ガンダムSEED DESTINY -レクイエムは誰が為に- (西のファントム)
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PHASE-01「君がミネルバのエースだ」

「戦争はヒーローごっこじゃない!」

 

アスランの平手がシンの頬を打ち、その音が格納庫に響き渡る。

帰還したレイとルナマリア、メカニックたちがしんと静まり返った。

 

「…殴りたいのなら構いやしませんけどね!俺は間違ったことはしてませんよ!」

 

アスランを睨みつけ、シンは言い放つ。

 

「あそこの人たちだって、あれで助かったんだ!」

 

シンの言葉に、アスランは二度目の平手打ちで答えた。

 

「自分勝手な判断をするな!力を持つ者なら、その力を自覚しろ!」

 

「くっ…」

 

シンには、アスランの叱責の意味が理解できなかった。

自分は非道な連合の兵士たちを討ち、捕らわれていた人々を解放しただけだ。間違ったことはしていない。

このときはそう思い、アスランへの反感を強めただけだった。

 

***

 

しばらくしてミネルバは、ガルナハン攻略のためにマハムール基地への入港を果たし、艦内にアナウンスが流れる。

 

<入港完了。各員、別命あるまで待機。ザラ隊長はブリッジへ>

 

アスランたちがブリーフィングを行っている間、他のクルーたちは思い思いに過ごしていた。

ラウンジに集まっているのは、ミネルバの若きパイロットたち。

仏頂面を続けているシンを見て、レイとルナマリアは苦笑する。

 

「まあ、シンの気持ちもわからなくはないけどね。急に現れて、フェイスだって言われて。おまけに二度もぶたれたし」

 

「別に、殴られたことを根に持ってるわけじゃない」

 

「ふーん?」

 

「俺は間違ったことはしてないのに、あいつが分からず屋だから!」

 

口をへの字に曲げ、憤慨するシン。

それを諫めるように、レイが口を開いた。

 

「…しかし先の作戦、おまえに落ち度が無かったわけじゃない」

 

「え…?」

 

「独断専行によるインパルスの孤立、そして事情があったとはいえ、自分の判断だけで敵基地を攻撃したのは問題だ」

 

「じゃあレイは、捕まってた人たちを見殺しにすればよかったっていうのかよ!?」

 

「そうは言っていない。だが、俺たちは戦争をしているんだ。もし敵基地に罠でも仕掛けてあったらどうなっていた?おまえとインパルスが戦えなくなれば、ミネルバにとっては致命傷だ。総崩れになる可能性もある」

 

「それは…」

 

「怒りに身を任せて冷静さを失えば、そのツケを払うのは、自分ひとりではないかもしれない」

 

「あ……」

 

「今のは軍人としての忠告だ。おまえが死んだら、友として俺は悲しい。だから、あまり無茶はするな。ザラ隊長の言うことにも、少しは耳を傾けてやれ」

 

「……わかった。俺、ちょっと風に当たって頭冷やしてくるよ」

 

***

 

シンがラウンジから出ていき、残されたレイとルナマリアは再び苦笑する。

 

「レイの言うことは素直に聞くのよね、シンのやつ」

 

「そういうわけじゃないさ。元々根は素直なやつなんだ、シンは」

 

「私には反骨精神の塊みたいに見えるけど。アカデミーのときもよく教官と衝突してたし」

 

「自分の気持ちにも素直であるが故に、納得のいかないことには黙っていられないんだろう」

 

「なるほどねー」

 

「隊長も隊長で不器用な方だ。あれでは余計に反発されるだけだというのに…」

 

「シンと隊長って、案外似たもの同士だったり」

 

「そうかもしれないな。お互いに頭が冷えたら、もう一度よく話をしてみてほしいものだが」

 

***

 

甲板に出たシンは、沈んでいく夕陽をぼんやりと眺めていた。

怒りに血が上った頭は、自分を心配してくれた仲間の言葉と、甲板に吹き抜ける涼やかな風が冷やしてくれた。

 

