London bridge is……? (かいんせあ)
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London bridge

ー 人柱 大規模な建築工事などの難事を成し遂げるため、生きた人間を神への供物とすること。神の加護を得るため、あるいは工事が行われる場所にまつわる穢を祓うための人身供犠の一種と考えられる。ヨーロッパで、橋や建物の土台や壁の中に人間を埋めたという伝説が多くあり、実際に人骨が発見されることもある。ー



グレートブリテン及び北アイルランド連合王国 通称イギリス 首都ロンドン。

 

どんよりと曇った空と、雨を含んだ薄墨色の雲の下を一人の男が歩いていた。

日曜日の真っ昼間というのに不自然な程に人気が無い路地を歩く男。男の不気味な容姿は、薄気味悪い天気と丁度よくマッチしていた。気味が悪いほどに白い肌、蛇のようなのっぺりとした顔。そして何よりも彼を不気味にみせるのは、鮮やかな赤でありながらも、黒が混じった様な朱殷の瞳だった。赤黒いその瞳は、時間を経た血を連想させる。

 

 

 

狭い路地には音がよく響く。足音すら立てずに静かに路地を歩いていた男は、不意に囁くように歌を歌い始める。不気味な男が路地で童謡を歌う姿は、さながらホラー映画のワンシーンだ。

 

 

 

 

 

“ London bridge is falling down, Falling down, falling down, London bridge is falling down, My fair Lady.”

          

ロンドン橋落ちた

 

“Build it up with wood and clay, Wood and clay, wood and clay, Build it up with wood and clay, My fair Lady.”

 

マザー・グースの中でもきらきら星と並び特に有名なこの曲だが、

 

“Wood and clay will wash away, Wash away, wash away, Wood and clay will wash away, My fair lady.”

 

こんな御伽噺を聞いた事があるだろうか?

 

“Build it up with bricks and mortar, Bricks and mortar, bricks and mortar, Build it up with bricks and mortar, My fair lady.”

 

ロンドン橋落ちる、には隠された真実があると

 

“Bricks and mortar will not stay, Will not stay, will not stay, Bricks and mortar will not stay, My fair lady.”

 

ロンドン橋に限った事では無いが、子供が歌う童謡の多くには残酷な真実が隠されている事がある

 

“Build it up with iron and steel, Iron and steel, iron and steel, Build it up with iron and steel, My fair lady.”

 

そんな歌には嘘で塗り固められ、隠されていた血色の過去がある

 

“Iron and steel will bend and bow, Bend and bow, bend and bow, Iron and steel will bend and bow, My fair lady.”

 

残酷な運命に翻弄された五人の少女と哀れな魂

 

“Build it up with silver and gold, Silver and gold, silver and gold, Build it up with silver and gold, My fair lady.”

 

彼らの怨みは今尚消えない

 

“Silver and gold will be stolen away, Stolen away, stolen away, Silver and gold will be stolen away, My fair lady.”

 

彼らの望みはただ一つ

 

“Set a man to watch all night, Watch all night, watch all night, Set a man to watch all night, My fair lady.”

 

 

 

故に…

 

 

 

 

ー帝王は復讐者(新たな仲間)を迎え入れるー

 

 

歌い終わると同時に、男は路地を抜けた。

太陽が分厚い雲に覆い隠された今日、薄暗いのは路地でもひらけた場所でも変わらない様で、路地を抜けた先のテムズ川に沿った作りの遊歩道もまた、昼間とは思えない程に暗く、活気が無かった。

普段この時間帯にペットの散歩をする御婦人方はいない。大人ぶってベンチに腰掛け新聞を読む読む子供もいない。まるで人を避ける魔法でも掛かっているかのように、男の進む道には人は存在しない。男はそのことに動揺する様も無く、ただ目的地へ向かって歩き続ける。

 

──数分程経ったのだろうか?

