東方鉄拳翔~Iron Shrine Maiden~ (水石Q)
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『東方紅魔郷』編 悪魔だった姉妹
第一話 巫女とヴラド


☆重要で主要な登場人物☆
博麗霊夢:巫女。人間。バスタオルは毎日洗うタイプ。ちゃんと弾幕も撃てるが、本作ではほとんど肉弾戦しかやらない。誰だこんなキャラにしたの。俺だ。

霧雨魔理沙:スーパーウルトラプリティ愛され系大魔法少女(本人談)。人間。最近、バク宙が出来るようになった。周りからは「いい加減地毛なのか染髪なのかハッキリしてくれ……」と思われているが、本人は気づいてない。髪は地毛。

八雲紫:幻想郷を統治する賢者。スキマ妖怪。好きなアニソンはTHE REAL FALK BLUES。ビバップで好きなキャラはジェット。キノコ回で盆栽に語りかけるシーンがたまらないのだとか。


 *~『東方紅魔郷』編 悪魔だった姉妹~*

 

 #####

 

 この世のどこかにあるという、もう一つの可能性の世界。我々が住む世界とは不可視の壁で隔てられた、不可視の世界。

『幻想郷』と言われるその小さな“世界”は、人間の他に、我々が『幻想』と切って捨てたモノが多々住まう。

 妖怪。妖精。仙人。神。種族は多岐にわたるものの、彼等はそれぞれに手を取り合い、平和な日々を送っている。箱庭を取り巻く時はゆるゆると流れ、生き物の営みは続けられていく。

 

 だが。

 そんな幻想郷も、時には存亡の危機に立たされる事もある。数多の非常識的存在によって引き起こされる様々な事件──通称『異変』は、幾度となく幻想郷の民を混乱に陥れた。

 

 

 ある時は空が紅に塗り潰された。

 またある時は冬が長引いた。

 ある時は明けない夜が続き。

 またある時は季節外れの花がそこら中に咲き乱れた。

 

 

 こういった異変は並大抵の人間では太刀打ちできず、人々はその脅威に怯えていた。

 しかし、人類とてただ指を咥えて幻想郷の崩壊を目にしていたわけではない。事実、幾多の困難に襲われても、彼等の住み処は確かに在る。

 

 幻想郷を守護する、異変解決の専門家がいるのだ。彼女達によって、楽園は楽園足り得る。

 

 この物語は、彼女等の長きにわたる激闘の記録である。

 

 #####

 

 闇に満たされたホールの中には、悪魔共が(ひし)めく。

 

「お嬢様、準備が整いました」

 

 銀糸の如き髪を短く切り揃えたメイド服姿の少女はそう言って、恭しく頭を下げた。

 

「ありがとう、咲夜(さくや)

 

 それに答えるのは、咲夜と呼ばれたメイドより一回りも二回りも小柄な少女。華美な玉座にふんぞり返った彼女は、肘掛けに垂らした右手の中でワイングラスを弄んでいた。

 

「月が綺麗ね、私達の門出に相応しいわ」

 

 咲夜がグラスの中にワインを注ぐ。少女はそれを呷ると、口腔に広がる()()()を堪能する。

 

「えぇ、お嬢様。お嬢様が支配するこの世界は、さぞや素晴らしき世界となる事でしょう。それこそ、真の意味の“理想郷”となる筈です」

「違いない」

 

 少女は玉座から立ち上がり、グラスを掲げた。背後の窓から射し込んだ月明かりが、液体を透かして濃密な紅にその色を変える。少女はその美しさに感嘆したようにふっと溜め息を吐いて、その直後、吐き出した息を大きく吸い込んだ。

 

「親愛なる悪鬼羅刹の諸君ッ!」

 

 びん、と。空気が一気に張り詰める。蠢くナニカがしんと静まり、次いで一斉にかしずいた。

 

「これより、“紅霧の儀”を実行する!」

 

 高らかに少女が宣言すると、ドッ──と歓声が沸き起こる。甲高く、騒々しい。怖気を催す、人外共の愉悦。

 

「此れは聖戦に非ず! 故に聖人は殺せ! 此れは統治に非ず! 故に従わぬ者は殺せ! 此れは蹂躙に非ず! 故に抗う者は殺せ!」

 

 殺せ。殺せ。そうだ、殺せ! ホール内のボルテージは、悪辣なまでに跳ね上がる。

 

「諸君等に必要なものは大義名分でも、武器でもない! 諸君等が他に反吐の如く吐き散らす、邪悪な殺意のみ! ……ツェペシュの末裔の名の下に、人間共を串刺しに!」

『ツェペシュの末裔の、名の下に!!!』

 

 数多の音の重なりとなって、少女の宣言が復唱される。少女は締めとばかりにグラスを一層高く掲げ、浴びせられる歓声を一心に受けた。

 舞台の幕引きと言わんばかりに、少女は観衆に背を向けてそこを去った。後を追ってくるのは、忠実で優秀な使用人の咲夜のみ。

 自室へと続く通路を歩きつつ、少女は密かに拳を握り込んだ。

 

 ──待っていろ、フラン。必ず、お前を……。

 

 

 

 #####

 

 宵闇の妖怪・ルーミアは、ただただ不思議な思いで空を見上げていた。

 

 ──おかしい。これはおかしい。

 

 ルーミアが見上げている空は、その時確かに異常を来していた。

 いつもはこの時間になれば宵闇が辺りを支配し始める頃合いなのだが、その日はいつになっても夕焼けがしつこく居座っていた。

 ──いや。“夕焼け”という表現は、些か適切ではないと訂正しよう。何故なら木々の間より垣間見える夕焼けの色は、茜色というよりも()()()()()()であったからだ。しかもその紅は、まるで液体のように、ジワジワと空を侵食していたのだ。

 

「およー……」

 

 ルーミアにもその異変はある程度察知できた。いつもと違う空の様子に、僅かながら不安を覚えていた。

 だがふとした物音から、彼女の興味は赤い空からいとも容易く移ってしまった。

 枯れ枝を踏み砕く、小気味好い音。大木の幹に手を掛けて現れたのは、ふてぶてしい顔つきの少女だった。

 肩甲骨の辺りまで伸ばした髪を、大きな赤いリボンで一つ結びにしている。背中には大幣(おおぬさ)を背負い、赤い道士服に黒鉄色の籠手を装着している。適度に肉のついた、()()()()()()()()()()()()人間だった。

 彼女はルーミアの姿を認めるや、はぁーっと大袈裟に溜め息を吐いた。

 

「夜の境内裏はロマンティックで良いけれど、あんたみたいな碌でもないのがいるから惜しいわね」

「あなたはー?」

「あんたの獲物よ」

「そうなのか」

 

 ルーミアの瞳がパッと輝いた。残光となって、少女の眼前に光の尾を引きながら。

 いつの間にかルーミアは少女のすぐ後ろに飛び上がっており、今にも少女の細い首を切り落とさんとその腕を振るっていた。少女が肩を揺らすがもう遅い。

 ルーミアの五指が、その柔肌を切り裂く──。

 かに思われた、瞬間。

 

「なんてね」

 

 そんな呟きが聞こえてきたかと思うと、気づけばルーミアの攻撃は空を切っていた。ルーミアにも理解できる。避けられた。しかも、少女の姿勢は先程から大きく変わっていない。まるでルーミアの攻撃が見えていたかのように、最小限の動きで回避してみせたのだ。

 驚愕する間もなく、伸ばしきられた右腕がガッシリと掴まれた。

 

「本当は、あんた()獲物」

 

 掴まれた右腕が、凄まじい勢いで近くの大木に打ちつけられる。頑健な妖怪の右腕はそのまま幹にめり込み、ルーミアは動きを封じられる。

 少女はルーミアを釘付けにすると、流れるように体を半回転させ、ルーミアの首筋に肘鉄を叩き込んだ。

 

 その間、僅か五秒。

 

 昏倒する寸前、ルーミアは消えゆく意識から懸命に言葉を紡いだ。

 

「あ……な……た……は……?」

「なーに、また同じ質問?」

 

 少女はルーミアから手を離すと、既に興味は失せたとばかりに彼女に背を向けて歩き出した。

 

博麗霊夢(はくれいれいむ)。素敵な素敵な人間様よ」

 

 




 お読みくださりありがとうございました。前書きの人物紹介は魔理沙のアレを書きたいが為に作りました。反省はしてるけど後悔はしてません。
 次回から本格的に紅魔郷編スタートですので(いつになるかは分からないけど)ご期待ください。

では、また次回。


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第二話 迷いの湖

どうもお久しぶりです、水石です。今回もお付き合い願います。

☆今回の登場人物☆
チルノ:氷精。霊夢の前に立ちはだかる。意外と頭がいい。ネプリーグのファイブボンバーでも3秒と経たず答えちゃう。


 #####

 

 霧の湖。春夏秋冬昼夜問わず、常に濃い霧が立ちこめる広大な湖。

 平時より濃密な霧に巻かれながら、霊夢は湖の上空を漂っていた。持ち前の勘の鋭さでここへ来てみたものの、これではどこも見通せはしない。空から窺おうにも紅い霧がそれを邪魔する。文字通り、五里霧中(ごりむちゅう)の状態にあった。

 

「これではどこも見通せやしない……それに、何だか寒いわ。今は夏の筈」

 

 独りごちて腕を擦る。夏も真っ盛りだというのに、いくら何でも寒すぎる。決して水場にいるからではない。この寒気は異常だ。

 動き回って寒さを誤魔化そう……そう思って霊夢が調査を再開しようとした、その時。

 

「道に迷うのは」

 

 声のした方を見ると、濃霧の中から進み出てくる影があった。不思議な事に、その人影の周りだけ嘘のように霧が晴れ、その姿を露にした。

 青いショートヘアをリボンで結び、髪よりも濃い色の青いワンピースを身に付けている。一際目を引くのは、その背中から生える、氷でできた三対の翼。

 

「妖精の仕業なのよ」

 

 そう言って、不敵な笑みを浮かべるのは、“妖精”チルノだ。

 

「この霧はあんたの仕業?」

「どっちのよ」

上空(うえ)の赤い霧!」

「なら答えはノーだよ」

「じゃあ、あの赤い霧について何か知ってる? 誰が、どんな理由でとか」

 

 霊夢が訊くと、チルノは腕組みをしてフフフとほくそ笑んだ。

 

「知ってるよ」

「へぇ、教えてよ」

「いいよ。でも……」

 

 チルノは両手を広げた。彼女の周囲に、身を刺すような冷気が渦を巻く。

 

「あたいに勝てたらの話だがな!」

 

 次の瞬間、渦巻いていた冷気がねじ曲がり、極太の氷柱を形成した。あの妖精は、冷気を操る力があるらしい。

 氷柱はしばらくその場に漂っていたが、霊夢が瞬きをした瞬間、猛スピードで射出された。

 

「ッ!」

 

 息を詰め、空中で身を翻し、氷柱をかわしていく。チルノはどんどん氷柱を形成しては撃ち出し、息吐く暇さえ与えない。

 対する霊夢も、卓越した空中機動によって攻撃に掠りもせず避けていく。そして氷柱の隙間を見つけては飛び込み、着実にチルノとの距離を詰めていく。やがて彼我の距離は縮まり、一足一刀の間合いとなった。

 

「私に勝負を挑もうだなんて、度胸だけは褒めてあげる!」

 

 霊夢はそう言って、拳を振りかぶった。霊力が込められた拳打は先程の氷柱もかくやという速さで振るわれ、吸い込まれるようにチルノに──。

 刹那。

 チルノが口角を吊り上げ、ニヤリと嗤った。それは可憐でありながら寒気のするような、まるで悪戯が成功しそうな悪童の如き、幼稚な悪意に溢れたものだった。

 霊夢はチルノの笑顔に何かを感じ、咄嗟にその場を飛び退いた。

 足許から飛沫を噴き上げて、巨大な氷柱が突き上げられてきた。避けきれず、霊夢の体は浅く切り裂かれた。血の珠が宙を舞う。

 

「くッ……」

「ッあははははははは! 引っ掛かったなぁ!」

 

 チルノの哄笑が響き渡る。濃霧のせいで気づくのが遅れた。それだけではない。掠った(グレイズ)とはいえ体勢が崩れた。このままでは追撃を食らう!

 

「これで、トドメェ!」

 

 チルノが腕を振り上げる。霊夢のすぐ下の湖面が泡立つ。

 まずい……!

 

 あわやまともに喰らうかに思われたその時、霊夢の体を凄まじい力で引っ張る者があった。ガクンと揺さぶられる視界。僅かに焦げ臭い匂い。

 白黒の服に身を包んだ、魔法少女然とした少女が、箒に乗っかって霊夢を抱えていた。

 

「おい、巫女どのともあろうものが、雑魚妖精ごときに死にかけてんじゃねぇよ」

魔理沙(まりさ)……」

「あぁ、スーパーウルトラプリティ愛され系大魔法少女、霧雨(きりさめ)魔理沙だぜ。助太刀に来た」

「馬鹿、あんたの助けなんかなくたって……」

「この体たらくで良く言うぜ。それに、私もこの異変に興味が湧いた。ここは共闘といこうぜ」

「キィ~! 無視すんなー!」

 

 向こうで地団駄──といっても、空中に浮いているので手足をバタバタさせているだけである──を踏むチルノに、二人は向き直る。

 

「おいたが過ぎたわね、妖精。焼き尽くしてあげるから覚悟しな」

「特にお前には何もされてないけど、ついでにぶちのめしてやるぜ」

 

 




お読みくださり、ありがとうございました。
次回、VSチルノです。

では、また次回。


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第三話 最強

どうも、水石です。


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 散開する二人と、その間を突き抜ける氷柱によって、激闘の火蓋は落とされた。

 チルノが生成した氷の弾丸が辺りを薙ぎ払う。魔理沙を狙って連射されたそれは拳大の氷塊という事もあって恐ろしい威力を誇る。霊夢は上空高く飛び上がって霧の中に消え、一方魔理沙は箒に跨がったままポケットから何かを取り出し、チルノの方へ投げた。火炎瓶のようなそれは空中で爆ぜると、緑色の煙を撒き散らした。煙幕だ。チルノは慌てて横に逸れ視界を確保するが、そこには先程までそこにいた魔法使いの姿が見当たらない。

 刹那、殺気を感じて顔を上げると、消えた筈の魔理沙が高空からチルノを狙い撃たんとしていた。しかし、霧のせいで狙いが定まらないのか、発射されたレーザーは、あえなくチルノの真横を掠めるだけだった。

 

「ふん、バーカ!」

 

 チルノが魔理沙目掛けて両手を突き出す。瞬間、魔理沙の両脇から巨大な腕が伸び上がる。大木ほどもあるその腕は、煌めく氷で形成されていた。

 ガシャンと音を立てて、氷腕が打ち合わされる。魔理沙が叩き潰される。

 いや、魔理沙は寸前でその掌から逃れていたのだ。既に周囲の気温は真冬並だというのに冷や汗をかきながら、今更ながらに目の前の氷精が、決してその種族故に侮ってはならない相手だと判断した。

 

「こいつ、造形術まで体得してやがるのかッ!」

「ゾーケイ・ジツとやらが何だか知らないけど、あたいに出来んことはないッ!」

 

 魔理沙は続けざま、魔法陣を展開してレーザーを連射する。だがチルノは氷の盾を複数自身の周りに作り出し、レーザーを反射させてしまった。次々と明後日の方向へ飛んでいく光条。

 

「それっ!」

 

 チルノが盾の向きを変えた。反射させられた残りのレーザーはキンキンと盾と盾の間を跳ね返り、魔理沙に向かって飛んできた。

 

「やべぇっ!」

 

 慌てて避ける。辛うじて、直撃は免れた。光の反射まで理解してやがる。妖精(ヴァカ)だからって油断しすぎたな。

 

「だったらこっちも手加減なしだッ!」

 

 チルノの周囲に光弾が出現。甲高い音を放ちながら全方位に光線を撒き散らす。だがチルノはその小柄な体を利用して上手く光線の間をすり抜けた。だが、魔理沙の狙いは別にある。

 チルノが抜け出た隙を狙って一気に肉薄。至近距離からの弾幕で決着をつける作戦だ。

 だが。

 

「甘いわ!」

 

 今にも攻撃を放たんとしていた魔理沙を、巨大な氷柱が突き上げた。すんでのところで箒を差し入れ、直撃は免れたが、魔理沙は天高く突き上げられ、湖の霧と、赤い霧の境目に飛び出した。霧中にいた時とは真逆の、夏特有のムッとした熱気が肌を苛む。

