虎白高校バスケットボール部 (shgk)
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1. 女監督、沢田出嘉子

 

 虎白高校バスケ部、そこは今年新設された部であり全く名は知れていない。

 

 そこへ一人の女がやって来たところから伝説は始まった――――。

 

 

「ここが体育館ね。もうバスケに関わるつもりなんてなかったんだけど」

 

 女は体育館の閉じられた扉の前で一人呟く。気が進まない、と思いつつも自分の恩師に頼まれたこととあっては無碍にもできず、彼女は新設校のバスケ部監督をなし崩し的に引き受けてしまったのだ。

 

「しかも、監督になれだなんて。そんなのやったこともないのに先生も無茶言うわ」

 

 一つ大きなため息を吐き、彼女は体育館の扉に手をかけた。

 

「志木! パスを出せ!」

「おう!」

 

 バッシュの床を鳴らす音、ボールが床をつく音が響く。

 体育館内では、バスケ部員であろう生徒達がそれぞれ練習していた。今年できただけ部だけあって部員は少ない。全部で6人いて、3on3で試合をしているようだ。

 

「まあ、期待はしてないけどね」

 

 彼女はぼんやりと彼らのプレーを見つめる。監督になることは承諾したが彼女のバスケに対する情熱はすでに冷め切っていた。日本のバスケのレベルなんてたかが知れている、と。ましてや彼らは高校生、彼女に興味を持たせるだけの技量など持ち合わせてはいないと考えていた。

 

 ダンッ キュッ ブッ!!

 

 しかし、部員の一人の床を蹴り出す音と共に彼女のそんな考えは吹き飛んだ。

 

「おらっ!!」

「山下のダンク、すっげえ!!!」

 

 その部員は床を蹴りジャンプした。……が、とてもゴールの高さまで届く距離までは飛べていなかった。ジャンプの最高点に達し減速を始めたにも関わらず、彼はなぜか空気中を二段階ジャンプするようにしてゴールまで跳んだ。

 

「今のは何……?」

 

 彼女はその異様な光景に目を見開き、いてもたってもいられず不思議なダンクを決めた張本人の元へ駆けた。

 

「ちょっと! 今のダンクはどういうこと!?」

「ん? あんたは誰だよ?」

「いいから、教えなさい!!」

「なんだいきなり……」

 

 山下と呼ばれていた少年は突然現れた女に困惑する。女の鬼気迫る様子に思わず狼狽え、一歩後退してしまう。

 

「あれは、屁ダンクですよ」

 

 もう一人の部員が代わりに答えた。

 

「屁……ダンク…………?」

 

 彼女は思わず呆気にとられてしまう。口を開けたまましばらくの間、動くことができなかった。

 

「山下はジャンプ中に屁をこいて、その屁の勢いに任せてゴールまでダンクしたんです」

 

「ありえない……。そんな、まさか」

 

 

 彼女は驚愕に顔を染める。屁ダンクとは空気中で屁をこいて、屁の反作用を推進力に利用し一段階高くジャンプする技だ。が、口で言うほど簡単なものではなく自分の望む方向へ跳ぶための屁をこく指向性、正確な位置まで跳ぶために必要な屁量の調整など憂慮すべきことが山ほどある。プロで活躍する選手でも屁技を使える者は少ないのだ。その技をこの少年が?と、彼女は半信半疑の目を向ける。

 

「山下君……だったかしら? あなた、本当に屁技を使えるの?」

「屁ダンクならよく使うけど……」

 

 山下はぶっきらぼうに答えた。よく使うという言葉に周りも当たり前のような表情を浮かべている。彼女は以前、最近の高校のバスケはレベルが上がり進化していると聞いていたが想像を遥かに超えていた。

 

「おもしろい……」

 

 彼女の口からは意図せずそんな言葉が漏れていた。彼女のすっかり冷え切った心に、熱いなにかが灯されてゆく。ずっと、求めていた、探していたものであり、もう見つけられはしないと諦めていたもの。

 

「ところで、あなたは?」

 

 その場にいた部員全員が揃って彼女に尋ねる。彼女はニヤリと口角を上げて、ふてぶてしく笑った。

 

「ああ、まだ名乗ってなかったわね。私は今日から虎白高校バスケ部の監督になる、沢田出嘉子よ!」

 

 沢田のここへ来るまでの憂鬱はもう消え去っていて、その目は期待に満ち溢れていた。

 

 

 



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2. 沢田出嘉子の実力

「監督!? そんなの聞いてねえぞ!?」

「なんで急に監督?」

「しかも女監督って……」

 

 部員達は口々にそんなことを言っている。

 

「なるほど。部員には何の説明もしていないみたいね」

 

 部員達に反して、沢田は動揺の素振り一つ見せなかった。なぜなら沢田はこう思ってしまったためだ、数年ぶりに連絡してきてバスケ部の監督を頼むような先生だ、いかにもあの先生らしいな、と。

 

「あなたたちが何を言おうともう決定したことよ。文句は言わせないわ」

 

 部員が騒ぐ中、その内一人がおずおずと尋ねた。眼鏡をかけていて勉強のできそうな印象が持たれる。練習着には永田と書かれていた。

 

「沢田出嘉子……? もしかしてあの沢田出嘉子なんですか? 日本代表の……」

「あら、私の事知ってたのね」

「知ってるも何もバスケをやってる人は知ってて当たり前ですよ!」

 

 永田が興奮を浮かべた。沢田の発言により部員達は別の意味で一層騒がしくなる。が、山下はピンときていないようであっけらかんとしていた。

 

「へえ、そんな有名なのか〜」

「山下、お前知らないのか!? 数年前まで、『サウザンドスキルクイーン』の肩書きで女子バスケ界に名を轟かせた沢田出嘉子だぞ!?」

「……昔の話よ。それに私は『元』日本代表、もう引退してるんだから」

 

 『サウザンドスキルクイーン』、彼女がそう呼ばれていたのはプロの時代の話だ。バスケから離れていた沢田には、過去の栄光を話されるのは少々心苦しく思えた。

 

「沢田さんはありとあらゆる必殺技を使って、日本を勝利に導いた名選手なんだよ。人の技を見ただけで使うことができるとも言われていたんだ」

「じゃあ、屁ダンクも!?」

 

 その問いに沢田は首を横に振った。

 

「できる、と言いたいところだけど私にはできないわ。……ボールを貸してくれないかしら?」

 

 沢田はボールをパスで受け取ると、ゴールに向かって手慣れたドリブルで駆け出した。沢田の長い黒髪が風に乗ってカーテンのようにさらさらと流れる。元日本代表と言うだけあって、スピード、ドリブルの力強さが部員達とは格が違う。部員達に沢田の実力を知らせるのにはそれだけで充分だった。あっという間にゴールまでドリブルした沢田は一歩大きく踏み出し、二歩目で高くジャンプする。バッシュの甲高い音が響き、ゴールの高さ手前でジャンプの最高点に達し上昇が一瞬停止した。そして、

 

 

 スゥーーーー

 

 

 沢田の尻から空気の抜ける音が体育館に響き、音が響く間、沢田はのろのろとスローモーションで落下した。部員達は沢田の、プロの技に釘付けになっていた。屁技を使ったこともそうだが、それだけではない。少しの無駄もない動き、速さ。到底、彼らには再現できない技術だ。沢田には素直に賞賛するしかなかった。

 

「す、すごい……。あんなスカした音なのにあの勢いの屁を出せるなんて」

「しかもドリブルが圧倒的に速い、あれがプロ……」

 

 一連の動きを終え、沢田は部員達の元へ戻る。彼女は、ふうと一つ屁をこいて、

 

「私では空気中で屁を出し続けてる間に、落下速度を落とすので精一杯ね。男子に比べて女子の臀部の鍛えられる筋肉はたかが知れてるのよ。女子が出せる屁量、屁速度、屁時間。どれをとっても屁技を決められるだけの力をつけるのは難しい。勿論、男子でも難しいことに変わりはないのだけどね」

 

 と、冷静に説明する。

 

「沢田さんでも屁技は完全に使えないのか……」

「ふーん、じゃあちゃんと屁技を使える俺の方が凄えんじゃねえか?」

 

 山下はへへっと笑った。

 

「調子に乗るなよ、山下。お前、屁をこく以外はてんで駄目だろ」

 

 沢田は、その言葉には同調せざるをえない。彼のドリブル、シュート、パスのどれをとってもまだまだだ。しかし沢田は、「それでも」と呟いて、

 

「山下君はすごい才能を秘めてるわ。それに、あの屁もまだまだ発展途上。さらに鍛えれば、凄いことになる……!! それに……」

 

 沢田は他の部員を見渡した。体育館に入った時に見た部員達の動きを脳に巡らせる。先程はぼんやりと見つめていたためか特に気にも留めなかったが、他の部員もしっかりと才能の片鱗は見せていた。沢田は見逃していない、そして確信する。伸び代は充分だと。

 

「基礎練習は今まで通りやっていい。それプラスで個別に技を磨きましょう、メニューは私が作るわ」

 

 しっかり鍛えれば県大会、全国出場も……いや全国制覇の可能性すらあるかもしれない。沢田の想像は止まらない。

 

「あの沢田さんから直々に指導してもらえるのか!!」

「俺らめちゃくちゃ強くなれるんじゃね!?」

 

 プロ選手が練習を見てくれるということでチームが湧いた。そんな中、眼鏡をかけた少年、永田だけ首を傾げて、

 

「そんなすごい人がなんでうちに? 今年、新設されたばかりの実績もないバスケ部ですよ?」

 

 と疑問を呈した。沢田の出現はあまりにも突然の出来事であり、プロ級の監督が決まったのだから疑問に思うのも当然だろう。

 

「月谷先生に頼まれたの。虎白高校バスケ部の監督をしてくれないかって」

「顧問の月谷先生ですか!? なんで月谷先生が沢田さんに?」

「私の高校時代の恩師なのよ。スランプに陥った時にね、助けてくれたの」

「沢田さんにもスランプなんてあったんですね」

「勿論! スランプは誰にでもあるわよ。高校時代、私は自分の大きなおっぱいを活かした必殺技をよく使っていたんだけど、上手に揺らすことができなくなったことがあったの。それで……」

 

「なあ」

 

 沢田と部員達が話に花を咲かせていたところ、話に興味なさ気な山下が遮った。

 

「どうでもいいけどさっさと練習しねえの?」

「あ、そうね」

 

 つい、熱くなってしまうのが沢田の悪い所だ。話に夢中になって肝心な練習をおざなりにするわけにはいかない。

 

「ところで、次の大きな大会っていつなのかしら?」

 

 チームの当面の目標を定めて、沢田はひとまずそれに向けて準備することが重要だと考えた。目標を持つことは、チームだけでなく沢田自身のモチベーションも保つことにも繋がる。監督と言えど、立派なチームの一員だ。

 そして、部員達は口を開いた。

 

「「「来月ですよ」」」

「…………」

 

 沢田は理解が追いつかず、一瞬キョトンとしたがすぐに思考を取り戻し叫ぶのだった。

 

「ラ゛イ゛ゲ゛ツ゛ウ゛ゥゥゥゥウウウウウウウ!?」

 



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3. ウィンターカップ、第1試合!

「とうとう、やって来たわね。ウィンターカップ!」

 

 ウィンターカップ、それは50年以上にわたり行われている全国高校バスケットボールの大会だ。毎年、バスケの頂点を決めるため熱い戦いが繰り広げられている。

 そして、その戦いに参加するため虎白高校もエントリーしていた。沢田が彼らを指導できたのはたった一ヶ月。されど一ヶ月。沢田は徹底的に自分の知識を部員達に叩き込んだ。個別メニューではそれぞれの個性にあった技を覚えさせ磨いてきたつもりだ。

 

「トーナメント式だから、今日の一試合目に負ければもう終わり。絶対に負けられないわ」

 

 これが大会の恐ろしいところだ。いくら練習したとしても一度負ければ速終了。チャンスは一度きり。

 

「ぜってー勝つぞ!!」

「おう!!」

 

 虎白のキャプテンである、通称"屁こきタイガー"、山下がチームに喝を入れた。山下に呼応して残り5人の選手が続いて大きな声を出す。

 

「…………」

 

 沢田は団結する虎白チームを不安げに見つめていた。沢田にやれることはすべてやったが、今一歩虎白の選手たちに覚醒した動きはない。あとは試合を通して成長し、何かを掴むことができればと祈るのだった。

 

 一試合目の相手は清宝高校。去年も一昨年も一回戦負けの高校だ。ほぼ無名に近い清宝に実力の高い虎白チームが負けるとは到底思えない。そんな考えが沢田の頭によぎる。が、すぐに考えを否定するように頭を振った。

 

「油断大敵。相手にとって不足はないわ」

 

 そして、コートに審判、選手達がぞろぞろと向かった。沢田と補欠の眼鏡、永田はベンチで待機する。ついに、始まるのだ。運命の一試合目が。

 

「両者、整列!!」

 

 審判がコートの中央に立ち、挟むようにして清宝と虎白の選手が整列する。

 

「それでは、虎白対清宝の試合を開始します。礼!」

 

 両者礼をして選手はそれぞれが位置についた。清宝からは身長が180cm程の高さの選手が、虎白からは山下がジャンパーとなりサークル内へ対峙する。

 息つく間もなく、審判がボールを下から垂直へトスをした。ボールが宙を上がり、同時に両者がジャンプする。清宝の選手より山下は背が低い。やはり清宝の選手の手が山下の手の位置より高くなる。周りのギャラリーの誰もが清宝の選手がボールをタップするだろうと思っただろう。

 

 そんな中、沢田はふふっと笑みをこぼした。

 

「山下君が伸びるのはここからよ!」

 

 

「アアアアアアーー!!!!!」

 

 

 

ブブブッーー!!

 

 

 踏ん張り声、尻から出る轟音と共に山下は上方向に加速する。

 やがて、その手は清宝の選手より高く飛ぶ。そして、ボールのタップに成功した。

 

「よし! 山下の屁が決まった!」

「この勢いで攻めるぞ!!」

 

 タップされたボールは、仲間へ渡った。虎白の選手がドリブルでコートを走る。……が、それよりも周りは清宝の選手の異変に気を取られていた。

 

「なんだ!? あの動きは!」

 

 清宝の選手は皆、両手を後ろに伸ばして走っていた。虎白の選手が困惑する中、沢田だけはその走り方自体は知識として知っているようで少し驚いただけだった。ベンチでは補欠の眼鏡永田も、清宝の動きに驚き沢田へ問い掛ける。

 

「監督! あの動きは一体なんなんですか!?」

「…………」

 

 それに対し、沢田はゆっくりと口を開く。

 

「……あれは、NARUTO走りね。試合で実際に使う選手は初めて見たわ、しかも全員だなんて」

「NARUTO走り? なんですかそれは!」

 

 沢田は淡々とした口調のまま続けた。

 

「見ての通りよ、両手を後方に伸ばしながら加速する走法。かつて忍者の間では、この走り方が一般的だったと言われているわ」

「でも、あれに何の意味があるんですか? 走りにくいだけではないんですか?」

「ええ、意味はないの。科学的側面から見ても速く走れるわけでもないし、使う体力も一般の走法と変わらないと言われているわ」

「ならどうして……」

 

 束の間、清宝の選手は走りはかなり素早くあっという間にドリブルしている選手に追いついた。虎白の選手は清宝の素早さに動揺し、その隙を点かれボールを奪われてしまう。それを見て、沢田は小さく舌打ちした。

 

「おそらく、自分に暗示をかけているんだわ。自分は忍者だから、素早く走れると」

「そんなことが……」

 

 暗示によっては、時に自分の持つポテンシャル以上の実力を発揮できる。清宝の選手は全員自分に暗示をかけていると見て取れた。

 

「並みの暗示では不可能だわ。でも彼らにはきっと、暗示に必要な具体的な対象がいるのよ」

 

 沢田はコートの、清宝の選手達に目を細めた。清宝の選手は第一クウォーターの序盤から声の掛け合いが激しく、特徴的な話し方をしていたためだ。

 

「絶対勝つってばよ! 俺にパスするってばよ!」

「分かったってばよ!」

「ナイスだってばよ!」

 

 清宝の選手は全員同じ語尾を使っていた。そして、鮮やかにボールをパスしていき、まもなくシュートし点をいれる。

 

清峰 2-0 虎白

 

 虎白の選手も未だ動揺を隠せていない。沢田もチームの様子に懸念を抱く。

 

「早く清宝の選手の動きに慣れないとこのまま持って行かれる可能性もあるわ……」

「そんな……!!」

 

 同じくベンチにいる永田は顔を顰める。しかし、沢田はチームに向き直った。

 

「でも、彼らは弱くない。このまま負けたりはしないわよ。そして、なにより……」

 

 そう言いかけて、視線を虎白のエースに送る。虎白ボールから始まり、虎白のエースにパスが渡った。清宝は先程と同じようにNARUTO走りでボールを追うのだが。

 

「おかしいってばよ!? 俺達が追いつけないなんて!」

 

 山下はドリブル中にも関わらず、清宝の選手をどんどん突き放していった。その走りは虎のように速く、何者も追いつかせることはない。

 

「何でいきなり速くなったんだってばよ!?」

 

 そして、山下を追う清宝の選手の耳にもその音が届き、加速の正体に気づく。

 

「な、まさか!?」

 

ブブブブブウウウブブブブウウウブブブブウウウ

 

「連続的に屁をこき続けることで加速している!?」

 

 それを見た沢田は言いかけていた言葉を発したのだった。

 

「うちには、屁こきタイガーがいる!!」

 

 

 



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4. 宗田の新必殺技

 

第二クウォーター

清宝 21-15 虎白

 

 山下を筆頭に清宝の動きになんとかついていく虎白だったが、点差を縮めるのに今一歩足りない。沢田はその様子を見て、作戦を変える必要があると考えた。

 

「タイムアウトー!!」

 

 審判の大きな声によって試合は中断され、選手はベンチにいる監督のもとへ集まった。

 

「はあはあ、あいつらいくらなんでも速すぎるだろ……」

「うん、あんな走り方があるなんてね。僕も真似したら速く走れるかな?」

 

 虎白の選手が漏らした一言に沢田は鋭く言い放った。

 

「止めておきなさい。あんな走り方、パスも取りにくいし、バスケでするようなもんじゃないわよ」

 

 沢田はそれに続けて、

 

「みんな、聞いて。このまま山下君を主軸においてゲームを進めるのはよくない」

「どうしてですか!」

「このペースで屁をこき続ければ最後まで保たないわ」

「くっ……」

 

 沢田の指摘は、山下に痛い程突き刺さった。山下はまだ第二クウォーターにも関わらずハイペースで屁をこき続けている。山下自身も、第四クウォーターまで続かないことは薄々気づいていた。

 

「監督、じゃあどうするんですか? あの素早さに付いていけないんじゃどうしようもないですよ」

 

 それに対し沢田はふふっと得意げに笑った。

 

「試してみたい作戦があるの、聞いてくれる?」

 

 沢田はチームに作戦内容を詳しく説明し、細かい動きまで選手に指示を出した。沢田の作戦に選手はピンときていない様が見受けられたが、他に策もないので呑み込むしかない。

 

「よく分かりませんけど、それをすれば相手の動きを封じれるんですね?」

「確実とは言い切れないけど……。でも、やってみる価値はあると思うわ」

 

 ピピーッ

 

 審判の笛がコートに響く。試合再開の合図だ。開始早々、清宝の選手がNAR○TO走りでドリブルしコートを駆け抜けていった。そんな時、ボールを持った清宝の選手の後ろから声が届く。

 

「俺にパスしろ!……だってばよ!」

「分かったってばよ!」

 

 その声に呼応して、清宝の選手は後ろにパスを出したのだが……。そこにいたのは虎白の選手であった。

 

「おい! 敵にパスしてどうするんだってばよ!」

「間違えたってばよ……」

 

 虎白にボールが渡り、一気に攻め上がっていく。沢田は思った通りというようにニヤリと笑った。

 

「やはり! とある忍者になりきることで素早い走りができる。それは脅威だけど……、忠実に再現することを意識するあまり、敵味方の区別がついていない!」

 

 清宝は、パスを出すにもシュートするにも必ず仲間内で声を掛け合っていた。沢田は初め、味方の士気を上げるためのものと考えていたが、不審に思ったことがあった。それは、全員が単調すぎる動きだったことだ。沢田にはただボールを追っているだけ、投げられたフリスビーを追う犬のようにしか見えなかったのだ。そうして、もしかして走ることに意識がいきすぎているのでは?……という考えに行きついた。

 

「くそっ!! 俺達の口調を真似するって反則だってばよ!」

 

 相手のペースを乱すことで、虎白は徐々に清宝との差を縮めていった。

 

 

清宝 34-32 虎白

 

 

「こうなったら必殺技だってばよ! 行くってばよ皆!!!」

 

 選手の一人の掛け声によって5人が一箇所に集まった。

 

「影分身の術!!」

 

 清宝の選手は横一列に並び、同じポーズをとった。そして、その列のまま突進していく。

 

「そんなの横にパスすればいいだけ……って速い!!」

「宗田君!」

 

 今ボールを持っているのは宗田飛郎。虎白高校の1年生で背番号10番だ。宗田に向かい清宝の人間ウェーブが襲いかかった。

 が、急に清宝の走りが止まる。清宝だけではなく、虎白チームも驚きで動くことができなかった。

 

「10番が二人いる!?」

 

 清宝の前にいる宗田が二人になっていたのだ。全く同じ容姿、同じユニフォーム。双子ではない、宗田そのものが二人いた。

 

「どうしてただの人間が影分身の術を使えるんだってばよ!?」

「どうした、清宝。これが本物の影分身だぜ?」

 

 ベンチの永田も驚き、沢田に説明を求めた。

 

「宗田が二人!? 一体どういうことです!?」

「あれが宗田君の新しい必殺技。清宝の必殺技にインスパイアされて完成させたみたいね」

「清宝はただ選手が5人並んで走ってるだけですよ!? でも、宗田のあれはどう見ても二人います!」

 

 沢田は焦る永田に、ある質問をした。 

 

「宗田君の反復横飛びの結果知ってる?」

「いえ、聞いたことないですけど……」

 

 沢田は答えを、一言呟く。

 

「6541回」

「え……?」

 

 沢田はふふっと笑って改めて言い直した。

 

「彼は20秒間に6541回横に移動できるの」

「ええ! 嘘でしょう!? 高校生の平均は60回程度のはずです!! 6000回なんて……」

「事実よ。本人は隠しておきたかったみたいだから知らないのも無理ないかもね。結果が結果だし、周りにバケモノ扱いされるのを恐れていたんでしょう」

「……確かに体力測定に宗田が来たところは見たことがなかったです」

 

 宗田には苦悩があったのだ。宗田は反復横飛びにおいてすさまじい結果を出せてしまう。これを知られれば周りから浮いた存在になるのは明白。宗田は中学の時に一度反復横飛びを披露することがあった。そのときにクラスメートに言われてしまったのだ、『気持ち悪い』と。その一言は宗田に心にひどい傷を負わせてしまった。それ以来、彼は反復横飛びを封印したのだ。この秘密を知られることを恐れるあまり高校での体力測定は欠席。今後誰にも知られないように生きていこうと誓っていたのだろう。しかし。

