メルスト短編集 (横電池)
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雪の国のお話(ヴェロニカ、スヴィー)

雪の国2週目のイベ関係







 その日、氷の魔女ヴェロニカは双眼鏡でいつものようにパユを観察、もとい覗き見をしていた。

 

 氷の城での一件以降、もうパユのようになりたいという気持ちはなくなった。が、パユのおっかけはもはや趣味の領域。ヴェロニカにとってこの覗き見は生活に欠かせないものとなってしまっていた。

 

 

「おーい、ヴェロニカー?」

 

 

 パユの美しさに見惚れていると、可愛げのない小間使いの声が聞こえてきた。このまま無視をしてパユの覗き見を続けてもいいが、その場合この小間使いにサボる口実を与えてしまうかもしれない。だから仕方なく反応することにした。

 

 

「うるさいね。いったい何の用だい」

 

「リュビーまで薬の配達に行くんだけど、どの薬をもってけばいいんだ?」

 

 

 小間使いであるスヴィーの言葉で、薬を準備はしていたが、渡していないことに気が付いた。しかしそれを素直に認めれるヴェロニカではない。氷の魔女がうっかり渡すのを忘れていたなどありえない。

 

 

「ふん。どの薬を持っていけばいいか自分でわからないなんてそれでも小間使いかい。その棚の上から三段目、右から四つ目だよ」

 

「これか。さんきゅー」

 

 

 ヴェロニカの物言いに、スヴィーは全く気にしない。いつものことなのだ。相変わらずの嘘つきな姿に、スヴィーはむしろ嬉しく思っていることにヴェロニカは気づかない。

 

 

「そんじゃまあ、行ってくるよ」

 

「首輪がないからって、サボるんじゃないよ」

 

「あいよー」

 

 

 やる気をあまり感じられないスヴィーの返事。そのことについては、ヴェロニカは気にしない。もし、スヴィーが元気よく返事をしたりなどしたら気味が悪すぎる。

 そう思えるくらいにはスヴィーとの付き合いも長い。

 

 見送り、と言っても部屋からは出てないが、とにかく見送りを済ませたヴェロニカは再び双眼鏡でパユを覗こうとした。双眼鏡のレンズにはパユが楽し気に歌いながら踊る姿を映し出していた。

 

 

『ららら~♪ なんでもないのうた~♪』

 

「……」

 

 

 歌い、踊るパユの姿もやはり美しい。至高の芸術品のようである。

 

 パユのようになるのが怖くなった。

 

 ヴェロニカがパユに言った言葉は嘘ではない。嘘ではないが、やはり嘘を一切つかないパユの純粋な氷の姿は憧れてしまう。焦がれてしまう。

 パユのように、【今】しかない存在にはなるのは怖い。だがパユのように、誰にもわずらわされることなく、何かを楽しみたい。

 

 そんな思いを募らせながら、パユの楽しむ姿を眺める。

 

 そしてふと、ヴェロニカは気づいた。気づいてしまった。

 

 

 今この家には、ヴェロニカしかいない。

 

 いつもはいるスヴィーも今は配達中だ。リュビーまでの配達となれば、戻ってくるのは早くても夕方頃だろう。

 

 つまり、今なら何をしようと、誰にも見られない。誰のことも気にせず、思うがままに行動できる。

 もしも人里が近ければそんなことも出来ないだろう。だがこの地はゼルカロの地。数十年前の雪崩で誰も住むことが出来なくなった地だ。そんな場所に訪れる人間もいない。

 

 

『ららららら~♪』

 

「……」

 

 

 双眼鏡にはパユが楽し気に踊り歌う姿が映されているままだ。

 

 そして、ヴェロニカは魔法など使わず、パユになり切る気持ちで体を動かした。

 

 

「……ららら~」

 

 

 ヴェロニカはパユと同じように歌う。

 何年も歌っていなかったので、うまく音程が取れてるとは思えない。しかし、誰もそんなことを気にしない。何故ならここには今、ヴェロニカしかいないのだから。

 

 

「こおりのまじょのうた~」

 

 

 少しアレンジを加えてみた。だんだんとノってくる。少し体を揺らす程度だった動きが、どんどんと大きくなっていった。

 歌いながらその場でくるくる回る。ドレスで華を咲かすように。

 

 

「ららら~……らぁ!?」

 

 

 調子よく歌い、踊っていたヴェロニカが驚愕の声をあげ動きを止める。

 

 その理由は──────スヴィーがそこにいたからだった。

 

 

「……! ……!!」

 

「ちょっと忘れ物してさ。取りに来たんだけど……まあ、うまい方なんじゃね? 歌」

 

 

 ヴェロニカは羞恥から声なき悲鳴をあげる。どこか気まずそうに視線を逸らしながらおざなりに褒めてきた小間使いに、普段の態度を出せないほどの恥ずかしさ。

 

 

「~~~っおだまり!! さっさと配達にいってきな!!!」

 

「りょーかーい」

 

 

 辛うじて氷の魔女らしく叱責できたが、この小間使いは怯えることなく普段通りの返事だ。

 一応、そそくさと出ていったあたり表面上は普段通りだが、慌てて出ていくくらいには氷の魔女の面目は保たれたのではないか。そうヴェロニカは自分に言い聞かせた。

 

 

「……まったく、気分が悪くなるね」

 

 

 ため息交じりに独り言を愚痴る。

 先ほどまで、気分だけはパユのようになれていたというのに。あまりの気分の落差にヴェロニカは無意識に歯ぎしりもしてしまう。

 

 気分を変えたい。そう思いながら再び双眼鏡を覗き込んだ。

 相も変わらずパユは楽し気に踊っている。

 

 

「…………」

 

 

 無言で周囲を見渡す。誰もいない。

 すぐさま窓のカーテンを閉める。そして次に扉へそっと近づき、僅かに開けて部屋の外の様子を見る。誰もいないことを確認したら扉を閉じ、部屋の中央へ。

 

 今度は邪魔者など入らないだろう。もう一度パユと気持ちを重ねて楽しい気分になってみたい。

 少し深呼吸。先ほどの羞恥を忘れるように。

 

 

「らら───」

「わるい、ソリ持ってくの忘れてたんだよな」

「らクに薬を作りたいねぇ!?」

 

 

 歌い出しと同時に扉が開かれた。

 咄嗟に独り言をしていたかのようにヴェロニカは振る舞った。

 大丈夫だ。誤魔化せたはずだ。ヴェロニカは自身に言い聞かせる。

 

 というかそもそも普通はノックをするべきではないだろうか。ましてや氷の魔女のいる部屋だ。この小間使い、図々しいにもほどがあるのでは。

 

 ヴェロニカの胸中がどんどんと、羞恥からイライラに変わっていく。

 

 というかなんでソリを部屋に置いておくのか。普通は小屋だろうが。もしくは自分の部屋だろうが。なんで主である魔女の部屋に置くのだ。

 

 いつの間にか置かれていたソリに一切気づかなかったことは置いておいて、ソリを持っていくスヴィーに早く出ていけと念じるように睨む。

 念じた成果があったのか、部屋から出ていこうとするスヴィー。

 

 しかし、スヴィーは少しの悪戯心が芽生えてしまった。

 ついつい、余計な一言を言ってしまったのだ。

 

 

「帰ったら歌、聞かせてくれねー?」

 

 

 ニヤニヤしながらこの発言である。

 そんなリクエストをヴェロニカが聞くわけがなく

 

 

「お、おお……ヴェロニカ? 表情やばいことになってんぞ?」

 

「誰が歌など歌うもんかい!! 無駄口を叩いてないでさっさとお行き!!」

 

 

 顔を真っ赤にしながら地団駄を踏んで癇癪を起こした28歳。

 

 スヴィーはやってしまったなぁと心の中で反省。こうなっては数日は不機嫌が続いてしまうのだ。

 リュビーからの帰りに何かヴェロニカが気にいるものを探しておかないとな、と思いながら家を飛び出した。

 

 

 

 

 



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エレキの国のお話(シュトルツ、ちいまる、エマ、ゼハネル)

エレキの国1週目、和の国3週目のイベ関係







「ここがシュトルツの国、か。奇妙な光で満ち溢れているな。あれもえれき、か?」

 

「そうだよ、ちいさん。ここではエレキは生活の基盤だからね。どこにでもあるよ」

 

「御下槌とは、いや、和の国とは全く異なるな……」

 

「エレキの国ではこの光景が普通だからね。そして今日この日から、このエレキの国も今までとは異なる姿に生まれ変わるのさ。ボクら蠱惑的な二人組によってね」

 

「ここなら他にも調石師はいるんだな。もっとまともなやつで」

 

「ひどくないかい!?」

 

 

 相も変わらず煩いシュトルツを流して、ちいまるは見える光景を堪能する。星とは違う奇妙な輝きで溢れる街並みはまさに異国の地だということを強く教えてくれた。

 シュトルツではないが、この地で、えれきふぁいたあとして頂に辿り着く。その決意をさらに固めながら、未だに騒いでいるシュトルツに案内を頼んだ。

 それを聞いてシュトルツは嬉しげに笑う。その姿を怪奇そうに見れば、その視線に気づいたのか喋り出す。

 

 

「フフ、御下槌ではちいさんに案内してもらったけど、ここだと立場が逆転だね」

 

「お前の案内はなんとも不安だが、仕方あるまい……」

 

「さあ行こう。エレキ・ファイト界の歴史に刻むための第一歩を!」

 

「ただの案内だがな」

 

 

 ちいまるは疲れ気味に言う。長旅の疲れなどではない。シュトルツの奇行に疲れているのだ。

 先程から騒ぎ続けるシュトルツを、周囲の人々も変なものを見るような目で見ている。その様子からやはりシュトルツはエレキの国でも変人なのだと確信した。

 しかし、周囲の視線はシュトルツだけでなくちいまるにも注がれている。

 

 

「……もう少しまともに振る舞えないのか。俺まで変人扱いされてしまう……」

 

「このくらい慣れてもらわないと。なんたってボクらはエレキ・ファイト界を大いに震撼させるんだからね。それと、この注目はちいさんの格好が珍しいからだからね?」

 

「えれきとはこういうものではないのか……」

 

 

 絡繰の比率が高いあまり、普通のエレキのようにコンパクトサイズにならない。そのため、ちいまるは絡繰とエレキの合作、払暁蜘蛛を装着しているのでかなり目立つのだった。

 

 

「それじゃあ、さっそく行こうか! チケット売り場に!」

 

「動く箱に乗るためだけでなく、宿を借りるにも特別な売り場があるのか……」

 

「宿じゃないよ。エレキ・ファイトのチケットさ!」

 

 

 シュトルツのことだから観光だ旅行だと言って、訳のわからない場所に付き合わされるのかと思いきや、存外まともな場所であることにちいまるは少しの感動を覚えた。

 この国に来たのはエレキ・ファイトの頂を掴むため。その夢のために熱くなる姿に、ちいまるもまた、熱くなる。決して表には出さないが。

 えれきふぁいたあになったが、自身の基盤は忍びなのだ。もう忍びではなく、また、刃も大馬鹿に砕かれ心をさらけ出したりもしたが、それでも心は刃の下に。一方でシュトルツという大馬鹿は心を剥き出しだが。

 

 ちいまるとしても、観光などよりエレキ・ファイトに興味がある。頂点に至るにはエレキ・ファイトの知識を培わなくてはいけないのだ。

 シュトルツからエレキ・ファイトの話を聞いても興奮のあまりか、基本的に何を言ってるのかわからない。それに百聞は一見にしかず。この目で実際に見たほうが早いと考える。

 

 

「今からだとあまり良い席はないかなぁ。ちいさん、F席でいい?」

 

「何でも構わん」

 

「オッケー。初めて見るエレキ・ファイトがこの試合だなんて、ちいさんは運がいいよ! いや、ここはこの日にエレキの国に戻れるよう日程調整をしたボクの手腕が素晴らしいのかな?」

 

「ただ腹を下して旅程を遅らせただけだろうが……。で、どんな試合なんだ?」

 

「今エレキ・ファイト界で大人気の二人、クレアさんとステルラートさんの試合だよ! ……まぁエキシビションマッチだけどね。それでもほとんどの席は埋まっちゃうくらいすごいのさ!」

 

「えきしびじょん……?」

 

 

 和の国では聞きなれない単語ばかり出てくることにちいまるは困惑した。最も今に始まったことではないが。

 

 

「行くよちいさん!」

 

 

 そしてシュトルツが勝手に行くのも今に始まったことではないが。

 

 

 ・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「あれがえれきふぁいとというものか……単純な力比べとは訳が違うな」

 

「ファイターによって戦い方も違ってくるのさ。そしてその戦い方に合わせて調石するのがパートナーの調石師の役目。戦いは見えない場所でもすでに行われてるんだ。つまりボクは影が戦場、ちいさんはステージが戦場だ」

 

 

 興奮のあまりか、シュトルツが普段より心なしか早口だ。言葉の内容は、相も変わらず距離をとりたくなる内容であるが。

 

 

「これから忙しくなるよ。払暁蜘蛛の訓練だけじゃなくエレキ・ファイトの修行、対戦相手の研究もだ!」

 

 

 シュトルツが今後の方針を力強く言った。夢に関しては具体性が見えてくる姿にちいまるもわずかに感心する。それに応えるためにちいまるも気づいた点を言うことにした。

 

 

「払暁蜘蛛は絡繰の比重が高いあまり、耐久性は低い。敵の動きを研究し、攻撃を受けない立ちまわりが必要だな」

 

「見た目は頑丈そうだけどね……。ギャップ萌えというものかなこれ……」

 

 

 エレキに関してはシュトルツより知らないため、素人目の意見となる。だが、戦闘に関してはちいまるの方が詳しい。

 

 きっと、ここで止まるべきだった。

 

 エレキ・ファイトで興奮したのはシュトルツだけではなかった。ちいまるも、高揚してしまったのかもしれない。ほんの僅かに、ちいまるは先走ってしまった。

 

 

「敵を知り己を知れば百戦危うからず、ということわざがある。俺達は才がない。経験がない」

 

「う、うん。そうだね」

 

 

 いつもとどこか違う、口数が多いちいまるの姿に僅かに戸惑うシュトルツ。そんな彼女の姿を気にせずちいまるは言葉を続ける。気分はきっと先生なのだ。

 

 

「つまり俺達は互いに己を知っている。あとは敵を知ることだ」

 

「うん。研究するね」

 

「ふぁいたあに関しては競技としてある以上、試合の記録がとってあるのではないか。故にある程度はわかるだろう」

 

「う、うん」

 

「だが、その相方である調石師についてはそう簡単にはわかるまい」

 

「て言っても調石師はファイターのエレキの調石が仕事だから、優秀かどうかってくらいだし……だいたいは優秀な調石師だと思うけど」

 

 

 ちいまるの調石師も調べるべきという主張をシュトルツはやんわりと否定した。

 

 

「どのように調石をしているか、調石時の癖、調石を行う前に何をしているのか。これらを知るだけでも俺達には収穫となる」

 

「ちいさん……、もうそれストーカー入ってない? ちいさんなんか暴走してない?」

 

 

 横文字に弱いちいまるにはストーカーが何かわからなかった。だが、シュトルツが乗り気ではないことがわかった。

 

 

「暴走してない。お前はおとなしく待っていろ。あの二人の調石師を調べてくる」

 

 

 思わぬ何かを掴むかもしれない。そんなことを期待しながらちいまるは影に潜む。

 それにシュトルツに、他の調石師のようにまともな性格になってほしい。他の調石師は大馬鹿行為はしてなかったぞ、と注意出来るようになれば、今後は楽になれると信じて。

 

 

 ・・・・・・・・・・・・・

 

 

 ちいまるはまず、クレアの調石師、エマの様子を隠れて観察することにした。

 シュトルツと比べてどこかおっとりしてるような雰囲気に、やはり他の調石師はまともだと感じた。目の下に隈があるのが少し気になるが。

 

 

「うぅ~ん、やっぱりイベントが近いと色々カツカツだぁ……。クレアちゃんには休めって言われたけど……うぅ~ん、よし! 録画してたのを見てから考えよう!」

 

 

 誰もいない中の発言。バレたわけではなくただの独り言のようだ。

 ちいまるが隠れていることに気づかぬまま、エマは鞄からエレキを取り出した。調石を行うのだろうか。そのまま監視を続ける。

 

 

「……は?」

 

 

 思っていたものと異なる光景に、思わず声が漏れた。幸いエマは気づかなかったが。

 気づく余裕がなかっただけかもしれない。エマはエレキから映し出される奇妙な映像を、食い入るように眺めていたからだ。

 

 なんだあれは。ちいまるには理解できない。それも仕方ないことかもしれない。和の国には映像を保管する技術はなく、そして流れている映像は『パッション・ローゼ外伝~ユージュの一日~』である。

 エレキの国のオタク文化について全く知識のないちいまるには、やたらひらひらした服を着ている娘と、なんだかよくわからない謎の生きものの生活している映像。

 ちいまるは困惑するしかなかった。とても調石に関係するとは思えない。

 

 

「あぁ……、心が、私の心がパッション・ローゼで浄化されていく……。ん? え、この展開って第23話のセルフオマージュ? え、え……そんなコスチュームに公式が!? 原作になかった展開! ああああ! ちゃんとすぐにチェックしてたら今日のクレアちゃんの衣装を合わせれたのに……。絶対似合う……想像するだけで……、キャー!! クレアちゃーん!!!」

 

 

 この女、ヤバい。

 いくら独り言とはいえ、興奮しすぎだ。シュトルツの方が幾分マシに感じるほどに。

 

 ちいまるはそう認識した。

 彼はコアなオタクの熱い魂に、若干引いてしまった。

 

 ちいまるはそれから暫く様子を伺っていたが、エマは発狂するばかり。この調石師はヤバい、という収穫しか得られなかった。

 

 

 ・・・・・・・・・・・・・

 

 

 先程のエマの狂乱ぶりを頭から振り払い、ちいまるは続いてステルラートの調石師、ゼハネルの様子を隠れて観察することにした。

 

 

「……」

 

 

 無言。

 突然独り言をするわけでなく、静かにエレキの調石を行っている。その姿に、ちいまるは安堵した。

 

 シュトルツやエマを見て、調石師は皆変わり者なのではという不安に駆られたからだ。

 

 しかし、ゼハネルは普通だ。突然興奮しだすこともないし、訳のわからない言葉を連呼するわけでもない。静かに調石をしている。まさに職人、技術屋である。

 

 

「……」

 

 

 調石をしていたゼハネルだったが、辺りをキョロキョロと見渡したあと、何やら大きな荷物を取り出した。

 

 ちいまるはより注意深く監視を行う。何か調石に関する秘術やもされぬと考えたからだ。

 

 

「……は?」

 

 

 ゼハネルの行動に、ちいまるは思わず声が漏れた。幸いゼハネルは気づかなかったが。

 単純に聞こえなかったのかもしれない。ゼハネルは訳のわからない被り物で、顔全体を覆っていたからだ。

 