(レイの忠告は正しかったし、隊長が俺を怒ったのも仕方のないことなのかもしれない)

 

しかし、それを分かっても尚、アスランに対する苛立ちが、シンの胸に燻ぶっていた。

彼がオーブにいたこと、今更になってザフトに出戻ったこと、そんな彼に指図されること、頭ごなしに否定されて殴られたこと。

理由を挙げればキリがない。

この先自分は上手くやっていけるのだろうかと、大きな溜息をついたのと同時に、背後のドアが開いた。

 

「こんなところにいたのか、シン」

 

先程の一件を引きずる様子もなく、笑みすら浮かべてみせたアスランに、シンはどんな態度をとればいいのか図りかねていた。

てっきりまた説教のひとつでもされるものだと思っていたから、拍子抜けしてしまったのだ。

 

「いいんですか?フェイスがこんなところでサボってて」

 

「ああ、ブリーフィングが終わったんでな」

 

シンはつい挑発的になってしまうが、アスランは気にした様子もない。

 

「そうですか」

 

「…さっきは、俺も頭に血が上っていた。もう一度、ちゃんと話そうと思ってな」

 

どういう風の吹きまわしだ、とも思ったが、結局シンはアスランの申し出を受けることにした。

断って出ていくのも、子供が拗ねているようでみっともなく思えたし、アスランの態度がなんとなく気になったからだ。

 

「まあ、いいですけど」

 

「ありがとう」

 

「それで、さっきの作戦の話ですか?」

 

「ああ、それもあるが…その前に、ひとつ聞かせてくれ。君は、俺のことが気に入らないか?」

 

アスランは、シンの瞳を真っ直ぐに見つめて問いかける。

直球すぎる質問に、一瞬面食らったものの、シンもまたアスランの瞳を見返して答えた。

 

「…はあ、気に入らないですが」

 

「そうか…それは何故なんだ?」

 

「そんなの、この間までオーブでアスハの護衛なんかやってた人が急に戻ってきて、フェイスだ隊長だなんていって…あなたのやってることはめちゃくちゃですよ!」

 

「…確かにな」

 

「え?」

 

あっさりと認めたアスランに、シンは戸惑った。

 

「確かに、俺のやっていることは、君から見ればめちゃくちゃだろう。しかし、だから俺の言うことは聞けないと、上官として認められないと、君はそういうのか?」

 

「それは…」

 

気に入らないから認められない、言うことを聞けない、なんていうのは我儘だ。それはシンにだって分かっている。

隊長の言うことにも耳を傾けてやれ、というレイの言葉が頭をよぎる。

 

「そこまで言うつもりは、ないですけど…」

 

「なら、先のインド洋での戦闘のことはどう思ってる?今もまだ、間違いじゃないと思うか?」

 

「…レイに言われました。勝手に動いて無茶したら、そのツケを払うのは自分だけじゃないかもしれないって」

 

「それだけじゃない。彼らにもう抵抗する力は残されていなかった。殲滅する必要はなかったはずだ」

 

「でも俺、捕まった人たちが撃ち殺されてるの見て、連合の奴らが許せなくて…」

 

戦争で家族を失ったシンにとっては、尚のこと許せず、放っておけないことだっただろう。

それを理解していないアスランではなかった。だからこそ、シンに分かってほしいことがあった。

 

「君は以前、オノゴロで家族を亡くしたと言ったな?」

 

「…殺されたって言ったんです。アスハに」

 

「だから君は軍に入ったのか?力さえあれば、大切なものを守れたかもしれないと」

 

「なにをおっしゃりたいんです?」

 

「自分の非力さに泣いたことのある者は、きっと同じように思うさ」

 

切なげに言うアスランを見て、シンは悟る。

アスランも、自分と同じような悲しみと苦しみを識っているのだと。

 

