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プロローグ

 「すげー!ここが帝都か!」

 

 辺境から出稼ぎに来た少年……タツミは、広大な街の風景に、息を呑んで感動していた。

サヨやイエヤスと共に辺境の村から名を馳せに来たタツミは

自分の村とは明らかに規模が違う圧巻の帝都の広さと共に

煌びやかな宮殿や装飾を施された建築物を見て興奮せざるを得なかった。

 

「こりゃ、出世すれば村ごと買えるな!絶対成り上ってやる!」

 

 思わず鼻歌を歌いながら、タツミは帝都を闊歩する。

自分の腕っ節は自分でよく分かっているし、先ほども一級危険種である土竜を退治してきた所だ。

ここで名を馳せて貧困の故郷の村を救う、そのために俺はこの帝都にきたんだとタツミは意気込む。

 

 「まずは入隊しないとな、兵舎に行かねえと」

 

 タツミは入隊手続きをしよう、と兵舎に向かう。

俺の実力を見れば、いきなり隊長になって下さい!とか言われちゃうかもな!

とタツミは楽観視していた。それが大きな間違いだった。

 

 「出てけー!」

 

 兵舎で剣を抜いて隊長にさせてくれ、と寝言を言うタツミは数分で兵舎から放り出されてしまった。兵士になりたい人間は多く、抽選で雇用が決まる程だったからだ。

タツミは首を捻ってどうするかを考える。仕官しなければ話にならない。

騒ぎを起こして名を売るか、とも考えたけれど捕まって打ち首になったら村に悪名を広めてしまい本末転倒だ。

 

 どうしようかと考えながらタツミが歩いていると、広場の一角に何やら人だかりができていた。

民衆が上を見上げて口々に何かを言っている。タツミも歩み寄り、つられるように上を見上げた。

 

 「なっ……!?」

 

 タツミが目にしたのは、手足が欠損した、釘を打たれて十字架に張付けられている人々だった。

もがき苦しみ、死なないように嬲られ生かされている彼らの悲鳴は最早言葉になっていなかった。

何事かとタツミは、見上げているおっさんの一人を捕まえて聞いてみることにする。

 

 「ああ、アレね。帝国に逆らった重罪人だよ」

 「逆らったからっていっても、惨すぎじゃねえか!?」

 「しー、お前も処刑されるぞ。あんた田舎者か?帝都じゃ珍しくもないことさ」

 

 中年のおっさんは、無表情にタツミに警告してきた。

タツミはその言葉よりも、そうタツミに語ったおっさんの顔付きを見てぞっとした。

無気力で、この世の全てを諦めたような表情だったからだ。

……本当に今まで何度も、同じ光景を見てきたんだなと、タツミはそう悟った。

 

 先程の光景を思い浮かべながら、タツミは俯き小股で歩みを進める。

国に逆らうものは問答無用で処刑される。

皇帝の独裁政治を思わせる見せしめの光景はタツミの脳裏に焼き付いていた。

 

 本当にこの帝都の軍人になっていいのか?

命を賭けて皇帝に仕えるべきなのか、出世して後悔しないのか?

タツミはそう思ったが、自分の頬を両手でぱんぱん、と叩いて気合を入れる。

何を迷うことがあるんだ?手段を選んでなんかいられないだろうが!

 

 「俺一人の命じゃないんだ。村の皆が幸せになるためなら、俺は後悔しない!」

 

 タツミは再び兵舎へと歩みを進める。帝都の闇を知っても尚、タツミは軍属に入ることを誓った。

 

「さっきは悪かった。一平卒でも抽選でもかまわない、俺を入隊させてくれ!」

 

 再び兵舎を訪れたタツミの顔には、先ほどまでの甘い考えとは違う、重い覚悟が浮かんでいた。

その熱意に押されて思わず差し出された書類を受け取ったタツミは、出身地と経歴を書き出し始める。

 

 書き終わった書類を兵舎に提出するタツミの瞳は、タツミ自身が気付かない間に僅かに濁っていた。



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詐欺を斬る

 「……疾ッ!」

 

 タツミは愚直に剣を振るう。切り上げ、切り払い、刺突と基本の型を幾度も練習した。

タツミの周りの帝都兵が、明らかに他の連中より練度が高く鋭いタツミの動きに注目している。

剣を振りながら、タツミには周囲の視線を感じる余裕があった。

羨望の眼差しを受け僅かに気分が高揚する。

思ったよりも軍の居心地は悪くない、でもタツミの目指す場所はもっと高い地位だ。

 

 「このままじゃ村に金を送る所じゃない。早く出世しないとな」

 

 給与は出るものの、それも微々たる量で最低限食いぶちに困らない程度のものでしかない。

念願適ったタツミは、一平卒から無事にスタートすることができた。

帝都警備隊になれず、それ以下の一般憲兵だ。

帝都の軽い見回りが仕事だがこれ以上の贅沢は望めない。

 

 この不景気の中、辺境に飛ばされなかった理由は

危険種を今まで大量に狩ってきたと、書類に書いたことが真実と認められたからだ。

不況とはいえ、腕のいい人間が限られていることも間違いなかった。

 

 「サヨやイエヤス、今頃何してるかな……」

 

 剣を振りながら呟く。二人の幼馴染の安否が心配だった。

雑念が入り真っ直ぐな剣先が僅かにぶれる。

 

 「っと、集中しなくちゃな」

 

 鍛錬を疎かにして、鍛えた技のキレが鈍るようでは元も子もない。

それこそ幼馴染達に笑われてしまう、とタツミは猛反した。

剣は帝都の敵を切り裂くことを想像して、空中に振り下ろされた。

 

 

「行ってきます」

 

 正午。小隊長に敬礼をしたタツミは、一人で担当地区の帝都の見回りを開始する。

胸に憲兵の巨きなステッカーを貼っているが、タツミは普段着のままだった。

軍隊に入隊したのにも関わらずタツミ個人に憲兵服を与えられることがない、というのは

自由な軍だからか、単に帝都警備隊にしか軍服が回らないぐらい金銭面が苦しいのか。

 

 「どちらもありそうなんだよなァ」

 

 規律を守る象徴であるはずの軍人がこれでいいのだろうかという疑問はあったが

タツミにとっては堅苦しい軍服を着ることにならなくてよかった、という安心感もある。

 

 帝都の治安が悪いことはここ数日の間の見まわりで分かっていたが

流石に真昼間ということもあって、堂々と犯罪を起こす輩は少なかった。

 

 「みんな、辛気臭い顔をしているな……」

 

 街中を歩き回りながら、タツミは帝都の貧富の差を改めて実感する。

優雅に歩いているのは派手に着飾った一部の貴族だけだ。

民衆の殆どは就職難に加えて、大臣の圧政政治と納税に苦しんでおり、彼らの表情は

全体的に澱んでいて暗く、覇気と言うものが感じられない。

 

 帝都が栄華を誇る天国の国だ、とは最早普段お気楽なタツミにも思えなかった。

 

 「……やっぱりこのままじゃ駄目だ。どうしても力が必要になる」

 

 故郷の村に金を送るため、そして帝都の民の暮らしを少しでも豊かにするためにも

タツミは権力を欲した。

将軍クラスにもなれば、内政官にも口出しできるようになるだろう。

問題はその方法だ。早く出世するためには犯罪者を捕まえて功績を上げるのが一番手っ取り早い。

しかし民が無事に暮らせているならそれに越した事はないのも確か。

 

 八方塞りか、と思いつつ真面目に警邏をするタツミの瞳にふと飛び込んで来たのは、帝都の至る所に小さく張り出された無数の手配書だった。

その中でタツミが呟いたのは、とある犯罪グループの名前。

 

 「ナイトレイド」

 

 殺し屋集団。闇夜に紛れて富裕層の人間や、帝都を支えている重役を情け容赦なく殺す悪党共だ。

ナイトレイドのメンバーには、アカメを筆頭に軍人だった犯罪者が何人も居るらしい。

こいつらの一人でも捕らえることができれば、かなりの大手柄だし民も喜ぶ。

出世に大きく近づくのは間違いなかった。

 

 「……もし出会うことがあったら、俺が捕まえてやる!」

 

 タツミは静かにそう決意し、ぎゅっと拳を握り締める。

そんな決意をするタツミに、泣きそうな顔で話しかけてくる男が居た。

 

 「憲兵さん、助けてくだせぇ!金を騙し取られちまった」

 

 どうやら男は地方から出てきたばかりのようだ。

悲しいことだが詐欺は珍しいどころか、日常茶飯事に近い。

この程度の被害なら、警備隊が動くことはないだろう。

 

「帝都で働くために、必死で金を貯めて来たんだ。それをあの金髪の女は奪い取りやがった!」

 

 小さな事件だ。治安の悪い帝都では最早事件とすら言えないかもしれない。

しかしタツミは男のことが何故だか他人事とは思えず、見捨てることができなかった。

帝都に着いたばかりの甘い考えを持ち続けていたら、タツミももう少しで

この男のようになっていたかもしれない。

何より初めて軍人としての自分を頼られたのだ、動かないという選択はない。

 

 「任せてくれ!俺が必ずあんたの金を取り戻してみせる!」

 

 タツミは拳で自分の胸を叩きながら、笑顔で男にそう言った。

幸いにも男は似顔絵が上手かったので、紙に金髪の女の模写をしてくれた。

犯人を見つけたら、直に分かる高い精度のものだ。

 

 年齢は二十代前半、上半身は胸部以外を露出させた金髪の女。

タツミはその情報と男が書いた似顔絵を基に街中の人達に聞き込みをし、

犯人と思わしき女の所在を調べ始める。

帝都は広いが、事件は起きたばかりでありまだ犯人は近くに居る可能性が高い。

犯人を捕らえるチャンスは今しかなかった。

 

 「もしかして、あいつか……?」

 

 地道な努力が実を結んだのだろう。

程無くして、タツミは人ごみの中目当ての人物の後姿を見つけることができた。

逃げられないように、人を避けながら早歩きで俺は犯人と思わしき女との距離を詰めていく。

 

 後をつけながらタツミは、女が徐々に人の往来が激しい中央通りから

入り組んだ人気少ない路地裏に歩みを進めていることに気付いた。

 

 (まさか、俺を誘い込んでいる……!?)

 

 尾行しながら遅れてタツミがそう気付いた瞬間女が走り出し、タツミも慌てて走って追いかけ始めた。

女が路地裏の角を曲がり、タツミの視界から消える。

タツミは後を追ったものの、曲がった先には既に女の姿はなかった。

 

 「撒かれちまったか」

 

 まんまとやられてしまった。

しっかり逃走経路を相手は確保しており一枚上手だった。

土地勘に一日の長があるのは犯人のほうだったということだろう。

警戒を解いて、溜息をついたその瞬間。

 

 「何のようだい少年?」

 

 背後から聞こえてきた声に反応して、咄嗟にタツミは前方に跳躍して距離を取りながら

空中で転進し、声の主と向きなおる。

そこには腕を組んだグラマラスな金髪の女、俺が追いかけてきた詐欺事件の犯人の姿があった。

 

―――俺が追いかけていたはずなのに、いつの間に俺の背後に廻ったんだ!?

 

「数時間前に、地方から出稼ぎに来た男の金銭を盗んだよな、返してやれ。

 反省して男に謝るなら、捕まえずに見逃してもいい」

 

 「少年、甘いね。ピカピカの新兵ってところだなー!」

 

 女はにやけ面で、じろじろと無遠慮にタツミの全身を眺めて観察する。

こちらは武器を持っているにも関わらず、タツミに対して

飄々とした余裕のある態度を崩さない。タツミはその立ち振る舞いに、女に対する警戒を強めた。

 

「素直に従う気は、ないみたいだな」

「まーね」

 

 悪びれもなくいう女に、タツミは自身の軍人としての正義感が煮え滾るのを感じる。

 

「それが分かりゃ十分だ!民を苦しめる犯罪者は、俺が捕らえさせてもらう!」

 

 できれば無傷で捕らえたいが、手加減する余裕はなさそうだ。

彼我の実力差を既に感じたタツミは静かに背負っている剣を抜き去り

女に向けて剣先を向けた。

両刃のため、峰打ちはできない。剣は勿論鞘に嵌めたままだ。

 

「帝都の民のためか―――その考えは嫌いじゃないよ少年」

 

 女も俺が剣を抜くと同時に神妙な顔つきになり、タツミに向かって徒手空拳の構えをとる。

 

相対するタツミと女の間で、一陣の風が吹く。

 

 殺し屋、ナイトレイド。

帝国兵になってすぐにタツミは、期せずしてその一員と戦うことになった。



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力を斬る

 帝都の路地裏で犯人の女と相対したタツミは、相手の隙のない構えから錬度の高さを感じ取っていた。

互いに睨み合いながら、タツミの頬をつう、と一筋の汗が流れる。

 

―――そこらへんのチンピラとはレベルが違ぇ!

 

 タツミは強敵を目の前にして、剣を構えたまま動くことが出来ない。

迂闊に動けば一瞬で叩きのめされるという確信がある。

そして僅かだが、鞘を付けているとはいえ無手の女相手に剣を向ける事への躊躇いもあった。

そのタツミの心境を見透かしたように、女は硬い表情を崩してにかっ、と俺に白い歯を見せた。

 

 「やっぱり甘いな。お姉さんはそういうの、嫌じゃないけど」

 

 その表情に一瞬気が緩んだタツミの隙をつき女は上半身を大きく倒し、地を這う様に駆けてくる。

正確に丹田へ繰り出される正拳突きを、剣を盾にして何とか防ぐ。

タツミはその一撃だけで、剣を握った右手がビリビリと痺れるのを感じた。

 

 「なんつう腕力だ……!」

 

 鉄の塊に拳を打ち付けたにも関わらず、女は痛がる様子はなく拳の殴打は止まらない。

反撃も侭ならず、タツミは剣での防御を続けながらたまらず後退する。

重心が移動したその脚を絡めとろうと女が足払いをしてくるが、軽く跳躍してかわし、タツミは剣を振り下ろす。

女は振り下ろされた刃を、何と両手で掴んで止めた。

絶句するタツミの脇腹に、女の蹴りが突き刺さりタツミは吹き飛ばされる。

 

 空中で血反吐を吐いたタツミは何とか体勢を建て直し、靴底で地面を引き摺って着地した。

 

 「こちとら、力には自信があるんだよね」

 

 剣を支えにして何とか立ち上がったタツミに対してぐるんぐるん、と女は右腕を回した。

 

 「あんまり少年のことは嫌いじゃないんだ。逃げても追わないよ」

「逃げることはできねえな。俺はあの地方の人のために、お前から金を取り返すと誓ったんだ」

「……もっと邪悪な連中が、沢山帝都に蔓延っているのに?」

 

 すっと、僅かに目を細めた女の言葉に対して、タツミはいつの間にか吼えていた。

 

「俺は将軍になるんだ!困っている人一人救えなくて、国を変えるなんてできるかよ!」

 

 タツミは女に対して駆けた。一気に踏み込み剣を横凪に振るう。その勢いで、剣は鞘から抜けてしまっていた。

肉を切り裂いた感覚にしまった、と思ったタツミは、カウンターで放たれた女の貫手をモロに食らい壁に叩き付けられる。後頭部を強く強打し、タツミの意識が遠のいていく。

タツミが最後に浮かんだ感情は、地方の男との約束を守れなかったという悔しさだった。

 

 

 

 

「帝具を見られていない……運がいいな少年」

 

 レオーネは、気を失ったタツミを見下ろして呟く。彼女の頭には、獣耳が生えていた。

深く切り裂かれた脇腹が、百獣王化ライオネルの治癒能力で再生していく。

 

 最後のタツミの疾さは、一瞬だけだがアカメの其れを思い出すものだった。

帝具がなければ死にはしないものの、重症を負う所だっただろう。

最悪回復するとは思っていたが、本業の殺し屋にこれほどの手傷を負わせることができる存在はそう多くない。

 

「ただの新兵が将軍になって国を変える、か―――なら少年は、今から私たちの敵だな」

 

 今後間違いなく立ち塞がってくるであろう脅威を葬らない、それは暗殺者にとっては論外かもしれない。

少なくとも他のナイトレイドのメンバーなら、タツミに止めをさしていただろう。

しかしレオーネは、あえてタツミを見逃すことを選択した。

それは傲岸不遜とも言える少年の言葉や、腐敗した国を変えたいと思った信念に共感を覚えたからか。

あるいは、単なる気まぐれだったかもしれない。

 

 「少年のこれからに、お姉さんは期待しているぞ」

 

 レオーネは気絶している、名前も知らない相手にウインクしてそう言い残すと、路地裏の闇に姿を消した。

 

 

 

 

 目を覚ましたタツミは、自身の身が無事だったことを安堵する間もなく立ち上がる。

似顔絵は破り捨てられており、犯人の女は既に消えていた。

 

 「ちきしょう!」

 

 タツミは拳を地面に振り下ろす。帝都を変えると宣言した所で実力が伴わなければ意味がない。

こんな所で苦戦しているようなら、噂のナイトレイドを捕らえるなんて夢のまた夢だろう。

 

 「……強くならなくっちゃな」

 

 何故かは分からないが、女に身包みを剥がされなかったことは幸運だった。

まずは俺を頼ってくれた男に謝らなければならない。

そして帰ったら、また鍛錬を積み重ねよう。強くなって、いつか将軍になるために。

 

 薄暗い路地裏から光照らす街通りに歩みを進めつつ、タツミはそう誓ったのだった。



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鍛錬を斬る

 ナイトレイドの朝は早い。

 

 鍛錬所にて、木がぶつかり合う鈍い音が響く。

ブラートが繰り出す杖による刺突は、超一流の其れであり一撃一撃が必殺級だ。

ラバックは脇腹への攻撃を半身になって最小限の動きで避け、次の攻撃をこちらの杖で弾いて受け流す。

 

 「もうちっと手加減してくれてもいいんだぜ、ブラートの旦那!」

 

 振り下ろされた杖の動きに何とか対応して受けたラバックだったが

変幻自在の苛烈なブラートの攻めに対して、防御と回避しかできない。

攻撃に回れず、何とか受身をするだけで精一杯だった。

数秒の後に、ラバックの手から武器が弾き飛ばされ首筋に杖が突きつけられた。

 

「漢同士の戦いで、手を抜くつもりはないぜ」

「……そうだろうと思ったよ。もう一回いいか?」

「おう!」

 

 ラバックとブラートは、再び打ち合い始める。ここ最近、ラバックとブラートの朝の鍛錬は日課になっていた。

 

 「ラバ、今日もやってるねえ!」

 

 帝都から帰ってきたレオーネが、ラバックとブラートの戦いを座って見学し始める。

最初は数秒も持たなかったが、回数を重ねる度に段々鍛錬に慣れてきたラバックは

勝つことはできないものの、アカメと並んでナイトレイドトップクラスの実力を持つ

ブラート相手に粘る時間を十分に稼げるようになってきた。

 

 無言のまま数分打ち合う。

ラバックは虚をつくように繰り出されたブラートの攻撃を何とか受け止めたものの

受ける際に無理な体勢を強いられ後が続かず、杖を弾き飛ばされ再び武器を失った。

 

「あーあ勝てねえ!姐さんもきたし、今日はここまでにしとくか」

 

 地面に手をついて息も絶え絶えに座り込んだラバックと、余裕そうなブラートにレオーネが水の入った水筒を持ってきてくれる。

 

 「サンキュ姐さん」

 

 助かるねえ、とラバックはその水をゴクゴクと音を立て一気飲みする。

すると水分が喉を潤すこともなく、口の中が焼けそうになった。

顔色を変えたラバックはブー、っと口から吐き出す。水じゃなくて酒だ!

ブラートの方はどうなってるかと様子を見ると、そっちはしっかり水のようだった。

 

「おー、引っかかった♪」

「姐さん俺の扱い酷くない!?いやまてよ、俺だけ特別扱いだと!これはこれでアリなのでは!?」

「謝ろうかと思ったけど、ラバだしいいか」

 

 悪びれもなくうんうんと頷くレオーネ。これが男ならもう少し怒るかもしれないが

笑っている姐さんの笑顔を見ると許してしまうラバックがいた。

やっぱり美人はいいよなあ、目の保養になるしと心の底から思う。

 

「また明日もお願いしていいかい旦那?」

「勿論だ!明日もじっくり二人きりで鍛錬しようぜ!」

 

 なぜか親指を立てて頬を染めながら、ラバックに力強く答えるブラート。

ラバックは無性に尻の穴がムズムズし、ブラートから離れる。

 

(ブラートとの特訓、やっぱりやめたほうがいいんじゃねえか?)

 

「おいおいそんなに距離を取るなよラバック、傷ついちまうぜ?」

「俺も俺が傷つくのが怖くて距離を取っているんだよ!」

 

うがー、っとブラートに叫ぶラバックに対して二人がははは、と笑う。

 

ナイトレイドは今日も平和のようだった。

 

 

 

「ブラっち、ラバの調子はどうー?」

 

 ラバックが立ち去った後の鍛錬所で、レオーネがブラートに声をかける。

上半身を肌蹴たブラートは、背中にびっしりと汗をかいていた。

疲労をラバックに悟らせなかったのは、男としての意地に過ぎない。

 

「ああ……どんどん強くなってるぜあいつ。索敵と後方支援担当なのが勿体無いくらいだ」

「ラバってあんまりこっち方面鍛えてなさそうだから、それだけ伸び白があったってことか」

「ラバック本人に、何か心境の変化でもあったのかもしれねえな」

 

 本気のブラート相手に数分間打ち合える。それがどれだけの力量なのかは言うまでもないだろう。

しかもラバックは打ち合いながら決して攻撃を自分から行わず、隙を作らない。

しっかりと守りに専念している。それはラバックがクローステールでの搦め手が自身の本領であり

強敵相手には身を守り続ければその間に糸の帝具で葬ることができると割り切っているからだ。

 

「元々殺し屋としての考え方は十分ラバックには備わってるからな。

 ……これは内緒だが、帝具ありなら俺も10回戦ったら一回は勝てないかもしれねえ」

 

 元来暗殺者にとって、一番大事なのは『臆病』であること。

最悪を想定し、冒険はしない。しかし任務は完遂するという柔軟な思考。

そのラバックの考えは殺し屋として優秀だ。

ラバックは索敵担当という自身の領分を忘れないまま強くなっている。

だからこそ負ける気こそしないが勝てないかもしれない、とブラートは口にした。

 

「ナイトレイドは男が二人だけだ。俺もうかうかしてられねえな」

 

 天井を見上げて感慨深く呟いたブラートの高い評価と共に、間近で二人の鍛錬を見たレオーネはちょっぴりラバックを見直した。

 

しかしそれも自分の風呂に突撃してきたラバックに、制裁を加えるまでの話だったが。



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護衛を斬る

 ドスン。

 

 木製の机に、ラバックが運んだ本が下ろされ鈍い音が響く。

表向きの仕事として帝都で貸本屋を営んでいるラバックは外部から仕入れてきた本を分別していた。

積み重なった本の山に向けてはたきを軽く振り、埃を振り払う。

紙で出来ている本は傷みやすいため、保存状態を保つために丁寧に扱う必要があった。

店内の床も磨き、ラバックが一息ついたところでドアのベルが鳴った。

 

 「いらっしゃい」

 

 ラバックが顔を上げると、そこに居たのは剣を背中に背負った純朴そうな少年だった。

すっかり店にとって顔馴染みになったその少年に向けて、ラバックは親しみを込めた笑みを浮かべた。

 

 「おおタツミの旦那、今日はどんな本をご要望で?」

 

 タツミがラバックの営んでいる貸本屋に顔を出したのは、単に警邏中にこの店を見つけたからだった。

帝都は不景気であり、時勢を考えても本一冊の値段は馬鹿にならないものがある。

だからこそ、普通の書店よりは価格が手頃な貸本屋を発見したタツミは店内に足を運んだのだ。

最初は帝都の歴史が記された文献等の、普通の書籍を借りていたタツミだったが

最近タツミがここで求めているのはそれではない。

 

「何と俺、出世したんだ!という訳で……いつものジャンルを頼んでいいか?」

「それは目出度いな!いいぜ、割引いておくよ」

 

 にやりと笑うラバックとタツミ。男二人、それ以上の言葉はお互いにいらなかった。

軍隊は男所帯でストレスが溜まる。タツミが艶本を求めるのは無理もないことだろう。

店の奥に入ったラバックとタツミは、如何わしい表紙を漁り始める。心なしか二人とも息が荒い。

ラバックはタツミが気に入りそうな種類を見繕いつつ問いかけた。

 

「出世って、どこの役職だい?」

「へへん、なんと帝都警備隊だぜ!凄ぇだろ!」

「……へー、旦那ってついこの間兵士になったばっかだろ?確かに凄えな」

 

 何気ない会話をしながら、ラバックは艶本の中からタツミが好みそうな

スタイルが整っている綺麗系のお姉さんの本を見つけ出したが、それをあえて無視して会話を続ける。

 

「最近帝都は物騒だから、タツミの旦那みたいな軍人には俺も感謝してるんだぜ?」

 

 ついこの間、帝都警備隊長であるオーガが何者かに殴殺される事件が起こったばかりだ。

タツミが帝都警備隊に配属になったのは、オーガの死に危機感を持った上層部から実力を買われてのことだろうとラバックが当たりをつける。

ラバックからの感謝を受け取ったタツミは、真剣な表情でラバックを見据える。

 

「ありがとう店主さん、帝都の治安は俺達警備隊がしっかり守る」

 

 艶本を持ちながらカッコつけるタツミを見て、締まらねえなあ、と思ったラバックがいた。

 

しかしお客にそう突っ込むわけにもいかないので、とりあえず褒めておく。

 

「よっ、旦那がいれば百人力だね!」

「おう!盗人だろうと噂のナイトレイドだろうと俺がぶちのめしてやるぜ!」

「頼りにしてるよ」

 

 タツミは明るい面持ちで強気に語るも、僅かに漏れた殺気と共に

タツミが拳を強く握り締めたのを、ラバックは見逃さなかった。

それは、ここには居ないナイトレイドに向けた強い怒り。

オーガの死は、殺し屋集団ナイトレイドによるものらしい―――その噂は、既に帝都中に広まっていた。

タツミの言葉は、ラバックを励ますと共に自らを鼓舞するものでもあったのだろう。

 

「……良さそうなのが見つかったぜ旦那、これとかどうだい?」

 

 先ほど見つけた艶本を差し出したラバックは、タツミに向けて笑いかける。

純粋無垢な顔立ちをしているタツミは、僅かに照れながら好みだぜ、と艶本を受け取り金を払った。

 

タツミが立ち去った店内を見回したラバックは、無言で閉店の準備に入る。

 

時期に日が暮れる、貸本屋はもう終わり。

 

――――ここからは本業の時間だ。

 

 

 

ナジェンダは煙草を吹かしながら、ラバック達に任務の内容を伝える。

 

「今回の任務は大臣の遠縁に当たる男、イヲカルとその護衛5人の始末だ」

「大臣の名を利用し女に死ぬまで暴行を振るい続けている」

 

「か弱い女性にそんなことを、許せねえ!」

 

 女好きだからこそ、男としてイヲカルの蛮行はラバックにとっては許せることではない。

怒りに燃えるラバックに対して、ナジェンダがほう、とラバックを見つめる。

 

「やる気だなラバック。今回イヲカルを狙い打つマインの護衛をお前に頼んでいいか?」

 

 ラバックはナジェンダの人選に、首を捻り疑問を感じる。

近接戦闘に特化している面子ではなく、あえてラバックに護衛を頼む意図がラバックには分からなかった。

ラバックはそもそも、戦闘がそれほど好きではない。

戦わずに目標達成できるならそれに越したことはないと思っているぐらいだ。

 

「ラバで大丈夫?こいつ死んだふりとかしないでしょうね?」

「流石に護衛対象を無視してそんなことしねえよ……」

 

 案の定マインが辛辣な言葉をラバックに浴びせかけてくる。

心当たりがないわけでもないラバックは、マインに強気に言い返すことが出来なかった。

不安げなラバックとマインを見て、ナジェンダは笑みを零す。

 

「ラバック―――今のお前なら大丈夫だ。いざと言う時にマインを守ってやれ」

「ナジェンダさん、任せて下さい!」

 

 ラバックは不安を吹き飛ばした。ここで好きな人の信頼に答えなきゃ、男じゃねえ!

そう思ったラバックはナジェンダの聖母のような微笑を見て、護衛を引き受けることを決意した。

 

 

 

 狙撃地点の木の上に上ったマインとラバックは、イヲカルが住む豪邸内から標的が出てくることを確認する。

マインの砲撃は、周囲の女達を無視して寸分の狂いなくイヲカルを打ち抜く。

ラバックとマインは、木から飛び降りラバックの張った糸を足場に着地した。

 

 他のナイトレイドのメンバーに合流するために、ラバック達は走り出す。

ラバックとマインのルートは木の根っこが所々に張っている森林地帯で、とても動きにくかった。

ラバックは護衛として、マインの後ろで周囲に気を配りながら進む。

このような木陰が多く隠れる場所が多い場合、どこから襲撃がくるか分からない。

相手が皇拳寺の達人であるならば、尚更だった。

慎重に進むラバックに対して、マインが走りながら苛立った表情を見せる。

 

「もうすぐ合流よ、急ぐわよラバ!」

「マインちゃん合流は、ちょっと待つ必要がありそうだぜ――敵だ」

 

 ラバックは低い声で呟く。マインの背後から拳を振るおうとする人影があった。

暗殺者相手に全く悟られずに完全に殺気を隠して近づいてきた技量は凄まじい。

流石は皇拳寺で修行した人間といった所だろう。

しかしどれだけ殺気を隠したところで、クローステールの薄く張られた糸、結界による探知から逃れることはできない。

マインがラバックの言葉に反応する間もなく、ラバックは動いていた。

 

「なっ……!?」

 

 敵の驚愕の声が聞こえる。

マインに拳を振るおうとした敵は、木と木の間―――足元に張られた糸に引っかかり転んだ。

体を宙に舞わせ、無防備になった敵の顔面にラバックの投げたナイフが突き刺さる。

ナイフは敵の脳幹を貫き、その息を止めた。

 

「敵が豪邸の方角から来るのは分かってる。おまけにこの森林だ。いつもより糸を張りやすいってこと」

 

「ラバのくせにやるじゃない」

 

 今回は護衛が任務だ、マインを守れなければ意味がない。

臆病なラバックは保険として、動き続けながら二人の足元のすぐ傍に罠を仕掛け続けていた。

 

「まだ敵がくるかもしれない。注意して行こうぜ」

「……分かったわ」

 

 警戒を促すラバックに対して不意打ちを食らいそうになったマインは素直に頷く。

幸いにもアカメたちは直傍に居た。任務達成だ。

ナジェンダさんの信頼に答えることができた、とラバックは内心安堵した。

 

「これでマインちゃんとナジェンダさんのポイントアップだ!」

「ラバはこういうことをすぐ口に出すから、見直されないんだよなあ……」

 

帰路につきながら、鼻の下を伸ばすラバックに対して呆れるナイトレイドの面々。

 

首切りザンクが帝都を恐怖に陥れたのは、任務達成のすぐ後のことだった。



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首斬りを斬る

 一般憲兵から帝都警備隊に昇進したタツミは、ついに支給された軍服に袖を通す。

メットやヘルムカバー、フェイスカバーが支給されていない理由は味方の士気を高めるため。

それだけタツミ個人への期待が高いということだろう。

数多い帝都警備隊の中でも精鋭扱いということだ。

任務でコツコツ帝都近辺の危険種を狩り続けた甲斐があったと感じる。

 

 詐欺師の女との戦いで実力不足を痛感したタツミは、休日も自ら危険なフェイクマウンテンに赴き

擬態した危険種を退治して実戦を経験し、強くなっていた。

体を苛め抜き、自身が成長しているという実感はあるもののタツミの表情は暗い。

 

 その理由はここ最近、帝都に首斬りザンクという帝具使いの辻斬りが出没し

帝都市民の安全を脅かしているからだった。

一般市民だけではなく被害は帝都警備隊にも及んでいる。

夜間に外出した帝都警備隊の二割近くが、既に首斬りザンクによって頭と胴体を切り離されていた。

 

 「今夜も見回りだな」

 

 兵舎から外に出たタツミの元に、犬のような生物を抱えたポニーテールの少女が駆けてくる。

少女はタツミと同じく帝都警備隊の軍服を着用していた。

彼女の名はセリュー・ユビキタス。タツミと同じ帝都警備隊だ。

タツミという後輩の指導担当ということで、心なしか張り切っているようにも見える。

 

「タツミ!今日も善良な市民を守るため、警邏を頑張りましょう!」

「おう!こんな時だからこそ、しっかり俺達が見回らなくっちゃな」

 

セリューの言葉に共感したタツミは、力強く返事を返した。

 

 

 

 タツミとセリュ―は警戒しながら住宅街を歩く。昼は人通りが多い場所だが

夜間は外出する市民は最早殆ど居ない。ザンクを恐れてのものだ。

帝都警備隊にとっても警邏の目的の大半が、民の安寧を脅かす殺人鬼を速急に捕らえることに変わっていた。

 

「帝具持ちの警備隊員か、愉快愉快」

 

遥か頭上……時計塔の屋根の上から、その首斬りがタツミ達を獲物に定め動き出す。

 

 タツミとセリューは警邏を続ける。セリューは真面目だし、タツミも

無駄口を叩きたくない程度にピリピリしているため両者無言だ。

途中多少の尿意を催したものの、帰ってからできると思いタツミはセリュ―から離れることはなかった。

油断したら死ぬ、ということをタツミは既に学んでいた。

 

 とはいえ、常に神経を張り詰めさせておくことはできない。

住宅街から大きな広場についたタツミとセリューは一瞬だけ気を緩める。

 

 タツミの背後から、首を刎ねようとする横凪の刃が飛んできたことに直前で気づけたのは

フェイクマウンテンでの鍛錬のお陰だろう。

 

 タツミは静かに身を屈め、回避すると共に振り返り、抜刀。

剣を斬り上げ襲撃者の胴から肩にかけて切り裂こうとする。

必殺の一撃をかわされた襲撃者は、動じることなく軽く後方にステップして回避。

それから更に後方に大きく跳躍し、タツミとセリュ―から距離を取った。

 

「今のを回避して反撃までするかぁ、強いねぇ……愉快愉快」

 

頭に帝具を着用し、剣を両袖から生やした襲撃者……首斬りザンクは笑い声を上げる。

 

――――後一歩で即死する所だった。

 

 冷や汗をかくタツミと違ってセリューの所作は対照的だった。

慌ててタツミのほうを振り向き、ザンクを発見したセリューは表情を大きく変化させる。

自身の正義に基づいて悪を断罪するという彼女にとっての

価値観が爆発し、喜色満面で、どこか歪んでいる笑みを浮かべたセリューはザンクに指をつきつけた。

 

「頭に装着した帝具から、首斬りザンクと断定!