 被り物はエマが見ていた映像にでてくる謎の生きもののようである。間抜け面の熊か猫のような、そして目に光が一切ない珍妙なもの。

 

 ちいまるにはわからないが、エレキの国にある作品『パッション・ローゼ』のマスコットキャラクター、ユージュである。

 兎に角ちいまるはただただ困惑するばかり。

 

 そしてふざけた格好をしたゼハネルはそのままエレキをいじりだす。格好こそふざけているが、エレキの輝きは素人のちいまるから見ても凄さを感じれた。

 そして───パッション・ローゼのフィギュアが次々と造られていった。

 

 絶対エレキ・ファイトのための行動じゃない。素人のちいまるから見てもわかる戦いに無用なフィギュアの数々。

 ちいまるは突っ込みたい気持ちをひたすら抑えた。心は常に刃の下に、なのだ。

 

 

「……今日は調子がいいや。やっぱり外伝のあの展開は創作意欲に強く刺激してきたからかな」

 

 

 ユージュの被り物をつけたまま独り言を放つゼハネル。被り物の上から額を拭う動作つきだ。絶対汗なんて拭えてないが、そういう気分なのだろう。

 

 

「……」

 

 

 ゼハネルの動きが止まった。フィギュア造りを止めて一体どうしたというのか。

 

 

「愛と希望、それはプリファイゆじゅ!」

 

 

 なんだこいつ。

 

 ちいまるは軽く目眩を感じた。

 

 そのまま何度かポーズを決めるゼハネルを見て、疲労感がどんどんと募る。

 一体自分は何に時間を費やしているのか、そんな疑念が湧くほどに。

 

 

(和の国に、御下槌に帰りたい……)

 

 

 軽いホームシックに患いながら、ちいまるはその場を後にした。

 

 

 ・・・・・・・・・・・・

 

 

「あ、ちいさん。思ったより早かったね?」

 

「ああ……」

 

 

 シュトルツと合流したちいまるは相変わらず疲れ気味である。

 

 

「シュトルツ……」

 

「な、なにかな。そんな疲れた顔して何かあったのかい」

 

「お前は案外まともなのかもな……」

 

「ちいさん何見てきたの?」

 

「というより調石師というのは全員変人なのかもな……」

 

「風評被害がひどい!?」

 

 

 まずはエレキに慣れるだけでなく、変人たちとの付き合いにも慣れなくてはいけないと思うと、げんなりするしかないちいまるだった。

 

 

 

 

 



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雪の国のお話(バルトロメイ、ヴァレリー)

雪の国1週目のイベ関連





「最近、彼女が冷たいんだ……」

 

 

 真剣な表情の隊長、バルトロメイの言葉をヴァレリーはかわいそうなものを見る目で眺めた。

 

 

「隊長、彼女なんていないでしょ……」

 

「いる! 両想いの彼女いるっての! リュビーで出来たんだよ! お前がリア充になったときに!」

 

「そうっすか……、それで?」

 

 

 隊長の妄言に付き合わなくてはいけないような雰囲気。ため息をつきながらヴァレリーは続きを促した。

 

 

「それからデートとかしたりしたんだが、日に日に冷たくなっていってな……。怠慢期ってやつかもしれない……」

 

「隊長、雪だるまを彼女って言うのはやめた方がいいですよ……」

 

「むなしい!! 雪だるまじゃねえよ!」

 

 

 バルトロメイは嘘をつけるほど器用なタイプではない。となると、雪だるまでもなく本当に彼女ができたのだろうか。その結論はヴァレリーにとっては信じがたいものだった。

 

 

「奇特な人もいるんですね」

 

「モンスターだけど」

 

「なるほど。モンスターなら納得で……、はい? モンスターの彼女?」

 

「おう!」

 

 

 嬉しそうな返事をするバルトロメイに、どうしてこんなになるまで放っておいたのか、と自責の心がほんの少し芽生えた。

 

 

「冬想祭の日にお前も会ったことあるだろ。名前がわからねーからヒポ美って呼んでるんだけど」

 

 

 ヴァレリーは冗談だと期待したい。したいが、脳まで筋肉に侵食されている目の前の隊長は、本気だ。そのヒポ美を思い出したのかニヤニヤした表情がウザい。

 

 

「いくらなんでも見境なさすぎですよ……」

 

「大事なのは当人達の気持ちだから。オレ達すげー熱々カップルだから」

 

「冷たくされてるんじゃなかったんですか……」

 

「そうだった……!」

 

 

 すっかり忘れていた。そう言うかのような反応にまたもため息をついてしまうヴァレリー。

 もうこの際モンスターと付き合ってることは気にしないことにした。

 

 

「聞いてくれよ! このままだとまたフラれるかもしれねーんだ!」

 

「さらに記録更新ですね。しかも今度はモンスター相手ってすごいですよ」

 

「そ、そうか? フフ……」

 

 

 適当に褒めたら上機嫌になった。この単純さはある意味羨ましくもある。

 

 

「って違う!! 記録更新したくねーよ!!」

 

「それでその、彼女さん? はどう冷たいんですか」

 

「それが最近……、チューしてくれねえんだ……」

 

 

 バルトロメイの言葉にヴァレリーは停止してしまった。 チューて。23歳がチューて。

 そして何気に自分とソフィーヤより進んでいる関係に、謎の敗北感を感じてしまった。

 

 

「まさか……、オレに愛想をつかしたんだろうか……」

 

「まあ隊長ですしね。何かやらかしたんじゃないんですか? 前もナンパしようとして『君のことを想うと、胸が高鳴るんだ』とか言いながら服脱いで胸筋見せつけて、悲鳴あげられてましたし」

 

「オレの失敗談を蒸し返すのはやめろ……! でもちょっとだけ心当たりはある!」

 

 

 やらかした自覚があるというのは、この隊長としては奇跡のようなものだ。ヴァレリーはナチュラルに失礼なことを考えてしまった。

 とにかく心当たりとやらをヴァレリーは聞くことにした。自分も同じようなことをしてソフィーヤに嫌われないためにも。

 

 

「それで、心当たりってなんですか」

 

「この前、デートしてたらよ……。ヒポ美が疲れたみたいでよ、ここは男を見せるときって思ってお姫様抱っこしてやろうって思ったんだよ」

 

「あ、もうオチ見えました」

 

「オチってなに!?」

 

「いくら隊長でもモンスターをお姫様抱っこ出来なくて落としたとかですよね」

 

「お前……、すげえな……!! エスパーってやつか……!?」

 

 

 ふざけて言っているのではなく、本気でエスパーだと思い始めているバルトロメイに、説明しても無駄だろうから流すことにした。

 

 

「それ以来冷たくなってよ……、でも仕方ねーじゃん!? オレの腕の長さじゃ支えきれないのは仕方ねーじゃん!?」

 

 

 腕の長さが問題なければお姫様抱っこが可能だと言外に言っているのが恐ろしい。

 

 

「とにかくなんとかして機嫌をとりたい……! けどオレはあまり頭よくねーから、お前のアドバイスが欲しい……!」

 

「そうはいっても、オレも癒術師とかじゃないですから、モンスターの恋愛事情に関してはさっぱりですよ」

 

「そこをなんとか!」

 

「なんとかって言われても……、なんかプレゼントするとかどうですか。喜びそうなもの」

 

「喜びそうなもの……、ひらめいた……!」

 

 

 適当なアドバイスではあったが、バルトロメイは何か思いついたのかニヤニヤしだした。プレゼントするものに何やら自信満々な様子。ヴァレリーには、その姿が逆に不安を感じさせた。

 

 

「ちなみに何をひらめいたんですか」

 

「フフ……、幸せってやつさ」

 

「そうっすか。頑張ってください」

 

 

 そっとしておこう。ヴァレリーはそう決断した。

 

 

「指輪なら喜ぶよな……」

 

「…………指輪のサイズがまず難しそうですね」

 

 

 続きを聞いてないのに言い出されたヴァレリーは、とりあえず無難な返しを選んだ。

 本気でモンスターとゴールに向かっていることについては気にしないことにした。いつかもバルトロメイ自身が言っていた。大事なのは当人の気持ちだと。

 

 ヴァレリーは正直なところ、指輪のプレゼントも駄目な気しかしてない。サイズが異様にでかくて、デリカシー0のバルトロメイが余計なことを言って怒らせるとかそんなオチが見える。

 かといって代案も思いつかない。というか真剣に考えるのが面倒臭い。真剣に考えた内容などいつもバルトロメイはぶち壊すのだから。

 

 

「さっそく作ってくる!」

 

「え、買いに行くんじゃないんですか」

 

「料理とかは手作りのほうが愛が伝わるだろ? 指輪ならもっと伝わるじゃねーか!」

 

 

 珍しく隊長が考えての行動なのだ。そう思うことにして、ヴァレリーは何も言わないことにした。

 

 

「それじゃーな!」

 

 

 山に向かって走っていくバルトロメイを見送り、気持ちを切り替えてソフィーヤへのプレゼントを探しに行くことにした。

 

 

 

 

 





オチが思いつかなかったけど、お蔵入りさせるのもあれなんで投下。


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パパ友の会(デイヴィッド、ジャントール、ターネス、リュシアン)

お菓子の国2週目、機械の国1週目、死者の国1週目、2週目のイベ関連のお話。

一緒くた。







「ぱぱ~」

 

「どうしたマーガレット。腹減ったのか? 晩菓子の時間まであとちょっとだから我慢できるか?」

 

「うー、わかったー」

 

 

 ヤバイ。うちの娘が良い子すぎて可愛すぎてヤバイ。

 ターネスはすぐさま誰かに自慢したかったが、ホイッパーも同じことを想っている目でこちらを見ていた。

 

 種族は違えど親のような気持ちは一緒だった。アイコンタクトでマーガレットの可愛さを互いに認識し合う。

 

 

 あの異形の森での一件以降、ターネスの思考は親馬鹿全開である。共についてきたホイッパーもまた、親馬鹿全開である。

 どちらもそれを隠すことなく、周囲に娘の可愛さを自慢して回るのでよく生暖かい視線を向けられるそうだ。

 

 マーガレットは晩菓子の時間まで積み木で遊ぶことにしたようだ。

 

 かつては食べることと寝ること以外に興味を持たなかったというのに、今では歳相応な面を見せてくれるようになった。

 積み木で無邪気にお城を作っている姿に自然と頬が緩む。そりゃもう緩みまくる。マーガレットのあの愛らしさを見て緩まない方がおかしい。

 ホイッパーもだらけ切った表情を浮かべていた。マーガレットの可愛さは人もモンスターも共通して感じるのだ。この国一、いや、世界一の可愛さだ。

 

 晩菓子の準備をしながら今後も天使のように育っていくマーガレットを想像する。

 

 ゆくゆくは美女になるに違いない。今でさえすでに超美少女なのだ。今はまだ愛らしさの面が突飛しているし、幸い周りのやつらもまともだからマーガレットの身は安全だが、いつ不埒な考えを持つものが出るか……。いや、確実に出てしまうだろう。マーガレットは魔性の女になる。それも無自覚に。だってあれほど可憐なのだ。

 まあ、メレンゲ達が一緒にいるから大丈夫だろう。いやまて、もしメレンゲがマーガレットに変なことをしたらどうすればいいのだ。今でこそ友達として仲良くやっているが、それはまだ子どもだからだ。思春期に入れば……

 

 

『ぱぱ、紹介したい人がいるの。マーガレットの彼氏』

 

『な……』

 

『ぱぱも知ってるメレンゲだよ』

 

『ホギャアアアアアアアア!』

 

 

「ホギャアアアアアアアアアア!!」

 

「ぱぱ?」

 

「あ、すまねえ。大丈夫だ。ちょっと目に砂糖が入ってな。もうちょっと待ってろよ。もうすぐ出来上がるからな」

 

 

 ターネスはつい想像しただけで叫んでしまった。心配げに見てきたマーガレットにそれっぽい理由で誤魔化す。

 

 うちの娘、心までも優しい。

 

 ターネスはまたも表情がデレデレになった。

 そして先ほどの想像を、悪夢を忘れるために別のことを考える。

 

 マーガレットの今後の教育方針について。

 

 マーガレットの特異な体質を治すのは当然として、習い事や交友関係について考えようと思ったようだ。

 しかし、どこまで育ての親が口を出していいかわからない。今でこそ素直で可愛いマーガレットだが、いずれは反抗期を迎えるかもしれない。ぱぱの服と一緒に洗濯しないで、とか言われたら最悪死ぬ。

 ダメだ。死んでは誰がマーガレットを養うというのだ。ホイッパーでは菓子が作れない。ティーガーにはまず任せられない。あいつが誰かの世話をできるはずがない。メレンゲ? 不純異性交友はまだ早い。ということは、死ぬわけにはいかない。

 反抗期を迎えた子に対して、パパたるものはどうすればいいのか。

 ……、ダメだ。ひとりで考えても全くわからない。

 パパ友の力を借りるしかない。きっと他のパパも悩んでいることだろう。

 

 ターネスはそこまで考えて、そして気づいた。

 

 自身の今までの交友関係の狭さに。

 

 今までターネス自身の体質のため、この町以外では長居しなかったのが仇となった。

 町のパパ友は正直あまり参考にならない。パパ友の会を誘ってみてもだいたい断られたのだ。ママ友の会はあるのにパパ友の会はあまり普及されていないようだ。

 

 しかし、今更焦っても交友関係が拡がるわけでも、町のパパ友の会が出来るわけでもない。

 

 ターネスはこの状況を打開できる方法を必死に考えた。晩菓子を大量に作りながらそれはもう必死に考え、そしてひらめいた。

 

 

 晩菓子の後、ターネスはある人物に手紙を送ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数ヶ月後、メフテルハーネのどこかの国の某所の小さな部屋の中で、ある人物たちの会合が行われた。

 

 その部屋の扉には張り紙が貼られている。

 

 

【第一回パパ友の会】

 

 

「……、全員揃っているっぽいな? あー、本日はお忙しい中? お集まり、いただきありがとう、ございます」

 

 

 第一回パパ友の会。それの第一声は、お菓子の国出身のターネスだった。

 普段このような挨拶をする立場でないため、そしてこのような会とも無縁だったため、どこか拙い挨拶を行った。本当なら自分より確実にパパとして先輩であろう、そして年上であろう人に任せたかったが、この召集のきっかけはターネス自身。ならば自身がやるべきだと考えての行動だった。

 

 

「全員共通の知り合いがいるだけで、初対面同士だよな……ですよね? とりあえず、まずは自己紹介でもするか……しますか」

 

 

 全く慣れていない言葉遣いにボロが出まくる。これでは立派なパパになれない、と胸中穏やかでないターネス。

 

 この場にいる全員の共通の知り合い。それはある癒術師の少年だった。

 ターネスは以前世話になった癒術師に、知り合いのパパを紹介してほしいと手紙で頼みこんだのだ。訳あって世界中を旅している少年は交友関係も広い。歳は若いためそれほどパパな人物とは知りあってないかもだが、ターネスよりは知り合いが多いだろう。そして国を超えたパパ友の会を作ることを考えたのだった。娘への愛(暴走)がなせる技である。

 

 

「……えっと、自己紹介って何言えばいいんだ?」

 

「それぞれ国も違うようだ。簡単に名前と出身でいいんじゃないか? ……、ああ、あと年齢もせっかくだし頼む。他の細かいことはその後に話し合えばいいだろう。それと話しやすい喋り方でいいだろう。今日は仕事などでなく、パパ友の会なのだから」

 

 

 もたついていたら助け舟を出された。助け舟をだした人物は、ターネスから見ても出来るビジネスマンと言った風貌の金髪の男性だ。おそらく集まった人物の中でも最年長のような気がする。

 

 

「じゃあお言葉に甘えて……、俺はターネス。23歳でお菓子の国のグミ・ワールド出身だ。……、よろしくお願いします」

 

 

 少し物足りない気がなんとなくしたが、かといって何を言えばいいかわからなかったためターネスはそこで言葉を切り、着席した。

 続いて先ほどの金髪の男性が席を立つ。

 

 

「それでは次は私が……。私はデイヴィッド。機械の国のバンクスシティでビジネスマンをやっている。歳は42.パパ友と言うのは初めてで拙いところがあるかもだが、よろしく頼む」

 

 

 そう言ってデイヴィッドは席に着く。やっぱりビジネスマンだったんだ、とターネスは思いながら覚える。出来るビジネスマンな風貌や先ほどの助け舟から、一番頼りになりそうな人物なのだ。

 デイヴィッドの自己紹介が終わったので、次はその隣の男性が席を立った。青い髪で、目の下に隈がある男性だ。

 

 

「次は私だな。私はジャントール。死者の国のレーヴの村で神仕をやっている者だ。年齢は33歳。一人娘のことで最近悩みがあったから、こういった会は正直とてもありがたい。よろしく頼むよ」

 

 

 一人娘のことで悩み、というワードにターネスは親近感を凄まじく覚えた。そして目つきは悪いが雰囲気がどこか優し気なので、ジャントールもまたパパ友の会で頼りになる先輩だと認識。

 ジャントールの自己紹介が済み、集まったパパ友の会のメンバー、最後のひとりが席を立った。

 

 ターネスはついに来たか、と思いながら自己紹介を一言一句逃さぬように聞く姿勢に入る。デイヴィッドもジャントールも同じように、席を立った人物に意識を深く傾けていた。

 

 おそらくその人物以外、ずっと言葉をこらえていたからだ。デイヴィッドが自己紹介に年齢を追加したのもそのためだろう。

 

 三人の注目が強く集まっているのを知ってか知らずか、その人物は自己紹介に入った。

 

 

「最後に僕ですね。リュシアンっていいます。僕も死者の国で、サクレーの村の神学校の学生です。12歳です。えっと、よろしくお願いします」

 

 

 線の細い少年はそう言って席に着く。

 

 ターネスはもう叫びたい気分だった。

 

 12歳て。学生て。

 その年齢でパパ友の会て。

 

 ただ異常に若く見えるパパ友かと思えばマジで異常に若いパパ友だったことにターネスは戸惑いまくる。

 

 混乱しているターネスをよそにデイヴィッドが恐る恐る挙手をした。

 

 

「す、すまない……、確認したいんだが、リュシアン君は父の代理だとかだろうか?」

 

「いえ、代理じゃなくて僕が父です」

 

「そ、そうか……」

 

 

 デイヴィッドはもう叫びたい気分だった。

 

 死者の国はおおらかというか、神の前では皆平等な考えから差別意識など全くない国と聞いていたが、まさか年齢すらも関係ないとは。

 

 文化の違いに世界の広さを感じ、デイヴィッドはただ途方に暮れる。

 

 呆けているデイヴィッドをよそにジャントールが恐る恐る尋ねた。

 

 

「それは……、その、ペットとかの父とかではなく……?」

 

「いえ、ペットではないです。僕の自慢の子どもです。あの子も、僕のことを自慢の父だと言ってくれました」

 

 