 

男は目的地に到着し、足を止める。男の目的地は何も無い川の近くのただの空き地だった。寂れた屋敷でも無く、手入れの行き届いた豪邸でも無く、ただの空き地。だが、ここに男の目的は眠っていた。…否、彼女たちは眠れなかった。そして今も眠れずに苦しんでいる。死という名の永劫の眠りにつくことは許されず、片手に蝋燭を、片手にパンを持たされ、樽の中に押し込められた彼女たちは魂の安らぎを得ることなく、永遠に苦しみ続ける。

 

だがそれも今日までだ。

今日この日。今日この日を持って、彼女たちは苦しみから解放され現世へと蘇る。男の──帝王の手によって。

 

男は、ヴォルデモート卿は禁忌の儀式を始める。死者を蘇らせる技。

不死の技と並び、太古より多くの者が追い求めた禁忌の術。だが実際の所それが成功した例はヴォルデモート卿の知る限り一回も無い。……しかし魔法に、ヴォルデモート卿に不可能は無い。出来ないなどあり得ない。

傲慢、実に傲慢だ。自らよりも魔法を知り、魔法に愛された者はいないと信じきっているからこそ吐ける暴言。自らに並ぶ者など存在せず、自らが絶対的な頂点に立っていると思い込んでいるからこその妄言。

 

だがその自惚れこそが、ヴォルデモート卿の最大の強さであり弱点でもあった。圧倒的な自信は、ヴォルデモート卿の能力を倍増させる。元より闇の魔法に関してはこの世界の誰よりも熟知していたヴォルデモート卿だ。手掛かりに辿り着くまでにそう時間はかからなかった。

ヒントになったのは自らが肉体を取り戻した時の術式。あれも蘇りの術程ではないが、肉体を創造しそこに魂を移し入れるという高度な闇の禁術だ。注目したのは魂の移し替え。蘇りに必要なのは、肉体と生命力、そして魂。本来であれば魂の入手で手詰まるのだが、そこは人柱の呪いによってクリア。となると最大の障壁となるのはそれを新たな肉体に入れることだった。

 

 

試行錯誤を繰り返して早一年。漸く蘇りの術が実用化レベルになった。

 

ヴォルデモート卿は杖を振る。瞬間、どこからともなく一人の少女が現れた。

10代前半程の小さな少女は、宙から転がり落ちるように出現し石畳の地面に叩きつけられる。衝撃による苦痛で顔を歪ませた少女は堅く閉じていた目を開く。

 

美しいグリーンの瞳。

…少女がヴォルデモート卿に選ばれたのはそれだけの理由だった。

 

少女は自らの瞳にヴォルデモート卿が映ると、怯えた様子で後退ろうとする。だがそれは不可能だった。逃走は許されない。ヴォルデモート卿は無言で、尚且つ杖を使わず少女の身体の自由を奪った。逃げられない事を悟った少女は、その大きな瞳から大粒の涙を零す。

少女の両親は純血主義の元死喰い人だったが、魔法を使えないスクイブの娘を愛してくれた。だが運命はそれを許さない。復活したヴォルデモート卿は自らを裏切り幸せな生活を送っていた家族に命令した。「一人娘の命を差し出せ」と。抵抗した両親は一切の慈悲を与えられる事なく殺された。自分を必死に逃がそうとした両親の願いは叶わなかった。

 

ヴォルデモート卿は杖を振るう。躊躇なく放たれた服従の呪文により、少女の意思は消え去った。操り人形と成り果てた少女の瞳には、もはや何も映らない。生気の無い、虚ろな表情をした少女にかつての面影はなかった。

 

「始めるとするか」

 

下準備を終えたヴォルデモート卿は空き地の中央に目を向ける。マグルやただの魔法使いならば存在にすら気付かないであろう魂。だがヴォルデモート卿にはどす黒い魂が確かに見えた。

その地に染み付いた怨みと魂。ヴォルデモート卿は言葉を紡ぎ、その二つを解き放つ。

 

「永劫の呪いは解かれる。受け継いだ者の血は魂を解放する」

 

銀のナイフが白い手首に触れる。切れ味の良いナイフは軽く掠っただけというのに、ヴォルデモート卿の手首を切った。切り口から溢れ出る血を一滴、大地に垂らす。次の瞬間には手首の傷は綺麗さっぱり消えていた。