「だが、自分の理屈と感情だけで敵を撃てば、それはただの破壊者だ。力を手にしたそのときから、今度は自分が誰かを泣かせる者となる。それだけはどうか、忘れないでくれ」

 

かつての議長の息子であり、軍のトップエリートでもあったアスランは、生まれながらのノーブル、自分とは違う人種で、だから見えているものも違うのだと、シンは思っていた。

しかし、そうではなかったのだ。

 

「勝手に壁を作って、あなたに反発して…その言葉も、俺は理解しようとしてなかったみたいです」

 

「理解してもらう努力を怠っていたのはこちらだ。君だけのせいじゃない」

 

壁が取り払われたのなら、二人が歩み寄るのは必然とも言うべきことだった。

彼らの想いは、きっと同じものだからだ。

 

「頼りにしているぞ、シン。君がミネルバのエースだ」

 

「え…!?」

 

「では、またな」

 

照れ臭そうに背を向けて、アスランが甲板から出ていくのを、シンは茫然と見送った。

 

「ミネルバのエース、か…」

 

予想もしていなかった賛辞に、なんだかくすぐったいような感覚を覚える。

シンの中に渦巻いていたどうしようもない苛立ちは、いつの間にか消え失せていた。



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PHASE-02「勝者と敗者」

マハムール基地を発ち、ローエングリンゲート攻略のためガルナハンへと向かうミネルバ。

その艦内では、レジスタンスの一員である少女"コニール"を迎え、ブリーフィングが行われていた。

作戦を立案したアスランが、モニターの前に立ってその内容を説明する。

敵の陽電子砲"ローエングリン"を叩こうにも、強固なリフレクターを搭載したモビルアーマーがそれを守っているため、正面突破が有効とはいえない。

そこでアスランたちが陽動をかけてモビルアーマーをローエングリンから引き離し、その間にローエングリン付近に通じる坑道の中を、分離したインパルスが通り抜けて奇襲をかけ、ローエングリンを撃破する。

万が一シンが失敗すれば、ローエングリンによってミネルバは全滅する。かなりのリスクを伴う作戦ではあった。

 

「坑道内は非常に狭く、視界も悪い。だが、ミス・コニールが持ってきてくれたデータ通りに飛べば問題は無い。おまえの操縦技術なら、やれるな?シン」

 

「はい!」

 

不安を微塵も感じさせないシンの返答に、アスランは満足げに頷いた。

視界の端でルナマリアが目を丸くしていたが、シンはそれを無視した。

 

「ではミス・コニール、彼にデータを」

 

アスランに促されて、コニールはデータの入ったディスクをシンに差し出した。

 

「…前にザフトが基地を攻めたとき、街は大変だったんだ。逆らった人たちは酷い目に遭わされて、殺されて…今度失敗したらどうなるかわからない、だから…!」

 

涙ぐむコニールの頭にそっと手を乗せ、シンは微笑んだ。

 

「大丈夫、俺はこの艦のエースなんだ。必ず成功させてみせるさ!」

 

「うんっ…頼んだぞ!」

 

「ああ!」

 

ミネルバと、ガルナハンの人々の命が、自分とインパルスにかかっている。

その重圧は、とてつもないものだった。

それでも、シンは降りるつもりは無かった。

もし地球軍に見つかればただでは済まされなかっただろうに、こんな小さな子供が、必死に恐怖に耐えながら、街を救うという大任を背負ってここまで来たのだ。

それに報いてやれなければ、自分が力を得た意味も無い。

手渡されたデータディスクに、シンは自分の使命の重みを感じ取った。

 

***

 

やがて作戦が開始され、インパルスも発進準備に入っていた。

メイリンが読み上げる発進シークエンスを聞きながら、シンは操縦桿を握りしめる。

 

「コアスプレンダー、発進どうぞ!」

 

「シン・アスカ!コアスプレンダー、行きます!!」

 

発進したコアスプレンダーの後を、チェストフライヤー、レッグフライヤーがビーコンに従って追従する。

シンは躊躇なく、コアスプレンダーを岩壁の隙間に飛び込ませた。

 