 

「皆の目は誤魔化せても、私の目は誤魔化せなかった。彼の走りを見てすぐに気づいたわ、横に移動する方が得意なんじゃないかって。でも彼はみんなには内緒にしてほしいと懇願してきたの、変な目で見られるかもしれないからって。その代わり、必殺技はちゃんと覚えるからと」

「僕、そんなの全然知りませんでした……。でも今思えば何かに悩んでた様子はあったかもしれません」

 

 ベンチの永田にもいくらか思う節があった。バスケの練習中、永田はビクビク脅えている様子を度々見ていた。プロの沢田の練習が厳しいため、嫌がっていたのかと思ったが。

 などと思い出している内に、永田はふと「あれ?」と疑問に思ってしまう。

 

「……あの。それ僕に言ってよかったんでしょうか?」

「問題ないわ。すでに宗田君の反復横飛びの結果はギネス記録に申請してるの。直に広まることよ」

「…………」

 

 無言になった永田をよそに沢田は宗田の影分身を見つめ、感心していた。

 

「昨日までは綺麗に二人に分身することが上手くできなかったけど……。試合中に完成させるなんてね、流石だわ」

 

 清宝の選手は投げやりになって二人の内一人の宗田に襲いかかった。

 

「本物はこっちだってばよ!!」

 

 しかし、襲いかかったはずの宗田はシュッと消え、もう一人の宗田がドリブルをスタートする。

 

「残念だったな、それは残像だ」

 

 

 

 



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5. 第2試合開始、回転する想い

 

「第1試合、終了!! 58-74で虎白高校の勝利!!」

 

 審判が勝者の名前をコートに響かせた。

 

「ありがとうございました!!!!」

 

 虎白の選手は勝利を喜びを爆発させるように叫び、礼をする。

 序盤こそ清宝高校のNAR○TO走りによる素早さに苦戦したものの、山下の屁技による加速、宗田の影分身の術が完成し、中盤からは清宝を圧倒した。

 清宝の素早い動きも後半は全くキレがなくなっていて虎白が完全に試合を掌握していた。おそらく、自分が忍者であると暗示していたのだが敵である宗田が影分身の術を使用したことによる困惑、動揺により、自分たちが忍者であるということに自信を失ってしまったからだろう。宗田は知らず知らずの内に清宝の暗示を破っていたのだ。

 

「みんな、お疲れ様」

 

 監督の沢田が選手へ労りの言葉をかけた。練習で厳しい顔を見せていた沢田だが今回ばかりは喜びを隠しきれなかったようで笑顔が溢れていた。

 

「宗田君、あなたの影分身決まってたわよ」

「はい! ありがとうございます!」

 

 今回の試合で宗田が覚醒したことはかなり大きかった。山下が主にチームを引っ張っていたが限度はあるのだ。負担を分け合うことによってより効率よい試合運びを行うことができる。

 

「午後の試合も絶対勝ちます!!」

「ええ、当たり前よ」

 

 そう、息つく暇もなくすぐ試合が行われる。次の試合、勝者は午後から同じコートで試合をすることになるのだ。体力的に厳しいものもあるが、条件は相手も同じ。だが、沢田は全く負ける心配はしていなかった。

 

「宗田君も覚醒したし、山下君は屁を温存できている……。今ならどんな相手にも負けないはず!」

 

 沢田の言葉は虎白の選手を更に発奮させた。選手は今までにない程、テンションが上がっている。

 

 その勢いのまま、虎白高校は第2試合を迎えることになった。

 

 

「第2試合、相手は滝凄高校ね。一体どんなプレーをするのかしら」

「前の試合、第四クウォーターに連続得点を決めて逆転勝利したそうですが……。少し気になりますね」

 

 ベンチでは、沢田と永田が試合の行方を見守っていた。試合はまだ始まったばかりで1分も経っていない程である。

 

 虎白の選手の動きは悪くなく、一試合終えた後とは感じさせない程、好調であった。虎白の動きは激しく、だが繊細に。清宝との試合に勝利したことにより勢いがついたようだ。

 

 それとは全く対象的なのは滝凄高校の選手たちである。試合後、1分も経っていないというのに彼らは肩で呼吸していた。

 

「滝凄の選手、すっかり疲れきってますね。前の試合の消耗が激しかったんでしょうか……」

 

 ベンチでは、永田が試合を見守りながらそんなことを言った。

 

「それだけじゃないわ。滝凄の選手をよく見て」

「え?」

 

 永田が目を凝らして選手を見ると、

 

「汗だく……!!」

 

 滝凄の選手は全身汗だくでユニフォームが湿っているのが遠目でも分かった。髪はシャワーを浴びた後のようにびしょびしょである。

 

「相手は虫の息だわ。まだ体力が充分残っているこちらとしてはかなり有利になるわね、一気に点を広げましょう」

 

 試合は誰が見ても虎白高校が優勢に見えただろう。鮮やかにパスを繋いでいった虎白チーム。パスは山下に渡るがドリブルでコートを駆けようとした瞬間。

 

ピシャッ

 

「え……?」

 

 山下の動きが止まる。正確には、正常にドリブルが出来なかった。床についたボールが彼の予想より跳ね上がってこなかったのだ。そして、彼の思った通りに走れなかった。彼は恐る恐る床を見て違和感の正体に気づく。

 

「水たまり……!?」

「そこだ!!」

 

 虎白の動揺にすかさず滝凄の選手がボールを奪った。

 

バシャバシャバシャバシャ

 

 虎白は騒然とする。それもそのはずコート一面が水たまりに覆われていたのだ。水たまりを滝凄の選手が駆け抜けていく。

 

「いつの間にあんな水たまりが!?」

「まさか……」

 

 ベンチでも、ようやく状況を把握したのか永田、沢田が目を見開いた。そして、沢田がいち早く水溜まりを分析する。

 

「汗を滝のように大量に流すことでコートに水たまりを作ったんだわ!」

「なっ……。そんなことありえるんですか!?」

 

 目の前の光景が信じられないのか永田は沢田に反論する。当然だ、5人いたとしてもあの水の量は誰が見ても異常である。永田は汗だけではない、他の液体も垂れ流しにしているのでは?、とも考えたようだがそれでも尋常な量ではないのだ。

 

「いいえ、汗だけよ。彼らは新陳代謝が並の人間じゃない。ほら、今も全身から汗が滴り落ちてるのが証拠だわ」

 

 唇を噛み厄介だ、と沢田は思ってしまう。同時に余裕で勝てるだろうと考えていた先程までの自分を殴りたい気持ちになった。簡単に勝てる試合はないのだと改めて認識する。

 

「まさか、そんな技があるなんてね。滝凄の選手はコートを水溜まりにすることによって走りづらくさせている。しかも、うちのチームが全力で走れば滝凄選手の汗の水溜りが水しぶきになって足に浴びることになってしまう。虎白の選手にとっては生理的に受け付けがたいでしょうね。……相手に物理的にも精神的にもダメージを与えてくる、想像以上に厄介だわ」

「で、でも精神面はともかく滝凄の選手も走りにくいのは同じはずです!」

「いや違うわ。よく見て、永田君。滝凄の選手の足元……」

 

 そう言って沢田はコートの滝凄の選手の足元を指差した。

 

「長靴を履いてるわ」

「……!!」

 

 滝凄の選手は、全員長靴を履いて試合をしていたのだ。

 

「まさか汗をかくことを計算して……?」

「ええ、汗でコートを水浸しにすることは彼らの計算の内に入っていたんでしょう。しかも、彼らは汗をかけばかくほどコートを湿らせることができる、つまり試合が進めば進むほど不利になってしまうの」

「あ! じゃあ午前の試合、滝凄が逆転勝利したのは……」

「後半になって汗をよくかきはじめたからだわ」

 

 滝凄の選手はいわばスロースターターである。2試合連続は普通の高校にとっては不利になるのだが滝凄の選手には俄然有利になってしまう。

 

 虎白はいつものような動きができず、滝凄の選手のペースに呑まれてしまっていた。

 沢田は選手に細かい指示を出すがいまいち効果はない。単純に水たまりの中を動くことでさえ困難なのだ。簡単な指示でさえ応えることができず第一クウォーターは終えてしまった。

 

第一クウォーター

虎白 10-21 滝凄

 

 点差は開いたまま、何の活路を見い出せないまま試合は第二クウォーターを迎えてしまう。

 

「くそっ! コートが水浸しでさえなければ!!」

「そんなことを言っても仕方ねえだろ、反則じゃねえんだから。生理現象なんだから抗議もできない」

 

 ないものねだりを言ってもしょうがないが虎白の選手はどうしてもそう思わざるを得なかった。

 半ば諦めムードに入ってしまった中、一人、声を上げる。

 

「まだ試合は終わってねえだろ!?」

 

 怒りの声を上げたのはキャプテンの山下だった。

 

「俺らは誰にも負けないくらい努力してきた! それをコートが濡れてるくらいで諦めてんじゃねえよ!」

 

 その言葉に虎白の選手はハッとした。そう、今まで彼らは必死に特訓してきた。沢田が来てからは休むまもなく特に頑張ってきたのだ。山下に発破をかけられ選手はお互いに顔を見合わせた。

 

 山下にボールが渡りドリブルを開始する。動きにくい足を屁をこく加速によりカバーしなんとか走った。ぎこちないがスピードは充分だろう。

 

「オラァァ!!!」

 

 山下は、滝凄選手の汗を全身で浴びながらもコートを進む。滝凄のディフェンスも力技で押し切りなんとかダンクを決めた。

 

「山下……。俺らもあいつに負けてられないな!」

「ああ! そうだよ! 俺らは絶対に勝つんだ!!」

 

 虎白の選手達は心が折れかけていたが、山下の言葉、プレーに胸を打たれ再び闘志を燃やし始めた。

 その内の一人に山下からボールのパスが渡った。

 

(俺だって……)

 

 それは虎白高校の6番、志木回輝だった。彼も虎白高校の一員、他の選手と同じく血のにじむような努力で練習してきた。試合では、山下、宗田が活躍しどこか歯痒く思う部分もあったが同時に自分に何ができるか、何をするべきかを常に考えてきたのだ。だから志木回輝はこのままでは終われない、試合を終わらせるわけにはいかない。

 

 

 

「俺だって……絶対負けたくない!!!! ドゥルルルルルルルルウウウウウウ」

 

 

 そう心から叫び、志木は右手にボールを掴み両手をT字に広げ体を高速回転させ始めたのだった。

 

 



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6.回転する志木、屁こきの山下

 

 

 

「ドゥルルルルルウウウウウウウウウ!!!!」

「志木君!?」

 

 コマのように志木は回る。水たまりの中で水しぶきを上げながら高速回転する。そして、

 

「宙に浮いた!?」

 

 誰もが目を見開きその様をまじまじと見ていた。回転力を推進力にして志木は空を飛ぶ。やがてゴール高さまで飛びたった志木はダンクを決めた。

 

「すごい! ついに完成させたのね、人間プロペラダンクを!」

「こ、これが志木君に教えていた必殺技なんですか?」

 

 ベンチでは、監督の沢田が目の前の志木が必殺技を決めたことに興奮気味で、永田の問いに頷いた。

 

「そうよ! 前は宙を浮くまでに3分くらい時間がかかったのがネックだったの。でも、この水浸しのコートを利用して自分を滑りやすくさせ回転力を上げたのよ!」

 

 以前、指摘した欠点を直した志木に沢田は感心する。

 

「最初はね、宙に浮けるだけの回転量をただの高校生が確保できるかどうか心配していたの。それに普段、私達って回転することがないでしょう? 志木君は、まず回転することに慣れていなかったし一ヶ月じゃ厳しいと思っていたんだけど……。どうやら私の杞憂だったみたいね」

 

 沢田は今では立派なプロペラが完成したことを誇らしげに見つめていた。

 

「すごい……」

「あれが……プロペラダンク……」

 

 敵チームも味方チームもそのプロペラダンクに感嘆する。コマのように回り、水しぶきが中心に上がって飛ぶ姿はまさに幻想的だった。

 

「このまま俺にボールを渡してくれ」

 

 志木は虎白の選手にそう告げた。状況を見てもそうするべきだろう。プロペラダンクが完成されたことにより虎白には一方的に不利だった水浸しのコートは、一転して志木の独壇場へと変わる。

 

「たった一人が空を飛べるからって俺らが負けるかよ!!」

 

 滝凄選手は動揺を押し殺すように自分たちに向けて喝を入れた。

 確かにそうだ、志木にさえボールが渡らなければ彼らは負けない。結局、この水浸しのコートでろくに動けるのは長靴を履いている滝凄の選手だけだ。志木だってその場で宙を浮けるだけであって、空を自由に飛び回れるわけではない。

 

 ボールは滝凄の選手から始まる。パス、ドリブルで先程と同じようにゴールへ向かう。そして、彼らの読み通り虎白の選手は思うように動けていない。動きは遅く、とても滝凄の選手には追いつけない。それを確認しドリブルする選手は前を見据えゴールへ向かった。

 

 

「やっぱりな! 結局は俺らの方が有……利…………」

 

 

 

 ――――――――その時、誰かの気配を背後から感じ取った。

 

 

 

 ゾクリとして、体は一気に強張る。ただならぬ気配に先程までかいていた汗が冷や汗になり熱かった体は急激に冷めていく。視界の端で何かがチラついた気がして慌てて背後を振り返った。が、後ろにはのろのろ走る虎白の選手、滝凄の選手がいるだけだ。

 

「なんだ、気のせいか……」

 

 なんで、そんなことを感じてしまったのか。でも、違和感は残ったままだ。滝凄の選手はいつも通りであったし、後ろにいた虎白の4人の選手は全く動けていなかった……はず。

 

 

 

……………………あれ?

 

 

 

 そこまで考えてやっと、彼はおかしい事実に気づいた。

 

 

 

――――――――4人?

 

 

 

 バスケは5人で行うスポーツだ。元にさっきまで虎白の選手は5人いたことを覚えている。試合開始の整列した時からずっと。

 

 1人足りない。1人足りないのだ。

 

 後ろにはいなかった。もちろん、左右にも前にも虎白の選手はいない。

 嫌な予感がする、心臓はドクドクと鳴り響続けている。

 

 彼が、何を感じ取ったかは分からない。

 

 ただ、なんとなく――――上を見上げたのだ。

 

 

 

 

 

「……え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ドゥルルルルルルルルルウウウウウウウウウウウウウ!!!!」

 

 

 

「あああああああ!!!!!」

 

 

 

 上にいたのは宙をすごい速度で回転しながら飛んでいる志木回輝だった。

 

「ドゥルルルルウウウウウウウウウ!!」

「ぎゃああああ!!!!」

 

 奇声を発し高速回転しながら空中から迫ってくる様は、滝凄の選手にとっては恐怖体験だろう。

 もちろん、狙いは怖がらせることではなく素早く動くためだ。

 水溜りのコート上では志木はその滑りやすさ故に、いつどこでもその場で高速回転をすることができる。

 その回転量たるや、推進力に変換でき宙を浮ける程だ。

 

「志木君が上だけでなく横にも動けているのはやはり、山下が何かしたということ……ですよね?」

 

 一連の流れを見ていたベンチの永田はおそらくそうだろう、と大体は把握していた。

 それは、今もコートに土下座するようなポーズで手を両尻に当て、尻だけを突き上げている山下の様子から推測した結果だ。

 監督の沢田は頷いて正解を答えた。

 

「ええ、山下君はただ膝まづいて尻を上げてるわけではない。手で尻から出る屁圧をコントロールして、宙を浮いた志木君にぶっ放したんだわ。そうして、X軸方向、Y軸方向に与えられた力は放物線上を描いて滝凄の選手に一直線上に向かう!」

 

 制約があるとはいえ空を飛べることは大きなアドバンテージだ。地上を走るより圧倒的に早く行きたい場所へ行くことができる。

 空を飛んだ志木はボールを持った滝凄の選手の前に降り立つ。高速回転しながら水溜りの上を降りたった志木を中心に激しい水しぶきが上がる。

 

「う、目、目がーーーー!!!!」

 

 水しぶきが滝凄の選手の目に入ったようでボールを手放し、必死で両目を抑えている。

 だが、これはチャンス。相手が怯んだ隙に志木はボールを奪い取って、仲間へパスを出し得点をゲットした。

 

「どうなってんだよ……」

「背後から急に回転しながら襲ってきたんだ……怖すぎる」

「化け物だよ……」

 

 滝凄の選手の恐怖体験は他の選手にも伝染してるようですっかり青ざめた表情をしている。先程までダラダラ出ていた汗は冷めたようでコートに水は垂れ流しにはなっていない。

 図らずも汗の排出を止めることができたのは幸運だったろう。

 

―――――いける!

 

 沢田は心の中で確信する。ただでさえ滝凄の選手は汗をかくために体力を使い切っている。先程までは集中力でなんとかなっていたようだが、今はそれも志木君の高速回転により散らされている。そして、彼らはコートにこれ以上細工はできない。

 

「はあ……あっ………ふうー……」

 

 滝凄の選手たちは激しく息をしながらボールを追いかけている。が、沢田の予想通り、ほとんど動けていない。むしろ、汗をかきすぎたことにより選手たちに脱水症状が起きはじめていた。

 

(普通の監督ならここで、止めるべきだと思うけど……)

 

 沢田はチラリと滝凄高校のベンチに顔を向けた。負けは確実。生徒たちは今にも倒れそうだ、監督として負けを認め棄権するべきだろう。しかし、滝凄の監督と思しき人は険しい顔をしながらコートを眺め続けている。

 今までの練習、試合を振り返っているのか、生徒の気持ちを考えているのか。

 

 そうこうしている内に、疲れ切った滝凄の選手の一人がまだ濡れたコートにびちゃり、と倒れ込んだ。

 

 その様子を見てやっと決心したのか滝凄の監督はすかさず審判に、駆け寄った。

 二、三言かわした後、滝凄の監督はトボトボとベンチへ歩き出す。

 そして、審判はコートに響くほどの声で

 

「滝凄高校の棄権により勝者、虎白高校!!!!」

 

 と、試合終了の合図を出された。かくして、虎白高校は第二試合を制し次の試合に駒を進めたのだ。

 

 



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7. 第3試合開始!

 

 

 ウィンターカップ第1試合、第2試合と苦戦しながらも勝利を収めた虎白高校は第3試合に向けて練習していた。

 

 虎白高校の体育館では、それぞれがいつも通りのメニューをこなしている。そんな時、体育館の扉が開く。体育館にやって来た人物に部員たちは大きな声で挨拶した。

 

「おはようございます! 沢田監督!」

「…………」

 

 しかし、沢田は挨拶を返さない。無言で部員に向かって歩を進める沢田。なにやら神妙な面持ちをしていて部員たちは不審に感じた。そして、しばらく黙っていた沢田はようやく口を開いた。

 

「次の対戦相手、去年の優勝校、帝王高校だったわ」

「!!」

 

 部員たちは沢田の言葉に驚愕し言葉を失った。まさかこんなに早く去年の優勝校に当たるとは誰も予想だにしていなかったのだ。

 

「試合表をちゃんと見ていなかったからあなたたちに知らせるのが試合直前になってしまったわ、ごめんなさいね」

「え。なぜ監督なのに試合表をしっかり確認しなかったんですか!?」

「ところで帝王高校と言えば、バスケの名門中の名門よね。毎年多くのプロが排出する言わばプロを育成するための高校で有名だわ」

 

 ごくごく自然に生徒の疑問をスルーした沢田は、帝王高校について話し始めた。

 

「さっき、ネットでググッてみたんだけど去年はダブルスコアで圧勝したらしいわ」

「……そんなこと知ってますよ。でも、それならすぐに練習しないと。1分1秒も無駄にできません」

 

 永田は真剣な顔をして沢田に言い返した。当たり前だ、試合はもう間近に迫っている。少しでも帝王高校に対抗できるよう準備しなければならない。

 

「その通り。私も今から研究して対抗策を見つけてみせるわ。頑張りましょう」

 

 

 第3試合、帝王高校との試合当日になった。

 

「帝王高校……。去年の優勝校ですね。まさか、こんなに早く当たるなんて」

「どの道、勝ち進んで行けば戦うことになるんだから。いつ戦っても一緒だわ」

 

 ベンチでは補欠の永田と監督の沢田が試合の行方を見守っていた。

 試合開始早々、山下が動く。帝王高校の選手がボールを持っている。

 

「行くぞ! 屁弾!!」

 

 ブンッ

 

「何だ!?」

 

 山下の尻から勢いよく出た屁が相手がドリブル中のボールに炸裂する。その屁は鋭く、不可視の銃弾だ。屁弾により敵の手からボールが離れることに成功した。

 

 離れたボールを屁による加速で追い、ゲットしそのまま屁をこき続けながらドリブル、そして屁ダンクを決めた。この屁の応酬には味方も敵も慄いた。

 

「最初から飛ばしているわね、山下君……。確かにそうでもしないと勝てない相手かもしれないけど……」

 

 監督の沢田は、心配しながらも止めることができない。相手は帝王高校だ、手を抜いた瞬間一気に攻め込まれることは分かっている。

 試合が始まってからの帝王高校のスタメンの選手は動きに全く無駄がない。フィジカルが虎白高校とは全く異なっている。速さも力も桁違いだ。彼らに対抗するためには、別の個性で押し切るしかない。が、それでもハイペースだ。最後まで保つのかは分からないが……沢田には選手を信じることしかできない。

 

「屁弾!! 屁弾!! 屁弾!!」

 

ブンッ ブンッ ブンッ

 

「あっ……!」

 

 マシンガンのごとく撃ち込まれる屁は、何とか避けていた帝王高校の選手の手元に命中。またもや、ボールを奪うことに成功した。同じ流れでボールをゴールへ放った。

 

「しゃあ!!」

 

 山下は喜びの雄叫びを上げた。

 が、その時。

 

「はああああああ」

 

 帝王高校の選手が一際大きなため息をついた。呆れにも似た、怒りにも聞こえる大きなため息。

 

「そんな小手先の技に頼って、バスケするなんて恥ずかしくねえの?」

 

 そう言ったのは帝王高校のエース、笠田だ。去年、帝王高校を優勝に導いた張本人で存在感は圧倒的だ。

 勿論、この試合にも初めから出場していた。

 

「笠田君、今まで目立った動きはしていなかったけど、ついに動き出すってことかしら……」

 

 沢田も笠田の存在は危惧していた。他の選手と比べてレベルの差が違うからだ。もうプロになっていてもおかしくない、それほどまでにバスケに恵まれた才能も持っている。

 

「バスケに必要なのは対応力だ」

 

 そう言って笠田はボールを取り床に置いた。そして、大きな巨体でボールを椅子のようにして座り、ぴょんぴょんと跳ね始めた。

 

 沢田はその光景に驚愕の表情を浮かべる。

 

「ボールと一体化してる!?」

 

 味方も敵も異様な光景に目を見張った。

 

「どうしてもドリブル中、相手にボールを取られてしまうなら、俺自身がボールになればいい」

 

