鈍色の盾 (シラー )
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その始まり

完結出来るよう頑張ります。
6/2 追加しました。


聆藤 彰等(れいどう あきひと)は北関東の小さな田舎町で生まれた。古い世紀の終わりに莫大な赤字を垂れ流し、批判の嵐を巻き起こした公共鉄道事業団が分割され、くじ運悪い清算事業団がようやく解散し、古い時代の終わりを告げたのならば、今度駆け足でやって来たのは新しい世紀で、それと共に訪れたのは、9.11(同時多発テロ)二つのタワー(ツインタワー)が崩れ去り世界の警察(アメリカ)が足元から揺らいだ瞬間だった。現実逃避からか、日常が戦場になるという事実を対岸の火事の感覚で眺めることしか出来ない一方で、自分の世界には起こらないと勝手に思い込むその果てに、大阪に巨大な娯楽施設が出来た頃だった。

周辺には単線で一両編成の小さな電車しか走っておらず、店と言えば小さな商店が一つ二つ。延々と続く田んぼには、所々に延び放題の木が生い茂る神社くらい。

山を近くに感じても行くには程遠いその立地は、少し前のバブルや時の総理の一括で始まった第四次全国総合開発計画からも忘れ去られ、交通基盤も整備されなかったこの町には、物好きの人間くらいしか来ることはなく、日に日に寂れていく一方だった。

時代の変化に鈍感で、都市は都市、田舎は田舎と対岸の火事で見てきたこの街に、唯一変化を伝えるのは、ブラウン管テレビしかなく、聆藤は外の世界を画面でしか知ることはなかった。

聆藤は最初の七年くらいを両親のもとで育った。 両親にとって彰等は血の繋がった他人だったらしく、無関心を貫いていた。朝起きても、いるのは知らない男と寝ているだけの母親だけで、父親は週に一度くらいしか帰ってこなかった。放置する術しか知らない母親と、たとえ帰ってきてもすぐいなくなってしまう父に愛情など芽生えるわけもなく、いつに間にか彰等は、一人でいることが普通になっていた。親が何をしているのかは小学校に上がる頃、彰等は父方の祖父に引き取られる時に理解した。

その日、聆藤は隣の部屋から、聞いたことの無い、しわがれた怒鳴り声が響くのを布団にくるまり、身を小さくして待っていることしか出来なかった。二人は祖父と怒鳴りあいの果てに、彰等を引き取ると宣言した祖父に対して、万歳をする形で共に作っていた愛人の所へ出ていった。

近所から頑固者として知られていた祖父は、引き取ったばかりの八歳に満たない聆藤にも厳しく当たった。それでも、秋になれば家の畑の裏に生えている柿の木から取った柿の皮を剥いて祖父と食べるのが好きだった。頑固で、寡黙な祖父が唯一見せる笑いで、聆藤にとって唯一信頼できる人物だった。

周りの同年代は、親のいない彰等を囃し立てたが、なんの返事もしない彰等に飽きたのか、関わることもなくなっていった。

そんな聆藤に大きな転機が訪れたのは、中学二年の始業式の日だった。外に女を作っていた父親が帰ってきたのだ。世界は白騎士事件に端を発する世界的混乱に包まれつつあった。「ろくでもない世界になるな」、そう述べた祖父の苦々しい横顔は今でも忘れられなかった。

そんな時、家を出ていった父親はいわゆるヤクザに犯罪の片棒を担がされる形で犯罪に手を貸し、敵対組織に追っかけ回されていた。

戻ってきた父を祖父は断固拒否した。父は激高し「殺してやる」と憎しみを込めて怒鳴るだけ怒鳴って出ていった。聆藤からすれば幼児の癇癪にしか見えず、不愉快さを強く感じた。それから二週間後だった。

祖父が死去したのは。少し前から気分が悪いと言っていた祖父は、彰等が学校に行っている間に倒れたのだ。彰等が気が付いてすぐ救急車を呼んだが間に合わなかった。彰等より早く、病院にいた父がニヤニヤとした嫌な笑いを浮かべていたのを彰等は感情を感じさせない、凍った顔で見ていた。

 

涙は出てこなかった。それよりも家に帰る道のりで内側からふつふつと沸き上がってくる未知の物質は着実に聆藤を支配していっており、家につく頃には、何をすべきかということを何をするまでもなく理解していた。内側の冷静なところが具体的な指示を下し、激情に駆られた部分が行動を行うように推進していった。

後から家に帰って来た父は知らない女と高級な車に乗っていた。ハイビームにして彰等を照らし、喧しいクラクションが空気を震わせ、邪魔だと怒鳴るだけ怒鳴った父は、肩に知らない女を引き寄せ彰等の手前まで歩いてきた。無警戒に歩いてきた父とその愛人に彰等の冷たい部分がやれと指示を下す。

一瞬の間をおいて、彰等は後ろに隠す形で手に持っていた手のひら大の石を振り抜いていた。頭に直撃した女は父親に寄りかかるように倒れ、一緒にバランスを崩した父親は何をしやがると激したが、女の頭から流れる赤い液体が、激情をあっさり押し流した。恐怖にひきつった父は後ろに後ずさったが、彰等は簡単に追い付くとなんにも感じさせない暗い目でぼんやり眺め、再び振り抜いた。そのまま倒れた父にもう一撃を振り抜いて、真っ赤に染まった地面を見ながら空を向いた。空は鈍色に染まっており、ぽつぽつと滴が垂れてきた。あっという間に、顔についた返り血を洗い流した。パトカーのサイレンは響いて来ることはなく、ぼんやりと母屋に入っていた彰等は祖父の用意してくれていた柿を冷蔵庫から取り出し、楊枝をさして食べた。

自分にはもうなにもない。不安も、迷いは勿論、後悔さえない。なんだ、簡単なことだったのかと結論を下せばあとに残るのは、これからのことだったの。パトカーはまだ来ないが、おそらくこれが最後の柿なんだろうということは何となくわかった。

 

 

真っ白い色をした実用一辺倒のスマートフォンが電子音を奏で同時にセットされているバイブレーションが机を細かく振動させ机の上のガラスのコップの中身が嵐の様相を呈する。最近は無かったが、また仕事であることを知らせる。今度は何をするのか、ある程度予想は付いたが三コール以内にスマートフォンを手に取り、通話を押せば「おはよう」などというごく普通の社交辞令さえなく言葉が飛んでくる。

 

「098、仕事だ。説明は直接行う。指定する場所に本日1500に来るように」

 

たったそれだけの事を述べると、通話は切れてしまった。彼の雇い主は、彼の事を三桁の数字で呼ぶ。勿論同僚たちは名前で呼ぶし、戸籍上も名前が登録されているが、ここに所属している間は名前で呼ばれることはほとんど無い。物言わぬ箱となったそれを机に置いてうごかなければと意思を決定して行動を開始する。

今は十三時丁度。行動に余裕は有るがのんびりして間に合うところではない。急な呼び出しはいつものことと、クローゼットに腕を突っ込んだ。

指定の時間に、指定の場所に行けばすでに数人が先に座席に着いていた。決して上等とは言えないパイプ椅子に腰掛けているのは内事本部長を最上に、内事第一方面部長、外事本部長、外事第八部長、内務監察課長、技術本部長などの幹部たちである。

 

「さて、本日君を呼んだのは他でもない。例の事案について計画が決まった。そのためだ」

「君は四月からIS学園に転入してもらう。

「君の仕事はNo.01、織斑一夏の身辺警護だ。

「彼の身の危険は知っての通りだろう。遂に公安(ハム)が泣きついてきた。

暗い笑いを湛えて内事第一方面部長が内情を暴露する。

「彼のできるだけ近くにいて、例え自らの命を危機と認められる場合も、身を呈して守りたまえ。

捜索対象者(オブジェクトC001)に付いては既に別班が入っている。君の後任は気にするな。最重要特別警護対象者(オブジェクトAA002)最重要特別警護対象者(オブジェクトAA003)を頼むよ。

「君の新しい戸籍は既に製作済みだ。

「君は更織の部下として学園では活動してもらう。

「表向き、国務総省国土保安庁広報課として伝えてある。それを忘れないように

「それから、武器の携帯を認める。必要があれば使用をためらうな。必ず対象者(オブジェクト)を守るように。

 

やはりか。彼は予想できていた。今まで、市ヶ谷(国家安全保障局)警察庁(サッチョウ)警視庁(桜田門)公安総局(与野)永田町(国会議事堂)やら赤坂(在日CIA)などいろんなところが騒がしかったかのは知っている。勿論、北浦和こと国土保安庁もだ。彼も引き起こされた後始末に駆り出されたからだ。あれはどこもかしこも忙しかった。あんな市街地でやらかすとはどこの組織も思わなかったのだろう。ほとんど後手後手にまわり挙げ句の果てには、目標は取り逃がしたのだから。

やる気をなくすこともあった。指揮を執ったのが市ヶ谷の新任管理官の発言だった。警察庁から廻された補佐官と大人げなく角を付き合わせそれを無線で聴こえていることに気がつかないのだからやってられない。そんな空気が蔓延した組織が追いかけた二ヶ月前の出来事を思い出していたら内事本部長の言葉が聞こえた。

 

「本作戦名はオペレーション イージスと呼称する。君の献身に期待する。質問は認めない。その他は追って連絡する。以上だ」

「あぁ、それとあと一つ。やってもらいたい事がある」

 

そのやってもらいたいこと、の説明と指示を受けると改めて部屋を出るようにと指示がでる。扉を指差すのは、バックアップ担当の物品管理室二課長だ。 それに従い敬礼の後きびすを返し部屋を出る。

オペレーション イージス、ギリシャ神話で女神アテナがゼウスより授かったあらゆる邪悪を払うと言われる楯。警護対象者の楯、言い換えれば肉壁を強いられるわけだが、やるときに躊躇いは無いだろう。自問し解が出たところで軽やかに、パタンと扉を閉めてから足早に庁舎を地下へ向かう。

新築されたばかりの三号棟の地下通路を抜け地上に出れば大回りをしてから庁舎を正面から見る。庁舎入り口には大きく石を彫って《国務総省 国土保安庁》と記入されていた。歪んだら此の国の最後の砦と言われる武蔵新都市を束ねる本丸がそこには、あった。

 

 

東京が我が国の首都となってから早くも一世紀と半世紀くらいが既に過ぎ去り、間もなく二世紀めに届くかというころ。後の世から白騎士事件と呼ばれる大事件が起こった。死者0人。大事件なのに死者はなし。妙な事件だった。誰もが狐につままれた、そんな事件は世界をひっくり返したのだった。二千を越える大陸間弾道弾や巡航ミサイルが日本を襲ったのだ。当然日本は即時、全自衛隊に出動が命じられた。但し出動の名目は、治安出動だったが。全自衛隊は破壊措置命令に従い総力を挙げ迎撃せんとした。しかし、数は圧倒的だった。誰も不可能だと、間に合わないと思ったとき白い騎士が空を舞った。

ミサイルを一振りの剣で切り落とし、届かなければ荷電粒子砲で破壊した。あれは誰だと、なんなのだと怒号がおこる。あれは奇跡だと。

そして世界は歪んだ。IS、インフィニットストラトスは捉えようとした軍を撃退した。死者0で。女尊男卑となった世界は核という危ういバランスで成り立ったいた世界を、ぶち壊したのだ。ISは如何なる近代兵器より優越し得る兵器。それが各国の考えだった。そんな圧倒的戦術兵器の開発者、篠ノ之束博士。彼女は日本国政府の保護というなの監視を逃れ失踪した。それから二年の時が過ぎた。

篠ノ之束博士の親友、織斑千冬の弟、織斑一夏がISを起動させた。そのニュースは大きな驚きを持って迎えられた。女性しか動かせない。その通説をひっくり返したのだ。どこの国も第二の男性操縦者を探し始めた。だが見つからなかった。聆藤彰等、唯一人を除いて。彼が起動できることが発覚したのは検査対象が公務員に範囲が拡がったときだった。誰もがあきらめたその時、まばゆい光を放った光景を見て検査員は焦った。すぐさま秘密裏に隔離され身柄処置が行われた後、長々とした会議が開かれた。内容は処置をいかにするか。解剖してもいいしモルモットとしてもいい。そこ介入してきたのはIS学園生徒会長の更織楯無だった。いい加減進まない小田原評定となりつつあった会議に冷水を投げ込み人道的処置として委員会に報告。日本で身柄を預かるとして各国の介入を阻止したのだ。




講評お待ちしています。


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前々々日

なかなか進みませんががんばります。


「おはようございます」

 

IS学園の入学式と始業式を三日後に控えた朝、着なれたスーツに身を包み、黒塗りの車の後部座席から姿を現した青い髪をした女性に礼を失する事のない程度で社交辞令を行う。

 

「おはよう、そこまで堅苦しくしなくても大丈夫よ」

白の制服に身を包みネクタイを締めた彼女はそう述べる。

「そうですか。ではお言葉に甘えて学園ではそうさせて頂きます」

 

相も変わらず礼を失する事のない程度で返事を返す自分。可愛いげがないと自分でも思うのだが訓練で習わなかったからだろう、と思い直せば不必要として頭から排除される。余計な詮索は入れず、さぁ乗ってと言われるがままに黒塗りの車の助手席に乗ろうとしたら。

 

「あぁ、今日はお客様だから後部座席に乗って」

 

と苦笑しつつ言われ随分と警護役に慣れたと、ぼんやりとそう思った。

 

 

車に乗って数分、窓の外を眺めて重苦しい車内から逃げているとその重苦しさを打ち消すように青い髪の女性が口を開く。

 

「では、改めて私は更織楯無と言います。ご存知のとおりカウンターテロの更織の現当主です。学園での直属の上司となります。基本的に私の指示に従ってもらう、いいかしら」

 

何か言わねばと口を開く。

 

「国務総省国土保安庁広報課、聆藤 彰等(れいどう あきひと)です。本日付であなたの指揮下に入る事に成っています。警護対象者については?」

「織斑一夏、及び篠ノ之箒の両名で、特に織斑一夏の方をお願いするわ。二人は最初、部屋は同じになると思うけど気を抜かずによろしく。それからこれから織斑千冬に顔を会わせにいくわ、何かあったら私か、織斑先生に伝えて」

 

異論はない。もとよりそうして送り込まれたのだ。むしろ本分といえよう。

 

「わかりました。それと専用機についてですが先日、国務総省より専用機がデータ採取を目的に与えられると伺いましたが」

「ええ、そのとおりよ。因みに私は強いわよ」

 

だろうね。ロシア代表なら強くて当たり前だろうに。そう思っても余計なことは口には出さず当たり障りの無いことを述べる。

 

「一度手合わせ願いたいものです。出来ればの話ですが」

 

フッ、と肩の力を抜いて此方を見てにっこりと笑みを浮かべた。その笑顔は美しいと思ったが、どこかで見慣れた笑顔だった。そのまま喋り出す。

 

「それにしても面白い機体を要請したのね」

「面白い、ですか?」

 

疑問に思ったこともない、そう見せながら疑問を呈する。

 

「ええ、ここまで機動性重視の機体は見たことががないわ。操縦技術も大変じゃない?」

 

顔にでないよう訓練通りの表情を張り付け、事実に虚実を混ぜ、ごまかす。

 

「シミュレーションは何度も行っています。それに私の機体は戦術に通用しうるかの実戦データ採取を目的にしていますから。武装も旧世代現代兵器の延長線上に過ぎません。扱いやすさは一級品ですよ」

 

彼女は少し考えるふうを見せると真剣な顔をして聞いてきた。

 

「ねぇ、アラスカ条約って知ってる?」

 

当然、知ってる。正式名称はIS運用規定。ここは嘘を混ぜる必要は無い。攻勢目的の軍事兵器への転用を()()()に禁じ、各国におけるISの運用原則の根拠とされるものだ。しかし当然抜け道は存在する。あくまでも攻勢的兵器への転用を禁じているのであって()()()()を目的に自国の領域に侵入した敵を駆逐するための遠距離精密兵器の搭載は許可という、意図的な穴が多数空いている条約だ。まさしく()()と言える。

 

「勿論ですよ。お題目に過ぎませんよ、あんなもの。抜け穴だらけでしょうに。あれは抑止力としては核以下です」

「そんな意見もあるのも知ってる。でもそれはルールよ。ルールを守れないなら信用もないわ」

 

自分はどうにも、此のままでは話が終わらないと感じて打ち切ることにした。

 

「信用とは相手が対等であって初めて成り立つものです。もうよしましょう。車内で述べる議論でもないし、これ以上は口が過ぎませんか?」

 

これには同意したらしくそれもそうね、と述べるとそれっきり喋りを止め車内では出発時以上の重苦しい空気に包まれた。

 

 

幾つもの交差点を右折し、左折し、直進し、二十分くらいだろうか、車は大きな揺れを関知させることなく停止した。どうやら目的地に着いたらしい。隣の更織楯無側のドアが開く。今まで沈黙を守っていた運転席の男性が口開けた。

 

「御当主、到着しました」

「ありがと。またよろしく」

 

はい、と返事をするときびすを返して行ってしまった。

 

車から降りて周りを見渡すと新築されたばかりと一目見てわかる大きな駅舎が見えた。鉄筋コンクリート製で頑固な作り、そして何より最近は珍しくなくなりつつある空間投影ディスプレイで表示される運行情報。確かにターミナル駅として立派だろう。学園直通の専属列車の発車も行われるこの駅では当然の処置と言える。丁度警笛をならしつつ、ホームへ滑り込んできた学園直通列車に乗り込み学園へ向かうのだ。エアーの入る音ともにドアがしまると少し内側に入り込み気密される。列車は静かにホームを離れつつあった。



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初日

長くなりました。読みにくかったらすいません。なんか筆がのっちゃって。


(わたくし)、セシリア・オルコットは英国(グレートブリテン・北アイルランド連合王国)国家代表候補生として聆藤彰等、あなたに今、この場において

決闘を申し込みます。この場にいる全員が証人ですわ」

 

彼女の口調は基本的に落ち着いているように見えるが所々声が上擦っているのが明確に理解できた。なぜ、どうしてこうなった。今の織斑千冬の内心は困惑し教師という顔が無ければ頭を抱えていただろう。時間は少し遡る。

 

 

端的に言えば、織斑一夏はやらかした。最初は入学式直後のホームルームで。副担任であると自己紹介した山田先生による指示のもと行われていた自己紹介で自分の名前だけ述べ以上です、と終わらせようとした時、明確な怒りを込めて振り下ろされた出席簿の角の直撃を受け悶絶しながら

(織斑一夏)は更に余計な地雷を踏み抜いた。具体的には

 

「げぇっ 関羽!!」

 

そういわれた織斑千冬は躊躇い無く更にもう一撃を振り下ろす。パァン、という乾いた音と共に脳天に激痛が走ったらしい彼は両手で着弾点を押さえつつ苦悶に満ちた顔で痛みをこらえている。そんな弟を放っておいて織斑千冬は場を改めるように自らを紹介しすれば一瞬の間をおいて黄色い大歓声が教室を包み込む。鬱陶しそうに周りを見回す織斑千冬を尻目に歓声は拡大を続けた。それを放置して今度は弟に叱責を向けた。お前は自己紹介すらまともにできないのかと。それに対して彼は名前を呼んだ。千冬姉、と。当然振り下ろされる第三擊はまたしても直撃。アホウ、と辛うじて織斑一夏への罵倒を飲み飲んだ聆藤は行き宛を失った罵倒を已む無く小さくため息として吐き出すしかなかった。聆藤からすれば織斑一夏と織斑千冬が姉弟と判明するのはやむを得ないとしても、その発覚はもっと後になる予定だったからだ。さすがにここまで考え無しだとは思わなかったが仕方無しとして切り替えざるを得なかった。

 

 

二度目は一時限目の終了後の休憩中だった。教室内でたった二人の男子に視線が集中しているのを織斑は理解していた。それもやむを得ない事だろうと割りきっていた聆藤に対して織斑はおどおどしていたと言える。不安そうに周りを見ながら聆藤の席まで歩いてくると織斑は爽やかそうに口を開く。

 

「えっと、俺は織斑一夏っていう。男子二人しかいないけど三年間よろしくたのむよ」

 

先ほどのホームルームでの自己紹介もそれくらいまともに行えばいいのにと思ったことは顔に出さず聆藤は差し出された片手を取り続けて自己紹介された人物として当然の義務を返す。

 

「俺は聆藤彰等だ。漢字は耳片に命令の令に藤の花で聆藤。表彰の彰と等しいで彰等っていう。こちらこそよろしくお願いするよ」

 

聆藤は自分でも寒気のするような笑顔と声で自らの事を周りに知らしめる。今は意味無くとも、今後は何かかかるかもしれないと自分に自力の努力による再起を促した。

簡単な自己紹介を終えたところで彼は声をかけられた。ちょっといいかと。此方に声をかけたのは一昨々日の黒い車の中で行われた秘密会談で名前の出てきた少女だった。篠ノ之箒、ISをたった一人で基礎理論から組み立て、造り上げ世界を歪める遠因で原因を作った天才、否、天災である篠ノ之束の妹。少し前まで重要人物保護プログラムの保護のもとにいた。聆藤も何度か警護の任務に就いて警備作戦に参加していた。

 

そもそも、我が国に重要人物保護プログラムなど存在しない。どこの省庁も責任を負うの事を嫌がり消極的な綱引きの上、貧乏くじを引き当てたのは、いや押し付けられたのは内閣官房だった。時の総理は優柔不断で押しに弱いという、総理失格の人物が総理に成ったのが運のツキで慌てて特措置法を作る余裕もなく、已む無く極秘に内閣官房長官の意向として、警察庁に命じて作らせた偽の戸籍は担当者や、それを知る国務総省、国土保安庁上層部は特別重要人物保護法と皮肉を込めて読んでいるにすぎなかった。そうやって慌てて作られた偽の戸籍は杜撰すぎたらしく迷惑な客が週ごとに近づきつたあった。

それに気がついた警察庁は国務総省に泣き付き、仕方なく思い腰をあげ、囮も混ぜるために幾多かの戸籍を設置し誤魔化しにか入るが、それなのに、どこからか重要人物保護プログラムの最重要機密情報を奪って毎度襲ってくる()()()()の工作員との暗闘は決して本人たちに察する事のないように真夜中や狭い路地裏で繰り返し行われてきた。銃声は殆ど聞こえないサイレンサー付の拳銃が互いに向け合い、明確な殺意を載せた銃弾が飛び交う。かと思えば近づいてきた黒塗りのバンに後ろから引き込まれて走り去られたり、見張りの敵の工作員を後ろから音もなく近づき頸動脈を締め上げ路地裏に引き込み()()()()し戦闘が終われば警察の鑑識さえ誤魔化す為の()()を行ったり、ISなど持ち込む事さえあり得ず、片落ち扱いされる暗視装置と双方の妨害電波(ジャミング)でなかなか繋がらない無線、音も小さければ威力も小さい自動拳銃(オートマチック)そして何より自分の勘のみを頼りに絶対に気が抜けない、まさしく戦場だと言えた。いや戦場よりたちが悪い。なまじ隠れるところが無いため被弾する敵味方の数は大きくなる。被弾しても応急処置できる場所がないため処置が遅れたり、()()に余計な時間をとられたりを繰り返した双方は苦労した。

国務総省は内閣府からの命令で投入せざるを得なかった国土保安庁の非公開情報機関、公安警備局(Public Security Bureau)、略してPSBは実働部隊の特殊要擊任務部隊(Special Interceptor task Forth)、略してSIF(シフ)の約三割を消耗するという甚大な損害を受けながら辛うじて守りきった、というのが本音であり、これ以上の消耗は国家の諜報活動で大きな問題を招くためなんとしても避けたいのだった。そんな時、最重要警護対象の篠ノ之箒をIS学園に入学させよ、という内閣府の意向は国務総省にとっても、国土保安庁にとっても渡りに船といえ両手を挙げて担当者は喜んだという。

そんな裏事情は露知らず、久しぶりに会っただろう織斑一夏と旧交を暖める彼らは時間を見ていなかった。聆藤にはあまり聞き馴染みの無い休み時間の終了を告げる鐘がなれば席に着かず物思いに耽っていた織斑一夏の頭に本日第四擊が命中(ヒット)した。そんな彼を見て聆藤はぽっつり、ばかか。と呟いた。

 

 

三度めは授業中だった。わからないことがあるのは仕方がない。だがそれがすべてとは如何なる了見だ。聆藤は呆れ空を見上げ大きく息を吐いた。参考書を電話帳と間違えて棄てたと述べた彼の脳天に直撃する第五擊。もはや恒例に近いこの状況にため息は出きってしまったらしい。恐らく、彼の警備役はゴミを漁らされるだろう。捨てたという参考書は基本的に普通の人が得られる物ではない。それを片すためにゴミ漁りを強いられる警備役がかわいそうだと思った。勿論、自分が漁らずに済んで良かったとも思っているが。一週間で覚えろとあの分厚い参考書を押し付けられた彼は机で項垂れていた。自業自得だろう。山田先生は聆藤にも質問が無いか確かめる。

 

「問題ありません。そのまま続けてください」

 

そう述べる聆藤に安心したらしい山田先生は授業を継続した。

 

 

四度目は二時限の休み時間で、これまで三度事件が有ったのだからもう一度くらい何かあるのではと思っていた聆藤の予想を裏切らず事件が起こった。

休み時間中、織斑一夏に声をかけたのは貴族であり、両親の死後苦労して資産を守り抜いて国家代表候補生にまで上り詰めた努力家、と報告書に記載されていたセシリア・オルコットだ。それにしては、随分と攻撃的だと思い如何したのかと思えば織斑一夏は彼女を知らないと述べ、更に代表候補生とは何か、とまで聞き出した。何を聞いているのか、知らないなら知らないなりに努力をしろ、とさすがに頭を抱えた聆藤だったがそれ以上に彼女の逆鱗に触れたらしい。あまつさえ知らない事を恥じ入るのではなく自信満々に述べるその根性は聆藤の想像を遥かに越えていた。ひきつった笑いを張り付けるしか出来なかった聆藤に対して彼女のは怒りの炎が聆藤に飛び火した。

 

「あなたは知っているでしょうね」

 

言外に知らないことは許さないと、明確なまでの意思表示をするその激情に聆藤は知っていると、述べ鎮火作業を行う事にした。辛うじて延焼を押さえた積もりだった聆藤の鎮火作業は失敗する。彼が代表候補生とは何か、という質問で油を注いだからだ。具体的にはガソリンだったかもしれない。とにかく彼の努力は報われること無く炎は業火となって延焼範囲を広げつつあった。

エリートである事を殊更強調する彼女に聆藤はそろそろ呆れつつあった。エリートは偉いだろう。それに応じた努力もしてきたのだろう。その努力を貶されたように感じる彼の質問も問題だがそれ以上に関わることを止めたらいいのに、そう思い始めた。しかし、それが出来たら苦労しない、プライドが高いというのも難儀な性格をしてると思った。

そんな混沌とした状況で彼はとんでもないことを抜かし始めた。なんと入試で教官を倒したというのだ。そんなわけ無いだろう。聆藤は渡された映像を見て知っていたのだ。あれは誰がどう見ても教官を倒したというより教官が自滅したと述べるべきだろう。それを真に受けた彼女は怒りの炎を更に巨大化させ誰に燃え移るか、周りが知らぬ振りを始めたほどの彼女の激は授業開始の鐘で弱くなった。しかしそんな事で鎮火するわけもなく一時凌ぎに過ぎないのは明白だったといえよう。

 

 

五度目はその直後の三時限目だった。今回、教鞭を執るのは山田先生ではなく織斑千冬で問題もおこるまいと思っていた聆藤の予想の斜め上をいった。

さぁ授業だ。そう思った直後にあぁ、と今思い出したように再来週のクラス代表戦の代表者を決めるというのだ。クラス代表戦への説明が行われるがクラスの空気は既に授業という空気は消し飛び、誰が行うのかという方に傾いていた。自他推薦問わない、そう伝えると空気は一瞬で色めき立つ。最初に推薦を受けたのは当然と言わんばかり注目の的の織斑一夏だ。されに続いて何人かが彼を推薦する。それに焦ったのか織斑一夏は聆藤彰等を推薦した。聆藤は冷たい目をしながら眉間に手をおきため息を吐いた。キャーキャーと黄色い声が上がるなかそれは机を思いっきり叩いた音で沈黙に代わった。机を叩いたのはさっきの休憩時間で大火災を巻き起こしたセシリア・オルコットだ。彼女は全く納得のいかないようすで矢継ぎ早に自薦した。おまけに文化的後進国という余計なことを言い出した彼女は、身の程を知らぬ犬に噛みつかれた。織斑一夏はほぼ反射的な反応だったが噛みつかれた貴人は一瞬で何を言われたのか理解しかねた様子だったが理解すると同時に過去最大級の噴火を起こした。

 

「決闘ですわ!!」

 

もはや収集不能なこの情況に山田先生は頭を抱え、織斑千冬も頭痛を押さえきれない様子だ。

決闘。それを吹っ掛けた方も方だが、それに乗っかった方も方だと呆れ返っていた聆藤にも炎は容赦なく襲いかかった。

 

「あなたもですわよ、聆藤。まさか逃げませんわよね」

 

殆どいつの間にかレールにのせられた聆藤はブレーキの壊れた車で坂道を高速で走り抜けるようなどうにでもなれというなげやりな気分になりつつあった。そんな気分も一瞬で吹き飛んだが。

織斑一夏はハンデを如何にするか、というところでクラス中の爆笑を浴びて困惑していた。成る程彼女たちは男女間戦争が発生したらという根拠不明なものを信じているのだろう。これは織斑一夏が正解だ。

まずISとは基本的に点であって面ではない。これは戦術的優位を取れても、戦略的優位を取りにくいといえる。更に数が限られている。成る程たしかにISは最強だろう。しかし基本的に如何なる物でも数が揃わなければ意味がなく、兵器として失格だ。核の相互確証破壊でさえ敵を滅ぼし得るだけの核が必要だったのだ。核より数の少ないそれは小国の抑止力になり得ても大国の抑止力にはなり得ない。さらにISは国境紛争などの戦争未満、戦闘以上の事案には投入しにくいという嘗ての戦艦のように使いづらく成りつつある。使えば戦争というそれを好き好んで使うやつはそうはいない。何よりISの操縦者は死なないのだ。人を殺せる兵器であるとの自覚が薄い。その自覚のなさはいざ実戦と成ったとき、大きな足枷になるだろう。国土保安庁の試算では例え年単位であっても戦術的優位を得るのは難しいが戦略的優位なら取りやすい、しかもさらに続けば国家の体力の低下から来る質不足は大きくなり最終的には質、量共に圧倒されISが負けるという結果になっている。そこを考えること無くただ与えられた情報を漫然と受け入れるのは愚かな行為であると聆藤は自覚していた。

とにかく聆藤が考え込んでいる間にも話は進み、決闘の日時まで決まっしまった。そこで聆藤はクラス代表はやりたくないが、頼り無しと謗られれば今後に影響は大きいとして手を上げた。

 

「織斑先生、一つよろしいでしょうか」

 

若干不機嫌そうな織斑先生に許可をもらい自分の意見を述べる。

 

「織斑先生、クラス代表はやりたくありませんが決闘だけ受けても構わないでしょうか」

 

この質問に虚を突かれたらしいがそれでもすぐに質問を返す。

 

「それはどういう意味だ。お前はオルコットに勝てるのか?」

 

聆藤は自信をもって答える。

 

「問題ありません。むしろ勝てて当然でしょう」

 

この挑発は効いたらしい。

 

「どういう意味ですの、あなたが(わたくし)に勝てると思いで?」

 

聆藤は更に挑発を重ねる。

 

「そう述べたのが聞こえなかったかな。そうだね、なんなら決闘らしく、口上でも述べたらいかがかな」

 

怒りで一周回って冷静になったらしい彼女はそれを承諾する。

 

「分かりましたわ。そうさせて頂きます」

 

カツカツと聆藤の前まですすむと指を聆藤に突きつけると口上を述べる。

 

(わたくし)、セシリア・オルコットは英国代表候補生として、聆藤彰等、貴方に今、この場に置いて、決闘を申し込みますわ。この場にいる全員が証人ですわ」

 

それに対して聆藤も落ち着いて返す。

 

「いいだろう。私、聆藤彰等は日本国国務総省国土保安庁に属する者として、この決闘を受諾する。この場にいる全員が証人だとも」

 

彼女の方から織斑千冬に向き直り、伝える。

 

「織斑先生、宜しいですね」

 

苦虫を噛み潰したような表情で織斑千冬は頷いた。




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その日の夜

戦闘まで引っ張ろうと思ったのですが、絵写が纏まらず分けることにしました。すいません。


〈決闘〉名詞・自動詞 うらみ・争いなどを解決するために約束しあって戦うこと。果たし合い―自分でやっておきながら凄まじい自己嫌悪に見舞われながらも自室のベットの上で寝転がりながら、紙の辞書を開いて頭を抱えた。何をやっているのか、場の空気に流されたといえ流石に恥ずかしくなった。如何に勝てる自信があったとはいえ、啖呵を切ったと言うことはすぐさま、学園全体に広がった。当然だ。話題に飢えていた彼女たちは、話題に飛び付き話を広げたのだ。その話は勿論現場指揮官たる更織楯無にも伝わりその日の内の、しかも自室に戻った瞬間に連絡が入った。作為的な不自然さを感じつつ周りを見渡しながら与えられたときから着信音を変更してないスマートフォンにでる。

聆藤は音をたてずに部屋を一周し二ヶ所の目星をつけた。天井の蛍光灯の隙間と、南側の窓のサッシの隙間である。そこだけ塗り直されたような跡を見つけると、左手にナイフを持ち、躊躇い無く突き刺した。そしてもう一度。二度突き刺して明らかに金属のような物に深く刺さった感触を確かめ、梃子の力を利用して引き抜く。刃の先にはCCDカメラとおぼしき物が突き刺さっていた。勿論もう一ヶ所にも。出来るだけ冷酷な声を意識して電話口の相手の喋りを断って口を開く。

 

「随分と面白いものが部屋にありますね。ネズミも耳をたてているのではないですか?」

 

已む無く、なんのことかしら、と笑いを納め、すっとぼけてみせて、話の内容を誤魔化しにかかったことを聆藤は敏感に感じた。それを許さず追撃に走る。

 

「私は、いえ誰でも嫌でしょうが自分のプライベートに介入されるのは嫌なんですが、いかがでしょうか。ここは私から手を引いてもらえませんかね」

 

少しばかり考える風を取るとわかったわ、すぐ取り外させる、そうやって誠意を見せようとする彼女に聆藤は冷たく伝える。

 

「結構です、私が行います。外すついでに更に耳の大きいネズミが入ってくるかもしれませんから」

 

とりつく島もない聆藤にさすがの彼女もひきさがざるを得なかった。そのまま電話を切ろうとすると、彼女は聞きたいことがある、そう述べ決闘の話を持ち出してきた。誤魔化す間もなく、不愉快さを思わず出してしまった事に後悔しつつ話を続けざるを得ない。初めて聆藤が出したボロに明らかに笑いをこらえながら質問する現状の上司に対して、不機嫌さを隠すことなく伝えて、介入させないための努力をした。彼女はISについて手解きをしようかと聞いてきたが自らの機体の能力を悟られないためにそれを遠慮した。聆藤からすれば当然だった。

我々(SIF)の基本内容は如何なる場合でも他人を信頼せず。信頼するのは自分のみ、任務によっては同僚でさえ敵になる、そういうことを教え込むのだ。三ヶ月のサバイバルキャンプという名前の仕分け作業においては、ゴム製の模擬弾であって模擬弾で無いと形容されるほど硬い弾丸を使用した戦闘訓練で、いやというほど叩き込まれた事項を忘れたことは一度もない。一撃でも当たれば即失格。四十人で行われたそれが三日で半数となり、五日経てば八人になる。一瞬の油断が、現世との永遠の別れを強いられるか、もしくは自分を失い廃人となるかの極限の環境で得た教訓は周りの同期生たちが数を減らすにつれ、自らに圧倒的で明確な恐怖としてのし掛かってきた。それに比べれば如何程のものか。そう言い聞かせて聆藤は日本のカウンターテロ組織の首領と相対した。

そして彼女は更に質問を重ねる。今日一日で彼女たちをどう思ったのか。それに対する彼の返答は明瞭だった。玩具と兵器の区別の付かない阿呆。ただそれだけ。その一言は更織楯無には想像以上の辛口に聞こえたらしく、口を閉ざすしかなかった。それでも余計なことを述べなかったのは思い至るところがあり自分でも理解できたからだろう。勿論更織楯無がそんなことだけで話を終わらせること無く、続けようとした。

 

「彰等君、随分と素直ね」

 

この言葉に対して聆藤はそっけなく、意見というより事実を伝える。

 

「更織さん、私のそれは素直というより、遠慮がないと言うべきでしょう」

 

少し濁したような言葉で、自らの意思を伝えるとそのまま通話ボタンを切るにする。これ以上言質を与えることは流石に危険すぎる、と冷静な判断によるものだ。すでに彼女は、聆藤が公安警備局(PSB)出身でないかと疑っているのだろう。確証は掴んでないだろうが、危険視されていないという考えは甘すぎる。推定無罪が通じるのは大通りを大手を振って歩ける一般人のみ。確たる証拠が無くとも工作員は可能性として()()()()されかねない。そう結論を下すと、恐らく今もたったままの耳を手際よく取り外し、先程開いた辞書の背表紙で壊しにかかった。

 

 

一通り耳の大きいネズミ(盗聴器)を破壊し終えた聆藤は部屋の奥に無造作に積まれたバッグ類を開き、与えられた任務をこなすための準備に入った。

まずは耳からだ。見た目はごく普通のラジオだがその中には分解されビールにくるまれた盗聴電波受信機が入っており、それを取り出し、ラジオの中に接続する。そうすれば暗号化される事のない盗聴電波は垂れ流し状態のため簡単に受信され、聞くことができる。更に小型の装置を外に接続すれば暗号化されている警察無線さえ聞ける代物だがそこまで求める必要はない。危ない橋を渡るのは、追い込まれる寸前で十分。

そう言い聞かせ、無理にでも落ち着ける。恐らく織斑一夏の部屋には、この部屋より遥かに多い耳の大きいネズミがいるだろうことは想像に固くない。きっと今の上司も聴いているのだろう。イヤホンを突き刺して、まだ残っているかもしれない耳の大きいネズミを警戒し、盗聴しているのを発覚しないように手を打つ。組み立ては十分で終わる。後は、盗聴電波の周波数を探るだけだ。

それが終われば、今度は黒のショルダーバッグの中身を探る。与えられた公的身分を保証する身分保証書、応急処置用の透明なビニールにくるまれた包帯や消毒器具、簡単な工作器具、そして目当てのものを見つけた。拳銃だ。銃身に刻まれたぐるぐるの模様が本物であることを知らしめる。一発打てばそこで終わり。ISなどより余程至近距離で撃たねば効果の薄いそれは黒々と部屋の蛍光灯の光を浴びて薄暗く光っていた。

この色こそが人間が人間を殺す事に如何に執着してきたのかを示す一端だと聆藤は思っている。同族を必要なくても殺す。そんな愚かさを理解してるのに未だに捨てられない。だから我々(公安警備局)は存在するのだと、例え(けな)されようと、(おと)しめられようと、恨まれようと、この国に相応しい楯と剣、それこそ我々の存在理由である。そう教えられてきた聆藤はいつものように感情を消した。任務に感情は不要。必要なのはその場その場に相応しい顔を張り付けること。それだけで人間は騙される。何度も教えられてきた事であるのと同時に、何度も繰り返してきたことだった。

豪州製でプラスチック製として商業的成功を納めたことで知られるグロッグ17。パーツの主要な部分を除いて極めて耐久性の高い強化プラスチックで作られ何より軽量で知られる。それを一つ一つ、特殊な器具を使い、解体していく。手慣れた作業だ。幾度と無く繰り返されてきた手順は思い出さなくても、手が自然と覚えている。鮮やかに解体すると今度は清掃だ。フレーム、銃身、特徴的な安全装置で知られるトリガーセーフティ、一つ一つ丁寧に掃除していく。掃除を終えれば組み立てだ。確実に作動するように注意しつつ組み立てていく。いざこれを使うときに使えないなどということがないように。銃口にはサイレンサーの装着痕がある。この銃が少なくない実戦をくぐった証だ。一緒に詰められたサイレンサーも取り出し棒状の器具で掃除していく。ラジオの形をした盗聴電波受信機は既にオンにされ、イヤホンを突っ込んだ右耳に話し声が聞こえていた。

どうやら、織斑一夏は端的にいって本日何度めかをやらかしたらしい。彼の同居人は篠ノ之箒。護衛対象者を一緒にした方が守りやすいというのは後から作った理由にすぎず、本当は足りない部屋を護衛のために一つ貸したためただでさえ足りない部屋が更に不足し、已む無く幼馴染みなら事件は起こるまいという創造力の欠如であることが明らかな部屋割りだった。

どうやら篠ノ之箒がシャワーを浴びたところだったらしく木刀が振り回されているようだ。なにかを叩き割るような音は聞こえてこないから恐らく平気だろう、結論付けると作業の続きに入った。次は弾倉だ。9ミリ口径の33発ロングマガジンだ。凍傷防止のため、金属部分にプラスチックで被っていたそれは弾丸の数を数え、紛失がないかを確認し、別の弾倉に移る。流れる手順に迷いはなく、合計三つの弾倉の確認はすぐに終わった。

それが終わっても聆藤は手持ちぶさたにはならず、次はセシリア・オルコットとの決闘に向けての準備だった。公開された映像をもとに研究を重ねる。こちらのアドバンテージは非公開で、相手がこちらの戦うすべを知らないという事。これを如何に生かすのか、学園の地図を見て、有利に働くであろう地形を探す。遠距離、中距離戦闘に向いた彼女に勝つには、斬り込んでから離れず、近接戦闘を挑むべきだろう、というのはすぐさま浮かんできた方法だったが聆藤はそれを切って捨てた。そんな事で勝てるのなら、代表候補生とやらは随分と易いものだと考えたからだ。聆藤は自分の機体では、遠距離戦は明らかに不利。しかしばか正直に突入しては狙い撃ちを浴びるだろうし、問題はいつ、突入するのかだと結論付けると、一つ一つ検証を開始した。




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決闘 裏と表

戦闘は次回に持ち越しました。すいません。


自動ドアの開く音と共にオペレーション・コントロール・ルーム(有事指揮所)に入室する。与えられた電子キーは自宅扱いのマンションの一室へ本に紛れさせて送ってあり、そこから今回バディを組んでいる公安警備局の外の繋ぎ役が受けとる手はずになっているため既に手元に無く、紛失の名目で、新たに更織本人から支給された簡易式のマスターキーを使い入室する。オペレーション・コントロール・ルームには既に織斑千冬と山田真耶がいた。待っていたであろう二人に怖じける様子を欠片ほども見せず、聆藤は口を開く。

 

「要請を許諾していただき有難うございます」

「礼には及ばない。だが、流石に負けたら庇いきれないぞ」

「問題ありませんよ。既に勝ちのプランは出来上がっています。織斑先生、それと申し訳ありませんがこの試合、観戦は遠慮させていただいても?」

「聆藤君、織斑君の試合を観てかないのですか?」

 

山田真耶がコテンと首を捻る。続けて織斑千冬が言葉と、質問を引き継いだ。簡潔に過ぎたが。

 

「なぜだ」

 

余計な間髪を入れず表向きを伝える。

 

彼女(セシリア・オルコット)はフェアでなければ勝ちを認めないでしょう。出来るだけ難癖は避けたい、ただそれだけですよ」

 

山田真耶が驚いたような、感心したような目で見つめる一方で、織斑千冬が目で本当にそれだけか、と聞いてきたが無視を決め込んだ。では失礼します、とだけ述べ頭を下げたの後に踵を返し部屋を出る。自動で閉まった扉を横目に見ながら、一年寮の方へ向かう。監視カメラの位置は把握済み。余計なところに映らないよう注意しつつ静かに、無人の廊下を駆け抜ける。今頃、第三アリーナでは大騒ぎだろう。そんな事はどうでもいい。落ち着くように言い聞かせ、やるべき手順を頭で確認する。山田真耶は人が良すぎる。簡単に騙されたが、流石にこんな単純な方法では織斑千冬は騙されなかった。その焦りより、自分の行動が予想されている、その懸念が聆藤の口から、沈黙しか産み出さなかったのだ。

寮に到達すると織斑一夏の部屋のある棟の反対側の棟の屋上へ向かう。屋上への鍵は本来施錠されているが、聆藤は内ポケットから、解錠用の工具を取り出す。南京錠の鍵穴に突き刺し、数秒で鍵が開く。電子管理されるセンサー群さえも簡易式のマスターキーで異常無し、と誤魔化されればそこは完全密室が意図も簡単に生まれた。屋上の金属製の手摺に手際よくラペリングの紐を縛り、降下用のグローブをはめ、命綱無しでありながら躇うこと無く一気に飛び出す。高さは凡そ六階分。勢い良く飛び降りて、一階分降りるとブレーキを掛け、三階の位置丁度に止まる。窓ガラスの無いコンクリートの外壁にをたどり、前から目星をつけていた雨樋の裏と金具の隙間の二ヶ所を検索(捜索)すると、不審にも雨樋が不必要に二重になっている箇所を見つけた。腰に差しているナイフで内側の雨樋を割ると、そこには訓練で見慣れた高性能プラスチック爆薬(セムテックス)が信管ごとビニールにくるまれ詰め込まれていた。更に外側の雨樋も見てみれば大量のパチンコ玉がぎっしりと詰め込まれ爆発のときを待っていた。もし、爆発すれセムテックスは内側の雨樋と外側のパチンコ玉の詰まった雨樋を木っ端微塵に吹き飛ばすだろう。吹き飛ばされたパチンコ玉は、クレイモア対人地雷の鉄球と同じ働きをして爆風にのって反対側の織斑一夏の部屋の窓ガラスを叩き割り、中に被害をもたらすことは想像に固くない。

聆藤が気がついたのは殆ど偶然だった。雨の日に織斑一夏の部屋のある棟の反対側を下に流れる雨樋が織斑一夏部屋の辺りで水が溢れていた事に気がついたからだ。あそこに何か詰まっている、そう確信した聆藤は棟に誰もいなくなり、妨害の入らない授業中に調査に来たのだ。わざわざ合法的に授業を抜け出すために言い訳まで用意して。聆藤は織斑一夏が狙われているという事実を身をもって確認するのと同時に、要塞とも言われる学園の警備が意外と穴だらけであることにも気がついた。これは忙しくなるかも知れない、眉をしかめても手先は止まること無く確認を続ける。爆破装置は単純なタイマー式ではなく、明らかな遠隔操作式と思われた。セムテックスをくるむビニールを切り裂き信管を揺れるなかで落ち着いて抜き取り、片腕だけで屋上へ戻る。スマートフォンを取り出し、教えられていた生徒会室の生徒会長用のパソコンのアドレスに内容を送り屋上から引き上げた。

