機動戦士ガンダムSEED Parasite Strike (見ルシア)
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PHASE-01 偽装基地

 C.E. 0071 ユーラシア連邦ルーマニア軍所属基地「シルバニア」

 

「ジン全機、降下完了、これよりシルバニア基地の制圧を開始する」

 

 MS(モビルスーツ)支援空中機動飛翔体グゥルより4機の人型機動兵器、ジンが地面に降り立つ、1機は重爆撃用のD装備であり、M66キャニス 短距離誘導弾発射筒を装備している。

 基地防衛に配備されていたリニアガン・タンクが弾幕を張る中、地表の開閉扉から何か人型の物が出てくる。

 

「出て来たぞ! 『カカシ』のおでましだ」

 

 先陣を切るジンのパイロットが叫んだ先には同型機のジンの姿があった、しかしカラーリングは青と白であり、所々装甲が壊れている。

 

「キャットゥスを使え、あれは固定砲台だ、動く事はない」

 

 M68キャットゥス 500mm無反動砲、対MSよりも艦船や施設等の破壊に向きの火器であるそれを使用する。

 ジンの姿をした『カカシ』が直撃を受けて次々と爆破されていく、戦果は着実に挙げているのだがザフト兵達の士気はいまいち揚がらない。

 

「カモフラージュと言っても他にやりようがあったでしょうよ、何でこんな悪趣味な事を」

「敵兵の戦意を削ぎたかったんだろうさ、いかにも野蛮なナチュラルの考えそうな事だ」

 

 そう言いながら、基地の奥へと更に進んでいく。

 

「しかし、これ程の数が鹵獲されていたとは、ジンだけでなくシグー、バクゥまでも……」

 

 ザフト側の損害はゼロと言っても良い位であったが、戦場にはジンなどのザフト軍MSの残骸が散乱していた。

 基地中枢部への入口と思われるゲートを見つけた時、もう1機、地面から十字架の様な物体がせりあがって来た。十字架にはMS(モビルスーツ)が張り付けられているが、これまでのザフト軍MS(モビルスーツ)にはどれも当てはまらない。

 

「まだカカシが居たのか、しかも今度はポーズまで本物のカカシと同じじゃないか」

「あの頭部……クルーゼ隊がこの間奪取したMS(モビルスーツ)に似ているような……」

 

 それに気付いたジンのパイロットはライフルを向けると一瞬、頭部部分のツインアイが光った様に見えた。と同時に十字架の後ろから巨大な手が出てくるとジンの体を機銃ごと鷲掴みにした。

 

「うわああああ!? 」

「フェイ!? 、く、このカカシ動くぞ! 隊長! 敵MS(モビルスーツ)です。フェイが!」

 

 正体不明のMS(モビルスーツ)は掴んでいたジンの残骸をその場に投げ捨てるとスラスターを吹かし始める。

 もう1機のジンは味方が撃墜された事でスイッチが入ったのか、後退しながらライフルをフルバーストさせるが、地面から這い上がってきた防弾扉に全て防がれる。

 

「固定砲台と言う訳では無いのか、くそ! 」

 

 後退を続けながらも手早く弾倉を入れ替え、銃を撃ち続けるが全て同じようにせりあがって来た防弾扉に防がれてしまう。

 

「これは……まるで地面があのMS(モビルスーツ)に呼応してるみたいじゃないか」

 

 すぐ足元の地面にも振動があったので思わずその場からスラスターを吹かせて飛び上がるが、そこをいつの間にか接近されていたのか、大型クローアームの手に握られた重斬刀で右肩から斬られてしまう。

 隊長機とD装備のジンが到着したのは丁度その時であった。

 

「隊長! ハンゼルが!」

「私が囮になる、その隙にキャニスでアイツを狙うんだ」

 

 隊長機のジンはD装備のジンにそう指示を出すと突撃銃を構えながら正体不明のMS(モビルスーツ)に突っ込んでいく。

 が、弾は全て巨大なクローアームに防がれてしまう。

 

「ちぃ、効いていないのか!? だが! 」

 

 横に回り込んでいたD装備のジンがミサイルを発射する。大小4発のミサイルが全て本体に吸い込まれ、大爆発を引き起こした。

 

「やったか!? 」

「まずい、下がれ! 」

 

 隊長機は一瞬の判断でバックステップを踏む。

 が、右腕が武装もろとも切り裂かれる。もう少し遅かったら本体ごと斬られていた。

 

「グゥルで離脱しろ! 帰って今回の戦闘データを伝えるんだ、次の作戦に活かせるように」

「はい! 」

 

 D装備のジンは飛んできたグゥルに飛び乗るとそのまま離脱を図る。

 隊長機は飛び去るグゥルと正体不明MS(モビルスーツ)の間に入ると重斬刀を構えた。

 

「追わせるか! 」

「追わないよ」

 

 突然の通信に一瞬、隊長機のパイロットは戸惑った。

 

「これも作戦通りさ、何機かは見逃してやる、そしてまた獲物が来るのを待ってるんだ」

「何だと……」

 

 正体不明機は両手の76mm重突撃機銃をフルオートで撃ち鳴らす。先程撃墜した2機から奪った物だ。

 隊長機は右に飛んで弾を避けようとするがそこに防弾扉が表れ、退路を防がれてしまう。

 

「この基地全体が罠だったと言うことか……」

 

 銃弾が防弾扉ごとジンを包み込み、そして穴だらけになった機体は地面に崩れ落ちた。

 正体不明機のパイロットはジンの残骸を見下ろすと基地に通信を入れる。

 

「こちらアレン中尉、侵入してきたジン4機の内、目標の3機を撃墜した。ヘリックス、パラサイトストライカー共に異常なし、これより帰投する」




5/19 推敲


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PHASE-02 アタランテシステム

 シルバニア基地 小隊本部

 

 アレンは直属の上司である小隊長ホバート・バリー大尉に今回の戦闘の報告をしていた。

 

「アレン君、今回はヘリックスとパラサイトストライカーパックの運用も兼ねての実戦だったが、どうだったかねパイロットとしての感想を聞きたい」

「機体の操作に関しては問題ありません、次に武装に関してですが、大型クローアームの有効性について証明ができたと思います。近接戦で戦艦の装甲にも穴を開ける事が出来るあれに耐えられる機体が存在するとは思えませんし、ただ距離を取って戦う時の武装がバルカンと4連装ミサイルだけというのは気がかりですね、滷獲した武器頼りと言うのもいかがなものかと」

 

 ホバート大尉は角ばった顔立ちをした如何にも気難しい感じの上官である。身長が172cmのアレンよりも高く、話す時は少し見上げる様になってしまう事も影響しているのかも知れない。

 

「また、こちらが突撃しようとした時に防弾扉が持ち上がったのは、まだ『アタランテ』との連携不足という感じがしました。あの時、防弾扉が持ち上がっていなければ……」

<それを指示したのは私です>

 

 二人の会話を女性の声が遮る。

 

<スタビライザー脱着後の機体バランスが不安定な状態で、ジンに真正面から攻撃を仕掛けようなど無謀な作戦でした。ヘリックスの装甲はラミネート装甲ですが、76mm重突撃機銃を正面から受け続ければ相応の被害は免れません、それよりも敵の意表をついて側面から攻撃を仕掛ける作戦の方が現実的で、実際にそれは成功しました>

 

 アタランテはあの時の状況のリプレイを壁のモニターに映しながら解説する。

 

「という訳だアレン君、天文学的数字の戦闘パターンを分析できる『アタランテ』が言うのであればそれが正しいのだから」

「はい、失礼致しました」

 

 アレンはすぐさま自分の考えが間違っていた事を謝った。統合戦略防衛コンピューターシステム『アタランテ』、このシルバニア基地の防衛システムからライフラインまで全てを管理しているAIである。

 ナチュラルであるアレンがMS(モビルスーツ)を操縦出来ているのもアタランテが開発したナチュラル用OSと常時オンライン接続によるデータ共有のフィードバックによる所が大きい。ここでは『アタランテ』の決定が絶対なのである。

 

「話は変わるが君はアルテミスが陥落した事を知っているな」

「はい、まさかとは思いましたが」

 

 アルテミス、ユーラシア連邦が保有する軍事要塞の一つであり『アルテミスの傘』とよばれる『全方位光波防御帯』によりこれまで難航不落を誇っていた要塞である。それがつい先日、アルテミスの傘を破壊され陥落してしまった。現在は自衛のために傭兵集団を雇っているとの話まで聞いている。

 

「アルテミスの傘を破壊する手引きをしたのはザフトに奪取されたG兵器の内の1機、ブリッツとの事だ」

 

 G兵器は地球連合加盟国の1つ大西洋連邦が、オーブ連合首長国公営企業モルゲンレーテ社の技術協力を受け、オーブ管轄の資源コロニー「ヘリオポリス」で極秘開発した試作型MS(モビルスーツ)の事である。

 G兵器はブリッツの他にデュエル、バスター、イージスそしてストライクの全5機が生産されたと聞く。

 

「他のGAT―Xシリーズも今や全機がザフトの手の中だ」

<全機ではありませんよ>

「何? 少し待て今確認する」

 

 小隊長が右耳のインカムから「アタランテ」の指示を受けている間、アレンは窓の外を見ていた。結局の所、この男は「アタランテ」の傀儡なのだ、しかし自分も「アタランテ」のサポートが無ければヘリックスを動かす事は出来ない。そういう意味ではあまり違いは無いのかも知れない。

 

「なるほど、ストライクは未だに健在で現在はアークエンジェルの搭載機と言う事だな」

 

 今度は机のモニターに地球の現在の勢力図を表す地図が表示される。中央にある艦船がどうやらアークエンジェルを現しているようである。艦船の進行方向は月のプトレマイオス基地を示していた。プトレマイオス基地は最大規模の連合宇宙軍基地であり、地球連合宇宙軍の総司令部でもあるため月本部とも呼ばれている。

 

「現在アークエンジェルはアルテミスを出港した後、地球軍第8艦隊がコンタクトに成功、現在は共に月本部に向かっている。……との情報だ」

<月には向かってません、第8艦隊と無事に合流した時点でその必要も無くなりましたから>

 

 モニターの画面が切り替わる。アークエンジェルのルートが変更されていた。

 

「これは? 目標地点が変更されておりますが」

<新しい情報によると、アークエンジェルはアラスカ本部へ降下させるつもりのようです>

 

 ホバート大尉は伝えられていた情報と異なる事に戸惑っている様子だった。その中でアレンは単純に涌き出てきた疑問をアタランテに質問した。

 

「その前にアークエンジェルが月に行く必要が無くなったというのはどういう理由なのでしょうか?」

<既にG兵器の開発データ及び第8艦隊と合流するまでの戦闘データを第8艦隊の特命部隊が受け取っています。後はこの部隊が月本部にデータを持ち帰り、地球のMS(モビルスーツ)開発拠点にデータを送るのみなのです>

 

 つまりG兵器のデータは既に回収済みということらしい

 

<このままでは大西洋連邦と我々ユーラシア連邦のMS(モビルスーツ)開発技術の差が開くばかりです。そのため私は最高会議の意思決定機関であるユーロ会議にストライクとそのパイロットの確保を提案しました。この話は基地司令にも伝えてあります>




5/19 推敲


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PHASE-03 Nジャマー回収作戦始動

 アタランテの話は続く

 

<G兵器のデータを回収した事でアラスカには既に彼らを用済みと見ている者もいます。それにある理由によって毛嫌いしている者もいるのです>

「ある理由ですか? 」

 

 アレンは思わずアタランテに対して聞き返した。

 

「これはまだ公にしてはいない事だが最後に残ったG兵器、ストライクに乗っているのはコーディネーターの子供だそうだ」

 

 ホバート大尉がアタランテの代わりに答える。

 コーディネーター、遺伝子調整によってあらかじめ強靱な肉体と優秀な頭脳を持った新人類であり、ザフト軍の兵士のほとんどは全てこのコーディネーターで構成されている。

 逆にアレン達、コーディネーターでない者はナチュラルと区分されている。

 

「コーディネーターが!? ですが、その情報は確かなのですか? 」

<これも第8艦隊の特命隊からG兵器のデータと共に伝わった情報です。かなり信憑性のある情報ですよ>

「しかし……それが何の理由に……?」

 

 アレンは腑に落ちないという表情を浮かべた。

 

「アレン中尉、ストライクのパイロットはコーディネーターである、それだけでストライクとそのパイロットを排除する理由にも十分なのだよ。我々はコーディネーターと戦っているのに、そのコーディネーターが我々の戦力の切り札に乗っていると言うのは示しがつかないだろう」

 

 ホバートはそう言ってから「わざわざ説明させるな」と一言付け加えた。

 

<ひとまずアークエンジェルに関しての対処は上の出方を見ましょう>

 

 たしかにアークエンジェルが宇宙にいる以上、宇宙に上がるマスドライバーもないこの基地からでは出来る事もない。

 

<話を変えます。N(ニュートロン)ジャマーがアイルランド近海で発見されました。ボーリング調査によると十分回収可能な深さに埋まっているそうです>

 

 N(ニュートロン)ジャマーは核兵器の対抗作として開発された兵器である。

 N(ニュートロン)ジャマー影響下では自由中性子の運動を阻害するフィールドが発生するため、全ての核分裂を抑制、更には長距離通信やレーダーを妨害する。

 ザフト軍はC.E.70年4月1日、オペレーション・ウロボロスの発動によりこれを地球全土に撃ち込んだ。

 以降、これにより原子力エネルギーを失った諸外国では大規模なエネルギー危機が発生し甚大な被害を今も及ぼしている。

 

<現在はアイルランド基地が回収作業にあたっているそうです。そして回収した後はそれを解析する必要があります。N(ニュートロン)ジャマーの解析は地球のエネルギー問題を解決する上で必要不可欠ですからね。我々の絶対的な力を復活する上でも>

「その解析する者と言うのは?」

<その解析は私が担当する事になりました。では、ホバート大尉、作戦責任者から次の作戦の説明をお願いします>

 

 アタランテに代わってホバートが作戦の説明を始める。アタランテが最初から最後まで作戦説明をする事も出来たが、上司という立場を配慮したのだろう。

 

「まず、このN(ニュートロン)ジャマーの回収及び解析を遂行するための特殊部隊が編成される。似た例を言えば地球連合軍第81独立機動軍に近いだろう、君にはヘリックスを持ってしてこの作戦に参加して貰う」

「ですがヘリックスはアタランテのバックアップが無ければ戦闘は出来ませんよ」

「それに関しては心配は無い、パラサイトストライカーユニットにアタランテの戦闘データをコピーして搭載する。これで基地と直接繋がった状態でなくても戦闘を行えるはずだ」

 

 今までへリックスはアタランテと常時通信を行うために基地とのケーブルに繋がれたままで戦闘を行っていたが、ようやく単独での行動ができるようになると言うことだった。

 ここで机のモニターに地上用中型戦艦の画像が映し出される。

 

 ゲオルク級地上用中型戦艦『ヴェンデロート』

 ザフトのピートリー級地上用中型戦艦に対抗するためにシルバニア基地で建造していた戦艦である。ホバー移動により平地はもちろん砂地、水上まで移動可能な地上戦艦である。

 全体的な塗装色はアースカラーであり、2連装対空砲や75mm対空自動バルカン砲塔システム イーゲルシュテルンなどの対空兵器も充実、戦闘機だけでなくもちろんMSも搭載する事ができる。

 

「移動中もこの艦にアタランテシステムのデータ移送を行い、最終的にはシステムの全てがこの艦に集約される予定となっている」

 

 つまり基地の防衛システムの全てがこの艦に組み込まれるということか。と、アレンは納得する。

 

「出発は5日後になるだろう。それまでパラサイトストライカーの最終テストを行い、完璧に仕上げておくように」

「了解しました」

 

 とりあえず出発まではいつも通りと言うことのようだった。




5/19 推敲


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PHASE-04 へリックス 起動せず

 ユーラシア連邦所属 ルーマニア軍 シルバニア基地

 

 作戦準備のための物資が次々とゲオルク級地上用中型戦艦『ヴェンデロート』に運ばれていく。運んでいるのは作業用の地上型モビルポッドである。

 アレンはその光景を見て何故か少し羨ましいと思った。自分がMS(モビルスーツ)を操縦する時は必ずアタランテのサポートが入るため、一人で操縦を行うという事をしばらくやっていなかったからだろうか。

 

「アレン中尉、ここにいましたか、先日アフリカのビクトリア基地が陥落したそうです」

 

 話しかけてきた灰色の髪の人物はカイ・シャールヴィ、バクゥ部隊のパイロットの一人でもある。

 

「ビクトリア基地が?」

 

 C.E.71年2月13日 後に第二次ビクトリア攻防戦と呼ばれるこの戦いでザフト地上軍の侵攻によりアフリカのビクトリア宇宙港は陥落した。

 

「そしてアークエンジェルも当初の降下ルートを外れてアフリカに降下したそうですよ」

「ビクトリアが落ちた事でアフリカはザフトの勢力圏である事が決定的になった、よりによってその渦中にか」

 

 アレンは最後に残ったG兵器ストライクとそのパイロットの事を思った。いくら最新鋭の機体に乗っているとは言えこの状況から生還できるとは思えなかった。

 

「それで、救援にはどの部隊が向かっているんだ? この基地からも救援が出るのか?」

「まさか、アラスカ基地はこの件について何も教えてくれなかったみたいですよ、それに大西洋連邦の部隊にユーラシア連邦のうちが真っ先に救援を出す訳がありませんよ」

 

 シャルルは逆に驚いた様に言った。

 

「ところで、この間の戦闘リアルタイムで見てましたよ、パラサイトストライカーの大型クローアーム、たしか名前はミストテイルンでしたっけ? ジンを瞬時にスクラップにするなんて凄いじゃないですか」

「あれもアタランテのおかげですよ、バクゥの方の調整は終わったんですか?」

 

 

 本来バクゥはザフト軍の陸上型MS(モビルスーツ)である。通常のMS(モビルスーツ)が人型の2足歩行なのに対し、バクゥは獣型の4足歩行であった。これは陸上生物が鳥類と類人猿を除いてほとんどか四足歩行である事に着目して開発を行ったからとされている。

 

「こちらがやることはケーブルがちゃんと繋がっているかを確認するだけのようなものですからね、後はアタランテに任せるだけなので」

 

 シルバニア基地では鹵獲したバクゥにアタランテが作成した専用OSを搭載している。

 それでもナチュラルでは扱う事が出来なかったので、首からアタランテと常時通信を行うためのケーブルを伸ばし運用していた。

 

「しかしこの作戦に基地のMS(モビルスーツ)の大半を連れていくというのはな、基地防衛は大丈夫なのか」

「本家アタランテの防衛システムは健在ですし、ザフトも辺境のこの基地より今はアークエンジェルの方に気を取られているんじゃないんですかね、しばらく襲撃が来ることは無いですって」

 

 基地の守りが薄くなった事を心配するが、シャルルの方は基地防衛に関してそこまで気にしてる様は見せない。

 

「それよりもようやく外での実戦です。今まで堪え忍んでいた分、コーディネーター共に鬱憤を晴らさせてやりますよ」

 

 シャルルの意気込みにはアレンはあまり関心を持たなかった。

 

────

 

 出陣式のセレモニーを終え、ゲオルク級地上用中型戦艦『ヴェンデロート』は出撃前の最終チェックに入っていた。

 

「ホバート少佐、武器システム全て異状ありません!」

 

「ここでは艦長と呼べ、分かったかね? 、ホラン君、そっちのエンジンの方の調子はどうかね?」

 

 艦長席に座っていたホバートはヴェンデロートの指揮を任されるにあたり少佐に昇任していた。艦長帽を被り、肩の階級章には少佐である事を示す二本の線が入っている。

 先の出陣式でも誇らしげな表情を見せていたが、よほど戦艦に乗って指揮をするのが面白いようだ。

 

「主動力、エンジン、異常なし。ヴェンデロート全システム、オンライン。発進準備完了です!」

「よし、これより『ヴェンデロート』はアイルランド、リマリック基地に向かう。気密隔壁閉鎖。前進微速。『ヴェンデロート』発進!」

 

 まるで木箱のような戦艦がゆっくりと浮上を開始する。

 

────

 

 オーストリア ノイジードラーゼゼーウィンケル国立公園付近

 

「空中哨戒中のスピアヘッドより入電! オレンジ45、マーク20に識別不明機を確認! 」

「熱紋照合確認、ジン3、どれもグゥルで飛行中だと思われます。それと先行する機影、ディン1! 」

 

 突如艦内に警報が鳴り響く

 

「艦長!」

「う、うろたえるな、スピアヘッドを呼び戻せ! 総員第一戦闘配備! 迎撃に当たれ! 」

 

 ホバートか全員に戦闘の指示を命じる。

 

「偵察にしては数が多いですな、シルバニア基地から出港する我々を見て目標を変えたのか、それとも……」

「そんな事はどうでもいい! スピアヘッドを追って来た所を残らず撃ち落とすんだ! 」

 

 副艦長は敵機の数に疑問を持ったが、ホバートはそれを一蹴した。

 

「カタパルト、接続! パラサイトストライカー、スタンバイ! システム、オールグリーン! 

 進路クリア! へリックス、どうぞ!」

「アレン・クエイサー、へリックス、出る! 」

 

アレンの駆るMS(モビルスーツ)『ヘリックス』が甲板に躍り出る。

 

「カイ・シャールヴィ、バクゥ、出撃する! 」

 

 アレンのへリックスに続いてシャルル達のバクゥ3機もそれぞれの発射口から甲板に出てくる。バクゥはどれも首からのケーブルが艦に繋がった状態であり、まるでリードに繋がれた犬を思わせる。

 

「スピアヘッド戻って来ました! その後方にディン1! 」

「なんだあのディンは、何でスピアヘッドに追い付けるんだ? 」

 

 F-7D スピアヘッド、地球連合軍の重力下での主力機として運用されているジェット戦闘機である。

 対して追って来るディンはシグーをベースにして作られたザフト軍の大気圏内用MS(モビルスーツ)である。

 グゥルの様なSFS(サブフライトシステム)無しで飛行できる反面、人型であるため最高速度は従来の戦闘機の半分以下である。

 それがスピアヘッドの上に、まるでダイバーが魚と並走して泳ぐ様にすぐ上を飛行していた。

 

「砲撃手は何をやっている! はやくあれを撃ち落とせ! 」

「しかし、これでは友軍機に当たります! 」

 

 ホバートと砲撃手が言い争う中、スピアヘッドが着陸動作に入った。速度は出ていたが甲板に設置されていたアレスティング・ワイヤーにより短距離で無事着陸する。その上をディンが悠々自適に通り抜けていった。

 

「離れたな、よし撃て! 」

 

 ヴェンデロートに搭載されている。2連装対空砲と対空ミサイルが火を吹く、アレンも攻撃に参加するため移動しようとするが、へリックスは操作を受け付けない。

 

「何!? 、こんな時に動作不良を起こすとは」

 

 しかし、調べて見るとアタランテが操作を止めているようだった。

 その間にディンは対空砲の射線からエルロン・ロールで離れた後、ミサイルを左手の90mm対空散弾銃で次々に撃ち落としていく。

 

「まだあるんだよ!」

 

 シャルルが450mm2連装レールガンを撃つが、先ほどの対空砲と同じ機動で回避されてしまう。

 ディンは右腰のホルスターから何かを取り出す。シャルルは咄嗟に身構えるがディンが持っていたのはカメラガンだった。

 

「ハイ、チーズ! 」

「何だと?」

 

 呆気に取られたシャルルを他所にディンのパイロットはそう通信を入れると何枚かの写真をパシャパシャと撮り、離脱して行く。

 ジン部隊もこちらが動きを捕捉した後はヴェンデロートに近づく事はなく、ディンと合流するとその場を去っていった。




5/19 推敲


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PHASE-05 ターゲット

「アレン中尉、なぜディンに対して攻撃を行わなかった!」

 

 アレンは先程の戦闘で一度も発泡しなかった事についてホバートから叱責を受けている。

 

「私が攻撃に参加しなかったのはアタランテの判断によるものです。アタランテが闇雲にこちらの手の内を晒しながら攻撃を仕掛けるのは得策ではないと判断しました。それは私の機体の戦闘記録を見て頂ければ分かると思いますが……」

 

 基地にいる時、こういう場面ではすぐにアタランテが音声で反論してくれていた。

 しかし、この艦のアタランテシステムは基地にある本体からのデータ移行が全て終わっておらず、基地にいる時の様にまだ音声で指示を出せる状態ではない。

 そのためアタランテは未だに無言のままである。

 

「しかし……」

「艦長、もう忘れたのですか? アタランテの判断であればそれが優先されます。この件はもう良いでしょう」

 

 副艦長がホバートに進言する。

 

「それよりも我々はアイルランドのリマリック基地へと急がねばなりません。ザフトに動きを知られてしまいました。追撃隊が来るのも時間の問題でしょう」

「ううむ……」

 

 副艦長から言われてようやくホバートは引き下がった。

 先の戦闘では初の艦防衛戦だった事、連携が上手くいっていなかった事などからディン1機ですら落とす事が出来なかった。この不備を敵が突いてくる事は十分に有り得る話である。

 

「リマリック基地どころか中継基地であるオルレアン基地まで後5日、その間に襲撃を受ける可能性は十分あります。ここはリマリック基地に先遣隊の派遣を求め、防備を整えるべきかと」

「仕方ない、救援を要請するか」

 

 そう言ってアレンの方に向き直るとこう言った。

 

「アレン中尉、ご苦労だった、もう下がっていい」

「はい、では失礼致します」

 

 ────

 

 ブリッジを出ると廊下でシャルルが待っていた。

 

