SynCrossnize World (獅子の一等星)
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第一話 運命の遭遇

今までこういった物を書いてはいましたが、こういった場所に投稿するのは初めてです。
読みにくく、短いうえに拙い文章かとは思いますが、着実に更新していけたらと思っていますのでよろしくお願いします……


 

 山の頂上に立つ、神殿のような建物…その中にある円卓の間に複数の者と思われる声が響く。

 人間が座るには少し大きい木製の円卓には、12の席があるが、埋まっているのはその内の八席のみ。

 座る面々も人の姿をしているものが多いが、厳密に人間とは言い難い外見をしている。

 

「状況は芳しくない……進化の柱が1柱、生命の柱が2柱失われ、守護の柱も1柱失われている……」

「過ぎたこと言ってもしょうがないじゃない? 」

 

  紅の炎を纏った存在が今向かい合うべき事態について切り出していく。

対して幼い少女が羽のついたヘッドギアに包まれた頭を振ってその言葉を受け流し、活発そうな声で返答した。

 

「だ・い・じ・な・の・は! これからどうしていくか、よ!! 」

「うぐっ!?」

 

  さらに自身の円卓から飛び降りて、炎を滾らせている彼の席へぴょんぴょんと碧の三つ編みお下げを揺らしながら近づき、彼の頭から延びる鬣の様なオレンジの毛を両手で勢いよく引っ張る。

 彼女なりに未来を見て、悲観的な感情を吹き飛ばそうとしているのだろう。

 

「ミネルヴァモンよ…適度な緊張感は、あってもいいのではないか?」

「相変わらずアポロモンとミネルヴァモン二人は仲良しだね! 」

「「仲が良くなんてない! 」」

 

  赤き炎…アポロモンと羽飾りの少女…ミネルヴァモンの会話に新たな声が2つ加わった。

  呆れたように狼型のヘッドギアをつけた存在がやれやれと首を横へ振り、8本の腕の手で拍手をする異形が二人の仲の良さを茶化す。

  2体は即座に仲良しという言葉を否定するも……それがシンクロしてしまうのは、本当は仲が良いの証拠なのだろう。

 

「今のところ我らのゲート自体に問題は出ていない……」

「こちらのゲートを開くにはボクとメルクリモンの力が必要だからね! 」

「メルクリモンとウルカヌスモンがそう言うなら、大丈夫なんじゃないの? 」

 

  雄々しいヘッドギアの顎部分を親指と人差し指で挟んで考え込んでいるメルクリモンと8本腕の異形のウルカヌスモンがポジティブな考えをして自身の多腕を自由に揺らす。

 共に門を司る柱の2人が断言したことから、『ゲート』の封印は完全であると言っていいだろう。

 2柱の意見を後ろ盾にし、両腕を頭の後ろで組んだミネルヴァモンは体を左右に揺らしながらも、自分の意見を再度通そうとして。

 

「だが、こちらのゲートのロックは万全でも向こう側にもゲートを開く能力を持つデジモンがいると聞く……」

「もーっ、アポロモンは心配し過ぎ! もし出てきてもアタシ達が抑える! それでいいでしょ? 」

 

 その2体から語られる状況に、敵が裏をかく可能性を考えるアポロモンに例え破られたとしても自分達が倒せばいいと主張するミネルヴァモン。

 燃え盛る炎を持ちながらも慎重さを持つのが窺える意見と、少女らしいのか楽観的でポジティブな考え方がぶつかる。

 会議を始めてから1時間…何度目かの光景が繰り返されようとしていた。

 

「ミネルヴァモンは楽観的過ぎるのだ! ポリセイズムサーバー『イリアス』を守護する我らオリンポス十二神の筆頭代理である……」

「自覚を持て!でしょ?もう聞き飽きたわよ!」

 

 彼らの生きる世界であるデジタルワールド……ポリセイズムサーバー『イリアス』を守護するオリンポス十二神達は神人型デジモンの集まりだ。

 口論をしているアポロモンは世界を司る柱、ミネルヴァモンは守護を司る柱として『イリアス』を統治している。

 更にミネルヴァモンは十二神の筆頭代理を務めているため、役割に反したその奔放さにアポロモンも苦言が多くなってしまうのだろう……

 また燃え上がりそうな口論を諌めるように円卓の間に声が響く。

 

「まあまあ、お二人とも落ち着いて~短気は損気……ですよ? 」

「世界のことが気がかりなのはわかりますが、落ち着いて話さなければ実のある結果とはならないでしょう? 」

 

 2人が視線を向けるとそこには天女がおり、リボンを目を含めた全身に巻いていて詳しい表情は伺えないが、優しげな微笑みとおっとりとした声で場を和らげる。

 その声に続いて冷静さを取り戻させようとする女性戦士も仲裁に入る。彼女の冷静さを示すように落ち着いた白と青のカラーが目立つ、月をモチーフとした鎧を輝かせながら……

 結果として双方はムキになり過ぎていたことをようやく自覚し、アポロモンとミネルヴァモンは矛を収めた。

 

「ウェヌスモン、ディアナモン……すまなかった、熱くなり過ぎていたようだ」

「うっ、ごめんなさい……」

 

 冷静になったことで、客観的に自身を見直せたためか、アポロモンとミネルヴァモンは赤と緑の毛をそれぞれ揺らして他の十二神へと頭を下げる。

 これで今回の円卓議会はようやく堂々巡りから解放されるだろう。

 ウェヌスモンと呼ばれた天女は満足げに頷き、ディアナモンと呼ばれた女性戦士は右手の人差し指を上に向け状況把握の続きを進めていく。

 

「わかればいいんです~それでは~」

「ええ、状況の把握を続けましょう……ケレスモン、ネプトゥーンモン『カオス』によるバックアップ状況は? 」

「現在の状況では――」

 

 2人の謝罪を受けたウェヌスモンとディアナモンは円卓へと向き直ると、同胞に情報解析の結果を尋ねた。

 その言葉に答えたのは森を背中に背負った巨大な鳥……ケレスモンだ。言葉を発しているのは頭頂部の人型の部分、ケレスモンメディウムである。

 巨大なケレスモンと比べると豆粒位の大きさな鱗鎧を装備した人魚……ネプトゥーンモンは待っていましたとばかりに尾で地面を叩き、詳細なデータを円卓上の空間へ表示していく。

 

「欠けた進化と生命……守護の部分のバックアップは行われておるが、やはり彼らが持っていた……『カオス』によって託されたオリジナルプログラムには及んでないようじゃの」

「俺らが完全に揃っていた時期と比べて進化と生命、守護の力は現在それぞれ60%といったところさ……」

「そうですか……やはり彼らの力が欠けた今、デジタルワールド・イリアスは不安定な状態になってしまっているようですね」

 

 ケレスモンとネプトゥーンモンの報告を受けて円卓の面々が状況を再確認。

 ディアナモンは指を顎に当てつつも、自分たちの世界の状態を端的に表現していく。

 

「でも~我々に世界とその要素を託して眠りについた『カオス』が未だに力を貸してくれているのは、ありがたいです~」

「しかし、それ以上に情けない……『カオス』から力を託された我らがその役目を全うできていない! 」

「もー! そこは『カオス』も一緒に戦ってくれてるって思うところでしょ? 負のオーバーライトのし過ぎはよくないよ!」

 

 自分達に力を委ねたホストコンピューター『カオス』の助力へ感謝をする者、不甲斐無さに怒りを抱く者それぞれだが……

 詳細データを閲覧し終えたディアナモンが口を開く。

 

「さらに細かく言うならば……最低限の世界の秩序は保たれていますが、進化を司る柱の不在で進化が減少し、生命を司る柱が2柱いなくなり本能と感情の働きが弱まり、生命のバランスが不安定になっています」

「そして守護を司る柱が不在なことで~単純な戦力も減少してしまっていますものね~」

 

 防衛の要が欠けたこともため息交じりに憂うウェヌスモン。

 単純な戦力の減少は外敵への対処も厳しくなるということだからだ。

 世界を司る機能も『カオス』によるバックアップで何とか保っているのも当然好ましくないだろう。

 

「ユピテルモンにマルスモン、今彼らがいてくれたら……ボクが秘蔵のクロンデジゾイドで新しい武器を作ったのに……」

 

 失われた二柱の神。その戦闘力と自身が作る武器ならば、劣勢はなかったとウルカヌスモンは悔しさを滲ませる。

 円卓に振り下ろされた8つの握り拳が、打楽器を叩くかのような音を周囲に響かせた。

 

「偽神(デミウルゴス)の軍勢に敗れたバッカスモンはともかく、ユノモンはどこへ消えたのか……我の速さで探しても行方は知れない」

 

 メルクリモンも腕を組み、敵に破れ消滅した1柱と、突如として行方をくらませた1柱へ思いを馳せるが、弱気になる自分に喝を入れるかのように首を振って。

 またしても雰囲気が暗くなってしまった。彼らが座る円卓の間に少しの間嫌な沈黙に包まれてしまう。

 永遠に続くかもしれないと思われたその時、円卓の間に通信音が鳴り響く。このコール音は……

 

「この音は! 」

「これは……『カオス』からのエマージェンシーコール!? 文章データが送られてきている? 」

 

 真っ先に反応したネプトゥーンモンと、送信されてくるデータがあることをアポロモンが感知する。

 それほど膨大な容量ではないようで、すぐに円卓上へと文章が小さく表示された。

 

「我らへのメッセージ!? ディアナモン、頼むぞ」

「ええ!今拡大をします!! 」

「えっと~どれどれ~? 」

 

 メルクリモンがディアナモンへ文章の拡大を指示し、それを受けて彼女はメッセージデータを拡大する。

 ウェヌスモンは宙に浮き、純白のドレスを棚引かせながらも近づいて、文章に目を通していく。

 

「ふむふむ、これは……予言かのう? 」

「送ってくるならもうちょっと分かりやすく書いてよぉ! 」

 

 続いて文章を予言ではないかと推測するケレスモン。その巨体故にすぐにメッセージを見ることができたのだ。

 自身の優れた視力でメッセージを読み、難解な文章を見た途端にミネルヴァモンは文句をつける。

 デジタルワールドそのものに対して不遜な対応だが、実に彼女らしい反応である。

 

「ボク、何書いてあるかサッパリだよ! 」

「読める範囲ではこれだけか、後は解読を急がなければならないな……」

 

 意味が分からないと素直に自身の多腕を上に挙げて、お手上げのポーズなウルカヌスモン。アポロモンは逞しい両腕で器用にコンソールを叩き解析を急ごうとする。

 オリンポス十二神へと権限や能力を譲渡し、バックアップ以外は眠りについていたホストコンピューターによるメッセージとは?

 それは予言のような書かれ方で、一部のデジ文字は読めるのだが他の部分は暗号化していた。現状では十二神達でも解読ができない状態となっている。

 唯一暗号化していなかったメッセージの最初の一文には、このように記されていた……

 

 

 『異界の聖騎士、十二神治める大地に降り立ち……世界覆いし邪悪を十一の刃で斬り開くであろう』

 

 

 デジタルワールド・イリアスのホストコンピュータが残したメッセージは、オリンポス十二神達に進むべき指針を示した。

 しかし、それと同時に新たな悩みの種が十二神達の脳内へ蒔かれていくのであった。

 

 

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 6歳ほどの少年が、幼い少女の手を引いて桜で彩られた公園を必死に走る。

 その周囲には桜の花びらが舞っている……一見すると春ならばよく見られる光景だ。

 しかし花吹雪の他にも白、金、黒の3色の雷が同時に飛び交っている。

 白い雷に立ち向かうかのように、金と黒の雷は一つとなって向かっていく……

 雷のぶつかり合いが起きる度に花吹雪は散り、美しい花弁は焼け焦げてしまう。

 

「春奈、こっちだ! 」

「怖いよぉ……お兄ちゃぁん! 」

「大丈夫、俺が絶対守ってやる! 」

「う、うんっ……」

「次は、向こうだ! 」

 

 雷の直撃を避けるように公園の中心部から外へ走る少年とその妹。

 2人が身につけている服は、降り注ぐ雷の余波により所々焼け焦げている。

 ずっと走り続け、子供の少ない体力はすぐに底をついたのか……そのスピードが徐々に落ち始めてしまう。

 そこで少年は体力を回復させると同時に降り注ぐ雷から身を守ろうと考えたのか、ドーム型のトンネル遊具へと妹と共に入っていった。

 

「後はここでじっとしてれば大丈夫だ……」

「ううっ、雷……こわい」

「だからお兄ちゃんがいるから大丈夫だって! 」

 

 先に入った妹とトンネルの中で身を寄せ合い、震えながら雷が止むのを待つ……

 不安がる妹を必死で元気づけるも、自身も湧き上がってくる恐怖心と戦う少年。

 トンネルに入って暫くしても鳴り止まないどころかさらに激しくなる雷音。一際大きく鳴った次の瞬間、大きな衝撃がトンネルに走った。

 

「うわぁぁぁっ!? 」

「きゃあぁぁぁっ!? 」

 

 何もかも破壊しつくしてしまうかのような雷の轟音。

 白と金と黒の雷がトンネルの直情でぶつかり合い、その途方もない威力と衝撃によってトンネルが無残にひしゃげていく。

 あまりの衝撃に、妹を抱きかかえていた少年の意識は闇に呑まれてしまうったのだった。

 

「は、春……奈?春奈は……!? 」

 

 衝撃によって生み出された瓦礫の小さな欠片が彼の顔に落ち、その衝撃で少年は残骸の中で目を覚ます。もう周囲から音は無く、雷は止んだらしい。

 すぐに気がつくのは先程まで身を寄せ合っていた妹の感触が無いことだ。

 衝撃ではぐれてしまったのか……痛む体に鞭を打って首を動かして周囲を見ると、妹の存在を近くに感じる。

 しかし、妹は頭から血を流し、体には無数の裂傷があり、意識はない……辛うじて呼吸はしているが、このままでは危ない状態なのは明白だった。

 少年は自身も頭から流血しながら、妹へと必死に這いずり寄る。このままでは妹が死んでしまう……直感でそう感じているのだ。

 だが今の彼では、なにもできそうにない。藁にもすがる気持ちで頭に思い浮かぶ神様に片っ端から「妹を助けて」と祈りを捧げるしかできない。

 そうして自分の無力に打ちひしがれながらも祈りを捧げていた時、まるで少年の願いに応えたように光のオーラが彼と妹を包み込み、少年の脳裏に厳かなの男性の声が響いた。

 

『すまない、人の子よ……我らの戦いに小さき君達を巻きこんでしまった……』

 

厳かなその声の中には若干の苦悩を抱えているかのようで……

 

『私の残された力で、君達を救おう……それが今できる唯一の償い。しかし、これによって君達へと重い物を背負わせてしまうかもしれない……だが、今はこの方法しか手はないのだ……本当にすまない』

 

 優しい光が少年と妹を包み込んで体の痛みが徐々に消え、流していた血の痕も無くなっていく。

 少年は傷一つない状態に、妹も同様に傷は癒えて顔色と呼吸も落ち着きはじめる。

 痛みがなくなったことに安心したからか…緊張の糸が切れたからなのか、少年の意識は徐々に遠退いていき……

 

『い、の……くん! いち……せ、くん!! 』

 

 突如聞こえてきた声に意識を向けると、急に体が浮いたような感覚を覚え、今まで自身を包んでいたフワフワとした感覚が無くなってきた。

 声は更に大きくなって、次の瞬間には大音量が少年の耳を蹂躙した……

 

「一之瀬君!起きなさい!! 」

「ふぁっ!? はいっ! 」

 

 守神市立守神小学校5年1組の教室、1人の少年が5時間目の授業中に机に突っ伏して眠っていたところを、担任の教師に注意され目を覚ました。

 口の端には涎の跡が残っているが、先生の怒号に飛び跳ねるように起きる。その後辺りを見回してみると、周囲には見知ったクラスメイト達がこちらを笑いながら見ている。

 彼の焦げ茶色の瞳が現実を認識し……先程までの映像が何なのかを悟り、ぽつりと呟く

 

「なんだ、夢だったのか……」

「何ブツブツ言っているの? 一之瀬武正君! 居眠りはしちゃダメでしょ? 」

「は、はい! すいません!! 」

 

 5年1組担任の倉崎先生から叱責を受け、すぐさま返事を返すと教室中にクラスメイト達の笑い声が響く。

 今彼がいる場所は学校の教室だ。どうやら先程の出来事は過去の経験を夢で見ていたらしい。

 この居眠りをしていた少年の名は一之瀬 武正といい、守神小学校5年1組の生徒だ。

 

「それじゃあ授業を続けます。では浅葱君、次の問題を……」

「はい、わかりました」

 

 授業が再開され、算数の練習問題をアンダーリムの眼鏡をかけたクラスメイトの1人が黒板の前で解き始める。

 その光景をボーっと眺めながら、武正は再度先程の夢に想いを馳せていく。

 

(何で今さら5年前のことを夢に見るんだ? 春奈にちゃんと謝れってことか? )

(ああーっ! わからない!! )

 

 所々跳ねている癖っ毛の黒髪をガリガリと掻きながら、今さら5年前の夢を見た理由を考えるも……

 5時間目の授業の終わりまで頭を捻っても答えは出てこないのであった。

 

 

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 とある林の中に、閃光が煌めく…眩しい光が収まると、そこには赤く大きな生物が2体。

 その生物を端的に表現する言葉は、2足で立つ赤いクワガタだ。

 

「キシャッ、ギシャァァァ! 」

「ギィィィ! シャアァァ! 」

 

 時折、特徴的な顎鋏をガチガチガチと鳴らしながら、周囲を警戒している。

 しばらくして周囲の索敵が終了したのか、甲殻の中に収納していた羽を広げ、2体の生物は素早く森の中を移動し始めた。

 

 

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 赤いクワガタ2体が姿を現したのと同じ時刻、林の中で1匹の小さな生物が目を覚ました。

 白銀の体をゆっくりと起こし、小さな竜のような生物は4本の足で大地を踏みしめる。

 気絶後の朦朧とした意識をはっきりとさせるように首を振り、現在の状況を把握していく。

 

「うぅん……ここ、は?確かオレ達は次元の歪みの調査をしに来てて……」

「見たことがない場所だ……それに師匠やシスタモン達はどこだろう? 早く合流しなくちゃ! 」

 

 自分の師匠と仲間達で行動をしていたところ、事故により逸れてしまい……更にその衝撃で彼は気絶してしまったらしい。

 即座に仲間と合流を試みようとする小竜は、ゴーグルがフード部分に付いている赤いマントをはためかせ、林の中を走り始めた。

 

 

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 下校のチャイムが校舎に鳴り響き、小学生達は各々帰宅をし始めたり、楽しそうに校庭で遊んでいる。

 その喧噪の中で武正は急いでランドセルへノートや教科書を詰め込んでいた。

 詰め込みが終わり、室内だからと外していた彼のトレードマークであるゴーグルを頭へ装着したところに、クラスメイト達から声がかかった。

 

「武正、ドッジボールしてこうよ! 」

「チームが上手く半分にならなくてさー」

 

 声に反応して座ったまま振り向くとそこには2人の友人が立っていた。

 坊主頭でぽっちゃりとした少年――笹本 太志と背が高くひょろっとした右目が前髪で隠れている少年――長瀬 伸介が武正へ声をかけたのだ。

 2人の声に武正は若干申し訳なさそうな表情をしながら……

 

「太志に伸介か、えっと……俺、今日は家の仕事手伝わなきゃいけないんだけど~」

「えーっ!? つまらないよー! 」

「1回くらいサボっても大丈夫だって! 」

「そ、そうか……? じゃあ……」

 

 最初は家の手伝いがあるからと断ろうとしたのだが、伸介の言葉に流され……結局は遊ぶという方向になっていく。

 背負おうとしていたランドセルを再度机の上に置こうとしたその時、ボリュームは小さいが何故かはっきりと聞こえる声が三人の間に割り込んだ。

 

「武ちゃん……ダメ、だよ」

「あ、桃香!? 」

 

 太志と伸介に待ったをかけたのは、1人の少女だった。

 武正よりも少しだけ背が低いが、翡翠色の垂れ気味の瞳は強い意志を秘めている。

 待ったを掛けた勢いで、彼女の珊瑚色のロングヘアーを毛先の部分で一つに結った髪が静かに揺れた。

 少女の名は守神 桃香といい、武正の幼馴染だ。

 

「あーあ、守神に見つかっちゃったー」

「これはダメそうだ……太志! 他を探すぞ」

「……二人とも、サボりは……ダメ」

 

 また人の意見に流されそうになった武正を放っておけずに助け船を出したらしい。

 二人へ向けて非難を込めた視線を向けて、サボりへの牽制を言葉と共に眼で示す。

 

「は、はーい! 」

「悪かったって! じゃあな武正、守神! 」

 

 普段からあまり口数が多くない彼女は、去って行った2人から自席に座ったまま武正へ顔を向けて、ポツリポツリと言葉を紡ぐ。

 

「人に、流されやすいの……悪い癖」

「いや、その……ごめんって! 」

 

 幼馴染の叱責に返す言葉も無く、手を合わせて謝る。

 この二人のいつもの光景の1つだ。

 

「わかれば、いい……それより、お家のお手伝い」

 

 分かってもらえたのに安心したのか、桃香は小さく笑顔を見せる。

 幼馴染の微笑を見た武正も自然と笑顔になってしまって……

 

「そうだった! 桃香は日直だっけ? それじゃあまた明日な! 」

「また、明日」

 

 日直の仕事がある桃香を残し、急いでランドセルに荷物を入れた後に背負い教室を飛び出す。

 武正が教室の入り口で振り返って幼馴染へ別れの挨拶と共に手を振ると、桃香も微笑と手を振っていた。

 その後教室前の廊下でクラスメイトと接触しそうな寸前、軽いフットワークで回避して昇降口へ向かってゆく。

 もちろん、ぶつかりかけたことに関する謝罪の言葉はもちろん忘れずに。祖父母や父母の躾の成果である。

 

「うわっと! ごめんな、浅葱! 急いでるんだー」

「急ぐのはいいけど、廊下は走るの禁止ですよ? 」

「見なかったことにしてくれー! 」

「やれやれ……」

 

 しっかりと整えられた黒髪にアンダーリムのメガネをかけた少年は、その言葉に肩を竦めながら武正が走り去るのを見て溜息をついた。

 その直後にまた廊下を走る少年とそれを追いかけるかのような怒声が響く。

 

「こら三山! サボるなー!! 」

「んなことオレが知るか、自主勉強会なんてテメェらで勝手にやってろ! 」

 

 そんな言葉を残して茶色のツリ目でキャップを被った少年がやはり昇降口へと向かって走って行った。

 茶色の髪をツインテールにしている少女が怒声を上げるも、すでに姿は見えなくなっていて……

 少女は怒ったまま5年2組の教室に戻っていく。

 

「今日も騒がしいな、この学校は」

 

 浅葱と呼ばれた少年は、憂うように窓から夕陽を見て再び溜息をつき、自分も昇降口へ向けて歩き出した。

 

 

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 林近くの通学路を赤色のマルチポケットベストを揺らして駆けていく少年が1人。

 浅黄色のトレーナーは走って少し暑くなったのか、袖を肘までまくっている。

 カーキ色のカーゴパンツから出る足の速度は中々のもので、結構な健脚の持ち主であることが伺えるだろう。

 頭にゴーグルをつけて黒の所々跳ねた癖っ毛を持つのは、学校から家路を急ぐ武正だ。

 楽しそうに歩道を駆けているが、農業組合の駐車場にある長柱時計の時刻に眼が入り足を止めた。

 

「太志と伸介に時間とられたか……これじゃあ間に合いそうにないな……」

そうぼやく彼の視線は、近くにあるとある分岐路に向けられる。

「しょうがない、久しぶりに近道使うか! 」

 林にある作業用道路を使って林を突っ切ることで近道をしようということだろう。

 通学路から外れ、林の作業用道路へと進み、時間を少しでも縮めるための走りを再開する。

 舗装がされていない道を中々の速さで駆けていく武正だが……

 

「このままいけば何とか間に合いそうだ、あと半分くらいで向こう側に出る! 」

 

 順調に走り続けて、丁度家まで半分の地点に来たところで武正の聴覚はとある音を捉えた。

 次いで、風の流れが激しくなったのを感じて思わず立ち止まり、地面をしっかりと踏みしめる。

 

「何だこの音? 虫とかが飛ぶ音……ってうわっ! 」

 

更に襲い来る突然の突風に体のバランスが崩れるが、地面を踏みしめていたおかげか、転倒をせずに済んだ。

転びそうになり若干焦ったのか、武正は服の袖で額の冷や汗を拭って……

 

「すごい風だな、あぶないあぶない……天気予報で強い風があるなんて言ってたか?」

 

 天気が崩れてきたのかと考えているところに前方から先程の音が近づいてくる。

 接近を感じ、顔を上げて前方を見た武正の目に入ったのは……

 

「……えっ!? 」

「ギギ、ギシャァァァァ! 」

 

 こちらに向かってかなりの速度で飛んでくる、赤いクワガタのような生物だった。

 まるで獲物を見定めたと言わんばかりの鳴き声も聞こえてくる。

 普通のクワガタであったならばそこまで慌てなかっただろう、しかしそのクワガタは――6m程あった。

 

「な、なんだあのでかいクワガタ!? 」

「シャァア! 」

 

 武正の思考はフリーズしているが、彼の本能は体に回避行動をとらせていた。

 道から外れるように木の陰に飛び込み前転で身を隠す。

 その直後、巨大赤クワガタは武正が先ほどまで立っていた場所を通り過ぎた。

 あのまま何もせずに立っていたら、武正の体は交通事故に遭ったかのように宙に舞っていただろう。

 

「おわっ! あっぶねー!! 」

 

 木の陰で落ち着きを取り戻した武正が叫ぶ。

 しかし襲撃者は奇声を発して上昇した後旋回し、彼の隠れている木蔭へと突進してきた。

 間一髪でまた別の木陰へと身を隠した武正は、林から出ようと走り出す。

 当然その動きを見た赤いクワガタ……クワガーモンと呼ばれる存在は逃げた獲物の後を追い始めた。

 

「くっそ! 俺の足についてくるとは中々速いなぁ!! 」

「シィ……ギャアズゥゥ! 」

 

 走るのが得意な武正を追跡するクワガーモンはその巨体ながら速度も速く、少年の口からは軽口も出るが状況は芳しくない。

 更に時折クワガーモンは距離を縮めては大きな顎による牽制攻撃を行う。まるで獲物をじわじわと甚振るように。

『パワーギロチン』と呼ばれるその攻撃は、林の木々を容易に切断していく。

 

「あ、くっ!? 木がキレイに真っ二つなんて! 」

「ギャギィィィ! 」

 

 十分ほどその攻防を繰り返しての逃走劇が行われ、全力疾走を続けていた武正の体力が尽きかける頃……

 走り続けていると林が開け、目の前には大きな沼が広がっていた。

 

「ここは、守神沼!? 追い込まれた! 」

「ギィィ、ギシャァァ! 」

 

 見通しが悪い林から元の通学路へ出るつもりだったが、クワガーモンによって逃げ場のない場所へ追い込まれてしまったようだ。

 まだこの林の地理に明るくないのに関わらず、林の一部がそのまま畔に繋がっている守神沼に狙って誘導したと考えると、周囲の自然の把握に優れていることがわかる。

 後ろには沼、飛び込むにしても着衣のままでは溺れる危険が高く、動きが更に鈍ってしまう。

 正面突破はもっと無謀だ、体力が消耗している今のスピードでは顎の鋏で真っ二つになってしまう可能性の方が高い。

 じりじりと距離を詰められる武正、クワガーモンの鋏が光を帯びて先程とは違う攻撃を彼にぶつけるつもりのようだ。

 疲労困憊で膝をつき動けない状態で息を切らす武正は、万事休すと目を閉じる。

 そこへ……声が響いた。

 

「ベビーフレイム! 」

 

 小さな火球がどこからか飛来し、クワガーモンの顎へと直撃する。

 突然の攻撃とそのダメージに混乱したクワガーモンは思わず後ずさった。

 その轟音に恐る恐る目を開けた武正の目に入ったのは、自分の目の前に着地して敵と対峙する1mくらいの赤いマントを羽織る白く小さな竜だった。

 

「大丈夫? 」

「えっ、あの、大丈夫! 」

「ならよかった、俺はハックモン! 君は……人間、だよね? 」

「う、うん……」

 

 いきなり現れた人の言葉を話す小さな竜……ハックモン

 新たに登場した不可思議な生物に混乱しながらも、彼からかけられる言葉に何とか返答する。

 

「やっぱり、師匠の言ってた通りだ! クワガーモンの相手は俺に任せて、君はそこの岩に隠れてて! 」

「あ、ありがとう……」

 

 彼の言葉に従いって疲労困憊の武正は何とか守神子の畔にある大きな岩の陰に身を隠してその場を見守る。

 混乱から戻り、目の前の小さな存在が自分に攻撃をしたデジモンだと認識したクワガーモンは、顎の鋏をならせて威嚇を開始する。

 それを目にしたハックモンは、しっかりとした口調で目の前にいる同族へと声をかける。

 

「いきなり攻撃したことは謝るよ! でも、あのまま見過ごすわけにもいかなかった! 」

「ギィィィ! 」

「あの子はデジモンじゃなくて、師匠が言っていた『人間』の特徴にぴったりだった」

 

弱者を蹂躙する強者、師匠とハックモンが最も許せない存在である。

今のクワガーモンは明らかにそれに該当していた。

 

「『人間』はデジモンのように戦う力を持ってない者が多いって聞いた! だから戦う力が無い者を一方的に攻撃するなんて見過ごせない! ここで引いてくれないのなら……」

「ギシャァァァァァ! 」

 

 クワガーモンはハックモンのこの場を穏便に収めるようにという言葉などまるで聞いていない。

 餌になりそうなヤツを狩っていたら、生意気にも同族が横槍を入れてきたと認識しているのだろう。

 

「だったら師匠の名に賭けて、俺がお前を倒す! 」

 

 戦いは避けられないと悟ったハックモンは、尊敬する師匠の名を使った名乗りを上げて迎え撃つ態勢に入る。

 羽を広げ、顎鋏に光を纏ってハックモンへと向けて突進をしてくる。クワガーモンの必殺技、『シザーアームズ』が放たれようとしている。

 ハックモンは怖気づかずクワガーモンへと自身も突撃し、接触する寸前で右斜め前方へステップ。鋏の範囲から自ら外れる。

 そのまま勢いを利用して、先端が爪のように高質化した尻尾でドリルのように回転しながら突撃を行う。

 

「ティーンラム! 」

「ギィキィヤァァ! 」

 

 攻撃を喰らったクワガーモンはバランスを崩し、飛行状態から一転墜落して地面を削る。

 ハックモンの一撃は、クワガーモンの左羽の根元を貫いていたようだ。

 堅い甲殻を持っているということはそこに弱い部分があるということ……

 それを見抜くことはできても、高速で動いている羽にピンポイントで攻撃を当てるのは並大抵の腕ではできないだろう。

 小さな体であっても戦闘力はかなりのモノだというのが伺える。

 一方、それなりの高さの空中から墜落したクワガーモンは全身の甲殻が落下で所々歪み、それなりにダメージが蓄積されているようだった。

 

「グゥゥギィィィ!! 」

「まだまだ、これからだ! 」

 

 左の羽根の根元に穴が開き、羽が千切れそうな為に飛行が出来なくなってしまったクワガーモンは甲殻に羽を収納し、立ちあがって再びハックモンと向かい合う。

 クワガーモンが攻撃を仕掛け、ハックモンがそれを回避しつつ反撃を繰り返す。

 大きな腕の薙ぎ払いをジャンプで回避しては腕に取り付いて関節部へと噛みつき、踏みつけへ合わせるように足の関節部へと爪による斬撃を行う。

 体格と攻撃力に恵まれたクワガーモンにわざと先手をとらせて、小さいがスピードのある自分の攻撃を甲殻の無い部分へ当て続けるハックモン。

 どちらが有利なのか、その答えははクワガーモンに着実に積み重なっていくダメージが答えだろう。

 そんな2体の攻防が10分ほど続いただろうか……

 自分に積み重なるダメージを感じて焦ったのだろう、クワガーモンは突如として勢いよく跳躍をした。

 飛行ができない代わりにその跳躍を用いて巨体を生かしたプレス攻撃を加えようと考えたようだ。

 

「ベビーフレイム! 」

「グォギィィィ! 」

「……ベビーフレイム!! 」

 

 牽制としてベビーフレイムを連続で発射するハックモン。顎への直撃を受けながらも、そんな攻撃など痛くも無いとばかりにクワガーモンは地面に迫る。

 ハックモンはギリギリまでベビーフレイムを連射してクワガーモンの顎への攻撃を続ける。

 見守っていた武正は思わず声を上げてしまう。

 

「攻撃が効いてない! そのままじゃ潰されちゃうぞ!! 」

「大丈夫、見てて! 」

 

 ハックモンはその声に心配ないと答え、武正に笑顔を見せた。

 プレス攻撃から回避をするように赤いマントをはためかせてジャンプし、目的の部位へと跳躍。

 クワガーモンの顎付近にジャンプで近付いたハックモンは、彼の奥の手……必殺技を繰り出した。

 

「フィフスラッシュ!! 」

 

 両手の爪でまず振りおろすように二連撃、左足の爪で蹴りを叩き込んだ後に後ろ回し蹴りの要領で尻尾と右足の爪が連撃を加える。

 地上から見ていた武正には、身にまとった赤いマントによりまるで赤い竜巻がクワガーモンへと攻撃を加えているように見えた。

 全ての攻撃が見事にクワガーモンの顎の部分へとヒットし、クワガーモンが地面へと着地する。

 それから数秒後に遅れてハックモンも着地をした。

 

「……ギィ、ギグゥゥゥ! 」

「もう、お前は戦えない」

「クワガーモンって奴の、足と頭が!? 」

 