手際よく片し終えて戻ってくれば、時間は僅かに十五分。一試合、決着がつくには少し長すぎるくらいで彼は戻ってきており、第三アリーナの電磁カタパルト(射出機)にて専用機の《九試甲戦・改》を展開させ待機した。

 

「き、きゅうしこうせん・改?」

 

漢字変換出来なかったらしい織斑一夏に対して、姉は眉を潜めていた。《九試甲戦・改》はパッと見た感じ武骨さを感じる。明らかに競技用などという生易しさとは無縁で、実戦ありきの機体であると織斑一夏は感じた。機体はなぜだか知らないが暗い灰色で染め上げており、両腕の外側に付いている物理シールドらしき物は恐らく内部に機銃を埋め込んでいるのだろう。盾の前面には機銃の銃身と思われる穴が空いており頑丈さを感じる。脚部のユニットらしき物も何か気になった。更に背部のスラスターとその上に付いているのは、平べったい長方形みたいな形をしており先のみ黒くなっている盾のような物は何に使うか、彼には理解できていなかった。

 

プライベート・チャンネルのコール(呼び出し)を受け、それに応答すれば無駄に上機嫌なセシリア・オルコットがいた。反対側のカタパルトで待機しながら、まさしく絶好調ですよとアピールする彼女がいたが無視して審判を勤める織斑千冬に目を向ける。始めてくれと意思を伝えれば一つため息をしてマイクに向かい、宣言した。

 

「今回の決闘は一部ルールを変更する。どちらかに有利になるものではないため、諸君の心配はいらない。具体的には学園施設とその付随設備を破壊しない限り、学園の主権の及ぶ範囲での交戦を許可するということだ。尚これに反して、学園設備などを損壊した場合、破壊したものを即失格とする。以上だ」

 

ぎょっとしている織斑を無視して電磁カタパルトに機体をセットする。展開直後に走らせた自己診断プログラムは異常無しのグリーンの信号を出しているのが確認できた。弾薬、加速剤の補給、充填量は共に八十五パーセント以上。機体のシンクロ調整と射撃管制システムの確認を終えれば、誤差は規定値以内で問題なし。そしてPIC及びスラスター全てのコントロールをオート(自動)からマニュアル(手動)へ切り替える。出撃できると結論付けると、静かに合図を待つ。間もなくオペレーション・コントロール・ルームから山田摩耶の声が聞こえてくる。

 

「ゲート解放、電磁カタパルト起動を確認。安全装置解除、発進準備完了。九試甲戦・改、ブルー・ティアーズの二機は出てください」

 

それに従い、出撃させる。

 

「九試甲戦・改、出る」

「ブルー・ティアーズ、行きますわ!!」

 

聆藤は余計な感情をゼロにして、オルコットは感情を高ぶらせて、ピットから発進した。




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高空の戦闘

ようやく戦闘です。


三層に重なった原子力空母の原子炉の格納容器に使われるという分厚い隔壁をくぐれば、カタパルトの推進を背中に受け、勢いを落とさず空に舞い上がり後ろを確認してみると、先程まで待機していたピットが大きな口を開いているのが見える。巡航速度とはいえ、飛行しながら片手で、かつ急上昇しているにも関わらず、マニュアル操作でスラスター系統を一切の出力のロスや機体のブレをなくすという離れ業をやってのけるが傍目には、普通に飛んでいるようにしか見えず、称賛はなかった。停止する瞬間も急停止ではなく、静止であった。指定高度に到着すると、三十メートルほど離れた空間で同じように武装を展開して滞空するセシリア・オルコットがいた。セシリア・オルコットはおもむろに口を開き自らの口上を述べる。

 

「貴方のその傲慢なる振る舞い、目に余ります。英国代表候補生として成敗しましょう」

 

ここで乗らねば決闘を吹っ掛けた意味はない、と恥ずかしさを圧し殺し、口上を述べる。

 

「私利私欲のため、妄りに私闘をおこすその行為、秩序ばかりか治安も乱します。国家の実力組織に属するものとして制裁します」

 

互いに口上を述べ終えると静かに目線を合わせ、開始の合図を待つ。アリーナの観客席は静かな熱狂に包まれており、明らかに異質な空間を作り出していた。

 

「これより、セシリア・オルコットと聆藤彰等の決闘を始める」

 

熱気は風船のように著しい膨張を遂げると、後はあっさり弾けるときを待つ。決して動じること無く、開始のタイミングを計る。そして―

 

「始め」

 

織斑千冬の、決して大きいわけではない、しかし深く染み渡るような声は意外に響いた。二人は、ほぼ同時に学園東側に全速力を傾ける。東側は沖合いに向かう最短距離だからだ。オペレーション・コントロール・ルームでは織斑千冬が考察を述べる。それに答える山田真耶も同じ意見だった。

 

「共に沖合いを目指したのは、場所を取るためだろうな」

「ええ、学園施設への攻撃は実質不可能です。となるとどちらが先に沖合いに出て広く場所を取るかが重要です。特にオルコットさんは遠距離戦に特化しています。先にとるにしても、先に行きすぎたら袋叩きに遇いかねません。聆藤君は難しい距離感を強いられますね」

 

そんな会話は露知らず、互いにものの十秒足らずで海岸線を抜け、沖合いに出る。先に沖合いに出たのは聆藤だった。時折後ろから打ち込まれる青いレーザーは牽制の域を出ず、脅威にはならない。その推察は正しく、距離をとれば問題はなかった。しかしオルコットの狙いはそれであったといえる。織斑一夏との戦闘と異なり回避を続ける聆藤に苛立ちを覚えながらも高度をとりつつ、上からの射撃で進路を誘導しいくぶんか直線的になったところで青い猟犬を六匹野に放った。

 

「逃げ足の早いこと、一夏さんは向かってきましたのに。ではこれならいかがでしょう」

 

聆藤は自分に向かってくる幾つもの猟犬の突撃を横目で見ると一気に急降下を開始した。逆落としのような急降下は機体の急降下限界速度いっぱいの一歩手前でまっ逆さまに落ちて行く。そのまま、水面ギリギリまで落とすと、そこから引き起こしを掛けた。機体と聆藤にかかるGは凡そ9G。人体が耐えられるというギリギリのところを駆け抜け機体の軌道は水平に戻る。聆藤の急降下を角度の緩い緩降下で高度を落とし真後ろについてビットは攻撃を開始した。四つの青く細い線と、それよりはるかに太く、圧力さえ感じるような青い一撃が降り注ぐなか、聆藤は回避に徹していた。時折直撃を受けながらも逃げ回る聆藤に観客はひどく落胆の様相を呈してきたが織斑千冬や山田真耶はオルコットの方に落胆の眼差しを向けていた。

観客席でざわめきが起こる。聆藤がシールドの機銃を水面に打ち付けたのだ。水しぶきがむすうに立ち上がり、ビットの追跡を阻害する。追跡の阻害を最優先に、もしかしたらで巻き込まれ落水できればよいと割りきった阻害攻撃は幾分か有効に作用する。水面を這うように進みながら細かい切り返しを幾度も繰り返す聆藤に対してセシリア・オルコットは不満を貯めていった。その不満は逃げ回る聆藤にか、仕留めきれない自分にかは分からなかった。適度に返される反撃の段幕はあてずっぽうらしく掠りもしないがそれが余計に焦りを生む。痺れを切らしたオルコットは上空からの射撃を優先するようになる。(ビット)の攻撃は受けても本命(スターライトmkⅢ)は決して受けない。その割りきりは明らかで、とらえたと思ってもするりと逃げられるような不愉快を感じていた。

 

 

「かかった」

 

誰にも聞こえないような小さな声で呟き、作戦の第一段階が終了し第二段階へ移行するとき、と決めると、一気に上昇しながら百八十度反転を試みる。学園から遠ざかっていた聆藤たちは今度は学園に急接近しつつある。降り注ぐ青い火線は上下左右のあらゆる方向から打ち込まれる。オルコットはブルー・ティアーズの最も得意な戦いかたを理解していたといる。それに対して聆藤は急加速、急減速、急上昇、急降下に急旋回と自分の持ちうる技術を駆使して回避を続ける。オンにしている共通回線から聞こえるのは聆藤にたいするオルコットの不満。

 

「一夏さんとは大違い」

 

そんなこと知るか、と怒鳴りたい衝動をぐっと押さえながら学園近くに来ると外周をぐるっと回り駆け抜ける。学園施設への損壊は厳禁。そのルールがオルコットの射撃をためらわせる。いくら数かあろうとも、当たらなければ意味がない。嫌がらせじみた場所の取り方はオルコットの冷静さを確実に奪いつつあった。

オペレーション・コントロール・ルームでは織斑千冬達が溜め息をついていた。

 

「オルコットは上手く嵌められたな。聆藤め、随分と狡猾な手段をとる」

「それに対してオルコットさんはさっき押しきれなかったのが痛いですね」

「あぁ、聆藤を甘く見ていたのだろうな。見事にしてやられている。自信があったのも頷けるな」

 

オペレーション・コントロール・ルームでの冷静な分析をよそに決闘は決着のときを迎えようとしていた。三方向からの同時射撃に逃げ場を失ったように見えた聆藤は、学園直通線の駅構内に逃げ込む。土日休日ともなれば生徒で賑わうが今は誰もおらず、ただ沈黙を守っている。そこに聆藤は、列車以上の速度で滑り込みながら列車と同じくらいのところで停止した。追い込んだと思ったオルコットは勝利を確実なものとするため中へ侵入する。聆藤に動揺はなかった。

 

「逃げ場はありませんわよ」

「逃げられないのは貴女ですよ」

 

一瞬の動揺は誰にも気がつかれずにすんだが、その代償は余りにも大きかったと言えよう。

その言葉と同時にオルコットに向けた片手のシールドが六つの火を吹き出す。ばらまかれる細い火線の束は大雑把な狙いしかつけていなかったがこの狭い空間では十分だった。回避させようとしても場所の無い駅構内では満足な回避運動は不可能。四つ全てのビットが粉砕されるまでさして時間はかからず駅構内は爆炎に包まれた。慌てて後退して高度をとろうとするオルコットに冷酷に告げる。

 

「ブルー・ティアーズの最大の特徴は意識の外からの同時攻撃、しかしここでは攻撃は一方向に限定され、なおかつ特別ルールにより俺に確実に当てるしかない。偏向射撃が可能ならともかく、直射しかできない今、俺にたいする攻撃は不可能。ブルー・ティアーズが長所をいかせない狭く閉じた場所、ここを探していた」

「くっ」

 

見事なまでに誘導され、嵌められた自分の不甲斐なさと、こんな狡猾な手段を考えた聆藤に対する悔しさを織り交ぜ、思わず苦悶の声が上がる。急上昇を試みたところで、開戦直後の加速力比べで機動力に勝ることがわかっている九試甲戦・改にすぐに追い上げられ高度を取られると上に向けての射撃は体勢を崩しながらでは当たるわけもなく空を切る。苦し紛れに放ったミサイルは脚部のミサイルユニットから放たれたチャフとフレアで明後日の方向に散らされれば、例え馬鹿でも絶体絶命を自覚できる。聆藤は位置関係を確認しながら逆落としに急降下を行い、シールドの内側に格納されたブレードを開きブルー・ティアーズに突き立てる。ショートブレード(インターセプター)を展開する間もなくそのまま団子に成りながら地面に突っ込み辺りに舞い上がる砂ぼこりは煙幕の役割を果たした。殆ど一瞬だったがそれが晴れれば如何なることになったのか、観客席からでも良くわかった。分離可能らしいブレードはブルー・ティアーズを地面に縫い付け、展開させたらしい40ミリ位の口径を持つ銃を突きつけていた。オルコットは、銃を捨てていない。ならばと聆藤は小さく呟く。

 

「ファイア」

 

呟きの直後に、連発して撃ち込まれた中口径の演習用弱装弾はシールドエネルギーを確実に蝕み、八発めでイエローゾーンに届き、閉所での取り回しを重視した短めのマガジン、十二発目最後の一発の直撃を受けるとゼロを表示し、それと同時に終幕を告げるブザーがなった。

織斑千冬がマイクを手に取り聆藤の勝利を告げる。

 

「勝者、聆藤」

 

と。

歓声より沈黙が走り抜けたアリーナを気にする素振りさえなく、ピットに戻ってISを待機状態に戻した聆藤は、待っていた織斑にぶん殴られた。無警戒のなかをいきなりの殴られた聆藤はよろけることなく、踏みとどまりとっさに中腰に構え第二撃に備えた。織斑は顔を真っ赤に怒らせ第二撃を放ったが、なぜ怒っているのかわからないというそぶりの聆藤はあっさりかわすとそのまま足払いを決め床に叩きつけた。ドシン、という音ともに激痛に顔を歪める織斑一夏に対して聆藤はそのまま腕をねじりあげ、訓練で習った通りの方法で拘束する。そのままの体勢で質問しようとすると良くとおる横から声が聞こえる。

 

「何をしている」

 

驚きと困惑をごちゃ混ぜにしたような声をあげる織斑一夏に対して聆藤は事実を端的に述べる。

 

「千冬姉!!」

「いきなり殴りかかられたので予防措置を取ったまでです」

 

感情の触れ幅をゼロにしたような感じで聆藤は織斑の言葉を無視した。

 

「織斑、なぜ聆藤に殴りかかった」

 

織斑千冬が質問する。

 

「だってこいつ、ほぼ勝ちが決まったのに何発も撃ち込んでいたんだ。男として許せるかよ」

 

聆藤を睨み付けながら、主張を述べる。聆藤はあきれてものも言えないと主張を放棄していた。はあと溜め息をついた織斑千冬はとりあえず手を離せと聆藤に指示をだし、弟に諭す。

 

「いいか、織斑。あのときオルコットは武器を捨てていなかった。あそこで止めを刺さねばひっくり返されたかもしれないだろう。そういった意味では聆藤の攻撃は正しかった。私もあの状況ならそうしただろうよ」

 

不満げな顔をしつつ、納得できるとかいう態度をとってそのままピットを出ていった。

 

「すまなかったな、聆藤。今回の決闘といい殴ったことといい、申し訳ないな」

「いえ、謝罪は結構ですよ。今回の決闘も俺の力を示すいい機会でしたし、彼の思いを知るには大切なことでしょうから」

 

欠片ほども思っていないことを述べ、場をとりなす。これくらいはサービスだと割りきり発言する。

 

「これからも迷惑を掛けるだろうがよろしく頼む」

「ご心配には及びませんよ。それが仕事ですから」

 

そう述べる聆藤の目はどす黒い濁った色を湛えていたが織斑千冬は気がつく素振りを見せなかった。




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九試甲戦・改

今回は主人公の機体と、女尊男卑後の日本についていた掘り下げてみました。


「では、クラス代表は織斑君で決定です」

 

上機嫌で述べる山田真耶に対して織斑一夏はひきつった笑いを浮かべていた。当然だろう、朝一番にクラスへ向かえばクラス代表が決まっているのだから。昨日殴られた頬はさすがに熱を引いたが、謝罪一つなくのうのうとしている織斑一夏にざまぁと心の狭いことを思っている自分に嫌気が差しながら聆藤は眺めていた。話を聞いていればどうやらセシリア・オルコットが辞退したらしい。なぜかと思って見てみれば先日とは異なる格好で自信満々に述べている。『一夏さん』、名前呼びに変わっている事実とその機嫌の良さを鑑みれば自ずと答えはでてきた。要するに彼女は、彼織斑一夏に恋慕しているのだろう。先日とはうって変わったその態度に当の本人はポカンとしているだけだった。

 

「さて、聆藤。あの機体について教えてもらおうか」

 

一通りSHL(ショートホームルーム)が済んだところで聆藤に質問をする。さすがに眉を潜めるが織斑千冬の浮かべるその笑みは獰猛な猛禽類を思わせ聆藤が逃げ手を打つことを許さなかった。聆藤も覚悟を決め専用機の九試甲戦・改について開示する。

 

「あの機体は現在の第二世代機、打鉄とほぼ同時期に国の航空技術開発研究機構において、基礎設計が行われた機体です」

 

航空技術開発研究機構は略して空技研とも呼ばれる航空技術の最先端を行く研究機構で、五年前に施行された首都分散特別措置法に基づいて市ヶ谷の防衛省が国土保安庁として北浦和に移動し後釜に座る国家安全保障局への移行の際に、防衛技術研究機構から分離して改めて設立された研究機構だ。その内情はISの登場の後に一変した空の研究であり新世代ISへの搭載技術に関する基礎研究を目的にしており、その一貫として試作されたのが九試甲戦だった。

 

「正式名称は第九次試作甲種戦術戦闘攻撃機で、そのながったるい名前から九試甲戦の略称で呼ばれていました。新しい技術を多く取り入れた機体は、初期第三世代にも匹敵すると言われるラファールとほぼ同程度とされる性能を誇りました。

しかしその新技術の多くは、非常に複雑な機構とそれに付随する整備の難しさ、そして価格の上昇を招きました。当時の資料では打鉄の約三倍とも言われた九試甲戦は、そのコストの高さから量産機に相応しくないとされトライアルから脱落しましたのです」

 

当時の日本は、IS導入による女尊男卑の風潮と、それに伴う国府改造論が入り乱れていた時期といえる。永田町(国会議事堂)の議員たちはその多くが、主義主張や所属政党に関わらず、衆参問うこと無く首がすげ変わり更には、女性進出の名の元に行われた省庁改革に伴う混乱の過渡期だった。その混乱の落ち着く間もなく、政権を獲得した女性優権を掲げる政党の掲げていた首都分散は、お題目にすぎず、その本音は旧勢力の体のいい追い払いだった。入れ物(武蔵新都市)だけはつくって後は押し付けた新政権は、後はそ知らぬ顔で放置したのだ。

それによって誕生した国務総省は、丸投げされた実務と新政権が起こした国民受けする政策の保証に追われることになり激怒したのは明らかで、あとはいつ火を吹くかというほど危うい空気が蔓延していた。更に警察庁(サッチョウ)の内部まで侵入しつつあった行きすぎた女尊男卑の空気は離れていても国務総省は、敏感に感じとり、過敏に反応するのは非難できなかった。激発寸前の国務総省が戦前の市ヶ谷(中野陸軍中学)の流れを組む非公開情報機関、情報保全局のあとを継いで拡大された公安警備局を養うことを決意したことは、当然のこととして関係者から暗黙の了解を得たのだ。さらに旧内務省直系を自認し、警保局特別高等警察の業務を実質的に引き継ぎ、現行の日本警察において警察庁警備局を頂点としていた公安警察は国務総省下に改めて設立された公安総局(与野)に引き継がれ、警察庁に残ったのは殆ど骨組みだけの警察機構のみとなっていた。当然ながら引き抜かれた警備局の中にはチヨダと呼ばれ、かつてはサクラ、もしくはゼロと呼称された非合法活動も辞さない非公開組織も含まれた。それでも警察庁が完全に無力とされなかったのは風潮に染まり、責任能力を放棄した内閣に対する、牽制としての役目が期待されたからだった。

内閣によって強引に断行された政策は、既に慢性化して久しい赤字国債の発行さえ追い付かないほどの予算不足を招き、やむなく足りない予算は追加の赤字国債で賄われ、ここのところ圧縮されつつあった赤字国債は、一挙に膨らむのは子供にもわかる話でそんなコストのかかるものを導入できるか、という国務総省財務局の判断は当然な成り行きだった。

 

「その後トライアルから脱落した九試甲戦は武器の耐久力や攻撃力を計る、いわば計測器の役割を果たしていました。そんな時、男性操縦者が確認されたというニュースが世界を駆け巡ったのです。未だに政権変換から僅か四年足らずでしかなく、各地で冷飯食いの旧勢力も多く残っており男性操縦者への調査が世界規模で行われました」

 

結成から僅か四年程度でしかなく、地盤固めを怠り、旧勢力の一掃をせず放置していた、現政権に対して強く要求を重ね、派閥間に楔を打ち込み、足の引っ張り合いに持ち込むのは難しいことではなく、自壊していく現政権を倒閣させず、都合のよい駒として操り人形にするまでさして時間はかからなかったということだった。結局のところ新時代を掲げた現政権の街頭演説に乗っかったまま、無関心で関係無いと言い切って政治家を選び、それの失敗を政治家のせいとして自らの責任を恥じ入ることの無い、国民性を明らかにしただけで、一過性の熱は瞬く間に覚めたいたといえる。

 

「そして私が見つかりました。なぜISを女性だけが動かせるのか、その理由を探るために私に専用機を与えることが決まったのです。しかしながら、時間もないなかで、新規開発は不可能であったため、急遽私にあてがわれたのが各種試験に使われていた九試甲戦だったわけです。しかし、いかに登場したときは優秀の評価を受けても、さすがに型落ちであることは否めず、大改装を施したのが九試甲戦・改というわけです。これでよろしいでしょうか」

 

具体的な改装箇所は上げず、九試甲戦・改の成り立ちのみを伝えた聆藤は静かに着席した。織斑千冬は目を閉じて聞いていたが話終わると、クラスを見渡す。ある程度理解できたらしいクラスメイトの中に一人だけ顔を青くしているものがいた。織斑一夏である。絶対零度の冷気を宿し、静かに弟をみる姉は弟が自分の方を向いて、愛想笑いを浮かべた瞬間に出席簿を振り下ろした。星が出るのでないかという音が響くなか、頭を押さえる織斑一夏を放置してホームルームはここまで、と述べ挨拶を行い退出すればクラスの空気が弛緩するとそれぞれが動き始めた。




感想、講評をお待ちしてます。


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ナノ・テルミット焼夷弾

主人公のバディと本来の上司を出しました。あと、シャルロットの男装を見抜けないほど、どこの情報機関も間抜けだと思いたくないので書きました。


(こちらの映像をご覧下さい)

 

女性アナウンサーが述べると、昼間の東京の映像を写した画面が切り替わる。画面の下の方に『撮影:投稿者』と記されている。映像が時折大きく揺れるのは、撮影者が素人であることのみならず、船の上からの撮影だからだろう。青々とした海面が映っているのがそれを示している。

映像は美しい海を写し出していたが、画面の真ん中辺りで、大きい閃光を見せた次の瞬間、巨大な水柱を立ち上げたのだ。ぐんぐんと高さを増す水柱は、ある程度まで上昇すると、そのまま傘を広げたように霧となって広がっていく。見た目はまさしく、クロスロード作戦で有名なベーカー実験の写真とよく似た形だ。直後に雷鳴のような轟音と、衝撃波が船に襲いかかると激しく揺さぶれるのがわかった。

(こちらは先日太平洋上で行われました、国土保安庁の新型兵器実験で撮影された映像です)

白髪の眼鏡をかけた評論家が続けて述べる。

 

(これは明かに……)

 

 

「これは不味いね。」

 

革で出来た高級なソファーの上に腰を下ろしたその男は、テレビの電源を落とすと向かい側に座る黒のスーツを着用した線の細そうな男を静かに見つめる。向かい側に座る男のワイシャツは冷や汗でぐっしょりに濡らしており不安そうな眼差しを男に向けていた。沈黙に耐えかねたのか、線の細い男は立ち上がると謝罪を行った。

 

「申し訳有りませんでした」

 

勢いよくあたまが下げられたところで結果が変わるわけでもなし。続けて言い訳を述べると男を冷ややかに見ている。

 

「指定海域は米国の方が封鎖すると言われており、衛星からの映像でしか確認しておりませんでした。まさか光学迷彩を使ってくるとは」

「言い訳はいい。先ほどペンタゴン(米国国防総省)の次官が既に横田入りして、私に面会を求めているとの報告があった。恐らく分取りに来るぞ。試料の方は?」

 

これ以上の失態は許さないと、暗黙のうちに伝え、鋭さを増した眼光に押されながらも男は、事実の一部だけを述べる。

 

「は、現在北浦和(国土保安庁)の本庁舎地下の特別防護区画に偽物(ダミー)が保管され、既にSIF一個小隊が警備に当たっています。試料移送には機動隊を中心に銃対(銃器対策部隊)が護衛しました。ばれてはいないはずです。本物(リアル)の方ですが『学園』の工作員に引き渡されています。あそこならどこの国も介入は不可能かと」

「ならいい。ともかく、このままでは世論がひっくり返るぞ。下手をすれば今までの計画を全て()()にしかねん」

 

そういわれると線の細い男は焦り出す。

 

「それだけは、それだけはなんとしても!! 我々とてこのまま引き下がれません!! お願いします」

 

悲痛な声が部屋に響き渡るが、男は何も返さず部屋を出るように指示を出す。米国国防総省(ペンタゴン)の次官が到着する時間は刻々と近付きつつあった。

 

 

 

聆藤はこの日、規定の書類(外出届)をだして正規のルートで外出していた。一目見た感じではただのリュックサックだが、内側にはケブラー繊維を四重に重ね、中にクッション材として雑誌を張り付けて防弾性を確保している。そんな物騒なリュックサックを背負い向かった先は、ビジネスホテルだった。安宿という表現がよく似合うここは、公安警備局の秘密裏の拠点だった。全国十二ヶ所に居を構え、工作員たちの会合場所や、作戦時の現場指揮所となる建物だった。入り口なドアは見た目こそ、ごく普通のガラスドアだが実は堅牢な強化ガラスであり、生半可な攻撃では突破は不可能になっていることなど、まさしく要塞のようになっている。

そこに向かうために聆藤は、あからさまではないが、幾度も点検行動と呼ばれる尾行を撒くための行動を行い、学園から尾行してきた更織の部下を撒いたのだ。その技量からただ者ではないと更織楯無は疑念を深めるが、どこに向かうのかさえ掴めなかった部下は、叱責を浴びることになる。

とにかく更織を撒いた聆藤はフロントにIDカードを差し出し、ワンタイムキーを受け取って上へ昇り、あらかじめ指定されていた部屋に定められた符丁をノックして、開けられたドアの中に体を滑り込ませた。僅かに目を会わせて再会の挨拶をしたのは本作戦、即ちオペレーション・イージスのバディを組んでいる河村 明日香(かわむら あすか)ともう一人、本作戦のCL、ケースリーダーの坂崎 嘉人(さかざき よしお)だった。

 

「早速だが、これを預かってもらう」

 

そういって、部屋の奥からアルミケースを2つ取り出した。

 

「これは、()()ですか?」

 

聆藤の質問に対して答えた坂崎の声はひどく無関心に響いた。

 

「そうだ。お前も知ってのようにあの映像が放送されてから反発が大きくなって上の連中、慌ててこちらに押し付けてきた」

 

そういって、右側のアルミケースを軽く叩く。

()()とは国土保安庁が米国国防総省と共に研究していた新型爆弾のことである。正式名称を『ナノ・テルミット焼夷弾』というそれは、既存の技術である金属アルミを使用した金属酸化物の還元法であるテルミット法を応用した高性能焼夷弾として、核アレルギーの強い日本における国防の柱となる予定の兵器であった。本体の二種類の反応溶液と一種類の反応促進溶液、安全装置として一種類の反応抑制溶液、起爆剤としての役割を持つ一種類の反応抑制溶液吸着剤の五種類の溶液で構成される爆薬は、僅か八リットルで半径約五キロを約五千度という高温で焼き払うそれは、現在確認されている最も高い融点を持つ物質を瞬時に蒸発させる絶大な威力を誇る。しかし、それは配備間近で潰された。世論という巨大な圧力によって。

国家の実力組織の兵器が世論によって潰されるという前代未聞の事件の発端は、実験映像が流失したことが始まりだった。その爆発の瞬間を映した映像は、そのインパクトから大きな衝撃を国民に与えた。なぜなら、爆発の後の巻き上げられた形は原爆実験のキノコ雲とそっくりだったため、国民の核アレルギーを見事に刺激したのだ。流失した経緯を公安が捜査してみれば、撮影者は漁師ではなく、自分でクルーザーを保有する女権主義派の幹部が秘書にやらせた事だったが、そんな事は火消しにもならなかった。流失して一晩で、昨日の夜まで国土保安庁の兵器に興味を持っていなかった人たちが翌日には大都市でナノ・テルミット焼夷弾反対デモが勃発。あれよあれよと言う間に、国会でナノ・テルミット焼夷弾の保有が審議に掛けられるという事態を招いたのだ。反対を掲げるのは与党最大派閥の女権主義派を中心に、野党三党が騒ぎ立てるとなれば話は大きくなり、国務総省は保有打ち切りの方針に切り替えようとしていたが、国土保安庁は残った試料をなんとしても確保しようと必死になっていた。

対ISの切り札に成りうる、ナノ・テルミット焼夷弾は国土保安庁が旧防衛省時代からの抑止力として欲していた、『戦略核に準じる威力』、『戦闘機以下の管理コスト』、『機関銃並みの扱いやすさ』という三拍子揃った兵器だった。その試料は公表されている情報によれば開発した国土保安庁陸上保安部の東京都硫黄島の基地に保管されている事になっている。なせここにあるのか、その疑問は学園というで発言で理解した。

 

「なるほど、上の意向は理解しました。しかし、なか(学園内)には、私しかいません。更織は使えないのでしょう。流石に危険では?」

「問題ないよ。あそこ(学園)より安全なところはこの星に存在しないよ。更織には踊ってもらう」

 

それだけわかれば十分だ。了解しました、と敬礼を行い右側のをリュックサックに詰める。

 

「それで、こちらは?」

 

坂崎は椅子に座り、室内備え付けのコーヒーカップに入っているインスタントコーヒーを一気に飲み干すと口調を改めた。

 

「こちらが本来、本題のはずだったのだが、アレのせいで予定が狂った。まぁ、開けてみてくれ」

 

メモ帳に記された四桁の数字にダイヤルを合わせて南京錠と渡されたIDパスを通すとカチャリ、という鍵の開く音を聞が聞こえた。そこには、短機関銃として非常に名高いH&K MP5日本警察仕様が、30発入りのマガジン五つと共におかれていた。置かれているMP5はA5の最新仕様でフランス軍がH&K社に特注したMP5Fとほぼ同じである。驚きを隠せない聆藤に河村明日香が説明する。

 

「本来、護衛装備の強化を目的に配備される予定だったけど、アレが学園に持ち込まれるから余計に重装備化を進められてね。Fと同じように強装弾に対応しているし、大型のフラッシュプレセッサー、ホログラムサイトも装備している高価なやつ。壊さないでね」

 

ついでに、と坂崎が言葉を続ける。

 

「一緒に、C4(プラスチック爆薬)も六キロと、防弾、防刃装備一式が持ち込まれる」

 

流石にこの発言には聆藤は眉を潜めたが、河村は遠慮なく、言葉を紡ぐ。

 

「先日、織斑邸が襲撃を受けた。現着した警官と撃ち合いになって負傷者が出た。隠蔽は終わったが猶予はない、それが上のとの判断だ」

 

わかりました。それだけ述べると、アルミケースを既に軽くない重さを感じるリュックサックへ入れると、音をたてずに部屋を出る。フロントにワンタイムキーを返却すると、ホテルを出る。監視がいないことを確認してから、最寄りではなく、三つ先の駅から電車に乗り学園へ向かう。どこからか監視が沸いてきたが気にせず乗り続け、学園最寄りで降りた監視を確認してから聆藤は大きなため息をついた。安全なのは理解できるが、万が一、反応を起こしたら学園ごと木っ端微塵に消し飛ぶのは間違いなく、面倒な役を請け負ったと、半ば後悔しているときだった。内ポケットに差し込んでいたスマートフォンがマナーモードでバイブレーションを伝えたのは。ワンコールで出る。するとさっき別れた河村が相手だった。

 

(いきなりごめん。ついさっきうちら(公安警備局)の在欧第三支部から大至急の連絡があったの。)

 

在欧第三支部はEU本部もあるベルギーの首都、ブリュッセルの在ベルギー大使館内に置かれ、フランスやドイツ、スペインなどの西欧と孤島の英国で活動する支部で三ヶ所ある在欧支部のなかで最大規模の支部で、常任理事国である五大国のうち二か国がある西欧地域は、各国情報機関が凌ぎを削っている影の戦場だ。そんなところからの『大至急』とは、穏やかではないと、受け止める覚悟を決めて、続きを促す。

 

(フランスが賭けに出た。デュノア社の社長令嬢を男装させて学園に送り込むことがさっき、フランス政府からデュノア社に通達されたみたい)

 

聆藤は思わず素で返しそうになりながらも辛うじて堪えて説明を求めた。

 

(デュノア社が第三世代機の開発は遅延を重ねていて、既に欧州統合防衛計画(イグニッション・プラン)からの落伍はほぼ確定。だから乾坤一擲、織斑一夏の情報を得たい、が表向きだとこっち(公安警備局)睨んでる。真実は違うだろうね)

「あぁ、発覚すればデュノア社の信用は失墜、経営破綻は勿論、フランス政府も各国からの制裁は免れない。どこもかしこも喜び勇んでフランスの足を引っ張るのは目に見えているのになのになぜこんなことをするのか、か」

(えぇ、学園に来たら恐らく織斑一夏と同室になるだろうから、そこを探れ、だそうよ)

「わかった。探ってみるが長く見ておくよう、CLに伝えてくれ」

(わかったわ、それともうひとつ。ドイツがトライアル中の試作機を学園に送るらしいの)

「トライアル中というと、アレか?」

(アレよ。詳細はいまだ不明だけど、恐らくドイツ軍IS装備の特殊部隊(シュヴァルツェ・ハーゼ)から出るだろうというのが上の見解。そこのマーク(監視)をよろしくだそうよ)

「わかった」

 

一言返事を確認すると、通話を切った聆藤は車窓から外の景色を眺める。思わず口をついたのは愚痴だった。 フランスからは、乾坤一擲の男装とドイツからは第三世代中最もバランスのとれた機体とは。簡単にいってくれると思っても、やることは変わらず気持ちを切り替えるしか無いのだ。仕方がない、そうやって割りきる重要性を聆藤は理解していた。




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陰謀

ようやく固まったので出しました。サブタイトルは気に入ってないです。強引にし過ぎた気がします。


この日、東京国際空港、即ち通称羽田空港は例年の三月中頃並みの警備体制が目に見えない形で行われていた。ただ見ただけでは、わからないが四つある空港警察機動隊のうち、通常警備を行うのは一個だけだが、この日は三倍の三個の機動隊が動員されていた。八年前、再建ではなく、新築された発着ロビーに降り立ったのは赤地に四つの小さな星と、一つの大きな星で描かれる国旗の国だった。

 

「久しぶりの日本ね。ようやく一夏に会える」

 

嬉しそうにそう述べる小柄な少女の周りには襲撃に備え、拳銃を装備した私服警官が周囲を油断無く警戒している。少女の隣にいるのは駐日中国大使館の外交官とくれば警戒体制と現場の緊張は、どうやら比例関係にあるようで否応にも跳ね上がっていた。飛び交う無線も一気に数を増しているのだろう。

東京国際空港は『白騎士事件』に端を発する、世界に蔓延していた不穏な空気において最初の火種を作った場所でもあった。九年前の夏、『羽田発の悲劇』と呼ばれるその事件はその後の世界情勢を一変させ、辛うじて保たれていたバランスが決定的な破綻を引き起こした日だった。

 

当日、東京国際空港の発着ロビーに降り立ったのは中華人民共和国から呼び戻されていた駐日特命全権大使だった。『南シナ海ガス田問題』に端を発した日中関係は、悪化の一途をたどっており、尖閣諸島でも日本の海上保安庁と中国の海警局との熾烈な駆け引きが沈黙の中で行われていたタイミングだった。前年の発生した「『白騎士事件』の影響」が名目だったが、大使の帰国指示は日本にとって大きな圧力と感じていた。アラスカ条約調印を常任理事国で最も強硬に唱えた中国とは、国交断絶一歩手前とさえ言われた当時の日中関係は東西冷戦時代のキューバ危機に等しいとさえ言われるほどの空気だったのだ。中国は民間の窓を完全に閉鎖し、外交部高官のリークとして報道関係者に流れた「対日資産の全面凍結」及び「レアメタル(希少金属)の輸出禁止」という噂は、実質的な経済制裁であり、そんな情勢下で本国は日本との「友好関係構築」等と言われても信用など出来ないのは当然の話だった。

国民は感情的反発から以前中国で行われた反日暴動と本質的には変わらぬことを行っていた。街頭宣伝車を大使館前の十字路に乗り入れ、声高にシュプレヒコールを行い火をつければ、あとは勝手に燃えていくという寸法で、それに載せた方も載せた奴だが、それ以上にあっさりとのせられる側にも問題があったのだろう。事件が起きても、対岸の火事としかとらえず、『臭いものには蓋』精神で目に見えるまで放っておくという如何にもな日本人らしさはしっかり発揮されていたといえる。移ろいやすい感情の悪化は避けられず、警察は日に日に増大していく反中事件を押さえ込むのに必死になっていた。連日数万人規模のデモ隊が駐日大使館や駐日領事館を包囲する事態に至っており、ウィーン条約―即ち1961年ウィーンで締結された外交関係に関するウィーン条約及び1963年の領事関係に関するウィーン条約―に抵触しかねないと警察も自衛隊も政府も、暴動に発展しないよう目を光らせていたのである。

それ故に、羽田の警備は主要国首脳会議に準ずる警備が行われていた。まだ勢力を保っていた警察庁警備局指揮の元、警視庁機動隊を中心に警備が敷かれていた。動員された機動隊は第一、第四、第六、第八機動隊、そして特別車両隊を中心に警視庁公安部公安機動隊で空港敷地内を警備を行い、後方警備として埼玉県警、神奈川県警の機動隊と関東管区警察局管区機動隊が投入され、成田空港闘争における『東峰事件』の時の行政代執行を越え、合計で六千四百人の警察官が参加したことから後に『師団警備』と揶揄され、警察庁長官の「総力戦」発言そのままに史上最大の大規模警備への発展に至っていた。この時、成田国際空港や関西国際空港、原子力発電所、官公庁などの主要な空港やテロの予想される箇所には要所要所に警察が配備され、さらに自衛隊にも三度目の治安出動待機命令が発令される事態となるなど、日本は異常な空気に支配されていた。

この時、中国大使の死傷を一番恐れていたのは日本政府ではなく、米国政府とロシア政府だったであろう。日中の実質的な後ろ楯として―日米安全保障条約及び半年前に締結されたばかりの中露相互防衛条約という―第三次世界大戦を引き起こしかねない火中の栗となりつつあった日中両国に対して、両国(米露)は連盟で不用意な軽挙妄動を慎むよう()()するなど珍しく、手を組んでいたのだ。空からは空自のF-15Jが高高度を舞い、更なる上空(宇宙空間)には世界各国の監視衛星が固唾を呑んで見ていたといえた。

そんな最も万全に近づけたという時の警察庁長官の発言にふさわしい警備は集まった十万人にのぼる群衆を、完全に東京国際空港に一歩たりとも入れていなかったが、火の手が上がったのは意外なところだった。

 

午前八時七分、衆議院の議員会館で与党幹事長宛に送られた小包に同封されていた手紙が突如、爆発したのである。爆発事態は小規模で手紙を開封した秘書が負傷したのみで済んだが、警察は陽動の一言で切って捨てた。その考えは間違いではなかったが、典型的な手紙爆弾と言えたこの事件は、その後の『羽田発の悲劇』の号砲だったといわれている。

 

第二撃は地下鉄だった。地下鉄丸ノ内線、日比谷線、半蔵門線などといった地下鉄の主要な駅に爆弾を仕掛けた、という脅迫は、時節柄一笑に付すことができず、警察による捜索が行われた。しかし、発見できず徒労に終わったいえる。しかし、この通報に川崎コンビナートに展開していた機動隊が投入されたことは本命に大きな影響を与えたのである。

 

警備が厚くなるのなら、薄くなるところもある。本命の第三撃は東京湾の扇町火力発電所だった。扇町火力発電所は、旧国鉄時代は関東圏を走る国鉄路線の鉄道電力の大半を供給していたという火力発電所で、現在は旧国鉄東日本路線を後継したJR東日本の川崎火力発電所と呼ばれるそれは、現在に至っても首都圏の鉄道電力事情を賄う重要な要石といえた。この発電所に爆弾設置の脅迫が届いたのは、午前八時四十三分だった。当然の地下鉄と同じように警察への通報が行われ、最寄りの鶴見警察署から派遣された警察官が捜索に当たるが当然、中の職員は避難するわけで誰も中にいない、警備が警備を行わない侵入が非常に容易になる致命的な瞬間が生まれたといえる。

午前八時五十四分、約三十分前に大使が到着して貨物機に限り離着陸の再開が許可され羽田へ到着しつつあった無関係な東国航空295便が臨海部を眼下に眺めながら着陸体制に入る直前、既に停止の指示を出していた火力発電所へ天然ガスを供給するために縦横無尽に駆け抜けるパイプラインが寸断を示す異常な圧力低下を検知した。しかし監視すべき職員は避難の最中で誰も居らず、非常停止装置も停めるものが居なければ意味はなく、自動停止装置も既に停止させたのだからと手動に切り替えていれば止まる筈もなく、あっさりと侵入と寸断を許したのだ。寸断されたパイプからは高圧に圧縮された天然ガスが吹き出し、35度の高温に曝されたアスファルトの上では引火は時間の問題で午前九時ごろ遂に大爆発を引き起こしたのだ。

爆発は瞬く間に、パイプラインを遡り真ん丸い形をしたうす緑色のガスタンクに到達した。3,11に経験した爆発に匹敵する爆発がガスタンク類を襲いガスタンクはなす統べなく次々に倒壊とそれに伴う誘爆を重ねていった。3,11以降、頑丈に設計のやり直しと、ダンパーの強化、地盤への杭打ちを行ったというそれは、爆発のエネルギーからすれば容易に引き千切れる物だったらしい。

立ち上がった黒煙はキノコ雲を作り上げ、ガスタンクの鉄片やアスファルトの欠片をまとめて吹き飛ばし七百メートルを越えるところまで撒き散らしたのである。当然それは横方向だけではなく、縦方向にも飛ばしていた。それは丁度空港に侵入しつつあった東国航空295便に致命的な損壊を与えたのである。

バードストライクというそれは、高速で回転するジェットエンジンに鳥が吸い込まれエンジンを損壊させる事故で、一歩誤れば墜落の危険の高いものでよく空港職員が、滑走路で鳥の威嚇を行うのはそれを避けるためだ。そのバードストライクを現象を、鳥より重く、鳥より大きい破片で引き起こしたのだ。吸い込んだ航空機は当然、吸い込まれればエンジンを内側から破壊を受けると、四基あるエンジンのうち一番左側にあったエンジンは一瞬で機能を喪失しバランスを崩したのだ。勿論、通常なら一基エンジンが死んだところで一回の緊急着陸は行えたはずだが、場所が悪かった。着陸寸前でバランスを崩した機体は、直後に真下から突き上げられた上昇気流に突き上げられた。一瞬機首を上向きにした機体は速度が低下した状態で、迎え角が失速迎え角に到達してしまい、失速を起こし制御不能に陥ったのである。そのまま、羽田空港への滑走路へ不時着を試みたが、制御不能な機体は滑走路へおもいっきり叩きつけられ、旅客ターミナルへ突っ込んだのだ。丁度、日本に入国直後の中国大使を巻き込んで。

突入してきた機体は、突入と同時に機体としての原型をとどることができず、爆炎を撒き散らした。搭載されていた燃料と、ターミナル内部の可燃性の物を巻き込んで大炎上を引き起こしたのだ。さらに、駐機していた機体を巻き込んで爆発すると、手の施しようがなく、東京消防庁は、鎮火ではなく、延焼阻止に全力をあげることになる。突入を受けたターミナルは吹き抜け構造の六階まで到達すると激震となってターミナルを襲った。窓ガラスは内側から炎によって破られた。一瞬で酸素が消費し尽くされたターミナル内部の警察官たちは肺が焼ける苦しみを感じるような間もなく焼け落ちていった。警備本部の置かれていた最上階も地獄であり、ここは火の直撃をわずかに免れたが、それこそが地獄だったのだろう。僅かな時間をいきる権利を与えられた彼らはその代わりに、肺が焼ける地獄の苦しみを味わった。炎は全てを焼き払い、美しかったターミナルはまさしく灰塵に帰したのである。死者行方不明者合わせて三百五十人を越える大惨事をまねいたのである。

 

この事件の結果、日本では海上警備行動が発令され自衛艦の出動がなされ、中国は北洋艦隊の空母遼寧が出動となり、南シナ海は一触即発の事態を招いたのである。この事態が収集されるにはアラスカ条約の締結を待たねばならない。さらに犯人は過激派の生き残り、という公式発表では怪しまれるのも当たり前だった。仮にも既に壊滅的な打撃を受け東西冷戦時代の遺物に過ぎない過激派が監視の警察を出し抜いてテロを行うだけの組織力は無く、目的さえあやふやでは疑惑の目は最も特をした人物に向けられることになった。即ち、各国政府である。この時、日本の公安組織は全力で反体制危険人物を監視しており、それを出し抜いてテロを行うことが出来るのかという疑問は事件当時からあったのだ。だが、多くの人が、『喉元過ぎれば熱さを忘れる』の精神を発揮した結果、疑問は陰謀論扱いされるにとどまった。

いずれにせよ、この世界中にショッキングな映像を撒き散らした、この事件は面子を真正面から潰された日本と、上手く日本へ要求を押し付ける事に成功した各国の筋書き通りに事は進んでいったのだ。この事件は日本警察最大の汚点であり、大きなトラウマを残すことになる。

 

 




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来訪する足音は軽やかに

上手く纏まりませんでした。すいません。


学園南側はいつもびゅうびゅうと風が吹き込んでいた。臨海に浮かぶ人工島のIS学園は、本土に面する一部分が分厚い外壁によって隔てられている。当然外壁のない、海側は海から吹き込む風によって煽られる場所として有名だった。数千本にものぼる鉄筋コンクリート製の杭を地盤へ深く打ち込み、更に重量の学園構造物埋を支えるために埋め立てを行い、総工費四兆円をかけて建設された学園は、各種の警報装置とイージス艦と同じフェーズドアレイレーダーの陸上設置型であるJ/FRS-7や、既存の火力である格納式の近接防空ミサイル(RAM)近接防空火器システム(CISW)による防空網、学園配備のISを主軸に構成されている。情報通信システムとしては学園内に張り巡らされた教職員用の学園内LAN光ケーブルのみで行われ、張り巡らされた光ケーブルは完全に閉鎖されており、外部からの侵入はまず不可能となっている。万が一のウィルス侵入にも対応するため十二時間おきに記憶参照型のIDSのデータは更新され、ケーブルのセキュリティも接触感知型のそれは物理的接触を感知すれば即座に反応を検知してシステムのシャットダウンが行われ、教職員の管理用パスワードも立場によって異なり、企業で言えば重役クラスの教職員は使い捨てのワンタイムパスワードが絶対で、それを束ねる地下の第四層最重要防護区画に置かれている、スタンドアロンのサーバーへバックアップを行う中央制御室は物理的にも、電子的にも、最高強度のセキュリティが敷かれておりまさしく難攻不落の要塞として知られている。

