とあるレベリング代行者のSAO (アルファささみ)
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ありきたりなプロローグ
西暦2022年11月6日。現在時刻は午後1時になる少し手前。1人の青年が、頭にヘルメットのようなものを装着し、自室のベッドに横たわっていた。
彼の名は柚原瑞希。年齢はこの日20歳を迎えた。都内でもそれなりの名門大学に通う学生だ。
彼の被るヘルメットのようなものの名は『ナーヴギア』。この日の午後1時から正式サービスを開始する世界初のVRMMORPG『ソードアート・オンライン』、通称SAOをプレイするために必要な代物で、彼も勿論そのために待機している。
ただ、あくまで彼は仮のプレイヤーであり、正規のプレイヤーは柚原大輝、すなわち彼の弟である。
「用事があるから俺のアカウントでログインしてレベリングしといて!」という無責任な言葉を兄に残して出かけていった元ベータテスターである弟は、午後5時半頃に帰宅する予定らしい。
お互いの食事時間を考慮してログアウトして弟と入れ替わる時間を6時に決めた彼は、そこまでにどのくらいレベルを上げられるだろうか、と考え、ひとまずそこで思考を中断して時計を見た。
SAOにはログインするための特定のボイスコマンドがある。視界の端のデジタル時計が13:00を示すのを見届けた彼は、ゆっくりと目を閉じ、その言葉を口にした。
「……リンク・スタート」
時を同じくして、埼玉県内のとある一軒家。1人の少年もまた、ナーヴギアを被り、午後1時が来るのを今か今かと待っていた。
「もうすぐまた行けるんだ…あの世界に…!」
彼の名は桐ヶ谷和人。世界初のVRMMORPG『ソードアート・オンライン』の元クローズドベータテスターの中学2年生。年齢は一月前に14才を迎えた。
夏のひとときをSAOのCBTに費やした彼は、すっかりその世界の虜となっていた。
人付き合いの得意でない彼にとって、アバター名だけでの表面的な付き合いをしながらもその世界の住人となることができ、剣1本でどこまでも進んでいけるそこは、最早もうひとつの現実世界と言っても過言ではなかった。
ふと視界の端に表示される時刻を見ると、13:00を迎えようとしていた。彼もまた、はやる気持ちをおさえながら、彼の世界へと誘うその言葉を口にした。
「リンク、スタート…!」
1人の少女は、その日から長期の出張で家を出ている兄の部屋に忍び込んだ。
彼女の名は結城明日奈。日本でも有数の総合電子機器メーカー『レクト』のCEOの娘である。年齢は15才。
彼女の目当てのものは、兄のベッドの上、LANケーブルに繋がれたヘッドギアだった。
「これが…ナーヴギア…」
ゲームと名のつくものは携帯端末で無料でインストールできるものを軽く遊んだ程度のものである彼女にとって、まず据え置き型のゲーム機というものが新鮮な物だった。
しかもそれがフルダイブ技術を利用したVRゲームともなれば、それは未知の物と言って間違いないだろう。
英単語の'nerve'が神経を意味することを考えれば、神経になんらかの作用を与える物なのだろうと考えはつくが、それ以上のことは彼女にはわからない。
そもそも、なぜこの日彼女がこの部屋を訪れたのか、その理由は本人ですらよくわかっていない。
それでも、彼女がここへ来てしまったという事実は、変わりようがない。
彼女は恐る恐るナーヴギアに手を伸ばし、頭に被った。そして、兄から聞きかじったログインのための言葉を、小さく、しかし確かに口にした。
「…リンク、スタート」
こうして、彼らを含むおよそ1万人のプレイヤーは、SAOの世界に旅立っていった。それが、彼らの2年間にも渡る戦いの幕開けだということは、まだ誰も知る由もなかった…。
見切り発車でスタートしてしまった作品です。
なにぶん小説を書くのも初めてなので色々と見苦しいところはあるかと思いますが、何か思うことがあれば感想なりメッセージなりで言っていただければと思います。
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それぞれのゲームスタート
side-Yuzuki
(キャラクターネームの入力は…Yuzukiでよかったはずだな。)
元ベータテスターである弟は、キャラメイクも済ませてあるテスター時代のアバターを使いたいと言っていた。
キャラクターネームを同じにしないと、そのアバターは使えないはずなので少し慎重になる。
目の前に『βテスト時のアバターを使用しますか?』と表示が発生したことに安堵し、彼は丸が表示されたボタンをタップした。
『Welcome to Sword Art Online!』
そのメッセージと共に彼の意識は暗転、気がつけば目の前には、見知らぬ広場が広がっていた。
「これがソードアート・オンライン、か。」
誰に言うでもなく、ポツリ、と呟く。
ゲームそのものはそれなりにやっているものの、ハードウェアの高さゆえにフルダイブ型VRゲームは手を出しておらず、彼にとってはこれが初めての経験だった。
(まずはキリトってやつとの合流だったか)
彼は、弟に言われた「最初にやっておいて欲しいこと」を思い出していく。この世界についてはそのキリトというプレイヤーに教えてもらえとのことだったので、とりあえず探すことにした。
が、その探索が終わるまでにはさほど時間を必要としなかった。はじまりの街を歩き始めようとしたそのとき、誰かが自分を呼んでいることに気付いたからだ。
その声の主は、こちらに向かって走ってきた。
「おーい、ユズキ!」
side-Kirito
少年は、目の前のキャラクターネーム入力画面に、βのときに使用した名前、Kiritoを素早く打ち込むと、βテスト時のアバター使用を即座に選択。
テスト時にも見慣れた、『Welcome to Sword Art Online!』というメッセージに続いて、懐かしい風景が視界に飛び込んできた
「はじまりの街…。俺は帰ってきたんだ、この世界に…!」
喜びのあまりヒャッホウと飛び上がりそうになるのを必死に抑え、まずは行きつけの武器屋にでも行こうかと考えた。
その矢先、見覚えのあるプレイヤーがログインしてきた。
それは、彼がβテスト時に最も話すことも共に戦うことも多かった、彼にとってかの世界における親友のような存在だった。
懐かしい。そう思った彼は、声をかけようと思い、その名を呼びながら駆けていった。
「おーい、ユズキ!」
side-K&Y
突如として名を呼ばれたことに、ユズキは多少驚いた。だがしかし、人探しの手間が省けた、と同時に思った。
なんということはない。キリト本人が呼びかけてきただけの話だ。
一応、彼自身はキリトと初対面なので、人違いの無いように確認をとることにした。
「お前がキリト、で合ってるんだな?」
「え、いや、まあそうだけど。もしかして俺のこと忘れてた?それともアバター似てるだけの別人か?いやでもだとしたらなんで俺の名前を…」
事情を知らない彼には当然の疑問だろう。なので説明は早いうちにしておこう、と思いユズキは口を開いた。
「混乱させてすまん。βのときのユズキは俺の弟でな。用事があるからとレベリングを頼まれて、今はあいつの兄である俺がこのアバターでログインしてるんだ。」
「あ、そういうことか…あいつ結構やりこんでたからなぁ、それでも普通誰かにレベリングの代行なんて頼んでまで…」
キリトはやはり動揺は隠せていないが、それも仕方ないことだろう。
何せ、知り合いだと思って声をかけたら別人でした、という状況であることに違いは無いのだから。しかし、いつまでも戸惑っていられてはユズキも弟との約束が果たせない。
ひとまずこの世界についてある程度のレクチャーをしてもらう必要のあるユズキは、その依頼をすることにした。
「そういうわけなんで、悪いがキリト、このゲームについてざっくりとでいいから教えてくれないか?なにぶんVRゲームは初めてでな。いまいち何をしたらいいのかわからん。」
「…!あ、ああ。そうか。そういえばそうだったな。わかった。とりあえず、俺たちが行きつけにしてた武器屋があるからそこに向かおう。」
「ありがとう、助かる。」
こうして、彼らは仮想世界での第一歩を踏み出した。
side-Asuna
彼女は少し混乱していた。目の前にはプレイヤーネームを入力するコンソールとそれが表示されるディスプレイがある。
それに名前を打ち込めばいいだけなのだが、この手のMMOゲームに触れる機会のなかった彼女にはそれもよくわかっていなかった。
(フルネームを入れる必要は無いはずだから、Asunaでいいのよね…)
本来、こういったゲームをプレイする際の名前に実名を使うことはあまり無いのだが、何はともあれ結城明日奈はプレイヤー'Asuna'としてログインすることを決めた。
アバターの生成に関しては女性であることのみは選んだもののあとはほとんど初期設定のまま。とりあえず早く終わらせてほしかった。
キャラメイクを決定する意思表示のためにボタンに触れると、ソードアート・オンラインへようこそ、という英文と共に目の前の光景に変化が生じた。
そこに見える景色に、彼女は驚愕を隠せなかった。
「嘘…これが本当にゲームの中だっていうの…!?」
細部を見れば現実世界とそれなりの差異は存在する。しかし、どこかヨーロッパのような雰囲気を感じさせる町並みや行き交う人々は、どう見ても実在する場所や人であるかのように映る。彼女に衝撃を与えるには、それは充分すぎるものだった。
(何から始めればいいんだろう)
MMORPGに関してはほとんど何も知らない彼女は、ひとまず周りの人々の会話から情報を集めることにした。
結果としてわかったのは、ここでは武器を持って敵モンスターと闘い、倒すことでお金や経験値を手に入れることができ、逆にそれをしなければお金は減っていく一方である、ということだった。
ならば、武器の調達が必須だと思い至り、武器を売っている店を探すことにした。
ふと視線をあげると、何人かのプレイヤーが急ぎ足で向かう街道があることに気がつく。他のところは皆ゆっくりと歩いたり談笑しながら移動していたりするばかりなのだが、その街道だけは急いでいるプレイヤーが多かった。
まずはこの街道からあたってみよう、と考えたアスナは、ゆっくりと歩みを進めた。
side-K&Y
武器屋で武器の調達を終えた2人は、早速狩りに出掛けよう、という話でまとまって圏外へ向かおうとしていた。
選んだ武器は、キリトが片手剣、ユズキが片手槍だった。
β時のユズキ、すなわち今のユズキの弟は槍使いだったようなのでこの武器にするようあらかじめ言われていたのだが、扱いが難しそうだとユズキは落胆せざるを得なかった。
「槍の扱いもこの世界じゃあんまり面倒でもないはずだし、とりあえず行ってみようぜ。実際に使ってみなきゃわからないし。」
そう言うキリトの意見ももっともだと思い、ユズキは先を行こうとする彼を追うことにした。
そこに、後ろから誰かが声をかけてくる。
「おーうい、そこのお2人さん!ちょっといいかい?」
キリトは、うへぇ、とでも言いたそうな顔を見せる。どうやら後方のプレイヤーはこちらに用があるらしい、と気付いたユズキは、返答だけでも返しておくことにした。
「俺達に何か用か?」
「おう!あんたら、元ベータテスターだろ?迷いもなくここの武器屋に向かっていったしよぉ。よかったら、俺に少しレクチャーしてくれねぇか?」
つまりこいつも自分と同じく、ベータテスターの力を頼ってまずは遊び方を学んでおこうという考えなのだろう、とユズキはわかった。
しかし、それを了承できるかどうかは自分ではなくキリトの意思によるところなので、ひとまず口をつぐんだ。
ほどなく、キリトが口を開く。
「うーん、別に構わないけど…基本的なことだけな?あとこっちにも教えなきゃだし。」
こっち呼ばわりされたことに少しムッとしないでもなかったが、キリトが了承するなら問題ないだろう、とユズキは自己紹介しておくことにした。
「それじゃ、決まりだな。俺はユズキ。一応ビギナーだ。」
「ん?そうか。俺はクライン!よろしくな。」
「キリトだ。ま、とりあえず圏外に行くか…と、その前に。クラインは武器は何にするんだ?」
クラインは曲刀【リトルサーベル】を選択して購入。そのまま3人で圏外へ向かうことにした。
side-Asuna
武器屋についたものの、どうやって武器を買ったらいいのかわからなかったアスナは、他に武器を買う人を待ち、それを見て買おうと思い至った。
ほどなくして、1人の少女が店の前に現れた。背丈はアスナと大して変わらないくらいのその少女は、悪戦苦闘しながらもどうにか武器の購入を終え、その場を立ち去っていった。
あまり参考にはならなかったかも、と思いながらもアスナは店に向かった。先程少女がやっていたように店を見る。
目の前に『購入』『売却』の2つのメニューが表示されたのがわかると、ゆっくりと購入のボタンをタップ。
浮かんでくる選択肢から、さてどの武器を選んだものかと少し悩む。
そして、自宅のマントルピースにレイピアのような武器が置いてあったことを思い出し、特にこだわりもないしあの剣と似たようなものにしよう、と考えた。