***

 

一方、アスラン率いるミネルバのモビルスーツ隊は、拠点防衛用モビルアーマー"ゲルズゲー"を中心とする敵部隊と交戦。

モビルスーツの数の差、ローエングリンの火力、そしてゲルズゲーの圧倒的な防御力を前にして、ミネルバは苦戦を強いられていた。

ミネルバの主砲"タンホイザー"の一撃すら、ゲルズゲーは無傷で防いでみせたのだ。

事前に知ってはいたものの、いざ目の前でその性能を見せつけられ、アスランは嫌な汗が伝うのを感じていた。

 

(シンは以前、あれと同タイプのモビルアーマーと交戦し撃破したと聞いたが、一体どうやって…?)

 

いや、撃破を焦る必要はない。

敵のリフレクターがいかに強固であろうと、この場に釘付けにして時間を稼げば、インパルスがローエングリンを潰してくれる。

そうなれば、戦況は一気にこちらに傾くはず。

思考を切り替えたアスランは、セイバーの機動性を活かし、ゲルズゲーを撹乱する。

 

「レイ、ルナマリア!敵モビルアーマーは俺が引き付ける!シンが来るまでの辛抱だ、持ち堪えるぞ!」

 

***

 

シンは、モニターには殆どなにも映らないほどの暗闇の中を、データだけを頼りに進んでいた。

実際に坑道内に入ってみて、シンはこれがどれほど困難な作戦であるかを理解した。

狭い坑道内を抜けるまでは、合体シークエンスに移行することもできない。

フェイズシフト装甲をもたないコアスプレンダーの状態では、岩壁に激突すれば命はないだろう。

それでも、シンはスピードを緩めることなく、ひたすらに進み続けた。

アスランの信頼に応え、コニールとの約束を果たすために。

やがてコクピットに警告音が鳴り響き、岩壁が薄くなっているゴール地点が近いことをシンに知らせた。

 

「やっと出口か!」

 

シンは暗闇に照準を向け、ミサイルを発射した。

爆発によって岩壁が崩れ、流れ込んだ光の中にコアスプレンダーは飛び込んでいく。

暗闇は一転、モニター一面に広がる青空は、無事に坑道を抜けたことを意味していた。

だが、安心している暇はない。

視界の中に敵のローエングリン砲台を確認しながら、シンは機体を合体シークエンスに移行させた。

三機の戦闘機は瞬く間にトリコロールのモビルスーツへと姿を変え、ローエングリンに肉薄する。

 

「堕ちろっ!!」

 

インパルスのビームライフルに貫かれたローエングリンが爆炎を噴き上げ、ゲルズゲーに一瞬の隙が生まれる。

アスランがそれを見逃すはずもなく、セイバーの両肩から引き抜かれた二振りのビームサーベルが、ゲルズゲーを斬り裂いた。

 

「敵の主力は潰した!このまま制圧するっ!!」

 

一気に攻勢に転じるミネルバ。

ローエングリンとゲルズゲーという両翼をもがれた地球軍は士気を失い、総崩れとなった。

 

***

 

作戦終了。ガルナハンの街は、地球軍基地陥落の知らせを受け、活気を取り戻していた。

解放の喜びに色めく人々、街を救った英雄として歓迎され、照れくさそうに笑うシン。

アスランはその光景をセイバーのモニター越しに見やり、笑みを浮かべた。

だが、ザフトの勝利がもたらしたものは、それだけではなかった。

街の影に引きずりこまれ、男たちに足蹴にされて血を流す地球軍の兵士たち。

地球軍がこの街にしてきたことを考えれば、当然の仕打ちではあるし、戦争をしている以上、どちらかが戦いに勝てば、負けた方は苦汁を嘗めることになる。

頭では理解していても、アスランはその光景に後味の悪さを感じずにはいられなかった。

 

(わかっていたことじゃないか。何を今更…)