その最重要防護区画の真上は、だだっ広いグラウンドが広がっている。分厚い、鉄筋コンクリート製の人工地盤の上に厚さ三メートルを越えて積み重ねた土砂は、地表体積層として、人工地盤へのクッションの役割を期待されていた。

 

集団が一つの目標に向けて前進する場合、最も効率を得られるのは、共通の敵という存在だという。まさしく、現在のIS学園一年一組の状況は、そういう状態であった。簡潔に述べて、聆藤は孤立していた。孤高ではなく、あからさまな孤立だった。彼女たちからすれば、セシリア・オルコットを掌で踊らせ、勝利して見せたあの戦いかたは、スポーツとして教えられてきた彼女には納得しがたいものだったのだ。直前の試合で織斑一夏が勇戦(無謀な突撃)して見せたのもいけなかったのだろう。織斑一夏に比べて聆藤の戦いかたに、スポーツマンシップなどという崇高なものはなく、ただ相手の無力化を優先し制圧する、その効率重視の行いかたは、許容するほど器ができていなかったのだ。更に追い討ちをかけたのは、自覚のない彼女本人の発言だった。

 

「結局、相手の発言に踊らされ、あまつさえ慢心して挑んだ自分が未熟だったというだけ」

 

という趣旨のこの発言が致命的だった。自分の非を認めた彼女に対して、聆藤はなにも言わない、それが彼女たちの正義感という琴線に触れたのだ。聆藤からすれば、クラスメイトからの評価はどうでもよいものにすぎず、あの決闘の狙いは、織斑一夏を狙う敵に対する牽制の意味があった。だからこその容赦のなさだったのだが、まさか護衛対象者本人が火を着けるとは思いもしなかったのが本音だった。織斑一夏が聆藤を否定したのも大きかったのだろう。『正面から、立派に戦った、織斑に対して聆藤は、残酷で手段を選ばない卑怯者』というレッテルは大きいものだったらしい。クラスの雰囲気は重々しく、何より刺々しかった。山田真耶が必死にクラスの雰囲気を明るくしようとしても、すぐさま下を向く空気に溜め息しか出てこなくなるまで時間はかからなかった。五月中頃、丁度そのときである。

 

 

「では、今日は基本的な飛行訓練を行う」

 

担任の織斑千冬は相も変わらず刺々しい空気に非常にやりづらさを感じながら、本日も教鞭をとっていた。

本来、襟元についている襟章が待機状態で『八重桜に翼を広げる八咫烏(三本足の烏)』という国土保安庁の意匠である襟章の待機状態から展開するまでという基本の()の字の、この授業は聆藤からすれば退屈だった。幾度となく一瞬の判断を強いられる実戦を繰り返せば、体が自然に馴れるというもので、単純な展開だけならコンマ四秒での展開が可能だったからだ。誰よりも早く、展開を終えた聆藤は学園に張り巡らされた不可視の電子の目を調べていた。ISのハイパーセンサーは指定すれば勝手にやってくれるのみならず、アクティブ、パッシブを問わず、高い探索性能でありどこの国も爆発物探索などで利用されるようになって既に久しい。羽田発の悲劇の当時は、IS自体が未知数で、実戦投入は不可能だった。技術革新もここまでくれば着いていくだけで一苦労で、人が技術を使っているのか、技術が人を使っているのかわからなくなってきている現代社会。空虚さと、濃密さという矛盾を気が付かないうちに、同封し私心を圧し殺し、他人に合わせる技術ばかり長けていく自分を俯瞰することさえできるISにいよいよ呆れていった。それでも、このままどこに向かうのかという疑問でさえ、手慣れたままに圧し殺してしまえば疑問はあっさり消えていく。そうやって感慨に更けるのも悪くはない、いいことを知ったと思いに耽っていた。

飛んで見せろと言われれば九試甲戦・改は加速をしながら空を上っていく。四苦八苦している織斑一夏の白式と、その横で高貴なるものの義務(ノブレス・オブリージュ)という形で、手を差しのべるセシリア・オルコットは、とても楽しそうに笑っていた。

降下の指示が下れば、真っ先に降りていったセシリア・オルコットは代表候補生に恥じぬ技量を示し、指示の通りに目標の地上十センチで停止した彼女に感心しつつ、降下(墜落)していった織斑一夏にぎょっとする聆藤に対して、織斑千冬の指示が飛ぶ。いきます、とだけのべるとPICを切る。PIC反応がゼロになったことにポカンと間抜けな顔をさらしている山田真耶を放置して、高さを伝えるデジタル表記の高度計も目隠しして、目測だけで落ちて行く。自由落下に任せて低空におりていけば、校舎の高さを目印にして真下に向けてスラスターをふかす。決闘の時の急降下に比べて非常に楽な地上十センチ停止は、完璧に行って見せた。歓声は上がらず、失笑もなく、沈黙だけが支配する空気に痺れを切らしたのは織斑千冬だった。

 

「織斑、武装を展開しろ」

 

頼りない返事と共に武装を展開した織斑一夏は遅いと叱責され、続いて武装(スターライトmk-Ⅲ)を展開したセシリア・オルコットは銃身を横に向け、トリガー(引金)に手をかけた状態だった。誰に撃つのだ。聆藤の疑問は織斑千冬によって解決の兆しを見せた。

 

「直せ」

 

織斑千冬は、たった一言で沈黙を余儀なくされた彼女に溜め息を付きながら聆藤に対して武装展開の指示を出す。無言で右手に長銃身の42.8ミリ無反動銃を展開させると銃身を下に向ける。スムーズに展開され、初弾装填まで終えた無反動銃は発砲可能を示していた。

後から展開するタイムラグを嫌い、無反動銃以外の武装は機体の付属品として扱われ、手堅い武装の選択で、機体のパッケージ(換装装備)をとられないため、機動力増加に成功した九試甲戦・改は極めて即応的で、実戦的な兵器だった。その機体を自在に操る聆藤に対して、織斑一夏は言い様の無い不愉快さと恐怖を無意識に感じていた。

 

 

「ここがそうなんだ……」

 

街灯が照らす人工的な灯りのみで照らされ、堅牢なバリケードで閉鎖されているの正面ゲートの守衛詰所は数人の女性警備員が当直の職員に時間通りの来訪者の到来を直通有線を使って連絡していた。数日前に厳重な警備のなか来日したのは、中国の国家代表候補生の凰 鈴音だった。前日まで大使館で寝泊まりしていた彼女は、守衛に言われたとおりに、本校舎の一階総合受け付けへ向かっていった。本校舎総合受け付けは、当直の職員が二十四時間待機しており、非常時には真っ先に連絡の届く場所になっている。当直の職員は、四人で二交代制で行われており、常に誰かいるように割り振られていた。学園の構造は、複雑になっている。正面ゲートからなかに入っても、校舎が内側に入り込んでおり、なかを見通せない構造になっていた。

昼間は、光の反射などで、威圧感はそれほど無いが夜になれば照らすのは街灯のみで重々しい空気を背負う。バリケードも素早く展開可能なように生け垣や、校舎の内側に隠され、そとに向く校舎の壁は、銃弾は勿論のこと、赤外線、エックス線を透過しない特殊な外壁で構築され、窓ガラスは反射率が高く、ブラインドが常に下ろされているそれは軍事基地と形容するべきもので、そんな構造では案内のいない来校者が迷うのは当然の話だった。うろうろとあちこちを歩き回った末に、見つけたのは正面ゲートの奥の芝に寝転んでいる一人の男子だった。腕を頭の後ろに組み、足を組んでぼんやりと空を見上げている男子は誰も見ていないような真っ黒の瞳をしていた。大使館でも見かけた、駐在武官の部下と名乗った男と同じ目をした男子に、無意識のうちに避けて本校舎総合受け付けを探して歩いていった。




感想、講評をお待ちしています。


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アリーナへの無法者

ようやくできました。


『クラス対抗戦』はIS学園で新入生が最初に経験する校内(イベント)だ。その代表に内定した織斑一夏はこの日『織斑一夏クラス代表就任パーティー』のため、貸しきられた食堂にいた。なぜか聆藤はいない。部屋で寝ていると言っていた唯一の男子に調子が悪いのかと思い、なにか持っていってあげようと織斑一夏は考えていた。新聞部部長の質問に無難に答え、いつの間にか写真に入っていたメンバーに驚きながらもパーティーは終わりを迎えた。

 

 

「転校生の噂聞いた?」

 

この質問に聆藤はドキリとした。何でこんな時期に、と疑問を呈する織斑一夏に対して聆藤は腰の膨らみに無意識に手を触れた。

学園への転入は条件が厳しく、特に国家の要請が必要なため、つまり国家代表候補生である可能性が高かった。このタイミングで送ってくるということは、織斑一夏が発覚してから送り込むことを決めたのだろう。詰まるところハニートラップの類い、その可能性は極めて大として公安警備局はもとより公安総局も背後関係を洗っていた。そんなことは露知らず織斑一夏はセシリア・オルコットと会話を続けていた。話題がクラス代表戦に移った時だった。「その情報、古いよ」という声が耳に入ってきたのは。腕を組んでドアにもたれ掛かっていた彼女に、織斑一夏は思わずといった形で口を開く。

 

「すげえ似合わないぞ」

 

無神経な発言にあっという間に怒りのボルテージを高めた彼女に聆藤は冷ややかに目を向ける。気がつく様子もなく織斑一夏との会話にのめり込む彼女に鉄拳が降ってきた。堅牢な出席簿は彼女にあたり、驚いた彼女はすぐさまクラスに戻っていった。

 

 

その日の夜、聆藤はアリーナの構造物の確認をしていた。毎年行われているという学年別トーナメントと異なり、警備は基本的にざるだ。学内のイベントで、外部が呼ばれないためで警備はいつもと変わらない。そのため狙うとすればこれ以上無いタイミングであり、同業者(各国情報機関)は先駆けなしの不文律(政治的妥協)を作っていた。もし織斑一夏が死んだりしたら公安警備局は笑われるどころでは済まない。なにがなんでも守り抜かなければと決意を改めたところでIS(九試甲戦・改)がIS反応を捉えたのはその時だった。ゾッとした聆藤は、拳銃を抜き安全装置を外して部屋から顔を出した。そこでは織斑一夏の部屋で篠ノ之箒の竹刀を凰鈴音がISで受け止めていた。専用機持ちということには驚いた。おそらくあれはついこの間、表だけ公開された新型の第三世代IS。データ採取は優先するべきだが今はそれ以上に刺客ではないということに安心して扉を閉じて盗聴電波受信機に意識を委ねた。

 

翌朝公開された『クラス対抗戦』の

組み合わせ表。一回戦の織斑一夏の相手は凰鈴音だった。絶句している織斑一夏を放っておいて自分の席につく。

日本の仮想敵国の中国の第三世代IS。その情報の価値は計り知れない。ISの戦闘能力は国防に直結する、現代社会の偽らざる本音で各国が喉から手が出るほど欲しがる第三世代ISのデータ採取は絶対だ。まさしく国益に関わる情報で学園に入り込んでいる工作員も同じことをするだろう。だから慎重を期さねばならない。決意を固め、手順を考えていた。

 

 

クラス代表戦当日、第二アリーナは超満員だった。お祭り騒ぎのアリーナを横目に見て最上階にある放送席の左側に腰を下ろした。右の腰のホルスターには拳銃をしまい、ISはNATO軍規格の戦術データ・リンクのリンク27との相互リンクを可能とした戦術情報処理システムのOYQ-16を起動する。有事には司令部に介入を要請するつもりでいる。最上階の放送席付近は周りを見下ろすのに丁度よく何かあれば飛び込む覚悟を決めていた。

アリーナのゲートから登場すれば大歓声が包み込む。専用機持ち二人は周囲の熱に熱せられたのか、紅潮しているのが見えた。はじめての大舞台といえるクラス代表戦は大きな糧になるのは間違いない。なにも起こらないことを祈っていた聆藤のささやかな願いはあっさり裏切られることになる。

 

試合開始を伝えるブザーがなるのと同時に二人は動き出した。《白式》の《雪片弍型》は弾き飛ばされる。一撃を与えた《甲龍》は軽やかに身をこなし次を狙う凰鈴音に対して、体が流されながらも三次元躍動旋回で辛うじて墜落を回避する。ようやく正面に捉えた瞬間、白式に降り注いだのは、不可視の砲弾だった。

 

「衝撃砲……か?」

 

ポッツリと呟いた聆藤とほぼ同じ頃、ピットで見ていたセシリア・オルコットと篠ノ之箒も同じ会話をしていた。空間自体に圧力をかけるそれは、日本では、射程の延長が難しく、さらに発展性のなさとエネルギーロスの大きさから使いづらいと計画段階で放棄されたそれだった。中国はそれを徹底して不可視にすることで長所にしたのだ。砲身さえも不可視では、射角予測は困難で実戦では戦術的汎用性の高いブルー・ティアーズとは異なり、局地戦に特化した典型的な初見殺しの兵器だ。もし量産配備されれば遠距離砲戦で潰すしかないのは明らかで具体的にはミサイルの飽和攻撃などで対処するしかない。苦さを噛み締める聆藤はデータをリアルタイムで衛星を中継して沖合いに展開している国土保安庁籍の特務艦に送り出していた。

 

 

試合は進み、確実に織斑一夏が追い込まれていた。一度撃ち込まれれば回避に徹するしかない白式は半端な離脱と突入を繰り返し試みた結果、瞬く間にエネルギーを浪費していった。『瞬間加速(イグニッション・ブースト)』はあと数回程度。雪片弍型も全力を投入すれば同じくらいがせいぜい。

自棄っぱちの、一か八かのかけに出ようとした瞬間。聆藤は席から立ち上がりピットへ駆け出していた。

 

聆藤が気が付いたのは軍用の装備のお陰だった。正式名称を戦略ミサイル防衛、略してSMBと呼ばれるそれは日本版スターウォーズ計画(戦略防衛構想)とも呼称されるシステムだった。脅威を増すISや戦略弾道弾、巡航ミサイルなどに対する迎撃システムで地上の管制設備、上空の早期警戒機、護衛艦の武器管制システムとISが相互にデータリンクとを行い、リアルタイムで戦略兵器の多段式迎撃を行うそれは国土保安庁の国防司令部によって一元管理されている。今回も衛星と九試甲戦・改が捉えた情報を国防司令部を経由してリアルタイムで入手できた事が大きな一因だった。

 

雪片弍型の渾身の一撃が届くか否か、というタイミングでアリーナは激震に包まれた。白煙が舞い上がるなか、聆藤は軽く舌打ちをしながらハイパーセンサーをパッシブからアクティブ両用に切り替えた。

 

―アリーナ中央部に高熱源体検知 脅威判定大 ISと思われる 対空戦闘の必要あり―

 

感情の無い明朝体の警告文が展開されると同時にピットに駆け込みヘッドホンを片手で抑え、コンソールに飛び付いた聆藤は同時に警告されている内容に目を剥いた。

 

―現地域に電波障害発生 遠距離通信及びOYQ-16は使用不能 IS学園への不正アクセスを確認 アリーナ内隔壁及びシールドが閉鎖中―

 

「やられたっ!!」

 

思わずヘッドホンを地面に叩きつけた聆藤は、驚いた周りを無視して物理的な対処を試みることにした。九試甲戦・改の42.8ミリ無反動銃を展開すると閉鎖されたピットの隔壁に突きつけた次の瞬間、やめんか!!という怒鳴り声で聆藤の作業は中断された。

外の映像を映すリアルタイムモニターを見れば間一髪で高密度高熱量光学兵器(ビーム兵器)をかわした白式が映っていた。『全身装甲(フル・スキン)』のその機体は以上だった。二メートル以上の大きさからみて、堅牢な防御であることは間違いない。生半可な攻撃ではあの防御は貫けない。全身のスラスターは機動性確保と重すぎる機体姿勢の制御のためだろう。ならば急所を一撃で仕留めるべき。冷静な部分で解を出すと出動の許可を要請する。

 

「織斑先生、制圧の許可を」

 

駄目だと、一言で却下する織斑千冬に食らい付いたのはセシリア・オルコットだった。

 

「で、でしたらせめて政府に助成を」

 

懇願をぶったぎって伝える声には苦渋が溢れていた。

 

「既にやっている。だが電波障害で繋がらない。それにだ」

 

そういって指差した先には『遮断シールド レベル4』の文字が。そんなまさかと声をあげる彼女に対して聆藤は漬け込む場所を見つける。

 

「先ほど、政府に要請したんですね?」

 

確信を持った質問に織斑千冬も疑惑の目を向ける。ならばと続け明確な決定を伝える。

 

「現時刻を持って日本国政府より治安出動の指示か出ました。国土保安法及び執行を定める警察官職務執行法に基づいて鎮圧します」

 

待て!!と制止する彼女を無視して、隔壁に改めて銃を突きつける。 遮断シールドが展開しているのは観客席のみでピットは隔壁のみ。いけると断じた聆藤の肩に手がかかった。勝手は許さんと目で訴える彼女に冷たい通達を伝える。

 

「政府への要請は、今この場において私に一任されています。緊急事態では治安出動まで私の結論に委ねられています」

 

よってと言葉を続け絶句した彼女を放置して隔壁に向き直り、実戦用の強装弾が放たれた。乾いた炸裂音と共に金属をたたく高い音はピットを包み込み、みんな耳を抑える。黙々と作業を続けようやく隔壁を破壊した聆藤は状況の把握に努める。既に何度か一撃必殺の間合いをかわされているらしく、エネルギーの消耗は著しい。二人は戦力にならないと切って捨てると単独で向き直る。

やめろと織斑千冬の制止と驚いて固まっている二人を無視して、一気に懐に飛び込む。ビームの弾幕はシャワーを思わせる密度だが、かわすだけなら簡単だった。余裕をみて脚部ユニットから無誘導ロケット弾を放つ。直撃する前に全弾迎撃されるが、爆発で舞い上がったのは、塵や土ではなかった。

銀色にきらめくグラスファイバーの破片が目標を覆う。チャフは目隠しの役割を果たし、レーダーが使えなくなる。同時に使われていた赤外線画像識別装置は作動していたが一緒に撃ち込まれた高赤外線放射式フレアにより、識別できなくなったセンサー群を嘲笑うかのように九試甲戦・改はハープーンミサイルと同じポップアップ/ダウン運動を行う。ようやく識別したらしい目標はでたらめに放つがチャフの影響は抜けていないのだろう。掠めることさえない。急降下する機体は接触ギリギリで少し軸線をずらす。ごく稀にさっきまでいた空間を貫き、空を切るビームに恐れることなく突き進み、右腕のシールド内部のブレードを展開し躊躇いなく、腰の部分を切り飛ばした。装甲の関係上、どうしても薄くならざるを得ない部分をハイパーセンサーの補助のもと狙い断ち切ったのだ。さすがに全部は切り飛ばせなかったが残りは三分一くらい。機体はいきなり制御を喪失。そのまま機銃弾の洗礼を受けてついに、真っ二つに割れる。機銃を撃ちながら再度突入して上半身を蹴り飛ばす。鈍い音が響き、コマのように回転しながら飛んでいった上半身を放置して残った下半身にむけ、再度展開した無反動銃を突きつけながら近づき、中へ射撃を撃ち込んだ。無惨にも内側から破壊された下半身を放置して、上半身に向かう。同じように射撃を加えれば完全に動かなくなるまでそう時間はかからなかった。

 

「鎮圧完了」

 

小さく呟き、あんぐりと口を開けたままの織斑たちと沈黙に支配されたアリーナを放っておいてピットに戻っていった。

 

ピットに戻れば《打鉄》が問答無用でアサルトライフルを突きつけてきた。

 

「なぜ独断専行をした?」

 

質問者は織斑千冬で声には怒りが満ちていた。

 

「私の職務遂行の為です」

 

淡々とした返事に余計怒りが増したのだろう。口調は鋭さを増した。

 

「周りには他の生徒がいたが?」

「関係ありません。それに十分配慮していたつもりです」

 

なに?と疑問を呈する彼女を放置して言葉を重ねる。

 

「篠ノ之箒は私が破るときここにはいませんでした。セシリア・オルコットは専用機持ちで簡単には死なないでしょう。あなたも同じですから」

 

言葉を失った織斑千冬の目を見つめ返し、先に視線を切ったのは彼女だった。突きつけられた銃を退かしてそのまま踵を返して部屋に向かう。気がつけば電波障害も終わっている。沖合いの特務艦に残りのデータを送り部屋に入ろうとした時、声をかけられた。

 

「待ちなさい」

 

有無を言わせぬ強い口調だが声には聞き覚えがある。そこにいたのは水色の髪の生徒会長、更織楯無だった。




感想、講評お待ちしています。


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用語説明

消してしまったので追記してまた出しました。


人物

 

・聆藤彰等

国土保安庁から派遣された第二の男。任務は織斑一夏と篠ノ之箒の身辺警護。公安警備局の実力部隊、SIFの出身。数々の作戦に参加。精鋭中の精鋭。

 

・河村明日香

公安警備局SIFの隊員。聆藤とバディを組むのは初めてではない。聆藤と同じ年に採用され、最終訓練を生き残った紛れもない精鋭。

 

・坂崎嘉人

本事案のケースリーダー。CLと呼称される。その場その場の現場指揮官で聆藤の本来の直接的な上官。

 

 

用語

 

・国務総省

政権が女性主義政党に移った後に、面倒を嫌い実務を押し付けた箱。首都機能分散を名目に大宮に追いやられた実務組織。責任能力の無い内閣に呆れている。なお最高位は大臣だが、実権を握るのは国務総省次官で、官僚。

 

・国土保安庁

自衛隊という軍隊を嫌い、平和主義という錦の御旗を掲げ解散させた日本が持つ実力組織。自衛隊が警察予備隊と呼ばれた頃と同じような言葉遊び。やることは自衛隊と変わらない。陸海空の三個保安部と日本版CIAと呼ばれる中央情報本部、施設整備部を中心に内局を持つ。公安警備局を飼っている。中央情報本部は公安警備局の隠れ蓑になっている。

英語では『Land,Infrastructure and Security Service』で『LISS(リス)』とも

 

・公安警備局

軍隊を持て無いのに反共の防波堤として、最前線にいることを強いられたこの国が産み出した矛盾を解決させる実力機関。元は陸軍中野中学の卒業生が作った諜報機関で破防法(破壊活動防止法)の成立と共に公安調査庁に紛れて本格的にスタートした。首都機能移転までは情報保全局と呼ばれ、市ヶ谷の防衛省内に設置されており、冷戦の終結と政権交代の結果、潰されかけながらも生き残った。いろんなものを裏で持っており、なかには護衛艦一隻をまるごと保持している。特務艦はこの船のこと。

英語では『Public Security Bureau』で略して『PSB』

国家の危機に、法に縛られず、迅速かつ速やかな対処を目的とする機関。つまり超法規的措置が活動の基本。

 

・SIF

『Special Interceptor task Force』の略。頭文字からシフとも呼ばれる精鋭部隊。正式名称は特殊要撃任務部隊。制圧ではなく、鎮圧を目的に編成され、五十人程度の小隊四つと第二と第三分室で構成される。

第二分室はサイバー戦を行う。第三分室は潜入任務を行う。聆藤も第三分室に所属している。第三分室は潜入任務のためバックアップが期待できない事が多いことから、徹底的にしごかれる。

非合法、合法問わず実戦経験が豊富でソ連時代はKGBと、今は北の人民偵察総局、露の対外情報庁、中国の国家安全部や参謀本部第二部などと熾烈な諜報合戦を繰り広げてきた。

 

・CL

ケースリーダーのこと。各事案一つ一つに割り振られているリーダー。別名班長とも呼ばれる。基本的に展開部隊の先任下級士官がなる。

 

・公安総局

女性優権の風潮に汚染されつつあった警察庁から警備局を頂点とする体制を国務総省がまとめて引っこ抜いた組織。チヨダとかサクラとかゼロとか言われた非合法作戦も辞さない組織もまとめて移行した。公安警備局と中が非常に悪い。

 

・ナノ・テルミット焼夷弾

日米が共同開発した新型特殊焼夷弾。僅か八リットルで半径五キロを五千度の熱放射で焼き尽くす。放射能のでない核爆弾。実質的な戦略兵器。

流失した映像で国民規模の反対運動で潰されかけた兵器。聆藤が持っている以外にも保管されているかも。

 

・羽田発の悲劇

九年前に発生した無言の恫喝。この事件で日本政府はアラスカ条約を受け入れたと言われている。羽田空港は三ヶ月使用不能に、関東の鉄道線も一ヶ月動かなかった。

 

・戦略ミサイル防衛

略して『SMB』とも。日本版スターウォーズ計画とも呼ばれ、国家への脅威を多段式に迎撃する計画。陸海空が緊密に連携する必要がある。最初に防衛を担うのは海保部のイージス艦。二段目は大気圏外要撃破壊ミサイル。三段目はパトリオットⅢの改造版のパトリオットⅣ。四段目がIS。

NATO軍標準規格のリンク27と接続可能な戦術情報処理システムのOYQ-16を要にしている。

※リンク27とOYQ-16は実際にありません。あるのはリンク16でリンク22が開発中。OYQ-13までです。

 

・大軍縮

ISの登場後に行われた世界規模の軍縮。

旧世代兵器、即ち『役立たず』の烙印を押された兵器群の在庫一掃。勿論、売却やモスボールされたものも多かったが、それ以上に廃棄された兵器が圧倒的多数を占めた。世界最強を自称する米軍も同じで、特に空軍は直接影響を受けた。7000機以上を保有した米空軍は半数が退役、うち500機程度がモスボールされた。海軍も影響が大きく、原子力空母のニミッツ級は9、10番艦の『ロナルド・レーガン』と『ジョージ・H・W・ブッシュ』と最新鋭の『ジェネラル・R・フォード級』を残して退役となるほどで、金融不安も重なり、米軍は大きく影響力を落す最大の原因。

平和になるどころか、パワーバランスが崩壊し、空白地帯が生まれた結果、売却された兵器が空白地帯に流れ込み、紛争や内戦が激化。下手に手がつけられなくなっている。

 

・護衛艦『はたかぜ』

『はたかぜ型護衛艦』の一番艦。旧式艦艇に分類されるが、有事即応艦としてFRAMを施して延命を目論み、さらに公安警備局所属の特務艦に任じられた。非合法活動のプラットホームとしての活動は勿論、自らも非合法活動を行ったりする。選ばれた理由は当時の技術として限界を追求した結果、拡張性に劣ってしまい、FRAMの意味がないとされた『こんごう型』よりも小さく、小回りがきき、拡張性に余裕のある『はたかぜ型』には有事即応艦に相応しいとされたため。新世代艦よりも新鋭機材を導入し試験艦の役割もあるがたが、船体の老朽化は避けられず、『ガタピシ艦』と揶揄されるときもある。勿論、『スーパー・トマホーク』も撃てる。

 

・潜水艦『かいりゅう』

『改そうりゅう型通常動力型潜水艦』の六番艦。ISの登場に伴う技術革新で、役立たずの烙印を押されながらも、その秘蔵性から削減の対象外に置かれた潜水艦。新型巡航ミサイルの『スーパー・トマホーク』を撃てるように改造され、戦略打撃艦の要件を満たしており、『C2計画』の実験艦の役目をしている。特務艦の指定を受けている。

 

・情報収集及び有事即応艦

海事保安部が強引に設置した新しい概念を具現化する艦種。

旧海軍の脈々と受け継ぐことを自他ともに認める海上自衛隊は『大軍縮』の影響で縮小。汎用護衛艦の主役の予定の『あきづき護衛艦』以前の護衛艦が退役になり莫大な船を失い、領海防衛は著しい困難に直面した。ミサイル護衛艦も削減の対象で『こんごう型護衛艦』以前の護衛艦も退役が決定し、海事保安部は早急な対応を強いられたのである。そんな状況のなか、海事保安部は苦肉の策として『情報収集及び有事即応艦』という新しい概念を設置。FRAMを施し、旧式艦艇の延命措置を目論み、その一番艦として『はたかぜ型護衛艦』のネームシップの『はたかぜ』を選んだ。

 

・ スーパー・トマホーク

日本とアメリカ、ドイツ、フランス、イギリスの五ヵ国が共同開発した既存のトマホークの後継の新型巡航ミサイル。サイズと重量の変更は無いが、射程延長と最大速度の上昇、巡航速度も上昇した。開発した五ヵ国を中心に12カ国で採用されており、コストは良い。当然ながら、核弾頭の搭載も可能。

 

 

 

機体について

・ 九試甲戦・改

九試甲戦を大規模改装を施した機体。『Fast kill』、『Fast attack』、『Fast strike』を最優先に先制を期する開幕同時攻撃に最適化されている。元々の機体の機動性を損なわないように武装が選ばれ、余った部分に、ブースターとスラスターを搭載させた機体。技術は既存のものしか使わず、コスト増大を抑え稼働率を上げている。装甲はジュラルミンを採用。非常に脆弱。軽量化と高強度を両立させたが、極端に打たれ弱い機体になった。その結果、現代の零戦と呼ばれたりする。機体色は鈍色(ネズミ色のような色)。

42.8ミリ無反動銃

演習用の弱装弾と実戦用の強装弾の二種類ある。複合装甲も一撃で貫通できる。その代わり給弾数が最大二十四発と少ない。無反動銃のため機体がぶれない強みがある。ヴォルカノを撃てる。

両腕のシールド兼ブレード兼用機銃

シールドは流石に堅牢で105ミリ砲くらいまでなら当たり場所によっては弾ける。イメージはタルシスの機銃内蔵シールド。尚、ブレードは本体と分離できる。

脚部ユニットコンテナ

取り外し可能な多目的コンテナ。ミサイルやロケット弾、はもちろん、チャフやフレア内蔵型ロケット弾、プローブや消火剤など何でも積める。

背部ワイヤーアンカー

ワイヤースイングバイに使ったりする。イメージはアルドノアゼロの地球軍機のワイヤーアンカー。

 

 

 

・国際状況

混乱からようやく建て直しつつある。貧富の差が拡大の一途をたどっている。五大国はそれぞれピンチ。国連の安保理及び総会に代わり、国際IS委員会が実権を握りつつある。経済は落ち着きつつあるけど上向かない。

 

・国際IS委員会

少し前まで国際IS管理機関として国連総会直轄の諮問機関として設立されたが、国連安保理の各国が自国問題に脚を取られ、力を失っているあいだに国連を乗っ取った。国家の代弁機関から委員会の意志的な利権機関に落ちぶれてしまった。収賄、粉飾、詐欺、横領など違法の限りを尽くし、徹底的で組織的な隠蔽が行われている。挙げ句委員選任には企業は勿論、国家からの支援が行われ莫大な金が裏で動いている。

 

・日本

日本は白騎士事件で株、円、国債が暴落。財政破綻の危機に陥るが国際通貨基金や世界銀行、アメリカ連邦準備銀行などから60兆円規模の財政支援によって辛うじて生き長らえた。しかし国がやりくりに奔走している間に女性優権主義者に政権を奪われ、赤字が爆発的に増加。辛うじてAまで回復した格付けはBBまで急落した。また日本企業の株価は乱高下を繰り返し、疲弊を重ねている。

さらに白騎士事件から二週間後、日本最大のメガバンクだったBFJ(バンク・オブ・ファースト・ジャパン)が乱高下に振り回され、経営破綻した企業の不良債権、総額七兆円を抱えついに経営破綻。経済危機に拍車をかけた。その他都市銀行三つは踏みとどまるが、いずれも地銀や信金と合流。日本金融界は第三次金融再編と呼ばれる大規模な合流・分離が行われ大きくに2つに別れる。

 

・アメリカ

既存の軍需産業が軒並み壊滅。ニューヨーク証券取引所では白騎士事件の二十二分後から急降下を始め、1927年10月24、29日(暗黒の木曜日、悲劇の火曜日)や世界金融危機どころの騒ぎではない大暴落を引き起こし、国内は大混乱に陥った。僅か二時間で200億ドルが消し飛んび、基軸通過だったドルの信用も低下。連邦準備銀行の対策の遅れから、米国で権威が低下。金融無法地帯になりつつある。さらに世界最強の米軍も予算削減により撤収。世界中に火種をばらまいたとされる。

在韓米軍は既に撤退済み。在日米軍も撤退するかも知れない。

 

・イギリス

王立イングランド銀行が危機に陥るがイギリス連邦体制の強化でブロック体制の完結に成功。欧州で他国に先んじて抜け出しつつあるが、それでも綱渡り。

イギリスはさらにIS開発の支援を行う国際銀行として欧州IS開発銀行、Europe Inflnite Stratos Development Bank(EISDB)を設立。設立国として主導権を握り、ドイツ、フランス、スペインなど各国のIS開発の予算部門を押さえ、開発の軸を奪った。英仏海峡トンネル封鎖を示唆したフランスに対して、特にラファールを開発したデュノア社を警戒してフランスいじめを行っている。

 

・フランス

EISDBによって予算を抑えられた結果、メインを担っていたデュノア社は第三世代機の開発の遅れは深刻で統合防衛計画から落伍はほぼ確実視されている。国力衰退は明らかで双子の赤字を抱えてしまった。英仏海峡トンネル封鎖を示唆した結果、イギリスに集中的に嫌がらせを受けている。

 

・ドイツ

EISDBから締め付けを受けながらも国中からかき集めたなけなしの予算で開発を続行。ようやく開発した第三世代機は汎用性の追求の結果、スペックは優秀でも、伸び代の少ない機体になった。バルト三国や、ウクライナへ領土的野心を強めるロシアに対して国防の観点から反発を強める。後ろで暴れるフランスにしびれを切らしていて、イギリスと共にフランスに圧力をかけている。

 

・ロシア

EISDBの加入を拒否した結果、影響を受けず、独立国家共同体(CIS)が独自に第三世代機の開発を行う。効率化を名目に、第三世代機開発はCISからの委託の形をとってロシアが単独で開発。「ソ連の夢再び」の目標を非公式に掲げ、CIS各国に開発した第三世代機と天然ガスの供給を盾に恫喝している。

 

・中国

ソ連的な閉鎖型の社会主義に移行。しかし、恐慌の危機からは逃れられず、経済成長はマイナスに移行した。内圧を外部にそらすために、対日暴動で誤魔化していたが食料供給などの問題から内乱一歩手前まで進んだが武力鎮圧に成功。徹底した中央集権主義体制を固めた。




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実力組織

遅くなってすいません。
なかなか、出来ませんでした。


「なにか?」

 

手に掛けていたドアノブから手を外し、目を会わせる。迷いの欠片もない無い返事に目を細めた彼女は思わず咎めていた。

 

「私の任務はご存じのはずです。ご了承は得られると思っておりましたが?」

「貴方は私の部下でしょう」

「だからなんでしょう。対象の身の安全を最優先とすべし、SP(セキュリティ・ポリス)でも学ぶ基本的な事です。また、非常事態が発生した場合、現場は、今出来る最善の行動をせよ。それが私に与えられた任務です。それに。私は国家の実力組織に属するものだ。私兵ではない。そこは、間違えないでいただきたい」

 

彼女は能面のような感情を一切感じさせない表情で紡がれた言葉に、危険を感じたのかISの起動を準備をする。相対する聆藤も腰の拳銃を抜く構えの準備をした。ISの展開速度と銃弾はほぼ等しい。しかし、ISのシールドに銃弾は意味をなさないが、それでも威嚇くらいにはなる。やむ無しといって一線を越える覚悟を決めた聆藤と更織の間に空気が張りつめる。その空気の中で質問を重ねた。

 

「また、同じことをするの?」

「したらなにか?」

「次は実力を持って制止させるわ」

「出来ますか? 実戦経験の無い精鋭で」

 

苦虫を噛み潰した更織の眼差しに迷いが生まれたのをみて、聆藤は目線を切った。腰から手を離して部屋に入る。あれは無理だな、詰めが甘い。警告は出来ても、その先は背中を押すものが必要な人間だ。おそらく暗部の長には向いていない。あそこで撃てなかったのが性格を示している。決裂は意外に近いかもしれない、その結論は考えるまでもなかった。

 

 

アリーナでは、沈黙から冷めたどよめきが広がっていた。情け容赦の無い、無力化を最優先にした実戦は、生徒たちに言いがたい恐怖を植え付けたようだった。アリーナの遮断シールドと隔壁のコントロールが占拠され、出られなくなっていた事を知る間もなくついた決着が、目に見える恐怖としてのし掛かったのだ。一組のクラスメートはあのとき感じた恐怖は間違っていなかったと改めて思いを強くした。

 

―やはり、聆藤は野蛮な男―

 

その思いはアリーナ中に波及していくのに時間は掛からず、解放されたアリーナから足早に去っていく生徒たちの足音を聞き流しながら、内側から無惨に破壊された機体のところから、少し離れたところに腰を下ろし、織斑一夏は項垂れていた。なもできなかったというその後悔は、それ以上にぐちゃぐちゃに破壊された機体の無惨さを見て、押し寄せてきた吐き気に押し流された。

もし。もし、あそこに人が乗っていたら。おそらく聆藤が腰の部分を切った時には絶命していただろう。実際には人は乗っておらず、無人機が撃破されたですんだが、織斑一夏は気が付けば喉の奥から込み上げ来る苦い胃酸を吐き出していた。「大丈夫?」とかけられた声には力が無く、目の前でみた恐怖からか、鈴も明らかに沈んでいた。駆け寄ってくるセシリアと箒は回収作業の指示を下す姉を横目に見ながら不安そうに顔を覗きこむ。渡された水は口の中の胃酸をまとめて流してもまだ足りず、一気に流し込んだせいか、思わず噎せっ返す。それでも強引に飲み干して聆藤と同じ専用機持ちの二人に質問をする。

 

「なぁ、二人はああいう戦いかたを学んだのか?」

 

質問の意図は明白で、二人は顔を見合わせたあとに答えを返す。

 

「ああいう戦いかたは習ってない。でも一度見せられたことがあるわ。一撃で戦闘力を奪い、制圧する。そのときは、こういう戦いかたもあるのねで済んでいたけど、こうやって見せられるとね」

(わたくし)もありますわ。一般武装の特殊部隊で行われた制圧演習ですが。突入してから相手の目と耳を奪い、確実に鎮圧する。野蛮だとそのときは思いましたが、こういった状況でしたら、解決策の一つ、ですね 」

それでも。認められない織斑一夏は声をあげた。

 

「ひ、人が死ぬんだぞ!!」

 

「わかっている」と口にしたのは二人とも同じタイミングだった。

 

「あの機体の操縦者と、私たちアリーナにいた生徒たちの命を比べれば当然のことです」

 

自分の感情を圧し殺したのがよく分かる悲痛な声でセシリアは言葉を続けた。その言葉に返す言葉を失った織斑はゆっくりと立ち上がるとピットに歩いていく。その背中にかける言葉を彼女たちは持たなかった。

 

 

学園地下にあるハイ・セキュリティ・エリアは二人の人影があった。

 

「やはり、未確認の無人機か」

「はい。電子部品は復旧不能なほど徹底的に破壊されています。コアも未登録なものです」

 

訳がわからないといった風の山田真耶は、視界から外し織斑千冬は、形のよい眉を潜め、無人機襲撃の時の映像を見ていた。

 

「それよりも聆藤君です。あの戦技は明らかにおかしいです。一撃で重装甲の無人機を二つに断ち切って、確実な撃破。何処をとっても彼は、兵士です。間違っても広報課なんて所属ではありません」

「山田先生もそう思うか」

 

珍しく強い口調で断じる山田真耶に、驚きの目を見せていたが、目をうつ向かせ迷いを断つようにしてから、伝える。

 

「山田先生、更織の内偵の結果からいうと、聆藤の過去に怪しい出来事はない。むしろ無さすぎて怪しいらしい」

「それは……」

「更織は追加で調べるといっていたが、何処までたどり着けるか……」

 

期待はできないといった風に、首を振るとそのまま画面に注目することに集中した。

 

 

国土保安庁のある浦和国土保安庁舎の地下の一室では会議が行われていた。完全に防音で、外部接触物の一切の持ち込みと接続の禁じられた密室は子供じみた喧騒とため息で溢れていた。

 

「時間の問題だと思ってはいたがここまで速いとは」

「だから反対だったんだ。彼はSIF要員だったんだろう。作戦上やむを得ないとしても性急にすぎた。せめてあと半月ほどでいいから、研修を行わせるべきだったんだ」

「しかし、爆発物や銃火器の扱いで彼以上はいませんよ。それにISの起動という点からみても貴重な存在です。」

「その勇み足がこの結果を招いたのではないか。レポートによると、自罰的に過ぎる。自分を追い込むことでしか精神の安定を保てていない、と有るじゃないか。そんな工作員では、更織に取り込まれた可能性もあるんじゃないか」

「第一公安部長。いいですか、ナノ・テルミット計画が暗礁に乗り上げかけたいま、CC(ダブルシー)彼はISに直接対応できる最大の駒なんですよ。それに、彼をあそこに送ることはあなたが推薦したことではないですか!!」

「何も彼を送れとはいってない!! 監視要員を誰か回す必要があると言ったんだ。もっと優秀な工作員だっているだろう!!」

「そんな優秀な工作員を使い捨てろとおっしゃるか!! そんなことでは工作員がいくらいても足りませんよ!!」

 

子供じみた応酬は終わる様子を見せず、いつの間にか議論は責任の押し付け合いにスライドしつつある。

そんな小園(おぞの)公安警備局内事本部長と高木(たかぎ)公安総局第一公安部長の不毛な言い争いの中で誰も仲裁の声をあげないのは火中の栗を拾いたくないからだ。ここに揃っている面子は国務総省次官の女川(めがわ)を筆頭に三島(みしま)国土保安庁長官、永島(ながしま)公安警備局長、鵜飼(うかい)国家公安委員長、実質的な外交指針を定め、交渉を担う櫻井(さくらい)外交局長、三保を束ねる北野(きたの)国土保安庁統合防衛本部長、理財算定を担う吉澤(よしざわ)大蔵局長、検察特捜部を仕切る清川(きよかわ)法務省検察庁特別高等検察部長で、非公式の国家安全保障会議とよべる面子であり、実質的に国家を運営している彼らだった。彼らが集まった理由はIS学園への来襲してきた無人機に関する情報と担当工作員の経過報告、そして今度来訪するドイツとフランスの代表候補生の対応を話し合うための会議だった。

 

そんな国家を左右する会議で、国家の舵取りを担う彼らが揃ってかかわり合いになりたくないからと誰もが腕を組み、首を捻り隣の人物とああでもないこうでもない、と話し合ったところで過ぎていくのは時間ばかり。自分達の組織のエゴを国益にすり替え、失敗を他人の責任として押し付けようとする行動は、組織が変わっても変わらないということか、と溜め息をついたのは後ろで資料を纏めていた寺坂(てらさか)内事本部次長だった。おそらく誰も仲裁しないで放っておいているのは、『結果』が決まっているからだろう。誰が幕引きを行うのか、どんな幕引きになるのか、彼らのなかで決まっているからだろう、と思う。押し付けられる後処理はPSBと公安総局が総出で行い、トロい国際IS委員会や霞ヶ関(現政権)が動き出したところで、証拠は抹消、残っていた記録も()()によって失われ、気が付けば何もなかったことになるのは明白だ。委員会(やつら)は国家というものをなめ過ぎている。やると決めれば何処までもやるのが国家で、例え惰性であっても進めてしまえるのが国家というものだ。まるで生き物のようなそれは国家理性という自己中心的なもので、その為なら手段を選ばない。寺坂は思わず天を仰いだ。国家の体面のために、性別を偽装してまで織斑一夏に近づく事を目論んでいるだろうフランス政府と、汎用性が高いと予想される第三世代機を引っ提げてやることドイツは、犬猿の仲といっても現在の欧州のイギリス一極体制を押さえたいというところでは一致しており、おそらく性別偽装に一枚噛んでいるのは間違いない。どこの国も、やることなすこと、そっくりで国家というのは何処までも国家理性に忠実らしい、実に迷惑な物であると。




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専守防衛

初めて6500文字越えました。


―太平洋 クェゼリン環礁付近

ロナルド・レーガン弾道ミサイル防衛試験場―

 

 

聆藤はこの日、クェゼリン環礁の上空1万5千フィート(約4572メートル)でISを展開、待機していた。無線からは二分ほど前に『演習開始』の指示以降何も聞こえず、頼りになるのは基地の防空システムの要、高性能多機能レーダー(フェーズド・アレイ・レーダー)とリンクしたリアルタイムのディスプレイの画像と自機の統合型戦術管制システムのFCS-53Bが映し出す画像のみ。

自機のFCS-53BはXバンド・レーダー、Cバンド・レーダーを搭載していたFCS-4にさらに低空からの小型、高速、高脅威の目標、即ちISの対応を速やかに行えるよう、Sバンド・レーダーを組み込んだ新型、FCS-5の極小版だ。

戦術データリンクのOYQ-16E(IS搭載型戦術情報処理装置)は、接続されているが、此方からの通信は厳禁で『やめ』の指示が出るまで無線封鎖は続行だ。『離島防衛演習』の名目で行われているこの演習は、ISの攻撃能力ではなく、受け身の防衛能力を計ることを目的に行われている。参加するISは日米とドイツ、イギリスの四ヵ国だ。それぞれ赤軍、攻撃と青軍の防御に分けられている。防御側の聆藤は自分より高度をとる『友軍』のドイツ軍人、クラリッサ・ハルフォーフ大尉との相互リンクはコアネットワークを介した回線のみ。深藍(ふかあい)の髪と眼帯が印象的な彼女とは一時間前に初めて顔を会わせただけで、彼女が友軍ね、と言われても連携など不可能だと思っていた。そんな関係ないことを思い浮かべていたからだろうか、なんの前触れもなくFCS-53Bが警報を発した。

 

―高高度及び低空より侵入する小型機を確認

IFF(敵味方識別信号)演習赤軍コードを発信

演習敵(エネミー)と判断 数八―

 

数八という、ランチェスターの法則に当てはめれば『4:64』という戦力差に目を奪われたが、すぐに思考を切り替える。彼女のコールサインは『ラビット()11(ワンワン)』。ドイツで、『兎』と言えばどこの部隊か丸分かりだ。因みに聆藤のコールサインは『ラビット22(ツーツー)』。可愛らしいと揶揄したら「実弾演習の的にする」と脅されたのは二十分前。

コアネットワークのオープンチャンネルを開く。向こうもほぼ同時に探知したらしく指示が飛んでくる。

 

「ラビット22、下をやれ」

「了解、ラビット11、援護は?」

「必要ない」

 

お互いの視線が遠距離でありながら一瞬、確実に交差していても余計なことは言わなかった。「こいつとは合わない」と互いに思ったのは間違いなく、しかしそれだけを述べて、(エネミー)に銃身を向ける。しかし、それよりも相手の方が早かった。

 

―敵機より小型目標分離 AAM(空対空ミサイル)が発射されたもよう 超低空より亜音速で接近中 数三十二―

 

やってくれると悪態をつきながらも、オープンチャンネルを開き、まだ探知していないだろう『ラビット11』に伝える。

 