結局、細剣【スモールレイピア】を選択し、購入。圏外にその足を向けた。
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デスゲームの始まり
side-K&Y
圏外フィールドに到着してから少し経ち、キリトはまずはソードスキルの扱いについて教えることにした。
「ソードスキルには始動するための特定のモーションがあるんだ。その形さえ作っちゃえば、あとはシステムアシストで勝手に技が発動する。こんな風に…な!」
そう言ってキリトは目の前のイノシシのようなモンスター、フレンジー・ボアに向き合い、右手に持った剣を左腰の方へ持っていき、構えをとる。すると、その剣が青色に光り輝き、次の瞬間にはそれは右上へ切り上げられていた。
キリトが片手剣カテゴリのソードスキル《スラント》を発動させ、ボアにダメージを与えた。ただそれだけの光景に、ユズキはひどく驚いていた。
「これがソードスキルか…。ただ剣で叩くだけよりは、確かにダメージ効率が良さそうだな。」
「まあ、その分デメリットもあるんだけどな。スキルのあとに硬直時間があったり、次に同じスキルを使うのにクールタイムが必要だったり。」
「なるほどな…。」
あとは実践あるのみだが、ユズキはソードスキルを使うためのモーションがわからないことに気づく。
「なあ、その、ソードスキルを使うときのモーションがどうこうってのは、どうやったらわかるんだ?」
「ん?ああ、それならまず、メインメニュー画面からスキルのページを開いてくれ。そこに今使用可能なスキルと必要モーションが軽く説明されてるから。」
見てみると確かに、少し分かりにくくはあるがモーションの説明が書かれている。そこに書いてある通り、ユズキは右手に持った槍を体の右側に構え、軽く腰を落とした。
すると、不意に何か不思議な感覚を覚えると同時に、手に持った槍がまるで意思を持っているかのように前方へと飛び出していった。
槍カテゴリのソードスキル《シングル・スラスト》。基本の単発技だが効果はてきめんだったようで、先程のキリトの攻撃で体力の減っていたボアは、ポリゴンの欠片となって消えた。
「おお…!」
「へえ、上手いもんだな。初回でこんだけできれば上々だと思うぞ。」
「そうか。ま、どうせ6時で終わりだけどな」
「入れ替わるのが6時なのか?」
「そういうことだ。」
代行だけのつもりだったが、こうも楽しいとやはり少しは未練が残ってしまうようで、今のうちに目一杯遊んでおこうと考えるに至った。
「うっしゃ、俺もやるぜ!」
と、今度はクラインが動き出した。しかし、どうにも上手く発動できず、ボアの突進をもろに受けてHPを2割程削られる。尻餅をついてため息をつく彼の姿は、妙に絵になっていた。
「クラインどうした?全然上手くいってないじゃねぇか。」
「だ、だってよぉ…。あいつら、動きやがるしよぉ…。」
「動くのはどのモンスターも一緒だろ…。いいか、無理に動こうとしちゃ駄目なんだ。1回構えを作っちゃえば、あとはシステムがどうにかしてくれる。それに任せるつもりでやってみろ。」
「こ、こうか?」
そう言ってクラインは、手に持つ曲刀を左腰に添えるように構えた。すると、キリトやユズキのときと同じく、剣から光があふれ、目の前のボアに直撃した。
曲刀カテゴリのソードスキル《リーバー》が発動したようだ。運良くクリティカルヒットの判定も出たようで、一撃でかなりのダメージを見舞うことが出来た。追加で軽くダメージを与え、難なくとは言いがたいが無事にボアを倒した。
「うおぉ、すっげぇ!」
「見事な剣筋だった。」
「ま、でも今のモンスターって、ドラ○エでいうス○イムみたいなレベルだけどな。」
「てっきり中ボスクラスかと思ってたぜ…。」
「中ボスがこんな弱いわけ無いだろ。この調子で狩りを続けるか。」
こうして、彼らはレベル上げや技術の向上に勤しんだ。これから訪れる悲劇のことは、まだ誰も知らない。
side-Asuna
各々の武器で攻撃を繰り出し、SAOの戦闘を楽しむプレイヤーたちを見ながら、アスナは戦い方を模索していた。
「どうやら何かしらの構えを取ると、技の判定が出るみたいね。」
確認するように1度呟くと、どんな構えがあるかも知らない彼女はレイピアを持った右手を地面と水平に後方へ引く。
次の瞬間、腕がフッと軽くなるような感覚と共に、眼前のなにもない空間へ細剣カテゴリのソードスキル《リニアー》の一突きが炸裂する。激しいライトエフェクトと初めて感じる衝撃、少しばかり動けなくなるような反動を受けて、アスナは考察を進めていく。
「システムが技を勝手に発動させてくれるのね…。それに、使ったあとに反動でアバターが硬直してる…。」
それから暫くモンスターと戦闘をした後、ふと思い立って右手の人差指と中指を揃え、目の前で軽く振る。その動作でステータス画面を開くと、時計の表示が既に午後3時を迎えようとしていた。
「そろそろログアウトして勉強しなくちゃ…」
アスナは、ログアウトボタンがあったはずの位置まで画面をスクロールしていく。しかし、そこにはあったはずの
ログアウトボタンが見当たらなかった。念のためすべてのメニューを開き、隈なく探す。しかしその中のどこにも、ログアウトの表示が存在していない。
「嘘…。どういうこと?」
他人との関わりを好む方でもない彼女は誰かに相談することもせず、ただ呆然とするばかりだった。
side-K&Y
「うっし。これでまたレベルアップだ。」
手に持つ槍でボアをポリゴン片へと変え、経験値やこの世界の通貨であるコルを獲得した音と同時に、プレイヤーレベルが上昇した際に発生する特殊な音とシステムメッセージを受け取ったユズキは、軽くガッツポーズをする。
「これでユズキもレベル3だな。一応ノルマは達成、ってことでいいんじゃないか?」
「そうだな。まあでも、あいつとは6時って約束してるし、もう少し続けるかな。」
「オレはまだレベル2だってのによぉ…。って、いけねぇ。もうこんな時間じゃねぇか。」
時計を見ると、時刻は午後5時20分を示している。約束の時間まではまだ30分はあるので問題ないとユズキは思ったが、どうやらクラインはそうでもないらしい。
「何か用事でもあるのか?」
「晩飯だよ。5時半にピザの出前頼んでんだ。つーわけで、オレはそろそろ落ちるぜ。色々教えてくれてサンキューな。」
「そりゃまた、準備万端って感じだなあ。」
「わかった。それじゃ、せっかくだしフレンド登録はしておこうぜ。」
このユズキの提案に2人とも賛成し、フレンド登録を済ませた。そして、クラインはログアウトしようとしたが、ここである異変に気づく。
「ありゃ?どういうこった。ログアウトボタンがねぇぞ?」
そんなバカな。そう思い、キリトもユズキも自分のステータス画面を確認するが、そこには『ログアウト』の文字が見当たらない。
「サービス初日からこんなバグが起きてるなんて、運営も涙目だろうなあ…」
「だとしたら不自然だな。SAOを運営してるアーガスはその辺をすぐにでも対処するはずなのに。こういう場合、全員を強制ログアウトさせて原因を調べるのが普通のはずだ。」
「てかクライン、お前このままでいいのか?ピザの出前取ってんだろ?」
「そうだった…。オレのアンチョビピッツァとジンジャーエールがああ…」
クラインは絶望しきったかのような顔をしている。一方で、なぜか冷静になっている自分がいることにユズキは気づく。
「キリトよぉ。他にログアウトする方法はねぇのか?」
「SAOからログアウトする方法はステータス画面のログアウトボタンを押すこと以外に存在しないはずだけど…。」
「にしたって、なんかあるはずだろ!?脱出!ログアウト!」
「無駄だと思うぞ。SAOにその手のボイスコマンドは無いはずだし。」
このままログアウトできなくなっては弟に申し訳ないと、ユズキはひとまず運営にメッセージを送ることにした。
「チクショウ。どうしろってんだ…って、なぁっ!?」
クラインが悪態をついた途端、ユズキたちの体が青白い光に包まれていく。
「これは…強制転移!?」
キリトのそんな叫びが聞こえたかと思うと、彼らの意識は暗転した。
「ここは…はじまりの街?」
「それで間違いなさそうだな。」
「だな…って、ユズキもここに飛ばされたのか。」
「ああ。見た感じだと、ログインしてる全プレイヤーが集まってるんだろうな。」
ユズキと合流したキリトは、ほどなくしてクラインも発見し、とりあえず3人でかたまることにした。周囲からは、ログアウトさせろだとかクソ運営だとか、そんな罵詈雑言が飛び交っている。そんな中、突如として上空が赤く塗りつぶされた。よく見ると、【warning】【system announcement】の文字が書かれた六角形のタイルが敷き詰められたようなものであり、ようやく運営側から反応があったかと彼は安堵した。しかし、それは次の瞬間、新たな不安へと変わった。
赤い空の一部が溶け出したかのような演出と共に、赤いフードを被った何者かが姿を表したからだ。そして、キリトはそれが見覚えのあるものだと気づく。それは、彼がベータテスト時代に幾度となく見かけたゲームマスターの服装だった。しかし、ベータのときはそのフードの中にあったはずの顔や手足は今眼の前にいる何者かには無い。
不意に、その何者かが音声を発した。
『プレイヤーの諸君、私の世界へようこそ。』
私の世界ということは、やはりゲームマスターなのだろうか。しかし、だとしてもこの演出は不自然だ。誰もがそう思う中、何者かはこう伝えた。
『私の名は茅場晶彦。いまや、この世界をコントロールするただ1人の存在だ。』
茅場晶彦。その名前をキリトは、よく知っていた。その人物は、稀代の天才と称される研究者でフルダイブ型マシンの基礎設計者であり、ソードアート・オンラインを開発した張本人である。キリトにとっては憧れの対象人物でもあり、彼のインタビューが載った雑誌などはすべて購入し、内容をそらで言えるほどには熟読したほどだ。しかし、それだけに疑問も尽きない。彼はマスコミをひどく嫌っておりメディアへの露出も少なかったはずだ。その彼が、なぜこのような行動に出たのか。その答えは、目の前の彼自身が語ってくれた。
『諸君らの中には、ステータス画面からログアウトボタンが消滅していることに気づいた者も多いだろう。しかし、これはバグでも不具合でもなく、SAO本来の仕様である。繰り返す、これは、SAO本来の仕様である。』
一瞬、耳を疑う。ログアウトできない状況が本来の仕様である。すなわち、プレイヤーは自発的にログアウトすることができない、ということだ。そんなはずはない。すぐ近くにいるクラインやユズキも、驚きを隠せずにいる。しかし、この直後、さらに衝撃の事実が告げられた。
『また、外部からの強制的な救助も不可能である。それがなされようとした時、諸君らの脳は、高出力のマイクロウェーブにより焼き切られる。既に注意は呼びかけられているが、残念ながら現時点で、213名のプレイヤーが、この世界及び現実世界から永久退場している。』
213名。確かな数の犠牲者が発生している。しかし、それを確かめる術はない。流石に理解が追いつかないようで、クラインが叫ぶ。
「で、でもよぉ。ほんとに脳を焼き切るなんて可能なのかぁ?」
「ああ、可能なはずだ。さっきまではハッタリだろうと思ってたが、ナーヴギアは原理的には電子レンジと一緒だ。充分な出力さえあれば、脳を焼き切るくらい不可能じゃない。」
「な、なら!コードを抜いちまえばいいじゃねぇか!それなら問題ないはずだろ!?」
「無駄だろうな。ナーヴギアには不測の事態に備えて、かなりの容量の予備バッテリーが積まれてるはずだ。」
すなわち、茅場の言っていることには、不可能なことは何一つ存在していないのだ。人々の怒りの声、絶望の叫び、嘆き、そんな音が、広場を支配する。しかし、本当の悪夢は、ここからだった。
『また、このゲームでは、いかなる蘇生手段も機能しない。プレイヤーのHPが全損した際、そのプレイヤーはゲームオーバーとなり、高出力マイクロウェーブでその脳を焼き切られる。』
…この時より、二年間の壮大なデスゲーム『SAO事件』は、その幕を開けたのだった…。
感想、誤字報告などあればよろしくお願いします。
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この世界で生きる覚悟
Side-K&Y
自発的なログアウトが不可能かつ、蘇生手段が機能しない。すなわちこの瞬間、彼らはこの『ソードアート・オンライン』に閉じ込められた状態となったのである。
そんなことを咄嗟に信じることが出来る者は少なく、広場には混乱が訪れた。そんな中茅場は、さらなる情報を開示してきた。
曰く、このデスゲームをクリアするためには、鋼鉄城アインクラッドを第百層まで攻略しなければならない。
ベータ時代には何度も死に戻りを繰り返して1ヶ月で10層までクリアしきれなかったので、途方もない時間がかかるのは目に見えている。
『最後に諸君らへ、プレゼントを送っておいた。アイテム一覧を見てほしい。』
茅場からそう言われたキリトたちは、メインメニューからアイテムを見る。一番上に表示されるアイテムをタップ名すると、手のひらにのるくらいの小さな板が出現した。