解放された魂は、輪廻の輪へと戻ろうとする。が、当然のようにそれは阻まれる。

 

「解放された魂は宿り木を追い求める。肉体は目の前に」

 

輪廻に戻ることのできない魂はまるで操られるかの様に肉体の、少女の方へ向かう。数秒間 躊躇うかのように近寄っては離れてみるという動作を繰り返していた魂はゆっくりと肉体の中に入っていく。

 

「蓄積された怨みによって死者は蘇る。怨みは敵を滅するまで止まらない」

 

たとえ魂があろうとも、ただ肉体に入るだけでは蘇ることはできない。生への執着心がない魂は蘇れない。ヴォルデモート卿は怨みを利用する。マグルへの怨みを何百年にも渡って抱き続けていた魂は目を覚ます。

 

呪文を唱え終えたヴォルデモート卿は、額の汗を拭う。一見簡単そうだが、蘇りは外部からのサポートなしでは不可能。死者を蘇らせるためのサポートはヴォルデモート卿をも苦戦させた。

だが結果は…

 

ヴォルデモート卿はニヤリと笑った。彼は賭けに勝ったのだ。

 

 

宿り木となった少女の肉体は変化していく。赤かった髪の毛はその魂と同じように黒く染まり、年の割に小さかった身長は大きく伸び、一気に十代後半に変化する。

 

「ん…うぅん……」

 

長い睫毛が小さく揺れる。ゆっくりと開けた瞳はヴォルデモート卿と同じ色をしていた。明らかに纏う雰囲気の変化した少女にヴォルデモート卿は声をかける。

 

「死から蘇った気分はどうだ?」

「…最悪」

 

普段のヴォルデモート卿ならば少女の不遜な態度に怒り狂っていただろう。だが相手は自らと並び戦う者。ヴォルデモート卿は力ある者には寛容だ。

 

「今日のところは不遜な態度も許してやるが、これからは気を付けろ小娘」

「小娘じゃない」

「では何と?」

 

名を聞かれた少女は考え込む。少女は復活の儀式を見ていたし、なにより目の前の奴が関わり合いになりたくない人物なのは確定だ。なら本名を教えてやる必要はないだろう。

 

「…メアリー」

「ファミリーネームはないのか?」

 

嘲るようなヴォルデモート卿の問いに、メアリーは苛立つ。メアリー相手に家族の話はご法度だった。

 

「こちとら家族に売られて殺されたの。今更ファミリーネームなんて名乗るわけない」

「そうかそうか」

 

メアリーはヴォルデモート卿を睨む。彼は愉悦の表情を浮かべていた。

 

「取り敢えず蘇らせてくれたのには感謝する。けどアンタのどうでもいい主義に応じるつもりは無いから失せて」

「まぁまぁ、そう慌てるな。俺様はお前に復讐の機会を与えてやろうとしているにだぞ?」

「黙って。アンタに手を貸してもらう必要はない。自分一人でやり遂げる」

「この世界にマグルが何億人いると思っている?」

「そんなことどうでもいい。私は存在するマグル全てを殺してから死ぬ。文句ある?」

 

二人の話は平行線状態。目的が一致しているのに協調性はゼロだった。だがヴォルデモート卿の提案によってその状態は終わりを迎える。

 

「いい加減にして。邪魔するなら殺──」

「マグルを滅ぼしてもお前のお仲間は救われないぞ?」

 

空気が凍る。圧倒的な殺意がヴォルデモート卿に降り注ぐ。常人なら泡を吹くような異常な空間で、彼は口角を上げて歪な笑いをするだけだった。

数十秒程経ち、己の殺意がヴォルデモート卿に一切干渉できていないことを理解したメアリーは殺意を消す。彼のいう仲間たちはメアリーの中にいた。確かに彼女たちを、妹たちを護るのには自分では力不足だった。メアリが可愛らしい顔に似合わない舌打ちをすると、ヴォルデモート卿は「交渉成立だな」と右手を差し出す。

