ぼっちサーガ~最強ぼっちの異世界漫遊記~ (ガスキン)
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第一話 ぼっちがオンラインゲームを始めたら

再スタートです。


太陽の光が世界を照らし、果てしなく広がる青空を、大小様々な鳥が群れを成して飛んでいる。どこまでも続く大地には爽やかな風が吹き、生い茂る草花を優しく揺らしている。

 

そんな自然豊かな光景を、一人の少年は戸惑いの思いで見つめていた。当然である。何故ならこの少年、今の今まで自分の部屋でパソコンに向かい合っていたのだから。

 

「・・・こ、ここはどこ?」

 

呟き、少年はついさっきまでの事を思い出していた・・・。

 

 

 

 

中学二年生の田中亮一には友達がいない。正確には幼馴染以外の友達が一人もいない。その理由は、彼の外見と、その性格にあった。

 

中学二年生にして百八十オーバーの長身は、多少の驚きがあっても仕方がない。だが、それに鷹の様に鋭い目と、その左目に縦に走る傷が加わると、途端にガラの悪い人間へと変わってしまう。この傷は、彼が九歳の時、川で遊んでいる最中に岩で切ってしまったものである。しかし、事情を知らない者達はその雰囲気と相まって暴力沙汰で作られた傷と勘違いしてしまう。

 

以前、道で亮一にぶつかった高校生くらいの不良が涙目で土下座してきた事があった。自分に財布を差し出し、全速力で逃げる不良の背を目で追いながら、亮一はその場にへたりこむ。

 

「・・・こ、怖かったぁ・・・」

 

実は亮一、その見た目からは想像できない程、穏やかで大人しい性格の持ち主だった。引っ込み思案と言ってもいいだろう。学校でも、クラスメイトとろくに会話を交わしていない。たまに会話する事があっても、緊張のせいで顔がこわばり、相手の顔をジッと見つめて相槌を打つ事しか出来なかった。相手からすれば、その鋭い目で見つめられる・・・いや、睨みつけられれば、抱くのは恐怖しかなかった。それが益々亮一へのイメージを悪くしているのに、本人は気づいていない。

 

そんな亮一を見て黙っていられなかったのが、亮一の幼馴染にしてただ一人の友人である柏木昴だった。亮一とは対照的に、男女共に友達の多いクラスの人気者であったが、昴にとって一番の友はやはり亮一であり、その友達が孤立しているのに我慢できなかったのだ。

 

「なあ亮一。もう少しみんなと話してみろって。そうすればくだらねえイメージなんてすぐ消えちまうよ」

 

放課後、一緒に歩く帰り道で、昴はそう切り出した。

 

「う、うん。僕もそうしたいんだけど、中々上手くいかなくて・・・」

 

「そっか。・・・うん。やっぱりお前はコミュニケーション能力を鍛えた方がいいな。よし!」

 

ポンと手を叩く昴に、亮一は期待と不安を同時に抱いた。自分の大切な幼馴染がこの仕草を見せる時、素晴らしいアイディアを思いついたか、呆れるほどの下策を思いついたかのどちらかなのである。ちなみに、過去の成績は三勝五敗で、その全てに亮一も関わっていた。

 

「亮一、お前確かパソコン持ってたよな」

 

「え? あ、うん。ちょっと前にお父さんが買ってくれたんだ」

 

この歳までワガママらしいワガママも言わず、物もねだらない亮一に父は最新のPCを買い与えた。「これで動画サイトなりゲームなりして遊びなさい。ただしエッチなサイトは駄目だぞ。もしどうしても見たいというなら・・・その時はお父さんも混ぜなさい」との事らしい。父はこの発言の直後、亮一の目の前で母にボコボコにされていた。

 

―――あなた! 純粋な亮一に変な事吹き込まないでください!

 

―――ぶっ!? ちょ、ま、ジョーク! お父さんジョークだからばっ!?

 

「どうした、そんな遠い目をして?」

 

「あ、ご、ごめん。ちょっと思い出しちゃって」

 

「? ま、いいや。とりあえず、土曜日にお前の家に遊びに行っていいか? ぜひともやらせたいゲームがあるんだよ」

 

「ゲーム?」

 

「おう! 俺もやってるオンラインゲーム『エターナル・ワールド』をな! 色んな人間と関われるから、お前もきっと楽しめると思うぞ!」

 

その名前は亮一も聞いた事があった。教室で一人本を読んでいる時、ふとクラスメイト達が話題にしていて、それが耳に入っていた。

 

「よし決定! じゃあ土曜日の昼ぐらいに行くからな!」

 

「う、うん」

 

自分の意思と無関係にトントン拍子に話が進んで行く事に苦笑する亮一だが、この幼馴染は昔からそうだし、何より自分を引っ張ってくれる事に強く感謝していた。昴がいてくれなければ、自分は間違いなく引き籠もりになっていただろう。

 

それに、少しワクワクしている自分もいた。オンラインゲームは、世界中の様々な人と一緒に遊ぶ事が出来る。もしかしたら、友達だって出来るかもしれない。

 

(現実では無理でもゲームの中なら・・・。そして、昴君の言うコミュニケーション能力を養って、いつかは現実でも友達を作るんだ)

 

約束の土曜日の昼過ぎ、昴が亮一の家にやって来た。玄関で出迎えていると、奥から母が顔を覗かせた。

 

「あら、昴君じゃない。いらっしゃい。久しぶりね」

 

「どもっすおばさん! いやー、最近部活が忙しくって。今日は顧問の先生の都合で休みなんですよ」

 

「それで遊びに来てくれたのね。嬉しいわ。亮一、早くお部屋に案内してあげなさい。あとでお菓子とジュース持って行くからね」

 

「うん」

 

「あざっす!」

 

駆けるように部屋へ向かう亮一と昴。自分の息子の楽しそうな笑顔を見て、母もまた微笑むのだった。

 

「それで昴君。オンラインゲームってどうすれば始められるの?」

 

「あ、そっか。お前普段ゲームとかやらねえもんな。わからなくても仕方ねえか」

 

「うう、ゴメン」

 

「はは、んな事で謝んじゃねえよ。とりあえずPCを起動させてくれ」

 

「わかった」

 

指示通り、亮一はPCを起動させる。

 

「次は『エターナル・ワールド』で検索してみ」

 

「エターナル・・・ワールドっと・・・」

 

検索エンジンのトップに「『エターナル・ワールド』を始める方へ」と表示された。それをクリックする。

 

「こっからアカウントの作成とかちょっとメンドクサイ手順があるけど、まあ落ち着いてじっくりやれば大丈夫だからな」

 

そうして、昴の言うメンドクサイ手順をなんとか終わらせ、ようやく亮一は『エターナル・ワールド』の世界へ足を踏み入れる事となった。龍が舞い、魔法が奔る壮大なOPが流れ、続けてスタート画面が表示された。

 

「まずはキャラ作りだな。NEW GAMEをクリックしてみな」

 

言われた通りにクリックすると、ローブを纏った老人が現れ、『エターナル・ワールド』の世界について説明を始めた。

 

『世界を闇に包んだ邪神が封印され二千年。再びその邪神が復活を果たそうとしておる。そなたには救世主として、邪神からこの世界を守る使命を果たしてほしい』

 

「邪神を倒す為に現実世界から召喚されたのがプレイヤーって設定なんだぜ。王道というかテンプレというか・・・まあ、こういうシンプルなのは俺大好物だけど」

 

「僕も、こういう設定の小説とかよく読んでるよ」

 

説明する昴に亮一が答える。オーソドックスなストーリーだが、少年の心を掴むには十分だったらしい。

 

画面から老人が消え、キャラクター設定画面に移行した。昴が言うには、この『エターナル・ストーリー』はキャラクター設定の自由度が高いのも人気の一つらしい。髪の形や色、体格はもちろん、腕や足の長さ、果ては爪の色まで自由自在で、唯一無二のキャラクターでゲームを楽しめるのだ。

 

「だからこうすれば・・・」

 

マウスを動かす昴。画面には銀髪にオッドアイと、見事な中ニキャラが表示されていた。もちろん亮一は却下する。こんな目立つキャラでプレイするなんて自分には絶対無理だ。

 

「普通! 普通でいいから!」

 

「そうか? ならちゃんとお前っぽいキャラにすっか」

 

再びマウスを動かす昴。じっくりと時間をかけキャラを作っていく。気付けば一時間が経過し、画面には亮一そっくりのキャラクターが立っていた。

 

「どうだ。左目の傷まで完璧だろ?」

 

「す、凄い! こんなにそっくりに出来るなんて・・・!」

 

「名前はどうする? そのままリョーイチにするか?」

 

「・・・ゼロ」

 

「おお、中々中ニっぽい名前じゃねえか」

 

「友達“ゼロ”のゼロだよ」

 

「切ない!」

 

名前を入力し終えると、いよいよ本格的にゲームがスタートする。キャラクター“ゼロ”が立っているのは、広い草原の真ん中だった。

 

「この草原から東に移動すると村がある。そこで装備を整えてさらに東にある王都カーライルを目指す。さ、やってみな」

 

「う、うん」

 

言われた通りに移動する亮一。すると突然、ゼロの前に何かが姿を現わした。

 

「な、何!?」

 

「落ち着け、モンスターだ。これはグリーンゲルだな」

 

緑色のグネグネしたモンスター。エターナル・ワールド最弱のグリーンゲルだった。驚く亮一の前で、動きを止めたゼロに体を変形させながらゆっくりと近づき始める。

 

「雑魚だから心配するな。二、三回斬れば終わりだ」

 

昴の言った通り、二回攻撃するとグリーンゲルは姿を消し、画面下のINFOに『二の経験値を手に入れた』と流れ、グリーンゲルのいた場所に小さな袋と金貨が出現した。

 

「素材アイテムと金だな。残さず拾っとけよ」

 

「わかった」

 

それぞれの上でクリックすると、INFOに『緑色の液体を手に入れた』『三ゴールドを手に入れた』と流れた。亮一は気を取り直し、再び移動を開始する。

 

途中、何度かグリーンゲルに襲われたが、亮一は落ち着いてそれらを倒していき、四体目を倒した所でファンファーレが鳴った。何事かと目を丸くする亮一だったが、直後INFOに流れた『ゼロのレベルが二にあがった』『三のスキルポイントを手に入れた』を見て納得したように頷いた。

 

「あ、レベルが上がったんだ。けど、このスキルポイントって何?」

 

「スキルを覚えるのに必要なポイントだよ。『エターナル・ワールド』には“ジョブスキル”と、“武器スキル”がある」

 

「どう違うの?」

 

「プレイヤーキャラは剣士や魔術師といった職業に就けるんだ。で、“ジョブスキル”っていうのは、職業ごとに覚えられるスキルの事。剣士なら通常攻撃よりも強力な“パワースラッシュ”とか魔術師なら“ファイアーボール”なんて具合にな。この職業ってのがとんでもない数で、今じゃ戦闘系だけじゃなくて、鍛冶が出来る“ブラックスミス”や、通常の回復アイテムより効果が高い料理を作れる“コック”なんて職業もある。もうエターナル・ワールドで出来ない事は無いんじゃないかってよく言われるけど、俺もそう思う」

 

「そ、そんなのまであるんだ」

 

「そんでもって、“武器スキル”は武器を装備する事で使用出来るスキルだ。“剣”のスキルを上げれば、剣を装備した時に攻撃力に補正がかかったり、“杖”スキルを上げればMPと魔力が上昇したりする」

 

「なるほど。・・・あれ、でも“武器”スキルってその武器が装備出来なかったら意味無いんじゃないの?」

 

「よく気付いたな。確かに、剣は無職と剣士、それと剣士の上位職しか装備出来ない。けどな“武器”スキルを最大まで上げると、その武器を完全に極めたって事で、他のジョブに転職しても装備できるようになるんだ。だからやろうと思えば、「斧を振り回す僧侶」とか、「魔法を撃ちまくるバーサーカー」とか作れたりもする」

 

「そうなんだ。でも、全部覚えるの大変そうだね」

 

「そうでもねえぞ。まだ序盤だから入手ポイントも少ないけど、中盤あたりから稼げる場所がいくらでも出て来るからな。その辺りがこのゲームの人気の理由でもあるんだ。「時間の無い社会人の方でも少し頑張ればすぐ強くなれます!」って公式で言ってるくらいだし」

 

「へ、へえ・・・」

 

「けど今は何も覚えられない。カーライルで職業を選んで始めてスキルを覚えられる。そこからが本当の冒険の始まりだ。さあ、そうと決まれば王都に急ぐぞ」

 

「うん!」

 

しばらくして、ようやく最初の目的である村へと到着した。そこにあった店で、亮一は装備していた『短剣』と、道中グリーンゲルから手に入れた『緑色の液体』を売った金で『ウッドブレード』と薬草を三つ購入した。

 

「これで十分だ。村を出るぞ」

 

「うん」

 