 土煙りの中フラフラと立ちあがるクワガーモン、ハックモンはそんなクワガーモンへと断言する。

 そして次の瞬間、クワガーモンは地面へ崩れ落ちる。

 岩の陰から見守る武正にもそう断言する理由が一目でわかった。

 関節にハックモンの爪による斬撃を受け続けていた足では、着地の衝撃を吸収しきれずに関節がイカレてしまったのだ。

 更に最大の特徴である2本の鋏はハックモンの放った必殺技を受け、綺麗に叩き折られている。

 クワガーモンの甲殻に覆われた頭部はフィフスラッシュにより酷い損傷状態になっていた。

 そう、最初のベビーフレイムの連射はただの牽制ではなく、面に熱によるダメージを与えてから必殺技が通り易くする為の布石だったのだ。

 

「グ、ギィ……」

 

 羽も足も使えなくなり地面へと這い蹲るクワガーモンは必殺技で受けた傷が大きいのか体の所々が欠損し、データが流出している。

 このデータ損傷ではもう助からないと悟ってクワガーモンを看取ろうと警戒を解いたハックモン。武正も岩陰から出て隣に並ぶ。

 

「こいつ、死んじゃうの? 」

「データがこれだけ欠損しちゃうと、もう……」

「……そっか」

 

 自分を追いかけて殺そうとした存在であっても、目の前で命が失われるのは少年の心に様々な物を残す。

 

「俺がもうちょっと強ければ、あまり傷つけずに行動不能にできたんだけど……まだまだ未熟だ」

「それでも、ありがとう。えっとハックモン、だっけ? 君のおかげで俺は生きてるよ」

 

 ハックモンも自分の未熟さを悔やむ言葉を口に出すが、武正はそれを否定するようにお礼を言う。

 彼の行動によって守れた存在が1人は確実にいるということを口にすることで、武正は元気づけようとして。

 

「いや、当然のことをしただけだよ……あっ、君の名前は? 」

「俺? 俺は一之瀬、一之瀬武正っていうんだ」

「へー、人間はそういう名前をつけるのか……」

「うん、苗字と名前っていうんだよ」

 

 優しい言葉を受けたハックモンは、笑顔を武正へと向けて答えを返し、お互いの名前を教え合う。

 真剣な眼差しで目の前の死にゆくクワガーモンを看取っていた次の瞬間、1人と1体を新たな衝撃が襲う。

 

「ギィィィギャァァァァ!! 」

「えっ……!? 」

 

 武正とハックモンは横から高速で飛行してきたクワガーモンに襲撃され、吹き飛ばされてしまった。

 

「ぐうっ、2体目!? 」

「痛い、っ! 」

「武正、大丈夫、っ!? 」

 

 この林に出現したクワガーモンは2体で、同族のがやられたのを察知してきたのだろう。

 警戒を解いていた為に反応が遅れてしまったハックモンだがとっさに武正を受け止めて、衝撃から守るが双方ともダメージを負ってしまう。

 2人は倒れ込んだ状態で乱入者を見やる。

 

「グギィィ……」

「ギャシャァァァ!」

「仲間を、食べてる!? 」

「データを吸収してるんだ!まずい!! 」

 

 2体目のクワガーモンは、瀕死のクワガーモンへ近づくと流出しているデータもろとも吸収を始めた。

 共食いを思わせる光景に武正は驚愕の眼差しを送り、ハックモンは焦りを見せる。

 データを吸収したということはその分の力を二体目のクワガーモンは得たということになるからだ。

 2人は痛みに耐えながらも行動を起こす為に立ち上がる。

 そして素早くデータの吸収を終えて大きさが8m程になったクワガーモンは、振り返ると同族を倒した1匹と傍にいる1人に向けて顎鋏と左右の主腕に形成された顎鋏に似た大鋏を開くと……

 

「ギシャラァァァァ! 」

 

 殺意の咆哮を発した。

 

 

                   ・

                   ・

                   ・

 

 

 春の夕方頃、守神沼の畔に衝撃音が響く……日常生活ではまず聞くことが無いような音だ。

 同族のデータを取り込んで僅かに巨大化し、肉体が変化したクワガーモンの変異体が怒涛の攻めを見せ、それをハックモンが回避している。

 

「スピードが、増してるっ!? 」

「グギャァァァ! 」

 

 先程とは違い、赤いマントを翻しながら回避に専念している小竜の表情は険しい。

 僅かに大きくなっただけなら、ハックモンにもまだ余裕があっただろう。

 しかし、ハックモンは間を置かずの連続戦闘による疲労や不意打ちで受けた負傷がある。

 一方敵は同族のデータを吸収して力を増した上にノーダメージという状況だ。

 ガンクゥモンやシスタモン姉妹による鍛練と血筋からの戦闘センスの良さで、成長期ながら完全体相手でも戦えるとされる彼も戦闘技術以外はまだ未熟ということだろうか……

 

「ハックモン、右の鋏が来る! 」

「くぅっ! フィフスラッシュ!! 」

 

 顎の鋏を跳んで回避したと思ったところにすかさず右の主腕に形成された鋏がハックモンを攻める。

 フィフスラッシュの連撃でダメージを与えつつ弾くが、反動で左側に飛ばされてしまう。

 

「今度は左の鋏! 」

「まだまだ! ティーンラム!! 」

 

 狙い澄ましたかのように迫る左の鋏を尻尾で迎撃するも、今度は尻尾の先を鋏の関節でわざと受け止めた。

 尻尾が刺さったままになれば捕まえたも同然。肉を切らせて骨を断つつもりのようだ。

 

「しまった!? 」

「ギシャァ!ギギィィィ!! 」

「ぐはぁっ!! 」

「ああっ!? ハックモン! 」

 

 即座に離脱しようともがくも、それよりも早く先ほど弾き飛ばされた右の鋏が勢いをつけ戻って来て……

 その直後、鈍い音と共にハックモンの体は守神沼の宙に舞った。

 離れて見ていた武正は、叫び声を上げる。殴り飛ばされた小さな竜は沼の中へと落下し、浮かんでこない。

 

「ギィィィ! 」

 

 勝利の雄たけびを上げるクワガーモン変異体。そしてその巨体は武正へと近づいていく。

 

「あ、ああっ……」

 

 恐怖で体がうまく動かない武正。しかし視線は守神沼のハックモンが落ちた地点に向けられている。

 自分を守って怪我をしてくれたハックモンの無事が気がかりなのだろう。

 

(このまま、俺死ぬのかな? ごめん! 近所や学校の皆、じいちゃん、ばあちゃん、父ちゃん、母ちゃん……桃香、春奈! )

 

 彼の頭には走馬灯が巡り、親しい人達の顔が浮かぶ…最後に浮かんできたのは大切な幼馴染と五年前の出来事から関係がギクシャクしてしまっている妹の顔だった。

それがトリガーになったのか、自分を助けてくれた赤いマントを纏った小さな竜の奮戦する姿も思い浮かび……

 

(怖い、怖いけど……どうせ死んじゃうなら俺を助けてくれたハックモンに、何か……したいっ!)

 次の瞬間、彼の体はゴーグルを装着して沼へ向けて走り出していた。

 

「待ってろ、ハックモン!」

 

 クワガーモンが完全に近づく前に、武正は沼へ向けて走り出し、跳んだ。

 物が水に飛び込む音が響き、沼の畔は静かになる。

 突然の出来事にクワガーモンは動きを止め、沼を見るのだった。

 

 

                   ・

                   ・

                   ・

 

 

 視界が悪い中、着衣で沼に飛び込んだ武正は、ゴーグルをかけた顔を左右に動かす。

 沼に落ちたハックモンを探しているのだ。

 

(ハックモン、どこだ!?)

 

 着衣が水を吸い、自分の体が急激に重くなり息が苦しくなる中で懸命にハックモンを探す。

 その内水の中を底へと沈んでいく白い姿が見えた。

 急いで武正は彼に近づくと、その体を支えて水面へ上がろうとする。

 

(早く、早く上がらないと!)

 

 ぐったりとしたハックモンを支え、息苦しさの中必死に水面へ上がろうとするが、意識の無いハックモンと水を吸った着衣の重さがあり上手くいかない。

 更には酸素も減り、思うように体が動かせなくなってきていた。それでも懸命に水をかき、水面へ上がろうとしていると……ハックモンが意識を取り戻した。

 

(俺は、クワガーモンの攻撃で……ここは、水の中なのか?何で武正が!?)

(眼が覚めた!これ、なら何……とかっ!)

(水面に、上がろうとしてるのか?俺も、手伝わなきゃ!)

 

 意識を取り戻し、同じく水をかいてくれるハックモンのおかげで、先ほどよりは上昇する。

 しかし武正の体は、もう限界を迎えていた。武正よりも先に水中に落ちたハックモンの息もまた……

 

(くる、しぃ……)

(息が、限界だ……)

 

 二人の体から力が抜けていく。更には二人の口からは溜められていた気泡が漏れでてしまう。

 ハックモンと手を繋いだ状態のまま、武正は沼の底へと沈んでいく。一見すると幻想的だが、極めて危険な状態だ。

 遠ざかる意識の中、二人は思う。

 

(ハックモンを)

(武正を)

((助け、たい!))

 

 その瞬間、2人の繋いだ手から光が溢れる。その強さは沼全体が光る程で……

 武正の右手には赤い勾玉のような形に画面やボタンやダイヤルがついた機械が、ハックモンの首元には赤い勾玉そのものが現れる。

 1人と1体の脳裏に声が響く。その声は武正にとっては5年前にも、つい数時間前にも聞いたことがある声だ。

 

『カオスより与えられし可能性の光が、今君達を包み……導くだろう。デジタルとアナログを繋ぐ聖なるデバイス《Digimon-mediate-Tuner》、Dチューナーが! 』

 

どこか懐かしさを感じさせる厳かな声は、続けて武正とハックモンへと激励の言葉を贈る。

 

『心と心重なりし時……進化の扉、開かれる。さあ、同調し交差せよ! 君達の可能性を!! 』

 

 その言葉と共に武正の持つ機械が光を放ち、画面に文字が表示される。

 

  Evolution_

 

 それに呼応するようにハックモンの勾玉も光を放って……

 二人がその光に包まれた直後に守神沼に強烈な光が走り、水柱が立った。

 

「ギャキィィ!? 」

 

 突然の衝撃にクワガーモン変異体は驚き周囲を見回す。

 しかし即座に警戒を強めると、水柱の中から何かが出現して沼の畔に降り立った。

 

「ここ、は? 」

「俺達、上がれたんだ! 」

「ところで、ハックモン……なのか? 」

 

 全く濡れておらず、先程まで水の中にいたとは思えないハックモンが、同じ状態の武正を背に乗せて立っていた。

 しかし、ハックモンの姿は少し変わっており、意識が朦朧としている武正は彼へと確認の声をかける。

 

「俺、成熟期に進化したんだよ! 今の俺は……バオハックモンっていうんだ」

「成熟期、バオハックモン、凄いな……強そう! 」

 

 自身を確認して、自分が成熟期へと進化したと知ったバオハックモンは、進化の時に脳裏に響いた新たな自分の名前を少年に名乗る。

 ハックモンの時は大きさが1mほどだったが、現在は3m程になり赤いマントを纏うのは変わらないが爪や腕はより鋭く逞しくなった。

 何よりも一番変化したのは両足と尻尾で両脚は刃そのものになっており、長く伸びた尻尾の先にも赤い刃が付いている。

 武正の賞賛の声を聞いたバオハックモンは笑みを浮かべながらも構えをとって、口を開く。

 

「待ってて、すぐにあいつを片づける! 」

「ギシャァァァ!! 」

 

 安心させる言葉を口に出すや否や刃と化した足でクワガーモンへと向かっていく。

 新たな敵を迎え撃とうとクワガーモン変異体はまた鳴き声を上げた。

 

「グギィィィ!ギシャァ! 」

「そうそう何度もやられない! 」

「シャァァァ!? 」

「バーンフレイム! 」

 

 向かってくるバオハックモンに待ち伏せをしかけ、シザーアームズを放とうとするクワガーモン変異体。

 攻撃が当たる直前でバオハックモンの両前足の爪で左右の顎鋏を受け止めて、零距離からベビーフレイムと比べて数倍の大きさの火球が直撃する。

 衝撃で吹き飛ばされるクワガーモン、バオハックモンは反撃の暇は与えないとばかりに追撃へ移る。

 

「でぇやぁ! 」

「ギギィ!? 」

 

 前宙から、右足の刃での斬撃を右主腕の鋏へと繰り出す。

 鋏の一部を見事に両断するも、左右の副腕がダメージを気にせずに刃の足を掴む……

 先程と同じように肉を切らせて骨を断つつもりだろう。

 

「バオハックモン、また左の鋏が! 」

「そう何度も同じ手に、引っ掛からない! 」

「シャグィィィ!ギャシャァ! 」

「ティーンブレイド!はぁっ!! 」

「ギィィィ!? 」

 

 尻尾の先の剣で左主腕の鋏を突き、甲殻を貫く。同時に空いている左足の刃を蹴り上げ、クワガーモン変異体の体へ逆風を加える。

 赤き巨体は左主腕を剣で貫かれ、体に縦の一閃を受けてダメージが大きいのか、副腕がバオハックモンの右足を開放して後ろへと後退する。

 

「いっけぇ! バオハックモン!! 」

「受けろ! フィフクロス!! 」

 

 チャンスを見つけて応援の声を上げる武正。

 そしてその隙を逃さずに、バオハックモンは強靭な爪と刃となった足で相手を斬り裂く自身の必殺技を放った。

 

「ギャァァ!? ギィィィ……」

 

 直後、クワガーモン変異体は全身を斬り裂かれた結果、断末魔の声を上げて消滅したのだった。

 

 

                   ・

                   ・

                   ・

 

 

「何とか、なったね」

「うん、まさか進化出来るなんて……あれっ?」

「バオハックモン!? 」

 

 静かになった守神沼の畔、武正とバオハックモンが一息ついている。

 自分が進化出来たという事実を嬉しそうに認識していたところ、突如としてバオハックモンの体が光に包まれた。

 光が収まった時にそこにいたのは……

 

「戻っちゃった……」

「少しの間しか、進化ができないのかな? 」

「うん……そう、みたい」

 

 成熟期から成長期へと戻ったハックモンが驚きの声を上げ、武正が疑問を口に出す。

 それに対し答えを返したハックモンが突如として倒れ込んだ。

 

「どうしたの!? 」

「力を使い果たしちゃった……」

 

 どうやら戦闘でエネルギーを消耗し過ぎたらしく、そのまま気を失った。

 先程のこともあり、恩があるのでこのまま放っておくわけにもいかない……

 しかしハックモン程ではないにしろ体力を消耗している武正の力ではハックモンを抱えて移動するのは至難の業だ。

 

「どうすればいいかな……」

 

 途方に暮れていると、突如としてジャケットのポケットへ入れていた勾玉のような形の機械……Dチューナーが画面から光を放つ。

 その光はハックモンへと向かい、光が消えるとその場からハックモンは消えていた。

 

「あれっ!? ハックモンはどこ? 」

 

 周辺を見渡した後にDチューナーの画面を見ると、そこには寝息を立てているハックモンの姿があった。

 存在を確認すると安堵の笑顔を見せる武正。

 

「この中に入った……のか? 助けてもらった恩もあるし、一先ずはこのまま家に連れていくか……」

 

 そうと決めると、疲労が残る体で武正は守神沼の畔から自宅へと向けて走り出した。

 この出会いが少年少女達とデジタルモンスター達が出会い、リアルワールドとデジタルワールドを巻き込んだ大きな事件に繋がっていくとも知らずに……

 




デジモン紹介#1

名前 :ハックモン
レベル:成長期
タイプ:小竜型
種別 :データ
・解説
クールホワイトの体を持つ小竜型デジモン。
ロイヤルナイツであるガンクゥモンを師匠に持つ。
自由気ままで束縛を厭っており、師匠の課す試練にも悠然と立ち向かっていく。
血筋からの戦闘センスと、お目付け役であるシスタモン姉妹の鍛練のおかげで敵が完全体であろうとも互角以上の戦いを行える。
俊敏さを活かした接近戦を得意。必殺技は強靭の爪で相手を切り裂く『フィフスラッシュ』や尻尾をドリルのように回転し突っ込むティーンラム』他には『ベビーフレイム』が使える。


名前 :バオハックモン
レベル:成熟期
タイプ:恐竜型
種別 :データ
・解説
ハックモンが鍛練と戦闘を重ねて成熟期へと進化した姿である恐竜型デジモン。
体は大きくなって前足の爪はより強靭に、両足は刃そのものと化し、尻尾の先端にも刃が形成された。
俊敏さを生かした接近戦は磨きがかかり、必殺技は強靭な爪と刃となった足で相手を斬り裂く『フィフクロス』と尻尾の先の剣で相手に突きを繰り出す『ティーンブレイド』
更には口から発射される巨大な炎弾『バーンフレイム』


名前 :クワガーモン
レベル:成熟期
タイプ:昆虫型
種別 :ウイルス
・解説
進化の道を外れて特異な姿に進化した昆虫型のデジモン。
凶暴で敵を見るとすぐさま攻撃を仕掛けてくる。
必殺技は『シザーアームズ』で得意技は『パワーギロチン』
瀕死の同種族のデータを吸収したことで、左右の腕にも鋏を持った変異体にも変化した。


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第二話 自由への飛翔

感想をくださった方、お気に入りをして下さった方達は本当にありがとうございます。
頂いた助言を元に1話もこの話も修正を加えております。
読み易い文章になっているといいなあ……


 「彼が、逃げ出したようだ」

 

 そう重々しく告げたのは、白銀の鎧に覆われた『天使』であった。

 

 天高く、輝かしいほどの清らかさを湛えて聳え立つ白亜の塔。

 遍く神聖系デジモンが畏敬を込めて仰ぎ見る聖地“サンクチュアリタワー”の最上階にて、三体の天使が円卓を囲んでいた。

 

 口火を切った白銀の天使はセラフィモン――天使九階級の頂点に立つ神の御使い。“デジタルワールド・カノン”のホストコンピュータ――“メサイア”直属たる三大天使の一角である。

 

 「追手はすでに出ている。事の顛末は私から『メサイア』様に報告しておこう」

 「ちょっと待ってくれ、セラフィモン。彼って、あのピヨモンのことを言っているのかい? 」

 

 有無を言わせぬセラフィモンの厳格な声に、獣の如き異形の天使――ケルビモンが怪訝な声色で問い返す。ウサギのぬいぐるみのようにも見えるユーモラスな外見ながらも、その瞳には確かな知性の光が見て取れる。

 彼もまた三大天使の一角。セラフィモンに次いで聖獣を統べる第二位である。

 

 「残念だが、その通りだケルビモン」

 「そんな……信じられません、セラフィモン。何かの間違いでは? 」

 

 ケルビモンに追随するように疑問を投げかけたのは、第三位として残る一席を占める女性型の天使。聖母と謳われし座天使オファニモン。兜に覆い隠された表情を窺い知ることは出来ないが、その様子には動揺が滲んでいた。

 

 「ピヨモンはモノセイズムサーバーの聖獣達の導となる存在です。ホストコンピューター“メサイア”様を裏切るなんて……」

 「まあまあ、オファニモン。でも……彼なら僕達『三大天使』の助けになって、『レコンキスタ』をより確実に行えると思ったんだけどな」

 

 動揺が伺えるオファニモンを落ちつかせながらもケルビモンは手袋のような右手を自身の顎へと当てて計画の狂いへの対応を考え始める。聖獣を統べる存在である彼は、即座にピヨモンの逃走により発生する『レコンキスタ』への影響を予測しているようだ。

 

 「追手はすでに出ている。事の顛末は私から『メサイア』様へと報告しておく」

 「捕らえることができたら、聖なる心へ浄化を行うのですか? 」

 

 ピヨモンへの対処を自身達の主に報告しようと翼を羽ばたかせ宙に浮くセラフィモンに、オファニモンは感情を含ませない平坦な声で問いかける。

 その問いかけに彼は仮面に包まれた顔をオファニモンへと向けて答えた。

 

 「いいや、逃げ出す程に聖なる心が穢れてしまっている……捕獲しても我らが裁きを与えなければならない」

 「聖なる心がそこまで穢れてしまっていたら、もうデジタマに戻って綺麗にする位しか方法がないもんね」

 「追手にも捕獲が困難であれば仕留めよと命じてある」

 

 セラフィモンは僅かな希望すらないという口調で断言し、ケルビモンもその意見に同意しているという。オファニモンが視線を向けると、もうお手上げだとばかりにケルビモンの羽のような両腕が天へと向く。

 

 「裁きの際は、彼を見出した私がその役目を引き受けましょう……」

 

 オファニモンからの絞り出すような言葉にセラフィモンは無言で頷くと、翼を羽ばたかせて塔の最上層へと飛翔していく。ほんの数回の羽ばたきで数秒の内にその姿は豆粒のように小さくなっていった。

 

 「ピヨモンの心を汚すほどの穢れがカノンにまで広がっているとは……やはり、彼らに我が主の聖なる浄化を授けなければ! 」

 

 人知を超えた速さで眼前に広がる雲海へと突入し、その雲海の先……サンクチュアリタワー最上層へと向かうセラフィモン。白銀の鎧を纏った天使は穢れを内包しているもう一つのデジタルワールドに主の慈悲を届ける決意を固め、背中の翼を更に羽ばたかせた。

 

 

                  ・

                  ・

                  ・

 

 

 桃色の影が狭い地下水路を必死に飛んでいる。それに続く様に複数の羽ばたく音が聞こえるのでどうやら何者かに追われているようだ。

 

 「せっかくここまで来れたというのに……」

 

 桃色の影……小さな鳥は後ろを見ながらも水路の出口へと急ぐ。それを阻止しようと迫るのは……

 

 「待て、ピヨモン! 戻るんだ、今ならまだ間に合う!! 」

 「聖獣としての道が定まっていたお前が何故脱走を!? 」

 

 6枚の羽根を持つ天使……エンジェモンが2体。どうやら彼らがセラフィモンから差し向けられた追手のようだ。

 仮面に隠されて口元しか表情が伺えないが、声色からはピヨモンを追うことに対しての動揺が浮かんでいる。

 

 「私は、個々の生き方が……他者によって強制されるこの世界に疑問を持っただけです! 」

 

 羽を懸命に羽ばたかせ、地下水路の出口へと向かうと同時に追手の天使達に言い放つピヨモン。語気の強さから硬直した世界からの脱出を心の底から望んでいるのが伝わってくる。

 しかし、彼の言葉を主達の慈悲への侮辱受け取った天使達は、動揺を吹き飛ばすほどに唇を噛みしめて語気を強めた。

 

 「『メサイア』様や三大天使の方々への侮辱、とうとうそこまで穢れてしまったのか! 」

 「手荒な真似は本意ではないが……捕獲が困難であれば確実に仕留めよとのセラフィモン様からの『聖務』……実行する! 」

 

 怒りのあまり手に持った槍を折れそうなほどに握り締め、エンジェモンの1人がピヨモンを力強い言葉で攻め立てる。

 もう一方もピヨモンの言葉に更生が期待できないと判断し、斧を左肩へと担ぎ『聖務』を実行に移すようだ。両者はそのまま右拳を引き絞ると、裂帛の気合と共に……

 

 「ヘブンズ! 」

 「ナックル!! 」

 

 聖なる力を込めた二つの光拳が放たれ、その拳はピヨモンへと迫る。一方はピヨモンを掠め、もう一方はピヨモンの前方に着弾した。

 その威力は下手な成長期デジモンなら一撃でデリートしてしまえる威力である。

 

 「くうっ!?」

 

 ピヨモンが何とかかわして直撃を回避するも、必然的にスピードが落ちてしまう。その直後地下水路に聞こえたのは大きな崩落音。爆発音とともに水面への落着音が複数回聞こえ、反響により音が増幅していく。

 暫くすると土煙が収まり、周囲に静寂が戻った……

 

 「私のヘブンズナックルで道を塞いだ以上、逃げてはいないだろう」

 

 周囲を確認していた斧を担ぐエンジェモンはぽつりと呟き、自身達の任務が終了したことを確信する。

 

 「こちらのヘブンズナックルが直撃してこの水深が深い水路に沈んだのならば、もう……」

 

 槍を持つエンジェモンは状況証拠から推測を立てる。下位三隊「精霊」のヒエラルキーであるエンジェモン達はサンクチュアリ・タワー周辺の警護や見回りも行うので周辺の地形を詳細に把握している。

 そうした経験から導き出した結論は……ピヨモンはもう生きていないということだ。

 

 「では、戻ってセラフィモン様へ報告をしなければ」

 「ああ……現状ではそれが妥当だろう」

 

 2体のエンジェモンは『聖務』を命じたセラフィモンへと報告へ向かうために翼を羽ばたかせ、その場を後にする。彼らは、背後の水面に小さな気泡が浮かんできているのに最後まで気が付いていないようだった……

 

 (こんなところで、終われ……ませんっ! )

 

 エンジェモン達が飛び去った後、水中から何とか水面に上がる影があった。先程の攻撃でデリートされたと思われていたピヨモンだ。

 彼は水路を塞いだ瓦礫の上を、地下水によりずぶ濡れの状態で息も絶え絶えだが攀じ登る。少しでも先へ進もうと瞳に強い光を宿し、ピンクの翼腕で一歩一歩這いずっていくも……

 

 「もう、ダメ……なのでしょうか」

 

 ヘブンズナックルによるダメージからは生存したが、危険な状態には変わりはない。諦めを含んだようにぽつりと呟くと、自分の翼腕が何かに吸い込まれるような感覚がピヨモンを襲う。

 

 「これは、一体!? 」

 

 瓦礫の頂上付近の空間が歪んでおり、その歪みの中心へと自分の体が引き寄せられていくが消耗した体ではその引力に抗えない。歪みは引力を強め、周辺の瓦礫ごとピヨモンの体は歪みへと吸い込まれていく。

 

 「体が…吸い込まれて……早くここから……離れない、と……」

 

 その言葉を呟いた瞬間にピヨモンの体は完全に歪みへと吸い込まれ、デジタルワールド・カノンから姿を消した。

 

 

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 夕陽に包まれる守神町……陽光を水面に映し出す守神沼はまるで大きな鏡のようにも見える。

その畔にある古い古い守神神社はこの田舎町の希少な観光名所の1つだ。

 守神神社の参道入り口には小さな喫茶店が存在しており、そこに向かって駆けていく少年が1人……そう、武正である。喫茶店の古ぼけた看板には『喫茶いちのせ』と文字が刻まれていた。

彼は店の扉を勢いよく開くと、大きく口を開き……

 

 「ただいまー! ごめん、遅くなった! 」

 

 窓ガラスがビリビリと響くかのような声量で、武正は店内の人達へと帰宅を告げる。店にかけられた看板と入って来た時の口ぶりからして、どうやらここは武正の住居らしい。

帰宅の挨拶を終えて店内を見回す武正の視線は、彼が毎日顔を合わせている人物へと向けられる。

 

 「遅い! どこで寄り道してたの? 」

 

 首筋で一括りにした黒のロングヘアーを揺らしながら、会計へ立っている女性は武正へと怒りを含ませた答えを返す。細められてはいるが、優しさの中に厳しさを感じさせる焦げ茶色の瞳はどこか武正の瞳と似通っている。

 

 「母ちゃんただいま! ちょっとね……祖父ちゃんと祖母ちゃんもただいま! 父ちゃんは? 」

 「ちょっと武正! 話はまだ……全くもう! 」

 

 会計に立っていて武正を叱った女性……自分の母親の追及を軽く流して、彼は店の奥へと歩いていく。奥のキッチンに入ると、作業をしている老齢の男性と女性……武正の祖父と祖母がいる。

 2人にも帰宅の挨拶をしながらも、唯一姿が見えない父の行方を尋ねると……

 

 「おかえり、武敏なら桃香ちゃんの家だ。後少ししたら戻ってくるじゃろう」

 「神社に来るお客さんに出すお茶菓子の打ち合わせに行ってるんよ」

 「へー、桃香の家か。そういえばそんなこと言ってたなー」

 

 棚の整理をしていた祖父が振り返り、洗い物をしていた祖母が顔を上げて返事を返す。

 祖父母からの情報で父の行き先が隣の幼馴染の家であると知って納得したのか、ランドセルを奥の居間に投げて手洗いを始める。それを見た祖父の武は眼鏡越しに優しい瞳を向け、タオルを手渡し、武正はそれで手を拭くと祖母の若葉に手渡す。若葉はニコニコとそれを受け取り、白髪交じりの髪を結ったお団子頭を揺らしながら奥の洗濯場へと持っていった。

 

 「よっと、遅くなった分ちゃんと手伝うって! 」

 「ランドセルは静かに置く! ええ、よろしくね」

 

 エプロンをつけて気合を入れた声を母親の若葉は軽く流してランドセルの扱いを注意するが……それを聞き流して武正は家業の手伝いに移った。カーゴパンツのポケット内のDチューナーを気にしつつも、ホールへと歩を進める。

 すると直後、夕方の『喫茶いちのせ』にドアベルの音が鳴り響く。どうやらお客さんが来店したようだ。

 

 「いらっしゃいませー! 」

 

 武正はホールに飛び出し、元気に接客をし始めた。

 

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 「武正ー! そろそろいいわよ、ありがとう! 」

 「夕飯は作ってあるから、お祖父ちゃんとお祖母ちゃんと春奈の4人で先に食べててくれ」

 

 時刻が夕方から夜になる頃、皿洗いをしていた武正はカウンターに立つ母と、帰宅してキッチンに立っている父に声をかけられ顔を上げる。手伝いを開始して1時間半……家の手伝いは終了の時間だ。

 

 「わかったー、じゃあ先に上がる」

 

 エプロンを脱いで、近くのハンガーへとかけると店の奥から住居スペースへと上がっていく。多少の疲れがあるのか、どこか普段よりテンション低く答えた。

 

 「ああ、いつもありがとう。それと今日はお前の大好きなトンカツだ! 食べ過ぎるなよ?」

 

 息子の疲労をを察したのか、武敏へと労いの言葉と共に夕飯のメニューを伝える。武正の雰囲気は先程とは打って変わって明るくなり……

 

 「よっしゃ! やりぃ!! 」

 

 父親の言葉に疲労も吹き飛び、武正は自宅の居間へと嬉々として向かっていく。勢いよく居間の襖を開けて、部屋へと足を踏み入れるとそこには、女の子が1人。

 

 「あっ、お兄ちゃん……」

 「……春奈」

 

 小学3年生になった自分の妹が、箸をテーブルの上に置いたままの姿勢で視線を武正へと向けている。妹の瞳には動揺がありありと浮かんでいた。それは兄である武正も同じようで……

 

 「…………」

 「…………」

 

 2人の間に気まずい沈黙が走る。お互いにどう話していいのか掴みかねているのだろう。そのまま距離が縮まらずに、双方がお見合い状態になっている中、台所から祖父と祖母の声が響く。

 一足先に上がって夕飯の準備を春奈と共にしていたのだ。

 

 「武正、手を洗ったらご飯盛っておくれー」

 「春奈はお味噌汁をお願いね? 」

 「お、おうっ! 」

 「……うん」

 

 祖父母の言葉が助け船となり、武正は逃げるように春奈の前から離れて流しで手を洗い始める。ほっと一息をつきながらも冷たい流水が先程の重い気分を押し流してゆく。

 一方、春奈は少し悲しそうな顔をしながら味噌汁の鍋の方へ向かい、表情は晴れないがお椀にわかめと豆腐の味噌汁をよそう。そうして家族4人が茶碗やお椀、皿に盛り付けをして席に着けば夕食の準備完了だ。

 

 「よし、準備完了だ! 」

 「では、いただこうかの」

 「そうですねぇ、春奈もありがとう」

 「う、うんっ! 」

 

 食事の準備が整い、4人は自身の席へと移動して着席する。祖父が音頭をとって、祖母は手伝ってくれた孫娘に礼を言いながらもそれに応じて手を合わせる。武正と春奈もその動作に追従して手を合わせた後に……

 

 「「「「いただきます!」」」」

 

 家族の食卓に元気な挨拶が響いた。

 

 「今日遅くなったのはどこで寄り道してたの? 」

 「えっ!? いやー少し遅くなっちゃって、近道しようと守神沼の林突っ切ってたらちょっと迷っちゃってさ……」

 

 空腹からか、肉野菜炒めをご飯の上に乗せて勢いよくかき込んでいる武 正に祖母が帰りが遅れた理由を尋ねた。武正は突然の指摘にドキリと心臓の鼓動を速めながらも箸と茶碗を置き、口ごもる。

 ズボンの上からポケットに入っているDチューナーを左手で無意識に触れながら、ぽりぽりと右手の親指で右の頬を掻いて言葉を紡いでいく。隣の席に座る妹は、彼の動きに視線を送って何か喋ろうとしているが、上手く割って入ることができないようだ。

 

 「あの林でか? お前さんにとっては庭みたいなもんじゃないか。桃香ちゃんや春奈と昔から一緒に遊んでたろう? 」

 「そのはずなんだけど、何だかよくわかんない内に方向掴めなくなっちゃってさ。でも何とかなったからいいじゃん! 」

 

 少し疑問を持ったのか、祖父の追及にも頬を掻いたままで誤魔化すために言葉を重ねていく。そのままの勢いで押し切ると、食事を再開することで自らの口を開けない状況にして新たな追及を逃れようとしている。

 

 「あんまり危ないことはしないようにね? 」

 「わかりました、気をつけます! 」

 

 最後の祖母からの注意の言葉に素直且つ丁寧な言葉遣いで返し、夕飯を口に詰め込んでいく。妹の視線は時折武正の顔へとちらちら向けられているのだが……

 それに気がつきながらも気が付いていないフリをしつつ、彼はなるべく早くこの場から離れる為に咀嚼速度を速めた。

 

 「むぐっ……と。ごちそうさま!」

 「食べるの早いねぇ、軽く洗ったら食洗機の中へ入れておいておくれ」

 

 素早く食事を食べ終わると、自分の分の食器を持って立ち上がり流しへと向かう。抱えていた食器を流しに置き、水道の蛇口を開いてスポンジに洗剤を含ませて泡立てていく。祖母の言葉に従うように洗剤と流水で大まかな汚れを落とし、水気を切って自動食器洗い器へと納めてテーブルの方へ振り返ると……

