最狂戦士は異世界を行く (Mr. 転生愛好家)
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第1話 End&Start

どうかこれからお付き合いください


「……こう見るとけっこう広いもんだな……」

 

 

 一人の男が玉座に座り、目の前の人気の無い広間を眺めていた。

 人が百人は軽く入ることのできる大広場、そこには人っ子一人おらずBGMのクラシック音楽が寂しく響いていた。

 

 

 体感型ゲームDMMO―RPG『ユグドラシル』。12年間続き多くのプレイヤーに愛された大人気ゲームも、時の流れには敵わず利用者を減らしていき遂にサービス終了となってしまった。

 黄金期には沢山のプレイヤーがいて、様々なギルドがあり、活気に満ち溢れていた。しかし今は多くのプレイヤーの引退により、黄金期に強勢を誇っていた大型ギルドも今は見る影も無くなっていた。

 

 

「まぁ12年も続けばこうなるか。むしろよく続いたな……」

 

 

 そしてそれは、彼のギルドも例外では無かった。

 巨大ダンジョン「魔導城塞都市イリス・ラトリアス」を拠点とした大型ギルド『英雄血盟団』。バトルガチ勢を中心に構成されたこのギルドは全盛期にはギルドランク7位として君臨していたが、今は新参古参含めて大勢いた構成員もいなくなり、全ては過去のものとなってしまった。

 

 

「ギルド長も飽きたからって俺に押し付けやがって……誰よりも熱意があったアイツが居なくなってから、一気に人数が減ったなあの時は……」

 

 

 誰もいないことを良いことに、彼は一人で愚痴り続ける。もうこのギルドには自分しか残っておらず、サービス終了までの数時間の間に誰も来ないことを彼は確信していた。

 

 

「残ってるのは慢性的にやり続けてた俺だけ……こんな末期のゲームに往生際悪く残ってるのは俺含めてほんの少しだろうな……」

 

 

 彼はユグドラシルが終わることに、ギルドに誰も来なかったことに何の感傷も抱いていなかった。むしろ今の状況は必然なことだと受け入れている様子だった。

 勿論、彼にもこのゲームへの愛着はある。しかしギルドに、ギルドメンバーに、彼らと積み上げて来た歴史にはそれほど愛着は無い。

 彼にとってこの世界は、自分より強い存在と戦うための手段でしかなかった。

 

 

「……あー……やっぱ暇だ……せめて一人でも話し相手が来てくれたらな……」

 

 

 流石に一人で愚痴るだけでは暇つぶしにならなかったらしく、愚痴るのをやめるとまた別のサービス終了までの暇つぶしを考え始めた。

 しばらく考えていると、何かを思いついたのか玉座から立ち上がりその後ろへと歩く。玉座の後方にはクリスタルで作られた台座があり、そこに装飾の施された金色の鞘に収められた剣が一本突き刺さっていた。

 男はその剣を引き抜き、王座に戻るとそれをじっくり観察し始める。

 

 

「オーバード・ワン。暴力の塊、破壊の化身…破壊力特価なのはいいけど一度も使ったことがなかったなぁ…」

 

 

 彼が持っているのはこのギルドの武器である「オーバード・ワン」。ありとあらゆる破壊系スキルを持つありったけの希少アイテムとデータクリスタルがつぎ込まれており、普段はPVPばかりやっていた彼も素材集めに参加していたので、基本ギルドに関心のない彼だがこのアイテムには愛着を持っていた。

 

 

 素材集めに何度も何度も同じダンジョンを周回し、心身ともにボロボロになった末に完成した一品。だがその努力の結晶も今日で見納め。故に彼は鞘、刀身、鍔に到るまでじっくりと見ながら苦労を懐かしむ。

 

 

「色々しんどかったが……まあ、仲間との協力もなんだかんだ悪くなかったな……」

 

 

 そんなこんなで色々と暇つぶしをしていた彼だが、ふと気づくと時間はサービス終了の三十分前。彼はオーバード・ワンを台座に戻し、再び広場を眺め始める。

 そのまま残り時間をどうするか考える。すると椅子に深く座るとそのまま目を瞑った。

 

 

(どうせならログインしたまま寝るか……)

 

 

 サービス終了までそんなに時間もないので、このままログアウトも味気ないと思った彼はログインしたまま寝ることにした。

 そのまま時間は進みサービス終了数分前、彼は熟睡していた。彼が目を瞑った後、結局誰もギルドに来なかったため彼を起こす者は誰もおらず、彼は寝たままサービス終了を迎えることになってしまった。

 

 

 サービス終了時刻が迫る中、彼は一人王座に座り寝息を立てる。そして時間は進んで行き、ついに……

 

 

 ユグドラシルが、終わった。

 

 

 

 

 

 

 ────────────────────────────────────────────

 

 

 

 

 

 嗚呼……皆、皆御隠れになってしまった……

 

 

 あの方々がいなくなった……創造主も、戦士のお方達も、街に住むお方達も、我々を統べるあのお方も……

 

 

 我々の存在意義はなんだ? あの方々に使えることの出来ない我々はどうすれば良いのだ? 

 

 

 …………いや

 

 

 …………この感じは……間違いない……

 

 

 

 あのお方達のどなたかがここにいらっしゃる! 

 

 

 

 行かなければ、行って忠義を示さなければ! 

 

 

 

 誰かを呼ぶ時間も惜しい、私だけでもあの方の元に行かなければ……!! 

 

 

 

 ……この場所は……ダメだ、我々はこの先には入れない……戦士のお方達しか入ることを許されない大広間、この先にどなたかがいらっしゃる……

 

 

 

 あなた達も…………ならば答えは一つ

 

 

 

 ここで出て来られるのをお待ちしよう。何時間でも、何日でも、何年でも。我々を置いて去られるのに比べたら、待つことなど屁でもない。

 

 

 

 我々はここでお待ちしております……ですから、どうか我々にそのお顔をお見せください、我々にあなたへの忠義を告白させてください。

 

 

 

 あなたは我々の最後の拠り所……どうか、どうか……我々を、見捨てないでください…………

 

 

 

 

 

 ────────────────────────────────────────────

 

 

 

 

 

「……ん……?」

 

 

 大広間の窓から差し込む日の光によって彼は目を覚ました。眩しさを鬱陶しく感じながら目をこすり視界をはっきりさせると、その目に映る景色に彼は違和感を覚えた。

 目の前に広がるのは寝る前と同じ光景、誰もいない大広間。思考がハッキリすると今の状況を訝しみながらも冷静に考え始めた。

 

 

「確か……俺はログアウトせずに寝て……なんだ、サービス終了が延期になったのか? それとも俺が終了日を間違えてたのか?」

 

 

 色々考えるが納得できる結論が出せず、仕方ないので最後の手段であるGMコールを使いGMに直接聞くことにした。しかし……

 

 

「……コンソールが開かないぞ? ……画面も……なんかおかしいような…………バグか? バグが起こってるのか?」

 

 

 GMコールなどを行うためのコンソールを開くことができず、更に本来ならいつも目の前に映ってるはずの時間やマップなどの表示もない。

 訳がわからず、そのまま別の機能を試してみたが一切反応は無し。重要なシステムが全て機能しない状況に陥っていることに彼は気づいた。

 

 

「……ちょっと待て……本当にどういうことだ……」

 

 

 試せるすべてのシステムが反応せず、何が起こってるのか知る手段が絶たれた彼は困惑や焦りなどから両手で顔を覆いうなだれてしまう。

 そのまま、彼はこれからどうすれば良いのか考える。しかし彼はまた別の問題に直面することとなった。

 不意に、彼は顔から手を離した。そして鎧に包まれた自分の手をまじまじと見た後、ゆっくりと自分の顔を撫でたり、両手で軽く頬を叩いたりした。

 そして最後に恐る恐る指で頬をつまみ、意を決して思いっきりつねった。頬に感じる「痛み」、ハッキリとそれを感じた彼はゆっくりと頬から手を離し、今度は頭を抱えた。

 

 

「……ユグドラシルでは痛みとかは感じなかった……今、頬をつねったら痛かった……」

 

 

 法律によりユグドラシルにおいて五感の一部は制限されており、触感も痛覚など一部が制限されていた。故に今発覚した新事実は彼をさらに混乱させた。

 

 

「……いくらクソ運営でも法律を破るほど狂ってはないはずだ……じゃあ、俺は犯罪に巻き込まれた……? いやでも、じゃあどうしてユグドラシルの景色のままなんだ……?」

 

 

 いくら考えても今の状況に納得ができず、多すぎる問題に彼の頭はパンク寸前だった。

 結局、結論が出せないので一度考えるのをやめて数回深呼吸すると、落ち着いたのか玉座に深く座り直してこれからどうするかを考え始めた。

 

 

 彼がいる大広間の出入り口はたった一つの大きな門しかなく、大広間から出るにはそこを通るしか選択肢は無かった。

 だが彼は大広間から出ることを躊躇していた。中から外の状態を確認することができないため、もしも門の外に何かがいると考えると出るに出れなかった。

 

 

 そしてそのまま数分間沈黙した後、ついに意を決した彼は動き出す。

 

 

「……あー! クソ! なるようになれだ!」

 

 

 勇気を出して立ち上がり、万が一戦闘などが起こった時の保険としてオーバード・ワンを台座から引き抜くと、早足で門の方へと歩いた。

 そのまま門に手をつくが、いざ開けるとなると未知への恐怖に負けてしまい、門に手をつけたまま固まってしまう。その体勢のまま彼は「落ち着け、何もない……」と繰り返し呟いてどうにか恐怖を克服しようとするが、上手くいかず扉の前で少しの間フリーズしてしまった。

 

 

 そしてようやく決心できたのか、しっかりと目を開け腕に力を込めてゆっくりと門を開き始めた。門の重さはそれほどでもなくすんなり開き、大広間の先の景色を見ることができた。

 門の先にあったのは豪華に装飾された廊下。大広間の先が見知った光景であることに彼は安堵するが、同時に奇妙なものが彼の目に入る。

 

 

 門の前方に人の姿をした存在が6人、跪いた状態で顔をこちらに向けていた。それぞれ格好も違っており、中には純白や漆黒の翼を背に携えた者もいた。それらは門から出てきた彼の顔を見るや否や、全員が涙を流し始めた。

 

 

 一方の彼は困惑してしまう。意気込んで出てきたは良いものの扉の前にいた存在に顔を見られた途端に泣かれてしまうと、どうすれば良いか分からなかった。

 だが彼は目の前の者達のことを知っていた、と言うよりも覚えていた。彼は目の前にいる存在をよく見ると、その姿がどれも自分のギルドのNPCの一部とよく似ていることに気づいた。

 

 

 彼が状況を飲み込めずにいると、目の前の者達はハッとした表情となり

 

 

「「「「「御身を前にしてのご無礼、申し訳ございません!!!」」」」」

 

 

 一斉に頭を下げての謝罪。予想外の行動に彼はさらに困惑してしまう。一体何が無礼だったのか、そもそも自分へのこの対応はなんなのかと気になることはあったが聞く気になれなかった。

 

 

「えっと……その、お前達は……」

 

 

 彼はどうにか目の前の存在の名前を思い出そうとする。しかし

 

 

「っ! 六衛将筆頭、ブリュンヒルデ、ここに推参いたしました!!」

 

 

 言葉と思考を遮るように白を基調とした軍服とスカートを身に纏い純白の槍を携えた、背中から白い翼を生やした長い黒髪の乙女が顔を上げ言い

 

 

「同じく六衛将、魔術師グレゴリー。ここに推参いたしました」

 

 

 後に続いて全身に装飾された黒いローブを身に纏い、目以外をマスクで隠した男が静かな口調で言い

 

 

「同じく。六衛将、エリーゼ・カイゼリン。ここに推参致しました」

 

 

 黒いドレスの、ツノのようなものが頭部に生えている淑女が静かな口調で礼儀正しくカーテシーを行い

 

