エヴァだけ強くてニューゲーム 限定版アフター (拙作製造機)
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チルドレンではなくなった日々

需要があるか分かりませんが、ぼちぼち書いていきたいと思います。とはいえ、長々とするのもあれなので、前作同様の場面で終わろうとは思っていますが(汗


「これでいいと思うな」

「ええ、私も」

「え~っ!? ちょっと狭すぎるわよ!」

 

 一人暮らし用のワンルームマンション。その一室に彼らの姿はあった。彼らは、かつてエヴァンゲリオンのパイロットとして世界を守った者達。その最後の戦いから既に三年以上が経過し、思春期只中だった三人は、もう大人と呼んでもいい程の成長を遂げていた。

 今日は卒業を控え、大学へ通うための新居探しの一環である部屋の見学に来ていた。とはいえ、ここに三人で住むのではない。同じフロアの三室を借りる事で表向きは一人暮らしをするつもりであった。というのは、アスカの両親がシンジとの同居を反対したためである。何も二人の仲を認めていないのではない。むしろ、認めているからこそ、時が来るまでは節度ある付き合いを続けなさいという理由であった。

 それにアスカも納得し、シンジも同調したので、ならばとゲンドウが提案したのが、先述の同フロアで三部屋借りの妥協案である。この条件のため、シンジ達の新居は中々探すのが難しい案件となっていた。

 

「そ、そうは言うけどさ。シャワーとトイレが別になってて、キッチンも悪くないし」

「部屋自体も狭くはないわ。たしかに三人で過ごしたりはし辛いでしょうけど」

「そこよ! レイ、忘れてるかもしれないけど、ヒカリやカヲルも遊びに来るのよ? あと、歓迎するつもりはほとんどないけど鈴原や相田もね」

「トウジやケンスケは僕の部屋で最悪雑魚寝でもいいって言うよ」

「ヒカリやカヲルはそれぞれ私とアスカの部屋で寝れるわ」

「だぁぁぁぁっ! 全員で一緒にワイワイ出来ないでしょうがっ!」

 

 その言葉にシンジとレイが苦笑する。初めて出会った頃から比べると、アスカはかなり素直になった。中学卒業の際には涙を隠す事もせず、ヒカリやカヲルなどとも抱き合っていたぐらいだ。そして高校生となった今は、何と生徒会長をやっている程のリーダーシップを発揮していた。まあ、その生徒会は副会長にシンジ、書記がレイ、会計はカヲルという様相なので、厳密に言えば突き進むアスカを周囲が支えるという感じではあったが。

 

「じゃ、やっぱりアスカと綾波は一緒に大き目の部屋を」

「「それはイヤ」」

「……はぁ、分かった。じゃ、別の場所を探しておくよ」

 

 ため息を吐くシンジであったが、何故アスカとレイが同居を解消するかの理由を教えられた以上、それを無理強いする気はなくなっていた。

 彼女達は、それぞれ二人きりでシンジと過ごしてみたいと、そう思うからこその同居解消である。無論、結婚した後は三人で暮らす事に異論はなく、むしろ望んでいるぐらいである。だからこそ、大学生の間ぐらいは一般的な彼氏彼女のような事をしてみたいと考えていたのだ。

 

「で、この後はどうするの? 僕は何もないんだけど……」

「じゃ、デートと行きますか」

「そうね。それと荷物持ちをお願いしたい」

「うん、分かった。なら行こうか」

「「ええ」」

 

 シンジが差し出さす腕へ二人は微笑みながら腕を絡める。もうその在り方は板についていた。あの公開逆プロポーズから、三人は明確に大人の男女としての一歩を踏み出していた。何とは言わないが、シンジの初体験は、それはそれは刺激的で感動的で魅惑的なものとなったのだから。

 

「そういえば、レイっていつからお肉食べれるようになったのよ?」

「分からない。多分あの時、私が本当に綾波レイとなった時からだとは思う。碇君やアスカが美味しそうに食べているのを見て、いつか私も同じ物を同じ風に食べてみたいと思った事が無い訳じゃなかったから」

「そっか。綾波も渚と同じで自分を自分が望むように変えたんだね」

「きっとそうだと思う。でも、食べてみたのは碇君があーんしてくれたから」

「へぇ、どういう事かしらねシンジ?」

「……だって、僕の食べてる手作りハンバーグを物欲しそうに見つめてきたんだ。で、冗談で食べたいのって聞いたら」

 

 返事は恥ずかしそうに口を開けるレイの姿でしたと、そういう訳である。なのでシンジは店内と言う事もあり、周囲にジロジロ見られない内に対処したのだ。そんな話を聞いて、アスカは安堵するやら羨ましいやら複雑な気分であった。

 

(む~、レイは甘え上手なのよね。しかもそれが狙ってないもんだから、シンジが面白いぐらい釣れる釣れる。あたしが似た事やっても、何か違うのよねぇ……)

 

 そう考えるアスカであったが、これをレイが聞けばまた違う感想が返って来ただろう。何せ、アスカはアスカでシンジに違う形で甘えているのだ。主にベッドで、との注釈がつくが。

 いちゃついているようで、どこか違う雰囲気の三人ではあるが、やはりというか当然というか、周囲の彼らを見る目はどこか普通ではない。それでも気にせずいられる理由は、本人達の気持ちと、あともう一つは世界情勢だろう。セカンドインパクトにより、世界人口は激減。サードインパクトによって環境は本来の状態へ戻ったが、それで一気に人口が増える訳もなく、公的に認められている訳ではないものの、子沢山家庭を作るのなら一夫多妻も許容する風潮はあったのだ。

 

「あっ、これ可愛い」

 

 店先のショーケースに飾られたアクセサリーを見てアスカが足を止める。シンジとレイも足を止め、三人は宝飾店の店先に佇んだ。

 

「ね、レイは?」

「可愛いけど、私は欲しいと思わないわ」

「むぅ。シンジはどう?」

「そうだなぁ……可愛いとは思うよ。ただ、値段がね」

「まぁ、それはそうだけど……」

 

 かつては高給取りだった彼らも、今は既にただの学生。しかもアルバイトなどをしてる訳でもないので、収入などあるはずもない。大学生活を始めたら、真っ先に三人が探すのはアルバイト先だろう事は必然と言えよう。

 

「丁度いいかな? 少し中を見て行こうよ」

「「え?」」

 

 戸惑う二人を連れて宝飾店へと入っていくシンジ。中は高校生が入るには少々格調高い感じがあるものの、それに物怖じする事なくシンジは店内のショーケースを眺めていく。アスカはそんな彼に小さく笑い、レイも微かに笑みを浮かべる。かつての彼を思うと、本当に変わったと実感出来たからだ。

 

「アスカ、綾波、何か気になる物はある?」

「そうね、ちょっと見てくる」

「私も行くわ」

 

 シンジから離れて店内を見て回るアスカとレイ。その姿を眺め、シンジは密かに息を吐いた。彼が兄として慕う加持から今も色々と教えてもらっているのだ。曰く、さり気無い時に相手の好みや要望を探れ。

 

(な、何とか怪しまれてはないみたいだ。せめてアスカと綾波の指の大きさを知っておきたいな)

 

 この時のシンジは知らない。ここで知った号数と実際に渡す頃の号数が異なってしまう事を。ある意味でそれも彼らしいと笑い話になるのだが、それはまた別の話である。

 さて、店内を見て回るアスカとレイだが、既に自他共に認める婚約者の間柄となった以上、どうしても彼女達の意識の向く物は指輪であるのは仕方ない。ネックレスやイヤリングなども見ているが、やはり視線は指輪へついつい向いていた。

 

(これ、いいなぁ。ルビーかぁ。ダイヤも嫌いじゃないけど、あたしはこっちのイメージよね。値段は……うっ! け、桁が二つばかり多いわね。シンジの奴なら、きっとこういう買い物はお金に糸目は着けないんだろうけど……ね)

(この指輪、サファイアという物を使っているのね。……この色、好きな色だわ。値段は……ダメ、高過ぎる。こんなお金を使うなら、その分を別の物に回すべき)

 

 互いに見ているのは自身のイメージカラーの宝石を使った指輪。一般的にはダイヤを好むだろうが、彼女達にとってその二色は大切な色である。物言わぬ存在となったエヴァ弐号機と零号機。そのカラーリングがそれであった。今も、気付けばその色を好んで選んでいる程、彼女達にとって関わり深い色なのだ。

 

「アスカ、それがいいの?」

「レイはそれ?」

「ええ、ただ値段が凄いわ」

「こっちもよ。それに、実際買うのは……」

「そうね。まだ先だってお母さん達も言ってるけど……」

「絶対にミサトコースは勘弁だわ。かといって急ぎ過ぎるのも……ねぇ」

「ヒカリが一番最初にお嫁さんに行きそう」

「案外カヲルの奴かもしれないわ。相田と一線超えたらしいし」

「そうなの? じゃあ、たしかにその線は高いかも」

「ホント、相田の奴も極端よね。カヲルが少し露出増やしたらころっとだもの」

 

 いつの間にかガールズトークが始まる二人だが、その声量は当然ながら小さなものとしていた。一方シンジは一人ダイヤの指輪を眺めて唸っていた。

 店員へ婚約指輪だとどのぐらいが相場かを尋ね、その値段の指輪を見せてもらったまでは良かった。その後、ならば結婚指輪はと尋ね、値段ではなく好まれる指輪を見せられていたのだ。

 

(…………加持さんがよく考えろって言うはずだよ。それと、何で母さんが今も指輪を大事にしてるか分かった気がする。勿論値段じゃないだろうけど)

 

 俗に給料の三か月分と言うが、もしそれで考えるのなら、シンジの場合はエヴァパイロットだった時の計算となる。それだと余裕で高級車が買えてしまうので、指輪の値段としては行き過ぎていた。なので、一般的なサラリーマンで考えると、今見せられているのは少々難しいが、頑張れば買えない事はない値段ではあった。

 それも店員の作戦だろうとシンジは読んでいた。だが、それも当然である。私服姿のシンジ達は学生と思われるよりは社会人と思われる方が多かった。それに宝飾店へ入った時の雰囲気やその後の振る舞いも落ち着いており、とても学生とは思われなかったのである。

 

「……やっぱりダイヤかなぁ」

「そうですね、女性でダイヤが嫌いな方はいないと思われます」

「ですよね。その、参考までに聞きたいんですけど」

「何でしょう?」

「一番高いのはどんな指輪ですか?」

「そうですね。お持ちしますので少々お待ちください」

 

 そう言って店員が歩いていくのを少しだけ目で追うシンジ。すると、その両隣へアスカとレイが戻ってきた。

 

「何してるの?」

「ダイヤの指輪、ねぇ」

「……参考までにね。遠くない内に買う事になるから」

 

 隠す事も誤魔化す事もせず、素直に告げるシンジだが、これも加持からの教えである。曰く、女に隠し事は通用しない。下手に誤魔化すよりも素直に告げてご機嫌を取れ。それに乗っ取っての返しであった。これがアスカとレイには効果抜群。二人して嬉しそうに頬を赤め、彼の腕へそっと抱き着いたのだ。

 そこを見計らったように店員が一つの指輪を持って戻ってきた。そのダイヤの大きさと装飾に三人は揃って息を呑む。見るからに高い。そう確信出来る物がそこにあった。

 

「こちらでございます」

 

 にっこりと微笑みながら、シンジ達へ指輪を見せる店員。だが、既に三人の視線は指輪へと釘付けにされていた。

 

「……綺麗」

「そうだね……」

「凄いわ。そうとしか言えない……」

 

 一度口を開いたきり、そこからしばらく三人は口を開かなかった。やがてシンジが店員へ礼を述べて、二人を少しだけ引っ張るように店を出る。外の空気を吸って、アスカは彼へ問いかけた。

 

「どうして出たの? あれが気に入らないとかじゃないんでしょ?」

「ん? うん、だってさ。僕としては、出来れば飾られるより身に着けて欲しいから」

 

 照れくさそうに笑い、シンジは頬を掻いた。そのあの頃から変わらない振る舞いと考え方に、アスカだけでなくレイも微笑みを浮かべた。

 

「なら、身に着けられる範囲で良い物を期待するわ」

「ええっ!?」

「そうね。あっ、さすがにさっきのは無理だけど、余程じゃない限り身に着けて家事してあげるわよ?」

「いや、そういう事じゃなくてさ」

「予算は百万ぐらい?」

「碇君ならその倍は出せるわ」

「聞いてよちょっとっ!」

 

 シンジを余所に楽しげに語らうアスカとレイ。その二人に慌てつつ、どこかで嬉しそうに笑うシンジ。そんな彼らのやり取りは、初夏の香り漂う皐月の空へ吸い込まれるように消えるのであった……。



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二組の夫婦は仲良しです

ミサトは苗字が変わりました。そして、ユイに妹か姪のように扱われています。リョウジは……ゲンドウからすると愚痴を言い合える甥か義理の息子でしょうか。シンジの面倒を見てくれていた二人ですからね。申し訳なさ半分感謝半分でしょう。


「大分大きくなってきたわね」

「はい、おかげさまで。未だにこの状態には慣れませんけどね」

 

 その日、碇家のリビングにユイとミサトの姿があった。エヴァのコアにいたため、実年齢がミサトとそこまで変わりないユイは、その公式な年齢を告げると驚かれる程の美貌を保っている。

 対するミサトは、幾分若さを失ったものの、それでも三十後半が見えてきたとは思えぬ程の美しさを誇っていた。共に旦那の自慢の妻であり、シンジからしても十分綺麗な二人である。

 そんなミサトのお腹は、見るからに大きくなっていた。リョウジとの子が出来たのである。年齢もあるので早めにと思っていたのだが、早々狙い通りにはいかないのが命というもの。結婚して一年近く経ってようやく授かった命であった。

 

「あら、まだ大きくなるのよ? その内歩くのも億劫なぐらいに」

「聞いてますけど、ホント勘弁して欲しいです。でも、こうやってあたしも生まれてきたんだなぁって、そう思うと弱音を吐く事は出来ませんね」

「そうそう。で、リョウジ君も毎日やる?」

「ええ、飽きもせずに。毎朝毎晩、必ずお腹に耳を当ててきます」

「でしょうね。うちは恥ずかしかったのか、毎日一度だったけど、それでも必ず一度はしてたもの。リョウジ君ならそれぐらいが妥当かしら」

 

 シンジという繋がりから、ユイはミサトとリョウジを妹夫婦か姪夫婦のように思っていた。ゲンドウも口には中々出さないが、長きに渡りシンジの保護者をしていたミサトへは、感謝の念を抱いているようで、今など彼女の妊娠を夫であるリョウジと同等に喜んでいたぐらいだ。

 一方のミサト達も今の碇家は他人とは呼べない程には近くになっていた。シンジを通じて関わりを持ち、ゲンドウやユイから、先に夫婦となり子を持った経験などを聞いて自分達へ活かしてもいたほどに。

 

 更にこうして、休みの日にどちらかの家でお茶を飲みながら他愛ない話をするのも、今のミサトにとっては色々と助かる事だったのだ。

 どうしても妊娠中は気持ちが滅入る事や沈む事が増える。しかも彼女は酒好きであった事もあり、否応なくストレスが溜まってしまうのだ。そこにユイからの誘いが来た。夫には言えない愚痴や文句もあるでしょうと。同じ女として、更には妊娠を経験した者としてのユイの気遣いに感謝し、ミサトはこうして適度なストレス発散を可能にしていた。