「お疲れ様でした。かなり絞られたみたいですね」

「そこまででも、アタランテが配備される前を少し思い出しましたね、昔はいつも怒鳴ってばかりだったんで」

「へぇー、自分がシルバニア基地に配属された時にはアタランテシステムは既にありましたから昔はそんなんだったなんて想像し難いですね

 」

 

 実を言うとその辺りの記憶はアレン自身も曖昧なのだが、今はとにかく自室で休息を取ることにした。

 

────

 

 ヴァルファウ級大型輸送機 『エール・リベルタ』 カタパルト

 

「キャミッサー隊帰還、整備班、消化班はAデッキへ」

 

 ヴェンデロートのはるか北方面にその輸送機は飛んでいた。ジブラルタル基地から飛んできた彼らの目的はヨーロッパ方面の遊撃であった。

 まずディンが先に着陸し、その後にグゥルに乗ったジン3機が着陸する。

 

────

 

「ロス機長、面白い物を見つけました。どうかこれをご覧下さい」

 

 先ほどヴェンデロートを翻弄したディンに乗っていたパイロット、ルッツ・キャミッサーは機長室で機長に何枚かの写真を見せる。写真にはヴェンデロートとその甲板に乗っているバクゥ、へリックスの姿が映っていた。

 

「これは……この映っているMS(モビルスーツ)はバクゥでは無いか、そしてその後ろにいるのは」

「はい、砲台に隠れていてあまり映りは良くありませんが、この造形、連邦のG兵器と同じタイプのMS(モビルスーツ)かと思われます」

 

 顔面蒼白な機長を前にしてキャミッサーは不適な笑みを浮かべる。

 

「バクゥ3機と人型MS1機か、4機とは言えナチュラルがMSを数を揃えて運用していたとは、ジブラルタル基地から増援を乞わねばなるまい」

「いえ、ジブラルタル基地は現在、アフリカで戦闘中のバルドフェルド隊の支援で手一杯の様子、我々だけで対処しましょう、向こうの相手はあの『足付き』ですよ」

 

 『足付き』とは大西洋連邦の新型艦であるアークエンジェルの事である。

ザフト軍ではこの新型艦に関する情報が無かったため、その形状、特に脚部状のMS(モビルスーツ)ハッチがまるで獣の足に見える事からそう呼んでいた。

 

「我々だけで対処できるのか?」

「彼らは空中戦に関してはまだ不得意かと思われます。ディンの様に空中戦が可能なMS(モビルスーツ)はまだ開発出来ていないのでしょう。地上専用のMS(モビルスーツ)を甲板に上げて移動砲台にしていた事からもそれが窺えます」

 

 先の戦闘での敵の対空装備の不備を指摘する。

 

「では追撃隊を組織して直ぐにでも仕掛けよう」

「いえ、それはまだ時期が来てからかと」

 

 直ぐにでも追撃すべきと言う機長の意見をキャミッサーは否定した。

 

「私が気になるのはこのG兵器もどきです。このMS(モビルスーツ)のバックパックはフランケ隊の報告にあった『十字架』に似ているんですよ」

 

 パネルに映る1機(へリックス)を指差す。フランケ隊はシルバニア基地を強襲した後、隊長機を含むジン3機が撃墜された。唯一生き残った一人は他部隊に配置替えされたと聞く。

 

「彼らがあのシルバニア基地からの部隊であれば、まだ何か隠している可能性が十分に有りえます。まずこの『犬小屋』の目的は何か、何処に向かっているのか、それを調べる必要があります」

 

 現在、ヨーロッパ方面とアフリカ方面はザフト軍がジブラルタル基地の建設して以降、そこを本拠地として多数の部隊が各々で地球連合軍基地の攻略を行っている。

 第一次ビクトリア攻防戦での地上戦のノウハウと多数のMS(モビルスーツ)を擁するザフト軍の猛攻の前に次々と地球連合軍基地が降伏して行ったが、その中で未だに降伏していない基地も存在した。

 その一つがルーマニアのシルバニア基地である。

 

「アネット、君の撮った写真のデータは全てジブラルタル基地に送ってくれ、情報は共有しておいた方が良いからな」

「了解しました」

 

 アネットと呼ばれた藍色の髪の女性士官はキャミッサーからデータの入った媒体を受けとると部屋を出ていった。

 キャミッサーは機長の方にもう一度向き直ると報告をこう締めくくった。

 

「ここで今もう一度武勲を立てればネビュラ勲章ものです。機長あなたが望んでる特務隊への配属まであと少しですよ」




5/19 推敲 リマリック基地とオルレアン基地に関する文言を追加
5/24 「」内の「」を『』に、誤字修正


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PHASE-06 黒い森へ

<アタランテシステムのインストールが全て完了しました。これより防衛システムのチェック及び再構築を行います>

 

 ディン隊襲撃の翌日、ようやくアタランテの音声機能も含めて全ての機能が使用可能になった。艦内はアタランテとの接続が上手くいっているかどうかの確認に追われている。

 無論、アレンの乗機であるへリックスも例外ではない。アレンもコクピットに入り、システムチェックを行っていた。

 

 へリックス本体の武装、75mm対空自動バルカン砲塔システム イーゲルシュテルンに関しては異常なし、対装甲コンバットナイフ・アーマーシュナイダーは現在、研磨機で磨いでいる最中である。

 パラサイトストライカーには対空設備の拡充として新たに4連装ミサイルポッドが追加されている。背部の大型クローアームの稼働範囲を狭めないようにこれは左腰部に配置された。

 

「アタランテ、ストライカーユニットの再確認を頼む、特に誘導兵器に関しては対空用に調整して欲しい」

<了解しました。ところでアレン、昨日の戦闘で私がなぜへリックスの操作を止めたのか、分かりますか?>

 

 アタランテはこの前の戦闘に関しての質問を投げ掛ける。アレンはキーボードを叩く手を止めずにその質問に答えた。

 

「相手は明らかに偵察が目的だった。こちらの手の内を晒さない様にとあなたが判断したからでは?」

 

 その返しには答えず、代わりにパラサイトストライカーに接続されている大型クローアームがコクピットの前にまで来て人差し指を立てるような動作をする。AIとは言えたまに感情を表すような動作をする事があるなとアレンは思った

 

<それもありますが、正解はこの艦の対空兵器とバクゥだけでどこまでやれるかを試したのです。結果は散々でしたが>

 

 たしかに戦艦とMS(モビルスーツ)4機を要しながらディン1機すら落とせなかったのはそう言われても仕方ないだろう。

 

「あのディンはこれまで基地防衛戦で相手をしていた通常機とは翼の形が違っていました。誰か専用にカスタマイズされた機体だと思いますよ」

 

 ザフト軍では既存の機体を個人に合わせて改造を施す、いわゆる専用カスタマイズを度々行っていた。その方法は機体のカラーリングが通常と違ったり、細かいチューニングを施したりなど実に様々である。

 

<また、半分だけ正解ですね、そうあのディンは早期警戒・空中指揮型ディン特殊電子戦仕様です。操縦するパイロットの他に管制機器を操作するオペレーターが二人乗っています。ですが専用機ではありませんよ>

 

 そして小さい声で付け加えた。

 

<本来は手に円形のアンテナを持ってるんですけどね>

 

 アタランテが言うには対艦戦用ではなく偵察に特化したディンであったようだ。それに向こうが本気でこちらを攻め落とす気であれば、後方に控えていたジン3機も攻撃に加わっていたはずである。

 アレンのキーボードを叩く手が止まる。

 

「結局の所、向こうはあえて見逃してくれたとそう言いたいんですか?」

<正解です。私達は泳がされているんですよ>

 

────

 

「グリーン89、マーク25、チャーリーに識別不明機! 熱紋照合、インフェストゥス1!」

 

 襲撃を受けて以降明らかに偵察目的のディンやインフェストゥス「ザフト軍のVTOL(垂直離着陸)戦闘機」が艦の索敵範囲内に入る事が多くなった。

 

「スピアヘッドを発進させろ! ただし深追いはさせるな」

「敵機、遠ざかって行きます。……ロストしました」

「発進取り止め! しかし、これでは見張られているも同じではないか」

 

 オペレーターからの報告にホバートは指示を訂正する。

 

「すぐに攻めてこない所を見ると、敵はまだ戦力を整えていないという所ですかな、リマリック基地からの増援はどうなっている?」

 

 焦燥感に駈られるホバートを横目に見つつ、副艦長はオペレーターに確認をする。

 

「リマリック基地からはVTOL(垂直離着陸)輸送機1機を派遣するとの連絡がありました」

「他には何かあるか?」

「搭載しているのはスピアヘッド 4機との事です」

「スピアヘッド、やはりMS(モビルスーツ)では無いのか……」

 

 スピアヘッドと聞いて落胆した声を出す艦長、空中戦が想定される状況に置いて戦闘機を増援に出した事は正しいのだが、部下の前でホバートは落胆した表情を隠そうともしない。

 副艦長は量産型MS(モビルスーツ)の開発が進められているのはここから遠いパナマ基地である事を知っていたが、わざわざ艦長に伝えようとはせずに、こう諌めた。

 

「彼らは大西洋連邦、我々ユーラシア連邦とは所属が違います。私は彼らが援軍を派遣してくれるとさえ思ってもいませんでした」

 

 リマリック基地のあるアイルランドは西暦末期に起こった再構築戦争以降、大西洋連邦に所属している。

 ユーラシア連邦と大西洋連邦はプラントという共通の敵を前にして共闘しているだけであり、プラント無き後は大西洋連邦もユーラシア連邦にとって障害になると副艦長は考えていた。

 

 いつしかヴェンデロートはドイツ南西部に位置する黒い森シュヴァルツヴァルトに差し掛かっていた。ここを越えればフランスである。




5/19 推敲


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PHASE-07 バクゥ VS バクゥ

シュヴァルツヴァルト(黒い森)

 

 シュヴァルツヴァルトは別名「黒い森」と呼ばれるドイツの南西部に位置する山岳地帯である。

 

 その中を全長180m、全高68mある中型陸上戦艦「ヴェンデロート」は周囲の針葉樹林を時には押し倒し、掻き分けながら進んでいた。

 

「ユーラシア連邦本部とベルリンからは航行の際に出来るだけ自然環境に配慮するようにと言われていましたが」

 

 副艦長がホバートに苦言を言うが、艦長は意に介さない様子でこう返した。

 

「これでも迂回に時間が掛かっている。やはり我々も大西洋連邦のアークエンジェル級のように大気圏内を飛行できる戦艦が欲しいところだな」

 

 従来の大型輸送機ではMSを1機しか搭載する事が出来ない。

 今回の作戦はへリックス1機だけではなく、シルバニア基地がこれまでに鹵獲したバクゥなどの敵MSを一度に輸送する事も考えられていたため、急遽、MS用の陸上母艦として建造していたヴェンデロートを使用する事になったのである。

 

「レーダーに所属不明機の反応!熱紋照合、これは……バクゥです!」

 

「バクゥだと!?」

 

 バクゥはザフト軍が誇る四足歩行の地上型MSである。

 

「ここで待ち伏せしていたのか、こちらもバクゥとヘリックスを出せ!」

 

<<ヘリックスはまだ出しません、ここはバクゥだけで対処します>>

 

 アタランテから「待った」がかかる。

ホバートはしぶしぶ「了解しました」と言うとまた指揮に戻った。

 

「カイ・シャールヴィ、バクゥ、出撃する!」

 

 青と白でカラーリングされた4機のバクゥが地上に降り立つ。

 

「いいか、深追いはしなくていい、艦周辺にいるやつを追い払うんだ」

 

「深追いしたくても出来ませんよ」

 

 ホバートの指示にシャルルは抗議するように呟いた。

こちらのバクゥにはアタランテシステムと有線接続を行うためのケーブルが付いている。

基地防衛戦の時は特に問題は無かったが、いざ外での戦闘となると稼働範囲の問題が浮上してきていた。

 

 ザフト軍のバクゥ3機が三角形のフォーメーションを取りながら、こちらのバクゥ1機に狙いを定める。

 

 同型機であるため、必然と450mm2連装レールガンの撃ち合いになった。お互いに武装の射程は同じ、ザフト軍側はフォーメーションを組んだ事で狙いを絞らせない作戦を取っている。

 

「脚を止めるな!狙われるぞ!」

 

 隊長機であるシャルルが叫ぶ。

戦艦の周りからは離れられないため、逃げる範囲が限られている。

 

 対してザフト軍側は周囲の木や岩などの障害物を盾にしたりと地形を活かした戦法を取っていた。

 

「せめて森林地帯から脱出しなければ、艦長、進路をフェルドベルク山に変更しましょう。高山の方が低木が多く、奴等が身を隠す障害物も少なくなるかと」

 

「そうだな、進路変更、目標はあの山だ!」

 

 ホバートが進路変更を指示すると同時にアタランテも動いた。

 

<<アレン、甲板にスタンバイをお願いします、出番ですよ>>

 

「了解しました。移動を開始します」

 

 アレンはパネルで新装備の接続に問題が無いことを今一度確認すると、ヘリックスを発進させる。

 待機していたエリックスは従来のパラサイトストライカーに加えて、その大型クローアームの部分に300mmレールバズーカ「ゲイジャルグ」を連結させていた。バズーカは背負い式である。

 

<<ストライカーパックの1つ、バズーカストライカーを参考にさせて頂きました。実際に使うのはこれが初ですけどね>>

 

「バズーカストライカー?ランチャーストライカーではないのか」

 

 アレンは知らないストライカーパックの名前を出されて少し戸惑った。

 

 バズーカストライカーはランチャーストライカーをベースに設計された砲撃型ストライカーの1種である。ランチャーストライカーの主武装である320mm超高インパルス砲「アグニ」とは互換性もある。

 

ーーーーー

 

 鈍い音をたて、手負いの箱舟は山を登る。

周囲では味方のバクゥが敵を牽制してがんばっていた。

 そしてついに、陸上戦艦は損傷を受けながらも山岳地帯の雪原にたどり着く。

白い大地にバクゥの黒い機体はよく目立っている。

 

「よし、砲撃を開始しろ!」

 

 ブリッジにいるホバートから一斉射撃の指示が下る。

 アレンはヘリックスの右膝を立ててしゃがませると、同時にバズーカも展開させて砲撃体勢を取った。300mmレールバズーカ「ゲイジャルグ」とヴェンデロートの副砲が火を吹く。

 

 「ゲイジャルグ」は350mmレールバズーカ「ゲイボルグ」と比べると威力は劣るが、小口径化した分、貫通力と弾速は向上している。

 

 アタランテによって統制された攻撃はバクゥの回避行動を予測していた。1機のバクゥが副砲の直撃を受け、炎上する。

 

 ザフト軍側は形勢不利と悟ったのか撤退していく。

 

「退いていったか、よし第一戦闘配備解除、警戒レベルを2にまで下げる。一旦停止して被害状況の確認をしよう」

 

 ホバートが停止命令を出す。

バクゥとヘリックスを収納した後、ヴェンデロートは雪風を避けて岩影に停車した。

 

ーーーーー

 

「ここから海に出て、更にその海を越えないといけないのか」

 

 ホバートはため息を吐く。

外では雪が降る中、整備員が艦の装甲の補修修理を行っていた。

 

「艦長、しっかりしてください、アイルランド基地からの増援は出発しているのです。合流まで今しばらくの辛抱です」

 

 弱気なホバートを副艦長がたしなめた。

これから先はまだまだザフト軍の追撃が続く、例えアタランテシステムがあるとは言え、生身の指揮官が弱気では困るのである。

 

 外ではまだ雪が降り続けていた。



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PHASE-08 追う者、追われる者

 装甲の補修が終わるとヴェンデロートは下山を開始した。

外は相変わらず雪が降っている状態だか、身を隠して移動するのには好都合である。

 

「ここからフランスのアルザス地方を通って、どうするかですね、当初の予定では出来るだけ陸路を通り、フランスのオルレアン基地などユーラシア連邦に所属する各基地での補給も考えていたのですが」

 

 オルレアン基地はフランス中央部にあるユーラシア連邦の基地の1つである。

 

「まさか、これほどザフト側の侵略が進んでいるとはな、これでは我々の領内にいるのに、敵の勢力圏下を進むようなものだ」

 

 副艦長とホバートは卓上に表示された地図のパネルを見ながら今後の方針に関して話し合っていた。

副艦長の手が現在地の北に上っていき、フランスとイギリスの間の海峡、ドーバー海峡を示す。

 

「ここは一度ユーラシア連邦の首都ブリュッセル、そしてイギリス領内に入ってからアイルランドに向かうべきかと、大西洋連邦の勢力圏下であれば、まだザフトは追って来ないはずです」

 

「アタランテの考えはどうなっている?」

 

<その意見には賛成しかねますね。副艦長>

 

 アタランテが副艦長の意見に拒否反応を示す。

 

<お忘れですか?オルレアン基地での補給は重要物資の受領及びデータの受け渡しも兼ねているのですよ。これは優先事項です。>

 

 データと言うのはアタランテシステムの事である。シルバニア基地での基地防衛の防戦データを届ける事もこの作戦の重要な任務であった。

 

「しかし、我々がこのまま進路をオルレアン基地に向けても……北には我が軍の首都ブリュッセルもありますし、そこでアイルランド基地に行くまでの補給とデータの受け渡しを行い、データに関してはそこから他の基地に移して貰えれば」

 

<それではオルレアン基地が落ちますよ、最近のヨーロッパ戦線の状況から見て次に狙われる可能性が高いのはこの基地ですから>

 

 副艦長の言葉を最後まで言わせずにアタランテが遮った。

 

「ここは予定通りオルレアンへ向かおう、任務は順序にそって遂行せねばならないのだから」

 

 ホバートはいつものようにアタランテに賛同する姿勢を見せる。

副艦長も多数決で負けた形となるため、それ以上苦言を言うことは無かった。

 

 雪上を滑るようにヴェンデロートは進んでいく

 

◇◇◇

 

ザフト軍所属 フランス ボルドー=メリニャック空軍基地

 

 エール・リベルタはフランスの西側にあるボルドー空軍基地で補給を行っていた。

この基地は元々ユーラシア連邦の空軍基地であったがザフト軍によって攻略され前線基地の一つとして利用されていた。

既に滑走路の補修作業も終わり基地としての機能を取り戻している。

 

 そのエール・リベルタの機内でキャミッサーはある小隊との交信を行っている。

 

「『犬小屋』の情報、もっとこっちによこしてくれても良かったんじゃないか?ええ?キャミッサーさんよ、こっちはまた部下とMSを失ったんだが」

 

 画面に映っている紫色の髪の人物が吠えた。

ハバリー・フランキー、バクゥ隊を率いる隊長である。

 

「『犬小屋』に関しての情報はこちらが持っているものは写真付きで全てジブラルタル基地に送ったものが全てです」

 

 『犬小屋』はヴェンデロートのザフト側での別称である。その箱の様な外見、バクゥをケーブルで繋いでいる事から誰かがそう呼び、それが別称として定着している。

 

「あの人型が持ってたレールガンに関しては何も書いていなかったが?」

 

「我々の時には人型は撃ってすら来ませんでしたからね、武装の把握のしようもありませんよ」

 

 キャミッサーが答える。

フランキーはまだ納得していないようだったが

 

「誰かと違って高速戦はお家芸じゃないんでね、一応尾行してはいるが、こっちも『オルレアン基地』の攻略の準備もしなければならんのでね、そろそろ切り上げさせてもらうわ」

 

 『オルレアン基地』の攻略は前々から計画されている事であった。

 

「それじゃ、ロスに伝えてくれ、『オルレアンで会おう』とな」

 

 と言い残すと通信が一方的に切られた。

キャミッサーはオペレーターと顔を見合わせる。

 

「やれやれ、フランキーめ、勝手に攻撃を仕掛け、撃墜できなかったのをこちらに八つ当たりするとは」

 

 キャミッサーが苦言を言う。

 

 とはいえ、「犬小屋」の情報をジブラルタル基地に伝えた時点で、武勲欲しさに他の部隊が独断で攻撃を仕掛ける事は想定済みであった。

この空軍基地もヨーロッパ・アフリカ各地に散らばっているある一隊のおかげで占領できたのである。

 

「ジブラルタル基地からは「目標の周辺部隊は協力して作戦を遂行せよ。」との返答が来ておりますが」

 

 オペレーターが口を挟む。

要するにジブラルタル基地は「協力して作戦を遂行せよ」と判断したようだ。

 

 その時、新基地司令との会談を終えたロス機長がブリッジに戻ってきた。

傍らにはアネットも一緒である。

 

「留守中ご苦労だった。何か変わった所はあったかね?」

 

「は、フランキー隊より、『犬小屋』と交戦したと報告が入って来ております。また目標は下山を開始し、現在それを尾行中であるとの事です。」

 

 キャミッサーが留守中の状況報告を簡潔に行う。

 

「彼にはこちらが補給を受ける間の監視を頼んでいたのだが、ずいぶんと気が早いな」

 

 ロス機長は帽子をアネットに預けながら言う。

オペレーターがキャミッサーに目配せをするが、バクゥが撃墜された事は伏せる事にした。

余計な心配をさせるのは得策ではないだろう。

 

「それで、こちらがジブラルタル基地に要求した増援はどうなっている?」

 

「それに関してジブラルタル基地からは、カラサワ隊長率いるディン4機が中型輸送機にて出発されたと言うことです。」

 

 オペレーターとロス機長の会話にキャミッサーは眉を潜めた。

 

(……独占欲が無い臆病者と見るべきか、それとも慎重を期した利口者と見るべきなのか)

 

 キャミッサーの考えでは当初、エール・リベルタ単独で『犬小屋』を仕留める算段であった。

 

 が、既に機長自らジブラルタル基地だけでなく、各部隊に増援を求めていた事は機長の秘書官であるアネットから伝えられていた。

 

 赤服でもある彼女はキャミッサーの乗機である早期警戒・空中指揮型ディン特殊電子戦仕様のオペレーターも勤めている。

 

「しかし、我々の方に戦力を割いて「足付き」を相手にしているバルドフェルド隊の方は大丈夫なのか?」

 

「ジブラルタル基地からはバルドフェルド隊には既にザウート2機に加えてデュエル、バスターを増援に送ったのでこちらにはディンをという事でした。」

 

 キャミッサーの疑問にオペレーターがジブラルタル基地からの回答を伝えた。

 

 ザウートはザフト軍の陸戦型重MSである。

頭部はジンと似たようなモノアイだが赤茶色のボディー、それに大型の固定火器である2連キャノンと2連副砲を備えている。またキャタピラーを展開しタンク形態にもなれる。

その分重量は増えており、機動性、運動性は他のMSに比べて著しく低下している。

 

「限られた兵力から増援を出して頂けたのはありがたいが、そのどちらも無駄にならなければ良いがな」

 

 バルドフェルド隊の主兵力は高速機動に優れたバクゥである。

そこに鈍足のザウートを送るとは、恐らくジブラルタル基地の上層部に何か含む所があるのではないかとキャミッサーは考えた。

奪取したG兵器2種も増援に送っているのだからそんな些細な理由ではないだろうが。

 

「増援が到着しだい、我々も追撃を再開しよう。オルレアン攻略作戦前に『犬小屋』には退場願いたいからね」

 

そうロス機長はつぶやくと、いつもの自分の席に腰を降ろした。



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PHASE-09 ディン再び

 小雨が降る中、下山したばかりのヴェンデロートは再び襲撃を受ける。

 

「敵MSの発進を確認、熱源照合、ジン3、ディン6!?、そんな、9機も」

 

<やはり来ましたか、今回は本気で落としにきたようですね、あのディンとジンはこの間戦闘を仕掛けてきたのと同じ機体のようですね>

 

 動揺するオペレーターを尻目にアタランテは冷静に答える。

向かってくるMS群は全てザフトの中型輸送機エール・リベルタから発艦した物であった。

 

「総員、第一戦闘配備、迎撃にあたれ!」

 

 右手を振りかざしながらホバート艦長が怒鳴る。

その間にもレーダーは複数の赤いマークがこちら側に接近しているのを捉えていた。

 

「アレン中尉には艦の後方を守らせろ、敵機を近づけさせるな、バクゥ隊は……」

 

<バクゥ隊はあのポジションから外しませんよ、これ以上速度を下げれば敵に囲まれます>

 

 現在、バクゥ4機は犬ぞりの様に地上戦艦を牽引していた。

そのおかげで艦の速度は通常の2割増程度は上昇していたが、このままでは防衛の際の戦力は低下する事になる。

 

「……了解しました」

 

 とは言えアタランテ無しではバクゥを動かす事は出来ない。ホバートは渋々了承した。

 

ーーーーー

 

「この戦闘で艦を落とすつもりなのか」

 

 出撃待機命令が出ていたアレンは既にへリックスに乗り込んでいた。

武装とストライカーユニットはいつものパラサイトストライカーだが、前回の戦闘で使用した300mmレールバズーカ「ゲイジャルグ」は引き続き装着したままであり、対空ミサイルも増設している。

 

 それに加えて今回は近距離戦用の対装甲パイルバンカー「ゲイボウ」を片側に装備していた。

槍の先端部分に仕込んでいる火薬を起爆させる事で破壊力を増し、理論上はPS装甲にも損傷を与える事が出来るとされていた。

 

<外部からのレールガン程度の攻撃では有効打にならないと向こうも考えているはず、その時にこの格闘戦用の武装が役立つはずです>

 

 近接武器を装備している事についてアタランテが説明する。

 

<また、こちらにもグゥルがあります。自軍のサブフライトユニットとして有効利用させて貰うとしましょう>

 

 グゥルまで用意していた事をアレンは初めて知ったがその疑問は頭の隅に置いて置くことにして、いつもの様に発進シークエンスを行う。

 

「アレン・クエイサー、へリックス、出る! 」

 

ーーーーー

 

 ヴェンデロートの甲板に降り立つと、すぐさま艦の後方から接近していたディン2機に狙いを定めて対空ミサイルを発射する。

 