「同じく! 六衛将! アセルタ!! 推参いたしました!!」

 

 

 所々で素肌が露出している銀色のボディラインがよく分かる鎧に、口元を牙のマスクで隠しているダークエルフの女がかなり強く激しい口調で言い

 

 

「同じく六衛将、スナイプ、推参いたしました」

 

 

 茶色を基調とした西部劇に出てくるようなガンマンのような格好をした、耳の尖った中年の白髪の男が静かに言い

 

 

「同じく六衛将、ガーベラ・アンナ。推参いたしました」

 

 

 赤い鎧に赤いスカート、紅色の刀身の双剣を装備した全身を赤色で統一した女が凛々しく言う。

 

 

「「「我ら六衛将、全ての戦士のお方々の頂点にあらせられるお方、アダム-O(オウ)様に絶対なる忠誠を誓います!!」」」

 

 

 彼──ーアダムに忠誠を誓う6体のNPC。当のアダムは彼らが話している間になんとか冷静さを取り戻し、目の前の状況を飲み込むことができた。

 本来喋らないはずのNPCが喋っていて、しかもぞれぞれ、声や喋り方も細かく違っている。アダムは目の前にいるのが本当に自分のギルドのNPCなのか疑ってしまうが、今はそんなややこしいことを考えている暇はないと心の中で自分に言った。

 

 

 今すべきなのは目の前のNPC達への行動だと、自分のことをじっと見てくるNPC達を見て結論づけると、急いで何を言うべきなのか考えながらしゃべり始めた。

 

 

「……あー、お前達のその忠誠を……えっと、嬉しく思う! ……俺は……あっ、今から外を見に行く! 誰かついてきてくれるか?」

 

 

「はっ! 我ら一同、命をかけて貴方様をお守りいたします!!」

 

 

 所々つまりながら言った言葉に何の疑問も持たずに応じる六衛将たち。その気迫にアダムは「お、おう……」と言う事しかできず、そのまま外への一直線の道を歩き出して六衛将たちの間を通り抜け、その後を六人全員が付き従う。

 誰かを従えて歩くなど一度も経験したことのないアダムだったが、彼は不安や緊張は感じておらず、彼の思考が落ち着くにつれ心にも余裕が生まれたためむしろ今の状況を楽しんでいた。

 

 

 そして一行はしばらく建物の中を歩き続け、入り口である大きな青い色の門に到着。そして外に出て、そこから更に下へと続いている階段をゆっくりと降りて行く。すると階段を降り切ったでアダムが急に止まり後ろを振り返る。そこにあるのは天高くまでそびえ立つ白亜の巨城。それは彼が何度も見た、ギルド内では王城と呼ばれている、イリス・ラトリアスおよび英雄血盟団の運営の中心となっている場所である。

 

 

 確認を終えると今度は前を向きそのまま辺りを見回す。彼の眼に映るものは、建物の配置から装飾オブジェクトの配置まで、どれもこれもユグドラシルで見たことのあるものばかりだった。

 

 

「変わってない……これはもしかしてギルドごと……ん?」

 

 

 すると何かの音に反応して上を見るアダム。彼の視線の先には八つの翼を持った人がこちらに向かって飛んできており、それは全員アダムの前に着地すると一斉に跪いた。

 

 

「「「お待ちしていました、アダム−O様! ヴァルキュリア姉妹、全員推参いたしました!!」」」

 

 

 ヴァルキュリア姉妹と名乗った八人組は、どれもブリュンヒルデに似た服装をしており背中に白い翼を蓄えていた。彼女たちはブリュンヒルデの姉妹として作られたレベル80のNPCたちで、大広間につながる道の入り口を守る者として配置されていた。

 そして彼女たちも例に漏れず、それぞれ意志を持ち行動している。

 

 

「あー……ご苦労! 丁度良い、外の様子を見るからお前たちも付いて来い!」

 

 

「「「はっ! 我ら姉妹、これよりお供させていただきます!!」」」

 

 

 だが当のアダムは彼女たちの存在を忘れかけていて、「そういやそんなNPCもいたな」程度に思い出すと姉妹達をそのままにしておくのも面倒くさいと思い一緒に来るように指示。そんな適当な命令にも関わらず、姉妹達はそれに従い、アダムの後を歩く六衛将の後ろを歩き付いていった。

 

 

 神殿の目の前にある円形の広場の中央でアダムは止まるとそのまま斜め上を見上げた。彼が見たのは、向こう側に見える黒い大きな壁。

 そしてその場でアダムはゆっくりと一回転する。彼に見えていた壁は一回転している間ずっと彼の視界から消えることはなかった。

 

 

「……これは確定だな……よし、次はここの外だ。俺は今からあの城壁の上に行くが、早く外の光景を見たいから歩かず飛んで直接あの上まで行く」

 

「ならばこのブリュンヒルデと姉妹達が護衛させていただきます」

 

「えっと…飛行(フライ)

 

 

 アダムは装備の一つである飛行(フライ)の魔法の込められたペンダントにより魔法を発動。ゆっくりと浮かび上がればブリュンヒルデ達と共に城壁の上まで飛び始めた。

 

ユグドラシル内で飛ぶときとどこか感覚が違っており、ゆっくりと下の光景を楽しむ余裕もなく飛ぶも、なんとかバランスを崩さずに城壁の上まで飛んでくることができた。

 

「……ご苦労だった、ブリュンヒルデ。腕は痛くないか?」

 

 

「いえ、私は大丈夫でございます! それよりもアダム–O様は如何でしたか? その、お辛かったでしょうか……?」

 

 

「ん? 俺か? 別に大丈夫だ。それより早く他の奴らを呼んできてくれ」

 

 

「はっ!!」

 

 

 アダムの命令を受けたブリュンヒルデが飛び立ち戻っていくのを見送ったアダムは、覚悟を決めるとゆっくりと振り返る。城壁の外の景色、なるべくならそれも見覚えのある景色であることを祈りながら。

 

 

「…………あれ? ……どこだここ?」

 

 

 アダムの目に映ったのは、緑溢れる正に自然豊かな土地。向こうの方には山らしき物も見ることができた。

 

 

 だが、ユグドラシルにおいてイリス・ラトリアスがあったのは荒野のフィールドという緑とは全く無縁の土地であった。だが今いるのは緑あふれる土地。つまりアダム達は城塞都市ごと見知らぬ場所に飛ばされた、という結論に至ってしまう。

 

 

「如何なされました?」

 

 

 城壁の上に戻ってきたブリュンヒルデにより自分にかけられた声に気づき、ハッとして彼女の方を見るアダム。

 

「……大丈夫だ。ただ少し、面倒なことになった」

 

 

「面倒なこと、ですか?」

 

 

 そのままアダムは顎に手を当てて思考する。この状況下で今一番やるべきことは何かを考え、それへの人選を考える。外の景色を見ながらしばらく思考を続けた後、NPC達の方を見て口を開いた。

 

 

「ブリュンヒルデと妹達は空からこの都市の周辺を探索しろ! そんなに広い範囲でやらなくて良い、だが人工物があったら絶対に見逃すな! 仮に、何かと交戦することになったとしても、戦わず全力で逃げて来い! 良いな!」

 

 

「「「「はっ!!!」」」」

 

 

 一斉に跪いたブリュンヒルデと姉妹達は、立ち上がるとそのまま空へ上がり、それぞれ周辺に散開し飛んで行った。

 

 

「残った六衛将は都市内部を調べろ! 時間がかかっても良い、ここの中に今いる奴らを全員調べろ! もしかしたら…運が良かったら俺以外のプレイヤーがいるかもな……」

 

 

「「御心のままに!」」

 

 

 一通り指示を出したアダムは、大きく息を吐くとまた外の景色を見る。リアルでは見ることのできない景色だが、アダムには不安を掻き立てられる物でしかなかった。

 

 

「…はぁ…前途多難だな、おい……」



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第2話 現状確認

この小説の1話を読んでくださった皆様。本当に遅くなって申し訳ありません。
読みやすい書き方を探りながら書いているので、1話とは多少文体が違っています。


「グレゴリー! それは本当なのか!? 誰もいないってどう言うことだ!?」

 

 

 大広間にて、玉座に座っていたアダムはグレゴリー以下、ブリュンヒルデ以外の六衛将たちの報告を聞き思わず立ち上がってしまっていた。

 指示を出してから数時間後、城壁を歩いて周囲の景色を眺めたり、軽く確認できる範囲でスキルやアイテムボックスの確認などをして一人で時間を潰していたが、グレゴリーから伝言(メッセージ)で調査が完了したと報告が来たのだった。

 そして今、彼らからの報告により、城塞都市イリス・ラトリアスには一人のプレイヤーもいなかったことが判明したのだ。

 

 

「申し訳ございません。シモベ達や警備隊長、及び神父にも協力を仰ぎ、特別区も含めて捜査いたしましたが……申し訳ございません」

「……そうか……分かった」

 

 

 誰もいなかったことにこれ以上グダグダ何かを言ってもどうしようもない、アダムはそう考え追求はしなかった。

 玉座に座り、なぜ人が誰も残ってなかったのかについて考える。前ギルド長から引き継いだ時に、ギルド長の仕事やギルドの細かなシステムについて一通り聞いたので、その中に何かヒントがないかと考えを巡らせた。

 

 

 そして、ある一つの都市型ギルドホームのシステムについて思い出した。

 

 

 都市型ギルドホームの利点の一つは、所有しているギルドのメンバー以外も都市に住むことができる事である。そしてギルメン以外の利用者から得られる税金が主な収入源となり、住んでいる人数の多さによってはそれだけでギルドを維持することができた。

 そのため税金関係の設定はどのギルドもしっかりしており、英雄血盟団では「税金を滞納している者は一定期間支払いの猶予を与えた後、支払いが無ければ強制退去」というルールを設けていて、もし強制退去になった場合は滞納している税金を払ってもう一度入居申請をするか、借りていた建物の中にあるアイテムを全部引き取る必要があった。

 だが、ユグドラシルの過疎化につれてゲームを退会したり放置するプレイヤーが続出。イリス・ラトリアスでも多くの居住者が来なくなり、その数は段々と増えていってしまった。それに連動して税金が払われず強制退去者も続出、その上強制退去後にログインしてきたプレイヤーも今更滞納している税金を払う気もなく放置してしまい、結果として最終日にはイリス・ラトリアスには放置されたアイテムだけ残って誰も住んでいない状況になってしまい、サービス終了までイリス・ラトリアスの中にいたのはアダムだけ、ということになってしまっていた。

 

 

「……ギルメンの奴らだけでなく他のプレイヤーもいない。今、イリス・ラトリアスの中にいるプレイヤーは完全に俺だけ、という事か…………うーむ……」

 

 

 今からどうするか。その問題を前にアダムは再び黙ってしまう。もしも自分ではなく、元ギルド長が来たのならどうしていたか。もし頭の切れるギルメンなら何をするのか。自分以外ならこの状況でどうするのかをひたすらに考えていた。

 

 

 重い沈黙が大広間を支配する。六衛将たちもアダム以外のプレイヤーが誰もいなかったことに少なからずショックを受けており、また今の状況でアダムに慰めの言葉をかけるのは無礼に値すると考えてしまったため、誰も悩んでるアダムに声をかけることができなかった

 

 

 するとその時、アダムが耳に手を当て何かを喋る伝言(メッセージ)の仕草をし始めた。それはほんの数十秒程度だったが、会話を終えたアダムの表情は少し明るいものとなっていた。

 

 

「……御失礼ながらアダム–O様、今の伝言(メッセージ)はどなたとの会話でございましょうか?」

 

 

「ブリュンヒルデからだ! ブリュンヒルデと姉妹たちが探索を終えたらしい、すぐにここに来るぞ!」

 

 

 ガーベラからの質問に嬉しそうに答えるアダム。実際、この状況では周囲の地理の情報だけでもアダムたちにとってはかなり重要なものだった。アダムの言葉におおっ、と六衛将たちからも声が漏れた。