 

「そういえば、今日ゲンドウさんは?」

「ゴルフ。冬月先生と二人でね」

「あらら、じゃご機嫌だったでしょう」

「ええ、朝早くにいそいそと出て行ったわ。いつもは私が起こさないと起きない癖にねぇ。リョウジ君は?」

「あいつはまだ寝てます。日向君や青葉君と飲んできたみたいで」

「あら、じゃあ朝帰り?」

「みたいです。あたしに酒の匂いを嗅がせないようにしたつもりなんでしょうけど……」

 

 朝目を覚ましたミサトがその事に気付いたのは、洗濯かごにあったリョウジのシャツ。そこから酒の匂いが漂っていたのだ。妊娠中は嗅覚が過敏になっているため、彼女はすぐに気付いてため息を吐いたと、そういう訳だ。

 

「口は気を付けても衣服は意外とね」

「そうなんです。ったく、詰めが甘いんだから……」

「ふふっ、でも可愛いじゃない。あの人ならきっと普通に帰宅するわ」

「あいつもそうですよ。今回は多分あの二人が言って気を付けたはず」

 

 ミサトの脳裏には、マコトとシゲルに匂いの事を言われてどうしたものかと考えるリョウジの姿が浮かんでいた。

 

「じゃ、リョウジ君はあの二人に感謝しないとね」

「まったくですよ」

「でも、こういうのってこっちが注意すると絶対こう言わない?」

 

 どこか悪戯っぽく笑うユイを見てミサトも何を言わんとしているかを察したのか、楽しそうに笑みを浮かべた。そして二人は互いの目を見て小さく頷く。

 

「「すまない。今度から気を付ける」」

 

 見事に揃った言葉に二人は笑顔を浮かべた。やはりどこの家も一緒かと、そう思って。

 

「なぁにが今度からよ。そもそもこっちがどうして怒ってるか分かってないのに、どうやって対策するの!」

「本当にその場凌ぎをやるのよね。いっそ素直に、どうして怒らせたか分からないので教えて欲しいぐらい言えばいいのに」

 

 そこから盛り上がる女二人の会話。それをシンジは自室で聞いていた。その手元には受験勉強用の過去問題集がある。彼は先を見据えての受験勉強の真っ最中だったのだ。

 

「……僕はアスカ達にこう言われないようにしよう」

 

 ドアの向こうから聞こえてくる内容を教訓とし、シンジは二つの意味で勉強をする事となる。そんなある日の午前中の一幕であった。

 

 

 

 とある日の夕方、ゲンドウの部屋を一人の客人が訪れていた。二人の間には小さなテーブルと一本の日本酒の瓶と二つのグラスが置かれている。

 

「それでですね、あいつが事ある毎にこう言うんです。あたしにはこの子がついてるんだからって。あれ、ズルくないですかね?」

「分かるぞ、リョウジ君。私もかつて似た事を言われたものだ。アナタはこの子が大切じゃないんですかとな。妊娠中の妻に多数決は無条件降伏と同じだ。というか、そもそも妊婦程家庭において無敵の存在はいない」

 

 共に少し赤ら顔で話すゲンドウとリョウジ。ユイはミサトを連れて女だけの箱根旅行へ行っており、自炊が面倒なリョウジは適当な材料と酒を持って碇家を訪れたのだ。

 今、キッチンでシンジが夕食を支度している頃だろう。時折聞こえてくる包丁の音などをBGMに、二人の男は安いあたりめをつまみに酒を飲んで愚痴っていた。

 

「泣く子と地頭には勝てないって言いますけど、今だと泣く子と妊婦には勝てないですな」

「……私は妊婦でなくても勝てる気がしない」

「おや、そうなんですか?」

「一応聞いておくが、君はどうやって妻に勝つ?」

「まぁ、成功率は半分を切りますがね。要するに有耶無耶にするってやつです」

「…………そういう事か」

 

 リョウジが若干怪しい手つきをした事でゲンドウもその手口を理解した。そして、それは今のゲンドウには中々難しい手段であった。

 ユイがいない間、彼は赤木ナオコと娘のリツコの二人を愛人としていたためだ。未だにユイはその事を怒っていて、サルベージが成功してから夫婦の営みはあって月一度。下手をすれば三か月無しにされる事もザラであった。

 

「……もしかして、ユイさんは未だに?」

「ああ。自らのせいだから何も言えん」

「あれは、きっとリっちゃんの母親だけならここまで長引かなかったと俺は思いますよ。ユイさんの一番の怒った部分は娘のリっちゃんだと」

「…………やはりそうだろうか」

「ええ。なのでゲンドウさん、ここは男らしくぶつかってみては? ミサトから聞きましたけど、ユイさん、もう一人子供を、しかも出来れば女の子が欲しいらしいじゃないですか」

 

 リョウジの問いかけに静かに頷くゲンドウ。体は未だに若々しいユイ。そのため、十分第二子も産む事は可能だった。先程挙げた営みの決行日は、大抵その可能性が高い日である。

 

「そこでゲンドウさんが男らしくユイさんを抑え付けましょう。何も力付くとか無理矢理じゃありません。きっとアレはユイさん主導になってますよね? ……なら、今度はゲンドウさんから誘うんです。俺も今度は最初から父をやってみせる。お前と立派に親をしたいんだ。これで行きましょう!」

「……そう、だな。時には男としてガツンと行動するべきか!」

「その調子です! さ、一杯どうぞっ!」

「ああっ!」

 

 互いにグラスへ酒を注いでは呷る二人。酔いと共にテンションと声量も上がり、シンジが夕食を作った時には既に出来上がっていた。

 嫌な予感をひしひしと感じながらドアを開けたシンジが見たものは、赤ら顔で妻の愚痴というか自慢というかを言い合う二人の男の姿。それを見てシンジは思う。こんな風になりたくないと。

 

「父さん、加持さんもご飯出来たからリビングに。というか、お酒臭いしイカ臭いから換気してよ! ほら、どいて!」

 

 文句を言いながら窓を開けるシンジだが、その一方でこうも思うのだ。いつか、自分もこの二人とこんな風な事を言い合えるようになりたいとも。そんなある日の一幕であった。

 

 

 

 その日は、ミサトとリョウジの結婚記念日だった。夜はどこかで外食―――かと思いきや、何と二人は碇家にいた。テーブルの向かい側に座るゲンドウとユイはどこか不思議そうにしていた。当然だろう。彼らは目の前の二人の仲人をした。だから今日が二人にとって大事な日であると知っているのだ。

 

「その、今日はどうして?」

「実は、俺達もシンジ君に招待されまして」

「シンジに?」

「そうなんです。その、あたしがこれじゃあ、お店とかには行き辛いんじゃないかって」

「……かなり目立ってきたな」

「もうとっくの前に安定期に入ってますもの。当然よ」

「そ、そうか」

 

 ゲンドウの言葉に小さく笑みを浮かべ、ミサトがそっとお腹を撫でる。リョウジはそれを横目にして微笑みを見せ、ユイは懐かしそうに笑みを浮かべた。

 

「そういえば、もうどちらか分かるはずだが……?」

「そうなんですけどね。ミサトが生まれるまで楽しみにしようと」

「それがいいわ。リョウジ君、両方の名前を考えておきなさい。一人っ子にするつもりじゃないでしょ?」

「ゆ、ユイさん。さすがに年子は無理です」

「大丈夫よ。私達も協力するわ。ね、アナタ?」

 

 ユイの問いかけにゲンドウは虚を突かれた顔をするも、すぐに咳払いをして頷いて見せる。彼からしても、今やミサト達は赤の他人とは思えないのだ。そんな彼の反応に満足そうに頷き、ユイはミサト達へ顔を向ける。

 

「ね? だから産める内に産んでおきなさい」

「だそうだぞ、ミサト。どうする?」

「あたしが心配してるのは収入面なんだけど?」

 

 ぐうの音も出ない反論にリョウジが藪蛇だったという顔をして舌を出す。それに三人が笑った。すると、その笑い声を聞きながらシンジが大皿を持って現れた。

 

「楽しそうだね。何の話?」

「俺の甲斐性無しと笑ってたのさ」

「あー、何となく分かりました」

「あら、シンちゃんも言うようになったわね。で、それは何?」

「僕なりの結婚記念日のお祝い料理です。ミサトさん、お寿司ならもう大丈夫って聞いたんで」

 

 テーブルの上に置かれた皿には、いくつもの手まり寿司があった。魚介から果物に漬物など、色々なものをネタに握った手まり寿司だ。その見た目の華やかに四人が感嘆の声を漏らす。

 

「すっご~い。シンちゃん、これ一人で?」

「ええ。普通よりも念のためお酢を減らしてありますけどね。だから、もし何だったら父さん達はワサビを使って。それと、作るのは思ったよりも簡単ですよ。後でレシピ渡します」

「シンジ、出来れば母さんにも見せて。って、あら、いちごもあるのね」

「美味いのか?」

「そう思うなら食べてみてよ。まぁ、僕は最後をオススメするけど。各種最低でも人数分は用意してあるし」

「なら、早速頂こうかな。まずはマグロか」

「私はエビをもらうとするか」

「これ、サーモンかしら。綺麗ね」

「あっ、これ薄焼き玉子で包んである。ありがと、シンちゃん。最高に嬉しいわ」

「良かった。じゃ、僕も食べよっと」

 

 一口サイズという事もあり、ミサトも気持ち悪くなる事もなく、食事は楽しげに続いた。最初こそ大量にあった手まり寿司もあれよあれよと数を減らし、気付けば皿は綺麗になっていた。

 その後はお茶を飲みながら雑談―――のはずだったのだが、リョウジが咳払いをして周囲の視線を集める。すると、彼は懐からプレゼント包装の箱を取り出した。それだけで誰もがその意味を悟った。ミサトが驚きと嬉しさで瞳を潤ませる中、リョウジはそれをそっと彼女の前へ差し出す。

 

「また今年もこうやって君にプレゼント出来るのが嬉しいよ。それに、今年は近い内に俺へ大きなプレゼントをくれるから、少しだけ頑張ってみた。気に入ってくれるといいんだが……」

「もう、リョウジったら……気に入らない訳ないでしょ。ありがとう」

「そうか。今年はシンジ君の厚意でこういう形に出来たが、来年は三人だけでお祝いだ。シンジ君達には悪いが、これだけは譲れないんでね」

「いえ、そうしてあげてください。僕としても、毎年こんなのは疲れますから」

「こら、シンジ。もう少し言い方を考えろ」

「いいのよアナタ。ふふっ、良かったわねミサトちゃん。だけど、本当に三人かしら? 四人になってるかもしれないわよ?」

 

 ユイの言葉にミサトが顔を赤くし、リョウジは困ったように頬を掻いて視線を逸らす。そんな二人にシンジとゲンドウは苦笑し、ユイは楽しそうに笑う。こうしてこの日の夜は過ぎていく。

 後日、ミサトは元気な男の子を産んだ。女の子が生まれると予想していたマヤやマコト達へ、男の子が生まれると読んでいたゲンドウはこう告げた。

 

―――ああ見えて、彼は一途だったという事だ。

 

 余談ではあるが、ミサトが出産したのと入れ替わるようにユイが妊娠し、生まれた子が男の子だった事で、ゲンドウはその言葉を裏付ける事になったのだった。だからといってユイが完全に許す事もなかったが……。




次回は友人達を描写予定。……予定は未定(汗


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男女七人夏物語

男女比3:4の組み合わせなのに恋人同士しかいないという不思議なグループ。それがシンジ達です。あと、今回のサブタイトルで年齢を誤解されそう(汗


「じゃ、分かってるだろうけどルールの確認ね。男達は基本あたしやレイの部屋へは入室禁止。シンジもよ。入りたい場合や何か用がある時は必ずあたしかレイに判断を仰ぐ事」

 

 とある夏の日。大学受験を控えている者が多い中、久しぶりにあの頃の友人達全員が揃っていた。七人で集まれたのは、実にあの結婚式ぶりである。

 

「分かってるよ。それにしても……」

「何だい?」

 

 シンジがカヲルを見て少し戸惑う。何故なら彼女はTシャツにホットパンツというスタイルだったのだ。部屋着に着替えたからなのだが、それでも彼氏以外の男性がいる場所では中々刺激の強い格好である。事実、先程などカヲルの胸元へ目をやり、鼻の下を伸ばしていたトウジがヒカリによって耳を引っ張られていた。

 

「渚、その格好でいつも?」

「ケンスケといる時はそうだね。この方が楽だし」

「シンジ、カヲルに何言っても無駄だぞ。そいつは見られても減るものじゃないって考え方だ。恥じらいはあるが、それよりも俺の感情の方が大事なんだと」

 

 呆れるように告げるケンスケではあるが、その顔は緩んでいる。何しろずっとカヲルにくっつかれているのだ。彼女の豊かな胸が彼の腕へ強く押し付けられる程に。

 

「ホント、カヲルは相田君が好きなのね」

「当然さ。だって、僕はケンスケの妻になるんだから」

「はいはい。いちゃつくのはいいけど程々に。あと、カヲルには念押ししておくけど、絶対逆夜這いはダメだからね」

「ケンスケからは?」

「相田もそこまでバカじゃないわよ!」

 

 不思議そうに小首を傾げるカヲルに対し、アスカが正論をぶつけた。いくら親しい友人しかいないとはいえ、こんな状況で事に及ぶ程ケンスケも愚かではない。そうアスカは考えていた。それは間違っていないのだが、当の本人としては少々複雑な気持ちであった。

 

「あー、惣流? 一応カヲルの名誉のために言っておくけど、そいつの中じゃ夜這いってのは添い寝する事だからな?」

「…………へ?」

「違うのかな? てっきり僕はそうと思っていたんだけど……」

 

 カヲルの無垢な瞳がアスカを捉える。その眼差しにアスカは顔を真っ赤にして固まった。若干の間が空き、アスカがゆっくりとシンジへ視線を向ける。助けてと、その目は言っていた。

 

「渚、その事は今度ケンスケと二人の時にでも聞いて。それと、添い寝でもダメだから。それならいいって言うと綾波がしそうだし」

「して欲しくない?」

「トウジやケンスケがいない時ならね。とにかく、僕も自分のために言い訳をさせてもらおうかな? 渚だけじゃなく、委員長やアスカ、綾波の格好も結構目がいくからさ。その、ある程度は大目に見てくれると助かるよ」

「せ、せやせや。その、どーしても目がいってまうんやって」

「俺もシンジと同意見。男はみんなスケベだしさ。これだけの美女がみんな隙が多い格好してれば……なぁ」

 

 男三人の意見が同調し、女性達へ目こぼしを嘆願する。それを受け、アスカ達は顔を見合わせた。理解は出来るが納得出来るかと言われればそうではない。雄猿から進化している男は、本能的に複数の女を欲しがる傾向があるが、反対に女は男にそういう傾向があるからこそ独占したがるためだ。

 

「ヒカリ、どうする? うちのバカシンジもらしいけど」

「そうだね。その、気持ちは分かるし、仕方ないかなって思うところもあるんだけど……」

「僕は、ケンスケ君が最後に僕を見てくれるならいいかな?」

「カヲル、大人」

「い~や、それは大人じゃないわレイ。大人はね、ミサトやユイさんのように旦那の手綱をしっかり握るのよ」

「あ、アスカ……碇君達が聞いてるから」

 