村を出てさらに東を目指す。すると、今まで草原だったフィールドが、石畳の道に変わってきた。右上のマップを確認すると、王都まであと少しである。だが、またしてもグリーンゲルが姿を現わした。しかも、さっきまでとは違い、今度は五体同時に襲いかかってきた。

 

「王都前の最後の障害か。サクっと終わらしてやれ」

 

亮一は頷き、新しく装備した『ウッドブレード』でグリーンゲルの群れを瞬殺した。落としたアイテムと金をキッチリ拾い、歩みを再開する。そして、ようやく最終目的地である、王都カーライルへと足を踏み入れたのだった。

 

「着いた・・・」

 

画面が切り替わり、冒頭の老人が再び現れた。老人は王都まで無事についた事を喜ぶと、これから生きていく道・・・つまり職業を決めるよう言って来た。

 

前衛の要『剣士』。

 

百発百中の狩人『アーチャー』。

 

聖なる癒し手『プリースト』。

 

不可能を可能とする『魔術師』。

 

この基本職の他に、上級職、さらには隠されたレア職も存在するが、始めたばかりの亮一には関係の無い話である。

 

「どうする、亮一?」

 

「・・・決めた。一番無難っぽい剣士にするよ」

 

こうして、ゼロの最初の職業は剣士となった。最後に励ましの言葉を残し、老人は消えていった。

 

「職業も決まったし、今日のところはこれくらいにしとくか。メニューからログアウトを押せば終わるぞ」

 

「セーブはしなくてもいいの?」

 

「ああ、オンラインゲームは基本自動セーブだからな」

 

ゲームを終了させ、亮一は満足そうな顔で背伸びした。

 

「どうだ? まだ最初だけど、楽しいだろ?」

 

「うん。昴君がハマってるのもわかるよ」

 

「よし、なら明日は学校終わったら一緒にやろうぜ! 色々教えてやるよ!」

 

「うん!」

 

翌日から亮一と昴は一緒に行動するようになった。昴のキャラクター『スバル』は剣士の上級職の一つである『ソードマスター』で、レベルは四十六。亮一にとってとても頼りになる相棒だった。

 

『昴君のキャラ凄いね。全身に剣を装備してる』

 

画面に映る『スバル』は、背中に長剣を背負い、腰に二本の剣、同じく腰の後ろに二本の短刀。そして、膝の横に二本のナイフ。合計七本もの剣を装備していた。

 

『カッコいいだろ! セブンソードのスバルと呼んでくれ!』

 

『それ全部戦闘で使えるの?』

 

『いや、使えるのはこの“バスターブレイド”だ。他の剣は言っちまえばファッションみたいなもんだ。ストーリーを進めたらマイルームってのが手に入るんだけど、そこで見た目を色々弄れるんだよ。その機能を使って装備させてるってわけ』

 

『そうなんだ』

 

『よし、おしゃべりはこれくらいにして、早速クエストに出かけようぜ!』

 

『うん!』

 

二人は連日の様に冒険に繰り出し、いつしか、ゼロのレベルは二十に達し、ようやく初心者を卒業する事が出来た。そんなある日、昴が亮一へある提案した。

 

「亮一、お前のキャラも結構強くなったし、そろそろ他のヤツとパーティーを組んでみてもいいんじゃないのか」

 

「ええ!? そ、そんな、まだ早いよ・・・」

 

「んな事ねえって。な? 一回組めば次からは楽になるし」

 

「で、でも・・・」

 

躊躇う亮一に、昴は最終通告を出した。亮一が他の人間と一回でもパーティーを組まない限り、自分は亮一と一緒に冒険には出ないと。

 

「そ、そんなぁ!」

 

「嫌ならさっさとパーティーを組め! 大丈夫、お前なら出来るって」

 

バシバシと背中を叩く昴。亮一は渋っていたが、やがて決意したように頷いた。そうだ、自分がこのゲームを始めたのは、友達を作るため。だから昴も心を鬼にしてこう言って来たのだ。ならば、やるしかない!

 

(よ、よし! やってやるぞ!)

 

そう誓う亮一だったが、家に帰り、ゲームを起動させた所でまたしても躊躇いが生じた。果たして、自分なんかとパーティーを組んでくれる人など、昴以外にいるのだろうか。

 

「やっぱり足を引っ張りたくないし・・・」

 

昴の様に強いキャラだったらそういう事もないだろうが・・・。生憎自分のキャラのレベルはまだ二十。せめてもう少しレベルがあれば。・・・もう少し?

 

「・・・そうだ。別に今無理にパーティー組む必要無いんだ。もっと強くなって改めてパーティーを組んでくれるようお願いすればいいんだ!」

 

それからの亮一はまるで何かに取り憑かれたかのように『エターナル・ワールド』に熱中するようになり、彼のキャラクター“ゼロ”は恐ろしいスピードで成長していった。

 

「もっと強いモンスターのいるダンジョンは・・・」

 

攻略wikiを頼りに、より経験を積めそうなモンスターの出現するダンジョンを目指し・・・。

 

「『攻撃魔法しか撃たない魔術師はいらない』。『補助ばっかりじゃなく攻撃してくれ』・・・って事は、どっちも使えるようになればいいのか!」

 

一つの職業を上位職を含め極め、それと共に“武器”スキルも鍛え・・・。

 

「やっぱりアイテムも装備も揃えてた方が・・」

 

強力なアイテムや装備の為に何度も同じ敵に挑み・・・。

 

いつしかレベルはMAXに達し、ステータスは四ケタを越え、レアを含めた職業全てを極め、覚えていないスキルは無くなり、アイテムも限界まで所持、高難易度イベントでしか手に入らない装備で身を固め、ゼロは文句無しの強キャラへと成長した。

 

亮一は凝り性だったのだ。

 

「よお、亮一。調子はどうだ?」

 

昼休み、図書室にでも行こうかと廊下を歩いていた亮一に昴が声をかけて来た。

 

「あ、昴君。うん、ぼちぼちかな。昨日は『死王の外套』の為にデス・キングを何回か倒したんだけドロップしなかったから今日も頑張ろうかなって」

 

「デス・キングってお前・・・。四人以上での討伐推奨のモンスターをソロで狩るとか・・・」

 

呆れた様子の昴に亮一は首を傾げる。そんなに変な事をしたのだろうか自分は。

 

「そんだけ強くなったのにまだソロでやってんだよな

 

とその時、前方がにわかに騒がしくなる。何事かと二人が目を向けると、大勢の男子に囲まれながら一人の少女が姿を現した。

 

「お、今日は東雲ちゃん登校してたんだな」

 

「昴君、あの子知ってるの?」

 

「・・・は? え、まさかお前、あの東雲真里を知らねえの!?」

 

「ゆ、有名なの?」

 

「今超人気の「セイント・ディーバ」ってアイドルグループの子だよ! 今年入学して来て大騒ぎになったのに何で知らねえんだよ!?」

 

「僕、他の人としゃべれないし。基本休み時間とかは図書室にいるし・・・」

 

「マジかよ・・・。はあ、まあとにかく、あの子は超有名人だよ。おまけに滅茶苦茶可愛い。だから、登校して来た日にはいつもあんな感じだ」

 

男子達に笑顔で応える少女。だが、その顔が亮一達の方を向いた瞬間に一変する。大きく目を見開き、頬を真っ赤にさせた少女はそのまま男子達の間をかいくぐってどこかへ行ってしまった。

 

「東雲ちゃん!?」

 

「どこいくの真里ちゃん!?」

 

慌てて追いかけていく男子達。その背を見送りながら亮一が呟く。

 

「どうしたんだろう? なんかこっちを見てた気がするけど」

 

「で、逃げたと・・・。お前、あの子になんかしたのか?」

 

「す、するわけないでしょ!」

 

「冗談だよ。お前が女の子に手なんか出すわけねえのはよく知ってるからな」

 

「・・・褒めてるの?」

 

「もちろん。でも、そうすると逃げ出した理由がわかねえな。お前、なんか思いつかねえ?」

 

「僕の顔が怖かったからじゃないのかな」

 

「なら、顔を赤くする理由がねえぞ」

 

「うーん・・・あ、そういえば・・・」

 

「何か思い出したか?」

 

「うん、二週間くらい前だったと思うんだけど、女の子が高校生くらいの人達に絡まれてたんだ。怖かったけど、その女の子、震えて泣いてたから何とか止めようと思って・・・」

 

気弱で大人しくとも、正義感が無いわけではない。亮一は勇気を振り絞ってその場に飛び込んだのだ。

 

「助けたのか?」

 

「うん。というか、僕の顔を見た高校生の人達が逃げちゃったんだ。東雲さん・・・だったっけ。あの子、その時の子に何となく似てた気が・・・」

 

とりあえず、涙を拭いてもらおうとハンカチを渡した所まではよかったが、騒ぎを聞きつけた警官がやって来た瞬間、亮一はその場から逃げだした。

 

「何で逃げたんだよ」

 

「つ、つい反射的に」

 

「けどまあ、これで理由がわかったな」

 

「え、昴君わかったの!?」

 

「むしろ何でお前がわからね・・・ああいや、お前だもんな」

 

「?」

 

(そういや、あの子最近エターナル・ワールドを始めたって噂だよな。何でも恩人がやってるから自分もやってみたくなったとか何とか。もし、この学校のどっかで俺とコイツの会話を聞いてたとしたら・・・)

 

「どうしたの昴君?」

 

「とりあえずお前は爆発しろ」

 

「ええ!?」

 

「ま、あの子の話は置いといて。俺の宿題はまだ出来て無いみたいだから、一緒にはまだ遊べねえな。女の子助ける勇気があればパーティーの誘いくらい余裕だろうに」

 

「返す言葉もありません・・・」

 

わかっていても実行出来ない。その後も亮一はひっそりとソロプレイを続けていた。

 

時は流れ、亮一が無事受験を乗り切った今年の三月。エターナル・ワールドにおいてある期間限定イベントが開かれた。そのイベントの名は『創世神ギャラクシアの試練』。期間中、ソロで創世神ギャラクシアを倒したプレイヤーの中から抽選で一人に限定装備をプレゼントするといったイベントだったのだが、なんと亮一は並み居るボトラーや廃主婦を押さえ、見事のその一人に当選したのだ。

 

イベント終了から数日後、帰宅した亮一がいつもの様にエターナル・ワールドを始めると、運営からメッセージが届いていた。そこには「ソロで頑張ったあなたへのご褒美です。ぜひお友達に自慢してくださいね」と書かれていた。

 

「ま、まさか・・・当たったの!?」

 

すぐさまプレゼントボックスから報酬を取り出した亮一は己が目を疑った。『創世の聖衣』と名のついた全身を覆う漆黒の装備はチートどころかバグと言ってもいいのではないかというぶっ飛んだ性能だった。

 

DEF及びMND+3000。『呪い以外の状態異常を超高確率で無効』。『相手の魔法を超高確率で反射』。『DEF及びMNDの十分の一以下のダメージを無効』。『ステータス上昇スキルの効果時間三倍』というアホみたいな効果が付随されている。正直自慢どころのレベルでは無い。

 

半ば呆然としつつも、亮一は早速ゼロに『創世の聖衣』を装備させた。すると、メッセージボックスに新たなメッセージが届いた。

 

「何だろう。また運営からかな」

 

何も考えずメッセージを開く亮一。そこにはこう書かれていた。

 

―――我が試練を越えし者。この世界を救うため、今こそ汝を呼び出さん。

 

瞬間、PCの画面が激しく光りはじめた。

 

「な、何!?」

 

咄嗟に目を瞑る亮一。そして次に目を開けると、彼は見知らぬ大地に立っていたのだ。

 

回想を終えた亮一は、辺りを見渡す。

 

「ぼ、僕は一体・・・。ここはどこなの!?」

 

まさか、誘拐? だが、自分の家は至って普通の家庭だ。狙われる理由なんて思いつかない。

 

思案する亮一の頭に突如警鐘が鳴り響いた。何かが自分に近づいて来ている。そして、その気配は後ろから感じる。

 

「・・・ッ!?」

 

振り返った亮一の表情が凍りつく。そこにいたのは、人でも動物でも無かった。全身緑色のその物体は・・・

 

「グ、グリーンゲル!?」

 

間違いなく、『エターナル・ワールド』のモンスター、グリーンゲルだった。亮一の声に反応したかのように、グリーンゲルはグネグネと体を動かしながら亮一へと近づいて来た。

 

「わわわ! く、来るな! 来るなぁ!」

 

あまりの衝撃と恐怖で腰を抜かす亮一。動けなくなった獲物に狂喜するかのように、グリーンゲルの動きが激しくなる。それが益々亮一の恐怖を助長させる。

 

とうとうグリーンゲルの先端が、亮一の足に触れる。冷たくてヌルッとした感触に、亮一の全身を鳥肌が走る。そして、グリーンゲルが亮一を飲み込もうとしたその瞬間、亮一は身を守るように全力で両腕を突き出した。

 

「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

刹那、バチュン! という音と共に、グリーンゲルの体が弾け飛んだ。恐怖の源が消え、亮一は安堵の溜息を漏らし、自分の両手を見つめた。

 

「い、今のは・・・」

 

亮一は知らない。この世界が、自分がよく知っているゲームと同じだという事に。そして、自分が田中亮一ではなく、ゼロであるという事に・・・。



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第二話 ゼロからのスタート

この小説は思いつきと勢いのまま書いていきますので、矛盾点や違和感はスルーでお願いします。

『ふくろ』を『アイテムボックス』に変更しました。


弾け飛んだグリーンゲルの残骸に目を移す亮一。緑色のそれは、最後に激しく振動すると地面に溶けていった。消滅の瞬間を呆然と見つめ続ける亮一。

 

「ふむ、流石だな。グリーンゲルなど素手で十分といったところか」

 

「ッ!? だ、誰!?」

 

低く嗄れた声は背後から聞こえる。バッと振り返った亮一の前には、一人の老人が立っていた。その顔を見た亮一を再び驚きが襲う。何故なら、その老人の顔には確かに見覚えがあったからだ。

 

(こ、この人は・・・!)

