俺だって英雄になりたい (時雨。)
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俺だって実技試験に受かりたい

もはや何番煎じか分からないけど書きたくなっちゃったからね!
仕方ないね!!

作者は基本原作と同じ口調、性格で書くのが好きなので原作に準じるようにしていますが、場合によっては極度の睡魔及び疲労で頭で思い浮かべてるキャラと喋っているキャラがちげえじゃねぇか!ということもたまになります。

※ちなみにこれ予約投稿なので今もくっそ眠いです。

そんな時は優しく教えてあげてください。
チョロインの如く喜びます。

「べっ、別にあんたに感謝することなんてっ、ちょ、ちょっとくらいしかないんだからねっ!」

……それではどうぞ。





「でぇっかいなぁ」

 

桜舞うには少し早い、未だ肌寒さ残る季節。

高鳴る胸の熱を、僅かな緊張と共に口から漏らすように吐き出すと、白い霧がふわりと浮かんだ。

眼の前に聳え立つのは最早何処ぞの大企業と言われても頷いていしまいそうな巨大な門、そして校舎。

ぼんやりそれを見上げる俺の横を沢山の受験生たちが覚悟や焦りを顔に滲みだしながら歩いて行く。

俺も彼らも一様に同じくこの高校の受験が目的だ。創立から現在に至るまで、数多の英雄を排出し続けると名高き彼の学び舎。

現在俺、藤丸立香はヒーロー教育の名門、雄英高校のヒーロー科を受験すべくその正面玄関に来ていた。

どうして俺がこんなことになっているのか説明するには少し、いや、かなり時間を遡る必要がある。

少しばかり長くなるがどうかそのままで聞いてほしい。

俺を今この時まで支え続けてくれた人達の話を。俺が、救い上げ、切り捨ててきた人たちの話を。

俺が、世界を救い、壊してきた話を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

星々が瞬く夜。

少年は遍く空に向かって小さな手を伸ばした。

空一杯の美しい星達をその手の内に入れんが為に。

しかし、それらはそこにあるように見えて実物はずっと遠くにある。人がいくら必死に手を伸ばそうとも触れることのできる距離ではない。

況してや未だ生まれて五つにも届かぬ幼い少年がどれだけ頑張ったとしても、自らの物にすることなど叶わないのは当然の道理だった。

そんなことは分かっている。

彼自身も理解していた通りその手はやはり虚空を掴む。

どれだけ必死になろうとも手に入れることのできない星々を見ていると、何だか胸の奥がむず痒くなった。

何かが足りない。

尽きぬ渇望。満たされない欲求。

そもそも満たすべき器を定められていないままでは、一体何を注げばいいのかも定まらない。

この世に生まれ落ちて数年、この真夜中の恒例の儀式とも言える天体観測の時にのみ感じる謎の感情は、少年の幼い精神へ焦燥と苛立ちを与え続けていた。

その原因は未だ分からず、理解も予測も出来ない。

だから何度でも手を伸ばす。

遥か高みから自らを見下ろして輝くあの星々へと。

今までも幾度となく今日のような美しい夜に、煌めく星々に手を伸ばし、そして掴み損ねてきた。

最早この動作は彼が天体観測をするときのルーティンになりつつあった。

先程と同じ様に何気なしに手を伸ばす。いつもと同じ、何も掴み取ることのできない動作。

別段いつもと変わった点などなかった。

普段通りの自室のベランダで、特に理由もなく星を見上げる。

強いて言うならば、彼が明日で五つになるという事ぐらいなものだった。

ぎゅっと小さな拳を空に向けて握り締めた瞬間、少年は脳に閃光が走ったような衝撃に襲われる。

それと同時に焼き付くような鮮烈な痛みが右手の甲に走った。

それと同時に少年の脳に何かが駆け巡る。

眩しい、ただ眩しい光景を見た。

長く、短い旅の記憶。

 

「あっ、ぅう、ああぁ……っ!」

 

どうして忘れてしまっていたのだろうか。

こんな大切な、仲間たちとの絆を。

様々な時代の特異点に赴き、それらを修復する。

人理修復の旅。

沢山の人々と出会い、別れ、縁を繋いできた。

彼らと見上げた幾千の星空。

いつの時代も、それらは美しく輝いていた。

そうだ。

俺は天文台の魔術師。

星見の、人類最後のマスター。

それならば星が好きなのは当然だ。

何と言ったって俺は"観測者"。

星空が好きなのは当然だ。

そう、これはそういうものなのだから。

 

 

『言わばこれは言葉遊びだ』

 

 

『言わばこれは言ノ葉の鍵だ』

 

 

『言わばこれは言霊の弾丸だ』

 

 

はるか遠い世界、自身の過去の記録、記憶、それらと今とを結ぶための紐付け。

一つに括るための、強いて言うなら楔。

それは今、確かにこの小さな右手に打ち込まれた。

赤く、紅く、朱く爛々と輝く俺と彼らとこの世界とを結びつける楔。

溢れ出る涙で視界が歪む中、確かに心の中の乾きを満たした事を感じながら、ゆっくりと少年は瞼を下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして俺はその出来事と共に個性に目覚め、それから微笑ましい学生生活を送り今に至るわけだ。

うん。

大分端折ったな……。

まぁ、なんやかんやあったが別にそれらは未来が消えたとか過去から侵略だとか世界の漂白だとかそんな神様もびっくりな驚きの展開じゃない。

普通に勉強して普通に恋をして普通に暖かな家庭で育った。

それらはここで特筆することのない他愛無い話だ。

 

「さてと、過去の回想でじんわりと感動に震えるのもいいけど、そろそろ受験会場に行かないとまずいかな」

 

話は戻るがここ雄英高校は凄まじい倍率で、ただヒーロー科が有名というだけでなく普通に学力も無いと入学は叶わない。

ヒーローに成るための強力な個性が求められると思われがちなヒーロー科だが、本来の"学校"という部分で必要になる学力だって大事な受験項目なのだ。

そうとなれば少しでも多く暗記や数式の確認はしておくべきか。

早いところ自分の座席を見つけて座ってしまおうと考えた。

だから俺は視界の端に移った転びかけた緑色の髪のそばかすの少年とそれを助けた茶髪でおっとりした少女の出会いなど知る由もなかった。

俺の知らない所で、世界の歯車は少しずつ、しかし確かに音を立てて回りだす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おおー、すごい本物だ」

 

これから行われる実技試験についてプロヒーローのプレゼントマイクが説明を行っている。

話には聞いていたが、本当に教師はプロヒーローが務めているらしい。

らしい、なんて軽い言い方をしたが、実際これには俺も感動した。

普段テレビやラジオで活躍している彼を実際に生で見て年甲斐もなくテンションが上がってしまったのだ。

俺はこの世界に生まれてからは十数歳だが、前世と合わせれば結構なお歳になる。

だというのに危うく初っ端の「いえーい!」を叫んでしまいそうになった。

どうも自分が思っているより緊張で舞い上がっているらしい。

何ならいっその事後顧の憂いを無くすためにも全力で叫んでしまうべきだっただろうか。

 

「って、ばかばか。今はそんな事考えてる場合じゃないよね」

 

巨大なディスプレイにはこれから俺達受験生が戦うことになるらしい敵(仮想ヴィラン)が映し出されていた。

それぞれのタイプ毎にポイントが違うらしい。

しかも中にはポイント0のお邪魔キャラまでいるとか。

 

「これ行ってみたらそこら中お邪魔キャラばっかりで探知系の個性持ちじゃないとポイント持ってる敵を発見すらできないとかだったら目も当てられないな」

 

まぁ、そこのところ俺は大丈夫な気もするけれど。

途中眼鏡をかけた委員長タイプのうるさい奴が独り言がうるさいと他の受験生にうるさいと注意していた気もしたが、お前が一番うるさいと言いたかった。

そんなこんなでバスに乗りこみ試験会場に移動する。

 

「んーっ、と。流石雄英、敷地はどこまでも広がってるなぁ」

 

ぐーっと伸びをして体を伸ばしながらバスから降りる。

しばらくバスに乗って移動したというのに未だ学校の所有している土地から出ていないというのだから驚きだ。

ここに来る途中もいったい何に使うのかよくわからない施設をいくつか見たが、果たして雄英がどこを目指しているのかは謎である。

あちらこちらで俺と同じように広大な施設に感嘆の声が聞こえた。

他にも精神統一、自己暗示、準備運動など試験前の様子は人様々だ。

すると、先ほど説明会場でも言い合い(?)になっていた眼鏡ともっさり君がトラブルになっているようだ。

 

「君はなんだ?妨害目的で受験しているのか?」

 

険しい顔で緑っぽいもっさり君を咎める眼鏡。

確かに今もっさり君が話しかけようとした彼女は実技試験を前に心を落ち着かせようとしていたのだろう。

人生に一度の大勝負。

失敗は許されないこれっきりの大一番だ。

それを邪魔しようなど不届き千万。

だが、今彼にはそういう意思はなかったように思える。

これは単に俺の直感でしかないが、今の眼鏡の言い方は正直に言って腹が立った。

さっきといい今といいちょっと言いすぎだ。

一言文句でも言ってやろう。

そう思い一歩踏み出したところで後方の塔からプレゼントマイクの声が響き渡った。

 

「ハイ、スタートー!」

 

周囲が静まり返り、その言葉の意味を理解しようとするが、それよりも早く再度声が響いた。

 

「どうしたあ!?実戦じゃカウントダウンなんざねえんだよ!!走れ走れぇ!!」

 

その言葉に受験生が一斉に現状を理解した。

 

「賽は投げられてんぞ!!?」

 

楽し気に塔の上から叫ぶプレゼントマイク。

あそこはすべての試験会場を見渡せる監視位置。

彼があそこに上っているという事はすでにこれから行われる事のすべての準備が整っているという事なのだろう。

それがすでに試験は開始しているという事を決定づけていた。

 

「うわぁ、そういうパターンか」

 

悪態を付つきながらも他の受験生たちと共に試験会場へと駆ける。

だが、彼らの中も早く走れる、加速できるタイプの個性持ちとそうでない者とですでに差が開いていた。

ならここは俺も少し工夫が必要か。

幾度となく自分のサーヴァント達に使用して来た魔術。

あの時は礼装の補助がなければろくに使用できなかったが、

今は俺の個性の一部として確立しているおかげで礼装に関係なく自由に使えるようになっていた。

対象は自分自身。

目的は身体能力の向上。

一瞬だけでいい。

まずは小出しにして様子見が妥当だな。

ぐっと足に力を入れて個性を発動させる。

 

「『瞬間強化』!」

 

タァンッ!とアスファルトを蹴る音を前方の集団が耳にするが早いか否か、俺の体は先頭集団の頭を飛び越し最前列の前に躍り出ていた。

魔術回路が今の体に存在しているのかは分からないが、それと似たようなモノは体内に感じる気がする。

言ってしまえば認識できる血管がもう一組、または一パターン、あるという感じだろうか。

血管を数える単位はわからないが、取り合えず体の調子は良好なようだ。

眩暈も頭痛も、もちろん出血もない。

大きくジャンプした先の空中でそれらを確認し、俺はさらに個性の"ギア"を上げた。

 

 

 

 

 

 



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俺だって個性がほしい

流れの都合で大分短めです…
ですが、ちょっとした伏線が複数あるので先のお話を妄想しながらお楽しみください☆彡.。


「君の個性は、その、はっきり言って――見当が付かない」

 

俺は個性の発現した翌日、両親に連れられて病院で検査を受けることになった。

その結果を医者は「見当が付かない」と表現したのだ。

そう、そりゃあそうだ。

普通に考えてみればこんな個性は"おかしい"。

例えば火を噴くことが出来る個性があったとする。

それはどんなに応用できたとしても手から火をだすとか、火を操るだとかそのあたりで頭打ちだ。

もし、そもそもの前提である火を噴くという個性が実はガスを操るという個性だったとしてもある程度は似通ったものになるだろうし、原理を説明することができる。

しかし、俺の場合は多様すぎた。

言い方を変えれば一貫性がまるでない。

体を強化することと怪我の治療はまぁ、まだ結び付けられる。

だが、何も無いところから武器を取り出したり、体から電流を発生させるなんてどうやってどうやって結び付けていいものか。

俺自身もさっぱり思いつかない。

医者もさぞ困惑しただろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぅむ……」

 

用紙の空欄へペンを向けては天井を仰ぐという一連の動作を何度も繰り返しては眉間にシワを寄せる。

その原因は今私の目の前で椅子に腰掛けている少年だ。

彼は個性が発現したことで当院に受診しに来た。

ここまでは特におかしな所はない。

この超人社会では珍しいものではなく、むしろ誰もが通る道だ。

さらにうちは個性専門の個性科病院。

彼がここに来るのも当然というものだ。

しかし、問題は彼の個性だった。

肉体の強化を見せられて、「なるほど、君は強化型の個性なんだね」と言ったらその子供は「怪我も直せるし物も作れるし電気だって流せます」と真顔で言うのだ。

 

「はぁ……」

 

本日何度目かわからない溜息をつく。

小さく吐いた息はただ虚しく空気中に霧散した。

個性を発現したばかりの子供が夢を抱いて自分の個性を誇張して伝えるというのは、まぁ、よくある話だ。

別に個性に限った話ではない。

子供によくある大人や友達に興味を持たれたいが故の嘘。

最初は私もそう思った。

しかし、それを実際に目の前で見せられたらたまったものではない。

今までずいぶん長いことこの仕事を続けてきたが、こんな例は見たことがない。

長々と言い訳をしたが、とどのつまり、個性の登録用紙に何と書いていいかわからないのだ。

私が悩みあぐねていると、小さな声で「あの……」と彼が声を掛けてきた。

 

「ん?うむ、何かね?」

 

「あの、個性の登録の欄に書くことが決まらないなら、俺が決めてもいいですか」

 

「君がかい?」

 

「はい」

 

先程までただ内気で気弱そうな子供に見えていた彼の眼には明らかに強い意志が灯っていた。

後ろに控えた両親に目をやると、普段からそういうわけではないようでふたりとも少し驚いた様子だ。

 

「ご両親は構いませんかな?」

 

「え、ええ。立香がそういうなら」

 

少年の両親は顔を見合わせながらそう言った。

 

「では、君の案を聞こう」

 

「ロード、『ロード・カルデアス』……」

 

「な、なに?」

 

 

予想していた子供が考えそうな個性名とはかけ離れた言葉に少し狼狽える。

いや、確かに横文字を並べてくるというのは考えてはいたが、自分でも意味が理解できない言葉を出してくるとは思いもしなかった。

もっと子供っぽさ全開のダサいネーミングが飛んでくると思っていたのだが。

多少の期待はずれ感はあるものの、同時に彼がどうしてそんな名前をつけたのか興味が湧いた。

 

「どうしてその名前にしたいんだい?」

 

「その、うまく言えないけど、この力は俺だけの力じゃなくて、俺達の旅路の始まりであり終着点なんです。だから、どうしてもこの名前にしたくて」

 

『旅路』。

『終着点』。

五歳になりたての子供の口からすらすらと出てくるような単語ではないものばかりで驚くが、その言葉の節々にはやはり確固たる意志が窺えた。

元からどうしたものかと悩んでいたのだ。

どうせなら、彼の願いを叶えられるように努力しよう。

無駄に個性に関する医者、研究者としての地位は持っているのだから。

こんな時にこそ利用せずいつ役に立つというのか。

 

「それで、具体的な内容についてはどうするのかね?」

 

「あ、それについては魔術でお願いします」

 

「魔術ぅ!?!?」

 

決めていた覚悟が一瞬で揺らぎそうになった……。

本当に、大丈夫だろうか……。

 

 

 

 

 

 

 

後に彼が提出した藤丸立香の個性についての議論をめぐり、彼が学会を震撼させるのはまた別のお話。

 

 

 

 

 

 

 

 




次回は視点を実技試験に戻して戦闘に入ります!
乞うご期待!


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俺だって誰かを救いたい

今回は皆様お待ちかねの遂にまともな戦闘回!
ヒロアカとfgoのクロスオーバーなのに戦わないとかどういうことなの!!?
ってなりますよね!私も書いてて思ったんですけど、あんまり一話に詰め込んでも一杯一杯になるかと思って分けさせていただきました。


人理を守り、生を掴むために藻掻き続けた彼はこの世界でどう戦うのか。

では、どうぞ!


先頭集団を飛び越し、自分が最前線に踊りでる。

着地と同時に個性の出力をさらに上層へと引き上げた。

全身の魔術回路が回り出すのを感じる。

蒼白い粒子に体が包まれ、瞬く間に自身の様相が変わっていく。

左手には複雑な形をした杖が握られ、先ほどまではただのジャージしか着ていなかったはずの体は白いローブに包まれていた。

その杖を軽く振るうと、周囲に甘い香りが立ち込める。

ぽつりぽつりと花が咲き始め、ただのコンクリートジャングルだった試験会場に変化が起こり始めた。

それとほぼ時を同じく、目の前に現れた1ポイント仮想ヴィラン二体がガシンと音を立てて急停止する。

他の受験生たちが個性による攻撃を開始しようと身構えた時、それは起こった。

 

「な、なんだ!?」

 

「どうなってんだこれ、まさか故障か!?」

 

「な、なんで、なんで()()()()()()()()()()()()()()()んだ!?」

 

 

そう、急にマシンの挙動がおかしくなりお互いを破壊し始めたのだ。

まるで相手を倒すべき敵とプログラミングされているかのように。

 

 

「うん、まぁ上々かな」

 

俺はその様子を少し離れたところで見ていた。

幻覚による認識介入はうまくいっているようだ。

俺の個性ははっきり言ってしまえばあの世界での自分の再現、そして英霊たちの再現だ。

簡単に言えば自分と共に戦ってくれた英霊たちの力を自分自身に宿して行使することができる。

随分楽にすごいことができるように聞こえるが、実際はそう簡単なものではない。

強い力を使おうと思えばその分体に負担が掛かるし、それだけ魔力も使う。

この世界においても俺の中には魔力らしきものは存在し、体力が切れれば息切れが起こるように魔力が切れれば体調に悪影響が出る。

 

「なんでかわかんないけどマーリンの能力は体にうまく馴染んで負担が小さいし、登録内容とも差異がないからついつい多用しちゃうんだよなぁ。……なんかちょっと悔しいんですけど」

 

あのにやけ面が一瞬見えた気がして心做しか負けたような気持ちになる。

イマイチやりきれない気持ちでいると、遠くからの爆発音で意識を戻された。

 

「おっと、今まだ試験中だった!」

 

この周辺は勝手に二体ずつ自滅していってくれるので何もせずともポイントが稼げていたが、もしかしたら他にも高得点ギミックなんかが隠されているかもしれない。

こんなところでぼうっとしている場合ではないのだ。

慌てて走り出し、手近な仮想ヴィランを杖にぶら下がっている剣で切り付ける。

装甲の厚そうな部分を避け、パーツの連結部分である関節を狙って破壊した。

相手の攻撃を躱してすれ違いざまにあちこちを破損させることで仮想ヴィランは徐々に動きが鈍くなっていく。

 

「ふっ!」

 

やがて大きな隙ができた仮想ヴィランに渾身の一撃を叩き込むと、小爆発を起こしながら地面に倒れこむ。

バチバチと電気が走っているようだが、それっきり動かなくなったのでどうやらこれで倒せたようだ。

 

「よし、それじゃあ次に行こうか」

 

誰に言うでもなく呟き、再び走り出す。

仮想ヴィランが密集している地点は認識介入。

路地裏などでうろついていたはぐれ個体は剣で破壊してまわった。

そろそろ終了時間も迫ってきたかと思った時、大きな振動が会場全体に響き渡る。

 

「うわっ、地震かな。結構大き、い――」

 

予想外の揺れに自然災害を思い浮かべるが、頭上に現れたその大きな影にそんな考えは一瞬で掻き消える。

 

『圧倒的脅威』

 

そこに居たのはまさしくそれだった。

脱兎のごとく受験生たちは逃げ出し、悲鳴をあげながら0ポイント仮想ヴィランに背を向けて走り始める。

しかし、それを少し遠くから見ていた俺の頭の中は冷静すぎるほどに冷静だった。

先に言っておくが別にこれは「落ち着いて状況分析できてる俺かっこよくね?」とかそういう類では断じてない。

 

「デカい。けど魔神柱とかもっとデカかったしなぁ……」

 

それより大きく、おぞましい物を知っているが故の落ち着きだ。

こんなことに慣れていても全く嬉しくない。

 

「でも向こうはあんなロボットなんかより全然強かったし、何よりこちらに対しての殺意と憎悪がひしひしと感じられたし、無機質なロボットと比べるのもそもそもでおかしいか」

 

などと言いながら静観しているが流石にそろそろ怪我人が出そうだ。

あれを倒すメリットは全くないが、逃げ遅れた人がいては大変だろう。

 

「一応近くまで行って確認だけでも――――ん?」

 

土煙で視界が遮られる中、一瞬だけ見えたのは二つの人影。

一人は巨大なロボットのすぐそばで地面に倒れている少女。

もう一人は立ち竦んだままロボットを見上げている少年。

 

「ッ!!」

 

 

 

『考える前に体が勝手に動いていた』

 

 

最大出力での瞬間強化。

段階と工程を数段無視して無理やり結果まで飛び越えたことで全身の魔術回路が軋む。

痛みに顔が歪むがそんなことは気にしてなんかいられない。

腰を落として全力で地面を踏み込み、思い切り地面を蹴った。

ズダァン!!と大きな音を立ててアスファルトが砕ける。

試験開始時に使用した時とは比べ物にならない威力での跳躍に足が悲鳴を上げた。

だが、そのおかげで目的地までは一瞬で到着できた。

それと入れ替わるように少年が上空へと飛び出していく。

彼は彼へと伸ばされた仮想ヴィランの大きな腕を紙一重で躱し、仮想ヴィランの顔と思しき部位と同じ高さまで飛び上がった。

そこへ一撃。

まさにそれこそ会心の一撃だった。

大気が震える強烈な衝撃を受けて巨大仮想ヴィランの部品が爆発と共に激しく砕け散る。

その凄まじさに見とれつつも、なぜここに来たのかを思い出して少女に駆け寄った。

 

「おーい!よかった、大きな怪我はなさそうだね。大丈夫?」

 

「わ、私は大丈夫。だけどあの人が――」

 

恐らく落下を始めているであろう彼を見上げると、上空では明らかに四肢がおかしな方向に曲がった彼が涙をボロボロとこぼしながらもがいていた。

 

「もしかして、というかもしかしなくとも着地とか無理そうな感じかな」

 

よく見るとたった今落下している彼はどうやらあのいけ好かない眼鏡と揉めていた全体的に緑っぽい彼のようだ。

彼なら見た感じ無駄に高いプライドとか気安く触るなとかそういう事は言わないだろう。

普通に考えればそんなことを思案してないでさっさと助けろと思うかもしれないが、これはもう性格に問題を抱えまくった連中を同じ組織としてまとめていた過去を持つ俺の職業病的なものなので、こればっかりは仕方がない。

俺のどうでもいい思考はともかく、俺と同じように上から降ってくる彼を見たのか焦ったように少女が起き上がろうとする。

 

「こうなったら私の個性で――」

 

「いや、俺が行くよ。君はまだ足を怪我してるだろ?そこで安静にしててくれ」

 

少し先程より弱めた身体強化を持続させたまま彼の元へと飛び上がり、なるべく衝撃を殺してうまくキャッチする。

上空からのダイブ、というか落下してきた彼をキャッチして静かに着地。

以前何度かされていたのを見よう見まねでやってみたが、案外うまくいくものだ。

ゆっくりと抱えた彼を地面に下して容体を見る。

 

「君、随分派手にやったね。まったく」

 

「いっ、あぁあ、っつ!っはぁ、あり、がとう、ございます……」

 

言いたいことは何となくわかるが、言葉が途切れ途切れで痛みに苦しんでいる。

あまりの痛みにうまく呼吸もできていないようだ。

彼がどんな個性でどう発揮した結果がこの現状なのかがわからないため、明らかな外傷である右腕と両足をなんとしよう。

右手を添えて意識を集中する。

対象は緑っぽい彼。

使用するのは『応急手当』。

 

 

――――行使開始。

 

 

怪我をした箇所が青白い光に包まれ、徐々に負傷が無くなっていく。

ズタボロだった外観は徐々に復元され、最終的には何の問題もなく元の状態まで戻った。

それを他の箇所にも施していく。

その様子を彼は不思議そうな顔をして見ていた。

 

「どうかしたの?」

 

「い、いえあの、君の個性はてっきり最初に見た機械を誤作動させるようなものだと思ってたから」

 

「ああーっと、そうだね。そう言われてみればそうだ」

 

確かに他の受験生の前では認識介入しか行っているところを見せていない。

全身の治療が終わった時点で試験終了のアナウンスがかかる。

それを聞いて緑っぽい彼は何かを思い出したように「ああぁっ!!」と声を上げた後、絶望的な表情になった。

そのまま涙をボロボロとこぼし、悔しそうに唇をかむ。

そのただならぬ様子に聊か心配になった。

 

「何か、あったの?」

 

「今まで僕のために、たくさんいろんなことをしてもらったのに、ぜんぶ、ぜんぶむだにしちゃった……」

 

仔細はわからないが、どうやら彼にも彼なりの事情があるようだ。

けれど、今の言葉の中に一つだけ訂正したいところがあった。

 

「全部無駄、なんてことは無いんじゃないかな」

 

「――えっ?」

 

その言葉にみどりっぽい彼は驚いたような顔をする。

見開かれた瞳から止まることなく涙をこぼし、たれ流された鼻水でグズグズな顔だ。

その顔をポケットのハンカチでごしごしと拭きながら話す。

 

「わぷっ!?」

 

「君は誰かが君にしてくれたことをすべて無駄にしたって言ったけど、俺はそうは思わない。確かに受験っていうのは他の受験生との戦争で、誰かを蹴落としてでも志望校に受からなくちゃいけないものだ。けれど、それは普通の高校の話だろ?」

 

緑っぽい彼は俺が何を言っているのかわからないという顔で地面に這いつくばったままこちらを見上げる。

まったく、涙と鼻水は拭き終えたがひどい顔をしている。

まるで買ったばかりのアイスを不良のズボンにぶち撒けた上に通りがかったお巡りさんに見捨てられた子供のようだ。

って、いやいや、どんな状況だよ。

馬鹿げた思考を軽く頭を振って脳の外に放り出し、緑っぽい彼に向き直る。

 

「ここはヒーローを目指す人間が本当のヒーローになるために集まる場所だ。他の誰かを救う仕事を目指すのに、その仕事に就くために他の誰かを蹴落とす。そんな矛盾が生まれるここで、君は他の誰にもできなかったことをした。見捨てるでもなく、相手を利用するでもなく、相手を助けた。彼女を救った。しかも敵は倒したってなんの得もないおじゃまキャラだった」

 

そう言ってそこでガラクタになった元は0ポイント仮想ヴィランだったものに視線を向ける。

あれは説明が本当なら無駄にでかいだけで何の得もないただのお邪魔キャラだ。

だからこそ、その真意が色濃く浮かび上がる。

 

「だが、君は自分の体、合格、その他の利益と彼女の無事を天秤にかけて一切の躊躇なく飛んだ。これは間違いなく誇るべきことのはずだ」

 

そうだろ?と俺がにやりと笑うと、それにつられてか彼もようやく少しだけ笑ってくれた。

そうだ、これだけのことをした彼が報われないなんて間違っている。

誰かを救おうと必死になった人間を見捨てるヒーロー科なんてこっちから願い下げだ。

 

「俺は君の勇気に震えたよ。かっこよかった」

 

「そっ、そんな!ぼ、僕はあの時体が勝手に動いただけでそんなたいそうな者じゃ――」

 

彼が顔を赤くして照れる。

しかし、その和やかな空気を壊して再び振動が走った。

その衝撃の元であろう方向を向くと、先程彼が破壊した巨大なロボットと同型の仮想ヴィランが新しく出現していた。

 

「こ、これはどういうことだい!?」

 

背後から驚愕の声が上がる。

振り返ると、おそらく服装から雄英の看護教諭と思われるおばあさんが居た。

試験終了の合図があったにもかかわらず、教師側が把握していない仮想ヴィランの出現。

これはもしや――。

 

「トラブルかな?」

 

「ちょ、ちょっと!?そんな落ち着いてる場合じゃないって!!」

 

早く何とかしないと!と声を上げるみどりっぽい彼。

すると後方の塔からけたたましいサイレンが聞こえてきた。

 

「現在原因不明の誤作動で0ポイント仮想ヴィランの予備機が稼働中!受験生は至急避難してください!」

 

あっという間に再び混乱状態になり、再び逃げまどう受験生たち。

周囲を見渡してもまだ雄英の教師は看護教諭しかおらず、その本人はお世辞にも戦闘に参加するタイプとは思えない。

となるともうこちらでどうにかするしかなさそうだ。

 

「もう一回、さっきと同じようにすれば何とかなるはず!あのっ、また着地お願いしてもいいかな!?」

 

焦ったように提案する彼の眼には、再び自分が傷ついて苦しむことへの躊躇は微塵も感じられない。

真っ直ぐに俺を見る彼の眼差し。

ああ、これは。

俺はこの眼を、この瞳の色を知っている。

瞳の奥に燃ゆる覚悟と勇気。

俺がずっと一緒に戦ってきた『彼ら(英霊たち)』と同じ目だ。

 

 

ならばこそ。

 

 

 

「いや、君はそこにいていいよ。今度は俺が何とかするから」

 

俺は彼の提案を断った。

 

「ええっ!?」

 

自分がどうにかするしか無いと考えていた彼は驚いて俺を見る。

それにニコリと笑って頷くと、俺に考えがあると分かったのか覚悟を決めた顔で彼も頷いた。

 

「僕が言うのもなんだけど、無理はしないでね」

 

「あははっ!本当に君が言うと説得力ないなぁ!まっ、それなりに善処はするよ」

 

少女の元に歩み寄り、先ほどのように応急手当を行う。

 

「遅くなってごめん。足は大丈夫?」

 

「あ、ありがとう。でも早く逃げないと」

 

「そうだね、もうアレもすぐそこまで来ている。時間はないな…。ちょっとごめんよ」

 

「えっ、ちょっ!?ひゃぁ!?」

 

時間がないので心の中で謝罪をしながら横抱き状態で彼女をかかえる。

 

「ひ、一人で歩ける!一人で歩けるからぁ!」

 

抗議の声を無視して駆け足でみどりっぽい彼のところまで運んだ。

 

「君は彼女を頼む。ちょっと、勢いあまるかもしれないから」

 

「勢いあまるってなにが!?」

 

彼に答えを返す前に踵を返し、再び現れた巨大仮想ヴィランに向き直る。

こちらを認識したのか、目のような部分が赤く光った。

 

「悪い、今めちゃくちゃ頭に来てることがあるんだ。完全に八つ当たりだけど、君で憂さを晴らさせてもらおう」

 

目を見開き、魔術回路を出力全開で走らせる。

回路だけでなく肉体から悲鳴が上がっているが、そんなことは今はどうでもいい。

痛みは脳から吹き出すアドレナリンで誤魔化し、半ば無理やり個性を発動させる。

先程の白いローブとは打って変わり、身に纏うはたなびく袴に四振りの刀。

深海のような深みのある青と燃えさかる炎のような赤が入り混じったデザインが、尚更この状況での異様さを際立たせていた。

そっと腰に刺した刀の一振りを撫でる。

これはかつて俺と共に夢を駆け抜けた一人の剣士の力だ。

 

「ふぅ……」

 

いつも朗らかに笑い、子供と美少年に弱い人だった。

けれど戦いの時は普段からは考えられないような気迫を放ち、必ず俺たちを勝利に導いてくれた。

 

「君の力、借りるね―――武蔵ちゃん」

 

歩く振動もだいぶ近くなり、俺は巨大仮想ヴィランの捕捉範囲に入ったらしい。

巨大仮想ヴィランはその場から動こうとしない俺に対して攻撃モーションに移る。

俺を叩き潰そうと、その大きな腕を振り下ろす。

危ない――!そんな声が背後からかけられた気もするが、迷うことなく詠唱を開始した。

 

「南無。天満大、自在天神。馬頭観音、()()()()()諸悪を断つ」

 

俺の背後に大きな影が現れ、目にも留まらぬ速度で四度その刃が振るわれる。

恐ろしく硬かったであろう装甲は、そんなもの(板切れ)など関係ないと轟音と共に四肢を断裂させられ、頭と胴体のみが空中に浮いていた。

腰から一刀を引き抜き、構える。

 

「この一刀こそ我が空道、我が生涯!」

 

光り輝く刀身が天高く聳える。

最後の一節を言い放ち、刃を奮った。

 

「伊舎那、大天象!!」

 

強烈な光と共に放たれた斬撃は薄紙のように装甲を割き、巨大仮想ヴィランは完全に真っ二つになった。

部品は散らばることなく、完全に二つの塊だけが落下する。

先に落ちていた四肢にぶつかりながら地面に衝突し、そこでようやく完全にスクラップとなった。

それでもなお、その断面は美しいままだ。

 

「空とは即ち無の観念。無念無想すら断ち切らん―――なんて、俺もあんな風になってみたいなぁ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




如何だったでしょうか!?
そも、小説を書くのが久しぶりだったので文章におかしなところがないか大分不安ですが、誤字脱字等あれば教えてもらえると嬉しいです!

あと推しのサーヴァントなんかも言ってくだされば作中に登場させられるかも知れません(絶対できるとは言ってない)

基本的に登場するのは私のカルデアにいる面々ですが、気分と勢いでいない人も書くかも知れません。
というか書きます(保険)

それでは、長々と失礼致しました。
また次話でお会いしましょう!


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俺だって幼馴染みと仲良くしたい

どうも皆さん時雨です!
今回は他のFGOキャラクターが一人出てきます☆彡.。

さて、それは一体ーーー

ではどうぞ!