治安を乱す殺人鬼め!絶対正義の名の下に、悪をここで断罪する!」

 

背後の頼もしい同僚の言葉を聞きつつ、タツミも殺人鬼相手に声を荒げる。

 

「俺もセリューと同じ考えだ。お前みたいな腐れ外道には容赦するつもりはねえ!」

 

 甘いねえ、と言われた詐欺師の女の時とは状況も、相手の罪の重さも違う。

今のタツミには相手を殺してでも民の暮らしを守らなければならない、という使命感があった。

帝具持ちだろうと知ったことではない。抜き身の剣をザンク相手に構える。

 

「おお、勇ましいねぇ……若いってのはいいなぁ。愉快愉快」

 

帝具同士が殺意を持ってぶつかり合うと、必ずどちらかが死ぬ。

 

――――死闘が、幕を開けた。

 

「コロ、腕、粉砕!」

 

 セリューがコロ……帝具ヘカトンケイルに指示を出す。

するとコロの姿が膨れ上がり、筋骨隆々な腕が生える。

コロがザンクに向けて走り出し、タツミを通り過ぎてザンクに接近、拳の連撃を振るう。

一見逃げ場がないようにすら見える拳の弾幕だが、しかしザンクは余裕の表情を崩さない。

 

「帝具だろうと未来視で筋肉の機微を読むことにより、次の行動は読める」

 

 ザンクは自ら拳の弾幕に向かって突っ込んでいく。

正面への突きを最小限の動きで移動して回避し、抉りこむようなフック攻撃を身を屈めてかわす。

拳の弾幕を抜けきったザンクは、コロとのすれ違いざまに左肩を深く切り裂き抉った。

コアが完全に露出され、コロから切り離されコロが一時的に動きを止めた。

回復までには多少の時間がかかる。

 

「そして俺には透視がある……生物型の帝具は、確かコアを破壊すれば無力だったな」

 

 ザンクはコロのコアに向けて転進しようとするが、セリューが

両腕に仕込んだトンファガンの銃弾を放ち妨害する。

ザンクが両手の袖から生えている剣を振るい銃弾を弾いて捌いていく。

 

「この隙は逃さねえ!」

 

タツミはその隙をついてザンクに袈裟懸けに斬りかかった。

 

「銃撃を仕掛けて隙を作った所で、右側から襲おう……と、思っているな!」

 

 銃弾を裁きながら摺り足で左に動いて回避したザンクは、銃弾を裁いていた右腕をそのまま攻撃に転用した。

ザンクの右腕の肘打ちがタツミの胸部に突き刺さり、タツミは肺から息を吐き出し吹き飛ぶ。

体勢を何とか立て直しながら、タツミはザンクのあまりの実力に戦慄した。

 

――――強ぇ。これが帝具の力なのか!それでも!

 

 ザンクは吹き飛ぶタツミを無視して改めて振り向き、今度こそ再生しているコロのコアを破壊しようとする。

タツミは内臓を負傷しながらも、目を血走らせザンクに向けてもう一度切りかかる。

 

「例え実力差があろうと、手前ェみたいな殺人鬼に帝都を守る俺達が負けてたまるか!」

「勇ましいねえ……愉快愉快。でも今はお前と遊んでいる暇はないんだよな!」

 

 互いの剣が振りぬかれ、タツミとザンクが交錯する。

斬る際に振りぬくことだけを考え、無心だったのが結果として幸いした。結果として生み出された未来視の予測を超える斬撃。

タツミの背中は切り裂かれたが、タツミの剣によってザンクの胸部も大きく真一文字の傷ができる。

内臓と背中の負傷により倒れ、立ち上がることができないタツミを無視して戦闘は進んでいく。

 

「ぬああ!死んでたまるかあああ!奥の手を使おうと思ってるのは分かってるんだよ!」

 

 ザンクは自分の胸部から噴出す血を無視して、セリューの背後からの銃撃を勘だけで回避しつつコロに向かう。

予知しているからこそ、回避できない攻撃というものはある。

こいつさえどうにかしてしまえば、というザンクの願いは届かない。

タツミが時間を稼いだことによって、コロの修復が完了した。

同時にセリューが叫ぶ。

 

「コロ――――奥の手!」

 

 狂化したコロの咆哮がザンクに襲い掛かる。ザンクは耳を押さえて無防備にならざるを得ない。

目の前のコロが拳を振り上げる。幻視を発動するも、生物帝具には何の意味もなかった。

なので離れているセリュ―に幻覚を見せたが、セリューからは後姿しか見えず効果は薄い。

叫び声を上げるザンクにコロの拳が振り下ろされる。ぐしゃり、という音がして、ザンクの体は潰れた。

 

「正義執行!」

 

ザンクが死んだ後には、歪んだ笑顔を浮かべたセリューの声が響き渡るだけだった。

 

 

 

「タツミ、大丈夫ですか!?」

「ああ、大丈夫だよ」

 

 戦闘が終了し、手を差し伸べてくるセリュ―の手を取って、何とかタツミは立ち上がった。

ザンクが使っていた帝具……スペクテッドは、コロが振り下ろした拳により粉々に砕かれてしまった。

帝具の確保は重要だがあれだけの激しい戦闘だったのだ、仕方がないと隊長も理解してくれるだろう。

 

「セリューが居なかったら、間違いなく死んでた。ありがとなセリュー!」

 

 またしても自分の力不足を痛感することになったが

首斬りザンクを倒し、帝都を守ることができた。

そんな安心から、タツミは無垢な笑顔を浮かべる。

セリューはそんなタツミの笑顔を間近で見て、胸を高鳴らせてしまう。

タツミの笑顔は、年上の女性にとっては凶器ともいえる破壊力を秘めていた。

 

「当然のことですよ!私とタツミは同じ帝都警備隊……帝都を悪から守る仲間なんですから」

 

両手の人差し指を胸の前でつんつん、とさせるセリュー。セリューの頬は、僅かに紅潮していた。

 

タツミはセリューのそんな姿を見ながら

国を守る、国を変えるという決意をより強固なものにしたのだった。



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パートナーを斬る

「重ぇ……」

「文句を言わないでキリキリ歩きなさい!」

 

 正午。大きな包装紙の山を持ち上げたラバックは、その荷物の重量に足をふらつかせながら

帝都のショッピング街を歩いている。

ラバックに激を飛ばしながら、プレゼントを運ぶラバックを先導しているのはマインだ。

大量の荷物を運びながらも、ラバックの表情は明るい。その理由は女好きの彼には明白だ。

 

「これデートじゃね?いやデート!文句なんてあるわけねぇ!男冥利に尽きるってもんだぜ!!」

「単なる荷物持ちよ。まあラバが女の子とデートしてました、ってボスに言いつけてもいいけど」

 

 思い人を出されると弱い。ラバックは静かに荷物を置き、真剣な表情でマインに土下座する。

 

「スミマセンでしたマイン様」

「分かればいいのよ分かれば」

 

 高笑いをするマインがラバックには悪魔に見えた。

ぼやきながら素直にショッピングに付き合うラバックは、道行く人々の顔付きが若干明るいことに気がついた。

首斬りザンクが、帝都警備隊によってついに倒されたからだ。

ラバック達ナイトレイドにとってもザンクは標的だった。帝都警備隊に先を越されたことになる。

殺人鬼が帝都から居なくなった、それ自体は喜ばしいことだ。

しかしラバックが注目したのはそこではない。

 

帝都警備隊に、帝具持ちを倒せる程の人材が居る。

 

 帝具に選ばれた者達は、大抵それ相応の実力を持っている。

特に首斬りザンクは普通の帝都警備隊では手も足も出ない程の実力者だ。

其れを倒した存在も、同じく並外れた実力を持つと考えるのが普通。

もしザンクを倒した存在がナイトレイドに立ち向かってきたとしたら、無事に済む保証はない。

 

 そこまで考えたラバックに対して、不満そうな顔をしたマインちゃんが指を突きつける。

 

「何辛気臭い顔してるのよラバ。アタシの荷物持ちやってんだからもっと嬉しそうにしなさい」

「いやさっきまでデートだって喜んでたんですけどね!?」

「単なる荷物持ちが口答えしない!」

 

 言い訳をしつつも、ラバックに対して頬を膨らませるマインを見たラバックは反省する。

確かに羽を伸ばすオフのときに考えることではない、一緒に居るマインにも失礼だろう。

とりあえず今は、女の子とのショッピングを楽しもう。荷物持ちでもこんな機会中々ないぜ!

そう思いうきうきと鼻歌を歌いだすラバックに対してマインちゃんが切り替え早ッ!と驚く。

 

 それでもマインと共に昼の帝都を歩きながら何故かラバックの脳裏を過ぎったのは、無垢な笑顔を浮かべたタツミの顔だった。

 

 

 

 夕暮れ時。タツミは枯れ木に向かって剣を振るう。タツミが切りつけた枯れ木は叫び声を上げて倒れ臥した。

ザンクとの戦闘の負傷が癒えたタツミは、フェイクマウンテンで危険種狩りを再開していた。

ここでは大木から小石まで、全てに注意して気を払わなければ生き残れない。

だからこそ注意力を鍛える鍛錬になる。

 

背後から危険種が飛び掛ってくるのをはっきり感じたタツミは、しかし前方にのみ気を配った。

 

「コロ!捕食!」

 

セリューが指示し、コロがタツミに襲い掛かった石の危険種を一瞬で飲み込む。

セリューがタツミに付いてきた理由は、タツミと同じく鍛錬のためだ。

それと同時に実戦経験を二人で積むことで、連携の強化、互いの動きを測る意図もあった。

タツミは擬態した危険種に斬りかかりながらセリューに問いかける。

 

「日も暮れるし、今日はこれぐらいにしておいたほうがいいんじゃないか?」

「まだ行けます!これも強くなって悪を倒すためですから!」

「そうか、じゃあやりきろうぜ!」

 

 既に山の奥深くまで来ている。撤退を提案したタツミは、相方の鬼気迫る表情を見て探索を続行することにする。

タツミ達は四方八方から襲ってくる危険種を相手し、日が完全に落ちるまで鍛錬に明け暮れた。

 

「セリュー、大丈夫か?」

「……平気です。オーガ隊長の仇のナイトレイドを討つまでは、私は死ねませんから」

 

 満身創痍で帝都に何とか戻ってきたタツミは、同じく疲れ果ててどこか虚ろな表情のセリューを心配する。

足を引き摺りうわ言の様に悪を討つ、と呟くセリュ―を心配しつつ、タツミはナイトレイドについて考えた。

 

 オーガ隊長は、セリューの恩師でもあったらしい。

悪を憎むセリューがここまで入れ込んでいるのだ、きっとかなりの善人だったのだろう。

タツミはセリューに呼応するように胸の奥からふつふつと、セリューの恩人のオーガを殴殺した

ナイトレイドへの怒りが沸いてくるのを感じる。

軍に染まったタツミには民を恐怖に陥れる殺し屋相手に、慈悲をかけるつもりはもうなかった。

 

「ああ、俺とセリューで殺し屋……凶賊ナイトレイドを必ず倒そう」

 

 セリューと共に夜の帝都を歩きながら、タツミはナイトレイドと戦う意思をより強固なものにしていった。

 

 

 

「今回の標的は麻薬密売人チブルと、その部下達だ」

「色町の女を薬漬けにしている悪党だ、豪邸でのチブルの暗殺はマインとラバック。

 色町でのチブルの配下の暗殺はシェ―レとレオーネが担当しろ」

 

 ラバックとマインはナジェンダの命令に頷く。

イヲカルの暗殺以来、ラバックとマインは任務を複数回こなしており連携には問題ない。

 

タツミとセリューは軍から独自に網を張ることが許され、ナイトレイドを待ち伏せる。

 

 タツミとラバック。帝都警備隊とナイトレイド。

国を守る者と、革命を望む者。

 

―――激突の刻は近い。



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思い出を斬る

 人気がない真夜中の帝都を、疾駆する人影が二つ。

ナイトレイドの殺し屋、ラバックとマインだ。

二人は警戒心が高い標的相手に苦戦を強いられたものの

何とか麻薬密売人のチブルを始末することに成功していた。

撤退しながら、マインがラバックに軽口を叩く。

 

「それにしてもアタシとアンタのコンビ、中々様になってきたんじゃない?」

「俺は後衛の組み合わせだから、最初はどうなることかと思ったけどね」

 

 ラバックは肩を竦めて答える。最初はコンビに違和感があったものの

二人で任務をこなしていくうちに信頼関係は築けていくものだ。

 

「この任務が終わったら、アンタをまた荷物持ちにしてあげてもいいわよ?」

「うおマジで!?うっしモチベ上がったから速攻で帰ろうぜ!」

「ラバはほんと単純なんだから、扱いやすくて助かるわ」

 

 少なくともマインはラバックの実力をパートナーとして信頼するようになっていた。

普段お笑いポジションだと馬鹿にしていた分、傍で見ていて見直した部分も大きい。

ポイントアップとラバックは口に出していたが、実際にマインに対して効果はあったのだ。

恋愛関係ではない、別の形の絆がそこにはあった。

 

 顔を綻ばせ、適度にリラックスしながらも周囲への警戒を怠らないラバックとマイン。

そんな二人の進行方向には、木の上からナイトレイドを探そうとするタツミとセリューの姿があった。

 

 

「ナイトレイドが来るという確証はないけど、可能性がない訳じゃないか」

「今まで帝都警備隊が目撃してきた情報を集め、ここに網を張るのが妥当だと判断しました!」

 

 ギラギラとした目で周囲を見張るセリューとタツミ。

それらしい人物を見つけたら、いつでも襲撃する準備ができていた。

セリューはオーガ隊長との思い出を反芻し、胸の前でぎゅっと拳を握った。

これまでタツミと共に鍛錬を積み重ねてきた。自分達ならきっと敵を討てる。

 

「待っていて下さいねオーガ隊長……悪は必ず滅します。タツミと一緒に」

 

 セリューは一瞬だけちらりとタツミの横顔を見る。タツミの笑顔を間近で見てから募る

タツミへの思慕の思い。その秘めた気持ちをセリューは賊への殺意で押し殺した。

 

 周囲を探りながら走る二つの人影を見つけたタツミとセリューは、それをナイトレイドだと確信。

木の上から飛び降り、ラバックとマインの目の前に降り立つ。

セリューは二人が所有している帝具を確認する。ナイトレイドで間違いない!

 

「所持している帝具から、ナイトレイドと断定!帝都警備隊セリュ―・ユビキタス!

絶対正義の名の下に、悪をここで断罪する!」

 

「ラバが警戒していた帝都警備隊ね!」

 

いつもの歪んだ笑顔を浮かべたセリュー、タツミとセリューから大きく距離を取るマイン。

 

 そんな二人を横目にタツミとラバックは視線を合わせる。

タツミはラバックを見つけた自分の目が信じられなかった。

 

「貸本屋の店主……!?」

 

「……タツミか。いつかこんな日がくると思っていたよ」

 

 驚愕するタツミに対して、この事態を予測していたラバックは冷徹に振舞う。

嘘だよな、と思いつつもそのラバックの態度が、何よりもタツミに現実を知らしめる。

深く考える前に、激情とともにタツミはラバックに向けて叫んでいた。

 

「お前、ずっと俺を騙していたのか!」

「ああそうだよ。貸本屋は仮の姿。俺は軍属のタツミを騙して情報を得ていた」

 

 艶本を二人で漁りながら、ラバックに対してナイトレイドをぶちのめしてやると言ったことをタツミは思い出す。

タツミにとってラバックは、客と店主の間柄にも関わらず悪友のような関係だった。

ラバックは軍属のタツミに対して特別視も物怖じもせずに話しかけてくれた。

女の好みを語り合って馬鹿騒ぎしたこともあった。

しかし互いの対場が明確になった以上、もうそんな日々に戻ることはできない。

 

 凶賊ナイトレイドを、帝都警備隊のタツミとセリューは倒さなければならない。

そして正体を知られてしまった以上、殺し屋のラバックとマインには目撃者を生かす選択肢はない。

 

「俺の本業は殺し屋。ナイトレイドだ」

 

「ナイトレイド―――手前ェら、許さねええ!」

 

 自分の正体を明かしたラバックに対して、タツミが怒りの咆哮をあげながら斬りかかる。

それが開戦の狼煙となった。

ラバックはクローステールを射出し、マインはパンプキンを構え、セリューはヘカトンケイルに指示を出す。

 

思想、思念、目的、全てを違えた彼らは衝突する。

 

帝具使い同士が戦うと、必ずどちらかが死ぬ。これから起こる戦いもまた、例外ではない。



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敵を斬る

 タツミがラバックに向かい振るうのは、上段からの唐竹割り。

獲物を豪快に振り下ろし脳天から真っ二つにしようとするタツミに対して、ラバックは冷静に後退し回避する。

タツミは剣を振り下ろした勢いのまま前進、ラバックに追撃、逆風の切り上げを見まう。

剣の重量を体重に乗せられない切り上げは本来剣術的には弱いとされている、しかしタツミの剣戟には十分な速度と威力があった。

 

 ラバックは再び後退しながらタツミの切り上げに対して右腕を突き出す。

腕に巻かれたクローステールの糸が、防具と同等の働きをしタツミの剣を防いだ。

硬い物同士が衝突し暗闇に鈍い音が響く。タツミは突き出された右腕を切り落とそうと力を篭めるが、ラバックの右腕は剣に接触したまま動かない。

 

「この糸……帝具か!」

 

 ラバックの腕と鍔迫り合いをしながら、タツミは早くもラバックの帝具の正体を糸だと看破する。

一方ラバックは、左手に握ったナイフをタツミの首筋に向かい突き出す。

頸動脈に向けて放たれる猛烈な勢いの刺突を、タツミは首を傾け何とか避けた。

これ以上の攻撃は危険と感じたタツミは、鍔迫り合いをやめて一旦後退する。

 

(ザンクを倒したのも納得だ。こりゃ、帝具持ちじゃなくても油断できねえな)

 

 再びタツミと睨み合いながらラバックは、顔には出さないものの内心タツミの斬撃の速さに驚愕していた。

まだまだ技量は荒削りなものがあるが、速度だけならインクルシオを纏わないブラートと同等かもしれない。

フェイクマウンテンでの鍛錬、何より帝具使い相手……格上、強敵との連戦によりタツミは急速に成長していた。

将軍級の器を持つタツミの才能は、早くも花開こうとしている。

 

タツミとラバックが近接戦闘を行う中、セリューとマインも動いていた。

 

「コロ!腕!」

 

 セリューの指示と共に体を肥大化させ筋骨隆々の腕を生やしたヘカトンケイル……コロが

タツミを擁護しラバックを粉砕しようと駆け出す。

そんなコロの足止めをするのはパンプキンを構えたマイン。

 

「ラバの邪魔はさせないわ!」

 

 三対二のピンチにより、平常時よりパンプキンの威力は上がっている。

パンプキンに篭められた精神エネルギーが圧縮し、収束。コロに向かい放出される。

コロは全身をパンプキンのエネルギーに包まれ、足を止めた。

舌打ちをしたセリュ―がマインにトンファガンの銃撃を見舞うが、射線を予測したマインはあっさり回避した。

 

「銃の打ち合いで、天才のアタシに勝てると思うんじゃないわよ!」

 

 セリューに向けて啖呵を切るマインは、直接セリュ―本体にパンプキンを向ける。

本体を倒してしまえば生物型の帝具は無力だ。銃撃を防ごうとコロがセリューの盾になり、主をパンプキンの光線から防ぐ。

 

 タツミと睨み合いながら、ラバックはコロのその隙を見逃さなかった。

ラバックの手元に糸が集まり、縮んで穂先の鋭い一本の槍となる。

再び斬りかかってくるタツミの斬撃を回避しながらラバックは、クローステールの槍をコロに向けて投擲した。

パンプキンからセリューを守るための盾になっているコロは、投擲された槍を回避することができない。

コロの体に、クローステールの槍が突き刺さった。刺さった糸が体内で解かれていく。

 

「刺さったな」

 

 呟くラバックの声色に対して、コロの背中を見ながらセリューは猛烈な悪寒がした。

フェイクマウンテンで培われた危機回避能力が警鐘を鳴らしている。

直感のままコロの影から飛び出し、パンプキンの銃撃を避けながらセリューはコロに命令する。

 

「コロ、縮小!」

 

 コロが肥大化した姿から、小さな子犬に戻る。

その勢いで、コロの体内を探り核を破壊しようとするクローステールの糸は弾かれた。

セリューの判断は正解だった。あと一歩遅ければ、コロのコアに

クローステールの糸が巻きつきコロは破壊されていただろう。

ラバックは自身の狙いを見切ったセリューの判断力に対して大きく舌打ちをした。

 

 タツミは至近距離にいるラバックに幾度も斬りかかりながらも、自分の手足や胴体に

糸を巻きつけ剣を防ぐラバックの反射神経を上回ることができず、仕留めることができない。

斬りかかりながらタツミはラバックについて考える。

 

 タツミにとってラバックは今まで戦ってきたレオーネや、ザンク程は強いという印象はない。

腕力に任せて豪快な攻撃をしてくる訳でもなく、未来を読んでくる訳でもない。

帝具も糸という一見地味なものだ。しかし自分の攻撃は完全に塞がれ、隙を見つけてマインの援護までされている。

しかも汎用性の高さから後いくつ手札を残しているのか分かったものではない。

 

―――単純に強いのではなく、巧い。

 

 それがラバックに対するタツミの評価だった。

ラバックは戦局を見極める能力が極めて高い。戦場では得てしてこういう相手が一番厄介だ。

タツミとセリューの連携は完璧だったが、しかしラバックとマインの連携も穴がなかった。

タツミ達は帝具が一つなのに対してラバック達は二つ。技量が拮抗している以上、其の差を覆すことは難しい。

ラバックに斬りかかるタツミと、マインの銃撃を避けるセリューが同時に思考する。

 

悔しいが、このままでは不利だ。

 

 セリューが帝都警備隊を呼ぶ笛を吹く。帝都の夜に甲高い音色が響き渡った。

間も無く帝都警備隊が駆けつけてくるだろう。

それが悪手だった。タツミの斬撃を交わし続けるラバックにも見た目ほど余裕がある訳ではない。

セリューとマインの実力は拮抗していた。つまりこのままでは勝負は分からなかったのだ。

その拮抗は、皮肉にもセリュ―自身の手により崩れ去る。

相方の帝具の性能をよく知っているラバックは頼んだぜ、とマインに心中で語りかけた。

 

「三対二……応援も呼ばれた。このピンチは逃さない!」

 

マインのパンプキンの威力が上昇する。

ピンチによりさらに火力が増し、圧縮されたエネルギーの光線がセリュ―に襲い掛かった。

コロが盾になるものの、そのコロの体すらも貫通しようとするエネルギーの波に対してたまらずセリュ―は切り札を切る。

 

「コロ―――奥の手!」

 

 狂化したコロの咆哮が、ラバックとマインの鼓膜を強く振動させる。

溜まらず耳を押さえてしゃがんだラバックとマイン。

セリューとタツミは耳栓をしており咆哮の効果はない。

 

タツミは無防備なラバックに斬りかかり、セリューはマインにトンファガンを向ける。

 

 セリューは貰った、と自分達の勝利を確信した。

鈍い音が響く。攻撃が命中した音だ。

 

 

 

 横っ飛びでタツミの斬撃を回避したラバックの投擲したクローステールで作られた槍が、セリューの胸に突き刺さった。

 

「え……!?」

 

 セリューがきょとん、とした声をあげる。奥の手が、利いていないことに対する疑問。

槍を投げたラバックの耳の穴は、クローステールの糸で覆われていた。

 

「セリュー!!!」

 

 自分の名前を叫び駆け寄ってくるタツミの声を、セリューはぼんやりと聞いていた。

タツミと一緒に悪のナイトレイドを倒そうと思った。

悪を倒す。そのために今まで生きてきた。

パパが死んだのも、オーガ隊長も殺したのも、賊……悪党だ。

 

「倒さなきゃ……悪を……ナイトレイドを倒さなきゃ……」

 

 力が入らない。セリューの口から出た言葉は、毀れた擦れ声だった。

クローステールの糸が体内を蝕み、セリューの心臓に向かっていく。

糸は情け容赦なく、セリューの心臓を締め付け砕いた。

セリューの体から急速に力が抜け、瞳から色が失われていく。

 

「タ……ツ……ミ……」

 

 悪を倒し、自身の正義を貫くことに生涯を捧げたセリュ―。

しかし彼女が最後に呟いたのは、悪ではなく愛する少年の名前だった。

 

「うあああああああ!!!」

 

 タツミの叫び声が響く。ヘカトンケイルが機能を停止し、犬に戻る。

この場の全員が、所有者……セリューが死んだことを確信した。

泣き叫ぶタツミに向けて、マインが静かに銃口を向ける。

 

 タツミは、自分の内からナイトレイドに対する憎しみが湧き出してくるのを感じた。

マグマのように熱く、蛇のようにうねり狂う感情の渦。

力が欲しかった。セリューが憎んだ賊を倒す力が。ナイトレイドを倒す力が。

 

―――悪を滅する力が!

 

 環境が変われば考え方は変化し、それに応じて適合する帝具も変わる。

ヘカトンケイルがセリューに適合したのは

実力と共にセリューが復讐を内包した歪んだ正義感を持ち合わせていたからだった。

今のタツミの心中はそれと酷似していた。タツミの歪んだ正義感に反応して、ヘカトンケイルが動き出す。

 

マインがタツミに向けて放ったエネルギーを、立ち上がったヘカトンケイルが防いだ。

 

「コロ……俺を守ってくれるのか……」

 

 タツミがナイトレイドへの殺意と共に幽鬼のようにふらふらと立ち上がった。

再び剣を構え、ラバックとマインに向ける。

 

「……まずいわね」

 

 警備隊が集まってくるのも時間の問題だ。

ナイトレイドの二人は帝具に適合したタツミを見て、撤退を決心した。

タツミに背を向けて走り出すラバックとマイン。

 

「おおおおおお!」

 

 無防備な二人の背中に向けて、ヘカトンケイルとタツミが駆ける。

ラバックによって張られた糸の網を、ヘカトンケイルの拳が突き破った。

逃がすものか、セリューの敵を討つと血走った目でヘカトンケイルを向かわせるタツミ。

しかしヘカトンケイルの進撃を阻んだのは、胴の高さに張られたたった一本の糸だった。

 

「―――界断糸。とっておきの一本だ」

 

 決して切れない糸を張ったラバックの無情な声が響き渡る。

ナイトレイドの二人は、糸の結界を突破できないタツミを置き去りにして暗闇の中に姿を消した。

暗殺者をみすみす見逃したタツミは、声にもならない悔しさで奥歯を強く嚙み締める。

強く噛んだ唇から血が流れてくるのを、タツミはそのままにした。

 

「セリュー……」

 

 タツミは、息絶えたセリューに駆け寄りその骸をそっと抱きしめる。

セリューと一緒に帝都を見回った日々、鍛錬した日々を思い出す。セリューは帝都警備隊の先輩だった。

 

大切な仲間だった。

 

「ちくしょう……!」

 

 タツミの嗚咽、慟哭が帝都に響き渡る。周囲が俄かに騒がしくなった。

セリューが呼んだ帝都警備隊が駆けつけてくる。

しかしタツミはそれを無視して、ずっと息絶えたセリューを抱きしめ続けていた。

 

 

 完全にタツミを撒いたと確信したナイトレイドの二人。

撤退しながら、ふとマインはラバックの横顔を見つめる。

ラバックは、悲痛な、今にも泣き出しそうな顔をしていた。

しかし今のラバックに、涙を流す権利などない。ラバックはタツミを騙し、仲間を殺したのだ。

 

「いつか、咎を受ける日がくることは分かってるぜ」

 

 ラバックは重々しく呟く。タツミにとってラバックは友達だった。

そして演技ではありながら、ラバックにとってもタツミは友達だった。

タツミと共に馬鹿騒ぎした日々は、嘘偽りのものではなかった。

 

「それでも俺はナジェンダさんの下で、必ず革命を起こして国を変えるって決めたんだ」

 

ラバックが強く嚙み締めた唇からは、タツミと同じく血が流れ出ていた。

 

 タツミは内部から帝都を変えることを選択し、ラバックは革命を起こして帝都を変えることを選択した。

 

誰が悪いという訳でもなく、ただそれだけのことだった。



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運命を斬る

完全に三人称にしたほうが執筆しやすいと気づいたので、これからそうします
心内描写を重視して展開をゆっくり進めることに決めました


 ナイトレイドのアジトに帰還したラバックとマイン。

任務完了はしたものの大幅に作戦時間をオーバーし、どこか沈んだ様子の二人に対して

心配そうな表情の仲間達が駆け寄ってくる。

ナジェンダは葉巻を吸いながら、ラバックに対して静かに問いかけた。

 

「ラバック、率直に何が起こったか報告を頼む」

「チブルの暗殺には無事成功しました。帰還中に帝具使いの帝都警備隊と交戦した次第です」

 

 帝具使いとの交戦と聞いてスッとナジェンダの視線が厳しくなる。

絶大な能力を持つ帝具集めがナイトレイドのサブミッションである以上、詳しい報告を聞く必要があった。

 

「……とりあえず二人とも無事でよかった。詳細を説明してくれ」

 

 まずは部下を労わりながら、ラバックに話の続きを促す。

ラバックは帝具の詳細が記された書物の文献に載っていた

ヘカトンケイルの適合者に加えてタツミと交戦した次第をナジェンダに語った。

セリューが死亡し、タツミが新たに適合したと聞いたナジェンダの顔色は芳しくない。

帝具使いを一人倒すことができたが帝具そのものは破壊も強奪もできず、帝国にラバックとマインの顔が知られてしまったからだ。

これでナイトレイド内で顔を知られていないのはレオーネだけになってしまった、この事実は自由に動けないナイトレイドにとってはあまりにも痛い。

 

話終わったラバックに対して、ナジェンダは二人にタツミについて問いかける。

 

「それで新たにヘカトンケイルに適合した帝都警備隊、タツミについてはどうだ」

 

 タツミ。友人だった少年の名前を聞き、ラバックが僅かに身を震わせる。

ナジェンダはそんなラバックの身を案じながら葉巻から口を離し、深く煙を吐き出した。紫煙がラバックとナジェンダの間を漂う。

 

「どう、とは?」

「単純に戦力として、どの程度の脅威と見る?」

 

 この問いに関しては、実際に交戦したラバックしか分からない。ラバックは返答を重々しく口にした。

 

「帝具と適合した今、俺達一人一人と同等の実力を有しています。しかし俺が恐れているのは、タツミの潜在能力の高さです。早めに叩かないとタツミは……」

 

 ラバックが続けて口にした事実に、ナイトレイドの面々が顔を引き締める。

ブラートと幾度も模擬戦闘をし、その実力の高さを肌で体験しているラバックだからこそ彼の言葉には説得力があった。

 

「……最悪この場の誰よりも強くなるかもしれません」

 

 その場に漂うのは、重い沈黙。ナイトレイド最強クラスのブラートやアカメでさえ適わないかもしれないタツミの潜在能力の高さ。

ナイトレイドの暗殺者達に、タツミという少年の存在が脅威として強く刻まれた瞬間だった。

そんな友達だった人間に対して身を震わせるラバックの様子を、マインが心配そうに見つめていた。

 

 

会議が終わった後にラバックに話しかける人間が居た。任務を共にしていたマインだ。

 

「ラバ……友達だったタツミを殺せるの?」

 

 ラバックの前で手を下に向けぎゅっと拳を握り、俯くマイン。

いつも強気なマインらしくもないしおらしい態度にラバックはらしくもないな、と苦笑する。

 

「マインちゃんさっきの戦い見てたっしょ?だいじょうぶだって」

 

 あくまでも明るく振舞うラバック。しかしマインの懸念は収まらなかった。

ラバックがいつか咎を受けるかもしれない、と自身に口走った事実をマインは忘れていない。

時間がたったからこそ、改めて友に矛先を向ける覚悟を決める必要がある。

いつも明るく振舞っているラバックだが、気に病んでいるのは間違いないだろう。

マインのラバックに対する声色は、いつになく労わるように優しかった。

 

「分かったわ。でも何かあったら言いなさいよ。私達はパートナーなんだから!」

「マインちゃん最初は俺に死んだふりするんじゃない?とか言ってたのになー」

 

 らしくないマインに対して壁に凭れて手を頭の後ろに回し、顔をにやつかせたラバックがマインをからかう。

 

「そ、そんな話を蒸し返すんじゃないわよ!」

 

 赤面して食って掛かるマインに対してホントだろー、とニヤニヤしながら猶もからかうラバック。

ラバックはマインをからかいながら、自分を労わってくれたマインに心中で感謝した。

一方マインは、ラバックと話しながらとある覚悟を決める。

 

(タツミとか言ったわね……ラバはこう言ってるけど、気にしていないはずはないわ)

 

 マインはラバックとタツミがどんな関係だったのかは詳しく知らない。

凡そのことを想像することしかできないが、だからこそそんなマインにはできることがある。

 

(アタシがアンタの仲間を殺したのは確か。でもお前はこれからアタシとラバに襲い掛かる。だから―――)

 

 タツミの仲間を殺したラバックとマインを、タツミは決して許さないだろうし執拗に狙い続けることは間違いない。

だからラバックとタツミが殺しあう事態になる前に、マインはそれを防ぐことを決意した。

 

(――――タツミ、アンタはアタシが必ず打ち抜く!)