 

間違い無く、記念すべき初プレイの時、エターナル・ワールドについて説明してくれたあの老人だった。そしてつい先日のイベントで“戦った”人物でもあった。

 

「な・・・あ・・・その・・・」

 

「混乱するのも無理は無い。そなたの疑問には全て答えよう。だがその前に深呼吸でもして落ち着くがよい」

 

パニックを起こす亮一を、老人は優しく落ち着いた口調で宥めた。一呼吸置き、老人は改めて語り始めた。

 

「さて、話を始める前に・・・まずは自分の姿を確認してみよ」

 

「え?」

 

言われて亮一は自分の格好を見て目を丸くした。学校から帰宅した後、自分は白のTシャツに短パンを履いていたはずだ。それなのに今、亮一は漆黒の服とズボンを身に付け、同じく漆黒のコートを纏っていた。さらに、裸足だったはずなのに、黒い靴を履いていた。

 

「な、何この格好!? って、あれ? この服どこかで見た覚えが・・・」

 

不思議な既視感に首を傾げる亮一。そしてふと思い出した。今自分が着ている衣服は、ついさっきゲームで自分のキャラに装備させたばかりの物に瓜二つだったのだ。亮一は益々混乱した。

 

「な、何で僕が『創世の聖衣』を・・・」

 

「その聖衣は創世神の試練を乗り越えた者の中でただ一人に授けられし物。それがそなた・・・ゼロだ」

 

本名ではなく、キャラクターネームで呼ばれ、ライトノベル好きな亮一の脳裏にある仮説が浮かんだ。まさかこの状況は、まさか自分は・・・。

 

「お、教えてください。この世界は何なんですか。ここはどこなんですか。僕はどうしてここにいるんですか」

 

混乱し過ぎた事が逆に良い方に作用したのか。見慣れない人物と普通に会話で来ている事に気付かない亮一。

 

「ここはエターナル・ワールドの『始まりの草原』。ゼロよ、そなたは真の救世主としてこの世界に呼ばれたのだ」

 

この瞬間、仮説が現実となった。亮一は“ゼロ”として、エターナル・ワールドの世界へとやって来てしまったのだ。

 

(あ、あはは。これは夢、夢なんだ・・・)

 

夢である事を望む亮一。だが、夢にしては現実感がありすぎる。汗が流れる頬を風が薙いで行くが、その感触もどこまでもリアルであった。

 

「ゼロよ。その力で、邪神とその配下共より人々を守って欲しい。この世界に光を与えてはくれないだろうか」

 

「ど、どうしてですか!? 他の救世主・・・プレイヤー達はそれこそ山のようにいるのに! そもそも、どうして僕なんですか!?」

 

「確かに、救世主候補は他にも大勢いた。しかし、その全てをこの世界に呼ぶわけにはいかなかった。そこで我は救世主候補達へ試練を与えた。その試練を乗り越えた者の中から選ばれしたった一人を救世主とする為に」

 

「し、試練?」

 

―――我が試練を越えし者。この世界を救うため、今こそ汝を呼び出さん。

 

亮一の頭の中で全てが一つになった。

 

「あ、あのメッセージはあなたが送って来たんですか・・・!?」

 

「左様。その聖衣こそがその証。ゼロよ。()()()()を乗り越えしそなたこそ、真の救世主よ」

 

つまり、あの限定イベントの報酬を手に入れたのが自分だったから呼び寄せたと。自分に戦えと。この世界を救えと目の前の人物はそう言っているのだと、亮一はようやく理解した。理解したが、それとこれとは話が別である。

 

「お、おっしゃる事はわかりました。でも、僕はただの高校生です。そんな僕が救世主だなんて・・・」

 

「謙遜も度が過ぎればイヤミにしか聞こえぬぞ」

 

「謙遜とかじゃなくて・・・」

 

「ならば、そなたの目で確かめてみろ。手をかざせ」

 

「え?」

 

「危険は無い。とにかくやってみせろ」

 

「は、はい」

 

亮一が恐る恐る目の前に手をかざすと、突然パネルのような物が出現した。そして、それに表示されたものに亮一の目が限界まで見開かれた。

 

NAME ゼロ

種族 人間

性別 男

Class オーラ・ブレイダー

LV 99

HP 9999/9999

MP 9999/9999

オーラ 9999/9999

ATK(攻撃力)8564

DEF(防御力)8201+3000

INT(知能)7980

MND(精神力)8004+3000

AGL(素早さ)9359

DEX(器用さ)9999

LUK(運)786

 

・・・何だこのぶっ飛んだステータスは? 唖然とする亮一だが、これは間違い無く、自分が育て上げたゼロのステータスだった。つまり、これが今の自分自身の能力値だという事になる。

 

「どうじゃ。これでもまだ自分の力を過小評価するのか?」

 

「・・・」

 

「それにしても、よくぞここまで己を鍛え上げたものだ。ここまで来ると賞賛どころか恐怖すら覚える」

 

確かに、ここまでのステータスにするのは並大抵な事ではなかった。何度も何度も転生と呼ばれる、ステータスそのままにレベル1に戻る儀式を繰り返し、特定のモンスターを狩り続けてステータス底上げアイテムを集め、ようやくここまで鍛える事が出来たのだ。

 

「で、でも、僕は戦いなんてやった事はありません。元の世界に返してください!」

 

「そなたが邪神を倒した時、その願いは叶う」

 

「そ、そんな・・・」

 

つまり、邪神を倒さなければ元の世界に戻れない。そう言っているのだ。色んな感情が混ざり合い、亮一の体がブルブルと震える。が、その震えが突如止まり、亮一は決意の込められた目で老人を見つめた。

 

「・・・わかりました。それしか帰る方法が無いのなら、やります。ゼロとして、この世界で戦ってみせます」

 

その顔は、さっきまで気弱な姿を見せていた人物とは思えないほど力強いものであった。

 

親友である昴が以前こんな事を言っていた。

 

「お前は大人しくて引っ込み思案だけど。追いつめられたり、一度決意したら誰よりも勇敢になれるんだよな」

 

亮一が八歳の頃、こんな事があった。この時はまだ身長も同い年の子達と同じくらいで、左目の傷もなかった。その日、公園に遊びに行った亮一は、そこで二人の子どもに虐められていた子犬を見た。最初、怖くて近寄らなかった亮一だが、子犬が悲鳴をあげた瞬間、その二人に向かって駆け出していた。そして気づけば、その場には自分と子犬しか残っていなかった。後にそれを聞いた昴が言ったのが先程の昴のセリフである。

 

また、知りもしなかった東雲真里を助けるために高校生達の前に飛び出した事からも、亮一の勇気は決して小さなものではない事がわかる。

 

「よくぞ言ってくれた。ゼロよ、そなたに無限大の感謝を」

 

「あの、もう一度確認しておきたいんですけど、この世界には僕以外のプレ・・・救世主はいないんですよね?」

 

「うむ。先程申した通り。そなた以外には誰一人な」

 

「では、僕は一人で邪神と戦わないといけないって事ですか?」

 

「そなたがそれでよければな。もちろん、この世界の人々と力を合わせて挑んでも構わん」

 

「そ、そうですか」

 

「最も、そなたにはすでに強力な配下達がおるがな。まずはそなたの持ち物の中から“ソウルクリスタル”を取り出すがよい」

 

エターナル・ワールドの世界に存在するモンスター達は、他者によって倒された際、完全に屈服状態になっていると、その魂が結晶となり、その者の眷属として永久の誓いを結ぶ。屈服させるには圧倒的な実力の差を見せつけたり、精神的に追い込んだりと様々な方法がある。装備すれば、各モンスターごとに異なる能力が付与される。先程、亮一がバチュンさせた「グリーンゲル」のソウルクリスタルを装備すれば“HP三%上昇”の恩恵を受けられる。

 

さらに、戦闘中にMPを消費する事でモンスターを実体化させ共に戦わせる事が出来る。ただし、モンスターテイマーとその派生先の職業以外の職業では最大二体しか召喚出来ない。これがモンスターテイマーだとパーティー一杯まで召喚出来たりする。これは“ジョブスキル”ではなく、その職業に就いた時のみに得られる能力なので、モンスターテイマーを極めた状態で他の職に就いても二体までしか召喚出来ないのは変わらない。

 

なお、ソウルクリスタルに封じられるのはモンスターだけでは無い。各地に存在する遺跡には遥か太古の英雄の魂が封じられたソウルクリスタルが存在する。また、神霊や神などの上位存在は認めた相手に魂の一部を切り離して授けたりもする。

 

「と、取り出すと言われてもどうやってですか」

 

「救世主候補達は皆、自由に持ち物を出し入れする事が出来る『アイテムボックス』を持っている。そなたもそうであったろう?」

 

「あ……」

 

そういう事かと納得する亮一。RPGなどでお馴染の、冒険中に手に入れたアイテムをなんでも、いくつでも収納出来るシステム。他のゲームでは『ふくろ』や『ポーチ』など様々な呼び名が付けられているが、このエターナル・ワールドでは『アイテムボックス』がそれに該当する。

 

「『アイテムボックス』を開くには、先程と同じ様に手をかざして念じればよい」

 

言われるままに亮一チャレンジしようとしたその時だった。突如、かざした右手の先から光り輝く何かが飛び出して来たのだ。

 

「な、何・・・!?」

 

驚いて手を下ろしてしまった亮一の周囲を光が舞う。よく見ればそれは一つでは無く二つだった。光は一度空に向かって上昇すると、亮一の前方に勢い良く落下して来た。直後、激しい光が亮一を襲う

 

「ッ・・・!?」

 

咄嗟に目を瞑る亮一。やがて光が治まった頃に恐る恐る目を開けた亮一は驚きと戸惑いで今度は目を丸くした。その目線は、彼の目の前で跪いている二人の人物に固定される。

 

 

「“天剣の戦乙女”シャイニング・ヴァルキリー・・・我がマスター、ゼロ様の求めに応じ参上いたしました。これより、我が剣、我が肉体、我が魂の全てを懸けマスターをお守りいたします」

 

「“万魔を討滅せし騎士”ジークムント・・・同じく我が主君、マスターゼロの求めに馳せ参じました。騎士として、我が主君の前に立ち塞がる全ての物をこの槍と、この忠義を持って討ち果たしてみせる事を誓います」

 

美しい金髪の髪をたなびかせ、神聖な光を放つ戦装束を纏った美女と、燃える様な紅い髪に、勇壮な鎧で身を包んだ偉丈夫が、その翡翠と真紅の瞳で亮一を見つめていた。

 

“天剣の戦乙女”シャイニング・ヴァルキリー。“万魔を討滅せし騎士”ジークムント。どちらも最近ゼロが装備していたソウルクリスタルに封じられた英雄だ。もしかしたらそれが理由で自分の前に現れたのかもしれない。しかし・・・。

 

「あ、あの・・・僕、別に呼んだ覚えは無いんですけど・・・?」

 

「え?」

 

「え?」

 

「・・・え?」

 

見つめ合う三人。何とも言えない微妙な空気がその場を漂うのであった。




リメイク前との変更点として、能力封じを止めました。最強系なのに封じてどうすんだって話ですよ。

もう一つ、この世界に来たばかりの主人公に仲間はいません。ですが、今回の最後に出て来た二人以外にも“配下”は数えきれないくらいいます。ぶっちゃけこの時点で魔神余裕で倒せます。タイトル通り、この小説はゆったり諸国漫遊の旅にしていくつもりです。


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第三話 目指すは・・・

11月4日 サブタイトルと後半の展開を変更しました。


ゲームの中でしか見た事が無い人物が、現実に自分の前に存在している・・・。それは亮一を戸惑わせるのには十分過ぎる理由だった。

 

一方、ヴァルキリーとジークムントもまた、そんな主の様子を見て自分達に何か落ち度があったのかと慌てた。すぐさま後ろを向き、顔を突き合わせ話し始める。断り無く主に背を向けるなどあまり褒められた行為ではないはずだが、二人はそれどころではなかった。

 

「大変ですジーク。マスターの反応が私の思っていたものと全然違います・・・!」

 

「う、うむ。それに主君は「呼んだ覚えは無い」とおっしゃった。もしや、我等は先走り過ぎたのだろうか」

 

「そんな! せっかく他の英雄や精霊、モンスター達をよりも先にマスターとお話出来ると思っていたのに! ジーク、どう責任を取ってくれるんですか!」

 

「私の所為なのか!? そもそも、マスターがソウルクリスタルを出そうとした事に気付き、他の者を差し置いて飛び出したのは貴女だろう! 私はそれに引っ張られただけだ!」

 

既にヒソヒソ話から思いっきり言い争いになっている二人。一体二人の間で何があったのか亮一にはわからなかったが、この状況をずっと眺めているわけにもいかないとも思っていた。

 

(ど、どうしよう。止めた方がいいのかな。でも、いきなり話し掛けたら怖がらせちゃうかもしれないし・・・というより、あの中に入っていくとか僕の方が怖いし)

 

実際は、怖がるどころか主に声をかけられた事に二人とも大喜びするはずなのだが、そんな事を知る由もない亮一はただオロオロするだけだった。

 

「・・・見ていられんな」

 

ポツリと老人がそう呟き、彼は亮一に向けて右手をかざした。すると一瞬だけ亮一の体が光を発した。

 

「何をした?」

 

今の光が何なのか問い質そうとした亮一は、直後自分が発した言葉に愕然とした。

 

(な、何今の口調!? 僕は「何をしたんですか?」って言おうとしたのに!?)