「うぁー……。おえっ。気持ち悪い……」

 

雀の囀りと共に目覚める朝。

爽やかな朝の空気と対象的に俺の気分は最悪だった。

場所は自室のベッドの上。

時間は朝八時五十八分。

痛む頭を片手で押さえながらもう数分でなるであろう目覚ましのボタンを押す。

カチッという音と共に目覚ましの予約をキャンセルし、名残惜しくも布団の暖かさと別れを告げた。

 

「ああー………昨日はちょっと無茶しすぎたなぁ」

 

俺がこんなにも体調不良をこじらせているのには理由がある。

理由がある、というか十中八九誰に聞いても原因は一つしか思い当たらないだろう。

昨日の実技試験で行った無茶苦茶な個性の使用のせいだ。

というかあれはもう乱用か。

手順をすっ飛ばした瞬間強化はまだしも、すでに体が「これ以上は止めておけ」と警鐘を鳴らしていたというのに最後の武蔵ちゃんの宝具が止めとなった。

 

「その場の勢いなんかであんなことするんじゃなかったよ全く。でもほんと、彼らはいったい何になりにあそこに来てたんだろうか」

 

後悔してないとは言えない。

だが、あの場では本当にそれだけ頭に来ることがあったのだ。

そうしたいと思って行った結果、その代償がこれならまぁ、仕方がないと割り切れる。

実際結構すっきりしたしね。

未だガンガンと頭の中で痛みがこだましている中、自室を出て階段を下りていると『ぴーんぽーん』とインターホンの音が鳴る。

 

「うん?こんな朝から一体だ――うわっ、すぐ誰か分かった」

 

インターホンを鳴らした本人であろうドアの向こうの影は、それだけでは物足りないのかドアを手でバシバシと叩きながら「うははははははは!!」と大爆笑。

そしてよほどハイテンションなのか自慢の長い黒髪を振り乱しながら飛び跳ねている。

 

「はいはい、今出ます。今出ますってば」

 

そんなに強く叩いて手が痛くないのかと少し呆れながらもカギを開けてドアを開く。

そこに立っていたのは長袖ワイシャツ一枚以外何も身にまとっていない美少女だった。

ただ、美少女の前に『色々残念』と但書が付くが。

 

「いよぉう!相変わらず具合悪そうな顔しとるのう。そんなんじゃから彼女出来んのじゃぞ。え?わし?わしは告白なんて腐るほどされとるけど、こう、びびっと来る男が見つからんからの。まー、わしじゃし?是非もないよね!」

 

「別に聞いてないし。おはようノッブ」

 

彼女の名前は織田信長。

俺と同じくこの世界に新しい命として生まれ、そして今に至るまで一般人として生きている。

決して大六天魔王でも魔神でもない。

ちなみに歳は俺の一つ上だ。

記憶が戻ったのは俺と同じ5歳だったようだが、俺が普通の人生を送っているところを見て無理に話す必要もないと判断していたらしい。

まぁ、俺は記憶を取り戻した次の日に家に押しかかけたのだが。

ちなみに元の世界での名前は確かに織田信長なのだが、この世界ではちょっとした事情で姓は織田ではない。

 

「具合が悪そうな顔してるのは昨日ちょっと無茶したからだよ。別に普段はもっと健康的な顔してるさ」

 

「ほう?無茶?お主の()()()()をもってしてもそうせざるをえないほどに厳しい試験だったのか?」

 

こちらの世界でも尚戦闘狂の気があるノッブの目が怪しく光る。

眼光は並みのヴィラン程度では竦んでしまいそうな威圧感で、それをむき出しにしながら悪い顔でニヤリと口角を上げた。

どこからどう見ても、明らかに17歳の女子高生がしていい顔ではない。

 

「怖いよ。やめてよその顔」

 

「わしの顔はいつだって可愛いから問題ないんですぅー。それで、その無茶について詳しく聞かせろい。こっちは課題も終わって暇なんじゃ」

 

そういうと俺の同意も取らずに「邪魔するからのー」と言いながら玄関に上がる。

俺もそれを止める気はない。

というのも彼女は隣の家に住む幼馴染で、こういうことも昔から少なくなかった。

ノッブ風に言うと小さいころからずっと一緒につるんできた仲なのだ。

もう何時の事かなんて覚えていないが、もう一人の幼馴染と一緒に子供特有の結婚の約束をしたのも今ではいい思い出である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先ほどまで俺が眠っていたベッドのある俺の自室へ向かってノッブが階段を上っていくのを見届け、洗面所へと向かった。

蛇口をひねり、冷水を出す。

手にひんやりとした感触を受けて勢いよく顔面にたたきつけた。

キンキンに冷えた冷水で顔を洗うと、今までぼうっとしていた頭の中が徐々にクリアになっていく。

ふぅ、と息をついて壁に掛けたタオルで顔を拭き、軽く髪を整えてキッチンへと向かう。

途中リビングを通り抜けるが、そこには両親の姿はない。

現在俺の両親は海外を飛び回っている。

外資系の仕事をしているのかよくわからないが、普段から電話口で聞いたことのない国の言葉を話しているところをよく見ていた。

それ以外にも大きな金銭を動かすこともあるなど、仕事の情報の断片は会話の中にちらほら聞こえてはいた。

だが、家では仕事の話はあまりしたくないのか両親は自分達の仕事についてはあまり俺には言わなかった。

俺も特別興味があったわけではなかったし、両親が言わないなら無理に聞き出すつもりもなかったため結局俺は自分の親がどんな仕事をしているのか知らない。

両親は俺がある日突然大人びたはしゃがない子供になってもここまでしっかり育ててくれた。

多少気にすることもあったものの、必要以上には踏み込まずにやさしく接してくれた。

今思うと俺はきっと子供らしくない、あまりかわいげのない子供だったと思う。

5歳の子供の中に大人の魂、というか記憶が入ってしまったのだから、前日までのように奇声を上げながらはしゃぎまわるなんてことはできるはずもない。

それでもここまで育て上げてくれた両親にはとても感謝している。

テレビの横に立てかけられた写真立てを見て今はどこか国外を飛び回っているであろう両親に思いをはせた。

 

「おっと、あんまり遅くなるとノッブがまた拗ねるな。早いとこお茶入れて上に戻らないと」

 

キッチンでマグカップを二つ用意し、緑茶のティーバックを入れてお湯を注ぐ。

素早く、手際よくトレーに乗せて速足で二階へ向かった。

ノッブ達が来たときはいつもこれなのでもう慣れたものだ。

扉の前で「あけてー」と声をかけると、何かからトンッ、と飛び降りて駆け足でこちらへ近づく音が聞こえる。

ガチャリと開いた扉の向こうでは相変わらずワイシャツ一枚しか着ていないノッブが漫画本を片手に出迎えてくれた。

 

「ノッブ、また俺のベッドでマンガ読んでたでしょ」

 

「なんじゃ?なにか問題でもあったかの。もしやお主、わしの魅力にクラクラか!まぁー、年頃の男子には刺激が強すぎたかのぅ。というか自分で言っておきながら今気が付いたが、お前ももう高校生か。早いもんじゃのー」

 

うははっ!と笑いながら俺のベッドへダイブするノッブ。

特にこれと言って抵抗はないらしい。

思春期真っ盛りなのはお前もだろ、と言いたいところだが、実際のところ年齢に関してはノッブは生前から数えればそれはもう大変なことになるのでそう考えてみると俺もまだまだガキということか。

 

「そうだよ、俺はもう高校生になるの。つまりノッブも高校二年生になるわけ。もう少し女の子らしく慎ましさというものを覚えた方がいいんじゃないの」

 

「なにぃ?慎ましさなんて所詮は自分を周りに表現するのを臆した者どもが言い訳をほざいておるにすぎん。その点!わしはもはやアピールの塊!あふれ出んばかりの魅力を周囲に振りまき、魅了してやまぬ!周りの男子どもが惚れまくっても是非もないよね!」

 

愉快愉快、と言わんばかりにハイテンションなうちの殿様は事実顔がいい。

そして弟がいることもあってか面倒見のいい姉御肌だ。

そんなノッブが相手のパーソナルスペースなんて関係なしに激しいスキンシップを行ってくる。

そういう系が好きな奴にはたまらないだろう。

彼女に好意を持って軽ーくフラれた者は数え切れない。

 

 

『俺と付き合ってください!』

 

『うーん、気持ちはうれしいんじゃが。てかお主―――誰じゃっけ』

 

 

俺の友人の一人もその容赦ない一撃に倒れ伏し、しばらく学校を休んだことがある。

 

「だからこれ以上ノッブの被害者を出さないようにそう言ってるんじゃないか。というかそんな薄着でいたら普通に風邪ひくでしょ。まだ三月だし」

 

「だいじょぶだいじょぶ。わしげんきかずのこじゃし」

 

それを言うなら風の子じゃないだろうか。

そう思いつつ突っ込んでも意味がないことを知っているので黙っておく。

すると俺のベッドの上で足をパタパタと動かしていたノッブが漫画本を閉じてこちらに向き直る。

 

「さてと、お主も来たことじゃし、さっきの話の続きを聞こうかの」

 

「さっきの話って、実技試験の?」

 

「そうそう、お前さんがうちの駄妹みたいになっとった理由じゃ」

 

「駄妹って……。確かにグロッキーにはなってたけど」

 

「して、試験の内容はどんなじゃった」

 

そう聞かれて昨日の試験の内容について記憶を辿る。

机の上に持ってきたお茶たちを置き、傍にあった椅子に腰掛ける。

 

「高校側が用意したロボットを仮想ヴィランと見立てて倒した機体数をポイントに換算するって感じかな。個性のうまい使い方や工夫が問われるまさに実技試験だったよ」

 

その他にも説明してくれた講師はプレゼントマイクだったことや色んな個性の受験生がいたこと、そして巨大な0ポイントヴィランについて話した。

 

「ほほう。わしもそれやりたかったんじゃが」

 

「確かにノッブの個性なら随分輝く試験内容だったんじゃないかな。まさに多人数を想定した集団戦闘だったしね」

 

協力こそしなかったものの、他の受験生を利用することで結果的には多対多の多人数戦闘だった。

ノッブの個性はあのころサーヴァントとして使用していた能力そのものだ。

任意の場所から銃を取り出し、弾丸を射出する。

自分で手に取って打つこともできるが別に引き金自体を自分で引く必要はないらしい。

 

「じゃが思ったほど過酷というわけでもなさそうじゃな。猶更お主がそんな酷い二日酔いのおっさんみたいな顔してる理由がわからんぞ」

 

「なんで例えがやけに具体的なんだよ」

 

余りに具体的すぎる例えに苦笑いを浮かべる。

むしろノッブはどうしてそんなにしっかり『酷い二日酔いのおっさん』を見たことがあるのだろうか。

 

「あ、もしかして土方さん?」

 

「そりゃそうじゃろ。あいつ結構な頻度でべろんべろんになるまで飲んどるぞ」

 

「土方さんあんまお酒強くなかったしなぁ……」

 

この世界において土方さんはノッブともう一人の幼馴染の父親というポジションだ。

つまり、目の前にいる彼女は"織田信長"ではなく"土方信長"ということになる。

土方さんはこの世界ではプロヒーローで、日本に置いて老若男女問わず高い人気のある『新撰組』の副長だ。

ちなみにお母さんは茶々さんである。

あの小さな体で三人も子供を産んでいるというのだから驚きだ。

本当にいったいどこから生まれてきたんだろうか、あの三人。

 

「まぁあのダメ親父の話は置いといてよい。結局のところお前が無茶をした原因はなんなんじゃ」

 

もったいぶるな、と言いたげに口をとがらせるノッブ。

あまり堂々と言いたいことではない事故に目をそらすが、ベッドから飛んできたノッブに顔をしっかりと抑えられて無理やり目線を合わされた。

これはもう何が何でも逃がしてもらえそうにない。

 

「少し、腹が立ったんだ」

 

「なにぃ?腹が立ったじゃと?何に対してじゃ」

 

「あの時向こうの手違いで例の0ポイントヴィランの予備機が誤稼働しちゃったんだ」

 

「さっき言っとった無駄にデカかったやつか?」

 

「そ。あの無駄にデカかった奴」

 

「ちなみに魔神柱とどっちがデカかった?」

 

「魔神柱」

 

ノッブの何気ない問いに即答で答える。

そもそも、あの時俺自身も思ったが試験用に受験生が倒せるように作った敵とあんな悍ましいモノを一緒に考えるのがそもそもで間違っているのだ。

 

「って、ノッブも脱線してるじゃないか」

 

「うははっ!すまんすまん。それで何に腹が立ったって?」

 

未だ俺の頭を両手でがっしり掴んだままのノッブ。

やっぱり綺麗な顔立ちをしているが、いかんせん中身がなぁ……。

 

「いだだだだっ!?頭割れるって!!」

 

「失礼なこと考えとらんで早うはなさんか」

 

「わかったからもうちょっと優しく!ソフトに掴んでくれっ!まだ本調子じゃないんだから!」

 

次はないぞ、と言いながらノッブの腕から力が抜けていく。

というかさらっと心読まれたな。

まぁ、良いけどさ……。

 

「一機目は俺じゃない受験生が倒したんだけど、その彼は瓦礫か何かで足を怪我した別の受験生の女の子を助けるために戦ったんだ。そのせいで彼は自分の個性で体がズタボロになった。左腕以外ぐちゃぐちゃだったよ」

 

「ぐちゃぐちゃ?自分の個性の反動でか」

 

「たぶんそうだと思う」

 

「そりゃあ不便な個性じゃのう。いくら威力が出たとしても体が持たんのなら後がない。まぁそれはそれとして、お前さんが何に腹が立ったのかはわかったぞ」

 

どうやら俺の考えていることに思い当たったようで、押さえつけていた俺の頭を離しながらノッブは少し諦めの入った顔で笑った。

 

「じゃがそれは少し酷なことじゃと思うぞ。お主が動いたということはお主自身から見ても並みの個性じゃ太刀打ち出来んと感じていたんじゃろ?なら、まだまだ中学あがったばっかのガキどもに現役のヒーローと同じことをしろとはいえんじゃろうに」

 

「そう、だね。だけど……それでも俺はあまりいい気分じゃなかった」

 

俺が腹を立てていたのは彼以外のあの場にいた受験生すべてだ。

あの場にいたほとんどの受験生は出遅れていた彼よりも前方にいた。

つまり彼らがあの場にいたことにも気が付いていたはずのなのだ。

あの女の子が倒れていたことに気が付かなくとも、彼があの場で逃げ遅れていたことには気が付いた受験生も多かったはず。

それなのに、彼らは自分の身の安全を優先して彼を見捨てた。

我が身可愛さに彼を切り捨てた。

それが、どうしても許せなかった。

 

「まっ、ゆるーい覚悟で卒業できるような生温いところじゃないじゃろ。あそこは。それならお主が考えていることについても遅かれ早かれ三年間でぶつかるはずじゃ。その時がせいぜい見ものじゃな」

 

そういいながらベッドから起き上がり、ひらひらと手を振って部屋から出ていこうとするノッブ。

 

「もう帰るの?せっかくお茶入れてきたのに」

 

「茶ならもう飲み終わった」

 

ノッブのカップを見ると、いつの間にかなみなみと注がれていたはずのお茶は無くなり空になっていた。

 

「いつの間に……」

 

「わしはお主と同じくグロッキーな駄妹の様子を見に戻る。お主も暇なら後で家に来い。うまい茶は出んがの!うははははははは!!」

 

そう言って扉の向こうへ消えていくノッブ、かと思われたが何か思い出したかのようでひょっこりと扉から顔だけ出して戻ってくる。

 

「そうそう。お主と試験会場は違ったようじゃが、あの駄妹も雄英に受かるじゃろう。クラスはしらんが、同学年としてよろしくの~」

 

とだけ言って今度こそ本当に帰っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




如何だったでしょうか
今回はノッブでしたが、次回はまた別のキャラクターを登場させるつもりです。
次回も乞うご期待下さい!


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俺だって高校生活で輝きたい

どうも時雨です!
本日からゴールデンウィーク開けということで朝10時からの定時更新から夜の不定時更新に変更となります!


今回は私最推しのあの娘が登場……!!
好きすぎて色々空回りした結果あれな感じになっちゃった気もしなくもないですが、とりあえずどうぞ!


 

朝。

この間までの気怠さはすっかり抜け、あんなにも重かった頭もずいぶん楽になった。

ベッドから体を起こし、ぐっと体を伸ばす。

ふと、机の上の円盤状の物に目が行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雄英からの通知が届いたのは数日前。

書類か何かだと思っていたので封筒を手に取ったときはおかしな感触に首をかしげたが、封を切ってみて中を見てさらに驚いた。

いや、驚いた要因はその中身というよりは中身の中身、といったほうが正しい。

郵送されてきたのは小型のプロジェクター。

ボ机に置いてボタンを押すと映像が投影された。

 

『わぁーたぁーしーがぁーー!投影されたぁぁっ!!』

 

そこに映っていたのは平和の象徴『オールマイト』。

まさしくこの超人社会の平和を担っている人物で、彼がいなくなれば瞬く間にヴィランが活発化するであろうことは火を見るよりも明らかな事はこの超人社会に関わるすべての人々が知っている。

そう断言できるほどにヒーロー、ヴィラン双方に多大な影響力のある人だ。

それにしてもなぜそんな彼がこのビデオに映っているのか。

俺の当然すぎる疑問は彼がその後に告げた内容ですぐに解消されることになった。

オールマイトが雄英の教師として赴任することが決まったらしい。

プレゼントマイクの時同様これには俺も相当テンションが上がった。

何と言っても彼はヒーローを目指す者全ての憧れであり目標だ。

そんな彼がこれから自分が通うことになる学校に赴任してくる。

つまりは彼の授業が受けられるという事だ。

まぁ、俺はちょっとした理由で彼のヒーローとしてのあり方をあまり好いてはいないのだが、なにはともあれそんな最高のサプライズのおかげで一層これから始まる高校生活に胸を踊らせた。

ちなみに俺は70ポイントを超えて余裕で主席合格だったらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして今日。

俺の今世初、高校の登校日である。

真新しい制服に袖を通し、ネクタイをキュッと占めると思わず口元がにやけた。

ああ、俺、今日から高校生なんだ。

そう思うとなんだかいろんな感情が湧き上がってくる。

前回は高校を卒業することなくカルデアに来たせいで花の高校生活というものを半分以上味わう事ができなかった。

確かにその分普通の一般人のままじゃ経験することのできない沢山の出会いがあったけど、それでもやっぱり高校生活というものには憧れがあった。

だから今回は楽しい高校生活が待っていることを大いに願っている。

壁に立てかけたこれまた真新しいリュックを背負い、家の玄関へと向かった。

玄関に到着し、所定の場所から家の鍵を回収してドアを開ける。

途中までドアを開きかけて唐突にあることを思い出した。

そういえば随分と出掛ける前の挨拶をしていない。

ずっと両親が家を空けているため俺が家を出ると中に誰もいなくなるからだ。

ずっと昔は小さい俺のことを気遣って両親ができるだけ家にいてくれたものの、ここ数年はそんな機会もめっきりと減っていた。

一人で言っても寂しいだけだと思い、最近はずっと言っていない言葉。

だが今日は高校生活最初の門出だ。

ここまで生きてこれた幸せ、というのも聊かおかしな話だが、なんだか無性に言いたくなった。

確かに誰もいない家だけれど、誰からの返事も返ってこないけれど、けじめとして声に出しておこう。

 

 

「行ってきます」

 

 

 

誰に言うでもなく一言呟き、今度こそ眩い朝日の元へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

家の外に出ると、そこにはすでに人影があった。

どうやらわざわざ待っていてくれたらしい。

 

「おはよう、沖田」

 

「んにゃ?あっ、おはようございますリツカ!」

 

家の前で塀に背を預けて立つ人物に声をかけると元気な挨拶が返ってくる。

彼女がその場で回ってこちらを向くと、透き通るような白髪が遠心力でふわりと舞った。

 

「もしかして今立ったまま寝てた?」

 

「あ、あはは。昨日興奮してちょっと寝られなくて」

 

少し照れながらそう言う彼女は沖田総司。

かつてカルデアで共に戦ってくれた英霊の一人で、彼女もこの世界の人間として生まれ直している。

カルデアでの記憶も俺同様持っているようで、たまに二人で当時の話をすることもある。

ちなみに今世での名前は沖田総司ではない。

彼女は土方家の次女として生まれ、信長の妹だ。

つまり今の本名は土方総司。

沖田はあくまで俺が呼ぶ上でのあだ名のようなものだ。

そんな彼女は現在俺と同じ高校の制服を着ている。

あの日俺たちは同じ高校を受験した。

受験会場こそ違ったものの、沖田もちゃんと合格できたようだ。

彼女の実力を考えると当然ではあるが、実際にこの目で見て安心した。

 

「確かにそれは俺もかな。沖田と一緒に同じ高校へ通えるなんて、すごくうれしいよ」

 

心からの本心を口にすると、沖田は目を見開いて驚く。

何事かと思うとその場で固まってしまった。

すると見る見るうちに彼女の色白な顔が赤く染め上げられていく。

 

「またあなたはそういう事を恥ずかしげもなく言ってしまうんですから……。まったく、私はいったいなんて返したらいいんですか。もぅ」

 

「ん?どうしたの?顔赤いけど大丈夫?具合悪いならちょっと遅れて行こうか?」

 

「わぁああーっ!大丈夫ですぅー!沖田さん絶好調!さぁ、行きますよリツカ!」

 

「えぇ!?ちょ、沖田!?急に走り出すとまた倒れるよ!?」

 

急に駆けだした沖田に手を引かれ、朝の住宅街を走り抜けていく。

新しい服、新しい日常、新しい生活。

どれもこれも輝いて見える。

朝の喧騒は遠く、まるで今この瞬間は世界に俺達二人だけのような気さえした。

これから彼女と共に前世では失ってしまった時間を一歩ずつ取り戻していこう。

ちょっとおっちょこちょいで恥ずかしがりやな少女を見て、俺はそう心に誓った。

ちなみにこの後先程までとは打って変わって顔を青くして息切れを起こした沖田を介抱していたため教室についたのは時間ぎりぎりだった。

 

 

「ほら、教室着いたよ沖田」

 

「うっ、うぅ……。頭がふらふらします……」

 

はしゃぎすぎたせいで体調不良を起こした沖田に肩を貸しながらなんとか教室まで辿り着いた。

もう着席指定時間までだいぶぎりぎりで、他のクラスメイトは全員そろっているかもしれない。

サーヴァントや前の世界での生前のように彼女の病弱な体質はこの世界でも受け継がれている。

これでも以前の喀血のような危ない症状はほとんどなくなり、軽い貧血や今のような眩暈が主な症状なため随分軽くなったと言えるだろう。

実際生身で戦闘毎に血反吐を吐いていたらヒーローどころではない。

その点では彼女もこの世界への転生は感謝していると言っていた。

チヘドヒーローとかふざけたネーミングで受けるのではないかとも思ったが、翌々考えてみると子供には少し刺激の強すぎるギャグだった。

ちなみに俺も沖田も無事同じAクラスだ。

教室の入口、閉じられたドアの前。

これから三年間を共に過ごす仲間がこの先にいると思うと少し緊張する。

 

「さてと、クラスメイトはどんな人たちかな」

 

期待に満ちた一歩。

教室のドアを開けるとそこには―――

 

「机に足をかけるな!雄英の先輩方や机の製作者方に申し訳ないと思わないのか!?」

 

「思わねーよ。てめーどこ中だよ端役が!」

 

うっわ。

きっつぅ。

既に前途多難感をひしひしと感じるA組教室。

果たしてこの先上手くやっていけるのだろうか。

そんな不安に駆られながらも、こうして俺の高校生活は幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




如何だったでしょうか!
今回は諸事情により短めでしたが、次回はみんな大好き抜き打ち体力テスト!
立香と沖田はどうやってあの難関を乗り越えるのか。
乞うご期待!!


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俺だって沖田と晩ごはんを食べたい

どうも時雨です!
今回は皆さんご存知最初の関門体力テスト!
そして誠に申し訳ありませんが一身上の都合で2話に分けさせていただきました。
申し訳ない!!(土下座)
とりあえず沖田とノッブを出したのは良くなかったんじゃない?とか言われたりするけど完全に私の趣味です!
特に沖田!
だって土方さんに「お父さん!!」ってキレ気味に話しかける沖田さんみたいよなぁ!?
皆もみたいよなぁ!!?
幼馴染みのノッブが朝起きたら裸ワイシャツで同じベッドに居ていたずらっぽく笑ってるとこみたいよなぁ!!!??
みんなだt(ry


そっと扉を閉じて廊下に戻りたくなる気持ちを抑え、目の前で俺同様固まっている人物に声をかける。

 

「おはよう。朝からみんな元気だね」

 

「あっ、おはよう!入試の時はありがとう!君が怪我を治してくれたおかげでこの通りだよ」

 

そういってみどりっぽい彼はあの時ボロボロだった体を軽く動かして見せた。

どうやら術後の経過は良好らしい。

 

「元気そうでよかった。あの後会えなかったから心配してたんだ」

 

彼はあの後すぐに駆け付けた雄英の教師陣に医務室へ連れて行かれた。

彼と違って一度も目立つ外傷を一度も負っていなかった俺はいくつか質問をされてすぐに家へと帰されたため、彼の怪我の具合を見ることができないかったのだ。

どこか変にくっついていないか少し不安だったが、そんな様子はなさそうで安心した。

二人でお互いの無事を確認していると、入り口に新たな人影が増えたことに気が付いたのか先程までツンツンヘッドのやばそうな彼と言い合っていた例の眼鏡がこちらへ向かってくる。

 

「俺は私立聡明中学の――」

 

「聞いてたよ!あっと、僕緑谷。よろしくね飯田くん」

 

「俺は藤丸。よろしく」

 

「緑谷くん、藤丸くん……君たち二人はあの実技試験の構造に気づいていたのだな」

 

そう言って悔しそうに顔を伏せる飯田。

あの試験?

構造?

あ、もしかしてレスキューポイントのことかな。

 

「いや、俺は別に気づいてなかったよ」

 

「な、なんだって!?ならばどうして――」

 

「女の子がアレのすぐそばで転んでたんだ。それに緑谷も――ああ、緑谷って呼んでもいい?」

 

「うん!もちろん!」

 

「二人が危ない目に合っていて、その危険から二人を守る術を俺は持っていたから。ってところかな」

 

危ない目にあっている人が目の前にいて、それを自分は助けられる。

なら、そうしないなんて選択肢はない。

それは至極当然のことだ。

これは借り物の力だけど、きっと彼らもこういう使い方なら許してくれるだろう。

すこし自分勝手かもしれないけれど俺はそう思う事にしている。

 

「あ!そのモサモサ頭は!!」

 

自身の心の中で物思いにふけっていると、どこかで聞き覚えのある声が背後からかかった。

 

「地味めの!」

 

そこに立っていたのはあの日緑谷が助けた女生徒だった。

あの日とは違い俺たちと同じく雄英の制服を着ている。

どうやらあの場に居合わせた俺たち三人は運よく同じクラスになることができたようだ。

 

「あ!君はあの時怪我直してくれた人!」

 

「ああ、おはよう。経過はどうかな」

 

「君のおかげでばっちり!もうどこも痛くないよ!」

 

彼女も術後の経過は良好っと。

二人とも無事完治している様でよかった。

当人たちはお互いに合格出来たことを喜び合っている。

いや、喜び合うというか緑谷のほうが一方的に言われっぱなしだな……。

もしかして女の子と話すのあんまり得意じゃないのかもしれない。

見た目からしてあんまり騒ぐタイプじゃなさそうだし。

そんな彼の様子にどことなく親近感を感じる。

俺もカルデアに行くまではあまり人と接するのは得意なタイプじゃなかった。

まぁ、あの濃すぎる人間関係は俺の人見知りという個性をことごとく轢き潰して行ったわけけど……。

昔の苦々しい思い出と自分の今の成長具合を見比べて、照れる余り顔を隠しながらあたふたとしている緑谷を見て心の中でエールを送った。

 

「というかそろそろ沖田をどうにかしないと」

 

完全に忘れ去られていたが、グロッキーなうちの切り込み隊長をどうにかしなくてはいけない。

沖田の席を見つけて机に突っ伏させておこうか。

そう考えていると背後から声がかかった。

 

「お友達ごっこしたいなら他所へ行け」

 

寝袋にくるまり、廊下に芋虫のごとく寝そべった目つきと顔色の悪い不健康そうな謎の人物。

寝袋の中から飲むタイプのゼリーを取り出し、ヂュッ!!とえげつない音を立てて吸い上げた。

やっばぁ。

この人もしかして黒ひげタイプかな?

初対面での衝撃的すぎる装い、というか行動に戸惑いを隠せない雄英高校一年A組。

そんな中で彼は俺たちにこう告げた。

 

「さっそくだが、コレ着てグラウンドに出ろ」

 

そうして、俺達はこれから歩む最高峰への洗礼を受けることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「個性把握テストォ!?」

 

グラウンドで急遽開催された俺達の個性を把握するための個性"あり"での体力テスト。

本来今までやってきた体力テストは文部科学省が全国の生徒の平均的な数値しか出ないように作られた個性仕様の禁止された体力テスト。

それを彼、俺達の担任相澤先生は「怠慢」だと言い捨てた。

そして相澤先生の指示で爆轟がソフトボール投げの位置に付く。

大きく振りかぶり、空へと向かって思い切り―――

 

 

「死ねぇ!!!!」

 

 

――――死ね??

ボールは爆風と共に遥か彼方へと飛んで行く。

彼の個性は爆発を起こすものらしく、その威力をボールに乗せて全力投球。

応用も広く、普通に使用しても高い火力を出せるいい個性だ。

だが、記録とは全く別の事で俺たちの頭はいっぱいだった。

――――死ね???

どうしてソフトボール投げの掛け声が死ねなんだろう。

彼はソフトボールに親でも殺されたんだろうか。

あれだけ思い切り吹き飛ばしたのだからその恨みは相当深いに違いない。

皆が恐らく同じことを考えているであろう中、相澤先生が一人冷静に呟く。

 

「まずは自分の最大限を知る」

 

ピピっと先生の手元のスマートフォンがアラームを鳴らす。

 

「それがヒーローの素地を形成する合理的手段」

 

こちらへ向けられたスマートフォンの画面には、通常の体力テストではありえない『705.2m』という破格の結果が叩き出されていた。

 

「なんだこれすげー面白そう!」

 

「705mってまじかよ!?」

 

「個性思いっきり使えるんだ!さすがヒーロー科!!」

 

爆轟の記録を見て周囲が沸く。

確かに個性を使った体力テストなんて今までやってこなかったし、俺も興味がある。

だが、生徒の楽し気な雰囲気とは打って変わって相澤先生の表情はまったく明るくなかった。

 

「……面白そう、か」

 

ぽつりとつぶやいた相澤先生の言葉にみんなの視線が集まる。

今までこの体力テストを軽く考えていた生徒一同に、相澤先生は圧をかけて言った。

 

「ヒーローになるための三年間。そんな腹づもりで過ごす気でいるのかい?」

 

影の落ちた先生の顔からは表情を読み取ることができない。

だが、少なくとも優しい顔や期待のこもった目はしていないのだけはわかった。

 

「よし、トータル成績最下位の物は見込みなしとして判断し、除籍処分としよう」

 

「はあああああ!!!?」

 

ここに、俺達のプロヒーローを目指す三年間が幕を開けた。

 

「ようこそ、これが」

 

 

 

雄英高校ヒーロー科だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇねぇリツカさん」

 

「なあに沖田」

 

現在俺はしばらく経って回復した沖田と一緒に隅の方で座っている。

ぼーっと雲を眺めて自分たちの番が回ってくるのを待っていたが、唐突に沖田が声をかけてきた。

 

「勝負しましょ。勝負」

 

「勝負ぅ?」

 

突然何を言い出すかと思えば勝負と来たか。

目の前では50m走の計測の真っ最中。

ちょうどあの眼鏡、飯田がいいタイムをたたき出していた。

足から延びるパイプの様な物、そして周囲に響くエンジン音から彼の個性は大体予想できた。

ただ走るというのは彼にとってまさに得意分野なのだろう。

そんな中、俺に突然吹っ掛けてきた隣の幼馴染みに視線を向ける。

普段から突拍子もないことを多々口にする彼女だが、そんな中でも勝負となると大体理由は決まっていた。

 

「また晩ごはん?」

 

「ええ、もちろん。それかこの後帰りがけにどこかに寄っていきましょう。私、おだんごとかあんみつとか食べたいです」

 

「また家で沢庵漬けなの?」

 

「流石に今月はもう見たくないですねー……」

 

「まだ割と始まったばっかりな気がするけど」

 

「いや、これ先月からなので……」

 

そう言って遠い目をする沖田。

どうやらまた土方さんがこじらせているらしい。

いつもは勝負なんて言い出さない沖田がこんなことを言うのは決まって家で食事をしたくないときだ。

原因は主に帰ると待っている食卓に並んだ大量の沢庵なのだが……。

そんな黄色いご飯の共に嫌気がさすと、彼女は決まって俺を誘って外食に行く。

勝負とはどちらがその食事代を持つかということだ。

普段なら負けたとしてもしかたがないと諦めて払ってやるが、今月は気になっていた漫画をまとめ買いしてしまったためにお財布の余裕は全くと言っていいほどにない。

まぁ、もとより負けるつもりなど毛頭ないが。

沖田が勝負をすると口にしたのだ。

きっと"本気"を出してくるだろう。

なら、こちらも全力で向かわせてもらうだけだ。

 

「晩飯の話とは随分余裕だな。次、お前ら二人だ。はやくしろ」

 

いつの間にか近くに居た相澤先生に顎で動かされる。

どうでもいいが、さっさと走れ。

本当に心底どうでもよさそうな相澤先生の視線が少し痛い。

しかし、今まで幾度となく繰り広げられてきたこの勝負。

互いに譲れないものがある。

負けられない戦いがここにはあった。

互いに本日の晩飯をかけて戦意が燃え上がる。

相澤先生の目はあまり俺たちに期待をしていないように見える。

二人で度肝を抜いてやろう。

スタート位置に付き、お互いに視線を一瞬だけ交わして真っすぐゴールを見据える。

ただたどり着くべきその場所を見据えて。

計測ロボットが俺達を認識し、掛け声をかけた。

 

『ヨーイ』

 

悪いな沖田。

この勝負、俺がもらった。

 

『スタート!』

 

 

その瞬間、辺りは甘い花の香りに包まれた。

 

 

 

 

 



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俺だって瞬間移動くらいしたい

どうも時雨です!
皆さんご感想、ご意見ありがとうございます!
これからも感想だけでなく評価の方もどしどしお待ちしております!
も、もっと気軽に毎話感想書いてくれてもいいのよ?


茶番はこれぐらいにしておいて……
はたして立香はどうやって沖田に勝つのか、ではどうぞ!