 

 とある世界で恋人だったタツミとマイン。しかし彼らが結ばれる可能性はとうの昔に潰えている。

タツミというナイトレイドの脅威に対して、マインは心の中で標準をあわせる。

 

本来お互いを愛するはずだった二人に対して、運命はどこまでも残酷だった。



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両極を斬る

 「グフフ、チャンスだ!シェーレさんなら俺が抱きついても拒まないはず!」

 

 嫌らしい笑みを浮かべたラバックはそろりそろりと背後から、読書中のシェーレに近づく。

シェーレが読んでいるのは『天然ボケから脱却する方法!!!』という怪しげな書物だ。

鍛錬の結果無駄に気配を殺すことに長けたラバックは、気付かないシェーレに飛び掛り……

 

 「ラバ、指一本貰うぞ」

 

 レオーネにあっさり取り押さえられ、右腕を押さえつけられる。ボキリという音が響く。

宣言通りラバックは、レオーネに指一本を持っていかれた。

痛みに悲鳴を上げながら、しかし姐さんに折られるなら本望!と悦ぶラバック。

 

「少し前まで思い悩んでたラバはどこに行ったんだか。心配した私が馬鹿みたいだ」

「姐さんが俺を……!」

「おう、その心配の時間を返せラバ」

 

 ラバックは顔を顰めながらもレオーネが自身を憂慮した事実に感動する、そんなラバックを威圧しながら背中にのし掛かるレオーネ。

シェーレは本から顔を上げ、二人の様子をみてクスクス笑う。

 

「お二人とも仲が良さそうで、良かったです」

「シェーレはもう少し、ラバに対する危機感を持ったほうがいいぞ」

「何の話ですか?」

 

 もう少しでラバックに背後から抱きしめられる所だったシェーレ。

シェーレに警告するレオーネだがシェーレは全く自体を把握していない様子で

首を傾げている。レオーネはこんな純粋無垢なシェーレに何てことを、とラバックの腕に再び力を篭める。

 

「姐さんギブ!流石にギブアップ!」

 

左腕で地面を何度も叩いて降参を宣言するラバック。

 

「反省したか?もうしないか?」

「しないしない!」

 

 やれやれ、とようやくレオーネはラバックの右腕を離した。

やっと開放されたと安堵するラバックに対してレオーネがしっかり釘を刺す。

ラバックとシェーレを放っておくと、本当に危ない展開になりかねない。

 

「ラバ、今度やったら腕一本な」

 

 これ以上姐さんを怒らせるとまずいと感じたラバックは

無言でコクコク、と2回レオーネに対して頷いた。

シェーレは戯れるラバックとレオーネを見て、再び笑みを溢すのだった。

 

 ぎゃあぎゃあとレオーネやシェーレと馬鹿騒ぎをするラバックの心中は、実はそれほど気楽なものではない。

切り替えは完全にできてはいないし、今でもタツミに関しては思い悩んでいる。

しかしいくら悩んだところで、解決する問題ではないことも確かだ。

そもそも殺し屋なんて職業、真面目すぎてガス抜きができなければいつか壊れてしまう。

 

 だからラバックは、普段のように女好きのお笑いポジション、ムードメーカーとして振舞う。

それが分かっていて他のメンバーもラバックの行動に付き合う。

ナイトレイドが普段茶番のようなやり取りを好むのは、そんな理由だった。

 

 ガス抜きをするメンバーに対してナジェンダが、ナイトレイド全員に新しい任務を伝える。

一つはエスデスの帝都への帰還。もう一つは良識派の文官がナイトレイドを騙る偽者に殺されている、というもの。

 

 これから狙われると思われる文官は二名。

ブラートはシェーレと、ラバックはアカメと組んでそれぞれ狙われていると見られる文官の護衛任務を担当する。

この任務の狙いは護衛と共に文官を狙うナイトレイドの偽者を始末する、という意味合いが含まれていた。

 

 一方顔の割れていないレオーネは帝都に赴き、エスデスの動向を探ることになった。

帝国最強のドSの将軍に対して殺りがいがある、と指を鳴らすレオーネ。

 

革命を望む殺し屋達は、気持ちを切り替え再び戦いに赴く。

 

 

 

 

 早朝、他の帝都警備隊に混じって空中に剣を振り下ろすタツミ。

袈裟斬り、切り上げ、横凪ぎ、切り払い、刺突と続けざまに放つタツミの姿は

最早他の帝都警備隊の目で捉えられるものではなく、ぼんやりとした残像しか映らない。

空から落ちてきた葉が、タツミの剣により真っ二つになりはらりと落ちる。

 

「ふう……」

 

 一段落ついたと判断したタツミはかいた汗をタオルで拭き、深く息を吐いた。

水を飲みながら、タツミは近況を考える。

エスデス将軍が北方のヌマ・セイカを倒し、帝都に帰ってきたこと。

そして新たな警備隊隊長によると帝具に新しく適合した自分が、遠くないうちにエスデス将軍の部下になるらしいこと。

 

 特殊警察……宮使えすることになると聞いたタツミの心中は、驚くほど冷ややかなものだった。

確かに出世は嬉しい。一平卒からの猛スピードの出世により、辺境の故郷を救うことが出来る可能性が高まった。

しかし地位が上がれば、それだけ責任は重くなり自由に動ける時間は減る。だからこそ、タツミは帝都警備隊にいるうちにやらなければならないことがあった。

 

 ナイトレイドが、連続して帝都の文官を殺害している。

殺害されているのは、優秀な能力を持つ4人の重役だ。

憎むべき敵……ナイトレイドのことを考えただけで、タツミは自身の顔が歪むのを抑え切れなかった。

タツミの好意に漬け込み友人と偽り騙し、帝都警備隊の大事な先輩を殺された。

普段温厚なタツミとはいえ、ここまでされておいてナイトレイドを恨むなというほうが無理な話だ。

タツミには、セリューほど親しかった人間は帝都警備隊にはいない。

気が許せる存在が居なければ、馬鹿騒ぎはできないしガス抜きのしようがない。

 

「見回りに向かいます」

 

隊長に許可を得て帝都に向かうタツミを、同僚達が心配そうに見つめていた。

 

 ヘカトンケイル……コロを連れて街に繰り出したタツミは、改めて貼られている手配書を睨み付ける。

今帝都に貼られている手配書はナジェンダ、アカメ、シェーレ、ブラート、ラバック、マイン。

この6人がナイトレイドのメンバー、タツミの怨敵であることは間違いない。

しかしタツミが最近帝都で探しているのは、その6人のうち誰でもない。

タツミは帝都の見回りをしながら、目的の人物について見当があるか民衆に聞き込みを開始する。

自分が見当外れなことをしているならそれでもいい。どうせ特殊警察に配属されるまでの僅かな期間だ。

 

「キュウウ」

 

 ナイトレイドへの憎しみを内包した、濁った瞳をしているタツミの足を、コロがペロペロと舐める。

コロの真ん丸な目が、どこか自分を心配そうに見上げているようにタツミには感じられた。

 

「コロ……」

 

 タツミはしゃがむ。そしてセリューが遺した帝具、コロを抱きしめ、優しく撫で続けた。

暫しコロと戯れたタツミは聞き込みを再開する。目的の人物が普段スラム街にいることは判明していた。

 

タツミの目的の人物。それは以前捕らえそこなった詐欺師、レオーネ。

 

レオーネは帝都でエスデスの動向調査の任務を請け負ったばかりだ。

 

帝都警備隊になったタツミとナイトレイド所属のレオーネの再会は、すぐそばまで迫っていた。



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殺気を斬る

 帝都メインストリート。帝都の中でも人通りが最も多い場所での名店、甘えん坊にて

店先の椅子に座りアイスを舌先で舐める女性が居た。

女性は足まで伸ばした長い蒼い髪。十字の紋章をトレードマークとした軍服を着こなしている。

帝国最強と噂されるエスデスは単独で帝都の見回りに赴いていた。

アイスを味わいながら、屋根の上から自身を覗いているレオーネに対して殺気を剥き出し威圧するエスデス。

 

「……ん?」

 

 周囲を見渡すエスデスが見付けたのは、可愛らしい犬のような生命体を連れた帝都警備隊の少年、タツミだった。

タツミは周囲を見渡しながらも表情はどこか虚ろであり、どことも知らない街中に強い殺気を撒き散らしている。

放って置いてもいいのだが、何となくタツミのことが気になったエスデスはタツミに声を掛けることにした。

 

「おいお前、そこの警備隊のお前だ、こっちに来い」

 

 呼び止められたタツミはエスデスに振り返ると身を震わせ敬礼し、アイスを舐めるエスデスに近づいてきた。

座っているエスデスに少し距離を置き立つタツミの顔色は青く、顔中に汗をかいている。

屋根の上のレオーネは驚く。見たことがある少年だったからだ。

 

「小官に何かご用でしょうか」

 

 エスデスに対して緊張し、喉をカラカラにした硬直気味なタツミに対してエスデスは表情を和らげる。

将軍相手にするなら正しい反応だろう。タツミの仕草はエスデスにとって初々しさを感じさせられるものだった。

 

「そう肩肘を張るな。その犬のような生き物は帝具だろう。もうすぐ私の部下になる存在を先に間近で見ておきたくてな」

 

 エスデスは座りながら頭から足先まで無遠慮にタツミの全身を眺め観察する。

よく鍛えている。タツミが濃密な実戦を積み重ねているということがエスデスにはよく分かった。

帝具使いとしては悪くない腕前、しかしエスデスがタツミに対して気になったのはタツミの抑え切れていない殺気と濁った瞳だった。

 

「先に貴官の名前を教えてもらおうか」

「タツミ、と申します」

 

 名前を問うエスデスに対して、タツミがエスデスに緊張したまま名を明かす。

屋根の上のレオーネは一度戦ったあの少年があのタツミか、と納得した。

帝具を持っているし間違いない。レオーネは二人の会話を見届けることにした。

 

「タツミ、か。良い名だ」

 

 アイスを舌先で吟味し転がしながら、タツミという名前を頭の中でエスデスは反芻した。

肩肘を張るなと言われたのにも関わらず、敬礼したままのタツミに対してエスデスが本題を口にする。

 

「私の部下になるにも関わらず、直に死ぬことになりそうなのが残念なくらいにな」

 

 愕然とした表情になるタツミに対して、エスデスは容赦なく言葉を続けていく。

エスデスは自分の部下には厳しいが、しかしその言葉は今のタツミの本質をついたものだった。

今のタツミが戦場に出れば、間違いなく遠くないうちに死ぬことはエスデスから見て明らかだった。

 

「私は今まで数々の兵士を見てきた。将軍だから当然だな」

 

 喉に溜まった唾を、タツミはゴクリと飲み込む。タツミを見据えるエスデスの表情は、氷を思わせる冷たさだった。

 

「お前のように復讐に囚われた人間も、多く目にしてきたさ……それ自体は悪いことではない、自然な感情だ。

 お前が今まで数々の修羅場を潜り抜けた強い帝具使いであることも分かる」

 

 自分を賞賛するエスデスの言葉に対して、タツミは疑問を抱く。

強いと言われているにも関わらずどうして自分がすぐに死ぬと宣言されているのか、タツミには分からなかった。

エスデスがその疑問を顔に出したタツミに対して、答えを口にする。

 

「それでも自分のメンタルを、殺意をコントロールできていない人間は、帝具使い以前に兵士として失格だ」

 

 兵士として失格。その言葉にショックを受けるタツミ。

しかしタツミはエスデスのその宣言にどこか納得していた。

そもそも殺気をコントロールできない人間が、本職の殺し屋相手に勝てる訳がない。

無言でエスデスに頷くタツミに対して、厳しい表情のエスデスも表情を緩める。

 

「見たところお前は兵隊になって日が浅いのだろうな。誰に恨みがあるのかは知らんが、その憎しみはいざ戦うときまで取っておけ」

「了解しました!」

 

 エスデスに敬礼しながらも、タツミは自分の振る舞いを反省する。

ナイトレイドへの憎しみは今でも強い。しかしそれで冷静さを欠いては本末転倒。

勝てる戦いも勝てなくなる。熱いだけでは生き残れない……その事実をタツミはエスデスとの会話で学んだ。

 

(いくら憎んだところで、セリューが戻ってくる訳でもないからな)

 

エスデスの言葉を飲み込んだタツミに対して、エスデスはアイスを食べ終えて言った。

 

「過ちに気付いたようだな。タツミ、お前は弱者ではない。今のお前ならばすぐに死ぬことはないだろう」

「戒告有難うございます!」

 

 エスデスに対して敬礼したタツミは、表情を綻ばせて久しぶりに心からの笑みを浮かべた。

別世界で散々女性を誑してきた年上を殺す、純粋無垢な笑顔。

ドキッ、という音がエスデスの心中に鳴り響く。恋におちる音だ。

恋愛相手を探していたエスデスにとって、そのタツミの笑顔はあまりにも強すぎた。

タツミが将軍級の器であることはエスデスから見て分かっている。条件は、整いすぎていた。

 

「ふむ、それはそうとタツミ……私のものになるつもりはないか?」

「はい?」

 

 疑問符を浮かべるタツミの首に、かちゃりと音がする。

いつの間にかタツミの首にはエスデスが取り出した拘束具、首輪が嵌められていた。

エスデスの前に立つタツミと、エスデスを屋根の上から観察するレオーネの表情が固まる。

 

「ちょ、エスデス将軍、何を!」

「どうせ私の部下になるんだ、問題はなかろう。ゆっくり私の部屋で話すとしよう。二人きりでな」

 

 店に御代を払い、タツミを引き摺って自分の部屋に連れて行くエスデス。

エスデスの暴挙に戸惑いながらも上官相手に拒否することができないタツミ。

 

「なんつー破天荒な女だ」

 

エスデスを尾行するレオーネは、屋根の上から呆然とその様子を見守るのだった。




再会はしましたので、セーフということに……


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誘惑を斬る

 「どうしてこうなったんだ……」

 

 宮殿内のエスデスの寝室に連れ込まれたタツミは、ベッドの上で頭を抱えていた。

エスデスはタツミに首輪を嵌めたまま、自身はシャワーを浴びている。

自分の行き場のない殺意を見抜き、冷静さを欠いていた事実を教えてくれたエスデス将軍。

それだけなら良い上官に恵まれたな、とタツミも思うだけだっただろう。

しかしいきなりエスデスに気に入られ、そのまま彼女の寝室に連れて行かれることになるとは思わなかった。

 

「待たせたなタツミ」

「……!」

 

 エスデスに振り返ったタツミは自身の心臓の鼓動が高鳴るのを抑え切れなかった。

シャワーを浴び、タツミの前に姿を見せたエスデスは、なんと下着を着ていなかった。

エスデスの格好は下着を着用せずに上からワイシャツを羽織った

所謂裸Yシャツというものであり、エスデスの艶かしい豊満な肉体が衣服によって更に強調されている。

世の男たちにとっては垂涎ものであろう光景に、タツミも唾を飲み込んだ。

 

「今からエスデス将軍と自らが何を行うのかは、覚悟しております」

 

 あくまで堅苦しい言葉使いを改めないタツミに、エスデスが眉を顰める。

エスデスはタツミを無理やり襲うつもりはない。あくまで同意の上でことを進めるつもりだ。

まずはタツミをリラックスさせる必要があるか、とエスデスがタツミの隣に座りながら提案を口にする。

 

「敬語を使うな、私に遠慮せずに本音で話せ。二人きりのときは私がそうして欲しいと望んでいる」

 

 流石に体裁を保つため、他の部下の前ではそうするつもりはない。

しかし今は一対一の状況であり、ここは寝室。エスデスは女でタツミは男。

エスデスにとってはそれ以外の要素はいらなかった。

 

「それとも……私にタメ口をきくのは嫌か?」

「とんでもない!」

 

 頬を赤らめ、上目使いでタツミを見るエスデスに、ブンブンと首を横に振るタツミ。

エスデスは自身がこんな乙女のような振る舞いをすることになるとは想像もしていなかった。

らしくもない、とは自分自身感じている。エスデスにとってタツミとの、恋する男との時間はそれだけ熱烈なものだった。

 

「タツミは私と同じ、辺境出身だったな?」

「ああ、俺は故郷の村に仕送りをするため……出世して村を救うために帝都に来たんだ」

 

 エスデスはタツミの決意に目を細める。エスデスにとっては小さな村一つを貧困から救うくらいは簡単な話だ。

タツミがそれを望むのなら、エスデスは十分な金銭を準備する準備はできていた。

しかし今はそれは置いておいて、タツミのことを深く知るために会話を進めるべきだろう。

 

「村一つをお前一人で支えるのは困難だろうな。それをタツミはどう考えている?」

 

 隣に座り、自分を見つめるエスデスの言葉に、タツミは力強く答える。

タツミの今の目的は明白だった。詐欺師の女にもう宣言している。

 

「俺の最終目的は、この帝都で将軍になることだ!そうすれば故郷の村を救う金は十分手に入る。大臣の圧制、恐怖政治で困っている帝都の民も救うことができるかもしれねぇ!」

 

 エスデスは、自身を見つめるタツミの純粋な真っ直ぐな瞳に心奪われる。

思い人の真剣な表情に、恋心が増していくのを感じる。

しかしエスデスは、自分の主義を曲げるつもりは決してない。厳しくタツミに言い放つ。

 

「確かに民は貧困、紛争や飢餓等で困っているだろうな。……だからどうしたと言うのだ?」

「どうしたって、エスデス将軍は帝国の現状を何とも思わないのかよ!?」

 

 故郷の村を救うと共に帝国の民が幸せになる道を模索しているタツミ。

本音で話すことが許可されたタツミは、自身の語調が強くなっていくのを感じていたが止めなかった。

 

「思わんな。弱者がどうなろうと知ったことではない!世界の掟は弱肉強食。飢餓や貧困で苦しんだとしてもそれは死に行く民が弱かったということだ」

 

 絶句するタツミ。エスデスの言い分は、心優しいタツミからは到底受け入れることができなかった。

帝国で暮らしているからこそ民が圧制に苦しんでいるのはタツミ自身がよく分かっていた。

タツミはギリリと、奥歯を食いしばる。何とかエスデスを説得するためだ。

 

「お願いだ、俺が好きだと言うのなら主義を変えてくれ!」

「生憎だが自身の考えを曲げるつもりはないな」

 

 エスデスはタツミを押し倒す。タツミの首筋にエスデスは指をあて、つうっと鎖骨付近まで動かした。

押し倒されたタツミからは露出されたエスデスの透き通るような白い肌がよく見えた。

エスデスの唇が、耳にまで近づいてタツミに囁く。

 

「タツミ、お前の故郷の村一つくらいなら私も救うことができる。だからお前こそ主義を変えるんだ」

 

 エスデスがタツミにこのようなことを口走るのには勿論理由があった。

タツミが仮に出世して将軍になった所で、今のタツミの考えではオネスト大臣に殺されるだけだからだ。

最悪エスデス自身がタツミを殺すことになるやもしれない。

そうならないためにも、タツミの考えを改めさせる必要がエスデスにはあったのだ。

 

「お前はそもそも故郷を救うためにきたのだろう?ならばそれで満足しておけ。

 今までの暮らしに不満があるのは分かる。しかしここにいれば、これからは何一つ不自由することはない」

 

 エスデスが唇をタツミの唇に近づけてくる。キスをするつもりのようだ。

タツミを襲うのは、エスデスの身体と誘惑。確かにタツミは村を救うために帝国に来た。

ならばここでエスデスの言葉に素直に頷けばいいのではないか?そうすれば少なくとも故郷の村は救われるだろう。

このままエスデスに溺れろ、受け入れてしまえ、とタツミの心の中で悪魔が囁く。

 

(俺は……)

 

タツミはキスをしようとするエスデスから顔を背け、ベッドの上から立ち上がった。

 

「確かに俺は故郷の村を救うためにきた!でも俺は帝国で圧制に苦しむ民の姿を見て、将軍になって帝国の民の暮らしを少しでも良くするって決めたんだ」

 

 タツミは正義のために悪を倒す、といつも口走っていたセリューを思い出す。

エスデスを睨み付けるタツミの瞳は、正義感に燃えていた。

 

「一度決めた決意を、翻すつもりはねえ!」

 

 エスデスは、僅かな落胆と共にタツミへの思いがますます強くなるのを感じる。

そうだ、そうでなくては私が惚れた男ではないだろう!エスデスはタツミに対して殺気を出しながら笑う。

それは恋愛とは別の感情、獲物を見つけた狩人のような笑み。

獰猛な微笑を浮かべるエスデスと、エスデスを睨み続けるタツミ。

 

「タツミがその主義を抱えたまま将軍に上り詰めれば、いずれ帝国最強の私と戦うことになるかもしれんぞ?」

 

エスデスがタツミへの覚悟を問う。しかしタツミは身動ぎもしなかった。

 

「覚悟の上だ!」

 

 エスデスはタツミの自身を射殺すような視線に、背中をゾクゾクとさせる何かを感じる。

タツミが従順に自分に従うよりも今のほうが断然、面白い。

エスデスは静かにタツミの首輪を外す。いずれ将軍……自分と同じ位に立つ男には相応しくないだろうと思ったからだ。

 

「イェーガーズ……私の部下にさせようと思ったが中止だ。タツミ、お前をブドー大将軍の元に斡旋してやろう」

 

 自らの部下にして、徐々に染め上げるという選択をエスデスは選ばなかった。

タツミが自らの意思を決して曲げないと判断したためだ。

指示に従わない部下はエスデスには必要ない。手放すしかなかった。

ブドー大将軍の庇護下なら、易々とオネスト大臣に暗殺されることはないだろう。

僅かだが、タツミの望みは叶えられる可能性があるかもしれない。

帝具使いの優秀な人材だ、ブドーも拒否をすることはあるまい。

 

「私が見込んだお前の力で、存分に腐敗した国を変えるために足掻いてみせろ!」

 

タツミとエスデスの視線が交差する。

 

弱肉強食主義のエスデス。あくまでも民の味方になることを選んだタツミ。

 

ここに分かたれた両者の対立は、決定的なものとなった。




将軍を目指すタツミにとっては、エスデスの私兵であるイェーガーズに入る選択肢はありませんでした。


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三獣士を斬る

 雪が吹きすさぶ中、小さな山村に備蓄米を届けている帝国では数少ない良識派の官僚。

米を運ぶ護衛の兵士に飢餓に苦しんでいた山村の住民は笑顔を浮かべる。

 

「ナイス良識派」

「これで民も元気が出るだろう」

 

 遠く離れた木の上から彼らを見守るのは、ラバックとアカメだ。

食糧難は人が生きる上での一番の問題、それを考え態々山村に出向くような官僚は今の帝国にはそう多くない。

帝国の政策そのものを改善することが困難な以上、焼け石に水だとしてもその行いは無駄ではない。

彼のような人間こそが新たな国には必要だ。気を引き締めて守り抜く必要があるな、とラバックとアカメが覚悟を決める。

 

「見ていたら私もお腹がすいてきた」

 

 アカメの腹からくう、と可愛らしい音が鳴る。

ラバックは周囲に張り巡らせてある糸の結界に注意を向けつつも、お腹がへった様子のアカメを見つめる。

アカメはラバックの視線に気付いて、首を傾げて疑問を投げかけた。

 

「ラバックもお腹がすいたのか?」

「肉食系女子のアカメちゃんじゃないんだから違ぇよ……」

 

 間違った使い方だが、ラバックにとってアカメは肉食系という言葉がぴったりに思えた。

なんせ村一つ滅ぼす獰猛な危険種を狩って丸焼きにして食べる野生児なのだ、それ以外の表現方法はないだろう。

ラバックがこほん、と咳払いをしてアカメを見つめていた理由を話す。

 

「いや、アカメちゃんとペア組んで任務するのは久しぶりだと思ってさ」

「ラバックは最近マインとばかり組んでいたからな」

 

 ラバックとマイン。一見後衛同士に見える組み合わせは、ラバックが近接戦闘を十分に行えるようになったからこそできる組み合わせだ。

それまではラバックはアカメと、マインはシェーレと組んで暗殺を行うことが多かった。

器用万能なラバックの存在が、僅かだがナイトレイドの人間関係を変化させていた。

 

「戦術の幅が広がった、とボスは喜んでいたな」

「ナジェンダさんが喜んでくれるなら、俺としては何より嬉しいぜ!」

 

 ナジェンダ一筋のラバックにとっては、確かにとても喜ばしいことだ。

自身の存在が組織の潤滑油として働いた、という事実に顔を綻ばせるラバック。

 

「マインと色々あったようだが、ラバックは相変わらず一途だな」

 

 アカメはそんなラバックを、優しく見つめる。

普段は女好きで、風呂を覗いたりセクハラしたりと軽い印象が目立つラバック。

しかし本命はあくまでもナジェンダ一筋だと、他のメンバーはよく分かっていた。

アカメの表情にポリポリと頬をかくラバック、優しくラバックを見つめ続けるアカメ。

穏やかな二人の時間は、クローステールの糸が反応したことによって崩れ去った。

 

「アカメちゃん、糸が反応してる!」

 

 すうっとラバックとアカメの顔付きが殺し屋としてのものに変化する。

この気持ちの切り替えは殺しのプロとして重要だ。

気を引き締めたアカメは、鋭くラバックに問いかけた。

 

「敵で間違いないか?」

「ああ、敵は三人。南から周囲を探りながら林を掻き分け村に近づいてる。間違いないぜ!」

 

 護衛任務は達成されなければならない。二人は静かに頷くと、同時に後方へ駆け出した。

ナイトレイドを騙る偽者、三獣士。彼らは竜船に乗り込まず、ラバックとアカメが護衛する官僚を殺害目標とした。

 

 先行し木陰に潜んで極限まで気配を殺したアカメ。

どこからともなく笛の音が聞こえてくる。その笛の音を聞いたアカメは、急速に自分の気力が抜け落ちていくのを感じた。

アカメは自身の左手にガブリと噛み付いた。歯が肉を抉り、強制的に意識を覚醒させる。

しかしアカメから僅かに殺気が漏れ出した、襲撃者にとってはそれで十分だった。

 

 アカメの元に飛来してくるのは斧の帝具、ベルヴァークの片割れ。

木陰に隠れていたアカメはその場から咄嗟に後方へ大きく跳躍すると、投擲された斧がアカメの隠れていた木を切り裂く。

轟音と共に木が倒れ、後に残ったのは綺麗な切り株。

もし一歩でも遅れていたら、アカメの身体は真っ二つになっていただろう。

斧は木を切り倒した勢いのまま後方に着地したアカメに向かって旋回し、再び向かってくる。

 

「追尾能力がある帝具か」

 

 アカメは腰を切り裂こうとするベルヴァークに対して、その場で大きく身を屈めて回避した。

斧の様子を冷静に観察する。木を切り裂いたことで、僅かながら斧は勢いを落としていた。

どうやら追尾能力はあっても、動力は投擲した本人に依存しているようで

無限に標的を追い続けることができる訳ではないらしい。

ならばとアカメは木々を巻き込むような形で斧から逃げる。木は切り倒されていくが、斧は着実に勢いを緩めていく。

やがてベルヴァークは木に突き刺さって運動を停止した。

 

 息を吐くアカメの耳に、再び笛の演奏が響き渡る。この笛の演奏に支援効果があるのは明らかだった。

自分達の存在は敵にばれている。しかしこのままでは消耗するだけだと感じたアカメは

後方に待機しているラバックを意識しつつジグザグに走りながら敵の方角に駆け出す。

果たしてアカメの目に見えてきたのは、三人の敵……リヴァ、ダイダラ、ニャウの三獣士だった。

 

 突き進んでくるアカメに対して、リヴァが水の球体を放つ。周囲は雪が降り積もっており、ブラックマリンを操る水分は十分にあった。

アカメは回避しながらも、ベルヴァークを構えるダイダラに向かって突き進む。笛を吹いて支援しているニャウは下がっており

永遠に追尾してくる斧の帝具がこの状況では一番厄介であると真っ先に判断したためであった。

それに対してダイダラはニヤリと笑う。これが三獣士の必勝形態であるためだ。

 

「アカメ……こいつは大物だ。経験値の塊だぜ!」

 

 ニャウの帝具、スクリームが二回目に吹いた音色は、本来の用途である士気高揚のもの。

味方の能力を大幅に上げるそれは、アカメを待ち受けるダイダラの能力を底上げしていた。

さらにベルヴァークの特性上、ダイダラは向かってくる敵を待ちうけ倒すことにかけては自信があった。

自分に向かって一直線に進んでくるアカメ、斧を構えるダイダラ。

この時、ダイダラは見誤っていた。一つは、アカメの思考。もう一つはラバックの存在。

必勝形態だと思う心の隙、相手を経験値としか見ていない慢心がダイダラの視野を狭める。

 

 アカメはその心の隙をつくのが誰よりも上手かった。

ダイダラに向かったアカメは地面に置いてあったラバックの糸を踏み、斧を振り下ろすダイダラの目前で垂直に飛び上がった。

本来人が跳躍するためには膝を僅かながら曲げる必要がある。

しかしラバックがアカメの踏んだ瞬間糸に力を篭めることによってアカメは膝を曲げるという

ワンアクションも起こさずにバネのように跳躍することに成功した。

ダイダラからはまるで目の前でアカメの姿が消えたかのように見え、必勝形態を破られたことで思考が一瞬固まる。

 

「葬る」

 

 おちてきたアカメが村雨を抜刀、エネルギーを利用し垂直に振り下ろした刀はダイダラの身体を真っ二つに両断した。

怯む事もなくリヴァが再び水の球体をアカメに向けて放つ。しかしアカメの動きは素早く当たらない。

リヴァはアカメの進行方向を予測しているにも関わらず、アカメは変幻自在な動きでそれを回避する。

ある時は木陰に隠れ、ある時は木の枝を足場にする。横だけではなく縦も織り交ぜた立体的な機動。

木々の中を水を得た魚のように立ち回るアカメに対してリヴァとニャウが焦りを深める。

実はスクリームによった強化されたリヴァは、アカメよりも素の身体能力は高い。

元将軍であり、戦場に身をおくリヴァはブラートと同等の強者であることは間違いない。

しかしリヴァの攻撃は、アカメを捕らえることができないでいた。

 

「くっ……」

 

 呻くリヴァ。三獣士にとって一番不運なことがあったとすれば、それは場所だった。

野山で暗殺者として育てられたアカメにとって森林は庭のようなもの。

それに加えて森林地帯はラバックにとっても得意なフィールドだ。

地の利はアカメ達にあり強化はされているものの水が限られており、ブラックマリンの大技を自由に使えないリヴァ。

リヴァは長期戦は不利だと判断した。水分を周囲から集め、大技を放つ。

 

「―――水竜天征!」

 

 四方八方から襲い掛かる水の竜。左右に動いて回避するも流石に逃げ道を防がれたアカメは跳躍せざるを得ない。

幾らアカメが素早く動き回ろうと、逃げ場のない攻撃をされては回避のしようがない。

空中で身動きができないアカメに向かって、水竜の群れが左右から襲い掛かる。

アカメはそれを、何もない空中に張ってあったラバックの糸を踏んでギリギリで避けた。

ラバックの糸は何もない空中にも張ることができる。

リヴァからしてもそれは十分に予測できた事態だ。

空中に張り巡らされた糸を踏み台にするアカメに動じず水竜を向かわせる。地上とは違い、動きが制限されることは間違いない。

今度こそ逃げ場を塞いだとリヴァが確信した、その一瞬隙ができた。

 

 リヴァに向かって木陰から放たれるのは、ラバックの放ったクローステールでできた槍。

大技を維持するのには精神力が必要であり、リヴァの反応は僅かながら鈍っていた。

隙を見逃すラバックではない。直撃は避けたものの、リヴァの腕にクローステールの槍が突き刺さった。

身体の一部分にさえ食い込めば、それで十分だった。リヴァの心臓へとクローステールの糸は向かっていき心臓を砕く。

 

「エスデス様……」

 

 一番厄介なのはアカメではなく、糸を操る存在のほうだったと後悔するが最早遅い。

リヴァは忠誠を誓った主の顔を思い浮かべながら息絶えた。

 

「うわあああ!」

 

 一人残ったニャウはリヴァが殺され奥の手である身体強化、鬼人招来を使うも

リヴァでさえ捕らえ切れなかったアカメの動きを見きれるはずもなかった。

ラバックの糸を足場にし、空中さえも変幻自在に動くアカメ。それに加えてラバックがいつ襲ってくるかも分からない。

 

「葬る!」

 

 あっさり隙を見せたニャウは、アカメの横凪の刃によって胴体を切り裂かれその命を終えた。

周囲に敵がもう存在しないことを確認したアカメとラバックは、顔を見合わせやったな、と拳をあわせる。

 

「ラバの糸は頼りになった」

「本来俺は後方支援担当。こっちの方が専門なんだよな」

 

帝具を回収し、リヴァの亡骸の前に立ったラバックは少しだけリヴァについて考える。

 

「エスデス様……か。この男もきっと主を、エスデスのことを愛していたんだな」

 

 死ぬ寸前まで主のことを深く愛したリヴァの献身に、ナジェンダを敬愛する自分と少しだけ照らし合わせるラバック。

明日は我が身かもしれない、そんな複雑そうな表情をしたラバックに、アカメがそっと手を差し伸べた。

 

「護衛続行だ、無事に帰ろう。一緒にな」

 

アカメのその振る舞いに言葉足らずながらも、自分に対する心配を感じたラバック。

 

「ああ」

 

ラバックはアカメの手をそっと握ったのだった。

 

 エスデスの右腕である三獣士の死亡、これによりエスデスの力は大きく削がれることとなる。

殺し屋ナイトレイド、結成されるイェーガーズ。そしてブドー大将軍とタツミ。

 

戦いはまだ、始まったばかりに過ぎない。




場所が悪かった、三獣士の一番の敗因はそれでした


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詐欺を斬る(2)

注意!今回、とある人物に対してアンチかどうか微妙なラインだと思う表現があります。
迷った末にタグはつけずタイトルを分かりやすくしました。


 「はあ」

 

 真昼間、太陽の光が街中を照らす。小鳥が鳴き空は雲ひとつない晴天だ。

しかし燦々とした陽光を浴びながらも軍服を着たタツミはコロを連れ、溜め息を付きながら帝都のショッピング街を散歩していた。

エスデスによってブドー大将軍の将兵になったタツミ。しかしタツミは近衛兵になることはできず見習いという扱いだ。

タツミはブドー大将軍にエスデスのスパイなのではないか、と疑われていた。

ブドーの懸念は当然と言える。オネスト大臣の腹心であるエスデスが良識派筆頭であるブドー大将軍に態々帝具使いを贈る理由がないからだ。

これでは出世どころではない。タツミの今の地位はイェーガーズよりも遥かに低い立場だ。

タツミが溜め息を付くのも無理もないことだった。恐らくタツミは今も監視されているはずだ。

 

「やっぱり武勲を挙げるしかないか」

 

 結局同じところに思考が帰ってくる。今のタツミは近衛兵でもないため街を歩くことが許されているのが救いだろう。

しかし帝具使い故に求められるハードルも高い。それに信頼を勝ち取るのは難しい。一朝一夕では無理だろう。

一人で凶賊を壊滅させるくらいのことをすれば認めてもらえるだろうか、ますます危険視されるだろうか……

タツミは考えながらもショッピング街を通り過ぎ、スラム街に立ち入る。

 

「こうするしかねえな」

 

 道行く人たちの服装がガラッと変化する。人相が悪い男達を横目にタツミが探しているのは以前戦った詐欺師の女……レオーネだ。

以前からタツミがレオーネの捜索に執着しているのには理由があった。

タツミは以前の戦闘でレオーネの脇腹を相当深く切り裂いた。しかし血が不自然にタツミの前で止まって血溜まりになっていただけだ。

重症を負ったはずのレオーネは気絶したタツミを放っておいて逃亡する際地面に垂れた血痕を不自然に途切れさせている。

しかも地方の男が書いた似顔絵を破り捨てる余裕まであった。それに加えてタツミを簡単にあしらう強さ。

 

(俺の勘もあるけど、あいつは恐らく帝具持ちである可能性が高い)

 

 帝具使いは本人が実力者である必要がある。その事実もタツミのレオーネへの疑いを濃くさせていた。

流石に帝具を持ち帰ればブドーもタツミを信用するに違いない。

しかしそんな不純な理由でたかが詐欺師の女一人に執着していいものか、という迷いもあった。

探索はこれぐらいにしてもう諦めようか、そう思ったタツミの視界に、道端にうつ伏せで倒れている男が映る。

 

 「行き倒れか……」

 

 貧困層が多いスラム街ではそう珍しくもない、タツミがそう判断して

男から視線を外した瞬間男が呻く。タツミは足を止めて倒れた男のほうに向き直った。

どこかで聞いた声だったからだ。タツミが駆け寄ると、男は音に反応して顔を上げタツミを見上げた。

 

 「あ……!」

 

 タツミが声に覚えがあると思ったのは当然だった。頬や身体の筋肉は痩せこけているが間違いない。

倒れていたのは以前地方から来た男。レオーネに金を騙し取られた男だったからだ。

まだ新兵だった軍人としての自分を頼ってくれた、タツミにとってどこか他人事のように思えなかった男。

 

 「おっさん!」

 

 タツミは男を仰向けにする。痩せこけた男の瞳は焦点が合っておらず虚ろで、全身に斑点ができていた。

ルボラ病……免疫力が低い人間が感染する病に男は侵されていた。

男は意識を混濁させながらもタツミの存在に気付いたようで、重い唇を開く。

 

「ああ……世話になった憲兵さんか……」

「喋ってる場合じゃない、早くこれを!」

 

 タツミが差し出した水筒から水を飲んだ男は、激しく噎せ返り堰をする。男が吐いた水には血が混じっていた。

男は苦痛に顔を歪ませながら、タツミに首を振る。

 

 「いいんだ……多分、俺は助からない」

 

 レオーネの詐欺で財産を失った男に対してタツミが斡旋した職場は、タツミが居なくなった瞬間男を追い出した。

貧困による就職難はどこも同じ。この帝都という街は田舎者に対してとても厳しかった。

全財産を失い、住み場所もない。そんな状況で男は真面目で、物盗りをしようともしなかった。

悪いことをすると因果が巡る……詐欺にあった男は、そう思ったのかもしれない。

スラムで生ゴミを漁って生活しているうちに、ルボラ病に感染してしまったのだ。

 

「いつか……画家になりたかった。絵を描くことだけは……誰よりも自信があったんだ」

 

 咳き込みながら男が言う。

確かにタツミが見たレオーネの人物画はとても緻密なものだった。

帝都で働くため必死に金を溜めてきた男は、美術工芸と縁がない田舎に住んでいたのだろう。

帝都に入るまで絵の具を入手することができなかった。

そもそも絵は貴族の道楽。色彩画ではない鉛筆の似顔絵に金を出す人間は今の帝都にはいない。

 

「憲兵さん、俺が前に見たときより立派になったな……軍服似合ってるよ。最後に頼みがあるんだ」

「オッサン、もう喋らないでくれ!だれか!」

 

 周りを見渡すタツミだが、スラム街の人間は顔を背ける。それどころかタツミに侮蔑の目を向ける人間が多かった。

そんな立派な軍服を着て、犬まで連れているくせに、スラム街の人間に同情するのか。

軍人なのに、国を守っているのに、貧しい俺達を、救ってくれないくせに!

