孤児院の人員を含め総勢30余名。大体は子供で、大人……ではないがそこそこの年齢まで行っているのはアレットの姉を含めて3人だけだ
男女比は1:9、10代後半越えてそうなのは3名ともそれなりに顔立ちの整った女性。まあ、男女間で売れやすさは大きく異なるので当然と言えば当然の比率である。美少女は男女問わず買っていく可能性が高いから
そのアレット自身は、ずっと気を失った姉にすがり付いていて、気が付くとエッケハルトが助け起こしていた。見張りに気を回しすぎてフォローを忘れていたのでその点は助かる。かといって、見張り中にアレットを構いすぎるのも考えものだったので選択は間違いではない……と信じよう
歩けないほどに衰弱した者は知り合いに担がせて。おれの筋力なら運べないことも無いが背負うと引きずってしまうのでアレットの姉は背丈のある大人の女性らに任せ、とりあえず人拐いのアジトにあった食料は子供らに均等に分けて
出入り口を隠す土くれのゴーレムは鉄棒でもって殴り壊し(防御35ないので滅多撃ちで壊せた。ゴーレムとはいえ所詮は土くれである。レンガならちょっとヤバかったがレンガだと入り口がバレバレである)、おれと拐われた子供たちとドナドナされる側に立った人拐い等は夜の空に出ていた
「エッケハルト。これを」
夜空は星の光を湛え、何時ものように極七神星は真北であろう方角に輝いていたが。北が解ったところで今居る場所がどこか分からないので意味はない。この辺りの地図ならば地属性や水属性の魔法でマッピング可能だ
その為の魔法書もどこかの家から拝借してきたのかアジトにあった。だからといって、この辺りの地理と北が分かっても皇都の方角が分からないので無意味
そんな時にこそ、役立つものが光信号である。花火なので都合良く火属性。それも運良くアジトから拾えていた。恐らくはだが、これを使う一人が囮として別方向に移動、関係ない光信号を打ち上げて騎士団を混乱させようとしていたのだろう。魔法書を見ると正式な形状ではないパチモノで、挙がる花火信号の形状も違うはずだが、ぱっと見騙される可能性はある
まあ、そんなものなので返してくれるかは運だが、やってみる価値はあるとしてエッケハルトに投げ渡す
「任せろゼノ。どの色を打ち上げれば良い?」
「黄色、赤、黄色、白、緑の順で頼む
ああ、後でしっかり忘れてくれよこの順番。どうせどやされるけどさおれは」
と、さらっと機密を漏らすおれ。いや、必要だから許して欲しい
打ち上げてから数十秒。北西から、返答たる紅の花火が2発あがった
「良し良し、進路北西。目指すは皇都!」
だが。そう叫んだその瞬間。地鳴りが、その行く手を阻んだ
暗い中に、数名に持たせた松明の明かりに照らされ鈍く輝くのは……人と呼ぶにはあまりにもゴツい人型の異形
その銀のボディは金属光沢を放ち、その腕はおれの頭並みに太く、その背からは何かを噴射する嫌な音が聞こえてくる
その足は地面に着いておらず、そもそも其処に地面はない。抉れている
……掘ってきた、いや、埋められていたものが身を起こしたのだと気が付くまでに、数秒掛かった
ボーン、と何か……それこそ生前ゲーム機を起動した時のような音と共に、顔らしき部分に蒼い光が灯った
そう、警戒すべきだった。まだ居ると。彼らの切り札を、捕らえたから大丈夫と見落とした
「アイアン、ゴーレム……」
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鋼鉄、或いは巨人
「アイアン、ゴーレム……」
呆然としたエッケハルトの声が、耳に反響した
「走れ!何処へでも良い、兎に角逃げるように!」
即座にその言葉を吐けたのは、おれにしては凄かったと思う
恐怖にかられ、居場所を知らせる松明なんて放り出し。子供たちは各々蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていく。それで良い。それで逃げられる子供が出るならば、十分じゃないか
……だというのに、だ
「アナ、お前も逃げろ」
一人、逃げない少女が居た
「皇子、さまは?」
「おれは良いんだよ!誰かがこいつを止めないといけないだろ!」
「そうだぜアナスタシアちゃん!皇族がそのプライドで時間を稼いでくれている間にこの俺と逃げるんだよ!」
「おいこらエッケハルト!お前は残って戦え!」
「死ぬわ、殺す気か!」
「当たらなければ死にはしない!」
「当たったら死ぬんじゃねぇかぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「必殺でなければ一発は耐えるかもしれないし、死ななきゃ安い」
そんな漫才も、半分くらいは現実逃避で
「アナ、自分が生きることだけ考えて」
既に子供達が投げ捨てた松明の火は草原に広がり出している。まだまだマシとはいえ、燃える中を突っ切れと女の子に言うことは出来ない、逃げるのはもう無理だろう
アイアンゴーレム。鋼鉄の巨人
ゴーレム関係の魔法の中でもその強さから特に良く使われ、脅威とされる魔法だ。より強いゴーレムは、ゲーム版アイリスとかいうチート以外だとどう足掻いても上級職のしかもレベル15以上でなければ作れない為製作出来る者がまずとても少なく全然使われない
術者によって多少色々な能力に差こそあるものの、大体の場合は……HP250、MP30、攻撃90、防御80というのが基準値
おれの攻防が50ちょい、人拐いのリーダーが40無いだろうくらい、アナが多分一桁と言えば、そのヤバさが分かるだろう。というか、ゲーム版でのおれ、つまりは上級レベル10加入の序盤お助けキャラであるゼノでHP153、攻撃96、防御93なのでHP以外そのおれと同程度である
この世界の基本は攻撃引く防御=ダメージであることを念頭に置くと、HP+防御が90無ければ一発で殴り殺される。おれのHPも90くらいなので、おれだと大体3発食らえば死ぬ計算だ。因みに、エッケハルトは耐えるかどうかは知らないが、とりあえずアナ達普通の子供はオーバーキル。3回くらい間違いなく軽く死ねる大盤振る舞いだ
……絶対に、彼女らにその拳を向けさせてはいけない。そんな苦しみの中、死なせてはいけない
そして此方は、とりあえずダメージ通す手が現状無いので数万回殴っても勝てない
「エッケハルト、魔法は?」
「無理。何もない」
「知ってる」
だが、そこはゴーレム。人間ではないので脅威とはいえ弱点はある。魔法だ
当然ながら、鋼鉄だろうが木だろうが泥だろうが、ゴーレムの魔防は0である。簡易対魔法バリアを付けられている個体も居たりはするが、それも所詮は後付けのバリア。元々の魔防0には変わりがないのでバリアをガス欠にすれば素通りする
なので、どれだけ堅かろうが魔法で滅多撃ちにすれば倒せる訳だ。だからこそ脅威とはいえ、騎士団等からはたとえ敵が使ってこようと被害は出るが勝てる相手と認識されている
……だが、それは魔法を撃てる人員が揃っていて、の話だ。魔法書が無い現状、その手は使えない。正確にはあのヒートブレードはあるのだが、射程1である。死んでこい宣言でしかない
必殺は1.5倍なのでおれの必殺ならば数値的には通りそう……ではあるのだが、武器が鉄格子の成れの果てでは無理だ。必殺なんて出せる訳もない
正確に隙間なんて狙えないし狙えても幅広過ぎて入らない。ゲーム的に言えば必殺マイナス武器で必殺にマイナス補正がかかるゴーレム相手に現状必殺は出せない
つまりだ、勝ち目はない。いや、ひとつあるにはある。致命必殺が
「ふははははっ!これがっ!切り札だぁぁっ!どうだ皇族さんよぉっ!」
高笑いをあげるのはリーダー
成程、切り札のゴーレムはアジト外に埋めて隠しておいていたようだ。道理で、あそこで大人しく捕まった訳である。道中恐らく埋まっている辺りを通る、そうすればゴーレム起動で逆転が出来るという訳か。ストーンゴーレムくらいなら何とかぶちのめせるから行けるかとたかをくくったおれのミスだ
まさかアイアンとは。上級職になる直前まで行けたならば、天才肌の傀儡師ならば行けなくもない領域であるのだ、アイアンゴーレム作成も。まさかそんな人材が人拐いのゴロツキなんぞやってないだろうと思っていたのが甘かった。騎士団でも食っていけるだろうに
「惜しいな、騎士団来る気ないか?
良い線行けると思うんだけど」
「ざっけんな皇族ぅっ!淫行多発だ何だで解雇しておいてよぉっ!」
その場で何とかしとけそこの騎士団っ!追放した結果コレかよ!
と、叫びたくはなるがまあ、仕方の無い事といえば仕方の無いこと。多分、ゴロツキ云々で自分達に仕事が回ってきて解決して……とか思っちゃったんだろう。真実は知らないがおれの中ではそういうことにしておこう
「手は傷つけられて弱くなったが、こいつがありゃ関係ねぇ!
あんの騎士団のヤロー共にも隠していたアイアンゴーレムでやってやらぁっ!
年下に、欲情することの、何が悪いぃぃっ!」
その言葉と共に、ゴーレムが青い目から……ビームぅっ!?
間一髪、横に避けて事なきを得る。背後の石が、綺麗にビームの円にくりぬかれた。一部ゴーレムに搭載されていることがある魔法、ビームライフルだろう。ゴーレムビームかもしれないがそのどっちかだ。何でそんな名前なのかは、魔法書の作者に聞いてくれ
ゴーレムにビームを打たせる魔法だ。予め製作時に唱えておくことでバリア用の
一発撃つだけで貯蔵が大きく減るため数発が限度(アイアンゴーレムに貯蔵されているMPは大体25が基準値で、ビーム一発で10消費する。バリアは一回1なのでバリアの10倍は魔力を使うわけだ、低級ゴーレムならばそれ相応に貯蔵魔力も低いので一発しか撃てない切り札だったりもする)
だが、まあ、70固定の時点でその驚異は分かるだろう。おれや魔物なら70素通しである。魔物退治にそこらの騎士団で使われたりした際に、最強の壁であり最強の砲台にもなれる訳だ
「行け、我がゴーレム!」
「「「やっちまえ、アニキーっ!」」」
やんのやんの。まだまだ縄かかったまま元気なことである。形成は向こう有利なので仕方はないが
「ってか、何歳に手を出したんだよぉっ!」
「14だ!」
「犯罪じゃねぇか!」
因みに成人は15だ。15以上ならセーフである。何故あと一年待てなかったんだ
「そうだぞ!ロリコン!」
「ロリコン?意味は知らんが、うるせぇぞ貴族のガキ共!体はどんどんと花開きつつも心は蕾のままってアンバランスさが良いんだろうが!」
「「そうだそうだ!さっすがアニキ、わかってるぜ!」」
「いやもっと幼い子をオトナにするのが……」
なんのかんの。実に賑やかな事である
その間に致命必殺を狙おうとは思ったのだが……間合いが難しい。恐らくはコアだろうあの青い光を、目を破壊しようとは思ったのだが、子供の体格ではどうにも遠い。成人男性の倍の体格のゴーレムの頭まで駆け登るにも時間がかかり、対応されてしまうだろう。摺り足でこっそり近付いてはいくが、決定的な動きはやれない
「はっ!ゴーレムだってお前を倒せば……」
「いやエッケハルト、術者自身が死ぬと無差別暴走モードになるようにしたゴーレムは割と多いぞ」
「そうだったわ!畜生!」
「その通り!」
「「アニキぃ、オレ達もっすか?」」
「無差別なんだからそうだろ。いっそ殺すか?この縄で繋がった奴等を殺してる間にアナ達は逃げられるかもしれない」
やった時点で皇族失格ものである。上手くいっても酷い扱いだろう。人拐いとはいえ、問答無用で殺して良い法律はない。捕らえるべきなのだ。あくまでも気を引くための冗談
「さあ来いクソ皇族!実は俺はお前に勝ち目はないがこの俺を殺したらゴーレムが無差別に皆殺すぞぉっ!」
「ふざけんなぁぁっ!」
だが、迷っていても仕方はない。覚悟を決め、おれはゴーレムへと走る……!
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鉄拳、或いはロケットパンチ
「皇族のガキぃ!」
空気を裂く鉄拳。ブーストナックル
文字通りの鉄の拳。本来であれば怖いものだが、ビームに比べれば恐れるに足りない
とはいえ、何時の間にやら術者の姿がない。コクピットにでも逃げられたか
確かにおれは今よりも強いゲーム本編のおれと攻撃防御はそう変わらないと言った。だが、それ以外のステータスまでも同じだと言った覚えはない
非常に巨大、そして動きそのものは鈍重。それが一般的なゴーレムというものだ。確かに鉄拳を受ければ3発で死ぬだろう。ビームと鉄拳コンビネーションでもまた。だが、そんなもの
「当たると、思うな!」
振り下ろされる拳の前で急制動、インパクト点をずらし、勢いを殺すように、その鉄の拳に手をついて前転。ゴーレムの腕の上に乗り、そのまま駆け登る
「なっ!?」
腕は横へ。振り落とそうというのだろうが……
そもそも鉄拳だけはスローモーションかという鈍重な動きにならないように腕にブースターをつけて、その加速で当てにいくほどに元々の動きはノロい、単なる基本動力だけでの横振りなど、ノロマすぎて振り落とされる謂れはない!
今更な行動のうちに、頭上まで辿り着き
「りゃぁぁっ!」
鉄棒を、光へ向けて突き下ろす!
ガキン、鈍い音
「っと、堅い!」
しっかりとコアらしき蒼い光に当てた。だが、ロクなダメージはない
……いや、僅かにヒビは入ったようだ。蒼い光が、漏れ始めて……
「っと!危ない危ない」
そのまま、背後に飛び降りる。後ろに土を巻き上げて蹴ってくる足はそのままステップで避け(所詮は勘によるめくら蹴り、そうそう当たる軌道でもない)、見守る
一拍の呼吸を置いて、ゴーレムの頭が上を向く。そこから、蒼い光が天へと向けて走った
多分魔力コアをやれただろう。ビーム撃つためには、動力コアをある程度剥き出しにする必要がある。だから、行けると思ったのだ。致命必殺、どうしようもない弱点を抜く、防御無視の切り札
……だが
鈍い音とともに、鉄の巨人の腕が上がる
「生きてるか」
コアは上段から打ち抜いたはずだ。だが、動くということは一つでは無かったのだろう。だが、構わない。とりあえず、ビームは潰した
「ビーム発射口か
それで、次はどうするってんだ皇族さんよぉ!」
「さあ、どうしようか」
どうしようもない、というのが答えだが、そんなことは言わず
言ってしまえば、どうしようもなくなるのは此方だ
そうだ、おれは弱い。一年も、だ。あの日から一年もあったのだ。だというのに、6歳にもなって、アイアンゴーレムの一機"程度"に苦戦するなんぞ、おれしか有り得ない
だからこそ、そんな事実はおくびにも出さず、笑って見せる。その笑顔がちょっとひきつってたのは許してほしい。そこまでポーカーフェイスは出来ない
あと、致命必殺が通りそうな場所は……と、挑発しながら周囲を回り、確認
無さげだ。ビーム発射用に半分剥き出しになっていたあそこは兎も角、他はしっかりとした鉄製、それも魔法で錬成を繰り返した鋼だ。適当に整形した鉄格子の鉄とはモノが違う。素材は不純物がどれくらいなのか程度の差なんだが
「……勿体無い
ああ勿体無いなぁ」
「……何が言いたいのやら」
「商品を」
その瞬間、地を駆ける
どうにも止められる物ではないから、ゴーレムに背を向け
「殺さなきゃいけないなんてよぉぉっ!」
「アナ!」
間一髪、動けなかった少女を突き飛ばす
その直後、ゴーレムの腕から、文字通りブースターで"飛んできた"鉄拳が、ついさっきまで少女が居て、今はおれが居る空間を突き抜けた
「かはっ」
ギリギリで体は捻れた。背中にモロに食らうという
だが、ダメージは大きい。誰だよ当たると思うなとかほざいたの。おれだけど
「っ痛ってぇな」
肋骨折れたかもしれない。逆に言えば、痛みを堪えれば動ける程度の怪我という。師にとりあえずアレ倒してこいと数匹の土着のケダモノ相手にさせられた時の方がまだヤバかった。流石に化け狐猪数匹と群れ長のオーガって六歳にぶつける群れじゃなかったと思うんだ、師匠。それくらいに勝てなきゃ皇族失格なのは確かだけどさ
「お、皇子さま!?」
「伏せてろ、アナ!帰りが来るぞ!」
「皇子さまは」
「まずは誰を捨てても自分が生きることを考えるんだ、アナ!」
ロケットパンチ。ブースターで飛翔する鉄拳は、来た道を帰るようにして飛来。流石に見えていれば楽に避けられ、アナも素直に伏せていた為普通に回避、あっちゃいけない方向に90度曲がった形で接続され、腕ごと回転して正規ポジションへ戻る
ゴーレムなので可能な駆動ではあるのだろうが、見てて痛そう。90度は曲がらない方向に曲がってるぞその肘
「おいゼノ!」
「あと一、二発はいけるな」
いや、凄く痛い。強がれる程度ってだけ
つまりは、まあ、まだバカ言える程度には死にかけから遠いって事で。ただ、今のままでは死ぬのも時間の問題だった
「エッケハルト、ちょっと前の言葉とは変わるけどさ
アナを連れて逃げられるか?」
「時間を稼がれれば」
「待ってた答えだ」
「良いのかよ」
「死にたくなんて無い
でもまあ、誰か助けられたってなら、同じ死ぬならまだマシかなって」
痛む腹はおいておき、突き込んだ際に更に曲がった使えない鉄棒をゴーレムへと突きつける
「はは!所詮、皇族といえど魔法さえ無ければこんなもの!」
「いや?親父なら素手でそのゴーレムくらい倒すぞ?」
「は?」
「残念だ
刀さえあれば、おれもその木偶を切り刻んでやったのに」
エッケハルト等との距離はそこそこあった。その距離を届くような声で逃げろと言ったのは聞かれているに決まっている
だからこそ、必死に口を開き、その鋼鉄の足を止める
「なにぃ?
皇族のガキィ、貴様が、武器でこのゴーレムを倒すだとぉ?」
「倒すさ
刀一本で十分だ。魔法なんぞ、必要ない」
必要があっても使えないのだが、そんな要素は貶す為には不要なので語らない
「やってみるか、皇族さんよぉ!」
「刀があれば、もうやってるよ」
乗ってきた
基本、ゴーレム使いというのはプライドの塊だ。だって、自分より遥かに強いゴーレムを扱えるのだから。特定属性でなければスタートラインにすらたてず、立っても上手く魔法書を読んで使えるようになる者も少ない。ゲーム的に言えば、ゴーレム作製関係の魔法書を使用出来る職業の素質持ちが少ない
自分より、そして周囲より圧倒的に強い巨人を使える者は、当たり前のように選民思想に染まる。ゴーレムは強い、多数群れて魔法を乱発しなければ、同レベルの雑魚どもは自分のゴーレムに勝てないではないか。つまり、ゴーレムを使える自分は同レベルの雑魚どもの上位者、選ばれしものなのだと
だからこそ、挑発に弱い。てめぇのゴーレムなんぞ、一人かつ物理で十分だ、ここまでの侮辱を受けて、キレない選民思想などそうは居るものか
「ガキィ!」
両の腕を突き出し、射出
ダブルロケットパンチ。だが、それはどちらもおれを狙う
そうだ、それで良い、その為におれは……
その時、空を裂く音が、耳に届いた
「飛竜?」
空を舞う、雄大なドラゴン……というか前脚が翼と一体化しているのでワイバーン。その上に立つ、一人の男
おれの師、レオンの師、そして、西方に伝わるという、名前の無い流派の師範
「情けない、何をしている」
「師匠、武器がないので苦戦している、と言えば?」
「……あれば、勝てるか?」
空から落ちてくるのは、そんな言葉
……どうやら、ワイバーンに乗って西方から帰ってきていたらしい。早いことだ
帰りつこうかというその時、打ち上げた光を見て何事か
「……何だ、貴様!」
「勝てるか、ゼノ!」
「無論!」
「ならば、勝て!」
地上が燃える中。それでも判別のつく二本角の偉丈夫は、何でか飛竜の背に仁王立ちしたまま(カッコつけですか、師匠。上に立つ意味ないと思うのですが)、背に背負っていた一本の皮袋を抜き放ち、投げ落とす
「やらせるかぁっ!」
鉄拳飛翔。二つのロケットパンチは、それぞれ宙に羽ばたく飛竜と、投げ落とされた皮袋を狙うように軌道を変えて飛んで行き
「せぇいっ!」
弾かれて取りにいけないなんて起きないように、鉄棒を投擲、弾き飛ばされる前に弾き、軌道を変えて皮袋を守る。鉄拳は空しく空を切った
「が、そっちの男はなぁぁっ!」
が、もう片方の拳はそのまま役目を果たすために飛竜へと襲い掛かり……
「やはり、か
こんな程度に苦戦するな。名前に泥を塗る算段でもあるのか」
迅雷一閃。雷でも閃いたかという速度で光が走ったかと思えば、縦に真っ二つにされた鉄拳が、ブースターも消えて落ちてきた
「……は?」
「首級を持ってこい。それくらいは出来るだろう?」
片腕を叩き斬られたゴーレム、というかその術者がすっとんきょうな声をあげるなか、皮袋をキャッチ
中身は当然ながら、一本の短い刀
「良い刀だ」
カッコつけである。見てもいないのに分かりはしない。というか刀の目利きは苦手だ。ただ、師匠が今のおれの為にと西方の鍛冶に作らせたというおれの体格に合わせた子供のための抜刀用の刀。なまくらな訳もない
「……見せてやるよ
言ったはずだ、刀さえあれば、おれでも行けると
アイアンゴーレム……その木偶、叩き斬る!」
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刀剣、或いは新生
「やってみろよ皇子さまよぉ!
出来んだろうなぁ!」
ゴーレムの全身に仕掛けられたランプが輝く
「出来るさ」
本当に出来るのか、そんなことは分からない。ゲーム知識で照らし合わせると恐らくは必殺は通るから理論上勝てるというだけの話
そもそも、タイマンでは勝てるとしても、彼は理論に基づいて次の攻撃が読めるAIではない。気紛れにエッケハルトを狙いに行くかもしれないし、アナやらを襲うかもしれない
AIであれば、攻撃範囲におれが居る以上、最優先でこのフェイズ中に狙える唯一の敵であるおれを狙う。攻撃優先度は即座に攻撃出来る相手、一発で倒せる相手、ダメージを多く通せる相手の順番だ。ギリギリ一フェイズの移動で届かない場所に一発当たれば死ぬ回復役が居て、移動すれば次には届くとしても、直ぐに殴れる範囲に誰か居る限りそちらを狙う。それがAIだ。だからこそ、高難易度でゲームは成り立つ
だが、キレた人間はそうではない。この世界は、おれの生前が良く知っていたゲームに近い世界であって、ゲームそのものではない。此方を揺さぶろうと移動して殺しやすい相手を狙われるかもしれない。そんなものは防げない
「来いよ木偶人形。ガキに負ける恐怖を教えてやる」
だから、刀を鞘に納めつつ煽る
何というか、煽りばかり上達していく気がするんだが……人生大丈夫だろうか。そもそも享年18を回避するところから話を始めないといけない……というか、下手したらゲーム開始前に享年6になりかねない
幾らアイアンゴーレムという皇族なら勝てなきゃいけない鉄屑相手でも、3回も当たれば死ぬのだから
「刀を納めるたぁ、諦めたか!良い子でちゅねぇっ!」
「その憎たらしい顔に、ロケットパーンチ!」
「……選択が、悪いっ!」
残された腕を真っ直ぐ此方へ向け、鉄の巨人がその腕を射出
同時、駆け出し始めたおれは……すれ違うように鉄拳と交差、特に当たることなんてなく
「せいっ!はぁぁぁぁぁっ!」
射出を終え動きを一旦止めた巨人へと辿り着く頃に柄に手を掛け、走る速度も合わせ、駆け抜けながら抜刀、一気に振り抜く!
「……は?」
呆然とした男の言葉が響くなか、止まらないように速度を弛め、歩く。止まれば巻き込まれるから
十分に離れた頃、軽い地響きに足を止めた
大地に背から倒れた巨体。その後方に唯一残る鉄柱
「何をしたぁっ!」
「……足を斬った、それだけだよ」
そう、左足を斬った、それだけである
「ガキに、そんな、事がぁぁぁっ!」
「ガキじゃあ、無い
皇族の、ガキだ」
「ふざけるな!アイアンゴーレムだぞ!軍ですら通用する力が、こんなチビなんぞに」
「……それが、皇族だ」
「刀を持ったって、だけでぇぇぇっ!」
「だけ?違う違う
武器を持てた時点で、おれの勝ちだ。刀って武器を、何だと思っているんだ?」
必殺特化武器、それが刀だ。全体的に素の攻撃補正は低く、代わりに必殺補正が強い武器種。全体的に耐久が低めなのが難点であり、けれども補正で必殺を連発した際の火力は高い
「抜刀は、普通に振るよりも速い
それをもって最初の一撃で優位を決めきる力。それが師匠の流派だ
刀さえあれば、必殺で鉄くらい叩き斬れるさ、当然な」
「ふざけるなぁぁぁぁっ!」
「せいっ!やぁぁっ!」
言葉と共に飛んできた拳を、抜刀切り上げで迎撃、拳そのものと腕を切り離し、軽くバックステップして爆発を避ける
「……終わりだな」
地面に落ちる物言わぬ鉄拳を背に、そう告げる
ゴーレムは確かに浮かび上がることは可能だろう。だが、ビームはもう無く、両の腕は撃破され、蹴ろうにも片足では姿勢制御は効かない。実質質量兵器としてぶつけるしかないが、それもまた今更だろう
「縄に付け」
動きを止めた巨体を登り、恐らく術者が隠れているだろうハッチへと、鞘ごと逆手に持った刀を突き付ける
「こんな、ガキにぃぃっ!」
「なんて、な」
瞬間、沸き上がる嫌な予感に、咄嗟にゴーレムから飛び下がり
「新生せよ、鋼鉄の機神!」
同時、鋼の巨体が自身にあったがらんどうの鎧かのように、バラバラと崩れ落ちた
「がふっ!」
腹に受ける、冷たく熱い感触。冷えきった鏡のように磨かれた鉄を、左腕を巻き込んで腹を抉るおれの上半身はある鉄拳を、熱い血が汚す
現れるのは、一つの姿。前のアイアンゴーレムより、数段人間に近くすらっとした立ち姿。10頭身はある細身の人間が、体にびっちりと特殊スーツを纏ったような姿。あえて生前で言うならば、ロボットより戦隊ヒーローに近いだろう
「……やれる、とはな……」
「ふん、油断したなガキぃっ!だから幼さは甘さだというのだぁっ!」
……ゲームでは不可能だった事。だから、忘れていた。そう、ゴーレムそのものという材料があるのだから、その場で魔術でもってゴーレムを作り直せないか、という誰しもが考えるだろう事を
ゲームでは、それはバランスの問題か出来なかった。何度でもその場で直せるのはゲームとして成り立たないから、あくまでもインターミッションでしか、ゴーレムは作れないと。だが、若しもそんな制約が無いのならば
……それはあり得たはずの話。壊れたゴーレムという素材から、新たなゴーレムを作り出しての継戦
ああ、逝ったなと、そんなことをぼんやりと思う
左手は、もう熱くない。腹を殴る一撃に巻き込まれ、有り得ない方向に曲がっているが、逆にというか痛みもない
さて、どうするか……
地面を転がり、火を舐めて立ち上がりながら、考える
抜刀術は両手がなければ使えない。片腕折れただけで撃てなくなる欠陥技術だ。といっても、おれにはそれしかなかったのだが
「まだ、いけるさ」
強がりと共に、手放さなかった刀を振る。鞘が外れ、燃える地面に転がる
生き残れば、鞘を失ったって怒られるな……とそんな皮算用と共に、刀を新ゴーレムに向け突き付ける
「無駄な、事を!
死ねぇっ、皇族のガキぃぃっ!」
その巨人の目に光が点り
甲高い隼の鳴き声と共に、その上半身が吹き飛んだ
「……んなっ!」
「あれ、は……
ファルコン、ストライク……」
「……待たせたね、ゼノ」
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隼、或いは終結
ファルコン・ストライク
所謂奥義スキルと呼ばれるものの一種。自軍フェイズにコマンドから選択して発動する特殊攻撃の一種であり、攻撃力計算値は武器威力×2+(力+技+魔力)/2、射程は1~5と長く、貫通(選択した対象と自身との間に居る敵にもダメージ)を持つ。何よりの特徴は、必殺が普通に発生する(多くの奥義はそのダメージ補正を加えた火力インフレを防ぐためか必殺補正がマイナスであったり必殺が発生しないを持っていたりする)上に相手の防御or魔防の低い方をダメージ計算に適用するドラゴンブレス計算式な事。コスト制限共に緩く(2ターンに一度、消費MP5とローリスク低コスト)連発可能な事も相まって圧倒的殲滅力を誇る、皇族の皇族と呼ばれる所以を証明する壊れ奥義である。ゲームではおれも散々ぶっぱなした記憶がある
……とまあ、ゲームでの性能は置いておくとして
要は、普通の攻撃よりもバカみたいに強い皇族の一撃という事である
その大鳥が地面に突き刺さり、消えると共に
貫かれた鉄の巨人は煙を上げ、そして完全にバラバラのパーツに分かれ、大地に崩れ落ちた。そのスタイリッシュな細身になった腕も、鉄兜を模したような頭部も、いくつもの欠片となって地に降り注ぐ
「ファルコン……ストライク……」
おれと同じく呆然とした声
まあ、有名だから知ってはいるだろう。騎士団所属してた時代が最近あって知らなければモグリだ。使い手はただ一人。隼の神器の継承者、皇位継承権現在の第一位、ゲーム開始時点でも押しも押されもせぬ……訳では(某妹のせいで)なくなってはいるものの未だ第一位。甘いマスクと蕩ける声で街のお姉様方に大人気な第二皇子のあの人、血が父方だけ繋がった兄である
「一人で解決は難しいだろう、ゼノ
助けに来たよ」
お姉様方ならばキャーキャー言うだろう甘い蕩けるような声。それでも媚びすぎず、しっかりとしたちょっと高めの男性ボイスで声優さんすげぇなと思ったことを覚えている
そして、お前には無理だというちょっとした棘を(いやまあ事実なので言い返しようもないのだが
間違いない。いや、元々ファルコン・ストライクの時点であの人なのは確定しているのだが気分の問題である
「シルヴェール、兄さん……」
「正解、私は弟だから助けに来たんだから、ね」
ふわりと降り立つ人影。その空に浮かぶ魔法おれも欲しいと何度思ったことか。まあゼノであるおれには一生縁の無い魔法なのだが(魔法を使うことそのものに縁がないので当たり前か)
未だ燃える草原の火に下から照らされ浮かび上がるのは優しげな顔。母方の髪色を引き継いだのか柔らかな色合いであるはずの金の髪が、炎の色を反射してか何時もより橙に染まっている。年の頃は20に届かない程だが、その存在感は既にしっかりと感じさせる
その青年が……
「分かるよね、君ならば
投降、してくれるかな」
たった一言で、瓦礫の中呆然としていた男は膝を折った
おれは
皇族の恥さらしたる第七皇子ゼノは。本来皇族とはこうあるべきという解決の見本を見ながら、ただ事態がたった一度弦を引いただけで終わるのを眺めていた。自分の弱さというものを、噛み締めて
そのまま駆け付けた者達により火も消し止められ、散り散りになった者達も捕らえられた。一人だけ逃げおおせた者が居たらしいが、それをどうこう出来るような事は特に無く
阿呆か貴様。勝てた死合を棄てたか。慢心するな、と刀を託した師にボッコボコにされて、日が過ぎていったのである
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配送、或いは再会
そうして、ゴーレム事件から16日、つまりはちょうど二週間の月日が経った(繰り返しになるが、この大陸での一週間は8日である)
そうして、漸く師のシゴきが一段落付いたおれは、修行の一環としてアナ達の孤児院へと足を運んでいた。右肩には巨大な袋を2段抱え、やっぱりというか完全に折れていた左腕は魔法無しなら全治3月、未だに縛って固定しておかなければならない案件ではある。
高位の魔法さえあればまあもう治っているのは当たり前、寧ろどんな怪我だろうと死んでなければ強引にでも治して何でもないと即座に健在を見せ付けるのが力によって成り立つおれ達皇族の常ではあるのだが。まあ忌み子たるおれに関しては残念ながら魔法で治せるものでもないのでそれは置いておいて
痛みは鈍く残るが、動けなくはない。故に師は容赦なく干渉してくる。酷い姿だから見せるわけにもいかないと何時もより強く追い返されるのでアイリスにも会えない。結果こんな仕事をさせられたのである。
確かに孤児院にも食料は必要だし、おれが名義で保護した以上おれが面倒見るのは当然であり、夕方までには終わらせておけという余裕に溢れた時間設定からして運ぶという名目で暫く向こうで休めという師なりの優しさでもあるのだろうが……
「……片腕、使えない状態、なんだけど……」
と、愚痴も出ようというもの。ひとつ10kg(まあ、生前の単位で換算してだが)はあるだろう穀物を2袋。少年に持たせて良いものじゃないだろうこれ
まあ、それでも。運べてしまうのが仮にも皇族というものである。魔法による支援を一切やらない愚直な運び方なんてするのはおれだけで。
例えば妹アイリスならば適当なゴーレムを組み上げて持たせ、第二皇子シルヴェールならば……風のクッションでも作って空中に浮かばせて運ぶだろうか。そんな形ではあるのだが、6歳にもなって運べないなんてことは無いだろう(皇族基準)。故にふらつきながらも、片方の肩に重りを載せて、ふらふらと向かう
向けられる視線は……微妙なもの。尊敬も混じるが、何とも言えない。少なくとも、事件を知る者達、つまりはあの時回りで見ていた人々から向けられるのは何とも微妙な視線
金払いの問題ではない。とっとと礼は払った。ばら蒔いたと言っても良い。それでも微妙なのは……事態解決そのものはおれがした訳では無いから、だろうか。わざとかっさらわれた、それは良い。そこでの問題ではない。
単純に、皇族のなのに一人で片付けられなかったという事が拐われていた子供達等から広まった、という訳だ。
六歳のおれに何を期待している、とは言いたくもなるが、この大陸この国においては、皇子様とはそれだけの期待をされる存在なのである。例え子供であろうとも、あれしきの事態一人で終わらせて当然。そういった子供向けのお伽噺(親父に聞くに事実が6割ほど混じっているらしい。正気かよ)が沢山あるのだから
その幻想を抱き、故に漠然と皇族を信じる。それが民と皇族の基本であるからして、一人では事件を終わらせられなかったおれの存在はどうにも、という奴である。それが視線にも反映されているのであろう。
皇族への信頼そのものは、事態を解決したのも皇族、それも有名な第二皇子であるという事から消えてはいないようだが……。今おれに残るのは、その重責を背負いきれていなかったという事実のみ。面子に泥を塗ったと言われればその通りとしか言えはしない
一度撃破した、イレギュラーな再起動が無ければ勝てた。そんな言い訳など何にもならない。追い詰めたは意味がない。勝たなければいけない。それが皇族の責任だ。自分が民の最強の剣である事を忘れるな……と、親父ならば言うだろう
だがまあ、くよくよしても仕方ないといえば仕方ない
今必要なのはただ一つ。強くなれ、それだけだ
まだまだ荒らされた孤児院は直されきっていなくて。補修しかけの所があちこちに見えはするものの最低限雨風は防げるように扉や窓は板で塞いでいる。
そのボロ屋のそこだけは荒らす意味も無い為特に何ともない木材製の赤茶の屋根を見上げて、一つ心を新たにする
……庭(というほど広くもない。基本的には柵で一応外と区切った狭い洗濯物干し場だが今は柵も半分壊れている為竿は撤去され空きスペースである)に椅子と机を広げ、
……いやあれ透明だし水だな、と透明なポットを見て思い直す
にしても透明なポットとは中々に豪華なものを使う。この大陸、ガラス……は無くもないのだが、加工は基本属性が合った者の扱う魔法頼みという形であり、数は少なく基本的には嗜好品としての要素が強い。ガラス品なんてお洒落だろう?という話であり、かなりの値段で貴族家庭にしか普及していない。だが、保存中でも中身が見える入れ物の需要や窓の需要は一定量存在する。では透明な素材は一般には何で確保しているかというと……木の樹脂や暑い頃になると湧いてくる虫の羽根である。
虫なんぞで……と言いたくはなるが、この世界の虫には巨大なものも居るし(ゲームでも敵として人間を越える大きさのカブトムシっぽい原生生物が出てくる)その羽根も相応に巨大なのだ。だが樹脂や羽根では透明とはいえ曇りガラスのようにくぐもった色になるのは避けられない事。そして水が中身だろうと推測付けられるほど綺麗なクリアなのはガラスという訳だ
「あ、皇子さま!」
……エッケハルトに目を奪われていたが、良く見ると一人では無い。柵の残骸に隠れるように(向こうとしては隠す気はなかったろう)他にも人が居た。反応して声をかけてきたのは何時ものアナだが、もう一人……栗色の髪の少女が居る
分からない……訳ではない。アレット。アレット・ベルタン
「ア……ん?そこの子は」
思わずアレット、と呼び掛けて言い直し。そう言えばあの時その名前を向こうから聞いていない気がする。ならば今その名を呼ぶのは不自然だから、名前を知らないていで言葉を紡ぎ直す
「おいおい、忘れたのかよゼノ」
「いや、忘れてない
あの時捕まってた子の一人だろ?それは覚えてる。でも名前を知らないんだ」
その声に栗色の少女は少しだけ此方を見て目をしばたかせ……
「……ニセ皇子?」
と、そう呟いた
「ニセモノじゃない」
「出来損ないのマジモノだアレットちゃん」
そんなエッケハルトの軽口はまあ無視すると……それはそれで問題であるので止めることにして
「自分で言うならまだしも、他人に言われると名誉がだな」
「そうです、皇子さまに謝ってください」
「事実だろ」
「自虐と侮辱は別だろエッケハルト」
言いながら一応庭部分まで辿り着き、穀物を下ろした
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増殖、或いは困惑
「そんな事よりゼノ、大変だ」
下ろすや否や、エッケハルトのバカは座れ座れと机を叩く
穀物が……3人かかりで運べそうなので言葉に甘え、用意された椅子の一つに腰かける。地味にアレットからも、アナからも離された位置なのが信用微妙だな感があって辛いところ
「何が大変なんだエッケハルト。アナに嫌われたというならばおれは知らん」
「嫌われてねぇよ!?」
ガチャンと音をたてて揺れる水のグラス。樹脂だとそんな音がしないので、割と久方ぶりの音だ
ふと、ガラスの音が何かを思いだしかけて……それを振り払う。思い出しても、きっと良いことはない
「皇子さま……水、飲みますか?」
頭を振る俺を見て穀物を運んできた疲れで立ち眩み(座ってからだが)でもしたのかと心配してくれたのだろうか。銀髪の少女が自分の前のカップをささやかに押し出す
「……いや、大丈夫だよアナ
きっと、優しい主催者様が用意してくれるさ」
……だからこっそり睨むなエッケハルト。間接キスだなんだを考えたのか知らんが……
と、そこで見回して気が付く。グラスが3つしかない事に
「ということで貰うぞ」
と、エッケハルトの前の殆ど残ってない水をこれ見よがしに煽る。うん、残ってないから口を付ける必要もないな
「……野蛮、ニセ皇子」
「野蛮は兎も角ニセ皇子じゃない。というか、そもそも座れよと言っておいてグラスが無い方が悪い」
ふいっと、栗色の髪の少女は横を向く。嫌われたのだろうか。嫌われるようなことは……
「遅かった」
「何が?」
「お姉ちゃん、まだ部屋から出られない」
「手遅れよりは良いだろう」
「でも……!」
「おれはおれに出来ることをした。そして、間に合いはした
おれから言えるのは、それだけだ」
御免、もっと早く来ていれば。と言葉はぐっと飲み込んで
言ってしまうのは楽だ。気分も晴れるしアレットの機嫌もちょっとは上向くだろう。だが、それだけだ。それだけの為に謝ることは出来ない。皇族の謝罪にはそれなりの意味がある。気軽に頭を下げるな、意味が無くなる。毅然としろ。そう、何度も教えられている
……だから、頭は下げない。御免とも言わない。実際問題、もっと早くにエッケハルトから色々と聞けばもっと早くに動けたかもしれない。けれども、あの時は自分の知りうる限りの情報で正しいと思う行動を取ったのだと、行動に非など無いと、だから謝罪は口にしない。気軽に自分が至らなかったすまないと謝る上に、誰がいざというとき従いたいだろう。その命令もミスで後で謝罪されるんじゃないか、そう思われても仕方がない。明確に非が無いならば謝るな
……子供の間でそんなこと、と言いたい。言いたいけれども……皇族である自覚を常に持てと言われている以上、下手には崩せない。崩してはいけない
「……睨まないで」
「睨んだ気は無かったよ」
言いながら、静かに目を閉じる
後味の悪さに、小さく唇を噛んで。それでも謝罪はせず
「もう良いよ、最低」
ふいっとまた顔を反らす気配に、目を開けた
「王公貴族って面倒でさ
謝ったら色々とスキャンダルされたりするのさ」
その栗色の髪が触れかけた目尻に光る涙を、さっとエッケハルトが拭う
あいつなりのフォローだろうか。正直有り難い、あいつも貴族、似たような話は聞いているのだろう
「だからバカ皇子がもしももっと早くに来るには、もっと早く事件を知れてたっていう運の良さでしか無理だったんだよ」
……いや、散々お前も
「それは置いといて、大変なんだゼノ」
「それは、おれとお前に共通の話か?」
「そうだ」
頷く焔髪に、多分ゲームではとか何だだろうなと当たりを付け
「アナ、穀物見てきてくれるか?
基本的には粥にして食べるものだし……一昨日レオンが持ってきたろう干し肉とか入れて煮るんだ」
「お腹、空いたの?」
「昼は運んだアレ食ってこい、って言われてるよ。何時も豪華なものばかりじゃないさ。皇族だからこそ、皆の食事も知れという話」
「……うん、頑張る」
こくりと頷いて、銀髪の少女は席を立つ
実は昼は食ってきたので騙すようで悪いのだが……それでも転生云々を聞かせるわけにもいかないので、席を外して貰う
「……ニセ皇子」
「貰っていけ、アレット
詫びじゃないけれども、折角来たんだから」
詫びじゃないと強調。寧ろこれで詫びみたいなものと認識してくれると助かる
「あっそうだ、アレットちゃん、出来上がったら俺の分も持ってきて」
そうして体よく出来上がるまで見ててとアレットも人払い
聞き耳立ててる馬鹿もまあ居ないと確認して
「で、どうしたエッケハルト」
そう聞き、呆然とした
「リリーナが増えたぁ?」
「そうなんだよゼノ。どうしよう」
「ちょっと待て、リリーナってまさかお前が飼ってるペットとか……じゃないよな?淫ピ……桃とか日焼け……金とかだよな?」
と、わざともしも魔法で聞いてる奴が居たとして分かりにくいように言い直しつつ略して聞き返す
正確には淫ピリーナ、ロリリーナ、日焼けリーナの3種。この世界に近しいゲームの
「そう、それ
桃居るだろ?」
「ああ、居るな」
原作主人公が居るかどうか確認しようとした際、確かにリリーナという名前のピンク髪の子を存在を確認した。年は同じで子爵家。階級はキャラクリエイトの結果によって伯爵、子爵、男爵のいずれかの家だった事になるのでゲーム的には子爵家だから本物だとかそういったことは言えないのだが……まあ間違いないだろう。因みに爵位は一部キャラの好感度の上下に補正を掛ける。家柄が格上か格下か等でちょっとだけイベント等が違うわけだ
「子爵家だろ?」
「お前も確認したのかエッケハルト」
「それでさ
……男爵家が跡継ぎのいなささに業を煮やして、商人に嫁いだ娘の子を引き取った」
「ほうほう、それが?」
多分名前リリーナで黒髪でちっこいんだろうな、とアタリを付けながら頷く
「多分あいつ、ロリリーナだ」
「……名前は?」
「リリーナ」
「同い年の貴族に二人とか流行ってんのかその名前」
と、言いかけて気が付く
リリーナ、つまりは主人公たる少女は聖女である。聖女の属性は天、天、天以外。天、天は聖女故の力の強さにより重なって表記されるようになったという話なので、今現在は天、天以外となるはず。魔法の資質は産まれ持ったもの。エッケハルトが何を望もうが火属性なように、おれに何があろうが属性が無く魔法が使えないように、アナがどれだけ練習しても水、天なように、一生変わることはない。変化するとしたら、圧倒的な力により重ね表記になる事だけ。ならばだ。天属性を含む2属性を持たなければ聖女じゃないと言えるのではないかと
……幸い、同い年なので桃色リリーナについては調べられた。おれと同じときに覚醒の儀を受けていたのでさっくりと見つかった。結果は天、火。天を含むので聖女足り得る
「んで、その子の属性は?」
「天、影だ」
「……ダウト、出来ないな」
「だろ?」
エッケハルトと二人、顔を突き合わせる
「まさか、実はどっかの伯爵家の隠し子でしたーって金出てきたりしてな、天、土辺りで」
「はっはっはっ、まっさかぁー
流石にネット小説の読みすぎだぜゼノ」
「読んだこと無いわ、家にネット環境無かったから……」
「……マジかよ。そういう家なら、近所のねーちゃんも可愛がるか……」
「んまあ、不幸だったって記憶はないんだけどな」
と、うんうん頷くこの世界でおれがおれとして接せる現状唯一の相手に笑って
自分でも確認しておくか、と心に決めるのであった
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対話、或いは精神修行
さて。と
状況を整理しよう、おれ
ということで、夜。ベッドの中……という訳ではない。敢えて言うならば石の上。中々に寒い。所謂精神統一という奴である
何でこんな……というと簡単な話であり、腕吊ってる状態でまともに寝られるか!という奴。それよりは座禅でも組んで瞑想してた方が寝返り打たなくて良いだろうという屁理屈に丸め込まれ、こんな事をさせられているのである。因にだが、我が師もしっかりと横で足を組んでいるし、夜勤の兵には時おり攻撃してくるようにと師がしっかりと頼んでいた。寝てたら当たるぞという奴だろう。中々に酷いが、修練にはなる
まあ、そんな状態だが要は寝なければ良い訳で。思索を巡らすくらいならば我が師は何も言わない
そして此処は、正直この世界で3番目くらいには安全な場所である。何があろうがまあ死にはしないだろう。我が師……剣鬼とも呼ばれる彼は、おれの知る限り親父の次に強い。確か……本人から聞いたことによると、西方の鬼と西の皇族の血を引く娘(お忍びで出掛けた先でこさえた隠し子)のハーフだとか。皇族の強い血故に、異種の血を混ぜても産まれてしまったとかそんな形で、鬼の同類じゃないかと忌み子のような扱いを昔は受けていた……らしい。だから同じく忌み子扱いなおれの師なんぞをわざわざやってくれている。本人が強すぎて、要求が高いのが難点だが、良い人だとおれは思っている
閑話休題
今考えることは、この先おれはどうするべきか、である
なんてことを、飛んでくる矢を目を瞑ったまま首だけ右に傾けて避ける。魔法でなければ楽なもの。考えながらでも何とかなる。立たなければ避けられないものは来ない、そういう約束だから
まずやるべきことは……
いやまて、何だろうか、やるべき事
生き残ること、生きていく事。それが最終目標なのは間違いない。ピンクい主人公も確認した。だからきっと、このまま行けば世界は封光の杖時代のように俺をモブとして進み、そして俺はあの世界で断片的に語られたように、四天王扱いされている魔物相手に殿を務めて死ぬ。それが相討ちか敗死かはその時おれが神器を持っているかで一応変わるが死ぬことには変わりがない
ずっとそう思っていた。リリーナからすれば俺は気にも止めないモブ、だから強くなろうと。ついでに何か出来ないかと
だが、リリーナが増えた
二人目のリリーナ。どちらが聖女なのは分からない。知るはずもない。だが、基本的に主人公は一人だ。一人でなければ可笑しい。乙女ゲーとして、選ばなかった外見が主人公と同じ立場で出てくるなどあってはならない。特別である事が、シナリオ上大切な意味を持つはずなのに、同じだけ特別な存在が、同じく主役足り得る存在が複数居て良い訳がない。だからピンク髪を選べば黒髪リリーナなんて登場するはずもないのだ
だが、登場した。そこに光明がある
リリーナを攻略しようぜ!という話である
という事は勿論無い。当たり前だ
どちらが聖女なのか分からないので万一やるとしたらどちらも攻略する事になる。何だそれ二股かよという話もあるし、他にも色々だ。第一、おれを……第七皇子ゼノをモブとする少女はつまり、忌み子を不吉として嫌う一般的な少女だろう。元からどうしようもない
「第一貴様には、あの銀髪の娘が居る、か?」
「人の心読まないで下さい師匠」
「……読んでなどおらん。貴様が女の名前を呟いて難しい顔をしていただけだ」
「師匠、そもそもアナは別にそんな事を考えてないです
ちょっとはなつかれていますが、忌み子のおれなんかになつくより、きっともっと幸せになれる」
「……子供らしからんな」
と、目を閉じたまま眼前の二角はくつくつと笑う
「いや、幼子か。打算無く友の幸せを願う
大人には出来ん事よ」
「……話を聞こうか」
「話なんてしてて良いんですか?」
「話しながらでも精神を研ぎ澄ませ、馬鹿弟子。それが出来れば問題ない」
「確かに、それはそうですね」
合間に降ってくる槍に微動だにせずに受け答え。当たらないと分かっているから反応しない。上からでは座ったままでは避けられない。だから上から降ってくるものは、下手に避けようとしなければ決しておれにも師にも当たらない。当たる前に風魔法なり何なりで確実に逸れる。当たるとすれば、下手に避けようとして逸れるはずの先に体を入れてしまう事だけ。分かってはいても避けてしまうというのが有りがちな話ではあるが、もう慣れた
フェイントに動じない心、友と共に戦うとき、友を信じて一人で避けにいかない心等を鍛える……らしい
「夢で見た、話なんですが」
「何だその導入は」
「いや、たまにあるじゃないですか。夢に神が出てきてーというお告げの導入
おれが見たのは……」
と、思考を巡らせる
そう、当に分かっていた、おれが今のおれとなる直前。おれは死んだよと笑っていた道化。彼は……
「七大天、焔嘗める道化
彼から、リリーナという貴族の娘が世界にとって、この国にとって重要だという御告げを夢で受け取った
単なる夢かもしれないけれども」
「それで、馬鹿弟子は皇族としてその使命を愚直に一人で果たそうと思ったか?」
「……それが
リリーナって、ちょっと調べただけで二人居たんだ」
「傑作だな、馬鹿弟子」
唇の端をにやりと吊り上げ、我が師は笑う。あの人が大笑いをしている所を見たことは無い。だからきっと、彼にとってはこれが精一杯の笑顔なのだ
「それで、どうする気だった?」
「……どうもしない」
「夢で見たのだろう?」
「鵜呑みにしていても困るでしょう?
ただ単純に、少しだけ気に止めておくだけと思っていました」
分からない。どうすれば良いのか
ただ、光明は見えている。そう、簡単な話だ
そもそもリリーナ編であろうから死ぬと思っていたならばとても分かりやすい光明。そもそも、この世界がリリーナ編を辿るものでなければ?という話
アナザー聖女ルート……は多分無いだろう。大きめの教会を見ても、成長すれば聖女のグラフィックになるだろう外見の子は居なかった。名前は非デフォルトである事のみ分かっているので確証はないがきっと
ただし、此処で一つの道がある。そう、凍王の槍。つまりは日本っぽい異世界からアルヴィスがやって来る世界線であること。あれならば此方からの行動によっては、友人関係になることが出来るだろう。そうすれば、辺境で死ぬ運命からは外れる。皇族で無くなろうとも、傭兵として彼らの旅路に着いていく道になる。ゲーム的に言えば、2部で再加入しそのままラストまで使える。その道に入れれば万々歳。まあアルヴィスが来ると決まった訳ではないのでそれで安心とはいかないが
「父には?」
「ちょっと与太話過ぎますよ。陛下に聞かせるには確証が無さすぎる」
実は前世の記憶があって……って何の気狂いの戯れ言だ
「……気になったので婚約をとほざくか?」
「今更過ぎて。一応これでも、アラン=フルニエのニコレットと婚約している身」
「だが、奴には正直な話好かれていないのだろう?」
「それでも、一度した約束を下手に違えるのは御法度では?」
「固いな、賢しく振る舞うが頑な過ぎる。石か馬鹿弟子、可愛いげが無い」
そんな事を話しつつ、適当に飛んでくる矢を避けつつ、夜は更けていった
翌日、目の下に隈が出来ていて更に怖いと何時しか孤児院に入り浸りだしたエッケハルトの馬鹿に散々笑われ、アナは目が覚めるようにと孤児院に置いていった魔法で必死に水を冷やしてくれた。ちょっと果実でも混ぜたのか、少しだけ塩気と酸味の混じった水は、美味しかったがちょっと冷たすぎた
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好機、或いは停滞
そんなこんなで、二日が過ぎたその日
唐突にチャンスは訪れた
つまりは何時もの話で庭園会に顔を出さされた(腕がーとか言い訳してサボっていたりはしたが、正式な婚約発表を兼ねてアラン=フルニエ商会が主催するソレには流石に顔を出さないという選択肢は無かった。自分は皇族と繋がりを持ったのだ、忌み子だけどという発表。忌み子を押し付けられたという見方は当然多発するが、それでも父皇におれはしっかり馬鹿息子として認知されている。おれ個人は兎も角、おれを通して皇帝と繋がりがあるというのは忌み子を引き受けたと明かすマイナスを補って余りある強みだ)訳だが
その中に、居たのである。リリーナとリリーナが
どちらの家もあまり高位貴族ではない為繋がりあって呼ばれてたりしないかなーと思ったのだが、まさか両方呼ばれているとは
但し、婚約を決めたその時には招待状は出している。エッケハルトと秘密を共有してある意味盟友となったのはその後だ。よって縁がないのでエッケハルトは来ていないし、レオンもプリシラとお留守番。よってぼっちである。頼れる者は一人として居ない。師匠?おれの刀受け取りに行った際に一度戻ってきてくれと言われて今日西に帰った。一昨日の修練で色々と聞いてきたのは、暫く離れるから馬鹿弟子をからかっておくかとかそんな感じだったのだろう。此方に次に来るのは4月後、つまりは半年後だ
親父?来るわけ無いだろ皇帝が来るなら主催はおれにされる。一応商家より忌み子でも皇族の方が格式上だから
なので、主賓に近いのだが割と肩身が狭い。始まるや否や最初に用意された俺の横の椅子に留まることはなくささっと友人だろう皆の中に混じっていったニコレットは明らかに不満そうだし……少しは隠してくれそれを。だからか、周囲の招待された貴族……特に当主等の目は生暖かい。厄介な忌み子押し付けられてやがるという奴だろう余計なお世話だ
そんな中、主賓だし席を立つのも……特に婚約者ではなく別の同じ年頃の少女に声をかけるわけにもいかないとチャンスなのに手持ち無沙汰であったおれに、近づいてくる影があった
どちらが主人公になるのか確かめるために話しかける?愛人でも作ろうとしていたとか変な噂立てられるのがオチだ。知らなかったで済まされるのは皇族では5歳になるまでだ。下手な動きは出来ない
……アレである。下手に席を立てないということは、向こうのテーブルに用意されている料理などにも手を付けられないという話である。レオンが居れば取ってきてで済むのだが、今日は居ない
「……あ、」
それを見かねたのだろうか。大きくはない皿に小盛り、ちょっと物足りないながらも無難なチョイスの食べ物を皿に載せて。一人の少女が言葉を掛けてきた
……リリーナ(黒)だった
「……君は?」
けれども、まずはそこから
おれは知っていても、第七皇子ゼノは彼女の事を知らないはずだ
「り、リリーナ。リリーナ=アルヴィナ」
「ああ、アルヴィナ男爵の」
と、笑いかける
姓で判別出来れば楽なのだが……実際問題、本編では主人公の姓は特に出ない。親もほぼ出てこない。なので何とも言えないのが困りものだ
「それは?」
「あ、あの……なにも、食べてらっしゃらなかった……ので」
びくびくおどおど
ちょっと震えながらの対応は……何というか、初対面のアナっぽい。まあ、顔が顔だけに仕方ないか
「うん、有り難うアルヴィナ男爵令嬢」
リリーナ、とは呼ばない。姓で異性を呼ぶのはそれなりに親しい間柄だけだ。リリーナだと二人居るというのもまあそうだが
礼を言って、右手で皿を受け取る。手を使って食べるもの、特に零れにくい片手でつまめそうなものばかりだ
「……良いセンスだ、有り難う」
恐らくは片腕が使えないことを考慮してくれたのだろうから、そう更に重ねて礼
それに割り込むように、ピンク髪が目の前に現れた
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異伝・桃色少女
その顔を見た瞬間、脳裏に電撃が走った
あっ、わたしこの人、知ってる……
『よしっ!全キャラ攻略完了!
……でも、アナザーだと逆ハーレムルート無いんだぁ……残念』
スマートフォンに映し出した攻略サイト片手に、手にしたコントローラーをクッションに放り投げる少女の視界がフラッシュバックする。一人の男性が笑いかけて手を差し伸べるスチルが映されたテレビがデカデカと視界を占拠していた……
そうして、リリーナ=わたしは、本来の自分を取り戻した
眼前には、見覚えのある火傷痕の銀髪少年。そして、視界にかかるピンクの髪
やだ!わたし、乙女ゲーの世界に転生しちゃったの!?
思わず、少年に駆け寄る
そうして、マジマジとその顔を見詰める
「……君は?」
言いながら立ち上がる銀髪少年。その声はちょっと大人びた、そこそこ有名な女性声優の低めの少年声。ドラマCDで何度も聞いたものそのまんまの美声
ぜ、ゼノくんだぁ……本物だぁ……
立ち上がった少年より今の自分の背は低くて、見上げる形。灰色に近いくすんだ銀髪も、父親譲りの色素の薄い赤い眼も、左頬から上を覆う火傷痕も決して綺麗ではなくて。けど隠しきれない美形さを残す、大人びた顔立ち
ドラマCDのイラストそのまんまの美形さに、思わず再現完璧……なんて
「おれに、何か御用が?」
聞きながらも、ゼノくんは視線を一旦わたしから外して近くの床へ
何?何なの?
と思ったら、近くに女の子が倒れていた。多分新品だけど、黒髪に似合った黒い地味な子供向けドレス。装飾もちょっと金の刺繍が袖と襟とスカートの先と胸元にあるだけでお金ないんだって分かる
っていうか、何でこんな所で倒れてるんだろ
首を傾げるわたしを他所に、ゼノくんは片膝をついてその子に右手を差し伸べる
良く見ると左手吊ってる……痛そう
「大丈夫、倒れたりしないから
立てるか?」
そう、少女に微笑むゼノくん。ちょっと火傷で目尻がひきつっててぎこちないところまで完璧にゼノくん。わたしも微笑まれたい!
そうやって、みすぼらしい女の子を立たせてあげるや、ゼノくんはわたしに向き直る
「それで、君は?」
「わたし、リリーナ!」
そうだよね、きっとデフォルトネーム。だってピンクの髪はこの世界に主人公しか居ないもん
「リリーナ、君が彼女に当たってしまったんだ」
「えっ、そうなの?」
だから倒れてたんだーと頷くわたしに、ゼノくんは一つだけ頷き返し
「謝れる?」
と聞いてきた
「そうだったんだ、ごめんねー」
もう、謝れない訳無いじゃんかーとちょっとだけ頬を膨らませて
「アルヴィナ男爵令嬢、彼女の事をこれで許してあげられるか?」
その声にこくこくと小さく頷くみすぼらしい子。覚えなくて良いかな、多分モブだろうし。そんな名前聞いたこと無いもん
頷くや女の子はそそくさと逃げていく。まあ、皇子と話すにはみすぼらしいもんねあの子
それよりゼノくん!
「そっちの席は戻ってくる人が居るから、此方に、ね」
って、ちょっと遠いけど顔が向かい合わせになる席を軽く引いてエスコートしてくれる。やっぱりゼノくんって外見ちょっと怖いけど優しい!
「ねぇねぇゼノくん!」
何から話せば良いかな?
それが、わたしと彼との出会いだった
「むっふふー」
家に帰ってきたわたし。これからの事、この世界の事、色々考えなきゃいけなくて、頭がこんがらがっちゃうからお父さんにはあそこでちょっと食べ過ぎちゃったって言ってそそくさと部屋に引きこもった
わたしの部屋はいかにもお貴族様ーって感じの豪華な部屋。生前の……って今のわたしはリリーナなんだからちょっと言い回し可笑しいけど、あの家全部合わせたよりひろーい!
話を聞くに、あの時のゼノくんは婚約発表の会に、一応主賓として出席してて、わたしの家も呼ばれてたんだって。ますますゲーム通り、これはきっと、ゲームの中に違いないよね!
えっと確かー
って、用意してある広い机にぜーんぜん何にも書いてない日記帳を広げ、覚えてる事をメモしはじめる
この世界はゼノくんが居るんだし、遥かなる蒼炎の紋章って乙女ゲームの世界。そして、わたしはそのゲームの主人公!でもってゼノくんは……実はちょっと面倒な立場なんだよね
ゼノくん……第七皇子ゼノ。この剣と魔法の世界において、魔法の一切が使えないって産まれながらの障害を持った忌み子で、けど皇子でもあるって難儀な人。忌み子って扱いを受けてきたからか何時もどこか物憂げで、けれども困ったときには優しくて、そして剣……というか刀の腕は凄腕!声優さんはそこまで有名じゃ無いけれども良い声!って事で、スッゴく攻略対象っぽいんだけど……実は違う
いや、攻略対象なんだよ?わたしじゃなくて、隠し主人公の方の。貴族の間では彼は忌み子って遠巻きにされてたから、その関係かイベントが起きなくて貴族出身なわたしのルートでは攻略出来ないの
けど、そんなこと関係無いよね!だってゲームでのリリーナはそうだったけど、わたしはゼノくん嫌いじゃないもん。偏見とか無しに行けば、きっと振り向いてくれるはずだよね!
と、ゼノくんばっかりじゃダメダメ。エッケハルト様とか、他にも攻略対象は何人も居るんだし。やっぱり折角主人公になったんだから、逆ハーレムルート行きたいじゃん。ゼノくんは優しいからきっと逆ハーレムに組み込めるし……ゼノくんが居るって事は、隠しじゃないと攻略出来ないキャラなんかもしっかりこの世界には居るって事だもんね!ゲーム通りにやってたら彼等と会えないし、しっかり考えないと!
「お嬢様」
「お茶、置いといてー!」
お嬢様、だって。初めて呼ばれたよそんな事!