どこからか、風に乗って香しい花の香が漂う。

まり嗅ぎなれないその香りに意識を惹かれた一瞬。

たった一瞬であいつはそこに居た。

別に目を離したわけじゃない。

気を抜いていたわけでもない。

だが、俺は奴の個性の発動どころか奴が動き出す瞬間でさえ認識することは出来なかった。

 

『0秒00!』

 

計測マシンが頭のおかしな記録を合成音声で告げる。

冷たい汗が一筋背中を伝った。

続いて土方がすさまじい速さでゴールする。

 

『1秒34!』

 

どちらのタイムも正気とは思えない記録だ。

比べてしまえば負けてはいるが、土方だって3位を大きく突き放しての2位。

そもそも50メートルを1秒代で駆け抜ける女子高生なんて想像もできないが、今実際に目の前で記録をたたき出されたのだからそういう奴もいると認識を改めざる負えないだろう。

だが、だからこそ、藤丸立香という人間の異常性は大きく際立っていた。

 

 

『0秒00』。

 

 

まるでスタート時から既にそこに居たとさえ思える。

だが、スタートの合図が鳴った時確かに奴はスタート地点に居た。

はっきり言って原理も理屈もわからない。

まさに瞬間移動だ。

藤丸立香という人間はまさに未知数。

それは俺が入試の映像を初めて見た時の所感だった。

何ができるのかもわからない。

何が目的なのかもわからない。

奴の個性、書類には『ロード・カルデアス』と書かれていた。

このわけのわからないふざけた個性名の詳細欄には「魔術を使用することが可能。基本的に何でもできる」などと殊更ふざけたことが書かれていた。

初めて見たときはこの書類を書いた奴は頭に何か異常でもきたしているのかと思ったが、なるほどこれは恐ろしい。

先程までジャージしか着ていなかったはずの藤丸は体に白いローブのようなものを羽織っている。

恐らく入試の時に仮想ヴィランを暴走させたときに着ていた物と同じだろう。

 

「ちょ、ちょっとぉ!?それ反則ですよ!!ずるいですって!!それもう50メートル走じゃないじゃないですかぁ!!!」

 

「いやいや、さっき先生が言ったじゃないか。個性の使用はOKってさ。ならまぁ、これもまた頭の使いどころだよね?」

 

そう言って人差し指で土方の額を突く藤丸。

何やら言い合いをしているが、結局のところ今晩のおごりは土方に決まりそうだ。

それを受けて藤丸はすこぶる上機嫌と見える。

こちらは内心焦りと困惑でいっぱいだというのに。

スタートの合図がなった時、土方の方は一瞬踏み込む動作が目視できた。

どんなに早くたって走り出すには必ず人間は何らかのモーション、筋肉を動かす予備動作がある。

だが、藤丸にはそれがなかった。

本当にあの男は棒立ちの状態からあの場所へと一瞬で移動したのだ。

他の生徒は皆ありえない記録に開いた口がふさがらない。

かく言う俺もこの信じがたい記録には本気で驚いた。

奴の個性はどんなものかわからないが、かなりの汎用性があるらしい。

それだけは入試の時からわかっていた。

だからもし何かトラブルが起きたとしても個性を消せる俺が担任にあてがわれた。

だがこれは―――

 

 

「少しばかり、荷が重くないか?これは」

 

 

俺の個性は"見た"相手の個性を消すことができる。

この超人社会において他の個性とは別のベクトルで強力な個性だ。

瞬きと同時に解けてしまうという欠点も、工夫の使用によっては対処できる。

だが、だがあいつには個性を発動させるモーションなんてなかった。

つまり奴を抑え込むには出来得る限り常に個性を消し続けなければいけないということだ。

だが、瞬きというインターバルを挟む以上必ず奴が視界から消える一瞬がある。

普通ならこの一瞬だけで特殊な立地や建物内以外で俺の視界外に出られる者は少ないだろう。

しかし奴は違う。

今の瞬間移動を使われれば俺は個性を再度封じるどころか追いかける事さえ不可能だ。

どれだけの距離移動できるのかもわからない。

しかも奴にはあの巨大な仮想ヴィランを撃破したときの謎の攻撃モードがある。

あの侍のような風貌。

あれと今の瞬間移動を併用なんてされたらたまったもんじゃない。

頭の中を思考がグルグルと回っていく。

気が付くと当の本人たちがこちらへ戻ってきていた。

 

「どうかしましたか?相澤先生」

 

「さっきのやっぱり不正ですよね!?もっかいやり直しましょう!」

 

「あんまり動き回るとまた倒れるんじゃない?大丈夫?」

 

「少なくとも沖田さんのお財布は大丈夫ではありません!!!」

 

年相応の無邪気さが残るやかましいやり取りを目の前で繰り広げる二人。

だが、普段なら五月蝿いと注意するであろうその騒ぎようすら俺の耳には届いていなかった。

早急に校長に報告、そして今後の方針を決める必要がある。

心の中で先のことを決め、体力テストに戻った。

まだ、この体力テストでは見極めなければいけない事項が残っているのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先程の50メートル走から程なくし、他の種目もそれなりに頑張った。

握力に反復横跳びに走り幅跳び。

途中で沖田が貧血を起こした以外は特にハプニングもなく計測は進んでいった。

 

「さっきの子、無限はすごかったね」

 

「あぁー、体力テストにどれだけ人を切れるかーとか無いんですかねぇ」

 

「そんな物騒なのあるわけないでしょ。てかそれで一体体力のどの辺が計れるのさ。そんなの取り入れてるの新選組くらいだよ」

 

「いや、流石にうちでもそこまでひどい入隊テストはしてないですよ。ちょっと幹部クラスがサクッと相手してあげるだけです」

 

「君たちの軽くは軽くじゃないんだよなぁ……」

 

「というか、さっきのやっぱりずるですよね」

 

「なんだとぉう?まだ言うか」

 

 

 

「だって、あれ()()()()()ですよね」

 

 

 

そう、俺はあの瞬間構えもしなければ走る気も見せなかったが、そもそも走り出してすらいなかったのだ。

順を追って説明しよう。

まず、沖田の話からだ。

沖田は勝負、と言ったからには絶対に手は抜かない。

元より昔から張り合いを始めるとノッブが相手だろうと俺が相手だろうと必ず勝ちを取りに来るやつだった。

薄く、そして寒い現在の彼女の財布事情を考えても本気で向かってくるのは当然だろう。

まぁ、実際に勝てるかどうかは別としてだが……。

ともあれそうなれば彼女はサーヴァント時から引き継いでいる『縮地』を使用するであろうことは火を見るよりも明らかだ。

障害物のない直線でしかも短距離。

必ず沖田は縮地を使って来る。

これが確定した時点で俺の「走って勝つ」という選択肢は限りなく少なくなった。

というか皆無だな。

そもそもで『縮地』を使用した沖田に速度で勝てるようなサーヴァントは数少ないし、居たとしてもトップサーヴァント連中だ。

そんな体に負担のある力を借りる?

しかも体力テストで?

却下だ。

確かに沖田との勝負は現上何より優先度は高かったが、ここでぶっ倒れてその後に控えた種目を0点またはバツ印で過ごして雄英から入学初日に一発退学とかシャレにならない。

そこで俺はそれ以外で沖田の記録を破る方法を考えた。

そこで思いついたのがこれだ。

 

 

『スタートの合図から最速でゴールラインに存在していればいい』

 

 

詰まる所、俺本人がそこに居る必要はない。

俺がそこにいると機械や先生が認識できればそれでいい。

となれば後は簡単だ。

 

「いやぁまったく、今日の晩ごはんが楽しみだ」

 

「ぐぬぬっ……この借りは必ず返しますからね……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

当たり障りのない会話をしながらテストの順は進んでいき、最後の緑谷の番になった。

これまで彼は特に突飛な記録は出していない。

このままいけば最下位除籍は間違いなく緑谷だろう。

 

「彼、大丈夫なんですかね」

 

「うーん、どうだろう」

 

「おや、お友達じゃなかったんですか?」

 

「朝の聞いてたの?」

 

「ええ、何やらお知り合いのようでしたのでてっきりどこかで何か縁があったのかと」

 

「ああ、緑谷とは入試の会場が一緒だったんだ」

 

「えぇーっと、もしかしてノッブが言ってた体爆散アーラシュさんの人ですか?」

 

「あの人はいったい何を言ったんだ……」

 

相変わらず適当な上にオーバーな表現だなぁ……。

体爆散アーラシュさんって、いや、確かに左手以外ボロボロだったけども。

流石に爆散はしてなかったしそう伝えたつもりだったんだが。

一体俺とノッブとの間で意思疎通の過程に一体何があったんだろうか。

頭の中で「うはははははは!!」とハイテンションな笑いが鳴り響いている。

どうやら彼女はどこまでも俺のことを逃がしてはくれないようだ。

 

「彼の個性は少し特殊、というかうまく扱いきれていないように見える。だから0か100かしか出せない現状じゃあ他の種目で個性を使うわけにはいかなかったんじゃないかな」

 

あくまで俺の憶測にすぎないけどね。と付け足して緑谷に視線を向ける。

青い顔で独り言をつぶやいていたようだが、覚悟が決まったのか助走距離を取った。

円の中で思い切り踏み込み、ボールを投げた――――が、これと言って当たり障りのない記録が出る。

本人も困惑し、「今確かに、使おうって思って……」とつぶやいた。

 

「個性を消した」

 

相澤先生の発言に周囲が騒めく。

どうやら今のは先生の個性によるものらしい。

個性を消す個性、興味深いな。

相手の個性をどんなものでも消せるのならそれはまさに最強の個性だ。

緑谷は相澤先生に何事か注意を受け、再度ソフトボール投げの円に戻された。

あと一回。

次が彼のラストチャンスだ。

もう、後はない。

 

「彼、どうなると思います?」

 

「乗り越えてくるよ」

 

「おや、即答ですか。ちなみにその心は?」

 

「何となく。だけど――」

 

先程と同じように思い切り踏み込んで振りかぶる。

だが、先ほどとは何かが違うように感じられた。

ボールが指を離れる寸前。

僅かに触れたその指先で、緑谷はあの個性を使用した。

こちらまで感じられる風圧。

小さな風だが、常人ではボールを投げただけではそんなことはありえない。

赤黒く変色した指の痛みに耐え、ぐっと握りこぶしを作って相澤先生を見る。

 

「先生……!まだ、動けます……!!」

 

「こいつ――!」

 

痛みであふれた涙を目一杯に貯めながら、挑発的な笑みを浮かべる緑谷。

ああ、彼は。

きっと逆境を乗り越える天性のなにかを持っている。

未だ自分の力を制御することもできず、周りも決して味方が多いというわけでもない。

そんな状況を瞬間的な発想と機転で乗り越える。

 

「俺、自分の直感は信じるタイプなんだ」

 

これから先の三年間。

彼と一緒に居ればきっと楽しいことがたくさん待っている。

俺の直感がそう囁いていた。

今から先が楽しみだ。

騒然となるグラウンドで、俺は一人空を仰いだ。

 

 

 

 




いやぁ!
それにしても仕事終わってから書くと辛いね!
時間が!時間が無いよ!!
学生時代はあんなに腐るほどあった暇が!ないね!!
辛いやぁ!(血涙)


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俺だって今夜はハンバーグが食べたい

どうも時雨です!
今夜も毎日投稿頑張っていきましょう!
( º дº)<キエェェェエエェェェ


「やっとヒーローらしい記録だしたよーー!」

 

「指が膨れ上がっているぞ。入試の時と言い…おかしな個性だ……」

 

「スマートじゃないよね」

 

それぞれが緑谷の個性を目にして各々感想を述べる。

おかしな個性、と言われれば確かにそうだ。

個性とは自らの体の一部、身体能力の一部だ。

本来それは自身の本能的な身の守り、意識的な肉体の強化こそすれど肉体を破壊する諸刃の剣になどなるはずがない。

他の個性だって無茶をすればそりゃあ多少なりとも体を壊す。

しかし、それはただ壊すだけではなく基本的に個性という名の身体能力の成長、向上につながるはずだ。

例を挙げるなら筋トレと筋繊維の関係だろうか。

筋トレというのは筋肉を酷使し、わざと筋繊維をズタズタに切る行為のことを指す。

そうして食事をし、取り入れた栄養やらなにやらを使って切れた繊維を修復していくことでさらに筋肉は太く、硬くなっていく。

だが、緑谷の個性は違う。

ただでたらめに力いっぱいで加減を知らない。

こっちは言うなれば平常状態と火事場の馬鹿力だ。

まさしく0と100。

加減も調整もできない無理やりな力。

あのままではきっと遅かれ早かれ体がもたなくなるだろう。

 

「それは本人が一番よくわかってるか」

 

きっとそれは誰よりも痛みを感じている緑谷が一番わかっていることだろう。

さっきはああして先生に言ってはいたが、彼自身も今後ずっとこのままいくつもりとは思えない。

それならヒーローなんて目指そうと思わないはずだ。

俺が緑谷の元へ向かおうと立ち上がるのとほぼ同タイミングで爆豪が緑谷に向かって飛び出す。

 

「どーいうことだこら、ワケを言ゴボア!!?」

 

軽く杖をふって爆轟の顔の周りに水の塊を出現させる。

あくまで限りなく本物に近い幻覚だが、この場でそれを見抜ける奴はいないだろう。

 

「おいおい、何する気なのさ。相手は怪我人だよ」

 

何かものすごく抗議を受けている気がするが、水の中なので「ゴボガモガァ!」としか聞こえない。

てか顔怖いな。

息ができなくて苦しいのか顔をしかめているので余計に怖い顔だ。

 

「さてと、今ここで軽く処置しちゃおうか。緑谷」

 

「えっ!?ああ、えっと、とりあえずかっちゃんを解放してくれると……」

 

「ん?あ、そうか」

 

再度杖をふって水を消す。

激しくむせ込む爆豪と目が合うと、あからさまにむき出しな敵意をぶつけられた。

これで標的は緑谷から俺へとシフトしただろう。

彼のようなタイプは扱いやすくて楽だ。

そんな失礼極まりないことを考えながら緑谷に『応急手当』を行使する。

今回は指だけとはいえ、この怪我の具合ではかなり痛むだろう。

数秒の間光に包まれた緑谷の指は、瞬く間に元通りだ。

見た目はね。

 

「一応痛みはもうないだろうし、見た目もほぼ完治してるけど、あくまでそれは外見の話だ。これは応急手当。中身はまだ完全に治り切ったわけじゃない。強くぶつける、突く。そういうことになれば痛みはすぐにぶり返すだろう。あと当然ながら二日は個性を使わないでくれるとこっちとしては安心かな」

 

「ありがとう!入試の時と言い今回といいいつもお世話になっちゃってるね……」

 

「それについては気にしないでいいよ。これから三年間同じクラスの仲間なんだしね。爆豪も」

 

ちらりと背後にいる爆轟に視線を向けると、大きな舌打ちと共に「誰がてめぇと仲良くなんぞするか!ぶっ殺すぞ!!」と殺害予告、というか殺害宣告を受けた。

怖い。

というか言い直したけど変わってないな。

そしてふと、爆豪以外にもこちらへ強い視線を感じた。

どうやら相澤先生のようだ。

しまった、ちょっと警戒されてる?

入試の時と言い今さっきのマーリン式瞬間移動(笑)といい少し派手に動きすぎたかな。

ただでさえ訳の分からない個性の俺を学校は少なからず注視しているだろう。

悪目立ちしてそれ以上に警戒レベルを引き上げられでもしたら三年間先生方からのプレッシャーで学校に生きづらくなってしまいそうだ。

それは流石に嫌だな。

とりあえずこちらから相澤先生に話をふろうか迷っていると、何か諦めたようにこちらへ歩み寄ってきた。

 

「藤丸本人も言っていたが、あくまで応急手当なんだろう。なら一応リカバリーガールんとこいってしっかり見てもらってこい」

 

といいながら相澤先生は一枚の紙を渡す。

相澤先生本人のサインの入っているところを見ると、恐らく保健室へ教師公認で行くということを証明する書類だろう。

俺が以前の世界で通っていた高校にもあった気がする。

あれ正式名称なんて言うんだっけか。

その後先程の退学は嘘だという事が告げられ、生徒一同は入学初日早々グラウンドで絶叫を上げた。

沖田は「へー、そうだったんですかぁ」とどうでもよさそうな顔をしていたが、彼女はもっと自分の今後について深く考える機会を設けるべきじゃなかろうか。

その日はそこで教室へ戻され、カリキュラム等の説明を受けた後に解散となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして翌日―――

 

 

 

 

「戦闘訓練?」

 

午前中はごく普通の高校で受けるような当たり前の高等教育。

ちなみに英語の授業でもプレゼントマイクのテンションは最高潮だった。

そして午後、今はヒーロー基礎学の時間だ。

三年間で最も単位数の多い教科らしく、おそらくここ雄英高校が最も力を入れている授業だとわかる。

入試の時にバスから見えたへんてこな施設達もそれぞれ有力なヒーローを育て上げるために設計された施設達なのだろう。

現在俺達はコスチュームを身に纏いモニタールームに来ていた。

進行中の戦闘訓練はヒーローチーム緑谷&麗日vsヴィランチーム爆豪&飯田の組みだ。

結果として緑谷は個性を使った。

爆轟が得意とするであろう右の大振りな攻撃がここ一番で来ると予測し、左を犠牲にして右で建物を破壊、麗日との連携を図った。

結果として勝利したのはヒーローチームだ。

敗北した無傷のヴィランチームに、勝利したとはいえボロボロのヒーローチーム。

その異様な光景に周囲がどよめく中、オールマイトについて俺も緑谷たちの元へ向かった。

俺が気絶した緑谷を治療している間オールマイトは爆豪に何やら話しかけている様だったが、距離的に何を言っているかは聞こえなかった。

その後授業は先に進み、途中轟君というすさまじい個性の持ち主が居たりと場は大いに盛り上がる。

部屋の気温はとてつもなく下がったが……。

そして、順番はどんどん進んでいき―――

 

「そして藤丸少年。君の番なわけだが……」

 

「……どうしましょうか」

 

現状ここに残っているのは俺と沖田の二名のみ。

先程までのツーマンセルで二対二という形式は取れない。

となるとタイマンかすでに訓練を行った組とぶつかるのが妥当か。

 

「君たちには一対一のタイマン勝負をしてもらうことが決まっていてね。すまないが、これは学校側からの指示なんだ。他のみんなと内容が少し違って申し訳ないが、ルールは基本的に先程と変わらない。では、準備に入ってくれ!」

 

タイマン。

その言葉を聞いた瞬間に俺と沖田の目が光った。

 

「びっく〇どんきー!」

 

「ガ〇ト!」

 

キッとお互いを睨む。

こうなったらもうどちらも止まれない。

よろしいならば戦争だ。

チーズ・イン・ハンバーグなんぞに遅れなど取るものか。

 

「え、ちょっと、君らなんのお話してるのかな?先生完全に置いてけぼりなんだけど……」

 

見た目の風格にはそぐわないちょっと情けないオーラを出しながらおずおずと問いを投げるオールマイト。

だが、すでに俺たちの思考はお互いを負かして夕食を勝ち取ることでいっぱいで返答などない。

 

「オールマイト先生。ルールは先程と基本的には変わらない。それで合ってますね」

 

「え?あ、うん。そうだね」

 

にやりと笑う俺。

そして俺の思考が分かったのか、それとも分からずとも勝てると思っているのか沖田は不敵に笑った。

 

「なんだ、随分余裕だね」

 

「ええ、もちろんです。前回の雪辱、晴らさせてもらいますから」

 

 

 

今ここに、今夜のハンバーグを廻る戦いが始まる―――!!!

 

 

 

 

 

 




ハンバーグ食べたい!!!


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俺だって沖田と本気で斬り合いたい

どうも時雨です!
今回は屋内戦闘訓練です!
このシリーズ始まって数少ない立香達の戦闘シーンが……!
ではどうぞ!


『では、二人とも準備はいいかな?』

 

耳のインカムからオールマイト先生の声が聞こえる。

通信は良好で音質も問題ない。

とはいっても俺にも沖田にも通信する必要のある相手なんていないんだが。

俺は今ビルの入口正面に陣取り、訓練開始の合図を待っていた。

空は青く、雲も少ない快晴。

いい天気だ。

気分はどこかへピクニックにでも行ってお日様の陽気な光を浴びながらサンドイッチでもくわえていたいところだが、今回ばかりはそうも言ってはいられない。

沖田は訓練が始まる前に「前回の雪辱を晴らす」と言った。

必ず何らかの策を講じてくるはずだ。

これは幼少期からずっと一緒に育ってきた幼馴染みとしての俺の経験則であり、彼女の後ろに立ち続けたマスターとしての経験則でもある。

あいつはそう何度も簡単にやられてくれる相手じゃない。

 

『それでは――戦闘開始!!』

 

耳に届く声と共にビルの中に入る。

中はシンと静まり返っていて、物音一つしなかった。

だが、どこかで待ち伏せをしているような気配も予感もしない。

個性を使用して実技試験の時のように武蔵ちゃんの力を借りる。

ちなみに俺の着ていたコスチュームはずっと来ていた『魔術礼装・カルデア』と同じデザインにしてもらった。

体が青白い光の粒子に包まれ、上下とも深みのある青に燃えるような赤が特徴的な袴に変化した。

この状態で再度周囲を警戒するが、それでも奇襲の気配はない。

 

「とりあえず進むしかないか」

 

ゆっくりと奥へ、奥へと進んでいく。

一階を全て調べ終えてもまだ沖田は見つからない。

どうやらさらに上のようだ。

階段でも警戒は怠らなかったが、それでも沖田が出てくる様子はない。

そして二階の奥、この階で一番大きいであろう部屋にたどり着いた時点で直感が走った。

 

「いる、な」

 

腰に下げた刀を二刀引き抜き、扉を蹴破る。

大きな音を立てて倒れた扉の向こうに、沖田は微動だにせず立っていた。

閉じていた瞳をゆっくりと開き、こちらを見据える。

 

「待たせたね」

 

「ええ、待ちくたびれました」

 

切り合いなんて気合いがすべて。

切ってしまえばみんなおんなじ。

常日頃からそういっている沖田とは思えないほどに正々堂々とした武士らしすぎる立ち姿。

こちらとしては多少の違和感を感じるが、沖田は地面に付き立てて両手を置いていた刀を持ち、抜刀。

沖田は新選組の羽織を身に纏った、一言で言ってしまえば第三再臨の姿だ。

俺と比べると明らかに華奢なその体から大きな威圧感を感じる。

どうやら本気のようだ。

こちらもそのつもりで構える。

一瞬でも気を抜けばやられる。

そんな予感があった。

高校生となったばかりの二人の生徒が行う初の戦闘訓練。

そんなことを言ってもきっと誰も信じないであろう空気が今この部屋には充満している。

殺るか殺られるか。

斬るか斬られるか。

 

「覚悟はいいですか」

 

「ああ、いつでも来い」

 

「では――――いざ、参る!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地下のモニタールームでは先程までの訓練とは明らかに違う雰囲気に皆固唾をのんでモニターを見つめていた。

 

「すっげぇなこれ。ここまでピリピリした空気が伝わってくるみてぇだ」

 

「ああ、実際あっちにいる二人はもっと重たい空気の中に居るんだろうな」

 

「藤丸君、入試の時に見たのは一瞬だったが、今と同じ姿で戦っていたと思ったが……彼の個性はいったい何なのだろうか」

 

各々の思いを口にするも、視線は決して映像から離さない。

 

「す、すごい……」

 

その場には保健室で怪我の治癒を済ませて無理を言って戻ってきた緑谷もいた。

応急手当のおかげで通常よりも怪我の度合いが軽減され、意識が戻り次第すぐにこちらへ帰ってきたのだ。

普段は個性の分析や解説で目まぐるしく動く彼の口も、その時は開いたまま動くことは無い。

皆が見つめるモニター。

そこにはまるで、芸術のような剣戟が映し出されていた。

 

 

 

 

「ッああ!」

 

「せぁっ!」

 

鍔迫り合いに持ち込もうとすると、技量で上の沖田はうまく勢いを利用して回避する。

力ではこちらが上だが、向こうは技と速さでそれを勝って来る。

しかも厄介なのはこの世界で彼女に生まれた"個性"だ。

後ろへ飛んで一度距離を取る沖田が飛びのきざまに刀を一振りすると、その延長線上に居る俺へ向かって歪んだ空気のようなものが飛んでくる。

それを左で斬り壊し、こちらも一度体制を整えるために距離を取る。

幸いこの部屋は広い。

沖田の得意な中、近距離にとどまっていてはこちらに休む時間など与えてはもらえないだろう。

端によりすぎて逃げ場がなくならない程度にできるだけ距離を取る。

 

「はぁ。それにしても、随分と今回は気合いが入ってるね」

 

「もちろん。あなたは数えていないかもしれませんが、前回ので私は5連敗です。そろそろ巻き返させていただかないと、と思いまして」

 

「そうだっけか……。まぁ、何にせよこんなに真剣勝負なのは久しぶりだね」

 

「そうですね。ですから、ここは何が何でも勝たせていただきます」

 

そういいつつも沖田は核の張りぼての前から動く気配はない。

彼女は本来奇襲やその速さを生かした攻めが得意なはずだ。

だが、現状俺は彼女の守りに俺は攻めあぐねている。

今回はこの戦闘訓練における立ち位置的な要因もそうだがそれ以上に厄介なのが彼女の"個性"だ。

沖田の個性は斬撃を相手に向けて飛ばすという突拍子もないもの。

何を言っているかわからないが俺もわからない。

果たして一体何が刀から飛んでいるのか。

何をエネルギーにしているのかもどんな理屈かもわからず、ぶっちゃけ殆ど何も知らないに近いが、唯一分かっているのは一度大きく破損してしまえばあっという間に空気中に霧散してしまうという事くらいか。

その切れ味は真剣と比べても差し支えないほどだが、破壊すること自体はそう難しくない。

ただ、問題はそのせいで沖田が近距離戦オンリーではなくある程度の中距離戦、または中距離での牽制攻撃を可能にしているところだ。

しかも強力な個性に引きずられて近接戦闘の鍛錬を怠るなどという事は全く無く、こちらとしては大変いい迷惑である。

攻めては防がれ攻めては防がれを繰り返して随分時間が経っている。

制限時間がある以上これ以上引き延ばすわけにはいかない。

こっちは沖田の向こう側にあるハリボテに触れるために彼女を超えて行かなくてはならない。

きっとマーリンの力を使えば今より楽にここを攻略できるだろう。

だが、そんなことを沖田は望んでいない。

そして当然俺も望んでいない。

多少上がっていた息おさまり、思考も落ち着いてきた。

再び地面を蹴って張りぼてめがけて走り出す。

そして予想通り沖田はそれを斬撃を飛ばして牽制してきた。

破壊ではなく回避で応じ、尚距離を詰める。

武蔵ちゃんの力は今の俺では手に余る。

明らかに彼女の力をすべて発揮しきれていない。

そして時間を考えればこれが最後の攻防だろう。

技術は明らかに沖田の方が上、となればこっちも切り札を使わせてもらう。

俺の眼球が熱を持ち、それが発動したことを確認する。

 

 

『天眼』

 

 

斬るべきものを捉えて決して逃がさぬその瞳。

あらゆる物を断つための眼。

ここで確実に決める。

そう思った時、沖田の口がわずかに持ち上がった。

なんだ、何が来る。

今まで守りに徹していた沖田が大きく踏み込む。

この踏み込み、まさか――!!

ザンッ!

音を立てて沖田が地面を蹴る。その姿が一瞬ぶれたように見えた。

そして、気が付いたときには彼女はそこに居る。

 

「くっそ!!」

 

急いで防御態勢を整えるが、これは明らかにまずい。

防ぎきれな―――

咄嗟の判断で体をかばうように構えるが、沖田は俺の予想とは全く違う動きを見せた。

今の今まで見せていた"あの突き"の動きとは違い、空中でとどまったまま大きく地面に向けて一閃。

ワンテンポ遅れて俺の立っていた足元が沈む。

ここまで来てようやく沖田のたくらみに気が付いた。

そしてそのころにはさらに数太刀地面に斬撃が浴びせられ、瞬く間にして俺の体は落下していった。

 

「や、やりやがったなぁぁぁああ!!!!」

 

俺の体は崩れたビルの床ごと落下していき、その十数秒後にタイムアップが告げられた。

 

『ヴィランチーム、ウィーーーーーン!!!!』

 

 

 

 

「あーっはっはっはぁ!!沖田さん大勝rぶごはっ!!?」

 

 

 

 

 

 



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俺だって推薦入学者の実力が知りたい

「さて、体調不良で倒れた土方少女は今しがた保健室に運ばれていったわけだが……」

 

先程の俺と沖田の一騎打ちが行われた戦闘訓練。

結果として俺は敗北し、今晩のメニューはチー○inハンバーグに決定した。

何ということだ、俺は沖田の目論見にまんまと乗らされ、挙げ句の果どうもこんばんはチーズin。

いや、別にチーズinが嫌なわけじゃない。

切った瞬間弾ける肉汁とどろりと流れ出す半液体状のチーズ達。

そんなもの美味しいに決まっている。

それでも俺はびっ○りどんきーを押したかった。

無念だ……。

とにかく今日のことはしっかり反省して次に活かせるようにしよう。

ふぅ、と一息ついて思考の海から浮上すると、これから授業終わりの講評に入るであろうところだった。

だが、どうも少し様子がおかしい。

うーむ、と手を顎に当ててなにか考え込むような仕草を見せるオールマイト。

いつでも笑顔で即筋肉!といった印象のオールマイトがこういった長い思考を見せるシーンというのは何気に始めて見たかもしれない。

数秒その体制のままだったが、何かを思いついたように顔を上げた。

 

「全員分の訓練が終了したわけだが、少々時間が余ってしまってね。早めに切り上げとうとも思ったんだが、今ここにいない土方少女は仕方がないが、藤丸少年ははまだ一対一しか行っていないだろう?もう一戦だけ行ってみようか!」

 

「――えっ?」

 

「よし!それじゃあ藤丸少年と一戦交えたいという者はいるかな??」

 

あ、これ俺への確認は無しなんだ。

つまり俺に拒否権はないということか。

といってもまぁ、沖田戦でだいぶ消耗してはいるものの特別えげつない個性でなければ別にもう一戦くらいは行けなくもない。

オールマイトはナンバーワンヒーローと呼ばれているだけ合って戦闘経験はダントツで多いはず。

ならば連戦における疲労やリスクだって承知のはずだ。

その上でやれというんだからやるしかない。

それに初日から二連戦させせようなんて時点で何らかの学校側の意図が絡んでいることだろう。

おそらくこの間の個性アリでの体力テストで相澤先生から学校側に報告が上がったか。

となればオールマイトに下った指示は俺が()()()()()()()()()()()の一点だろう。

近年ヴィランも活性化しているし、そんな中で校内の不安要素は早いところ潰しておきたいといったところだろうか。

いや、単にこれからの指導の参考にするためという線も無きにしもあらずだが。

それについてはここではただの一生徒でしかない俺がどうこう考えても仕方がない。

出来ることがあるとすれば彼らの望み通り今までとは少し違う方向性の個性の使い方をしてやるくらいだ。

 

 

 

 

 

唯一心配なのはオールマイトが自分の体力を基準に考えてて俺の体力は考慮してませんでしたみたいなオチだ。

いや、きっと大丈夫だ。

 

 

 

 

 

たぶん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

周囲がオールマイトのトンデモ発言にどよめく中、誰も手をあげようとしない。

ついさっきまで自分たちとの大きな差を見せつけられた直後。

すこし周りとは違うかな?とは薄々わかってはいたものの、あからさまな異常ぶりを見せつけられてそれでも俺と戦おうという気になるヤツのほうがおかしい。

俺だって逆の立場だったら絶対イヤだ。

今まで俺はもっとやばい英霊連中を見てきたためそんなに気にしていなかったが、この世界で俺は過剰戦力らしい。

もっと早く気がつけと言われそうなものだが、そこはもうあのキチガイ集団で常識がおかしな方向に捻じ曲げられてしっかりと固められてしまっているためどうしようもない。

どよめきが走るばかりで誰も手を挙げない現状にどうしたものかと思っていたが、後ろの方にいた誰かが小さく手を上げた。

 

「おお!轟少年、やってくれるか?」

 

「はい。俺もあいつの個性、気になってたんで」

 

ぎくっ、と言わんばかりにオールマイトに動揺が走る。

ごまかし方もそれはひどいもんで、「あ、ああ!べ、別に学校側は関係ないんだけど、私が個人的に気になってしまってね!HAHAHA!!」と笑っていた。

轟君は学校についてなんて一言も聞いてないだろうに……。

というか結局また一対一か。

オールマイトの嘘が穴だらけ過ぎて少し心配になった。

ヴィランの誘導尋問に引っかかって生徒の個人情報をペロッと吐き出してしまいそうだ。

筋骨隆々なドジっ子。

いや、ちょっと勘弁して欲しい。

それはそうと、やっぱり学校側が絡んでいるようだ。

だが、現段階でこちらからなにか出来ることはない。

となれば今はこれから行われる戦闘訓練の対戦相手に集中すべきだろう。

相手はあの推薦入学者の轟君だ。

さっきの戦闘訓練ではビルがあっという間に氷漬けになってほとんど両者とも何もできずに終わってしまった。

近接戦闘になったときどんな戦闘スタイルで対処するのかちょっと楽しみだ。

って、おいおい、俺は本来後方支援と指揮だけで肉弾戦なんてからっきしだったはず。

いつの間にか思考が戦闘狂になってしまっているではないか。

まぁ、せっかくの二回目の人生だ。

それもまたいいかもしれない。

そして、オールマイトが引いたくじの結果が発表された。

 

 

 

 

 

 

 

『さて、予定の時間まであと2分だが大丈夫かね?藤丸少年』

 

「はい。この分なら時間通り間に合いそうです」

 

指先の蒼白い光を地面に押し当て、ルーンを刻んでいく。

指を離すとスゥっとコンクリートに染み込むように消えていった。

表面に書く訳ではなく、尚且コンクリートに傷をつけない。

迎撃用の罠としては中々の出来だと思う。

これは俺が個性として魔術を会得した後に、クーフーリンやスカサハが使っていたルーンというものを上手いこと改良したものだ。

改良、といっても理論に基づいて術式を記述できている訳ではない。

なんとなく、感覚で、直感任せにやったらできたのだ。

これは偏にこの世界における個性がどういうものか、という点が大きく関わってくる。

個性というのはどんなに人間離れした現象を引き起こそうとも、どんなに原理の原の字も分からないようなものであっても、あくまでそれは個人の身体能力という枠を出ない。

スポーツをやっていた人なんかはわかりやすいかもしれないが、「この動きを練習していたらなんだか他のぜんぜん違うところにも役立った」や「出来るかどうか分からなかったけど、感覚に身を任せてやってみたらできた」というのが俺のこの世界における魔術の開発方法だ。

ぶっちゃけ同じことを元の世界でやろうと思えば一番簡単にできたものでもスカサハ完全監修の元必死に取り組んだとして理論が頭に入っても術式の行使がままならないだろう。

詰まる所どういうことかと言うと

 

 

「個性って、便利だなぁ」

 

 

この一言に尽きるのだ。

大方の仕掛けを終え、守るべき核のもとへ戻る。

そろそろ時間も迫っているはずだ。

くじの結果は轟君がヒーローで俺がヴィランだった。

となればあの時見た一瞬で氷漬けになってしまった回と同じ轍を踏まないようにするためにも工夫が必要となる。

そこでこのルーンたちだ。

条件下で勝手に発動する『自己発動術式』に、俺の意思で任意のタイミングで発動する『指定発動術式』。

これらの炎で、というか熱であの氷を何とかしようと考えてはいる。

が、連発できるものなのかはわからないが、流石に何度もあの超冷却を浴びせられればこちらは次が追いつかずに手詰まりだ。

そうなる前に直接轟君への奇襲をかけるべきだな。

奇襲は最初の回で爆豪がやったきりだが、あれはあれで有効な手だ。

ここは狭い室内。

死角になる場所も多い。

その上ヒーロー側は今現在俺の隣に立っているこのハリボテがどこにあるかわからない。

そうすれば無闇矢鱈に壁をぶち抜くなんてこともできない。

 

『さて、時間だ藤丸少年!準備は良いかな?』

 

「はい。始めてください」

 

『それでは、訓練開始!!』

 

その言葉を聞いた瞬間、足元から冷気が迫ってくるような冷たさを感じる。

おそらく前回と同じ手で来たな。

俺がこれをどう対処するか見てるんだろう。

彼は俺が熱を発するタイプの個性を使っているところを見せていない。

俺が炎でこの部屋を守ればどんな反応をするんだろうか。

そんなことを考えていると、部屋全体に張り巡らせたルーンが発動する。

書いたのはキャスニキがよく愛用していた『アンサス』の応用。

この部屋全体が発熱しているように温まっていく。

冷気がこの階にも登りきったようだが、この部屋は変わりない。

強いて言うならちょっと暑いか。

コスチュームの首元を緩めながら入り口を見る。

あのドアの向こうは一面氷漬けだろう。下手に開けると空気の寒暖差でどうなるかわかったものじゃないな。

うーん、この状態でドア開けたら一気に体冷やして風邪ひきそう。

そんなくだらないことを考えていると、徐々に近づいてきているようで、遠くから響くように足音が聞こえてきた。

ここは確か3階の窓際だし、外からこの部屋だけ凍らなかったのは見えていただろう。

迷わず俺のいる部屋まで一直線と言うわけだ。

 

「じゃあ、そろそろ行こうかな」

 

氷を踏み砕く音のしない別の扉へ近づいてドアを開ける。

その先の廊下に氷はなく、さっきまでいた部屋同様温かい。

こちらも上手く起動してくれたようだ。

 

「うんうん、これなら上手く後ろを取れそうだ」

 

俺の作戦はこうだ。

といっても今回のこれは状況が既に限定されている上に狭い屋内ということもあって作戦と呼べるような立派なものじゃない。

外から見える目立った場所に核があったからそこを目立たせて、入口側から見えない廊下を通って部屋に入ろうとする轟君を奇襲するといったものだ。

真正面からあれとぶつかるのは怖いからね。

足音のする方へ静かに近づいていくと徐々に足元に氷が見え始めた。

パキパキという音がならないように注意しながら先へ進む。

曲がり角から顔をだすと、丁度本命の部屋へ向かう途中であろう轟君の背中を見つけた。

先程部屋の守りに応用した『アンサス』を指先で空中に描き、飛ばす。

背後から迫る熱に気がついたのか、咄嗟に氷で身を守る轟君。

大きな音を立てながら地面から氷が迫り出し、壁に激突する。

怪我をさせないように手加減した炎は氷の表面を軽く溶かすのみで役目を終え、その場から消失した。

俺に気がついた轟君はついさっき作り出した守りのための氷を破壊して新たな氷の塊をこちらに差し向ける。

 