 笠田は不敵に笑い、ボールと共に跳ねながらゴールまで走った。

 

「ディフェンス! 奴を止めろ!」

 

 しかし、虎白チームも甘くはない。笠田の前に立ち、進路を塞ぐ。が、ぴょんぴょん跳ねる笠田は余裕の表情だ。

 

「ここを行かせてたまるかよ!」

「ふんっ」

 

 笠田の踏ん張り声と共に一段ドリブルの音が大きく響く。力を貯めるように下にしゃがみ、大きくジャンプした。そのジャンプはディフェンスの頭を越え、着地する。

 

「なん……だと!?」 

「笠田のあれはどうなってるんだ!」

 

 ベンチでは、永田も理解できず沢田に思わず尋ねた。

 

「監督! あれは……!?」

「……おそらく、ボールと一体化することで笠田ボールの質量が増えているのよ。その分、弾性力も上がるからあの高さまで跳ねられるんだわ。加えて今、ボールと一つになったことであのボールはただのボールじゃなくなってしまった。言わば意思を持った、生きたバスケットボール。かなり厄介ね……」

 

 沢田は唇を噛む。これでは相手に手出しもできない、下手に押してしまえばファールになる。しかし、攻略法はあると確信していた。

 

「でも、全く太刀打ちできないわけじゃない。ゴール下まで行けばシュートを打つために笠田君はボールと分離せざるを得ないわ。そこに、隙は生まれるはず。分離したタイミングでボールをスティールすれば……」

 

 が、そこまで言いかけたところで沢田は自分の間違いに気づく。

 

「ふんっ!」

 

 笠田は再び高く跳ねる。ディフェンスの頭を越えるより高く。高く。

 

 シュッ

 

 笠田は綺麗な放物線を描いてボールと共にゴールにすっぽりと嵌った。笠田自身は体の大きさによりゴールには入らず尻から嵌っているが、ボールはしっかりと入っている。

 

「そんな!! ボールと一緒にゴールに入るなんて!!」

「しかもあいつ、ゴール高さまで跳ねたぞ!!」

 

 その光景には沢田も呆然とするしかなかった。

 

「分離するという考え自体間違っていたわ……。彼自身、今は身も心もボールになっている。なら簡単に離れたりはしない、いやできないんだわ……!」

 

 沢田は悟る、彼は選手ではなく今はボールそのものなのだと。笠田はゴールの上に嵌ったまま、周りを一瞥して鼻を鳴らした。

 

「俺はボールだ。シュートするときは分離するとでも思ったか? 残念だったな、ボールと一体化した俺はどんな時でもボールと共にある。跳ねる時も、パスされる時も。勿論、シュートの時もな」

 

 ダンッ

 

 言い終えるとボールは床に落ち、体育館に響く。

 

「そんな……。あれじゃ手が出せないわ……。一体、どうしたら……」

 

 沢田はゴールに尻を嵌めている笠田を、真剣に見つめていた。あの技にどう対応すればいいのか。何か、何か打開策はないかと考える。そして、ふと気がつく。弱点なんて沢田の見つめる先に転がっていると。

 

「今よ!! 速攻よ!!」

 

 沢田はベンチから力一杯叫ぶ。呆然としていたチームはハッとして走りだす。山下が笠田の尻から落ちたボールを取りラインから素早くパスを出した。

 

「おい! 待て! まだ俺が降りていない! 監督、梯子を持ってきてくれ!!」

 

 ゴールに嵌ったまま笠田は叫ぶ。

 

「ボールと一体化している故の弱点。それは、シュートする時に必ず彼自身ゴールの上に嵌まらなければならないのよ。嵌っている間、笠田君は動けない。しかも、それと同時に相手のゴールは機能しない。今なら思う存分攻められる!」

「笠田の技も万能じゃないんですね!」

「そう、つまり彼は本物のボールにはなれない、結局は人間にすぎないのよ!」

 

 虎白チームはスムーズにパスを通し、ボールはゴール下の志木の元まで回った。

 

「行け! 志木!」

「言われなくても! ドゥルルルルルルルルウウウウウウ」

 

 志木は右手にボールを掴み両手をT字に広げて、体を高速回転させる。やがて、志木の体は宙を浮きゴールの高さまで着いたところでダンクを決めた。

 

「しゃあああああ!!!!」

「出た! 志木の人間プロペラダンク!!」

 

 人間プロペラダンク、背が低い志木がダンクを決めるために編み出された必殺技だ。

 

「すごい……! 普通のコートでも飛べるようになったのね!」

 

「まだ笠田君が嵌ってるわ!! 今の内にガンガン攻めなさい!! 点を追いつかせるチャンスよ!!」  

「何してるんだ監督ー!!!梯子はまだかーー!!!!」

 

 ボールは雀南からだが笠田が嵌ってる以上、攻撃はできない。梯子が来るまで時間稼ぎにくるだろう。ボールは相手が持ち続ける可能性は高いが、沢田はニヤリと口角を上げた。

 

「それでも、私たちが圧倒的に有利!!」

 

 しかし、一瞬でコートの雰囲気が変わる。

 いや、コートではない。変わったのは体育館全体の雰囲気だった。

 

 



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8. 屁vs屁

 

 

「はは、なんだよ負けてんじゃねえか」

 

 体育館にやってきたのは帝王高校のユニフォームを着た男だった。体格は他の帝王の選手より小さく見える。

 

「あれは……誰なの?」

 

 沢田も困惑せざるをえない。あんな選手、記録にも載っていなかったし、事前の調べでも見たことはなかった。だが、その場にいるだけで体育館の雰囲気をがらっと変えたこの異様なオーラには胸騒ぎがしていた。

 

「おい、そんなとこで何やってんだ笠田先輩」

「す、鈴木……」

 

 どうやら、鈴木という名前の選手らしい。しかし、敵チームのエースの笠田がここまで動揺するのも不気味だ。

 

「試合中に何でゴールに尻から嵌ってるか分かんねえから状況説明してほしいんだけど」

「いや……ちょっと動けなくて」

 

 笠田の言葉に鈴木は大きくため息をついた。その後、尻から嵌ってる笠田がふわっと浮き上がり地面に落下した。

 

「ありがとう、鈴木」

「チッ」

 

 礼を言う笠田に見向きもしない。何をしたのか、虎白の選手には全く把握できなかった。急に笠田が浮き上がったようにしか見えなかった。だが、この鈴木という選手が何かをしたということだけは理解していた。

 

 そんな鈴木は虎白の選手の前に一歩出てきて、

 

「苦戦してるって言うから出できてみれば、どう見てもただの雑魚にしか見えねえな」

 

 何を言うかと思えば虎白の選手たちを挑発してきたのだ。それに思わず山下は乗ってしまい声を荒げて言い返した。

 

「何だと!? 今来たばっかのくせに何を分かった風な事を!! つーか、お前は誰だよ!!」

 

 鈴木は鼻で笑って前髪をいじりながら答えた。

 

「俺? 俺は鈴木鯖大。帝王高校で一番強い男だよ。まあ俺がいなくても大体の試合には勝てるから公式試合で出たことはねえんだけどな。そういう意味じゃ光栄に思って欲しいもんだ」

 

 この鈴木の言葉はにわかには信じがたいことだが、異様な空気が嘘ではないと告げられているような気がした。

 

「こんな奴にぜってえ負けねえぞ!!」

「お、おう! そうだな山下!」

「今の調子で点を突き放そうぜ!!」

 

 相手に惑わされないように虎白チームはお互いに声を掛け合った。

 そして、敵の帝王チームからボールは開始する。そして、ドリブルを突き始めるがまたもや山下が屁弾によるスティールを狙う。

 

「よし、照準は合った! 行くぞ! 屁弾!!」

 

 ブッ ブッ

 

「あれ……?」

 

 しっかり照準を合わせて放ったはずなのに相手は避けもしていないのに何事もなかったかのようにドリブルを続いている。

 

「くそっ! ならもう一度だ! 屁弾!!」

 

 ブッ ブッ

 

 が、もう一度やっても同じだった。避けていないのに当たっていない。それから何度も屁弾を放ってみるが全弾不発に終わった。

 

「どう……して……?」

「だから、言ったろ? 雑魚だって」

 

 困惑する山下に鈴木は嘲笑した。

 

「帝王高校がこのまま圧勝するのを指を加えて見てな!」

 

 ピーッ

 

 そうして帝王高校に得点が入った。

 ボールは虎白高校からだ。困惑する暇などない、すぐに攻撃に移った。

 

「山下! パス!!」

「あ、ああ!!」

 

 気持ちを切り替えて攻撃を仕掛ける虎白チームたち。山下にパスを出されるが……。

 

ブッ!!

 

「えっ……?」

 

 直線上に出したはずのボールはなぜか見えない何かに押されたように軌道を変えて帝王の選手の元へ渡ってしまった。

 

 ベンチでは、永田が驚きの声を上げる。

 

「監督!! この臭いと音は!!」

「…………ええ。まさか、山下君の他にも屁技の使い手がいたなんて」

「!!」

 

 そう、敵の鈴木鯖大は山下と同じ屁技の使い手だったのだ。

 

「……なるほど、そういうことか。鈴木、お前も屁技を使えたんだな」

「ハッ。お前とはレベルが違うけどな」

「「…………」」

 

 そういって二人はコートの中央で睨み合った。

 すると、虎白チームに渡ったボールに向けて鈴木は尻を向けた。が、すかさず山下も臨戦態勢に入り、

 

「くっ。させるか! 屁弾!! 屁弾!! 屁弾!!」

 

ブッ ブッ ブッ

 

 相手の屁弾を打ち消すように屁弾を放つ。

 

「フン。少しはやるじゃねえか。だが、いつまでついてこれるかな?」

 

 そして、決して目で見ることはできない戦いが始まった。周りは音だけでしか判断できないがとてつもないレベルの争いが起きていることだけは分かった。

 

 しばらく、争いは続いているが鈴木は余裕な表情の一方、山下は切羽詰まった表情をしていた。

 

「くそ! くそ! 俺達は絶対勝つんだ……! うっ!」

 

 そして、その表情を監督である沢田は見逃さない。

 

「タイムアウトー!!」

 

 すかさずタイムアウトを唱えた。ベンチの沢田の元へ虎白の選手は集まった。

 集まったところで、いの一番に沢田は山下を鋭く見やった。

 

「山下君。もう、限界なんでしょう?」

「え?」

 

 沢田の一言に全員の目が山下に集まった。

 

「俺はまだやれます!」

 

 だが、山下は退かない。沢田は小さなため息をついて話を続けた。

 

「一日に使える屁技の回数は限られてるわ。それにあなたの顔を見ればすでに限界なことくらい分かる」

 

 その場の選手は驚きに目を見開く。だが、山下はそれでも退かない。

 

「……まだ大丈夫です」

 

「だめよ。屁技は強力な反面、デメリットも大きいの。そんなの分かっているでしょう? 現に今あなたは猛烈な便意に襲われているはず。このまま屁を出し続ければあなたは――」

「でも! 俺がここで退いたら勝ち目がなくなります!」

 

 沢田に最後まで言わせずに言葉を遮って山下は怒鳴ったのだ。確かに、今鈴木を止められるのはこの場において山下しかいない。沢田にもそんなこと分かっている。分かっているが、沢田には監督としてどうすべきかが分からない。

 沢田は数秒瞑想して、目をゆっくりと開けた。そして、聞こえるか聞こえないくらいの声を出した。

 

 

「……あと、何回」

 

「はい?」

 

 山下は上手く聞き取れず聞きなおした。そして、今度は大きな声で山下の目を真っ直ぐじっと見て質問する。

 

 

「山下君、あと何回屁をこける?」

 

 

 それは、迷いを捨てた真剣な眼差しだった。沢田の瞳はどこまでも真っ直ぐでこちらを射抜いて離さない。だから、山下も強がりは言えなかった。

 

「……あと、一回です」

「そう……。ならその一回は自分の好きなタイミングで出していい。でも、それ以上使うことは許さないわ」

「……分かりました」

 

 ピーッ

 

 試合再開の笛が鳴る。

 

 帝王高校のボールから試合は再開された。しかし、山下はボールを持っている選手ではなく鈴木に注目していた。

 鈴木の一挙手一投足に目を凝らし、タイミングを測る。いつ屁弾が来てもいいように、準備をした。山下はあと一回だけしか使えない屁弾を早々に撃とうとしていたのだ。

 

「なるほど……。一番最初に叩き込むのね。確かにこのまま屁を出し惜しみしていればもう屁技を使えないことを悟られて屁の連打が撃ち込まれる……。逆に言えば屁弾を撃ち込むタイミングはここしかない」

 

 沢田は山下に最後の屁弾のタイミングについて何の指示もしなかった。

 勿論、具体的なタイミングでするよう言ってもよかったが、もうこの試合での勝率はかなり低い。いや、ほぼゼロといっていいかもしれない。笠田は復活し、さらには鈴木という得体のしれないやつまで出てきてしまった。山下の屁が使えなくなる以上、虎白高校に勝ち目はない。

 ならば、後悔の残らないよう自分のタイミングで屁をこいて欲しい……と沢田は思ったのだ。

 

「ふんっ」

 

 ついに、鈴木の尻が動いた。それはまさに屁弾を撃つモーション。凝視していた山下もしっかり鈴木に反応する。

 

「ハアァッ!!」

 

 山下は屁を放つ。最後の屁を振り絞って。

 

ブッ ブンッ

 

 その屁は鈴木の屁を押し返し鈴木を驚かせた。山下の最後の屁が鈴木を上回ったのだ。勿論、それが山下の狙いでもあった。まだ、こんな力があると見せつけるため。相手を挑発に乗らせ、調子を狂わせようとしたのだ。

 

 だが、鈴木はそれどころか、怠そうな顔をしていた。狙いが上手くいったようには見えないが……。

 

「あー、なんかめんどくさくなっちまったな。このままちんたらやんのは性に合わねえわ」

 

 そう言って、鈴木は自陣のコートにのろのろと向かう。定位置までやって来たところで、しゃごみこみ四足歩行、ハイハイのポーズをとった。尻を相手のコートに向けた状態で。

 

「あれは……何?」

 

 沢田は、首を傾げざるをえない。鈴木の行動が全く理解できなかったからだ。沢田だけではない、虎白の選手も皆不気味に思っていた。しかし、帝王高校の選手、監督は見向きもしない。これが当たり前、と言わんばかりの表情をしている。

 

「鈴木は、なんのつもりだ? まさか、ハイハイで試合でもするつもりなのか……?」

「いや、奴に全く動く気配がない。何か別の狙いがあるのかもしれない」

 

 山下も、宗田もこのまま試合を続けるべきか否かマークにつくべきか迷っていた。何の作戦か分からない。放っておいていいのか悪いのか、判断しかねていた。

 

「迷ってたって何も始まらねえ……。もう、俺は屁技は使えねえがいつも通りの動きはできる。練習通りプレーすりゃいいさ。何か仕掛けてくるならその後どうするか考えればいい」

 

 山下はもう屁を出すことはできないが、キャプテンとしてチームを引っ張らなければならないのだ。

 

 

 しかし、審判の試合開始の笛がピーッと鳴ったすぐ後、状況は一変した。

 

 

 

 

 

ブブブオオオオオオオオオオブブオオオブブブオオオオオオオオブブブブブオオオオオオオオオオブブオオオブブブオオオオオオオオブブブブブオオオオオオオオオオブブオオオブブブオオオオオオオオブブブブブオオオオオオオオオオブブオオオブブブオオオオオオオオブブブブブオオオオオオオオオオブブオオオブブブオオオオオオオオブブブブブオオオオオオオオオオブブオオオブブブオオオオオオオオブブブブブオオオオオオオオオオブブオオオブブブオオオオオオオオブブブブブオオオオオオオオオオブブオオオブブブオオオオオオオオブブブブブオオオオオオオオオオブブオオオブブブオオオオオオオオブブ

 

 

 体育館がけたたましい騒音が響くとともに、凄まじい爆風が巻き起こされた。

 

「!? 何だよこれ!?」

 

 虎白の選手に向かって爆風が襲う。立っていられない程の爆風だ、彼らは手を床につき後ろへ吹き飛ばされないよう精一杯踏ん張るのがやっとだ。

 

 その隙に、帝王高校の選手は吹いている追い風に乗って颯爽と動けない虎白の選手を抜いてゴールへシュートした。

 

 

 ベンチでは永田と沢田が吹き起こる風を手で遮りながらもコートを確認しようとする。沢田はこの爆風を巻き起こした本人に目を向け、舌打ちをした。それは今もハイハイのポーズで屁を出し続けている、『鈴木』だ。

 

「こんなの、こんなの無茶苦茶ですよ! あんな小さいのに、このレベルの屁を出すのも出し続けるのもありえない!!」

「屁力は体の大きさに比例しない。その人自身の生まれ持った才能によって大きく変わってくる。鈴木君はその才能が抜きん出てるのよ。……帝王高校にこんな天才がいたなんて」

「そんな……」

 

 そこで一旦、屁の排出が止んだ。だが、鈴木に動く気配はない。まるで置物のようだ。

 

「くそ!!」

「……山下」

 

 コートでは悔しさを滲ませる山下の姿があった。同じ屁技を使う自分と比較してしまったからだろう。明らかに、鈴木は山下の屁量、屁時間より威力が格段に上だ。それに加えて、監督の命令で彼はもう屁を出すことはできない。

 

「悔しがるな。試合はまだ終わってないぞ」

「!!」

 

 それは、自分がかつて仲間に向けて言った言葉だった。

 

 試合は再び再開される。虎白のボールからだ。

が、虎白が攻めを開始しようとした瞬間。再び爆風はやって来た。

 

 

 

ブブブオオオオオオオオオオブブオオオブブブオオオオオオオオブブブブブオオオオオオオオオオブブオオオブブブオオオオオオオオブブブブブオオオオオオオオオオブブオオオブブブオオオオオオオオブブブオオオブブブオオオオオオオオブブ

 

 その屁の爆風に、ボールを持っていた宗田は立っていられずボールを手放してしまう。

 

「まだ、負けてない……か」

 

 山下は自分の気づかない間に諦めてしまっていた。鈴木には勝てない、帝王高校には勝てないんだと。

 

「少しでも……可能性があるなら」

 

 爆風に揉まれながらもコートのある位置に向かう。そこは、自陣のコート。鈴木が座っている場所とちょうど対称となる位置だ。そして、鈴木と全く同じポーズをとった。

 

「お、おい!?」

「山下君!?」

 

 それは決意の証。彼が虎白高校のキャプテンであるために。

 



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9. 山下の選択、尻から出る願い

 

 

「やめなさい!! そんなことしたらあなたは!!!!」

 

 監督と仲間たちの叫ぶ声が聞こえた気がした。もう、決めたことだが止めてくれてうれしいと思ってしまう。あいつら、今どんな顔してるんだろう。俺のために泣いてくれているんだろうか?

 わがままかもしれないけど泣いてくれてたらうれしいなあ。

 

 あ。そういや、うちの親も今日来てるんだっけ。親は悲しむだろうか。それとも、怒るだろうか。もしかしたら、泣かせてしまうかもしれない。これから俺が犯す罪はきっと何よりも重いものだから。

 

……今、俺が鈴木と同じように屁を出せば、少なからず便も出てくるだろう。

 

「たとえ便を垂れ流すことになっても、俺は……」

 

 尻に力を込めるとともに今から繰り出されるであろう屁に全ての思いを込めていく。

 仲間たちを優しく包み込んでくれますように、敵の爆風から守ってくれますように。

 

 そして、

 

『この試合に、虎白高校が勝てますように』

 

 

 

――――そのためなら、社会的に死んだって構わない。

 

 

 

 山下は小さく微笑んで呟いた。

 

「だから俺は。…………放屁する」

 

 山下は尻から自分の願いを吐き出した。それは、決意だ。強い意思の乗った、でもどこか安心するような優しい屁。

 山下の屁は、爆風となり鈴木の屁に向かう。

 

 

 

 そして、2つの爆風はぶつかり合った。

 

 

 

 

ボベエバブブブブウウボベエバボボボボブブブボボボオオオオオボベエバブブブブウウボベエバボボボボブブブボボボオオオオオボベエバブブブブウウボベエバボボボボブブブボボボオオオオオボブエボベエバブブブブウウボベエバボボボボブブブボボボオオオオオボベエバブブブブウウボベエバボボボボブブブボボボオオオオオボベエバブブブブウウボベエバボボボボブブブボボボオオオオオボブエボベエバブブブブウウボベエバボボボボブブブボボボオオオオオボベエバブブブブウウボベエバボボボボブブブボボボオオオオオボベエバブブブブウウボベエバボボボボブブブボボボオオオオオボブエボベエバブブブブウウボベエバボボボボブブブボボボオオオオオボベエバブブブブウウボベエバボボボボブブブボボボオオオオオボベエバブブブブウウボベエバボボボボブブブボボボオオオオオボブエボベエバブブブブウウボベエバボボボボブブブボボボオオオオオボベエバブブブブウウボベエバボボボボブブブボボボオオオオオボベエバブブブブウウボベエバボボボボブブブボボボオオオオオボブエボベエバブブブブウウボベエバボボボボブブブボボボオオオオオボベエバブブブブウウボベエバボボボボブブブボボボオオオオオボベエバブブブブウウボベエバボボボボブブブボボボオオオオオボブエ

 

 

 もはや、嵐だ。向かい風も追い風もない。風の流れすら見えない。無秩序に吹き荒れる爆風は選手だけでなく、審判、ベンチの選手、監督、ギャラリーさえも巻き込んだ。

 ベンチでは沢田も永田も必死にベンチにしがみついて飛ばされないようにしていた。コート上でも、両高校は吹き飛ばされないよう必死だ。

 ボールの行方も分からない。沢田は必死に試合の状況の確認を試みるが不可能だった。

 

 

「一体、何が起きているの!?」

 

 

 もう第4クウォーターだタイムアウトもお互い使えない。これはもはや、虎白高校と帝王高校の戦いではなく山下と鈴木の一騎打ちだった。もう、時間もない。点差もほぼ同じだ。つまり、勝負の行方はこの二人に懸かっている。

 

「くぅっ! 俺が力で押し負けているだと!? なんだこの強さは!! 虎白高校なんて雑魚のはずなのに!!」

 

 山下の爆風は徐々に鈴木の爆風を押し始めていた。

 

「くそお! なんでだ!! こんな雑魚にいいい!!!」

 

 鈴木の爆風に勢いがなくなっていく。吹き荒れていた風は一方向、虎白の追い風となっていく。

 

「鈴木の屁が止んだ!?」

「よし、みんな! 今だ! 攻めろおおお!!!」

 

 今もなお頑張り続いている山下の屁(おいかぜ)に乗って、虎白は攻める。今までにないほどの速さ、力。山下の屁は彼の願い通り仲間を包み込み力を与えた。

 

「これが……、山下の力……」

「よしっ! 行ける!!」

 

 そこで、虎白の選手は鮮やかにパスを決める。志木、その他の二人、宗田へとパスが繋がる。それは、虎白の絆だ。全ての思いを背負った宗田のフリースローシュート。

 

――――これが、みんなの思いか。

 

 ボールを手にしてみて分かる、今までのチーム練習。血のにじむような努力、そして、勝ちたいという真っ直ぐな気持ち。

 

 宗田はそのボールを放った。絶対にゴールに入るボールを。

 

「これが、虎白高校のバスケだ」

 

 シュッ

 

 今までにないほど綺麗な弧を描き、ボールはゴールに吸い込まれていった。

 

 そこで、

 

ピピーっ!!!