キャッキャしながら、転生して初めての夜は更けていった
後で思ったけど、こういうネット小説では死にかけた時に思い出したり、思い出した時には手遅れだったり、高熱出したりとか色々あるけど、そんな痛いの無くて良かったー
バカっぽく見えますが、そもそもこの時6歳です。皇子としての云々をスパルタ式に叩き込まれたゼノが子供っぽさ無さすぎなだけで本来こんなものです
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犬、或いは猫
あの桃色との邂逅から、3日後
おれは街中の広場に今日出展した動物展へと足を運んでいた。辺りは人でごった返し、さながら人の海である
動物展とは何か?というと話はとっても簡単、色んな動物を見世物にする見世物小屋の一種である。つまりはこの世界の動物園だ。一ヶ所で営業する訳ではなく各地を回る展示の体を取っているのは……まあ簡単に言えばアレだ
そもそもこの世界、庶民が出歩くにはちょっと厳しい世界である。旅先で土着の魔物にでも襲われた日には食われて終わりだ。街中でなければ、騎士も兵もまず来ない。なので一ヶ所で固定して開いていても長期的には儲からない。何故ならば物珍しい生き物を見たい人はそれはもう一定数何処にでも居るだろうが、街の外から見に来る多数の人員が見込めないのだから。幾多の観光客で賑わっていた生前の動物園とは違うのである。遠足で一回行っただけだけど
故に、此方から出向くという訳である
……今広場でやっている動物展は、そんな中では……正直な話目玉はショボいものであった。目玉になるような動物が居ないというか。数年前に来たという一座はマンティコアにグリフォンというそれなりに危険な魔物(ぶっちゃけ今のおれなら普通に1vs1で負ける。あのアイアンゴーレムやゲーム本編のおれならば多分勝てるだろうが)を手懐けて檻に入れており、大変人を湧かせたというが、そういった土着のバケモノを魅せてくれる訳ではないようだ
では、何故そんな動物展に来ているか。一つは単純に、孤児ズのおねだりである。2週間ちょっと前には大半揃って誘拐されたというのに元気な事だ。けれども、あの事件では基本後手後手だったおれとしてはまあ何か償いでも出来ればと思っており……(実は今もおれの代理扱いで管理してくれている元孤児院管理者はおれが奥まで見なかったために気が付かなかっただけで孤児院奥で気絶していたらしい。放置して悪かった)そこまで言うならば連れてくか、おれの金でという訳である
エッケハルトにだけは声はかけない。いやがらせ……という訳ではないが理由がある。あまり会うべきではないだろう。因みに、そういった形の理由はないのでアレットも招待したものの突っぱねられた
「皇子さま、早く……早く!」
ちょっと気が急くアナに右袖を軽く引かれる
「大丈夫、逃げないよアナ」
と、転ぶと危ないし人混みではぐれても危ないからと珍しく興奮ぎみな少女を宥めつつ、歩みを進める
もう一つの理由が其所にある。そう、この動物展が目玉になるような珍獣猛獣魔獣が居ないのに人でごった返すその理由
これが、所謂犬猫展だからである。世界のキャット&ドッグ展。そりゃ目玉になるようなバケモノは居ないし、展示としてはショボいものではあるが人気は取れるだろう。この世界でだって愛玩動物として猫も居るし犬も居る。そもそも七大天に雷纏う王狼なんて狼神が居る時点で、だ。狼……というか犬と人間は長年の信頼関係を築いてペットと飼い主をやっている。そんな人気のペット、その各地の割と珍しい種類を集め……そして一部産まれたそれらの子をペットとして販売する。販売する中にはこの辺りでは見掛けない種もおり、それはもうごった返さなければ嘘だろう。お忍びの貴族やら、堂々とやってきた貴族やらも居るはずだ
一匹欲しい!と子供達に頼まれても暫くは難色を示したおれと責任者だが……アナにダメ、ですか?と首をかしげられては否やとは言い切れなかった。案外アグレッシブだし、きっとアナまで面倒をみるならば世話をサボったりしないだろう
……というのは、ちょっと贔屓目に見すぎだろうか。後は個人的にもう一つ、どうしてもという理由があり……こうして、足を運んだのである
「一匹だけだからな、アナ」
「うん、ありがとうございます、皇子さま!」
うん、今日もアナの笑顔はキラッキラで雪の結晶のようだ。多分その笑顔であと一匹買ってと後で言ったらエッケハルトが嬉々として貢いでくれるぞ。言わないが
「そうそう。アナは何が欲しいんだ?」
ふと聞いてみる。アナの一存ではなく皆の意見で決まるものなのであくまでも参考だが
「えっと」
と、ちょっとだけ考えるように目を細め、ちらっとおれの左腕、正確にはまだ包帯巻いてるがギブスの取れたそこに下げた小さなケージを見る
「そのケージに入る大きさだと」
「いや、紛らわしかったか、アナ。これは別件なんだ」
と、ケージを持ち上げてみせる。そのケージの中身が、此処に来た何よりの理由である
「皇子さまも、買うの?」
「いや、買えたら良かったんだけどな」
「ひょっとして、わたしが欲しいって言ったから?」
軽く目を伏せるアナ
多分、金の問題かと思われたのだろう。一匹分の小遣いしか今無くて、それを使わせてしまったとか
……まあ、的外れなんだが。流石に二匹買えないほどここのペットは高くはない。いやまあ、珍しい種類ということでお高めなのは欠片も否定しないが
「いや、贈りたい相手は居て、けれどもペット禁止なんだ」
そのおれの言葉に、少女は分かりやすくほっと息を吐く
「じゃあ、そのケージは?」
「……見ない方が、良いんじゃないかな」
昨日、おれは見てしまったけれども
なかなかに衝撃的で、だからこそ、今日にでも犬猫展に出向かなければいけないと思った。犬猫とはこんなんだぞと言わなければならないと。だからこそ、一昨日考えておくと断る文面考えていたのを翻し、仕方ないなと皆も連れてきた訳である。アナ以外の子供たちは我先にととっとと行ってしまったが。人混みで怪我とかしそうで少し怖いが、一人で全員見るとか無理だ無理
抗議するようにケージを中から叩かれるが、無視だ無視。昨日言ったろう、明日また来い、見せてやるよ本物の猫ってやつを……と
「……どんな?」
その声は、背後から聞こえた
聞き覚えのある声だった
エッケハルト……ではない。アナに言われれば嬉々として向かいそうな彼奴だが、変な贈り物なんかはあまりやらないタチだ。欲しいと言われてもいないしどんな種類が好きかも知らないのに買いには来ないだろう。というか、来たとして辺境伯家なんだから貴族として堂々と現れ金持ってるからと優先的に通されるくらいやるだろう
では誰か
簡単である。邂逅してしまった桃色……に突き飛ばされた方。つまりは他より幼い外見からロリリーナと呼ばれる黒髪外見のリリーナである。あの桃色出てきたときも思ったが、ゲーム版ここでも聞き分けられるほど演技違ったんだな声優全リリーナ同じだったはずだけど
……いや、途中から外見ごとに変わったんだっけ?
「ああ、アルヴィナ男爵令嬢か
お早う。君も犬猫に興味が?」
「犬……猫?」
眼をぱちくり
不可思議な、ちょっと呆けた表情
「皇子さま、知り合い?」
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猫、或いは珍生物
「皇子さま、知り合い?」
おれの後ろから聞いてくるのは銀髪の少女
……そういえば会ったことがあるのはあくまでもおれだけか
「彼女はリリーナ・アルヴィナ男爵令嬢
まあ、おれもそんなには知らないけれども」
「……婚約者?」
「いや、違うけど」
「そっか」
……何がそっかなんだアナ。以降会うことがあるかどうかか?
「そしてこっちがアナスタシア。おれはアナって呼んでる
おれが管理してる……ことになってる孤児院の女の子だ」
と、ついでに向こうにも分かるようにアナの事も紹介しておく
「それで、結局何しに来たんだアルヴィナ男爵令嬢?」
「……ボク?」
天属性故だろうか。月のように輝く金眼が揺れる。今日は髪飾りが無く上げられていない前髪が左目を隠し、見え隠れする眼は正に月そのもの
……ってボクっ娘かよ。と微かに笑う
本編リリーナは外見によって多少声は変わるものの、基本的な性格は特に変わることは無かったはずだ。というかそもそも桃色固定なアルヴィス編ヒロイン状態以外ではmapでしか声が付いておらず地の文と声無し台詞だけだったのだが、わざわざそこで一人称をグラ毎に変えたりという面倒な処理はしていなかった。つまり、聖女リリーナの一人称はわたし、ボクではない。ならば彼女は聖女じゃないのか……というと、それはそれで昔はそうだったというだけで成長すればわたしと言い出しても可笑しくはない
「そうそう」
「動物展
……犬猫展?」
「そうだろ?」
目をぱちくり
「犬猫?」
「犬猫」
「動物展……って、聞いた」
「実際には珍しい犬猫展だ」
みるみるうちにしょぼくれる黒猫
……いやリリーナなのだが、そこはかとなく子猫いのでつい比喩しただけだ
……一瞬だけしおれた猫のような耳が頭頂に見えたのはきっと気のせいだろうそうに違いない。獣人種は居なくはないが偏見も多いのだし(具体的に言えば例えば帝国の東に隣接している国家は国家ぐるみで薄汚い獣人種は人ではないとしている。あの国では獣人種に人権はない)仮にも貴族がそんなことはないだろう。獣人種の貴族は……変わり者として一応攻略対象に居たりはするのだが変わり者扱いなのだし
「珍しい……動物」
「居ない」
「……見たかった」
情報伝達に何らかの齟齬……というか抜けがあったらしい
「珍獣の方が?」
こくり、と黒髪の少女は頷く
「本で見たもの、本物見たかった」
……ああ、何だ同じか
「……見たければ見せようか?」
なのでつい、そう呟いてしまった
「居るの?」
「皇子さま、他にも動物展きてるの?」
「いや、違う。別に珍しい動物を見せる人達が来てるって事はないよ」
と、言いつつ人混みのなか、さりげなく自分の体を盾に少しずつ少女らを道の横に寄せつつ、これみよがしにケージを振る
「……ケージ?」
「そう、珍しいというか珍妙なものならば見せられる」
珍妙なと言った瞬間にケージが抗議そのものとして揺れるが無視。無視だこんなもの当たり前だろう珍妙なとしか言いようがない
「……見たいか?」
「見たい」
「後悔しないな?」
と、聞きつつ銀髪の少女にも確認
「面白いものではないけれども、アナも見るか?」
「面白くないけど、見せたいもの?」
「まあ、ある種良い経験では……あるのかな」
アレをどういって良いのか悩み、言葉は割と不明瞭になる
「……気になる」
「皇子さまがそう言うなら」
少しして、二人の少女は軽く頷いた
「ん、なら見せようか
……卒倒するなよ?」
言いつつ、少女等の目線まで持ち上げてからようやくケージの扉を開く。外から鍵はかけられないタイプである為、アレが抗議に揺らしつつも外には出なかったからいままで持ったのである
そこから、一匹の猫が顔を覗かせた……と、一瞬少女らにはそう見えただろう
……だが、実際はそうではない。頭一つちょっと高いおれの背から見下ろすとよく分からんペラペラの何かが動いているとしか見えない
「……こ、これは……」
「お、皇子さま……?これって?」
「珍妙だろう?」
冗談めかして笑い飛ばしながら、改めてケージを振る
そう、ペラペラだけれども見方によっては猫に見えるもの。言ってしまえば看板に描かれた猫をその形に切り取ったようなもの。それがケージの中身であった
『……!』
鳴き声は無く。無言でケージから飛び出した猫看板がぐにゃりと胴なかばから折れ曲がり、その一直線上に四本並んだ足のうち一番前にあるものでもっておれの頬を引っ掻いた
……ダメージは無い。実は計算上割とギリギリなのだがこの珍生物の爪(収納機能は無いので出っぱなしである。恐らくケージのなかはそれはもう爪痕だらけになっているだろう)の攻撃力はおれの防御を越えない
「……面白い、もの?」
「アルヴィナ男爵令嬢、触れてみれば分かる」
ペラペラして掴みにくいがとりあえず片手で書類でも握るように右手でもってその首根っこを掴み、ぐいと突き出す
おそるおそる、黒い子猫はネコモドキに指先を向け、震えるそれで軽く触れる
そして、目をぱちくりさせた
「あったかい」
「そりゃ珍生物だからな、暖かいよ」
掴む手にも毛皮っぽい感触。血が通った生き物のもののようにか、内部発熱で温かい
そう、これが珍生物という理由は簡単。看板切り抜いたような姿のくせに生きているのだ、このフレッシュゴーレム
「皇子さま、これって?」
「フレッシュゴーレムだよ」
おれの答えに、黒髪の少女は目を見開き、問いかけてきた少女は首を傾げる
まあ、そもそもフレッシュゴーレムそのものが珍しいものなので知らないのも仕方ないといえば仕方ない
「皇子さま、この子って……ゴーレムなの?」
「ゴーレムだよ
昨日見て、愕然とした」
言いつつ、首根っこを離し、ケージの上に落とす。ペラペラの割にバランスを崩すこともなくすっくとその謎生物は立った
……本人としては正面見てるつもりなのかもしれないが平べった過ぎて視認性悪いなこれ、なんて苦笑もして
「アイリス、だから言っただろ?」
と、おれはそのゴーレムに語りかけた
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売買、或いはアキタドッグ
「……アイリス、さん?」
そう、アイリス
ゴーレムの中には術者とリンクし、術者の願い通りに動くタイプのものがある。実際にゲーム内でのアイリスは今から12年後であるゲーム本編においても体の弱さを克服したなんて話は当然ながら(人間の体では耐えきれない程の力が引き起こしている体調不良である為人間止めましたしなければ治るはずもない)無く、それでも引きこもる事は無くそのタイプのゴーレムを操り自身は基本ベッドで寝ていながらゴーレムで学園生活をこなすという形で出てきていた。その結果他キャラとは異なりHP0は死ではなくゴーレムが壊れるだけなのでゲーム中どれだけ雑に使い捨てても次のマップでは新ゴーレムで何事もなく復帰しているという特徴があり、容赦なく死んでいく(
「アイリス、ご挨拶……って無理だな」
頬を引っ掻かれながら苦笑
こんなペラッペラなのに生きている不思議生物だが、流石に言語機能はない。なので何を言いたくても喋れないのだ
「だから代わりにおれがやるよ
彼女……ああ、このネコモドキじゃなくてそれを操ってる術者の方な
彼女はアイリス。おれの妹で、おれより継承権が上の天才」
「皇子さまの妹さんってことは」
「一応……じゃないな」
一応、と自分は自虐的に良く冠として付けるがアイリスはそれとは違う。なので慌てて言い直しながら言葉を続ける
「その通りの皇族、第三皇女だよ
まあ、表舞台にはあんまり出てきてないから知らないのが普通かな」
「第三、皇女、さま……?」
少しだけ顔を上げて考え……
「皇子さま、礼って」
「しなくて良いよ。今は単なる謎の生き物だから
きっとこんな姿でお忍びなのに皇族への礼だなんて……いたた」
「思いっきり引っ掻かれてます皇子さま」
「いやわかるだろうアイリス。礼儀ってものは押し付けるものじゃないし、そもそもお忍びみたいなものだから変に対応取られても困るんだって」
爪を立てて腕を引っ掻かれる。痛くはない。防御を抜いてはいないのだから。それでも、心はちょっと痛い
「ってことで、彼女はアイリス
体が弱くてさ。フレッシュゴーレムで外を見に出てたんだろうけど」
と、謎生物を持ち上げ
「実物を見たことがないからこんな平面な生き物になってしまったんだろう」
いや、実物見なくても分からないのか、という話はあるが分からないものだ
この世界には平面な生物が何種類か居る。そのうち一種類だと思ったのかもしれないし、平面な生き物でないと思っていても思い描けず平面になったのかもしれない。フレッシュゴーレムの姿は術者の認識に強く影響される。まあ何にしても、彼女の猫への認識が二次元であったから二次元猫ゴーレムが爆誕してしまったという訳だ
「だか、ら?」
「そう。だから実物を見せてやろうかと思って
ちょうど良かっただろ?アナ達もペット飼いたい此処行きたいって煩かったんだし」
「御免なさい、皇子さま」
しゅん、と頭を下げる少女に、言い方が悪かったと反省
「いや、別にアナ達は悪くないよ。言い方が悪くて御免」
「って事で、微妙な見世物だっただろ?」
二次元ネコモドキを籠に直して一言
抗議の揺れはもう気にしない。あとで謝ろう
そうして、他の孤児達は既に向かった売り場へと足を進めた
「うーん、色んな種類が居るな」
其処は犬猫の楽園であった
おれの記憶に何となく残っているものに近い種類の犬猫もいれば、良く分からん姿のものも居る。あの赤い猫のまっ赤いモコモコの毛とか染めたもの……じゃないんだろう。珍種である。顔は中々にブサイクだが、遠目に見るとオデブっぽいモコモコ毛と合わせてそこが愛嬌なんだろう
「凄いですね皇子さま」
「……案外、良い」
人混みの中、他の孤児達を探すのはまず無理だ。背が高ければ兎も角、子供のおれやアナではそれこそ肩車してすらまともに人の頭の上は取れないだろう。だからそのうちおれを探して戻ってくるだろう財布はおれしか持ってないのだからと放っておく事にして(流石に誘拐等は起きないだろう。アナが一人だったら下手をすれば出来心があるかもしれないが、残りはまあ大丈夫。アナ一人だけ孤児の中でレベルが違うのだし、残りは別に不細工とは言わないが何というか拐ったとして高く売れそうな特長がない。まあ外見だけなら火傷痕のあるおれが断トツで売れそうにないが)、それぞれ犬猫を見て回る
「……アルヴィナ男爵令嬢?」
返事がない。ふとした所で、黒髪の少女は止まっていた
その目線の先にあるのは……一匹の犬。別に不思議な犬という訳ではない。茶色い短めの背毛に白い足や腹の毛、尖った三角耳。外観としてはそこはかとなく狼っぽいが人懐っこそうな顔立ち。何とか記憶から似た犬を探せば……
うん、出てこないな言葉。というか犬猫の種類全然知らないな生前のおれ
黒髪の少女は、じっとその犬を見つめている。その視線を感じたのか、犬も見返している。何となくシュールな姿だがまあ気にしてはいけないか
「アルヴィナ」
ぽんと肩を叩く。割と無礼だがまあ許してほしい
「ひゃっ!ぼ、ボクは……」
「耳、出てるぞ」
「ひゃいっ!」
見間違いではない。確かに頭頂に猫っぽい耳が生えている
「欲しいのか、あの犬?」
「……あれ?」
「頭の耳は今は見なかったことにする」
さりげなく体を動かし、他人の視界を……塞げないので適当に自分で被ってきた帽子を少女の頭に被せて隠す。プリシラに出掛ける前に今の姿はダサすぎると被されたオシャレ帽子だが、正直あんまり少女には似合わない
「それで、欲しいのか?」
「……少し」
帽子が少し動く。というか頭から軽く浮く。恐らく耳が立ったのだろう
西の方の固有種らしいが、西では一般的なもののようだ。ケージの上の方の値札や解説を見るとそんなに高くない。少なくとも一瞥した時におれが気になった赤猫と比べれば桁が二個は軽く違う。っていうか赤猫が異様に高いなこれは
「でも」
「……家の問題とかあるか」
「そこは……大丈夫
お金、無い」
「そうか。元々普通の動物展だと思って来てたんだものな
立て替えようか?そのうち返してくれれば良い」
アナだって居るのだし、変に高い犬猫買ってとは孤児達も言わないだろうし、と軽い気持ちで言う
「……良いの?」
「出世払いな。利息はトイチで」
「トイチ?」
「10年で1%。あの犬は……10ディンギルか
1ディンギル以下は誤差だから、10年後に返すならば10ディンギルだな」
「……りそ、く?」
「気持ち程度の利息だ。返してくれれば良い……っていうか、あの時迷惑かけたし、それこそおれとしてはこっちからのプレゼントって言っても良いんだけれども
やっぱりそれなりのしがらみとかあり得るから」
と、軽く笑って
「それじゃあ、アナも呼んでるし、早めに買わないと他の人が買うかもしれないし、行くか」
そう、黒髪の少女の手を取って言った
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異伝・銀髪聖女
恋する少女から見たゼノってこんな感じ、という形ですね
「皇子さま、ありがとう」
そう、わたしは言葉を紡ぐ
「おれが、君達の盾になる
そう言ってしまったから、これくらいは当然」
と、言うや否や同い年で、けれども雰囲気だけならばお兄さんな少年はしまったとばかりに目尻を動かす
「って、言ってしまった、じゃないか
おれが、自分の意思で、そう言ったんだから」
そう笑う少年の顔はやっぱり火傷でひきつっていて。そんなカッコいいとは言いにくい笑顔も、大人っぽかった
動物展の帰り
皆は買って貰った籠を持って、駆け足に道を歩いていく。はぐれないように、後ろから見守り歩く皇子さまに、わたしと横の女の子……えーっと、アルヴィナちゃんは付いていっていた
「早くかえろうぜ」
「名前どうしよう」
「えさって何が良いのかな」
「とにかくあそぼう」
「っと、お前ら、はぐれるなよ。後気になるのは分かるけど、それでもしっかりと前を見るんだぞ」
わいわいがやがや、籠の方をチラチラと見ながら皆歩く
そんな中、ふと先頭を歩いていたフィラが足を止めた
「……フィラ、だよな?
どうかしたのか?」
次々に足を止める子供達に、皇子さまが問い掛ける
……先にあったのは人だかり。帰り道を塞ぐように出来上がった人で出来た垣根
「この辺りの地理は分かるか、アナ?」
「う、うん。何とか」
「横に逸れて行けるな?」
「うん。通れるはず」
「じゃあ、迂回するか
……アルヴィナ男爵令嬢は?」
「……アルヴィナ」
「アルヴィナ、ってそうじゃなくて
家は?迂回して大丈夫か?」
「……問題ない」
「そうか」
「そちらの家から送って貰う」
「うぉい!そもそも帰り道違うのかよ、早く言ってくれ……」
なんて、皇子さまを困らせるアルヴィナちゃんに、困った人だななんてむっとして
「皆、横道に逸れて迂回す」
「誰か!助けて、あいつを助けてよ!」
その幼い声の一言に、皇子さまの目がすっと細まった
「……アナ、一人でっていうか皆で帰れるな?アイリスを頼む
いざとなれば大声でエッケハルトを呼べ、来る……かもしれない」
なんてあの猫?の籠をわたしに渡し呟く皇子さまの目は、さっきまでの優しさがなくて、とっても険しいもの
「皇子……さま、は?」
「助けてって、そう言われたんだ
……行ってくる。悪い、アルヴィナだんし……アルヴィナ、孤児院についたらそこで待っててくれ」
「……何なのかも、分からないのに?」
「皆、迂回して帰ってくれ!悪い!」
言うや、人混みへとそのくすんだ銀の髪は消えていって。どんなに大人っぽくて、皇子さまでも同い年、その背は人混みに呑まれてしまいそうに小さくて
「待って、皇子さま!」
考える前にわたしも、それを追って人混みに入っていった
「……あいつが、まだ家の中に居るんだ!」
そうして、何とか人混みの前にたどり着いたわたしを熱風が襲った。ううん、そんなに強い風じゃないんだけど、それでも熱を含んでいて熱いのが苦手なわたしには辛いもの。そして、少し前に体感したもの
なにかが近くで燃えている時の風
……目の前で、二階建ての大きな家が燃えていた。もう全体に火が回っていて、例え今直ぐに消せても家全部が駄目になっちゃってそう。崩れちゃうのも時間の問題
その家の前、少し開けた場所で一人の少年が両親に抑え込まれていた。その子は、その小さな手を燃える家へと伸ばし……
その眼前に、何処か怖い目をした皇子さまが立っていた
「部屋に、居るんだな?」
「うん……」
「……部屋は?」
「部屋?……二階」
それを聞くや、炎を反射する銀の髪が揺れる。皇子さまが上を向いた
「……二階だな、お前の友達が居るのは?」
「……?」
瞬間、銀光が走った
「皇子さま!」
熱いから集まった人々が近づかなくて開けた場所。燃える家の真ん前
一人、彼はその場を駆け抜けるや跳躍、燃え盛る塀を蹴って更に飛び、羽製の透明窓が溶けて開いた二階の隙間から家の中に飛びこんで消えた
「……皇子、さま……」
もっと強い魔法が使えたら、消火出来たら。それくらい、わたしが強かったら
わたしは何か出来るんだろうか
そんなことしか思えない。一人皇子さまは火の中に飛び込んでいったけど、わたしにはそんな勇気なんて無い
死にたくない。痛いのも、熱いのも嫌
だから、わたしはただ、何にも出来なくて、周囲の人と同じように立ち尽くす
飛びこんだ時に回りからどよめきが上がったけれども、それだけ。人混みを作るほどの数の人間が居るのに、誰も何もしない。見てるだけ、話をしてるだけ。子供が飛びこんだ、自殺か?なんて馬鹿にするような話すら聞こえる
……何で?大人なのにっておもっちゃって。でも何も出来なくて祈るだけのわたしも同じで。きゅっと胸の前で手を組んで、無事を祈る
大丈夫、皇子さまは強いから。あのアイアンゴーレムにだって負けなかったくらいに、大人よりよっぽど強いから
そう信じていても、あの火傷があるから不安で。火傷について聞いたとき、彼はとっても悲しそうな顔で話してくれたから
「……問題ない
皇族は、強い」
「アルヴィナ、ちゃん……」
「リリーナ」
「リリーナ、ちゃん……」
「皇族についてのお伽噺は、本物が多い
燃える家くらい、何でもない」
「そう、なの?」
お伽噺の皇族って、とってもとっても凄いのに
でも、皇子さまも凄いし、そうなのかもしれない
なんて思っている間に、一階の扉が開いた。開いたっていうか、蝶番が取れて此方に倒れてきたんだけど
その燃え盛る炎に照らされる小さな影にほっと思わず息を吐く
……腕には大きな火傷。倒れてくる天井の柱でもその腕で支えたんだろうか。服の各所も焼け焦げていて、靴なんかは右が原型を留めないほどに焼けちゃって軽い火傷の残る素足にまとわりついているくらい
その酷く火傷した腕には、しっかりと一匹の仔犬を抱えていて
「……皇子、さま?」
なのに、きちんと出てきたのに。逆光の中で見えにくいその顔は険しくて
「……」
その腕からキャンキャン泣いて仔犬が飛び出す
その毛皮にも大きな焼け跡があって
「……トムは?」
「……」
無言。ただ、少年は目を伏せて左の手を差し出す。煤なのか炭なのか真っ黒で嫌な煙の漂うその手の上には、半分だけ焼け残った小さな首輪が載っていた
「……君の友達の方、助けられなかった
……御免な」
呟く少年の背後で、炎の勢いに耐えきれなくなった二階部分が崩れ落ちた
「……兄ちゃん」
ぽつりと、取り押さえられていた子供が呟く
助けられた仔犬は、その少年に良く似た、少年を取り抑える母親らしき女性が背負った少女の元に駆け寄っている
「兄ちゃんは、皇子様なんだろ!」
親の手を離れた少年の拳が、ちょっと焦げた銀髪を打ち据えた
「何でだよ!何で!何で!
助けてくんなかったんだ!大嘘つき!」
二発、三発
次々に投げられる拳。弱々しいそれを、銀髪の皇子は静かにその体で受け止めながら見下ろしていた
「……二匹?」
「ああ、二匹だ
おれは……その内一匹を見捨てた
柱の下敷きになっている犬を二匹とも助けていたら倒壊に巻き込まれるかもしれないからと、助かったかもしれない片方を見殺しにした
命惜しさに。それだけだよ、アルヴィナ」
混乱するわたしを他所に、黒髪の少女に皇子さまは受け答えする。その声は沈んでいて、後悔に溢れていた
「皇子なんだろ!すごいんだろ!
何でだよ!何で……何で……」
最後の方は、もう涙でまともな声になっていなくて
「おれが、皇族の出来損ないだからだよ」
そんな事を告げる銀の髪が、不意にがくんと縦に揺れた
……石だ
その辺りに転がっている石が、投げられたんだと、一拍遅れて気が付いた
……誰が?
「偽皇族!」
「何だよコイツ!」
「子供が可哀想だろ!」
更に飛ぶのは、心ない言葉
……どうして?
「止めろ!」
そう、少年は叫ぶものの
「おれ以外にも当たるだろうが、今すぐ石を投げる事を止めろ、関係ない子を巻き込むな!」
なんて、投げられることそのものは否定しない
何で?何でなの皇子さま
此処で見てただけの人には皇子さまよりもっと大人な人だって多いのに
なんで、なにもしなかった人に、助けに行った皇子さまが責められるの?もっと責められるべきは、一匹助けた皇子さまじゃなくて二匹とも見殺しにした他の人々なのに
「……皇族の皇族たる権利には、民の盾である義務を伴う
こういうことだよ、アナ」
そんなわたしに、それでもこれが当然なんだって、皇子さまは……わたしを心配させないように、そう笑った
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婚約者、或いは見え透いた罠
翌日
妹が部屋に引きこもった。いや、アイリスは病気でずっとベッドの上だが
語弊があるので言い直そう。漸く何だかんだあの謎猫ゴーレムなんかを作って外に出てきてくれるようになった家の妹のアイリスが、突然面会謝絶を公言して俺を部屋から追い出した。当然猫擬きゴーレムも取り壊して出てこない
「おーい!アイリスー!」
正面から行っても入れて貰えない。そんなことは分かっているので窓の下から声を張り上げる
何時もなら壁登って窓からって言えるんだけどな、その点火傷は不便だ。炎の中突っ切った肺や喉なんかは皇族は無駄に頑丈なのでちょっと嗄れてるなってくらい。靴燃えて一部足にも火傷痕はあるものの、接地面にはロクな火傷は無いので気は楽だ。あまり痛くない。だが、掌はそうはいかない。崩れ落ちる柱が犬っころを潰さないように支えた右の二の腕も、犬っころが逃げられないように倒れこんでいた燃えている棚や柱によるドミノを持ち上げるのに力をかけた掌も、何かが触れるだけでどうしようもなく痛む。流石に足だけで壁は登れない。掌で突起を掴もうとすると痛くて出来ない。だからこそ、今は流石に壁をよじ登れない
だから大人しく下から声をかけてみるしかないのだ
「アイリス様が仰っています
煩いので帰って寝てて、と」
「でも、兄として心配だろ」
「アイリス様が仰っています
妹としてウザい兄には帰って欲しいと
その黒こげの手で部屋に入らないで下さい焦げ臭い炭の臭いが移ります」
「酷くない?」
いやまあ、それもそうなのだが。確かに焦げてるしなーこの手
なんてことが、数日続き
何とか手はマシにはなった。マシには、なのだが。まだ膿とか出るのは変わらない
そうして今日も出てこないアイリスの元へ……とはいかない。アナの所へ……という訳でもなく(というか、アイリス相手に絡みに行ったのは不安というのもそうなのだが、何よりおれ自身が城の一角から出るなと言われている半軟禁状態で会いに行けるのが妹のアイリスだけだったというのもある。プリシラの奴は割と潔癖だから火傷は見たくないって近づいてこないしな。メイドとして良いのかそれ一生おれのところで雇われて食っていくならばまあおれは許すから問題ないんだが他でやったらクビだぞ)
「……何かべんめーはありますの?」
こうして眼前でぷりぷりしている御令嬢関連である
ニコレット・アラン・フルニエ。割とおれが無視してしまった婚約者。それが眼前で何かキレていた
放置していた事しか心当たりが無いので何とも言えない。だからって何をしろというのだ。所詮はおれだぞ。女の子の扱いとか知る訳がないだろう
……いや、反省すべきなのは知っている。だがどうしろと
「いや、特に
おれは何をすれば良かったのか、教えてはくれないだろうか?」
「聞きましたわ、動物展に行ったらしいですわね」
「ああ、行ったよ」
「仮にも婚約者なのに、どうして誘わなかったんですの!」
「行きたかったのか?」
「行きたかったのか、じゃありませんわ!」
ドン!と机が叩かれる。元気だなこの娘。中々にアグレッシブだ
「聞きましたわ、どこぞの木っ端貴族に贈り物をしたと」
「木っ端貴族言うな、一応貴族なんだから相手を敬え」
なんて言うけど、ちょっとおれが調べた限りアルヴィナ男爵家って木っ端貴族と言われても仕方ない何時出来たの?な影薄貴族なんだけどさ。噂なんてほぼ無い。どこの貴族にもあるだろう家の成立の話とかすら転がってないマジものの何か何時のまにやらあった家だ
だからってバカにしてやるなよおれの友人の家だぞ
「何でそんな無駄なことをしなければいけませんの?」
「……何でだろうな」
おれはその辺り弱かった。相手への挑発は割といくらでも出せるんだけど正論に返せる言葉がない
「わたくしが言いたいのは!こんやくしゃであるわたくしを置いておいて、無礼だと言うことですわ!」
「……確かにそうだ。でも、もう終わっただろ?」
元々長々とやるものではない。一時的な……それこそ8日間だけの……つまりは1週間だけの出展。故に今週の何曜日にしか行けないと多くの人が詰めかけた
「そうでもありませんわ」
けれども眼前の娘はそう言って、自慢げに紙をひらひらさせる
……何々?特別展御招待のご案内……?うわ胡散臭っ。何だこれ
「読ませてくれないか」
「仕方ありませんわね」
借りて読んでみる。何でも、選ばれた特別な人間だけを御招待し、ごった返す一般公開では保護の観点から見せることは出来ない本当に珍しい種を御紹介する真の最終日だとか何とか。日付は今日
……うわ凄い。ここまで怪しいの見たこと無い
いや、流石にこれは疑おうニコレット。明らかに怪しいだろニコレット。そもそもだ、一応出向いた皇子であるおれが何だそれって聞く程度には周知されてないイベントだぞそれ。真の最終日だとか言うとして、興味を持って見に来てくれたらしいこの国の皇族なんてものを見逃す手があるだろうか。この国でそれより金払い良い家はそうは無いぞ。いや、ゼロじゃないんだがあれは一人娘を溺愛してる大貴族だからというか、子供が二桁居るか一人かの差だというかだし、一般的に見て貴族を招待しないが一部商人は招待する特別企画なんてわざわざ皇都でやるものじゃあない。商人同士の売買なら兎も角、これ普通に多くの人で賑わった犬猫展の延長だしな
「どうですの?」
「……行きたいのか?」
「じゃ、ありませんわ!
申し訳無いと思うならば」
「じゃ、行こうか」
憤る少女に、俺は火傷でひきつった笑みを向けた
「でも、その前に……ちょっとだけ、手紙を残させてくれよ」
だが、放置する訳にはいかない。おれはまず最初に、民を守る皇族でなければならないのだから。といっても、ニコレットは多分おれが危険だと言っても行きたくないからごねてるだけですわねするだろうから、付いていって守るしかない。ってか、明らかに怪しいのに止めにいかない時点で皇族としてアウトだな
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再会、或いは猫耳
「ようこそおいで下さいました、ニコレット様と……」
出迎えの男が怪訝そうにおれを見る。いや、付き添いにしてはちみっこい(皇族だし飯は高級で量は十分なので発育は良い方ではある。のだが所詮は6歳の体だ。一年が365でないことを考慮してもあんまり差はない。ちょっと贔屓目に言って小学4年くらいにしか見えない、端から見ればあまりにも子供だろう。精神年齢はそれより多少マシだが)し火傷跡あるしで引くのは分かるけどさ……露骨に嫌な顔されるのもどうかと思うぞ?
「そちらは?」
「ちょっとミスったドジな執事みたいなもの?」
適当にカマをかけてみる。最弱の皇子を知っているかどうか、わざと嘘を言ってみる
「あまり騒いで迷惑をかけぬように」
……あ、こいつ駄目だ。さらっと流しやがった。貴族の子供なら6割くらいはおれの顔知ってるんだが、さてはこいつおれがあの忌み子クソザコ火傷皇子だと気がついてないな?自分で言っててへこんできた
まあ良いや。その方が動きやすい
軽く金属探知と魔術探知を掛けられてから中に通される。背中に仕込んだ短刀は取り上げられず
…おい、この刀は確かに師匠がくれた骨製のもので金属部品は一個もないが、雑だな検査。因にだが、この刀は骨だけあって何時も使ってる良い金属製の刀と比べてかなり脆い。打ち合うようには出来てない。お前は刀を自分から鍔迫り合い仕掛けに行く等強引な振るい方をし過ぎだ本来の使い方を学べと押し付けられたものだからな。ゲーム風に言えば、耐久がゴミだ
鍔迫り合い等の耐久消費する行動を仕掛けたりすれば即座に壊れる。なので耐久を無駄に減らさないように、敵の装甲の隙間を通して斬る、本来の刀の使い方をしなければならない難儀なもの。とはいえ、金属武器なんて持ち込めはしないからな、これでもあるだけ良い。アイアンゴーレムを斬るとかあんな無茶は出来やしないが…出てこられた時点でヤバいから仕方ない
なんてやりつつ、テントの中に通される。仮設のものだからな、立派な建物で行われる訳ではない。とはいえ、テントとはいってもかなり豪華なつくりだ。金の装飾も多く、紫が基調。潜る際に見えた布もかなり分厚い。こんなに金かけるのか?と言いたくなるような豪華さで、どことなく違和感がある。案内人も見たことがない顔だし、大きく広場に色々と広げてたからしっかり仮設テントを見た訳ではないが彼等のってこんなに豪華なものだったか?もっと持ち運びを考えていたような
なんて疑問を抱きつつも、中を見回す
全体的に幼い子供が多いな。何でだろうとなる。付き添いだろう執事やメイドは居て、それらを平均年齢に含めると30は越えるだろうから子供ばかりって程ではないが、10歳前後の貴族の子弟……とかが多いな。そんなに高位は居ないが。こういう時に高位貴族を呼ばないのは何となく珍しい。まあ、怪しさの塊だしな、高位貴族の家に招待なんて送ってガサ入れされたら困るとか、そういった理由なのだろう。疑いすぎるのも良くないが、疑わしすぎるからな元々
見回す限り知らない男爵辺りの貴族ばかり。そんな中、テントの端に知り合いの姿を見つける
ちらり、と婚約者を確認。選ばれし者というところに興奮している。いや、多分カモって意味だぞそれ。証拠は無いし事前行動出来ないからこうして見に来てるだけで。皇族って別に事件が起こる前に防ぐ存在じゃないからな……。民の最強の剣であるというのは、あくまでも起きてしまった事件を叩き潰してくれるってだけで探偵的な力はないのだ。証拠もないのに潰せる強権は……いや父皇にはあるけどさ、おれには無いしな
「アルヴィナ」
声をかけてみる
その声に気が付いたのか、テントの中は結構暗いってのに手元に魔法の灯りを浮かべて本を読んでいた少女は、目線を上げて此方を見た。おれが被せてやった黒い帽子がちょっとだけ揺れる。まあ、子供ものとはいえ男用だけあって小柄な同年代の少女にとっては結構ぶかぶかだしな
リリーナ=アルヴィナ男爵令嬢。まあ、男爵家だしカモとして呼ばれてても可笑しくはないか。って疑いすぎか、これで本当に何もない単なる特別展であった場合はまさに笑い者だわおれ
「んっ」
軽くこくりと一礼。垂れた前髪の間から金の眼が見え隠れする。でもしっかり帽子を被っているあたり、気に入ってくれて何よりだ。いや、良くないぞおれ。正直男物だから似合ってないぞアルヴィナ
「アルヴィナも来てたのか」
「珍しいの……見れる」
そういう触れ込みだったな。罠感溢れてたけど
「そっか。面白いもの見れると良いな」
「もう、見れた」
「見れたのか」
……いや、特に面白いものなんて
「来るとは思わなかった、友達」
「あ、そうか
ってそれ、おれが珍獣扱いされてないか?」
いやまあ、忌み子って珍獣なのかもしれないけどさ。出来かたこそ解明されているが突然変異ではあるし、大概は育たずに死ぬからな流産だ何で。ある意味、忌み子とはアルビノと似たような貴重な珍種……って嫌だな
「……友達、貴重、特別」
「いや、別に良いんだ。おれがちょっと過剰反応しちゃっただけ」
と、そこで婚約者様がやってくる
「わたくしを放置して、良いご身分ですわ!」
「……そりゃ、な。一応皇子さまだ」
「そういう詭弁を聞いてはいませんの!」
詭弁。詭弁か
いや、詭弁だな、うん。婚約者放置して他の女(友達)と話していた、だからな。それを言うならばパーティでそそくさとおれの横から逃げてったお前はどうなんだニコレットと言いたいが、男女で批判の度合いは違うし仕方ないな
肩を竦め、ご免なと謝る。いや、謝る必要あるか?となるがご機嫌斜めなのは宜しくない
「ごめんなアルヴィナも。今回のおれはこの婚約者の付き添いなんだ」
「んっ。珍しい」
「……アルヴィナ?お前と出会ったの、一応婚約披露のパーティだったはずなんだけどな……」
まあ、お互いに結婚する気が欠片もない事があのパーティの時点で見てとれそうな酷いものではあったけどさ
と、始まるようだ。果たして、まともなものかな?
次回以降暫くもう一人のメインヒロイン視点となります。また、暫くメインヒロインは出てきません。ゼノの関わる事件関わる事件すべてに顔出してたら怪しすぎますからね
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リリーナ=アルヴィナと珍獣実兄
これでも彼女は真性異言関係なしにゼノであれば良いアナと対をなす真性異言が絡むからこそのもう一人のメインヒロインなので……
「アルヴィナぁ~」
ふと、読んでいた恋愛の本から眼を上げた時、ボクの前に居た
珍獣が
御免。間違えた。実の兄が。実の兄ということになっている彼が
「あぁ~もう、本を読んでてもアルヴィナは可愛いなぁうりうり」
なんて、ボクの頭を撫でる。折角貰った帽子がずれるからやめて欲しい
「テネーブル」
なんて、どこかから響く咎める声も無視して。
「それで?アルヴィナ
本当に来ただろ、あいつら」
こくり、と頷く。確かに兄の言葉通り、彼……第七皇子は動物展の会場にやってきた。でも、教えてくれたら良かったのに。犬猫展だと
兄はきっと知ってたはず。なのに知らないボクは期待して向かって損した。見たければ見せようか、と友達は言ってくれて、あれは面白かったけれども。それでも期待とは違った
「確かに、来た」
「だろ?兄ちゃんは未来がちょっと見えるんだ、信じてくれたか、アルヴィナ?」
「信じる」
「兄ちゃんは……というか、七大天はこういう者を、
「知ってる」
本で読んだから知ってる
らしい。ボクはそんな存在を、『まあ、ラスボスが真性異言の時点で俺達の勝ちは決まってるけどなー』とのほほんとする目の前の
ボクとは違う浅黒い肌。ちょっと暗い、青い髪。人間が嘯いているのとは違い本当の万色の虹界の眷属である魔神族特有の七大天の何れかの象形は、女神以外の全て。ちらりと覗く鋭い犬歯は王狼の牙。頭に生える螺れた角は晶魔の角…じゃなくて、牛帝だっけ。毛の生えた大きな耳は猿候のもの。縦に裂けた瞳孔は龍姫、纏う陽炎のようなオーラは道化、そして結晶化した右腕は晶魔。天属性、天照らす女神以外の六天の象形を持つ、魔神族歴代でも屈指の特異点。正に珍獣。王狼の耳と晶魔の結晶だけなボクの3倍は珍しさがある
「それでさアルヴィナ
賢くて可愛いアルヴィナは、兄ちゃんの為にあいつらが真性異言か調べてくれたよな?」
そう。それがボクが居る目的。人間の国に忍び込んで、人間の貴族の家をでっち上げて、人間の婚約パーティになんて出向いた、本来の目的。ボクが、本で読んだ人間を見たかったからじゃない
他にも居るかもしれないという、未来を知る真性異言。それを探すこと。その為に、未来に関わってくる……かもしれない人の前に出て、観察する
でも……
「分からない」
ボクは首を横に振る。帽子がズレてしまって、慌てて直す。被ってたものをそのままくれたから、ぶかぶか。でも、だから彼のもの
「んー、まだちょっと材料が足りないか」
「足りない」
……だから、また会う必要がある。あの、ゾクゾクする眼を見せた彼に。
「可愛いアルヴィナをあんまりクソボケチートバランス崩壊野郎に近付けたくないんだけどなぁー」
……?
多分、調べるようにと言われた彼の事なんだけど、ボクには良く意味が分からない。バランスが崩れるの意味は分かる。クソボケ……下品だけど分かる
「チートって、何?チーズの派生?」
「ん?チート?ぶっ壊れ
あいつ新キャラ来る度に環境ぶっ壊してくクソボケだから。何が最弱の皇子だよ何が忌み子だ
どうせ魔防0だし魔法で先に攻撃するだけで対策出来るから良いよねって運営に散々能力盛られやがって。物理受けを物理でぶち抜く高速アタッカーとか有り得ねぇだろしっかりカスタムした魔法系居ないとステージ関わらず出会った時点で詰みとかマジで意味わかんねぇ。しかもアリーナで橋マップだと水上歩行持ち橋マップ特化地雷型が飛行キャラ輸送されて向こう岸のこっちの魔法届かせられない所から飛んでくるとかあのクソゴミはホントさぁ!
そもそも何だよ最弱とかイキりやがって!総合ステータスが大体同職横並びになるのに皇族補正で合計に色貰ってる上にMPと魔防が0で良いとかふざけんなよお前残りのステータス馬鹿高くなるじゃねぇかMP消費スキル付けられないとか関係ねぇよアリーナ防衛戦環境壊す最強キャラに決まってんだろボケがぁぁぁぁっ!」
「……?嫌い?」
「そもそもアリーナの形式が誰も倒されずに全滅させないとランキング下がるのにあんな殺意しかない地雷鉄砲玉参加出来ることが可笑しいだろ悪意しか感じねぇよ。環境から消えたと思ったのに突然飛んできたり橋轢殺事故で何度連勝や上位狙い止められたと……しかも素体が序盤のシナリオ配布だから格下で堅実に連勝数稼いでそこそこ順位フィニッシュ考えた時にもたまーに湧くしよぉ!マジ何なのお前総合値は重装より低いからこんなボケなのにポイント高くないとかマジで悪意しか無いし何だよお前しかも自分で使うと魔法に弱すぎて運用がクッソめんどくさいわマジで良いとこがねぇとかお前何のために産まれてきたんだよ死ねよゲームから消えろっての
つまりアルヴィナ、あのゼノってのはアリーナガチ勢から最も忌み嫌われた最低最悪のクソチート野郎だ。新年弓のクソボケよりはマシだけどな」
……うん。分からない。やっぱり兄は珍獣で、真性異言だって良く分かる
「んまぁ、兄ちゃんは心配だけど、仕方ないか。万が一クソボケに襲われたら精一杯兄ちゃんを呼ぶんだぞ。制限だ何だぶち壊して殺しに行くから。それをやらかすとチート皇帝にバレる?上等だ返り討ちにしてやらぁラスボス舐めんな!……マジで勝てるかは分からんけど
アルヴィナ、良いか?分かりやすい真性異言の見分け方は……」
……なんてことがあって、ボクは今此処に居る
本当に彼が……人間の皇子が来るのか怪しかった、特別動物展
目の前には、兄の言う通りに本当に来た彼。ゾクゾクする目をしていて、ボクに帽子や犬をくれた少年。あの子は、折角貰ったから永遠にしている途中。そうすれば、ボクとずっと一緒だから
「……アルヴィナ?大丈夫か?
ちょっと、ぼんやりしているようだけど」
「……無問題」
ちょっと、思い返しすぎた
「ニコレット……もう居ないし。始まるからって食い付き早すぎだろ」
なんて苦笑する彼は、あの眼をしていなくて
……あの眼は、ボクの永遠ではきっと維持できない。だから、彼は永遠にしてはいけない。優しく微笑んでくれる今の顔はそれはそれでだけれども、あの眼じゃなきゃ困る
あの眼を見たい。あの眼の彼を……第七皇子ゼノを見ていたい。あの眼でずっと見られたい。だから……ボクは、彼を永遠にしない。永遠にする事になりかねない真性異言では、あって欲しくない
そんな中。皆様にお見せする商品は……と、現れた人々の語りは、始まった
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リリーナ=アルヴィナと明鏡止水
「これはー」
面白くない
出てきた人がこれは素晴らしく珍しい種類のー、と大げさに解説する声が聞こえる
とても、面白くない。くるくるカールした茶色い髪の子供は、彼には目もくれずに紹介される犬猫に夢中。だけど、何が面白いんだろう。結局犬や猫。ちょっと姿が違うだけ。前に見せて貰ったゴーレムみたいに平面な訳でも、元居た世界の種みたいに目が3つあったり羽根が生えていたりする訳でもない。そんなの、何が面白いのか分からない。犬や猫って人間世界の生物ってだけで珍しいのに。目が3つじゃないし、頭が1つだし、尻尾が分かれてないし、羽根だって無い。とっても物足りなくて、だからそれだけで面白いのに
横目で横に居る少年を見ていた方がよっぽど楽しい。あの目ではないけれども。それでも、ぎこちなく微笑う時よりもすっと細められた目でもって彼等を見ている。紹介されている動物ではなく、それを紹介している側を。ぶかぶかの服の下に仕込んだ小型の刀に軽く手をかけて、何かが起こるのを待っている
それを眺めていた方が、代わり映えのしないちょっと色合いが見覚えがある感じだったりするだけの犬猫自慢より楽しい
「普通、だな」
ぽつり、と。銀の髪の皇子が呟く
「普通?」
「確かに珍しい種類だよ。でも、珍しいってだけ。アルヴィナも犬や猫の本を読んだら見たことあるんじゃないかな」
こくり、と
実は読んだことは無いけど
「そう。普通なんだ。わざわざ特別展なんて仕掛けなければいけないほどのシークレットな種じゃない。例えば、絶滅危惧種だとか……そういった大っぴらには出せるはずないけれども需要はそれなりにあるだろうものじゃ無い
だから、変なんだ。現状……目玉のようになってたあの赤ブサ猫の横に並べておいても問題ないのしか出てきてない」
だからか、説明を遮らないようにそうちょっと頭一つぶん高い背丈から、本来の耳がある頭頂にちょっと顔を近付けて彼は言う
赤ブサ猫……。あの赤いの。面白くなかった種類。高いんだっけ
「……そう、かも」
「だから、さ
この先に何か本当の目玉があるのか、或いは……って、心配しすぎかな」
「分かんない」
「ゲーム?」
「アルヴィナ?暇なのか?」
揺さぶりとして言ってみろと言われた言葉を呟いてみる
ゲーム、と。それを言うと、ふっと色素が薄くて血液の色が浮き出た眼が、優しく此方を見てきた
……うん。これはこれで綺麗だけど、何か、違う。彼のしてるべき目じゃない
「暇?」
「ゲームって遊びだろ?だから、思ってたより珍しいものが出てこなくて暇なのかなって
多少なら付き合っても良いけどさ」
……空振り。真性異言はゲームって言葉やシナリオって言葉に過剰反応しがち、らしいけれども反応は普通。気遣われた
「……ゲーム?」
「やりたいのか?
って言っても、あんまり面白いことは出来ないし……
賭け事、って言っても今だと事件が起きるかどうか?いや駄目だな」
「駄目」
こくり、と頷く
勝負にならない。絶対に勝てる。負けるはずがない。だって、今のところ兄の言った事は外れたことがない。絶対に外れないなんて言わない。つまらないとかクソ野郎とか存在そのものが罪とか兄がとても口汚く罵倒していた彼は、見たところとても面白い人だったし
だから、全てが当たる訳ではない。でも、出来事に関しては間違いは中々ない
だから知っている。兄に言われた。目の前の皇子が懸念していたように、面白くない出し物をやっている彼等は問題を起こす。それが、彼と茶髪カール娘の決定的な亀裂になると
今のボクには何で断言できるのか理解できないけど、それが真性異言。未来を何故か知っている者。結局あのクソボケに解決されるから心配するな、万一何か起こりかけたら解決できるはずなのに手を抜いたあいつの責任だって言われているけど
「事件、起きる」
「じゃあ、起きない方かおれが。……おれが勝つべきだし、ゲームになってないんじゃないか?」
「なってない。もう、起きる」
すっ、と彼の目が細まる。目に宿る炎、って感じじゃない。燃えるような使命感と良く聞くけれど、これは違う。火傷した方はひきつっていてそう見えないけれど、これは……って脳内の読んだ本の内容を辿る
そう。良い言葉があった。澄みきった鏡のような水面を思わせる眼。ただ一つ。皇族であるが故に理想論として語る言葉『民にとって最強の剣であるべし』。それ以外の全てを忘れた、皇族の眼。辛いも苦しいも、全てを水底に沈めて光を返し見えなくしたその水鏡のような、ゾクゾクする眼の名は……敢えて言うならば、明鏡止水。そう、この瞳。とっても危うくて、あまりにも歪で、だからこそ、欲しいと心が沸き立つ瞳
真性異言かどうか、未来を知っているかどうか。そんなの、この眼の前には関係ない。この眼が出来てしまう時点でそんなのどうでも良い事に成り下がる。明鏡止水、そういった全てを
それが、とても綺麗で。ボクにとってあまりにも眩しくて
ボクだけを、その明鏡止水の瞳に映してみたくて
『『『ぐぉおぉぉぉぉぉoオオォォア!』』』
奇声を上げながらメキメキと音を立てて肥大しつつ変質してゆく今まで見せられてきた犬猫達。やっぱり、何かあった
「
なんて彼の叫びを、その眼を眺めつつ聞いていた
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リリーナ=アルヴィナと合成個種
彼のそう呼んだバケモノは、書物にあった人間の工夫の産物の一つ。ボク達に対抗するために、魔神族及びその世界の魔物達に勝利するために少しでも強いゴーレムをと太古に完成した難易度のかなり高いゴーレム作成方法
どんな人間でも、保有している力には指向性がある。それに反した力はゴーレムに付加することは出来ない。どれだけ凄いゴーレムマスターでも、自分の持っていない属性のゴーレムは作れない。例えば、水属性に類する属性が無ければ、水中適性のある魚のゴーレムは作れないように
だからこそ、特殊なゴーレムというものは難しい。それを解消するのが、
実際、作製に失敗した術者等がそのまま失敗作に食べられた事件もあったらしい。人間が攻めてこないから敵拠点に行ってみたら死骸の中を失敗作だけが闊歩していたという記録を読んだことがある
犬猫に擬態していたゴーレムパーツ等がメキメキと音を立てつつ一つになって形作ろうとしているのは、そんな合成個種の一種。その中でも、特に有名な代表的な形
火属性に類する獅子の頭。土属性に類する山羊の頭。風属性に類する猿の前腕。雷属性に類する狼の脚。そして……水属性に類する蛇頭の尻尾。5属性の形象を持つ三頭の怪物。その名を……キマイラ。絵本にもなるほど有名な合成個種。少なくとも三人が集まり作り上げられる恐ろしい魔獣。ボクが読んだ本では、更に結晶の翼が生えて女神の天属性以外の六属性集結していて。それよりは弱そう
「きぃやぁぁぁぁぁぁぁっ!」
轟く悲鳴
「ニコレット!とりあえず下がれ!」
「どうなってるの、何なのよこれ!」
突然の事に、疑ってなかった子供達は大混乱
ざわついていて、キマイラと彼の間をどよめく子供達の壁が塞いでいる。正直な話、邪魔
どうするか、と彼が悩んでいるのが見て取れる。彼でも、一息で飛び越えるのは無理だろう。招待されて混乱し、逃げることすら出来ないでいる子供達の壁は10m近くある。壁といっても隙間はあるしぎちぎちに詰められてはいないけれども。それでも、動き回っていて駆け抜けるには難しい。10mの幅跳びならば彼に出来ないとは思えない。それでも、子供の頭の上という高さを維持出来ない
「まずは離れろよお前ら!」
いい加減にしろとでも思ったのだろう。最初から距離をとっているボクにそこに居てくれとばかりに目配せをして、彼は叫びつつ子供の壁に突っ込む。結局は、悩む時間が勿体ないという結論みたい
「っと!」
「ちょっと待ちなさいよ!」
「ニコレット!離れてろ!危険だ!」
「そんなこと知ってるわよ!」
「だからだ!ここは……
おれが!止める!」
袖を掴んだ栗色を振り払って、彼は駆ける
それを受けて、栗色の髪の少女は、愕然とした表情を浮かべていた
「なんで……」
なんで、と言われても困ると思う
あんなバケモノを見せられて、自分を抱えて危険なところから連れ出してくれる騎士を彼に求めていたのだろうか
だとしたら、相容れない。彼を……ボクが観察してきた第七皇子ゼノという存在を全く理解していないから言える要求。民の最強の剣であり盾である事。それは自分すら捨てて多くの誰かの為に動くこと。炎に耐性は無く、自分の体が焼け焦げる事を承知の上で見ず知らずの少年の犬の為に燃える家に飛び込むのが彼だ。大切な友人だろうと、婚約者だろうと天秤に乗せるときは同じ一人。そうしてより多くを助けようとする異常者。そうであろうと出来るバケモノ
この年でそれだけ出来る彼は、何処か狂っていて。だからこそ真性異言にもそうでない生来のものにも思える
「せやぁっ!」
仕込んだ骨の刀を抜き放ち、幼い少年が大きな獣に斬りかかる。キマイラの体部分については割と個人の裁量なところがあって。今回のそれは獣の肉体。鱗はなく、体毛は鋼にならず。だから金属ではない原始的な素材を基にした刀でも、十分に刃は通る
「っりやぁっ!」
だから。これが必然
職員をやっていた大人達が反応する前に、完成したキマイラのその前腕を……一刀両断
肘関節から先を、骨格の隙間を通すような一刀で斬り捨てる
その背に、大きな影が重なった
「二体目!?」
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リリーナ=アルヴィナと魔獣二体
「二体目!?」
その声も無理もない。二体目……そう、二体目だった
同じ姿をした、もう一体の巨獣。彼が何とか食い止めようとしたその後ろから、それは現れた
「グギャオォッ!」
その獣は吠える。ボクにとっては、かなり聞き覚えのある面白味のない声で
でも、そんなのは……ボクだけのようで
「っ!ぐっ!」
彼がバランスを崩し、何とか右足で強く床を踏み叩いて留まる。それすら、凄いことで
「あうっ」
「ひっ」
「きゃっ!」
「きゅぅっ……」
とさとさと重なるように、怯えて混乱していた子供たちの体が地面に倒れる。彼一人……と、後は何にも影響のないボクだけを例外として残して
「
そんな名前なんだ、あの咆哮。一つ新しく知った
放たれたのは弱い相手を昏倒させる咆哮。抵抗出来なければ、どんな相手でも意識を失うという主にドラゴン種の使う技。お祖父様が珍獣……兄を寝かせるのにたまに撃っていたのを覚えている。ボクは……使えないけれども、確か兄は撃てたはずだ。人間の作ったゴーレムでも、それが出来るなんて。少しだけ、凄いと思うけれども
それよりも凄いのは、彼。耐えきってみせた。正確には、体が傾いて……そこから、立て直した。つまり、単純に効かなかった訳じゃなく、効いたのに昏睡しなかった。それが……驚嘆に値する事
「っ!アルヴィナ!」
皇族特有の年齢からすれば可笑しい身体能力で、牙を剥くその化け物の体を足蹴にして飛び越えながら、此方を確認して彼は叫ぶ
「アルヴィナ!お前だけで良い!逃げろ
逃げて、叫べ!」
「……でも」
「勝てるか分からない!おれが勝てなきゃ、此処に居るみんな……そのままお仕舞いだ!」
「……三体目」
少年が声を上げるのをやめ、合成個種に向き直る
「……そっ、か」
自嘲気味に、彼はひきつったその顔で、笑う
自分を鼓舞するように
「一体だけじゃ、なかったもんな。まだ居るかもしれない、それなのに一人って……怖いよな
分かってやれなくて、ごめん。なら……」
火傷の治りきらぬ手で、既に表皮の赤黒い瘡蓋が剥がれて血が滲み出しているその掌で握りこんだ骨刀を、すっと二体目の合成個種に向け、その少年は痛みに唇を歪め、吼える
「信じよう、親父を。託そう、気が付いてくれる未来に、希望を
そこまでは……」
「ガキ一人が」
そんな、ゴーレムを見守る犯人達の言葉を一蹴し、ボクの何十分の1の人生を生きてきたのか分からない……真性異言だとしても半分は絶対無い若過ぎる少年は啖呵を切る
「おれが!未来を繋ぐ!」
……本当に、恐ろしい
それが言えてしまう、その精神が。それを可能にしている、あの眼が。年齢一桁に出来る眼じゃない。それなのに、それが出来る特異点。だから、見守る
ボクが本気を出せば……多分、勝てないことはない、と思う。後の魔王(確定事項)な兄テネーブルほどではないけれども、ボクも魔神族の端くれ。数人永遠に……ボクの眷族にしてしまえばきっと片方、特に足を切られた方なら倒せる。後は、倒した方を永遠にして、生きてる方とぶつけるだけ
でも、見守りたい。それをしてしまったら、彼にバレるだろう。ボクが何なのか。皇族とは、多分相容れないものだって。そう思われるくらいなら、見守るだけの方がいい
骨の刀は割と耐久が無いのか、慎重に少年は事を運ぼうとする。もう一体の合成個種に対し、軽々しく刀を振るうことはない。牽制のように軽く振ることこそあっても、大振りの一撃はない。すぐに切り返せる、火力の無い振り方。抜刀術が危険だからあいつが刀を鞘に戻したら離れろよと兄は言っていたけど、その素振りもない
「まどろっこしい!」
『グォォオッ!』
術者の言葉に、個種の……山羊の頭が吼える。山羊って吼えるんだ、という言葉が出るけれども
それよりも驚いたのは、その咆哮する口から火が溢れ、火の玉になって飛んでいったところ
けれども、それは彼には当たらず……
「っ!アルヴィナ!」
彼が床から切り落とした個種の前腕を拾って投げ、火球を炸裂させる
……それで、初めて気が付いた。あれは、彼ではなくボク狙いだったんだって事を
火傷ってどんなものだろう。痛い?多分そう。だって眼前の第七皇子ですら、時折顔を歪めるから
「……次は」
ちらり、と術者ー職員をやっていた大人達が倒れている子供たちを見る
「……ちっ」
「彼らに当てます。果たして、何人が生き残るでしょうね」
「殺せない。殺したくて皆を此処に呼んだんじゃないはずだ」
「ええ、そうですね
身代金が美味しそうならばそれを。そうでなければ、良い値段で売れるのですよ」
「何処に」
「聖教国にです。魔王復活の予言……聖女降臨への期待……聖戦の前準備として、力こそがものを言うこの国の貴族子弟は高く売れるのですよ。良い聖戦士となるでしょうから」
「だったら」
「勿体の無い事をさせないで下さいよ、第七皇子。忌むべき子に売り値などつきませんからね。貴方は不要です」
……?と、首を傾げる
ボクが人間のお金を持っていたら、全財産で彼が買えるなら買うと思う。価値がないなんて事はないはず
「……それと、彼等を殺せることに繋がりはない」
「いえ。捕まったら
というか、無価値に反応はないのですか気持ち悪い」
「聖教国にも貴族の娘だなんだは居る
国同士の交流はあるのに誰一人おれの婚約者候補に上がらなかった時点で、分かってたよ。七大天の禁忌に触れた烙印の子。忌み子ゼノ。そんなもの、信仰によって成り立つあの国にとってはいっそ死んで欲しい存在なんだろうって」
……やっぱり、人間は全然分からない
彼に人間に特有の力がないのは分かる。魔法に対する不可視の障壁……というのだろうか、それが彼に無いのを感じる。でも、それが何?ボクには分からない
「……動くな」
「…………」
少年は、静かに剣先を下げる
「刀を捨てなさい」
「……勿体無いんで、置くだけで良いか?」
「どうせ、今から死ぬのにですか?」
「おれを殺したら、親父がこわいぞー?」
茶化すように、時間を稼ぐように。彼はおどけて肩をすくめる
「そんな筈はない。貴方が弱すぎた、それだけの事。事態を解決できぬ弱い皇子に価値はない。そんなものの復讐などお笑い草でしょう。貴方の父は、笑い物になるおつもりですか?」
「その通りだよ畜生が!」
叫び、彼は忌々しげに刀を近くの地面に突き立てて、その場から離れる
『キシャァッ!』
音を立てて蛇頭の尻尾が伸び、その刀を足の斬られた方の個種が掴んで持ち去った
「……では。まずは……」
『ゴォォォッ!』
五体満足な方の獅子が吼える
その口から風が巻き上がり……渦になる
「ちっ!どうやって拐うのかと思ったら……」
「その刀を投げ込まれたら内部に傷が付くところでしたが、もう問題ない」
……この魔法は本で読んだ。無限の道具袋とかそんな感じの凄い収納魔法。属性としては……風、影だっけ。使える人間は少ないけれども、使いこなせば生き物すらも袋の中に収納出来て持ち運べる凄いもの。中の居心地は最悪らしくて、基本出しても気分悪くて気絶してるらしいけれども。かつての魔神族と人間達の戦いで、凄い訓練と意志の強さを持つ一団……勇者一行が自分一人だけの転移魔法と無限の道具袋を駆使し、仲間全員を仕舞いこんだ道具袋を持って一人が敵陣転移、そのまま道具袋から出てきたグロッキー勇者一行が暴れまわるっていう戦闘前から辛い以外完璧な奇襲作戦で四天王の一人を撃破したって読んだ事がある
倒れている子供たちが吸い込まれていく。遠いからボクは対象外で、第七皇子様は何故か風に抗って踏ん張れているけれど。どうやってるんだろうあれ
「な、何ですの!?」
気が付いたのか、声がする
「ニコレット!」
彼の横を吸い込まれていく少女の手を、咄嗟に少年は掴んだ
「きゃっ!なんなの!?なんですのこれ!?」
「離すなよ!」
「や、いた、痛いです!」
少女の体はまだ吸い込まれていく状態。何とか彼が掴んで止めているけれども、腕は限界まで引き伸ばされていて、肩が外れそう
「痛っ!やめっ!」
その顔に、彼の掌からの血が当たる。強く握りしめ、掌の瘡蓋が割れている
「血が……ちょっと!止めて……
気持ち悪い……」
……確かに血が顔につくって気持ち悪いけど、今言うのはどうかと思う
「……くっ!」
嵐は止まず。綱引きも終わらず
『コォォォッ!』
その均衡を破るのは、もう一体の合成個種。その山羊が、再び火球を産み出していて……
「今すぐ、その無駄な抵抗を止めなさい」
「えっ?