 

「心配する必要は無い。“あちら側”のそなたと“こちら側”のそなたの『合一』を行っただけだ」

 

「合一?」

 

「先程までのそなたは“あちら側”と“こちら側”両方のそなたが中途半端に混ざった状態であった。だが、合一を果たした今、そなたは完全に一つとなった」

 

「ならこの口調は・・・」

 

「“こちら側”のそなたのものだ。“あちら側”のそなたはどうも遠慮する所があるからな。積極的に他者へ声がかけられるよう、呪いも込めてそうさせてもらった」

 

(ゼロってこんな口調だったの!?)

 

キャラメイクゲームであるエターナル・ワールドでは精々「はい」か「いいえ」くらいしか発言していなかったはずの自分のキャラが、まさかこんな喋り方をする人物だったとは思っていなかった亮一は地味にショックだった。

 

「それだけではない。“こちら側”の経験や知識を引き継いだ今の状態ならば“あちら側”のそなたでも十分戦えるはずだ」

 

現実世界を生きていた亮一には当然戦いの経験など無い。だからこそ、先程グリーンゲルに襲われた時も取り乱してしまった。しかし、今の亮一はゼロが得た戦いの経験や知識を引き継いだ事で、振った事の無いはずの剣の扱い方や、魔法の使い方等が頭でイメージするだけで理解出来るようになっていた。これは亮一にとって大変ありがたいものであった。

 

「感謝する」

 

ただ、この口調だけは何とかならないものだろうかと悩む亮一であった。昴どころか、家族にすらこの様な口調で話した事は無い。自分が発した言葉に違和感しか感じなかった。

 

「本来であれば、そなたを呼び寄せた時点で合一させておくべきだったのだが、遅くなってしまって済まなかったな。では改めて、向こうで下らぬ言い争いをしているそなたの配下達を止めてくれないだろうか」

 

そう言って目を向ける老人の先で、二人は武器すら抜きかねない程のボルテージで言い争いを続けていた。

 

「どうすればいい?」

 

「名前を呼ぶくらいで十分であろう」

 

(ええ、そんな事でいいの?)

 

名前を、しかも自分なんかが呼んだくらいで大人しくなってくれるのだろうか。しかし、それ以外の方法を思いつかない亮一は言われたまま二人の名前を呼んだ。

 

「ヴァルキリー。ジークムント」

 

「「ッ・・・!」」

 

その瞬間、二人は飛ぶように亮一の前に駆け、先程と同じく跪いた。何故かその顔は喜びに彩られ、加えてヴァルキリーの方はキラキラした瞳を亮一へ向けていた。これまで、そんな目を向けられた事が無い亮一は困惑するばかりだ。もちろん、ヴァルキリー達からしたら、マスターであるゼロの名前を呼ばれた事がただただ嬉しかっただけなのであるが。

 

「あー・・・その・・・よく来てくれた?」

 

何となく声をかけないといけない空気だと思った亮一は、先程二人が発したセリフを踏まえた上でそう声をかけてみた。すると、二人はどうしてか申し訳なさそうに表情を沈めた。

 

「申し訳ありませんマスター。命令されたわけでも無いにも関わらず、マスターがお呼びくださったと私の勝手な思い込みで現界してしまいました」

 

「我等はマスターの命じられるままに動く存在。その立場をわきまえず、ただ悪戯に貴方の魔力を消費させてしまった我等は罰せられて当然。お望みならば、今すぐこの場で自害を・・・」

 

(なんか凄い思い詰めちゃってるぅ!?)

 

ステータスを確認すると、確かにMPが30ほど減少していたが、亮一には微々たるものでしかない。これはマズイと、亮一はなんとか二人を落ち着かせようと考えを巡らせた。二人の言葉から、両者は亮一が老人からソウルクリスタルを取り出すように言われた事を聞いて、気を効かせて自分達から出て来てくれたのだと亮一は推測した。

 

(え、普通に良い人達じゃない)

 

実際はヴァルキリーの暴走だったのだが、亮一の中ではすでに「二人は頼り無い自分を心配して出て来てくれた」という結論になっていた。なので、亮一は純粋に感謝を込めて声をかけた。

 

「俺の為を思って出て来てくれたのだろう。ならばどうして罰する必要がある? むしろ、そこまで心配をかけてしまった事が申し訳無いくらいだ」

 

亮一としては自分の気持ちをそのまま伝えただけだったが、それを聞いたヴァルキリー達は酷く狼狽した。

 

「な、なんと勿体無きお言葉! ですが、我らが御身を想うのは当然の事!」

 

「そ、そうです! マスターがお気に病む事などありません!」

 

「わ、わかった」

 

グイグイと詰め寄って来る二人の勢いに押され、亮一はそう言うしか無かった。

 

「相変わらずの様だな、ヴァルキリーよ」

 

三人のやり取りを黙って眺めていた老人がヴァルキリーへ声をかける。

 

「あら、まだいたのですか()()。マスターへの説明は私達が行いますから、あなたはもう帰ってもらっていいですよ」

 

そんな老人に向かって、まるで興味の無い様子で答えるヴァルキリー。今の彼女の主は亮一である。たとえこの老人が()()()()()であろうと、最早彼女には何の関係も無いのだ。

 

「ゼロよ、そなたにはそのヴァルキリーを始めとしたソウルクリスタルの配下がついている。彼等はそなたに忠誠を誓い、決して裏切らぬ。きっとそなたの旅の役に立つであろう」

 

「マスターは私がお守りします!」

 

「この身、存分にお使いください」

 

(わあ、これは心強いな)

 

一人旅になるとばかり思っていた亮一は心の中で密かに喜んでいた。

 

「それでは、そろそろ別れの時だ。ゼロ・・・我が認めしただ一人の救世主。そなたの武運を祈っている」

 

老人の体が宙に浮かび上がる。見上げる三人の前で、その姿がゆっくりと空中に消えていった。使命を託された一人とその従者達が改めて顔を突き合わせる。

 

「ああ、やっといなくなりましたね。あの方の話は一々長いから嫌になるんですよね。あ、マスターとならいくらでもお話したいですけどね!」

 

(わわわ、顔が、顔が近い・・・!)

 

ヴァルキリーのテンションに若干引き気味の亮一。そこへジークムントが割って入る。

 

「マスター。まずは休める場所を探しましょう。貴方に野宿などさせるわけにはなりませんからね」

 

ジークムントの提案に頷く亮一。ここが『始まりの草原』なら、少し先に村があるはずだ。ゲームでは名前がついていないが、プレイヤー達の間では『始まりの村』と呼ばれていた。

 

「・・・一つ提案があるのだが」

 

亮一が村について説明すると、ヴァルキリーとジークムントもそこを目指そうと賛同した。

 

「既に目的地を見据えていらっしゃったなんて・・・流石ですマスター!」

 

「では、すぐにでもその村へ向かいましょう。方角はおわかりですか?」

 

亮一がある方角を差す。彼の視界には、その方角に向かって伸びる赤い矢印が映っていた。

 

エターナル・ワールドには次の目的地を示す自動ナビゲート機能というものが存在する。これをONにすると画面右上のマップに赤い矢印が出現し、その矢印に従って移動すると最短距離で目的地へ辿りつけるようになっている。その矢印が亮一には見えていた。なら、この矢印を辿って行けばきっと村に着くと亮一は踏んだのだ。

 

「すまない、あまり自信は無いのだが・・・」

 

「謝る必要はございませんマスター。貴方の進む道が私達の進む道。たとえその先が地獄へ通じていたとしても、私達はどこまでもお供いたします」

 

(いや流石に地獄には行かな・・・あ、でも前に期間限定イベントで行った記憶が・・・。で、でも邪神とは関係無いしきっと行かなくて大丈夫なはず!)

 

「日が暮れる前に着けばいいのですが・・・」

 

「大丈夫です。暗くなっても私の光魔法で照らしますから。・・・あ、でもあえて暗い夜道でマスターに抱きつくって手も・・・」

 

「聞こえているぞヴァルキリー。マスター、彼女は放って行きましょう」

 

「ちょ、置いて行かないでくださいよ!」

 

こうして、三人は『始まりの村』へ向かって歩み始めるのだった。



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第四話 伝説の始まり

今回より、主人公の呼び方を主人公サイドで「亮一」他者サイドで「ゼロ」と書きます。


さて、亮一達が村を目指し歩き始めて早一時間。景色には全くの変化がなく、肝心の村もまだ見えてこない。ゲームではものの数分で到着する距離なのだが、まさか実際に歩くとこんなにも時間がかかるものとは全くの予想外だった。おまけに、休憩を取ろうとする度、まるでタイミングを計ったかのように緑色のアイツが出現するのだ。

 

「マスター、お下がりください」

 

今も、手頃な岩を見つけたので小休止を取ろうと腰を下ろしかけた途端、どこからかグリーンゲルがやって来た。すぐさま亮一を守る様にヴァルキリーが前に出る。これまで四回の襲撃があったが、それら全てをヴァルキリーが一太刀で倒していた。

 

「待てヴァルキリー」

 

今回も瞬殺してやろうと剣を抜きかけた彼女をジークムントが止める。そして、その視線をヴァルキリーから亮一へ移す。

 

「マスター、よろしければ戦ってみられますか?」

 

亮一へ戦闘の参加を促すジークムントにヴァルキリーが非難の声を上げる。その向こうでは、グリーンゲルがウネウネと形を変えながらこちらを警戒していた。

 

「ジーク、この様な雑魚にマスターのお手を煩わせるなど・・・」

 

「雑魚だからこそ、合一を果たしたマスターにはうってつけの練習相手になる。いかがでしょう、マスター? お望みならばヴァルキリーを退かせますが」

 

「・・・やらせてくれ」

 

亮一は静かに一歩前に出た。これから先、ずっと二人に戦闘を任せるわけにはいかない。“こちら側”の自分と合一した自分がどれだけ戦えるのか知っておくべきである。

 

『アイテムボックス』を開く亮一。望むのならそれこそ伝説級の武器も取り出せるのだが、彼が取り出したのは、ゲーム中最弱の武器である『短剣』であった。

 

手に持った瞬間、亮一は自らの変化に気付いた。初めて遭遇した時は恐怖で腰を抜かしてしまった相手を前にしながら、今は全く恐怖を感じていない。それどころか、冷静に相手の動きを見れる様になっていた。さらに、持った事も無いはずの『短剣』の持ち方、振り方、立ち回り方・・・亮一の知らないはずの知識が流れ込む。

 

その妙な感覚につい動きを止めてしまった亮一に向かいグリーンゲルは触手を伸ばし、それをムチのようにしならせて亮一の肩を打ち据えた。だが、防御力と創聖の聖衣の効果のおかげで、ダメージはおろかよろめきすらしない。

 

お返しとばかりに亮一が動く。一瞬でグリーンゲルに接近し、その体に短剣を突き刺した。無駄が一切無く、流れる様なその一撃は、まさしく熟練の者にしか放てないものであった。

 

弾け飛んだグリーンゲルの残骸を見下ろしながら、亮一は短剣にへばりついたゲルを振り落とした。

 

「お見事ですマスター。いかがでした、()()()()()()は?」

 

感想を聞かれ、思った事をそのまま口にした。

 

「・・・不思議な感じだ。知らないはずの知識が流れて来て、その知識通りに体が動いた。・・・まるで誰かに操られている様な気分だ」

 

「初めは違和感を覚えるでしょうが、戦い続ける内に自分のモノとして昇華出来るでしょう。そうすれば、戦いの幅もより広がるはずです」

 

「習うより慣れろ」。ジークムントの言葉に納得する亮一だった。

 

改めて小休止を取り、移動を再開する亮一達。やがて陽が傾いて来た頃、遠目に木で出来たアーチ状の門が見えて来た。それは『始まりの村』の入口。ついに三人は目的地へ辿り着いたのだ。

 

妙な達成感が胸に満ちる。思えばここまで長時間歩き続けたのは、幼い頃、昴と一緒に電車に乗り、降りる駅を間違えて家まで歩いて帰った時以来だった。

 

(あの時は二人共大泣きしちゃったんだよね)

 

回想に浸っている亮一が村へ入ろうとした所でヴァルキリーが声をかける。

 

「マスター。村に入る前に情報の確認をなさったらどうですか?」

 

右手を前に出して確認(チェック)と言えば簡単な情報が見る事が出来る。ヴァルキリーの説明を受けた亮一は言われた通りにやってみた。すると、目線と同じ高さの位置にゲームで見るウインドウが出現した。

 

始まりの村

クエスト総数 1

クリアしたクエスト 0

西 始まりの草原

東 王都カーライル

 

覗きこんだウインドウにはそう書かれていた。名前が本当に『始まりの村』にも驚いたが、亮一が注目したのは次の項目だった。

 

(クエスト? この村にクエストなんてあったっけ?)