「うわっ、と」

 

慌てて出していた頭を引っ込める。

それにしても度々思うけど、轟君の個性って強力なせいか知らないけど本人の使い方が大分大雑把なんだよね。

あと、自分の勝利は揺るがないと思ってるあたりも危うい。

こうやって奇襲も気にせずまっすぐ目的の部屋に向かってくるのもね。

逃げたこちらを追うように迫ってくる氷を躱しながら元いた部屋へ戻る。

本来轟君が最初に目指していた核が置いてある場所だ。

これだけ酷評しておいてなんだけど、俺としてもちょっと彼を舐めすぎてたかな。

あれだけ冷えた空気の中で熱が接近してくればすぐに気がつくだろうに。

怪我させるのをビビって出力を絞りすぎた。

氷から部屋を守った時点で俺の火力はあんなもんじゃないと向こうにもバレてるはずだ。

足音からして轟君は俺を追ってきている。

確保が目的か、それとも俺の行先に核が置いてあると確信してるのか。

 

「だとしても、俺はこの建物に立て籠もったヴィラン。ちょっと警戒が足りなんじゃないかな!」

 

通り過ぎた足元に設置してあったルーンを起動させ、炎が上がる。

背中に一瞬熱を感じ、足音が止まったその間に部屋へと転がり込む。

流石に彼と直線上でやり合う勇気はない。

せっかくこっちは立て籠もり設定なんだ。

そのあたりを上手く利用しない手はない。

勢いよく扉を開けて部屋に飛び込んで扉を閉めた。

ここまでで数秒、様子を見ながら部屋の核のそばまで走り寄った時点で十秒は経ったはずだ。

そろそろ来るか、と思っていたところで扉の周囲が凍りつき始める。

どうやら扉のすぐ向こうにいるようだ。

流石にゼロ距離で凍らされたら耐えられないか。

こんなことなら扉にだけルーンびっしり書いとけばよかった。

やがてカチカチになったドアがゆっくりと倒れる。

部屋の中に侵入した轟くんは俺を正面から見据え、こちらを睨みつけた。

 

「随分と小細工仕掛けてくれたじゃねえか」

 

「小細工?」

 

「とぼけんじゃねえよ。さっきの爆発も、入口近くの階段の爆発も、わざと外から見えるこの部屋を凍っていないと見せつけたのも。全部俺の行動をある程度読んでねえとできねえ筈だ」

 

「まぁ、轟君わかりやすいしね」

 

「ちっ、よりにもよってお前があいつと同じ炎使いとは思わなかったが、この部屋じゃさっきの奇襲の後見てえに物陰に隠れもできない。痛い思いしたくなきゃさっさとリザインした方が良いぞ」

 

すごい自信だな……。

きっと今までひどい負け方とかしたことないんだろうことがひしひしと伝わってくる。

常に凡人でずっとみんなの背中しか見てこれなかった俺としては羨ましい限りだ。

そのうち大事故とか起きそうだけど、彼大丈夫だろうか。

 

「それはどうかな。君が思ってるより粘るかもよ?」

 

「――言ってろ!」

 

轟君の足元から氷が生成される。

今までより部屋が広いからか、生成される氷も大きい。

このまま俺を凍りつかせて行動不能を狙っているようだ。

だが、俺もそうそう思い通りにやられてやるつもりはない。

しかしながらさっきの沖田との全力戦闘で魔力が残り少ない。

となればルーンを含めた英霊の力に頼らない戦闘方法を取ってみようか。

イメージとしては直接戦闘に参加していなかった以前の戦闘スタイルに近いだろう。

と言うか、無理して英霊の力を使うことも出来るだろうけど、炎と言えばあの二人のどっちかだしなぁ。

下手に魔力も体力も少なくなってるときに使うと()()()()()()()()()()で怖い。

せっかくの貴重な強い相手との戦闘機会。

現状英霊の力無しでどれだけ出来るか俺も気なるところではあるし、いい機会だ。

いろいろと試してみよう。

右手を突き出し、手のひらを迫り来る氷に向ける。

左手を右手に添え、叫んだ。

 

「『ガンド』!!」

 

黒い球体が射出され、衝突した瞬間氷塊を弾けさせる。

ガンドとの衝突でサイズが削られた氷を横に飛んで回避し、空かさず空中にルーンを刻む。

 

「『アンサス』!!」

 

「くッ!」

 

氷の横から見える生身に炎を飛ばすが、それも新しく生成した氷に防がれてしまう。

先程からその場から動かずに攻撃も防御も行っている轟君。

やはりこの部屋に罠がある可能性を考慮してできうる限り動きたくないのだろう。

だから核に触れに行くよりその場から動かずに俺を撃破することを優先している。

だが、それではこちらが困るのだ。

彼の予想通り彼が今入ってきた入り口から核に触れようと思うならばおそらくそこを通るであろう部屋の中央付近。

そこにとっておきを隠してある。

初っ端の奇襲で使ったルーンは何だったのかと言いたくなるような高火力の罠。

きっとこの場に沖田がいたならば、「うわー、直接手を下すような時はやたらビビるくせに間接的になると途端に強気になるとか」なんて言われてしまいそうだ。

いやいや、違うんだよ。

あれはほら、奇襲の一発で終わらなかったってことはちゃんと防いでくれるかなっていうさ。

思いが、その、こもってるんです。

 

「いい加減ッ、うぜえ!!」

 

何度か炎をぶつけた後、急に焦り出した轟君。

何事かと思いながらも回避回避と避け続ける。

前世でも基本攻撃能力はガンドくらいなものだったから、事逃げに関しては割と自身があるのだ。

ふと、気がついたことがある。

先程まではガンドをぶつけたり攻撃の直前に炎をけしかけたりして攻撃を邪魔しないと回避できなかったようなタイミングも、何故か普通に回避できる様になっていた。

この短時間で俺が成長したとは考えにくいし、原因があるとすれば轟君のほうか。

 

「――霜?」

 

「チッ!!」

 

どうやら当たりのようだ。

彼の体には氷の連続使用制限のようなものがあるらしい。

考えても見ればあれだけ派手にビルやらなんやら凍らせてればその冷気は彼自身の体も蝕んでいくだろう。

冷気に対する完全耐性なんて人間とは思えない力も個性に含まれてるなら話は別だが、現状の彼を見る限りその線はなさそうだ。

今までの横飛ではなく大きく後退して部屋の中央まで下がる。

 

「なるほど、轟君はある程度氷を出すと体が冷えて上手く動かなくなるってかんじか」

 

「だったらなんだってんだ。別にお互いやることに変わりはねえだろ」

 

「確かにそうなんだけど、俺の方も大分限界が近くてさ。結構頭がフラフラしてきてるんだ」

 

「――何が言いたい」

 

「次で、最後にしよう」

 

一際魔力を込めてルーンを描く。

今までより高威力が飛んでくると轟くんも気がついたのか、向こうもこれままでの氷の生成より大きなタメを作った。

 

「『アンサス』!!」

 

炎の塊と氷がぶつかり合う。

しかし、炎は氷を溶かしきることも破壊することもできない。

そのまま氷は俺を飲み込んで壁際に叩きつけた。

きっと地下のモニタールームも轟君も、これで終わったと思っていることだろう。

だが、甘い。

まだ終わってなんかいない。

自分で言うのもなんだけど、俺の意地汚さを舐めてはいけないんだ。

ゆっくりとこちらへ近づいてくいる轟君。

わざわざ核じゃなくて俺の方に来るのはやはり慢心からだろうか。

それともお互いの健闘を称え合ってとか?

核でも俺でもどちらに向かうにせよそこを通る。

なら、別に問題はない。

 

「さっきあれだけの戦いを見せて、それでもこれだけやれる奴が同学年にいるとは思わなかった」

 

「へぇ、それは嬉しい評価だな」

 

「さっきの侍みてえな個性。使わなかったのはなんでだ」

 

「それは俺にも君と同じように個性を連続で使える限界があるからだよ。と言っても、君のはその霜が解ければすぐ使えるようになるんじゃないの?」

 

「――そうだな」

 

「俺のは体力とは別に個性限定の体力がある、みたいな?HPとは別にMPがあるって感じだと思ってくれればいいよ」

 

あと、少し。

 

「そうか、それだと回復に時間がかかるのも頷ける」

 

もうちょっとだ。

 

「あはは、当面はその上限アップと回復速度の向上が課題かな……」

 

「――そうか」

 

ここだ!

 

「『トゥール』!!」

 

「ッ!?」

 

俺がルーンで障壁を張ると同時に轟君の足元が光る。

そこには俺が仕掛けたとっておき。

『ソウェル』のルーン。

眼の前で轟君の全身が炎に包まれる。

今更ながらちょっとやりすぎたかな………。

燃え盛る炎を見て些か心配になるが、俺としてはこの氷で鎮火どころか起き上がることもできない。

少し心配になってきたあたりで氷が炎をかき消すように現れた。

氷の中から姿を表したのは体のあちこちに火傷を負った轟君だ。

 

「うわぁ、今のも防ぐのか。これは驚いたな」

 

「いってえな……。別に防げてねえよ。おかげで全身火傷だらけだ」

 

体には確かに火傷の痕が数箇所見られる。

だが、轟君の半身をみて納得がいった。

 

「さっきの炎でむしろ冷えてた体が温まっちゃったか」

 

なんとも間抜けな話だ。

攻撃のつもりが敵の弱っている部分をわざわざ治しただけなんて。

ああ、二連敗か。

悔しいなぁ。

そんなこんなで俺の腕には確保テープが巻かれ、訓練は轟君の勝利となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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【幕間の物語】沖田のお父さん論

どうも、時雨です!
いやぁ、お休みの日っていいですね!
心が爽やか!
さて、今回は幕間の物語ということで沖田さんのお話です。
と言ってもまだヒッジは出ないんですが……
そもそもヒッジって出すつもり無かったんですけど今後の内容考えたらどうしても必要になって「これ家族にしてひとまとめにしちゃえば面白くね?」とか思った結果がこれさ!
とりあえずどうぞ!(投げやり)


「ひもじい……お財布がひもじいです……」

 

「あーおなか一杯。ご馳走様沖田」

 

「ほんとですよ!少しは遠慮してくれると思ってたのに全力で食べましたねあなた!一切合切の躊躇もなく!」

 

「いやぁ、他の人なら考えたけど…ほら、沖田だし」

 

「いや意味が分かりませんから!?私だしってどういうことですかぁ!」

 

食べ終わった後だというのに猛抗議を繰り広げる沖田。

俺の胃の中には今沖田のお小遣いで食べた食事がいっぱいに入っている。

やっぱりおなか一杯に食べるっていいね。

俺成長期だしさ。

それにここ数日の4月としては異例の温かさ、というか暑さにあまり家に居たくないのだ。

こういう飲食店なら空調も聞いていて涼しい。

その上食事は沖田がおごってくれる。

いやぁ、沖田様々だなー。

 

「こんな、こんなはずでは……」

 

「ま、ほんとにお金やばくなったら諦めて沢庵食べにまっすぐ家に帰ろうよ。おいしいじゃん、沢庵」

 

食後の緑茶をすすりながら人ごとのように言う。

沖田も多少諦めが付いたのか、一つ大きなため息をついてお茶に口を付けた。

 

「おっきなため息だなぁ。幸せが逃げちゃうよ?」

 

「どの口が言うんですかそれ」

 

「お茶飲んでる口」

 

「それ私もお茶飲んでるんですけど」

 

まったくと言っていいほど建設的ではない会話をしながらお互い再びお茶をすする。

うまい。

 

「ふぅ。実際のところ土方さんは沖田が外で外食を続けるのあんま快く思ってないんじゃない?」

 

「ふぅ。どうしてです?」

 

「一応記憶はあるとはいえ前の時とは違って沖田は今土方さんの娘だろ?年頃の可愛い自分の娘が夜遅くまで出歩くのは父親としては複雑な心境だと思うなぁ」

 

ここが周囲に誰が居るかわからないファミレスなので前世ではなく少しぼかした言い方をする。

これならすこし無理やりではあるが「お芝居の話です」なんかで言い訳できるだろう。

いや、無理か。

無理だな。

 

「うーん、その辺はどうなんでしょうねぇ。イマイチわからないです」

 

「じゃあ沖田自身はどうなのさ」

 

「私ですか?」

 

急に自身の話題に方向転換して首をかしげる沖田。

 

「そうそう。沖田は土方さんのことどう思ってるの?」

 

「私自身ですか。うーん、それもあまりはっきりとは言えないですかね」

 

「というと?」

 

沖田は手に持っていた湯飲みをテーブルに置き、少し考え込むような姿勢に入る。

しばらく「うーん、うーん」と唸っていたが、ある程度自分の中で答えが出たのか小さくうなずいた。

 

「やっぱりお父さん、ですかね」

 

「なにか理由はあるの?」

 

「まぁなんというか、確かに前は今の状況とは全然違って実際に生きてるわけじゃないですか。お父さんとお母さんが居て、赤ん坊として生まれてきて、成長して、そしてあなたに出会って。そう、私は今この世界に生きてるんです。ですから、生物的な本能?と言いますかなんと言いますか……」

 

「あー、何となく言いたいことはわかった気がする」

 

「なら良かったです。私は口はあまり達者な方ではありませんからね。昔から」

 

そこまで言うと沖田は再びお茶を啜る。

きっと沖田が言いたいのは記憶的に土方さんを父親と認識しているのではなく、一生命体として、人間という種の生物の一個体として本能的に彼を父親と体が認識していると言いたいのだろう。

俺にはよくわからない感覚だが、もしロマニなんかが俺の父親だったらそんな感じだったのだろうか。

俺が息子でロマニが父親になった世界を考えてみる。

朝起きると一回のキッチンからベーコンの焼ける心地のいい音と匂い。

そしてトーストの少し焦げた匂いの混ざった朝の香り。

そんな中俺が寝ぼけ眼でリビングへ向かうとそこから見えるキッチンにはエプロン姿でベーコンエッグを焼くロマニの姿が見える。

優しい笑顔でいつも俺を支えてくれる、すこし頼りないながらも自慢の父親。

 

 

 

 

 

 

 

――って、何考えてるんだ俺は。

 

 

そもそもロマニがご飯作ってるって、シングルファーザーじゃないか。

まだ結婚すらしてなかったのに離婚させちゃったよ。

ごめんな、ロマニ。

それにしても『すこし頼りないながらも自慢の父親』か。

彼は元々お世辞にも頼りになる人とは言えなかった。

いつも徹夜ばかりして、仮眠室で倒れるようにして眠っていて、通信の時も優しくはあるが覇気があったかと聞かれればあまりそうとは言えないだろう。

 

 

だが、最後は―――

 

 

「リツカ?」

 

「ん、ああ、ちょっと…考え事」

 

「……そうですか。なら、いいですけど」

 

俺の少しおかしな様子に沖田は目ざとく気が付いて声をかけてきた。

雰囲気の変わった俺を少し心配そうな顔で見つめる。

おいおい、そんな不安そうにこっちを見ないでくれ。

どんだけ俺は信用ないんだよ。

 

「ほんとにちょっとした考え事だよ。だからそんなに心配そうな顔しなくても大丈夫だって」

 

「べ、別にそんな顔してなんて―――」

 

 

「でも」

 

 

慌てて否定しようとする沖田の言葉を遮って言葉を続ける。

あの頃はただ前に進むことばかりに目が言ってあまり周囲に心からの言葉を伝えられる機会というのは少なかった。

いや、こんな言い方は良いわけだな。

俺がそれを避けたというのが大きい。

俺は怖かったのだ。

ただ、ただ怖かった。

彼らとの別れが怖かった。酷く恐ろしかった。

俺のミスで誰かが傷ついたらどうしよう。

俺のせいで誰かが犠牲になったらどうしよう。

そんな不安がふいに、唐突に俺を襲うのだ。

だから、彼らと一定以上の関係を築くことに少し抵抗があった。

それも魔術王戦からは吹っ切れて、できるだけたくさん伝えたいことは伝えようと思えるようになったのだが。

あの時、マシュは一度俺の目の前から消滅した。

その瞬間、俺の中にあったのは強烈な無力感、そして後悔だった。

俺は今までこうなった時が辛いから彼らとの関わりを一定のラインまでで保っていたはずなのに、彼らに依存しないよう、誰も頼らず一人で立てるようにしていたはずなのに。

そうしていたことに酷く後悔を覚えたのだ。

それ以来俺は言いたいことは言う主義になったのだ。

そのせいで心が揺らいでも、誰かとぶつかる事となっても。

だから、俺は目の前の少女にこの言葉を返すのだ。

 

「心配してくれて、ありがとう」

 

「―――あぅ」

 

沖田は否定を続けようとしたまま開いた口を顔を真っ赤にしながらゆっくりと閉じた。

お互いに少し赤くなった顔を隠すために、お茶に口を付ける。

さっきまで心地よく感じていた空調が嘘のようだ。

 

「お茶、おいしいですね」

 

「ああ、まったくだよ」

 

 

 

 

 

 

 



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俺だって後輩と再会したい

ようやくだァ………
ようやくここまでこぎつけたぜぇ.…
今回は藤丸立香の個性についてとusjにもちょっと触れます!!
しかもタイトルでお察しの通りあの娘が登場……!?
一体この物語はどこを目指しているのか。
それは作者の私にもわからない。

ではどうぞ!


ホームルームが終わり放課後、俺のところへ沖田が向かって来るのとほぼ同時に数名が自席に座る俺の元へ走り出した。

 

「おいおいおい!おめぇめちゃくちゃ強えなぁ!一番最初の緑谷達のもすごかったけどよ、最後のアレもすげぇアツかったなー!」

 

「なんか剣戟!?みたいな!?すごかったよねー!」

 

「あの轟とも互角にやりあってたもんな!」

 

放課後になったとたん矢継ぎ早に畳みかけられる。

突然のことに対応できない俺同様沖田も何が起きたのかわからずぽかんとした表情をしていた。

俺が唖然としていると、現状を理解したのか各々が自己紹介をしてくれた。

 

「そういやしっかりした自己紹介まだだったな!俺ぁ切島鋭児郎、よろしくな!」

 

「私は芦戸三奈!刀で戦ってる人まじかで初めて見たよー!まぁ、モニター越しだったけど」

 

「俺、砂藤!」

 

「あ、ああ。じゃあ俺も自己紹介しようかな。俺は藤丸。藤丸立香だよ。呼び方は好きに呼んでくれてかまわない」

 

すると切島が待ちきれないといった様子で俺に迫る。

 

「それじゃあ藤丸!お前の個性って何なんだ!?」

 

やっぱりこの質問は来るよね。

俺の個性について言及する、というか疑問を持つのは至極当然のことだ。

今までの俺の行動を見ていれば分かるが、俺の個性にはこれといった特徴がまるでない。

そのせいで個性の登録時にひと悶着合ったくらいだしね。

三年間共に同じ学び舎の、しかも同じクラスで過ごすのだからやはり気になるのだろう。

 

「うん、それじゃあ俺の個性のことも含めてさっきの訓練の反省会とかどうかな」

 

「「「さんせー!!」」」

 

三人とも入学してまだ日が浅いのに仲いいなぁ。

俺としてもクラスメイトとは当然仲良くしていきたいと思っていたので渡りに船だ。

早くみんなの名前と顔を一致させたいし、何より第三者から見た戦闘の評価は俺も気になる。

沖田は急な出来事で驚いたようだったが、状況を理解したのか顔を綻ばせてそこへ合流した。

 

「はいはーい!私も混ぜてもらっていいですかー?」

 

「おうよ!えっと……」

 

「土方総司です!よろしくお願いします!」

 

「あれ?土方?でも藤丸には沖田って呼ばれてなかったっけ」

 

「それは俺が呼ぶときのあだ名みたいなものなんだ。こう見えても家が隣で付き合いがかなり長くてね。所謂幼馴染みって奴かな」

 

「そうだったんだ。じゃあさ、私も沖田って呼んでもいいかな?」

 

「もちろんです。これからよろしくお願いしますね芦戸さん!」

 

沖田と芦戸の間に女の子同士の友情が結ばれ、和気藹々と話しているのが目に入ったのか他のクラスメイトも何事かと集まってきた。

これからさっきの訓練の反省会をすると聞くと、特に緑谷は即答で参加を表明した。

ノートを片手にすごい勢いで頭を振っている。

いや、そこまで必死にならなくても参加制限とかないから大丈夫だよ……。

そして視界の端で爆豪が教室から出ていくのが見えた。

どうもさっきの緑谷達との訓練からあからさまに様子がおかしい。

元気がないというか、普段の周囲へ振りまく拒絶オーラが薄い感じだ。

映像や試合直後のオールマイトと会話をしていた様子を見る限り緑谷と何かあったみたいだけど……。

いや、他人の問題を不用意に詮索するのはよそう。

彼だって人間。

触れられたくないことの一つや二つはあるはずだ。

何しろあれだけ他より歪んでるしね。

クラスメイトとそれぞれの自己紹介を済ませ、ようやく先へ進む。

 

「それでよ、結局藤丸の個性って何なんだ?」

 

「うん、僕もそれはすごく気になってた。最初の個性把握テストの時は瞬間移動?みたいなことをしていたけど、僕が藤丸君に会った時はもっと別の個性を使ってたよね」

 

痺れを切らしたように砂藤が言い、それに緑谷が賛同する。

 

「え?立香と緑谷さんってお知り合いだったんですか?」

 

「えぇ、っと。土方さんと沖田さんとどっちでお呼びすれば……」

 

「??好きな方で構いませんが、迷う様でしたら沖田で大丈夫です」

 

「あっ、はっ、はい!」

 

緑谷が顔を赤くして沖田に答える。

この慌てよう、どうやら緑谷はあまり女性に対する耐性はないようだ。

言いたいことがあるはずなのに言えてないなこれは。

さっきの麗日とペアを組んだ時と言い、これは随分重症だ。

 

「って、この間の体力テストの時言ったじゃないか。あれだよ。アーラシュさんだよ」

 

「ああー!全身四散の人ですね?思い出しましたー!」

 

「そうそう。それが緑谷なんだ」

 

「ああー、なるほどそういう事でしたかー!」

 

「全身四散――???」

 

「まぁ、話は戻るけど、緑谷は俺が前に見せた個性を覚えてる?」

 

「えっ?えっと、確か……機械を誤作動させてお互いを攻撃させたり、後はボール投げに今日の訓練の時もかけてくれた治癒。そして何より印象深かったのはあの侍みたいなやつかな」

 

その話を聞いたクラスメイト達は驚きの声を上げた。

 

「そ、それって複数の個性を持ってるってことかよ!?」

 

「そうだよな…あんな多様なことができるのはそれくらいしか」

 

「いや、そういうわけではないよ。俺の個性は一つだ。ただ、出来ることが多すぎるだけでね」

 

「出来ることが、多すぎる?」

 

緑谷が顎に手を当てた思考モードのまま俺の言葉を復唱した。

 

「俺の個性は俺と深い関わりのある過去の英雄達の力を再現できるものなんだ。だから知識さえあればその英霊が残した逸話や伝説に基づいた力を発揮できる」

 

「そ、それってもう無敵じゃないか!すごいよ藤丸君!!」

 

興奮ぎみに緑谷が詰め寄るが、「ただし」と緑谷を抑えて話を続ける。

 

「あくまで俺の深く知ってる英霊に限るから誰でもかんでもってわけじゃない。それに体との相性もある」

 

「相性?」

 

「そもそもで相性が悪ければ能力を借りる事すらできないし、強すぎる力に体が耐えられない。だから俺は本来の英霊のスペックを2割も出し切れていないんだ」

 

「あ、あれで2割!!?」

 

少し誤魔化し、というか嘘が入っているが、それはまぁ仕方がないだろう。

彼らにカルデアとか人理修復とかいっても意味不明なわけだし。

それにすべてがすべて嘘というわけでもない。

俺が力を借りられるのはカルデアで一緒に戦った英霊だけだ。

力の話だってそもそもあの時天眼を完全な状態で発動できていたら俺は沖田の攻撃を読み切れていただろうし、あの場で負けることもなかっただろう。

やはり自分自身のスペック不足を嘆いてもしょうがないとは思うが、もう少しどうにかならないものだろうか。

いくつかみんなからの質問に答えていると、ふと何かの気配を感じた。

先程から常識を逸脱した個性の説明に驚く緑谷達をよそに廊下から感じる何者かの気配に視線を向ける。

教室後ろ側の出入り口には誰もいない。

曲がり角辺りで聞き耳をたてられているのか?

その何者か、について思い当たるのは相澤先生あたりか。

俺の個性についての危険性や対策は担任であろう彼が一番気にしているはず。

彼の見ただけで相手の個性を消すという驚きの能力で俺の個性が消えるかどうかはわからないが、こちらとしても俺の能力をある程度知ることで向こうの警戒が多少なりとも溶けてくれるとありがたい。

丸三年間担任に睨まれっぱなしとか笑えないよね。

ふと目の前にいた緑谷が何かを探すようにキョロキョロと教室内を見回す。

 

「どうかしたの?」

 

「えっと、かっちゃんがどこに行ったのかなって思って」

 

「爆豪ならさっき教室を出てったよ」

 

「えぇ!?」

 

「用があるなら今ならまだ走れば間に合うんじゃない?」

 

「あ、ありがとう!それじゃあ僕、行ってくる!」

 

それだけ言い残して緑谷はすごいスピードで廊下に飛び出していった。

 

「よっぽど大事な用事だったんだなぁ」

 

「そうですねぇ。それはそうと―――」

 

先程までの静けさを破り、沖田が話題をふる。

沖田はにやりと笑みを浮かべ、悪い顔でこちらを見た。

何を企んでるんだこいつは。

沖田がこの顔をするときは対外碌なことが起きない。

それはこの十数年で嫌というほどよく知っている。

例えば俺が嫌いな虫のおもちゃをノッブと一緒に投げつけてきたときもこの顔だった。

大体俺に不利益や不幸を意識的にもたらそうと考えているときの沖田はこの顔だ。

それに対して俺は恐ろしい無茶ぶり等が来ないことを祈るしかない。

無力だ。

 

「みなさんで親睦を深める事も兼ねて夕食などいかがでしょうか!もちろんリツカのお・ご・りで」

 

「はっ!?ちょ、ちょっと待ってよ!さっきの勝負は確かに負けたけど、みんなの分まで払えないって!」

 

「さぁ、行きますよみなさん!我々をチー○inハンバーグが待っています!」

 

「待て待て待て待てぇぇえ!!!」

 

「待てません!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆での外食は楽しかったし、その場に居たメンツは概ね名前と顔、それから個性を把握できた。

普通に考えればわかることだったが、みんなはちゃんと自分で自分の分は払ってくれた。

沖田は当たり前のように俺の金で食っていたが……。

今回は沖田に轟君と二連敗だ。

ふたりとも次の機会があれば必ずあっと驚かせてやろう。

俺はファミレスで一人、ふつふつと胸の中で燃ゆる思いを感じていた。

 

「あ、あんみつおかわりでお願いしますー」

 

「ちょっと!?沖田さん!?まだ食べるんですか!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

春の陽気、周囲の森林。

いい天気だ。

六時限目、本日最後の授業はヒーロー基礎学。

高校の所有するバスに揺られ、俺達は今雄英の敷地内を移動していた。

 

「いやぁ、残念だったね、飯田」

 

「まさかこういうタイプだとは思っていなかったんだ……俺としたことがとんだ失態だ……」

 

隣であからさまに落ち込む飯田を慰めつつ、変わりゆく窓の外を眺める。

それにしても何時も思うけどここの学校すごい敷地面積だよなぁ。

これ東京ドーム何個分くらいあるんだろ。

これぞマンモス学校だよね。

もはやマンモス通り越して進化した結果大寒波も乗り越えられそうなくらいだ。

 

「それにしても、藤丸君の個性には驚かされたよ」

 

「確かに他にあまり見ない個性だよね」

 

俺の言葉に飯田が頷く。

 

「ああ、正直まさかクラスに俺よりも速い生徒が居るとは思わなかった」

 

「速いって足が?」

 

「最初の個性把握テストの時の記録には度肝を抜かれたよ。50メートルを0秒だなんて、いったいどうやったんだい?」

 

そうか、沖田は理解していたけどあの時のことを俺は飯田や他のクラスのみんなに話していないんだ。

となればめちゃくちゃ足の速い英霊の力で50m走り切ったと思われても仕方がない。

あれは正直言ってずるだ。

生真面目な飯田に勘違いをさせたままなのは聊か罪悪感が残る。

何と言っても本来走るという分野において足にエンジンという個性を持っている彼の独壇場だったはず。

早いところその勘違いを訂正しておこう。

 

「ごめん。あれ実は俺走ってないんだ」

 

「走っていない?ま、まさか本当に瞬間移動だというのか!?」

 

「いや、あれは入試の時に使った力のある種延長線上にある力、みたいなものかな」

 

「ある種延長線上にある力?」

 

「うん。入試の時に先頭集団を俺が追い抜いてロボット同士を壊し合わせたのは覚えてる?」

 

「ああ、あの時俺を追い抜く速さの他の者が居ること自体に驚いたし、仮想ヴィランが故障したのではないかという一騒動があったから記憶によく残っている」

 

「あれはロボット同士の認識に介入して、というかロボットだからセンサーを少しいじくってって感じかな?それでお互いを攻撃対象に設定させたんだ」

 

「それでああなったわけか……だが、その認識の介入とあの瞬間移動とどうかかわってくるんだい?あまり関連性があるとは思えないのだが」

 

「それが大ありなんだ。俺はあの時みんなの五感に干渉してまるでそこに俺が瞬間移動したように見せかけた。だから本来の俺はスタート地点から全く動いてなかったんだよ」

 

「ま、待ってくれ!それじゃああの時俺たちが見た藤丸君は幻覚か何かだとでもいうのか!?」

 

「その通り。まさしくあの時の俺は幻覚だった。要するに、あの場の全員俺の術中だったってわけさ」

 

飯田は目を見開いた後、戦慄したように身を震わせた。

俺としてはもう少し「やはり、すごいな君は!」みたいなリアクションが飛んでくると思っていたんだが、飯田の顔は硬く、真剣に俺の目を見ている。

俺がどうしたのかと問うと、飯田は少しためらいながら口を開いた。

 

 

 

「俺は、君がヴィランではなくて、今心底ほっとしたよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺の知るUSJとは違う少し笑えるネーミングのUSJに到着後、主に災害救助で活躍している13号先生の講義を受けた。

彼の言う個性は人を救える力ではあるが、使い方を間違えば人を殺せる力だという話は実に的を射ていると感じた。

個性というのは昔言われていた超能力なんかとは違う。

この時代における個性というのはあくまでもその個人の身体能力の一部なのだ。

言ってしまえば腕力や握力と変わらない。

強靭な腕力を持っている人間は思い切り相手を殴れば場合によっては容易くその相手を殺すことができる。

これは握力も同様だ。

例えば筋骨隆々な男が強い力で子供を何度もぶったら?強い握力で赤ん坊の頭を思い切り握ったら?

当然ただでは済まない。

個性の場合だってこれと何ら変わりはない。

それぞれまったく違う個性をみんなが持っているが、それらを故意に誰かに振るったとしたら恐ろしいことになる。

個性の怖いところは見た目で全く分からない者も多いという事だ。

見るからに怪しい人間が居れば周りには近づかないようにする事もできるが、個性はそれこそ身体能力。

最早体内に強力な兵器を隠し持っているといっても過言ではない。

そんなことが当たり前になっている世界で、彼の講義はとても意味のあるものだったと思う。

少なくとも、この場に居る生徒たちの心に深く刻み込まれたことだろう。

そんな心に響く13号先生のお話も終わり、これからさっそく救助訓練が始まる。

そんな時だった。

背筋を何か気持ちの悪いものに舐め上げられたような悪寒に全身がビリビリと震え、俺の本能に危険信号を伝える。

その直後、この施設の中央にある広場に黒い靄のようなものが出現した。

 

「一塊になって動くな!!!」

 

普段の相澤先生からは考えられないような覇気のある怒号が飛ぶ。

 

「13号!生徒達を守れ!!」

 

現れた靄はさらに大きくなり、中からは異様な格好をした連中が多数出現した。

そんな連中の中で、一際目を引く全身手だらけの男。

そしてその隣に立つ少女。

彼女が視界に入った瞬間俺の心臓がドクリと跳ねる。

周囲の時間が止まったような錯覚さえ感じた。

両の目が視線上に捕らえて放そうとしないその少女。

うつろな目をしてただ呆然とその場に立っているだけのようだ。

あの頃の花が咲くような笑顔も、凛とした立ち振る舞いもなかったが、それでも俺が彼女を見間違えるなんてことはあるはずがない。

俺の口から自然とその名前が、こぼれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――マシュ?」

 

 

 

 

 

 

 

 




如何だったでしょうか!?
いやぁ…マシュファンのみんなごめんねぇニタァ
レ〇プ目をどうしても書きたかったんだ…すまない。
次回、彼ら彼女らはどうなってしまうのか。
乞うご期待!


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俺だって闇から君を救い出したい

どうも皆さん!時雨です!
今回からしばらく戦闘回が続くよ!やったね!
私の下手くそ描写が炸裂するよ!
ヴォェッ!!


皆さんのおかげでUA、お気に入り、評価数が凄いことに……!!
そして先日チラッと見てきたらデイリーのルーキーランキングで6位!
すばらしやぁ(感涙)
これからも頑張りますので応援よろしくお願いします!!