 

 

 重い雰囲気を打破してくれたブリュンヒルデに感謝しながら、アダムたちは彼女と姉妹たちが大広間に来るのを待ち続けた。

 

 

 

 ──────

 

 

 ブリュンヒルデからの報告から数分後、ブリュンヒルデたちが大広間に到着した。彼女たちは六衛将たちの前に出てくると、一斉に跪いた。

 

 

「「「お待たせいたしました、アダム−O様!!」」」

 

「よくやってくれたぞお前たち! 面を上げていいぞ。お前達が見て来たもの、順番に早速報告してくれ!」

 

「はっ! 私とゲルヒルデ、オルトリンデが担当しました東には人が住む街などが多くありました。しかし他の姉妹が担当する北方に近づくにつれ、荒らされた集落の跡が見受けられました」

 

「なるほど……その荒らされた集落ってのが気になるな……じゃあ次は北だ」

 

「はい。私グリムゲルデ、及びヘルムヴィーゲが担当いたしました北方には、人のように二足歩行をする獣が住んでいました。見つかれば戦闘は避けられないと判断したためよく探索することはできませんでしたが、人の形をした獣達は人間と変わらない生活をしているのを見ることができました。グリムゲルデからの報告は以上になります」

 

「二足歩行する獣? そんなのもいるのか…………そいつらがいるのはここから北方でさっきの荒らされた集落ってのがあったのも……後で考えるか。次は南だ、頼む」

 

「了解。アダム−O様。私ジークルーネ。ヴァルトラウテの姉様。南方を担当。南方にはいくつかの村と西方にかけて広がる巨大湖しか見られず。湖の向こうは探索範囲外。詳細不明」

 

(な、なんだその喋り方? なんか変だが個性はあるな……)

 

「南は湖か。落ち着いたら向こう側を調べるのも面白そうだな。さて、最後は西方だ」

 

「はっはい! 私ロスヴァイセとシュヴェルトライテお姉様が西方を担当致しました! ここから西方にも大きな湖はありました! ですがこっちは対岸を確認できまして、そこには小さな都市のような物を確認できました! こ、これでロスヴァイセからの報告は終了します!」

 

「西方にも何かがあるか。よし、ご苦労だったお前達! よく無事に帰ってきてくれたな!」

 

 

 ブリュンヒルデ、グリムゲルデと名乗った仮面を被った姉妹、ジークルーネと名乗った喋り方が特徴的で目にハイライトのない姉妹、ロスヴァイセと名乗った小柄で十代前半の体つきをしている緊張している姉妹の4人から報告を受け、アダムはブリュンヒルデと姉妹達に労いの言葉をかける。

 

 

「今の報告で分かった。イリス・ラトリアスは全く知らない土地に転移した! そして、この世界に来てから俺にとっては予想外のことが起こり続けている! 

 この状況で一番頼りになるのはお前達しかいない。……だが……その……忠誠を誓ってくれたお前達にこんな事は言いたくないが……俺はまだお前達を信用しきれていない!」

 

 

 アダムの言葉に集まっている全員が一斉に驚いた表情を見せる。その反応もアダムは予想していたのか気にせずに話し続ける。

 

 

「安心しろ! 俺はお前達の忠誠心を疑っているわけじゃない。……俺たちプレイヤーにとって、お前達NPCは皆、喋らない存在だった。喋らず、ただプログラムした通りに動くだけの存在だったお前達が、今はこうして喋りハッキリとした意思を持っている。まだ……俺はお前達が本物なのか判断できない、だからお前達に確認をしたい。……と言っても……何をどう確認するかは考えてないんだけどなぁ……」

 

 

 しかし今までのことを勢いで言ってきたアダムはNPCを本物だと確認する方法について全く考えてなかった。するとアダムが方法について考えている最中、ブリュンヒルデが覚悟を決めたように言い始めた。

 

 

「アダム−O様! 六衛将筆頭として勝手ながら提案させていただきます! もし、もし我々が意思を持ち喋ることが御不快でいらっしゃるのなら、我々は貴方様の前で口を一切開くことのないようにします!!」

 

「……は? おいおいおいおい、待て待て!? そんなこと俺は求めてない! 別に不快ってわけじゃない!」

 

 

 ブリュンヒルデからのとんでもない意見をアダムは慌てて否定する。だが今のブリュンヒルデからの意見やNPC達の不安げな表情を見てこれは不味いと直感したアダムは必死に確認方法を考える。

 だが何を持って本物と断言するか、アダムはそれがどうしても思いつかなかったため相手がNPCということである質問をダメ元で投げかけてみた。

 

 

「……そのー……ブリュンヒルデ! お前は……お前を作ったプレイヤーを知っているか?」

 

「っ! はい! 私ブリュンヒルデと姉妹達の全員を創造なされたのは「クリムゾンポテト」さまでございます!!」

 

「…………えっ? ……じゃあ、グレゴリーはどうなんだ?」

 

「はっ、私も「鮫村シャークマン」様が私を創造なさったことや、鮫村シャークマン様が親密でいらっしゃった「シルバーピューマ」様とのお話も覚えております」

「じゃ……じゃあアセルタ、お前は何か創造した奴の名前以外で何か覚えてることは?!」

 

「はっ!! 私が覚えていることは、私の創造主で在らせられる「流天不動霧島」様が! 他六衛将の創造主の皆々様と! 我々の立ち位置について何度も言い争いをなさっていたことを! しっかりと! 覚えております!!」

 

「……あいつらのその言い争い、俺も何度も見てたな……」

 

 

 三人の言葉とアセルタが覚えていたアダムも見た事のあるギルド内での一場面。この問いはかなり信用できると分かったアダムは残りのNPC達に同じことを聞いた。結果としてどのNPCも自分の創造主であるプレイヤーの名前をはっきりと答え、中にはギルメン同士の会話の一部を覚えていた者もいた。

 全員の答えを聞くときには、アダムは目の前の存在達が本物の自分のギルドのNPCだと信じて疑っていなかった。

 

 

「よし! これでお前達が本物ということは理解できた! 今俺がこの世界で一番頼れるのは忠誠を誓ってくれたお前達だけだから、これから俺は色んなことでお前達を頼ることになる! もしかしたら無茶なことを言うかもしれないが、頼めるか?!」

 

「「「御意っ!! アダム−O様のために全力を尽くすことを誓います!!」」」

 

「よし、なら早速聞きたいことがある。グレゴリー! 今俺たちするべきことは何だと思う!」

 

「はい。不肖グレゴリーはこの世界について知ることを提案いたします。この世界が未知の世界と判明しました以上、イリス・ラトリアスの周辺だけでも既知の物とするのが最優先であると考えております」

 

「…なるほど分かった。では俺たちはこれより情報集めを目的に行動する! 異論がある者はいるか? どんな意見でも言ってくれ!」

 

 

 アダムはそう言ったが、グレゴリーの案に賛成なのか誰もその決定に異論を唱える者はいなかった。

 

 

「……意見は無いようだな。だが今すぐに行動はしない! これから俺はギルドの現状を確認する。ブリュンヒルデと姉妹達は城壁から外部の警戒をしておいてくれ。スナイプとエリーゼ、ガーベラは居住区で家屋に残ってるアイテムを調査、全部集めてくれ。グレゴリーとアセルタは俺の護衛を頼む。では解散だ! よろしく頼んだぞ!」

 

 

 アダムの号令に全員が返事の代わりに一斉に跪き、直ぐに立ち上がればブリュンヒルデと姉妹達は城壁に向かい飛び立ち、スナイプ、ベイリーン、ガーベラの3人は居住区へと向かった。

 

 

「ではアダム-O様、どこへ向かいますか?」

 

 

 自分の方にきたグレゴリーの質問にアダムは少し考える。彼がやるべき事は多いのだが、それ以上にNPC達がどのように動いているのかが気になっていた。

 

 

 余談だが、都市タイプのギルドホームは万が一攻められた時は全方位から攻められる危険性があり、財力を利用した傭兵NPCの大量投入などが一般的な戦法となっている。

 

 英雄血盟団もその戦法をとっていたために拠点防衛用にNPCを製作する必要がなかった事や、ギルメンの大半がNPC製作に興味を持っていなかった事から誰もNPCを作る者がおらず、NPC作成に興味があった数人が当時のギルド長の許可を得て独断でNPCを製作することとなった。

 第一に製作されたのはガチの拠点防衛用NPC。最難関ダンジョンの一つであるイリス・ラトリアスのNPC製作可能レベルポイントは合計2000レベル以上で、作ろうと思えば大量のNPCを製作できたのだが、数は傭兵NPCや居住していた一般プレイヤーで揃っていたため、彼らは質にこだわることにした。そして完成したのが、六衛将やヴァルキュリア姉妹など重要地点を守る高レベルNPCの少数精鋭だった。

 

 だが重要地点に配置しただけではレベルポイントが余ってしまうので、ギルドから完全にNPC作成を任されていた製作陣は悪ノリしてしまい、各々が好き勝手にキャラを作った。更に製作陣の一人が「この際思い切ってお遊びで作るNPCもレベル高くしてみよう!」と提案、それに他の面子も賛同してしまったため、結果としてこのギルドのNPCは数が少ないが高レベル揃い、ということになった。

 

 

「……連れて行きたいやつがいる。色々調べる前に俺の屋敷に行くぞ」

 

「アダム−O様の屋敷、でございますか……失礼ながら、我々が戦士のお方達の聖域に踏み込んでよろしいのでしょうか……?」

 

「聖域? 何言ってるか分からないが別に構わないぞ?」

 

 

 グレゴリーからの質問を変に思いながらも、アダムは特別区のギルメン居住区にある自分の屋敷に行くと言って二人を引き連れて歩く。特別区があるのは王城の後方から城壁までのエリアで、33人それぞれ専用の屋敷にギルメン専用の食堂である「神々の皿」、ギルメン専用の鍛冶屋にギルメン専用のトレーニング場、オマケにギルメン専用の大衆浴場などのギルメン専用の施設や、集めたデータクリスタルやレアアイテム、ギルド運営資金などを収納している大倉庫があり、それらは外装も内装もかなりのこだわりをもって製作されている。ちなみに特別区も結構広いため、転移(テレポーテーション)が使えないギルメンのために少しでも移動が楽になるようにと、道路に速度上昇のフィールドエフェクトが付与されていた。

 そして特別区には数体のお遊びで作られたNPCが配置されており、その一体がアダムの屋敷に配置されていた。

 

 

「……ここだ。グレゴリー、アセルタ、お前達はここで待っていてくれ」

 

「「はっ!」」

 

 

 3人はアダムの屋敷の前に到着する。ギルメンの屋敷は3階建で内装は個人で自由にいじれるものの外装は白一色に固定されてあり、どの屋敷も外見は同じなため識別のために屋敷の前に置いてあるポスト型のオブジェクトに所有者の名前が書いてあった。

 ちなみにアダムの屋敷の中は西洋風で壁色は目に優しい薄緑色になっており、1階は大広間に客間に食堂と来客用応接間があり、2階は寝室に執務室にドレスルーム兼コレクションルームに使用人の自室、3階は浴室とギルメンがユグドラシルに持ち込んだ映像作品でアダムが気に入った物やギルメンによって撮影された自分のPVPの映像を鑑賞するシアタールーム、という構造になっている。

 

 

 付き添いの二人を待機させてアダムは一人屋敷に入っていく。そして会おうとしているNPCはまるで彼がここに来ることに気づいていたかのように、玄関ホールで彼を待っていた。

 いるのは胸元が開いた長いスカートのメイド服に身を包み、ワインレッドの短髪で片目が前髪で隠れている女性NPC。だがその頭部には人の物ではない見事なツノがあり、スカートの臀部から黒い鱗のある尻尾が出ていた。柔和な微笑みの表情のまま、彼女はアダムへと一礼してから喋り始めた

 

 

「お帰りなさいませ、御主人様」

 

「……ああ。戻ったぞ、ヴィクトリア」

 