 

 「よっと、終わったよ!じゃあ俺部屋に戻るね、ごちそうさま!」

 

 その言葉とともに二階の部屋へと戻ろうと、軽やかに居間の床を駆けていくと階段へ向かい、どたどたと勢いよく階段を上がっていった。部屋へ向かっていく彼の背中へ向けて…

 

 「ああ、ごちそうさま」

 「ごちそうさまね」

 「ごちそう、さま……お兄ちゃん」

 

 祖父と祖母、それに春奈もそんな彼に声をかけて見送る。武正が駆けあがっていった直後、祖母は落ち着きが無いのが嘆かわしいというようなニュアンスで……

 

 「全く、嵐みたいだねぇ武正は……」

 「元気な証拠さ、男はあれくらいがちょうどいいんじゃよ」

 

 孫の騒がしさを嵐に例える祖母に、祖父が同じ男として武正をフォローする。この家の日常風景ではあるのだが、そんな二人を見ていた春奈が、意を決したかのように口を開いて……

 

 「あ、あのね……お祖父ちゃん、お祖母ちゃん」

 「どうしたんじゃ、春奈? 」

 「もうお腹いっぱいかい? 」

 

 彼女には珍しい強め口調に、祖父母はお互いに顔を合わせた状態から、視線を春奈へと向けた。その口調を心配した祖父母の言葉に静かに首を横に振ると、兄の行動を見抜いたかのように語り出す。

 

 「お兄ちゃん……さっきのこと、嘘ついてると思う」

 「さっきのって、遅れた理由のことかい? またどうして……」

 「理由を言う時に、お兄ちゃん右の親指でほっぺ掻いてたの。あれ嘘をついてる時にする仕草」

 「あら、そうなのかね!?でもどうして嘘なんかついたのか……」

 「何か隠したいことがあるんだと思う。あたしにもいつも以上に素っ気なかったし」

 

 祖父の疑問の言葉に、はっきりとした声で言葉を続けてそう考えた根拠を示した。兄の僅かな癖を頼りに嘘を見抜く春奈。その顔は少し悲しそうで……

 それを聞いた祖母が何故そんな事をしたのかと疑問符を浮かべるが、今のところ心当たりが見当たらない。悲しそうな孫娘の顔を見た祖父母も眉を八の字にして少し悲しそうな顔になってしまう。

 

 「武正は5年前のこと、やっぱりまだ気にしてるんだねぇ」

 「あの日から春奈への接し方も余所余所しくなって、見ていられないが……本人の気持ちが変わるまで見守るしかないんじゃよ、こういう問題は」

 「あたしは、昔みたいにまたお兄ちゃんと仲良くしたい……! 」

 

 兄と妹の間に出来てしまった溝を改めて感じて、家族の表情が更に陰っていく。しかし、祖父の言う通りで武正自身の気持ちが変わらない限りは解決が難しい問題だ。

 春奈の純粋な願いが、彼女の口から零れる。そんな時にインターフォンが鳴り、丁度その暗くなっていた雰囲気を破壊してくれて。

 

 「誰だろうね? はいはい、ちょっと待ってておくれ! 」

 「それじゃあ私達は片づけをしちゃおうかね、春奈」

 

 誰が来たのだろうか、と祖父は玄関へと向かい歩いていく。祖父へお客を任せて祖母と春奈は食器を片づけ始めた。

 

 「こんな時間にどなたかのう? 」

 「あ……こんばん、は……武ちゃんは? 」

 

 玄関の引き戸を開けて訪問者へ視線を合わせると……家族ぐるみで付き合いのある孫の幼馴染、守神桃香がそこに立っていた。

 いつものように、武正に用があってやって来たようだ。

 

 「おお、桃香ちゃん! 武正なら部屋じゃよ、上がっていくかい? 」

 「……はい、お邪魔……します。お祖母ちゃん、春奈ちゃん……こんばん、は」

 

 祖父の言葉に桃香はこくりと頷くと、靴を脱いで一之瀬家へと上がる。そのまま武正の祖母と春奈に一礼をして……

 

 「あら桃香ちゃん、こんばんは」

 「こんばんは、桃香さん」

 

 祖母と春奈は笑顔で挨拶を返し、それを受けた桃香も微笑を浮かべる。

 

 「じゃあ……失礼、します」

 

 そう言葉をかけると武正の部屋へと向かい階段を昇っていく。桃香の後ろ姿を見て、祖母が春奈へと顔を向けると孫娘へとウインクをしつつ……

 

 「麦茶入れるから、武正の部屋に持っていってあげとくれ。そうすれば、桃香ちゃんもいるし話し易いだろう? 」

 「あっ!? うんっ! 」

 

 春奈は兄との会話の切欠を作ろうとしてくれる祖母の気遣いに感謝して、自身は早速お茶の準備を手伝い始める。

 果たして、兄妹のが再び仲良くなれる日は来るのだろうか……

 

 

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 布団や本棚、折り畳みテーブルが置いてある他には遊び道具が散乱している五畳ほどの自室で、武正は一人布団の上で胡坐をかいて佇んでいる。腕組をした目線の先には布団の上に赤と白で色分けがされたDチューナーが置かれていた。

 

 「まだ寝てる……いつになったら起きるんだこれ」

 

 Dチューナーの画面の中では、守神沼でのことは夢ではないという証拠とばかりにハックモンが寝息を立てている。しばらく見守っていると、画面の中のハックモンが起き上がり、どうやら目が覚めたようで。

 

 「……あれっ、ここどこだ? 俺は確か、クワガーモンの変種を倒して……」

 

 Dチューナーの画面の中でハックモンが起き上がって周囲を見回している。気絶する前の状況と現在の状況が結びついていないようだ。

 武正は早速、目覚めた彼へと声をかけてみる。家族には聞こえないようにひっそりとした声でだ。

 

 「ハックモン、聞こえてる? こっちこっち! 」

 「その声は、確か……武正? ってでっか!? 」

 

 彼の呼びかけにハックモンは反応して顔を向けるが、掌に収まる小ささのDチューナーの中から見ている為に武正が大きく見えてしまい驚いて大声を挙げた。その大きな声に武正も驚いて思わずDチューナーの中のハックモンへ向けて人差し指を口に当てるジェスチャーをし、音量を下げるよう促す。

 

 「……あんまり大きい声出すなって、俺の家そんなに壁厚くないんだから」

 「あっと、その、ごめん……」

 

 武正からの注意に、頭を垂れて謝るハックモン、再び顔を上げると周囲にあまり聞こえない程度の大きさで会話を開始した。

 

 「俺、クワガーモンの変種を倒した後から記憶が無くてさ……」

 「あのでっかいクワガタのクワガーモン、だっけ? そいつを倒した後にバオハックモンってのからハックモンに戻ったんだよ。そこまでは覚えてる? 」

 「うん、そこまでは覚えてるけどその後すぐに気が遠くなってさ」

 

 ハックモンの記憶がどこまであるのか、守神沼での出来事を回想しながら確認をしていく1人と1匹。順を追うことで意識がどの辺りまでしっかりしていたのかある程度の把握ができてくる。2人が出会った戦いでハックモンが気絶した直後からのことを武正は彼へ説明し始めた。

 

 「あの後ハックモンが気を失っちゃってさ、どうしようかと思ってたらこれが光ってハックモンが吸い込まれたんだ」

 「今俺が入ってるこれ? 」

 「そう、これ。聖なるデバイスのDチューナーっていうんだって」

 

 武正はハックモンの疑問に答えるようにDチューナーを指差す。一見すると赤い勾玉のようだが、画面やボタン、ダイヤルが付いている不思議な機械を。

 

 「ああ……進化する前に溺れそうになった時に頭に響いた声がそんな名前言ってたな」

 「あれ? ハックモンにもあの声聞こえてたの? 」

 「にも、ってことは武正にも聞こえてたんだね、あの声」

 

 Dチューナーを受け取った際に聞こえた言葉が武正とハックモンの双方に聞こえていたことをお互いが認識する。出会った時のハックモンには無く、今のハックモンにあるものに気がついたのか、武正はDチューナーから視線を外しながら、Dチューナー内のハックモンの首元を指差し……

 

 「俺にはDチューナーっていうので、ハックモンはほら、首元についてる石なのかな。最初に会った時はついてなかったよな? 」

 「ほんとだ、この石の力もあって進化出来たのかな……」

 

 ハックモンも首元の違和感に気付いたのか、視線を下へと向けると……確かに羽織っている赤いマントの首元にDチューナーと同じような形の赤い石があった。爪先で首元にある未知の石を触りながらハックモンは自身の進化した理由を推測し始める。

 その間に武正は少し小腹が空いたのか、部屋に持ち込んでいたチョコレートの包み紙を開けて一個口へ。すると、それを見たDチューナー内のハックモンの瞳が突如輝いた。

 

 「武正、今食べたそれ何? 」

 「何って、チョコだけど……」

 「食べてみたい! 」

 

画面へ顔を近づけ、輝く瞳でチョコレートを食べたいと主張するハックモン。武正は無茶な要望に少し呆れつつ手を横へ振りそれは無理だと彼に告げた。

 

 「その中にいるから食べられないって」

 「食べたいっ! ぜーったい食べたい!! ……うわっ!? 」

 

 それでもチョコレートを食べたいと主張するハックモンは画面へと顔を密着させる。次の瞬間、Dチューナーの中にいたはずの彼はこちら側へと飛び出してきた。1mほど質量の物体が飛び出して落ちた為に、部屋の中に大きな衝撃音が響く。

 

 「どわっ!? 痛いな全くー」

 「出てこれた!? これでチョコが食える! 」

 

 喜ぶハックモンと、彼へ腹部に乗られた状態になる武正。中々の重さで上手く動けないようだ。

その時、控えめに“ガチャッ”と部屋のドアが開く音がして……

 

 「武ちゃん? 凄い音が、した……けど……」

 「「あっ……」」

 

 武正に見えたのは、逆さまの幼馴染の姿だった。どうやら凄い音がしたので心配になって開けたらしい。

 一瞬2人と1匹は硬直するが、折り重なっていた1人と1匹は慌てて姿勢を正す。

 

 「桃香、これはさ! 何というか、とにかく……」

 

 言い訳ができない状態でなお誤魔化そうと武正は口を開くも、この場を乗り切れるような言葉は出そうにない。ハックモンは武正から降りて隣に座っているが、初めて見る女性という存在に興味深々のようで。

 

 「……武ちゃん」

 

 しかし幼馴染は、普段感情をあまり表に出さないのが嘘のように能面のような笑顔を浮かべると……

 

 「説明、して? 」

 「はい……わかりました」

 

 幼馴染の放つオーラの重さに観念した武正は素直に白状することを選ぶ。答えを聞いて表情が普段通りになった桃香は武正の部屋へ入り、その直後周囲に扉が静かに閉まる音が響くのであった。

 

 

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 一方同じ頃、夜道を黒塗りの高級車が守神町へ向かって走っている。運転しているのは、中年に差しかかろうかという少し白髪交じりの整った髪にスーツを着た紳士だ。

 

 「昭二郎坊ちゃま、今日の塾はいかがでしたか?」

 

 運転しながら、後ろの座席の主の子息へと声をかける。助手席には誰も乗っておらず、左側の後部座席に少年がドアに寄りかかるようにして座っていた。

 

 「別に、普段と変わらないよ。心配しなくても成績はトップを保ってる」

 

しっかり整えられた黒い髪の短髪に、紫の瞳のたれ目でアンダーリムのメガネをかけた少年……昭二郎が答えた。パワーウインドウに寄りかかったまま、彼の目線は窓の外へ向いている。

 

 「それはようございました。奥方様も心配しておられましたよ」

 「瀬羽、母の過剰な心配性はいつものことじゃないか……」

 

 母親が心配しているという使用人の言葉に、呆れたように過保護であることを皮肉る昭二郎。そのまま窓の外の景色に視線を戻して会話を切り上げ、双方無言のまま時間が流れていく。

 とある細い道路を走っていたところ、道端の電信柱の影に倒れている何かが……ほんの一瞬だが昭二郎の目に入った。普段なら何かの見間違いだろうとそのまま無視するだろうが、今の彼には何故か無視できなかったようですぐに運転席へ顔を近づけると……

 

 「瀬羽、車を止めて! 」

 「え? で、ですが坊ちゃま」

 「いいから早く! 」

 

 突然の主の言葉に困惑する瀬羽を言葉の勢いで抑えつけ、車が止まると即座に外へ降りて通り過ぎた電柱へと走っていく。何かに魅入られたような主の姿を見て、瀬羽は……

 

 「坊ちゃま、どうかお待ちを! 」

 

 彼も車のハザードランプを出して道端に寄せた後に鍵を閉め、昭二郎を追いかける。まだ幼い主に何かあれば一大事だ。その声を背に受けながらも目的の電柱へと辿り着いた昭二郎の目に映ったのは、傷だらけでピンク色の鳥だった。

 

 「これは……鳥、なのか? 」

 「ようやく追い付きました……坊ちゃま、1人で行動されて何かあったら奥方様が……っ、これは!? 」

 「ひどい傷だ……このままじゃ危ない」

 

 ピンクの鳥は荒い息で、体の至る所には切り傷や擦り傷がある。このまま放っておいては命に係わるのは素人にも一目瞭然だ。普通の人間ならばこの状況ではパニックになるだろうが、父親が医師である昭二郎は倒れている鳥の状況を観察していく。

 

 「酷い……」

 「私は……自由、に……なる」

 「しゃ、喋った!? 」

 

 その時、ピンクの鳥が人語を発した。一般常識では驚くが、そういう生物なのだろうと不思議と昭二郎は納得はできたようだ。大人である瀬羽は、自身の常識外の存在に本能的な恐怖を抱いたのか……少し後ずさる。

 呟かれた言葉は無意識な意志の表れだろう。この鳥は、生きて自由を得たいとこの状況でも心の底から願っている。ピンクの鳥――ピヨモンの強い思いがこの時、何故か昭二郎の心へと深く突き刺さった。

 ただ母の過度な干渉を受け続けるだけでいいのか、自分ももっと自由でいたいという前々から抱いてきた気持ちが湧きあがってくる。

 

 「自由、か……」

 「坊ちゃま? 」

 

 無意識に呟かれる自身の願望。それが漏れ出ると同時に使用人へと昭二郎は振り返る。困惑している使用人へ向けて、気合を入れるように息を一息吸うと……

 

 「瀬羽、この子を保護したいんだ」

 「で、ですが坊ちゃま! このような未確認生物を保護するなど奥方様がなんと言われるか……」

 

 彼の一言に瀬羽は飛びあがり、使用人達が一番恐れる存在である昭二郎の母を持ち出し反論をしてくるが、昭二郎がそれを遮る。

 

 「たとえ見つかっても僕のせいだ、瀬羽には迷惑はかけないよ。約束する! 」

 「し、しかし! 」

 「医者の息子として、怪我をしている者は放ってはおけない」

 

 それも当然あるのだが、ピヨモンの自由への意志に共感を覚えて興味を持ったのが一番大きいのだろう。今までに見せたことのない覇気のある表情を見せる少年に、使用人は驚きを浮かべて諦めたように首を振る。

 

 「わかりました。坊ちゃまがそこまで言うのでしたらもう何も言いません」

 「ありがとう、瀬羽! 車をここへ戻してくれるかい? 」

 「かしこまりました」

 

 根負けしたように瀬羽は笑顔を見せ、昭二郎は彼が了承してくれたことに安堵したように微笑みを返す。彼は止めていた車へと走って戻っていき、しばらくすると車のエンジン音が鳴り始めた。

 その間に昭二郎はピヨモンを助け起こそうと体に触れた瞬間、彼の頭の中に声が響く。

 

 『カオスより与えられし可能性の光が、今君達を包み……導くだろう。そして自由求める心……その心を守る光を授けよう』

 

 厳かな声は、彼の頭の中に直接響き渡って意思を伝える。その声色に含まれているのは悔悟と期待……

 

 『デジタルとアナログを繋ぐ聖なるデバイス《Digimon-mediate-Tuner》Dチューナー。この聖なるデバイスはこれから君達に襲い来る困難を打ち砕く助けにきっとなってくれる……』

 

 次の瞬間、青色の勾玉が出現してピヨモンの右足首に光の紐で結ばれる。一方昭二郎の右手には青と白の勾玉のような機械……Dチューナーが握られていた。

 更に昭二郎の頭に走る突然の頭痛。顔を顰めるも、次の瞬間にはDチューナーの扱い方が知識が頭に直接書きこまれたかのように理解出来て……

 

 「これが、聖なるデバイス……っ!?今度はこっちから!」

 

 左手でピヨモンを抱いたまま、昭二郎が右手に握られたDチューナーをまじまじと見ていると画面が発光し、ピヨモンへと光が注がれる。次の瞬間、ピヨモンは光の玉に包まれて中に吸い込まれていった。その証拠に彼の左腕には先程の重みが感じられなくなっている。

 追いかけるようにDチューナーへと視線を向けると、聖なるデバイスの画面には穏やかに眠っているピヨモンの姿があった。

 

 「まるで夢を見ているみたいだ……」

 

 頭に響く声はもう聞こえなくなっていた。心の中で声をかけてみても反応はない。昭二郎が一人呟くと、暗くなった夜道を聞き慣れた車のエンジン音が近づいてきている。

 しゃがんだ状態から立ち上がり、使用人へこの不思議な現象の説明はどうするべきかと指を顎に当てて昭二郎は考え始めた。

 

 

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 「……というわけで、ハックモンが気絶した後にこのDチューナーの中に入ったから、家に連れてきたってわけ」

 「俺もついさっき目が覚めたところなんだ! あむっ、うまい! 」

 

 守神沼での出来事を桃香へと一通り説明し終わり、武正は一息ついた。ハックモンはそれを捕捉しつつもチョコレートを口に入れ、その甘さを堪能している。

 

 「武ちゃん、あんまり……危ないこと、しちゃダメ」

 「でもあれはしょうがないって、クワガーモンはこっち追ってきてたし」

 「それでも……気をつけて」

 「……はい」

 

 危険な行動をした武正をジト目で見る桃香と、それに対して反論する武正。しかしその反論も桃香の心配による圧力であっさりと返されてしまう。

 続いて彼女はハックモンへと自分の中で気になっていたことを問うた。

 

 「ねえ、ハックモン……」

 「むぐっ!? どうしたの桃香? 」

 「武ちゃんと、ハックモンが出会った時のことは……聞いたけど、ハックモンはどうして……守神沼の林にいたの? 」

 

 桃香は二人が出会う前、ハックモンがなぜあの場所にいたのかと疑問符を浮かべる。ハックモンはまだチョコを食べていたが、桃香の言葉に口の中のチョコを飲み込んで話せる状況へ。

 

 「そういやそうか、ハックモンみたいなデジモン? って初めて見たし」

 

 武正も同意してハックモンに視線を向けて、ハックモンの姿を再度まざまざと観察する。見れば見るほどこちらの世界では見ない生物だ。

 

 「それがさ、はっきりは覚えてないんだよね! 」

 「ってダメじゃんか! 」

 「……武ちゃん」

 「……はい」

 「あはは! 師匠達と一緒にいたところまでは覚えてるんだけど……」

 「それじゃあ、そこからでいいから……教えて? 」

 

 ハックモンの正直な回答に思わずツッコんでしまう武正。そんな武正を桃香は視線と一言で制して、ハックモンへ続きを促す。

 

 「俺はデジモン、デジタルモンスターっていうんだ!デジタルワールドって世界で師匠達と暮らしてた」

 「デジタルワールド、この世界とは別の……もう一つの、世界だっていう? 」

 「うん。俺も武正と会うまで、人間は実際に見た事なかったんだ! 師匠に話を聞いてただけ」

 「そんなこと確かに言ってたな。デジモンはクワガーモンみたいな色々な奴がいるのか? 」

 

デジモンの正式名称、デジタルワールドの存在をハックモンは自身の言葉で出来るだけ分かり易く2人へ解説を行う。優等生である桃香はもちろん、学校の授業であまり真面目ではない武正も今回ばかりはしっかりと知識を学び取っていく。

 

 「クワガーモンみたいに乱暴なのもいるけど、他にもいいデジモンはいっぱいいるよ!」

 「わかった、わかったから声を少し小さく!」

 「守神沼でハックモンは、変身したって聞いたけど……」

 

 デジモンはあのような乱暴者だけではないと憤慨するハックモン。荒げる声の大きさを抑えるようにハックモンの口へ武正は手を当てる。

 更に桃香が姿が変わったという現象について問うと、ハックモンは瞳を輝かせながら……

 

 「デジモンは幼年期、成長期、成熟期、完全体、究極体って進化していくんだ。俺はまだ成長期なんだけど、さっきは成熟期に進化出来た! 」

 「バオハックモンのことか。確かに体も大きくなって強くなってたな、あれが成熟期への進化ってやつなのか? 」

 「うん、多分そのDチューナーってデバイスの力で一時的に進化できたんだと思う。本当なら進化には長い時間が必要だから……」

 

 長い年月が必要な進化を一時的といえど行ってしまうDチューナーの底知れない力を感じて、神妙な顔になる二人と一匹。武正は右手に持ったDチューナーを凝視していたが、突如脳裏にもう1つの疑問が浮かぶ。

 

 「あ、そういえばハックモンの言ってる師匠ってどんなデジモンなんだ? すげー尊敬してるみたいだけど」

 「私も、気になる……」

 

 師匠のことを聞かれた瞬間に、ハックモンの目は輝きは更に増した。その輝きはまるで物理的に輝いているかのようで……

 

 「師匠のこと? 師匠はね、ロイヤルナイツの1人でガンクゥモンっていうんだ! すっごく強くて俺の憧れ!! 」

 「……ロイヤルナイツ? 」

 「ああ、ロイヤルナイツっていうのはデジタルワールドを守ってる聖騎士デジモンの集まりなんだ」

 

 話題となった師匠の名前や、桃香が疑問に思った所属している集団についても解説を始めた。力強く語っていくその勢いに若干圧されながらも、武正と桃香はハックモンの師匠であるガンクゥモンの情報を頭に入れていく。弟子である彼の口から興奮気味に語られる印象は、とにかく厳しくも強く優しいというものだ。

 

 「つまりもの凄く強いデジモンってことか? 」

 「ものすっごく強いよ! それで厳しいけど優しくて、他のデジモン達にも慕われてる! 」

 「そんなに……凄い人、なんだね」

 

 尊敬する師匠であるガンクゥモンの強さをまるで自分のことのように誇るハックモン。その眩しい笑顔に、武正や桃香も思わず微笑ましさから笑顔になっていく。

 しかし、ハックモンがそれほど慕っている師匠と離れ離れになってしまっている事実に……まるで自分のことのように桃香は心を痛める。

 

 「それじゃあ余計に、ガンクゥモン……心配、だね……」

 「師匠の事だから、きっと無事だよ! 」

 

 桃香がハックモンの気持ちを気遣うが、ハックモンは師匠の生存を確信しているようだ。その迷いのない言葉から、彼ら師弟は強固な絆で結ばれていることが伺える。

 

 「さっき聞いたように、デジタルワールドで次元の歪みっていうのを調べてたらその歪みにみんなで吸い込まれちゃったんだろ? 」

 「うん、師匠もシスタモンノワールやブランも一緒に。やっぱり別々の場所に飛ばされちゃったのかな? 」

 

 改めてこの世界へと飛ばされる直前のことを武正と確認をし、予測を立てるハックモン。自分の師匠の強さを知っていてもやはり一刻も早く合流したいのだろう。

 その内に、ハックモンは強い意志を宿した瞳を二人の方へ向けると……

 

 「俺、師匠達を探そうと思うんだ!」

 「「ええっ!? 」」

 

 そう、力強く宣言した。思わず二人は驚愕の声を挙げる。いち早く冷静さを取り戻した桃香は、まるで子供の心配をする母親のような表情をハックモンへ向けて……

 

 「でも、ハックモン……この町のこと、あんまり……知らないでしょ?それに手掛かりとか、あるの? 」

 「ぐえっ! 」

 

 彼女の優しくも厳しい的確な指摘に思わずハックモンは妙な声をあげて仰け反る。桃香は人差し指を立てて、まるで学校の先生のようなポーズになると一言。

 

 「だから……私も手伝うよ、ハックモン」

 「ほ、本当!? やった! 」

 「まあ……桃香が手伝うっていうなら、俺も」

 「ありがとう、桃香! 武正! 」

 

 桃香が言うのならばと武正も幼馴染に勢いに流されて手伝うことに。彼女たちの申し出にハックモンは大喜びで二人の手をそれぞれ掴んでブンブンと勢いよく握手する。

 その際に桃香は一瞬武正へと視線を向けて、僅かに心配そうな瞳になるがすぐに表情を元に戻した。

 

 「それじゃあ、明日……から探そう、か? 」

 「ええっ!? 今からじゃないの? 」

 「俺もてっきり今からかと……」

 

 桃香の提案に今からではないのかと驚く立ち上がったハックモンと、同様の武正。いざ決まったら即行動の無鉄砲さがどうやら彼らの共通点の1つであるようだ。

 

 「もう夜だから、しょうがないよ……暗いし、危ない……もん」

 「……わかった」

 「よくよく考えるとそうか、何か体が勝手に動いちゃったな……」

 

 先走る1人と1匹を窘めるように桃香の言葉に、ハックモンと武正は落ち着きを取り戻す。そうして彼らが座ろうとした瞬間、突如武正の手の中にあったDチューナーが一瞬光を放って……

 

 「わ……!? な、何……? 」

 

 驚いた声を上げたのは桃香だけで、武正はDチューナーを持ったまま、空いている左手で頭を押さえている。彼の両目は閉じられていて、何かの痛みに耐えているようだ。

 更に気がつくとハックモンが何故かその場から姿を消していた。

 

 「武ちゃん、どうした……の? 」

 

 そんな幼馴染を心配し、武正の服の袖を引きながら桃香が声をかける。

 

 「いきなり過ぎだろ、説明が。頭痛い……」

 「……薬とか、いる? 」

 「いや、だいじょぶ。ありがとな桃香」

 

 桃香の心配する声に武正は心配は無用とばかりに顔を振る。痛みを振り払えたのか目をパチクリさせながらも……

 

 「このDチューナーの使い方が頭の中にいきなり入って来ただけだから大丈夫」

 「頭の中に、入ってきた? それにハックモンも、いない……」

 

 彼女は武正の言葉の意味が理解できず、ハックモンがいなくなったことにも気付き、周囲を見回す。

 そんな中、どこかからハックモンの声が彼女の耳へと届いた。

 

 『桃香、ここだよ! 』

 「……どこ? 」

 

 ハックモンの声を追って再度辺りを見回す桃香だが、見つからない。武正が右手で持ったDチューナーを指差す。

 

 「ここに戻ったんだよ、ハックモン」

 「そ、そうなんだ……」

 

 そう言われて液晶画面を覗き込む桃香に、Dチューナーの中のハックモンは右手を振っている。痛みが薄くなったのか、頭に当てていた左手を降ろして武正はざっくりとした説明を桃香へとした。

 

 「このDチューナーをハックモンに向けて、《デジタライズ》って言えばこの中に入るみたい。反対にDチューナーを前に出して《リアライズ》って言うと外にまた出てくる……らしい」

 「やっぱり、凄いん……だね、この機械」

 『俺もびっくりした、初めてだよこんなの! 』

 「まあ家族の目気にしないで良くなるから、いっか! 」

 

 Dチューナーの新たな機能が発現し、困惑と同時に行動する際に便利になったとポジティブに考える武正。ハックモンはDチューナーの中で初めての体験に楽しそうにはしゃぎ、桃香は新たな現象を起こした幼馴染の持つ謎の機械を借りて様々な個所を触り調べている。

 そこへ、部屋の扉がノック音を立てた。

 

 「お、お兄ちゃん、桃香さん。お茶持ってきたんだけど……入ってもいい? 」

 

 扉の向こう側にいるお茶を運んできた春奈の声に、部屋の中にいる一同は背筋を正す。桃香は素早くDチューナーの中にいるハックモンへ静かにするように口元に左の人差し指を当てるジェスチャーをし、その迫力に思わずハックモンも自分の両手で口を塞ぐ。

 武正も姿勢を正したまま、桃香から阿吽の呼吸でDチューナーを受け取ると上着のポケットの中へと仕舞いこんだ。その焦りを表に出さないように……

 

 「春奈、ちゃん? わざわざ……ありがとう」

 「あ、ああ。入っていいぞ」

 

 二人はそう口に出しつつもお互いに視線を合わせる。【春奈に心配をかけないためにこのことは内密にする】とアイコンタクトで即座に決め、何事も無かったかのように扉が開く前に最初の位置へと戻った。

 

 「じゃあ、失礼します」

 

 ガチャッと音がすると扉が開き、麦茶のコップが乗っているお盆を持った春奈が部屋の中へと入ってくる。それを迎える武正と桃香は、若干の後ろめたさを感じながらも春奈と暫くの間茶飲み話を楽しんだのだった……

 

                  ・

                  ・

                  ・

 

 翌日、武正と桃香は学校への通学路を歩いている。後50m程で学校の正門に着くだろう。桃香と共に歩道を歩いている武正は、ズボンからDチューナーを取り出す。画面の中にはもちろんハックモンがおり、好奇心が疼くのか辺りを見回していた。

 

 「今日の図工の時間からちゃんと探すから、学校では大人しくしてろよ? 」

 『うん、わかった! 大人しくしてる!! 』

 「しーっ、ハックモン……」

 

 ハックモンの返事が元気で大きいため、慌てて桃香は声量を小さくするように諭す。武正は怪しまれていないか周囲をチラチラと見回したが……怪しまれてはいないようだ。

 

 『あはは、ごめん……』

 「大丈夫か、本当に……」

 

 そのことに胸を撫で下ろして安堵する武正と軽い口調で謝罪をするハックモン。出会って2日目ではあるが、大分打ち解けてきたようである。

 

 「武ちゃん、あんまりゆっくりしてたら遅刻しちゃうよ」

 「それもそうか、よっと! 」

 『うわっ!? 』

 

 桃香からの忠告に、武正は改めて学校へ向かおうと右手に持っていたDチューナーをカーゴパンツのポケットと入れた。いきなりのことに思わず声が出てしまうハックモンだが、約束を守ろうとしているのかそれ以上反応はない。

 そうして二人はまた登校を再開する。そのまま10mほど歩いた時、後方から風を切る音が聞こえた。

 

 「そこのお二人さん、どいてくれ! 」

 「おっと!? 」

 「……きゃっ!? 」

 

 風を切り、2人の後方から走って来たキャップを被った少年の声に慌てるが、何とか桃香を守りつつも回避する武正。一歩間違えば怪我をしていたかもしれない危険な行動に武正は走り去るキャップの少年の背中へと抗議の声を挙げるも……

 

 「危ないって! そっちも走る時気をつけろよー? 」

 「ああ、悪かった。次は気をつけるさ! 」

 「ってオイ! 」

 

 抗議の声に軽い口調で返してキャップの少年は振り返らずに手を降ってそのまま走り去っていく。武正はそれをツッコミしつつ見送り、桃香とまた歩き出す。少したった後、人指し指をこめかみに当てて思案顔で歩く幼馴染を気にして、桃香は声をかけた。

 

 「ねえ、武ちゃん……どうかしたの? 」

 「いや、ついさっきDチューナーが震えた気がしてさ…ハックモン、さっき……」

 『うん、ほんの一瞬だけどDチューナーがガタガタして光った。何だったんだろうね? 』

 

 カーゴパンツのポケットからDチューナーを取り出し、ハックモンとついさっき感じた現象について話す武正。画面の中のハックモンも、ついさっき起こった事態に困惑の表情を浮かべていた。

 しかし詳しい情報は結局わからないようで、その内に武正と桃香は歩き出す。前日に遭遇した出来事を思い出した武正は浮かない表情を浮かべるも、首を振ってそれを振り払いつつもポツリと一言。

 

 「なんだか嫌なことが起こりそうだ、今日」

 「私も…何だか、嫌な予感……がする」

 「桃香の予感は当たるからなぁ……気をつけよう」

 

 桃香の感じる嫌な予感が的中しないようにと祈りながら眩しい朝日の中、2人は正門を通り昇降口へと向かうのだった。

 

 

                  ・

                  ・

                  ・

 

 

 同じころ、先ほどのキャップを被った少年は、走りながらもパーカーのポケットから何かを取り出す。取り出された物体は、緑と白の勾玉のような機械……Dチューナー。

 それに向かって、彼はぶっきらぼうな声をかけた。今手に持っている機械がつい先程震えた原因を聞いてみるためだ。

 

 「おい、今の何だ? 」

 『知らないね、俺だって昨日から知らないことだらけなんだ』

 「役に立たねぇ……」

 『何だと? もう一回言ってみろ! 』

 

 Dチューナーから帰ってくる声も、どこか投げやりで声の主の無愛想さが伺える。キャップの彼がボソリと呟いた悪態はDチューナーの中のデジモンに聞こえたらしく、抗議なのか画面内で暴れ始めた。

 目立つのを避けるため、手早くハンカチでDチューナーをぐるぐる巻きにしてパーカーのポケットへとしまう。画面の中からの抗議の声を強制的に消音するための措置だ。

 

 「めんどくせーことにならなきゃいいがな……」

 

 教室へ向かう途中に、ぽつりとキャップを被った少年は呟くのだった。

 

                  ・

                  ・

                  ・

 

 「……ん? 」

 

 登校中の車内で、後部座席の昭二郎もスラックスのポケットから青と白のカラーを持つDチューナーを取り出した。液晶画面の中のピヨモンは、未だ眠り続けている。昨日出会った際に追っていたダメージはやはり相当のものだったようだ。Dチューナーを見ながら、先程感じた震動はこの機械から発したものなのか、はたまた車の振動なのかを考えていると……

 

 「どうかなされましたか、坊ちゃま」

 