 ジャントールはもう叫びたい気分だった。

 

 12歳で父親ということにすでに驚愕しかないのに、その子どもが喋れる年齢だということにももう驚きしかない。自身の娘が8歳で、15歳の少年に好意を持たれていることの相談に来たのにとんでもない逸材の登場で不安が一気に募る。

 

 神学校はこのことを知っているのか、知っているなら自分の知る神学校とは大きく変わってしまったことに、ジャントールは恐怖に震える。

 

 しばらくリュシアンを除く3人は、気持ちを切り替えるのに時間を費やしてしまった。

 

 

「あー……と、とりあえず! それでは! パパ友の会を開催する!!」

 

 

 ターネスは半ばやけくそに宣言した。

 よそはよそ、うちはうちである。

 

 やけくその宣言を他の3人は拍手で迎える。

 

 そうだ、よその家庭の事情に首を深く突っ込まなくてもいいだろう。もし相談があれば当然乗る。こちらも相談をする。パパ友の会はパパたちの助け合いのための場なのだ。

 

 

「さっそくだけどよ。俺の娘のことで、不安なことっていうか……、ま、相談があるんだ」

 

「娘さんか。いくつなんだ?」

 

「実は何歳かわかってねぇ。養子? みたいなもんなんだわ。だいたい13歳……、くらい……」

 

 

 ジャントールの質問に対し、マーガレットとよく遊ぶメレンゲ達が13歳なので、それくらいだろうと考えてターネスは答えた。言ってる途中で12歳のパパの存在を思いだし、やや言葉尻が弱くなったのは仕方のないことだった。

 

 

「そ、それでだな。今はやたらと可愛いんだけど、いや、この先も絶対可愛いけど。……、そのうち反抗期とか来るわけじゃねぇか。それを思うと不安で不安で、それでパパ友の皆にどうやってその不安と戦えばいいか、アドバイスをもらいたくてよ」

 

 

 さりげなく娘自慢を混ぜ込んでターネスは相談内容を言った。12歳のパパはともかく、他の2人は頼りになる先輩パパだ。そんな期待を込めて返答を待った。

 

 最初に返答をしたのはジャントールだった。

 

 

「反抗期、か。私の娘はまだ8歳だから、その不安とどう戦えばいいか私もわからない。力になれなさそうですまない」

 

「あ、いや、いいって頭を下げなくても」

 

 

 ターネスはジャントールが、自身と同じく娘の反抗期に怯えるパパ友仲間だと認識を改めた。

 そしてデイヴィッドが言葉を発する。

 

 

「私には17歳の一人息子がいて、丁度反抗期の真っただ中、だと思う……」

 

「おお」

 

 

 出来るビジネスマンは相談相手としてもやっぱり出来るパパなのかもしれない。ターネスはそう認識した。丁度悩みのタネである反抗期の息子を持つとは、どんな感じなのか知りたいものであった。

 

 しかし、デイヴィッドの表情は始めこそキリッとしていたが、どんどんと弱々しくなっていく。

 

 

「……、私も知りたい。今まで仕事ばかりしていたせいで息子と全然うまくいってないんだ……。反抗期だと思う……思いたいんだがルクレティア、妻に対しては素直で優しい子なんだ。何故か私には……私には……」

 

「お、おお……」

 

 

 なんだか雲行きが怪しい。

 どんどんデイヴィッドの言葉が弱くなっていくし表情も自信がすっかりなくなっている。全然できるビジネスマン感がなくなっていっている。

 

 

「いや、家族に構わず仕事ばかりの私が悪いんだ……。今はもう仕事より家族との時間を優先しているが、それでも気づくのが遅すぎた私は所詮ダメダメのダメおやじなんだ……。ブランコでひとり揺れてるのが似合うくらいのダメおやじなんだ……」

 

「デ、デイヴィッドさん? お、落ち着いてくださいっ」

 

「仕事しか取柄のない私なんて……、はっ! ……、ごほん。その、なんだ」

 

「今更取り繕っても遅いと思うぜ……」

 

「そうか……」

 

 

 どうやらデイヴィッドも反抗期に対してどうすればいいかわからないようだ。もしかしたら将来の自身の姿かもしれない。デイヴィッドの取り乱し様を見て、ターネスとジャントールは戦慄した。

 

 そんな中リュシアンが発言する。

 

 

「デイヴィッドさんの息子さんは奥さんに対しては素直なんですよね?」

 

「あ、ああ……」

 

「それなら、反抗期と言うよりも、ただデイヴィッドさんとどう接したらいいかわからないだけかもしれません」

 

「そうなんだろうか……」

 

「たぶん、ですけど。接し方がわからないなら無理に距離を詰めようとしたりせず、かといって突き放したりせずに、息子さんのあり方を受け入れるのがいいと思います」

 

「あり方?」

 

「はい。息子さんだって、自分の考えが、ペースがあります。少しずつ、溝を埋めていきましょう。デイヴィッドさんがこれだけ息子さんのことも好きだって、必ず伝わりますから」

 

 

 この間ターネスとジャントールは何も喋れない。一番年下のパパが一番しっかりしていることにただ愕然とした。

 

 

「あ、ありがとう……リュシアン君。若いのに、しっかりしているんだ、な……?」

 

 

 デイヴィッドはお礼を言いながらも、疑問形になってしまった。しっかりしているけど12歳でパパになるのはしっかりしているのだろうか。そんな疑問が胸中に渦巻いたからだ。

 

 

「僕も以前、子どもの考えを無視したことがあったんです。その後いろんな人に出会って、教えられて……、だから」

 

「そうなのか……」

 

 

 いつの間にかターネスの相談からデイヴィッドの相談に切り替わっているが、それについて誰も特に触れない。

 なにはともあれデイヴィッドの相談したいことが済んだのだ。

 

 

「わ、私も相談していいだろうか」

 

「あ、ああ。どうぞ」

 

 

 ジャントールが切り出した。それに対しデイヴィッドが言葉を促す。

 

 

「最近、8歳の娘に指輪が贈られたんだ……」

 

「ちょいとませてる感じだな。でも微笑ましいんじゃねえかな」

 

 

 ターネスが思ったことを言った。ちなみにマーガレットが同じ目にあった場合はおそらく相手の子に激怒する。

 

 

「子ども同士のおままごとの延長なら何も言わないが……、違うんだ……」

 

「だが8歳ならまだ無邪気な年頃だろう。子ども同士のじゃれあいにとやかく言うのは危険だ」

 

 

 デイヴィッドもジャントールが考えすぎだと感じて発言。自身の失敗は棚にあげ、子離れを促す。

 

 

「子ども同士……、なんだろうか……。相手は15歳の男なんだ……」

 

「……きわどいな」

 

「……ああ、きわどいな」

 

「……僕より歳上だ」

 

 

 8歳の女の子と、15歳の男。どちらも成人済みなら7歳差の恋愛、受け止めることは簡単だ。子離れ出来てるかは考慮しないものとする。

 しかし8歳だ。言ってしまえば幼女だ。

 そして15歳だ。思春期まっただ中だ。8歳にプロポーズをするなどロリコンだ。

 

 

「ま、まあ一時の気の迷いかもしれねぇし……」

 

「そ、そうだ。もしくはその子にただ純粋に喜んでほしくて、深い意味をこめてない指輪かもしれない」

 

「30万の指輪がか……?」

 

「さんじゅう……」

 

 

 子どもへのプレゼントにしては高すぎる値段。これはガチ目のやつだ。思わず言葉を失うパパ友集団。

 頭を抱えているジャントールに、ターネスは何も言えない。

 何も言えないターネスはデイヴィッドに視線を向ける。

 ターネスの視線に気づいたが、デイヴィッドもいい言葉が出てこない。オロオロするしかない。

 言葉が出てこないデイヴィッドはリュシアンに助けを求めるように視線を向ける。

 

 

「え、えっと……、その娘さんがどう思うかが大事じゃないでしょうか。本人の気持ちが大事というか……、まだ愛とか、そういうのが難しいなら指輪の送り主の人に待ってもらうようにしたら……」

 

「待ってもらえるだろうか……。あんな高価なものをプレゼントに選ぶ相手だ……」

 

「本当に娘さんを愛してるなら、ちゃんと娘さんのことも考えてくれると思います。押しつけたりなんかせずに……」

 

「そうだな……、まずは相手と話してみるよ。ありがとう」

 

「い、いえ。あまり上手く言えずにすみませんっ」

 

 

 この最年少パパがいなければ、パパ友の会はどうなっていたか。ぼんやりとターネスはそんなことを考えた。そして自身の悩み、娘の反抗期をどう迎えるか答えをもらってないと気づいた。

 

 

「あー、リュシアン。子どもの反抗期をどう迎えたらいいか、なんかないか?」

 

「す、すまない。私がうやむやにしてしまっていたな」

 

 

 デイヴィッドが謝罪してくる。もうすっかり出来るビジネスマンには感じられないとターネスは思った。今は育児に悩む同じパパだ。パパ友の同志だ。そんな同志の謝罪に、気にしなくていいと返し、リュシアンの言葉を待った。

 

 

「……、僕自身も、僕の子も反抗期を迎えてないので想像でしか答えられないですけど、僕なら、支えていきます」

 

「子どもをか?」

 

「はい。反抗期って、素直に助けを求めたり出来ないと思うんです。だから嫌がられても、助けたい。あの子は僕ではないけど、あの子の一部は僕で、僕の一部はあの子だから」

 

 

 要はマーガレットに嫌われても、自身がマーガレットを好きでいるなら助けるべき、だろうか。

 途中ターネスにはよくわからなくなったが、リュシアンが自身の子どもを深く想っていることがなんとなくわかり、適当な答えではないと思えた。

 

 ターネスはアドバイスに感謝して、ふと思う。

 

 これでパパ友の会4人のうち、3人の相談が終わった。そしてそのどれも、リュシアンが答えた。

 もはやターネスの中ではリュシアンは大先輩パパさん。12歳だが。

 そんなパパさんもまた、悩みがあるのではないか。そしてその悩みを、ターネス含む他の3人のパパ友たちは解決に、もしくは力になれるだろうか。

 パパ友の会。同志が出来た会だ。一方的に蜜を吸わせてもらうなど、申し訳なさすぎる。

 

 そこまで考えてから、切り替える。そもそも悩みがあるだろうか、と。

 もうターネス評ではリュシアンはすごいパパだ。自身で育児の悩みを解決していきそうなくらいだ。

 もちろん決めつけはよくない。だが、そういった悩みはないのでは、という考えがターネスの気持ちを軽くした。

 

 

「ちなみにリュシアンはなんか悩みはねえのか?」

 

 

 ターネスは軽い気持ちで尋ねる。ないだろうな、と思いながら。

 

 

「実は……」

 

 

 それに対し、少し伏し目がちにリュシアンは喋り出す。

 あるんだ……。ターネス達はパパ力が未熟な自分達で力になれるか不安になった。

 

 不安になりながら、迷えるパパたちの力になってくれたリュシアンの悩みの内容が語られるのを待った。たとえどれほど難しい悩みであっても、真剣に考えて答えよう。

 3人のパパたちの気持ちはひとつになっていた。

 

 そしていよいよ、リュシアンの悩みが打ち明けられた。

 

 

「どうも僕の子が、僕のことを父と呼べばいいか母と呼べばいいか悩んでるみたいで……」

 

「「「あー」」」

 

 

 3人のパパたちは声はひとつになっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 



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植物の国のお話(ティグ、エイシー)

植物の国1周目のイベ関連







 

 植物の国。鉢植えの町の外れにある一軒家で、ティグは鏡を見ながら悩んでいた。

 鏡に向かってウインクしたり、流し目をしてみたりしながらうんうんと唸っていた。

 

 

「何さっきから変なことしてんだよ」

 

 

 ティグの奇行にとうとうエイシーが突っ込む。

 

 

「変なことなんてしてないし! 悩んでるだけだし!」

 

「すげえどうでもよさそうな悩みっぽいし、無視していいか」

 

 

 言外に何に悩んでいるのか聞いてほしい、と言われた気がしたが、げんなりとしながら先手をうつ。

 

 

「こんなに愛らしい僕の悩みだよ!? どうでもよくなんてないんだから!」

 

「へいへい」

 

 

 ティグの抗議を適当に聞き流す。

 おざなりな態度だが、エイシーからしてみれば、人の家にやって来て鏡に夢中になる相手には充分すぎる対応だと思っている。

 それにティグの悩みなんてたいていは、お肌の調子がとかそんなものに決まっている。

 

 

「それで、何に悩んでんだよ。お肌がーとかだったら聞かねえぞ」

 

 

 面倒くさいが、プンプン、といった抗議の仕方がむすっとなる前にしょうがないから聞くことにした。

 

 

「僕の今後に関わることなんだよ……」

 

「今後?」

 

 

 スキンケアがーといった話でないことに少し意外性を感じた。

 今後とはいったいなんのことか。頻繁にこうしてエイシーの家に来るのをやめてしまうとかだろうか。そうだとしたら、少し寂しさを感じてしまう。いたらいたできゃーきゃー煩いが、特別な相手なのだ。

 だがティグにも家庭の事情があるだろう。そう思うとあまり口出しできないなとエイシーはやや諦観気味に考えた。

 

 

「僕さ、可愛いでしょ」

 

「今日の晩飯何にすっかな」

 

「ちゃんと聞いてよ! 僕シチューがいい!」

 

「へいへい、聞いてほしいならちゃんと話せよ」

 

 

 いつもの可愛いアピールだったので、今日の献立を考える。ちゃっかり行うリクエストを聞きつつ悩みとやらを促す。

 

 

「昔は僕と兄さんって顔つきとか、結構似てたんだけどさ」

 

「お前、兄弟いたんだな」

 

「……まあね。僕の家族構成は今はいいの! とにかく昔は似てたんだよ!」

 

「お、おう」

 

 

 エイシーは返事をしながらティグの兄を想像する。ティグに似た顔つきという情報から、なんとなく喧しいイメージになってしまった。

 

 

「昔はってことは、今は全然違うのか?」

 

「今は……、どっちかっていうとかっこいい系になってたんだ」

 

「へえ。なんか想像しづらいな」

 

「かっこいい系でも渋い系になってたんだ」

 

「ますます想像しづらいな、それ」

 

 

 ティグに似た顔つきだったのに、渋い系。

 イメージしにくいが、それが何の悩みになるのだろうか。少し考えたがわからない。とにかく続きを促すことにした。

 

 

「それが何の悩みになんだよ?」

 

「僕と兄さんは似てたんだよ、顔つきは。そして今、あいつは渋かっこいい系……。つまり、僕も成長したら渋くなっちゃうんじゃないかなって……」

 

「別にいいじゃねえか」

 

「全然よくない! 渋いと可愛いは両立がむずかしいんだから!」

 

「まあ、お前は渋くなれなさそうだよな」

 

「どういう意味!? 僕だって渋くなれるから!」

 

「渋くなりたいのか、なりたくないのかどっちなんだよ……」

 

 

 エイシーはげんなりと突っ込んだ。

 ティグに何を言っても喚かれる気しかしてこないからだ。現に喚かれているし。

 

 そんな心境を知ってか知らずかティグは、今度はコロコロ笑いながら尋ねてきた。

 

 

「エイシーは可愛い僕とかっこいい僕、どっちがいい?」

 

「そういうこと聞いてこないティグで」

 

「いじわる!」

 

 

 文句の言い方も可愛い子ぶるその姿に、やはり渋くなるのは無理だろうと、エイシーは心の中で思うに留めた。

 

 

「渋い、ねえ。渋い系なんてマトリクスくらいしか思いつかねえや」

 

「僕だってそのうちあんな感じの渋さを出しちゃうよ」

 

「無理だな」

 

「まあ、渋かっこよくて可愛いってなっちゃうからね」

 

「両立は難しいんじゃなかったのかよ……」

 

 

 会話の方向がブレブレである。ティグと話すとブレブレか、ブレなくてもティグがお肌の話に持っていこうとするか、といった極端な流れになりがちなので慣れてはいるが。

 

 

「渋かっこいいがあるなら、渋可愛いだってなれるもん」

 

「もん、とか言って渋くなれるとは思えねえ……」

 

「可愛いでしょ?」

 

「へいへい。かわいいかわいい」

 

「テキトーに褒めないで!」

 

「テキトー以外に褒めようがねえよ!」

 

 

 こんな様子で渋さを出せると言うティグに呆れながら、エイシーはため息をつく。ティグはそんなこと気にせず、そして何か思い付いたのか、ニヤニヤしだした。

 その姿にエイシーは嫌な予感しか感じなかった。

 

 

「……、なんだよ気持ち悪ぃ」

 

「気持ち悪くないし! むしろ気持ち良いし!」

 

「わけわかんねえ」

 

「それよりも、考えてみたらあれだね」

 

「……、なんだよ」

 

 

 ニヤニヤ、ニマニマしている姿がどことなくウザい。

 

 

「僕って、可愛くてかっこいいがすでに備わってるもんね」

 

「どっから出てくんだよ、その自信は」

 

「だってエイシーが言ってくれたんだもーん。お前は可愛くて、かっこいいって」

 

「そんなこと言った覚えなんて、な……」

 

 

 ない、と言おうとしたエイシーの脳裏に、あの原初の森での出来事がよぎった。

 

 言ってしまっていた。

 確かに言ってしまっていた。

 

 気づいてしまったエイシーはどんどんと赤面してしまう。それに比例するように、ティグのニヤニヤはより深くなっていく。

 

 あまりの羞恥に耐えられなくなったエイシーは。

 

 

「お前今日は飯抜き!!」

 

「いじわる!!」

 

 

 家主の力を振りかざすことにした。

 

 

 

 

 

 

 



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少数民族の国のお話(シャオリン、シージェ、リュンリー)

少数民族の国1周目のイベ関連





 

 

 その日、シャオリンは東屋で本を読んでいた。

 

 普段は読書など自ら進んで行わないが、この日はなんとなく手を出していた。

 もっとも、読まれている本は娯楽小説。勉学ではないが読書は読書だ。

 リウ族の村でもこのような娯楽の本が入るのも、あの騒動で知り合った商人のおかげである。今までは本と言えば村の歴史の資料だったり、シージェが用意した教材であったりと、シャオリンにとっては眠気を誘う重々しいものばかりであった。

 

 

「シャオリンが読書をしているなんて珍しいな」

 

「! シージェ! ち、違うの! これは勉学であってサボってたわけじゃなくて……!」

 

 

 声を掛けられてシャオリンは慌てた。

 休憩時間がもう終わっていたのだろうか。またスパルタ教育に火がついてしまうと恐れたからだ。

 

 

「何を慌ててるんだ。休憩時間まで僕が文句を言うわけないだろ。むしろ休むときはしっかり休むんだ。……、ユージア様は悪い見本だからな」

 

「あ、兄さまは村のことを思ってだから……」

 

「いいや、あれはもはや病気だ!」

 

 

