蒼炎の英雄 (たまの助)
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ヒーロー

 事の始まりは中国、発光する赤子が産まれたというニュースからだった。それ以降各地で『超常』が発見され、原因も分からぬまま時は流れる。

 いつしか『超常』は『日常』に……

架空(ゆめ)』は『現実』に……!

 社会人口の約8割が"特異体質”を持つ人間となった、超人社会。混乱渦巻く世の中で、かつて誰しもが憧れた職業が脚光を浴びていた。

 

『ヒーロー』

 

『超常』の出現に伴い跳ね上がった犯罪係数。その犯罪を止めるべく立ち上がった勇気ある人々の活躍により、ヒーローは公的職務として定められた。

 そして彼らはその活躍に応じて与えられるのだ。

 国から収入を、人々から名声を!

 

 

 だけど、

 

 僕こと 白石(しらいし) 雄斗(ゆうと)はそんな世の中で、ただ腐っていた。

 

 

 何万もの『超人』が産まれる中、稀になんの力も持たない『無個性』と呼ばれる人間が産まれる。それは言葉の通り個性のない者、つまり普通の人間だ。

 だが、その普通(・・)はもはや現代では稀少(・・)となっていた。

 

「個性の発動が見られない……雄斗くんは『無個性』ですね」

 

 そして、齢4歳にして僕に押されたのは『無個性』という烙印。これまで抱いてきた夢はあっさりと打ち砕かれ、僕は絶望の底へと落とされた。

 

 今現在、16歳となった僕は学校にも行かず、家で怠けているだけな自堕落な生活を送っている。

 両親も僕を無個性として産んでしまったことに負い目を感じてか、特に何も言ってこない。

 両親への申し訳なさもあるが、それ以上に外の世界が怖かった。学校に行くとまたいじめられるんじゃないかと、震えていた。

 

 この世は不平等だ。

 産まれた時から、持ってる者と持ってない者で格差がつけられ、持ってない者は必然的に貶められる。差を見せつけられ、絶望するのだ。

 

 最初は僕だって夢を諦めなかった。だけど、世間はそれを許さなかった。

 

 無個性なりにヒーローになろうと頑張っていた僕は、小学2年生の時イジメを発見した。1人に対して3人で、よってたかって暴力を振るっていた同級生達を止めようと、前に出た。

 しかし、そんな僕に待ち受けていたのは残酷なまでの暴虐。結局イジメられてる子1人助けられずに為す術もなくボコボコにされた。

 

『個性持ってねえお前がヒーロー気取りか? 個性がなきゃヒーローになんてなれるわけねえだろ!』

 

 これは、その時言われた言葉。全くもってその通りだ、正義の心を持っていようと、個性(チカラ)がなきゃ、正義を実行できなきゃ意味が無いんだ。

 つまり、無個性にヒーローなんて不可能なんだ。

 

 これが、この世の理だった。

 



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伝説

 「あっつい……」

 

 何日ぶりだろうか、家から出て外の空気を吸うのは。

 別に空気が美味しいとか、開放感が気持ちいいとか、そんなものは一切無い。玄関から出た直後の今でさえ、はやく家に帰りたいと思っている。

 けど、そんなわけにはいかなかった。

 

 両親は仕事の関係で1週間ほど家を空けている。家事はいつも親に任せっぱなしだったのだが、この1週間は自分でやらなければならないのだ。

 そして今は、とりあえず1週間分のインスタント麺でも買っておこうかと思い、スーパーに出かけようとしていたところだった。

 

 猛暑の陽射しが降り注ぐ。そういえば夏だということを完全に忘れていた、暑苦しくてたまらない。こんなことなら、外出なんて考えなければ良かった……。

 憂鬱げに、帽子を深く被る。

 

「はぁ……」

 

 考えていてるだけじゃ何も始まらない。1つ、溜め息をついてから仕方なくスーパーへの歩みを進める。

 といっても外に出たのは本当に久しぶりで、スーパーの場所すらうろ覚えだ。ひとまずはスマートフォンでマップを見ながら向かうことにした。

 

「なんか、変だ」

 

 少し歩いてから、異変に気付いた。それは異様なまでの静けさ。見れば、昼間だと言うのに周囲に全く人が居なかった。

 

「なんだ……?」

 

 見通しの良い路地に、正面にも背後にも人影は無い。

 どうかしたのだろうか。

 

 

 

「隠れ(みの)、見ィつけタ!」

 

 突然だった。先ほど踏みしめたマンホールの蓋が開き、中からドロドロとした流動的なナニカが襲いかかってきたのだ。抵抗しようにも、振り払うことも出来ずに成されるがままになっていた。

 

「ん゛〜〜!!!」

 

 息が、出来ない。苦しい。

 泥のようなナニカは僕の身体の中に入り込んでこようとする。気持ち悪い、気持ち悪いが、どうしようも出来ない。

 

「身体を乗っ取るだけさ! 安心しな、苦しむのは約45秒。それで楽になれる」

 

 身体を乗っ取る? どういうことだよ、それ。

 嫌だ嫌だ嫌だ! だけど、身体を暴れさせて抵抗してもその全てが無駄に終わる。

 そんなの、当たり前だ。無個性が個性持ちに勝てる筈が無いんだ。

 

 あぁ、意識が遠のいていく。そうか死ぬのか、こんな形で。

 でもまぁ、良いか。どうせ無個性じゃヒーローなんてなれない。無個性な僕は、夢に向かうスタートラインにすら立てなかった。

 それなら死んで来世に期待した方が、マシだろう。

 

 

 

 

 そんな時に、憧れは現れた。

 

「少年よ、もう大丈夫だ! なぜって?」

 

 いつもテレビの前で聞いていた声が、夢が、伝説が……!