ちょ、離しませんわよね!?そんなことされたら、あの化け物に、た、食べられ……」
大口を広げて口から吸い込む嵐を起こす獅子を見て、栗色の少女は呟き
「……全てを、守れる未来が、あるとしたら」
静かに、少年は眼を閉じて呟きます
「えっ?嘘……」
「ごめん、おれは……」
皇子やるには、弱くてさ
その声は、山羊の鳴き声に掻き消されて
愕然とした表情のまま、栗色の髪の少女は獅子の口の中に消えていった。同時、放たれる火球
その炎が晴れたとき、少年は炸裂した場所から程遠く。苦々しげな表情で、何もなくなった掌を握りしめていた
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リリーナ=アルヴィナと黒き子猫
「……行きなさい」
『ガゴォォッ!』
咆哮する五体満足な
「逃げる気か
だが……」
「目立ちすぎるとでも?何を馬鹿馬鹿しい。何故こんな面倒な合成個種を産み出したとお思いですか?」
辺りの大人も、何時しか姿を消している。事態が進み、役目は果たしたと逃げたのだろう。たった一人、彼に話し掛けている男だけが残る
『グルルルル』
山羊の吠え声と共に、その巨体が消えていく
違う。見えなくなっているだけ
「
苦々しげに、少年は呟く。水中の水分を操るか何かで、自分の姿を周囲の風景に溶け込ませるベールを張る……だったか何か。ボクは見たこと無いし知らないけど。家の資料でも、俺等なら眼を凝らせば見えるから放置で良いと一行だけ
「その通り。皇城に殴り込むならば兎も角、立ち去るだけならばこれで可能です」
「くっ!」
「……皇族が殴り込んできたと気が付いたときには肝が冷えましたが……これで終わりですね。後は貴方と……あと、一人」
「……アルヴィナ」
少年が、ボクへと振り返る
「そこの娘は高く売れそうなのですが……残念です、此方の個体は戦闘用」
足を斬られたゴーレムを叩き、男が呟く。その間にも、見えなくなったもう一体は……ボクの目にはもう一度その姿を現し、テントの屋根を突き破って空へとその身を踊らせていた
「……逃げられた。あとは、見付けてくれる事を祈るだけ」
「残ったのは二人
仕方ありませんね、フィナーレと行きましょう」
「そんな、前腕斬られたのでか?大きく……」
「だから、この私が残ったのですよ」
男の手に、本が握られている。閉じられているそのページが、確かに光っているのが分かる
「知っていましたか?ゴーレムの再構築、可能なのですよ」
「前に見たよ」
事も無げに、少年は言う。年齢一桁の外見に似合わぬ事を
動揺はなく、ただ、事実として告げる。メキメキと音を立てて再生して行く太い腕を、ただ、見つめる
「……これで、傷は無くなりました」
「その分、痩せたんじゃないか?」
「それで勝敗が変わるほど、貴方に切り札は残されていない」
これみよがしに、獣はその蛇の尾を振る。そこに掴まれたまま、彼が唯一持ち込んだろう切り札である骨の刀は揺れる
「……アルヴィナ!」
「逃がしません!」
骨の刀を捨て、蛇尾が走る
「がぐっ!」
ボクと合成個種の間に割り込むように飛び込んだ少年の首筋にその牙が突き立てられ……
ぽいっと、横に放り出される。その体は床を……跳ねて、飛び起きる。まだ、その眼は変わっていない。少しだけ暗い眼だけれども、それでも尚、明鏡止水
「……そうですね。貴方を先に殺せば、彼女を殺す意味も……いえ、ありますね」
「……ある、のかよ」
「ええ。どうせ、道具袋は此方にはもう有りませんから。拐って逃げる手段が尽きています。なら、生かしておく価値はない」
「そこは何とかして連れてくからあるって言ってほしかったかな!」
「庇いだてですか?」
「……そうだよ、悪いのか」
「ならば、せめて最後に貴方の思い通りにしてあげましょう。先に殺してあげます」
「……そりゃ、どうも」
二度、蛇尾が疾る。今度は首に巻き付くように、その体を絞め上げ、宙に浮かす
「…………大丈夫?」
ボク自身、その言葉はどうかと思った
それでも、他に聞ける言葉はなかった
「……ああ、大丈夫」
何一つ大丈夫じゃなくて。それでも、少年はそういって笑う。挑発し、全てを自分一人で受け止めて
大きく伸びた蛇尾を縮め、巨獣が小柄な少年へと近づく
『グル』
その眼を、首を絞められながらも、彼は睨み返す
『キィィッ!』
山羊の頭が、軽く火を吹いた
髪が微かに焼け焦げ、顔を歪める。それでも、眼はそのまま
「手も足も出ない……皇族というのにあまりにも哀れ。どうです?どこから……」
無言の拳。効かないと分かっていて、それでも獅子の頭に、それは振るわれる
「では、まずはその反抗的な手から」
『ギャオォォッ!』
咆哮と共に口が大きく開けられる。そのまま、彼の体を口近くへと持って行き……
噛み砕いた。いや、噛み砕こうとした
口は開いたまま。閉じられていない
腕だ。上顎と下顎の間につっかえ棒のように左腕を入れ、顎をしまらないようにとしている
でも、そんなの儚い抵抗。第一……その上腕にはしっかりと獅子の牙の一本が食い込み、血を垂らさせている
「無駄な抵抗を」
『キィィッ!』
二度目の炎。抵抗が緩み……均衡が、一瞬で崩れる
顎が閉じられる。そして……
パキィンと、その澄んだ音はテント全体に響き渡った
「……えっ?」
溢れ出す血。ちょっとの隙間を残して噛み合わされた牙の合間からは隠しきれないほどの血が吹き出していて……
でも。けれども。バランスを崩し、獅子の顔を歪め
『『』『グルギィィィィイィッ!!!』』』
三頭全てが苦悶の悲鳴をあげ、大地に倒れ伏す
……何で?
その疑問は、まだ首に巻き付いた蛇を振り払いながらふらふらと立ち上がる少年の、牙で大きく抉れた左腕。その先に……血ではない青い液にまみれたその……小指があらぬ方向に曲がった手の中を見て氷解する
……様々な色の水晶の重ねられたプレート。握り砕かれたその破片が、ぽろぽろと床に溢れ落ちる
「……嘘、嘘だろ……」
「やっぱり。口の中は、そんなに硬くはなかったみたいだな」
「馬鹿な馬鹿な馬鹿なぁっ!?
顎を閉じられる際にかけられる力で、頭内構造にその手を突っ込んだとでも言うのですか
有り得ない、そんな無茶苦茶!」
「だから、此処にお前の化け物のコアがある
それが無きゃ、他の部分が無事でもこいつは動かないだろ?」
「……こんな、ガキに……」
「そんなガキでも、皇族なんだよ」
すっと細めた目で、少年は歩みを進める
「合成個種だ。パーツの再構成は出来ても……流石に、再起動は不可能だろう」
愕然とする男を横目に、彼は放られた刀を拾い上げる
「……」
そうして、空を見上げ、静かに眼を閉じた
「終わりだ。この事件は、此処で
アンタが俺に捕まって、それで仕舞い」
「何、を?合成個種は破れたが、私達はまだ」
「だから、終わってるよ。全部、な」
「そんな、馬鹿なこ」
言い切ることは出来なかった
口答えする彼の言葉は、途中で途切れる
彼の頭の上から降ってきた、小さな黒猫を頭に乗せた、飛び去ったはずの巨獣の体によって
「手を貸してくれるなんて、思わなかった
お疲れ、助かったよ……アイリス」
にゃあ、と、獅子の頭の上の猫が鳴いた
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約束、或いは原作通り
「……ふぅ」
と、息を吐く。そうして、おれは周囲を見回した
「お疲れ、一旦休憩にしようか。手伝ってくれて助かったよ、アナ」
あの戦いから2日後。おれは少しは治りかけた掌の火傷が悪化して筆をーこの世界の筆は血から作られたインクを羽根に浸してという羽根ペンが主だーとることすら困難になっていた。だが、それでもだ。流石に妹アイリスに報告書用意しろとは言えないので、まだしもそういった作業が出来るおれに丸投げされた事件のあらましの報告書を仕上げようと、代わりに筆をとってくれる人を求めて孤児院へと向かったというのが、今日の朝のことである
事件?あの後何を語れば良いと言うのだろうか。あくまでもあれは二体の
頭の上の猫型フレッシュゴーレムに指示されて本来の製作者達に牙を剥く運搬用の合成個種の前に、ゴーレム使い達はひれ伏すしか無かった。それが、ゴーレム魔術というもの。術者よりも数段強いバケモノを意のままに扱えるのがゴーレムの利点、そのゴーレムを万一奪われたら勝てる道理なんて無いのだ。基本制御を奪えるようなものではないが、そこはまあ、この帝国の皇女様である家の妹アイリスを舐めるなという所だな。設定上原作アイリスに奪われないゴーレムなんてまず無いからという事でアイリス加入後はとある2マップを除いて敵にゴーレム種が出てこない程の支配力、ゴーレムマスターの名は伊達じゃない。まだまだ幼くとも、その片鱗は既に見えたという訳だ
余談だが、そのアイリス加入後にゴーレムが敵で出てくる2マップは、片方はアイリスが寝込んでいる設定で出撃不可、もう一個は主人公が背負ってる設定で、主人公アルヴィスがゴーレムに隣接したままターンを経過する事で敵ゴーレムを味方として使えるようになるギミックマップだった。低難易度だったりRTAだとギミック無視して敵将撃破で勝ってた気がするけど、戦力限られてるから難易度高い場合貴重な武器突っ込まないとゴーレム無しじゃまず無犠牲クリア不能なんだよなあそこ
あ、ケイオス深度が高い場合は設定無視でゴーレム湧いてくるし、設定上は持ってるとはいえその設定があるが故にゴーレム敵で出てこないんだからとゲームシステム的にはアイリスのスキルにゴーレムの制御を奪うものとか無いんで普通にゴーレムとやりあうことになるんだが、それはまあ仕方ないとしよう。そもそもケイオス深度そのものがゲームをより面白くする為に難易度上げるための設定無視度だからな。死んだはずの敵幹部がゾンビとかそんなんじゃなく同一能力で別マップで出てくる事があるんだからゴーレムくらい湧く
閑話休題。とりあえず、アイリスの前にゴーレム使いの人拐いどもは完敗したという事ですべては解決した
したは良いのだが……だからこそ、どう報告書を纏めるべきかという話になる
「……皇子さま?」
首をかしげる少女の銀の髪が揺れる
「いや、大丈夫」
「掌の怪我、痛そう」
手の痛みで遠くを見ていたと思ったのだろうか、心配そうに机越しに(といっても子供用なんで小さいんだけど)おれの手を軽く握る。力はない
ま、力いれたら痛そうだし。いや、実際に腕とか吊ってないといけなくなったしな。流石に大穴空いたのはヤバい
何よりヤバいのは首筋に噛み付いた蛇も、腕を噛み千切ろうとした獅子も精神を狂わせる毒を持っていたという所。と、言いたいんだけどその辺りはおれも皇子だからな。魔法によるものならともかく物理的な毒なんぞそうそう効くかボケ!という話である
ザ・理不尽。皇族とはチートであるという証明である。というか、ゲーム中でも頭可笑しかったからなその辺り
HPこそ削るものの問答無用で受けた精神関連の状態異常を解除して更に耐性upとかいう状態異常の存在意義を危うくするスキル、鮮血の気迫を最初から持ってたのが原作でのおれだ
固有スキルでこそ無いものの、他の取得方法が聖騎士とかの汎用最上級クラスでのスキル、つまりはゲーム内で言えば後半で出てくるもの。プロローグ時点で当然の顔で持ってるのがまず可笑しい
パニックとかブラインドとか飛んで来る所に放り込むだけで魔防0なので優先的に狙われる癖に素で弾くわ弾けなかった瞬間知るかと鮮血の気迫で解除するわ解除する度に更に耐性で弾くわで最強の精神状態異常デコイが出来た。それも最序盤からだ
システム的には、皇族専用クラスの最初の方に取得出来るスキルとして、最上級汎用クラスで取得出来るスキルがずらっと並んでるって形なので改造ではない。改造ではないがズルだろこれ
「いや、痛くないよ
いや、頭は痛いかな」
「だ、大丈夫!?」
「大丈夫。流石に全部妹が何とかしてくれましたって報告書書いたらおれがバカに見えるよなって悩んでるだけだから」
「で、でも!」
必死そうに、銀の髪を揺らしまだまだ成長の始まらない胸を張って優しい少女は力説する
「皇子さまは片方倒したって。だったらそれを……」
「……ダメだよ、アナ。おれ一人では、誘拐を止められなかった。おれがやったことは、アルヴィナただ一人を守ったってだけなんだ
それじゃあ、皇族として最低以下。両方撃破して漸く半人前なんだよ」
「ええ、そうですわ」
唇を噛むおれに、後ろから投げられる声
「……ニコレット嬢」
少しだけ苦々しく、その名を呼ぶ
「ええ、ごきげんよう、最低皇子」
振り向かなくても分かる。其所に居るのは家の婚約者様で、おれが手を離したせいで一度合成個種に食われた少女だ
「……最低皇子」
二度、その呼び名が響く
「その通りだよ。でも、そんな当たり前の事を言いに来たんじゃないんだろう?」
言いながら、振り返る
助けられなかった。見捨てた。それは、まごうことなき事実だから
何か起こりうるからこそ連絡は入れておいた。そもそも、明らかに怪しかったのに行ってしまったのは君だ。結果として何かあるかもしれないというおれの伝言が間に合い、全員が助かった。第一、戦ったのおれ一人だろうが
幾らでも反論は出来るだろう。実際、おれが……『おれ』で無ければ、言ってしまったかもしれない
だが、だが、だ。それは皇族でないおれの戯れ言でしかない。皇族ってのは、そんな反論など要らない。全てを叩き潰して解決してこそなのだから
「……ひとつだけ聞いても良い?」
距離を取りながら言葉を投げ掛ける少女に、静かに頷く
「どうして、わたくしの手を離したりしたの」
「……おれの思い付く限り、最も被害が出ない解決だったから」
……嘘ではない。時間を稼ぐこと、誰かが来てくれるのを待つこと。正直、前のアイアンゴーレムの時と同じで心苦しいが、勝ち筋はそこしかなかった。あの時のように、油断も無く、武器が手の中にあればワンチャンという状況ですら無い
助けが来なければそのまま連れ去られて終わりだとしても、そこに助けを求める婚約者を捨て置いてでも、時間を稼ぐしか思い付かなかった
「……だから、すまなかった」
「被害が……出ないって」
わなわなと震える腕
「わたくしは、貴方のこんやくしゃ、ですのよ!」
その言葉に、こくりと頷く
「なのに!どうして!」
「……民に貴賤無く。命は平等に
何を捨ててでも、より多くの民を護れ。全てを護りきれぬというならば、より多くを」
絞り出すように、言葉を選び
「例え家族でも、恋人でも、自分でも
それを切り捨てて、それで救える命が多いのならば。おれはより多くの民を救う。それが、皇族……第七皇子というものだから」
正直誰も守っていないそんな夢想、お伽噺の理想論を唱える
「そんな、理想論で……
現実を見ていないですわ!」
返されるのは正論。当然の言葉
「ふざけてますわ!信じられませんの」
「……当然だと思う」
こんなもの、おれでも分かる。欺瞞、夢想。実際にそんなこと、出来るはずもない。どんな大切なものも切り捨てる、そんな話は人には無理だ。心が、壊れてでもいない限り
「思っているなら、どうして!
あの時他より護るべきわたくしを見捨てたりなどしましたの!」
「それでも!おれにはそれしかないんだよ!
忌むべき者、七大天に呪われた加護無し、こいつ本当は神話にある魔族なんじゃないのか。そんな風に言われるおれには、どんな机上の空論でも、世迷い言でも!皇族である事しか無いんだ!
無いんだよ……理想論の皇族の体現を目指し続けるしか、おれに……居場所なんて」
パアン、と軽い音がした
暫く何が起こったのか分からなくて
少しして、痛そうに右手を擦る少女に、自分の頬が叩かれたのだろうという簡単な答えに漸く気が付く
幼い少女の手では、仮にも皇子であるおれの防御を抜けなかったという奴であろう。無理もないのだが、何となく寂しくなる
自分が化け物な気がして。いや、沈むのは筋違い、そんな
「そんな自己満足に、わたくしを巻き込まないで!」
ヒステリックな叫びが、耳を打つ
そうだ。分かっている。変だ、なんて
それでも、おれは皇族であるという理想論を掲げ続ける。それは、おれとひとつになった本来の第七皇子だって同じだろう。だからこそ、おれが回避すべき死がある
元皇族である自分一人が、殿として残る事。自分一人が命を捨て石にするその行動でより多くの人間の命が確実に救える。故に、彼は原作のシナリオで殿を勤めたのだろう。皇族としての夢想論を貫くために、死ぬと分かっていて殿として皆を逃がし、そして死んでいった
だから、だからこそだ。おれは彼だ。今のおれは名前も忘れてしまった日本人の意志を持つ、第七皇子ゼノなのだから。その意志を曲げてはいけない、曲げるわけにはいかない。どれだけ辛くとも、苦しくとも、それもひとつになった『おれ』の意志だ
それがどれだけ馬鹿馬鹿しくても、貫こう。故に、やることは一つだ。そもそもおれが殿として命を擲つ必要が無いように、そのルートを辿らぬように、この世界を生きる、それしかない
「……そ、そんな
そんなのとこんやくしゃ、だなんて!
嫌ですわ!こんなの!」
「当然、かもな」
おれだって嫌だ。自分より、見ず知らずの誰かを優先するかもしれない恋人なんて正直な話嫌だろう
それでも、おれはそうでなければいけない。それが、おれ唯一の存在意義だから
「でも、解消は出来ない。今更婚約関係を解消して、面子が潰れるのは両方だ
だから……ニコレット嬢。おれは、君が何をしようが、誰と恋をしようが、一切関与しない。こんなおれに、君を縛る権利はない
そして、君を本当に好いてくれる人が出来たら、その時はおれから婚約を解消しよう。本当の恋をした二人を引き裂くわけにはいかない、とね」
口をついて出るのは、中々に相手に都合の良い話。けれども、それで良い。原作通りだ
第七皇子の婚約者な割に、原作のギャルゲー版でニコレットは最初から条件無く好感度を稼げるキャラであった。それは、皇子との関係が後ろ楯とかそういった政略のみであり冷えきっていると全員が知っていたから。故に、恋しようが何だろうが誰も気にしない。第七皇子なんて忌み子だしな
「……何か、企んでますの?」
怪訝そうな目を向けてくる少女
「お、皇子さま……」
横で聞いていた銀髪の少女は、なんというか複雑そうな表情で見上げてくる。混乱と、少しだけ顔を綻ばせたりと良く分からない入り交じった顔
「何も。おれという忌み子に、付き合わせるのは悪いって」
「ふん。わたくしより、そこのやあの黒いのの方が大切なんでしょう?
ええ、分かりました。こんな皇子こっちから願い下げですわ。何時か素晴らしい王子様を見付けて、あなたに婚約破棄を求めてやりますの」
言うだけ言うや、明るい髪の少女は踵を返し、孤児院を出ていく
「……そんなんじゃ、ないんだけどな……」
火傷で痒む頬を掻きながら、そう呟く
もしも。アナを見捨てなければ誰も助けられない事が起きたとしたら。おれの命でも、代わりにならないとしたら。その時はきっと、おれは……同じことをするだろう。血反吐を吐きながら
「……そうなの?」
その声は、予想もしない音程で
「……ってアルヴィナ?何時から居たんだ」
さも当たり前のように、黒い少女が何時もより更に地味なドレスで……いっそ庶民に紛れ込める貴族の女の子としてはみすぼらし過ぎて嫌がりそうな格好で立っていた
トレードマークにでもする気なのかぶかぶかの帽子と、貴族内では金無いんだなと笑われるミニスカートで、何時ものほぼ無表情
「こいつ本当はの辺り」
「随分前だな!?」
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嵐、或いは暇親父
そして、それだけではなく
「何をしている、馬鹿息子」
周囲の空気が燃え上がったかと思うや、炎は人の形を取る
突然、父……当代皇帝であるシグルドがその姿を現していた
「ほ、ほえ?」
「……驚愕」
二人の少女が首をかしげる
知らなくても無理はない。今、眼前で父が使ったのは転移魔法に属するものだ。自分をワープさせる炎属性に類する魔法。自分しか飛ばせないのが欠点だが、そもそもこんな魔法使える奴は頭可笑しいスペックしてるから問題ない
ゲーム的に言えば、炎魔法:Sという当然の前提条件の他に、最大MPと魔力数値制限がついていて、その条件を満たせるのが最上級職の10レベルくらいから、という感じ。厳選してステータス伸ばせばもうちょっと早くに使えるようになるものの、ちょっと最上級クラスに行かずに条件を満たすというのは厳しい程度の数値だ
原作ゲームの時代になれば兎も角、現在最上級職の人間は数えきれる程度しか居ない。7人くらいだったか。つまり、当然のように父の見せたこれは、他に可能な人間がほぼ居ない偉業である。まあ、ぽかんとするしかない
「親父……
いきなり現れられると困る」
何故来たのだろう、そこは分からず、おれはとりあえずと水を用意する
「不要だ。すぐ帰る
というか、仕事中に来てるからな」
いや、何で?
「あ、あの……
な、何か、御用でしょう……か」
おっかなびっくり、銀の髪の少女が上目遣いに尋ねる
「どうせ、余計な事で馬鹿息子が報告を悩んでいるのだろうと思ってな」
「余計な事?」
「ああ、如何に自分を無能だと見せないかだとか」
完全にバレている
だから、おれは尋ね返す
「どうして?」
「どうしても何も、報告書に全くもって無用な事だからだ」
「……必要」
アルヴィナが、ぽつりと呟く
「いや、不要だ
書くべきはただ一つ。我が娘……つまりお前の妹が、どれだけあっさりと相手の計画を叩き潰したか、それだけだ
お前自身についてなんぞ一言も要らん」
「え、で、でも……」
「馬鹿息子。お前は何者だ?
答えは一つだ。アイリス擁立派だ。ならば分かるだろう、書くべきは、擁立した皇女が如何に凄い存在であるか」
「……でも、活躍したって言わないと皇子さまが」
「ふっ、案ずるな」
ぽん、と父皇は少女の頭を撫でる
ちょっと、力が強すぎるくらいの勢いで
「結局のところ、大半の事を決めるのは
やった、が許されるのは子供までだが、お前は子供だろう。ならば、問題あるまい」
……言い方は相変わらず分かりにくい
けれども、多分……お前が頑張ったのは知っている。ならば、誰が何と言おうが負け犬の遠吠えだとかそんな感じ……なんだろうか。自信がない
「……それは、違う」
だが。そんな皇帝の言に真っ向から歯向かう者が居た
片目の隠れたまま、けれどもうっすらと見える眼にも強い光を持った幼い少女。いつも通りの似合わないぶかぶか帽子のリリーナ=アルヴィナである
「ほう。何が違うと言うのだそこの
いや待て。名前をまずは聞こう。可笑しいな、馬鹿息子等の為にと大半の貴族の娘の顔は一通り覚えていたと思うが……」
少しだけ顔を歪める男に、物怖じせず少女が告げる
「リリーナ。リリーナ=アルヴィナ」
「アルヴィナ……
居たか、そんな貴族」
「木っ端」
アルヴィナ?自分で言って良いのかそれ
「言っちゃったけど……良いのかな」
素朴な疑問を溢すアナ
うん、おれにも良く分かるぞ
「問題ない」
いや無いのかよアルヴィナ
「彼が良く言う忌み子や、最弱と同じ
単純明快、事実」
……ぐうの音も出ない
「そ、それもそうだな……」
少しだけ汗を拭いたくなりながら、そう返す
ひょっとして、自称でそういう言葉を使うのって不味かったのだろうか。いやでも、原作のゼノからして、最弱の皇子だよ、とか忌み子なおれとあんまり居ないほうが良いとか言ってたしな……
「言われたな、馬鹿息子」
「頼む、止めてくれないか親父……
情けなくなってくる」
「閑話、休題
彼の眼を、努力を、否定するのは……駄目」
「眼?」
時折アルヴィナって不思議な事言うよな
おれの眼をじっと見詰めていたりする。透視というか思考を見透かそうとでもしてるんだろうか。現状そんな魔法を使っている様子はないけれども
「だけど、撤回
周りは、知らなくて良い、かも」
……いや、そこは最後までフォローしてくれアルヴィナ
「……眼、か
皇民アナスタシア、そして……リリーナ。お前達から見て、こいつの」
と、おれを見下ろし、父は続ける
「眼とは何だ?」
……何だろうこの質問
「明鏡止水」
迷わず、黒い少女は眼の光りも揺れずに決まりきっていたように返す
四文字!しかも熟語。単純かつ分かりやすく……いや、分かりやすくないぞアルヴィナ?
明鏡止水という単語は分かるんだが、おれとそれが結び付かない。明鏡止水の境地ってもっと黄金に光ったり……はアニメ的表現か。でもおれ別に水の一滴とか……
見えるわ、ばっちり見える。水の一滴を斬れとか師匠に特訓されたわ、致命傷となる矢だけ切り払う練習と称して
……って、だからなんだよ!?
なんて脳内で悩んでいると、銀の髪の幼馴染側も答えていた
「え、えっと……
わたしには、ちょっと。けれど、火傷があって
なのにあんなに頑張って……凄い、って
なんとか、できないかな、って」
……こっちは此方でズレてないか?
聞かれたのは眼であって、顔じゃないと思う。眼にまで火傷は来てないしな
「……明鏡止水、か。面白い解釈をする、リリーナ」
ふむ、と割と満足そうに父は頷く
いや、いつも通り険しくて怖いんだが、何となく空気が優しい。この人の感情読み取るの大変だなオイ。原作知識無いとキレてるようにも見えるぞこんなの
「オレには、ただ忌み子な自分に自棄になっているようにも見えるがな」
……そんな忌み子におれを産んだのは、母と禁忌だと知りつつうっかりやることやった親父のせいじゃないのか
「ふ、やるか?馬鹿息子」
「勝てるかぁっ!」
バカか?バカなのかこの人!?
一年前弱さを教えてやるってボコボコにされたせいで本来のゼノ人格ぼろっぼろになるんだぞ!?反省が欠片もない
いや、おれとして一つになったせいで反省もなにも無いか
「冗談だ
お前がだからこそ皇子の理想たろうとしている事は良く知っている。それを貫くというならば良し
だが、覚えておけ。お前が皇族だから、此処はこうして運営出来ている」
子供達が怖がって扉からこそっと覗いている孤児院を見渡し、父はそう告げる
「……分かるな?
命を張るのは結構だが、命あってこそ守れているものもある。そこは忘れるな」
……心配、してくれたのだろうか。無理すんな、と
いや分かりにくいよ、親父……
「……ふん
ところで、馬鹿息子。皇子の道楽だ、将来の側室狙いと仲良くするのは別に構わんが、婚約者はどうした」
二人の少女を交互に見つつ、父は唇を少しだけ吊り上げて尋ねる
「狙ってねぇ!?」
とんでもない爆弾投げるなこの親父!?
アナやアルヴィナに一気に引かれるぞオイ!ひょっとして仕事に嫌気が差して名目つけておれで遊びに来たんじゃないのかこの皇帝
「……彼女は、普通だよ」
「普通の馬鹿」
何かアルヴィナがさらっと酷いことを言っているが無視。何か嫌われてるなーニコレット
「普通は、皇子に好かれようとするものじゃないか?」
「最後に勝つ為に、手を離したら嫌われたよ」
事実である。まごうことなき事実だ
いや、思い返すと情けないにもほどがあるなこれ。原作でもやってたんだろうけど
……おれが今のおれな以上、何とかしてそこ変えるべきだったんじゃないだろうか。いや、今更だしそもそもあそこで離さないという道を選んでも勝てなかっただろうけど……
「つまりお前は、婚約者よりもそこのを選んだということか」
なるほどと、父はからかう
「違う」
端から見ればそうかもしれない。アルヴィナだけが立ち位置的に巻き込まれない位置で、助けやすい場所に居た。それだけだなんて言っても信じられるはずもない
いや、これニコレットキレても仕方なくないか?改めてそんな自分にため息を付き
「……勝った」
いや勝ってない
「……でも、聞きたい
ボクを、助けたのは……」
不意に、その金の瞳に魅入られる。見詰めてくるその眼から、視線がずらせない
何時しか、帽子を少女はその胸元に握り込んでいて、頭頂には何時の日か見た耳が思考の代理のように震えている
「ボクが、ヒロインだから?」
「……え?」
その言葉に、固まる
ヒロイン。その言葉は、普通に聞けば普通の意味だろう。そんな意味で言われる理由は微妙に想像が付かないが。
だが、彼女に……"リリーナ"=アルヴィナに限り、その言葉は特別な意味を持つ
そう。乙女ゲームの主人公という意味でのヒロインという第二の意味。外見3タイプのうち一つに育ちそうな彼女は、おれに問い掛けている……のかもしれない
自分がゲームの主人公だから、確実に助けようとしたのかどうか。未来を、ゲームの内容を知っているのか
言ってしまえば、これは問い掛けなのかもしれない。自分はエッケハルトみたいな転生者だけれども、おれはどうなのか、という
それに……どう答えるべきだろうか
エッケハルトの時は、おれもそうだと素直に返した。他に居るなんてな、と盛り上がったのもある
此処でそうだと返せば、行けるかもしれない。そもそも、原作主人公のうち、第七皇子ゼノと関係を特に持たないのが原作リリーナだ。そんなリリーナとこうして同じゲームのほぼ写しのような世界に生きる転生者という形でも縁がしっかりと出来たならば、おれが死ぬあの殿という方向へ物語を進めない事だってきっと出来る。実際問題、アナザー編とかだとそもそも再加入で死ぬイベント回避できるしな
……それでも
「違うよ、アルヴィナ
誰しも、自分という物語の
決して、単なる
おれは、この道を選ぶ
おれは、普通の第七皇子ゼノとして接する。ぶっちゃけ、淫ピ……ってかピンクのリリーナとか、エッケハルトとかはかなり分かりやすく転生者なんだが、おれって初見だと原作通りっぽくて分からないらしいからなエッケハルト談だが
それが、何かアドバンテージに繋がるかもしれない、そう信じる
「……ヒーロー」
ぽつり、と黒髪の少女は呟き
「ヒーロー?どうして?」
アナが首を傾げる
あれ?何でだろうこの反応
「なあ馬鹿息子
ヒロインとは恋愛相手。それは物語における意味として成立するので良いが……何故そこにヒーローが絡む
異次元では、ヒロインという言葉に女
ん?ミスった?
「ヒーローとは、かつての大戦の……或いはその他の英雄の事だろう?勝手に主人公という異次元での意味を前提として語るな
伝わってないだろうが」
……そういえばそうだ
すっかり忘れていたし、おれの中にある記憶では普通の事だったが、この世界のデフォルトのヒーローという意味に、主人公という意味も乙女ゲーの攻略対象という意味も日曜日にやってた変身する仮面の人々という意味も無い
「……悪い
昨日異次元について読んだせいで、混同してた」
どうしようと思いつつ、とりあえず明らかに取り乱しては怪しすぎるので平常心っぽく誤魔化しを入れる
「ったく、しっかりしろ馬鹿。寝惚けるな
そろそろ時間だ、
誤魔化せたのだろうか
当然ように魔法書を取り出すや、出てきた時のようにさくっと転移で父の姿は消えた
「あと一つ。匂いが臭い、もう少し洗い流せ、リリーナ」
とだけ、最後に言い残して
「あ、相変わらずの嵐……」
「す、凄い人だよね、皇子さまのお父さん……」
アナと顔を突き合わせて、そう呟きあう
「アルヴィナ、気にするな
正直、おれは全く臭いとか思わないよ。あの人の鼻、たまにちょっと鋭すぎるんだ」
ついでに、最後に投げられた酷い言葉へのフォローを加えて
「……ごめん
気になる」
「そう、か
おれは気にならないんだけど、自分が気になるならしょうがないな
気を付けて帰るんだぞ」
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資料、或いはキャラ紹介(1章編)
つまり、何一つ変わってない第七皇子等は載りません
"天光の聖女"リリーナ=アルヴィナ
固有スキル:???
本名、アルヴィナ=ブランシュ。ゲームにおけるラスボス、テネーブル=ブランシュの実の妹。決してゼノ等の言う聖女ではない
原作においては、未登場。正確に言えば、登場そのものはしていたのだが、あくまでもモブ。作中で倒された四天王等を
そんな経緯から、ソシャゲ版のみで語られており、ソシャゲやってないゼノ等は彼女が何者であるかを知らない
当初、自分が真性異言であると自覚した兄テネーブルの言葉に応じ、原作では主役側な人類側に未来を知る兄を脅かす真性異言が居ないかどうかを探るため、人間のフリして帝国に潜入したのだが……
性格は物静かで本好き。魔神族の中では大人しくて粗暴さは特に低い。のだが、元々の自身の力が死霊術であり、死人を操れるせいか他人の命というものに頓着しない。寧ろ、気に入ったらさくっと直ぐに殺してしまう
単なる潜入であったはずだが、真性異言の疑いを持たれていた少年、ゼノと邂逅。その際、皇子で在り続けなければという意志の眼に一目惚れ。彼を殺すのは簡単だが、殺す事で手に入れてしまったらこの眼はしてくれない。という事で、初めて彼女は殺して永遠にするのではなく、自分の魅力で彼を落とす事を目指す
宝物は、彼のくれたぶかぶかの帽子と、既にアンデッドにした彼の買ってくれた犬。兄は嫌いではないが、基本ウザイので態度は素っ気ない
原作とは多少違うが、それはあくまでもゼノという見惚れた眼の持ち主に出会っているか否かでしかなく、本人に真性異言は無い
"天光の聖女"リリーナ(リリーナ・アグノエル)
ピンク髪のリリーナ。原作主人公にして、やっぱり真性異言の持ち主
馬鹿聖女。様々な物語に出てくる中でもありがちな、自分はヒロインだから……でその世界の常識からすれば可笑しな行動をそうと気にせず取ってしまう馬鹿。良く居る噛ませ転生者原作ヒロイン枠。だがしかし、彼女こそが原作におけるヒロインであり、聖女であるという事は間違いない。そんな彼女がどうこうなれば、それは人類は聖女という巨大な戦力を欠いたという事になってしまう
その為、あこいつ転生者だろうなと気が付いていながらも、ゼノは案外彼女を気にかけていたりする。本人は気が付かず、やった原作では攻略出来なかったけどこの世界なら行けそう!と純粋に喜んでいる
"第三皇女"アイリス
ゼノの妹。忌み子故に魔法が全く使えない彼とは真逆に、魔法能力が高すぎて肉体がついていけない病弱皇女
元々、自分を何かと気にかけてくれる家族自体ゼノしか居なかった事もあり、辛辣に見えて別に兄を嫌っているなんてことは欠片もない。単純明快、保つべき距離感が分からず、心を許しているメイド達の行動が結構粗雑だからそんなものなのかと思っているだけの世間知らずである
"夢見の白書"ニコレット
フルネームはニコレット=アラン=フルニエ。アラン=フルニエ商会の娘。原作では平民な女キャラとして登場
ちょっとワガママなところと夢見がちなところのある普通の女の子。ゲーム内では、書いていた小説ノートを落としてしまい、主人公がそれを拾ってしまった事から交流が始まる
お伽噺や絵本の白馬の王子様というものに憧れ、そんな恋をしたい恋に恋を始めたばかりの少女。原作でも一応第七皇子の婚約者という事になってはいるのだが、彼は白馬の王子様と真逆であるとしており、関係性は冷えきりに冷えきっている
それはこの世界でも彼の行動が原作と変わっていない為特に変わらず。自分を見て欲しい、特別に扱って欲しい、だって婚約者で、特別な女の子のはずだから。そんな当たり前をしてもらえなかった少女は、当然のように彼を嫌っている
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二章 第七皇子と新たな
入学、或いは付き添い
治療方法が高くて手が出せない呪いの病に全員が何故か掛かっちゃったわたしたちの孤児院。唯一進行が遅いわたしがふらふらと迷い込んだのは、皇城の外れだった
そこで出会ったのは大人びていて火傷痕が痛々しくて、とっても優しくて何処か寂しそうな第七皇子さま。見ず知らずのわたしたちの為に自分のお金を惜しみ無く使ってくれて、わたしたちはその病を治療できたの
でも、皇子さまがやってくれたのはそれだけじゃなくって、わたし達が悪い人さらいの人達に浚われた時に助けに来てくれたし、皇子さまはその時何にも悪いことしてないのに怖がらせただろ?って犬も買ってくれたし……。わたしは知らなかったけど、その犬を売ってた人達は同じく人さらいの一団で、魔神王復活の予言が近いからって兵士用に子供を浚ったりする気だったのを、皇子さまと不思議な猫ちゃんの姿をしたその妹さんが止めたりもしたんだって
そんな大活躍の皇子さまだけど、わたしはちょっと思う
皇子さまは一人でずっと頑張っていて、わたしたちを護ってくれた。見ず知らずだった時から、ずっと。なのに、多くの人は、皇子さまは皇子だから自分は助けてもらって当然って言ってる。もっとしっかり助けろって、文句だって言ってたりする
皇子さまが皆を護ってくれるなら、誰が、皇子さまを護ってくれるの?わたしじゃ、だめなのかな。護れる人に、なれないのかな。そう思ったんだけど、わたしには当然だけど天才の人にしか来ない学校への入学案内は来なくて
皇子さまは、妹さんの付き添いでその学校に行くんだって。この一年で出来た友達のリリーナちゃんも。ずるいなって思うけど、お願いリリーナちゃん。皇子さまを、護ってあげて
「……ゼノ!?何でこんな所に居るんだよ!?」
「エッケハルトか。何でなんだろうな……
まさかおれも、来ることになるとは思わなかったんだが……」
原作ではこんなん無かったよな、と思いながら、おれはぼんやりと眼前に聳え立つ白亜の塔を見上げ、呟いた
あれから、更に一年とちょっと。アイリスは6歳、おれは7歳になっていた
そういや、正確にはアナ達はどうなのか聞いてないな。たぶん同い年ではあるけど
ってか、一年が365よりも多いからか(といっても384日だっけか)、それとも魔法だなんだで一人立ちが早いからなのか、この世界の子供が大人びるのはちょっと早い。7歳と言えばまだまだ小学校低学年って感じだが、それよりは思慮深い……とも限らないな、うん。アナは割とそこら辺気にしてくれるんだけど
そうして、おれが何でこんなところに居るかというと、白亜の塔、つまりは国立学園初等部に入学しにきた……訳では無い。第一、入学するには一年遅い。6歳で入るものだし
初等部は、本当に選ばれた者だけの場所だ。覚醒の儀において一定以上の非常に高い数値を出した者のみが招かれる、それが国立初等部。ゲームの舞台となるのは高等部でありそこは割と入りたければ入れる感じ(但し特待生以外はかなりの金取られるので基本は貴族の園だ)なのだが、初等部は違う。完全招待制。どんな家柄でも、そもそも一定基準を越えなければ入ることすら不可能だ
そして当然、忌み子なおれにそんな基準を突破できる筈はなく。だからおれは初等部には居てはいけない存在
そりゃ当然、選ばれたものであるエッケハルトは首を捻るわけだ
「……ほんと、何でだろうなー」
その原因である猫を頭に乗せて、おれはぼやく
「というかさ、第六皇子も居ないんだけど何で?」
横に並びつつ、一年越しに会った同じ転生者な友人が聞く
「ああ、あの兄さんか
基準落ちた。ってか、半分以上が落ちるぞ皇族」
知らなかったのか?と言ってみる
いや、普通基準は皇族なら越えるって思っても仕方ないか
「ウッソ、ひょっとして此処に居るの皇族の半分より上……」
ちらっとおれの頭を見て、一言
「な、訳ないよなー」
「無いぞ。勝ってるとしておれだけだ
此処は将来を担う筈の優秀な子供のための場所。元々チートだって分かりきってる皇族ってさ、特に皇帝に近いだろう子と将来を担う子供が縁を結びやすいように、基準がクッソ厳しい。皇族基準で尚合格した普通の人間が居たら、ぶっちゃけそいつは神童、超天才だ」
ゲーム内でも居なかったくらいのヤバい奴である。その凄さは推して知るべし
因にだが、初等部行かなかったからといって皇帝になれないわけではない。ってか、親父がそもそも行ってないからな。あの人が何よりの証拠だ
「それでさ。ゼノは……」
『なーご』
頭上、満足そうに頭の上で丸まる猫……正確にはゴーレムに苦笑しながら、おれは友人に笑う
「妹はそりゃ基準越えたからな
妹の付き添いだ」
因みに、正門は魔力によって開くように出来ていたのだが、当然おれが触れてもエラー吐くだけであり、門番の人に言って開けてもらった。何だこいつって眼をされたけれども、付き添いなので許して欲しい
「にしても、アナちゃんは無理だったかー」
ぽつり、とエッケハルトの奴が呟く
まあ、仕方がないかもしれない。この初等部、別に出れない……なんて事はないし、家にだって何時でも帰れる。寮はあるが、普通に門の外には貴族の邸宅が並ぶ上級区があるんだよな。なので、正直平民出ながら初等部に招かれた余程の天才かがっこうぐらし!と洒落たい子供しか寮生活はしない
なので、会えないって事はないんだが……どうしても、初等部の授業ってあるからな。他にも家でのアレコレとかあるし、会える時間は少なくなる
逆に、クラスは学年1つ、生徒は学年に20人居れば多い方って少数精鋭だから、その皆の結束は強い、らしい。なので、気になる相手と初等部で一緒になったなんて起きれば、急接近のチャンスである。実際、初等部で相手を見初めて婚約に至るのって割とあるらしい
らしい、ばっかりだが仕方ない。基本縁無いからな
「バカ言うなよ。平民だろ」
「いやー辛いわ、才能が」
「弄くった癖に?」
と、止めようか
「リリーナは、来なかったか」
話を変える
あまり話をしてなかったからな、ここ一年
「ああ。来なかった
ってかゼノ、お前来ると思ってたのか」
「いやだって、あいつ転生者だろ」
有りがちだろう、原作とは違うどうこうが、とおれは続ける
いや、まあ、あの転生者丸出しのアホムーヴをかました桃色リリーナがこんな実力主義の初等部に入れるなんて思ってなかったんだが、それでも、あるだろう?謎のチートを神から貰ったから頭はバカ丸出しながらアホみたいに強いっていう話とか
もしかしたら、この初等部に来る攻略相手とフラグ立てたいとかで何か潜り込んでたりするんじゃなかろうか、とか思ったんだが、普通に落ちてた
因に、ヤバいとは思いつつ、時折それとなく夜会で見てみたりと監視はしている
あんなんでも、聖女の可能性高いからな。当然、原作ゲームでは主人公である聖女が死ねばゲームオーバーだし、この世界では流石にそんな事は無いだろうが詰みかねないから見ておくべきってのがある
「マジでか
結局出会ってないからなんとも言えないんだが」
「あいつはマジものだ。お前並に分かりやすい」
「ちょっと待てバカ皇子」
「何だよ、ミスター七色の才覚
固有スキル変わってる時点で偽物かチート持った転生者確定だろお前」
なんて、不毛な争いは置いておいて
『にゃっ!』
「悪い悪い
行こうか、アイリス」
頭に爪を立てられて、おれは友人から離れる
因にこの猫ゴーレムだが、向こうに声は通るようになっている。なので、おれが転生者目線で話しているってのは聞かれてるんだが……
実はおれ、別人だったって夢を見たことがあるんだ、と言ったら納得された
ってそれはどうなんだアイリス。言っちゃなんだが、普通にヤバい発言だぞあれ。というか、おれも転生者だと明かす明かさないの基準がかなり雑だな
おれは単なる第七皇子、転生者じゃない。そう思われている事が何処かでアドバンテージになる事を期待してる割に、隠しきれてない
「と、そろそろ入部式だ、行かないとな」
「おう、頑張れよ」
エッケハルトと別れ(当然だがおれはアイリスの付き添いである。その為、おれと同い年の彼は既に先輩側だ。入部式に出る必要はない。但し、初等部生代表だけは別だが)、塔へと歩く
大丈夫、覚えている。そう、代表の言葉はまず兄のおれから代理で喋ることへ謝罪しつつ、猫ゴーレムには自分が喋る力か聞いたことを自分の耳に届ける力かまだ片方しか選べなくて、その場の空気を感じるために後者を選んだが故だと弁明することから初めて……
「この初等部で過ごす三年間が、わたしたち、そして未来にとって大いに実りあるものである事を切に願います
新入生代表、第三皇女アイリス。というか、代理、第七皇子ゼノ」
……こんなんで良かっただろうか
ぶっちゃけ妹にはこういった代表挨拶なんて縁がないからおれが昨日まで考えて、そしてアイリスからすきにしてと許可を貰った新入生の言葉を言い終えて、辺りを見回す
……拍手は、まばらだ。いや、ほとんど無い
ってか、普通にヘコむなこれ。何が悪かったんだろう
で、拍手してくれている珍しいのは……
その方向に注目し、そして、変なものを見た。相も変わらず似合わない帽子がトレードマークな、白に赤色の糸で刺繍の入った制服に黒が映える少女
アルヴィナじゃんあいつ。何で居るんだ。後で聞いてみよう
と、マイク……も拡声魔法の為おれには使えず、声を張り上げるしかなかったものの形式的に持っていた拡声魔法の道具を突然ひったくられた
「ご苦労!
とまあ、お前何で居るの?ってのが先行され過ぎて拍手は無いが気にするな代理」
……親父である。暇なのか皇帝
「ということで、学長のシグルドだ」
……そういえばそうか、と軽く頷く。国立だけあって、初等部は皇帝が学長なのだ。変な偏向基準などが無いように、と
いや、昔あったらしい。基準をねじ曲げたりして、次の皇帝の側近になれるようにと自分の血の入った子供を思い切り送り込むとか。結果、一定数値の基準ラインを本当に満たしたかどうかというのは、そういった思惑が介入しえない皇帝が判断する事となったのである。因にだが、基準は割とフレキシブルに変わる。絶対値で幾つってやると、2人しか居ない学年とか出るからな、逆に低すぎると数百人出るので、そこは皇帝の裁量だ
「さて、新入生とその周囲の諸君
代理が忌むべき者だからといって、それで拍手を止めるのはどうだろうか。あくまでも彼は代理だ
と、小言を言う気はない。だが、礼儀は守れ
さて。わざわざ今年オレが出向いた理由だが……」
一拍置いて、わざとらしく左手を上げる
そして、指を弾くや、塔二階の部屋に掛かっていた垂れ幕が燃え上がる
そして、その向こうに居たのは、多分此処で見ている皆と同い年の少女であった
まず目を引くのは、グラデーションカラーの髪。ツインテールに結いあげられたその髪は、ストロベリーブロンドとでも言うべきだろうか、赤っぽく鮮やかな金から毛先につれて色が薄くなるという結構特徴的な色合いをしていた。毛先はほぼ銀だ。それも、おれみたいな灰に近い汚い色ではなく、輝かんばかりの美しい色。アナも似た色だな、いや、グラデーションしてない分銀の綺麗さはアナが上
次に目を集めるのは勝ち気そうなエメラルドの瞳。吸い込まれるような綺麗さは、ってそんな感想アルヴィナでも持ったな
感嘆の息だけが流れ、講堂が静まり返る
当然だろう。グラデーションストロベリーブロンドの髪にエメラルドの瞳。割と魔力の影響か特殊な髪色が出やすいこの世界において、グラデーションというのはとても貴重だ。特に、先が白くなるのはたった一つの一族にのみ発現する特殊色
聖教国のトップ、いや実質的トップの地位を代々受け継ぐ一族。
因みに家の皇族補正のようなもので、オリハルコングラデーションと呼ばれる先が銀になる髪色が子供に受け継がれるのはあくまでも枢機卿になった者の子のみだったりする。恐らく、片親の職業が枢機卿、という発現条件があるんだろう。皇族のチートスペックも、皇帝or皇太子の子限定だからな。後に皇帝になる者でも、皇帝か皇太子の地位を得てその職にクラスチェンジするまでに仕込んだ子には皇族補正がない。だからたまーに産まれるらしい、皇族扱いされない長子とかいう可哀想に過ぎるものが。忌み子とどっちが辛いだろう、あれ。自分だけ弟や妹と違って、スペック一般貴族だとか……吐きそう
閑話休題。とりあえず、見て分かる隣の国のお偉いさんの娘である。そりゃ突然お出しされたら空気も凍るだろう。アルヴィナだけは眠いのか小さく口を空けてあくびをしているが、あいつ勇気あるなとしか言いようがない
そして……
おれは、彼女を知っている。正確には、そのストロベリーブロンドのオルハリコングラデーションというこの世界に一人だろう髪色のヒロインを知っている、というべきか
まあ、当然だ。そんな感じの奴、ゲームに居たらそりゃ攻略できる。アルヴィス編での攻略ヒロイン。2年になると聖女とは聖教国の私こそがそうなるに相応しいはず!とリリーナに対抗するように押し掛けてきて……という形で追加されるはずの相手だ
……だから、違和感がある。アルヴィスと同学年、つまりおれと同い年のはずなんだ、彼女。それに、幼少にどうこうは起きなかったはず。彼女のシナリオにもそんな感じの言及は無かった……と思う
「ごきげんよう、皆さん。そして、猫の後ろの貴女
わたくしはヴィルジニー。見ての通り、聖教国の枢機卿の娘ですわ。この度、帝国とお父様との話し合いの結果、わたくしがこの国の初等部に留学、という形の和平が考えられましたの
元々は、皇子と婚約等も一手と思っていたようですが」
エメラルドの瞳が、おれを見る
「出せるのが、忌み子では」
小馬鹿にしたような、言葉
『にゃっ』
「良い、アイリス。ふざけた話なのは、事実なんだ」
むくりと起き上がろうとする猫のゴーレムを軽く右手で抑え、おれは首を振る
「……とりあえず、これから宜しくお願いしますわ」
毒気を抜かれたのか、それともそもそも何も喧嘩売りに来たのではないのか。あっさりと、ブロンドの少女は一礼して引き下がっていった
ということで、もう少しの間幼少編となります
というか、タイトルに雷刃とあって原作初期から持ってると明言しているタイトルの武器出てくるの遅いですねこれ…
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誤算、或いはメイド
「……ふう」
寮の一部屋。ぶっちゃけあまり使われていない其処で、おれは軽く息を吐いた
疲れた。精神的に、だが。いや、ボロクソ言われるのは何時もの事なんだが、なぁ……
ぽふん、と軽い音を立てつつ、ソファーに沈みこむ
ってか柔らかっ!?このソファーどんな材質だ柔らかすぎる。家にあるのもっと硬いぞ
なんて、予想以上に沈む体に驚愕し、床に転げ落ちる
「くすっ」
「って、笑わないでくれ、アイリス」
そのまま、おれはベッドの方を見て呟く
そう、ベッド
寮に入る奴はあまり居ない。と言ったが、まあそれはそれ。理由があれば入る者は居る。そして、これは一つ入るに足る理由であるだろう
今のアイリスの力では、原作のように皇城から毎日ゴーレムを動かして学校に通うなんて芸当を通しきれないのだ。短期間であれば問題なく操作できるということは一年前の事件で見せ付けてはいるが、あれ一時間も動かしてないからな。毎日朝から夕方前までってのは流石に負担が大きい。ということで、距離が近ければ操作出来るだろうという話となり、こうして寮の部屋を借りたという訳だ
因みに、この寮の部屋は当然だがおれの部屋ではなくアイリスの部屋。おれの居場所は特に無い
ってか当然だろ、通うのはおれじゃなくてアイリスだしな
「……じゃ、にぃちゃんは戻るよ」
少しだけ休めたし、妹も元気?そう
代わりに新入生代表の挨拶を告げるって役目も終えたしな。もう、おれは居なくて良いだろう
そう判断し、おれにとっては場違いであるはずの其処を発つ為に、立ち上がり……
くいっと、その礼服の袖を引かれた
「アイリス?」
袖を引くのは妹しか居ない。当たり前なんだが、その事に少しだけ疑問を持ちつつ、振り返る
妹はあんまりおれと仲が良い……って事もない。おれがアイリス擁立のトップらしいと思うと何となく可笑しな感じだが、まあ、妹からすればなにかと絡んでくるウザいお兄ちゃん、って感じなんだろうか。何かと素っ気ない
だから、何時も出てってと言うように、今回もそうだと思っていたんだが……
『にゃあ』
「……にゃあ」
「真似せんで良い」
袖を引く猫(ゴーレム)に合わせ、にゃあと鳴く妹
いや、何やってるんだアイリス。可愛いけど似合わない
「どうかしたのか、アイリス」
「かえ、る?」
「ああ。もう大丈夫だろ。そのうちメイドの皆も来るだろうし」
……そういえば、とそこで思い出す
何時もアイリスの周囲に居るメイドの皆がまだ到着してないという事を。一応寮とはいえ基本貴族の子弟の為の場所、メイド他使用人の付き添いは認められている。ってか、おれも現状その枠だ。だが、それでも尚審査とかもろもろはあるわけで。だからか、未だに彼女等は姿を見せていない
おれ?いや、流石に部屋の主の腹違いの兄で皇族って身元はしっかりしてるからな。いかな忌み子でも、そういうものはほぼ顔パスだ。有名って良いな
余談だが、おれの身分証明は要らない。魔力0なんてゴミ極まる数値は赤子ですら持ってないからな。具体的に言えば、覚醒の儀を受けてない場合魔力とMPが1固定。0ではない。0なのは人間でない者と忌み子だけだから、魔力を要求するあれこれがうんともすんとも言わなければおれだ。魔力0でなければ微弱ながら反応するからな
その関係で、この塔のエレベーターにおれ一人では乗れなかったりするんだが。階層決めるの物理ボタンじゃなくて、魔力を通す事でなんだよな。おかげで魔力0のおれじゃ押しても籠が来ないし来たとしても何処で降りるとか指定できない。じゃあどうやって帰るかって?
飛び降りりゃ良いだろそんなもん。ってのは冗談……でもなくて、階段なんて無いからな、実際に飛び降りる。エレベーター部分って魔法で動くから普段は吹き抜けなので、下の階に飛び降りるを繰り返すだけで1階にたどり着くわけだ
「……?」
こてん、と首を傾げる少女。その……一度おれに切られたがまた延ばしているそこそこ長くなった髪が揺れた
いや待てアイリス。なんでそこで疑問を持つ
「……どこ、に?」
「部屋にだよ」
こくり、と頷かれる
「まだ、はやい」
「いや、皇城まで帰るとすると……」
「?」
更に首をこてん、と
いやいや、そんななんで?って顔されても困るんだが
「部屋、上」
「上には寮しかないぞ」
因みに此処は塔の上の方の階である。一部屋が1フロア。豪勢である。ってか、風呂とか普通に付いてるしな……。正直おれが暮らしてる場所より広くて豪華だ
「それ……が?」
「いや、おれは終わったらもう此処に居ちゃいけな……」
「付き添い、明日」
当然とばかりに、そう言われる
「……は?
ひょっとして、なんだが」
聞いてなかった話なんだが、嫌な……とは言わないが変な予感がする
「なあアイリス。おれがお前の代理として頭に猫ゴーレム乗っけて話するの、今日だけじゃないのか?」
どうもそんな口振りじゃないか、これ
「……うん」
「……聞いてないんだ」
「……言って、なかった」
「そうか。決まったことなのか?」
「お父さん、頷いた」
あ、これ確定事項だ。親父が良しとした以上何一つ変わらない。皇帝の決定が変わるはずもない
「ってか待て、プリシラもじいも呼んできてないぞ」
自分の世話係を思い出す。彼等だって、今日の朝おれが夜には帰ってくる前提で話をしていた。いやまあ、料理残しておくかどうか、位なんだが……。いや、これでも一応皇子なんだが、それに残り物出すとかどうなんだ。おれは気にしないけどさ
「……問題、ない」
「ないのか」
「伝え、行ってる」
それもそうか、と頷く。流石に、当たり前だろう
「……けほっ」
「大丈夫か、アイリス。疲れたならしっかり寝てろよ
明日から、学校が始まるから、さ」
そういうことなら仕方があるまい。顔パスとはいえ、魔力無いおれって一人じゃ門通れないしな。毎日皇城から通うって無理がある
聞いてなかったとかそもそもこんなの原作では無かった過去じゃないかとか色々と問題はある気がするが、まあ今更言っても無駄だ
ってか、桃色のリリーナ相手にするの疲れるんだよな……。貴方は凄い人だよ!とか言ってくるんだが、転生者丸出し過ぎて気疲れする。そんなのと、庭園会で暫く会わなくて良いとなると……こうしてアイリスに付き合わされて寮生活というのも悪くないかもしれない
「いや待て。アナ達はどうするんだ
というか、第一師匠との鍛練すっぽかすとか不味いぞ」
と、問題に気がつく
「無、問題」
「……いや、そんな話は」
「ほんとう、です……」
少し不満げに、頬も膨らませて幼い妹は語る
直ぐに、理由は分かった
「あ、あの!
は、初めまして!えっと……えっと、お招きいただき、じゃなくって
この度はわたしに声をかけてくれて、本当にありがとう御座います!」
ノックも忘れ鍵の掛かってない扉を開くや、テンパった声で語り出す少女
「……アナ!?」
「お、皇子さま!?」
そう。アナスタシア(メイド服)である
でも、おれがこれしかないからって初対面の時に渡したプリシラのとはデザインが大きく違うな。アイリスのメイド達のだ
「アナ、どうして此処に?」
いや、何となく想像が付くんだが、聞いてみる
「えっと、今日の昼、猫ちゃん……じゃなくて、アイリスさまのゴーレムが来てね?