考えるより先に、体が動いていた。

全開の身体強化を行使した状態での跳躍。

当然体は軋むような痛みが走り、普段ならば落ち着いて一旦状況を立て直そうとするであろう所だ。

だが、俺の頭にはそんなことを考える余裕など微塵もなかった。

体への命令を下す回路が、思考から感情へと切り替わったのがわかる。

ただ、ただ彼女の手に触れたい。

優しく、そしてしっかりと握り締めたい。

もう二度と、離さないように。

俺が不安なとき、恐怖に屈しそうになった時に彼女がそうしてくれたから。

今度は俺がそうしてあげる番なんだと。

その暗い地の底から俺が、俺が引きずり上げてやりたいと。

そう、思った。

だがその幻想は容易く破壊され、一瞬にして現実に引き戻される。

今までマシュに向かって一直線で突っ込んでいたはずだったが、俺とマシュの間に黒く、大きな影が映りこんだ。

そして次の瞬間には俺は後方へ吹き飛ばされていた。

いや、殴り飛ばされたのか。

それを理解することにさえ数秒を要した。

俺自身が自分の身に何が起きたのかを理解したのは轟音と共に元居た入り口付近の階段下に衝突してからだった。

 

「がはッ!!う……あ……」

 

殴られたであろう腹と打ち付けた、というより地面にめり込んだ背中が激しく痛む。

当然頭も強く打ったようで意識は朦朧とし、呼吸もままならないほどだ。

助けに飛び出したはずなのに一撃で即ダウンとはなんとも間抜けな話だ。

ともあれこのままだと間違いなく死ぬ。

何とか右手を動かして自身に応急手当を行使したところで上から誰かが飛び降りてくるのが見えた。

 

「藤丸!!」

 

「先、生……」

 

「無事――ではなさそうだな」

 

「ええ、まぁ……はは……こふっ」

 

俺の元へ駆け寄る相澤先生。

傷の治療を終えてようやくまともに会話が成り立つようになった。

それでも応急手当では直せない傷は未だ治っていない。

外面の出血や打撲等はほぼ何とかなった。

しかし、内臓や骨が少しまずい。

骨は表面をコーティングするように補強し、内臓は出血していた箇所を覆うように新しい薄皮のようなイメージでそれこそ本当に応急的な措置で機能を保たせている。

どちらも治療行為が完了したとは言い難い。

さらに上位の治療を行えば問題はないだろうが、そうするとこの後の戦闘で個性の使用できる時間が減少するだろう。

余裕を持って勝てる相手とは思えないし、出来る限り余力は残しておきたい。

 

「言いたいことは山ほどあるが、今はさっさと上にいる他の生徒たちと合流しろ。ここは俺が何とかする」

 

「先生の戦闘能力を疑うわけじゃないですが、雑魚はまだしも俺がさっきやられた奴はどうするんですか?先生の戦闘スタイルとは明らかに相性が悪いように思えますが」

 

「そこは状況と要相談だ。さっきのお前をはじき返したあのデカいの、凄まじい速さとパワーだった。あれじゃあまるで――」

 

「オールマイト、ですよね」

 

お互いの苦々しい顔を見合い、現状が芳しくないことが再確認する。

そしてさらに追い打ちをかけるように他のヴィランたちがこっちへ集まってきていた。

恐らくあまりに急な出来事だったせいで現状が呑み込めていなかったのが自分たちの目的を思い出したんだろう。

別にそのまま忘れててくれてよかったんだけどなぁ……。

 

「……もう少し時間を稼がせてもらおうかな」

 

マーリンの力で今出来得る限りの幻術を周囲に展開する。

杖をふると同時に周囲には霧が立ち込める。

はじめはうっすらとだったそれはどんどん深くなっていき、最後には完全に視界を奪った。

自分から1m先どころか50cm先さえどうなっているかわからない。

そこまで終わってから再度先生と向き合う。

 

「不用意に敵の視界を奪えば流れ弾が飛んできかねないぞ」

 

「その点は安心してください。()()()()()()()()()なってます」

 

その言葉に一瞬訝し気になった相澤先生だったが、一応の納得、というか妥協はしてくれたらしい。

それを確認して先程の話を再開させる。

 

「あのムキムキの脳みそ野郎の個性、先生の個性で消せないんですか」

 

「やってみないと分からん。だが、後ろに本命と思われる人物が控えている以上突破は容易じゃないだろう。何しろ向こうの情報はまだ何一つわかっていない。だが、これだけの準備を整えて襲撃に来てる。向こうも策無しじゃないはずだ。何よりこのタイミングで本校舎じゃなくてこのUSJをピンポイントで狙ったという事は、奴らの目的は本来ここに来るはずだったオールマイトだろう。さしずめお前が言う筋肉脳みそ野郎は対オールマイト用兵器と言ったところか」

 

「恐らく上でも何かアクションを起こしてくれるでしょう。13号先生もいますし、何より飯田が居る。おそらく今この状況では電話等電波を発するものによる連絡手段は絶たれてると思った方がいい。となればあの場では彼を本校舎まで走らせるのが一番確実で一番早い」

 

「飯田に電話を持たせて繋がる距離まで走らせる、あたりが上等だとは思うが、この状況でそこまで頭が回るかどうかだな。もし俺達を飛び越して攻撃を仕掛ける手段が敵にあるんだとしたら、それも望みは薄いだろう」

 

そうこうしている間に徐々に霧は晴れ始めている。

俺が傷の痛みで集中力を切らしたせいだ。

普段も無傷での個性の練習はしていたが、傷を負った状態での個性の持続は練習したことがなかった。

この間の轟君のときに思ったところも含めてまだまだ改善の余地は多そうだ。

段々と視界が開けていく中、そこには先ほどまでいた雑魚ヴィランの3分の1が地面に倒れ伏すという異様な光景が広がっていた。

さっきの霧を発生させた時点でこの場の俺が介入できる最大人数までヴィランを捕捉した。

そしてその中でも遠距離系の攻撃手段を持つヴィランに対して周囲から聞こえる不自然な物音や極度に寒いと誤認させることで強い恐怖心と警戒心を与えた。

後は他のヴィランが近づいてくれば足音のする方に向かって最高潮に上り詰めたストレスから勝手に攻撃して自滅してくれるという寸法だ。

正直ここまでうまくいくとは思っていなかったが、それでもまだまだ数は残っている。

この現状をどうにか打開しない限りマシュの元にたどり着くのは難しいだろう。

 

「お前、今からでも上に行く気はないか?」

 

「……逆にあると思うんですか?」

 

「そうか。なら、それなりの働きは期待させてもらおう」

 

それだけ言って二人同時に走り出す。

目の前に居た有象無象のヴィランたちも、急な状況の変化で晴れかけとはいえ霧の中からの急襲には対応できなかった。

俺は先程の戦闘継続時間と怪我の痛みによる集中力の大幅な低下を天秤にかけ、前者を取った。

全力を出せないままずるずるとなぶり殺しにされるよりも一瞬の最大火力で押し切ることを考えた。

『浄化回復』。

先程よりも上位の治療を行い、体内の怪我の殆どが完治したのを感じる。

だが、その分の疲労が一気にのしかかった。

サーヴァントの力を借りるほどではないが、威力や影響の大きな魔術を行使すると当然成果は大きいが、それに伴ったコストも大きくなる。

しかし、今はそんなことを気にしている場合ではない。

個性で武蔵ちゃんの力を身に纏い、ヴィランの一人の背後を取る。

これ刺したり切っちゃだめだよな。

相手が一人や二人で場所が市街地ならまだしも――いや、それはそれで公衆の面前で血しぶきはまずいか。

ともかくこの後治療できる目処も助けが来るタイミングもまだわからない。

となれば気絶させてその辺に転がして奥のが手っ取り早くて安全だな。

近くのヴィランの後頭部を刀のみねで殴打する。

絞り出したようなうめき声を一つ上げ、ヴィランはその場に崩れ落ちるようにして倒れた。

相澤先生の向かった方へ一瞬視線を向けると、向こうも数人まとめて気絶で処理した様だ。

さらに先へ向かう相澤先生と、ゴーグル越しに目が合った気がした。

相澤先生は何も言うことなくそのまま走っていく。

俺もそれに続くように走り出した。

 

「待っていてくれ……マシュ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「せいッ!!これで6人目……早いところ他の方々と合流したい所ですが、そうはさせてくれそうにありませんね……」

 

階段下が霧に包まれてから少し経った頃、私たちの目の前にあの靄のようなものの発生源であろう人物が現れた。

そして彼は自分たちの目的を隠す気もなく言い放った。

オールマイトを息絶えさせる。

平和の象徴、ナチュラルボーンヒーローと謳われるナンバーワンヒーローオールマイト。

彼を殺すために奴らはここに来た。

そしておそらくリツカが最初にやられた奴が対抗策か何かだと考えられる。

頭の中で思考を巡らせながらコスチュームとセットで携帯していた短刀でヴィランを"殴りつける"。

この短刀には刃は付いておらず、言ってしまえばただの模造刀だ。

ただ、これはプロヒーローのコスチュームも手がけるヒーローの装備を作るプロフェッショナルが作った模造刀。

そう簡単には折れないし、軽すぎず重すぎない。

手に馴染むしっとりとした重み、とでも言えばいいのだろうか。

感覚で捉えているのでうまく言葉にすることは出来ない。

本当はちゃんと切れる刀がよかったが、相澤先生によると生徒は殺傷能力の高い武器を携帯することは禁止されているんだとか。

まぁ、戦えないよりは断然いい。

ちなみにリツカの使う武蔵さんの刀は個性で生成されるため体の一部という認識になるらしい。

ちょっとずるい。

それにしてもどこもかしこもヴィラン、ヴィラン、ヴィラン。

だが、そのどれも苦戦を強いられるような猛者ではない。

みんながみんな街のごろつきと表現するのがまさに適切としか言いようのない者ばかり。

対人戦を前提とした戦闘訓練を一定以上こなしているのであれば誰であっても早々負けることは無いだろう。

 

「いや、もしかしたら他の災害の地域にはその地形や状況が苦手な個性の人たちが飛ばされてるかもしれませんね。私はある程度オールラウンダーですが、梅雨ちゃんなんかだと火災エリアでは大変なことに……」

 

先日仲良くなった友人の事を思い浮かべ、顔を青くする。

彼女の個性は蛙にできる事なら大体何でもできるが蛙が苦手なことは大体苦手なはずだ。

そうなれば燃え盛る炎の中に炎系の個性のヴィラン対梅雨ちゃんのタイマンにでもなったら目も当てられない。

今頃天日干し蛙にでもなっていたらと思うとぞっとする。

そして頭の中に先程見事にはじき返された少年のことが頭をよぎる。

 

「リツカ、は案外丈夫ですし大丈夫でしょう。それに――」

 

あなたなら、彼女をちゃんと連れてきてくれると信じてますからね。

相手が目の前にいないので心の中でつぶやく。

 

「となれば早いところここを片付けて残りの方々の救援に向かいたいですね。あまり長期戦は得意じゃありませんし、私」

 

背に誠を背負った水色の羽織をはためかせ、少女はヴィランと対峙する。

彼女を睨みつけるヴィランどもに、切り捨てるように言葉を投げた。

 

「戦場にて事の善悪無し、ただひたすらに切るのみ」

 

 

 

 

 

 

 



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俺だってクラスメイトを守りたい

お久しぶりです!時雨です!
徐々に暑くなってきましたが、みなさんいかがお過ごしでしょうか。
東京は基本的に連日暑くて私は目を回しております。
色々リアルが忙しくてこうしんできていませんでしたが、これからはちょくちょく上げて行こうと思っています。
さて、話は変わりますが、この小説に評価を付けてくださった方の一人が気になることを書いていました。


内容をそのまま書くことはこの場では致しませんが、ざっくりいうと他作品のめちゃくちゃ強いキャラを考え無しに主人公として出してしまえば、原作の主人公はただの賑やかしにしかならない。といった感じです。
かなりざっくりなので本文はもうちょっと色々深いお話だったお思います。
こっちはあくまで趣味で書いてんだから原作への愛だとか地雷だとかほざかれても知らんわ。そんなんで評価1なんぞ付けられたらたまらん。
と言ってしまうのは簡単なんですが、確かにそれもそうだなーと思ったので色々自分なりに考えてみました。
どうやら私の書いた小説軒並みその方の嫌いなパターンにしっかりとマッチしてしまったようでして、あわわわって感じでしたが、言いたいことも結構わかる感じでしたので色々頑張ってみようと思います。(?)


長々と前書きに失礼いたしました。
もしこの小説を見てくださっている中に自分も作品を書いているという方は一度この問題について考えてみてはいかがでしょうか。
長々書きすぎて自分でも何かいてるかわかんなくなってきたな・・・・・。
では本編へどうぞ!

※若干のFGO二章ネタバレがあります


「プロ相手に有象無象じゃ全く歯が立たない。それはわかる。だがあのガキはなんだ?さっきはあの階段の上から一瞬でここまで間合いを詰めてきやがった。脳無が居なかったらどうなってたと思ってる。あんな化け物がガキどもの中に居るなんて聞いてないぞ」

 

苛立ちを込めてガリガリ、ガリガリと首筋を掻く。

ボロボロと皮膚が剥がれて地面に落ちた。

 

「というかなんで俺が子守なんかしなくちゃいけないんだ?」

 

忌々しいという感情を目一杯込めて自分の隣にただ立っているだけの少女に目を向ける。

先生はこのガキを興味深い個性だとかで今回の作戦で機能テストをするとかなんとか言ってた。

最初は俺にどうこうしろとか言われるのかと思ったが、別に何もする必要はないと言う。

ただ近くに置いておくだけで俺に危険が迫れば盾になる、らしい。

俺としても別に面倒が掛からない上で役に立つならどうでもいい。

光を失った瞳でどこか空中を見つめる人形のようなガキ。

全くしゃべらず、微動だにせず、だがそれでも呼吸に合わせて小さく肩が動いている。

本当に生きた人形のようだ。

 

「気持ちわりぃ」

 

それだけ言って興味の薄れた少女から雑魚どもを蹴散らしてこちらへ近づいてくるイレーザーヘッドと生徒に目を向ける。

そうだ。

こんな気味の悪いガキにかまっている暇はない。

楽しい楽しいゲームはこれからなんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目の前で倒れていくヴィランを何人目か数えるのも面倒になった頃、敵の本命と思われる手だらけの男が動き出した。

こちらではなく相澤先生の方へ向かっている。

そのヴィランは見た目お世辞にも肉弾戦が得意とは言えない細い体つきをしていた。

肌の色は不健康さを主張するように白い。

まぁ、体つきが肉弾戦に向いていなさそうというのは相澤先生も同じなのだが、ヴィラン相手に相澤先生がそうそう遅れを取るとは思えない。

先生ならきっと大丈夫。

そう思っていた矢先に予想外の光景が目に入った。

ボディに一撃を入れようとした相澤先生の肘をヴィランは手で受け止めた。

すると相澤先生の服の表面に妙な異変が起こりだした。

表面が劣化していっているのか、原理はわからないが表面からボロボロになっていく。

その影響は服のみにとどまらず相澤先生の肘がどんどん崩壊していった。

気がつけばあっという間に内部の肉が露出している。

 

「先生!!」

 

「くッ…!」

 

相澤先生は開いていた左手でヴィランに一発入れ、ひるんだ隙に大きく距離を取った。

そこへ先程までの雑魚の残りが畳みかけるが、無事な左腕だけで何とか撃退する。

二人で無力化を行っていたおかげで随分数が減っているのが功を奏した。

今なら俺と先生は広場の端と端に居るが、なんとか合流できるだろう。

途中で飛びかかってきた異形系のヴィランを殴り飛ばし、急いで先生の元まで駆け寄る。

息の荒い相澤先生の肘に応急手当を行使し、何とか傷を回復させた。

治療が終わると同時にグラリと視界揺れた。

流石に魔術を多用しすぎたか。

だが、今はそんなことは言っていられない。

 

「すまん、助かった。この状況で片腕を潰されるわけには――おい藤丸、お前鼻血出てるぞ。ヴィランにやられたのか」

 

「えっ?」

 

先生に指摘されるのと同時に地面へ赤い雫が落ちていく。

それはパタタッと音を立てて足元に小さな水溜まりを作った。

下を向くと頭が振られただけの小さな勢いで通常の鼻血の数倍の量が一度にこぼれ落ちる。

これもう『ポタポタ』なんて可愛い効果音じゃなく、『べちゃっ』て感じだな。

 

「ああ、これは俺の個性の反動なんで別に怪我した訳じゃないです。それに現状俺は後ろに下がるつもりないですしね」

 

「――そうか。あの手だらけの側に控えてる少女、お前の知り合いか?」

 

「はい。恐らく何らかの個性で自我を封じられてると思います。何とかして助け出したいです」

 

「それが本当ならあの子はプロヒーローとして救うべき対象だ。だが、あくまで俺が優先するのは生徒の、お前の無事だ。そこを忘れるな」

 

「あははっ、善処します」

 

「とりあえずあの手だらけを無力化して――」

 

相澤先生が俺に何か指示を出そうとしたとき、背筋にさっきのヴィラン出現時のような寒気が走った。

慌てて先生を突き飛ばすと同時に体が宙に浮くのを感じた。

そのまま中央の噴水に向かって投げ飛ばされる。

空中で何とか体制を立て直して噴水に直撃は防いだが、思いっ切り水の中に落ちる。

ああ、せっかくの一張羅がびしょ濡れだ。

俺の場合は能力を再使用するだけで元に戻るけどね。

即座に水の中から飛び出し、俺を投げ飛ばしたであろう相手を見る。

先程まで俺と相澤先生が立っていた場所には、胴体に対して驚くほどほそ長い手足のついた脳みそがむき出しになったヴィラン。

 

「脳みそ二体目か……。こっちの個体は気配遮断でもできるのかな?」

 

こいつに対しては俺の能力だと今打開策はぱっと思いつかない。

というかそもそも最初にあの靄から出てきた時点でこんな奴いただろうか。

それこそ気配遮断でこっちに気取らせないようにしていたとか?

いや、今そこは重要じゃない。

現状この場に居るんだから撃退しなくてはいけないことに変わりはないんだ。

力はさっき俺をはじき返した奴と比べれば全然だが、こちらに気取らせないように接近してこられるのは厄介だ。

相澤先生の個性で奴の個性を消してもらって対処するのがこの場でのベストか。

それを相澤先生も考えたのか、俺を追撃する前に先生が仕掛けた。

あの細い手足で殴り合いというのは考えにくい。

あくまであの個体の旨味は気配遮断なんだろう。

となれば近接戦闘では相澤先生に分がある。

しかし、ちらりと様子を見ると、手だらけの男は自分の背後に控えさせていた先程のパワー型の脳みそに何か指示を出していた。

ここからでは聞き取れないが、大体想像はつく。

 

「二体で挟ませるつもりか。やっぱりプロヒーローを警戒してるみたいだな」

 

確かにあのパワーとガタイで先生の視線を遮ってしまえば先生の個性の範囲から気配遮断の脳みそが消えることになる。

段々あの個体の運用方法が見えてきた。

だが、それはあくまで警戒対象が相澤先生だけだった場合の話だ。

地面を蹴って相澤先生とパワー型の脳みその直線状に割って入る。

 

「向こうには行かせないよ。ここから先は通さない」

 

「あああ、邪魔だな、お前。なんなんだよ」

 

「俺としてはむしろこっちの質問に答えてもらいたいんだけど。まぁ、質問というか要望なんだけどさ。その子をこっちに渡してくれないかな」

 

「その子だ?このガキの事を言ってるのか?」

 

そう言いながら手だらけの男はマシュを指差す。

 

「そうだよ」

 

「お前に何か関係あるのか?」

 

「さぁ、どうだろうね」

 

「いちいちうざいなお前。こっちが聞いてんだから答えればいいんだよ。あああああ、クソ、クソ、クソ、鬱陶しい鬱陶しい鬱陶しい……!」

 

手だらけの男はガリガリと首を掻きむしりながらうめき声を出し、溢れる怒りを隠そうとしない。

というかさっきの個性、触れた箇所に効果を及ぼすものだと思ったんだけど、自分自身には効かないのかな?

躊躇なく掻き毟っている辺り大丈夫なのはわかるんだけど。

個性のオンオフが出来る発動型か。

というかそう難しいことを考えてるつもりはないはずなのにどうも上手く考えがまとまらない。

何か頭がぼうっとする感じがする。

そのせいか感情がダイレクトに行動に繋がってしまっているような感じだ。

俺の体調のことはともかく、数秒間その状態で睨み合うが突然手だらけの男が首を掻く動作を止める。

何かを思いついたのか呆けた顔になるが、すぐに悪意に満ちた笑みへと変わった。

まるでいいことを思いついた、と言わんばかりの上機嫌で口を開く。

 

「お前、脳無と一緒にあいつを――――殺せ」

 

「……はい、マスター」

 

その言葉と共にマシュが盾を出現させた。

そして後ろに控えていたパワー型の『脳無』と呼ばれたヴィランも前に出てくる。

だが、俺は何よりマシュがあの男をマスターと呼んだことに大きなショックを受けていた。

あいつは君のマスターなんかじゃない。

君のマスターは俺じゃないのか。

そう叫びたくなるのを必死に飲み下す。

さっきみたいな感情任せの行動はできない。

だと言うのに未だ思考に靄がかかったような違和感は晴れない。

血液が足りないのか、それとも個性の反動か、あるいは――。

後ろからは未だ戦闘音が聞こえる。

目の前のヴィラン達から視線を逸らすのはハイリスクすぎて出来ないが、相澤先生がまだ戦っているのは間違いない。

恐らくそうかからないうちに向こうの戦闘は終わるだろうが、ここから先へマシュと脳みそのどちらかを通せば相澤先生が大きく不利になる。

 

「となるとやっぱりここで止めるしかない、よなぁ」

 

目の前の二人を同時に相手にする覚悟を決めて構えた時、手だらけの男の横にここに奴らが来た時に出てきた靄が現れる。

どうやらあれがヴィラン達をここへ侵入させた切り札のようだ。

 

「黒霧、13号はやったのか?」

 

「行動不能にはできたものの、散らし損ねた生徒が下りまして……。一名、逃げられました」

 

すると諦めたように「ゲームオーバーだ」と言い、手だらけの男が項垂れる。

どうやら上に居たうちの誰かがうまくここを抜け出したらしい。

だが、ここまで用意周到に襲ってきたのにこうも簡単にあきらめるのか?

奴の言動はどうも腑に落ちない。

その上奴の目はまだ完全には諦めてはいないように見える。

 

「その前に、平和の象徴としての矜持を少しでも――」

 

手だらけの男の動きの一挙手一投足に注視しすぎていたせいで、奴が視線を向けた方向へと自分の視線も向いてしまった。

その先には恐らく水難エリアから逃げて来たであろう緑谷達。

ハッと我に返った時にはすでに手だらけの男は動いていた。

急いで追いかけようと体を動かすが、突きさすような痛みが体の内部から走る。

どうもさっきの無茶な魔術の行使と中途半端な治療でつないでいた内臓の内のどれかの傷が開きかけているらしい。

 

「まずい!」

 

そう無意識的に声が出た時にはすでに蛙吹の顔へと手だらけの男の手が伸びていた。

しかし、先ほどの相澤先生のように蛙吹の顔が崩れるようなことは起きない。

 

「ちっ、邪魔ばっかりしやがる。イレイザーヘッド」

 

そう手だらけの男が発するとほぼ同時に相澤先生が小さくうめき声を上げた。

後ろを振り返ると、相澤先生が腹部を抑えながらも手だらけの男を視界に入れている。

先程までの脳みその姿はない。

どうやら相澤先生の能力で手だらけの男の個性を消したようだ。

だが、その代わり先程までいた気配遮断に近いことができるであろう脳みそを見失ってしまった。

相澤先生が抑えている腹部は恐らくその見失った個体一撃入れられたのだろう。

だが、相澤先生が作ってくれたその一瞬を俺達は見逃さなかった。

緑谷が水面から勢いよく飛び出し、手だらけの男に向けて拳を振るう。

俺も緑谷とほぼ同時に彼らの元へ走り出した。

だが、予想外にも緑谷の拳は俺を後ろから追い抜いたパワー型の脳みそに遮られてしまった。

 

「クッソ、早いなもう!」

 

パワー型の脳みその全力スピードがあれだとしたら俺は今の体の状態では追いつけそうもない。

だが、向こうが再度攻撃に移る前に間に割って入ることは出来た。

痛みを堪えながら刀を構え、緑谷たちに声をかける。

 

「三人ともとにかく陸へ上がれ!相澤先生が向こうでまだ戦ってる。君達は他の生徒の救援に向かってくれ!」

 

「そ、それじゃあ藤丸君はどうするの!?」

 

「そうだぜ藤丸!お前はどうすんだよ!こんな化け物共相手に戦うってのか!?」

 

「藤丸ちゃん……」

 

緑谷、峯田、蛙吹はそれぞれ心配の声を上げてくれるが、正直言って今この状況じゃ足手まといだ。

三人を庇いながら戦えるほどの余裕は今の俺にはない。

元からこと戦闘に置いては才能のかけらもない俺だ。

この土壇場で覚醒できるような器の持ち主でもない。

緑谷たちに指示を出し、いざここからどうしようかというところで手だらけの男と目があった。

 

「またお前かよ。本ッ当鬱陶しいな。早く消えてくれ」

 

もう完全にさっき言ってた撤退とか頭にないじゃないか!

と叫びたくなるのを我慢して相変わらずまとまらない考えをなんとか形にする。

段々この手だらけの男の思考が読めてきた。

瞬間的な感情で動く短絡的なタイプだ。

一番力を持っちゃいけない奴だけど……俺の憶測が正しければこの襲撃の事実的な首謀者はこいつじゃない。

こいつの後ろに黒幕が居るはずだ。

それこそ、どこかのダディみたいな。

 

「とにかく、三人とも早くどこか別の場所に行ってくれ。正直言って三人を守りながらあの二人を相手にするのはかなりキツイ。けど今は相澤先生も君らを守れるような状況じゃなさそうだ」

 

相澤先生は未だ先程見失った脳みそと戦闘中。

一度個性を消してしまえば勝負は決まるが、常に視界から消えるように動いているようで、未だ捕捉できていない。

その上俺達に近づいてきた時のように足音を全く立てずに移動しているのであれば尚厄介だ。

そこで思いついた苦肉の策『他の生徒の救出』。

相澤先生の居る入り口方向へ行けば姿の見えない脳みそに攻撃される可能性もある。

あの個体もパワー型の脳みそ程でないにしろ俺を十数メートルほど投げ飛ばす程度の筋力はあるのだから、彼らがそのパワーで不意に殴りつけられれば無事では済まないことは明らか。

となればここでも入り口でもない方向へ逃がす必要がある。

そうすると残った選択肢はもっと奥へ進むだ。

これ以上の策は現状思いつかない。

今段階ではこれがベストに思える。

すると再び手だらけの男が話しかけてきた。

 

「お友達がそんなに大事なのか?」

 

「まぁね。俺は人との縁が何より強い力になるって身を持って知ってるからさ」

 

「あぁそうかい。じゃあ予定変更だ。お前ら、あの三人を殺せ」

 

それを聞いて顔を思い切り顰める。

墓穴をほった感はなんとも否めないが、さっきのマシュの時といい人の嫌がることを的確にやってくる奴だ。

急に標的にされて驚いているであろう後ろの三人に指示を飛ばす。

 

「こっちも予定変更だ。俺の後ろから絶対に動くな!」

 

パワー型の脳みそがこちらへ向けて走ってくる。

そしてその後ろを追う形でマシュもこちらへ向かっているのが見えた。

こっちが防戦になるとなれば武蔵ちゃんの力では今の俺の力量じゃマシュを無傷のまま三人を守り切れない。

そもそも目の前の敵を救援が来るまでしのぎ切ることができるのかどうかすら分からないのが現状だ。

何が何でもマシュを斬るなんてことはしたくない。

今まで彼の力は使えるか試したことは今までなかった。

それは恐らく俺の中でマシュがこの世界で生きていると信じたかったからだろう。

まぁ、それは最悪の形でわかってしまったわけだが……。

イチかバチかで個性を発動させる。

 

「頼むぞ、助けが来るまで持ってくれよ俺の体……」

 

体中の魔術回路が悲鳴を上げるのを思い切り無視してフル回転させる。

体が青い粒子に包まれ、姿は袴から変化していく。

 

 

マシュを救い出す。

三人を無傷で守り通す。

 

 

バチバチと走る魔力を身に纏い、ギュッと拳を握りしめる。

それと同時に痛む脳裏にあの時、あの瞬間の光景がフラッシュバックした。

あの時俺を庇って盾だけを残して消えてしまったマシュ。

そして残されたのは無力で何もできない俺。

この力を使うからか、それとも限界が近くて頭がどうにかなってこんなものが見えるのかは分からない。

だが、これだけは確実に言える。

 

 

もう誰も失いたくない。

 

 

もう何も取りこぼしたくない。

 

 

ついさっき俺は自分自身を『この土壇場で覚醒できるような器の持ち主でもない』と評した。

だがふと、うちの教訓にはとある言葉があったことを思い出した。

出来る出来ないの話じゃない。

何が何でも、やるしか無いんだ。

腹の底から声を絞り出して言葉を絞り出す。

 

Plus(プルス)Ultra(ウルトラ)ぁああ!!」

 

その間にもパワー型の脳みそは俺の眼前に迫っていた。

 

「づぁああッ!!!」

 

目にも止まらない速さでパンチを繰り出した脳みそを出現した盾で弾き飛ばす。

弾かれた脳みそは吹き飛ぶことなく足を地面にめり込ませながら2,3メートル程後ろへ下がった。

俺の姿を見たマシュは本能的にか意識的にかはわからないが、足を止めて警戒するようにこちらを見ている。

俺の体は至極色に近いカラーリングの鎧に包まれ、右手にはマシュと同じ大楯、左手は腰に下げた剣の柄に置かれていた。

 

「はぁっはぁっはぁっ――。彼の力を使えるってことはあの時と同じようにマシュの力は独立したものになってるってことかな。その辺はイマイチ現状だとまだ断定できないか。けど、一つ断言できるのは――」

 

個性を発動させただけで息も絶え絶え。

最早体はズタボロで魔力も残り少ない。

現在の体のコンディションはいつまともに動けなくなって倒れるかわからないような、気力だけで立っているようなものだ。

だが。

だが、それでも俺はここで倒れるわけにはいかない。

今度こそ、誰も失わせないように。

マシュを含めてこの場に居る俺の仲間を傷つけんとするヴィラン達を睨み、言葉を吐き捨てる。

 

「ここから先、俺の仲間を誰一人として傷つけられると思うな」

 

その言葉と共に、俺は右手に持つ盾を握り締めた。

 

 

 




他作品よりも藤丸の戦闘介入に協力的なうちの相澤先生。
マシュが敵側に居てそれを奪還したいっていうシチュを書こうと思ったらこうなっちゃってたよね……。


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俺だってヒーローに救いを求めたい

俺と対峙したマシュ、パワー型の脳みそヴィランは数秒間互いに動かなかった。

先に動き出したのはパワー型の脳みそヴィランだ。

俺を叩き潰そうとこちらへ迫ってくる。

何もしなければ後3秒と経たずに俺はあの怪力でぺしゃんこにされるだろう。

だが、俺もさっきと同じではない。

それに可能性の少なくない希望もある。

誰かが外に出たと言うならそう遠くないうちに校舎からプロヒーローの救援が来るだろう。

なら、俺の仕事はそれまでただ耐えるだけだ。

あの時とは違って助けが来ることが確定している。

なら、俺はまだもう少しだけ踏ん張れる。

右手に持った盾を強く握りしめ、右足を下げると同時にその盾を後ろへ振りかぶる。

あちらも俺の意図を理解したのか、それとも本能的な判断かはわからないが、右手を大きく振りかぶった。

瞬間、盾と拳が轟音を響かせて衝突する。

衝撃が大気を震わせる。

離れた他の施設にも聞こえたのではないかとすら思わせるその衝撃は、近くの者へ衝撃波となって影響を及ぼした。

 

「あ、蛙吹さん!!峰田君!!」

 

「けろーっ!?」

 

「うっ、うそだろぉおー!?」

 

一撃でこちらがダメージを受けていないと判断したのか、パワー型の脳みそヴィランは続けざまに左腕を振りかぶる。

こちらも再度盾を振りかぶって迎え撃つ。

幾度となく大きな拳と盾がぶつかり合う。

傍から見れば両者の力は拮抗しているように見えるだろうが、実際はこちらが圧倒的に不利だ。

突き出される拳の正面を捉えるのではなく、側面からうまく勢いを少しでも受け流す形で時間を稼いでいるだけ。

このまままともに戦っていたのではでは万全じゃない状態の俺の体が持たない。

そもそも全快でも勝てるかどうかわからない相手だ。

そして俺がやられれば後ろの三人が殺られる。

チャンスを見極めろ。

その一瞬を絶対に見逃すな。

そしてなかなか倒れない俺にしびれを切らしたのか、パワー型の脳みそヴィランは今までのパンチよりも大きく腕を振りかぶる。

 

「ここだ!」

 

この打ち合いが始まってから初めて真正面から拳に盾をぶつけに行く。

今までは耐えるだけだったが、今回はこちらも強くぶつかりに行った。

一際大きな衝撃が走ると共に、両者の力が衝突する。

ブルリと震え、なんの変化もないパワー型の脳みそヴィランの腕を見据える。

今までより強いぶつかり合いのあとのコンマ数秒。

その一瞬の硬直の間に左手で腰に刺した剣を抜き放つ。

一閃でパワー型脳みそヴィランの腕はボトリと落ちた。

そこへ更に二度三度と剣撃を繰り出す。

体を庇おうと突き出してきたもう一方の腕も切り落とした。

パワー型の脳みそヴィランの体からは血が吹き出し、両腕を失った。

これだけの出血、更には腕を無くしたのならそう大きな戦力にはならないだろう。

なら後は―――。

 

「マシュ!!」

 

視界の端からこちらへ突撃してくる少女の名前を叫ぶ。

ここでの彼女との戦闘は避けられない。

どうにかして無傷で気絶させ、先生方に治療してもらうというのが現状考えうるベストか。

というか救援はまだなのか。

 

「……………」

 

虚ろな瞳をしたマシュは俺の声に反応する気配はない。

 

「――っ!!」

 

俺はどう仕様もない現状に歯軋りした。

分かってる。

ここで俺が現状をどうにかしないと後ろの三人、そしてマシュも助からない。

だがそれでも俺は未だにマシュと戦うことを躊躇っている。

その心の迷いは戦う上で致命的だ。

ぐらついた戦意ほど戦場で命を落とす危険はない。

それは俺の経験上痛いほどよくわかっている。

なのにそれでも迷いを振り切れていない俺自身に腹が立つ。

迫るマシュの盾にそれを受け止めるように盾を構えた。

先程とは違う、盾と盾がぶつかる音が響く。

守る筈の相手、守るべき者に向けられて振るわれるお互いの盾。

その衝撃音はまるで悲鳴のようだった。

 

「こ、のぉ!」

 

こちらには明確な迷いがある。

そのせいか先程のような技の冴えはなく、マシュの振るう盾に押されている。

数度の打ち合いの後、間に挟まれたフェイントに見事に引っかかってしまった。

そしてマシュの背後から姿を表したのはいつの間にか両腕を復活させたパワー型の脳みそヴィラン。

 

「しまっ――」

 

間違いなくあの時俺は両腕を切り飛ばした。

失血で殺すところまで視野に入れて躊躇なく振り抜いたはず。

どうやってあの怪我を回復させたのか、俺たちの認識を阻害した状態で近づいてきた治療系の個性を持ったヴィランでもいたというのか。

あり得る可能性を考えるが、それもすでに後の祭りだ。

結果としてこのままではガードが間に合わない。

パワー型の脳みそヴィランの振るう拳が俺にぶつかるかと思われたとき、後方から何かが飛び出してきた。

 

「スマァァッシュ!!」

 

飛び出して行ったのは何かの正体は緑谷だった。

俺にぶつかるはずだったパワー型の脳みそヴィランの拳へあの強力な一撃を打ち込み、威力を相殺していたのだ

なんとか首の皮一枚繋がった。

束の間の安心を感じると同時に一気に体から力が抜けるような感覚に襲われた。

それと同時に強烈な嘔吐感。

 

「うっ、オエェッ」

 

「大丈夫藤丸ちゃん!?」

 

「お、おい藤丸ぅ!こ、こんなに血吐いちまって大丈夫なのかよ!?」

 

「うっ、ああ……」

 

だめだ。

もう個性を維持していられない。

一度綻んだ俺の個性はあっという間に解除され、もとの服装に戻ってしまった。

今まで無理に無理を重ねた状態だったのだから当然といってしまえば当然か。

急に冷静になった頭の中とは対極的に、俺の視界は見事に真っ赤だ。

意識が朦朧として、足に力も入らない。

アドレナリンと個性で誤魔化されていた痛みが体中を突き抜ける。

まだ、戦わなくちゃいけないのに。

あの時は守られてばかりだった。

後ろで震えているだけだった。

だから今度は、俺がみんなを――――。

そんな心の葛藤も虚しく、視界が赤から黒へと変わっていく。

ぷつり、と意識の糸が千切れると同時に聞こえたのは声だった。

 

「もう、大丈夫」

 

朦朧とした意識に凛と響く声。

その一言だけで誰か分かった。

ああ、ようやくか。

本当に、遅いよ、もう。

 

「私が来た!!!」

 

自分のやるべきことをやりきれたと安堵するのと同時に、俺の意識は完全に闇へと溶けた。

 

 

 

 

 



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俺だってもう君の手を離したくない

「マシュっ!!!」

 

叫びながら勢いよく体を起こす。

その瞬間全身に強烈な痛みが走った。

 

「いっ、づあぁぁあ!!?」

 

「コラ!下手に動くんじゃないよ!傷が悪化したらどうするんだい!」

 

杖を突きながら俺が悶絶しているベッドまでやってくるリカバリーガール。

どうやらここは保健室らしい。

何だこれ頭おかしいんじゃないかと思うくらい体が痛い。

血管と内臓が弾け飛んだとか言われても普通に信じるレベルで痛い。

あとこれ外側の方も千切れそうな痛みだと思ったら筋肉痛か?