 

「私が来た!」

 

 No.1ヒーロー『オールマイト』

 伝説とも言われるその人がそこにはいた。

 

TXAS(テキサス) SMASH(スマッシュ)!!!」

 

 この泥みたいなやつに物理攻撃は効かない。けど、オールマイトはパンチの風圧だけで吹き飛ばしてみせた。

 夢にも見たオールマイトとの邂逅。

 あれ、でも何だか視界が……。

 

 どうやら体力も限界だったらしく、僕の意識はそのまま途絶えた。

 

 

ペチペチ、と頬を優しく叩かれて意識が覚醒する。

 一体なんだ……? 僕は確か買い物に行くために久しぶりに外に出て、それで運悪く(ヴィラン)に襲われて、それで……。

 

「オールマイト!?」

 

 そうだ、思い出した! オールマイトだ、オールマイトが助けてくれたんだ!

 ガバッと勢いよく起き上がり、目の前を見ると、そこには筋肉ムキムキで気味の良い笑顔を浮かべた、僕の理想(ユメ)が居た。

 

「おお、良かった! 起きたか少年」

 

 凄い……! 液晶を通してなら何千回も見たことはあるけど、やっぱり生だと迫力が半端じゃない! それに、画風が全然違う!

 

「いやぁ、間に合って良かった! 一応危ないところだったんだぞ、君」

 

「あ、ありがとうございます! あの、サインを……ってもう書いてある!?」

 

 サインを貰おうと差し出した帽子には、既に『ALL MIGHT』という文字が刻まれてあった。

 流石はNo.1ヒーロー。こういうことには慣れきっているのだろう。

 それにしても感激だ、まさか本物のオールマイトと出会えるなんて。

 

「さて、私はこれを警察に届けに行くとするよ」

 

 泥の詰まったペットボトルをこちらに見せると、オールマイトはそう言った。あの泥は恐らくオールマイトが吹き飛ばした(ヴィラン)だろう。それならはやく警察に届けなければならない。

 

「では、液晶越しにまた会おう!」

 

 飛び去ろうとするオールマイトを慌てて止める。

 ひとつだけ、聞きたいことがあるんだ。

 

「ちょっと、待ってください! 最後にひとつだけ聞きたいことがあるんです」

 

「時間はあまり無いのだが……仕方ない、なんだ少年?」

 

 少し深呼吸をして、息を整える。

 きっとこれから僕は絶望する。けど、これは聞いておかなければならない。

 

「無個性でも、ヒーローは出来ますか? 個性がなくても、あなたみたいになれますかっ!?」

 

 トップヒーローである、オールマイトにこれだけを聞いてみたかった。無個性(ぼく)でも、ヒーローになれるのか……。

 

「あなたみたいな、笑顔で人を助けられるような人に、僕はなりたいんです!」

 

「無個性……か」

 

 オールマイトは僕の言葉を聞くと、一度「ふう」と溜め息をついてから真剣な顔で、言葉を紡ぎ始めた。

 

「ヒーローはいつだって命懸けさ、命を落とすことだって少なくない。それ程までに、現代社会に蔓延る悪は深く根付いている。

 (ヴィラン)と戦うには個性(チカラ)は不可欠。無個性でヒーローをやるのは、難しいだろう」

 

「やっぱり、ですか……」

 

 俯いて、涙をこらえる。分かっていた、分かっていた筈なのに、涙が止まらない。憧れ(オールマイト)に夢を否定されるのは、ここまで辛いなんて……。

 

「だからこそ、君に問おう」

 

 オールマイトは僕を指さして、そう言った。

 

「君はヒーローと人を助ける者、どっちになりたいんだい?」

 



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目覚めの鼓動

『君はヒーローと人を助ける者、どちらになりたいんだい?』

 

 それだけ言い残して、オールマイトは飛び去っていった。流石に2度も引き止めるわけにはいかないので、僕は黙って見過ごした。

 

「ヒーローか、人を助ける者……」

 

 何度も、頭の中にオールマイトの問いかけが反復する。

 なんで、オールマイトがこんな質問をしたのか。その意図はもう分かっている。

 この質問は、ヒーロー以外にも人を助けられる仕事があるっていうことの暗喩だ。

 

 分かっていたさ、無個性(ぼく)なんかにヒーローが出来ないってことくらい。

 それでも、夢くらいは見たかったんだ。

 

 スーパーへの道を、独りでトボトボと歩く。なんだかそれがやけに虚しかった。

 

 (ヒーロー)か、理性(人助け)

 

 そんなの……。

 

 

 そんなの、どっちもなりたいに決まってる……!