わたしを、この学校に居る間の臨時メイドとして雇う、って」
あ、アイリスが少し自慢げにしてる
おれへのサプライズのつもりだろうか
ってか、だ。昼って事は式の途中おれの頭の上のゴーレムとのリンク切って別の動かしてたなさては。いや、一応お前の入部式だぞ聞いてやれよつまらない話だけどさ
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不安、或いは相部屋
「……とりあえず、整理しよう」
「はい、皇子さま」
こくり、と頷く色素と生気の薄い妹
「え?アイリスちゃん……居たの?」
「アナ、誰の部屋だと思ってたんだそれ」
そんな妹の存在に漸く気が付いたのか、目をぱちくりさせる少女に、おれは苦笑して尋ねる
「皇子さま」
「おれにこんな立派な寮で暮らすような資格はない」
「今、渡した」
「少なくとも自力では」
そういや自分の部屋……になるらしい部屋を見てないけどアイリスが用意した以上、同じような部屋なんだろうなーと思い訂正する
「ということでだアナ
こいつが」
大丈夫だろうと思って歩いて近付き、肩を抱いてベッドの上に上体を起こさせる。全く力の必要ない病的な軽さに少しだけ顔をしかめ、肉が無いので柔らかさの足りないその体を支える。骨が当たる程の細さ、もっと何か食えと言いたいが、ろくに肉も食べられない貧弱さではそれは厳しいだろう
「家の妹のアイリスだ」
「アイリス。第三……皇女」
「え、えっと、貴族さまより偉くて、えーっと……
皇子さま、平伏とか、した方が良いのかな」
「要るか、アイリス?」
「気持ち悪い」
妹は無表情でそう応える
嫌みとかそんなではない。感情はある。基本落ち着いているアルヴィナも割と無表情だが、それとも違う。単純に、感情表現が出来ないだけなんだ。外を全然知らないから
彼女にとって世界とは部屋と本とおれの話と、そしておれが連れ出した時のゴーレムの視界が全部。そして、彼女の知る本は絵本ばかりだ。だってそうだろう?挿し絵が無ければ何も分からないんだから
外をほぼ知らぬ妹にとって、物語はほぼ全てが想像もつかないファンタジーのものに等しいのだ。どんなものだって、絵で示してくれないと脳裏に思い描けない。それでは活字の物語はあまり面白くもないだろう。おれならば文章から割と脳裏に描かれた世界が広がるが、アイリスにとってそれは理解もつかない何かが書いてあるだけの活字の列に過ぎない
そしてこの世界では、絵本以外に挿し絵が入っているのは基本的には学術書ばかりだ。印刷も製本も魔法で出来るので書籍は発達しているのだが、絵はコストが高い。日本という多少脳裏に残る世界の文字とは異なり表音文字なのでこの世界……正しくは帝国の文字を転写するのは割と楽なのだが、絵はそうはいかない。特に術者の力量が足りないと絵は線が大きくズレてしまうからな。書籍の文字は多少実力不足で歪んで汚くてもそういうもので済ませられるが、印刷時に個人差で線がブレて狂った挿し絵入りとか売れないだろう。邪魔まである
なので、絵本の挿し絵だって基本はかなり簡易に書かれている。ちょっと絵の上手い子供が書いたようなもの。それをお手本にしたらまあ平面猫だって生まれる。そんな狭い世界で生きてきた妹は、どこまでも感情が鈍い。だから、外を見せてやりたかったって思ったんだしな
「ってことで、普通にしてくれ、アナ」
そんな妹の頭を撫でながら、おれはそう返す。触れられる事は嫌がらないので、宥めるように
「うん。それで……どう、かな」
くるっと一回転。ふわりと割と短めのスカートが揺れる
「似合ってるよ、アナ」
実際に似合っている。何で淡い銀の髪と白い肌に白黒のメイド服ってこんなに似合うんだろうな。コントラストって奴か
「と、そうじゃなくてだ
アナ、みんなは大丈夫なのか?」
孤児院を一人抜けてきた訳で。ここは貴族達の区画なので毎日孤児院から通うにはちょっと遠すぎる。きっと、此処で暮らすしかないのだろうが……
「あ、そこは何とかしてくれるんだって」
「かんぺき」
あ、うん。アイリスの言葉に不安はあるが、言っても仕方ないか
「……で、此処が部屋か……」
それから数分後、おれは壁を蹴って吹き抜けのエレベーターシャフトを使い、上の階へと来ていた
って、一々これで登るの面倒な高さしてんな此処。魔力0のおれ個人じゃエレベーター動かせないからそこは仕方ないっちゃ仕方ないが、考えものだなこれ
「あれ?皇子さまは使わないの?」
なんて、魔力式のエレベーターに普通に乗ってきたアナに言われる始末である
「いや、おれって忌み子だろ?エレベーター動かないんだ」
「……ごめんなさい、変なこと聞いて」
「単なる事実だよ、アナ」
言いながら、思う
「というか、動かせるんだな、アナ」
「え?普通動かないの?」
眼をしばたかせて小首を傾げる少女
「一定値の魔力を込めないと動かないようになってるらしい。足りないとそもそも動かせない」
大抵の場合入学を許される域値よりは低いのだったか。まあ、あまり使う人間は居ないとはいえ……いやこのエレベーターは1階から2階なんかでも使われる以上活用されているな。今日も大概の新入生が使ったはずだ。それはもう、域値より高い基準でしか動かないと大問題だ。まあ、これから入学する子供向けの域値である以上、どんな凄そうに聞こえてもレベル差のある大人は大抵なんとかなる数値なんだけどな。どんな天才でもレベルは低いからな、レベルに対する相対的な数値としては飛び抜けていても絶対値はそんなでもない。あれだ、レベル10台で測定された筋力値40越えた奴は異次元だが、上級職にまでなる存在ならば筋力40は当たり前といった感じ
ま、これはおれの例な訳だが。ま、あくまでも同世代、同レベル帯で飛び抜けて優秀な程ではなくとも動かせる程度な訳だ
「あれ?皇子さまはなら何で上に?」
きょとんとする少女
「いや、壁蹴って登ってきた」
「か、壁……」
「慣れれば結構楽だぞ。一階だけだから連続で蹴る必要もないし」
「す、凄い……です、ね」
……ちょっと引かれたか、そんな風にも思いながら
「じゃ、色々と大変だろうし、メイドなんて初めてだろうけど頑張れよ、アナ」
言って、妹から貰った鍵を使って部屋の扉を……
ん?ちょっと待てよ?
「皇子さま?開けないんですか?」
鍵を差し込んだまま固まったおれを見て、急かす銀髪の少女
いや待て。待つんだ。良く考えろ第七皇子ゼノ。気がつけこの違和感に
「……アナ?部屋は?」
「アイリスちゃんから聞いたら、ここだって」
「おれは、アイリスから1つ上と聞いたから間違いなく此処のはず……」
眼前を見る
扉は1つだ。沢山並んでいるとか、そういった事はない
つまり。つまりだ。妹の言葉が正しいならば、二人ともこの階が部屋な訳で。そして、扉が1つということは、部屋は1つしかないという事だ
要は……相部屋
「アイリスぅぅぅぅぅぅっ!」
おれの叫びは塔の中を反響し……
「……おおごえ」
更なる来訪者を呼び起こした
何時ものぶかぶか帽子、リリーナ=アルヴィナである
「アル……ヴィナ?」
「リリーナちゃん?学校に行くって聞いてたけど……」
「寮」
「……此処はおれの部屋の階らしい」
嫌な予感がしつつ、とりあえずそう言っておく
「そこで合ってる。おかね無い、部屋半分」
だが、まあ、あれだ。結構重そうなトランクごと降りてきた時点で何となく予想はついていたんだ。こんな塔の寮で知り合いを見掛けたとしても普通トランク自分の部屋に置いてから戻ってくるわな。だというのにエレベーターはまっすぐこの階に止まった時点で分かってはいた
分かりたくなかっただけで
「……そうか。確かに高いらしいよなこの寮」
幾らだったかは忘れたし、代金はそもそもアイリス持ちっぽいからおれが気にしても本来意味はないが
「でも、だからって……半分ってアリなのか?」
「皇帝、じきじき。あいつと同部屋で良いならと許可」
「親父ぃぃぃぃっ!?それは不味くないか親父!?」
何処の世界に幼い女の子と息子を同部屋で良いなら寮貸すぞという皇帝が居るのだろう。年頃の男女でないだけまだマシだが、絵面が前提として危険すぎる
いや、おれだって知ってるんだ、キスで子供は出来ないし、魔法で妖精さんが運んでくる訳でもないってことくらい。キスの先の事をしないといけないんだと。女の子は凄く苦しむらしいし、母はそれで死んだのだと知っているさ。だから間違いなんて起きるはず無い、当たり前だ
でも、それでも不味いだろう世間的に
「何やってんだ親父ぃぃっ!」
そんなおれの声は
「わ、わたしは気にしないから……皇子さまなら、安心だし」
「心強い」
そんなおれよりも本来は文句言って良いはずの二人によってかき消されたのであった
男女三人、1つ屋根の下、親公認、何も起きるわけもなく……
まあ残念ながら主人公がアレなんでえっちな事はあんまり起きません。まあ7歳ですし何なら転生前と合計してギリ成人ですからね…ロクロク知識すらありません
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部屋、或いは父の罠
「……はあ、もう良いや」
諦めと共に鍵を回しきる
珍しく魔法が使われていない古めかしい錠前式の鍵は軽い音を立てて開き、鍵を抜き取ってポケットへ
「鼓動、どきどき」
「す、凄い部屋なんですよね……」
背中に吐息が当たるくらいに近い二人の少女が見守るなか、おれは静かに……
「……御免、離れてくれ
これ、外開きだ」
そんな間の抜けたことを言ったのだった
「……綺麗……」
部屋に踏みいるや、アナがぽつりと呟く。感動的に語る言葉には少し現実味がなく
幅広くゆったりとしたスペースのある部屋。そこは半透明のカーテン(恐らくはオーロラビーストと呼ばれる淡い光の衣を纏うモンスターの外皮だ。因みに基本的に上級職にクラスチェンジした者複数で狩る生物で、土着の生物としては七大天の眷族を除けば生態系の頂点の一角であり、ぶっちゃけおれが戦ったゴーレムやキメラをして1vs1では勝てないと思われる。当然その外皮なんぞ高級品でおれでは手が出ない)で二つに仕切られており、アルヴィナの言が本当っぽいなという事を分からせる
高い天井からは魔力を込められており独りでに光を放つ他、消灯時間になると勝手に消えるシャンデリアが垂れ下がり、壁も天井も磨き上げられた石造り。その上に柔らかなカーペットが敷かれ、各所の調度品も魔法無しの手作りだろうか
ま、芸術品は手作りの方が大抵評価高いからな……なんて思いながら見回す
ところで親父?カーテンが半透明なら向こうが見えるから仕切りとして無意味なのではなかろうか。本人は全く気にしてなさげだが。というか、仕切りが半透明な上に捲れば通れるもので男女って本当に大丈夫なのか。アイリス相手ならまあ兄妹だしという免罪符はあるが、これは本気で名分がない。また変な噂立つんだろうなこれ……
「凄い部屋……」
ガチガチに固まりながら、アナがおっかなびっくり足を進める
「大丈夫かアナ」
「だってこれ全部高いんだよね?壊したらって思うと……」
「まあ、おれの居た部屋より数段高いな」
「す、数段……」
「孤児院の建物より多分このカーテンのが高いレベル」
「ひっ!」
因みにだが、おれの部屋はぶっちゃけた話質素めである。皇子にしては、って付くんだが、貴族として最低限舐められない程度の調度品。アイリスの部屋に最初に行った時にはその落差にくらくらしたものだ。皇族の中でも落差ってデカイな、と
「……ひぇっ」
怯えておれの背中に隠れる少女
こんなんでこれからこの部屋で暮らしていけるのだろうか
「……これが100年ほど前のブランドものの茶器だろ」
一応学んではいる知識で解説をしてみる
因にだが、あくまでも年代とかそこら辺まで。詳しくはおれだって覚えていない付け焼き刃って奴だ。庭園会だ何で自慢されたときに古式なのか、斬新なのか、有名な人物のものなのか、それとも名は知られていないが御抱えの職人のものなのか、そういったフワッとした傾向くらいは覚えてないと困るからって程度
正直な話、綺麗だとは思うものの、おれ自身も審美眼とか無いんで何が凄いのかは良く分からないというか。凄いかどうかくらいというか
「ひゃ、ひゃくねん……」
「ベッドの羽毛もおれのとは比べ物にならないなオイ。アイリスの部屋と同じ材質だ」
敷かれたそれを触れて思う。柔らかすぎだろう、と。しっかりと暖かく、それでいて存在感の無いふわふわの質感。雲鳥と呼ばれるあの魔物のものだ。警戒心が強く、羽毛は雲のようで、其処から雷を降らせるあの化け物の。ぶっちゃけた話、魔防0のおれでは絶対に太刀打ちできないような生き物だな
余談になるが、自室のおれのベッドだが、木製だ。マジで頑丈な木で出来てて敷き布団なんてものは無い。何なら掛け布団も無い。堅くても外でも寝られるようになれと師匠が贈ったもので、寝心地としては石の床で寝ているのと変わらない。正直気にしてなかったし野宿だ鍛えろと師匠に数日連れ出された時にはその経験から寝やすいと言えば寝やすいんだがが、改めて考えるとヤバいな。せめて掛け布団をくれ
余談だが、師匠が来る前に使ってた仮にも王族の為のふかふかベッドは今やしっかりおれの痕跡を洗われてメイドのプリシラのベッドになっている。そりゃ欲しいだろうけどさ、躊躇無く仮にも主人のものであったベッドを貰っていくとか良い性格してると思う
「そ、そんなの使えないですよ皇子さま!」
「……置いてあるんだから使えば良いんじゃないか?」
「でも」
「無問題」
マイペースに荷物から薄い布団を取り出しつつ、黒い少女が呟く。大荷物は布団などすらも含んでいたらしい
「細かい傷、もうある。今更」
「確かにそりゃ今更だな。ま、基本貴族とはいえ大抵は子供が使うものだしな。実はレプリカなのかもしれないな」
言いつつ、良く見てみると確かにちょっとした傷がベッドについていたりした。鞭跡か何かだろうか、凹みのような傷。何で付いたのだろう。まさか前の利用者が鞭で叩かれてた訳でもなかろうに
「まあ、元々傷が入ってるのに、今更どうこう言ってこないだろ」
さっきまで居た妹の部屋を思い出して呟く
だって、あの部屋の調度品には傷一つ無かったしな。そこらはまあ、仮にも物静かな皇女と、騒ぐかもしれない貴族や忌み子の差なのだろう
「気にすんなって」
言いつつ、靴を脱いでベッドに……
……ん?
「親父ぃぃぃぃっ!」
良く見ると、ベッドは一つだった
いや、かなり大きい、大きいんだが……。子供なら数人並べられるサイズだ、正直大人でも二人用くらいの大きさ。魘されても落ちないようにかなり過剰な大きさに作られているアイリスのより更に大きい
だけどさ?流石に1個は不味いだろう常識的に考えて。セッティングを決めたろう者……ぶっちゃけた話アイリス自身がやったとは思えないので、アイリスと組んでおれをアイリスの代理として動かそうとしている父……の常識を疑う
「じゃ、おれソファーで寝るから」
踵を返して、子供には大きなソファーへ
うん、横になれる大きさしてるし、変に動かなければ落ちないな
ソファーに座るだけのつもりで、どっと疲れが襲ってきて
そのままおれの意識は落ちていった
余談ですが、今作の主人公ゼノこと獅童三千矢くん(この名前は基本作品内では出ません)の享年は13です。その為、エロ方面は真面目に無知です
ヒロインよりもそういうこと疎いかもしれませんので、主人公側からのアプローチは全く無かったりしますがご了承下さい。彼にとって女の子の着替えは見ないものだし、可愛いというのは性的なほのめかしは無いものなのです
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夜、或いは談話
「……兄さん、
おれを……一人にしないでくれ」
その言葉は、何だったろうか
不意に、腕に爪をたてる痛みに意識がハッキリする
綺麗な月が、目の前に浮かんでいて
いや、違った
少し顔を動かせば鼻先が触れ合う至近距離。その気になればキス出来るガチ恋距離とでも言うべきだろうか。その距離感で、じっと満月のような金の瞳がおれの顔を覗き込んでいた
「……アルヴィナ?」
その知り合いの顔の近さに少しだけ引きながら、眠ってしまったろうソファーの上に起き上がる。腕に自分の爪が食い込んでいるのを外し、手を付いて
目の前の少女か、あるいはもう一人のこの部屋の住人か、どちらかが掛けてくれたのだろう薄く柔らかな毛布が、体から滑り落ちた
「……今、は」
「消灯時間、過ぎてる」
「そっか、寝ちゃってたんだな、おれ」
シャンデリアの火は消えていて。周囲はほぼ真っ暗闇。小器用にアルヴィナが軽く灯してくれた魔法の明かりと、猫の眼のように爛々と輝くアルヴィナの眼以外に光るものはない。というか、眼も実際に発光しているわけではない
本当に人間の眼が発光していたら大問題……ではないが、問題だ。実際、現皇帝といった強大な力を持つ人間であれば、魔法の行使時に眼が光を放ったりするのだが、それは光るほどの大魔法を使っている証拠。今、幼い少女の瞳が光っていたら、そんな少女が一体どんな大人でもそうは打てない大魔法を使っているのだという話になってしまうだろう
「……そういえば、ご飯とかは?」
「……運ばれてきた」
「そっか。まあ、良いとこの寮だものな」
使用人だから自分達で主人の分まで作れとか言われなくて良かった、と息を吐いて
「お風呂とかは?」
言いつつ、失敗だったな、と自嘲する
いや、普通女の子に振っちゃ駄目だろうそういう話
「上の階。でも、もう火は消えてる」
「いや、おれは今日は良いよ」
着ていた服はなかなかに汗でベタついていて。朝から着ていたからという以上に、恐らくは寝汗によるものが大きい
といっても、部屋は女の子と同じ。何処か下の階で汗を拭いてくるしかないだろう
「アナは……」
聞こえてくる寝息。一個しかないベッドから、微かなそれが聞こえてきて。もう聞くまでもないだろう
「というかアルヴィナ、何してたんだ?おれの顔覗いて面白かったのか?」
聞いて良いのか、聞くべきなのか。暫く迷ってそれ以外の話題を出すも話は続かず
結局おれは、ソファーに座り直しながらそう問い掛ける
「とても面白い」
「男の寝顔とか、見てて面白いものでも無いと思うんだけどな」
「魘されていて、面白かった」
「……そうか」
「だから、近くで見てた」
「……そう、か。心配してくれて有り難うな」
寝汗で汚れたソファーに座らせても駄目だろう。立ったままで、それでもおれが手を伸ばせば届く位置の頭を軽く撫でる
絹のようなさらさらとした柔らかな感触。寝るときだからか流石に帽子はなく、柔らかく熱いものが手に当たる
獣の耳の感触。単純な人ではない証明
けれども、亜人だってこの世界には居る。所謂ゴブリンといった種族等も居るし、何ならファンタジーの定番であるエルフよりもゴブリンや獣人の方が交流が深い程度には社会に馴染んでいる
いや、交流が深いといっても単純明快に、エルフ種というものが我等は七大天の真の加護を受けた上位種であると基本尊大で人類を下に見てくるが故にエルフと関わりが薄い事が大きい。獣人や小鬼が差別的に見られていないとかそんな優しい世界という訳ではないのだが
特に、亜人と分類されるくらいのケモであれば良いのだが、獣人やゴブリン、コボルト等は魔力を持たず、結果的に人類から下に見られているというのが現状だ
何なら、亜人と獣人との区別は、魔力の有無である。獣耳くらいしか獣の特徴を持たぬ二人が居たとして、魔力があれば亜人で、なければ獣人だ。亜人ならば少しだけ偏見でみられる程度だが、獣人は人間ではなく獣人だ。人権なんてものは無い
まあ、この帝国は実力さえあればある程度の偏見は跳ね返せる為、割と生きてはいけるが、七大天信仰の強い聖教国等ではまず真っ当に生きていけない。冒険者(この世界における冒険者とは、依頼主に逆らわず危害を加えず裏切らない事を魔法で制約する代わりに、国によって身分を保証された国民が金で使える傭兵の事を指す。日本で良く使われる意味に近くは見えるが自由など無く、冒険者というのも半ば金で冒険させられる者という皮肉。女冒険者に金を払って肉体関係を迫れば制約を破って魔法で死ぬかそのまま抵抗せず慰みものになるかの二択を冒険者側が選ばされる程度の人権だが、一応代価が必要になる分無いよりはマシだ)か或いは奴隷にしかなれないだろう
故に、亜人も獣人も、自身の獣の部分を晒す事は少ない。アルヴィナがずっと帽子を被っているように、普通亜人であることを隠すようにする
その為、耳に触れさせるなどほぼ無いはずなのだ。自分がそれだけ差別されうる存在だとと突き付けられるから
だのに、目の前の少女は、ぺたんと頭に付けた猫耳?に触れられても何も言わなくて
気持ちよさげに眼を閉じ、されるがまま
「耳、良いのか?」
不意に気になって聞いてみる
「偏見無いなら、良い」
……良いのか
随分懐かれた?なと思いつつ、その頭を撫で続ける
「そっか」
「どう思う?」
「どうって……おれとしては可愛いと思うぞ、その猫耳」
そうおれが言った瞬間、ぱちんと軽い音
撫でていた手が弾かれたと、一瞬呆けてから気が付く
「……ごめん、アルヴィナ
何が悪かったんだ」
不機嫌そうに耳を立てる少女に、そう尋ねる
「猫じゃない。狼」
「……そうだったのか。てっきり猫だと思っていた」
「可愛くない。狼は怖い」
「そうだな」
天狼と呼ばれる種を思い浮かべ、おれも相槌を打つ
王狼という七大天だって居るのだ。この世界の狼とは、それだけ脅威の生物である。というよりも、普通の狼がこの世界には居ない。この世界で狼といえば、王狼の化身ともされるバケモノ、天狼種だ。後は魔狼、魔神王復活と共に湧き出してくる怪物くらいだが、あの種はまだこの世界には居ないので無関係
「狼は恐ろしい存在だ。でも、アルヴィナは耳見えてても可愛いと思う
そんな怖くは見えないな」
「怖く、ない?」
「亜人でも獣人でも何でも、国民だろ?護るべきものだから怖くないよ
というか、言っちゃアレなんだけど、オオカミ亜人なアルヴィナと似たような……ヒト種の獣人扱いだからさ、おれ
忌み子って、魔力がない以上獣人と同じだろ?人間じゃないんだろ?って感じ」
言ってて自分でどうかと思う
けれども、原作でも皇族を追放され傭兵になったゼノ=原作のおれがほぼ言ってた事だし良いかなと思い直し、おれはそう言った
原作での台詞としては、迅雷獣人傭兵団団長、国民呼んで元皇族現ヒト獣人のゼノだ。だったか。余談だが、残りの傭兵団は仲間入りしない。いや、シナリオ的には仲間になったはずだが、ユニットとしては使えない。魔力の無い獣人なんて魔防0で基本カモだからということで、あくまでも裏方だ
「……獣人、嫌いじゃない?」
耳がぴくりと動く。機嫌を直したのか、そっぽを向かず此方に向き直る
「寧ろ、おれ忌み子で魔力無いからさ。獣人達の辛さも少しは分かるよ
おれは皇族だから、皇族である限り、護られてはいるけれど
……だからこそ、おれは皇族でなければいけないんだ」
「それで、怪我しても?
あの日みたいに、火傷しても?」
満月の瞳が覗き込む。嘘偽りを見抜きそうなその真剣な眼に、誤魔化しはしないと決意して
「……心配してくれるのか、アルヴィナ?
でも、それがおれの……皇族のやるべきことだから」
「怪我するのも、死ぬのも?」
「怖いよ
でもな、アルヴィナ。おれが救わなきゃいけない皆だって、おなじだけ怖いんだ。だから皇族が、怖がってちゃいけないんだよ」
「……そう」
静かに、少女はその金の眼を閉じて
「おやすみ」
会話を切り上げ、ベッドへと向かっていった
……良く考えたら、寝間着だったな……
駄目だ、変な意識をするな、おれ
女の子は、大事に護ってやるべきものだろうに
余談となりますが、獅童家は長男
ぶっちゃけほぼ忘れたゼノ=三千矢くんのうっすい記憶でしか出番はないので覚えなくて結構です
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翌朝、或いは師のはなし
「……揃ったな」
眼前に立つ鬼角の男……おれにとっての師であり、西方の怪物。半鬼が静かに小さな子供達を、6歳の幼子の群れを見下ろす
「……し、師匠……」
「馬鹿弟子か」
どうしてこうなったのであろう。頭の上で唯一気にせず丸くなる妹の猫ゴーレムの重さを感じながらおれは思い返す
朝起きて朝食。おれの分の制服はなく(当たり前だが、通うのはあくまでも妹のアイリスであり、おれは本来無関係だ)、着替えも実は持ってきていないので、妹が勝手に手配した白いものに袖を通し、入学者は集合と言われた階まで降り、部屋に集まった
それだけだ。特に何も特別なことはなく
「さて。そこの馬鹿弟子がある種の紹介をしてくれたようだ」
静かに角を揺らし、男が呟く
それを静かに見ていられるのは、おれだけだ。他の皆は、ただ立ち尽くしている
動けないのだ。眼前にいる化け物に、ただ気圧されている
鬼。正確には、二角鬼種。西方において、その名を知らぬ者は居ないだろう
一本角の鬼は数居れど、二角とはそれだけの意味を持つ。七大天が一角、牛帝の
補足とはなるが、此処で言う西の姫とは、日本という国の一般的なお姫様のイメージとは異なり、おれと同じような……は語弊があるだろう。兄シルヴェール第二皇子のような、イカれスペックの存在を指す
実際にゲームでも西の国からの留学生ルート等で牛鬼と戦えるのだが、異様にタフくて強い。ラスボスよりもタフい程だ
この世界のHP最大値は400、神だろうが魔神王テネーブルだろうが、テネーブルの飼うケイオスドラゴンだろうが400だ。ラスボス近くともなると、カンストの関係で難易度ノーマル辺りから最高難易度のHADESケイオス5までHPは400のまま変わらない
その為、高難易度終盤のボス達は、400のHPと高防御や受けるダメージ半減等のスキルで耐久を盛っている。その中で、牛鬼だけは違う。あいつのHPはHADESでも200しかない。だが、それでも、大概の敵に対しては400+受けるダメージを60軽減持ちの魔神王テネーブルを越える耐久を持つ
攻撃したとき、されたとき、ターンが進んだときに、受けているダメージの半分回復という超回復力が、牛鬼の特徴だ。例えば、HP100、防御20の牛鬼が居たとして、追撃が可能な力80(装備込み)のサムライの4ユニットで取り囲んで戦闘を行った時、1回目の戦闘後にHPは63、2回目の戦闘後にHPが58残っていて、3回目の1撃目で漸く倒せる計算となる(一度目の戦闘が、サムライ1回目の攻撃でHPが40となり、70に回復。牛鬼の反撃時にHPが85まで回復し、サムライの追撃でHPが25、そして回復で63となる)
HP100の敵に、一回60ダメージの合計5回の攻撃、累計300ダメージ与えていて超過がたった2点。実質耐久298。これでどれだけふざけた回復力か分かるだろう
しかも、これはHPも低めで防御力が低すぎる想定での話だ。現実の牛鬼はもっと堅い。それでいて回復力はさっきの想定と同じだけある。その為、普通であれば効く筈の数の暴力が一切通用しないのだ。さっきの想定ではダメージは大きく通り、ある程度回復している形だったが、合間に効きもしない弓矢で攻撃などを挟んだとしたら、0ダメージを受けて、HPの減少量の半分を回復という地獄絵図が見える
その為、牛鬼相手は基本一撃必殺、高火力奥義でもって、ある程度のHPを減らしたら残HP8割ほどを一気に梳りきって倒すというのが前提だったりする。その関係でキャラの十分な育成が不可能なRTAにおいては、留学生ルートはリセットによる試行回数前提での必殺運ゲーで良いから牛鬼を突破出来るステータスに成長しなかったらタイマーリセットして最初からという苦行がある為人気が無かった。一発限りの用意できる最高火力でギリギリ倒せずミリ残ししたとして、次の瞬間にはボスのHPが50%、戦闘終わったときには75%越えてるとかやる気無くなっても仕方ないだろう。何で乙女ゲームやっててこんなものと戦わなきゃいけないのかと敵がとてつもなく弱くなる(何と牛鬼の回復スキルが無くなってターン終了時に30回復に差し替えられているくらいの弱体化幅だ)easyに多くの女性が走ったのも頷ける
閑話休題
そんな地獄のような化け物である牛鬼。その恐怖と脅威は東のこの国にまで轟いている。それを思わせる二角は、やはり子供にとっては魔神王の一族が目の前に居るレベルの威圧感なのであろう
誰一人動かない。皇子には容赦なく噛み付いてきたグラデーションブロンドの留学生すらも、息を飲んで固まっている
「師匠。慣れているおれ以外には、もう少し柔らかな態度を」
「そのようだ」
言うや、その鍛えられた肉体の巨漢、両の手で足りる数しか居ない最上級職、人類最強の一角は……
背中に背負っていた変な面を被った
鼻も口も目もあるが、その位置が明らかに可笑しい。福笑いで作られたかのように乱雑に配置され、絶妙な滑稽さを醸し出す仮面
ぷっ!と、その滑稽さに耐えきれなかったのか、一人の少女が吹き出す
一気に空気が緩くなる
牛鬼の意匠を持つ怪物。恐れられる脅威。そういうものではないと空気が変わる
ふと、その中でおれも思う。ひょっとしてだが、アルヴィナもそうだったのだろうか。あの耳は王狼の耳に似ていて。本当に牛鬼の血を引く半鬼半人の化け物である師と違い亜人であっても、恐怖された事があって、それであんな風に聞いてきたのだろうか
「ということで、だ
お前達も聞いたことがあるだろう、西の姫を拐った牛鬼の伝説を
己はそいつの息子だ。姫である母と共に、父を殺して人世界に帰り、今ではこの初等部の実技教員をこの地の皇帝に任されたという形で此処に居る」
「「「「「「へ?」」」」」」
おれを含め、全員の声が被る
マジで?本気と書いて真面目に?
師である彼は基本的に自分を語らない。全ては剣から学べの精神、此方から話はすれど、向こうは聞いて答えを返すだけというのがおれと師の関係だ
だからこそ、おれ自身も目をしばたかせていた
「大丈夫だとも、己は人だ。子供を取って食ったりはしないとも」
「そうですね師匠。師匠が人食いならば、おれはとっくに食われている」
「と、少し脅しすぎたか、どうにも、己は子供の御守りに向いていないようだ
なあ、馬鹿弟子?」
「師匠、そこはおれに振られても困ります」
「……まあ、そうか」
言うだけ言って、その事実を告げた男は、指を鳴らす
「さて、今日全員を集めたのは他でもない
お前達の今の姿を見せてもらおう」
その言葉と共に、降りていた幕が上がる
其処にあったのは……巨大なアスレチックとでも言うべき施設であった
「……さて、馬鹿弟子
まずはお前がクリアして見せろ」
「……へ?」
何だか凄い施設だなー、明らかに塔のフロアサイズ越えてるしなと眺めていたおれは、その言葉にすっとんきょうな声をあげた
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オリエンテーション、或いはアスレチック
「……よし、やるか」
高台のスタートラインに立ち、塔よりも数倍は大きな其処を見下ろす
此処は大きなアスレチックステージ。そして、おれは……皇子なら出来るだろうと言われては逆らえず、その場所に立っている
目の前にあるのは断崖絶壁、つるつるした壁により登れなくなくしてある大穴。流石におれはこの目測で20mはある穴を飛び越えられる程の身体能力はしていない。あと5m短ければなぁと思うが、願ったところで距離が変わるはずもなく
空気がねばついている。恐らくだが、かなり湿度が高いのだろう。良くできている。水分はこうして用意されているのだから、恐らくは水の橋なんかを掛けて渡れというのだろう。ご丁寧にロープが向こう岸まで渡されているのだ、それを中心に舗装すれば割と簡単に渡れるだろう
だが、逆に言えばそうして舗装させる事が目的なのだろう。縄の中心辺りにかなり深い傷がつけられている。縄があるじゃんとそのまま乗ったら、力がかかってぷつりと切れてしまうだろう。縄そのものは綱引きに使われるような大縄だが、あの傷では人一人を支えきれない
……此処は、魔法の才ある者達の為の初等部。知識と魔法を駆使し、今の自分がどんな対処が出来るかを考える施設
そこでおれは、本来何も出来ない。魔法なんておれには使えない。一生
同じく魔法の無い獣人みたいなものだ。人でなし
だが、おれはそれでも、皇子だ!皇族だ!ならば……
ただ、駆ける
綱を渡るのではなく、その直前で踏み切り、跳躍
切られた部分を越え、その先の縄に足がつく……その瞬間、切れる前にもう一回!縄を蹴って二度目の跳躍。地面ほど安定しておらず、跳べる距離は短いが、手さえ向こうの崖っぷちにかかれば、それで十分!
「っ!」
安心して渡ってくる相手を咎めるつもりで設置された槍(穂先が鉄ではなくバウンドタートルという反発力の強い亀甲で出来た特殊仕様)が飛んで来るのを、右手で柄を掴んで捕獲。勢いを軽く殺され……
ギリッギリ!何とか左手の指が向こう岸に届く。眼前に迫るのは壁
「っらぁっ!」
そのつるつるの壁を蹴って反転。床が滑ってはアスレチックにすらならないので、指先は摩擦で滑らないため、そこを起点に大きく宙返りを決めて崖から帰還
一個目からこれって大丈夫か?と思いつつ、着地
した、その場所のタイルが崩れ落ちた
落とし穴かよ!?用意周到だなオイ!?
「っぶねぇ……」
穴の直径よりも倍くらい長い持ってきた槍をつっかえにしてぶら下がる。穴が小さくて助かったけど、あれ槍を避けて持ってこず進んでたら終わってたなおれ?
這い上がり、漸く一息つこうとする
そんなおれの前で、崩れた穴からタイル……というか、良く見ると地面の下に大きな石材が隠れていた石材が飛び上がる
ついでに、落とし穴だろう各所が蠢いて、石が浮かんでいって
「意地が悪い!」
そのコアだろう小さな石材を、槍を投げて打ち砕く。ガラガラと音を立てて、石材が地面に崩れ落ちた
ストーンゴーレムだったのかよ落とし穴の蓋してた石材。全く子供相手にやらせる難易度なのかこれ
そうして、漸く息を整えて先を見たおれの前に
滝があった
そう、滝である。水がすごい勢いで流れ落ちているアレだ。眼を凝らせばその先に洞窟の入り口らしきものがある。どうやら、次の目的はどうにかしてその洞窟にはいれ!らしい
凍らせても迂回はできなさそうで、直ぐに他の水によって削られてしまうだろう。同じ方法でぱっと見行けそうで、その実同じ魔法のごり押しを防ぐ良い設問なのかもしれない。間にゴーレムが居なければ
「あ痛って」
触れてみたら痛みが走り、指先が切れて血を吹き出す
この滝、どうやら石つぶてや細かな鉄等を混ぜて落としているらしく、普通の滝じゃない。水の塊なら何とか強行突破も出来なくもないなと思ったが、流石に脳天に鉄でも当たった日には気絶して一発でお陀仏だろう
「ふざけんなぁぁぁぁっ!」
怒りと共に、腰に構えた刀を天へと振り抜く。師匠にここ一年で教わった、近距離への鎌鼬。飛ばす置き斬撃という奴だ。その一閃が滝を斬り、暫し細い道を作る!
「……ふう」
何とかその隙間を駆け抜け(と言っても、流石に幅が足りないので肩は水のなかを通ってきた。石が当たって肩外れるかと思った)
「だから休ませろよ!?」
洞窟が保護色となって襲い来る暗い色合いの大トカゲのゴーレムの脳天に滝を斬って刃零れした刀を突き刺しつつ、おれは叫んだ
もうこの持ち込んだ刀置いてくしかないな、滝の中の石とか斬ってたせいで大きく歪んでるし、つっかえて鞘に戻せない
「……ぜぇ、はぁ……
何だよ、この難易度……」
それから暫くの時が過ぎた。此方の世界の計算で大体1/5刻。一刻が日本で言う3時間なのでつまり大体35分くらい後
洞窟内を流れてくる溶岩(無理矢理洞窟の脆い部分を蹴り破って登って避けた)だとか諸々の殺意溢れる仕掛けを越え、何とかおれはゴール前まで辿り着いていた
いや、これ疲れる……というか、子供向けじゃないだろうこれ……普通死ぬぞ……
数m先にあるのはゴールテープ。これを切ればゴールだ
疲れた体を引きずり、おれは漸くそこへ……
がっ!?
「ぎぃっ!?」
突然、体を襲う痺れ
『じじ、じじじ……』
痺れる足をもつれさせ、カラダを縛り付ける電気の鞭に体を固定されながらも、何とか動く首を回して、振り向く
気が付くと、おれのかなり後ろに、何処か電球を思わせるまるっこいボディに小さな足のゴーレムが立っていた
……疲れからか、警戒を忘れていた
最後の道。倒してみろとばかりにラスボス感あるドラゴン姿のデカブツゴーレムが待っていたが、このアスレチックの底意地の悪さからして、もう一体くらい隠れている事を想定するべきだった……!
「ぐっ、がっ……」
動けない
わかっていた。おれは魔法に弱い。魔防が0、避ければ良いという話はあるが、囚われてしまえばこういう魔法拘束には無力だ。物理的な縄ならば力任せに引きちぎれても、魔防計算の拘束魔法は無理だ
……だから、気を付けるべきだったのに
なっさけねぇ……
嘲るように、小さな足でぴょんぴょん跳ねながら、そのゴーレムはおれの前までやってくる
そして、その丸いボディから、ナイフのような小さなプラズマを纏う刃を出して……
『じじ』
「っ!おらぁっ!」
首は回る。頭は動く。両手両足が動かずとも、ボディがずらせる
ならば、手も足も出ずとも、頭は出るんだよ!
全身全霊のヘッドバット。電気系の操作を重視したプラズマゴーレム故か、丸いボディはその金属質な色から思うよりも柔らかく、近づいてきたそのゴーレムの体に額が沈みこむ
『じじ……ぜじ……れ、じ……』
そうして、ゴールテープを切って吹き飛んだおれよりも少し小さなゴーレムは、そんな音と共に停止した
「……おわ、った……」
解ける拘束。数歩進み、疲れからかテープを跨いで倒れこむ
あっぶねぇ……あのプラズマゴーレムが止めを刺す際にわざわざ近づいてきてくれず、そのまま遠距離からなぶり殺しに来てたらあのまま殺されていただろう
或いは、体は振れたから何とかヘッドバット出来たが、首を電気縄で拘束されていれば頭突きの威力も出ず、終わってた可能性もある
って、何でアスレチックで命の危機を感じてるんだろうな……というか、そんな危険なものおれ以外にやらせたらダメだろう
「なーご」
一声鳴いて労い、全方位から突き出された槍の罠で裂けた頬をざらざらした濡れていない舌で舐められる
形状は合っていても、濡れた感触まではまだ真似出来ていない不完全な猫の舌は割と痛く、それをおくびにもださないようにしながら、軋む腕を上げ、その小さな妹のゴーレムの頭を撫でる
「……36点」
「赤点ギリギリじゃないですか、師匠……
クリアしたら6割保証くらいの手心とか、無いんですか……」
「何を言っている馬鹿弟子。クリア出来ないが赤点だ。というか、最後のゴーレムが近接で止めを刺しに来なければクリア出来なかった実質失敗していた奴が手心を求めるな」
「ひでぇ……」
中々に鬼な事を言う鬼に口では文句を言いつつ
「助かる」
今日も帽子な少女の手を借りて立ち上がる
そんなおれを、別の国から来た留学生が情けないものを見る目で眺めていて
実際に情けないので、何一つ言い返せずに苦笑いする
「さて。この馬鹿弟子が何とかクリアしてみせた訳だが」
そんなおれを一瞥だけするや、半鬼の教員は、そんなおれを見ていた(一部は途中から友人になれた同士で話をしていたのか、ロクに見ていなかったことを一息つく間に確認してはいるのだが。最後までじっとおれを見ていたのは、アルヴィナとその頭の帽子の上で伸び伸びとしていたアイリスだけだ)生徒達に、少しだけ緊張が走る
「貴様ら、この弟子を最弱皇子、皇族の面汚し、忌み子等と散々な呼び方をしていると聞いた」
「じ、じ、じじつだし……」
愉快な面を被ったまま。それでも、睨まれたと思ったのか怯えつつも一人の少年が反論する
「ああ事実だ。この弟子は弱い。この初等部に入れるべきかの会議の席で、恥だからとっとと皇籍を剥奪すべきじゃないかと史上初めて協議されたらしいのは伊達ではない」
……酷い言い種である。そして、それが事実だ
だからおれは、何処までも皇族で無ければならない。実際問題、皇子でないおれに価値なんて無いんだから
「正直な話、こいつがこのアスレチックを初見ソロ突破出来なければ剥奪すべきだと意見する気でいた」
危なすぎだろ……と、心の中で安堵する
籍を剥奪されたらその時点でアイリスとの縁も切れる為ここから追い出されるだろう。それは良いのだが、皇籍の無いおれなんぞ、父から縁を切られ母の死んだ忌み子だ。そんな奴に何の価値がある
星紋症を出した場所として目を付けられているあの孤児院も、皇子の恥とはいえ一応は皇族が出資しているからということでロクな干渉を受けないのだ
そんなおれが皇子でなくなった場合、たぶんアナが帰ろうとした時に既に孤児院は潰されていて無いという状況が待っているだろう。おれは最悪冒険者で食っていけるが、あの子供達は無理だ。あそこを潰されたら、相当運が良くないと奴隷にでもなるしかない。何なら奴隷ですら死なないだけマシな末路だ
当然それはアナも同じこと。アイリスが気に入って雇ってくれれば良いが、そうでなければ路頭に迷う。行き着く先は貴族の慰みものか、或いは……。いや、流石にエッケハルトが助けるとは思うが
だからダメだ。第七皇子というその肩書きが無ければ、おれは名も聞いてない少年のペットを助けられなかったあの日のような単なる恥さらしだ
あの少年には謝罪の手紙と、あの子は忘れられないだろうが前を向いてほしいという心を込めて金一封を送っておいたが、罵倒の手紙しか帰ってこなかった。まあ、当然の話だろう
アナをあの少年のような目に逢わせない為にも、おれは皇子でなければならないのに
「さて
そんな散々馬鹿にした相手がクリア出来たもの。当然、お前達がクリア出来ないはずはないな?」
挑発するように、愉快な面の鬼は言葉を紡ぐ
……ひとつだけ言わせてくれ師匠。アイリス以外に無理言うな
だが
「わたくしを舐めないでくださる?」
グラデーションブロンドの留学生の少女は、その挑発に乗る
「このヴィルジニーにも、オリハルコングラデーションの誇りがありますわ
忌み子程度にクリア出来るもの、クリア出来ない等と言われる謂れは無くて
けれども、万が一という事もあります。このわたくし達が怪我を追うような真似は」
「そこは心配ない
そこの馬鹿弟子が忌み子故に弾いているだけで、本来は挑むものには例外無く保護魔法がかかっている。怪我はせん、痛みもない。突破に失敗したと判定されれば外に転移させられる
それだけの大魔法がこの塔にはある」
「あの、師匠?」
淡々と変なことを告げる師に、ついおれは疑問を挟む
「その魔法がかかってないおれは?普通に怪我したし、溶岩とか下手したら死んでたと思うのですが」
「こんな程度のものを初見で突破出来ず死ぬようならそんな奴皇子失格だろう」
「……その通りですね師匠」
何も言い返せなかった
「馬鹿にしやがって!」
「雑魚皇子にクリア出来るならおれだって!」
「魔法書さえあればラクショーになー」
口々に言う子供達
その前に、どさどさと音を立てて天井から落ちて小山をなすそこそこ値段するだろう本の山
「幾らでも持っていけ。何人かで組んでも構わん
クリアしてみせろ。それが今日のオリエンテーションだ」
「わたくしを舐めないでくださいまし!」
気の強い留学生の少女を先頭に、師匠に煽られて子供達は謎のアスレチックのスタートラインへと向かう
「良いのか、アルヴィナ?」
それについていかない少女に、おれは問い掛ける
「むり」
「……なら良い」
頭に乗ってくる、一人で楽々クリアしてみせるだろう妹猫の喉を撫でつつ、無理だと一人早々に諦めたアルヴィナと、意気揚々と向かうひとつ下の子供達を眺め……
「ふん、直ぐにクリアして驚かせてみせますわ!」
20分後。失格の証として塗料を頭から被り、早々に全滅して帰ってきた皆を前に、煽りにならないようどう声を掛ければ良いものかと頭を抱えた
まさか、滝の辺りを越えられたグループが2組3人だけとは……序盤だぞあそこ……
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異伝 オリハルコン少女の溜め息
「そん、な……」
絶望したように、オリハルコングラデーションの少女は、眼前に聳える巨大な施設を見上げる
簡単だと思っていた。皇子といっても忌み子。国を越えてその名を轟かす皇族の恥さらしゼノ
その名の伝播は、彼を良く思わない、そして彼が擁立するという第三皇女アイリスを蹴落としたい他の皇子皇女による恣意的なものが含まれているのかもしれない
いや、少女に向けて留学の旨を伝えに来た第二皇子の直属だという男が面白おかしく如何に彼が滑稽で無能か面白おかしく話していた辺り、確実に恣意的なものだったのだろう。犬一匹助けられないクソ皇子、妹に婚約者を救われた間抜け皇子と
だが、それでも。だとしても、本当に彼は忌み子なのだから、確かに皇子の面汚しなのだと思っていた
そんな彼ですら攻略できるもの、出来るか?などとバカにされていると思った
なのに。現実はどうだろう
彼がことも無げに飛び越えた最初の穴を過半数が越えられなかった。彼がさっくりと処理したゴーレムに3人が潰され、逃げようと滝に飛び込んで4人が磨り潰された
そうして、たった三人だけ何とか洞窟の中に入り込み、そして成す術なく大トカゲによって食い殺され全滅した
「……ああ、クリア者無しか
一つ言っておこう、それが当然だ。この施設は本来入学者の為のオリエンテーション用ではない、卒業試験だ」
実際に挑ませておいて、忌むべき子の師だという同じく禁忌の血を持つ男は面を外すことなくそう告げる
負けて当然だと
その言葉に、周囲の子供たちの沈んだ表情に輝きが戻る
それで良いんだと、素直に喜ぶ
けれども、留学生であるヴィルジニーだけは、そうは思えなかった
何故ならば、彼は……最弱の皇子は突破して見せたのだから。それも、魔法一つなく
魔法。七大天より与えられた奇跡の力。人が人である由縁、他の生命よりも上位たるべき神からの祝福。故に、人はこの地上の支配者であるのだと、七大天を奉る教会はそう説いている
そうされてきた全てを、彼は一切振るわなかった。ただその足で穴を駆け抜け、無造作に刀で滝を斬り払い、奇跡なく全てを踏破した
そんな奇跡を与えられた存在達が奇跡をもってすら、挫けたその道を。奇跡を持たぬ忌むべき子が、ただの物理のごり押しで
「……そもそもだ。どれだけ弱いと言っても、おれは皇子だぞ?
最強無敵、民の剣であり盾。皆を守るもの。それがおれだ
だからさ、気にすることなんて無いんだ」
電撃で軽く焼け痕を残す腕を見せながら、どうにもズレたフォローを、くすんだ銀髪の少年が付け加える
そんなところを気にしている人が居るとでも思っていますの?と叫びたい。皇子だから何なのだ、忌むべき子であることは変わらないはず
けれど、今言ったところで完全に負け犬の遠吠え
(これが、これが……帝国の誇る皇族)
きっ!とせめてもの抵抗として、威信をかけてその優秀さを見せつけなければならなかった留学生の少女は、それを開幕叩き潰した少年を睨み付けた
「……ええと、ヴィルジニーさん、何か?」
頭の上には、本来は直接通うべきだけれども特例として使われている第三皇女の猫ゴーレム。今までのあれこれを意にも介せぬように、くすんだ銀髪の上で呑気に欠伸なんてしている。そしてそのまま、弱き者共には興味の欠片もないとばかり、兄の頭の上で丸くなる
歯牙にもかけられていない。この兄妹に、帝国の後継者達に、故郷では彼等と同じく長を継ぐ者として畏れられ敬われるべき自分がだ
それが、どうしても許せない
「……なーご」
一つ伸びをして、子猫が此方を見る
その眼は……
「っ!な、何でもありませんわよ」
ぞっとするほどに、冷たかった
そのはずだ。冷たいなんて、当たり前のこと
それなのに
揺れる視界に、自分が思わず後退りしていた事に気が付く
「っと、疲れてしまったのかな、大丈夫?」
「要りませんわ!」
眼前に伸ばされた手。揺れる体を慮ってか差し出された、皇子の手とも子供の手ともとてもじゃないが思えない、幾多の筋と節と豆に彩られた下民のような手を、思わず掌で弾く
「忌み子が、そんな手で触れないで下さる?」
……なんて事を言ってしまったのだろう
思わず言った一言に、ヴィルジニーは自分で愕然とする
これが国内なら良い。忌み子など普通は産まれることなく死に、魔法を持たぬ忌むべきヒト(人ではない。人に似た下賤な生物、"ヒト"だ)とは、人権も何もない獣人だけ。枢機卿の娘であるヴィルジニーに触れることは、それだけでどうされても言い訳の効かない罪である
だが……思わず同じ行動を取ってしまった相手は、そうではない。人権は獣人と同じく無いが、皇子としての権限を持つ。一応、目上という事になるのだろうか
そんな相手に、この態度はない。気が立っていたからといって、やり過ぎている
「……やっぱり、忌み子が軽々しく触れるものじゃなかったよな」
……だというのに。眼前の皇子とはとても思えぬ皇子は。魔法で努力の痕一つ残さぬ完璧を繕うのが当然の人種だというのに、それすら出来ぬ落ちこぼれは。そもそも、左目の辺りに火傷痕を赤黒く残す、貴族にあるまじき一つ上の少年は
全部おれが悪いとばかりに火傷痕にひきつった笑いを浮かべる
其処に、侮蔑も何もない。仕方ないよなと、それが本当の思いであるかのように、ただ、笑う
……ふざけている
「ええ。気を付けてくださる、皇子サマ?」
バカにされている
ヴィルジニーよりも、余程恐ろしい力を持っていて。やはり枢機卿の娘だ、オルハリコングラデーションの誇りだ、と、国では散々にちやほやと持ち上げられたヴィルジニーを飄々と越える力を持ちながらも、そんな態度を取る皇子は、此処に居る全員をバカにしているようにしか見えなくて
そんな不思議な皇子を、ヴィルジニーはずっと睨み続けた。相手が、恐らくは外交問題だ何だを言ってこないことを良いことに
そんな二人を、頭の仔猫は冷ややかに、場を凍らせた男と同じく、七大天の意匠を体に持つ月にも形容される少女は興味深げに、じっと眺めていた
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異伝・妖精皇女の追憶
わたしはアイリスである。姓はまだ無い。何処で産まれたかは覚えていないけれども、ずっとこうして薄暗闇の中で一人ミィミィ鳴いていた事だけは記憶している
そんな事を考えながら、一人ぼっちの部屋で、一人きりのベッドの上で、たった一人のお兄ちゃんが買ってきた猫のぬいぐるみだけが居るその静かな場所で、わたしは一人、眼を瞑る
わたしは此処に居て、此処に居ない
幼きゴーレムマスター、妖精皇女に人形皇女。わたしを表す幾つかの言葉のように、今日も退屈な授業を聞く為に、下の階に居るゴーレムに意識を飛ばしていた
けれども、ゴーレムで兄の髪を弄るのにも飽きてきた昼過ぎ。もう、お兄ちゃんの知り合いの銀髪の孤児(名前は忘れた)メイドがちょっと焦がしちゃいましたと言っていたお昼時は終わり、彼女は一応メイドとして雇われたんですから頑張ります!と、上でどたばたと未だになれない仕事をしている事だろう
それは良い。あの子は良い。
わたしは此処で一人きり。お兄ちゃんの髪を弄るのは飽きたし、入学3ヶ月目の魔法の授業なんて聞いてても全く面白くない。特に座学。歴史の授業の方が何倍も面白い。感覚で使えることを、理論があーだこーだはとてもつまらない。それの何が役立つのか、皆目検討も付かない
ただ、導かれるように力を込めれば出来る事。魔法書を書いてみるのだって、力を込めれば出来上がる。何を学べというのだろう
けれども、お兄ちゃんは、自分に魔法の力がないから実践なんて不可能なのに真面目に魔法でボードに書かれては消えていく文字を書き写している
何が面白いのかと聞いたら、おれには無意味だけど、折角だからって返ってきた。どうやら、学生じゃないから参加は出来ないあの銀髪孤児にまめにノートを渡しているらしい。御苦労な事だと思う。わたしには無意味でも、やっぱり人には意味があるのかもしれない
何度となく、有り難う御座いますと頭を下げられて、いや、正直授業中やること無いから暇潰しだよ、と兄が返しているのを眺めた辺り、ありがたいものなのかもしれないが、残念ながらわたしには興味がない
だから、邪魔しないために意識のリンクを切り、お兄ちゃんが集中できるように、わたしは此処に戻る。何時もわたし……というか兄に突っ掛かってくる留学生は今日は睨んで追い払ったから多分問題ない
そうして、静かに時間は過ぎる。居るのはただ、お兄ちゃんが仲直りと称して買ってきた猫のぬいぐるみのミィ一匹
ミィが来た日の事は、今でも覚えている。今から1年とちょっと前。動物展だ何だの数日後の話だ
動物展といっても、イメージが掴めず平面な猫ゴーレムを作っていた方ではなく、特別展。地位のそんなに高くはない騙しやすい貴族や商人の子息を拐い売り飛ばそうとしたあの事件から数日後
掌の真っ黒に焼け焦げて、そんな状態から治りきっていないのに血の滲む強さで骨刀を握り、少女の手を取ることで、瘡蓋となった炭化した皮膚が破れて膿と血にまみれた手を。毒の仕込まれた牙で貫かれて青紫に変色した大穴の空いた左腕を。そんな大ケガに対して治癒の魔法が全く効かないからと包帯を巻いただけの兄を、何よりそんな兄を小馬鹿にして話の種にするメイドの皆の姿を見る気になれなくて追い返していたある日の事
朝起きると、寝苦しかったから開けておいた窓の縁に、この子が居た
白い首輪を付けた、不思議な色合いのふわふわした猫のぬいぐるみ。後で聞いたら、ミケって言う西方にしか住んでない西猫の一種だって
その口には、犯人からの「助けてくれたお礼にこの子を贈ります。本当は本物が良いんだろうけれども、流石に飼えないだろうから
もう一度会えると嬉しい」という手紙が咥えられていた
その日から、この子はずっとわたしの部屋に居る。たった一人の兄がくれた、本物の猫の代わりとして
実際、それで良いと思う。何度か、この子を模したゴーレムを作って孤児院に向かった兄の様子を見てきたことがあるが、一匹の犬の世話も大変そうだった
散歩に連れていって。食事は犬と人は同じものを食べられるとは限らないし、そもそもあの経営では同じものを作る余裕もあまりない(基本的に、お兄ちゃんの財布からお金が出てるから無駄遣いは厳禁だ)から別のもの
毛の掃除もしておかないと、と兄が自分も子供なのにより小さな子供たちと毛はたきを持って孤児院の隅から隅までどたばた駆け回っていたのも見たことがある
その点、この子は大人しい。食事も散歩も要らないし、毛だって落ちない。鳴かないし動かないけれど、抱き締めるとふんわり暖かい
だから、良い。メイドにお願いすれば本物だって飼えるかもしれないし、それはそれで可愛いとは思うけれど、わたしはこの子が良い
そんな事を思いながら、枕元のミィを抱き締める
そのまま、わたしは気が付くと寝息を立て始めていた
夢の中は何時も真っ黒
わたしは何時も一人で、全ては薄暗がり。それが、わたしの夢。ゴーレム操作とは意識を他に飛ばすもの。だからか、わたしの夢は何時も、これが夢だと分かる明晰夢。意識が普段とズレていても、それをそれと認識できてしまう。見る夢は、兄の語る夢とはかけはなれた、空虚な時間
だから、夢は詰まらない。わたしの夢には何もないから。わたしの世界には、物がないから
産まれたときと一緒。一人ぼっちで何もない。いや、あるのかもしれないけれども、薄暗闇では何も分からないも同じ。声は聞こえても、それが何を言っているのか全く分からなければ、風の音と同じこと
わたしは今も、あの闇のなか。病弱な皇女、物心ついてもベッドから起きられない妖精皇女
それは、決して誉め言葉ばかりではない。妖精なんて儚い生き物だ。小さく、儚く、人に似た姿をした幻想的で可愛らしく美しい生物で。魔法を使えば体が魔法の行使に耐えきれずに魔力の光となって消えてしまう。そんな生物を冠して呼ばれるのは、皇女の癖に体が弱い、役立たず、そういった意味も、きっとあるのだろう
実際わたしは、この寮に移ることすら一苦労だった。また何か誘拐があるかもしれないからと(実際にはそういった動きは無くて取り越し苦労だったけれども)、兄のメイド(といっても、彼女は兄ではなくその乳母の息子にしか目が行っていないのだけれども。わたしだったらクビにしている)の変装と入れ替わり、塔まで歩けないから兄のちょっと外での訓練で引っ掛かれてさと隆起した傷痕ででこぼこする背中に背負われて移動した。ゴーレムを使えば行けたけれども、目立つから止めようとしたら、わたしは何も出来ない。こんな迷惑を皆にかけるような皇女は前代未聞だと思う
そんなわたしは、5歳で魔力を呼び起こした後も、6歳になった今も。誰しも遠巻き。誰も近付かず一人ぼっち
メイド達だって、一歩離れている。わたしに踏み込んできたのは、わたしを誘拐して、それで何かしたかったのだろう人と……
薄暗闇に明かりが灯る
ふわふわして要領を得ない屋敷が、ぼうっと其処に浮かび上がると同時、遠巻きな風の音をかきけすように、一つの淡々とした声が響き渡る
「こうしてヘンゼルとグレーテルは、二人で手を繋いで魔女の屋敷からお家に帰ったのでした。魔女の持っていたお宝を手にもって
その後、魔女のお宝で豊かになった一家は、もう子供を捨てるような事なんて無く、幸せに暮らしましたとさ」
語られるのは一つのおはなし。兄が読んでくれた、
だからさ、兄は妹を護るものなんだよ。この話みたいにさ。と、そう彼が最後に付け加えた、幼い兄妹の話
その内容は、魔女なんて言われているのに魔女を名乗れるほどに魔法が得意じゃ無さげだったり、そもそも魔女の館になら魔法書あるだろうし、適性があえば自分が使って何時でもぽんこつ魔女を倒せるよね?と疑問ばかりであまり面白くは無かったけれど
それでも、きょうだいというものは、確かに互いに助け合うという点だけは良く分かって
だからこそ、思う
病弱な皇女と、奇跡の無い皇子。皇族として不適格なふたり
助け合う、たったふたりの兄妹
正直な話、アイリス派なんて派閥が出来てお兄ちゃんがその筆頭だというけれど(ちなみに他に誰が擁立派に居るのかなんてわたしも多分兄も知らない)、わたしは皇帝になんて向いてないと思う
もう一人の家族である皇帝……お父さんはお兄ちゃんの事を、『あいつは致命的に皇帝向きじゃない。あいつを次代にするなど有り得ないが、それを公言した時あいつの後ろ楯は何一つ無くなる。だから継承権を残しているだけだ』って言うけれど、それを言うならば、わたしの方がもっと向いてない
あの日、お兄ちゃんが手を大火傷しながら犬を助けにいったあの日。皇子の癖にとお兄ちゃんは野次馬から非難されていた。石だって投げられた。彼はそれを皇子なのに助けきれなかったおれの責任だと笑うけれど
……見ず知らずの国民に助けてと言われて、助けたいとも思わずケージの中から見ていただけのわたしは?助けようとして全部は助けられなかった事が、助けようとしなかった人々に石を投げられる程に皇族として『わるいこと』ならば、助ける気すら起きずに野次馬に混じっていただけなんて、もっと悪いことだとしか思えない
そんな悪い皇女が、親しくもない誰かの為に働きたくないわたしが、人々の上に立つなんて無理にも程がある。幾ら実力主義が強く、普段の国家運営は出来る奴等に任せ、皇帝は責任や方針を決め、最終決定することが主な仕事だとしても、だ
わたしは他人の為に動くことなんて出来ないしする気も起きない。だから、皇帝なんて向いてない
入学祝いとして届いた牛(魔物を家畜化したもの)のミルクをたっぷり使ったという高級クッキーを勝手に先に空けて食べながら『こんなんで皇族が死ぬはずも無いんで単なるアクセントなんだろうけどさぁ。酒浸けで毒抜かずに毒のままこの果実を混ぜたクッキーとかエキセントリックなもの贈ってくるよなぁ兄さんも』なんてお兄ちゃんが言っていた程に、他の皇子が皇帝になりたいなら、好きにすれば良いと思う。エキセントリックの意味は分からなかったけど
でも、たった一人のお兄ちゃんは、自分のためだよと笑って、誰かの為にその身を削り続ける。わたしに出来ないことを、皇子としての理想を体現しなければ皇族でいられない単なるおれの保身だよと言いながら、傷つきながらやり続ける
そんな彼のためなら、わたしだって動ける
……だって、お兄ちゃん自身がそう言ってるから。兄妹は助け合うんだって
……だから
皇子でなくても、わたしは見捨てないから
傷だらけになるくらいなら、一生わたしに飼われれば良い
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外伝 第七皇子と聖夜の鈴(Ⅰ)
虹の月、6の週、火の日
その日の始まりのその時に、おれはゆっくりと吊るしたハンモックに横たえた身を起こす
ここは初等部の塔の上、所謂寮の一室……の前の空間
さすがに女の子と同じ部屋は不味いだろうと、結局おれは此処にハンモックを吊って寝ることにしたのだ。アナには皇子さまに悪いです!と言われたが、身分だなんだ以前に、あの部屋には大きなベッドが一つしかない。女の子同士ならまだしも、おれが寝るわけにもいかないだろう。自分の方が身分が上だからと女の子をソファーだの床だので寝させる皇子とか笑えない冗談だ
そしてだ。ソファーで寝るのも結局異性が居るということには変わりがないから気になるだろうし、いっそ寝床は部屋の外にした訳だ
まあ、その関係でおれは野宿皇子のあだ名を得たが、そこは良い。野宿で何が悪い、師匠にサバイバルしろと放り込まれた時は何時も野宿だぞおれ
「……よっ、と」
そうして、良いだろ、大きな枕だと言っておいた枕に仕込んだもの……大きなプレゼントを取り出す
そう。日本ではないが、この世界にも新年の一週間前には聖夜というものはある。それが、今から始まる今日この日という訳だ
パーティ?そんなものは無い。この世界の聖なる夜とはクリスマスという名前ではないし、サンタクロースの逸話とかも特に無いのだ
では、何故今日が降臨節、聖夜と呼ばれているかというと……。これはゲーム設定にも関わってくる話なのだが、この世界には聖女の伝説がある
そう、恐らくはピンク髪のリリーナが何れそう呼ばれる事になるアレだ。七大天に選ばれた奇跡の少女、それが聖女であり……神話の時代に聖女が降臨したとされるのが降臨節
では、サンタクロースみたいに枕元にプレゼントを置く習慣などないだろって?初代ゲームタイトルにもある封光の杖を枕元に置く事で神々が聖女を選んだとされ、ついでに神話の時代から伝わる古い神器と呼ばれるぶっ壊れ武器にはその日七大天から聖女を護れと枕元に置かれたとされる武器も何本かある
つまり、神が選ばれし者の枕元にその証を置くって伝説が広く信じられている訳だ
それが子供にプレゼントを置く話になるのかと言われると……そもそも、サンタクロース……聖ニコラウスだって元々は子供にプレゼント贈る逸話なんて無かったらしい。大人びたクラスメイトが自慢げにまだサンタ信じてるのかよ、そんな話無いんだぜと大人しい子に絡むのを見たような曖昧な記憶がある
信じるのは勝手だろと間に入ったら、以降おれに絡んできた事は微妙に覚えている
因にだが、余談にはなるが、神器は3種類に大別される
1つは、
父が持つ大剣や、リリーナが選ばれることになる封光の杖等がこれに当たるな。ゲーム的に言えば、常に特定キャラの持ち物に勝手に入っている誰にも渡せないぶっ壊れだ
1つは、
シルヴェール兄さんが持ってる弓の神器なんかがこの世代。ゲーム的に言えば、一応誰でも持てるが、資質がある者以外だと安物の武器にすら負けるステータスになる使えればぶっ壊れだ
そして最後に、
その特徴は何といっても、前二つの神器にあった所有者を選ぶ要素が無い事。おれの神器だが、別におれ専用武器ではなくある程度刀が扱えれば誰でも使える。だからその分弱いとまではいかないくらいの性能をしており、現代で造れるならこれを量産しろよと言いたくもなるが……。残念ながら、素材の観点から言って量産不可
ゲーム的に言えば、刀レベル:C(要はそれなりに刀の扱いに習熟している扱い)さえあれば誰でも100%の力が出せるぶっ壊れ。刀自体が不遇武器の中で、これだけで刀使う価値があるとされるバケモノだ
いや、封光の杖(能力解放)やら轟火の剣デュランダルやらと比べればちょっと弱いが……。月花迅雷はぶっ壊れ専用神器が無いキャラに、ほぼ同等の武器を『キャラ制限無し』に、『
というか、今さらながら思うのだが、おれが生き残る事だけを考えるならば月花迅雷は必須事項だが、本来あの神器が刀である必然性って無いのではなかろうか
材料は刀身がドラゴニッククォーツ、芯にヒヒイロカネ、コアに天狼の雲角。コアの雲角が無限に雷を蓄え、その魔力を纏うことで普段は暗い色をしたヒヒイロカネが明るく輝く。結果、薄く走る雷鳴によって幾つか遮られたヒヒイロカネの輝きが、青く透き通った三日月の刀身に花吹雪のような紋様の桜光を散らす。その姿をもって、芸術とも呼ばれる神器の名を"月花迅雷"
だが、だ。そもそも、こんな希少な材質を使っておいて、出来上がりが刀という西方の一部人間とおれとしかまともな使い手が居ない武器というオチがまず可笑しい。ドラゴニッククォーツの量や、そもそも手が触れる辺りに雲角を埋め込む必要があることから長物である槍……は難しいだろうが、素直に剣ではいけなかったのだろうか。というか、剣の方がより誰でも使えて便利だろう。さっきのゲームの話だが、月花迅雷はあれでもそもそも刀が使えないといけないから職業が刀を持てるものに限定されるってのがバランス調整と言われてたしな……現実な今、ゲーム的なバランスなんて捨てて刀より剣の方が良いだろう
……まあ、剣だと、おれがあの神器を持っている意味が本当になくなってしまうが。そこが悩みどころだな……。折角使用者を選ばない神器をなんで忌み子が持ってるんだよって話を、いや刀使えるのおれくらいだろと返せなくなる
誰か月花迅雷を使えるキャラが他に居る等の条件を満たすととおれが持ってる必然性はないと皇族追放の際に正式に返還するしなゲーム内でも
いや寧ろ、本当に何故
いや、ゲーム内CGでも花吹雪のように桜光を散らす空色の刀って格好よかったけどさぁ!?最初の方で表示される剣撃絵とか子供心にかっけぇ……した覚えがあるけどさぁ!?刀ってのもカッコよかったけどさぁ!?