「相手に初手をとられた。AAM、数三十二。速度は亜音速、ならそれに紛れて突っ込んで来ると思われる。ソフト・キル、ハード・キルの両方を展開、近接防空に徹する。巻き込まれるな」

「わかっている」

 

敵は基地のレーダー支援を得られない以上、誤爆を防ぐために敵のミサイル攻撃は恐らく、撃ちっぱなし(ファイア・アンド・フォーゲット)ではなく、セミアクティブ・レーダー・ホーミングだろう。なら、基地のレーダー支援を得られるこちらが一時的に優位を取れる。怖いのはミサイルにチャフが詰め込まれていた場合で、迎撃が遅れて、近くで炸裂すれば電子機能は、無意味になる。だから近接防空の勝負は自機の戦闘システム(FCS-52B)による精密誘導の行える半径三十キロ圏内に到達してからの五十秒足らずだ。それまでにできる限り落とさねばならない。こちらも撃ちっぱなしの対空ミサイルを放つ。

 

「対空戦闘。長距離AAM、攻撃開始」

 

脚部のコンテナから噴煙を吐き出しながら、飛翔する中距離AAMは最大射程220キロ、海上で数メートルの高さを這うように突き進み、レーダー探知を遅らせ、探知されても最速マッハ7.5の高速で相手の迎撃火力を振り切る。さらにミサイルのシーカー自身が捜索、探知して捕捉、自動的に追尾する高性能ミサイルだ。中間誘導は慣性誘導のみで、此方からの制御は必要なく、イルミネーターを占有されないため、飽和攻撃に対して脆弱なセミアクティブ・レーダー・ホーミング方式よりも多数の目標迎撃に有効で、最後の終末誘導とアクティブ・レーダー・ホーミングを採用。高価であるが、機動を制限されないため、軍の主力兵器に位置付けられているそれは、所定の性能を発揮。目標を発見すると目標を見失うことなく、組み込まれたアルゴリズムに従い、目標めがけて突撃していった。

赤軍(攻撃側)は誤爆を防ぐために、セミアクティブ・レーダー・ホーミングを採用していたのが最大の失策だった。目標へのレーダー照射のために高度をとっていたため、早期に発見されAAMの迎撃を受けたのだ。しかもセミアクティブ・レーダー・ホーミング方式ではミサイル一発に、イルミネーターを占有され、回避機動を取ることが難しかった。発見される事はともかく、ISのハイパーセンサーなら、探知できるという予測は、呆気なく外れた。高度数メートルで這うように進んできたミサイルは海面に乱反射され、レーダーでの探知が遅れた。気がついたときには時遅く、迎撃体制に切り替えたが、マッハ7.5を撃ち落とすことが間に合わなかったのだ。誘導していたミサイルもろとも、弾頭に搭載されていた数十キロ程度のオクトーゲン(高性能火薬)は近接信管の作動によって生じた爆発に飲み込まれレーダーから消えていった。

 

まもなく距離八十キロに近づいてくる敵に対して今度は砲填兵器による迎撃だ。ハイパーセンサーの助力によって気温や湿度、光学観測、レーダー探査の全てを行い大気の状態を判断。後はFCS-53Bが弾道を計測、コンマ0.1秒以下で表示される管制に従い、銃身を固定。

 

「機種識別完了。ECM(電子対抗手段)開始。自動追尾よし。照準よし。HE・ヴォルカノ弾(榴弾型特殊射程延長弾)装填完了。方位0-1-3、攻撃始め」

 

彼女に聞こえているだろうと予想しながら引き金を引く。ガク引きではなく、ゆっくりと。

 

「ファイア」

 

一瞬おいたように感じると同時に乾いた音と共に吐き出される弾丸。大きな弧を描きながら目標目指して飛んで行く。着弾まであと八秒。

 

音がなかなか届かない遠距離に一つの爆炎が生じた。それを視認するより早く、必要最低限の確度をずらす。

 

「次弾装填、方位0-1-2、ファイア」

 

ズドン、という響く音を奏で飛んでいく弾丸は、スラスターによる姿勢制御とFCS-53Bによる誘導を受け、目標めがけて飛んでいく。終末誘導はGPSで誘導され、命中率98.6パーセントを誇る42.8ミリの砲弾はほぼ確実に命中する。詰め込まれたオクトーゲンはミサイルや軍艦の砲弾の炸薬としても使われる爆薬で分厚い弾殻をぶち破り、破片を広範囲に、かつ高速でばらまく。ミサイルは基本的に直線で飛んでくるから、進路予想は比較的あたる。撒き散らされた破片はミサイルの予想進路上にバラまかれ、ミサイルを襲った。 連続する幾つかの閃光はミサイルが破壊され誘爆したからだろう。三発撃ったところで距離はどんどん近づいてくる。距離三十五キロ圏内に到達しつつある敵に対して今度は弾丸をHE弾(榴弾)からAPDS弾(操弾筒付徹甲弾)に切り替える。戦車の砲弾や軍艦などのCIWS(近接防空火器)の銃弾に使用される操弾筒付徹甲弾は装甲を貫くのに特化した砲弾だ。タングステン製の弾体で初速は約1000m/sに達するそれは、命中すればISでさえ、シールドエネルギーを消耗させ絶対防御の発動一歩手前だ。毎分四十発の速射性能を発揮して、弾幕を張る。圧倒的な破壊力を有し、弾道も安定しているため、近接防空にもってこいの砲弾はFFCS-52Bの支援のもと、テンポ良くリズムを刻んでいく。

直撃を受けたISは勿論、ミサイルもあっさりとレーダーから消えて、墜落されたことを認識させる。

 

聆藤は「まずい」と思っていた。低高度から侵入を試みた敵は打ち落としつつあるが、残りの一機がミサイルの誘導を諦めたのがわかったからだ。海面を這うように進まれると、レーダー照準の誤差が出る。なら、手動で合わせることを試みたいがここまで近づかれると、弾道計測のための試射ができない。聆藤は焦っていた。敵が撃ちっぱなしのRAM(近接防空ミサイル)の発射を試みているのがわかったとき、聆藤は切り替えた。発射されたRAMは急速に距離を詰めてくる。回避運動とフレア、チャフを花火のように打ち上げて、誤魔化しにかかる。それでも付いてくるミサイルはしぶとく、聆藤は低空に降下して振り切りにかかる。聆藤が銃を真上に向けた。上空では同じく回避運動やフレアなどで逃げ回るクラリッサ・ハルフォーフ大尉が見えた。正面の敵と相対しているクラリッサ・ハルフォーフ大尉の真上から落下してくる敵機を見つけると偶然、聆藤の頭を抑えていた敵機との軸線に乗ったのだ。チャンスを逃したら勝てない。

 

「ファイア」

 

二回連続で木霊したの砲撃の音に合わせて砲弾は真っ直ぐに飛んでいき、相手に吸い込まれていった。

 

 

 

クラリッサ・ハルフォーフ大尉は驚愕していた。

その精密すぎる射撃は驚きだった。ミサイルまで直撃させているのが、ハイパーセンサーが示している。こちらはミサイルを切り捨てて、ロングレンジ射撃でようやく撃ち落としているのにこの差はあまりにも理不尽だった。いくら速射性能が高いとはいえ装備においてこちらの方が新型で、スペックも上回るというのになぜ当たらない? いや、理由はわかっていた。理解していたが、受け入れたくはない事実だった。彼の方が、自分の射撃技術を上回るということを。

関係のない思考は、戦場において致命的な失策だった。例えそれが演習であっても。

 

―敵機直上 急降下により急速接近―

 

警報に気がついたときは遅かった。あわてて急降下を試みたが斬り付けられるのはやむ無し、損切りを覚悟したとき。斬りかかった敵機は爆炎に包まれていた。

 

 

 

 

 

「航海長操艦、両舷前進原速 赤黒なし 進路210度 」

 

艦長の桧垣(ひがき)は航海長の復唱する声を聞きながら護衛艦『はたかぜ』の艦橋から離れる佐世保の岸壁を眺めた。ここを出港した後は、演習航海を行いながら、伊豆大島沖で僚艦との対水上戦訓練を行い、犬吠埼沖で()()を受け取ることになっている。その後は横須賀に向け南下するが、下田沖で米軍の駆逐艦『ズムウォルト』と合流することになっている。艦の操艦を航海長に任せ、艦橋脇にあるウィングに登ると海からの風は心地よく感じられる。

 

「やはり海はいいな。船ならこうでなくては」

 

ぼんやりと独り言を述べていると隣で副長の佐島(さじま)が答える声がした。

 

「全くです。CICでは息が詰まります」

 

副長は言葉を続ける。

 

「ようやくC2計画も大詰めですね。ここまで長かった」

「あぁようやく、我々も大人に成れるということだ」

「全くです。しかしそれさえもアメリカの言いなりとは、情けない話です」

「同感だよ。これでは属国です」

 

副長のシワのよった顔を見て、自分が諦めた顔が浮かんでいるのを桧垣は認識した。

 

「この国は属国だよ。ずっとね。かの国の『要請』と言う名前の命令が無ければ自国の警察機関さえ造れず、ようやく生まれた実力組織も専守防衛という鎖でがんじがらめにしてしまった。副長、専守防衛とはなんだと思う」

「専守防衛、ですか。専守防衛とは敵がいて、敵による明らかな軍事攻撃が行われてから初めて成り立つものです。しかし現代戦では先制攻撃こそ、最大の防御なのは現代軍の装備を見ても明らかです」

 

佐島はその先を言わなかった。それがこの国のタブーだと理解していたからだ。しかしそれを桧垣はあえて無視した。

 

「その通りだ。最初の一撃で決着がついてしまう。それを理解しても最初の一撃を行えないこの国は、張り子の虎だよ。撃たれてから撃ち返す。それでは遅い。この国が専守防衛を貫くのなら、我々は無抵抗を貫かざるをえない」

 

なにも言わなかった佐島が意を決したように言葉を引き継いだ。

 

「それは、事実上の攻撃権の放棄です」

 

それっきり沈黙してしまったウィングから檜山は降りていくしか、重苦しくなった空気を戻す方法を思い付かなかった。

 

 

 

「間もなく潜水艦『かいりゅう(ストライカー)』とのランデブー時間です」

「ソナー室、推進音は? 」

「未だ確認できず」

 

砲雷長と副長を兼任している佐島が苦い笑いを噛み殺しながらこちらを向いている。犬吠埼沖合い320キロの公海上では護衛艦「はたかぜ」が、停船していた。艦橋直下にあるCIC(戦闘指揮所)はディスプレイの明かりのみで薄暗く、静まり返っていた。声は必要最低限で、後は機器の冷却ファンがごうごうと回る音だけだ。艦長の桧垣は幾度も繰り返した訓練で『はたかぜ』の性格を隅から隅まで知り尽くし、与えられた特命を確実にこなすために全精力を傾けているが、肝心のストライカー(かいりゅう)が見つからないのでは話にならない。情報収集及び有事即応艦の指定を受け、大軍縮を乗りきり、艦橋、武装は勿論、通信設備から機関まで手を入れる大規模近代化改装(FRAM)を受けても、船体の老朽化は避けられず、不調がままあるとしても許されることではない。

水雷、砲術、ミサイルなど艦の火器管制を一手に担う砲雷長は水測員の上官で、おそらく今夜辺り雷が飛ぶのだろう。「水雷長は大変だな」、と呟いたその声は鋼板と断熱材を交互に挟んだCICの壁に吸い込まれていった。

 

 

政権交代とそれにともなう防衛省及び自衛隊の解散は後に大軍縮と呼ばれることになるが、唯一評価できる事は、日本に限らず、どこの国でも行われていることだった。皮肉にも、既存の兵器を遥かに越える超兵器の開発によって世界規模の軍縮は成されたのだ。ただし、その軍縮はより多くの不幸を招くことになったが。

 

とにかく、『情報収集及び有事即応艦』指定から丸々九ヶ月に及ぶFRAMの結果、外観は大きく変わり、スマートだった艦橋はずんぐりとした多角形で、ステルス性を重視した『あきづき型』と『あたご型』の中間になっている。その後ろにコンパクトで傾斜を持たせたマストは護衛艦旗をはためかしているのだろう。今までマストの中程で回っていた回転式のレーダーから、『フェーズド・アレイ・レーダー』を前後左右一面ずつ、それぞれに張り付け、全面に張り巡らされた電子の目は、捉えた目標を逃す事はない。同時に火器管制システムをバージョンアップではなく、機器ごと切り替え飛躍的に向上した同時追尾・迎撃目標数は、『あたご型』を上回り新鋭艦にひけをとらない。かつて同時二目標の追尾、迎撃がやっとだった『ターター・D・システム』を中心にしていた『はたかぜ』は今や『はたかぜ』であっても、もはや『はたかぜ』ではなく、海上自衛隊時代の『はたかぜ』を知る桧垣からすれば驚きの連続だった。桧垣が『はたかぜ』艦長を拝命したのが半年前で、FRAMを受けた『はたかぜ』の艦長就任を喜んでいたら、いつから目を付けられていたのか、名前を聞いたこともない組織に恐喝よろしくお願いされ、機密保持の誓約書を十枚前後書いたと思えば、友人に監視がつけられ、挙げ句の果てにスマートフォンやパソコンも四六時中監視され、艦内のクルー達も護衛艦乗りの空気ではなく、一度だけ『ある作戦』で見掛けたことのある旧陸自の幕僚監部調査部第二課と名乗った男とそっくりの空気を纏っていれば、その道のプロであり、自分はどうやら録でもないやつらに目をつけられているらしいと普通にわかる。幾度か命令を確実に遂行すれば、余計なことに首を突っ込まない自制心と、確実に遂行するだけの集中力を得るには、時間はかからなかった。

 

 

結局発見できたのはその十分後だった。

 

「推進音探知、距離1500」

 

ほっとした空気がCICのあちこちで漏れたかのがわかった。後はアレを受け取り、駆逐艦『ズムウォルト』と合流して横須賀に向かえばいいだけだ。




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雄弁な金、沈黙の銀

どこで切るか迷った末に変なところで切ってしまいました。すいません。


石原(いしはら)君、彼からの報告。どう思う」

「本部長、いささか抽象的すぎませんか」

 

さすがに自分の非を認めたのか、笑ってごまかした。

 

「いや、済まない。学園への襲撃。学園からはなんの通達もないが、彼から送られた映像と報告は驚きだよ。そこで、技術畑の君を呼んだわけだ」

「そういうことなら。まず、ご存じの通り学園のネットワークは高度で、強固なセキュリティが組まれてます。完全に閉鎖された学園ネットワークは外部から隔離されており、直接の侵入は不可能です。そこに侵入して、あまつさえプログラムの書き換えまで行うとなると侵入ルートは限られます」

「直接の? 間接的には可能ということか?」

「はい。おそらくは。ただし、学園に持ち込む機材の大半は学園によるセキュリティチェックがあります。ここに持ち込むには相当な苦労がありますよ」

 

小園は体重を椅子にかけた後、ふと思い付いたように口を開いた。

 

「そうだ。コアは?」

「は?」

 

石原が礼を失したのも仕方がなかっただろう。それくらい衝撃的だったのだから。

 

「ISのコアだ。コアネットワークからならISの保守整備を行う関係で学園のネットワークに直接入り込める」

「まさか。コアネットワークはそれこそ、セキュリティは非常に強固ですよ。それにブラックボックス扱いです。そんなの作った本人でしか……」

 

まさかと言わんばかりに石原の顔は驚愕に溢れていた。

 

「気が付いたか」

「しかし、事実でないことを祈りたいですね」

「そうだな。だが大抵の場合、この手の祈りは無意味なことが多い。無人ISを完成させ、コアネットワークから学園のセキュリティを掻い潜り、プログラムを書き換える。そんなことができるのは、開発者の天才(天災)だけだろうよ」

 

目を細めた石原は提案をする。

 

「特別手配をかけますか?」

「必要ない。どこの国も躍起になっている今、火に油を注ぐ必要はない」

 

必要ないといいながら、小園は「ただし」と付け加える。

 

「国防の機密が好き放題に流れているのは由々しき事態だ。大至急レポートにまとめ、市ヶ谷(国家安全保障局)へ伝えろ。国防における情報漏洩による欠陥の可能性『大』とね」

 

石原はすぐさま引き下がり、レポートにまとめることにした。それにしてもと石原は思う。あの人は恐ろしいのだ。潔癖なところがあって、工作員を数で数えることを嫌がるが、牽制などの根回しは確実に行う。確実に逃げ手を遮り、追い込んでいく。小園は幹部でも若手の幹部だ。だが、誰もあの人を甘く見ない。公安総局も、国土保安庁も。CC(ダブルシー)計画もあの人が、推し進めたという。CC(ダブルシー)計画の大規模さからみて、公安警備局だけでは進まないだろう。恐らく、米国のペンタゴン(国防総省)DC(大統領府)まで承認済みなのは間違いない。国家ぐるみの陰謀の際、あの人は常に前線に身をおいてきた。その恐ろしさは良くわかっている。

 

 

 

一応、公式記録上は事件ではなく、システムに欠陥が確認されたため安全上やむ無くクラス対抗戦を中止したことになっているIS学園は、まもなく開催される『学年別トーナメント』に対する警備体制を大幅に引き上げていた。今回の学年別トーナメントは校外からの来客が多く訪れるので、クラス対抗戦と異なり、隠蔽のしようが無いからだ。そんなときに訪れる転校生の存在は教職員たちにとって少なからずの頭痛の種だった。

 

IS学園といったところで、所詮構成の大半は日本人だ。クラス対抗戦での無人機襲撃事件は記憶の彼方に置き去りにされ、聆藤の冷酷さをこれでもかと強調するその話は日に日に拡大の一途をたどっていた。聆藤は、単なる国家代表候補生ではなく、国家の実力組織に属する実働部隊であるという事実は忘れ去られ、いつの間にか興味本意の話題に刷りかわっていくのは当然のことだったのかもしれない。

ISという兵器は国家に属し、いかなる場合でも、国家の意志、即ち国益が優先される。そこに一兵士の感情は斟酌されず、回りの力関係や、それが与える影響から鑑みて冷徹に弾かれるそれは、国家という絶対的に近い組織の確固たる意志だ。その枠組みから逃れるためという名目で『箱庭』を作ったIS委員会はいろんな意味で()()()()だった。そんな箱庭に自覚なしに入って学べば、それに染まっていくのは時間の問題で、聆藤にたいする風当たりは否応なく強くなっていた。一方の聆藤も聆藤でまるで興味がないことだった。与えられた任務をこなす。いつの間にか、覚えてしまっていた自分を殺すそれは、最早作業の一つに近かった。『必要なときに躊躇うことの無い行動力』、『自分は勿論、周囲を客観的に見て決して激情に支配されない冷静さ』、『任務に於いて同僚の死は勿論、自らの死さえ結果のひとつと飲み込み、作戦を行える合理的な思考』、『いかなる場合でも彼我の戦力差を見極め、撤退か続行か即断する判断力』、聆藤をスカウトした公安警備局の職員は聆藤をどれを取っても一流で天性の素質を持つ工作員として高く評価した。もはや「慣れた」の一言で死を受けいられる聆藤は明らかにこの学園においては『異物』だったといえる。

 

この日も朝からISスーツの平和的な会話をする学生を横目に見ながら自分の席に着く。聆藤を避ける空気はいつものことで、習慣になればいつの間にか馴れていく。聆藤にはそれよりも強く警戒していることがあった。バディの河村から連絡があって、ドイツ及びフランスの代表候補生が政府専用機で一昨日入国し、駐日大使館にいるという報告が入ったからだ。動きがあるとすれば今日か明日。結託しているドイツとフランスに対して国務総省は、フランス代表候補生の性別偽装が発覚と同時にペルソナ・ノン・グレータ、つまり外交官待遇拒否を発動し、日本の外交カードとすることが決まっていたのだ。だからこそ聆藤は警戒していた。SHLで山田真耶が転校生二人を紹介する。

 

「シャルル・デュノアです。フランスから来ました。よろしくお願いします」

 

誰かの呟きは思いの外クラスに響いた。

 

「お、男?」

 

直後、クラスを襲ったのは対音響閃光手榴弾の爆発に耐えられるよう訓練を受けている聆藤の顔がひきつるくらいやかましい音波攻撃だった。喧騒ではなく、大歓声。収まった後も次から次へと歓喜の輪は広がり続ける。聆藤に対しての空気は歓声と共に消し飛んだらしい。

しかし、聆藤は込み上げてくる冷笑を必死に堪えていた。中性的に整った容姿に金色の髪を後ろで束ね邪魔になら無いようにしている。優しいではなく、根本的に根が甘そう(善良)な雰囲気を纏っている。

長髪云々は置いておいても、アレが男で工作員と言うのなら、フランス政府の対外情報庁は相当な阿呆の集団らしいと。あんな間抜けな工作員が第一線にいるのなら、イギリスやドイツ、アメリカ、ロシアは勿論、日本の情報機関は笑いが止まらないだろう。

 

「皆さんお静かに。まだ終わってませんから」

 

山田真耶の制止の後に、意識をとなりに向けると、どこかで見た既視感を感じた。一度もあっていないことは確実な彼女は蛍光灯の明かりを反射して薄く光る銀髪は、腰ほどまで伸ばしている。白磁のように白い肌にアンバランスな黒い眼帯。そこで気がついた。眼帯が『ロナルド・レーガン弾道ミサイル防衛試験場』での演習で『友軍』だった大尉と同じであることに。

 

「なるほど、予想通りの部隊か」

 

誰にも聞こえないように、口のなかだけで呟く。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

 

ただ一言だけ述べた彼女は黙ってしまう。

纏っている空気は如何にも軍人だが、少なくともSIFのような血と硝煙を無数に掻い潜った実戦経験者ではない。どちらかというと、陸上保安部第一空挺団に似ている。いわば血を流さない精鋭。それでもこの学年では優越しうる技量を誇るのは間違いない。冷ややかなその目は訓練によって得られた自信であり、その目の奥に力に対する盲信が見えた気がした。聆藤は訓練キャンプで同じ班に分けられた奴のことを思い出す。

 

ポテンシャルは高く、SIF入りはほぼ確実視されていた彼は、「強くなる」が口癖だった。ある時、繰り返される戦場に呑まれいきなり撹乱した。ばらまかれた9ミリ弾は土を、木をえぐり、隊員二人を襲った瞬間。それは、訓練された兵士のとしての条件反射だったのだろう。参加していた聆藤は躊躇わず腰からグロック17を抜いて引き金を引いた。一撃で眉間を貫いた感触は今でも忘れられない。寝食を共にして、一緒にいた彼を躊躇わず隊員の被害極限のためという理由(エゴ)をつけて撃ち抜いたのだ。流れ出た血はゆっくりと土に染み込んでいく。隊長が本部に繋げて、指示を乞えば、すぐにヘリが飛んで来て遺体を収容すると飛び去っていった。彼の顔を見たのはその時が最後だった。訓練中に隊員が撹乱。味方に損害を与え、あげくに射殺された事件はすぐさま隠蔽され箝口令も敷かれた。聆藤はその後同期で一番早く、SIFに配属された。

それ以降どんな残酷な現場に遭遇しても何にも感じなくなった。両手にこびりついた感触はいくらたっても消えることはない。父親の時はなにも感じなかった筈なのに聆藤は込み上げてきた涙を押さえられなかった。

 

アレはいずれ壊れる。あまりにもあっさりと。聆藤は目を細めた。その視線は聆藤と交差するより前に前の席にいる織斑一夏と交差したまま動かなかった。危ない。そう聆藤が思い、行動を取る。とっさにとった手段はものを投げるということだった。予備動作が殆んどなく投擲された三色ボールペンは見事に彼女の片手に直撃。聆藤を初めて見つけたという風な彼女の目は怒っていた。それを挑発するように揶揄する。

 

「貴国のREO(交戦規定)は平時においては民間人に対する暴力行為を認めているのか」

「お前は聆藤だな? 」

「質問に答えてもらおうか」

「非戦を国是とするお前たち(張り子の虎)でなにができる」

「そうだな。例えば、ペルソナ・ノン・グレータとかかな?」

「それは外交官の話だ。学園生徒には無理だ。それさえもわからないのか」

「別にお前を拒否するわけではない。例えば駐日大使辺りだな。原因は学園での民間人への攻撃、いかがだろうか」

「狡猾な」

「それが外交だよ。ウサギさん(シュヴァルツェ・ハーゼ)

 

彼女が激したのがわかったが、聆藤は無視した。牽制はこれでいい。後はもう少し考えてもらえるとありがたいのにと思った。

 

間を置いて織斑千冬が手を叩くとSHLの終わりを告げた。次の授業はISの模擬戦闘。織斑や()()()()()()()()()は更衣室へ駆け込むが聆藤はそのままグラウンドに出る。聆藤は機体限界点測定も兼ねて、いつもISのエネルギーの消費した状態で外での授業を受けているからだ。それでも授業が終わるまでエネルギーを持たせる彼の技量は卓越していることを示している。それに気がついているのは専用機持ちの織斑以外だけだ。特にセシリア・オルコットは良く理解していた。一度掌で踊らされて徹底的にやられたら記憶は新しい。彼女は今の状態で聆藤と戦う愚かさを誰よりも理解してたと言える。

 

かつては日本代表候補生だったという山田真耶とセシリア・オルコット、鳳鈴音のコンビが遊ばれているのを眺め、シャルル・デュノアの『ラファール・リヴァイブ』の説目を聞き流す。聆藤にとっては当たり前のことにすぎず今さら聞くことではなかった。後の実習はラウラ・ボーデヴィッヒの班並みに空気が重苦しかったが無難にこなし、終わらせる。ラウラ・ボーデヴィッヒとは視線さえ合わせることの無い徹底的な無視を互いに貫いていた。




感想、講評お待ちしています。


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未公開の事実と非公開の真実

少な目です。


土曜日の午後、聆藤は毎週の習慣である武装の零点補正の為の試射をアリーナで行っていた。この時間、全面解放されるアリーナでは多くの生徒が実習を行っており、なかなかに賑わっている。それでも例外は存在し、一番アリーナの射線を長く取っている聆藤の周りと反対側の織斑の廻は明らかに人口密度が異なり、極端に薄くなっていた。

人がいないほうが作業を行いやすいとポジティブに考えることにして、聆藤は非常にデリケートな作業である命中率と集弾率に直接からむ零点補正は聆藤が直接行っていた。少しのずれでも遠距離では弾道は大きく逸れるため、しっかりを合わせる必要があり、緊張する作業だ。それでも、同時に二つの作業はお手の物で、ある程度の意識は別のところに向いていた。必要がありシャルル・デュノア。フランス代表候補生の()は今のところ尻尾を出してはいなかったが、聆藤は気を張らざるを得なかった。言葉を交わした事は今のところ無いが、あれは工作員として素人もいいところなのだろう。聆藤のあからさまに近い尾行に対しても気がつく様子はなく、一体何の目的なのか、理解できない事実は未知の恐怖であり、聆藤は首をかしげる一方であまり休まる時間はなかった。聆藤にはもうひとつ、神経を張詰めていることがあった。

ドイツの代表候補生のラウラ・ボーデヴィッヒのことだった。公安警備局から送られた参考情報では、原隊において階級は少佐、更に隊長職をこなしている。ただし実戦経験はなく、専ら本土での顔役を勤めることが多く、海外派遣もNATO軍の合同演習のみ。また数年前にいきなり、その存在が確認され、それ以前の足跡は一切不明とある。聆藤は怪しいと言うよりも危険を感じ取っていた。この裏にはどうしようもないなにかがあると。彼女とは初日の挑発以来、互いに一切の沈黙を守っており不気味であることはクラスの誰もが感じていた。今のところいきなり砲撃を受けたことは無いが、だからといって無警戒でいられる訳もなく、確実に聆藤の緊張の糸は張詰めていたり、緩んだりを繰り返していた。

 

織斑達の実習している場所は聆藤からみて対角線に位置している。どうやら初めて銃火器を扱うらしい織斑一夏の様子を見た。シャルル・デュノアが専用機のラファール・リヴァイブの自己紹介を行いながら使用許諾(アンロック)を解除した五五口径アサルトライフル《ヴェント》を貸し与えていた。

五五口径アサルトライフルは今もっともポピュラーなIS搭載火器といえる。この場合の口径とは銃身の内径が五五口径、即ち『100/55』という事で約18ミリの弾丸を使用している。銃身長こそ短めで、遠距離射撃は論外と言われるが、それでも近距離の集弾率は高いことで有名だ。この銃は第二次世界大戦からの傑作機関銃として知られる米軍のM2 12.7ミリ重機関銃より威力の高いことで良く使用されている。しかし、即応弾の少なさや内部機構の複雑さ、それに伴うメンテナンスの頻度、部品数の多さから正規軍の一般部隊からは敬遠されているのが現状だ。耐久試験でもM2より早く排莢不良を繰り返し、失格の烙印を押された兵器でISという特殊な兵器にのみ使えるものだといえる。聆藤は扱いづらいと武装の選択肢にも入っていなかった。

 

急なアリーナのざわめきは聆藤も敏感に感じ取る。ざわめきの内容は「ドイツの第三世代機」、「トライアルの段階」という言葉が聞こえるのを受けて、意識をそちらに向けた。

そこにいたのは真っ黒な機体に乗ったドイツのラウラ・ボーデヴィッヒだった。すぐさま、移動する機体を三次元立体化して、運動量から推察される機体の重さ、稼働限界時間、武装の予測、さらに放出される熱量から予想される出力を読み取り、データ測定を行う。すぐさま可視化された具体的なデータは部屋のパソコンへ転送。バックアップの二つのみとして、会話している二人の口の動きから会話を読み取る。完全には出来ないが、ある程度は読み取れる。

オープンチャンネルで会話しているらしい織斑一夏の顔が不快さを見せたのがわかった。

 

(貴様がいなければ教官が大会二連覇を達した事は明らかだ。だから貴様の存在を決して認めない)

 

ラウラ・ボーデヴィッヒは織斑一夏に怒りをぶつける。

 

(それは違う)

 

遠くから様子を見ている聆藤の目は、どこまでも冷ややかで、思っていることを想像させない表情は周りに若干の恐怖を抱かせた。勿論本人にそんなつもりは無いが。それより何よりドイツと織斑の関係は複雑だった。

 

第二回IS世界大会(モンド・グロッソ)において織斑一夏は拐取(かいしゅ)された。勿論、公安総局や公安警備局から警備部隊が投入されたが、主力は外務省経由で表向き極秘裏に依頼された別のカウンターテロ組織だった。拐取した組織は『亡国企業』。各国の情報機関が追い回しているが、なかなか尻尾を出さない組織だ。

誘拐のタイミングは警戒シフトの切り替えのタイミングだった。施設上階から監視していた狙撃グループの三人が射殺され、六人が負傷。いきなり目を奪われ、こちらの警備が混乱したタイミングで強襲。近接戦の余裕もなしに、撃ち込まれたサプレッサーで音の消された銃弾は、襲撃を察知して、織斑一夏のところにあわてて駆け寄った四人を正確にとらえ、打ち倒すとそのまま誘拐したのだ。おまけに投げ込まれた音響閃光手榴弾は軍用であったらしく、追跡を試みた部隊の三半規管を揺さぶり、目を眩ましたのだ。見事なまでのヒットアンドウェイの作戦は、あっさりと拐取を許した日本と開催国ドイツの面子を丸潰れにした。と言うのは非公開の事実だが、それは真実ではなく、そこには隠された目的があった。

最大の理由として、普通に考えて一国の軍事組織がいくら大規模なテロ組織とはいえ、自国内で簡単に要人認定されている織斑一夏の拐取を許すかということだ。そんなことを許せばドイツ軍や日本の公安警備局は、無能呼ばわりされるのは間違いないからだ。それは、外交上看過し得ないことだった。なのになぜ。その疑惑はあからさまには動かなかったが各国情報機関は最初から違和感を感じていた。しかし亡国企業なら仕方がないかも知れないという考えはどこも共通した認識だったのも深く追求しなかった理由であり、裏の裏の思惑が露見しなかった最大の理由だったかもしれない。ともあれ裏での暗躍していた彼らは一切の露見なく、比較してある程度の自国の利益を得たといえる。

更にドイツの無実を示したのはドイツ連邦所属の大半の特殊部隊は会場や、選手警護に回っており、警戒の厳しいだろう織斑一夏の拐取を行える部隊はいなかったからで、それは日本も同様だった。投入できた戦力はドイツへの配慮で少数に過ぎず、抵抗できる戦力ではなかった。直接的な警護を担った更織を除いて。

この事件でもっとも貧乏くじを引いたのは更織だったのだろう。死傷者を多数だして、重要な織斑一夏を誘拐され、あまつさえドイツのてを借りねば見つけることさえ出来なかったのだから。各国情報機関からは嘲笑を受け、カウンターテロ組織としての威信は地に落ちたのだ。それ以降、肩身が狭くなった更織の間をついて公安警備局や公安総局が勢力を拡大しつつあり、更織の影響力の低下は著しかった。さらに更織は国務総省からの攻撃で、同じく指導力を失いつつある現政権に巻き込まれる形で、IS学園警備という比較的全うな名目で、権力の行使を押さえるために、学園に追い払われてしまったのである。もっとも、このシナリオを書いた彼らにも大きな想定外があったが。この想定外は非常に大きな影響を与え、彼らの関係に亀裂をいれることになったが真実を表沙汰に出来ないという点においては、一致しており闇に葬られたのだった。

おそらく、彼女の織斑一夏に対するあの敵意は真実を知らないからだと思われた。もし、真実を知っていれば織斑一夏にあれほどの敵意を向けるはずがないからだ。

 

喧嘩を売った彼女に織斑一夏は意外と冷静だった。「また今度」という返事と共に踵を返そうとした途端、轟音と共に大口径砲が何のためらいもなく放たれた。その砲弾は織斑一夏に当たるより早く間に割り込んできた彼女によって弾かれたのが見えた。彼女に向けられた六一口径アサルトカノンは、既に砲弾の装填と安全装置解除がされており、攻撃可能な状態だ。

 

「早いな」

 

聆藤は展開速度からみ見た戦術的汎用性の高さに驚いていた。『ラファール・リヴァイブ』という『九試甲戦・改』と同じ第二世代機で代表候補生、その実力はなかなかに高いというのが聆藤の直接の感想で、将来大成すればフランスの安全保障の主軸になるのだろう。もっとも、フランスが切り捨てなければの話だが。この時点で彼女の技量が優れていも、いかんともしがたい事態であり、彼女の経歴に傷がつくことは間違いないと見ていた。

 

「フランスの第二世代機で私の前に立ちはだかるとはな」

「量産化どころか試作で精一杯の第三世代機よりまし、だろうからね」

 

まさに一触即発のその空気を割ったのは本日のアリーナ担当教師だった。

 

「そこで何をやっている!!」

 

教師の割り込みに興が削がれたらしい彼女は、アリーナゲートへと去っていく。聆藤もデータは思いの外取れたため、局へ送り出すために部屋に戻ることにした。




『拐取』とは誘拐と略取の併称。使ってみたかったので今回使いました。
一応予定では誰もアンチはない予定です。あくまで政治的、軍事的に突き詰める事を第一にしたいなぁと思ってます。


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発覚

大変遅くなりました。すいません。
連載できるよう頑張りますのでこれからもよろしくお願いします。


「『辞令、聆藤 彰等 貴官を本日付で特務を以て士官たる特務士官である三尉に任ず

国務大臣官房長官 島崎(しまざき) 正次(まさつぐ)

国土保安庁長官 三島(みしま) 行夫(ゆきお)

同庁統合防衛本部長 北野(きたの) 孝弘(たかひろ)

同庁官房人事部長 川野辺 (かわのべ) (たける)

おめでとう、士官への任官だ」

「拝命いたします」

 

聆藤はかかとを揃え敬礼を行い、端的に述べる。その完璧な敬礼に答礼を返すのは国土保安庁長官官房の長澤(ながさわ)第三人事課長だ。長澤第三人事課長は無機質なキャスター付のくるくる回る椅子に腰かけてる。

長澤第一人事課長はいわゆる旧警察庁警備局出身の警察キャリア組ではなく、旧防衛省出身でA幹、即ち防衛大学校卒業後、幹部候補生学校出のキャリア組だ。旧海上自衛隊出身で海幕人事畑や総務畑を歩き、1年前に、第三人事課長に就いた。第三人事課は主に警務士官や特務士官などの特別の職域を有する隊員の人事を担当する部署で、第一人事課長への慣らしといわれる地位だ。さらに言えば、第一人事課長は人事部長への最短コースと呼ばれるため、重要な登竜門と見なされている地位だ。

その一方で国土保安庁長官の官房の主要な部署である官房三部は警察庁警備局から出向(亡命)してきた警察キャリアが大勢を占めるのが実情だ。そのため長澤課長は旧防衛省キャリア組の希望の一つといえる。

 

「三尉などとは言ったところで、ドイツが少佐だからな。釣り合いのために三尉へ任官されたに過ぎない。当面は無理をさせられたと思っている永田町(議員共)を黙らせるしかないのが現状だ」

 

「はぁ」としか答えようのない内実の暴露に返す言葉を失っている聆藤を横目に見ながら、次の次辺りの第一人事課長候補は軽い口調で話す。

 

「まぁ三尉だ。特務士官といってもやることは変わらんし、頑張ってくれ」

 

他人事で気が楽なのか軽く言う人事課長は下がってよしと述べると席を立って行ってしまった。

 

国土保安庁において、三尉という士官は特殊な職域、例えば庁内の汚職を探る内務監査や中央情報本部に属して諜報活動を専属で担う要員に対して、士官の地位保証し与えている。それは作戦の指揮、実行には最低限の決断が必要ということに他ならず、現場の責任は現場でとれ、ということでもある。

国家の牙であることを自認している公安警備局のほとんどの職員は一尉から三尉たる地位を与えられ、将、佐階級なのは旧防衛省時代からの防衛キャリア組や旧自衛隊において『三尉』以上の地位にあった幹部自衛官などが殆ど占めている状態だ。

さらに言えば、防衛『省』が国土保安『庁』に格下げされたため、最高ポストは各省庁の事務次官以上、大臣以下に扱われる国土保安庁長官で、大臣、副大臣、大臣の輔弼(ほひつ)を行う政務官などの政治家が任用されるポストは皆無で、幹部ポストは行政官たる官僚が就く。さらには装備品などの関係から取り扱われる予算は警察の()()とはの桁が違う故に、以前の警察庁以上に官僚により統治されているため、周りからは『官僚王国』とも、幹部ポストが警察からの出向組や旧防衛省組などが占めるため『閉鎖区画』とも揶揄されしまっている。

その閉鎖的体質は、不正を生みかねない土壌であるのと同時に、機密保護の観点からは絶好の土壌であると言えた。それを利用して『国家機密を守る』という大義名分を獲得し、直接の監督を行う国務総省をして伏魔殿と言わしめるほどの場所だった。

気が滅入ってくるほど厄介な政治的背景のある任官は本音を言えば受けたくないのが本心だった。

 

 

学園内を飛び交う無線はいくつかの種類がある。第一に合法である校内の夜間警備、第二に更識の使う外部との暗号無線。第三に聆藤の使用する衛星を介した暗号データ通信である。勿論その他にあるべき学園内部と各国政府を結ぶ通信は非公開だが、傍受前提の無線通信が基本で学園との通信は更識は勿論、公安警備局も監視している。だからこそ、聆藤が織斑一夏の部屋の盗聴器が発する無線電波を傍受するは簡単だった。

受信範囲が狭い微弱で、聴かれていることを前提としない、重要事項を躊躇いなく喋り、何より男の声のする部屋というのは一つしかないからだ。

この日も玲藤は日課の、盗聴をしている時だった。決定的すぎる証拠が手に入ったのは。

 

「ただいまー。あれ? シャルルがいないな」

 

間抜けな声で警戒心皆無な入ってきた織斑一夏に頭を抱えたくなるが、それでも職務に忠実たろうとする聆藤はなおも耳を傾ける。

がちゃり、というドアを開ける音はあまり響かず、大したことではない。そう思ったときだった。

 

「ああ、ちょうどよかった。これ―」

「い、い、いち……か……」

 

呆然としたような声に違和感を感じた聆藤は意識を向ける。

 

「へ……? 」

 

躊躇いがちの声は思いの外明瞭に聞こえた。

 

「えっと、えーと……」

 

えーととしかいえなくなったらしい織斑は切羽詰まっているらしい。そのままボディーソープの替えを置いてそのまま去ったようだ。踏み込むつもりはないが、玲藤は笑いがこぼれてきた事を堪えられなかった。率直に言ってアホだろう。自ら証拠を提供してくれたのだ。それを幸いと、録音を開始する。

必要なのは、女子であることではなく、学園や日本に性別を偽り、あまつさえ織斑と同じ部屋に送り込んだということだ。フランスは勿論、()()であろうドイツ、さらには間違いなく学園も追求できる。学園は委員会に擦り付けに走るだろう。ならそれならそれで恩を学園に着せられ、委員会を押さえるカードに使える。暫く委員会を沈めておくには絶好のカードだ。だからこそ確実にその証拠をとらえる。暫く聆藤は珍しく感情を素直に表して暫く笑っていた。

 

何で男のフリなんてしていたのか、今更ながらそんなことを聞く織斑一夏の考えこそ、聆藤の範疇外だった。なぜしていたのか、普通に考えれば織斑一夏に近づくためだろう。そんなこともわからないのか。小さくため息を漏らし、耳を傾ける。

親の命令。彼、彼女の親はデュノア社の社長で自分は愛人の子。フランスがイギリスに喧嘩を売った結果が自国民に降りかかる。まさしくフランスの自業自得としか言えないが、だからこそ付け込む隙がある。それに不満があれ、何であれその生き方を選んだのは彼女なのだ。親に強制されて。それは少なくとも逃げるという手段を選ばなかった自分の意思なのだ。日本のような島国ではなく、EUという連合加盟国は多国への移動の自由が認められている。いざというなら亡命という手段さえとれたはずだ。それを弱味として見せる彼女は玲藤からすれば、場違いとはいえ不愉快な事このゆえない。

 

だからこそ、その直後の織斑の言葉に思わず間抜けな声を出してしまってもそれは仕方ない事だったのだろう。

 

「それでいいのか? 」

 

思わず返されたシャルル、否シャルロット・デュノアの返事は聆藤と同じだった。

織斑一夏はそれでいいはず無いだろうと、声を荒げる。親がいなければ子は生まれない。そりゃそうだろう。だからといって。そういって声を尚も大きくする織斑一夏は怒っていた。

聆藤はどうやらシャルロット・デュノアの親に激怒しているということがなかなかよくわからなかった。まあ、不愉快な感情を向けている相手が違うのだからそれも仕方ないことなのだろう。織斑一夏はシャルロット・デュノアの親に、聆藤はシャルロット・デュノア本人に。感情の矛先が異なれば当然、話が噛み合わないのも当然だった。

 

「学園特記事項。第二一、本学園における生徒は在学中においてありとあらゆる国家・組織・団体に帰属せず、本人の同意の無き場合、原則としてそれらの外的介入を許可しない」

 

行きなり何を言い出したのかと思えば学園特記事項についての条項だった。これは学園を自分達の箱庭にするにちょうどいいとしては委員会が審議の上、特記させ条項だ。この事案は各国政府も歓迎した。厄介な連中を学園に封じ込められるのなら、万歳だと採択された条項だが、勿論抜け道がある。原則はあくまでも原則であり、例外などいくらでもある。あの条項を馬鹿正直に信じるやつはいないと思っていたが、ここに来て聆藤は織斑一夏の頭の悪さを再確認するはめになっていた。

聆藤自体も織斑一夏と篠ノ之箒の護衛を大義名分に学園に送り込まれた工作員にすぎない。

赤信号と同じで皆で渡れば怖くないを実際にやるのが国家という生き物だった。

 

 

 

学園にあるいくつかのアリーナは幾層にも重ねられた装甲版とISのシールドの基礎理論を利用したシールドによって外界と隔離され、観客席はほぼ確実に保護されているといえる。しかし如何に重層的に防御されていても防御能力を上回る負荷を与えればシールドを破ることは基本的に難しくはない。なれどもシールドを破るだけの負荷を与えるのはなかなか困難なことだ。だが。この学園にはシールドなんぞ障子紙のごとく破るだけの兵器を持つ生徒がいた。もちろん教員達は理解していたし、生徒会長で学園最強もわかっていた。つもりだった。

それでも、本当に理解していたのは聆藤だけだったのだろう。

 

その日、聆藤は生徒会室で半月毎の報告の最中だった。この報告は形式を整えるようなものにすぎず、大して重要とは言えないものだった。それでも学園に国土保安庁の職員を配置するという以上、何らかの取引の一つとして行われた交換条件の一つだ。手を抜くことはまずあり得ず、それなりにまともな報告を行うのだ。しかし、現状においては「おおよそ差し迫った危険はなく、突発的な危機に対応出来る戦力を配備、展開可能な状態が続く限り、何ら問題なし」というのが聆藤の報告だった。勿論嘘だが。

聆藤は報告書に改竄を加えてはいない。虚偽の報告をしているだけで。勿論、本来は重罪に問われかねないが、この交換条件自体が秘密裏で非公式で、明かされることの無い不文協定だからこその虚偽の報告だった。

国土保安庁の学園及び更識に対する意向ははっきり言って、不愉快かつ、邪魔でしかない。日本の牙を自認する公安警備局は勿論、警察力を明文化された実力として持つ公安総局はこの事案においては珍しく一枚岩だったといえる。その意向を受けた玲藤がその意思を()()するのは当然の話で、その尊重された結果を見抜けない無能なら情報機関足る資格なし。

自分達がアメリカのCIA(中央情報局)NSA(国家安全保障局)と連携していることは棚にあげ、更識の情報収集能力を嘲笑うのは、まさしく目くそ鼻くそを笑うのだが、それを他国との外交と開き直って、言い張れる傲岸さがそこにはある。

 

「失礼しました」

 

一言だけ事務的述べた後、頭を下げ部屋からでる。遅すぎる昼食を取るために、食堂へ向かっているときだった。

 

「第三アリーナで専用機どうしが模擬戦してるみたい」

 

よしっ、という聆藤の声は回りの廊下を駆ける音に欠き消されたらしく、回りの反応はなかった。

どうしても不足しがちの第三世代機の運用データは貴重だった。今後の外交交渉を優位に進めるべく、聆藤は第三アリーナへ向かうことにした。




感想、講評お待ちしてます。


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暴発と後始末

なかなか進まないです。次こそ学年別トーナメントだと思います。
というか戦闘描写が難しいです。


聆藤が第三アリーナに付いたとき、戦況は佳境を過ぎていた。一対二で一方的すぎるほどに叩きのめされている二人がいた。即席の連携はそれほど悪くはないが相手との相性と、何より本格的な対人戦闘の経験が無いというのが大きかったといえる。

爆発音はシールドで保護された観客席にも届き、明らかすぎるほどの技量の差を示す。なぶるに等しい一方的な火力の集中は痛打となって彼女らを襲う。機体は損傷しアーマーも一部失われているが、それでも彼女達の目には少なくとも諦めの色はなかった。