 

アスランは自嘲し、セイバーのコクピットハッチを開く。

困難な作戦をやり遂げ、期待に応えた部下に、ねぎらいの言葉のひとつぐらいかけてやらなければ、と。



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PHASE-03「運命と出会う」

ガルナハン基地を攻略したミネルバは、美しい港町"ディオキア"にあるザフト軍基地へと到着した。

 

上陸許可を得るや否や、クルーたちは一目散に基地の一角に集まった。

それというのも、この日ディオキア基地でラクス・クラインの慰問コンサートが行われるからだった。

 

「みーなさぁーん!ラクス・クラインでぇーすっ!」

 

プラントきっての歌姫の登場に殆どの兵士たちが熱狂する中、彼女の正体を知るアスランだけは、コンサートを楽しむどころではなく、そわそわと身をよじっていた。

 

(天真爛漫なキャラクター性も、扇情的な衣装も、以前のラクスとは明らかに違うものだ。もし別人だとバレたら、議長はどうするつもりなんだろうか…)

 

コンサートが終わる頃には、アスランの制服は嫌な汗でべっとりと濡れていた。

 

***

 

予備の制服に着替えたアスランは、デュランダルからの要請を受け、シンとルナマリアを連れ立って、ザフト軍基地の宿舎にあるテラスを訪れた。

 

「失礼します」

 

「久しぶりだね、アスラン」

 

デュランダルは椅子から立ち上がり、アスランたちを出迎えた。

先にテーブルについていたレイとタリアを含めれば、ミネルバの中心人物が一堂に会したことになる。

 

「それから、君たちは…」

 

「ルナマリア・ホークであります」

 

「シン・アスカです!」

 

「ああ、君のことはよく憶えているよ、シン」

 

「え…?」

 

思いがけない言葉に目を丸くするシンを見て、デュランダルは微笑んだ。

 

「君の活躍の知らせは、私の元にも届いている。特にガルナハンでは、大活躍だったそうだね」

 

「い、いえ…あれはザラ隊長の作戦が凄かっただけで…」

 

インパルスが作戦の核を担ったのは事実だが、作戦を立てたのはアスランだし、レイやルナマリアだって敵の大群を押さえてくれていた。

自分だけがこんな賛辞を受けていいのだろうか。

そんなシンの気持ちを察してか、アスランがシンの肩を叩いて言った。

 

「あの役目は、おまえだからこそ任せることができたんだ。誇っていい」

 

デュランダルも頷き、改めてシンの活躍を褒め称えた。

 

「実践はアーモリーワンが初めてだったというのに、本当に大したものだよ。」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

デュランダルとアスランから手放しの賛辞を受け、シンは小躍りしそうになるのを必死に堪えていた。

その後、デュランダルの話は今現在の戦況の説明へと向かい、シンはデュランダルにひとつの問いを投げかけられる。

 

「シン、なぜ戦争が無くならないのか…考えてみたことはあるかな?」

 

「え…それは…ユニウスセブンのときみたいなやつらや、ブルーコスモスみたいな自分勝手な連中がいるから…」

 

「ふむ」

 

「…違いますか?」

 

シンは、自分の答えにいまひとつ自信を持てずにいた。

今までこんな根源的なことを訊かれたこともなかったし、考えてもみなかったのだ。

 

「もちろん、それもある。憎いとか怖いとか、自分と違う考えを許せないとか、そういった理由で戦いが起こることも少なくない。だが…それよりも、もっと救いようのない理由が、戦争にはあるのだよ」

 

「救いようのない理由…で、ありますか?」

 

デュランダルは静かに頷き、話を続けた。

 

「戦争の中では、MSを中心に多くの兵器が消費される。そして、次から次へとまた新しい兵器が造られる…そのひとつひとつの値段を考えてみてくれたまえ」

 

「…それって!?」

 

「そう、戦争を産業と考え、利用する者たちがいるのだよ。死の商人"ロゴス"。ブルーコスモスの母体でもある」

 