 ハンドルを握る瀬羽が声をかける。その声に昭二郎は顔を挙げ、気のせいかと首を振りながら答える。

 

 「いいや、何でもないよ瀬羽。そろそろ校門だね」

 「ええ、そして伝えそびれる前に。本日は18時より坊ちゃまのお部屋で英会話のレッスンです」

 「わかってるよ、迎えは何時くらいになる? 」

 「本日は16時30分頃になるかと。また校門の前でお待ちしております」

 

 今日、学校が終わるのは15時30分のはず。

 小さい頃から仕えてきてくれている彼は、1時間の自由時間を昭二郎にプレゼントしてくれるようだ。使用人の気遣いに思わず微笑みを浮かべた昭二郎は……

 

 「ありがとう、瀬羽。おかげで良い1日になりそうだ」

 「私は何もしていません。ただし、無茶はお控えください」

 

 お礼を告げ言いつつも、こっそりと手に握られたDチューナーを見る昭二郎はポツリと瀬羽に聞こえない位の小ささの声で呟く。

 

 「本当に、気のせいだったのか……? 」

 

 武正を含めたDチューナーを持つ3人の少年はそれぞれ学校へと向かっていく。これからこの小さな街で起こり始める事件の火種は、町の各所に迫り始めていた……




デジモン図鑑#2

名前 :ピヨモン
レベル:成長期
タイプ:雛鳥型
種別 :ワクチン
・解説
翼の部分が腕の様に発達している雛鳥型デジモンで、翼を器用に動かすことができるが、それ故にに空を飛ぶ事を苦手としている。
将来は大空を意のままに飛び回るバードラモンになりたいらしく、空を飛べないコカトリモンにはなりたくないとのこと。
好奇心が旺盛な性格だ。必殺技は幻影の炎を口から吐く『マジカルファイアー』


名前 :エンジェモン
レベル:成熟期
タイプ:天使型
種別 :ワクチン
・解説
光り輝く6枚の翼と、神々しい純白の衣を身に纏った天使デジモン。完全なる善の存在であり、幸福をもたらすデジモンと呼ばれている。
反対に悪に対しては非常に冷徹で完全に相手が消滅するまで、攻撃を止めることはない。
必殺技は黄金に輝く拳で相手を攻撃する『ヘブンズナックル』


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第三話 戦いの胎動

修正を繰り返していたら遅れてしまい申し訳ありません。
早く4話も書けるように頑張ります……
読んでくださって本当にありがとうございます~


 

 

 時刻は朝から昼に変わろうとしている10時頃……

 5年生の2クラスは担任の先生2人によって昇降口前に集められている。彼らがそれぞれの手に持っているのは画板や絵の具、筆洗だ。

 

 「今日の図工の時間はこの前の続きです。裏山の景色を描いてくださいね」

 「あまり裏山の奥に行きすぎないようにな? 小さい山とはいえ迷ったら危ないぞ」

 

 担任教師達の注意に生徒達は元気な返事を返す。答えた直後に直ぐ雑談をし始める辺り、本当に理解しているかは怪しいものだが……

 これは見回りを念入りにする必要がありそうだと彼女と彼は目で通じあった後、解散の号令を生徒達にかけた。それを受けた子供達は穏やかな春の陽気の下、思い思いに前回絵を描いていた場所へと移動を開始していく。

 

 「……続きも、描かなくちゃだけど」

 「例のこともやるチャンスだな」

 

 整列していた武正は探索の機会ができたことに小さな笑みを浮かべる。隣には授業をサボることにもなるので若干心苦しそうな桃香も一緒で、本来の目的の前には注意事項も右から左へと聞き流されている状態だ。。

 そう……この自由に動ける時間を利用して、ガンクゥモン達を探そうと考えているようだ。昇降口から散らばり始めた生徒達に混じって徐々に人気が少ない方向へと移動していくと、その視線の先には大きな坂道。その坂を登って二人は学校の裏山へと足を踏み入れた。

 

 

              ・

              ・

              ・

 

 

 「こことか……どうだ?」

 『うーん、何も感じないや』

 「こっちはどう? ハックモン」

 『そこも何にも……』

 

 裏山に足を踏み入れ、捜索を開始してから10分後……他の生徒達は各所へ散って絵を描き始めている頃だが、武正と桃香はハックモンと一緒に裏山中腹の広場を拠点にしてガンクゥモン捜索を開始はしたものの、そう簡単に痕跡は見つけることが出来ていないようだ。

 

 「流石に疲れた、休憩しようぜ桃香~」

 「もう、武ちゃんったら……」

 

 注意深く捜索を続けていた疲れからか、武正は目に付いた手近な切り株に腰掛けた。幼馴染の勝手な行動に不満げに頬を膨らませるも、彼女も疲れていたのか同様に切り株に腰掛けて一休み。

 そのまま青空を見上げた2人は、中々上手くいかない調査に大きくため息をついた。

 

 「手がかりの“て”の字も見つからないなー」

 「まだ、始まったばかりだよ? 」

 『桃香の言うとおり! コツコツ地道にやっていけばきっと手がかりが掴める! 』

 

 やる気のゲージが減退しているのか頭がさらに下がる武正と、春のそよ風に吹かれて色鮮やかに舞う珊瑚色の髪を揺らしながら、桃香はその顔を下から覗き込む。

 彼女の言葉に便乗して、ハックモンも減った武正のやる気を再度高めようとしているようだ。しかし効果はあまり出ているとは言えず、困っていた彼を見かねた桃香は……

 

 「じゃあ……武ちゃんの、不戦敗? 」

 「……いや、これ勝負じゃないだろ? 」

 

 生まれてからの付き合いである幼馴染の性質を知り尽くした桃香の一言が放たれると、思わず武正は反論するが、平静を装ったその顔は少しカチンと来ている表情だ。

 

 「ハックモン……武ちゃんが、諦めちゃっても……私が見つけてあげるからね」

 『えっ!? あ、うん! 』

 「ちょっと待て……俺はまだ諦めてないぞ、勝手に決めるな! 絶対俺が先に見つけ出すぞ! 」

 

 そう、武正は結構な負けず嫌いなのだ。上手くその火を灯せた桃香は、ほんの少しクスリと微笑む。微笑みを浮かべたまま彼女の翡翠の垂れ目は流し目をハックモンへ。

 ハックモンは、大人しそうな少女の瞳から謎のオーラを感じて反射的に背筋を伸ばす。どうやら彼女を怒らせない方がよさそうだと本能で感じ取ったらしい。

 

 「こうしちゃいられない、まだ探してない所あったはず! 」

 

 やる気を点火させ、立ち上がって捜索を再び始めようとした武正。もう一つの目的すっかり忘れている彼に、幼馴染はくすくすと笑いながら……

 

 「でも、その前に……絵の、残り……仕上げ、よ? 」

 「あーそうだった……こっちもやらなきゃいけないんだったな。ハックモン、ちょっと待ってて」

 『わかった。でもできるだけ早く!! 』

 「はいはい、っと! 」

 

 課されていた課題を思い出し、苦い顔をしながらも腰を下ろして画板を膝上に置く。ハックモンへと声をかけ、2人は絵の具を広げて絵の続きを描き始める。

 二人の絵を見てみると、山の中腹から見た町の風景が武正のものは豪快なタッチで、桃香のものは繊細なタッチで描かれており、あと少し色をつければ完成といったところのようだ。

 

 「なあ桃香、白の絵の具無くなっちゃったから貸してくれよ」

 「うん、はい……どうぞ」

 「サンキュー! 」

 

 足りなくなった絵の具の貸し借りを行いながらも順調に下書きに色をつけていく2人。中腹の広場には春の暖かな風が黒の短髪と珊瑚色の長髪を揺らしながら、穏やかな時間が流れて行く……

 

 「ふーっ、色塗り終りっと! 」

 「私、も……」

 「桃香の絵、相変わらず綺麗だなー」

 「武ちゃんのは、線、太い……ね」

 

 2人の色塗りが一区切り着き、絵に集中していたことで凝った背筋を伸ばしながらお互いの作品を見て感想を言い合っていったころ……木から鳥達が羽ばたいていく。それはまるで危険な何かから逃げようとしているようだ。

 

 「どわっ!? 何だ? 」

 「すごく、大きな……爆発音!? 」

 『……2人とも、気をつけて! 』

 

 突然の轟音が2人の耳を貫き、ハックモンは声を荒げて警告する。その真剣な目と声から、彼は何か危険な気配を感じ取って警戒している様子だ。

 パートナーの真剣さを感じ取ったのか、武正は隣にいる桃香の手を握り、手を引いていつでも逃げられるように自然と動く。

 

 『武正、俺を外に出して! 早く! 』

 「あ、ああ…リアライズ! ハックモン!! 」

 

 ハックモンの言葉に反射的に反応し、Dチューナーを前に突き出しコードを唱える。するとDチューナーの画面から閃光が走り、次の瞬間にはハックモンが外に飛び出した。

 赤いマントを靡かせ、華麗に地面へと着地した彼は四肢を踏ん張り、姿勢を低くして警戒体制へと移行した。目を、耳を、鼻を総動員して更なる状況把握に努めている。

 そこから得た情報と自身の勘を組み合わせたハックモンは、ある答えに行きついた。同じく武正も思い浮かぶことが1つあるらしい。

 

 「ハックモン、あの音って……」

 「たぶんデジモンの仕業だと思う、デジモンの気配を俺も感じたから……」

 「Dチューナーの画面に地図…か? それに2つ青い矢印と赤い矢印みたいなのが…って、あれ!? 」

 

 Dチューナーに表示された地図上では一方の青い点が赤い点と重なり、残った方の青い点に凄い勢いで近づいてきている。先程から断続的に聞こえている轟音もこちらに迫ってきている、ということは……

 2人と1体がDチューナーに表示された地図の見方を理解した直後、雑木林から巨大な影が目の前へと躍り出てきた。

 

 

              ・

              ・

              ・

 

 

 武正達が謎の影と遭遇する十分ほど前のこと……

 

 『お前、また一人かよ? 友達いないのか? 』

 「ほっとけ、オレはその方が気楽なんだよ! 」

 

 青味がかった黒髪を揺らしながら、少年はポケットから聞こえる声に反論する。ルーズに被ったキャップのつばの位置を時々直しながらも、少年は一人山道を歩いて目的の場所へと向かっていた。

 周辺には彼の靴が土を踏む音以外は、時折吹きぬける風の音くらいしか聞こえてこない。本当に他の生徒達はいないようだ。

 

 「なぁ、ベタモンよ」

 『あんだよ、広太? 』

 「5年より前の記憶は戻ったのか? 」

 

 Dチューナー内にいる背中に大きなヒレのあるカエル…名はベタモンというらしい。

 更にベタモンと少年…広太の雑談を聞くと、どうやらベタモンは5年前よりの記憶を失っているようだ。深刻な事態だが全くそれを感じさせない様子のベタモンは大物なのか、能天気なのか……

 

 『いんや、全然。昨日お前に出会ってなんか思い出せそうだったんだけどな』

 「なんだよそれ、過去に会っていました…とかか? 大量生産品のドラマじゃあるまいし……」

 

 思い出せそうだったとぼやくベタモンは、自身の左手にある緑色の勾玉を右手で突いている。それはすなわち――武正とハックモンと同じように、彼らも昨日出会っていたデジモンと子供ということだ。

 同じように広太もDチューナーを弄り回しながら雑談をしているうちに、広太は裏山の頂上へと到達した。弄り回しはしたが、まるで反応がない機械をポケットに入れ、歩いてきた疲れを吐き出すように背伸びをして一息入れる。

 

 『1日ぶりの我が家だぜ』

 「裏山全体がてめぇの家かよ……随分とでかいな」

 『5年前からここに住んでんだから当然だろ?』

 「たかだか5年で所有権主張されてもなぁ……」

 

 山全体が我が家だと豪語しながらも家への帰還を喜ぶベタモンに、広太はボソリとツッコミを入れるもこのデジモンにはそういった皮肉はあまり通用しないようで……気苦労のため息が漏れ出た。

 しかし、その気苦労を吹き飛ばすほどに裏山の山頂から見る景色はまさに絶景。所々で咲いている桜の花がピンクのアクセントを山の植物に加えて……広太の視線の先には市街地、更にその先には木々に囲まれた守神神社と守神沼が見える。

 

 「いつ見てもいい景色だな、ここは」

 『それは同感だね、流石は俺の家』

 「アーハイハイスバラシイイエデスネー」

 

 少しの間、絶景に見惚れていた1人と1体。広太はここまで来た目的を思い出して前回も絵を描いていた場所へと歩を進めていく。目印の岩に腰掛けながらも絵の具を広げて準備を整える。座る際に気になったのか、筆洗の横にポケットから取り出したDチューナーも置かれていて…ン…

 放たれるベタモンの尊大な言葉も、いい加減に慣れたのか棒読みで流す事を広太は覚えたようだ。絵の具をパレットの上で混ぜ合わせて色を作り、絵の続きを描き始めてゆく。

 

 「てめぇは昼寝でもしてろよ、下手にでかい声出されても嫌だからな」

 『まあ暇すぎて眠くなってきたところだったから、お前言うこと聞いてやるよ!感謝しろ~』

 

 Dチューナーの画面内では仰向けにひっくり返ったベタモンのお腹がでかでかと映っている。その姿勢では特徴的な背中のモヒカンは果たしてどうなっているのだろうか?

 

 「一々腹立つ言い方だなお前……」

 「それじゃ俺は寝る! 」

 

 そう言ってDチューナーの中で寝息を立て始めたベタモン。横目で見ていた広太は軽く皮肉を言うも、言われた本人は即座に夢の世界へと突入していた。

 やれやれと首を横に振った広太は絵の続きに取り掛かっていく。山頂には、筆を動かす音のみが響き……まるで静かな音楽が奏でられているようだ。

 

「山の主だか何だか知らないが、小さいくせに態度はでけぇな……」

『ん~むにゃむにゃ、もう食えない……』

 

 時折聞こえてくる寝言や歯軋りに耐えながらも広太は筆を進める。そうして描き始めて10分ほど経って、絵が完成に近づいたその時である。

 突然の突風が山頂へ吹き荒れ、広太が持っていた画板はその風圧に揺られてしまう。筆洗の方は揺れはしたものの水がこぼれずに済んだ。

 

 「……何だ!? 」

『せっかく気持よく眠れてたのに……この気配、どこのどいつだ? 』

「気配って……生き物なのか? 」

『俺の同類だってのは何となくわかる! 』

 

聞こえたのは轟音、感じたのは地面が揺れる衝撃。そして目の前には土埃が立って視界を塞いで視界状態は最悪だ。

音と衝撃に飛び起きたベタモンは、文句を言いつつも背中のヒレで何かを感知したらしい。同類、すなわちデジタルモンスターが土煙の向こう側に存在しているのは確実。

 1人の1体の緊張感は高まり、ベタモンは頭の中に響く声に昨夜教えられていたDチューナーの機能を思い出すと、広太へと指示を出す。戦う力が殆ど無い人間だけに任せられる問題ではないと本能が警鐘を鳴らしているのだ。

 

 『おい、広太!俺を外に出せ!』

 「ったく!やりゃーいいんだろ?リアライズ、ベタモン!」

 

 広太がかざしたDチューナーが光、ベタモンが外へと飛び出す。その目つきは土煙の向こうを透視しようとしているかのように鋭く、更には全身に電気を迸らせていて、迂闊に声をかけられないほどだ。

 外へ出た直後に目の前の土埃は徐々に薄れ始め、大きな輪郭が徐々に姿を現していくと思われた次の瞬間、土煙を吹き飛ばしてバスケットボール大の火球が飛び出してきた。

 周囲の気温が一気に急上昇するほどのエネルギーを感じ取ったベタモンは、即座にその火球の中心へと狙いを定めると、全身に纏っていた電気を一気に放電。

 

 「電撃ビリリン!」

 「おわっ!?」

 

 100万ボルト以上の電撃を放つ彼の必殺技は、見事に火球へ命中し相殺することに成功。普段は見ることがない火球と電撃のぶつかり合った爆発音の大きさに思わず広太が驚きの声を挙げた。

 その爆発によって吹き飛ばされた土埃の向こうに見えたのは、丸太のような巨大な足と腕、大木のような胴体と尻尾……端的に言ってしまうと赤い恐竜。

 

 「――ティラノモン? 成熟期、データ種で必殺技はファイアーブレス……」

 「お前こそ、こいつが何なのか知ってんのか!? 」

 「Dチューナーが勝手に動いて、このデータ出てきたんだよ! 」

 

  Dチューナーの示した通り、そこには本来は大人しい性質なのだが気が立っているのだろうか、闘争本能が増しているティラノモンが1体……彼らの前に姿を現した。細められた瞳は自分の炎を相殺した電撃を放った主であるベタモンを見やると、強靭そうな口から咆哮を挙げて近づいてくる。

 その音には明確な怒りと敵意が乗っているのが広太にもわかり、頭はパニック状態ながらも体は後ずさっていく。生存本能が告げている……とにかく逃げろと。

 

 「ベタモン……明らかにヤバいぞこれ、今は逃げるしかねぇ! 」

 「はぁ!? 完熟だか成熟だか知らねぇが……あの気にいらねぇ野郎に背中向けるってか? 」

 

広太の言葉に、相殺こそしたもののいきなり攻撃されて頭に血が上っているベタモンは従おうとしない。そう言っている間にティラノモンはさらに距離を詰めて来ていて……

 

 「いいから早くしろ! 明らかにヤバい!! 」

 「あ、こら! 下ろせよ!! あいつぶっ飛ばすんだよ!! 」

 「今は無謀だって言ってんだろ! やるならやるで作戦考えろアホ! 」

 

 広太はやる気満々のベタモンを脇に抱えると、雑木林に逃げ込みながら一目散に麓へむかって逃走。一瞬虚を突かれて足を止めていたティラノモンは、逃走する自分を見知らぬ場所へ連れてきたと思われる敵の追撃を開始。

 命のかかった鬼ごっこが今ここに始まったのである。

 

 

              ・

              ・

              ・

 

 

 足場の悪い雑木林を駆ける少年の耳に聞こえるのは後ろからの地響きと怒りと敵意を乗せた咆哮。1人と1体の逃走は始まったばかりだというのに徐々に状況が悪化しているようで……

 

 「く、クソッタレが! ベタモン、後ろどうなってる? 」

 「アイツでかい図体存分に生かしてやがるぞ、広太! 」

「グォォォ! 」

 

 坂道で加速を得て、激突しないように木の幹を避けながら駆ける広太は……後ろを向いたまま脇に抱えているベタモンへ、後方の脅威はどうなっているか尋ねる。全力疾走をしているためは息が荒く、心臓の拍動も早まっていて。

 ベタモンが伝えたとおり、広太達とは対照的に恵まれた体躯により木の幹を豪快にへし折りながらも最短距離で直進を続けるティラノモン。距離は確実に縮まりつつありあと少し走ったら追いつかれてしまう予感が1人と1体の脳裏をよぎる。

 

 「木を大切にって習わなかったのかあのデカブツ! 」

 「それが理解できるようには見えないね、おわっ!? 」

 「光……開けた場所…中腹の広場に出ちまうか……あちっ! 」

 

 その予感通りに距離は着実に縮まっていき、射程圏内に入った途端に吐かれるようになった炎が2人を掠める。牽制のためか炎の量自体は少なく、幸いにも山火事になる心配が無さそうなのが救いか。

 薄暗い雑木林に前方から光が射し、どうやらこの先は中腹の広場であることを広太は悟った。視界が開けてしまい、遮蔽物が完全に無くなるのは今の状況では非常にまずいのだが、ここで足を止めたらティラノモンの餌食になるのは確実だ。

 一か八かで広場を一気に駆け抜けて再び雑木林へ突入する覚悟覚悟を固めると、そのまま全速力で雑木林から光が射す方向へ飛び出した。

 

 

              ・

              ・

              ・

 

 

 轟音とともに武正達の前に雑木林から飛び出してきたのはまず小さな人影、その次に巨大な影だった。

 

 「お前、確か朝の! 」

 「あぁ!? 何でこんなとこに人が……お前らも早く逃げろ! 」

 「グゥルォォォ! 」

 

武正は飛び出してきた少年が朝ぶつかりかけた人物で驚きの表情を浮かべ、広太はいきなり目の前に現れた人間2人に逃げろと叫ぶ。

その言葉の直後に地面が揺れ、追いついてきたティラノモンが広場へと降り立った。まるで、追いついたぞとでも言っているかのような咆哮を発しつつも姿勢を低くし、臨戦態勢に入っている……

 

 「ティラノモンと、あの人間に抱えられてるのはベタモン!? 」

 「武ちゃんのDチューナーが……ティラノモン、成熟期……もう一つはベタモン、成長期でパートナーは三山広太……デジモンのデータ? でもこのパートナーってのは……」

 「あの人も……Dチューナー、持ってる、みたい……」

 「「マジで!? 」」

 

出てきたデジモンの名前をハックモンは自信の知識から即座に判別し、遅れるように武正のDチューナーに表示されたのは2体のデジモンの詳細なデータだ。

武正の背後でひょっこりと顔を覗かせていた桃香は、表示されているパートナー表記を見て戸惑っている武正とハックモンへと答えを指で示す。そう、広太の手に握られている緑を基調としたDチューナーを。

 

 「ラッキーだな、頭数が増えた! 出てきたデータだと……おい! 一之瀬とハックモンとかいう奴!手伝え!! 」

 「あのデカブツをブッ飛ばす! 手ぇ貸せ!! 」

「いきなり過ぎるだろ……逃げた方がよくない!? 」

 

同じように表示されたデータを見ていた広太は、武正とハックモンを戦力として反撃をする気満々で……抱えていたベタモンを放り投げると華麗なターンで方向転換。

もちろんベタモンはもっとやる気満々で、空中を舞った後華麗に着地し、先程のように電気を自身へと纏い臨戦態勢だ。

その言葉を受けた武正は、昨日のクワガーモンとの事を思い出し、まずは自分達の安全のために確保逃走を提案したのだが……

 

「……わかった! でも倒すのは最後の手段!! 」

「ああもうっ! どうやっても逃げられそうにないし、ハックモンは即決断しちゃうし!! 」

「武正、いくよ! 」

 「わかった、わかりました! 桃香はあの大きな木の陰に隠れてて! 」

「う、うんっ……」

 

 1人と1体の声を受けて、即座に戦闘態勢に入るハックモンとパートナーの即断即決に頭を抱えて愚痴りながらも桃香を安全な場所へと逃がす武正。赤のDチューナーを握りしめ緊張した面持ちでハックモンの後ろへ立つ。

 ティラノモンと対峙する2人と2体……周囲一帯は緊張に包まれる。まるで西部劇の決闘のごとく両者微動だにせず、相手の出方を伺っていたところに突然の突風が図らずも戦闘開始の合図となった。

 

 「グギャァァァ! 」

 

 ティラノモンは咆哮を挙げると、目の前の2体を切り裂こうと爪を振るう。先程の逃走劇でも存分に振るわれたその爪は、木の幹をも容易に切り裂き、へし折れる威力なのを広太とベタモンは知っている。武正とハックモンはクワガーモンとの戦いの経験からそれを敏感に察知する。

 2体はその強大な破壊力の爪を見据えると、同時に前へと飛び出して回避……相手の懐へ一気に飛び込んでいく。後ろか横へ回避すると予測を立てていたであろうティラノモンは、想定外な2体の行動に反応が若干遅れる。そしてその隙は攻撃をするには十分な隙で……

 

 「フィフスラッシュ! 」

 「喰らえオラァ! 」

 

隙によってガラ空きとなった腹部にハックモンは強靭な爪による必殺技を、ベタモンは体重を存分に載せたパンチを放った。懐へ飛び込む際のパワーを加えた2体の攻撃に、衝撃を殺しきれずティラノモンはたたらを踏んで後退する。

 

 「おっしゃそのまま畳みかけろベタモン! 」

 「応よ、このまま一気にやる! 」

 「ハックモン、反撃がありそう! 距離とって火で牽制して様子見た方がいい!! 」

 「っと! ベビーフレイム!! 」

 

勢いのままにそのまま攻め続ける姿勢の広太とベタモンと、前日の経験からなのか、一旦離れて牽制を行うように指示する武正とそれに従いバックステップで距離を取りつつ口から小火球を連続で放つハックモン。

見事に対照的な行動をとった2人と2体だが、一方で腹部に2体の攻撃による傷を残しつつも体勢を持ち直した彼の闘志はまだ途切れず、パワー勝負を行いやすいこの距離に留まった敵の1体へ狙いを定めたようである。

 

 「ゴォォォォォォ! 」

 「ぐぅっ! 」

 「ベタモン!! 」

 

 攻める為に自分の懐に飛び込んできたベタモンを左腕で掴むと、大きな口から放たれるのは巨大な火炎放射。ティラノモン必殺のファイアーブレスだ。本当は両腕でベタモンを捕まえて炎を浴びせたかったようだが、右腕はハックモンのベビーフレイムを防御したため使用できなかったらしい。

 強烈な火炎は粘液で守られた緑の肉体を焼き、ベタモンの苦痛の声と広太の叫びが広場に響く。それを見た武正とハックモンは救出するにはどうしたらいいかと思案の表情を浮かべ、戦闘による緊張感で頭が冴え始めているのか……すぐさま次の手を武正は思いつく。

 

 「っ、ハックモン!尻尾と爪で別々に攻撃できない? 」

 「そういうことか……任せて、ティーンラム! フィフスラッシュ!! 」

 「緩んだっ! こなくそっ!! 」

 

 掴まれているベタモンを何とかして助け出そうと、掴んでいる左腕と攻撃を行っている頭部への同時攻撃を提案。すぐさまハックモンはティラノモンの頭部へ硬い尻尾による突きを、爪による連撃を左腕に加える。

 ベタモンへと意識を傾けていた為に両部位にダメージを負ったティラノモンの腕力が弱まり、その隙を突いてベタモンは無事に離脱に成功し、一旦距離をとった。まだ戦えるようだがその姿は火傷が痛々しく、結構なダメージを受けたようだ。

 

 「大丈夫? ベタモン」

 「……一応礼はしとく」

 

すぐ横に降り立ったベタモンにハックモンは顔をを向けると、心配の声を投げかける。成熟期デジモンの必殺技である強力な火炎をその身に結構な時間浴びたのだ、当然ともいえた。

当のベタモンは、視線だけをハックモンに向けてぶっきらぼうな礼を返して視線を眼前のティラノモンに戻す。受けた借りはこいつをボコってきっちり返す……という無言の宣言だろうか。

 

 「三山……だっけ? 無鉄砲すぎるって、ハックモンが何とかして無かったら今頃ベタモン丸焦げだったぞ!? 」

 「攻められる時に一気に攻めるべきだろ? てめぇらみたいに消極的に一旦引くとかじり貧になりかねない」

 「ただ力押しだけじゃダメなんだって、相手は成熟期だぞ!? ベタモンは……よくわからないけど、ハックモンがいくら強くても何があるかわからないし!! 」

 「"もしも"なんて考え始めたらキリが無ぇだろ! ……って何だあのモヤモヤしたの!? 」

 「モヤモヤ……!? 」

 

 対照的にパートナーである2人はお互いの戦い方に文句を言い合い、このまま双方のボルテージが高まれば戦闘中なのにも関わらず取っ組み合いの喧嘩が始まってしまうだろう。率直に言ってとてもまずい状況である。

 そんな中で、言い合いの最中にふと視線をティラノモンへ向けた広太が、巨体の後ろの空間が歪んでいるのを目撃する。武正も後を追うようにそれを見ると……

 2人の掌に握られていたDチューナーが輝きを放ち、突然の頭痛に顔を歪める2人。どうやらまた頭の中に天の声から情報が書き込まれた様子である。

 

 「痛ってぇ……ハックモン! あいつの後ろにあるモヤモヤにティラノモン押し込めるか? 」

 「え、あのモヤモヤに? いきなりなんで? 」

 「よくわかんねぇが、あの"ディストーション"とやらに叩きこめばあいつを追い出せるんだとさ! 」

 「広太、その情報もしかしてあの機械からか? 」

 

ベタモンの問いに、広太はニヤリと笑って首を縦に振り肯定の意を示し、気合いを入れ直すために被っていたキャップの鍔を後ろへと回す。

 命を奪わずにすむ方法が見えてきたことに、武正も笑顔を浮かべながらこちらも気合いを入れる為か額のゴーグルを装着し瞳を大きく見開く。木陰から見ていた桃香にとって初めて見る幼馴染の仕草であった。

 

 「おう! とにかくやってみるぞ、向こうさんも同じこと言われたみたいだしな」

 「まあ、細かい事は後! とにかくハックモン……いける? 」

 「やれるよ、俺と武正なら! 」

 

 いがみ合っていたのが嘘のように、2人はパートナーへと声をかけてティラノモンを見据えた。2人の持つDチューナーの画面に表示されるのはパートナーとの同調率……武正が58%、広太は54%……50%を超えたのを感知したDチューナーより光が放たれる。

 武正とハックモン、広太とベタモン……ティラノモンをディストーションへ押し込むという意思の同調による新たな力が目覚め、この場に顕現しようとしているのだ。

 

 「ハックモン、昨日みたいにいけそう! 」

 「オッケー、一気にいく!! 」

 「ベタモン、何だかわかんねぇが受け取れ! 」

 「よくわからんけど、ぶちかましてやらぁ! 」

 

        Evolution_

 

Dチューナーから放たれた光を受けた2体のデジモンは走りながらも己の姿を変える。成長期から成熟期へと、パートナーの心との同調が彼らの力を一時的に増幅させた結果だ。

その姿に広太は思わず息を呑み、2回目である武正ですら眩しそうにパートナーの雄々しい姿を見届ける。

 

 「ハックモン、進化――バオハックモン! 」

 「ベタモン、進化――ダークティラノモン! 」

 

現れたのは片や深紅のマントを靡かせ、刃の足を器用に使い大地を駆ける全長3mほどの白竜。片や一見ティラノモンによく似ているが、その体色は黒く全長は10mほどの恐竜。

2体の竜――バオハックモンとダークティラノモンはティラノモンへと急速に接近していき、その勢いに危険を感知したのかティラノモンは迎撃のファイアーブレスを放つ。迫る炎を前に2体は不敵な笑みを浮かべると……

 

 「バーンフレイム!! 」

 「ファイアーブラスト!! 」

 

バオハックモンの口から巨大な火球が、ダークティラノモンの口からは火炎放射が放たれる。激突する炎と炎……成長期のままならば違ったであろうが、2体がティラノモンと同じ成熟期となった今、勝ったのは数で勝るバオハックモンとダークティラノモンの方だ。

2体の火炎はティラノモンのブレスをも飲み込み威力を増すと、ティラノモンへと直撃。その巨体は炎に包まれて、ダメージからか悲痛な叫びをあげて怯んでしまう。そしてそのチャンスを逃す2人ではない。好機とばかりに声を挙げた。

 

 「バオハックモン、フィフクロスで一気に押し込め! 」

 「蹴りでも何でもいいからこっちも後ろに吹き飛ばしちまえ! 」

 

地を駆ける2体の竜も作り出した隙を逃さず、走る勢いを殺さぬまま跳躍。バオハックモンの強靭な爪による一撃が、ダークティラノモンは勢いを利用しての飛び蹴りが放たれる。

 

 「フィフ、クロスッ! 」

 「ダイノォ……キック! 」

 「ぐるぉぉぉ!? 」

 

見事にダイノキックは顔面に、フィフクロスは腹部へと直撃してティラノモンは後ろへと吹き飛ばされる。ダークティラノモンは蹴りの反動で離脱し、巨体ながらに宙を待って無事に地面へと着地。

その一方でバオハックモンは両腕をティラノモンの腹部に叩き込んでいる状況であり、当然離脱が直ぐには行えない。刃の足を大地に突き立てて離脱しようとするも刃の切れ味が良さが災いし、地面を切り裂いてしまって距離が足りない。

 

 「これじゃあ……!? 」

 「あのままじゃティラノモンごと……バオハックモン! 」

 「武ちゃん、バオハックモン……」 

 

 このままではディストーションへ一緒に飲み込まれてしまうだろう。バオハックモンと武正、桃香の焦燥感に駆られた声が辺りに響く。

 そう言っている間にティラノモンはディストーションへと飲み込まれ、この世界から姿を消していく。残された時間はもう殆どなく、万事休すかと思われたが……

 

 「ダークティラノモン、いけぇ 」

 「おうよ! 」

 

 バオハックモンがティラノモンと共に飲み込まれる寸前、広太の呼びかけに黒き恐竜は即座に応えた。黒くて逞しいその腕は、刃を備えた白竜の尾をがっしりと掴んで後ろに思いっきり引っ張る。すんでのところでバオハックモンはこの世界にとどまり、ティラノモンはディストーションの中へと消えた。

 

 「オレもあいつも借りを作りっぱなしなのは苦手なようでね」

 「これで、さっきの分の借りはチャラだ」

 

 広太は武正へ不敵に笑みを浮かべ、ダークティラノモンも同じようにバオハックモンに不敵な笑みを向ける。

 

 「助かった……ありがとう、ダークティラノモン」

 「三山もありがとな。いや、本当に助かった」

 「いいってことよ、なあ広太」

 「まーな、放っておいて吸いこまれてたら寝覚めが悪いし」

 「――あの、みんな……」

 

 ぶら下げられた状態から、地面に下ろしてもらったバオハックモンは恩人に頭を下げた。武正は冷や汗を服の袖で拭いながらも広太へとパートナーデジモン同様に感謝の言葉を告げ、感謝の言葉に広太とダークティラノモンは照れ臭そうにそっぽを向いた。

 そうこうしている内に、2人と2体の死角からおどおどとした声がかかる。木陰に隠れていた桃香だ、彼女は安全が確保されたのを見計らって木陰から出てきたようである。

 

 「「うぉぉ!?」」

 「あ、桃香。大丈夫だったか?」

 「うん、武ちゃんとハックモン達のおかげで……これが昨日、言ってた」

 「そう。これが進化で今の俺はバオハックモン――っと時間切れみたい」

 