 ひそひそと話していたが、途中からテンションが上がったのか声量が大きくなったアスカをヒカリが制止する。が、シンジ達はそれに思い思いの反応を示していた。シンジは苦笑いし、トウジは呆れ、ケンスケは疲れた顔という具合に。

 

「あー、別にええで。ワイらも大人の男ちゅうのがどういうもんかをリョウジさんに教えてもろうたし」

「そーそー。何でもさ、大人の男ってのは、普段は惚れた女に付き添って、いざって時には逆らうんだと」

「でも、どちらも根底には相手の事を想ってなきゃいけないって。手綱を握る事で相手が安心するなら握らせてやれ。ただ、もしもの時は鞭を打たれなくても走り出せるように注意しろってね」

 

 ミサトというじゃじゃ馬と付き合ってきたからこその言葉であった。これにはアスカも返す言葉がない。彼女も自覚しているのだ。自分はリツコとミサトなら後者の人間だと。

 沈黙してしまったアスカに代わり、ならばとシンジ達へヒカリが顔を向ける。この辺りは中学時代の名残なのだろうか。委員長気質というやつである。

 

「で、碇君も相田もトウジと同じでカヲルの胸が見たいんだ?」

「ちょっ! そりゃないでヒカリ」

「事実でしょ? で、どうなの?」

「「いや、見たいというか見ちゃうというか」」

「凄い。揃ったわ」

「ケンスケならいつでもいいのに。あっ、シンジ君も構わないかな?」

「だぁからっ! そういう事言うんじゃないの! あと、シンジはあたしとレイの!」

「あ、アスカ……さすがにもの扱いみたいだから勘弁してよ」

 

 外見は大人に近付いても、まだまだ中身は子供のような部分を残している七人である。いや、この顔ぶれだからかもしれない。いつか子を持ち、中年と呼ばれる年齢になっても、この七人が揃うと中学時代のあの頃へ戻るのだろう。

 さて、雑談は弾みに弾み、時刻と食欲が昼時を告げる頃、率先してシンジが立ち上がった。既に昼食は素麺を茹でる事になっているのだ。故に昼は男性陣が用意し、夜は女性陣がやると話し合いが済んでいた。

 

「じゃ、そろそろお昼の準備するよ。トウジ、ケンスケ、アレよろしく」

「おう、分かっとる」

「じゃ、ちょっと行ってくるな」

「ちょ、ちょっと、どこ行くのよ?」

「その内分かるよ。アスカ達は気にせず話してて」

 

 靴を履いて部屋を出ていく二人を見送る形になり、アスカ達は疑問符を浮かべて小首を傾げる。それでもならばと気を取り直して話し始める辺り、彼女達も順調に逞しくなっているようだ。女はとかく喋るのが好きな生き物である。シンジはそれをユイとミサトで嫌という程知っていた。だからこそ、少しでも空腹を紛らわせる事も含め、彼女達におしゃべりを勧めたのだ。

 

 やがて素麺が茹で上がるぐらいで二人が部屋に帰ってきた。その手にはスーパーの袋を持って。

 

「今戻ったで」

「あ~、暑かったぁ」

「おかえりトウジ。相田もお疲れ様」

「二人共買い物に行ってたの? でも、何を買いに?」

「それは飯時のお楽しみや」

「ケンスケ、お茶だよ。鈴原君もどうぞ」

「悪いなカヲル」

「おう、助かるわ」

 

 カヲルからグラスを受け取り中身を一気に飲み干していくトウジ。一方ケンスケは一気にではなく、半分程で一旦飲むのを止めていた。そしてグラスを持ったままテーブルの上へ袋を置いた。

 それを待っていたかのように、シンジがテーブルに二つの器に盛り付けた素麺を置いた。氷を配して見た目の涼やかさを演出してある辺りに彼の心遣いがある。

 

「お帰りケンスケ。トウジもお疲れ様。みんな、もう食べられるからテーブルへ」

 

 さすがに七人がけのテーブルではないので、座るとなるとテーブルに四人で残りはソファへとなる。だから立食形式となるが、その方が非日常感があるのでいいかもしれないとシンジは考えていた。どうやら他の者達も同意らしく、誰一人椅子に座ろうとする者はおらず、それぞれに麺ツユ用の器を手渡しながら準備を始めていた。

 

「で、もういいでしょ? 相田達が買ってきたのは何よ?」

「ああ、それは……」

「これや!」

 

 二人が袋から出したもの。それは惣菜の天ぷら。素麺だけでは寂しいと考えたシンジが二人に頼んで買ってきてもらったのだ。海老天を始め、所謂定番の物が二つの大きな容器に詰められていた。

 

「へぇ、テンプラね。中々いいじゃない」

「あっ、大葉がある。私これ好きなんだ」

「そういえば、私エビを食べるの初めてだわ」

「おや、平気になったんだね」

「じゃ、綾波はせっかくだし海老天を食べなよ。僕は出来ればキス天が欲しいな」

「天ザルならぬ天素麺や。ちょっと豪華な感じやろ?」

「さて、俺達もいただくとしましょうかね」

 

 それぞれ天ぷらにテンションを上げながら、それぞれ器へと入れる。そうして一旦器と箸をテーブルへ置き、両手を合わせた。

 

「「「「「「「いただきます」」」」」」」

 

 素麺を食べながら始まるあの頃の思い出話。アスカがレイの素麺ばかり茹でた話をすれば、お返しとばかりに彼女のパスタ話を持ち出す。それを聞きながらシンジが補足したり、あるいは二人を宥めたりして話題はあの戦い以降の事へ移っていく。

 

「それにしても、初めての冬は未だに忘れられないよなぁ」

「そうね。私も妹やサクラちゃんにマフラー編んであげたもん」

「それよりストーブだよ。あるいはこたつかな?」

「こたつは危険。一度入ると抜け出せなくなる」

「あー、そうだったね。あの頃、綾波はこたつでみかんってものをリツコさんに教えてもらって、ずっと常備させてたっけ」

「そうそう。それで箱で買ったもんだから、腐らせる前にってあちこちへ配る事になったわ」

「せやったせやった。うちにも配りに来たもんな、綾波」

 

 真夏に真冬の思い出を話すシンジ達。だが、それもしょうがないのだ。何せ、あの中学二年の冬は彼らにとって忘れる事の出来ない時間なのだから。

 シンジ達がアダムを倒したからこそ得られた時間。そして、シンジがみんなのためにと願い掴み取った季節だったのだ。

 

 素麺をすすりながら夏の暑さを忘れる七人。あの頃は暑いのが当たり前だった。それが、今は違う。涼しい時期や温かい時期、暑い時期に寒い時期など、四季を体感するようになってもう五年近くが経過していた。真夏や真冬という言葉に、小春日和や秋の味覚などの言葉ももう耳馴染みになりつつあるのだ。

 

「そうだ。な、卒業旅行ってしてみないか?」

「卒業旅行? いつ?」

「ま、一番ええのは春やろ。受験終わった辺りで行くんがええんちゃうか?」

「あるいは、前倒しで冬かな? 温泉とか」

「スキーって手もあるわよ。山梨辺りで」

「私、寒いのは苦手」

「僕も出来れば遠慮したいね」

「この美肌コンビは情けないわねぇ」

「ワイも出来れば温泉の方がええなぁ。サクラ達への土産も悩まんで済むし」

「あー、そう考えるとそうだね。さすがに雪はお土産に出来ないし」

「いっそ北海道とか行きたいよなぁ。綾波が魚介食えるなら蟹とかどうよ」

「北海道ならキャラメルとかチョコレートも有名だったね。のぞみやサクラちゃん、喜んでくれそう」

「食い倒れ?」

「レイ、それはたしか大阪だよ」

 

 高校生最後の時間。それを噛み締めるように彼らは言葉を交わす。彼らしか知らない時間があり、彼らしか知らない記憶がある。だからこそ、この集まりは特別なのだ。愛しい相手が出来た今も、その絆は途切れやしないと確信しながら彼らは笑う。

 卒業旅行の話は盛り上がり、食事を終えた後もそれを話題に彼らは語り合った。行きたい場所や見たい物。食べたい料理にやってみたい事。いくらでも話題は出てくるのだ。あの頃は考えられなかった様々な事や物が、今は普通に存在しているのだから。

 

 だが、その話し合いもやがて落ち着き、とりあえずまた継続して話していく事でまとまった。時刻は既に午後二時を過ぎている。

 すると、ラフな格好をしていた女性陣がそれぞれリビングからアスカとレイの部屋へと散っていく。着替えに行ったのだ。これから全員でスーパーへ夕食の買い出しに出かける事となっているために。それを見送り、トウジが不意に思い出したようにシンジへ尋ねた。

 

「な、センセ。高校出た後、進路どうするつもりや?」

「進路、かぁ……」

「俺はライターを目指すつもりだ。ミリタリー系のさ」

「あー、ケンスケは向いてると思うよ。良い意味で趣味を仕事に出来ると思う。トウジは?」

「ワイなぁ。実は……大工とか建築系に行こうと思とる」

「「建築系?」」

 

 意外な言葉にシンジとケンスケの声が重なる。トウジも二人の気持ちは分かるのだろう。どこか照れくさそうに頬を掻いた。

 

「いやな。あの戦いの後、元通りの街へ戻ってくのを見て、ワイは思ったんや。壊すんは簡単やけど直す事や戻すんは難しいって。でも、喜ばれるとしたら絶対後者の方が多い」

「だから建築?」

「ま、要するに誰かの暮らしを支えられる仕事に就きたいちゅう事や。それに、建築系なら自分の暮らしにも役立てられそうやし」

「ちゃっかりしてるよ。まぁ、トウジらしいか。で、シンジは?」

「僕は……まだ決まってない。方向だけは漠然と決めてるんだけどさ」

 

 そこで二つの部屋のドアが開く音がして、シンジ達はソファから後ろを振り返った。

 

「お待たせ」

 

 外出着に着替えた女性達がそこには立っていた。それぞれの彼女の姿に一瞬ではあるが見惚れる男達。するとその視線に気付き、四人が小さく微笑んだ。それは喜びの笑み。やはり好きな男の意識を向けられるのは嬉しいものなのだろう。

 

「何の話をしてたの?」

「えっ? あ、ああ、進路の話だよ委員長」

「俺とトウジは具体的に決まってて、シンジはまだ漠然ってとこ」

「そうなの? てっきりあたしは鈴原こそ決まってないと思ってたわ」

「ま、言い返すつもりはないわ。ほんまに決めたんはつい最近やったし」

「相田君はどういう道へ?」

「ライター。出来ればミリタリー系の。いっそ、それ系ならライターじゃなくてもいいかな?」

「僕も初耳だな。ケンスケ、後で詳しく教えて」

「と、とにかく行こう。僕らが荷物持ちするから献立はそちらでよろしく」

 

 こうして七人揃ってスーパーを目指す。夕暮れが近付きつつあるとはいえ、まだまだ日は高い。アスカ達は帽子を被って、シンジ達は特に陽射し対策もせず歩く。ただ、トウジだけはタオルを肩からかけてるようにしていたが。

 

 当然、スーパーへ到着する頃にはシンジとケンスケは汗だくであった。空調の効いた店内で二人はオアシスに辿り着いた遭難者のような表情を浮かべている。それをアスカ達が苦笑して見つめていた。トウジだけ、かけてきたタオルで汗を拭いている。

 

「あ~、生き返るなぁ」

「相田、ハンカチかタオルは?」

「ない」

「良ければワイの貸したるぞ」

「サンキュ。いやぁ、持つべき者は気の利く親友だな」

「ありがとう鈴原君。僕がハンドタオルぐらい持っておくべきだったんだけど」

「いやいや、渚はちょうつくし過ぎやって。少しぐらいケンスケを突き放したってもええわ」

 

 トウジの意見に同意なのか、アスカ達三人の女性も頷いている。カヲルはそんな周囲に小さく苦笑し、トウジのタオルで汗を拭くケンスケへそっと近寄った。

 

「いいんだ。僕は彼から一番最初に近寄ってもらえたからね。その事から考えればつくし切れないよ」

「うん、カヲル? 嬉しいけど外ではそういうの控えろって言ってるだろ? 俺が他の男から目付けられるんだよ」

 

 これ見よがしにケンスケへくっつくカヲル。真実を知らない者からすれば、スタイル抜群の美女にいちゃつかれる少々冴えない男である。それが他の男達にどう思われるかは推して知るべしである。

 

「大丈夫よ。ね、シンジ?」

「何だか嫌な予感……」

「その予感はある意味当たりよ」

「……だよね」

 

 シンジの両脇から抱き着くアスカとレイ。その光景にケンスケへ向いた嫉妬が一気にシンジへと傾いた。ならばとヒカリが小さく笑い、トウジの腕へ自分の腕を絡める。

 

「トウジもね」

「ま、ええわ。ワイの考え方はあの時から変わらんしな」

「えっと、それってやっぱり?」

「男なら……ちゅう、アレや」

 

 ヒカリからの問いかけに特に照れもせず、あっさりと返してトウジは歩き出す。その後をシンジがアスカとレイを連れて追い、ケンスケとカヲルもついていく。一組だけならともかく、三組もいちゃつかれれば見ている方が疲れる。しかも、ケンスケはともかくシンジとトウジは中々ガタイも良かったため、これにより心配する状況はなくなったのだ。

 

「それで夜はどうするの?」

「ヒカリ、どうする?」

「カレーがいいと思う。で、問題は何をメインにするかじゃない?」

「大丈夫だろ。綾波が肉も平気になったって言ってたし」

「ええ、問題ないわ」

「なら、シーフードもええよな」

「だろうね。今日の海老天も美味しいと言っていたし」

 

 会話しながらトウジの持つカゴへ野菜を入れていくヒカリ。と、その時カヲルがある事に気付いた。

 

「あれ? ヒカリ、じゃがいもってカレーに入れるのかい?」

「えっ? う、うん。ウチは入れるんだけど……」

「悪い。きっと俺が教えたにわか知識のせいだ。本場のカレーはじゃがいもないからさ。それと、俺は別に気にしないぜ」

「あー、そういう事ね。あたしも気にしない。てか、むしろ好きだから入れて」

「そ、そう? 良かったぁ。こういう違いも結構あるあるだよね」

「ちなみにじゃがいもが入らないとどうなるの?」

「えっと、結構水っぽくなるっていうか、スープカレーに近くなるかな」

「そうなんか。へぇ、それはそれで美味そうやな」

「なら二種類作ればいいんじゃないか? てか、辛さはどうするんだよ。カヲルは辛口ダメなんだ」

 

 ひょんな事からまた互いの事を知っていくシンジ達。親しくなって長くなるが、それでもまだまだ知らない事があるのが驚きであり、嬉しくもあった。カレーを二種類作る事に決まり、片方はじゃがいもを入れずに作るシーフードカレーとなった。辛さはシーフードが中辛で、もう一つのポークカレーがやや甘口に決まる。

 そして、カレーの材料だけでなく飲み物やお菓子なども購入し、それなりの重量となった袋を男性三人で持つ。ここで意外だったのは、ケンスケが一番余裕そうな表情をしていた事。理由は昔から一人でキャンプなどをしていた事による筋力作り。

 