「これは…手鏡?って、うわあっ!?」
突然全プレイヤーの持つ鏡が光り始め、周囲が明るさを増す。その光が完全に消えたとき、何やら周囲の様子が先程とは明らかに違っていた。
街並みにはなんの変化もない。しかし、目の前の人々の容姿が、まったく見慣れないものへと変貌していた。
ゲームではありがちな美男美女集団だった彼らの風貌は、言ってしまえば平凡な、どこにでもいそうな出で立ちで、その装備だけはゲーム内のものだった。
平均身長も随分下がっており、恐ろしいことに性別まで、先程まで男女同数程度だった男女比は女性の数が激減して、女性が1割いるかどうかすら怪しいほどだった。
ふと思い立って、キリトは手元に残る鏡を覗く。そこに写っているのは、彼にとって見慣れた顔だった。
少し前髪が長く伸びた黒髪と、同じ黒い色の目。妹と一緒に出掛けると時おり姉妹と間違われる、中性的な顔立ち。
それは、現実世界でのキリトの、すなわち『桐ヶ谷和人』の顔だった。
唖然としていると、すぐそばから聞き覚えのある声がした。
「ありゃ?誰だ、おめぇ?」
声のした方を向くと、逆立った髪に赤いバンダナを巻いた、野武士のような髭面の男が立っていた。そのどこか侍のような装備に見覚えがあったキリトは、その名を呼ぶ。
「俺はキリトだけど…。もしかしてクラインか?」
「んな!?おめぇ、キリトだったのか!?」
その反応を見る限り、向こうはクラインで間違いないようだ。その安堵と共に湧いてきた疑問を、クラインが代弁してくれた。
「にしてもよぉ、なんで茅場の奴ァ、こんなことをしたんだ?つか、そもそもなんでここまで再現が出来てるんだ?」
前半はキリトも同様の疑問を持っていたが、後半に関しては既に自分なりの見解を持っていたので、それをクラインに話す。
「ナーヴギアは顔全体を覆う形になってて、そこから電磁波を流してるから。それで再現はできたんだと思う。それに、理由についてはきっとあっちから話してくれるはずだ。」
とキリトが言った直後、茅場は最後の言葉を語る。
『諸君らはなぜ、と思っているだろう。身代金か、はたまた実験台か、と。しかし、私の目的はこの世界の鑑賞にある。故に、私の目的は既に達成せしめられた。…以上を以てSAOのチュートリアルとする。諸君らの健闘を祈ろう。さらばだ。』
赤い空に、茅場が吸い込まれるように消えてゆく。途端、閉じ込められたプレイヤーたちの怒号が、悲鳴が、絶叫が、慟哭が、広場全体に広がり、その場を支配してゆく。
「ふざけんな!早くここから出せ!」
「大事な約束があるのに!帰してよお!」
「嫌だぁ…!まだ死にたくないぃ…!」
ゲームの中に閉じ込められたという、考えたくもないような、理解したくもないような現実が、人々を混乱へと陥らせる。この状況下で冷静に動ける者はそう多くない。キリトは、今のうちに行動を起こそうととある人物を探し始めた。
「ユズキ!どこにいる?」
「俺ならさっきからずっとここにいるが。」
「おっ、いた…って、え!?」
キリトが声のきこえた方を向くと、先程のユズキのアバターとしての姿からかけ離れた、長身の青年が立っていた。
白髪交じりの黒髪は肩くらいの高さに切りそろえられており前髪はキリトのそれより長く、その隙間から気だるげな灰色の双眸が覗いている。顔立ちはそれなりには整っており、180センチメートルは超えていそうな長身には、先程までユズキが仕様していた布装備類が確かに装備されたままだった。
印象がいままでとはかけ離れていたため、キリトは思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。そんな中ユズキは、何事もなかったかのように―実際何かがあったわけでもないのだが―キリトに話しかける。
「何か話があるんだろ?ここじゃ聞こえが悪くて不都合だ。静かに話せそうなところに移動しよう。」
キリトはその提案にのり、その場にいたクラインも連れて圏外へ続く街道へと向かった。
もう少しで圏外に出る。そのくらいの路地の真ん中で、キリトは足を止め、二人にとある提案をする。
「聞いてくれ。俺はこれから、この街を出て次の街を目指す。二人もついてきてくれ。」
突然の提案にクラインは驚いた様子だったが、ユズキは想定済みだったのだろう。質問をしてきた。
「それが安全である保証と、ついでに出る理由を訊いてもいいか?」
「ベータ時代のデータに頼ってるから保証は無いけど、十中八九安全だと思う。理由については、これがデスゲームだからだ。こうなったからには、生き残るために少しでも多くのリソースを得る必要がある。そのためには、落ち着きを取り戻した他プレイヤーがこの街周辺のリソースを狩り尽くす前に次の街を本拠地にした方がいい。」
「なるほどな。」
理由を説明してもクラインは納得がいっていないようで、こんなことを言ってくる。
「だから一緒に来いってか?悪ぃが、そいつぁ無理だぜ。まだこの街のどっかに、一緒にSAO買った仲間がいるはずなんだ。置いて…いけねぇよ。」
確かにそれは一理ある。可能であるならば、その友人たちも連れていければよいだろう。しかし、キリトが彼らも連れて次の街に移動するとなれば、危険はかなり増す。本来であれば守りきれるはずの人が、多すぎて手におえないなんて事態は、絶対に避けなければならない。
そんなキリトの葛藤を知ってか知らずか、クラインは無理に明るく言う。
「まあ、俺のことはいいからよ!オメェら二人で先に行っててくれよ!あいつら連れてすぐ合流すっからさ!なぁに、キリトに教わったテクで、しっかり生き延びてやるさ!」
ユズキもその提案に乗ることにし、とりあえずこの場でクラインとは別れる流れになった。
「そんじゃ、またそのうち会おうぜ!」
「こっちで得た情報は可能な限りフレンドメッセージで伝えるようにする。そっちで検証なりなんなりした上ではじまりの街のプレイヤーに流してくれ。」
「そうだな。俺はテスターとして、ユズキはニュービーとして、それぞれの視点で情報の吟味できるから信憑性も増すはずだ。」
「サンキューな、二人共。あいつらもそのうち紹介するよ。」
「また会えるときを楽しみにしてる。絶対生き延びるぞ。」
「ああ。」
こうして彼らは、それぞれの道を歩き始める。
「キリト、ユズキ!オメェら、結構可愛い顔してんな!ソッチのほうが好みだぜ!」
「冗談にしたってキツイぞ、クライン。まあでも、お前はその髭面のが様になってるな。」
「だな!お前はその野武士面のが10倍は似合ってるよ!」
別れの挨拶にしては気が抜けているが、二人は圏外に向かい走り出す。もう一人は広場へ向かい友を探す。
キリトとユズキの前に二匹のオオカミ型モンスターがポップするが、それぞれの獲物を右手に携えた二人は、刀身を、穂先を光らせ、ソードスキルを発動する。
片手剣カテゴリソードスキル《ホリゾンタル》
片手槍カテゴリソードスキル《シングル・スラスト》
無我夢中で走る彼らの一撃で、オオカミ達は瀕死のダメージを負う。直後、スキル後硬直の溶けた二人の追加攻撃を受け、その体をポリゴン片へと変え、爆散していった。
彼らの冒険は、まだ始まったばかりだ。
ソードスキルに関しては、可能な限り原作に合わせる予定ではいますが個人的に熟練度の問題とかが気になって改変していたり、槍のソードスキルは割りと適当になってしまうかと思いますがよろしくお願いします。
感想・誤字報告などあればお気軽にどうぞ。
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回想と新たな出会い
Side-Yuzuki
この地獄のようなデスゲームの開始から今日で13日。
未だ第一層の迷宮区は攻略されるに至らず、増えていくのは死者の数ばかり。
気になってとある人物に数えてもらったところ、現時点での死亡者数は895人。開始からの経過時間を考えるとあまりにも早く、このままのペースでプレイヤーの減少が続けば半年も経たないうちに全プレイヤーがこの世界からいなくなる。
そんな状況ではあるが、俺はキリトと二人での旅を続けている。
彼のテスターとしての知識は正確かつ莫大で、ここまで大きな事故もなく生きてこれたのはひとえに彼のお陰と言って差し支えない。
とはいえ、何もなかったかと言われればそんなことはない。俺達は一度殺されかけている。そのことについて軽く触れておこう。
始まりの街を飛び出した俺たち二人にあのあと何があったかと言えば、まずはキリトがとあるクエストを受けた。
クエスト名は『難病の少女』。次の街、ホルンカの一軒家にいるクエストNPCの娘(確か名前はアガサだったはずだ。)が熱でうなされており、それを治す薬を作るために「ネペントの胚珠」というアイテムが必要なので取ってくる、という内容のもの。
これの報酬が『アニール・ブレード』というそこそこ強い片手剣で、キリトの目当てはこいつだった。
近隣の森には3種類のネペントがいる。ざっくり分けると、花つき、実つき、何もついてないやつ。このうち胚珠をドロップするのは花つきのみで、ドロップ率はそこそこなもののエンカウント率がそこまで高くない。
さらに厄介なのは実つきで、その実を攻撃すると、あたりに特殊な匂いを撒き散らす。これは半径20メートルくらいの範囲から仲間のネペントをおびき寄せるもので、そうなってしまえば苦戦は避けられず、最悪の場合死に至る。
こんな感じの説明をキリトから受けて俺達は、ホルンカの森に入った。俺がクエストを一緒に受けるメリットはないからわざわざ来る必要はない、とキリトは言ってきたが、二人でやった方が効率がいいという俺からの提案をキリトは受け入れ、二人での探索となった。
それから一時間ほど経ったころだろうか。その時点では胚珠は一つもドロップしておらず、精神的には少し疲れが来ていた。
「うらぁっ!」
威勢のいい掛け声とともに、実つきのネペントの実を割らないよう、水平軌道のソードスキル《ホリゾンタル》でその胴体を切り裂いたキリト。次の瞬間、ネペントは四散し、ポリゴン片へとその姿を変えた。彼は疲れというものを知らないのか、随分と生き生きとしていた。デスゲームで生き生きと、なんて表現はおかしいと思われるかもしれないが、本当にそんな感じだった。
パチパチパチ
どこからか、乾いた拍手の音が聞こえてきた。音がした方を向くと、そこには片手剣を携えた一人の少年がいた。
「いや、お見事お見事。凄い戦いっぷりだったね。今ここでネペント狩りをしてるってことは、君は元ベータテスター、ってことでいいのかな?」
その少年は、嬉しそうに語りかけてきた。口ぶりから察するに相手も元テスターなのだろう。というか実際にそうだった。
「そうだけど、お前もか?」
「うん、そうだよ。僕の名前はコペル。よろしくね。」
コペルと名乗ったその少年は、握手をするつもりなのか、手を差し出してきた。キリトは少しビクビクしながらも、その手を握る。
「僕も『難病の少女』クエストを受けたんだ。だから、せっかくだし協力しない?」
「それはこちらにどんなメリットが有る?」
反射的にそう言っていた。今思えば、意地悪な質問だったようにも思える。デスゲームと化したSAOで生き延びるために、必要ならば他人をも切り捨てる用意をしていたのであろう彼への質問としては。そんな質問に対し、少し考えたあとにコペルは口を開く。
「僕は自分の分がドロップしてもそっちのがドロップするまで協力する。見た感じ背が高い方は主武器が槍みたいだし、そっちの必要数も一個ってことで大丈夫だよね?」
「それで間違いない。それに、そういうことなら、こちらも手伝おう。コペルの分もこいつの分もドロップさせる。それで構わないな?」
「うん、ありがとう。ええっと…」
「そういえばまだ名乗っていなかったな。俺はユズキ。で、こっちがキリトだ。」
「そっか、ありがとう、ユズキ。キリト。それじゃ、暫くの間よろしくね。」
「ああ、よろしく頼む。」
と、こうしてキリト抜きで交渉は完了。俺達は三人でネペントの乱獲を再開した。
程なくして、キリトのストレージに胚珠が一つドロップした。約束はしていたので、コペルの分も狙うために次の獲物を探すと、真後ろに何かの気配を感じた。
振り返って見たところ、花つき、実つき、ノーマルが各一体ずつポップしていた。花つきは少し離れたところにいるので、そいつは胚珠を狙うコペルに叩かせようと考え移動しようとすると、コペルが言った。
「手伝ってもらってる二人に危ない実つきの相手をしてもらうわけにはいかないから、僕がそっちをやるよ。二人は残りをお願い。」
そう言われれば仕方ない。俺はさっさとノーマルのやつのところに向かう。ネペントは槍のような刺突攻撃よりも片手直剣の斬撃攻撃の方が通りがいいのは、さっきまでの戦闘でなんとなく察していたので、キリトに胚珠のドロップを狙ってもらうことにしたからだ。
目論見通り、キリトが花つきを叩き出したのを見て安心し、いそいそとこちらの相手も削っていく。
槍はその形ゆえ、切るよりも突く方が幾分やりやすく、その攻撃主体でやっているためあまりダメージが与えられない。ソードスキルも頻繁に使えばスキル後の硬直が長引いて厄介だし、そもそもクーリングタイムが設定されている時点でそこまで連続で出すこともできない。