 

「あの女に……然るべき報いを」

 

 男はその言葉と共に激しく痙攣し、周囲に助けを求めるタツミを前にして動かなくなった。

男がポケットに入れていた紙と鉛筆が、地面に落ちる。

遺言を聞き届けたタツミは、急速に世界が色褪せていくのを感じる。

 

「くっ……」

 

 タツミは歯を食いしばり、今の帝国の現実を受け止める。

帝国がもしも貧困に困っていなければこんな事態にはならなかった。

レオーネがもしも詐欺を働かなければこんな事態にはならなかった。

そしてタツミがもしもレオーネから金を取り戻していたらこうはならなかった。

しかし、それは全てあったかもしれない可能性に過ぎない。

 

 タツミは将軍になって、この貧しい国を変えるという思いをますます強くする。

それと同時にタツミはとある覚悟を決め、歩き出した。

タツミに宿るのは以前とは違い完全にコントロールされた、己の内に秘めた冷徹な殺意。

 

 

「ふー!もう一杯!」

 

 深夜、スラムの酒場で豪快に酒……ビールを飲む金髪のグラマラスな女性が居た。

レオーネは帝都のエスデスの監視任務を終えようとしていた、明日が最終日である。

酒を継ぎ足しながら、レオーネはラバックについて考える。

 

「アイツ最近良い男になったなあ」

 

 スケベなのは変わらない、しかし好きな人のため汗を流し毎朝メキメキと実力を上げるラバック。

その特訓を近くで見ることが日課になったレオーネは、僅かだがラバックに心引かれ始めていた。

ナジェンダという思い人がいるから、本気ではない。しかしナイトレイドは男が少ない。

ナイトレイドには他に同性愛の疑いがあるブラートしかいないこの状況で

レオーネがラバックに僅かとはいえ恋愛感情を抱くのは自然な話だろう。

 

「帝都に来るのもこれが最後だろうし、帰ったらおねーさんが唾つけてやるか!」

 

 タツミと一度交戦した事実を、レオーネはナイトレイドに伝えてある。

そのためエスデスの監視が終了したら、帝都には暫く戻れない。

レオーネは思い出を振り返る。スラム街で馬に乗り子供を踏み潰す貴族を叩きのめしてから色々あった。

名残惜しいがマッサージ屋も明日で廃業するしかないだろう。

残念だなと首を振るレオーネの耳に、店のドアが開く音と慌てた店長の声が聞こえてくる。

 

「帝国兵の方ですか……!」

「ここにレオーネという女がいるはずだ、その女に用がある」

 

 一瞬で酔いを醒まし、警戒態勢に入るレオーネ。

酒場の入り口からレオーネに近づいてきたのはヘカトンケイルを連れたタツミだった。

軍服をきたタツミは周りの客を掻き分けてレオーネに接近する。

 

「お前だ、表に出ろ」

 

 殺気を僅かに漂わせ、乱暴な言葉使いをするタツミに対してレオーネはどうするか考える。

恐らくナイトレイドとしての自分がバレたのだ。ここで暴れては他の人に危害が及ぶ可能性がある。

 

「りょーかい少年、そう怖い顔するなって!」

 

 レオーネはタツミに従い店の外に出た。

スラムの顔馴染みが心配そうに自分を見つめるのを、レオーネは大丈夫だって、と手を振る。

店の外に出たタツミとレオーネは、背中に剣を突きつけたタツミの指示で静かに路地裏へと移動を開始する。

レオーネはしめたと思う。路地裏であれば、自身のライオネルの俊敏性と土地勘を生かしてタツミから逃げ切る自信があったからだ。

程なくして、以前戦ったような狭い路地裏に二人は到着した。

 

「で、少年。おねーさんに何のよう?」

 

 タツミに問いかけるレオーネは、背中に剣を突きつけられているにも関わらず

振り返りタツミに用件を尋ねる。タツミに振り返ったレオーネは、一瞬自分の目を疑った。

感覚鋭いレオーネが殺気立つタツミに幻視したのは、拳を構える自らの姿だった。

レオーネは一瞬で帝具を発動させて、タツミから大きく距離を取った。

 

「俺は、帝具使いかもしれないお前にも、ナイトレイドかもしれないお前にも用はねえよ」

 

 タツミはレオーネに向けて剣を構える。その剣は以前とは違い、鞘から抜かれていた。

レオーネは勘違いしていた。タツミはレオーネがナイトレイドだと確信して来たのではない。

兵士としてきたのかすら怪しい。タツミのレオーネに向けた顔つきは。内に秘めた冷徹な殺意は。

 

ナイトレイドの自分達に酷似していた。

 

「もっと邪悪な連中が沢山帝都に居るって言ったよな。罪は罪だ。お前の行為で一人の男が命を落とした!」

 

 レオーネは自分がロクデナシであることには自覚していた。だからこそ、驚愕しながらも心のどこかで納得していた。

それと同時に最初の戦闘時に強引にでもタツミをアジトに連れ去らなかったことを、レオーネは後悔する。

ナイトレイドに所属しているレオーネだからこそ、一番のロクデナシを自負しているからこそレオーネは理解していた。

因果は巡る。罪を犯せばその行いは、必ず自らに帰ってくる。

 

―――――天が裁けぬその悪を、闇の中で始末する。

 

「いい顔つきになったな、タツミ!見逃したおねえさんは間違ってなかった!」

「大人しく牢に入れ、僅かでも抵抗するなら切り刻むぞ詐欺師のレオーネ!」

 

 罪人に向けて剣を構えるタツミに対して、覚悟を決め逃走を中止したレオーネはタツミに向き徒手空拳の構えを取った。

 

路地裏の闇の中、タツミとレオーネは再びぶつかりあう!



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死闘を斬る

 真夜中。帝都の路地裏でタツミとレオーネは睨み合っていた。

獣耳を生やし髪を鬣のように逆立てたレオーネが拳を構え、タツミの胸の内に僅かに残っていたレオーネへの慈悲が消え去る。

 

「抵抗するんだな、容赦しねえ!」

「ああ、私は死ぬわけにはいかないし牢に入るつもりもないね」

 

 タツミの瞳が細まった。完全にレオーネの殺害を決めたタツミ。静かながらも激しい怒りを、殺気として身体から僅かに放ちながらもタツミの心中は驚くほど冷静だった。

実質初めての帝具戦にも関わらず、レオーネを……罪人を殺すことだけを考えた今のタツミのコンディションは最高だった。

レオーネはそんなタツミに対して本当にもったいないと感じる。きっと同じナイトレイドならとても気があっただろう。

レオーネがタツミから逃亡しなかった理由は殺し屋としての矜持だ。被害者の嘆きを聴き自分を標的と定めるタツミからは、ナイトレイドだからこそ逃げる訳にはいかなかった。

 

 この戦闘には以前とは大きく違う点が2つある。お互いに手加減する気が微塵もないこと。そしてこれから始まるのは帝具戦だということだ。

殺し合いを開始した帝具使い同士、両者生存は在り得ない!

 

「コロ!」

 

 タツミの前に立ったヘカトンケイル……コロの身体が肥大化する。

土煙を上げたコロがレオーネに向けて突進する。レオーネは獰猛な牙を剥き出しにした。

ライオネルによってレオーネの強化された聴力は、激しく音を立てるコロに混じった僅かな足音を逃さなかった。

果たして土煙の中から気配を最小限に殺し、レオーネに向け弾丸のように飛び出し地を駆けるタツミ。

コロは囮であり、本命はこちらだった。生物型の帝具を所有するタツミが前衛に出る等普通は在り得ない。

愚策と思われても仕方がない行為、しかしタツミには確かな勝算があった。

 

レオーネはコロを越えてレオーネに接近してくるタツミの速度に瞠目する。

 

(疾さだけならアカメ並だ!)

 

 格上との戦いを経て急速に進化していくタツミ。そのタツミの駆ける速度は最早ナイトレイド最速のアカメに匹敵するものだった。

レオーネは腰を据え、斬りかかって来るタツミを迎え撃った。

達人同士となった戦いだからこそ、決着は一瞬となることもある。

 

 レオーネに対し横凪の刃を振るい、胴体から真っ二つにしようとするタツミ。

襲い掛かる刃に対してレオーネは僅かに後退した。タツミの剣が深々と肉を裂く。

内臓までも僅かに傷つける、普通の人間なら致命傷であるはずのそれに対してレオーネは顔を僅かに顰めるだけだった。

 

「いくら速かろうが、その速度は前に見た!」

 

 レオーネの拳はうねり、微塵も速度を落とすこともなくタツミの胸に突き刺さった。

アカメの速度を親友として誰よりも把握し、タツミの恐ろしさを前回の戦いで知っているからこその反撃。

タツミの剣は確かに速いが緩急をつける技術がまだ不足。直線的な攻撃は、獣の反応速度の前では僅かに力不足だった。

 

「が……!」

 

 血反吐を吐き宙を舞うタツミ。本来ならこの一撃でタツミの肋骨はバラバラに砕け散り、タツミは死亡したはずだった。

しかしレオーネの拳に伝わるのは、木を砕いたような感触。

タツミが大切に胸に忍ばせていた村の木彫りのお守りが、四散する代わりにレオーネの拳の威力を僅かに分散させタツミの命を救った。

とはいえタツミの肋骨には僅かながらヒビが入り、動く度にタツミを苦しめる。

 

 大きく腹を抉られたレオーネに、コロが追撃の拳を振るう。

ライオネルの奥の手、治癒能力は強力ではある、しかし速効で傷が回復するものではない。

タツミの斬撃により僅かに動きが鈍ったレオーネは、コロの拳を胸の前で腕を交差させ受け止めた。

いかに身体能力が高いからといっても体格の差と筋肉量の差によりレオーネはコロの攻撃を受け止め切れない。

コロの拳がレオーネに叩きつけられるたびにレオーネの腕の筋肉は千切れていき、骨は少しずつ砕けていく。

筋繊維や骨が損傷するたびに僅かに回復していくものの、コロの拳の嵐に耐えられるものではない。

 

「使おうとしてるな?」

 

 この状況、この窮地の中でレオーネはタツミに向かって不敵に笑う。

タツミは自身の行動を見透かしたかのようなレオーネの言葉に鳥肌が立ち、コロの奥の手を使うのを中止する。

そのタツミの躊躇いは、レオーネの内臓に到達した切り傷を致命傷でないレベルまで癒す時間として十分だった。

レオーネの鈍った動き、機動力が回復しレオーネは腕の防御を中止。獣の直感と小回りがきく機動力を駆使して回避を始める。

回避に専念すれば負傷した腕も回復していく。タツミが奥の手の使用を躊躇っているうちにレオーネの傷は完治してしまった。

 

「くそ!」

 

 タツミは自身の判断ミスに毒付く。タツミの帝具の奥の手はナイトレイド全員に知れ渡り、最早有効ではない。

しかし五感……聴覚までもが発達した今のレオーネだけには別。大音量を発するヘカトンケイルの奥の手は今のレオーネ相手には唯一有効であった。

だからこそ奥の手を使うタイミングが勝負の決め手であることをタツミもレオーネも理解していた。

奥の手を使いそびれたのは単純にタツミの帝具戦の経験不足と、レオーネのブラフが上手かったからだ。

 

「残念だったなタツミ!」

 

 レオーネはコロが放つ拳の弾幕の中、じりじりとタツミに迫る。コロの拳はレオーネの身体を掠め、時には直撃し、身体から血を噴出させるもののレオーネは致命傷だけを防いだ。

腕力はコロがレオーネより上だが小回りや敏捷性はレオーネの方がコロより上。

そして敏捷性においてはタツミがレオーネを上回っているが反射神経、経験、腕力はレオーネの方がタツミより上。

奥の手を使いそびれたタツミはコロに指示を出しながらレオーネについて考える。

 

(ラバックとは間逆だ、単純に強い!)

 

 身体能力強化、五感強化、回復能力。百獣王化ライオネルの能力は言葉にしてみたらたったそれだけ。

ラバックの手数の多さ、器用な帝具の使い方と違って底知れぬ怖さはない。

しかしタツミにとっては明確な攻略方法が存在しないレオーネの力は、ラバックと同レベルに厄介だった。

レオーネの帝具はとてもシンプルだった。それがレオーネの強さだ。

 

 コロの拳の弾幕を突破したレオーネは、タツミに襲い掛かる。タツミを倒せばコロの動きは止まる。

タツミの取れる手段は限られていた。下手に剣を振るって以前のように白羽取りをされれば剣が砕かれる。

肋骨が損傷したことにより、以前のような敏捷性で剣を長時間振るうことは難しい。

 

「コロ、奥の手!」

 

 そう、奥の手を切らざるを得ない。コロが咆哮をあげる。しかしレオーネの側もそれは十分に理解していた。

ライオネルの獣耳がレオーネから消え、身体能力上昇と回復能力がレオーネから一時的に消える。

しかしレオーネはタツミの太刀筋を、その限界を身体能力が落ちていても猶見切っていた。

何しろ文字通り身体に刻みこまれたのだ。殺しの達人が見切れないはずもなかった。

 

 タツミが振り下ろした刃を半身になってかわしたレオーネは、その勢いのまま剣を構えるタツミの右肩に齧り付いた。

レオーネの強靭な顎の力によってタツミの右肩の肉が大きく削がれ、タツミの右肩の筋肉筋が切れる。

 

「あああああ!!!」

 

 右肩から血を大量に噴出させると共に右腕の力を失ったタツミは、剣を落とした。

血の味を口内で味わいながらレオーネは、タツミに止めを刺すために拳を振り上げる。

剣を失い肋骨の痛みと右肩の激痛でかえって意識が覚醒したタツミは、決断を下す。

タツミの脳裏に浮かんだのは、詐欺で命を落とした男の顔、そしてセリューの顔だった。

正義感の強いセリュ―なら、きっとこうするはずだと信じたタツミは叫ぶ。

 

「俺ごと捕食しろ、コロォォォォ!」

 

狂化により身体能力を上げたコロが、隣接したタツミとレオーネに大口をあける。

 

「正気かタツミ!?」

 

 レオーネは慌ててタツミへ振りかぶった拳を下ろし大きく後方に跳躍する。

タツミもよろけながら、なんとかその場から跳躍する。しかし間に合わなかった。

タツミの右腕は引き千切られ、コロの口によって砕かれた。

 

 この時タツミは、本気でレオーネと一緒に死んでもいいと思った。

詐欺で死んだ男のような悲劇を起こしてはならないと思った。レオーネを絶対に殺害しなければならないと思った。

しかしレオーネはタツミに止めを刺してタツミと一緒に食われることを嫌った。

それがレオーネと、タツミの覚悟の違いだった。そしてその覚悟の差が、勝敗を分けた。

タツミは失った右腕から大量に血を流し、肋骨も負傷した満身創痍の状態、しかし所有者が死亡しなければヘカトンケイルは止まらない。

ライオネルを一時的に発動せず五感の反射神経が消失したレオーネが、剣を落とし武器を失ったタツミよりもコロに神経を注ぐのは当然だった。

 

 レオーネの額に、タツミが左腕で投擲したナイフが突き刺さった。

ナイフはあっさりとレオーネの脳幹に達する。レオーネはタツミを驚いたように見つめ、そのギラついた瞳の中を覗き込んだ。

大量に血を失ってなお、タツミの姿は、殺意は、顔つきは、瞳は、覚悟は、やはりナイトレイドの自分達によく似ていた。

何としてもレオーネを、標的を殺害するというタツミの意思を確認し、レオーネはぼんやりとした思考で悟った。

 

(ああ、やっぱり、少年を、タツミを、見逃したのは、間違いじゃなかった……)

 

 何てこともない。最高の殺し屋に、ナイトレイドになる素質を、タツミは備えていたのだ。

獣のような嗅覚を持つレオーネは、本能でそれを察知していた。レオーネがタツミを見逃した理由は、それだけのことだった。

 

「ナイト……レイド……アカメ……ラバック……ごめん……」

「捕食しろ、コロ」

 

 それでも猶ライオネルを発動し、回復しようとするレオーネの上半身が

冷徹に指示を出したタツミと指示に従ったコロによって食いちぎられる。

回復能力が強大なライオネルといえども、生物に捕食され消化されてしまってはどうしようもない。

レオーネの上半身は、コロに飲み込まれて消えた。

 

 バタリと、タツミは倒れる。今回の勝利は、運が良かっただけだ。帝具使いとしての経験も、強さもレオーネの方が上だった。

もし木彫りのお守りをタツミが大切に持っていなければ。もし直前に投げナイフを使うラバックと戦って手数の重要さを認識していなければ。

そしてもしお互い死ぬ気持ちであれば、タツミはあっさりと敗れていた。

それでも、右腕を失い、肋骨にヒビを入れながらもタツミは勝利した。

右腕からの大量の出血によりタツミの視界が揺れ、意識が消失していく。

 

タツミの視界に映ったのは、上半身を失ったレオーネのズボンから零れ落ちた金貨。

 

「もう遅いけど……金をとりもどす約束、守ったぜオッサン……!」

 

 仇を討ったことを確認したタツミ。どこか満足気にタツミは呟きながらも、タツミは意識を失った。

 

 戦闘が終了し、周囲が俄かに慌しくなる。

タツミにとって幸運だったのは、タツミがブドーから疑われ監視されていたこと。そしてスタイリッシュが生存していたこと。

彼の将軍になるという夢は、潰えることはない。それと同時にナイトレイドの一員を殺害し、タツミは大きな咎を背負ったこととなる。

因果は巡る。それは誰にとっても例外ではない。タツミは殺人の因果から逃れることができるのか。それはまだ誰も知らない。

 

ナイトレイド、残り8人―――。



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綻びを斬る

短いですが更新です。
ある程度のご都合主義が入りますがご了承ください。


 「……」

 

 施術室で気を失う兵士の少年……タツミが居た。

レオーネとの戦闘で剣を握る利き腕である右腕を失ったタツミ。

利き腕を失うというのはタツミほどの剣士にとっては文字通り相当痛い。

本来ならこの負傷によってタツミの将軍になるという野望は途絶えるはずだった。

タツミの手術を施行するのは、エスデス将軍とドクタースタイリッシュ。

 

「アラマ、いい男じゃない。隊長が目を掛ける理由も分かるわ」

「私の恋の相手だ、慎重に扱えよ?」

 

 本来良識派に属するタツミがオネスト腹心のエスデスの部下……スタイリッシュの治療を受ける手筈ではなかった。

斡旋した自分にも責任があるとエスデスがブドーを説得した、それだけだった。

ブドーは訝しみながらも監視によってタツミがこの国を憂う重要な人材なのは理解しつつあった。

止めはエスデスの、将軍になったタツミと殺し合いたいという滑稽無糖な発言だったことは明記しておく。

 

「アタシのスタイリッシュなパーフェクターなら、右腕の義肢を武器にすることができるわよ」

「いらんな。タツミにとって最も重要なのは義手が元の腕と同レベルに動くことだ」

 

 タツミは手数の重要性を覚えたが、基本的には剣士であることは間違いない。

下手に重火器等を仕込んだところで、タツミ本人の機動力が低下しては大幅な戦力ダウンだ。

エスデスの注文に若干物足りなさそうなスタイリッシュに対して、エスデスが微笑を浮かべる。

 

「剣客が満足する出来の世界一本物に近い義手……私はこれのほうが兵器を仕込むよりも余程難しいと思うのだがな」

「アラ、相変わらず隊長ドS!とてもスタイリッシュじゃない!」

 

 こんな注文ができるのはスタイリッシュぐらいだと励ますエスデスに対し、スタイリッシュが熱を上げる。

エスデスはそっと気絶しているタツミの頬に触れ、撫でる。エスデスはタツミを見下ろしながら不思議なものだな、と思う。

いずれ敵味方に分かれる運命だとしても、エスデスはタツミへの恋心が途絶えてはいない。

寧ろ頑固なタツミの意思を目の当たりにして、惚れ直したぐらいだ。

 

「私はお前を諦めていないぞ……タツミ。互いに殺しあって生きていれば、それはもう運命だ」

 

 エスデスは、タツミが将軍になるという夢を笑わなかったしタツミならば実現させると信じていた。

エスデス自身がタツミと同じく辺境出身であることもある。

何より自身が恋する相手ならばそれぐらいはできるという根拠のない確信があった。

帝具同士が殺し合いをすれば必ずどちらかが死ぬ、等エスデスにとってはどうでも良い話だ。

寧ろその運命ごと蹂躙するのがエスデスという存在。もし手加減できず殺してしまっても、それはタツミがそれだけ成長しているということ。

どちらにせよエスデスにとっては美味しい話であることに変わりなかった。

 

「お前がライオネルを手に入れたことで、宮殿では今面白いことが起きている。目が覚めれば驚くだろうなタツミ」

 

 そう、宮殿内は今波乱が巻き起こっていた。闘争を望むエスデスが、思わず舌なめずりをする程に……

 

 

 

「ああ、ストレスで益々太ってしまいます!」

 

 オネスト大臣は巨大なハムを頬張りながら、宮中を闊歩する。

タツミがナイトレイドの一人を倒して帝具を回収した。それだけならオネストにとっても喜ばしいことだ。

しかしオネスト大臣は、自身のストレスを募らせていた。その理由は明白だ。

皇帝を守る事だけを考え宮殿に篭っていたブドー大将軍が動き出したからである。

適応する帝具が居ないライオネルは、ブドー直属の兵士が回収したにも関わらずオネストの手回しで回収される筈だった。

 

「それをあの将軍が……!」

 

 それに待ったをかけ、ライオネルを回収したのは帝国でも数少ない良識派の将軍であるロクゴウ将軍だった。

彼はライオネルを目にした途端ピンと来るものを感じ、帝具を着用、見事適応するまでに至った。

そしてこれを好機と捉えたロクゴウは、何と将軍の身でありながらブドー大将軍の傘下に加わることを公表したのだ。

本来将軍が誰かの下に付く等考えられない事態、しかしブドー大将軍は受け入れた。

それが目下、大臣が頭を悩ませる原因だった。統率能力と武力に長けたブドーの元に、内政能力、政略能力が高い良識派のロクゴウ将軍が加わる。

その流れでブドーの庇護下に加わるのを躊躇っていたセイギ内政官等も、続々とブドーの元に集まりだした。

 

「不味いですね……」

 

 帝国も一枚岩ではない。ブドーが立ち上がれば今の帝国に不満を持つ、隠れた良識派の政管も敵に回るだろう。

唯でさえ帝国は四方を敵である異民族に囲まれ、疲弊した状態であるのだ。

革命軍を殲滅したところで、その隙に内側から飲み込まれてしまっては意味がない。

ブドー大将軍の派閥にある帝具はアドラメレク、ライオネル、ヘカトンケイル。

たかが帝具三つ、されど帝具三つ。エスデスと互角と目されるブドー、将軍の身でありながら帝具を持つに至ったロクゴウ、将来将軍になるとエスデスに確信されているタツミ。

オネスト大臣にとってはいずれも馬鹿にできるものではなかった。

タツミは今なら刺客を送り簡単に始末することができる、しかし下手に手出しすることもできない。何故ならタツミがエスデスの思い人であるからだ。この状況でエスデスを刺激するのは好ましくなかった。

 

「争いを求め続けるエスデス将軍とは、利害が一致すると思っていたのですがねぇ……彼女の考えが裏目に出ましたか」

 

 エスデスは今の状況に歓喜していた。異民族や革命軍を殲滅した後の大きな楽しみが増えることは間違いない。

イェーガーズのランのような、国を憂う優れた帝具使いも意思は示さずともブドーの傘下に加わる準備はできており隠れて動き出している。

タツミが本当に出世して将軍になってしまえば、帝具を持った大将軍1人、将軍2人、そして付き従う帝具使いと戦わねばならない。

ブドーの近衛兵がエスデスの部隊と同格な以上、激突しても無事で済む保証はない。オネストの政力が弱まり、保身のみを考える政管、下手すれば将軍がブドーについても不思議ではない。

宮中が大きく2つに割れようとしている現状に歯を食いしばるオネスト大臣。

 

万全と思われたオネスト大臣の天下には僅かながら罅が入り始めていた。




本作ではクロメの骸人形であるロクゴウ将軍が生存しています。
あまりオリジナルの人物を出したくなかったのでこういう流れになりました。
ナジェンダの同僚ということで、内政能力と政略、戦略に長けている設定の将軍です。


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第三勢力を斬る

 殺し屋、ナイトレイド達はレオーネを失った悲しみを各々に背負いながらも三獣士の帝具を本部に届け終わりチェルシーとスサノオを加えたナジェンダの命令で集まっていた。

時間は経ったものの仲間を失った悲しみもあってかメンバーの表情は暗い。しかし悩んでいる暇は無い。

帝国内部の情勢に大きな変化があったからだ。全員が集まりナジェンダが重々しい口を開く。

 

「改めて今の状況を整理しよう。ロクゴウ将軍がブドー大将軍の下に下ったのは知っているな?」

「確かブドーって、皇帝を守ることだけ考えてる政治に口を出さない頑固ジジイって話を聞いたんだけど?」

 

 疑問に思いナジェンダに問いかけるのはマインだ。ナジェンダは静かに頷く。

つまりはブドーの考えを改めさせるほどの何かがあった、と考えるべきだろう。

恐らくブドーの考えはタツミの存在、そしてロクゴウ将軍の存在によって変化した。

 

「ブドーは良識派筆頭のように言われてはいるが、保守的で政治には口を出さなかった。

 恐らくロクゴウ将軍が説得したと考えるべきだろうな」

 

 ロクゴウ将軍はナジェンダの同僚で、良識派の将軍の一人。オネスト大臣に従うふりをしつつも国を変える機会を見計らっていた。

タツミという国を思い憚る帝具使いが現れ、ブドーの将兵となる。そして自身が帝具と適合したことで好機と見たのだろう。ブドーに進言し、その傘下に入ることに成功した。

だから皇帝を守ることのみ考えていたはずのブドー大将軍の下に、現在は良識派の政管が集っている。

事のからくりはこうだった。無茶苦茶な話だが、将軍であってもブドーの庇護下に入ってしまえばコウケイ武官によって無実の罪を着せられることはない。

ロクゴウ将軍の英断は正に今の帝国にとって会心の一手だった。

 

「よく分かりませんけど、これによって革命がしやすくなったんじゃないですか?」

 

 問いかけるシェーレ。しかしナジェンダはそう簡単な話でもないと首を横に振る。

良識派がブドーの元に集まり出し、帝国内部が大きく2つに割れようとしている、一見それだけ見れば革命軍にとっては好機。

しかし揺れているのは帝国内部だけではなく、革命軍側もそうだった。革命軍は様々な方法で国を変えようと集まった同士。

一枚岩ではないどころか様々な人物が集まってできた集団だ。勿論元帝国の軍人も多い。

 

「少し先の話にはなるが、私達は安寧道の反乱や西の異民族との戦争に乗じて無血開城を繰り返し、帝国に攻め入る予定だった。だがそれがこの騒動によって難しくなった」

 

 城の太守に内応を取り付けている最中に、この政治抗争が起きた。そのため太守達や革命軍の一部が希望を持ってしまった。

帝国を革命させずとも、ブドー大将軍とその一派が国の改革に成功するかもしれないという淡い希望、しかし無視できない意見。

帝都に進軍する際は、迅速に足並みを揃える必要がある。革命軍内で意見が分裂している今はその作戦を使うことは難しい。

 

「恐らく宮殿からブドーは出てこない。皇帝を守ることが奴の第一目標なのは変化していないだろう。戦場に出てくるとしたらロクゴウ将軍とタツミだ」

 

 革命軍内ではロクゴウやタツミを殺すことに躊躇いを覚える者も多く、講和を結ぶべきと考える人物も居る。この2人を殺害するかどうかの意見は真っ二つとなっていた。

腐った国を憂う民衆の支持も得て、タツミは軍略や政略を学びながら猛烈な勢いで地位を上げている。最早彼が将軍になるという夢を鼻で笑う者はいない。

ブドーの元に良識派が集っている現状、下手にロクゴウやタツミといったブドー一派を殺すとどうなるか分かったものではない。革命に成功したところで国を憂う人材達が死亡しては何の意味もない。

天下泰平の時代をつくる、それがナイトレイドと革命軍の大望だ。

 

「レオーネの仇を討ちたい皆の気持ちは分かる。しかしタツミやロクゴウ将軍は、今死亡するべきではない……恐らくそれが上の考えとなるだろうな」

 

 最終局面で帝都内に革命軍が攻め入った瞬間となるだろう。それまでタツミやロクゴウは標的となることはない。

ナジェンダの言葉に僅かに歯を食いしばったのは、レオーネの一番の親友であるアカメ。

しかしタツミもロクゴウも、今の帝国に珍しい善良な人物であることは間違いないのだ。

 

「辛いかもしれないが、可能ならば殺害は控えてくれ。むこうから襲ってきた場合のみ交戦することを許可する」

 

 無言で頷く面々。戦争で、しかも帝具戦闘である以上、戦闘を行えばどちらかが死亡することは確実。

帝具使いが貴重である以上、無抵抗で殺されろとは流石に革命軍側も言わなかった。

暗い表情を浮かべるナイトレイドのメンバーを見て、ナジェンダは気持ちを切り替えるために手を叩いて切り替えを促す。

 

「さて。今回の私達の任務は、イェーガーズの殺害……最優先の標的はボルス、クロメ、スタイリッシュだ」

 

 イェーガーズはエスデスが結成した秘密警察だがオネストの私兵であることには変わりない。

これからはお互い帝具戦……血を血で洗う抗争が始まる。

今現在イェーガーズは治安を守るために帝都付近の賊を狩っている。

 

「正面からエスデスを含む奴らとぶつかるのは得策ではない。だから分断する策を用意しておいた。私とアカメを別地点で発見させる」

「エスデスが居ない方を叩くって訳ね」

 

 そうだ、とナジェンダは頷く。エスデスの性格上ナジェンダが目撃された方角に向かってくるだろう。

だからナイトレイド全員でアカメが目撃された方角に待ち伏せする。そうして分断したメンバーを叩く手筈だ。

強攻策に近いがそれだけ今の革命軍は不安定で、確かな戦果を求めていた。

 

「国や革命軍が不安定な今だからこそ、この8人でエスデスの戦力を削ぎ革命軍に勢いを与えなければならない!