ゼノのフィギュアとかあったらしいんだけど、月花迅雷を抜き身で持ってないと落胆されるレベルで象徴的なものだったとか
あとは、子供向けだと半透明なドラゴニッククォーツの再現の予算とか足りなくてクリアパーツがちゃっちいし短くなるからと、DXではなく大人のお姉さん(と一部男の人)向けに2万5千円くらいのBSMって色んな作品の有名な剣を出すシリーズで月花迅雷(刃渡り77.7cmの劇中と同じ長さ。スマートさを維持するためにボイス再生機能などは鞘に搭載し、刀身は発光とモーションセンサーによる剣撃音のみ。必殺技が抜刀技故に鞘にボイス機能があっても引き抜くことで鞘のスイッチが押されズレなく再現できるからこそ成り立った形式だと、優しいお姉さんが興奮気味に語っていた)も発売されてたらしい。いや、子供に人気とかじゃなかったんでDX出る訳がないというのは置いておいてだ。まあ、当時のおれに万とか出せないんで縁はなかったけどさ
光る!鳴る!喋る!
うん、欲しい。でもだからって刀作ることはないだろう!?ほぼ同性能なら剣の方が何倍も皆が助かるはずだ
閑話休題
結果、プレゼントを枕元に置く文化がそこそこには浸透しているんだ。神々が聖女やその周囲の者達を特別な存在として選んだ事になぞらえて、七大天様ならぬ両親様が子供に贈り物をする。我が子が特別であるようにという願いを込めて
が……子供が望むものというよりは、もうちょっとお堅くなりがちなのが差だろうか
たとえば、おれが今回用意したプレゼントのように、教育的なものが割と定番だったりする
といっても日本人だったおれの記憶を漁ってもクリスマスを楽しんだのなんて両親が生きていた……7歳くらい?が最後で、良く覚えてないんだが
それでも、今回おれの用意したものよりは玩具とかそういったものが主流……だったんじゃないか?おれもBSM月花迅雷とか貰えるなら欲しかった
「……さて」
一息つき、おれの部屋……正確には、半分はアルヴィナが借りている寮で、もう半分は妹のアイリスの使用人(おれとアナのことを指す)の為の使用人部屋への扉を開く。そもそも塔の入口からしてしっかりとしたセキュリティであるが故に逆に単なる鍵式の扉は、ゆっくりと開き……
じっと、暗闇の中で満月のような金の瞳が此方を見ていた
「……アルヴィナ」
「待ってた」
「待ってないでくれ」
思わず脱力する
基本的に、聖なる夜に子供は早く寝るものだ。だって聖なる夜なのだから
七大天は眠るものに祝福を為す。だから皆早く寝ようなというのが(枕元にプレゼントを置く側に立った親達が子供に広めた)通例である
「……大丈夫」
「……アルヴィナの横にも、こっそり置こうと思ったんだけどな」
苦笑しながら、大きな枕と偽っておいた中に詰め込んでいたソレを広げて黒髪の少女に近付き、ゆっくりと巻き付ける
「……これ、は?」
「マフラーって言うんだ。あと、これ」
ひょいっとこんな夜中だというのに頭に被った帽子を取り上げ、同じデザインの帽子を被せる
「もっと似合う帽子あるとは思うけど、気に入っているみたいだから
予備とか欲しいんじゃないかって」
「……マフラーって、なに?」
首をかしげるアルヴィナ
その前髪が揺れ、隠れた片目がちらりと覗く
「マフラーっていうのは、寒い地方で良く使われるもので、首に巻くと暖かいんだ
まあ、皇都では基本的にはあまり使わないかもしれないけど、だからこそ珍しくて良いかなと」
こくり、と少女は頷いた
これで良いのだろうか
いや、良いのだろうきっと
満足げにマフラーの端を指にくるくると巻き付ける姿を見ておれは一つ頷き、そのままじっと見てくる月のような目の少女は一旦無視
そのまま、音をたてずに……ってしても正直無駄だが、音は立てずにベッドへと向かった
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外伝 第七皇子と聖夜の鈴(Ⅱ)
「良し、寝てるな」
「すやすや」
横でさも当然のように擬音を口に出している黒髪の少女……多分聖女ではないがゲームでの聖女と同じ名前と外見を持つリリーナ・アルヴィナに楽しそうだなーと笑いかけつつ、おれはベッドを覗き込む
枕元に靴下……は、無い。そんな文化はない
ベッドの上で、暖かな布団を被って警戒心一つ無い寝息を立てる銀髪の少女
小柄な体、そのほっそりした指には、いくつかの細かな傷が見て取れる
メイドさんとして雇われたからには頑張るです!と慣れない料理をした結果付いた傷だ。流石に今では大きなミスは無くなったが、指をざっくり斬った時には焦ったな……なんて思いつつ、布団からはみ出ている手指を握り、優しく布団の中へ返す
そうして、枕元に置くのは……
「……本?」
「そう。西方の料理本。あとは、お堅いお堅い歴史の本だな」
ぽん、と枕元に置いたハードカバーの本の束を叩いて、おれは言う
師匠がくれた日在る国の料理という本(因に西方の言葉で書かれているので、おれは内容を知らない)に、知りたそうにしていたので用意した神話の本。そして、言葉合わせの水鏡と呼ばれる水の翻訳魔法(本を水に映すと鏡映しのように反転した文字ではなく、使用者の母語で書かれた文字が見えるという魔法だ。余談だがおれには使えない)の魔法書と、あとは足りなくなってきたらしいノートの新しい奴。おまけとして新しいペンも付けておいた。この世界は魔法が発達している分、お堅い本はそんなに高くない。これだけ用意しても安いものだ。まあ、イラスト入りだと、魔法印刷が紙さえ用意しておけば全自動な代わりに多少ブレる関係で高い(この国の文字は表音文字なので多少形が崩れても読めるが、イラストは線がズレるとぐちゃぐちゃだ。おかげで、子供向けの絵本はバカ高いしイラスト付き萌え解説本なんて、貴族しか手が出ないレベルの高級品)のだが
「んっ……」
僅かに漏れる息
起こしてしまったか、とその唇を見るが、寝息であったのか、すぅすぅという規則的な音が漏れるのみ
原作には出てこない女の子。何処かで死んでしまうのかもしれない、原作では○○だから、と言えない……おれが守ると言った、守るべき相手
「頑張れよ」
かるくその頭に触れて、髪をかき混ぜる
そうしておれは、外へと向かった
「……動いてない」
「で、アルヴィナはついてくる、と」
電気が消え、エレベーターのような装置が止まった吹き抜けのシャフト。それを下に見下ろしながら、何故か横に居る少女がぽつんと呟く
「頷かないでくれないか?
こうして、昇降装置も止まっているわけだし」
「問題ない」
「問題ないのか」
「生きた昇降装置が、此処に居る」
ひょい、と。少女の手が、俺の首に回された
ちょっぴり体温の低い、柔らかな腕
近くにある髪から漂う、ふわっとした花の香り。おれの顔を見上げる金の瞳の、蠱惑的な光
それを受けて、おれは……
「行きたいなら仕方ないか」
諦めて、ひょいとその小柄な体を抱えあげた
「はい、到着」
1フロア飛ばし……では、おれは良くてもアルヴィナが辛いだろうとフロアを飛ばさずに階から階へ吹き抜けのシャフトを飛び降りて、1階へ
途中で妹の部屋には寄らない。ゴーレムに意識を移している間は半分眠っているようなものだったりするせいか、夜遅くまで起きているのだ、アイリスは
今日も少し前に、夜中の散歩をこそこそしている猫のゴーレムを見たし、まだ起きているだろう
それが分かっているから、遅くまで起きてる悪い子にはプレゼントなしだとばかりにこれ見よがしに外に出るのだ
むくれて眠ってしまった後、帰ってきてプレゼントを枕元に置く……のは侵入者避けにひっかかってバレるので、部屋のドアに掛けておくのだ。だから、実はまだプレゼントを受け取りにいってすらいない。聖夜の夜中に取りに行きますと予め言ってはあるが……起きているだろうか
「何だ。お前も外の異様な気配に混じりに行くのか」
「そんな訳ないでしょう?」
「まあな」
と、浮いた話の一つもない師匠(何でも、西方に許嫁が居るそうだ。許嫁以外の女など手を出す気が起きん、らしい)に預けておいたプレゼントを受け取る
今から配るのは、孤児院の皆の為のものだ。孤児院に置いておいた日には、子供達が探し回って先に見つけてしまうからな。そうなってはプレゼントとして失格だろう。だから、こうして手出し出来ない場所に置いておいたという訳だ
「……あれ、師匠」
プレゼントを点検する中、変なものを見掛ける
というか、預けておいた袋を開けた時点で思いっきり見えていた。見てないフリをしていただけだ
明らかに用意しておいた筈のない大振りなケース。というか、受け取った時点でこんなに大きかったっけとなったのは、中身が増えていたからなのだろう
「……これは?」
「今日は何の日だ?」
「ボクとのでーとの日?」
「何だ、そうだったのか。では、こんなものでは無い方が善かったか」
くつくつと笑い、おれをからかう師匠に、どうでしょう……と返しつつ、その大きすぎるケースを開ける
ピン、と張られた(本来は張っていては可笑しいのだが、そこは多分見映えの問題なのだろう)弦。しなやかな曲線美を描く弧
「弓……ですか」
「そうだ、弓だ」
手に取り、弦を引いてみる
「お、重っ」
子供向けのその弓であれば軽く力を込めれば引けるとたかを括っていた。だが、異様な重さに目をしばたかせる
「刀ばかりでは、遠くの相手に何も出来ん。斬撃を飛ばしても限界はある。そろそろ、お前も刀以外の武器に手出ししても良い頃だ」
「……有り難う御座います」
一礼し、でも今は邪魔なので弓をそそくさと直す
「もう授業はないだろう。明日からな」
「今日からでは?」
「……ああ、日付変わっていたな。今日からだ」
「はい!」
頷いて、でも今は……と弓を置いて、残りの袋を背に担ぐ
そんなおれを、アルヴィナは面白いものでも見るような目で眺めていた
「……皆寝てるな」
そうして、孤児院。子供達は神様を見たいとばかりに集まり、そろそろ買い換えないとな……と思っていた、遊びの最中に割れてしまった魔物の羽窓のある大部屋で、固まって寝息を立てていた
恐らく、布団にくるまったら寝てしまう!と、意地を張ったのだろう。布団を持ってきていない子供達が、皆硬い床の上で、少し寝苦しそうにしている
「ったく、風邪引くぞ」
消えた暖炉を見て、流石に……と思う
が、火をつける魔法なんておれには使えない
「……アルヴィナ、ちょっと待っててくれ」
種火ももう無い暖炉脇の薪を一本取って、おれは外に出、皇族特権だと何時も持っている刀を握る
白い息。ブレる意識を、一つに束ね
……よし、行ける!
息を整え、ぽいっと前方にその薪を投げ……
「花炎斬!」
擦る一線。刃が痛むからあまり多用するなよ、と前置きして師から習った小手先の技の一つを放つ
打ち合わせ、擦る抜刀術。ある種火打ち石の要領だ。熱を持たせ、抜き放つ刃に火花を散らし、着火する抜刀。振った刃の当てる先が燃えやすければ火を点けられるが、魔法でもなんでもないあくまでも物理現象。ゲームでのスキル的には、火属性弱点の敵に対して追加ダメージとかそのレベルでしかない。故に児戯。そのくせ、擦って熱を持たせつつ打ち合って火花を散らさせると刀身を酷使する。完全にお遊びだ。真面目に技として使うものではない
おれとてそんなことは知っている。ただ、魔法が使えない以上、暖炉に火を灯すにはこんな戯れの型でも何でも使って火を起こさなければいけなかったというだけだ
薪の端を一閃
「ほいっと」
火が点き、燃えながら地面に落ちようとする薪を軽く蹴り上げ、左手でキャッチ
そのまま鞘に刀を戻して腰に下げ、扉を開けて孤児院へ戻る
万が一失敗したら困るし、第一五月蝿いからなという理由で外に出ていただけなので、そのまま火の点いた薪を、暖炉にくべる
魔法があれば一発なんだがな、と苦笑して
「……ごめん」
「いや、アルヴィナは火属性持ってないんだろ?なら仕方ないよ」
謝る小さな友人にも笑い返して
起きる気配の無い子供達を一人一人見て、プレゼントを置いていく
ってか、雑魚寝状態で難しいな……。ベッド……はそこそこ高級品なので孤児院の子供達は基本布団を敷いて寝ているが、部屋も分かれているし枕元に置きやすいと思っていたんだが……雑魚寝だとうっかり蹴られたり、他人のと間違えたりがありそうで面倒だ
そんなこんなで四苦八苦しながらも、大きな魔物を狩る人になりたい!というケヴィンには大振りなナイフ(魔法で切れ味を落としたもの。ゲーム的に言えば、金属製で普通のナイフと同等の重さなのに攻撃力がマイナスになっていて、素手で殴るよりも痛くないし全く斬れない)、兄と二人兄が盗んできた食料で食いつないでいたスラム街から拾ってきたエーリカには、周囲の魔力をチャージして1日1回5分だけ対になる貝殻と音声のやり取りが出来る巻き貝(もう片方は、騎士学校の先生にエーリカの兄の枕元に置いておいてださいと、皇子からの頼みということを強調しつつ託してきた)、といった感じに選んだそれぞれのプレゼントを置いていく
去年は子供達に贈るプレゼントを考えていなくて、僕達悪い子なの?神様に見捨てられたの?と大騒ぎされたからな。今年はちょっと気合いも入ろうというものだ。まあ、その分一週間後に控えた新年の為の準備も合わさって、ついでにエーリカの兄を騎士学校に叩き込む入学金を払った……のと、盗んだ果物の代金も立て替えたのと(これくらい盗まれてたんだけど!?とふっかけられた。人を金持ちの坊っちゃんだと思って足元見やがってと少しだけ思ったが、まあ忌み子で皇子だから間違ってないかと思い、素直に支払った)で、金は本気で足りなくなってるが、まあそれはそれだ
「ふぅ」
朝まで消えないくらいに薪を組んで暖炉に放り込み、夜は冷えるが風邪引かないだろうと確認して孤児院を出る
窓から見送るおれが買い上げる前からの初老の管理者に軽く会釈を返して、おれは結局見てるだけだった友人を連れ、夜中の街を歩く
「アルヴィナ、何か食べて帰るか?」
此処は貧民の多い区画だが、それでも街は活気づいている。聖夜だけあって、子供は寝るし大人は遊ぶのだ。今日は特別遅くまで、色んな店がやっている
といっても、アイリスに贈ろうと思っているのはぬいぐるみ用と、子供用のマントだ。無い知恵を振り絞って贈った猫のぬいぐるみを、妹は一年以上ずっとベッドの枕元に置いて大事にしている。ならばとは思うが、沢山買ってもそれはそれで違う気がするので、ぬいぐるみ用の装飾品だ。マントにしたのは、万が一アイリスが公の場に出たときに皇族らしい威圧感出せるかなーという浅はかな考えである。マントなら身に付けてても可笑しくないしな
そんななので、マントを依頼した相手の店は早々と本来は閉まっているはずだ。無理言って起きていて貰った訳なんだが、なかなかに悪いことをした
けれども、出来は予想以上で。ホクホクしながら、カップルの多い街を、寮のある塔に戻るために歩く
「っても、子供二人だと危険だよな」
片手にマントの袋、もう片手をはぐれないようにアルヴィナの手を取って、ひょいひょいと足取り軽く進んでいく
「でもまあ、屋台ならそんな問題ないだろ。何か食べるか?」
「でも、両手が塞がってる」
空いた方の手で、少女はおれのもう片手を指差す
ああ、自分だけってのが気になっていたのか
「じゃあ、おれの分もアルヴィナに持って貰って、食べさせて貰うか
って、冗談だ」
一つ前々から準備していた聖夜が上手く行って浮かれたのか、何時もよりも軽く口が出る
自分でも現金だなとおれ自身を笑いつつ、でも小腹は空いたしと、カップル狙いで並ぶ屋台を見回して……
「アル……ヴィナ?」
ぽつりと呟く、幼いその声を耳にし
「アルヴィナ!」
財布出すわ、と自分から離していたその手を握りなおし、胸元に引き寄せる
少し冷たいその感触を腕の中に守るように抱き締めながら、おれは……
ついさっきまで彼女が居た地面につけられた、深い斬撃痕を呆然と眺めていた
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外伝 第七皇子と聖夜の鈴(Ⅲ)
「……アルヴィナ、離れるなよ」
手にした刀をしっかり握り、周囲を見回す
やけに静かだ。これだけの人が居て、だというのにあまりにも音がない。目の前で地面が削られたというのに、悲鳴一つ無い。アルヴィナはきゅっとおれに抱きついているから声を出さないとして……何故、誰も、声をあげない
その疑問は、即座に氷解した
固まっていた。全てが、だ
串焼きを焼く炎すらも、絵のように静止していた。人は動かず、まるで、時が止まったかのように全てが静かに止まるなか、アルヴィナの浅い呼吸音だけが耳に届く
自分の呼吸は聞こえない。気配を殺せ、動きを悟られるな。師の教えが、息の音を圧し殺す
零の呼吸。普通、動く前には深く呼吸する。故に、対峙した相手はそれを感じ取って、対策を始めることが出来る
だからこそ、呼吸を消し、動き出すその揺らぎを感じさせず、気が付いた瞬間には既に動き出しているという状況を作り出すことで、実際よりも対処猶予を短く錯覚させて相手を混乱させる小技だ
だが、アルヴィナが横に居ては特に意味はなくて
「時を止める力……」
ぽつり、と呟く
風魔法エアロックではない。それよりも強い力だ
こんな魔法は、ゲーム内でも出てこなかった気がする。何だ、これは
いや、確か……
「っ!刹月花!」
思い出すのは、本物の刀の神器。あれの特殊能力が確か、相手以外の時を戦闘中のみ止めるというもの。ゲーム的に言えば、戦闘中のみ、他キャラからの効果を全て無視して戦闘を行う、だったか。対象の代わりに攻撃を受けるとか防御陣形で防御upだとかそういった全てのスキル等の効果を無視し、絆支援効果すらも消すんだったか。強いと言えば強いのだが、そういった細工を使うのは寧ろ味方側だというのが難点だった。人と人との戦いであれば強かったのだろうが、人と化け物の戦いでは人の側が活用するのは難しい
故に、刹月花という本物の刀の神器は、正直月花迅雷の方が強いよねとされていたのだ。因みに余談だが、日本のクリエイター的には月花迅雷は月下迅雷のもじりなのだろうが、この世界的には迅雷を迸らせる刹月花に続く刀の神器、という意味で月花迅雷と名付けられたという話になる
閑話休題
では、刹月花という刀の神器だとして……どうなる?神器に選ばれた誰かが襲ってきている?いやそれは冗談だろう
刹月花は神々の与えた刃、原初の刀、そもそも刀という武器が刹月花の存在を見て作られたとまで言われる
だから、そもそもあり得ないはずなのだ、刹月花の所有者など
だのに、説明の付かない事態が起きている
そもそも、アルヴィナを何故狙う?おれが止まらない理由は分かるが、どうしてアルヴィナを襲うんだ
きゅっ、と胸元の母の形見のようなペンダント(母は呪いで燃え尽きたためおれに渡された、本来は子を産んだ母に渡されるはずだった魔除けのペンダント。身代わりのロザリオのようなもので、3回だけ受ける魔法効果を無効化する)を握る
時を止める刹那雪走を防ぐので1回。元々1回使ってあるので、残りはあと1度
そうして、止まった人々に紛れたろう敵を見付けるべく周囲を探り……そうして、割とあっさりと変な呼吸に辿り着く
「……え?」
それは、少年だった。おれよりも年上だろうか
おれと、それでもほぼ変わらない。10歳になっているかどうかというレベル。魔力に染まることもある髪は、恐らくは染まっていない色。瞳もまた
服装も印象に残らない普通のもの。特徴らしい特徴がない少年だった
ただ一つ、その手にある、雪のように純白の刀身を持つ一振の刀を除いては
穢れなき白。金属ではない、その刃
「……刹月花……」
あり得ないその名前を、おれは溢す
「第七、皇子……」
敵意無い声を、少年も溢す
やはり、逢ったことはない。では、誰だ
原作で刹月花を持つ青年など出てきた覚えはない。あれは、確かに西方の城に保管されているはずなのだ。ゲームでも、使い手足りえる者が居るはずだとして託されるのだから
因みに、そういった形であるため所有する特定個人は決まっていないが、ゲームでは誰かに所有者を決めたらそれ以外は所持すら出来なくなる。その辺りは確かに第一世代の特徴を持っている
だからだ。有り得ない。有り得るはずがない。此処に刹月花が存在し、そこの少年が担い手であるならば……ただ一人を選ぶ
小さく震える少女の感覚に、おれは現実に引き戻される
「……何故、アルヴィナを狙う」
何でだろうか。彼はおれに対して敵意がない
だから、話を聞く
相手の呼吸は荒い。動きも荒い。刀の持ち方も、何かおかしい。どこからどう見てもド素人といった感じ
故に、対処できる。そう信じて情報を集める
「第七皇子。そちらこそ何故」
「……?何が言いたい」
「なぜ、そいつを庇う」
……いや、多分違うけど聖女かもしれない相手だし、それが無くとも民を護るのは皇子のやることだろうに
「皇子が民を護るのに理由が要るのか」
少しの刺を混ぜて吐き捨てる
「民を護るというならば、今すぐ殺せ!」
「は?」
いや、何言ってるんだろうなこいつ
「その悪魔を!アルヴィナ・ブr……」
「黙れ!」
一閃。刹月花は破壊できないので、狙うはその腕
といっても、切り落としては取り返しが付かない(服装的に貴族ではないだろう。治療魔法が買えるとは限らない)ため、峰を使って打ち据える
「おれにアルヴィナを殺させようとするとはな」
「第七皇子!そいつは、敵だ!」
相変わらず叫ぶ変な少年
いや、真面目に何なんだろうなこいつ……と、取り落とさせた刹月花を遠くに蹴り、お前に持たれる筋合いはないとばかりの反発に片足で跳び跳ねてバランスを保ちながらながら思う
ってか、アルヴィナに抱きつかれてるからだな、このバランスの悪さ。何というか、珍しい。でもまあそうか。自分を殺しに来た変なやつとか怖いよな
「アルヴィナ、何か分かるか?」
ふるふる、と。胸元に顔を埋めたまま、少女は首を振る
どうでもいいけど、近い。ちょっと戦いにくいんだが
「本人も知らないってさ。あと、アルヴィナ
ちょっとだけ離れてくれ」
首筋が離され、そしてまた絡め取られる
背後に回っただけだ。おぶさるようにしたアルヴィナに、まあ良いかと苦笑して、背負って戦う覚悟を決める
「第七皇子!そいつは、魔神王テネーブルの妹なんだよ!」
……は?
思わずフリーズしかけ、口に走る苦味で目を覚ます
ってか、そういうフリーズにも対応するとか、鮮血の気迫って割と凄いな
魔神王の妹?テネーブルの、妹?
いや、ゲーム内でも出てきたとはいえ、何を言っているんだ?魔神王の妹は穏健派だし、直接敵として戦うこともない。兄が死んだらあっさりもう終わりにすると言ってくるモブキャラのはずだ
ああ、そうか、と納得する
寧ろだ。今の時点で魔神復活を信じているのは少ない。幾ら近い未来に魔神は蘇るという予言があるとはいえ、だ。それをこれみよがしに言うということは……
こいつの方が、恐らくは魔神なのだろう。かつての神話時代に辛酸をなめさせられた……というか魔神族を倒した聖女候補を早めに殺しに来た
それならば、さっきの言葉にも納得がいく
ブランシュ。テネーブル・ブランシュ。ゲームでのラスボスであり、魔神王。だが、神話の魔神王ではない。神話の魔神王は既に倒されている。彼は、その子孫であり、新たなる魔神王だ
……その名前が出せるとしたら、おれやエッケハルト、あとはピンクのリリーナのような転生者か、さもなくば魔神王の側の存在
そして転生者だから、というのであれば、寧ろ
「……成程な」
刀を、低く構える
リリーナが聖女だとわかるということは、恐らくは向こうにも
それが彼なのか違うのか、それは分からない
だが、考えるべきは、背に感じる重さを、護り抜くこと!そして、時の止まった民達を、傷付けさせないこと
「上等だ、魔神」
「話を聞いてくれ、第七皇子!魔神は、敵はそいつだ!アルヴィナ・ブランシュだ!」
叫ばれ、睨まれ、目の敵にされた少女はきゅっと背にしがみつく
「……違う。彼女はリリーナ・アルヴィナだ」
「……まさか」
ん、何だ?
いきなり、空気が変わったなあいつ
躊躇いが消えたというか何と言うか……
「もう、
「四天王?なんだそれは」
「……手遅れだったか、ならば!」
「遅いっ!」
少年が刀を拾い上げようとしたその瞬間、刀を鞘走らせる
雷のように、最速の抜刀。背の重さを置き去りにする勢いで踏み込み、縦に空を薙ぐ
「ぎゃっ!?」
ぽん、と飛ぶ指
まずは一本。その右手の人差し指だけを斬り飛ばす
親指を狙えば一発でまともに刀を握れなくなるが、それは困る
まだまだ向こうには喋って貰わなければいけないのだから、早々に逃げの一手を打たれるような傷を与えてはいけない
第一、ド素人に見えるが魔神ならそんな筈はないだろう。何か思い切り隠しているに決まっている。あまり追い詰めてそれを出されたら、護れるか怪しいからな
意識が高揚する。視界に微かにエフェクトがかかったようにブレ、そして戻る
ああ、抑えきれない。目の前の敵を倒すべきだという迸りが、この身を焦がす
だが、それは危険な衝動
微かなブレと共に視界の中央に映る、青い血を噴出しながら身悶える少年魔神の腹を蹴りながら背後へ跳躍
「げふっ!」
首筋に顔を埋め、何でか濡れた感触をさせるアルヴィナを怖がらせないように飛び下がる
「かふっ!」
同時、床に溢れてきた血を吐き捨てる
……《鮮血の気迫》?いつの間に発動していたんだ
吐き出した血に、意識できなかった攻撃を察知し、意識を引き締め直す
やはり、何か持っている。精神に作用する力を隠している。見た通りのド素人ではない
それに、だ
指を斬り落とした時、そして蹴った腹……そのどちらもが、やけに硬い。ステータスはおれと同等と見て良いだろう。魔力を、マナを溜め込んだこの世界の肉体は、一般的な肉体の限界を遥かに越える力を発揮する。それこそがステータス
力50は硬さの足りないなまくらとはいえ金属の剣をねじ曲げ、防御50はへなちょこな人間が射るものならば、額に鉄の鏃を付けた矢が直撃しても弾く。能力は外見に左右されない。といっても、鍛えれば多少は差が出る。それ以上にレベル、つまりは魔力量の差が大きいだけだ
そして、彼は……発動すら悟れなかった魔法、そして、あの年にしておれとほぼ変わらないだろうステータスを持つ
とすると、力は60に届かないくらいだろう
ヤバイな……と、唇を噛む
おれのステータスは前に測ったところ、確か力56。師匠から貰ったこの刀は正式なステータスを鑑定していないが、恐らくは攻撃力にして10前後だろう。7歳にしては驚異的というか、既に人間じゃないステータスだ
だが、だ。そもそも刹月花の攻撃力は驚異の45。月花迅雷の倍、父皇シグルドの持つ大剣、
ということはだ。単純明快なステータスのみで、おれが必殺で届かないから脆い部分を狙い防御値を無視する致命必殺を狙おうとしたあのアイアンゴーレムの装甲を貫ける事になる
そんな火力の前ではおれなんぞ3~4回で刺身だ
そして、攻撃力10の普通の刀vs攻撃力45の神器。打ち合ったらそれこそ一瞬で折られる。鍔迫り合いなんて仕掛けたら即死だ
全く、厄介な敵だな!
「屍天皇……ゼノ
くっ、倒すしかないのか……」
「だから、何が言いたい!」
軽く左手の人差し指を刀の根元で切り、鞘と刀身に薄く血を纏わせる
「世界を救うため、屍の皇女アルヴィナ!屍天皇ゼノ!お前達を……倒す!
この刹月花に懸けて!」
「だから、四天王って何の事なんだ!?」
謎の宣言と共に、純白の刀は少年の手の中に勝手に現れる
第一世代神器の特徴だ。何処に封印しようが蹴り飛ばそうが何しようが、所有者が来いと思えば何処からともなく現れる
そのまま刀を構えて突撃してくる少年に向けて届かない距離から抜刀。鞘と刃に散らした血を飛沫として散らし、その目を潰しながら、おれは……
屍の皇女だの四天王だの、その厨二な言葉は何なんだよと思っていた
アルヴィナは恐らく"天光の聖女"リリーナ・アルヴィナだし、おれは"第七皇子"ゼノだ。その四天王……というか、少し発音が違うしてんのう?じゃない訳だが
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外伝 第七皇子と聖夜の鈴(Ⅳ)
「……屍天皇、ゼノ!」
飛び散るおれの血を目に受け、力なく(人差し指がないので握りが甘い)刹月花の柄を握り、此方に向けて突き付けながら、名前も知らぬ少年は叫ぶ
流石に攻めてはこないか。目潰しされても来れば、その首を取ってやったのに
ところでだ、本当にそのしてんのう?ってのは何なんだ?
「アルヴィナ、わかるか?」
「分からない」
背の少女にも答えはなく。一旦忘れて相手を見据える
睨み付けることはしない。おれがせせこましい技で目潰しを仕掛けられるように、刹月花にも拘束技……というか目潰し技はある。確か光を雪のような刀身が集めて反射する形でフラッシュするのだったか。刀身の腹が不自然に此方を向くので予備動作を見て目を瞑るだけで回避できるが、回避しなければ一瞬視界を喪う厄介なもの
格下相手なら皇子舐めんな案件だが、第一世代神器相手にそんな舐めたような態度は取れやしない
それにしても刀を片手持ちだ。よくやる
基本的におれも片手で刀を振るうことは多いが、それは抜刀術の関係だ。鞘に納めた状態からのスムーズな抜刀は片手でしか出来ない。抜刀術の破壊力、速度、そして……納刀と抜刀を駆使して闘う神器たる月花迅雷を未来で手にする可能性を見据えたが故の選択として、おれは片手で刀を振るう
常時周囲に雷の魔力を放出しているかの神器は、刀身を鞘に納める事でその魔力を刃に溜め込み、抜刀により一気に放出することで雷撃を飛ばしたりという芸当が可能だ。原作でもゼノがやっていた事だしな。だから、月花迅雷を得た際に使いこなせるように、最初からおれは抜刀術を習った
開発中という情報を誰かが小学校のゴミ箱に捨てていった漫画雑誌を拾って読んだ無双ゲー版でも、迅雷ゲージが時間で貯まりモーションが速い納刀モード、迅雷ゲージを消費して雷で広範囲を攻撃出来る抜刀モードを適宜切り替えながら戦うキャラとしてゼノは紹介されていた……ような記憶がうっすらあるしな。プレイした記憶はないし、恐らく発売前におれは死んだのだろうが
だが、普通に刀を振るうのであれば、大体の場合は片手持ちなんて選択肢に入らない。当然の話だが、刀は片手で振るうより両手で振るう方が強く握れるのだから強いに決まっている。ゲームのステータスで考えても、両手持ちには力補正が入るから片手を空けておく必要性は普通はない。あるとすれば、片手がフリーな前提がある抜刀技を使うのか、或いは……
「そこっ!」
もう片手に何かを持つ場合!
振るう刃、翻る風
抜刀の速度のまま空気を裂き振るう刀により飛ばした斬撃は、刀を突き付けたままその左腰のポシェットから少年が取り出そうとした小型の魔法書を切り裂く
やはり、魔法。おれが第七皇子ゼノだと分かっていれば、忌み子と知っていれば、誰だっておれへの攻撃手段として魔法を選ぶだろう。おれが魔法の力、七大天が人に与えたもう奇跡を持たぬ呪われた子ってのは有名だからな!武器よりも魔法、それは真理
故に、彼も刀を片手持ちしたのだろう。刹月花はあくまでも豪華な牽制、その本当の狙いは、魔法攻撃
だが!
魔法書なんて脆いものだ。刹月花には傷一つつけられなくとも、この刀でも振り回せば魔法を扱うための文字が刻まれた本くらいは引き裂ける
「……どんな魔法を使う気か知らないが」
相手の少年のように突き付けることはしない。威圧感はあるかもしれないが、あの体勢から放てる技には限りがある。特に、おれに使えるものにはロクなものがない
それよりは、即座に納刀し、次の一撃に備えるが常道
鞘に刃を納め、静かに腰に構える。居合の構え
背のアルヴィナを考えるに、あまり派手な動きは出来ない。だが、問題は……無い!
「屍天のぉぉぉっ!」
キラリ、と煌めく光
此方へドタドタと足音を立てて駆けてくる少年の手の神器が強い光を放つ
灰色の空、炎までもが色づき固まった光を感じない世界に、唯一迸る輝き
だけどな!
分かりきってれば……何一つ、問題ない!
目を瞑り、光を目蓋の表面を焼くものとして感じ……
「斬空閃!」
間合いのギリギリ外、刹月花の届かぬ距離から居合一閃
刃渡りは向こうの方が長い
だが!空を裂き飛ぶ風の刃。2ヵ月かけて覚えたこの技は!刃よりも長い!
「うっ!」
少年は片手に握った刹月花を振り、その不可視の刃を振り払う
実体は無い風だからな。当たれば斬れるが、形を崩されれば崩れる斬撃。貫通もしないし、刀を直接当てるよりダメージは低い。ゲーム的には、射程が2になり(近接武器は1、弓矢等で1~2や1~3だ。弓が近接二つ分の間合いってと思うが、ゲームバランスの問題だろう)射線が通る敵を攻撃できるが、攻撃力にマイナス補正がかかるって感じだろう。そんなスキルが確か剣客って職業のスキルにあったはずだ
おれは単純に技能として修練の果てに使えるようになったが、戦闘職業でレベルが上がれば自動でスキルとして感覚で使えるようになるんだよなこれ……と少しだけレベルシステム……ヒトを越える力への不満はあるが、それは今は良い。スキルと同じものを使えるんだから
というか、スキルの取得条件をレベルではなく他条件パターンで満たした感じか。ゲームでも第一部の育成SLGパートで訓練してたら覚えられた筈だし
閑話休題
振りかぶった刹月花を防御に振るい、少年は新たな魔法書を手にして
「唱えられるかよ!」
踏み込みながら、その手を蹴り上げる
「がっ!」
「っらぁっ!」
交差し、着地は刹那。向こうの狙いはおれというよりもアルヴィナだ。背のアルヴィナを危険に晒してはいけない
その意思のもと、更なる追撃は可能ではあるが、反転して相手の背を見ながら飛び下がる
「……くそっ!屍天皇め!」
取り落とした魔法書を拾おうとしながら、呟く少年
その手にしっかりと純白の刀は握られていて。だからこそ、気を抜く事は不可能
止まった世界の中で動けるのは、刹月花を持つ者と敵だけ。アルヴィナが動けるのはその敵に当たるからで、おれが動けたのは母の形見……とも呼べないペンダントのお陰。今も動けるのは、刹月花を持つ少年魔神が、おれを敵として認識してしまったからだろう
その認識を崩させるわけにはいかない。彼が一度時を動かし、そしてもう一度自分と敵以外の時を止めることでアルヴィナを殺そうとした時、おれを敵だと認識していればおれは止まらない。だから手を緩めるな
攻めろ!
「アルヴィナ!離すなよ!」
首筋に顔を埋める少女に向けて叫び、刀を構える
もう一度抜刀術と言いたいが、次は流石に向こうから来ないだろう。故に、此方から攻めるしかない
そして、だ。抜刀一閃こそ速くとも、一々刃を納める抜刀術は、ワンテンポ行動が遅くなる
その間に、おれを敵じゃないとマインドセットされ時を止められたら負けだ。1回だけならばペンダントでまだ動けるが、2回目は無い。アルヴィナは死ぬ
そんなこと……
させる、訳が、無いだろう!
「……屍じゃない、敵じゃない、敵じゃな……」
「……おれは!アルヴィナの、味方だ!」
ぶつぶつと呟く少年の右腕を、鞘を腰に据えて空いた左手で掴み、腹を蹴る
「けふっ!」
取り落とされる刹月花。それを刀で絡めて背後に投げ飛ばし
「っ!」
振り上げた刀を返す刀で振り下ろす
「うわぁぁぁっ!」
「ちっ!」
だが、第一世代神器たる純白の刀は、何時でもその手に舞い戻る。次の指を落とす前に、奴の手には再び刀が握られていて
「甘いっ!」
思わず受け止めるように翳された刀身を掠め(その手は悪くはない。神器と打ち合えば、あっさりと此方の刀は折れるだろう。それくらいに、武器としての差は大きい)、強引に軌道を変えながら、おれが狙うは少年の左手
「いいぃぃぃっ!?」
軽くはない感触が右手に伝わる
何度も感じた、重い感覚。肉を断つ感触。土着の魔物相手に、幾度やっても慣れない重み
ぱっ、と、紅い華が咲く
「指が、指がぁぁぁぁっ!」
左手の人差し指から三本、その第一関節から先を斬り飛ばされ、もう一度刹月花を放り投げて、少年はその場に踞る
……弱すぎる
鞘に刀を戻しつつ、自問する
それに、だ。紅い華?鮮やかな赤い血?
可笑しい。おれがさっき見た少年の血は、確かに青かったはずだ。だからこそ、おれは奴が魔神、原作ゲームで戦う、おれたちの敵だと信じて……
振り返る
寒空の下、止まった時の最中に落ちる少年の右手人差し指は……確かに赤い血を流して、其処に転がっていて
「っ!精神、汚染……」
何時からだ。何時からおれは、眼前の少年を魔神と思うように誘導されていた?
あの時、《鮮血の気迫》が発動したのに、何故其処で気が付かなかった?
何時から、何処からおれは間違っていた?
きゅっと、全体重をおれに預ける少女に、アルヴィナだと思っていたのが既に違ったという事はないのだ、と安堵して
……では、何故?
本当の敵は何者で、何故奴が刹月花を持つ魔神であるかのように誤認させて少年と戦わせた?そもそもあの刹月花は、本当は何だったんだ?
そんな疑問から、落ちた刀に視線を向けて……
「がっ!」
刹那、おれの体は氷で出来た鎖で宙に縛り上げられ、アルヴィナは背から放り出された
……フロストチェイン!拘束魔法の一つか!
やられた!か弱い人のフリで、おれの意識を反らさせたのか!
歯噛みするももう遅い
「……ゼノ?」
「アルヴィナ、逃げろ!」
魔法に対して一切の耐性がないおれは、拘束魔法から逃れる術はない。だからこそ気を付けるべきで、故にこそ一歳下の子供相手に1vs3というおれ有利のハンデ戦で勝率8割前後というゴミカスみたいな戦績を実戦で克服すべきだったのだ
悔やんでも、既に意味はない
「……はあ、はぁ……」
息を切らせ、少年が立ち上がる
「ざまあみろ、屍天皇!」
……胸元で微かに起動の兆しを見せるペンダントに、ゆっくりと首を横に振る
このタイミングでもペンダントの力ならば拘束魔法を解除できる。合成個種と戦ったときにはアイリスに火急だと思わせるためにアイリスのところに置いてくるようにレオンに頼んだから使えず、ゴーレムの時はゴーレム作成は魔法ながらゴーレムの拳は魔法ではない為効果が無かったとはいえ、おれにとっては一つ切り札だ
だが、それではいけない。おれがやるべきことは、皇族の使命は、民を護ることだ。自分を護ることじゃない
だからだ。拘束は解除しない。あと一度の切り札は、本当に必要な時まで温存する
例え……
「死ねっ!」
「がっ!」
振り下ろされる刃
純白の刀身がおれの赤い血に濡れ、そして……浄化されるように溶け消える
胸元に走る浅い傷。一撃での致命傷とはいかず、向こうも本気は出していない
というか、指が足りずに本気を出せないのだろう。おれを斬りつけたその刃が、4本の指で握った右手からぽろりと零れ落ちる
「よくも、よくも!屍天皇!」
「……」
静かに、拘束されたまま、少年の拳を頬に受ける
痛みは軽く。おれ自身多少人外の自覚はあったが、それでも痛いものは痛い
「このっ!このっ!このっ!」
刹月花ではなく、己の拳を振るう少年になんだこいつと思いつつ、ぺっ、と折れた前歯を一本少年の顔目掛けて吐き出す
……そうだ。乗ってこい
……忘れろ、本来の目的を
アルヴィナを探す間に時を止める程の特異な力の発動を観測した騎士団が駆けつけてこれるように、アルヴィナが何処かに隠れるまで、おれで遊んでろ!
「……くっ!第七皇子を、こんなにしやがって」
それに虚を突かれたのか、少年は手を止め、そんな事を呟く
いや待て、こんなにも何も、攻撃しているのはお前じゃないのだろうか?という疑問が思わず出かけるも、彼の中では別のストーリーがかんせいしているらしく、天を向いて吠える
「許さないぞ、屍の皇女アルヴィナ!」
……どうでも良いが、その屍の皇女ってカッコいいな、なんて場違いな事を思う
彼の中では一体どんなストーリーが成り立っているのだろう。アルヴィナが敵で、魔神王の妹で、屍の皇女
ならばおれは、原作では因縁(主におれが相討ちで倒したり負けたりする)の暴嵐の四天王カラドリウス等のように、アンデッド化した第七皇子か?四天王ではなくアンデッド時は屍天王とか揶揄されていたし、おれもそれに含まれてるのか?
だが、その咆哮で、少年は冷静さを取り戻してしまったらしい
おれを捕らえた魔法はそのまま、彼はおれに背を向ける
「……第七皇子。おれが、奴を……屍の皇女を滅ぼす
だから、安らかに眠ってくれ」
……いや、別におれは死んでない訳だが。安らかにも何も、本当に何を勘違いしているんだこの少年は
というか、言動を見るにある程度ゲームをやっていた転生者は彼自身のようだが、どうしてアルヴィナを魔神王の妹と勘違いしているのだろう。確かに、グラフィックは黒塗りのロリリーナではあったけど、魔神には魔神の特徴とかあるはずだろうに。例えば、角とか
実際、あの黒塗りグラフィックにも角のような出っ張りはあった。だが、アルヴィナにあるのはケモミミだけ。帽子で見えなかったから勘違いでもしたのか?
「……だから」
顔をあげる
……アルヴィナはまだ、其処に居る
ああ、おれは魔法なんて使えないから刀一本で。けれどもアルヴィナは違う
護身用だろう簡易な魔法書を構え、何かを唱えている
……無駄だ。あの少年はおれじゃない。おれとそう変わらないステータスだが、おれじゃないのだ
だから、普通に恐らく魔法防御力を持つ。神が与えた奇跡は、同じく神の力を持つ者達にだけは効きが悪い
……だからアルヴィナ、そんなことせず逃げるべきだ
「刹那雪走!」
純白が煌めき、一瞬だけ音を取り戻した世界は、刹那の先に再び動きと音を喪う
……あくまでも刹月花の届く距離。隠れられず、見えぬものを標的にも出来ず。故に隠れて震えていれば、発動を許さず時間を稼げる時間停止
何者にも邪魔されぬ決闘の場。アルヴィナを処刑するためだけの、たった二人の時間
おれの体も、心も、雪の光の中に時を埋もれさせて凍りつき……
アルヴィナの声が、聞こえた気がした
おれには届かない言葉。自分を鼓舞する言葉
けれどもその唇の動きが、おれにアルヴィナの思いを教えてくれる
……情けねぇ
心に、火が点る
凍え凍てつく心を、その火が溶かす
もう、少年はおれを見ない。静かに、アルヴィナへと向かう
一刀両断だろう。刹月花でその首を掻く、それだけで、アルヴィナの命は吹き消える。ステータス差とはそういうものだ。ステータス差がありすぎれば、かすっただけで耐えきれずに消し飛ぶ。この世界はそういう世界だ
……それでも
そんなこと分かってるだろうに、少女は立ち向かおうとしている
ボクが、まもる、と
ああ、情けない。お前は誰だ?おれは何者だ?
護るべき者に護られて、満足か!第七皇子!
ペンダントが燃える。最後の力を使い、灰となって燃え尽きてゆく
だがそれで良い。同時、心も時も埋もれてゆく雪は溶け、体に熱が戻る
……動く
少年は、アルヴィナの前に辿り着く
放たれた魔法は無意味。護身用の光の矢は、格上には効かずに弾かれ消えて
「屍の皇女。此処で終わりだ
誰も来ない。屍天皇も、魔神王も」
ちょっとずつ、左手に持った鞘を上に投げてはキャッチを繰り返し、持つ位置を変える
届いた!ならば!
柄が顔に届く位置まで来たら、動かせる手首を傾け、此方へ刀を向け……柄を、口に咥える
そして、花炎斬。咥えた刃を振るうべく首を振り鞘を切り落とすのを承知で、無理矢理打ち合わせながら刀を鞘から炎を纏わせ、振り抜く!
鞘が燃え、服が燃え、そして、腕を捕らえる氷が燃える
炎に弱い拘束魔法だ。炎属性魔法さえ使えればこんなもの無意味というレベルで熱に弱い魔法としても初歩の初歩
……ステータスしか高くない少年だからこそ、動ける!
「だが、もしも、一生僕に従い尽くすなら……」
刹月花を振りかぶり、少年は問う
「……助けて、ボクの……」
ああ、分かってるよ、アルヴィナ
「……ならば!世界を救う!終われ!屍の皇女アルヴィ……」
一閃
口から右手へ
燃える袖を、ちらちらと炎舞う襟を無視して刃を渡し、そして、横凪ぎ
「……え?」
ぽろり、と
純白の刃が、その右手ごと、少年の腕から零れ落ちた
「あんぎゃぁぁぁぁっ!?」
「終わるのは、お前だ!」
返す刀。迸る剣閃
そして、更に咲く大輪華
「……腕が、僕の腕がぁぁぁぁぁっ!神から与えられた力がぁぁぁぁぁっ!」
眼前に転がる右手、そして重なるように落ちた左腕
武器を握るべき双腕を呆然と見詰め、少年は言葉にならぬ声を奏でる
……ああ、やはり
弱すぎる。こいつは、魔神なんかじゃない
「屍天皇ぉぉぉぉっ!
何故だ!何故動ける!時を止めた筈だ」
叫ぶ声。響く慟哭
黙れ、と足を払い、地面に少年の顔を叩きつけて言葉を返す
「母の残した……いや、母に渡される筈だったペンダントの力だ」
「有り得ない!そんなもの、原作のゼノにはなかった筈だ!」
……やはり、転生者か
「原作が何か知らないが、未来だろうおれが持っていないから可笑しい?