 話題にあがったシャオリンの兄、ユージアはもう独りで何もかもをやる必要がないというのに、以前より仕事を求めるようになってしまった人物だ。仕事をしていないと落ち着かないワーカーホリックである。

 放っておいたら食事や睡眠もまともに取らない族長の生活改善が、現在のリウ族の村の最大の課題だ。

 

 

「あ……!」

 

「どうしたんだ?」

 

「まだ休憩時間なのね!」

 

「さっき言っただろう! ひとつのことしか認識できない訳じゃないだろうが!」

 

「休憩時間なのに文句を言った~っ!」

 

「文句じゃない! 教育係として忠言だ!」

 

「シージェの屁理屈屋~っ!」

 

「ふん、なんとでも言え!」

 

 

 いつもと変わらないやり取りをして半泣きのシャオリンは、何か別の話題を探した。

 

 

「そ、そういえばシージェは恋愛小説とか読んだことってある?」

 

「いや、ないな」

 

「そっかぁ……、ちょっと気になるところがあったから聞こうと思ったんだけど、他の人に聞いてみるね」

 

「待て」

 

「え? な、なに?」

 

「この超! 優秀! な僕がわからないと決めつけるのは早急すぎる!」

 

「で、でも読んだことないんでしょ」

 

「読んだことはないがわからないと決まったわけじゃない! 何が気になるのか言ってみろ!」

 

 

 ただ話題転換に出しただけのことだったが、シージェのプライドが刺激されたようだった。シャオリンは戸惑いながら気になった内容を言うことにした。

 

 

「え、えっとぉ……、この本に政略結婚って出るんだけどね」

 

「意外にどろどろしそうなものを読んでるんだな」

 

「政略結婚には愛がないって主人公の人が言ってるの」

 

「まあ一般的にはそうなるな。だがそれがどうしたんだ?」

 

「……のかな」

 

「なんだって? もっと聴こえるようにハキハキと!」

 

 

 うつむきだしたシャオリンに、シージェは叱りながら何を言ったのか促した。

 

 

「ユージア兄さまとリュンリー義姉さまにも愛はないのかな……!」

 

「何を……、ああ、そういうことか」

 

「だって二人は村の発展のために星読みの予言で婚約されたんだもの! これも政略結婚ってやつよね……!」

 

「まあそうなるが、あの二人は政略結婚のような冷えた温度はないだろう」

 

「じゃ、じゃあ二人は遺産争いとか離婚危機とかはないのね……!?」

 

「本当にその本は恋愛小説なのか? あの二人に限って離婚はない」

 

 

 シージェはシャオリンの読んでいた本の内容が少し気になったが、今は置いておくことにした。

 とにかくユージアとリュンリーの離婚危機はまずないということを教えることにする。

 

 

「良かったぁ……。でもなんで? 政略結婚なのに」

 

「それは……」

 

 

 なんで、と問われるとなかなか難しい。

 政略結婚ではあるが、互いに責任感が強く、それだけでない関係もあるだろうが、なんと言えば良いのかと言葉に詰まるシージェ。

 

 

「あ、わかったわ! この本に出てくる泥棒猫が言ってた!」

 

 

 言葉が出てこないシージェをよそに、シャオリンは手にもつ本の内容から予想をつける。

 泥棒猫という単語が出るあたり、姫君が読むものとしてどうなのかとシージェは疑問に思ったが、呑み込むことにした。

 

 

「どろどろした本だな……。それで、なんて言ってたんだ」

 

「うん、あのね。『私とあの人はカラダの相性が最高なの』って! 兄さまと義姉さまの二人もそういうことなのかな」

 

 

 シャオリンはその言葉の本当の意味をわかっていない。カラダの相性を、気の相性と読み替えて理解に務めていた。

 シャオリンの年齢は16歳。だが今まで予言で凶兆と読まれ、他者との接触がひどく少なかった影響もあり、年相応の知識はなかった。

 そして、シャオリンの勘違いをシージェは───

 

 

「そうだな。あの二人は互いに周囲への気の影響が強すぎるから、体質的に相性は最高だろう」

 

 

 ───正すことなく、シージェもシャオリンと同じ勘違いをした。してしまっていた。

 だってシージェの年齢は11歳。政治などの勉学ばかりに励んでいた彼に、その手の知識はまだなかった。

 

 

「でも……、それだとやっぱり二人の間には愛はないのかな……」

 

「直接聞いてみたらいいんじゃないか」

 

「ええ……? いいのかな?」

 

「二人ともそんなことで怒るような人じゃないことは知ってるだろう」

 

「そっか……、そうよね。シージェだったら怒るけどユージア兄さまもリュンリー義姉さまもやさしいもの」

 

「リウ族の姫君としての自覚がまだまだ足りないようだな。明日は朝から礼節の授業をみっちりやるぞ」

 

「シージェのいじわる~っ!」

 

「なんとでも言え! そんな言葉で僕の教育方針は変わらないからな!」

 

 

 明日の予定を組み立てながら、シャオリンとシージェの二人は目先の疑問解決のため、ユージアかリュンリーを探しに執務室に向かった。

 

 

「私に聞きたいこと、ですか。私に答えれることならなんでも聞いてください」

 

 

 執務室にいたのはリュンリーだけだった。ユージアは丁度席をはずしていた。

 

 

「やっぱりリュンリー義姉さまはやさしい~!」

 

「そうでしょうか」

 

「だってシージェだったら……」

 

「僕だったらなんだ」

 

「な、なんでもない……!」

 

「まあいい。質問が終わったら休憩時間も終わりだからな。僕は次の授業の準備をしてくる」

 

「はぁい」

 

「返事は優雅に! それでいてはきはきと!」

 

「は、はい!」

 

 

 執務室からシージェが出ていき、シャオリンはリュンリーと二人きりになった。

 

 

「それで、聞きたいこととはなんでしょうか」

 

「え、えっと……、変なことを聞きますが」

 

「はい、気になさらずなんでも聞いてください」

 

 

 リュンリーは不安そうな表情を浮かべるシャオリンに、優しく穏やかな表情で質問を促した。

 

 

「ユージア兄さまとリュンリー義姉さまは……、カラダの相性が良いから結婚されたんですよね……!」

 

「………………はい?」

 

 

 リュンリーは目を点にして思考が停止した。

 

 カラダの相性。

 それはつまり、アレなことなのだろうか。アレとはつまり夜伽なアレで。

 なぜそんなことを。というか義理とはいえ妹のシャオリンにその話題はどうなのか。

 

 リュンリーの脳内は絶賛混乱中だった。

 

 

「政略結婚だけど、二人の仲がよろしいのはカラダの相性で……、二人の間に愛がないのかなと不安に……」

 

「か、カラダの……」

 

「義姉さま?」

 

 

 リュンリーは未だに混乱中である。

 カラダの相性という単語からそのような営みを想像して顔を赤らめ、そしてそんなことを聞いてくる妹のシャオリンに顔を蒼白させて。

 よってシャオリンの質問の意味を理解はできないまま、そもそもの原因を探ることにした。

 

 

「シャ、シャオリンさま、なぜそのようなことをお聞きに……?」

 

「? シージェが聞いてみたらって」

 

「シージェさまが……?」

 

 

 

 

 

 

 

 次の日、シャオリンの礼節の授業は行われなかった。

 シージェが何故か執務室に呼ばれてその日戻ってこなかったからだった。

 

 

 

 

 

 

 



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西部の国のお話(ジャンゴ、ヤツィ、アロロア)

西部の国2周目のイベ関連。
というかヤツィ進化のプロフ関連






 

 

 見習い巫師であるヤツィは餓えていた。

 

 食べ物に餓えているわけではない。お腹はむしろ満腹だ。ついさっき晩ご飯を食べたばかりなのだから。ハンバーグではなかったのがやや不満だが、チキンステーキというのもとてもジューシーであった。

 

 では何に餓えているのかというと……

 

「レガリアの位置がわかったのに未だに見習い巫師って、そこのとこどう思いますか。兄さま。あれはほとんど合格だと思うんですよ」

「俺に言われてもだな……」

 

 『見習い』という肩書きがなくなる機会である。

 前回の英雄探しでの聖地の件を引きずりながら文句タラタラだ。

 

「他に誰に言えばいいんですか! わたしが見つけたレガリアを横取りした兄さま以外の誰ですか!」

「ま、自然神に……」

「言えるわけないでしょう!」

「じゃあアロロアだ! もとを正せばたいていはあいつのせいだ!」

「たしかに!」

 

「濡れ衣にも程がありますなぁ! お二人のワタシへのの扱いがどんどんひどくなって不公平ポイント爆上がり中ですぞ! アロロア泣いちゃう!」

「勝手に泣いてろ賞金首」

「ジャンゴ殿も賞金首では!?」

「お二人とも落ち着きを持ってくださいよ。それにもっと誠実な生き方をするべきだと思います」

「食い逃げ犯に言われたくないですぞ! やーい見習い巫師やーい! 食い逃げ技術は一人前やーい!」

「こ、このぉおお!!」

 

 ヤツィは激怒した。必ずやこのハプニングメーカーたるアロロアに鉄槌をくださんと心に誓った。

 

「ほれほれ、ヤツィ落ち着け。そのアホにはなに言っても疲れるだけだ」

「くっ……! たしかに……!」

「ワタシの扱い本当にひどくありませんか? アロロアさんったら繊細な一人前の巫師ですぞ! もっとこの一人前に優しくして!」

「一人前……ぬがぁぁあああ!!」

 

 ヤツィの怒りの矛先は完全にアロロアへ向かったようだ。ジャンゴはそのことに少しホッとする。このままジャンゴの手首に光るレガリアについてのことは忘れてくれないかと期待して。

 

 まあヤツィは結構アホだし大丈夫か。

 

 そんな失礼なことを考えながら二人の追いかけっこを眺めていた。

 

 ふと思う。

 ヤツィは水から自然神の声を聞くのが得意だ。あの聖地にあったレガリアは風の属性だった。

 そしてそのレガリアに選ばれたジャンゴは風が得意だ。

 

 巫師の聖地はなにもあそこだけではない。各地にあるのだ。その中には当然風以外もある。

 

 つまり、単にヤツィの属性と噛み合わなかったから選ばれなかっただけではないか。そう考えれた。

 

 もっとも、巫師として(腹立だしいが)凄腕のアロロアが何も言わない辺り、そう単純ではないかもしれないが。

 

「なあ、アロロア」

 

 とはいえジャンゴは聞いてみることにした。

 

「ホッ? なんですかな?」

「ヤツィのレガリアって属性が違ったからダメだった、とかだったりするか?」

 

「兄さま、そんな単純なわけないじゃないですか」

「おそらくそうでしょうなぁ」

「んなっ!?」

「まじかよ……」

 

 あっさりとした肯定に拍子抜けしてしまった。

 ヤツィは何か思うことがあるのか体をぷるぷると震わせて───

 

「そういうことはもっと早くに言えぇえええ!!」

「ぼぐぁ!?」

 

 ───アロロアのお腹へ勢いよく頭突きを行った。

 

「はっ! ということは水のレガリアのある聖地に赴けばわたしも見習いから卒業できるのでは? そうとわかれば聖地を探しましょう!」

 

 気合いの入ったヤツィと呻くアロロアを見ながらジャンゴは思う。

 

 ……ますます親父に似てきた気がする。真っ先に肉体言語なあたりが。

 

 そんな自分の妹分の、残念な成長の仕方に悲しく思えた。

 

「ほら、早く行きましょう!」

「わかったわかった。サクッと一人前になるか!」

「はい!」

 

「おおぉ……、鳩尾に綺麗に入って……。待って、ワタシはまだ休みたいですぞ……」

 

 何か呻いていた気がしたが気のせいだと思うことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからしばらくして

 

「自然神が言うには、ここが水のレガリアがある聖地です」

「だいぶ『語り』も慣れてきたな、ヤツィ」

「そ、そうですかね。えへへ」

「ホッホッホ。やはり得意な属性というのも大きいでしょうな」

「だな。にしても普通の泉みたいだなパッと見は」

 

 ジャンゴの言葉通り、そこはごく普通の泉に見えるものだった。

 

「もっと未来の大巫師さま大歓迎! みたいな雰囲気でもだしてくれてもいいよなぁ」

「聖地要素がなくなりそうですね」

「ホッホッ。ある意味観光名所になりそうですな」

 

 気ままに実りのない会話を交わす。聖地が観光名所になる様子を想像したらありがたみが完全になくなった。

 

「では『語り』でレガリアについて聞いてみますね」

「おう!」

「さてさてどのような結果になるか」

 

「───わかりました。泉の中央にある浮島。そこにレガリアがあるそうです」

「なんともわかりやすい場所だな」

「ですな。いかにもな場所が正解だなんて少し捻りが足りませんなぁ」

「あっ、ですが───」

「それじゃ行くか! 競争でもするか! 俺より着くのが遅かったら奢れよ! よーいどん!」

「ジャンゴ殿ズッルーい! 待ってよー!」

「あははー!」

 

「なんですかそのテンション……。ってお二人とも! すぐに戻ってください!」

 

 ヤツィが二人に止めをかけた時にはもうすでにジャンゴは浮島についていた。

 

「ん? ヤツィどうしたんだ?」

「兄さまは大丈夫みたいですね。良かったです」

「な、なんだ? 不安になるようなこと言って……」

「この泉には人に噛みつく魚がいるそうなんです」

「魚ぁ? 魚なんて放っておいて大丈夫だろ。むしろ捕まえて喰おうぜ。な、アロロア……?」

 

 西部の国では魚は珍しい部類である。

 魚が人に噛みつくなど生意気な話だ。魚は人に喰われるべきだ。そんな考えからジャンゴは賛同しそうなアロロアに同意を求めた。

 

 そしてアロロアの様子がおかしいことに気づいた。

 

「アロロアくん? そのお尻のあたりから見えるヒレのついた尾は何かな?」

「ジャンゴ……殿……」

「あ、アロロアさん……お尻に!」

 

 結構大きめの魚が噛みついている。

 ジャンゴの位置からは尾しか見えないが、それでも大きいと思わせるサイズだ。およそ80センチはありそうな大きさ。その魚がアロロアの尻に噛みついているのだ。

 

「アロロア……」

「お……お助けを……」

 

 ジャンゴに助けを求めるアロロア。

 それに対し、ジャンゴは───

 

 

「ドンマイ! 強く生きろ!」

 

 

 見捨てることにした。

 

 

「ジャ、ジャンゴ殿ぉぉ!!」

 

 その仕打ちにアロロアが尻の痛みに耐えながら、なけなしの力を振り絞りジャンゴに駆け寄った。

 

 しかし急な激しい動き。それに呼応するように魚の噛む力が強くなり───

 

「あ、アロロアーー!?!?」

「アロロアさーーん!?!?」

 

 ───盛大に前のめりに転んだ。

 

「だ、大丈夫か?」

 

 見捨てることにしたと言っても、大事には至らないと思ったからこその判断。笑い話として使えると思っての判断だ。

 しかし目の前で尻を噛まれながら派手に転倒されれば心配してしまう。

 

 そのため、ジャンゴはやや腰を落とし、アロロアを起こそうと手を差しのべた。

 

 アロロアは前のめりにに倒れながら、上体を起こし、ジャンゴの差しのべた手を───掴まずにさらに上へ手を伸ばす。

 

「へ?」

「……」

 

 アロロアの手はジャンゴの顎に、正確にはジャンゴの髭を両手で摘まんだ。

 

「痛い痛い痛い! な、何してんだ!」

「溺れるものは藁をも掴むと言うのです! ワタシを助けると思って耐えてくだされ!」

「助かりたいなら髭じゃなくて手を掴め!」

「あ、ごっめーん。間違えちゃった!」

「こいつぅ!」

 

 少しの沈黙が流れ……

 

「それより早く本当に助けてくだされ! ワタシのお尻の穴が増えてしまいますぞ!」

「勝手に増えてろ! いいから髭から手を離せこの!」

「あー! ワタシの尻より髭なんですか! なら絶対離しませんもんねー!」

 

 互いを蹴落としあう争いが始まった。

 なお、尻には相変わらず魚が噛みついているままである。

 

「兄さま! アロロアさん!」

 

 ヤツィは醜い二人の争いを止めるために杖を握る。

 このまま見ているわけにはいかない。自分の一人前になるためのいわば試練なのだこれは。そう自身に言い聞かせながら。

 

「今助けに行きますからね!」

「ヤツィ! このアホをひっぺがしてくれ!」

「ヤツィ殿! この髭を引っこ抜きませんか!」

 

 ヤツィは泉に入る。

 この騒動の原因は今アロロアの尻に噛みついている魚だ。つまりそれをなんとかしたらいい。髭ではない。

 

 争い続けている二人のそばまでヤツィはたどり着いた。

 そして───

 

 

「えいや!」

 

 

 ───魚に向かって渾身のフルスイングを放った。

 

 その一撃は強く、魚も思わず逃げるほどだった。

 そしてそれは当然魚だけでなく……その攻撃によって

 

 

「ワタシのお尻がぁぁあああ!?!?!?」

 

 

 アロロアに、アロロアの尻に激痛が走った。

 ヤツィの杖、というより棍棒での一撃はアロロアのお尻にまで襲ったのだ。

 あまりの痛みにアロロアは思わず尻に手を持っていこうとした。

 その行為によって

 

 

「俺の髭がぁぁああああ!?!?!?」

 

 

 ジャンゴに、ジャンゴの顎に激痛が走った。

 アロロアが助けを求めて掴んでいた髭が、咄嗟に手を引っ込めたおかげでごっそりと抜けたのだ。

 

 

「ま、まさかこんなことになるなんて……」

 

 

 痛みに呻く二人を見ながらヤツィはただひとり、静かに呟いた。

 

 

 

 ちなみにレガリアはその後、あっさり見つかった。

 

 アロロアのお尻、ジャンゴのお髭の尊い犠牲はあったが、無事に見習いを脱却することができたのだった。

 

 

 

 

 



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機械の国のお話(デンホルム、カルメン、ヒューズ、ジル)

機械の国2周目関連。




 

 

 

 機械の国にある都市の近く、鉄屑が流れ着く廃棄場。

 その日も『擦苦羅風』が元気に力強く生活を営んでいた。

 少し前まではニコラの影芝居劇場で賑やかだったが、今はそのニコラも、そしてアンリまでも旅に出てしまっている。

 

 アンリまで旅に出ているのだ。

 

 そのことを擦苦羅風のリーダー、デンホルムはずっと引きずっていた。

 それはもう、毎日誰かに相談するほどに。

 

 

「かわいい子には旅をさせろって言うけどよ。確かにアンリはかわいい。かわいいけどやっぱり早すぎだと思わねえか」

 

「デンさん……、昨日も聞いたっすよそれ」

 

 

 昨日、今日と、デンホルムの愚痴に連続で犠牲となったのはヒューズだった。

 廃棄場の芝居小屋の点検後、時間が空いたからと話を始めたのが運の尽きだった。

 

 