「ま、望遠カメラとかを保持するのって結構疲れるんだぜ? あと、サバイバル用具を持ち運ぶのとかも。それを中学の頃からやってればこれぐらいはな」

「相田って意外と男らしいとこあるのね」

「あー、そうかも。ほら、あの偽戦自の時、相田が率先して動いてたから」

「懐かしいなぁ。目の前でトウジと委員長のキスを見せつけられたっけ」

「「っ!?」」

「そう、キスしたの」

「ヒカリもやるじゃない。そっかそっか。だからこそあの後お互いの家族へ紹介かぁ」

 

 思わぬところから恥ずかしい事を話され、赤面するトウジとヒカリ。レイとアスカはそんなヒカリにニヤニヤし、シンジは苦笑。カヲルはしてやったり顔のケンスケへ視線を向け、楽しそうに笑って口を開く。

 

「ケンスケが僕にしがみついて移動した事もあったね。懐かしいな」

「ほ~、それはどういう事やろ。あん時の渚は男やったはずやな?」

「だぁ! カヲル、どうしてそういう事をここで言うんだよ!」

「ケンスケが二人をからかうからさ。ヒカリや鈴原君はあの時から既にカップルだったんだ。キスしたっていいじゃないか」

 

 少しむくれた顔をするカヲルにケンスケは返す言葉を失う。温厚なカヲルを怒らせるポイントを掠めたと気付いたのだ。彼女が怒る事。それは自分の大切な人を傷付けたり、あるいは困らせたりする事。それは彼氏であるケンスケも例外はない。良くも悪くも平等なのが渚カヲルという人間であった。

 

「まぁ、僕はケンスケの気持ちもトウジ達の気持ちも分かるよ。アスカや綾波と付き合ってなかったら、絶対どこかで僻むだろうし、大好きな人が危険な目に遭うかもって思ったら、キスぐらいしたくなるだろうから」

 

 若干空気が悪くなりそうなのを察してシンジが告げた言葉。それに内心で感謝しながらケンスケは力強く頷いた。自分は同意するとばかりに。カヲルもそんな彼に少しだけ呆れるように息を吐くと、仕方ないとばかりに苦笑いを浮かべた。

 

「まぁシンジ君の言う通りかもしれないね。あの頃は、ケンスケだけそういう相手がいなかったし」

「そ、そうなんだよ。だから今は幸せだぜ? カヲルがいてくれるんだからさ」

「うん、そういう事にしておく。でも、出来ればもっと早く女にして欲しかったな」

「はいそこまで! ったく、油断するとすぐにエッチな空気を出すんだからあんたは」

「し、仕方ないよアスカ。カヲルは相田から男の子の事を色々教えてもらってたって言ってたし」

「ああ、いやらしい本ね」

 

 レイの発言にケンスケだけでなくシンジとトウジも思わず足を止めた。何を隠そう。彼らもケンスケのそういう物の世話になった事があるのだ。シンジはミサトの部屋を出てゲンドウと暮らすようになってから。トウジは言うまでもなくもっと前からである。

 そして、そういう男の反応は一つで十の事を女に教えるもの。アスカ達は即座にそれぞれの彼氏の反応や表情を見て、全てを悟ったようにとてもいい笑顔を浮かべた。

 

「シンジぃ? どーしたの? なぁ~んか表情が強張ったみたいだけど?」

「な、何でもないよ」

「碇君、逮捕と自首では量刑の内容が変わる。それを覚えておいて」

 

 両脇を抑えられ、シンジは最早観念するしかない。一方トウジはヒカリの冷たい眼差しに真っ向から立ち向かっていた。……表向きは。

 

「最低……」

「仕方ないやろ。あん時はまだヒカリとこうなるなんて想像も出来へんかったんや」

「……付き合い出した後はなかったんだ?」

「…………男には男の付き合いちゅうもんがある」

 

 内心ではトウジも白旗を挙げていた。ケンスケとカヲルが例外なだけで、普通はこうなるのが女というものである。彼女の自分がいるのだからそれで十分でしょうと、そういう事だ。それに、今の彼らはもうそういう事さえしているのだから。

 

 最愛の彼女に敗北するように項垂れるシンジとトウジを見て、カヲルはケンスケへ問いかけた。

 

「ケンスケ、どうして二人は責められているのかな?」

「あー、エロ本やらAVとかって、本来は彼女からすれば浮気みたいに思うらしいぜ。カヲルはその辺寛容だから分からないかもしれないけどさ」

「そういうものなんだね」

 

 相田ケンスケと渚カヲル。もしかしたら、この二人こそが一番幸せな関係の男女かもしれない。

 

 

 

 夕食も終わり、洗い物をする女性達を眺めながらシンジ達は小声である事について話していた。

 

「こう見ると、やっぱ渚のケツはエロいな」

「だろ? でも、惣流もいいよなぁ」

「そ、そうかな? 委員長なんかも安産型って感じでいいと思うよ?」

 

 中学の頃は避けていた下世話な話。それをシンジも出来るようになっていたのだ。女性が服や髪の事でよく話すように、男はこういう話題でコミュニケーションを図ると彼も悟ったためである。

 後は、やはり女を知ってしまったからだろうか。それにアスカとレイを褒められているとも感じるので、そういう自慢をしたい欲求もあるのかもしれない。碇シンジも今や普通の男である。

 

「ヒカリはなぁ、もう少し胸が欲しい言うとるわ」

「カヲルはそういうのは特にないぞ。ま、本人曰く理想の体にしたつもりと言ってたけど」

「渚はたしかに凄いよね。アスカもかなりだけど、その上をいってるし」

「な、シンジ。惣流と綾波、どっちがアレに積極的だ?」

「おっ、それは興味あるな。どっちや?」

「……どうしても聞きたいの?」

「「ん」」

 

 同時に頷くトウジとケンスケ。その反応にシンジは一度だけアスカ達を見やり、視線を二人へ戻した。

 

「……アスカの方が求めてくる、かな。綾波は、そういうのが苦手な感じ」

「「おーっ」」

「そっちは?」

「ヒカリは誘う事はないわ。ワイが手ぇ出すと仕方ないって感じで応じてくれるってとこか」

「カヲルはむしろ誘ってくるぞ。何でも、身も心も繋がれるから好きなんだとさ」

 

 完全に飲み会のテンションな三人。それを知ってか知らずかアスカ達は洗い物を終えて、その場でおしゃべりに興じていた。

 

「へぇ、指輪かぁ」

「そ。シンジの奴、まだ先なのにさ」

「それだけ君達を意識してるって事だよ。正直羨ましいな」

「だよね。トウジも結婚を意識してるの分かるけど、指輪とかの話なんて出てこないし」

「むしろ鈴原君の方が普通。碇君はちょっと先走りし過ぎな時もある」

「あれは加持さんのせいでしょ? ミサトでの経験値やら何やらをシンジへ教えてるみたいだし」

「それでも一緒に指輪を見るって憧れるなぁ」

「言えば鈴原君も行ってくれると思うよ。ケンスケもそうだと思う」

「そうね。婚約指輪とかもあるし、二十歳になったら誘ってみたらいい」

 

 既に公開プロポーズを行ったシンジ達に、両家公認の付き合いなトウジ達。そしてお互いがお互いを理想としているケンスケ達と、この三組は別れる要素が今の所皆無である。余程の事がない限り、この関係性も変わらないだろう。

 

 この後、女性達が二人一組で入浴を開始する事となり、シンジ達は悶々としながら会話を続ける事となる。ちなみに最初はアスカとカヲルという覗きたくなるようなコンビだった事もあり、レイとヒカリが見張りも兼ねて彼ら三人の会話へと混ざる事となったため、下世話な話はそこまでとなった事を記す。

 

 そうして女性陣が入浴を終えた後は、シンジ達が一人ずつ入浴と相成った。何せ男である。長風呂などするはずもなく、体や頭を洗って汗を流して終わりという烏の行水状態。三人で三十分とかからず入浴時間は終了となったのだ。

 

「何か、こうしてると修学旅行みたいだよな」

 

 最後に上がったトウジが水分補給しているのを眺め、ケンスケがぽつりとそう呟いた。その言葉にシンジ達エヴァパイロットだった三人とカヲルが微妙な顔をする。

 

「こんな感じだったの?」

「ん? ああ、悪い。別に過去を責めたい訳じゃないんだ。中学のもこうじゃなかったぞ。な、トウジ」

「ん。どっちかって言うと小学校のが近いなぁ」

「うん、私もそう思う。ただ、男子と同部屋はなかったけど」

 

 既に全員寝間着へ着替えたためか、雰囲気もリラックスムード一色。誰もが後は寝るだけの態勢となっていた。

 

「なら、後はここに人数分の布団でも敷いてれば完璧かな?」

 

 そんなシンジの言葉にトウジとケンスケ、ヒカリの三人が揃って頷く。アスカやレイはそれに互いの顔を見合わせた。思い出したのだ。あの共同生活最後の夜に自分達がした事を。

 一方カヲルはそうなってくれた方がいいと思っているのか、どこか悩ましい眼差しをケンスケに向けていた。その艶かしさに喉を鳴らすケンスケだが、それでも心を鬼にして一度だけ首を横に振った。

 

「……ダメかな?」

「惣流も言っただろ。今夜は女同士で親睦深めろって」

「いいわよ? 別にここでカヲルと一緒に寝ても」

 

 アスカのあっさりとした言葉に、ケンスケだけでなくシンジ達全員が顔を彼女へ向ける。アスカは平然とした顔でグラスに入った牛乳を飲んでいた。全員の視線が自分に向いているのを理解し、アスカはグラスを口から離すと一度だけ唇を舐める。その何気ない動きにそこはかとない色気を感じて男性三人が唾を飲んだ。

 

「だって、相田と変な事したらシンジと鈴原が気付くでしょ? カヲル、あんた二人に裸見られてもいいの?」

「それは……嫌だな」

 

 それは、まさしく正論でありカヲルにとっては見過ごせない事実であった。シンジとトウジが否定しない辺りも含めて。そのため、レイとヒカリが彼らへジト目を向けていたが。

 こうしてカヲルの添い寝欲求は抑制される事となる。それとは別にカヲル以外の全員が心の中でこう思っていた。そう、本当にここで致すつもりだったのかと。それを確かめるつもりもないし、すると面倒な事になると分かっているので誰も何も言わなかったが。

 

 その後も彼らは話を続けた。高校に上がった後は、クラスもバラバラになり、恋人も出来ただけでなくクラスの友人関係も変わったため、共通の思い出が少なくなっていたのだ。

 更に男は男の、女は女の話が増えたのもあってか、異性同士の思った事や感じている事を話題にした時は白熱と表現するのが相応しい程盛り上がり、あわやケンカかと思う程であった。が、それも熱が冷めれば互いの事をより知れたという結果だけが残るもの。気付けば日付も変わり、そろそろ就寝するかと誰かが提案しようとした時だった。

 

「一ついいかな?」

 

 カヲルが突然全員へ話を切り出したのは。周囲が自分を見ている事を把握し、彼女は笑みを浮かべた。

 

「卒業旅行もいいけど、出来れば毎年一度はこのメンバーで集まって何かしたいんだ」

「毎年かぁ。たしかにそういう風に決めないと動けないかも」

 

 シンジもカヲルの提案の意図を察していた。大学や専門学校など、今後はより一層進路がバラバラになり、時間を合わせる事も難しくなる。だけど、この集まりはなくしたくない。そして、その気持ちは全員一致しているはずだ。そう思ってシンジは周囲の顔を見ていく。

 

「七人いるし、毎年持ち回りで幹事みたいな事をやろう。旅行なら日帰りか泊まりかとか、レジャーなら近場か遠出かとか。そういうのの大枠をその前の集まりの時に決めて、細かな部分は幹事がって」

「ええかもしれんな。費用の計算とかもせなならんし、話し合いもその前の時にするなら話題にも困らん」

「うん、私もいいと思う」

「私もいいわ。最低一回で、可能なら夏と冬で二回が理想」

「いいわね。その場合はどうするの?」

「待て待て。今は例外を考えるより、恒例の部分をしっかり決めようぜ」

 

 こうして書記であったレイが紙に書き取りながら行われた話し合いの結果、基本は以下の通りになった。

 

 一つ、この行事は必ず毎年一度は行う事とする。

 二つ、幹事は持ち回りであり、次回の幹事は前回の幹事が指名する。

 三つ、費用計算は最終的な金額が確定してからとする。

 四つ、結婚や出産などの将来的な動きによっては中止や廃止も視野に入れる。

 五つ、可能なら年二回行い、その場合は幹事を継続する。

 

「……こんなとこかな?」

「中止はともかく廃止は……ねぇ」

「仕方ないだろ。こういう時は最悪も考慮するべきだ。俺だってない事を願うけどさ」

「せやな。始めるんは簡単やけど終わらせるんは難しいって、色んなとこで思うわ」

「僕としてはいつまでもこうやって楽しくしたいけどね」

「私もカヲルと同意見。それが一番だもんね」

「ええ、そうね。出来れば子供が出来てもやっていきたい」

 

 レイの噛み締める言葉に誰もが小さく笑みを浮かべ、そして互いの相手を見て若干照れる。これでこの日はお開きとなり、男性と女性に別れて就寝する事となる。

 

 この時の決め事により、卒業旅行先の箱根の旅館で、翌年の集まりについて話し合いが行われた。記念すべき最初の幹事は、公正なじゃんけんの結果、見事アスカが就任する事となる。そしてその年の夏、彼らは日帰りでの海水浴を行う事となるのだが、それはまた別の話……。




次回は……リツコ達かな。そして段々文章が長くなる病が……(汗


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笑顔

リツコ母さん奮闘記……にしたかったんですが無理でした。レイってそういう意味での面倒を発生させないタイプですし。それと、最後にオマケ的なものを。本来なら本編でやりたかったネタを消化しておきます。


 場所はリツコの住む、やや手狭なワンルームマンション。今日はリツコが休みとあって、レイが学校終わりに顔を出していた。夕食を作るためである。今や若い頃からあまり家事をしていない彼女よりも、あの共同生活を切っ掛けに料理を始めたレイの方が遥かに家庭的となってしまったのだ。

 

「お母さん、出来たわ」

「あら、ありがとう。いい匂いね。お酢を使ってるの?」

「ええ、鶏のさっぱり煮よ。お味噌汁は豆腐とワカメ。マメとひじきの煮物はお惣菜だけど」

 

 MAGIを造り上げた母、ナオコの娘として今のリツコはその改良型研究に取り組んでいた。今もその関連の資料を読み、思考に耽っていたのである。

 そんな彼女を聴覚と嗅覚で現実へ引き戻す辺り、レイもリツコの事を分かっている。この日の献立も疲労回復を考えてのものだ。テーブルに置かれた煮物の見た目と香りにリツコは小さく笑みを浮かべる。

 

「構わないわ。じゃ、いただこうかしら」

「召し上がれ」

 

 制服の上にエプロンを着けたまま、レイは優しく微笑んだ。まずは美味しそうに色付いた手羽元へ口を付けるリツコ。その酸味と甘みに旨味が加わった味に、思わず綻んでしまう。

 

「どう?」

「……美味しいわ。市販の素?」

「そうよ。ちなみに碇君も御用達」

「あら、じゃユイさんも?」

「多分」

 