 

 ヴィクトリア、と呼ばれた彼女はアダムのためだけに制作されたレベル100NPCである。彼女はギルメンの屋敷に最低一体は配置されている召使いNPCのうちの一体、なのだがそれら中で製作されたNPCは彼女だけで他は安価な傭兵NPCの小型ゴーレムを何体か配置しているだけである。

 

 

 まだ英雄血盟団が全盛期だった頃、NPC製作陣の一人である「ダンダンダ弾」が六衛将の制作中に超レアドロップのデータクリスタルが足りなくなってしまい、そのデータクリスタルを偶然にもアダムが所有していたため必死に頼み彼から譲ってもらい、そのお礼にと他メンバーには内緒に彼専用のNPCとして製作されたのが彼女である。ちなみに後々他の製作陣にこのことがバレて「なんで俺たちも製作に参加させなかった!」というどこかズレた理由でダンダンダ弾は袋叩きと素材集めマラソンの刑に処されたのだった。余談だが、彼女はアダムの好みを詰め合わせて作られたため、アダムの最も気に入ってるNPCなのである。

 

 

「ヴィクトリア、早速だが俺と共に来てくれないか? つまり俺のお供ってことだ。大丈夫か?」

「はい、御主人様の命なら何なりと。私は貴方様に仕える者として作られた身、全てにおいて貴方様のことは最優先でございます」

「それなら良い。行くぞ、グレゴリーとアセルタを待たせてはいけないからな」

 

 

 屋敷の外へと出る2人。屋敷の外で待っていた二人と合流すると、自己紹介のために一歩前に出て、二人へと一礼した。

 

 

「初めまして、六衛将のグレゴリー様にアセルタ様。私めはヴィクトリア、ダンダンダ弾様よりアダム−O様のメイドとして創造されました。以後お見知り置きを」

「おや、これはご丁寧に。それではアダム−O様、次はどこに向かわれますか?」

「次は大倉庫だ。あそこでこれからのここの運営の事を話す」

 

 

 そう言ってアダムは三人を連れて歩き出した。大倉庫はギルドの重要施設の一つで生命線とも言える施設で、ギルド運営における重要アイテムも全て中にあるのでこの施設は実質英雄血盟団の中枢でもある。貴重なアイテムやデータクリスタル、そして所有しているワールドアイテムなどギルド全体で管理すると決められた物がこの中に収められており、また大量の資金やギルメンが収納場所に困ったアイテムもここにまとめて入れられたので、改築に次ぐ改築で今は特別区の3割の面積を占める大きさとなっていた。

 中枢であるため強固な防備をしてあり、今は停止してあるが自動迎撃装置が大倉庫までに道のあちこちに設置してあり、また扉もギルメンのみが持つ鍵的なアイテムかギルド武器を持ってないと開かない仕組みになっている。

 

 

 そして居住区から大倉庫に繋がる道を歩いている四人の目にようやく大倉庫が見えてきた。その建物はゴシック建築の大聖堂をモチーフにしていて、王城を除いたイリス・ラトリアス内のどの建物よりも巨大で奥に伸びており、彼らから見える建物の正面には自動迎撃装置の他にギルメン全員の彫刻と大きなギルドマークの形をした窓が配置されてあった。

 大倉庫の入り口の前まで来ると、アダムが持つ何かのアイテムに反応したのか扉に彫られてある模様に光が浮かんでいき、ゆっくりと大きな音を立てて自動的に扉が開き始めた。そのまま四人は大倉庫の中に入っていく。

 大倉庫の中も外見に合わせたゴシック様式の聖堂のような造りになっており、中央の通り道の両脇には山のように積み上げられたユグドラシル金貨、大量の武器が収納されたショーケース、並び立つように置かれている様々な防具を着ている大量のマネキン、指輪やブレスレッドにデータクリスタルなどを大量に乗せてある台座など、何がどこにあるか分かりやすいようにきちんと保管されあった。

 

 

「おおお……! これが英雄血盟団の戦士のお方達の歩んだ歴史……! まさかこの目で見ることができる日が来るとは……っ!」

「……気になったんだが、お前らにとってどんな存在なんだ? 居住区に行くって言った時もそうだったが、なんだか俺たちのことを特別視しているような……どうなんだ?」

「特別視、でございますか? 確かに我々にとって戦士のお方達はこの上なき特別な存在。この街に住む者は皆、戦士のお方達に絶対の忠誠を誓っております。故に……我々のような存在がお方達のための聖域に足を踏み入れることは本来はあってはならないことなのです」

「……なるほどなぁ……」

(なんだろうな、忠誠心がすごいというか……面倒くさいがそこら辺も考えていかないとなぁ……)

 

 

 ギルド長として意思を持ったNPC達のことも考えないといけない、新しい責務をアダムは面倒だと思ってしまった。そもそもギルド長の座は前ギルド長が引退する際にアダムに押し付ける形で譲渡されたもので、アダムも重要な立場を譲渡された者として途中でギルドを解散したりすることは失礼だと考えていたから、都市として機能しなくなりつつあったギルドの維持運営をズルズルと終了日まで続けていただけだった。もし離れられるならギルド長という立場からなんの躊躇も無く離れていただろう。

 彼は現状把握のためギルド長としてやるべきことをしようとしているが、その反面責務へのやる気があるとはあまり言えなかった。

 

 

 やがて四人は大倉庫の奥の方へとやってきた。奥の方は積まれた金貨などは一切なく、ただレットカーペットが最奥の方へと続いていた。その荘厳な雰囲気に、付き人の三人はかなり緊張している雰囲気であったが、アダムの方はまるでここに来るのを楽しんでいるかのように足取りが軽かった。

 

 

 すると最奥の方から、歩いている四人の方へ褐色の肌と尖った耳をした人物──ダークエルフが二人、歩いて近づいてきた。

 片方ダークエルフは吊り目で険しい表情をしており、髪は銀色の首までの長さの短髪で、前髪も全て後ろに流していた。装備は紫色の布地に黄色の孔雀の羽の模様の刺繍が施された着物と丈が太ももまでしかない袴、ガーターで留めてある黒いストッキング、細いながらもしっかりとした防御力を感じさせる紅色の籠手を身につけており、腰の右側には二本の日本刀を帯びている。

 対照的にタレ目で眠たそうな表情をしているもう片方は、髪は同じく銀髪だが肩甲骨まで伸びた癖のあるロングヘアー。肩と胸部しか装甲がない動きやすさを重視したようなノースリーブ型の軽鎧に藍色の籠手、下半身は短パン太ももまでしかない短パンしか履いておらず防御力がかなり低い格好をしていた。

 

 

 その二人はアダムの方に進んで彼らの目の前で止まると、ゆっくりと跪いてから二人同時にアダムの顔を見上げて、そのまま短髪の方のダークエルフが喋り始めた。

 

 

「ようこそお越しくださった、アダム–O殿。我々に一言頂ければ入り口でお迎えしたのだが……ほらティルガ、挨拶」

「……あっ。ようこそお越しくださいましたアダム–O様〜。それに姉さんに…………「グレゴリーです」グレゴリーさんもようこそ〜。シンディーンお母さんと共に歓迎します」

 

 

 タメ口と敬語が混ざった口調をするシンディーンと、雰囲気も口調ものんびりとしているティルガ。この二人は大倉庫の倉庫番であり、アセルタの実の母と妹として流天不動霧島に作られたNPCである。

 

 

「突然来たのはすまない。ここで緊急の話をしないといけなくなった。……だがその前に、ここに来たからには……」

「承知しておる。いつご覧になっても良いように手入れは欠かさずしておるぞ」

 

 

 シンディーンとティルガが左右に退くと、彼女たちの後ろに隠れていた二つのひときわ豪華な展示ケースに入れられたアイテムと、その二つに挟まれて佇むように置かれている全身鎧の三つだけが置かれてあった。

 持ち手のような物が付いてある緑の球体、まるで星々が輝く宇宙にような常に七色に光り続ける模様が描かれた石版、そして黒色と白銀色がバランスよく配色されていて、所々に金色のラインや装飾が施された、一種の芸術品のような美しさを纏いつつも見る者に威圧感を感じさせる禍々しくも神々しい全身鎧。

 

 

 他のアイテムから離れた場所に置かれている三つのアイテム。これらこそ、英雄血盟団が所持している最大戦力の一つ、ワールドアイテムである。

 一つ手に入れるだけでもこの上ない難易度と労力を必要とするワールドアイテム。英雄血盟団はそれをここに三、そして離れた場所に一つ、合計四つも保持していた。

 

 

 だがアダムが見ているのはその中の一つ、中央にある全身鎧だけであった。事実、このワールドアイテムだけは他二つとは少し事情が違っていた。

 鎧以外のアイテムはギルドが一丸となって手に入れたもの。だがこの鎧だけは特殊な方法でアダム個人が手に入れたワールドアイテムであり、彼の在り方を象徴するアイテムでもあった。

 

 

 ほとんどのワールドアイテムがエネミー討伐やダンジョン、クエストの攻略でしか手に入れられないが、中には達成困難な条件をクリアすると獲得できるワールドアイテムが数個あった。そして、その中の一つであるこのアイテムの名を「アレスの遺鎧」。

 このワールドアイテムを入手する方法、それは「一定数以上のPKを行う」という条件。そしてその一定数とは「2000回」。設定したユグドラシル運営も「流石にこんなにPKをやるプレイヤーなんていないだろう」と思っていた回数。一度PKした相手はそれ以降カウントされないという制限のある中、アダムは2000回のPKを成し遂げた。

 

 

 アダムはユグドラシルにおいて、何よりPVP、それもその時の自分のレベルと互角か格上の相手との、お互いに全力を出しての勝負を好んでいた。ほぼ毎日、PKしたことによるデメリットや負けた時のレベルダウンを一切気にせず、戦いたいという欲求の赴くままに戦い続けていた。アレスの遺鎧はその副産物。数多のプレイヤー達の殺し合いの末、アダムは彼のためにあると言える最強の装備と専用のクラスを手に入れたのだった。

 

 

「……良い。いつ見てもこいつを見ると気分が高ぶってくるな」

 

 

 そう言うアダムの顔は恐ろしく笑っていた。ユグドラシルの全盛期、PVPに没頭していた時のことを思い出しながら。

 

 

「……アダム–O様〜。今日もお召しになります?」

「んっ? ……そうだな、折角だから着てみるか」

 

 

 ティルガの言葉にアダム我に帰る。彼女の言葉の通り、アダムはユグドラシル時代では大倉庫に来た時、決まってアレスの遺鎧を装備してその日を過ごしていた。アレスの遺鎧はレア度最高のワールドアイテムな上、アイテム能力が強力ではあるがピーキーなため、標準装備にすることはできなかったためである。

 

 

 この世界だと着たらどうなるのか、気になったアダムはアレスの遺鎧に近づきアイテムボックスに入れようとする。しかしユグドラシルとは違ってコンソールが出ないため、仕方なく自分で台座からそれを降ろそうとその胴体に触れる。

 

 

 するとそれに反応したかのように、兜が首の部分から左右に開き、まるで所有者を迎え入れるように鎧の前面が音を立てながら開いた。

 

 

「うおぉぉっ!? …び、びっくりした……! すげえな、こっちだとこうなるのか……」

 

 

 そしてアダムは今来ている鎧を脱ごうとするが脱ぎ方なんて知らず、どうにかしようと手甲を外そうと無理矢理引っ張ったりしようとしていた。

 それを見兼ねたのか、ヴィクトリアはアダムに近づくと「失礼します」と一言、そのまま慣れた手つきで鎧を胴から外し始めた。

 

 

「……すまないなヴィクトリア。どうも俺一人では上手くいかないな……」

「私に感謝など勿体無いお言葉でございます。私は御主人様のメイド、どうか存分に、お頼りください」

 

 