「昨日よりも心配なんだよ! アンリが今頃泣いてるかもしれねえ! そう思ったらいてもたってもいられねえ! おれまで泣いちまう! なんで誰もアンリの旅立ちを止めなかったんだ!」

 

「涙こらえながら、笑顔で見送ってやれって言ったのはデンさんじゃないっすか!」

 

「アンリィ……」

 

 

 そこからまたも延々とアンリのかわいさとアンリへの心配を呪詛のごとく呟きだすデンホルム。

 ヒューズはまだまだ続きそうなこの状況から逃げたくなった。

 

 そんな時、珍しい来訪者がやって来た。

 

 ジルの義兄、カルメンだ。

 

 ジルを迎えに来るために廃棄場にこそ来るが、今日はジルは家にいるはずだ。カルメンが廃棄場に来る理由はない。

 仕事で巡回ということも考えたが、そもそも廃棄場は街に含まれていない。巡回の範囲内ではないはずだ。

 

 カルメンが廃棄場に来た理由はわからない。ましてやこの芝居小屋に来る理由などなおさらないはずだ。

 だがヒューズはカルメンをこの場に引き留めようと考えた。デンホルムの愚痴を聞く対象を増やすためだ。さりげなく自分がフェードアウトできる可能性をあげるためにも。

 引き留めるための言い訳を考える。

 しかしそれは無駄に終わった。

 

 

「きみたち、少しいいかな」

 

「ああ? おれたちに用か? 珍しいじゃねえか」

 

 

 カルメンから声を掛けてきたのだ。

 傷心なデンホルムも珍しいじゃねえかと思えるカルメンの行動によって、ひとまずはデンホルムの愚痴が止まる。

 

 

「ジルなら今日はこっちにはいねえぞ」

 

「ああ、うん。しってるよ。今日はジルを探してたんじゃない。きみたち、というかきみに相談があってね」

 

「あ? おまえが、おれに?」

 

 

 カルメンから名指しでのデンホルムへの相談。

 

 

「それなら俺はいない方がいいか?」

 

 

 ヒューズはこの好機を活かそうとした。廃棄場で生活していく上で強かさは大事なのだ。

 

 

「いや、いてもらってもかまわないよ。むしろいてくれた方がいいかもしれない。意見は多い方がいい」

 

 

 しかし、ヒューズは逃げられなかった。

 

 

「相談、か。わざわざ街じゃなくここまで来るってことは真剣なことなんだろ。おまえは廃棄場の住民じゃねえけど、相談にのってやるよ」

 

「ありがたいね」

 

 

 そう言ってカルメンは小屋の椅子に腰掛け、相談事を打ち明け始めた。

 

 

「実はジルのことなんだけど」

 

 

 ジルのことでの相談だとは予想がついていたので、デンホルムもヒューズも特に驚きはなかった。

 次の言葉を聞くまでは。

 

 

「わたしと一緒に、お風呂に入ってくれないんだよ」

 

「ヒューズ、これって取っ捕まえて牢屋にいれた方がいいか」

 

「未遂のうちにそうした方がいいかもしれないっすね」

 

 

 カルメンもジルも、すでに10代後半なはずだ。一桁の年齢であれば微笑ましい相談になるが、これはダメだ。さらにはカルメンとジルの二人は血が繋がっていない。なおのことまずい。恋人同士ならまあともかく。

 

 

「兄妹で一緒に入るのは普通のことだろう?」

 

「おれだってアンリに拒否されたんだぞおまえ」

 

「デンさん、ややこしくなるんで今はその話やめましょう」

 

「へえ、アンリの年頃でも一緒に入るのはだめなんだね」

 

「むしろなんでおまえは、ジルの年頃は大丈夫って思ったんだよ」

 

「むしろなんでデンさんもアンリと一緒に入れると思ったんすか」

 

 

 ヒューズは思った。ひょっとしてただ愚痴を聞いてた時よりも面倒な状況なのではと。

 

 

「まあ昔の話だ。アンリも成長したからな。旅に出るほど……、成長したからな……」

 

「むかしといまでは変わるものもある、か」

 

「そりゃそうだろ。この廃棄場を街も受け入れつつあるんだ。変わらないものもあるかもしれねえけどよ、なにひとつ変わらないなんてのはねえもんさ」

 

「だけどあの子は、むかしと変わらずうつくしいよ」

 

「なんの自慢だよ……」

 

 

 デンホルムもヒューズも、カルメンが予想以上にシスコンな様子に微妙な表情になった。

 

 

「まあなんだ。話がそれちまったが、ちっとはジルの気持ちになってやれ」

 

「ジルの気持ち……むずかしいな」

 

「そうか? 一緒に暮らしてるんだしすぐわかりそうなもんだが……」

 

「一緒に暮らしてなくてもわかりそうな話っすけどね」

 

 

 17にもなって血の繋りのない異性の家族と風呂に入るとか、少し考えたら嫌がるとわかりそうなものである。

 

 

「そうだな。一緒に暮らしているんだ。わたしもジルの気持ちに近づくようにしてみるよ。二人とも今日はありがとう」

 

「おう。まあ頑張れよ」

 

 

 デンホルムはカルメンに少しだけ仲間意識を強めた。昔、同じような悩みを抱えたものとして。もっとも、対象の年齢が大きく異なるが。

 ともかく同じ仲間としてアドバイスだけでは味気ないものに思えた。

 

 

「ほらよ、餞別だ」

 

 

 そう言いながらデンホルムは自身の自慢のリーゼントに手を突っ込む。

 そしてそこから、飴を取り出してカルメンに渡した。

 

 

「飴?」

 

「アンリは飴をやるとすげえ喜んでな。アンリとジルは歳が全然違うけどよ、味覚は似てる方なんだわ。この飴でもプレゼントしてやりゃ上機嫌にもなるだろうぜ」

 

「なら、ありがたくもらっておくよ」

 

「おう、ありがたくもらっとけ」

 

 

 カルメンは飴を受けとり、席を立った。どうやらもう帰るようだ。すかさずヒューズはデンホルムに解散をそれとなく言う。

 

 

「デンさん、俺らもそろそろ戻らないっすか」

 

「そうだな。今日の飯当番はヴァイゼルだし、変なモン入れられる前に止めねえとな」

 

「早く戻らねえとじゃないですか! 俺はこの国でまでわけのわからない料理なんて食いたくないっすよ!」

 

 

 ヒューズは慌てて戻っていき、カルメンも街へと帰っていった。

 デンホルムは愚痴り足りなかったが、カルメンの行動で明日にはジルが上機嫌な姿を見せるかもな、と期待しながら歩いて帰ることにした。

 あの銘柄の飴はデンホルムがよく買っているものだとジルも知っている。カルメンの気を利かせた行動にデンホルムも噛んでいるということをさりげなく、こっそりとアピールしたデンホルムだった。

 

 

 

 

 

 ところ変わってジルとカルメンの暮らす家。

 

 カルメンは帰宅後、ジルを探した。ほどなくしてどこにいるか判明した。

 ジルはどうやら浴室にいるようだ。

 

 ここで一緒に入ろうと迫るようなミスはもうしない。

 

 カルメンはまずジルの気持ちになろうとした。

 

 しかし、やはりむずかしく思えた。ジルのように強く、活力に満ち、うつくしい心。それと自分は遠く及ばないとどうしても考えてしまう。そのせいでジルの気持ちになれる気が全くしない。

 

 ならば、と考え直す。

 昼間に相談にのってくれた彼らの言葉を思い出した。

 

『一緒に暮らしてるんだし』

 

 と言っていた。そこから、一緒に暮らしている強みを活かせばいい、とカルメンは考え直した。

 

 その強みを活かしてジルの気持ちになる。たとえなれなくても、少しでもジルの気持ちに近づく。

 

 カルメンは、そのためにジルの自室へと向かった。

 

 

 

 

 浴室でさっぱりしたジルは機嫌良く自室へと向かう。お風呂に入っている途中、カルメンが浴室の外まで来ていて焦ったが、あっさり引き返したからだ。

 

 少しはいまの私を見てくれるようになったのかな、とジルは考えた。そのため上機嫌なのだ。

 

 鼻歌まで歌いそうな気分のまま、自室の扉を開ける。

 

 するとそこには、

 

 

「は? に、にいさん……?」

 

 

 カルメンがいた。

 

 カルメンがいることはまだいい。勝手に入っているのは全然良くないが、まだいい。

 

 

「なんで、なんで……」

 

 

 ジルは何度も確かめるように目をこすり、カルメンのを見る。しかしカルメンの姿は何度見直しても変わらず、

 

 

「なんで! 私の服を、着てるんだぁあああ!!」

 

 

 風呂上がりでなかったら周囲の鉄を集めて殴っているところだった。

 というか普通に殴った。

 

 一方でカルメンはどうしたものかと悩む。

 ジルの気持ちに近づくため、まずは形からとジルの服装を着てみたのだ。しかし着たところであまり気持ちはわからなかったが。カルメン的にはもう少し明るい色合いの服がいいなと思った程度だ。

 

 なんにせよ、ジルが凄まじくお怒りだ。

 

 表情にこそ出さないが、カルメンは少し動揺していた。してしまっていた。

 

 そこでふと、デンホルムのもうひとつのアドバイスが脳裏によぎる。

 

『この飴でもプレゼントしてやりゃ上機嫌にもなるだろうぜ』

 

 ジルがこれ以上暴れて家が壊れる前に、このアドバイスに従うことにした。

 

 

「ジル、落ち着いて。ほら」

 

「落ち着いていられるか! だいたいなんで私の服を着てるんだ! なんで着れるんだ!」

 

「ジル、これをあげる」

 

「は? 飴? そんなのでごまかせると……、ん? この飴の銘柄……」

 

 

 何やらジルの怒りは、動揺したカルメンの視点では、収まっていった。デンホルムのアドバイス通り、飴は効果的だったようだ。

 実際はただ怒りの矛先が別の方角へと分散されただけではあるが。

 

 

 

 

 翌日、デンホルムはジルから何度も叱られた。

 

 デンホルムは、カルメンとの仲間意識がその日からほとんど消えていった。

 

 

 

 

 

 

 



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動物の国のお話(ハルシュト、リイリ、ベルナー、スティト)

動物の国1周目関連

アニメ化してるんだもの。





 

 

 

 

 ウルカの長の第一子、ハルシュトは同盟先のアルムの村へと向かっていた。

 ウルカとは違いアルムの変化は少しずつだ。急な変化は無用な混乱をもたらす。そのため代表が互いに話し合い、次の変化についてすり合わせを慎重に行う必要があった。

 

 今回の話し合いはアルムの村。

 ゆえにハルシュトはアルムへと向かっていた。

 

 

「時間が空いたらリイリ殿と手合わせでも願おうか」

 

 

 なんとなく独り言をごちる。

 

 アルムの長の娘、ハルシュトと同じく剣を振るうのが好きな女性リイリのことを思う。

 空に花が咲いたあの日以来、リイリのお目付け役ベルナーも変化を少しずつ受け入れ、古き慣習から外れつつある。変わっていくものをリイリが見つけ、変わらないものをベルナーが見つけていくとリイリは豪語していた。

 あの二人がいればアルムはこの先発展していくだろう。ウルカも負けていられないとハルシュトは己に活を入れる。

 

 じきにアルムの村の入り口が見えてくる時だった。

 

 見覚えのある者が、いつぞやのように頭を抱えうなだれていた。その尻尾は垂れ切っている。

 

 それは、リイリのお目付け役ベルナーであった。

 

 

「ベルナー殿、いかがしたのだ」

 

「ハ、ハルシュト殿か……」

 

 

 アルムの番犬ベルナー。

 犬族の強い戦士として名を馳せるこの男が取り乱すときはたいていリイリ関連である。

 今回もそうだろうな、とあたりはつけてハルシュトは尋ねる。

 

 

「リイリ殿と何かあったのか?」

 

 

 もっとも、たいていはベルナーの早とちりが多いのであまり真剣に聞く気はなかったりする。だってベルナーだし。

 

 それよりもハルシュトは少しだけこの場から離れたくなってきた。己の直感が告げているのだ。面倒くさいことになりそうだ、と。それはベルナーが原因なのか、それともアルムの村が原因なのかわからないが、ウルカに戻りたい衝動に駆られた。

 とはいえ代表としての仕事がある以上、アルムの村にはいかなくてはならない。なのでハルシュトはただ面倒ごとが起きないように心の中で祈るだけだった。

 

 

「お嬢様は今日もたいそうお美しくあられる。ところでハルシュト殿……、紫の装丁の本を見なかったか?」

 

「いや? 見てないが……」

 

「そうか……、もし見つけたら、誰にも言わずに私に渡してくれ……。決して中を見るのは許さんぞ……!」

 

「あ、ああ……」

 

 

 ハルシュトは察した。

 ベルナーのいう紫の装丁の本。それはベルナーによる「リイリお嬢様の美しい日々を綴る日記」である。言ってしまえばストーカーによるメモ帳である。

 以前その日記を記している場面を遭遇したハルシュトとしては、やめればいいのに、という気持ちしかわかない。

 

 

「私はもう一度自宅を探しに向かう……。以前は癒術師に拾ってもらったが、誰にも拾われてないだろうな……!」

 

 

 そう言い残してベルナーは走り去って行った。

 

 残されたハルシュトは、見つけたら気に留めておくか程度しか考えなかった。

 

 

 

 

 

 

 それから、アルムで代表としての仕事をハルシュトは行った。

 

 思いのほか早く終わり、どうしたものかと考える。

 

 リイリとの手合わせと最初は考えていたが、ここに来る途中のベルナーの手伝いもありといえばありだ。ベルナーの日記が誰かに渡るのはあまり良くない。特にリイリ本人にベルナーの日記が渡れば、なんともいたたまれない。

 

 

「あ、ハルシュト様」

 

「おや、リイリ殿」

 

 

 思案している最中に、件のリイリと出会う。

 ならば手合わせにするかと思い、言いだそうとしたときだった。

 

 

「ハルシュト様なら……、ハルシュト様! お願いがあります!」

 

「お願い?」

 

「他の人には……、特にアルムの人には頼めなくて……」

 

 

 ハルシュトの直感が告げだした。

 面倒くさいことになると。それはもう警鐘のように直感が告げている。

 

 しかしリイリの懇願。断りづらい。アルムの人に頼めないというのだ。内容次第では力になるべきだと考えた。

 

 

「いったいどういったお願いか、聞かせてくれるか?」

 

「はい! ……、これなんですけど」

 

「…………、紫の装丁の本だな」

 

 

 どこかで見たことのある紫の装丁の本。それがリイリの手にある。

 

 願わくば、ベルナーの日記じゃありませんように。そんなハルシュトの儚い願い。

 

 

「これ、ベルナーの物なんです……」

 

 

 ウルカに帰ればよかった。

 

 ハルシュトは己の直感がやはり正しかったことを実感した。

 

 

「そ、そうか……。それで、ベルナー殿の本がいったい何故リイリ殿のもとに?」

 

「この前、ベルナーと剣の稽古をしてた時にベルナーが落としちゃったの。ベルナーは気づいてなかったみたいで……」

 

「そ、そうか……」

 

 

 まだ慌てるような時間じゃない。

 リイリがこの本を読んだかどうかはわからないのだ。下手に何かを言って本の中身を確認されるのは不味い。

 しかし、もしかしたらすでに中身を確認してしまったかもしれない。それはそれで不味い。なんとか確認したいがどう確認するべきか。

 

 本を睨みながらハルシュトは考える。

 

 本の背には「リイリお嬢様の色鮮やかな日々を綴る。Vol.64」とあった。

 

 中身を確認しなくてもこれ絶対アウトだ。

 

 

「……リイリ殿、その……。ベルナー殿はリイリ殿のことを大切に思ってるからであって、ストーカーなどではない……、と思う」

 

 

 こんな馬鹿らしいことで、折角変わりゆくはずのアルムで妙な空気になられては困る。せめてもとベルナーのフォローをいれることにした。

 

 

「うん……。ベルナーだもんね」

 

「ああ、ベルナー殿だからな」

 

 

 ベルナーの常日頃の過保護さが、今回ばかりはいい方向に働いたのか、まあベルナーだし、という謎の納得で済んだ。

 

 

「でも、これをアルムの人に見られるのは不味いと思うの。だからといって私がベルナーに渡すと……、さすがに気まずいかなって」

 

「そうだな……。それで私に頼んだのか」

 

「はい……」

 

「わかった。私に任せてくれ」

 

「ありがとうございます!」

 

 

 リイリの垂れた耳を見て放っておけるわけがなく、ハルシュトは快諾した。

 すでにベルナーがこういう日記をつけているというのは事前に知っていたことだし、ベルナー自身もハルシュトにはバレていることを知っているのだ。ある意味これ以上ない人選である。

 

 そうと決まればと、ベルナーの元へ向かおうとして足が止まった。

 

 

 またも直感が告げているのだ。面倒くさいことになる、と。

 

 

 これまでのハルシュトの人生を支えてきた直感。

 本を渡すのは日を改めたほうがいいと告げている。

 

 そして考える。この日記帳は別に急ぎ渡す必要はない。

 

 ハルシュトは一度、ウルカに帰ることにした。

 

 

 

 

 

 それから、何日経ってもなお、直感が面倒くさいことになると告げていた。

 

 これはもう、ベルナーが面倒くさいからなのでは? という疑惑が芽生えるほどだった。

 

 何日もこんな本を持っているわけにもいかない。そろそろ覚悟を決めなくてはならない。

 

 そんな時、ハルシュトの部屋に人が訪れた。

 

 

「姉さん、これからアルムの村に行くんだけど姉さんも来る?」

 

 

 ハルシュトの弟スティトである。

 あれから隠れることをやめて、少しばかり社交的になったスティトだ。最近ではアルムの村にこうして遊びに行くことが増えた。正確には、対人関係の練習も含まれているが。

 

 

「あ、ああ。そうだな……」

 

 

 スティトの対人関係の練習。

 花火を作るようになってから、行商人のジャモに外の国を見てみないかと誘われているからその練習にアルムへ向かう。今まで人から隠れていたスティトのための練習だ。

 

 外の国ではいろんな者がいるだろう。

 心優しい者もいれば、そう。面倒くさい輩も。

 

 これも練習になるのではないか? そんな悪魔の囁きが、ハルシュトを惑わす。

 

 紫の本をベルナーに渡す。そのお使いをスティトに頼むのはどうだろうか。

 

 スティトはベルナーのリイリ偏愛ぶりを知っている。日記については知らないだろうが。

 まぁそこはベルナーだし、と納得するだろう。

 

 

「私はやめておくよ。まだやらねばならないことがあるからな。それより、ついでに頼みたいことがあるんだが」

 

「なに?」

 

 

 これはスティトの対人関係の練習のため。

 そう、練習のため。ひいてはスティトのため。

 

 ハルシュトは己にそう言い聞かせ、紫のあの本をスティトに渡した。ちなみに紙のカバーをかけてタイトルは見えないようにしている。

 

 