 いきなり聞こえてきた異性の声に驚く広太とダークティラノモン。黒き恐竜の巨体が驚きで跳ねたことによる地響きが周囲を揺らし、武正達はバランスを取って転ばないように姿勢を保つ。

 突然の幼馴染の乱入にも武正は慣れている様子で、隠れていた彼女の無事を確認している。桃香の問いかけに、バオハックモンが成熟期となった自身の名乗りをした直後、2体は再び光に包まれ……次にそこにいたのは進化前の2体、すなわちハックモンとベタモンだ。

 

 「おつかれ、ハックモン。俺も何だか疲れた……」

 「武正こそお疲れ様。一緒に戦ってくれてありがとう! 」

 「おい広太、こっちも疲れた……何か食わせろ」

 「俺だって疲れてんだ、少しは我慢しろっての……」

 

 戦っていた2体はもちろん、何故かパートナーである2人まで疲労困憊の様子。武正とハックモンは背中合わせでお互いに寄りかかって楽な姿勢を保ち、広太とベタモンは大地にそれぞれひっくり返っている。

 武正はかけていたゴーグルを額に上げ、広太は倒れ込む際にキャップの鍔を前に戻しているところを見ると、気合いはもう抜けて出しまったようだ。

 

 「そういえば、三山とベタモンは結構前からの知り合いなのか? 」

 「ん?なんだよいきなり……」

 「いやさ、俺とハックモンが初めて会ったのって昨日だったんだよ」

 「そうそう!そっちはどんな感じだった

 

しばらくそのままで息を整えていた武正と広太は、落ち着いてくると他愛のない雑談を始めた。話題はデジモンと何時、どう出会ったか……共通の話題ならば会話が続くだろうと武正は思ったようだ。

まあ実際は、自分とハックモン以外にはいないだろうと思っていた同じ境遇の人間を見つけて好奇心が湧いてきたからである。ハックモンも好奇心が疼いたらしく、ベタモンにも声をかけると、2人の口が同時に動き……

 

 「「いや、オレ(俺)達も昨日初めて会った」」

 「あ、そうなんだ……」

 「それにしては息ピッタリだったね、今の戦い。一緒に戦ってて感じたよ」

 

  ハックモンのその一言に広太とベタモンは侵害だと言わんばかりに身を乗り出す。あまりの勢いにハックモンは思わず体を後ろに反らすほどである。

 

 「オレとこのカエルみたい奴が? 」

 「俺がこの捻くれ野郎と? 」 

 「「ないない! 」」

 「――息、ぴったり……だね」

 

 和やかな雰囲気になってきた中、武正と広太は興が乗ったのかそのまま胡坐をかく。ハックモンは武正の背中に負ぶさる姿勢で、ベタモンは身を乗り出した後に再び寝転んでおり、目立つ赤いモヒカンのようなヒレも萎びたままだ。

 そして広太は軽く欠伸をしてから武正達の方を向くと、彼は昨日の記憶を思い出すように語り出していく。

 

 「あーっとな……オレが昨日の放課後、この裏山の山頂でボーっとしてたらさ、こいつがいきなり出てきたんだよ」

 「それは、お前が俺の住処に勝手に入ってくんのが悪いんだろー? 」

 「そんで喧嘩売られて買ったところで光とあの声が聞こえてきて、気がついたらこれ持ってたんだよ」

 「Dチューナーか……出てきた時の状況は俺とハックモンの時と大体同じだな」

 

聞かされた内容から、幼馴染二人とハックモンは目の前の1人と1体の出会いは大凡自分達が出会った状況と同じであると結論付ける。

二人の話の中に出てきた『住処』という言葉が気になったハックモンは、ベタモンに視線を向けると自分の疑問をぶつけてたのだった。

 

「じゃあ、ベタモンはずっとこの山に住んでたんだ? デジタルワールドから来たばっかりじゃなくて」

「5年前からこの山が俺の住処。つーか気がついたらここにいた。それより前の事は一切覚えてねー! 」

「覚えてない? ……もしかして、記憶、喪失? 」

「ああ……このカエルもどき、どうやらそうみてーなんだよ。厄介なことにな」

 

あっけらかんとこの山に来る前の記憶が無いと答えるベタモン。そして桃香は少し悲しそうにベタモンを見ている。記憶を失っても本人があまり気にしていないのが救いだろうか。

ガンクゥモンに関する手掛かりを得られるかと期待したが、これでは何も知っていそうにない。武正とハックモンのテンションが少し下がった。

 

「収穫は少しあったけど、手掛かりは期待できそうにないな」

「振り出しに戻るかー。師匠、どこいったんだろ? 」

「でも、この街にいるデジモンが……ハックモン以外も、いるってことは……わかったよ? 」

「確かにそうだけどさー」

 

ガクンとテンションの下がる1人と1体を、桃香はポジティブな要素を提示することで引き止めようと奮闘している。その様子を見ていた広太とベタモンは……

 

「一之瀬よ、こっちのことは話したんだ。今度はそっちの番だろ? 」

「俺も色々知りたいしな。記憶に関係することがあるかもしれねぇし」

 

つまりは『こっちの事情を聞き出したんだ、お前らの事情も教えろよ』ということだ。口の悪い少年と口の悪いデジモンはギブアンドテイクを武正達に求める。

 

 「まあこっちだけってのも悪いし、いいよな? ハックモン」

 「俺はもちろん大丈夫。お礼になるならいくらでも話すよ」

 「じゃあ……俺とハックモンが出会ったのも昨日でさ――」

 

 

              ・

              ・

              ・

 

 

 武正とハックモンがお礼に自身たちの出会いを語り始めて5分ほどが経ち、そろそろ出会い話も終わりに近づいている様子だ。

 先程の突風とは違う穏やかな風が吹き抜けることにより、和やかな雰囲気は維持されて

 

 「それで、今はハックモンの師匠を一緒に探し始めたってワケ」

 「なるほどねぇ……そっちもそっちで色々あったんだな」

 

 一通りの事情を聞いた広太とベタモンは、うんうんと頷きながらも結構な修羅場を潜った武正とハックモンを軽くねぎらう。

 

 「だから俺の住処に何か手掛かりが無いか探して回ってたのか」

 「ごめんね、ベタモンの住処だって俺も武正達も気がついてなくて……」

 「いいってことよ! 俺は心が広いからな! 」

 「三山、君……ベタモンの話って……」

 「あー、気にすんな守神。あいつの話は話半分で聞いとけばいい」

 

お互いの事情を曝け出したことで、奇妙な連帯感が生まれたのだろうか、彼らの雰囲気は最初と比べると随分和やかになっている。先程まで命がけの戦いをしていたという気配すら感じさせない状態だ。

 しかし、突如その和やかな空間を破壊する音が辺りに鳴り響いた。

 

 「あ、終わりのチャイムじゃねーかこれ!? 」

 「本当だ!? もうこんなに時間経ってたのか」

 「武ちゃん、三山君……早く絵の具や画板持って、集まらないと……」

 

終業を知らせるチャイムに3人は慌てて立ち上がり、自分が元いた場所へと持ってきた道具を取りに走っていく。

それで集合時間に間に合ったかといえば――残念ながら。遅れてしまった3人はそれぞれの担任からお小言を受ける羽目になったのであった……

 

 

              ・

              ・

              ・

 

 「センサー、映像ともに回復。状況は……サンプル01、ディストーション内に反応消失」

 「何故今になって回復した……周囲に何か別の反応は? 」

 

 その言葉が響いたのは、薄暗いPCのモニターが並ぶ大きな部屋だ。事務机に大勢のオペレーター達が着席し、モニターから目を離さずにキーボードを叩いている。

 とある一人のオペレーターはキーボードを叩くのをやめ、顔を上司へと向けてその報告を行う。それを受けた上司は部下へ詳細を訪ねていく、何か気になる要素があるのだろうか?

 

 「今のところは、何も確認できません」

 「あのサンプルが勝手にディストーションに落ちるとは思えないが……調整ミスか? そしてセンサーとカメラの同時不調も気になるな」

 「如何いたしましょう?」

 「情報操作班に調査班を加えて現地へ派遣しろ。詳細な調査も同時に行う! 技術班はセンサーとカメラの総点検を」

 

 部下からの要請に、迅速かつ的確に指示を出すサングラスをかけた男。

 得られたデータの解析が終了したのか、矢継ぎ早に他のオペレーターも報告をしてくる。

 

 「久々津部長。『イリアス』ゲートの強制開門成功確率は15.593%です。今までの実験より4.26%上昇しています」

 「そうか、ならばひとまずは成功だな。上への報告書は私が書いておく。軍需産業部門への『カノン』掌握の進行状況もな」

 「はい、お疲れさまでした。久々津部長」

 

 久々津と呼ばれた30代前半の男性は満足そうに頷きながら進展情報を確認して微笑みを浮かべた。一見爽やかなその笑み……しかしどこか作りもののような印象を受ける笑顔で、目の表情はサングラスにより伺えない。

 満足そうに視線を向けた巨大モニターにはデジモンのデータが至る所に聖なる動物や天使のデータが表示されている。それを一瞥した後に久々津はオペレーター達に向けて……

 

 「『カノン』に続き『イリアス』にも自在に安定したゲートを開くことができたのなら、我らにとって輝かしい未来が待っている。諸君らの働きに期待する」

 

 部下を励ます美辞麗句を語りながら先程の笑みを浮かべ、久々津は悠々と部屋から退出していく。退室した後にエレベーターへ乗り、高層階へ向かうその男の顔には、邪悪な笑みが浮かんでいる。

 武正や広太が知らない間に、悪意を持った何かの胎動が始まっているのは確実のようである。そのことを二人と後もう一人が知るのは、もう少し後になってからのことだった……

 

 




デジモン図鑑#3

名前 :ベタモン
レベル:成長期
タイプ:両生類型
種別 :ウィルス
・解説
四足歩行をする両生類型デジモン。性格は温厚で大人しいとされているが、広太のパートナーはその限りではない。
必殺技は100万ボルト以上の電流をするする『電撃ビリリン』


名前 :ダークティラノモン
レベル:成塾期
タイプ:恐竜型
種別 :ウィルス
・解説
悪質なコンピュータウィルスに体を侵食されたティラノモン。体は黒く変色し、腕もティラノモンよりも強靭に発達し攻撃力も増している。
目に映るものは全て敵とみなし攻撃を仕掛けるとされているが、進化元がベタモンな為にそこまで見境なしではない。喧嘩っ早くはあるが……
必殺技は超強力な火炎放射を放つ『ファイアーブラスト』でティラノモンの得意技である『スラッシュネイル』『ダイノキック』『ワイルドバスター』も当然扱える。


名前 :ティラノモン
レベル:成塾期
タイプ:恐竜型
種別 :データ
・解説
古代の恐竜のような外見のデジモン。発達した2本の腕と巨大な尾を使って全ての物をなぎ倒すと言われている。
知性もあり大人しい性格のため、とても手なづけやすいとされているが今回は、何故か襲ってきた。
必殺技は深紅の炎を吐き出す『ファイアーブレス』だ。


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第四話 天使の降臨

物凄く間が空いてしまいましたが、何とか書き上がりましたので投稿します。
楽しんでいただけたら、本当にうれしいです。


 武正とハックモン、桃香が新たなデジモンとそのパートナーに出会った次の日……土曜日の早朝のためだろうかか、守神町は未だ静まりかえっている。

 しかし、まるで人っ子一人いないような静まり具合は少し異常にも見える中で、町の上空に突如閃光が走ったかと思うと、次の瞬間に3体の影が空に浮かんでいた。

 

 「ゲート通過、完了」

 「しかし、向こう側との通信状態は不安定のようだな」

 「カノンでのデジモンの消失案件……この世界と関係があるのか? 」

 

 空に浮かぶ影は人に近いが、大きく異なるのは背中に生えた6枚の翼で……まるで神話に登場する天使だ。

 そして天使の各自が手に装備しているのは槍、斧、剣の3種類の武器で、それぞれ銀色の刀身が神聖な気配を漂わせている。

 

 「まず上空から、デジモンの気配を探っていく」

 「了解! 汚れを持つこの世界の原生生物との接触は出来る限り避けるようにとのオファニモン様からのご命令だ」

 「正確にはメサイア様からオファニモン様が授かったお言葉の事だろう、不敬だぞ。それは当然承知している。消失したデジモンを発見し次第、通信を行うように」

 

 ここへ来た目的と、注意すべき事項を口に出して全員で確認を行っていく。団体で行動するならばこういった周知は重要なことで、彼らはそれをきちんと理解しているのだ。

 

 「「「メサイア様とカノンの為に」」

 

 自分達の世界で発生している同族の消失事件を解決するためにオファニモンにより派遣された先遣隊達は、そう声を揃えると三方へと散っていく。

 彼らの生きる清廉潔白で統率された世界とは違い、混沌とした煩雑な世界に若干の嫌悪感を抱きながら……

 

 

                ・

                ・

                ・

 

 

 「ふぅ、いい朝だ」

 

 守神町の高級住宅地で一際目立つ大きな屋敷。町立病院で院長を務めている浅葱将人の住居だ。

 朝焼けがアンティークの机や椅子の並ぶ食堂へと差し込み、その日の下で使用人達はせっせと朝食の準備を進めていて……

 屋敷の三階にある自室で昭二郎は目覚ましの音で起床した。同時に枕元へ置いてあった眼鏡を手だけで探し、発見してかけると背伸びで眠気を払う。

 直後に部屋の扉がノックされ、ドアを隔てて向こう側から執事である瀬羽の声が聞こえた。

 

 「坊ちゃま、扉を開けてもよろしいでしょうか? 」

 「今起きたところだよ。着替えをするから少し待ってて」

 「それは申し訳ありませんでした」

 

 クローゼットの中から糊の効いたワイシャツや黒のスラックスを取り出して身だしなみを整えて、最後に青のテーラードジャケットに袖を通せば着替えは完了だ。

 身支度を整えた彼は、枕元に眼鏡と同じく置いてあった青のDチューナーを掴み画面を覗き込んでみる。昨日就寝した時点では未だに中の主は目が覚めていなかったが……

 

 『お、おはようございます……』

 「うわっ!? 」

 

 画面の中の青い瞳と視線が合ったが、突然かけられた声に驚いて思わずベッドへと倒れ込んでしまうが、よく手入れされているマットレスと布団がその衝撃を和らげてくれた。

 多少の傷はまだあるものの、どうやら生気を取り戻しているようだ。更に直後聞こえた腹の虫の音から、どうやら空腹のようでもある。

 治療らしい治療もできずに見守ることしかできなかった昭二郎は、その姿に安堵のため息をついた。

 

 「どうかなされましたか? 坊ちゃま」

 

 倒れ込んだ音を聞いたのか、扉の向こうから瀬羽が気遣うように訪ねてくる。若干の焦りを浮かべると咳払いの後に何事もなかったかのように振る舞うと、年上の従者へとある要望を告げる。

 

 「いいや、ちょっとバランスを崩しただけだよ。それよりも瀬羽」

 「はい。何でしょうか? 」

 「朝食はこの部屋で摂りたい。それと、果物を多めに持ってきてくれないかい? 彼もお腹が空いているみたいなんだ」

 「彼? ……なるほど、かしこまりました。すぐにご用意いたします」

 

 ちょうどいい機会なので、朝食を食べながら目覚めた彼と話をするつもりらしい。自分の置かれた状況にビクビクしている画面内のピヨモンへ笑顔を浮かべながら彼は自身の部屋にある椅子へと腰かけるとテーブルに頬杖を突く。

 一方で、主の言葉から、大凡の事を扉の向こうから掴んだ瀬羽は部屋のある3階から1階の食堂へと向けて歩き出していく。食堂への道すがら、今日は主一人だけの朝食ではなく、賑やかな朝食となりそうだという予感を彼は感じていた……

 

 

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 一方その頃、武正と桃香は喫茶いちのせの入り口の前で二人並んで立っていた。

 店のドアにはまだCloseの看板が掛かっており、立っているすぐ横には2台の自転車が止められていることから、呼び込みをしようとしているわけではないようだ。

 何か待ち合わせをしているのか、桃香はドアのガラス越しに店内の時計で時刻を確認し、武正はDチューナーを覗き込んでいる……

 

 「来ないな、三山」

 「後、3分で、約束の……時間、だけど……」

 『寝坊でもしたのかな? 』

 「あんまり乗り気じゃなさそうだったから、来ないつもりかもな」

 

 どうやら、昨日出会った広太とベタモンを待っているようである。

 ハックモンの師匠探しの手段として、別の世界へのドアのようなディストーションの探索をすることを思いつき、似たような境遇のベタモンの助けにもなるだろうと二人は広太も誘っておいたのだ。

 しかし、武正の言葉から察すると集合の誘いに広太は消極的だったようで、曖昧な返事を返したきりだった。ベタモンの方は即座に承諾が返ってきたのだが……

 

 『でもベタモンはディストーション探しに凄く興味持ってたし、大丈夫だよきっと! 』

 「そうだといいんだけどなぁ……」

 「あ、後……1分、だよ? 」

 「しょうがない、じゃあ今日は3人でディストーションを――」

 

 無情にも窓から見える店内のアナログ時計とDチューナーについているデジタル時計は8時30分を指そうとしている。2人と1匹が諦めて今いるメンバーで行こうと考え、置いていた自転車のハンドルを取ったその時だ。

 

 『約束通り来たぜ、ハックモン』

 「……はよっす」

 

 まず聞こえたのは軽快な自転車の走行音で、直後にブレーキがかかる音とともに時間ぎりぎりで広太とベタモンがやってきた。朝だからなのか、それとも別の理由からなのか、広太のテンションは低いようで……

 

 『そんな疲れた顔しなくてもいいじゃねぇか、探してもいいだろ? ディストーションとやらくらい。暇つぶしにはなるぞ』

 「昨日から行きたい行きたいって騒いでた緑のカエルもどきのお守りで寝不足だからなんですがね、これは」

 

 昨日の誘いにいい返事を返してくれていたベタモンは、今日のこの探索を楽しみにして昨夜も広太へ探索に行くように再三言っていた様子が伺えた。

 

 『なら、今日いっぱい動いてぐっすり眠れるようにすりゃあいいじゃねぇか』

 「寝不足の原因がよくもまあそういうことを言えるなぁ……おい! 」

 「ふ、二人、とも……落ちついて」

 

 皮肉の応酬から始まったが、次第に一触即発の空気に広太とベタモンが突入しそうになるところを桃香が慌てて仲裁に入り場を収める。

 控えめながらも、少し力のある言葉に広太とベタモンはバツが悪そうに双方矛を収めて……

 

 『ケッ! 』

 「ふん! それで一之瀬、ディストーションってのを探すってどうやるんだ? まさか町を虱潰しにとかじゃねぇよな? 」

 

 気を取り直した広太は、武正へと顔を向けるとここに来るまでに疑問に思っていたことをぶつけた。確かにいくら小さな町とはいえ、小学生3人ではとてもじゃないが虱潰しに探すのは難しい。

 その言葉に武正は悪戯っぽく微笑んだかと思うと、Dチューナーを突き出した。本来ならば画面には、今はDチューナーの中に入っているはずのハックモンが映るはずだが……今は守神町の地図が表示されている。

 

 「俺達、Dチューナーの使い方を頭の中に叩き込まれたけど……実際にはリアライズとデジタライズ、以外の機能まだ使ってなかったろ? 」

 「そういえばそうだな。デジモンの能力がわかったり、指示やサポートプログラムが送れたり、通信できたり……終いには変なフィールド作ったりできるんだっけ? 」

 

 二人の頭の中に書きこまれたDチューナーが持つ機能とその使い方。耳で聞いたらすぐに抜けて忘れてしまうだろうが、脳へと直接書き込まれたためにしっかりと二人は記憶している。 

 

 「うん、それで今回使うのはそれ以外の外にいるデジモンや時空の歪みが探せる機能を使ってみるつもり! これならある程度絞れそうだろ? 」

 

 目の前に立っている同級生の提案は、勢いだけのものではないことを理解したからか、広太から気だるげな雰囲気が少し抜けて……

 

 「なるほど、一応の宛てはあるわけか……それじゃあ付き合ってやるよ」

 『ありがとう、広太! 』

 「勘違いすんなよハックモン、あくまで暇つぶしのついでだ」

 『この捻くれ者は本当に素直じゃないねぇ……』

 

 彼がこの僅かな手掛かりを探すのを手伝ってくれるようだとわかり、武正の安堵の笑みとハックモンの心の底から嬉しそうなお礼の声に、すこしバツが悪そうにそっぽを向いてしまう広太。

 気恥かしさを隠そうとしているのを見抜いたベタモンはボソッとツッコミを入れるが、彼も大概素直でない捻くれ者だ。似た者同士のパートナーでお似合いと言えるだろう。

 そうこうしている間に集合時間は3分ほど過ぎ、出発の準備を整えた3人はヘルメットを被り自転車へと跨るとペダルをこぎ出していく。

 

 「それじゃあ、ディストーション探し、開始ー! 」

 「お、おーっ……! 」

 『『おおーっ! 』』

 「はいよ! 」

 

先頭を走る武正の掛け声に、後ろやポケットの中からそれぞれの反応が返ってくる。Dチューナーから聞こえてくる声のがあるからか、傍から見ると人数以上に騒々しい集団に見えるだろう。

騒々しくなった少年達は、アスファルトの上を自転車で元気よくで駆け抜けながらもディストーション捜索を開始した。

 

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 彼とピンクの鳥を挟むテーブルにはバスケットに柔らかそうなパンやベーコンエッグ、サラダにコンソメスープが並んでいる。

 一般的な洋食に見えるが、明らかに高級食材を用いた料理の他にも、彩り鮮やかで高級そうなフルーツの盛り合わせもあり、華やかな食卓だ。

 

 「自由を求めてデジタルワールド・カノンから逃げようとして追跡され、攻撃を受けて気を失い、気がついたらあのDチューナーの中にいた……と」

 「ええ、簡単に説明するとその通りになります」

 「……それはそれは、大変でしたね。ピヨモン様」

 

 テーブルの傍らには瀬羽が立ち、ピッチャーから飲み干されて空になった主のコップへミルクを注ぎながらも、身の上話を聞いて労わりの言葉をピヨモンへかける。

 

 「それよりも、行き倒れていたのを助けて頂いただけでなく、こうして食事まで……本当にすみません」

 「あのまま見捨てるわけにもいかなかったから気にしないで。お腹が空いているだろう?もっと食べてよ」

 「では、遠慮なく……」

 

 先程より30分ほど経ち、昭二郎は朝食を食べながらピンクの鳥……ピヨモンからここまでの事情を話してもらっていた。名前から始まってデジモンの事、デジタルワールドの事についても知識を共有することが出来たようだ。

 そうして片方が話している間は、片方がそれを聞きながら食べるのを繰り返しつつ、二人の朝食の時間は過ぎて行く。Dチューナーの中では只管眠っていて空腹だったのだろう、テーブルの上の食事があっという間に無くなっていった。

 

 「それで、これからどうするつもりだい? 」

 「カノンからは抜け出せたのは確かですが、この世界は私が目的としていた世界……デジタルワールド・イリアスではないので……」

 「イリアスへの道を探す、といったところでしょうか? 」

 「ええ、私のようなデジモンはこの世界では異物のようですし」

 

昭二郎の問いに、ピヨモンが明言する前に傍で立っていた瀬羽が代わりにその先を予測して明言した。

どうやらその予測は間違いではないようで、ピヨモンはコクリと頷くと椅子から降り立ち、次の瞬間勢いよく頭を下げた。まるで地面に頭がぶつかるのかと思えるほどの勢いだ。

 

 「昭二郎様、瀬羽様、この度は助けて頂き本当にありがとうございました! 生憎私は何もお礼できる物がなく……」

 「何度も言っているけど、気にしないで。僕が好きでやったことだから……ね、瀬羽? 」

 「はい。坊ちゃまはピヨモン様の事を救いたい一心だったのです」

 

ひたすらに低姿勢でお礼を言うピヨモンに対し、主とその従者は柔らかい微笑みで気にするなと言ってくれる。その暖かさに思わず眼がうるんでしまうピヨモン。

 

 「ですが!? すぐにでもこの家を出ていかなければあなた方に更なるご迷惑を!! 」

 

 だがこれ以上は迷惑はかけられないと、大きな瞳から溢れかけた涙を拭って出口として定めていたのであろう窓へと歩いていく。

 

 「行く宛、無いんだろう? ならもう少し僕の家にいるといいよ。まだ君の傷も完全に癒えてないみたいだし」

 「坊ちゃまが決めたことならば。この瀬羽、反対はいたしませんとも」

 

事実を端的に告げた後にピヨモンへ“傷が癒えるまで”という条件をつけることで気にしないように心遣いをする昭二郎。瀬羽も主人の言葉に的確な援護を重ねていく。

 思わず足を止めて主従の話へ耳を傾けてしまうピヨモンは、他人の話を最後まできちんと聞く生真面目なデジモンなのだろうということが伺える。

 

「それに、イリアスへの道を探すには拠点が必要だろう?これも何かの縁だ、僕にも協力させてほしい」

「出会ったばかりなのに……何故そこまでしてくださるのですか?」

 

 見ず知らずの自分のような怪しい存在にどうしてそこまでしてくれるのだろうか、そう考えたピヨモンの脳裏には一瞬不安が過る。

 助けてもらったのにそんな風に疑うのは失礼だとわかっていながらも、昭二郎へとその理由を尋ねると……

 

「自分勝手な理由かもしれないけれど――君と共にいれば、僕も自由になれそうな気がしたから……かな? 」

「…………」

 

 突如ぶつけられた疑問に、少し悲しそうな表情を浮かべながら昭二郎は語る。その表情にピヨモンはそれ以上何も言えなくなってしまい……

 そのまま部屋の中に沈黙が訪れてしまった。昭二郎も、ピヨモンも言葉を発しようとしない。

 

 「お二人と……」

 

 見かねた瀬羽が助け船を出そうとしたその時、Dチューナーから電子音が鳴り響く。

 

 「この音、Dチューナーから? 」

 「どうやらそうみたいです……」

 

 それは昭二郎が聞いたことが無い音で、覗きこんでみると画面には青い二つの点と赤い3つの点が表示されていた。画面に表示されているのはどうやらこの守神町の地図のようだ。

 

 「これは……地図? 」

 「守神町の地図、でしょうか? 」

 

 2人と1匹がその情報が何であるかを考え始めると、昭二郎は真っ先に画面へ向けていた顔を上げた。まずは何よりも行動が必要だと判断したのだろう。

 椅子から立ち上がり、勢いよくDチューナーをピヨモンへ向けると、唱えるのは昨日の内に頭に叩き込まれていたキーワード。

 

 「瀬羽、少し出てくる。ピヨモン、Dチューナーの中へ! デジタライズ!! 」

 「えっ!? 」

 

驚きの声と共に、光の玉になってピヨモンはDチューナーへと吸いこまれる。昭二郎は部屋を出ようと歩み出すが、それを押しとどめようと瀬羽は近寄り……

 

 「坊ちゃま? 私も一緒に! 」

 「ピヨモンの求めてる手掛かりがあるかもしれない。瀬羽は万が一の時の連絡役を頼む! 」

 「しかし坊ちゃま! 」

 

 瀬羽の懸命の説得にも小さな主人は止まる様子はなく、引き止める声にも自然と力が入ってしまう。そして内心では今まで見せたことがない物事への積極的な姿勢に困惑しているようだ。

 

 「瀬羽にしか頼めないんだ! 」

 「坊ちゃま! 坊ちゃまー! 」

 

そう真剣な表情で使用人へ決意を伝えると、昭二郎は階段を駆け下りて玄関から外へと勢いよく飛び出していく。

Dチューナーを覗きこむと、青の点と赤の点はそれぞれ北と南からある場所へ移動し始めていた。その場所は……守神中央公園。マウンテンバイクに飛び乗って昭二郎は疾走し始める。

目的の場所へと向かう彼の心には、大きな高揚感と、若干の恐怖心が抱かれていた。

 

 

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 ディストーション探索を開始して1時間ほどが過ぎて、守神町を天高く昇った太陽が眩しいほどに照らす。爽やかな春の陽気だが、風がないため少し暑いと感じる気候だ。

 その青空の下、自転車を漕いでいるのは武正達。時折止まっては、ポケットからDチューナーを取り出して、時間経過で現れたり消えたりするディストーションの微弱な反応を探している。

 どうやら反応自体は見つかってはいるが、出現と消滅を繰り返すディストーションも多く、その絞り込みに悪戦苦闘しているようである。

 

 「あ、この先の方の反応強くなった! 三山の方はどう? 」

 「こっちも同じだ、すると目的地は……」

 「守神、中央公園……だね」

 

 ひたすら足を使って他の全ての選択肢を潰した結果、2人のDチューナーはこの先の公園にディストーションの反応があると示している。

 今のところは何も感じないが、消えたり現れたりの微弱な反応の後に現れた大きな反応に俄然期待が高まっていき、自転車のペダルを漕ぐ速度も上がっていく。

 このまままっすぐ自転車で進んでいけば、町民の憩いの場である件の公園へと到着するが、あと少しで到着すると思った矢先、2人のDチューナーの画面に突然赤い点が出現し警告音が鳴り出す。

 

 「この音と赤い点って……」

 『広太とベタモンに出会った時と同じだね! 』

 「つまり、この赤い点はティラノモンみたいな野郎なのか? 」

 『それか……ディストーションに叩き込んだティラノモンが戻って来たのかもしれねーな』

 

覚えのある音と表示に苦い顔になる2人と2匹。この先にいるであろうデジモンは、果たして話が通じる相手なのだろうか?