 

 試合終了の笛が鳴った。

 

「か、勝った……。帝王高校に……勝った」

「ま、マジで……? 俺らが……?」

「よっしゃああああああああああ!!!!!」

 

 虎白高校の選手は信じられないながらも、喜んだ。が、すぐハッとして自陣にうずくまる山下に目を移し、急いで駆け寄った。勿論、沢田、永田もベンチから走って山下の元へ向かった。

 

「や、山下……」

「山下君……。そんなっ……!!」

 

 そこには言葉にはしがたいほど見るも無残な山下の姿があった。そして、山下の半径3m以内には決して誰も入らない。

 

「……私のせいだわ。山下君に屁技以外も教えておくべきだった。うっ………ごめんなさい」

「俺だって……。山下に何もしてやれなかった……」

「俺がもっと山下をカバーできていれば……!!」

 

 悲痛な虎白チームの元に誰かが近づいてきた。

 

「そんな顔しんといてください」

 

 そこに立っていたのは二人の男女。両方、40代くらいだろうか。虎白の選手が困惑する中、監督の沢田だけ大きく見開いて、驚きの声を上げた。

 

「あ、あなたがたは! 山下君の親御さん!?」

 

 すぐさま、監督の沢田は両親の前で土下座を行い必死に謝った。

 

「ごめんなさい! 私のせいで、山下君がこんな姿に!!」

「……いいんです。だってほら、こんなにいい顔してるんだから」

 

 山下の両親は穏やかな顔を浮かべて山下の顔を指差した。

 その山下の顔は……。

 

「……本当だ、これ以上ないくらいスッキリとした顔をしていますね」

「全てを出し切ったような、そんな顔」

 

 山下の選択が正しかったか間違っていたかは分からない。でも、少なくとも今この瞬間は山下に後悔はなかったことに間違いはないのだろう。

 

 



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10. 屁をこくことを忘れた尻

 

「山下君……」

 

 沢田には、目の前の集中治療室の扉を不安げに見つめることしかできなかった。沢田だけでなく、虎白のチームメイトも同様に扉の前で佇んでいる。

 

―――――あの運命の試合が終わった直後、山下は救急車で病院に運ばれた。

 

 山下は自分の限界を超えて出した屁に体が耐えきれなかったのだ。6時間経った今も、治療中のランプが消えることはない。

 

 沢田もチームメイトも山下を止められなかった不甲斐なさを今になって後悔が襲っていた。

 ここにいる全員、たかだか屁を出すだけで重症を負うとは思っていなかったこともあっただろう。屁技のリスクは便意を高めるだけだと、勝手に決めつけてしまっていたのだ。

 

 選手たちは救急車で運ばれたときに放った同じ屁技の使い手である鈴木の言葉を思い出す。

 

「馬鹿なやつだな、命を削ってまで勝ちにこだわるなんてよ」

 

 『命を削る』、その言葉がなんのことだかわからなかった沢田と選手達だったが後に説明した鈴木が話した山下の状態に衝撃を受けずにはいられなかった。

 

「屁技を使うプロの選手は自分の屁を出せる限界を知ってる。それに限界を超えて出そうとしても無意識に尻にロックがかかんだよ。俺だってそうだ。だが、今日のそいつは違った。尻のロックを無理やり解除しやがったのさ。そんなことしたら、体が悲鳴をあげんのは当然だろ? 言うなれば、そいつは命を尻から吹き出してたんだよ」

 

 それを聞いて、誰もが言葉を失ってしまった。

 

 山下は、命を賭けていたのだ。全国大会に出場するために。チームのキャプテンとして。

 

 やがて、治療中のランプが消灯し医者が出てきた。たまらず、沢田と選手は駆け寄って、

 

「先生! 山下君の容態はどうなんですか!!」

 

 必死の形相で沢田と選手は尋ねるが依然として医者の表情はない。

 

「一命は取り留めました。しかし――――」

 

 その医者の言葉に沢田と選手は再び声を失ってしまった。

 

 

「山下君……、起きていたのね」

 

 沢田は病室の扉をゆっくりと開けて中に入る。試合後、山下と対面するのは初めてだ。

 山下は、窓の外に顔を向けていて沢田にはその表情はうかがい知ることはできなかった。

 

「ああ、沢田監督ですか。お見舞いありがとうございます」

 

 いつもの山下がこちらに挨拶をする。いつもと変わらない口調だ。

 が、それが沢田にはかえって居心地が悪く思えた。

 今から、悪魔の宣告をしなければならないのだから。

 患者の状態は医者が話すのが当然だったのだが、沢田が自ら「私が話します」と申し出た。なんの責任感からなのかは分からない。しかし、自分が話さなければならないと感じたのだ。

 

「……山下君。実はあなたの体のことなのだけど――――」

「知ってます」

 

「え?」

 

 最後まで言えず、遮られてしまって聞き返した。

 

「もう俺の尻が使い物にならなくなったことなんて……知ってるって言ったんです」

 

「……っ!!」

 

 続けて、自嘲気味に山下は語った。

 

「さっきから……、屁が思うように出ないんです。屁を出そうとしても、何が出てくるのか分からない感覚が襲ってくる。……まるで、自分の尻じゃなくなったみたいで」

「……今は気にすることないわ。リハビリに専念すればまた屁技を使えるように――――」

 

 

 

「無理ですよ!!!!!!」

 

 

 

 一際大きな声で遮ぎられ沢田は、思わず肩を震わせた。

 

 

「自分の尻のことは自分が一番よく分かってる!! 例えリハビリしたとしても、日常生活レベルで屁をこけれるようになるだけだ!! とても、試合で使えるようになるまで治るとは思えない!! もう……、もう二度と俺には昔のように屁をこくことなんかできないんですよ……」

 

 沢田にかけられたのは山下の心の叫びだった。自分が選手として致命的な怪我をしてしまったこと、もう治らないと悟ってしまったこと。

 沢田は胸を痛めながらも、ただそれを聞くことしかできない。

 

「俺はあの試合で大事なものを失いました。社会的に死んだ俺にとってはもう……ここが引き際なのかもしれませんね」

 

 沢田はこの少年に何を言えばいいのか、考えた。今何を言っても薄っぺらいものになる気がする。

 しかし、彼女は監督だ。挫折しかけている少年を立て直すのは彼女の役目。

 

「始めて虎白に来たとき私がスランプに陥ったって話したでしょ?」

「……ああ、確かそんな話もありましたっけ。でも、最後まで話しませんでしたよね?」

「ええ、その時は練習を優先させたわね。試合も近かったし」

「で、それが何なんですか?」

 

 一呼吸おいて、沢田はゆっくりと口を開く。

 

「……私もあなたと同じだったの」

「え?」

 

 なんのことか分からない顔をして聞き返した山下に真剣に目を向けて、話を続ける。

 

「私もね、当時はおっぱいを使った必殺技だけを使って試合をしていたの。それが私の持ち味だったし誰にも負けないと自負していた。試合にも勝ち続けて、これからもおっぱい一本で私は戦っていくんだってその時は思ってた」

 

 当時を思い出しているのか、沢田は苦い顔をしている。サウザンドスキルクイーンと呼ばれるほど多彩な技を使用していた沢田が、一つの技だけを……?と疑問の顔を向ける山下。

 しかし、沢田の次に放たれた言葉に動揺してしまうこととなる。

 

 

「でも、それも長くは続かなかった。ある日、私のおっぱいは…………故障してしまったの」

 

「……え?」

 

 おっぱいの故障。部位は違えど沢田は山下と同じ状況に陥ったことがあったのだ。

 

「全く揺れなくなったのよ。動かしすぎて筋肉がついてしまったのか、私のおっぱいは…………固まってしまった」

 

「そんな……」

 

「必殺技は使えないし、チームの足を引っ張るくらいなら……と引退しようとしたこともあった」

 

 そんな出来事があるとは、思いもよらなかった。順風満帆な選手生活を送っていたと思っていた沢田にも挫折した経験があったのだ。

 

「でもね、恩師だった月谷先生がそんな私に言ったの。『お前はおっぱいを揺らしたくてバスケをしていたのか?』って」

 

 山下は今の言葉にハッとしてしまう。その言葉は今の山下に鋭く突き刺さった。自分に言われたような気がしたのだ、『お前は屁をこきたくてバスケをしていたのか?』と。

 そんな山下に沢田は懐かしむように、大切な思い出を暖かく聞かせた。

 

「思い返せば、私、バスケが大好きだった。私がおっぱいを揺らしていたのはバスケが強くなりたかったからだった。でも、私が欲しかったものはおっぱいを揺らせなくても手に入るものだった。初心に帰ったって言えばいいのかしらね……。そこから私は色んな技を編み出した。ただ、バスケが好きだという一心で」

 

 そして、最後に沢田は山下の目を捉えたまま一言。

 

「いつもの体育館で待ってるわ」

 

 病室を出ていく沢田の後ろ姿が山下には眩しく思えたのだった。

 

 



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11. 野獣の後輩

 

「勝者! 虎白高校!!」

 

「「ありがとうございましたー!!」」

 

 審判の虎白の勝利宣言とともに虎白の選手は頭を下げた。

 虎白は帝王高校の試合の後も辛苦しながらも順調にウィンターカップを勝ち進んでいたのだ。

 しかし、そのチームのメンバーの中に山下の姿ない。

 

「なんとか勝てましたね、沢田監督」

「ええ……。相手も中々の手練だった。プロの選手になってもおかしくない選手もいたわね。特に頭をドリルにして突進してきた選手。志木君の回転技で軌道をずらして対応できたからよかったものの危なかったわ」

 

 沢田は深いため息をつく。一歩間違えば負けていた試合だ。だが、虎白チームはなんとしても負けるわけにはいかなかった。選手たちもそれを分かっていたのだろう、いつも以上に必死にボールに食らいつきギリギリで勝利を収めた。

 

 そう、虎白は負けるわけにはいかないのだ。

 

「私達は勝ち続けなければならない。命をかけて戦った山下君が戻ってくるまで……」

 

 沢田は決意を新たにする。前回、命を賭けて屁をこき重傷を負った山下のために負けるわけにはいかない。彼が戻って全員で全国制覇するのだと。

 そんな沢田の思いに呼応するように選手たちも同意した。

 

「そうですね……。次も絶対勝ちましょう!」

「山下が、繋いでくれた俺達の夢。無駄にはしない!」

 

 

 虎白チームは、次の試合に向けていつものように体育館で練習を行っていた。

 

「あれ、監督は?」

「今日は学校の会議あるから少し遅れるって言ってただろ。忘れたのか? でも、もうそろそろ来る頃だと思うけどな」

 

 そんな時、体育館の扉が少し開いた。

 

「ほら、噂をすれば……」

 

 体育館の扉がガラガラとゆっくり開かれた。誰もが沢田だと思い挨拶しようとしたのだが……。

 

「え?」

 

 そこに立っていたのは沢田ではなく、見知らぬ女だった。

 

「あら、沢田出嘉子はいないの?」

 

 女はすらりとした体型で、二十代くらいだろうか。目つきは悪くお世辞にも美人とは言えない顔をしていた。そんな女が沢田と口にしたので選手はおそるおそる尋ねる。

 

「監督に何か御用ですか? 監督は用事でここにはいませんが……」

 

「ふーん。せっかく来たのにいないのは残念だけど……まあいいわ。教え子を潰すのもまた一興かしら」

 

 目つきの悪い女は、口を三日月型にし不気味な笑みをこぼしはじめたのだ。選手たちは、その様子に困惑する他ない。

 

「え?」

 

 動揺する間もなく目つきの悪い女は、選手に向かって走り出す。

 

「あんたたちの屍に対面したときの沢田の顔が楽しみね!!」

「……早いっ!!」

 

 選手は逃げる間もなく距離を詰められる。選手の間合いへと入った女は数十cmにも及ぶ長い爪を立て大きく振りかぶった。

 

「死ねっ!!」

 

ザクッ

 

 爪が刺さる音が体育館に響く。しかし、そこに血は流れない。

 

「……は?」

 

 その場の全員が唖然とした。

 爪に刺さったのは目つきの悪い女と選手の間に突如として現れたバスケットボール。

 そう。ある人物によってバスケットボールは飛され間一髪、女の攻撃を無効化したのだ。

 その場の全員がボールが飛んできた軌道を辿り、ボールを放った人物に目を向けるとそこには。

 

「私の選手に一体、何をしているのかしら?」

 

 腕組みをして目つきの悪い女を、さらに目つきを悪くして睨む沢田出嘉子の姿があった。

 

「……監督っ!!」

 

 得体のしれない女によって張り詰めていたのか、選手たちはほっと胸を撫で下ろす。沢田の登場には、選手の誰もを安心させる強さがあった。 

 

「墜ちたわね……運田粉憤実。その技は人に直接向けるものじゃなかったはずよ」

「沢田……出嘉子ォ……」

 

 冷静な沢田とは対称的に、目つきの悪い運田と呼ばれた女は、野獣のような眼光で沢田を睨みつけていた。

 

「あら、一体いつからあなたは私を呼び捨てにできる立場だったのかしら。これでも私はあなたの先輩のはずよ?」

「……沢田ァァァ……出嘉子ォォォ……」

 

 沢田の呼びかけに応える様子もなくひたすら睨みつける運田。

 それを見た沢田は運田から守るようにして虎白の選手たちの前に立つ。

 

「あなた達、先に帰ってなさい。ここは私がなんとかするわ」

「監督、これは一体……どういうことですか……?」

「私の問題よ。あなた達は知らなくていい」

「あの目つきの悪い女は、プロバスケットボールプレイヤーの運田粉憤実ですよね? どうしてプロがあんな姿に?」

「…………いいから、早く逃げなさい」

「ボールに長い爪をぶっ刺して相手にとられないようにする技を使う超一流プレイヤー。通称『野獣の女』。バスケットボールに爪をいとも簡単に刺すような奴にたった一人で戦う気ですか?」 

 

 女の正体を知り不安げになる選手たちに沢田は振り返り微笑みかけた。

 

「大丈夫、問題ないわ。選手を守るのは監督の役目よ」

 

 沢田は女を見据えて構えの姿勢をとった。

 

「それに、私の方が強い。実力も、実績も、人気も。そして、スタイルも、顔もね」

 

「沢田出嘉子ォォォオオオオオオオ!!!!」

 

 運田は怒りに任せて走り出す。そして、長く伸ばされた爪を沢田めがけて何度も振り抜く。しかし、沢田も相手の動きを見切り華麗に避けていた。

 

「あんたさえ、……あんたさえいなければ!! ……あの人は……!! 許さないィィイ……許さないわわわわわァアアアアアアアア!!」

「…………」

 

 選手たちは二人の激しい技の応酬の間に体育館から抜け出す。二人にどんな事情があるのかは分からないがその場にいてはいけないことだけは分かり、心配ながらも逃げるしかなかったのだ。

 無事逃げだせた選手たちに安心する沢田。しかし、運田の攻撃は止まらない。運田は現役プロバスケットボールプレイヤーだ、全盛期の沢田ならともかく引退した今の沢田が太刀打ちできるかは怪しかった。選手たちを逃がすため、強がりを言ってみせた沢田だが余裕は全くないのだ。

 

 

「死ねぇ!! 何が『サウザンドスキルクイーン』よ!! 胸を揺らす必殺技を使えないお前なんか相手じゃないわ!!」

 

 

 沢田は無数の必殺技を使いサウザンドスキルクイーンと呼ばれていたが、どの技も誰にも負けないというくらい究めていたわけではない。適材適所で必殺技を使い分けていた。そのため、一対一の相手の究極までに鍛えられた爪技に対抗するには究極まで鍛えられた技を使うしかない。

 

 

 

―――――しかし、今の沢田にはもうおっぱいを揺らすことはできなかった。

 おっぱいの故障がなければ今も運田を圧倒できたかもしれない。

 その代わり、故障したからこそ見えたものは多くあった。サウザンドスキルはその一つにすぎない。

 

 

「確かに私はもうおっぱいを揺らせないかもしれない。――でも」

 

 

 当時は受け入れられなかった事実。だが、ただ揺らすだけがおっぱいなのか? 沢田がずっと思案していたことだ。沢田にはその疑問が、今形となりそうな予感がしていた。

 

 運田は沢田から距離をとり、切った後の爪をどこからともなく取り出し投げつけた。

 ただの爪なら、沢田に当たりただ地面に落ちるだけだが、これは野獣の爪だ。一度当たってしまえばそれはナイフのように鋭く、深々と刺さるだろう。

 

 

「死ね沢田ァ!!」

 

 

 

 

 沢田は冷静に自分の両胸に手をかけた。

 

 

 

 

 

「私のおっぱいは―――」

 

 

 

 

 

 そして、迫り来る爪を見据えて、

 

 

 

 

 

 

「固まる!!!!」

 

 

 

 カキィン カキィン カキィン 

 

 

 

 金属音が辺りに響いた。

 

 見れば沢田は驚異的なほどに固まった胸を手でコントロールしながら、粉憤実の爪による攻撃を撃ち落としていたのだった。

 

 

 



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12. 裏切りの"hip volcano"

「おっぱいを……硬化させた!? いや、ありえない!!」

 

 キィン キィン カキィーン

 

 間隙なく、繰り出される運田の攻撃を沢田は鋼のごとく硬い胸を使い弾き続ける。

 

 

「そんな技、現役の時に使ってなかったはず……!!」

「今、思いついたのよ。あなたの攻撃はもう見切った、諦めなさい」

 

 

 運田が劣勢になったことは、明白。そんなことは運田自身も分かっているだろう。しかし、運田は引き下がる様子は見られない。変わらず、ナイフのような爪を投げつづけている。

 

 

「クソッ! クソッ! ……あんたのせいで真奈さんは……!!」

 

 

 呪いのように呟きながら猛攻する運田。何が彼女をそこまで動かしているのか沢田は理解していたようで、運田に言葉を放つ。

 

 

「あなたが何をどこまで知ってしまったのかは分からない。……でもね、あれは真奈さんが望んだことなの」

「真奈さんがあんなこと望んだはずない!! 死ねえ!!」

 

 

 投げる爪が無くなってしまったのか、運田は自らの爪で沢田へと襲いかかる。

 

 

「無駄よ」

 

 

 沢田は冷静に、大きく胸をはって運田の爪に当てるように体を動かす。

 

 

 キンッ!!

 

 

「チィッ!!」

 

 

 沢田の鋼のようなおっぱいに当たった爪は粉々に砕け、ボロボロになっていた。

 だが、運田の野獣のような眼光は消えないまま沢田をまっすぐ見据えたままだ。

 そんな、運田の様子も仕方のないことだとは理解しているようだが沢田は一つおかしい点があると思っていた。

 

 

「真奈さんのこと、誰に聞いたの? 関係者以外知られていないはずだけど」

「あんたには関係ない。でも、ここであんたを殺さなきゃ私の気がすまない」

「……仕方ないわね」

 

 

 沢田は一つため息をつき、最終手段を取ることにした。運田は説得には応じない、しかしこのまま一方的に殺されるわけにもいかない。

 正当防衛という理由を盾に、必殺技を使うことを決意した。だが、運田のように殺すつもりはなく、気絶程度に収めるつもりだ。

 

 

 沢田は、近くにあったバスケットボールを掴み、構えをとった。彼女はおっぱいを硬化させたことで新たな着想を得て新必殺技を思いついたのだ。

 

 

 

「おっぱいイリュージョン!!」

 

 

 

 バスケットボールを持ちながら運田へと特攻する。だが、それはただの突進ではない。

 

 

「なっ……!! バスケットボールが……3つ……!?」

 

 

 沢田が持っていた一つのバスケットボールが3つへと増加していたのだ。戸惑ってしまった運田だがすぐにその正体に気づく。

 

 

 

「いや、……違う!! あれはバスケットボールに擬態したおっぱい……!!」

 

 

 バスケットボール以上に硬化させることで相手を幻惑させる技だ。おっぱい本来の柔らかさを失ったことでどれが本物か惑わせることを可能にする。

 

 そして、それを野獣の眼光ですぐに見抜いたのは、流石、現役プロバスケットボールプレイヤーというべきか。しかし、それでも気づくのが遅かった。

 

 

 すでに、沢田の胸の一つからバスケットボールが運田の顔面へと解き放たれていたのだ。

 

 

 

――――今にも沢田の技が運田に炸裂しようとしていた、まさにその時だった。

 

 

 

 

 

 

 

ブブブブブブボボボーボボーボボボオオオオオオオオオブボオオオオオブブブブブブボボボーボボーボボボオオオオオオオオオブボオオオオオブブブブブブボボボーボボーボボボオオオオオオオオオブボオオオオオブブブブブブボボボーボボーボボボオオオオオオオオオブボオオオオオブブブブブブボボボーボボーボボボオオオオオオオオオブボオオオオオブボオオオオオブボオオオオオブボオオオオオブボオオオオオブボオオオオオブボオオオオオブボオオオオオブボオオオオオブボオオオオオブボオオオオオブボオオオオオブボオオオオオブボオオオオオブボオオオオオブボオオオオオブボオオオオオブボオオオオオブボオオオオオブボオオオオオ

 

 

 

 

 爆風が突然やってきたのだ。沢田と運田の横から吹かれたその風は運田に当たろうとしていたバスケットボールを強引に押しのけた。

 

 

「な、なんなのこれっ!?」

 

 

 現状を把握するため沢田は爆風の元へ目を向けた。しかし、そこにはあってはならないはずのものがあった。

 

 

「……え? そんな……ありえ、ない……」

 

 

 

 沢田の視線の先にはよく見慣れた、今までの試合で頼もしい活躍をしてきた尻があったのだ。

 顔はこちらを向いておらず、土下座するようなポーズで尻だけが視界に捉えることができる。が、監督の沢田がその尻を見間違うはずはなかった。

 

 

 

「山下……君…………なの?」

 

 

 

 有象無象の尻ではない、そこにあるのは山下の尻だ。

 

 

 沢田には、何が何だかわかるはずもなかった。尻を故障したはずなのになぜ屁技を使っているのか、入院中のはずなのになぜここにいるのか。

 疑問は次々に浮かんでくる。しかし、沢田の最も分からないのはなぜ運田粉憤実を助けたのかということだった。

 

 

「山下……君。なぜ――――」

「運田さん、勝手に行動しないでください。ボスに殺されますよ」

 

 山下は、沢田をまるで存在しないかのように見向きもせず運田の元へ向かった。

 

 

「うるさい! ボスがチンタラしすぎてるのよ!! ボスのやり方じゃあ私は――――」

「はあ、もういいよ」

 

 

 運田が抗議している中、素早く山下は運田の鼻元へと尻を近づけ、

 

 

ブブブッッ!