 

 気が付いたら涙が流れていた。

 それ程までに、僕の(ヒーロー)への執着は強かったんだと、実感する。

 

 泣くな、泣くなよ、白石(しらいし) 雄斗(ゆうと)! 分かってた筈だろ! 無個性(ぼく)じゃヒーローになれっこないことくらい!

 そう自分に言い聞かせても涙は止まらない。

 

 あぁ、クソ、やっぱり駄目だ。やっぱり僕は、泣き虫だ。子供の頃もこんな風に泣いてたっけ。こんなんじゃ何も変わってない、何一つ成長してない。

 

「帰ろう……」

 

 頭の中はぐちゃぐちゃだ。もう何をする気力もない。何もしたくない。帰って布団にくるまって眠っていよう。

 何も出来ない僕は、それが一番いい。

 

 踵を翻し、進んでいた方向と真逆の方向に歩き始める。

 もう、面倒くさいのだ。全部、ぜんぶ。

 

 そうした矢先、突如異変は起こった。

 

「キャアアアアァァァァ!!!」

 

 背後から悲鳴が聞こえ、咄嗟に振り返る。

 するとそこには先ほど僕を襲った泥のような(ヴィラン)と、それに襲われている少女が居た。

 

 なんで!? あの(ヴィラン)はオールマイトが倒して警察に届けに行った筈!?

 

 いや、違う。確かにあの(ヴィラン)はオールマイトが持っていった、けれどアイツの個性を考えれば分かるはずだ。

 もしあの(ヴィラン)が、核である部分を泥で覆っているような状態だとしたら……、もしオールマイトが持っていったペットボトルには、核となる本体が入っていなかったら……!?

 

「ヒーロー、誰か来てくれ……!」

 

 目の前で人が襲われているのに、僕にはどうすることも出来ない。ただ、ヒーローが来るのを待つことしか出来ない。人が苦しんでいるのを見ていることしか出来ない……!

 

 拳を強く握りしめる。

 僕には襲われている少女を助けることなんて、出来っこない。さっきなんかあの泥に殺されかけたんだ。何か出来るはずがない。

 

 

 ごめん、名前もわからない人……! 僕には、何も……、

 

 

 

「たす、けて……!」

 

 

 

 それは明確に僕へと向けられた、救いを求める言葉。

 その言葉と、少女の涙ぐんだ表情を見た途端、僕は走り出していた。

 何が出来る訳でもない。少女を助けられるわけでも、あの(ヴィラン)を倒せるわけでもない。だけど、

 

 考えるより先に身体が動いていたんだ(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 なんで!? なんで飛び出した!? 僕なんかに、何もできるはずないのに……!

 そうは思うが、地を駆ける足は止まらない。当たり前だ。考えるより先に身体が動いていた、あの少女の顔を、言葉を聞いた瞬間、救わなければならないと、身体がそう判断した。

 

「クソっ、クソっ……!」

 

 そうだ、やっと思い出した。今まで忘れていた、子供の頃に誓ったあの夜のことを!

 僕の原点(オリジン)を!

 

 

『雄斗はさ、どんな人になりたいの?』

 

 月下の砂浜のもとで、僕は『誰か』と一緒にいた。一緒に居た『誰か』は真っ白なワンピースを着ていて、背丈は昔——10歳の頃の僕より少し低いくらいだった。恐らくは女の子なのだろうが、顔はクレヨンで塗りつぶしたみたいに真っ黒で分からない。けど、きっとこの娘は僕の親友だ。

 

『僕は無個性だから、ヒーロー……、にはなれないかもしれないけど……

 それでも僕は、助けを求めている人には笑顔で手を差し伸べられるような人間になりたい』

 

 はにかんで僕が言ったその言葉を、彼女は真摯に聴いてくれた。今思えば、とっても小恥ずかしくて、自分が自分で嫌になりそうだ。

 

『うん。なれるよ、雄斗なら。私のことだって助けてくれたんだから』

 

 それでも、そう言って微笑みかけてくれたあの少女は……誰だっけ?

 もう六年も前の事だ、あんまり覚えていない。

 

 

 ——けど、あの誓いは、たった今思い出した……!

 ヒーローになれなくたって! 夢を否定されたって! 僕の誓いはもう揺らがない!

 僕はもう、諦めない……!

 

 他人が見たら「無謀だ」と一蹴するだろうこの状況。

 それはまさに昔の自分——あのイジメられていた少女を助けようとした非力な僕と同じだった。

 個性も無いのに、強力な個性を持つ者に反抗するなんて、それはまさに愚の骨頂で、どうしようもないくらいの馬鹿だ。

 

 だけど助けを求める少女を見て、そのまま見過ごすなんて出来るはずがなかった。

 

「ああぁぁぁぁぁぁぁァァ!!」

 

 泥の(ヴィラン)に拳を強く握りしめて、振りかぶる。効果はないかもしれない。奴は流動的で、物理攻撃は効かない。それでも、怯むかもしれないなら、あの少女が逃げれる隙が出来るかもしれないなら……!