 魔理沙は先程から空中に静止したまま様子を窺っている。いわば棒立ち状態、チルノが追い討ちを掛けてきてもおかしくない。だが奴はそれをしない。

 

「……やはりそうか、霊夢!」

()()()()()

 

 魔理沙が声を上げると、いつの間にか彼女のすぐ横にいた霊夢がそう呟いた。

 

「あいつは氷の妖精。この夏の熱気の中では充分に力を発揮できない。だから能力でこの湖を霧で包んで、自分のフィールドにしている。能力もフルパワーで振るえるから、並大抵の妖怪より、力も強くなる。でもそれは裏を返せば」

()()()()()()()()()()()、ってこったな!」

 

 魔理沙が霊夢の発言を引き取る。

 そう、自身の能力を最大限に発揮できる霧の中だからこそ、チルノは魔理沙と渡り合えたのだ。

 遠距離では弾幕に苦しめられ、近づけば視界不良の中迫る氷柱の餌食となる。不定形のリングの中で、為す術なく打ちのめされる。ならばどうすればいいか。

 相手の攻撃が届かない場外からの、狙いを定める必要などない()()()()()

 霊夢は戦線を離脱して湖全体を範囲とする弾幕を用意し、魔理沙はそれまでチルノの注意を自分に引きつけていたのだ。

 

「魔理沙、衝撃に備えて」

Go ahead(やっちまえ)!」

 

 霊夢は構えていた大幣を振り抜いた。

 湖畔にぴったり沿うように、無数の札が輝きながら回転する。札は壁となって円錐を描き、その中央──チルノに向けて集束する。

 

「神技『八方龍殺陣』」

 

 周りの霧ごと呑み込んで、札の壁はチルノを押し潰し、途徹もない爆風を巻き起こした。

 

 

 

 

「そんな……バカな……あたいは、さい、きょう……」

 

 湖面にプカリプカリと浮かびながら、うわ言のように呟くチルノ。

 

「私の技を受けてまだ一回休みになってないとはね。体だけは頑丈だわ」

 

 既に湖を覆っていた霧は晴れ、周囲の景色が見渡せるようになっていた。

 そしてこちらからは対岸の湖畔に、()()はあった。

 塀から外壁、時計塔に至るまで、全てが毒々しい赤に彩られた、巨大な館。極端に窓の少ないその館から、赤い霧はもうもうと立ち上り空へ伸びていっている。

 

「あれか」

 

 魔理沙の言葉に、霊夢も頷く。

 

「行きましょう、魔理沙。一刻も早く、この異変を止めるわよ」

「おう。……じゃあな妖精。今度は喧嘩を売る相手ぐらい、選ぶこったな」

「そう言えばあんた、この霧について知ってるって言ってたわよね? 約束は果たしたし、教えてくれる?」

 

 霊夢がそう言うと、チルノはしばらくふてくされていたが、「いいよ」と呟いた。

 

「こないだ遊んでたら偶然あの建物の側を通り掛かったんだ。そんで、屋上にいたあたいくらいの女の子が言ってた。『この霧が空を覆い尽くせば、あの子はまた笑って暮らせる』」

 

 そこで、唾を飲む。続ける。

 

「『奴等からも、もう狙われなくて済む』って」

 

「奴等ァ?」魔理沙が怪訝そうに繰り返した。

 

「異変の首謀者が、何かに狙われているって事?」

「それは分からない。ただ何だか、嫌な予感がする。あそこには寄りつかない方がいい」

 

 フンと鼻で笑ったのは魔理沙だった。

 

「私達を誰だと思ってるんだ」

「あっそ……もういいだろ。あたいは勝負の余韻に浸っていたいんだ」

「そういうのは勝って味わうもんだ」

 

 浮いたままのチルノを残し、二人は深紅の館を目指した。

 霧は未だ、空を侵していた。




お読みくださりありがとうございました。次回もなる早でゆきます。

では、また次回。


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第四話 紅き館の紅き龍

皆さんごきげんよう、水石です。

☆今回の登場人物☆
紅美鈴:紅魔館を守護する“門番”。気配りのできる性格だが、なんか空回りしがち。仕事の事をプライベートに持ち出さないタイプ。名前の読みは「くれないみすず」ではなく「ホン=メイリン」。でも変換が楽なのでくれないみすずって打ってる。美鈴さんごめんなさい。


 #####

 

 轟音が耳をつんざく。地面が捲れ、土煙が視界を阻む。

 霊夢と魔理沙は歯を食い縛ってその場から飛び退く。次の瞬間、先程まで二人が立っていた門柱が跡形もなく弾け飛んだ。

 

「あぁ、門が……またお嬢様に怒られてしまうではありませんか」

「なら壊すなよ」

 

 軽口を叩きこそしているが、魔理沙はかなり消耗している。霊夢も近接戦闘を得意としているとはいえ、肩で息をしている状態だ。この門番、ただの門番ではない。

 チルノに勝利し、霧の湖を渡った二人は、訪れた紅魔館の門前でこの妖怪に出会った。龍の刺繍があしらわれたチャイナ服に燃えるような紅い長髪を湛えるこの“門番”は、門を越えようとする二人に突然攻撃を仕掛けてきたのだ。

 感じられる霊力の小ささから、彼女の力量を侮っていた二人は、“門番”の真髄を目の当たりにする。

 

「シッ!」

 

 静かな気合と共に、霊夢が拳を振り抜く。角度、タイミング、全て最適。だが“門番”はそれを慣れた手つきでいなすと、腕が霞むほどの速さで反撃に転じた。

 霊夢の正中線に連撃が叩き込まれる。霊夢の頭に星が散り、一瞬意識が飛びかけた。にも拘わらず霊夢は瞬時に持ち直し、お返しとばかりに門番の腹に肘鉄を突き込んだ。空気が叩き出される、笛のような音。魔理沙は援護射撃の為に魔法陣を展開しながら思った。

 

 ──こいつは、霊夢に似ている、と。

 

 霊夢は生まれついて霊力が乏しく、博麗神社に奉られている神や祈祷を施した札の力を借りる事で遠距離に対応する、生粋の近接格闘型(インファイター)だ。氷精との戦いで披露した『八方龍殺陣』も、札と霊夢自身に宿るありったけの霊力を振り絞って放った捨て身の一撃。故に、霊夢は今、弾幕の類いを全く撃てなくなっている。

 対して赤髪の門番も、感じ取れる霊力の量は目を見張るほどではないものの、熟達した戦闘技能と妖怪であるが故の頑丈さによって霊夢と互角に殴り合っている。

 

 ヒトの生みし、他人(ひと)を殺める技。

 ヒトならざるもの故のタフネスと、ヒトならざるものじみたタフネス。

 

 拳聖とも形容し得る二つの紅は、お互い一歩も引く事なく拳を交わし、腕を弾き、脚を打ちつけ合う。

 似ている。本当に。乏しい霊力を体術で補うファイトスタイル、そして何より。

 自分の強さを脅かす者を前にして、唇を歪めるほどの闘争欲。

 魔理沙はそっと手を下ろす。無理だ。あんな激闘に援護射撃なんて蛇足すぎる。箒を手に取って空に躍り上がる。

 

「霊夢ゥゥゥゥッ! 私は先に行く! さっさとそいつブッ倒して来い!」

 

 霊夢は視線を寄越す事こそしなかったものの、先程より盛り返す。門番が歯を食い縛った。

 

「そいつはマジでやばいッ! 気をつけろよ!」

 

 魔理沙は門を越えて館へと向かう。それに気づいた門番が追おうとするが、横合いから繰り出された霊夢の肘鉄に側頭部を打たれ地面を転がった。

 

「……貴様」

「あんた素人じゃないでしょ? 途中で逃げるなんて武士道精神としてどうなのよ」

「……」

 

 門番がふっと目を閉じて笑った。

 

「名を訊きましょう」

「“一子相伝”博麗式戦闘術、博麗霊夢」

「“一挙専心”灼龍拳(しゃくりゅうけん)紅美鈴(ホンメイリン)。……霊夢さん、ここまで私を滾らせる相手は貴女が初めてだ。(けん)の道に生きる者として、全力をぶつけてみたい」

 

 門番──改め、美鈴の周りに渦を巻く霊力が、驚くほどに膨れ上がった。それは霊夢でさえ怯み、後退る力強さだった。

 虹がうねる。色彩が溢れ、美鈴に集束する。それは天駆ける九頭竜(くずりゅう)が如し。

 

「我は門番。悪魔の門番。この門を潜らんとする者、合財の希望を捨てよ」




 お読みくださりありがとうございました。
 今回から別行動、書き方は要検討ですね。一話につき一人ずつ戦わせるか、霊夢と魔理沙の動向を一話に詰め込むか……。

 では、また次回。


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第五話 ラクトガール&マッドガール

よろしくお願いします。

☆今回の登場人物☆
・パチュリー・ノーレッジ
今回魔理沙の前に立ちはだかる魔法使い。喘息持ち。埃っぽい場所に引きこもっているのだから、当然である。日記帳を紅魔館メンバーに回し読みされている。

・?????
図書館の下層、紅魔館最深部の地下室に幽閉されていた、謎の少女。


 #####

 

「ひ、広い……」

 

 魔理沙は思わずそう独りごちた。

 何しろいざ踏み込んだ館の中は外から見るより広大で、廊下でさえ四列で縦隊を組んで歩けるほどだ。その上突き当たりの扉までの距離はゆうに百メートルは下らないだろう。如何なる妖術か、それとも魔術か。空間に何らかの細工を施して、外観よりも広くしているに違いない。

 

「増築費をケチったな。豪勢な割にやる事はセコい貴族だな」

 

 ぐちぐち言いながら、薄暗い廊下を進んでいく。暫くでたらめに歩き回っていると、地下へ続く階段を見つけた。

 廊下の突き当たりに、洞窟めいた通路がまるで悪魔の口のようにぽっかり口を開けている。明かりは最小限の蝋燭しかなく、どこまで続いているのか見当もつかない。

 

「行ってみるか……」

 

 地下へ進んでいく。じめじめした通路を抜けると、魔理沙の身長を軽々越える巨大な鉄扉があった。ここに今回の異変の黒幕がいるのだろうか。

 押し開けようと力を込めると、案外軽い。そのまま隙間から滑り込む。

 顔を上げて、魔理沙は思わず感嘆した。

 高い天井に届かんばかりの書架が、見渡す限り続いている。その全てに隙間なく本が整頓されており、カラフルな壁を作っている。遠方に見えるドーナツ型の円卓は書見台だろうか。円の中央には巨大な天球儀があり、無数の光点を控え目に明滅させている。そこは広大な図書館であった。

 

「すっげ……これ、全部本か……?」

「そうよ」

 

 背後から声がして弾かれたように振り返ると、そこにいたのは魔理沙より少し小柄な少女だった。

 背中まで伸びた紫色のストレートヘア、寝間着のような服を身に纏い、眠そうに細められた目は魔理沙をじっと見つめている。小脇に抱えられている本は魔術書の類いだろうか、魔術書(グリモワール)という文字列が垣間見える。

 

「貴女の吹けば飛ぶような短い人生では到底読みきれない数の本がここにはある。儚い人間さん、ここに来た目的はなぁに?」

「外の霧を消す為だ」

「あら、そうなの。だったら、私は貴女を倒さなきゃならないわね」

 

 ははーん、そういう事か。魔理沙は帽子から火炎瓶を取り出すと、後ろ手に隠す。

 

「霧雨魔理沙。普通の魔法使いさ」

「『普通の』魔法使い? なら、ここで自分の命は諦める事ね。その身にしかと刻みつけなさい。貴女を滅する者の名を。我が名はパチュリィ゛ッエ゛ェ゛ェ゛ェ゛ッ゛フェッフェッフェ!」

 

 唐突に咳き込みだすパチュリー。肩を揺らす魔理沙。

 

「お、おい、大丈夫か?」

「ふふふ……貴女に心配されるほど、ヤワな体ではッフゥッ、エ゛フッ、オ゛ォオェ゛ッ、バアァッファッファ!」

 

 うら若き少女のものとは思えない咳を乱発しつつその場にくず折れる。そのままビクリビクリと痙攣しながらむせるパチュリーに、魔理沙はどうする事もできず火炎瓶片手に固まっていた。

 

「ハァッ、ハァッ、ン……ン゛……。……ふぅ、さぁ、()りましょうか」

「戦りましょうかじゃねぇよ! ホント大丈夫かあんた!?」

 

 先程までの張り詰めた雰囲気はどこへやら、心配でならなくなる魔理沙。あんな様を見せられていざ戦おうなどととてめ言い出せない。

 

「どうしたの? もしかして、戦う前から怖じ気づいたのかしら?」

「怖じ気づいたよ! 主にお前のむせ方に!」

 

 もしかして喘息持ちなのかこのパチュリーとかいうのは。だとしたら尚のこと気が引ける。こんなカビ臭い所でやりあったら死ぬかもしれない。パチュリーが。

 

「ぜぇぜぇ……これでもかなり調子がいい方なの……。貴女に遅れはとらないわ」

 

 パチュリーが魔術書を手放す。本は地面に落ちる寸前にふわりと浮き上がって複雑な魔法陣を描き出す。五つのエレメントを同時に扱える、五元素連結魔方陣だ。

 どうする……相手はやる気だぞ。

 

「どうなっても知らねぇからな!?」

 

 火炎瓶に指先で灯した火を引火させ、投擲(とうてき)。対するパチュリーは高速で詠唱。魔方陣が輝き、数発の光弾が鋭角にカーブしながら射出された。光弾は火炎瓶を撃ち落とし、その炎をも呑み込んで消火する。

 

「な……!」

 

 驚愕する魔理沙に、パチュリーの第二射が襲いかかる。緑色の光弾は三方向から魔理沙に迫り来る。マズい。咄嗟に避けると、弾幕は魔理沙がいた場所を掠め、書架に激突。木材が破砕、間髪入れず焼け焦げる音。

 

「おいおい、本がダメになるぜ!」

「大丈夫よ、魔法で保護してるから」

 

 見ると、床に散らばった本は傷どころか埃一つ被っていなかった。防御魔法か。まさか、()()()()()()()()()? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 今更ながらに魔理沙は、この魔女の実力の片鱗を垣間見ていた。

 

「……どうやら、体の心配をする必要はないみたいだな」

「そうね、するにしても、自分の心配をするべきだわ」

 

 パチュリーがまた仕掛ける。しかし放った弾幕は針のように細く、照準も魔理沙ではなく魔理沙の足許を狙っていた。

 何かが妙だ。そう思った瞬間には、箒に飛び乗っていた。ふわりと浮き上がり、上空へと逃れる。

 しかし、()()()()()()

 

()()()()()()()()

 

 魔理沙に向けられた指が、くい、と上に振られる。次の瞬間、その動作の意味を理解して、総身が粟立つ。

 地面にヒットするはずだった弾が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、魔理沙へと迫ってきたのだ!

 

「しまっ……!」

「『ベリーインレイク』」

 

 水の針は、魔理沙の靴の底に触れた刹那、網のように広がり水の球となって魔理沙を包み込んだ。

 酸素が奪われる。口から泡を吐き出してもがくが、水の檻はそれを許さない。表面は高圧の水流が循環しているらしく、切り裂かれた指が薄く血を滲ませた。

 

 ──ヤバい、このままじゃ……!