 落ち着いた、どこか嬉しそうな声色でヴィクトリアは言って、そのままあっという間にアダムの鎧を脱がしてしまう。いざアダムはアレスの遺鎧を装備しようと開いたソレの中に後ろ向きに入った。すっぽり中に入ると反応し開いた時と逆再生のように閉じていき、兜が降りて顔を隠す。

 装備完了したアダムは腕を回したり首を動かしたりして動作を確認しながら、五人の前にゆっくりと歩いてくる。

 

 

「見た目の割に結構動きやすいな。鎧なのに重さが全く感じられない、なっ!」

 

 

 軽やかにシャドーボクシングをして軽やかさを体験し、兜を動かしとても楽しそうな表情をしながら「最高だ」と呟く。

 

 

「な……なんという光栄っ! 我々六衛将がワールドアイテムをお召しになる瞬間に立ち会えるなど!」

「光栄の!! 極みでございますっ!! 死する時までこの記憶! 決して忘却いたしませんっ!!!」

 

 

 グレゴリーとアセルタが感動に打ち震え平伏しているのを見て「お、おう……」と困惑しつつ、本題に入るために咳払いをすれば平伏していた二人も立ち上がり、全員がアダムに集中して言葉を待った。

 

 

「ギルドの運営をグレゴリーとシンディーンに手伝ってもらいたい! ここにくるまでは攻めてくる奴がまったくいなかったから防衛システムを切って節約することができた。だがこの世界ではそうもいかない! この大倉庫にあるアイテムと居住区にある残されたアイテムが今後の俺たちの生命線だ、これから上手くやりくりしていかないといけない。

俺はそれほど頭は良くない。だからこそお前たちの知能が必要だ。俺の頼み、引き受けてくれるか?」

「……異論はございません。不肖グレゴリー、その大役謹んでお引き受けいたします!!」

 

 

「私も承ろう。アダム–O殿直々のご命令、断る理由などあろうものか」

 

 

 二人の言葉にアダムは満足そうに頷く。

 

 

「ならば早速仕事だ。まずは………………」

 

 

 ──────────

 

 

「……これで、ひと段落だな…………」

 

 

 異世界に転移して三日目の昼。アダムは自宅の執務室でグレゴリーたちから提出された書類にサインをして、仕事にひと段落をつけた。

 

 

 ギルド運営補佐を決めた後は現在大倉庫にあるアイテムとユグドラシル金貨を再確認と住区から回収されたアイテムなどの分類、ほとんど切っていた防衛システムの見直し、さらに宿無しだった六衛将たちを暫定的にそれぞれの創造主たちの家の客間に住ませたり、NPC達に一々フルネームで呼ばずアダムとだけ呼ぶように決めたり、大きなことから小さなことまで仕事をこなしていた。

 仕事だけでなくイリス・ラトリアスの中や城壁の周囲を散歩したり、リアルでは味わえない最高の料理を堪能して異世界を満喫。さらに六衛将に手伝ってもらい軽く戦闘をしてユグドラシルと異世界の感覚の違いを把握したりした。

 

 

 諸々のことを終えて三日目。急ぎのこともないためアダムはのんびりすることができていた

 

 

「外もいい天気だしなぁ……イリス・ラトリアスの外を散歩するかな。今回はもっと離れた場所まで行ってみるか」

「畏まりました。ではブリュンヒルデ様にその旨をお伝えして護衛を編成してもらいます」

「だから俺は強いからそこまでする必要ないって……」

 

 

 この世界に来てからNPC達が何かと護衛につくことが多く、初めは何とも思ってなかったアダムも面倒に思い始めていた。

 そんなやりとりをしていると唐突にブリュンヒルデからの伝言(メッセージ)がアダムへと繋げられた。何か連絡することがあったのかと思いながらアダムはそれに応じる。その途端、頭に焦ってるような声が響いた。

 

 

『アダム様、緊急事態です! イリス・ラトリアスから北方よりジークルーネとヴァルトラウテが目撃した獣人達が大群で迫ってきています!!』

「っ!? ブリュンヒルデ、本当か!? 数はどれくらいだ!?」

『姉妹からの報告ではおおよその規模は2000体以上! 2時間以内にはイリス・ラトリアスに到達します!!』

「……に、2000!? しかもそれ以上!? 何だよそれ……タチの悪い冗談かよ………………ブリュンヒルデ! 今すぐに六衛将と姉妹達を集めろ! 必ず全員、戦闘準備をしておくように!!」

『はっ!!』

「……ヴィクトリア、お前にも来てもらう。戦闘はできるか?」

「お任せください。ご主人様のために剣を振る、それも私の役目でございます」

「よし! 俺も装備を整えないとな……」

 

 

 アダムはヴィクトリアに武器を取らせに行くとアイテムボックスを確認、いつも戦闘で使うアイテムが揃っていることを確認すれば一人、面倒くさそうに呟いた。

 

 

「……異世界の住人とのファーストコンタクトが戦闘か……戦いは好きだがこういう時は勘弁してほしいな……」




展開は考えてますが、どんなキャラを出していこうか迷った挙句、こんなに遅くなってしまいました。
次回は戦闘回なので、なるべく早く投稿します


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第3話 PVE

戦闘回です。試行錯誤して読みやすい文章にしたつもりです。


「……お、見えてきた……」

 

 イリス・ラトリアスから離れた場所にある平原地帯。獣人の大軍勢がイリス・ラトリアスの方に向かっていると報告を受けたアダムはブリュンヒルデと姉妹達にグレゴリー、ガーベラ・アンナ、ヴィクトリアを引き連れて、他のメンバーにイリス・ラトリアス防衛を任せて軍団の進行予想ルートに陣取っていた。

 現在のアダムの装備はアレスの遺鎧にオーバード・ワンのユグドラシルでも一度も組み合わせたことのなかった装備、NPC達も各々の武器を手に獣人たちがくるのを待ち構えていた。

 

 そして現在、アダムは双眼鏡で遠方から軍勢が迫ってくるのを視認したところである。

 

「……なあ。これ、どうやってアレを止める?」

 

「そうですね………あの大群を止めるとなると、何か大掛かりなことをしなければならないと考えます。ここはこの不肖グレゴリーが第8位階以上の魔法を打ち込むか、ブリュンヒルデ及び彼女の姉妹達による一斉攻撃、これらが必要となります」

 

「そうか。……だが攻撃はまだだ、あっちの目的がイリス・ラトリアスじゃないかもしれないし、もしかしたら意思疎通ができるかもしれない」

 

「分かりました、では威嚇までに留めておきます。ブリュンヒルデに姉妹達、攻撃はしなくていい、あの集団の上を飛び回ってくれ」

 

「了解。ではアダム様、行って参ります!」

 

 グレゴリーの指示によりブリュンヒルデと姉妹達は一斉に飛び立ち、そのまま獣人の軍勢の方へと飛行していく。あっという間にブリュンヒルデ達は獣人達の上に到着し各自散開、そのまま軍勢の上を縦横無尽に飛び回った。姉妹達がしばらく高速で飛び回ると獣人達の意識が彼女らに向いて、軍勢の進行がストップした。

 獣人達の上でしばらく飛んだ後、彼女達はアダムのところへと戻ってきた。

 

「ただいま戻りました。獣人達の意識は我々に向きました、これで奴らは我々を見れば止まらざるを得なくなるでしょう」

「ご苦労さん。攻撃されなくて何よりだ」

 

 労いの言葉の後、アダムの指示により彼を中心にして横一列に並び、ブリュンヒルデ達はランス、剣、斧などそれぞれの武器を構え、グレゴリーは武器である魔道書を開き、ガーベラは双剣を抜き、ヴィクトリアは持っていたザ・ブレイカーをアダムへと差し出し、彼が受け取ると細いガントレットを装着した両手を構えて、軍勢が近くに到着するのを各々が待ち構えた。

 

 そして獣人達の先頭が止まり、そのまま全体の進行も止まった。獣人達は一斉にアダム達へと威嚇のような唸り声を上げ始めて、アダム達もアダム以外は武器を構えており睨み合いの状態となっていた。

 

 すると一体のそれなりに豪華な装備を纏った虎の獣人が、獣人達の中から出てきた。その獣人はゆっくりとアダム達を見てから、ハッキリとした声で喋り始めた。

 

 

 

 

 

 その虎の獣人──ビーストマンは大将軍の息子であった。大将軍の息子として、未来の将軍として期待されて、若将軍という愛称で呼ばれている彼は、侵攻先の国への橋頭堡であった街の近くに突然現れた城塞都市への威力偵察の指揮官の役割を与えられた。

 父親から練度の高い兵達を与えられた彼は、あわよくばその都市を攻め落とし、将校として一人前だと認めてもらおうと考えていた。

 

 軍団を率いて進んでいた彼の前の現れたのは、翼を生やした人間達に角と尻尾のある人間などの奇妙な集団であった。翼の生えた人間達が自分達の上を挑発するように飛び回り、全員注意が目の前の人間? 達に向いてしまったために軍を止めることになってしまった。そして中央にいる全身鎧の兜が左右に開き、獲物を狙う獣のような鋭い目と汚れのない綺麗な白寄りの金髪の男の顔が現れた。

 

 都市で手柄を立てようと勇んでいた指揮官は急に進行を止められた事に怒り、自分達を止めた愚か者を見に来たのだった。

 

「貴様らは何者だ。誰の許しを得て、我々の道を邪魔している!」

 

「うわぁぁぁ喋ったぁぁぁっ!!? ふ、普通に喋りやがった…あ、でもこれなら意思疎通はできそうだな」

 

「……何を言っているのだ人間! 矮小な人間が我を愚弄するな──っ!?」

 

 矮小。目の前の人間に若将軍が言った途端、強烈な殺気が彼だけでなく後方にいたビーストマン達にも叩きつけられた。その殺気により先ほどまで騒がしかった軍勢は一瞬で静まり返りその場が静寂に包まれた。

 

「……おいおい、そうピリピリするなって。多少の悪口は慣れてるからさ」

 

 その殺気を感じた目の前の男が後ろに控えるもの達の殺気を鎮めたことで、若将軍は再び喋り始める。

 

「……も、もう一度聞く。お前達は何者だ」

 

「俺たちは……お前らが目指してるかもしれない街の住人だ。お前達がこっちに来るって分かったから、挨拶と一緒に話し合いでもしようかなって思ってな」

 

「話し合い、だと? 一応聞くが、なぜお前達と我々が話し合いをしなければならないのだ?」

 

「は? なぜって……当たり前だろ? 大軍で住んでる街に来てるんだ、何が目的なのか温厚に解決しようじゃないか」

 

「……つまりは、お前は我々と対等に話し合いをしようというのだな?」

 

「対等? いや、対等も何も……当たり前だろ?」

 

 どうして矮小な人間が自分達と交渉しようというのか、若将軍は意味が分からなかった。彼らにとって人間は餌でそもそも交渉する権利のない存在。目の前にいる者達は翼や尻尾など多少変なところはあるが、彼らには人間として見えた。

 

 殺気をぶつけられたことで一度は鎮められた怒りが、目の前の男の言葉により再び燃え上がった。

 

「……図に乗るなよ人間! 我々の餌である貴様らに交渉、いや我々と話す権利などないのだ! 貴様がこの先の街の何者かは知らんが、貴様らを食ってから街に住む人間どもを一匹残らず食い尽くしてやる!!」

 

「……え? おいおい、なんでそうなる。だから話し合いを」

 

「黙れ! 餌は喋るな! ただ悲鳴をあげて我々に食われろ!!」

 

「……失礼ながらアダム様。この獣達は意思疎通は可能ですが話し合いは相互理解は不可能と思われます」

 

「マジかー……グレゴリー、穏便に済ますのは無理そうか?」

 

「不可能、と考えられます」

 

 

 

 

 

 ちっ、と舌打ちをしてアダムは目の前にビーストマン達を見る。今にも飛びかかってきそうなほどビーストマン達は興奮しており、戦いは避けられない様子だった。

 

「……こうなったら仕方ないな……お前達はまだ手を出すな! 一番槍は俺がもらう」

 