 

メアリーの目的はマグルを滅ぼすことだが、それ以上に妹たちを護ること。どんなにムカつく相手でも妹たちを護るためならば協力してやってもいい。

 

脳内で瞬時に損得勘定を行ったメアリーは左手を出し、ヴォルデモート卿と握手する。……それは相手の骨を折る勢いで。

 

 

 

こうして復讐者と帝王は手を結んだ。

互いの目的を果たす為の関係だがそれなりに長い付き合いにはなるだろう。メアリーはなんとなくだがそう感じていた。

 

 

 

これは愛と希望に満ちたハッピーエンドの物語…などでは無い。

闇の呑まれた者でもなく、闇に抗う者でもない、蘇った復讐者が怨みを晴らすために、ひたすらにもがき、殺す。それだけの物語。

結末は誰にも分からない。だが一つだけ言えるのは…物語は皆が望むハッピーエンドでは終わらない。それだけだ。

 

 

これは絶望によって始まり、絶望によって終わる最悪の物語。

 





ロンドン橋は昔にアメリカに移転されて、今あるのは新しく建てられたものだそうです。
メアリーたちは長い年月の間に完全に忘れ去られ、橋が移転された時も気付かれること無く地中に埋められたままでした。


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It is what it is
A bloody little girl


「…これはどういうことだ?」

 

ヴォルデモート卿は新聞をテーブルに叩きつける。底冷えのするような声。顔を見なくても分かる。彼は激怒していた。部屋の隅に控えていたセブルス・スネイプは唾を飲む。彼が激怒している現場には幾度か遭遇したことがあるが、ここまで怒っているのは珍しい。

 

「どういうことも何も──あなた達の方針通りにやってるだけ。何か問題が? ヴォルデモート卿」

 

激怒するヴォルデモート卿。それに対して、その元凶であるメアリーは怒りを露わにしたヴォルデモート卿を嘲るように答えるだけ。部屋の中には濃厚な殺気が満ちる。死を感じる程の殺気。スネイプは額からダラダラと流れる汗を、最小限の動作で拭う。今少しでも音を立てたら殺される。

 

そんなスネイプとは対照的にその殺気を一身に浴びているメアリーは笑うだけ。ヴォルデモート卿は諦めたようにため息をつき、殺気を消した。

 

「この間とは逆じゃない?」

「黙れ。兎も角何故こんなことをしたのか説明しろ」

 

ヴォルデモート卿は先程自らが叩きつけた新聞を手に取り、その一面の大見出しを指す。文字通り活字が踊っている魔法の新聞の見出しにはこう書かれていた。

 

『キングクロス駅 3/4番線 死喰い人に襲撃を受ける!?』

 

見出しの直ぐ下の写真。日韓預言者新聞に勤める動写師(新聞に魔法をかけて動かす専門の職業だ)によって魔法をかけられた動く写真の中では、メアリーと思わしき一人の少女がホームで子供達を見送っているマグル達に向かって腕を振りかざしている。新聞にこの続きがないという事は…ターゲットとなったマグルは無残な死に方をしたのだろう。

毎年ホグワーツの入学式の次の日にはキングクロス駅の写真が新聞に載るが、その内容が襲撃事件になったのは前代未聞だ。ヴォルデモート卿の最盛期ですらホグワーツには決して手を出せなかった。今回の襲撃場所は比較的誰でも入れるキングクロス駅だったこともあるが、警備していた十数人の闇払いをものともせずマグルを虐殺していくメアリーの姿はこの新聞を見た多くの者に恐怖を与えるだろう。

 

「この玩具を試してみたかっただけ。何か文句でも?」

 

暗い血色の杖を弄りながらコテっと首を傾けるメアリーの姿はとても愛らしい。だがその顔に浮かぶ邪悪な笑みがその愛らしさを帳消しにしていた。

 

「俺様に嘘を吐くとは度胸があるようだな。あの芸当は魔法のものではない。」

「だから何?」

「…そこはまぁいいだろう。だが俺様の許可なく動くなと言ったはずだ」

「は?」

 