 レイはそう言ってエプロンを脱ぎ、リツコの向かいに座って他愛ない会話をしながら食事を楽しむ二人。やがて料理は綺麗に平らげられ、レイが再びエプロンを身に着け洗い物を始める。

 

 リツコが休みの日は、レイもこの部屋に泊まっていく事になっている。なので特に時間を気にするでもなくリツコは資料などを読んでいたのだが、不意にその時はやってきた。

 

「お母さん、ちょっと教えて欲しい事があるの」

 

 そのレイの問いかけ方は、最近リツコの悩みの種となりつつあるものだった。どこか恥ずかしそうな声と表情がそれを裏付けている。内心でどうしたものかと思案しながら、リツコはそれを顔に出さずレイへ顔を向けた。

 

「何?」

「その、碇君との事なんだけど……」

 

 そこから告げられた内容にリツコは思わず目を覆った。高校生となり、一人暮らしを始めようとしているだけあり、今のレイはその行動が大人のそれに近付き始めている。だが、まだそれにレイの内面が追いついてないのだ。主に雑学と呼ばれる類だろうか。

 それに、シンジと男女として一線を超えたレイではあるが、そちらの知識などはシンジやアスカなどから手に入る範囲でしかなく、当然ながらそんなものではあまりにも情報量が少ない。また、偏る可能性も高かった。これがリツコをじわじわと苦しめている悩みである。

 

「……アスカは何て?」

「…………知らないって」

「そう……知らない、ね」

 

 レイに気付かれないようにリツコは顔を伏せてため息を吐く。正直彼女とて性知識を教える事に抵抗がない訳ではないし、博識と自負出来る程の知識もないと思っている。本音を言えばミサトへ丸投げしたい内容でさえあった。だけど、それをしないのは彼女がレイの養母であり、保護者だからだ。

 

「……レイ、これはあくまで個人的見解よ。だから正解ではなく参考意見として聞いて」

「ええ。ありがとう、お母さん」

 

 以前の恥じらいを教えていた頃を懐かしく、そして楽だったと思いながらリツコはレイへ自身の体験からの知識を話し出す。その中で彼女は思うのだ。こういう事を下手に避けると、余計子供はその知識を知ろうとしてしまうと。

 その観点で考えれば、ミサトへ任せなくて正解だった。そう己の判断を分析し、リツコはレイとの性知識関連の授業を行うのだった。

 

 そうこうしている内に時間は過ぎ、すっかり夜の闇が街を包んだ。シャワーを浴びたレイがバスタオルで髪を拭いていると、リツコがぼんやりと写真立てを見ている事に気付いた。それは、初めてリツコの母の生家へ行った際に彼女の祖母とレイの三人で撮った物だった。

 

「どうしたの?」

「……お祖母ちゃん、最近体の調子がよくないみたいなの。もう歳も歳だし、一人暮らしは無理かもしれないって」

 

 それだけでレイはリツコの考えが分かった。もっと言えばリツコの祖母の気持ちも。あの初めて訪れてから毎年夏と冬、盆と正月には顔を出している場所。少し時代に取り残された感がある田舎の暮らし。それはレイにはとても新鮮だった。不便さもあったが、都会では味わえない雰囲気や良さもあったのだ。

 

「お母さんはお祖母ちゃんと一緒に暮らしたいの?」

「そうね。可能なら。でも、無理だわ。お祖母ちゃんをこっちに呼ぶのは出来ないし、私が向こうで暮らすのも難しいもの」

「……どうにもならない?」

「こればかりは」

 

 どこか悲しそうに笑ってリツコは写真立てから目を逸らした。

 

「それに、お祖母ちゃんに言われたのよ。私は私のしたい事をしなさいって。私の幸せがお祖母ちゃんの幸せなんだからってね」

「……お祖母ちゃん」

「レイ、また近い内に顔を出しに行きましょう。これからは以前よりも頻度を増やして少しでも寂しくさせないように。そして、可能なら私は向こうで暮らせるようにするわ。せめて、お祖母ちゃんが生きている間は」

「お母さん……」

「だからレイ、シンジ君達との同居はいいわ。貴方達は三人で暮らしなさい。私は……」

「ダメ。お母さんも一緒じゃないと」

「聞いて。何も一人で生きていくつもりじゃないのよ。実はね、ユイさんからちょっとした提案をされてるの」

 

 その内容にレイは驚き、そして理由を聞いて納得した。そして同時に若干ゲンドウへの嫌悪と同情という相反する感情を抱きもした。今のレイにとって、ゲンドウは既にシンジの父である。そのため、かつてであれば抱かなかった感情をちゃんと抱くようになっていた。

 

「……それで、最初は私も断ろうと思っていたの。だけど、お祖母ちゃんがこうなったでしょ? 私も、いつかは同じ道を辿るかもしれない。ならいっそそれを見越してとね」

「それに、その方がゲンドウさんへの仕返しにもなる?」

「どうかしら? ユイさんは、私への謝罪と感謝を兼ねてると思うけど……それもあるかもしれないわね」

「そう。それは碇君が出て行った後?」

「ええ。ただ、話を受けるとしてもすぐにとはいかないわ。向こうにもこちらにも色々とあるもの」

 

 リツコはそう言ってどこか遠い目をした。ユイからの提案とは、どうせ親戚になるのだし一緒に暮らさないかというものだ。シンジも出ていくと碇家は部屋を余らせてしまう。ならいっそとユイがリツコへ共同生活を提案したのだ。

 そこには、同じ研究者として相談出来たり意見交換できる相手を欲しているというのもあるが、一番はリツコが結婚をもう考えず一人で生きていこうとしている事を苦慮したのだ。

 

 何故リツコが結婚を考えなくなったのか。その理由を知らぬユイではない。それだけ彼女はゲンドウを想っていたと、同じ女として分かったのである。でなければ親子程の歳が離れた男と関係を持つはずはなかった。

 

―――ね、リツコさん。一つ相談があるんだけど……。

 

 その話をする時、ユイは初めてリツコをリっちゃんではなくリツコさんと呼んだ。その意味がリツコには分かった。年下のような扱いはしない。一人の大人として、女性として話がしたいというユイなりの誠意だろうと。

 

(ゲンドウさんを諦めた私に、その傍で暮らせなんて最初は嫌味かと思ったけれど違うのよね。ユイさんなりに罪悪感を感じているんだわ。自分さえちゃんと言っておけば、傍にいてあげればと……)

 

 レイの母となった今のリツコにとって、ゲンドウは既に過去の男である。だが、そう遠くない将来にレイは彼を義父とするのだ。そうなれば付き合いをまったく持たないというのも問題である。しかし、ユイへの配慮などでどうすればいいかと思っていたのも事実。

 そこへきて、このユイからの提案である。その裏にはゲンドウ、ユイ、リツコの複雑な心情をどうにかしたいという考えもあったのだ。

 

「レイ、よく聞いて。分かってるとは思うけど、私もいつまでも貴方の傍にはいられない」

「お母さん……」

「だからこそ、一緒にいられる時は甘えてくれていいわ。それと、私も貴女を頼る。普通の母娘じゃないからこそ、周囲が多少驚くぐらいの触れ合いをしましょう」

「……うん、分かった。じゃ、男の人を手玉に取る方法を教えて」

「シンジ君には必要ないと思うけど?」

「必要になった時のため。アスカ、性的アピールが上手いから」

「はいはい。なら、レイは露骨じゃない方向がいいかしらね?」

 

 母娘の時間はそれぞれの年齢が変わった事もあり、その内容も過ごし方も変わっていた。だけど、根底は変わらないのだろう。母は娘を、娘は母をそれぞれ思い、愛しているのだから。

 共に笑顔を見せ合って母娘は話す。他愛のない事からそうじゃない事までを、楽しげに、嬉しそうに。最後にはリツコのベッドでレイが一緒に寝たいと言い出して、二人はやや狭く感じながらも寄り添って眠る事となった。

 

「おやすみ、お母さん」

「おやすみ、レイ」

 

 最後まで笑みを絶やさず、二人は目を閉じる。そして後日、リツコはユイへこう返答した。

 

―――申し出、有難く受けさせてもらいます。ただ、母方の祖母が一人暮らしをしており、最近難儀しているとの事なので、そちらと生きている間は暮らしたいと考えています。まことに勝手ですが、同居の件はもうしばらく待っていただけますか?

 

 無論、ユイが了承したのは言うまでもない。そして、ゲンドウが一人複雑な顔をしていた事も。因果応報。その言葉の意味と苦みをゲンドウはこれから噛み締めていく事になるのだった。それもまた、シンジにとってのいい教訓となると知らずに……。

 

 

 

 さて、皆様は覚えていますでしょうか? そもそもシンジ達の運命を変えるに至った一番の要因を。そう、フル改造エヴァ初号機F型装備。最後のアダム戦前にその力は失われ、成長を遂げたシンジの言葉を受け取り彼女は元の世界へ帰還しました。これは、その後のF型初号機のお話……。

 

「一体どうしたんです? 急に呼び出されたんですけど……」

「ごめんねシンちゃん。その、エヴァなんだけど」

「今は封印処理されてるって聞いてますけど、何かあったんですか?」

 

 場所は日本の某所。そこにかつてエヴァンゲリオン初号機を駆り、銀河を守った一人である碇シンジの姿があった。彼は目の前にいる葛城ミサトへ不思議そうな表情を向ける。

 

「実は、初号機が一度だけ吼えたのよ。意味、分かる?」

「……エヴァが勝手に起動したって事ですか」

「そ。幸いそれだけで何か問題を起こした訳じゃない。だけど、念のために調査を行った早乙女博士達曰く、エヴァはパイロットを呼んだんじゃないかってね」

「パイロットを……」

「あの戦いで私達はこの宇宙にある意思ある力を知った。もしかすると、エヴァもその影響を受けたのかもしれないって」

 

 そこでシンジは理解した。何故自分が呼ばれたのかを。ゲッター線の第一人者である早乙女博士が言った以上、それを無視する事も出来ないし、博士はそもそも似たような事をして力を引き出させたロボットに関わっていたのだ。なら、一度試してみようと、そうなったのだろうと。

 

(でも、もう戦いは終わって地球とバルマーとの交流だって順調だって聞いてる。一体今更どうして?)

 

 疑問は尽きないまま、シンジは久しぶりとなるプラグスーツへ身を包み、懐かしささえ感じるエントリープラグへと乗り込む。そこの景色、レバーの感触、L.C.Lの匂い。全てがほんの少し前まで日常だったとは思えない程、シンジにとっては久しぶりとなる事だった。

 

「まさかまたエヴァに乗る事になるなんて……」

 

 昔であれば嫌悪感か拒否感しかなかった言葉に、今の彼は苦笑しつつもプラスの感情を抱いていた。あのシンジと同じく、彼もまた本来の碇シンジとは違う道を行き、成長した一人であるためだ。

 そんな彼は、初めて戦うためではないシンクロをする事となる。ゆっくりと子供ではなくなりつつある彼ではあるが、未だに高いシンクロ率を叩き出して意識をエヴァと重ねていく。すると、不思議な感覚に陥ったのだ。

 

―――シンジ……。

(え?)

 

 気付けば真っ白な空間に一人シンジは佇み、その目の前には優しげな表情と雰囲気の女性が立っていたのだ。

 

(貴方は……?)

―――私は、碇ユイ。貴方の母よ。

(……母さん?)

―――ええ、そう。こんな形で貴方と再会出来るとは思わなかった。イデに感謝しなくちゃね。

(イデ……っ! じゃ、あの時の事が原因!?)

―――かもしれないわ。それより、あまり時間がないから用件だけ伝えるわね。シンジ、貴方の願いが一つの世界を平和にしたの。もう一人の碇シンジは、この初号機のおかげで親しい人や知り合った人達を誰も失う事なく守り抜けた。ありがとう。そう伝えて欲しいと言われたのよ。

 

 ユイの言葉にシンジは戸惑いを隠せない。言っている意味が突拍子も無さ過ぎて理解出来ないのもあったが、一つだけ分かってしまった事も理由の一つだった。それは、もう一人の自分という言葉の意味。

 平行世界。あのクロスゲートを通ってやってきた異世界の来訪者達。それを知った彼は、感覚的にユイの言っている事をこう解釈していた。

 

(つまり、この初号機が別の世界へ行ってたって事?)

―――それで間違っていないわ。そしてその切っ掛けは、シンジがおぼろげに願った事よ。

(僕が……)

 

 思い出すのはエヴァに二度と乗る事はないと言われた時の事。最後の別れとばかりに初号機を眺め、ぽつりと呟いた言葉。

 

―――もしエヴァを必要としている場所があるなら、もしかつてと同じ状況に置かれる自分がいるのなら、助けてあげたい。

 

 全ては、そこから始まっていた。何となしに願った言葉は、無垢なる想い。イデは無垢な想いに一番反応する。期せずしてシンジは僅かに残留していた無限力を活性化させる事に成功し、あの物語を生み出す切っ掛けを作り出していたのだった。

 

 その事をシンジが知る事はない。だが、それでいいのだ。終焉へ抗い打ち勝った者への、ほんの少し残された奇跡のようなモノなのだから。

 

(……僕こそありがとう、かな)

―――シンジ?

(こうして、形はどうあれ母さんに会えたから)

 

 告げられた言葉にユイは思わず息を呑み、ゆっくりと口元を覆う様に両手を動かす。その目からは涙が溢れ出し、すぐに滝のように流れ出した。それを微笑みながら見つめ、シンジは心から母や告げる。

 

(ありがとう、母さん。最後にこうして会いに来てくれて)

―――いいえ、私こそありがとうを言わせて。それと、さよならを……。

(心配いらないよ。いつか僕もそっちに行くから)

―――……ええ、待っているわ。

 

 そこでシンジの視界が元に戻った。もう、目の前にはどこか悲しげに笑うユイはいない。

 

「……さよなら、か。きっと、あれはそういう事なんだろうな」

 

 最後のユイの顔。その声。それらからシンジは若干ではあるが察していた。このままでは自分が死んでも母とは違う場所へ行くのだろうと。その真実は分からないが、何故だが彼はそう確信にも近いものを感じていた。

 そして、この日を最後に本当にエヴァは何の反応も示さなくなる。シンジが乗ってもシンクロ出来ず、まるで魂が失われてしまったように。

 

 二人の碇シンジは、異なる世界と道を歩きながら、一度として交わる事も関わる事もなくその生涯を終える。ただ、その最後は多くの人々に見送られる事となるという共通点を残して……。




スパロボ世界は便利な設定が多いので、無茶苦茶な話も何とかこじつけられるのが凄い。
あと、自分としては新劇場版はテレビからの派生やパラレル扱いなので、もう誕生する可能性がないと判断してF型は永眠となりました。


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自立と自律

大学生となるシンジ達ですが、残念ながら大学生編はありません。申し訳ありませんがご了承ください。


 とある場所にある1LDKの賃貸物件。そこがシンジ達三人が住む事にした場所である。家賃は予定よりも少々高くなってしまったが、以前アスカが指摘した通り、トウジ達を呼んで過ごす事を考えるとこういう造りの方が都合が良かったためだ。

 

 実は、ここへ決めるにあたり一つだけ問題が発生した。家賃が想定を超える事をレイが嫌がったのだ。そこには、リツコの事がある。仕送りをしてもらう事はないが、エヴァパイロット時代の貯えが大きく目減りする事を出来るだけ避けたいとレイは考えた。何故なら、それを知ればリツコがどうするかは考えるまでもなかったためだ。

 

―――当初の予算で探し直しましょう。ここはちょっと高過ぎるわ。

―――気持ちは分かるけどレイ、ここがいいとあたしは思うの。今決めないと他の奴に取られちゃうのよ。

 

 二人の話し合いは平行線となりそうだったので、判断をシンジが下す事にした。結果はアスカの希望を受け入れるとなった。ただし、ここでシンジは父やリョウジから学んだ交渉術を披露する事になる。

 

―――僕ら三人で三つ借りたいって思っているんです。でも、ちょっと家賃が予算超えてるんですよ。なので、少し家賃を考えてもらえませんか? このままだと一つ借りて三人暮らしする事になるんです。

 

 借りずに他の所へ行くと言わない辺りが重要である。つまり、少しだけ家賃を下げれば、一軒分ではなく三軒分の収入になるぞと言っているのだ。そこで若干考え始めた相手を見て、シンジは少し出方を待った。やがてやはり厳しいと返した相手へ、シンジはならばとこう付け加えたのだ。

 

―――なら、正規の家賃で借り手が見つかったら素早く僕らは一つの部屋に合流します。それならどうでしょう?