シンは愕然とした。金儲けのために何千、何万という人間の血を貪るなど、想像を超えた狂気だ。

憎しみや怖れから戦争をするという方が、まだ理解できるというものだ。

 

「今回の戦争の裏にも、間違いなく彼らがいるだろう。なんとかできればいいのだがね…」

 

***

 

デュランダルの計らいで、ミネルバのパイロットたちはそのままザフト軍宿舎に一泊することとなった。

軍の宿舎といっても、内装は最高級ホテルにも引けをとらないほど豪華なものだ。

ルナマリアは年相応にはしゃいでいたが、シンはそんな気分にはなれなかった。

デュランダルの口から語られた、戦争を裏で操る存在ロゴス。それがシンの心に暗く影を落としていた。

死の商人ロゴス。そんな奴らのくだらない金儲けのために妹と両親が殺されたのだと思うと、怒りで全身の血が沸騰しそうなほどだった。

 

不意にドアを叩く音が鳴り、シンは我に返った。時計に目をやると、時刻は午後七時を回っていた。

レイとルナマリアあたりが夕食の誘いにでも来たのだろうかと思い、シンはドアを開けた。

 

「あれ、隊長…?」

 

「シ、シン!説明は後でする!とにかく匿ってくれ!!」

 

返事を待たず、シンを押しのけて部屋へと侵入したアスランは、そのまま地面を這い、ベッドの下へと潜り込んでいく。

 

「ちょっと!なにやってんですか、あんたは!」

 

「説明は後だと言った!誰か来たら、俺の居場所は知らないと言ってくれ!」

 

アスランはすっかりベッドの下に隠れてしまい、シンは状況を飲み込めずに茫然とするほかなかった。

 

「…いつまでそうやってる気なんです?ここに誰か来るとしたら、レイかルナぐらいのもんですよ。まさか、二人から逃げてるわけでもないでしょう」

 

「油断するなシン!それと、俺はここにいないものだと思え!」

 

「はあ」

 

上司の奇行は放っておいて、食事にでも行こうかとドアノブに手を伸ばしたとき、再びドアがノックされた。

 

「今開けます。って、え…?」

 

「こんにちは、兵士さん☆」

 

訪ねてきたのは、思いがけない人物だった。

愛らしい桃色の髪、星形の髪飾り、艶めかしいハイレグの衣装。プラントの歌姫、ラクス・クラインその人である。

とはいえ、オーブの出身故にプラントの有名人に疎いシンが「どなたでしたっけ?」と尋ねたのも、仕方のないことだった。

 

「あなた、私のこと知らないの!?嘘でしょう!?」

 

信じられない、と不満気に頬を膨らませる少女に、シンは戸惑いつつ問いかける。

 

「それで、俺に…あーいや、自分になにか用でありますか?」

 

「あら、わたくしったら…忘れるところでしたわ。あなた、ミネルバの方でしょう?アスランがどこにいったか、ご存知ありませんか?」

 

ああ、なるほど。うちの隊長は、この少女から逃げ回っていたのだ。

シンはようやく、この異様な状況のワケを理解した。

 

「自分は知らないであります」

 

「そう、それは残念ですわ」

 

「用件は以上でありますか?自分はお腹が空いたので、失礼するであります」

 

「うーん…」

 

「まだ、なにか?」

 

「じゃあ、あなたでいいわ」

 

少女は悪戯っぽく笑い、シンの袖を引っ張って、ずんずんと歩き始めた。

 

「え、ちょっと!?」

 

「お腹が空いてるんでしょう?席はもうとってあるから」



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PHASE-04「Shuffle Night」

「私はラクス・クライン。プライベートで人に自己紹介するのって久しぶりかも」

 

「ミネルバ所属、シン・アスカであります」

 

上階のレストランへ向かうため、ラクスと名乗った少女――"ミーア"とシンは、共にエレベーターに乗り込む。

 