部屋の温度が明らかに下がる。不思議なことにメアリーの背後には人魂のような形の靄が大量に浮いていた。スネイプは思わず目を擦るが、靄は消えない。どうやら見間違いではないらしい。

 

「いつ私があなたの部下になるって言ったの、ヴォルデモート?」

「ヴォルデモート? 主を呼び捨てにするとはな」

 

先程の謎の威圧で既に一桁に到達していたであろう部屋の温度は、ヴォルデモート卿によって更に下がる。スネイプは目前で行われるやり取りから現実逃避して、今日の夕飯は何を作ろうか、と考えていた。尚、二人が戦いをおっぱじめた場合は夕食以前にこの世からおさらばする可能性があるので逃げる準備は万端である。

 

「死んでくれる?」

「直球すぎて芸がないな」

「私と違ってあなたは顔といい、頭といい、言動といい…完全にウケを狙ってるからそこらへんは厳しいのね」

「…将来有望な部下を殺したくは無かったのだがなぁ」

「安心して。数秒後に死んでいるのは自称 上司の貴方だから」

 

あぁ…この二人の言い合いはいつまで続くのだろう……。

一人頭を抱えるスネイプだった。

 

 

 

 

 

□■□■

 

 

「それじゃあ…ね! …行ってきますパパ、ママ!」

 

その言葉を最後に、愛しの娘は背を向けて列車に向かう。

娘が魔女であり、ホグワーツと呼ばれる全寮制の学校に行かなくてはならないと知った日から早三ヶ月。男は自分の隣にいる妻の顔を見る。病み上がりでまだ顔色は良くないが一週間前と比べると雲泥の差だ。

娘を慈しむ様にいつまでも去って行った方向を見る妻。男はそっと彼女の手を握った。

妻は一瞬驚いた様に手を離そうとしてきたが、握ってきたのが男だと分かると優しく握り返し、ふわりと笑った。

 

男とその妻は人生で最も幸せな瞬間を体験していた。……だが幸せはあっけなく消え去る。そこに辿り着くまでがどれほど長かろうと、積み上げてきたものが崩れ去るのは一瞬なのだ。

 

不意にチョイチョイと背後から服の袖を引っ張られた男は振り返る。引っ張っていたのは真っ黒なワンピースを着た綺麗な黒髪の少女だった。

 

「ねぇねぇオジサン」

「なんだい?」

「オジサンも魔法が使えない人?」

 

あどけない笑みを浮かべている少女に、男は答えた。

 

「あぁ、そうだよ」

 

男は妻の手を離して、少女と同じ目線になるように軽く屈んだ。そう、男は妻の手を離してしまったのだ。…もし離していなければ妻の異常に気付いていたのかもしれない。そうすれば…いや例え気付いていても、怪物(少女)からは逃げれなかったのだろう。

 

 

 

一方、男と話している少女を視界に入れた男の妻は恐怖のあまり体を震わせていた。彼女は一月ほど前から眠る度に悪夢を見ていた。

 

目の前の少女に男が殺される夢を。

 

「…ぁっ…ぁ…っ」

 

口が動かない。足も動かない。どんなに男に逃げろと言いたくても、それが伝わることは無かった。

 

 

 

「…へぇ、そうなんだ♪」

 

綺麗な形をした唇が、三日月型に歪む。ニィと。

男は恐怖を感じた。本能が、生存本能が逃げろと言っている。だが何から逃げる?目の前のこの少女からか?