「前よりもミサイルの誘導性が上がっているな」

 

 先陣を切っていたキャミッサーはディンの高度を下げバレルロールを行い、ミサイルを回避したが、側ではグゥルを撃破されたジンが地上に不時着した。

 その後、ディンの姿勢を戻すと6連装多目的ランチャーからミサイル2発を対空砲に向けて撃つ、目標は直撃を受けて炎上する。

 

「まずは対空砲から潰させてもらおうか」

 

「ちぃ!」

 

 アレンの横でも対空ミサイル砲台が別のディンからの攻撃を受け一瞬でスクラップへと姿を変えた。

 

「やはりこれを使うしか無いか」

 

 300mmレールバズーカ「ゲイジャルグ」を肩に展開させ、キャミッサーの乗るディンを狙う。

電磁加速した砲弾、装甲の薄いディンであれば一撃で仕留める事はもちろん、回避も困難なはずである。

だが

 

「アラート?上か!?」

 

 別のディンからの攻撃が来たため、目標をそちらに切り替え、敵の射程に入る前に「ゲイジャルグ」で胴体を撃ち抜く。

 

「武装が追加されていたのか」

 

 キャミッサーは一端機動を変え、ヴェンデロートから離れた。

 

「1機撃墜したが、敵隊長機にレールガンの射程を見切られたな」

 

アレンは虎の子の兵器を見せた事を悔やむが、今は別の目標に切り替え、艦の防衛に専念するしかない。

 

ーーーーー

 

「オルレアン基地まで後どれくらいだ?」

 

 副艦長が焦燥した顔でオペレーターに尋ねた。

 

「まだ距離4万程あります」

 

「オルレアン基地の警戒範囲に入れれば良いのだが、それまで持ちこたえる事ができるか、正念場だな」

 

 副艦長が思案していると、ヴェンデロートの左前方にロワール川が見えてきた。

この川を辿っていけばオルレアン基地に着く。

 

「バクゥ隊より入電、2番機の脚部に損傷との事です。また他の機体も稼働限界が近付いて来ています。バッテリーではなく機体とパイロットの負荷がです」

 

 バクゥは全機が艦と接続しているケーブルから電力供給を受けているが、発進してから長い間艦を牽引していたため、脚部に負荷がかかり不具合が出てきている機体も発生し始めていた。

 

<そろそろ限界ですね、後方の機体から撤退させましょう>

 

 艦にバクゥが次々と収容される。

動力源が自機のみとなった艦は急激に速度が低下、この好機をザフトが逃す訳はない。

 ディン2機が収容しつつあるバクゥを狙うが

突如、黄色の閃光の前に消し飛んだ。

 

「オルレアン基地からの長距離射撃です!」

 

 オペレーターが声をあげる。

この砲撃はヴェンデロートがついにオルレアン基地の警戒網に入った事を示す物であった。

 

ーーーーー

 

「これは陽電子砲か?まさか地球圏内でこの武器を使うとは」

 

 キャミッサーは焦りの表情を滲ませた。

陽電子砲は絶大な威力の負の側面として、発射の際に放射能を発生させる事から宇宙ならともかく地上で使うのは環境への影響も懸念しなければならない。

それを地上で使う者がいるとは警戒しなければならない事であった。

 羽を揺らし自らの母船に合図を送る。

程なくしてエール・リベルタから撤退を示す照明弾が打ち上げられると、残っていたザフト機は全て戦域を離脱して行った。



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PHASE-10 ガンダムタイプ

 オルレアン基地

 

 追撃を受けつつもヴェンデロートはオルレアン基地へ入港する事が出来た。

 

「よく来てくれた。我が基地の防衛網の中にいる限りはもう安心ですよ」

 

 オルレアン基地司令ライゼル・フォントが自ら出迎えに来てくれていた。

 銀髪に長い白髭を蓄えた老将軍はそう言うと右手を差し出す。

 

「出迎え感謝します。色々とご迷惑をおかけして申し訳ありません」

 

 ホバートは頭を下げ、恐縮しながら握手に答える。

 ライゼルの階級は少将、佐官のホバートの上にあたる。

 

「何、構わんよ。ところで例の防衛システムの方は上手くいってるのかね?」

 

 ライゼルが尋ねる。

 

「ええ、[アタランテ]が無ければ我々もここまではたどり着けなかったでしょう。「アタランテ」が開発したMSと合わせて後程お見せいたします」

 

 ホバートの返答にライゼルはフムフムと頷いた。

 

「君の基地で開発したMSか、大西洋連邦のMSと比べて見劣りするものでは無ければ良いがな」

 

 少し棘のある言葉にホバートは眉を潜める。

 

「お言葉ですが、既に我々のMSは実戦で何機ものザフトのMSを……」

 

「まあ、実物同士を比較した方が早いだろう」

 

 驚くホバートを他所に老将はさらりと言った。

 

「え、この基地に既に配備されているのですか!?」

 

「ホバート君、もはやMSはザフトと一部の者が扱う特殊兵器では無いのだよ」

 

 思いがけない返答にホバートは狼狽の色を隠せなかった。

 

ーーーーー

 

 オルレアン基地 格納庫

 

 アレン達は基地内の格納庫に来ていた。

 目的は供与されるビーム兵器の説明を受けるためである。

 また、既にへリックス等のMSも綿密な整備を行うためにここに運び込まれていた。

 

「こちらが準備していたレーザートーチです。本来は作業用の溶接装備ですが、先端を伸ばしてビームサーベルの様に使用することも可能です」

 

 オルレアン基地の整備員がアレンに説明する。

 ビームサーベルはミラージュコロイド技術を応用した刃状の兵器である。

 ビーム兵器であるため、実体剣であるジンの重斬刀とは違いPS装甲にも有効であった。

 

「白兵戦用のビーム兵器か」

 

「ビームサーベルはGシリーズに標準装備されている武装です。ザフト側もバクゥへの配備を進めているみたいですね」

 

 アレンには初めて見る物だったが、刀身が調整でき、小型で取り回しが効く点は興味がひかれた。

 

「そう言えばこの間の戦闘でも敵のバクゥの中で口元になんか咥えた奴がいたような気がするなあ、所で俺達のバクゥにもこいつと同じ奴を取り付けてくれるんだよな?」

 

 シャルルが口を挟む。

 

「バクゥ用の方も準備しております。それはこちらに……」

 

 整備員に連れられてバクゥ隊の面々が移動する。

 アレンも移動しようとするが、ふとへリックスの方を見た所、何やら少し騒ぎになっているようだった。

 

「ノエル中尉、お止めください、勝手に搭乗されては困ります!」

 

「コクピットに座る位なら別に良いでしょう?……起動させるには……」

 

「どうした?何を騒いでいる」

 

「アレン中尉!それがノエル中尉がどうしてもこのMSに乗せろと仰って……」

 

 整備兵がアレンに困惑した表情で話す。

 ヘリックスのコックピットを見ると黒髪の女性パイロットが座っていた。瞳の色は紫である。

 

「私はこの基地のテストパイロットです。この基地のMSに関しては全て自由に搭乗して良いという権限を持っています」

 

「だから、このMSはシルバニア基地の物です!この基地のMSではありません!」

 

 さすがに業を煮やしたのか、整備兵の一人が力ずくで引っ張りだそうとするが、アレンはそれを逆に止めた。

 

「そこに座っているという事はアタランテの許可が得られたと言う事、であればアタランテの判断に任せよう」

 

「私はこの機体の前に来たら勝手にハッチが開いたから乗せて貰っただけで、アタランテ何て知らないんですけど……ところであなたは?もしかしてこのMSのパイロット?」

 

「アレン・クエイサーだ、階級は中尉」

 

「それは階級章と名札を見れば分かります。」

 

 これ以上操作しても無駄と判断したのかノエルはコックピットから出てきた。

 

「システムの起動までは行ったんですけどね、まさかOSまでXナンバーと同じとは、たしかにガンダムフェイスっぽいなとは思いましたけど」

 

「ガンダム?」

 

「知らなかったんですか?この頭部形状の事をガンダムって呼ぶ事」

 

「いや、まったく」

 

 ノエルは呆気に取られた様な顔を浮かべる。

 アレンは逆に質問してみる事にした。

 

「ところでノエル中尉、あなたはこの基地のMSパイロットなのか?」

 

「ええ、この間大西洋連邦から譲渡されたんです」

 

「既にこの基地にもMSが配備されていたのか」

 

 どういった経緯で譲渡されたのか気になったが、それは聞かない事にした。

 

「ところでこのストライカーパック、本体よりも重いんじゃないですか?」

 

 ノエルは機体後方のパラサイトストライカーの方を覗き込みながら言った。

 

「いや、そいつの重量は本体の3分の1位ですよ」

 

  アレンが答える。

 ノエルはそれを聞いて少し首をかしげ思案するような仕草を見せた。

 

「それにしても、よくまあこんなMSで戦えましたねあなたは」

 

 ノエルがまた呆れたような表情をする。

 アレンがそれには答えなかったので、気を悪くしたのか背を向ける。

 

「まあ良いです。どっちにしろ私のMSにはストライカーパックは装備できませんから、それでは」

 

 そう言って出口の方へと立ち去っていった。

 

ーーーーー

 

 エール・リベルタ ブリッジ

 

「この長距離砲の情報がもっと早く届いていれば……」

 

 アネットは机上に置かれている電子パネルを見ながら言った。

 パネルには物々しい砲台が映っている。

 

 陽電子破城砲『ローエングリン砲』

 その名前の通り絶大な威力を誇り、あの「足付き」アークエンジェルにも搭載されている砲門である。

 

「諜報部への八つ当たりは止めて貰いたいな、オルレアン攻略作戦前に敵の陽電子砲の情報を得ることが出来ただけでも彼らの働きは称賛に値するよ」

 

 キャミッサーがたしなめる。

 とは言え彼も思う所が無い訳では無かった。

 

 先の戦闘ではヴェンデロートをあと一歩まで追い詰めたものの、オルレアン基地からの長距離砲撃を受けたためやむなく撤退を選択したのである。

 アネットの言う通り、オルレアン基地にローエングリン砲がある事が分かっていればまた別の作戦を取る事もできたはずであった。

 

「『オペレーション・ウロボロス』の柱の一つが『地上での支援戦力を得るための軍事拠点を確保』ですが、このオルレアン攻略はその内の作戦の一つに入っているとは思えませんね、ここにはマスドライバーも無いですし」

 

「たしかにマスドライバーは無いがヨーロッパ戦線においては重要な基地の一つだ、だからこそヨーロッパ戦線に投入されている戦力を結集している」

 

 アネットはあまりこの作戦が重要視されていないのではないかという危惧を吐露したが、キャミッサーはそれを否定した。

 そこに格納庫にいた兵から連絡が入る。

 

「キャミッサー隊長、ディンの整備が完了しました。さっそく試運転なされますか?」

 

「了解した。すぐに行こう。アネット、後は任せる」

 

 キャミッサーはブリッジを後にすると格納庫へと向かった。




5/10 基地名が間違っていたのを修正
誤 トゥファリス 正 シルバニア


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PHASE-11 VSストライクダガー

 PHASE-11 VSストライクダガー

 

 へリックスは基地での整備を終えてヴェンデロートの艦内に戻された。

 

<ビームトーチは次の戦闘でさっそく使ってみたいものですね、大型クローアームよりも小回りが効きそうですから、これでPS装甲にも対応できるでしょう>

 

 アタランテは新しい武装に興味津々と言った所である。

 たしかにPS装甲を持ったMSに対して実体武器を使うよりは戦果を得ることが出来るだろうとアレンは思った。

 

「しかし、この前の戦闘では結局白兵戦に持ち込む事が出来ませんでした。これ以上近接武器を増やしてもという気もします」

 

<この間の対ディン戦の事を考えていたのですか、たしかにそれも分かりますが>

 

 アタランテは気分を少し害した様である。

 

<基地内の戦闘では同士討ちを起こしやすい射撃武装よりも、近接武器の方が重要になります。ディンへの対処はまた別に考えているのでご心配なく、それより、ビームトーチに異常はありませんか?>

 

 アレンはコンソールからビームトーチに異常が無いかどうかを確認する。

 たしかに、これまで飛行型MSを相手にする事がたびたびあったので射撃武器を優先したい気持ちはあった。

 

 それももう一つの関心事はなぜノエルをヘリックスに乗せたのかである。

 

「ところでなぜノエル中尉をヘリックスに乗せたのですか?」

 

<彼女がコーディネーターかナチュラル、またはそれ以外かどうかを確認したかったのです、このコックピットは座るだけで体重、血圧などの健康状態を測れるので、結果はもちろんナチュラルでしたが>

 

 コーディネーターを警戒するのは分かるが、それ以外というのは少し気にかかった。

 

<それよりもこの基地の配置図はちゃんと把握できていますか?基地内での戦闘が迫っていますよ>

 

「基地内での戦闘?」

 

<ええ、次の戦場はこの基地になります。万全の状態で迎えるためにも、しっかりと睡眠を取って下さいね>

 

ーーーーー

 

 オルレアン基地司令部

 

 ホバートはオルレアン基地司令のライゼルから基地内の施設の説明を受けていた。

 最後にMSの格納庫へ案内されるとそこには5機のMSが鎮座していた。

 

「これが我々が大西洋連邦から譲渡されたGAT-01 ストライクダガーだよ」

 

 ストライクダガーは青いゴーグルフェイスと胴体部、白い手足、赤い脇部と踵のトリコロールカラーのMSである。

 

「これがパナマ基地で開発されていたという大西洋連邦のMS……」

 

「MS同士の模擬戦もお互い不慣れなためか未だにぎこちなくてね、それに君の隊にはバクゥも数機いるではないか、ぜひ演習の仮想敵役を買ってくれるとありがたいのだが」

 

「我々はアグレッサー部隊という訳ではないのですが……そこまで言われては、もちろんお請け致しましょう」

 

 ライゼルの頼みにホバートは渋々承諾した。

 

ーーーーー

 

 オルレアン基地内 演習場

 

「仮想敵ならバクゥの方が適正だったのでは?」

 

<バクゥは1対1の戦闘には不向きですから>

 

 武装は出力を押さえた57mmビームライフルとビームトーチである。

 今回は基地施設も戦艦のバックアップもない

 文字通り1対1と言った所であった。

 

<アレン、この模擬戦で新しいビーム兵器の感触を掴んで下さい。貧弱な重粒子砲とは勝手が違いますよ>

 

「……了解」

 

 たしかにアタランテの言うとおり、レールガン等の実弾兵器を使うことが多かったヘリックスにとって実戦前にビーム兵器の感触に慣れるには絶好の機会である。

 しかし、不馴れな装備でどこまで動けるかという不安の方が先にあった。

 

「双方準備は出来ていますか?では、始めて下さい」

 

オペレーターから開始の合図が告げられる。

 

 お互いに睨みあった状態から先にノエルのストライクダガーが動く。

 左右に移動しつつ、ビームライフルをセミオート射撃で撃っていく。

 

 アレンは回避行動を取ろうとレバーを動かすが、それをアタランテが止め、変わりにパラサイトストライカーのクローアームを全面に出す。

 巨大な腕が盾となって、本体への被弾判定を防ぐ。

 

<アレン、まずは相手の出方を見る事が先決ですよ>

 

「しかし、このままでは……」

 

 開幕の均衡状態から一転して守勢の状況に移行した。

 

「パラサイトストライカーに被弾判定、ですが有効ではありません」

 

「既にこちらが10発以上当てている。実戦ならビームライフルの威力でストライカーパックごと吹き飛んでいるはずですよ」

 

 オペレーターからの無効判定にノエルが苦言を言う。

これだけ当てていても部位破壊の判定すら出ていなかった。

 耐ビーム・コーティングがされている事は知っているが、ここまで耐久値が高いとは言われていない。

 

「有効打を与えてやらないとね」

 

 ストライクダガーがへリックスの右側面に回り込み、武装をビームトーチに持ちかえて接近戦を仕掛ける。

 へリックス側はクローアームを右側に移動し、まだ防御の構えを見せるが、ノエルはその動きを盾で押さえるとビームトーチを突き出す。

 

「まだだ!」

 

 アレンもへリックス本体が持っていたビームトーチで迎え撃つが、逆に相手から柄の部分を使って払い退けられてしまう。

 

光を失った剣が宙を舞い、地面に転がる。

 

「く、そんな……」

 

「本体の両手が残ってる事くらい、お見通しですよ」

 

 アレンの行動は既に読まれていた。

ノエルはビームトーチを片手で持ちかえて再度突き出す。

 

ピピッ

 

 が、突然のロックオンアラート音に驚いて飛び退く。

 右肩部と腰部に被弾判定、パラサイトストライカーに隠されていたビームライフルの掃射により、ストライクダガー本体にダメージ判定が入ったのだった。

 

「な、ストライカーパックにビームライフルを隠していたというの!?」

 

<こちらも、あなたの行動くらいお見通しですよ>

 

 ノエルは態勢を立て直し、ビームライフルとビームトーチを構え直す。

完全に一本取られた感じになってしまったが、まだ戦闘を続行する意思を見せた。

 

「それまで、今回はここまでとしよう」

 

「司令!」

 

「何故です?まだ決着はついていませんよ!?」

 

 ライゼル司令による終了の宣言。

ノエルや見学していた他のストライクダガーのパイロットからは抗議の声が挙がる。

 

「もう双方の実力は十分に見せて貰った。私はどちらかが倒れるまでやれと言ってはいない」

 

 ライゼルがそう言って周囲を黙らせると誰も抗議する者は居なくなった。

 

「今回は退きますが、実戦ではこうはいきませんよ」

 

 ノエルはそう言い残すと、整備のためストライクダガーをハンガーに移動させる。

 

<お疲れでした、ビームトーチの扱いに関してはこれから習練していきましょう。今までは砲撃と引き撃ちがメインでしたから仕方がありません>

 

 アタランテの戦闘分析にアレンは力無く頷く。

 

 ノエルに自分の動きが全て読まれていた。

始めに防御に徹せず、回避行動を取っていたら本体に被弾判定を受けていただろう。

 

 アレンにとっても今回の模擬戦は課題の残る結果となった。



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PHASE-12 ザウート突貫

 模擬戦から2日後、ヴェンデロート艦内では採掘機の搬入作業が終わり、動作テストが行われようとしていた。

 そこに突如警報が鳴り響く。

 

「未確認機が接近中との事です。現在オルレアン基地の管制室と連絡を取り詳細を確認中です。」

 

「基地内にいるクルーを呼び戻せ!我々も迎撃態勢を整えるんだ」

 

 オペレーターからの一報に動作テストの指揮を取っていた副艦長は作業を一時中断し指示を出す。

 

「ついにこの基地にまで攻めてきたか」

 

 自分もブリッジに戻りつつ、こう呟いた。

 ヨーロッパ方面の都市、基地はベルリン、ボルドー空軍基地を初めとして次々とザフト軍の手中に落ちつつある。

 このオルレアン基地が落とされればユーラシア連邦の首都であるブリュッセルを守る防波堤がまた一つ失われてしまう。

 

「ともかくアタランテの指示通りに動かなければ」

 

 そう決意するとブリッジへと入って行った。

 

ーーーーー

 

 オルレアン基地司令部

 

「接近してくるのはディン3機で、輸送する艦の姿は見当たらないか」

 

「囮だろう、仮に接近されてもヘルダートでどうとでもなる」

 

「ローエングリン砲のチャージを急がせろ」

 

 司令部では参謀達が各所から送られてくる報告に対して指示を出していた。

 

「4番ポストと5番ポストより、敵MSと交戦中との報告です」

 

「やはり来たな、アタランテシステム様々と言った所か」

 

 ライゼルはその報告に静かに頷いて言った。

 ポスト4、5はオルレアン基地地下区域の警備ポストである。

 オルレアン基地にはロワール川からの地下水路がいくつか通っており、そこから敵部隊が侵入してくる事は充分に考えられた。

 

「地下水路にストライクダガー部隊を配置していたのは正解だったようだな」

 

「ですが、基地外周にいる敵MSにはこちらのMSを当てる事が出来ません」

 

 アタランテにより基地警備の見直しが行われ、ストライクダガーは全て基地内部の地下水路に配置されていた。

 

「それには問題はない、ヴェンデロートに搭載されていたバクゥ隊が外周各所に配置されていたはずだ」

 

「その事ですが、つい先ほどその情報は誤りだと言うことが分かりました。へリックス、バクゥ部隊共にヴェンデロートにまだ収容されているそうです」

 

「なんだと!?それもアタランテの指示だと言うのか」

 

 ライゼルは驚く。

 その時、オペレーターが新たな機影に気づいて叫んだ。

 

「これは、H.L.V(重量物打ち上げロケット)が降下?位置は……基地の真上です!」

 

「何!?早くローエングリン砲で打ち落とせ!」

 

「駄目です!ローエングリン、射角制御間に合いません!」

 

 虎の子の陽電子砲は基地の北西から近づいて来ていたディンに対して向けられていた。

 そのため即座に砲塔を回転させる事は出来ない。

 代わりに有り合わせの地対空75mmバルカン砲塔システムから迎撃弾が上空に向けて発射される。

 それでH.L.Vの外装甲は剥がれたが、中のMSは未だ健在であった。

 

「ハッハァァァ!やはり俺には軍用犬を飼い慣らすよりもこいつの方があってるな!」

 

 フランキーがコックピット内で吠える。

 

 出てきたのはザフト軍の陸戦型重MS ザウート。

 機動力は劣るが、既に敵基地内部に取りついている今ではその欠点も克服したかに思われた。

 タンク形態で着地し衝撃を緩和する。辺り一面を土煙が舞う。

 

「こっちにとっちゃ全部が破壊目標だ、後のために燃料タンク位は残しておきたいがな」

 

 そう言ってザウートの主砲である2連キャノンを目の前の対空砲に向かって放つ。

 その爆発を満足そうに見届けると、後続の部下達に指示を出した。

 

「各機、敵司令部へ攻勢をかけるぞ、後から来た他の部隊に手柄を横取りにされる前にな」

 

「了解」

 

 ザウート達は無限軌道を狙われないように頭部側面に設置されているスモークディスチャージャーから発煙弾を次々と発射する。

 

 既にオルレアン基地の見取り図は把握済みであった。

 その司令部まであと少しという所で、フランキーはこちらの進行ルート上にブルドッグ(対MSミサイル搭載トラック)やリニア・ガンタンクなどの戦闘車両とは違う機影があることに気づく。

 

「MSだと?もしや例の「十字架」か」

 

 フランキーは直感でそれがバクゥ以外のMSであるという事を見抜いた。

 

 前回の戦闘では、こいつが甲板にいたことが戦闘後の映像分析で分かっている。

 あの時はこいつの砲撃により、味方のバクゥが1機やられた。

 

「借りを返す時が巡って来たと言うわけだな。こちらフランキー、まず司令部の前に奴を仕留める。援護しろ!」

 

「了解!」

 

 無限軌道の轟音が戦場に鳴り響く。

 

ーーーーー

 

<やはり、狙いは司令部でしたか>

 

「煙幕で敵影が確認できない、何機いるんだ?」

 

 周囲は発煙弾から発生した煙幕により、見渡す限り白い煙が立ち込めている。

 アレンとしては視界を完全に塞がれた状態で戦闘に突入する事になった。

 

<アレン、私が既に1機、敵の位置を捉えています。私の指示に従ってください>

 

 アタランテに言われるがままブーストを吹かし、煙の中に突っ込む。

 へリックスは正面からフランキーの乗るザウートに突撃する形となった。

 

 意外な行動に、対するフランキーは一瞬、虚を付かれるが、それもほんの一瞬だけである。

 

「砲撃戦用のMSなら接近戦が弱いと思っていたのか?むしろ逆だと言う事を教えてやる!」

 

 ザウートの2本のマニピュレーターがクローアームを掴む。

 そのあまりの重圧にクローアームごと機体を抑え込まれ、へリックスは膝をつく。

 

「ハッ!なんだ、重武装の割りにはやけにパワーが無いな」

 

「く……」

 

 アレンはどうにかして機体を立ち上がらせようとするが、どうにもできない。

 相手の方は益々増長した。

 

「どうした?まさか無策で突撃してくるとは思わなかったが」

 

<解析終了、接触回線から敵機の位置が分かりました>

 

 フランキーはいきなり割り込んできた機械的な音声に戸惑った。

 ヘリックスが隠し腕のビームライフルを展開して煙の中に数発撃つと、その先にいたザウートが次々と爆散していく。

 

「馬鹿な、スモークで位置を把握出来ていないはずなのに……!?」

 

<これで終わりです>

 

 最後に本体が持っていたビームトーチでザウートの胴体を一閃するとモノアイから光が消えた。



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PHASE-13 サードタイム

 キャミッサーが駆るディンはヘルダート・ミサイルランチャーの弾幕を掻い潜り、基地内への侵入を果たす。

 

「フランキーめ、やってくれたな」

 

 H.L.Vによる落下の衝撃の様子はその時基地の外周にいたキャミッサーの方からも確認できた。

 

 しかし、その後の推移は少し不穏と言っても良い。当初の予定では既に基地中枢部を掌握できているはずである。

 ひとまず状況を掌握するためにも、母船である「エール・リベルタ」に連絡を入れる。

 

「こちらキャミッサー、あれから他の部隊から何か連絡は来ていないのか?」

 

「グーン隊の方は地球連合軍の複数のMS(モビルスーツ)と交戦した模様です、現在3機撃墜したとの報告が入っています」

 

 例のMS(モビルスーツ)や鹵獲されたバクゥ以外にもMS(モビルスーツ)がいたということだとキャミッサーは判断した。

 

「ザウート隊からの連絡は? そろそろ時間だろう」

 

「いえ、そちらの方はまだ何も来ておりません」

 

「そうか……私はこのまま作戦を継続する。何も戦果を得られないまま帰る訳にはいかんのでね」

 

 更に基地の奧へと飛ぶと中心部付近に黒煙が立ち込めていた。

 その中に味方機の信号も確認できる。

 

「あれは……『十字架』か?」

 

 煙の隙間からザウートの傍らにまるで墓標のように十字架が建っているのが見えた。

 キャミッサーは瞬時に状況を理解するとその目標に向かってディンを加速させる。

 

「してやられたか、フランキー」

 

――――

 

<アレン、例の隊長機ですよ。ヘルダートの弾幕網を掻い潜って来たようです>

 

 アタランテが警告する。

 アレンはザウートを蹴り出し、ヘリックスから引き離すと、接近してくるディンに向かい合った。

 相手は飛行型MS(モビルスーツ)、少しでも機体のバランスを崩せば落とす事ができる。

 

 ビームトーチを膝部のサーベル・ラックに戻すとヘリックスの今持てる全ての火器をフルオープンさせる。

 頭部の75mm対空自動バルカン砲塔システム イーゲルシュテルン、300mmレールバズーカ「ゲイジャルグ」、4連装ミサイルポッド、更に隠し腕の76mmビームライフル

 全ての照準がたった1機のディンを捉える。

 

「当たれぇぇぇ!!!」

 

 ヘリックスのあらゆる火器が一斉に牙を向く。

 その過剰とも言える攻撃をキャミッサーは冷静に判断し、数発のミサイルを撃ち回避行動を取った。

 そこに2発のミサイルが妙な軌道で飛んでくる。

 

「ミサイルが300度曲がるのか!?」

 

 思わず右手に持っていた76mm重突撃機銃を投げつけ誘爆させるとその爆風が戦場を覆う。

 これを利用し、ひとまず建物の影に隠れる。

 

「手数が多いな、あれだけの兵器管制が出来るナチュラルがいるとは驚きだが」

 

 キャミッサーは通信を入れる。

 

「こちらキャミッサー、グーン隊に支援を要請する。誰かいないか?」

 

 おそらく近くに来ているはずであるグーンに援護を要請する。

 予定では地下水路から潜行し、基地地下部の破壊工作を行っているはずであった。

 

「こちらグーン1番機、あと1機連合のMS(モビルスーツ)が残っている。そいつを撃墜するまで地上へは出られない」

 

「こちら2番機、先ほど手応えがあった。あと1機でエースなんだ、ちゃんと撃墜させてくれ」

 

 どれも戦果や武勲欲しさにまだ地上へは出てこようとしない。

 

「手柄なんてくれてやると言うのに」

 

 キャミッサーは思わず毒吐く。

 ディン1機では対処しきれない獲物である事は既に先の戦闘で分かっている。

 音波兵器であるグーンのフォノンメーザー砲であればあの剛腕にも効果があると思ったが、この状況では期待できそうにない。

 

「既に降下したザウート隊は全滅だ、このままではそちらも共倒れだぞ」

 

「何、やられたのか? 分かった、こちらもすぐ地上の支援に向かう」

 

 グーンのパイロット達はようやく事の重大さに気づいたのか態度を一変させた。

 

 ピピピッ!! 