 

 

 

 

 

『相応しい』

 

 ふと、そんな声が聞こえた気がした。不思議な声だった。耳ではなく心に直接語りかけてくるような、そんな声だった。

 不思議に思いながらも目の前を見ると、僕が殴った泥の(ヴィラン)は跡形もなく吹き飛んでいた。



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『英雄』

 ありえない。

 まず最初にこう考えたのは、僕が無個性な故だった。今起きた光景は、僕にとって衝撃が大きすぎた。

 

「あ、ありがとうございます」

 

「え、いや……はい」

 

 気がつけば、目の前には先程襲われていた少女が立っていた。泥に覆われていて気付かなかったが、この娘かなりの美少女だ。ふわふわとした茶髪に、真っ白いすべすべとした肌。凛とした瞳はこちらを真っ直ぐ見つめていて、息が詰まりそうだ。そんな少女からお礼を言われてしまった。

 

 なのだが、泥の(ヴィラン)が吹き飛んだのは、きっと僕がやったことではないと思う。

 確かにパンチを繰り出す時、普段とは違う空気の重さを、空気の抵抗を感じた。これはパンチが速すぎるためだろう。だけど、パンチの風圧だけで(ヴィラン)が吹き飛ぶなんて、そんなまるでオールマイトのような事を、無個性の僕なんかが出来るはずがない。

 けれど、周囲には人っ子一人居ないし、ヒーローも居ない。自分がやったのだと信じるほかなかった。

 

「あの、失礼なんですけどヒーローでは無いですよね?」

 

「あ、えっと、はい」

 

 まずいかもしれない。確かこの国には資格を持たない人間が個性で人に危害を加えてはいけない、みたいな法律があった。今の僕はそれに触れているんじゃないだろうか。

 そう考えると、冷や汗で身体が冷たくなっていくのを感じた。

 

「えっと、あの僕は……」

 

 それについて説明しようとしたが、目の前の少女はひとりでに「そうですか」と納得した。驚きながらも、見逃してくれたのだ、とホッとした束の間に少女は尋ねてくる。

 

「それで、少しお時間よろしいですか? 助けてもらった礼をしたいんですが……」

 

「いや、別に良いですよ。お礼なんて」

 

「いえ、ヒーローでものに助けてもらっちゃったんです。ちょうどお昼時ですし、昼食くらい奢らせてください」

 

 本当にお礼なんて良いのだが……。

 彼女に根負けする形で、僕は仕方なくついて行くことになった。

 

「——っとその前に」

 

 そう言えば、と思い出した。

 あの(ヴィラン)はまだ死んだ訳では無い筈だ。確認すると、まだ泥は飛び散っていて蠢いているが、先のように俊敏な動きは出来なさそうだ。

 

「これでいっか」

 

 とりあえずは自動販売機で買ったジュースを即飲み干し、その空いたペットボトルにしっかりと恐らく核部分である目玉を詰めて、路地の真ん中に置いといた。

 僕が警察に届けに行っても、どうせ疑われてしまうだろう。それにさっきの悲鳴を聞きつけたヒーローも来るだろうし。

 

「あ、すいません待たせちゃって」

 

「いえいえ。では、ついてきてください。良い店知ってるんです」

 

 そう言うと少女は僕に合わせて歩き出す。

 

「ところで……あんまり良くない事だとは分かっているんですが、貴方の個性について聞いてもいいですか?」

 

「個性、ですか……」

 

「なんだか、とっても不思議な個性だったので。増強系には見えなかったのに、パンチの風圧だけで(ヴィラン)を倒すなんて……まるでオールマイトです」

 

「えっと、その、」

 

 困った。先の出来事は自分でも整理がついていないのだ。僕は、無個性なはずだ。だからあんなこと出来るはずがない。

 

「やっぱり、言えませんか……」

 

 そんな少女の落ち込んだ顔を見ると、申し訳ない気がして、恥ずかしいけれど真実を言うことにした。

 

「いや違うんです! えっと、僕は無個性なんです。だからさっきの出来事もよく分かってなくて……

 (ヴィラン)を殴った時、急に変な声が聞こえたと思ったら(ヴィラン)が吹き飛んでて……」

 

 ありのままに起こったこと、思ったことを口にしていく。こんなありえない話を信じてもらえるのだろうか。こんな歳になって、個性が発現するなど。

 だからか、彼女はその言葉の真偽を確かめるようにこちらに問うてきた。

 

「それって本当ですか?」

 

「は、はい」

 

 疑われるだろうか、と思ったが少女は「もしかして……」と納得すると、僕の腕を掴むと、

 

「はやく!」

 

 そう言って、巻かれた茶髪をはためかせ、思い切り走り出した。そんな少女に引っ張られ、仕方なく僕も走る。

 一体彼女の中で何があったというのだろう……? 疑問は尽きないが、それはついて行けば分かるのだろうと考え、転ばないように気をつけて走った。

 ◇

 

 