 

 こう来られては相手としても腕を組むしかない。つまり、空き部屋で何の利益も産まないより多少安くても利益が出る方がいいだろうとシンジは提案していたのだ。しかも、正規の収入が見込めるとなればちゃんと明け渡すとも。こうして本来よりも一万円安い値段でシンジ達は部屋を借りる事が出来るようになった。当初の予定と違い、有事の際は三人での同居となるが、それならそれで言い訳も出来るとアスカは乗り気であったのも大きい。

 

 さて、こうして念願であった一人暮らしを始める事になったシンジ達であるが、見事なまでに三者三様の部屋作りとなっていた。

 

「よし、こんなもんかな?」

 

 シンジは機能性を優先し、出来るだけ無駄なスペースは作らないように物を配置。更にアスカやレイがよく訪れると想定し、二人用にクッションなども用意する周到さ。一人暮らしとはいえ、どこか彼女との同棲を意識した雰囲気になっているのは仕方ないと言えた。

 

「アスカや綾波はどうしたんだろう……?」

 

 気にはなるが、今はとりあえず付近の散策を兼ねた買い出しに行こうと決め、シンジは一人外出の準備を始めた。

 

 一方、アスカはシンジとは違い完全に自分の趣味全開での部屋作りである。機能性や効率は二の次で、ただただ自分の納得いく配置などにこだわった。その結果は独創的で彼女らしい部屋となったものの、そこには大勢の来客を迎える事は考慮されていない。だが、それも無理はないのだ。何せ、彼女が部屋へ入れるのは基本同性のみであり、異性はシンジぐらいしか許可するつもりがなかったためだ。

 

「うん、いいじゃない。遂にあたしだけの部屋となったわ」

 

 特別一人になりたかった訳ではないが、一人暮らしという響きにどこか大人な印象が強いからだろう。アスカは心から嬉しそうに笑みを浮かべるや、リビングへ移動し三人掛けのソファへやや乱暴に座る。

 

「あー、これからどうしよっかな?」

 

 この大学生活は、出来るだけ三人での行動は避けようと彼女は提案していた。それではこれまでと同じだからだ。たった四年、されど四年。その期間だけは、シンジと二人きりの時間を多めに過ごしたい。そうアスカとレイは決めたのだから。

 

「……何か、やっぱり少しだけ寂しくなるもんね」

 

 ドイツから来日して以来、常に誰かと共にいた。それがまた一人になる。嫌ではないし両隣にシンジとレイが暮らすが、それでも微かな寂寥感がある。その感覚を僅かに感じながら、アスカはしばらく宙を見上げるのだった。

 

 残る一人であるレイは、かつての一人暮らしの経験があるため、余計今回の暮らしで実感する事があった。それは……

 

「物が……増えたわね」

 

 あの頃は殺風景だった部屋が、今は様々な物で埋まっていた。まず家具があるのだ。そこには、あの日々でアスカやヒカリ達と共に買ってきた服の数々を収めるクローゼットもあった。もうサイズが変わって着れなくなったものも、レイは思い出として保管しているため、クローゼットは少々大き目になっている。特に、あの初めて買ったワンピースと、あのカクテルドレスは厳重に保管していた。

 

「……花でも育ててみてもいいかもしれない。きっと、華やかになるわ」

 

 何も置かれていないテーブルを眺め、レイは小さく頷いて出かける準備を始めた。とはいえ、財布を持って買い物袋を用意する程度だが。

 そうして彼女が部屋を出ると、丁度シンジがエレベーターへ乗るところだった。彼はレイに気付き、開閉ボタンへ目をやり、開放ボタンを押した。それに気付いてレイがやや小走りにエレベーターまで駆け寄り、中へと入る。

 

「ありがとう、碇君」

「どういたしまして」

 

 ドアが閉まると同時にレイが少しだけ弾んだ息のまま礼を述べる。シンジはそんなレイの姿に小さく笑い、ふとある事に気付いて慌てて顔を逸らす。彼女の格好は淡いブルーのワンピースだった。その胸元が一瞬ではあるがシンジには見えたのである

 

「どうしたの?」

「あ、綾波……それって外出着?」

「ええ。どこか変?」

「えっと……服装は問題ないと思うよ。ただ……」

「ただ?」

「……下着は?」

「……? ……っ!?」

 

 シンジの問いかけの意味が分からないでも、レイは一度自分の胸元を見た。そして彼女も気付いた。部屋では楽だからとレイは下着をつけていなかった。そのまま外出着へと着替えてしまい、今のレイはノーブラ状態だったのだ。

 

「……ごめんなさい。私、一旦部屋に戻るわ」

「う、うん。そうした方がいいよ」

 

 互いに赤面しての会話は、エレベーターの目的階への到着音で終わりを迎える。これがシンジとレイの一人暮らしでの初めての出来事。そして、シンジは内心でガッツポーズをした事を追記しておく。ちなみにアスカはボ~っとしていたらいつの間にか眠ってしまい、目覚めた時にはもう日が暮れていたのだった。

 

 

 

 シンジ達の一人暮らしの裏で、ゲンドウは一つの転換期を迎えていた。

 

「……本当にいいのですか?」

「構わない。使ってもらえる方が部屋も傷まずに済む」

「ええ。シンジもリツコさんならと言っていましたし」

 

 ゲンドウとユイが見つめる中、かつてシンジの部屋だった場所をリツコが感慨深そうに見回していた。まだ同居開始とはならないが、リツコの祖母が亡くなった後は本格的にそうなる事となる。

 レイも一人暮らしを始めた事もあり、リツコは仕事を出来る限り祖母の家でこなし、どうしても立ち会わなければならない時だけ第3新東京市へ来る事にしたのだ。

 

「早いものですわ。ここへシンジ君が引っ越したのが、まるで昨日のよう」

「……そうだな。もうあれから五年近く経った」

「ええ、ゲンドウさんが彼の父親になってからもそれだけという事です」

「そうなの? 意外と長いと言ってあげるべき? それとも短いと言ってあげるべき?」

「短いで構わんさ。あの時のシンジは十四だ。その半分さえも満たない父親歴だ。だからこそ、死ぬまで父らしくありたいと思っている」

 

 噛み締めるようなその声に、ユイだけでなくリツコもゲンドウを見つめた。彼は視線をシンジの部屋へ向けていたのだ。

 男二人の不器用な暮らしは、そこへ顔を出す多くの者達のおかげもあり、最悪の状況だけは回避出来ていた。ゲンドウもシンジの友人達と時折触れ合う事があり、人付き合いが下手な彼なりに息子の同年代と頑張って会話を試みたりもしたのだ。まぁ、結果は上出来とはお世辞にも言えなかったが。

 

 だけど、そんな姿を誰よりも一番喜んでいたのは他ならぬシンジだった。加持から聞いたゲンドウの処世術。それを捨てて、新しい生き方を模索するようなゲンドウの姿を、息子は内心で感激して見つめていたのだ。しかも、もう一つ彼を喜ばせたものがある。

 

―――シンジ、今度休み、予定はあるか?

―――特にないけど……?

―――……釣りに、でも……行くか?

 

 親子二人の海釣り。何するでもなく、竿を垂れて会話するだけの時もあり、それもシンジとしては幸せな時間であった。勿論ゲンドウにとっても。ユイが戻ってきてからは、家族三人で行く事もあり、遅まきながらシンジに家族の思い出を作ってやる事にもなっていたのだった。

 

「いつか、あいつが結婚し、親になった時、私の事は良くも悪くも役立つ教材だろう。そして、その時に孫を抱いてやれるよう、私はあいつの父でありたい。逃げるなと、あの頃のあいつは私へ言ってくれた。だが、きっと本当はそうじゃない意味合いだったと思う。逃げないで。こう、あいつは言いたかったのだろうと」

 

 ゲンドウの脳裏には、幼い頃のシンジが浮かんでいた。無邪気に笑い、手を伸ばすシンジを想像して、ゲンドウは一度だけ目を閉じる。

 

「……本当は、こちらが手を差し伸ばす側だった。それを、私が情けないせいであいつにしてもらった。なら、これからは何があろうと私が、私達があいつへ手を差し伸ばす番だ」

「そう、ね。いくつになっても親にとって子供は子供だもの。面倒を見てもらうかもしれないけど、それでも出来る限りあの子の支えになってあげたいわ」

「出来ると思いますわ。お二人なら、いえ、シンジ君にとってはもう既にそうなっているはずです」

「……だといいのだがな」

 

 かつて過去を見つめていた男は、今や未来を見据えるようになっていた。それを可能にしたのは、一人の少年の無垢なる想いと言葉の熱さ。現在を見つめさせ、未来へ目を向けさせたシンジの力である。そして、それで変わったからこそ、妻もかつての愛人もゲンドウの事を許せたのだ。

 

 この日の夜、ゲンドウはユイから一緒に寝たいと言われ驚く事となる。それは、いわばユイから示された過去の過ちへの許しであった。久しぶりの夫婦の心からの求め合いは深く優しく行われ、その結果なのか知らないが、ユイは見事に第二子を身籠る事となり、シンジ達を複雑な気持ちへ誘う事となるのだった……。

 

 

 

「……終わったね」

「ええ、終わったわ」

「そ、そうね。終わったわね」

 

 場所はシンジの部屋のリビング。そこで彼らは揃ってある映画を見ていた。それはアスカが借りてきた和製ホラーの傑作。時期は夏ともあり、毎年恒例のそういう物を集めた特集コーナーで見つけた物だった。それを一人で見ないでシンジとレイを巻き込む辺り、アスカの本音が透けて見える。

 

 エンドロールが流れる中、シンジは両側にくっついている愛しい彼女二人をどうしようかと思案した。

 

(これ、アスカも綾波も泊まっていく流れだろうなぁ)

 

 表向きはそう言わないだろうアスカに、聞けば素直に肯定するだろうレイ。かつてであれば不可能だった事も、今の彼らは可能になってしまっている。しかも、既にその関係性はかつてのような可愛らしい部分だけではないため、より一層だ。

 

「……二人共、部屋まで送ろうか? 時間も遅いから念のためにだけど」

 

 探りを兼ねた提案にアスカとレイは互いへ視線を送り合い、少しの間を開けた後頷き合った。それだけでシンジにはこの後の展開が想像出来たのだろう。どこか困ったようで嬉しそうな複雑な表情をしていた。

 

「「泊まってもいい?」」

「いいけど、着替えとかは?」

「「シャツを貸してくれたらそれでいい」」

「……はいはい」

 

 話は決まったとばかりに立ち上がるシンジ。それに応じてアスカとレイも動き出した。女性二人はシャワーの順番を話し合い、男は一人着替え用のシャツを取りに行く。やがて先にレイがシャワーを浴びる事になったらしく、アスカだけがソファに座っていた。

 

「綾波の着替え、持って行ってもらえる?」

「ん」

 

 シャツを一枚手渡すとアスカは即座に立ち上がり脱衣所の方へ向かった。その動きの迅速さにシンジは苦笑する。分かったのだ。どうしてアスカがそんなに素早く動いたのか。

 

(綾波がいない間に何かするつもりだ……)

 

 考えられるのは抱き合っていちゃつくぐらいだが、それでも以前であれば抜け駆けのような事はしなかった。今はレイもアスカも互いにシンジを取り合うような行動をするので、彼の方も嬉しいような困るようなとなっている。

 

「置いてきた」

「ありがとう」

 

 ソファに座って待っていると、アスカが足早に戻ってくるなり報告と同時にシンジの膝へ座る。

 

「アスカ?」

「ね、いいでしょ? その……怖かったのよ」

「……あまり綾波を刺激し過ぎないでね?」

「ええ」

 

 重ね合う唇と唇。アスカの体温を感じながらシンジは彼女と触れ合った。キスしたり、ハグしたり、様々な方法で互いに触れ合って。その様は、もう子供ではないと告げているようだった。アスカもシンジの行動に喜んだり、驚いたり、悶えたりと反応を返す。

 

「……シンジ」

「アスカ……」

 

 潤んだ瞳でシンジを見つめるアスカ。それに負けじと真剣な眼差しを返すシンジ。が、突然彼はアスカの服装を直し始め、何事もなかったかのようにして膝から下ろす。すると、髪をバスタオルで拭きながらTシャツ姿のレイが現れたのだ。

 

「お先に」

「ええ。じゃ、あたしも入ってこよ~っと」

 

 自然なやり取りを交わし、アスカが今度はシャワーへと向かう。レイはそれを見届けるや、アスカのようにシンジの膝にこそ座らなかったが、密着するぐらいの近くへ腰かけると彼の胸へと顔を近付ける。

 

「あ、綾波……?」

「……アスカの匂いがする」

 

 その呟きと共にシンジへ向けられる拗ねたようなレイの眼差し。それを彼が可愛いと思ったのも束の間、そのままその体は押し倒される。

 

「綾波?!」

「黙って。アスカと同じ事をするだけ」

 

 それを最後にレイは意味ある言葉を発さなくなった。ただ、シンジの名を呼ぶか息を漏らすだけ。理由は語るまでもない。そんな事をしていればどうなるかは最早言うまでもなかった。レイのようにシャワーから出てきたアスカが二人を見て、自分もとばかりに乱入したのである。

 

 アスカとレイの二人を相手取り、辛くも勝利を収めたシンジであったが、その疲れを汗と共に流していたところへ再度の襲撃を受けてしまう。艶やかな声響く浴室内で満足そうに寄り添う二人の美女を見つめてシンジが一人呟く。

 

―――体、持つかな……。

 

 だが、その疲れ果てた声とは裏腹に、その表情はとてもだらしなく緩んでいるのであった。碇シンジ、十八歳。その体力はあの頃とは比較にならない程増していた。その裏には、高校へ上がると同時に定期的に設けられた人には言えない体力作りが大きく関係している。

 

 汗や何やで汚れてしまった二人の彼女を優しくシャワーで洗い流し、シンジは順番にベッドへと運ぶ。アスカやレイの部屋のベッドとは違い、彼のベッドはダブルベッドであった。それがどうしてかは敢えて書かない。

 

「アスカ、綾波、おやすみ」

「おやすみ、シンジ」

「おやすみ、碇君」

 