 

 突如、ディンの警報アラートが鳴る。

 位置を察知されたので、キャミッサーは仕方なく機体を空へと飛翔させる。

 直後にさっきまでいた足元の地面にミサイルが着弾し爆発した。

 

「奴のミサイルは一体どういう誘導方式を使っていると言うのだ。まるでこちらの位置が把握されているように……」

 

 キャミッサーは敵の異様な雰囲気を再確認せざるを得なかった。

 

――――

 

<基地への被害をその都度考えている暇はありません>

 

「了解……くっ!」

 

 アタランテに言われるまでもなく、既に目の前のディンを落とすのに精一杯である。

 しかし、敵機の位置は把握できているが、攻撃を当てる事が出来ない。

 周囲には味方の戦闘車両もいないため、援護射撃をしてもらう事も望めなかった。

 

「ここだとよく狙えない、移動するべきでは?」

 

 アレンの焦りは募るが、それをアタランテがたしなめる。

 

<こちらから出向く必要はありません。まもなくバクゥ部隊が来ます。それからでも遅くはありません>

 

 援軍の話を聞いて、アレンは咄嗟にもう1部隊の援軍の方を思い出した。

 

「そう言えば地下水路の方は、まだかかりそうなのか?」

 

 その時、近くの地面で次々と爆発が起こると、巨大なイカの姿をしたMS(モビルスーツ)がそれぞれ飛び出してきた。その異様な造形にアレンは少し驚く。

 

「あれはザフトのMS(モビルスーツ)の……!!」

 

<UMF-4A グーンですね、ザフトの水陸両用MS(モビルスーツ)です>

 

――――

 

 降下してきたザウートが撃破され、ひとまず安堵していたオルレアン司令部は再び現れた敵機に混乱していた。

 

「また敵のMS(モビルスーツ)の侵入を許すとは」

 

「こちらの防衛部隊は、MS(モビルスーツ)(モビルスーツ)隊は何をやっていた!? 地下水路を守っていたんじゃなかったのか!?」

 

「施設防衛部隊はまだ外周にいるディン2機と交戦中、MS(モビルスーツ)隊は……先ほどから全機応答がありません……」

 

 オペレーターからの報告に参謀達は狼狽えた。

 

「何だと?」

 

「まさか、全機撃墜されたのでは?」

 

「それはありえない」

 

 憶測が憶測を呼び、もはや収拾が付きそうにない。

 

「もはや、彼らに託すしか無いと言うことか」

 

 ライゼルは両手を組むとそれに顎を埋めた。



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PHASE-14 オルレアンの旗

 へリックスはクローアームの手の部分を自機を上から掴むように展開し、防御体制を取った。

 

<囲まれている今はこうするしかありません>

 

 そこにグーンから多数のミサイル、そしてフォノンメーザー方が降り注がれる。

 へリックスのコックピットの中が大音量のアラート音で満たされた。計器も異常を示している。

 

「く……アタランテ、次の指示を」

 

<今さら動く事もできません、想定よりも残っていた敵機の数が多いですね、これは誤算でした>

 

「そんな!?」

 

<ミサ……イルはまだ……フオ…………メーザー……が……>

 

 敵の攻撃は収まりそうにもない。

 アタランテの音声が途切れ途切れになる。

 大音量と振動で頭が割れそうだ。

 

「く……まさかここで……」

 

 アレンの意識が朦朧とする。

 

 初めは別の基地から連れてこられて……

 

 そもそも何で戦って……

 

 先に機体制御に影響が出たのか、クローアームの中にいたへリックスは体制を崩してうつ伏せに倒れた。

 

「やけに頑丈な奴だったな」

 

「ああ、もう少しでこちらも銃口が熱でやられる所だった」

 

 ザフト兵達が感心した様に言う。

 そこにビームライフルの閃光が走る。

 

「あの1機、やはり隠れていたのか!」

 

「私……言いましたよね……その戦法は実戦では通用しないと」

 

 そう言ってノエルは流血しながらも必死に操縦幹を握る。

 

 グーンが出てきた穴からボロボロのストライクダガーが這い上がってきた。左肩部は既に失われている。

 

 それに止めを刺そうとグーン達は両腕を挙げるが、ふと別報告からのアラートを確認する。

 バクゥが数機、こちらに向かって駆け出して来ていた。

 

 キャミッサーも空中からそれを認めると、グーン隊に警告する。

 

「作戦開始時にも伝えていたと思うが、ここにいるバクゥは全て敵の鹵獲機だ。だが、注意してくれあいつらは普通とは違う」

 

「そりゃ違うだろうさ、「リード付き」とは本当にいたんだな。やはり連中の趣味は悪い」

 

「あれも操縦しているのはナチュラルだろう。何を怖がる必要がある?」

 

 キャミッサーの警告を無視し、グーン達は各々が攻撃を行うが、どれも後少しという所で当たらない。

 こうしている間にもバクゥとの距離は縮まっていく。

 

「く、やけに統制が取れているな」

 

「奴等のリードを狙え、あれがおそらくは動力源と繋がって……何!? うわあああ!!」

 

 バクゥの頭部両側から展開されたビームトーチがすれ違い様に1機のグーンを切り裂いた。

 

「さっきのバクゥ、空中で一回転しなかったか?」

 

「見間違いだ、ナチュラルにそんな曲芸が出来る奴がいるわけないだろう!」

 

 グーンは本来水中戦を想定して作られており、MS戦を行うことを考えられておらず、そのため格闘用の武装を持っていない。戦況は再びザフト側の不利となった。

 

 キャミッサーは思案する。

 

「言わないことではない、しかしここで加勢するにはもう一押し欲しいな」

 

「キャミッサー隊長、カラサワ隊長がローエングリン砲1台の破壊に成功しました。現在残り2台の方に向かわれています。我々はこちらの援護に向かえと言われました」

 

「アネット、ようやく来たか」

 

 このタイミングで別動隊であるカラサワ隊にいたアネットのディンとグゥル搭乗ジン3機との合流を果たす事が出来た。

 

「弾薬とバッテリーの残量はまだ大丈夫か?」

 

「はい、我々もあまり多いとは言えませんが、まだ戦況を挽回するのに充分な量は残っています」

 

「よし、であれば話は決まりだな。バクゥを排除し司令部を攻撃する。私に付いてきてくれ」

 

 覚悟は決まった。

 たしかに地上はバクゥの登場で劣勢であるが、ここで空中部隊が加勢すれば充分に逆転の可能性はあると言える。

 

 しかし、ここで水を差すような通信が入った。

 

「隊長、緊急通信です。バルドフェルド隊が撃破されたとの情報が入って来ました。至急「エール・リベルタ」にお戻りください。これはロス機長の指示でもあります」

 

「何、あの「砂漠の虎」が……しかし、撤退命令だと!?」

 

 オペレーターからの通信にキャミッサーは憤慨する。

 

 バルドフェルド隊がやられた事は、たしかにキャミッサーを驚かせた。

 しかし、今の作戦を中止せよというのは何かまた別の理由があるようにキャミッサーには思われた。

 

「本当の理由はこっちか? 彼女を危険な目にあわせたくないと」

 

 アネット機の方を見る。

 

「既に「十字架」のMSは無力化し、後はバクゥと敵司令部を残すのみと言う所で……しかし、やむを得ん」

 

 キャミッサーが地上の生き残りに「殿は我々が務める」と伝達するとグーン達もそれぞれ侵入してきたルートを通り、撤退した。

 

――――

 

「アレン中尉! 大丈夫ですか、しっかりして下さい!」

 

 アレンは気がつくとストレッチャーの上に横たわっていた。傍らにシャルルと衛生兵の姿が見える。

 

「シャルル少尉か……他の皆は……?」

 

「「ヴェンデロート」も、うちの基地の連中はほとんど被害が出ていませんよ。バクゥ隊の面々も全員生き残りました」

 

 そう言った後、「ただ……」と言いにくそうに付け加える。

 

「オルレアン基地の方は被害が甚大ですね、固定砲台も戦闘車両もほとんどがやられています。MS隊に至っては全機が大破しています。乗っていたパイロットも何人生き残れたのやら」

 

「そうか……」

 

「シャルル少尉、付き添いはここまででお願いします。後は我々にお任せください」

 

 アレンはまだまだシャルルに聞きたい事があったが、衛生兵に半場強引に引き離されてしまった。

 

 医務室に付くと、そこには少しぼさぼさとした感じの人物が待っていた。

 

「アレン君、これまたこっぴどくやられたね」

 

「ソール軍医」

 

 ソールは「ヴェンデロート」の軍医を任されており、階級は大尉である。

 

「アレン君、これから君に少し眠ってもらう事になるが心配はいらない。いつもアタランテがやってるメディカルチェックと同じ気持ちで構わないよ」

 

「……分かりました。よろしくお願いします」

 

 アレンは助手の衛生兵から注射を受けると眠りに入った。

 眠った事を確認するとソールは助手達に手早く指示を出す。

 

「予備の「ゆりかご」の準備は良いな?」

 

「はい、すでにスタンバイ状態です」

 

「よし、はやく披検体を「ゆりかご」に入れろ」

 

 その姿には先程までの余裕は感じられない。

 

「良いな、くれぐれも緊急マニュアル通りにしろ。特にブロックワードに関しては絶対に口に出すな。また、アタランテシステムが復旧しない場合も考えねばならん」

 

 そう言って「ゆりかご」に入れられたアレンの方を見る。

 

「これでも薬づけよりは本当にましと言えるのかねえ……」



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PHASE-15 束の間の休息

 大規模な襲撃でオルレアン基地は壊滅とはいかないまでも相当な被害を被った。

 

 敵機の数はそう多くは無かった。降下してきたザウートが3機、グーンが5機、ディンが3機である。そのうちザウートは全機、グーンは2機撃墜出来ていた。

 が、こちらはローエングリン砲と多数の固定砲台、リニアガン・タンク等の戦闘車両及びストライクダガー5機を失ってしまっていた。

 

「ホバート君、君の部隊のこの度の働きに感謝する。君達がいなければ、今頃ザフトの旗がこの基地に掲揚されていた事だろう」

 

「そんな事はありません。皆の勝利ですよ」

 

 地上戦艦『ヴェンデロート』の艦長室で謙遜するホバートに、ライゼル司令はそう言って謝意を示した。

 

「君達の部隊にはまだ留まっていて欲しいが……そういう訳にもいかんのだろう」

 

「ええ、我々にはニュートロンジャマー回収の任務が残っています。受領した採掘機は必ずアイルランド基地へ届けてみせます」

 

 副艦長が答える。それでも両者名残惜しそうにしていると部屋に設置されたスピーカーからアタランテが催促する。

 

<そろそろよろしいでしょうか。お話の通り、まだ我々は任務の途中ですから>

 

 それはもう復興作業もある程度区切りがつき、隊員の葬儀も終わったのだから、この基地には用は無いだろうと言うようなものであった。

 

<基地戦力の補充に関してはブリュッセルにも話を通しておきました。またアイルランド基地から来ましたスピアヘッド4機もこの基地に残しておきますからご心配なく>

 

 アイルランド基地に依頼していた増援はオルレアン基地防衛戦の二日後にようやく到着した。

 虎の子のローエングリン砲を2台、更にはストライクダガーを失った今、オルレアン基地の防衛はほとんど無い。

 そのため、ユーラシア連邦の首都ブリュッセルやパリなどの周辺基地から戦力の補充が行われるようになっている。

 

「では……最後に君達の任務の成功を祈っているよ」

 

 ライゼルはホバート、そして副艦長と握手を交わした。

 

 同日の昼、地上戦艦「ヴェンデロート」はオルレアン基地を出港した。

 

――――

 

 陸上戦艦「ヴェンデロート」は海面を滑るようにドーバー海峡を進む。

 ここを抜ければアイルランドのリマリック基地までもうすぐである。

 

「アイルランドは大西洋連邦に所属しています。果たして我々を受け入れてくれるのか」

 

「ニュートロンジャマーの解析は我々地球連合軍に取って多大な利益をもたらしてくれる。その機会を不和だけで台無しにしてくれる事は無いだろう」

 

 心配症な副艦長とは違い、艦長のホバートは楽観的な見方をする。

 現にユーラシア連邦に所属しているオルレアン基地では大西洋連邦からストライクダガーを貰い受けていた。

 また、護衛のためにスピアヘッド4機を援軍にも寄越してくれている。

 少なくとも敵対的に来られるという事は無いはずであった。

 

「それより、君も甲板で海でも見て気分転換をしてみたらどうだね?」

 

 甲板では休憩中の隊員が海を見るために大勢出ていた。

 

「これが海かぁ」

 

「すごーい!ひろーい!」

 

 乗員には内陸出身の者もおり、実際に海を見るというのが初めてという者も多い。

 

「忘れていた、乗員に船酔いしている者がいないか確かめねば……」

 

 副艦長の心配事は増えるばかりであった。

 

――――

 

 アレンも休憩中の他の隊員に紛れて甲板に出ていた。

 

 海は穏やかで、他の隊員の活力も申し分ない。先日までのオルレアン基地での戦闘が嘘のようである。

 

 しかし、最近のアレンには先の戦闘での事で、どうしても考えてしまう事があった。

 ストライクダガーのパイロット達にはやはり実戦は早すぎた。基地の警備の配置には、まだ改良の余地があったのでは無いかと思った。

 運ばれていく隊員の棺の光景がまだ脳裏に残っている。

 

「アレン中尉が外に出られるとは珍しいですね」

 

 後ろを振り返るとシャルルも甲板に来ていた。

 他のバクゥのパイロットはいないようである。

 

「何か悩み事でも……いや、アレン中尉に限ってそれはありえませんね、失礼しました」

 

「いや、良いんだ。心配してくれただけでもありがたいよ」

 

 アレンがそう言って微笑すると、シャルルは一瞬いぶかしげな顔を浮かべるが、すぐに元の表情に戻してこう提案した。

 

「ところで、今からバスケをやる人数を集めているんですけど、良かったら中尉も……」

 

<アレン、お休みの所申し訳ありませんが、へリックスのOSの再調整が終わったので格納庫に来て頂けませんか?>

 

 甲板に設置されたスピーカーからアタランテの呼び出しが入った。

 先ほどまで賑やかだった甲板の空気が急に重くなる。

 この艦内での行動は全てアタランテに筒抜けという事を皆思い出したようだ。

 

「了解しました。直ぐに向かいます」

 

 そうアレンは呟くと、シャルルに別れを告げ格納庫へと向かった。

 

<先ほどはオルレアン基地のMSパイロット達の事を考えていたんですか?>

 

「……」

 

 廊下を歩いていると、またアタランテの声がしたがアレンは答えない。

 

<先に言っておきますと、今回は彼らのストライクダガーから回収したグーン戦のデータをOSに組み込んだのです。彼らの犠牲を無駄にしないためにもね>

 

 アレンはやはり黙ったままである。そのまま廊下を歩いていると誰かから呼び止められた。

 

「やれやれ、上官に挨拶も無しとは感心せんな」

 

 そう言って副艦長はアレンの方を見る。アレンは慌てて姿勢を正し、敬礼した。

 

「お疲れ様です副艦長、申し訳ありません」

 

「まあ、君は先日の戦闘の最前線にいたのだからまだ体調が万全に戻ってないのだろう」

 

「いえ、そんな事は」

 

「君のこれまでの活躍には私も感謝している。もうしばらく頑張ってくれ」

 

 アレンは目を丸くした。副艦長からそう言われるとは思ってもいなかったからである。

 

「それでは、私は艦内を見回ってくるので失礼するよ」

 

 副艦長はアレンの横を抜けて甲板の方へと立ち去って行った。



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PHASE-16 FAITH

 ザフト軍 ジブラルタル基地

 

 キャミッサーとロス機長はオルレアン基地攻略戦の報告をするため、ジブラルタル基地に召喚された。

 

「キャミッサー、このままではネビュラ勲章を頂くどころか集団左遷されてしてしまうぞ……」

 

「我々の次の任務はプラントでの輸送の護衛といった所でしょうか、お望みの内地勤務ですよ」

 

「茶化さないでくれ、たしかに以前は内地勤務を希望してはいたがこれでは……いや、今はそんな事よりもだな」

 

 キャミッサーの少し棘があるような言い方をロスが咎める。

 二人は先程まで今回のオルレアン基地攻略の失敗で叱責を受けていた。

 

「それよりもこれから特務隊にする弁明の文言を君が考えてくれ」

 

「ロス機長、まだ叱責を受けると決まった訳では」

 

「ロス機長それにキャミッサー隊長! 私、表彰されちゃいました! 今夜は私が『エール・リベルタ』の皆に基地クラブでおごりますね!」

 

 ロスとキャミッサーの会話を遮る様にアネットがはしゃぎながら二人のの方へと歩いてきた。手には賞状らしき物が握られている。

 彼女は別室でオルレアン基地のローエングリン砲の攻略に参加した功績で表彰を受けていた。

 

「今日はこのまま、基地見学にでも……と思ってたんですけど、そういう雰囲気ではなさそうですね」

 

 二人の様子を見て、アネットはバツの悪そうな顔をする。

 

「ああ、これから特務隊の方とお会いしなければならなくなった」

 

 そう言ってロスは先程受けた指示をアネットにも話す。

 キャミッサーもその話を聞きながらジブラルタル基地参謀の怒鳴っている顔を思い出していた。

 

「場所は第三ブリーフィングルームで時間は今から30分後、相手の所属は特務隊だそうだ」

 

「特務隊の!? 、一体どんな人なんでしょう?」

 

 ロスとアネットがこれから会う人物に関して話す中、キャミッサーは少し自分が蚊帳の外に置かれた気がした。

 

────

 

 第三ブリーフィングルームで待っていると例の人物が入ってきた。

 ロス機長の指揮下の元、敬礼を行うとその人物も身分を明かした。

 

「お会い出来て光栄です。『エール・リベルタ』機長テイラー・ロス、それとルッツ・キャミッサー、アネット・パッセル。私はFAITHのバルナバス・オールドリッチ管理官です」

 

 バルナバス管理官は北欧系の風合いと言った感じの人物で身体はすらりとしていたが、ひ弱というイメージでは無かった。髪は紫色で瞳は灰色である。

 

「こちらこそ、管理官殿、特務隊の方と伺っております」

 

「特務隊……そのあやふやな呼び方は止めましょう。先程も言ったように「FAITH」でお願いします」

 

Fast Acting Integrate Tactical Headquarters(戦術統合即応本部)

 プラント国防委員会直属の指揮下に置かれている。ザフトのトップエリート部隊である。

 

 お互いに簡単な自己紹介が済むとバルナバスは上座の席に座った。

 

「では早速ですが、話を進めさせて頂きます。まず、貴方の報告資料には全て目を通させて頂きました。直近の作戦参加はオルレアン基地攻略戦だそうですが、私はその結果について話に来たのではありません」

 

 どうやらまた攻略作戦失敗を咎められる訳では無いと知り、ロスは胸を撫で下ろした。

 

「そもそも貴方がオルレアン攻略戦に参加したのは成り行きで、本当の目的はこれだったんじゃありませんか?」

 

 そう言うとバルナバスは『十字架』のMSヘリックスと『犬小屋』地上戦艦ヴェンデロートの映ったパネルを見せた。アネットが以前撮った写真である。

 

「はい、たしかにこれらを追ってオルレアンまで来たのは事実です」

 

 ロスが答える。

 

「私が聞きたいのはこれからも貴方はこのMSを追うのか? という話ですよ。正直な話、これからは連合もMSを戦場に投入してくるのは間違いありません。これから幾多のMSが戦場に現れては消えていく事になるでしょう」

 

 ここでバルナバスはパネルの映像を次々と切り替える。そこには連合のMS、ストライク、イージスなどのG兵器やストライクダガーも写っていた。

 

「それなのに珍しいMSだから、または部下の仇だからなどと固執されては困るのです。もっと大局を見て行動して貰わねば」

 

「はあ……」

 

 ロスは呆気に取られた様子で何も言い返せない。

 これでは不味い。

 バルナバスは遠回しに追跡を止めろと言っているのではないかと思ったキャミッサーは発言の許可を求めた。

 

「バルナバス管理官、私からも発言してよろしいでしょうか?」

 

「どうぞ、ルッツ・キャミッサー」

 

「我々がこのMSを追っている理由は……たしかに仇を取る事も理由の一つではあります。ですが、それだけではありません。このMSには何か秘密がある。それを知るために追っているのです」

 

 ロスとアネットは心配そうに両者をそれぞれ見るが、その言葉を聞いてバルナバスは逆に表情を和らげた。

 

「なるほど秘密……知的好奇心ですね。であれば今後は我々の指揮下に入って頂く事になります。というのも彼らの目的は我々のターゲットと同じなのですから」

 

「それはどういう意味なのでしょうか?」

 

 思いがけない話にロスが質問する。

 

「私の隊はアイルランドにあるリマリック基地の調査を行っていました。この基地の周辺でNジャマーが見つかったという情報を受けたからです」

 

 また、パネルを操作する。

 

「更に調べた所、そのNジャマーは固い岩盤に挟まった状態となっている事まで判明しました。そしてこのNジャマーを取り出すための採掘機を運んでいるのが、どうやらあなた方が追っている『犬小屋』のようなのです」

 

 ロスは最初に追跡を決めた事を少し後悔し始めていた。キャミッサーは静かにバルナバスの話を聞いている。

 そして3人に対してバルナバスは最後の質問をした。

 

「もちろん、作戦への参加を拒否して頂く事も出来ます。我々FAITHには階級がありませんからね」

 

 ────

 

 バルナバスとの話が終わった後、小休止のためキャミッサー達は基地の空港ラウンジに来ていた。

 

「やりましたねロス機長、これで特務隊の一員ですね」

 

 アネットがロスをおだてる。

 

「これでは特務隊の下部組織に組み入れられただけじゃないか。しかし、一体何を指示されるのやら」

 

 そこに赤服の一団が通りかかった。

 その内の一人、藍色の髪でエメラルド・グリーンの瞳の青年に気づいたロスは思わず呟く。

 

「あれは、アスラン・ザラじゃないか? ザラ委員長の息子で、ラクス・クラインの婚約者の」

 

「ということは、彼らが奪取したG兵器のパイロットなのか」

 

 キャミッサーもそちらの方を見て驚く。まさかこんな形で会えるとは思ってもいなかった。

 

「え? 本当に!? 私、ちょっとサイン貰って来ます!」

 

 アネットはノートとペンを手に持ち、一目散にその一団に駆け寄って行く。

 

「何? 待てアネット、場をわきまえるんだ。キャミッサー、早く彼女を止めてくれ!」

 