 少女は僕の腕を引いたまま、2分程走って辿り着いた平凡な喫茶店の扉を勢い良く開けて入っていった。

 

「おじさん! 見つけたかも!」

 

 少女が声を張り上げる。喫茶店なのだから、他の客に迷惑にならないのだろうか、と思ったが店内を見渡すと客は一人もおらず、カウンター席から机を隔てた向こう側の厨房に20代後半くらいの白髪の男性が珈琲を入れていた。きっちりと着こなされた真っ白なワイシャツに黒のベスト。薔薇色の蝶ネクタイも不思議と違和感がなく、大人な雰囲気を醸し出していた。

 

 男性は少女の声に反応しこちらを一瞥すると、珈琲を両手に持ち厨房から出てきた。

 

彩羅(さいら)、もしお客さんが居たらどうしてたんだ」

 

 僕の横にいる少女をサイラと呼んだ白髪の男性は、片手に持った珈琲をひと口飲みながら、もう片方の手に持った珈琲を僕の前に差し出してきた。その挙動の意図を理解するのに数秒かかったが、少し動揺しながらも感謝を述べて珈琲の入ったカップを受け取った。

 

「いいじゃん、どうせお客さんなんて一週間に1回も来ないんだから」

 

「はぁ、全く……。そんなんだから君は何事にも最後でドジを踏むのだ。見たところ、今日の任務も失敗してその少年に助けられた——というところだろう?」

 

 ギクッ、と確信を突かれて目を逸らす少女。それを見た白髪の男性は呆れたように肩を竦め、「やっぱりか」と溜め息をつくと、僕に話しかけてきた。

 

「うちの娘が迷惑をかけてすまなかった。礼といってはなんだが、昼食くらい出させてくれ」

 

「い、いや、あんなの当たり前ですよ。助けなかったら、きっと彼女の命が危なかったから……」

 

「命が危ない? つまり……、いやまずは座ってくれ」

 

 僕の言葉を聞くと、男性は少し不思議そうに眉間に皺を寄せ何か言おうとしたが、すぐに口を噤んで僕にカウンター席を勧めた。それに甘えて、椅子に腰掛けるとその横に茶髪の少女が座った。

 

「まずは自己紹介から始めようか。名も知らぬ人とずっと話しているのは嫌だろうからね」

 

 そう言うと男性はカウンターの向こう側で、調理器具を出しながらも語り始めた。

 

「私は朝霧(あさぎり) (はく)。この店のマスターさ。マスター、とでも呼んでくれ」

 

 白髪の男性——もといマスターはフライパンを片手にそう言うと、「次、彩羅」と少女に促した。

 

「私の名前は彩羅(さいら)朝霧(あさぎり) 彩羅(さいら)。この店で居候兼バイトをしています。紛らわしいので彩羅って呼んでください」

 

 少し短めのふわふわした茶髪を舞わせて、こちらに向けて微笑む彩羅。なんだか少し恥ずかしくなって視線を逸らす。それから、その恥ずかしさを紛らわすように続けて自己紹介を始めた。

 

「えっと、白石(しらいし) 雄斗(ゆうと)って言います。あ、16歳です」

 

「それでは白石君、君について……いや君の個性について聞かせてもらってもいいかい?」

 

先程のは、個性だったのだろうか。僕は生まれながらの無個性のはずだ、16歳にして個性が発現するなんて聞いたことないし、の光景はどうにも信じられない。

 

「僕は、無個性です。だからさっきの出来事もあんまり納得がいってなくて、自分がやったなんて到底思えなくて……今でも他の誰かがやったんじゃないかって思ってて……」

 

「私が見た感じでは、あれは完全に白石くんがやった事だった。あのヴィランは人払いしてただろうし、それにあの風圧は白石君の拳からだった」

 

「成程。では、白石君。彩羅を助けようとした時、何か聴こえなかったかい? 男性の声のようなモノが」

 

——相応しい

その言葉を思い出す。

一体どういう意味なのか、それは分からない。けれど、確かにその声は聴こえた。

ドスの効いた、男性の声。

 

「聴こえました。相応しい、と一言だけ」

 

そう答えると、マスターは「やはり」と呟いて不敵な笑みを浮かべる。それから、言った。

 

「白石君、君には個性が宿っている。それも通常の個性ではない、特殊な個性だ」

 

「特殊な、個性……?」

 

「そう、その名も『英雄(ヒーロー)』

正真正銘、英雄が宿った個性。この個性は血縁による継承ではなく、個性が人を選ぶことで継承されていく。

そして君はそれに選ばれた」

 

信じられない。

そんな個性聞いたこともなかった。今だって騙されているのではないかと思っている。

けれど、僕の心臓は高鳴っていくばかりだった。

 



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正義の意思

 喫茶店を出る。

 正直、驚きが多すぎて話の大半が頭に入ってこなかったが、まぁ良いか。

 この頃は外に出ることが少なかった為、土地勘の無い僕はスマホを取り出すとマップで帰り道を調べた。

 

「うわぁ、遠い……」

 