「以前、この本を拾ってな。ベルナー殿のなんだが、渡しといてもらえるだろうか」

 

「ん。わかった」

 

「た、頼んだ」

 

「? わかったよ」

 

 

 こんな姉をどうか許してくれ。そんなことを思いながら、ハルシュトはスティトを見送った。

 でももうスティトも18歳なんだし、これくらいいいよね。そんなことも思いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ベルナーさん、これ」

 

「ん? これは……、これは!?」

 

「ベルナーさんのだよね?」

 

「あ、ああ! ところで読んだか!? いや、カバーを掛けたということは、私の物だとわかったということは……、中身を見たな!?」

 

「え。え……? た、たぶん?」

 

「まあ……、ハルシュト殿の弟ならば、まだいいか」

 

「えっと、俺、もう行っていい?」

 

「ああ、礼を言う。その前に、中を見た感想はどうだったろうか」

 

「え? いや、俺は見てな───」

 

「ちゃんとお嬢様の可憐な様子、美しいしぐさ、すべてを十二分に書けていただろうか。私の稚拙な文章で、たとえ文の中であろうとお嬢様の魅力を引きだせていなければと思うと……」

 

「あの……?」

 

「しかしそう考えるとハルシュト殿の弟に見つけてもらえたのは幸運だな。お前もリイリお嬢様の魅力については知っているだろう。不埒な真似はさせないが、魅力について共に語ろうではないか」

 

「え? え?」

 

「共に語らう同士というのは良いものだな。さ、今日は俺の家に来るといい」

 

「あ、あの───」

 

「せっかくだ。リイリお嬢様の麗しき日々を1巻から共に語るか!」

 

 

 

 

 

 

 

 スティトがウルカに帰ってきたのは、3日後のことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




 




ハルシュト様のファンの方へ。ごめんなさい。
あとベルナーのファンの方へ。本当にごめんなさい。


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妖精の国のお話(サローディア、ゼフュロダイ)

妖精の国1周目関連

アニメ化してるんだしと急いで突貫。ほのぼの路線。





 

 

 

 

 妖精の国、春の丘に存在する黒の森。

 その森の一軒家にて

 

 

「帰れ」

 

「なんでよー! せっかくお土産に蜂蜜茶持ってきたのよ!」

 

「頼んでない。帰れ」

 

 

 春の丘の王女サローディアと黒の森に住まう地を知る者ゼフュロダイが言い争いをしていた。

 正確には一方のみが喚いているだけだが。

 

 

「ちょっと扉を閉めないでよー! 地を知る者の知恵を借りたいのよ!」

 

「断る。他をあたれ」

 

「お願いしますー! ほかに頼れる人がいないんだもの!」

 

「お前と同じ年齢のエトにでも頼れ。わかったら帰れ」

 

「帰れ帰れって言わないでよ! パリストスとメネライアについて相談したいから、二人のことを知っているあなたしかいないの」

 

「……」

 

 

 ため息をつきながらゼフュロダイは扉を開けた。

 パリストスとメネライア。竜の一件で王女の護衛として張り切っていた剣士の妖精。その二人のことも、ゼフュロダイとしてはどうでもよかったが、このまま扉の外で騒がれるのも鬱陶しく感じたため中に入れることにした。

 

 

「ようやく開けてくれたわね……」

 

「さっさと要件を話せ。そして帰れ」

 

「口癖になってるの?」

 

「帰れ」

 

「わーっ! ごめんなさいごめんなさいー!」

 

 

 オホン、とわざとらしく咳ばらいをしながらサローディアは身を正した。

 竜の一件から何度も黒の森に訪れてはいるため、雑な扱いには若干慣れつつあったりする。

 

 それにゼフュロダイも、春の丘に何度も訪れるようになったのだ。サローディアに勉学を教えるために。

 そのためサローディアは以前ほど毛嫌いはしていない。

 

 

「あの二人なんだけど、いっつも喧嘩してるじゃない?」

 

「だろうな」

 

「以前ほどではないにしても、やっぱり喧嘩はよくないと思うのよ」

 

「そうか」

 

「だから二人の仲をよくする方法を一緒に考えて!」

 

「断る。話は終わりか」

 

 

 あの二人も以前ほど険悪ではなくなった。このゼフュロダイも以前ほど取っつきにくさはなくなったが、それでもこれである。

 

 

「せめて何かアドバイスしてよー! この蜂蜜茶をあげるから!」

 

「……」

 

 

 ゼフュロダイはため息を大きくついた。

 いやそうな雰囲気を一切隠そうとしないため息である。

 

 ちなみにゼフュロダイは蜂蜜茶を好きではない。

 家にたくさんあるのはサローディアの母フロイレイダの悪戯の結果である。そのことをサローディアは知らず、たくさん蜂蜜茶を持ってることだし大好きなのだと勘違いしているのだ。

 

 

「……、あの二人についてどこまで知っている」

 

「え? えっと、ガランドルとスガロルの末裔でしょ?」

 

「そうだ。ガランドルとスガロル。どちらもかつては同じ者に忠義を捧げていた」

 

「うん。じいやから聞いたわ。ちゃんと覚えてるのよ」

 

「威張るな。道を違えるまではガランドルとスガロルはともに良き友だった」

 

「うん」

 

「……、あの二人もかつてのように、忠義を捧げる相手を同じくすれば良き友となるのではないか」

 

「……、二人とも、こんな私に忠義を捧げてくれてるわよ」

 

「ふん、かつての王のように、王たる器を身につけなくてはならないということだろう」

 

「うっ……」

 

 

 サローディアは痛いところを突かれたといわんばかりに呻いた。

 その様子をゼフュロダイは少し面白く感じた。

 

 

「あの二人に喧嘩をしないでほしいなら、早く城に帰って勉学に励むのだな。王たる器を持ちたいのであれば、だが」

 

「わ、わかったわよ! 帰ってもっと勉強して、昔の王様みたいにすごーい立派な女王になるんだから!」

 

 

 威勢よく啖呵をきるサローディア。あの一件以来王女としての自覚から、癇癪を起さないようになっていたが、たまにこうしてその癖がいまだに顔を出す。

 そのまま家を飛び出そうとして、

 

 

「ありがとね! また城に来たらとびっきりの蜂蜜茶を用意しておくわ!」

 

「……、私は蜂蜜茶は好きでは……。もう行ったか」

 

 

 癇癪を起しつつも礼を言えるようになったあたり、じきに悪癖もなくなるだろう。以前であれば礼を求めこそすれど、自ら礼をすることはなかったのだから。

 

 

「だが落着きがないままなのは問題か。それに、あの二人の仲が険悪と勘違いしたままとはな」

 

 

 二人の仲はすでに険悪などでなく、互いを認め合い、高めあう好敵手となっていることは大多数の者が知っている。

 あの二人にとっての王はサローディアで、互いに成長していくサローディアにふさわしい臣下となるべく競い合っているだけなのだが、それがサローディアの目には相変わらず喧嘩しているように見えているのかもしれない。

 

 それを言わなかったのは面倒臭かったというのもあるが、ちょっとした仕返しの悪戯である。

 

 黒の森にも少しずつ春が来ているのだ。春を知らなかった以前は、悪戯などしようと思わなかった。何かを面白がるなんてことはなかった。

 

 

「勝手に春を齎してくれたのだ。これくらいの意趣返しは許されるだろう。王たる器ならな」

 

 

 誰もいなくなった部屋で一人穏やかに蜂蜜茶を飲む。

 

 やっぱり好きになれない味だと思いながら。

 別の茶葉とブレンドしてみるか。そんなことを思いながら台所に向かった。

 

 

 

 

 

 

 




 



たまにはオチなし。


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少数民族の国のお話(ユージア、シャオリン、シージェ、リュンリー)

アニメは少数民族大幅改変でしたね。

このお話はアニメ版というよりアプリ版です。

少数民族1周目関連。







 

 

 

 

 少数民族の国のリウの村。

 村の長の執務室にて、真夜中とも言える時間に動く影があった。

 

 わずかな明りだけを灯し、机に向かう影、もといその人物は怪し気な笑みを浮かべている。

 

 

「そこまでです」

 

「……っ!」

 

 

 その背後から声をかけられた。

 誰もいないと思っていた人物は驚きに満ちた表情のまま振り返る。

 

 そこにいたのは、シャオリンの教育係であるシージェだった。

 

 

「ユージア様、もう就寝の時間です。仕事は終えてお休みになられてください」

 

「うう……。い、いや、待ってくれ。あと少し、あと少しだけでいい。もう少しでキリのいいところまで終わるんだ……!」

 

「駄目です」

 

「た、頼む……!」

 

「どれだけ言われようと駄目です。急ぎの仕事はもうないのですからお休みください」

 

 

 シージェはため息をつきながら、その願いを断固として拒否した。

 仕事を取り上げられた影、もといユージアは絶望の表情となってしまった。

 

 事情を話せばわかってもらえるかもしれないと思ったのか、ユージアは仕事をしたい理由を話しだす。

 

 

「せ、せっかくリュンリー殿がタオの村にいるため不在なんだ……。ここのところ休みがちだったから少しくらい仕事をしてもいいだろうに……」

 

「そのリュンリー様から仰せつかってます。ユージア様は夜分遅くにも仕事を求めて徘徊するから注意するようにと」

 

「そんなことしないが……」

 

「してるじゃないですか……」

 

 

 長の長らしくない姿にまたもため息がもれるシージェ。

 

 ひとりで長として村を導いてきたユージアは、気が付けば完全な仕事中毒となってしまった。

 今までは村全員が予言を妄信し、ユージアが独り激務をこなしていたが今は違う。紅い星が流れたあの日、吉兆も凶兆もなくなったあの日から全員で村を良くするように変わっていった。

 そのためユージアの激務を軽減するようにしたのだが、先も書いたように彼は完全な仕事中毒者。減った仕事の分を求めて夜な夜な徘徊する亡霊のようになってしまった。

 

 普段であればユージアの妻であるリュンリーも厳しく見張り、仕事を取り上げるのだが今日は不在。リュンリーの故郷であるタオの村に近況報告で帰省中なのだ。

 

 その間、ユージアが喜々として仕事に没頭しかねないということで、シージェが見張るように内密に頼まれていたのだった。

 

 

「もう遅いんですからお部屋で休んでください」

 

「……、確かにもう遅い時間だな。ちゃんと戻るから先に……」

 

「ユージア様がお部屋に戻られるのを見届けてから僕も戻ります」

 

「うっ……」

 

 

 ユージアの反応を見て、やはり、とシージェは思った。

 ユージアとシャオリン、二人は兄妹だがあまり似ていないと思ったが、こういうところはかなり似ている。今後もきっと似た姿を見せていくこととなるのだろう。星読みの予言を妄信しなくなったのだから。

 

 肩を落としながらトボトボと寝室に向かって歩いているユージアの後ろについていきながら、あることに気づいた。

 シャオリンの寝室から明かりが漏れている。

 

 その事にユージアも気づいた。

 

 

「シャオリン? まだ起きているのか?」

 

「え、兄さま!? シャオリンは寝ています~っ!」

 

 

 部屋ごしにユージアが尋ねると元気に寝ていると返事がくる。

 

 

「起きてるじゃないか……」

 

「シージェまで!?」

 

 

 何故兄妹揃って夜更かしをしているのか。シージェは何度目かわからなくなってきたため息をまたついた。

 

 

「シャオリン、こんな時間まで起きていては体に障る。ちゃんと寝なさい」

 

「ユージア様、その言葉をご自身にもお願いします」

 

「うっ……」

 

 

 どの口が言うのか。そんな気持ちを込めたシージェの言葉に呻くユージア。

 

 それはそうとシャオリンは何故起きているのか。

 ただ寝付けないだけなら明かりを灯す理由はない。

 

 

「それでシャオリン、何をしているんだ? こんな時間まで起きて……」

 

「少しだけ勉強を……」

 

 

 完全に起きているということがバレたと観念したのか、シャオリンは聞かれたことに素直に答えた。

 

 

「お前もか……」

 

 

 紅禍として見られなくなってから、より一層勉強に励むようになったシャオリンはあまり休まなくなった。そんなところもユージアに似ているなと思ったが、こんなところまで似なくていいとシージェは深く思った。

 

 

「私も……? ひょっとしてシージェも?」

 

「違う。ユージア様だ。こんな時間になっても仕事をしようとして……」

 

「私は長として……」

 

「長としてまずは休んでください」

 

「兄さま、遅くまで仕事なんてせずにちゃんと寝てください~!」

 

 

 何故この兄妹は己の発言を己に向けないのか。

 シージェはシャオリンの教育係のはずが、何故か二人の教育係のような気持ちが芽生えてしまいそうだった。この場にいる三人の中で最年少だというのに。

 

 問題の兄妹は互いの体を気遣って、互いに休めと言い合っている。二人とも休めばいいだけなのだが。

 

 その様子を眺めながら、シージェはひらめいた。

 

 

「シャオリン、入るぞ」

 

「へ?」

 

 

 返事を待たずに戸を開ける。

 部屋の中のシャオリンは勉強道具を片づけようとしていない。どうやら二人が去った後も勉強をするつもりだったようだ。

 

 

「ユージア様も、中へどうぞ」

 

「シージェ、ここ私の部屋なんだけど」

 

「あ、ああ」

 

 

 呆然としているユージアも中に招き入れ、シージェは明日の予定を思いだす。

 明日の正午にはリュンリーが戻ってくるはずだと。

 

 

「兄妹水入らずで一緒の部屋でお休みになられてはどうですか。寝具は僕が運んできますので」

 

「え? でも私はもう少し勉強してから……」

 

「いや、私は仕事を……」

 

「ええい! 二人とも休まないと僕が困るんだ! いい加減眠いんだ!!」

 

「だから先に寝るようにと……。シャオリンも勉強は明日にしなさい」

 

「兄さまこそ仕事は明日に回してください」

 

「二人とも休めと言っているんだ!」

 

 

 眠気もあったせいで、つい不満が爆発してしまった。

 だがシージェはすぐに二人は休むはずだと考える。二人は互いに互いを休ませようとしているのだ。お互いの目があれば、無茶せず一緒に寝るのではないか。そんなざっくりとした狙いである。

 

 そんなわけでシージェは、まだ不満気な二人を部屋に残し、ユージアの寝具を運ぶことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 ユージアの寝具をシャオリンの部屋に運び入れた時、さすがに言い合って疲れたのかシャオリンが大きくあくびをした。これならもうすぐ眠るだろうとシージェが油断したときだった。

 

 

「ではユージア様、シャオリンが起きだして勉強をしないように、兄妹揃ってお休みくださ……、ふごっ!」

 

「シージェも、一緒に寝よ……」

 

 

 もう寝落ち寸前の様子のシャオリンに足を掴まれ、シージェは転んでしまった。

 

 

「僕は自分の部屋で寝る! ってもう寝入ってるだと……?」

 

「シャオリンの見張りは譲るとしよう。それでは私は……うおっ!」

 

 

 シャオリンはもう小さくいびきを立てている。

 さりげなく離脱を図るユージアの足をシージェは掴んだ。ここで逃がしてはまた仕事に向かってしまう。超優秀を自負する身として、頼まれたことを出来ないでいるわけにはいかないという執念がユージアを捕らえたのだ。

 

 

「ユージア様、妹君と共に寝るべきです……!」

 

「シャオリンは優秀な教育係と一緒に寝たいみたいだから……! 私は、遠慮しておく……!」

 

「妹君が異性と寝るのは問題でしょう……! 見張るためだと思ってここは是非残るべきです……!」

 

「村の者から教官と慕われている君なら大丈夫だと信じている……!」

 

 

 眠ってしまったシャオリンを起こさないように小声で言い争う二人。

 

 二人の攻防は、それから数十分に及んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝。

 

 リュンリーは予定よりもかなり早くタオの村から戻った。

 本来であれば正午に戻るはずだったが、これはこれでいいかもしれないと考えた。

 

 抜き打ち検査のようだが、夫であるユージアの仕事中毒を抑えることが出来ているか心配なのだ。

 

 まずは執務室に向かう。

 

 

「あら? いませんね……」

 

 

 執務室は無人だ。どうやらちゃんとユージアを止めれたようだ。

 普段であればこの時間、すでにユージアは執務室で仕事に打ち込んでいるのだから。

 

 

「だとしたら寝室でしょうか」

 

 

 もしや日ごろの仕事中毒が今になって体に影響を及ぼしたのかもしれない。それでこの時間まで眠っているのでは、そんな心配がよぎる。

 

 ユージアの寝室に向かっている途中、シャオリンの寝室から声が聞こえた。

 

 

「……兄、様。ちゃんと、休んで……」

 

「超優秀な僕にかかれば……」

 

「仕事を……仕事を……」

 

 

 特徴的な単語があちこちにある声。

 

 そっと戸を開けて中を伺えば……

 

 

「あら……、少し妬いてしまいますね」

 

 

 三人が仲良く雑魚寝をしている姿があった。

 

 微笑ましい気持ちのまま、戸を閉める。

 

 

 

 

 

 寝言からユージアの中毒っぷりは酷いと改めてわかり、他の者にもユージアの仕事を取り上げるように頼みに向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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死者の国のお話(ジャントール、コゼット、ルチアーノ、シトルイユ)

相変わらずのアニメ記念だけどアプリ版準拠
死者の国1周目関連





 

 

 

 

 死者の国、レーヴの村のあるお家にて。

 ジャントールが教会から帰宅した時のことだった。

 

 

「大きいカボチャ。パパ、それどうしたの?」

 

「ああ、信徒の人がくれたんだ。ひとつでいいと言ったんだが、二つももらったよ」

 

 

 コゼットの言葉が示す通り、ジャントールは両手に大きなカボチャを二つ抱えていた。

 二つともとても大きく、シトルイユの頭の大きさに匹敵するようなサイズだ。

 

 

「しばらくはカボチャ料理にしないといけないな。ルチアーノも呼んで一緒に食べようと思う」

 

「三人でも食べきれるかな……」

 

「そうだ、せっかくだしカボチャをくりぬいて顔を作ろうか?」

 

「! ミスターみたいな?」

 

「ああ、パパは器用だからな」

 

 

 コゼットの言うミスターとは、あの城で出会ったカボチャ頭の自称紳士、シトルイユのことだ。

 シトルイユは友達と3人で共に世界中を旅すると言ってそれきりである。その旅路はきっと愉快なことになっているだろうなとジャントールは思う。

 案外観光名所へ行けばそのうち再会できそうなカボチャ紳士を思い浮かべながら、夕飯の準備と工作の準備を始めることにした。

 

 

「ミスターはね、私と一緒に紅茶を飲んだの」

 

「カボチャ頭でも飲めるものなんだな」

 

「頭に流し込んでたけども……」

 

「味はわかるのか、それで……」

 

 

 カボチャを見たことによってか、あの当時を振り返るかのようにコゼットが父に話をする。

 ジャントールも娘の言葉のひとつひとつを聞いて、一緒に笑ったり、疑問に思ったりと親子は良好な状態だ。

 