ひどすぎて筋肉痛だとわかんなかったな。

現状を理解すると共に段々と気を失う前のことを思い出してきた。

全身にズンガズンガと走る痛みに耐えながらリカバリーガールに現在の状況を問う。

 

「っ、今、どういう状況ですか」

 

「あんたはヴィランとの戦闘で全身ズタボロ!そのままUSJで気を失ってここに運ばれてきた。そのまま眠りこけてもう夕方だよ」

 

どうやら既にあれから結構な時間が経っているらしい。

だが、俺が今こうして治療されて保健室のベッドに寝かされているというのは詰まる所ヴィラン達はオールマイトがなんとかしてくれたのだろう。

最後の最後、彼の声が聞こえたと同時に気を失ってしまったせいであの後どうなったかわからないが、みんな無事だと思いたい。

 

「それと、あんたの知り合いなのか知らないけどね。隣に寝てるから静かにしんさいよ」

 

その言葉を聞いて心臓が大きく跳ねる。

ドクン。

俺の、知り合い?

そうだ、そうだ、そうだよ。

どうして俺があの場で飛び出したのか。

どうして俺が今こんな大怪我を負ったのか。

そして俺が、さっき誰の名前を叫びながら飛び起きたのか。

油の切れたロボットのようにぎこちない動きで窓側のベッドを向く。

そこにはベッドとベッドを区切るカーテンが掛かっていて、こちらから向こう側を窺い知る事はできない。

窓が空いているのか、夕焼け色が映し出されたカーテンは不規則にゆらゆらと波打っている。

震える手で体を支え、ゆっくりとベッドから体を起こした。

 

「ちょ、ちょっと!あんたまだ動いたら――はぁ、聞いちゃいないね…まったく…」

 

怪我による痛みのせいか、極度の緊張のせいか、未だ震えの止まらない手で波打つカーテンを捕まえる。

そして、ゆっくりとその手を引いた。

カーテンはスムーズに流れ、その向こう側が顕になる。

一瞬少しだけ強めの風が吹いて夕焼けの光と共に顔に当たった。

細めた視界を元に戻すと、そこには俺が寝ていたものと同じ真っ白なベッドに横たわる紫色の髪の少女がいた。

いつも俺のことを「先輩」と呼んでくれた少女がそこにいた。

それを認識した瞬間に涙が溢れ出す。

ああ、よかった。

本当に良かった。

 

「ま、ましゅぅ………っ」

 

枕元で膝をついき、マシュの右手をとって両手でしっかりと握る。

温かい、温もりのある、柔らかくて優しい手だ。

 

「かったぁ。今度は、君をちゃんと――」

 

一応魔術で解析をかけるが、今は眠っているものの特に傷はないと分かった。

すると、彼女の無事を確認して安心したせいか、体の痛みが再燃して来る。

ズキリズキリと痛む体を起こし、リカバリーガールに向き直る。

 

「いてて、俺が気絶した後のことを教えてもらえませんか」

 

「後のこと、ねぇ。あたしもざっくりとしか聞いてないけど、まぁだいたいあんたが想像してるとおりだと思うよ。オールマイトが助けに来て、その後雄英の教師陣が到着して完全に鎮圧さ。ただ、敵のリーダーは取り逃がしたって話さね」

 

敵のリーダー。

あの手だらけの男のことだろうか。

結局やつの目的はわからないままだった。

一応あとで他のクラスメイトや先生方に聞いてみようか。

いや、あまり今回の傷をつついて今後の学校生活に支障が出るようなことは聞くべきではないか?

思考を巡らせながら自前の能力で傷を治療できないか試すが、もう体中の魔力がすっからかんで治療はできそうにない。

 

「他に誰か怪我人はでましたか?」

 

「緑谷出久がまた個性で少し体を壊した以外は特に重症はいないよ。と言うよりあんたの怪我が異常なんだよ!あんた、自分がどういう状態で戦ってたか分かってんのかい!!」

 

凄まじい剣幕で怒鳴るリカバリーガールに驚きながらも、戦闘中の自分の体のことを思い出す。

たしかあの時は――。

 

「初撃で側の骨と内蔵も壊されたので最低限動き回れるように個性で応急処置をして、それから無茶しすぎて内蔵が、といった感じでしょうか」

 

「あんた、それ、本気で言ってるのかい………?」

 

本気で言っているのか。

リカバリーガールは驚いたように言うが、どういう意味だろうか。

俺が予想していたより内蔵へのダメージがひどかったとか?

実はもう二度と治らないような損傷を負ってしまったとか?

リカバリーガールの反応に少し怖くなって自分の体のあちこちを擦る。

だが、現状自分の体はひどく痛むだけで特別血が滲んでいるわけでも内蔵に違和感を感じるわけでもない。

至って正常な痛み方だ。

無理やり個性を使用したせいで体が極度の筋肉痛、魔術回路痛になっている感じとでも言えばいいだろうか。

うまく言葉で言い表せないが、要するに命にかかわるようなまずい傷の負い方はしていないように感じる。

さすがはリカバリーガールといったところだろうか。

自身の対象の自己再生能力を向上させるような個性だったと覚えがあるが、その個性だけで雄英高校でこれだけの信頼を得ているとは思えない。

通常の医術面でも専門の医者とまでは行かずとも相当の知識や経験を持っていると思う。

じっと俺を訝しむように見続けるリカバリーガール。

なんか、まずいことでもしてしまっただろうか。

するとおもむろに俺に背を向け、それきり黙ってしまった。

 

「あ、えっと、それじゃあ俺オールマイトにお礼言って来るので、マシュのことお願いします」

 

徐々痛みに慣れてきたこともあり、この異様な雰囲気から離れたいという思いもあってマシュを助けてくれたお礼をオールマイトに言わなくてはと足早に保健室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やぁ、リカバリーガール。彼はどうだった?」

 

「あの子ならついさっき出ていったよ」

 

保健室の扉からひょっこりと顔をのぞかせたのは校長の根津だ。

愛らしい外見とは裏腹に高い知能と計算能力を有している。

 

「彼の傷は完全に治癒できたかい?」

 

「いいや、どうも個性による特殊な痛め方だったみたいで完全には治癒してやれなかった。症状としては別に命に関わるようなものじゃない。言ってしまえば、凄まじく重い筋肉痛みたいなものさね」

 

「そうか、それはよかった。一番傷を負ったのは彼だと聞いていたから後遺症なんか残ってしまったらどうしようかと思っていたけれど、いらぬ心配だったようだね」

 

「それはどうだろうね」

 

「なにか、あったのかい?」

 

リカバリーガールの様子が普段と明らかに違うことに気が付き、根津は眉をしかめながら訪ねる。

 

「あの子の戦いのこと、イレイザーヘッドから少し聞いたよ。内蔵と骨を破壊された直後に自分で自分の体に最低限の治療を施して戦線に復帰したらしいじゃないか」

 

「ああ、僕も最初に聞いた時は耳を疑ったよ。そんなことができるのはプロヒーローにもそういないだろう」

 

「そう、あまりにも治療が的確すぎる。瞬時に今自分が戦えるようになるにはどこをどう繋げばいいか。内臓が潰れた、骨が圧し折られた痛みを感じながらそんな冷静な判断を下す学生がいるかい?」

 

「…………」

 

「それでいて最初に飛び出した時はあそこで寝てる子を見た瞬間衝動的に突っ込んだらしいじゃないか。あまりにもチグハグすぎる。あの子の行動にあたしゃなにか大きな違和感を感じるね。多重人格とも違う、まるでひとつの人格を複数の思考で形成してるみたいだ」

 

「君が感じたその違和感については概ね理解したよ。こっちでも彼に少し働きかけてみよう」

 

 

 

 

保健室に重たい沈黙が流れる。

そんな中、隣の部屋で緑谷と話す骸骨っぽい人と俺が出会うのはまた別のお話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




皆さんお久しぶりです!
時雨です!
久し振り過ぎて小説の書き方忘れちゃいました!
ごめんなさい!
只今日にちをまたぎました!
バリ眠いです!
途中から自分でも何書いてるかわかんなくなってました。


しぐべぇ「ワケガワカラナイヨ」


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俺だって後輩を見舞いたい

お久しぶりです!
時雨です!
皆さん暑くなってきましたね!
季節の変わり目、いかがお過ごしでしょうか??
私が開発でリーダーをするときにチームのメンバーによく言っていた
言葉があります。
それは

「体とバックアップには気をつけて」

です。

みなさんも心に留めておいてくださいね!
さて、今回はヴィラン連合襲撃からの一段落の幕間最後です。
マシュの出番もこれでしばらく遠くなってしまうかと…(オヨヨ)

皆様、この話でマシュの姿を目に焼き付けていってください!
ではどうぞ!


「ああ、今日はいい天気だね」

 

白い光の差す病室。

あの時とは違い昼間の白い光の中で、真っ白な部屋の真っ白なカーテンが風に揺れている。

すぐ近くに置かれたベッドの上で未だ目を覚まさない彼女を起こさぬように静かに花瓶を取り替える。

少女は俺が物音を立てても起きる気配はなく、あの時保健室で見た時同様静かに心地よさそうな寝息を立てて目を瞑っている。

早く目を覚まして欲しいのは確かだが、それでも無理に起こそうという気にはならない。

今まできっと大変だったんだ。

なら、彼女が自分から目を覚ましてくれるまで隣で待ち続けよう。

それがあの襲撃の日から考え、俺の中で出した答えだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

あの日、目を覚ました俺を待っていたのは塚内さんという警察の人だった。

マシュの身元、そして俺とマシュがどういう関係なのかを調べに来たのだ。

まぁ、ヴィランと共に行動していた情報はあちらにも渡っているだろうし、そこに調査が入るのは警察として当然だ。

現状、俺には今生でのマシュとの関わりはない。

即興で考えた嘘では国家権力である警察にはすぐに調べがついてバレてしまう。

どうするべきか焦っていたところにまったをかけたのは学校にヴィランが侵入したと聞いて飛んできた土方さんだ。

マシュの身元は俺が保証する。

自分の意志でヴィランと行動を共にするような人物ではないし、なんらかの個性で操られていた可能性が高いと塚内さんに告げたのだ。

実際、俺以外の生徒からも様子がおかしかった旨の報告が上がっていたようで、妥協案として警察が管理している病棟に入ることで身柄の拘束は免れた。

そして数日が経過し、現在に至るというわけだ。

 

「今日は天気がいいね、マシュ。これから午後にかけてもっと気温が上がるらしいよ。これからどんどん夏になっていくね。でも、この病院は作り的に風通しが良くて涼しいから、これからの季節もきっと過ごしやすいだろう。俺は学校に戻ったらきっと暑苦しい毎日が待ってるだろうから、君が少しうらやましいよ。マシュ」

 

一人、静かに語りかけるが、隣で瞳を閉じたままの眠り姫は言葉を返す素振りを見せない。

だが、それでも俺は満たされた。

彼女が隣りにいる。

彼女が生きている。

彼女が、俺の手の届く場所にいる。

 

「はぁ……」

 

我ながら軽蔑する。

これは独占欲だろうか。

これは偽善だろうか。

これは、恋だろうか。

あの瞬間から俺はどうも不安定だ。

あの日、あの時、USJの入り口で広場のモヤからマシュが出てきた時。

俺はマシュを視認した瞬間に様子がおかしなことに気がついた。

そしておそらくはこの世界においてそういった手合の原因は何者かの個性であることも分かっていた。

本来ならばあの場で冷静に事を見極めるべきだった。

だが、体が言うことを聞かなかった。

まさしく衝動的に、といったところだろうか。

気がつくより先に体が動いていた。

だがそれは、一見果敢な英雄的行動に見えてその実ただの無謀な自殺行為だ。

そも、一介のヒーロー見習い、というかその卵だ。

そんな未熟者が飛び出して何ができるというのか。

普段なら、そう判断して踏みとどまって先生の援護か周囲のクラスメイトの守護に回れたはずだ。

それでも自身の内に沸き起こった衝動を自制できなかった。

なぜか。

それはきっと、この体に本来宿っていた16歳の藤丸立香が原因だ。

俺が今こうして立って、話して、息をしている体はこの世界に生まれ落ちた藤丸家の長男である藤丸立香のものだ。

俺はあの時目覚めたのだと思っていたが、それはきっと違う。

俺は、この体に一人でいるんじゃないんだと思う。

人理修復を成した藤丸立香がこの体に入ったときに、元いた藤丸立香がどうなったのかは今となってはわからない。

ダ・ヴィンチちゃんがいたのならまだ違ったのかもしれないが、今の所彼女の情報はこちらへ入ってきていない。

だから正確なことは何もわからないままなのだが、それでも想像することはできる。

きっと俺は、俺達はこの体の中で歪に、中途半端に混ざり合っているのではないだろうか。

俺はあの時おそらくこの世界での人生で最も精神を強く揺さぶられた。

感情面で大きな動揺が走ったのだ。

その時点で未だ精神的に未熟な16歳の俺が強く意識の表面に顔を出したのではないだろうか。

俺はあのときの自身の不可解な行動の原因をそう考えていた。

 

「けれど、それはあくまで彼に責任を押し付けたいとか、そういうことじゃないんだ」

 

聞いてくれているかわからないけれど、そっとマシュに語りかける。

 

「自分勝手な意見かもしれないけど、この体の中にまだ彼が生きていてくれてるかもしれないと思うと少し嬉しいんだ。俺が意図してやったわけではないけど、結果的に本来彼が歩むはずだった未来を奪ってしまったとも言える現状だからさ。今まで少し心苦しかったんだ。だからこれは酷く独善的かもしれないけど、彼が俺の中から見ていてくれるなら、俺も少し頑張りがいがあるかなってさ」

 

まぁ、今回はその結果としてお腹に大きな穴が空いたわけだけどね。と付け足す。

昼の少し温まった風に真っ白なカーテンが静かに揺れる。

マシュは未だ目覚める気配はなく、瞳は閉じられたままだ。

だけど、なんだか少しだけ微笑んでくれているように見えた気がした。

俺の都合のいい勝手な勘違いって線が濃厚だけど、それだけで少し心が軽くなった気がする。

これでこの先もがんばれそうだ。

上がり続ける外の気温は未だ詰まる気配はなく、予報通りならこのままもう少しだけ暑くなるだろう。

もうすぐ体育祭。

目を覚ましたマシュに胸を張って自慢できるような成績を残さないといけないのだから、生半可な点数で満足なんてしていられない。

それこそ、優勝を目指すつもりで行かないとね。

 

「それじゃあ、また来るよ。マシュ」

 

小さく別れの言葉を告げ、真っ白な病室を後にする。

病院の外に出ると、照りつける太陽に出迎えられた。

眩しさに目を細め、手で日光を遮る。

絶好の練習日和といったところだろうか。

 

「よぅし、頑張ろうか!」

 

小さく意気込み、駅に向かって走り出した。

ぬるい風を切って坂を駆け下りていく。

ああ、今日はいい天気だ。

 

 

 

 

 



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俺だって体育祭で活躍したい

どうも!
本日二話目の投稿です!(しぐれんにとっては寝るまでが一日)
眠くなってきたので私はそろそろ寝ます!
みんなもこれ呼んで高評価と私を褒めて悪いとこをを優しぃくオブラートに包んだ感想書き終えたらちゃんと寝るんだぞぅ!


快晴。

燦々と照りつける太陽の元、俺達は雄英高校の所有するスタジアムに整列していた。

ああ、暑い。

この熱気は季節と天気的な要因だろうか。

確か今日は天気予報だと結構気温が上がると聞いた気がする。

今朝はこれからのことに思いを馳せながらの朝食だったからあんまりニュースを良く見ていなかった。

だが、きっとこんなにも暑いのはそのせいだけじゃないだろう。

きっとここに集まるすべての人が、みんな一様に胸に熱烈と燃ゆる闘志を持っているからに違いない。

 

「うーん、ちょっと気取り過ぎかな?」

 

「リツカ?」

 

「いや、なんでもないよ。体育祭がんばろうね、沖田」

 

「――もちろんですともっ!」

 

雄英高校の暑く、熱い体育祭が――――今始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――とか言ってた開会式当初が懐かしいね……」

 

「こっ、こんな、はzブッフォアッ!!!ゲッホゲッホ!!!」

 

「はいはい、大丈夫ですか沖田さんやい」

 

むせまくる彼女の背中をゆっくり擦る。

沖田はコヒュー、コヒューとどこかの暗黒面最強仮面のごとき呼吸音を立てながら道端にうずくまった。

 

「だから無理しない方が良いって言ったのに」

 

「その場の勢いに流されてでつい………」

 

体育祭第一種目は障害満載の長距離走。

スタジアムの外周4キロメートルを迫り来る障害を退けて走り切るというものだ。

開始直後に縮地を使って一気に先頭に躍り出た沖田だったが、体力はみるみるうちに削られていき、気がついたら轟君を筆頭にどんどん追い抜かれていった。

そして後ろから俺が追いつく頃には顔真っ赤にしてフラフラと端の方を走っていた。

というかもう歩いたほうが早いくらいのスピードだったので走っていたという表現は少し正しくない気もするが。

 

「それで、立てそう?」

 

「はぁ、はぁ、な、なんとか」

 

と言いながら立ち上がるもののすでに疲労困憊といった様子だったので、後ろからすくい上げるように起きたの体を持ち上げる。

そこまで力を入れていなかったというのにすんなり手の中に転がり込んできてたところを見ると、本当に体力がそこを付いているらしい。

 

「なに、してるんですか」

 

「何って?お姫様抱っこだよ」

 

「そ、そんなの見ればわかるんでよバカ!ていうか早くしないとリツカまで順位が――」

 

「大丈夫。もうすでに()()は打ってある」

 

「布石?というかリツカ、なんであのろくでなしの格好してるんですか?個性使うタイミングありましたっけ?まぁ、第一関門はありましたけど、このあたりではまだないですよね」

 

「まぁ、ちょっとね」

 

そう言ってニヤリと笑う。

沖田は意味がわからず頭上にはてなを浮かべて首をかしげる。

現在位置は第二関門直前。

俺たちの少し先では予期せぬアクシデントに戸惑う先頭集団達が立ち往生していた。

 

「さっきミッドナイト先生が言ってただろ?コースさえ出なければ何をしてもいいってさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何をしてもいいとは言ったものの、これは一本取られたとしか言いようがないわね」

 

「あれは………いったいどういうことですか?」

 

驚く教師陣のうちの一人、セメントスはまるで何が起きているのかわからないというようにそうつぶやく。

 

「おそらく後続の誰かがやったんでしょ」

 

「それはわかりますが、あんな個性の一年生いましたか?」

 

「思い当たる子はいないけど、実際起こってるんだからそうなんでしょう」

 

ミッドナイト、セメントス、及び各雄英高校教師陣とスタジアム内に困惑が満ちる。

本来であれば現在生徒たちが立ち止まっている先には第二関門としてそこの見えないほどの穴がそこら中に掘られたいかに渡されたロープと島状に残された少ない足場を使って対岸へ渡るかというアトラクションがあったはずだ。

だというのに、今現在そこに()()()()()()

そう、なにもないのだ。

本来あるはずだった奈落の如き闇が広がっていた深い穴が。

各島へと渡されていたロープが。

その場所にはなにもない。

ただ当たり前のように地面がある。

現在先頭を走っている一年A組の轟、そしてその背中を追う爆豪両名は持ち前の個性でこの関門をクリアした。

特に轟はあのナンバー2ヒーロー『エンデヴァー』の息子としてこの体育祭でも一際注目されている。

その彼がつい先程なにもない地面に吸い込まれるように落ちかけた。

体が浮いた瞬間に個性で氷を発生させて後方の地面から足場を作ることでなんとか堪えたが、そのまま警戒して後ろに一度下った。

結果として爆豪にかなり距離を縮められてしまったが、今重要なのはそこではない。

詰まる所見えないが穴は間違いなくそこにあるのだ。

だが、どこが安全でどこが危険なのか全くわからない現状殆どの生徒が第二関門をクリアできずにいる。

 

「これも言ってしまえば正当な進路妨害。これをいかに乗り越えるかがポイントになるわね」

 

ミッドナイトは第二関門を映し出している会場の大きなディスプレイをじっと見つめながら呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

沖田を抱えて第二関門まで来ると、予想通りみんながみんなここで止まっている。

 

「思ったよりも結構な人数ここで止まってるな。もっと向こうに渡れる人はいると思ってたのに」

 

「渡ってる?なにもないように見えますが、なにかあるんですか?」

 

「んー、めっちゃ深い穴?」

 

「どこに?」

 

「眼の前に」

 

一度そちらへ目を向けた後に再度沖田は俺の顔を見る。

 

「いやいやいや、なにもないじゃないですか」

 

「ああ、俺が隠したからね」

 

「隠したって、幻術で?」

 

「そう。ほら、こんな感じだよ」

 

沖田に対して個性を解除すると、目の前で何が起きているのか理解したのか「うわー、性格わるっ」と引かれてしまった。

これのおかげで俺たちは順位を離されずに済んでいるというのになんて言い草だろうか。

 

「とりあえず、口閉じてないと舌噛むから気をつけてね」

 

「へ?ってちょちょちょっ!?」

 

瞬間強化で脚力を強化して一番近い島までジャンプする。

この体育祭に向けてみんな体を仕上げてきている。

それは当然俺もだ。

といってもそこまで大きな変化はないが、それとなく体が前より鍛えられてかつ個性も少し伸びた………気がする。

何よりマシュに自慢できる活躍をしておきたい。

しっかりと衝撃を受け止めるように着地し、沖田をなるべく揺らさないように扱う。

どうやら体も地面も特に問題はなさそうだ。

無事足場に問題がないことを確認して次々に飛び移っていく。

見えている俺は特に問題なく対岸に到着する事ができた。

流石にこれ以上放置しておくのは可愛そうなので俺たちが次へ走り出すのと同時に個性を解除する。

 

「大手を振って個性を使えるって楽しいね!といっても俺のはみんなの力を真似してるようなものだけどさ」

 

「それでもそこまで使いこなせてるのは一重にリツカの頑張りで――って違う!早くおろしてください!自分で走りますから!」

 

と言いながら沖田は鋭い肘打ちを繰り出し、突き出された肘は見事に俺の腹部に沈み込む。

 

「ぐえっ!?そ、それはちょっとひどいんじゃないかな沖田……」

 

「ほっ、ほら早く行きますよ!もう後ろから追いかけてきてるんですから!」

 

といって沖田は先へ走り出す。

どうやら今度はちゃんとペースを考えて走るらしい。

とりあえずまたカルデアのときみたいに血反吐を吐かれると心配なので、体には気をつけてもらいたいなと思いながら顔を赤くした沖田を追いかける。

なんだか青春してるなぁ。

前世ではずっとそれどころではなくて経験することのできなかった学校行事。

確かにネロ祭りはみんなで盛り上がった楽しいお祭だったけど、あくまであれはカルデア内のものであって、公的な機関の学校における体育祭は、俺にとってあまり馴染みのないものだ。

 

「よし、行くよ沖田!」

 

「ええ、もちろんですとも!」

 

体育祭はまだ、始まったばかりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ、結構ギリギリセーフ……」

 

「いやぁ、思いの外危なかったなぁ」

 

いい感じの雰囲気醸し出してた割には第二種目に進めるギリギリで通過することとなった長距離走。

続く第二種目の騎馬戦は二人から四人の騎馬を作ると聞いて沖田と二人で組んだところあっけなく通過できた。

やはり長年培ってきたコンビネーションは急造チームとはわけが違う。

レクリエーションを挟み、あっという間にお昼休憩になった。

 

 

そして――――――

 

 

 

 

「ここがうちの駄妹とお人好し馬鹿がくんずほぐれつしてるという噂の雄英高校じゃな?ふむ、いっちょあばれてやるかのう!!」

 

 

 

幻の第六天魔王、見参。

 

 

 

 

 

 

 



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俺だって保護者に友人を紹介したい

どうもこんばんは!
時雨です!
いつも感想、評価誠にありがとうございます!ウェヒヒッ
いつも皆さんの声が励みになってます!
全部に返せてるわけではないですが、ちゃんと全部読ませていただいています。
これからも自己満足の文章を吐き出し続けるのでどうぞよろしく!


昼休憩の時間になり、未だ午前の興奮冷めやらぬスタンドへ向かう俺と沖田。

ガヤガヤと先程までの競技の話をしている観客の中をかき分けていく。

ちょくちょく俺たちに気がついて話しかけてきてくれたり、遠くからも声をかけてくれる人たちに手を振りながら進む。

なぜクラスの座席や食堂ではなく観客側にいるのかと言うと、それは俺たちの昼食(弁当)を求めてだ。

 

「確か聞いてた話じゃこの辺だって言ってなかったっけ?土方さん結構ガタイいい上に年中あの服装だから結構目立つはずなんだけどなぁ」

 

「そうですねぇ、私も流石にお腹すきましたし、さっさと見つけてお昼にしたいところです」

 

キョロキョロと周囲を見渡していると、他の観客に紛れて一際小さな、しかしながら確かな母性を感じる背中を見つけた。

――母性を感じる背中ってなんだ??

とりあえず向こうもこちらを見つけられず迷っているようなので声を掛ける。

 

「茶々さん」

 

「ん?おお!ここにおったかリツカ、総司。ずいぶん探したぞー、まったくもー。茶々お腹へったし早くお弁当食べ行こっ」

 

「うん。茶々さんの作ったお弁当美味しいから楽しみだよ。ところで土方さんは?」

 

「あやつは仕事関係で挨拶回りじゃ。茶々のこと一人ほうってどっか行ったアホのことは知らん。あれから茶々が会場にたどり着くまでどれだけ苦労させられたか………」

 

この会場の外には確かかなりの数で店が出ていてそっちにいるお客さんも結構な数いたような気がする。

確かに小柄な茶々さんではこの人混みをかき分けるのは相当大変そうだ。

 

「もう何でもいいから早くお弁当食べましょうよ。私お腹すきました。午前一発目の持久走からずっとクタクタです」

 

「なんでもいいとか酷くない!?茶々これでもあなたのお母さんなんですけど!?」

 

幼い見た目でぷんぷんと両手を振って自分を蔑ろにした実の娘に抗議する茶々さん。

その姿は二児の母とはとても思えない。

相変わらずなところはあるものの、母親という立場故か甘え上手な末っ子感は抑えめになったご様子だ。

その分以前より増し増しになったと噂のバブみ。

その破壊力たるやいざとなると凄まじいらしい。

沖田やノッブが風邪をひいた時の話を聞く限り、病気の症状とはまた違う意味で再起不能になるようだ。

人をダメにするとはきっとこの人のために生まれてきた言葉なのだろう。

実のところ俺はこの世界では未だ風邪を拗らせたことがない。

あるとしても多少微熱が続くくらいだ。

体が丈夫なのはいいことだが、そのおかげで茶々さんのバブ味を味わったことがないのだ。

今度何かあった時はぜひともお願いしたい。

そんなことを考えていると、ひと目で誰かわかる服装の人物が向こうから歩いてくるのが見えた。

 

「おーい、土方さん!」

 

「おう、ここにいたか」

 

茶々さんが取っていた座席に戻り、お弁当を開けようとしていたところにやって来た土方さん。

土方さんは外に出る時はだいたい仕事着(コスチューム)だ。

見た目としては再臨前のコートのデザインをしっかり新選組仕様にしたような感じといえば伝わるだろうか。

相変わらずの重装備だが、本人曰く自分が自分であることの証明であり、ある種心構えのようなものらしい。

俺としては夏や今日のように気温が上がる日は体を壊しそうで心配だが、本人が暑くなさそうなので特に何も言っていない。

ぶっちゃけあんな格好していても汗一つ掻かない辺り早くも人間をやめてサーヴァントになっているんじゃないかと疑問が浮かんでくるくらいだ。

 

「土方さん、挨拶回りは終わったの?」

 

「おう。今は雄英の教師に専念してるモンも多いが、以前は現場で色々と世話になった奴らだ。顔ぐらい見せるのが筋ってもんだろう」

 

「そっか。時々忘れそうになるけどうちの先生たちってみんなプロヒーローなんだもんね」

 

「ああ。リツカ、奴らに教えを請うのも良いが、自分の糧になるものを見て盗め。本来奴らは第一線でヴィランと戦う猛者ばかり。中には感覚派でお世辞にも教えるのが上手いとは言えねぇ奴もいる」

 

その言葉を聞いて真っ先にオールマイトが浮かんだ。

普段の授業での彼と言えば頑張ってる感は伝わってくるのだが、どうもそれが度々空回りしている節があると言うのが俺たちA組の総意だ。

いや、ほんとに頑張ってるのはわかるんだけど、どうも慣れない教師生活にしどろもどろといった感じなのだ。

やっぱり本職のヒーローとは違って人を救うんじゃなくて教え導かなきゃいけないし、きっとオールマイトを含めて先生達はみんな一生懸命先生たろうと頑張っているのだろう。

 

「お前は人より()()()()()だ。更に言えば今までの経験上誰よりも観察力がある。奴らを遠い存在だと思うな。一挙動一投足見逃すなとまでは言わねぇが、貴重な三年間を上手く利用することだな」

 

そう言って土方さんは席を立ち、俺の隣からお弁当を広げる茶々さんの隣に移る。

どうやら本命のお弁当とは別にタッパに入れられたたくあんを目ざとく発見したようだ。

それとほぼ同タイミングでこちらへ走って来る人影。

誰かと思い目を向けると、どうやら緑谷のようだ。

駆け足で周囲の人間を観察している所から、どうやら人探しと見た。

クラスの誰かと昼の約束でもしていたのだろうか。

そう考えていると、ふと緑谷と目があった。

緑谷はぱっと表情を明るくし、俺に向かって手を振る。

探し人は俺だったか。

 

「探したよ藤丸くん!」

 

「俺緑谷となにか昼に約束してたっけか?ごめん、全然思い出せないんだけど……」

 

「ああっと、そうじゃなくて、この後の競技のことでミッドナイト先生が藤丸くんの事を呼んでたって伝えに来たんだ。詳しいことは聞いてないけど、なにか頼みたい仕事があるみたいだったよ」

 

「仕事?なんだろ、荷物運びとかかな?」

 

「うーん、さっき言った通り僕も詳しい内容は聞いてないから断言できるわけじゃないけど、荷物運びなら他の男子でも出来るだろうからもっと別のことだと思うよ。ミッドナイト先生は藤丸くんの事名指しで指名してたし」

 

「そうか、知らせてくれてありがとう。緑谷」

 

「ううん!それじゃあ僕はもう行くね―――って、ひっ、ひひ、土方歳三さん!!??」

 

驚愕の声を上げる緑谷の視線の先には、先程タッパから取り出したたくあんをバリバリと齧る土方さん。

一瞬何事かと思ったが、入学当初の緑谷の様子を思い出して納得がいった。

最近なりを潜めていたため忘れていたが、緑谷は本来相当なヒーローオタク。

そんな彼が世間一般的に見ても認知度の高い新選組の、それも副長ともなればひと目でわかるだろう。

良くも悪くも目立つしね……。

 

「ああ?おう、こいつらのクラスメイトか。いつもウチのガキどもが世話んなってるな」

 

「いっ、いえ!!むしろいつも僕のほうが助けられてばっかりで、あの時も藤丸くんがいなかったらどうなってたか……」

 

あの時?

緑谷が言うあの時と言うのはもしやヴィラン連合がUSJを襲った日のことだろうか。

だが、それを言うならば俺だって緑谷に助けられた。

 

「それを言うならお礼を言うのは俺の方だよ。あの時緑谷君が居なかったら俺はあの脳みそヴィランの一撃で最悪死んでた。助けてくれてありがとう、緑谷君」

 

「ええっ!?いや、そ、そんな大層なこと、僕はしてないよ。僕はずっと君の後ろで震えてただけだった……。けど、もしもまた君がまたピンチになったら、今度は僕が!君を助けてみせるよ」

 

そう言って緑谷は力強く笑う。

普段は見せない不敵な顔だ。

瞳の奥からはあの時と同じ、強い意志を感じる。

ああ、やっぱり君は俺が憧れる人たちと同じなんだなぁ。

きっと今は俺のほうが強くてもきっとすぐに追い抜かれるだろう。

そもそも前世なんてものの記憶がある上にそれが人理の救済なんて大それたことをしているんだから十数年しか生きてない学生にまるで歯が立たないなんてそれこそ俺に力を貸してくれた彼らに申し訳が立たない。

だがやはり本質が俺と彼らとでは違うのだ。

それでも俺はこの世界で英雄になりたいと望んだ。

自分でも欲張りな望みだと分かってる。

俺の力は他人の頑張りの表面だけを真似て勝手に振るう偽物だ。

それでも俺は対等になりたかった。

君達の後ろではなく、隣に並び立ちたいと思った。

だから、俺は答え無くてはならない。

彼の言葉に。

 

「ありがとう。これから、頑張ろうね」

 

「――?う、うん!頑張ろう!」

 

突然の的はずれな言葉に緑谷君は一瞬呆けた顔になったが、彼の中で上手くいい方向へ解釈してくれたのか、笑顔で返事をしてくれた。

俺自身もまだしっかりと目標を見つけられた訳ではない。

俺はヒーローという職業が当たり前になったこの世界で彼らのようになりたいと思ったが、どうすれば彼らのようになれるかなんてぶっちゃけ見当もつかない。

別に讃えられたいわけでも、地位が欲しいわけでもない。

答えは未だ見つからず、終着点どころか少し先さえ濃い霧に閉ざされて見えない。

ならば、ヒーローになる過程で何かその切っ掛けだけでも掴めればいいな、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後学校での何気ない話を交えながら俺たちは茶々さんの自信作だというお弁当に舌鼓を打ち、これから始まる午後の部に向けて気合を入れた。

俺は俺の好みに合わせて甘く焼かれた半熟卵焼きを味わいながら何か微妙な違和感を感じていた。

はて、俺たちはなにか大事なことを忘れていないだろうか。

もぐもぐと卵焼きを咀嚼しながら考えるが、どうも上手く出てこない。

 

「リツカ、このお稲荷さんも食べる?茶々の愛情たぁーっぷりこもった手作りだから美味しいこと間違いなし!」

 

「おおっ、食べる食べるー!」

 

まぁ、思い出せないならきっと大したことじゃないだろうし、大丈夫かな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ、これはあれじゃな。迷子というやつじゃな。出口がどっちかさっぱりじゃ」

 

背中にデカデカと今流行りのバンドのロゴが入った黒いTシャツに黒いスカート、腰に真っ赤な薄手のパーカーを巻き、首からは銀のドクロのネックレス。

そして頭には見慣れた帽子をかぶった我らが第六天魔王、今世での名は土方信長。

彼女は現在絶賛迷子ナウである。

今朝方茶々に叩き起こされ、リツカと総司の応援に行くと言われてもぞもぞと起きようとしたものの、実はついさっき帰ってきたばかりで今日が雄英の体育祭だということを完全に忘れて夜通しカラオケ三昧だった彼女は後から合流すると言って二度寝を決行した。

そして昼前にもぞもぞむにゃむにゃと目を覚まし、預かった金で電車に乗ってここまで来た。

言われた通りスタンドへ向かって進軍。

昼食、もとい朝昼兼食を目指して敷地内をズンズンと進んでいったは良いものの、気がついたらよくわからない場所に来ていた。

飾り気のない廊下に自分以外観客や出店のおっさんどももいない。

どうも雰囲気的に関係者以外お断り感満載である。

下手にやらかすと最悪食事が抜きになるのであまり騒ぎを起こしたくないが、結局奴らに弁当を食い尽くされては自分の分の飯はない。

そう思うとさっさとこんなところは出て外に向かいたいところなのだが、再びここがどこか分からないというはじめの疑問に戻ってしまう。

はて、なにか良い手は無いものか。

妙案をひねり出そうと脳みそを絞っていると、通路の向こう側からなにやら声が聞こえてきた。

 

「む?なにごとじゃ?声の雰囲気からしてどうやらあまり穏やかではなさそうじゃのう。喧嘩はだめじゃぞ喧嘩はー。え?お前が言うな?まっ、是非もないよね!……一人で言ってるとなんか悲しくなってくるんじゃが。どれ、少し覗いてみるか」

 

曲がり角からこっそり顔を覗かせると、体格のいいメラメラキンニクンと紅白まんじゅうのような頭をした子供が何やら言い合っていた。

いや、言い合っているというか、声を荒げてるのは一方的にメラメラにんにくの方だけなんじゃが。

っていうかあのメラメラものすんごく見覚えある気がするんじゃけど気の所為かのぅ。

しかし、このタイミングならば好都合ではないか、という思考に至る。

あれだけ堂々とここにいるということは奴は自分とは違ってちゃんと関係者ということだ。

ならば当然出口も知っているだろう。

近寄っただけで汗だかニンニクだかわからん匂いが染み付きそうだが、これも弁当のため。

致し方あるまいて。

 

「いよぉう!そこのモリモリ筋肉ガチムチファイヤーマン!わし出口探しとるんじゃがどっちかしらんか?」

 

「なっ、ガチムチファイヤーだと!?今こちらは取り込み中――き、貴様まさか新選組のとこの小娘か!!?」

 

「……なんだあんた。コイツの知り合いか?」

 

どちらも色んな意味で訝しげな視線を向けてくる。

まだわし何もしとらんよね??