 私達の目標はあくまでも革命を成功させ確実にオネスト大臣の派閥を粛清すること、それを忘れるな!」

 

 確かにブドー将軍によって改革に成功する可能性はある、しかしそれは確実な手段ではない。

宮殿に攻め入り汚職に塗れた政管、コウケイやサイキュウ等を確実に始末すること、それもナイトレイドの目的。

各々は静かにナジェンダの言葉に頷いた。ナジェンダはほんの少しだけ表情を緩めてメンバーに口にする。

 

「先ほどはああ言ったが、ロクゴウ将軍とタツミが襲ってきた場合は躊躇う必要は無い。最悪私が責任を取る」

 

 レオーネを失ったのはタツミと戦闘を行っていると警告したレオーネに対して監視任務を続行させたナジェンダの責任でもある。

これ以上自分の判断ミスで部下を失うわけにはいかない。ナジェンダの言葉にはそんな信念があった。

ナイトレイドは仲間に甘い。それは美点でもあり欠点でもある。

 

「その時は俺も一緒にいきますよ、ナジェンダさん」

 

 ナジェンダのことを一番に思いやるラバックは、気づいたらそう口に出していた。

最初は一目惚れだったが、ラバックはこのナジェンダの高潔さに惹かれたのだ。

惚れた女一人に責任を押し付ける訳にはいかなかった。

 

「俺もだ。俺は主の帝具だからな」

 

 張り合うスサノオに、やっぱり一番のライバルだなスーさんは、と敵対視するラバック。

そんな二人を見て、顔を綻ばせるナジェンダやマイン、他のナイトレイドのメンバー。

僅かに漂う和やかな雰囲気に、厳しく言い放つ存在があった。

 

「やっぱり皆甘いんだから。悪いけど、私は革命軍の指示が無い限りタツミとロクゴウ将軍からは逃げる」

 

 チェルシーが冷や水をかける。今まで数々の任務をこなしたチェルシーからしてみれば、任務遂行こそが再優先。

周囲の空気が凍りながらもチェルシーは冷酷だった。

 

「仲間の仇を取りたいのは分かるけど、そんなんじゃ命がいくつあってもたりないんじゃない?」

「だからって、レオーネが命を取られたことには変わりないわ!」

 

 実はとても仲間思いであるマインが食ってかかるも、チェルシーは冷ややかだった。

冷静に状況を判断し、行動する。その考えはアカメとベクトルは違うものの一流の殺し屋としてのもの。

チェルシーは戦闘力は無いものの殺し屋としての腕前はアカメと同レベルであり、今のチェルシーには甘さはない。伊達に昔から生き残っていないのだ。

 

「それでも今タツミ達を殺すのは危険じゃない?最悪革命軍に私たち全員始末されて帝具没収されるよ」

 

 帝国に絶望した民にとっての希望、それがブドー、ロクゴウ、タツミ。

だからこそ革命軍も真っ二つに割れている、その危険性をチェルシーは指摘した。

帝具同士の戦いになればどちらかの死亡は避けられない。だからこそチェルシーが指摘したのは逃走という手段だった。

 

「……そうだな。すまなかった。現時点ではタツミ達と出会ったら逃走を最優先に考えてくれ」

 

 再び重々しい雰囲気がナイトレイド全員に漂う。ナジェンダは俯きながらもロクゴウの手腕に流石元同僚だな、と賞賛する。

オネスト大臣に叛意を翻し、ブドーの傘下に入りながらも民衆を煽り革命軍の動きに釘を刺す。

そしてナイトレイドの行動を間接的に制限する。ナイトレイド……ナジェンダが革命軍と繋がっていることを知った上での行動。

帝国内も革命軍も、新たに出現した第三勢力に踊らされていた。そしてお互い疲弊したところを狙うのだろうと分かっていつつも迂闊に手出しできない。

歯軋りしながらブドー一派の警戒レベルを最大限に引き上げ、ナジェンダは改めて指示を出す。

 

「任務開始だ、行くぞ!」

 

ナイトレイドとイェーガーズ、両者の激突は早期に訪れようとしていた。




オリジナルキャラが活躍しているみたいであんまり好きではないですが
ブドー一派はまだまだ勢力的には弱いので難しいですね。


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信念を斬る

 午前11時頃、帝国内宮殿のエスデスが拷問用として栽培している花が咲いた花壇。

そこに温和な顔立ちをしている美形の金髪の男の姿があった。

特殊警察に所属しているイェーガーズのランである。ランは何をすることもなく、花壇の前で立ち尽くしていた。

 

「ラン?」

 

 ぼんやりとしているランに後ろから近づき声を駆けるのは同じ部隊に所属しているクロメ。

クロメは最近ランの様子が何となくおかしいのではないか、と心配していた。

薬の副作用や任務によって、仲間がすぐに死亡する暗殺部隊に所属していたクロメだからこその洞察力。

どことなく今のランは、無理をしているようにクロメの瞳には映っていた。

 

「どうしました、クロメさん?」

 

 ランはクロメに振り返って、穏やかな笑顔を浮かべる。

その仕草と彼らしい柔和な表情だけを見ると、いつものランと変わらないようにクロメからは見える。

しかしやはり何となく、クロメはランが気になった。根拠があるという訳ではないのだが……。

 

「別に用って訳でもないけど……帝都周辺の賊も、私達の活躍でだいぶ減ってきたよね」

「そうですね、そろそろ足取りを掴ませていないナイトレイドの捜索を開始することになるでしょう」

「そっか」

 

 ポリポリとお菓子を食べながら、花壇を眺めるランの横に並ぶクロメ。

お姉ちゃん、アカメと会う日もそう遠くないかもしれない。そう感じたクロメは口角をあげた。

八房の人形にするのが楽しみだなあ、と脇道に思考を寄せながらも、クロメはランを見上げる。

不思議そうに見返してくるランに親しみを覚えつつもクロメは会話を続ける。

 

「エスデス隊長、花なんて好きなんだ」

「傷口に塗りこむと拷問に使えるから、らしいですね。クロメさんは花はお好きなのですか?」

「私は花より団子かな!」

 

そうですか、と頬を引き攣らせるランに対して可愛らしく頬を膨らませるクロメ。

 

「女子ぽくないって思った?これでも元いた仲間にはお姫様みたいって言われてたのになあ……」

「いいえ。クロメさんのことは、一緒に居て素敵な女性だと私は感じています」

「……なんかラン、女の子みんなにそう言ってそうだね」

 

 ジト目のクロメ。とんでもないと慌てるランに対してクロメが悪戯っ子のような笑みを見せる。

 

「やっと素の表情を見せてくれたね」

「クロメさん……これは一杯食わされましたね」

 

 苦笑いするランに対してクロメがランに近づく。隣り合って一緒に花を見る互いの肩がほんの少し触れた。

驚き自分を見るランに対してクロメは花を見下ろしつつ、慈しむ様に呟きランに言葉を紡ぐ。

 

「悩みがあるなら相談してね。私達は仲間なんだから」

「クロメさん……はい、分かりました」

 

 ランは自身に悩みがある、ということをクロメに隠さなかった。

クロメに対してランは意を決して悩みを打ち明けようかと思い口を開いた、そんな時だった。

エスデス隊長がクロメに向かって駆けてくる。そのエスデスの表情はどこか険しい。

 

「クロメ、お前が所属していた闇の部隊より召集が掛かった。拒否することができなかった、今すぐ向かってくれ」

 

 隊長の言葉に了解です、とクロメが敬礼する。

エスデスはランやクロメから見て、部下に優しい普段の表情と違ってとても苛立っているように感じた。

クロメはランに向かって残念そうな顔をした。

 

「残念だけど話の続きは帰ってきたらだね。バイバイラン」

「クロメさん……」

 

 エスデスと共に闇の部隊に向かうクロメの姿に、ランは思わず手を伸ばしていた。

この時ランは、心の中で葛藤していた。良識派のブドーが立ち上がり、国を内側から変えようとしている。

故郷のジョヨウの教え子達の惨殺事件を、帝国は闇に葬った。だからこそランは、帝国を許すことができない。

こんな腐った国は変えなければならない、ランはいまでもそう感じている。

最早自身が出世するよりもブドーにつく意思を明確にしたほうがいい、こんなチャンスは二度とないだろう。

しかしブドーの傘下に入ったら、クロメ達が所属するイェーガーズと敵対することになるかもしれない。

 

「私はどうすれば……」

 

 悩んでいるランに手を振りながら慌てて駆け寄ってくるのはウェイブだった。

ウェイブは興奮しておりランの前で荒い呼吸を隠さない。

ウェイブもクロメのことが心配なのだ、そう思ったランは益々葛藤を増していく。

 

「ラン、クロメが闇の部隊に戻るんだって!?」

「恐らく一時的に、というだけです。任務が済んだら戻ってくるかと」

 

 そうか、と息をついて安心するウェイブに対してランが詰め寄る。

普段部下に優しいエスデス将軍がとても苛立っていたということ、そして拒否できなかったという言い方をしたこと。

杞憂ならばいい、しかしランは自身の嫌な予感を振り払うことができないでいた。

 

「クロメさんとここで話をしていました。……ウェイブの軍に入った理由は立派ですよね」

 

 ランにとってウェイブの真っ直ぐな性根はとても心地良いものだった。

恩師の上官のために軍に報わなければならないという考えはシンプルで分かりやすい。

だからこそ今のランにとって、ウェイブの姿は眩しかった。

急に何言い出すんだ?と怪訝そうなウェイブは、しかし自慢気にランに語りかける。

 

「そうだな……自分で言うのも何だけど、信念ってやつかもしれねえな」

「信念……」

 

 ランは葛藤していた。自分の信念を取るのか、イェーガーズの仲間を取るのか。

どちらかを今ここで選択しなければならない。ランの予想が当たっていれば考える時間は恐らく無い。

今ここで、自分がどんな選択をするのかはっきりさせる必要がある。

 

「ランにもあるんだろ、信念。出世したいって前にも言ってたじゃねえか。俺はそれも立派な信念だと思うぜ」

 

 ニカッと竹を割ったような笑顔をランに見せるウェイブ。

俗物染みた考えと笑わず、ウェイブはランのその出世欲を立派だと受け入れた。

目の前の仲間が、離反を考えているとも知らず。

俯いていたランは、顔を上げてウェイブに笑いかけた。ランは力強くウェイブに答える。

 

「そうですね。私にも軍に入った目的、信念はあります。ウェイブさん、有難うございます」

 

 その後の惨劇を知っていれば、ウェイブはランにこのような言葉をかけることはなかっただろう。

ウェイブは後に、自分自身のこの発言を強く後悔することになる。

ランはウェイブが無意識に背を押したことによって信念を貫き通す覚悟を決めた。決めてしまった。

ウェイブにお辞儀し礼を言い駆け出すラン。

 

「どうしたんだあいつ?」

 

ウェイブは疑問を浮かべたままランを見送った。

 

 

「久しぶりみんな!」

 

 暗殺部隊に戻ってきたクロメは、仲間達に笑みを零す。

全員が帝国によって薬物投与された、みんな同じ釜の飯を食い続けてきた同士だ。

クロメにとってのもう一つの場所、それがこの暗殺部隊。

 

「クロメっち、久しぶり!」

 

 クロメを出迎えるのは暗殺部隊のリーダー、カイリ。

薬の副作用によってカイリの顔は老人のようにあちこちに皺がより、染みが出来ている。

 

「今回の任務……強引だね」

「でも任務は任務。帝国を揺るがす存在は、必要ないってことだ」

 

 何しろ今回は暗殺部隊を作り上げたサイキュウ直々の任務……それはロクゴウ将軍と付き従うタツミの暗殺。

国を揺るがす反乱分子の種、ブドー一派を狩る、それが今回の任務内容。

エスデスは当然止めたものの、これ以上民衆の支持を集めてしまっては危険とオネストの派閥が危惧したのだろう。

強引にロクゴウとタツミを始末することにした。それが今回の経緯である。

良識派の政管はまだまだ少なく、実権を握っているのはオネストであることは間違いない。

ロクゴウとタツミを始末すればブドーの力は大幅に削がれて後の憂いは消える。

カイリが仲間達に向けて声を張り上げる。

 

「いいか、今回の難度はSクラス!帝具使い2名との戦いだ!調子付いてるアイツラに、一泡吹かせてやろうぜ!」

「おおおおおおお!!!!」

 

 拳を突き上げる暗殺部隊の面々。ロクゴウとタツミは帝都近辺で軍事演習の最中である。

強引に兵士を突破し、標的2人を仕留めるためにクロメ達暗殺部隊は駆け出す。

 

 同時に別方向でナイトレイド……ナジェンダとアカメが発見され、2手に分かれたイェーガーズが動き出す。

ナイトレイドの偵察部隊は、イェーガーズの人数に驚く。

イェーガーズは6人ではなく、4人しかいなかったからだ。

 

 あくまでも革命を目指すナイトレイド、国を必死で守ろうとするイェーガーズ。

国を内側から変えようとするブドー達、子供の頃に誘拐され洗脳と薬物投与によって離反を許されていない暗殺部隊。

誰もが己の内に信念を抱えている。誰もが自分自身が正しいと信じている。

しかし帝具使い同士が殺意を持ちぶつかり合うと、犠牲は避けられない。

 

 だからきっと、これからの戦いに明確な正義は存在しない。

あるのはお互いの帝具と、お互いの信念の衝突だけである。

 

帝具使いたちは己の信念を貫き通すため、決戦に挑む!



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絆を斬る

 午後二時頃、帝都近辺の何もない平野。百名近くの兵隊を連れて進軍しているのは鞭を持ちライオネルを腰に巻きつけたロクゴウ将軍と、コロを持ち付き従うタツミ。

タツミの利き腕である右腕はコロに食べられ緑色の義手となっているが、軍服を上から着用できる程、普通の腕と変わりない厚みであった。

何と帝具の材料にもなっている、オリハルコンを使用しているといえばその希少性が分かるだろう。

軍略や政略を学びつつあるタツミの今の階級は、実際の軍隊で言う所の中佐と大佐の間程度と言った所。

ここから准将……将軍位になるまではまだ時間がかかる。しかし民衆の知名度だけなら既に将軍と大差無い。

士官学校がないこの世界での期待の将軍候補、それが今のタツミの立ち居地だった。兵隊に命令するロクゴウを真剣な表情で見据えるタツミの姿は徐々に様になりつつある。

ロクゴウ将軍は指揮を執りながら、タツミに話しかけた。

 

「どうだタツミ、兵の統率の取り方がだいぶ分かってきたんじゃないか?」

「はっ、ロクゴウ将軍の兵法を学ばせて頂きつつあります!」

 

 敬礼するタツミ。タツミは時にはロクゴウ将軍の変わりに自分で指揮を取り、失敗しながらも徐々に兵隊の動かし方を学びつつあった。

地位が上がれば視野も広くなり、考え方も変化する。タツミは将軍になれば国を救えると安直に考えていた自らの思考の甘さを痛感しつつあった。

腐っているのは国を支える元である大部分の大臣や内政官。賄賂等の汚職で塗れており本当に国を憂う人材の大部分はオネスト大臣によって殺されている。

 

(国を内側から変えることを諦めて離反、革命軍に入る人間が多かった理由も今なら分かるな)

 

 タツミのナイトレイドに対しての感情は最悪で、今でも許している訳ではない。セリューや知人を殺されたのも事実。

だがタツミは革命軍に組する元軍人の気持ちを、賛同こそできないが理解しつつあった。

大人になったというよりは、性根が真っ直ぐなタツミの革命軍に対する見方が変化したというのが正解だ。

 

(でも、だからこそ俺は今将軍を目指す必要がある!内側から国を変えるんだ!)

 

 ブドー大将軍が立ち上がり、良識派ロクゴウ将軍や自分が民の希望となっている今の状況で革命軍に入る選択肢はタツミにはない。

国を内側から変える、これがタツミが選んだ道であり信念。この志は決して間違っていない。

故郷の村の人間にも今の自分の立場は知られており、期待されている。タツミは自分にも他人にも胸を張って今の自分を誇ることができていた。

彼はこれから、帝国の闇、その最深部と向き合うこととなる。

 

「帝国方向に送った偵察兵が帰ってこないな」

 

 ロクゴウ将軍が蔽目する。ブドーの派閥はまだまだ勢力的には弱い。

だからこそ、ロクゴウ将軍は背中から刺されることに対して最も警戒していた。

ロクゴウ将軍は兵に鋭く激を飛ばし、警戒態勢に入る。

果たして数刻後、タツミ達の前に現れたのは顔をフェイスカバーで隠した黒衣を纏った集団……暗殺部隊だった。

ロクゴウ将軍が、率いている兵に対して声を張り上げる。

 

「オネスト大臣が放った手先だ!容赦することはない、迎え撃て!」

 

 ロクゴウ将軍とタツミは随分と強引な手に出てきたな、と歯噛みする。

しかしこの刺客を排除し、証拠を掴めばオネスト大臣を追い詰める材料になることは間違いない。

ブドー大将軍の近衛兵程ではないが、ロクゴウ将軍の指揮する兵隊の練度も高い。

しかし暗殺部隊の動きは素早かった。地を這うような極端な前傾姿勢で剣を構える兵士達をすり抜けタツミに迫る。

 

「国の安寧を揺るがすお前達は死ね!」

「くっ……!」

 

 首筋に迫る短剣を、首を傾け交わしたタツミは剣を袈裟懸けに斬り下ろし、暗殺部隊の血肉を引き裂き命を奪う。

義手でありながら、タツミの動きは腕を失う以前と大差ない。恐ろしいのはスタイリッシュの技術力か。

 

「捕食だコロ!」

 

 大きく跳躍してタツミに向けて鉄球を振り下ろそうとしてくる兵士の上半身を、コロが食い千切る。

一方ロクゴウ将軍は頭に獣耳を生やし、上半身を露出させた格好で鞭を暗殺部隊の頭に叩き付ける。

筋力が強化されたその一撃は頭蓋を破壊し、敵の脳漿を地面に撒き散らした。

暗殺部隊の面々も、全てがタツミやロクゴウに辿り着けた訳でもない。ロクゴウの兵士と交戦した結果殺害されるものも少なくなかった。

勿論ロクゴウ将軍の兵士もロクゴウとタツミを庇い死んでいく。血の紅い華が次々に咲いていく。

 

 暗殺部隊の兵士からしてみれば、タツミ達は国を揺るがす敵でしかない。国を憂う者同士が殺しあっている現状だが、タツミも死ぬ訳にはいかない。

タツミ一人の肩には数多くの良識派の命が背負われている。生きて国を内側から改革する責任がある。

どちらが正義という訳でもなく殺しあう。それが戦争というものだとタツミは痛感しつつあった。

 

「なんだ……!?」

 

 轟音と共に地面が揺れ始めたのは、タツミ達が交戦しているそんな時だった。

ゆっくりと、恐竜の骨格……大型の肉食獣がそのまま動き出したかのような怪獣が地表から現れる。

タツミは、見上げながら呆然とその危険種の名前を口に出すことしかできなかった。

 

「超級危険種、デスタグールかよ!?」

 

 超級危険種、それは危険種の中で最も強い区分。帝具の素材にもなったそれが目の前に居る。

しかもデスタグールは地面から沸くように現れた。こんなことができるのは帝具使いしかいない。

果たしてデスタグールの掌の上に乗っているのは、黒いセーラー服を着た少女、クロメだ。

 

「イェーガーズだと、どういうつもりだ!?」

 

鋭くロクゴウが問いかけるが、クロメは首を横に振って否定する。

 

「イェーガーズじゃないよ。今の私は暗殺部隊のクロメ」

「そんな詭弁が通じると思っているのか!」

「思ってないけどアナタ達二人が死ねば関係ない。多分そういうことじゃないかな」

 

 手段を選ばないオネスト大臣の所業に、ロクゴウとタツミが激憤の表情を露にする。

状況は最悪に近い。死者行軍・八房の帝具の性能はロクゴウもタツミも知っていた。

死者を8体まで操る、時間さえ掛ければ破格の性能を持つ帝具の一つ。

カイリを含む暗殺部隊の人間は、襲撃を中止し距離を取って様子を見る。ロクゴウの兵士は十分に削った。

デスタグールの光線を放つ邪魔になるだろうと考えたからであった。これからは帝具戦の時間だ。

 

 タツミとロクゴウは、どうしようもないとデスタグールを見上げる。この大型の危険種を倒すような対危険種用の性能は、タツミとロクゴウの帝具にはない。

それに加えて他のクロメの躯人形……銃使いのドーヤ、ガードマンのウォール、危険種のエイプマン、バン族のヘンターに囲まれる。

クロメの傍にはナタラという腕利きの暗殺部隊の躯人形がおり、本人を直接狙うこともできない。仮にクロメを倒しても、満身創痍の所をカイリ達によって殺される。

タツミ、ロクゴウ、兵士達、誰もが絶望したその時のことであった。

 

 空を猛烈な勢いで飛んでくる存在があった。人影はデスタグールの近くで止まる。

クロメは見覚えがある金髪の青年に対して嬉しそうに声を掛け、タツミとロクゴウはさらに絶望の表情を色濃くさせる。

 

「ラン、きちゃったんだ」

「はい、クロメさん。助けにきました」

 

 どこか呆れたように、でも嬉しそうにランの名前を呼ぶクロメとクロメに対してにこやかな笑顔を見せるラン。

帝具使いの数でも並ばれてしまい、最早戦力的にどうしようもない戦いだ。しかしブドーと、ロクゴウと一緒に国を変えるまで、タツミは死ぬ訳にはいかない。

 

「ランが来たし、もう終わりだよ。死んじゃえ」

 

 クロメの指示でデスタグールが口の付近にエネルギーを溜め始める。タツミとロクゴウは最後まで諦めずデスタグールに対して構えを取った。

この時デスタグールの手の上に乗ったクロメは軽く油断していた。この戦力差では負けようがない。そのクロメの判断はある意味では正しい。

誤算だったのは、その戦力差のバランスがランが来た今崩れ去ったということだった。

デスタグールがエネルギーを貯め終わった、その瞬間ランはデスタグールの口元に動いていた。

 

「マスティマ奥の手――――神の羽根」

 

 飛行帝具であるマスティマの奥の手、それは飛び道具の完全反射。

飛び道具を反射する帝具には、他にナイトレイドのスサノオの八咫の鏡というものがある。

ランの奥の手は、完全に飛び道具反射に特化している分八咫の鏡より強力だった。

デスタグールが破壊光線を発射し自らのエネルギーで、全身を溶かされていく。

至近距離であった故に、それは致命傷であり、デスタグールが光の中に消え去った。

デスタグールの掌の上にのっていたクロメは、ナタラに抱えられて跳躍しすんでの所で回避する。

空中では逃げ場が無く、ナタラの全身にはランが発射した羽が突き刺さった。

 

着地したクロメは呆然としていたが、消滅したデスタグールと全身を針鼠のようにして動かなくなったナタラの姿に状況を把握した。

 

「裏切ったんだラン……お姉ちゃんと同じだ、私を裏切ったんだ!」

 

 悩みがあるなら相談して、とランを心配した自分が馬鹿みたいだとクロメは自嘲する。

国を守るため戦っている自分に与せず帝国を揺るがしかねないブドー一派につく。

それはクロメにとっては明確な裏切りであった。

 

「ああ、そっか。裏切るか迷ってたんだねラン。そりゃ私には相談できないよね!」

 

 憎悪を込めてランを睨み付けるクロメ。ほんの少し前まで、ランとクロメは和やかに話していた。

手を取り合う未来もあったかもしれない、しかしその可能性は今ここに消え去った。

 

「……そうですね。私はクロメさんを裏切るか迷っていました」

 

 ランはクロメの言葉を否定しなかった。クロメと敵対する覚悟を持って戦場に降り立ったのは間違いない。

クロメも帝国に操られた子供であり、被害者である。何より今のランの行動は心配してくれた仲間に対して恩を仇で返す行為に他ならない。

しかし国を内側から変える決意をしたランはタツミとロクゴウを殺させる訳にはいかない。

今の彼には己のうちに確りとした信念があった。

 

「大人しくタツミさんとロクゴウ将軍から撤退してくれませんか、クロメさん」

 

 覚悟を内に秘め、静かに見据えながらクロメに問いかけるラン。クロメの返事は決まっていた。

姉からの誘いにも乗らなかったクロメには、今更暗殺部隊を裏切る選択肢は存在しない。

クロメとラン、両者の絆は砕かれた。

 

「裏切り者め……躯人形にしてあげない、死んじゃえラン!」

 

 ドーヤがランに向けて銃撃し、一連の遣り取りを見たタツミとロクゴウ将軍もクロメの躯人形に向き合う。

ロクゴウ将軍の兵士達も士気を上げて暗殺部隊のカイリ達に突撃していく。

クロメの大きな戦力が2つランの不意打ちによって削れ、戦闘は混迷を極める。

クロメ本人も優秀な暗殺者である以上、互いの戦力差は微々たる物に過ぎない。

タツミ達とクロメ達、どちらの勢力が生き残るのか。勝敗の行方は未だに分からない。

 

―――イェーガーズ、残り5人。

 

―――ブドー派閥、残り4人。



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内部抗争を斬る

集団戦闘のため長いです。


 午後4時頃、日が照りつける中何もない平野でクロメの躯人形に向き合うタツミとロクゴウ将軍、空中で戦場を見渡し戦局を見極めようとするラン。

現在クロメが八房で操っている躯人形は革のニット帽を被った銃使いのドーヤ。

禿頭で黒いサングラスを着用したガードマンのウォール。

脳筋の猿の危険種のエイプマン、仮面を被った異民族のヘンターの4体。蛙のカイザーフロッグはまだ居なかった。

平野である以上、身を隠す場所はない。他に躯人形は存在しないと考えていいだろう。

 

 ロクゴウの兵士達とカイリ率いる暗殺部隊が戦火を交えており、数が多く練度が高い兵士と数が少ないものの薬物によって強化されている暗殺部隊の戦闘は互角だ。

デスタグールとナタラというクロメの躯人形の強力な2体が無力化された今、ブドー派閥と暗殺部隊、2つの勢力の戦いは拮抗しつつある。

 

 ドーヤの激しい銃撃を、マスティマの翼を羽ばたかせ空中で上下左右に回避するラン。

ランは右翼と左翼から同時に5本ずつ羽根を射出し、ドーヤに向かわせる。

ドーヤは左右から迫り来る羽に対して背後に大きく跳躍して回避、更に宙に浮いたドーヤの脳を貫こうとする羽を銃弾が打ち抜き砕く。

 

「弱りましたね……」

 

 ランが歯噛みする。向こうからの攻撃は当たらないもののこちらからも有効打がない。

先程ランがクロメの主力の躯人形を2つ無力化することに成功したのは、あくまでクロメがランを仲間と思っていたからに過ぎない。

クロメが選んだ自慢の躯人形は、全員帝具使いと遜色ない強さを持っていた。

 

「ドーヤはランをそのまま引き付けておいて、それ程長期間は飛翔して居られない筈」

 

 仲間に裏切られた怒りから一転して、瞬時に戦闘に意識を切り替えたクロメの指示は的確だった。

ランは何もない平野を急いで飛んで来た。マスティマの飛行できる時間は限られている。

ならば足止めを同じ飛び道具使いに任せれば問題ない、最後に降りてきたランを仕留めればいい。

クロメの暗殺対象はロクゴウとタツミであることは変化していない。

 

 一方ロクゴウとタツミに向けてのそのそと歩いていくエイプマン、ゆらゆらと揺れながら迫るヘンター、盾を構えてじりじり迫るウォール。

3方向から向かってくる3つの躯人形を従え、クロメも躯人形の背後で八房を構える。

 

「コロ腕だ、粉砕しろ!」

 

 タツミの指示でコロが肥大化し、筋骨隆々の腕と脚が生える。コロの一撃必殺の捕食攻撃は隙が大きく、強敵相手には拳の殴打が基本戦術だ。

クロメの躯人形達が、同時に肥大化したコロとその背後のタツミに向けて走り出した。

 

「グルルルル」

「……!?」

 

 鳴声と共に最初にエイプマンがコロに飛び掛る。ヘンターとの連携を無視した動きにクロメが表情には出さなかったものの驚く。

原因は明らかだった。八房の死体人形には体に染み付いた癖や念が残る。

エイプマンは脳筋であり強い者に挑みたいという野生の本能がある。コロの外見は大きな危険種であり、実際生物帝具であったことがクロメにとって災いした。

正面から挑みかかったエイプマンはあっさりコロの拳を食らい、全身の骨を砕かれた。

躯人形を1体失いながらも、他の躯人形たちは動いていた。肥大化したコロの足の影から忍び寄る存在があった。

 

「いつの間に現れたんだ!?」

 

 驚愕するタツミ。肥大化したコロの存在によって一瞬何もない平野に遮蔽物ができた。その一瞬でヘンターは距離をつめてきたのだ。

驚きつつも剣を振り下ろしたタツミの攻撃に対して、蛇を思わせる動きで地面を滑るように滑らかに動き右方向に避けるヘンター。

振り下ろした剣をその勢いのままヘンターが逃げた右に向かい斬り上げたタツミ。しかし極限まで屈みこんだヘンターの頭上を剣が通過していく。

滑らかな動きのままヘンターが全く速度を緩めずに、隙が出来たタツミの腹部に剣を突き立てようとした。

 

(やられる……!)

 

 タツミの危機を救ったのはタツミの背後に居るロクゴウ将軍が放った鞭だった。

ライオネルの身体能力強化と反射神経強化を得て変化自在に動くロクゴウの鞭は最早一種の結界を周辺に形成していた。

ロクゴウの鞭はヘンターの体を絡めとり、その複雑怪奇な動きを停止させる。

援護されたタツミの斬り下ろした剣がヘンターを切り裂いた、また1体の躯人形を倒したタツミの眼前にクロメが姿を見せる。

 

「いい連携だね……でもダメだよ」

「ぐっ!」

 

 ヘンターの動きを止めたロクゴウの、その鞭を振るう右腕に突き刺さるのはガードマンのウォールの盾に仕込まれた銛。

ロクゴウの援護を受けられなくなったタツミは、横凪に剣を振るいクロメの腹を切り裂こうとする。

クロメは大きく跳躍し、剣を薙ぎ払うタツミの肩を踏みつける。そのまま肩を踏みしめたクロメは空中を矢のように突き進み、銛を刺され無防備になったロクゴウの右腕に向けて剣を振るった。

 

「!!」

 

 鞭を握ったロクゴウの右腕が宙を舞う。右腕を失った肩から鮮血が流れ始める。

ライオネルの治癒能力が発動する前に、今の状況で最も厄介な敵である鞭を操るロクゴウの力を削ぐ。それがクロメの狙いだった。

怯まず蹴りを放つロクゴウに、追撃を迂闊に行うのは危険と判断したクロメは空中を突き進んだ勢いのまま地面に着地。走って振り返り、ロクゴウとタツミに向き直る。

 

「ロクゴウ将軍をよくも、手前えは許さねえ!」

 

ガードマンのウォールの相手をコロに任せて、ロクゴウを守るように前に出るタツミ。

 

「真っ直ぐな剣だね。ブドー大将軍に育てられた結果かな、とても読みやすいよ」

 

 嘲るようにタツミを笑うクロメ。格上との戦闘経験を経て、急速に成長していくタツミ相手にクロメは余裕があった。

クロメから見てタツミの剣や動きは確かに速度は速く、速度だけならアカメ級であることは間違いない。ブドーに鍛えられたタツミの剣をかわすのは一流では難しい。

しかしクロメは数々の暗殺任務をこなし、生き残ってきた超一流の暗殺者。クロメからはタツミの愚直な剣を回避するのは簡単だった。

クロメの躯人形がドーヤとウォールの2つだけになり、クロメの動きは十全に近い。

挑発されながらもタツミは、クロメが自分に対して欠片も油断していないことに気付く。クロメの瞳と刀を構える姿に宿っているのはタツミ達への冷徹な殺意。

 

(事情は違うけど、前回の戦いとは間逆の立場か!)

 

 そう、タツミがレオーネを標的として狙った前回とクロメがタツミ達を狙った今回の戦闘、立場は正反対だった。

国を守るという大義、信念を胸のうちに秘めて絶対にタツミ達を殺すという覚悟を持ってクロメは立ち塞がっている。

役に立たない暗殺部隊の人間は、処分されてしまう。クロメも必死なのだ。

命を狙う人間が、次の瞬間には命を狙われる。眩暈がするような戦いの負の連鎖をタツミは体験しつつあった。

 

「実戦不足なのは承知の上だ!それでも俺はお前を倒すぜ!」

「へえ、じゃあ見せてよ!」

 

 ロクゴウがライオネルの治癒能力を使って止血を試みている今、タツミはコロの奥の手を使う訳にはいかない。

タツミとクロメは向かい合って互いに獲物を構える。今から始まる剣戟の攻防で全てが決まる、そうお互いに認識する。

一瞬の視線の交差の後、タツミはクロメに向かって駆け出した。

 

(何を考えているのかな)

 

 クロメは刀を構えながらタツミが自分に突進してくる様子を、冷静に観察する。

タツミの剣の型は実戦用にこそなっているが、暗殺者のクロメからしてみればとても綺麗で読みやすいことに変わりない。もう見切っている。

あれだけ煽ったのだ、愚直に来ない可能性が高い。しかし手の内の読み合いなら、百戦錬磨のクロメは負ける気はしなかった。

 

つまりこの時点で、タツミは死亡するはずだった。

 

 この時クロメに向かって駆け出すタツミの心中は、ロクゴウを殺させる訳にはいかないという必死の思いだけだった。つまり何も考えていなかった。

数々の実戦を経験し、ブドー大将軍に鍛えられ、それでもタツミの剣術は真っ直ぐで迷いが無かった。

それはある意味で、アカメやクロメとは対極の剣と言っても過言ではない。

毎日、毎日、愚直に空中に剣を振るい続けた。虚実が入り混じった剣術を覚えることを嫌った。

そんなタツミの限界を超える扉は、この瞬間に僅かに開いた。

 

「オオオオオ!!!」

 

 クロメに向かって死力を振り絞って駆けるタツミ、迎え撃つクロメ。

タツミは再度剣を横凪に振るい、その胴を絶とうとする。クロメは、はっきりと表情が引き攣る。

タツミがクロメに剣を薙ぎ払うその一瞬、数歩のみタツミの剣を振るう速度は今までより速かった。

タツミが意図してのものではなかった。元よりそうでなければ全力等出せない。普通の人間では分からない程僅かな差、本当に僅かなコンマ数秒。

しかしそのコンマ数秒が、殺し合いの世界では何よりも重要だった。見切ったはずの真っ直ぐな剣が振りぬかれようとしている。

 

「でも……!」

 

 クロメは絶体絶命なこの状況で、しかし冷静だった。火事場の馬鹿力というものは誰にでもある。

歴戦の猛者であるクロメの選んだ選択は、自らタツミに突っ込んでタイミングをずらすことだった。

クロメの方にも運が味方した。この瞬間にウォールがコロによって倒されクロメに力が戻る。クロメも全力で八房を振るう。

お互いに致死のタイミングをずらされ、それでも刃は交錯する。

 

 果たして胸に深い一文字の傷を負い血を噴出しながら地面に倒れ伏したのは、タツミだった。倒れた地面には色濃い血の跡が残っている。

 

「残念だったね」

 

 クロメは脇腹を深く抉られながらも立っている。息も絶え絶えに、倒れたタツミに刃を突き刺そうとする。タツミとコロを躯人形にすればクロメの勝利は濃厚だ。

この時のクロメには余裕が無い。タツミの恐ろしさを知ったクロメは確実にタツミを始末することのみを考え、同時に出血により視野が狭くなる。

 

―――そんなクロメの体に、複数の白い羽が突き刺さった。

 

「……え?」

 

 クロメは、ランとドーヤの方を向く。ドーヤはまだ倒されていないはずだ。

ランはドーヤの銃弾を腹に受け、内蔵を負傷し血を吐きながらもクロメに向けて羽を放っていた。

 

「クロメさん、残念ですがタツミさんを殺させる訳にはいきません」

 

 覚悟を決めたランの決意をぼんやりとした頭で聴きながら、クロメはうつ伏せに倒れた。

八房がクロメの手から転がり、ドーヤが土に還る。

マスティマの飛行能力が時間切れにより失われ、ランは地面に降り立った。

これでロクゴウ将軍とタツミさんを守ることができた、そうランが安心して息を吐く。

 

油断したランの腹は、背後からの刀によって貫かれた。

 

 ランはゆっくりと後ろを振り向く。ランの心臓を刀によって貫いたのは、全身を血に染め頭から血を流した憎悪の表情を浮かべた暗殺部隊のリーダー、カイリ。

 

「よくもクロメっちを裏切ったな!帝国に仇名すものは死ね……!」

 

 ロクゴウ将軍の兵士と、暗殺部隊の戦い。生き残ったのは、半死半生のカイリだけだった。

ランが間近でよく見てみると、カイリは顔に皺ができ一見老けて見えるものの幼く、まだ少年と言っていい年齢だった。

ランは周囲を見渡す。血の海に倒れた暗殺部隊の兵士の姿をよく見てみると、やはりどれも子供。

自分が裏切った仲間、それも同じだ。まだ少女であるクロメである。

教師として少年少女を導いてきた自分が、国を変えるためとはいえ子供達を殺している。

 

「当然の……報い……ですかね」

 

 ランはそう悟りながらも、カイリと共に地面に倒れる。

事切れたランの亡骸は、同じく息絶えた帝国の被害者である少年のカイリを抱きしめていた。

 

コロはまだ動いており、主を守るためタツミとクロメの方に向かっている。

 

「私は……死ねない!決めたんだ、お姉ちゃんと道を違えても国を守るって!」

 

 クロメは脇腹を切り裂かれ体のあちこちをランが放った羽に突き刺されつつも、まだ生きていた。

帝国が新たに生み出した劇薬は、限界までクロメ達暗殺部隊を酷使させるもの。

心臓を潰す、もしくは首を切り離す。それぐらいのことをしないとクロメは死ねないようになっている。

立ち上がり、再び八房を手に取ろうとするクロメ。

彼女の視界に映ったのは、大口をあけて自分を飲み込もうとするコロの姿。

クロメの瞳から流れた涙が、地面に落ちる。

 

「おねえ……ちゃん……」

 

 クロメの体が、コロに噛み砕かれ飲み込まれる。

暗殺部隊に所属。洗脳され、薬物を投与され国を裏切ることを許されず命じられるままに人を殺し続けたクロメ。

だからこそとても仲間思いであったクロメは、ランという仲間の裏切りが切欠でその命を落とすことになった。

 

 周囲が静まり返ったことを確認したロクゴウは倒れたタツミに駆け寄り、出血激しいその傷に布を巻きつけ応急処置を施す。

タツミは出血のショックで気絶しており呼吸は荒いが幸いにも流れ出る血は止まった。

周囲を見渡すと、彼の周囲の地面は敵味方入り乱れた人の死体で埋まっていた。

 

 ロクゴウがタツミの険しい顔を覗くと、気絶したタツミもまた涙を流していた。その涙の色は真赤であった。

 

 国を守ろうとする者と、国を内側から変えようとする者。

互いに信念を持つお互いの勢力の内部抗争の戦闘は、こうして幕を下ろした。

 

 ブドー派閥が新たに得たのは帝具二つ、死者行軍八房と万里飛翔マスティマ。

しかし衛生室で目を覚ましたタツミも、ロクゴウもその事実に喜ぶことはなかった。

 

「……」

 

 ロクゴウ将軍の兵隊が全滅したことを知ったタツミの心境は言葉にできない名状しがたいものでしかない。

この日タツミが知ったこと、それは暗殺部隊という帝国の最深部。

そして戦争という今までタツミが経験していない大規模な戦いの、どうしようもない無情さ。

多くの人が死に、多くの血が流れた。しかしタツミは生きている。だからこそ、この戦いを無駄にする訳にはいかない。

 