 二人の体を優しく抱き寄せ、シンジは目を閉じる。あの共同生活最後の夜には考えもしなかった光景がそこにはあった。一糸まとわぬ姿となって眠る彼ら三人など、誰が予想出来ただろう。生まれたままの姿で寄り添って眠る三人。

 

 翌朝、シンジはとんでもない目覚ましで起きる事になるのだが、それはまた別の話……。




これ、大丈夫ですかね? 少しエロを入れてしまいましたが、R-18まではいってないと思いますが……どうなんでしょう? 一応保険としてR-15辺りを付けておきますが、もしそれでも甘いと方いましたら教えてくださると幸いです。


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あの日に思い描いた時間へ向けて

とりあえずこれにておしまい。この後あるであろうあのイベント以降は……一先ず皆様の脳内でお願いします。


 寒風吹きすさぶ季節。世界に冬が戻って既に六年が経過していた。防寒具や暖房というものを使用するのが当たり前になり、かつてのセカンドインパクト時代を知らない子供が就学する程の時間が流れたのだ。

 そんな中、その日シンジの部屋にアスカとレイの姿があった。シンジはスーツ姿であり、アスカとレイは着物姿である。成人式だったのだ。誕生日で考えれば遅いが、三人揃ってこの日までこの集まりを待っていたのだ。

 

「じゃ、こうして三人で約束を果たせた事を祝って……」

「それと、無事に大人になれた事もね」

「ええ。本当に」

「分かってるよ。とにかく、乾杯」

「「乾杯」」

 

 それは、あのエヴァと共に戦っていた頃の約束。二十歳になったら三人で酒を飲もうというもの。今、彼らの手にはそれぞれがコンビニで買ったアルコールが握られている。シンジまでカクテルなのはご愛嬌。彼にはビールの味を間接的に教えてしまった存在が二人いたため、まずはと飲み易い物を買ったという訳だ。まずはというのは、冷蔵庫には一本のビールが冷やされているからである。

 かつてのコーヒーでの文字通り苦い経験から、ビールも一人で全部飲むのではなく、三人で分け合って飲もうという事になっていたのだ。

 

 それぞれが缶の中身を飲み下していく。そして、ある程度までで示し合わせたように口から離した。

 

「「「……美味しい」」」

 

 その感想までも揃っていて、三人はそれに気付いて互いの顔を見て笑う。

 

「ね、シンジ。そっちの一口ちょうだい?」

「いいよ。ならアスカのもくれる?」

「碇君、私も欲しい。こっちのも飲んでいいから」

「ありがとう。そういう訳だからアスカ、残しておいてよ?」

「分かってるっつの。はい、これね」

「うん」

「私も先に渡しておくわ。アスカも飲む?」

「もち。じゃ、レイもシンジの後に飲んでいいわよ」

 

 傍から見れば、どんな関係だと言われそうな三人であるが、ある意味で家族公認の三角関係とは思わないだろう。シンジの飲んでいた物がアスカへ渡り、アスカとレイの飲んでいた物がシンジへ渡る。

 

 アスカが飲むのに少し遅れてシンジが缶へ口を付け、彼女よりも先に口を離してレイへ渡す。すると、レイは飲み口へ舌を這わせ始めた。その猫のような行動にシンジは目を奪われる。それが何を意図しているか察してしまったのだ。

 

(あ、綾波は僕の飲んだ後の残りを舐めてるんだ……)

 

 若干のエロティシズムを感じつつ、シンジはレイの事を見つめた。と、感じる強い視線。内心でしまったと思いつつ、シンジは視線をゆっくりと動かす。そこにはとてもイイ笑顔を浮かべるアスカがいた。

 

「シンジ? レイの飲んで渡してくれない?」

「ご、ごめんっ! すぐに渡すから!」

「お願いね? ……で、レイ? あんたも何て飲み方してんのよ」

「……何かいけない?」

 

 アスカの追及にレイの視線が一瞬泳ぐ。その瞬間をアスカは見逃さなかった。そして確信したのだ。今の行動は計算ずくだ。シンジへの遠回しのアピールであり、挑発行為であると。

 

(レイめ、この生活を始めてからやけに男の、シンジのツボを押さえてる気がするのよね……)

(やっぱりアスカには気付かれてしまうわ。それにしても、さすがお母さん。碇君の好きな事、よく分かってる)

 

 唸るような表情でレイを見るアスカ。一方のレイは素知らぬ顔で飲んでいた缶をアスカへと差し出していた。

 

「あ、アスカ、どうぞ?」

「……ありがと」

 

 そこへ差し出される元々レイが飲んでいた物。差し出すシンジはどこか焦り気味だった。何も二人の空気を感じ取った訳だけではない。

 実はアスカとレイがアルコールを摂取した事で多少赤くなっていたのだ。その状態が可愛くもあり、格好もあってか色気もあった。そのため、彼はやや気付かれたくない状態となってしまっていたのだ。

 

 シンジからやや乱暴に缶を受け取り、アスカはレイを見たままその中身を飲み干していく。レイもレイでアスカから差し出されたシンジが選んだ物を飲み干していく。しかも、二人は揃って飲み終わった缶をテーブルに置くと、若干据わった目で互いを見つめ合ったままこう告げた。

 

「「シンジ(碇君)、ビール出して」

「……はい」

 

 これは下手に止めると厄介な事になる。そう判断し、シンジは溜息を吐きながら冷蔵庫へ向かう。そこからよく冷えた缶ビールを取り出し、それを三つのグラスへと注いで運んだ。

 

「はい、ゆっく」

 

 シンジが言い終わる前に二人揃ってグラスを呷った。その飲みっぷりにシンジは、在りし日のミサトを思い出して懐かしい表情を浮かべるも、この後の事を想像して遠い目をする。悟ったのだ。二人がもう酔っていて、尚且つ厄介な酔い方をしている事を。

 

「っく、シンジぃ? 一つい~い?」

「な、何?」

「あたし、かぁいい?」

「勿論!」

 

 即答。だが、その声に熱がある辺り、シンジも酔い出しているのかもしれない。とりあえず、彼の力強い肯定にアスカはだらしなくも愛らしい笑顔を見せる。

 

「えへへ、そっかぁ。あたしぃ、かーいい?」

「そりゃあもう」

「碇君っ!」

 

 ドンッと響く音。それはレイがテーブルへ拳を叩きつけた音であった。そしてシンジは見た。レイの眼差しが完全に出来上がっているのを。

 

「なぁ~んでアスカばっかり構うのかなぁ? 私は? 私は可愛くないの?」

「そんな事ないよっ! 綾波だって可愛くて素敵だよっ!」

「本当にぃ~?」

「本当だよ!」

「じゃ、キスして。それも舌入れるやつ」

 

 レイは絡み上戸のようだ。が、シンジも酔い始めているのか気付く事もなく、彼女の要求に応えるべく近寄ろうとして、アスカに腕を掴まれた。

 

「アスカ?」

「ダ~メ。シンジはあたしとキスするのぉ」

 

 アスカは笑い上戸のようだ。しかも甘え癖のようなものまで併発していた。

 

「碇君? どぉ~してキスしにきてくれないの?」

 

 ムスっとするレイだが、そんな顔はシンジも初めて見るため、その内心は戸惑いではなく喜びだった。そう、既にシンジも平常ではなくなっていた。ここにはただの酔っ払いが三人いるだけである。

 

「よし、分かったよ綾波。すぐそっち行くから」

「うん、待ってる!」

「や~だぁ~っ! いーかーせーなーいーっ!」

 

 駄々をこねるアスカだが、その言葉はもう紡げなくなった。シンジが塞いだのだ。更にアスカを黙らせるように熱烈なキスをして、その結果彼女は嬉しそうに脱力してしまう。だらしなく笑うアスカを優しく引きはがし、シンジは満を持してレイへと近寄った。

 

「お待たせ綾波」

「だぁいじょーぶ。その分、期待してもいいのよね?」

「勿論」

 

 互いを見つめ合い、二人は抱き合いながらキスをする。その舌を絡め合い、放すものかとばかりに求め合って。と、そこでシンジは背中に感じる温もりに気付いた。振り向かなくても分かる。何せ今ここにいるのはシンジとレイ以外には一人しかいないのだから。

 

「シンジぃ、あたしも~」

「……じゃ、いっそ三人で」

「いいけど、どうやるの? 私は知らないけど」

「あたしもよ。どーやんの?」

「えっとね」

 

 こうして三人だけの秘密の成人式は過ぎて行く。まぁ、お約束のようにアスカとレイは途中からの記憶がなく、シンジも後半はうろ覚えという結果になり、揃って二日酔いとなっていきなりそういう洗礼を受けるのだが、それを後日聞いたそれぞれの親しい者達は苦笑しつつ、こう言って彼ら三人を喜ばせた。

 

―――おめでとう。これで大人の仲間入りだ。

 

 

 

 その日、とあるランジェリーショップにアスカとレイの姿があった。示し合わせての外出だった。というのも、成人した事もあり、今後一層シンジとの時間もそういう事が増えて行くだろうと思った二人は、より彼が喜ぶであろう下着を見に行こうと決め、未だにそういう事に対する知識が少ないレイのためにアスカが同行を買って出たのだ。

 

「アスカ、これはどう?」

「……悪くないけどさレイ、今回はそういう時用のだからもっと派手なのにしたら?」

「そう」

 

 レイの手にしていた下着を眺め、アスカは苦笑混じりに意見を述べながらさり気無く方向性を示す。そんな彼女の手には、中々に刺激的なデザインの真紅の下着があった。それを見てレイはそういう物を選べばいいのかと判断し、再び店内を見て回り始める。

 

「……いつかシンジを連れてくるべきかしら?」

 

 店内をフラフラと歩くレイを眺め、アスカはぼんやりと呟いた。恋人同士でこういう店に来るのはそうおかしな事ではないし、場合によってはそうした方がいい事もある。そうアスカは思っていた。何せ、男女で良い悪いの価値観は異なるし、更に個人差もあるのだから察するにも限度があるからだ。

 

(それにしても、あたしも変わったなぁ……)

 

 視線をレイから手にした物へ戻し、噛み締めるようにそう思いながらアスカは一人苦笑する。あの頃、下着に色気がないとミサトに言われていたアスカだが、今やそういうものの方が少なくなりつつあった。色も真紅だけでなく黒や紫なども数点所持し、シンジの反応などを確かめながら楽しむぐらいになっていたのだ。

 

「いっそ、大事な部分が隠れてないやつとかの方がいいのかな?」

 

 元々甘えん坊の気があるアスカは、シンジと肌を重ねてからその温もりや満たされる感覚にすっかりはまっていた。レイはシンジから求められる方が多いのに対し、アスカは断然彼女から求める方が多い事からもそれが分かるというもの。

 そのため、アスカはもうシンジと肌を重ねる事に積極的であり、一歩間違えれば依存しかねないところまできていた。まぁ、その辺りはアスカもシンジも分かっているので大丈夫ではあるのだが。

 

 こうしてアスカもレイとは違った意味で店内を見て回り出す。そして、まるで意図したように二人は別々の場所で似たような下着を手にしていた。

 

((これ、どうなんだろう……?))

 

 それは、一見するとやや過激な下着。だが、よく見ると要所要所にスリットが入っており、完全にそういう事に使うための物である。こんな物をアスカやレイが身に着けていようものなら、シンジでさえも思わず顔を背けて赤面する事間違いなしである。

 余談であるが、カヲルはこういう下着をケンスケの持つ雑誌などを参考にかなりの数所有している。コスプレなどにも積極的で、まさしく男の理想をいく女性となっていた。

 

「「……これ、買ってみよう」」

 

 二人して俗に言うエロ下着を購入する事に決め、他にも数点の下着を購入して店を後にする。

 

「これからどうする?」

「本屋に行きたい。アスカは?」

「あたしは特にないのよねぇ。ま、だからついてくわ」

「そう」

「ね、そこの彼女達」

 

 突然二人へ声をかける男。いかにもな外見と漂ってくるタバコの匂いに、アスカだけでなくレイも嫌そうな顔を隠そうともしない。それに気付かないのか無視しているのか、どちらにせよ男は調子を変える事なく二人へ近寄っていく。

 

「折角の休日に女二人だけで寂しくない? よかったら俺とさ」

「アスカ、任せるわ」

「はいはい」

 

 呆れるような声でやり取りする二人。顔には嫌悪感をはっきりと露わにし、男へ向こうへ行けと全身から告げている。それでも良く言えばめげない男に、アスカがため息を吐いてからスマホを取り出して、それを突き付けて面と向かってこう告げた。

 

「これがあたし達二人の彼氏よ。これよりも良い男だって自信があるなら付き合ってあげるわ」

 

 待ち受けにされているのはシンジの画像。それも、普段の柔らかい笑みではなくアスカとレイに何か言われたのか、その顔は凛々しく二人を抱き寄せている。その眼光はどこか二人へ手を出そうとする相手を威圧するかのようだった。

 

「……さすがに冗談だよね?」

「あたし達と付き合ってるって事? それとも、この人が良い男って事?」

「いや、当然付き合ってる方だって。君達ぐらいのレベルなら二股なんてかける男なんて」

 

 男が言えたのはそこまでだった。二股という表現を聞いた瞬間、アスカだけでなくレイまでも、かつて使徒と戦っていた頃と同じぐらいの、あるいはそれ以上の怒り顔を見せたのだ。

 

「……どうしたのよ。続けなさいよ」

「さ、最低だろ! 普通は」

「貴方の普通は世界の普通じゃないわ。人の数だけ普通がある。私はそう思っているし、そう知っている。それと、二股を私達に納得させている以上、そんな事を言い出す貴方よりも彼の方が男として強いわ」

「レイ、そこまでよ。もう行きましょ」

 

 レイの発言に気圧されるような男へ踵を返し、アスカは彼女の手を引いて歩き出す。もう男が二人へ近寄る事はなかった。

 

「で、本って何を買うのよ?」

「メインはファッション誌。あとは……」

 

 二人は後ろを振り返る事もなく、まるで最初から男に声などかけられなかったとばかりに会話を始める。男に声を掛けられる事はそこまで珍しい事ではない。だが、ここまで食い下がるのは中々いない。そして、食い下がった者達の末路はいつも同じであった。

 

(シンジの事を最低ですって? あいつがどれだけ悩んで苦しんであたしとレイへ告白してきたかを知らないくせにっ!)