 

 ──窒息する。その間にも着実に、魔理沙の限界は近づいていた。視界が暗くなり、頭がぼんやりしてくる。

 だが、考えるより先に、手は動いていた。帽子の中から取り出したのは、小さな八卦炉である。とある道具屋に特注で作らせた、魔理沙の秘密兵器。

 

 ──使わせてもらうぜ、香霖(こうりん)

 

 意識が手放される直前、ベリーインレイクを切り裂く光。魔理沙のミニ八卦炉から放たれた光刃が、高圧水流をこじ開けた。

 

「えっ……!?」

 

 パチュリーが驚く番だった。床に降り立った魔法使いは、ぐしょ濡れになりながらも、二本の足でしっかり足を踏み締めた。

 

「その身に、刻みつけな。お前を倒す者の名を」

 

 恋符。

 

「『マスタースパーク』」

 

 光芒一閃。薄暗い図書館を真昼の如く照らし、極太のレーザービームがパチュリーを通路のカーペットごと焼き尽くした。パチュリーはこんがりと褐色に焼け、口から煙を吐きながらその場に倒れた。

 反面、魔理沙も無事ではない。反動で数メートル吹き飛び、受け身も取れず投げ出される。

 

「なんか、えらくギャグ漫画みたいな死に方だな」

「生きてるわよ失礼な」

 

 起き上がりながら言うと、パチュリーが掠れ声で返す。

 

「教えろ、この異変の首謀者は誰だ? 誰があの霧を撒いたんだ?」

「……我等が、主……レミリア・スカーレット……。この館の、最上階に、いるわ」

 

 レミリア・スカーレット。その名を反芻する。そいつが元凶。倒せば、全て終わる。

 

「……ふふ、あの子に、挑もうと言うの?」

 

 図書館を出ようとした魔理沙に、パチュリーが寝そべったまま言う。

 

「当たり前だろ。その為に来たんだから」

「やめておきなさい。あの子は規格外よ。人間が挑む事自体が間違い」

「間違ってるかどうかは、私が決める事だぜ」

 

 そう言って、白黒の魔法使いは図書館を出ていった。

 取り残されたパチュリーは服の煤を払い、独りごちた。

 

「馬鹿な人間……。でも、魔理沙なら、或いはレミィを止めてくれるかもね。少しだけ期待しておいてあげるわ」

 

 

 #####

 

 紅魔館、地下深く。

 昼も夜もない広大な地下室に、彼女は、いた。

 ぬいぐるみを弄ぶ手が、不意に止まった。顔を上げて、天井を見上げる。

 彼女は感じていた。

 身を焦がす情熱を。肌を刺す闘気を。自身に眠る、どうしようもなく膨れ上がる破壊衝動的狂気を。

 

 自然、口許が吊り上がっていた。

 

「にんぎょう、ふたり……おもしろそ」

 

 言いつつ、右手を広げた。その掌に赤いビー玉大の球が浮かび上がり、彼女はそれを一息に握り潰した。

 刹那。()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「わ・た・し・も~……ま~ぜて~♪」

 

 彼女はてててと駆け、部屋を出て地上を目指す。

 それはもう楽しそうに。それはもう嬉しそうに。赤い瞳を爛々と輝かせ、その背にあしらわれた歪な翼をはばたかせ。

 退屈と憎悪と、寂しさに凝った殺意を振り撒きながら。

 




お読みくださりありがとうございました。
次回は霊夢VS美鈴、決着です。

では、また次回。


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第六話 鉄拳翔

よろしくお願いします。


 交わされる拳は、その柔肌に似合わぬ硬質な響きを轟かせた。

 片方は滾る龍気を、もう片方は今にも消え入りそうな霊気を纏っている。彼女等の拳を堅固なるものとしているのは、偏にそのような超常的エネルギーであった。

 

「……ッ!」

「シッ……!」

 

 静かな気合。されど気迫は行き場を求めてうねる。

 美鈴が繰り出した肘鉄を掌底にて受け、空いた脇腹へ手刀を捩じ込もうとする。だが寸前で美鈴の左手に止められ、ぐるりと身を翻させられる。

 腕を極められる、そう思った霊夢は力づくでその手を振り払うと、その勢いのまま脚を振り上げた。

 勢いをつけた上段回し蹴りは、美鈴が姿勢を低くした事で空を切ってしまった。

 

 ──まだだ!

 

 霊夢が回転の勢いをつけていたのは右足だけではない。右腕にもだ。

 捻った裏拳が美鈴の側頭部を捉えた。何かに(ひび)が入ったかのような怪音が響き、美鈴が体勢を崩した。すかさず霊夢は膝蹴りをその顔面に見舞う。血の尾を引きながら仰向けに倒れ込んだ美鈴。

 しかし霊夢が追撃に動いた瞬間、地面に手をつき、跳ね起きの要領で両足での蹴り。内臓が圧壊しそうな衝撃に、戻しそうになるのを堪えつつ距離を取る。

 霊夢が肩で息をしているというのに、門番は汗一つかいていない。急所の塊である頭部を積極的に狙ってもいるのに、まるで堪えた様子を見せない。力量差という次元ではない、『種族』という越えがたい壁が、帰芻を決しようとしていた。

 

「……見事、流石は異変解決の達人(エキスパート)。私とここまで渡り合った『人間』は初めてです」

 

 魔理沙が図書室にてパチュリー・ノーレッジと戦闘(?)を繰り広げている間じゅう、霊夢と美鈴はこうして打ち合っていたのだ。その時間は三十分を超えていた。

 

「人間相手にしてるんじゃないもの、伊達に鍛えてないわ」

有趣(面白い)ッ……!」

 

 美鈴を取り巻く龍気が、より一層増した。並の人間ならば気圧されて指一つ動かす事は出来ないだろう。

 だが霊夢は固まらなかった。退く事もしなかった。ただ構え、目を閉じ、静かに呼吸する。

 痛みが引いていく。千切れそうだった四肢も、ほぐれていく。博麗の体術にて脈々と受け継がれてきた基礎の呼吸法が、霊夢の傷を微々たる速度で癒していく。

 

「来なさいよ。そんな半端な拳じゃ、まだまだ倒れないわよ」

 

 次の瞬間繰り広げられた剣戟──もとい“拳”戟は、人間の挙動の範疇を越えていた。

 拳打を、掌底を、蹴撃を、お互いが全神経を注ぎ込んで受け、弾き、避け、そして繰り出す。美鈴の裏拳を霊夢が受け止め、その腕を掴んで極める。振りほどこうと思った時には背後に霊夢はおらず、腹に鋭い衝撃。先程の蹴りの意趣返しか、霊夢の肘が美鈴の腹に食い込んでいた。腹筋を割り裂いて食らいつくような痛みに、思わず顔をしかめる美鈴。

 こう思った。人間の膂力ではない、と。

 霊夢のうなじに拳を叩き込む。紅白の巫女は凄まじい速さで地面に叩きつけられた。そこへ間髪入れず美鈴の蹴りが入る。サッカーボールよろしく蹴り飛ばされた霊夢は門に激突し、鉄柵を歪ませて投げ出される。

 終わった。いかに屈強な人間と言えど、美鈴の渾身の蹴りをまともに喰らい、受け身も取れず叩きつけられてはとても生きていられない。少しは骨のある相手だと思ったが、所詮は人間か。

 爪先に何かが当たる。それは美鈴の帽子であった。埃を払ってそれを被り、死体を回収する為に巫女の亡骸へ歩み寄る。

 

 ──だが、しかし。

 

 嗚呼、何という僥倖。何という信念。何という無謀。

 霊夢は立ち上がった。ふらつく足を懸命に踏ん張り、ボタボタと落ちる鼻血を拭い、柵に掴まりながら立ち上がったのだ。

 

「……決着はつきました。今のあなたでは、私には勝てない」

「……いや」

 

 霊夢は構えた。その眼には、太陽を思わせる強き光が宿っていた。

 

「勝つさ。何があっても、誰が相手でも。例えこの身がどうなろうと。私は勝たなければならない。この背中に背負っているのは、私独りの命ではない」

「死にますよ」

「死ぬならお前を倒してからよ」

 

 美鈴は駆け出した。

 諦めの悪い人間だ、いっそ綺麗さっぱり息の根を止めてやろう。

 拳を握り込む。虹色の龍気が凝集し、甲高い唸りを上げて霊夢に襲い掛かる。

 転瞬、霊夢は姿勢を低くする。美鈴の腕を首と腕で固定する。

 しまった、そう思った時には腕をへし折られていた。

 

「ぐッあ……!」

 

 刹那に美鈴を襲ったのは、彼女の目でも捉え切れない神速の連撃(ラッシュ)

 肘打ちが顎を粉砕する。そこへ追い討ちの掌打、仰け反って隙が生まれた瞬間、胸部を破砕する十二連撃。

 しかし未だ冴え渡る美鈴の意識。

 それ故に次の瞬間、己の髪を鷲掴んできた霊夢の顔を、間近にて鮮明に見てしまった。

 凄絶、それでいて剛毅。それでいて、可憐極まるその顔に、美鈴は一瞬のうちに心を動かされた。

 顔面に膝がめり込んだ。そう知覚した時には、美鈴は鉄柵を突き破り、中庭を飛翔し、紅魔館の壁に叩きつけられていた。煉瓦がクレーターのように凹む。体が埋まって動けない。

 

 霊夢は跳躍。一瞬にして美鈴へと肉薄すると、拳を振りかぶった。

 纏う七色。渦巻く霊気は、霊夢の渾身の力を体現するかの如く、熱く熱く燃え盛る。

 

 鉄拳は翔る。無限の高みへ羽ばたかんとするその力は無敵。その拳に打ち砕けぬものも、祓えぬ魔道も、切り拓けぬ明日もない。

 

 煌めく烈光は、(あまね)く妖魔を焼き穿ち、(あまね)く夢想を封ずるものなり。

 

 故に人は、其の霊撃を斯く讃えたり。

 

「『夢想封印・──鉄拳翔(てっけんしょう)』ッッ!!!!!」

 

 爆裂音ののち、辺り一帯を衝撃波が叩いた。美鈴の体は壁を突き破り()()()()。裏手の森へ一直線に落ちていき、見えなくなった。

 地面に降り立った霊夢は、呼吸によって体を癒し、静かに残心。ふらふらと、館の中へ踏み入った。

 館の中は薄暗く、正面の階段の真上にあるステンドグラスから投げられる光だけが、視界を確保してくれている。

 

「異変の元凶はここの主人かしら? 主人は上にいるもんよね」

 

 そう言って霊夢は階段を登り始めた。エントランスに、コツコツという霊夢の靴音だけが反響する。静寂に包まれている。

 故に、刹那紛れ込んだ異音に、霊夢はいち早く反応できた。

 金属が、それも鋭利な刃物のようなものが、空気を切る高音。

 大幣を振りかぶり、音がする方へ払う。キンッ! という金属音。大幣が何かを弾き、階段の手摺へ突き刺さらせる。

 それは大振りのナイフだった。白銀の刀身が光を放つ。

 

「あら、防ぐのね。面白い人間」

 

 いつの間にか、階段の踊り場に人が立っていた。メイド服姿の少女。氷のような美貌に、静かな殺意が垣間見える。

 なんだこいつ、いつの間にそこに。霊夢は様々な疑問を巡らせながら、一歩を踏み出した。

 

「……あんた、何?」

 

 少女は懐から金色の懐中時計を取り出すと、スカートの裾を摘まんで、慇懃に頭を下げた。

 

十六夜(いざよい)咲夜(さくや)。貴女の時を奪う者です」

 

 

 

 




ありがとうございました。
なんか今回薄味です。3000字弱です。だって推敲したらバチバチに削れちゃったもの。仕方ないね。ひとくちサイズって素晴らしい。おつまみ万歳。

見苦しい自己正当化もこのへんで、では、また次回。


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第七話 血河の只中で

よろしくお願いします。

☆今回の登場人物☆
十六夜咲夜……紅魔館に務めるメイド。何でもそつなくこなすが番組の録画のしかたが分からないので、いつも早朝まで起きてはめざましテレビをリアタイしている。主の生活サイクルがサイクルなので割ときつい。


「十六夜咲夜。貴女の時を奪う者です」

 

 そう言って丁寧にお辞儀をしてきた咲夜に、霊夢は怪訝な顔をしながら大幣を振った。

 

「時? 命とかでなくて?」

「私の能力は時を独占するものでして……故に貴女の時を奪うという事は、貴女の命を奪う事と同義」

「あ、そ。で? どうすんの? あんたも私の邪魔するわけ? その綺麗な顔、グシャボロにされない内に決めといた方がいいわよ」

「生憎ですが……貴女は私に触れる事は出来ません。何故なら、ここで何も理解しないまま死ぬのですから」

 

 霊夢が眉を動かした、その瞬間。霊夢の体は、ほぼ脊髄反射で、目の前に飛翔してきた物体を掴み取った。同時に、掌に鋭い痛みが走る。

 ナイフだ。目の前に、ナイフが飛んできたのだ。

 どうして。奴が投げたなら動作で気づくはず。まるで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だった。

 

「……」

「驚いておられるようですわね」

「これが、あんたの能力?」

 

 咲夜は目を細めると、淑やかに頷いた。

 

「ご明察」

「勘は鋭い方で……ねッ!」

 

 言いつつ突き込んだ霊夢の蹴りを、咲夜は必要最小限の動きで回避した。次いで大幣を振り下ろす。しかし咲夜は、いつの間にか取り出していたナイフでそれを受ける。

 

 ──()()が受け止めるか、この一撃を。

 

 霊夢はなおも仕掛ける。幣を手首に巻きつけて固定すると、棒の部分に霊力を込める。薄く研ぎ上げられた霊力の刃は、ほんの少し撫でただけで容易く皮膚を裂く。

 凄まじい剣戟が展開される。霊夢の流れるような剣閃を咲夜が逆手に持ったナイフで確実に受けていき、隙を縫って機動力を活かした懐からの刺突を見舞ってくる。武器のリーチの関係から、こうした至近距離戦闘(インファイト)では圧倒的に咲夜が有利だった。大幣を捨てればゼロ距離からの攻撃にも対処できるが、霊夢はそれが出来なかった。武器を捨てれば勝算は格段に落ちる。フィクションでは相手の得物が何だろうが素手で捩じ伏せてしまう化物がうようよいるが、本来『武器を持った相手を丸腰で制圧する』というのは、たとえ熟練の兵士であっても至難の業とされている。

 故に霊夢は、このナイフ使いに対して、どうしても得物を捨てる事は出来なかった。しかし対処できている。追随が叶っている。両者の実力は拮抗、掠り傷さえ与えられど、決定打には至っていない。

 いける。そう思った矢先だった。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「~ッ!」

 

 無理矢理に咲夜の手を弾き、後方宙返りでその場から逃れる。転瞬、先程まで霊夢が立っていた場所に無慮数十本ものナイフが突き立った。

 まだ、まだ追撃は終わらない。霊夢、続いて階段に手をつき宙返り。それを繰り返す霊夢の後を追って、ナイフの束が次々と階段を穿っていく。霊夢は歯噛みした。投げナイフだとしても、飛び道具を使ってくる相手に距離を離されるのは厄介だった。

 

 エントランスホールまで逆戻りした霊夢に、咲夜は拍手を送る。

 

「バク転で階段を降りるなんて……曲芸だわ。軽業師にでも転職したらどうですか?」

()かせ!」

 

 霊夢は大幣を捨て、大きく両手を広げた。正眼の構えを取る。

 

「……バカな子」

 

 刹那、霊夢は今までにない、凄まじい悪寒に苛まれた。数多の妖怪と対峙して、それすらも上回り、記憶の隅へ追いやる殺意。

 しかし、その寒気の正体を勘繰ろうとした瞬間。

 

 世界が、静止した。

 

 霊夢の動きが、ピタリと止まった。それどころか、中空を舞う埃も、館の上空を羽ばたく鳥の群れも、全てが映像の一時停止の如く固まった。

 そしてその中で、咲夜だけが動いていた。

 

『時間を操る程度の能力』。今のように世界の時間を止めたり、時間と密接に関連する空間を自由に操れる能力である。

 時間停止と言っても、本当に世界中の時間が止まるわけではない。そんな事をしたら光線も静止して、世界は暗黒に包まれた空間と化してしまう。厳密には、自分以外のあらゆる存在の時間の流れを、()()()()()()()()

 予め魔力でドーム状の結界を張り、その範囲内の万物の時間の流れを自由にコントロールできるのだ。ただ、完全静止に近ければ近いほど、咲夜は集中力を消費する。故に乱用は禁物である。

 咲夜は階段をナイフを回収しつつ降りていき、霊夢の前に立った。

 そして、ナイフを両手の五指全てに挟み込むと、一気に投擲。ナイフは咲夜の手から放たれた瞬間能力の影響を受け、霊夢の眼前で停止する。

 横合いに回り、同じように投擲。真後ろ、頭上と、全方位にナイフを配置していく。

 

「……準備完了」

 

 能力、解除。

 

「ずぁぁあぁあぁあぁあぁあっ!」

 

 血飛沫が噴き上がり、絶叫が響き渡る。体の至る所にナイフが突き刺さった霊夢は、思わずその場にくず折れた。

 霊夢は半ば本能的に全身の筋肉を引き締め、ナイフが抜けないように固定する。引き抜きでもしたら、あっという間に失血死だ。

 

「あっ……あぐ……うぁ」

 

 震える手で大幣を拾い上げると、めちゃくちゃに暴れる霊夢。咲夜は連続して飛び退き、階段の踊り場に舞い戻った。

 

「……最期に、言い残す事は?」

「……ざまぁみろ」

 

 

 

 微笑むと、咲夜は再び時間停止。止めのナイフを投擲し、能力を解除した。

 その刹那、咲夜の体が()()()()

 

「な……!」

 

 何だ。何が起こったッ!? その場に倒れ伏す咲夜。

 

「な……ぜ……」

「あんたの、能力……」

 

 話し出したのは霊夢だった。大幣を杖代わりに立ち上がり、咲夜に歩み寄る。

 

「恐らくは、時間を止めたり、或いは……時間が止まって見えるほどに高速で移動する能力。違う?」

 

 見抜かれていたのか。

 

「その、通り、だけど……! 気づいていたのか? 一体いつからッ!」

()()()()()

 

 慄然。こいつ今なんて言った?