「ご主人様!? どうかこのヴィクトリアを御身の近くに! 私で力不足と仰られるのなら、せめて六衛将の方々を!」

 

「いらん! お前らは俺の命令があるまで一切、手出し無用だ! こればかりは、自分の体で味わってみないとな。お前達はこいつらを包囲しておいてくれ。どうしても心配ってなら……ブリュンヒルデとヴィクトリア、お前らは空で俺のことをしっかり見ておいてくれ」

 

「……分かりました。ご主人様、ご武運を」

 

 極力戦いは避けたいとアダムは言っていたが、その反面戦い好きな彼はこの世界の強さに抑えられない興味があった。

 

 アダムが前に出てきたことで若将軍は戦う意思があると察して、兵達に始末するように言って後方へと引っこんだ。そのままゆっくりビーストマン達の先頭へと進んでいくアダムに対してビーストマン達はジリジリと彼に近づき、アダムの護衛達はすぐにでも飛び出せるように身構えていた。

 

 そしてお互い、どちらも駆け出せば攻撃できる距離まで近づく。アダムが足を止めて、カシャン! と音を立てて兜を装着したのをキッカケに目の前の獲物に我慢できなったビーストマン達が一斉に襲いかかり、そのまま各々の武器を振り、突き出した。

 

 その一瞬後に響く鈍い音。最前線にいるビーストマン達が見たのは、攻撃した仲間達の武器が全て弾かれた瞬間だった。重い一撃が来ると思い身構えていたアダムも呆気にとられていた。

 

「か、硬いぞこいつ! 武器が通らない!」

 

「全員で叩け! 囲んで叩き潰せ!」

 

 アダムより早くビーストマン達は動き始め、大量のビーストマンがアダムを囲み持っている武器で攻撃して袋叩きの状態となってしまう。それを見てブリュンヒルデ達は介入しようとするが、アダムの手出し無用の命令と攻撃がアダムに当たることへの危惧から動くことができなかった。

 

 そのまま全方位からビーストマンがアダムに集中していたが、突然アダムをとり囲んでいたビーストマンが一斉に吹き飛んだ。一拍遅れて吹き飛ばされたビーストマンたちの体が横一線に切断され、血や臓物がアダムの周囲や待機していたビーストマンへと降りかかってくる。

 

 中央ではアダムがオーバード・ワンを抜いており、回転斬りをしたのか刀身と鎧には真っ赤な血がベットリと付いていた。オーバード・ワンを構える彼の息はまるで興奮しているように荒くなっており、ゆらりとビーストマン達の方を向いた。

 

「どうしたぁ? 俺はまだぁダメージゼロだぞ? そんなナマクラで俺の最強装備にダメージ入るわけねぇだろ! さあもっとすごい武器持ってこい! お前ら全員かかってこいよぉ!!」

 

 アダムは心底楽しそうに叫びゆっくりとビーストマン達へと歩き出す。彼が近づくに連れてビーストマンの鼻に血の匂いが漂ってきた。その匂いはさっき殺された仲間の血の匂いだけでなく、人間や嗅いだことのない種族の、数え切れない程の色んな血が混ざった形容し難い匂いであった。

 彼の匂いを嗅いだビーストマン達は自分達が人間と侮っていた存在が、まるで別の何かのように思えてきた。

 

 だがビーストマンの誇りが、自分達が餌に負けるという屈辱感が彼らの恐れをかき消す。

 

「グオオォォォォォォッ!!!」

 

 先頭にいたビーストマン達が一斉にアダムへと突撃して、状況が把握できてない後方の者達もそれにつられて進軍する。軍団が一斉に自分へと突撃してくるのをアダムは兜の下で笑いながら見て

 

「〈刃伸ばし〉! 一気にぶった斬ってやるよっ!!」

 

 剣士系職業の特殊技能の一つ、刀身が淡い光に包まれ、その光が伸びて刀身の形となり武器のリーチが伸びるスキルを発動。勢い良くオーバード・ワンを斜めに振れば、彼の眼前まで迫ったビーストマン達だけでなくその後方にいたビーストマンごと一度に何体も切り捨ててしまう。

 

「さあ、俺を楽しませてくれよッ!!」

 

「なっこいつ突っ込んでうぎゃっ!?」

 

「ヒィッ!? こ、こっち来るぞっ!? 逃げェっ!?」

 

 そのまま剣を振りながらアダムは軍勢の中に突っ込んでいった。一度に何体も切り裂きながらどんどん中を進んでいく彼に四方から攻撃が来るも、全て鎧に弾かれるか届く前にアダムによって武器ごと体を切り裂かれてしまった。

 

「〈刃飛ばし(スラッシュ・ショット)〉!!」

 

 さらに剣士職の遠距離攻撃の一つである特殊技能を使用。オーバード・ワンを振ると同時に青色の三日月型の斬撃が放たれ、その直線上にいたビーストマン達がまとめて両断され叫び声と共に上半身が宙を舞った。

 

「あー、面白くねぇなぁ! なあ、もっと強い奴はいないのかよ!? 歯応えないぞ!? もっと俺を楽しませてくれよ!!」

 

 一度斬れば死ぬ雑魚を相手にする無双より、同じ強さの存在との死闘を好むアダムにとってこの戦闘はなんの面白さがなく退屈であり、剣を振りながら思わず言ってしまった。それにかき消せない恐れを、前線のビーストマン達は抱いてしまっていた。

 

 

 

 

「おいどうなってる?! なぜ前線は苦戦している!?」

 

「私も分かりません! ただあの人間の強さは予想以上です!」

 

「バカなことがあるか! 相手はいくら強くても人間一匹だぞ!!」

 

 軍の中央では若将軍が前線からの伝令係に怒鳴っていた。たった一人の人間相手に自分達が不利になっているということに伝令係も混乱しており、若将軍も我慢できず徐々に苛立ち始めた。その間もアダムはビーストマン達を斬りながら進んでおり、このまま行けば若将軍がいる場所に到達してしまう調子だった。

 

「……もう良い!! 役立たずどもが!! こうなれば俺が直接あの人間に手を下してやる。出陣の角笛を吹け!!!」

 

 若将軍の剣幕に押され側近は言われるがまま持っていた角笛を吹く。ブオオォ〜〜〜!! 、と大きな重い音が戦場に響けばアダムだけでなくビーストマン達も動きを止め、音がしてきた方向に意識を向けた。

 

 静まった戦場に角笛の音が響き続く中、一斉にビーストマン達が左右に別れ道を作り、その中央に残されたアダムの前方から大きな剣と盾を装備した若将軍がゆっくりと歩いてきた。その目は自分達を愚弄する、目の前の同胞達の血で真っ赤に染まった鎧の人間に向けられていた。普通のビーストマン兵士が恐れを抱く中、若く血気盛んな若将軍はアダムの姿を見ても恐れ一つ湧かなかった。

 

「お? ……ああ、さっきのお前か。なんだ、俺の次の相手はお前か?」

 

「人間っ!! 俺は未来の大将軍としてビーストマンを統べる者! 不甲斐ない兵どもに代わりお前を殺してやろう!!」

 

 怒りを込めた声でアダムへと吠えれば、それに周りのビーストマン達も雄叫びと歓声をあげ、そのままアダムと若将軍を輪になって囲む。

 

「そうだやっちまえ! 若将軍様なら楽勝だ!」

 

「人間に俺たちの恐ろしさを味あわせてやってくださいよ!」

 

「終わりだ人間! 俺たちが骨まで残さず喰ってやる!」

 

 取り囲んだビーストマン達が騒ぎ立てるのを聞きアダムは笑う。こいつならきっと楽しめるかもしれない、と。

 

「良いねぇ!! なら俺を傷つけてくれよ……俺に痛み、感じさせてくれよっ!!」

 

 挑発するかのように両手を広げてノーガード状態になるアダム。それを見た若将軍の怒りがついに爆発した。

 

「ナメるなよ人間んんん!!!」

 

 叫び、地面を強く蹴り猛スピードで盾を構えてアダムへと突進。そのまま正面衝突してアダムを押して大きく後退させた。だが同時に若将軍の腕にまるで壁や巨岩に体当たりをかましたかのような衝撃が返ってきて、それに若将軍も何が起こったのか分からなかった。

 

「オオオオオァッ!!」

 

 だがアダムがまだ立っているのを見ると再び雄叫びを上げて右手に持つ剣を何度も振った。ガムシャラに剣を振っており型も何もないが、彼は腕力と剣を振るスピードによる手数でそれを補っており、さらに剣も若将軍の攻撃に耐えられるように丈夫に作られていた。事実、彼と戦った人間は反撃する暇を与えられずに鎧ごと叩き潰されていた。

 

「死ね死ね死ね死ねっ!! お前も無様に潰されてしまえぇっ!!!」

 

 殴り殴り殴り殴り殴り──殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴りまくる

 

 自分の戦法に自信があるために、アダムに対してもそれで勝てるであろうと信じていた。さらに何体も同胞を殺されたことへの怒りから、いつもよりもガムシャラに剣を振り続けた──腕に返ってくる衝撃や、何度も攻撃を当てているのにアダムが一切体勢を崩していないことに気付かずに。

 

 そして終わりは突然やってきた。バッキィィィッ!! と大きな音が響き、若将軍の剣を振る腕が軽くなった。はっ、と我に返った若将軍が何が起こったのかと右手を見れば、彼の剣が真ん中から真っ二つに砕けていた。それに驚きアダムを見ると、剣を受け止めたのかオーバード・ワンを片手で横向きに構えており、その後方には折れた剣の一部が地面に刺さっている。

 

 若将軍の剣が折れたことに若将軍自身は呆然として、周りにいたビーストマン達も何が起こったのか分からずさっきのような歓声は無かった。

 

「……ああ、ガッカリだ。ガッカリだーっ!!」

 

 突然、アダムは叫びビーストマン達の意識がアダムに集中する。

 

「突進はちょっと痛かったけどさあ……他は全然痛くも痒くも無かったぞ!? おい、本気か!? これがお前の本気なのか!? だとしたらこの上なくガッカリだよ!!」

 

 アダム何を言っているのか、若将軍にも周りにも理解できなかった。あれだけ食らって痛く無かった? いくら鎧が優れていても、あれだけ食らえば少しは痛いはずなのに。

 

 そして若将軍も理解した。アレを人間と思うべきでは無かった、全く別の存在だった。見下していたことに、遅すぎる後悔をした。若将軍の足は、恐怖にガクガクと震えながらゆっくりとアダムから離れるように後ろに動いていた。

 

「……化け物……貴様は化け物なのかっ!!?」

 

「あん!? 失礼だな! 俺は普通の人間だ! 全く……」

 

 そう言ってオーバード・ワンをまっすぐ構えるアダム。ヒッ、と若将軍から恐怖の声が漏れ出る。

 

「期待させた挙句ショボい攻撃ばっかしやがって……それじゃあ……こっちの番だぁ!!!」

 

 斬っ!!! 