当然だ。今、使いきった」
僅かな火傷痕を首に残し、ペンダントが燃え尽きる
「……屍天皇ぉぉぉぉぉぉっ!」
「もう、終われ」
そうして、ポシェットから零れ落ちた残り1冊の魔法書を踏み潰し、少年の首に刀を突き付け……
「……あ」
少年の瞳から光というものが消えたその瞬間、少年の全てが風に包まれる
「ちっ!」
その風が消えたとき、少年の姿は何処にも無かった
「……逃げられたか」
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外伝 第七皇子と聖夜の鈴(Ⅴ)
「……ふぅ」
刀を振って鞘に……戻す何時ものルーティンを行おうとして、鞘が既に無いという事に気が付く
鞘であったものは、斬られ歪んだ金属と、半端に燃え残る木の変な残骸として、ついさっきまでおれが居た場所に転がっている
……流石に幾ら皇子とはいえ抜き身の刀を携帯する訳にもいかない。向こうの少年はそんなこと気にせず(まあ、何時でも何処でも呼べるから持ち歩く必要すらないのだが)刹月花は抜き身だったが
どうするかなぁ……と思いつつ、消えた少年が落としていった刹月花に触れる。持てはしないはずだが、此処は人はそこまで多くないとはいえ人の歩く通りだ。落ちた刀を放置する訳にもいかない。特に、止まった時は恐らくはもう動き出すのだから
そして、その手が触れた瞬間
かの純白の刀は黒く濁り、ぽろぽろと土になって崩れ落ちた
「……偽物、だったのか……」
掌に残る土くれ。それを握り、ぽつりとおれは呟く
触れたら崩れるなど有り得ない。おれとて第一世代神器は良く知っている。何度か触らせて貰ったことだってある。轟火の剣デュランダル、ゲームタイトルを冠する父の神器だって
その時だって、轟火の剣に触れようとした瞬間に燃え盛ることで拒絶され、なおも手を伸ばしたら見えない力で弾かれたが、剣が崩れて消えることは無かった。何故此方が逃げる必要があるのだろうとばかり、あの剣は堂々とあの場所に突き立っていた
それにだ、呼べば来るといっても、転移しかただって崩れるようなものではない。例えば轟火の剣は、父が手を翳すと安置された状態から炎を纏って輝き、そして炎と共に転移してくる形だ。刹月花ならば……いきなり少年の手の中に出現していたのを見る限り、恐らくは、呼んだ瞬間一瞬だけ時が止まり、その間に転移してくる形。安置された側から見れば、一瞬の断絶を感じた次の瞬間、眼前から消えているという形だろう。つまり、このように土になって消えることは有り得ない
つまり、この刹月花は偽物ということになる。本物っぽくて、けれども本物より弱いパチモノだったのだろう
「……誰が、こんなものを……」
「七大天?」
とてとてと横にやってきた少女がおれの独り言を聞き、首を捻る
「七大天……。そうなのかもしれないし、違うかもしれない」
「違うの?」
「あいつはアルヴィナを狙った。それは自分の意思だったのか、それとも誰かに嘘を吹き込まれたのか……そこが分からない
そもそも、あいつは本当にかつて封印されたという魔神だったのか?そこら辺も、あの黒幕も、刹月花の偽物も、何もかも分からないことだらけだ」
「大変」
相槌を打つ少女
「でも、ひとつだけ分かることがある」
「……なに?」
「アルヴィナが無事で良かった」
見上げてくる満月のように丸い金の瞳に、おれはそう返して
「……やっぱり、聞かなかったことにしてくれないか?」
結構恥ずかしい事言ったな、という事に気が付いて少女から目線を逸らす
そして、わざとらしく袖の火が消えた服を見て……
「や、やらかした……」
袖から燃え移ってコート自体が穴空きになっているという事実に気が付き、肩を落とした
子供用のコートに火の粉の穴が幾つか空き、なかなかにみすぼらしい姿に変わっている。普段使い出来ないほどではないが、穴空きコートなんて皇族が使ってたらバカにされるものだ。もう使えないだろう
そして、その火の粉の穴は……戦う前にマントを突っ込んだ大きなポケットにも3箇所ある
「……無事……、な訳がないよな」
広げてみるも、しっかりと軽い焦げ跡が残っている
子供用のマントにくるんでおいたぬいぐるみのマントは無事。だが、お揃いと言って差し出すには、流石に問題が残るだろう感じだ
……ぬいぐるみのマントだけ、はどうだろう。と思ってみるも、プレゼントとしては煽っているように見えてしまう気がしてならない
そう思って悩むも、答えなど出なくて
「朝までに考えないとな」
にゃあ、と猫が鳴いた
……時が、動いている
「……帰ろうか、アルヴィナ」
使えなくなった子供用マントに、返り血の付いたままの刀身をくるみ、おれはそう呟いた
切り落としたはずの腕は、何時しか消えていた。恐らくだが、あの少年は上級職に既にクラスアップしていたのだろう。ならば、残らないのも納得だ
この世界、レベルと職業というものが存在する。それは周知の事実だが、ゲームでも半ば裏設定のようなものがそこに存在する。人が人として存在できる限界点が、産まれながらの(まあクラスチェンジという形で産まれ持った職業は資質さえあれば変えられるのだが)職業である下級職のレベル30だ。この段階で、世界に満ちる魔力を取り込むことで上がって行くレベルは一度頭打ちに達する。これ以上魔力を取り込もうとしても、器が一杯で取り込めないのだ。これを、レベルキャップという
では、どうすればその先に行けるのか。その答えがクラスアップ。上級職へ至ること。だが、その時点でレベルが1に戻る事からも読み取れるが、この時点で人は人のようで人でないものに変わってしまうのだ。そう、下級職の時点で、人間の許容量限界の魔力を体内に溜め込み、心臓から血管を通して魔力を全身に循環させる事で人智を越えた(というのはレベルを上げれば辿り着くので可笑しい気もするが)力を発揮している
その限界を越えるとは人としての器が壊れ、代わりにもっと大きな器が用意されるという事なのだ。血管を通して流すのではなく全身に魔力が満ち溢れるような存在に生まれ変わる、それこそが、上級職へのクラスアップ
……つまり、何が言いたいのかというと……。上級職以上の人間は、死ぬと魔力になって消える。故に、切り落とされて死んだ腕等も、魔力として消えてしまう
ゲーム本編開始後はレベルが上がりやすくなると言っていたのもその関係だ。土着の魔物は普通に生きている生物故に倒しても魔力……即ちゲームで言う経験値をそう取り込めず全然レベルが上がらないが、ゲーム本編で出てくる魔神配下の魔物は魔力の塊だ。倒したときに取り込める魔力量は比べ物にならず、レベルは一気に上げ易くなる。まあ、魔力自体はマナと呼ばれて世界に満ちている為、普段の生活でもマナが取り込まれてレベルが上がりはするしそれでステータスも上がるのだが、マナの塊を殺して取り込むのとは効率は違いすぎるな
閑話休題。つまり、消えたということはあの少年は上級職だったのだろう
「……本当に、分からないな」
おれよりもゲームに詳しい?かもしれないエッケハルトならば、何か分かるだろうか。後で相談してみようか、家に帰っているから暫く後にはなるが
そんな事を考えながら、胸元の浅い傷を見せぬようにコートの前を重ねて、おれは歩く
「……どうして?」
そのおれの背に再びひょいと後ろから乗りながら、少女が耳元でおれにそう息を吹き掛ける
「アルヴィナ、どうした?」
「襲われた、離れるのが、嫌」
「そっか。そうだよな」
確かにだ。突然襲われたのだ、それはもう、また襲われるかもしれないと思ったら怖いだろう。アルヴィナは男爵令嬢、返り討ちに出来ない方が悪いとかそんな皇族みたいな家の出ではないのだから
いや、改めて思うと割と蛮族思考してるな皇族……まあ、おれもではあるのだが
「……でも、どうして」
首に手を回し、少女は呟く
「アルヴィナ、何を気にしてるんだ?」
おれには、疑問のイミがわからず思わず聞き返す
周囲の目は……路地に入ったこともあり、そう無い
「首飾り。大事なもの」
「あ、あれか。気にするなってアルヴィナ」
「でも、お母さんのって……」
はあ、とおれはわざとらしく溜め息を吐く
「アルヴィナ
誰かを護る役に立ったんだ。おれがずっと死蔵してるより、意味があったって母さんも因果の地で喜んでるよ」
「……でも」
「アルヴィナ。あれは確かに母さんが残したものだけどさ
必要になったら売る気でいた。なんなら、孤児院あるだろ?あそこの為に指輪売ったって話はしたと思うけど、もし指輪だけじゃ足りなかったらあの首飾り普通に売ってた。だから、何にも気にしなくて良い」
これは……別に嘘でもなんでもない
会ったこともない、おれとしてだけでなく、おれと一つになった第七皇子としての素の記憶ですら覚えの無い
それにだ。忌み子の呪いで焼かれる時、おれを助けて一人焼け死んだ母の形見はおれ自身だろう
「それにさ、アルヴィナ
形ある道具はなくなっても、母の形見なら此処に居る」
そう、なおも不安そうに、首飾りの代わりにでもなろうというのかその細く柔らかな腕を首に回す少女に笑いかけて、歩みを進める
「それにしても、変な奴だったな」
「……うん」
「アルヴィナを、封印された魔神王の妹だ、なんてさ」
茶化すように、そう呟く
亜人だからって勘違い凄いよな、と。不安がらせないように、わざとおどけて
「……もしも、本当だったら?」
「本当に、アルヴィナが魔神王の妹だったら、か?」
何を不安がっているのだろう
「アルヴィナ。おれは、アルヴィナを信じた。そんなこと信じてないよ。きっとあいつの戯れ言だ」
「……でも、信じられていたら
そう思うと、こわい」
「……そっか
でもおれは、アルヴィナがもしもあいつの言う通り魔神だったとして……」
一つ、息を切る
一瞬だけ、もしも本当にそうならばと考えたとき、心が冷えたのだ。その事を伝えないように、気取らせないように
言葉を探り、ゆっくりと伝える
「アルヴィナがそうなら、嬉しいよ、おれは」
「……嬉、しい?」
虚を突かれたように、少女の重さが揺れる
「そうだろう?神話の魔神は話が通じなかったらしい。言葉は交わせても、心は交わせない。だから、戦うしかなかった。人々が、世界が、そのままに生き残るために」
「……うん」
「でもさ、アルヴィナは違うだろ
話だって分かってくれる。友達だって、お互いに分かり合えるって、おれは信じてる
なら。こんな可愛い友達が本当に魔神王の妹なら。きっと、魔神とも分かり合えると思うんだ」
一息
呼吸を整え、乾く喉を誤魔化して、言葉を続ける
「ならば、さ。神話の時代には戦うしかなくて、今分かり合えたら。本当の意味で、戦いに勝ったとしても死んでしまっていたろう皆を含めた、国民全てを護ることが出来るって事になる。おれには手が届かなくても、手が届く希望を……人と分かり合えるかもしれない魔神を護れたって事じゃないか
だからさ、もしも万が一、アルヴィナが本当に魔神王の妹だったら、おれは嬉しいよ」
「……こわく、ない?」
「いや、怖いよ」
本当ならば怖くないと返すべきだろう。万が一、アルヴィナが本当に魔神なら、怖いなんて返すべきじゃない。気丈に返すべきだ。疑いを持たれる事を承知で聞いてくる時点で、恐らくは違うのだろうけれど
それでも、友人に嘘を言いたくなくて、素直な答えを返す
「こわいの?」
ぺろり、と耳を撫でる濡れた感触
「怖いよ。魔神は神話で戦った化け物だから。アルヴィナが本当に魔神だと仮定したら。何時殺しに来られるか、何のために人の中に居るのか、疑いだしたら怖くて仕方ない
でも。それでも。おれはその怖さより、可愛い友達という自分の感覚を信じる」
だから、おれはそう言って
首筋に、柔らかく、暖かいなにかが触れる
「……有り難う
ボクを信じてくれて」
「当たり前だろ、友達なんだから」
女の子のキスは、首筋とはいえこんな軽々しく使うものじゃないよな、なんて。少しだけ場違いなことを、おれは思っていた
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新年、或いはパレード
「……ふぅ」
草木も眠る夜中というにはまだ早い時間。火の刻の始まりの鐘
皇帝の住まう王城ではなく、勿論、学園とされる巨塔でもなく。かの学園塔とは王城を挟んで逆側に聳え立つ白亜の塔。かの七大天を奉る帝国における教徒達の総本山たる塔の天辺にあるという虹色の鐘の音が帝都全体に響き渡る、一年に一度のかの日の訪れ
即ち……人の月、一の週、火の日、火の刻
新年の始まりを告げる音である
その音を聞きながら、おれは……
「……どうしてこんなところに居ますの?」
婚約者様に詰め寄られていた
いや待って欲しい。おれは孤児院の経営者である。実質的には元々の管理者に任せてはいるのだが、おれが金を出しているから此処は第七皇子が経営してる場所だという庇護をかけているのは確かだ
だから、今日おれが孤児院に居るのは可笑しいことではないだろう。龍の月から始まった初等部も、4ヶ月……つまりは半年の期間をへて新年の休みに突入している
基本皆家に帰れと寮も封鎖され、アナも半年ぶりに孤児院に帰っているし、アイリスも城の部屋。留学生たるヴィルジニー(何でかおれに良く突っかかってくる聖教国のお偉いさん)は、白亜の塔に泊められているだろう
一つだけ補足だが、おれ自身日本なる前世の国の常識と稀にまだごっちゃになるが、この世界の1年は8ヶ月だ。人の月から始まり、虹の月で終わる384日間。体感的にだが、一日も24時間より長いだろうか
といっても、よくよく考えると長いなってくらいで、一日が32時間くらいだとしても、その分眠る時間なども長いからそんなに意識的な差は無い。一日を8つに分けた一刻……即ち3時間にあたる単位が10800秒より長いなーって程度だ
それよりも、授業が一コマ半刻だから24時間換算で90分はやってるのが長いなという方が印象的といった感じ。おれが覚えている授業なんて小学校の1コマ45分だぞ、倍以上ある
閑話休題
なので、おれが此処にいるのは普通だ
だが、何で婚約者様が此処に居るのだろう。此処に来る用事など無いだろうに
余談だが、同じくこんな庶民区に来る予定など無いだろうアルトマン辺境伯家のエッケハルト様は第三皇女の侍女という割の良い半年の奉公で稼いできた少女のお金によって新品に買い換えられた窓の部屋で幼い子供と遊んでいる。いや、来たなら遊びを手伝えと遊ばさせられている
幼いリラード(親が冒険者やってて死んだトカゲ獣人)を肩車しているのがちらちら見える辺り、真面目にやっているのだろう
だが、何しに来たのだろう。アナにでも会いに来たのだろうか。いや、おれとしてもあの子には幸せになって欲しいし、そういう点で考えればなかなかの地位にある貴族であるエッケハルトと縁があるのは良いことなんだが……
となると、原作では影も形もないのが気になるところだ。同じくこの世界の辿る未来の可能性をゲームとして知ってるはずのエッケハルトは、アナについての未来を誤魔化すし……
素のゲーム版しか知らないおれに比べて、漫画版だの小説版だの続編の情報だの知ってる彼の方が、おれは原作で出てきていないと思い込んでいる○○版でのみ語られるキャラとか良く知ってそうなので、そこら参考にしたいんだが……
ひょっとして、原作では星紋症で死んでいたりするのだろうか。或いは、何らかの理由で原作前に死ぬとか
いや、だとすれば何か話してくるだろうしな……。本当にエッケハルトも何も知らないのだろうか
いや、そこら辺をずっと考えていても仕方がないんだけど、ずっと気になっている。この世界はゲームのようでゲームではない。皆この世界を生きている
ならば、知り合った、関わった、そんな皆にはやっぱり幸せになって欲しい。そんなの当たり前だろう。名前も覚えていない日本でのおれだって、きっとそう思っていた
『……おれよりも、万四路に生きていて欲しかった』って、きっと
「分かりませんの?相変わらずですわね」
「分かりませんよ。相変わらずな皇子なもので」
「今日は
ぷりぷりと怒る婚約者様
今日は何時か、知らないと言われるのは流石に心外で、はあと息を吐きながら返す
「今日は新年。その晴れの日」
基本的にはお祭り騒ぎをしたり、家族と過ごしたりする日だ
そう考えると、真面目にエッケハルトのヤツ、何故来てるんだよとなるんだが
あれか、アナは未来の妻だから実質家族!って奴だろうか。初見の印象はゴミカスだったとはいえ、何だかんだ2年以上も経てばアナとは割と仲良く出来ているし、幼馴染で恋人ってのも有り得なく無いか。仮にも跡継ぎだろう貴族が孤児の平民に入れ込んでるのはどうなのかとは思うが、皇子であるおれ自身が平民出のメイドと皇帝の息子だ、何も言うまい
それを言えばおれはこんな孤児院に来ていて良いのかという話だが、アイリスならこの4ヶ月で完全に定位置と化したおれの頭の上で猫ゴーレムが寝ている。きちんと連れてきているから無問題である
アルヴィナは来ていない。おれの知り合いの中では一番真面目かもしれない。貴族だの忌み子だのが孤児院に来ている方が可笑しいからな本来
「ええそうですわ
新年の祭の日ですの」
ぷりぷりとした表情で、その栗色の髪を揺らして、婚約者様はお怒りになられる
「それで?」
「それで?じゃありませんわ!」
バァンと叩かれる机
「なんで、わたくしが、皇族のパーティーに、招待されていませんの!」
バンバンと机を叩いて叫ぶ婚約者様
あれか。皇族パーティーというものにかなりの期待を寄せていたのか。去年のおれは西に初日の出見に行くぞと師匠に連れ去られていたからな、今年は参加できると思ってたのか
「いや、そもそも何で参加しようとしているんだ」
そんな当然の疑問を投げ掛けてしまう
「皇族の新年パーティーは、婚約者同伴でしょう!?」
うん、その通りである。因みに婚約者が居ない場合は別の人間を選んで連れてこいと言われている。その場合同性なら良いが異性だと妾だと思われたりするとか何とか。別に一夫一妻でも無いしそんな問題は無いんだけどな
ただ、連れてきたのが単なる友達であろうともあの皇子の妾とか噂が立つのは避けられない。例えばアルヴィナとか、勝手に噂されてるらしいからな……。それで良縁が結べなかったりするだろうし、本人には良い迷惑だろう
というか、アルヴィナには本当に悪いことをしている。原作で皇籍剥奪されたりする忌み子の皇子のお手つき扱いされて、折角未来を担う同い年の子供達の集う初等部に入ったのにも関わらず、将来有望な幼馴染の婚約者の一人も出来ないとか災難も良いところだろう。初等部はそういった縁を作るための場でもあるはずなのにな
おれが幸せにすると言えればカッコいいのかもしれないけれども。正直な話、原作でおれが死ぬイベントを回避できるかって言うと怪しい
鍛えてはいる。逃げたくなった事も、泣き言を吐きそうになったことも一度ではない。あの掌の大火傷とキメラテックによる腕の穴で腕を吊ったあの状態で、五体満足でなければ戦えないのでは困るだろうと何時もより寧ろキツめの修行だと言われた日には、本気でわざと一撃食らって昏倒し、その日の修行を強制終了しようかと思った事さえある
それを耐えてきた。何度血反吐を吐いたかは覚えていない
それをアナは凄いと、頑張りすぎだと言うけれども、原作ゼノが同じだけの努力をしてないとは思えない。いや、寧ろ孤児院だの初等部に通う妹の付き添いだので時間を取られているおれよりも努力してるのではなかろうか。ならばそんなものやっていて当然の事。誇ることではなく、死亡回避には無意味だ
いっそ思い切りサボれば皇族追放され、辺境で人々を逃がすために死ぬ覚悟で殿を努めその予感の通りに死ぬ事も無くなるだろうが、それは殿を拒否して逃げる生き残りかたと何ら変わらないだろう。おれはゲームでのこの世界の未来を知る
あと、自分から言っておいて逃げたのでは師匠にも悪い。一度護ると言っておいて、結局皇籍剥奪されたからもう孤児院を助けてやれないとかアナ達への詐欺でもある。永遠におれが助けてやれる訳ではない(大体大抵のルートでは結局皇籍剥奪されるしな)が、今居る孤児の皆が15歳になって成人し巣立つ(巣立ったとして、まともな職業で真っ当に生きていけるかは本人次第だが、そこまで面倒みているとおれが先に潰れるから無理だ。流石にこの忌み子皇子のポケットマネーに執事のオーリンとその子プリシラと乳母兄弟のレオンと孤児二桁の人生を支える金はない
余談になるが今でも誰かを助ける為に余裕を残そうとしただけでカツカツだ。皇子なんでしょお母さんの病気を治すには高いお薬がいるの助けてと言ってきた……えーっと誰だっけ?二度と会わないだろうし問題ないのだが名前聞くのを忘れた男の子の為に分かすった皇子様が何とかしてやるとカッコつけた結果、新年のご馳走は予算不足でワンランクダウンした、その程度の余裕しかない。一年に誰かの誕生日と新年の二桁回しかないご馳走があまりご馳走でなくなって孤児の皆には本当にすまないが情けない皇子を赦して欲しい。なお、その予算不足問題はエッケハルトが自分の家のホームパーティーの料理を一部持ってきたことで解決した)までは少なくとも第七皇子の庇護下であるという安全を残さなければならない
15になる前に未来の職場に仮奉公等もあるのだ。その際に孤児なんだからどうなろうが誰も文句を付けないと使い潰されたりしないように。理不尽な扱いを受けぬように。親は居らずとも、彼等の事を皇子が見守っていると言い続けなければならない。故に、その手はあり得無い
「聞いてますの!」
少女の声に、現実に引き戻される
いやでも、何て言ったものかな……
「いや、そもそもなんだけど……」
「何ですの?」
「おれ、皇子とはいっても面汚しだから参加権がそもそもおれに無い。よっておれの婚約者にも参加権は無いんだ」
……うん、そうなんだよな
皇子皇女とその婚約者が集まる新年のパーティーってのは有名なものであり、パレード的に昼には御披露目だってされる
だけど、あれは全皇族参加のものではない。年によって変わるが、継承権1~3位と、あと3人は持ち回りといった感じで大体参加するのは6人くらいだ
そして、忌み子故に継承権万年最下位確定のゼノとか、原作でも新年イベントで言及していたが一回も出番が回ってきたことがない。まあおれが言うのも何だが当然である
なお、アイリスはゴーレムでは失礼だからと参加を拒否しているので同じく未参加だが、向こうはそれが深窓の令嬢さを出してて国民には人気らしい。が、ゼノ側は単なるお前では役者不足だという判断なので人気者何もない
……因にだが、ゲームでは聖女も御披露目しようという感じで主人公も参加させられる事となり、そこで皇子な攻略対象との交流を深めることが出来る。その際、アナザー聖女編でうっかり緊張するから付いてきてと原作ゼノに声をかけるとそれだけで他の皇族ルートに入れなくなることからあの選択肢はゼノマインとか言われていたっけ
選択肢の一番上にあるからRTAで連打してるとうっかりゼノマイン食らって再走が有り得るんだよな……。解説動画ではここで上の選択肢を選ぶとRTA終了なので気を付けましょう(○敗)が様式美だったというか……
というか、皇子の中では同学年だからと頼られただけなのに、その時点で以降の選択肢でどう頑張っても残りの皇族の好感度をゼノ以上に出来ないから皇族ルートに入れなくなるとか原作のおれはちょっとチョロ過ぎると思う
更に、その下の誰かに声をかけてみますって選択肢も、一番好感度高いキャラが来る関係で結局ゼノ同伴になるマインな事が多い。アナザー聖女相手のチョロさに定評があるのは伊達ではない
……おれも、もしもアナザー聖女に出会ったらあんなチョロ過ぎるヒーローになるのだろうか
いや、原作でもゼノルートなら殿イベントは起きないし、死ぬイベントが起きないからチョロくても良いと言えば良いのだが……。ゲームの強制力があるのか、あるならばどれくらい強いのかが分からない時点でチョロくては困る
アナザー聖女がもしもゲーム通りに現れたとしてだ。おれが生き残りたいが為に、無理矢理
異世界から来る勇者アルヴィス、クールなゴブリンヒーローのルーク、後はエッケハルトや……西方の皇子に、竪神頼勇等もか。そういったカッコ良くて魅力的な攻略対象はおれ以外にも居る
もしも世界に強制力がある程度あるならば、おれがチョロ過ぎるだけで、おれの好感度が高いからと他ルートの条件を満たせず、心に秘めたそれら攻略対象への想いを踏みにじりかねない
いや、今考えても仕方ないんだが
そんな事を考えながら、おれは婚約者様がパーティーを期待してたのにと恨み言を吐くのを半ば聞き流していた
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幕間・皇帝と奴隷
帝国の当代皇帝であるシグルドがその報告を受けたのは、新年の街を照らす陽(七大天が人々の為に輝かせているという太陽なる星)が昇った真昼の事であった
「あのバカが、何処へ行ったと?」
あくまでも新年の主役は皇子皇女だと自分は城に残った皇帝は、宰相からの報告に首を傾げる
「ですから、新年は様々なものが動きます。そのうちのひとつ、あまり大っぴらには開催がしにくいが故に、パレードの熱狂に隠れて行われる……」
「何だ、あそこか。まあ、法として咎めるものではない。基本は放っておけ
不法な手段で集めたのならばまだしもな」
「ええ。その奴隷オークションなのですが……あの第七皇子が参加するそうで」
「あいつが出品者になるとは思えんが……まさか、自分を売りにでも行ったか?」
まあ有り得んだろうと思いつつ、銀髪の皇帝はくつくつと冗談に笑う
「いえ、奴隷を買いにだそうです
第三皇女様の侍女から、妹に頭を下げて奴隷を買う金を確保する最低ゴミカス忌み子皇子という証言を軽蔑の眼差しと共に戴きました」
「ああ、道理で
あの領土と言えば孤児院一個のあいつにしては多額の小遣いを珍しくねだってきたと思えば、そんなもの欲しがっていたのか」
皇子が奴隷を買うことは別におかしな事ではない。魔法によって逆らわぬように縛られた存在、奴隷。個人所有のモノである彼等彼女等を所有することは罪ではない。逆らわぬからこそ暗部に置くのに信頼が置けるとも言え、国の暗部には奴隷が多い
幾ら人権が無く人として扱われぬとはいえ、奴隷というのは生物である。犬猫と同じであまり無理をさせるものではない。そういった奴隷愛護の法こそあれ、奴隷は貴族であれば良く使うものだ。皇帝直下の暗部にも、かつて奴隷であった者は居る
だからこそ、奴隷を買うことを咎める気などあるはずもない
「……いかがします?」
「放っておけ。あいつにも、自分を肯定してくれる者の一人……は、既に居るな」
柔らかな銀髪の少女を、息子が護ると言ったからとずっと気にかけている平民の孤児を思い出しながら、皇帝は唸る
「あの子一人で良くないか?正直な話、良くあの息子で釣れたなと思うレベルだ。しっかりと大事にしろと思わなくもないが……
まあ、それはそれとして、もう少し無条件に味方してくれる女の子でも欲しかったのだろう」
言いつつ、それでもぼやく
「名前は……確かアナスタシアだったな」
直接会ったのは二度。けれども、忌むべき呪いの子とされ、扱いの酷い息子にとって貴重な仲良く出来る相手
親のせいであるはずの忌み子の呪いが彼自身の罪であるかのように扱う残酷な貴族の子供達や、皇子なら完璧に自分を助けてくれて当然だろ!とほざく平民の子供達の中で、唯一完璧に助けられたからかもしれないが、ずっと彼に寄り添おうとする少女
平民だと後ろ楯にならんだろうし貴族では悪評でロクな相手が居ないだろうとアラン・フルニエの商家娘を婚約者として押し付けたが、寧ろ木っ端貴族にあの娘を養子に迎えさせて婚約者に仕立てた方が良かったのかもしれないと悩む事もある
「あの子が泣くぞ、わたしじゃ駄目なのかと」
「……泣くのですか、陛下」
「いや、会ったのは三度だがな
あの娘、助けてと言われたら後先考えずに目先の誰かを無償で助けるあの馬鹿の悪癖を含めて、あいつの事が大好きだろう
良くそんな娘を引っかけてこれたと、割と感心している。いや、寧ろあの馬鹿だから釣れたのか」
「そうなのですか」
「なあ、この子が助けてと言ってきたら、お前はどうする?」
炎の魔力を放ち、陽炎を産み出す
投影するのは、半年前に見た少女の姿
「……可愛い子ですね。こんな少女に言われれば……ええ、私は流石に見返りもなく助けたりなどしませんが、助けたいと思ってもまあ仕方ないでしょう」
「だろうな。彼女にとっても、おそらくそれで良かったのだろう
わたしが可愛いから助けてくれた。下心満載でもそれでも命の、皆の恩人だ。そういって慕うだろう
だが……では、こいつならどうだ?」
少女の陽炎を吹き消し、新たに投影するのは息子。大火傷の残る歪んだ顔の皇子。魔法で治らんというのに、ちょっとやり過ぎた気がしたが、即日立ち直った第七皇子を映し出す
「皇子に直接頼まれれば、皇帝の臣としては断りにくいですが……」
「まあ、それもそうか。では、こいつならば?」
「誰ですかこれ」
「誰だろうな」
揺らぐ陽炎を前に、投影した皇帝自身が首を傾げる
其処に映っているのは、一人の少年だ。名前は知らず、境遇も知らない12~3の少年
「一つ言えるのは、あの馬鹿息子が病で倒れた母親を助けるために薬を買ってやったという事実があるという事だけだ」
息子宛の手紙をビリビリと引き裂きながら、そう呟く
「……破ってしまっても良いのですか」
「構わん。あやつに届かん方がマシだろう」
「お礼の手紙なのでは」
「いや、皇子ならもっと早く助けろよ、そうすれば母が目を悪くすることもなかったのにと恨み言がつらつら書かれていた
母の目が悪くなったのはお前が助けるのが遅かったせいだ、母の目を治せる魔法の使い手を見つけろとかな」
掌の上で破り捨てた手紙を灰と変え、くずかごにその灰を捨てながら、皇帝は呟く
「お前達は無償で命を与えられたのだからそれで十分だろう
病の後遺症が残ったから何だというのだ。自分達は幸福だったと思い元の生活を続ければ済むこと
それを恨み言を送ってくるな」
「……良いのですか」
「良いとは何だ」
「いえ、良く似たようなことを彼に仰られていたのでは、と」
「助けると言っておいて、助けきれんのは確かに情けない。だからそこは責める。もっと上手くやれと言いもする
だがな、今回あの馬鹿息子に非は欠片もない。いや、基本何時も非は本来無いが、一人で解決しきれなかった事は一応問題ではある
それが今回はない。そもそも、あいつ自身が皇族は民の最強の剣、皆を助けるために居るって理想論を語るから、最強じゃないじゃないかと文句を付けても良いと舐められているがな
本来、無償で縁も所縁も無い相手を助けて感謝されることこそあれ、非難される方が可笑しいのだ」
言って、頭を振る
「話が逸れたな。今言いたいのはそうではない
こやつ、助けてと言われて助けるか?」
「何故そんなことを聞くのです」
「では、この獣人ならば?」
「何故助けなければならないのですか」
宰相たる幼馴染の言葉に、そうだろうと、皇帝は大きく頷く
「当然だ。何故助けなければならないとなるだろう
だが、あの馬鹿は違う。助けてと言われたら、それが誰であれ手を差し伸べる。そうやって限界まで手を尽くして、結局もうおれには力が残ってないとなるからあいつに皇帝は無理だ
だがな。あの娘には、それが良いのだろうよ」
「解りかねます」
「そうかもしれんな
まあ重要な事は、銀髪の娘があの皇子の事を大好きだという事だ」
「陛下、息子の惚気話なら執務外なので帰らせて頂いても?」
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狐耳、或いは奴隷
「皇子!」
「そんなに焦っても、誰も得しないよ」
「でも、姉ちゃんが」
「……まだ始まってないんだから、大丈夫」
眼前で揺れる狐の耳に、大きな尻尾。ユキギツネと呼ばれる亜人種の少年に手を引かれながら、地下にある大きな通路を歩く
少年の名はフォース。姓は……今は無い。基本的に、姓があるのは一定の地位を持ってる者だけだから、亜人かつ平民の彼には無いのだ
……といっても、それは今だけだ
フォース・エルリック。一つ上の狐耳狐面の青年。原作において、そんな名前のキャラが居る。そして、攻略対象である
言ってしまえば、
因にだが、攻略対象であるとはいっても、彼とのルートはミニイベントみたいなもので、第二部に繋がらない。第一部終了後そのまま彼との物語を見て終わりというおまけ要素。確か完全版追加要素であり、最初の作品ではルートそのものが無かったんだっけか
おれはそんな彼に言われて……こうして、新年の奴隷オークションに来ている
話の発端は、フォースが孤児院に怒鳴りこんできた事だ。おい皇子!居るんだろう!と
こうして時折おい皇子!と人を無償の何でも屋か何かかと思って怒鳴りこんでくる人が居るが、孤児院を何だと思ってるんだ。皆が怖がるだろう、王城のおれ宛に手紙でも送ってくれ
だが、来たものは仕方がない。何かと思って話を聞くに、どうにも困り事のようで、あれよあれよという間に此処に連れてこられたという訳だ。何でも、両親を病で亡くし獣人である(=魔法の使えない社会のゴミ扱いの)姉が女手一つで家を支えていたが、その姉が人さらいに拐われてしまったのだという
まあ、ユキギツネ種は外見が整っているからな。愛玩用としては一定の好事家が居るのは確かだ。獣人だろうが気にしない者達には簡単に売れるのであろう
そうして、今日此処でその姉がオークションにかけられて奴隷として売られるのだと少年フォースは語った
何というスピード展開。奴隷自体は別に非合法じゃないが、拐ったものは流石に法的にヤバくないだろうか。いや、下位貴族の子息を拐って別の国に売り飛ばそうとした一団とかとやりあった事もあるが、ああいうのは別の国だからしらばっくれられるというのが重要なのだ。国内でやったら基本的にボロが出る
なので、違和感はあるのだが……。それに、おれの一つ上の少年が良くそこまで分かったな?という疑問も残る。皇子なおれなんかだったら探れば分かる(自力では無理だが、父の直属の暗部に聞けばこれは交渉ですので相応の対価をと言われるだろうが情報は教えてくれるだろう)のだが、平民に辿り着けるのか?
だからといって、助けろと言われて助けない訳にもいくまい。それをしたらおれは皇子ではなくなるから
因みにだが、エッケハルト(一夜開けても居た。元日本人だからか孤児院の薄いベッドの上で熟睡している辺り、なかなかに貴族さが無い。普通の貴族はあんな場所では寝られないと言うんだが)には呆れた顔をされ、アナには無理しすぎてないかと心配された
いや、無理はしてるんだが……。それでも、心配するなと返して此処に居る
というかだ、アナは変に心配してくれているが、おれがこうしているのは単なる保身だ。助けとという言葉を正当な理由もなく無視すればそこから悪評が立つ
そして、悪評が立てば、それはもう嬉々としておれは皇子の名を持つに相応しくないと皇籍を追放されるだろう
ただでさえ最近は初等部に特別枠で参加している模擬戦が1vs3とハンデ付けてもらった上で勝率8割という目を疑う悲惨な結果なのだ。この忌み子本当に皇族か?されるのも無理はないだろう。何なら、妹のアイリスにすら皇子である事を疑問視されているという噂があるのだ
というか、おれ1人に対して相手がたった3人(基本は4人一組だから1人減っている)という大きなハンデを付けてもらってなお勝率9割すら取れないってなんなんだろうなおれ。いや、皇族最弱の忌み子なんだが
人間としては有り得ない魔法防御0故に魔法によるバインドが実質レジスト不可の即死に近く、耐性で弾ける事に期待して突っ込むなどせず回避しなければいけないとはいえ、流石に幾ら初等部に選ばれる才能の持ち主だろうが6歳くらいの子供3人相手に7歳にもなって5戦に1回もバインド食らってるとか自分で言ってて情けない。まだ状態異常は強引に解除出来なくはないんだが、魔法的な拘束は気迫では打ち消せないから無理だ
ゲーム的に言っても、ゼノの初期スキル(内部的には下級レベル20で習得済のスキル扱い)である鮮血の気迫で精神的な状態異常(魅了、混乱、神経毒等)は即座にHPと引き換えに解除出来るんだが、それ以外の耐性は無いのがおれだ
そんなおれには、もう目の前の誰かを助け続けて民の剣であり盾だからおれは忌み子だろうが皇族だと理念を盾に言い張るくらいしか無いのだ。だからこれは単なるおれの保身に過ぎない。おれは優しくなんか無いし、アナに心配してもらえるような立派な皇子なんかじゃない
それにだ。これでも選り好みしてるんだしな
助けてと言われたからと全てを助けてたら老人になっても助け終わらない。おれの手は、全ての人に届くほど大きくも長くもないのだから
だから、選り好みする。助けてと言った彼或いは彼女では命がけでもなければなし得なくて、おれが今手を貸さなければ手遅れになる。そういった相手にのみ手を差し伸べる。そんないっそ冷酷なまでの線引きをしている
例えば、アナ達はおれが魔法書を買ってきて治療すると言わなければ孤児院ごと焼き払われていた事だろう。いや、エッケハルト辺りが気がついて助けたかもしれないが、あのタイミングでそんな事は分からない。だから助けた
燃える家の少年だってそうだ。何時崩れるか分からない燃えている家に犬を助けに飛び込むなんて自殺行為だ。それをおれと同い年の子供にしろと言うのは可笑しい。だから、おれが助けに行くのは当たり前。助けられなかったのはおれの実力と胆力不足。火に巻かれていると左目の火傷を思い出して身がすくむ等無視して助けるべきだった
騎士団に現行犯で捕まっているところを見た泥棒の少年もだ。妹のために、生きていくために盗みをした。そして恐らく騎士団に捕まれば、彼が守ろうとした妹は餓死していたろう
おれが庇って、妹を孤児院へ入れつつ、彼には罰として騎士になって今まで迷惑かけた分民のために働いて貰うと養成学校に捩じ込んだのは、決して間違ったことでもないはずだ
幾ら奨学生として捩じ込む事に成功した(彼には、この騎士学校を奨学生でなくなったから学費がと言って退学したらもう知らん見捨てると言ってある)とはいえ、入学金はおれ持ちだ。予想外の手痛い出費だったが、決して無駄金にはならない未来への投資であった……と信じたい
前の少年は今おれが薬を買わなければ病で少年の母は死んでいたろう。母が病死する前に薬を買うだけの金なんて、おれと同い年の少年には自分の身を売って奴隷にでもならなければ稼げるはずもない。だから、あれはおれが助けなければいけない案件だった。おれならば、多少無理をすれば払えなくもない額だったのだから
それに、母の居ないおれにだって、前世の記憶から家族への想いは解る。だから、母を喪う悲しみを味わってほしくないエゴもあった。だからおれはおれの為に彼を助けたんだ
そして今回もだ。オークションで売られればフォースの姉は奴隷として誰かの所有物になる。もうそうすれば手出しできない。正式に買った奴隷を奪うなど、流石に此方が悪党だ
再会するには自分も同じ人の奴隷になるか、買った相手に交渉して姉を買い取るかしかないだろう。買い取りをする場合、今此処で買うよりも数段ふっかけられても仕方がない
そんな大金を何時用意できるというのだろう。育ててくれる姉を喪えば、それこそ子供一人生きていけずに路頭に迷うかもしれないのに
だから、これはおれがやるべき事
「……そろそろか」
「姉ちゃんは買えるんだろうな」
おれを睨み付けてくる少年に、曖昧な笑いを返す
「努力はするよ
出せるだけのお金は持ってきた。けれども……」
辺りの席についた人々を見る。知らない人も多いが、時折知っている顔がある
流石に侯だの公だのの面々は居ないようだが、アルトマン家ではないが辺境伯辺りまでは確認できるな。貴族だって欲しいものは欲しいのだろう
彼等と本気でかち合った時、所詮忌み子皇子の財力では勝てない。只でさえ皇子の中では貰える小遣いは最低額、更にそこからメイド達の給料と孤児院の維持費とを引いて、とすると全然残らないのだ。新年だからとねだって父から多めに貰った上に、あまり使わない妹から冷たい目で見られつつ借りて、更にはエーリカ(さっき言った泥棒少年の妹)の誕生日と孤児院へようこそという祝いのためにと師匠との修行の一つとして倒してきた魔物の毛皮の納品代金等も合わせて……そこらの貴族の坊っちゃん嬢ちゃんの道楽には負けない金は用意した
だが、そこまでだ
そもそも冒険者ギルドにも登録はしてあるが、おれ指定で来る依頼は魔法の実験に付き合って欲しいだの何だののおれが忌み子だと知って魔法をぶつけようとする貴族子息の嫌がらせのようなものばかり
それらをギルドには寄り付かない事でガン無視して依頼期限を切れさせ、時折師匠と修行の最中に狩った魔物の素材の納品依頼のみをこなすおれは、貴族様からの指定依頼を失敗しがちなアレな冒険者として最低辺のランクに張り付いている。納品だってランク底辺だからと割引額しか払われないし、納品以外のフリーのロクな依頼も、この失敗率では依頼主様に納得して貰えないと言われて門前払い。一応子供でも冒険者にはなれるが、食い詰めて冒険者になった体力自慢の子供の冒険者よりも扱いは下だ
だから正直、これ以上は出せないという額でも、勝てるかは……相手次第
大物貴族に目を付けられていない事を祈るばかりだ
きゅっと、渡された番号札を握りこむ
そろそろ……時間だ
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狐耳、或いは寝耳に水
好奇の目線の中、静かに待つ
割とすぐに、その時は来た
幾度めかの宣言
魔法の明かりに照らされる、大きな狐の耳。それがどのような奴隷かを語る進行役の声など、おれの耳に届かない
獣人、それも冒険者でも何でもない人間に人権はない。雇い主の保証が無ければ何をされても仕方がない。この国は結局そういう国だ
だから、人さらいに拐われオークションにかけられるのも、自業自得と言えばそうである
故に、正面から買い取ってやろうじゃないか。子供だろうが、忌み子だろうが、おれとて皇子の端くれなのだ。その意地くらい見せてやろう
「では、300ディンギルから始めさせていただ……」
「350!」
電光石火。42と書かれた札を上げて叫ぶ
オークションは一気に額を吊り上げるものではないらしい。本来、300スタートなら305とかそういった形で少しずつ競り合うのだとか
だからこその、それなりのいきなりの値上げ。といっても、元々の額が低めの為、これで中流に届かないくらいの家庭(子供1人想定)の一年半前後の生活費くらいだ。日本円にして……いや、そもそもおれの日本知識って覚えてる部分も所詮小学校くらいだから、例えようもないな……。当てずっぽうで言うならば1ディンギル1万くらいだろうか
とすると350万。一応奴隷は主人の所有物として扱われる=面倒を見るべきものであるとされるとはいえ、人間一人の額として安いのか高いのか。そんなものは分からない
考えても仕方ない
今はただ、勝つだけだ
「360」
「365」
「375!」
「380」
……競ってくるのは2組
1組は……見覚えのない若い男だ。外見は整っており、服装もそれなり。薄手のコートのような服の胸元につけたバッジがどの貴族にも当てはまらない事から商人だと思うが……
もう1組は黒服の男。此方は……ん?この男、サクラじゃないか?女奴隷の度にある程度の金額まで競り合って、それなりの額で首を振って降りている気がする
最低額は上がることを見越してかなり低く言っているだろう。その額付近で落札されては主催としても困るのだろうし、値段吊り上げるのはオークションで禁止ではないだろうけれども、あまり良い気はしない。それに……
何より、今のおれにそんなに余裕がない。出来れば吊り上げるのは勘弁して欲しいところだ
「450です!」
「皇子!こっちは500だ!」
「ちょっと待てよ!?」
何だろう。横のフォースが勝手に値段上げていっている
いや、分かるぞ?大事なお姉ちゃんがあの商人に買われたらもう会えないものな
でもおれの金なんであんまり勝手に大幅に額を上げて叫ばないでくれると嬉しい
「……!」
あ、フォースの声で姉だという今正にオークションにかけられている女性が此方に気がついたな
ずっと何処を見ているのか分からなかった顔が此方を見据え、愕然とした表情で口をぽかんと開けている
とはいえ、声は出さない。いや、出せない。売られる際に首輪をされており、それが魔法で声を封じているのだ。どれだけ口を動かしてもぱくぱくと動くだけ。声は出ない
理由は簡単で、昔はお客様に罵声を浴びせて不快にさせる奴隷も一定数居たからだ。だからそもそも声を封じてそれをさせない
……とりあえず、嘘という事は無くなった
昨日の今日だからな。裏付けなど取っている暇は無かった。本当に彼等の姉が誘拐されたのか、そういったことを調べていてはオークションに間に合わない。だから妹から金を借りて駆けつけた
……だから、フォースには悪いが、少しだけ疑っていたのだ。本当は誘拐なんて無くて、おれに奴隷を買わせたいだけの狂言なのでは無いかと
だが、売られる当人がフォースを見て驚くということは、少なくとも近い知り合いではあるのだろう。ならば良い
「600!」
「620!」
なおも値上げは続く
といっても、黒服はもう参加してこない。目標金額をもう越えたのだろう
正直な話、少しだけ不快だったが、居ても居なくても関係なかったな。オークション会場の端と端。短い茶色の髪の商人が一歩も引かない
「700!」
競り合いは続く
にしても凄いな彼。おれには負けられない理由がある。彼女を買わなければいけない意味がある。だから止まれないのだが、愛玩用とされる獣人奴隷にしてはかなりの高額まで来てしまっているというのに、彼も本当に一歩たりとも引かないのは異様だ
「720!」
他にありませんか?と言われるまで黙っていればフォースが不安がるだろうし、何なら言われる前に勝手に声をあげる
その上げ幅か分からないから彼にうっかりバカみたいな額を言われないようにもとっとと宣言を繰り返しているのだが、彼も悩まない
「800!」
正直な話、おれにも降りるわけにはいかない理由があるから降りないだけだ
幾らユキギツネが珍しかろうが、人間一人の値段として考えれば安かろうが、800は愛玩奴隷の相場としてはかなり高い。自分一人であれば、当に降りている額だ
だというのに、彼は張り合う。臆すること無く、悩むこと無く、間髪いれずにおれの宣言額を越えていく
余程執着があるのだろう
「850!」
遂にかなりキツい額まで来たところで、遂に動きがある
「……第七皇子とお見受けする」
「如何にも」
カッコつけた返し
「彼女を譲っては戴けないだろうか」
その台詞に、はっ!と笑い返す
「悪い、そこの人
おれは、こいつに」
と、横の狐耳の未成年を指す
「お姉ちゃんを助けてと言われて財布になりに来ただけだ。交渉するならこいつに頼む」
「……865」
「870」
静かに、男は札を下げた
……あっぶねぇ。此方としても1000越えたらヤバいところだった。孤児院の為の金とか諸々が
「42番さん870!
880以上の方、いらっしゃいませんか!」
……此処に、何とか予算以内で果ての無い気もした競り合いは決着した
にしても、最後のあれ何だったんだろうな。フォースの為と言った瞬間にほぼ諦めムード出してたんだが
「ひやひやさせんなよ皇子」
「おれだって無敵じゃないんだ。許してくれ」
文句を言いつつ、それでも嬉しいのだろう。尻尾をぶんぶん振る狐少年に正直キッツいという内心を封印して笑いかけて
「この調子でもう一人の姉ちゃんも頼んだぜ皇子!」
「……は?」
「は?じゃねぇよ」
「なあフォース。ひょっとして……拐われたのって、二人いる?」
「ひょっとしても何も二人だよ!どうしたんだよ皇子!」
「……それを先に言ってくれよ!?」
さっきの870はギリギリの額全体の3/4は注ぎ込んでの勝利だ。もう一人と言われても、どこにそんな金があるというのだろう。元々、プリシラへの新年のボーナスとか諸々後で何とかするとカットしてかき集めた金だぞ?それ以上とかどうやって捻出しろというのだ。未成年の皇子に借金でもしろってか
だから、そもそも言われてたとしても対応は無理だが、それでもむいみなその言葉を紡ぐ
「……頼んだぜ皇子!」
「正直な話、無理だ」
「は?」
「フォース、おれは無限に金持ってるわけじゃないんだ」
「それでも国民を助けるのが皇子だろ!」
「いやその通りなんだけどさ……
それを言ったら、今売られてる奴隷全員買えよって話になる。だから一人だけって決めて……」
「嘘つき皇子!」
……耳に響く声に、鼓膜が痛い
その通りだ。全員は助けられない。だから目の前のフォースを助けると言って……それすら助けきれない。目の前でニコレットを見捨て、結局片腕犠牲に合成個種を倒して。あの日、おれは多くを救えない、結局眼前の誰かを守り続けるしかないと身の程を弁えた筈なのに
嘘つきだ。クソ皇子だ、おれは
だが、どうしろというのだろう。単純に実力が足りなかった。それだけはどうしようもないじゃないか。もっと強くあれ、もっと金持ちであれ。それを言うのは簡単で、そうでなければならなくて
そうして、その理想どおりではいられない
「……奇遇だな」
だから、何時だっておれは助けられる
「……父、さん……」
不意に現れた気配に振り返る。其処には……
瞳に炎を灯す銀髪の皇帝が立っていた
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異伝・皇帝と祝福されざる完成
「父、さん……」
困ったな、とばかりに苦い笑みを浮かべる7歳になる息子
その一生涯消えることの無い火傷痕に覆われひきつった笑顔を見ながら、皇帝はこの息子何処で育て間違えたのだろう、と自問していた
「何をしている、馬鹿息子」
そんなもの聞いた
けれども、そう問い掛ける。もしかしたら違う答えが返ってくるかもしれない。私利私欲かもしれない。そんなありもしない希望にすがり、聞いてみる
「人さらいに拐われてしまった彼の姉を買い戻そうと……は、したんだけど」
肩を竦め、少年は呟く
「……父さん。酷いことを言うのは分かってる
でも、少しで良い。後で納品でも魔法の実験に付き合えでも何でも受けて返す
だから、彼の姉を買えるだけのお金を貸して欲しい」
だが、返ってくるのは、分かりきっていたそんな言葉
「何だ、自分のものではないのか」
「おれ、奴隷を持てないから」
ほら、おれは忌み子だろう?奴隷になる方の魔法はデバフだから効くけど、奴隷に言うこと聞かせる側の魔法ってバフ扱いで弾くから、おれは奴隷なんて持てないよ、と
寂しげに、けれども嬉しそうに。彼は今此処に居ることそのものが場違いで、自分の為になる事なんて何一つ無い事を誇る
「それで良いのか馬鹿息子」
「良いんだよ。おれ、個人的には奴隷ってあまり好きじゃないから。何があっても他人を奴隷扱いなんて出来ない、その点では、この忌み子の性質に感謝してる」
「そうじゃない
ならばお前は、他人の姉を買い戻す為だけに此処に来て、買った奴隷はそのままくれてやるという訳か」
「……そう、なる」
叱られた子供そのもののようにしゅんとして、銀髪の息子は頷く
「昔、一度この質問をしたな
だが、もう一度聞こう。こやつはそれで全てを得るだろう」
と、睨まれて尻尾を丸めるユキギツネの少年から目線を外し、皇帝は言葉を紡ぐ
「それで?馬鹿息子。お前はそれで何を得る?」
少しはまともな答えが欲しい。何か実利を言って欲しい。そんな気持ちを込めた質問
だが、あの時せめて身を守れるものをと思い与えた魔法の指輪を売ってでも、見ず知らずの銀髪の少女を助ける金を作ろうとした銀髪の子供は
「忠誠と信頼を
皇族の皇族たる使命を、理想を果たす」
あの日と変わらぬ眼で、透き通った迷い無き瞳で、あの日と変わらぬ事を告げたのだった
正気か……
思わず、そう心の中で呟く
あの日、忠誠と信頼を、と確かに聞いた。だが、そんなもの格好付けだと思っていた。良いところを一目惚れした女の子に見せたかったのだろうと
だが……。この忌み子は、第七皇子ゼノは本気だ
本気で、皇族の理想論を語っている
それが不可能だと知っているだろうに。誰よりも彼が、理想を語る第七皇子が、何度と無く理想は理想に過ぎないと思い知ってきたろうに
「民の最強の剣であり盾。民を救い守る者
ご立派な話だな」
炎の眼で、馬鹿を言い続ける息子を睨む
「出来るとでも思っているのか、阿呆」
その悪癖を折ろう。流石に無為に金を使いすぎているだろう
そう思い、言葉を紡ぐ
今がオークション中ということも、目的はまだ故に気にせず
「出来るわけ無い」
だが、返ってくる言葉は、否定のもの。今やろうとしている事は何だ?と問い掛けたくなる、自身の行為の否定
「そうだろうな。例えば今回二人だったか?買い戻したとして、明日、前に助けたという少年のようにすぐに薬を買わなければ親が死ぬから助けてくれと言われたらどうする?助けられるのか?」
「努力はする。薬の材料を取ってきて交渉するなり、手はある。無理かもしれないけれども、足掻いてみせる」
そもそも、どうして助ける、と聞きたい言葉
足掻いてみせる、ではない。助けたとしてお礼一つ無い。忠誠と信頼?馬鹿馬鹿しい
あの銀の少女は、特異な例だ。本来当然ではない事だが、こいつ自身が皇族は民を守るものだ、と大義を与えている。結果、助けられた者の大半は、自分はこの皇子に無償で助けられて当然であったと馬鹿を言い出すというのに。こいつは何を見てきたのだろう
「その通りだ。無理なんだよ、今のお前では
目の前ばかりを見すぎだ、貴様は。眼前ばかりを助けていても、何時か限界が来てその先全てを取り零す。お前がやっていることは、単なる自己満足だ
より大局を見ろ。より多くを救う為に何をすべきか考えろ」
そしてこんな無茶はいい加減止めろ
そう続けようとした時、くすんだ銀髪の息子はゆっくりと頭を横に振る
「全てを救う?より多くを守る?そんなもの、シルヴェール兄さんやアイリス、皇帝足り得る誰かがやれば良い」
その声は、小さく震えていて
「ゴーレム事件で分かったんだ。より多くを救うためだと伸ばした手を離しても、おれは何も救えない。おれに大局は変えられない
ニコレットを、婚約者を見捨てて。助けてって、手を離さないでって、おれに言ったのに」
金属で出来ている筈の、頑丈な番号札の棒が悲鳴をあげる。握られた拳に残る幾多の豆が潰れ、細かな血が、42の番号を濡らす
「それで結局おれは誰を救えた?アイリスが居なければ、誰も救えなかったじゃないか
おれに、多くの人なんて助けられない。おれに、国民全ては背負えない」
「……ゼノ」
……痛々しい
お前は弱い、強くなれと突き付けたことはある。だが……多くの人を助けると自分を切り売りしながら、多くの人を助けるなんて出来ないと言い放つ。それはどんな心地なのであろう
「父さん。おれ、正直皇帝にも皇族にも向いてないよ
だけど……多くを助けられないから。せめておれは、おれに助けてと手を伸ばした人を助け続ける
それが……こんなおれが皇族だと言い続けられる、たったひとつの道だから」
その答えは、静かに、ひとつの震えもなく
心の奥底からそうだと信じているという確信を持てるほどに透き通った眼で、少年は父皇の言葉を否定した
この目を、皇帝シグルドは知っている
知らぬ筈もない。これは、昔の自分と同じ眼だ。揺らがぬ信念、絶対に曲げない言葉
こうあるべきと信じた姿は、この親にしてこの子ありというほどに瓜二つで
本当に、何処で育て間違えたのだろうな、と自嘲する
最弱の皇子。忌むべき呪いの子。蔑まれ、顧みられず。加減を間違えた気がした火傷の残るレベルの叱咤をしっかり受け止め、激励と理解してひたむきに努力を続ける、一番皇族らしくなくて、一番皇族の理想像を目指す息子は……
自らをかなぐり捨てる形で、幼さ故の歪みも色濃く残したままに完成していた
もう、言葉で言って聞く段階ではないだろう
だが、そんなにも思い詰めなくても良いだろうに。まるで、自分が皇子として特権を持ってのうのうと生きている事そのものが罪ででもあるかのように
皇子の恥さらしは、歴史上に何人か居る。だが、彼等は基本的に、為すべき事を為さず、皇族だからと遊び呆けた者達だ
彼はある種それとは真逆。自分が皇子として保護されているのが罪であるかのように、自分の全てを切って、自分なりに信じた民のために尽くす行動を取り続ける
サバイバーズギルトでも無かろうに、どうしてこうなったのか
「ったく、お前は幸福の王子にでもなるつもりか」
皇子の中では唯一、彼を産んだときに炎に包まれて死んだが故に母を知らない第七皇子の為に読んでやった真性異言の残した童話の名前を、思わず呟く
全身に薄くオリハルコンがコーティングされた王子像のゴーレムの話。自身のオリハルコンを剥がしては恵まれない人に届け続け、結果オリハルコンでガードされていた筈の脆いコアが野ざらしとなって壊れてしまいましたとさという変な話で、何が面白いのだろうと思ったが……如何にも、この息子にはぴったりで
「……父さん、彼がオリハルコンのメッキなら、おれはそれっぽい色のメッキだよ
おれは彼ほどに多くを助けられない。彼が幸福の王子なら、おれは小金の皇子だ」
「そうかよ
お前が死んだら、あの子泣くぞ。それで良いのか」
「泣かせたくはないし、死にたくもないよ
それに、アナには幸せになって欲しいから」
「ならば、しっかり生き残ることだ」
「……そう、だね
彼女が
「……自分で幸せに出来んのか貴様は」
半眼で、あの娘にとってはなかなかに酷な事を言う息子を見つめる
「……出来ないよ
おれは忌み子だから。おれなんかと結婚しても、おれ以外誰も幸せになんかなれない」
そう告げる7歳児の眼は、どこまでも疑い無く澄んでいて
「ったく、可愛げの無い
そういえば7歳の誕生日には何も贈っていなかったな。好きなものを買ってやるから、少しは可愛げを見せろ」
「なら父さん。今からオークションにかけられる、ユキギツネの娘をお願いします」
「何だ、目玉でなくて良いのか?」
「約束したから。お姉ちゃんと会わせてあげるって
……そもそも、父さんは何で此処に?」
ぽつりと、銀髪の皇子は疑問を投げた
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エルフ、或いは偽装奴隷
「ああ、
おれを責め続ける炎の視線が揺らぎ、ふわりとしたものに変わる
おれ……第七皇子ゼノは、それを受けてゆっくりと息を吐いた
何というか、本人としては責めてるつもりとか全く無いんだろうけれども、父にして当代皇帝は其処に居るだけで睨まれている気分になるのだ
武をもって在る最強皇帝。最後にして最大の砦。師匠と同じくこの時代にして専用最上級職、"炎皇"を持つドチート。
そんな彼に見られるだけで、おれが今のおれとなった……第七皇子と名前すらも忘れた日本人がひとつの意識になったあの日の炎を思い出して足がすくむ
父を見るだけで怯えるとか、と自嘲するけれども、これはちょっと止められない。何なら、暖炉の火すらちょっと怖い。燃える家とか、おれが行かなきゃいけない理由がないなら正直な話近寄りたくもない
火というものそのものがおれにとっては怖いもので。その象徴とも言える彼は、あまりにも恐ろしい
けれども、今の空気はまだしも温かく。奥歯を噛んで、相手の目を見返す。何時もはまともに見れない、その眼を
「……別に此処を潰す気など無い。法の下において、不正などしていないならばな」
「……って、ことは?」
「法的には問題がないが、外面が問題なものが出ると聞いてな。どうしたものかと思い、来たわけだ」
「……なにそれ」
わからない。どういう話なのだろう
「分かりやすく言うとな、お前の同類だ、馬鹿息子」
「おれの同類……忌み子?」
思わず首を傾げる
忌み子なんて、確かに珍しいだろう。大抵は死産だ。母を巻き込んで母子共に死ぬことも多い。流産ならまだマシで、産んだ瞬間に父方の属性の呪いが母子を殺すこともあるのだという
おれの母も、おれを産んだ時に忌むべき呪いで焼け死んだ。その時の記憶なんてあるわけがないが、おれを産んだ時、まだヘソの緒が繋がっている最中、突然青い炎がそのヘソの緒から吹き出し、おれと母を包み込んだのだという
母は、自分が燃えていくのも構わず、おれに向けて水の魔法を放っておれを消火し……そして、自身は灰となったという
おれの臍には、その時に燃えたヘソの緒の焼け跡が未だに残っている。父からつけられたこの左目の火傷が治らないのも、恐らくは呪いの影響なのだろう。父は、恐らくは治ると思ってやった事だろうから
……だからだ。おれが万が一誰かと結婚したとしよう
忌み子なんて基本死産だし、生き残っても成人まで生きてる方が稀。故に前例が無くて分からないが、この呪いがおれの子に遺伝しない保障はないのだ
だから、正直な話、ニコレットがおれを好いていないのは有難い。婚約者だ何だ言っても、おれは誰とも結婚なんかしちゃいけないのだから。この呪いはおれで末代にすべきなのだ。彼女に恋をされたとして、おれはそれに応える訳にはいかない。ならば、最初から幻滅されていた方がお互いにとってマシだろう
おれは悪役で良い。クソ皇子で十分だ。何時か彼女の王子様と出会った時には、婚約破棄でも何でも此方から言って泥を被ろう
アナ達もそうだ。あの子がおれに淡い憧れを持っている事くらい流石におれでも解る。それは、恋と呼ぶにはあまりに幼いものだ。多分、父が居ない彼女にとって、中途半端に強いおれが父のように思えるのだろう
……それが恋に発展するかと言えば、おれは誰かに恋されるような立派な存在とは言えない気がするが、といってもおれとてゲームでは攻略対象の一人なのだ。用心に越したことはない
閑話休題。そんな忌み子、売れるのだろうか……。おれは皇子だから、皇子という点では価値があるのだろうけれど、それがないとなると……
と、思っていたところで、頭に衝撃が走る
「そちらではない、馬鹿息子」
「……?」
では、どういう事なんだろう
軽く殴られた頭を振って意識をはっきりさせながら、首を傾げ
「自分を売る皇族という点で、だ」
「……え?」
「……ああ、言っておくが、お前のきょうだいではないぞ?」
「?」
本気で意味がわからない。おれの兄弟……兄6人、弟2人、姉2人、妹3人……合計で13人居ることになる皇子皇女以外に誰が居るというのだろう
「ってか、皇子!」
「……420!」
話し込んでいる間に、オークションは進行していく
前に売り物にされていたのよりも幼いユキギツネ少女をかけて黒服と茶髪の商家の跡取り息子がやりあっているのを確認し、おれは札を上げた
「……本当にそいつで良いのか」
「約束したから
それに、誰でもおれは一緒だよ」
浅ましい考えをした二年前を思い出しながら、そう呟く
アイアンゴーレム使いの元騎士等に拐われたアナ達を見て、いっそ何も命令しないけれども奴隷としての魔法をかけてしまえば、主人は奴隷の事が分かるという魔法の作用で便利なのではなかろうかと思ったことがあるのだ。奴隷の事は常にどれくらい遠くに居るのか、HPは減っていないか等は把握できるらしい。それさえあれば、拐われたあの時にもっと早くに気がつけたし、わざと気絶したフリをして拐って貰うなどせずとも真正面から助けに行けたのではなかろうか
そう思って、アナ本人の許可を得て(今思えばとんでもない事であるし反省している)奴隷商人に仮の奴隷契約(期間限定契約)を頼んだことがあるのだ
そして、契約はおれが主人として血をもって登録の判を押したその瞬間に、書類ごと水溶して消えた。つまり、おれが主人として契約した時点でその奴隷の奴隷契約は解除される
ならば、奴隷を買うことは、その奴隷を奴隷でなくすることに等しい
じゃあ全員買え、という話になるかもしれないが……それは無理だし、やる気もない
奴隷とは主人の所有物。逆に言えば、奴隷の身分は主人によって保障されている。奴隷と言えば聞こえは悪いが、絶対の上下関係はあるものの魔法による身分保障の1種と言える。人権の無い獣人などは、寧ろ奴隷となる事を主人が人権を保障する事だと喜んだりする程だ
そう学んだから、別におれは奴隷解放がしたくて此処に来ているわけではない
あっさりと父の力でもう一人の姉だというユキギツネも買い戻したところで、そそくさと準備が始まる
何なのだろう。今回の目玉なのだろうが……
自分を売る皇族とは、どんな意味だろう。まさか、あのヴィルジニー……な、訳はないわな
自分で馬鹿な想像を振り払う
「……皇帝陛下」
「気にするな。単なる息子の連れだ。この馬鹿が、まともに参加しに来たのは当然分かるだろう?」
「……分かりました。では」
流石に、幾ら認可はされている(といっても、この世界でも奴隷商は外聞はそんなに良くはないためアングラではある)とはいえ、皇帝の乱入は肝が冷えたのだろうか
強ばった顔を動かし、商人達は一人の少女を、壇上へと連れてきた
歳の頃は13程だろうか。まだ女性と言うよりは少女といった趣。奴隷だからか着飾ってはいないその肢体は、まだまだ成長途中の完成していないしなやかさを見せ付けるもの
そして、大きなアーモンド型の赤眼に、眩く輝かんばかりの金の髪。儚く可愛らしい、という表現を擬人化したようなその姿に見惚れ……
「かふっ」
喉に溢れる血を呑み込み、その苦味でもって目を覚ます
スキル《鮮血の気迫》。精神状態異常を受けた時、HPと引き換えにそれを打ち消す力。ある種ゲーム内のおれの切り札でもあり、父の持つ《烈火の気概》の完全下位互換
その発動をもって、その赤の眼に吸い込まれる事を拒絶する
「……父さん、これは」
「何だ、正気か」
「正気かって……魔法じゃないか、それも、危険な」
恐らくは範囲魅了魔法だろう。光属性にそんな魔法があったはずだ
流石にぶっ壊れ過ぎて、ゲーム内では味方が使うことは出来なかった魔法書。目の前の少女は、当然ながら魔法書など持っていない。着飾らぬシンプルな奴隷用の服の何処にも、書物など隠せはしない
そして、魔法書無しで魔法を使うなど、チートの所業だ。ゲーム内でも、魔法は各キャラが使用可能な魔法書を持っている時に魔法コマンドから使用するものであり、魔法書無しでもコマンドが出るのは極一部……というか、原作エッケハルト、聖女、勇者、そして皇帝と皇族、あとは書籍版で題名にもなっている雷鳴竜の少年と龍姫くらい
そう言えば、如何に魔法書無しでの魔法が特異なものか分かるだろう。しかも、魅了魔法など……イカれているにも程がある
「……」
じっと、彼女を見詰めていると、不意に、少女はおれに微笑む
その柔らかな笑顔に、思わず此方も……
って、アホか!二度めの痛みで意識を取り戻す
ってか、鮮血の気迫には発動する度に累積で状態異常耐性upとかいう豪華な追加効果があり、HPを減らすからそう何度も発動できないという欠点をそのうち耐性で無効にするから問題ないというスペックのごり押しで押し通す壊れスキルなんだが、一回目の耐性ぶち抜いて来るのかよ、向こうも大概壊れてるな
主催者側の話を聞き流すに、彼女は……
「え、エルフ種の姫ぇ!?」
道理でこの世界でも何か珍しい眼の色だと思った
っていうか、エルフ種!?この世界では自分達は女神に選ばれた種族だと気位が高くて交流が無くて人類を見下してる、あの?
そんなものが良く奴隷になんて……
「エルフ種は光の力を強く持つが故に、原因不明の呪いに対して抗う術を持たなかったというのです
そして、姫である彼女は、光の魔力は弱くとも、七大天総ての力を持つ我等人間に、自らの身と引き換えに助力を要求したのです」
奴隷がどんな存在かを語る前口上にも、妙に気合いが入っている。魅了されているのだろう、身振り手振りが大振りだ
「そんな彼女を、エルフの皆を救うため、自らを捧げた皆を思うエルフの姫
彼女の額は、皆様に決めていただきましょう
ええ。彼女の代金は我々が責任をもって、エルフの呪いを解くのに使わせていただきます、ご安心を」
「450!」
前口上を言い終わったその瞬間、横のフォースがおれの手の札を引ったくるようにして掲げ、勝手に値段を叫ぶ
「おい、ちょっと待……」
「600!」
「1000!」
「1100!」
「……な、なんだこれ……」
思わず、呑まれる
あまりにも、上がり方が早い。誰しもが札を上げ、我先にと値段を上げていく
あまりの熱狂に、おれ一人が置いていかれ……
「……御免な、フォース」
4000!と叫ぼうとしたフォースの首筋に手を当て、その意識を狩る
ってか、人の金で何買おうとしてるんだこいつは。あくまでも二度と家族に会えないという事を回避する為であって、お前が欲しいからとエルフとか買わないぞおれ
「……父さん」
「ふははは!やってくれるわ、エルフ娘が」
「……やっぱり、これは……」
「支援しろというならば直接この
エルフとの国交など無いが、無下にはせんとも
だが、何故かエルフの姫が国に代金を送る事を条件に奴隷志願してきたらしいと聞いていたが、こういうことか」
「皇帝相手では、見返りを要求される?」
「だろうな。だが、自分を売るのであれば、可哀想だからと解放してもらったという口実さえあれば何も返さずとも良い
そして、魅了された者はほぼ言いなりだ。解放してと言えば即座に奴隷など止められるだろうよ
全く、舐められたものだな」
そんな会話を交わすなか、どんどんと上がっていく値段
既に10万の大台に乗りそうだ。10万ディンギル。国家予算……とまではいかないが、明らかに可笑しな額になっているのにも関わらず、声は止まらない
寧ろ加速し、遂には100万すら越える勢い。これは結構な額だ。それなりの商家の一年の総売り上げにも近い。日本円で言えば100億。幾らなんでも、エルフが美形種族とされ人々の憧れといえど、人一人に出す金額ではない。テロリストの要求した身代金か何かのレベルの額だ
というかだ。苦い顔をしながら横の執事らしい男と話してまだ値段を上げていく子爵等が居るが、その爵位で105万ディンギルは払えないだろう。国から与えられている土地を、預かっている領地を、民もろとも何処かの国に売り払うくらいの無理を……というか売国をしなければ足りない額だ。少なくとも、ポケットマネーで払えるとは思えない
だが、魅了された男達は、それでも止まらずに少女の値段を叫ぶ
……いや、流石に不味くないか、これ
だが、どう止めれば良いのだろう。おれは魔法など使えない。魅了解除など不可能だ
「……120万」
っ!ヤバい!
やるべきことを迷い、少女を見た瞬間、うっかり札を上げかけた。三度目の魅了にかかるとか、情けないにも程がある!
そんなおれを見て、奴隷少女はにこりとおれへと微笑む
間違いない。あれは、おれへの微笑みだ。嬉しそうに、わたしを買ってとばかりに……
舐めんじゃ、ねぇ!
腐っても皇子が、魅了なんてされて、たまるかよ!
「こほっ!」
逆流する血を卓上に吐きながら、よろよろと札を上げる
「……父さん」
「何だ、馬鹿息子」
「おれ、あの子が欲しい」
「……分かった」
良いだろう。なら、おれが泥を被るまで
その意志を組んだのだろうか。炎に映える明るい銀の髪を揺らし、皇帝は立ち上がる
そして……
総てが炎に包まれた
「「「「「「うぎゃぁぁぁぁっ!熱い!?」」」」」」
「いや、ちょっとやりすぎでは……?」
幻影の炎に焼かれ、あまりの痛みに魅了され値段を上げ続ける総ての者達が、おれと父皇へと意識を向ける
その顔は呆けていて。恐らく、魅了の影響は薄れている
「悪いな、口出しをする気は無かったが……息子にねだられては仕方があるまい
そこの娘は
良いな?」
力をもって押し通る。それが当代皇帝の有り様
エルフの少女が絶望したように崩れ落ちる
決着は、あっさりと付いた
スキル紹介
《鮮血の気迫》
スキル形態:パッシブスキル
発動タイミング:自身が状態異常(精神)を受けたとき、HPが50%以上である場合【精神】%の確率で自動発動
効果:自身の状態異常(精神)を総て打ち消し、HPを10消費する。この効果の発動後、自分のターンで数えて3ターンの間、自身の状態異常(精神)耐性を+30する(累積)
取得可能職業:ロード(第七皇子)Lv20
特殊取得条件:《精神統一》を取得している場合、月花迅雷を装備している状態でレベルアップ時、【精神】÷5%の確率で取得
《烈火の気概》
スキル形態:パッシブスキル
発動タイミング:自身が状態異常(精神)を受けたとき、【精神】%の確率で自動発動
効果:自身の状態異常(精神)を総て打ち消す。この効果の発動後、自分のターンで数えて3ターンの間、自身の【力】【魔力】【精神】を+5する(累積)
取得職業:炎皇Lv5
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奴隷詐欺、或いはテロリスト
「で、では……合計で……」
皇帝に睨まれ(本人にそのつもりはないのだろうが、目付きが鋭いので睨まれてるように見えてならない)、おどおどしながらもおっかなびっくり金を受けとる支払いの人に有り難うと軽く言って、おれは3枚の紙を受け取る。その3枚は、それぞれ裏にびっしりと魔法文字が書かれた特殊書類、奴隷契約書である
因みに現金である。未成年のおれは皇子だとしても王城内以外では小切手なんかの信用による支払いを使えないからな。あくまでも現金一括払いが前提だ。何時もニコニコではないが
三枚の奴隷契約書の上にはにはそれぞれ血で書かれた恐らくはフォースの上の姉であろう名前、下の姉であろう名前、そして……空白
「父さん、名前が書かれてないんだけど」
「そもそも奴隷などやるつもりも無かったか……。悪いな馬鹿息子、契約の方法等は職員に聞いてくれ」
言いつつ、銀髪の男は、豪華な銀装飾のされた掌サイズの小さな本を取り出す
一般的に、書き込むものが多いが故に大魔法であればあるほど魔法書の本は大きくなるとされている。それなりの大魔法となると百科事典もかくやというデカさだ。だが、逆に一冊に1回分といった使い捨てであれば、どんな大魔法であってもコンパクトに収められるからということで、小型のものはそれはそれで需要はあるのだ。例えば持ち運びに便利だとか、袖に隠せるから武器を捨てたと見せ掛けて奇襲が出来るとかが代表的な利点だな
まあ、普通は1ページに書き込む術式を複数ページに分ける関係で製作が難しく、材料費もかかるので値段が複数回使えるものに比べて相対的に高くなりがちではあるのだが、そんな話は皇帝には無関係
転移だろう魔法書を取り出す父に、ん?と首を傾げる
「父さんは何処へ。戻る……はずはないとは思うんだけど」
払ったお金は、フォースの姉達の分だけだ。そして、皇帝ともなればおれとは違って現金一括である必然性はない。後で城の此処にこれを持って来い、引き換えるで終わらせられる存在だ。わざわざ現金取りに行ったりしなくとも構わないから、戻る理由が分からない
エルフの少女については、「
本人も頷いていたのでそれで正しかったのだろうが、相変わらず言葉がちょっと足りていない人だと思う
だから、直接交渉する以上、帰るということはきっと無いだろう。あの少女は、名前すらまだ書かれていない奴隷契約書と共にこの地下のスペースに……
っ!そうか!