あまり慣れていない槍の扱いに少しずつ体をならしていく。このまま2年から3年くらいはこれで生きていく必要があるだろうし。
と、そんなこんなしているうちにキリトは花つきを撃破。運のいいことに再び胚珠がドロップしたようで、コペルの方に駆け寄ろうとした。
その時、俺達は見てしまった。コペルが
理解が追い付かなかった。なぜ、元ベータテスターであるはずの彼が、こんな初歩的なミスをやらかしたのか。そして、この直後に何が起こるのか。
果たして、匂いに誘われたかのように次々とネペント達が現れる。次の瞬間、微かな声が聞こえてきた。
「ごめん…」
コペルの声だった。しかし、その姿はどこにも見当たらない。
このままネペントの群れのなかに居続けることは危険を伴う。しかし、俺たちの方へ向かってくると思われたネペント達の大半は、何もないように見える空間へ突撃。攻撃を始めた。
何が起きていたのかわからず呆然としていると、同じ場所から破砕音が聞こえ、ポリゴン片が発生する。まさか、あれが…
「そっか。コペル、お前は知らなかったんだな。こいつらに隠蔽スキルが効かないってことを。」
隠蔽スキル。策敵スキルと共に初心者用のスキルとして選ぶ人が多いスキルだ、と道中でキリトから聞いていた。
そもそも、レベルがまだ多くても4から5くらいの俺たちにはスキルスロットが二つしかなく、武器のスキルを取ったらあと取れるスキルは一つだけ。
だからこそ、後にも使えて初期には最重要とされるこの二つのスキルはほとんどのプレイヤーが最初にどちらかを選ぶのだそう。
スキルスロットの数は、初期数が2でレベルが6、12になるとそれぞれ一つずつ増え、それ以降は10の倍数レベルになるごとに一つずつ追加される、という方式らしい。
策敵スキルは一定範囲内の生体反応(敵性CPUも含む)を探るスキルで、隠蔽スキルはステルスで身を隠すスキル。
どちらも熟練度を上げることで効果が強くなる。策敵スキルは生体反応がモンスターかNPCかプレイヤーかの判別ができるようになったり効果範囲が広がったりするし、隠蔽スキルは見破られにくくなったり効果時間が延びたりする。
あとからキリトに聞いた話だと、このときのコペルは「MPK」と呼ばれる行為をしようとしていたと彼は推測していた。
MPKはモンスタープレイヤーキルの略で、要はモンスターを呼び寄せて自分がその場を離脱することで、そのモンスターの処理を他のプレイヤーに押し付ける、あるいはモンスターにプレイヤーを殺させる、というもの。
そのためにコペルはその場を離脱する必要があり、敵から逃れるために隠蔽スキルを取ったのだろう。
しかし、キリトが「ネペントには効かない」と言った通り、この隠蔽スキルには一つ弱点がある。
隠蔽スキルはあくまで『視覚的に』認知しにくくなるだけ。ネペントは視覚が発達しておらず、標的の確認はすべて嗅覚で行っている。ゆえに、隠蔽スキルを使っても容易に発見されてしまうのだ。
と、ここまで話した隠蔽スキルの欠点は事件後にキリトからきいたもの。そんなことをつゆほども知らない俺には、目の前で起きたことがあまりにも不可解だった。
しかし、そんなことに気をとられている場合ではなかった。気がつけば俺たちの周りにもネペントがパッと見20匹ほど。一瞬のミスが命取りになる状況で、俺達は各々の武器を振るった。
小一時間ほど経ち、なんとかネペントの大群を退けた俺達は、相当に疲弊していた。倒しているうちに新たなネペントが集まってくるため、いくら倒しても終わる気配がなく、二人がかりでようやく、といった感じだった。
手元にドロップした胚珠は二人合わせて4個。キリトはそのうち一つを、コペルがいたところに置いた。
「これはお前の分だ、コペル。」
「あの時お前が実を割ってなけりゃ、一緒にクエストクリア出来たんだがな。」
やはり、それだけが心残りだった。彼が実を割る直前に、確かにキリトは胚珠をドロップしていたのだから。
落ちている片手剣、スモール・ソードは武器の耐久値が刻一刻と減っており、そのうち無くなってしまいそうだった。
「…戻るか。」
「だな。」
帰り道、俺達は終始無言だった。
その後クエストは特に滞りもなくクリアされ、キリトはアニール・ブレードを手に入れた。
病気の少女・アガサは、少し元気を取り戻したように見えた。ただ、次のプレイヤーがこのクエストを受ければ、彼女はまた病気に苦しむことになる。そこにどこか納得できないような感情を抱いて、その日は終わった。
ここまでが、俺達がMPKにより殺されそうになった話。しかしこれ以降は、本当に何もなかった。
そして今現在に至る。俺達の目の前に広がるのは、一面の草原。ところどころにモンスター達の姿も見える。
そして、その草原の中央に、一人の少女が横たわっている。
次回はちょっとSAO内から離れて、現実世界サイドの話を書いてみようと思います。
もしかしたら謎の少女の正体にも触れるかも?
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その日、とある少年は
Side-大輝
今日は2022年11月6日。
祝日に指定されているわけでもない、至って普通の日付。
でも、今日は俺が待ち望んでいた日だった。
「兄ちゃんどんくらい頑張ってくれるかなぁ?多分キリトが一緒だろうから大丈夫だと思うけど…」
俺の名前は
友達が言うには、俺は普通ではないらしい。その理由は知らないし、知りたいとすら思わないけど。
そんな俺が今日を待ち望んでいた理由。それは、世界初のVRMMORPG『ソードアート・オンライン』の正式リリース日が今日だからだ。
超高倍率の抽選をすり抜けてクローズドベータテストに当選した俺は、夏休みのほとんどをSAOに使った。他の時間にしてたことは食事睡眠風呂くらいだった気がする。
で、そのベータテスターにはソフトの優先購入権があったから買うのを決めて、リリース当日を今か今かと待ってたんだけど、当日に急な用事が入った。12時過ぎから5時過ぎくらいまでのそこそこ長めの用事で、1時に始まる正式版SAOには間に合いそうになかった。
スタートダッシュで遅れたくなかった俺は、ある人を頼った。それが俺の兄ちゃん、
背が高くて頭がよくて、とにかくカッコいい俺の自慢の兄ちゃん。レベリングの代行を頼んでみたら、二つ返事で引き受けてくれた。
安心した俺は、意気揚々と出掛けていった。いってきますと言った。いってら、と気の抜けた返事が帰ってきた。
そしてそれが、兄ちゃんとその年に交わした最後の言葉だった。次の年は、言葉を交わす機会すら得られなかった。
俺が向かったのは近所の公民館。学校で俺のクラスが主体でやる予定のイベントの打ち合わせみたいなものだ。
結構な時間をかけて構想を練って、なんとなく形になってきたと思ったのでそこで解散。やっぱり時刻は5時を過ぎていて、代行を頼んでおいてよかったと一安心して帰路につく。
「たっだいま~!」
と元気よく扉を開ければ、中からいい匂いが漂ってくる。今日はカレーだな。
台所に立っている遥叔母さんに声をかけて自室へ行き、荷物を置く。早くSAOをやるためにご飯を食べてしまおうと、いそいそと食卓へ向かう。
到着したら、テーブルの上にカレーが置いてあった。間もなく、遥叔母さんもやって来る。
叔母さんは、いつからか両親がいない俺たちの面倒を見てくれている、俺達の母さんの妹さん、らしい。らしいと言うのは、俺も兄ちゃんから聞いただけだから。
兄ちゃんは俺達の両親がいない理由を知ってるらしいけど、まだ話してくれない。そのうち訊いてみようっと。
「いただきます。」
二人で手を合わせて食べ始める。そんな中、叔母さんがなんとなくつけたテレビでは、信じられない報道がされていた。
まとめるとこんな感じ。
『ソードアート・オンラインがログイン不可能なデスゲームになった。』
『外から救出しようとしたら死ぬので(このあたりの理屈はよくわかんなかったけど)、プレイヤーの周りの人はナーヴギアを外しちゃいけない。』
『プレイヤーは全員準備ができたら病院に収容する。』
…うん、まとめてる場合じゃないよねこれ。兄ちゃんが命の危険に晒されてるよね、これ。
「兄ちゃんが!」
叫んだ俺は階段を駆け上がり、兄ちゃんの部屋の扉をノックもなしに開ける。
そこには、ナーヴギアを被ってベッドに横たわる兄ちゃんの姿があった。
「ひろ君、どうしたの急に!って、え…」
心配になって後から来た叔母さんも、その状況を見て絶句している。
次の瞬間、叔母さんは膝から崩れ落ちてしまった。そして声をあげて泣きながら
「姉さん、ごめんなさい…」
と、しきりに謝っていた。
こんな状況でどこか冷静になってしまっている自分がいる。叔母さんのこの様子が、兄ちゃんのことを何もかも諦めてしまっているかのように見える。
それが嫌で、泣き崩れる叔母さんに話しかける。
「帰ってこないって決まったわけじゃないから。とりあえず、入院することになるんでしょ?その説明を誰かがしに来るから。それまでに一旦落ち着こうよ、ね?」
5分ほど宥めていたら、なんとかもとに戻った。でも、やっぱり悲しいものは悲しい。
なんとなく気になって、兄ちゃんたちのおかれた状況を想像してみる。
デスゲームになったってことは、多分HPが0になったら死ぬみたいな条件がついてるんだろう。だとするとベータの時の蘇生ポイントだった黒鉄宮はどういう扱いになるのかな。
脱出条件はなんなのかな。外部からの救出が不可能なことを考えると何かしらの脱出手段があるはず。それも、どのプレイヤーでも達成できるけどその達成自体が困難なものが。
一つ思い浮かんだのは、アインクラッド100層までの攻略。
現実的とは思わないけど、そもそもVRゲームがデスゲームになってる時点で充分現実的じゃないし、あり得ない話じゃない。
ベータの時はトライアンドエラーを繰り返して期間内に10層クリアに届かなかった。
トライアンドエラーが許されない状況で攻略するとして、何年かかるかな。
ベータの時よりプレイヤーが多い分進みがよくなる可能性はあるけど、デスゲームを自ら進んで攻略しようとする人がそのうち何割いるかな。多分一割もいないと思う。
でも多分キリトは戦いにいくし、ビギナーの兄ちゃんもそれについていくんじゃないかな。生きて帰ってきてくれなきゃ悲しいよ…
と、色々考えてるうちに、大切なことを忘れていたことに気付く。
このSAOを始めるにあたって、一緒にプレイする約束をした人がいたことを。
その人の名前は
クラスが違うから昼の会議には参加してないし、もしかしたらとっくに遊びはじめて、このデスゲームに巻き込まれてしまったかもしれない。
試しに携帯電話に連絡を入れてみたけど、反応はない。
どうしよう。俺が誘ったせいで、ひながデスゲームに囚われてしまった。なのに俺は、囚われずにそのまま。
罪悪感で胸がいたい。でも、どうすることも出来ない。
とりあえず、明日学校で確認してみよう。俺はみんなから責められるかもしれない。恋人をデスゲームに叩き落として平然と学校に現れる薄情者だと、罵られるかもしれない。
怖い。みんなから罵倒されるのはすごく怖い。でもそれ以上に、兄ちゃんと、ひなと会えなくなることが怖い。もしかしたら二度と会えなくなるかもと思うと、怖くてどうにかなりそうだ。
せっかく冷静になれてきてたのに、結局震えが止まらない。
俺の異変に気がついてか、叔母さんが背中をさすってくれた。さっきは慰める側だったのに、立場が逆転してる。
少しずつ現実を理解して、怖さを圧し殺して、なんとか落ち着いた、というところで呼び鈴が鳴らされる。
ドアを開けると、スーツに身を包んだ怪しげな眼鏡の男の人が立っていた。
彼はこう言った。
「私は、総務省通信ネットワーク内仮想空間管理課の麻宮という者です。こちらにSAOのプレイヤーがいらっしゃるとのことでしたので、今後の説明のために参りました。入ってもよろしいでしょうか。」
麻宮さんを招き入れて話を聞いてみたところ、近所の病院でSAOプレイヤーへの受け入れ体制が整ったところから、順次プレイヤーの病院への移動が行われるらしい。
その時に回線を切断するのは大丈夫なのか不安だったけど、二時間は回線が切れてても死なないらしいのでその時間内に移動して病院で回線を繋ぎ直すらしい。
さっきのニュースで見た限りだとまだ生きているSAOプレイヤーは全部で9700人ほど。確かに受け入れ体制が整うには時間がかかるんだろう。
その他諸注意をして麻宮さんは帰っていった。他にもこの辺りに回らなきゃいけない家があるらしい。
というか間違いなくひなの家だろう。途端に申し訳なくなるけど、今更僕がどうにかできる問題ではないので任せることにした。
その日は僕達二人は特に会話もせずに寝た。
…兄ちゃんが無事に帰ってきますように。そう心の中で祈り続けた。
次回はSAO内部に戻ります。謎の少女の正体は…まあもうわかりますよね、はい。
感想、お気に入り、評価、誤字報告など、なんでも嬉しいです。お待ちしてます。
お気に入り登録してくださってる方々、ありがとうございます。励みになります。
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一人の少女
Side-???