 この惨劇が切欠でタツミは内側から国を変えなければならないという己の覚悟を、より強めていくことになる。

 

―――イェーガーズ、残り4人。

 

―――ブドー派閥、残り3人。



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呪縛を斬る

 帝都から東のロマニー街道沿いでナイトレイドのマインとアカメが発見された。

その目撃情報を聞いたエスデス率いるイェーガーズ4人の動きはらしくもなく慎重で消極的だった。

何しろナイトレイドは回っている手配書と情報だけで6人、その中で判明している中だけでも帝具持ちがラバック、ブラート、マイン、アカメの4名。

更にレオーネという帝具使いが帝都に隠れていた以上、ナイトレイドがどれだけの帝具を所持しているか分かったものではない。

 

 晴れた日の早朝、馬を駆けさせ部下達と一緒にロマリー街道に到着したエスデスは、名物のタコスを口に頬張りながらこれからの作戦と、暗殺部隊に召集されたクロメについて話し合っていた。

 

「現在クロメ達、暗殺部隊がタツミの暗殺に向かっている。そしてランがクロメの援護に向かった以上、戦力差を考えて最早タツミとロクゴウ将軍の命は無いと思っていいだろうな」

 

 ウェイブ以外のイェーガーズの面々にもクロメが暗殺部隊に召集されたことは知らされている。ウェイブが恐る恐る表情を伺いながら、エスデスに問いかける。

 

「隊長はタツミについて、今はどう思っているんですか?」

「正直勿体無いとは感じているな。しかし私は部下の命も大切だ。タツミが死んだとしてもそれは民衆を煽りオネスト大臣に危機感を抱かせたタツミ達にも責任はあるだろう」

 

 まだ怒りは収まっていない、しかしクロメと恋する相手であるタツミが殺しあっているという状況の中でも、エスデスはそれを許容しつつあった。

それはエスデスのそもそもの価値観が弱肉強食であることにも起因している。タツミとクロメ、弱いほうが死ぬ。エスデスはある程度は割り切ることができていた。

己がタツミを殺したいという欲望も勿論あるものの、敵対すると分かっていて叩くと言う大臣の考えも将軍としては否定できない。

そもそも今までエスデス自身が敵対勢力であるタツミに甘すぎた。こうなってしまった原因はそれだろう。

 

「私自身、タツミに執着しすぎていた部分はある。こうなってしまってすまなかったなスタイリッシュ」

「アタシは恋に腑抜けた隊長なんて見たくなかったから安心したわ」

 

 タツミの義手の手術を行ったスタイリッシュに謝るエスデスに、スタイリッシュはウインクした。

エスデスはそれでも猶タツミの生存に期待してしまっており複雑な心境ではあるのだが、部下の3人にはそれを悟らせることはなかった。

 

(すげえな隊長は。俺は恋する相手を間接的に殺すなんて考えたくもねえ)

 

 恋する相手、と思って真っ先にウェイブの頭に思い浮かんだのは何故かお菓子をポリポリ齧るクロメの顔。

どうしてあいつの顔が思い浮かぶんだ、とぶんぶんと左右に頭を振って考えを追い払うウェイブ。

エスデスがこの話はここまでだ、と本題に移る。

 

「ナジェンダはここから安寧道のある東へ、アカメは反乱軍に組する都市がある南へ向かった所を目撃されている。妙だな」

「二手に分かれた所が都合よく見つかっているのが胡散臭い、ということですね」

 

ボルスの問いかけにエスデスは頷いた。

 

「ああ。私達を誘き出すためという線が濃厚だ。躯人形を操るクロメが居ない以上、ナイトレイドとこちらの戦力差を考えると本来隊を2つに分けるべきではない。

全員でナジェンダが目撃された方角に向かうというのが一番良いだろうが、恐らくそうなった場合は逃亡されて終わりだろうな」

 

 エスデスの作戦は、この状況では限られている。

 

「だからナイトレイドを釣り出す。私とボルスでナジェンダを追い東に向かう振りをする。ある程度進んだら私たちもロマニー街を通らず大回りしてアカメを追う訳だ。ウェイブとスタイリッシュは真っ直ぐ南に向かえ」

 

 今回、恐らく見ているであろうナイトレイドの密偵部隊の目を誤魔化す必要がある。

だからこその作戦、もし誤魔化し切れなかったとしても仕方ないとエスデスは考えていた。恐らく革命軍側も余裕はあるまい。自分達イェーガーズを仕留めたい筈だ。

帝都付近の残党を始末しきっていない、それに加えて人数が4人しかいない。状況がエスデスを冷静に行動させた。

ナジェンダを追わず、あえてアカメを始末することに集中したエスデス。この判断が今後の戦いの運命を大きく揺るがすこととなる。

 

「私達はイェーガーズ……狩人だ。餌に釣られた暗殺者達を全員で仕留めるぞ!」

「「「了解!」」」

 

部下を鼓舞するエスデスの指令に、部下達は敬礼をして駆け出した。

 

 

 

 昼頃左右を崖に挟まれたロマニー街道から南の地点、その崖の上で敵を待ち伏せているのはマインと護衛するラバック。

タツミとの戦いの後も数々の任務を切り抜けたこの二人の組み合わせは、最早お馴染みになっていた。

 

「ラバ、今日もしっかりと護衛頼むわよ」

「マインちゃん、任せときなって!」

「そこそこ頼りにしてるわ」

 

 パンプキンのスコープを覗くマインのラバックに対する態度は、あまり棘がない。

それだけタツミとセリューの2人との戦いで、マインはラバックを信頼するようになったということだろう。

実際ラバックがヘカトンケイルの奥の手に瞬時に対応しなければ、マインが死んでいたのは間違いない。

 

「今回は任務で人目につくのが目的だったけど、またナイトレイドの皆で川遊びしたいわね」

「おおっ、俺はまた女性陣の水着が見れるなら、大歓迎だね!」

「はあ……そっち目当てなのはラバらしいわね。しょうがないからこの戦いが終わったら提案してあげるわ」

 

 テンションを上げて鼻息が荒いラバックに、呆れながらも口元に手をやりクスクスと優しげに笑うマイン。

 

「ラバックとマイン、本当に仲がいいですね。けっこう二人だけで遊びに行っているようですし」

 

 そんな二人を崖の下から微笑ましげに見上げるのはシェ―レだ。マインと一緒にコンビを組んでいたにも関わらず、どこか嬉しそうなのは彼女が優しいからだろう。

一方ラバックと一緒に組んでいたアカメはシェーレとは違い、複雑だった。

 

(ボスがラバックとマインが付き合っているのではないかと勘違いしているのを、二人に言うべきなんだろうか)

 

 言うほうがいいのか、言わないほうがいいのか、それはラバックにとってもマインにとっても難しい。

ラバックはナジェンダ一筋のつもりだろうが、それにしては護衛とはいえマインとの距離が近い気がする。マインはラバックへの態度が、どんどん他の人間と比べて柔らかくなっていく。

単なる友情なのか、恋なのか。他のメンバーには傍から見て分からない。とりあえず見守るという無難なところで収まってしまう。

任務中にも関わらずナイトレイドの面々がこんな風に色ボケているのはラバックの糸に反応がないからである。

暫しの時間の後に、ラバックのクローステールの糸が揺れ始める。ラバックがナジェンダに報告した。

 

「恐らく敵です!二人は馬に乗ってます、こっちに40人程向かってくる!」

「規模からしてエスデスの兵ではない、スタイリッシュの小隊だろうな。ラバックとマイン、遊撃のチェルシー以外はスサノオの中に隠れろ!」

 

 ナジェンダの命令でスサノオの近くに駆けよるアカメ、ブラート、シェーレ。

ナジェンダも入れてスサノオが擬態した案山子の中に身を潜めた4人は、向かってくるスタイリッシュとウェイブを待ち伏せることにした。

 

「崖下から5人の話し声が聞こえます。敵が擬態して待ち伏せようとしているようです」

「崖の上に大きな銃を操る敵、糸を操る敵を二名確認しました」

「近くの森林の中にもう一人、人の匂いが僅かにします」

 

 一方イェーガーズ陣営。スタイリッシュに付き従うのは耳が肥大化した兵士、目が肥大化した兵士、鼻が肥大化した兵士。

その名はそのまま『耳』、『目』、『鼻』、がスタイリッシュに報告する。

 

「サイアクで帝具使いが8人ってことね、予想以上にキケンだわ。これは流石に押し切れないわね」

「想定された全員より多い……ナイトレイドがこれ程の戦力を隠し持っていたなんて思わなかったぜ」

 

 無理をするべきではないと判断したスタイリッシュとウェイブは、案山子から50メートル付近まで近づいたものの素直に兵隊を引き連れ撤退を開始する。

 

「気付いたみたいね。標的……スタイリッシュだけでも仕留める!」

 

 スタイリッシュの科学力は、革命軍にとって戦略的に危険だ。スタイリッシュが革命軍から標的として依頼されているのはその為である。

銃のスカウターを覗き込んだマインが、スタイリッシュの頭に標準を合わせて発射する。

 

「銃撃してきます!」

「危ねえ!」

 

 『目』の報告にスタイリッシュを庇ったのは、サーベルを抜いたウェイブ。パンプキンのエネルギーが、サーベルによって弾かれる。

完全な不意打ちに対応するのは無理だが、流石に撃ってくると分かればウェイブもスタイリッシュを守ることはできた。

 

「護衛はウェイブに任せるわ。一時撤退して、『歩』達は足止めお願い!」

 

 スタイリッシュは冷静に部下達に指示を出す。一度敵の匂いさえ『鼻』が覚えてしまえば離れていない限りナイトレイドを強襲できる。

 

「2人とも逃がすな、追って確実に始末しろ!」

 

 スサノオによる案山子の変身を解き、ナジェンダがナイトレイドの全員に指示を出した。

ラバックの張った頑丈な糸が、馬に乗るスタイリッシュとウェイブの行く手を阻む。

落馬する訳にはいかないと、やむなく馬から下りるスタイリッシュとウェイブ。

 

 敵に背中を向けて走っている2人を追いかけるのはスサノオ、アカメ、ブラート、シェーレ。

近接戦闘に長けた面々にスタイリッシュの歩兵が立ち塞がるが、乱雑に4人が武器を振るうだけで僅かな足止めしかできずに雑兵たちは葬られていく。

マインの銃は常に遠距離からスタイリッシュの頭を狙っており、ウェイブが近くで守らないと危険。

真っ先にスタイリッシュに到達したのは、インクルシオを纏ったブラートだった。この絶体絶命の状況下で、スタイリッシュは何と哂った。

 

「分断作戦、セイコウしちゃった」

 

 4人の周りを、残りの歩兵が囲みこみ逃げ場を封じる。副武装である槍、ノインテイターをスタイリッシュに振り下ろそうとするブラートの槍を、グランシャリオを纏ったウェイブの拳が弾いた。

アカメに立ちはだかるのは眼鏡を掛けた小柄な兵士トビー、シェーレの前には大柄な髪を角切りにした男、カクサンが拳を合わせて迫り来る。

スサノオをコアごと焼き尽くそうと炎が襲い掛かりスサノオは横っ飛びで回避する。いつの間にやらボルスが近くまで来ていた。

 

「なんだ急に!?」

 

 各々が立ち塞がる敵に構える中、真っ先に危機に気付いたのはナジェンダだった。イェーガーズの3人がここに居るのに、エスデスだけが存在しない、そんなことが在り得るだろうか?

いつの間にかラバックの報告も途絶えている。

 

「まさか……!?」

 

 ナジェンダはラバックとマインが居る崖の上を見上げた。果たして彼女の予想の通りの光景がそこにはあった。

崖の上のラバックとマインに向けてゆっくりと歩いてくるのは―――

 

――――帝国最強、エスデス。

 

「糸を避けながら進むのは中々楽しかったぞ。糸を張ったのはお前、確か手配書だとラバックと言ったか」

 

 自分に向けられた絶対零度を思わせる視線。ゴクリ、と喉に溜まった唾液をラバックは飲み込む。ラバック本人が武器と称する臆病さが今のラバックを縛っていた。相対するだけで凍りつきそうだと感じ、体の震えが止まらない。ラバックは恐怖で僅かに後退してしまい……

ラバックの硬直した体、その右手に触れる者がいた。視線を右に動かすと、マインの手がラバックの手を絡め取り、しっかり握り締めていた。

 

「ラバ、アタシのパートナーならビビってるんじゃないわよ!帝国最強相手なんて、大ピンチじゃない!」

 

 この状況でラバックの相方であるマインは、エスデスに対して一歩も引かず、不敵な笑顔さえ浮かべてみせた。

 

「いい表情だ。お前のような輩は屈服させたくてたまらん」

 

 マインの右手から、体温が伝わってくる。その暖かさはエスデスの殺気という氷のような呪縛からラバックを解き放った。

ラバックは手を離し、パンプキンを構えるマインに感謝してエスデスを睨み付ける。ラバックのエスデスに対する恐怖心と硬直、震えは完全に消え去っていた。

 

「エスデス―――ここでお前を倒して、俺はナジェンダさんに告白する!」

 

 帝国最強に指を突き付け大声で叫ぶラバックの言葉は、ナジェンダの耳にしっかりと届いていた。

この状況で何を言っているんだアイツはと手を額に一瞬だけ当てるナジェンダの顔には、僅かに確りとした笑顔が浮かんでいた。

 

「だが、ラバックらしいな」

 

 この状況で自由に動けるのは自分とチェルシーだけだ、ラバックとマインだけではエスデスには勝てないだろう。ナジェンダは全員で生還するための策を考え始める。

 

「死に際の憂いを断つためか。お前のような人間は、嫌いではない。その上司への思慕がいつまで持つのか、拷問するのが楽しみだ」

 

大胆に思いを叫んだラバックに、タツミに対する感情を思い出したエスデスは笑みを深めラバックとマインに向け静かに歩みを進める。

 

―――絶望が、ラバックに襲い掛かろうとしていた。




ラバックは恋か死か、担当ですね。


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甘さを斬る

 崖の上に立っているラバックとマインに相対しているのは帝国最強エスデス。

 

 ラバックとマインを仲間から分断し、孤立させたエスデスが2人に向け歩みを進める。

絶対零度の鋭い眼光を目の当たりにしても、ラバックはもう怯まず睨み返すことができていた。

何しろ敬愛している主であるナジェンダの右目と右腕を奪ったのは、今眼前に居るエスデスだ。

革命軍にとっては勿論そうだが、私怨もありラバックにとっても一番の標的であることは間違いない。

自身が放つ殺気に負けないような、ラバックとマインから放たれる心地良い殺気にエスデスは喜色満面の笑みを浮かべる。

 

「本気で私を倒すつもりか、面白い。開戦の号令を揚げるとしよう!」

 

 パチンと、エスデスが指を鳴らすと共に彼女の頭上に球体の巨大な氷の塊が生成されていく。

生成された氷の塊は直径数百メートルもあり、人を二人葬るには明らかに過剰なもの。

巨大な危険種でさえ一瞬で下敷きにして葬るそれが、ラバックとマインに向けられ発射される。

迫りくる氷の塊、直撃したら即死であるはずであろうそれに対してラバックとマインは動じることがなかった。

 

「完全に味方と分断されて、相手は帝国最強。アタシ達が倒されたらボスが危ない……つまりこれは、大ピンチ!」

 

 ハーゲルシュプルングというエスデスの必殺技の一つであるそれに向けて、マインがパンプキンを構えて発射。

巨大な光線が一瞬で氷の球体を貫通し砕く。パンプキンがこれほどの威力を発揮しているのは自分達がピンチという理由だけではない。

パンプキンは精神エネルギーで撃っている。ナジェンダに告白を決意したラバックに対する感情の昂ぶりがマインを強くしていた。

 

(やっとヘタレのラバが告白を決意したんだから、絶対に一緒に帰ってみせる。エスデス相手だろうと知ったことじゃないわ!)

 

 ラバックのことを恋愛対象として見ているか、と仲間に問われたらマインは違うと答える。

しかしラバックのことが大好きか、と問われたら今のマインは照れることもなく胸を張って首を縦に振るだろう。

数々の任務をこなし、日常では二人だけでデート紛いのことも多くした。マインはラバックをずっと近くで見てきた。

そして今は助平な所、ナジェンダに恋している所も含めてマインはラバックを肯定しており大好きだった。

一緒に居るとなぜか安心する、だから甘えていたい。マインのラバックへの思い、その精神エネルギーが何よりもパンプキンを強化する。

 

「面白いな、これでどうだ!」

 

 先端が尖った氷の塊を数百個同時に生成し、マインに向けて発射するエスデス。

マインは空中から迫り来る複数の氷の塊に対して、パンプキンを薙ぎ払い全てを溶かし切る。

そのパンプキンの光線に紛れてラバックはナイフを2つ、エスデスに投擲していた。

エスデスはレイピアを振るい、ナイフを叩き落す。

 

「遠距離の攻撃の打ち合いでは決着がつかんようだな。しかしお前の弾道は見切った」

 

 エスデスは早くもマインのパンプキンの威力を見極めつつあった。エスデスが最も武器とするものの一つがこの敵の攻撃を見極める戦術眼。

直接レイピアでマインを葬ろうと突進するエスデス、マインを守ろうと立ち塞がるのはラバック。

 

「邪魔だ!」

「マインちゃんは殺らせねえよ!」

 

 ラバックの左手が糸を操りエスデスの首を絡め取ろうとする。

しかしエスデスが振るうレイピアがラバックの放つ細い、肉眼で視認するのが困難な糸を切り裂き障害にすらなっていない。

ラバックに到達したエスデスは、ラバックの丹田をレイピアで突き刺そうとする。

あっさりとラバックの命を奪うはずであったその攻撃。

 

ラバックはエスデスの刺突を、右手が束ねた糸で作り出した槍の腹で受け止めた。

 

「……何!?」

 

 エスデスのレイピアがぶれるように高速で動き、喉元、胸部、腹部と続け様に刺突を放つ。

普通の達人でさえ瞬殺する攻撃、しかしラバックが糸の槍を振るい、急所を貫こうとするレイピアの連撃を弾く。武器同士がぶつかり合い、火花が散る中でエスデスは驚く。

エスデスから見てラバックは、とても近接戦闘ができる人間、強者には見えなかったからだ。

少なくとも自分と武器を交わらせ生きていられる人間はナイトレイドではブラートとアカメだけ、それがエスデスの見立てだった。

しかしラバックはエスデスの攻撃を裁いており、倒れずに立ち塞がっている。

 

「向いてない、とは俺自身思っているんだよね」

 

 武器を手にしたラバックはらしくない、と自嘲するがブラートと鍛錬で鍛え続け、只管防御を続けた努力は裏切らない。

槍で自分の身を守りながら、ラバックの左手が高速で動き糸が地面を這うように進みエスデスの脚を絡めとろうとする。

エスデスが軽く跳躍し、ラバックに僅かに隙ができた所をレイピアをラバックの腹に突き出す。

レイピアは、腹に糸を巻きつけ防具と化しているラバックの腹部を貫通することができなかった。

 

「私の武器に長時間触れていいのか?」

 

 防御されたにも関わらずにやりと笑みを見せるエスデス。レイピアから冷気が吹き荒れ、防御したラバックの腹を氷で覆おうとする。

ラバックの左手が動くと共に叩き落されていた2本のナイフが音も無くエスデスの背後の左右から迫る。

ラバックは投擲したナイフに糸を括り付け、糸を巻き戻せばいつでも戻せるようにしていた。

エスデスは培われた危機回避力のみであっさりそれを察知し、レイピアをラバックの腹部から離してレイピアでナイフを再び叩き落す。

その隙にラバックの右手に握った槍が振るわれエスデスは後退、僅かに距離が離れたエスデスをラバックから右後方に移動したマインが銃撃する。

ピンチが落ちた分、パンプキンの銃撃は弱まっており、軽く跳躍して回避された。

 

「対した器用さと連携力だ、面白い!」

 

 汗一つ掻かずにラバック達を賞賛するエスデスの賛辞だが、ラバックとマインの息は荒い。

エスデスは恐らくまだまだ本気を出していない。一見戦いは互角なように見えるが、ラバックは猛烈な勢いでクローステールの糸を消費している。

マインにも常にパンプキンのオーバーヒートの恐怖が付きまとう以上、このまま拮抗を保ち続けることはできない。

しかしラバックの方にも勝機が無いわけではない。布石は既に打ってある。

再びラバックに襲い掛かろうとしたエスデスに、空中から斬りかかった何者かの刀の攻撃をエスデスはレイピアで受け止めた。

ラバックは頼もしい仲間に声を掛ける。

 

「待ってたよ、アカメちゃん」

 

 

 ラバックとエスデスの戦いの火蓋が切られようとする中、残りのナイトレイドのメンバーとイェーガーズも戦闘を行っていた。

真っ先に動いたのはナジェンダだった。今のラバックとマインならエスデス相手に時間を稼ぐことはできる。

下手に自分がラバック達の援護に向かっても狙われて死亡するだけだ。ならば自分がやることは、決まっている。

 

「スサノオ、奥の手の使用を許可する。この状況を覆せ!」

 

 ナジェンダの許可により、スサノオの奥の手である禍魂顕現が発動。

使用者からの生命エネルギーを吸い、上半身を露出させたスサノオの身体能力が飛躍的に向上する。

三度しか使用できない変わりにその威力は絶大。

 

「あれ、なんか不味い!?」

 

 ボルスがスサノオの変化に戸惑うもののスサノオに向けてルビカンテの炎を噴出させる。

広範囲に迫り来る炎に対してスサノオは手を掲げた。

 

「八咫鏡!」

 

 貼られた飛び道具を反射する鏡がルビカンテの炎を完全反射し、炎を出したボルス自身に跳ね返す。

迫り来る自らの炎に息を呑むボルスを抱えて跳躍したのはアカメと相対していたトビーであった。

アカメに背を向けて斬られたとしても、全身が機械でできているトビーなら斬られても問題ない。

今のスサノオ相手に戦うには殲滅戦に特化しているボルス一人では厳しいという判断、そのトビーの判断が戦況を揺るがした。

 

(今が好機!)

 

 自由になったアカメは、拳を振るうカクサンの殴打をエクスタスで防御しているシェ―レの元に駆け寄る。

 

「オラオラ、どうしたよ!」

 

 シェ―レはカクサンの猛攻をエクスタスで受けながらも、反撃の機会を冷静に伺っていた。

カクサンが防御一辺倒なシェーレの様子を見て調子に乗り、次第に拳が大振りになる。

 

「葬る」

 

 一瞬。ほんの一瞬でカクサンの隙を見抜いたアカメが村雨を抜刀しカクサンの首を刎ねた。

カクサンの首と鮮血が宙に舞い、スタイリッシュの歩兵が驚きアカメを注視する。

全員の視線がアカメとシェーレに集まる、というこの状況はナイトレイドにとって大きなチャンスであった。

 

「なんだ!?」

 

 歩兵がいきなり現れた眩い光に顔を背ける。光輝いているのはシェーレが所持しているエクスタス。

その奥の手は金属の発光による目晦まし。シンプルな能力故に、威力は強力だった。

アカメが周辺を取り囲む歩兵達を突破し、駆け出すのはラバックとマインの方角。

ラバックとマインがエスデスに突破されれば司令塔であるナジェンダが危険に陥る。

アカメがラバックの援護に向かうには十分すぎる理由だった。

慌ててルビカンテの奥の手、岩漿錬成を発動し球状になった炎の塊をアカメに飛ばすのはトビーに守られたボルス。

 

「アカメ!」

 

 鋭いシェーレの声に反応したアカメは、軽く跳躍して空中で糸を踏み、再度跳躍し岩漿錬成を回避。別の糸を踏みしめ一直線に崖の上のラバック達に突き進む。

最初にエスデスとマインが撃ち合っている中、こっそりラバックは仲間が援護にいつでも来られるよう空中に糸の足場を作っていた。

ラバックと組んで戦うことが多かったアカメは糸を見逃さない。エスデスと相対しながらもラバックは冷静であり、百戦錬磨のアカメもそうであった。

 

「……こいつはヤベえな」

 

 ブラートと相対し、拳の攻撃が槍で受け流され技量の差で差で押し込まれていくウェイブは徐々にナイトレイドの脅威を肌で痛感しつつあった。

ナイトレイドにはクロメ、スタイリッシュのような戦略級の帝具を持つ帝具使いやエスデスのような絶対的な力を持った帝具使いは居ない筈なのに、それでも自分達が押されている。

ナイトレイドの最大の武器、それは類稀なる連携力。他の部隊から寄せ集められて作られたばかりのイェーガーズは持ち合わせていない武器。

 

(本当にこれが殺し屋風情の動きなのか!?)

 

 冷や汗を流すウェイブの息は荒い。帝具使いの数の利を最大限に生かし、連携で確実に仕留めに掛かってくる。

ナイトレイドのメンバーは殺し屋としては甘すぎる、と言われることがある。確かに紛れもない1つの事実。

しかしそれは裏を返せば互いの能力を十全に発揮できるぐらいに信頼しているということでもある。

トビーとスサノオが渡り合い、ボルスとシェーレの戦いも拮抗している。明確にブラート相手にウェイブが不利なこの状況では勝利は難しい。

 

「実験体にできないのは残念だけど、どうやら撤退が賢いわね」

 

 クロメとランが居ないこの状況ではエスデスがアカメ、ラバック、マインを倒し終わる前に自分達が死ぬ方が早い。

そう判断したスタイリッシュは頭上に拳銃を構えて閃光弾を頭上に打ち出す。

歩兵を引き連れ撤退を開始するエスデス以外のイェーガーズ。ナイトレイドのメンバーもナジェンダの生存の方が重要なため追うことはない。

スタイリッシュは逃走しながらも不気味な笑みを浮かべていた。撤退しても『鼻』はナイトレイドの匂いを覚えている。それに加えてスタイリッシュの笑みにはもう一つ理由があった。

 

 

「撤退、か。もう少し戦いを続けたかったのだがな」

 

 アカメと切り結びながら、打ち上げられた閃光弾を横目に見て不満気なのはエスデス。

堪え性のない部下には後で仕置きが必要だなと感じるものの、ナイトレイドの戦力が想定より遥かに高かった以上仕方がない。

ここで自分一人だけ撤退せずに8人と戦っても良いのだが、流石に苦戦は免れない。

それだけなら戦闘狂であるエスデスは戦闘を続行しただろう。

しかし別方向で戦っているクロメとラン、タツミが気に掛かったエスデスも不本意ながら撤退を決心した。

エスデスが撤退する間際に語りかけたのはナジェンダでもアカメでもなく、ラバックだった。

 

「お前の動きは私でも最後まで見切れなかった。次の戦いを愉しみにしているぞ」

「……どうも」

 

 糸が尽きかかっていたラバックは、息も絶え絶えに返事を返す。

クローステールの攻撃は動きが予測できず、ラバック本人もエスデスに強さを悟らせることがない。

得体が知れない、正に千変万化。それがラバックに対するエスデスの評価だ。

まさか2対1で自分が最後まで突破できないとは思ってもいなかった。

底知れない何かを秘めている、そう思えたのはタツミ以来の感覚である。

 

(愉しみは次回に取っておくとするか)

 

 興が削がれたもののナイトレイドという極上の獲物の予想以上の強さを発見できたエスデスが崖から飛び降り、機嫌良く撤退を開始する。

パンプキンがオーバーヒートしていたマイン、糸が尽きかけていたラバックはエスデスを追撃することはなかった。

アカメもこの状況下ではナジェンダの命が最優先であり、エスデスを追うことはない。

 

「良くやったな」

 

 ナジェンダがエスデスを足止めしたラバック達3人と駆け寄ってくるブラート達3人に声を掛ける。

標的であるボルスとスタイリッシュを仕留めることはできなかったが今回は痛み分けというべきだろう。

そう思い安心したナジェンダは、しかし次の瞬間はっとする。

補充したばかりのメンバーが、一人足りていないことに気付いたからであった。

 

 

「ありゃ、今回は私は出番がないみたいだね」

 

 森の茂みから戦場の様子を伺うのはチェルシー。

チェルシーは遊撃が担当されたものの、今回のように互いが本格的に戦闘を行っている状況で介入するのは難しい。

誰かに化けて変装して出た所で、瞬殺されるのが精々だろうからだ。

 

「何とか援護したいけど、この状況じゃ無理するべきじゃない」

 

 幸いにも押しているのはナイトレイド側だ。戦局を見極めたチェルシーは冷静であった。

他のナイトレイドのメンバーのような甘さは、一切この時のチェルシーは持ち合わせていなかった。

 

―――それが、チェルシーの命取りだった。

 

 チェルシーの頭を、後ろから短剣が貫く。

彼女を背後から貫いたのは革の帽子を被り花の飾りをつけた短髪の男。スタイリッシュの兵士、トローマだった。

 

「え……!?」

 

 チェルシーには、何の落ち度もなかった。しかしスタイリッシュの兵士である『鼻』は僅かな人の匂いを捕らえていた。

スタイリッシュは桂馬の役割を持つトローマに、暗殺を決行させていた。

 

「どう、して」

 

 チェルシーの意識が薄れていく。彼女には油断はなかった、甘さもなかった。暗殺の経験も豊富であった。

しかしだからといって、他のナイトレイドのメンバーと比較して特別チェルシーが優れているという意味では決してない。

戦場では油断しようが油断しまいがそんなことは関係なく人は死ぬ。ただそれだけのことであった。

 

「スタイリッシュ様、女を暗殺し帝具一つの回収に成功しました」

 

 事切れたチェルシーを見て、トローマがスタイリッシュに報告する。

暗殺に特化したチェルシーは同じく暗殺に特化したトローマの暗殺により、他の全員が戦っている中、誰の味方にも知られることもなく静かに命を落とした。

 

 ナイトレイドとイェーガーズの初戦は、こうして数が劣るイェーガーズの勝利という形で幕を下ろす。

 

 

―――ナイトレイド、残り7人。



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胃痛を斬る

 暗殺部隊とタツミ達の死闘、その夜中の宮殿内。

タツミとロクゴウ将軍が、演習中に何者かに襲撃され隊を壊滅させ、2人とも負傷し息も絶え絶えに帰ってきた。

そう聞かされたブドー大将軍の怒りがとうとう爆発した。

2人の報告から首謀者がイェーガーズのクロメまで出撃させたこと。

暗殺部隊設立者のサイキュウの指令、もしくはオネスト大臣の命令で部隊が動いたことは分かっている。

エスデスがまだ帰還していない今、憤懣やるかたない表情で帝具アドラメレクを持ち大臣に迫るのはブドー。

 

「貴様、よくも私の部下に手を出してくれたな。確りとした証拠がある今、貴様をここで処刑して帝国の歪みの原因を元から断つべきと見た」

 

 ブドーの殺気を受け、相対するオネスト大臣が震え上がる。オネスト大臣にとっても暗殺部隊が失敗するのは誤算だった。

 

「……ブドー大将軍は殿下がいる宮殿を血で染めるべきではないとか言っていた気がするんですけどねぇ?」

「そう思っていた時期もあったが私も将軍であることには変わりない。庇護している部下の兵士が直接葬られて黙ってはいられん」

 

オネストはブドーの決心を目の当たりにして、本格的に焦り始める。

 

(こんな時にエスデス将軍は何をしているのですかねぇ!)

 

 エスデスはナイトレイドを狩りにロマニー街道で戦っている。間が明らかに悪い。

護衛の羅刹四鬼を呼び出しても瞬殺されるだけである。戦闘が始まってしまえば自らの死亡は確定する。

 

「私が死ねば、皇帝の身にも危険が及ぶようになっていますよ!?」

 

 オネストは一歩後退するも、合わせてブドーが一歩間を詰める。

自身を威圧するブドーの眼光を受け、どうすればこの場を切り抜けられるか考えるオネスト。

 

「代々皇帝を守護するという家訓を守ってきた私だが、今は多くの部下の命を背負っている。状況は変化しているのだ!」

 

 良識派の政管がブドーの元に集まっている以上、ブドーにも内側から国を変える責任がある。

軍法会議を経ず直接オネストを葬ろうとするブドーの考えは、直接的すぎるもののだからこそ謀略で影から国を操るオネスト相手には有効だった。

 

(この脳筋めが……!)

 

オネストは切り札を切る覚悟を決心した。

 

「その部下である、タツミとロクゴウ将軍は満身創痍で今治療を受けています。とっても無防備に、そうですよねぇ?」

「貴様、まさか」

「私が勢力を増していく大将軍相手に、スパイを送り込んでいないとでも思いましたか?」

「どこまでも卑劣な!」

 

 ブドーが歯をギリリと噛み締める。タツミとロクゴウという部下の命を盾に取られては、ブドーも強攻策を取ることはできない。

どうにか命の危機を乗り越え安心したオネストは、しかしこれではまだ足りないと感じる。

この事件で怒りに燃え上がるのはロクゴウによって煽動された民衆も同じこと。この問題を放置してしまえば各地から暴徒と化した民衆と革命軍に飲み込まれてしまう。

ブドーの機嫌をとり、同時に革命軍を牽制する一手をオネストは打った。

 

「そもそも今回の騒動は、サイキュウが勝手に行ったことでありイェーガーズのクロメに関しても所属していた暗殺部隊としてのもの。

私は関与していません。帝具マスティマと八房は差し上げますし、サイキュウは今回の件で処刑します」

 

 骨を断たせる代わりに肉を切るような行動は不本意だが、革命軍に標的として知られているサイキュウの犠牲は必要だ。

ここまでしないと民衆の怒りは収まらないだろうとオネストは判断した。

帝具ロンゴロンゴを使える人間は限られているが、苦肉の判断だ。

どう出ますかねえ、とブドーの出方を伺うオネスト大臣は、ブドーが殺気と帝具を収めるのを見てほっとする。

 

「いいだろう、今回はそれで手打ちとしよう。サイキュウは貴様の右腕の一人と聞いた」

 

 ここでオネストを殺すつもりは、実はブドーにもなかった。

全面戦争を起こすのは簡単だが、タツミ達が負傷し八房とマスティマの所有者が見つかっていない今、エスデスの兵と事を構えるべきではない。

責任者を引きずり出し、オネスト大臣の勢力を更に削ぐ。これがロクゴウと話し合って決めた落とし所。

 

「しかし決して忘れるな、戦場で戦わん貴様には理解できんかもしれんが、兵士の命は一つだけだということを!」

 

 オネストを一喝するブドーは、身を翻してオネストから姿を消した。

後に残されたのは、巨大なハムを頬張りながらも自分の足元が徐々に崩れていくのを感じるオネスト。

 

「強引な手に出たのがまずかったですかねぇ……」

 

 サイキュウを差し出さなければ、民の怒りが内側から帝国を飲み込み革命軍が勝利する。

サイキュウを差し出せば、下手なことをするとオネスト大臣に切り捨てられると感じた臣下達が裏切る可能性が増す。

革命軍とブドー派閥、どちらかだけなら対処が楽だがこうなってしまっては厳しい。最強のエスデスが味方に居るのが唯一の救いであるだろうか。

真綿で徐々に自らの首が締め付けられるような感覚をオネストは味わっていた。

 

 

 翌日オネスト大臣の下に、ナイトレイドの一人を討ち取ったエスデスが帰還する。

事の顛末を知ったエスデスもまた、怒りを募らせていた。

それはランの造反を読み取れなかった自分への怒りであり、暗殺を強要したオネスト大臣への怒り。

結果的に帝具を2つ奪われ、部下達が殺し合う羽目になってしまった。

 

「オネスト、私がお前の味方をしているのは飽く迄も利害が一致しているからだ。それをお前は理解しているのか?」

 

 部下には優しいエスデスだからこそ、今回の一件に関しては憤怒とやるせなさを隠し切れない。

密かに恋愛感情を寄せていたクロメの死亡、そしてランが裏切りクロメと殺しあった事実を知ったエスデスの部下のウェイブは強いショックを受けていた。

ウェイブの言動が切欠でランが裏切ったことは状況から見てほぼ間違いない。

それに加えて良識派のタツミ達を殺そうとした暗殺部隊、ひいては帝国に対する疑問が浮かぶ。

今のウェイブには、帝国に関する軽い不信感が生まれつつあった。

部下のその感情を察知したエスデスは頭を悩ませていた。革命軍に加わることはないだろうし、クロメを殺したタツミの味方にはなるとも考えづらいが良くない傾向であることは間違いない。

 

「……分かっています、これからも働いて貰いますよ」

「それなら良い。これ以上私を失望させてくれるな」

 

 鋭くオネストを睨み、殺気を振り撒き立ち去ったエスデス。オネストは胃をキリキリと痛めていた。

 

(そもそも貴方がタツミに恋など抱いて右腕の治療をしなければこうなっていませんでしたのにねえ!)