 

「うっ!!」

 

 

 爆音とともに運田は床に倒れ伏してしまった。山下は運田の鼻へ直接屁をこいたのだ。沢田でも物理的に気絶させようとするしかなかったあの運田を、あろうことか山下は一瞬で無力化させてみせた。

 

 

――――それはまるで、荒れ狂う野獣を眠らせるための子守唄のように。

 

 

 

 目の前の出来事が信じられない沢田はただ叫ぶしかなかった。

 

 

 

「どういうことなの!? 山下君!!」

 

 

 そんな沢田へと返された言葉は無常なものだった。

 

 

 

「俺は虎白チームを抜けます」

 

 

 

 その一言に沢田の脳は一時停止した。今まで血の滲むような練習をして、勝ち抜いてきた山下が、なぜ。

 

 

「どうして!? あんなに虎白のために努力して、リハビリだって頑張ってたじゃない!!」

 

「次に会う時は、敵同士です。……沢田出嘉子」

 

「待ちなさい!!」

 

 山下を捕らえようと沢田は駆け出したが、それに反応し山下は尻を突き出した。

 そして、山下の煙幕のようにしてふられた屁により、不意をつかれた沢田は思わず目を瞑ってしまった。沢田の動揺が生んでしまった、一瞬の隙。慌てて目を開けたときには、体育館には運田も山下の姿も残っていなかった。残っているのは沢田一人のみ。

 

 

「あ……ああ…………」

 

 

 沢田はどうすることもできず膝から崩れ落ちた。

 

 

「やましたくううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううう!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 体育館で沢田はひたすら絶叫し続けたが、何も返ってくることはなかったのだった。

 

 



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幕間.二人と一匹の空間

 

 

 とあるマンションの一室。山下は運田の首根っこを掴み、引きずりながら奥へと進んだ。

 

「……運田さん、連れ戻してきましたよ」

 

 そう言って、豪華な椅子に悠々と座っている人物の前に運田を投げ捨てた。運田は鈍い音を立てて床へ落下する。

 雑な扱いを受けているにも関わらず運田が目を覚ます様子は全く無い。山下の屁による子守唄はよほど強烈だったらしい。特殊な屁の鼻への直接吸引は、麻酔以上の効果を発揮した。

 

「全く困ったものだね、この野獣は。あれほど勝手に動くなと言ったのに」

 

 椅子に座る人物は、深くため息をつき目の前の眠りにつく野獣を不快な目で見下ろした。

 

「千豊真奈に執着していたから使えると思ったが……、とんだ誤算だったようだ。山下君、君にはいきなり厳しい指令を出してしまって悪かったね。沢田出嘉子を相手にするのは大変だったろう?」

 

「いえ、監と……沢田出嘉子は俺がいきなり現れたことで動揺していましたから、そのおかげで上手く撒けました」

「ほう、あの沢田出嘉子が動揺するとは興味深い。そこまで虎白に入れ込んでいるということか」

 

 にやりと口角を上げその人物は顎をさすり、興味深げに頷いていた。

 

「それと、運田さんが何をどこまで沢田に言ったのかは分かりませんが少なくとも計画については気づかれていないようです」

「そうか……。できれば沢田出嘉子には、この調子で選手を指導し続けてもらうのが計画には最善だったのだが」

 

 目の前の人物は、仕方ない、とため息をついた。

 

「話は変わるがどうだね、尻の調子は?」

「……自分でも驚いてるのですが、以前と同じように屁がこけました。信じられません」

 

 山下は、その人物の前で膝まづき頭を下げた。

 

「あなたのおかげで、俺はまた屁がこけるようになりました。……この恩は一生忘れません」

「いやいや、尻を治せたのは君の力だよ。私は君の力を少々いじらせてもらっただけでね」

 

 目の前の人物はたいしたことはない、という風に笑った。

 

「計画は順調なんでしょうか?」

「ああ、概ね順調だよ。ただ計画を狂わせかねない運田をどうするかはまだ議論すべき問題だがね」

「じゃあ……虎白高校には――――」

「勿論、虎白に危害を加えるつもりはないさ。……君が協力さえしてくれれば、ね」

「……はい」

 

 その人物の柔らかい口調での遠回しな脅しに、山下は力なく、消え去るかのように返事をするしかなかったのだった。

 

「バスケの試合の中で、オナラが発するエネルギーは常軌を逸している。どうして、誰も気づかないのか、興味を持たないのか。……まあいい。世界を変える力を私が得られるためならね」

 

 マンションの一室では、その男の笑いだけが大きく不気味に響き、山下はただその笑いを聞くことしかできなかった。

 



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13. 追憶の"hip volcano"

「山下が……虎白を辞めた!?」

「それは、どういうことなんですか!?」

 

 山下が虎白を辞めたことに選手達は動揺を隠せなかった。ここぞとばかりに監督に詰問していた。無理もない、今まで血と汗を共に流した仲間、それもキャプテンが選手達に何の言葉もなく辞めてしまったのだ。

 信じられない、いや信じたくないという気持ちが大きいのだろう。

 

 だが、それは沢田とて同じことだった。

 

「ごめんなさい……。私にも訳がわからない状態なの。山下君は、いつの間にか病院も退院して、虎白高校も辞めてしまっていた」

「そんな……、どうして……」

 

 虎白の雰囲気は最悪なもので、練習どころではない。肝心の沢田が憔悴しきっているのだ、それほどまでに山下の離脱は虎白に致命傷を与えていた。

 

「退院したってことは尻は完治したってことなんですか?」

 

 そこで、ふと永田が眼鏡をくいっとあげ沢田に尋ねた。

 

「ええ。私も直に山下君の屁を浴びたけど……。匂いも音も、まごうことのない完璧な屁だった。どういう理屈か分からないけど山下君の尻は完治していた」

「でも、山下は尻裂症……だったんですよね?」

 

 深刻な顔をして永田は沢田へ疑問を投げかける。

 

「尻裂症、尻が割れてしまう感覚に陥り正常に屁を出せなくなってしまう難病。そんな状態からたった数日で完治するなんてどう考えてもおかしいですよ」

「…………確かにそうね」

「それに、あの運田粉憤実との関係……。山下と運田に一体なんの繋がりがあるんでしょう」

「…………」

 

 考えれば考えるほど、思考の迷路に嵌っていく沢田達。しかし、沢田の頭にふと運田の放った言葉が思い浮かぶ。

 

「……千豊真奈」

 

 ポツリと沢田の口から呟かれた一言に選手達は首を傾げた。

 

「千豊真奈って、元プロバスケットボールプレイヤーの……?」

「ええ。女性の中で世界唯一の屁技を使って戦っていたプレイヤー」

「でも、千豊真奈は……」

「…………ニュースにもなったことだけど試合中に負った怪我で、入院した。そして、意識は未だに戻っておらず数年も眠ったまま」

 

 沢田はわずかに目を伏せ、拳をぎゅっと握った。

 

「そうだったんですか……。でも、どうしてここで千豊真奈の名前が? 今疑問なのは山下と運田の関係でしょう?」

「山下君と運田の間には直接の関係性はないわ。……でも、二人とも真奈さんとは繋がりがあるの」

 

 沢田は薄々分かっていたことだが、無意識のうちにその可能性を排除していた。その可能性は沢田にとって認めがたいものだったからだ。

 

「運田と千豊真奈は同じ女子プロで繋がりがあるのは分かりますが、どうして千豊真奈と山下が?」

「真奈さんは女性の中で唯一屁技を使えるプロだったのは有名な話だけど……」

 

 一呼吸おいて、決心したかのように沢田は言葉を発した。

 

「今思えば、山下君の屁は真奈さんの屁の性質と限りなく似ていた。いいえ、似ているというレベルじゃないわね……臭いも音も全く同じだった。私が山下君の屁に惹かれたのは知らず知らずの内に真奈さんの屁に山下君の屁を重ねていたからかもしれない」

 

「っ!!」

 

 選手はあまりの事実に言葉を失った。十人十色であるはずの屁が全く同一であるとは誰も思いもしなかったのだ。

 

「詳しいことは分からない。でも、真奈さんがこの件に関係しているのは確かだわ」

 

「…………」

 

 千豊真奈、新たに出てきた今回の事件の鍵を握る人物。だが、依然として山下の脱退の関係は釈然としていない。そして、もう一つ明らかにされていないことがあった。

 

「監督、運田がなぜ虎白を襲撃したのかは……教えられませんか?」

 

 それは、選手達が最も気になっていたことだ。ただ、沢田がそれは自分の問題だと説明がなされなかったため聞くのを躊躇っていた。しかし、状況が状況であり山下が無関係ではないと知れば選手たちは聞かないわけにはいかない。

 

「…………運田は真奈さんを心から尊敬していた。だからこそ、私のことが許せなかったんでしょう」

「え? どうして千豊真奈を尊敬していたのに、監督を恨むことになるんですか?」

 

「…………」

 

 言うべきか言わざるべきか決めかね、沢田は押し黙ってしまった。数時間の沈黙の後、沢田はようやく決心できたのか口を開く。

 

「あなた達には話しておかなければならないかもしれないわね……」

 

 ポツリと呟かれた言葉に力はなく、儚げだ。

 

「真奈さんが最後に戦った相手が、私だからよ――」

 

 そうして、沢田の口から過去が紡がれる。沢田出嘉子と千豊真奈の、バッドエンドで終わってしまった物語が。

 



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過去篇1.私とオナラのプロローグ

 

「オナラ・バーストストリーム!!」

 

 そう叫びながら千豊真奈はコートを駆けた。彼女はコートの誰よりも速くドリブルし、何者も追いつかせることはなくあっという間にゴールへボールを放った。

 

 

――――オナラ・バーストストリーム。それは、屁を激しくこくことで自らのスピードを上げ、また後ろにいる選手へ向かい風の嵐として襲う必殺技。

 自強化、遠距離攻撃と同時に行う屁技の最上級テクニックだ。

 

 オナラを撒き散らしながら戦う彼女は、蝶のように高く跳び、チーターのように駆ける。私はその光景が新鮮に思えて、しばらく頭に焼きついて離れなかった。

 

「これが……、トッププロなのね!!」

 

 あの日、観客席で見守っていた私は人生で初めてバスケを観て感動を覚えた。

 

 私が部活でやっていたバスケとはレベルが違う。あんなのはお遊びだと思えるくらい別物だ。

 プロが戦うバスケは全く別のスポーツにさえ見えた。

 

「すごい! バスケって……すごい!!」

 

 バスケをやっていてこんな気持ちになったことはない。観るだけでこんなにも気分が高揚し胸が高鳴り続けている。

 

「私も、あの場所に立ちたい!」

 

 そう思うのは必然。あの試合を見れば誰もが惹き付けられてしまう。現に、観客席のギャラリーは試合に魅入って声一つ出していない。そして、人を強烈に惹き付ける核となっているのは『千豊真奈』だ。

 

「あのオナラはただのオナラじゃない。言葉にし難いけど、それはきっと――――」

 

 

 千豊真奈、あのオナラの臭い、爆発音を、私はこれから先決して忘れることはないだろう。

 

 

 

 

「3番、沢田出嘉子!」

 

「え!? はっ、はい!!」

 

 呼ばれた、私の名前が。ここはドラフト会場、名前を呼ばれたものがプロバスケットボールプレイヤーになれるのだ。

 

 高校でなんとか全国大会で良い成績を納めた私は、念願のプロになることができたらしい。

 

「おめでとう! 出嘉子!」

「すごいじゃん! よかったね!」

 

 高校のバスケのチームメイトが私に次々と賞賛の言葉を送ってくれた。思わず涙が溢れてしまい、声を震わせながらみんなに感謝した。

 

「あ、ありがと……みんな……!!」

 

 

 やっと、やっとスタート地点に立てた。夢にまで見たあのプロの世界に入れたんだ!!

 

 私が入るチームは、チームポリッツ。そして、なんと言ってもこのチームには……あの千豊真奈がいる。

 私の、原点であり目標だ。

 

(まさか、その千豊真奈選手と同じチームに入れるなんて)

 

 これから先の未来に、ワクワクを止めることができない。私は、千豊真奈選手のプレーを間近で見ることができるだけでなく、一緒にバスケをすることもできるのだ。

 

 ドキドキしながら他のドラフトに呼ばれたメンバーとチームポリッツの席に向かうと、そこには現役メンバーが勢揃いしていた。

 あのテレビに出た選手がズラリといるのだ。勿論、そこには千豊真奈選手も……。

 

「お、来たんやな。今年の新人。これから宜しゅうな?」

 

 千豊真奈選手は関西弁でそう言って、私たち一人一人に握手をして回る。千豊選手はポリッツの代表者みたいなものでその場の指揮は彼女が取っていた。

 そして、私の隣の新人プロに千豊選手が握手して、ついに私の番が回ってきた。千豊選手から差し出された手を両手で迎えると、

 

「あんた、沢田出嘉子やな?」

「え、は、はい!」

「……へえ、なるほどねえ。楽しみにしとるわ」

 

 千豊選手は笑顔で目をギラリと光らせて私にそう言ったのだった。

 



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過去篇2.私の胸、それはもう一つの意志。

 私がチームポリッツに加入して一ヶ月。私は一日中練習に明け暮れ、次の試合に向けて研鑽を積んでいた。しかし、私はチームのみんなにどこかついていけていない。それどころか、足を引っ張っている自覚すらある。せっかく期待されて、チームに選抜されたというのに……。

 

 他の皆は流石プロになることだけはあって、各々自分だけの武器を持っていた。

 

 それに比べて私は…………、身体能力は多少高かったかもしれないが、何か秀でたものがあったわけでない。真奈さんのように屁をこけるわけでも、空を飛べるわけでもない。

 

「……はあ」

「出嘉子、どないしたんや? なんや最近思い詰めとるみたいな顔しとるけど……」

 

 自信を失くしかけ落ち込んでいた私に声をかけてきてくれたのは、千豊真奈さんだった。彼女はバスケが強いだけでなく、性格も明るく、優しい。そんな真奈さんと打ち解けるのにそう時間はかからなかった。

 そして、今も私の様子を気にかけてくれている。

 思わず私は、目に涙を貯めてしまう。彼女になら、弱音を吐いてもいいかもしれない。

 

「ま、真奈さん……。実は――――」

 

 私は、心の内を打ち明けた。私はチームに貢献できていないのではないだろうか。他の皆が活躍するこのチームに私は必要なのだろうか。どうして私をチームポリッツは選んだのだろうか。

 そんな私の弱音を真奈さんはうんうんと頷いて親身になって聞いてくれる。

 真奈さんの優しさに甘えてしまって、ついつい深くまで相談してしまった。

 

「出嘉子は、自分の可能性について考えたことあらへん?」

 

 私の愚痴が一段落したところで真奈さんが、私に尋ねる。

 

「私の可能性……ですか?」

「そ。潜在能力っていうんかな? 自分の持つ力の上限みたいなもんや」

「いえ、そんなの考えたことも……」

「出嘉子がこのチームに選ばれたのはちゃんと理由はあるんやで?」

「私が……選ばれた理由……?」

 

 プロのレベルの高さにもついていけない私が、選ばれた理由……。分からない、分かっていたらこんなにも悩んだりはしない。

 

 私に、一体何の価値があるんだろう?

 

「出嘉子は、スピードもパワーも申し分ないしフィジカルもしっかりしとるよ。何でも器用にこなすし万能型っちゅうんかな」

「でも、そんなの他の子も私と同程度にはこなしてます。それに加えて、みんな各々武器を持ってる。私なんて、ボールも取られやすいし……」

「なるほどな……。確かに出嘉子には弱点があるからそこを突かれて自信を失くしやすいってこともあるんかもしれへん」

 

「え!? 私に……弱点が!?」

 

 真奈さんが聞き捨てならないことを私に言った。私の弱点……、今までやってきて気づかなかったなんて。

 

「試しに今から1on1、やってみよか」

 

 真奈さんはそう言って、ボールを私に投げてきた。

 

「……分かりました。お願いします!」

 

 真奈さんが構えたのを見て、私はドリブルを開始する。真奈さんが屁技を、使ってこなければそう差は生まれないはずだ。

 

 私は、勢いにのってゴールへ駆けだした。が、そのまま真奈さんを無視して突っ切れるわけもなく、行く手を阻まれる。

 冷静にドリブルしながら、私の目の前に張り付いている真奈さんを振り切るため素早く右へ踏み込み……。

 

 が、そんな私の次の動きを読んでいたのか真奈さんは平然と私からボールを奪った。

 

「な!? も、もう一回お願いします!!」

 

 私はもう一度、もう一度と真奈さんへ挑むが

、何度やっても真奈さんにボールを取られてしまった。

 

 直感ではない、真奈さんは完全に私の動きを把握していたのだ。

 

「どう……して……?」

 

 信じられない。同じプロなのにこうも差があるなんて。それとも私が、弱すぎたのだろうか?

 

 そして、真奈さんは落ち込む私にこう言った。

 

 

 

「おっぱいや」

 

 

「?」

 

 私は、真奈さんの突然の発言に頭に?マークを浮かべ首を傾げた。何の脈絡もなく、言われた言葉に理解ができない。

 押し黙る私に真奈さんは、ボールをパスしてきて、

 

「ボールを持って、右に踏み込んでみ?」

「は、はあ」

 

 私は真奈さんに言われた通りに、ダンッと右へ踏み込む。

 

「分からへん?」

「え?」

「出嘉子が踏み込もうとしたときの、出嘉子のおっぱい……」

「…………あっ!!」

 

 私は何かに気づきかけ、もう一度右へ踏み込んだ。

 私が、右へ踏み込もうとするその時。私のおっぱいは――――

 

 

「右上に、突っ張ってる!?」

「そ。んで左に踏み込む時はその逆に突っ張ってるっちゅうわけ」

「そんな……。一体どうして……」

 

 そんなの私の次の動きはバレバレだ。弱点どころか、欠点とも言えるだろう。

 

「私たちは人間である以上、癖っちゅうもんはどうしても出てくるんや。視線であったり、手の動き、足の動き。出嘉子の場合はそれがおっぱいやった」

「でも、そんなの無意識なのに……。一体私はどうしたら!!」

 

「それは自分で考えることや。ウチからできるアドバイスはこれくらい。まあ強いていうならおっぱいを自由自在にコントロールすることやないかな」

 

 真奈さんはそう言って私の元から立ち去っていった。

 スポーツ選手なら誰しも、自分に不利になる癖があるのなら全力で矯正しにかかるだろう。

 

(でも、おっぱいなんて……)

 

 おっぱいは手や足のように自分の意志で動かせるものじゃない。ただ自分の意志と無関係に動いてしまうのだ、おっぱいにはもう一つの意志があると言えるだろう。

 それはこの世の道理であり常識。

 

 

 私は自分のおっぱいを呪った。私の意志に反するような、私のバスケに対する気持ちを冒涜するかのようなこのおっぱいを。

 

 

 

 でも、もしも。もしも、おっぱいを自由自在に操れるとしたら―――――。

 

 

「やるしか、ないわね」

 

 私は、一人残された体育館で固い決意を結んだのだった。

 

 



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過去篇3. 覚醒の兆し〜jump of bust〜

「出嘉子、皆帰ってしもたけどまだ残って練習すんの?」

 

 まだ体育館に残っていた私に真奈さんが声をかけてきた。

 外はもう日が暮れ、辺りはもうすっかり夜だ。

 

「はい、まだ練習しようかな、と。もう少しで何かが掴めそうなので」

「そうなんや……。じゃあ私も出嘉子の練習に付き合おかな」

「え、そんな! 悪いですよ!」

 

「ええのええの、ウチが好きでやっとることなんやから。で、今はどないな練習しとるん?」

 

 そう笑って真奈さんは片付けたバスケットボールを再び手に持った。

 真奈さんから助言をもらって以来、私は全体練習が終わった後もひたすら特訓に打ち込んでいた。

 真奈さんも度々こうして私の特訓に付き合ってくれている。

 でも、今私がしている特訓はバスケットボールを使わない練習だ。

 

「ありがとうございます……! えーとですね、今はおっぱいでピアノを弾けるように練習してるんです」

 

 このチームポリッツの体育館にはピアノがおいてある。普段バスケの練習で弾かれることもないので、勝手に私の練習用に使わせてもらっているのだ。

 

「なるほど……。自分の胸を繊細に動かせるように細やかな機微を感じ取る練習やな。いいんやない? ついでに聞いてみたいな、出嘉子の演奏」

「人に聞かせられるほど上手くないですけどね〜」

 

 あははと笑いながら、ピアノの前に私は座る。そして、そっと鍵盤に自分の右胸を載せた。

 

 ドレミファソラ〜

 

(うーん、やっぱり難しい。曲として成立させることすら……)

 

 私は、下手くそで不器用な音を奏でた。こんな演奏じゃあ真奈さんにも笑われるな、なんて考えていたが、真奈さんは目を瞑ってただ静かに聞いてくれていた。

 これも真奈さんの優しさなのだろうか。

 

 

 もうそろそろいいかと、演奏を止めようとしたその時だった――――。

 

 

 

ブッ、ブッ、ブッ、ブッ、ブッ、ブッ

 

 

 一定のリズムで爆発音が響く。まるで、私の下手くそな演奏に合わせるかのごとく、メトロノームのようなオナラ。

 

 真奈さんだった。私の音に合わせて屁をこいてくれている。そして、そのお陰か私は格段に演奏しやすくなっていた。先程より、スラスラとリズムよく演奏できている。

 

ブッブブブー、ブッブッブッ。ブッブブブー、ブッブッブッ。

 

 やがて、真奈さんの屁はパーカッションと化し私と真奈さんのセッションが始まった。

 ピアノとオナラが奏でる、ハーモニー。私のワルツの音に合わさる、軽快な爆発音。私が、演奏するのは、ショパンのワルツ第六番「子犬のワルツ」だ。

 さしずめ、お尻から吹き上がるオナラをバネに、軽やかに子犬がステップしていく、そんな物語だろうか。

 

 

「すごいやん、出嘉子! 右乳と左乳、別々に動かしてるのに、どっちもえらい滑らかに鍵盤を叩いとる!」

 

 ワルツが終わると、真奈さんは私に賞賛の拍手をしてくれた。

 ……でも、そんな演奏ができたのは、

 

「真奈さんのお陰ですよ。真奈さんが屁でリズムをとってくれたお陰で胸を動かすことに集中できたんです」

 

 

 真奈さんの力もあって、今日はかなり成長できた気がする。

 それに当たり前のようにやっていたけど真奈さんの屁技……。

 

(屁の音程まで操作していた。そんなこと、人間に可能なの……?)

 

 やっぱり真奈さんの屁技は底知れない。私がこの人に追いつくのにどれくらいかかるんだろう?