 

「くらえ!!」

 

一方的にやられていた鬱憤からか、余計なことを口に出して怒りを込め衝撃砲を狙い打つ。予備動作云々前にくらえなど声に出せばタイミングがばれるのは当然だったのだろう。

 

「無駄だ。この『シュヴァルツェア・レーゲン』の停止結界の前ではな」

 

こちらもこちらで、自機の能力を自分から明らかにする馬鹿を聆藤は笑うしかなかった。

停止結界。日本においても基礎研究の段階のそれは実戦投入にはほど遠い完成度だった。ドイツはそれをおおよそ完成させた。その技術力と軍事的脅威は計り知れない。逆に返せば同盟にもってこいとも言える。とにかくその事実は驚嘆に値する。

 

『シュヴァルツェア・レーゲン』は肩の刃を射出させ迎撃の弾幕をくぐって右足を押さえ、そのまま引きずり倒す。強引な事この上ないが、バランスを失った『甲龍』は戦闘の継続は一時的とはいえ、ほぼ不可能。簡単に無力化した後、すぐさま意識を切り替えて、奇襲を試みる『ブルー・ティアーズ』の迎撃を意図も容易く行う。ビットによる砲火の嵐を恐れず突入、巻き上がった土煙に隠され、セシリア・オルコットは一瞬にせよ見失ったのだ。それでも止めと言わんばかりに撃ち込まれた狙撃をかわすと両腕を前に突き出す。どうやら停止結界に捕まったらしく、動きの止まったビットをセシリア・オルコットはそれに集中して、動けないラウラ・ボーデヴィッヒをさして言う。

 

「動きが止まりましたわね」

 

それでも焦りの欠片も見せず、答えを返す。

 

「貴様もな」

 

青い一撃は命中すれば痛打と足り得る威力を誇る。勿論当たればの話だが。

轟音が水蒸気と共にシールドの内側を満たす。外側からでは視界が閉ざされたが、それでもおおよその予想は立つ。おそらく相殺されたのだろうと。結果はそれに相違なかった。

あっさりとその一撃さえも、冷静な大口径砲填兵器の一撃で封殺されればどうしても焦りが出る。その焦りからくる判断ミスは明らかに経験不足と考えるものだったが、この場においては何よりも致命的だった。あわてて連射に切り替えようとしているが、連射に切り替えるより、距離をとるべきだった。この時点で勝敗は実質的に決まったと言える。力業で拘束して動けない『甲龍』を『ブルー・ティアーズ』にぶつける。遠心力も加わり十分に加速されたそれは『ブルー・ティアーズ』を弾き飛ばす。ピンボールのように弾けとんだ二人はまとめて姿勢を崩して団子になる。

 

決まったなという聆藤の呟きはあまりにも小さく、回りには聞こえてはいなかった。

その後の追撃にも迷いはない。まさしく弾丸のように間合いを詰めると近接戦闘に持ち込む。隣で驚愕している織斑一夏がいるが、軍の特殊部隊所属なら当然の技量なのだろう。叩き込まれたプラズマの手刀は音もなく襲いかかる。距離を取ろうと、下がりながら相手の一撃を捌くが、とどめに撃ち込まれた六つのワイヤーブレードを全く別の動きとタイミングは、致命的な判断ミスを招く。強引な展開で一撃のもとに解決しようとした衝撃砲は砲撃より早く、『シュヴァルツェア・レーゲン』の実弾攻撃によって四散する。

あっけなく肩の衝撃砲を木っ端微塵に破壊され、姿勢を崩し、バランスを取ろうとする彼女に追い込みを駆ける。展開させたプラズマ手刀を叩き込む寸前に、青い機体が殴り込んでくる。

無謀を勇敢と履き違えた突入に虚を突かれたのか、必殺の一撃は弾かれる。それに合わせて撃ち込まれたミサイルは至近距離の『シュヴァルツェア・レーゲン』に激突し、信管を作動。当然ながら二人もまとめて爆発に飲み込まれた。

 

「無茶をするわね、アンタ……」

「苦情はあとで。これならば、確実にダメージが……」

 

無茶というより無謀な一撃は会心の一撃だったのだろう。セシリア・オルコットの表情にはさすがに安堵の色がある。しかし、本人の技量というのは同世代の機体にあって大きすぎる差だった。

爆炎が晴れればようやく見通しが効くようになるアリーナでは動揺が揺れ動いた。

結局、彼女の技量は学生としては隔絶していたといえる。学園という閉鎖されたこの町では、代表候補生などというラベルは、多少周りからの優越を得られるものでしかなく、実戦やそれに準ずる模擬戦の場合、なんの意味も持たず、そこにあるのは明確なまでの実力の差だった。それを痛感するべきタイミングは彼女たちにとって明らかにする遅すぎたといえる。

 

「終わりか? ならば今度は私の番だ」

 

だからこそ彼女は、ラウラ・ボーデヴィッヒは余計なことにまで手を出した。

 

言うが早いか瞬間加速で地上へ移ると、そのまま『甲龍』を蹴り飛ばす。おまけに一緒にいた『ブルー・ティアーズ』へ砲撃を撃ち込むと、疲労し限界に近い機体をワイヤーブレードで拘束するとそのままなんの躊躇いもなく暴力を振るう。一撃毎に削れていくシールドエネルギーは警告表示を続ける。やかましい警告を無視し続けて振るう彼女の顔に、僅かながらの愉悦が浮かんだ瞬間、隣の織斑一夏が暴発した。

 

よせ!! という聆藤の制止は頭に入ったかはわからない。だが聆藤の頭には次の瞬間ハッキリと目の前のシールドに向けて『白式』の『零落白夜』を叩き込む姿が浮かんだ。

 

「あの馬鹿を取り押さえろ!! 」

 

思わず口をついて出た言葉は少なくとも学園という施設で発されるべき言葉ではなかった。周りの顔色が驚愕から聆藤に対する恐怖へ切り替わり、押さえるものはいない。聆藤の怒鳴り声さえ聞き流したか聞こえないフリをしてなんの躊躇いもなく『零落白夜』を発動させる。

 

「あの馬鹿、やりやがった」

 

一撃でアリーナのシールドを叩き斬った織斑一夏はなにも考える様子もなく、ラウラ・ボーデヴィッヒに突撃を仕掛ける。軽率であり、蛮勇で、何よりも自殺志願者にしか見えない織斑一夏を詰っても聆藤は冷静さを失ってはいなかった。

中でラウラ・ボーデヴィッヒと彼女にむやみやたらに斬りかかる織斑一夏の間に入り込む時間的余裕はなかった。シールドの損傷を関知すると自動的に閉鎖される隔壁が降りてきたからだ。

 

『シールド損傷を確認 全隔壁を緊急閉鎖します 係員は所定の指示にしたがい行動してください』

 

警告音は、周りに危機を周知させ、脱出を後押しする役目を担っていたが、上級生は数少なく大半が一年で、しかもつい数ヶ月前まで一般人だった彼女達に落ち着いた対応を求めるほうが無理だったのだろう。

聞きなれない警告音は余りにも容易く彼女達の冷静さを奪い混乱を招く。おまけに明かりが非常灯に切り替わり、隔壁が降りて外の様子が把握できなくなると、一層混乱に拍車をかけることになる。

 

管制(コントロール)、こちら第三アリーナ。破壊されたA-36付近の隔壁閉鎖を確認、非常口を解放した。生徒を下げさせる。ついでに織斑先生を大至急」

「第三アリーナ、状況は? 」

 

なぜ管制で把握できない。役立たずめ、そう罵ったのは心のなかだけで押さえられたのは自制心の賜物だった。

 

「アリーナのシールドを叩き割って、私闘を続ける馬鹿がいる。織斑先生を早く」

「了解した、誘導する」

「デュノアは……あいつもかよ」

 

気が付けばデュノアは織斑一夏の後を追ってステージへ入り込んだと見える。あの馬鹿共め、という声は少なくとも三割程度の呆れと共に外へ吐き出される。やむなく、何をすればいいのか分からず混乱を煽っている現況とも言うべき上級生に命令する。

 

「上級生は一般生徒の避難を誘導しろ」

 

本来なら一般生徒を束ね退避させるべき上級生は上位者である教員が不在で右往左往するばかりだ。それでも指示を与えればある程度は対応してくれるのは有り難たい。

 

ステージではいまだに私闘を繰り広げる馬鹿共を見て聆藤の忍耐も限界に近かった。いい加減にしろ。それこそ口には出さないが思っていることは誰の目にも明らかだ。聆藤もステージへ鎮圧へ向かうためピットへ駆け込むが、そこには既に乱入者がいた。

普段と変わらぬスーツ姿の織斑千冬はIS用のブレードだ。一六〇センチないし一七〇センチ近いそれを軽々持って『シュヴァルツェア・レーゲン』のプラズマブレードを押さえ込んでいた。

 

「模擬戦を行うのは構わん。だがアリーナのシールドまで破壊されては黙認しかねる」

 

静かだが明らかな怒りを込めている警告にラウラ・ボーデヴィッヒはISを解いた。

 

「この戦いは学年別トーナメントで晴らしてもらおう」

「教官がそう仰るならば」

 

元凶を押さえた織斑千冬は今度はシールドを破壊し、単なる私闘から乱闘へ変更した二人に聞く。

 

「織斑、デュノア、それでいいな」

 

ほとんど恫喝に近い内容に二人は、はい以外の答えを持ち合わせていなかった。

 

「では、学年別トーナメントまで一切の私闘を禁じる」

 

ステージ外側で固まっていた取り残された生徒たちにも聞こえるようにその声は鋭い刃物のようであった。

 

「聆藤、管制への連絡と避難誘導。ご苦労だったな」

 

聆藤の脇を通りながら織斑千冬は労う。なにも言わず頭を下げ、聆藤は展開させた『九試甲戦・改』を解く。

周りはようやく普段の喧騒を取り戻しつつある。

 

 

 

「さて、聆藤。この事件は如何なる原因かな」

「すべて小官の力不足によるものです。申し訳ありませんでした」

 

シールド破壊事件から二日後。ちょうどセシリア・オルコットと凰鈴音が学園の保健室から出てきた頃。聆藤は国土保安庁庁舎に出頭命令を受けていた。

 

「なんのために君を三尉に任官させたのか、わかっているだろう。まぁいいさ。状況から見て君に否はない」

 

形だけということか? 小さな疑問はその後の言葉で中断された。

 

「それより織斑一夏は想像以上らしいな。先のフランス代表候補生の報告。ご苦労だった。実質的には先日の事件と相殺になるが、内部評価はプラスに振っている。気にするほどの案件でもないさ。

 

それに、と言葉を続ける。

 

「ドイツへは既に()()()を通して厳重な抗議を行ってある」

「恐れ入ります」

「暫くはドイツもおとなしかろうて」

「ご配慮感謝します」

 

あぁ、それと。その後に続けられた内容は聆藤にとって、少しは心が晴れるものだった。

 

「まもなく行われる予定の学年別トーナメント。君は来賓席の警備に当たれ。尚、学年別トーナメントへの参加は不要だ」

「よろしいのですか」

 

本当にそれでよいのか。各国は、委員会、学園は納得しているのかという二つの意味を込めた質問に答える声は明快だ。

 

「問題はない。そもそも委員会に学園に関する決定権はない。それに各国もこの件に関しては一致している。要するに貴重な護衛戦力を潰したくない、ということだ」

「つまり、下手に戦力を即応不可能な状況にして、情報の早さと確度に差を作ってしまうより、少なくともある程度は今のように横並びがよい、ということですか」

「飾らずに言えばそういうことだ」

「微力を尽くします」

 

政治的すぎる決断でも聆藤に拒否権など有るわけがない。手を振って退出を伝えられれば、指示に従い部屋を出る。学年別トーナメントは他に漏れず、策略と謀略が張り巡らされるだろう事に想像は固くない。




感想、講評、評価お待ちしてます。


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S(エス)とVTシステム

書き直したりしてました。原作二巻はあと一話くらいの予定です。戦闘が長々としてまして、すいません。



暑さは例年通り厳しくなりつつある六月の終わり。

沿岸にあるIS学園は熱狂に包まれようとしている。学年別トーナメント。言葉を飾らずに言えば三年は所属国による監査、一年、二年は現状の把握。騒ぎは大きくなるのも当然だといえる。

勿論、その熱狂の外にいる例外もある。聆藤彰等はその典型だった。表向き広報課といっても、本来公安警備局という所属上、ほとんど着ることのない正装をして来賓席の警備に当たる聆藤は周りから見れば不思議なものに見えたらしい。聆藤は粛々としながらもどこか、熱に浮かされたような空気が蔓延する開会式の挨拶を眺めながらも、先日の()()()()に関して考えていた。

 

S(エス)にせよと? 」

 

以前から決められていた日時に、例によって施設に赴いた聆藤は上司の開口一番の発言に驚いていた。

S(エス)とは一言で言えばスパイのことだ。自分から姿をさらしてくれるという間抜けをやったフランス代表候補生。織斑一夏の情報を求めて同じ部屋になった彼女は二重スパイとして取り込むに最適の存在だといえる。勿論、祖国政府や学園の同級生、おまけの更織にバレてはならないため、慎重を期する必要はあるが。それでもフランス政府とデュノア社の内情を探るためには非常に魅力的な案だといえる。

 

「その通り。上は織斑の懐に入り込みたいらしい」

「やれと言われればいくらでもやりましょう。しかし……正直、あまり気が進みません」

「まぁ、作戦どころか正式に上がったものではない。忌憚のない意見を聞きたい」

「小官は、止めておくべきと考えます」

「理由は? 」

 

まず第一に、という前置きの後、意見を伝える。

 

「彼女は、明らかに織斑一夏に好意を抱いております。というよりアレは依存です」

「下手に負い目を作り、追い込むべきではない、か」

「はい。第二に芸が下手過ぎます。報告書にも記したように、警戒心皆無、注意力散漫、観察力皆無。はっきり言って彼女をS(エス)にするくらいならフランスを釣る餌にするほうが余程マシでしょう」

「わかってはいたが難しいか」

 

はい。と返事は明瞭だ。

 

「それにフランスがおとなしくそれを許容するでしょうか。性別偽装が発覚したのはフランスもわかっているでしょう。彼女を切り捨てると仮定した場合、付け入る隙を与えるのではないかと」

「まぁ、当然の予想だな。それに確実な情報を得られるほど上に食い込めるのかという問題もある。偽の情報に踊らされればそれこそ笑い者だよ」

 

全くその通り。無言で頷く聆藤もそれを首肯していた。

その後、聆藤は定期連絡事項を話し合い、そのまま辞した聆藤にはどうしてもその事が頭に残っていた。

 

考え事をしていたのもつかの間、対戦相手が決まったらしく、メインモニターにトーナメント表に切り替わる。そのトーナメント表は聆藤をして何らかの意志的なものを感じるものだった。

 

 

 

ブザーが鳴り響き閉鎖されていたゲートが解放される。アリーナの両端にあるゲートの片方の奥から真っ黒と白っぽい機体が出てくる。片やドイツの第三世代機、『シュヴァルツェア・レーゲン』とそれを駆るラウラ・ボーデヴィッヒ、片や我が国の傑作第二世代機『打鉄』は篠ノ之箒。反対側のゲートからは白い機体と黄色い機体の登場だ。準日本製の『白式』の織斑一夏とフランス製傑作第二世代機の一つ、『ラファール・リヴァイヴ』ではなく、各所に手を入れた第二.五世代機の『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ』の()()()()()()・デュノアだ。

この機体のなかで『打鉄』ははっきり言って現状力不足も甚だしい。勿論第二世代機傑作機だけあって防御能力は高く、実戦において頼りになるだろうが同じ第二世代機である『ラファール・リヴァイヴ』と比べれば火力、即ち武装の搭載量に劣り、速度に劣り、なんとか継戦能力と機動性が同じくらいで唯一防御に勝る、といったところだろうか。これでも贔屓目に見て、である。

機体の条件からしておかしいのだ。さらに織斑一夏の技量の低さは『打鉄』を相手にする場合、全く無視できる。小手先の戦術を力業で無力化する。それだけのスペックの差があるのだ。

はっきり言って相手にさえなるまい。これが聆藤の率直な意見だった。だから、篠ノ之箒の唯一の勝機は、『シュヴァルツェア・レーゲン』のラウラ・ボーデヴィッヒが前衛として相手の攻勢を阻止。『打鉄』で突貫を仕掛ける。もしくはその逆しかない。

聆藤の見立てはおよそ正しかったといえる。

 

試合開始直前に何事かしゃべっていた二人は開始の合図まで互いを睨み付けていた。

開始(go)と出るや否や先手をとって突撃を仕掛けたのは織斑一夏だった。瞬間加速(イグニッション・ブースト)は一直線に『シュヴァルツェア・レーゲン』を狙っていた。あの時の私闘からなにも学んでいないのか? ラウラ・ボーデヴィッヒが右手を出して『慣性停止能力(AIC)』の中に自分で突っ込んでいく織斑一夏をみて、聆藤は眉を潜める。セオリー通りに大口径砲が向けられる。止まった至近目標への射撃なんぞ、訓練よりやさしいことは間違いない。そこへ砲撃より射撃の銃声が割り込んだ姿を見て聆藤は納得する。なるほど、ラウラ・ボーデヴィッヒに対する囮ないし固定させるアンカー代わりに使うのか。聆藤や来賓達が納得している間にも互いの火力の応酬は続く。

確かにうまい。

不明確な追撃より確かな味方の安定。織斑一夏を暴発させないよう信頼で縛り、コントロールする。たまに割り込んでくる『打鉄』を片手間で適当な銃火であしらいつつ、織斑一夏に投げる。余計な方に目を向けさせず、目の前の相手だけに意識を向けさせる彼女の戦略は見事だった。

強襲を仕掛ける篠ノ之箒はシャルロット・デュノアの仕掛ける重層的な罠のなかで一貫しない戦闘を続ける。離れようと後退の様子を見せれば銃撃による足止め、力業で抜こうとすれば織斑一夏の一撃が襲い来る。それに対応している彼女はすごいことだが、確実な消耗が目に見える形になれば、焦りは増して、余計に磨り減らされていく。やむにやまれずの強行突破は連携無しで無謀の極みだった。本人とすれば余力のあるうちに突破を計りたかったのだろうが、味方の援護無しでは損害が加速度的に増えていくだけだ。あっさりと一撃を受け止められた篠ノ之は足を止める。その隙を逃さず、後ろのシャルロット・デュノアが連装ショットガンを叩き込む。しかし―

『打鉄』の防御さえ沈黙させるだろうショットガンの銃火は空を切った。それに入れ替わるように『シュヴァルツェア・レーゲン』が突撃を仕掛けてくる。タイミングが外れ、体が踊った織斑一夏にプラズマブレードで斬りかかる。必死で回避を続ける織斑一夏だが、希に出す応戦はむなしく回避か受け止められるかして後退を余儀なくされる。横に出ようとすれば、ワイヤーブレードの牽制でそれさえ不可能だ。

どうやらラウラ・ボーデヴィッヒに放り投げられたらしい篠ノ之箒は、なんとか建て直すより早く、シャルロット・デュノアの追撃を受けているらしい。『シュヴァルツェア・レーゲン』の射線から逃れたシャルロット・デュノアは強襲を仕掛ける。いきなり自分の間合いに踏み込まれ、体勢を崩した篠ノ之箒を追い込む。咄嗟に打ち込まれた力ずくの一撃は右手で受け止められ、左手の銃口に慌てて回避を試みるがそんな事はさせることはない。的確な射撃は見事にとらえ、動きが止まった……。

 

 

「先に片方を潰すか。無駄なことを」

 

小さいが確かに聞こえた嘲りは織斑一夏を暴発させるには至らなかったらしい。二本のプラズマブレードと幾本ものワイヤーブレードの緊密に連携した波状攻撃。近接戦闘の教本じみた見事な攻勢に織斑一夏は完全に捌ききる事を諦めた。多少の損害を許容し、時間を稼ぐ。この辺りの思いきりの良さは評価に値する。近接戦で押し込まれながらも辛うじて食い付いていく。しかし、その努力を粉砕しうる圧倒的な能力が『シュヴァルツェア・レーゲン』にはあった。AICの発動は織斑一夏を確実に拘束する。ワイヤーブレードを一斉射。襲いかかったそれの衝撃は織斑一夏を打ちのめす。ミミズがのたくったように苦悶に悶える織斑一夏が目にしたのは大口径砲が向けられたところだった。

 

「終わりだ」

 

悪役みたいな台詞の後に押し寄せた砲撃の音に織斑一夏はなぜか、動けない。一本だけだが、ワイヤーブレードは確実に拘束していた。あぁまずい、という本能的な感覚は痛覚に変換されることはなかった。

重低音を響かせ射線に割り込んだシャルロット・デュノアは自機の防循が防ぐ。

 

「助かったよ」

 

辛うじて紡がれた言葉は明らかにする疲労の色が濃い。ここから如何に巻き返すか。聆藤も気になるところだった。

 

 

「これで決める!!」

 

格好つけているところ悪いが聆藤は最早、馬鹿じゃないのと思う。こんなタイミングで莫大なエネルギーを消費(浪費)を招くのは酔っているのではないかと思う。聆藤は、アレは不意打ちで一番効果を発揮すると思っている。

 

「当たらなければいいだけだな」

 

ラウラ・ボーデヴィッヒの発言は聆藤の言葉を代弁していた。AICの頻繁なハラスメント(嫌がらせ)に消耗する織斑一夏を放置して周りを動き回るシャルロット・デュノアに矛先を向ける。弾幕を張って動きを押さえたシャルロット・デュノアはすぐさま織斑一夏の離脱を援護。辛うじて離脱した織斑一夏は強引な突撃を仕掛けた。『零落白夜』を受け止めながらも、『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ』にも意識を配る。だが、『零落白夜』を止めるのに『AIC』の使用は不味かった。集中が向けられるその一瞬で距離を積めた『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ』のショットガンの面制圧が襲い来る。

とっさの判断は悪くなかったのだろう、盾に使った大口径砲はひしゃげて使用不能。邪魔でしかない大口径砲を切り捨て(パージ)て次の攻撃を警戒する。しかし次の攻撃は来なかった。

 

情けない音をたてて色を失った『零落白夜』は詰まるところエネルギーを使い尽くしたのだろう。

 

「残念だったな」

 

プラズマブレードの一撃を必死にかわそうと試みる。しかし織斑一夏への銃撃によって阻害された。そのまま突撃に試みたシャルロット・デュノアをワイヤーブレードで妨害。被弾して動きが甘くなった『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ』を、脅威を失ったと目を切り織斑一夏に攻撃を叩き込む。直撃したそれはあっさりと『白式』のシールドエネルギーを喰いつくす。

 

「私の……私の勝ちだ!!」

 

高らかな宣言は妨害を受け沈黙する。どうやら『瞬間加速(イグニッション・ブースト)』による突撃だったらしい。データにない攻撃に、気をとられて迎撃が遅れた。その遅れはあまりにも致命的だった。

 

「この距離なら、外さないよ」

 

あー、成る程。という聆藤の呟きも当然だった。『盾殺し(シールド・ピアース)』。第二世代最大規模を誇るそれの威力のそれは、消耗していた第三世代機でさえ例外なく削り取る。三度に及ぶ轟音がステージを支配するなかで勝敗は決したのは誰の目にも明らかだっだ。

 

 

 

(こんなところで? いや負けるわけには行かないのだ)

(なぜ? )

(教官にあんな顔をさせた織斑一夏を倒さなければ)

(どうして? )

(教官が私を見てくれたから。でも、あの時の教官は教官ではなかった。だから)

(じゃあ、貴女は誰? )

(私? 私は、私は誰? 私は、私はラウラ・ボーデヴィッヒ)

(なぜ? )

(なぜならあの人がそう呼んだから……)

(じゃあ、何が要る? )

(力を。決して負けることない力を)

 

『―願い、望み、欲するか―』

 

その質問への答えは一つ。

 

Yes(Ja)

 

確固たる意思は時としてろくでもないものを招き寄せる。執念。誰がいったか、人の執念は黒すぎる。まさしくその通りだった。

 

「あ、あああああっ!!!! 」

 

突然こだまする絶叫に聆藤は己の目を疑う。ドイツ自慢の第三世代機、『シュヴァルツェア・レーゲン』は形状を失い、操縦者ごと泥に飲まれていく。

 

「なんだよ、あれ……」

 

織斑一夏からこぼれた小さすぎる声は当然だった。泥人形は瞬く間に姿を変える。この観客席にいる大半の人の見たことのある姿に。

 

「冗談だろう」

 

いや、そうあってほしかった。V()T()()()()()なんて生徒の手に余る。聆藤も見たことはなかった。あるのは資料くらいでしかなく役に立たない。それに今の仕事は来賓の警護だ。さすがにそれを履き違えることはなかった。

 

「非常口を全て解放しろ。全てだ!! 来賓の避難を優先しろ!! 生徒は代わりがいる!! 」

 

残酷だが、明らかな一面を以て、動きの鈍い、外の警備を恫喝する。周りから見れば強権を振るう独裁者にしか見えないが、状況を鑑みれば当然の判断だった。

 

『非常事態につき、トーナメントは全試合直ちに中止!! 状況をレベルDと認定。目標の鎮圧を最優先とせよ。なお、全来賓及び、一般生徒は直ちに退避!! 』

 

ようやく動き出した教師陣にあとを任せるべきと、警備するべき来賓に目を光らせる。

ふと閉まりかけの隔壁から見れば『雪片弐型』を構えた織斑一夏がいる。『VTシステム』は、それを恐れることなくあっさりと踏み込み、切りつける。咄嗟の回避はなんとかと、言える奴でその回避行動でエネルギーが完全に尽きたらしい『白式』は消え去った。

 

「…………がどうした……。それがどうしたああっ!!」

 

いきなり暴発した織斑一夏は飛びかかろうとした。ぐーで。聆藤が馬鹿以下と罵るより早く織斑一夏の体は後ろへ引きずり倒される。このときばかりは一緒に暴発せず、押さえた篠ノ之箒に感謝した。それでも止まらない。

 

「どけよ」

 

そう怒鳴った織斑一夏は頬を思いっきり叩かれている。完全に閉じた隔壁の向こうは、命を懸けた戦場なのに遊んでいるようにしか見えない二人に頭を抱える。

 

「夫婦喧嘩はよそでやれ」

 

咄嗟に近くの非常電話をとって怒鳴りたい衝動にかられるが、押さえ込むだけの理性は残っていた。

 




感想、講評お待ちしてます。


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砲艦外交

遅くなりました。
すいません。


砲艦外交と言えば、かつてはまさしく大口径砲を持つ戦艦(バトルシップ)だった。しかし、第二次世界大戦により戦艦は軍事目的にそぐわないと廃され、変わってその地位についたのは航空母艦だった。その背景には水上戦力には水上戦力を、地上戦力には地上戦力を、という二次元的な軍事ドクトリンから、地上戦力には航空戦力と地上戦力を、水上戦力には航空戦力と水上戦力を、という三次元的な軍事ドクトリンの進化がある。航空兵力の地上、海上兵力への圧倒的優越、という点において特筆すべきは第二次世界大戦の開幕を告げた真珠湾攻撃、マレー沖海戦。そしてヨーロッパで真珠湾攻撃の半年前に起こったタラント空襲である。いずれも戦艦は航空攻撃に対して負けないとされていた各国軍事関係者の希望を打ち砕いた。それは航空機という兵器の恐竜的進化の結果であり、なにより大規模かつ無尽蔵の戦力を消耗する、総力戦へ発展していくことになる。

いずれにせよ砲艦は母艦に変わったように、空母もいつかは、()()たる役目を譲るのだろうという緩やかな想定はされていても、それが今すぐにと言うわけではないと言うのが現代のほんの十年前位の軍事関係者の希望的予測だった。しかし、希望的な予測は一夜にして木っ端微塵に砕かれることになる。世に言う『白騎士事件』によって。

一夜によって原子力空母という()()は航空機の旧式化に巻き込まれ、砲艦の地位を失ったのである。変わって()()という地位に選ばれたのはISだったのは必然だったのだろう。戦後第五世代まで開発の進んでいた航空機は、航空機をはるかに上回る機動性、と戦艦以上の攻撃力、装甲ではない桁違いの防御力などにより一躍、主力兵器の地位を手に入れた。国の目に見える力とはISの質。数が委員会の意思(意志)に分けられた以上、各国は性能を求めてしのぎを削る。奇しくも第二次世界大戦により恐竜的進化を迎えた航空機のように。

 

この日、IS学園での学年別トーナメントの前々日。フランスの日本大使館には普段はいるはずのないISが三機、展開していた。第二世代機傑作として知られる『打鉄』が三機。外遊中の外務大臣の護衛という名目で入国。そのまま空港ではなく、日本大使館へ着陸した『打鉄』はまさしく、砲艦外交のためだった。

 

「その判断は如何なる根拠の元の判断なのです? 」

 

フランスの大統領府では怒号とまではいかないが、怒りに満ちた声が上がったいた。

 

「日本が、宣戦を布告すると本気で仰有っているのですか? 大統領(プレジダン)

「そこまではいってない。紛争を仕掛けるのではないかと言っているのだ」

 

そんな馬鹿な話があるか。日本が攻めてくるならイギリスやロシアが攻めてくるほうが余程現実的だ。

 

「我々は二度とアルデンヌの森を越えさせてはいけない」

 

こいつは筋金入りの馬鹿か。外務省の高級官僚は匙を投げ捨てたくなるのを必死でこらえていた。

数年前、当時のフランス与党から政権を奪い、ISの開発を挙国一致で強行した現在の与党はもはや内患でしかなかった。主力ISの開発のため、限られたリソースをフランス最大のIS企業、デュノア社につぎ込んだ結果、傑作機として名高い『ラファール・リヴァイブ』を開発。しかし、第二世代機()()()というおまけ付きだった。世界は第三世代機開発に躍起になっているなか、完全に潮流に乗り遅れたフランスは、所得格差の増大、IS産業への過剰投資と行き過ぎた優遇による中小企業の倒産と相次ぐリストラ、更に就業労働者の減少による税収の悪化とそれにともなうコストカットという手段は行政サービスの著しい低下を招き、国民の不満という目に見えない形で蓄積されていた。三重奏以上の不協和音を奏でるフランスは、遂に一線を越える。

具体的には不満を外にそらすという古典的な方法がとられるが、それは国内のナショナリズムの高揚という、一歩誤れば手が付けられなくなる危うい綱渡りであった。

 

「どこまで怯えているのですか。大統領(プレジダン)、いいですか。日本のISの無通告入国はいわば砲艦外交と同じです。無闇に怯える必要はない」

「しかし、ドイツとの国境地帯にも数機のISの展開が確認されている」

「ドイツがフランスを本気で攻めてくると!! 大統領は冗談がお上手ですな。こんな状況で我が国を攻めれば今度こそドイツという国が地上から消し飛びましょうな」

 

世論という大義名分を獲得した政府はまず始めに友好国兼潜在的競合国、イギリスへ喧嘩を吹っ掛けた。即ち英仏海峡トンネル封鎖の示唆である。イギリスはこれに過敏に反応した。大動脈と言える英仏海峡トンネルは『イギリスの国益』を『ヨーロッパの公益』に見事にすり替えたイギリス政府によりイギリスの勢力圏へ落ちた。報復措置は苛烈だった。対仏同盟と言われる実質的な経済制裁はじわじわとフランス経済を痛め付けていた。

 

大統領(プレジダン)、いいですか。例え威圧を伴う砲艦外交であろうと、交渉に臨むのが外交の本分です。我々はこのままでは完全に孤立しますよ」

「我々に味方は……」

(誰のせいだ)

 

恐怖からか言葉の続かない大統領に心の中で毒づく。

隣国(ドイツ)はこの時、東からの巨大な圧力に押し込まれていた。最大の仮想敵、ロシアの動向である。

ロシアは昔から続く伝統的な政策である南下政策をかつてない以上に強めていた。ヨーロッパにおいてこの圧力を直接受けたのは帝政ロシア時代からの因縁であるトルコと、ソ連時代の領域だったウクライナ、同くソ連の支配下にあったバルト三国、そして冬戦争、継続戦争と二度に渡りソ連と砲火を交えたフィンランドだった。ドイツは直接的な圧力を避けるというドイツの国家理性に従い、この諸国を中心に東欧一帯に軍事的、経済的援助を大規模に行うことで安定化と強化を行い、東からの防衛線としていたのである。ドイツにとってフランスの不安定化というのは戦争が勃発した場合、背中を任せる事の出来ないということで二正面作戦を強いられる危険が飛躍的に高まるといえた。

ドイツからしてみれば東西に別れた時代を思い浮かべさせるには十分で、もし戦争が勃発し、もし敗北した場合、今度こそドイツという国は地図から消し飛ぶだろうという恐れがあった。だからこそ、ドイツはフランスとイギリスの間を取り持とうとしたのだ。

 

「我々の不安定化はヨーロッパ全土に火の粉を巻きかねないのです。だから今は日本の要請に従い、協調路線へ舵を切った事を内外に知らしめる必要がある」

「しかし。我々には前科がある」

 

大馬鹿野郎共め。お前たちがドイツの手を振り払ったから。

外務官僚として忸怩たる思いがあり、それはなによりも重いが過去を強引に振り払う。向くべきは現在で過去は反省に使うべきだ。開き直りの出来ない大統領に侮蔑を向けるが、政府の暴走を止められなかった我々も同じ穴の貉だ。くそ野郎。誰か変わってほしいくらいだ。今なら解決すれば昇進間違いなしの外務案件や不満の高まる国民政策まで無料でつけてやるのに。

どうしようもないほどの諦めとそれによる思考の放棄。それが今のフランス政府の実態だった。

 

ナショナリズムの高揚によって良くも悪くも一本化された国民の意思は、及び腰になった政府を追い込んだ。

アメリカは我関せずを貫き、モンロー主義に逆戻りしつつあるため期待はできず、イギリスはほぼ対立状態、スペイン、ポルトガルはイギリス寄りの中立主義でフィンランドなどの北欧諸国は対ロで精一杯。援助を求めてアメリカやイギリス、ドイツへの依存を深めフランスは外交的にほぼ孤立した。二正面作戦を避けるためフランスとイギリスの間を取り持とうとしたドイツの外交政策はフランスによって蹴り飛ばされた。理由はドイツが傲慢に()()()から。そんな理由で差し出した手を蹴り飛ばされたドイツとの関係は一気に冷え込んだ。ドイツはドイツでフランスが頼りにならないと見るや否や、独自に決戦兵器の開発に尽力することになる。勿論、非公開かつ、無関係を装って。これが新しい火種を作ることになるとは当事者(ドイツ)さえ考えていなかった。

ともあれ追い込まれたフランスは窮鼠猫を噛むように一撃に賭ける。IS学園への生徒派遣である。

候補のデュノア社社長令嬢を、反対するデュノア社に、業績悪化と第三世代機の開発遅延を表向きの理由に、IS開発権の没収をちらつかせ強権的に性別を偽装。やむなく断固反対を消極的反対に切り替えさせると大統領の特命で学園へ送り込み、織斑一夏の情報獲得を目論んだのである。

男女という言葉の意味を引き直すべきだという官僚の叫びを無視して行われたそれは、数日で露見した。フランスの醜態として。本当に掴んだのは現時点で日本だけだが、どこもその知らせで溢れるまで時間がない。失態をを隠そうと大統領へあげる情報が遅れる。その遅れは判断の遅れを招き、結果的にフランスという国家そのものを危機にさらしていたのである。

 

 

 

幾日か過ぎたドイツ。連邦情報局の一室では、フランスの数日前と似た話し合いは紛糾していた。しかし、内容は全く異なっていたが。少なくとも保身を第一とするそれは人間の性なのだろう。

 

「だからやめろといったんだ」

「お前たちも賛成したじゃないか」

「我々はロシアに対応するための兵器開発は承認したが、国際条約に触れる物を誰が作れといった」

「ふざけるな!! そんな言い逃れが許されると思っているのか」

 

欧州の一国で行われた子供じみた応酬はそれだけ切羽詰まっているドイツの状況を端的に表していた。

IS学園での学年別トーナメントで発生した、条約に触れる兵器の開発と実機への搭載。露見というより披露してしまったといえる騒動は激震より激動を伴ってドイツという国に襲いかかった。

 

「各国からの情報公開請求は止まることを知らない。もはや知らぬ存ぜぬは通じん」

「だが、研究が事故に遭うことはある」

 

ニヤリと黒い笑みは周りの人間をおののかせるほどには狂気が少なからず入り交じっていた。

 

「しかしこのタイミングは流石に……」

 

躊躇いがちなその声は小さくしぼむ。

 

「証拠がなければいい。残りは責任をフランスへ転嫁だな。あとは任せる」

 

その声で紛糾していた会議は終わり、一目散に駆け出した。一刻も早くこんな場所から抜け出したいという気持ちを代弁するように速やかかつ、可及的に去っていった。

 

「あとは米国がどのように動くかだな」

 

小さな声は一人しかいない部屋に吸い込まれた。

 

 

 

学年別トーナメント初日のIS学園では『VTシステム』の事件は秘匿された。表向き、搭載されていたシステムの暴走という事で責任をすべて押し付けたのである。まぁ事実を見ている者と知る者が少ないからこそ押し通せた訳であるか。さらに、それを見たごく少数の生徒も、繰り返し言われた目の錯覚、疲労、炎天下だから陽炎がでた。などと言われれば、そう信じてしまえる。洗脳に近いその手段は少なくともIS学園では出来ることではなかった。

結局『VTシステム』の責任はドイツにあるわけでIS学園は表沙汰にしない代わりに、莫大な補償金を支援に託つけてぼったくったのである。




学園が一切出てこなかったです。
感想、講評お待ちしてます。


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亡国、動く

遅くなって本当にすいません。しかも少ないです。
次のビーチの話は丸々カットします。
いきなり福音戦に繋がります。ご容赦ください。


今の時間は午前七時。IS学園は丁度朝食の時間であり、騒がしい会話が響く頃合いだが、食堂は沈黙が満たしていた。

 

『昨日、ドイツ南部にあるIS研究所がテロにより、破壊されました』

 

ニュースの内容は繰り返し流れている爆破の瞬間を捕らえた映像だ。

一度轟音が響き、その後可燃物に引火したのか、次々と爆発音が繰り返している。昨日、日本時間午前二時に発生した爆発事件に対してドイツ当局は、IS研究施設であることを理由に事件直後にテロと断定した。あまりに強引な展開に情報開示請求や監査の受け入れを突きつけていたどこの国の情報機関は眠れぬ夜を過ごしたことは間違いない。特にIS学園に関する安全確保を大義名分に強く出ていた日本は焦った。ドイツの首根っこを押さえつけられる切り札が燃えてしまったのだから。

作為的なタイミングに、どこも現場への侵入と証拠の確保を目論むが、事前に待機していたのであろうドイツ連邦情報局(BND)が素早く封鎖してしまえばどこの国も手を出すことは出来ない。さらに連続テロへの警戒を理由に各国大使館に警備という名前の監視と安全確保を理由とする移動式バリケードまで展開されてはスパイ活動は不可能だ。用意周到に組まれたドイツによる大規模は防諜作戦(カウンター・インテリジェンス)は見事だった。

 

眠れなかったのは聆藤も例外ではなかった。第一報が入ると同時に、非常通信回線を通して夜中に叩き起こされ、ドイツ代表候補生の監視に従事することになった聆藤は全く眠っていなかった。夜中に織識一夏の部屋に入ってきた時は大いに焦り、突入も覚悟したが、結局大したことはなくそのまま朝を迎えたのである。眠い目をこすり、目覚まし代わりに濃いコーヒーをイッキ飲みした。カフェインではなく、その苦さで目を覚ます。そもそも対薬訓練を受けているため、アルコールやカフェインは効きにくいのだ。

ドタバタと少なくとも複数人が食堂に駆け込んでくる。どうやら織識一夏達は昨夜の事件を知らないらしく、騒がしい彼らを放っておいて聆藤は食器を手早く片すと、報告と連絡事項を頭でまとめながら、更識のいる生徒会室へ足を向けた。

 

 

朝のSHL(ショートホームルーム)では遅刻しかけた織斑がISを部分展開させたシャルロット・デュノアと共に教室に滑り込んできたため、出席簿で殴られる事があったことを除けば、おおむね予定通り進んでいった。

 

「来週から始まる校外特別実習について説明する」

 

その一言で騒がしかったクラスは静まり返る。楽しみを今か今かも待つ子供のようにそわそわした空気は分かりやすい。聆藤としては警備のために打ち合わせをしなければならないだろうし、展開する部隊も大騒ぎだと思う。頭の上から足の先まで平和な連中の守備範囲は、けた違いに広くなるだろう。上は上をどう納得させるのかでもめるのはおそらく間違いない。最も揉めるのは上の仕事で、聆藤には直接関係ないことでもある。

IS学園毎年恒例の郊外特別学習とは、要するに臨海学校である。例年太平洋に面した孤島を貸し切り、周辺空域を飛行禁止区域を定め、ISの装備試験を行う。各国が各々でやれば収集が付かないからというのは、提唱した委員会の大義名分で、本音は各国がどんなISを開発しているのか、情報を得るためのものである。理解し賛同した国は、中小国が基本で、大国と呼ばれる、ISを独自開発できる国は嫌がっているのだ。だからこそ臨海学校という便宜上の呼称は、内実が骨抜きにされた郊外特別学習であることを嫌でも理解させる。

だからといって警備を甘くできるわけでもなく、金を出さないのに、声だけは大きく、人を回そうとする委員会は国務総省からあからさまに嫌われていた。

 

 

織斑一夏の護衛という職務上、聆藤彰等にとって休みはない。たまには休みがほしいと思う。これが本当の年中無休のブラックだと思うが、どこの情報機関だって同じことだ。炎天下のなか指定されたスーツを、上着とネクタイこそ着けていないが、暑い服装でまたされていたのもあったのかもしれない。聆藤は不健全で不必要な不快を無意識のうちに貯めつついた。それは冷房の効いたショッピングモールでも同じだった。だからこそ、織斑を後ろから尾行もとい警備するため、単独行動中の聆藤は不意に声をかけてきた同僚に対していささか以上に陰険な声を返してしまった。

 

「なんだ」

 

優しさというものを欠片ほどもない返答に答えに窮したのか、小さくため息をついたのは、河村明日香だった。

学園の外に出ると言う織斑に対して警護がつけられるのは当然だが、それは多分に漏れず厄介な案件だった。

本来警護は対象者が注意をしていなければ、どれ程警戒していても危険だ。だから対象者に危機を喚起し、双方の信頼関係を気づいてから行うのがセオリーだった。だが、織斑や篠ノ之には危機であることを一切伝えず、秘密裏に警護すると言う極めて珍しい、極めて例外的な案件だと言える。

聆藤もそれに漏れず、今日は河村と恋人役を演じろと言われていた。

 

「あれが織斑君(対象者)? 」

「そう。一緒にいるのは例の未遂犯(フランス代表候補生)。ちなみに回りにいる怪しい影は、それぞれドイツ、イギリス、中国の候補生達」

「厭きもせずよくいるね。あれが本当のハーレムってやつ? 」

「さあ知らん」

 

適当な返事をする聆藤に対してほらっ、といって渡されたのはペットボトルに入ったお茶だった。躊躇いは少ないが、一息でふたを開ける。閉まっていた感覚を感じて未開封であることを確認するとそれを喉に流し込んだ。ようやく流し込まれた液体は思いの外喉が乾いていたらしい聆藤の喉を潤す。一息ついていると耳にいれたイヤホンから声が聞こえた。

 

『織斑千冬と山田摩耶の二人の入店を確認。各員は警戒を継続せよ』

 

一斉通達は此方から切れない。無秩序に近い形で流れる声は河村にも聞こえるのは当然だが、聆藤はその後の河村の発言に驚いた。

 

「沸いてきたわ」

 

虫かなにかじゃあるまいし。という聆藤の呟きは聞こえたか定かではない。確実なのは河村明日香という人間は思いの外辛辣な表現をするということだろう。ともかく、警戒を継続させられる警備班の不満は溜まる一方だ。そして、緊張が緩みかけつつある中で事態は動くということはよくあることだと言える。

 

聆藤が別の対象を見つけたのは、ほぼ偶然だった。目を切ること無く、されどもあからさまに見ないように警戒しつつ動きを見る。

「なぁ、河村」という声は同じタイミングで聆藤にかけられた言葉によってよく聞こえなかった。

 

「私、手配を見つけたんだけど」

「奇遇だな。俺も見つけた。奴等がいるな」

「嫌な奇遇だね」

 

袖口に仕込まれたイヤホンマイクを聆藤は口許に当てて、本部への指示を乞う。

 

「スズラン05より本部へ。亡国を二名確認。そちらで確認できるか」

 

『スズラン』谷間の姫百合とも言われるこの花の花言葉には程遠い、陰謀が覆うこの作戦は少なくとも作戦コードには相応しくないとも思う。下らない考えを悟られたのかは分からないが返答はすぐだった。

 

「こちら本部。確認した。手出し無用。監視に徹せよ」

 

無茶を言う。そう思ったが上官には逆らう理由はない。何かあれば躊躇わず撃つ。小さな覚悟は後ろの河村にも伝わったらしい。何事もなかったかのように恋人役を続ける彼女に小さな戦慄を感じた聆藤だった。

 

三十分ほどたって三十分ごとの定時報告の時間を迎える。片手にスマホを握っているのをめざとく見つけた河村は、「中間、私が入れようか? 」と聞いてきた。短く「頼む」とだけ伝え織斑の周りを見る。本人を見ると気が付かれるからというのは、警護でよく言われることで周りで動く人間を見ていた聆藤は思わず、定時報告の最中の河村の肩を叩いていた。

最初は驚きに満ちていた河村もその目と後ろの手配人をみて動いた。

 

恐らくバレていたのだろう。亡国は織斑を狙うのではなく、その警護をみていた。手が出せるかどうかを探っていたのだろう。あとからみればそれは結果論と言うもので、そのときは追いかける方向に力を入れるのは当然だった。

最初に動いたのは河村だった。早足でショッピングモールの外を向かう。駆け出さなかったのは最後の自制心だったのだろうか。聆藤もあとを追いかけ、駐車場へ向かう人影をおう。別班も後を追いかけてきたらしく向かった方向を聞いてくる。残っている班もいるだろうから、ほとんど気にせずにいた。だがすぐさま車を出して追いかけたいが、車は遠い。狙撃手の展開は間に合っていないらしいし、ほぼ無駄足になるのは間違いない。思わず舌打ちするがなにもなかったことをよしとするべき。その程度の理性は残っていた。

 




続けて投稿します。ご容赦ください。
感想、講評お待ちしてます。


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暴走と本土の決断

遅くなって本当にごめんなさい。
学園の話ではなく、米軍と日本の話のみです。


米国 ハワイ諸島 オアフ島真珠湾

海軍第七艦隊司令部 最高作戦指揮所

 

ちょうどIS学園の臨海学校が行われている頃。太平洋を挟んだ向こう側では、大きな事件が進行していた。

 