 

そもそもこの村は王都までの中継地点としての役割しかなく、実際ゲームでも特にイベントが発生したりする様な所では無かった。そんな場所にクエスト? 疑問に思う亮一であったが、とにかく入ってみるしかない。

 

「それとマスター。村に入るのでしたら、無用な騒ぎを避けるため、我々はソウルクリスタルに戻らせて頂きます」

 

「もちろん、マスターの危機や命令、現界した方が良いと判断した時はすぐに出て来ますのでご安心を。ではマスター、しばしのお別れです。またすぐにお会いしましょうね」

 

一礼した二人の体が光る。次の瞬間にはヴァルキリー達の姿が消え、亮一の両手にはそれぞれ銀と赤の結晶が握られていた。それが二人の封じられたソウルクリスタルだと気付いた亮一は『アイテムボックス』に仕舞った。

 

(何だろう・・・一人には慣れてるはずなのに、少し寂しい気がする)

 

いやいや、こんな事で弱気になっていたらこの先やっていけないぞ。気を取り直し亮一は村へ足を踏み入れる。少し進むと、何やら村の中心部に人だかりが出来ていた。

 

(何かあったのかな?)

 

気になった亮一は、人ごみへと近づいていった。

 

 

 

 

その悲劇が村長であるマクスウェルの耳に届いたのはあまりにも突然だった。

 

「大変だ村長! 武器屋のロイドが森でモンスターに襲われた!」

 

「なんじゃと!?」

 

飛び込んで来た村人の報告に、マクスウェルは目を剥いて家を飛び出した。ロイドは妻と幼い娘の三人暮らしで、頼もしく豪快な性格から村の人間達に大変好かれていた。マクスウェルもロイドには全幅の信頼をおいている。そんな人間が襲われたとあっては、心中穏やかでいられるはずがない。

 

ロイドは村の中央にある井戸の前に横たわっていた。腹部には規則的に並んだ三つの傷があり、そこから血がとめどなく流れている。顔は青ざめ、体も小刻みに震えていた。明らかに危険な状態である。

 

「ロイド! 何があったのじゃ!?」

 

「へ、へへ・・・ドジやらかしちまいました。まさか、群れで襲われるなんて・・・ぐはっ」

 

「あなた!」

 

「パパァ!」

 

血を吐き出すロイドに、すがりつく妻と娘が悲鳴をあげる。傍にいた男がロイドに代わってマクスウェルに答える。

 

「村長。ロイドを襲ったのはワイルドウルフです」

 

「・・・そうか。その腹の傷はワイルドウルフの爪によるものじゃな。よし、とにかく治療じゃ。マリク! 道具屋のマリクはおるか!」

 

「ここにいます」

 

一人の男がマクスウェルの前に歩み出る。村の道具屋の店主、マリクだ。ロイドとは親友でもある。彼は、力なく横たわる親友の姿に拳を握っていた。

 

「マリク。お前の店にある薬草を今すぐ全部持って来い!」

 

「・・・無理です」

 

「何でだよ! お前、ロイドを見殺しにするつもりか!」

 

「なわけねえだろ! ロイドの為なら薬草の十や二十好きなだけ出してやる! だけど無理なんだ! 薬草は・・・品切れなんだ。店には一つも残ってねえんだよ!」

 

「何じゃとぉ!?」

 

「ああ、そんな・・・!」

 

ショックのあまり放心する妻。この村に回復魔法が使える者はいない。怪我は全て薬草に頼ってきた。それがないという事はつまり、ロイドの怪我の治療は不可能である。

 

「パパ・・・死んじゃうの?」

 

大粒の涙を流しながら周囲の大人達を見上げる娘。誰もが悲痛な面持ちで自らの無力感を呪っていた。こんな事で、村の大切な仲間を失ってしまうのか・・・。

 

「嫌だよ・・・。パパ、死んじゃ嫌だよ! 誰か、パパを助けてよぉ!」

 

今からでも王都に買いに・・・。いや、ダメだ。どんなに急いでも一日はかかる。その間にロイドは・・・。

 

「神よ、何故このような仕打ちを・・・」

 

誰もが諦めかけたその時・・・それは突然やって来た。

 

「・・・どうかしたのか?」

 

マクスウェルが、マリクが、妻が、娘が、村人達が一斉に振り向く。そこには全身を漆黒の装いで固めた男が立っていた。自分達を見つめる目は、大空の覇者と呼ばれるライトニングホークの様に鋭く、直視したマクスウェルは心臓を鷲掴みにされたかのような衝撃に襲われた。その左目に縦に走る傷も、激戦をくぐり抜け今日まで生きて来た者にしか得られない勲章であるかのようだ。一目でこの男が歴戦の勇士であると誰もが理解した。

 

「あ、あなた様は・・・?」

 

この村に余所者がやって来るなど久しぶりだが、喜べはしない。ただでさえ得体が知れない上に、今は村の仲間が死の淵に瀕している。ハッキリ言って邪魔でしか無かったが、それを口にすればどうなるかわからないマクスウェルではなかった。

 

「俺はゼロ。ついさっきこの村に辿りついたばかりだ」

 

謙った態度が功を奏したのか、男の表情がほんの僅かだが柔らかくなった。安堵しつつ、マクスウェルは慎重に言葉を選びながら事情を説明した。

 

「なるほど、理解した」

 

ここでマクスウェルの頭にある考えが浮かんだ。見た所冒険者であるこの男ならば薬草を持っているかもしれない。ならば自分がする事は一つだけだ。

 

「あなた様の雰囲気、さぞかし名のあるお方とお見受けいたします。一つだけで構いませぬ。どうかこの哀れなロイドの為に薬草を恵んでくださらぬか。このマクスウェル一生のお願いでございます。もちろんお礼はさせて頂きます。どうか。どうか・・・!」

 

「俺からもお願いします! ロイドを助けてやってください!」

 

「ロイドさんは村に必要な人間なんです!」

 

「どうかお願いします!」

 

深々と頭を下げるマクスウェルに続き、村人達も次々頭を下げていく。最後に、娘が男の服を掴んで泣きながら懇願した。

 

「お兄ちゃん。リリ、いい子になるから。もうイタズラしないし、お野菜もちゃんと食べるから、パパを・・・リリのパパを助けて!」

 

村人達の思い、そして幼い娘の思いは・・・男に届いた。

 

「わかった」

 

一斉に頭をあげる村人達。男は静かに、だがハッキリとそう言ったのだった。

 

 

 

 

人ごみに近寄ったのはいいが、亮一は声をかけるタイミングを完全に見失っていた。何とか隙間から様子を窺ってみると、人が倒れているのが見えた。

 

(どうやら村人が魔物に襲われた様ですね)

 

「ッ・・・!?」

 

突如として届くヴァルキリーの声に、亮一は慌てて周囲を見渡す。しかし、彼女の姿は何処にもなかった。

 

(今、私はソウルクリスタルの中からマスターに話しかけています。この声は貴方にしか聞こえていません。マスター、まずは村人から詳しい話を聞いてみましょう)

 

「・・・どうかしたのか?」

 

ヴァルキリーに押された格好で亮一は村人達へ話しかけてみた。すると、全員が一斉にこちらを振り向いた。一気に注目され委縮する亮一。魔物には恐怖を感じなくなったのに、人間相手にはいまだこの調子である。

 

「あ、あなた様は・・・?」

 

「俺はゼロ。ついさっきこの村に辿りついたばかりだ(・・・もうこの口調は諦めた方がいいのかな)」

 

しかし、おかげで事情を知る事は出来た。何でも村の住人がモンスターに襲われ、治療の為に必要な薬草が一つもないらしい。襲われた住人はかなりの重症らしく、このままでは死んでしまうかもしれないとの事だ。

 

「なるほど、理解した」

 

「あなた様の雰囲気、さぞかし名のあるお方とお見受けいたします。一つだけで構いませぬ。どうかこの哀れなロイドの為に薬草を恵んでくださらぬか。このマクスウェル一生のお願いでございます。もちろんお礼はさせて頂きます。どうか。どうか・・・!」

 

マクスウェルと名乗った老人が亮一に向かって頭を下げる。あまりに突然の事に戸惑う亮一の前で、他の村人達までが次々に頭を下げ始めた。

 

「俺からもお願いします! ロイドを助けてやってください!」

 

「ロイドさんは村に必要な人間なんです!」

 

「どうかお願いします!」

 

とうとうその場にいた全員が同じポーズを取る。その中でただ一人、見ため四歳くらいの女の子が亮一に近寄り、聖衣の端を掴みながら目を合わせた。

 

「お兄ちゃん。リリ、いい子になるから。もうイタズラしないし、お野菜もちゃんと食べるから、パパを・・・リリのパパを助けて!」

 

(・・・そっか。そういう事なんだね)

 

亮一は理解した。襲われたロイドという人が、どれほど村の人々に慕われ、またどれほど娘に愛されているのかを。そして、おそらくこれがこの村唯一のクエストだと言う事を。

 

「・・・わかった」

 

だから亮一は迷わない。救世主だからではない。一人の人間として、村人達の願いを断るわけにはいかないと。

 

「おお! ありがとうございます! ではこちらに」

 

マクスウェルと共に倒れているロイドの傍へ近寄る。傷を見た亮一は思わず顔を顰めた。

 

(酷い傷だ・・・)

 

とにかく回復アイテムを出そうと亮一がそばに置いたふくろに手を伸ばそうとした時、頭の中にまたしても声が響いた。けれど、その声はヴァルキリーのものでは無い別の女性のものだった。

 

(マスター。マリアです。ヴァルキリー様にお願いして代わって頂きました)

 

ソウルクリスタルに封じられし英雄の一人・・・“慈愛の聖母”マリアだった。あらゆる回復魔法を扱う強力なヒーラーである彼女には亮一もよくお世話になっていた。

 

(私が見た所、その男性の傷は相当深いものです。加えて“毒”も受けている様です。薬草一つではとても対処出来ません。ですから、ここはマスターが回復魔法をかけてあげるのが最善だと思います)

 

(毒・・・!?)