 

「もう一曲、やらへん? なんや出嘉子と演奏するの楽しかったわ」

「あ、はい! いいですよ! じゃあ次は――――」

 

 

 その日は、夜遅くまで私と真奈さんは体育館で綺麗な旋律を響かせたのだった。

 

 

 私がおっぱいを操る特訓を始めて数ヶ月が経っていた。

 最近では、かなり上達し練習でも胸技を度々使うようになった。

 

「出嘉子! パス!」

「はい!」

 

 練習中、仲間から私へパスが出される。そのパスを私は自分の右胸でキャッチした。

 

 そして、私はキャッチしたボールを手に持つことはせずそのまま地へとバウンドさせ、浮き上がったボールをまた左胸で受け止める。

 それを続けながら私はコートを走り出した。

 

「えっ、手を使わずに!?」

「出嘉子がおっぱいでドリブルしてるわ!!」

「確かにすごいけど……。あれはちょっと……」

 

 

 チームメイトがざわついていた。それは、そうだ。今まで一度も、見せたことなんてなかったんだから。私の新しい技は、他の皆には新鮮に見えるのかもしれない。

 おっぱいの繊細な動きをマスターして始めて、おっぱいドリブルは成功できるのだ。

 

(私はもっと強くなる。ポリッツのために、真奈さんのために――――)

 

 

 千豊真奈はそんな出嘉子の様子を遠い目をして眺めていた。

 

「手を使わないでドリブルを成立させるやなんて、ほんま上手くなったなあ。しかも、胸の激しい動きは相手の目から見ても予測しにくい、どうしても翻弄されてまう……。ものすごい化け物が現れたもんや」

 

 出嘉子の可能性にいち早く気づき、助言を与え、支え続けたポリッツのエース。

 彼女は誰よりも出嘉子の強さに気づいていた。

 

 

 それは、出嘉子がポリッツに入る前から――――――――。

 

 

 

「いずれはウチをも越えるかも……しれへんな」

 

 その呟きは、体育館に響き渡るボールの音でかき消された。

 

 

 



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過去篇4. 狂い始めた屁車

 私がチームポリッツに加入して一年。チームポリッツは徐々に力をつけていき、今リーグでは順調な勝ち上がりを見せていた。

 

 そして、今大事な一戦の最中だ。これに勝てば優勝がぐっと近づく。

 

 

「出嘉子ー! お願い!!」

 

「はい!!」

 

 私はチームポリッツの仲間からパスをもらい、コートを駆け出す。

 点数は拮抗していて、今は第四クウォーターの終わりかけだった。

 

(ここで私が決めれば……!!)

 

 ゴール前までくるが、相手もプロ選手。ボールを持つ私は一気に囲まれていた。

 

「くっ……!」

 

 私は、おっぱいでボールをドリブルしつつ、相手を寄せ付けないよう両手でガードする。

 しかし、このままではシュートができない。流石にこのままおっぱいでゴールまでシュートできる自信は私にはなかった。

 このままボールごと胸を上へと突き出しても、周りの相手選手に取られてしまうだろう。

 私の胸の位置は相手選手の手の位置より低く不利なためだ。

 

 せいぜい、私にできることなんて正確な角度で地面へとボールを突き、跳ね返る位置を予想できることくらいだが……。

 

 

(跳ね返る位置を予想する……?)

 

 その時、私の脳裏に閃光がかけ巡った。勝負の一瞬で思いついたこの場を打開する技。

 

(試したことはないけど……、これに賭けるしかない!)

 

 私は、相手選手のいない地面へとドリブルしていたボールを思いっきり胸で叩きつけた。

 

「出嘉子……? 一体何を……」

「パスミス!?」

 

 私の行動の意味を理解できていないのか、仲間たちは困惑した声を上げている。が、敵の一人が私の狙いにいち早く気づいた。

 

「違うわ……! おっぱいで叩きつけたボールが上昇してッ……!?」

 

 そう、私の狙いはパスではなくシュートだ。ボールは、力強くバウンドし空中へと上昇を始める。

 そして上昇する先にあるのは、ゴール!!

 

「行っけええ!!!」

 

 ボールはゴールへと吸い込まれるように浮上する。

 しかし、ゴールの手前でボールは減速し始めていた。

 それを見て仲間たちは、

 

「駄目だわ、バウンドしたボールじゃゴール高さまでは届かない!!」

 

 が、それは私も百も承知の事だ。これはバトンだ、私からあの人への――――

 

「真奈さん!!」

 

 私は、その名前を力一杯呼ぶ。私の後方にいた真奈さんは私の行動に呆然としていたのか、私の声に反応しハッとした様子で、

 

「っ!! そういうことかいな!!」

 

 すかさずパっと尻をボールの方向へ向けた。真奈さんの位置からボールまでは距離があるけど、真奈さんなら……!!

 

「屁弾!!」

 

 ブゥゥン!

 

 真奈さんの尻から屁が勢いよく射出される。その屁は鋭く素早い。本物の銃弾と錯覚させるようなそれは、正確にボールへと着弾し――――。

 

 ガコン。

 

 一同が、固唾を呑んでボールの行方を見守る中、ボールは強引にゴールへ押し込まれたのだった。

 

「入ったっ!?」

 

 ピーーーーーッ!!!!!

 

 それと同時に試合終了の笛が体育館に響き渡る。

 この瞬間、チームポリッツの勝ちが決定した。

 

「すごいわ、出嘉子!」

「あんな強引に胸を使ってシュートするなんて、やるじゃない!」

「真奈さんと出嘉子がいれば、このリーグきっと優勝できるわ!!」

 

 仲間たちは私を取り囲み、賞賛の言葉を送った。相手はトップ争いをしていたチームの一つ、この勝利は私達にとっては大きいものだ。

 

「やりましたね! 真奈さん!!」

 

 そんな中、私は真奈さんの元へ駆け寄り、喜びを分かち合おうとした。最後のシュートは真奈さん無しでは成立しなかったものだ。

 しかし、話しかけた真奈さんは神妙な表情をしていた。

 

 私の声が届いていないのだろうか……?

 

「真奈さん……?」

「……………」

 

 私がもう一度呼びかけると、ハッとした顔でこちらを向き直った。

 

「……すごい活躍やったで、出嘉子。えらい強なったやん」

「は、はい! ありがとうございます……」

 

(一体どうしたんだろう? 真奈さんの様子……)

 

 真奈さんの口調はいつも通り明るいものだったが、無理して笑っているような……。

 

 せっかく勝てたんだ、嬉しくないはずはないだろうし、気のせいだろうか。もしかすると、屁技の弊害である便意を我慢しているだけの可能性もある。

 

 なので私は、努めて明るい調子で真奈さんに励ましをすることにした。

 

「次のチーム"デスボイス"に勝てば、今リーグ優勝です! 頑張りましょうね、真奈さん!」

 

「……せやな」

 

 この時の私は、真奈さんの様子について深く考えていなかった。

 

 

 次のリーグ最終戦、チーム"デスボイス"との対戦に向け、私達は練習に励んでいた。

 デスボイスとポリッツは今リーグでは負けなしで、次の試合で勝ったチームが優勝する、というチームの命運が掛かった試合なのだ。

 

 ポリッツは今まで真奈さんの活躍もあり、リーグ第三位までは経験したことがあるが優勝はしたことはなかった。

 そのため誰もが負けられない、と俄然をやる気を出していたのだが……。

 

「真奈さん! パス!」

「……え?」

 

 パス練習の中、私は真奈さんにパスを出したが、真奈さんはどこかうわの空でボールをキャッチし損ねてしまう。

 

 このミスが一度くらいならば、誰も気にはしない。

 しかし、真奈さんはここ最近の練習でのミスが多い。どこか様子がおかしいのだ、何かに悩んでいるような素振りも見せている。

 

 私やチームの仲間も真奈さんの調子の悪さには気付いていて声をかけているのだが、『ウチなら大丈夫やで』と、かわされるだけだった。

 

「真奈さん、まだ調子悪いんじゃないですか? 無理してるなら休んだ方がいいですよ」

「ごめんごめん。ちょっとボーッとしてただけや」

「…………」

 

 そう言って何でもなかったかのように真奈さんはパス練習を再開させた。

 

 なんとかパス練習を終え、次は試合形式の練習だ。5on5で、私と真奈さんは同じチーム。いつものように、私は真奈さんへとボールを投げる。

 

「真奈さん! 一屁、お願いします!」

「おう、了解や!」

 

 そして、真奈さんは出されたボールへと尻を突き出し、ボールに尻を直接当てた。

 

 今にも屁が出されだろうと皆が思っていたが――――。

 

 

 

スゥー……

 

 

 辺りに響いたのは、爆発音ではなく小さいすかしたような音。

 真奈さんは思い通りにいかなかったのか短く「あっ」と声を出す。

 すかした屁は炸裂することなく、ボールは真奈さんの尻からぼとりと地面へと転がり落ちる。

 

 練習していた私達はそんな真奈さんに思わず言葉を失い、体育館は静寂に包まれた。

 

(真奈さんが、こんなに自信のないオナラを出すなんて……)

 

 最近、真奈さんはいくら調子が悪くても屁技だけは完璧に使っていたため、この有様には他のみんなも困惑するしかなかった。

 いつもの活力ある屁は、どこへ行ってしまったのだろうか。

 

 チームの気まずい雰囲気を察してか、真奈さんは、

 

「ごめんな、みんな。やっぱ今日はちょっと休ませてもらうわ」

 

 と言って、コートから去っていく。

 

 私にはどうすることもできず、体育館を後にする寂しそうな真奈さんの背中をただ見つめていた。

 

 その後の練習は、真奈さんの後ろ姿が頭から離れず全く集中できず終わってしまった。

 

「ちょっと、沢田出嘉子先輩!」

「運田?」

 

 練習後、同じチームの後輩から呼び止められた。

 この子は運田粉憤実。去年ポリッツに加入した恐ろしく鋭い爪をボールへと突き刺して戦う、有望な若手選手だ。その攻撃的な戦闘スタイルから、メディアからは"野獣の女"と呼ばれている。

 

「真奈さんは、一体どうしちゃったんですか!?」

 

 運田は私にものすごい剣幕で迫る。この子は、真奈さんに強く憧れ、執着していた。

 あんな真奈さんを見ていられないのはわかるが、私だって同じだしどうにかしてあげたい。

 

……でも。

 

「……分からない。分からないのよ。私にも真奈さんに何が起きているのか。聞いても教えてくれないし」

「仲のいい沢田先輩にもそんな様子だなんて……。ああ、真奈さん……」

 

 運田はブツブツと何か唱えながら、どこか離れていった。

 

 だが、このままではよくない。

 真奈さんは私が一人で悩んでいる時、優しく声をかけて手を差し伸べてくれた。

 真奈さんがいたから、私の胸も洗練された技を使え強くなることができた。

 

 だからこそ、今度は私が真奈さんを助けたい。

 

 考えに考えた末に、私は真奈さんの事を相談するためとある人物に電話をかけることにした。

 



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過去篇5. 優しいオナラを出すあなたへ

 私は、とある人物との待ち合わせ場所である喫茶店の扉をガラガラと開けた。

 店内を見回すと白髪混じりの中年の男がこちらに気づき手を上げる。

 

「やあ、久しぶりだね。沢田君」

「お久しぶりです、月谷先生」

 

 私は、月谷先生のいる席へと腰掛けた。

 彼は、私の高校時代の恩師だ。バスケ部の顧問も担当していて、当時の私を全国大会へと導いた名監督でもある。物理学を研究していて、論理的に相手を分析、状況を把握することに長けており幾度となく私は助けられたのだ。

 

 彼なら真奈さんのことで何か分かるかもと淡い期待を抱いて、先日相談を持ちかけた。

 

「千豊真奈選手の様子がおかしいという話だったね?」

「はい、真奈さんにそのことについて問い詰めても私たちチームメイトには何も説明してくれないんです」

 

 月谷先生は顎髭をさすり、ふむと考えて、

 

「心当たりはあるのかね?」

「それが全くなくて……」

「まあ千豊選手はポリッツの中心だから、何かと考えることも多いのかもしれないねえ。君たち仲間にも言わないってことは知られたくない事ってことだろう。無理に聞くことが正解とは限らないよ?」

 

 月谷先生は私に諭すように語る。月谷先生の言うことは最もだし、きっと正しい。

 

……でも、それでも。

 

「このまま私は真奈さんを見過ごすことはできません。真奈さんは大事な仲間ですから」

 

 真剣な眼差しで月谷先生を見る。迷惑を承知でお節介を焼こうとしているのは覚悟の上だ。

 すると、無表情だった月谷先生の顔は次第に崩れていき、参ったとばかりに大声で笑った。

 

「ははは。君は昔から全く変わらないね。仲間を人一倍大切にする、ひたむきで真っ直ぐな心。うちの選手にも見習ってほしいものだよ」

 

 月谷先生はそれに続けて、

 

「物事を解決するためには状況を把握することが何よりも大事だよ、沢田君。私は実際に彼女の様子を見ていないから何とも言えないが……。身体的なことか、精神的なことか、はたまたその両方か。彼女の悩みが何なのかによっても対応は変わってくる」

 

「つまり、私が真奈さんの悩みが分からない限り先に進めない、ってことですか」

「悩みを知るだけなら手はいくらでもあるさ。チームメイト以外で千豊選手と親しい者なら何か知っているかもしれないね」

 

 月谷先生はいつだって的確に物事を指摘し、正しい答えを出してくれる。だからなのだろう、いつもついこの人に甘えてしまうのは。

 

 その類まれなる見抜く力を知っているからこそ、私は最初から相談というより頼みごとをするつもりで連絡した。

 

「月谷先生、無茶を承知でお願いしたいことがあるんですが――――」

 

 と、その続きを言う前に月谷先生が私の言葉に被せてきた。

 

「ああ、私に直接千豊選手の様子を見て、悩みを分析してくれといいたいのかい?」

「……流石、月谷先生は鋭いですね」

「なに、冷静に考えただけだよ。最初からそのつもりで私に連絡をよこしたんだろう?」

「そこまでバレてましたか。本当に何でもお見通しなんですね」

 

 私がそう言うと月谷先生はまた短く笑って、

 

「伊達にこんなに長く教師をやってきたわけじゃないってことさ。可愛い元教え子の頼みだからね、全力で取り組むとするよ」

 

 そして、月谷先生はタバコを一本取り出し口に咥えた。

 

 

 

「出嘉子の恩師なら見学くらい大歓迎やで」

 

 私は、月谷先生が昔の恩師であり練習の見学をさせてもらえないか、とキャプテンである真奈さんに伝えると快く承諾してくれた。

 月谷先生が受け持つバスケチームの練習の参考にしたいというのが表向きの理由だ。

 だが、本当の目的は真奈さんの悩みを探るため。

 騙しているようで、申し訳ない気持ちになるがもう後には引けない。

 

 程なくして、チームの練習が始まった。月谷先生は体育館の端でしっかりと真奈さんを観察している。

 パス練習、シュート練習、走り込み。

 いつも通りの進行だ。

 真奈さんの不調も……改善はされていない。

 

 

 

 そして、休憩に入った折に私は月谷先生へと声をかけた。

 

 

「月谷先生、真奈さんについて何か分かりましたか?」

「そうだねえ……、動きにキレがないね。彼女、体が動く前に少し迷いが生じているように見える。悩みがあるとしたら精神的なものだろう」

 

 真奈さんの体に異常があるわけではないことに私はホッとしつつ、月谷先生の言った単語にひっかかりを覚えた。

 

「迷い……ですか?」

「ああ。自信を失っているとも言えるね」

 

 俄には信じ難い話だが、月谷先生は人を見抜く専門家のような者だ。十中八九、言ったことは正しいだろう。

 

 でも……、

 

「真奈さんが自信を? そんなこと――――」

 

 その時、不意に後ろから声がかけられた。

 

「出嘉子……。あんたまさかこの先生に私を観察させるために呼んだん?」

 

 その怒りを含んだ声色にビクリと肩を震わせ、振り返ると、真奈さんがいた。真奈さんは、確実に怒っており私を鋭く睨んでいる。

 

「それは……、真奈さんのことが心配で……」

「ウチのことは心配いらへんって言わへんかった?」

「でも、一人で悩んでる真奈さんを放っておくなんて――――」

 

 

 

 バブボォッッ!!!!

 

 

 

 私の言葉を遮るように真奈さんは屁を出した。それは、怒りを体現したような音。そして、今までの不満を爆発させたかのようだった。

 

「ウチのことはもうほっといて!!」

 

 真奈さんはそう叫んで、走って体育館を出て行った。

 

「真奈さん! 待って!!」

 

 私は真奈さんの跡を追う。その後ろ姿を見失わないよう、ひたすらに走ったのだった。

 

 

 

 

 

「ハア……ハア……真奈さん……」

 

 しばらく走った後で、真奈さんの足が止まった。全力で走ってなんとか追いつくことができたものの私の息は絶え絶えだ。

 辺りを見回すと、そこはバスケットゴールのある公園だった。

 真奈さんは、私の方を振り返らないまま言葉を発する。

 

「ごめんな、出嘉子、怒鳴ってしもて。ウチのために動いてくれてるって分かってるのに」

「真奈さん…………」

 

 真奈さんの悲しそうな、今にも消えてしまいそうな声。

 なんて声をかければいいか分からずただただ時間だけが過ぎていった。

 そんな中、真奈さんがポツリと呟く。 

 

「ウチには屁しかないねん」

「え……?」

 

 その一言を皮切りに真奈さんはポツポツと話を続ける。

 

「ウチがバスケを始めたのは中学の頃やった。授業中に不意に屁が出て椅子を壊したことがあってな。それを見たバスケ部の子に誘われてん。『さっきのオナラ凄かったわね! ……もしかして、バスケに向いてるんじゃない?』って」

 

 確かに椅子を壊してしまう程のオナラを出す人間なんて、誰でもバスケ部に誘いたくなってしまうだろう。ましてや、女子でそれ程のオナラを出すなんてとても貴重だ。

 

「オナラの才能に恵まれとったウチは、バスケのルールを覚えたらあっという間に強くなった。でも、ウチにあったのはオナラの才能だけ。いくら練習してもそれ以上強くなることはなかったし、全部オナラ頼りでやってきとった」

 

 そこまで、言って真奈さんは言葉を詰めた。そして、空を見上げて、

 

「やから、努力してどんどん強くなっていく出嘉子を見て色んな黒い感情が湧いてきて。それと同時にウチはいつも屁に任せてプレーするだけでズルしてるような気になってん。ウチはこのまま屁をこき続けていいのかって」

 

「真奈さん……」

 

 真奈さんは優しい。その優しさから自分自身の黒い感情に向き合おうとして自己嫌悪に陥っていったのだ。そして、真面目すぎるが故に悩み続けてしまった。

 

(だから私達に相談できなかったんだ……。キャプテンとしての責任感が人一倍強い真奈さんだからこそ……)

 

「でも結局、悩むだけ悩んでみんなに迷惑かけて。最初からウチにキャプテンの資格なんてなかったんかもな」

 

 真奈さんは自嘲気味に言葉を吐き捨てた。

 

(私の言葉に、どれだけ意味を持てるか分からないけど……)

 

 真奈さんの背中に私は語りかける。たとえ届かなくても、私の思いだけは知ってほしいという願いを込めて。

 

「たとえ、オナラに頼ってるんだとしても……、ズルなんかじゃない。それも含めて真奈さんの力ですよ」

「……」

 

 私の言葉に真奈さんは振り返る。そして、私の瞳を真剣に見つめた。

 

「それと、私たちポリッツのみんなが真奈さんを尊敬しているのは、オナラがすごいからじゃない。真奈さんだからです。真奈さんにしかない強さに魅かれてるんです」

 

「ウチにしかない……強さ……?」

 

 聞き返された言葉に、私は大きく頷いた。

 

「自分より他人のために全力で動いてくれる強さ。一人一人周りに目を向けて、全力でサポートする。壁にぶつかった時は一緒に乗り越えようとしてくれる。そこに裏表もなく、ただ純粋にだれかを助けようとしてくれる。キャプテンだからって中々できることじゃない」

 

「…………」

 

「真奈さんは、いつも暖かくみんなを包み込んでくれてるんです。試合中だって私達は真奈さんの優しいオナラに包まれてる」

 

 これが、私の思いだ。素直な思いを口にしただけ、真奈さんの悩みの解決にはならないかもしれない。

 でも、どうしても伝えたかった事。

 

 真奈さんは、私の言葉には何の言葉も返さず、止めていた足を動かし始めた。

 

 だが、去り際に一言だけ。

 

 「ありがとう」

 

 真奈さんの小さな声は風に乗って私の耳に運ばれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 出嘉子と真奈が体育館を飛び出した後、その場に取り残された男は感嘆の声を上げる。

 

「これは……!!」

 

 男は驚きに目を見開き、衝撃に体を動かせずにいた。

 

 『千豊真奈の出すオナラ』

 

 その存在に、男は興味を持った。いや持たざるをえなかった。

 

 

 

 

――――――その残り屁を感じるため、男の鼻が大きく開かれていたことは誰も知らない。

 

 

 

 

 

 

 




月谷先生
……虎白高校バスケ部の顧問。天才的な物理学者でもあり、出嘉子の高校時代からの恩師。出嘉子のおっぱいが固まりスランプに陥ってしまった時に、助言を与えた。(過去篇の後の話です)
一話、二話、十話の会話の中で少し登場しています。黒幕です。



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過去篇6. 届かなかったウチのオナラ(想い)

 

 

 今日はチーム"デスボイス"との最終決戦の日。試合会場は試合開始前のはずなのに多くの人で賑わっていた。それもそのはずこの試合に勝った方が日本一になれるためだ。

 

 

 そして、私達は今試合会場の前に立っていた――――ただ一人を除いて。

 

 

「真奈さん、今日の試合来るでしょうか……」

「大丈夫、まだ時間はあるわ。真奈さんならきっと来るはずよ」

 

 不安がるみんなを励ますが、私も不安で仕方がない。

 真奈さんは、体育館を飛び出して以来、練習に来ることはなかった。

 今日の試合については今朝ラインを送り既に知らせてある。既読こそついたものの、返信は返らず今はただ真奈さんを待つしかない状況だ。

 

 まだ精神的に不安定なのかもしれない……。でも、真奈さんならきっと乗り越えてくれる。

 

「みんな、真奈さんを信じましょう!!」

 

 私達は、真奈さんが来ることをひたすらに祈るのだった。

 

 

 

 

 

 千豊真奈は、走る。今はただ、仲間のために。仲間のもとへ行くために。

 

 千豊真奈は、自分に自信がなかった。だから、練習に行きたくても行けなかった。オナラをとったらきっと何も残らない自分が……惨めだと思っていた。

 

 だが、出嘉子の千豊真奈に送った言葉は、彼女の心をひどく響かせ小さな光となった。

 

「ウチは、……ただのオナラ製造機や。でも、"千豊真奈"として必要としてくれるなら……」

 

 今朝、彼女のスマートフォンにチームメイトからラインが届いた。

 そこには、練習に来なかった彼女を責めるものは一つもなく、ただ千豊真奈を信頼し待ってくれていた仲間の言葉が書き連ねてあった。

 彼女の中の小さな光はチームメイトの温かい言葉によりどんどん膨れ、気づけば家を飛び出していた。

 

 

「ウチはまだ不安で曖昧で……、こんな状態で試合には出たらアカンのかもしれんけど……。でも、今はそれ抜きにして、ただ……。……みんなに会いたい!!」

 

 千豊真奈が走る理由はそれで十分だった。難しいことなんて最初から何もなかったのだ、ただポリッツのみんなとバスケがしたい、ただそれだけで。

 

「みんな、ごめんな!! 今すぐ行く……!! 走って行くから!!」

 

 千豊真奈は走る。横断歩道を、道路を、店の中を、信号も無視して彼女はひた走る。

 

 一刻も早くみんなの元へ行くために……!