「これより第九次『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』起動実験を開始します。総員配置についてください」

「総員配置完了。実験を開始します」

 

実験開始から十分。予定通り進んでいた実験は、突然頓挫する。ん? というオペレーターの声が聞こえたのは警報がなる直前だった。

けたたましい、耳障りな警報が突如として鳴り響く。各所に設置されている赤色灯が回りだして異常を知らせる。状況報告!! と怒鳴った声は一瞬呆けていたオペレーター達をたたき起こした。

 

「パイロットとの通信途絶!! 」

「『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』との全通信回線が遮断されていきます」

「 副、予備及び衛星を経由した非常回線も向こうから強制的に遮断されていきます」

「パイロットの生死不明、バイタル確認不能」

「米軍の統合防衛コードから切り離されました」

「同時に全外部システムからも切り離されたもようです」

 

一番上に座る中将の階級章を付けた長官が声を張り上げ指示を下す。

 

「艦隊司令部へ緊急通達。付近の全艦艇は戦闘配置のまま現海域より直ちに退避させろ」

「了解。衛星画像、メインスクリーンに出ます」

 

誰も何も言わない沈黙が指揮所の中を満たす。そこに映っているのはただ立っているだけの『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』がいた。何をするでもなく、名前の由来の通り、真っ白な機体をただ浮かせている。

長官が座席の脇にある受話器を取ってどこからかにかける。二三言、話したと思えばすぐに受話器を下ろして指示を下す。

 

「強制停止信号、パイロット脱出信号を出せ」

オペレーターが指示の下、機体に信号を送る。

「だめです。此方からの命令を受け付けません。非常時用の自立モードに移行しているもようです」

 

脇に立つ参謀長が意見を具申する。

 

「長官、ここは最悪の場合も考えるべきかと」

「あぁ。ペンタゴン(国防総省)及びホワイトハウス(大統領府)に連絡、第七艦隊及び陸空軍に出動要請」

「惜しいですがやむを得ないかと」

「先程、大統領の承認は得た。問題ない」

 

参謀長との密談の後、長官は決断を下す。

 

「現時刻を以て『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』は、破棄。対象を友軍から捕獲目標へ切り替える。よって特務規則A-17を発動。『全ての状況に優先される目標の捕獲』を開始する。総員、戦闘配置」

 

その掛け声とほぼ同時だった。メインスクリーンの映像が砂嵐に覆われたのは。

 

「何が起こっている!! 」

 

参謀長が問いを発する。

 

「第七艦隊司令部のサブコンピューターに侵入者。侵入者不明、現在逆探を実行中」

「防壁を展開、侵入を食い止めろ」

「早すぎます。間にあわない!! 」

「防壁を突破されました!!」

「人間業じゃないぞ。これは」

「逆探に成功、この座標は……」

 

どうした、と声を失ったオペレーターに怒鳴る声が響く。

 

「『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』からです!! 」

「現在、十四番から二十七番までのファイアウォール突破!! バックドアを経由して内部に侵入されました」

「システムを強制停止させろ」

「命令を受け付けません」

 

その報告を聞いて参謀は呆然と呟いた。

 

「なぜバックドアから入れる? 銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)は基幹ネットワークから切断されたはずじゃあないのか」

「まさか、基幹ネットワークが汚染されていた? 」

 

誰かの小さな呟きは深刻すぎた。

 

「内部からアクセスコードが変更されていきます。解除できません」

「アクセスログを読んでます。そのまま第三システム、基地防衛システム、基地内生命維持システムに侵入、艦隊補助システムが乗っ取られました!! 」

 

このままでは不味い。とっさの判断は普通なら見事な判断だった。だが、今回に限っては相手が悪すぎた。

 

国防ネットワークシステム(DNS)をダウン」

「了解、カウントどうぞ」

「3、2、1」

 

カチッという鍵の回るおとの後オペレーターの悲痛な声が響いた。

 

「ダメです。電源が落ちません」

「二十二桁、四十八桁。続いてCワードクリア!!」

「このままでは、スフィア(スリー)が」

 

スフィア(スリー)とは米軍と国家安全保障局の開発した世界規模の通信傍受システム、エシュロンの根幹をなすスーパーコンピューターだ。ここを侵されると手が付けられなくなる。オペレーター達の焦りは当然だった。

 

「現在、国防総省への直通回線を探しているもよう」

「回線を物理的に断線させろ」

「了解。E-22、爆破!! 」

 

ズシン、という腹に響く音は施設のどこかで爆発があったことを感じさせる。ほぼ間違いなく有線通信は遮断されただろう。

 

「侵攻は? 」

「停止したようです」

 

小さく息を吐き出し、椅子に腰掛けながら指示を出す。

 

「統合参謀本部を呼び出せ。国防長官にデフコンを上げるように要請しろ」

「了解」

 

しかし残念なことに事態は米軍のみで対応できるような段階を越えていた。

それは捕獲部隊の展開を行っている最中だった。

 

「『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』移動を開始!!」

「どこに向かってる」

「真っ直ぐ西へ向かっています。まもなく超音速飛行に到達!!」

「どこへ行くつもりだ」

「予想進路出ました。日本を横断するルートです」

 

吐き出した言葉は返答を期待していなかったが、オペレーターは律儀に返答してきた。それは無性に腹立たしさを増幅させたが顔に出すほど愚かではなかった。

 

「現時刻を以て目標の識別を変更。目標はEnemy(敵体勢力)だ。いかなる手段を講じてでも止めろ」

「了解!! 」

 

速やかな命令は明らかに独断だが、ここまで問題が大きくなれば隠し通すことは不可能だ。それでもなにもしないより()()という理屈で、行動が開始されたのだ。

ただし、それは結果からいえばほとんど無駄な努力だった。何故ならばいきなり停電したからである。

 

「主電源喪失!! 」

「非常電源と予備電源は? 」

「だめです、反応なし!! かっ、完全に沈黙しています」

 

回りを見回すオペレーター達の顔が非常灯の薄暗い明かりの中で強張っているのがわかる。

蒼白になった長官は小さく呟いた。なぜだと。

わかりませんと返したオペレーターは続けて聞こえるように、嘆くように言葉を絞り出した。

 

「今、確かなことは我々最高作戦司令部は、なにもできないということだけです」

 

 

 

 

 

『米軍IS、暴走』

この事実が日本国政府に伝えられたのは少なくとも日付変更線を越えてからだった。

 

 

 

日本国 国土保安庁

国防第二予備施設 第二防衛司令部

第一大会議室

 

市ヶ谷防衛省庁舎を追い出された国土保安庁は武蔵新都市浦和庁舎地下に国防予備施設第一防衛司令部を作る一方で、別の場所に第二予備施設の建築を行っていた。その構築の計画は公安警備局が強固に推進し、国務総省大蔵局と結託し、各種予算案に少額を水増し。水増ししたその分をかき集めていた。塵も積もればなんとやら、その通りに集められた予算をつぎ込んだ第二予備施設はまさしく秘密基地だった。

 

「こちらが三分前の衛星画像です。光学観測では最大望遠です」

 

スーツをしっかりと着込んだ若手官僚が、スクリーンの画像を指しながら、会議室に陣取る国務総省の高官に説明する。進行役はスクリーンの左側に座る公安警備局の寺坂内事本部長だ。寺坂は部下の言葉を引き継ぐ。

 

「暴走したというISは米軍とイスラエル軍が軍事目的で共同開発した第三世代ISです。機体名は銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)、本日ハワイ沖で起動実験の最中だったとのことです。第三世代ISとして現状、ほぼ最速に近い2540キロの速度と広域殲滅を目的としたISです」

 

「その銀の福音? とやらの予想進路は? 」

 

「は、予想円の中心には現在ISが臨海学校を行っている島がありまして。誠に申し上げにくいのですが、このままの速度だとあと二時間ほどで通過、その後は三十分ほどで本土へ到達するとの予測がでております」

 

寺坂のしぼんでいく声に合わせて、あちこちでため息が漏れ、重苦しくなっていく。

 

「とにかく早急な対応が必要ということだな」

「Jアラートは? 」

「国民保護に基づく特別非常事態宣言はどうなっている」

 

仕切り直しを図った国土保安庁長官の声で会議は活性化されたが、その持続はあまり持たなかった。

 

「それが」

 

どうした、と高官が詰め寄る。

 

「……内閣が拒否してます」

 

はぁ? という声がどこからでも漏れてくるなかで寺坂はキリキリする胃をの痛みを押さえる。アホらしいほど自分達の面子と利権維持にこだわる内閣は、お仲間として有名な日本IS委員会と共に断固拒否の体制をとっていたのである。

 

「い、いくらなんでも、冗談だろう。国家の一大事だぞ」

「国民への発表はいつするつもりだ」

「事後でよいと……」

 

呆れ果てた高官らは天を仰いでいる。寺坂も聞いたときは天を仰いだからその気持ちはよく分かるが、彼らは日本を維持している実質的な最高位権限者だ。呆けていてもらっては困るというのが寺坂達の本音だ。

 

「内事本部長、準備はしているのか? 」

「はい。既にJアラートを通しての特別非常事態宣言発令は一切問題ありません。あとは内閣の決断だけです」

 

「公安警備局から何かあるか」

 

聞かれた公安警備局長は発言する。

 

「我々公安警備局としては()()を利用したいと考えます。()()で福音を破壊できればISの一極優位は崩れます。それに反発した兵器で救われる。いい加減国民も直視せざるを得ないでしょう。自分達が火薬庫の上で火遊びしていると」

「局長、失敗したら不信が爆発するぞ。それだけで済めばいいが、冷遇間違いなしだ。リスクが大きすぎるよ。しくじれば我々の首どころか国務総省が吹き飛ぶよ」

「リスクは恐れるべきです。しかし、だからといってなにもしないわけにはいかないでしょう」

「反戦の空気に火を付けるぞ。それこそ国土保安庁は解体の危機だろう」

「この事態になにもしないほうが、解体の名目を与えると考えます。国民は、いや、政治と我々は『白騎士事件』、『羽田発の悲劇』の二回に渡って正面から向き合うべき事を見てみぬフリで過ごしてきた。そのツケです」

 

小さな声で自分達の先送りが招いた結果を見る。その上で、力強く断言する。

 

「火事はボヤであるうちに火元から消すべきです。それが出来なければ、この国は滅びます」

 

言い過ぎたか、というよりもあのときなにもできず見ていることしか出来なかった自分達が情けないだろう。そう言い聞かせ、次官の顔を見る。一瞬後、先程まで厳しい目をしていた次官が目元を緩ませるのが見えた。

 

「そこまで言うのならやりたまえ」

 

次官!! という悲鳴が聞こえるが国土保安庁長官が統合防衛本部長に、司令部で詰めるよう指示を出すと統合防衛本 部長はすぐさま会議室を出ていく。会議を始めるときの倦怠感とは無縁の動きは、容易に周りにも影響を与える。

久しぶりに活力に満ちた会議は、何も出来ずに右往左往するだけの内閣危機管理会議に比べ、時間の浪費には程遠かった。




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初戦

遅くなってすいません。
戦闘は難しいですね。


軽やかに奏でる光の嵐は致死量以上の殺意を持って織斑に襲いかかった。咄嗟に身を捻ってかわしたが、体勢を崩してしまっている。暴走したと言うISは、AI制御に切り替えられたらしく、容赦なく織斑を追い込んでいく。

 

「このやろっ!! 」

 

『ブルー・ティアーズ』の比ではない弾幕は織斑の機動を縛り、確実に削り取る。篠ノ之箒が数時間前に手渡された第四世代IS『紅椿』さえ搭乗者の経験不足からか、牽制で動きを封じられていく。

高高度からの奇襲であったはずの第一撃を回避されてからというもの、明らかに重石にしかならない二人を抱えての戦闘は些か以上の無理があった。

高高度から逆落としのように襲撃した織斑、篠ノ之ペアにたいして海面を這うようにステルス機能を最大最大にして目標への第二擊を目論んだ聆藤は織斑の一撃から逃れて見せた『シルバリオ・ゴスペル』に向けて近距離からの射撃を試みたが、突如射線に割り込んできた篠ノ之によってその間合いで仕留めることができなかったのだ。

その後は四機が入り交じる大乱戦にもつれ込んだのは必定だったのだろう。

 

「ぐぇっ!!」

 

突然背中から引き摺られた織斑が情けない声を上げた。聆藤によって強引に後ろへ飛ばされたのだ。背部のスラスター部分に引っかけられたワイヤーアンカーは、『九試甲戦・改』から放たれたものだった。ラウラ・ボーデヴィッヒの『シュヴァルツェア・レーゲン』のワイヤーブレードのように追尾能力などはない、直線にしか飛ばないロケットアンカーだが、聆藤の卓越した射撃能力と高性能な射撃照準装置のお陰で、『銀の福音』の射線上に自ら割り込んだ織斑を砲火が貫くより先に捉えると、そのまま遠心力で放り投げたのだ。その結果、一番前に出てしまった聆藤は『銀の福音』の攻撃目標として捉えられる。しかし無数の砲口が火を吹くより早く、『銀の福音』は背中を見せた機体に狙いを定めていた。

 

「一夏っ!!」

 

聆藤は咄嗟に放り投げられた織斑を追って背中を見せて後ろに下がる篠ノ之と『銀の福音』との射線に強引に割り込んだ。

 

「馬鹿野郎!!」

 

怒鳴っても聞こえたかどうかわからないが、後ろに篠ノ之を庇っているため逃れることが出来ない聆藤はその一撃の直撃を甘んじて受けた。両腕のシールドを前に出して庇ったとはいえ、すべては防ぎきれずその衝撃は聆藤の脳を激震として襲いにきた。

爆発の閃光と爆音が目と耳を覆い尽くし、感覚を麻痺させた。遅れてやってきた衝撃は確実に聆藤の脳を揺らし、平衡感覚を狂わせる。一瞬後に焦げ臭いような臭いが鼻孔を通じて雪崩れ込んできたのを感じ消えかけた意識が戻ってきたのを自覚した。

咄嗟にシールド内の機銃を出鱈目にばらまき、追撃から逃れて体勢を建て直そうとするが聆藤の脳は冷静に状況を見極めていた。

これ以上は不可能であると。

 

「お…む…、……之。撤……しろ!! こ…以上は……能…!!」

 

唐突に通信が通じにくくなったのは果たして偶然か。そんなことも考える余裕を奪うように突貫を仕掛ける二機をみて聆藤は愕然というより呆然としてしまったのはやむを得ないことだったのだろう。

 

左右に展開し相互に攻撃を打ち込み、隙を作る。古典的で普遍的だがだからこそ効果的だった。第四世代機というスペック上は最高の機体の攻撃は『銀の福音』の迎撃能力を飽和させるに至った。聆藤は完全な隙を見せた『銀の福音』は背後から襲いかかった『白式』の攻撃が直撃する瞬間を幻視した。

 

何の前置きもなく、急降下した織斑を見送った聆藤はその視線の先に船舶を見つけた。船尾の所属漁港を示すマークも数字もない船舶にたいして聆藤は『不審船(領海侵犯)』の文字が浮かんだがその余裕はすぐさま消え去った。なにかを話しているらしい織斑と篠ノ之は『銀の福音』の攻撃に気がついてない。戦場であることを忘れた大馬鹿者を守らなければ。お目付け役である以上、その職務を果たさねばならないと割りきり、団子になっているの二機に向かいつつ『銀の福音』に射撃を叩き込んだが砲口であり、スラスターであるそれは所定の性能を発揮して鮮やかに回避する。先に言ってからという余裕はとっくの昔に彼方に去り、聆藤は割り込むのではなく、二人まとめて蹴り飛ばした。無茶だが無謀ではない力業は『白式』と『紅椿』のPIC制御を振りきり海へ叩き落とした。

 

「なに…す…るっ!!」

 

逢瀬を妨害され激昂したのか、それとも蹴られたことに激昂したのか、どちらか定かではないが声を途切れ途切れに荒げる篠ノ之の声をBGMに無言で離脱の援護を開始する。機銃の乱射は回避され、誘導弾は端から打ち落とされる。機体性能の根本的な差は大きく、更には対人戦闘ではないAI制御の敵は最初より明らかに動きが良くなり、不利であるのは目に見えてわかった。簡単な罠に引っ掛かっていたのは最初だけであとは確実に成長していく『銀の福音』に連携のなっていない()()()チームの聆藤達は振り回されてばかりだった。冷徹なAI制御では人間相手で通じた手段が確実に封じられ、ジリ貧になりつつあることを自覚した。それでも任務なら確実にこなす。服従を求められる軍事組織に属し、それ故にいつもと変わらない冷静さはいつでも求められる。

なら、いつもと同じだ。冷えきった思考は冴え渡り、聆藤は『銀の福音』という皮肉な名前をした悪魔に対峙した。

 

 

 

 

その日、日本という国家の一部の上澄みだけが大きな揺れに震えていた。その下にいる多くの国民は未だその事態を知らない。

織斑はそんな事実を知らされたのも自分がISを操れるからで暴走したISの行方に自分達がいたという偶然に過ぎないと思っていた。聆藤が突然割り込んできて、掴み合いになるまでは。

 

「お前は出るな。これは決定だ」

 

遠慮の欠片もない口調のそれは発言でも意見でもない。命令だった。

事は少し前に遡る。

 

臨海学校の本来の目的。機体各種の試験装備実用データ採集を目的とした起動実験は突然割り込んできた篠ノ之束博士によって篠ノ之箒の専用機お披露目会に切り替わってしまった。それにさっきまでビーチ近くの駐車場で待機していた聆藤は専用機持ち集合の指示に反してその場にはいなかったが織斑にはその理由がわからなかったしその理由を周りに聞こうともしなかった。周りはわかっているだろうと思い込んで誰もなにも言わなかったのだが、そこまで察することができる者はその場にはいなかったし、いてもなにも言わないのには変わらなかった。

突如としてばら蒔かれたミサイルを苦もなく落とす第四世代機におぉ~と感心していると青い顔をした山田先生が駆けてくるのが織斑には見えた。

 

「たっ、大変です!! 織斑先生!!」

 

これを見てください、といって手渡された小型端末は織斑千冬の表情を著しく曇らせた。

 

「専用機持ちは全員集合。厄介な事案が起きた」

 

小さく吐き出されたその言葉は、厄介で済みそうにないことを暗示させていたのかもしれない。

 

「簡潔に伝える。米軍からの連絡によればアメリカの第三世代試作機が本日、暴走した。既に制止を試みた米軍艦艇二隻沈められ、航空機十三機が落とされたらしい」

 

絶句した織斑や篠ノ之に対して落ち着いて聞いているように見えたのはラウラ・ボーデヴィッヒだけだった。続く言葉に織斑は絶句よりも恐怖を先に感じたのか、目が揺らいでいた。

 

「既に死者も出たとの報告もある」

「米軍から直接の連絡ですか? 」

 

本来、大使館経由が正規ルートであり、また米軍から在日米軍経由で情報が上がってくることはあっても米軍本体から来るのは些か不自然だ。その違和感を感じたラウラ・ボーデヴィッヒはさすがに軍人だった。

 

「そう。現在米国政府は大混乱の最中にある」

「日本、いや国務総省は? 」

 

冷静に状況を見極め、現在の日本を動かしているのが国務総省であることを前提とする質問に織斑千冬はラウラ・ボーデヴィッヒの評価をひとつ改めた。

 

「既に大荒れだそうだ。官邸を放置して出動準備体勢を取っている。動くかもしれない」

「わかりました。ならばあまり余裕はない。具体的な作戦に移りましょう」

 

前提が、視点が違う。織斑はようやく理解した。自分が流れに任せていたのに対して、ラウラ・ボーデヴィッヒはこれが純粋な軍事力の行使ということを理解している。今まで経験した事件とは比ではない。明白な実戦で、なによりひとつ間違えば戦争になりかねないデリケートな事案に関わっているという自覚の差を感じた。

そうして始まった作戦会議は唐突に遮られた。さっきまで居なかった聆藤によって。

 

「国務総省の正式な決定をお知らせします。我が国は本事案に対して実力を以て排除することが決定されました。ついてはIS学園特記事項第5()6()項。『IS学園の対応する必要のある特別の事案が発生した場合、その指揮及び監督権は当該国の管理するものとする。委員会及び学園の決定は当該国の決定を妨ることは出来ない。なお第21項の内容に対して本項は優越するものである』。以上に基づいて我々が以後を管轄いたします。ご理解下さい」

 

感情の欠片もない冷たい声に呆気にとられた面々のなかでもっとも早く戻ってきたのは織斑だった。

 

「なんだよそれ!! 特記事項は55個のはずだろ!! 」

「十五分ほど前に国連安保理が可決、委員会に要請して追加された。手続きは正式だよ。一時的なものなら総会を通さずとも問題ない。特例として事務総長が認めた。それに、委員会はあくまでも国連の諮問機関だ」

 

取って付けたようではない、理論的な反撃に沈黙した織斑にかわって噛みついたのはラウラ・ボーデヴィッヒだった。

 

「日本は単独で阻止できるのか? 」

 

簡潔で核心をついた質問に聆藤の口調は、滑らかさを少しも失っていなかった。

 

「少佐。既にドイツ政府よりあなたは一時的に我が国の指揮下に入ってもらいます。よろしいですね」

「なんだと」

 

愕然としたラウラ・ボーデヴィッヒを放置して聆藤は織斑千冬に向き直る。

 

「ですのであなた方は直ちにご避難下さい。直ちに」

 

あえて重ねたのは皮肉か、それとも本心か。それでも言葉を重ねた聆藤の声に重みが混じり、穏便に説得というストッパーが消えたのをシャルロット・デュノアは敏感に感じ取った。それに応じた織斑千冬は最初から喧嘩腰だったといえる。

 

「それは認められない。IS学園は本事案に対して先に対応するよう指示が来た。」

「だからその決定は覆りました。我々の指示に従っていただきたい」

 

それに対して返した言葉は超然としていた。

 

「法の不遡及(ふそきゅう)に基づいて拒否させてもらう」




感想、講評お待ちしています。


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日本の一番長い夜

三連休中に一話出すとか嘘ついてすみません。遅くなりました。
ようやく福音戦の本戦が始まります。


「それは貴女の独断のはずだ。少なくともその権限は貴女にない」

「それはどうかな。聆藤に対してお前も知っているように私は、IS学園で特殊な地位にある。ならばだ。現状、私が決定権を持っているとしても問題はないな」

 

屁理屈に近い理屈に聆藤はとりつく島もないというように冷たくいい放つ。

 

「それは、私ではなく、上の人間にお伝えください。私はメッセンジャーに過ぎませんから」

 

互いに一歩も譲らない、そんな状況を破ったのは織斑千冬に届いた一通の通達だった。その差出人はIS学園最強を自認する生徒会長、更識楯無という、少なくとも無視しようのない通達であった。一触即発の空気のなかでは、ひどく軽いように聞こえたその音はタイミングからして不愉快なものであることを僅かながらに察した聆藤は僅かに表情を曇らせた。

 

「私だ。どうした」

 

そう、応じた織斑千冬は一度目を閉じた後、聆藤を静かに見据える。それに対して聆藤もまた姿勢をただした。

 

「今さっき更識から連絡が来た。()()()()()は本事案における優先権を我々(IS学園)に認めるそうだ」

 

この一言をきっかけに動き出したIS学園関係者に対して聆藤は拳を強く握りしめた。すっと目を細める織斑千冬を聆藤は睨み付け瞑目した後、口を開いた。

 

「わかりました。第一段迎撃は貴女方に任せましょう」

 

しかし、といって続けた聆藤に不審の目が行く。

 

「私も参加します。公僕として私が監督しましょう」

 

その()()という言葉に反応したのは織斑ではなく篠ノ之箒だった。

 

「私達だけで勝てる!! 」

 

その断言に聆藤は先程までの怒りは消え去り冷静に返す。

 

「傲慢だな。AI制御の最新鋭第三世代機相手に実践経験皆無の第四世代機と自身の能力さえ把握できない第三.五世代機で本気で撃破ないし処分できるとでも? 」

 

聆藤の遠慮のない()()という言葉に顔を強ばらせた織斑と篠ノ之に対して待ったをかけるのは常識的な山田真耶だ。

 

「待って下さい。ISは世界に467機しか無いんです。処分なんて勝手なことを言わないで下さい!! 」

「そうだよ、いくら当事国でも勝手すぎるよ」

「よせ、シャルロット」

 

山田真耶と歩調を会わせたのはシャルロット・デュノアでそれを止めたのはラウラ・ボーデヴィッヒだった。

 

「一億を越える人命とIS一機、どちらが重いか考えれば当然の判断だ」

「だけど……それじゃあ搭乗者は?」

 

国として当然のその判断を諭すようなラウラ・ボーデヴィッヒにそれでも納得できないようすのシャルロット・デュノアは問い返す。ラウラ・ボーデヴィッヒは問われた質問に小さく返した。

 

「……死ぬ、だろう」

「そんなっ!!、そんな話があるかよ」

 

織斑一夏のあげた当然の声を聆藤は一蹴する。

 

「織斑。一億二千万と一人。国家として当然の判断だ」

 

声を失った一同を見回して聆藤は改めて達する。

 

「貴女方の常識論は理解しています。しかし、背後には一億二千万の人命。ご理解頂けますね。」

 

なにも返せない山田真耶を放置して聆藤は向き直る。

 

「よろしいですね」

 

有無を言わせぬ声で念を押した聆藤にの声を合図にするように部屋の中に国土保安庁と背中に印されたジャンパーを羽織った職員が続々と入っていく。その光景に対して織斑千冬は、苦虫を噛み潰したような表情をすることしか出来なかった。

 

そうして始まった第一段迎撃は完全な失敗だったといえる。織斑一夏と篠ノ之箒共に軽傷で済んだが、問題は聆藤だった。エネルギーの切れかかった二人を背中に抱えての撤退は予想を遥かに越えた難易度だったといえる。

聆藤はその卓越した操縦技術で致命傷こそ逃れていたが、シールドエネルギーを貫かれ、左腹部に貫通銃創を受けていた。消えかかる意識のなかで、時折ISの痛覚遮断機能を切って痛みで目を醒ましながらの逃避行は聆藤に多大な負荷を掛けていた。国土保安庁の第二段迎撃作戦など参加が危ぶまれるほどに。

 

 

 

 

同日 18時19分 国土保安庁

Op(オペレーション)アンチトード(解毒剤)」臨時作戦指揮所

 

いくつかの画面が照らす車内はある程度の喧騒に満ちていた。それでも秩序だったそれは喧騒にはほど遠いものだろう。

旧陸上自衛隊時代に正式採用された82式指揮通信車に似た車両は陸事保安部と車両側面に書かれているがその実態は公安警備局の保有する偽装車両の一つだ。実際の82式指揮通信車より多少車高が高く、車両の上には通常の通信用アンテナ、パラボラアンテナに加え、IED(即席爆発装置)爆発妨害のための電波妨害装置、IED防御に特化した車体の特徴を備えている。その車両の中では小さな呟きと無言の嘆きが支配していた。

 

「解毒剤か」

 

敵を毒と定義した作戦名に付けた人間の性格の悪さが出ているが、その言葉遊びに付き合う暇は少なくとも今はなかった。

作戦の指揮を執る公安警備局特殊要撃部隊(SIF)隊長の高崎(たかさき)三佐だが、高崎は内心、不安を懐かずにはいられなかった。国土保安庁の総力をあげて敵を処分する。命令である以上それに抗う理由を認めなかったが、それでも最新鋭の機体に加え、多くの作戦を成功させてきた自分の部下が全力で戦い、負傷を強いられたというのは不安を煽る要因でしなかった。

それは移動指揮車でリアルタイムの状況を把握していたからこその不安だったといえる。

 

「目標を再捕捉、作戦開始ライン接触まであと11分」

 

第一段迎撃失敗後、衛星、軍艦のレーダー、光学観測の追跡を振り切って見せた()は再び姿を表した。それも此方を挑発するように作戦開始のギリギリを突いて。

 

「近いな」

「衛星とのリンクを開始、軌道データ来ました。データ再入力を開始、補正計算を行います」

 

指揮官の呟きは聞かなかったことにして車内のオペレーターは自分の職務に没頭することにした。

 

SMB(戦略ミサイル防衛)作動確認、HORY1(九試甲戦・改)及びHORY2(シュヴァルツェア・レーゲン)とのデータリンク開始」

「データリンクを確認、感度は良好。異常無し」

「再計算出ました。最終予想進路は誤差の範囲内。行けます!!」

 

その掛け声を以て非常回線をすべて開き、待機中の全展開部隊に通達する。

 

「全隊に通達、総員戦闘配置」

「了解、地対空迎撃戦用意」

 

命令にしたがい、各部隊が散っていく。ディスプレイの写し出す監視カメラの動きはその部隊が精鋭であることを無言の元に示していると言えた。

 

「HORY1に対するエネルギー供給は現状を維持、コアのエネルギー保持限界まであと30(さんまる)。背部ワイヤーアンカーの換装は既に終了」

「HORY2は現在、超電磁砲とHORY2との超長距離精密射撃システムの最終接続を実行中。完了まであと80(はちまる)

 

「間に合うか?」

 

不意にこぼれた疑問は敵の想定以上の侵攻速度を端的にまとめた表現だ。誰もなにも言わない中で空気だけが秒単位で重くなっていく。

 

「来ました!! 目標、作戦開始ラインに接触」

「了解、これよりアンチトード作戦を開始する」

「各員は所定の指示にしたがい作戦を遂行せよ」

 

位置情報を示した大型ディスプレイにはリアルタイムで全部隊からの報告が途切れることなく入っていく。始まるまである程度秩序だっていた指揮車内は喧騒と怒号に満ちて行く。

 

フェイズ1(第一段作戦)始動。第一次攻撃、初め!!」

「了解、目標識別。目標位置への攻撃準備完了。誘導弾による第一次攻撃開始する」

 

第一次攻撃は沖合い四地点に展開する()()付近にいた海事艦や公海上を航行中の米海軍からの集中攻撃だ。誘導兵器が、砲爆撃が、ぶつけることが出来るありとあらゆる兵器がセットされた地点に向けて空を飛ぶ。大気を切り裂き、轟音をともない、有るものは超音速で。また、有るものは亜音速で。

巧妙にタイミングをずらされた攻撃は例えISの迎撃能力を以てしても難しいだろう。一瞬の判断が生死に繋がる戦場では人間が万全であることの方が難しい。だが、それを苦もなくやり遂げるモノがこの()には積まれていた。

 

「護衛艦隊、攻撃開始。SAM(艦対空誘導弾)SSM(艦対艦誘導弾)及びヴォルカノ弾(射程延長弾)による第一次攻撃はあと20(ふたまる)で終了」

「目標到達まであと40(よんまる)……30(さんまる)……20(にーまる)……10(ひとまる)……3,全弾迎撃されました。目標に損害無し」

 

全弾迎撃。想定以上の迎撃火力に狼狽えるなと言う方が無理だ。それに追い討ちをかけるように敵は攻撃を仕掛ける。

 

「目標、高度上昇!!」

「エネルギーが収束していきます!! 」

「まさか!!」

 

カッ、というそれは辺りを一瞬、明るくする。それに続いた報告は悲鳴というよりは驚愕に近い。

 

「護衛艦ゆうなぎに直撃弾!? 」

「損害不明。いえ、ロ、ロストしました!! ゆうなぎが撃沈!! 」

「あの距離から6000トン級の護衛艦が一撃だと……」

 

前部の127ミリ主砲塔基部に直撃した一撃は一瞬で主砲弾薬庫の装甲を障子紙を破るように貫き、堅牢を誇る軍艦を誘爆させたのだ。爆発の衝撃は艦を激しく揺さぶり、艦橋構造物に反射して艦底に集中した。その集まった衝撃は艦の背骨たるキールを枯れ枝でも折るようにへし折った。ダメージコントロールなどなんの意味ももたらさない圧倒的な力は艦長以下乗組員106人全員、まとめて深海へ引きずり込んだのだ。

 

「これが米軍最新鋭機の実力……」

 

怯えの混じったオペレーターを叱咤するように声をあげる。

 

「構うな。動員できる全戦力を突貫運用。なんとしてでもHORY1を送り込む」

 

立ち直りつつある指揮車内は断続的に指示を出して秩序の統制に勤める。

 

「後方の第四師団も攻撃を開始」

「第一高射団、攻撃開始」

「米軍のF-35攻撃開始」

 

続けざまの後方からの攻撃で少し余裕が出来る。前方の護衛艦隊からも報告が入る。

 

「第二次攻撃準備完了。いつでも行けます」

「HORY1、安全装置解除、発進準備よし。」

「HORY2、超長距離精密射撃は照準補助装置のシステムアシストを開始。SMBとの相互アクセスを開始しました。同時に電磁加速投射砲への電力供給は間も無く必要最低量に到達。理論上のプラズマ膨張圧対応限界点まで20(にーまる)

「了解、HORY1は発進開始せよ」

 

現場からの報告を受けた指揮車が今度は現場の臨時管制へ指示を出す。

 

「Run Way Special Zero clear for take off」

 

管制の基本に従い英語で下される指示に対して聆藤もまた、自身のコールサインは勿論、英語で返した。

 

「HORY1。Roger、cleared for take off」

 

痛む傷を止血して、簡単に縫って強引に固定、あとは本来使わない大量の痛み止めとISの痛覚遮断で朦朧としていた意識を無理やりクリアにしてという、本来あり得ないほぼ無謀といえる出撃を聆藤は断行。この事件での本当の意味での作戦が決行されたのはまさにこの時だった。

そしてこの日、日本は白騎士事件より悪夢に近い、日本にとって一番長い夜を迎えることになる。




感想、講評お待ちしてます。
次回は政治の話です。


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国家

遅くなりました。
福音戦はもう一話?あります。
少し短めです。


「あ、貴女方は守るべき国民を見捨てると!?」

「それは誤解です。国民を守るために我々は残らねばならない、ただそれだけです」

 

そう言って国家安全保障局の政府専用ヘリに乗り込もうとする内閣総理大臣以下閣僚たちを呆然と見送ったのは残留高級官僚として最高位の内閣官房副長官だった。良識家で穏健派として知られる官房副長官は極端な女尊男卑の思想を持っていない珍しい内閣構成員だった。そんな彼女が声を荒げたのは政治家として以前に人間としての良識を問われている事態と理解していたからだ。

 

「今、前線では国家を、国民を守るために多くの国土保安庁の部隊が戦っているのです。それを信じてないのですか」

「我々は政府です。最悪に備える。当然のことでは?」

 

既に一部閣僚は臨時首都の機能をもつ北海道旭川第二広域防災基地、そして長崎県佐世保第三広域防災基地に移動しており、残りは内閣総理大臣以下数名だ。その数名も立川広域防災基地へ移動しようとしていた。

誰がどう見ても夜逃げにしか見えないその行動に呆れているのはおそらく官房副長官だけではないはずだ。

彼らのとがめる目線を無視してヘリに乗り込もうとする。

 

「総理、こちらへどうぞ」

 

無言で邪魔と伝えるのは国家安全保障局の保有するIS乗りだ。日本に割り振られたISは現在、その殆どが各地の広域防災基地へ警備警護の名目で分散配置していた。日本の防空網は現在ズタズタだった。

米軍の援助も自主独立の観点からよろしくないというご立派な名目で政府は拒否し、国土保安庁にのみ押し付けようしていた。国土保安庁が勝てれば政府が国土保安庁を信頼したという証になり、失敗すれば国土保安庁の暴走で処理しようとしている。反抗するだろう国務総省は国土保安庁という牙は、『福音』で壊滅して抜かれているからあとは容易く飲み込める、そんなことを考えているのがありありとわかるからこそ、逃げようと試みている。ある意味二股しているこの状況に呆れたのは彼女達ばかりではなかっただろう。

今のところマスコミには、ばれていないらしいが果たしてどこまで持つか。時間との勝負と言えば聞こえはよいが要は夜逃げがいつばれるかという特大の時限爆弾だ。

 

「貴女方には恥がないのか!?」

 

発された言葉は心の底からの本音だったが、彼女達の心を動かすには一ミリたりとも届かなかった。

 

「国土保安庁の作戦はリスクが大きすぎる。それは十年前にその事を経験したはずではないかしら?」

 

正論にスライドさせた屁理屈に官房副長官は熱くなっていくのを感じたがそれを押さえることは出来なかった。

 

「公僕たる我々が仕えるべき国民をないがしろにしてまで守らねばならないものがあるとおっしゃるか」

 

毅然とした彼女にたいして日本の実質的な元首はものわかりの悪い子供に諭すように説得を試みた。

 

「このまま男に政治を委ねる方がよほど危険だと思うわ。貴女も分かっているでしょう。このままではようやく確たる地位を固めた私達は追われる。私達が追い払った男達(前の与党)がどうなったのか、知らないとは言わせないわ。私達が生き残るためにも」

「それは、そんなことは、そこまでしなければならないのですか!!」

 

叫び声と聞き間違うような彼女の弾劾もそこまでたった。

 

「そこまでしなければならないわ。例えどれ程血が流れても」

 

絶句した彼女は非難できないだろう。自分達が生き残るために他人を踏みにじる。国家のためと、国民のためと大義を掲げ、その一方で前線の努力を無駄と断じ自分に責任がかかるようなことは是が非でも逃れようとする。結局、逃げ出すための算段整えでしかなく、そんな人間たちに政治を委ねたのは国民の意思だったのだ。

十年前、混乱を収集させるために総辞職した内閣を無能と罵る一方で無責任に批判の声をあげた新党を政権交代と囃し立て、政治という大舞台に立たせたのは国民ではなかったか。そんな国の頭に責任を求める事が無駄であると、そう理解できたとき、彼女はとてつもない虚無感に襲われた。

良識家として知られた彼女のなかで現政権に対する失望が絶望に転化されたのは、あるいははこのときであってのかもしれない。

 

 

 

一方の最前線でも状況は変化しつつあった。

 

『本部長。小官は憲法を尊い、その責務の完遂に務め、国民の負託に答えると誓った軍人であります。一言お命じ下さい。その責を果たせと』

 

作戦開始二十分ほど前の作戦会議で聆藤の口からためらうことなく放たれたこの言葉は、躊躇のあまり停滞していた会議の空気を押し流した。

なぜそんな命令を受け入れる。愕然としたラウラ・ボーデヴィッヒは一軍人として、一人の人間として当然の疑問を持った。自殺も同然のこの作戦になぜ。

機密維持を理由にIS学園関係者はラウラ・ボーデヴィッヒ少佐を除いて行われた作戦会議は緊張が支配するなかにあって、聆藤の声ははっきりと聞こえ、今もって一言一句鮮明に思い出せた。軍人が国家の決定に従うことは当然のことだが、それでも異常に過ぎた。彼女は知りたいと思った。身を犠牲にというより自らさえも秤にかけるその在り方は、軍人としてそれを誇りに出来る彼女をもってして恐れを抱かせるには十分だった。だが、それ以上に彼女は聆藤を、聆藤という人間の在り方に強い興味を向けていた。本人の自覚のしないうちに。

 

「目標への第二次攻撃を開始。統合任務部隊、全力攻撃を開始。目標は第三防衛ラインを突破、主防衛線の弾薬消耗率は70%を越えました!!。これ以上、はもう持ちません!!」

 

対空誘導弾、ヴォルカノを使いきれば残りは通常の砲填火力や近距離防空ミサイルのRAM、高性能機関銃のCIWS(シウス)、備え付けの12.7ミリ重機関銃くらいなもので極めて貧弱だ。だからこそ使いきる前に確実に作戦を成功させねばならない。オペレーターはもちろん指揮官も焦りつつあった。

 

「HORY1、まもなく目標と接触」

 

オペレーターの声で現実に引き戻された彼女は十六本の超々高張力ワイヤーで出来た対地アンカーを打ち込み、機体の姿勢を安定させ、射点を固定する。

 

「HORY1、目標と会敵」

 

集中砲火の嵐を力ずくで突破を試みた『シルバリオ・ゴスペル』と遂に会敵に成功したのだ。奇襲を試みた聆藤の一撃は見事に命中した。突然の奇襲に『福音』は一時的に侵攻はストップさせた。遮るもののない海岸では今のうちにと慌ただしく準備が進む。

 

「初弾装填完了」

「エネルギー充填100%、まもなくエネルギー保持限界に到達」

 

眼前にはハイパーセンサーを通して捕捉した二機のISが激闘を繰り広げている。多数の閃光が見えるが目標を見失っていない。

敵もろとも砲火でくるみ凪ぎ払うことを試みてもIS相手ではシールドを飽和させることさえ困難を極める。目眩ましがやっとという、具体例を見せつけられたようなこの状況に誰でも焦りは高まっていく。

呼吸を整える。心臓がいつもより早い鼓動を鳴らしているのを感じる。訓練で感じたことのないこの感覚に彼女はこれが実戦であると心得た。

 

ぴったりと福音にくっついて砲撃を浴びせながら敵の攻撃から逃れ続ける聆藤は並外れた胆力を持っていたといえる。次から次へつきることのない光弾の嵐は装甲版を用意に切り裂く。雨あられと打ち付けられる光弾から逃れるため聆藤は上空へ逃げ込んだ。目指す先は雲。幸い積乱雲に迷わず突っ込んだ。それに追い討ちをかけるように砲撃を浴びせるが聆藤に効果はなかった。

光は大気によって、雲によって用意に散乱する。レーダーも減衰される以上、光学観測はもちろん、電子的な精密観測さえ困難を極める。それがノイズの塊の積乱雲なら尚更だ。

ざっくりとした観測データをもとに間髪おかずに隙をついて襲う聆藤は聆藤自身も消耗するなかで、相手に確実にダメージを与えていた。

 

 

「航空隊、損耗率40%を突破、航空隊では足止めできません」

「護衛艦あさかぜ艦尾に直撃弾」

「あさかぜ、レーダー及びIFFより消失」

 

構うな、という指揮官の声が響き、被害報告は沈黙。それ以降、報告は射撃システムに集中した。

 

「目標、戦闘予測空域に到達。HORY1、会敵!!」

「強制冷却装置作動」

「作動を確認。主電源異常なし」

「射撃管制問題なし。有効爆散円を確認。目標の軌道予測値に基づく誤差修正を開始」

 

ハイパーセンサーに表示された画面には予想爆散円と目標の予測位置が同時に写し出されている。

 

「安全装置解除、薬室内圧力上昇。発射点に到達」

 

一呼吸挟んで彼女は乾ききった唇を湿らした。

 

「最終安全装置解除。劇鉄起こせ」

 

オペレーターも緊張しているのか声が上擦っているのが彼女にもわかった。

 

「自動追尾よし。誤差修正ギリギリまで継続。射撃十秒前」

 

心得たはずの心臓が激しく音をたてる。オペレーターのカウントダウンが聞こえる。彼女はハイパーセンサーのモニターに映る聆藤のことを考えた。

 

「10、9、8」

(なぜそこまでして命を張る?)

 

考えてみれば最初の出撃の時も殆ど志願してだった。自分だったら素人二人を担いでの戦争はまっぴら御免だ。それが例え織斑一夏であっても。それをあの男は全くためらう様子がなかった。

 

「7、6、5」

(なぜだ? 聆藤、お前は何者だ?)