 ロスがキャミッサーに頼むが、キャミッサーの方は少し考え事をしていて対応が遅れてしまった。

 気づいた時には既にアネットは何やら赤服の面々と話している。

 しばらく談笑した後に、ようやく戻ってきた。

 その腕には戦利品が抱えられている。

 

「年の離れた双子の妹の記念にあげたいと言って無理やりサイン貰っちゃいました。本当は妹も弟もいないんですけど」

 

 と罰が悪そうに笑った。

 

「まったく、一体何を話していたんだ? しかも、全員からサインを貰うとは……」

 

 ロスがたしなめる。

 

「まず何の話をしていたから説明しますね、初めは私の友達がラクス・クラインのバックダンサーをやってるって話から持っていったんです。あ、これは本当ですよ」

 

 アネットは信じてないな? と言いたげな表情をしたが、「まあ良いです」と話を続ける。

 

「でも、その話の受けがあまり良くなかったので、私の髪とアスランの髪色が同じと言う話をしたら、それが変に盛り上がっちゃって……あの髪色、私もなんですけど母親と同じだったんですね」

 

 コーディネーターは外見を自由に設定できるため、その気になれば親とまったく違う容姿にもする事が出来た。

 

「サインに関しては、その場の成り行きですよ。それにサインは3人からしか貰ってません。一人はなんかピリピリしてましたし」

 

 そう言ってノートから1枚を抜き出す。

 

「本命は『アスラン・ザラ』、この1枚だけです。あ、この人のサインも貰えて正解だったかな、なんか可愛かったし」

 

 そうアネットが見つめる先には『ニコル』の文字が見えた。

 

「後、この人が催促してたくれたおかげでサインを貰えたんですけど……私、やっぱりこれはいらないので、隊長にあげます」

 

 ノートからまた1枚抜き取りキャミッサーに渡す。

 そこには『ディアッカ・エルスマン』と書かれていた。

 

「では、早速皆に自慢して来ますので、私は先に戻ってますね」

 

 と、そそくさと空港ラウンジを出ていった。

 キャミッサーが貰った色紙の処分に困っていると

 

「キャミッサー、いらないのであればそれを私にくれないか?」

 

「?」

 

 ロスの突然の申し出にキャミッサーは虚を突かれる。

 しばしの沈黙の後、ロスは苦渋の表情を浮かべながらようやく白状した。

 

「私は……その……まだ一度も……彼女から贈り物を貰った事が無いのだ」

 

「ああ、そういうこと……」

 

 また沈黙が流れた。



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PHASE-17 新たなるガンダム

 地上戦艦「ヴェンデロート」はアイルランドのリマリック基地へと到着した。

 

 リマリック基地はアイルランドの南側にあり、歴史上主要な城のあった場所でもある。

 今回は歓迎もそこそこで、さっそくN(ニュートロン)ジャマー回収作戦の話となった。

 

「ユーラシア連邦の諸君、遠路からはるばるご苦労であった。ここから更に採掘基地に移動してもらうのだが、今しばらく辛抱願いたい」

 

 ボードに映し出された映像を指し示しながら、リマリック基地の参謀であるドハティ大佐が説明していた。

 ドハティは髪がダークヘアで鼻が高く、肉付きの良いリンゴ型の体型である。

 また、回収作戦にあたってはこの基地の司令に変わり、全権を任されているという話であった。

 

「また、注意すべき事は地質と自然環境だけでは無い。最近、採掘基地周辺でのザフトの動きが慌ただしい。これも考慮に入れて貰いたい」

「我々に回収させた後、それを奪取する魂胆なのかも知れませんな」

 

 副艦長が言う。

 

「まあ、我々としてはこちらもMS(モビルスーツ)が手に入った今、さほどザフト軍のMS(モビルスーツ)など問題視はしていない」

 

 ドハティは何やら自信有りと言った様子で言った。

 

「それはストライクダガーですか?」

 

 副艦長は思わず質問する。

 それに対してドハティはうすら笑いを浮かべながら答えた。

 

「いいや、もっと良い奴だよ。あれを回して貰うのは苦労したがね」

 

────

 

 採掘基地への行程は思っていた以上に天候に恵まれていた。月日は3月の半ばと言った所。

 

 引き続き海路での航海だったが、水中からグーンに狙われる事もなく順調に進んでいた。

 しかし、風が強まり、天候が怪しくなって来た頃に変化が訪れる。

 

「レーダーに反応! これは……敵影!? ウェザークラッタではありません!」

 

 天候が悪くなったのを見計らってか、ディンの小隊が接近して来ていた。

 だが、これまでと違い決して艦の射程距離には近づいて来ない。

 

「偵察目的か」

「悠長な事を言ってないで早く艦載機を出して撃墜せんか!」

「しかし、こちらとしては向こうが手出しをしてこない限り何も出来ません」

 

 艦に同乗していたドハティの叱責にホバートは仕方なしと言った様子で答える。

 

「別方向より新たな熱源接近! これは……友軍機? こちらへの通信を求めています!」

「ようやく来たか、君、通信機を貸してもらえるかな?」

 

 オペレーターは困惑した表情を浮かべつつもドハティに通信機を渡した。

 ドハティは通信機を受けとると新たに現れた友軍機に何やら指示を出し始めた。

 

「大佐はあの友軍機が何なのか知っていらっしゃるのですか?」

「知っているも何も、あれが我々の虎の子のMS(モビルスーツ)、カラミティとレイダーだよ」

 

 副艦長の質問にドハティは済ました顔で答える。

 一同がパネルに映し出されている外の映像を見ると、そこには雨の中、緑色のMS(モビルスーツ)が青いMA(モビルアーマー)に乗っている様子が映し出されていた。

 

「もしもの時のための迎えにと呼んでいたのだよ」

 

 ドハティがブリッジで解説しているのと同じ時、へリックスに乗って待機中のアレンは外の映像を見て目を疑った。

 

「まさか、あれは……ガンダムタイプが2機も?」

<緑のMS(モビルスーツ)がGAT-X131 カラミティガンダム、青のMS(モビルスーツ)がGAT-X370 レイダーガンダムですね。近々配備されるとの情報は入手していましたが>

 

 2機のMS(モビルスーツ)がディンの小隊と対峙する。

 カラミティが右手の大型バズーカを撃つが、弾頭は小隊を散会させただけで、難なく回避されてしまう。

 しかし、ディン側は数が多いにも関わらず、戦う意思を見せずに撤退していった。

 

「こちらリマリック基地所属、ソラス少尉です。ここからは我々も護衛致します。貴艦への着艦許可願います」

 

 戦闘を終えたカラミティの方のパイロットから通信が入る。

「どうしますか?」と尋ねるオペレーターに「もちろん着艦させるんだ」とホバートは指示を出す。

 そしてドハティの方に向き直るとこう言った。

 

「素晴らしい機体とパイロット達ですな、感服致しました」

「実は後もう1機いるのですが、パイロットの調整……いえ、調子が悪いので出撃を控えさせているのですよ」

 

 ドハティはうっかり口を滑らせてしまったとでも言うように言葉を濁した。

 ホバートと副艦長は顔を見合わせるが、二人ともそれについて言及しようとはしなかった。

 

<ドハティ大佐、あの2機のパイロットとの面談を希望したいのですが、よろしいでしょうか?>

 

 アタランテがドハティに尋ねる。

 

「それは……先に我々が会ってからと言うことで良いでしょうか」

<……分かりました。こちらも無理にとは言いません>

 

 アタランテに任せられている権限は地球連合においてかなり上の方であるが、ここはドハティから出された条件を汲む事にした。

 

 外では風が強く吹き、日が見えなくなっている。

 

────

 

 2機のMS(モビルスーツ)は特に問題もなくヴェンデロートへの着艦を終えた。

 カラミティとレイダーのパイロットがコックピットから降りると、そそくさとドハティの部下らしき人物達が群がり健康チェックを行っている。

 

「うわ、凄い待遇ですね。俺達もあんな風に気を使って欲しいや」

 

 シャルルがその光景を見て羨ましそうに言う。

 

「メンタルチェックにしては少し過剰な気もするが……」

 

 アレンはその様子を見て少し訝しげに思った。

 メンタルチェックが終わった後で二人はアレン達に気づいたのか、こちらへと歩いてきた。

 

「シルバニア基地のクエイサー中尉ですね? 私は地球連合軍リマリック基地所属のソラス少尉です。カラミティガンダムのパイロットをしています。こちらはレイダーの」

「マーク・ヴァプラです。レイダーガンダムのパイロットとして配属されました。所属は同じで階級も同じく少尉になります」

 

 ソラス少尉は髪が緑色の長髪の男性で、鼻筋の整った顔立ちをしていた。

 ヴァプラ少尉も男性、髪は黒で、こちらは長身だがひょろ長いという感じである。

 

「初めましてソラス少尉、ヴァプラ少尉。アレン中尉です。こちらこそよろしくお願いします」

「自分はシャールヴィ少尉です 。バクゥのパイロットをしています。シャルルで呼んでください。こちらこそよろしくお願いします。必ず回収作戦を成功させましょうね」

 

 対する二人も軽く自己紹介を行う。

 アレンはまさかわざわざ自己紹介をしに来てくれるとは思ってもいなかったので、少し慌てた感じになってしまった。

 

「お互いに作戦成功のために全力を尽くしましょう」

「ええ、そう言えばアタランテもあなた方と話たがっていました」

 

 アレンの何気ない一言にソラスとヴァスプの二人は少し困った顔を浮かべる。

 

「それが……面談はキャンセルさせて頂くという事で話が通ったみたいです。我々もAIと話した事は無いのでかえって良かったのかも知れませんが」

「え、それは本当ですか?」

 

 ヴァスプの言葉にアレンもシャルルも驚きを隠せなかった。今までアタランテの要求が通らなかった事は無かったからである。

 それも面談という装備の補給などよりも遥かに簡単な事が拒否されるというのは今までではありえなかった。

 

「ええ、それでは今日はこれで、失礼致します」

 

 二人はアレンに敬礼をして帰って行った。



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PHASE-18 採掘基地防衛戦

 採掘基地は海上の上にあり人工島の様な感じであった。

 ヴェンデロート以外にも駆逐艦などの戦艦が停泊しており、滑走路には大型輸送機の姿も見える。

 

 艦が到着した次の日の明朝から早速、現場の発掘作業が開始された。

 オルレアン基地から持ってきた採掘機を現場で組み立てた後、シールド工法で地盤中にトンネルを構築していく。

 

 採掘作業は採掘機と工兵にほとんど任せているため、アレン達MS(モビルスーツ)部隊はローテーションを組み基地の警備に付いていた。

 

「採掘機は無事に稼働してるみたいですね」

「ああ、ちゃんと目的の物があるところまで掘り進めてくれれば良いが」

 

 アレンとシャルルは同じ班に振り分けられていた。二人ともヴェンデロート艦内の待機室でアラート待機中である。

 

「もう既に3日ですか……早いものですね」

 

 シャルルはそう言うと軽く伸びをした。

 既に採掘機が掘り進み初めてから3日間が経過している。予定では今日か明日にでも採掘機が

 目標物の地点まで到達する見込みである。

 

 そんな時、バクゥ隊のパイロットの一人が息を切らせて待機室に入ってきた。

 

「シャルル隊長!N(ニュートロン)ジャマーがようやく見つかったそうです! あ、これはアレン中尉」

 

 そう言って部屋に入ってきた人物は慌てたように敬礼動作を行った。

 リナルド・ハーティ。シャルルの部下の一人であり、彼もバクゥのパイロットである。

 

「リナルド、それは本当か?」

「はい、ただこれからN(ニュートロン)ジャマーをどうするかについてアタランテとドハティ大佐で少し揉めたみたいですね」

 

 ここでリナルドはあっ……とアレンを見る。

 

「おいおい、アレン中尉の前でその態度は無いだろう」

 

 シャルルが叱責する。

 アレンは部下の非礼よりも、アタランテがドハティと揉めたと言う話の方が気になっていた。

 何があったかをアタランテに聞く必要がありそうだ。

 

「シャルル少尉、リナルド少尉、俺はヘリックスの所に行く。何かあったら二人で対処してくれるか?」

 

 リナルドが何か言おうとしたが、察したシャルルはその口を手で押さえるとこう言った。

 

「了解しました。任せて下さい」

「すまない」

 

 アレンはその場を二人に任せると格納庫へと向かった。

 

────

 

 アレンはヘリックスに搭乗すると早速アタランテを呼び出した。

 

N(ニュートロン)ジャマー発見の報告があなたの耳にも入ったようですね、アレン>

「その事で、話があって来ました。何か揉め事が発生したと聞きましたが」

<そこまで知っているのなら話は早いですね。彼はNジャマーを海上に引き揚げたらすぐにアラスカのジョシュアに送る様に指示を出していたのです。私の解析を待たずにですよ>

 

 N(ニュートロン)ジャマーには外部からの遠隔操作を受け付けない強固なプロテクトが施されている。

 それに対抗するために開発されたのがアタランテシステムであり、アレン達がはるばるアイルランドまで来たのもこのためであった。

 

<この事は当初の計画とは違うと、ユーラシア連邦から大西洋連邦に抗議文を送ってもらっています。ただ、私はこれから起こる別の問題の方を危惧しています>

「別の問題?」

 

 アレンが尋ねる。

 

N(ニュートロン)ジャマーが回収されたという情報はすぐにザフト側にも伝わったはずです。また戦闘が起こりますよ>

「奴等が仕掛けてくるとしたら……輸送中に? それとも……」

 

 アレンは思案するが、どうとも言い切れない。

 

<どうやら、それを思案する時間も無いようです>

 

 そうアタランテが言うや否や、基地内に警報アラートが鳴り響いた。

 

「総員、第一戦闘配備! 繰り返す! 総員、第一戦闘配備!」

 

 副艦長の叫ぶ声がスピーカーから聞こえる。

 

「く、もうザフトが攻めてきたのか」

 

 アレンは近くにいた整備員に整備用のサブアームとクレーンを移動する様に指示を出し、通信でオペレーターを呼び出した。

 

「アレン中尉だ、既にヘリックスに搭乗している。これより迎撃に向かうため、敵機の位置を送ってくれ」

「了解しました。反応は基地周辺の上空に8機、基地周囲の海中から6機が確認されています。では、ヘリックス発進どうぞ」

 

 オペレーターの指示でカタパルトに乗ると、前方の扉が開く。

 水中の反応という事はおそらく敵機はグーン……。オルレアン基地での嫌な記憶が甦るが、

 その記憶を振りきるように発進シークエンスを完了させる。

 

「アレン・クエイサー、ヘリックス、出る!」

 

────

 

 採掘基地内は既にあちこちで火の手が上がっていた。

 停泊していた駆逐艦からの砲火をものともせず、沿岸からグーンが、空からはディンが次々と基地内に侵入を果たしている。

 そんな中、グーンよりも一回り大きな緑色のMS(モビルスーツ)で基地への上陸を果たしたMS(モビルスーツ)達の姿があった。

 重装甲の上半身、そこから伸びる両腕の大型クローが一際目を引く。

 

「さて、ディンから降りてこの『ゾノ』でどこまで奴に対抗できるか」

 

 今回キャミッサーはいつもの大気圏内用MS(モビルスーツ)ディンではなく、この水陸両用MS(モビルスーツ)『ゾノ』に搭乗していた。この機体は今回の作戦のためにFAITHのバルナバス管理官に頼んで用意して貰った物である。

 

 前回のオルレアン基地戦でグーンのフォノンメーザー砲が例のMS(モビルスーツ)『十字架』に効果を発揮していた。そこから恐らく奴は音波兵器が弱点では無いかとキャミッサーは結論付けた。

 このゾノにも両手の掌部に同じ武装が取り付けられており、また地上での格闘戦能力も向上しているためバクゥ相手にも十分に対抗する事が出来る。

 

「こちらの準備は万全だ。最後はやはり私次第だな」

 

 そう呟くと両手のフォノンメーザー砲の銃口を基地に向けた。

 

────

 

「水中に隠れやがって!」

 

 先程までグーンと対峙していたシャルルが舌打ちする。

 バクゥのビーム・トーチで切りつけようとした所、また海中に逃げられてしまった。

 オルレアン基地の時とは違い、グーンは接近すると直ぐに海中に潜ってしまう。

 水中に逃げられたのではバクゥの得意な接近戦に持ち込めず、射撃戦をするしかなかった。

 

<バクゥ隊はヴェンデロートの甲板に引き揚げを>

「なぜです?それではますます接近戦に持ち込めなくなります」

<既に足場をいくつか壊され、もはや地形的な有利はありません。それに、このままではこの基地は海の底に沈みますよ>

 

 アタランテの指示にシャルルは異議を唱えるが、基地の各地で陥没や浸水が起こっているのも事実である。

 

「了解しました……隊長機より連絡、バクゥ隊は全機ヴェンデロートに一時撤退、甲板より援護射撃を行うぞ!」

 

────

 

 ドハティは大型輸送機の作戦室から指示を出していた。既にN(ニュートロン)ジャマーは輸送機に積み込み済みである。

 

「そろそろ頃合いか、予定通りカラミティとレイダーにも撤退の連絡を入れろ。この機の守りも必要だからな」

 

 N(ニュートロン)ジャマーを回収しだいアラスカに運ぶというのは、既にアタランテが来る前からの決定事項であった。

 Nジャマーの解析が完了すれば、解決されるのはエネルギー問題だけではない。

『核』の力が戻ると言うのはそれを利用した兵器も再び使用可能になると言うことを意味する。

 そんな強力なカードを大西洋連邦がユーラシア連邦に簡単に渡す訳は無かった。

 

「あの機体の方はどうだ?戦力として使えそうかね」

 

 ドハティは隣の参謀に尋ねる。

 

「はい、フォビドゥンの調整は万全です。ですがやはりパイロットが……」

 

 リマリック基地に配備されたガンダムタイプのMS(モビルスーツ)はカラミティとレイダーの2機だけではない。

 GAT-X252フォビドゥンガンダムも本作戦のために同じく配備された内の1機である。

 

「まだ、安定しないのか?」

「安定はしておりますが、問題は我々の指示に従うかどうかと言った所でして、担当医達はStage4に上げるべきではと申しております」

 

 しかし、フォビドゥンのパイロットに関してはある問題があった。

 

 ドハティはザフト軍の遊撃部隊がリマリック基地に侵攻してきた時の事を思い出す。

 その時、3機の評価試験も兼ねて最初の出撃を命じたが、結果は侵攻してきたグーン4機、ディン4機の内それぞれ半数を撃墜である。

 

 問題はその後フォビドゥンのみ撤退命令を無視して執拗に追撃をした結果、バッテリー切れを起こした事である。その時フェイズシフトダウンしつつも残りのグーン2機を撃墜したようだが、この命令違反した上での戦果はとても褒められた物では無かった。

 

「その事なら、問題あるまい。敵を前にして撃つ 。それだけで十分ではないか」

 

 参謀は顔をしかめた。

 もう一度出撃させた時にも同様の事が起こり、今度は深海探査挺まで使ってサルベージするはめになった。

 それで今まで出撃を停止させていた事を忘れた訳では無いだろうと思ったからである。

 

「もしもの時には奴を使う。少し勿体無いが敵中に放り込めば足止め位は働いてくれるだろう」

 

 N(ニュートロン)ジャマーの解析結果がもたらしてくれる恩恵に比べれば安い代償と言えた。もう2機のMS(モビルスーツ)を更に失う事になってもである。

 

「ドハティ大佐、全ての準備が完了しました」

 

 機長が全ての準備が完了した事をドハティに伝える。

 

「よし、直ちに機を発進させろ。目標はアラスカだ」

 

 その号令を合図に大型輸送機は滑走路を走り出した。



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PHASE-19 ゾノ雷撃

 滑走路を飛び立つ大型輸送機の姿は沿岸からも確認する事が出来た。

 それを確認したアタランテがオペレーターにSFS(サブフライトシステム)の発射を要請する。

 

<グゥルを出して下さい。我々も輸送機を追います>

 

 既にN(ニュートロン)ジャマーは運び出されてしまったが、こちらとしてもそのまま黙って見過ごす訳にはいかない。

 

 だが、アレン達の追跡しようとするその行動もザフト側から見過ごされる訳は無かった。

 

「『十字架』、お前の相手はこっちだ!」

 

 キャミッサーの駆るゾノがヘリックスの前方を塞ぎ、ヘリックスに向かって突進してくる。

 ゾノはグーンと同じ水陸両用MS(モビルスーツ)であるが、近接戦闘用クローを持ち、より格闘能力を強化している。

 

 アレンもヘリックスのビームトーチで迎え撃つ。

 鈍い金属音と共にビーム・トーチと大型クローによる鍔迫り合いが発生し、接触回線でお互いの会話が聞こえるようになる。

 

MS(モビルスーツ)同士の格闘戦など実戦では起こり得ないと思っていたが」

 

 ゾノが大型クローの爪を立てつつ、ジリジリとヘリックスに詰め寄る。ヘリックスは頭部のバルカンで牽制するが、この距離でも回避されてしまった。

 

「まさかその考えを撤回する事になるとは、そしてこの感じ……久しく忘れていた感情だ!」

「く、こいつザウート並みかそれ以上にパワーが」

 

 ザウート戦の時は敵のマニピュレーターをクローアームで受け止めていたが、今のヘリックスは背のクローアームを支柱にしてようやく体勢を支えている状態である。

 既に両足のマグネットアンカーも展開済みであるが、徐々に押し込められていく。

 

「この距離では厄介なミサイルも使えまい。オルレアンでの、いや、これまでの雪辱をここで精算させて貰おう」

「オルレアンだと!?」

 

 キャミッサーの言う通り、この状態ではパラサイトストライカーの4連装ミサイルポッドだけではなく、隠しビームライフルも銃口を向ける事さえできない。

 

「これで終わりだ。出来ればディンで仕留めたい所ではあったがな」

 

 キャミッサーが掌部のフォノンメーザー砲を発光させた。

 アレンは咄嗟の判断でビーム・トーチから手を離す。

 ビーム・トーチがフォノンメーザー砲による攻撃で爆発し、その衝撃で少しではあるがゾノとの距離を離す事が出来た。

 

「こいつは、あのディンの隊長機のパイロットなのか」

<どうやらその様ですね>

 

 アレンは再び突進してくるゾノを前に、ヘリックスの腰部に格納されている対装甲コンバットナイフ・アーマーシュナイダーを取り出し、両手に持つ。

 今度は大型クローをアーマーシュナイダーをクロスさせて受け止める。

 強い衝撃音が響き、短剣は直ぐに刃こぼれを起こした。

 

「それでは右腕のクローは防げても、左腕の方は防げまい、それともようやく背中の隠し腕を使う気になったか」

「く……」

 

 完全に詠まれている。その事がアレンに焦燥感を募らせる。

 キャミッサーが宣言通りゾノの左腕を突き出そうとする時、アタランテが口を開く。

 

<アレン、地形はまだこちらの味方をしてくれているみたいですよ>

 

 キャミッサーは突然回線に入ってきた謎の声に一瞬だが戸惑った。

 

「まだもう一人、パイロットが乗っていたというのか?」

 

 女性の声、どこか機械的で冷たいという印象をキャミッサーはこの一瞬で持った。

 

 バンッ!! 