 

「厳密に言えば、この館に入って、あんたの奇襲を受けた瞬間。だから、こっちも仕掛けさせて貰ったの。上見てみ」

 

 言われるがまま顔を上げた咲夜は、再度愕然とした。

 天井から降り注ぐ、無数の御札。全てが淡く光を放ち、弾幕であると分かる。

 

「さっきあんたの言う曲芸をやった時に投げといたのよ。追尾式だから、回れ右してあんたの方にやって来るわ。あんたをさっき吹っ飛ばしたのは、()()()()()()()()()瞬間に放っておいたやつ」

 

 気づかなかった。何という早業。大幣を振り回して咲夜を退かせたのは、着弾地点に誘導するため……。弾幕はゆっくりと、しかし着実にこの踊り場に殺到し、まんまと誘い込まれた咲夜は、それを一身に。

 計算していたのだ。時間を遅らされて着弾のタイミングがズレる事も織り込み済みで。

 

「うっ……わぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

「『夢想天生』」

 

 先程に倍する爆発。咲夜は吹き飛ばされ、ステンドグラスを割り砕きながらめり込んだ。

 そこで、意識は途絶えた。

 

 #####

 

「うぐはぁ……キツッ……マジ体動かないわやべーわ」

 

 咲夜が目を開けると、目の前には包帯だらけの巫女がいた。

 

「あ、起きた」

 

 霊夢は咲夜の覚醒に気づくと、そそくさとその場を立ち去ろうとした。

 

「待って」

 

 それを咲夜は呼び止めた。霊夢が恐る恐る振り返る。

 

「貴女……本当に、お嬢様を止めるつもり?」

「決まってんじゃない。ぶちのめすわよ」

「ならば……」

 

 咲夜は一旦そこで言葉を切り、続けた。

 

「貴女がどうしても……お嬢様を止めたいと言うのなら……()()から、あのお方たちを……守って……」

「奴等……奴等って誰の事ッ?」

 

 霊夢が詰め寄った時には、咲夜は再び意識を失っていた。

『奴等』。異変の元凶である彼女等でさえ、得体の知れない何かを恐れて、あの赤い霧を撒いたと言うのか?

 とにもかくにも、『お嬢様』とやらに会ってみれば全て分かる。

 

「……痛ぁ」

 

 包帯の上から腕を押さえる。救護キットは使いきってしまった。無駄な戦闘は避けたい。こんなに派手にぶちかましたから、もう遅いかもしれないけど。

 ステンドグラスの真下にある扉を開くと、エントランスより一回り広いホールの壁に、円形に扉が配置されている。

 真向かいにあった一際大きな扉に向かって、霊夢は一歩を踏み出した。

 

 

 

 




お読みくださりありがとうございました。次回、2話ぶりの魔理沙視点。お楽しみに。

では、また次回。


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第八話 斯くて悪魔は紅月と踊る

☆開幕お詫び☆
前回のあとがきで「次回は魔理沙視点だぜ!」等と宣っておりましたが、ごめん、あれうそ。
土壇場でプロットを変えて、そのまま霊夢VSレミリア突入です。
重ねてお詫び申し上げます。

☆登場人物☆
妖精メイドs…紅魔郷編においての戦闘員ポジ。死んでも一回休みで済むからと霊夢に惨殺され続ける。ひどい。中には交通費を貰いながら毎日自転車で通っている不届き者もいるので、自業自得と言えば自業自得。

レミリア・スカーレット…紅魔館の主にしてラスボス。人智の及ばぬ強大な力で霊夢を追い詰める。作中では専ら「フゥーハハハ!」とか言ってそうなキャラだが、紅魔館メンバーでは一番の常識人。ノイタミナ枠のアニメが好き。


 #####

 

 妖精メイド。紅魔館におよそ数百人ほど仕えている妖精たちの総称。数が多い故に、常に人手を欲する紅魔館には丁度良いかと思いきや、その手際の悪さたるや自身の身の回りの家事だけで一日を終えてしまうほどであるため、その実言ってしまえばあまり役に立っているとは言えない。唯一の使()()()と言えば今現在のように、武装させて館の中を警備させる、哨戒任務であった。

 東側廊下の空気は、重く張り詰めていた。

 哨戒担当の妖精メイド三人は、雑談をするでもなく、その背丈に不釣り合いな巨大な斧槍(ハルバード)を手に、辺りを警戒している。その額には脂汗がうっすらと浮かび、不馴れな任務での疲労を感じさせる。

 ふと、窓の外から見える景色が、紅に染まっているのが見えた。“紅霧の儀”は、着実に進行しているらしい。このまま霧が空を覆えば、幻想郷は彼女等の天下となる。

 長い黒髪をポニーテールに纏めたメイドの一人は、赤い空に安堵の溜め息を吐いた。

 一瞬にせよ気が緩んでいた。だから気づかなかった。

 刹那。

 曲がり角から飛び出してきた赤い影が彼女の口を塞ぐや、そのこめかみに太い針を突き込んだ。針は容易に頭蓋を貫通し、妖精メイドを一瞬の内に絶命せしめる。

 脱力した矮躯(わいく)を床に放る。亡骸が重力に従い、どさりと音を立てて倒れ伏す頃には、影は二人目を仕留めていた。

 

「し、侵入者ッ!」

 

 斧槍を掲げ、赤い髪を肩口で切り揃えたメイドが打ちかかってくる。大上段から振り下ろされる一撃を回避し、柄を踏みつける。刃が床に深くめり込み、赤毛のメイドは必死に武器を引き抜こうとするが、斧槍はびくともしない。

 その時、こめかみにひやりとしたモノが当てられ、耳許で侵入者の人間が囁いた。ダメだ。間に合わない。懐に潜り込まれたら、得物を振り回しても意味がない。

 

「……一つの武器に頼らない事。長物を持っている状態で敵に張りつかれたら、徒手かナイフで応戦しな。じゃないと、こうなるよ」

 

 脳を突き抜ける激痛。意識が急激に遠退いていく。赤毛のメイドは必死にそれを掴み取ろうとするが、あえなく絶命。

 霊夢は亡骸を下ろし、更に進む。

 上を目指し歩き続ける事数分。くまなく探し回っているが、お嬢様という雰囲気の奴には、まだ出会っていない。

 

屋上(うえ)かな……?」

 

 確か外から見たときには屋上らしきものが見えた。霧で不鮮明だったが、恐らくそこにいるのだろう。霊夢は勘が鋭かった。

 屋上に行ってみよう。霊夢は道を探る。すると、廊下の突き当たりに梯子を見つける。

 昇っていき、天窓を開けて、屋上に這い出る。夜気が肌を撫で、相変わらず血のような空には、紅い月をバックに時計塔が(そび)える。

 その頂点に、彼女はいた。

 薄桃色のドレスに、特徴的な形の帽子。所々が跳ねた青い髪に、先端の尖った耳。何より目を引いたのは、背中に広がる一対の蝙蝠めいた羽根だった。

 

「あんたが“お嬢様”?」

 

 霊夢が訊ねると、少女は不敵な笑みを浮かべ、鷹揚に両手を広げた。口許から覗く鋭い歯が、彼女が吸血鬼であると悟らせる。

 

「如何にも、私が紅魔館当主、レミリア・スカーレット。ご機嫌よう人間。諸君等の訪問を歓迎しよう」

「そりゃどーも。あのさ、この霧消してくんない? 迷惑なのよ。日は照らないし、人体には有害だし」

「それは出来ない。この紅霧は、一度発動させれば私が命を落とすまで消える事はない」

 

 霊夢の眉がピクリと動いた。

 

「あ、そ。じゃあ、あんたを消すわ」

 

 霊夢は拳を構えた。レミリアは少し目を見開くが、すぐに妖艶な笑みを浮かべる。

 

「お相手したいのは山々だが、生憎と私は戦いが不得手でね。助っ人を呼ばせてもらうとしよう」

 

 そう言って指を鳴らす。すると、上空から無数の羽音が聞こえてきて顔を上げると、背筋が粟立った。

 空を埋め尽くさんばかりの妖精メイドが、続々とこちらに向かってくる。半数は空に留まり、半数は屋上に降り立つ。その数、総勢()()()

 

「私の意のままに動く兵士だ。家事はからきしだが腕っぷしは強いぞ?」

 

 その言葉に賛同するかのように、各々が凶悪な笑みを浮かべ、手にした得物を構える。斧槍、細剣(レイピア)長槍(ロングスピア)と、多種多様な武器の切っ先が霊夢に据えられる。

 

「精々四肢が残れば良い方だ。善戦しろよ? 人間」

「ははッ、四肢か? ()()()()()()()()()()()()()()()!?」

 

 言うや霊夢、地を蹴った。軍勢に真正面から飛び掛かっていき、最前にいた妖精の顔面に飛び膝蹴りを叩き込んだ。横合いから斬りかかってきた妖精の体を、大幣で袈裟懸けに斬り下ろす。霊力の込められた一撃は妖精メイドの体を、身につけたブレストプレートごとバターのように寸断した。

 振り下ろした勢いもそのままに、大幣を背中に添える。丁度振り下ろされてきた大剣が交錯。霊夢は得物を逆手に持ち替えつつ回転。回し蹴りを背後の敵に見舞う。首の骨を粉砕され吹き飛んだ妖精は、二、三人を巻き添えにして時計塔に激突、クレーターを作る。

 蹂躙は止まらない。続けざま襲い掛かる三人の妖精に正面から相対する。

 一人目、胸目掛けて突き込まれてきたナイフをいなし、大幣の先端で妖精の鼻面を叩く。怯んだ隙に背後へ回り込むと、目をくれる事もなく頭部を貫く。

 二人目、空高く跳躍して、鋲のついたブーツで飛び蹴りを見舞おうとしている。霊夢はブーツの爪先を踏みつけ、ぐんと力を込める。落下の勢いを上回るそれに妖精の体は空中で反転し、地面に顔面から激突する。あまりの勢いに浮き上がった妖精。霊夢跳躍。瞬きの内に、妖精は首を落とされ、血飛沫を上げながら墜落。

 三人目、マスケット銃を構え、霊夢に照準。

 だが、遅い。

 既にして妖精の足許に潜り込んでいた巫女はその場で竜巻の如く旋回し、妖精の体を足首から輪切りにしていく。

 その間、僅かに五秒。

 間髪入れず、第二波が襲い来る。全方位から飛び掛かり、霊夢を押さえつけようとしてくる。

 霊夢は真上へ跳び、そのまま上空へと逃れる。視線でそれを追いかける妖精たちの真下で、予めセットされていた弾幕が発動した。

 

「神技『八方龍殺陣』!」

 

 チルノを仕留めた時とは対照的に、標的を圧殺せしめる霊撃は、その余りあるエネルギーを発散するかのように散開。屋上全体を巻き込み、妖精メイドを余さず焼却する。

 地上の妖精が全滅した直後は、空中での攻防が繰り広げられる。

 だが、それは最早攻防とも呼べなかったかもしれない。

 数瞬後、紅霧の如き血煙が空を彩った。かつて妖精だったモノがボトボト音を立てて屋上に墜落する。その只中に霊夢も降り立ちながら、静観を続けるレミリアに向き直った。

 幼い容貌の吸血鬼は手にした懐中時計を仕舞うと、帽子を脱ぎ捨てた。

 

「三十二秒。──ククッ、素晴らしい。こうでなくては。今宵の余興の相手は、やはりこうでなくては、な」

 

 ──どうやら、やる気になったらしい。霊夢は人差し指をくいくいと曲げて挑発する。

 

「来なさいマセガキ。社会の厳しさってやつを体に叩き込んであげる」

「ほう──では」

 

 刹那、時計塔の頂点に佇んでいたレミリアの姿が、ふっと掻き消えた。

 

(来る──!)

 

 霊夢は、()()()()()()()()()()()()()()()()()、初撃に備えた。

 

「──は?」

「授業料は、こいつで如何かな?」

 

 口の端から、血の筋がひとつ、流れた。何が起こったのか分からなかった。臨戦態勢に入った次の瞬間には、霊夢は既に攻撃を受けていた。速い。速すぎる。

 指先が腹に食い込む。腹筋の力を使って、辛うじて内臓への到達は防いだが、それでも視界が歪むほどの激痛だ。

 

(まだだ、反撃を──。この、手を、掴んで、逃げられ、ない、ように、して、そこか、ら、連撃、を……)

 

 しかし、霊夢が動くより早く、レミリアが動いた。

 素早く手刀を引き抜くと、その傷口に拳を叩き込む。くの字になり、低くなった顔面に再びストレートパンチ。仰け反った霊夢はレミリアの蹴りで吹き飛ばされる。

 何とか飛びかけた意識を捕まえ、霊夢は地面を擦って制動をかける。顔を上げた瞬間、星が飛んだ。レミリアの膝が、霊夢の額を捉えていた。

 続けざま、全身を噛み裂く連打。霊夢の体は為す術なくそれを受け、やがて死という淵へ徐々に追いやられていく。最早立っているので精一杯だった。

 

「どうした? 私を消すのではなかったのか? テングの如き早さと、オニの如き強さを兼ね備える、この私を!」

 

 声がどんどん遠くなっていく。

 霊夢の意識は、束の間夢を見ていた。

 神社での日々。時折相手取る妖怪は全て霊夢の敵ではなく、どこか満たされない毎日を送っていた。

 そうだ、そう言えば、いつから私は幻想郷(ここ)にいたのだろうか。産まれた時から? 違う。どこか遠い所から、連れて来られたのだ。

 

 ──一体、誰に?