「私のこと、ラクスって呼び捨てにしていいからね。敬語もナシ。堅苦しいのは、あまり好きじゃないから」

 

初対面の相手に、こうも気安く接することができるのは、ミーアの美点或いは欠点と紙一重の気質だった。

シンはそれを好ましく感じるタイプの人間だったから、二人の性格的な相性は良いと言えるだろう。

 

「わかった。俺のこともシンでいいよ、ラクス」

 

親しみを込めて口に出した名が、彼女の本当の名ではないとシンが知るのは、もう少し先のことだった。

 

***

 

レイはデュランダルに招かれ、宿舎内の一室を訪れていた。

 

「やあ、レイ。先程はゆっくり話す時間もなくて済まなかったね。さあ座ってくれ、なにか飲み物を用意しよう」

 

「はい、ありがとうございます」

 

最高評議会議長のために用意された部屋だけあって、室内の調度品は一級品のものが揃っていた。

だがレイの心に安らぎを与えたのは、ベルベットソファーの座り心地よりも、デュランダルが淹れた一杯のコーヒーだった。

上品な香り、ほどよい酸味と苦味が、戦いに疲れたレイの心に染み渡っていく。

 

「美味しいです、ギル」

 

「それはよかった」

 

こうして二人でコーヒーを飲みながら、とりとめのない話をする。

レイにとっては、この上なく幸せで大切な時間だった。

 

「ミネルバの活躍は報告で聞いているが、それだけでは味気ないだろう?レイの口から、色々と聞かせて欲しくてね。例えば、アスラン…彼はミネルバにどんな影響を与えてくれただろうか?」

 

「そうですね…不器用な方ではありますが、不器用なりに部下とも向き合って、信頼関係を築いています。アカデミーでは教官と衝突してばかりいたシンも、ザラ隊長には心を開いているようです」

 

「ほう…」

 

「戦力的な意味でも、彼の存在は大きく、ミネルバにとって不可欠なものになりつつあると思います」

 

「…ならば、いいのだが」

 

デュランダルの反応があまりかんばしくないのを、レイは不思議に思った。

 

「気になることでも?」

 

「…オーブの姫君がフリーダムによって攫われたことは、君も聞いているだろう?」

 

「はい」

 

「その後、彼らに目立った動きはない。このまま大人しくしてくれていれば、それでいいのだがね。ただ…もし彼らが戦場に出てきたら、アスランは一体どちらに付くのかな?」

 

「ザラ隊長が、裏切ると…?」

 

「想像もしていなかった、という顔だね。だが、彼は一度ザフトを裏切り、アークエンジェルに付いたこともある。全く可能性が無いとは、言えないのではないかな?」

 

数秒の沈黙があった。その数秒の間に、レイは決断をした。

彼にしては、少しばかり長い逡巡だった。

 

「…であれば、監視をつけるというのは?」

 

「監視…か」

 

「そして、その役割には自分が適任であると考えます」

 

シンとルナマリアには任せられない、とレイは思った。

能力的な問題ではなく、アスランの監視を続けるうちに、 知らなくていいことまで知ってしまう可能性があるからだ。

例えば、今プラント側にいるラクスの正体であるとか。

 

「だが、君にそんな真似をさせてしまうのは、心苦しくもあるな」

 

「少しでもギルの不安を取り除くことができるのなら、やらせてください。俺は、あなたの力になりたくて軍に入ったのですから」

 

***

 

運ばれてきた高級料理の数々は、シンが普段口にしているものとは比べ物にならないほど美味だった。

ミネルバの艦内食もそこそこに豪華なものではあるが、戦艦で大勢のクルーに支給される食事には限界というものがあった。

 

「ね、来てよかったでしょ」

 

「うん。けど、なんで俺を誘ってくれたの?」

 

「それはね、面白そうって思ったから。私のことを知らないなんて言うザフトの兵士さん、初めて見たわ」

 

「俺、オーブの出身だから、プラントの有名人にはあまり詳しくないんだ」

 