 

「あ、あぁ。君はご兄弟の見送りに来たのかい?」

「ううん」

 

少女は首を横に振る。唇は相変わらず三日月型に歪んだまま。恐怖を紛らわす様に、男は少女に話しかける。

 

「じゃあ君は──」

「オジサンマグルなんだ。…残念。バイバイ」

 

男は更に言葉を重ねようとしたが、それは出来なかった。一瞬少女の手が動いたかと思うとーー男は、いや正確には男の首から上の部分は宙を舞っていた。男は首が落ちても人間は数秒間生きている、という話を思い出していた。男は回転しながら地面に落ちていく。

怒声、悲鳴、泣き声、笑い声。温かい家族の風景で一杯だったホームは一瞬で混沌とした空間に様変わりする。

地面に落ちる寸前、男が最期に見たのは、泣き崩れる妻と、血しぶきを浴びて一人嗤う少女だった。

 

 

□■□■

 

 

血塗れな駅のホームに横たわる十一の遺体。それに縋るように泣き叫ぶ家族の姿。

発車時刻は疾うに過ぎているというのに、紅色の列車は未だホームに残ったまま。

 

ニンファドーラ・トンクスは呆然と立ち尽くしていた。

 

あのアラスター・ムーディーに直々に鍛えられて、突然変異の七変化持ちで…トンクスは自分は強いと思い込んでいた。だが現実は…無情だ。

 

突然現れてマグルを次々に殺していった少女。トンクスは最初の犠牲者となった男の死ぬ瞬間を見てしまった。止めようとしても間に合わなくて…。次の犠牲者はトンクスの後ろに立っていた女だった。お腹を守るように死んだ彼女の腹の中には新たな生命がいたのだろう。今度こそ、と止めに入っても少女は気にもとめずトンクスの呪文を全て封殺した。対処法を考えている間にも死者は増えていき……。

 

気が付けば周囲はこの有様だった。

 

「…ぁぁあああ!!」

 

守りたくて…守りたくて闇払いを目指したのに……自分は何も守れず突っ立っているだけだった。

トンクスは地面に崩れ落ち、咽び泣く。堅く閉ざされた瞼の隙間を通り抜けてきた、透き通った美しい涙はトンクスの頬を伝い地面に落ち、地に染み込んでいった。

 

 

トンクスは自分を嘲笑う。守れなかったお前が何を泣き叫ぶんだ、と。

だからトンクスは決めた。……強くなると。もう二度と自分の前で殺させないと。

 

強く、悲痛な叫びはトンクスの声が枯れてしまうまで続いた。

 

 

□■□■

 

 

「ふむ…ではヴォルデモートはその少女を自らと同等の存在と考えている、と?」

「暗喩しているような言動はしばしば見られました」

 

スネイプの言葉を聞き、アルバス・ダンブルドアは長い髭をさする。ダンブルドアには昔から考え事をする時は髭をさする癖があった。仇敵であり、親友でもあった男に言われて初めて気が付いた癖だが、もう直せそうにないな、と内心苦笑する。

髭をさすりながら考え事をしている自分の様が、はたから見れば策略を幾重にも張り巡らせる老獪な策士の様だということはダンブルドアにとって大きな悩みだった。他人から見れば小さな事かもしれないが、本人にとっては大きな問題なのだ。

 

ダンブルドアは自分が策士ということは認めていたが、本当は優しげな好々爺といった存在でいたいのだ。……例え自分の本質は英雄を造る(・・)ために友を、教え子を見捨てる血も涙も無い人間だとしても。

 

そこまで考えたところでダンブルドアは思考を止める。歳をとるとどうも発想が自虐的になってしまう。死ぬ前にどうにかして自分の犯した罪を清算しようとしてしまうのかもしれない。そんな事を考え、ダンブルドアは自分の黒ずんだ右腕を見ながらゆっくりと言葉を発する。

 

「その少女がキングクロス駅の殺人鬼の正体というわけかの?」

「どうやらその様です。……どう対処すれば?」

 

スネイプの疑問は最もだろう。

計画は既に大詰めのところなのに、幾人もの闇払いを相手に圧倒的強さを見せつけたという謎の少女が突如現れたのだ。

分かっているのは魔法以外の謎の力を使えて、ヴォルデモートに同等と見做される程の魔法の腕もある、ということのみ。何故マグルに憎悪を向けながらも純血主義には興味がないのか、そもそもどうしてヴォルデモートに目をつけられたのかさえわかっていない。

 