 

 その問いに答えるが如く、ホワイトアウトした視界の中に、一人のシルエットが浮かび上がる。

 ウェーブを描く金髪。紫色のドレス。妖艶な美貌は、しかし全てを包み込む優しさを兼ね備えている。

 影は微笑み、白手袋に包まれた華奢な手を、こちらに差し伸べてくる。

 

 ──霊夢……。

 

「ゆか、り」

 

 ──その名を口にした瞬間、霊夢の意識は急速に引き揚げられる。()()を思い出す事をトリガーとして、幻想郷最強の巫女はレミリアの拳を掴み取った。

 

「何ッ」

「目が覚めたわ……あいつのおかげで」

 

 レミリアが拳を押し込む。しかし、霊夢の受け止める手はびくともしない。生気が滾り爛々と輝く瞳で、ただ真っ直ぐに前を見つめている。

 

「まだ立ち向かうと言うのか……。脆弱な人間風情がッ、私に抗おうと言うのかッ!」

「……確かに、人間は脆い。寿命や体の頑健さではあんたらには到底及ばないし、心が折れ、座り込んでしまうときもある」

 

 呟くや否や、霊夢は空いた右手でレミリアの胸倉を掴み、その額に頭突きを見舞った。レミリアが仰け反り、両者の距離は、一瞬開き、すぐに縮まった。肉薄、レミリアの顎に掌打を見舞う。

 

「だが、それは弱さではないッ!」

 

 雄叫びを上げて突き上げられる手刀を受け止め、腕の関節を肘鉄で叩き壊す。続けて鞭のようにしなった右腕は裏拳を顔面に叩き込んでいた。

 

「私たちは確かに持っている。挫けても前に進み続ける勇気を! 逆境に立ち向かい、打ち克つ力を! 人間の、人間だけの強さをッ!」

「ほざけェェェェェェェェェェェェェェェェッ!」

 

 頭部目掛けて繰り出された握撃を体を屈めてかわし、霊夢は右拳を握り込んだ。

 

 ──恐れよ。崇めよ。諦めよ。此より放つは、汝を永劫の辛苦へと導く磔刑なり。

 

「ぜぇらぁッ!」

 

 レミリアの腹に、霊夢の拳がクリーンヒット。空中へと吹き飛ばされたレミリアを四つの光弾が取り囲み、その四肢を、七色に輝く雷で捕まえる。

 霊夢の頭上に霊気が渦巻き、巨大な光弾と化す。ふっと空に浮き上がり、それを全力で蹴りつける。

 

「『夢想封印』!」

 

 五方向から、七色のエネルギー弾がレミリアを襲った。凄まじい爆発が巻き起こり、霊夢でさえも後退した。もうもうと湧き上がる煙の中で、レミリアの小さな体が傾ぎ、ゆらりと倒れた。

 

「……見事だ」

 

 満身創痍となった吸血鬼は、それだけ言うと目を閉じた。

 

「好きにしろ」

 

 霊夢は無言で手刀を形作る。その手に霊力が込められ、必殺の威力を秘める。

 そして、振り下ろされた手刀が、レミリアの首を分かつ瞬間──。

 

 背後が、爆裂した。

 轟音が響き、霊夢は思わず後ろを振り返る。レミリアも咄嗟の事に目を見開き、辛そうに上体を起こす。

 どうやら下の階から()()()()()()()()()らしい。ぽっかり開いたそこから、何かが二つ飛び出した。

 

「魔理沙!?」

 

 先に飛び出してきたのは見覚えのある白黒魔法使い、霧雨魔理沙。そして、それを追って飛び出してきたのは、レミリアと同じ体格の少女だった。金髪を靡かせ、赤を基調としたドレスに身を包んでいる。レミリアの蝙蝠羽根より明らかに異質な、枯れ枝に宝石をぶら下げたような羽根を伸ばしている。

 

「──フラン!?」

 

 レミリアが声を上げた。その呼び掛けに、少女──フランが、フランドール・スカーレットが空中で制止し、こちらを見つめる。

 

「久し振りね、お姉様。四九五年ぶり。そしてさようならお姉様。貴女今から死ぬのよ。私と一緒にね」

 

 レミリアが息を呑む。空に輝く紅月が、フランドールの羽根を妖しく照らしていた。

 

 

 

 

 




お読みくださりありがとうございました。
次回、遂にクライマックス。始まるVSフランドール戦、姉妹間の謎の軋轢、そして忍び寄る『奴等』の魔の手。全部、全ぇ~ん部、お見せしましま。

では、また次回。


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最終話 悪魔だった姉妹

よろしくお願い致します。

☆今回の登場人物☆
フランドール・スカーレット…レミリアの妹。その戦闘力は姉に勝るとも劣らない。とある理由により、幼少の頃から幽閉されていた。能力が能力なので非常に使い勝手が悪い。一人だけ出る作品間違えてる感。


 #####

 

 

「フラン……!? 一体どういう事だ! お前も、私も死ぬ!? 奴等が現れるという事か!?」

 

 レミリアが叫ぶ。また『奴等』……。

 

「言ったでしょ。わたしたち死ぬのよ。奴等に殺されるの。わたし怖いの。奴等の目が届かないようにと、ずうっと暗い地下室に閉じ込められていた。一緒に閉じ込められたお姉様も、やる事があるっていなくなった。怖かったのよ。とてもとても」

「フラン、悪かった。お前を少しの間とは言え、独りにした事は謝るよ。でも……」

 

 レミリアの言葉は、途中で断ち切られた。彼女の足許に、どこからともなく飛んできた深紅の長剣が突き刺さったからだ。細い首筋を、汗が流れ落ちた。

 

「黙ってよ。わたしのお姉様は、そんな男みたいな喋り方はしない。わたしを悲しませるような事は絶対しない。お前はお姉様じゃない」

 

 霊夢は、宙に浮いたままのフランドールを見つめて歯噛みした。

 何だか抜き差しならない状況になってきた。攻撃を仕掛けようにも、どちらに打ちかかったところで返り討ちにされる運命しか見えない。レミリアの傷が再生し始めているのに対し、霊夢は全身に激痛が走りっぱなしだった。というか、さっきから蚊帳の外にされている気がする。身内喧嘩なら後にしてほしいところだ。

 その時、すぐ側に何かが落下してきた。魔理沙だ。

 

「いてぇ!」

「魔理沙、あいつは」

 

 霊夢がフランドールに顎をしゃくりつつ言うと、白黒魔法使いは目を剥いた。

 

「げぇ! あいつ、ここまで来たのかよ!」

「あの子、そんなにヤバい奴なの?」

「ヤバいなんてもんじゃねぇ! 今すぐ抑えつけろ! 私ら死ぬぞッ!」

 

 魔理沙がそう言った瞬間、レミリアが立っていた場所が、突如爆ぜた。辛うじてレミリアは避けたらしいが、額に脂汗を浮かべて、歯を剥き出しにしている。怯えているのか?

 フランドールが手をかざし、行け、とでも言うように振り下ろす。次の瞬間、累々と横たわる妖精メイドの死体、そこから流れ出た血が、まるで意思を持つ生き物のように蠢き始めた。血液は剣のような形状に姿を変えると、真っ直ぐにレミリアに向かって飛翔する。フランドールが有しているのは、血を操る能力なのだろうか。

 レミリアはそれを回避するが、次いで飛んできたもう一振りに腹部を貫かれ、時計塔の文字盤に文字通り釘付けにされた。

 

「ぐは……ッ!」

 

 フランドールが指を弾く。レミリアの腹に刺さった剣が、ウニのように四方八方へ棘を伸ばし、彼女の体を引き裂いた。

 

「がはぁぁぁぁぁぁぁッ!」

 

 紅い時計塔が更にどす黒く上塗りされる。フランドールはすいっと姉の眼前へ移動すると、その血から新たに剣を作り出すと、鼻先へ突きつけた。

 

「終わりよ」

「フラン……何故、こんな事を……」

「もう嫌なのよ。これ以上あんな所に独りぼっちは嫌。いっその事、奴等に最期まで抵抗してやる。逃げ隠れするのは性分じゃないの。それで死ぬのなら、悔いはないわ」

「……」

「さよなら」

 

 ゆっくりと、だが力強く、フランドールが剣を引き絞る。レミリアは動かない。俯いたまま、己が腹を貫く剣を握り締めている。

 光芒一閃。

 月光を纏った切っ先が迫る。その刹那、レミリアはようやく顔を上げた。フランドールはその瞳に、悲痛なまでの後悔を見た。

 歯を食い縛り、腹に突き刺さったままの剣を引き抜き、フランドールの刺突を弾く。

 

「しまった!」

 

 フランドールは飛び退こうとするが、その時には既にレミリアの手が、彼女を掴んでいた。

 殺られる──そう思っていたからこそ、フランドールは、レミリアが自分を抱き寄せた事に驚愕し、目を見開いた。

 

「お馬鹿さん、ね、フラン……。そんな事、ないわよ」

 

 そっと、頭が撫でられる。

 

「死んだら、本当に、独りぼっちよ……。きっと、とても寂しいし、私もフランがいなくなったら、寂しいわ……」

「お、ねえ、さま……」

「これからは、ずっと、一緒よ、フラン。霧なんて使わなくたって、二人で地下室へ籠らなくたって、私がフランを守ってあげる。命に代えても、ね。ごめんなさいね……最初から、そうすれば、良かった、のに……」

 

 フランドールの手が、恐る恐るレミリアの腰に回された。

 

「お姉様……わたし……わたし……ごめんなさい、ごめんなさい……!」

 

 フランドールはそれだけ言うと、レミリアの胸に顔を埋めて、肩を震わせ始めた。レミリアの目にも、月の光に輝くものがあった。

 しばらくしてから、二人は霊夢たちの目の前に降りてきた。ばつが悪そうにレミリアが切り出す。

 

「まぁ、白状すると、今回の異変は空を霧で覆って、奴等の追跡を攪乱する為と、日光の制約がない状態で、この子を外へ出してやりたかったからなの。霧はもうじき晴れるわ」

「あんたが死ぬまで晴れる事はないんじゃなかったっけ?」

 

 霊夢が訊ねると、紅魔館当主にして“紅霧異変”の首謀者は、悪戯っぽく笑った。

 

「それ以外の方法が無いとは言ってないわよ」

「その通り」

 

 ムゥッキュッキュッキュッという奇妙な笑い声と共に、魔理沙とフランドールが飛び出してきた穴から、更にもう一人、偉大なる大魔法使い、パチュリー・ノーレッジが浮かび上がってくる。

 

「パチェ、我々の目的は果たされた。あの霧の解除を頼む」

「元々この紅霧は、私がレミィの依頼を請けて作り出したもの。私にかかれば、展開も解除も容易い容易い」

「……ねぇ、あの人、何で焦げてんの?」

「悪い、ちょっと火力が強すぎたらしい」

「おいそこ、話聞け」

 

 パチュリーが、では早速、と両手を掲げる。空を覆っていた紅い霧は晴れ、裂け目から夜闇が顔を出す。

 紅い月は毒を抜かれたかのようにすっと色を変え、平生の黄金色を取り戻した。

 異変は終わった。後には、静かな夜が待っている。

 一件落着、そう思っていたからこそ、その場にいた全員が油断していた。

 

 トンッ、という、小さな音。注意していなければ聞き逃していたその音をいち早く捉えたのは、レミリアだった。

 自分の胸から、()()()()()()()。背中から貫かれたのだと気づいたときには、その場に倒れ込んでいた。

 

「お姉様!?」

 

 フランドールの叫びで、皆が異常に気づく。血溜まりの中、レミリアの体は、驚くほど小さかった。

 

「お姉様! そんな……一体誰が……!」

 

 フランドールは辺りを見回す。どこにも人影はない。投擲された刀は、刀身が純銀でできていた。即ち、最初からレミリアを狙う目的だったという事だ。

 ヴァンパイアハンター? 考えにくい。この場の誰かか。しかし、誰も不審な動きは見せなかった。

 考えている内にも、抱き留めた体からは急速に体温が失われていく。

 

「お姉様! そんな、嫌だッ、折角また会えたのに! 行かないで! わたしを独りにしないでよ!」

「フ、ラ、ン……」

「……!? お姉様ッ!」

「いい、のよ……これは、罰ね……。フラン、を、悲しま、せた、罰……」

「何言ってるのよ! お姉様わたしの事を守ってくれるって約束したじゃない! それだけで……それだけで良いのに……。一緒にいてくれるだけで、他には何も要らないのに……」

 

 フランドールは、ぼろぼろと涙を零し、レミリアにすがりつく。レミリアはその頭を、慈しむように撫でた。

 

「あぁ、あぁ……それなら、良い……最期の、最期で……ようやく、姉らしい、事が……」

 

 その目から、光が失われていく。

 

「フラン……ずっと、いっ、しょ、よ……」

 

 ごぷり、と血を吐いて、レミリアは動かなくなった。

 フランドールは声もなく泣き崩れ、パチュリーはあまりの事態に立ち竦んでいた。

 

「ど、どうすんだよ、これ……。流石に、寝覚め悪いぞ……」

「分からない……。どうすれば良いの……」

「手は、あるわ」

 

 唐突に背後から飛んできた声に霊夢が飛び退くと、何もない空間がぱくりと裂け、そこから一人の女性が歩み出てきた。

 

(ゆかり)……!」

「久し振り、霊夢」

 

 波打つ金髪に、霊夢のものと同じ道士服。夜だというのに日傘を回すこの女性は、八雲(やくも)紫。霊夢を博麗の巫女に任命した張本人にして──この幻想郷の全てを管理する賢者。

 

「そこなお嬢ちゃん、フランドールって言ったわよね?」

 

 紫に名を呼ばれ、フランドールが顔を上げる。

 

「貴女は……?」

「御機嫌よう、怪物お嬢(モンストレス)。私は八雲紫。単刀直入に訊くけれど、お姉さんを助けたくはない?」

 

 その問いは愚問とさえ言えるほどであったが、フランドールは真剣に頷いた。

 

「わたし、もっとお姉様と一緒にいたい。失った時間は、沢山あるけど……それをこれから、塗り替えていきたい」

「よろしい。あー、昔の霊夢を思い出すわね。やっぱり女はこうでなくっちゃぁ」

 

 紫が指を弾いた。

 

「あなたの能力──『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』、その境界の全てを取り払ったわ。最早あなたの能力の影響下にあるものは物体だけではない──為しなさい。その力を使って、あなたの望む未来を作り出しなさい。私は、幻想郷は、それを赦し、受け入れましょう」

 

 フランドールが手を広げる。その掌に深紅の球体が浮かび上がり、フランドールはそれを握り潰した。

 

 #####

 

 博麗神社。

 霊夢の自宅にして幻想郷と外の世界を隔てる境界、博麗大結界を繋ぎ止める楔の役割を持つこの神社は、ひっそりと月見会を開催していた。

 

「おぃーっす」

「あら、あんたが一番乗り? 珍しい」

 

 縁側に座り込んだ魔理沙に、社務所から出てきた霊夢が茶を出す。

 

「月見は楽しみでね」

「あら、じゃあ去年の花見は? 結局途中で帰ったじゃない」

「酒が少なかったな」

 

 呑兵衛め、うるせー。何気ない会話を交わすうち、あの夏の事に話題が飛んだ。

 

「しかし、あの時のフランには驚いたわね」

「あぁ、紫の助力が恐ろしいよ。能力を使って、『レミリアが死んだ』っていう()()()()()()()んだもんなー」

「まぁその後元に戻されたけど──あ、来た」

 

 霊夢が遠くの空に目をやり呟く。魔理沙も視線の先を追って笑った。

 

「……なぁ、霊夢。結局、あの悪魔姉妹は倒さなくて良かったのかよ?」

「別に、大して悪さしないなら私も倒すつもりはないわよ。それに、あんな二人を悪魔だなんだって追い立てる気にはならないわ」

「はは、まぁ確かにありゃ、悪魔って言うよりは」

 

 天使だよな。

 その呟きが夜闇に溶け、魔理沙は早めの酒を呷り、月を見上げた。

 

 金色の月を背景に、二つの影が近づいてくる。

 レミリアとフランドールは、月夜の空を、まるで踊るようにじゃれあいながら飛んでいた。




お読みくださりありがとうございました。
『東方紅魔郷』編、これにて完結です。たとえ一章としても完結は完結です。ここは素直に、自分を誉めたいと思います。慣れない大仕事に駆け足気味になってしまったり、拙い感じになってしまった部分も多々ありますが、ひとまずこの失敗を、次回以降の教訓にしていきたいです。

あんまり長くなるのもあれなんでここらで、では、また次回。


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『東方妖々夢』編 櫻の樹の下には
第一話 春を探しに


よろしくお願い致します。

☆今回の登場人物☆
射命丸文…天狗。『文々。新聞』という新聞を手掛ける記者。霊夢たちに異変発生を報せる。笑顔が眩しい魅力的な女性だがゴルフ中継でスーパーヒーロタイムが潰れた時の顔は凄く怖い。

チルノ…氷精。ある存在からの力を借り、強大な敵となって再度立ちはだかる。冬になってパワーアップ。ついでに知能もパワーアップ。林先生に「奴はヤバイ」と言わしめるほどの天才。


 #####

 

~*『東方妖々夢』編 櫻の樹の下には*~

 

「櫻の樹の下には、屍体が埋まっている」

 

 明朗な調子で読み上げられた文章は、けれども少女の高い声には似合わない、どこか物騒なものだった。

 

「じゃあ、ここは墓地か何かだろうな」

 

 霧雨(きりさめ)魔理沙(まりさ)は、手にした本を置き、代わりに炬燵(こたつ)の真ん中に山盛りにしてある蜜柑(みかん)を手に取った。その本は、先日行きつけの道具屋から強奪──もとい、つけ払いにして手に入れたものだ。

 彼女と対面に座る少女──博麗(はくれい)霊夢(れいむ)は、それを聞いて露骨に顔をしかめた。

 

「あのねぇ、私が人殺してそこいらに埋めとくような猟奇的な女に見える?」

「いやうん、見えないな。消し炭にしてそうだ」

「ぐ……てか、なんであんた等もいるわけ?」

 

 霊夢は左右に視線を巡らせる。

 

「ふふ、友人の家に遊びに行くのは普通の事ではないかしら? それに、一度日本のコタツとやらを体験してみたかったのよ。しかし良いわねこれ……ぬくぬく……にゅふふ……」

「ね、魔理沙、雪合戦しよ雪合戦!」

 

 並んで炬燵に足を突っ込んでいるのは、レミリアとフランドール、スカーレット姉妹であった。夏に起こった紅霧異変の首謀者とその妹であり、今は何故かなつかれてしまっている。