 

「ど、どうされました?」

 

突然目を見開いた亮一を見て不安になったのか、マクスウェルが尋ねる。亮一は今マリアから聞いた話をそのまま説明した。

 

「な、なんと! この傷に加えて毒まで・・・!? ではロイドは・・・」

 

絶望する村人達。しかし、ここいるのは救世主として認められた男。そして、救世主は絶望を討ち払う存在である。

 

「だから、別の方法を使う」

 

緊張を隠し、亮一はロイドの傷の上に手をかざした。大きく深呼吸し、叫ぶように回復魔法を唱えた。

 

「・・・メガヒール!」

 

亮一の手から青白い光が溢れ、ロイドの体を包み込んだ。しばらくしてその光が消えると、ロイドの腹に刻まれていた傷が跡形もなくなっていた。

 

「「「「「おお!」」」」」

 

「まだだ」

 

傷は治したが、まだ毒は抜けていない。亮一はもう一度手をかざし、毒状態を回復させる『アンチポイズン』を唱えた。真っ青だったロイドの顔に血色が戻り始める。

 

(お見事ですマスター。傷も毒も完治しました)

 

「・・・これで大丈夫だ」

 

マリアに確認し、間違い無く治癒出来た事をマクスウェルに報告する。瞬間、村に歓声が木霊した。村人達の喜ぶ様を見た亮一は、心の中でガッツポーズを取った。

 

(よかった・・・。僕なんかがこうやって役に立てて)

 

亮一の胸に、今まで感じた事のない暖かなものがこみ上げてきた。

 

 

 

 

ロイドの傷が消えたのを見て、村人達は一斉に喜びの声をあげた。それはマクスウェルも例外ではなかった。しかし、ロイドを救ったゼロは、そんな自分達に背を向け、静かに場を去ろうとしていた。それに気づいたマクスウェルが慌てて引き止める。

 

「ゼロ殿! どちらへ・・・!」

 

「俺に出来る事は済んだ。今日はもう宿で休もうと思う」

 

その言葉にマクスウェルの表情が沈む。ほんの数日前、この村で宿屋を経営していた一家が王都に引っ越してしまった。現在、この村に宿屋は無いのだ。

 

「では、宿を取るには王都まで行くしかないという事か」

 

「お待ちくだされ。この村から王都まではかなりの距離がございます。どうでしょう。日も沈んで来たことですし、今日はこの村にお泊りになられてはいかがですか」

 

恩人に対し、何もお返しせぬまま行かせるわけにはいかない。他の者達も同じ気持ちだったようで、駆け足でゼロの周りを取り囲んだ。

 

「村長の言う通りだ。今日は泊まっていってくださいよ」

 

「それに、お礼もまだしていませんし」

 

「必要ない」

 

心外だと言わんばかりに顔を曇らせるゼロ。一体何が彼の機嫌を損ねてしまったのだろうか。しかし、その後に続いた言葉に、マクスウェルは先ほどとは別の衝撃を受ける事となる。

 

「俺は当然の事をしただけだ。人が人を助けるのに・・・理由や見返りなど必要ないのだから」

 

・・・ああ、自分は何という思い違いをしていたのだろう。このお方は、我々に対し何かを求めていたのではない。ただ、己の心に従ってロイドを救ってくれたのだ。

 

何という高潔な心なのか。マクスウェルは、ゼロに対して恐怖を抱いていた先程までの自分を大いに恥じた。

 

「そのお心・・・まさに英雄。ですが、我々としては、何もお返し出来ぬままあなた様を行かせるわけには参りませぬ。どうぞ、今日はこの村で休まれて行ってください」

 

マクスウェルの願いに、ゼロは困ったような表情を浮かべたが、やがて小さく頷いた。

 

「わかった。では今日はここで世話になる」

 

村人達から二度目の歓声があがった。マクスウェルは手を掲げ、村人達に指示を出し始めた。

 

「さあさあ! 宴の準備じゃ! 救世主殿に満足していただけるよう、各自最高の酒と料理を用意せよ!」

 

「了解しました、村長!」

 

村人総出で席が作られ、辺りがすっかり暗くなった頃に宴は始まった。男達はとっておきの酒を持ち出し、女達は自慢の料理を振舞う。主役はもちろん、恩人であるゼロだ。

 

「ささ、ゼロ殿。もう一杯」

 

そう言ってマクスウェルがゼロの杯に注ぐのは、酒ではなく果物の果汁で作ったジュースだった。何でも、彼の生まれた国では二十歳以下の人間は酒を飲むのが禁じられているそうだ。ここで衝撃の事実が明らかとなった。何とゼロは十五歳なのだとか。てっきり二十代前半とばかり思っていたマクスウェルがそう伝えると、ゼロは若干落ち込んだ様子を見せた。それでも、マクスウェルが見る限り、ゼロは宴を楽しんでくれていた。

 

「ゼロ殿。あなた様はプリーストなのですか?」

 

「いや、違う」

 

「では、どうしてあなた様は『メガヒール』を使う事が出来たのですか。あの魔法は確かプリーストとそれに連なる職の者にしか使えないはずでは?」

 

「俺はプリーストではないが、プリーストが扱うスキルは全て覚えている」

 

「なんと!」

 

それはつまり、プリーストとしての道を極めているという事に他ならない。このお方はどれほど自分を驚かせれば気が済むのだろうか。

 

(うむむ、もしかしてワシは、とんでもない御仁と知り合う事が出来たのかもしれぬな)

 

「むうぅ! お兄ちゃん! そんちょーさんとばっかりお話してないでリリともお話してよ!」

 

そんな二人の会話に割り込むのは、ゼロの膝の上に座っているリリだ。ロイドの娘である彼女は、父親を救ってくれたゼロにすっかり懐いていた。

 

あまりにも無邪気にくっついてくるリリに対し、ゼロはポツリと呟く様にこう尋ねた。

 

「キミは・・・俺が怖くないのか?」

 

その声には、九割の戸惑いと一割の恐怖が込められていた。それを聞いたマクスウェルは、この少年が何か重く辛い過去を背負っているのだと理解した。

 

しかし、それに気付いていないリリは、素直な気持ちを込めてこう答えた。

 

「全然怖くないよ? お兄ちゃんはとっても優しいし、カッコいいもん!」

 

「カ、カッコいい?」

 

呆気に取られた様子のゼロ。確かに、どうしても左目の傷に目が行ってしまうが、よく見ると中々・・・いや、かなり整った顔をしている。なるほど、先程から向こうで若い娘達が騒いでいる理由がわかった。

 

「・・・」

 

「ゼロ殿?」

 

顔を伏せ、無言となるゼロ。もしや、今のやり取りで気分を害する所があったのかと心配するマクスウェルだったが、それは次の瞬間吹っ飛んだ。

 

「・・・ま、参ったな。そんな事、言われた事無いから・・・」

 

照れ臭そうに後頭部に手を当てながらぎこちない微笑を見せるゼロ。その表情は、ほんの数時間前に見せていた戦士のものではなく、十五歳という年に相応しいどこかあどけないものであった。

 

「ゼロ殿、あなた様が何者であろうと、我等の仲間を救ってくださった救世主様である事に変わりはありません。何があろうと、私達はあなた様の味方でございます。それだけは忘れないでください」

 

だからマクスウェルはこう言わずにはいられなかった。過去に何があろうとも、自分達だけは絶対にこの少年の味方で在り続けようと。それが、我等の恩返しであると信じて。

 

誰も彼もが騒ぎ、盛り上がった宴は、夜遅くまで続いた。そして翌日、村の東の入口には、ゼロを見送ろうと大勢の村人が集まっていた。

 

「ゼロ殿、昨日は本当にありがとうございました。またいつでも遊びにいらしてください」

 

「みなさんもお元気で」

 

「ゼロさん。これを受け取ってくれ」

 

ロイドが差し出したのは、白銀の長剣だった。武器に詳しくないマクスウェルでも、その剣がかなり上等な物であると理解出来た。

 

「ウチの店に置いてある物の中で一番の『銀の剣』だ。受け取ってくれ」

 

「いや、こんな大層な物は受け取るわけには・・・」

 

「いいんです。あなたにはこの剣よりもずっと価値のあるもの・・・夫の命を救っていただいたのですから」

 

「コイツの言うとおりだ。いいから受け取ってくれ」

 

「・・・わかった。大切に使わせてもらう」

 

ゼロは鞘から剣を抜き、その場で感触を確かめる様に振り始める。剣舞と見間違うほどの鮮麗なその動きに誰もが目を奪われる。

 

満足したのか、剣を仕舞うゼロ。革製のベルトに剣を通しそれを背負う。その勇壮な姿は、まるで英雄物語の一場面がその場に切り取られたかの様だったと、後に村人達は口を揃えた。

 

「では、今度こそ失礼する」

 

「お兄ちゃん、絶対また遊びに来てね! リリ、待ってるから!」

 

歩き始めるゼロ。一度も振り返ることはなかったが、村人達は彼の姿が見えなくなるまでずっとその背を追い続けていたのだった。

 

ゼロがいなくなり、日常に戻る村人達。マクスウェルもまた自分の家に戻った。昨晩、ゼロは彼の家の客室に泊まっていた。

 

「本当に・・・気持ちの良い御仁だった」

 

何の気無しにその客室へ足を踏み入れたマクスウェルは、ベッドの上に置かれた物に気付く。

 

「これは・・・!」

 

それは大量の薬草の束だった。ベッドを汚さない為か、布の上に纏めて置かれたそれをマクスウェルは震える手でそっと持ちあげた。現在この村に薬草が無い事を知り、ゼロは置き土産としてこれらを残して行ってくれたのだ。

 

「ゼロ殿・・・! あなた様は、あなた様はどこまで・・・!」

 

それから数分間、客室内にマクスウェルの嗚咽が響き続けた。

 

後にマクスウェルから村人達にゼロが残した薬草が配布されたが、それを実際に使用した者は一人もいなかった。皆、保存処理をして家の中に飾ったり本の栞にしたりしてずっと残る様にしたのだ。救世主、ゼロの事を忘れない為に・・・。

 

 

 

 

(いい人達だったなぁ・・・)

 

村を後にした亮一は昨夜の宴を思い出していた。まさかあんなに手厚くもてなしてくれるなんて思ってもいなかった。そのお礼として薬草をあるだけ残していったが、喜んでくれているだろうか。それだけが少し気になった。

 

(けどホント、僕は当然の事をしただけなんだけどな。こんな剣までもらっちゃって、何だか申し訳ないや)

 

背中の重量感は、ロイドからもらった『銀の剣』によるものだ。この『銀の剣』、ゲームではストーリーの中盤、船で別の大陸に行く事が出来るようになってから購入する事が出来る武器のはずなのに、それがまさか序盤の村にあったとは思わなかった亮一である。

 

(うーん。クエストといい、あったはずの宿屋が無い事といい、この剣といい、僕の知ってるエターナル・ワールドとは少し違うのかもしれないなぁ)

 

新たに生じた疑問に首を傾げる亮一。しかし、それ以上に彼の頭を悩ませる問題が目の前にあった。それは・・・。

 

「人が人を助けるのに理由や見返りなど必要ない。・・・ああもう! マスターったらカッコ良すぎです! 真っ直ぐにそんなセリフを口に出来る人間なんてマスターくらいしかいませんよ! 私の中のマスターをお慕いする気持ちが五倍くらい膨れあがっちゃいました!」

 

村を出てすぐに現界し、ずっと自分のセリフをリピートし続けるヴァルキリーであった。

 

人それを・・・公開処刑と言う。



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第五話 王都カーライル

ひっそりと更新。


「ふっ……!」

 

振り下ろされる白銀の剣。一刀の下に両断されたグリーンゲルの残骸が大地にしみ込んで行った。

 

始まりの村を出発しておよそ二時間、雲一つ無い快晴の下、襲い来るモンスターを撃退しつつ王都を目指す亮一。ちなみに今倒したグリーンゲルは六体目。おかげで『銀の剣』も思うままに振れる様になっていた。

 

「お疲れ様ですマスター。はい、ヒールですよ」

 

そんな声と共に、紫色の長髪を揺らしながら亮一の元へ近づいて来る女性。彼女こそ、ロイドを治療する時にアドバイスをくれた“慈愛の聖母”マリアである。

 

「……ありがとう」

 

無傷なので回復してもらう必要は無いのだが、心配してくれた相手に対してそんな事を言える亮一では無い。なのでせめてとばかりに感謝の言葉を口にすると、マリアは微笑んだ。

 

「うふふ、マスターのお役に立てる事が私の喜びです」

 

慈愛の聖母と呼ばれるに相応しい、美しさと温かさに溢れたその微笑に表向きは無反応、しかし心の中では焦りまくる亮一だった。

 

「長剣の扱いにも慣れたご様子。ですが、マスターのお力を存分に振るわれる為に派『銀の剣』では物足りないのでは?」

 

『銀の剣』よりも強力な武器ならばいくらでもあるし、亮一は持っている。しかし、店で一番高価な物にも関わらず、ロイドがお礼として渡してくれたこの剣を亮一はぞんざいに扱いたくはなかった。

 

「いや……鍛えれば使える」

 

エターナル・ワールドには武器を製造、強化する事が出来る『鍛冶』と呼ばれるシステムが存在する。所持している武器にモンスターがドロップする物や、フィールドで採取できる物……“素材”をかけ合わせる事で、さらに強力な武器に鍛え上げたり、攻撃力を上昇させたりする事が出来る。

 

『鍛冶』は街にある『鍛冶場』という施設でしか出来ない。そこでNPCの鍛冶師に依頼するのだが、プレイヤーが職業“ブラックスミス”に就いていれば、NPCに頼むよりも安く、かつ少ない素材で製造強化が可能となる。“ブラックスミス”の職業レベルが上がれば上がるほどその効果も高くなる。

 

『銀の剣』は中盤の街以降で普通に店に売られている武器である。しかし、市販されている武器の中で最も可能性を秘めている。『白銀の剣』から『シルバーレイピア』そしてそこから光属性の『スターブレード』と闇属性の『カオスソード』に派生し、攻略掲示板で、これ一本持っていればストーリークエストは余裕とまで言われるほど強力な力を持つ武器となる。

