シーズン・ガールズ (風呂)
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季節の変わり目

 空の色が夜の黒から朝の青へと変わり始める頃、冷たい風が街を洗い流すように吹いていた。

 大通りを、裏路地を、ビルの間を、住宅地を。街中をまんべんなく。

 そして、風の流れを遡っていくと、とある公園に辿り着く。

 そこは山の斜面を削り取られてできた場所で、街全体を俯瞰できた。

 公園自体は特に変わったところはなく、精々転落防止用の背の高いフェンスが公園の南側を囲んでいるくらいだ。

 立地的に若干狭い印象を受けるが、公園と言われるだけの遊具は一通り揃っていた。

 その中の一つに鉄の骨組のみで作られた遊具、ジャングルジムがある。所々錆びてはいるが、まだまだ十分使用に耐えられる頑丈なものだ。

 そんなジャングルジムの一番高い場所に少女が一人、腰かけていた。

 少女、といってももうすぐ大人の仲間入りを果たす、所謂お年頃の年齢だろう。近くの高校のセーラー服という服装からもそれがわかる。

 彼女は何をするでもなく、空の色が昇ってきた太陽の光によって鮮やかなグラデーションで染まるのを静かに見ていた。

 寒空の下、吹く風に黒の長髪が揺れるが、彼女自身はその寒さに何も感じていないのか、微動だにしない。

 どれくらいそうしていただろうか。しばらくして少女の背後にすう、と浮かび上がるように別の少女が姿を現した。

 年の頃は小学校を卒業するかしないかくらいだろうか。軽くウェーブのかかったツインテールがとても良く似合っていた。

「ごめん、待った?」

 と、後から来た少女が開口一番謝罪する。

「遅いわよ、春。来なかったらどうしようかと思ったわ」

「だからごめんってば、冬ちゃん」

 春と呼ばれた少女が、冬と呼んだ少女に手を合わせる。

「まったく、まあいいわ。それで? 準備はいいわね?」

「うん、大丈夫。遅れた上に準備できてないとか言ったら、冬はすごく怒りそうかなって思ったし」

「当り前よ。私だけじゃなくて、夏や秋だって怒るに決まっているわ」

「そ、そうだねぇ……」

 春は、秋はそうかもしれないだろうけど、夏はどうだろうなあ、と思うが口には出さなかった。ここで口答えをしたら叱られる。流石にこの街が出来てから五十回以上も同じようなことを繰り返していれば、いくらなんでも学ぶというものだ。

「ほら、言っている間にもう時間よ。早くしなさい」

「はーい」

 そう言って春は虚空からハートと翼と宝石をモチーフにしたファンシーな杖を取り出し、ジャングルジムの上で器用にダブルスピンしてからポーズを一つ。ビシッと杖の先端を街の上空へと向ける。

「プリパルプレパルプリリンプッチ――」

「って、ちょっと待ちなさい!」

「んもう、なによう?」

 春はがくっ、と体勢を崩しながら冬に抗議する。

 それに対し、冬は戸惑いを隠しきれずに問う。

「今のなんなの?」

「うん? 今の? ええっと私ってさ、目についた人間観察するのが趣味じゃん。で、この間たまたま後を尾けた相手が家で見ていたアニメのマネ。なんて言うの? 魔法少女物だったっけ? こう、魔法の杖を持ってくるくる回りながら変身! っていう場面があって。なんか面白いかなあと思ってマネてみたわけ。どう? 良かった?」

 春がそう説明すると冬は心底呆れたという風に頭を押さえながら、

「ちょっと……」

 手招きで春を呼び寄せて、

「なーに……いっ!?」

 電光石火でデコピンを春の額に叩き込んだ。

 

「ほら早くしなさい。今度はマジメにね」

 春はいたたた、としばらく額をさすりながら呻いていたが、気を取り直して、

「はーい。……それじゃあ、いくよ!」

 春は勢い良く右腕を上げ、空を指差す。

 すると指先を中心に風が起きた。

 それは昨日までの冷たい冬の風ではなく、暖かい春の風。

 緩やかに流れる春風は公園内に満ち、やがて街へと流れていく。

 街全体を包み込むように吹く春風は、動き出した街を行く人々に冬の終わりと春の始まりを告げる。

 その光景を見届けた冬は一息ついて、自分の仕事が終わったことを実感する。

 そして、

「それじゃあ、私はそろそろ行くわ」

「もう行っちゃうの? もう少しいてもいいのに」

「いやよ。さすがに疲れたわ。しばらくはゆっくりさせてもらうわ」

 そう言って冬はジャングルジムから飛び降り、そして地面に着地する前に空気に溶け込むように虚空へ消えていった。

 せっかちさんだなあ、と見送った春は先程まで冬が座っていた場所に腰掛け、ふと視線を上げる。

 空には自分が起こした春風が優しく流れ、

 大地には春の息吹を感じさせ始めた草木が揺れて、

そして街には徐々に感じ始めてきた春の陽気に笑顔を見せる人々が、それぞれの生活を営んでいた。

 その光景に満足するように春は笑みを浮かべる。

 それは全てを包み込むような優しい慈母の微笑みだ。

 彼女たちはこの街の季節そのもの。季節を司る精霊だ。

 彼女たちがいてこそこの街の四季は巡り、この街があってこそ彼女たちは存在できるのだ。

「うーん、ウケなかったなあ。最近のじゃウケないかな? それじゃ今度は古めのネタで! 流行りは巡るって言うし! 愛と勇気と希望の見習い魔法少女か、それとも魔法の国のお姫様とそっくりな変身少女か、それか髪型がツインテールの美少女怪盗ネタか、いやいや、カード収集魔法少女は鉄板だし。それともあれなら……」