 フランドールがはしゃぎながら指差す境内は、しんしんと降り積もる雪で覆われていた。こんもり積もった雪は、確かに雪合戦にはうってつけだろう。

 

「雪合戦か……雪合戦ね……。神社に風穴を空けないよう加減が出来るようになってからなら一緒に遊ぼうな」

 

 フランドールがぶーとむくれ、霊夢が肩を小刻みに震わせる。社務所の壁に空いた穴は、弾幕用の御札で塞がれていた。応急処置と言うには、あまりに心許ない。

 

「フラン様は、帰って美鈴(メイリン)と雪だるまを作るのではありませんでしたか?」

 

 姉妹の対角から口を挟むのは、メイド服姿の少女、十六夜(いざよい)咲夜(さくや)である。紅霧異変において霊夢と激闘を繰り広げたが、今や美味そうに蜜柑を頬張っている。メイドが炬燵にくるまっているという図は、中々にシュールなものである。

 

「あ、そうだった。ごめんね魔理沙、雪合戦はまた今度ね」

「何で私が断られたみたいになってんだよッ。逆だろ普通」

 

 文句を垂れつつも、魔理沙は蜜柑をひょいひょい口に放り込んでいく。いつの間にかその場の全員が蜜柑を頬張り始め、沈黙が降りる。

 その沈黙が破られたのは、そう間は置かれなかった。

 

「ごうがい、ごうがーい!」

 

 怒鳴り声を上げつつ境内に降り立つ影があった。艶やかな黒髪を肩の辺りで切り揃え、その背中からは鴉の羽根が生えている。身につけた兜巾と高下駄から、どことなく天狗を思わせる少女だった。

 

(あや)

 

 射命丸(しゃめいまる)文は小脇に抱えた新聞を五人の中央へ放った。

 

「皆さん、異変ですよ異変ッ! 終わらない冬! 降り止まぬ雪! 地脈の著しい霊力欠乏! 百パーセント限りなく完全に異変ですよこれは!」

 

 早口でまくし立てる文を尻目に、霊夢は新聞を手に取った。【天を裂く大穴 新たなる異変か!?】と大々的に書き出された見出しの横に載っている写真を見て、微かに眉を動かした。

 それは高所から魔法の森の景色を写した写真だった。吹雪の中撮影したのか、かなり不鮮明だ。

 霊夢の視線はその写真の中央に吸い寄せられた。

 雪雲を切り裂いて、ぽっかりと穴が空いている。そこから竜巻を逆さまにしたようなものが、その穴へ吸い込まれている。地脈の著しい霊力欠乏。文の言葉が甦った。

 

「霊力が、吸い上げられている……?」

 

「流石霊夢さん」と、文が人差し指を立てた。

 

「四月の上旬から同様の現象が相次いでいます。この異常気象は、恐らく地脈から急速に霊力が失われた事で、気温が冬季のまま上がらない事によるものと思われます」

「異常気象?」

 

 レミリアが外を見やる。相変わらず、はらはらと雪が降り続けている。

 

「今、何月だっけ?」

「えと……」

 

 壁に掛かった日めくりカレンダー。その日付は。

 

「五月、三日」

 

 雪はとっくに解け、桜の花さえ散ろうとする頃合いになっても、幻想郷は白銀に染まっている。確かに異常事態だった。

 

「これは、異変ね……」

「そうなんですよ。つきましては、私から皆さんに依頼したいのです。明けぬ冬、覚めぬ春を引き起こすこの“春雪異変”を、お二方に止めていただきたいのです。広報部(こちら)としても困るんですよねぇ。春告精(リリーホワイト)へのインタビューも控えてますし」

 

 霊夢は立ち上がった。既にして、その瞳には決意の炎が宿る。

 

「行くわよ、魔理沙。花見が出来ない博麗神社なんて、存在意義の八割を失ってるわ」

「それ神社としてどうなんだ?」

 

 言いつつ魔理沙も炬燵から這い出る。

 レミリアとフランドールは二人の様子を眺めた後、顔を見合わせてにまーっと笑った。

 

「さーくーやー♪」

 

 一オクターブ高い猫撫で声。咲夜の体が動物的本能でもって危険を感知し、ブルルッと震えた。

 

「お、お言葉ですがお嬢様。私は紅魔館の家事の全権を任されている身。責務を放り出して異変解決にうつつを抜かすわけには──」

 

 そう言い募る咲夜の目の前に、一枚のメモ書きが滑り込んでくる。

『紅魔館特別有給許可証』という手書きの文字列を見て、思わず頭を抱えた。

 

「逃げ場がない……ッ!」

「家事は美鈴に任せておけばいいわ。貴女が来る前は、あの子がメイド長をやっていたのよ? 大体、何をそんなに嫌がっているの? 咲夜の実力なら、危険はないはずよ」

「だってこんな寒い中外に出て犯人捜しですよ? きっと空を飛んでいる途中で氷漬けになって終わりですよ」

 

 咲夜の言う通り、現在の気温は五月のそれては思えないほど低かった。身を刺すような寒気も、異変の影響なのだろうか。

 

「あら、じゃあ」

 

 レミリアは床に置いてあった臙脂(えんじ)色のマフラーを手に取ると、咲夜に放った。

 

「それ貸してあげる。マフラーの防寒効果って、結構馬鹿に出来ないのよ? ……貴女も幻想郷に生きる人間である以上、霊夢たちに協力するのもアリだと思うの」

 

 咲夜は暫くマフラーとレミリアとを見比べていたが、やがて溜め息を吐いた。今までレミリアの思いつきや我が儘に振り回される事は多々あったが、よもや異変解決へ向かわされるとは。

 

「……承りました。十六夜咲夜、我が主とこの地の平穏の為、この異変を解決しましょう」

 

 マフラーを首に手早く巻き、咲夜は二人の後を追う。

 

 ──こういうのも、悪くはないかも。心のどこかで、そう思い始めていた。

 

 幻想郷の地に、三人の英雄が立つ。

 紅の拳、(くろがね)の巫女、博麗霊夢。

 疾風迅雷、我が意のままに、霧雨魔理沙。

 白銀の執行者、その刃は時を越える、十六夜咲夜。

 三人は北風に髪を靡かせて、境内から見下ろせる大地を見据えていた。

 

「……行こう」

 

 霊夢が踏み出し、空へ浮かび上がろうと霊力を放出した瞬間──

 

「ンなぁーッはっはっはっはっ!」

 

 唐突な高笑いに一同が上を見上げると、氷の翼を持つ少女──“氷精(ひょうせい)”チルノが、仁王立ちの状態で宙に浮かび、こちらを見下ろしていた。

 

「あいつは……?」

 

 咲夜が二人へ視線を巡らせると、二人は一様に「うわぁ、出た」と言わんばかりの表情をしていた。

 

「うわぁ、出た……」

 

 言った。

 

「紅白と白黒! 夏のあの日はよくもやってくれたわね! ここで会ったが百年目、今こそセツジョクを晴らすとき!」

 

 咲夜は懐から取り出したナイフを構えた。襖からこちらを見つめるスカーレット姉妹に、目線で隠れておくよう伝える。

 

「見たとこ妖精みたいだけど……どうする? 私一人でも十分だと思うのだけど」

「いや、咲夜。あいつはバカだが無能じゃない。ただの妖精だと舐めてかかったら、死ぬぜ」

「よくもやってくれたと言っても、本当にギリギリだったのよ。私と魔理沙が力を合わせて、()()()()()()だけの事。その妖精が、フルパワーを発揮できる状況下で、回避不能の戦闘をけしかけてきている」

 

 霊夢は腰を落とし、構えを取った。魔理沙も魔法陣を展開し、八卦炉をチルノに向ける。

 

「総力戦よ、二人とも。一時も気を抜いては駄目」

 




お読みくださりありがとうございました。
『東方妖々夢』編、これからお付き合い願います。うちのちるのちゃんはつよいのだ(小並感)。

では、また次回。


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第二話 氷の女帝

よろしくお願い致します。

☆今回の登場人物☆
チルノ…氷精。冬になってパワーアップ。最近自身のやられ役化が著しいと懸念するようになり、児相への談判を検討している。

レティ・ホワイトロック…雪女。とある理由からチルノに力の一端を渡し、霊夢たちへけしかける。ふとましいだの何だの言われているがそんな事はない。ないのだが、正月に三キロ太った。


 #####

 

 散開した瞬間、石畳をかち割って、無数の氷柱が幾重にも突き上げてきた。辛うじて回避した霊夢は、背中に差した大幣を引き抜くと、チルノの足を目掛けて振り上げた。先端が足首に絡まり、霊夢はそれを力を込めて引き下げる。

 

「ぬわ!?」

 

 チルノが体勢を崩し、地面に落ちてきた。これで拳が届く。

 起き上がったところを素早く懐に潜り込み、顎を狙ったアッパーを繰り出す。ヒット。仰け反ったチルノの胸に膝蹴りを叩き込む。チルノは数メートル吹き飛び、石段を転がり落ちていった。

 

「どうする!?」

「追う!」

 

 霊夢は魔理沙と咲夜を伴って石段を一息に飛び降りた。氷精の姿は見当たらない。どこかへ逃げたのか? いや、気配はある。まさか。

 

「霊夢ッ!」

 

 魔理沙が叫んだ。素早く視線を巡らせる。参道を挟む深い森が広がっている。その木々の間で、何かが光った。

 刹那。空気を切り裂く氷柱の弾幕が、鋭い先端を光らせて飛翔してきた。

 

「くっ……」

「ずぁぁぁぁぁぁぁっ!」

「……」

 

 大幣で、箒で、ナイフで、氷柱を弾いていく。次から次へと息つく間もなく、敵を貫かんとする様は正に弾幕。正に悪辣。一分の隙間もない、全方位からの射撃。やはり強い。妖精と言うには、あまりに規格外だ。

 しかし、()()()()()()()()()()()()

 霊夢は目と鼻の先に飛んできた氷柱を掴むと、首を動かさずに後ろへ投擲。投げられた氷柱は咲夜の後頭部を今にも貫かんとしていた氷柱を粉砕する。

 

「咲夜」

「分かってる」

 

 咲夜は懐中時計を取り出すと、能力を発動。濃青の瞳が紅く赤熱し、深紅に染め上げられる。それと同時に、世界は、その活動の一切を停止した。

 静止した時間の中で、動けるのは咲夜だけ。咲夜はどこからか夥しい数のナイフを取り出すと、宙に飛び上がった。

 

 能力、解除。

 世界、鳴動。

 

 天から降り注いだ白銀の雨が、氷柱を余さず撃墜した。

 のみならず、森の奥から悲鳴。肩から血を流しながら、チルノが転がり出てきた。やはり、木の陰に隠れて弾幕を撃ってきていたのだ。

 

「やーっと出てきた。さ、素手喧嘩(ステゴロ)といきましょうか」

 

 霊夢が地面を踏み鳴らして歩み寄る。チルノは歯を剥き出して立ち上がると、右手を宙にかざした。その細腕がパキパキと氷を帯び、研ぎ澄まされた刃の形を成す。氷の造形術。紅霧異変の際にも目にした、チルノの得意技だ。

 霊夢の横に、魔理沙と咲夜め並び立つ。

 

「ぐぬぬ、三対一なんて卑怯だぞ!」

「なぁに言ってんだ、戦いってのは卑怯な方が勝ちで、勝った方が正しいんだよ」

「そこを通してくだされば、乱暴な真似は致しませんよ」

「さぁ、どうする?」

 

 その時。

 食い縛られたチルノの口が、ニィッと歪んだ。

 

「なーんてね! 本当はあたい一人じゃあないんだッ! レティ!」

 

 吹き曝していた雪が、チルノの頭上に渦巻く。局所的吹雪は一瞬球形にすぼまり、そして弾けた。

 弾けた球の中からは、一人の少女が出てきた。ゆったりとした服装の、チルノより少し背の高い少女。

 何度か霊夢も目にした事があった。レティ・ホワイトロック。毎年冬になると幻想郷に雪を振り撒く、所謂『雪女』である。

 

「まさか、こうも早く人間が嗅ぎつけてくるとはね。悪いけど、ここを通すわけにはいかないわ。全員氷漬けにして、人里に飾ってあげムング」

 

 言い終わるより先に、跳躍した霊夢の拳がレティの顔面にめり込んでいた。そのままレティを道連れに自由落下を始めながら、魔理沙と咲夜を振り向く。

 

「咲夜! あんたはそこの氷精を何とかして! 私と魔理沙はこいつを倒す!」

「え……!?」

「季節が冬の以上、冷気に関連する(あやかし)は例外なく強くなっている! 雪女なんかは特にね!」

 

 霊夢の意図を汲んで、魔理沙が箒に飛び乗った。

 

「大丈夫だ咲夜。あいつは敵の力量を測る事に関しては天性のもんがある。お前がチルノに後れを取るなんて有り得ないぜ」

「……分かった」

 

 咲夜はナイフを取り出し、逆手に構えた。

 

「ふーん、あんた一人が相手なの? 無謀だね」

 

 チルノは両手を広げると、自分の周囲に空気さえも凍りつかせる冷気を漂わせる。

 

「冬が来て最強の妖精となったあたいが負ける要素など無い! かかってこい、先に攻撃させてやるわ!」

「──あら、いいの? ()()()()()()()

「は?」

 

 刹那、目の前から咲夜の姿が掻き消えた。ハッとして周囲に目をやるが、あのメイドの姿はどこにも見当たらない。

 

「クソッ、どこだ!」

「ここよ」

 

 背中に凄まじいまでの寒気が走る。体の感覚が消えかかるほど肌が粟立ち、脳が逃走を訴える。戦意の炎が突風に煽られて大きく揺らぐ。咲夜が後ろに立っている。チルノの首に、ナイフの切っ先を突きつけて。

 どうする? 振り向く暇はない。敵の姿を収める事なく首を落とされて死ぬ。

 ならば、振り向かずに仕掛けるまで。

 チルノの背中に浮かぶ、氷でできた三対の羽根がビキビキと肥大化し、咲夜を包み込むように殺到した。だが、氷の握撃は、何も掴まなかった。チルノは振り向き、咲夜と対峙する。

 

「防ぐのね、二人の言っていた通りだわ」

 

 咲夜はナイフのような光を湛えた目でチルノを見据えていた。口調は穏やかだが、全身からは黒ずんだ殺意が滲み出している。

 チルノは束の間そんな咲夜に臆したが、すぐさま切り替えると駆け出した。死角である頭上から氷柱の雨を降らせる。咲夜は目敏くそれに気づくと、後ろに跳んで回避する。咲夜の体が宙に浮いた瞬間を見計らって、彼我の間に氷の壁をいくつも現出させる。続いて氷のつぶてを連射。つぶては壁にぶつかり、進行方向を変え、複雑な軌道を描いて咲夜に迫る。

 咲夜は能力を発動。全弾が静止し、空中で()()()()

 

「……ッ!」

 

 垂れてくる鼻血を、親指で拭う。能力の発動時は、止めている時間の長さと程度の値が大きいほど、多大な集中力を要する。完全停止を二度も使用した今、咲夜と言えど限界は近かった。

 能力解除。同時に、チルノの懐に素早く潜り込む。氷のつぶてが、背後の虚空を貫いた。

 チルノは突然眼前に現れた咲夜に一瞬驚いた表情をしたが、すぐさま氷の剣を創り出し、突き込まれてきたナイフをいなす。リーチの差はあれど、相手の得物は細剣。速さならば咲夜より勝る。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」

 

 裂帛の気合と共に、チルノが剣を振るう。流派もへったくれもない、滅茶苦茶な剣術。だがそれ故に、軌道は千変万化であり、剣の道に熟達した者を相手取るのとはまた違う難しさがある。

 対する咲夜はナイフを逆手に持ち、格闘を織り交ぜた戦法でチルノと渡り合っていた。突きを払い、横薙ぎをかわし、斬り下ろしを弾く。そして生まれた僅かな隙を縫って反撃する。素人は、たとえ刹那の間でも、動きを封じれば御しやすくなるものだ。危機回避における頭の回転、咲夜はそこを突いた。

 

「シッ……!」

 

 遂に咲夜の切っ先が、浅いながらチルノにヒットした。ブラウスの襟元に結びつけられた赤いリボンが裂け、雪の中を舞った。怯んだチルノが、剣を取り落とし後ずさる。今だ。咲夜は駆け出し、そして――

 

「は……」

 

 氷の張った水溜まりに気づかず、盛大に足を滑らせた。

 受け身も取れず、背中から地面に叩きつけられる。

 何故だ。さっきまでここの地面には何も無かったはず!