「…あっ、他にも理由があって、アスランのお話が聞きたかったの!彼、軍務のときはどんな感じなのかなって」

 

オーブという国の話は、シンにとって愉快なものではなかったから、ミーアがすぐに話題を変えてくれたのはありがたかった。

ミーアが意識的にそうしたのかどうかは分からなかったが、それでもシンは心の中で感謝した。

 

「うちの隊長は凄い人だよ。モビルスーツの操縦も上手いし、この前も大胆な作戦立ててさ」

 

シンはローエングリン・ゲートを突破したときのことを、機密の漏洩にならない範囲で説明した。

ミーアはそれを、料理を口に運ぶのも忘れて真剣に聞いていた。

 

「凄い…!」

 

「ああ。隊長がいなかったら、誰もこんな作戦考えつかなかったと思う」

 

「ううん、アスランも凄いけど、今私が言ったのはシンのことよ」

 

「俺…?」

 

「アスランがその作戦を立てられたのは、大事な役割を任せられる人が…シンがいたからでしょう?ガルナハンの人たちのために命懸けで頑張ったのも、ちゃんと成功させられるだけの力があるのも、本当に凄いと思う」

 

「そんな、褒めすぎだって」

 

シンは、顔が熱くなるのを感じた。

アスランやデュランダルから賞賛されたときとは少し違う、くすぐったさがあった。

 

「ガルナハンの人たちだけじゃない。シンの力に助けられてる人、たくさんいるわ。私だってそう。私は歌うことはできても、戦うことはできないもの」

 

「歌…?」

 

「昼間のライブ、ミネルバの人たちも見てくれたんでしょう?」

 

「…ひょっとして、あのとき歌っていたのって、ラクス?」

 

「もっと早く気づいてくれてもいいのに…」

 

ミーアは、少女漫画のヒロインさながらに頬を膨らませてみせた。

 

「ねえ、ラクス・クラインを知らない人から見て、私のライブはどうだった?」

 

「みんな元気づけられてたし、良かったと思うけど…でも、普段はプラントで歌ってるんだろ?どうして地球に?」

 

「今シンが言ったじゃない。みんなを元気にしてあげたいからよ!」

 

「そのために、わざわざ危険な地球に…?」

 

シンは驚きを隠せなかった。今の地球は、戦争の中心地だ。

単なる地球軍とザフトの対立ではなく、ナチュラル同士の争いも起きている。

このディオキアという街も、地球軍に占領されそうになっていたところをザフトによって解放されたばかりなのだ。

 

「シンだって、地球に来てるじゃない」

 

「それは俺が軍人で、やらなくちゃいけないことがあるからで…」

 

「私も同じよ。自分にできることを精一杯やっているだけ。こんなときこそ、みんなにはラクス・クラインが必要なの。私の歌で少しでもみんなを癒せるなら、どこでだって歌うつもり!」

 

「ラクス…」

 

屈託なく笑う少女の言葉には、なんの打算も、嘘偽りも感じられなかった。

軍人である自分とはまた別の手段で、平和のために力を尽くしている人がいる。

その事実は、ロゴスへの憎悪で暗く沈み込んでいたシンの心に、希望の火を灯してくれたような気がした。

 

***

 

食事を終え、ミーアを部屋まで送り届けた際に、「付き合ってくれたお礼ね」と、シンは一枚のCDを手渡された。

収録されているのは"Quiet Night C.E.73"。今日のコンサートでミーアが披露した曲だ。

それを自室で聴きながら、意図せずも彼女との邂逅のきっかけを作ってくれたアスランに、シンは感謝した。

 

「みんながラクスを好きになるの、わかる気がするな…」

 

そう呟いたシンは、"みんなの見ているラクス"が、自分の見ているラクスとは違うことを知らない。

本物のラクスを知らず、ミーアに触れて、その在り方を好きになったシンは、きっとミーアのファン第一号だった。



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