 

「……ハア……ハア。………ん? あれは――――」

 

 千豊真奈は前方に見覚えのある人物を視認し、足を止めた。

 彼は千豊の行く手を阻むように佇み、笑顔を向ける。

 いくら急いでいるとはいえ、無視するわけにもいかず千豊は仕方なく声をかけた。

 

「あなたは確か……、出嘉子の教師の……月谷さん……?」

「やあ、千豊君。待っていたよ」

 

 千豊は『待っていた』という言葉に不気味さを感じつつも、冷静に挨拶を交わす。

 

「……こんにちは。ウチに何か用ですか? ウチのことならもう心配いりまへんよ」

「いやいやそのことじゃないよ。君に個人的な用事があってね」

 

 月谷は不気味な笑みを浮かべながらジリジリと、千豊へと近づいていく。

 その威圧感に千豊は思わず一歩、後退ってしまう。

 

 

「これ、何か分かるかい?」

 

 

 月谷は懐から小さな小瓶を取り出し、千豊に見せた。その小瓶は透明で、中身は何か入っているようには見えなかった。

 

「小瓶……?」

「大事なのはこの中身だよ」

「中身って……、なんも入ってあらへんやないですか」

 

 当たり前の感想だ。千豊には月谷が何を言いたいのか、把握できていない。

 すると、月谷は平坦な声で千豊にその小瓶の正体を教える。

 

「この容器には君の屁が入ってるんだが」

 

 千豊は、声が一瞬出なくなるほど驚き、それと同時に恐怖を覚えた。

 

「ッ!? そんなもんいつ……」

 

 そこまで言って、すぐに気づく。彼女が出嘉子に怒鳴ったと同時に屁を出したこと。その場に、月谷が居合わせていたこと。

 

「まさか……、あの時にッ!?」

「ああ、すまないが勝手に君の屁を採取させてもらったよ」

 

 千豊は自分の屁を無断で採取され、それを自分の目の前に突き出されている。

 それは、彼女の理解の範疇を超えた出来事だった。

 そんな千豊に、思考の時間を与えず、月谷は千豊に向けて喋り続ける。

 

 

「少し、君の屁に興味が湧いてね。調べさせてもらったよ、すまないね」

 

「ウチの……屁を…………?」

 

 月谷はああと大きく頷いて、

 

「言い忘れていたかもしれないが私は教師だけでなく研究者でもあってね。私の研究室で、いくらか実験してみたのだが、実に面白い結果が出たよ」

 

 月谷は肩にかけていた鞄からゴソゴソと分厚い用紙を取り出した。

 

「私が書いた実験レポートだ。実験の内容や、結果、考察を細やかに書いてある。まず、どんな実験をしたかと言うとね。君の屁の一部を取り出し100倍に薄めたものを凝縮させ、加圧しながら紫外線を当てて加熱して……って、言っても分からないかな?」

 

 千豊真奈は、月谷から渡されたレポートをパラパラとめくる。しかし、英語で書かれていたこともあり、千豊には全く理解できない。

 

「まあ君の屁の力を引き上げたと考えてもらっていいだろう」

 

 そして、実験結果と書かれたページで千豊の紙を捲っていた手が止まる。

 

「こ、れは……」

 

 そのページには、一枚の写真が貼られ、千豊にも文字としては理解できる一文が載っていた。

 

「The man dead………」

 

 写真には泡を吹いて横になった男が、映されていた。それに加えて『The man dead』の文字。

 誰でも分かることだ、それが死体であると。

 しかし、千豊にとってそれは信じられないことだった。常日頃、平凡に生きてきた彼女が、写真越しとは言えそれが死体だと、どうしても思えなかった。

 それが、死体という考えをぬぐい去るように彼女は次のページを捲っていく。

 

 しかし――――、

 

「The man dead……The man dead……The man dead……The man dead………………」

 

 ページを捲っても捲っても、出てくるのは人の死体の写真と同じ文字。

 

「何や……何なん……や、これは……」

 

 

 

 人が死んだ。この実験によって。

 

 

 

「ああ、それかい? ホームレスを使って、人体実験をしてみたのさ。色々と組み替えた君の屁の殺傷性を調べてみたんだが、どの人体も一瞬で死んでしまったよ。すごいだろう?」

 

 

 

 人が死んだ。千豊真奈の屁によって。

 

 

 

「君のオナラで、これだけの人間がコンマ一秒で死ぬんだ。銃、大砲、核兵器なんかよりもずっと凶悪な物にもなると思わないかい?」

 

 千豊は、恐怖から怒りへと感情が切り替わっていく。自分の屁を人を殺す凶器に変えた月谷へと今までにないほどの怒りを込み上げさせた。

 

 

 仲間が『優しいオナラ』だと言ってくれた自分のオナラを、この男は人殺しに使ったのだ。

 

 

「あんたはッ……!!」

 

 千豊は気づけば、目の前の一回りも年が離れているであろう男に大声で怒鳴っていた。

 

「こんなことして、一体何が目的なんッ!?」

 

 そんな、千豊の様子に全く怯むことなく淡々と月谷は話す。

 

「ああ、勘違いされそうだから先に言っておくとね、兵器なんてくだらないものを作るつもりなんて更々ないよ。これはほんの一例程度に実験してみただけだからね」

「人を殺しておいて何言うてるんやあんたはッ!!」

 

 千豊は、レポートを地面に投げ捨て月谷の胸倉をつかみ、横の建物へとドンっと押さえつけた。

 

「乱暴だねえ、全く。結果を出すためには犠牲も必要なのさ。そして、その犠牲の上に私が辿り着いたものがある」

「…………」

 

 千豊は悟る、この男は人間ではないと。己の知的好奇心を求めるために人を殺すことを厭わないモンスターだと。

 会話が成立もしない、一般人とは価値観が離れすぎているのだ。

 いくら月谷へと怒鳴りちらしても無駄だった。

 

「君の屁は世界を壊す」

「は?」

 

 千豊には月谷の言っていることは最初から何も理解が及ばないことばかりだったが、この発言もそうだった。

 

「革命と言ってもいい。君のオナラは、世界の構造、仕組みを作り替えてしまう可能性すらある。人類が今までに作り上げた発明、ノーベル賞でさえも、何の価値もないゴミに等しいものになるだろう」

「……意味が分からへん。さっきからあんたは何を言うてんの?」

 

 千豊には理解不能だった。ただの屁で人を殺すだの、世界を変えるだの妄言の類にしか聞こえなかった。

 

「そこでだ。一定の成果も出たし、君の屁の有用性は証明された。私は、君の屁のストックも欲しいし、直接尻から振る君の屁も調べたい。どうかね、協力してもらえないだろうか」

 

「協力なんて、するわけないやろ。ウチは、あんたに利用されるために屁をこいてきたわけやない。ウチの屁はウチと……ポリッツのためにあるんや!」

「ははは、君ならそう言うと思ったよ。沢田出嘉子から千豊真奈は正義感が強いと聞いていたしね」

 

 千豊は出嘉子の名前が出たことでハッと気づく。

 

「出嘉子は……、あんたがこんなことしとるって知っとるんかいな?」

「沢田君かい? 彼女は、私の事はただの教師としか知らないはずだよ。まあ、多少利用価値があるから仲良くさせてもらってはいるがね」

「……」

 

 沢田出嘉子は教師の仮面を被ったこの男に騙されている。この危険な思想を持ち、人の心を持たない道化師に。

 千豊の額に、汗が流れる。このままでは、出嘉子の身が危ない。一刻も早く伝えなければならない、と焦燥に駆られる。

 

(その前に、この男を……気絶させる)

 

 千豊は尻に力を込め、一瞬の隙を窺う。月谷は何をしでかすか分からない、やるなら一発で仕留めようと。

 

「言っておくが、私に屁で気絶させようとしても無駄だよ?」

「ッ!?」

 

 千豊の考えは、月谷により完全に読まれていた。

 しかし、思考が分かるからと言って千豊の屁を止めることなど容易なはずはない。

 千豊は素早く、月谷の鼻へとプリッと尻を突き出す。

 

 バブゥッ!!!!

 

 見事に千豊の尻から屁が射出され、月谷の鼻へとクリティカルヒット――――したかのように思われた。

 

「やれやれ、なぜ人は無駄だと言っても行動してしまうんだろうねえ? 不思議なものだよ」

「な……! ウチのオナラスリーピングが……効いてない!?」

 

 確かに放たれたはずなのに、月谷は何事もなかったかのように平然とその場に立っている。 

 

「どうしてッ……!!」

「鼻栓をしているからね」

「ッ!!」

 

 千豊は月谷の鼻へと注視する。するとそこには二本、白い栓がしてあった。

 

(とにかくこの場は屁による加速で逃げるしか……)

 

 今の技に対して対策していたということは、おそらく他の技にも何かしら策を用意している可能性がある。

 このままでは、不利と見て千豊はその場を逃げるため一歩後ろを下がる。

 

「これも言っておこうか、逃げようとしても無駄だよ?」

「え?」

 

 月谷はパチッと指を鳴らすと、千豊の足元から赤い光が漏れ出した。

 

「ッ!?」

「しばらくは私の言う事は聞いてもらわないといけないからねえ。悪いね、千豊君」

「動けな……い……」

 

 次第に千豊真奈の意識は薄れていく。視界がぼやけ、目の前の男が霞んでいった。

 

「何、死にはしないから安心したまえ」

 

 月谷の言葉はもう、千豊真奈には聞こえていない。

 薄れる意識の中、千豊真奈は走馬灯を見る。

 チームポリッツの仲間たちとの出会い、練習、試合への勝利、敗北。

 毎日、次の試合に勝つために、必死になって練習したその風景を。

 

 そして、最後に千豊真奈の心に写ったのは後輩の笑顔。

 

「……で、出嘉……子………」

 

 彼女の意識はそこで途絶え、深い暗闇の底に沈んでいった。

 

 



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過去篇7. あなたのオナラが暴走する日

 

 

「もうすぐ試合開始の時刻ね……」

 

 私は体育館に掛けられている時計の針を見て呟く。試合開始時刻は10時であるのだが、今はもう9時50分。あと10分で試合が始まってしまう。

 

「真奈さん……」

 

 真奈さんは、まだ試合会場に来ていない。

 その場のチームのメンバーも沈んだ顔をしている。

 

 そんな中、ついに審判の掛け声が体育館に響き渡った。

 

「試合時刻となりました。チームポリッツとチームデスボイスの両者はコートに整列してください」

 

 審判の冷酷な宣言に私は息を呑み、チームの皆も絶望の表情を浮かべていた。

 この雰囲気をまずいと感じ、私は元気な声を作り発破をかける。

 

「みんな! まだ真奈さんが来ないと決まったわけじゃない! それに真奈さんなしでも私たちはきっとやれるわ!」

 

 その言葉に影響を受けたのか、自分達自身を励ますようにメンバーもお互いの顔を見合わせ頷きあった。

 

「うん、そうね。私たちだって練習してきたもの」

「そうよ、それに真奈さんだってすぐ来てくれる気がするわ」

 

 チームの状態は良いとは言えないが、私たちは今までの自分たちと真奈さんを信じることで持ち直したのだ。

 

 

 そして、ポリッツとデスボイスはコートへと入り、ついに試合開始の笛が鳴る。

 

 

ピィーー

 

 

 

 しかし、チームデスボイスはその笛の音が鳴ると同時に異質な発狂を始めた――――――。

 

 

 

 

 

「「「「「「「「アィイイイイイイイイアアアアアアアアィイイイイイイィイイイイイアィイイイイイイイイアアアアアアアアィイイイイイイィイイイイイイアィイイイイイイイイアアアアアアアアィイイイイイイィイイイイイイ」」」」」」」

 

 

 

 開始と同時に、超音波のような声が体育館に響き渡り、会場の窓ガラスが一斉にパリンっと割れだした。

 そのチームデスボイスのデスボイスに私たちは思わず耳を塞ぐ。

 

「何この音!?」

「これがデスボイスの必殺技よ! 練習でも言ったでしょう!?」

 

 口から極端に高音の声を出すことで相手の行動を鈍らせる、チームデスボイスの必殺技だ。

 この必殺技の厄介なところはチームデスボイス全員が同じ技を使うという点である。

 一人ならまだしも、全員となるとコート全範囲が攻撃範囲に等しいのだ。

 

 

「「「「「ウィイイイイウィイイイイイイイイイイイイイイイイイウイイウィウィイイイイウィイイイイイイイイイイイイイイイイウィイイイイウィイイイイイイイイイイイイイイイイイウウィイイイイウィイイイイイイイイイイイイイイイイイウイイウィイイイウィイイウイイウィイ!!!!!!」」」」

 

 

 デスボイスは止まらない。不気味な声を出しながらコートをかけめぐる彼女たちは、最早人間ではなく、闇夜を飛び回るコウモリだった。

 

「くっ! 話には聞いていたけれど、これじゃあ満足に体を動かせないわ!」

 

 私たちは対策として、あらかじめ耳栓を装着していたのだが全く機能しなかった。まるで全身を揺さぶるような超音波は平衡感覚を失わせ、まっすぐ歩くこともできなくなっていた。

 

 その間にデスボイスはパスをつなぎ、あっという間にゴールへとシュートを決めてしまった。

 

 

「真奈さんがいないんじゃやっぱり勝てない……」

「私たちだけじゃ力不足なのよ……」

 

 その圧倒的な力に再びチームメンバーの顔は暗くなってしまう。

 

(こんな時、真奈さんなら!)

 

「真奈さんはきっと来てくれるわ! それまで耐えるの!! デスボイスだってずっとあんな声を出せ続けるわけじゃないわ! 持久戦に持ち込むの!」

 

 私は精一杯の声でチームを励ました。

 しかし、状況が悪いことは明白。たとえ、持久戦に持ち込んだとしても点差は開き続けるだろう。

 

(一体……どうしたら!!)

 

 

「キェエエエエエエエエエイイイイイイキイイィエエエエエエエエエエエイキェエエエエエエエエエイイイイイイキイイィエエエエエエエエエエイイイイ」

 

 デスボイスの超音波が響き渡る中、体育館の扉が開かれた。

 

 

 そして、そこには一つの影が見えた。

 

 

 

 その姿は――――――

 

 

 

「「「「真奈さん!!!!」」」」

 

 

 

 チームポリッツのユニフォームに見を包んだ真奈さんの姿があった。私たちはタイムアウトをとり一斉に真奈さんへと駆け寄る。

 

「遅いですよ真奈さん! 私たちずっと待ってたんですから!」

「ここから挽回しましょう!!」

 

「………………………」

 

 が、真奈さんは虚ろな目をしていてチームの皆には返答せず真っ直ぐコートへと歩き出す。

 

 

「あの……真奈さん?」

 

 真奈さんは私を無視してトボトボ歩き続ける。

 

(いつもと様子が違う……?)

 

 チームの皆は真奈さんが来たことに喜びすぎて真奈さんの様子は気にしていなかった。

 

 

「チームポリッツ、選手交代! 運田アウト、千豊イン!!」

 

 スタメンの運田が外れ、勿論真奈さんが試合に登場した。

 

 

 そして、試合開始の笛が鳴り、デスボイスも発狂を始めたその時だった――――――

 

 

「「「「アィイイイイイイイイイイイイ―――――

 

 

バッボォオオオオオオオオオオバベエボボボボオオオオオオオオオボベエボルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルロロロロロロロロロバビブゥッボボボーバッボォオオオオオオオオオオバベエボボボボオオオオオオオオオボベエボバビブゥッボボボーッバッボォオオオオオオオオオオバベエボボボボオオオオオオオオオボベエボバビブゥッボボボーッバッボォオオオオオオオオオオバベエボボボボオオオオオオオオオボベエボバビブゥッボボボーッルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルロロロロロロロロロバビッボォオオオオオオオオオオバベエボボボボオオオオオオオオオボベエボバビブゥッボボボオオオオオオオオボベエボバビブゥッボボボーバッボォオオオオオオオオオオバベエボボボボオオオオオオオオオボベエボバビブゥッボボボーッバッボォオオオオオオオオオオバベエボボボボオオオオオオオオオボベエボバビブゥッボボボーッバッボォオオオオオオオオオオバベエボボボボオオオオオオオオオボベエボバビブゥッボボボーッバッボォオオオオオオオオオオバベエボボボボオオオオオオオオオボベエボバビブゥッボボボーバッボォオオオオオオオオオオバベエボボボボオオオオオオオオオボベエボバビブゥッボボボーッバッボォオオオオオオオオオオバベエボルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルロロロロロロロロロバビブバッボォオオオオオオオオオオバベエボボボボオオオオオオオオオボベエボバビブゥッボボボーバッボォオオオオオオオオオオバベエボボボボオオオオオオオオオボベエボバビブゥッボボボーッバッボォオオオオオオオオオオバベエボボボボオオオオオオオオオボベエボバビブゥッボボボーッバッボォオオオオオオオオオオバベエボボボボオオオオオオオオオボベエボバビブゥッボボボーッバッボォオオオオオオオオオオバベエボボボボオオオオオオオオオボベエボバビブゥッボボボーバッボォオオオオオオオオオオバベエボボボボオオオオオオオオオボベエボバビブゥッボボボーッバッボォオオオオオオオオオオバベエボボボボオオオオオオオオオボベエボバビブゥッボボボーッバッボォオオオオオオオオオオバベエボボボボオオオオオオオオオボベエボバビブゥッボボボ

 

 

 体育館に凄まじい嵐が吹き荒れた。千豊真奈を起点に起こされた竜巻によって、会場は阿鼻叫喚となる。

 

 

「キャアアアアアアア!!!」

「逃げろオオオオオ!!!!!」

 

 

 奇声を上げコートを走っていたデスボイスは真奈さんから射出される屁に体を吹っ飛ばされ体育館の壁に叩きつけられた。デスボイスだけではない、ポリッツもあまりの屁の勢いに吹っ飛ばされ全員真奈さんの屁の風圧に壁へと圧迫され続けている。

 

「くっ!」

 

 私はなんとか、自分のおっぱいを吸盤代わりにして吹き飛ばされないよう地面にへばりつき耐える。

 

(何よこれ……!! 一体何が起こってるの!?)

 

 吹き荒れる風に目を開け続けることもままらない中、必死に真奈さんがいるであろう場所へと私は叫ぶ。

 

「やめて真奈さん! これじゃあみんな死んじゃうわ!!」

 

 しかし、精一杯叫んでも屁は止まない。それどころか、威力が上がってきているとすら感じる。

……いくらなんでもこれはおかしい。確かに真奈さんの屁は強力だが、こんな災害級の屁をこけるなんて聞いたことがない。

 それに、これだけの屁量を放出して平気なの?

 

 疑問はつきないが、私には今この暴風を耐えるのに必死でそれ以上考える余裕はなかった。

 

(くぅっ!! このままじゃ……、私のおっぱいが保たない……!!)

 

 私は、なんとかおっぱいを床にへばりつかせて飛ばされないようにしていたがそれももう限界に近かった。

 私の右乳は床から離れてしまい、最早左乳だけで自分の体を支えている状態だ。

 

「もうっ……ダメっ……」

 

 が、今にも左乳が離れるかといったタイミングで屁は止んだ。

 

「え?」

 

 半分宙に浮いていた私の体は地面へと落下する。

 その偶然のタイミングによって私は窮地を脱したのだ。しかし、喜びも束の間、上体を起こし体育館を見回した私は言葉を失った。

 

「そんなっ……! ひどい…………」

 

 体育館はあまりにひどい惨状となっていた。デスボイスとポリッツのメンバーは壁に叩きつられたためか壁際で血を流し横たわっており、試合を見学に来ていた客もほとんどが血を流し意識を失っているようだ。

 

 

 この体育館で無事なのは私一人だけだった。

 

 



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過去篇最終回. 千豊真奈、死す

「あなたは……本当に真奈さんなの……?」

 

「……………」

 

 半信半疑で問いかけた言葉に、目の前の真奈さんは反応することはなくただ無言でこちらをぼんやりと見つめている。

 

 私には、信じられなかったのだ。あの真奈さんが人を傷つけるためだけに屁をこいたことに。

 だが、今もなお体育館に残る屁の臭いが私へと冷静に告げている――私の目の前にいるのは正真正銘の『千豊真奈』だということを。

 

 

「どうして……こんなことを? 何か理由が――ッ!?」

 

 瞬間、真奈さんは爆発音と共に空圧を私へと直進させてきた。

 私は、その見えないオナラを過剰に避けるように咄嗟に横へと身を投げる。

 私が居た場所に不可視の大砲が通りすぎたようで、付近に凄まじく吹いた風がその威力を教えてくれた。

 

 しかし、私が驚いたのは屁の威力だけではない。

 

(いつオナラを振ったのか分からなかった……! まさか、ノーモーションでオナラを振るなんて!!)

 

 

 真奈さんの姿勢は先程と変わらない、ゾンビのようにフラフラとしているだけ。

 その状態から、あろうことか真奈さんは攻撃する素振りも見せず、屁をこいたのだ。

 

(何なの……、このオナラは。今までのオナラとまるで違う、ただ存在するだけで絶望してしまうような……)

 

 私は、再びその屁の威力を確かめるように、屁の通り道に目を向けた。

 

 すると、真奈さんのオナラが直撃したのか一つのバスケットボールが穴を開け転がっていたのだが……。 

 

「えっ……?」

 

 それは、不思議で不気味な光景だった。

 オナラで貫かれたバスケットボールは、貫かれたまま萎むことも破裂することもなくただ球体に穴が空いたままの状態で転がっていたのだ。

 

「これは……」

 

 悪い予感がする。この現象が意味することは分からないが、きっとあの技に直撃すれば私は死ぬ。

 

「…………」

 

 私は、息を飲み真奈さんから視線を外さない。おそらく、他の倒れたポリッツやデスボイスのみんなはオナラの起こした風圧で吹き飛ばされただけ。あの技を直接受けたわけではないため死んではいないだろう。

 

 ただ、風圧で壁に打ち付けられた体は外傷がひどく、このままなんの処置もしなければ危険だ。

 

 

 だが、その前にどうにかして真奈さんを止めなければ。

 

 

(今の真奈さんは正気じゃない。目を覚まさせないと……)

 

 バブバブゥッ!!

 

 爆発音が聞こえた。その攻撃の合図に反応し、必死に飛び退く。そして、私の居た場所には暴風が通り過ぎた。

 

 が、私は飛んでいる最中にハッとする。

 

(一見、一つの音に聞こえたけど、あの独特なオナラの音は2つの音が重なった時に出す真奈さん固有の癖……!)

 

 オナラを一発を打ったように見せかけて、実は二発打つという真奈さんのフェイク技だ。

 

(……まずいッ!)