 

彼女は知りたいことを知るためにもっとも手早い方法を知っていた。

 

「4、3、2、1」

(この作戦が終わったとき、お前のはなしを聞かせてもらおう)

「発射!!」

 

かちりという硬い音を奏でて引き金は引かれた。次の瞬間、極大の閃光と共に周辺の大気を揺るがす大音響が響きわたった。

 




感想、講評お待ちしてます。
やっぱ戦闘って難しいですね。


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敗北

大変遅くなりました。ごめんなさい。



ラウラ・ボーデヴィッヒという少女は自分が何を撃ったのか知らなかった。それは知る必要がないという国務総省の意思であった。

だからこそ、彼女の頬に熱と衝撃が押し寄せたとき、彼女の表情は呆然としか言いようがなかった。

彼女を現実に引き戻したのは耳のイヤホンから聞こえる通信の声だった。

 

『目標付近にて爆発を確認』

『衝撃波来ます』

 

ざーっという砂嵐におおわれたスクリーンは爆発の威力を物語る。

混線した状況に咄嗟に、割り込めたのは偶然だった。

 

「わ、私に何を撃たせた!! 」

 

そんなことは聞かずともわかっていた。それでも聞かずには居られなかった。それでもあえてというように、耳に聞こえる通信は彼女を無視する。

 

「レーダー、センサー群共に観測不明。復旧までお待ちください」

「警戒を解くな」

 

「監視衛星が光学で捕捉。映像出ます」

 

それは海が割れていた。大きく陥没した海は同心円に大きく広がっていくのがわかる。モーセよろしく放出されたエネルギーは『銀の福音(シルバリオゴスペル)』もろともHORY1を飲み込んだらしい。同時に『シュヴァルツェア・レーゲン』に転送された画像が彼女の目に届く。爆風、衝撃波、巻き上げられた水飛沫。そんなものを喰らっても沸かなかった実感が沸いてくる。こんな破壊に飲み込まれて無事な兵器など存在しない。例えISであろうと放射される熱量は、容易にシールドバリアーなど貫くだろう。こんな馬鹿げた威力を誇るのは核以外ひとつしかない。その事実にたどり着くのは容易いことだった。

『ナノ・テルミット』。開発を放棄したと声明を出したはずのそれは実戦というこれ以上ないデモンストレーションだったのだろう。

ISを一撃で粉砕しうる兵器。核によらないキレイな戦略兵器。これから始まる混乱はおそらく日本に莫大な利益を吐き出すだろう。さらに国務総省が保有する兵器は政府に対する交渉材料としても有効だ。譲歩を迫るにはこれ以上ない材料(玩具)だろう。何せ残りがあるのかどうかわからないのだたから。そんな風に頭の一部、冷静なところが弾き出す考えさえ疎ましい。

自分が撃ったから? 恐ろしい。自らが起こした大破壊を理解したくない。それでも彼女は直視した。

 

「HORY1は?」

 

問いに対して帰ってくるのは当然の結果だ。

 

「ビーコン確認不能」

「レーダーにも反応無し」

「目標は殲滅された模様。HORY1、反応途絶」

 

完結された結論に嗚咽が漏あふれる。

 

「……あ、あああっ……あああああっ!」

 

しかしその嗚咽は慌てたようなオペレーターの声によって遮られた。

 

「爆心地付近に高エネルギー反応!」

「まさか!」

「あの爆発に耐えたのか!」

 

臨時指揮所で混乱が起こりながらも衛星画像が写し出される。

そこには天使がいた。まさに『シルバリオ・ゴスペル』、すなわち福音に相応しいその姿は見るものを魅了する。だがその手に持つものはラッパでもなんでもなかった。

 

「あれは、聆藤か!?」

「まさか!」

 

驚きが波紋のように広がる。『シルバリオ・ゴスペル』の右手を前に突き出して聆藤を捉えていた。

 

「しっ、シルバリオ・ゴスペルに損傷確認できず! 無傷です!」

「盾にしたのか!」

「そんな事をあの一瞬で!?」

 

聆藤はぐったりと項垂れている。意識を失っているのか若しくは……。嫌な予想が立ち込めながらシルバリオ・ゴスペルを伺う。

次の瞬間、シルバリオ・ゴスペルは白い球にくるまれた。ラウラ・ボーデヴィッヒはそれが海水であることに気がついた。濃密な海水は球のなかで濁流となって視界を遮る。それは幻想的に過ぎた。戦場に相応しくない、神々しい空間を押し広げる。誰もが瞬きさえ忘れ、見いられた。見いられたのはどのくらいだったのだろうか。一秒だったのか、一時間だったのか。しかしそれは永遠には続かない。それが弾ける。月明かりに照らされて、きらびやかに舞い落ちる。それが完全に霧散してからようやく、引き込まれていたようやく彼らが動き出す。

誰かが小さく呟いた。

 

「せ、セカンドシフトなのか?」

 

驚愕に見開かれたその目は現実を受け入れられないのか瞬きさえしていない。

指揮車に波及する驚きは当然、ラウラ・ボーデヴィッヒにも届く。

 

「この短時間で?」

 

それはシルバリオ・ゴスペルがまさしく化けたといえる事実を突きつける。それは同時に聆藤の敗北であり作戦の失敗であり何より日本国という一国がたかだか一機のISに敗北を決した瞬間だった。

 

『総員迎撃を』

 

咄嗟の命令は全て聞き届けることは出来なかった。押し寄せた光の束は正確に指揮車周辺に直撃すると全てを凪ぎ払った。装甲車の装甲など無意味と嘲笑う。さっきまでの一撃など比にならない、強力な遠距離砲撃は指揮系統を容赦なく破壊した。

 

『司令部! 司令部!』

『指示を! 状況はどうなっている!』

 

無線では混乱が瞬く間に広がるのが手に取るようにわかる。その聞こえるはずのない無線に突如声が聞こえた。

 

『RaRaRa……』

 

 

それは軍用の秘匿通信が破られたことを明瞭に表していた。

 

「れ、レーザー通信を併用、交戦に備えろ! もう一撃来るぞ!」

 

シュヴァルツェア・レーゲンのディスプレイには凄まじい勢いでエネルギーの収束を認めていた。慌てて無線に怒鳴った声は聞こえたかわからない。警告より早く押し寄せた光の束によって恐慌が無線を支配したからだ。

悲鳴が、叫びが押し寄せる。焼き払うその攻撃は一瞬で壊滅的損害を与えた。車体の殆どを失った第3.5世代戦車に対空誘導弾を放つはずの車両のあった場所は跡形もない。放射された熱量は重金属製の装甲を軒並み溶かし、気体として蒸発させたのだ。大気は熱せられ、生きるものは消え去った。

地獄としか表現の仕様のないそれは恐怖を起こす。

 

『緊急退避! 緊急退避!』

『阻止線崩壊! 指示を乞う!』

『司令部壊滅! だめだ! 巻き込まれるぞ!』

 

押し止めていた士気は先の砲撃で呆気なく崩れ落ち、通信では情報が錯綜する。

 

『護衛艦がやられたらしいぞ、逃げろ!』

『本部へ連絡を』

 

ラウラ・ボーデヴィッヒは呆気に取られた。正規軍が壊れた瞬間を目撃していたのだ。そして敵の攻撃が今度は自分に向けられたことをうっすら感じとる。

 

「くっ、衝撃にそなえろ!」

 

近くへの警告は意味なさない。再び押し寄せる奔流に機体もろとも叩きつけられた。地面に撃ち込まれたアンカーは次から次へ弾けて飛ぶ。エネルギー兵器にほとんど意味をなさないAICとISのシールドエネルギーを全て回して対抗する。抉られる地面に、へし折れる支柱。溶け落ちた塹壕に大気が焦げる。辛うじて防ぎきったのは偶然だった。その砲撃は後ろの山を半壊させる。崩れ落ちる山肌は真っ赤に染まる。戦局はもはや絶望的だった。

 

 

 

 

 

国防第二予備施設 第二防衛司令部

第一大会議室

 

 

「先程、イギリス政府より波動砲計画への参加すると申し入れが有りました」

「外務省を通してか?」

 

外交局長の声が小さく聞こえる。

 

「いえ、国連の安住(あずみ)政府次席代表を通して非公式に申し入れてきたそうです」

 

外務省が政権にすり寄って久しい現状、政府を通さないで実務者によるやり取りはほとんどどこの国でも行われているありふれたことに過ぎない。最初は違和感しかなかったやり取りでもなれてしまった自分がいる。寺坂は恐れるより早く呆れ返っていた。

アメリカとイスラエル共同開発のISが暴走してから約四時間。米軍機の墜落を装い、周辺海域中心に、勿論当該海域を含んだ一帯を無理やり閉鎖して救助・調査名目で護衛艦を差し向け、在日米軍にも出動を要請する。同時に各地に散っている陸事保安部が大気圏迎撃演習を行うというとんでもない苦し紛れの作り話で周辺をほとんど閉鎖し、ミサイル等の攻撃を誤魔化したものの、さて何処まで突き通せるかという程度の嘘だった。

それでもなんとか辻褄を会わせるため海域を担当する海上保安庁管区本部には長官じきじきの命令が届き口裏を合わせるようにしてもらったのは二時間前。

混乱の最中でパニック抑止の偽情報としてはなんとかマシな部類だろう。だがここまで関わる人間が多いと何処で綻びが出てしまうかわからない。

沖会いすぎてテレビに映らないからとカメラはほとんど来てないが、もしこの海岸に来たのなら一発で発覚するだろう。そんななかに届いた緊急の申し入れは裏で事態を把握するこちら(国務総省)にとっても喜ばしいことだった。

 

「それで? 委員会(国際IS委員会)に対する通達は?」

「イギリスが日米英独、イスラエルの共同開発研究の名目だそうです。主幹事役はイギリスが負うとのことです」

「民間の宇宙開発事業社4社を合併させ、ペーパーカンパニーを設置。表向き民間事業ですがその実態は各国の合同出資による軍事産業開発事業団です。ほぼこちらの要請通りですね」

 

公安警備局は勿論公安総局も母体が防衛省、警察庁時代からいくつものペーパーカンパニーを保有している。これは潜入捜査や大規模事件の情報操作の為、さらには作戦の指揮施設として小さな町工場だったり、個人タクシーだったり、あるいはベンチャー企業を装ったりしている。

特に生命保険会社をよそおったペーパーカンパニーは国内にいる諜報員の監視など重大な活動のための会社だ。こういったペーパーカンパニーは何処の国でも行っていることに過ぎない。今回使用するのはそういったペーパーカンパニーのひとつということだ。そう結論付け、大きく息を吐く。

それよりも深刻なのは暴走ISのほうだ。シミュレーションによれば成功率は約七割、よほどの好条件が揃えば八割届くかどうかという程度だ。その程度の作戦しか回せないくらいには国務総省は疲弊していた。

 

 

 

山を挟んだ向こう側には織斑千冬以外IS学園の教員、生徒共々軟禁されている旅館があった。前科のある織斑一夏はただ一人で一室に実質的な監禁措置を受けていた。勿論部屋のそとには監視役の隊員が見張っている。その部屋のなかで彼は落ち着くことは出来ていなかった。

少し前から木霊する爆発音はこちらまで聞こえており、余計に落ち着きをなくす一因だった。

織斑一夏にとって我慢はなかなかに困難だった。鋼の自制心を持っている聆藤であればおそらく、護衛を通して状況を確認させるなどを行うだろうが、今の彼にその余裕はない。特に軽傷ですんだからからこそ、自制が効きにくかったのだ。

だからこそ、山が半壊し、崩落するその惨状を見て、堪えることは不可能だった。

 

「なんなんだよもう! くそっ!」

 

さほど広くない部屋の扉は外から施錠してあるだけでたいした強度はない。力ずくで扉を蹴破る。外に出るとそこは戦場だった。

 

「前線指揮所は! 連絡がつかないのか?」

「そうだ。本部へ回せ! 現地じゃない。武蔵新都市だ! 早くしろ」

「在日米軍はどうした! なぜB2がいる!」

「航空隊は? やられたのか」

「状況報告!」

 

呆然としていた織斑一夏が駆けていく隊員とぶつかる。その先には土石流に飲み込まれた建物があった。あそこには誰がいたか?

 

「千冬姉ぇ! クッソ! 聆藤は何をしているんだ!」

 

悪態をつきつつ弾かれたように飛び出した織斑一夏。事態は新たな局面を迎え収束へ向かおうとしていた。




感想、講評お待ちしてます。
次回こそ、できるだけ早く投稿できるよう書きたいです。
次回もよろしくお願いします。


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国の闇

大変遅くなりました。
幾つか問題があったため福音事件は全カットしました。申し訳ありません。事件解決後にジャンプします。


「相変わらず黙りですか」

 

腕時計を見た男は感情を感じられない声で問いかける。自分のスマートフォンに突然送られてきたメール。破壊された沿岸、近くの公安を振り切って指定された場所に来るようにかかれたそれはおそらく表沙汰に出来ないのだろう。そこまでわかってもそれ以上踏み込むことを躊躇してしまえる程度には事態に慣れたらしい。

メールが来てから三時間。福音事件の収集も全てを後回しに、山田麻耶にお願いして都内を中心に駆け回って監視の公安を振り切り、扉が閉まる寸前の電車から飛び降りたり中央分離帯のある道路でタクシーを交換したり、ようやく一台の車に連れ来られた彼女は直ぐ様服を着替えさせられた。勿論下着もすべて。発信器は小さいというよりシールにまで小型化された現代では当然のことだろうがそれでも不快でしかない。

そこまでしてようやく話ができると思いきやまた別の車に連れ行かれる。都合四時間近くたってからこの施設に来た車はまたどこかにいってしまった。

こいつらは何者だというより、何をするつもりだという方が大きい。

 

「いい加減疲れたでしょう」

「私はまだ平気だが」

「我々は人類最強(ブリュンヒルデ)ではないのでね」

 

強気な返答に皮肉げな回答は彼女にとって不快だった。それ以上に不安だったのは唯一の家族、弟のことだった。

 

「ひとつ、例え話をしましょうか。ある、ありきたりな国家の話です」

 

窓の明かりのない部屋で、窓がカーテンで覆われているというわけではない、窓そのものの存在を感じられない部屋で織斑千冬は何人かの人間と睨みあう。

こいつらは何を話そうとしている? 疑問などという生易しいものではない明確な恐怖として頭の奥で反芻された。背筋が凍る。ぞわりとしたものが背筋をはい回る感覚に教われた。

 

「とある、その国は憲法で軍隊、つまり国民を守る盾と剣を持つことを禁じられました。何故なら大規模な喧嘩に負けたからです。負けた側は勝った側の云うことを無条件で呑まないと行けなかった。呑まねば消される。地図からも歴史からも。そういう戦いに負けたんです」

「なんの話をしている?」

 

誰も何の反応もせず、彼女の疑問は無視された。

 

「そしてその瞬間から負けた側は勝った側のお人形になり下がりました。これで問題の大半は融けた。誰もがそう思いました。だけどそれで終わりに成る程世界はお花畑ではなかった。

実はその負けた側の隣にいたのはもっと危険な存在がいたんです。その存在は勝った側と全く思想を異にする存在だった。いつ大規模な喧嘩に発展しても可笑しくない、そんな状況に挟まれた中で中立、どっち付かずを演じるのは難しいというより危険でしかない。しかも勝った側は反共の防波堤として、巨大な不沈空母に見立てたわけだ。そのお隣も国の中にいる獅子身中の虫を使ってというより煽って自分達の子分にしようと試みた訳です」

 

一旦言葉を切った男は強い警戒の眼差しを向けている、尖りきった視線を感じた。

こいつらは何者だ? この部屋に連れてこられた時からの悩みはもはやどうでもよかった。何か自分は巨大な闇に踏み込んだという自覚が押し寄せてきた。奈落の底をのぞきこんだような、ただ無自覚に信じられてきた世の中の常識が足元から崩れていくような、言葉に言い表せないモノに呑み込まれる。こんなことは初めてだ。

 

「それで? その獅子身中の虫をどうやって押さえ込んだんだ?」

 

不敵な笑みを浮かべ問いかる声には明らかな力があった。いまだに疲労を見せない彼女に此方も此方で相変わらず感情を感じられない声で例え話を続ける。

 

「簡単なことです。内通者を作り、内紛を煽り、それを世間に見せつける。それも最も盛り上がるタイミングで。身内さえ暴力を振るい、殺害さえ躊躇わず、冷たい地中に埋める。残虐にして残酷、無慈悲で危険。そんな目に見える事実はさして歪める必要はありませんでした。

問題はその先です」

「その先?」

 

思わず問い返した声に彼は律儀に返す。それはつい、というより想定されたことだったのだろう。

 

「勢力を弱め過激な手段を文字通り恐れなくなった敵は武力を持つことに躊躇う理由は無かったでしょう。爆弾制作、警官を集団でリンチし、銃を奪うために交番を襲う。何のために銃を使うのかといえば銀行強盗。そんな連中相手にどうやって国を守るか。その国の警察組織はかつて存在していた巨大な組織の残りかすを使って有るもの建て直しました。それは」

「公安警察か」

 

言葉を奪う唐突な発言に一瞬、鉄面皮が揺らぎその奥にある不快と不満を不穏と言う接着剤で混ぜ混んだような、人としての顔が覗いた気がしたが、それはすぐさま元の鉄面皮に覆われた。

 

「よくご存じですね」

「別に自慢にならんだろう。何せ政権が変わってから子供さえ知る事実だ」

 

仮にも数十年ひとつの政党で維持されてきた政権がひっくり返って政治オンチの政治家は人気取りの制作が精々だった。その程度と言われた政権がとんでもない爆弾を爆発させたのは誰にとっても予想外の事態で、同時に国の破滅を導くスイッチであることを政権側が知らなかったからだろう。それは公安警察、よりにもよって非合法手段さえ辞さない隠密部隊、「サクラ」だった。

「汚濁から清流へ」。そんなキャッチコピーの政権は公安警察を格好の敵をとして目をつけていたらしい。民主主義の敵とレッテルを張られた公安警察はその能力を瞬時に失い、あとに残ったのは自身の支持率を維持するためひたすら警察叩きに踊る政治家と部数向上を目的に政治家に同調するメディア、そして泥の海に沈んだ桜の代紋のみ。その果てに誰が、何を見たのか。ぼんやりと靄のかかった視界の中でも彼らの絶望は彼女にもわかった。仮にも尽くしてきたはずの、例え省益、庁益を国益にすり替え欺いていたとしても、祖国に裏切られた公安関係者が亡霊となるのは時間の問題だったのかもしれない……。

 

「もともとこの国には警察力強化に反発する派閥があった。だが国家の敵を殲滅する組織は必要。しかし悪名高き特高の後釜はいかにも体裁が悪い。とすれば旧内務省によらない軍事組織の結成を求めたのは当然の回帰。自分の足でたてなければ国家足る資格無し。戦後の荒波を乗り越えるに足る組織はこうした下地をもとに生まれました」

 

そんな余計と云う他ない詮索は行きなりめくり上がった真実という幕によって一方的に封じられた。

 

「軍隊は不要、そう断じられた歪な国家にあってその組織は巨大な暗幕の裏でしか動くことが許されなかった。だからそれ自体を隠すためには表舞台に立つことの出来ない巨大な暗幕が必要でした」

「暗幕の裏を隠すための暗幕。それが防衛省、自衛隊か」

 

国土保安庁の中央情報局所属の情報官、そう教えられていた男は少なくともそんな生易しい立場ではない。時折自分を眺める、IS学園の生徒会長と似た目をしている。なにもない、真っ暗な絶望の先で救いを得た、人として当然の幸福をあきらめた、そんな目だった。

 

「えぇ。年単位どころか数年の単位で動く莫大な予算は多少のちょろまかしがあってもわからない。公安さえ黙らせられる圧倒的な武力。()の情報を集めていても不思議ではない組織。そして全国どこにあっても不思議ではなく、兵器があっても、頻繁な移動があっても訓練の一言誤魔化せる言い分」

「それを満たせたのは警察予備隊、保安隊か」

 

当時の総理の力業で行われた破防法の施行。日米安保反対を叫び、反政府運動による大規模な破壊活動とそれに伴う死傷者。そんな時代が本来存在さえ認められるはずのない組織の存在を後押ししたのだ。

()と認めたものを事が起こる前にその芽を摘み取る。摘み取れないのなら隠蔽を含め全てを公に出来ないルートで押さえ込む。

彼女は教職になってから聞いた噂話を思い出した。

 

「自衛隊は、保安部は秘密組織を飼っている」

 

都市伝説とその場の話と忘れていたはずのそれが脳裏に焼け着いた。その直後に沸き上がったのは疑問だった

 

「公安暴露で表に出なかったのはなぜだ?」

 

口許に微かに浮かべた笑いは多分に自嘲が混ぜて、答えをとした。

 

「出てくればアメリカもまとめて滅ぶからよね」

 

唐突に割り込んだ声は陰鬱な空気に射し込んだ日差しのようだった。

 

「国家の防衛を掲げた非公開治安組織はいつの間にか自らの存在を守るためにその力を行使するようになった。いい加減表に出つつあった公安警察はとにもかくにも、全く表に出てこなかった組織が出てくることは、黙認していた政府は勿論、同盟国のアメリカさえその足元から揺るがしかねない。太平洋を挟んだ大国は帝国(パクス・アメリカーナ)を維持するために公安を生け贄に捧げた。変わりにその全てを前政権に押し付け、清算させる一方で国務総省という新しい器を用意した。そこに元から正当性から危うい自衛隊もまとめるためにある程度の危機を演出。恐怖を煽る一方で逃げ道だけは用意しておく。口煩いだけの政府を自縄自縛に追い込み役に立たない国家安全保障局はそれ見たことかと騒いで潰し、桜の代紋を再び輝かせ、自衛隊を、非公開治安組織は防衛省の公的機関として改めて発足させる。

台本の書き手はCIAを含めたアメリカの親日融和派と憲法違反と叩かれた公安機関。国務総省はそのカバーとして作られた仮の器。要はアメリカの片手を取って踊っているに過ぎない」

 

「どう? 違ったかしら。」と自慢げに聞いてくる声には明らかに場違いな朗らかさだ。

 

「どうやって嗅ぎ付けたのです? あなた方の犬は撒いたはずですが」

「女の勘」

 

躊躇いなく勘と言い切る自信に、一瞬茫然としたようすだったが直ぐ様反応を示す。

 

「要件は終わりました。そうそう、弟さんに付いているのは警護ですから、ご安心下さい。あとはそちらでお引き取りください」

「ひとつだけ聞かせろ」

 

弟の言葉に反応してか殺意の混じった世界最強(ブリュンヒルデ)の声でさえ彼の鉄面皮を貫くには至らないらしい。この期に及んで表情を一切変えない男にどんな人生を生きてきたのかという疑問が湧くがそれを振り切って聞きたいことを聞いた。

 

「なぜ私にこんな話をする」

「非公開の治安組織は非公開であることに意味があるんです。()()を守るにせよ。巨大な爆弾の公安では足りない。貴女もよくご存じのはずだ」

 

死んだはずの公安が密かに動いている。表に出れば今度こそ公安警察は再起不能に陥る。その意味を理解した彼女は最早なにも返さず出ていった。ゆっくりと閉じられた扉はこの内に抱え込んだこの国の闇のように重かった。

 

 

 




感想、講評お待ちしてます。


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記憶の森

遅くなってしまい申し訳ありません。
続けるよう努力しますので今後も宜しくお願いします。


彼女が、ラウラ・ボーデヴィッヒ大尉が伝えられた病院は都内にある総合病院の一つだった。聞いた話によると保安部員の大半はこの病院が掛かり付けらしい。何でもとある保険に入っているとこの系列の病院を案内されるという。かつては自衛隊病院の名を冠していたという病院には、軍隊という空気は存在していない。軍で生まれ、軍で育った彼女からすれば、言い様のない違和感として感じられた。有るべきものの存在しない、歪な空気。国務総省の広報紙も、各保安部、警察の広報紙も存在するのにそれよりも大きく自らを主張するのは、IS搭乗者を一面で飾る国家安全保障局の広報紙だ。一面には「我々とともに」と記されている。それを見たとき己が自嘲していることに気がついた。

あのとき前線で身を持って戦ったのは()()男だった。少なくとも途中で割り込んできた織斑一夏達ではなかったし、海域封鎖も満足に行えない国家安全保障局などではなかった。

「身を捨ててこそ、浮かぶ瀬もあれ」。この国にある言葉の一つだという。彼はあのとき、身を流れに任せたのだ。思考の放棄だと言われようと、それが最善だと信じて。自分が何を撃ったのかも知った上であの男は身を流れに任せたのだ。ふと声が聞こえる。

 

「お姉ちゃん、どうかしたの?」

 

まだ小さい子だった。どうして泣いてるの? と聞かれたとき彼女はようやく自分が泣いているのを理解した。なぜ泣いている? いや、わかっている。あの日、墜落したあの男は直ぐ様病院に搬送された。私が撃ったナノ・テルミットで死にかけたのだ。文字通り生死をさ迷った。

 

「だいじょうぶ?」

 

心配しくれているのか、その子は不安げな顔を見せる。そんな小さい子に心配させるわけにはいかない。涙を拭いて言葉をかける。

 

「大丈夫だよ。私は、大丈夫」

 

何より自分に言い聞かせるようにしながら彼女はその子の頭を撫でる。安心したのか笑みを浮かべたその子は笑って親のもとへ駆け出した。果たしてあの男はさっきの笑顔を守ったのだろうか。とりとめのない考えが頭をよぎる。

子供が笑い、親が悩みの顔を向け、放送で患者の名を呼ぶ。白い清潔感に溢れたこの病院で彼女は独りだった。

受付で名前と訪問相手、訪問理由を書き込み呼ばれるのを待つ。何度か訪れた病院の構造は既に頭に入っている。渡されたカードにはキーとしての役割があり、駅の改札のような構造のゲートを潜らねば病棟へは入れない。センサー部にカードをかざし、入棟許可を示す電子音がなるのと同時に開閉式の扉が開く。人感センサーのためか、煌々と光っている蛍光灯は硬質で暖かみがあまり感じられない。まるで入ろうとするものを拒絶するようだと彼女は思った。若干気圧されながらも、なんのためにここまで来たのかと思い直し足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

 

夏休みはまもなく終わりを迎える。それでもじりじりと降り注ぐ炎天下の日差しが外を見下ろしているのに建物の中は空調が聞いている。27℃にセットされた空調は学園施設内全てにおいて共通だった。そんな学園のシャワー室の一つでは生徒会長が頭から熱湯を被っていた。

 

「なんて顔をしてるのかしらね」

 

小さな呟きは降り注ぐシャワーに吸い込まれる。今の自分の顔は酷いという自覚があったが鏡に映る自分はそれよりも遥かに酷かった。

IS学園では臨海学校で発生した全ての事態は箝口令が敷かれている。世間的になにもなかったことになった。あれほどの死傷者を出しながらも全てなかったことになったのだ。

米軍ISの暴走は搭載した光学兵器の誤作動により内部爆発により墜落、落とされた航空機はその爆発で発生した電磁パルスで制御不能。日本の沈んだ護衛艦はその電磁パルスで誤作動したミサイルの誘爆と大戦期に投下された機雷回収作業中に偶然発生した電磁パルスの影響で護衛艦が回収していた機雷が爆発、ミサイルに誘爆し炎上した。護衛艦のミサイル発射は火災炎上中の護衛艦の自沈処分のため。そんな苦し紛れにも程があるような言い訳で突き通された。

戦闘機に護衛艦のミサイルの制御は電磁パルスで制御不能になるほど脆弱ではないといわれれば想定以上の出力だったとして押しきり、内部に積んだ機雷の爆発でミサイルは誘爆しないし、それで船は沈むなどもっとあり得ないという最もな指摘は、でも沈んだんだからしょうがないと開き直って、あとは表沙汰にしたくないアメリカ政府と歩調を会わせ開発元であるアメリカの企業から呼び寄せた技術者と運用員、この場合海上保安部の隊員だが彼らの言質と難解極まりないテクニカル用語の羅列で強引に幕引きを図ったのだ。最新鋭のミサイル護衛艦が出てきたのは近くに新型機雷捜索機械を積んでいた唯一の護衛艦だったからで、数隻一緒にいたのは新たな護衛隊群の編成訓練があったから、そのタイミングで電磁パルスが発生してそれに巻き込まれ護衛艦が沈むなど不幸な事故で再発防止に努める―云々。

実際、ナノ・テルミットの爆発で広域に電磁パルスが発生していたのは間違いなかったから、この点は押しきり易かったのだ。何度かひやりとさせられたものの二週間もすれば世間の興味から外れていった。今では有名アーティストの不倫疑惑がメディアを連日賑わせている。結局、護衛艦が浮かぼうが沈もうが、戦闘機が落ちようがミサイルを放っていようと関係ないといいれる無関心さが幸いした形で緩やかに記憶から風化しつつある。

情報の隠蔽というより事態の隠蔽。国がまとまればそこまでできる。起こったのが太平洋の沖合いと来れば隠蔽は楽だっただろう。それは国務総省という仮に過ぎない器の底力で、何よりも今の政権に対する威圧だった。

そのなかで更織は完全に蚊帳の外に置かれたのだ。これ以上ない屈辱だった。要は国務総省からすれば更織など信頼に値せず。その一言で済むのだ。あれほどの死者の前になにもできない自分に専用機持ちの誇りなどなんの意味を持たなかった。

 

 

 

 

 

 

聆藤は自分が夢を見ているのを自覚した。

青く晴れ渡った空。足元には草木が生い茂り、風は穏やかで遠くに雲が流れているのがわかる。なのに全く生きたものの気配がない。風が生い茂る樹木や草を揺らす声さえ聞こえない。遠くに誰かいるのか影が見えた気がした。いやいたのか、どうか分からない。既に影はなく青かったはずの空は真っ黒い雲に覆われた。小雨と言えたのは降り始めだけであとはバケツをひっくり返したよう以外に表現が見つからない程で思わず顔を拭うが水はない。

誰かに呼ばれた気がして振り向く。後ろにいたのは見覚えのある影だった。なのに顔がない。いや全て人の形をした影だった。

後ろに誰かいる。それを感じて振り向くとそれは女性の影だった。影が声を発する。

 

「こんなところで何をしているの?」

「何って。ここはどこだ?」

 

恐怖より先に染みわたる声に聆藤は何故か答えていた。

 

「本当はわかっているのでしょう。自分が何をしたのかも」

「何を、何を知っている?」

 

問い返す声には力がない。たがら漬け込まれたのかもしれない。

その直後、世界が切り替わる。揺れていた草が無数の木が群がる森林に覆われる。雷が豪雨と共に降り注ぐ。瞬く間に足元には小川が出来上がり、落ちてきた雷が火災を巻き起こす。過酷な自然環境のなかで手に見覚えのある武器を持って、どうやら完全武装らしい姿で沼地に身を潜め、草木の中を匍匐する。対象を探し回るそれは公安警備局SIF(特殊要擊任務部隊)の特別訓練が繰り広げられていた。

 

「よく見ておきなさい。あなたが受け入れたはずの事実。ならもう一度だって受け入れられるでしょう」

 

囁かれる言葉は聆藤を縛り上げた。目を背けることを許さない強固な意思で、やめろと拒絶する聆藤を無視する。

極限状態を想定し、昼夜を問わない行軍、実弾を使い1日分のみの食料を与えられ一週間以内に対象を捜しだし、殲滅する。暴力と自制心の祝福されざる結婚の先に恐怖と苦痛を飲み下し、感情を制御する術を叩き込まれるキャンプのなかで一際実戦に準じたそれは人間を追い込み出来ることと出来ないことを力ずくで教え込むカリキュラムだ。

一瞬たりとも気が抜けない、過度のストレスを与えられた精神と肉体は、いくつもの苛烈な訓練を乗り越えてきたはずの隊員たちの神経をさえも確実に蝕みつつあった。その仲でも聆藤彰等という名を呼ばれた影は隣にいる、杉浦と呼ばれる影の様子がおかしいことを感じ取っていたし、それを強く危惧していた。まわりも同じで河村明日香という名を呼ばれた影は、もはや警戒という言葉では言い表せないほどに、目に恐怖があった。

例えば、深夜の行軍で植物の蔓に足をとられ転んだとき、杉浦という影の様子は尋常ではなかった。全周囲に向けて肩からかけた銃器を振り回したその目には少なくとも聆藤には狂気を見た気がした。そのときは分隊長を任されていた聆藤という影の叱責で我に帰ったが後ろにいた女性の影は銃を杉浦に向けていたのだ。それはひとつの切っ掛けとして辛うじて押さえつけられていた鋼の自制心を押し退けて隊員たちの精神に不協和音が流れ始めていた。

そしてその杉浦の精神が限界を迎えたのはよりにもよって強攻突入という考えうる限り最悪のタイミングであったのだ。

施設の北と東と南という三方から包囲し、狙撃は西側の木の上に展開。タイミングを計りつつ匍匐で前進し、対象の施設に軍事目的用の閃光音響手榴弾(スタングレネード)と煙幕弾を投げ込み、爆発と同時に突入、一階二階を瞬時に制圧。目的は敵の殲滅であり制圧ではないその訓練のクライマックスは悲劇の号砲だった。

投げ込まれた閃光音響手榴弾(スタングレネード)の純粋非致死性などとは程遠い凄まじい閃光と大音響が押し寄せた瞬間だった。それは閃光と大音響が杉浦の残り少ない理性を剥ぎ取った合図でありその瞬間、パニックを引き起こしたのだ。杉浦は分隊長の聆藤が直率する班に分けられていたが、パニックに陥ってしまった彼はあろうことか、持っていた銃を振り回し、後ろから聆藤達に銃を乱射したのだ。後ろから撃たれるという想定外の状況に隊員は下手なタップを踏み、射線から逃れようと悶える。そのうちの一発が一人の隊員の腹部を撃ち抜き痛みで悶えた。振り回された銃口が河村に向けられる。向けられ、恐怖に駆られた河村がホルダーからグロッグ17を抜き、狙いを定めたのをみてとった影の聆藤は気が付けば「杉浦!」と声をかけながら自分のグロッグ17を抜いていた。

名前を呼ばれた影は名前を呼んだ影の方を振り向き銃を向ける。しかしその影はすでに狙いを定めていた。それを見せられた聆藤はやめろと絶叫する。それが聞こえたそぶりもなくその影が引き金を引いたのがわかった。グロッグ17から発射された銃弾は寸分の来るいなく、杉浦の影の眉間を正格に撃ち抜いていたのだった。唖然とするまわりの隊員の目線から逃れるように先ほど撃ち抜いたままの姿勢の影には銃口から硝煙が風に運ばれ、その向こう側には感情の抜き取られたガラスのような瞳の聆藤という男がいた。

聆藤はそれを呆然と眺め、その場に崩れ落ちた。

それと同時に再び世界が変わる。真っ白な、ただ白い世界。

 

「貴方はここにいた。あのときも、今も」

「そう。俺はあのときここにいた」

 

独白の重さに反して後ろの女の影の声は軽い。

独白を続ける聆藤の周りにはもう誰もいない。孤独な世界で聆藤は懺悔する。

 

「あいつを助けるために。なのに……。

あれが俺のいた場所。守るために、助けるために、そんな理由(エゴ)で、敵なんて居なかったのに。あいつは、あいつは! 俺が殺してしまったんだ!」

 

その直後、聆藤はどこからか押し寄せた濁流に意識を押し流された。

 

 

 

 

 

 

気が付いた時には聆藤の意識は覚めていた。真っ白で非人間的な天井と無粋な蛍光灯二本が部屋を照らしているが、部屋に自分以外の人間の影を感じて聆藤は首を動かそうとした。だが、思いの外言うことを聞かないと悟って動くことをあきらめた。目だけを横に回す。底には椅子の背もたれにもたれ掛かりどうやら眠っているらしい銀髪の少女がいた。

誰というのはすぐわかったというより、思い当たる知り合いは一人しかいなかった。だから疑問を感じのはなぜここにいるのかということだった。うつらうつら船をこいでいる彼女を起こすことは躊躇われた聆藤はそのままにしておくことにした。

それは配慮と再び強い眠気に引きずられたことによる消極的な行動の末だった。

いまさきほどまで見ていた夢に聆藤は思い起こす。あの女は誰だったのか。どうやら考える時間はまだあるらしいと見た聆藤は再び眠りにつく。

時計だけが時を刻み、緩やかな世界を作っていた。




感想、講評、ご指摘等お待ちしてます。


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近づく脅威

大変遅くなりました。年明けて1ヶ月、経っちゃいました。不定期更新ですがこれからも読んでいただけたらありがたく思います。



 九月某日、その日は聆藤彰等の復帰初日となった。公式には不幸な事故という五文字で語られた事件は早くも風化し、国民はその無関心ぶりを発揮して平穏を取り戻していた。

 IS学園でも既に二学期が始まり、目前に迫った学園祭と生徒会長肝煎りの織斑一夏部活動対抗争奪戦が布告された学園はお祭り騒ぎの状態で異様なほど浮き上がっていた。そうした騒ぎに無関心を貫いた聆藤は、職員室への挨拶の後、自室へ歩みを進めていたが、部屋に入る直前に無造作にショルダーバッグの中に手を突っ込んだ。冷たいプラスチックの冷たい手触りを確認してショルダーバッグの外にそれを向け、バッグを前にして扉を開ける。

 扉が開いたその瞬間、聆藤は二度引き金を引き絞ったした。狙いは扉の右側。手応えがない、どこかにぶつかった音さえしないそのなかで、首筋に突き付けられた(ランス)は例え聆藤であっても一歩下がらずを得なかった。そのまま襟首を捕まれ引き摺られるような重さに体制を崩しながらも、背中を見せることなくサイレンサー付きの拳銃を捨てることなく部屋の対人感知式の自動照明を的確に撃ち抜いた。

 かなり適当な射撃でも、腕は衰えていなかったらしく銃弾は性格にLEDに命中し覆いごと砕け散る。ガラスの破片が降り注ぎ、反射的に目を覆い視野が失われたが、明かりが消えた部屋の中ではさして障害にはならなかった。視野を失う前のざっくりとした位置をもとに鋭い蹴りを食らわす。思っていたより遥かに浅い手応えに体が泳ぐ。バランスを取り戻して聆藤が追撃を仕掛けるより早く、聆藤は背中から腕を引き伸ばされるように押さえこまれ部屋の壁面に叩き付けられた。肺からすべての酸素が抜けるのを感じると、反射的に酸素を求めて呼吸が荒くなる。思考力を奪われるより早く足首のサバイバルナイフを抜こうと動きを起こすが、襲撃者の動きはそれより早く、何より重かった。

 

「動かないで」

 

 聞き覚えのある声に聆藤は皮肉を返す。

 

「ずいぶん手荒い、出迎えですね……生徒会長殿。いったい何のご用でしょうか」

 

 荒れた呼吸はすぐには戻ってくれなかった。むせかえりながら、横目に監察するも相手はISの部分展開では、いかに聆藤が特殊部隊の出身でも勝利は不可能だっただろう。身じろぎすればするほど締め付けの力の強くなる圧力の前に、聆藤は降参を示すため拳銃を離した。落下音と共に体にかかっていた圧力が抜けるのを感じて聆藤も力を抜く。

 拘束は解かれても緊張の解けない二人は睨みあった。先端を開いたのは更識楯無だった。

 

「単刀直入に窺うわ。学園祭、日本国()()はどうするつもりかしら」

 

 驚いたようすもなく、聆藤は答えた。

 

「ご安心下さい。()()()は貴校への介入を致しません。勿論、貴女に信頼していただかねば成りませんが」

「それが()()の意思かしら?」

「そう受け取っていただいて構いません。我々国土保安庁は国連決議を尊重しています」

 

 アラスカ条約を、事実上の一国二制度を屈辱と受け止めている日本がいったいどの口で言うのか。楯無は吐き出しかけた毒を飲み込み、更に探る。

 

「貴方はどうするの?」

「私は職務がありますから」

「それは、私の指示に従うと言うこと?」

 

 聆藤の無言を肯定と受けとり、楯無は冷やかな視線で突き刺した。それを受けてなお平然としている聆藤に怪訝に感じ、踏み込む。

 

「貴殿方は何を掴んだのかしら」

「教えるとお思いですか?」

「今の貴方は私の部下よ」

「無条件で貴女に教えるほど()()と貴方方との間は平和ではなかったはずだ」

 

 思わず息を飲んだほど、聆藤に気圧された楯無はここで妥協を選ぶことにした。それでも食い下がる。

 

「一つだけ教えて。亡国は動くの?」

 

 二人の間の沈黙はごく短い時間だった。

 

「私には分かりかねますよ」

 

 最後まですっとぼける聆藤に形だけの礼を述べて部屋から出ていった。

 聆藤は四月と同じように仕掛けられた盗聴器やワイヤレスマイクなどを壊しながらラジオに見せかけた盗聴電波受信機を手に取る。中に仕掛けてあるらしい余計な中継器を撤去したり、受信を確認していた。だから部屋に織斑が入ってくるより先に、聞こえた声に聆藤は驚かざるを得なかった。

 

『お帰りなさい。ご飯にします? お風呂にします? それともわ・た・し?』

 

 ひきつった聆藤の笑いは織斑千冬が見たら爆笑していたかもしれない。それくらい聆藤にとって衝撃的な事だった。さらには今の発言に込められた聆藤への牽制もあることを見抜いていた。要は私が守るからお前はいらないという通告にほかならず、面子(メンツ)を真正面から泥を塗りたくられたに等しかったが、それこそ今は聆藤と楯無の二人の共通項でしかなかった。

 聆藤の呆れの奥で更織楯無と織斑一夏の会話は進む。

 

「訓練、やろうか」

 

 唐突な内容に織斑一夏の目が点になり戸惑いながらも返事を返す。

 

「これからですか?」

 

 今はもう日が沈んで外は真っ暗になる。街灯の多少明かりが頼りだが、こんな時間に滅多なことがない限り訓練などしない。そもそも許可も降りないだろう、という意味を込めた織斑一夏の質問はあっさり無視された。

 

「大丈夫よ」

 

 何が大丈夫なんだろうかという冷ややかな目線にも挫けず、更織楯無は空虚な元気さを見せ続ける。

 

「この学校ではね生徒会長がOKなら大抵はOKなの」

 

 困惑したままの織斑一夏は重ねて問う。

 

「だいたい何でこれから訓練を?」

 

 それに対する更織楯無の返答は簡潔で簡素だった。

 

「君が未だに弱いからよ」

「俺がですか?」

 

 声に含まれたトゲをあえて無視するように織斑一夏を煽る。

 

「とても弱い。ましてやその程度の実力で我が身を守ろうなんてアリがピラミッドを作るくらいには」

 

 無理なこと、という挑発に織斑一夏は耐えきれなかった。

 

「いいでしょう、今からやりましょう」

 

 簡単にのせられた織斑一夏の沸点の低さに呆れ返りながら聆藤は見に行くことにした。理由は幾つかある。ひとつは今の、つまり銀の福音(シルバリオゴスペル)事件以降の織斑一夏の実力を知る必要があったから、もうひとつは学園最強、すなわち生徒会長たる更織楯無の直接の実力を知りたかったからだ。

 指定されたアリーナでは光が限界まで絞られていた。大型投光器は電源ごと落とされ、管制室の窓でさえ防護シャッターが締め切られている。

 織斑一夏の実力を見極めるにはピットの隣、重点防護区画に指定されている管制室が一番だ。分厚い隔壁と学園のメインコンピュータに直結した回線のみを持ち、備え付けの情報端末以外の接続を拒絶している管制室のシステムは外部とは事実上接続不可能だった。各国保有の専用機を試験する都合上、機密の塊を漏洩させるわけにはいかないという当然の理由がある。とはいってもIS学園に送られる武装やシステムなどはIS学園のセキュリティチェックを抜けなければ搬入さえ不可能とされる一方で、軍機或いは外交公電扱いとなれば如何に一国二制度であっても素通りさせてしまっていた。それは聆藤の『九試甲戦・改』も同じだった。搭載された光学センサー、赤外線センサー等の計測から推察される各種機体の基本スペックは一通り本部送りになっているとはいえ、ISは搭乗者の技量、精神状態に極端に左右される。つまりは『白式』の基本スペック以上の性能を発揮出来るかもしれない、というのが聆藤の推察だった。

 

「そこで見るつもり?」

 

 更織の冷たい声に振り向いたのは織斑一夏だけではなかったものの非友好的な視線であった事は一人を除き共通していた。

 

「聆藤?」

 

 驚いた声に懐疑の視線を被せるシャルロット・デュノアとセシリア・オルコット、ラウラ・ボーデヴィッヒに聆藤は視線を切った。

 もうすぐ寝る時間というところで叩き起こされ、回らない頭で訓練するから手伝ってほしい、という織斑一夏の願いにNOを突きつけられるわけもないセシリア・オルコットとシャルロット・デュノアに巻き込まれ連れてこられたラウラ・ボーデヴィッヒは巻き添えを食った側だが、聆藤から見れば餌に釣られてほいほい出てきた三人組(トリオ)に過ぎない。指定されたアリーナの管制室に更織が居るのを見て瞬時になぜ呼び出されたのかに思い至る。簡単に手のひらで踊らされた二人と巻き込まれた一人は反対側の通路から近づいていた聆藤に一切気付かなかったが当然更織楯無は気が付いていた。

 刺すような更織の視線を鉄面皮で無視して管制室に入ってきた聆藤は部屋のコンソールを叩き、先程まで更織がセットしていた訓練プログラムを立ち上げる。

 

「シューター・フローですか」

「なんだよ聆藤、復帰して挨拶もなしか」

 

 意味がわからないという態度を見せた聆藤に織斑は食って掛かる。

 

「いいや、何でもない」

 

 なげやりな態度にぶつけようとした憤懣も消えたらしい織斑一夏を放置してシャルロット・デュノアとセシリア・オルコットの機は宙を翔ていく。

 福音事件の最中、砲撃と呼ぶには(いささ)か過激な衝撃を受けて伸びて(気絶)していた聆藤は『白式』の第二形態(セカンド・シフト)の能力を見たことはない。だからこそこれは渡りに船だった。夜空に駆け回る二機に目を奪われた織斑一夏を横目にみて聆藤はディスプレイに目を凝らした。

 

 

 

 

 部屋備え付けのテレビに映る映像はある戦場の姿だった。ぱっと見でわかるほど滅茶苦茶に破壊されているのは船だろうか。幾つもの黒煙が海風に棚引き、線から面へと広がっていく。青い海で異様なその姿は明らかな傾斜が伺えた。

 

「この船は……まさか、サザンクロスか」

「その通り。イギリスの誇るクルーズ船。全長二二〇メートル、デッキは七層、アメリカのノーフォークからイギリス領ジブラルタル、ポーツマスまでを結んでいる」

「その船がなぜこんな姿に!」

 

 見るも無惨な姿をさらすクルーズ船に驚きを隠せないのは現役のドイツ軍少佐だ。「何があった?」と映像を見せた人物への声はあからさまな不信が見える。

 

 この部屋に今いるのはたった三人。一人は現役の軍人で少佐の階級を持ち国家代表候補生を兼任するラウラ・ボーデヴィッヒ、もう一人はフランス代表候補生にして性別偽装をおこした張本人のシャルロット・デュノア、そして壁にもたれ掛かかって顎に手を当てているのが国務総省国土保安庁の指揮下におり行方不明のまま消えてついさっき行きなり姿を表した問題の聆藤だった。

 

「この映像は一週間前。大西洋航路を航行中にサザンクロスは襲われた」

「なぜ我々二人に見せる。そして何を積んでいた」

 

 意味深に寒気のするような薄ら笑いをする聆藤にナイフを向けて声を張り上げる。

 

「答えろ!」

 

 ボーデヴィッヒの声には聆藤の答えは簡潔に返す。

 

「襲ったのは亡国企業(ファントムタスク)、そして積み荷はイギリスの BT(ブルー・ティアーズ)試作参号機『サイレント・ゼフィルス』だよ」

「イギリスは既に完成させていたの?」

「あぁ、既にね。太平洋のロナルド・レーガン弾道ミサイル防衛試験場で各種試験のため移動中だった」

「そこを襲われたのか」

「何でそんな大切なものを民間船で運んだの?」

 

「わかるか」とボーデヴィッヒに目を向けた聆藤に視線を反らし、小さな声で答えた。

 

「軍が信用できなかったのだな」

「ご名答」

 

「オルコットには言うなよ」と釘を刺した聆藤は二人に説明を始めた。

 福音事件の外堀がようやく冷めてきて、イギリス軍内部で開発されていた『サイレント・ゼフィルス』を試験場に移送するためにイギリス軍は運び役に民間人を装った情報士官に託すという三流喜劇並みの愚行を犯した。米軍の最新鋭機が()()()()()に外部より不正アクセスを受け、暴走したという事実はどこの国も制御不能に陥りかねないとして恐怖を抱えざるを得ず、イギリス軍としてはNATO(北大西洋条約機構)の基地間輸送機のチャーターさえ躊躇ったのだろう。水も漏らさぬはずの隠蔽工作の末、輸送計画は亡国企業(ファントムタスク)に筒抜けとなり、航行中のクルーズ船を襲い護衛戦力を殲滅、実力で制圧し強奪に成功すると船の機関部を破壊して撤収までやってのけたのだ。

 慌てたイギリス軍情報部はそれこそ泡を吹いて亡国企業(ファントムタスク)の行方を追ったものの、霧のように消え、取り逃すという失態を犯した。

 

「それで、何で我々に?」

「少佐には少し手伝ってもらう。おそらく学園祭で連中が動く」

 

 そういってショルダーバッグをボーデヴィッヒに放り投げた。ボーデヴィッヒは受けとると中を改めると目を細めた。

 

「日本はここで戦場を作るつもりか?」

 

 まさか。そういって聆藤は口を閉じると今度はデュノアに向き直る。胸ポケットから封筒を取り出すと机の上に滑らせた。封筒には亡命要項の文字がある。

 

「デュノア、()()()()は知ってるぞ」

「なにを言って」

「今のフランス政府はお前に価値を見いだしているのかな」

「……なにを言っているの?」

 

 理解したくない、そういう風で聆藤の目線から反らしたデュノアに聆藤はさらに突きつける。

 

「フランスにとってのお前の価値は果たしてどこにある? 性別の偽装、今やフランスのアキレス腱だ。どちら(日本かフランス)に付くか決めろ。フランスからお前は消される(殺される)。間違いなく」

「聆藤! お前はなにをさせるつもりか分かっているのか!」

「少佐こそ理解しているのか。フランスもアキレス腱をさらし続けるほど阿呆なのか? 日本もスパイを生きて返すほどの優しくはない」

 

 ボーデヴィッヒの激怒を無視して聆藤は重ねて問う。

 