「仮想世界」というものを、初めて知った。
それは私にとって何もかもが未体験で、新鮮なものだった。
この世界のことを教えてくれた彼には、お礼を言わなければならないだろう。そう考えた。
私は、この世界を楽しもうと思った。ここなら、今までよりもっと楽しいことができるかもしれないと感じたから。
この世界を、もっと知りたいと思った。楽しむためには、この世界のことを知らなさすぎるから。
彼とこの世界で、過ごしたいと思った。私にとって彼は、大切な人だから。
でも、いつまで待っても彼はこちらの世界にやってこないままで、私は何をするでもなく歩き回って、戦って。
気がつけばその世界は、ソードアート・オンラインは、『デスゲーム』へと変わってしまった。
怖かった。泣き出したかった。
味方なんてどこにもいなくて。誘ってくれた彼はいつまで経っても迎えに来てくれなくて。
死んでしまおうとさえ思った。一度は自殺を図ってアインクラッドの外周に向かった。そこから飛び降りれば、苦もなく死ねるだろうと思った。
どこかで聞いた言葉に、死ぬ覚悟より生きる覚悟のほうが難しい、というものがあった。なら、死ぬほうが楽なんだろうという安直な考えだった。
でもだめだった。死ぬのは怖かった。生きることより死ぬことのほうが怖かった。
だから私は生きる道を選んだ。でも、元々活動的な私が街にこもるなんてできるはずもなく、武器を持って圏外へ向かった。
倒せる限りの敵を倒した。レベルを上げて、技術を磨いた。使えるものはなんでも使って、今日という日を生き延びるのに全力を賭した。
溜まったお金は全部武器や防具の強化に費やした。だからご飯は最低限。寝る場所も野宿が多かった。
そんな無理無茶無謀がたたってか、この世界にとらわれて10日ほど経った日。もう日付を数える余裕すらなくなっていたその日。
圏外の草原エリアで、私は目の前が真っ暗になった。これから倒れるのが直感的にわかった。
こんな場所に野ざらしになっていたら、きっと死んでしまうだろう。私の命もここで終わるんだ。
そうやって諦めた。諦めて、自分が倒れていくのにその身を任せた。ここまで生きてこれた奇跡に感謝した。
最後にもう一度、彼に会いたかった。そんな感情とともに、私は意識を手放した。
Side-Yuzuki
これはいったい、どうすればいいんだろう。
第一発見者(仮)である俺とその相棒、キリトは、圏外エリアの草原フロアで立ち尽くしていた。
何せ、こんなフィールドのど真ん中に、人が倒れてるのだ。しかも女の子が。
周囲を通りすぎるプレイヤーの誰もが自身の経験値稼ぎで手一杯なのかは知らないが、彼女のことを見て見ぬふりをして、そそくさとその場を立ち去るものばかり。
このまま放置されれば、新たにポップしたmobによって殺されてしまうだろう。
たちの悪いことに、彼女が目覚める気配はない。気絶してしまった可能性すらある。
俺達も他のプレイヤーのように置いていってしまってもよかったのだが、残念ながらキリトは根っからのお人好し。こんなところで誰かがぶっ倒れてたらあいつが動かなくなってしまうのも仕方ない話だ。
ここで死なれても寝覚めが悪いし、どうせキリトが留まりそうなので、とりあえずキリトと二人で護衛紛いの周辺警戒を始める。
ここのモンスターは大して経験値効率がいいわけでもないが、この草原によく湧く蜂モンスターがドロップする素材が槍の強化に必要なので、ここに留まる意味は無くもない。
そんな誰にしてるのかわからない言い訳と共に、目の前に現れた蜂を貫く。
片手槍カテゴリのソードスキル《ソニック・チャージ》。
熟練度が50になってアンロックされたこのスキルは、ほどよい火力と短めのクールタイム、貫通性能の高さも合わせて使い勝手のいいスキルだ。
キリトも次々と敵をなぎ倒していく。この調子ならまあ、死ぬことはないだろう。
ペースがつかめてきたので、後方の少女に気を配りつつ、俺とキリトは狩りを続けた。
Side-???
目が覚めた。
そう、
おかしい。なぜ私はまだ生きているのだろう。
それとも、もう既に死んでいて、ここは死後の世界なのだろうか。
でも、上を見てもそれは見慣れたアインクラッドの天井。そしてあれはおそらく第二層の地面でもあるのだろう。
つまり私はまだ生きていて、フィールドに野ざらしの状態のままだったわけだ。
自分がいるのは先程倒れた草原のまま。誰かが運んでくれた、なんて親切なことは流石になかったようだ。
まあ最も、ここのプレイヤーの中に、そんなことをしている余裕がある人なんていないはずなんだけれど。
そんなことはともかく、野ざらしになっていたはずの私は、どうやら呑気にも生き延びていたらしい。
こんな餌を放っておくなんて、システム様も随分お粗末な感じに仕上がっている気がしてならない。
あるいは、誰かが私を守って見張りなりなんなりをしていた可能性。限りなく低いが、まあ有り得なくはない。
それに気付いた私はゆっくりと体を起こす。そして周囲を見渡す。
すると、こちらを見ている二人の男性と目が合う。
背が高くて気だるそうな人と、顔立ちが女っぽい心配そうな様子の人だった。
「ようやく起きたか。」
背が高い方にそう言われ、やっぱり私は護衛紛いのことをされてたようだと認識。ひとまず
「わざわざありがとうございました。」
と、礼だけでも言っておく。
そして、気付く。この大きい方の人、彼のお兄さんじゃなかっただろうか。確認しておこう。
「あの、もしかして、大輝君のお兄さんですか?」
Side-Yuzuki
大輝。ここでその名前を聞くのは想定外だった。
たしかに俺の弟の名前はその名前で間違いないが、なぜ目の前の少女がその事を知っているのか。
疑問の答えはほどなくして彼女の口から聞くことができた。
大輝の彼女、恋人、交際相手。そんな感じの間柄なのだと、彼女は言った。そういえば、そう言って大輝が一度、家につれてきたことがあったかもしれない。
顔を見たときに感じた既視感の正体に納得した俺は、街に戻りながら話すことを提案して歩き出した。
彼女の名(もちろんプレイヤーネーム)が「アオイ」であるということ。主武器が両手棍であること。無理して戦い続けて、いつの間にか倒れていたこと。
道中の会話でこの少女『アオイ』について分かったのは以上。まあ別に分かったところで名前を呼ぶことが可能になった程度なのだが。
あとついでに、彼女をSAOへ誘ったのは他ならない大輝だったことも判明した。
あいつも余計な責任感を抱えていなければいいんだが。根が素直で自虐的なところがあるあいつは、俺達二人のことに罪悪感を抱いてしまっている可能性が高い。
そんな感じで考え込んでいると、いつの間にやら街に到着していた。
キリトと二人で泊まっている宿に風呂があると話したら物凄い勢いで食いついてきたので、そのまま彼女を招待して風呂を貸す流れになった。
Side-Aoi
最初は耳を疑った。
SAOにお風呂があるなんて、思いもしなかった。
そこまで好きという程でもないがお風呂は好きだし、女の子だから、というのもなんだけどやっぱりお風呂に入れないのはちょっとした悩みでもあった。
こんな命がけの状況でお風呂のことなんて考えてるあたり結構な楽観主義者だな、と自分でも思う。
そんな中でお風呂の話が上がったので、交渉してお風呂を貸してもらうことになった。交渉、と言ってもお願いしたら了承されただけなんだけど。
脱衣場に入っても装備解除ボタンを3回タップ。1回目で防具、2回目で下着以外の服。3回目で下着まで完全に脱げる設定なのは少しいらっとするけど、まあ普通に服を脱ぐよりは早いので我慢する。
特に体を洗ったりする必要はないし、第一まずシャンプーの類いのものはなかったけど、癖で体を流した。
手持ちの布切れ(タオルの代わりだ)で体をこすり、それからゆっくりと湯船に浸かる。
途端、体の力が抜けるような、不思議な感覚を覚えた。
肌に触れる水の質感とかに違和感を感じなくはないけれど、そんなことこの際どうでもいい。
それから小一時間、お風呂を楽しんだ。
お風呂に満足した私が、服を着るのを忘れて脱衣場を出るというハプニングがあった。
ユズキさん(大輝君のお兄さんはここではそういう名前らしい)がこちらに背を向けながらキリトさん(もう一人の女の子っぽい人)の目をふさぎ、ポカンと突っ立っている私に向かって服のことを指摘。
大慌てで脱衣場へ駆け込んで装備をつけ直す、というとても恥ずかしい体験だった。
ずぼらにもほどがある。まさか父親が単身赴任中な上に兄弟がいない家庭環境がこんな形で返ってくるとは思わなかった。
私が戻ってから少し気まずい雰囲気だったけど、ユズキさんがうれしい提案をしてくれた。
私をパーティに入れてくれる、というのだ。知り合いがいるのは嬉しいし、何より仲間がいるメリットは私も感じていた。
なので私はそれを快諾。3人目のパーティメンバーとなった。
夜も遅かったのでそのまま自分の宿に帰った。明日の集合は9時に迷宮区前だそうなので、支度を済ませて11時過ぎには床についた。
一人称視点書きやすいからしばらくこのままで。
それ以外でもなにかご意見あればメッセなり感想なりにどうぞ。
そのうち活動報告も開いておきます。
感想、評価、誤字報告など、お待ちしてます。
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攻略会議の始まり
もしこの作品を楽しみにしているファンの方がいらっしゃったら申し訳ない
短いですがどうぞ
Side-Kirito
デスゲーム開始から、およそ一ヶ月が経過した。
現在の生存者数はアルゴの調べによれば8216人。たった一ヶ月で、およそ2000人ものプレイヤーが命を落としたことになる。
だというのに攻略最前線は第一層から動いておらず、誰もがこの状況に絶望している頃合いだろう。
しかし今日、この膠着状況に新たな動きがあるはずだ。もうすぐ『フロアボス攻略会議』が開かれようとしているのだ。
SAOにおけるフロアボスは、各層の迷宮区の最上階のボス部屋に居座るその階層で最強の戦闘力を誇るモンスターだ。他のモンスターと違い、名前に定冠詞の’the’がつくことや体格や攻撃力、体力やギミックの種類がこれまで戦ってきたモンスターと比べ物にならない大きさ、多さになっている。
しかし、こいつを倒さない限りはボス部屋後方の階段から初めて行くことのできる『次の層』へ向かうことができない。だからこそプレイヤーは協力して倒そうとするわけだ。
そのための会議がこの『攻略会議』。どんなプレイヤーがボス戦に参加する意志があるか確認し、タンクやアタッカーなんかの役割分担をしたり、統率するプレイヤーを決めたり、ボスの動きを確認したり。まあやることは様々だ。
元から攻略に参加予定だった俺、ユズキ、アオイは連れ立ってここまでやってきたわけだが。
「……」
さっきから目の前に座ってなんかヤバそうなオーラを出しているこのプレイヤーは、どうすればいいんだろうか。出会いはほんの数時間前なのだが。
名前も知らないそのプレイヤーは、フーデッドケープを被り顔がよく見えない。さっき出会ったときにわかったことだが、女性だった。
持っている武器は、店売りの《アイアン・レイピア》。細剣カテゴリの武器で、今俺が使っている《アニール・ブレード》に比べれば性能は低め。
しかし彼女は、俺が知る中でもトップクラスの戦闘力を持っている。
そもそも俺達が彼女と出会ったのは、薄暗い迷宮区の中。今日の午前中分の攻略を終えて帰ろうとしていたときに見つけたプレイヤーだ。
彼女の操る細剣カテゴリのソードスキル《リニアー》は、システムアシストだけでは到底出せないようなスピードと破壊力を生み出していて、ソードスキルのライトエフェクトが闇の中に輝くその様は、さながら流星のようだった。
しかし、敵をある程度倒した後に彼女は失神したようにその場に倒れてしまった。見捨てるのも忍びないと思った俺達は、俺が持っていた一人用の寝袋に細心の注意を払って彼女を入れ、みんなで担いで迷宮区の外へ運び出したと、そういうわけだ。
本人はあそこで死ぬと思っていたらしく、目覚めたと同時に恨みがましい視線を向けられた。彼女にとって俺たちの行動は『余計なこと』だったようだ。
結局それらしい言い訳が思い浮かばなかった俺は、彼女の持つマップデータが目的で助けた、と実に効率主義的な言い訳でその場を乗りきった。
店売りのアイアン・レイピアを買い込み、睡眠もすべて迷宮区の安全地帯(意図的にモンスターが湧かないように設定されている地点)で済ませ、すべての剣の耐久値が尽きるまで街に帰らない、という明らかに無茶な彼女の行動の真意を訊いたところ、このように語った。
「私はこの世界に負けたくない。ずっと街に閉じ籠って死を待つくらいなら、戦って戦って戦い続けて、それで朽ち果てて死ぬ。」
そんな彼女にユズキが、ボス攻略会議に参加することを提案。今に至ると、まあそういうわけだ。
Side-Yuzuki
「よーし、それじゃ、ちょっと早いけど始めさせてもらいます!」
そんな声が聞こえてきたので、今現在俺達がいる円形劇場のような施設の中央、舞台とでも言うべきなのであろうところに目をやる。
そこに立っているのはいかにも、といった感じのイケメンで、第一層の時点ではかなりレア物のはずの髪染めアイテムで髪を青く染め上げている。
「俺はディアベル。職業は、気持ち的に《
所々からヤジが飛ぶ。もっともそれは、彼に対して好印象なものばかりだが。
SAOには、よくあるゲームにお馴染みのジョブシステムが存在しない。故に彼の言う《騎士》はシステムに規定されていないが、腰に差した剣や動きやすくも最低限の防御力を持つ鎧といった風貌は、青い髪と相まってそれらしい雰囲気を醸し出している。
その後の彼からの説明によれば、件のボスを発見したのは彼のパーティらしい。それで一応この攻略会議を仕切ることになったんだとか。
誰もそのことには異を唱えなかったので、会議が始まるかと思った。