(二股は二股でも、碇君は私達へ隠す事なく打ち明けてくれた。二人と付き合いたいって。それを出来る男なんて、そして出来ても納得させられる男なんてそういない。こういう事がある度にそう思う)

 

 二人とて自分達の関係性が世間からどう見えるかは分かっている。だからこそ胸を張って生きようとしているのだ。年齢も成人を迎え、いよいよ結婚という言葉が現実として見えてきた事もそこにはある。

 彼ら三人の親達はその関係に対して好意的であるし、環境が回復した後も未だ人口が緩やかにしか増えていない事もあってか、多夫多妻を容認する風潮が世の中には息づいていたのだ。

 

 だからと言って全ての人々がそう思っている訳でもない。むしろ表立っては否定する方が主流である。彼らも人口問題が改善したり、時が流れていく程その傾向は強くなると分かっていた。故に結婚自体は早く済ませてしまおうと考えていたのだ。

 

「アスカ、一ついい?」

「ん?」

「私、お母さんのような研究者になりたい。アスカは、どうしたい?」

「……あたしは、ママになりたいかな」

「ママ……?」

「専業主婦ってやつ。正直、やってみたい事や興味ある事は沢山あるわ。でも、あたしは自分が小さい頃感じた気持ちを自分達の子供にさせたくないから」

 

 やんわりと、実の母であるキョウコと同じ道への気持ちを告げながらも、アスカは科学者ではなく母親の道を選んだ。彼女が心の中に感じた強い苦しみや悲しみ。それを生んだ要因の一つが母が研究者であった事がある。だから、アスカは子供と一緒にいられる時間を少しでも多くする事を選んだのだ。

 

「じゃ、家の事をやるのね」

「そうよ。今はシンジに勝てなくても、いつか同じぐらいかそれ以上になってみせるわ。あたし、天才だもの」

「ふふっ、ええ。アスカは才能があるわ。私よりも」

「当然よ!」

「クスッ、単純」

「なぁんか言ったぁ?」

「別に?」

 

 互いに笑みを浮かべながら二人は歩く。二人は気付かない。それは、あの共同生活初日の浴室での会話に近いと。あの頃はまだ棘が互いに見えたアスカとレイは、今や親友以上の関係となっていた。時に言い合い、時に笑い合い、時にふざけ合う。今の二人はシンジなしでも強い繋がりを持っているのだから。

 

―――レイも、リツコ程仕事人間にならないようにね。子供って、中々頑張ってる親見てると本音言えないから。

―――分かった。また色々聞かせて。そういうのはお母さんもあまり感じてなかったみたいだから。

 

 共に科学者を母としているアスカとレイ。だからこそ選んだ道は対照的だった。その背を追う事を決めたレイと、その背にはならないと決めたアスカ。これも彼女達が同じ男の妻となるからこその選択かもしれない。人は互いに影響し合い、変化していくのだ。かつてシンジが変化する事で周囲が変わったように、アスカとレイもまた同じ男を思い合うからこその変化があったのだろう。

 

 この日の夜、シンジは彼女達の来訪を受ける。その理由は言うまでもない。翌日、どこか疲れ切ったシンジと艶々とした表情のアスカとレイが買い物に出かける姿があったとかなかったとか。

 

 

 

「まさか、こんな日が来るとはな」

 

 目の前のグラスに注がれた黄金色の液体を眺め、ゲンドウが噛み締めるように呟く。その言葉に頷きながら同じくグラスに黄金色の液体を注ぎながらリョウジが笑う。

 

「本当に。ま、俺からすればゲンドウさんと飲んでいる事さえも同じなんですがね」

「かもしれんな。本当に、思いもしなかった」

 

 互いに手にグラスを持って笑みを浮かべ合う。そして揃ってその視線を相手から別の人物へと動かした。そこには、彼らと同じように黄金色の液体が入ったグラスを手にしているシンジがいた。

 

 場所は彼が暮らす部屋。そこにゲンドウとリョウジを招いての初めての宅飲みを行おうとしていたのだ。

 

「僕はどこかで信じてたよ。具体的には母さんとミサトさんが箱根に旅行行ってた時辺りで」

「あー、ミサトの腹の中にセイジがいた時だな。ほら、俺がすき焼きの材料と酒を土産に来た時です」

「ああ、あの時か。あの酒は美味かった」

「安いものですがね。つまみもプライベートブランドのでしたし」

 

 あの結婚式からもう五年以上が経過し、ミサトの産んだ子供も既に自分の足で歩き、元気よく遊び回るようになっていた。シンジも成人となり、父親と兄代わりでもあった男性と初めての飲み会を行う事になった。

 その申し出は、当然のようにシンジからである。ゲンドウもリョウジも言われた時は軽く驚いたものだが、同時に嬉しくも思ったのだ。片や息子であり、片や弟のように思っていた相手である。それが酒を飲めるようになり、しかも自分と飲みたいと言ってきた。男として感じ入るものがないはずがない。

 

 リョウジの話でゲンドウも記憶を呼び戻したのか、懐かしむように頷いていた。その顔は、かつてネルフの司令であった頃の面影など欠片もない。今や二人の子供の父であり、シンジの時の事を踏まえ、次男であるライトの遊び相手などを進んでやっている程である。

 

「リョウジさんも、父さんもまずは乾杯しない? 思い出話はその後でさ」

「そうだな」

「よし、なら音頭を頼むぞシンジ君」

「え?」

「ああ、これもいい経験だ。将来する事もあるだろう」

「そ、そうかもしれないけどさ……」

 

 ニヤニヤと笑いながらシンジを見つめるゲンドウとリョウジ。その視線に困り顔を浮かべながらも、拒否しようとはせず何とか文言を考えていた。

 

「えっと、あの頃は自分が大人になるなんて想像も出来なかった。それぐらい目の前の事を何とかするので精一杯だった。エヴァのパイロットとしても、碇シンジとしても。だからこそ、父さんや母さんとの生活も、ミサトさんとリョウジさんの結婚式も、僕にとっては頑張った結果としてとっても嬉しかった。勿論、この時間も。これを今後も続けて行きたいって、そう思ってる。だから」

「よし、そこまでだシンジ君。君の気持ちはよく分かった。だが、乾杯の音頭は短くが基本だ。その続きは結婚式にでも頼む」

 

 色々と言いたい事があるため、シンジの雰囲気などが飲み会の音頭らしくないと察して、リョウジが苦笑いでそれを中断させる。ゲンドウも同意見のようだが、こちらは苦い顔をしていた。どうやら過去に似たような事をしたのか言われた事があるのだろう。それを察してシンジは複雑な気分となりつつ、ならばと咳払い。

 

「今後も、二人とお酒を飲んで話していきたい。これからは、新人成人として色々と教えて欲しいので、よろしくお願いします。乾杯っ!」

「「乾杯」」

 

 照れと恥ずかしさからやや顔を赤くするシンジに、微笑ましいものを感じて笑う大人二人。軽く澄んだ音を奏でる三つのグラス。男三人での飲み会はこうして静かに始まった。

 一方、同じ頃碇家にはアスカとレイの姿があった。こちらは飲み会ではなく座談会とでも言えばいいのか。ユイとリツコだけでなくミサトも入れての大所帯。更にミサトの子であるセイジにシンジの弟であるライトもいるので賑やかではある。

 

 二人の子供はそれぞれアスカとレイの腕の中で笑っていた。その姿を眺め、三人の女性は小さく微笑む。

 

「何か感慨深いですわ」

「そうよねぇ。あたしもよ。あのアスカとレイが、だもん」

「こうなると、お祖母ちゃんになるのは私とリツコさんは同時になるのね」

「……そう、ですね。レイが子を産めば自然とそうなります」

「あたしは当分先で良かったわぁ。それに、セイジが子持ちになるかも分からないし」

「何言ってるのよ。リョウちゃんの子よ? 貴女みたいな女性を引っかけるか引っかかるかするわ」

「ふふっ、凄い説得力ね」

 

 リツコの言い方に返す言葉がなく、複雑な顔をしたミサトにユイが苦笑しながらとどめを刺す。こうしてテーブルに突っ伏したミサトに二人の笑い声が上がる。そんな三人の母親を眺め、アスカとレイはどこか呆れるように息を吐く。

 

「いつかああなるのよね……」

「そうかもしれない。出来るなら、笑い合えるようでいたいけど」

「大丈夫でしょ。ね? セイジ?」

「うんっ!」

 

 よく分からないでも頷くセイジにアスカとレイが微笑む。ミサト曰くやんちゃな彼だが、ユイが言うには男の子などそんなものらしい。ちなみにセイジにとってライトは弟のようなもので、その関係性を見たリョウジとシンジが自分達をどこか重ねたのは言うまでもない。

 

「ったく、こういう調子のいいとこはミサト似よね」

「意外とリョウジさんもそういうところはあるわ」

「……じゃ、なるべくしてなってるって事か」

「ええ」

「お願いだからセイジは誠実な大人になりなさいよ?」

「せーじつってなに?」

 

 小首を傾げて問いかけるセイジにアスカとレイが思わず笑顔になる。更にライトがこっちを見ろとばかりに両手を伸ばして声を出す。それがより一層二人の笑みを深くする。

 

「アスカ、私、ライトといると子供が欲しくなるわ」

「大丈夫。あたしもだから」

「じゃ、おねえちゃんたちもおかあさんになるの?」

 

 二人の会話を聞いてセイジが尋ねた言葉に二つの淡い赤い花が咲いた。アスカもレイも色々な事を想像したためだ。今更と思うかもしれないが、求め合う事と子供を望む事が一致していない今の彼女達は、母親になるという言葉の持つ意味が色々あるのだから。

 

 何も言わなくなった二人に疑問符を浮かべつつ、ならばとセイジは更なる追撃を無意識に繰り出した。

 

「ぼく、らいとがおとうとみたいだから、こんどはいもうとがほしー」

「「っ?!」」

 

 無垢なる希望が二人の新成人女性を見事に赤面させる。二人の脳裏には自分に良く似た小さな女の子と、それを抱き上げて微笑むシンジが浮かんでいた。

 そんな風に赤面して沈黙してしまったアスカとレイを眺め、ユイ達は微笑みを見せる。何故ならそれは彼女達が経験しなかった気持ちだからだ。それが羨ましくもあり、微笑ましくもありというところだった。

 

「ミサトさん、妹ですって」

「あたしも欲しいは欲しいですけどねぇ……」

「そうね。私達も女の子が欲しいと思ったけど……」

「こればかりは希望通りにはいきませんから。何ならユイさん、私が産みましょうか?」

 

 暗に、女遊びした男には女の子が生まれやすいというジンクスを告げるリツコ。ユイはそれに彼女の本音が混じっていると察して少しだけ目を釣り上げる。

 

「リツコさん?」

「言ってみただけですわ。それに、今のゲンドウさんはユイさん以外に手を出せませんから」

「出させる事は出来そうだけど?」

「ミサト?」

「いーえ、今のはミサトさんが正しいわ。リツコさんの方があの人としてたんだもの」

「代わりに愛情は欠片としてなかったですわ」

「さ、セイジ。あたし達と一緒に別のお部屋にでも行きましょうか」

「ライトも行きましょうね」

 

 聞こえてきた内容にアスカとレイは阿吽の呼吸で別室へと移動を開始する。何となく察したのだ。これは鎮火に時間がかかると。二人して幼子を抱き抱えて一度だけ視線をミサトへ向ける。

 

((何とかしてよ(ください)))

 

 火に油を注いだ彼女へ言い放つように思いを眼差しに込めて。それを受けたミサトは苦笑いを浮かべながらリツコとユイに視線を動かし、ため息を吐きながら手でOKサインを返すのだった。

 

 その後、ユイとリツコの女の鞘当てを、ミサトが必死に沈静化しようと努めるも結局止める事は出来ず、赤ら顔で帰宅したゲンドウに両手を合わせて後事を託して逃げ出す事となる。ぐっすり眠るセイジを抱え、外で待っていたリョウジと共に帰宅の途に就く彼女の背を、アスカとレイがため息混じりで見送った。

 

―――あたし達も帰ろっか。

―――……そうね。

 

 余談ではあるが、酔ったゲンドウはユイとリツコの争いを聞いて「俺が悪かったからもうやめてくれ」と言って終わらせた。これで同居話がなくなるかと思われたが、そこはなくならなかった。

 後日その決着を聞いたミサトは、ユイがリツコを監視する事も含めて同居を無くさない決断をしたんじゃないかと邪推したものの、それを問われたユイは無言でにっこりと笑うだけで、否定も肯定もしなかった事を記す。

 

 

 

 それぞれ部屋に帰ってきたアスカとレイはシャワーを浴びて、髪をバスタオルで拭きながら何気なくベランダへと出た。そこから見える星空はいつか見上げたものよりも綺麗に見えた。

 

(あの時よりも大気が綺麗になったのかな……?)

(あの時よりも背が伸びたから……?)

 

 そこで柔らかな風が吹き、二人が同時に目を細める。と、そこで大あくびが聞こえた。聞こえた方へと彼女達が顔を向けると、シンジがどこか赤ら顔で夜空を見上げている。酔ったため、火照った体を冷ます事も兼ねてベランダで星を見ていたのだ。

 

「「シンジ(碇君)?」」

「あれ? アスカと綾波? 帰ってきたんだね」

 

 三人してベランダの手すり近くに立ってお喋りを始める。酔っている事もあり、上機嫌に笑みを浮かべているシンジにやや苦笑しつつも、アスカとレイも機嫌良く会話を続けた。

 とはいうものの、ほとんど会話はシンジが主体であり、その珍しさも手伝ってアスカもレイも意外な印象を覚えたのか、軽い驚きを表情に浮かべていたが。

 

 やがて話はあの三人揃って夜空を見上げた時の事へ移っていく。それを切っ掛けにエヴァパイロット時代の思い出話が始まった。

 

「あの使徒を支えてる時、本気で初号機が凛々しく見えたわ」

「あー、たしかにね。そうそう、凛々しいと言えばあたしは十四使徒の時かな? 弐号機の盾になってくれた時」

「後ろ姿だったのに?」

「碇君、十分カッコイイから。あの第七使徒の時もそうだった」

「うんうん。あっ、第七使徒って言えばさ」

 

 話題は尽きない。話せば次々と思い出が甦るのだ。世界中で彼らしか知らない思い出であり、絆の記憶である。今やエヴァの事を話題にする者は皆無に等しい。表向き世界環境を回復させた存在ではあるが、今はもう現存していないため、エヴァの名は歴史の中に残るのみであった。

 

 そして、当然ながらそのパイロットが誰かなどは伏せられており、その正体を知っているのは一部の限られた者達のみ。それもあって、その戦いの記憶を話題に詳しい話が出来るのは彼らだけなのだから。

 

「それにしても、最後の戦いからもう六年以上経ったのよね」

 

 しみじみとアスカの言った言葉にシンジとレイが同意するように頷いた。

 

「それと、私達が付き合い始めて六年以上」

 

 噛み締めるようなレイの言葉にシンジとアスカが彼女と同じ顔をする。

 

「そして、僕が二人から愛してるって言われて、言い返して六年以上だよ」

 

 照れくさそうなシンジの声に、アスカとレイも似た気持ちなのか、少しだけはにかんで彼へ視線を合わせた。その視線を感じ取って、シンジも左右の最愛の女性へ顔を向けていく。と、その時女性二人が揃ってくしゃみをした。

 

「二人共、お風呂上りなんだよね? いくら春だからって夜は冷えるから部屋に戻った方がいいよ」

「……そうする」

「ええ」

「じゃ、おやすみ。僕ももう寝るから」

「ん。おやすみシンジ。ちゃんとベッドで寝るのよ?」

「分かってるって。母さんみたいな事言わないでよ」

「ふふっ、シンジ? お腹を冷やさないようにね?」

「綾波の真似は笑えないから。本気で声だけだとそっくりだから」

 

 そんなやり取りを結局十数分してから、三人揃ってもう一度シャワーを浴びて就寝となった。この日から丁度一年後、彼ら三人にとって忘れられない日となるのだが、それは別の話……。




書きたい話はほとんど書けました。アフターと言いながら短編集みたいになりましたが、やはり描きたいものが部分部分なところだったため、こういう形となってしまいました。
ここまで読んで頂きありがとうございます。拙作製造機の次回作には過度な期待をしないでください。


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