力の徒然幻想日記 (火閃)
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一日目:力、幻想を貴ぶ。

力とは何か。それをちょっとだけ記した一頁。



もう疲れた、と思った。それがきっかけだった。

 今まで「力を司る者」として人間が力の使い方を誤らないように見守ってきたつもりだった。だけど、きっと私はどこかで判断を間違えたんだろう。

 どうしてあんな風に、簡単に同族同士で殺しあえるのだろう。なぜ仲間を傷つけるために力を振るえるんだろう。直接的な暴力じゃなくても、言の葉、行動、思考・・・様々な力が、誰かを傷つけるために振るわれた。そして、そのたびに、私は黒く染まっていった。どこかで止めるべきだったのだろうか?どこで?どんな風にして?彼らにとって力とは身を守るためのものだった。そのために強くなっていった。はずだった。守るために技術力をつけていたはずだった。だから私は何も言わなかったのに・・・。

 

 ・・・もういい、私はもう、いい。考えるだけ無駄だ。私が消えれば、すべての力もともに消える。そうすれば、きっと、また、人間たちもきっと、平和になってくれるはずだ。

 そう思ったら、あとは早かった。どんどんと存在が薄れていくのが自分でもわかった。人間たちにとって、もう力というのは意識する必要すらないものなんだと思った。

 そうして何をするでもなく月日が流れ、いよいよ消えようかとしていた時。何の前触れもなく、彼女が私の前に現れた。

「そこで今まさに消えようとしている幻想さん。どう?私の作った美しくも残酷な幻想の世界に来てみない?力が力であるこちら側へ。」

 幻想の世界、というのはどうでもいいと思った。だけど、力が力である、という言葉に私は強く魅せられた。私が私でいられるのなら、私は何所へだっていこう。やっぱりまだ、私は消えたくはない。

 何も言わず、私は差し出された手を取った。そしてそのまま、私は外の世界から忘れられた。

 

 初めてこの地に足を踏み入れた時のことは、今でも覚えてる。広い空、眼前に広がる一面の緑。鼻をくすぐる優しい春の風。遠くに見える大きな湖。そして何よりも、鮮明に、鮮やかに、心の奥に深く深く刻み込まれたのは。

どこまでも純粋に、鮮やかに行使される力を感じ取った時の感動だった。

「ようこそ幻想郷へ。あなたがどのようなものであっても、幻想郷はすべてを・・・ってあら?泣いてるの?あなた。」

 私をここに連れてきてくれた恩人に言われて初めて気が付いた。

「ここまで純粋なのは、すごく久々だから。うれしくて。」

「・・・そうなのね。過去に何があったかは聞かない。けど、ここが気に入ってくれたかしら?真っ黒さん?」

真っ黒さん。外の荒んだ力の影響を受けて、髪も服も黒く染まってしまった私の容姿からとりあえず呼んだのだろう。

「うん、ここなら、私みたいなのでもなんとかやっていけそうかな。連れてきてくれてありがとう、美人さん」

「私は八雲紫。紫、で結構ですわ。私はここの管理人をしていますの。あなたに声をかけたのは幻想郷の益となりそうだったからというだけのこと。お礼なんていりませんわ。」

「そっか。それじゃせいぜい、ここが力に呑まれないように尽力するよ。そっちの方が恩返しになりそうだ。」

「そうね。そうしていただけるとありがたいかしら。力の守護者さん?」

「力(りょく)。私の名前。これからよろしくね、紫さん。そして幻想郷。」

 

-----------

 

「力?どうしたの?ぼーっとしちゃって」

隣にいる私の友人が心配そうにのぞき込んでくる。普段はあんなに胡散臭いとか言われてるのに、私の前だと素直なんだから。

「ん、ごめん、大丈夫。ちょっと昔を思い出してた。」

そう言いながら、もう一杯としぐさで勧めると、彼女も応じてくれた。

「珍しいわね。あなたがそんなことするなんて。」

「あの時と同じで二人きりだからじゃない?」

「そういえばそうだったわねぇ。あの頃のあなた、本当に目も当てられないくらい荒んでたわね。懐かしい。」

「それだけ外の力が荒んでたんだよ。司るって言っちゃってるからもろに影響受けてた。」

「前々から思ってたけどあなたって結構管理下手よね。」

「そればかりは性格だから仕方ないかな。ついつい放任しちゃう。」

「あら。こっちに来てからはしっかり管理してるじゃない。おかげで仕事が減ってありがたいわ。」

「あんなことになったからね。さすがに懲りるって。」

 そんなことを話しながらゆっくりと酒をあおる。実のところを言うと、私が力の管理をしっかりするのは紫に楽をしてほしいってのもあるんだよ?そんなこと言うと調子に乗るから絶対言わないけどさ。

「なによ一人でニヤニヤして。まさか酔ったとか言わないわよね?」

「紫の美貌に酔っちゃったかなー?」

一瞬ぽかんとした後、にこりと笑う紫。

「あら、これは大変。そんなことを言うくらいに酔ってしまっているのね。危なっかしくて帰宅を許すわけにはいかないわね。泊っていきなさいな。」

「そう言うなら仕方ない、友人の安心のためにも泊っていくかな。」

「ええ、そうしなさいな。」

軽口をたたきながら、二人で笑いあう。ここに紫の式の九尾チャンでもいたら、きっと白い眼を向けられるんだろうな。

そんなことを考えながら、友人との酒を楽しんだ。

 

 

 

嗚呼素晴らしきかな幻想の郷。

 



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