脳裏に閃く電流。ってか、気がつくの遅いなおれ
「分かるか、では、お前が願って買った者達については任せる」
言うなり、魔法でもって炎に包まれ、父の姿は消える。相変わらずのチートっぷり。少しくらい能力を分けて欲しい、なんて、不可能なことも思ってしまう
エルフ少女の元へ行ったのだろう
向かわなければならないことに気が付いたから
そもそもだ。名前をもって縛りと為す。親から与えられ七大天に告げられる名前は祝福である。その分対象の名前は呪いの鍵として使われることも多く、奴隷契約もまたそうだ
皇族に姓がないのもその関係。実は独立する時の為に産まれた時から皇帝から姓は与えられてはいるのだ。だが、その姓は皇帝と七大天以外誰も知らない。神によって祝福された届けられた真名、それを本人すらも知らないからこそ、誰も皇族を呪えない。公式文書ですら名前だけ、姓なしの扱いは名を用いた呪いへの耐性になっているという訳だ。血でも使えば流石に呪えるが、髪の毛等では不可能。そして血を取られてる時点で自業自得なのでまあそこは仕方ない扱い
閑話休題。名前と血をもって成される契約が奴隷契約。ならば、血で名前が書かれていないということは、そもそも今はまだエルフ少女は奴隷ではないという扱いがされている事になる
フォースの姉等の書類は新たなる所有者の名前を己の血で書けば所有権が移るが、旧主人として奴隷商人が登録されているのだろう段階。それに対し、エルフ少女は誰とも契約していない。奴隷として売られていたが、実は今の彼女は奴隷でも何でもなく、行動に制限を受けていないのだ
ならば、だ。魅了を使って金を取ろうとした少女だ、皇帝に睨まれたと思ったら逃げるんじゃないか?
騙し取れないならば大人しく奴隷になってでも皆を救える金を手に入れようとする……かもしれないが、逃げないとは限らないだろう。おれなら逃げるよりも確実に皆を救えるならと思うが、そんな思考はアホのやることだと父にもさっき窘められたじゃないか。他の立派な皇族や、エルフの姫なんかが選ぶとも思えない
だから、先んじて抑えに行ったのだ
ってか、皇帝が出てくる可能性もある帝都で良くもまあ自分を売る売る詐欺なんてやろうとしたなあのエルフ。ひょっとして馬鹿なんじゃなかろうか
いや、皇族が出てこないような場所の奴隷オークションだと、全体的に貴族の爵位も低いだろうし大物貴族を魅了して大金ゲット!は狙いにくい。エルフが奴隷として売られるなんておれの耳に一切入らなかった辺り、おれが行かなければ父さんも来ずに上手くいってたのかもしれないけど……
ハイリスクハイリターンを狙って見事にリスクに引っ掛かってる。可哀想……な気もするが、魅了にかけられてエルフの為ならとお家終了レベルの額の金を払わされそうになっていた貴族のが数倍可哀想だ。幾ら上に立つ者にとって弱さは罪だ、なこの国とはいえ、エルフ相手に魅了されるのは仕方ないだろう。それでお家終了するとか貴族が可哀想過ぎてエルフに同情の余地はあまりない
ってかだ。おれ(《鮮血の気迫》で魅了を打ち消せる)、アイリス(ゴーレムを遠隔操作しているので此処に居ない=そもそも魅了の範囲外。ゴーレムに自律性能も無いからバグって勝手に動く心配もない)、そして皇帝シグルド(《烈火の気概》により魅了を打ち消す)以外の皇族ならば確実とは言えないまでもワンチャンあると言えるくらいの可能性で魅了が通る。というか、多分第二皇子のシルヴェール兄さんとかでなければ魅了出来たんじゃなかろうか
そのレベルに魅了は危険な力だ。万が一やらかしてても国から同情くらいはされるだろう。流石に無傷とはいかないだろうし爵位降格くらいはされるだろうが、お前ら売国で処刑といったレベルは無い筈だ
逆に言おう。そんなものを当然のように振りかざすあのエルフ、逃がしたら不味い
だが、今は父を信じるしかない
おれの完全上位互換だから流石に魅了でやらかすことも無いはずだしな!
というか、父さん居なかったら真面目にヤバかったのではなかろうか。本来ならおれ一人で直面したときに解決すべきだろうに、皇帝に出張って貰うとかまーた悪評が増える……
歳上の獣人を買う(フォースは亜人だが、姉は獣人だ。差は魔力の有無なので血の繋がった姉弟でも人権ある奴と無い奴が出来てしまう)マザコンの変態まで広まりそうだしな……
というかだ。今此処で血でおれの名前を書けば契約は解除される。でも、それで良いのだろうか
というか、一回奴隷解放してもまた捕まったら意味無いしな。後始末とか大変そうだが考えてなかったわどうしよう
そんな事を思いながら、フォースに急かされつつも指先から血を取る専用ペンを手に固まり……
「……待ってくれ!」
そんな声に振り返る
茶髪の商人……フォースの姉のオークションでおれと最後まで競り合った青年が、息を切らせて駆けてきていた
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茶番劇、あるいは貧乏くじ
「……皇子!その署名、待ってくれ!」
「姉ちゃんを買おうとした悪い奴!」
ふかーっ!と、フォースがその尻尾を膨らませて威嚇する
それを宥めることはせず、静かに相手を見上げる
いや、まあまだ7歳なんで仕方ないんだけど、こういう時に思い切り見上げる姿勢って本当に格好付かないな……
まあ良いか、と、おれは口を開く
「皇族に何かを求めるときは、まず自らが何者かを明かすべきでは?
子供なら礼儀など求めないけれども、貴方は立派な大人の筈だ」
……言いすぎただろうか
皇子といっても忌み子。社会的地位で言えば頂点にして底辺。その両方に居る変な奴なのだ、おれは
だが、それを聞いて、その茶髪の若き商人は、忘れていたとばかりに目をしばたかせる
そして、即座に一礼する
「失礼した、第七皇子。あまりに焦っていたもので
私はエド・エルリック。エルリック商会……」
「そこの説明は不要。おれも名前は聞いたことがある」
彼の言葉を遮り、そう返す
だが待て?エルリック?
……フォース・"エルリック"。原作での横の狐耳少年の名前だ
これは偶然の符号……な、筈はない。ちょっと待て。原作ではフォース達、こいつに買われるのか?そして、何らかの方法で成り上がり、乗っ取ると
だとすれば、あれ?今のままじゃあ原作と過去が変わらないか?大丈夫なのか?
冷静を装いつつも、内心大混乱なおれを他所に、青年……エド・エルリックはおれに頭を下げた
「どうか、どうか!皇子!
あなたの買ったその奴隷、譲っていただきたい!」
「……何で?」
混乱から、思わずそんな疑問が口をついて出た
いや、原作に添わせるならきっと此処で頷くべきだったんだろう。だが、それではフォースとの約束がパーだ。それは困る
そんな思いが、即座の返答を阻む
「……お恥ずかしながら、私と彼女は愛し合っているのです」
「このロリコンがぁっ!」
バァン!
下の姉の契約書を机上に叩きつけつつ、そう叫んでみる
違うことは知ってるぞ?上の姉は15前後っぽくて、下の姉は10ちょい。15で成人なので、上の姉については……6歳差くらいだろうが、それでもロリコンと呼ばれる筋合いは向こうには無いだろう。成人同士だからな。自由恋愛だ
だが、敢えて下の姉と恋人とかこのロリコン!と言ってみたのだ。皇族ジョークという奴である
つまらないとは思うが、緊張は解れるだろう、と、ガチガチに固まったエドを見て、おれはそう思った
ってか、明らかに舐めてる目をしてる貴族達もアレだが、皇族だからと畏まられても正直反応に困る。おれは所詮おれでしかないというのに
「違います!断じて私はロリコンではない!」
……というかだ。小学校でこーこーせーのロリコンさんがどうとか同級生が自慢気に話していた朧気な記憶からロリコンという言葉を使ったが、この世界でも通じるんだなこれ
「で?一つ聞かせてくれないか
何で、その愛し合っている相手がオークション等にかけられてんだ?
弟のフォースは直接助けてと言いに来たというのに、何故普通に買おうとしている?」
「……私と彼女の為です」
「だから、それを話せ。フォースも首を傾げているだろ」
「……はい」
そうして、眼前の20ちょいの♂は語り出す
それを要約するとこうだ
彼はエド・エルリック、22歳独身。名前の通り、エルリック商会の次期会長となるエルリック家の若き長男だ
真面目で誠実で人柄も優しい。商人としては良いところも悪いところも併せ持つ彼は、まあ当然ながら次期会長として結婚をしなければならないという家族からの圧力に悩まされていた
確かに結婚の必然性は分かる。子を為すことは長男の義務とも言える。だが、彼は誠実で、恋したこともない。誠実さ故に、好きでもない相手と結婚など出来ない
そんな彼はある日、下働きのユキギツネの女性(フォースの姉だ)に一目惚れし、恋を知った。だが、彼女は獣人。人権は無く、結婚など許されるはずはない
それでも諦めきれなかったエド・エルリックは、彼女を形式的には愛玩奴隷という主従関係で、実質的には妻という形で彼女と結ばれようとした。そうして、奴隷商人に、その手続きを行おうとしたのだが……
当然ながら、獣人を奴隷にして愛人枠に据えようという計画は、彼の姑等の耳にも入っていた。奴隷商人は買収されており、本来は優しく連れていく算段だったフォースの姉二人を強引に拐い、普通の奴隷としてオークションにかけようとしたのだ
家族の裏切りに気が付いたエドだが、時既に遅し。奴隷商人を責めても、家族を責めても、愛するユキギツネがオークションにかけられることは最早止められない
それを知ったエドは、一つの賭けをする。自分は何とかして愛する少女を買ってみせる。それが愛の証明だ
愛を証明できたら、もうあの子に手を出すな
そういう約束をしに来た彼に、彼の家族はその意志の固さを知り、それを了承する
かくして、エド・エルリックはあのオークションに望んだのだ
で、ここでおれが出てくる。表だって妨害をしないと誓ったエドの姑等獣人の愛人など!勢力だが、それでも妨害はしたかった
だが、分かるような妨害は出来ず……白羽の矢が立ったのが、姉とエドの間で話が進んでいたから何も知らないフォース。彼に姉が拐われたこと、その姉がオークションにかけられることをギリギリのタイミングで手紙で教えたところ、何とか出来るかもしれないし時間がなければ裏付けをほぼ取らずとも動いてくれそうなおれに見事助けを求めたという訳だ
こうして、姉と姉を買おうとしている奴が実は恋人とかそういう事情を知らないフォースの代理兼エドの妨害役として、おれはオークションに引っ張り出されたという話である
……うん。おれ、完全に悪役じゃねぇかよ!?
普通は談合になるからオークション中に、競り合う者同士での話は禁止
それを破ってでも何か聞いてきたのは、命がけで張り合うか、後で頼み込めば何とかなるかの判断だったらしい
……何というかまあ、踊らされたものだな、おれ
「おりゃっ!」
「フォース、黙ってろ」
話を聞くや、何だよいーひとじゃん!とばかりに契約書をおれから引ったくろうとするフォースの脳天に軽くげんこつを落とし、そう語った商人を見る
多分本当なんだろうなーってのはある。原作フォースがどこかでエルリック家を乗っ取ったというよりは、姉が奴隷で妻だからエルリック家に何処かで迎えられたという方が原作のフォースの設定に説明が付く
だが、ほいほい信じるのはどうだろう。バカに見えないだろうか
だから、一個脅す
「嘘はないな?」
「……ええ」
「妹や、弟は?」
「家族の差し金でしょう。弟は人権の問題で残し、妹はついでに拐った」
「聞きたいのはそんな事じゃない」
火傷痕のある顔で凄む
「ええ。愛する人も、そのきょうだいも。二度と離しません」
……その眼は、しっかりと此方を見返していて
嘘は、見えない
ちょっと手帳を取り出し(因みに、全ページに透かしで皇族の紋章が入った特注品)、ペンで"フォース・エルリック"の代理人として、義兄エド・エルリックに以下の奴隷の所有権を譲渡する旨をさらっと書き、そのページを破って書類一式からエルフの分を抜き取った代わりに挟む
そして、その書類をわざとらしく頭の辺りまで持ち上げて……
ばさり、と床に落とす
そして、おれはわざとらしく席につき、残したエルフの書類に目を落とす
「あれれー?一枚しかない
しまったー、ユキギツネどれいどものしょるいをどこかにおとしてしまったなー
どこにいったかなー、なまえもかいていないしこのままじゃだれかにひろわれてかってにけいやくされちゃうなーこまったなー
でもなー、おとしたのはおれだしなー。じごうじとくだよなー」
うん。見事な棒読みである。おれの声って声優の声そのままですげぇと今でも思うのに、声帯がプロと同じでも中身が残念だとこうも聞くにたえない演技しか出来ないのか
反省しよう
ってかフォース?なにポカンとしてるんだよ。おれがわざとらしく床に落としたうっかり何処かに忘れてきたはずの書類を見つけてしまう前にエドに渡してくれよ
折角の棒読み演技が台無しだろう、何分もこの演技とか恥ずかしくて辛いんだ、早くしてくれ
「……ゼノ皇子」
「嘘を付いていたと判断した時。つまり、フォースから願われた姉を助けてという言葉がまだ果たされていないと判断したその時。おれは、皇子としてエルリック商会に真っ向から喧嘩を売る
それだけだ」
「……感謝します」
言って、フォースの手を引き、下がろうとするエド
その短い茶髪を見ながら……
あ、そういえばあの書類って金を払って買ったものじゃん、ということを思い出した
いやでも、今更金をふっかけるとか、皇子としてどうなんだろう。せめて300ディンギルくらい置いてってくれないかなーとは思うが、書類手離す前に交渉しておくべきだった。これはおれのミスだ
「あ、一つだけ待て」
「な、なんでしょう」
「……その書類の額だが」
あ、エドの奴固まった。そうだよな、エドが辛い額まで来たから、おれの動向を伺ったりしたんだものな
……止めよう。おれが空回りしただけ。孤児院の皆にはちょっと貧しい思いをさせるが、そこはおれを恨んでくれ
振り返った商人の青年に、子供用のコートから外した紋章入りのブローチを投げ付ける
「おわっ!何をするんですか」
「お前たちの事実上の結婚の、第七皇子からの祝い金だ
何か言われたら、皇子が祝福したと返せ
ま、忌み子だけどな」
どんな意味があるんだろうな、と自分で苦笑して
今度こそおれは、二人が去っていくところを見送った
……ところでこれ、おれは完全な貧乏くじなのではなかろうか
自業自得だが、情けない解決方法だなこれ……
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リリーナ・アルヴィナと聖夜乃鈴
「んで、どうだった~アルヴィナ?」
聖夜を終え、皇子に心配されながらも一度家に帰ると門の少し前で別れ。久し振りに、家に帰る。明かりの無い家。封印から出てきた……とはいえ、大きく力を抑えられたボク達の隠れ家である、アルヴィナ男爵邸という事になっている貴族の中ではみすぼらしいお屋敷
門をくぐったその瞬間、呑気な声が聞こえてきた
帽子が落ちないように耳を立て、少し上を見上げる。其処に、やっぱり彼はふよふよと浮いていた
新たなる魔神王、あの変な少年の言っていたボクの兄、テネーブル・ブランシュが
「……どう?」
「そそ、さっすがにバレかねないしアルヴィナに行って貰った訳だけどさ、
背中に生えた剣の姿をした蒼い翼をはためかせ、青年姿の魔神王はボクの前にひょいと降り立つ
そして、帽子を脱がせ、ボクの頭を撫でる
……正直、止めて欲しい。帽子を返して欲しい。折角新しいのを貰ったのに
そんな不満を他所に、ボクの兄は、話を続ける
「一人、居た」
「おっ、誰?」
「エッケハルト・アルトマン」
……本当はもう一人知っている。とても分かりやすい彼の他にもう一人
普段はそれっぽさを全く見せなくて。けれども、眠っている間に触れた彼の心の奥底で、確かに転生者としての記憶を持っていた、明鏡止水の瞳
けれども、何でか知らないけれど、とても真性異言が分かりやすい兄は、彼を妙に嫌っている。アリーナの破壊者だと。クソ野郎だと
ならばきっと。彼を護れるのはボクだけ。魔神としての力は本格的には発揮できない封印されたボク達でも、世界を支配する時に敵となる相手を予め排除しておけるように仮初めの体でヒトの世界に侵入している以上、彼が真性異言だと兄に告げた時兄は間違いなく謎の恨みから彼を最優先で殺す。きっと殺す。間違いなく殺す
だから、言わない
ボクを含む誰にも、あの瞳は曇らせない。いつか、あの深い輝きのままボクだけを映させるその日まで、彼にはあの目で居て欲しい
……彼を、真性異言を持ちながらもそれを感じさせない珍しい人を。見惚れたあの明鏡止水の皇族の瞳を、当然のようにボクにも……誰にでも向けるあのヒトを
歪んだ魂の兄に殺させる訳にはいかない
「……アルヴィナ?」
心配そうに、縦に裂けた瞳孔でボクを見てくる
「大丈夫。ちょっと疲れただけ」
「本当に御免な~アルヴィナ。本当はあのクソチートとかが居る危険な場所に可愛いアルヴィナを行かせるとかヤなんだけどさ
残念ながら、兄ちゃんじゃ外に出たらバレるしなぁ」
くしゃっと、大きな掌が髪を撫でる
ボクとは異なり、既に成長を遂げた青年の姿。心に決めた相手を見付けたとき、年齢如何に関わらず大人の姿になる。それが魔神族で、だからもう大人な筈なのに
きゅっ、と。首に巻いたマフラーの端を握る
デリカシーが無い。あの皇子も強く頭を撫でてくる事はあるけれども、彼は何時も一歩引いている。嫌な時は、触れてなんてこない。そして、昔の兄もまたそうだった
……そう。昔の兄。ボクの記憶にある、魔神王テネーブルは、こんな軽い性格じゃなかったし、背中に剣の形の蒼い翼なんて無かった
仮初めの体で人の世界に潜む。その行動を起こす寸前、真性異言に目覚めて、兄は変わった
……というか、こう言うべきだと思う。兄は七大天か何者か知らないけれど、神によって死んだ。そして、兄の死体を、兄を殺した神が送り込んだ真性異言、日本という世界から来た変な珍獣が操っている
少し見ているだけで分かる。死霊術を使え、魂が見れるから、ボクの眼は誤魔化せない。魂を見た時の違和感があまりにも酷い
吐き気がする
昔の兄はそんな事無かった。あのアナスタシアという少女等も見ていて違和感を感じない。明鏡止水の瞳の皇子は、少しだけ心がざわめくけれど。それはあの瞳が普通の人間のする目とは思えないせい。肉体と魂の齟齬はほぼ見えない
でも、兄は違う。一度だけ見掛けたピンクい髪の変な女の子や、エッケハルトという少年もまた
吐き気がするくらい、魂と肉体が合っていない。変な何かが付いた変な魂が、本来の魂の上から上書きしているようなもの
……だから、嫌だ
「……帽子」
「ん?どうしたんだアルヴィナ。疲れたなら……」
「ボクの帽子、返して」
「折角その耳可愛いのに。兄ちゃんの前でまで、人のふりなんてしなくて良いんだぞ?」
言いつつ、珍獣はそれでもぶかぶかの帽子をボクの頭に乗せ返す
その帽子を、皇子から貰ったそれを目深に被り直して
「……変なものを見た」
話を変えるように、そう呟く
「変なものだぁ?アルヴィナ、何を見たんだ」
「不思議な神器」
「不思議な神器?それは、ひょっとして真性異言か?あのクソボケが月花迅雷以外に何か持ってたのか、それともエッケハルト?」
「どっちでもない
変な、少年。刹月花と呼んでて、ボクの事を知っていた
……アルヴィナ・ブランシュって」
すっ、と裂けた瞳孔が細められる
「ぶっ殺すぞヒューマン」
軽口のような声音ではなく、昔の兄に近い声で、珍獣はそう呟く
「……問題ない。皇子が護ってくれた」
「よしゼノ殺そう」
……相変わらず、珍獣は皇子に厳しい
「……なんで?」
「何でも何も、あいつクソボケチート野郎だから。生かしておく利点とか無いだろ」
「見てて面白い」
「端から見てる場合だけだぞ~アルヴィナ
実際はあの事故量産野郎なんて見ただけで殺意が沸くレベルだ。しかも、ハイスコア狙いしてるとしょっちゅう見掛けるし」
「それは聞いた」
「だからぶっ殺しておくべきだって。アナちゃんの為にも」
そう、と返す
……あの少女、妙に人気があるけど何なんだろう、と首を捻る以外、ボクには出来ない
そして、止める気も無い
ボクは、あの明鏡止水のまま、彼がボクを、ボクだけを瞳に映すようになってくれればそれで良いから。あの子は、どうでも良い
「……そういうの、あり得る?」
「刹月花かぁ……モブに転生してる真性異言のパターンは考えてなかったなぁ……
主人公か攻略対象かってくらいならと思ってたが、修正が必要か……」
相変わらずだけど、ゼノグラシア語は良く分からない。チートとか、モブとか
「……結局?」
「世界の行く末を本来左右しない誰かが真性異言ってのは有り得るよ」
「刹月花は?」
「ああ、転生の際にいくつかの特典から一つ選べたんだ。一つは神器、この世界に元々存在する本来の神器とは別に、自分専用で同じ神器が持てる
多分その刹月花はその特典で得たものだと思うぞアルヴィナ。兄ちゃんも同じだしもっと強いから安心するんだぞアルヴィナ」
ぐりぐりと、帽子の上から頭を撫でて、兄は呟く
「お兄ちゃんのは?」
「こいつさ」
蒼い炎を纏い、剣の翼が軽く振られる
「……?」
「王権ファムファタール」
「……有り得ない」
首を傾げる
王剣ファムファタール。ボクでも知るその剣は魔神王の剣。見たことはあるし、触れたこともある
兄が次代に正式に決まってはいるけれども、まだ封印されたままのあの剣と、眼前の翼の剣は全く似ていない。似ているとしたら、鐔部分くらい
「王剣じゃないぞ~アルヴィナ
正確には王権ファムファタール・アルカンシェル。此処とは別の世界の王剣ファムファタールさ
だからアルヴィナ。兄ちゃんは絶対に負けない。最強の王剣を二つ持ってる魔神王が負ける筈がないってな」
自慢気に翼をはためかせる兄を見上げながら、ボクは……
早く寮に帰ろう、と思っていた
「他は?」
でも、聞いておきたくて、話を続ける
「他かぁ。固有スキルを別のものに変えたり、職業を本来の資質から増やしたり、レベル上限突破したりがあったかな……」
「……全員、神器じゃないの?」
「んまあ、神器貰うのが最強の特典なのは確かだけどさ。ダメな奴には選択肢狭まるって神様が言ってたし、良くわかんね
んで、そのモブ少年は何か漏らしてたか?」
ボクに目線を合わせず、兄は呑気にそう聞く
「
「なんだそりゃ。聞いたこともない妄言だな」
すっとんきょうな声が、屋敷に響いた
おまけの武器解説
王剣ファムファタール・アルマ
武器種:剣/刀 種別:神器(
所有者:"魔神王"テネーブル・ブランシュ
蒼き雷刃のゼノグラシア版
ランク:ー 耐久力:ー 重量:3
攻撃力:58 必殺補正:±0 射程:1~3
特殊能力:全ステータス+10
魔神王の威圧(射程1~3の敵の全ステータスが常に-10)
アルマ(自分の行動を消費して発動。1マップ2回まで。射程1~7の全味方のHPと奥義回数を50%端数切り上げ分回復し、相手ターンで数えて2ターンの間アルマ状態【HPを参照する効果の効果量がHPに関わらず最大値に固定され、HP条件を満たしてなくても効果が発動し消費が0になる状態】を与える)
轟絶なる魂(奥義。1ターンに1回まで使用可能。発動時にBGMが『
轟く絶命王剣(HPが30%以下になった時に1度だけ、使用回数を無視して即座にアルマが発動し、射程1~3の敵に次の相手ターン終了時に死亡する絶命の呪い効果。次の戦闘時、轟絶なる魂が自動発動)
王権ファムファタール・アルカンシェル
武器種:翼 種別:神複異界神器(
所有者:《群青》の楽園マグ・メル
"魔神王"テネーブル・ブランシュ
蒼き雷刃のゼノグラシア版
ランク:ー 耐久力:ー 重量:7
攻撃力:77 必殺補正:+7 射程:1~7
特殊能力:アルカンシェル(自分の行動を使って発動。1マップ1回。射程1~7の全味方にアルカンシェル状態【最初の戦闘で被ダメージ無効かつ武器の耐久減少無し、次の移動でマップの移動制限と距離を無視、HPとMPを全回復、全状態異常を解除し3ターンの間状態異常無効】を付与する)
《意義》の
《
轟絶なる色彩(奥義。一マップに6回まで使用可能。発動時にBGMが『
轟く絶対王権(HPが30%以下になった時に1度だけ、使用回数を無視して即座にアルカンシェルが発動し、射程1~7の敵に耐性無視のスタン効果。次の戦闘時、轟絶なる色彩が自動発動)
大体こんな感じのスペックです
つまり、単純明快意味不明のぶっ壊れです。ラスボス専用武器かつラスボスのラスボスたる所以なのでまあ当然といえば当然ですが、こんなもの二つも持ってたらそりゃ勝つのは俺に決まってんだよなぁとイキリ魔神王にもなります。王剣も王権も王鍵も王圏も本来は別シリーズの最強武器なので、そのうち1つ持ってる奴が神様特典でもう一個使わせて貰えればスペックだけは最強に決まってますので
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咎エルフ、或いはかつての友
「……」
そうして、おれは父を追って、エルフ種の少女の居るだろう場所に駆け付ける
見付けられたのは簡単だ。分かりやすい場所に居たから
エルフの少女はおれが書類を貰ったりお金を払ったりしたあの場所に居て、焔の壁に囲まれていた
困ったような表情。その手には、しっかりと貨幣の袋が握られていて……
ん?あの袋、見覚えのある紋が付いているな。確か、どこかの伯爵家の紋だったか。娘の護衛にと上級職になった元冒険者の奴隷を買ってたのを覚えている
ということは……
「泥棒?」
「……そのようだ。金が必要だということは、どうやら嘘ではないらしい」
エルフ少女を捕える焔の壁の中。炎に照らされる銀の髪を揺らし、父はそう告げた
「……!」
必死に何かを此方に訴えてくる少女
けれども、その声は……おれには届かない
いや、正確に言えば……何を言っているのか分からない。多分エルフ語なんだろうけど……帝国共通語というか、この大陸全土で使えるティリス共通語で話してくれないだろうか
「……ティリス共通語じゃないから分からない
おれに分かる言葉でお願い出来ないだろうか」
そんな言葉に、少女は愕然とした表情を浮かべて何かを言うも、それすらも分からない
……うん。外交には向かないな、おれ
そんな苦笑を他所に、父はくつくつと笑う
「人どもの使う下等言語など覚える気も無い、とさ」
「エルフ語分かるのか父さん」
「分からん。単純に、魔法で翻訳しているだけだ
故、もしかしたら訳し間違いなどあるかもしれんがな。まあ良いだろう
言葉に乗せて魅了を唱えんとする奴の言葉など」
瞳を細め、皇帝は静かに言葉を紡ぐ
焔の壁と皇帝の存在に、既に他の人は此処に居ない。皇帝の邪魔にならぬように移動したのだろう、途中ですれ違ったしな
居るのは囚われのエルフと、帝国の象徴、そして帝国の面汚しことおれだけだ
「『……下等生物が』と
あまり家の息子を馬鹿にしないで貰おうか。確かに、頼れん事は事実ではあるが
お前達に言われる筋合いはない」
轟!と、火の粉が吹き荒れる
熱く、そして燃えぬ魔法の炎
それが収束し、一つの形を取って顕現する
「……デュランダル」
「……!?」
「ストーップ!」
突然姿を現した燃えるような赫い大剣に、思わず叫ぶ
轟火の剣デュランダル。おれに向けてお前は弱いと突きつけ発破しようとしたあの日にも見た、父の神器
少なくとも、今持ち出すようなものではないと思うのだが
「……何!?何する気なんだ父さん!?」
「変な気を起こさせん。その為に」
「いや、わざわざ人間のお金を奪っていこうとする辺り、悪戯ではなくて本当に困ってることは確かなんだろうし
その状態でこれはちょっとやり過ぎだと思う」
「……無礼にはそれなりの礼儀を
そう思ったが、お前がそう言うならばまあ良かろう」
特に不満も無さげに、父皇は剣の腹を撫でる
「悪いなデュランダル。お前の助けは過剰だそうだ」
その言葉と共に、焔となって轟剣の姿は空に消えた
……やはり、とその光景を見て思う
土塊に変わったあの時の刹月花は、本当の神器では無かったのだろう
「……まあ良い。お前が欲しいと言ったのだ
「いや、それはエルフ種に喧嘩売ってるだろ!?」
「エルフなど、あまり話が通じん」
「でも」
「……そこなエルフ娘もお前には分からん言葉で言っているがな
かつて、
「……そう、なのか」
父は今までそんなこと語らなかった
だから、静かに聞く
「だがな、ある日突然、その交流は切れた
咎エルフの言葉など知らぬ、とな」
「咎エルフ?」
聞きなれない言葉に首を捻る
「咎エルフとは、眼前のこいつのように白い肌のエルフではないエルフの事だ。この白い珠肌こそが女神の寵愛の証、それを喪うは女神の寵愛を喪った咎人として、元々が何であれ迫害されて追放される
そして、エルフってのはおかしなことに、下等な相手と思っている者達に絆されたら咎落ちするらしい
なあ、お前の兄はどうなった、ミュルクヴィズ」
「……父さん」
「
それだけだ」
ぽつり、と呟くサルース、の名前に、父にも何か色々とあったのだろうと思う
それでも、だ
アルヴィナにああカッコつけたんだ。ここで、じゃあと諦めたらそれこそ馬鹿だ
手を伸ばせ。たとえはね除けられるとしても、手を伸ばしたという事実は心に残る。だから……
「それでもおれは、一度だけ信じるよ」
「そうか
……そこのエルフは馬鹿にしたように暴言を吐いているがな」
「……それでも、だ
何時か魔神王が蘇ったとして、その時に、手を取り合える兆しになるかもしれないし」
「何だ、馬鹿息子。あの七天教の予言を信じているのか」
そう意外そうでもなく、からかうように父皇はエルフの少女を睨みつつ、そう軽口を叩く
「何だ。本当はお前の会ったという変人の言葉を信じているのか?」
「信じてないよ。おれは、アルヴィナを信じてる
親父こそ、本当はアルヴィナを疑ってるのか」
少し語気を荒げ、そう返し
「阿呆。『生け贄というのは、自分には自分で選んだその女を、己に惚れさせる事等出来んと思い込んだ負け犬の言葉だ』、と婚約者選びの時に
あの娘が何者か、魔神か否かなど、
「……気軽な事を」
「エルフについてもだ
諦めるなり、エルフ全体を惚れさせて動かすなり、やるのはお前だ、馬鹿息子」
「……ああ
それで、父さん」
呼び方を戻し、エルフの少女に向き直り
「まず、通訳を頼んでも?」
そんなことを言ったのだった
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リリーナ・アルヴィナと聖女乃兆
「ひとつ、良い?」
眼前のかつて兄であった珍獣に問いかける
「おっ、何だアルヴィナ?兄ちゃんに何でも聞いてくれ」
「どうして、リリーナ?」
「ん?リリーナがどうかしたのか?」
「リリーナ・アルヴィナ。どうしてボクがそう名乗る必要が?」
それは、ずっと思っていた疑問。偽名を使うのは良い
ブランシュという名前が、魔神の名前として残っていないとは限らないから。名乗った瞬間に警戒されるかもしれない。だけどボクがボクの事だと認識できない変な偽名でも困る
だから、リリーナ・"アルヴィナ"と、姓をアルヴィナにしたのは分かる。でも、リリーナというのが分からない
あの皇子も、時折リリーナという桃色の髪の少女に絡まれていて、少しだけ困ったような眼をしながらも相手をしているのを見た
たまたまなら別に良い。でも、わざわざボクの考えた偽名ではなく、リリーナと名前を指定してきたのか、そこに意味がある気がして
だって、ボクの案の中で、似た感じで一番面白味がないイリーナでも良かったのに。わざわざ少し違うリリーナにしてくれと言うなんて、考えてみれば可笑しい
「あーそれな」
「気になる。他に、リリーナという名前を見たから」
「おっ、どっち?ミュルクヴィズ?」
「ミュルクヴィズ?」
何だろう、と記憶を辿り、一人の名前に辿り着く
ミュルクヴィズ……確か、昔々、神話の時代、ボクがまだ産まれていなかった頃、魔神族を世界の狭間に閉じ込めた伝説の英雄に、確かそんな名前のエルフが居たはず
積乱の弓ガーンデーヴァを持つエルフ、その名前が……ティグル・ミュルクヴィズ
孤高の勇者ティグルとして、エルフながら人間の神話にも出てくるはず。お前達の為じゃない相手が邪魔だっただけだ馴れ合う気はない、と言いつつ何だかんだ助けてくれる、ぶっきらぼうで孤高気取りで、それでも心優しいエルフの青年として、読んだその神話には描かれていた
真性異言によって書かれたものだと、女の子だったら『つんでれもえ』という謎の評価だったけど、そこは良く分からない。ツン?デレ?燃え?火属性に何か関係があるの?
「あー、違うのか
じゃあ、淫乱ピン……桃色の髪の方?」
「そっち。どっちかは知らないけど」
「やっぱ主人公その子かぁ……」
「?」
主人公という単語は分かる。ボクだって本を読む
そして、真性異言がこの先の未来をある程度知っているらしいことも知っている。つまり、主人公というからにはこの先の未来で、あのピンクい髪の少女が何らかの重要な役割を果たすと彼等の脳内にはあるのだろう
「……殺す?」
「いや。魔神王ルートがあるからそいつを狙う
殺すんじゃなく、堕とす」
そこは好きにすれば良いと思う。ボクも、目的は似たようなものだし
「それで?ボクと何か、関係があるの?」
「大有りだアルヴィナ」
うんうんと、青年珍獣は頷く
「賢ーいアルヴィナなら、何か気がつくんじゃないか?」
また頭を撫でて一言
……止めて欲しい。帽子がずれるから
「同じ、リリーナ?」
「そう、その通り!リリーナって名前なら、真性異言がそのピンクの子と間違えて近付いてこないかということを」
「嘘」
一言
それだけで、言葉は途切れる
「それなら、どっちとは聞かない」
「うんうん、そこに気が付くとはやっぱりアルヴィナは賢いなぁ~うりうり」
なおも続く過激なスキンシップに、帽子を外し、腕の中に抱く
この帽子を、あんまり汚したくないから
「この先、魔神族が世界の狭間から解放されて起きる戦乱には、人間側に5人の主人公が居る
そのうち同時に登場しうるのは2人だけなんだけどな
で、その5人が……。まず、アルヴィナが会ったっていうピンク髪、リリーナ・アグノエル。次に、人間に惚れて人側に付く裏切りの魔神、リリーナ・アルヴィナ。三番目に、咎落ちしても人間と共に戦いたいと思ったエルフの王女、リリーナ・ミュルクヴィズ
四番目が異世界から召喚される炎の勇者アルヴィスこと、有馬翡翠。そして最後に、リリーナではないもう一人の選ばれし者、アナスタシア・アルカンシエル」
「……アばっかり」
「始まりの音だからな」
少しずらした反応に、青年は苦笑して。また、ボクの頭を……今度は伏せた耳を重点的に撫でる
止めて欲しい。耳は、あまり人に触らせたくないし見せたくない
だから、この帽子が嬉しかった。その気持ちを汲んで欲しいけれども、今の兄はそういった気遣いが無くなっている
前のテネーブル様は寡黙で取っ付きにくくてと言う者達も多いけど、ボクにとっては昔の方が良かった
「アルヴィナ、気が付いたか?」
「……ボク?」
「そう。昔の忌まわしい神話のように聖女足り得るのが四人、勇者が一人居る
その可能性の中に、アルヴィナが居るんだ」
「……でも、ボクは」
「分かってるよアルヴィナ。これはあくまでも可能性の話だ。今居る可愛いアルヴィナは、そんな事しないよなー」
勝手にボクの体を抱き締める珍獣
……本当に裏切ってやろうか、なんて。そんな事も思ってしまう
魔神は結局魔神で、人の側に付くなんてとても馬鹿馬鹿しい話だけど。それでも
アルヴィナを信じるよと言った彼の手を、取ってしまいたくなる
……でも、駄目。それは、駄目。それでは彼は、ボクの為にボクを守る事をしてくれないから
あの日、本当の事を言っても彼はきっと受け入れてくれた。護ってくれた。でも、それは……皆を救える者として。その皆の中にボクも居るのかもしれないけど、あくまでもそれは国民皆のため
皆の為に、ボクを守る。それは、嫌だから。ボク以外を見て、ボク以外の為に傷付いて、そんな彼ならいらない。あの明鏡止水の眼を、ボクだけに向けさせたい
だから、分からない。少しだけ死霊術で覗いてみたあの少年の記憶。確かにカッコ良く成長していて、けれども明鏡止水の瞳を喪った屍天皇なんて姿の彼を手に入れて、あの世界のボクは満足だったんだろうか
今より外見のカッコ良さは倍。瞳の見惚れる綺麗さは1/10以下。釣り合いが取れてないと思う。ボクなら、あの彼よりはまともに成長した彼の方が良い。勿論、明鏡止水の瞳でボクだけを見てくれるなら、屍天皇は理想だと思うけれど
強い想いは屍になっても遺志として残る。意思は消えても、遺志によって勝手に動くことがある。それが死霊術の大前提。そんなのあの世界のボクも知らない訳無いのに。あんな、誰かの為にボクに殺されることを良しとしたからだろう濁った眼でボクを見る彼を、何で永遠になんかしたんだろう。ボクにはちょっと、理解できない
「アルヴィナがそんな事するはずないもんな。惚れるような相手も居ないし」
そんなボクの思いとは別の事を考えてると思ったのだろう
珍獣は、変なフォローを入れる
……失礼だと思う。自分にはこれと思った相手がいて成長した姿になってるからって
ボクも……と、思うけれど、いっそ成長しなくて良い、と思い直す。成長した外見でなくても、彼に可愛いと言われたこの姿で良い
「でさ、同時に存在しえるのは勇者アルヴィスと、アナちゃんorリリーナ・アグノエルの合計二人だけ。それ以外の場合はたった一人
なんで、アルヴィナが聖女になる事はないんだけどさ、一応それっぽく名乗れば釣れないかなって」
……その言葉に、間違いに気が付く
そんな筈はない、と
アナスタシア・アルカンシエル。今はそんな名前ではないけれど、皇子を皇子様皇子様と慕うあの銀の髪の少女は、兄の言葉によれば聖女だ
とすれば、魔神のボクを勘定に入れなくても既に二人、聖女が居る
とすればきっと、エルフの聖女も居るのだろう
そう思うけれど、教える気にはなれず
「わかった。ありがとう」
きゅっと、帽子を握り締めた
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ノア、或いはエルフの姫
改めて、焔の壁を隔てて、少女を見る
年の頃は13ほど。それだけ見ればおれの倍くらいの年齢で、けれどもそんな筈はない
「……君の、名前は」
「……!」
「……けふっ!」
スキル、鮮血の気迫が発動し、喉から溢れた血を無理矢理呑み込む
此処は奴隷商の仕事場であり、とはいえ公に認められたちょっとアングラだが合法的な企業のオフィスのようなものだ。あまり、汚してはいけないだろう
それが分かっているのか、父の放つ焔の壁も、物を燃やさぬ魔法の焔によるもの。魔力を焼く焔は、魔力を持たぬモノを傷付けない
というか、話しかけた事に対して魅了魔法掛けてくる辺り、前途多難だ
「ああ。おれから名乗るべきだった。おれはゼノ。帝国第七皇子ゼノだ
エルフの姫。おれに名前を教えてはくれないか」
キッ!とアーモンドの眼に睨み返され、肩を竦める
話が進まない
「……こいつか。リリーナ……じゃないな、この感じ」
「……父さん?」
「サルース・ミュルクヴィズの妹のどちらかだろう。一度エルフの森に行ったことがあってな。その時に魔法を打ち込まれた覚えがある」
「え、それ大丈夫なのか?」
「大丈夫でなければ死んでるとは思わんか?」
「いやそうなんだけど」
軽く物騒な事を言う父に心配になる
本当にエルフ相手に話なんて出来るのだろうか、と
「こいつはノア。ノア・ミュルクヴィズ
かつて
「……そう、か」
その言葉に、どうとも返せない
人を嫌う理由も、分かる気がするから
正直な話、おれ自身忌み子として蔑まれるのにも慣れてはいるけれども、だからといって全部無視できる訳じゃないからな。耳が痛いし辛いことだってある。おれはそれ以前に皇族であるから何とかなっているだけだ。何より、アイリスや父シグルドは、こんなおれでも忌み子だ何だ言ってこない
それがどれだけ助かることか。いや、アナやアルヴィナも忌み子なのを問題だと思ってないっぽいけれど、あの二人については寧ろ、周りから忌み子なおれの周りとして十把一絡げに蔑まれないかの方が心配だ
……先天的な忌み子であるおれでさえそうなのだ。後天的に落ちるものであるらしい咎落ちというものが、エルフの中でどれだけ蔑まれるか、正直想像出来てしまうから嫌だ
しかもそれはおれのような半ば不可抗力でも無い自分の意思で踏み込んだ禁忌の代償
……これは想像だが、兄妹仲は良かったのではないだろうか。そんな自慢の兄を、ある日咎落ちとして、忌むべき者として、蔑まなければならなくなった
人間に肩入れしたせいで
ああ。そうならば
人間に対して頑なになる理由も分かる。人間嫌いにだってなるだろう
なら、おれの言葉なんて届くか分からない
「……ノア姫。高貴なエルフがこんな忌み子と話すことすら嫌かもしれない
……なら、勝手におれが話すことを聞いて欲しい」
「『こいつ馬鹿か』と言ってるようだが?」
「馬鹿で良いよ、おれは
手を差し伸べるなんて馬鹿のやることだ。それでも、此方から手を伸ばさないと、手を繋げない。向こうから差し伸べてくれる事を待ち続けるくらいなら、振り払われる覚悟で、おれは手を伸ばすよ」
「貫くならば勝手にしろ。だが、やるなら貫けよ?」
「分かってる。口先だけは皇族に非ず、だから」
その先、父は何も言わない
「ノア姫
おれも皇族の端くれだ。貴女がやった事を素直に認めるわけにはいかない。貴女がやろうとしたように、限界を越えた額を貴女に渡し破滅するような魅了は悪いことだ
……けれど。本当に困っているならば、それを知って何もしないこともしたくはない」
ぷいっと、エルフの少女はそっぽを向く
「……だから、おれは君達を助けたい
君達を襲う何かを、教えてはくれないか?」
その言葉に、金の髪のエルフは応えない。あくまでも静かに、此方を睨み付ける
「けほっ」
もう一度発動する『鮮血の気迫』。一度発動すればある程度状態異常に耐性が付く効果がある筈なのだが、それを無視して……というか貫いて異常を通してくる辺りなかなかに怖い
大体、そもそもゲーム的には発動率が【精神】%の『鮮血の気迫』は理論上発動しない可能性があるのだが、綱渡りを成功できているのがなかなかに奇跡だ。おれの【精神】は100越えてないからな。初期値が120な原作ゼノと違って、異常にかかっていても可笑しくない
だが、今まで精神異常に掛かったと認識できたのは更に上書きしようとしてはね除けることが出来た、赤い血を化け物のような青い血に誤認したアレ一回
「……それでもか、馬鹿息子」
「曲げない。言葉を簡単に翻す皇族に、誰も付いてこない」
いや、そもそも忌み子のおれに付いてくるかはまた別としてだ
「……諦めると言ったら失望していたところだ」
そう言い、父はおれには理解できない言葉を紡ぐ
「……さて、聞いてみたわけだが」
「それで、どんな」
「星紋症だな」
「そうなのか」
意外にも思うが、確か星紋症の治療魔法って5属性魔法だ。エルフは女神の祝福を受けた種族と言われているが、それ故に逆に人間に比べて著しく属性が偏っている。天属性を持たないエルフは居ないし、天と反対の影属性を持つエルフもまた居ない
つまりだ。エルフだけでは、影/火の二属性の魔法である呪詛、星紋症の治療魔法の魔法書が作れないのだ。初等部の授業で習ったが、基本的に呪詛の治療魔法は、それぞれの属性+その反対属性(火⇔水、風⇔土、天⇔影、雷は火と風と天に近いがどれでもないので水土影の何れかで中和する事になる。だから雷の反属性があるのではという学会は居るが、七大天の八柱目は見付かっていないから与太話だ)、それにそれらを中和する何かで完成する
故に、1属性呪詛ですら治療には三属性魔法が必要なのだ。そして、条件上影属性を含む呪詛の治療魔法には影属性が使える者が必須
つまり、エルフ種は本来高い耐性でそうそう呪詛になど掛からないが、一度掛かってしまえば自力で治療出来ないという事になる
いや、魔法書を作るのに、引き剥がすために呪詛を反応させるための呪詛そのものの属性が要るだけで、触媒に近いから作られた魔法書を唱えるのには呪詛の属性は要らないので、魔法書さえ手に入ればエルフでも治療は可能だろうが、自力で作成が出来ない
だから彼女、ノアは人間の街に来たのだろう。魔法書を手に入れるために
オークションで金を得ようとしたのは……いや、流石に魔法書の店襲っても1~2冊くらいはあるかもしれないが、エルフ全員の分の確保は出来ないだろう。特に王都の治療魔法は2年ほど前におれが買ってしまったし、そこまで需要はない魔法書だから補充も無いだろうからあるかどうかすら怪しい。毎回襲うよりは一度金を奪って買い漁る事を選んだのかもしれないな
「……星紋症
でも、誰が」
「『薄汚い人間だろう!』と言われているが、どう返す?」
「そうかもしれない。アナ達の孤児院に向けて使った誰かもまだ分かってないし、エルフに向けて誰かが使った可能性はある」
……でも、誰が?
というか、父皇はさっきリリーナではない方と言っていた。ということは、エルフの中にもリリーナという名前の少女が居るという事なのか?
ならば……これは、未来の聖女を狙った……
いや、無いなと頭を振る
アルヴィナもリリーナだけど、星紋症には縁がない
それに、アナはアナだ。原作では名前は自由だけれども姓は決まっていて、それがアルカンシエル。七天教のお偉いさんの姓だ
平民の出だけれども教会に預けられていて、だから聖女として目覚めたときに貴族や皇族ではなく教会がバックに付く形。孤児では多分無い
「『それがエルフを妬み恨んだお前達帝国の』」
「……おれの前で、父を馬鹿にしないでくれ」
父の翻訳を遮り、そう告げる
「おれだって物申したい事はある
正直、此処は嫌だと言うことも」
言ってくれるな、と愉快そうに唇の端を歪める父を見て、そのままおれは言葉を続ける
「でも、この人はそんなことはしない
おれの親父は、皇帝は、即ち帝国は、決してそんなクソッタレで陰湿なやり口はしない
文句があるならば、轟火の剣と共に正面から殴り込む
だから、それは違う」
「『野蛮な』」
「力がなければ、何も守れなかった。そんな国だから、
「その通りだが、もう少し理性はある。少しは頭を使え、阿呆」
「……」
と言われても、おれ自身割と力押しで事態を解決しようとしてばかりで。だから良い言葉が思い付かずに頬を掻いて誤魔化す
「それに、さ。おれの友達達にも、星紋症は発生したし、変なんだよ、最近の世界」
星紋症は人工の呪詛だ
けれど、実はだが、モチーフとなる呪詛はある
「おれはそれを、魔神族が世界の狭間から解き放たれ、再びこの世界を支配すべく侵攻してくる前触れだと思っている」
影の世界、世界の狭間に閉じ込められる形で終結した神話。ゲームでは解放された魔神達は、人類等既存生命を滅ぼし、真なる万色の世界を作ろうと生存競争を挑んでくるのだ
といっても、それは魔神王以下大多数が占める過激派の目標であり、魔神王の妹等一部割と穏健な魔神は既存生命を滅ぼさずとも領土さえあれば良いってくらいらしいが、そこはおれもゲームエンディングで軽く語られたその後の略史にそうあった事以上はほぼ知らない。後は、魔神王は穏健派を権力からひたすら遠ざけ四天王だろうが何だろうが穏健派は地位を奪って戦線に出させず過激派のみを重用し、その反動で穏健な妹の側に穏健派が固まったから魔神王死後は割と簡単に話が出来た、そう語られてた事くらいか
アルヴィナが万が一あの少年の言葉通りの存在なら、そういう点でも本気で何で殺そうとしたのか分からないな。穏健で、話が通じるだろう相手が魔神王の妹なのに。きっと誰かに変なこと吹き込まれたのだろう
「……だから、だ
哀れみじゃない、同情でもない。エルフという気位が高く、本当に女神に選ばれた種を対等に見ようという訳じゃない」
静かに、エルフ少女は此方を見る
「何時か本当に魔神族が封印から蘇ったとき、共にとは言わない。けれども、貴女方が戦ってくれるように
おれは、おれの勝手な利益のために、貴女方へ星紋症の治療魔法書を贈る
だから、頼む。貴女方を苦しめる呪詛の広がりを、教えて欲しい」
最初の答えは、一言
何度か聞いていたから、意味が分かるようになった言葉
馬鹿が
けれども、静かに、エルフの少女は、その後に言葉を続けた
翻訳してくれた父曰く、240人、と
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魔法、或いは未来への投資
「……20000ディンギル、か」
転移の魔法を駆使し、240回+余裕として10回分の星紋症の治療魔法の魔法書を帝国各地を回って集めてきた(因にだが、単独で転移魔法が使える父皇シグルドだからこそ出来た事であって、普通は無理だ)父から、うず高く積まれた本の塔を受けとる
1冊に10回分。使えば使った回数分、魔法が刻まれているページが魔力焼けで黒ずんでいくので、白いページが未使用である証
一冊一冊は分厚いハードカバーの普通の本なのだが、それが25冊。雑に紐で縛られているが、おれの身長より高い。流石は5属性魔法、1回分の魔法文字の書き込みが半端じゃない
「お、おっと」
体勢を崩しかけ、慌ててバランスを取る
「燃やすなよ?」
「わかってる、けど」
「……いや、もう良いか」
指を鳴らし、銀の髪の皇帝は地面に突き刺していた己の剣をその手に呼び戻す
同時、エルフ少女を捕らえていた炎の壁は消え、おれがああ言ってから1刻閉じ込められていた場所から、漸く少女は解放された
バシャッ、と
おれの顔に温い飛沫が掛かる。帝国南部で取れる香りが良い茶葉で淹れた、鮮やかな黄色をしたお茶だ
父が仕方あるまいと買い揃えてきている間、逃げられないように神器の焔がノア・ミュルクヴィズを囲んでいた
エルフの少女を信じきれないから、この壁を取ってくれと父に言うことはおれには出来ず。せめてものもてなしとして、プリシラに頼んで持ってきて貰ったのだ
何でプリシラに連絡が付いたかというと……
「ふしゃぁぁぁっ!」
そう、おれの肩で鳴く三毛猫のお陰である。つまり、アイリスのゴーレムだ
王城にアルヴィナが訪ねてきた、その事を告げるために、ついでに邪魔だから部屋から摘まみ出して良いかと聞くために、アイリスがあの後すぐにやって来た
おれの居場所なんて、簡単に分かるらしい。恐らく、アイリスから不満げに聖夜のマントのお返しとして貰ったコートに付けるバッジに発信器のような機能でもあるのだろう。なくさないようにしないとな
ということで、アイリスを通して、家のメイドのプリシラに頼んだのだ、菓子と茶を此処に持ってきてくれ、と
妹をパシりに使う忌み子としてアイリスのメイド陣からの評価と、折角レオンと共に新年を楽しんでいたのを邪魔されたプリシラからの扱いが更に下がることは間違いないが、まあ良いだろう
ということで、1/2刻くらいして(大体日本で言う1時間半相当である。この世界の一日が24時間とした場合だが)、芝居に行くところだったんだがなと小言を言ってくるレオンが持ってきた菓子と茶を受けとり、それを焔の壁の向こうに差し入れた
それが、父が帰ってくる迄に起きた全部である
礼一つもなく、天属性の七大天、天照らす女神の加護を得ているからかの女神が嫌う木の実を使っていないものをと思って選んで貰った、主な原料が牛に似た生物(多分牛で良いのだろう。牛帝という七大天も居るわけだし)の乳を主な材料にしたクッキーも半分くらいしか食べていない
プレーンなものではなく、別の家畜の乳から作られたバターを混ぜたバターミルククッキー。ちょっとクセのある濃厚な味わいがクセになる、孤児院人気のおやつだった筈なのだが、残念だ
「……お気に召さなかったか」
魔法書が濡れるので止めて欲しいな、と言いつつ、本の束を少女に渡す
「……持って帰れなくない?」
おれのステータスならば持てる本を渡されてぐらつく少女に、本を支えながら不安を覚える
「だから、これがある」
と、父が近寄り、不思議な青い袋を被せるや、本の束はその中に吸い込まれ、両の掌に収まるサイズの、勝手に口が閉じられた袋だけが残った
「
「そのまま持ち帰るには不備があるだろう。サービスで付けてやる」
蒼袋。あの
掌に落ちたその袋を握りしめ、少女はささっと服の袖から短い杖を取り出す
恐らくは、逃げ帰るための魔法なのだろう
「……君達が助かるよう、勝手に祈ってるよ」
にこりともせず、振るや否や砕けていく杖と、光に包まれて消えていく少女を見ながら、ぽつりとおれは呟いた
「……祈るのは良いがな、ゼノ」
「陛下」
消えるや否や、振ってくる拳
それを受けつつ、父である皇帝を見上げる
「エルフに恨まれていては困るのは確か。故、今回の金は国庫から出してやる
それは良い。良いが、七天の息吹まで付けてやって欲しいというのは、どういう了見だ?」
そう。父が言っていたように、大体今回使ったのは20000ディンギル。240+予備で10回分の魔法書で大体10000ディンギル。では、残り10000ディンギルは何なのか
その答えが、ほぼ万能の7属性治療魔法、七天の息吹だ。全属性の使い手が4/3ヶ月(言い換えると8週間)かけて漸く作れるという、超高額魔法。死人は無理だが、数年前に吹き飛んだ手足くらいなら当然のように治るという最強格の治癒魔法。肉体を満足な状態に戻す魔法であり、呪詛等にも当然完全対応。その分お高く、10000ディンギルだ。日本円にして約1億。制作方法こそ確立されている為法外な値段とまではいかないが、それでも普通に手が出せるようなシロモノではない。というか、大怪我した時にこいつを必要な出費として使えるような者達であるから、高位の貴族は傷が残らない。逆に、そういった回復魔法が反転する忌み子ゆえに火傷痕の残るおれが、あいつ皇族なのに傷残ってやんのと貴族達から馬鹿にされる訳だな
「まあ、別に
アルノルフの奴は混乱するだろうな。20000ディンギルを良く分からん混乱で使った、とな
さて、お前はどう返す?」
愉快そうに、皇帝は言葉を紡ぐ
星紋症の治療だけなら、250回分の魔法書で良いのだ。なのに何故あんなものを追加したがったのか、燃える瞳が問い掛ける
「次に繋げるために
効いたならそれで良い。けれども、本当に星紋症への対応魔法が効くのか未知数
もしも効かなかった時、単なる無意味にならないように」
一息入れ、頭の上に乗ってくる三毛猫を宥め、言葉を続ける
「あれは王城に保管されているもの。使えば、使ったことが七天教に伝わる
その時動けるように。効かなかったときに、次の手を打ちつつ、少なくとも一人、あのノア姫が自分で動こうとするくらい助けたかったのだろう誰か、はもう助けられたという恩を売るために」
「恩を売ってどうなる?」
「言った通りだよ
人に与して欲しいとまでは言わない。その女神に選ばれた種としてのプライドで、下等生物に助けられたままでは居心地が悪い、とそんな気持ちで良いから、いざという時に此方に向けて手を差しのべてくれる可能性を用意したい」
「ただそれだけの事に10000ディンギル……いや、20000か。全く、お高い買い物だ」
「それでも、おれに思い付く解決法なんてこんなごり押ししかないから」
「全くだ
あまり国庫をアテにするな馬鹿息子。その国庫からという考えは、何時か取り返しのつかない負債を生む。今回だけにしておけ
……でだ馬鹿息子。お前、買ったあの狐の姉妹はどうした?」
「……それなんだけど」
言いにくいが、言わなければならないだろう
弾けそうな胸を、頭から降りてきたアイリスのゴーレムを胸に抱くことで誤魔化し、おれは口を開いた
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疑惑、或いは
「……さて」
エルフのノアを見送った直後
膝を折り、目線をおれに合わせ。父はおれの眼を覗き込む
「お前が言うように、七天の息吹をつけて返してやった。泥棒に贈り物をしてやった訳だが」
「……うん」
ぱっと見、そういう事になるんだよな、これ
おれとしては未来に繋がるなら、とは思うが。といっても、本当に未来に繋がるという保証なんて無い
「この先何が起きる?」
「それは、おれにも……」
「誤魔化すなよ、ゼノ。お前はこの先を知っている。だからこそ、エルフに対してちょっとばかし過剰な支援を要求した、違うか?」
「……」
「黙るな。
ただ、知りたいだけだ。
っ!
告げられたその言葉に、思考が固まる
おれも、城の蔵書で転生者が他に居て何かを残していないか探したときに見つけた本で知っている、その呼び方
「おれ、は……」
「アグノエルやアルトマン、後はシュヴァリエのところもそうか。あそこの子供達程に露骨じゃないが、お前、
……誤魔化せない。この瞳は、どうしようもない
心まで燃やされるような瞳に、観念しておれは首を縦に振る
「おれは、確かに……」
この
何を考えて、今、この事を聞いてきたのだろう
困惑するおれを、銀髪の若作りなその男は……
ひょい、と抱き上げた
「そう警戒するな、馬鹿息子
「……分かる、ものなのか……」
「分かるさ。
「おれを、どうする気だ」
「どうするもこうするも無い、馬鹿息子
ああ、と漸くおれの懸念に気が付いたように、父は唇を歪め
くしゃっと、おれの髪を、頭を、荒く撫でた
「何だ。
「おれはゼノで、でも、ゼノ本人そのものじゃない」
「だろうな。ひょっとして、前世の名前で呼んで欲しいのか?
ああ、あの子等にも皇子さま皇子さまと呼ばれていたが、前世の名が王子か?」
「そんなんじゃない。名前も、覚えていない
けれど、何か……」
「何もない
お前が
お前はゼノだ。猫を被っていたりする訳でもない、性格が、記憶が、書き変わった訳でもない
少し抜けてて場当たり的で、誰かの為に馬鹿をやる
「……とう、さん……」
頭に感じる感触に、瞳を射抜く眼に
少しの恐れは残しつつ、大人しく身を委ねる
「
真性異言が多すぎる。本来は一世代に1人居るかどうかだぞ?それがぱっと分かる範囲で4人。お前が出会ったのを加えれば5人か。明らかに異常だ」
「……うん」
「ということはだ。その異常に相応しい激動が始まる
11年後、いや前触れは8年後だったか。かの予言、魔神王の復活は起きるんだろう?
そして、その激動の時代を変えるべく、
違うか?と聞く銀髪の皇帝に、そうだよと頷く
「遥かなる蒼炎の紋章。おれ達はそう呼ばれているゲーム……遊戯板の超豪華仕様みたいなもので、確かにこの世界での戦いを遊んだことがあるんだ
そのゲームでは、確かに魔神は世界の狭間から蘇り、神話のように世界を支配すべく襲ってくる」
「遥かなる蒼炎の紋章……神話の王剣ファムファタールの事か。成程な。で、それが予言の時だと
それに、あのエルフどもをああも助けた理由があるのか」
「ある
父さん、リリーナって言ってたけど、それはエルフの名前……で、合ってるよな?」
「ああ。
まだ80くらいの若いエルフだ」
「80で若いんだ」
「大体エルフの寿命が人の20倍だからな。年齢は大体人に感覚を合わせる場合1/10で考えろ。まだまだ幼子だ」
くすりと的はずれな突っ込みを入れるおれに笑い、父は続ける
「サルース、ノア、そしてリリーナの兄妹が森長の子だった。10年前、咎に落ちた者等とほざいていたエルフ共に、友人を馬鹿にするんじゃねぇと文句を付けに向かって以来今日まで会わなかったから今どうなっているかは知らんがな」
「……そのリリーナって娘が、気になったんだ」
「ほう」
皇帝が眼を細める
そして、そこにある机を見て椅子を引いて座るや、ほいとおれを机の上に乗せる
これで目線は割と合うけれど、良いのだろうか、これ
「リリーナ、か。アグノエルのところもそうだし、お前の未来の嫁……というと、お前が怒るんだったか。よく分からん男爵家の娘もリリーナだったな
流行っているのか?」
「流行っているのかは分からない。けれども、ゲームそのままの知識に照らし合わせた場合、魔神との戦いの最中、リリーナという名前の少女が大きな役割を果たすんだ」
「で?分かっているのは名前だけだったのか?そうでないならば、誰が必要かは分かるだろう?」
「それなんだけど……外見、3つから選べてさ
一人はそのアグノエルのリリーナ。一人はアルヴィナ。そして最後の一人が金の髪と褐色の肌が特徴的な女の子のリリーナ。最後のリリーナはおれは会ったことがないけれど……」
と、半眼で父に睨まれる
「馬鹿ゼノ。お前はエルフと交遊を持ちたいようだから言っておく。エルフ共にそれは言うなよ?」
「……ヤバイのか」
「エルフ共は森長の末娘を溺愛している。それが咎落ちする等とほざいたら戦争ものだ。褐色の肌などと口にしてやるな」
「……うん、分かった」
頷いて、おれは言葉を続ける
「そのリリーナがそのゲームで重要な役目を果たすリリーナかは分からない
でも。アルヴィナが狼の亜人であったように、人でない可能性はあると思った
それに、二人居たんだ、三人目も居るかもしれない。そしてその三人目がこの国には見つからなかった。貴族のなかに居なかった。なら、エルフのその子かもしれない、そう思ったんだ」
「狼の魔神でなければ良いがな」
「おれはアルヴィナを信じてる。リリーナ・アルヴィナは、おれの友達だから
それはそうとして、その時思ったんだ
ゲームでは三人のうち一人しか出てこなかった」
本当は四人目、もう一人の聖女も居る。だがそれは今は言わなくて良いと思い、言わずに話を続ける
「それはもしかしたら、何か起こるんじゃないか。例えば、ニコレット達が拐われかけたあの
「それを、そのまま再現する気はない、と
死ぬかもしれんから、予めその時の切り札を置いておく、か」
「その通りだよ、父さん
おれの知識はあくまでもゲーム。この現実じゃない。参考にはなるけど、確実な未来じゃない」
ふっ、と父は
「分かってるじゃないか、ゼノ
とりあえず、お前としても賭けだった事は分かった。阿呆な策だが、まあ今回は良い。次からはここまでの夢想作戦に金を出すかは微妙なところだがな」
言って、父は立ち上がる
「さてと、全くお前は無駄金が多いからな
「……え?」
ひょい、と首根っこを掴まれる
そしてそのまま持ち上げられ、おれは連れ去られていった
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奴隷、或いは教師
「……これはこれは、皇帝陛下」
奴隷市場の更に奥の奥
裏方、奴隷を置いておくための場所の一つ
そこまでおれを連れてきた父の存在に気が付いたのか、奴隷商の男が目を見開く
「あのエルフの少女につきましては」
「終わったことだ。魅了に対して抵抗出来なかったのだろう?それは仕方の無い事。今は大事にならなかった事を喜べ」
「では、あの事についてではないと?」
周囲を見回すが、あまり良い奴隷は居ない
当然だ。此処は地下なのだから。日の当たらぬ暗がり。カビ臭さすら感じるこの場所は、人の暮らすような場所ではない
奴隷だって人だ。何なら売り物だ。日本での一般的な考えとは異なり、こんな暗がりに繋がれているような奴隷は少ない。どうして、奴隷自体は認められているというのに好き好んでこんな不衛生な場所に閉じ込めて、貴重な売り物を自分で病気にするような商人が居るだろう。こんな場所に置いておくとしたら、何らかの理由で(例えば違法に拐ってきた貴族の子弟だとか)表に出せない奴隷か、さもなくば……売れないと判断されたゴミ扱いか
「父さん、どうしてこんな場所に」
「お前のための奴隷を買いに来た」
「冗談は止めてくれ。アルヴィナが待ってる」
今も頭の上に居るアイリスを通してどうなったか聞いてみたところ、今はおれは居ないなら待つと大人しく本を読んでいるらしい
けれども、おれを訪ねてきたのだ。長く待たせたくはない
「ここは、真っ当な奴隷が居るとは思えないんだけど」
一応、場所としてはオークション会場の近く。一旦此処に今回オークションする奴隷を集めたという事はあるかもしれないが、その奴隷等は全員値が付いて売れてしまった。もう残ってはいない
「ああ、そうだな」
「ええ、私共は法に則り、清く正しく運営している潔白な奴隷商ですので」
「ふっ。奴隷商売そのものが清いかは疑問符が付くがな
少なくとも、下手な嘘は付いていないだろう」
「では、
「その通りだ父さん。父さんが買ってくれるというのは嬉しいけど、それはそれとしておれは早くアルヴィナのところに戻る必要がある。あまり無関係のものを見るのは」
「阿呆」
おれの言葉を遮り、ひょいとおれの首を掴む手を緩め、父たる皇帝はおれを下ろして一喝する
「お前、真っ当な奴隷なんぞ買ってやっても何だかんだ理由付けて手放すだろう」
「あ、あはは」
乾いた笑いをあげて誤魔化す
おれが今日買った奴隷は三人。全員既に自由の身だ。フォースの姉二人は違うけど、結婚は実質奴隷から自由の身と言って良いだろう
否定できない。割と本気で
「だから此処に来た
お前が手離せないような奴隷なら、相応の態度を示すだろう」
「というか父さん、何でおれに奴隷なんか買うんだ?