「ちょお待ってんか!」
そんな声が響いたのでそちらを見ると、不思議な髪型のプレイヤーが立ち上がって舞台の方へ降りていっているところだった。
もやっとボール、とでも言えばいいのだろうか。髪がいくつもの棘のように突き出している。
「騎士はん、この場で一言言わしてもらいたい」
「待つのはいいが、意見があるなら名前を名乗ってもらいたいな」
まくしたてるもやっとボールを制するディアベル。おとなしくもやっとボールの次の発言を待つ。
「ワイはキバオウいうもんや。会議の前に、一個言わしてもらいたいことがある!こん中に、今まで死んでいった1800人に、詫び入れなあかんやつがいるはずやで!」
詫び、とは、一体どういうことだろうかと考え、一つの仮説にたどり着く。言うべきかためらっていると、意外なところから助け舟が出た。
「キバオウさん、あんたが言いたいのはつまり、元ベータテスターのことかい?」
そういうのは、先程から司会を続けるディアベル。やはり俺と同じ結論だ。
「せや!1000人のクソテスター共は、このデスゲームが始まった途端、9000のビギナーを見捨ててスタートダッシュ切って、美味い狩場もボロいクエストも、全部持っていきおったんや!こん中にもいるはずやで!ビギナー見捨てて行ったくせにのうのうとボス戦に参加してレアドロップや経験値もらったろう考えとる、薄汚いテスターがな!そいつらにこの場で詫び入れさせて、溜め込んだアイテムとコル吐き出させな、そんな奴らに背中は預けられんし預かりとうない!」
会場がざわつく。確かに、傍から見ればそのとおり、テスターはビギナーを見捨てている。だが、それはものの捉え方の差だ。
この場で意見するには、自分の肩書はちょうどいい。この雰囲気を鎮め、攻略会議に戻るためにも俺はおもむろに立ち上がってこう言い放った。
「俺はユズキ。ベータテスターの残骸だ。少しばかり話をしても構わないか?」
攻略会議自体は次回か、もしかするとその次で終わる予定です。
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パーティ結成
励みになります。ありがとうございます。
それではどうぞー
Side-Asuna
攻略会議に突如訪れたこの空気感を、私は既に幾度となく経験している。
誰が悪いでもない状態で一人の発言により全員が疑心暗鬼に陥るこの状況。女子校育ちの私はこの駆け引きじみた状況には慣れっこだ。私の学校だけがそうだった可能性は、まあ否定できないけれど。
誰も彼もが舞台に立つ男、キバオウの発言で周囲を疑い始めている。そもそもベータテスターとは何者なのかすらわからない私には無縁な話なので、私は特に気になっていない。
この状態が続いたら会議どころじゃなくなるなあ…と思っていた矢先に、私の左前方の男が、おもむろに立ち上がったかと思うと唐突に言った。
「俺はユズキ。ベータテスターの残骸だ。少しばかり話をしても構わないか?」
その言動が理解できなかった。この場で「ベータテスター」とやらであると名乗り出れば、待っているのは糾弾の言葉のみ。最悪の場合、この攻略会議からハブられる可能性も否めない。自分から私をこの会議へ誘っておいて何様なのだろう。しかし、それにしても彼の発言には一箇所気になるところがあった。
「残骸…?それは一体どういうことだ?」
自称騎士ことディアベルも同様の疑問を抱いていたようで、その旨を彼に尋ねるようだ。
「簡単なことさ。俺はとある元ベータテスターに頼まれて、レベリングの代行をしてたんだ。別に、誰のアカウントでログインしようがキャラの見た目のデータは引き継げるからな。それで、交代する前に事件に巻き込まれたわけだ。」
とっさの作り話にしてはなかなか筋が通っている、というか、もしかしたら本当のことなのかも知れない。
どちらであるにしても、テスターなのかそうでないのか曖昧な立場とも言える彼は、この場では発言しやすいのだろう。そう思って眼前の青年、私がこの場所に来る元凶となった男、片手槍使いのユズキを見る。
「キバオウさん、あんたが言うには、元ベータテスターはビギナーを見捨てたそうだな」
「せや!見捨てたんや!1800人の死者がその証拠や!」
「へえ。それじゃ、その1800人の中にテスターがいないと、お前はそう言い切れるんだな。」
なかなか強引な結論だけれど、キバオウは言い返せないのか、言葉に詰まる。
少し考えてみればわかることだが、別にその「テスター」とやらであったところで、結局プレイヤーは人間だし相手はプログラム。常に勝ち続けられるのは、実力のある者だけだ。
「それともう一つ。俺は元テスターだった依頼人の伝手でテスターの知り合いがいないでもないが、そいつらは全員、助けられる範囲で人助けはしてたぜ?それこそ、鏡見る前のアバターこそテスターだったが中身はビギナーの俺とかな。」
「なっ…んなもん、コネがある方が有利に決まっとるやないか!そんでベータテスターの影でちょろちょろ生きてきて、こんなとこにのこのこ現れたっちゅうんか!?」
彼の言う「テスターの知り合い」は、今この会議の場にいるのだろうか。もしかしたら、数時間前に私を助けた黒髪の少年か黒髪の少女がそうなのだろうか。いずれにせよ、彼の生き方はこの世界では正しい。使えるものはなんでも使って生き延びるのがこの世界でやるべきことだ。そういう点でキバオウの発言は、なんの意味もなさない。
「それじゃあ訊くが、キバオウさんや、テスターは他人にかまってる暇があるやつばっかりだと思うか?そいつらだってこの世界を生き延びるために必死だと気づかないのか?」
そう。結局そういうことなのだ。話を聞いている限りテスターとは、「このゲームについて事前にある程度情報を知っている人たち」のことなのだろうと推測がついたが、結局状況がデスゲームであることに変わりはないわけで、生きていくために必死なのはお互い様なのだ。
「って言っても、情報を共有することくらいはできたはずやないか!」
「…あのなあ。テスターがばらまいた情報なら、そこら中にあっただろ。お前まさかそれに気づかずにここまでこれたのか?」
そう言ってユズキは、ストレージからいくつかの冊子を取り出す。
「このガイドブック、見覚えがないとは言わせないぞ?」
彼が手に持つのは、私もお世話になった攻略ガイドブック。何故か行った先々の街のNPCショップで無料配布されていて、試しにもらって中を見たときは驚いたものだ。
次の街までに受けられるクエストの情報や敵の出現パターン、行動の種類にステータス、おすすめの攻略スポットや危険な場所とその対処法まで、おおよそこれから攻略を始めようとするプレイヤーが知りたいであろう情報がすべて記載された代物だったのだから。
「それなら持っとるわ。なんや、それがテスターからの情報や言うんか?」
「そりゃな。お前、気づかなかったのか?こいつの情報が早すぎるってことに。こんな精度と情報量をほとんどのプレイヤーが街に着く前に用意できるやつが、テスター以外にいると思うか?」
そう言われれば納得がいく。貴重な情報をほかのプレイヤーに無償で提供してくれたことには感謝しておこう。キバオウもこれ以上言うことがなくなったのか、口をつぐむ。
「そういうことだ。あんまりテスターへ風当たりが強いのもどうかと思うぞ。攻略のための貴重な戦力も情報も、一気に失うことになる。…っと、俺からは以上だ。失礼した。」
周囲から自然と拍手が湧き上がっていた。誰も、ベータテスターという存在をを責めるためにこの場に来たわけではない。だからこそなのだろう。
「俺からも追加で少しだけ、構わんか?」
舞台にほど近い席から、そんな声があがる。そちらを見てみると、スキンヘッドにチョコレート色の肌をした巨漢が立ち上がっていた。なかなかにインパクトのある見た目だ。
ディアベルは彼に向かって頷き、続きを促す。
「俺の名はエギル。さっきユズキが言ってくれたとおり、現在の死者の中にベータテスターは少なからずいると俺は思う。そうでなくとも、ゲームの腕が多少はたつベテランの連中がな。そいつらがこのデスゲームをただのゲームと履き違えて、引き際を見誤って死に至ったんじゃないか?そういう事実を踏まえて、このボス攻略をどうするのかについて議論する場だと考えて、俺は今日ここに来た。」
キバオウも冷静になったか「今回のところはこのくらいにしといたる!」と捨て台詞を残して座った。再び場の指揮権がディアベルに移行する。
「よし、前置きは長くなっちゃったけど、会議を始めさせてもらおう!まずは件のガイドブックだが、先程最新版が出て、そこにボスの情報が載っている。きっと何人かは持っていると思うから、それを開いてくれ!」
Side-Yuzuki
今回のボスモンスター「イルファング・ザ・コボルトロード」は、どうやら戦いにくくはないようなスペックだった。アルゴから500コルで買ったガイドブックによれば少なくともそのはずだ。
知り合いのプレイヤーに500コルで売った後、それを元手に第二版を無料頒布するスタイルを取るこのガイドブックは、数々の元テスターや熱心な情報収集家達により恐ろしいほどの情報量を盛り込むことができている。かくいう俺達も情報提供者側だ。
それによると第一層のボスは斧使いで、4本あるHPバーの最後の一本が残り2割ほどになると武器を持ち替え、曲刀カテゴリの武器、湾刀(タルワール)に持ち替えるのだそうだ。初期のボスであるだけに攻撃パターンの種類も少なく、これと言って警戒すべき技もなかったのでそこまでこの話題は時間を取らなかった。
「よし!それじゃあ、パーティを組もう!最大6人まででグループになって、パーティを組んでみてくれ!」
というディアベルの発言で、プレイヤーたちが動き出す。俺はといえば、そもそもキリトやアオイと既にパーティを組んでいるので、あぶれたプレイヤーを余った枠に入れようくらいにしか思っていないわけで。そして、この場にいるのは46人。6人パーティを組んで余る4人のうち3人がこのパーティに入っているわけだから、残りはあと1人。
最後の1人は、まあ予想がついていたので、さっさと声をかけるため、真後ろの、赤いフード付きケープのフードを目深に被ったプレイヤーに近づく。
「宛がないなら俺達のパーティに入るか?」
「そっちが申請するなら」
短く即答され、断る理由もなかったので申請を送る。程なくして、目の前に1人のプレイヤー名が表示された
『プレイヤー’Asuna’がパーティ加入申請を承認しました。』
そういえばこいつの名前は知らなかったな、と気付き、その名を心に留める。
キリトとアオイにもその旨を報告すると、2人とも快く受け入れ、4人パーティが組み上がった。周囲を見渡すと、俺達以外はどこも無事に6人パーティが出来上がっていた。
「よし!大体パーティが組めたみたいだから、代表者は集まってくれ!」
呼ばれたキリトは舞台の方へ向かい、ほどなくして戻ってきた。
ディアベルがパーティを軽く組み替えて、攻撃重視のチームと防御重視のチームに分担。ボスには7パーティ中3パーティであたり、残りはボスの周辺に湧くmob(ルインコボルト・センチネルという名前らしい)を適宜倒していくという配分となったそうだ。そして、俺達は人数が少ないのでパーティ単位というよりも足りない部分の援護や救援がメインとなる立ち回りだそうだ。
アスナ嬢は配置の取ってつけたような感じに文句を言っていたが、こうしてなんとか、攻略会議は終わったのだった。
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会議のあとに
Side-Aoi
新しく私達のパーティに、メンバーが増えました。アスナさんというそうです。
フードを被っているので顔はよく見えませんが、多分、かなりの美人さんです。私の勘がそう告げています。フードの中からこぼれる栗色のロングヘアーは手入れが行き届いているし、その一挙手一投足に気品を感じるような、そんな気がします。
で、件の彼女が今現在何をしているかというと、ものすごい剣幕でキリト君に迫ってます。キリト君とお兄さん(なんだか呼びやすいのでユズキさんのことはこう呼ばせてもらってます)の会話に食いついていったので、まあ多分あれのことでしょう。
「お風呂、よかったら使いませんか?私もよく使ってますよ」
そうアスナさんに言うと、目を輝かせてこっちを見てきます。ですが、言ってはみたもののそのお風呂がある宿屋、お兄さんとキリト君が貸し切っているので、私の一存ではどうしようもありません。
ですが、そこまで心配はいりませんでした。お兄さんは私達にお風呂を貸すことに特に抵抗はなく、すんなりと要望は通りました。そしてお二人は何やら別な用事があるようで、暫く宿に戻らないそうです。
なので、少し経ってから宿に向けて女の子二人旅の開始です。キリト君曰く宿の鍵はパーティメンバーなら誰でも解錠可能とのことなので、お二人の同行はありません。
アスナさんはどうやら話し相手に飢えていたようで、たくさん話を聞きました。自分が(アスナさんの)お兄さんのナーヴギアでログインしていること、SAOがデスゲーム化してから今日までの話などなど。宿までそこまで遠くはないので、話していたらすぐについてしまいました。
何度かお邪魔している都合で宿の内装はあらかた把握していたので足早に目的地に向かいます。アスナさんも待ちきれないようです。部屋の鍵を開けて中へ入り、お風呂まで来たところで脱衣。装備解除のボタンを手早く三回押して着衣を全部ストレージにしまって、早速入浴です。
二人で使うには少々狭いので、一番風呂はアスナさんに譲って隣のスペースで体を流します。すぐそこで「ふにゃああああ」と可愛らしい悲鳴のような声が聞こえますが、まあ仕方のないことですね。私が初めてここでお風呂をお借りしたときもこんな感じでしたもん。
「もういつ死んでもいいかも…」
湯船からものすっごく不穏な発言が出ました。そこまでお風呂に飢えてたんでしょうか…?