 がくり、と肩を落とす。

 見れば、家までの距離は1キロ以上あった。運動不足だというのに、よく走ってこれたなぁと今更ながらに思う。

 そうして帰り道を1歩も踏み出さないまま凹んでいると、背後のドアが、取り付けられたベルの音を鳴らしながら開いた。

 

「良かった、まだ居た」

 

 そうして安堵の声を漏らす少女は、朝霧(あさぎり) 彩羅(さいら)。この喫茶店——ネーベルというらしい——の居候兼バイトをしている。少し短めのふわふわとした茶髪が特徴的で、僕なんかが関わっていいのかと思う程の美少女だ。

 そんな彼女は、僕を見るなりスマホを取り出した。

 

「どうしたんですか……?」

 

「む、同い歳だから敬語はいいって言ったのに」

 

「あ……」

 

 そう言えば、先程店内でそんな話をしたような気がする。

 

「まぁいっか。それで、連絡先を交換しておきたいんだけど、教えてくれる?」

 

「え? あぁはい」

 

 そうして、なされるがままに連絡先を交換する。

 家族以外で2人目の連絡先だと思うと、なんだか嬉しいような悲しいような、そんな気持ちになる。

 ひとりでに謎の感傷に浸っていると、声をかけられた。

 

「そういえば、私が来る前はなんでここでボーッとしてたの?」

 

 嫌なことを思い出させてくれる。別に彼女が悪いわけではないが。

 

「ちょっと家から遠くて……」

 

「あー、それなら!」

 

 なにか案があるような彼女は、「ちょっと待ってて」と僕に言うと、ネーベル店内へと入っていった。

 それから約20秒、朝霧 彩羅は店内から白髪の男性を連れ出してきた。

 

「ええと、なんでマスターが?」

 

 この白髪の男性は、朝霧(あさぎり) (はく)。ネーベルの店主でありマスター。容姿は20代後半に見えるが、白髪のせいで少し老けて見える。本人曰く、28だそうだ。

 僕は彼に言われた通りに「マスター」と呼んでいるが、彩羅さんは「おじさん」と呼んでいる。2人がどういう関係なのかは触れない方が良いと思ったので触れないことにした。

 

「それは私の個性に関係しているのだが……。彩羅、君は私をこき使いすぎだろう」

 

「仕方ないじゃん。便利なんだから」

 

 マスターは「はぁ」と溜め息をつく。

 

「白石君、君にも説明しておこう。

 私の個性は『ワープゲート』 簡単に言えば別々の場所を繋げることの出来る個性だ」

 

「別々の場所を繋げる……? つまりどこでもドアってことですか?」

 

「そう。だからここと君の家を繋げることだってできる。一時的にだがね」

 

「それって凄い個性なんじゃ……」

 

「まぁ便利ではあるが、それ以上ということは無いよ。

 彩羅がここまで無理矢理連れてきてしまった責任もある。帰り道は私が用意しよう」

 

 マスターはそう言うと、右手で宙に円を描いた。すると、その場所に白い霧が現れる。

 

「先程マップは見させてもらった。この中に入れば、君の家の前に着いているだろう」

 

「ほんとですか!? ありがとうございます!」

 

 そうお礼を言うと、恐る恐る白い霧の中へと入る。

 

「お、おぉ……」

 

 そうして霧を通り抜けると、いつの間にか家の前へと着いていた。

『ワープゲート』その便利さに、思わず感嘆の声が漏れる。戻ってそれを伝えようかとも思ったが、背後に振り返ると霧は散って消えてしまった。

 

 ——まぁ、とりあえず部屋に戻ろう。

 そう思い立ったが矢先、重い足取りで家へと入る。

 そこでようやく気づいた。

 

「あ」

 

 当初の目的である、インスタントラーメンを持って帰ってくるのを忘れてしまった。

 彩羅さんを助けようとした時に放り投げてしまって、そのままだ。けど、取りに戻るのも面倒だ。今日は諦めよう。

 そう考えて、自室のベッドに倒れ込んだ。

 

 ——何故だろう、身体が重い。

 吸いつけられるように身体は重くベッドにのしかかる。まるで身体が自分のモノじゃないみたいに動かない。慣れないことをしたせいで疲れが出たのだろうか……。

 そのまま睡魔に誘われて、意識は途切れた。

 

 

 ◇

 

 気がつけば懐かしい教室に居た。ここは10年前、僕が通っていた学校。ただ記憶にあるような活気はその学校には無く、蛍光灯の電気も付いてないその教室では夕焼けの明るさだけが僕と、もう1人の男を照らしていた。

 

「あ、あなたは?」

 

 意を決して、教卓の上に座る男性へと声をかけた。

 夕焼けの光を反射してキラキラと光り輝く青色の髪、鋭く尖った金色の眼、そして整った顔立ち。黒を基調として彩られた軍服を着崩していて、それがやけに似合っていた。

 

「オレはお前の個性、『英雄(ヒーロー)』に宿った、意思……みたいなモンだ。そしてこれからお前の教育者になる」

 

「個性に宿った意思……? 教育者?」

 

 展開がぶっ飛び過ぎてよく理解できない。まず、自分に個性ができた(?)ことすらも信じられなかったというのに、その個性の中には人が居て、その人が自分の教育者……なるほどわからない。