そう走りながら考え込んでいるところで、最後尾を走っていた桃香は何かに気がついたのか、進行方向を指差した。

 

 「み、みんな……あれ、見て……」

 

 その言葉と指の先を追うように、彼らの視線は前方へ。そこへ現れたのは一言で言うのならば、『天使』であった。

 天から公園の中心部に降り立つ3体の天使、手にはそれぞれ武器を持っているためか、威圧感が強い。

 

 「三山! 」

 「ああ、わかってる! 桃香は端で隠れてて! 」

 「うん、っ……」

 

 2人はDチューナーを天に掲げてダイヤルを回すと、先程話していた機能の内1つを起動させた。公園を覆うようにフィールドが発生していくとドーム状の結界のようなものが出来上がり、これで公園は現実とは隔離された状態になった。

 これで周囲の目を気にすることなく、現れた天使達と話をすることができるだろう。公園の端へ自転車を止めて、幼馴染に言葉を駆けると武正は中心部へと向けて走り出していき、広太もそれに続く。

 

 「このフィールドは一体……」

 「前方より原生生物が接近、どうする? 」

 

 一方で天使達は展開されたフィールドに戸惑いながらも、近づいてくる原生生物2体に警戒を強め、自然の内に構えを取っている。武正達はそれに気づかず10m手前まで近づくとDチューナーを前に突き出すと……

 

 「リアライズ、ハックモン! 」

 『オッケー! 』

 「リアライズ! ベタモン!! 」

 『応よ! 』

 

 それぞれのDチューナーよりハックモンとベタモンが現れ、華麗に地面へと着地。武正とハックモンは、まず話をしようとエンジェモン達へ近づいていく。

 

 「あ、あのー俺達の言葉わかりますか? 」

 「エンジェモンは賢いデジモンだから大丈夫だよ、武正」

 「…………」

 

 大きな時空の歪みの近くにいる原生生物とデジモン、広げられた謎のフィールド、何よりもデジモン達を内部へ格納できるデバイスを持っている……

 更にデジタルワールド・カノンで消息不明になったのは今のところ成長期のみであるという事実がエンジェモン達の中で点と点を一本の線としてしまう。

 この原生生物達が、自分達の世界から同志を攫っていたという線に……そして何よりも、自分達のセンサーを振り切るほどの汚れを持った彼らはそれだけで排除しなければならないウイルスである。

 

 「貴様達が、我が世界におけるデジモン消失事件の犯人であると判定! 」

 「そして何よりも……存在が汚れ切ってしまっている以上、浄化は不可能! 」

 「よってメサイア様と三大天使様達の名の下に、聖務を遂行する! 」

 

 沈黙していた天使達は、武正達へと審判を下して武器を頭上に掲げる。その動作から話し合うつもりは毛頭なく、聖務とやらを実行しようと2人へと殺気が飛ばされた。

 自分達の世界からデジモン達を誘拐し、あまつさえ汚れに染めた悪しきこの世界の原生生物、それがエンジェモンから見た今の武正達である。

 

 「おいおい、話聞いてないのか!? 天使サマにしちゃ行儀が悪いな! 」

 「気をつけろ、ハックモン! こいつらやる気満々のようだぜ! 」

 「何でっ、エンジェモン達は穏やかで慈悲深いはずなのに!? 」

 

3体のエンジェモン達は、それぞれの武器を振りかぶると武正達へと襲いかかってくる。槍による突きをハックモンが爪で弾いて武正を守り、振りかぶられた斧と剣の斬撃をベタモンは広太を後ろへ突き飛ばして同様に守った。

 攻撃を回避されたエンジェモン達は一旦距離を取ると空中でフォーメーションを組み直す。数で勝る分コンビネーションで翻弄して一気に仕留めるつもりだろうか……

 

 「三山、大丈夫!? 」

 「サンキュー、でも今は前見ろ前! 」

 

 突き飛ばされて尻餅をついた広太を、武正は手を引いて立ち上がらせる。気遣いの言葉よりも前方に集中しろという広太の言葉を受け、武正もエンジェモン達へと向き直った。

 事情を説明しようとしても、相手はどう考えても聞いてくれる状況にない。天使達の殺気は犯人と断定した自分達へ向いていることは明らかで、Dチューナーを握る2人の手には力が入る。

 

 「2人を守らないと、ベタモン! 」

 「しょうがねぇな……後で何か奢れよ! 」

 

 ハックモンとベタモンもエンジェモン達の殺気の向かう先を察し、声を掛け合って自分達の相方を守ることを決めて闘志を燃やす。それに呼応するかのように彼らとパートナーの同調率は次第と高まり、Dチューナーは光を放った。

 

 「ああもうっ! 何でこうなるかなぁ!? 」

 「一先ず動けなくなるくらいまでボコるぞ! そうしなきゃ天使サマ達は話聞いてくれそうにねぇ! ベタモン!! 」 

 「おう、分からず屋な天使サマ達に一発カマしてやるとしますか! 」

 

 無理やりにでも止めるしかないと判断した広太はパートナーへと声をかけると、彼も既にそのつもりのようで皮肉交じりに全身に電気を巡らせる。

 一方で頭を抱えていた武正も広太のあまりの勢いに流されて視線を前へ向けると、遅ればせながら覚悟が決まったらしく……

 

 「気は進まないけど、今はそうするしかないか……ハックモン! 」

 「オッケー、任せて! 」

 

 2人は光を放つDチューナーを前に掲げる。光はさらに強まって、その光がパートナー達へと注がれていく。同調率が高まることから溢れる光で、2体は成熟期への進化が可能となった。

 Dチューナーの液晶に進化を意味する言葉が現れた時、2体は安心感を覚える光へ包まれると、ティラノモンと戦った時のように自らを鼓舞し、新たな姿へ進化する言葉を叫ぶ。

 

 「ハックモン、進化――バオハックモン! 」

 「ベタモン、進化――ダークティラノモン! 」

 

 光の中からバオハックモンとダークティラノモンが現れ、威嚇のためか唸り声が2体の口の中から聞こえて来る。その光景を見た対峙するエンジェモン達は自らの武器を強く握りしめて……

 

 「メサイア様によって行われる進化をこんな方法で行うとは! 」

 「彼らはもうそこまで汚れ切ってしまったのか……」

 「やはりあの原生生物達、我らの世界へ害を及ぼすのは確実だろう」

 

 進化は主から与えられるものである彼らの世界では決して起こり得ない光景であり、そして崇高なる主を侮辱する光景だ。断じて放置してはおけないと使命感が更に増していく。

 それぞれが持った剣、斧、槍の刃先を重ね合わせた後、6枚の翼を羽ばたかせ……天使達は汚れを浄化する聖務を行うために武正達へと低空飛行で接近。武正達を守るバオハックモン達と衝突した。

 

 「ラッシュ、ネイルッ! 」

 「パターンA、こちらが受け流す」

 「了解」

 

 右腕から繰り出されたのはダークティラノモンの巨腕のパワーと爪の鋭さで相手を切り裂く得意技、ラッシュネイルだ。その攻撃に対する連携パターンを確認した天使2体の内1体は、自身に肉薄する強靭な爪の間に槍の柄を挟むと穂先を地面に突き立てる。

 突然の異物に攻撃の勢いを殺されるもそのまま振りぬこうとするダークティラノモン、それを予測したかのように槍を地面へ突き立てたエンジェモンは、石突の部分を握ると力を外側へ逃がすように傾けていく。

 力が逃がされて威力も弱まったのを察したダークティラノモンはその爪を振り上げて槍を握っているエンジェモンへ一撃を加えようとするが、素早い上昇で槍を地面から引き抜くと同時に回避をされてしまう。

 

 「ちょこまかと……」

 「そこだ! 」

 「ぐあっ!? 」

 

 2体がこちらに向かってきた際に、左側は尻尾と左腕で対応するつもりでフリーにしていたが、右側を崩されて生じた隙を剣を持ったエンジェモンは突いてきた。二手に分かれて左右から同時攻撃するのではなく、左右に別れて両方へ意識を向けさせてから右側を崩し、左側から頭上を飛び越えて無防備になった右側へ一撃を加える。

 天使達が言ったパターンAとはそのようのな連携パターンなのだろう。見事にその連携パターンにハマってしまったダークティラノモンの右腕は剣の一戦を受け真一文字の傷が刻まれ、更に聖なる力による爆発が傷口へよりダメージが与えられた。タフさに定評があるティラノモン種でも傷口への爆発は堪えたようだ

 そして今の爆発でわかったのは、エンジェモン達の持つ武器は負傷させた相手の傷口に残された力の残滓を爆発させることで、より多くのダメージを敵へと与える能力を持っているようである。

 

 「この調子で攻めていけばいい、手を緩めるなよ」

 「了解。パターンAを中心にバリエーションで攻めていく」

 「あの上から目線腹立つ……ダークティラノモン、まずは1体捕まえて一気に決めろ! 」

 「調子に乗ってると痛い目見るぜ天使サマ達よォ! ファイアーブラスト!! 」

 

 そうして一撃を加えた後に一旦距離を取り次の手を決める天使達と、その口調と態度に青筋を立てる広太とダークティラノモン。広太の脳裏に、まず1体を腕力で捕まえて一撃を加えることで1対1の状況へ持ち込もうという考えが浮かび、自らのパートナーへとそれを伝える。

 広太の声を聞いたダークティラノモンは、挑発の言葉を繰り出しながら、口の中から必殺技のファイアーブラストがエンジェモン達へと放たれる。怒りと共に放たれたその火炎は、通常よりも熱く、勢いがあるように見えた。

 

 「ダークティラノモン! このっ、フィフクロスッ!! 」

 「ヘブンズ、ナックル!! 」

 「互角!? バオハックモン、爆発の陰から斧がっ! 」

 「ありが、とっ! 武正っ!! 」

 

ダークティラノモンとエンジェモン2体の攻防を横目に、バオハックモンは斧を持ったエンジェモンと刃を交えていた。どうやら天使達は進化した2体の体の大きさで戦う人数を決めたらしい。体格が黒き恐竜より小さい白き竜は、エンジェモン1体で事足りると判断された様子である。

 聖なる光を拳に集めて放たれた必殺技、ヘブンズナックルを自身の爪と足と尻尾の刃による連続攻撃で迎え撃つバオハックモン。双方の必殺技が激突した衝撃により爆発が起こるも、エンジェモンは持っていた斧をまるでブーメランのように投げ、爆煙の向こう側へいるバオハックモンを狙う。

 注意を促す武正の声を聞いたと同時に斧が目の前に飛び出すも、直撃する瞬間に両腕で白刃取りをし、その斧をダークティラノモンと交戦している剣を持ったエンジェモンを標的にして力いっぱい投げると、白き竜は地面へ着地した。空中で回転して投げることにより、遠心力によるパワーが加わった斧は勢いよくエンジェモンへと向かっていく。

 

 「上手い、相手の武器を使ってダークティラノモンを助けるのか! 」

 「フッ……考えが甘い! 」

 

天使の1体へと向かう斧はバオハックモン渾身の力で投げられたため、大きな風切り音を響かせてそのまま剣を持ったエンジェモンに命中するかと思われた。

 武正の命中を確信した声に、斧を投げたエンジェモンは不敵に笑うと右手を天へ上げると、その動きに従うかのように飛んでいた斧は天へと上昇した後に方向転換を行うと彼の手の中へと納まる。

つまり彼らの持つ武器は、手から離れても自在に動いて使い手の元へと舞い戻る……何とも厄介な装備であるということがこの瞬間に判明した。何とも至れり尽くせりな武器だ。

 

 「じゃあ、武器は体の一部って考えた方がいいか……」

 「我らが主より授かりしクロンデジゾイドで作られた『聖装』がある以上、お前達に勝ち目はないということだ」

 「そんなに凄い武器持ってるなんて反則じゃん!? 」

 

主から与えられた武器の性能を誇らしげに語るエンジェモンは羽を羽ばたかせて公園の上空へ飛翔していく。バオハックモンは武正の声をBGMに、今得た情報で脳内の敵スペックを再計算し、空高く飛んでいくエンジェモンへとバーンフレイムを連続で放ち牽制を行うと同時に戦い方を再考しているようだ。

 牽制で放たれた複数の大きな炎弾は、エンジェモンが持つ斧の聖装により上段から真っ二つにされた後に公園の上空で爆発し、空気の振動が公園全体に響き渡る。その衝撃は桃香が隠れている公園端の樹木を大きく揺らすほどであった。

 

 「相手の戦力は把握した。パターンB……対地戦闘を手順通りに」

 「了解した、常に相手の射程外からの攻撃を意識すること」

 「最優先目標は原生生物達だな、こちらも了解した」

 

 バオハックモン達の力は見切ったとばかりに、上空を華麗に舞いながらも僅かな時間でこれからの作戦を共有する天使達。その統制された動きに今は敵であると知りつつも武正達は美しさすら感じてしまう。

 空中で距離を取ったエンジェモン達は、片手に持った各々の武器を天へ掲げると同時に、空いた方の手に聖なるエネルギーを溜めこむと武器へとかざす。どうやらエネルギーを拳に込めてヘブンズナックルを放つのではなく、武器へと込めて放つつもりのようだ。

 

 「あいつら、まさかっ!? 」

 「早く! ダークティラノモン!! 」

 「「「ヘブンズ、アームズ! 」」」

 

 3体の天使が視線と武器を向けているのはバオハックモンとダークティラノモンではなく、武正と広太である……

 それに気がついたバオハックモンとダークティラノモンは即座に自分達のパートナーの元へと走るが、その前に天使達は無慈悲な宣告と共に武器を振るった。

 

 「えっ!? 」

 「くそったれ! 」

 

 武器から放たれたのは、眩き光を放つ斬撃……その聖なる斬撃は2人の元へと一直線に向かってくる。

 急な出来事に体が硬直してしまう武正と、何とか反応して回避しようとするも武正も助けようとして手間取ってしまっている広太、当然回避は間に合わないだろう。

 一瞬の間に何とか体を動かした広太は、武正の手を引っ張って少しでもその場から離れようと跳躍するも、次の瞬間には公園に再度大きな爆発音が響き、聖なる光が辺り一面を照らす。

 

 「武ちゃんっ、三山君! 」

 

幼馴染と友達の危機に、思わず木陰から飛び出して、二人の元へ駆け出した桃香の絶叫が公園に響くも、直後の爆発音にすぐにかき消されてしまい……

 辺り一面は閃光の後はもうもうと上がる土煙に包まれ、エンジェモン達の視界は完全に塞がれてしまったのであった。

 

 

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 「あと、少しで反応の近く……」

 『確かに反応には近づいていますが、一体どうしてこんなことを? 』

 

 公園へと急ぐ自転車に乗るのは昭二郎。Dチューナーの中で反応へと近付いているのを確認したピヨモンは、恩人がした行動の真意を訪ねる。

 その恩人は立ち漕ぎでペダルを漕ぐと、アルファルトの上を回る車輪が勢いを増していく。昭二郎はキラキラした瞳で近くなってきた目的地を見据えると……

 

 「絶対何かあるって、思ったからさ! 」

 「えっ……? 」

 「君との出会い、出現したDチューナー、そして画面に浮かんだ2種類の光る点……繋がっているのは明らかだ! それが何なのかを確かめたくて!! 」

 

 スピードの乗った自転車はあっという間に公園の入口へ到着し、勢いよく鳴るブレーキ音の直後飛び降りた昭二郎によって高級そうなマウンテンバイクはスタンドで駐輪される。

 右手に握られたDチューナーの画面を見ると、反応はもう目と鼻の先だ。画面には公園を覆うように円が表示されていたが、昭二郎とピヨモンはあっさりとその内部へと突入することが出来てしまった。

 彼らが円の内部へと突入した直後に目と耳を襲ったのは、眩い光と轟音、そして突風である。思わず地面へしゃがみこみ突風に吹き飛ばされないように踏ん張る。その後に視界へまず飛び込んできたのは、膝を着いて息を荒げている黒い恐竜と白い竜。次にその2体と対峙する武器を持ち、神々しく空中へ浮かぶ3体の天使であった。

 

 

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 衝撃によるダメージから復帰した武正と広太がまず見たのは、自分達の盾となっている傷だらけのバオハックモンとダークティラノモンであった。

 2体の竜は息を切らせ、2人に攻撃を直撃させまいと迎撃して多少の威力の減弱は出来たものの、ほぼ直撃を受けたのだということが容易にうかがえる負傷の度合いだ。体中についた傷が痛々しさを感じさせる。

 現在進化の為にパートナーとの同調を行っている2人の体にも、同じ位置に蚯蚓腫れのようなものが出来ており、彼ら自身もパートナーが受けた負担を背負っていることをここで初めて自覚していく。

 

 「バオハックモン、大丈夫? 」

 「ちょっときついけど、まだまだ平気だよ! 武正こそ、無事でよかった……」

 「おい、生きてっかダークティラノモン……」

 「おう、頑丈さには自信があるからな、生きてるぜ……」

 

 傷つきながらも、お互いの無事を確認してホッとする2人と2体。しかし、迎撃で威力を減少させたたとはいえ直撃を受けてしまった2体は思うように動けずにいる。体力の消耗も激しいようだ。

 

 「これで決められなかったか……」

 「もう一撃で決まる。再度ヘブンズアームズを重ねるぞ」

 「了解、彼らに慈悲ある一撃を! 」

 

 一方で攻撃を当てたが、ダメージは彼らが想定していたものより少ないのを知った天使達は追撃のため再度エネルギーのチャージを開始。

彼らの持つ武器へと再度聖なるエネルギーが込められていくのを見て、木陰から飛び出してきた桃香は武正の腕へと抱きついた。不安と恐怖が入り混じった表情が彼へと向けられる。

 

 「武ちゃん、逃げた、方がいいよ……」

 「俺だって逃げたいけど……向こうは数が多いしまず逃げ切れないから、どうにかして隙を作り出すしかないって! 何とかやってみるから、桃香はとにかく木の陰に隠れてろ!」

 「武正と俺、広太とダークティラノモンがいるんだ。絶対何とかしてみせるよ! 」

 

天使達のエネルギーチャージは着々と進んでいく中、再度木陰へと避難するよう幼馴染を頭を撫でて説得する武正。バオハックモンもパートナーの言葉に重ねて彼女を安心させようといつも以上に元気な声だ。

 バオハックモンは膝を突いていた状態から再度立ち上がり、刃の後足と強靭な前足の4本で地面を踏みしめ、エンジェモン達へ視線を向けると、額のゴーグルを両眼に装着した武正はバオハックモンの後ろでDチューナーへと見えない力を込めるかのようにしっかりと握っていた。

 同様に頭を横へ振るったダークティラノモンと、キャップの鍔を後ろに回した広太はチャージを続けるエンジェモン達へと攻撃態勢に移行する。こちらのコンビも負傷はしていても気合は十分のようだ。

 

 「そういうこった、守神。安全なところでよく見てな」

 「あの偉そうな天使サマ達を俺らがボッコボコにするところをな! 」

 

 幼馴染と友達の傷ついた姿に心を痛めつつも、彼らの言葉を信じるということだろうか……コクリと頷くとまた木陰へと駆けて行く桃香。それでも時折心配そうに顔を武正達の方に向けながら木陰へと向かい、身を再び隠す。

 

 「今更何をしようと遅い! 」

 「待て! あれを見ろ! 」

 「なっ、あのデジモンは……」

 

一方聖なる力を聖装へとチャージをしていたはずのエンジェモン達の顔は武正達とは別の方向へ向けられている。仮面に隠されていない口元に浮かんでいるのは純粋な驚きである。

 その驚きの大きさはすさまじいようで、止めを刺すつもりで行っていたであろうエネルギーのチャージを中断するほどらしい。

 

 「あれって、同じクラスの……」

 「もう1体、いたんだ!? 」

 

その視線の先を追った武正とバオハックモンが見たのは、驚きの表情を浮かべている眼鏡をかけた少年と……その前にいるピンク色の鳥。

 

 「というかついさっきからコイツがピーピー五月蠅いのは、やっぱあいつが原因か? 」

 「何でもいい、頭数が増えた! 」

 

 いきなり鳴り始めた武正と広太のDチューナー、先になっていた昭二郎のものとまるで共鳴するような音を奏でる。

 Dチューナーを持ち、デジモンをリアライズさせている場合にそういった音を発するDチューナーの隠された機能なのだろうか、それは武正と広太が出会った時にも起こった現象だ。

 広太は半信半疑で疑問を浮かべ、ダークティラノモンは本能で味方が増えたと感じている。それもそのはず、自分とハックモン達が出会った時と同じ状況だからである。

 共鳴する音を発するDチューナー、画面に光る青い点と赤い点、ここから導き出される答えはそう、青い点は人間と関わりを持つ自分達の味方で、赤い点は敵というシンプルなもの。

 

 「これは、凄い……」

 「あのエンジェモン達は、まさか!? 」

 

 一方で昭二郎は目の前の光景に驚きの顔を浮かべ、その前にいるピヨモンは3体のエンジェモンがそれぞれ持っている武器を見て真っ先に危機感を募らせた。

 彼らが『聖装』を持っているということは、デジタルワールド・カノンのデジモンである。彼がこの世界へ来る前に重傷を負った原因は同じエンジェモン……いつ再攻撃されてもおかしくはない。

 

 「データ照合完了、間違いない。逃亡者として追われていた我らの世界のピヨモンだ」

 「しかし、他のエンジェモン達により『聖務』は完了したという報告があったはず!? 」

 「詳細は不明だが、この世界へ逃れていたということだろう。わかっているな? 今より逃亡者を最優先目標へ設定! 」

 

 聖務が完了していたはずが、今この場にいる逃亡者は生存している。天使達の中で最優先目標が入れ替わると、エンジェモン達は昭二郎とピヨモンへと飛びかかっていく。

 

 「バオハックモン、あのデジモンと浅葱を助けて! 」

 「お前もやってやれ、ダークティラノモン! 」

 

 突然の天使達の行動変更に驚きつつも、2人は自分達のパートナーへ声をかけると昭二郎とピヨモンを指差した。人間1人とおそらくは成長期のデジモン1体で成熟期デジモン3体を防ぎ切れ無いと判断したからである。

 

 「待てっ! 」

 「俺達のこと、忘れてんじゃねぇよ! 」

 

 その指示を受けたバオハックモンとダークティラノモンは大地を勢いよく蹴ってエンジェモン3体を追う。エンジェモン達の飛行スピードは羽ばたき始めたばかりのためか、彼らの跳躍で十分に追いつける速度だった。

 追い懸けてくる2体の竜を察知したエンジェモン達は即座にアイコンタクト、槍と斧を持った天使2体が急速反転して迎え撃つ。2対2で足止めを行い、その間に剣を持ったエンジェモンがピヨモンを確実に仕留めるつもりらしい。

 

(あの声が言っていた襲い来る困難……今まさにそれが来ているのか? )

 

 エンジェモンが剣を振りかぶり自分とピヨモンへと急接近していく……そんな中でも冷静に昭二郎はDチューナーを入手した時に頭へ響いた声の事を思い出していた。

 後数秒で距離がゼロとなり、自分達をデリートしようと剣を振りおろしている最中の天使が、あの声の言う困難なのだろうか?

 そのまま天使の聖務が執行されたならば、昭二郎達へ訪れるのは死という終わり。その死の刃から回避をしようにも既に避けられない超至近距離だ。

 

 (デジタルワールド・イリアスへたどり着くためにも……)

 (自由を掴みとるためにも……)

 ((ここで、終わるわけないはいかない! ))

 

 辿る過程は違っても、一瞬で至った結論は見事に一致する。果たしてその一致は偶然なのか、必然なのか……

 昭二郎の持つ青いDチューナーが光を放ち、ピヨモンの右翼腕の青い勾玉もまた呼応するように発光を始める。同じ結論を導き出したが故か、画面に表示されている同調率は急上昇していくと、一旦止まったその数値は58%。成熟期へと進化可能な条件を上回った。

 

 「聖務、執行……何っ!? 」

 

 エンジェモンが二人へ向けて聖なる剣を振り下ろし、その刃がピヨモンと昭二郎を切り裂くと思われた瞬間……強烈な光が2人を包み込むと、聖なる刃はその光によって持ち主ごと後方へ弾き飛ばされた。

 

 「あの光って……でりゃっ! 」

 「俺らが進化した時と、同じだなっ! 」

 

 それぞれ2体の天使と交戦を続けているバオハックモンとダークティラノモンも、その光を自分達も纏ったことがあるためか、自分達にとってはいい出来事である事を肌で感じている。

 

 「ってことは、あのピンク鳥と奴は俺らと同じか……」

 「バオハックモンやダークティラノモンみたいに、成熟期に進化するんだ! 」

 

            Evolution_

 

 光に包まれたピヨモンの肉体は、まるで雛鳥が鳥へと成長するが如く進化を遂げていく。広げられたた翼や嘴、鉤爪はより大きく、より鋭く……

 

 「ピヨモン、進化――アクィラモン! 」

 

 纏っていた光が収まった後に空へと滞空していたのは一言で言うのならば赤き猛禽。大きな赤い翼には白い羽がアクセントとなっており、頭部には鋭い嘴の他に前方へと伸びる鋭い2本の双角がある。その角で貫かれたらただでは済まないだろう。

 一瞬意識が飛んでいた昭二郎は、気がついたらアクィラモンの背中へとしがみついていた。まるで高級な絨毯のごとくしなやかな体毛は戦いの中であっても彼に平穏を与えてくれる。

 

 「君は、ピヨモン……なのかい? 」

 「ええ、どうやら成熟期に進化したようです。今の私は、アクィラモンとお呼びください」

 

 恩人の問いかけに自分の新しい名前を答え、すぐさまアクィラモンは先程の剣を持った天使を探す。視線の先には20m先にある壊れたブランコと、そこで立ちあがっているエンジェモンがいた。どうやら吹き飛ばされた後に遊具へと突っ込み多少のダメージを受けた様子だ。

 

 「おい、お前ら! あの天使1体引き受けてくれ!! 」

 「えっ!? 君達は確か……」

 

 パートナーとエンジェモンが交戦している最中に指示をしつつも、そちらを見ていた広太は昭二郎へと声をかけて共闘を持ちかける。昭二郎は広太の名前を思い出そうとするが、隣のクラスの為かなかなか名前が浮かんでこない。

 

 「細かいことは気にすんな、あの天使お前らも狙ってるんだろ? 敵の敵は味方って奴だ! 」

 「そういうことになりますか……昭二郎様、あなたを戦いに巻き込んでしまうことになりますが……よろしいですか? 」

 「うん、僕達も彼らにとっては完全な敵だと思われてしまったようだし、降りかかる火の粉は払わないといけない」

 

 ダークティラノモンから共闘することの利点を説かれると、アクィラモンと昭二郎は現状を乗り越える為には彼らと協力して天使達を撃退するのが一番生き残る可能性が高いと判断して、その申し出を受け入れる。

 

 「ではお二方もお気をつけください。聖装を持ったあのエンジェモン達は自らがデリートされようとも聖務の執行を優先する恐るべき天の遣いです」

 「わかった! 本当に助かるよ、アクィラモン」

 

バオハックモンはエンジェモンの蹴りを自身の爪で弾き返しながらも、敵の情報を教えてくれたアクィラモンに礼をする。そんな中右上からエンジェモンが斧による重い一撃を喰らわせようとするも……

 

 「バオハックモン! 右上から来る!! 」

 「……おっと、それじゃあ空はよろしくね! 」

 「ぐぅっ!? 」

 

 武正の警告にバク転で応え、斧を回避した後に回転の勢いを利用して鋭い刃の後脚による逆袈裟を放ち、エンジェモンの胴体へ少なからずダメージを与えることに成功。バク転時に舞う赤いマントは美しくはためいて、まるで闘牛士が闘牛を捌くような動きである。

 

 「承知いたしました。 昭二郎様、しっかりと掴まっていてください」

 「あ、ああ……わかった! 」

 

白竜に空を任された赤き猛禽は、恩人を守るためにも自身の体にしがみつくように促した後巨大な翼を羽ばたかせ、空を縦横無尽に飛行する。前方には破壊されたブランコから空へと飛び立つ剣を握ったエンジェモンが、アクィラモンへと剣を構えて一目散に接近してくる。

 

 「そう何度も、上手くいくと思うな! 」

 「それはこちらの……台詞です! 」

 

 斬りかかろうと迫る天使を、アクィラモンはその大きな翼を羽ばたかせることによって起こす突風で押し戻して、その羽ばたきを利用して上空へと一気に急上昇した後、そのまま上空から急加速を開始する。目標は遅れてアクィラモンを追おうと向かってくるエンジェモンの腹部だ。

 

 「グライドホーン! 」

 「がっ!? 」

 「やった! 」

 

 上空より、勢いをつけた頭部の双角によって突撃する必殺技のグライドホーンがエンジェモンへと直撃し、エンジェモンの腹部へかなりのダメージを与えることに成功する。その見事な一撃は、必死に背中にしがみついている昭二郎も思わず歓喜の声を上げるほどだ。

 エンジェモンへの一撃の後に離脱して距離を取るアクィラモンは、こと戦いにおいて冷静な判断を行えるデジモンであるということを伺わせる。武正達にとっては非常に頼りになる味方だろう。

 

 「近づきさえすれば……この聖装で! 」

 「アクィラモン、遠距離から攻撃する方法はあるかい? 」

 「ええ、もうひとつ必殺技があります」

 「だったら、大きな一撃を入れた後はこのまま引き撃ちでいこう! 」

 

 追いついて自らの持つ聖装の剣による一撃を加えようとするエンジェモンだが、距離は縮まる様子はまるでない。彼が完全体や究極体であったのならば追いつけただろうが、今の彼らは共に成熟期、空を飛ぶのに特化している鳥型のアクィラモンに飛行には特化していない天使型のエンジェモンが追いつくのは難しいということだ。

 彼らの空戦を見た昭二郎は、このまま引き撃ちに徹することで確実にダメージを積み重ねていくことを提案し、アクィラモンもそれに同意するように一定の距離を保ちつつ様子をうかがう。その姿はまるで狩りで獲物を狙う猛禽類そのものである。

 「アクィラモン、攻撃きそうだ! 一旦急降下して射線から離れて!! 」

 「承知いたしました、しっかり掴まっていてください! 」

 そのままアクィラモンは飛行速度を増すとエンジェモンと距離を一定に保ちながらも、牽制として自身のもう1つの必殺技であるブラストレーザーを低出力で連射し、エンジェモンの体へと確実にダメージを積み重ねていく。

エンジェモンの業を煮やした末の攻撃に、その気配を察知した昭二郎は回避の方向を指示して一気に急降下。焦りと共に放たれたヘブンズナックルは、目標をとらえることなくそのまま空を飛び続けると、聖なるエネルギーは拡散するように消滅した。

 聖なる拳を放った後の隙は今までの物と比べたらかなり大きい隙で、それを逃さずに昭二郎は眼鏡を輝かせながらアクィラモンへと指示を送る。

 

 「こちらの攻撃が、当たらないっ……」

 「隙を見せた、今だ! 最大出力でブラストレーザーを撃って!! 」

 「ええ! ブラスト、レーザー!! 」

 「ぐっおぉぉぉ!? 」

 

 雷鳴のような鳴き声と共に、アクィラモンの嘴から放たれるリング状のレーザーは隙を見せたエンジェモンへと直撃、轟音が上がる。今までの牽制用とは違う太いレーザーが天使を地面へと叩き落とし、そのまま地面へと縫い付ける。

 レーザーの発射が終わった後に残されたのは、天を悠々と羽ばたくアクィラモンと地面に大の字で倒れているエンジェモン……勝敗は決したようだ。

 データの欠損が起こり始めている天使はこれ以上は戦えそうにない、はずだが……

 

 「聖、務を……完遂、せねば……」

 「ま、まだ戦うつもりなのか!? 」

 「先程言ったとおり、彼らは自身の命すら顧みない程に主達に全てを捧げているのです。動きを止めた程度では止まってはくれません」

 

 ボロボロの状態で直も立ち上がり、再び空へと舞い上がり戦闘を続行しようとしているエンジェモンだが……どこか様子がおかしい。データ欠損の速度が早まると同時に聖装である剣はより輝き、その容量を増していく。

 

 「なぜ……私のデータが、聖装にっ……ああっ!? 」

 「うっ……」

 「聖装に、こんな性質があったとは……」

 

 エンジェモンも疑問を持つがもう遅く、エンジェモンは聖装である剣にデータを完全に吸い取られてこの世から姿を消した。聖装と呼ばれるその剣は、ある一定の損傷を主が負うと、主を喰らってその力を吸収する呪われた魔剣のような性質を隠し持っていたらしい。

 残酷な光景に昭二郎は思わず顔を逸らし、アクィラモンは聖装の隠し持っていた性質に目を丸くして驚くと同時に慄く。それほどまでに衝撃的な光景であったのだ。

 その一方で、地上で戦いを繰り広げていたバオハックモンとダークティラノモン達と、エンジェモン2体の戦いも終局が近づいてきている様子だ。最初こそ天使達の連携攻撃に苦戦していたが、バオハックモン達も即興の連携を組めるようになったのが大きいようである。

 

 「我々が汚れを持ったデジモン達相手に、ここまで苦戦するだと……」

 「落ちつけ、連携を崩すな。聖装がある以上我らが有利だ! 」

 「随分と余裕が無くなってきたじゃねぇか、天使サマ達よぉ! 」

 

 槍による力強い突きを強靭な自身の爪で相殺しながら尻尾によるサマーソルトを決めるダークティラノモン、それをモロに受けたエンジェモンは上空へと飛ばされるが翼を羽ばたかせで姿勢を立て直す。

 聖なる力を授かった自分達が何故汚れを持ったデジモン達にこうまで押されているのか、次第に焦りが出て来てる様子である。ダークティラノモンはそれを見て、思わず皮肉を飛ばしてしまう。

 

 「このエンジェモン達、極端すぎるっ! 」

 「汚れを持ったデジモンは、浄化するのが我らが主の慈悲! 」

 「危ないバオハックモン、前に飛び込んで! すれ違いざまにバーンフレイム!! 」

 

斧を持ったエンジェモンへと戦いを止めて話を聞くように説くも、エンジェモンは話を聞くつもりは全くないようで斧を一気に振り下ろす。白銀の刃がバオハックモンを両断しようと迫るが……

 武正は瞬時に間合いを詰めた後、すれ違いざまのカウンターを狙うように指示を出すと、白竜は地面を踏みしめていた四足によるダッシュで攻撃中のエンジェモンとすれ違い、斧による一撃を回避すると同時に無防備な背中へ向けてバオハックモンの口から巨大な火球が放たれる。

 

 「見えた……バーンフレイム! 」

 「馬鹿なっ!? 」

 

 バーンフレイムの直撃を受けて、先程のエンジェモンと同じく上空へ吹き飛ばされるエンジェモンだが、そのまま姿勢を立て直すと2体のエンジェモンは、バオハックモンとダークティラノモンへと再度攻撃を仕掛けるようで急降下して武器を振るう。

 バオハックモンとダークティラノモンはちょうど一直線上に向かい合う形で立っており、エンジェモン達は正面からそれぞれへと攻撃を仕掛けている。その姿から何かを思いついた武正は近くにいた昭二郎へ駆け寄ると耳打ちをする。話を聞いた彼はニヤリと笑うと2人はDチューナーへ何か語りかけた後にボタンを押して掲げる。

 2人のDチューナーから出た赤と緑の光の帯はそれぞれのデジモンの勾玉へ吸収されていく。2体は驚いた様子だが、即座に頷くとエンジェモン達を迎え撃つためにお互い前へダッシュして距離を詰めていく。

 

 「りょ、両腕を掴んだだと!? 」

 「だが我らの両腕を掴んだところで、お前達の両腕も塞がって……まさか! 」

 

 バオハックモンも、ダークティラノモンもエンジェモン達の両腕を掴んで動きを止め、エンジェモン達は気がつく――自分達は天使型であるが目の前の相手は竜だ。そして竜の攻撃の代名詞といえば……

 気がついた時には2体の竜は各々の口の中に火炎のチャージを完了していた。両腕を掴まれた状態で放たれるであろう炎から受けるダメージを少しでも減らすために、空中でしゃがみこむ様な状態でガードを固める。

 確かにそのまま放てば上半身へのダメージは抑えられ、下半身はかなりのダメージを負うだろうが、飛行が出来る以上はそこまで問題にはならない。今選べる選択肢の中では合理的なものだっただろう。そう、2体がそのまま炎を放てばの話だが……

 

 「バーンフレイムッ! 」

 「ファイアーブラストッ! 」

 

 2体の口から放たれた火炎は、目の前の天使へではなく……お互いが拘束しているエンジェモンへと向けて放たれたのだ。当然、無防備な背中へと火球と火炎は見事に直撃する。

 

 「やった! 」

 「おっしゃぁ! 」

 

作戦の成功に思わずハイタッチをするほどに喜ぶ武正と広太。先程2人がDチューナーを使って送っていた指示はその時の立ち位置を利用した至極簡単な作戦である。

 “そのまま一直線上で出来るだけ近づいたらエンジェモンの両腕を封じて、お互いの捕まえたエンジェモンへと炎を放て”というものだ。

 ただ捕まえて火炎による必殺技を放っても防御されてしまう可能性がある……ならば背後から攻撃をしてしまえばいい。一直線上でお互いに必殺技を放つと同士打ちの危険もあったが、捕まえたエンジェモンを盾として用いることでそれを防ぐ策が見事に決まった。

 

 「ぐぅっ……」

 「ぬっ……」

 

 バオハックモンとダークティラノモンは天使達の力が抜けたのを感じると、両腕を離してバックステップで距離を取る。片膝をついて飛ぶ余力すら残っていないエンジェモンはもう戦える状態ではないだろう。

 彼らは当初の目的を果たしたために、これ以上攻撃するつもりはないという意思表示のつもりでしたようだ、しかし何があるかわからないので警戒は怠らないでいる。

 

 「これで話、聞いてくれますか?」

 「あんたらもう戦えないだろ、なら素直に聞いてもいいんじゃねぇの? 」

 

 武正と広太はエンジェモン達へ再度言葉を駆けるが、天使達は口を歯を食い縛って再度立ちあがろうとしている。仮面で口元しか表情は伺えないが、改めて話を聞いてくれそうにはない。

 

 「ふざける……なぁ! 」

 「我らは、聖務をッ!! 」

 

 振り絞った声と共によろよろと立ちあがると、エンジェモン達はバオハックモン達へと突進するもその速度は目に見えて遅く、白き竜と黒い恐竜は構えから迎撃の必殺技を放つ。

 