 その時、視界の端で取り落とした剣を拾い上げた氷精が、こちらに走ってくるのが見えた。

 

(そうか……私が踏み込むタイミングに合わせて、私の足許を凍らせたのか!)

 

 咲夜は目を見開く。細剣の切っ先は、最早目と鼻の先だった。

 

(……でもね)

 

 咲夜は上を見上げる。その手には懐中時計が握られていた。

 

「私が何の策もなく、本気で妖精ごときの仕掛けた罠に掛かるとでも?」

 

 チルノが弾かれたように顔を上げ、

 

「何ィッ!?」

 

 と声を上げた。

 チルノの頭上からは、無数のナイフが降ってきていたのだ。転んだ瞬間、能力で時間を止め、上空にバラ撒いておいたのだ。咲夜に隙が出来た瞬間に、チルノは打ちかかってくるだろうと予想して。

 

「なるほど、あたいの行動を読んで――考えたな人間……だがッ!」

 

 チルノは人差し指を頭上に掲げた。たちまち冷気を伴う突風が巻き起こり、勢い良くぶつかってくる氷の粒に、咲夜が投げたナイフは一瞬にして粉々にされてしまう。あれではチルノを刺し貫く事などできはしない。

 

「なーっはっはっはっはっ! これでお終いだ、十五夜ザクローッ!」

 

 チルノの剣が、再び咲夜を貫かんと迫る。

 

「……なぁんだ」

 

 しかし、咲夜、ここにきてなお冷静。拍子抜けした調子で呟くと、新しいナイフを構えた。

 

「こんなに強いのに、こういう所は変わらないのね。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 チルノの目が、驚いたように見開かれる。

 

「ナイフを真上に投げたのも計算ずく、氷の罠に引っ掛かったフリも、束の間のお喋りも、全部あなたの気を引くための策。お陰で、たっぷり溜まったわよ」

 

 そう言った咲夜の手の中で、ナイフが白銀のエネルギーを帯び始める。魔力が込められているのだ。それも、純銀を器にしてもまだ足りぬ、膨大な魔力が。

 

「時符『パーフェクトスクエア』」

 

 咲夜、ナイフを投擲。チルノ、反射的に首を逸らして避ける。明後日の方向へ飛んでいったナイフは、しかし空中でとあるモノに衝突し、跳ね返ってこちらへ返ってくる。

 

「いぃっ!?」

 

 チルノ、また避ける。だが、またもや投擲されたナイフは跳ね返り、チルノに迫る。

 どういう事だろうか。今しがた咲夜が投げたナイフが、まるで意思を持つ生き物のように、チルノを狙って縦横無尽に辺りを飛び回っている。

 そこでようやく、チルノはそのからくりに気づいた。ナイフだ。チルノが先程砕いたナイフの破片が、咲夜の投擲したナイフを跳ね返し、軌道を変えているのだ。

 

「こいつっ、真似しやがった!」

 

 キラキラと光る欠片を睨み、チルノは背後から迫ってきていたナイフを上空へ跳ね上げた。あそこなら破片はない。跳ね返せるものなどどこにも――

 

「チェックメイト」

 

 いつの間にか跳躍していた咲夜が、空中でそれを手に取る。――まさか、さっきのもブラフッ?

 

「……っそ、そんなバカなぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

 絶叫に広げられたチルノの口腔に、必殺の刺突が容赦無く捩じ込まれた。

 喉から噴水の如く鮮血を噴き出しながら、最強の妖精・チルノは、憎き人間に二度目の敗北を喫したのだった。

 咲夜が地面に降り立つと同時に、チルノの身体が細かい氷になって風に攫われていった。

 

「妖精メイドよりは骨があると思ったのだけれど、まぁこんなものよね。明日の来世では私に会わないように祈りなさいな」




お読みくださりありがとうございました。
チルノ、書き始めた頃はかなりの強キャラになる予定だったのに、口調も相まって小物感がやばい。妖精大戦争編とかやるようになった時には改善しますかね。

取るに足らぬよもやまは置いておいて、では、また次回。


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第三話 怪奇! マヨヒガの赤猫!

よろしくお願い致します。

☆今回の登場人物☆
橙……霊夢たちが迷い込んだ謎の建物、マヨヒガを守護する化け猫の少女。美鈴と並ぶ予測変換の壁。「だいだい」って打ってます、ごめんね橙ちゃん。霊夢と身長が同じ。次いでにバストサイズも同じ。流石に巫女も幼女を殴り飛ばすのは躊躇があると思った。(対レミリア戦を見ながら)


 ####

 

 咲夜とチルノの決着と、ほぼ同時刻。

 

「エイシャオラーッ!」

「シャアァコラーッ!」

 

 霧の湖の付近では、ボロボロの雪女を痛めつける巫女と魔法使いの姿があった。

 

「やめてください! やめてください!」

 

 半泣きで叫ぶレティの腕を、霊夢が掴む。

 

「あいででででで! お、折れるぅぅぅ!?」

 

 鮮やかなV1アームロックが極まった。悲しい事に雪女、関節を極められた時の対処法が分からない。そのままギリギリと肘を破壊されそうになる。

 滅茶苦茶に暴れ、すんでのところで振り払うが、立ち上がったレティの腰に何者かが組みつく。

 

「ひぃっ!」

 

 それはまるで、雨上がりの空にかかる虹のよう(季節的に雪だが)。

 魔理沙の得意技、ジャーマンスープレックスが新雪の飛沫を浴びて輝く一輻の絵画の如き鮮やかさで繰り出された。

 

「……さて」

 

 パンパンと手を払い、魔理沙が咳払いした。

 

「話してもらおうか、全てを」

「……順序おかしくないですか!?」

 

 凍った湖面に手をついて、レティが頭を引き抜いた。

 

「普通口割らない相手に対してこういう仕打ちしますよね!? 私ここに連れて来られてから秒でこのザマなんですけど!」

「うるせぇ今度はジャパニーズ・カラテ喰らわしてやろうかおぉん!?」

 

「ヒーッ!」と恐慌を来すレティ。両手の五指をワシワシ動かしながら歩み寄る魔理沙。あわや地獄の第二ラウンドかと思いきや、霊夢が手を上げて魔理沙を制した。

 

「落ち着きなさい魔理沙。暴力で屈するような相手じゃないわ」

「あなたもしれっと技かけてましたよね……まだ痛みますよこんちきしょう……」

「単刀直入に訊くわ。この異変、あんたが黒幕?」

 

 レティは顎に人差し指を当てて考え込む仕草をして、首を横に振った。

 

「くろまく〜……? 違いますよ、春が来ないのは、私のせいじゃないです」

「じゃあ、この雪はどういう事だよ? こんなの十中八九雪女の仕業だろう? チルノを引き連れて私たちを邪魔したのも、異変が解決されるのを阻止する為なんじゃないのか?」

 

 魔理沙が口を挟むと、レティは目に見えて狼狽えだした。

 

「ち、違いますよ、その、えぇと、実は……」

 

 レティは束の間視線を逸らし、「これ話していいのかなぁ」と独り言を言っていたが、やがて決心したように霊夢たちに向き直った。

 

「実は……お三方を足止めしようとしたのは、誰かに頼まれたからなんです」

 

 霊夢と魔理沙は目を瞠った。

 

「誰にだ? 誰に頼まれた?」

「名前は名乗ってもらえなかったんで分からなかったんですけど、そうだな、格好ぐらいは……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 霊夢の脳から爪先までを、電撃の如き衝撃が駆け抜けた。

 その姿に――まだ断片的な情報ではあるが――その姿に、霊夢は吐き気がするほど見覚えがあった。

 

「その人に、『もうすぐ人間たちがやって来るから、絶対にここを通してはいけない。お礼はたっぷりする』って言われたから……やっ、だって、欲しいじゃないですか、お礼。それで、私一人じゃ不安だから、あの氷精を唆して、私の妖力を分け与えて、皆さんを追い払ってもらおうと思って……って、どうかしました?」

「……霊夢?」

「……ッ、何でもない。行こう、魔理沙。レティ、その金髪の女は、どこに行った?」

「……あの空の穴の中に、飛んでいきました」

 

 レティが指差した先を見て、二人は仰天した。

 山の上の空に、雪雲を巻き込んで渦巻く渦潮のような穴が空いていたのだ。そしてその穴は、山から細長い竜巻を巻き上げていく。

 

「クソッ……まだ搾り取ろうってのかよ……!」

「魔理沙……!」

「わーってるよ! おい、レティ!」

「ヒィッ! は、はい!」

「悪い、ソイツの言ってたお礼はなしだ! 私らは今すぐあの暴挙をしでかしてる野郎をぶちのめさなきゃならん!」

 

 レティは座り込んだ姿勢のまま、力なく笑った。

 

「いやー、お気になさらず。あの人、全然ほんとのこと言ってるように見えなかったし」

 

 

 

 #####

 

 森の中を駆け抜ける霊夢と魔理沙。幹を蹴り、根を飛び越えて、一心に山を目指す。

 

「……ん?」

 

 ふと、魔理沙が足を止めた。それにつられて、霊夢も立ち止まる。

 

「……どうしたの?」

「家だ」

 

 魔理沙が指さした先には、広々とした空き地と、そこに建つ一軒家があった。人がいる気配はない。だが、人ならざるものの気配ならば、先程から噎せ返るほどに臭ってきている、隠す気のない敵意と殺意の臭いだ。

 何かを感じ取った霊夢は、地面に落ちていた手頃な石を拾い上げると、前方に向かって放った。石は放物線を描いて飛んでいき、空中で爆ぜた。

 霊夢はその瞬間、横の茂みから石を射抜くレーザーを見た。

 

「な!?」

「やっぱりね。動体感知式の迎撃術式が張られている。──『夢想封印・散』!」

 

 霊夢が気を集中し、撃ち出す。散弾のような軌道の夢想封印は木陰や茂みからこちらを狙っていた迎撃術式を跡形もなく破壊した。

 魔理沙は構えながら、改めて霊夢の勘の良さに舌を巻いていた。いとも容易く敵の罠を見抜き、あまつさえその全てを破壊せしめた。つくづく人間離れしている。これが幻想郷最強の()()。その力の一端なのか。

 緩みかけた気を引き締める。いくら霊夢がずば抜けているからといって、それは魔理沙も同じ事だ。魔理沙は血の滲むような努力の果てに霊夢と同じステージまで登り詰めた。魔理沙は霊夢と肩を並べて戦うべきだ。それが魔理沙自身の使命であるように思われた。

 

「どこにいるの! 出てきなさい!」

 

 霊夢が叫ぶと、何も無い空間から突然、一人の少女が飛び出してきた。

 

「あの術式を破るとは、流石博麗の巫女というだけはあるね。紫様が入れ込むわけだ」

「あんた……紫のとこの式か。確か……」

(ちぇん)だよ」

 

 そう言うと、橙は屈伸運動を始めた。何気ない所作さえ軽やかだ。よく見ると頭からは猫耳が生え、腰の辺りから二股に分かれた尻尾が揺れている。

 

「それで、何の用? 生憎と、あんたと遊んでやる時間はないのよ。丁度、あんたのご主人様に用があってね」

「藍さま……いや、紫様に? 奇遇だね、私はあんたに用があるんだよ」

 

 言うなり橙はすっくと立ち上がる。一切の気負いがなく、それでいて踏み込むに踏み込めない威圧感を携えた雰囲気だった。

 

「お二人さんをここで倒せってお達しがあってね。本当は陰からこっそりやる予定だったけど、気づかれちゃったからね。悪いけど、少し痛い目見て眠っていてもらおうか」

 

 やる気だ。魔理沙は身構える。霊夢は平手を構えた。

 やはり紫が一枚噛んでいるのか。今回の異変は彼女が主犯なのか。ならば何の目的で。

 気になる事、考えるべき事は沢山あった。しかし今は、そのどれよりも、目の前の障害を乗り越える事に全力を注ぐべきだ。

 

「そう簡単にやられはしないし、やられるつもりもないわ。全力でぶち破る」

「あーあ、バカやるねぇ。立ち向かうんだ。立ち向かっちゃうんだ──ま、いいや。覚悟しな。マヨヒガ(ここ)に迷い込んだら最後、死ぬまで出る事は叶わない。泣こうが喚こうが願おうが足掻こうが、な」

 

 橙、腰を屈める。

 闘気が迸った。

 ほぼ静止した状態から放たれた飛び蹴りが、霊夢の鼻先を掠めた。霊夢は既にカウンター狙いの右ストレートを打っていた。が、両足でその右腕をホールドされる。

 

「そうら!」

 

 橙が体を回転させると、腕を掴まえられた霊夢も一緒に回転する。地面に手をつこうにもその片方が塞がっている霊夢は、なす術なく地面に顔面から叩きつけられた。

 一方橙は逆立ちの体勢から大きく足を開き、今度はコマのように回転。刃の如く振るわれた蹴撃は立ち上がりかけた霊夢の足を払う。

 瞬時に橙は両足をたたみ、身をたわめ、引き絞る。

 低姿勢からのドロップキックが霊夢を吹き飛ばした。

 

「霊夢ッ!」

 

 魔理沙が駆け寄ってくる。その肩越しに、跳躍して横蹴りを放つ橙が見えた。

 

「危ない!」

 

 魔理沙の服を掴んで無造作に後ろへ投げる。魔理沙の声が遠ざかっていくのを確認した瞬間、恐ろしいほどの衝撃が横殴りに襲ってくる。

 咄嗟に地面を転がり衝撃を殺す。篭手でガードしていなければ骨一本枯れ枝よろしく折られていた。

 

(ヤバいな、あいつの蹴り……音からして違うもん)

 

 攻撃の“脚”は緩められない。突き込まれた鋭い蹴りをがっちり掴み、力を振り絞って投げ上げる。空中を一回転して仰向けになった橙の背中に、渾身のアッパー。

 

「ケハッ!」

 

 肺から空気が漏れた声。化け猫の矮躯は軽々吹き飛ぶ。

 しかし橙は空中で姿勢を変え、踵を振り下ろす。

 両腕を交差させてそれを防ぐ。またもや足首を掴み、振り子の要領で投げ飛ばす。橙はマヨヒガ縁側の障子をぶち破って消える。霊夢はそれを追った。

 具足のまま縁側に上がり、もうもうと立ち上る土煙の中ここと見当をつけて拳を突き入れると、防がれる手応え。橙が拳を受け止めていた。

 ここで霊夢、受け止められた右腕に更に力を込め、押し込む。橙が歯を食い縛り、霊夢の横面を蹴りつけた。堪らず怯む霊夢。その隙に立ち上がる橙。

 

「……人んちに土足で入っちゃいけないんだー。紫様に言いつけてやる」

「構わないけど、『人肌恋しい』とか吐かして私の寝込みを襲ってくるような奴に、私を説教出来る立場があるのかね」

 

 じわじわと間合いを測る。緊張の刹那、同時に繰り出されたハイキックが中空で交錯した。

 間髪入れず、熾烈なる接近戦闘(インファイト)が幕を開けた。

 頸を狙った蹴りを受け止め、殴りつけ叩き落とす。

 肘打ちを躱し、がら空きになった脇に膝蹴りを叩き込む。

 一瞬怯むが、後ろ回し蹴りが襲い掛かってきた。即座に身を屈めて回避し、ラリアットを見舞った。

 しかし手応えがあった事による一瞬の安堵を突き、橙は仰向けに倒れ込むと同時に振り上げた脚で霊夢の後頭部を打った。死角からの攻撃に霊夢もつんのめる。橙は畳に手をついて跳ね起きると、霊夢が体勢を立て直すのを見計らってターン。回転の勢いを乗せた蹴りを鳩尾にぶち込んだ。

 橙渾身の蹴撃をもろに喰らった霊夢は()()()()()以上吹き飛び、障子を貫通し、廊下を挟んだ向かい側に位置する大広間に叩き込まれた。

 開け放った障子から追撃を見舞わんと橙が駆け寄ってくるのを見て、霊夢は顔面を狙った右ストレート。しかし橙は跳躍。前方宙返りにてこれを難なく躱すと、後方にある霊夢の背中に蹴りを打ち込んだ。

 

「ぐ……!」

 

 ──強い!