おれはそもそも、奴隷なんて持てないのに」
「持てる持てないではない。態度の問題だ
別に良いよと甘い顔しすぎて専属メイドに金蔓と舐め腐られている皇族なんてお前くらいだ馬鹿息子。もう少し舐められん態度を取れるように練習しろ、皇位継承者の自覚があるのか貴様」
「おれはアイリス擁立派だから。おれが皇帝になんてなったらこの国は終わりだろうし、皇位継承権は持っているだけだ」
「確かに終わりだが、それを親の前で言うな馬鹿息子」
言うだけ言って、父は少し太った商人へと向き直る
「ということで、もう少しこの馬鹿に自覚を持たせるため、上下関係のはっきりした奴隷をこいつに付けることにした
売り物にならん奴で良い。その方がこいつ向きだ」
割と酷いことを言いつつ、父は辺りを見回す
「故に此処に来た。見せてくれるな、商人?」
「そういうことでしたら」
そうして、早々と三人の奴隷が、おれの前に並べられた
「アイリス、お前も欲しいならば買うが」
「なーご」
興味ないとばかり一声鳴いて、三毛猫はおれの頭で丸くなる
「だそうだ、しっかり選べ、馬鹿息子」
父に言われ、三人を見る
「商人さん。三人がどういう経緯で此処に居るのか教えてくれないか」
そして、まずは一番左の少年を見る
大きな怪我を負った、まだまだ若い少年。年の頃は15~16。野性的な顔立ちと襤褸から覗く腕の筋肉が割と鍛えてそうな空気を出す。といっても、鍛えた筋肉よりも取り込んだ魔力がよりものを言うのがこの世界。鍛えてるとしても最低限の力はあるという事しか分からないと言えばそうなのだが。下級職Lv10くらいの筋骨隆々のマッチョマンよりも子供のおれの方が力強かったりするしな
「彼ですか。元は魔物商人の息子でしたが、親に売られたのですよ。
一度はその経歴をかって買い取られたのですが、その先で大問題を起こしまして……」
「大問題?」
「ええ。魔物商の血、いえ、何らかの恨みでもあったのでしょうか。屋敷で飼われていた魔物を解き放ったので御座います
あれは気性の荒い有翼獣、旦那様に手綱を取られていなければ人も襲う凶暴な獣」
「俺じゃねぇ!」
少年は叫ぶ
可哀想だとは思う。けれど……それだけでは何も言えず、ただ、おれは頷く
「本人も腕を砕かれ、こんな奴隷はいらぬと突き返されました。ええ、大損害です」
買ってくれます?とちらりと此方を見る商人
「それは、何処だ?」
「シュヴァリエ公爵家であります、陛下
ご子息のユーゴ・シュヴァリエ様がたまたま直ぐに見つけ、退治なさったから良かったものの……」
シュヴァリエ、何か聞き覚えのある名前だ
ああ、そういえば庭園会でからかい半分に魔法撃ってきた事があったな、と思い出す。後は……
「ああ、あそこのユーゴか。お前に向けて魔法の実験材料になれと依頼を出してる」
「流石におれも、あんまり気乗りはしないよ、あの依頼」
安いしね、と空気を誤魔化すように言って、商人に向き直る
「有り難う。良く分かった
で、真ん中の人は?」
真ん中は、少女だ、多分
といっても、身長はおれより低い。子供の身長と言って良いだろう。そして更に……
顔が犬だ。アルヴィナのように、ちょっと犬っぽい愛らしい顔立ちというようなレベルではない。犬耳でもない
本当に、犬だ。鼻も突き出てきて、歯ではなく牙が口から見えるし、顔から全身毛皮に覆われている。そんな二足歩行の犬のような生物が、襤褸のワンピースを着ていると言った感じ
「コボルド種?」
「見たかぎりな」
「ええ。そうです皇子、彼女は手先が器用な家庭用奴隷として別の所から買い付けたコボルド種なのですが……」
話を聞く限り、問題はない気がする
コボルドもゴブリンもこの国では獣人種に分類される。獣人であるが故に人権は割と無いのだが、集落と交流があったりと、決して単なるモンスターではなくちょっと困った隣人のような扱いをされている種族だ。時折魔法の力を、神の奇跡を持つ変異種を求めて人里を襲い若い男女を拐っていく馬鹿が出るが、それは人間の強姦魔も同じようなもの。普段はそこそこ気の良い種族である。エルフより何倍も友好的だ
何ならコボルドとゴブリンのハーフであるゴブリンヒーローのルークがゲームではプレイアブルな仲間キャラクターとして出てくるのだ。ゴブリンやコボルドは決して敵ではない
だから特に問題はないはずだ
では、何が問題なのだろう
と、コボルドの少女を見ていて、ふと変なものに気が付く
「……ひょっとして、妊婦なのか」
「ええ、此方に引き取ってから分かったのですが、妊娠していましてね
流石に、子持ちコボルドなど買う人は居ません。表に出しても困ります。故、こうして此方に引っ込めていたのです」
「じゃあ、最後の人は?」
最後の一人を見る
兎の耳を持つ亜人……いや獣人だろうか
割と鋭い目をしていて、中々に格好の良い人だ。売れそうな見ためをしていると思うが
「彼は殺人者の主人と協力していた奴隷でして」
「親父、彼は却下で」
迷わず最後の一人を切り捨てる
というか、最初から決まっていたんだ
「父さん。おれ、真ん中の子にするよ」
「ほう、何故だ?」
「ノア姫と話して良く分かった。おれは母国語しか話せないって。それじゃ駄目なんだって
手を差し伸べるにも言葉が要る。だからおれは、ゴブリン達の……共妖語を習いたい。そういう形の奴隷なら、子持ちでも大丈夫なんだし」
「良いだろう」
おれの言葉に、父は軽く笑って頷いた
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来訪、或いは一人ぼっちの少女
「……御免、待たせた」
奴隷を買うや、手続きを父に頼んで街を駆ける
あまり帰ることは無い、王城外れ、城壁の外に突き出した隔離区画
此処4ヶ月ほぼ寄り付かなかった其処に足を踏み入れる。って、自室に帰るだけなんだが
自室と言っても、ベッドはもうない。しっかり洗われて、メイドのものになっている……ってちょっとおかしくないか?幾ら寮生活とはいえ、寮から戻ってくることを考えられてない気がするんだが
まあ、おれだから何処でも寝られるし良いのだけれども、おれ以外の人のメイドやれるのかプリシラ……と不安にもなる
そんな区画。アナと出会い、座らせて話を聞いた、新年だからか青々と繁る(新年と聞くと日本人の感覚では冬といった感じだが、この世界での新年とは人の月の初め。七大天で焔嘗める道化の月だ。寧ろそこそこ温暖な時期である)大木の下に置かれた昼時をくつろいで過ごす為の椅子の上
そよ風の吹く夕焼けの中で、少女は魔法で明かりを灯し、一人本を読んでいた
題名は、聖女のティリス史。聖女と呼ばれた者達に(といっても本物の聖女は神話の時代にただ一人。残りは七天教が勝手に現代の聖女認定した)焦点を当てて書かれた歴史書……というか読み物だ。歴史本には分類されるとは思うが、聖女の三角関係恋愛について長々と章があったりと割とノリが軽いらしい。ちなみにおれは読んだことがない
おれの声に、その本から顔を上げ、椅子にちょこんと行儀良く座っていたぶかぶかの帽子の少女はおれへと目線を移す
何時ものように片眼が隠れた前髪が揺れ、その奥の瞳が見える
それが、何時もより元気がない気がして、プリシラに……声をかけようとして、居ないことに気が付く
そういえば、レオンと……後は老執事のオーリンもだが、確か新年の芝居を見に行っているのだった
仕方ないので……と思っていると、天からなにかが降ってくるので受け取る
金属製の筒だ。妙に熱い、水を入れる持ち運び用のソレは、恐らくは妹のアイリスが自分の部屋でメイドに頼んで用意してくれたものなのだろう
尻尾を振って去っていくさっきまで頭の上に居た三毛猫より一回り大きな猫のゴーレムにありがとうなと会釈し、おれは少女……アルヴィナの所へ向かう
冷めきったカップに茶を注ぎ、はい、と少女の方へと押し出す
「本当に、遅くなった」
距離感がつかめない。アルヴィナは基本的に大人しくて、近くに居るべきなのか違うのか、どうしても判別が付かないのだ
「……大丈夫。本を読んでたら、少しだけ、落ち着いた」
嘘だ、と見ただけで分かる
帽子がしっかりと被られていて、震えた声
何時もは帽子で見えないからと耳を立て、被っているというよりは被さっていると表現すべき帽子が、目線に鍔がかかるようにしっかりと目深に被られている。これは、耳をぺたんと倒しているからだろう
尻尾をきつく腰に巻き付け、耳を倒して生活するのは偏見を恐れる亜人。おれはアルヴィナにそんな生活をして欲しくなくて、けれども純粋な人ではないものへの偏見は、持つ者は割と多い。だからおれはアルヴィナにプレゼントした帽子はわざと耳を立ててもバレないように大きすぎて合わないくらいのサイズにしたし、それだからかアルヴィナも基本耳はそこそこ立てている
それを完全に伏せているのは、大丈夫とはとても言えないだろう
「そうか」
それだけ言って、近くに立つ
どうしたんだ、とは聞かない
何かあった、そんなことはもう分かっているから。あとは、アルヴィナが何時話してくれるか、それだけなのだ
下手に話せと強要はしない。ただ向こうから話してくるのを待つ。話したくない事だってあるだろう。言う勇気がない事だってあるはずだ
だから、暫く待つ
やがて、少女は口を開いた
「……お兄ちゃんが」
「お兄さんが居るのか」
「……居た」
「そう、か」
おれはただその一言だけを搾り出した
居た。その言葉の意味が分からないという訳ではない
だけれども、だからこそ。その先の言葉に詰まってしまう
踏みこむのは容易い。だが、それで良いのか?
そんな思いから、震える手に暖かな茶の入ったカップを持たせ、その上からおれの手で包み込む
「……辛いな、アルヴィナ」
「……うん」
「家に居なくて良いのか?」
「家は落ち着かない」
「そっか。じゃあ仕方ないな」
冷たい手をきゅっと握り、おれは少女の側で、言葉を交わす
「……お兄ちゃんは、帰ってこなかった」
「そっか。でも、男爵家とはいえ何か大事があったら耳には入ると思うけど」
言って、しまったと思う。傷心の少女に、下手に聞くべきじゃない
「……うん
表向きは、何もない」
沈んだ声で、黒髪の少女は答える
「ボクのお兄ちゃん、影みたいなものだから」
「そっか、それは……苦しいよな」
影。影武者
皇族にはほぼ居ないが、貴族には割とそういうものも居るのだ。いざというときの影、身代わりとしての影、何らかの傷を隠すための影。影が奏ずるとは阿呆か貴様、と父がキレ気味に皇帝への苦言などを影任せにした貴族を吹き飛ばしている場面も見たことがある辺り、割と一般的だ
何なら、この国で英雄貴族と呼ばれている騎士団長の一人シュヴァリエ卿だが、彼が成し遂げたという偉業はあれ影がやったものですねとは第二皇子の談だ。何でも影に相討ちに持ち込ませて自分一人帰ってきたのでしょう、と
「影かぁ、それは
それでもアルヴィナには、大事な人だったんだな」
「……うん」
影は大体の場合奴隷だ。何か起こったとしてもそれはそれ知らぬ存ぜぬが通ってしまう
奴隷に対してそれなりの扱いで遇する必要はあるが、だからといって危険な目に遭わせてはならないという法はない。そんなものがあれば、奴隷と共に襲われたときに主君が奴隷の為に死地に赴く必要が出てきてしまう。あくまでも、奴隷に保障されているのは、所有者による身分だけだ
故に、こんなことが起こる
「……アルヴィナ、他の家族は?」
「誰も気にしてない
ボクも、兄も、無事だから」
「本当の兄より、居なくなってしまったお兄ちゃんと仲良かったんだな
……辛いよな」
「……わかって、くれるの?」
前髪が揺れる
何時もは距離感が掴みにくい少女の、珍しく潤む満月のような瞳が此方を見上げる
それを見て、おれは……
「分からないよ」
そう、ゆっくりと首を振った
「……なん、で」
どうして、と揺らぐ瞳の光
分かるよ、と安心させたいと思う。けれど、嘘なんてつけなくて
「おれは、大事な人を喪ったことなんて無いから
いや、例えアイリスが死んでも、父さんが死んでも。アルヴィナやアナを喪っても
おれにはアルヴィナの気持ちなんて分からない。ただ、推測できるだけ」
目線を外し、静かになった少女
その肩が震えているのを感じて、後ろに回り、ゆっくりと後ろからその肩を、体を抱き締める
「誰だって、他の人の辛さなんて分からない。どれだけ似た苦しみを感じても、分かってやれない。その人の辛さは本人にしか分からない
でも、アルヴィナがおれに助けてって思って来たなら。おれはアルヴィナが前を向けるまで、ずっと此処に居るから
アルヴィナが望む限り、何でもする」
震えるその体は、何処か冷たくて
「……なら、ボクのために死んでくれる?」
不意に耳を打つ、そんな声
「アルヴィナが、本当にそれを望むなら。おれが死んで、おれを殺して。それでアルヴィナが、明日を向けるなら」
不可思議な質問だな、なんて思いつつ。それでも離さず、コートでくるむように椅子の後ろから抱き締め続ける
「……でも、そうじゃないなら」
「うん、冗談」
くすり、と少女は笑う
そんな冗談が言えて、少しは元気が出たのかと思い、腕の力を緩め……
ようとして、トントンとそのままで良いと二の腕を叩かれ、改めて力を入れ直す
「アルヴィナが願うなら死ぬってのは、此方も半分冗談だよ」
「はんぶん」
「半分だ
大事な友達のために命を懸けるのは普通だろ?」
「……お兄ちゃんっぽい」
体重を預けてくる柔らかな少女の体を、おれは暫く抱き締め続けた
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水鏡、或いは少女の語り
「もう、だいじょうぶ」
そう言って少女が身を捩らせたのは完全に日が落ちた後の事であった
「落ち着いたか、アルヴィナ」
「……うん。お兄ちゃんを思い出した」
「そっか」
軽く帽子の上から頭を撫で、ならばあまり女の子に触れ続けるのも良くないと離れる
「……みんな、忘れていく。お兄ちゃんの事を、最初から居なかったように」
「そうだな
でも、アルヴィナは覚えてる」
「……うん」
「覚えていて良いんだ。人が本当に死ぬのは、皆に忘れられたときだ。
「だいじょうぶ、忘れない」
「うん。そうだな」
こくりと頷いて、完全に冷めきった茶を一口啜る
「甘い」
「良かった」
言いつつおれは空を見上げる
既に陽は落ちている。女神の神殿ともされる星は空から消え、星空が広がっている……はずだが、あまり見えない
「……有り難う」
「友達だろ?当然だよ」
言って、プリシラが見たいと言っていた芝居の時間を思い出す
……合計2刻。とんでもなく長い芝居だ
「夜も食べていくか?と……言いたいところだけど、プリシラ達が帰ってくるのは日付が変わった後くらいなんだよな……」
「……泊まっちゃ、だめ?」
袖を引く友人に苦笑して、おれは言う
「泊まりたいなら良いけど……親に許可は取った?」
「問題ない」
「問題ないなら良いんだけど、晩とか何にも用意されてないしな……」
「めずらしい」
「珍しくもないよ。プリシラは割とおれに対して扱いが雑だから」
だから、父さんに怒られた、と茶化して
気丈に振る舞ってはいても、アルヴィナは平素通りじゃない。だからこそ、おれにこんなにもすがってくるのだろう
「皇子なのに、可笑しい」
「父さんにも怒られたよ。でも、これがおれなんだ」
「……他人に甘くて、自分は大丈夫って笑って
譲れない何かが、心の奥にあって」
「おれにはそんなもの無いよ」
「ある
ボクを、みんなを、全てを護らなきゃいけないという思い」
じっと、おれを見つめる瞳
涙跡の残るその瞳が、何処か文字通り輝いている気がして
「当たり前だろ。皇子なんだぜ、これでもさ」
「他の皇子がそんなことしてるの、見ない」
「おれは忌み子だから。理想論を語り、それを体現するくらいやらないと」
「……うん。そういうところも、ボクのお兄ちゃんに似てる」
「悪い、こんなことアルヴィナに言いたくないけど、あんまり誉められてる気がしない」
「誉めてない」
その言葉に苦笑して頬を掻きながら、夜の事を考える
「にしても、本当に大丈夫なのか?新年なのにこんなところに居て」
「皇子だって、新年なのにご飯がない」
「それは……プリシラ達は外で食べてくるらしいから……
孤児に混じって何か食ってろって、レオンには悪態つかれたよ」
流石に、兄弟弟子でも乳母兄弟でもあるのに、おれだけ初等部暮らしとか、向こうヘソ曲げるのも仕方ないとは思う。ここ半年、師匠は夜は大体おれに稽古をつけてくれたし、数日に一度は初等部メンバー(ちなみにだが、あくまでもアイリスの付き添いなのでおれ自身は空気に徹した。ヴィルジニーには突っ掛かられたが他からは空気みたいな扱いであり、交友関係は広まらなかった)のために授業。レオンは完全にないがしろにされていたのは確かだ
修業自体も本来おれのおまけ。主君が学ぶ序でに教えて貰っていたくらいのもの。理屈の上ではおかしな話ではない……んだけど、かといって割り切れるものでもない。レオンだって真面目な生徒だったんだから
「そうだ。アナのところ……もなぁ……」
良いこと考えたと一瞬思い、否定する
「だめなの?」
「ただでさえ予算不足で品数が想定より減ってしまって、その上一人分取り分けてやってくれって言ったからさ。更にこっからおれ達が削るのも気が引けないか?
特に、子供達にとっては384日に……皆の誕生日が被りが一組居るから13……いやエーリカが加わったから14、聖夜と新年とあとは……案外多いな……一月48日に3~4回あるわ
といっても、ご馳走と呼べるものなんて10日に一回ないし、新年はその中でも特に奮発したものだし、誕生日なんかと違って、全員の希望を聞いてそれぞれ1品ってやるものだ。削っちゃ悪いよ」
「……確かに
でも、元々削られてるのは良いの?」
「本当はだめだけど、アナが皇子さまの負担になるなら、わたしは何にも要らないって言ってくれたから
その分、あの子の誕生日は豪華にしないとな、ってくらいは思ってる」
「……誕生日」
「……御免、アルヴィナの誕生日を忘れてた。聞いたことないから、前は祝えなくて御免な
教えてくれたら、今年は忘れないようにするから」
「……分からない」
だが、返ってきたのは予想外の言葉
「ボクの誕生日、お兄ちゃんくらいしか祝ってくれなかったから」
「何だそりゃ」
「跡継ぎの兄以外、割とどうでも良い家だから」
「だから、影武者なんてものも居て、死んでも気にもとめないというか、身代わりが死んでくれて本人が生きてて良かったで終わるのか」
こくり、と少女は小さく頷く
「半分血の繋がらないお兄ちゃんだけが、ボクを大事にしてくれた」
「半分は繋がってたのか。妾腹か何かか。影と言うから、奴隷か何かかと思ってた、悪い
辛いよな、アルヴィナ」
「辛いけど、家に居るより良い」
「アルヴィナの力になれてるなら良かった」
「お兄ちゃんが居なくなって、家の体制も変わって
息苦しくて、来た。寮は今閉まってるけど、あっちの方が気楽で良い」
男爵家とはいえ使用人も居ないのはまず有り得ない。だというのに、アイリスの気紛れかアナ一人だけを使用人にしたあの寮以下の快適さとはこれ如何に
本気で息苦しいんだろうな、と思うことしか出来ない
「……御免、他にもボクの友達、居た
皇子が買ってくれたあの子」
「大事にしてくれてたか?」
実は少しだけ心配だった犬の話が出て、良かったと胸を撫で下ろす
「うん。半年ぶりに帰っても、ちゃんと忘れず出迎えてくれた
でも、もうそれだけ。優しくはないけどボクの所にいた人も含めて、兄が色々再編して居なくなった」
「それ、良いのか?」
「冷遇されてたのを見直すって。元々ボクには何にも期待されてないから、その周囲の人も左遷みたいな扱い」
「いや、帝国初等部への招待って、真面目に名誉の筈なんだけどなぁ……」
何度も言うが、おれでは絶対に手が届かない名誉である。マジでアルヴィナって凄い奴なんだなと見かけた瞬間に思った程だ。原作主人公の未来の聖女リリーナ・アグノエルでも落ちるレベルだぞ?それが割と放置されてるって何なんだろうなその男爵家
「あれ?というかアルヴィナの兄……ああ、次期当主の生きてる方も初等部通ったりした?」
「全く」
「だよな、名簿にもアルヴィナ家の名前って他に無かったし」
他に無いから可笑しい、とはならない。高位貴族なら兎も角、下位貴族なんて突然変異レベルで優秀な素質持ってないと入学できないからな、あの初等部
今もアルヴィナの一口だけ飲んだお茶、アルヴィナの出している魔法の灯りに照らされて多少鏡のようになっているそれを通してちらちら此方を魔法で見ているアナでも無理。というか、最初に水鏡の魔法を難なく出来ました!してた時から思ってたんだけど、スペック高いなあの子。後で思ったんだが、水鏡って魔法についてド素人な子供じゃ基本まともに使えない程度には難しい魔法だぞ
「そんななのに、アルヴィナは基本無視なのか」
「兄がもう、当主と決まってたからボクは寧ろ邪魔
そんな邪魔なボクの周りに左遷されてた人たちも、兄が実権を握り始めたらどんどん重用されていって」
「アルヴィナの周りに残ったのは、絶対に表向きは出せない影武者と、アルヴィナの為に贈った犬だけ、か」
「前に帰ったときより、ボクの周りは酷くなってて
……お兄ちゃんも、帰ってこなかった」
「……アルヴィナ。おれに話して気が済むなら、幾らでも聞くよ」
ちらり、と茶の水面を見る
アナがおれの贈ったノートに何かを書いて此方に向けて出していた
曰く、『リリーナちゃん、大丈夫そうですか?』と
まだアルヴィナじゃなくてリリーナなんだな、と。寧ろ名前呼びの方がちょっと距離あるっぽい妙な感覚の少女にくすりと笑いかけ、アルヴィナに悪いと頬を引き締める
「でも、ちょっと待ってくれよアルヴィナ」
水鏡は水を通して互いの姿を、周囲を映し出す魔法。日本風に言えば双方向ライブカメラ。だが、音は通らない
なので胸ポケットから手帳を取り出し、さらさらと走り書きする
『辛そう』と
直ぐに銀髪の少女は頷いて自前のノートに返事を書く
『じゃあ、リリーナちゃんを連れてくる事、出来ますか?』
『良いのか?折角のご馳走が更に減るぞ?』
『おともだちには元気出して欲しいです。それに、皇子さまが居るからわたしたちは飢えず、こんなご馳走まで食べられるんです
だから、皇子さまやそのおともだちの為なら苦じゃないです』
「だ、そうだぞアルヴィナ」
おれの視線に気が付いたのか、横で覗き込む狼耳の少女にそう告げる
「行くか、アルヴィナ?」
「……行く」
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ソーセージ、或いは食への執念
手にした鍵(当たり前と言えば当たり前だが、孤児院の鍵はおれも持っている。実際の管理者はまた別なのだが、書類上此処はおれの私有地扱いで孤児院の建物もおれの所有なのだ。アナがアイリスからメイドのお給料だと貰った纏まった金を管理人に渡しおれに話を通さず窓とか扉とか買い換えて改装していたりするが、一応おれの所有だ。因みに下手人は皇子さまに言ったら責任を感じてしまうから、と容疑を全面的に認めている)で、しっかりと閉じられた扉の鍵を開ける
此処は貧民の住まう区、その端、王城に程近い……って、何時もの孤児院である
おれの部屋と庭からすれば、城壁を隔ててすぐ近く。なのだが、アルヴィナを連れて孤児院へ向かってから、半刻程が既に経過している
理由は簡単だ。単純に遠いのと、寄り道をしたから。直線距離では近いが、それは城壁を駆け昇る前提。おれ一人なら兎も角アルヴィナは通れない道だ
余談にはなるが、この皇都は国の首都、王の膝元の街としては珍しく中央の王城の回りに貴族区が無い。ピザを切り分けたように、扇形に区画が分けられているのだ。その理由は簡単で、皇都を作らせたおれの先祖が、全て
といっても、王城の正門から近い遠いはあるのだが
「お疲れ様です、皇子さま」
「そうだぞー!おっせー!」
「ぶー!おなかへったー!」
「ごはん!ごはん!」
入るや否や、暖かな風と共に響いてくるのはそんな狂騒
ぺこりと頭を下げる銀髪の女の子に、周囲で騒ぐ子供達。カンカンと行儀悪くフォークのような食事用品で木の皿をドラムしているのはトカゲ亜人のユリウスで、ごはんごはんともうつまみ食いをはじめているのは犬獣人のポラリス
「ポラリス、お前他の人の皿から盗っちゃ駄目だぞ」
その手が閃き、子供達の為だと思うと過剰なまでにきっちりと盛られた自分の横の木の皿から自分の好物をかすめとるのを確認し、おれはそう咎める
「ぶー!」
「君の好物が他人に勝手に食べられたら嫌だろ?
だからそれはやっちゃ駄目。自分の分を渡して……
ってもう無い!?」
一応おれが来るまで晩御飯を待っていたようだが、そこは子供達。しっかり皆の皿を見回せば、ところどころに歯抜けがあるのが分かる
新年はこの世界では寧ろ稼ぎ時、家族でゆっくりという日本式とは異なり、騒ぐものだ。市場も初売りに忙しく、芝居なども多い。その新鮮な初売り食材から皆の好みをちょっとずつ集め敷き詰めたその豪華な皿は、我慢するには難しすぎたのだろう
「そうだ、アルヴィナ」
「……これ」
おれの背に隠れていた少女に合図する
それに合わせ、少しだけ気後れしていた少女は顔を見せ、はいと手に抱えていた包みを渡す
「リリーナちゃん、これは?」
「食べるだけは、わるい。お土産」
「そ、そんな。悪いです。わたしが心配で呼んだのに
でも、ありがとうです」
ふわりと舞う雪のように柔らかく微笑んで、雪の少女はその包みを開く
中身は新年という事で張り切った屋台区(平民向けの市場区とも言う。屋台区の渾名の通り食材や安めの日用雑貨を売る店だらけで、かっちりとした扉のある店が少ない。マントを買ったりしたのはその隣のもう少し貴族向けの落ち着いた区画だ)の外れに寄って買ってきた
ぱっと見紫色してて不安になるが、それは菌株猪の腸が毒素を分解した結果色付くものであり、寧ろ鮮やかな紫は安全の証。200年ほど前の料理人が獣臭さと毒さえ何とかなれば美味しいのだと試作しては毒にやられ解毒魔法というのを3年ほど繰り返して完成させたというレシピ。今となっては鼻を突き抜けるハーブの香りに、キノコと鳥のような牛のような肉の旨味が合わさった庶民から下級貴族にまで大人気の帝国伝統料理だ
というか、毒あると分かってる魔物をひたすら3年食べて腹壊しては解毒魔法して美味しく食べる研究するとか美食への執念って凄いと思う
余談だが、200年前に考案された当時は禽牛が街道沿いの草原に沸いて隊商を襲うため駆除は定期的にされるがその肉は毒があって捨て値に近い値段で叩き売られていた為手が出しやすい値段だったが、今ではそこそこの値段がしてしまう悲しい伝統料理でもある
「ピルッツヴルスト?」
鮮やかな紫を見て、白の少女は首を傾げる
「アナの言ってた湖貝じゃなくて御免な。多分売ってるとは思ったけど、今のアルヴィナをあまり屋台区の人混みの中にいさせたくないのと、早く行かないとと思って」
「そ、そんな、良いですよ!そもそも皇子さまが居てくれたから、わたしたちはこうしてられるのに、更になんて……」
「護ると言った以上、それを貫く義務がある。それだけだよ
アナは心配しなくて良い」
それだけ言って、周囲を見る
孤児皆を集める大卓。そこに2つ空いた席を見つけ、アルヴィナをそこに連れていく
「すっげー!犬っぽいじゃなくて犬な人だ!」
其所には、アルヴィナに早く会いに行く為に御免此処にいてくれと孤児院に一度押し付けた奴隷が居た
アナに任せ、城壁をそのまま駆け上った感じだな。因みにだが、父が俺じゃねぇ!と叫んでいた腕の折れた少年を買っていた。シュヴァリエの息子が
「ちょっと待ってください。今切ってきます」
紫のソーセージを手に離れていく雪色の少女。その白く新しいワンピース……刺繍も無くそう高いものではないが、可愛らしく清楚な少女によく似合うそれを誉めるべきだったかなーとも思いつつ、もう今更遅いので、スカートを翻して厨房に向かう彼女を見送り、アルヴィナを座らせる
「アルヴィナ、大丈夫か?」
「うるさい
でも、その方が良い」
「そっか」
「なあなあ、皇子のにーちゃん!」
そう話しかけてくるのは新入りのエーリカだ
「何だエーリカ?」
「これ、おにぃに送れない?」
兄と二人、屋台区で盗みをしたりして生きてきた親無き子は、自前の料理を指してそんなことを言う
「騎士学校のお兄ちゃんも、きっと美味しいもの食べてるよ
エーリカはお兄ちゃんが立派な騎士になって帰ってきたときに元気に出迎えられるように食べておきな」
「それとさ、この犬な人なに?」
そう言って、幼い女の子は静かに座るコボルトの女性の袖を引っ張る
「この人か?この人は見ての通り、犬なお母さんだ
種族としてはコボルド……コボルトでもどっちでも良い。おれの奴隷で家庭教師のお母さんだ」
「お母さんなの!?」
「お母さんだぞ。だからあんまりじゃれつかないようにな」
コボルトとの話は最初に済ませた。子供がお腹に居るようなので、まずは子供を産んで、それからおれにコボルト達の言語を教えて欲しい、と。故郷に帰りたがっているしそのうち帰すが、その前に色々家庭教師をしてくれ、と
そんな約束をしたのは他でもない。このコボルトの女性(名前はナタリエ)の故郷は、帝国の辺境、国境近くなのだ。それの何がおれに関係があるのかというと……
原作ゼノは兵役から戻ってきて学園に入る。では、その兵役先が何処かと言うと、ナタリエの故郷なのだ。つまり、結局其所におれも行くから、それまで家庭教師を続けてくれという約束。子供が産まれたらそいつも面倒見ると言ったので、快く引き受けてくれた
アルヴィナが静かにちびちびと猫のように置かれているお茶……ではなく水(そんな子供がそう好きではない嗜好品は孤児院にはない。ついでに言えばジュースはあるが先に全部飲んでしまったらしく空のボトルだけがあった)を飲んでいるのを確認して、おれはソーセージをみんなに切り分けてアナが帰ってくるのを待った
子供達は待たずに食べ始めていた
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夕食、或いは浅ましい考え
「ごめんなさいです、お待たせしました」
白い木の大皿に、子供達が取って食べやすいよう1本をそれぞれ3つに切ったソーセージの山を乗せて、白いエプロンの少女が厨房から戻ってくる
「お疲れ、アナ」
「皇子さま……。先に食べててくれてよかったのに」
「いや、行儀は守れと割と口煩く言われてるから待つよ
忌み子でもおれは皇子だから、割と模範的なマナーを見せる必要があるんだ」
「みんな、気にしてないですけど」
「それでも守らないと、マナーを守らなきゃいけない場面でボロが出るからね」
イタズラっぽく笑い、手を合わせる
「戴きます」
「はい、いただきます」
無言で手を合わせるアルヴィナ
そんな少女に注意しようか迷い、まあいいやと割り切って、おれは食事に手をつけた
大皿の上に、小さく切り分けられた色とりどりの料理。超高級食材は無いが、地味に高いものは混じった全14品と品数の多い皿
空色のポテトフライに小海老と雪茸のかき揚げ、そしてクリームコロッケに挽き肉のカツ、西国揚げと呼ばれる竜田揚げに近い料理法で揚げられた大きな衣付きの渡り鳥の胸肉と衣を軽く付けたコロコロした豚肉の甘辛ソース、極めつけは赤身魚のフライ。全体の半分と揚げ物が多く、そして野菜っ気が少ない子供の大好きなものを詰め込んだようなもの。それでも、日本風に言えばお節だろう
「揚げ物だらけだな」
「みんな大好きだから」
「まあ、皆に食べたいものを聞いた時点で知ってたけどさ」
「それは、確かにそうですけど」
少しだけ畏まるアナに笑いかけて、まずはと西国揚げを先の割れたもので摘まみ、口に頬張る
塩味の効いた味わいが口の中に広がり、うん、とおれは頷く
「美味しい」
「良かった……」
自分は一切手を付けず、じっとおれを見ていた少女が、ぱっと顔を綻ばせる
「うん、おいしく出来てる」
それを見て、流石に分からないおれではない。というか、そもそも看た瞬間から分かっていた
「有り難うな、アナ」
「えへへ……」
当たり前だが、これを作ったのはアナだ。そもそも、この孤児院で西国風料理を作れるなんて、おれが聖夜に西国の料理本を贈ったアナしか居ないのだから
「最初はちょっと心配な手付きだったけど、半年で立派になった」
「まだまだです。みんなの分だと油があったまりすぎてって分からなくて失敗しちゃって」
「でも、これは美味しい」
「……家の御飯の何倍も美味しい」
子猫のように小さく一口だけかき揚げを齧って、アルヴィナも言葉を投げる
「ありがとう、リリーナちゃん」
「もう、アルヴィナで良い」
「そっか、ありがと、アルヴィナちゃん
残しても誰か食べちゃうと思うから、好きなものだけ食べてね」
「だいじょうぶ、全部食べる」
アルヴィナもある程度話せるようになった。それをほっと眺めながら、おれも箸を進める
いや、使ってるのはフォークみたいなものなんだけど、日本風の慣用表現としてだ
「皇子!もーらいっ!」
テーブルに身を乗りだし、おれの前に置かれていたカツにフォークをぶっ刺してかっさらっていくガキ大将
名前はフィラ、6歳の女の子だ
「フィラ。おれ以外の皇子にそれをやったら、その首飛ぶぞ?」
「えっ?」
ぽろっと少女はフォークを取り落とし、カツはもう何も残っていない皿に転がる
「良いよ、おれだから勝手に取ってって良いし、食べて良い。おれは君達の保護者であろうとしてるから
でも、おれ以外の貴族ってそうじゃないから、手癖の悪いことしたら泥棒として捕まっちゃうからな」
「でもさ?エーリカのお兄さんみたく皇子が助けてくれるでしょ?」
「あれは生きるためには泥棒でもしないとって二人だったから特別だ。美味しいものが食べたいからって泥棒したら、おれは助けない」
「……ごめんなさい」
おれの言葉に恐怖を感じたのか、ガキ大将な少女は普段のそんな態度は欠片も見せず、皿ごとカツを返そうと差し出す
「良いよ、食べたかったんだろ?
おれ相手なら良い。ごめんな、あんまり会うことも無いだろうに貴族相手にはとか説教して」
しゅんとしてしまった少女に皿を押し返しながら、おれは出来る限り優しく笑って
「怖い」
「皇子さま、結構顔怖いです」
「……だよな」
割とおれに対して優しい二人からそう指摘され、苦笑する
たまに忘れるが、おれの顔には大火傷が残っている。アナは慣れてるからか気にしてないが、普通に考えておれの笑顔はケロイドでひきつった怖いものになってしまうのだ
「あ、あの、皇子さま
それなら、わたしの分を……」
「いや、良いよアナ。これは元々、皆の為の料理なんだから」
「そうじゃなくて、これも管理人さんじゃなくてわたしが頑張って揚げたもので、食べて欲しくて!」
「そっか、じゃあ、有り難う。貰うよ」
そう言って、少女の皿を見る
煌めく銀髪の少女は自分の皿の手付かずのカツをじっと見て、右手の自分のフォークを見て、少し悩み……
突き刺しかけて止める
「やっぱりわたしには無理です……
皇子さま、自分で持っていって下さい」
「あ、ああ……」
何か悩むことがあったのだろうか
ああ、自分の口に付けたもので触れて良いのか、汚くないかとかだろうか
そんな事気にしなくて良いのに。そう思いながら、おれはアルヴィナを挟んで向かいの少女の皿に向けて手を伸ばしかけて……
その前に、鈍い色のフォークが少女の皿の上のカツを貫いた
またかと思ったが、今回は別方向。おれに近い側から手が伸びていて
「……アルヴィナ?」
帽子の少女が、カツに手を出していた
「アルヴィナちゃん、ごめんね。欲しかったの?」
黒髪の少女の表情は、隠れた片眼で良く見えない。だが、そんな食い意地のようには見えなくて
そのままフォークが宙を動き……
おれの顔の前で止まる
「アルヴィナちゃん!?」
「ボクは迷わない」
……迷わないって、何だろうか
ゆらゆらと揺れるカツを前に、おれはそう面食らう
「本で読んだ、不思議なこと」
「アルヴィナ、止めよう」
「?なんで?」
「それは恋人や許嫁がやるものだし、何より単純に食べにくい」
「……確かに」
アルヴィナ自身もやってみて恥ずかしさでもあったのだろうか。おれの言葉に大人しく皿の上にカツを置き、フォークを外す
にしても、あーん、かぁ……
少しだけ勿体無かった気もする。大人になってからそんな相手がおれに居るとは思えないし、居てもいけない
甘酸っぱい経験なんて、幼いからあまり気にしない今のうちにしか体験できないかもしれないのだ
いや、馬鹿かおれは
寂しさからべったりなアルヴィナにそんな事させててどうする。何より、下手にそれが噂になれば、こんな忌み子皇子の愛人みたいなもので折角この国の未来を背負う者の多い初等部に入学を許される程なのに仲の良い異性の幼馴染一人出来なくなるんだから困るだろう、アルヴィナの未来のためにも
おれ自身、そのうち兵役で数年王都から居なくなるんだしな。アルヴィナにも、後は……何だかんだ初等部にもアイリスのメイドとして顔を出せるアナにも、勿論アイリスにも。ちゃんと側に居る大事な人は、将来を考えられるような相手は出来て欲しい
だっておれはあいつの兄で、アルヴィナの、そしてアナの友達だからな。幸せくらい祈る。一人ぼっちが怖い気持ちはあれど、おれなんかの傍に居て欲しいからと誰かとの幸せを、将来の幸福を祈れないほどにはおれは歪んではいないつもりだ
だから、これで良いんだ
少しだけ頭に浮かんだ浅ましい考えを打ち払うように、少しだけ荒くおれは口の中にカツを押し込んだ
少し冷めていて、けれども幼馴染の少女が同じ
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授業、或いは神の名
「えー、斯くして、神々は……」
そうして、新年から一週間
再びおれは初等部に戻っていた。当たり前だが、アイリスの付き添いである。おれ自身が入れているわけではない
そうして今日も今日とて、初等部の中では不人気極まる歴史の授業を聞く
歴史教員は、名のある伯爵家の次男坊。ガルニエ伯爵家の当主の弟、マチアス氏だ
弟というと若そうなイメージが湧くが、御歳54。立派な髭を蓄えた初老の男である。兄が元気ゆえに図書館の司書を目指し、歴史にどっぷり填まった読書家。故にこうして歴史の講義など担当しているのだが……
いかんせん、人気がない
考えてみれば分かるのだが、此処初等部は魔法の能力によって未来を担う者足り得るとして選ばれた子供達の為の教育機関だ
実力主義のこの国では、力が物を言うことが多いのだから。知能が軽視される程ではない。だが、力が無ければ押し通されるのは避けられない。賢くあろうとするならばまず強く"も"あれ。それがこの帝国だ
例えばだが、父に振り回されている印象ばかりがおれの中にある宰相アルノルフ・オリオールだが、彼は上級職である精霊術師でありレベルは18
簡単に言えば、そこらの騎士団長より強い。騎士団自体は割と数あるが、余程名誉と実績と伝統あるものでなれば上級職レベル5あれば就任可能だ
そんな感じで、家の文官連中は割と実力者が多いのだ。当然、未来を期待されている初等部の皆だって、そうして実力者になりたいと思う
その際、歴史なんて学んだところで役に立つわけではない。そして、それとは違って魔法に関する授業は力を付けるのに役立つのだ
もはや言うまでもない。そんな状況で歴史の授業なんて受けたいと心から思う子供はいない
……でもなアイリス。お兄ちゃんは、せめて皇族は真面目に聞いているフリくらいらすべきだと思う
そんな事を考えつつ、頭の上ではなく膝の上で丸くなる三毛猫のゴーレムの背を撫でて、おれは一人真面目に授業を聞く
おれ自身だってそこまで興味がある訳ではない。本を読むのとノートを読むのとあんまり変わらないとアナからすらわざわざノートを取らなくて良いですと言われてしまった程に、そう面白いものではない
アルヴィナは横で使われている歴史書を開き真面目に聞いているようにも見えるが……良く見ると開いているページが明らかに可笑しい。今教員が話しているのは七大天の神話の時期なのに、ページは魔神戦線時代のものを開いている辺り勝手に一人で歴史書読んでるだけだなあれ。話は間違いなく聞いていない
いや、自由だな留学生
「そこの忌み子!」
マチアス・ガルニエ氏に呼ばれ、おれは歴史書から顔を上げる
「先生。一応おれは皇子なので、そういう呼び方は止めて貰えると有難いんだが」
「忌み子は忌み子だ」
この通りである。嫌われてるなおれ
このように、真面目に聞いてるのがおれだけだからか、割と良くこれ答えてみろされるのがおれだ。他の子供とか無視まであるからな……
全く、魔法の授業のときの素直さは何処に行ったんだろうな。なんて、完全に授業を聞く気がなくボードゲームすら広げている凄い奴等に向けて思いつつ、宙に浮かぶ文字を見る
「七大天には我等が普段呼び表す名の他に、魔法名がある」
「はい」
「偉大なるそれらの名を答えてみよ」
簡単だ
割と覚えやすかった。ゼノ自身の覚えは悪くなく、日本人の感覚的に、何だか神の名前としてしっくり来ると言うか……ゲーム開発者が世界の神々の名前を捩ったように感じるというか……
「焔嘗める道化『プロメディロキス=ノンノティリス』
山実らす牛帝『ディミナディア=オルバチュア』
雷纏う王狼 『ウプヴァシュート=アンティルート』
嵐喰らう猿侯『ハヌマラジャ=ドゥラーシャ』
滝流せる龍姫『ティアミシュタル=アラスティル』
天照らす女神『アーマテライア=シャスディテア』
影顕す晶魔『クリュスヴァラク=グリムアーレク』
そして……
万色の虹界『アウザティリス=アルカジェネス』」
すらすらと、歴史書には書かれていないその魔名を語る
何の事はない。前回聞いた事だから単なる復習である。これらの名が必要になる事なんてまず無いし、みだりに呼ぶ名前でもないし、覚えていなくとも問題ないのだが
いや、寧ろ……
「がふっ!」
突如走る痛みに胸を抑えて咳き込む
そう、みだりにその魔名を呼んではならない。これらの魔名は名前だけでも力を持つのだから
その名は七大天の力を借りて解き放つ奇跡の魔法の際にのみ唱えることを許されたもの。故にこうして適当にその名を語るだけで天罰が下り、暫く口から血のように火を吐いたり足が石のように固まって曲がらなくなったりと様々な影響が体に出るのだ
逆に、それらが完全にこの世界に七大天の実在を証明している……のだが、それは今は無関係である
「……満足ですか、ガルニエ先生?」
胸元から生えて突き刺さった水晶を引き抜いて握り潰しつつ、おれは前回(年末)の授業の際、さっきの8つの魔名を唱えて気絶しそのまま年内の授業を終えた老教師に問い掛ける
「……正解だ」
苦虫を噛み潰したような表情で、初老の男は歴史書を読み上げ、補足説明っぽいことをする授業に戻る
「……大丈夫、おれは仮にも皇子だぞ?」
当てられて立ち上がる際に机の上に乗せられた猫が一つ伸びをして見上げてくる
心配してくれる妹に、おれはそう笑い返した
「……ウプヴァ……うぁ……」
席は自由なので何時も隣なアルヴィナが何か言っているが言えていない
「アルヴィナ、大丈夫か?」
「覚えにくい」
「だよな。おれは案外覚えられたんだけど、難しいよな」
「紙に書いて?」
すっと、横の少女は自前の何も書いてないノートをすっと差し出す
「七大天には興味あるのか、アルヴィナ」
「ある。でも、どんな本を読んでも名前が出てこなくて」
「確かに出てこないよな」
「不思議」
「不思議でもなんでもないよ、アルヴィナ」
言いつつ、アルヴィナのノートではなく、自分のノートを取る
「なぁご」
一声鳴いて、猫はおれの腕を伝って頭の上へ登る
爪を立てていたのは抗議だろうか、少しだけ痛いが気にするほどでもなく
「アルヴィナ、ちょっと見ててくれ」
妹が空けてくれたスペースにノートを広げ、その一枚を軽く千切る
そして自前のペン……ではなく新品の安いペンを取り、その切れ端にこう記そうとする
即ち、かの神の名を
ティアミシュタル=アラスティル
「……溶けた?」
「そう。魔法書以外で魔名書けないんだよ、七大天って」
パシャっと軽い音と共に水になってしまったペンとノートの残骸を首にかけておいたタオルで拭き取り、おれはそう告げた
「……そうなんだ」
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神の名、或いはボロ
そうして、今日も今日とて授業を終えて、おれはアルヴィナと共に昇降機でもって上の階にある寮へと向かう
「……?」
着いたところで、アルヴィナが首を傾げる
いや、おれ自身も少しなんでさと言いたくなったのだが……
寮の扉の前に、三人の人物が居た
一人は困ったなという表情のアナ、一人は仁王立ちする留学生の少女ヴィルジニー、そして最後は……えっと誰だっけ
脳内アルバムを捲り、学生服に身を包んだ茶髪の少女について記憶を漁る
確か普通に教室に居たはずだからアルヴィナ達の同級生なのは確か。主人公がおれと同い年な以上年下になるため原作でメインキャラでは無いなと思ってスルーしていたのであまり覚えていないのだが……
ああ、思い出した、シュヴァリエんところだ
「あ、皇子さま!」
「どうかしたのか、アナ?」
良かった!ととてとてと走り寄ってくる白いエプロンを身につけてメイドモードの幼馴染を背中に庇うようにしながら、おれはそう問い掛ける
「えっと、ヴィルジニーさん?が急に来て……」
「無礼な」
「え?そうなんですか?ごめんなさい、わたしはちょっと貴族関係には疎くて……」
申し訳なさそうに頭を下げるアナ
それを受け、愕然とした表情になるグラデーションの少女
「わ、わたくしを知らないと……?」
「単なるクラスメイト」
「アルヴィナ、火に油を注がないでくれ」
といっても、アルヴィナが彼女に興味を示していない事は良く知っている
悪い、と言いつつ、仕方ないのでおれが説明することにする
「アナ、彼女はヴィルジニー。聖教国の
そしてその横が……えっとユーゴは兄の方だから……」
「クーローエー!」
「ああ、そうだった
横の茶髪の彼女はクロエ。クロエ・シュヴァリエ。公爵家の御令嬢だ」
「そ、そんな人だったなんて!すみません、わたし、色々知らなくて!」
ごめんなさいごめんなさいと頭を下げる銀髪の少女
「……どうしてそんなのが居るのかしら」
「妹の使用人だ
寧ろ、挨拶も無い使用人にまで、周知を要求するのは可笑しくはないだろうか」
「ふざけないで!わたくしのこのオリハルコングラデーションを見ても分からないなんて!」
ぷりぷりと頬を膨らませ怒る少女。ストロベリーブロンドのグラデーションが激しく揺れる
「いや、おれみたいな皇子ならば知ってるかもしれないけど、アナは平民だ
聖教国についてなんて、殆ど知らなくても不思議はないよ」
「非才ですわね。高貴なわたくしを通わせる学舎に相応しくない」
「それは違う」
「違いませんわ」
「違う。彼女はおれの管理する孤児院の出だ」
「だから?」
「教えてなかったおれが悪い。当時は遇う事になるとは思ってなくて、教える必要性を感じなかった」
「ええ、そうなの」
少しだけバカにしたような目で此方を見るオリハルコングラデーションの少女
「まあ良いわ。用事があるのはアナタだもの」
「おれに?」
「……ボク、部屋に帰って良い?」
空気をなごませるためか、もしくは単純に面倒なのか。アルヴィナがおれの背後から出て、今までの空気を無視してそう呟く
「好きにすれば?」
「なら、好きにする」
それだけ言って、今日も帽子の友人は、ごめんなさい迷惑かけて、と落ち込んだ様子のアナを連れて少女等の横を抜け
……ぞくり、とおれの背筋に冷たいものが流れる
少しの害意。おれに向けられたものではない、冷たい気配。アルヴィナがそんな様に怒るのは珍しい。だが、それだけアナと仲良くなれたならそれは良いことで
改めて一人になり、おれに用があるらしい留学生の少女に向き直る
「シュヴァリエから聞いたわ
アナタ、あの方々の名を語ったそうね」
「あの方々?」
誰の事か分からず、首を傾げる
「しらばっくれないで。この世界の7つ神、七大天の事よ。それくらい分かるでしょう!?」
「いや、それは分かるんだが……
彼等の魔名をみだりに唱えるべきではない。それは分かるとして、何故怒られるのかが……」
さっぱり、とおれは肩を竦める
「可笑しいわよ!
あの方々の名は神聖なもの!忌み子が唱えて良いものではないわ」
ああ、そういう、と納得する
聖教国は文字通り教国、七大天を信奉する七天教が力を持つ国である。それ故に、七大天の魔名に関しても何らかの拘りがあるのかもしれない
「……それは天が決めることでは?」
「わたくしは枢機卿の娘なの
わたくしの言葉は天の代理」
「……一応、理屈としては教皇が天の言葉を受け、その言葉を受けて地上での行動を指揮するのが枢機卿という話だったような……」
「教皇なんて飾りよ!一番偉いのはお父様であり」
「……だから、君はおれより偉いかは微妙な所だとは思うんだけど」
そんな疑問を思いながらも、おれは毎回のように突っかかってくる少女を相手する
「忌み子なんて、国ではわたくしに触れたら処刑ものよ」
「それでも皇子だ。この国では違う」
「ああ言えばこう言う……」
「ジニーさま!話が逸れてます」
「油断も隙もありませんわね忌み子皇子!
とにかく、どの方の名を口になどしたのです」
……質問の意図が良く分からない
「全部」
「全部!?」
……驚かれた
そんなに変なことだろうか
「あ、有り得ないわ……わたくしですら、全ての魔名を唱えることは許されていないのに……」
そうして、変な目で見られる
「何で死んでないの」
「……いや、魔名をみだりに唱えたところで死なないからな!?」
天罰は下るが
「……何で、忌み子なんかが……」
拳を握り締め、わなわなと震わせるちょっと豪奢なティアラの少女
「……唱えること自体は誰にでも出来ないか?」
「出来ないわよ!」
……え?
予想外の言葉に、首を傾げる
「いや、天の魔名は特に問題なく唱えられる筈じゃ」
「……言ってみなさいよ、アナタは忌み子、何の奇跡もない者
そんなのが、唱えられる筈もない」
「……ティアミシュタル=アラスティル」
挑発なのか分からない言葉に乗り、とりあえずで選ぶのは龍姫の名
理由は簡単。ゼノと縁深いのは龍姫だから。ゼノが攻略対象となるもう一人の聖女編とは、龍姫に選ばれた少女編だ。故にか知らないが、魔名を意味もなく唱えたときの天罰ダメージは、龍姫が断トツで低い
「……どうして、唱えられるの」
「いや、普通じゃないのか」
「……は?」
心底変な奴を見る目をされた
「……有り得ませんわ
そもそも魔名は、みだりに唱えるどころか聞き取れないもの」
「……本気で?」
「わたくしですら、女神と道化の名しか理解できぬというのに、何故アナタなんかが……」
「忌み子の癖に……」
恨みがましい目で見つめられ、おれは……
やらかしたかなぁ、と思っていた
おれ自身、最初から聞き取れたしゲームでもそのような話は出てきては居なかった。みだりに唱えるものではないということでゲームでは魔名というものがある、くらいしか魔名関係の設定は出てこなかっし魔名自体後々に出た分厚いパーフェクトガイドブックに載る予定らしかったが手を出せる金もない。故に、日本人の記憶でも魔名についてはあまり知識がなかった
「皇子だからな、仮にも」
全ての名を呼べることは、そもそもが特別。そう、マチアス先生も教員なんてやれるからかなり優秀で、全て呼べてはいたからその事に気が付かなかった
そんなこと知らず、天罰覚悟なら呼べるものだと、やらかした
今思えばそうだろう。おれの言葉はしっかり聞いていたろうアルヴィナですら、全く言えてなかった。あれは恐らく、聞き逃していたというより、聞き取ることを許されなかったのだろう
そこから、何か繋がるかもしれない。おれが真性異言であるという事に
父は見抜き、でも息子だと言ってくれた
だが、他の人間はどう思うだろう。分からない
だからこそ、あまり公にするわけにはいかない
だから、誤魔化そうとして……
「そう、かもしれないわね」
案外あっさりと少女は納得した
「でも、アナタなんかが呼べるなんて納得は出来ないわ
というか、このわたくしはあの聖教国からの客人ですのに、蔑ろにしすぎではありませんの!?」
「……嫌われているようなので」
「煩い!」
そして、何時しか何時ものやり取りに回帰する。何時ものように突っ掛かってくる少女
どうするかなぁ、と、おれは天井を見上げた
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婚約、或いは少女の依頼
「……第七皇子」
「何か?」
何時ものような眼で見てくるヴィルジニーに、何時ものように返す
「アナタはこの帝国の皇族、そうよね?」
「流石にそれを疑われるとは思っていなかったんだが」
「ならば、このわたくしを招いた側の存在として、わたくしをもてなす必然性がある、そうよね?」
「歓待ならばうちの七天教が幾らでもやってくれてたと思うけど」
「そうじゃないわ。アナタには皇子として付き合う義務がある、違うかしら?」
「多分違うと思う」
そんなおれの言葉にイラッとしたのか、オリハルコングラデーションの少女はその長い髪を自分の指に巻き付ける
「忌み子の癖に」
「ただ、おれの力が必要だというならば、何処にだって付き合うよ
客人は国民と同じくらい大切なものだから」
「このわたくしが、平民と同程度のどうでも良いゴミだと?」
「いや、寧ろ貴族達は七大天の加護も強いし、金だってある
平民こそ護るべきだと思うから、そこに怒られても困る」
「そういう意味ではないの!」
「そうです!」
すっかり腰巾着と化したのか、シュヴァリエ公の娘が同調しておれを責める
「わたくしは枢機卿の娘で、特別な存在なの。一山幾らではなく」
「平民だろうが何だろうが、おれが護るべき国民だ。あまり馬鹿にしないで欲しい
それは兎も角」
このままではらちが明かない。そんなこと何時もの口論から分かっているから、おれは話をリセットする
「おれが天の魔名を唱えたことへの文句じゃないだろう?
何のためにアナを怖がらせて此処まで来たのか、おれに教えて欲しい」
そんなおれの軌道修正に、全く分からず屋ねとばかりに肩を竦め、少女は語り始める
「他に候補が居ないのよ。正直嫌だけど、アナタしかまともな家格の者が居ないものね、今年」
「……?」
「このわたくしとシュヴァリエ公爵の息子の婚約の話があるのは知っているでしょう?」
「いや、全く」
ずでん、とヒールの靴を滑らせ、少女の体が傾く
「……大丈夫か?」
その手を掴んで床に倒れないように踏み込んで支え、おれはそう問い掛けた
「汚らわしい手であまり触れないで」
「そうだそうだー!」
「……床と手を合わせた方が良かったか」
「ふざけないでくださる?
……床の方が血が穢れてない分マシだったかもしれないわね」
「離すぞこの手」
全く、忌み子が穢れてるのは確かかもしれないが、父も母も関係ない。血は穢れてないだろうに
「……でも、助けようとしたのだけは評価するわ」
子供っぽくないヒールを今度は滑らないように立て、少女は立ち上がるとおれの手を払った
「……少なくとも、此処で手を差し出す事は出来るだけマシね。今度からは手袋を付けなさい」
「いや間に合わないんだが」
「何時も身に付けていれば良いでしょう!?」
「そんなことしたらアイリスが不機嫌になって手袋がボロボロになるまで噛む」
「ふざけた兄妹ね」
はぁ、と息を吐きつつ、今度は少女の側から話を戻す
「全く、このわたくしの事を何で知らないのよ
教室で話題にもなっていたでしょう!?」
愕然と目を見開き、少女は言う
「いや、おれ割と浮いてるし、そもそも初等部の学生じゃないからあまり干渉する気もないからな」
「……まあ良いわ。アナタに期待するだけ無駄だものね
でもそんなアナタ以下しか居ないあの教室にも困ったものだわ」
「……いや、1vs3でたまにおれに勝てる辺り、そこまで悪くないとは思うが?」
「血の話よ
穢れてる皇族ですらまだマシに見えるわ」
「それで、おれに何をして欲しい?」
話を戻すように問い掛ける
「クロエは嫌いじゃないけど、正直シュヴァリエ公爵家との血の縁なんて御免よ
でも、変なことにとんとん拍子に話が進んでいっているの。このわたくし自身に許可もなく」
「はあ」
で?とおれは首を傾げる
それで、おれに何をして欲しいのだろう
その答えは、すぐに出た
「気がついた時にはもう遅かったの。今日が挨拶の日だって、馬鹿げてるわね
初等部に入ってすらいない公爵の息子ごときが、わたくしに釣り合う筈もない」
「……まあ、そうかもしれないな」
そこは素直に頷く
実際、眼前の彼女は特別な存在なのは間違いない。半ば冗談で民と同じと言っていたが、彼女は聖教国の実質トップの枢機卿の娘であり国賓。傷つけば国際問題だ。実際には国民を国家間のいざこざから護るためにも最優先で護る相手になる
正直な話、おれか彼女かどちらか一人しか生かせない選択が出たら父でも彼女を選ぶだろう。おれのところがアイリスだったとしても、恐らく
そんな彼女と、一介の公爵家の嫡子、とんとん拍子に婚約の話が進むのは妙だ
「確かに妙だ」
「お兄ちゃんは凄いの」
クロエ嬢はそう言うが、そういう話ではない
「いや、これは家の格の問題だから個人は無関係だよ、クロエ嬢
帝国公爵と枢機卿。家の格としては、当たり前だが枢機卿が上。象徴である教皇を除けば聖教国の頂点とも言える枢機卿は、この国で言えば皇族……と言ってもあながち間違いじゃない
それに対し、公爵は……確かに釣り合いが取れない格ではないけれども、シュヴァリエ家は交流も無いし、多少は格下だ」
そう。例えばだがエッケハルトの家であるアルトマン辺境伯家に話が来たのならばまだ分かる。あの家の治める土地は聖教国に近く、国としての交流も衝突も繰り返してきたから
だが、シュヴァリエ公爵家の土地は聖教国とは真逆だ。おれが兵役で飛ばされる人類がそうそう踏み込めない樹海方向に近い
そんな場所の貴族との婚約が進むのは可笑しいだろう
「ぶー!」
「事実だろう
家格としては下とはいえ公爵家、ヴィルジニー嬢から婚約を申し出れば問題なしと決まる範囲ではあるものの……」
「わたくしが見ず知らずの公爵家の男に婚約を申し出るとでも?」
「だから、可笑しいんだな」
「ええ、でも公爵家は公爵家
どれだけ可笑しいと思っても、ある程度固まった話はそうそう覆せない」
だから、と此方の目を見て、少女は続ける
「ええ。わたくしの眼鏡に適う公爵家かせめて侯爵家の男がいれば良かったものの、居たのはガリ勉侯爵の三男坊くらい。興醒めも良いところ」
いや、仕方ないと思う
今年は割と男子生徒が不作だ。ゲーム的に言えば、主人公は一つ上の学年になるので、入学時から始まるゲームの関係上、あまり攻略対象となるキャラに年下が入れられないからだろうか。今年は妙に優秀な人間が少ないし、高位貴族の子息も少ない