 「フィフクロスッ! からの……ティーンブレイドォ!! 」

 「いい加減にしやがれっ! ダイノキック!! 」

 

バオハックモンの強靭な爪と鋭い刃の足による連撃がエンジェモンの肉体へと綺麗に決まり、尾の剣による鋭い突きは聖装の斧を弾き飛ばし、そのまま宙を舞った斧とエンジェモンは地面へと倒れ伏した。

 体重の乗ったダークティラノモンの蹴りも天使の体を弾き飛ばし、強く握っていた槍は手放されて持ち主と共に大地へと転がる。倒れ伏したままで起き上がろうとしないエンジェモン達は、息はしているようだがこれで本当に行動不能となったようである。

 

 「アクィラモンの言ってたこと、本当だったね……」

 「真面目過ぎる天使サマってのも困るなこっちとしては」

 

 倒れ伏すエンジェモン達に先程のアクィラモンが言っていたことは真実だったと冷や汗を流しながらも、緊張で強張っていた体の力を抜く武正達。同調をして戦っていた影響か、体力も消耗しどこか疲れた顔だ。

 

 「でも、これ以上は動けないはずだし話を聞いてくれるかも! 」

「バオハックモン、あんま期待しねぇ方がいいぞ」

 

 攻撃を放った後、赤いマントをはためかせて着地をしたバオハックモンは、話す機会が出来たかもしれないと期待するが……ダークティラノモンは今の天使達の行動を見る限りは望みは薄いと見ているらしい。

 暫くエンジェモン達が口が聞けるようになるまで待とうと2人と2体が決断した直後に、地面へと転がっていた聖装がガタガタと震え出す。そう、聖装の隠された性質が発動するところまでエンジェモン達はダメージを受けたといことだ。

 

 「ぐぅっ……」

 「メサイア様、万歳……」

 

 そんなうわ言を呟きながらも、負傷した天使達のデータは緑色の奔流となってそれぞれ持っていた槍と斧へと吸収されていく。元主のデータを喰らい自らの物とした聖装は、その白銀の刀身を新品同様に輝かせている。

 

 「何なんだよ……これ」

 「これが、聖装の隠された性質だったようです」

 「戦えない主のパワーを取り込んで自分自身を強化する装備なんだろうね……効率的だけど、悪趣味だ」

 

 衝撃の光景に立ち尽くす武正達の隣にホバリングをしつつ降り立ったのはアクィラモンだ。背中に乗っていた昭二郎も地面へと足をつけると、聖装の性質を分析しながらも嫌悪の表情を浮かべている。

 

 「んで、どうすんだこの聖装とやらは。そのままどこかに隠してもヤバそうな気がするんだが……って何だぁ!? 」

 

 広太が聖装の処分をどうするか武正達へ聞こうとしたその時、白銀の輝きを先ほどよりも増した3本の聖装は、転がった状態から一斉に空へと浮かび上がる。

 青い空に白銀の武具は、一見すると美しい光景であるが、その輝きの前に起きたことを知る彼らにとっては驚くほどに不気味な光景だ。

 そして、更にその上空には空間の歪み――ディストーションが出現している。どうやら使用者がいなくなっても、自身達はカノンへと帰還できるようにギリギリの大きさのディストーションを展開できる機能も搭載されているらしい。

 ということは、上手い具合に聖装を確保できれば……ディストーションを自由自在に操り目的のデジタルワールドに行けるかもしれない……アクィラモンはその可能性に気がつくと即座に飛翔し、宙へ浮かぶ聖装を確保しようと爪で持ち手を握ろうと迫る。

 

 「アクィラモン!? 」

 「これを確保して、調べることが出来ればっ! 」

 

 突然の行動に呆気にとられる面々を尻目に、アクィラモンは剣の柄を握ることに成功する。獲物をしっかりと握る為にあるとも言える猛禽の爪は聖装をしっかりとホールドし、抜けだそうと暴れる剣を離そうともしない。

 そのまま離脱して地面へと戻ろうとするも、残る槍と斧は攻撃によって剣を解放するためか、アクィラモンへと一直線へ飛んでいく。地面までは後少しだが……槍と斧もすぐそこまで来ており、アクィラモンを切り刻んで持っている剣を解放しようと迫る。

 

 「世話が焼けるっ!ファイアーブラスト!! 」

 「ナイス、ダークティラノモン! これなら……フィフクロス!! 」

 

 アクィラモンへ迫る槍と斧へまず浴びせられたのは高熱の火炎、その次に鋭い爪と刃による連続攻撃であった。結果として、渾身の力を込めた2体のコンマ数秒の連続攻撃は、迫っていた槍と斧を完全に砕くことに成功する。

 地面へクロンデジゾイド製の欠けらが散らばることで、甲高い音が公園へと響く。一方で無事に着地したアクィラモンの足にはしっかりと聖装の剣が握られており、彼の目的も無事に果たせたようだ。

 

 「ありがとうございました、お2人とも……」

 「まあ、1つ貸しにしとくぜアクィラモンよ」

 「気にしないで、俺達もう仲間でしょ? 」

 

 2体の竜のフォローに礼を述べるアクィラモンに、貸しを作っただけだから気にするなとぶっきらぼうな気遣いを見せるダークティラノモンと、もう仲間だから気にするなと微笑むバオハックモン。

 どうやら短い中で命をかけた戦いを共に潜り抜けたことで、友情が僅かではあるが芽生え始めているらしい。

 

 「何とか終わった……のか? 」

 「多分ね、ほら……Dチューナーから赤い点消えてるし、円みたいフィールドも消えてるよ」

 「アクィラモン、その剣はどうするんだい? 」

 

 周辺を見回し、今破壊されてデータが散り散りになっていく聖装で今回の戦いは打ち止めなのかと警戒をする広太に、Dチューナーの画面を確認しながら武正は返事を返す。たった今画面上にあるのは青い点が3つのみ……すなわち他に敵はいないということだ。 

 戦いの場となった公園は、先程まで地面に抉れた穴や壊れたブランコなどがあったはずだが、現在では地面やブランコは少し傷がついたくらいで戦闘の爪痕は大きく残ってはいない.

 昭二郎は、アクィラモンの持つ聖装の剣をどうするか問うた時、3人のDチューナーの画面にライトが灯り、聖装のデータをそれぞれの画面へと吸い込み始めた。危険な物であるために分割をして保存をしようとDチューナーが判断をしたようである。

 

 「いきなりなんだと思ったら……い、いらねぇ! 」

 「つまりこれって、3つに分けられて俺達のDチューナーへ入ったってことなの? 」

 「そうみたいだね……分割して保存することでリスクも分散したのかな? 」

 「すみません、皆様。しかし手掛かりを得る為でしたので必死になってしまい……」

 

 苦笑いでデータを吸いこんだDチューナーを見る3人に、謝罪をする赤き猛禽。すると、その体も光へと包まれ……次の瞬間にそこに立っていたのはピヨモンだ。同じようにバオハックモンとダークティラノモンもそれぞれハックモンとベタモンへと戻っていた。

 戦闘が終わって力が抜けたことで、成長期へと退化したようだ。消耗した体力を示すように、ハックモンは地面へ赤いマントを広げるように体を伏せており、ベタモンは以前の用にひっくり返っている。

 

 「進化するとやっぱり……疲れるね」

 「とにかく休ませろー、あとメシ! 」

 「私は、平気ですので……」

 

 2体がすっかり疲労しており、平気そうに振舞っているピヨモンも消耗しているのは明らかだと知った昭二郎は顎に手を当てて少し考え込んだ後に、武正と昭二郎へ顔を向ける。

 

 「一之瀬君、えっと確か……三山君、だったよね? 彼らも、君達も疲労してるみたいだし……我が家で休んでいかないかい? 」

 

 突然の昭二郎からの誘いに面喰う2人ではあったが、自身達も消耗していたこと、新しい情報を得られるかもしれないということも相まってその申し出を受け入れることにしたようである。

 

 「じゃあ、これでさっきの貸しはチャラってことだな」

 「色々聞きたいこともあるし、お願いするよ! おーい桃香、もう大丈夫だから出てきていいぞー」

 「う、うん……」

 

 隠れていた幼馴染を安全が確保できたということで呼び出し、ハックモンをDチューナーへと呼びこんだ後に、桃香と共に停めていた彼らの自転車へと跨る。広太と昭二郎も同様にパートナーを自らのDチューナーへ納めつつ自転車へと跨り、出発の準備は整った。

 

 「それじゃあ、3人とも……ついて来て! 」

 

 自身の家へと先導する昭二郎の自転車を追い、武正達3人はペダルを勢いよく漕ぎ始め、アスファルトの上を自転車はは勢いよく走っていく。

 新たなデジモンとそのパートナーの出会いに彼らは胸を躍らせながら目的地まで急ぐのであった……

 




デジモン図鑑#4



名前 :エンジェモン
レベル:成塾期
タイプ:天使型
種別 :ワクチン
・解説
光り輝く6枚の翼を持ち、神々しい純白の衣を身に纏った天使型デジモン。
デジタルワールドにおいては善の存在とされ、幸福をもたらすデジモンと呼ばれているが、悪に対しては非常に冷徹で完全に相手が消滅するまで攻撃を止めることはない。
必殺技は黄金に輝く拳を相手に叩き込む『ヘブンズナックル』。
デジタルワールド・カノンにおけるエンジェモンは上記の性質が更に極端に現れているため、悪へと繋がる可能性のある存在に対しても容赦がない。
更に『聖装』を持つ個体は、聖なる力を増幅させる機能を持つ聖装の力を利用することで、武器からより強力な斬撃を放つ『ヘブンズアームズ』という必殺技も用いることが出来る。


名前 :アクィラモン
レベル:成塾期
タイプ:巨鳥型
種別 :フリー
・解説
頭部から巨大な1対の角を生やした巨鳥型デジモン。
“砂漠の巨鷲”とも呼ばれることがあり、マッハの速度で大空を飛びながらも遥か遠くの敵を見つけ出す眼力も持っている。
鳥系デジモンの中では珍しいとされる礼節を重んじ、忠誠を誓った主人の命令には従順に行動する。
必殺技は上空から敵へと突進して攻撃する『グライドホーン』と雷鳴のような鳴声と共に口からリング状のレーザーを発射する『ブラストレーザー』。


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第五話 もう一つの守神町

毎日更新とかできる人達を本当に尊敬します。
短くて申し訳ないです。


「なるほど、一之瀬君と三山君達の事情は理解したよ」

「まさか……ほぼ同時期に私以外にもこちら側へ来ているデジモンがいたとは、驚きです」

 

アンティークの高級そうな椅子に座り、紅茶を一口飲んだ後に納得した様子で頷くのは眼鏡をかけた少年、昭二郎だ。

ピヨモンも隣で椅子に腰かけ、目の前にいる彼らの事情を聞くと改めて驚きの表情を浮かべている。

太陽はすっかり天に昇り、守神町を優しい日差しが照らして、時刻はもうすぐ正午となる時間帯である。

 

「それはこっちの台詞だぜ、まさかオレの隣のクラスのお坊ちゃんもデジモン拾ってたなんてな」

「まあ、普通はそう何度も経験するような出来事じゃないだろうしね……」

「本当に、びっくり……」

 

昭二郎の向かい側の席に座るのは武正と広太、それに桃香だ。同じく高そうなアンティークの椅子に座っている。

彼らは、公園での昭二郎の提案を受けて彼の家で、たった今までお互いの事情をお互いに説明し合っていたのだ。

 

「でも、仲間が増えるのは心強いよ! 」

「このままずっと味方なら、な……」

 

武正の背中に負ぶさっているハックモンと、広太の隣の椅子に座りながらも不穏なことを言うベタモン。

先程の戦闘で消耗が大きかった2体も、無事に体力が回復してきたようである。

 

「それに関しては大丈夫だよ、ベタモン。僕達はそのつもりはないし」

「一応休ませてもらってんだから素直に礼言っとけよ、お前……」

 

ベタモンの天邪鬼さを窘める広太だが、ベタモンは我関せずの姿勢で視線を反らす。

 

「でも、さっきの戦いはフィールドのおかげかな? 周りに全然気がつかれなくて助かったよ」

「ブランコが、壊れ、たり……地面が、削れたりしてたけど……被害も、少なかった」

 

 Dチューナーが展開したされるフィールドの機能に感心する武正と桃香を見た昭二郎は、苦笑いを浮かべると……

 

「いや、あれはフィールドを展開したんじゃなくて……言うなれば、もう一つの守神町に僕らは転送されてたのさ」

「え……!? 」

「は……!? 」

 

昭二郎の解説に思わず唖然とするそれぞれのDチューナーの持ち主達。

まるで博物館に飾られた埴輪の如く……しばらくの間2人は固まるのであった。

 

 

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「一之瀬君が持ってるクッキーが守神町、三山君が持っているクッキーがデジタルワールド、そして僕が持つクッキーはもう一つの守神町だとして……」

 

詳しい説明を行うため、3人の手に持たれたクッキーをそれぞれの世界に例えるのは昭二郎。お茶請けを丁度いい教材として選んだようだ。

クッキーを持つ右手と反対側の左手は、まるで教師が生徒へと授業を行うかの如く人差し指で天を指している。

 

「僕達のDチューナーは守神町からもう一つの守神町へと入ることが出来る力があって、言わば現実世界から隔離された空間を生み出せる。 それを物凄く簡単に説明すると、2人の言っていたフィールドを展開できるって表現になるのさ」

「なるほど……さっぱりわからん。でもどっかで覚えがあるような? 」

「頭に使用法とかは書き込まれたけれど……俺達みたいな子供にも分かりやすく説明しようとした結果、ああいう風になったってこと? 」

「おそらくそうだろうね、そして君達2人はその要約の内容の方で使い方を理解していたんだよ」

 

両手を天へと挙げてお手上げポーズの広太と、考え込むポーズの武正だが、目の前にいる教師役の同級生からの詳しい解説には聞き覚えがあった。

覚えはあっても、理解しているかは別であるということなのだろう。少し気恥かしそうに彼らは頬をポリポリと掻いたり、苦笑いを浮かべている。

 

「そういう……ことなら、もう一つの守神町で……起こったこと、は。こっちでも、少し影響が出る……ってことなのかも……」

「桃香、どういうことだよ? 」

「さっきの、戦いでは……ブランコ、潰れちゃってた……よね? 」

「ああ、アクィラモンの進化の時に吹き飛ばされたエンジェモンがぶつかって、グシャグシャになってたけど……」

「最後に見た時はそういや、少し歪んでただけだったか? 」

 

桃香の言葉に先程の出来事を思い出す武正と広太は、ここでとある違和感に気が付く。

そう、完膚なきまでに戦いで壊れたはずのブランコは……最後に見た時は少し歪んでいる程度だった。

以上の事実から推測できるのは、もう一つの守神町で起こったことは……そっくりそのまま現実の守神町には適用はされないということだ。

 

「そのまま影響出るような事は無いから、次にああいうことがあっても思いっきり暴れられるってことだな」

「いいえ、むしろ影響が出るからこそ気をつけなければならないのです」

 

周囲への気兼ねをせずに次に戦う機会があれば暴れられるのかと楽観的なベタモンの発言へ、ピヨモンの冷静な声が割り込む。

 

「あっ、そっか! 影響の出方とかがまだ全然わかってないから……」

「ええ……こちらの世界へ影響は確実に出るということと、本当にそれが小さな影響として出るのかわからないので、あの世界では慎重に行動すべきかと」

 

その言葉を聞いて思い至ったハックモンの言葉を引き継ぐように、ピヨモンは殊更にあの場所で行動する際には気をつけるべきだと進言する。

楽天家のベタモンと、慎重派のピヨモン……その両方を兼ね備えたハックモン。バランス良く意見を活発に言い合える、仲がいい関係になれそうだ。

 

「こりゃまた生真面目なことで……」

「楽天的に考え過ぎるよりは、いいのではないかと」

「……んだと? 」

「まあまあ、ピヨモンもベタモンも仲良く仲良く! 」

 

ベタモンの軽口をサラリとかわすピヨモン、カチンと来たのか声を荒げるベタモン、そしてそんな2人を宥めようとするハックモン。

……仲がいい関係になれそうだ。きっと。おそらく。

 

「さて、それで本題はここからなんだけど……」

「そういやぁ、さっきから何か言いたそうだったな? 」

「うん! あのもう一つの守神町を探索する手伝いをしてくれないかい? 」

「私からも、是非……お願いします」

 

Dチューナーの能力の解説に道が反れていたのを、昭二郎がそれを修正しようと、両手をパンと叩いて本題を切り出す。

それは、先程彼らが行っていたもう一つの守神町の共同探索をしたいというものだった。

 

「いいよ! 」

「ちょ、ハックモン!? 勝手に答えるなよ! 」

 

ハックモンの元気がいい即答に、武正は大慌てで両腕をぶんぶんと振って制止の声を上げる。

しかし、その制止を受けた小さな白竜は首を傾げて疑問符を浮かべている。

その表情から伺えるのは、何故いけないのか? その一言だろう。

 

「え?何でいけないの? 」

「いや、危険とかいろいろ……まあいいや」

「……武ちゃん」

 

ハックモンの純粋な疑問に、意見を言おうとするも諦めて首を垂れ、そのまま流されてしまう武正。

それを横目で見つつ静かにため息をつくのは、長い間武正と同じ時を長い間過ごしてきた幼馴染だ。

また無意識の内に何も言えずに、出された意見に流されてしまう方を選んだ彼を心配しているようで、自身の胸元にペンダントのようにかけているお守りをぎゅっと握る。

 

「記憶の手掛かりになりかもしれないし、面白そうだし……俺はいいぜ! 」

「オレはどっちでもいいが、ベタモンがこの調子だ。気が向いたら付き合ってやるよ」

 

ベタモンは面白そうだと笑みを浮かべて承諾し、広太はやれやれと首を振りながら答えを返す。

2人と2匹の答えはこれで決まり、昭二郎とピヨモンはその力を借りられることとなった。

「ありがとう、2人とも。それにハックモンとベタモンも」

「私からもお礼をさせてください。皆様……どうもありがとうございました」

 

ホッとしたように紅茶を一口飲んだ昭二郎は、顔を綻ばせて礼を言う。

ピヨモンもそれに追従する形で丁寧にお辞儀をして礼を告げた。

その態度は、何かを探すにはとにかく人出がいることを、十分理解しているからこそだろう。

 

「別にいいよ、それよりも…… そうなるなら今後の予定はどうするんだよ? 」

「それはオレも気になってた。こっちを誘うからには考えてるんだろ? 」

「今すぐとか? 」

「そういうわけにはいかねーだろ、せっかち過ぎんぞハックモン」

 

わいわいと今後の予定を騒ぎ出す2人と2体。部屋の中が騒がしくなってきた所に……

 

「み、みんなっ……静か、に! 」

「ありがとう、守神さん。 じゃあこれからの予定を決めようか」

 

その騒ぎを落ち着かせようとする桃香に礼をしつつも、高級そうなノートを机の上に取り出して微笑むと……今後の計画を話し出した。

 

 

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「んで、月曜の学校が終わったらでいいんだな? 」

「うん……場所は、守神沼で……」

「何でも、俺とハックモンが出会った場所だから、何か手掛かりがあるかもってことらしいけど…… 」

 

昭二郎の家を後にし、自転車を引きながら雑談して歩くのは武正、桃香、広太の3人。

時間は15時を過ぎた辺りで、どうやら打ち合わせは無事に終わり、家路についているようだ。

予定を再確認しながら3人が歩いていると、前方には交差点が見えてくる。真っ直ぐ進めば守神神社、すなわち武正と桃香の家へ続いている。

 

「おっと! んじゃあ、オレん家こっちだから。また月曜にな」

『そん時に会おうぜ、ハックモンに武正、桃香』

 

広太の家に帰るには、この十字路を左へ曲がる必要があるため、真っ直ぐ進もうとした武正と桃香へと声をかける。

Dチューナーの中にいるベタモンも、週明けに会えることを楽しみにしている様子であった。

 

「ああこの道曲がると三山の家の方向なんだ? うん、それじゃあ月曜日にまた学校で」

「また、ね。今日はありがとう、三山君にベタモン」

『これから仲間として一緒に頑張ろう! 』

 

別れ際にかけられる言葉に、片手を上げることで答えながらも交差点を左に曲がり歩き出す広太。

武正達は挨拶が済むと、そのまま交差点を直進して彼らの家へと向かっていく。

まだ春先で、日が落ちるまでに時間はあるが……もう少しで黄昏時である。

広太が暫く歩みを進めていくと、アパートが立ち並ぶ住宅地へと入っていく。

 

「そういやぁ、お前は裏山に帰んなくて良かったのか? 」

『ああ、お前の家のメシが美味かったからしばらくはこっちに厄介になるぜ! 』

「飯を隠して持ってくの結構苦労するんだがなぁ……」

 

本来の住処である裏山に帰らなくて良かったのかと尋ねる広太に、ベタモンは堂々と飯が食いたいから厄介になると宣言。

三山家は平屋のアパートであるため、隠れる場所が少ない。故に広太の気苦労が伺える反応である。

気まぐれにふと視線を右横へと向けると、農業用水が流れる用水路が走っている。そこまで都会ではない守神町は、守神沼からの良質な水を利用した稲作や畑作も盛んなのだ。

 

「あれ? 」

『いきなりどうしたんだよ? 』

「いや……この季節にしては水路に流れてる水が少ないなって」

 

そう、この季節ならば田植えや種蒔きに向けて水路には多くの水が流れているのが自然だが、視線の先の水路には底を覆うばかりの僅かな量の水しか流れていない。

ちょっとしたことだが、普段から見慣れている光景と違うものが見えれば気になってしまうのが人間というものだろう。いや、この場合は広太が案外細かい所も見ていると言うべきか……

 

『気のせいじゃねぇか? 』

「う~ん、何だか気になって背中がムズムズすんなぁ……」

 

ベタモンの言葉に首を捻りながらも歩みを進めていくと、築年数そこそこのアパートが密集する賃貸住宅地帯が目前に迫る。その中の一軒が広太の家だ。

自宅の前へと辿り着いた彼は、引いていた自転車を駐輪して施錠。そしてポケットから銀色の鍵を取り出すと玄関の鍵穴へと差し込んで捻る。

閉ざされていた扉はガチャリという音と共に解錠された。

 

「ただいまっと……家ん中では大きな声出すなよ、ベタモン」

『わーってる、安心しろ』

 

玄関でベタモンへと注意を促し、念のために扉を再度施錠をしてから靴を脱いで家へと上がっていく。

居間へと通じる廊下の途中にある最初の扉を開ければ、襖で仕切られた小さな部屋の一つがある。

この部屋こそが広太の自室であり、床には布団が畳まれた状態で置かれ、窓からは夕日が射し込んできていた。

 

『あれ? お前の母親と姉貴ってのはどうしたんだ? 』

「お袋は今日夜勤、姉貴は高校終わってからバイトだよ」

 

リュックサックを壁際に置くと、ベタモンからの声に答えを返しつつ襖をあけて居間へと歩き出す。

母子家庭である三山家では、米を研いで炊くのが帰宅後の広太の仕事の1つだ。

干してあった釜へ、米櫃から米を計量カップで掬い上げる。ベタモンの事を考え、普段よりも少し多めの量である。

 

「あんまり急に米の量増やすと、お袋や姉貴に感づかれそうだからなぁ……」

 

流しの蛇口を開いて水道水を釜へと注ぎ、台所には広太が規則的に米を研ぐ音が響く。

あまり極端に米の量を増やし過ぎると、家族はそれに気が付き……ベタモンのことに気が付いてしまうかもしれない。

その可能性を考えて思わず口からぼやきが出てしまう。米の量を徐々に増やしていき違和感を無くしていくべきなのだろうか? そんな案が脳裏に過る。

 

『まあ安心しろって、食溜めはさっきしてきたからな! 』

 

広太のぼやきに対してベタモンは絶対の自信を持った言葉である。確かに浅葱家の茶会で、ベタモンはまるで掃除機のように菓子の類を胃袋へと収めていた。

その小さい肉体にどれだけ収まるのかというレベルで食べ続けた結果、まだそこまでの食事量は必要ないということだろう。

 

「今日は大丈夫でもその先はどうすんだ? 」

『それはそん時に考える。考え過ぎてもドツボにハマっちまうぞ? 』

「出たとこ勝負、か……場合によっちゃ裏山に戻った方がいいかもな? 」

『ははは! まあとっておきの餌場はあるから何とかなるって』

 

話している内に、研ぎ終わった釜を炊飯器へとセットし、タイマーを入れる。

 

「さーて、拾ってきた生物を隠し通すの頑張ってみっか……」

 

一仕事終えて両腕で伸びをする広太は、太陽が沈んでいくのを見ながらポツリと呟くのであった。

 

 

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「最後に、軍需産業部門と電子戦略部門との合同での報告です」

「――以前この会議で報告させていただいた、もう一つの世界“デジタルワールド”への干渉の状況について……お話させていただきます」

 

巨大複合企業、元橋コーポレーションの都心の一等地に建つ本社ビル。その最上階にある限られた重役のみが入室できる会議室でその言葉は発せられた。

高級そうな机や椅子が並び、そこに仕立てのいいスーツを着た男女が座っている中でその2人は起立してプレゼンテーションソフトを起動。

1人は暗い部屋の中でサングラスをかけた中肉中背の男。もう1人は高い鼻が特徴の体格がいい男だ。

前者は元橋コーポレーション電子戦略部門の部長――久々津で、後者は軍需産業部門で部長をしている阿原木という名前の男である。

 

「現在、守神町において2つのデジタルワールドへの内“カノン”へは安定したゲートを開くことに成功。解析と掌握を開始しております」

「電子戦略部門の尽力によってカノンの掌握率は76%と完全な掌握へは時間の問題。デジタルモンスターの解析も順調に進んでおり、我が社で開発した試作兵装のテストを開始しました」

「一方の“イリアス”の方ですが……ゲートの開門成功確率は15.593%で、前回の実験より4.26%の上昇が確認できました」

 

2人の部長から報告を聞く他の重役達は、先月よりも事態が進展していることに満足そうな顔を浮かべている者が多い。

初めに報告を受けた時はにわかに信じ難い話であったが、目の前に証拠となる映像とデータがある以上これは現実の出来事なのだと理解できる頭は彼らにもある。

そして、事実であると分かったら考えるべきことは、これをどう生かせば自分の部門はより利益を上げられるか……だろう。

 

「“イリアス”の掌握と解析はまだ十分ではないと? 」

「世界の構造が“カノン”と比較して複雑な為に時間がかかっている状況です。今年度更なる予算を頂けるのであれば……」

「ふむ、一定の成果は出せているということか。ならば今後入手したデータはSランクの機密事項とし、速やかに私の元へと報告したまえ。私が直々に各部門へと分配する」

若造の成果を面白く思わない恰幅がいい重役からのチクリとした嫌味を、久々津は華麗に回避した後に……より多くの予算を自分達の部門へと配分することを周囲へと求める。

その堂々とした口調は失敗することなどあり得ないという確信があるからなのだろうか? サングラスの中の瞳は部屋の暗さもあってしっかり伺えない。

更に上座に座る顎髭を生やした60代の男、元橋コーポレーション社長の元橋が自らこの件に関わることを告げたということが意味するのは……

 

「では社長? 」

「予算の増額を認めよう。3日以内に追加予算案を提出するように」

「聡明な判断、ありがとうございます。 早急に戻り作成の後に送信いたしますので、本日はここで失礼させていただきます」

 

元橋から承認の言葉を受け、サングラスの位置を人差し指で直しながら扉へと歩き出す久々津とそれに続く阿原木。

会議室を出る部長2人の口元は邪悪な笑みが浮かび、彼らの背を見る元橋の口元にも……邪悪さを感じさせる笑みが浮かんでいた。

 

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「あー、今日は疲れたぁ……」

『色々あったもんね、今日は! 』

 

桃香と一緒に帰宅した後、夕飯と入浴を終えた武正とハックモンはすっかりリラックスモードへと突入していた。

布団の上に武正は大の字で寝転がり、Dチューナーは丁度武正の顔の横に置かれ、画面の中ではハックモンもひっくり返って大の字で寝転んでいる。

後はもう布団を被って眠りの世界へ入るだけの彼らは、その前にカーテンを少し開いて窓から覗く星空を見ながら雑談をしているようだ。

 

「仲間は増えて、少しずつ進めてる……のか? 」

『みんなで力を合わせたら、きっと大丈夫だよ。武正! 』

「……それも、師匠の言ってたこと? 」

 

あまりにも今後へポジティブなハックモンへと、武正はつい意地悪い質問をしてしまう。

 

『いいや、これは俺が今思ってるホントの気持ち』

「……ハックモンは、凄いな」

『え? 』

「俺がハックモンの立場だったら、今不安で仕方がないと思う。いきなり知らない世界へ飛ばされて師匠達とは離れ離れでさ? 自分で全部判断して動かないといけないじゃん」

 

質問に返されたハックモンの答えは、どこまでも真っ直ぐで……意地悪な質問をした武正は自分が恥ずかしくなってきてしまい、思わずDチューナーから視線を反らす。

素直な賞賛の言葉と共に、自身がハックモンの立場だったらとてもそんな風にはいられないとポツリと呟いた。

 

『最初は不安だったけど、武正が助けてくれたじゃないか! そして桃香や他の皆とも出会えたし 』

「単なる偶然の結果、じゃない? 」

『師匠にね……“出会いは偶然かもしれないが、そこから先の繋がりは必然だ”って教えてもらったことがあるんだ』

「出会いは偶然、その先の繋がりは必然……」

『うん! 聞いた時はピンと来なかったけど、今なら分かる。武正は俺と出会った時に囮にして逃げることもできたけど、逃げなかったし……むしろ俺を助けてくれただろ? 』

「確かに、そうだな」

 

ハックモンが師匠であるガンクゥモンより教わった言葉、確かに出会いは偶然な場合もあるけれど……そこから繋がりを作っていくのは本人達にその意思が無いと不可能であり、それは必然となる。

そういった意味で弟子へと伝えられた言葉を、武正は瞳を閉じて聴覚へ全ての意識を向け、頭の中で反芻しながらも受け止める。

 

『だから、武正や皆も凄いってことだよ! 』

「俺はともかく、他の皆はそうだったらいいな……」

 

反らしていた視線をDチューナーに戻した武正はハックモンから返って来た賞賛の言葉に擽ったそうな微笑を浮かべる。

そのまま延長した蛍光灯のスイッチを引くと、点いていた豆電球が消灯。武正の部屋はカーテンの隙間から見える星灯り以外は見えない暗闇に包まれた。

 

「じゃあ、そろそろ寝ようか。明日は朝から手伝いあるからあんまり騒がないでくれよ? 」

『頑張るよ! それじゃあお休み、武正』

「ああ、お休みハックモン」

 

1人と1体はそのまま眼をつぶり、それぞれの寝床で眠りの世界へと入っていく。

目まぐるしい1日を経験した彼らの寝顔は、その1日が楽しかったことを証明するかのような穏やかな笑顔であった。




#デジモン図鑑5

名前 :アポロモン
レベル:究極体
タイプ:神人型
種別 :ワクチン
・解説
デジタルワールド・イリアスを治めるオリンポス十二神族の1体で、太陽級の火炎エネルギーを秘めた神人型デジモン。
あらゆる物質を溶かし浄化してしまう恐るべき力を持ち、アポロの名を持つにふさわしい実力を有している。
必殺技は背中の火炎球より灼熱の太陽球を発生させ攻撃する『ソルブラスター』と、自身の熱き力を注ぎ込んだ一撃必殺の拳『フォイボス・ブロウ』
速射性に優れた両手の光玉から灼熱の矢『アロー・オブ・アポロ』も強力な技だ。


名前 :ミネルヴァモン
レベル:究極体
タイプ:神人型
種別 :ウィルス
・解説
アポロモンと同じくデジタルワールド・イリアスを治めるオリンポス十二神族の1体で、幼い少女の姿を持つ神人型デジモン。
非常に小柄な体格だが、身の丈ほどの大きさの大剣を自由自在に扱うことが出来る怪力の持ち主だ。
その体格に見合っているのか感情の起伏が激しいが、デジタルワールドを治める責任感はある。
現在のイリアスでは、オリンポス十二神族筆頭であるユピテルモンの不在なため、筆頭代理として世界のトップに立っている。
必殺技は大剣「オリンピア」から繰り出される強力な回転しながらの縦斬り『ストライクロール』と、速度を重視した横回転斬りの『マッドネスメリーゴーランド』だ。


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第六話 放課後の探検

前回より半年以上経っていますが、何とか書けたので投稿します。
読んでくださっている方がいれば待たせてしまい本当に申し訳なく思っています。


「コウエンでの爆発が気になって見回りをしていたらあれを見るとは……最近、この狭間の世界も騒がしくなってきたのう」

 

守神沼の畔に立ち、人の気配がまるでない守神町に立つ光の柱を見ているのは、白髪と白髭を蓄えて杖をついた老人――のような姿をしている。

口から出た狭間の世界という言葉と、人の気配がまるでないことから……ここはどうやらもう一つの守神町のようだ。

コウエンでの爆発というのは、おそらく武正達とエンジェモン達による公園での戦いのことで、老人にはデジモン同士が戦ったということまではわかっていない様子である。

 

「あのあちこち開くゲートのせいで歪みが酷くなっていくばかりじゃ、影響を受けたのかこの沼まで……」

 

老人は愚痴を零しながらも視線を向けると、守神沼の流出口は巨大な岩が複数重なったことで塞がれてしまっており、水が堰き止められてしまっている。

 

「いくら究極体とはいえ、この老いぼれが全て壊すのも手間がかかりそうじゃ。あの子達に手伝ってもらうにも力が足りないのう」

 

究極体、この言葉から老人はデジモンだということだが、一見すれば少し背が小さい老人だと勘違いしてしまうほどに人間に近い姿をしている。

決心したかのように、老人デジモンはついていた杖を両腕で持つと剣を構えるかのように岩へと向けて……

 