 今更ながらに、霊夢は目の前の化け猫を脅威に感じ始めていた。流石は紫の式と言ったところか。相応の実力はあるようだ。

 ──嗚呼、強い。実に強い。油断すれば負けそうだ。気を緩めれば殺されそうだ。

 

 だからこそ──霊夢は、()()()

 

 昂る。壁が、害が、あらゆる強者が、霊夢を阻み、滾らせる。

 

「面白い……久し振りに、()()()()()()()()()()()()()。もっとだ、まだ足りはしない。化け猫、本気を出せ。殺意を奮わせろ。もっと……私を(たの)しませろ」

「うわー、戦闘狂ってやつ? 怖いわー、ひくわー。でも、そうだよね。本気で来なくっちゃあ面白くも何ともない。それは分かる。だから──本気で来てやるよ!」

 

 霊夢と橙の間で、あらゆる気力が綯い交ぜになった何かが渦巻いた。

 次の瞬間──それこそ、何人も捉えられぬ須臾を縫って、初撃が、(はし)った。

 

 




お読みくださりありがとうございました。
蹴り主体のファイティングスタイルってすごいかっこよくないですかってのを、橙を通して伝えたかった(伝われ)。

では、また次回。


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第四話 賢者の企み

よろしくお願い致します。今回、同じくハーメルンで活動しておられ、更にTwitterで交流もあるやつは様に挿絵を描いて頂きました! とんでもなくキマってる(クスリ的な意味ではなく)霊夢さんです。超感謝です。(掲載許可は頂いております)

☆今回の登場人物☆
橙…マヨヒガを守護する化け猫。蹴りを主体にしたファイトスタイルとアクロバティックな動きで霊夢を翻弄する。目玉焼きにはソース派。


 

【挿絵表示】

 

 

 #####

 

 何が起こったのか、一瞬、霊夢は判断しかねた。

 瞬きの後に、体の至る所から()()()()()()()()のだ。

 ()()()()()()()()、と気づいたのは、橙が脚を振り抜いた姿勢のまま止まっていたからだった。

 脚から力が抜ける。関節を斬られた。どうと崩れ落ちる。

 

「おやァ? 大口叩いた割には、随分とダウンが早いな」

 

 橙が脚を下ろしつつ言う。霊夢は起き上がろうとするが、少しでも身動ぎすれば、鋭い痛みと共に血が迸った。

 

「あんまり動かない方がいい。なるべく深く広く傷をつけたからね。そのまま大量出血でお陀仏なんて、私に蹴り殺されるより格好つかないよ?」

 

 ……速い。これが妖怪の力。

 霊夢と(いえど)も人間。ヒトの域を超えた妖怪の業には所詮敵わないのだろうか。

 

 ()()

 

 ()()()()()()()()()()

 

 

「……まだよ」

 

 霊夢は震える手で懐に手を入れ、数枚の御札を取り出し、傷口に貼りつけた。寝そべったままで印を結ぶと、

 

「〜ッ!」

 

 御札が発光し、ジュウウと音を立てて霊夢の肉が焼かれる。橙が顔を歪めた。

 

「なるほど、霊力で熱を生じさせて傷口を焼いたか」

「少しは……マシに、なったわ、ね……」

 

 立ち上がり、構える。しかし、その構えは少々特殊だった。武術らしく腰を落とす下半身はそうでもないが、両手を下げ気味に広げている。まるで、抱きつこうとする人を受け止めようとしているかのような形だ。

 

「何のつもりか知らないけど……どうやったって本気の私にゃ勝てないよッ!」

 

 橙が駆け出した。側転、バク転から跳躍、空中で捻りを加えての飛び蹴り。それに対して霊夢は、僅かに上体を横に逸らした。

 狙いを外された橙の蹴撃は、霊夢の脇腹を掠めるだけに留まった。橙、着地してすかさず、蹴り足を跳ね上げた。しかし、それも躱される。いや、狙いを定めた首筋と、橙の脚の間に、霊夢の篭手が差し入れられ、脚の軌道を逸らしたのだ。

 連続の蹴撃を、霊夢は立て続けに避け、流していく。まるで滝を蹴っているようだと、橙は思った。攻撃は受け流され、裏拳や掌底にて橙の脚はじりじりと傷つけられていく。具足越しでも伝わってくる、途轍もない衝撃だった。

 

 橙は焦っていた。

 全力で打ちかかった。霊夢も最初は対応しきれず防戦一方だった。なのに今は、橙が押しているように見えて、実は橙が追い詰められていた。

 

 

 実はそれこそが、博麗式戦闘術の真髄であった。

 不定形の影のように敵の攻撃を受け流し、同時に陽光の如き鮮烈な攻撃。

 (防御)(攻撃)一体の格闘メソッド。

 

 博麗式戦闘術壱の型、『森羅結界』。

 

 

「な……!?」

 

 遂に、霊夢の掌底が橙の脚を弾き飛ばした。予想外のカウンターに思わず体勢を崩す橙。

 倒れ込み見上げた天井は、紅白の巫女によって覆い隠されていた。

 

「ちょ、待って! ムリムリムリムリムリムリ──」

「『夢想封印・鉄拳翔』ッッッ!!!!!」

 

 直後。轟音と共に、マヨヒガが()()()()()()()()。インパクの中心には霊夢。クレーターの中央で、橙の腹に拳をあてがっていた。

 すっ、と拳を離し、立ち上がる。

 

「邪魔っけな民家もなくなったわね。さぁ、先に行かせてもらうわよ」

「……」

 

 橙は答えない。気を失っていた。

 興味は失せた、と言わんばかりに飛び去っていく霊夢。その背後で、()()()()()()()()()()事には気づかずに。

 

 ぞゅる。

 

 形容し難い怪音を立てて、空間そのものが裂ける。その裂け目──スキマの中には無数の目玉が忙しなく蠢いており、両端のリボンは、まるでスキマの拡大を阻止するかのような絶大な霊力をひしひしと感じる。

 そのスキマから伸びた手が、橙の頬をペチペチ叩いた。

 

「橙……起きなさい、橙……橙ったら、ちぇーんー。……ほーら、マタタビですよー」

 

 その手が一度引っ込み、マタタビの入った袋を橙の鼻の前で振ると、猫又はバチィッと音がしそうなほどの勢いで目を見開いた。そのまま袋にしがみつき、恍惚の表情で頬擦りする。

 

「うにゃーっ!」

「起きてるじゃない、橙ったら、最初からマタタビが狙いだったのね?」

 

 呆れ声と共に上半身を虚空から出現させたのは、紅魔館で霊夢たちを手助けした妖怪賢者、八雲紫であった。橙は彼女の──厳密に言えば、彼女が使役する式神の──式神である。紫の指示で、霊夢の()()()()()()()()()()

 

「それで?」

「うにゃあ……?」

 

 すっかり骨抜きになった橙に、紫は訊ねた。

 

()()()()()、と訊いているのよ」

「あー……うーん、そーですね」

 

 ひとまずマタタビから顔を離し、橙は思案顔になった。どうだったかと訊かれても、それは紫様が一番知っているはずなのに。

 

「強かったです、すごく。こっちの本気にとんでもない速さでついてきてました。あれが博麗の巫女に代々伝わるっていう?」

 

 紫が首肯する。

 

「清流の如く攻めをいなし、激流の如く攻めを砕く。万物を拒む事なく受け止める、幻想郷らしい体術ね。教えた甲斐があったわー」

 

 嬉しそうに話す彼女。しかしその目は、どこか遠くを見つめているようで。

 

「でも、まだ足りない。あの子は現時点において博麗式戦闘術は完成に至ったと思っているわ。事実『鉄拳翔』なんて()()()()()()()()まで編み出しているその実力は認めるけれど、私に言わせればそれすら()()()よ」

「え……」

「それに鉄拳翔も百パーセントオリジナルとも言えないのよね。夢想封印は先代が独自に編み出した拳技だし」

「……」

「あの子はまだまだ強くなる。それこそ、誰よりも、ナニよりもね。これから起こる、地獄も冷えきるような戦乱を勝ち抜くほどに。その為に、今回の異変を仕込んだのよ」

 

 橙は寝そべったままで話を聞いていた。

 

 ──怖い女だ。ただの人間に、どこまで課すつもりなんだ?

 

「さ、そろそろ帰りましょ。今日の夕飯はすき焼きよー」

「……また肉ばっかり食べて、鍋を緑色にしないでくださいね」

「ぶー、しないわよそんな事……たぶん」

 

 橙が体を潜り込ませると、スキマはぴっしりと閉じた。

 そこには何もなかったかのように、誰もいなかったかのように、静けさがただ在った。

 

 

 

 




お読みくださりありがとうございました。
なんだこのボリューム! 全然読み応えがねぇ!
プロットの都合でこんなんなりましたし、博麗式戦闘術のくだりは推敲に推敲を重ねてもこんなんにしかなりませんでした。すみません許してください! 何もしませんけど!

次回は何とかなります。てかします。
では、また次回。


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第五話 人形師アリス

よろしくお願いします。

☆今回の登場人物☆
アリス・マーガトロイド
 人形師であり、魔理沙と同じく魔法使い。自作の人形を使った多彩な連携攻撃が持ち味。
 巷では催眠ネタで大人気(?)だが、本作でもその精神干渉への耐性の低さを遺憾無く発揮する。


 #####

 

「れ・い・む・の・バ・カ・野・郎ォォォォ!」

 

 魔理沙は髪に絡みついた葉っぱを払い落としながら、森の中を憤然と進んでいた。

 マヨヒガ前で霊夢に投げ飛ばされ、木々の間を後ろ向きで猛スピードですり抜けるというスリリングすぎる飛行体験ののち大木の枝に襟首を捕まえられてからかれこれ一時間。

 がむしゃらに撃ちまくっていた魔法弾がようやく枝をへし折り、魔理沙は地面に降りる事が出来た。それと同時に、マヨヒガの方で巨大な()()()()()()()が伸び上がったのを木陰から確認し、霊夢の勝利を確信した。

 そして今度は、霊夢に文句を言ってやる為に来た道を戻っているのだが。

 

「──にしても、大分遠くまで飛ばされたもんだな。クソッ」

 

 周囲は鬱蒼と茂る草木しか見えず、地面に張り出した根っこが歩みを邪魔する。どうやら森の最深部辺りまで飛ばされたらしい。霊夢の馬鹿力に、感心半分呆れ半分でいた魔理沙は、

 

「うん?」

 

 ふと前方に人影を見た。

 短めの金髪、森の中ではあまりにも不自然なロングスカート。彼女を取り囲むように浮かんでいるのは──人形?

 話し掛けるか否か迷っていると、不注意から木の枝を踏みつけてしまう。バキッ、という音が、静寂に包まれた森の中ではあまりに大きく響く。

 少女が振り返った。人形を連れているだけあって、というほどでもなかろうが、彼女自身も人形のように整った顔立ちだ。

 

「う……」

「……」

 

 沈黙。

 魔理沙も、少女も、視線の他には何を交わす事もなく立ち尽くしている。

 

「……」

 

 徐に、少女が右手をゆるゆると上げた。挨拶でもするのか? 魔理沙は僅かながら警戒を解き──。

 そして、そうした事を激しく後悔した。

 少女の指の腹から──正確には、その五指に嵌められた銀の指輪から、透明な糸のような何かが垂れ下がっている。その糸の先は、空中を漂っていた人形に接続されている。

 

 挨拶などではない。そんな()()()()()()ではない。

 

 掲げた右手を、少女が振り下ろす。

 

 人形が、魔理沙を、見た。

 

「う……おッ!?」

 

 咄嗟に横に転がって避ける。次の瞬間、魔理沙の首があった空間を、人形の持っていた剣が薙いだ。反応が遅れていたら、今頃死んでいただろう。戦慄しながらも少女から目を離す事はせず、指を弾く。魔理沙を中心に幾つもの魔法陣が展開され、次々とレーザーを放った。無数の光条が、人形を焼き焦がしながら少女に迫る。当たる。魔理沙は確信しほくそ笑んだ。

 しかし。次の瞬間起こった信じ難い事態に、我が目を疑う事となる。

 レーザーが少女に迫った瞬間、()()()()()()()()

 何が起こったのか分からなかった。しかし、二股に分かれた弾幕は少女を掠め、その背後の大木に命中した。

 

(魔法が斬れた!? あの糸には魔力が通っているのか!? という事はあの女は……魔法使い!)

「しゃンHigh」

 

 耳許で、囁きが聞こえた。咄嗟に飛び退くと、地面が轟音と共に抉られる。

 身体の各所を糸で吊られた人形が、自分の背丈ほどもある巨大な突撃槍(ランス)をそこに突き立てていた。

 

「操り人形ッ!」

「蓬Lie」

 

 鼻先には、マスケット銃の銃口。もう一体の操り人形が、魔理沙にそれを突きつけていた。

 

「ッ!」

 

 首を傾けると、耳を劈く発砲音。

 マスケットは発射から再装填に時間が掛かる。敵意しか感じられない存在だ、この隙に潰してやる。

 魔理沙が八卦炉を構えるのと、人形が()()()()()()()()()()()()()()を構えるのはほぼ同時だった。

 

「な……ッ」

「䨻、らぁ1」

 

 人形が、二ィッと嗤った、気がした。

 刹那、肩を撃ち抜かれる。熱を伴った激痛が魔理沙を苛み、数歩よろめく。

 大木に寄り掛かろうとした、その時。

 背中に伝わってきたのは、冷たい気の感触ではなく。

 ずぐり、と。背中に何かが沈み込んだ感触だった。

 

「ぐ、か……!」

 

 そのまま倒れ込みそうになるが、慌てて飛び退く。背中から鮮血が迸る。

 

「ぐ……い、糸だ……あそこに糸が張られていたんだ……! 私が人形の攻撃を受けて後退する事を予期して……あの人形師……只者じゃないッ!」

 

 人形師が、少女が、クスクスと笑った。その目には醜悪な光が宿り、魔理沙を粘つくような視線で舐め回している。

 

「何が、可笑しい」

 

 魔理沙が呟いた。いつもと違う、ゾッとするほど低い声で。

 

「お前、判るぜ。人間じゃない。魔力によってのみ生きる正真正銘の魔法使いだな。なら問うぜ……人間の真価は何だと思う?」

 

 少女が首を傾げた。魔理沙は笑う。その口の端を吊り上げて、シニカルな笑顔を相手に見せつける。

 

「自分の力に思い上がってる、イカれた人外を前にした時さ!」

 

 叫ぶと同時、地を蹴った。だが、その目前には不可視の糸。触れたら最後、細切れだ。

 

「づッ!」

 

 魔理沙の身体中から血の筋が舞い上がる。少女が前方に張り巡らせていた糸に切り裂かれたのだ。

 しかし。

 

「う……おぁぁあ!」

 

 魔理沙は咆哮し、天を仰いだ。傷口が広げられ、血液が噴水の如く四方八方に飛び散った。

 自傷同然、敵前においてあるまじき愚行。しかし、()()()()()()()()

 

「へへ、これで……見えやすく……なった……ぜ!」

 

 見ると、魔理沙の血によって色づけされた糸が、キラキラと真紅の光を放っている。魔理沙は捨て身の特攻によって、不可視を可視にしたのである。

 

「しゃぁぁぁぁぁぁぁン牌ッ!」

「砲ライィィィィィィッ!」

 

 その背後から、二体の人形が猛然と迫る。しかし魔理沙は素早く糸を掻い潜る。人形はその勢いを緩める事なくトラップに突入し、次の瞬間、バラバラの木片となって果てた。

 

「ッ!」

 

 少女が息を呑む気配。その視線の先は人形の骸ではなく──自らの腹に押し当てられた八卦炉に注がれていた。

 

「いくぜ、『マスタースパーク』」

 

 世界は、閃光に包まれた。

 

 

 #####

 

 幻想郷。

 

 妖怪の山、上空。

 

 こちらにぽっかりと口を開ける穴に、向かい立つ三人の少女。

 

 紅の巫女、博麗霊夢。既に満身創痍でありながら、その瞳は未だ燃えている。

 

 魔法使い、霧雨魔理沙。白黒の普段着を己の血潮で染め上げ、闘志を秘めた出で立ちで霊夢に並び立つ。

 

 悪魔のメイド、十六夜咲夜。超然とした佇まいの中に、先の二人に勝るとも劣らぬ力を併せ持つ。

 

「……行こう」

 

 霊夢が呟く。二人は頷き、歩み始めた。

 理想郷の冬、未だ明けず。悪趣味極まるワームホールに、人間たちは今まさに挑もうとしていた。



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