 

「なるほど、それならば後半の戦いにも十分対応出来ますね。私とした事がさしでがましい事を申しました。お許しください」

 

謝罪と共に頭を下げるジークムント。そのあまりにも恐縮した態度に、亮一はずっと気になっていた疑問を口にした。

 

「何故、あなた達は俺に対してそこまで畏まるんだ? あ、いや、決して不快だとかそういう事では無くて、ただ、そんな風にされる理由が無いというか……」

 

今までこういう接し方をされた事の無い亮一はただただ戸惑っていた。

 

亮一の問いに対し、ジークムントとマリアは顔を見合わせると、何故か笑みを浮かべた。

 

「憶えていらっしゃいますか、マスター? 私を遺跡から解放した時、あなたは喜びのあまり足の小指を机の角にぶつけましたよね?」

 

「ッ……!?」

 

「私の時は、解放時のセリフを真似していたら、丁度マスターの母君が部屋に入室して来て大変な事になりましたね」

 

「な……あ……!?」

 

絶句する亮一。今、マリアとジークムントが言った事は、まさしく元の世界で亮一が二人のソウルクリスタルを入手した時の状況と同じだったからだ。

 

「あなたが我等を見守ってくださっていた様に、私達も“あちら側”のマスターの事をずっと拝見させて頂いておりました。我等眷属を分け隔てなく扱ってくださり、我等の成長を自分の事の様に喜んでくださった。お仕えさせて頂く身として、この上なく幸せでした。この方にお仕えする為に私はソウルクリスタルになったと思うほどに……」

 

「私達、マスターの事が大好きなんですよ。あなたの事をお守りしたい。あなたのお役に立ちたい。みんな、ソウルクリスタルの中でマスターが呼んでくれるのを今か今かと待っていますよ」

 

「マリアの言う通りです。我等はマスターのお望みのままにこの身を捧げます。最終目標は邪神の討伐ですが、その道中マスターが正道を歩もうとも、悪の道に邁進しようとも、我等はただマスターについて行きます」

 

(まあ簡単に言うと、真面目にクエストをこなそうと、ヒャッハーしようとマスターの自由って事ですよ!)

 

マリアと交代して引っ込んだヴァルキリーの声が亮一の脳内に響く。戦乙女がヒャッハーなんて言葉を知ってるんだ……。と、どうでもいい事に驚いている亮一であった。

 

そこへ、またしても現れるグリーンゲル。剣を抜こうとする亮一をジークムントが止める。

 

「マスター、次はモンスターを召喚して戦われてはいかがですか? 口で説明させて頂くより、目で見て頂いた方がわかりやすいはずです。同じグリーンゲルを呼んでみましょう」

 

「あ、それでは私は一旦戻りますね。マスター、またお会いしましょう」

 

マリアの体が光に包まれたと思った次の瞬間、彼女の姿が消失した。ソウルクリスタルに戻りふくろの中に仕舞われている事を確認し、亮一は別のソウルクリスタルに手を伸ばした。

 

「来い、グリーンゲル」

 

亮一の握ったソウルクリスタルから光が迸る。やがて亮一の目の前に現れたのは、自分の背丈よりも巨大な緑色の物体だった。

 

「え……?」

 

自らが召喚したものを見て目を丸くする亮一。亮一達の前に現れた野生のグリーンゲルは精々三十センチほどの大きさなのに対し、亮一のグリーンゲルは二メートルを軽く超えている大きさだった。

 

「さあ、指示をマスター。グリーンゲルはマスターの御命令を待っていますよ」

 

(いやいやいや! この大きさに対して言う事はないの!?)

 

そのサイズ差を気にした様子も無く亮一に声をかけるジークムントと、その通りだと言わんばかりにその巨体を振るわせるグリーンゲル。それを見た亮一はそれ以上考える事を止めた。

 

「やれ、グリーンゲル」

 

亮一が命令した途端、グリーンゲルは自らの体を野生のグリーンゲルの頭上に伸ばした。そして、その伸ばした先を拳に変形させ、それを一気に振り下ろした。

 

ズガン! と凄まじい音と共に土煙が周囲に舞い上がる。やがてそれが治まった場所で亮一が見たのは、陥没した大地と、僅かに散らばった緑色の粘液だけだった。

 

(えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?!?!?)

 

その結果に内心で驚愕する亮一。そんな主の心境に気付く事も無く、グリーンゲルが亮一の傍へ近づく。

 

「褒めてもらいたいのでしょう。マスター、もしよろしければ声をかけてあげてください」

 

「あ、ああ。た、助かったぞグリーンゲル」

 

すると何を思ったのか、グリーンゲルは自らの体の一部を弾けさせた。何事かと後ずさる亮一の足下に弾け飛んだ粘液が散らばるが、よく目を凝らすとなんとその粘液が文字の形になっていた。

 

「『我、マスターの役に立つ、幸せ』……どうやら発声出来ないので文字で伝えたかったようですね。本来、グリーンゲルやゴブリン、ヘルギガンテスなどのモンスターは知性が低く、本来であれば文字どころか人語を理解する事も出来ません。ですが、このグリーンゲルはこうして意志疎通を計る事が可能となりました。これもマスターが惜しみなく愛情を注ぎ育て上げた結果です」

 

その愛情に報いたいからこそ、皆マスターの為ならば何でもしてみせる。ジークムントにそう言われた亮一は気の利いた返事も出来ずただ「そうか……」としか言えなかった。

 

グリーンゲルを戻し、歩みを続ける亮一。やがて、草だけだった道が石畳へと変わり、さらに歩を進める事数十分。ついに亮一は王都カーライルへとたどり着いた。巨大な門を潜り抜けた先に立ち並ぶ多くの建物。そして慌ただしく行き交う人々の姿があった。

 

(うわぁ……)

 

亮一は思わず感嘆の息を吐く。ゲームでもかなり大きな街だったが、いざリアルに己の目で見ると迫力が全然違う。圧倒され、固まっている亮一の肩に何かがぶつかる。

 

「痛っ、てめえ気を付け……」

 

「……」

 

「ひっ! す、すんませんした~~!」

 

通行人にぶつかったらしい。謝ろうと顔を向けた瞬間、相手は短い悲鳴をあげた後全速力で逃げて行った。

 

(あはは、前にもこんな事あった様な……)

 

心の中で苦笑いしつつ、亮一はウィンドウパネルを開いた。

 

王都カーライル

ギルドクエスト総数 60

クエスト総数 24

北 ナハトム山

南 アキュラの街

東 静寂の森

西 始まりの村

 

(流石、王都はクエストが多いな。ここなら色々経験出来そうだ)

 

ちなみに、ギルドクエストとは、言葉通りギルドで受注できるクエストの事で、クエストとは、主に街の人間から依頼される物である。モンスターの討伐やアイテムの採取はもちろん、人探しや護衛、果ては仇討ちの助っ人等内容は多種多様だ。前回、始まりの村で受けたのは後者である。

 

とはいえ、無条件で全てのクエストが受けられるわけではない。レベルや職業による制限や、特定のアイテムを所持する事で初めて受けられるクエストもある。

 

(マスター、まずは色々見て回られてはいかがですか?)

 

密かにソウルクリスタルに戻っていたジークムントの言葉に従い、亮一はゲーム内の街の地図を思い出しながら歩き始めた。まずはなんといっても真っ先に目に留まった城だ。途中迷いながらも何とか城門の前まで辿り着く事に成功したが、城門の前には兵士が立っていて、当然中には入れなかったが、まあ予想通りだった。ゲームでも、特別なクエストを受けなければ入れない場所だ。そもそも、一般人が気軽に立ち入れる場所では無い。

 

ただ、いずれ入る時が来るかもしれない。道を覚えられただけでも収穫である。踵を返し、城を後にした亮一は少し悩んでから、とりあえずギルドへと向かう事にした。

 

(昨日、泊めてもらった部屋で持ち物の確認をしたら“ギルドカード”を含めたイベントアイテムがごっそりなくなってたからなぁ。やっぱり最初は冒険者登録をしておかないと)

 

 

 

 

カーライルのギルドマスター、ライアン。彼の元には今日も多くの冒険者達がクエストを求めてやって来る。

 

かつて、別の大陸で暴れていた大型のモンスターを討伐した彼は、その時の功績を認められ、引退後、王都のギルドマスターという栄誉ある役目を与えられたのだが……。

 

「はいよ、頑張って来な」

 

採取クエストを受け、ギルドを出て行く二人組の冒険者を見送りつつ、ライアンは心の中で溜息を吐いた。

 

(やれやれ、あの程度一人で何とか出来んもんかね)

 

紹介したクエストは、ライアンからしたら一人でも余裕で達成出来そうなほど容易な物であった。にも関わらず、今の二人は「自分だけだと不安だから」という理由でわざわざパーティーを組んで出発して行ったのだ。

 

(冒険者は臆病な方が長生きするもんだが、かといっていざという時に危険に飛び込む勇気が無けりゃいつまで経っても成長出来ねえぞ)

 

ライアンがギルドマスターになって早八年。彼はここ最近の冒険者の質の低下を嘆いていた。もちろん、中には有望な者もいる事にはいるのだが、それは一握りに過ぎない。言っては悪いが、ほとんどの人間が“平凡”なのだ。

 

「巷じゃ、邪神が復活するなんて噂が飛び交ってるが、もし本当に復活しちまったらどうなっちまう事やら・・・」

 

ぼやいていても仕方が無い。自分は自分の仕事を全うするだけだ。そう思い、手近にあった依頼書に手を伸ばそうとしたその時―――その男は現れた。

 

全身を漆黒の衣装で固め、背中に一本の白銀の長剣を背負ったその男は、店内を一通り眺めた後、ライアンの立つカウンターに向かって静かに近付いて来た。

 

(おいおい、なんて“目”をしてやがる……!)

 

まるでこちらの全てを見透かしてしまいそうな程の鋭い目と、その左目に縦に走る傷。男と目を合わせた瞬間、ライアンが抱いたのは、純粋な恐怖だった。

 

同時に静かな興奮が湧きあがる。こいつは久々にとんでもないヤツが現れた。決して見かけ倒し等では無い。何せ、冒険者としてそれなりに修羅場を潜り抜けて来た自分に、恐怖を抱かせた人間は、この男を含めて四人しかいないのだから。

 

「よく来たな。初めて見る顔だが、今日は何をしに来たんだ?」

 

ライアンがそう尋ねると、男は静かに口を開いた。

 

「……冒険者登録をしたい」

 

「何……!?」

 

これほどの男がまだ登録を受けていない!? ライアンは先程とは別の衝撃を受けていた。

 

「そ、そうか。ならまずは名前を教えてくれ」

 

「……ゼロ」

 

「ゼロだな。じゃあ早速登録……と言いたい所だが、まずは冒険者としてやっていけるかどうかテストを受けてもらうぜ」

 

「テスト?」

 

「つっても難しいもんじゃねえ。これから出すクエストを無事達成すれば、晴れてお前も冒険者だ。どうだ、受けてみるか?」

 

「頼む」

 

即答するゼロ。新人の冒険者って言えば、少しは迷うそぶりを見せたりするのだが、やはりこの男は他の新人とは違う。なら、簡単なクエストを与えても満足しないだろう。

 

「なら……こいつなんてどうだ?」

 

ライアンが差し出した依頼書には、『ワイルドウルフ五頭の討伐。クエスト報酬、800ゴールド』と書かれていた。

 

「ワイルドウルフ……」

 

「ん? どうかしたか?」

 

「……いや、何でもない」

 

「ワイルドウルフはこの王都の東にある静寂の森の周りに生息している。どうだ、やってみるかい?」

 

この時、ライアンはギルドマスターの規則を破っていた。即ち、『クエストに対し、明らかに実力が不足していると判断した冒険者にそのクエストを紹介してはならない』という規則を。

 

ワイルドウルフは一部の例外を除き、群れで行動し、獲物に対しても群れで一斉に襲い掛かる。その連携は見事の一言で、今日冒険者となった者が一人で挑めば、忽ち彼らの餌になるのがオチである。

 

にも拘らず、何故彼が規則を破ってまでこのクエストをゼロに見せたのか。それはただ一つ、好奇心によるものだった。きっとこの男は自分の期待に応えてくれる。そんな根拠の無いカンに従ったのだ。

 

「わかった。ならそのクエストを受ける」

 

ライアンの顔が笑みに変わる。

 

「そうかい。頑張ってくれよ。そうそう、討伐の証として尻尾を持って帰って来てくれ。ちゃんと五頭分な」

 

頷くゼロ。ライアンは最後にもう一つだけ確認した。

 

「どうする、不安なら誰かとパーティーでも組んでくか?」

 

「……必要無い」

 

ゼロはそう言うと、一人扉の向こうに消えて行った。期待通りの答えに、ライアンは思わずゾクゾクした。しかし、万が一の事を考えて保険はかけておこう。そう思い彼はギルド内を見渡した。