実行役であり、最大級の危険を常に抱えているスネイプからしたらダンブルドアの指示を仰ぎたかったのだろうが……そのダンブルドアも対処法は思いつかなかった。現状ではスネイプが少女との接触の中で謎を解き明かしてくれるのを待つ他ないだろう。……その前にスネイプが少女とヴォルデモートとの喧嘩に巻き込まれて死ななければ、だが。

 

セブルスにはきつい任務を頼んでばかりだ。ダンブルドアは胸の奥のチクチクとした罪悪感をおくびにも出さず、飄々とスネイプに返答する。

 

「どうするもこうするも無いじゃろう。お主の情報で分かる限りでは推測の域を出ないが、十中八九その少女は純粋な人ではないの。太古の怪物の血が入っているか、闇の魔術で人をやめたか、はたまた滅びた筈の夜の王の末裔か……。今あげたものならまだ良いが、最悪人では太刀打ちできない可能性すらある。任務の内容がバレないように常に警戒する他ないじゃろうて」

「……暗に死ねと?」

「お主に死なれてしまっては儂は大変困るのぉ、セブルス。まだお主には儂を殺すという任務とハリーを導く任務があるのじゃから。儂としても出来る限りのサポートはしよう。ともかく今は不確定要素を潰すのが先決じゃ」

「分かりました」

 

音も無くマントを翻して去っていくセブルスをダンブルドアは憐れみの目線で見送る。ダンブルドアは自らの贖罪の為に今もこうして闇の勢力と戦っているが、同じく贖罪の為に戦っているスネイプはダンブルドアの目にはどうしようもなく哀れに見えてしまった。

遥か昔から続いている蛇と獅子の仲違いによって、希望に満ちた未来を破壊された若者がどれ程いることか!

 

セブルス・スネイプもその一人。勇気はさることながら、狡猾で大事な人のためならばなんでもする彼はその本質故に、かつての主を裏切り自分の元で日々命を擦り減らして二重スパイをしている。生きる希望も、夢もなく愛した人の息子を守るためだけに生きる彼にはいっそ憐れみを覚える。もしこれから先の戦いを彼が生き延びれたとしても、「その先に待っているのは幸せ」なんて考えは甘いだろう。

 

 

ダンブルドアは留めなく溢れ出てくる後悔を心の奥底にしまいこむ。長く生きていればその分後悔もたくさんあるが、ダンブルドアの人生は後悔だらけだった。だが過去に戻ることは誰にも出来ない。ーー正確に言うと過去に戻れても、過去を変えることは出来ない。だからこそ、ダンブルドアはより多くの人々を救う為に闇と戦い続けるのだ。それを贖罪として、罪を償おうと。

 

だがダンブルドアは時々不安になる。自分は結局何も変わってないのでは、と。

多くの人を救う為に、少数を切り捨てる自分の方針は「より大きな善のために」行動したあの頃と同じなのではないかと。

ダンブルドアの内に巣食う、その疑問に答えるものはホグワーツの校長室にはいなかった。唯一その疑問に答えられるであろう彼は、自ら造った牢獄の中で朽ち果てるのを待つばかりーーの筈だ。

だが……何故なのだろうか? ダンブルドアは審判の時は目前に迫っている事を感じ取っていた。

 

 

 

 

 

 

 




フラグをばら撒いてみたが…回収できる気がしない…。
尚、さりげなくトンクスの強化フラグが立ちました。個人的にはかなり好きなキャラです。
そして同時にグリンデルバルドさん脱獄フラグも出ました。作者が思うに騎士団よりにせよ、闇よりにせよ、オリ主が最強ポジにいると必然的にグリンデルバルドさんの需要が高まるんですよね。魔改造しても闇の魔術だから問題ナッシングなヴォルさんと違って校長先生は安易に強化できないんでオリ主が闇陣営(ないしは第三陣営)だとかつての親友ペア(恋人?)が立ちはだかる壁として最適だと思うんですよ。

と、まぁ長々と語ってしまいましたが何が言いたいかと言うと──ファンタビ楽しみやな!!


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