扱い酷くない???

ちょっと涙出てきそうなんじゃが。

まぁ、嘘じゃけど。

じゃがこの火炙りニンニクがムカつくのは嘘じゃない。

そのまま炭になってしまえ。

 

「あいっかわらず暑苦しい奴じゃのー。そしてその隣のはよく見ればさっき遠くからディスプレイに見えてたお主の息子か。うちのリツカと駄妹が世話になっとるのぅ。これからもよろしく頼むぞ」

 

「リツカ、ってことは藤丸の姉貴かなんかか」

 

「おい、この小娘には気をつけろ。こいつと関わると碌な目にあわんからな」

 

碌な目に合わないとは酷い言い草だ。

一体いつこのガチムチファイヤーに迷惑をかけたというのか。

被害妄想も大概にしてほしいものだ。

あと暑苦しい。

肉体的にも個性的にも。

 

「なんだその思い当たることがないかのような顔は!個性無断使用での補導常習犯め!!ここ数年ヴィランとの戦闘の最中にふらりとどこからかやって来た貴様の攻撃に誤射されかけた回数は数え切れん!!」

 

「なんじゃとぅ!?それだとまるでわしの腕が悪いように聞こえるじゃろうが!しっかり狙って貴様に撃っておるわ!!」

 

「尚質が悪いだろうがァ!!!」

 

「………」

 

二人がやいのやいのと言い合っている内に轟焦凍は歩き出す。

頭のおかしな連中にかまっている暇はない。

瞳に冷たく暗い闇を宿して、彼はその場を去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちなみにその頃丁度弁当は完食されていた。

それを彼女が知る術はない。

 

 

 

 

 

 

 

 




茶々とノッブ(織田の方々)の定まらない口調難しすぎぃ……


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俺だって御飯の後はゆっくりしたい

皆で仲良く昼食を取った後、緑谷に伝えられたミッドナイト先生の呼び出しに答えるべく席を立った。

長い裏方の廊下をあるき続けて漸く指定された教師用の控室へと到着する。

ドアに対して三回軽く右手の甲でノックし、一歩下がって待機する。すると「はーい」という返事とともに数秒後中から扉が開いた。

 

「お、1-Aの藤丸君ね。待ってたわ」

 

「おまたせしてすみません。御用があると緑谷から聞いてきたんですが、何かありましたか?」

 

「そうそう、ちょっとね。取り敢えず廊下で話すのも何だし、中に入ちゃって頂戴」

 

「分かりました。失礼します」

 

軽く会釈をすると共に教師用の控室へ入ると、中にはお昼休憩中の数人の先生方が雑談をしながら食事をしていた。

しかし教師の総数には程遠く、殆どの先生方は出払っているようだった。

何処か別の所で食事、ということも考えられるが、恐らくそういった雑事ではないだろう。

十中八九校内の敷地の巡回、パトロールか。

ついこの間ヴィランというヒーロー科を強く推している雄英からすれば完全な敵対勢力から襲撃を受けたばかりだと言うのに今回の体育祭を開催した我が校。

ここで再度ヴィランに屈しようものなら世間からの信用は地に落ちる。

こちらは歯牙にも掛けていないという態度を示した以上、失敗は許されないだろう。

そう考えると俺達が純粋に自分達の将来や眼の前の競技に専念することが出来るのは偏に先生方のお陰だ。

ともすれば、そんな先生方の内の一人から手伝いのお声が掛かったとあらば助力を惜しむ訳にはいかないな。

 

「おーい、こっちよ藤丸君」

 

現状の確認と共に意思を確定した所でミッドナイト先生に声を掛けられた。

今行きます、と口に出して小走りで駆け寄った。

 

「態々悪いわね。遠かったでしょ?この控室」

 

「はは。確かに中々距離はありましたけど、食後の腹ごなしに丁度良かったので大丈夫ですよ」

 

「そう言ってもらえるとこちらとしても気が楽ね」

 

「それで、俺に用事というのは?」

 

「それなんだけど、藤丸君個性で治療ができるでしょう?それも対象者に全く負担を掛けない外的な作用だけで」

 

「はい、そうですね」

 

「午後の競技でもしリカバリーガールの治癒じゃあ危険なほど酷い怪我を負った生徒が居た場合、その場にあなた以外に適任者が居なかった場合はあなたに治療を頼んでいいかしら」

 

「なるほど、分かりました。その場合は俺が対処します」

 

「ありがとう。といってもその場に他のプロヒーローで治療に特化した方が居なくて今すぐに治療しないと危険って時だけでいいわよ」

 

「了解しました。というか午後の競技ってそんな危険な事するんですか?」

 

近くに対処できるプロヒーローがいなくて今すぐ治療しないと危険って、そこまで酷いことになるような競技を高校で開催して大丈夫か。

しかもこの体育祭全国放送だよな?

全国民にそんなスプラッタ-映像見せちゃっていいのか日本。

この国の先行きがちょっと不安になってきた。

 

「一応私とセメントスが常にフィールドの側で注視しているからそうそうそんな事にはならないはずだけど、念には念をって奴よ。治療ができるタイプの生徒には毎年声を掛けているの。万全の体制だと思ってそれらが全部空振った時に何も出来ないなんてことが一番まずいってのを私達プロは現場で経験してるからね」

 

「なるほど、確かに予備策が多くあるに越したことはありませんね。ですけど、生徒の俺なんかがそんな重体の患者を処置しちゃって大丈夫なんですか?」

 

「それについても学校側は問題ないと判断しているわ。本来は入ったばかりの一年生にお願いすることじゃないんだけど、あなたの場合はこれまでの実績とこの間の襲撃事件の時のあなた自身を治療したっていうのが大きいわね。あなたの担任もリカバリーガールも太鼓判を押していたわよ。特にリカバリーガールなんて『千切れた部位を更に粉々にでもされないかぎり大丈夫』って言ってたわよ!」

 

「は、ははは」

 

これからもし俺自身のスペックが強化されて更に強力な宝具が使える様になったら死体寸前でもそうなる前より元気になれるとかは黙っておこう。

世界を救う戦いでもなければ余剰火力にも程がある。

 

「それじゃあ私からの用事はこれで終わりよ。レクリエーションまで自由にしてて頂戴」

 

「はい、それじゃあ失礼します」

 

扉の前で再度小さく会釈して控室から退出する。

パタリと扉を締め、小さく息を吐いた。

 

「さてと、これからどうしようかな」

 

レクリエーションまでまだ少し時間がある。

クラスの皆はバラバラに食事を取っているし、そもそも特に用事もない。ともすればまたさっきまで居た観客席の沖田や土方さんのところへ戻るぐらいしか選択肢は無いか。

そう思い、踵を返して先程来た長い廊下を戻ろうとした所で後ろから肩に手を乗せられた。

誰かとそちらを振り返ろうとすると頬に何かがぶつかって顔の動きが止まる。

一瞬何が起きたのか分からなかったが、直ぐにこんな事をするのは誰かという予測が脳裏を過った。

顔が動かないので視線だけで指の先の犯人へと目を向けると、案の定、というか予想通りな人物が立っていた。

 

「こんな所で何やってるのさ、ノッブ」

 

「うはは!何もやっとらん。迷子じゃ」

 

「迷子って、ここ関係者以外立ち入り禁止って立て札立ってたと思うんだけど」

 

「わしの行く手を阻みたくばあんな薄い板では足りんぞ。せめて本能寺でももってこんか」

 

「いや、持ってこれるわけ無いでしょうが。そもそも本能寺もってこいってワード自体がおかしいからね」

 

と、ここまで俺の頬に指を食い込ませたままの会話だが、そろそろこの手を退けてくれないだろうか。

結構しっかり指の先を食い込ませてくるから地味に頬が痛い。

というか押し込み方が段々強くなってるな。確信犯だよねこれ。

押しのけてでも振り払おうかと考えていた所で不意にノッブの方から指を離す。

漸く開放されたと溜息を吐き出す俺に、我らが殿様は腕を組んで見上てきた。

 

「さて、わしを弁当のところまで案内せい!もう腹ペコで死んでしまうぞ!」

 

「え?弁当?お昼食べてから来たんじゃないの?さっき弁当食い終わったよ」

 

「なっ、なんじゃとぉーー!!?」

 

わしの弁当がぁー!というノッブの慟哭を無視しながら、俺が来た道をそそくさと戻って行った。

 



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俺だって女装なんてしたくない

「どうしてこうなったのかな?」

 

「私にも分からへんけど、似合ってるから良いと思う!」

 

鮮やかな蒼が雲と踊る快晴の中、未だ午前の熱が冷めやらぬ様子で会場は熱気に包まれていた。

そんな中、今俺達は――――

チアリーダーの格好をしてフィールド隅の芝生の上に立っていた。

おかしい、おかしいよね。

そもそもチアリーダーっていうのは本業はともかくコスプレとしては女の子がするからこそ良いものだと俺は思うんだ。

というか一般常識的にそうでしか無いと思うんだけど、どうして俺は今現在進行系でそんな服装をした我らが1-Aの女子たちと"同じ場所で並んでいる"のかな?

これ俺見る側だよね?断じてする側じゃないよね?

蒼く、高い空の一点を見つめたまま微動だにしない俺。

それを同じ被害者であるはずの女子達がよくわからないフォローを投げかけ続けるという凄まじい絵面。

この痛ましい事件の発端は昼食後、何気なしに廊下を歩いていた俺に八百万さんが声を掛けるところまで遡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、ふ、藤丸さん!」

 

「ん?どうしたの八百万さん」

 

「それが、峰田さんと上鳴さんからお話を聞いたのですが……」

 

 

八百万さんが言うには、あのスケベコンビが相澤先生から指示を受け、A組の女子にこの後のレクリエーションでチア服で応援合戦をする旨を伝えに来たらしい。

この時点で既に何だか話が胡散臭かったのだが、八百万さんのやり遂げてみせるという熱意と勢いに押された俺は唯一見つからないという沖田を一緒に探すことを申し出たのだ。

 

「沖田ならさっきまで一緒にご飯食べてたし、多分まだそこに居るんじゃないかな」

 

「本当ですか!?」

 

「うん。沖田の家は家族が会場に来てるからね。良ければ案内するよ」

 

「お願いします、藤丸さん!」

 

そんなやり取りをした後に、俺と八百万さんは駆け足で会場の観客席へと向かった。今にして思えば、この時点で俺は既に詰んでいたのだと思う。

俺はこの時にはもう逃れ得ない運命だったのだ……。

しばらく二人で走った後にたどり着いた目的地。

予想通り、やはり沖田はそこに居た。

土方さんに茶々さん、少し前に送り届けたノッブと何があったのかそのノッブと掴み合いをしている沖田。

どういう状況か全く分からなかったが、この二人が喧嘩になることなんて日常茶飯事なのでそのまま声を掛けて要件を伝える。

先程八百万さんから聞いた話を更にざっくりと沖田に話すと、それまでしていた掴み合いの体制のまま沖田とノッブが目を合わせてニヤリと笑った。

そして驚きの一言を言い放ったのだ。

 

「「それ、リツカも女装して出れば良いじゃないですか(じゃろうが)!」」

 

「……はっ?」

 

その後の展開はあっという間だった。

土方さんがあの新選組の副長の土方さんだと気が付いた八百万さんが「応援しています」だとか「あの事件についてお話を――」等と話している最中だというのに躊躇なくひっ捕まえて連行する沖田。

そしてノッブにお米様抱っこの状態で連れ去られる俺。

気がつけば何処かの更衣室に到着していた。

あれよあれよという間に化粧、更には何処から出てきたのかあの時に使ったものと瓜二つのウィッグが出てきたかと思えば今度は更に何処から出てきたのか分からない詰め物を胸部に押し込められ、『女装立香ちゃん』が完成した。

呆然とした状態で俺は沖田に手を引かれるまま連れて行かれ、気が付いた時には既にフィールドに出ていた。

そうして時は今に至る。

 

「み、みんなどうしたの!?なんでチアリーダー!?と、というか、君は――?」

 

流れるようなツッコミの後に俺を指差す緑谷。

ああ、そうだよね。俺だってわかんないよね。そうだよね、だって俺今女装してるもんね。

 

「何言ってるんですか緑谷さん!リツカですよ!リ・ツ・カ!」

 

「リツカ、ってことは藤丸君!?な、なんで女装!?というか全然わかんなかったよ!」

 

「お、お前藤丸かよ!?ま、まじでわかんなかったぜ……」

 

本気で驚いたという顔で声を上げる切島。やめるんだ。その反応は俺に効く。

 

「藤丸ッパイ……悪くねぇな……」

 

不穏な言葉を呟く峰田。

というか八百万さんにチアリーダーのこと言ったのお前と上鳴だったよね。

お前ら絶対後で覚えてろよ……!!

 

「だ、大丈夫ですわ藤丸さん!大変お似合いです!」

 

「ぐあぁああっ!?!?」

 

大変お似合いですだって!?勘弁してくれ八百万さん!それはフォローじゃなく間違いなく攻撃だ!

 

「その通りよ藤丸ちゃん。よく似合ってるわ」

 

「私より胸もあるしね」

 

「ホントだよー!けしからん!まったくもってけしからんよ君ー!」

 

梅雨ちゃん、耳郎、葉隠がそれぞれ言うが、梅雨ちゃんは良いとしても後の二人はおかしくないだろうか。

これ詰め物だよ。

触り心地思いっきり布だよ。肉の感触ゼロだよ。

そのまま俺の精神のヒットポイントがゴリゴリと削られていき、トドメは観客席から身を乗り出したノッブの「今晩その格好でわしの部屋に来たら抱いてやるぞ」という問題発言だった。

その後放送から『何やってんだアイツら!?というかあの黒髪美少女誰だ?あんなヤツ今年の一年に居たか?』というマイク先生の言葉によって俺が女装しているという事が会場中にバレることとなる。

プレゼント・マイク絶対許すまじ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

午後の競技、謎の1-Aコスプレチアリーディングが終わった後に、これから行われるトーナメント戦のトーナメント表が発表された。

どうやら俺は第三試合に振り分けられたようだ。

相手は上鳴か。

個性は確か『帯電』だったはずだ。体に発生させた電流を纏うことが出来る個性。

単純な攻撃力、防御力共に利用でき、尚且戦闘とは別の方向性でも多用できる汎用性の高い個性と言えるだろう。

 

「問題はこの個性を彼がどんな風に何処まで活用してくるかだな」

 

周辺を見回すと、あちらも俺を探していたようで、キョロキョロしていた上鳴と目が合う。

にっこりと笑顔で返してやれば、心底嫌そうな顔をされた。なんでだ。

 

「おや、リツカは私とは反対側の山ですね」

 

隣に居た沖田がそう呟く。

その声の情報に従って俺の名前が配置されている左側から反対の右側の山を見てみると、そちらに沖田の名前があった。

あの位置だと、もし勝ち上がって行ったとしても沖田と俺がぶつかるのは決勝戦までないということになる。

 

「そうだね。随分遠くだ。俺と決勝で戦うまで負けないでよ?」

 

「上等です!リツカこそ、私に叩き切られるまで負けないでくださいね!」

 

沖田と二人で向き合い、拳を小さくぶつけ合う。

お互いの顔を見てニヤリと笑いあった。

正直な所、コスチュームの使用が禁止されている今回のルールでは、沖田は十全にその実力を発揮することができない。

本来彼女は自身の体と一刀の得物が合わさって真価を発揮する強者だ。それは嘗ても個性を得た今も変わらない。

それでもこの強者がひしめき合う中で沖田は躊躇なく俺と戦うために決勝まで勝ち上がると言った。

なら、俺はただその言葉を信じて上を目指そう。

 

「よぅし!気合入れていきまコフアァッ!!?」

 

「沖田ー!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

緑谷と普通科の彼との熱い試合と轟の瞬殺事件があった後、俺の試合の順番が回ってきた。

控室を出た時点ですでに長い廊下の先にあるフィールドへの入り口からは会場内のざわめきが聞こえてきていた。

きっとついさっきあった轟の試合についてプロ達がああだこうだと話をしているんだろう。

先生がこの体育祭は将来有望な卵を見つけて唾を付けておきたい連中がわんさか来るって言ってたし、そういう観点からいけば轟の試合はいい意味でも悪い意味でも話題に事欠かないだろう。

 

「本人はあんまりそういうの気にしてなさそうだけど」

 

彼は他人の目とか、大人の思惑なんかについてはそこまで頓着しないタイプに見える。少なくともここ数ヶ月一緒に過ごしてみた俺としてはそう感じた。

今回も興奮気味な緑谷に「すごかったね!」とか言われても「そうか」で会話が終わってしまいそうだ。

緑谷は緑谷で轟のそっけない反応も気にしなさそうだけど。

そう考えると彼らは思いの外似た者同士なのではないだろうか。

そこまで考えて不意に口から笑いが漏れた。

一応高校生活で三度しか無いチャンスの前に立たされているというのに一体何を考えているのか。

もう少し緊張感というのを持ったほうが良いだろうに。

短く、少し強めに息を吐いて気持ちを切り替える。以前は良くレイシフト前にこうして心を落ち着かせていた。

一瞬の簡単なルーティンだが、頭の中がしっかり切り替わったのを感じる。

準備が整った所で調度俺の名前が呼ばれた。眩い外の光が溢れているフィールドへと向かって歩き出す。

これから始まる試合に胸が高鳴った。

やがて暗い通路は終わり、光の中へと到達する。

そして眩い白に少しだけ目を細め、それが元の状態へ戻り切ると同時に歓声が鳴り響いた。

 

『1-Aの中でも得体の知れないダークホース、藤丸立香!!』

 

会場中からの視線を感じる。

観客席を見回してさっき昼食を食べた場所を見ると、茶々さんや土方さん、そしてノッブと目があった。

俺が小さく笑うと、向こうも軽く手を上げて答えてくれる。

それを確認した後に眼の前に作り上げられた戦場へと目を向けた。

そこには既に、俺より先に名前を呼ばれていた上鳴が待っていた。

 

「よう、藤丸」

 

「ああ、おまたせ上鳴」

 

「ぶっちゃけお前相手だと自信ねぇし、そもそも俺は長期戦はからっきしだからよ。最短で決めさせてもらうぜ」

 

悪巧みをしていますと言わんばかりの笑みを浮かべながらバチバチと細かな電流を体中から弾けさせて戦意を見せる上鳴。

あの表情から察するに、何か俺に対抗する策があるようだ。

なら、こっちも少し驚かせてやろう。そのお得意の電撃が君の専売特許ではないということを見せてやる。

何より女装の恨みの元凶その2だ。

遠慮なく打ちのめさせてもらう。

 

『バトル――スタァトォォォオ!!!』

 

マイク先生の合図とほぼ同時に俺と上鳴は動きを見せる。

上鳴は両足を大きく広げて両腕を軽く力ませたまま腰下まで下げる。前にUSJ襲撃事件で使ったっていう放電か。

確か耳郎が放電が終わった後は頭がショートして使えなくなる、みたいなことを言ってた気がする。その情報が本当だとすれば文字通り短期決戦できたな。

電撃が迫りくる中、俺は個性を発動させた。

ローブの時と同じく体が青白い光に包まれ、それが晴れると俺の体は鉄色に赤の装飾が施された鎧を身に纏っていた。

上鳴から繰り出された黄色い電撃に対し、こちらは全身から赤い電流を迸らせて対抗する。

俺の体から発せられた電撃と上鳴の攻撃によって受けた電撃が衝突する。

結果的に、しばらく拮抗したものの上鳴の頭の限界が来たのか鼻水と涙を垂らしながら人語ではない何らかの鳴き声を上げながら電撃は止まった。

悪巧みは終ったかい?それならここからは俺の反撃の時間だよね。

 

「それじゃあ、ちょっとチクッとするから気を付けて。これがチア服の恨みだ」

 

必死に涙目でこちらへ言い訳をしているようだが、頭がイッてしまっているせいかまともな言語ではない為まったく理解できない。

俺がにっこりと曇ない笑顔を浮かべると、上鳴は再び謎の鳴き声を上げながら数歩後ずさる。

それを好機とこちらは逆に一歩大きく踏み出し、右手に剣を出現させた。

粗暴な、けれど誰よりも理想へ手を伸ばし続けた彼の騎士の真似をして声を上げる。

 

「赤雷よ!」

 

眼前に構えた剣が呼びかけに呼応するように一際大きく電流を放つ。

バチバチと敵意を剥き出しにした剣を上段に構え、少し離れた場所で震えている上鳴に向けて振り下ろした。

斬撃のように剣から放たれた赤い電撃は、見事に上鳴へと着弾。

それを受けて奇声を上げた上鳴はしばし痙攣した後に気絶。

俺は特に大きな問題もなく第一関門を突破することが出来た。

 

 

 



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俺だって熱い青春をしたい

俺が参加した第三試合以降も滞り無く……まぁ、通信販売的な何かはあったけれど、得意これと言って大きな問題は起きずに試合は進行した。

そして第七試合、相対するは沖田と切島。

本来コスチュームと一体になっている刃をつぶした刀を利用して個性を使用することが前提の戦闘スタイルを構築してきた沖田だが、今その彼女は近接格闘の構えを取っていた。

対戦相手の切島は『硬化』という個性の性質上接近戦にはめっぽう強いはずだ。それを分からない沖田ではない。

となれば、そこをあえて向かっていく以外に活路はないと悟ったか。

彼女の父は言わずと知れた新選組副長土方歳三。プロヒーローとのコネクションは大きな武器だ。実際の現場で活躍している第一線の技術や知識を直接学ぶことが出来る。

本来の英霊としての沖田は別段近接格闘が出来なかったというわけではなかった。それを専門にしている連中と比べれば劣りこそするものの、ある程度こなせていた。しかし、ここでこの世界に人間として生まれたが故の問題が生じる。

沖田達元英霊組は英霊だった頃の記憶や知識は引き継いでいるが、肉体についてはその限りではない。

舞台に立つ沖田の姿はあの時俺達と旅をしていた頃を幻視させるような淀みない佇まいだ。きっと自分の使える力を最大限利用して今日の為に備えてきたんだろう。

マイク先生の試合開始の合図と共に二人が舞台の中心部へと同時に駆け出す所まで見届け、俺は一人座席から立ち上がった。

 

「あれ、藤丸君何処か行くの?」

 

不自然に思った緑谷が声を掛けてくる。

俺はその問いに頷きを返し、理由を口にした。

 

「沖田の手の内は当たるまで見ないでおこうと思ってさ。そこも含めて今回の体育祭を楽しみたいんだ」

 

前は参加すら出来なかったからね、と心の中で付け足す。

 

「ハッ!テメェとあの吐血女が当たるって言やあ決勝以外ありえねぇじゃねぇか。今からもう決勝戦の話してんのかよナメプ野郎。ふざけんのも大概にしとけよクソが」

 

今までにない凄みと怒りを滲ませた爆豪が俺を睨む。ナメプ野郎、というのは沖田の手の内を見ないと言ったことに関してだろうか。

確かに、本気で将来を考えてこの体育祭に望んでいるメンバーからすれば、少し配慮に掛けた発言だった。

心なしか轟の視線も鋭い気がする。

 

「ごめん、ちょっと言い方が悪かったね」

 

「言い方だァ?」

 

「そう、言い方だ。アレだと俺が本気で勝つつもりが無いみたいに取られちゃうかと思って」

 

「現にそうだろうが」

 

「いや、違うよ。俺は今回の体育祭をあくまで競技として楽しみたいんだ」

 

「……何が言いてぇかはっきりしやがれクソ野郎が」

 

さっき程までと変わらない鋭さを保った爆豪の視線。しかし、その目が怒りから懐疑に変わる瞬間を捉えた。どうやら俺のひどく態とらしい言い回しに気がついてくれたらしい。

 

「俺はこの体育祭をあくまで競技として楽しむ……。つまり、普段の実戦形式の訓練みたいに戦闘終了後のヴィランの強襲や罠に備えて後先考えた戦い方をやめるつもりだ。言わば今まですっと自分に掛けてた実戦と言う名の"枷"を外すつもりなんだ」

 

「そ、それってつまり普段の授業の藤丸君は――」

 

「あー、えっと、あんまり本気じゃなかったって事になる……かな?」

 

そんな馬鹿な、と口々に言うA組の面々だが、むしろ全力でやって彼らと同じ程度では俺の立つ瀬が無いのだ。俺が扱う力はどれもそれぞれの分野で一騎当千と言ってなんら差し支えない英雄たちの、それも最盛期のものだ。

俺という未熟者の器に押し込めることでその力の殆どが減衰してしまっているとはいえ、それで本格的に戦闘訓練を初めたばかりの高校一年生とやっとこさ同程度などでは彼らに顔向けできない。

きっと各方面から指を指して大爆笑されてしまうだろう。

英雄王の耳に入りでもすれば彼の腹筋が死ぬか俺自身が死ぬかの二択になる。

なので普段の授業は実戦を意識して訓練終了後に、言わば本来のミッション完了後にイレギュラーな事態が起きることを想定した体力配分に個性の魔力配分を行っていた。

だが、さっきも言ったが今回の体育祭は違う。

 

「でも、今回はそれを解禁する。次の試合のことなんかはひとまず置いておいて、目の前の相手にだけ集中して本気を出すことを誓うよ」

 

その言葉に今後俺とトーナメントで当たる可能性のあるメンバーが、特に次の対戦相手である飯田が顔を引き締めた。

 

「その試合の直後に個性のオーバーヒートでぶっ倒れようとなんだろうと本気で勝ちに行く。これはこの場にいるトーナメント戦出場者全員への宣戦布告だ」

 

悪の大元、世界一有名な探偵と幾つもの戦いを繰り広げた蜘蛛の教授のニヒルな笑いを再現するように笑みをこの場にいる全員へ向ける。

こちらへ一際強い視線を送っている数人へと視線を巡らせた後に、最も勝利に飢えた三白眼のクラスメイトと視線を交える。

 

「優勝は俺がもらうよ」

 

「上等だクソ野郎がぁ……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

と、思いっきり啖呵を切った癖にその場に残ってのんきに試合観戦なんて神経の図太い真似が俺に出来る訳もなく、格好をつけたセリフを言い終わってからそそくさと退散した。

適当な男子トイレの個室に退避し、次の自分の試合の待機時間まで隠れて過ごすことになり、さっきのあの大見得を切った直後の絵面としてはかなり最低なものではあったけど、かっこよさの裏側なんてそんなもんである、と自分に言い聞かせて頭の中身を空にした。それにしても呼ばれるまで随分と時間がかかってたけど、何かあったのかな?フィールドの修復がどうとかってアナウンスしてた気がするけど……まぁ、今は目の前の試合に集中するのが一番か。

そして迎えるは二回戦。

対戦相手は飯田天哉。轟と同じく大手プロヒーローの家系であり、あの速力から繰り出される蹴りは脅威だ。

ただ、あのフィールドでは走力を活かした戦い方は難しそうだし、例の騎馬戦で使ったっていう使い物にならなく成るまで一瞬だけど格段にスピードアップする技を蹴りに回して速攻っていうのが妥当なところだろうか。

であればこちらも彼の最大出力に反応し得る反射速度の出る英霊の力を借りなくてはならないか。

個性という超常の極みのような力がありとあらゆる人物に与えられているこの世界に於いても彼の家系の持つ個性は瞬間的な出力に限定すれば世界的に見ても頭一つ抜きん出ていると言っても過言ではない。

そんな能力にどこまでも凡才でありきたりな俺が借り物としても勝ることの出来る力の持ち主となれば――

 

「彼、かな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『A組に所属する二人のプロヒーローの家系に生まれたエリートのうち片方!ヒーロー科、飯田天哉ーー!!』

 

『対するはァ!ここまで勝ち上がりながらも正直どんな個性なのかさっぱりなダークホース!同じくヒーロー科、藤丸立香ーー!!』

 

二回戦、マイク先生の紹介がスピーカーから響き渡る。

まだ試合開始の合図は鳴っていないが、飯田は既に腰を深く落として臨戦態勢だ。どうやら速攻の読みは合っていたらしい。

にしてもマイク先生、飯田の紹介雑すぎないか。エリートのうちの片方って、ソレもう片方だれ?もしかして轟?

 

『バトル――スタァトォォォオ!!!』

 

俺の謎疑問に誰かが答えてくれる訳もなく、試合開始の合図が放たれた。

前方からエンジンを吹かす音を耳に感じながら個性を展開する。

全身を青白い光に覆われ、一瞬瞬きをしたと思った次の瞬間には左側頭部付近に飯田の右足が接近しているのを感じた。

反射的に左腕を自身の頭部を庇うように出して――その攻撃を"受け止める"。

飯田の足と衝突した左腕には軽装の篭手が装備され、その反対の右腕にも同じ篭手が装備されている。

胴、腰と続く銀のライトアーマーに、その内側は全身を覆う黒いインナー。

右肩から流れるように纏った鮮やかな赤褐色の布が風にたなびいて目を引いた。

飯田の攻撃を受け止めた左腕を支える為に全身の筋肉を駆使し、それら全てを魔力放出によって補う。衝突した左腕を中心に全身へ黄緑色の電流が断続的に走る。

俺が渾身の一撃を受け止め切ったのを見た飯田が目を見開いて動揺したのを確認する。

中々に気合の入った一撃だった。まるで効いていないという体を装って真顔のまま必死にポーカーフェイス作ってるけど正直結構痛い。本来なら神性を持った攻撃以外では傷を付けられないはずだけど、俺が使用する場合は神性以外の攻撃にそこそこの耐性が付くくらいの性能にダウングレードされている。

俺が今回力を借りた英霊の名前は『アキレウス』。英雄叙事詩イーリアス随一の勇者にしてギリシャ神話においてヘラクレスと比肩し得る大英雄であり、英雄ペーレウスと女神テティスを両親に持つ、世界的規模の知名度を誇るトロイア戦争最強の戦士。

そんな彼が師から教わった近接徒手格闘術の名前はパンクラチオン。その真髄は――

 

「掴んで壊す」

 

その言葉の意味を飯田が理解するが早いか、飯田の足首を捕まえて思い切り捻り壊した。

 

「ぐぁ、がぁっ!」

 

メキョリというおよそ通常時では聞くことのないであろう音を耳で捉え、苦悶の表情を浮かべてうめき声を上げた飯田の無防備な脇腹に横蹴りを叩き込んだ。

鍛え上げられた筋肉の上から肉を圧し、飯田の肉体がくの字に曲がるのを感じながら右足を振り抜く。

数度地面に打ち付けられながら彼は二、三メートル転げた所で止まった。

数秒痛みに震えた後、地面に擦り付けた左目を半ば閉じながらヨロヨロと起き上がるのを見届けて再度臨戦態勢に戻る。

開始数秒でズタボロになった飯田の目からは戦意は失われていない。しかし、言い方は悪いがこのまま競技を続行した所で結果は見えているようなものだ。先程の捻りで間違いなく彼の一番の武器である足を片方とは言え潰した。

足とは右左二つが揃って本来のパフォーマンスを発揮するもの。俺も嘗てのアメリカ大陸で嫌という程それを味わった。移動するだけならともかく足技を主武装としている彼が片足を機能不全にされるというのは単純計算で戦力が50%減などという生易しいペナルティではない。

普段から彼が片足を潰された状況を想定して訓練を行っているというのであれば話は別だが、そんなケースはそうそうないだろう。

 

「まだ続ける?」

 

「む、ろん、当然だ……。こんな所で、こんな、無様を晒したまま負けることなど、俺は、僕、は、自分を許せない……」

 

ふらふらと体を揺らし、焦点の定まらない両目。その上あまり呂律も回っていないとなれば脳震盪か、それに近い症状が起きているようだ。

さっきの地面との衝突で側頭部を強く打っていたし、そうおかしなことでもない。

ともすれば俺としては早急に保健室かどこかで大事がないか検査を受けてほしいところなんだけど――

 

「君が、言っただろうッ!何があっても、目の前の相手を倒すことに、集中すると!なら、来いッ!僕はまだ、倒れていないぞ!!」

 

「それを言われると俺も弱る」

 

若干おかしな方向へ曲がったままの右足をかばうように左足をずんと前へ出し、息も絶え絶えな荒い呼吸のままファイティングポーズを取る飯田。その姿に、心臓が大きく鼓動した。

俺個人としても、この力を借りた英霊の性分としても、どちらにせよこの勝負は降りるわけにはいかない。

彼の満身創痍ながらも毅然とした態度を見て、そう直感的に理解した。

 

「かっこいいね、飯田」

 

「ふっ、開始早々で、ボコボコだがな」

 

お互い小さく笑みを零した後、動けない飯田に向かって一方的に肉薄する。

飯田の目の前で急停止し、勢いが残ったままの状態で右手を引き絞る。

まずは腹部に一撃。

 

「ぶっ、ごぁ」

 

こちらが右手の拳を入ったことでよろけながらも、飯田も負けじと右腕を振るう。

体ごと振るわれた大振りなパンチを体を屈めて避け、反撃に左で飯田の左頬を殴りつけた。

 

「うぐっ、ふぅ」

 

再度先程と同じ様に左腕を振るう予備動作を目視し、それがこちらへ迫る前に続けざまに右腕で飯田の右頬を殴りつける。

よろけても尚倒れることのない飯田に、素早く続けて攻撃を決めていく。

四、五発も入ると飯田は反撃をしなくなり、虚ろな目でこちらを睨むだけになった。

しかし、それでもまだ『降参』とは言わない。

 

「まだやるか、って聞くのは無粋かな」

 

「う、はぁ、はぁ……」

 

最早軽口も叩け無い程に消耗した姿に罪悪感で胸の奥がチクリと痛む。だが、この感情は見当違いのものだ。彼が自身対等な戦いを望み、その結果傷ついた。それを申し訳なく思うのは、きっと違うと思う。

この力の元となっている彼も恐らくそう言うだろう。

なら俺が言うべきは「ごめん」ではなく――

 

「俺が優勝するとこ、見届けてくれ」

 

それをちゃんと聞き届けたのか否か、飯田は薄く苦笑いを浮かべた。

大きく予備動作を取り、一回転して遠心力を付けた回し蹴りを飯田の腹部めがけて叩きこむ。

無抵抗にそれを受け入れた飯田は大きく飛んで背中からフィールド外の芝生に着地した。

 

『飯田君場外!勝者、藤丸君!!』

 

二回戦、決着。

 



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俺だって友達の背中を押したい

お茶子から聞いた話を大雑把にまとめると、こんな内容だった。

どうやら轟の父であるエンデヴァーさんと轟はあまり仲がよろしくないらしい。

エンデヴァーさんとしては炎と氷を使いこなして素晴らしいプロヒーローになってほしいらしいが、轟としては大嫌いな父親の意見には従いたくないので頑なに炎を使うことを拒んだ。

しかし、緑谷との試合で緑谷に説得されて炎を使用。だが完全に吹っ切れたというわけでもなさそうで、試合が終わった直後はしばらく呆然としていたらしい。

俺にどうしてほしいとかは具体的に言えるわけではないが、正直心配だ、と。

 

「なるほどなるほど」

 

中々に根の深い問題だ。

正直な所俺が今何かを語りかけて問題を解決するというのは難しいだろう。

そもそもこの話はあくまでお茶子の主観によって形作られたものであり、当事者からの情報ではない。

 

「取り敢えず最低限俺の考えを伝えて試合に望む、が現状のベストかな」

 

俺は別に緑谷の様に全力で向かってきて欲しいと強く思っているわけではない。そりゃあ手抜きはあまり褒められたものではないとは思うが、心の傷に塩を擦り込んでまで力を振るえと言う程無理して欲しい訳ではないのだ。

 

薄暗い通路を抜けてフィールドへ向かう。

短い階段を登り切り、こちらを見つめる轟に向かい合った。

 

「さっきの試合、緑谷戦で炎の方も使ったんだって?」

 

俺の言葉にあからさまに動揺した轟は一度目を見開いた後に気まずそうに視線を落とした。

 

「俺はあまり事情を知らないから断言はできないけど、俺はそれでもいいと思ってるんだ。その右手を使わないままでもさ」

 

俺の言葉に轟が再び目を見開いた。

そして再び視線は逸れ、宙を泳ぐ。

 

「俺は、何が正しいのか分からなくなった。俺、は、どうしたらいいんだろうな。強くなるためには、夢に近づく為にはこの右側の力を使うのが一番だなんてことはずっと前から分かってた。それでも親父の力を、お母さんを傷つけたあいつの力を俺が使うのがどうしても嫌で、ここまで来た。俺は、どうしたら……」

 

そう言って轟は右手を見つめて顔を顰める。

今彼は大きな壁に当たって迷っているのが今の問答で良く分かった。

そして一歩踏み違えればそう遠くない未来に彼が自己矛盾に内側から食い潰されるということも。

ちゃんとしたケアは先生方に任せよう。

俺が今この場で出来ることと言えば、そうだな……。

 

「別に今無理に答えを出さなくても良いんじゃないかな。緑谷は発破を掛けたらしいけど、俺は急ぐ必要はないと思うよ」

 

「……そう、なのか?」

 

「もちろん。今轟がその問題の解決を急がなくても背中に庇った仲間が死ぬ訳でも世界が終わるわけでもない」

 

「それは極論じゃないか?」

 

「はは、そうかもね。まぁ俺が言いたいのは逃げれる内は逃げたっていいんだってことだよ。誰もが真正面から困難に立ち向かえるわけじゃないんだ。答えを強要されでもしない限り、その場で考え込んだり回り道するのも一つの手だと覚えておいてほしい。それは決してずるなんかじゃないってことも」

 

「………」

 

「どれだけ迷っても、どれだけ悩んでも、最終的に乗り越えられたらそれで良いんだ。もちろん真正面から壁をぶち壊してもいいけれど――回り道をして、目を背けて、それからちょっとだけのずるをする。これくらいが丁度いいと個人的には思うかな」

 

轟は自身の右手を見つめた後に視線を上げてこちらを見る。

その瞳には先程と同じ様に迷いや不安が色濃く残っていたが、僅かに光る希望が見えた。

どうやら幾分整理が付いたらしい。

 

「まだ自分の中でちゃんと答えは出てねぇ。けど、お前と緑谷のお陰で何か掴み掛けてる気がする。だからまずは、この試合を全力で乗り切る」

 

「悪いけど、負ける気はないよ」

 

俺が口元をニヒルに歪めて見せると轟も小さく笑みを零した。

そしてそれを合図とするようにマイク先生の声が響き渡る。

 

『バトル――スタァトォォォオ!!!』

 

開幕と同時に轟の足元から氷柱がこちらへ襲いかかり、俺の体は青白い光に包まれた。

右手に現れた棒状の物を未だ完全に形を取り切っていない状態で横薙ぎに振るう。

それは甲高い音を立てて氷柱を砕き、破片が周囲へ撒き散らされた。

氷柱を退けたそれは黄金の槍。身を包むは黒いインナーと黄金の鎧。

 

「――っ、流石に重たいな」

 

一瞬視界がクラリと歪む。

ゆらゆらと揺れながらぼやけては定まってを二度三度繰り返した。

今日だけで既に何度も英霊の力を行使し、その上でダウングレードしているとはいえ飯田戦といい今回といいトップサーヴァントを大盤振る舞いに使っているせいで体に中々負荷が溜まっている。

これ轟に勝っても決勝戦きつくない?