 

 不意の衝撃。

 アレンがヘリックスの足元にクローアームを叩きつけて足場を壊したのである。

 ヘリックスの足元が陥没し、機体は水中に落ちていく。

 

「水陸両用MS(モビルスーツ)の前で自ら水中に入るだと!?」

 

 キャミッサーはその行動の真意が理解出来ず、自らも水中に飛び込むべきかの判断が出来なかった。

 

「良くやったキャミッサー、後はこちらに任せてもらおう」

「待て、これをやったのは私ではない。まだ不用意に奴には近づくな!」

 

 どうやら水中にいたザフト軍の兵士はキャミッサーがヘリックスを水中に落としたと考えたようである。

 キャミッサーの警告もむなしく、水中にいた1機のゾノが泳いでヘリックスに近づいて行った。

 へリックスの胴体部を両腕で掴み、掌のフォノンメーザー砲を発射しようとする。

 

<ようやくこれを使う時が来ましたか>

「ようやくだと……? 何!?」

 

 ゾノのパイロットがその機械音声に対して反応しようとした時には既に機体が槍で貫かれていた。

 

 対装甲パイルバンカー『ゲイボウ』、対PS装甲用の近接武装がここで効果を発揮したのである。

 間を少し置いて、ゾノの爆発の衝撃で水柱が上がった。

 

「言わんことではない。奴はまだ水中にいるのか?」

 

 キャミッサーは歯噛みする。ヘリックスではなく、先程のゾノが何らかの方法で撃墜されたのは明白であった。

 

 一方のヘリックスは先程の爆発の衝撃でキャミッサーのゾノの位置から離れる事に成功する。

 採掘基地を支えている支柱をパラサイトストライカーのクローアームで掴みつつ、上に登るとなんとか地上に戻った。

 その時、要請していたSFS(サブフライトシステム)グゥルがヘリックスの近くの海上に着水する。

 ヘリックスがそれに乗るとアタランテは艦に指示を出した。

 

<ヴェンデロートも輸送機の追撃をお願いします>

「この採掘基地を放棄せよと? それにまだ救護活動が……」

 

 副艦長は渋るがそれをアタランテは一蹴する。

 

<既に時は一刻を争う状況です。それにもはやN(ニュートロン)ジャマーの回収が終わった今となってはもはやこの基地に軍事的価値もありませんよ>

「分かりました。救助活動はまだ活動可能な艦に任せて我々も大型輸送機を追います」

 

────

 

 ヴェンデロートが採掘基地からの離脱を図っている頃、水柱を見たアネットのディンがキャミッサーのゾノの近くに着陸した。

 

「キャミッサー隊長、ご無事ですか!?」

「アネットか、こちらの方は大丈夫だ。そっちはどうだった?」

「不安材料だった緑色と青色のMS(モビルスーツ)も戦闘が始まった後、しばらくしたら撤退して行きました。おかげでこっちは楽でしたよ」

 

 緑と青のMS(モビルスーツ)はディンの偵察隊が見た地球連合軍の新型の事だなとキャミッサーは思った。

 しかし、今のキャミッサーの感心事はその新型の事ではない。

 

「空から『十字架』が見えなかったか?」

 

 キャミッサーはあれから付近を見張ってはいたが、例のMS(モビルスーツ)の姿は見当たらなかった。どうやら基地下の海中を通って逃げられた様である。

 

「例のMS(モビルスーツ)の事ですね。ええ、見ました。グゥルに乗って輸送機が飛んで行った方向と同じ方角に飛んでいきましたよ」

 

 グゥルまで用意していたという事実はキャミッサーを驚かせた。

 アネットはそれに気付かずに話を続ける。

 

「基地の制圧はほぼ完了し、バルナバス管理官の仰っていた通りに進んでいますね。N(ニュートロン)ジャマーを輸送機で運ぶ事も想定済みだったのですから」

 

 アネットが感心した様に言う。

 既に虎の子の2機のMS(モビルスーツ)も、『十字架』のMS(モビルスーツ)もいない今、採掘基地内でザフト軍の侵攻を止める事が出来る者など残っていない。

 

N(ニュートロン)ジャマーが運び出された後の採掘基地を制圧して得られた戦果など知れたものではないだろう」

 

 キャミッサーはそう言って唇を噛む。

 基地を制圧出来ても、目的である『十字架』を倒す事が出来なかったのであれば何の意味もない。だが、輸送機を追っているというのであればまだチャンスはあると言えた。

 

「アネット、私は輸送機を追う。そのディン借りるぞ」

「了解しました」

 

 キャミッサーとアネットはお互いの乗機を交換する。

 

「そう言えば、バルナバス管理官から我々は深追いをするなと命じられていたのでは?」

 

 アネットがゾノのコックピット内で思い出したように言うが、既にキャミッサーはディンに乗り離陸した後であった。



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PHASE-20 空中戦

 大型輸送機は採掘基地から離陸した後、アラスカへの航路を取っていた。

 ブリッジでは機長がドハティに現状の報告を行っている。

 

「カラミティとレイダーの収容及び補給が完了しました」

「ようやくか、奴等はコクピットに入れたままにしておけ、また出撃して貰わなければならんからな」

「ところで話は変わりますが、我々の目的地は本当にアラスカ基地であっているのでしょうか? 当初の予定ではグリーンランド基地が指定されていたはずですが……」

 

 機長は出発の際に思っていた違和感を口にしたが、ドハティはそれを一蹴する。

 

「何を言っているアラスカ基地にはJOSH-A(アラスカ統合最高司令部)がある。上層部の連中は物が物だけに出来るだけ自分達の近い所に置いておきたいと思ったのだろう」

「ですが、輸送場所の変更がつい約5時間前というのも急過ぎる気がしまして……」

 

 機長は尚も反論するが、オペレーターからの一報にその会話を遮られた。

 

「オレンジ、3000より8機の機影を確認、映像出します」

「やはり来たな、ジンやディンでは無駄だと言うのに」

 

 ドハティは含み笑いをしながら言った。

 ザフトのディン部隊の追撃が来ることは既に織り込みである。

 だか、ディンではいくら数を揃えても新型のガンダムに対抗できない事はこれまでの基地防衛戦で証明済み、負けるはずがないのである。

 

 しかし、パネルに表示された機体群にはディンではない物も含まれていた。

 

「なんだあのジンは? まるで羽織を着ているみたいな……」

 

 ドハティはその内の3機の容姿を見て思わず絶句した。

 ベースはジン、どれも右肩のみ紫色に染めていいる以外は通常と同じである。

 だが、そのバックパックにはディンの頭部シェルと6枚の主翼があり、まるでディンその物を背負っているかのようで、レールガンの砲門も確認する事ができた。

 

 その正体は『ジェグス』、グゥルの発展機体でディンの飛行ユニットをベースにバックパック化した物である。

 

「各機予定通りに行動せよ。輸送機は落とさず、ただし護衛機は全て蹴散らせ」

「2番機了解」

「3番機了解、パトリック様のために!」

 

 それを合図に『ジェグス』を着たジン3機が散開する。

 ドハティは格納庫で待機している2機に出撃命令を出した。

 

「スクランブルだ! カラミティとレイダーを出せ!」

「出番か、カラミティ、ザナキス・ソラス、出撃する!」

「了解です。レイダー、マーク・ヴァプラ、出ますよ!」

 

 輸送機からレイダーとそれに乗った形でカラミティが出撃する。

 直ぐ様に2機のジンがカラミティに対して切りつけてきた。

 カラミティに乗っているソラスは苦笑する。

 

TP(トランスフェイズ)装甲に実体剣の重斬刀など……何!?」

 

 が、直ぐ表情を改める事になった。

 刀の刃部分からレーザーが伸びるのを見たからである。

 レーザー重斬刀から防御するためにカラミティは盾を構える。

 刀が一閃すると、盾は上半分を真っ二つにされてしまっていた。

 もう1機も斬りかかろうとするが、レイダーが連射した機関砲を避けるために回避行動を取り、その場を離れていく。

 

「ケーファー・ツヴァイが……よくも!」

 

 ソラスは使い物に成らなくなった盾を投げ捨てると背部の連装ビーム砲『シュラーク』と携行している大型バズーカ砲『トーデスブロック』を空に向かって乱射する。

 

「ソラス降りて下さい。今度は私がやります」

「了解……」

 

 カラミティを輸送機に下ろすとレイダーもMS(モビルスーツ)に変形してモーニングスターに酷似した武器、破砕球『ミョルニル』を振り回す。

 当たればPS(フェイズシフト)装甲と言えどもひとたまりもない武器であるが、易々と回避されてしまう。

 ヴァスプは目を丸くした。

 

「く、これまでのコーディネーターとは違う?」

 

 ジン3機の連携の前に2機のガンダムが苦戦する状況で輸送機のブリッジは慌ただしくなった。

 

「数では我が軍が明らかに不利です」

「奴をフォビドゥンに乗せろ! 数的不利はそれで克服出来るだろう」

「し、しかしあの生体CPUは制御できる物では……」

「構わん、このままでは海の藻屑になるぞ!」

 

 ドハティはフォビドゥンの出撃命令を出す。

 既に輸送機の方にも損害が出始め、高度を落としつつありこのままでは撃墜される恐れもあった。

 

「りょ、了解しました。オリアスク少尉の拘束を解くように医務班にも連絡します」

 

 オペレーターが慌ててコールフォンを取ると医務班に連絡を取る。

 

「あいつら、まさかジンごときに遅れを取るとはな」

 

 ドハティは苦々しく呟く。

 その時輸送機のレーダーが新たに接近するグゥルの機影を捉える。

 

「まだ敵が来るのか」

「いえ、この識別は味方機てす。グゥルに乗っているのは……ヘリックス、シルバニア基地のアレン中尉です!」

 

────

 

 アレンは4連装ミサイルポッドからミサイルを射ち、敵の陣形を動かす。

 そして動いた所を300mmレールバズーカ『ゲイジャルグ』で狙い撃った。

 

 ジン1機のジェグスに被弾し、当たった1機はやむを得ずに高度を下げる。

 輸送機の上にいるソラスと、ジン2機と対峙していたヴァスプは援軍が来たことに驚く。

 

「あれは、アレン中尉のMS(モビルスーツ)?」

「あのMS(モビルスーツ)に飛行性能は無いという情報だったはずですが」

 

 アタランテはそんな二人と大型輸送機に通信を入れる。

 

<状況が状況ですので我々も援護致します。これに他意はありませんよ>

 

 そしてアレンにも指示を出した。

 

<いくら武装を強化しても、ベースはジンで動力がバッテリー式なら稼働時間はそれ程長くないはずです。輸送機への攻撃を牽制しつつ、先にディンを落として行きましょう>

「了解しました。こちらもバッテリー残量が気になりますが」

 

 アレンは再度4連装ミサイルポッドのミサイルを今度はディンに向けて発射する。

 

 標的となったディンは回避攻撃を取るが、反転した所をカラミティの背部連装ビーム砲『シュラーク』の放ったビームに撃ち抜かれた。

 カラミティに乗っているソラスから通信が入る。

 

「ナイスアシストです。アレン中尉」

<こちらこそ、良い狙撃でしたよ>

 

 アタランテが代わりに答える。そしてアレンに向けてこう言った。

 

<我々は今回はアシストに回りましょう。この戦闘の後の事も考えてね>

 

────

 

 思わぬ援軍にブリッジは活気だっていた。

 

「よし、これで戦線の崩壊は防げるな」

 

 ドハティが安堵した様に言う。

 

「ですが、この戦闘が終わった後に我々がN(ニュートロン)ジャマーを持ち出した事を彼らは咎めるのでは?」

「それは後で考えれば良い、彼らも我々の目的地がアラスカと知れば、協力を惜しまんはずだ」

 

 ドハティはまったく機長と取り合おうとはしない。

 仕方がないので機長は戦場の統制指示に戻った。

 

「現在の敵味方の総数はどうなっている?」

「ジン1機が戦線を離脱、またカラミティがディン1機、レイダーがディン2機を撃墜して残りジン2、ディン1です」

「まて、ディン1機はどうした?5機いたはずだろう。もう一度確認して報告しろ!」

 

 オペレーターからの報告に機長が疑問を挟む。

 最初に確認したディンの総数は5機、その内3機を撃墜し、現在の敵数が1機では数が合わないのである。

 

 オペレーターは再度確認作業を行うが、突如ドラム缶の中で揺さぶられた様な衝撃にブリッジ全体が大きく揺れる。

 

「どうした、何事だ!」

 

 ドハティが激を飛ばすとオペレーターがパネルを見つつ、青い顔を浮かべながら答えた。

 

「格納庫の与圧・空気調和装置に異常発生、これは……輸送機に穴が開けられています!」



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PHASE-21 禁断

 外でガンダムチームとFAITHのジン部隊及びディン部隊が戦闘を行っている間に、その灰色の機体の侵入者は格納庫の中へと足を踏み入れた。

 

「随分と脆い船ですね、こちらは手間が省けて助かりましたが」

 

 バルナバスは輸送機の外壁を自身の機体、ディンレイヴンの90mm対空散弾銃で撃ち抜き、内部への侵入を果たしたのである。

 

「ここではこの迷彩も必要ないでしょう」

 

 そう言いつつミラージュコロイドによる光学迷彩を解いた。

 この改良型ミラージュコロイドシステムにより、ここまで探知されずに侵入する事が出来たのである。

 目標物であるN(ニュートロン)ジャマーは直ぐに見つかった。

 

「これを解析されナチュラルにもNJC(ニュートロンジャマーキャンセラー)の技術が出回ると困るのでね。回収させて貰いますよ」

 

 ディンレイヴンのマニピュレーターでN(ニュートロン)ジャマーを掴むと、脱出を図る。

 その時、同じ格納庫に1機のMS(モビルスーツ)があるのが目に入った。

 

「初期の情報であったガンダムタイプの3機目ですか、こんな物も積み込んであったとは」

 

 バルナバスは興味深げにその赤いMS(モビルスーツ)に目を止めた。

 甲羅を思わせるようなバックパック、その左右に二枚のシールドが付属しており、右手には巨大な鎌を持っていた。

 機体色は赤である。

 その赤いMS(モビルスーツ)のツインアイが怪しく光った。

 

「既に誰か搭乗している!?」

 

 バルナバスは咄嗟に距離を取る。

 赤いMS(モビルスーツ)はバックパックを頭部に移動し、更にその先端部分からビームを発射した。

 

「格納庫内でビーム砲を撃つだと!?」

 

 ディンレイヴンを横に剃らせてビームを回避する。背後の壁が爆発し大穴が空く。

 バルナバスはその穴から脱出を図ると、輸送機の外に出た。

 

 先程の爆発で周辺を黒煙が覆っており、機体の姿勢は輸送機の方に正面を向けたままである。

 ここは反転して一刻も早く離脱するべきなのであるが、戦場でのカンがそれを許さない。

 そして予想通り、赤いMS(モビルスーツ)が煙の中から姿を現す。

 その両手にはあの死神の様な巨大鎌を持っていた。

 

 巨大鎌による一閃。

 

 ディンレイヴンの右腕を落とされる。

 N(ニュートロン)ジャマーは左腕で持っているので、まだ取り替えされてはいない。

 

「あなたの機体、七面鳥みたいで美味しそうね」

「この私が手傷を負うとは!」

 

 腕を切り落とされる一瞬、赤いMS(モビルスーツ)のパイロットと思わしき女性の声がコクピットに反響した。

 バルナバスは額に冷や汗を浮かべる。

 

「外の状況は……連れてきたディン部隊はほとんど全滅ですか」

 

 後退しつつ状況確認を行う。

 

 外の状況はザフト側のジェグス装備のジンが残り2機、またディンも1機しか残っていない。

 対する地球連合側は既にカラミティが武装をいくつか失っており、レイダーもミョルニルが無い。

 

「予想より味方機の被害が甚大ですね、原因はあれですか」

 

 バルナバスは1機イレギュラーなMS(モビルスーツ)がグゥルに乗っている事に気づいた。

 

「例の『十字架』のMS(モビルスーツ)、ルッツ・キャミッサーの言うとおり気になる存在ですね。しかし目標を遂げた今ここに長居は無用です」

 

 へリックスを見たバルナバスは一言呟くと、周辺の味方機に通信を入れる。

 

「こちらバルナバス、N(ニュートロン)ジャマーは回収しました。もはやここにいる意味はありません。これより指定ポイントへ向かいます。援護を頼みますよ」

「こちらジン一番機、了解」

「三番機も離脱を支援します」

 

 その次はアガシー(ボズゴロフ級大型潜水母艦)のオペレーターを無線で呼び出した。

 

「こちらバルナバス、N(ニュートロン)ジャマーの回収に成功したが、敵機が予想より残っている。そちらの艦をこちらに近づけてください。また例の機体の準備も頼みますよ」

「了解しました」

 

 そう言うとディンレイヴンのミラージュコロイドを作動させ、機体色を風景に溶け込ませた。

 

────

 

 アレン達も輸送機の異変に気づいた。

 

<輸送機の内部へ侵入されていたみたいですね>

 

 輸送機の方をアレンが見ると機体の横腹に大きな穴が開いていた。

 その付近を見たことのない赤いMS(モビルスーツ)が大鎌を振り回しているのが見える。

 

「まさか、またあいつをフォビドゥンに乗せたのか!?」

 

 その赤いMS(モビルスーツ)を見たヴァスプは驚いて言った。

 

「どこに行ったの七面鳥さん? 隠れてないで、出てきなさいよ!」

 

 フォビドゥンのパイロット、ホオズキ・オリアスク少尉はそう叫びながら頭を左右に降ると、

 ヘルメットに入りきらない長い赤髪もそれに合わせて揺れる。

 その自身の動きに呼応させるようにガンダムフェイスの頭部を左右に回旋させながら、所構わずビームと腕の機関砲を辺りに乱射した。

 

 輸送機の右翼にビームが着弾し火の手が上がる。

 

「おい、やめろオリアスク! 輸送機まで落とすつもりか!」

 

 輸送機の上に乗っていたソラスがフォビドゥンに通信を入れる。

 が、オリアスクは意に介そうともしない。

 

「また、あんたは……私の邪魔をしてえええ!」

 

 フォビドゥンが今度はソラスのカラミティを狙ってビームを放つ。

 

「ちぃ、敵味方の区別も付かないのかよ!」

 

 ソラスはカラミティを輸送機から飛び降りさせると、スラスターを吹かせホバー走行に入る。

 機体は水しぶきを上げながら海上に着水した。

 

────

 

 大型輸送機のブリッジではフォビドゥンが侵入者を退けたものの、その後の行動が物議を醸し出していた。

 

「やはりあの生体CPUは危険です。今すぐフォビドゥンを撤退させた方が……」

「このままでは奴等にN(ニュートロン)ジャマーを奪われたままでは無いか! なんとしても取り替えすのだ!」

 

 今すぐフォビドゥンを退かせるべきという機長と、そのまま戦闘を続行させ逃げたザフト機を追撃させるべきというドハティの間で意見が紛糾していた。

 

 そんな中、カラミティとレイダーの活動限界が近づいていたが、それを指摘する者は誰も残っていなかった。

 

────

 

 フォビドゥンの奇行を見たアタランテがヴァスプに尋ねる。

 

<どうやらパイロットの制御に問題があるようですね。ヴァスプ少尉、あのフォビドゥンのパイロットの強化度合はもしやStage4ですか?>

 

 ヴァスプはその質問に戸惑う様に答える。

 

「どこでその情報を……オリアスク少尉の強化度合は我々二人と同じStage2のはずです」

<それであの失態ですか、味方機に攻撃を仕掛けるなどと>

 

 アタランテはこの状況にも関わらず、珍しく呆れたように言う。

 

「実は我々もあまり彼女の事は知……グッ!? ガハッ!」

「おい、どうかしたのか?」

 

 突然ヴァスプが苦しみだす声が聞こえてきた。

 レイダーの動きもぎこちなくなり、高度が下がっていく。

 

「おい、しっかりしろ!」

 

 アレンは呼び掛けながら、レイダーに近づこうとするが、それをアタランテが止めた。

 

<アレン、レイダーから離れてください。ここは危険です>

「ハハ、アハハハハハァァァ!!!」

 

 突然ヴァスプが叫び出す。

 レイダーはMA(モビルアーマー)形態に変形すると肩と機首に仕込まれた機関砲を乱射しながらへリックスに突っ込んでくる。

 へリックスは背部のクローアームを前方に移動させてガードした。

 アレンは突然のヴァスプの豹変に戸惑う。

 

「ヴァスプ少尉……!? 一体これは?」

<禁断症状ですね、やはり彼らは『ブーステッドマン』でしたか>



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PHASE-22 予期せぬ襲撃者

 

 レイダーの攻撃に対して、アレンは防戦一方となっていた。

 

<このままでは共倒れです。こちらから仕掛けますよ>

「しかし、友軍機を撃墜するのは……」

 

 アレンは躊躇するが、その間にもレイダーがMA形態でこちらへと向かって来ていた。

 機体下部の大型クローが光る。

 

「動きさえ止めれば」

 

 アレンはレイダーと空中で交差する瞬間にヘリックスのクローアームを最大限に展開させ、レイダーをその真下から掴んだ。

 その機体を捕らえられるも反撃を仕掛けようとレイダーはもがく。

 その顔面から100mmエネルギー砲『ツォーン』からビームを一発吐くが、射角が取れていないためヘリックスには当たらない。

 その細く短い光が最後の抵抗となり、機体は動きを止めた。

 フェイズシフトダウンを起こしているにも関わらず、ビーム兵器を使用したため機体を動かすバッテリーも無くなったのである。

 

「上手くいったか……」

 

 撃墜せずに済んだ安堵感からアレンは大きく息を吐いた。

 

<撃墜した方が早かったのですがね、これでは問題を棚上げにした様な物です>

 

 アタランテはメインカメラを操作して輸送機をコクピットの画面に映す。

 

<ですが、今は輸送機の被害が心配ですね。高度も徐々に下がり続けていますから>

 

 輸送機は各所に煙を吐きながら飛行を続けていた。これでは一度輸送機に着艦し、レイダーを降ろす事も出来ない。

 ヘリックスを乗せているグゥルも流石にMS(モビルスーツ)2機分の重量は支えられないのか、徐々に高度が下がっていく。

 アタランテが言う「問題を棚上げにした」とはこの事を言っているのであった。

 

「しかし……」

<アレン、あなたの行動を責めているのではありませんよ。これが最善の選択だったと言うのであれば私も同意します。そして>

 

 アタランテは話を変える。

 

<先程、輸送機から降りたカラミティも既にレイダーと同じバッテリー切れを起こしていると考えて良いでしょう。先行したフォビドゥンがN(ニュートロン)ジャマーの盗人を抑えてくれていると良いのですが>

 

 カラミティ。

 ソラス少尉も先程のレイダー、ヴァスプ少尉と同じような錯乱状態になっているのだろうかとアレンは思った。

 

 そしてフォビドゥン。

 先程の赤いガンダムタイプのMS(モビルスーツ)だが、あれは最初からパイロットが錯乱状態に陥っている様であった。

 

<この様子では輸送機の方には一度採掘基地に戻って貰った方が良いでしょう。一応忠告はしておきましょうか>

 

 そう言ってアタランテは輸送機との回線を開いた。

 

────

 

 オリアスクには後方でレイダーとへリックスの戦闘が行われていた事など知るよしも無かった。

 今もただ目の前で背を見せた敵を狙うのみである。

 

「見つけたあああ!」

 

 戦線を離脱中のジン2機とディンを見つける。

 その内の1機、ディンに照準を合わせ、それに向かってバックパックからビームを放った。

 ビームは右に一度くねった様に曲がり、ディンの頭部シェルに直撃する。

 その衝撃でディンは高度と飛行速度が下がるが、飛行はまだ可能であった。

 

「追手か、既にバッテリーも少ないが」

 

 それを見たジン1番機のパイロットは機体を反転させるとジェグスに装備されているビーム砲の照準をフォビドゥンに合わせる。

 

「分隊長、他部隊のディンの事など放っておいても良いのでは? 今はN(ニュートロン)ジャマーが最優先事項でしょう」

「分かっているベック、お前は先に行ってくれ。本作戦を完遂させるためにも、ここで奴を仕留めなければならん」

 

 ジン3番機のパイロットの忠告を聞きつつも、分隊長はフォビドゥンへと向かっていく。

 

 PS(フェイズシフト)装甲に実弾が効かないのは既に分かっている。

 だがビーム兵器であれば、有効打を与えられるのは先程の戦闘で既に証明済みであった。

 

「落ちろ! ナチュラルの赤いMS(モビルスーツ)!」

 

 ジェグスから放たれた2本のビームがフォビドゥンを襲う。

 フォビドゥンはバックパックを上から被る様に展開するとビームを軽く左右に受け流した。

 

「ビームを弾いただと!?」

 

 分隊長が驚いている間に、フォビドゥンは一気にジンとの距離を詰める。

 

「貴方の機体、肥っているけど味の方はどうかしら!」

 

 ジンもレーザー重斬刀を構えるが、赤い死神が振り下ろした大鎌はその重斬刀もろともジンの機体を切り伏せた。

 ジンの機体が空中で爆発する。

 

「不味い。見た目だけで、やはり中身はガリガリと言った所かしら……」

 

 オリアスクは霧散していくジンの残骸を見てがっかりした様に言うと、すぐさま追撃を再開した。

 程なくして先程の攻撃で頭部を失ったディンを見つける。

 もう1機のジンは先に行ってしまった様でその周辺には見当たらない。

 

「今度は上手く捌いてえぇ……な!?」

 

 バックパックの右方シールドが被弾する。

 意図しない方向からの攻撃を受け、フォビドゥンは体勢を崩す。

 

 オリアスクが思わずその攻撃のあった方向を見上げると、新たなディンが飛来してくる所であった。

 

────

 

「こちらルッツ・キャミッサー、援護に回ります」

 

 キャミッサーの駆るディンが90mm対空散弾銃より放ったスラッグ弾がフォビドゥンのシールドを直撃した。

 

 スラッグ弾とは散弾銃で本来複数の弾を一斉に発射する散弾とは違い、散弾銃で発射可能な散弾ではない一発弾の事である。

 拡散しない分、散弾よりも威力が高く、貫通力も高い。

 

「援軍の後詰めの部隊か、こちらはラビ隊のネイピア・ネベルだ。とは言ってもラビ隊長も他の奴等も落とされちまって、もう俺しか残ってないがな」

 

 ディンのパイロットからの通信が入る。

 ここでキャミッサーは相手が特務隊の所属では無いことに気づいた。

 

「私はその後詰めの部隊ではない。N(ニュートロン)ジャマーは? バルナバス管理官はどちらに?」

N(ニュートロン)ジャマーは既に回収済みだ。特務隊の連中はさっき一人やられて、もう一人の方も先に指定ポイントに向かっちまったよ」

 

 ネベルはさらっと言った。

 キャミッサーは特務隊が他部隊を見捨てる行動を取るとは思えなかったが、これもN(ニュートロン)ジャマー回収という任務の重大性のためだと割り切る。

 

「我々も追撃に参加できていれば、この様な被害は……ともかく、その指定ポイントまで援護する。そちらはまだ飛べるな?」

「助けてくれるのか? よろしく頼むぜ、キャミッサーさん」

「さん付けはやめてくれ」

 

「キャミッサーさん」という言葉の響きで一瞬フランキーの事を思い出したからである。

 

「それじゃキャミッサー隊長で、あんたが俺の新しい隊長だ。どこまでも着いて行かせてもらうぜ!」

「その呼び方の方が慣れているからな、助かる」

 

 ネベルの馴れ馴れしさに、若干の不快感を抱くも、キャミッサーは散弾銃をリロードしつつ高度を上げ、自らが殿を担う。

 先程の発砲で稼いだ赤い死神との距離は既に無くなっていた。

 

「あら? 七面鳥の数が増えたわね、叩けば増えるって奴かしらああぁ!?」

 

 オリアスクはそう叫びながら大鎌を振り回すが、キャミッサーのディンには当たらない。

 

「あまりにも動きが単調だな、これに多くの同胞が葬られたとは思えんが」

 

 撤退戦であれば、相手との距離を出来るだけ離す様にする物だがキャミッサーは逆にフォビドゥンとの距離を踏み込めば格闘戦が出来る位まで詰めていた。

 そのためオリアスクもわざわざバッテリーを大幅に消費するビーム砲を使うのではなく、格闘を仕掛けている。

 しかし、キャミッサーにとってフォビドゥンの動きは大降りが多く、動きは予想しやすいと言っても良かった。

 