 

 エスデスとの関係も危うくなってきた、この状況なら羅刹四鬼を常に身辺につけておくべきだろう。

幸いにも早めに手を打った大臣の手先であるボリックによって安寧道の教主は既に殺害しており、武装蜂起を未然に防ぐことはできている。

後は各地の内紛を押さえ込めば帝国が割れている今、革命軍もうかつに手出しできない筈だ。

 

「それでも最後に笑うのは、私です」

 

 皇帝を幼い頃からの洗脳によって傀儡と化すことができている現状、シコウテイザーはほぼ自らのものと同じであることは間違いない。

至高の帝具の存在が、大臣の精神を保たせていた。

腐敗した貴族の大半は私腹を肥やすオネストの味方である。

一方間接的にサイキュウを葬ったブドー派閥は益々民衆の支持を集めている。

革命軍もこの状況で慎重であり、内部の混乱を統一させつつ機会を伺っている。

 

どの勢力が最終的に勝利するのか。それはまだ分からない。



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和平を斬る

短いですがこれからの方針が決まったので投稿です。
前話の最後を一部だけ変更しました。


 ナイトレイドとイェーガーズの戦闘から数日後の早朝の出来事。

仲間になったばかりのチェルシーが死亡し帝具であるガイアファンデーションまで奪われた。

標的3人の暗殺任務も分断策によって失敗してしまい、どこか意気消沈としているナイトレイドの面々を集めていつものように葉巻を銜えたナジェンダが密偵部隊から受け取った情報をメンバーに伝え始める。

 

「ニュースが2つある。革命軍が安寧道の武装蜂起に乗じて帝都に進軍し、革命を起こそうとしていたことは以前話したな?その安寧道の教主が、オネスト大臣の息が掛かった者の手で殺害された」

 

 ブドー派閥の存在により民衆の帝国への希望と共に現状の不満は募っている。脅威を恐れたオネストが、早めに手を打ったということだろう。

革命軍ははっきり先手を取られたことになる。これは大きな痛手であることに他ならない。

 

「宗教の力は大きいね。善行の積み重ねが幸福になるというシンプルな教えに人は集まるし、帝国の現状を変える原動力にもなるってことか」

 

 ナジェンダの副官だったラバックが補足するように話す。この武装蜂起の失敗によって革命を決行するタイミングは遅れる。

 

「しかし現状のままだと必ずどこかで民の怒りは爆発する……はずだったのだが、もう一つのニュースにより状況は変化しつつある」

 

 どこか複雑そうな表情のナジェンダ。疑問を顔に浮かべたナイトレイドのメンバーに、ナジェンダが情報を伝える。

 

「帝国の暗殺部隊……ここに居るアカメが革命軍に来る前に所属していた部隊。

それが動き、設立者のサイキュウの指示により、演習中のブドー派閥のタツミとロクゴウ将軍を部隊ごと抹殺しようとした。丁度私達がイェーガーズを誘い出そうとした日だな」

 

 暗殺部隊、因縁であるその名前を聞いて身を硬くするのはアカメ。それならクロメがイェーガーズに居なかった理由に説明がつく。

疑問が解かれて納得する他のメンバーを横目に、ナジェンダに恐る恐る問いかけるアカメ。

暗殺部隊が成功しても、失敗しても今の拮抗状況が大きく変化することは間違いない。

 

「……結果はどうなった?」

 

 アカメがのめり込んでいるのは、やはり妹に関係する出来事だからだ。

ナジェンダの返答を聞こうとするアカメは、自分の声が震えている事実に気付かなかった。

ナジェンダは葉巻を口から離して結論を答える。何であれ事実は正確に伝える必要がある。

 

「イェーガーズのランが裏切り、ブドー派閥についた。その結果暗殺部隊は全滅しクロメとランは死亡。

ロクゴウ将軍の部隊も壊滅しロクゴウ将軍とタツミも重症を負い、暗殺部隊設立者のサイキュウは大臣の手により処刑された」

「……そう、か」

 

 短く、飲み込むように呟くアカメ。クロメが、死んだ。

死と隣り合わせの部隊に所属していたのだから、いつかは起こり得ることとは覚悟していた。

しかも相手は帝具使い3名、こうなってしまうのは仕方がないことだろう。そう、仕方がない……。

顔を押さえて俯くアカメ。世界一可愛いと思っている妹の死を、そう簡単に割り切ることができる筈もなかった。

真っ青なアカメを目にしたナジェンダは、しかし淡々と事実を話す。

 

「サイキュウという大臣の右腕が死亡し、ブドー派閥が勢力を拡大している。

それにより民が武装蜂起しようとする動きは収まりつつある、現状はこうなっているな」

 

 もしサイキュウが処刑されなければ革命軍が民の怒りを煽り、武装蜂起を起こさせる予定だった。

オネストが安寧道の教主を殺害し、サイキュウも処刑したことで革命軍の動きは封じられた。

国がオネスト派とブドー派に別れており革命軍も揺れているこの状況で、城主を納得させ迅速に無血開城して帝都に進軍することは最早不可能に近い。

 

「状況を言おう。イェーガーズ二名の死亡もあり革命軍内部は徐々にブドー派閥と和平交渉を望む声が増えてきている。

大臣の右腕であるサイキュウの死亡はそれだけ大きいということだ。

オネスト大臣派がブドーによって粛清される可能性が高いと元将軍達が見積もり始めた」

 

 革命には多くの人の血が流れる。革命軍の元軍人達が革命よりもブドーに賭けるのも、この状況では無理もないことだった。

 

「オネスト大臣達が死亡し悪法が無くなれば、私達が革命を行う必要はなくなる。

複雑かもしれんが堪えてくれ、国が変わるまで後一歩だ」

 

 ナイトレイドが何をせずとも、この状況なら国が変わる可能性は高い。

それでもレオーネがタツミに殺害されたこともあって納得できていないメンバー達に、ナジェンダが切り替えを促し話を終了した。

作戦会議が終了し、妹の死亡報告を聞いたアカメがフラフラと自室に戻ろうとする。

アカメを心配して駆け寄るラバックとナイトレイドのメンバー達に、アカメが手を前に出して静止させた。

 

「すまない、一人にさせてくれ」

 

 アカメは一人で自室に姿を消した。彼女が立ち去った後には、くっきりと地面に涙の跡が残っていた。

ラバックは項垂れながらもマインに口を開く。仲間の涙を見ているのに何もできない気持ちの整理をする為でもあった。

 

「チェルシーちゃん、口は悪かったけど大切な仲間だったよな……それに加えてこれはアカメちゃんにとっては辛いだろうね」

「妹に関してはせめて自分の手で楽にしてあげようって思ってたみたいだし、無理もないわね」

 

 アカメは、クロメを殺すなら自分だと思っていた節があった。

親友であるレオーネと妹のクロメを殺され、仇を取ることもできない。

アカメがこの状況で大きなショックを受けるのも無理もないことだった。

暫く悲しみを癒す時間が必要だが、ナイトレイドはもうお役御免になるかもしれない。

 

「国が内側からタツミ達の手によって変わる、か」

 

 ラバックが天井を見上げて呟く。実感が沸かないが、サイキュウが死亡し、切り捨てられることを恐れた大臣派もブドーに鞍替えを始めている。

ブドー派閥が革命軍と講和を結べばこの状況では、オネスト大臣の詰みの筈だ。

不可能だと思われていた内側からの国の変革が実現されようとしている。

国が変わり天下泰平の時代の訪れをラバックは感じ取る。

 

「これで終わりなのか、本当に?」

 

 その数ヵ月後、ブドーと革命軍のリーダーは文でのやり取りにより講和を結び、勢力を拡大したブドーは内部からオネスト大臣達を粛清。天下泰平の時代が訪れる―――

 

 

 

 

―――その筈だった。

 

 オネスト大臣のこの危機に大臣の息子である帝具シャンバラを所持するシュラが、帝具使いの精鋭5人を引き連れ帝国に帰還する。

同時に最高の科学者であるスタイリッシュと錬金術師ドロテアが邂逅する。

ワイルドハントが結成され、4つ目の帝具使いたちのグループが現れるその意味を、まだ誰も理解していなかった。

 

オネスト大臣の反撃が、静かに始まろうとしていた。



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反撃を斬る

「ブドーが順調に勢力を拡大していますねぇ」

 

 昼間の宮殿でオネスト大臣は、椅子に座り巨大なハムを頬張りながら他人事のように状況を整理する。

サイキュウが処刑されたことにより、オネストを見限った内政官や一部の将軍達が鞍替えを始めている。

タツミやブドーと戦いたいだけであるエスデス将軍も、オネストを粛清から守るとは考えづらい。

しかし宮中の立場が奪われ自らの身が危険となっているそんな状況にも関わらず、オネストは冷静だった。

 

「ずいぶんと余裕だな。親父でも、この状況はヤバイんじゃねーの?」

 

 机を挟んでオネストと会話をしているのは顔に大きな十字を斜めにしたような切り傷がある、引き締まった体格の青年。

大臣の息子である青年、シュラである。息子の素朴な問いかけに、オネストは大きなハムを一枚飲み込み返答する。

 

「いざとなれば掌を返し裏切るような輩など必要ありませんね。シュラ、私の指示は守っていますか?」

「何もできてねえからドロテア以外は全員ストレスが溜まってるぜ。死刑囚をいくら甚振った所で面白くもねえしな」

 

 シュラが帝具使いの集団ワイルドハントを結成したものの、ブドー派閥が睨みを利かしているこの状況では民衆を玩具にすることもできず普通の治安維持の秘密警察として動かざるを得ない。

錬金術師のドロテアはスタイリッシュと出会い意気投合、彼の実験室に篭り何やら怪しげな研究をしている。

しかしそれ以外のメンバーは好き勝手できない状況に満足できず、苛立ちを感じていた。

 

「我慢して下さい、革命軍の動きがここ最近不自然に落ち着いています。恐らくもう少しですね」

 

 ブドー派閥が誕生し、武装蜂起の芽も摘んだ。革命軍の動きを完全に封じている今だからこそ、革命軍の行動は読みやすい。

恐らくブドーと和平を結ぼうとしている。その動きは政治手腕に長けているオネストにとっては見えていた。

基本的にブドーは宮中を闊歩している。それはブドーが常に宮殿内に居ることにより良識派の内政官を守っているからであり口では状況が変化したと言いつつも皇帝を守護するという家訓を忘れていないためである。

しかし一番の理由は、やはりブドーに勝利できる人間がエスデスぐらいしか存在しないというただそれだけのことである。

 

「証拠を掴むまではもうすぐです、この状況でシュラの帰還を読みきった私の計画に狂いはありません。しっかり働いてもらいますよ」

「決行時に俺以外のワイルドハントのメンバーは宮殿の外に出しておくぜ」

 

 大臣の作戦は、極めて単純なものである。しかしこの状況であれば限りなく有効であった。

 

 数日後反乱軍とブドーとの密約の証拠を掴んだオネストは、シュラに作戦決行を伝えた。

シュラ以外のワイルドハントのメンバーが宮殿から離れ、ワイルドハントがリーダーのシュラ一人になる。

シュラは、物陰から堂々と一人で宮殿内を出歩いているブドーを見てほくそ笑む。ロクゴウとタツミの姿は近くになく、ワイルドハントが外出しており警戒は薄い。

恐らく護衛はいるだろうが、それも最低限のものだ。ブドーは大将軍であり、実際エスデスと近しい実力を有している。

シュラも一対一では当然倒すこと等できない。しかし今回、ブドーを倒す必要はない。

物陰に隠れているシュラの存在も、ブドーには当然気付かれているだろう。恐らくシュラに襲い掛かられるのを待っている。

この状況で大臣の息子であるシュラがブドーを襲撃すれば、オネストを粛清する口実にできるからだ。

 

「おらよ!」

「貴様、一対一で私に勝てるとでも思っているのか!?」

 

 ブドーに向けて物陰から躍り出て走り出すシュラ。一見自殺行為であるその行為、それを埋めるのが帝具の性能である。

アドラメレクを構えるブドーは、自身に襲い掛かってくるシュラに瞠目する。シュラは殺気を放っていない。

どういうことだと訝しむブドーは、帝具を地面に押し付けるシュラの行動を許してしまった。

 

「遠隔攻撃か!?」

 

 その場から離れようとするブドーだが遅かった。シャンバラの範囲は広い。白黒の図形が地面に広がっていく。

ブドーは帝具の中で5本の指に入ると言われる帝具、次元方陣シャンバラの性能を、知らなかった。

エスデスがオネスト大臣がシュラに指示として言いつけたこと。それは帝具シャンバラを一切使用しないことだった。

シャンバラの奥の手。それは相手をランダムで世界のどこかに飛ばす、というもの。

ブドーがどこに飛ぶかは分からないが死亡することは恐らくないだろう。しかし余程のことがない限りは宮殿から遠くに飛ばすことができるのは間違いない。

 

「ぐあああああ!!!」

 

 いくら屈指の実力者と言えども、全くの初見であれば対応できずシャンバラの性能には抗えない。

魔方陣に飲み込まれたブドーは、一瞬で宮殿内から姿を消した。

 

「大変だ!」

 

ブドーの護衛達が、ロクゴウに状況と危機を伝えようとする。

 

「俺は奥の手で疲れちまったから後は頼むわ」

 

 シュラが欠伸をかいて指示をする。彼らの息の根は、一瞬で止まることとなった。

顔に傷があり髪留めを鈴にしている女、羅刹四鬼の一人であるスズカが護衛達を壁に叩き付けて肉塊に変える。

 

「できれば反抗して痛めつけてほしかったけど、仕方ないわね」

 

 被虐願望があるスズカからしては物足りないが、大臣からの言いつけは守る必要がある。

 

「これ、親父を超えたと言っても間違いじゃねえんじゃねえの?」

 

 鼻歌を歌い、機嫌が良いシュラ。帝具の性能でゴリ押ししただけであるのだがそれでも齎した成果は大きい。

大金星を挙げオネストに報告したシュラは宮殿の外のワイルドハントの面々にもうすぐ自由にしていいぞ、と伝えに行った。

 

 

 ブドー大将軍が宮中から忽然と消失した、そう聞かされたブドー派閥の衝撃は凄まじかった。

同時に大臣は皇帝に、革命軍がブドーと繋がっていた証拠である文書を提出。単独で革命軍側についたのではないかと囁く。

ブドーに落胆した皇帝はオネストの話術に誑かされるままにセイギ内政官を始めとしたブドー派閥の良識派や裏切り者を連座制で処刑していった。

ロクゴウ将軍とタツミがブドー派閥を立て直そうとするも、革命軍と和平を結ぼうとしていたこと、つまり繋がりを持とうとしたことは紛れもない事実であり反論できない。

 

 帝国2強と言われるブドーの強さ、それに対する信頼はとてつもなく大きく、それ故にブドーが消失した影響は大きい。

ブドー派閥の最大の弱点、それは筆頭であるブドーに名声を依存しているということ。リーダーが行方不明になった今、彼らの力は脆かった。

特にブドーに期待している民の失望は大きく、帝都内でさえ暴動が起き火の手が上がる程だった。

 

「あーあ、怒り狂ってやがる。いい女もいねえしつまんねえの」

「江雪、馳走の時間だ」

「安らぎの歌を聞いて下さい!」

「天使がいねえ……ダリィな」

 

 ワイルドハントの面々は、鬱憤を晴らすかのように情け容赦なく暴動を起こす民衆を皆殺しにしていった。

逆らった男達の家族を特定し、女子供を犯して回る。曲がりなりにも治安を守っている以上、イェーガーズも表立って口出しすることはできない。

ブドー派閥による内側からの国の変革、その夢は今ここに消え去った。

 

「安心して下さい。エスデスがタツミ達を気に入っている以上、今は生かして差し上げますよ。

革命軍を潰してもらいます。ブドー大将軍が帰還したとしても、もう手遅れでしょうねえ」

 

 良識派の粗方を処刑し終わったオネストは、ハムを飲み込みながら権力を取り戻し、余裕を顕わに悪魔のようにケタケタと笑っていた。

 

 革命軍は和平を諦め、再び革命のために動き出す。そして帝都の民衆を過剰に虐殺しているワイルドハントを始末する案件をナイトレイドに依頼。

内部からの変革が不可能だと判断しタツミとロクゴウ将軍も、敵対するようなら殺害していい旨を伝えた。

革命軍と同盟を結んでいる西の異民族が帝国に押し寄せ、エスデスが嬉々として討伐に向かい帝都から離れる。

そして各地の武装蜂起を抑えるために、ブドーの近衛兵を代わりに引き連れたロクゴウとタツミも又帝都から一時的に居なくなる。

 

ナイトレイド、イェーガーズ、ブドー派閥、ワイルドハント。

 

 後一歩で天下泰平の世になる筈だった。しかしそれは夢幻に過ぎなかった。

ワイルドハントのシュラの暗躍により、勢力は完全に4つに分かれる。

それぞれ相容れない思想を持つ彼らは、お互いを敵と定め、殺し合いを開始する。

 

地獄の門は開かれた。血を血で洗う帝具戦が再び始まろうとしていた。




シャンバラの奥の手の詳細はコミック11巻の後書きにあります。


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船旅を斬る

じっくりと進めます。


 灼熱の日が照りつける中、馬に乗りブドーの近衛兵を率いてロクゴウとタツミは進軍していた。

帝国領土の各地の内乱は、ブドー派閥に対する失望によってあちこちで起こっていた。希望が大きかった分、それを失った時の怒りも深まる。

ブドー派閥がそれだけ民からの期待を背負っていたということだろう。

兵を率いながら、ついに将軍位まであと一歩、大佐クラスの権限を持つに至ったタツミがロクゴウ将軍に問いかける。

 

「残してきた僅かな良識派の内政官が心配ですね」

「あそこに居ても状況が好転する訳でもねえからしょうがねえ。俺達に対する人質みたいなもんだな」

 

 心配そうなタツミに、頭をガリガリと掻くロクゴウが苦々しげに変事を返す。

利き腕である右腕をクロメによって斬りおとされていたロクゴウだったが、ライオネルの治癒能力と帝国の医療技術により右腕はくっ付き完全に治癒することに成功していた。

 

「幸いにも各地の内乱は小規模のものだし、ブドー大将軍の近衛兵を指揮する機会ができたと考えろ。将軍になるタツミにとっては大きな経験になる筈だ」

「……はい」

 

 それでも真面目故にどこか意気消沈としているタツミに、ロクゴウが自身の後頭部を軽く叩いてどうしたもんかね、と考えを深める。

 

「ブドー大将軍は恐らくどこかで生きている。革命軍についたなんて嘘に騙されるのは大臣に洗脳されてる皇帝くらいのもんだ。大臣の性格なら死んでりゃ生首でも晒す筈だからな」

「俺もあのブドー大将軍が簡単に死亡したとは考えづらいと思っていました」

 

 革命軍と通じていた明確な証拠があった以上、死んでいるなら首を晒させる筈だ。

それを態々周りくどい方法を取っているということは、ブドーがどこかで生存しているということ。

 

「どんな手品かは知らんがブドー大将軍が宮殿内に居なかった以上、何らかの方法で隔離されてると見ていい。今はブドーが戻ってくるまで耐えるしかねえ」

「今は我慢の時間、ということですね」

 

(良識派がどんどん殺されていくのに、このまま耐えるしかねえのか……)

 

 タツミは現状を嘆く。内部から帝国を変えることが困難となった今、革命軍寄りの方法になるが近衛兵を直接率いて宮殿に攻め入るというのも一つの選択肢に入ってくる。

しかしブドーによって鍛え上げられた近衛兵は、ブドーが帰って来ない限りはそんなロクゴウの指示に従わないだろう。

従ったとしても全力が出せず、エスデスの軍隊に食い破られる未来しか見えない。

もし革命軍との戦闘中にブドーが戻ってこなければ、圧倒的に不利な状況で戦うことになってしまう。

暗い顔で頷いたタツミに、ロクゴウは穏やかな微笑を見せる。

 

「なあに、エスデス軍が西の異民族との戦いで疲弊していれば勝機はある。それに一つ朗報がある。ナジェ達が何を考えてるかはしらんが恐らく―――」

 

ロクゴウは、この状況で分かりきった事実を述べる。

 

「―――この状況では革命軍の勝機は薄い」

 

 ある意味で国を変えるための手段の一つがほぼ断たれているというという、客観的に見た現実をロクゴウは告げた。

 

 

 午後2時頃、穏やかな日差しが眠気を誘う心地良い気温の中、ナジェンダとスサノオを除いたナイトレイドの面々は日向ぼっこをしながら同じ室内でのんびりと過ごしていた。

 

「できた」

 

 アカメが完成させ持ち上げて見せたのは、紙で作られた船の模型。昔の仲間から作り方を教わったそれを、アカメは自慢げに両手に持ち皆に掲げて見せる。

 

「おお、迫力があるな!」

「凄いです!私は作れる気がしません」

 

 真っ先に身を乗り出して食いついたのはブラートだ。彼の男心を擽ったのだろう。

一方天然のシェ―レは不器用であるため、自分では製作は無理だと諦める。

 

「私も仲間から教わっただけだ、シェーレもいずれ作れるようになる」

「……そうですね。アカメ、ありがとうございます」

 

 アカメは真っ直ぐにシェ―レを見据えた。天然で不器用というだけで自らの可能性を狭めてしまうのは勿体無い。

シェーレもアカメの気持ちを汲み取って、礼を言い頭を下げてお辞儀をした。

 

「なあ皆、革命が終わったら、全員でこんな船に乗って未知の世界に船旅に出かけないか?きっと楽しい旅になるだろう」

「大航海!荒れ狂う波に立ち向かうのか!アカメも漢心を分かってるじゃねえか!」

「確かに楽しそうですね!」

 

 アカメの提案に拳を握り締め顔付近まで振り上げたブラートはキラリとした歯を見せる。

シェーレもはしゃぎ手を合わせて賛同した。そんな三人に、ラバックがソファで寛ぎながら別意見の声をかける。

 

「その前に、俺は国の外を見てみたいかな。国交が開けばその機会もあると思うし」

「そうね、アタシもそっちの意見だわ。国外を見終わったら、皆で船旅するのも悪くないと思うけどね」

 

 異民族のハーフであるマインにとっては、国外まで平和を見てから船旅をしたいという考えは当然である。

息ピッタリなラバックとマインの二人。もしこの場にレオーネが生きていれば、二人の相性をからかうだろうか。

チェルシーが生きていたら、今からそんなことを考えるなんてやっぱり皆甘いと呆れただろうか。

 

「俺はすぐに荒波に繰り出したいけどな!ラバックなら、俺の気持ち……分かるだろ?」

「分かりたくないですハイ」

 

 何故か頬を染めてラバックににじり寄るブラート、早口で否定しながらも後ずさるラバック。

 

「……お二人は何をしているのでしょう?」

「シェーレは永遠に知らなくていいことだと思うわ」

 

 マイペースに首を傾げるシェ―レと、呆れているマイン。そんな4人の楽し気な遣り取りを見て、アカメはクスり、と笑みを溢す。

 

「国外にも、航海にも行こう。革命が成功すればナイトレイドは不要になる。ボスとスーさんも入れて必ず皆で、約束だ」

 

「うん」

 

 その場に居る4人は、笑顔でアカメに向かって強く頷き肯定した。

皆革命によって齎される、天下泰平の時代をそれぞれ願っていた。

 

 

ナジェンダが険しい表情で、メンバーを集めて案件を話す。

 

「今回の標的は、大臣の息子シュラが設立した新しい組織。秘密警察ワイルドハントだ。

ブドーが行方不明になったことにより、内紛を起こした帝都の民を必要以上に殺戮し、その家族、それだけではなく知人にまで理由を付け犯すという悪逆非道の限りを尽くしている」

「正に下種。アタシ達が手心を加える必要はないみたいね」

「相手は殆ど帝具使いとの情報が入ってきている。しかし帝都の中に入り、強引にでも仕留めろとの通達だ」

 

 ブドーが行方不明になったことにより各地で内紛が発生。それに乗じて革命軍と同盟関係であった西の異民族が、帝国と戦争を始めた。

内紛はあちこちで起こっているものの安寧道の武装蜂起程は大きくない。やはり宗教の力は大きい。

ブドー派閥の存在により危機感を感じたオネスト大臣に先手を打たれた状況が、革命軍にとってはかなり痛手だった。

ブドー派閥と和平を取り決めようとした矢先のブドーの行方不明であり、革命軍の内部も混乱している。

迅速に無血開城もできない状態であり、残念だがこのままでは革命が成功する公算はかなり低い。

帝国を守る要であるシスイカンを革命軍が突破する前に、エスデス軍が西の異民族との戦いを治めればアウトだ。

 

「私が帝都に入る訳にはいかないため全力を出せないスサノオも必然的に連れて行けない、ラバック達5人で任務を遂行してくれ。

危険だが重要な任務だ、ここで大臣の力を確実に削がなければ革命は間違いなく失敗する。確実にワイルドハント全員を仕留めろ!」

 

 今一番有利なのは革命軍ではない。ワイルドハント、イェーガーズ、羅刹四鬼等を有する大臣である。

ナイトレイドは残り7人、数の上では一番有利といってもここから先の戦いは途轍もなく厳しく困難だ。

それでも、強攻策だとしても任務を遂行するしかない。ラバック、マイン、アカメ、ブラート、シェーレの5名がアジトから駆け出し帝都に向かう。

 

 ラバック達ナイトレイドはナジェンダの指示によりワイルドハントを殲滅する為に動き出した。

 

ナイトレイドとワイルドハントの全面戦争。大規模な帝具戦がここに幕を開ける。

 

果たして死ぬのは誰か、生き残るのは誰か――?



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三つ巴を斬る

「なんか、がらんとしちまったな」

「暫くはウェイブ君と私だけだね」

 

 夕暮れ時の帝都宮殿内。特殊警察のために用意された大きな一室で、ウェイブとボルスは机を挟んで向かい合って椅子に座っていた。

隊長であるエスデスは西の異民族との戦争に赴き、スタイリッシュは新しくきたワイルドハントの仲間の一人と実験室に篭りきりである。

今現在帝都の治安を守るイェーガーズのメンバーは、実質ウェイブとボルスの2人きりであった。

 

「ウェイブ君、クロメさんたちの事だけど……」

 

 ボルスがおずおずと、ウェイブに問いかける。エスデスも心配していたウェイブの落ち込みと、帝国に対する不信感を心配してのものだった。

 

「大丈夫ですボルスさん、もう切り替えました!いつまでもウジウジしてたら、それこそクロメやランに怒られちまう」

 

 腫れ物に触るような、己を気遣うボルスの視線にウェイブは朗らかな笑みを浮かべる。

まだ心の傷は治りきっていないが、軍の恩人に報いることが目的のウェイブは帝国や仲間を裏切る気は更々なかった。

今ウェイブが考えているのは過去のことではなく今現在の出来事……新たに作られた秘密警察ワイルドハントに対してどうするか、ということである。

 

「それよりも問題なのはワイルドハントの連中ですよ。あいつら最近やりすぎだ。あんなの賊と変わらねえ」

 

 拳を握り行き場のない怒りを顕わにするウェイブ。エスデスが居る間は大人しくしていたワイルドハントのメンバーは、立ち上がった民の親族だけではなく見た目が美しい人間というだけで取調べという名目で尋問し、玩具として犯し殺害していた。

徐々に行動をエスカレートさせて最早治安を守る秘密警察としての意味を成していないその行為に、ウェイブとボルスは怒りを募らせていた。

 

「ボルスさんは奥さんや子供もいますし、用心した方がいいです」

「……そうだね。ウェイブくん、有難う」

 

ボルスを心配するウェイブに、神妙な顔で返事を返すボルス。

 

「民の怒りは収まっていませんし帝都の所々で暴動は起こってる。俺たちだけですが、二人で帝都の治安を守りましょう」

「うん。隊長が居ない間は二人で頑張ろう」

 

イェーガーズの二人は、治安を守るため日が暮れた夜の帝都に繰り出した。

 

 

 ウェイブとボルスは帝都警備隊の連絡を受け暴動を起こした民衆を、一人一人捕らえていく。

国を変えることができなかったブドーに対する失望、悪逆非道のワイルドハントに対する不満。

それらの怒りが罵声となってウェイブとボルスにぶつけられる。

 

「お前らは治安維持の組織だろ!?俺たちを捕まえて、治安を乱すワイルドハントの連中を野放しにするのか!?」

「……それでもお前たちが暴れてることは変わりねえだろ」

 

 ウェイブは捕まえた民に反論するものの、声色は重たい。

自分たちが大臣の息子が率いているという理由だけでワイルドハントに手出ししていないことも、また事実。

歯を食いしばり俯くウェイブの肩をボルスが叩く。

 

「ウェイブ君、これもお仕事だから」

「分かってる。隊長が戻ってくるまではワイルドハントに手出しするなって言われてるしな」

 

 民の怒りを真正面から受け止めたウェイブは、ボルスに朧げに笑うことしかできなかった。

落ち込むウェイブとボルスに向かってくる影があった。道化師の姿をしたチャンプ、ショートヘアーの舌をペロリと出したエンシン、そしてリーダーのシュラである。

 

「よう、臆病なイェーガーズども。今日もゴミ掃除頑張ってるな」

「……はい」

 

 シュラが開口一番ウェイブとボルスを挑発する。露骨な暴言に眉を顰めるウェイブとボルスだが、いつものことだと受け流す。

シュラは機嫌良さそうにそんなウェイブが捕らえ、縛られている罪人につかつかと歩み寄った。

 

「何を……!?」

「ちゃんと殺しとけよ役立たず!」

 

 シュラが蹴りを放つと、暴動を起こした民衆の頭がトマトのように弾ける。飛び散った血痕が地面に付着し、首を失った胴体が静かに倒れる。

無防備な罪人への一方的な虐殺に怒りが沸くものの、振り上げようとした拳をなんとかウェイブは下ろした。

それでもシュラを睨み続けるウェイブとボルスに対して、ニヤニヤとしながらシュラが厭らしい笑みを浮かべる。

 

「おーお、そんな反抗的な態度でいいのか?俺は大臣の息子だぜ?」

「……すみません」

「それでいいんだよ、それでな」

 

 真っ先に頭を下げたのは、ボルスだった。軍の命令は絶対であり、誰かがやらなければいけないことだと理解しているからである。

ボルスの気持ちを汲み取って、ウェイブもまた頭を垂れる。頭を下げるボルスの前に、シュラが歩みを進めボルスの頭に唾を吐く。

シュラは頭を下げ続けているボルスに向かって厭らしい笑みを浮かべたままだ。

ブドーを倒した、その事実がシュラを増長させていた。彼はにやけ面のまま本題に入る。

 

「お前の奥さん美人だよなあ。キモチワリイ覆面してるお前には勿体ねえと思うわ。俺に寄こせよ」

 

 シュラは女にも金にも恵まれていて若かった。故に理解できなかった。妻を心から愛し、それだけを仕事の支えとしている愛妻家の気持ちを。

だから、シュラは自分が眼前の男の逆鱗を踏んだことに気付かない。ボルスはゆっくりと頭を上げた。

 

「なんだその目は?お前には勿体ねえから俺が使ってやろうっていうんだぜ?俺は大臣の息子……」

 

ボルスはシュラが言い終わる前に帝具、ルビカンテを構えて炎を噴出させる。

 

「うおっ!?」

 

 殺意を感じ取って慌てて上半身を仰け反らせるシュラ。シュラの頭上を決して消えない炎が通り過ぎていく。

ボルスは相手が大臣の息子であり、これからワイルドハントを敵にまわす事になったとしても躊躇わなかった。

隊長に申し訳ないと内心で謝る。それでも自らの愛する家族を守れないのなら、男としての価値がない!