「じゃが、早くこの岩を何とかしなければ……肉畑にも影響が出てしまうしのう」

 

そう呟いて両腕で持った杖を大きく振りかぶると、そのまま大岩へと叩きつける。直後、周囲に響くのは硬い物同士がぶつかる衝撃音。

大きな岩が少しえぐれ、小さな岩へと砕かれていく。老人は杖を置くとその岩を両腕で抱えて横に除け、流出口の岩を除去しようと作業を開始した。

 

 

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一方こちらは現実世界である守神町の守神沼。そこに集まっているのは小さい人影が4つ。

武正に桃香、昭二郎、そして広太……デジモンと出会い、偶然からパートナーになった3人とその事情を知る1人である。

休みも明けた月曜日の放課後、2日前にしたもう1つの守神町の探検をするため、約束通りに集合したようだ。

 

「さて、集まったことだし……早速始めるか? 」

「その前に! あの時言ってた必要そうなものを準備するって手筈だったよね、それを確認しないかい? 」

『装備の確認は重要ですね。流石は昭二郎様』

 

武正の第一声に、昭二郎は装備の確認を提案する。確かに複数回行ったことがあるとはいえ、あくまで一時的だった未知の世界を長時間探索するとなると装備の把握は重要なことだ。

Dチューナー内で待機しているピヨモンからの賞賛の声に、眼鏡の位置を直しながら少し顔を赤くする少年は、大人びたところが多少あってもまだ子供なのだと思わせてくれる。

 

「俺はロープとかフックとか持ってきた! 」

「私は……お腹が空いた時の、食べ物や……救急箱」

『武正、何を持っていけばいいかすっごく悩んでたよねー昨日の夜』

「じゃあ、ハックモンに……意見聞いて、選んだんだ? 武ちゃん……」

「いや、そういうこと慣れてるハックモンの言うことだからさ? 」

 

幼馴染コンビが持ってきた物は意見を聞いたらそのままそれに流されたのであろうとことと、本人の優しい性格がよく出ている。

武正は桃香のジト目を冷や汗を流しながらもその理由を焦りながら説明しており、その姿はまるでヘソクリが妻にばれた夫の様である

 

『広太、俺らも出そうぜ』

「まあテキトーに選んだんだが、こいつだ! 」

「これは……ナイフと工具のセットですか」

「もう1つの守神町ってんなら機械とかもあるだろうと思ってな、役に立つかもしれねぇぞ」

『なるほど! 確かにそうですね。三山様の仰る通りです』

『んで、ピヨモン。お前達の方はどうなんだよ? 』

 

実質自分達の住む町を探索するということで広太が持参した物は思わぬところで役に立ってくれそうなだ。

得意げな顔をDチューナー内でしていたベタモンは、言いだしっぺは何を持ってきたのかと尋ねると……

 

「僕達は、守神町の詳細な地図と方位磁針に……ハンディGPSを」

『今回の目的は探索ということで、昭二郎様は地形関係に重きを置いたのです』

「GPSってのは……」

「三山君、自分の……今いる位置がわかる機械」

「へぇ、詳しいな守神。しかしそんな機械とは……さっすが金持ち」

「浅葱の物なのか? 」

「いいや、兄がもう使わないようだから借りてきたんだよ。それに、使えなかったら使えなかったでこの世界の謎を解く手がかりになる」

 

小学生には未知の機械であるハンディGPS。物珍しそうな3人に、昭二郎は何てことないと取り出したそれを再び鞄の中へと入れる。

これで装備の確認は終了し、いよいよもう1つ守神町へと突入する時間だ。

4人は向かい合って円になるように陣を組み、Dチューナーのボタンを複数回押した後にダイヤルを何回か捻っていく。

 

「それじゃあ、2人とも、頭の中に浮かんだ通りに操作すること! 桃香は俺に掴まってろ!! 」

「う、うんっ! 」

『行けそうだよ、武正! 』

『こっちもいつでも! 』

「オッケーだぜ、一之瀬! 」

「手順完了。後はバラバラにならないように……イメージするのはこの守神沼! 」

『来ますっ! 』

 

操作を終えて、目的地のイメージである守神沼を思い浮かべているところに突然の浮遊感に襲われる4人。同時に周囲へと閃光が走る。

次の瞬間……4人の姿はどこにも見当たらず、守神沼には最初から誰もいなかったかの如く静寂に包まれるのであった。

 

 

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「まだまだ先は長いのう、やはり老いぼれに重労働は酷じゃ……さて、次の破片を……うん? 」

 

大岩を少しずつ崩しながら撤去作業を行っていた老デジモンは、守神沼の上空から地面へと落ちてくる光に気が付いた。

その光は、隕石のような速度で落下してくるのではなく……まるで雪のようにゆっくりと降りてくる。

 

「おお、落ちてる!? 落ちてるのかこれ? 」

「……武ちゃん、落ちついて? 」

「つ、つーか、浮いてんか? これ……」

「お、おそらくは」

 

光の中に浮かんでいる影は4つ……つまり武正達は無事全員揃ってもう一つの守神町へと無事にたどり着けたということだ。

徐々に光が収まるにつれて、地面へとゆっくり近づいていく4人は、体験したことが無い感覚に戸惑いながらも現状の把握に努めている。

4人が無事に地面に両足をつけた頃には、光は完全に収まっており……周囲には見慣れた守神沼が広がっていた。

だが少し自分達の知る守神沼との景色には差異がある様だ。例えば、遥か上空に広がるのは青空ではなく広大な大地と海があり、逆に地面は半透明で、その下には見慣れた町が透けて見えている。

自生している植物も見慣れない物が多くあり、更に時折目に入る0と1の2進数が、ここが異界であるという説得力を4人へと与えていた。

 

『武正! 早く早く!! 』

『おい、そろそろいいだろ? 』

『何があるか分かりません、私達を外へ』

 

3人の持つそれぞれのDチューナーから聞こえてくるのは、彼らのパートナーの声だ。

片や純粋な興味、片や警戒のために自分達を外へ出すようにと要請してくる。

 

「わかったよ、ハックモン。それじゃあ浅葱に三山! 」

「まあ、しょうがねぇな……」

「こちらは準備できているよ! 」

「「「リアライズ! 」」」

 

その言葉と共にDチューナーの画面から閃光が走り、次の瞬間にはハックモン達はもう一つの守神町へと無事に実体化を完了させた。

 

「へー、ここがもう一つの守神町? この感じ……ベタモン、ピヨモン! 」

「出て来て早々、ある意味大当たりってか? 」

「あそこにいます! 」

 

降り立った3体は、周辺を見回すと険しい顔つきになり戦闘態勢へと入る。武正達は何事かと疑問符を浮かべている中ピヨモンが指示した方向には……

 

「これはこれは、驚いたのう……」

大きな岩を片づけている最中の老デジモンが、驚きの声を出しつつ武正達へと視線を向けている。

 

「ハックモン、あれも……デジモン、なの?」

「うん。ジジモンっていってそんなに暴れん坊じゃないはずなんだけど……」

「お、また出てきた! ジジモン、究極体でエンシェント型、ワクチン種――って究極体!? 」

「必殺技はハング・オン・デス。ピヨモン、究極体というと成熟期の2つ上のレベルの? 」

「ええ、デジモンの一般的な頂点のレベルです」

 

Dチューナーに表示される老デジモン、ジジモンのデータに驚愕する子供達。

先程何とかして退けたエンジェモン達や、進化した自分達よりも更に2つ上のレベルのデジモンが今至近距離で目の前にいる。

これで攻撃を仕掛けられたら3対1であっても勝ち目は薄い。ハックモンの言葉の通りの性質のままであればいいが、油断はできない状況だ。

 

「さーて、どうするよ? 元気な挨拶からやってみるか? 」

「挨拶か……ケンカ売ってくるなら即買うぜ! 」

「ベタモン、落ちつけって!? 」

「一先ず、話して……みようよ? 」

 

冷や汗を流しながらもふだんの調子を崩さないようにする広太に、物騒なことを口走るベタモン。

武正はその言葉に慌ててベタモンを落ち着かせるように目の前に回り込み説得を始める。

比較的冷静さを保っている桃香が、同じく冷静さを取り戻した昭二郎が口を開いてファーストコンタクトを開始しようとした時……

 

「おぬしら、手は空いとるかの? 」

「私達に、敵意はありませんっ! ……えっ? 」

「この大岩のおかげで水が住んでいる所まで届かなくてのう、人手が足りない困っておったのじゃ」

「は、はぁ? 」

 

ジジモンは目の前の大岩を撤去する手伝いを彼らに求めてきたのだ。

いきなりのお願いに思わず面喰ってしまう一同であったが、戦闘となることはなさそうである。

 

「武正、手伝おう! 困ってるみたいだし!! 」

「本当に決断が早いですね、ハックモン」

「だってピヨモン、目の前で困ってるデジモンがいるんだよ? 」

「お人よし過ぎんぞ、お前」

 

即断即決のハックモンはもういつものことで、その即決具合に呆れ半分のピヨモンと、お人よし過ぎると半笑いのベタモンは止める様子も無い。

短い付き合いだが2体はこの未来の聖騎士を目指す若き白竜は、困った人やデジモンは見過ごせない。そういう奴なのであるということを理解している様子だ。

 

「ま、まあ戦いにならないならいい……よな? 」

「うん、そう……だね」

「えへへ、流石武正! 」

「ピヨモン、ここはジジモンのお手伝いをしよう」

「同時に情報収集も、ということですね? 」

「温厚そうなデジモンだから、できる限り情報を集めたい」

 

一時は初っ端から絶望的な状況も覚悟した一行は、それが回避できるならと手伝う方向で話は進み、武正とハックモン、桃香は大岩へと近付いていく。

そしてピヨモンと昭二郎は、小声で情報を集めることももう一つの目的として共有し、先に行った彼らへと続き大岩へと向かう。

 

「おお、すまんのう! 本当に人手が足りなくて……」

「礼なら、あの馬鹿正直な赤マントに言ってくれや。俺達は単なる付き合いさ」

「手っ取り早く片付けるなら……いけるか? やってみんぞベタモン!」

「何を……って進化か! それなら確かに楽になんな、いっちょ試してみるか? 」

 

ジジモンのすぐ横で撤去作業に加わるベタモンと広太は、進化を行えば作業効率が上がるのではないかと考え付くと、早速Dチューナーを取りだして画面を確認。

画面に表示されるシンクロ率は53.2%――成熟期への進化可能な数字である50%を無事に超えていた。そのままDチューナーを頭上へと掲げて……

 

「一之瀬、浅葱! 進化して一気にこの岩片付けんぞ!! 」

「え、いきなり!? ああもう、ハックモン! 」

「確かに三山君の言うことにも一理あるね、ピヨモン! 」

 

3人がDチューナーを自分のパートナーへと向けてからチューニングを行うと、画面から眩い光がデジモン達へと注がれていき……

その光によって彼らは成長期から成熟期へと一時的に進化を果たす。

 

「ハックモン、進化ッ――バオハックモン! 」

「ベタモン、進化ァ――ダークティラノモン! 」

「ピヨモン、進化――アクィラモン! 」

 

Dチューナーからの光が収まり、先程までハックモン達がいた場所に立つのは進化を果たした3体の成熟期デジモン達。

その姿は成熟期の名にふさわしく逞しい物であり、作業効率もこれで一気に上がることだろう。

 

「これはこれは、能動的な進化を見たのは初めてじゃ! 長生きはするもんじゃのう」

「俺達もまだ全然わかってないけど、これで早く終わらせて色々話を聞かせてよ。ジジモン! 」

「ええとも。それじゃあよろしく頼むの、皆の衆」

 

ジジモンの掛け声に各人は返事を返して、デジモン達は大岩、子供達は岩の欠片の片づけを開始した。

 

 

                ・

                ・

                ・

 

 

「これで、最後っ! フィフクロスッ!! 」

「流石はバオハックモン、見事に岩が分断されていますね」

「アクィラモン、お前上から持ちあげてくんねぇか? 俺は下から持つ」

「ええ、そのままあの場所へと持って行きましょう」

 

彼らが共に作業を開始してから1時間が過ぎた頃、順調に撤去作業は進んで残す大岩は後一つだ。

バオハックモンの爪と刃の五連撃が、残っている最後の大岩を見事に分断されて欠片となる。

大きめの欠片を空からアクィラモンが掴み、それを支えるようにダークティラノモンの逞しい腕が下から支えて運んでいく。

「あー、終わった! 」

「お疲れ、さま……」

 

一仕事終えた解放感に包まれ、武正は大きく体を伸ばし、桃香は額の汗をハンカチで拭う。

 

「ま、こんなもんだろ」

「進化できたおかげで早く済んでよかったよ」

 

昭二郎と広太は手の汚れを沼から汲んだ水で落としている。

 

「本当に世話になったのう、これで水もワシらの住処まで届くぞい! 」

 

ジジモンは感謝の言葉と共に、武正達へと頭を下げてお礼の言葉を述べた。

その言葉に込められた思いはかなりのもののようで、言われた方が思わずたじろいでしまうほどだ。

 

「気にしないでって、俺はしたくてしたことだし! 」

「まあ、俺もお人好しの勢いに押されただけだからな」

 

その言葉にあっけらかんと笑い返すハックモンに、やれやれ顔のベタモン。どうやら丁度エネルギーを使い果たして退化したらしい。

 

「それで、ジジモン殿……少しこの世界のことでお聞きしたいことがありまして」

 

ピヨモンが本題を切り出そうとしたところ、ジジモンは右手の人差し指を上げると……

 

「話してもいいが、わしらの住処へ無事に水が届いているか知りたいんじゃが……そこで話すということでいいかの? 」

 

自身の住処が気になるし、話すにしてもゆっくりとできる場所へ場所を移そうと武正たちへと提案してきたのだ。

 

「賛成! もうクタクタだよ俺……」

「武ちゃん、もうっ……」

「どうするよ、浅葱? オレはついて行ってもいいと思うが」

「落ち着ける場所でじっくりとお話を聞けるのならばありがたいし、お言葉に甘えようか」

 

現代っ子の彼らも、慣れない岩運びの肉体労働は堪えたらしく、疲れが伺える。

ジジモンはその言葉を聞くや、先頭となって守神沼に通じている道への1つへと歩き出していく。どうやらジジモンの住処へと案内してもらえるようだ。

時刻は丁度お昼頃、天気は快晴で心地がいい陽気の中を彼らはジジモンを追って進み始めた。

 

「お礼に、着いたら肉畑の肉を御馳走するわい」

「肉!? やったっ! 俺丁度お腹減ってたんだ! 」

「同じく、動いた後は腹減るしな。そしてその後に食う肉は美味い」

「ハックモン、ベタモン……」

 

御馳走になる気満々で歩いているハックモンとベタモンを遠慮というものを知らないのかという目で見るピヨモンだが、次の瞬間鳴り響いたのは大きな腹の虫。

発生源は……ピヨモンだった。何だかんだ言いつつも、進化をして労働していた彼も空腹となっていたらしい。

 

「ピヨモン、我慢は毒だよ? 」

「優等生も腹は減るってことだな」

「……くっ」

 

ハックモンの気遣う言葉はとにかく、ベタモンの揶揄するような言葉にピヨモンは俯きながらも赤面。

そんなパートナーたちのコントのような光景を横目見つつ、笑みを漏らしている子供たちは、ジジモンの話の中で気になった単語について雑談している。

 

「そう、いえば……肉畑って、何なの、かな? 」

「そりゃ文字通り、肉の畑なんじゃねーか? 」

「いやいやいや、肉は畑じゃ育たないだろ!? 」

「え? 育つよ? 」

「マジで!? 」

 

肉畑とはどんなものかという予想をする中で、ハックモンの答えに思わず目を見開き驚く武正。

それもしょうがないだろう。人間の持つ一般常識では、肉は畑では育たないのだから。

しかし、デジタルワールドでは肉は畑で育つのだという。衝撃の事実に武正は思わず大声を出してしまった。

 

 

                ・

                ・

                ・

 

 

「ほれ、ここがわしら自慢の肉畑じゃよ」

「すっげー! 本当に肉が畑で出来てる!? 」

「しかも、この……場所って……」

 

目の前に広がるのは一面の畑、そしてその土の中から生えているのは大きな骨付き肉……普通ならあり得ない光景である。

そして桃香は畑のある場所に見覚えがある、というより彼女の家である守神神社へと続く参道の脇にその畑は作られていた。

 

「どうじゃ? 凄いじゃろ! 」

「ええ、凄いですね。しかしこれほどの畑を、1人で? 」

「いいや、他にもここに住んでおる子たちがおってな。その子達も手伝ってくれたんじゃ」

「住んでいる子……それってやっぱベタモンとかみてーなデジモンか? 」

「その通り。ほれ、広場まで行けば……」

 

立派な規模の畑を横目に見ながらも一行はさらに歩を進めていく。

少し長い参道を登りきると、そこは守神神社の境内だ。

そこへ辿り着いたジジモンと彼らを出迎えたのは、元気な声だった。

 

「ジジモンのじっちゃんおかえりー! 」

「水ちゃんと来るようになったぜー! 」

「そうかそうか! ただいま、パタモンにゴブリモン」

 

カラフルな饅頭のようなデジモンたちの先頭に立ってジジモンを迎えるのは、パタモンとゴブリモン……共にハックモンたちと同じく成長期のデジモンである。

2体はジジモンの後ろにいる武正たちに目を向けると警戒しているかのように目を細めると……

 

「じっちゃん、そいつらは? 」

「ああ、わしの手伝いをしてくれた子達じゃよ」

「ど、どうも! 一之瀬武正です」

「じーっ! 」

「俺はハックモン! 」

 

ゴブリモンとパタモンは緊張しながら自己紹介をする武正と、普段通りの明るさで自己紹介するハックモンを疑いの眼差しを向けている。

まだ若いデジモンである彼らにとっては、人間という存在に関する知識は無いからだろう。知らないということはそのまま恐怖にも直結するためだ。

そんな二人にジジモンは笑みを浮かべると2体の緊張を解すかのように頭を撫でる。

 

「この子達は悪い者ではないよ。このわしが保証する」

「でもじっちゃん、デジモン達ならともかく……」

「私達を信じてもらえるのならば、昭二郎様達も信じてはくださいませんか? 」

「僕からもお願いします。あなた達に危害を加えるようなことはしません」

 

ジジモンからの擁護に対し、なおも二人は食い下がる。それほどまでにデジモンとは違う存在に警戒をしている証拠だ。

しかし、続くピヨモンと昭二郎の真摯な思いを込めた説得が続いた結果、2体にその思いが通じた様子。渋々ではあるが、納得はしてくれたらしい。

 

「さて、パタモンにゴブリモンは他の子達の面倒を見てあげておくれ」

「いいけど、じっちゃんは? 」

「彼らと少し話をする約束だったんじゃよ」

「わかった。何かあったらすぐに呼んでね! 」

「そんなに心配せんでも大丈夫じゃよ……」

 

2体からの心配の言葉に苦笑しながらも、他の幼年期デジモン達の相手へ戻る彼らを見送ったジジモンは、境内に作られた手作りの家を杖で示す。

 

「それでは、あそこで本題について話そうかの? 」

「これで本題に入れるってわけだ? 」

「え? 言ってた肉は? 」

「お話が、終わって、から……ね? ベタモン」

 

桃香はベタモンを諫めつつ、全員でジジモンが示した家へと歩を進めていく。

手作りだが、しっかりとした造りの家は人間には少し小さめのサイズで全員で入るには少し窮屈であることが判明。

そこで、急遽ジジモンは家の中にある椅子を外に出して照明代わりに使われている松明を囲むように配置をしてくれたのだ。

案内された武正たちは、そこへと座って着席したジジモンへと視線を向ける。

ジジモンへと注がれる熱い視線には、この世界の情報を多少なりとも得ることができると子供とデジモン達の期待が存分に込められていた。

 

「いやー、すまんの! 人間を迎えるのは初めてなものじゃから」

「いえいえ、お気になさらずジジモン殿」

「お話が聴けるのならば場所は些細な問題ですよ、それよりも早速始めましょう」

 

謝るジジモンを手で制しながらも、昭二郎とピヨモンが中心となってジジモンへの質問会は開始。

子供とデジモン達によるマシンガンのような質問が一気に老デジモンへ向けて放たれ、その勢いは1時間も続いた結果……

 

 

                ・

                ・

                ・

 

 

「で……では、ここまでの質問とその回答を纏めると……こんな感じでしょうか? 」

 

昭二郎がこれまでの質問の答えをノートに書き連ね、それを纏め終わったようでメガネの位置を指で直す。

あまりの質問の多さに手が腱鞘炎になる寸前だったようで、その表情には若干の疲れが浮かんでいる。

 

「ジジモンが最初にデジタルワールド・イリアスで謎の穴に吸い込まれて、気が付いたらこの世界に倒れていた……」

「ここにいる他の幼年期のデジモン達も、暫くして各所に光の柱ができた直後にその付近で助けたんだな! 」

「光の柱が、ここへ飛ばされたのと何か関係……していると思って、調べてみても、わかることは、ほとんどなくて……」

「生活の為に拠点を作ってそれが安定し始めたと思った時に来たのがオレらだったと」

 

子供達は纏めた内容を再度繰り返し音読することで自身達の頭の中へと刻み込む。物事を覚えるには有効な手段だ。

 

「あ、そうだジジモン! ガンクゥモンやシスタモンってデジモンに会ったことない? 」

「お前が探してるお師匠サマや仲間とやらか? 」

「うん! イリアスの方なら俺みたいに飛ばされてる可能性が高いかもって……勘だけどさ! 」

 

その間にハックモンは自身の師匠と仲間達についてジジモンへと聞いてみることにする。

聞かれたジジモンは腕を組み、少し考え込む仕草の後、何か思いついたかのように手を叩いた。

 

「ガンクゥモンにシスタモンか……おお、そうじゃそうじゃ! そういえばそんな名前のデジモン達と飛ばされる直前に会ったのう! 」

「えっ、ホント!? 」

「やったな、ハックモン! 」

 

言葉を聞くな否や、ハックモンは目を輝かせて思わずジジモンへと詰め寄ってしまう。

友達が望んでいた情報を得られて自身も嬉しくなる武正だが、ハックモンが詰め寄るのを抑えていた。

 

「それ、なら……ハックモンの師匠さん達……イリアスの方に、いる? 」

「ハックモンが守神町に飛ばされたように、ガンクゥモン達はイリアスの方へ飛ばされたってことか……」

「まあ、よかったじゃねーか、師匠さん達が無事で」

「絶対大丈夫だって信じてたけど、それでも嬉しい! 」

 

師匠達の無事が余程嬉しかったらしく、ハックモンは広太の言葉に勢いよく頷きながらも、更に尻尾はちぎれんばかりに左右に揺れている。

それを見る一同には、今この時だけ……勇ましき小竜は可愛らしい子犬のように見えた。

 

「すると、ハックモンの目的もピヨモンと同じになったということでしょうか? 」

「そのお師匠サマと仲間たちとやらがイリアスにいるのなら、そっちへ行って探さないといけないから……そうなるんじゃねーの? 」

「ハックモン、是非力を貸して頂きたく……」

 

確かに、ガンクゥモン達へと合流するためにはイリアスへ行かなければならない。そしてそれはピヨモンの目的とも一致している。

ピヨモンの真摯な協力依頼に対してハックモンは、 ここまでの行動から予想出来る通りの返事、すなわち……

 

「いいよ、ピヨモン! 一緒にイリアスへ行けるように頑張ろう!! 」

「「「「やっぱり決めるの早っ!? 」」」

 

笑顔と共に放たれたその勢いのいい返事に、昭二郎とピヨモン以外の一同は思わずツッコんでしまう。

一方の昭二郎はというと、一同の元気の良さに笑うジジモンへと顔を向けると……

 

「ジジモン、少しお願いがあるのですが……」

「ほっほっほっ、なんじゃ? 」

「この世界の探索の拠点に、ここを使わせていただいてもよろしいですか? 」

「おお、構わんよ。助けてくれた恩もあるしのぅ」

 

こちらもハックモンに勝るとも劣らない高速返事、予想外の反応で呆気にとられた昭二郎はポツリと一言。

 

「こ、こっちも決めるのが早い……」

 

 

                ・

                ・

                ・

 

 

「じゃあ、お世話になりました! 」

「お世話に、なりました……」

「また来るね、ジジモン! 」

「うむ、まっておるぞい! 」

 

情報を聞き終え、整理した後に食事を御馳走になり、幼年期デジモン達と遊んだ一行は帰り支度を整えていた。

ジジモンと向かい合い、別れの挨拶をする武正と桃香、再会の約束をするハックモン。

その顔は、師匠達の場所を知れたためかいつも以上に晴れやかだ。

お互いにいい笑顔で握手をして再会を約束し合っている。

 

「あー、疲れた……広太、背負え! 」

「オレもあいつらに付き合わされて疲れてんだよ……」

「コウター! ベタモーン! ありがとー!! 」

「またあそぼうねー! 」

「あそぼーねー! 」

 

広太とベタモンははあの後幼年期や成長期デジモン達に懐かれて遊び相手にされたらしく、疲労感が強い。

共に遊んでいた幼年期デジモン達は、また遊ぼうとピョンピョン跳ねながらお礼を言っている。

 

「まあ、オレは気が向いたらな……」

「同じく、それまでにもう少し鬼ごっこで歯応えがある位になっとけよ? 」

 

そう返事をする広太とベタモンの顔は疲労感の中にも微笑みが浮かんでいる。

まったくもって素直ではない1人と1体だ。

 

「ふぅ……拠点は確保できたのは幸いだった」

「ええ、流石です。昭二郎様! 」

「な、なあ! 」

 

その隣で拠点を作る交渉が上手くいき、ホッと胸を撫で下ろしているのは昭二郎とそれを賞賛するピヨモンである。

2人で話しているところに声がかけられ、1人と1体がその方向へ顔を向けるとそこにいたのはパタモンとゴブリモンだ。

何かを言いたいようだが体を揺らして少しモジモジしている。

 

「僕に何か用ですか? 」

「あの、また色々教えて欲しいんだ! 」

「勉強とか、人間の世界のこととか色々……」

 

突然のお願いに虚を突かれて目をぱちくりさせる昭二郎。眼鏡も少しずれている。

2体にとっては、作業の合間に教えた内容が初めて知ることだらけで大変興味深いものであった様子だ。

 

「ええ、いいですよ。僕で良ければ喜んで」

「あ、ありがとうっ! 」

「それと、さっきは色々言って……悪かった」

「お気になさらず。あなた達の対応は当然のものでしたよ」

 

眼鏡の位置を直し、自然な微笑みを浮かべた彼はパタモンとゴブリモンへと快諾の返事を返す。

一見クールなように見えても、まだまだ年相応なところがこの少年にもあるということだろうか。

ピヨモンもお礼と謝罪に対して気にすることはないと2体へ言葉をかけている。

 

「じゃあ、桃香は俺に掴まって……デジモン達はDチューナーの中へ! 」

「う、ん……武ちゃん」

「オッケーだよ! 武正!! 」

「あいよ、ちょっと窮屈な思いをしますかね」

「後は先ほどの通りに、ですね」

 

武正の掛け声とともに、3人が持つDチューナーは光を放ちデジモン達をその中へと格納。

一方桃香は武正の左手をしっかりと両手で握って離れないようにした。

 

「行きと同じように操作をして、頭の中で守神町をイメージすれば……」

「元いた場所へ戻れるってこったな! 」

 

頭の中に浮かぶ操作法の通りに動かせば、行きの時のように周囲へと閃光が走る。

その直後……ジジモン達の前にはもう子供たちの姿は影も形もない。

 

「人間の子供達というのは、面白い子達じゃったのぉ……」

「また来た時にびっくりさせるために、もっと肉畑広げようよじっちゃん! 」

「ショージローから聞いた食べられる植物とかも育ててみるのもいいかもしれないぜ? 」

「そうじゃのう……明日から手伝ってくれるか? パタモン、ゴブリモン」

「「もちろん!! 」」

 

見送りを終えて朗らかに笑うジジモン達は、明日からの予定を和気藹々と話しながら自身の住処へと戻っていくのであった。

 

 

 

                ・

                ・

                ・

 

 

「いやーまさか時間の流れまで違うとは……」

「2時間くらい……いたと思ったら、こっちでは30分しか、過ぎてなかった、ね……」

「ちょっとした逆浦島太郎にでもなった気分だぜ」

「このことも分かったのは大きな収穫でした」

 

自転車を引いて守神沼からの道を下りながら雑談をしている子供達、どうやら無事に現実の世界へと戻って来ることができたようだ。

道中の話題は、持ち込んだ時計とDチューナーの時計機能のズレを偶然発見し、あの狭間の世界での2時間はこちらの世界では30分程になるというのが発覚したこと。

広太の言う通り、まさしく逆浦島太郎状態とでも言うべきだろうか……

 

『俺達もびっくりだよ! 』

『ええ、興味深いですね……』

『Zzz……』

 

Dチューナーの中に入っているハックモンとピヨモンも初めて知る事実だったらしい。

そしてベタモンは疲れからかDチューナーの中で熟睡に入ってしまった様である。

そのまま雑談を続けながら歩いて舗装された道へと出たところで、広太がふと道の端の水路に目を向けると……

少し前は底を少し覆うだけの水しか流れていなかったが、今はたっぷりと沼からの綺麗な水が流れている。

 

「あれ? 」

『どうかしたの、広太? 』

「いや……前までは干乾びそうだったのに水が今はたっぷりだと思ってな」

「あと少ししたら田植えが近いし、沼から流れ出る水の量を増やしたんじゃないか? 」

「いや、一般的に言われている田植えの時期はもう少し後だ。4月上旬の今は少し早いよ、一之瀬君」

 

ハックモンが詳しい話を聞き、武正はふと頭に思い浮かんだ可能性を示すも、昭二郎がまだ田植えには時期尚早であると指摘する。

それを聞いていた桃香は、何か思い出したことがあるようで……

 

「そう、いえば……お祖父ちゃんが、沼の水の出が……何故か、悪くなって、るって……」

「あ! 俺も家の店に桃香と一緒に来てた守神の爺ちゃんから聞いたかも」

『沼の水の出がこちらでも悪くなっていたということは……向こう側で岩が沼の流出口を塞いでいた影響がこちらにも? 』

「そうか、向こう側での出来事がこちらにも影響が出るのならば、それが一番納得がいく……」

 

2人がつい最近桃香の祖父から聞いたことと、向こうでの世界で経験してきたばかりの出来事を合わせて考えた昭二郎は納得の表情を浮かべた。

すなわち、向こう側の守神沼が岩によって水の出が悪くなった結果、現実世界の方にも影響が出て水路が干上がったということである。

それを聞きながら自転車を引き、顔を下に向けて何かを考えていた広太は顔を上げて武正たちを見た。その表情には悪戯っ子のような企みが浮かんでいる。

 

「なあ、こっちで起こってる変なこと……探してみねぇか? 」

『いきなりどうしたのですか、広太様』

「それも向こうで何か起こってて、その影響がこっちに出てるかもしれねぇだろ? なら調べて正体掴むのも面白そうだなーってさ」

『何か起こってる問題があったら、皆で解決すれば皆とっても喜ぶね! 』

「問題が起きている場所を調査してみれば、ピヨモンの目的に繋がる手がかりも入手しやすいかもしれない。いいアイデアだよ、三山君」

『あの柱を調べる他にも、できることが増えるわけですね』

 

広太からのおそらく暇つぶしを兼ねた提案は、ハックモンや昭二郎たちには好評なようで少し得意気な表情の広太である。

 

『じゃあさ! 調査チームの作戦会議したい! 武正の部屋使おうよ!! 』

「えっ!? いきなり何を……」

『思い立ったらすぐに動けって、師匠も言ってたからさ! いいでしょ? 』

「……わかった、確かにハックモンの師匠と仲間たちを見つけるのにも必要かもしれないことだし……家でまた話し合おうか! ついて来て!! 」

 

武正はハックモンからのお願いに流され、チーム結成の作戦会議に自身の部屋を提供することを決めた武正は、ヘルメットを被り自転車に跨る。

それを見た昭二郎と広太も同様にヘルメットを被って自転車で武正の後を追い始めた。

 

「武ちゃん、大丈夫……かな? もう少し、自分を、出しても……いいのに」

 

流されやすく自分の意見をあまり出さない幼馴染の心配をしつつ、桃香も武正の家に向かうため用意を済ませて漕ぎ出していく。

ある春の日の夕方、1つのチームが守神町に誕生し、これからこの街に襲い来る危機と戦っていくこととなる。

そんな未来を感じさせないほど、彼らの町の春の夕方は穏やかな風景であった。

 




#デジモン図鑑6

名前 :ジジモン
レベル:究極体
タイプ:エンシェント型
種別 :ワクチン
・解説
デジタルワールドができた時代より存在すると言われ、デジタルワールドのことなら何でも知っているという長老のようなデジモン。
世界が危機に陥った時に選ばれし人間を導くとされているようだが、武正たちとの出会いは果たして偶然か運命か。
かなりのパワーを秘めてるが、滅多なことでは全力を出さない。必殺技は、愛用の杖で悪の心を持つ者を死の国へと送ってしまう『ハング・オン・デス』

名前 :ゴブリモン
レベル:成長期
タイプ:鬼人型
種別 :ウィルス
・解説
悪さが大好きな困った小鬼の姿をしたデジモンだが、ジジモンの元にいる彼は大きな悪戯は好まない。
知能だけは他の成長期デジモンよりは少し高く、学習意欲も高いようだ。
必殺技はマッハの速度で火の玉を相手に投げつける『ゴブリストライク』

名前 :パタモン
レベル:成長期
タイプ:哺乳類型
種別 :データ
・解説
大きな耳が特徴的な哺乳類型デジモンで、その羽を使って空を飛べる。
しかし、1km/hのスピードしか出ないため、走った方が速いと周囲からは言われている。
とても素直な性格で教えたことは良く守る真面目なデジモンだ。
必殺技は空気を吸い込み空気弾を放つ『エアショット』と羽となった耳で敵を叩く『ハネビンタ』


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