「これで明日のボス戦で死んだら洒落になりませんから、しっかり生きてくださいよ?」
半分くらい冗談のつもりで言いましたが、アスナさんがこちらを向いてとっても真剣な眼差しをしてます。
アスナさんの顔をしっかり見るのはそういえば今が初めてですが、見れば見るほどにその美貌に引き込まれるような、やっぱり綺麗な人でした。日本人にしてはやや茶色がかった明るい瞳に、整った顔立ち。体のラインもとっても綺麗で、なんだか同じ女の子なのにドキドキしてしまいます。いやいや、私は彼氏持ちですから。百合とかではないですよ、ええ、もちろん。
誰に言い訳してるのかわかりませんが、ひとまずはアスナさんが何か言うのを待ってみます。
すぐにアスナさんは口を開きました。
「当たり前じゃない。こんなところで死んだらやりきれないわ。…現実世界に帰りたいかは、ちょっと怪しいけどね」
微妙に、返答に困るような発言でした。なんなんでしょう、帰りたくないんでしょうか。私はもう今すぐにでも帰りたいです。家族にも大輝君にも、はやく会いたいです。ひとまずは冗談だと伝えることにしましょう。
「冗談ですって。別に、そんなにすぐ帰れるわけでもないですし、とりあえず明日を生きましょう」
なんでお風呂でこんな会話をしてるのかはわかりませんが、そんな感じで妙な静寂が続きました。お風呂は結局、つめて二人で入りました。ちょっと狭いですね、二人だと。
Side-Kirito
アオイとアスナさんとやらと離れて別行動になってから、ユズキは後ろに声をかけた。
「いるんだろ?出てこいよ、アルゴ。」
まあ、俺も気づいてはいた。索敵スキルに、何かがちらちら引っかかってたからな。
別に隠れるつもりはなかったのか、そいつはひょっこりと姿を現した。
「にゃはハ、バレてたカ。おねーさんのハイディングを見破るとは、流石だナ、ユー坊」
「自分で言ってて白々しいと思わないか?」
「マ、白々しいに決まってるヨ」
アルゴのやつ、どうやらハイディングは手を抜いていたらしい。
「それで?また例の件か?」
「そんなとこだナ。」
例の件。その言葉で、俺は軽く身構える。すると、アルゴが急にメッセージを開く。内容を読み終えると、俺達を人通りの少ない物陰へ誘い、こちらを向いてこう言った。
「ユー坊との交渉は決裂だそうダ。キー坊の分は増額で、39800コルまで上げるとのことダヨ。」
ううむ。俺は声にならないうめき声をあげてしまった。ユズキはさして驚かず、腕を組んで立っている。
そもそも「例の件」とは、何日か前からアルゴが持ってきている依頼で、俺の《アニール・ブレード+6》とユズキの《ダーク・ランス+5》を買い取りたいというものだ。もっともこれはアルゴが買うわけではなく、彼女はあくまで仲介者。すると当然、依頼主を知りたくなるわけだが、実際はそこまで簡単に知ることは出来ない。
それを知るためにはまず、依頼主の情報量として1000コルあるいはそれ以上のコルを支払う必要がある。しかしそれでも、依頼主がそれ以上の金額を提示し支払うならば、本人の情報を知ることは出来ない。そこで今度は向こうが提示した金額より更に多く金額を積むか決断を迫られる。これがいつまでも続けば、結論としてこちらが依頼を受ける側なのに損することもあり得る。つくづく面倒だが、これも秩序を守るためには仕方のないシステムだ。
それにしても、流石に39800コルともなると、相手の真意がわからない。俺の持っている《アニール・ブレード》は初めて入手するときこそ『難病の少女』のクエストクリアが必要になるが、今頃であれば街のNPCショップに売られているはずだ。未強化の店売りで相場は4000コル。素材をしっかり使って+6まで強化しても、39800コルもあればお釣りが来る計算だ。
つまり、相手方の目的は自身の強化ではないのかも知れない。悩んでいると、隣でユズキがアルゴに
「アルゴ、お前の依頼主に1500コル払う。名前の開示を頼めるか?」
と要求。アルゴは頷くと、猛スピードで手元のディスプレイを操作。手早くメッセージを送り、返信を待っているようだ。メッセージボックスとにらめっこのアルゴを横目に、ユズキに問う。
「なあ、なんで名前を訊いたんだ?」
「これで予想通りの名前が返ってきたら、この依頼の真意がわかりそうだったからな」
これまでの間に、ユズキは正解に辿り着いたかも知れないらしい。相変わらず頭の切れるやつだ。このデスゲームで一ヶ月戦ってきて、その発想にはいちいち驚かされてばかりだった。
「交渉成立だヨ。名前を教えても構わないそうダ。と言っても、もうユー坊はわかってるンじゃないカ?」
「キバオウ、もしくはディアベルだろうな。前者のほうが濃厚と見ている」
「お見事。キバオウであってるヨ」
ユズキが答え、アルゴが肯定したそいつは、先程の会議で元ベータテスターを批判したもやっとボール頭のプレイヤーだった。しかし、なぜわかったのか。それはすぐにユズキが解説してくれた。
「このタイミングで『俺だけが』交渉決裂になったことが気がかりでな。それで、俺とキリトの共通点が、今日どこかで覆されなかったか考えてみた。そしたら、答えは案外、すぐそこにあったんだ。」
そう言って、先程まで俺達がいた円形劇場を指す。確かに、あそこでユズキが「テスターの残骸」発言をしたことは、俺とユズキを明確に区別するきっかけになるはずだ。
そこまで考えて、ようやく俺は状況を理解した。
「要は依頼主の魂胆は、テスターである俺達の戦力を削ることだったわけだ。そして、なんでそんなことをするのかは、テスターのお前が一番よく知ってるはずだ、キリト」
「フロアボスのラストアタックボーナス…か」
ユズキが頷く。どうしてこいつがそのことを知っているのかは謎だが、確かにありえない話ではない。
ラストアタックボーナス、通称LABは、ボスモンスターに最後の一撃を与えたプレイヤーに与えられるアイテムで、そのどれもがゲームバランスを少し逸脱する程度の強力なものになっている。
俺と(ベータ時代の)ユズキはコンビを組んで、各層のLABの多くを奪い取ってきた。そのやんちゃが周囲に認識されてからは俺達は、「薄汚いLA(ラストアタック)取り」だった。
「前に弟から聞いたことがあったんだよ。二人してボスのラストアタック取りまくった話は」
それだとしても疑問は残る。そこまでしてラストアタックを取ることになんの意味があるのかが、まだわからない。
「ま、その辺は帰りながら話そう。それより、お前の方の交渉も、そろそろケリをつけたほうがいいんじゃないか?」
「ああ、そうだな。アルゴ、キバオウに伝えてくれ。俺はこの剣を売るつもりはないってな」
「りょーかいだヨ」
「っとと、忘れてた。これをキバオウに払ってくれ」
そう言ってユズキはストレージから500コルのコインを3枚取り出すと、アルゴに向かって放る。「毎度あり」と例を言うと、アルゴは去っていった。
そして俺達は、俺達が部屋を借りている農家へ向かった。
Side-Yuzuki
宿に着くと同時くらいにアスナとアオイが風呂から出てきた。流石に前回の失敗は繰り返さなかったようで、今回はしっかり服を装備してきていた。
すぐに帰ろうとしたアスナを引き止め、明日の予定について共有する旨を伝える。アスナは了解し、部屋に2つしかない椅子にちゃっかり腰掛ける。
元テスターで、このメンバーの中では一番知識のあるキリトが、この場を仕切る。
「とりあえず明日は、アスナにパーティプレイに慣れてもらうことと、コボルトの動きの対策をしに、午前中から迷宮区に行こうと思う。スイッチとかポットローテとか、そういうのを覚えてもらいたいからな」
前半については俺の入れ知恵。今日の様子を見る限り、アスナはMMO初心者かつパーティプレイは今回がはじめてのはず。だからこその考えだ。案の定アスナは、スイッチやポットローテという言葉の意味がわからないようで、何やらぶつぶつと呟いている。
「細かい説明は明日、実際に見せながらでいいか?アスナが希望するなら、今から口頭で概要だけ話すが」
「…手短に説明をお願い」
「だそうだ。キリト、よろしく頼む。」
説明をご所望とのことなので、キリトに振る。「俺!?」とでも言いたげな目をこちらに向けるが気にしない。
「ええっと、スイッチは戦うプレイヤーを変更する技術、って感じだな。敵の攻撃をこっちので迎え撃って相殺して、相手がノックバックしてる間に後方で控えてるプレイヤーと交代するんだ。」
「それにはどんなメリットが?」
「単純に疲労の問題とか、あとは武器の相性とか。システム上俺達は疲れることはないけど、それでも人間である以上数値化出来ない疲労は貯まるからな。武器の相性は、まあ文字通りだな。敵によってダメージの通りやすい武器が違うから、それによって戦い手は変えたほうがいい。」
「なるほどね。それで、もう一つ…ぽっとろーて、だったかしら。そっちは?」
「スイッチを利用するときの理由に、戦い手のHP減少を後方に下げて回復したいっていうのがあって。そうやって後ろに下がってる間、他のパーティメンバーで戦闘を繋ぐ必要がある。それを回すのがポットローテだな。この場合のポットは、回復ポーションのことだと思ってくれていい。」
流石にテスターなだけあって、要点のまとまった説明だったように思う。余談だがSAOにおける回復ポーションのシステムは少々厄介だ。一番安いポーションは自分のHPを最大値の30%分回復するのだが、一瞬で完全回復するわけではなく、3分かけてじわじわと
だからこそ、その回復で動けない間、キリトの言う通り他のパーティメンバーが戦闘を維持する。そのメンバーのHPも辛くなったら、後ろで控えているさらに別のパーティメンバーなり回復が完了したメンバーなりが出ていって応戦する。そういうシステムだ。
「えーと、一応ボスのことを確認したいんですけど、大丈夫ですかね?」
そう言ったのはアオイ。確かに、元ベータテスターのキリトには実際にボスを見てきた経験がある。そのキリトに情報の真偽を確認しながら話をするのはいい案だ。
「俺も賛成だ。んでキリト、攻略会議で言ってたあれは、ベータの情報横流しにしてる、って解釈で間違いないよな?」
「ああ。HPの総量は怪しいが、それ以外は間違いない。俺達が相手する《ルインコボルト・センチネル》はボスの取り巻きとはいえ一層ではボス部屋にしか出てこない強力なモンスターだから、その動きの対策が必要なんだ」
「…ボス部屋にしか出てこないのに、対策なんてできるの?」
「ああ。結局そいつらもコボルトだからな。動きを覚えるくらいなら迷宮区に湧く《ルインコボルド・トルーパー》で練習可能だ。」
「了解。それじゃ、明日は午前でそれを終わらせて、午後からボス戦に行けばいいのね?」
「そうなりますね!ええと、明日は、どこかに集合してから行きますか?」
「現地集合でいいんじゃないか?練習は多分2時間もいらないだろうし、街に戻る時間と飯を考慮して、9時に迷宮区タワー前集合でどうだ?」
「私はそれで構わない」
「私も異存ないです!」
「…俺も、それでいい」
キリトだけ若干不服そうなのは、この際置いておこう。これで明日のことは決まったので、アオイとアスナはそのまま自分の宿に帰っていった。
「…で、ユズキ。帰りのあの話、もし本当なら…」
「ああ。明日
SAOで発生した、一つの陰謀。
その終着点は、まだ誰も知る由もなかった。
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戦いの始まり
Side-Asuna
「みんな、今日は集まってくれて、本当にありがとう!」
今日の攻略会議は、自称騎士のその一言から始まった。と言っても、会議も何もなくそろそろボス戦に向かうはずだけれど。
午前中の練習は、いい内容だったと思う。パーティプレイに慣れていない私でも、いつのまにかフォローしてくれているアオイさんや恐ろしく戦闘能力の高いキリト君のおかげで、特に苦もなく戦えた。
人が多いだけで、1人では埋められない穴が気がついたら補填されている感覚は、なんだか心地よかった。
そして、改めて思ったこと。このパーティのメンバーは、みんな強い。
戦闘力に関して群を抜いているのは、やはり元テスターのキリト君。元テスターであること以外にも、その戦いぶりには何か圧倒的で、超越的な何かを、もはや「強さ」とは別次元のものを感じる。
アオイさんはサポートの入り方が上手い。自分ではあと一歩届かない、ギリギリカバーしきれないような隙間を的確に埋めるように動くので、いるだけで安心感が違う。
そして一番謎なのが、ユズキさん。何を考えているのかわからないが常に達観したような様子で、敵を圧倒している様子はないのにいつの間にか敵のHPがなくなり、欠片となって消えていく。
己に与えられた役割を理解しているかのようにコボルドを狩り続ける3人の動きに、私は圧倒された。私自身は、彼らのレベルに追いついているのかすらわからない。