 

「あーあ、これはお前ら二人とも嬲り殺しコース確定ってことでいいんだな?」

「他の指示になら、何だって従う。その覚悟を持って私は軍に入った。でも愛する妻と子供を害することだけは許せない!先ほどの発言を撤回しないのなら、私は君たちを焼き払う!」

 

 指をポキポキとさせてボルスに殺気を振り撒くシュラ。覚悟を決めたボルスは、ワイルドハントに相対する。

ウェイブもグランシャリオの蒼い鎧を着込み、ワイルドハントの三名に徒手空拳の構えを取った。

エンシンが舌を出しながら曲刀のシャムシールを構え、チャンプも球のダイリーガーをお手玉する。

激突する前の、火薬庫に火をつける前のような嵐の前の静けさが両者の間に流れる。

 

この殺気漂う空間は、暗殺者の狩場だった。

 

帝具シャムシールを構えたエンシンの頭を、高台からの何者かの銃弾が打ち抜いた。

 

「何……!?」

 

 イェーガーズもワイルドハントも頭上の高台を見上げる。そこに居たのは殺し屋集団、ナイトレイドのマインと護衛するラバック。

何かを考える暇もなく、一瞬で脳を銃のエネルギーに貫かれたエンシンは倒れ伏す。

完全なる不意打ちだが、ナイトレイドは卑怯だろうと言われようと標的を仕留めるためなら外道な作戦以外は手段を選ばない。

 

三つ巴の戦いがこうして始まった。

 

 最初に動いたのは、チャンプだった。高台のラバックとマインに向けて最速の竜巻を纏う球、嵐の球を投擲する。

ラバックはマインを抱え込み、やむなく高台から飛び降りる。そこを狙ったのはボルスの球状になった火の塊マグマドライブ。

マインが空中でパンプキンを発射し、その勢いでラバックとマインは斜線から逃れ無事に地面に降り立った。

 

 一方シュラも動いており、地を這うようにマグマドライブを発射したばかりのボルスに近づく。シュラの行く手を阻むのは鎧を纏ったウェイブ。

世界を周り、各国様々な武術を取り入れたシュラが勁を纏った右掌を推し出しウェイブの胸部に押し当てる。

内側から破壊する攻撃、しかしシュラの一撃は軽く、ウェイブは直撃したにも関わらず少し後退するだけだった。

その後もシュラの変化自在な拳がウェイブに襲い掛かるものの、ウェイブは徐々にシュラの動きを見切りつつあった。

顔面に向かってくる拳を頭を傾けて避けたウェイブは、反撃の蹴撃をシュラの丹田に放つ。

カウンターの蹴りは腹に突き刺さりシュラの内臓を負傷させ、吹き飛ばした。

 

「カハッ……」

「こんな攻撃、前戦ったインクルシオの奴と比べたら大した事ねえよ」

 

 ウェイブはブラートと戦い、技量で完全に敗北した苦い経験を思い出し活かしていた。

 

一方ボルスはルビカンテの火炎放射をラバックとマインに放つ。このような乱戦でこそ、この消えない炎の帝具は真価を発揮する。

マインの銃撃と相殺しあい、ラバックも糸を伸ばすものの全てルビカンテの炎に焼き切られた。

ラバックは内心舌打ちをする。恐らくクローステールと相性がそれほど良くない相手だ。

四方八方に張り巡らされた糸は焼ききられる。ルビカンテの範囲内は正に一種の結界であった。

火炎放射を発射するボルスの後ろから音もなく胴体を両断しようと襲い掛かるのは、鋏の帝具エクスタスを構えたシェ―レ。

 

「すいません」

「させねえ、グランフォール!」

 

 シェーレのエクスタスは本来鎧系の帝具とは相性が良い。しかし相手が悪かった。

ボルスを両断しようとするシェーレはウェイブが放つ必殺の蹴りを咄嗟にエクスタスを盾代わりにして防御したものの、威力を殺しきることはできなかった。

エクスタスごとコンクリートに叩き付けられ、肺の空気全てを吐き出しシェーレは一瞬で意識を失う。

隣接するシェーレとウェイブに投擲されたのはチャンプが放つダイリーガー、威力が高い爆の球。

ウェイブはすぐにその場を離れ回避することはできたが、気絶しているシェーレに避ける術はない。

無防備なシェーレを抱えあげたのは、透明化していたブラートだった。

 

「ぐおおおお!」

 

 爆の球が爆発する。インクルシオを纏っているとはいえ、シェーレを庇う様にもろに爆風を食らったブラートのダメージは大きい。

 

「こりゃ不味いな」

 

 ラバックが戦況を考える。範囲攻撃を有し攻撃が当たるだけで死亡なボルスと、ボルスを守る単純に近接能力が高いウェイブの組み合わせを突破できない。

負傷したシュラはまだ帝具を使用しておらず得体が知れない。ウェイブとナイトレイドを睨み付け、チャンプは様々な球をいつでも使用できるようにしている。

ウェイブを封殺できる、要であるブラートも負傷してしまいシェーレを庇っている以上全力を出せない。

切り札のアカメは気配を最大限に断っているがこの乱戦に下手なタイミングで飛び込んだらシェーレの二の舞と化す可能性もある。

最早この状況で、数の有利は存在しないに等しい。

 

「……」

 

三つの陣営は、無言でお互いに睨み合う。誰もが一騎当千の猛者である戦い。

 

 ナイトレイド、イェーガーズ、ワイルドハント。三つ巴の戦いの行方はまだ分からない。




長くなりそうなので分けました。


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決意を斬る

 日が落ち、夜となった帝都内で睨み合う三つの陣営。丁度正三角形の形である。完全なる三つ巴であり、お互いが誰に対しても油断することなく明確な隙を見せず迂闊に動けない。

その中で一人だけ、明らかな闘志を剥き出しにしている男が居た。イェーガーズのウェイブだ。

ウェイブはルビカンテを噴出するボルスを徹底的に護衛することに専念し、周囲に殊更に気を配っていた。

 

「ナイトレイド、ワイルドハント、かかってこいよ。俺のせいでクロメとランは死んだ。これ以上俺の失敗で仲間を失う訳にはいかねえ!」

 

 凄まじい気迫をビリビリと感じ取る面々。隙のないウェイブの立ち振る舞いに、一瞬でシェ―レを倒された理由をラバックは理解しつつあった。

今のラバックはエスデスと近接戦闘で時間を稼げる程に強くなっている。だからこそウェイブの実力を肌で感じとることができた。

メンタルに難があるウェイブの精神は安定し、ブラートが負傷している今現在止める者はおらず絶好調な状態である。

 

(甘く見ていたつもりはないんだけどな……)

 

 ラバックは歯噛みする。この状況で一番厄介なのは間違いなくウェイブとボルスのコンビだ。

ボルスもナイトレイドの標的だが、今回のナイトレイドの任務はワイルドハントの殲滅。

無理をしてまでイェーガーズを倒すより、先にワイルドハントを確実に始末することが懸命だとナイトレイドの全員は判断した。

 

「ここは一旦引くぜ、すぐに戻ってくる!」

 

 チャンプの爆の球によって負傷したブラートが、気絶したシェ―レを抱えたまま素早く離脱しようとする。

牽制のためラバックはボルスに向けてクローステールの糸を伸ばし、マインはチャンプに向けてパンプキンを構え、エネルギーを発射した。

 

「仲間が一人一瞬でやられ、もう一人は庇って自由に動けない……これはピンチ!」

 

 パンプキンの能力、ピンチであるほど威力が増すという力の定義はかなり曖昧だ。

適合者の解釈の違いによって精神エネルギーを元とし、銃口から発射されるという扱いずらさ。

ある意味ではネガティブにならなければ使いこなせないその武器を、マインは完全に使いこなしていた。

ボルスを絡めとろうとする糸はルビカンテであっさり焼き払われるが、一方チャンプに向けて放たれたエネルギーは威力が高かった。

 

「おっとっと、危ねえな」

 

 太った体形だが、意外にも機敏な動きのチャンプはステップでエネルギーを回避し、シェーレを抱え跳躍してその場を去ろうとするブラートの背中に向けて腐の球を投げた。

命中するとそこを腐らせる腐の球を投げたチャンプの判断は正しい。生物の鎧を纏っているインクルシオが腐らされれば大打撃だ。

ブラートは背中に迫ってくる球に反応し、ノインテーターの槍で球を弾くがその代償は大きかった。副武装が腐り、使用不可能になってしまう。

ブラートは武器を犠牲にして、その場から逃亡することに成功した。

 

 舌打ちをしたチャンプは、残りのナイトレイドとイェーガーズに意識を戻す。

マインの銃弾は尚もチャンプに襲い掛かり、チャンプは機敏に動きながらダイリーガーを振りかぶる。

三つ巴であり、斜めからのマインの銃撃を避けて迎撃しようとしているこの状況で、背後に気を配る余裕はチャンプにはなかった。

 

「葬る」

 

 振りかぶったチャンプに、後ろから気配を最大限に殺したアカメが襲い掛かり村雨を振るう。

標的を始末することにのみ集中したアカメの不意打ちを回避することができる人間は限られている。

直前で気付いてその場から離れたチャンプだったが、刃がダイリーガーを投擲しようとする右腕を掠め僅かに皮膚を切った。

 

「ハア、ハア。残念だったな……何だよこれは!?」

 

 別の国から来たばかりのチャンプは、一斬必殺である村雨の能力を知らない。

呪毒の模様が体内を巡ることでやっと異変に気付けたが遅く、呪いが心臓に達して倒れ命を失った。

これで、今ここに居るワイルドハントの残りはウェイブの蹴りで負傷したシュラのみ。三対二対一の状況でシュラはじりじりと追い詰められる。

ワイルドハントが標的のナイトレイドは勿論のこと、ボルスの奥さんを害すると明言したシュラにイェーガーズが容赦することは在り得ない。

この状況でナイトレイドとイェーガーズが真っ先にシュラを倒そうとするのは当然であった。

 

「チッ……覚えてろお前ら、親父に働きかけてイェーガーズを解散させてやる!」

 

 シュラは血走った目で唾を吐き捨てるとシャンバラを地面に叩き付け、宮殿に転移し逃亡した。

残念ながら使うなと言い含められているシャンバラを使用し、帝具を2つも失い無様な戦果のシュラの望みは叶えられることはない。

しかしそれを知らないウェイブとボルスは、消えたシュラを一瞥しナイトレイドの三人に神経を注いだ。

 

 ナイトレイドは決断を迫られることになった。ここに帝具が二つある以上、回収する陣営がどこになるかによって大きくこの後の戦局が変化する。

ウェイブの気迫は相変わらず凄まじいものであり、迂闊に手を出すのはリスクが高い、しかし今の革命軍に余裕がない以上帝具は喉から手が出るほど欲しい。

ラバックとウェイブの視線が交錯する。ラバックが下した結論は戦闘の続行だった。

互いの信念が衝突する。

 

「二対三であろうと、俺達はお前を倒す!」

「悪いけど、引けないのは俺たちも同じなんだよね」

 

 アカメがウェイブに斬りかかる。斬撃が命中するものの、しかし村雨はグランシャリオの鎧を突破することはできない。

ラバックの糸がウェイブを絡め取り拘束しようとするものの、ウェイブが下半身に力を入れ踏ん張るだけで糸が引き千切られ突破されてしまう。

ウェイブの攻撃はアカメに当たらないものの、アカメも決め手がない。深追いするとボルスの炎の餌食となる。

この状況でウェイブは、マインとボルスの帝具の打ち合いに気を配る余裕すらあった。

 

(ボルスといい、コイツといいクローステールと相性が悪すぎる……!)

 

 ラバックは戦況の悪さを感じつつあった。例え糸を束ねて武器にして近接戦闘を挑んでも、糸の武器がグランシャリオを突破することができない以上決め手がない。

斧に変化させれば砕くことができるかもしれないが、慣れない武器で挑んで勝てるような甘い相手ではない。ボルスの存在もまた、ナイトレイドに大きなプレッシャーを与えていた。

相手の連携は見事なものだ。村雨と同じく掠るだけで致命傷のボルスの炎はラバックを常に牽制し、マインのエネルギーと相殺し合っている。

イェーガーズはやはりかなりの強敵だ。完全に戦いは拮抗しておりもたついていると帝都警備隊も集まってくる可能性がある。

 

「深追いは危険、ここは撤退だ」

 

 真っ先に決断したのは標的抹殺が優先のアカメだった。ウェイブと隣接している状態からウェイブの拳を村雨で受け流し、その勢いのまま後退する。

 

「逃がすかよ!」

 

 なおもアカメに襲い掛かろうとするウェイブを、ラバックのクローステールの糸が阻む。マインもボルスの足元を銃撃し、牽制する。

ラバックの糸は引き千切られ続けるが、ウェイブの足止めをすることはできた。

右手で操る糸でウェイブを足止めしながら、左手の糸で空中に足場を作ったラバックの糸を踏み、三人はイェーガーズに背を向ける。

 

「グランフォール!」

「界断糸!」

 

 飛び上がってアカメを追撃をするウェイブの必殺技の蹴りにあわせ咄嗟に決して切れない糸を張ったラバック。

ウェイブの蹴りは、界断糸に弾き飛ばされアカメに届くことはなかった。

ボルスのマグマドライブが発射されるものの、それも糸で盾をつくりラバックは防ぐ。

ナイトレイドの三人は、空中を駆け姿を消した。

 

「逃がしちまったか。でも帝具は無事に回収できたな」

「……イェーガーズ、本当に解散になったらどうしよう」

 

 警戒を解きため息をつくウェイブに、今後を心配するボルス。結局ワイルドハントを敵に回すことになってしまった。

しかしそんなボルスの心配を吹き飛ばすように、ウェイブは朗らかに笑った。

 

「さっきワイルドハントに啖呵を切ったボルスさん、カッコよかったです!隊長が作ったイェーガーズです、きっと何とかなりますよ!」

「ウェイブくん、私もこうなってしまったことに後悔はないよ」

 

 励ましあうウェイブとボルスは、共にワイルドハントを打倒することを誓ったのだった。

 

 

 一方気絶したシェーレを抱えたブラートは、爆の球で負傷した全身に鞭を打ちながら、走り念のため定めていた合流地点に向かっていた。

 

「あれ、私は確か……何をしてたんでしたっけ?」

「無事か、良かったぜ。でも任務中だ気合しっかり入れろよ?」

「すいませんブラート、大丈夫です一人で歩けます」

 

 抱えていたシェーレが、目を覚ます。ブラートは意識が戻ったばかりで相変わらず天然ボケしているシェーレに苦笑しつつ喝を入れた。

シェーレは謝る。気絶してはいたものの、負傷は特にない。

ブラートの全身の傷に、足を引っ張ってしまったことを察したシェーレは心配するブラートを制して腕の中から離れ、一人で立ち上がった。

そんな二人の前に、立ち塞がる存在があった。真っ先に気付いたブラートがシェーレを庇う様に前に出る。

 

「久しぶりですね、ナイトレイド。我が名はトビー、お相手して貰います!」

「名乗りを上げるとは熱いな!嫌いじゃないぜ!」

 

 二人の前に現れたのは、丸眼鏡をかけた小柄な男。スタイリッシュの兵士の一人トビーだった。

腕からギロチンの刃を生やしたトビーは跳躍し、右腕をブラートに縦に振るいブラートを真っ二つにしようとする。

拳で向かい撃とうとするブラートは、背筋に悪寒が走る。迎撃を中止し咄嗟に後方にステップして回避したブラートは、トビーの一撃で地面が大きく砕かれたのを見て瞠目する。

その衝撃だけでブラートは、大きく後退することとなった。回避しなければ間違いなくインクルシオごと叩き切られていた。

 

「お前、前戦った時より明らかに強いじゃねえか、どういう手品だ……?」

「その秘密をお教えしましょう。私の性能が単純に強化されたのですよ」

 

 冷や汗をかきながら、トビーに問いかけるブラートに対しトビーはにやりと笑い、額を隠す髪をかき上げた。そこには宝石のようなものが付着している。

ただの石ではない。トビーの額につけられているのは、錬金術師のドロテア秘蔵の賢者の石。

スタイリッシュの最高傑作の戦力であるトビーが、ドロテアの最高傑作の力を得てさらに強化されてしまった。

 

「成る程な」

 

 ブラートは、表面上は余裕そうに笑いながら現状の不利を悟る。今のブラートは負傷しており、ノインテーターも使えない。

二対一だが自分が万全でも五分かもしれない、シェーレがかなう相手でもなかった。

 

「種明かしをした所で、参ります!」

 

 トビーの一撃を回避しようとしたブラートは、足を襲う痛みに一瞬硬直し動きが鈍る。

やむなく両腕を胸の前に出して交差させ、防御したブラートにトビーの拳が突き刺さる。

 

「ガッ……!」

 

 防御の上から吹き飛ばされたブラートを追撃しようとするトビー、ブラートを守ろうとするシェーレ。

自分では敵わない敵を相手にシェーレはこの時点で、覚悟を決めた。勝利できるとしたら一瞬、僅かな隙をつくしかない。

 

「エクスタス!」

 

 エクスタスの光が発光し、トビーの目を眩ませる。以前目にしたことがある攻撃ではあるが、一瞬だけ隙ができた。

シェーレは万物両断の鋏を開き、トビーの胴体を両断しようとする。

エクスタスの奥の手、目くらましの効果は確かに強力だ。しかしシェーレは見落としていたことがあった。

いや、正確には分かっていた。タイミングが分かるとはいっても自分も閃光を食らうことには変わりないという事実。

 

 視界が明瞭でない中、トビーの口から銃口が出てくることにシェーレは直前まで気付かなかった。

しかし気付いたとしても鋏を開いている以上、どうしようもなかっただろう。

 

「すいません」

 

 銃弾が脳を襲おうとする中、シェーレはいつものように謝る。それは目の前で仲間の死を見せてしまうブラートへの謝罪。

そして国外を見る、船旅をするという約束が果たせなかったラバックやアカメに対する謝罪。

 

もし来世があるのなら、その時こそ、皆で一緒に――――。

 

 鋏が閉じられ、トビーを両断する。同時にトビーの口からはえた銃の銃弾が、シェーレの脳天を貫いた。

上半身と下半身を綺麗に両断されたトビーが崩れ落ち、脳が完全に破壊されたシェ―レは足の力が抜け、その場に崩れ落ちる。

 

「シェーレ」

 

 よろけながら立ち上がったブラートは、静かにシェーレの名前を呼び見下ろす。きっとシェーレは、自分が死ねばインクルシオの透明化でブラートが逃げられると思って死ぬつもりで立ち向かったのだろう。

自分のせいでブラートの足を引っ張ってしまった、だからこそシェ―レは決断した。

シェーレは息絶えつつも、なぜか口角を上げ、彼女らしい優しい笑みを浮かべていた。ナイトレイドの皆との船旅を想像したのだろうか?

ブラートを守れたという満足感だろうか?それももう、ブラートには分からなかった。しかしブラートは礼を言った。

 

「守ってくれてありがとうな、シェーレ」

 

 守られ無様に生きながらえたからこそ礼を言う。ブラートはそれを漢らしくない行為とは全く思わなかった。

ブラートは、誰もが報いを受ける覚悟はしていた。だから行動は迅速だった。冷徹にエクスタスを回収し、賢者の石をトビーの額から剥ぎ取り再び合流地点に向かう。

 

暫しの後に彼が立ち去った地面には、僅かに水滴の跡が残っていた。

 

 

――――ナイトレイド、残り6人。



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告白を斬る

 午前9時。曇り空の中小雨が静かに振り、アジト近くの水に塗れた葉から水滴が落ちる。

警戒して宮殿から出てこなくなった残りのワイルドハントを標的とすることが困難だと判断したナイトレイドの面々は、シェーレを失った悲しみを背負いつつもアジトに戻っていた。

天然ボケでいつも呆けているが、だからこそシェ―レは、ナイトレイドの大切なムードメーカーだった。

穏やかに本を読む彼女の姿を見ることは、もう叶わない。

戦略的に見てもワイルドハントを二人削れたものの、帝具を回収することができず仲間を失ってしまったという代償は大きい。

スタイリッシュとドロテアの脅威、羅刹四鬼と想定するのが困難な問題も山積みだった。

 

「私はいつも部下に命令することしかできない……儘ならないものだな」

 

 自室で一人煙草を吸いながら、ナジェンダが溜め息をつく。部下には見せられない顔を一人になったナジェンダは見せている。紫煙が部屋の中を広がっていく。

革命軍は時間をかけてシスイカンに到着したが、各地の小さい内紛を早々に片付けたロクゴウ率いるブドーの近衛兵に阻まれている。

元々分の悪い賭けだったがこうなってしまったら仕方がない。恐らく次の戦いで革命軍の運命が決まるだろう。ナジェンダが上層部から渡された任務を読み上げる。

 

「第一目標ロクゴウの暗殺、第二目標タツミの暗殺か」

 

 紙を握り締めるとくしゃりという音がする。困難で無茶な通達が革命軍上部から下された。ナイトレイドが明確に悪人以外を標的とするのはこれが初めてだった。

革命という目標のために、かつて仲が良かった同僚を殺害しなければならない。

しかし幾多の血と涙を流してしまった以上最早後戻りはできない。

一人で作戦内容を考え始めるナジェンダの部屋の扉をコンコンと叩く者が居た。

 

「なんだ」

 

 ナジェンダが扉に声をかけると、開く音と共に部下の姿が現れる。

ナジェンダの前に姿を現したのは息を切らしたラバック。恐らく走ってきたのだろう、ラバックは顔面に汗を僅かに滲ませている。

スッと厳しくなる視線から、ラバックは顔を逸らさなかった。

 

「何かあったのか?」

「ナジェンダさんが思っているようなことじゃないです。俺個人がナジェンダさんに話があってきました」

 

 個人的な用事。そう断定するラバックはしかし真剣な表情だった。

この時点で、ナジェンダはラバックが語る用事に心当たりがあった。ナジェンダが過去何度も見て袖にしてきた、覚悟を決めた男の表情をしている。

無碍にそのような場合ではない、と断るのは簡単だった。しかしナジェンダは何故かそうするつもりにならなかった。

ナジェンダとラバックは静かに見つめ合う。唾を飲み込んだのははたしてどちらだっただろうか。

 

「……入っていいぞ」

「……有難うございます」

 

 暫しの時間の後に、ナジェンダは自室にラバックを迎え入れ鍵を閉めた。

ラバックは部屋に漂う煙草の副流煙を鼻腔で吸い込む。ラバックはナジェンダが常に漂わせているこの何とも言えない煙草の匂いが好きだった。

ナジェンダが椅子に座り、向かい合うようにラバックも椅子に座る。

口火を切ったのは、どこか悪戯気な表情をしたナジェンダだった。

 

「こうしてラバと二人きりになるのも随分と久しぶりだな」

「そうですね。ナイトレイドになってからはこんな機会、ありませんでしたし」

 

 ナジェンダの副官だったラバックは、将軍時代常にナジェンダのすぐ傍で付き従っていた。

最初は惚れた弱みという下心があった。しかし傍に居て徐々にラバックはナジェンダの人柄、女らしくないと言われがちな胆力と国を憂う優しさに惹かれた。

外見ではなく中身まで身近で見続けて、それでもラバックはやはりナジェンダを愛していた。

 

「最近ラバックは、マインと一緒に居ることが多かったからな」

「……マインと過ごす時間が心地良かったことは否定しません」

 

 ほう、とナジェンダは目を細める。ここで嘘を付く様であれば早々にナジェンダはラバックを追い出していただろう。

しかしラバックはどこまでもナジェンダに対して真摯に答えた。

 

「でも、恋心を抱くことは一度もありませんでした。俺の心の中に住まう人の存在は、誰かに上書きされるようなものじゃありません」

 

 真っ直ぐにナジェンダを見つめるラバックの頬は僅かに高潮しており、傍目から見て上気しているのが分かった。

恐らく彼の心臓の鼓動は、今までにないぐらい高鳴っていることだろう。

ナジェンダからの眼差しを受けつつも、ラバックは目線を逸らすことはなかった。

大きく息を吸い、吐き出したラバックの荒い呼吸がナジェンダからはよく分かった。

 

「こんな時だからこそ、俺は貴方に伝えたい――――ナジェンダさん、俺は貴方が好きです」

 

 ラバックは真っ直ぐにナジェンダに思いを伝えた。

彼の思いを受け取ったナジェンダは煙草から口を離し、椅子から立ち上がりラバックに近付く。

ラバックも立ち上がり、目と鼻の先まで近付いてくるナジェンダに対して脈拍が高まるのをそのままにした。

ラバックの目の前に立ったナジェンダの右手の義手が、静かにラバックの頬に触れる。

頬を上気させているラバックと違って、ナジェンダは穏やかな表情だった。

燃える心でクールに戦うナジェンダは、恋愛に関しても同じ考えであり他人に早々に悟らせることはない。

 

「正直に言おう。私はお前のことを恋愛対象としては見ていなかった」

 

 ナジェンダはラバックと上司と部下の関係が壊れるのが怖かった。任務に私情を持ち込んでしまうことが怖かった。

 

「そのはずだったのに、何故だろうな……マインとお前が付き合っているという噂を聞いて、私の胸が痛んだのは」

 

 部下同士の交流については、ナジェンダは放っておいている。ラバックとマインが二人で遊びに行っているのは知っていた。

そのことについては何とも思わなかった筈なのに、付き合っているかもしれないという噂話を聞いた瞬間なぜかナジェンダの心に罅が入った。

 

「私を醜い女だと思うか?」

「俺も仲間なのにスサノオに嫉妬してしまっていました。それに、俺がそんなことを思ったことは一度もないです」

「そうか、嫉妬していたのはお互い様だったか」

 

 仲間に嫉妬していたのは自分だけではない、という事実に僅かに顔を綻ばせるナジェンダ。

右手の冷たさを触れられた頬で感じつつも、ラバックはナジェンダと至近距離で見つめ合ったままだ。

ナジェンダは、一歩ラバックに向けて歩みを進める。互いの顔が接近しているこの段階で、やっとラバックはナジェンダの頬の僅かな高潮に気付いた。

どうやら心臓が高鳴っているのは、ラバックだけではなかったようであった。

 

「私は今まで恋をしたことがなかった。しかし私はお前が他の人間とこうなってほしくはない、と今では強く思っている。だから―――」

 

 ラバックの頬に触れた右手を離し、ナジェンダはラバックに向けてもう一歩歩みを進める。

ラバックとナジェンダ、互いの唇が僅かに、だが確かに触れ合った。

ほんの数秒の粘膜の触れ合い、しかし二人にとっては永遠とも思える時間。暫しの時間の後にナジェンダは唇をラバックから離す。

いつラバックに惹かれたのかは明確には分からない。それほど長い間ナジェンダとラバックは共に過ごしていた。そしてナジェンダの答えは決まっていた。

 

「――――私と付き合えラバック」

「……はい!」

 

 いつものように、命令するかのように返事を返したナジェンダに対して、ラバックは震える拳を握り突き上げ喜ぶ。

ラバックらしいなと笑うナジェンダと、喜びを押さえきれず興奮するラバック。外の小雨は、いつの間にか止んでいた。

 

 

 

「良かったのか?炊きつけるような真似をして」

「告白するって言ったのにラバったら全然行動しなくてイライラしてたのよ。アカメ達がアタシとラバが付き合ってるって勘違いしていたのは事実でしょ?」

 

 別の部屋ではどこか自慢げなマインと、アカメが話し合っている。

ラバックの背を押したのは、マインだった。自分とラバックが付き合っているという噂が流れている、そうマインはラバックに吹き込んだ。

 

「まあ、告白が成功したらもうラバと二人で買い物には行けないでしょうね、でも―――」

 

 アカメの問いかけに、首を竦めてマインは答えた。しかしマインの表情はどこか晴れやかだった。

 

「――アタシは、ラバの一番の暗殺のパートナーの座までは譲るつもりはないわ」

「……そうか」

 

 アカメにはマインが何を考えているのか分からない。マイン本人にとっても、もしかしたら分からないのかもしれない。恋愛感情なのか、そうではないのか。

ラバックとマインの関係はきっと誰にも理解できない複雑なものなのだろう。

アカメはスッキリとしたマインの表情を見て、そう悟ったのだった。

 

 

 雨が止み、雲の谷間が僅かに見える。ナイトレイドとブドー派閥、雌雄を決する瞬間は近い。

しかし今この瞬間だけは、世界がラバックとナジェンダに祝福を告げるかのように陽光がアジトを照らしていた。



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正義を斬る

 「先に宣言しておく。今回の案件は今までで最難関の任務で、最重要の任務だ」

 

 ナジェンダの命令でアジトの大広間に集まったナイトレイドの面々。

ロクゴウとタツミが革命軍から明確な標的に加えられた、そうナジェンダから聞かされたメンバーの心情は十人十色だった。

どこかこの日を待ちわびてしまっていたアカメ、自分がタツミを打ち抜くと決めたマインは心なしか張り切っており。

タツミの仲間を殺害し、利用していたとはいえ友達だったラバックは複雑な表情をしている。

 

「暗殺目標のロクゴウとタツミはシスイカンの要塞の中に篭ってブドーの近衛兵に命令している。私達の暗殺を警戒してのものだろう」

 

 思想が纏まっていない革命軍はバラバラであり、シスイカンに到着するまでにいくつもの城砦と交戦し落としている。

疲弊した革命軍がまともにブドーの近衛兵と戦って勝つことは不可能であり、敵の将軍の首領をあげるしかない状況に追い込まれていた。

しかし暗殺しようにも、敵の警護が厳重すぎてどうにもならない。ブドーの近衛兵は憎らしいほどに優秀だった。

 

「私も様々な策を考えたがこの任務はどう考えても一人の犠牲が前提となってしまう……革命軍のために死ぬつもりはあるか、ブラート?」

 

 ナジェンダが真っ直ぐに見据えたのはナイトレイドの最高戦力の片割れである、百人斬りのブラート。

気配を殺してインクルシオの奥の手である透明化を使えば要塞に潜入することはできるだろう。しかし無事に生還できる可能性は低い。

ナジェンダの予想では戦闘と奥の手の維持により精神力が尽き透明化が解除され、近衛兵に囲まれ死亡する確率が極めて高かった。

 

「ナジェンダさん正気ですか!?そんなのってないですよ!」

「ボス、私も認めるつもりはない。ブラートは大切な仲間だ!」

 

 声を上げるのはラバックとアカメ。マインも同じ気持ちであり、仲間の犠牲前提というナジェンダの作戦に動揺し狼狽する。この任務は今までの作戦とは明らかに違う。

ナジェンダを非難するナイトレイド達を手で制して、ブラートはナジェンダを見据える。ナジェンダも決意を込めた視線を逸らさない。

ブラートはナジェンダの真意を確かめようとしていた。

 

「シェーレに救ってもらったばかりの命だ、俺は簡単に死ぬつもりはないぜ」

「私も今回強制はしない、はっきりと仲間に死んでくれと言っている訳だからな。今の革命軍と私を見限っても止めはしない」

 

 ナジェンダはブラートの判断を受け入れた。重い沈黙が会議室に漂う。

見限っても構わないと明言しているあたり、ナジェンダも無茶な命令ばかり寄越してくる今の革命軍に思うところがあるのだろう。

しかしブラートはナジェンダの優しさを汲み取り個性的な突き出た髪を櫛で梳きながら、ナジェンダに対しての剣呑な表情を収め、朗らかに笑いかけた。

 

「死なずにロクゴウとタツミ、二人とも暗殺して帰ってくる、そう約束するぜ。だからボスは、いつも通り俺に命令すればいい。安心しろ、今の俺の熱い血潮の奔流は誰かに止められるものじゃねえよ」

 

 重い空気を吹き飛ばすように根拠もなく根性論を説くブラートに、彼らしさを感じたナジェンダも微笑んだ。

 

「そうだな。重要な任務だが頼む、生きて帰って来いブラート」

 

こうして革命軍の命運は、百人斬りのブラート一人に託された。

 

 

 ブラートの瞳はインクルシオを纏っていないにも関わらず、十字の模様が微かに浮き出初めていた。

 

 

「明言しておく、革命軍はこのままではここを突破することはできねえ。タツミも居る今それは確実だ」

「今の状況では当然ですね」

 

 夜七時頃、ランプの明かりに照らされて木製の椅子に座り、シスイカンの要塞内部で話しているのはロクゴウとタツミ。

ロクゴウとタツミは各地の紛争を治めて、シスイカンの防衛のみに意識を集中させていた。

革命軍の勢いは弱く、直接ロクゴウが指揮を執らずともシスイカンを守りきることができていた。

 

「軍は掌握できた。ブドーが帰ってこなくても、革命軍を殲滅し次第宮殿に攻め入ることになる」

「分かってます、エスデス軍が西の異民族と戦っている今でしかチャンスがない」

「タツミは革命軍みたいな方法だとは言わないんだな」

「……状況は分かってます。個人的な感情を抜きにしても革命軍は信用できません」

 

 ブドー派閥が革命軍に寝返らない一番の理由は、今の革命軍について疑問があるからだ。

革命軍はシスイカンに進行するために多くの城を無理やり強引に攻め落としている。

何よりブドーが寝返って革命軍についたとオネスト大臣が吹聴していることにより民の革命軍の心象は最悪だ。

果たして今の革命軍が革命に成功したところで、天下泰平の世が訪れるだろうか?

少なくともタツミはそうなるとは微塵も思えなかった。それなら人望が完全に消え去っていない自分たちが中心となり、国を変えるほうがまだましな結果になると感じる。

 

「タツミ、成長したな」

 

 目先のことだけではなく、戦略的に考えることができるようになったタツミにロクゴウは微かに微笑む。

 

「ナイトレイドは来ますかね」

「来るだろうな、俺達は今の革命軍にとっての一番の障害だ。睡眠を取りつつも警戒は怠るな」

 

 ナイトレイドという言葉に僅かに顔を歪めるタツミ。しかしタツミは一瞬で私怨を内側に飲み込み淡々と議論を続ける。

しかしロクゴウはタツミの口調から変わらないナイトレイドへの憎しみを読み取り、釘を刺すために苦い表情で口を開いた。

 

「これは言うべきことじゃねえかもしれないが、こうなっちまった以上俺達が最終的に勝利しても、革命軍が勝利しても、大きく変化はねえかもしれねえ」

「ロクゴウ将軍、急に何を言ってるんです!?」

 

驚くタツミに対してロクゴウは煙草を口に加えながら冷淡に返す。

 

「可能性の一つだがな、俺達も民の期待を裏切って良識派の連中を間接的に沢山殺してしまったことには変わりがねえからだ。革命軍の連中も、今ここを突破しようとしている自分達が国を治すほうが正しいと思ってるはずだぜ」

「……」

 

 タツミはロクゴウに反論しようと思ったが、できずに俯き口を噤む。納得ができていないタツミを、ロクゴウは説き伏せようとする。

 

「ブドーがいない今、俺達が勝った後の未来のことなんて誰にも予測できねえ。どうだ、タツミは今までの行動を後悔してるか?」

「俺は……革命軍になる自分も、大臣につく自分も想像ができない。今までの自分を誇れるし、間違いじゃないって信じてる」

 

 敬語が思わず外れたタツミだが、しかしタツミの言葉からしっかりとした志を感じたロクゴウは安心した。

結果的にブドー派閥の存在で状況は複雑化した。悪化してしまったと言っても間違いではないだろう。ブドー派閥が無ければ革命が無事に成功していた未来があったかもしれない。しかしだからといって、これまでのタツミとロクゴウの苦悩は無駄ではない。

 

「ならそれでいい、自分だけの『正義』を背負って、それを支えとして自分達が正しいと信じて前に進むだけだ。イェーガーズも、ナイトレイドも同じ考えだろう」

「正義……」

 

 タツミは正義という単語を喧しいほどに口に出していたセリューの姿を思い浮かべていた。

タツミは最後までセリューの本質を知ることはなかった、しかし彼女の姿は今でも鮮明に思い出せる。

国を守ろうとするイェーガーズも、国を革命しようとするナイトレイドも彼らなりの正義がある。

ナイトレイドへの憎しみは消えないが、タツミは再度その事実を確認した。

 

「正義を執行するだけ、か」

「キュゥ」

 

 思わずセリューの口癖を呟いたタツミの言葉に反応して、タツミの腕の中のコロが鳴く。

タツミは可愛らしく、しかしとても頼りになるコロの頭を優しく撫でた。

コロのまん丸とした目が、タツミを見上げる。頼もしい相方だと久しぶりにタツミはコロに無垢な、彼らしい笑顔を浮かべた。

 

「だからこそ革命軍でも、大臣派でもない俺達が勝つ。勝ってみせる」

 

タツミは再度自分の意思を確認するように呟き……。

 

 シスイカンの要塞内部が俄かに慌しくなる。怒号と、罵声が飛び交い喧騒が大きくなっていく。

ロクゴウとタツミは弾かれる様に立ち上がり、扉に向かって武器を構えた。

薄暗い中、ランプに照らされた室内は広い。戦闘するには十分なスペースがある。

 

「もうそろそろだと思ってたぜ、用心しろよタツミ」

 

 無言でロクゴウに頷くタツミ。数分の後に果たして扉を蹴破り現れたのは、鎧……インクルシオを身に纏ったブラートの姿。

幾人の命を奪ったのだろうか、近衛兵の血に塗れた白い鎧は紅く染まっており最早白い部分が見えない状態だった。

タツミは剣を構え、腕の中からヘカトンケイルが飛び出す。ロクゴウもライオネルを発動、上半身は露になり獣耳が生える。

戦闘態勢に入ったタツミが敵組織の名前を叫ぶ。

 

「来たか―――ナイトレイド!」

「ブラートだ。ハンサムって呼んでいいぜ」

 

 少し前までのタツミなら、インクルシオの鎧を格好良いと思ったかもしれない。

しかし今のタツミの心中にあるのは同士の近衛兵を殺された怒りと、自らの『正義』を貫く覚悟だけだった。

 

覚悟を決めたタツミ達を、暗殺しようとブラートが襲い掛かる!



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