 

「よく分かってねえって顔だな、無理もねえか。先代の時も、最初はそんな感じだったな」

 

 先代……という単語から察するに、前にも僕のように無個性ながらにこの個性を得た人間が居たということだろう。そして、それは何代にも続いているということなんだろう。

 ただ、この個性については疑問が多すぎる。だから、勇気を持って聞いた。

 

「この個性は、一体なんなんですか?」

 

 その問いかけに対し、男はにやけながら言った。

 

「この個性は……いや、俺は自分の判断で英雄になれる素質を持つものを探して、個性を与える」

 

 彼は言う。僕には英雄になれる素質を持っていると。

 

「その素質とは即ち、正しい正義を持ち、それを実行する勇気を持つこと。自らの力が敵に及ばなくとも、他人の為に命を賭けられる勇気を持つこと!」

 

 彼は言う。僕には正しい正義と勇気があると。

 

「そして、お前は無個性だ。それ故に誰よりもヒーローに憧れた! 誰よりも正義を持っていた! だからこそお前を選んだ。誰よりも非力だ、それでもお前は悪に立ち向かった。だから選んだ!」

 

 大袈裟だ、そう思う。僕はそんな大層な人間なはずがないから。

 けれど、自然と涙が零れた。こんなに人に認められたのは初めてだったから。

 そんな泣いている僕を見ながら、彼は僕の頭に手を置き言った。

 

「お前は、ヒーローになれる」

 

 僕に、ヒーローになれると、そう言ったのだ。



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気がついたら、目が覚めていた。

これまでの事、夢の中で青髪の男が言っていた事も、未だに理解ができない。

けれど、僕の瞳からは涙が零れていた。

 

「本当……なのかな」

 

そう呟いて、右手を眼前にかざす。その右手には不思議な紋章が刻まれていた。

これは英雄である証。僕がヒーローになるための可能性。そう思うと心が熱くなる。気持ちが昂ぶる。

 

「僕は、ヒーローになれるんだ」

 

今まで行先もわからず彷徨っていた僕の人生に、道標ができた気がした。

 

 

少年、白石雄斗が眠りについた少し後のこと。とある喫茶店で、青年と少女が話していた。

 

「彩羅、今日のターゲットはそんなにも危険な存在だったのか?」

 

「ええ、情報よりも個性が格段に進化していた。確かに私達が動き始めるのは早くはなかったけれど、それでも短期間であの変化はおかしいわ」

 

個性の進化、それは誰しもに有り得る出来事だ。しかし、簡単ではない。

進化に必要な要因は多様に渡る。心境の変化や、感情の昂り、特訓等である。しかし、単純な出力をあげる方法は特訓の1つに限られる。けれど、それは短期間で効果を得られるものでは無い。だからこそ、今回のターゲットはおかしかったと彩羅は言う。

 

「情報では、流動的にできる部位は一部だけだった。それを全身にするなんて、短期間でできる事じゃないわ。だとしたら、考えられる理由は2つしかない」

 

「情報を秘匿していたか、個性増強薬物の使用……後者だろうな。今回のターゲットのヴィランは、いわゆるチンピラだ。情報の秘匿などするはずもないだろう」

 

個性増強薬物とは最近出回り始めた違法ドラッグだ。個性の能力を爆発的に向上させる代わりに、理性を破壊していく、悪のクスリ。近頃はこの薬物による事件が多数発生していて、今回のターゲットもその線だったのだろう。

 

「なんとしても、根元を絶たねばいけないのだろうな……私たちにそんな力は無いが」

 

彩羅と青年——白の戦力は、そんなに大きくない。正義のためにヴィランを狩ってはいるが、そこまでの大物と戦うことはリスクを考えてしていない。

2人とも確固たる意志をもってヴィラン狩りはしているが、その内でも自分たちが非力なことをよく知っている。だからこそ、正規のヒーローとして働いていないのだ。

 

「ここは、ヒーロー達に任せるしか……」

 

そこまで言った白の言葉を、彩羅は遮る。

 

「いや、諦めるのはまだ早いよ。それに個性増強薬物の件は、私達が追ってるアイツにきっと関係がある」

 

アイツ、とは彩羅と白が昔から追っている事件の犯人、いわば宿敵である。彼女らはその宿敵を倒すためにちまちまとヴィランを狩っているに過ぎない。

 

「それはなぜ?」

 

「オールフォーワンなら、そんな回りくどいことはしない。彼ならば、自分の目的のためならもっと違う方法を選ぶはずだわ。そして最近動き始めたオーバーホールも薬物という点では似ているけど、作っている物の性質は真逆よ」

 

「ほう」

 

「だとすれば、こんな事を考えるのはアイツしかいない。規模の大きい組織で、面白いからと言うだけで人を傷つけ、壊すのなんて、あのクズしかいないわ」

 

その言葉には、確かな怒りと僅かな後悔が篭っていた。

 

「なるほど、しかし現状では私たちにアイツを、倒す術は……いや、だからこその彼か」

 