 

その時、再び入口の扉が開き、とある三人組が姿を現した。

 

「おお、何とも丁度いいタイミングで来やがったな」

 

 

 

 

(……はあ、緊張したぁ)

 

ギルドを出た亮一は大きく息を吐いた。予想していた通り、ギルドの中には強そうな男達がたくさんいた。目を合わせて絡まれたら怖いので、亮一は真っ直ぐカウンターに向かった。

 

ギルドマスターのライアン。ゲームでは結構無愛想なキャラだった気がしたが、クエストの紹介までしてくれて亮一としては非常にありがたかった。

 

(けど、ワイルドウルフか……)

 

始まりの村でロイドが受けた傷を思い出す亮一。

 

(うう、やっぱりパーティー組んだ方がよかったかも。けど、初めて受けるクエストだし、僕一人の為に迷惑かけたくないし……。うん、やっぱり一人で頑張ろう)

 

『……必要無い』

 

(ただ、あんな言い方は無かったよね。喋り方も訓練しないと……)

 

二重の意味で気合いを入れつつ、亮一はワイルドウルフの出現する静寂の森へと出発した。




女幹部の方もちまちま書いてます。そろそろ更新したいです。


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第六話 盾=武器

王都東の門を抜け、亮一はワイルドウルフが出没するという静寂の森へと向かって、一人歩みを進めていた。

 

ふと、亮一は自分の左腕……正確には左腕に装着された小型の盾に目を向けた。全体が喜清らかな白で彩られ、盾の中心には✞が刻まれている。“ホーリーバックラー”と呼ばれるその小盾はアンデッド系のモンスターからのダメージを減らし、さらに“呪い”を完全に無効化する効果を持っており、今装備している“創世の聖衣”と合わせれば全ての状態異常に対応出来る。

 

しかし、何故今になって装備したのか? それは王都出発時にジークムントから言われた言葉に理由があった。

 

(ワイルドウルフは必ず集団で襲って来ます。どうでしょうマスター、次はヤツ等を相手に多対一、それと防御の復習をなされてみては?)

 

それにすぐさま反応したのは亮一ではなくヴァルキリーだった。

 

(ジーク、今のマスターが傷付けられる事などありえませんし、そもそも私がさせません)

 

(わかっている。“創世の聖衣”を纏われたマスターにダメージを与えられる者など存在しない。しかし、わざわざ敵の攻撃に身を晒す必要も無いだろう。私の精神衛生上非常によろしくない)

 

(まあ、一理ありますね)

 

(もちろんマスターご自身が不要だと判断されたのならば私もそれに従いますが)

 

と、明らかに心配する様な声色でそう言われて「いらね」と答えられる亮一ではない。むしろ身を守る為の手段はいくらあっても困らない。ジークムントの忠告に亮一はただ感謝した。その感謝にジークムントが喜びで声を振るわせる。

 

(勿体無きお言葉……!)

 

そういうやりとりがあり、亮一はホーリーバックラーを装備する事となった。小盾にしたのは動きの制限が少ないので扱いやすいからとジークムントに勧められたからだ。

 

視線を前方に戻し、整備された街道を進む亮一。しかし次の瞬間、街道脇の雑木林何かが姿を現した。黒い甲羅を背負った巨大な亀、アイアンタートルと呼ばれるモンスターだ。

 

(おあつらえ向きの相手が現れましたね。動きが遅いアイアンタートル相手ならば捌き方の練習がやりやすいはずですよ。“パリィ”を狙ってください)

 

盾スキルを上げる事で習得出来る“パリィ”は盾を装備する事で確立で自動発動する『パッシブスキル』の一つである。敵の攻撃に合わせてシールドをぶつけ、防御と同時にダメージを与え、さらに隙を作りだす。それが“パリィ”の効果だ。

 

しかし、これはゲームでは無く自らの体を動かす現実だ。ならば、“パリィ”を成功させるのに必要なのは運ではなく自分自身の技術である。『ゼロ』の器用さはカンストしている。ならば、失敗するわけがない! ……と、ジークムントは確信していた。

 

「せい!」

 

頭突きを喰らわせようと首を伸ばすアイアンタートルに対し、バックラーをぶつける亮一。タイミングは完璧。アイアンタートルは顔を仰け反らせ大きな隙を見せる……はずだった。

 

「?」

 

仰け反るどころか。アイアンタートルは微動だにしない。いや、正確には動く事が出来なかった。何故ならこの巨亀はたった今額をかち割られ絶命してしまったのだから。

 

(お、お見事ですマスター)

 

(……まあ、盾ごしとはいえマスターに殴られたらそうなりますよねー。むしろ素手で殴るより凶悪ですよねー。もう“パリィ”とかいうレベルじゃねーですよねー)

 

おかしい、自分は盾の扱いを学ぼうとしていたはずだ。それがどうして凶悪攻撃を披露するハメになってしまったのだろう。

 

(パ、パリィはもう十分ですね! 次は別のスキルを試してみましょう! ええ、そうしましょう! 次はきっと上手くいきますよ。次は!)

 

励ますかのように“次”を強調するジークムントの言葉に従い、亮一は倒れ伏したアイアンタートルの脇を無言で通り過ぎるのだった。

 

 

 

 

時間は少し遡る。

 

ゼロが王都を出発して数十分、三人の冒険者が東門を出発した。

 

一人は、赤い髪をツインテールに纏め、皮の鎧にスカートという出で立ちで、腰に一本の剣を差している少女。

 

二人目は、少女と同じく赤い髪で、緑色のやや大きめのローブを纏った少年。手には木で出来た杖を持っている。

 

そして三人目は、水色のロングヘアーに、少年の物とは違う白いローブを纏った女性。右手にメイス、左手には小さな盾を持っている。

 

「もう、何で私達がこんな事しないといけないのよ」

 

その中で、少女……アスカ・ウィラードが不満を隠そうともせずに口を開く。

 

「し、しょうがないよ。ライアンさんに頼まれたんだから」

 

そんなアスカを、弟であるイスカ・ウィラードが宥めようとするが、逆効果だったようで、アスカは彼の両頬を引っ張った。

 

「うっさい! アンタに言われなくてもわかってるわよそんな事!」

 

「いふぁい! いふぁいよおねえひゃん!」

 

「こらこら、ケンカしないの二人とも」

 

優しい声で姉弟を止めるのは、二人の幼馴染で姉の様な存在であるエリナ・アルバート。エリナに言われ、アスカは手を離したが、機嫌は直らない。

 

「でもエリ姉。私達だってやりたい事があったのに、ライアンったら……」

 

つい数分前、アスカ達はクエストを受けようとギルドへ向かったのだが、そこでライアンにこんな事を言われたのだ。

 

「おう、お前ら丁度いい所に来たな。ちょっくら頼み事を聞いちゃくれねえか」

 

その頼み事と言うのが、たった今一人でクエストを受けて行った冒険者希望の少年の監視及び援護という内容だった。

 

「は? 監視ってどういう事よ?」

 

「監視っつーか観察だな。久しぶりに期待できそうなヤツでな。どういう人間で、どれくらいの実力があるか、お前らに見て来てもらいたいんだよ」

 

「何で私達がやらなきゃいけないのよ。アンタがやればいいじゃない」

 

最もな意見だ。だが、ライアンは苦笑いしながら首を横に振る。

 

「一応ギルドマスターだからな。ここを抜けるわけにはいかねえんだよ。それに、年の近いお前らの方が都合がいいだろうしな」

 

「どんな人なんですか?」

 

「名前はゼロ。長身で全身を黒の装備で固めた男だ。まあ、一目見りゃわかるだろうぜ」

 

「ちょっとイスカ。アンタ何興味持ってんのよ」

 

「え、だって。ライアンさんの頼みだし」

 

「おうおう。弟の方はホントに素直で可愛いヤツだな」

 

「あら、アスカちゃんだって素直で可愛い子ですよ」

 

「ちょ、エリ姉何言って……!」

 

エリナの一言でアスカの頬が赤くなる。それをごまかすようにアスカは弟の頬を引っ張った。

 

「いふぁい! な、なんへひっはるの!?」

 

「うっさい! アンタが余計な事言ったからでしょうが!」

 

「で、俺の頼み、聞いちゃくれねえか?」

 

「そんなの断るに決まって―――」

 

「面白そうじゃない。やりましょうよアスカちゃん」

 

「エリ姉!?」

 

てっきり自分と同じ考えだと思っていたのに、エリナはまさかのやる気だ。

 

「これだって立派なクエストよ。……もちろん、報酬はありますよね、ライアンさん?」

 

「ははは! しっかりしてるなエリナは。これは俺からのクエストって思ってくれればいい。やってくれたら俺のポケットマネーから千ゴールド出してやるよ」

 

「ふうん、ずいぶん太っ腹じゃない。そんなにその新人が気になるの?」

 

「ああ、アイツは絶対に大物になる。予感じゃねえ。確信だ」

 

「どうするの、お姉ちゃん?」

 

聞いては来るが、イスカもこの依頼を受けたがっているようだ。これで二対一。多数決には従うしかなかった。

 

 

 

 

「しかもその新人に受けさせたのがワイルドウルフの討伐って……明らかに無謀じゃない!」

 

「だから、危なく見えたら助けてあげて欲しい……それが援護って意味だったのね」

 

「とにかく、早くそのゼロってヤツに追いつかないと。急ぐわよ二人とも」

 

若干の早足で先に進むアスカの後ろで、イスカとエリナは顔を見合わせて微笑んだ。何だかんだ言って、彼女は新人の事が心配なのだ。

 

「二人とも! 早くしないと置いて行くわよ!」

 

「わわ、待ってよお姉ちゃん!」

 

「ふふ、そんなに慌てるとこけちゃうわよ、イスカ君」

 

こうして、アスカ達はゼロを追って静寂の森へと向かって行った。

 

 

 

 

王都を出て三十分弱。亮一は看板を発見し、そこには、『この先、静寂の森』と書かれていた。日本語ではない、見た事も無い文字だったが、『ゼロ』の知識を得た亮一には理解出来た。

 

「もう少しで到着みたいだな」

 

それからさらに数分後、ようやく亮一は静寂の森の入口へと辿り着いた。うっそうと生い茂った木々が太陽の光を塞ぎ、森の中は真っ暗だ。とはいえ、今回は森の中に入る必要は無い。目的はあくまでワイルドウルフなのだから。

 

「グルルル……」

 

(ッ……!?)

 

低い唸り声が亮一の耳に届く。ゆっくりと声のした方に振り向けば、そこには一匹の獣の姿があった。こちらを警戒するように、態勢を低くさせ睨んで来るその獣は間違い無く―――

 

「ワイルドウルフ……!」

 

「アオォォォォォォォォン!」

 

まさか到着して早々出くわすとは思ってなかった。すぐさま剣を抜こうとした亮一の前で、ワイルドウルフは高らかに遠吠えをあげる。すると、それに応えるようにそこかしこからワイルドウルフ達が姿を現した。その数、全部で五匹。

 

(鳴き声で仲間を呼び寄せる。これもゲームと同じだ。なら、攻略法もきっと一緒のはず……)

 

凶暴なモンスターに囲まれているにも関わらず、驚くほど冷静な自分に少し戸惑う亮一。ワイルドウルフ達は牙を剥き出しにして今にも跳びかかって来そうだ。

 

「グルァァァ!」

 

そして、リーダー格の一匹の号令で、残りの五匹が一斉に亮一に襲い掛かり、腕や足にその凶悪な牙を容赦無く突き立てた。

 

 

 

 

「ッ! ちょっと、アレ……!」

 

森の入口手前、アスカ達の眼前で一人の男がワイルドウルフに囲まれていた。長身で全身漆黒の男。ライアンがあげた特徴と合致している。

 

「もしかして、あの人がゼロ?」

 

「あーもう! やっぱりピンチじゃない!」

 

「早く助けに行きましょう!」

 

しかし、助けに向かおうと走り出したアスカ達の目の前で、ワイルドウルフ達は男の体に噛みついた。

 

「「「ッ……!」」」

 

なんて事だ。自分達はこうならない為にやって来たというのに……。三人の前で、新人冒険者のゼロはワイルドウルフ達の餌食に……。

 

「……お姉ちゃん」

 

「……何よ」

 

「ちょっと、様子が変じゃない?」

 

変? 何が変だというのだ。ゼロはワイルドウルフに噛みつかれ、声一つあげずに……。

声?

 

アスカは違和感を覚えた。相当な激痛がゼロを襲ったはず。にもかかわらず、悲鳴一つあげないのはおかしくないだろうか。噛みつかれた部分を見ると、悲鳴をあげる間もなく絶命した可能性は低い。という事は……。

 

その時、ゼロが静かに口を開いた。

 

「……可愛いものだな」

 

「「「なっ……!?」」」

 

信じられないセリフに、アスカ達はただただ驚愕するしかなかった。




主人公はガチタンです。


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