 

槍を構えて轟の出方を伺う。

向こうも俺が初めて見せる力だからか様子を見ているのか仕掛けてこない。

数秒睨み合った後に先に動いたのは轟だった。

先ほどと同じ様に氷柱をこちらへ向かわせる。

こちらも同じ様に一薙に砕き伏せて見せると、今度は右側の炎が一直線に飛んでくる。氷のときより少しだけ大きく縦に振りかぶり、迫る炎を両断する。

轟は小さく舌打ちをし、先程より大きな氷柱をこちらへ差し向ける。およそ直径2メートル程のそれを体を反らして最低限の動きで回避し、未だ氷柱と肉体が別れきっていない轟へ肉薄した。もう少しで槍が届こうかという所で先程直線的に飛んできた炎より明らかに大きな火柱が轟を中心に立ち上る。

先ほどとは比べ物にならない熱量にバックステップで一時退避する。

炎が晴れると轟が真っ直ぐ俺を見据えていた。

 

「邪魔だな、その槍」

 

忌々しげに俺の右手に握られた黄金の槍を見る轟。

現状近距離戦闘は獲物を持っている俺が有利だ。その上通常の火力では俺の膂力と槍のスペック的に近づけさせ無いことは出来ても俺を倒す事はできない千日手となる。

であれば轟が取る次の行動は――

 

「――ッ!」

 

轟が大きく腰を沈ませて左腕を地面から這うように振るう。

その動きに一拍遅れるようにして氷が生成されていった。先程までよりも明らかに大きな溜めのモーションに、あれが来ることを確信する。

これまでの競技でも度々使用してきた大氷壁。

予想以上に展開速度が速い。即座に宝具を展開して迎え撃つ。

 

日輪よ、具足となれ(カヴァーチャ・クンダーラ)!」

 

一瞬にして氷壁内に飲み込まれるも、なんとか防御を間に合わせた。

周囲は氷に包まれたままだが、自身を中心に少しだけ空間を確保できた。能力任せに強引に炎を迸らせ、周囲の氷を燃やし溶かす。

トンネル状に溶けた氷の下を通って外へ出ると、右側の炎を使って左側の霜を溶かしている轟が目に入った。

 

「ゲホッ、ゲホッ。危うく氷漬けになる所だった。ちょっとやりすぎじゃないか?」

 

「むしろこの程度で仕留められるとは思ってねぇよ。やられてくれたらラッキーとは思ってたけどな」

 

「おっと、随分と高く買ってくれてるな」

 

「まず間違いなく今年の一年で一番えげつねぇのはお前だろ」

 

轟は俺のことを随分高く評価してくれているようだ。実際この氷の津波のような馬鹿げた攻撃を受けて耐えられるのはうちのクラスじゃ俺と爆豪くらいか。次点で緑谷と行きたいところだが、相殺した次点で片腕はまず間違いなく持って行かれるだろう。そうなれば次かその次で詰みだ。それじゃあ結果的に耐えたとは言えない。

 

「それじゃあ俺も轟の期待に答えようかな」

 

向こうが大火力で対抗してくるというのなら、こちらだって用意はある。

先に殴り付けてきたのはそっちだ。なら今度は俺の方から全力のテレフォンパンチをお見舞いしてやろう。

轟が俺の発言に目を細めて訝しんだ所で一度大きく距離を取る。

今俺が持てるおよそ最大火力、止められるものなら止めてみろ。

 

「すぅ――っ、はぁ――」

 

体の内から無駄な力を外へと流すように深呼吸をする。

自然体から右手に持った槍を意識して握り込んだ。

――――そして宝具を開帳する。

ふわりと何かに持ち上げられたかのように宙へ浮く。

唐突な浮遊に会場からざわめきが上がるが、周囲の変化など無視して力を循環させた。

徐々に全身が熱を持ち、熱された空気で空中の景色が歪む。

緩やかな上昇は地面からおよそ5メートルの空中で止まり、轟を見下ろした。

 

「轟!」

 

「――っ?」

 

「これから先、もっと多くの困難や恐怖が待っていると思う。けれど、これだけは忘れないで欲しい」

 

今、大きな不安と恐怖に立ち向かう君へ、嘗て俺が同じ様に立ち止まったときに彼に貰った言葉を贈る。

いつかこの言葉が君の勇気ある一歩を歩みだす力に成ると信じて。

 

「この広い世界の何処か、必ず誰かが他の誰でもない君を待っているッ!!」

 

右手に持つ黄金の槍を天高く掲げると一瞬にして炎に姿を変える。

続くようにして背の鎧達も同じ様に炎へ焚べられた。

大きな炎塊と化した装備達は周囲へ圧倒的な熱を放つと共に形を変えてゆく。

畝るように変形を繰り返す炎塊はやがて巨大な槍となって俺の右手に収まった。

巨大な刀身は黒く染まり、柄は先程の槍と同様に黄金の槍だ。

周囲に纏わり付いていた炎は消えたものの、槍そのものから放たれる熱量は先程までの炎の熱を凌駕し、更に会場全体の温度を上げ続けていた。

その様は宛ら太陽がもう一つ地上に顕現したよう。

槍の熱を最も近くで受ける轟は全身から滝のような汗を幾筋も流し、顔を片手で庇っている。

猛り狂う熱とは対象的に静かに、歌うように紡ぐ。

 

「神々の王の慈悲を知れ」

 

背の左から黄金の円盤を中心に真紅の羽が四枚展開され、その対称には紫炎が揺らめく。

高くかざしていた槍をゆっくりと振り下ろし、矛先をフィールドに立つ轟へ向けた。

轟はこれが最大の一撃だと踏んだのか、今までよりも一層腰を低く落として氷を生成する構えを取った。

 

「絶滅とは是、この一刺。日輪よ、死に随え(ヴァサヴィ・シャクティ)!!」

 

甲高い音と共に轟へ向けて熱線が放たれる。

こちらが穂先から熱線を放つのとほぼ同時に轟が大氷壁を繰り出した。

地面から迫り来る膨大な氷はお互いを砕き、撒き散らしながら空へと翔け、熱線は天から振り下ろされる天罰の様に地上へと解き放たれた。

膨大な熱と巨大な氷の先端は空中で衝突し、少しの間拮抗したが徐々に氷が溶かされていく。

氷の表面を炎が舐めるように滑り、その圧倒的な熱量で継ぎ足される氷よりも早く溶かし崩した。

轟は苦々しい顔で氷を半身から生成し続けるが、徐々にその勢いは押し戻され、熱線が近づいていく。

そして最後には熱線はコンクリートのフィールドへ突き立てられた。

緑谷戦を超える轟音と爆風は地面に残っていた氷の残骸と砕け散ったコンクリートの破片を巻き上げながら会場全体へ吹き付ける。

上空からゆっくりと降下し、地面まで2メートル程の所で意識が一瞬飛びかけて落下した。

体制を崩しながらもなんとか着地し、轟の居たであろう方向を警戒する。

フィールドは元の平らに整えられた姿は見る影もなく、宝具によって着弾地点は大きくえぐられ、その余波でその周辺も表面が削られていた。

いや、これは削れたというより熱で溶けたのだろうか。

脳がぐらぐらと揺れているような錯覚を感じ、手足は震え、息は荒い。この状態で試合開始直後のような激しい動きは無理だな。

余波は収まったがフィールド全体を覆う土煙で轟の状況は伺い知れない。

張り詰めた沈黙が会場中を包み、緊張状態がしばらく続いた。

そして漸く土煙が晴れた時、そこにはフィールドの外の芝生に倒れ伏す轟の姿があった。

それを見て漸く警戒を解いて両膝を地面に付けた。

 

『轟君場外!勝者、藤丸君!!』

 

準決勝、決着。

 

 

 

 



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俺だって笑顔の為に格好ぐらいつけたい

カチ、カチと時間を刻む置き時計の規則的音だけが静かな特設医務室に響く。

会場ではきっとこれから始まる決勝戦の激闘を想像して観衆が盛り上がっているはずだ。

そんな中、体育祭用に仮設置されたこの高性能プレハブ医務室の中で俺は何をしているのかと言うとーー

 

頭がカチ割れるのではと思うほどの頭痛と戦っていた。

 

「うぁぁあ……。やばい。しぬ……」

 

準決勝を乗り切った直後、個性の反動以外の肉体的な怪我はほぼ無かった俺は軽い手当だけ施されたここのベッドに放り込まれた。

実際俺の体調不良は個性の多用による代償なので外科的にどうこうできるようなものではない。なのでこの処置は大正解なのだ。

故に俺にすべきこと、というかできることといえばただ耐えること。この一点のみである。

誰も居ない特設医務室内に俺の情けないうめき声が木霊するが、当然のごとく答えは返ってこない。

先程まで居た養護教諭のリカバリーガールは他の生徒の様子を見に行くと言って出ていってしまった。

その上しばらくこの特設医務室には誰も来る予定はないので、答えが返ってこないのは当たり前ではあるんだけれど、それでも口から言葉にして居ないとキツイと言わざるを得ないほど痛い。

脳みその中で小さなおじさんがブレイクダンスしているような痛みといえば伝わるだろうか。

いや、全然伝わらないな。俺も多分誰かに言われても分からない。

全く回らない頭の中で延々無意味な自問自答を繰り返して時間を浪費していく。

ああ、こんな事してる場合じゃないんだ。このあとの決勝戦は爆豪との試合だ。きっとあのどぎつい三白眼のクラスメイトは文字通り俺を消し炭にしてぶち殺しに来るだろう。

いや、試合でその上学校行事である以上死にはしないと思うけど……死なないよね?

ともかく、少しでも多く体力を回復しておかないと。

そう思い無理にでも十数分の睡眠を取ろうと目を瞑ったのだが、瞼を閉じた数秒後に特設医務室のドアがコンコンとノックされる。

リカバリーガールーーなら普通に入って来るか。誰か急患かな。

最終種目の決勝戦を間近に控えた現在、他の競技は全て終了している。だから、決勝戦に出るくせしてこんなボロボロになっている俺以外にこのタイミングで医務室を利用する人なんていないだろうと思っていたんだが。

と言っても競技で怪我をしなくとも出店の食事であたったとか、アレルギー症状が出たとか医務室が必要になる理由なら出そうと思えばいくらでも出てくる。

もしかしたら今ノックをした人物も何らかの理由で体調を崩し、近くに見えたここに来たのかも知れないと思った。

しかし、ノックから少し経っても誰かが入ってくる様子はない。

不思議に思いベッドから立ち上がって扉を開ける。

するとそこに立っていたのはーー

 

「あれ、沖田?」

「わ、リツカ」

 

苦笑いをこぼしながらこちらを見る俺の幼馴染だった。

 

 

 

 

俺が先程まで横になっていたベッドに二人で腰掛ける。

俺はジャージの下に着ていた黒いハイネックのインナー姿で、沖田は小奇麗な雄英のジャージを着ていた。

ほとんど汚れが見当たらないのできっと試合が終わった後に着替えたのだろう。

少しだけ傾き初めた陽の光の差し込む静かな特設医務室で二人きり。沈黙を先に破ったのは沖田だった。

 

「体、大丈夫ですか?」

「あー、あんまり良くないかも」

「まぁあれだけ無茶を繰り返せばそうなりますよね」

 

体に無理を重ねるとどうなるかは私が人一倍理解してますからね、と自嘲的に笑う沖田。

その頬と首元には大きなガーゼが貼られていて、お茶子のとき同様怪我は恐らくリカバリーガールの治療で殆ど治っているのだろうとは思うが、それでもその有り様は痛々しく見える。

それに今の沖田は普段の快活さがなりを潜めてなんだか弱々しい。

消えてしまいそう、などという大げさな表現をするつもりはないが、少なくともそれなりに落ち込んでいるのは誰の目にも明らかだ。

 

「沖田こそ顔色が悪いじゃないか。試合で無理したんじゃないの」

「無理や無茶なんてみんなしてるじゃないですか。むしろ私なんて軽症な方でしょう。轟さんとかすんごい爆発でぶっ飛ばされてたじゃないですか。あの時はついに死人がとか思っちゃいましたよ」

「それはちょっと……あー、うん、そうだね。言い過ぎだって言おうとしたけど割と結構えげつなかったかも」

 

正直終わった後にカルナの宝具はやりすぎたかな、と思ったのは事実なので言い逃れは出来ない。

あの後先生たちフィールドの修復大変そうだったもんなぁ……。

心の中で運営の先生方、特にセメントス先生に謝罪を送る。だがきっとこの後の決勝戦でもそこそこひどいことになると思うので、またよろしくおねがいしますという念も送っておいた。

なんて言ったって次爆豪だし。

 

「それで、沖田はどうしてそんなに落ち込んでるのさ」

「んー、別段他の人と変わりませんよ。結構本気で決勝戦目指してたのにこっちの同年代の子に負けちゃって悔しい、とか。リツカは約束通り決勝戦まで勝ち上がってきたのに私は途中で負けちゃって、あれだけ大見得を切ったの恥ずかしいなーとか」

 

沖田は伏目がちな表情のまま天井を見上げ、子供のように両足を左右交互にぶらぶらと前後させる。

そんな憂いを帯びた顔で、一瞬口を開きかけて再び閉じるためらうような動作の後にポツリとこぼした。

 

「私は生まれ変わってもまた、居るべき時に居るべき場所に居られないのか……とか」

「沖田……」

 

忘れられない彼女自身の過去。

今ではない、生前の沖田の大きな後悔。

別に今回の大会で沖田が決勝戦に出られなかったというだけで俺が死ぬわけでもなければ誰かが苦しむわけでもない。

だがそれでも、多少は意識してしまうのだろうか。

俺は結局の所自分はすごくもなんともなかったが、周りの力を貸してくれた人達のお蔭で最期は幸せな終わりを迎えることが出来た。

だから俺には彼女の思いを理解して上げることは出来ない。分かるよ、なんて嘘もつけない。

けれど、君がそんな顔をしているのはーー見たくないなぁ。

 

「沖田」

「はい?なんーーえ、ちょ」

 

ベッドに置かれた沖田の手に自分の手を重ねるように置いて沖田の目を見つめる。

さっきまでのどんよりとしていた顔はどこへ行ったのやら、頬がりんごのように赤く染まった。

そんな沖田へ俺が言いたいのは、たった一言だけ。

 

「勝って来るよ」

 

勝って、そして帰って来る。言外に『君が来ないなら俺が君の所まで行ってやる』とちょっとした遊び心を込めた一言だったのだが、そこまでちゃんと伝わっただろうか。

そもそもそれじゃあ最初の決勝戦がどうのこうのという約束は全く関係ないし、何を唐突に言い出すのかと言われてしまえばそれきりだが、それもこれも気の利いた言葉が浮かんでこないこの貧相な脳みそが悪いのだ。

まぁでも。

 

 

 

この笑顔が見れただけで、慣れないかっこつけをするだけの意味はあったかなと思えた。

 

 




決勝戦始まんなくてほんとごめんね!?
爆豪くんごめんて!!


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俺だって約束ぐらい守りたい

いつだって熱気は立ち上ってはいたけれど、今日一番の盛り上がりを見せる会場。

観客席から押し寄せる視線が全身に突き刺さるのを感じながら堂々とフィールドへと歩いて行く。

ふとこれまでとは比べ物にならないほどの強烈な視線を感じて足が止まった。

通常ならばこんなにも熱烈な視線を受ければ何事かと周囲を警戒するものだが、今回は自然と笑いが溢れるだけだ。

なぜなら、視線が飛んできた方向だけで一体誰から向けられたものなのか直ぐに分かったからだ。

 

「うーん、あれはヒーローがしていい顔じゃあないな」

 

フィールドを挟んで向こう側のギラギラと闘志を滾らせた対戦相手が俺と同様に勝負の舞台へと向かって来ている。

お互いに視線を切らさず向かい合い、スタート位置についた。

 

「ぶっ殺す」

 

「いや、殺しちゃだめだから」

 

『ついにトーナメント戦決勝戦!この戦いに勝ったほうがこの体育祭の王者だァ!!』

 

プレゼントマイクの宣言に会場が沸く。

俺達を取り囲むように浴びせられる歓声に、俺も爆豪も笑みを深めた。

 

『ヒーロー科、藤丸立香!バァァアサス!同じくヒーロー科、爆豪勝己!』

 

俺は左足を一歩引き、爆豪は両手に力を入れながら腰を落として構え取った。

 

『バトルーーースタァァトォォォ!!!』

 

雄英高校体育祭一年の部、決勝戦ーー開幕。

 

 

 

 

 

 

 

先に仕掛けてきたのは爆豪からだった。

試合開始の合図とほぼ同タイミングで構えた位置から勢いよく爆発でこちらへ飛び出し、右手を突き出す。

それに対してこちらは地面を蹴って後退しつつ、個性を発動した。

既に着ていた雄英高校の体育着の上から真っ白なローブを羽織り、左手に大きな杖を握る。

マーリンの力を問題なく纏ったことを確認しつつ、頭に鋭く走った痛みに顔が歪むが、対戦相手である爆豪はこちらが休む間を与える気は無いようだった。

 

「死ねぇッ!!」

「危ないな!」

 

初撃から間髪入れずの追撃に魔力で障壁を貼ることで対応する。

爆豪はこちらが個性を使って防御を行ったことを爆煙の不自然な動きで読み取ったのか、今までの直線的な動きから打って変わってこちらを撹乱するような複雑な空中機動に移った。

どうやら彼は俺にアクションを起こしてほしくないらしい。

俺の個性の圧倒的なアドバンテージは数多くの手札の中からその状況に合わせて個性を使用することができること。その上向こうは俺がまだまだ手札を隠していることを知っている。

極力何もさせず、行動を抑え込んでの無力化。

概ね想定通りだ。

俺も爆豪と同じ立場ならきっとそうしただろう。

 

「オラァ!」

 

不規則な軌道でこちらへ再度肉薄し、強烈な爆発を撃つ爆豪。先程と同じく障壁でガードする。

よし、今度はこっちから仕掛けさせて貰おう。

爆豪の威力の高い爆発によって発生した煙が空中を漂う中、爆豪の背後に人影が現れる。

煙を切り裂くように現れたのは聖剣を構えたもうひとりの俺だった。

眼の前に居る人物が増えたことに動揺した爆豪だが、硬直したのはほんの一瞬のみで振りかぶられた聖剣を目視した途端に回避行動に移る。

聖剣をローリングで避け、両手から攻撃の時よりも大きな爆発と同時に撃ち出すことで一気に後方まで後退した。

 

「うーん、今のも躱すのか。まだ見せた事なかったと思ったんだけど。末恐ろしい戦闘センスだな」

「ハッ!たりめぇだろ。なめんじゃねぇよ双子野郎が」

「双子ね……」

 

相変わらずヴィランじみた悪い笑顔で悪態をつく爆豪だが、両手から小爆発を繰り替えしてこちらを油断なく観察している。

彼の個性上汗をかくことが前提である為、きっといい感じに体が温まってきた今調子は最高潮に上り詰める頃だろう。

 

「それじゃあ、爆豪に満足してもらえるようにもう少し増えてみるかな」

 

周囲を花の甘い香りが包み込み、足元には桃色の霧が立ち込める。

突然の出来事に警戒する爆豪を囲むように霧がもくもくと立ち上り、複数の柱を形成した。

それらは一定の大きさまで膨らむと、一斉に人の形を帯びてあっという間に聖剣を持った俺と同じ姿になった。

数にして6人の俺が追加され、先程から居た聖剣の俺と合わせて合計7人の俺が現れたことになる。

一瞬だけ目を見開いた爆豪だったが、冷や汗を流しながらも凶悪な笑みを深めて新たに現れた俺に立ち向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

時間にしておよそ5分ほど経過したが未だに爆豪は倒れない。7人からの攻撃をギリギリでさばきながらも虎視眈々と起死回生の一手を打つ機会を伺っていた。

他の誰かなら既にやられてしまっていたであろうこの現状をギリギリの所で踏みとどまっているのは爆豪の圧倒的戦闘センスと他の追随を許さない個性による機動力のおかげだ。

手からの爆発で目くらまし、瞬間回避、攻撃等に利用できる強個性だが、きっと彼は誰よりうまく自分自身の個性を肉体の延長線上として利用する才能を持っているんだろう。

そう確信させられるだけの技巧がそこにはあった。

振り下ろされた聖剣をバックステップで回避し、横薙ぎに振るわれた聖剣を屈んで躱す。

単純な身体能力による逃げ道がなくなれば空中機動によって攻撃を躱し続けた。

全ては最後の一瞬、本体に最大の一撃を叩き込む為に。

そしてその瞬間は訪れた。

7人の立ち位置、攻撃のタイミング、本体の距離。

一人を爆煙で牽制し、一人を爆風で吹き飛ばした。

ついに本体への道が開く。

一瞬のうちに間合いを詰め、空中で回転しながら今日一番の威力を叩き出す。

 

「『榴弾砲・着弾(ハウザーインパクト)』!!!!」

 

周囲一体を白く染める閃光と共に地面のコンクリートを抉りながら吐き出される爆発は、撃った本人である爆豪の前方を尽く消し飛ばした。

会場中に響き渡る爆音に観客席が静まり返り、技を受けた側の安否を心配する声が上がり始めた。

そんな中、ようやく爆煙と土埃が晴れるがそこには抉れた地面と吹き飛ばされた瓦礫のみが転がっている。

誰も居ないーー?

爆豪がなにかに気づいて動こうとした瞬間、その首に白刃が突きつけられた。

 

「チェックメイト、かな」

 

 

 

 

 

 

 

 

『爆豪君の降参により、藤丸君の勝利!!!』

 

一年の勝者が決まり会場中から大きな歓声が上がる。

それに対して軽く手を振って答えていると、爆豪から声をかけられた。

 

「いつからだ……いつ、入れ替わった」

「一番最初の攻撃からだよ。あのときの爆煙に紛れて俺はステージの安全な隅っこで隠れてた。それでわざと隙を見せて爆豪が勝利を確信した所に詰めるってイメージでやってたかな。まさかあんな大爆発起こすと思わなくて近づくのに少し時間かかったけどね」

「……チッ」

「ありきたりな話だけど、勝利を確信した瞬間こそ一番の隙ができるってことを忘れないでくれよ。俺はそれで昔痛い目見たからさ。経験者は語るってやつ」

「……そうかよ」

 

それだけ言って立ち上がるとフィールドを出ていく爆豪。俺のアドバイスに悪態を付かない程度には精神的にダメージを負っているらしい。

だが、彼ならきっとここで折れずに敗北をバネにこの先もっと強くなってくれるだろう。

この先といえば、次は職場体験がどうとかって体育祭の説明の時に相澤先生が言ってた気がする。

優勝者は目立つから沢山申し込みが来るらしい。これから忙しくなるかもしれない。

 

 

けどまぁ取り敢えずーーー今は観客席の沖田に向けてVサインを送ることにしよう。

 

 



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俺だって書類から逃げたい

間話的な感じのやつです
次からは職場体験始まると思われ(展開遅くてごめんて…)


あの暑く、熱かった体育祭が終わり、次の登校日。

俺と沖田は通学中至る所で声援や握手を求める声に答えながら唐突に有名人になってしまった現在の上場になんともむず痒い気持ちになりながら雄英高校へと到着した。

どうやら俺達と同じように他のクラスメイトも皆多かれ少なかれ同じような経験をしたらしい。

教室内はまるでプロヒーローになったような気分だったと口を揃えて興奮気味に話している。確かに、今までいち学生、いち卵としてこのヒーロー候補生の登竜門である雄英に所属してはいたものの、テレビや新聞などのメディアに取り上げられるのは初めてのことだ。

例外として先日の襲撃事件があるが、アレはむしろ個人名は隠すように各方面から働きかけられていた為、実質ノーカウントである。

俺達を見る世間の目はこれを皮切りに一変するだろう。

一般人であれ、現役プロヒーローであれ、そしてヴィラン達であれ。

なるほど、相澤先生が俺達に無理を押し通してでもやるべき大事な行事だと言っていた意味がよく分かる。

盛り上がる教室全体に向けて軽く「おはよう」と声をかければ、俺達に気がついた皆も挨拶を返してくれた。

そのままの流れで数人がこちらにやってくる。

切島、上鳴、峰田の三人だ。

軽く右手を上げる切島にこちらも軽く手を振りながら席に着く。

 

「おー!藤丸ー!お前今日ここに来るまでどうだった?」

「皆と同じく芸能人みたいな扱いされたよ。頑張ってください、とか。写真撮ってもいいですか、とか」

「それな!俺正直最初声かけられた時焦って変な声出ちまったわ…。でも、なんつうかプロってこんな感じなのかなーとも思った」

「てか写真は俺は流石になかったな。くぅー、流石優勝者はちげぇなぁ。このこの!」

 

上鳴に肘を苦笑いでいなしていると、目を見開いた沖田が唐突に机を叩いて身を乗り出す。

 

「そうです!そうでした!聞いてくださいよ皆さん!リツカったら、今朝道端で会った女子高生達に写真を求められて緩みきった顔で鼻の下伸ばしてたんですよ!?どう思います!?」

「なぁんだと藤丸貴様ァァアアアア!!!!」

 

沖田の告発に弁明するまもなく食い気味に怒声を上げる峰田。

なんの躊躇もなく拳を振り上げて空中で飛びかかってくるのをキャッチし、止まってもなお振るわれる両腕から顔を背ける。

 

「通りすがりの女子高生に挟まれて体を求められただとてめぇ絶対許さねぇ!!」

「ちょっと待った。今の発言に真実はほぼほぼ含まれていなかったよな」

「うがぁああああ!!!」

「はぁ…、俺もかわいい女の子二人に挟まれて写真撮りてぇなぁ……」

 

そのままくだらないやり取りを十数分に渡って続けたが、相澤先生が教室にはいってきた途端に教室中が静まり返ってそそくさと席に着く光景を見ると、俺達も中々に調教されてきたなと思う。

 

 

 

 

 

**********

放課後、先日の体育祭を見た各プロヒーロー事務所が雄英に送ってきた職場体験の指名の数がクラス内で開示された。

相澤先生は言葉巧みに生徒たちのやる気を煽るのが上手い。今回の目に見える差を使って上位陣は気を引き締めさせ、下位陣にはより努力を促すよう発破をかける。

そういった指導のおかげもあってか俺達のクラスは向上心が強く育まれていた。きっと今後はより一層切磋琢磨が激化するに違いない。

指名についてはやはり分かっていたことだが、募集は上位陣に集中して下位になるほど数は少ない。

そもそもで順位を取れなかったメンバーは活躍の場面が少なかったということにそのまま直結するわけで、そうなればその生徒がどんな事ができるのかわからないまま競技に出場しなくなってしまったというパターンも多いはず。

ともすれば、こういう結果になるのもうなずけた。

約一名明らかに票が避けられているというか、隣と比べて谷になっている部分もあったが、何か話しかけたほうがいいかと思ってちらりと様子を伺ったところ修羅のような顔でどこへともなく威圧を放っていたので何も見なかったことにした。

その後職場体験についての具体的な説明が行われ、俺のもとには山のような書類達がやってきてしまった……。

気は全くと行っていいほどに進まないが、ペラペラと全体の数割ほど流し見で中身を確認する。

 

「うーん、やっぱり新選組の誘いを断ってまで行ってみたいと思うような募集はなさそうかな」

「贅沢な悩みですねぇ。流石優勝者は違いますねー、まったく」

 

不機嫌な顔でちゅるちゅると紙パックのジュースをストローで吸い上げる沖田。

彼女は椅子に対して横向きに座り、ぷらぷらと両足を遊ばせていた。

どうにも体育祭が終わってから俺と優勝争いができなかったことをずっと悔しがっている。

あの後家に帰ってから新選組の事務所に直行し、道場で剣の素振りをしまくった挙げ句夕方の見回りを終えていざ帰ろうとしていた土方さんを捕まえて指導を頼み込んだらしい。

次の日朝なんとなしに家に遊びに行ってみたら前日会った時にはピンピンしてたのに全身ボッコボコになっていたもんだからめちゃくちゃ驚いた。

 

「早く選んでくださいよー。さっさと帰って昨日買っておいたお団子食べたいので」

「晩ごはん前だろ?デザートにとっておきなよ。ご飯はいらなくなるよ」

「今食べたいんだから仕方ないんです。そう、仕方ないんですよ」

「後でどうなっても知らないよ」

 

会話を続けている間も書類をめくる手は止めない。

とは言え、やはり新選組からの誘いを蹴ってまで行きたいと思える事務所はなさそうだった。

緑谷ほどで無いにせよ元から有名所の事務所はヒーローの卵としてチェックしているし、それらの有名事務所から誘いがあっても元から新選組に行くつもりだった。

今行っている作業は本当に先生から言われた「一応目を通しておけ」という一言のみの為にやっているようなものだった。

そろそろ残りは明日以降にまわそうか、と思っていると、教室のドアが開く音が聞こえた。

音の元である教室前方の扉を見やれば、驚いた顔をした緑谷がこちらを見て立っていた。

 

「藤丸君、沖田さん。まだ帰ってなかったんだね。何か用事でも――あー、はは。なるほど」

 

俺達がなぜ未だに帰っていないのか疑問な表情だった緑谷だが、俺が机の上の書類の山を指差して肩をすくめて見せれば俺の状況を察して苦笑いをこぼした。

 

「これでも結構片付いた方なんだよ。元から俺は新選組に行くつもりだったんだけど、先生に取り敢えず目は通すだけ通しておけって言われてさ」

「そっか、沖田さんのお父さんはあの土方歳三さんだもんね。それなら納得だ」

「普段は職場体験なんてめんどくさがって生徒の前になんて禄に出てきやしないくせに、今回はやけに張り切ってるらしいですからねぇー。一体どんなことさせられるのやら」

 

俺と緑谷は二人で苦い顔をする。

土方さんが副長を務める新選組は、ヒーロー業界では訓練がきついことで有名だ。

きっと緑谷も俺と同じく檄を飛ばす土方さんが脳裏に浮かんでいることだろう。だが、あそこで経験できるキツさは意味のあるキツさだ。

無意味に辛い訳ではなく、何か自分に足りないものを得るために必要な苦痛を経て皆何かしら自分自身を進化させている。あそこは自ら望んで高みを目指そうとする仲間には必ず手を差し伸べてくれる事務所なのだ。

きっと俺達も今回の職場体験で何かしら新しいことを見つけることができるだろう。

そう思えば、目前に迫った職場体験が楽しみになってきた。

明日は緑谷の解説を交えて残りの書類を片付けようと話しながら、三人で夕日の差す教室を後にした。

 

 



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