「日本本国はお前をフランスに引き渡すつもりだ」

「馬鹿な! 仮にも国家代表候補生だぞ!」

 

 驚きを隠せないデュノアとボーデヴィッヒをみて聆藤はまた一歩、デュノアの内側に踏み込んだ。

 

「フランスはこのままだと世界に恥をさらす。その恥を自分達で処分しなければフランスは一生笑われる。それに騙された日本も。

 委員会もコケにされたんだ。決してお前を許さん。それにしても、三年間か。あの阿呆(織斑一夏)に余計な知恵をつけられたようだが、持っても一年。その後は帰国命令で事故死(暗殺)だろうよ」

 

 突きつけられた現実を前にして恐怖に色が染まる。ボーデヴィッヒも口を挟めない。

 

「だが国務総省(我々)なら守れる。もちろんそれなりに条件がある。だが、フランスの手にかかって死ぬか、それとも日本の保護下で生きるか」

「どうして日本が僕をかばうのさ?」

 

 声には言い様のない憤りがある。揺らいだ母国、フランスへの信頼をみてとった聆藤はさらに楔を打ち込む。

 

「国務総省はもう本国政府を当てにしていない。そして無能な政府に見きりを付けたのは日本だけではない」

シリビアンコントロール(文民統制)の原則を無視するつもりなの? 日本は」

「下の実務者達は既に事態収拾に動いてる。フランスの官僚達は今回の件の全ての責を現政権に押し付け、解体する気だ。お前には生き証人になってもらう」

「結局は人身御供というわけか」

 

 その質問にあえて答えず聆藤はデュノアに返答を迫る。

 

「お前はどうする? お前が決めるんだ」

 

 デュノアの目の前が暗くなるのを感じた。迷い以前に自分の立場が安全だと思っていたのだ。不安定以上に危険視されているなど思っても見なかったことで時間がほしくなっるのは当然だった。

 

「少し時間をくれない?」

 

 聆藤は軽く頷く動作をして了承を示す。

 

「デュノア、余計なことを話すなよ。日本本国が知ればお前は即座に国外追放だ」

 

 ついでにデュノアの同居人に釘を刺すと聆藤は部屋を出ていった。

 

 

 




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祭りの余興(1)

学園祭の場面はカットでいきなり戦闘に移ります。巻紙さんはなりすましなので既に天に召された事になりました。
過去最長のはずですがこれくらいの文字数の方がいいのか、わかりませんがどうぞ。



 日本国の領域にありながら国際社会の不干渉を宣言、事実上の自治権を有しながらエネルギー、食料、必需品といった全てのインフラを日本本国に依存するIS学園は一国二制度と表して違わない。そしてその日本であって日本ではないIS学園が年に一度解放される学園祭は世界が注目する僅かな時間だった。だが今年、それを差し置いて世界中から注目されていたのは別の事柄だった。

 

『内閣総理大臣』

 

 議長の声に応じ、スーツを着た女性が登壇したのはこの国の立法府の一院、国会議事堂衆議院だった。

 

『我が国はまもなく戦後およそ一世紀を迎えます。世界は変わりました。ISの登場で立場を失ったテロリスト達は先鋭化を進めている。だからこそ私たちは非常の事態に国家を守るために非常事態法の設置を求めます』

『ふざけるな! 与党は国を私物化するつもりか!』

 

 そうだそうだとヤジが飛ぶ。身なりのよい大の大人がヤジを飛ばすのは見ていて気持ちのいいものではない。だが、立法しようとされている法律は見過ごせるものではなかった。

 非常事態法。それは現行警察法に基づく緊急事態の特別措置とは全く異にするものだった。『内閣が判断する国家の危機において内閣が指定する範囲で行政、司法、立法の権限を統制権に基づき指定する機関に一時的に集中し、実力において事態の収拾を認める』とするこの法律はその運用では司法、立法の事後承認のみを求めるものとされ、監視機能が存在しない。それだけではなく指定する機関とは国家安全保障局とされ、法解釈の範囲が広くあやふやで、裁量権は執行機関、つまりは国家安全保障局に委ねられるという極めて恣意的な法律だった。

 野党の激しい抵抗の末になんとかねじれ国会──衆参どちらか一方で与党が過半数を持つが、もう一院では野党が過半数を持つ状態──に持ち込み、成立が遅れているものの与党が過半数を押さえているのは衆議院だった。日本国憲法衆議院の優越に従い、特に法律案の議決に基づけばまもなくこの法案は可決されようとしていた。

 

『我々は、法律の厳正な解釈に則り、自制心をもって細心の注意を払い運用するつもりです』

 

 議員が挙手をして発言を求める。議長に指名され、内閣総理大臣に変わって登壇した議員は咳払いをしてから声を張った。

 

『この法律は、悪名高き治安維持法ではないか! 国家の危機と騒いでいたずらに治安維持の解釈を広げることができる。これは秘密警察の復活を告げるものに他ならない!』

『私たちは貴殿方が行っていた公安警察こそ秘密警察の行いではないか! それを正したにすぎたない、治安維持法など言語道断よ!』

 

 議長のやめなさいという制止を無視して叫ぶ二人の姿は論戦というよりも子供じみた口論を思い浮かばせる。実際として公安警察が内務省特別高等警察の後釜であるのは間違いない。とはいっても公安警察が密やかに行っていたそれを真っ昼間から堂々と行うつもりなのが非常事態法なのだからどう考えてもおかしい法律だった。

 

『詭弁を弄すな! 国家安全保障局が単なる実行機関であるとしても国家の意思として認可を与えるのは貴女方だろう! だいたい現行法でさえお前達は解釈を広く取っているではないのか!』

『私たちの権利を守るためです』

 

 あんぐりと情けない顔をさらした議員はすぐに肩を怒らせて吠えた。

 

『一国の元首が、権利を守るためと叫びその一方で国民を拘束するがごとき法律を認めるのか! ダブルスタンダードとはまさにこの事だ! 恥を知れ!』

 

 あまりの暴言に言われた総理大臣本人ではなく周りが激する。

 

『貴様、総理相手になにを言う!』

『ダブルスタンダードの世界に恥をさらす総理など一国の元首に相応しいと思うのか!』

『無礼でないか! 総理に謝りなさい! 書記、消すな!』

『誰が謝るものか! 国民代表する総理にあって国民を害する法の立法を進めるなどそちらのほうが余程無礼だろう!』

 

 議論ではなく、単なるエゴの押し付け合い、あるいは罵り合いへ変わった以上、この先に待ち受けるのは強行採決のみだろう。周りに聞こえない程度で軽く呻いた国務総省次官は強行採決日(Dデー)がIS学園の学園祭当日であることを確認してうんざりした。

 

 

 

 

 

 

 

 IS学園学園祭当日の朝、ボーデヴィッヒは自室で先日聆藤から渡されたショルダーバッグをひっくり返していた。

 なかに入っていたのはグロッグ17とその予備マガジン、応急救護用品に無線機だった。どうやってこんなものを持ち込んだのか、聆藤に聞きたい気持ちを押さえて手際よく装備していく。

 

「仕掛けて来るとすれば午後か」

 

端末に表示されたスケジュール表を見ながら考える。恐らく、午前中は警備の配置確認のみのはず。連中が馬鹿でも阿保でもなければ警備を確認してから事を仕掛けるはずだ。多分昼休みから生徒会主催の演劇だろう。「はず」だとか「多分」とか「だろう」など不安しかないが情報が足りないのだからしょうがない。聆藤と連携を密にするしかないかと決めて端末を机の上に置く。

 腰のベルトにグロッグ17を差し込み、予備マガジンを内ポケットにしまい、携帯用無線機を腰につける。無線式イヤホンマイクを片耳に着けて目立たないよう髪を下ろす。ショルダーバッグだけは隠せないため、ロッカールームに放り込だボーデヴィッヒはクラスの出し物であるメイド服に着替えて部屋を出た。教室に近づく廊下を歩いていると聆藤がこちらに歩いてくるのが見えた。すれ違い、通り過ぎようとしたとき聆藤が口を開いた。

 

「落ちたよ」

 

 そういって差し出されたボールペンは当然自分の物ではない。

 

「あとこれ、織斑先生から渡してほしいと」

 

 あわせて渡されたUSBメモリーの感触を感じながらボーデヴィッヒは中身を見開きたい気分を抑えるのに苦心した。礼だけ言っていそいそと教室に入るのを確認してから聆藤は自分も仕掛けを用意するため学園下層の立ち入り禁止区画に入っていた。

 教室で渡されたUSBメモリーを周りから見えないようにISに接続する。提示されたファイルを開いたボーデヴィッヒは(バグの位置と周波数について)と書かれているのをみて思わず溜め息を吐いてしまった。いつの間にこんなものを。教室、廊下、職員室に食堂、各アリーナのコントロール・ルーム(管制室)に昇降口。さすがにロッカールームは男子だけ、私室までは仕掛けられてないようだが、果たしてどこまで信用できるのか頭を抱えたくなった。バグという言葉が盗聴機の意味であることを知っていたボーデヴィッヒは無警戒過ぎた自分を呪いながら聆藤の綿密さに驚かざるを得ない。おそらく人手が必要な時に半端な素人を巻き込む訳にもいかなかったのだろう。そこに明確な軍人がいるのなら巻き込んでしまえ、という聆藤の暴論だったのだ。デュノアを巻き込んだのは一番情報が漏れそうな穴だったから脅迫してでも穴を塞ぐ、ただそれだけだったのだ。嘘ではなく、あえて本当のことを知らせて逃げ道を絶つ。ああいう連中(情報機関)が協力者を作るときの十八番であることに気が付いたが、その網に掛かったのは自分も同じということに思い至ったボーデヴィッヒは何度目かの溜め息を吐いた。ふと表示されたデータに違和感を感じる。IS学園の下層区画は原則として立ち入り禁止だ。そして地下構造も非公開とされている。手元のデータには逆正四角錐の形をしてさらに頂点から真下に線が延びている。なんだこれは、と興味をそそられたが、とりあえず先送りを選んだ。表示されたデータを頭に叩き込んでファイルを削除。その上から空ファイルを複数削除して複製されないようにする。どこまで効果があるのかわからないがやっておくに越したことはない。USBメモリーは物理的にも破壊したいがそんな暇はなく、ISの展開などもってのほかと来ればできる手段は限られる。近くにあったコップを一つ借りて水道の蛇口を捻って水をいれ、そこに食塩を一つまみ。よく撹拌した食塩水にUSBメモリーを沈めた。そのまま少し待つ。コップは洗って戻し、USBメモリーはそのまま放置すれば腐食して使い物にならなくなる。特段クラスメイトに怪しまれることなく処理を終えたボーデヴィッヒはそれに合わせるように部屋に入ってきたデュノアになんと声をかけようかと戸惑ってしまった。

 あの日以降、デュノアと聆藤の関係に特段の変化はない。だが、あからさまではないがデュノアは聆藤を避けているのがボーデヴィッヒにはわかった。織斑一夏のお陰でようやく降りきったと思っていたものが災厄として我が身に降りかかってきたのだ。しかしこの件にボーデヴィッヒは自分が入り込めることではないと承知していたから余計に入りづらかったのだ。

 

「シャ、シャルロット大丈夫なのか?」

 

 戸惑い勝ちな声にデュノアはあまり暗い姿を見せず答える。

 

「大丈夫だよ。とにかく今は学園祭に集中しなきゃ」

「そうだな。だが無理は、な。あんまりしないでくれ」

 

 隣に座っても、それきり止まった会話はクラスメイトが来客を告げるまで動き出すことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 事態が動くは午後の部に入ってから、というボーデヴィッヒの読みは正解だった。

 聆藤は時折ボーデヴィッヒ、警備指揮を執る更識楯無と連絡を取り合いながら巡回していた。各所に仕掛けた盗聴機のお陰もあって学園の動きは手に取るように分かる。

 だからこそ聆藤は無線を横聞きしてすぐに走り出した。

 

「監視カメラB-22に顔認証が引っ掛かりました。非常警報発令」

「ホームルーム棟Cフロア付近です!! 」

「続けてB-24、B-74でも捕捉しました。ルート63で一年一組へ向かっています」

「第三区隔壁閉鎖用意、外に逃がさないで」

「はい、第三区41番、42番、44番を緊急閉鎖用意よし、43番は応答無し!! 」

「鎮圧部隊を向ける。緊急配備をかけて!! 」

「動きが早すぎます」

 

 突如として警報発令が学園の地下指揮所(ハイ・セキュリティー・エリア)で発令されかける。

 

「まさか!! 」

「当該人物の入校を確認していたですって!! 」

「申し訳ありません。教員全員に手配写真が回っておらず、そのままスルーしたそうです」

「言い訳は結構。第三区北側を物理閉鎖。直下の地下第五区を隔離して」

 

 間抜けをさらした教員探しは後回しでとにかく織斑一夏を逃がさなくてはならない。だが、その為には根回しが必要だった。とそこで突如として通信に割り込んできたのは聆藤だった。

 

『警報を止めて下さい。パニックを起こしますよ』

「今何処にいる?」

『ルート73、ロッカールームに急行中、次いでボーデヴィッヒ少佐もこちらに』

「わかったわ。私がいくわ」

『ISは止めてください、戦争になります』

 

 苦渋の決断だった。いくら日本本国の非常事態法の可決間近とはいえ世界の目があるのだ。過激なことは自制しなくてはならない。がんじがらめに縛られたIS学園は危ういバランスの上になりたっているのだから。

 

「……わかったわ。織斑先生に繋いで。織斑先生ですか……わかっています。あとはお願いします。警報を止めて」

「お嬢様。しかし」

「止めて」

 

 有無を言わせぬ断定の口調に忠実なる付き人はその意思の固さを悟る。三度目の指示は受けなかった。

 

「け、警報を止めます」

「誤報です。公式には警報機のミスだと委員会と政府には伝えてちょうだい。来客にも同じように」

「わかりました」

 

 これでパニックは収まるだろう。問題は織斑一夏の事だった。聆藤は間に合うか? タイミングは殆ど確実、だが伏兵がいた場合どうなるか、更識はタイミングの悪さを思わず呪っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ルート73──HR(ホームルーム)棟から一本でロッカールームに向かえるコース──を駆けながら聆藤達は警戒は怠っていなかった。通信のあとボーデヴィッヒと合流してから走り続けていた。とはいっても油断などない。校内に入られた以上、潜入部隊が一人だけなどあり得ない。二人はCQB(近接戦闘)の手本のように動き、互いの死角を補い、視線と銃口を一致させ素早く上下左右に向けて睨みながら進んだ。

 次の角を右に曲がればすぐ左がロッカールームになる。最後の角を右折しようとしたタイミングだった。飛んできた火線に聆藤もたたらをふむ。銃弾がコンクリートの壁を削り、鉄骨を叩く。軽やかで聞いたことがある、連続した音は拳銃ではない。学校警備側の無能さに呆れるより早く聆藤は応戦を選んだ。銃弾の雨が止んだタイミングを見計らってグロッグ17の引き金を引く。景気よく吐き出される空薬莢のお陰もあってか、敵の銃撃が弱まる。火線の数から二人とか? と聆藤が首を捻り、威力偵察もかねてパイプ椅子を放り投げようとした瞬間、再び押し寄せた火線に聆藤は引き下がらざるを得ない。必死になって五感を凝らし、当たってくれよと祈りながら殆どあてずっぽうに引き金を引く。牽制射撃は後ろを見ていたボーデヴィッヒが加わってから正確さが増したが弾間なく飛んでくる銃弾の嵐は明らかに素人の手ではない。

 

「三尉、行けるか?」

 

 この火線に飛び込めと? 冗談じゃないと首を降り、聆藤は上方に向けて引き金を引いた。スプリンクラーを撃ち抜き、シャワーのように降ってきた雨に聆藤はハンドサインで会話する。

 体制を整えようと動いた瞬間、二人の耳はコロコロとなにかが転がってくる音を聞いた。ゾッとした二人はとっさに奥の部屋に飛び込み、おかれていた事務机に椅子をありったけ蹴倒し、壁にした次の瞬間、押し寄せた爆風と轟音と向き合った。

 

「連中、馬鹿じゃないのか! こんなところで手榴弾なんて」

「加減てものを知らないのか! 全く正気じゃない」

 

 どうやら破砕タイプの手榴弾らしく火災には機を使っているようだが、とはいってもこんなものを学園に持ち込み、使ってくるなんてどうかしている。CLAYMORE地雷(対人指向性地雷)ならもたなかっただろうかが手榴弾ならなんとかもってくれたようだった。ベコベコになった机達を影にする。破られずに済んだ机達に感謝してボーデヴィッヒは侵入者に罵りながら引き金を引き絞った。

 

「拳銃での射撃は苦手か?」

「やかましい! そもそもISを使えば倒せるんだ!」

 

今回、IS反応で真っ先にばれるだろうから二人はギリギリまで使うつもりはなかった。

 二人の軽口に狙いを定めたように吐き出される銃弾の雨とその影から続けて近づいてくる複数の転がる音に聆藤も弱音を吐く。

 

「連中、いくつ持ってきたんだ!」

「知らん! 敵に聞け!」

 

 律儀に答えたボーデヴィッヒに再び応じる余裕はなかった。爆発が複数続き、破片が机に衝突する嫌な音がする。硝煙やらなんやらの臭いが鼻につく。これが戦場なのかと思った直後、援護! という声を聞いて慌てて応戦を再開した。最初のコンクリート壁に飛び付いた聆藤は奥に見える備え付けの消火器にに狙いを定めている。タン、タンと二つの音に続けて漏れて吹き出しだした二酸化炭素の白い煙が目隠ししてくれる間に二人は前に進んだ。盲目撃ちで撒き散らす銃弾は脅威だが、狙われているよりは怖くない、無理やり言い聞かせて聆藤は前に踏み込む。ボーデヴィッヒの射撃が一人を仕留めたらしく、悲鳴にあわせて崩れ落ちる音が聞こえる。もう一人は煙が晴れるまで壁に隠れたらしい。膠着は良くない、とボーデヴィッヒは踏み込もうとしたがそれは聆藤も同じだったようだ。ボーデヴィッヒの踏み込みより早く、聆藤は膝を狙うように蹴りを叩き込んでいた。バランスを失いながら正面に銃口を向けた敵に聆藤はグロッグ17のグリップで真横から殴り付けた。そのまま相手の腕を壁に力ずくでぶつけ、足をかければ、がら空きとなった首もとに肘を打ち込んでいた。「ぐえっ」と潰れた蛙よろしく声をあげた相手に聆藤は鳩尾に膝蹴りを叩き込む。むせた相手は転びそうになりながらも抵抗をやめない。確保を諦めた聆藤は首もとに冷たい銃口をくっ付けて躊躇いなく引き金を引いた。パン! という音に会わせて真っ赤に弾け、崩れ落ちた相手を確認して二人は閉鎖されたロッカールームをISで破壊して突入することにした。

 ボーデヴィッヒの目元に恐怖が見えた気がしながら聆藤はいくぞと声をかけ二人は部屋へ踏み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 隔壁の破壊される大音響は捕らわれていた織斑一夏にも届いていた。

 

「一夏!」

 

 ラウラ! 、と叫ぶより早く突入した二人は蜘蛛の形に似たISと向き合う。

 

「あっさり負けたようだな」

 

 罵った聆藤の苛立ちに織斑一夏は顔を歪める。少佐、援護を頼むとだけ伝えて聆藤は向かっていった。足が八本あっても人間の手足で四本だけ。操縦に苦労しそうな機体に、これ(アクラネ)を作ったやつは馬鹿だろうと思いながら銃撃を加える。破壊されたロッカーを蹴り飛ばし障害にする。撃ち込まれるピンクのシャワーに聆藤は織斑一夏の楯になりながら間合いを詰める。

 

「やるじゃねえか、さっきのガキとは違うようだな」

「言ってろ!」

 

 口汚く罵り、罵り合って、聆藤は叱咤する。シールドがビームを弾き真上からブレードを振り下ろす。金属のぶつかる音に火花がまとめて散りながらシールドが悲鳴をあげる。下から凪ぎ払おうとするブレードを受け止めたアクラネのバイザーの向こうに勝利を確信した笑いが見えた。しかし──。

 

「もうちょい、右かな?」

 

 抜けた声に、あ? と気が付いた時には遅かった。

 

 凄まじい衝撃がアクラネを襲い、天井に叩きつけられていた。ひゅーと口笛を吹いて讃えた正体はボーデヴィッヒの大口径レールガンの砲撃だった。至近距離の砲撃の前に天井の崩落はなかったが撃ちつけられた衝撃までは殺せなかった。

 

「この、クソガキ共が」

 

 ボーデヴィッヒが砲撃を、聆藤がブレードを構える。そしてそこに復帰したのは『零落白夜』を発動させた織斑一夏だった。

 

「俺が決める!」

 

 は? という呆けた声はここにいる全員に聞こえただろう。大降りな一撃は本来なら掠りもするまい。だがボロボロのアクラネ相手には通じたらい。

 唖然とした聆藤の思考を放置して弾き飛ばされたアクラネは動きを殆ど止めている。動くな、そういって足に突き立てられたブレードは装甲を貫き壁に縫い付けていた。

 

「ようやく見つけたぞ。巻紙礼子、いや亡国企業(ファントム・タスク)のオータムと言った方がいいかな」

「どうしてそいつの名前を?」

 

 疑問系の織斑一夏に聆藤は答え合わせをする。

 

「今日の朝、東京湾で遺体が上がった。遺体照会の結果がさっき届いたよ。IS開発事業団『みつるぎ』対外交渉の巻紙礼子」

 

 あんたの事だという声は冷酷で危険な色があった。

 壁に縫い付けられた足ではなく機体だけがうごめき、逃れようとする。

 

「身柄を拘束させてもらう。諦めろよ。自白剤を半リットル流し込まれればどんな工作員でも二十分と口を割る。わかってるはずだ」

「クソが!」

 

 悪態を吐いたオータムを拘束するためボーデヴィッヒにワイヤーの展開を指示したその瞬間、聆藤は「ヤバい」と言うと後ろに飛び退いた。

 その直後、紫の光が崩落間近の天井をぶち破って降ってきた。

 とっさに後ろに飛び退いて直撃を逃れた聆藤はハイパーセンサーの索敵結果をみて自分の目が信じられなかった。

「まさか今、このタイミングで仕掛けて来るとは思わなかった」とは聆藤のとっさの呟きである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──時間は少し前に戻る。

 いきなり鳴り出した警報がストップし、気が付けばボーデヴィッヒが居なくなっていることに真っ先に気が付いたのはデュノアだった。警報の誤報が伝えられ、ようやく落ち着いてきた時、四人に通信に届いた。

 

『篠ノ之、オルコット、デュノア、鳳、いるな。直ちにISを展開。オルコットと鳳は上空哨戒に、篠ノ之、デュノアはロッカールームに向かい聆藤、織斑、ボーデヴィッヒの援護に当たれ。くれぐれも被害を大きくするな』

 

「了解」と四つの声が重なり、それぞれがISを展開し指示され場所へ散っていく。

 

「どうにか持つか? いや、()()が来れば難しいか? どう思う、山田先生」

「難しいと思います。()()相手では更識さんか聆藤君ぐらいしか」

「だろうな」

 

 二人の()()の意味は共通していた。イギリスがやらかした失態の後始末という意味で。

 

「高熱源体接近。数一……? いや後方より二機更に接近。後方の高熱源体、IFF(敵味方識別装置)確認! 空事機です!」

 

 山田真耶の発した内容には織斑千冬も驚愕せざるを得ない。

 

「空事機だと! 無茶だ……」

 

 IS以外はISに敵わず、の原則を無視して追撃するのは日の丸を張り付けた銀翼だった。

 

「F35に告ぐ! 貴機行いはIS学園を侵犯している! 直ちに離脱せよ!」

 

 セオリー通りの警告は無視された。F35との相互回線すら無視され返答の変わりに帰ってきたのは無言の通告、火器管制レーダーだった。

 

「火器管制レーダー探知! 撃ってきます!」

 

 その叫びに違わず放たれた対空ミサイルはサイレント・ゼフィルス目掛けて一直線に飛んでいく。

 煙は発車の瞬間のみ撒き散らされると直ぐに拡散、ラム・ジェットエンジンに点火して飛翔していく。だが、サイレント・ゼフィルスから分離したビットの先端から放たれた細い紫の矢が正確に捉える。

 爆炎に包まれ消え去ったミサイルの影から抜けた明確な殺意を伴った銃撃が降り注いでいく。だが、ひらりひらりと舞うように逃れており、あたる様子が全く見えない。焦るわけでもなく、くるりと宙返りでサイレント・ゼフィルスはあっけなくF35の後ろを取った。慌てたかのように急上昇から急降下で降りきろうとする。山田真耶はパイロットの絶叫が聞こえた気がした。F35はフレアを勢いよく吐き出すがサイレント・ゼフィルスは無駄な抵抗と嘲笑う。ビームライフルが光の矢を飛ばし主翼を破壊する。一撃で爆炎に包まれた機体からひとつの影が飛び上がる。

 もう一機の「ブレイク!」という叫びが見えた。その機体のパイロットは後ろから迫るサイレント・ゼフィルスを警戒しすぎて正面から迫る真正面からのビットの一撃の前に真っ二つに切られた。誰も息する間もなく、誰も声をあげる間もなく、二つの戦闘機の残骸ははらはらと散っていった。

 

 

 




感想、講評お待ちしてます。


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ルナ・サーカス
ルナ・サーカス1


今まで放置していた話の続きですが、過程をすっ飛ばします。
…………もっと宇宙戦闘が書きたかった。わかりづらいかもしれません。(月、壊れてます)
誰が壊したんだろうね?
感想ありがとうございます。



 視野の端に新たな文字列が標示されていた。レーザー通信で送られてきたデータはこれからの作戦(オペレーション)に必須の情報だった。

 

『目標情報が入った。全員に転送する。……これより目標を(Alpha)(Bravo)(Charlie)(Delta)と呼称。

 通信とセンサ群は私の指示あるまでレーザー通信とパッシブに限定しろ』

 

了解(ラジャー)

 

 端的な全員の返答をうけてからボーデヴィッヒ大佐はディスプレイに表示されている相手の軌道を確認していた。想定される軌道では最接近時、数キロ圏に入るはずだが、現時点の距離では数多のデブリによって観測がむつかしい。だが、軌道上に存在するトライデントベース(基地)から転送されたデータと、自分たちの光学観測のデータを同定することで捕捉することが容易になる。

 その中で最初に目標を捕捉したのは先頭を航行するデュノアだった。

 

『こちらオニョンⅡ。目標を光学で捕捉した。データを送る』

 

 ボーデヴィッヒ大佐は観測された地点に向けてパッシブのセンサ群をむけた。すると赤外線センサに反応があった。底辺がぼやけているが、二等辺三角形の形をしている。おそらく目標が搭載している追加加速用のエンジンが発した推進剤が、ガス塊として時間とともに拡散しているのだ。しかも高加速用でなければありえないほどガス塊の拡散速度が速かった。やがて、固有の赤外線の放射パターンも照合したデータと一致した。

 ──間違いないだろう。

 ボーデヴィッヒ大佐は確信した。

 

『赤外線センサでも確認した。……だが、〝風〟が強い。

 目標は秒速十二m、接触は一瞬だ。各機相互データリンク開始。攻撃開始三秒前にレーダーを起動、精密観測を行う。目標に一撃離脱を仕掛けた後、高機動エンジンに点火。再加速して敵を振り切る』

 

 僚機から音声での返答はないが、ボーデヴィッヒ大佐は楽観視していた。僚機の操縦士とは長い付き合いだった。全員が相互に思考パターンを把握している。意思の疎通に齟齬を生じさせないため、事前に思考の癖を読み解いた上で記憶に刷り込むか、記憶領域に保存していた。記憶領域を有しているのはボーデヴィッヒ大佐とあと一人だけだったが、あとの二人にも心配していなかった。

 相手のセンサにかからないように、ひたすら慣性航法を続けた。そして時間が過ぎた。

 索敵は一瞬で終わった。目標を斜め後ろから追い掛けている。あまり理想的ではなかったが、幸いにも目標自身が放射しているガス塊が邪魔している可能性が高い。加えて高比重なデブリも身を隠す陰になった。こちらのほうが速度が優速だったが、どちらにせよ再加速するまで高機動エンジンにダメージがなければ、加速して容易に振り切れる。

 続けて目標の詳細な観測結果が主モニターに転送され、それを確認してからボーデヴィッヒ大佐は続けていった。

 

攻撃開始! (Fire!)

 

 四機のISが攻撃を開始する。無反動銃二門、大口径砲一門、大口径レーザー砲一門がFSCに支援されて、一斉に撃ち始めた。だが、実弾兵器の初弾はすべて外れた。

 

「高比重衛星多数、この距離では当たらないよ!」

 

「泣き言を言う前に手を動かせ。接近しきるまでに当てろ!」

 

 デュノアの泣き言はボーデヴィッヒ大佐が一蹴する。

 だが、レーザー砲は初撃から命中していた。

 

「目標Dに命中しましたわ!」

 

「風があると光学兵器の方がいいなぁ!」

 

 デュノアがオルコットを羨む。デュノアは射撃モードを単射からバーストに切り替えてから攻撃を再開した。

 

「目標A、Cに命中、目標は健在!」

 

「こちらソードⅢ。目標Bに命中。軌道がずれだしている」

 

 完全な奇襲に相手の反応が遅れていた。目標Bは光学センサでもわかるほど軌道がずれている。先ほどと比べて赤外線パターンが変化していた。どうやら推進機構にダメージを受けたらしい。相手が立ち直る隙を与える前に、連続して打撃を与える必要があった。

 

「目標が応射してくる!」

 

「かまわない 相手も条件は同じだ」

 

 聆藤少佐のいつもと同じ、冷静な声にボーデヴィッヒ大佐は安心した。揺るがない人間の存在はチームの柱になる。

 相手の応射も高比重衛星の微細重力によって、命中率が低下していた。対して微細重力ではほとんど影響を受けない光学兵器の存在は大きい。

 最接近時が近づく。ここまで近づけば光学観測でも相手の機体を識別できた。Aが赤、Bが白、Cが紫とオレンジ、そして最後尾のDが薄い水色の機体だった。

 

「爆雷投下する。巻き込まれるなよ!」

 

 ボーデヴィッヒ大佐が注意喚起するのと同時に、シュヴァルツェア・レーゲンの機体が大きく揺れて、軌道が変化する。それをスラスタを噴射して制御する。この時間、ボーデヴィッヒ大佐は完全に無防備になるが、僚機はそれぞれが死角をカバーし、相手に反撃の隙を与えなかった。やがて爆雷が加速を始めた。

 爆雷は一定距離を進んだ後に、炸裂し破片をばらまき、破片の質量と運動エネルギーで目標を破壊する兵器だった。その破片の拡散方向に指向性を持たせたものがボーデヴィッヒ大佐が投下した機動爆雷だった。爆雷よりも加害半径が狭い代わりに、指向性を持たされた方向に飛散する破片の密度は通常の爆雷より高く、高い命中率が期待できた。加えて加速するため、初速より早く、その分運動エネルギーも増加する。命中箇所によっては大型の航宙艦でも撃破が期待できる。

 しかも爆雷自体が有り合わせのもので、技術的にも難易度が高い訳ではなく、それゆえに信頼性も抜群だった。

 ボーデヴィッヒ大佐達は機動爆雷を投下することで進路上の掃除を目論んでいた。しかも多弾頭タイプだから、機動爆雷特有の加害半径の狭さを補うことができる。すり抜けるときに邪魔になる敵の一掃を狙っていた。

 やがて、爆雷は最適な地点で炸裂した。

 破片が目標の進路と交差した。この距離では破片の威力は強烈だ。一撃でも命中すればエネルギーを一気に持っていかれるはずだ。これを防ぐためには、シールドを全開にして、密集隊形で切り抜けるしかない。

 その瞬間を狙って、ボーデヴィッヒ大佐は射撃を集中させた。バーストがフルオートに代わり、爆雷の破片と合わせて雨あられとなって降り注ぐ。

 もう、有視界距離にまで接近していた。

 

「久しぶりだねっ、鈴!」

 

 銃撃にのせたデュノアの声には怒りが隠れていた。

 

『ずいぶんな挨拶じゃない!』

 

「そう? また間違えようとしているのに、また同じことを繰り返すの!?」

 

『何度でも繰り返すわ。一夏のためなら』

 

 それを聞いて、デュノアが爆発した。

 

「あれだけの事をしたのに! みんな帰って来なかったのに! そうやって、甘やかして。ほんっと、懲りないねっ!」

 

『アンタにはわからないわよ! アタシがどんな思いで待ってたかなんて』

 

 双方の火線が交差し、嵐となって宙域を覆う。ガス塊が各所に生じてセンサの感度が著しく低下していた。運動エネルギー兵器をできるだけ防御するため、ジャミングも兼ねて意図的に分厚いガス塊を発生させていた。光学センサがもっとも頼りになるセンサだった。

 ボーデヴィッヒ大佐はディスプレイの点滅が視界に入った。トライデントベースから新たな情報が来ている。戦闘中に送られても見る余裕はないが、確認するべきだという直感が囁いた。ファイルを開いて内容を確認してから、ボーデヴィッヒ大佐は決断した。

 

「わからないし、わかりたくもない! 私を一夏は助けてくれなかった! 好き勝手言って。助けてって、言ったのに! 何も助けてくれなかった!」

 

 デュノアの絶叫に敵の動きが僅かに重たくなった。

 

「一夏は私を見捨てた。……いや、私になんて最初から興味なかっただけだったのにね」

 

 その言葉がざっくりと突き刺さり、視界が真っ白になる。真っ直ぐに、そして何より明らかな殺意を向けてくるかつての友人たちに何も言えない自分に凰は気がついた。

 そして最接近の瞬間が過ぎた。お互いを視認できる距離で擦れ違った。それだけで、もう二度と笑い会えないことが互いにはわかってしまった。

 

「そんなに一夏が大事? そんなに一夏に構ってもらえて嬉しい? ふざけないでよ。私をバカしないで!」

 

 ついに何も返せなくなった凰に一瞥してデュノアは更にぶつける。溜め込んでいた怒りも、不快さも、すべてをぶつけていた。まだ続けようとしていたデュノアを遮ったのは聆藤少佐だった。

 

『射程を出るまで攻撃を継続。大佐、第二次攻撃は?』

 

『……無しだ。トライデントベースが新たな熱源反応を送ってきた。第二次攻撃の為に軌道を変更すれば追い付かれる可能性が高い。今、転送する』

 

 ボーデヴィッヒ大佐と聆藤少佐の会話を聞きながら、デュノアはディスプレイを開いた。転送された情報を確認しながら、デュノアは視界がぼやけていたが、返答が詰まる愚はおかさなかった。たぶんチームの誰もがデュノアの内心を察していた。だから、それには触れずに別のことを聞いていた。

 

『ずいぶん盛んにレーダー波を飛ばしていますのね。位置を特定されてもかまわないということかしら。あるいは威嚇でしょうか?』

 

 敵は低軌道上から加速して上昇しているようで、一旦上昇しきってから大気ブレーキで減速することで、最終的な進路を決めようとしていた。このまま当初の予定通りに第二次攻撃を仕掛けた場合、こちらの進路と交差するのは第二次攻撃開始直前だった。恐らくこちらの機体の赤外線パターンなどは把握されているため、推進剤の運用効率や消耗傾向から経済軌道を見抜かれた可能性が高い。

 だからといって、欺瞞軌道をとってからの第二次攻撃では減速のための推進剤が不足する恐れがある。減速できなければ外宇宙に向かって進むしかなく、なにより救助の宛は無かった。

 たとえ減速できたとしても新手の敵は万全な状況で、しかも機数で優位に立つ。このまま戦闘に突入すれば不覚を取る恐れがあった。どちらにせよ、このまま進むのは危険すぎた。

 

『数は六機。ずいぶん多いが、多分威嚇だろう』

 

 転送されたデータには複数の赤外線パターンも含まれていた。ドップラーシフトからある程度の敵速も判明している。だが、聆藤少佐はそのデータに見覚えがあった。

 

『……まて、このパターンはまさか?』

 

『あぁ。恐らく元部下だ』

 

 重くなった空気と返答に詰まった聆藤少佐を感じてか、ボーデヴィッヒ大佐は気にするなと言ってから、仕切り直すように続けた。

 

『第二次攻撃の上、トライデントベースに帰投予定だったが、予定が狂った。直接地上降りることになる。降下指定地点はまだだが、しばらくはこのまま慣性航行で行方をくらます。新たな目標は(Echo)群と呼称する』

 

 全員が了解してから、高機動エンジンに点火した。加速による重力が生じるのを感じながら、四人は欺瞞軌道に乗った。

 デュノアは回収されるまで何も話しかけなかったが、全員その事には帰投してからも触れることはなかった。




できるだけ再開したいと思ってます。
劣等生もよろしくお願いします。
感想、評価、投票励みになるのでお願いします。


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ルナ・サーカス2

お久しぶりですが、最新話投稿です。


 周回軌道上での妨害を振り切った織斑一夏たちは(ラグランジュ点)5を通過して減速を行い、さらに慣性航法に切り替えてから長楕円軌道でⅬ2へと向かった。その先には球の半分以上が失われた月があった。ふいに割れた月が、可視光で補正されてモニターに表示された。センサが残った月の北極付近にあるピアリー・クレーターから微弱な誘導電波をキャッチ可能な距離に近づいたため、レーダー表示を閉じ、光学センサのデータを表示させたためだ。レーダーの表示では分かりにくかったものだから、より唐突に表れたように感じたのだ。織斑一夏はあまりに痛ましい姿に声を失った。モニタに詳細な情報が表示されたが読む気になれず、観測をやめた。どのみち、全員がデータを共有していたから、必要ないと言い聞かせて、をモニタの映像を切り替えた。

 まもなく、誘導電波に従い最終減速を始める予定だったが、その前に更識簪は、自機から索敵用のプローブを放射状に放った。減速しているが、プローブにも推進器がついているため、先行観測に十分な加速が可能だった。ただし減速は不可能だから観測を終えたら回収は不可能で、月を通り過ぎて地球を回るデブリになるしかない。

 やがてプローブからの先行データが送られてきた。

 

「……多分大丈夫、だと思う」

 

 更識簪は遠慮がちにいった。織斑一夏が転送されたデータを見ても不審なものは表示されていなかったが、織斑一夏はかすかに違和感を感じた。何か、大切な何かを見落としているような気がしたのだ。

 

「どうしたの、一夏? 何か気になるものでもあった?」

 

「……何でもない。そういえば、このまま減速するのか?」

 

「そうだけど、どうしたの?」

 

 迷いを振り切って織斑一夏は打ち上げ以前からの疑問を聞くことにした。

 

「月に何があるんだ? 一部が砕けて小惑星帯ができてるし、シャルやラウラにセシリア、それに聆藤もどうしたんだ」

 

 ──仕方ないことだった。

 鳳はそう言おうとして、言うのをやめた。意味がなかったし、それ以上に軌道上で待ち伏せをしてきた敵がこのまま済ませるはずがない。情報漏洩の原因を探すのは基地に帰った後でいい。それよりも次の攻撃が気になった。攻撃終了直後にこちらの増援が射出したことと、敵の予想軌道も地上からのレーザー通信で受け取っていたから、再度の会敵はないと思われたが、攻撃がないと断じるには早計だった。

 

「一夏、気を抜かないで」

 

 次の攻撃があるとすれば、自立型の無人兵器と思われた。先の攻撃でいくつかのセンサ群に加えて、通信系装備が不調を伝えていたから、奇襲を回避するために各機の索敵システムを統合する必要がある。自己修復が完了するまでの間、応急的な対応として、更識簪が自機の通信システムの内部に緩衝領域を自作し、情報リンクを構築していた。それでも索敵には巨大な穴があった。それは次第に近づく月そのものだった。月の周辺には、砕けた月のかけらに加えて、放棄された人工衛星や航宙艦の残骸が多数のデブリとなって月との相対速度を維持したまま浮遊しており、人工物が自然物と入り乱れている。そのため、電磁波封鎖を完全にして極度の低温に保たれた無人機との見分けがつかない。安易に接近すると逆撃をくらう恐れがあるから気が抜けなかった。

 その緊張感は織斑一夏には通じていない。それが腹立たしいとも感じたが、もとより織斑一夏はそのような人間だったし、そうた部分に惹かれた自分を否定できず、凰は重ねて注意することを躊躇った。

 

「リアピー・クレーター? に何かあるのか?」

 

 それでも会話に応じる余裕は誰にもない。凰がハイパーセンサで改めてアクティブセンシングを行った直後だった。

 軌道前方に向けていた赤外線センサが強烈な反応を示していた。進入軌道上に伏せていた機雷が爆発したのだ。それも複数発の機雷が連鎖して爆発していた。予想される爆散円の範囲を確認した。結果は直ぐにでて、全員に共有された。

 

「近すぎる……アクティブセンシングを検知されたんだ」

 

 更識簪が呟いた。

 飛散する爆散塊から無理に逃れようと軌道を変更すればリアピー・クレーターにある基地のマスキャッチャーに進入できなくなる。ISのシールドで受け止めても、その運動エネルギーをすべて殺せるわけではない。軌道は変更される可能性は高く、加えて先の戦闘でエネルギーを大分消耗していてたから、撃破される恐れも否定できない。

 減速中はエンジンの中心軸がぶれる可能性を考えれば、絢爛舞踏も行えないから残余のエネルギーが少ない。しかも戦闘時に強引に加速したため推進剤の残量が乏しく、フライバイしての再加速・再減速すら困難だった。

 織斑一夏は特にその可能性があった。織斑一夏のエンジンは戦闘で損傷して、四基あるメインノズルの出力比が不安定な状況に陥っていたため、白式本体の制御機構でエンジンの出力バランスの制御をしていた。今では制御不能には陥っていないが、更なるダメージを受ければ、制御できなくなると思われる。

 

 ──駄目だ……このままでは間に合わない……。

 

 篠ノ之箒は低くうめいた。

 着弾まで十秒程度しか残されていなかった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 かすかな眩暈を感じてボーデヴィッヒ中将はこめかみに手をふれた。頭の芯がとてつもなく重たく、考えが纏まらなかい。だが、記憶領域の異常とは思えなかった。定期的な検診は書かさなかったし、精神的な問題はなかった。あるいは最近行った情報の更新が何らかの不具合を起こしている可能性もある。

 次々と情報の更新が連続するばかりで、メンテナンスが不十分なものだから、妙なノイズが走ることもあった。メンテナンスが出来ないほど忙しいのは事実だが、艦隊司令官としてはそのようなトラブルは許されない。

 

 ──大きなトラブルが生じる前に、一度徹底的なクリーニングをするべきかもしれない。

 

 幸い、艦隊参謀長は長い付き合いで、互いのことをよく知っているため、意思疎通に問題はない。

 そんなことを考えながら、ボーデヴィッヒ中将は専用の端末を立ち上げて、脳外記憶を更新した。一瞬で大量のデータがやり取りされ、抜け落ちていた情報が補完された。

 彼は身震いした。なにか、自分ではないなにかが全身を駆け抜けたような、異様な感覚があった。だが、さっきまでの頭痛は消えていた。それでようやく、改めて情報を検索する気になった。

 ボーデヴッヒ中将は、データを一つ一つ洗い直すことにした。艦隊旗艦のオライオンには宙域ごとの詳細な走査(スキャニング)の情報が前方を航行するセンシングピケット艦隊や情報収集艦などから送られてくるが、その情報は膨大な量となる。それらを捌いて、なおかついくつかのデータを詳細に洗い直すのは、本来各幕僚が行う仕事だったが、ボーデヴィッヒ中将はそれに満足せず、作業を自分でも行うことにした。部下を信頼していない訳ではないが、今回ボーデヴィッヒ中将の下に配置された幕僚達の経験が少ない若手がほとんどだったら、全面的な信用は危険だった。参謀長の経験豊富だが、艦隊の運用を事実上取り仕切っているため、自分より多忙で、センシング結果の精査まで手が回らない。そのため自分がやるしかなかった。

 すでにボーデヴィッヒ中将が指揮する艦隊は敵の支配宙域に侵入しているのだ。わずかな違和感が艦隊のダメージにつながる可能性もある。油断はできない。

 だが、丹念な検索でも敵艦隊の兆候は見当たらなかった。ボーデヴィッヒ中将は息をついた。敵との会敵予想はまだ先だ。今から神経が張り詰めていたら、とてもではないが身が持たない。それに艦隊司令官があまり神経質なのは司令部の士気に影響するかもしれない。ボーデヴッヒ中将はそのように考えたが、奥に絡み付くような、引っ掛かるような感覚は消えなかった。

 ボーデヴィッヒ中将は自分を呼ばれた気がして顔を持ち上げた。

 

「なにか言ったかな?」

 

 艦隊参謀長の聆藤少将だった。聆藤少将は少し回りを見回してから心配するように言った。

 

「顔色が悪いようですが、少し休まれた方がいいのではありませんか?」

 

「そうかな? 自分では気がつかなかったが……」

 

「当直のローテーションを決めたのは司令官ですが、その司令官がローテーションを無視していますから。私たちは替えが利きますが、司令官は替えが利きませんから」

 

 それに我々のためにも休息をおすすめします、と続けて聆藤少将は笑った。昔から変わらない気を使うときの微笑みだった。

 

「……確かにそのようした方がよさそうだ」

 

 気がつかないうちに聆藤少将以外にも察している参謀もいるのかもしれない。

 

 ──ひとまず、自室に引き上げようか。

 

 考えた結果、そう結論した。だが、その前にもう一度情報を更新しておきたかった。心配性だと言われるかもしれないが、艦隊司令官としての自覚がそれを許さなかった。

 更新された情報は先程までと()()()()かわりなかった。だからわずかな変化に気がついた。

 ボーデヴィッヒ中将から引き継いで、端末の表示を確認していたほとんど同時に聆藤少将が参謀達に指示を飛ばした。

 

「周辺状況を報告! ロジックを切り替えて過去のデータを……」

 

 だが、言い切るより早く、通信担当の下士官が声をあげた。

 

「アクエリアスより入電中! 『軌道上前方に新たな重力震源を探知』データを回します」

 

 その一瞬で更新されたデータを認識して、ボーデヴィッヒ中将は頭のなかが真っ白になった。

 

 ──なぜ、突然観測されたのだ? しかも前方を進んでいるセンシングピケット艦や情報収集艦ではなく、艦隊の中心にいる戦闘艦の直接観測で観測されたのか。

 

 だが、考えている暇はなかった。総員配置を命じて、騒がしくなった指揮所でボーデヴィッヒ中将は聆藤少将を見た。少し落ち着きたかったのかもしれない。だが、聆藤少将は「あり得ない」と呻いて、顔を真っ白にして端末のデータの羅列を流している。

 その直後、ボーデヴッヒ中将に転送されたデータには局所的な強烈な重力勾配の異常な数値が観測されていた。

 

「……グラビティ・バブルパルス(重力爆雷)だと?」

 

 ボーデヴィッヒ中将はその言葉が残り、オライオンは激しく震えた。




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