「対抗手段として持ってきた武器が時間稼ぎにしかにならないとは、なんとももどかしい所だな」

 

 キャミッサーはそう言いつつも、散弾銃から再びスラッグ弾を発射した。

 今度はフォビドゥンの真っ正面に当たるが、それでも相手の動きを押し止めただけで、撃墜には至らない。

 頼みのスラッグ弾でも効果があまり期待できないのであれば、既にこちらの攻撃手段は無い。

 

 既に指定ポイントへと向かうしかこの状況を打開する手段は残されていなかった。

 

────

 

 一方、その指定ポイントに先に到着していたバルナバスは既にアガシー(ボズゴロフ級大型潜水母艦)に乗艦し、ある機体のコクピットの中にいた。

 

「バルナバス管理官、N(ニュートロン)ジャマーを既に回収した今、貴方が再び出られる必要は無いのでは、第二陣であれば予備のジェグス部隊を出しますが」

「艦長、その必要はありません。彼らは仇討ちの事を考えているのでしょうが、そんな感情はこの場には不要であるという事を示すためにも私が再び出る必要があるのです」

 

 艦長からの進言をバルナバスは軽く断った。

 他部隊から連れてきたディン部隊が全滅するのは想定の範囲であったが、虎の子のジェグス部隊にまで被害が出たのは自身の見通しの甘さによるものとバルナバスは思っていた。

 その清算は自分自身でやるべきというのがバルナバスの心情である。

 

「『十字架』のMS(モビルスーツ)、あれがイレギュラーの存在という物なのでしょうね」

 

 バルナバスがヘリックスに関して考えているとオペレーターからの通信が入った。

 

「接近する味方機の反応を確認しました。距離88、機種特定……ディン2、その後方にフォビドゥンです!」

 

 オペレーターからの報告にバルナバスは少し驚いて言う。

 

「おや、残っていたディンは1機のみだと思っていましたが」

 

 オペレーターに再度確認の通信を入れる。

 それぞれのディンの識別を聞いてバルナバスは苦笑した。

 

「キャミッサー、貴方はまるで『十字架』に取り付かれているみたいですね。それにお似合いの死神まで連れて来るとは」

 

 当初はあまりこの機体の目撃者を増やしたくないと思っていたのであるが、考えが変わった。

 新型のMS(モビルスーツ)に追われつつもここまで逃げ延びたパイロットを失うのは惜しいと思ったからである。

 

「蜘蛛の糸を垂らしてあげるとしましょう。『アラウクネ』を出します。ハッチを開けてください」



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PHASE-23 アラウクネ

「あなた、少しお利口な七面鳥さんみたいだから食前の祈りを捧げる時間を上げようかしら」

 

 オリアスクは冷笑する様に言うと、フォビドゥンを後退させ、自らディンとの距離を取る。

 その後、大鎌を右手に持ちかえ、左腕部に内蔵されている大型機関砲『アルムフォイヤー』をキャミッサーの方に向けて構えた。

 

 その砲門を見たキャミッサーは流石に表情を変え、思わず叫ぶ。

 

「大型のバルカン砲だと!? あんなものまで装備しているのか」

 

 キャミッサーは直ぐに回避行動を取るが、115mmの大口径機関砲から放たれる弾の威力は標準的な75mmバルカン『イーゲルシュテルン』の比ではなく、その一斉掃射により、徐々にディンの装甲が蝕まれていく。

 数秒でディンの6枚あるウイングの内、2枚に大穴が空いた。

 

「隊長! こっちは機体を軽くするためにミサイルを全て撃ち尽くして、散弾銃も捨てちまったんだ。援護は出来ないが、大丈夫か!?」

 

 ネベルが詫びる様に言う。彼なりに心配してくれている様であった。

 

「気にするな、回避だけに専念してくれれば良い。ここまで来て撃墜されたのでは話にならないからな」

 

 元から援護は期待していなかったが、既にこちらの機体の方が危険な状態に成りつつあった。

 

「話にならないか……」

 

 この状況にも関わらずキャミッサーは苦笑した。

 このままでは共倒れも時間の問題である。

 

 バシュン! 

 

 フォビドゥンの斉射により、ついにキャミッサーのディンのウイングの1枚が剥がれ落ちた。

 さすがにもう駄目かと思われたが、ネビルが前方に一筋の希望を見つけた。

 

「隊長、あの潜水空母が目標の『アガシー』だ」

 

 キャミッサーも前方に浮上しているボスゴロフ級大型潜水母艦の姿を認める。

 

「ようやくか、あの機体は?」

 

 キャミッサーはその潜水艦から発進してくる機体に目を奪われた。

 黒と紫を基調としたMS(モビルスーツ)がグゥルに乗っている。

 その頭部はジンやシグーと似たようなトサカ付きのモノアイ、背中のバックパックから生えている4本腕が特に目を引いている。

 

「ルッツ・キャミッサー、ここからは『アラウクネ』が引き受けます」

 

 そのMS(モビルスーツ)の主であるバルナバスから通信が入る。

 

「ところで、作戦開始前に輸送機からのN(ニュートロン)ジャマー奪取は我々が行うため干渉するなと通告したはずですが」

 

 アラウクネに搭乗しているバルナバスは命令違反をしたキャミッサーにたしなめるように言った。

 

「申し訳ありません、例の『十字架』がこちらへと向かったので障害になるのではないかと」

 

 キャミッサーとしてはその通りなので返す言葉も無い。

 

「まあ良いでしょう。あなた方は『アガシー』へと向かってください。あの機体は私が相手をします」

 

 バルナバスが命令違反を不問としたのは、キャミッサーのおかげでディン部隊の全滅を免れたのも事実であり、その事を考慮したからである。

 

 詰問が終わると、バルナバスはアラウクネのモノアイをフォビドゥンの方へと向ける。

 対するオリアスクは突如として現れたMS(モビルスーツ)『アラウクネ』を見て呟いた。

 

「あら、七面鳥から蟹に変わったのかしら?」

 

 そして、再び大鎌を両手持ちにすると、アラウクネに向かって飛びかかっていく。

 

「まあ、食べられればどちらでも良いんだけど!」

 

 一方のアラウクネは右腕の爪を構えるとそこから紫色の光を伸ばす。

 内蔵型ビームサーベルが大鎌を受け止める。

 レーザー重斬刀の時とは違い、今度は鍔迫り合いが起こった。周囲に火花が飛び散る。

 

「蟹のくせに武器だけはマシな物を用意したようね」

「私は腕を切られた礼を返しに来たまでですよ」

 

 オリアスクはここで相手が最初に会ったディンのパイロットと同一人物であると言うことに気づく。

 両者が再び離れると、バルナバスはアラウクネのバックパックの腕から網状の物体をフォビドゥンに向かって射出した。

 

「ここは搦め手を使わせて貰いましょう」

 

 突然アラウクネから発射された網目状の物体「ヒートネット」にオリアスクは反応する事が出来ず、フォビドゥンはそれを頭からを被ってしまう。

 

「網? こんなもので動きを止めようなんて」

 

 オリアスクは悪態を吐くが、もがけばもがくほどヒートネットが絡まり、身動きが取れなくなる。

 そして、ブースターの吸入口のファンにネットの一部が入り込み、メインブースターが停止する。

 

「ブースターに異常!? まさかこんな、ワタシガァァァ!」

 

 推力を失ったフォビドゥンは海に向かってまっ逆さまに落ちていった。

 その様を見届けると、バルナバスはアラウクネのビームサーベルの光を消す。

 

「こちらバルナバス、敵機を無力化しました」

 

 バルナバスは『アガシー』に敵機の撃墜を報告する。

 

「ルッツ・キャミッサー達は無事に『アガシー』に着艦できたようですね」

 

 アラウクネとフォビドゥンの戦闘の最中、キャミッサーとネベルのディンは『アガシー』に着艦していた。

 

「はい、2機共収用は完了しております」

 

 それをオペレーターに確認すると、バルナバスは『アガシー』に次の命令を出す。

 その命令とは予備のジェグス隊を発艦させる事であった。

 N(ニュートロン)ジャマーを奪取した今、追われる方はこちら側である。

 

「さて、イレギュラーを排除しに行きますか」

 

 バルナバスはジェグス隊が出揃うと、再び輸送機の方向へとアラウクネを向け、追撃の芽を摘みに向かった。

 

────

 

<まだその状態で追撃を続けると言うのですか>

「当然だ、N(ニュートロン)ジャマーをザフトに奪われたままで帰れるか!」

 

 アタランテは煙を出す大型輸送機に撤退を促すが、ドハティ大佐は聞く耳を持たないようであった。

 

「それと、レイダーは今すぐこちらに返して貰おう。先程のレイダーによる攻撃は機体トラブルによるものだ。今すぐ検証する必要がある」

<機体トラブルですか>

 

 向こう側としては先程の戦闘の不手際は機体トラブルで片付けるようであった。

 

<今にも落ちそうな輸送機に着艦しろと? 無茶を言わないでください>

 

 アタランテは今の状態の輸送機に着艦する事は危険であると判断し、それを拒否した。

 

「貴様、AIが人間に逆らうのか!」

 

 ドハティが通信越しに怒声を浴びせる。

 その時、ヘリックスのレーダーが味方艦の反応を捉えた。

 採掘基地から出港した『ヴェンデロート』がようやく追い付いたのである。

 

<……話になりませんね。ひとまず『ヴェンデロート』で補給を受ける事にしましょう>

 

 アタランテは通信を一方的に切ると、ヴェンデロートへとヘリックスを向け、着艦動作に入った。

 ヘリックスはレイダーをクローアームに掴んだ状態でヴェンデロートへと着艦する。

 そしてレイダーを降ろすと、すぐさまヘリックスに補給が開始された。

 

「ヴァスプ少尉はなぜこちらに攻撃を……」

 

 ヘリックスのコックピット内でドリンクを飲みながらアレンはリマリック基地で会った時の事を思い出した。

 やはり、あの様な暴挙を取るとはどうしても思えない。

 

 そのレイダーの方を見るとコックピットからパイロットを運び出そうと、整備員が作業している所だった。

 その中に軍医のソール・スタンの姿をアレンは見つける。

 様子を見ていると、オペレーターから敵機体を発見したとの報告が入った。

 

「イエロー100、マーク60に熱源反応! 熱紋照合、ジン3、それと1機は……データにありません!」

「またデータに無い機体? ザフトの新型なのか」

 

 相次ぐ新型の出現にアレンも戸惑いを隠せなかった。

 先程の戦闘の時のジン部隊もだが、アレンは妙だなと思う気持ちが強くなる。

 

<アレン、新型と言うだけで驚いていたらキリがありませんよ>

「たしかにそうですが」

 

 アタランテが忠告する。

 

「ヴェンデロートからの映像を回します!」

 

 オペレーターからの指示でコックピットの画面が切り替わる。

 切り替わった映像には先程と同様の装備をしたジン3機によるジェグス部隊と、その少し上空にグゥルに乗るザフトの新型MS(モビルスーツ)の姿が映し出されていた。



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PHASE-24 Nジャマー争奪戦決着

「ふむ、やはりこの機体は対MS(モビルスーツ)戦用、対艦戦はオプション装備が無いと厳しいですかね」

 

 今のアラウクネの主武装は近接戦闘用のクローとビームサーベルである。

 バズーカの様な火力のある火器は搭載されていない。

 

「戦艦と輸送機はジェグス隊に任せるとして」

 

 そう思っていた時、バルナバスは地上戦艦の前方から飛び立つ機影を確認する。

 補給を終えたヘリックスがグゥルに乗り再度出撃したのである。

 

「ようやく来ましたか、『十字架』のMS(モビルスーツ)

 

 アタランテは瞬時にアラウクネの分析を行う。

 

<ビーム兵器にあの装甲はどうやらPS装甲、G兵器の技術を流用したのでしょう>

「PS装甲……ビームライフルを当てていくしか」

 

 実弾兵器であるレールガンもミサイルも効かないのであれば、取る手段はやはりビーム兵器しかない。

 

 アレンはヘリックスのビームライフルを右手に構えさせると、アラウクネに狙いを定めてビームを数発撃った。

 対するバルナバスはアラウクネのビームサーベルでビームを斬り払い、攻撃を防いだ。

 

「やはりビームライフルを持っていましたか」

 

 バルナバスはそう言って、アラウクネが乗っているグゥルをヘリックスの方へと向ける。

 アラウクネのモノアイとへリックスのツインアイの眼が合う。

 

「他のG兵器と同じヘッドタイプとは」

 

 アラウクネはバックパックの格闘用クローの腕2本をヘリックスに向かって射出する。

 

「腕を飛ばしてきただと!?」

 

 アレンはビームライフルで打ち落とそうとするが、腕は途中で見えなくなった。

 

「消えた!? くっ!」

 

 不意に空中から二本のビームサーベルが現れ、1本がヘリックスの左肩を切り裂く。

 もう1本は後からバックアタックを狙おうとしていたようだが、アタランテがクローアームを操作して防いだ。

 

<これはミラージュコロイド・ステルスですね鹵獲したブリッツからデータを流用したのだと思われます>

 

 ミラージュコロイドを用いた電磁光学迷彩技術。

 これを使用すればあらゆる可視光線や電磁波を機体の後方に屈曲させ、機体色を周りの風景と同じ、いわば透明に見せる事が出来る。

 

<敵の攻撃は見えませんが、対策の手段はあります>

 

 アタランテがパネルに映し出されていたセンサーの表示を変更する。

 

<この重力下で、あれだけの重量物を飛ばしているのです。ビームライフルで撃つビームよりも攻撃は遅いですよ>

「分かりました。やってみます」

 

 対するバルナバスは先程のミラージュコロイドと有線格闘用クローを使った攻撃の戦果に疑問を持っていた。

 

「二本ともクリーンヒットを狙えると思ったのですが、上手く対応されてしまいましたね」

 

 それはまるでバックパックと本体が別の指揮系統で動いているような……

 そう考えているとヘリックスから牽制のビームが飛んできた。

 

「ともあれ、もう一度試してみる必要があるようですね」

 

 再びバックパックから腕を射出し、ミラージュコロイド・ステルスをその腕に纏わせる。

 

<来ましたよ、音を頼りに位置を把握します>

 

 ヘリックスのソナーから位置を把握し、4連装ミサイルを発射する。

 ミラージュコロイド・ステルスの展開中は電磁的・光学的にほぼ完璧な迷彩を施すことが可能とは言え、音紋までは遮断できない。

 また、コロイド定着に用いる磁場の関係からPS装甲は同時に使用できなかった。

 

 何もないと思われた空間でアラウクネが射出中の腕1本にミサイルが着弾し、爆発する。

 

「ミラージュコロイドを見抜いたのか!?」

 

 バルナバスは驚く。そして急いで射出中の腕を戻した。

 もう1本の腕はすぐさまミラージュコロイド・ステルスを解除し、PS装甲を展開したため撃破されずに済んだ。

 

「こう瞬時に対応されてしまうのでは、逆に成す術がありませんね」

 

 バルナバスはそう言うとアラウクネは射出中の腕を収納し、機体の体勢を建て直す。

 その時、予期せぬ方向から警告アラートが鳴った。

 

 ピピッ! 

 

 ヘリックスとは別に、アラウクネ眼下の水中から熱源反応が現れる。水面が隆起し、その原因の正体が姿を現した。その姿を見てバルナバスは思わず呟く。

 

「フォビドゥン? ここまでしぶといとは」

 

 撃墜されたと思っていたフォビドゥンだが、今の今まで潜水し機会を伺っていたのである。

 

「キサマアァァァ!」

 

 オリアスクは叫ぶとバックパックのレールガンをアラウクネに向けて構え、高速弾を発射する。

 弾丸はアラウクネの上半部に直撃するが、PS装甲であるため、実体弾ではダメージを与えられない。

 

「待て、フォビドゥンのパイロット! 輸送機の近くで戦闘を行うな!」

 

 アレンはフォビドゥンの攻撃を止めようと通信を入れる。

 アラウクネの位置は、丁度フォビドゥンと大型輸送機の間に挟まれる形となっていた。

 最初の2発は敵機に当たったものの、この状態でフォビドゥン側から攻撃すれば、輸送機への直撃は免れない。

 

「落ちろ!!」

 

 が、オリアスクはその忠告を無視し、フォビドゥンがバックパック両側に付いているレールガンを連射しつつ、続けて『フレズベルグ』からビームを放った。

 レールガンの実弾2発がアラウクネを直撃するが、これも機体に傷を付けるにも至らない。

 だが、続けて発射されたビームがアラウクネの右肩を抉った。

 アラウクネの右肩部が吹き飛ぶ。

 

「ふ、また右肩を持っていかれたか」

 

 バルナバスが呟いたその直後、バンッ! とアラウクネの後方で爆発音が鳴った。

 アラウクネを掠めたビームが大型輸送機の正面に直撃し、爆発を起こしたのである。

 バルナバスもフォビドゥンの行動に驚く。

 

「これは……まさか向こうからやってくれるとは思いませんでしたね。ジェグス隊に伝達、戦果は取れました。撤退しますよ」

 

 フォビドゥンの砲撃により、致命傷を受けた大型輸送機はその体制を垂直にすると真上から海に突き刺さっていく。

 続けて水しぶきと爆発が起きると、その姿を海の藻屑へと変えていった。

 

 地上戦艦『ヴェンデロート』のブリッジでホバートはまさかの光景に蒼白になっていた。

 

「ま、まさか大型輸送機が落ちるとは、ドハティ大佐は……?」

 

「救助挺を準備が出来次第発進させろ! 採掘基地とリマリック基地にもこの状況を知らせて救助を要請するんだ」

 

 艦長の代わりに副艦長が救助の指示を出す。

 

「ホバート艦長、空中哨戒のためにスピアヘッド2機を出しますが、よろしいですね?」

「わ、分かった。許可する」

 

 ホバートは顔の汗を拭いながら承諾した。

 副艦長は沈み行く大型輸送機が表示されているパネルに再び向き直りると、一つため息をついてからこう言った。

 

「まさか味方機に撃墜されるとは、一体どうなっているというのか」

 

────

 

 数時間後、大型輸送機は北大西洋の海に完全に水没してしまった。

 その後も3日間程、『ヴェンデロート』や生き残りの駆逐艦は付近の捜索を続けた。

 が、救助できたのは数名足らずであり、ドハティ大佐を含む多くの隊員が今だに見つかっていない。

 

「ホバート艦長、これ以上の捜索はもはや無意味かと、我々も一度リマリック基地にまで戻りますか?」

 

 副艦長はホバートに捜索打ちきりの決断を迫った。

 

「たしかに、もう生存者の救出は望めんだろう。本日を持って捜索を打ち切るとしよう」

「了解しました。捜索活動中の隊員にもその事を伝達します」

 

 ホバートは重い顔で苦渋の決断を下すと、艦長席の椅子に座り込み、帽子をテーブルに置いてから両手で頭を抱えた。

 

「結局、N(ニュートロン)ジャマーも取られ、我々の道中も徒労に終わったのか」

「艦長……気を確かに持ってください。まだ戦争は終わっていないのですから」

 

 落胆するホバートに対し、副艦長が声をかける。

 N(ニュートロン)ジャマー回収作戦が失敗に終わった事はもはや誰の目にも明らかであった。

 重い雰囲気が漂うが、この状況でもアタランテは次の命令が来ている事を伝達する。

 

<その通りですよ副艦長、既に上から次の指示は来ています。我々の次の目標はアラスカです>



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PHASE-25 アラスカへ

 落胆するホバート達を他所にアタランテは次の作戦の指示が来ていた事を伝えた。

 

「アラスカ? JOSH-A(ジョシュア)に向かえと

 は一体どういう意図で……」

 

 副艦長はその指示について再度聞き直す。

 アタランテはいつもの様に感情の無い声で答える。

 

<これはユーロ会議からの指示です。現在地球連合軍の本隊はパナマ防衛の準備を進めています。我々は後顧の憂いを断つための備えという訳です>

 

 ユーロ会議はユーラシア連邦の最高会議の意思決定機関である。

 末梢のMS(モビルスーツ)部隊にその決定に異を唱えることなど出来る訳もない。

 

 同日夜、ヴェンデロートは救助活動を打ち切るとアラスカへと舟先を向ける事となった。

 

 ────

 

 次の日の夜、ホバートと副艦長、それに軍医のソール・スタンは新型ガンダムの3人のパイロットに対する今後の対応について話あっていた。

 

「まさかあのパイロット達がナチュラルでは無いとはな、『生体CPU』と言うのか」

 

 ホバートが手元の資料を見て言った。

 

「強化されているだけで元はナチュラルですよ、アタランテの入手したデータによれば生体CPUはMSを動かすための部品の事を示す言葉の様です。より詳細には『ブーステッドマン』と区分されているみたいですがね」

 

 ソールが訂正する。

 彼らにCTスキャンを行った結果、脳内だけでなく体内の各所にマイクロ・インプラントが埋め込まれている事がアタランテの解析で判明したのである。

 またカラミティ、レイダー、フォビドゥンのデータを解析した結果、彼ら3名が『生体CPU』と呼ばれるMSの部品として扱われている事も判明した。

 

 ホバートがソールに尋ねる。

 

「ソール軍医、3人の様子に関してはその後どうなっている?」

「ザナキス・ソラス少尉、マーク・ヴァプラ少尉に関しては現在医務室で療養という名目で軟禁しております」

 

 味方機に攻撃をしかけたフォビドゥンとレイダーのパイロットであるヴァスプは本来であれば拘束すべきであるが、大西洋連邦とユーラシア連邦の所属の違いから無下に扱う訳にもいかなかった。

 

「また、ブーステッドマンの運用に必要なγ-グリフェプタンもアタランテが指定する分量を与えた上で監視を昼夜問わず付けております」

 

「運用か、あまり好ましい言い方ではないな。それに生体CPUを維持するための薬がなぜ我が艦に備えられていたのですかな?」

 

 副艦長は怪訝な表情を浮かべてソールの方を見た。

 

「失礼しました。アタランテの指示はそのまま言った方が良いかと思いまして……薬に関しては医療用でたまたま持ち合わせていただけですよ」

 

 ソールは慌てて弁明する。

 

「ところで、問題はフォビドゥンに乗っていた女性パイロットの方なのですが」

 

 そう言ってソールは手元のカルテを見た。

 

「まだ階級氏名も判明していないのか?」

 

 副艦長が尋ねる。

 ソールは頭をかきながらその質問に答えた。

 

「それに関してはアタランテが調査済みです。ホオズキ・オリアクス、階級は少尉、彼女も他2名と同じ時期にリマリック基地に配属されたようです」

「彼女も他2名と同じようにブーステッドマンなのか?」

「はい、たしかに彼女もブーステッドマンでした。問題なのはアタランテが診断した結果、『コーディネーター』という結果も出ちゃいまして……」

「何、コーディネーターだと!?」

 

 ソールからの報告にホバートは驚く。

 

「つまり、ホオズキ少尉はブーステッドマンとコーディネーターの二つの特徴を有していると?」

 

 副艦長も報告を聞き返した。

 

「まあ、そう言うことになりますかねえ」

 

 ソールは困惑した表情で答える。

 

「ともかく、この件は伏せて置いた方が良いな」

 

 ホバートはそう言うと場を締めくくった。

 

────

 

「面会謝絶か……」

 

 先程までアレンはソラスとヴァスプが収容されている病室の前にいた。

 

「アレン中尉は直接被害を受けた当事者ですからお気持ちも分かりますが、ここは抑えて下さい」

 

 だが、病室に入ろうとした所を看護師に止められてしまったのである。

 アレンとしては特に攻撃を仕掛けてきた事の非を責める訳でもなく、ただ単に見舞いに来たと言うだけだったのだが、追い出されてしまう形となってしまった。

 

「お疲れ様です。もしかして彼らを見舞いに来られていたのですか?」

 

 呼び掛けられた声に振り返ると、シャルルが後ろから歩いて来ていた。

 

「ああ、断られてしまったがな」

 

「それなら良かった。彼らはナチュラルでは無いという噂が艦内で出回っていますし、あまり関わらない方が良いですよ。まあ、アレン中尉なら既にアタランテから詳しく聞いているとは思われますが」

 

 アレンはレイダーとの戦闘中にアタランテがヴァスプの事を『ブーステッドマン』と呼んだ事を思い出した。

 

「いや、こっちもアタランテからはその噂以上の事は聞いていないな」

 

「そうですか……自分は彼らをコックピットから運び出すのを手伝ったのですが、あの様子はたしかに普通じゃありませんでした。彼らに関わるとまた変な噂を立てられてしまいますよ」

 

「また変な噂を立てられる」というのをアレンは気になったが、当のシャルルは心配そうな顔をしていたので話を合わせる事にする。

 

「そうだな、彼等への対応は衛生に任せる事にするよ」

 

 シャルルはその返事を聞くと表情が明るくなった。

 

「それが良いと自分も思いますよ。では、失礼します」

 

 立ち去るシャルルを見送ると、アレンはもう一度病室の方を見て自分も部屋へと戻って行った。

 

────

 

 アラスカ JOSH-A(ジョシュア)

 地球連合軍の統合最高司令部が置かれている基地である。

 

「入港してからもう5日間もこの状態とは、艦内待機はいつまで続くのやら」

 

 留守を任されている副艦長がブリッジでぼやく。

 艦がここに到着してから既に5日が経過している。

 基地に到着した当日にフォビドゥン、カラミティ、レイダーの3機のガンダムは接収され、ソラス少尉とヴァスプ少尉は艦を降りた。

 

 それからはホバートと付き添いの隊員2名がアラスカ基地上層部との交渉のために艦を出るだけで、他の艦員は艦の外に出ることすら許されていない。

 