 

「あ」

 

「どうしたの……?」

 

「カボチャのお尻までスープにいれてしまった。ランタンにでもしようかと思ったんだが」

 

「ランタンはミスターからもらったものがあるよ、パパ。それにこの方が、被れてミスターとお揃いみたい」

 

 

 カボチャのお尻部分がなくなり、被りもののようになってしまった。

 とはいえ手で支えないとまともに被れないものだが。

 

 

「もう一つのカボチャも被れるようにしようか」

 

「うん」

 

 

 夕飯作りもそこそこに、二人はカボチャ頭作りに夢中になっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルチアーノは鼻歌混じりに村の中を歩いていた。

 未だにまともな家事能力を備えていない33歳にとって、夕飯をお呼ばれすることは嬉しいイベントなのだ。一番うれしいイベントはお嫁さんができることだが、今のところその見通しはない。

 

 お嫁さんは相変わらずいないが、ルチアーノはここのところ良いこと続きである。

 以前から心配だったジャントールとコゼット。それがあの古城での一件でもう大丈夫だと思えるようになったのだ。

 

 

「しかし結局、あのカボチャはなんだったのかねぇ」

 

 

 思いだすは古城に向かった時、すれ違った大きなモンスターとカボチャ。

 事情を知っているらしい親子からは、結局教えてもらうタイミングを逃してしまった。

 

 呪われた城とまで噂が流れていた場所から飛び出てきたモンスターとカボチャ。モンスターはともかくカボチャ。頭こそカボチャだったが、首から下は人間のようでもあった。かなり大きな体だったが。カボチャのオバケか何かだろうか、と考えて身震いする。

 

 

「それともカボチャに呪われてカボチャ頭になった人間……なーんてな……」

 

 

 ひとりで想像して、ひとりで怖がる33歳。

 

 頭から怖い妄想を追いだして、明るい何かを考えることにした。

 

 結果、お嫁さんがほしいということになった。

 そのためにもモテるために必要な何かを考えることにした。今度出会いを求めて外の国へ旅行に行くのもいいかもしれない。

 なんでも雪の国ではすごくモテない男がいるらしい。その男を反面教師として探しに行くのもいいかもしれない。

 その旅行に行くときはジャントールとコゼットも呼ぼうか。いや、目的が子供の教育にあまり良くない。

 

 

「お、いいにおい」

 

 

 目的の家の前まで近づいて、小窓から漂ってくる香りから夕飯の予想をつける。

 カボチャの濃厚な香りだ。カボチャ料理か何かだろうか。そういえば信徒の誰かが大きいカボチャがたくさんあるから持って帰ってくれと言っていた。ルチアーノは自炊能力的に辞退したが、ジャントールが何個か引き受けたのだろう。

 

 

「カボチャ、かあ……。古城の件は関係ないよな! うんうん!」

 

 

 一瞬、先ほどの怖い妄想が頭によぎる。

 関係ない関係ないと言い聞かせて扉を叩いた。

 

 

「おーい、俺だー。入れてくれー」

 

「ちゃんと名前を言え……」

 

「ルチアーノです!」

 

 

 扉の向こうからしかめっ面を浮かべてそうな声が聞こえた。くすくすと笑うコゼットの声も聞こえる。

 

 入っても大丈夫そうなのでルチアーノは扉に手を掛け、中へと入った。

 

 するとそこには、

 

 

「…………ほ」

 

「ほ?」

 

 

 カボチャ頭がいた。

 

 カボチャ頭の人間がいた。

 

 

「ほぎゃぁぁあああああ!?!?!?」

 

「ルチアーノ!?」

 

「おじさん!?」

 

 

 先ほどの妄想がまるで現実になったかのような光景に悲鳴をあげる33歳。

 しかしその耳に、友人の娘の声が聞こえたためやや理性を取り戻す。

 

 コゼットがいる。コゼットを守らなくては、とコゼットを探して室内を見渡し、

 

 

「おじさん、どうしたの……?」

 

「コゼッカボチャぁぁあああ!?」

 

「おじさん!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういうサプライズは怖いからやめてくれよ……やめてくれよ……」

 

「す、すまない。そこまで怖がるとは思ってなくて」

 

「ごめんね、おじさん……」

 

 

 やや青い顔になっているルチアーノに謝る親子二人。

 すぐにカボチャの被り物が原因だとわかり外したが、ルチアーノの心の傷は大きかったようだ。しばらく落ち込んでしまった33歳を二人で必死に慰めているのだ。

 

 

「ま、まあ俺も驚き過ぎたし悪かったよ」

 

 

 さすがに友人と8歳の女の子に慰められるのは恥ずかしく思えてきたのか、少しずつ自分を取り戻していく。

 

 その日のカボチャスープはとても暖かい味がした。

 

 しかしルチアーノはしばらくカボチャは見たくないと思ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからしばらくして。

 

 ルチアーノはしばらく休暇を取った。

 休暇の理由は旅行と言う名のお嫁さん探し。

 

 観光名所をとにかく巡れば同じように、お婿さん探しをしている素敵な子と出会えるかもしれない。そんな期待を胸にルチアーノは馬車の寄り合い所で待つ。

 

 待っている最中もルチアーノはわくわくしていた。

 馬車は相乗りである。どんな人と相乗りになるかわからないが、もしかしたら素敵な女の子かもしれない。運命の相手となりえるかもしれない。相乗りとなるということは、目的地も一緒かもしれないのだ。そこからどんどんと仲良くなるとか。

 

 道中にも、目的地にも期待を感じるルチアーノはとても浮かれていた。

 

 馬車の御者からもうすぐ出発だと告げられる。

 まだ相乗りの人が来てないのでは? と思ったがすでに寄り合い所に来ているらしい。その人が乗りこんだら出発だとか。

 

 なんでもその人はモンスターと一緒に旅をしているそうだ。

 ということは王国の人だろうか。癒されたモンスターと旅をする人というのは最近増えつつある。

 

 とにかく紳士的に心掛けなくては、とルチアーノは思いその時を待った。

 

 

「おや、確か君はレーヴの村にいた……」

 

 

 ぐるる、というモンスターの鳴き声と共に、男性の声が聞こえた。

 

 レーヴの村はルチアーノがいた村だ。もしや知り合いだろうか。

 

 女性でなかったことは残念だが、ルチアーノはくじけない。男性の知り合いを紹介してもらうという打算もありだし、そもそも新しい友情を築くというのもありだ。

 さらにいえばレーヴの村の知り合いかもしれないのだ。失礼などしようと思わない。

 

 

「同じ馬車ということは目的地も一緒かもしれないね。せっかくだ! 君も一緒に旅をしよう!」

 

「ええ、そうです……ね…………?」

 

 

 男性の提案に、振り向きながら答えたルチアーノの語尾はどんどんと弱くなっていった。

 

 

「旅と言うのは素晴らしいね! 出会いと別れを繰り返すが素晴らしい思い出となりそうだ!」

 

「ぐるる! ぐるるる!」

 

 

 レーヴの古城で見た巨大なモンスターと、カボチャ頭がそこにいた。

 

 

「…………ほ」

 

「ほ?」

 

「ほぎゃぁぁあああああ!?!?!?」

 

 

 ルチアーノは悲鳴をあげた。

 

 以前ジャントールの家で叫んだ時と全く同じ悲鳴をあげた。

 

 だが、その時と違い、カボチャ頭の下から友人の顔が出てくることはなかった。

 

 

 

 

 カボチャ紳士たちと旅を少しの間共にしたルチアーノは、終始青い顔をしていたそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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動物の国のお話(セレナ、フォルナ、ルピエ)

動物の国2周目のイベ関連
アニメ記念でもあったり。だけど一部やっぱりアプリ版準拠設定。






 

 

 

 

 

 動物の国に住む、鳥族の憧れの街パルティシオ。

 

 フォルナは歌のレッスンのため、ディーヴァの屋敷に赴いていた。

 

 セレナの歌声も戻り、もう代役ではなくなったが、新人歌姫としてフォルナは活躍しだした身。レッスンは大事である。

 彼女の講師であるルピエはディーヴァの講師でもある。そのため、今でもディーヴァの屋敷へと足を運ぶのだ。

 

 レッスンだけでなく、セレナの友人としてという気持ちやルピエに会うためといった気持ちも含まれているが。

 

 

「いつ来ても広いお屋敷なよ~」

 

 

 パルティシオ歌劇場と隣接し、街や歌劇場への抜け道がいくつもあるディーヴァの屋敷。

 何度も足を運んだが未だにフォルナには慣れない豪華さだ。

 

 何気なくキョロキョロしながらフォルナは進む。そしてふと、中庭に見たことのある姿が目に入った。

 

 

「あれは……」

 

 

 黄色い奇妙なひよこのような雨合羽。

 傍から見れば不審者としか思えない珍妙な姿が中庭にいた。

 

 

「セレナさん……? またなんで不審者ルックで……」

 

 

 それはまごうことなきセレナ渾身の変装姿だった。

 今でも時折、羽を伸ばすために街へ行く際はあの不審者ルックを扱っているが、これから街へ遊びに行くのだろうか。そんなことを思いながら見ていたが、中庭でしゃがみ込んでいるだけだ。移動する様子もない。

 

 いくら外目がないとはいえ、ディーヴァの屋敷の中庭で、じっとしゃがみ込んでいる不審者姿なのはどうなのだろうか。

 

 歌のレッスンまでまだ時間がある。早く着いてもルピエのことだ。早く会いたいという乙女心を察することなく、時間まで寛いでてよとか言いながらマイペースに自分のことをやりそうだ。

 それならセレナに声をかけよう。

 

 そう考えたフォルナは不審者姿のセレナのもとへ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

「セレナさん、何してるなよ?」

 

「あら、フォルナさん。ごきげんよう」

 

 

 後ろから声を掛ければ普段通りの調子で挨拶された。

 

 セレナのしゃがみ込んでいた位置を覗き込んでみると、綺麗な花壇が並べられていた。

 

 

「お花を見ていたなよ? 綺麗な花なよ~」

 

 

 それにしても前まではこんな花壇はなかった気がする。

 庭師の人が作ったのだろうかとフォルナは考えた。

 

 一方でセレナは花壇について何も言わなかった。ただどこか気まずげに視線を逸らし、扇子で口元を隠していた。

 

 

「セレナさん、どうしたなよ?」

 

「な、なんでもありませんわ」

 

 

 嘘だ。絶対に何かある。

 

 フォルナはセレナとの交流を経て、彼女の見栄っ張りなところはそれなりに熟知している。

 見栄っ張りで臆病な彼女の心労を少しでも取り除いてあげたいとフォルナは思った。

 

 

「セレナさん、また何か抱えたりしてるんじゃないなよ? 大丈夫なよ?」

 

「あなたが心配するようなことはなくてよ」

 

「でも……」

 

 

 ツンと澄ました返事を返されて、フォルナは何も言えなくなってしまう。

 ただただセレナをじっと見ている形になってしまい、そこで気づいた。

 

 セレナの白手袋が土で汚れていることに。

 

 

「ひょっとして、セレナさんが花壇を作ったなよ?」

 

「なっ……」

 

 

 フォルナは思ったことをつい言ってしまった。

 図星だったのだろう。セレナは驚きの声をあげてしまう。

 

 パルティシオでは美しさを損なうような仕事はあまり好まれない。戦うことであったり、力仕事であったり。ましてやディーヴァが土いじりをすることは考えられないことだった。

 

 もっとも、今は表面上変化はないが少しずつ幻の歌姫と呼ばれた、正体がバレバレの歌姫のおかげで改善されつつあるらしいが。

 

 とにもかくにも、今はセレナの花壇である。

 

 

「……ディーヴァらしからぬことだとは存じておりますわ。秘密にしておいてくれないかしら」

 

「もちろん」

 

「知られたのがあなたで良かったですわ。噂好きのカナリアたちに知られようものなら、わたくしは……」

 

「このお屋敷でなら知られることはないと思うなよ」

 

 

 訛った。

 フォルナは無自覚である。セレナは訛ったことを理解しているので特に触れはしない。

 

 

「でもどうして急に花壇を?」

 

「以前、アンテルに告白される前に、花壇を作ったりしてましたの。彼は虫が好きで、それならと一緒に花壇を作ったりしましたわ」

 

「へぇぇ!」

 

 

 アンテルとの馴れ初めだろうか。フォルナは目を輝かせる。

 まさかのコイバナに期待で胸を膨らませた。

 

 

「彼がパルティシオからいなくなってからは花壇作りはやめてましたの。ディーヴァらしくあろうとするために」

 

「なよ……」

 

「どうして花壇を、でしたわよね。今回、花壇を作ったのはただの気まぐれですわ」

 

「そうなか~、それなら次作るときはあたしも呼んでほしいなよ!」

 

「はい?」

 

「あたしもよくととに手伝わされて土いじりをしてたなよ! あたしも一緒に花壇を作ってみたいなよ!」

 

 

 コイバナではなかったがフォルナは意気込みながら話す。

 じゃっかん意気込みすぎてセレナが戸惑っていたが、フォルナが引くことはなかった。

 

 

「そ、そこまで言うのでしたら、次は呼びますわね」

 

「ありがとうなよ~!」

 

 

 口元を隠しながらセレナは足早に去って行った。

 その様子を見たフォルナは満足げである。

 

 花壇と共に残されたフォルナはひとり呟いた。

 

 

「セレナさんは本当に、見栄っ張りなあね……」

 

 

 気まぐれで作ったにしては丁寧な作りの花壇。花はどれも折れず、真っ直ぐ空を目指して生えている。短時間で作ったのだろうが、それでも大事に作ったのだろう。

 

 

「アンテル様の前だけなら、見栄を張らずに花壇を一緒に作れたんなよね……」

 

 

 パルティシオの美への意識の変化はまだ少ない。今はまだ、セレナは見栄を張り続けなくてはと考えている。

 だから花壇を作っていたことを隠そうとしていたのだろう。

 だけど、次に作るときは一緒に作ると言ってくれた。

 

 これはアンテルだけでなく、フォルナ相手にも見栄を張らなくていいと、信頼してくれた証だろうか。

 そんなことをフォルナは思う。

 

 

「いつか、街でもセレナさんが素直になれる日がくるといいなあね」

 

 

 花壇に向かって話しかける。返事は当然ない。ただの独り言なのだから。

 

 

「お花に向かって話しかける歌姫。うん、そういう不思議な路線もありかもしれないね」

 

「ぴゃあ!? ル、ルピエさん!」

 

「もうすぐレッスンの時間だってのになかなか来ないからね。探しに来たんだよ」

 

「い、今の聞いてたなよ?」

 

 

 独り言のつもりの言葉を聞かれたことに、フォルナはひたすら恥ずかしく思えた。

 せめて言葉の内容までは聞こえていないことを願いながら尋ねる。恥ずかしいことを言ったわけではないが。たとえ聞こえていたとしても、聞こえなかったことにしてほしいと願いながら。

 

 

「うん、君の声は通りがいいからね! それにぼくってこれでもイケてるプロデューサー兼君の恋人でもあるんだし、恋人の声を聞き漏らすなんてしないさ。安心したかい?」

 

 

 ルピエは渾身のウィンクを放ちながら言いきった。

 たまには恋人らしいアピールを考えての言葉でもあった。

 

 

 

 

 その日、フォルナは羞恥のあまりレッスンを休んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 



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空の国のお話(ミシェリア、ラヴィオル、ピスティア)

空の国1周目のお話。





 

 

 

 

 空の国の聖都にて。

 聖都の中心にある聖宮の一室に、ミシェリアとピスティアが出かける準備をしていた。

 

 

「ミシェリアさま、今日はどちらまで行かれますか?」

 

「今日はそうですね、ただ聖都を見て回りましょうか」

 

 

 ミシェリアの落翼の日、聖ミシェリアの奇跡と呼ばれる日を越えてから聖都は変わっていった。

 空の国の信仰がとりわけ根強い聖都でも、少しずつ地上への意識が変わりつつある。変化は地上に対してだけでなく、ミシェリアに対しても、変わっていった。

 

 ミシェリア自身が自ら羽ばたくことができるようになったこともあるが、聖宮も聖翼ではなく聖女ミシェリアとして見るようになりつつある。

 そういった新体制の結果、今までのように厳重に守るのではなく、こうして聖宮の外に出れるようになったのだ。

 

 

「あ、今日は三つ編みなんですねっ。すごくお上手ですっ!」

 

 

 ミシェリアの髪型が変化していることにピスティアは気づいた。

 ミシェリアは少し前まで三つ編みの結い方を知らなかった。やり方を教えたのはピスティアである。以前ならば、聖翼様にお教えするなど恐れ多いと言ってやらなかったこと。

 

 

「ええ、あれから何度か練習しましたから」

 

 

 ミシェリアも褒められて少し嬉しそうにした。

 聖都に降りても、持ち前の神聖さや親しみやすさで容姿を褒められることはあっても、髪型を褒められるということはあまりなく、聖宮でも同じだからだったりする。

 

 ちょっとした友人とのやり取りに近いものを感じて嬉しく思えたのだ。

 

 そういえば……、とミシェリアは初めての友人であるメルクにも、三つ編みを褒められたことを思いだした。

 

 それと同時にもう一つ、思いだしたことがあった。

 

 

「そういえば、ラヴィオルの今日の予定は聞いてますか?」

 

「え? ラヴィオルさまのですか? たしか……今日は非番だったと思いますが」

 

「そうですか。ではラヴィオルの都合が良ければ、彼とも一緒に聖都を回りましょう」

 

「わかりましたっ」

 

 

 聖宮守護団の現、団長であるラヴィオルはあの日以来、副官であるフェイエルを熱心に指導している。その熱意は凄まじく、ある種の執念を感じるほどだとか。それこそ非番であろうと文武を厳しく鍛え上げているのだ。

 

 なんでも来年の弟の誕生日までに団長を任せるためだとか。

 

 きっと今日もラヴィオルはフェイエルに厳しい指導を行っていることだろう。さすがに倒れるレベルのスパルタ教育はしないと思うが、助け舟のように時折ラヴィオルを呼びつけることも増えつつある。

 そういった要素がなくともラヴィオルとは以前から共通の秘密があったため、それなりに共に一緒にいることもあるが。

 

 ミシェリアは魔法を使い、ラヴィオルに呼びかける。

 

 もしも手が空いているのなら、来てほしいと。

 

 よほどのことがなければ手が空いていなくても来るとわかっているが、ちょっとした我儘なようなもの。ならば伺いだても必要だと考えたからだ。

 

 

 

「ミシェリア様、失礼します」

 

 

 ほどなくして、ラヴィオルが部屋に訪れた。

 

 

「よく来てくれました。これから聖都を回ろうと思うのですが、もしよければラヴィオルも一緒にどうかと思ったのです」

 

「はい、ご一緒させていただきます」

 

「ではラヴィオルさまもご一緒ですねっ」

 

 