「ええ、彼ならば……彼の個性ならば、力を貸してくれるでしょう。そして、彼の性格からすれば、そんな悪を見逃せる訳ない」

 

「私は彼はヒーローには向かないと思うが」

 

その言葉に対して、彩羅は自信を持って

 

「彼は、本物のヒーローになれる。その才能をもってる」

 

そう言いきった。



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会談

「よく来てくれたね、雄斗」

 

僕は、再度あの喫茶店を訪れている。あの娘——彩羅に連れられた道を覚えていたので来てみたのだ。そうして今はオーナーと二人きりで淹れてもらったコーヒーを飲みつつも向かい合っている。

 

「オーナーなら、僕の個性に詳しいと思って」

 

先日見たあの夢、あれで確信した。僕には紛れもなく個性が宿っているのだと。そして、それについてまだほとんど知らないということも。

 

「あぁ、私は君の前にその個性を持っていた人を知っているからね」

 

「先代、ですか」

 

夢で会った男性も言っていた気がする。

 

「今その人はどこに?」

 

その言葉を聞くとオーナーの表情が少し曇る。

あぁ、無神経だった。代わり——僕が必要だったということは、そういう事だと言うのに。

 

「彼は……亡くなった。1年前にね」

 

苦しげに告げるオーナーの顔を見て、心が痛む。聞かなければよかったなどと考えてしまう。

 

「大事な伝え忘れていた。雄斗、君に1つ問いたい」

 

オーナーは苦しげな表情を飲み込み、一転変わって真剣な面持ちになる。

 

「その個性を宿した戦いは熾烈を極めるだろう。命を落とすことだってある。それでも、君はヒーローになりたいかい?」

 

先代は、死んだ。何のためにこんな個性があるのか僕にはまだ分からない。けれど何人も死んだ、先代も先々代も先々々代もきっとその先も。僕も、死ぬかもしれない。

——けど

 

「僕は、戦います。これまでのように何もせずに生き続けるのは、死んでるのと同じだから。死ぬかもしれない戦いがあるとしても、僕は正義(ゆめ)を持って生きてみたい」

 

もう絶望する必要も、引きこもってる余地もない。今の僕にはヒーローになる(ゆめをかなえる)力があるのだから。

 

「そう言ってくれると信じていたよ」

 

オーナーはそう言ってカップに入ったコーヒーを啜ると、微笑んだ。

 

「あれ」

 

ガチャリ、と音を立てて扉が開く。扉に付いた鈴がカランカランと音を鳴らした。

 

「おかえり彩羅、首尾は?」

 

入ってきたのは客ではなくこの前の少女——彩羅だった。

 

「うん、上々。今回はヘマしなかった」

 

自信満々の表情で彼女はピースサインを作る。それを見てオーナーは「そうか」と言って口元を弛めた。

 

「それで、なんで雄斗がいるの?」

 

彼女はこちらの顔を覗き込むように近づき、問いかけてくる。

端正で整った顔立ち、艶やかな髪、ほのかに匂う香水の香り、それらのせいで胸の鼓動が収まらない。

 

「彼から個性の話を聞きたいと」

 

「へぇ、てことは協力してくれるってこと!?」

 

へぇ、と顎に手を当てる仕草も可愛らしい。ではなく、『協力』とはなんだろう?

 

「それは今話そうと思っていたところだ」

 

「そうなの、じゃあ丁度いいわね」

 

彼女はそう言うと、身につけていた肩掛けのバッグから1枚の紙を取り出した。

B5程度の大きさの紙がカウンターのテーブルに広げられる。見ると男性の写真とそのプロフィール等が載っていた。

 

「これが雄斗が倒した(ヴィラン)名前は大口武弥。年齢は25歳、犯罪歴は……2年前から増加。個性は流動化、この個性、結構便利みたいね。犯罪は窃盗、痴漢、暴行……あと殺人。雄斗のお陰でやっとお縄にかかったみたい」

 

意外と悪いやつだったんだな、と思う。あの時は彩羅が襲われてて必死だったから何も考えてなかったけど、相手がこんな極悪人だと知っていたら立ち向かうことが出来ただろうか。

——いや、立ち向かうのだ。ヒーローになるのだから。

そんな心中の決意の横で話は進んでいく。

 

「それで関係性は?」

 

オーナーが聞くと、彩羅はニヤリと笑う。

 

「黒よ。こいつ、あっさりと情報を漏らしたわ」

 

「良好な結果だ。やはり奴らは素人を利用する分、足がつく」

 

「ええ、当たりかは分からないけど拠点も分かったわ」

 

驚くほど部外者のまま話が進んでいく。まさか忘れられているのだろうか。忘れられているんだろうなぁ。

そんな悲しみに浸っていると、話を終えた彩羅はおもむろにこちらを向いた。

 

「それで雄斗。あなたに手伝って欲しいの」

 

今までにない真剣な顔。綺麗な瞳が、貫くくらいにこちらを見つめる。

 

「手伝うって何を?」

 

「とある(ヴィラン)の拠点を叩く。私と雄斗、あとおじさんで」

 

彼女はそう言い放った。



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