コボルドとの戦い方、スイッチの方法を確認できたので11時過ぎに撤退し始め、なぜか全員で昼食を摂ってからこの場に赴いた。
自称騎士ことディアベルさんの方を向く。今回に関しては彼がこの場を取りまとめるリーダーなので、話半分でも聞いて置かなければいけないはずだ。
「今だから言うけど、この場に来るプレイヤーが昨日から1人でも減ってたら、攻略自体やめる予定だった!でも、今ここに、46人全員いる!みんな、最高のレイドだよ!ありがとう!」
レイド、がどういうものなのかはわからないが、理解しがたい発言だった。
自分からボス戦の時間を決定しておきながら、「人が集まらなかったら放棄するつもりだった」?あまりにもそれは身勝手だ。とてもではないけれど、先頭に立つべき人間の所業ではない。
けれどそれは私1人の考えだったようで、周囲からは拍手喝采が巻き起こる。リーダーシップはともかく、人望はかなり厚いらしい。
「このボスを攻略すれば、新たな階層への道が開く!まだ諦めるべき時じゃないと、ここで待つすべてのプレイヤーに示せるはずだ!」
場の空気が支配され、士気の高揚を感じる。私は、そもそもこの戦いを生き抜けるのだろうか。
…いや、ここまで来たからには生きよう。アオイさんとも約束したもの。
「よし、それじゃあ、行こう!」
その言葉を受け、私達46人は、迷宮区へと向かった。
Side-Kirito
やっぱり、か。
目の前の男、キバオウの装備を見て、俺は隣のユズキと頷きあう。
剣も、防具も、靴も、アクセサリーも。彼の装備一式が、昨日からなんの変化も見せていない。これで、ほぼ確実にユズキの仮説が正しかったことが証明されたわけだ。
「この調子じゃボス戦は、コボルドの余ったやつを適当に狩りとってりゃよさそうだな」
「だな…」
隣でこちらをにらみ、「何を言っているの?」と目線で問いかけてくる
ここは第一層の迷宮区内部。ディアベルのパーティが見つけたボス部屋に、攻略メンバー46人全員で向かっているところだ。
当たり一面が無機質な壁に覆われ、明かりは壁に等間隔で灯される松明のみ。RPGにありがちな「ダンジョン」をそのままVRにしたと言って差し支えないこの空間は、パーティ全体にどこか緊張した雰囲気を与える。
とはいえ、攻略メンバーの戦闘力は全体的に高く、敵とのエンカウントを極力避けて行ったため、ボス部屋に到着するまでの間には、ほとんど誰も消耗はなかった。
迷宮区は一つの層につき各20階層で構成されており、ボスのいる部屋はその最上部である20階にある。ここだけは今までと違い、どこか暗く、ひんやりとした空気をはらんでいる。
20階まで行ってしまえばボス部屋までは一本道で、道中にモンスターも湧かない。故に、ボス挑戦前にはいつもここでHPの回復などの最終準備が行われる。
全員の準備が終わるのを見計らったかのように、一人の男が声を上げる。
「みんな!俺から言えることはたった一つだ!」
そのディアベルの発言に皆が注意を向ける。
「勝とうぜ!」
周囲から雄叫びが湧く。歓声があがる。各々が武器を手に取る金属音が聞こえる。
ディアベルが扉を押し開けた。大きく、重みのある扉が、ゆっくりと開いてゆく。初のボス攻略レイドパーティ、総勢46名が、一斉にその中へなだれ込んでいった。
Side-Yuzuki
広い。そんな印象をまず受けた。
左右の幅がおよそ20メートル。奥行きは100メートルほどだろうか。そのくらいの大きさの、直方体の空間。高さは掴み難いが、今までいた20階の天井よりは高い。
キリトが言っていたが、このゲームにおける「ボス部屋の大きさ」は、そのボスのサイズや行動パターン、攻撃の範囲や威力、取り巻きの湧く量やスピードに深く関わるものらしい。単純に部屋が大きいほどボスの図体は大きくなるし、攻撃範囲も広くなると考えて差し支えないはずだ。
中央に2本の柱が立つこのボス部屋に俺たち46人が無事入り切ると、しばらくの静寂が訪れた。後方の扉が閉まらなかったのは、ある意味僥倖と言ってもいいだろう。何かあったときの避難経路が確保できているのだから。
ふと前を見やると、目の前に3人のパーティメンバーの姿。全員が俺より年下なはず(アスナについては知らんが)だが、その背中に頼りがいを感じる。なんならコイツらに全部任せてサボりたいまである。
次いで訪れたのは、光。左右の壁に等間隔に配置された松明が、一つ、また一つと火を灯し始める。おぼつかなかった視界が開け、部屋の中央に居座るこの部屋の主の姿を鮮明に見せる。
高さだけで俺たちの2倍、いや3倍はあろうかと思わせるような、赤い巨躯。両手に握られた、ラウンドシールドと無骨な斧。今までのモンスターと比べ物にならないような鋭い眼差しには、俺達に対する殺意すら感じさせられる。
第一層ボス、イルファング・ザ・コボルドロード。そいつは灯りがついたと同時に、雄叫びを上げる。
俺たちの初めてのボス戦は、こうして幕を開けた。
感想、お気に入りとかあったら嬉しいです
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コボルド王との戦い
Side-Aoi
「A隊B隊C隊!ボスを迎え撃て!D隊からH隊も持ち場についてくれ!」
ディアベルさんの鋭い指示が飛び、雄叫びのような声とともに、沢山のプレイヤーが眼前の巨大ボスに向かって突撃していきます。
私含め4人と少人数なH隊は、基本的には柔軟な戦闘スタイルが求められています。指揮官とは違う位置から戦況を見極め、適切なタイミングで適切な場所に随時援護に入る形になるみたいです。
とはいえ、ベータテストでこのボスが撃破されたときのプレイヤーの平均レベルはおよそ6から7くらいだったらしくて、おそらく平均レベル10くらいであろうこのパーティで相手取るには、些か物足りない、というかもう私達の出る幕ないんじゃないかってくらい順調です。
時折狩り残されたコボルドが出てきても、キリト君やアスナさんがあっという間に倒しちゃうから本当にやることがありません。私の隣でお兄さんも暇そうに欠伸をしています。
「これ、このまま放置しても勝てそうですよね?」
手持ち無沙汰になったのでお兄さんに話しかけてみました。
「ま、そうかもな。ぶっちゃけ過剰戦力なのは間違いなさそうだ」
お兄さんは、当事者でありながら傍観者のように、自分を取り囲む状況を俯瞰しているようなところがあります。そんなお兄さんに「過剰戦力」と称されるのであれば、つまりはそういうことなのでしょう。
あっという間にボスの残りHPバーが最後の一本となりました。最後のルインコボルド・センチネルのポップに備えて戦闘態勢を取り直します。
狩り残しは2体。キリト君とアスナさんのコンビが一体を葬りに向かったので、残りを私達で処理しに向かいます。
基本的には私がパリィで隙を作り、そこにお兄さんが精密射撃の如く槍を打ち込んで、引いたところを私が片手棍の打撃でとどめを刺して終了です。午前中にトルーパーを使って訓練したので、連携は今のところ失敗無しで行けています。
どのパーティも4、5人で一体のコボルドを囲んでいますが、効率は悪そうです。このあたりの連携訓練ができたことは、元テスターのキリト君に素直に感謝です。
割当分が片付いて暇になるな、と思った矢先、お兄さんはキリト君の方に走って行きました。何かあったのでしょうか。横顔から焦りのようなものが見えましたが。まあ、私の出る幕ではなさそうなので、待つことにします。
Side-Kirito
ユズキが駆けて来る。その表情には、焦りが見えるようだ。
俺のもとにたどり着くと、小声で俺に話しかけてくる。
「おいキリト、あいつの背中にあるの、どう見ても
言われるがままに部屋の中央にいるボス、イルファング・ザ・コボルドロードに目を向けると、ありえないものが視界に映る。
「あれは…野太刀!?ってことはあいつ、まさか〈カタナ〉スキル使いか…!?」
ベータのときと同じなら、あいつが使うのはユズキが言うとおり、曲刀カテゴリの武器、〈
「刀スキル?」
「アインクラッド10層で初めて使う敵が出てくるモンスター専用ソードスキルだ。俺がベータ時代に対処法を覚え終わったくらいでテスト期間が終わっちゃったから、テスターでも対応できるやつは少ないはず…」
そう。〈カタナ〉スキル。10層の〈千蛇城〉と呼ばれるフロアで〈オロチ・エリートガード〉あたりのヘビ侍が使ってきた、凶悪なソードスキルだ。プレイヤー側に存在していなかったこのスキルは変幻自在で、俺も奴らと何度も戦ってはHPを0にさせられ、行動パターンを覚え続けたものだ。
「ってこたぁ、
言われ、一瞬は躊躇う。おそらくユズキが言っているのは、
テスターに対して一部のプレイヤーが反感を持っている現状。俺がテスターを名乗って出ていけば、少なからず糾弾が来るだろう。攻略メンバーから追い出されることだって、もしかするとあるかもしれない。
ただ、今はプレイヤーの命がかかっている。俺が出なきゃ、
「行くよ。何かあったら、頼らせてもらうぞ?」
故に、そう返事する。なにせこいつは、俺がこの世界で出会った一番頼りになるやつだ。俺にできなくても、なんとかしてくれるだろう。
「援護くらいなら、いくらでもしてやるさ。行ってこい」
その言葉を聞き届け、俺は走る。攻略を指揮する男・ディアベルのもとへ。
Side-Diavel
思えば、ここまでは長かったようであっという間だった。
SAOがデスゲームと化し、一万人ものプレイヤーが絶望と恐怖のどん底に叩き落とされてから一ヶ月。
力を蓄え、情報を集めて発信し、人助けなんかもするうちに、段々と仲間が増えていった。キバオウさんやリンドさんなんかは、特に熱心に僕を慕ってくれているようだ。
だからこそ、彼らには申し訳ないと思っている。僕は彼らに一つ、大きな、ひどく大きな嘘をついている。
彼らは、僕をベータ上がりのテスターじゃないと、本気で信じてくれている。自惚れかもしれないけれど、圧倒的優位のテスターを差し置いてリーダーとなり、自分たちを導いてくれる希望の星だと思ってくれている。
だが、僕はそんなんじゃない。
僕はベータテスターだ。みんなをまとめてこの世界を攻略して、デスゲームから解放したいという思いに偽りはないが、それでもテスターだ。
テスターとしての知識をフルに使って、安全に攻略を行った。狩場の情報だって、効率的なクエストのことだって、知っている。
ボスのラストアタックボーナスが強力なものであることだって知っている。それを手に入れ、攻略集団でのリーダーとしての地位を確かなものにするために、汚い手を何度も使った。
ベータ当時にLAB取りとして名を馳せていたキリトさんとユズキさんに対する対策は、特に執拗に行った。
ベータ時の彼らの所業を、
彼らの戦力を削ぐために、キバオウさんを仲介として、武器の買い取り交渉を続けさせた。結果は不発に終わったけれども。
攻略会議でキバオウさんがあんな発言をしたのだって、元をたどれば僕のやったことだ。テスターに対する要求を会議で語らせてほしいと彼に頼まれ、会議中には初対面の人間として振る舞いながら彼の目的を遂行させた。
それでもなんとかこうしてボス攻略までこぎつけ、もうすぐそれも終わる。ここから、僕が攻略組を…
…ベル!ディアベル!聞こえてるか!」
気がつけば、すぐそこにキリトさんが来ている。何やら焦っているようだが。
「どうしたんだい、キリトさん?」
「あいつの持ち替え武器が、湾刀じゃない。どっからどう見ても、『カタナ』だ。」
刀。ベータのときに、そんな武器があっただろうか。いや、噂ぐらいには聞いたことがあるかもしれない。知り合いのプレイヤーが、10層の敵が使うそんなスキルの話をしていたような…。
「あいつが〈カタナ〉スキルを使うなら、状況はマズい。あれに初見で対応できるやつは、まずいない。」
「だから、ディアベル。頼む。この場の指揮権、一度
一瞬、何を言っているのかわからなかった。じゃあなんだ。あなたはそのスキルに対応できるのか。
「
途端、すべてがつながる。そうか、つまりあなたは、
なら、もう任せよう。僕の役目は、ここで終わりだ。この戦いの最後を任せるなら、どちらが適任かなんて言うまでもない。見れば、ボスの体力は、ちょうど発狂圏内にさしかかった。息を吸い、部屋中に呼びかける。
「ボス情報に更新あり!今から、
ボスがラウンドシールドと斧を投げ捨て、獲物を取り替える。ああ、本当だ。あれは僕の知るあのボスの武器じゃあない。黒光りする分厚い刃は、どこからどう見たって〈カタナ〉以外に形容のしようがない。つまり、ここからはもう、
「全員、防御姿勢!間違ってもボスを囲むなよ!」
キリトさんの声が響き、一斉に全員が動き出す。
あとは任せたよ、キリトさん。
感想・誤字報告などあればお気軽に。
更新が遅れてすみません…
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