 

 私は、必死に体制を変え二発目の屁から逃れようとするが空中を跳んでいるため動けない。

 私の真ん前から風が向かってきているようで、風圧により視界がブレている。

 

 私を射殺そうと猛然と迫り来る刃に、私は回避することもできない。

 

「…………ッ!!」

 

 

 どうすることもできない状況で、もう諦め掛けていたその時。

 

――――オナラは、私の顔面の手前でかき消えた。

 

「…………え?」

 

 空に浮いていた体を地面へと着地し何事かと辺りを見回してみる。

 しかし、体育館の様子は変わっていない。

 

 もし、誰も真奈さんの技へと介入していないの

だとすれば。

 

 

 

 

 

(で、でかこ……)

 

 

 

 

 

 私の耳に微かに聞きなれた声が聞こえた気がした。その音の発信源に目を向けると、そこにいるのは真奈さんだ。相変わらず虚ろな表情で目の焦点は定まっていない。

 

 

「でも……、あれは間違いなく真奈さんの……」

 

 

 

 そう思って私は真奈さんを見つめ続けていると――――。

 

 

 

 

 

『ぶぶぶぅ……』

 

 

 

 

 

 

――――私の聞いた音は、彼女の(こえ)だった。

 

 聞き間違いなんかじゃない、しっかりと私に向けて発せられた言葉(オナラ)

 

 

(尻から……、尻から真奈さんの声が聞こえた……!! 私に何かを訴えかけようとする真奈さんの声が!!)

 

 

 きっと彼女のオナラが今できる精一杯の私に自分の思いを伝える発信手段なのだろう。

 その思いに応えるべく、私は必死に言葉を発する。

 

 

「真奈さん!? 真奈さんなんですか!?」

 

『ぼぶばぁ……』

 

 私の問いに、力ない屁で肯定する真奈さん。

 まさに生前の灯火、今すぐにでもその小さな火種を守らなければ真奈さんのオナラはお尻ごと消えてしまうだろう。

 

 

「真奈さん、一体何があったんですか!? 私は一体どうすれば!!」

 

『ぶびばぼぉ……、ばべばぶぅ……』

 

(…………え?)

 

 

 そう言った真奈さんは徐に体を動かし始める。

 それを見て一瞬構えた私だったが、すぐに言葉を失ってしまった。

 

「どうして、そんなポーズを……」

 

 真奈さんは天に向かって尻を突き出し、前屈のような姿勢をとった。

 心なしか天を向く尻が上から降り注ぐ明かりにより神々しくも見える。

 

 だが、そのポーズの意味を私は理解してしまった。

 それは、何かが来るのを待ち構えているような姿勢。真奈さんは天の恵みや神からの祝福を待っているわけではない。

 

――――生きることを諦めた罪人は処刑のために頭を差し出す。

 

 そう。真奈さんは私に尻を差し出し、介錯を待っているのだ。

 

 つまり、自分を倒してくれというサイン。

 

 

「私に、あなたを倒せと……?」

 

『…………ぶぅ』

 

 真奈さんは私を使って自分を倒させようとしている。

 真奈さんが正気じゃないことは分かる。でも……、でも私には……。

 

「私に、真奈さんを倒すなんてできるはずがないじゃないですか! それに真奈さんいつも言ってましたよね? 諦めたらそこで終わりだって! 他に方法はあるはずですよ!」

 

 段々と弱々しくなっていく真奈さんのオナラが消えないよう、叱咤するように私は叫んだ。

 このままでいいはずがない、そんな終わり方でいいわけがない。

 

 千豊真奈はきっと終わらない。どんな苦境に立たされようとも笑顔で乗り切り、みんなを守ってくれる。

 だからこその絶対的エースなのだ。

 

 今回もきっと――――――。

 

『びば……、ぼぶばぶばばべぶぼぉ……。ぶぶぶぅ。ばぁ……ばぁ……ばばぶ……!! ばばぶべべべぶぼぉおおお!!!!』

 

 しかし、私の祈りを裏切るかのように真奈さんは再び何かに支配されはじめた。

 その屁の音からも切羽詰まっている様子が窺える。 

 

「真奈さん!」

 

 息も絶え絶えに尻から言葉を発する真奈さんだったが屁の呼吸は乱れ、様子が変わっていく。

 

 今にも呑み込まれてしまいそうな、そんな苦しげな屁。

 

 やがて、真奈さんは何かに取り憑かれたように急変していった。

 

『ぶぶぶぶぶうううううううううううううううう!!!!! ばばばばあああああああああ!!!!!!!!』

 

「真奈さん!? しっかりして!!」

 

 穏やかだった屁の音は荒々しく変わり、そこに真奈さんの面影は消えてゆく。

 

 

 

ブブブブブブブブブブボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお

 

 

 やがて真奈さんは正気を失い、再び何かに支配されたようにコート上で屁の暴風を巻き起こし始める。

 

「どうして……。これしか、方法は……ないの?」

 

 真奈さんが苦しんでいるのなんか一目見れば分かる。そして、真奈さんは必死に自分の内にある何かに抵抗している。今私が吹き飛ばされていないのがその証拠。真奈さんは自分の屁が出過ぎて私を攻撃しないよう懸命に耐えているのだ。

 

「決意するしか……ないのね」

 

 不思議と涙は流れない。この碁に及んでも、きっと真奈さんならどうにかしてくれると、期待している自分がいるからだ。

 いや、正しくはそう思わなければ私には介錯などできない。

 

 向かい風の中、私は真奈さんへと一歩一歩近づく。

 

 ……一歩が重い、真奈さんに近づくにつれ私の心に重石が積み上がる。

 

 30歩ほど歩き、私はようやく真奈さんの尻の前まで辿りついた。

 

「…………」

 

 私の前には今も苦しげに屁を出し続ける真奈さんのお尻。

 その尻を目に焼き付けるように私はしっかりとしゃがみ至近距離で眺める。

 

 迷いはない。これで真奈さんが楽になるのならば迷うわけにはいかない。

 

 私は冷静に自分の胸を真奈さんの尻に近づけていき、胸と尻の割れ目をぴったりと合わせた。

 

 そして、真奈さんの屁をこき続けているお尻へと私は胸を小刻みにブルブルと振動させる。

 

 

 

「おっぱいバイブレーション」

 

 

 その小刻みの振動はただの振動ではない。私の洗練されたおっぱいによりその振動は驚異的な破壊力を生む。

 振動を地面へと伝えれば小規模の地震が起こせるような、私の切り札ともいうべき必殺技。

 そして、この必殺技を発案したのは他でもない、真奈さんだ。

 

 

 

 

 あなたが育てたこのおっぱいで、あなたの尻を壊します――――。

 

 

 

 私は罪を背負う。一生、消えない罪を。

 育ての親を殺すという、重罪を。

 

 

 

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!!!!!!」

 

 

 そして。

 屁は勢いを失くし、すべてを出し尽くした真奈さんは。

 

「ッ!!」

 

 真奈さんは全身から力が抜けたようでガクリとうなだれた。前のめりに倒れそうになった体をすかさず支え、ゆっくりと地面に下ろす。

 

「…………」

 

 起き上がらない真奈さんの傍らに私は座り込んだ。

 

(真奈さん……)

 

 私は、静かに真奈さんの尻を撫でる。

 

「あなたのお尻は、こんなにも柔らかかったんですね…………」

 

 このプリンプリンの尻からあんなにも力強いオナラを出していたことを、私は今初めて知った。

 

「本当に……柔らかい…………」

 

 

――――なのに。

 

 

「……こんなにも……冷たいッ……」

 

 真奈さんの先程まで放たれていた熱はどこへ行ったのか、尻は生気を失ったように冷え切っていた。

 

 

 一体何が起こったのか、理解できない。理解したくない。

 

 

 私は、真奈さんの尻を殺してしまった。

 

 大好きな真奈さんを、このおっぱいで。

 

 

 目の前が真っ暗になった私の手になにかが触れた。見下ろすとそれは真奈さんの指。最後の力を振り絞って私に触れてきたのだ。

 そこには、正気に戻ったいつもの優しい真奈さんがいた。

 

 私は、縋るように真奈さんに叫ぶ。

 

「お願いっ! 死なないで、真奈さん! あなたが今ここで倒れたらデスボイスや他のチームとの試合はどうなっちゃうの!? それに、まだ私は……!!」

 

 今にもいなくなってしまいそうな真奈さんの指を掴む。

 

 どうか、消えないで。私達をおいて消えてしまうなんて認められない。

 

 私のしていることは定められた運命にただ泣きわめき駄々をこねる子供のわがままなのだろう。

 だから、きっと今ひどい顔をしている。

 

 しかし、そんな私の様子を見たのか真奈さんは微笑を浮かべた。

 真奈さんの顔はやつれていて、きっと笑顔を作ることも難しいはずだ。

 でも、その笑顔は私やチームメイトにいつも向けていた慈愛の込もった表情。

 

 

 

 そして、真奈さんは私の頬に手を当てて、私へと最後の言葉を残した。

 

 

 

 

ぶぶぶぶう(ありがとう)……」

 

 

 確かに私は聞いた。

 ありがとう、と言った真奈さんの屁を。

 

「あなたは、あなたはいつもッ……ううっ……!!」

 

 こんな時でも、私に気を遣って。自分の方がよっぽど苦しいはずなのに。

 

 私の頬に一筋、涙が伝う。

 

「お礼を言わなきゃいけないのは私の方ですよ……」

 

 その呟きが聞こえたのかどうかは分からない。ただ、真奈さんはニッと笑って目を閉じる。

 

 

 それっきり、真奈さんは動かなくなった。

 

 



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14. 尻殺しの罪とこれからの私

「――これが、私と真奈さんの過去よ」

 

「……………」

 

 虎白の選手達は、私の口から話された過去に言葉を発せずにいた。

 表向きに報道されたのは、真奈さんが試合中重症を負ったことだけ。私が真奈さんの意識と尻を死へと追いやったことなど誰も思いもしていたなかったはずだ。

 言葉を失ってしまうのも無理もない。

 

「あの試合の惨状は酷かったものの、軽症の人が殆どで、幸いにも死人は出なかった。でも、ただ一人。真奈さんだけは今もなお眠り続けている」

 

 その場にはただ、沈黙だけが漂っていた。私はその雰囲気に耐えられず自嘲気味に言葉を漏らす。

 

「あなた達が信じてきた人間が、尻殺しだったんだもの。幻滅するのも無理はないわ……」

 

 そうだ、これは嫌われる覚悟で話したこと。………これでもう終わりにしなければならない。

 

「巻き込んでしまってごめんなさい。山下君の事は私がなんとかする。だから―――」

 

 

 

 もう私についてくる必要はない。

 

 

 しかし、私が最後まで言い切る前に選手達はその言葉を遮った。

 

「まだ僕たち、何も言ってませんよ? 幻滅なんかしないです。それに、山下のことは僕たちの問題でもある。監督だけに任せるわけにはいきません」

「そうですよ! なんでも一人で勝手に決めないでください!」

「俺達、仲間でしょう?」

 

 思いもしなかった返答に思わず言葉が詰まる。 

 

「どうして……」

 

 私についてこようと思えるのか。あの運命の日、罪を犯した私に。

 

「私は……真奈さんの……一人の尻の命を奪ったのよ……?」

 

 最初から、私に監督の資格なんてなかったというのに。

 

「私は……間違えてしまったの。その証拠にあの日の私を糾弾するように私のおっぱいは固まってしまった」

 

 私が求めていたのは優しい言葉ではない。

 

「私は!! 自分のおっぱいにも見放された哀れな女なのよ!!」

 

 自然に、いつの間にか私の目に涙が溜まっていた。あの日以来流すことができなかった涙、長年私の心を支配し続けていた哀しみが溢れ出していく。

 

「もう優しくしないで!! 私は罪人なの!! 私を軽蔑しなさいよ!! 私のおっぱいみたいに!!」

 

 声にならない絶叫が体育館に響き渡る。私を、理解してほしくない。それは間違っていたことだから。私は、許されてはいけないから。

 

 しかし、出し抜けに永田が私に問いを投げかけた。

 

「だって、監督はバスケが好きでしょう?」

 

「え……?」

 

 私は顔を上げて永田へと目を向ける。永田は私から目を反らさずに優しく語りかけた。

 

「そんなことがあったのに、バスケを続けていたのはバスケが好きだったからなんじゃないですか?」

「……それは」

「僕に何が正しかったのかなんて分かりません。でも、真奈さんが目覚めたときにあなたがバスケを愛していることが二人にとっての救いになるんだと思います」

 

「真奈さんが……目覚めた時……?」

 

 

 言葉にされて思わずハッとする。

 

 

 私はずっと過去に囚われ続けていた。でも、提示されたのは真奈さんが目覚めたときの未来。そんなこと……一度も考えたことはなかった。

 

「私は……このままあなた達の監督でいいの?」

 

「当たり前です。監督はどうしたいんですか?」

 

 

 逆に聞かれた言葉に私は前を向いた。私は自分の胸に手を当てて自分がなにをしたいかを思い浮かべた。

 

「私は――――」

 

 つい先程まで後ろ向きにしか物事を考えられなかったのに。

 

「私は……バスケが好き。山下君も、永田君も……虎白の選手達が好き。そして、真奈さんも。……私はあなた達の監督を続けたい」

 

 私は欲張りかもしれない。でも、私は全部欲しい。みんなの幸せを、みんなの笑顔をまた見たい。

 

 だから、私は―――――。

 

「山下君と真奈さんを取り戻す。そして、もう一度。……もう一度、二人のオナラを嗅ぎたい」

 

 私の目にはもう一点の曇りはない。その決意はきっとこれから先、二人が戻ってくるまで揺らぐことはないだろう。



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15.動き出したおっぱいと悪意

 

「私はきっと、二人を救ってみせる」

 

 私の決意は固まった。そして、そんな私についてきてくれる頼もしい仲間も集まっている。

 今ならどんな敵にも負ける気がしない。

 虎白の選手たちは、私へと微笑みかけ頷いていて今まさにここにいる全員の意思が一つになったのを実感する。

 

 ――――そんな時だった。

 

ブボボボボッ――ブボボボボッ――ブボボボボッ

 

 突然、体育館に鳴り響いた場違いな音。

 

「オナラの音……?」

「誰だよこんな時に……」

 

 私達の決意に水を刺すかのような音に、虎白の選手達も少し苛立ってしまったようだ。

 なので私はすっと手を挙げ、正直に名乗りを上げた。

 

「ごめんなさい。私よ。私のスマホの着信音だわ」

 

 私はスマホの画面に目を向け、写された名前に眉を顰める。

 

「…………万田?」

 

 万田は私がチームポリッツに所属していたときの同期だ。彼女は今でもポリッツに所属し女子バスケの最前線に立っている。

 

 数年来、お互い連絡も取っていなかったのにどうしていきなり……。

 悪い予感を感じつつも私はスマホの着信をとった。

 

「私、沢田出嘉子だけど。突然、電話してくるなんて何かあったのかしら?」

 

 私は耳にスマホを当てながら冷静に尋ねる。

すると、受話器越しの声は切羽詰まった様子で、

 

『大変なの!! 病院から真奈さんが消えたらしいのよ!!!!』

 

 その言葉に私の目はひんむかれる。言っている意味が分からず聞き返してしまう。

 

「ッ!! なんですって!?」

「警察にも連絡して探してもらってるんだけどなにも手がかりがないみたいで…………」

 

 真奈さんが消えた……!?

 

 私の頭は混乱し、真っ白で言葉を失ってしまった。

 

「あと、ついでに運田もポリッツのしばらく練習に来てなくて連絡もつかなくなったの!! もしかしたら、何か関係があるのかも――。出嘉子なら何か心当たりがあるんじゃないかって思って連絡したけど……その様子じゃ何も知らないみたいね。また、進展があったら連絡するわ」

「え、ええ……」

 

 プツッ

 

 通話を切った私は、全身の力が抜けスマホを床に落としてしまった。

 

「監督……。一体何があったんですか?」

 

 私の動揺ぶりに何かを感じ取った虎白の選手たちが心配げに私に問いかけてきた。

 私は小さく口を開け、簡潔に答える。

 

「真奈さんが……病院から消えたそうよ。植物状態だったはずで……誰かに連れ去られたんだわ」

 

「ッ!! 監督! どうするんですか!?」

 

 選手たちも、驚いたようでざわつき始めた。

 

(こんな時こそ私が、冷静にならなきゃ)

 

 自分にそう言い聞かせ、頭を回転させる。真奈さんが消えたことは十中八九、野獣の運田、屁こきの山下君が絡んでいるだろう。

 ならば、私達に今できることは――――。

 

「とにかく、今からポリッツの練習場に行って話を聞きましょう。運田のことも気になるし、何かわかるかもしれない」

「わ、わかりました」

 

 選手たちは私の言葉に頷いた。

 

 しかし、そんな時、選手の一人が出し抜けな声を発した。

 

「あ、あれ? 川口は? さっきまでいたはずなのに」

 

 そう言われてハッとする。虎白の選手の一人、川口ドリオがいなくなっていた。ついさっきまで、そこで一緒にいたはずの生徒だ。

 

「トイレかしら? とりあえず川口君には、私達は今からポリッツに向かうと連絡を入れておくわ」

 

 

 どうにも胸騒ぎがする。私の固まってしまったおっぱいでさえも動き出してしまうような不安が心を支配していた。だが、今の私は祈ることしかできない。

 

 

(どうか無事でいて……! 真奈さん!!)

 

 

 

 

 

 川口ドリオは、沢田や他の虎白が話し込んでいる間に誰にもバレないようこっそりと体育館を抜け出していた。

 

「こんな危ない事件に首突っ込もうとするなんてバカかよ! やってられるか!!」

 

 川口は、なんとなく虎白のバスケ部に入部したただの一般人だ。バスケを始めた理由もただ女にモテそうだったから、という不純なものだった。

 そのため、途中から他のオナラで暴風を起こす山下や、回転して空を飛ぶ志木など他の部員についていく力もやる気も持ち合わせていなかった。

 

 彼にとっては、山下が虎白を裏切ろうが、千豊真奈が病院から連れ去られようがどうでもいいことだったのだ。

 

「こんな部活、辞めてやるよ」

 

 先程はプロバスケプレイヤー運田に殺されかけた。これ以上ここにいれば自分の身が危ない、今すぐに辞めなければならないと、本能がそう言っていたのだ。

 川口は退部を決めて、学校の職員室へと向かう。途中で退部届に記入した後、ついに職員室の扉までたどり着き、ガラガラと開けた。

 

「すいませーん、月谷先生いますか?」

 

 川口ドリオの目当てはバスケ部の顧問、月谷だ。

 

 退部届を手に持ち、職員室を見渡す。しかし、職員室は誰もいなかった。

 ただ、一刻も早くバスケ部を辞めたい川口はまた折り返して来ようとは思えず、月谷の机へと向かう。

 そして、一番窓際にあった月谷の机の上にポンっと退部届を置いた。

 そのまま踵を返そうとした川口だったが、ふと月谷について疑問が浮かぶ。

 

(月谷のやつ、練習にも試合にもほとんど顔を出してないけど、いっつも何やってんだろ。沢田監督の高校時代の名監督って聞いてたのに)

 

 川口は、視線を月谷の机の引き出しへと向ける。職員室をぐるりと見渡すが人は誰もいない。今の川口を突き動かすのはただの興味本位だ。

 

 

 川口はすっと引き出しへと手を伸ばす、鍵はかけ忘れたのかかかっていないようだ。

 

 導かれるように中を開けるとそこには――――。

 

「……これは、ノートか?」

 

 引き出しに入っていたのは、一つのノートだ。なんの気なしにペラっとページを捲る。

 

 しかし、そこに載っていたものは川口の思いもよらないものだった。

 

「ッ!! な、なんだよこれッ!?」

 

 まず川口の目に入ってきたのは、一枚の写真だ。

 

「沢田監督と、千豊真奈……か?」

 

 写真に写っていたのは沢田出嘉子と千豊真奈の二人。正確には、沢田が自分のおっぱいを千豊の尻に押し付けていた。沢田は号泣しながらおっぱいに手を当てていて、千豊は放心しているような様子だ。沢田のおっぱいは振動していたのかブレて写っている。

 

「ま、まさかこれ、沢田監督が千豊真奈の尻を殺した瞬間の写真かッ……!?」

 

 しかし、どうしてこんな写真が月谷の机の引き出しから出てきたのか。

 この試合のことを知っているのは極一部だと沢田は話していた。まして、この試合の目撃者は誰もいなかったと沢田は話していたはず。

 

 にも関わらずここにはバッチリと尻殺しの場面が写されている。

 

 息を呑み、川口は次のページを捲る――――。

 

 

 

 

 

 

 

「おや、川口君じゃないか」

 

 

 

 

 

 

 

 後ろからかかった声にビクリと肩を震わす。咄嗟に川口はさっとノートを閉じ、引き出しに戻した。

 幸か不幸か、月谷の机は職員室の扉からかなり遠くの場所にありその引き出しは今の月谷の位置からは死角の部分。バレていない……はずだと言い聞かせる。

 

「どうしたんだい? 珍しいじゃないか、君がここに来るなんて」

 

 一歩一歩、月谷が近づいてくる。心臓の鼓動は早くなり冷汗で背中にシャツがべっとりと張り付いていた。

 

「い、いえ! ちょっと相談があって来たんですけど、用事を思い出したのでやっぱりまた改めて伺います」

「ああ、そうかい。……その手に持っているのは退部届かな?」

 

 月谷の視線は川口の手元の退部届だ。

 

「は、はい……。でもまだ自分でも考えなおしてみますので……」

「うん、それがいいだろう。バスケはチーム戦だからね。退部は君だけの問題じゃあない、しっかり自分で考えた方がいいだろう」

 

 なんとか、話をそらすことができたようでひとまずホッとする。最早、川口にとって退部などどうでもよくなっていて、この場からすぐに逃げることだけで頭の中がいっぱいだった。

 

 

「では、僕はこれで帰ります。すいません、突然……」

「いや、いいんだよ。――それより、何かあったのかい?」

 

 ふいに、抽象的に投げかけられた言葉にゾッとする。しかし、平静を装い、なんでもないように返す。

 

「い、いえ、何もないです」

「あはは、なんだか様子がおかしかったように見えたからね。それじゃ、また明日ね」

「は、はい。では」

 

 そう言って、月谷は自分の席についた。なんとか場を収められたようで、胸を撫で下ろす。そして、職員室から逃げるように跡にした。

 

(まさか、あの月谷が全ての元凶だったとはな……)

 

 川口にとっては思わぬ事を知ってしまったが、ひとまずは逃げ切れた。

 あとは、どうするかが問題だ。警察に突き出すか、それとも何も知らないふりで押し通すか。

 

 そんなことを考えながら、廊下を歩いていた。

 

 

――――突然、後ろから肩を叩かれた。廊下を進んでいても人は誰も歩いておらず、音もない。この広い廊下に存在するのは、川口ただ一人のはずだった。

 

 肩に置かれた手を見つめる。それはひどくしゃがれた老いた手。川口は、その手の主を見るため振り返った。

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――見たね?

 

 

 

 

 

 

 

 そこにあったのは月谷の真っ黒な瞳だった。

 

 



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