 

 決着は一瞬だった。

 

 若将軍めがけて走り、一気に距離を詰めながらオーバード・ワンを振りかぶる。若将軍は咄嗟に盾を構え、振り下ろされたオーバード・ワンは止まる事なく、盾ごと若将軍を縦に、綺麗な真っ二つに切り裂いた。若将軍は痛みを感じることも悲鳴を上げることもなく死亡、数秒遅れて斬られた所から血を吹き出して左右に裂け内臓を辺りに撒き散らした。

 

 若将軍が殺されたことにより間近で戦いを見ていたビーストマン達の戦意は喪失。だが後方の戦いが見えていない者達には何が起こっているのか分からず、軍は完全に指揮系統を失ってしまった。撤退しようにも動くことができない。

 

「……ブリュンヒルデ、ヴィクトリア。降りてこい!」

 

 アダムの声により彼の両隣に降りてくるブリュンヒルデとヴィクトリア。

 

「お疲れ様です。包囲はすでに完了しています。如何いたしますか、アダム様?」

 

「……皆殺しだ。ヴィクトリアは俺の近くに居てくれ。もうこいつらには飽きた……雑魚狩りほどつまらない物はねぇ。あとは頼んだぞ……」

 

「はっ!! ……護衛全員に通達! これより殲滅戦を開始する! アダム様に楯突いた汚い獣達を、皆殺しにしてしまいなさい!!」

 

 ブリュンヒルデによる死刑宣告が、ビーストマンへと下された。

 

 

 

 

 ヴィクトリアを除いたNPC達が残ったビーストマンを全滅させるのに、5分もかからなかった。アダムが大量に殺していたとは言え1000体近くは残っていたが、NPC達は手加減なしで戦ったためあっという間に殲滅が終了した。

 

 その間アダムは──ーボーッとしていた。彼が戦闘する意思が無くなった途端、高揚し熱くなっていた精神がスッと静まり、直後にポワポワと気だるさや虚無感が支配して思考がうまく纏まらない状態になってしまった。

 

 殲滅が終わり護衛達が報告に来てもアダムは「ああ、うん」や「お疲れさん」と生返事しかしてこないため、「きっとお疲れになられているのだろう」と判断した護衛達は少しでもアダムが快適になるようにとグレゴリーに転移でイリス・ラトリアスから椅子を持ってこさせて、それにアダムを座らせる。

 

 アダムが座らせられてから更に時間が経ち彼の意識がボーッとし始めてから20分後。

 

「……うあー……何だったんだこの変な感じ……」

 

 アダムの意識がハッキリしたのか、兜を開き顔を出せば両手で頰を叩く。

 

「お目覚めでしょうか、アダム様。それでは改めて、敵の殲滅を完了しました。一匹も生き残りはおりません」

 

「あ? 終わったのか? よくやったお前達、楽勝だったか?」

 

「はい。この程度の相手ならイリス・ラトリアスのシモベたちでも勝てるでしょう」

 

「ほんと、マジで弱かったな……っ」

 

 生臭い匂いがアダムの鼻を刺激する。改めて周りを見てみると、彼の目に映ったのは一面の血の海──ーそこらじゅうに死体と臓物が転がって、茶色が見えないほど赤一色の地面。さらに下を、自分が来ている鎧を見れば、アレスの遺鎧は真っ赤な血に濡れている。

 

 少しの沈黙の後、アダムは自覚した。この地獄絵図は自分達が作ったのだ、と。相手が人ではなかったためなのか、不思議と後悔や罪悪感は湧いてこず、ただ匂いや光景への気持ち悪さしか湧かない。

 

「……うえっ……いやな匂いだ……さっさと帰るか、あんまりここに居たくない」

 

「承知しました。死体はいかが致しましょう」

 

「……そのまま放置する訳にも行かないからな……燃やしてくれ」

 

「分かりました。グレゴリー、最大火力で全て燃やして」

 

「アダム様のご命令とあらば、血の一滴残らず焼き尽くしましょう!」

 

 グレゴリーに後処理を任せ、一足先にイリス・ラトリアスに帰還しようとするアダム達。この地から離れる前に辺りを見回して、アダムは呟く

 

「ほんと、最悪なファーストコンタクトだったな……」




本当に戦闘回は描写が難しいですね。


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第4話 この世界の者達

お待たせしました


「イリス・ラトリアスに向かって歩く人の集団!? それ本当かブリュンヒルデ!?」

 

 ビーストマン相手の大虐殺から4日後の昼。襲撃もなく平穏に過ごしていたアダムへと、イリス・ラトリアスに近く人の集団が近づいてきているという報告を受けた。

 

「で、どんな奴らが近づいてくるんだ?」

 

『そ、それが……偵察に言ったロスヴァイセとグリムゲルデの二人によれば、ほとんどが戦士ではなく一般人のようでした』

 

「一般人? 数は?」

 

『おおよそ100人程度です。護衛らしき武装した者も複数見えますが、とても一般人を守りきれる数ではありません』

 

「そうか…だとすると前みたいな襲撃ではないかもしれないか?」

 

『恐らくは』

 

 報告にアダムはこれはチャンスではないか? と考える。自分達はファーストコンタクトに失敗し、この世界について何も知らない状況に置かれている。その状況下でのこちらに向かってくる人間の集団。人間が相手ならビーストマンと名乗っていた獣人達より話は通じるだろう、アダムはそう考えた。

 

「……ブリュンヒルデ、そいつらは確かにこっちを目指しているのか?」

 

『はい。進む方向的には確実に』

 

「ならロスヴァイセとグリムゲルデはそのまま監視を続行させろ、そいつらに危害が及ぶようなことがあれば救援に入って構わない。他の姉妹達は待機させろ、ある程度この街に近づいたら出迎えて案内してやれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「見えてきました! 街です! 街があります!!」

 

「本当だ……すげぇ……あれ城塞なのか!? あんなデカい城塞見たことないぞ!?」

 

「ねえ……あれ本当に大丈夫…?」

 

「俺たちの近くにはここしかない。皆も疲れてる、もうあそこに行くしか手段はないんだ」

 

「アレが化け物どもの住処、だってオチは勘弁ですけどね! 四大神様、どうかご加護を……!」

 

 冒険者チームの彼ら──すでにメンバーはサブリーダーの槍使い、召喚士に女エルフの治癒士の3人しかいないが──は現在ビーストマンの進行から逃れた避難民達を連れていて、ある程度他の魔法も使える召喚士が自分達に一番近い街を「方位探知(コンパス)」で探しその方向に藁にもすがる思いで進んだ結果、運よく街を見つけることができた。

 

 あんな大きい城壁を持つ街の話題を一切聞かなかったことなど気になることはあるが、そんなことを言っていられる状況ではない。何より、避難民もあの街に希望を抱いており今別の街に進路を変えることは出来ない。

 

「皆! もうすぐだ、もうすぐ街に着く!!」

 

 槍使いの激励で避難民達に安堵と喜びが広がっていく。皆限界に近いが目の前の希望へと最後の力を振り絞り必死に歩く。あの街に入れば最低限の安全は確保されるかもしれない、その一心だった。

 

 すると先頭を歩く槍使いが足を止め、そして手を横に出して止まるようにジェスチャーをする。どうしたのかと召喚士とエルフ神官が槍使いの顔を見ると、彼の表情は戦場で迫る危険を察知するときの険しい顔で、彼の危機察知系の生まれながらの異能(タレント)が何か自分達よりも強い存在や危ない存在を察知していた。

 

「……何が、どこからきます?」

 

「わからない……でも強いのが来る……っ!?」

 

 バッ、と槍使いが空を見上げそれに他の二人もつられて空を見れば、太陽を背に何かが空から降りてくる。太陽を背にしているため眩しくてよく見えないが、それは人影のようだった。だが微かに、大きな鳥の翼のような物も見えた。それはこちらの方に降りてきて降り、降りてくうちに9つに人影が分かれた。

 

 先頭の3人だけでなく彼らの視線に気づいて上を見たもの達がそれらを呆然と見ている中、ゆっくりと彼らの目の前に9人の翼を生やした女性が降り立った。どれも見たことない装備をしており、槍使いの生まれながらの異能(タレント)がこれまでない最大限の警鐘を鳴らし続けていた。

 

「……ベルクス……ベルクス! どうするのこれ……」

 

「……どうもこうも、戦うのは無しで。ありゃ勝てない……」

 

 ベルクス、と治癒士に呼ばれた槍使いは引きつった笑みをすることしかできず、心の中で話が通じる相手だと良いなぁ、と思うことしかできなかった。

 

 誰も喋ることができない中、先頭に立つ一際装飾の豪華な服を来た女性──ブリュンヒルデが歩み出て、ベルクスに問いかける。

 

「あなた方に質問をしましょう。まず一つ、あなた方はどのような集団か」

 

「っ!? お、俺たちは竜王国の国民です! 俺たちは今、ビーストマンの進行から逃げてこの街にたどり着きました!」

 

 喋りかけられたことにより、直感的に活路を見出したベルクスはその質問に必死になって答える。他の面々はベルクスに全てを任せるのか、固唾を飲んで見守っている。

 

 ベルクスの回答のビーストマンにピクリ、と反応したブリュンヒルデはどこかに伝言(メッセージ)で会話──ベルクス達には内容は小声で聞こえなかったが、辛うじて敬語で話しているのは分かった──を始める。その会話はすぐに終わり、ベルクスへの質問が再開される。

 

「二つ目の質問…ここまで来たあなた方はこの街に何を求めるのですか? 」

 

「……俺たちは、保護を求めます。皆はもう限界なんです! 無礼なのは承知してます、ですが、一刻も早く落ち着ける場所が必要なんですっ!!」

 

 必死の様子でベルクスは彼女達に頭を下げる。見守っていた二人の仲間や難民達もそれを見て同じように頭を下げていく。皆カルマ値が高く善人である姉妹達はその必死の頼みを受けて、同情の悲しみの表情を浮かべていた。

 

「…ブリュンヒルデお姉様! 彼らを受け入れましょう! わ、私は彼らを見捨てることなんてできません!」

 

「ロスヴァイセ、気持ちは分かるわ。でも私たちに決定権は無いの……でもヒルディ、私もロスヴァイセと同じ意見よ」

 

「……わかっています、ゲルヒルデ。アダム様に報告しますが……いざとなれば……」

 

 それはブリュンヒルデも同じだが何よりも優先されるのはアダムの命令。もし受け入れられなければ、命を持ってアダム様を説得しなければ──そんな覚悟と共に、再度アダムへ伝言(メッセージ)を送る。

 

「アダム様、彼らはイリス・ラトリアスに入ることを求めています。……はい、彼らは一時的な避難場所を求めているようで……っ! …………分かりました! 御心のままに」

 

 話している最中でブリュンヒルデは驚いた表情になり、そのまま会話は終了する。ベルクス達と姉妹達がブリュンヒルデを見守る中、ベルクス達の方を向いたブリュンヒルデの顔は──この上ない喜びの表情で、ベルクス達や姉妹達がギョッとするほど満面の笑みで喋り始めた。

 

「おめでとうございます!! 私たちの主人であるアダム様はあなた達を歓迎するとのことです。それでは案内しましょう、最強なる三十三戦士の方々の栄光の結晶、魔導城塞都市イリス・ラトリアスに!」

 

 ブリュンヒルデの言葉はすぐに全体に伝わり、喜びが難民全体に広がっていくまであっという間であった。

 

 

 

 

 

 難民一行がイリス・ラトリアスに入った時から、彼らの感情は喜びも吹っ飛ぶほどの驚きに支配されていた。近くで見るほど桁違いの高さと堅牢さを誇る城壁に防衛の兵器と思われる何か。中も中で、街を防衛している金属質のゴーレムに見たことのない街の設備、何らかの魔法が付与されているのかいくら歩いても足が疲れないどころか速く歩けてしまう道路に、人を何人も乗せられる大きさの動く車輪付きの箱など、まるで御伽噺の中に入っているかのようだった。ただ一点、人のいる様子があまりないのが気がかりであったが。

 

 しばらく歩き、街の中心である巨大な建物の前のかなり広い広場に到着する。難民達にとって目の前に聳え立つ建物は見たことのない建築様式とは言え美しく荘厳で一種の芸術品のように見えた。難民達が感動などから誰も喋れないでいると、ここまで案内していたブリュンヒルデたち9人が建物の入り口を見る。そこから5人──ーブリュンヒルデ以外の六衛将たちが出てくる。それを見ていたベルクスは生まれながらの異能(タレント)により、あの5人はブリュンヒルデと同じくらいの強さの存在であると察知し、ただ1人冷や汗を流していた。

 

「アダム-O様のお見えとなります。皆の者、頭を垂れ平服するのです」

 

 ブリュンヒルデの声が、まるで魔法のように難民全員の頭の中に響いてくる。その有無を言わさない強い声に難民は皆平服してしまい、それを見た六衛将と姉妹達も入り口の方を向いて跪く。

 静まりかえる広場に近づいてくる重い足音。やがて入り口から出てきたのはアレスの遺鎧……ではなく普段使ってる準最強防具の、ボディラインがよく分かるほどすらっとした白いマント付きの金色の鎧を身にまとい、お供としてヴィクトリアを連れたアダム。

 

 皆ひれ伏しているのを見て「え、ここまでする必要あるか……?」と思うとブリュンヒルデに立たせるように合図する。それを受けたブリュンヒルデが「面をあげなさい」と号令すれば六衛将と姉妹達が立った後、難民達も立っていきその視線がアダムに集中した。

 おおよそ100人の視線にビビりながらも、必死に覚えたセリフ──ーグレゴリーとなんども打ち合わせして、ヴィクトリア相手に練習したセリフを難民達へと喋り始めた。

 

「諸君!! ここまでの辛い旅路、ご苦労だった!! 生まれ育った街を追われ、ビーストマンに襲われる不安を抱きながらもここまで来れた諸君らの頑張りに敬意を表する! 皆に落ち着ける住居を提供しよう! 怪我を負っているなら全ての怪我を癒そう! 埋葬して欲しい者がいるなら丁重に埋葬しよう! 安心してほしい、ここにビーストマンが攻め入ることはできない! 我々が全力をもって君たちを守ることを約束しよう!! このイリス・ラトリアスは難攻不落の要塞といっても良い。どれほどの軍勢がせめて来ようと、この街の全防衛力を持って殲滅してみせる! 胡散臭いかもしれないが、信用できないかもしれないが、俺は本気だ! ここまで来れた諸君らの努力に報いることを約束しよう!! 