 性格は人それぞれ、いや、精霊それぞれではあるが。

 

 ともあれ、こうして今年も春はやってくる。

 




誤字脱字報告。こうした方がいいのでは?こういうネタはどう?とかありましたら。


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いつかの夏の君

 八月のある日、小学校中学年くらいの子供たちが公園で遊んでいた。

 少々手狭な印象のある公園だが、一通りの遊具はそろっている、そんな公園だ。

 日差しの強い日ではあるが外で元気に走り回る子供たちには関係ないらしい。

 そして、そんな子供たちを少し離れた木陰で眺めている人たちがいる。親たちだ。

 大人たちはこの天気でも涼しめる木陰に陣取り、レジャーシートを広げその上に座って世間話に花を咲かせていた。

 そのやりとりに耳を傾けると、どうやら今日はご近所で集まってこの公園がある山にピクニックに来ているようだった。

 住宅地からほどほどの距離にあるこの公園までは、裏道を通ったりなど変に近道をしなければ急な勾配も殆どなく、子供と一日遊んで過ごすにはちょうど良い場所にあるのだ。

 今はそれぞれの家庭で作ってきたお弁当を食したあとの昼下がり、といったところ。

 エネルギー補給した子供たちはよく笑ってよく遊び、大人たちはそれを眺めて和み、時々公園の外に出ようとする子供に注意する、そんなのどかな夏休みの風景が展開されていた。

 と、そこで大人たちの中で妻と息子の三人で来ていた唯一の男性は、遊んでる我が子の姿を見つつ思う。自分もこういう時代があったなあ、と。

 今もそうだが、男性がまだ子供の頃から既にテレビゲームは全盛だったが、その年齢ではまだまだこうして外で走り回るのが楽しい時分だ。

 そうして昔を懐かしんでいると、そういえばあの頃の友人たちはどうしてるかと男性は考える。

 全員を思い出せるわけではないが、覚えてるだけでも半数は自分と同じく家庭を持って子供もいるはずだ。

 結婚してない奴もそれぞれの仕事に精を出している、と風の噂で聞く。

 その中でふと、あの子はどうしているだろう? と、とある人物が思い浮かぶ。

 それは自分たち男連中に混じって遊んでいた女の子だ。

 とにかく身体を動かすのが好きな少女で、男顔負けの運動神経をしていたと記憶していた。というより当時の仲間内で、運動であの少女に勝てた男子は一人もいなかった。

 自分たちが外で遊んでいるとどこからともなく現れて、いつの間にか輪に入っているのだ。

 サッカー、野球、虫取り、鬼ごっこ、かくれんぼその他、体を動かす遊びであれば常に一番輝いていた。

 その反面、ゲームになると絶望的に弱かったが。それを嫌がっては皆を外に連れ出し、日が暮れるまで付き合ったのはいい思い出である。

 オレンジ色の帽子、通気性の良さそうな白いシャツ、デニムのハーフパンツに運動靴。明るい茶色の短髪に、快活で真っ直ぐな瞳。袖や裾から伸びる程よく日焼けした肌の手足に、初めて綺麗だと思ったのは男性の恥ずかしい思い出だ。

 ともかくそんな子だった。名前は――、

「あ、なっちゃんごめーん!」

「夏ぅー、取ってきてー」

「うん、いいよー!」

 そうそう、確かそんな名前だった。

 目の前に転がってきたボールを拾いつつ、男性はようやく思い出す。

 夏。確か周りからはそう呼ばれていたし、自身もそう呼んでいたはずだ。

 その名の通り、夏の季節そのもののような少女だった。

 いつでもどこでも元気一杯で、彼女といるととても楽しかった。

「はいどうぞ」

「ありがとう、たっくん」

 え? と、ボールを渡した少女に目をやる。

 するとそこには、今まさに思い出した少女と瓜二つの姿が目の前にあった。

 記憶と寸分違わぬ姿に、忘れていた日々が蘇ってくる。

 シュートを決めて喜んだ姿、一番大きなカブトムシを手にして満面の笑みを浮かべた姿、夏祭りで珍しく着た浴衣を恥ずかしげながら見せる姿。様々な姿の彼女が男性の脳裏に思い浮かんでくる。

 一瞬、ではあるが男性にはもっと長く感じたその時間。気がつけば少女はボールを受け取りニッコリと微笑んでいた。

「大きくなったね」

 去り際にそれだけ言って走り去る少女。

 呆然と少女の後ろ姿を眺めていたら、妻にどうかしたのかと尋ねられた。

 なんでもない、と返す男性は暫くそのままであったが、やがてフッ、と笑みを零した。

 上を向く。

 風に揺れる木の葉とその隙間から覗く青い空。煌く太陽は今日も眩しい。まさに夏というに相応しい一日だ。

 帰ったら息子に思い出話の一つでもしてやるか。

 唐突にそんな考えが浮かんだ。悪くない考えだと思った。

 しかし妻には聞かせられない話でもある。理由は恥ずかしいからとか、色々あった。

 妻が風呂に入っているときにでもするのがいいだろう。

 彼女は入浴時間が長いので、ゆっくりと語ってやることができる。

 せっかく思い出した大切な話だ。その時の自分と同じ年頃の息子に知ってもらうのも悪くない。

 

 男性はそう考えた。何故ならそれは、初恋の話だったのだから。



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