 ラヴィオルの返事にピスティアも喜んだ。

 

 

「それとラヴィオル。髪についてなんですが」

 

 

 ミシェリアがそのまま世間話をするかのように話しだした。

 髪について、ということは三つ編みについて触れてほしいということだろうかとピスティアは推測した。

 

 

「髪、ですか」

 

「はい。動くときに、髪が邪魔に感じることはありませんか? 便利な方法があるのです」

 

 

 ピスティアは若干推測と違う流れになっていることに気づいた。

 しかし、そんなまさか、と自身が感じた流れを勘違いと処理した。

 

 そんなまさか、ラヴィオルに三つ編みをしようなどと考えているはずがない、と。

 

 

「ラヴィオル、少し後ろを向いていてください」

 

「はい」

 

 

 言われた通り、ラヴィオルは後ろを向いた。

 背を向けるラヴィオルにミシェリアは近づき、その髪に触れ……

 

 ピスティアはそれを見て、先ほど勘違いと処理したものが、勘違いではないのだと確信に至った。

 

 

(ああ、このひとは。いま、ほんとうに、ラヴィオルさまに三つ編みをなさるつもりだ)

 

 

 ミシェリアがほんとうに聖女となった時と、全く同じような気持ちでそれを見ていた。

 

 

「……って、ミシェリアさま!?」

 

「どうしたのですか?」

 

「ピスティア殿、どうかしましたか?」

 

 

 慌ててピスティアが正気に戻る。

 一方で二人は普段通りである。

 

 

「いえ、ミシェリアさま。あ、あの、何故ラヴィオルさまに三つ編みを?」

 

「三つ編みは便利な髪型ですからですが……」

 

 

 ひょっとしてダメでしたか、とミシェリアは小首を傾けた。

 それに対してピスティアはどう返せばいいかわからなくなった。

 

 ダメというわけではない。何か変ということはあるが、ダメというわけではない。

 確かにラヴィオルの髪は長く、何かと邪魔な時もあるだろう。そんな時、髪を結っていれば大きく違うだろう。便利な髪型というのは間違いではない。

 

 

「だ、ダメというわけではなく……、えっと、やはり、ラヴィオルさま自身が望む髪型がよろしいかと」

 

 

 しどろもどろになりながら、ピスティアは言葉を紡ぐ。

 内心ではちょっとだけ三つ編みのラヴィオルを見てみたいと思いながら。

 

 

「たしかに、それもそうですね……」

 

 

 ピスティアの内心は置いといて、ミシェリアは納得を示した。

 ラヴィオル自身が今の髪型をとても気にいっているのであれば、変えるわけにはいかないと思い直したのだ。

 

 それでも、便利なものを教えたいという純粋な善意が少し心に残った。

 

 僅かにミシェリアは残念な気持ちを表に出してしまった。

 

 そしてこの場にいる者たちは、僅かなミシェリアのがっかりに気づくことができた。

 

 咄嗟にピスティアとラヴィオルの二人は目配せする。

 この瞬間、気持ちが確かに一致していた。

 

 

「ラヴィオルさまはどう思われますかっ!」

 

「そうですね。確かにこの髪が邪魔に感じることが多々あります。良ければミシェリア様にその、便利な三つ編みを教えていただきたいかと」

 

「だそうですっ!」

 

 

 侍者と守護団長の連携は一切の淀みがなかった。

 

 

「わかりました。ではラヴィオル、すみませんがもう一度、背を向けてくれますか?」

 

「はい。お願いします」

 

 

 ピスティアは内心ラヴィオルに謝罪と感謝をした。

 ミシェリアの表情を曇らせなかったことに感謝を。男性でありながら、三つ編みをすることに対して謝罪を。

 

 

(ですがラヴィオルさま、今日だけはお願いします)

 

 

 今日だけは、今日だけは三つ編みで過ごしてほしいと願う。

 願わなくても忠臣であるラヴィオルは三つ編みで過ごすとわかっているが、それでも願わざるを得なかった。

 

 そんな願いをするピスティアの耳に、ミシェリアの言葉が聞こえた。

 

 

「今は私が結いますが、慣れればすぐに自分でも出来るようになりますからね」

 

 

 ミシェリアは善意100%でこの言葉を言った。

 この言葉は、今日だけ三つ編みで過ごせばと思っていた二人には衝撃だった。

 

 もちろんその衝撃を表に出すことはない。

 

 ラヴィオルはただ静かに、

 

 

「……精進します」

 

 

 忠臣としてあるべき姿をその身で示したのだった。

 もしかしたら、聖女であるミシェリアでなくても同じ返事をしていたかもしれない。純粋な善意は非常に断りづらいものなのだ。

 

 

「ふふ、そんなに気を張らなくても大丈夫ですよ」

 

 

 

 ラヴィオルの固い返事を聞いて、微笑みながら結っていくミシェリアの姿は、ごく普通の少女のようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日からしばらく、守護団の副官フェイエルを厳しく指導する三つ編み団長の姿が聖都で話題となった。

 

 

 

 

 




 


アニメ化記念でアニメの範囲の国イベを書いてきましたが、次回はアニオリっぽいですね。

次回は更新はちょっとわかりません。

可能なら国イベ関連でなくアニメ関連で国を絞らず書きたいなと。
まあできるかわからないので、更新は未定ということで……



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エレキの国のお話(ラッドストー、アメトリン)

エレキの国2周目関連。

アニメ化とは無関係ライン。




 

 

 

 

 

『ラッドおじさんへ

 

 お元気ですか? 私は今、死者の国にいます:)

 名前は怖そうな国だから、おじさんが心配するといけないのでちょっと説明すると、エレキの国と同じで、太陽の光が届かない国ですが障壁に囲まれているわけではありません。

 地下に存在する国です。ですが、エレキの国と似ている部分は太陽がないことだけで他は全然違います。

 

 それと、この国を旅している最中に知りあった男の人がとても親切でおすすめの観光スポットを教えてもらいました。今度帰ったとき、お土産を期待しててください:)

 あ、頭蓋骨とか苦手だったりするかな?(もしかしたらお土産にビックリするかも)

 パンフレットも譲ってもらっちゃいました。配送料が少し高くなるけど同封しておきます。無駄遣いじゃないから許してください。

 

 それとまた別の知りあった男の人がいるのですが、この人の持ち物がすごかったです。

 その持ち物は、なんと喋る剣でした!:○

 外の国には本当に知らないものがいっぱいで楽しいです。剣にも性別があるのかな。男の人みたいな喋り方だったからもしかしたらあるのかも:3

 いつか喋る銃とかとも会えるかもしれません。

 

 次は植物の国に行ってみようと思います。そこでもお土産を探してみるね。

 

                   カルセより』

 

 

 録字用エレメントではなく、この国ではまだ貴重な紙を使ったカルセからの知らせ。同封されていた〈死ぬまでに行ってみたい!死者の国の名所100選〉を机に置いて手紙を読み終える。

 それを読んだのは宛名のラッドストーではなくアメトリンだった。

 

 勝手に読んだわけではない。アメトリンの向かいにはラッドストーが神妙な顔をして座っていた。

 

 

「楽しそうに旅をしてるわね。特に心配することはなさそうだけども……」

 

「……本当にそう思うのか!?」

 

「ええ。まあ、頭蓋骨とか書いてあったのは何事って思うけども……。落ち着きなさい、また顔が怖くなってるわよ」

 

 

 人相の悪い刑事の形相を指摘する。

 彼自身の人柄は正義感と面倒見の良さがあって善良なものだが、目つきの鋭さが内面を知らないものを遠ざけてしまう。

 刑事の試験を受けるために幾度となく世話になったお礼に、今度何かプレゼントをしようかとアメトリンは思った。

 

 

「あなたはこの手紙の何がそんなに心配なの?」

 

 

 人相については今は置いておくとして、アメトリンは突然相談があると言って手紙を渡してきた刑事にストレートに聞いた。

 手紙で気になる点など全くない。頭蓋骨はよくわからないけど大丈夫だろうきっと。旅先で知りあった人とも仲良くしているようだ。

 

 

「それは……、この手紙に出てきた知り合いがだな……」

 

 

 ラッドストーが貧乏ゆすりをし出す。緊張したり心配事があったりするとついしてしまう癖とは聞いた。その癖が出るほどのものらしい。

 

 

「全員男だ……」

 

「……」

 

「カルセちゃんはまだ14歳だ! 下心で近づいてきた奴かもしれないだろう!? それ3人だぞ! 一つの国で3人も男って!!」

 

「2人だけじゃない?」

 

「剣も男っぽいだろう!?」

 

「剣もカウントするのね……」

 

 

 言われてみて納得する。14歳の少女の一人旅と言うだけでもこの過保護の刑事は心配なのだろう。

 それなのに手紙に書かれた知り合いはすべて男だからなおさらのこと。

 

 アメトリンは自分の弟と逃避行をしかけた少女を思うと、この心配も仕方ないことだと思った。

 

 

「護身は教えてるんでしょう? 今はあの子を信じなさい」

 

「うぅ……カルセちゃん……」

 

「それとも今から迎えに行く?」

 

「……それはできん」

 

「じゃあ信じて待ってなさい」

 

「カルセちゃぁん……」

 

 

 なんとも頼りない刑事の姿である。しかし気持ちは大いにわかる。

 とにかく待つことしかできない状態、それはアメトリンも同じなのだ。

 

 アメトリンはうちひしがれているラッドストーにカルセからの手紙を返し、もう一つ、別の紙を渡した。

 

 

「ん? こいつは?」

 

「アメシストからの手紙よ」

 

「俺が読んでいいのか?」

 

「ええ。読んでちょうだい」

 

 

 アメトリンに促され、手紙を読み開く。

 

 

『姉さんへ

僕は今日も生きているよ。もうすぐ刑事の試験を受けるんだよね。頑張って。姉さんならきっと大丈夫。嘘じゃないよ。そうそう、僕は今雪の国にいるよ。雪っていうのは上から降ってくる白く冷たい綿みたいなものでね。ひとつひとつはとても軽いけど、積み重なるととても重たくなるんだって。すごいよね。それからオーロラというものを見たよ。エレメントを使ってないのに、虹色のカーテンが輝く夜空はとても綺麗だった。姉さんにも見せたいなって思ったよ。悩んでたら僕と同じように旅してた人がいてね。その人は空の国から来たんだって。背中に翼があったんだ。スケッチが趣味らしくて一枚譲ってもらったんだ。各国を巡って旅をする人が多いのかな。その空の国の人以外にもすごい人がいたよ。嘘みたいに思えるかもしれないけどカボチャ頭の人だったんだ。その人も友達と世界中を旅しているんだって。なんだか雪の国にいるのに他の国の人のことばかり書いちゃってるや。雪の国でも知り合いができたよ。その女の人はよく「10歳差か……」って呟いているんだけど、偽恋屋を紹介してあげたら喜ぶかな。書きたいことがいっぱいすぎてもう書くところがなくなりそうだ。また手紙を書くね。冬想祭が終わったら次は植物の国に行こうと思うよ。それじゃあまたね。アメシスト』

 

 

 紙の余白を埋め尽くす勢いの文字で少し読みにくさがあったが、なんとも旅が楽しいという気持ちが伝わってくるものだった。

 そしてこの手紙をラッドストーに読ませた気持ちがわかった。

 

 

「……アメシストの奴、ナンパでもしたのか?」

 

「いつものように思わせぶりなことを言ったのかもしれないわ……」

 

「……しかも成功しかけてないか?」

 

「……」

 

 

 悪い虫がつかないか心配になっている刑事と、悪い虫になりかねないことを心配している刑事志望。

 

 二人の間に微妙な空気が流れた。

 

 

「……あなたとは別の意味で心配だわ」

 

「お前さんも苦労してるんだな……」

 

 

 旅に出た者を見送った立場の二人は、ただ信じて待つしかできなかった。

 

 

 

 

 

 数週間後、ディーベルテスマーの偽恋屋に雪の国からの客人が複数、依頼があったらしい。

 

 ちなみにうち一名は辺境調査隊とやらの隊長。その男性は異例の出禁となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 


雪の国の女性の行き遅れ率が高いのはなんでなの?

これは顔文字です→:)

パユも手紙に出そうと思いましたがちょっと刺激が強すぎるのでやめました。


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機械の国のお話(ハグルマ、ハードエッグ)

メイン第二部。機械の国編関連。
イベストのみのはずが何をしているのか……


 

 

 部屋にひとり、日記帳を読む少女がいた。

 正確には日記帳ではなく、伝言メモのように扱われているメモ帳だが。

 

『ヘキサルト、君の普段着についてなのだが、スカートの丈が短すぎると以前から思っていた。少し長めにしてみたがどうだろうか』

 

『ハグルマへ。長すぎない、コレ? 走るときに引っ掛かっちゃうよ』

 

『そもそも走らなければいいのではないか。君は落ち着きがなさすぎる。この時代は走って逃げる機会が多かった昔とは違うのだから』

 

『ち、遅刻とかしちゃったらカプナートに悪いし……! 前から時々思ってたけど、ハグルマってなんだか────』

 

 

 少女は本を閉じ、考えをまとめるために外へと出た。

 行きたい場所は特になく、ただなんとなく、外に出た。

 

 有り体に言えば、散歩だ。だが彼女は散歩を楽しめる心境ではなかった。

 

 日も沈みかけた頃、たどり着いた場所は小さな公園。

 

 まるで誘われるようにブランコへと座り込む。

 

 ひとりブランコを揺らす少女を見かねて、コートを着こんだ男が声をかけた。

 

 

「ヘキサルト嬢、何を……、いや、ハグルマか。何をしているんだ」

 

「……、ハードエッグ。ずっとつけていたのか」

 

「たまたま見かけただけだ」

 

「そうか……」

 

「……、何かあったのか? 家に帰りづらくなって途方にくれた中年親父のようになっているが」

 

「中年……、私はそんなに若くない」

 

「体は若いだろう」

 

 

 ハードエッグと会話している最中も、ハグルマはキィキィとブランコを揺らす。うつむきながら。

 

 自身の母ともいえる創造主があからさまに落ち込んでいる。その事実はハードエッグにとって見過ごせない。

 

 

「何があったのか、話してくれないか。本業はカウンセリングではないが、職業柄、話を聞くのは慣れている」

 

 

 ブランコは揺れ続ける。

 中年親父ならぬ中年少女を乗せながら。

 

 やがて、静かにハグルマは話した。

 

 

「ヘキサルトに指摘されたんだ……」

 

「ヘキサルト嬢に何を?」

 

「ハグルマってなんだか、おばあちゃんみたいだよね。と」

 

「……。まあ、生まれ年から考えればお婆ちゃんだな」

 

 

 お婆ちゃんどころではない。

 そう思いはしたが、ハードエッグの肩にいるミスターはそんな野暮なツッコミをしなかった。

 

 

「しかしヘキサルト嬢が突然そんなことを言うとは考えにくい。何か理由があるんじゃないか」

 

「私が年寄りなのは事実だ」

 

「それはそうだが」

 

「……」

 

「……、実年齢から考えればとても若々しいが」

 

「……慰めはやめてくれ」

 

 

 慰めを求めていた目だったが。

 そう思いはしたが、ミスターはそんな野暮なツッコミをしなかった。

 

 

「何度か彼女と意見がぶつかることがあった」

 

「そうなのか? ヘキサルト嬢は誰かと衝突することを避けている印象があったが……、いったいどんな?」

 

 

 ヘキサルトの異常ともいえる献身性のことだろうか、とハードエッグは予測するが、そこからハグルマがお婆ちゃんに繋がるものか。

 心配するハグルマの老婆心をお婆ちゃんのようだ、と言ったのではないか、とまで予測しながら言葉を待った。

 

 

「一番新しいのは、スカートの長さについてだな」

 

「スカートの長さ」

 

 

 予測と大きく外れた。

 思わずハードエッグはおうむ返ししてしまった。

 

 

「彼女の普段着のスカートが短い気がしてな。長くしてみたのだが、これでは走りづらいと……、それで、私が昔とは違うのだから走る必要性は少ないはずだと……」

 

「なるほどな。老害ムーヴをしてしまったわけか」

 

「ろうがい……?」

 

 

 ハグルマは記憶の中から、ろうがいという単語を探しだす。昔にはなかった単語だ。そのためヘキサルトと共用した記憶からも探した。

 

 老害とは。

 自分が老いたのに気づかず、まわりの若手の活躍を妨げて生ずる害悪。

 自分の昔の環境を引き合いに出し、説教染みた話をして若者の気概を削いでいく。

 

 

「わ、私が、建国神であった私が……」

 

「もう建国神ではないだろう。過去の栄光に縋るのも老害と同じだ」

 

「親に優しくしろとショーンから教わらなかったのか」

 

 

 ゆで卵も大事かもしれないが、他にも色々と教えてやってほしかった。

 

 

「お婆ちゃん」

 

「やめろ」

 

「まあ、ふざけるのはよしておこう。老害ムーヴが原因なら日頃の発言に気をつければいい」

 

「そうか……。説教染みた話や時代の異なりを話に出さないようにすれば若くなれるのだな」

 

「若くなるわけではないがな」

 

 

 年齢は変わらないが、年寄り臭さは消えるはず。

 

 問題解決の兆しが見えてハードエッグは内心安堵する。

 

 

「ヘキサルト嬢と直接顔を合わせれるわけではないのだろう?」

 

「そうだ。筆談でやり取りをしている」

 

「なら文字を書く前に考えることができるな」

 

「ああ。さっそく書いてこようと思う」

 

 

 ハグルマはブランコから降りた。その顔は明るく……はないが、落ち込んでいた余韻は一切ない。

 

 

「良ければ教えてほしい。何と書くつもりだ?」

 

「なんでもない世間話でも書くつもりだ」

 

「それはいい」

 

「カプナートと籍をいれるのはいつなのかとかな」

 

「……ん?」

 

「式をあげてやるならば異国の形式をとるのならば、和の国のものが気になると伝えようかと考えている。すでにそれとなく伝えているがな。彼女の机の上に異国の結婚風景集を置いてみた」

 

「待て」

 

「どうした?」

 

「……行き過ぎたお節介は鬱陶しがられるぞ」

 

「お節介? なんのことだ」

 

 

 若者の恋愛を本人は応援しているつもりでも、当の若者にとっては嫌なものに感じられることもある。

 ハグルマがかつて経験した時代観から結婚は早くするべきだと思っての行動かもしれない。そんなつもりのないただのお節介かもしれない。

 なんにしろ、

 

 

「そういうのも老害だからな」

 

「……今の時代はなんでも老害扱いしていないか? 余剰パーツに力を注ぎ、本質を老害扱いしているような」

 

「流れるような老害ムーヴ」

 

 

 この日から、ハグルマの日は、メモ帳に書く内容はハードエッグの監修となった。

 

 

 

 

 

 






メインストーリーでハグルマさんがまた出るかもなので、そのときになったら書き直すか、注釈でもいれます。

ハードエッグがお迎えできないよぅ……


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