 ……最後に、ようこそイリス・ラトリアスへ! この俺、アダム-Oは諸君を歓迎する!!」

 

 アダムの演説を、涙を流しながら黙って聞いていた難民達は彼の演説が終わると共にワッ!! と歓声が巻き起こる。中には喜びから泣き崩れる者も出てきて、その上六衛将と姉妹達も「アダム-O様万歳!!」と繰り返し言っており、近くに控えているヴィクトリアに至ってはアダムの勇姿に感動の涙を流していた。

 

「ブリュンヒルデ! ソルジャーゴーレムを使って彼らを家に案内しろ! どの家でも良い、ここには大量に空き家があるからな。それとそこのお前……その槍を持ってるお前だ」

 

「っ!? お、俺でしょうか!?」

 

「そうお前。個人的に聞きたいことがある、荷物を置いたら俺のところに来い。それじゃブリュンヒルデ、後は頼んだぞ」

 

「はっ!!」

 

 ブリュンヒルデが跪いたのを見て王城の方へと戻っていくアダムとヴィクトリア。王城の中に入った途端、アダムは「はぁぁ……!」と大きく息を吐きながらよろよろと柱に寄りかかる。

 

「御主人様!?」

 

「つ、疲れた……ギルド長のやつこれを平気な顔してやってたのか……? ヴィクトリア、どうだった? 俺ちゃんとできてたよな?」

 

「はい……御主人様の御勇姿は立派に輝いておりました! ……も、申し訳ありません、感動のあまり……涙が……」

 

「……うん、そっか、ちゃんとできてたか。良かった良かった」

 

 そこまで泣くか? と感動の涙を必死にこらえようとしているヴィクトリアを見て軽く引き、そのままグレゴリーにメッセージを繋ぐ。

 

「……グレゴリー、お前のおかげで上手くいった、礼を言う。……謙遜はいい、お前に助けられたのは事実だからな。それはそうと、俺が指名した槍を持った奴を俺の家に後で連れてきてくれ。ようやく、この世界について知るチャンスがやってきた」

 

 

 

 

 

「どうぞ。粗茶でございますが」

 

「ど……どうもありがとうございます…………」

 

 場所は変わりアダムの邸宅。そこの来客用応接室にアダムとグレゴリーにヴィクトリア、そして槍使いの青年がいた。見たこともない豪華な家に案内されたと思えば、目の前にこの街の最高責任者が座っている。いきなりの展開に青年の思考はついていけず、差し出されや茶を飲む気も起きなかった。

 

「さて……それでは話をしたいんだが、まずは君の名前を教えてくれ」

 

「ベルクス! ベルクス・トートンです!」

 

「ベルクス、だな。そんなに緊張しなくていい、ただ俺たちは質問をしたいだけなんだ。……先ず、ユグドラシル、ヴァナヘイム……この二つの単語に聞き覚えは?」

 

「……その、ありません……」

 

「なら……トリニティ、アインズ・ウール・ゴウン、英雄血盟団、この三つのギルドの名前は?」

 

「そ、それも聞いたことは……」

 

「……マジかー…………なら少し質問を変えよう。今、この街はどこにあるのか。大雑把でいいから教えてくれないか?」

 

「え? ここは竜王国の都市じゃないんですか?」

 

「竜王国? すまん、聞いたことない国名なんだが……その竜王国? について教えてくれないか?」

 

 そこからアダムとベルクスが会話し、それをグレゴリーが一字一句漏らさず紙に書き留める。結果として知れたのは「この世界はやはりユグドラシルではない、異世界である」、「この街は竜王国と呼ばれている国家の領土に転移した」、という二つの情報だけだが、その二つだけでも十分な収穫だった。

 

 対話終了後、気を良くしたアダムがお礼ということでコレクションルームのPVPのドロップ品である伝説級(レジェンド)の槍をベルクスにプレゼントした。このプレゼントを鑑定してその性能と効果を知り驚愕し、神から初めて武器を与えられた者として有名になるのは後の話である。

 

 

 

 

 

「なんとか上手くやってるみたいだな」

 

「はい。この世界の通貨とユグドラシル金貨の問題もある程度は解決しました」

 

 難民が来てから二日後の夜。城壁の上でアダムは護衛のブリュンヒルデと喋っていた。この世界に転移してから、夜空を眺めることがアダムの日課となった。だが難民が来てからは、ある程度活気の戻った街を眺めるのもちょっとした楽しみになっている。

 

 ギルド長の座を引き継いだ時にはすでに過疎が始まっており、活気すらなかった。そのためにほんの少しの活気でもアダムは嬉しく感じていた。

 

「そういえば最近はビーストマンの侵攻が止まってるらしいな」

 

「はい。姉妹達の偵察ではほとんどの地域で動きを見られないとのことです」

 

「……でも、どう転ぶかはまだ分からないか」

 

「先にこちらに手を出したのはビーストマン。アダム様の御命令ならばビーストマンへの報復攻撃をすぐにでも行いますが、如何しますか?」

 

「それはまだだ。あの時のは小さな小競り合いだった、報復攻撃はビーストマンと全面戦争になった時でいい」

 

 目下の課題はビーストマン。あの戦い以来、報復にでも来るかとアダム達は身構えていたがその気配は一向になく、それどころかビーストマンの侵攻そのものもストップしている。一方のアダム達も不確定要素の多さから、報復など大胆に動こうにも動けずにいた。

 

(まあ……少しつまらなくても平和の方が良いか?)

 

 ぼんやり、街を見下ろして物思いに耽っている。すると「アダム様!!」とブリュンヒルデが強くアダムのことを呼んだため、何事かと振り向けばブリュンヒルデは焦ったような表情をしている。

 

「ヴァルトラウテからの報告でこの街に急速接近してくる物体を確認! 数は一体のみ! 姉妹達に集結命令を出しましたが間に合うかどうか……!」

 

「おいおい、真夜中に来る必要はないだろ! ……武器と防具は大丈夫だな、よし」

 

 報告を受けた方向を向いて警戒するアダムとブリュンヒルデ。そして「それ」の気配に二人同時に気づいた。二人が見上げる先に、月明かりを反射して輝く白銀色の鎧がゆっくりとこちらに向けて降りてくる。

 

 刀、大剣、ハンマー、薙刀の四つの武器を背後に浮かべた、頭部と両肩にドラゴンのデザインが施されている白金色の全身鎧。明らかに、この世界に来てから遭遇した者達とは異色の存在。それは警戒する二人の前に降りてきて、城壁の上に降り立ち二人の方を向いた。

 

 二人は警戒するも手を出すことはせず、同様に白銀鎧も手を出してこない。三人の間に広がる静寂。そしてその静寂を打ち破ったのは、白銀鎧の方だった。

 

「はじめまして。綺麗な星空だね」

 

 挨拶。何の変哲もない挨拶。しかし攻撃やそれ以外の言葉を予想していた二人には、その挨拶は逆に警戒心を高めることになってしまう。だがアダムはここで返さないと話が進まない気がした。

 

「……ああ。良い星空だ」

 

「お、返してくれた。良かった良かった。ああ、警戒しなくても良いよ、戦う気はないからさ」

 

 白銀鎧の鎧はそう言うも、アダムはともかくブリュンヒルデは警戒を解かなかった。もし白銀鎧の言葉が虚言だった場合、いざと言う時はアダムの盾として命を散らす覚悟を彼女はしている。

 

「友人からよく言われたんだよ、初めて会うなら挨拶は必ずしろってね。僕のことはツアー、と呼んでくれ」

 

「そりゃ礼儀正しくどうも……じゃあ俺のことはアダムって呼んでくれ。それで挨拶に来ただけか?」

 

「いや、そう言うわけではないよ。僕は君に用があるんだ。……誤魔化すのは悪いから率直に質問するよ。君はユグドラシルから来たプレイヤー、なのかい?」

 

 ユグドラシル、そしてプレイヤー。その言葉を聞いた時アダムはすぐに理解した。こいつは何か情報を持っていると。

 

「何か知っているのか!? いや、もしかしてあんたもユグドラシルプレイヤーなのか!? 教えてくれ! この世界は一体なんなんだ!」

 

「あー、その、落ち着きたまえ。残念だけど僕は色々知っているだけでユグドラシルのプレイヤーではないんだ。少々長生きしているこの世界の住人なんだよ僕は」

 

「そ……そうなのか……すまない、ちょっと慌てちまった」

 

「……と言っても、今日はそんなに話し合うつもりはないよ。ただ君に聞きたいことがあるんだ。君は見た感じかなり強大な力を持っている。だからこそ聞きたい、君はこの世界で何をするつもりだい? 今僕が聞きたいのはそれだけだよ」

 

「何を……するか……?」

 

 漠然とした質問を投げかけられて、アダムは考え込む。だが考え込んでから10分、ようやく結論がアダムの口から出てきた。

 

「……分からん!!」

 

「………………え?」

 

 ツアーがこんな反応をするのも無理は無い。10分と短く無い時間を律儀に待ってから、アダムから出てきた結論が「分からん」の四文字。「え? こいつ本当に言ってるの?」とツアーは声に出さずに思ってしまう。

 

 だがアダムの答えにはまだ続きがあった。

 

「俺はこの世界に来てから1週間しか経ってない。まだ俺はこの世界について知らないことだらけだ。だからこの世界で何をするかについて、答えを出すのはもっと後だ!」

 

「……なるほど。悪かったね、確かにこの質問をするには時期が早かったかな」

 

「ああ。だからもうちょい待ってから来てくれ。もしかしたらその時には答えを出せるかもしれないからな」

 

「なら今日はこれでお別れだ。次に会うときはこの世界のことをもっと知っていることを僕も望むよ。それじゃ……えっと、おやすみなさい」

 

 そう言いツアーは浮かび上がり、アダムとブリュンヒルデ、いつの間にか集まりツアーを囲んでいた姉妹達を尻目に夜空の向こうへと飛んで行った。

 

「……なんだか、長い付き合いになりそうだなあいつとは……」

 

 身の無事を確認しようとブリュンヒルデたちが駆け寄ってくる中、アダムは一人呟いたのだった。




感想と評価、よろしくお願いします。皆様のお褒めの言葉で自分は生きていきます。
またいろんな1話から3話までいろんな所を手直ししたので、良かったらそちらも見ていってください。


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