「ところで、オリアスク少尉だけ他2名と違って艦を降りる事が出来なかったのはやはりコーディネーターという事が関係しているのでしょうか?」

 

 副艦長は思っていた疑問をアタランテに尋ねた。

 

<十中八九、それで間違いありません。彼等としても対応を決めかねている。もしかしたら、このまま厄介払いしたいのかも知れませんね>

 

 フォビドゥンのパイロットであるホオズキ・オリアスク少尉は処分が決まるまで、引き続きこの艦内で監視と言う事になっていた。

 

「副艦長、ホバート艦長達がお戻りになられました」

 

 オペレーターがホバートが戻ってきた事を伝える。

 

「そうか、何かしら進展があれば良いが」

 

 ホバートがブリッジに入ってくると、さっそく副艦長はホバートに尋ねた。

 

「ホバート艦長、お疲れ様でした。何か進展はありましたか?」

「ああ、艦内待機は今日までだそうだ。行動区域に制限を設けられたがね」

 

 艦内待機が解除されるという情報はブリッジ内を賑わせた。どこからともなく拍手が起こる。

 

「それと、他にも皆に伝えねばならん話がある」

 

 アークエンジェルが明日入港するという情報、パナマ基地防衛のために主力のほとんどか出払っているという事、その穴埋めのためにユーラシア連邦から兵力を結集している事が伝えられた。

 

「アークエンジェルですか、一度実物を見てみたいと思っていました」

 

 副艦長が言う。

 

「私も許可が降りればブラックホール排気システムを見せて貰いたいと考えているよ。この艦のエアコンはたまに効きが悪い時があるからね」

 

 楽観的にホバートは答える。

 が、内心では許可など降りる訳が無いと思っていた。

 咄嗟に以前アタランテから聞いたアークエンジェルについての情報の事を思い出したのである。

 

 ストライクのパイロットがコーディネーターだということ。

 

 体裁を気にするアラスカの上層部がアークエンジェルのコーディネーターに対してどういう対応をするのか、まだ読めないでいたのである。

 流石に直ぐ様排除する様な真似は行わないだろう。であれば軟禁して飼い殺しか……

 

「しかし、この劣勢の状況で貴重なパイロットを遊ばせておくと言うのも不自然な話か」

 

 それに既に我々もコーディネーターをこのアラスカに連れて来てしまっている。

 ホバートは考えても仕方がないと言う様に首を振ると、前を見つめた。

 



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PHASE-26 オペレーション・スピットブレイク

 5月2日、アークエンジェルが入港したとの連絡がヴェンデロートにも伝わった。

 しかし、入港したメインゲートが立入禁止区域に指定されたため、艦員は誰も実物を見る事は出来ていない。

 

 それから3日がたった頃、アレンはいつものようにへリックスのコックピット内で機体のチェックを行っていた。

 

<先程、アークエンジェルのこれまでの軍務についての査問会が終わりました>

 

 アタランテがどこからか入手した情報をアレンに話し出す。

 

<アークエンジェルはストライクをアラスカに連れて来る事が出来なかったみたいですね。代わりにバスターを取り返したみたいですが>

 

「アークエンジェルがあの『砂漠の虎』を撃破したという話はオルレアンを出る時に耳にしましたが、その後何があったのですか?」

 

 アレンはアタランテに尋ねる。

 

<ええ、ブリッツを撃破しましたが、イージスと相討ちになっています。ストライクのパイロットはMIAの様です>

 

 MIAとは戦闘中行方不明の事である。

 アレンは少し重い気分になった。

 

「コーディネーターとは言え、一度会ってみたかったな」

 

 種類は違えど、ストライカーパックシステムを使っている者同士として話を聞いて見たかった。

 が、生きてアラスカまで来られていても面会すら叶わなかったろうとアレンは納得する。

 

<ところで、そのコーディネーターをストライクに乗せた事を軍司令部は重く受け止めているようですね>

「え?」

 

 アタランテの思わぬ一言にアレンは驚く。

 

<忘れたのですかアレン? 彼等がアルテミス陥落の原因を作った事を、この作戦が開始される前に話したはずです。そもそもヘリオポリスの崩壊から始まり、第8艦隊を全滅させてしまった。これがストライクにコーディネーターを乗せ、もたらした結果ですよ>

「それは……しかし、彼は多数のザフト軍MS(モビルスーツ)、『砂漠の虎』、ブリッツを撃破し、イージスと相討ちになったと……これは称えられるべき功績では?」

 

 アレンはストライクの戦果について言った。

 

<ええ、『砂漠の虎』を撃破したのも、奪取されたG兵器の内2機を撃破、1機を回収したのも彼等の功績です。ですが、彼等の目的はストライクをここに連れて来る事でした。それに失敗した。これが結果ですよ>

 

 これまでずっとアタランテと行動を共にしてきたアレンだか、ここに来てアタランテの真意が読めないでいた。

 一体、彼女は何を伝えようとしているのか。

 

<そしてここにも、今までの行動が疑問視されている部隊がいますね>

 

 アタランテが言っている部隊とはこの艦の事に他ならない。

 その一言にアレンは戦慄する。

 

「!? 、まさか我々が? 我々は幾度もザフトと交戦し、戦果を重ねてきました!」

 

 アレンは抗議する様に言った。

 たしかにN(ニュートロン)ジャマー回収作戦の任務には失敗したが、それはドハティ大佐が独断で大型輸送機を出発させた事もあり、護衛が思うように行かなかったという点が大きい。

 また自分達はここに来るまでの道中で度々ザフト軍を撃退してきた。

 その事はどうなるというのか。

 

 アタランテはそれは問題ではないとでも言う様に台詞を連ねる。

 

<先日の我々の時の査問会でも、それらの戦果や功績は考慮されませんでした。軍司令部はN(ニュートロン)ジャマーの回収に失敗したという事実を重く見ています>

「そんな……」

 

 思わずアレンは絶句してしまう。

 これまでの戦闘は無駄だったというのだろうか。

 

<パナマではあのストライクダガーの生産がようやく軌道に乗ったそうです。オルレアンに配備されていた機体よりも性能は上がっています。もはやアークエンジェルも我々も必要とされていないとは思いませんか?>

「アタランテは……アークエンジェルも……我々も……もはや必要とされていないと?」

 

 心なしかアレンは声が震えている事に気づく。

 

<これが結果ですよ。だから我々は知ることになります。この結果がもたらす意味をね>

 

────

 

 キャミッサーはまたジブラルタル基地に戻っていた。

 N(ニュートロン)ジャマー奪還作戦は成功に終わった。

 作戦終了に伴い、既にFAITHの管理下では無くなっている。

 

「ルッツ・キャミッサー、貴方の活躍がなければ本作戦の成功も無し得なかったでしょう。後程、感謝の品を贈らせて頂きますよ。また戦場でお会いしましょう」

 

 バルナバス管理官は別れ際にそう言って細やかな賛辞を送ってくれた。

 だが……

 

「流石、キャミッサー隊長様々ですね。こんな大きな母船で任務を行っていらっしゃるなんて、このコンソールも真新しい奴じゃないですか」

 

 そう言うと緑髪で如何にもニヒルと言った青年はコンソールのディスプレイ・タッチパネルを触る。

 

 ネイピア・ネベル。

 

 N(ニュートロン)ジャマー奪還作戦でキャミッサーが助けたディンのパイロットがエール・リベルタのブリッジにいた。

 何故彼がここにいるのかと言うと、所属していた部隊が全滅し、行き場を失っていた彼をバルナバス管理官が不憫に思い、キャミッサーと同じ所属にしたからである。

 

「……バルナバス管理官の計らいとは言え、これには参るな、まさか贈り物とはこいつの事なのか」

 

 キャミッサーはあまりの彼の能天気さに、早くもだが少し嫌気が差してきていた。

 

「ところでさっきの秘書官の人……アネットさんでしたっけ? 彼女、中々グラマーですね。隊長なら彼女の趣味とか何とか知ってませんか?」

 

 ネベルがアネットに付いて聞く。

 

 キャミッサーはネベルが初対面のアネットを食事に誘っていた事を思い出す。

 それと同時にその時のロスのなんとも言えない顔も思いだして、思わず思い出し笑いをしそうになる。

 が、なんとか笑いを噛み殺した。

 

 ふてぶてしい態度も、女を口説くのも別に構わない。

 ただ、キャミッサーにとってネベルに任務遂行の為の積極性が見られないのは看過しがたいことであった。

 

 キャミッサーはネベルを叱りつける。

 

「ネベル、今この瞬間にも『オペレーション・スピットブレイク』の成功のために奮闘をしている隊員達がいる事を忘れるな」

 

『オペレーション・スピットブレイク』

 オペレーション・ウロボロスの一環として、ザフト軍の総力をあげパナマ基地を攻略するこの重要な作戦にキャミッサーも参加する心づもりでいた。

 だが、本作戦終了までエール・リベルタはこのジブラルタル基地で防衛任務を全うせよとの命令が出ている。

 

「は、申し訳ありません!」

 

 ここでキャミッサーをこれ以上怒らせるのは不味いと思ったのか、ネベルは急に大人しくなった。

 

 その時、基地内からの通信がブリッジへと入ってくる。

 通信を取るとパネルにロスの焦った様子が映っていた。傍らにはアネットもいる。

 

「こちらエール・リベルタ、ブリッジ、キャミッサーです。ロス機長、どうされましたか?」

 

 ロスが切羽詰まったとでも言う様に早口で喋りだす。

 

「先程通達があった。『オペレーション・スピットブレイク』がついに開始されたぞ! 目標はアラスカのJOSH-A(ジョシュア)だ!」

「アラスカ? まさか……!?」

 

 アラスカ、地球連邦軍の総本山に侵攻するということはすなわち……。

 キャミッサーはザラ議長が目標を直前で変更した事の意味を瞬時に理解した。

 

「ザラ議長は一気にこの戦争の決着を付けるおつもりなのか?」



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PHASE-27 デュエル

「アラスカ基地周辺に多数の熱源を感知!」

「何だと? それにしても、この数はどういうことなのだ?」

 

 オペレーターからの報告でホバートは自らもコンソールの画面を確認するが、そのあまりの機影の多さに言葉を失ってしまった。

 

 そこに統合作戦室より入電が入る。

 ブリッジのパネルに老年の指揮官と思われる茶髪の人物が映し出された。

 

「守備軍は直ちに発進! 迎撃を開始せよ!」

 

 ウィリアム・サザーランド、地球連合軍最高司令部統合作戦室に所属する大佐である。

 サザーランドからの二言目を待たずにしてホバートが叫ぶ。

 

「軍司令部から直々に迎撃命令だと? 各員、総員第一戦闘配備! 我々の任務は5番ゲートの防衛だ。なんとしても死守するのだ」

 

 その様は彼は既に状況下に入り、的確に指示を出していると言っても良かった。

 

「増設した艦尾ミサイル発射管、7番から10番まで発射準備! MS(モビルスーツ)隊の発進準備が遅れているな、急がせろ!」

「ザフトの攻撃目標はパナマだったはず、我々もそのために主力をパナマに集結させていたというのに……まさか謀られたと?」

 

 ホバートとは逆に、副艦長は状況をよく飲み込めていない様であった。

 ホバートの方を見上げると副艦長は感心したように言う。

 

「ホバート艦長は、ここに来てようやく艦長としての風格が出て参りましたな」

「なあに、我々の周りにはユーラシア連邦の同胞がいるからな。みっともない姿は見せられまい」

 

 ホバートは鼻を鳴らす。

 

「それにアークエンジェルにはあの『砂漠の虎』を撃破したストライクとそのパイロットのコーディネーターがいるのだろう? 我々はすぐに敗けはせんよ」

 

 結局友軍頼みのホバートに副艦長は口をあんぐりさせ、驚いたように言った。

 

「ホバート艦長は聞いていなかったのですか!? どちらも既に失われていますよ!」

「何、そうなのか?」

 

 目を丸くするホバートに、副艦長はこの状況でもただ呆れるしか無かった。

 

────

 

 アレンがへリックスに乗り込むと直ぐにシャルルからの通信が来た。

 

「アレン中尉、空中の敵は任せましたよ。バクゥは空を飛べませんからね、お互いに御武運を」

「シャルル少尉、こちらもバクゥ隊の武運を祈ります」

 

 アレンもシャルルに軽く返事をする。

 会話が終わるのを待っていたのかアタランテが作戦の説明を開始した。

 

<バクゥ隊を艦周辺に展開させます。アレン、へリックスはグゥルに搭乗して空から敵機を遊撃してください>

「了解……アタランテは今回の戦闘でアラスカを守りきれると考えておられるのですか?」

 

 アレンは率直にアタランテに聞いてみた。

 敵機の数がこれまでの比では無いと言う事を既に聞いていたからである。

 

<私は常に最善の結果のための提案を出しているだけです。それは今までもこれからも変わりませんよ。この艦が沈まないように私も全力を尽くします>

 

 はぐらかされた気もするが、アタランテはヴェンデロートのために行動を行ってくれるようであった。

 

「……分かりました。変な質問をしてしまい申し訳ありません」

<構いませんよ。いつもの様にザフトのMS(モビルスーツ)を撃破し、コーディネーターを抹殺しましょう>

「……了解」

 

 アレンはへリックスの発進シークエンスに入る。

 

「アレン・クエイサー、へリックス出る!」

 

────

 

<0時方向よりディン1、9時方向にシグー>

「ビーム兵器の有利性を存分に発揮させて貰う!」

 

 アレンはへリックスの左手に持っているビームライフルでグゥルに乗っているシグーを打ち落とす。

 後方から接近するディンに対してはアタランテが背部クローアームに接続されていたビームライフルで対処した。

 

 眼下ではシャルルがバクゥ隊を率いて、ザフトの地上部隊と戦闘を行っている。

 

「コーディネーターがあああぁぁ!!」

 

 シャルルはバクゥの無限軌道のドリフトを効かせつつ、レールガンを撃つ。

 その一撃は敵バクゥの上半身を吹き飛ばした。

 

「よし、3機目! これでどうだ。もう半数は減ったんじゃないか?」

「シャルル隊長、まだ半数以上……いえ、数は先程からあまり変化してません」

 

 リナルドが憔悴しきった声で答えた。

 シャルルは舌打ちする。

 

「いくらなんでも数が多すぎるな、これほど防衛戦は今までに経験した事の無い規模だ」

 

 シルバニア基地やこれまでの道中、オルレアン、採掘基地でも攻めて来たザフト軍は遊撃隊ばかりであった。

 だが、今回は違う。

 総力戦というのに相応しい程のザフト軍機がこのアラスカに集結している。

 

「カラミティとレイダーは? まだアラスカ基地に残っているだろうに」

 

 シャルルが辺りを見回しながら言った。

 戦闘が始まってからしばらく経つが、連邦の主力MS(モビルスーツ)2機はその姿すら戦場に見せていない。

 

「こちらバクゥ3番機、脚をやられ……きゃあっ!」

 

 ヴェンデロートの左後方を守っていたバクゥから救援要請が入る。

 左後脚を損傷した上に、ディン1機から重突撃機銃の掃射を受けていた。

 

「待ってろナモ、今援護が向かう」

 

 シャルルはそう答えるがバクゥ2機が目前に迫ってきており、自身はとてもその場から動けそうに無かった。

 

「俺が行きます!」

 

 リナルドが答える。

 

「落ちろ!」

 

 だが、リナルドが撃つレールガンはディンには当たらなかった。

 焦るあまり、ロックオンが完了する前に引き金を引いていたからである。

 傷付いたバクゥにディンが更に迫っていく。

 ディンは突撃銃を散弾銃にも持ちかえ、傷付いたバクゥを狙う。

 だがディンは散弾銃を撃つ前に爆発した

 

「もう間に合わな……あ、あれは?」

 

 リナルドはその爆発に驚いて叫んだ。

 へリックスの300mmレールバズーカ『ゲイジャルグ』から放たれた弾丸がディンを貫いたのである。

 

「リナルド少尉は3番機を艦へ、その間の抜けた穴のカバーは任せてくれ」

 

「アレン中尉!」

 

 アレンに言われるがまま、リナルドは遅れてきた僚機と協力して傷付いたバクゥを艦まで運ぶ。

 

「まさか、アレン中尉から援護が来るとは、あの人はいつも1人で戦っているものだと思っていたが……」

 

 リナルドは呟くが、3番機を降ろすと、すぐさま戦場へと戻っていった。

 

 各地で劣勢の状況はヴェンデロートのブリッジにも伝わっていた。

 

「6番ゲートが突破された模様です!」

 

 オペレーターがモニターを見て叫ぶ。

 

「何、このままでは基地中枢部に侵入されてしまう。我々で封鎖を」

「この5番ゲートすら危うい状況で? それに我々にはもう予備兵力は残っていません。へリックスにバクゥ全機、偵察用のスピアヘッドまで前線に出しているのですよ?」

 

 副艦長が言う。

 

「より、熱源反応! SFSに乗っている模様、距離65、熱紋照合、これは……デュエル!?」

 

「奪取されたG兵器だと、こんな所で……直ぐに外の部隊にも伝えろ!」

 

 ホバートがオペレーターにそう指示を出すと、オペレーターは直ぐ様アレンへと通信を入れた。

 

「アレン中尉、デュエルがこちらに接近してきています。対処をお願いします」

<既にへリックスのレーダーでも捉えていますよ>

 

 アタランテがアレンの代わりに答える。

 

 GAT-X102 デュエル

 ストライクと同じG兵器の1機であり、その中でも最初に完成したMS(モビルスーツ)とされ、他の4機もこの機体を元に各々のコンセプトに特化して開発されている。

 

「デュエル、あれがストライクの同型機なのか」

 

 アレンが呟いた時には既にへリックスのツインアイがグゥルに乗る青色を基調としたガンダムフェイスのMS(モビルスーツ)を捉えていた。

 

 初期G兵器との戦闘は、もはや避けられそうに無かった。



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PHASE-28 圧倒的な力

<バクゥの通常弾頭なら76発でPS装甲もその効力を失います。まずはPS装甲を減衰させ、フェイズシフトダウンに追い込んでください。グゥルからデュエルを落とせば本体にも当てやすくなるでしょう>

 

 アタランテがデュエル攻略のための指示を出す。

 

「重MS(モビルスーツ)のはずなのに……なんて乗りこなしだ」

 

 グゥルを自分の手足の様に操るデュエルを見て、シャルルが感嘆したように言う。

 

 だが、驚いてばかりもいられなかった。

 多方向から狙っているにも関わらず、バクゥのレールガンはどれもデュエルどころか、それが乗っているグゥルすら捉える事が出来ていないのである。

 

<アレン、ゲイジャルグでグゥルを狙って下さい>

「了解……!」

 

 アレンはへリックスの脇に300mmレールバズーカ『ゲイジャルグ』を構え、グゥルを狙って撃つ。

 

 攻撃の意図に気づいたのか、デュエルは自らグゥルを蹴り出して地面に飛び降りた。

 

 バンッ! 

 

 ゲイジャルグの一撃がデュエルの足元をかすめる。

 そのまま両足で地面に着地するが、少し体勢を崩したのか右膝を着き前屈みになった。

 

「よし、デュエルはグゥルから降りた。ビームピックで決める!」

 

 シャルルはバクゥの頭部からビームピックを展開すると、デュエルに向かって機体を走らせた。

 アタランテの解析によれば、あの状態では頭部のイーゲルシュテルンも肩のレールガンも射角が取れない。

 つまり、有効打を加える絶好の好機である。

 

 だが、地面を蹴ってを飛び掛かるバクゥ見てデュエルのパイロットは皮肉めいたように呟いた。

 

「敵がよろけた所に格闘を叩き込むか、たしかに間違ってはいないな」

 

 既にデュエルの左手には盾に隠れるようにしてビームサーベルが握られている。

 切りつけ様にデュエルのパイロットが叫ぶ。

 

「だが、動きがマニュアルなんだよ!」

 

 シャルルの目の前にビームサーベルが迫り来る。

 最速の攻撃をするために最短距離を取り、デュエルの真っ正面から仕掛けたのが仇となった。

 

「間違っていたのか……? アタランテの指示通りの攻撃が……」

 

 赤い閃光が光る間際にシャルルは呟くと、バクゥの胴体が切り裂かれていく。

 瞬時に真っ二つにされた機体はそれぞれが地面に叩きつけられ、爆発した。

 

「シャルル隊長!?」

「まさか、隊長がやられたの!?」

 

 自軍隊長機の撃墜、バクゥ隊の間で動揺が広がっていく。

 だが、その死を悲しんでいる時間は与えられ無かった。

 

 デュエルのアサルトシュラウド右肩部装甲に装備されている115mmレールガン『シヴァ』から放たれた弾丸がバクゥ1機を貫く。

 体勢を立て直したデュエルは右手のビームライフルで更にバクゥを狙う。

 

「ヒ……や、やめて……」

 

 狙われたバクゥのパイロットは操縦桿から手を離し、両手を顔の前にかざしてビームの光からその身を守ろうとする。

 しかし、その行動は無駄とでも言うようにビームの直撃はバクゥを火球へと変えた。

 

「ガノ! オリヴィエ! まさか二人とも……?」

 

 リナルドが撃墜されたバクゥのパイロット二人の名前を叫ぶ。

 

<防衛ラインを縮小します。バクゥは全機後退してください。7秒後にヴェンデロートからの支援射撃を開始します>

 

 続けざまに味方機が撃墜された事で、アタランテも作戦プランの変更をせざるを得なくなった。

 

<3、2、1……砲撃開始>

 

 バクゥ隊が退くのに合わせてヴェンデロートからの砲撃がデュエルを狙う。

 デュエルは再びグゥルに飛び乗ると艦砲射撃を回避する。

 

<アレン、出番ですよ>

「分かっている!」

 

 砲撃の最中、グゥルに乗ったへリックスがデュエルの前に現れた。

 

「当たってくれ!」

 

 アレンはへリックスはビームライフルを3連射する。その内の1発が右肩のアサルトシュラウドを掠めた。

 

「よし、このまま押し込めば……」

 

 アレンの操縦桿を握る手に力が入る。

 対するデュエルはアサルトシュラウドの左肩部に装備されているミサイルポッドを展開すると、へリックスへと向けてミサイルを放った。

 

「グゥルをやられる訳には」

 

 アレンはグゥルを上昇させ、ミサイルを回避する。

 だが、そのミサイルはへリックスを狙ったのでは無い。

 

 ドゴオォーン! 

 

 大きな爆発音が後方に木霊していく。

 5番ゲート前を守っていたリニアガン・タンクに着弾し、その車両の爆発で5番ゲートに大穴が開いたのである。

 

「しまった」

 

 消沈した様に呟くが既に遅い。

 目的を達したデュエルは、補給を受けるため海の方へと飛び去って行く。

 

 アレンはデュエルを追おうとしたが、それをアタランテが止める。

 

「また、コントロールが……何故ですアタランテ!」

 

 アレンは憤慨するが、アタランテはなだめる様に説明を始める。

 

<アレン、アークエンジェルが僚艦を引き連れて戦線を離脱しようとしています。我々はこれを止めねばなりません。一度ヴェンデロートに戻りますよ>

 

 ────

 

 へリックスがデュエルと交戦の最中にアークエンジェルから入った緊急通信は、ヴェンデロートのブリッジを震撼させていた。

 

「アークエンジェルより入電! 『我ニ続ケ』これは……」

 

 アークエンジェルからの通信は本艦は現戦闘海域を放棄し、離脱するという物であった。

 

「何、戦線を離脱すると!? これでは敵前逃亡ではないか!?」

 

 ホバートはオペレーターからの報告に唖然とした表情を浮かべる。

 副艦長も驚いた表情を浮かべるが、パネルを見ると同情した様に呟いた。

 

「既に複数の僚艦がアークエンジェルの指示に従っているか……たしかにこの状況ではな」

 

 パネルに示された味方部隊の機影はもはや多数のザフトの機影の前には風前の灯火とでも言って良い位にしか残されていなかった。

 

<ヴェンデロートはこれよりメインゲートに向かいます。アークエンジェルの行動は決して許されるものではありません>

「しかし、この5番ゲートはどうするおつもりなのですか?」

<5番ゲートは放棄します。今はアークエンジェルを止めるのが先です>

 

 副艦長からの問いにアタランテはあっさりと今のゲートを放棄する事を宣言する。

 

「これよりヴェンデロートはメインゲートへと向かう。取り舵いっぱい!」

 

 ホバートが意を決した様に言う。

 

「艦長!?」

「アタランテの判断は絶対だ。我々はそれに従うしかない、今までもそしてこれからもだ」

 

 ホバートにそう言われては、副艦長も引き下がるしか無かった。

 

 ────

 

 海上に出たヴェンデロートはメインゲートの近くにまで差し掛かっていた。

 遠くに多数のザフト軍MS(モビルスーツ)に囲まれているアークエンジェル、そしてそれに付き従う様にいくつか僚艦の姿が見える。

 

「あれがアークエンジェル、ようやく実物を見る事が出来たが既にボロボロではないか……」

 

 ホバートが率直な感想を述べる。

 アークエンジェルは右舵フライトデッキに大穴があき、その優美な姿が既に失われてた。

 

<見とれている場合ではありません、我々の目的はアークエンジェルを……>

「分かっている! アレン中尉を出撃させろ」

 

 ホバートはアタランテの指示をうんざりしたように途中で遮るとアレンに出撃命令を出した。

 

「ホバート艦長、本当によろしいのですか?」

 

 副艦長がホバートの良心に訴えかけるように言う。

 

「仕方がないだろう。我々が生き残るためにはアタランテに従うしかないのだから」

 

 ホバートは首をすくめると、そう言って返した。

 実際問題として、今ザフト軍の猛攻を最小限に止めていられるのは、アタランテの防空システムのおかげである。

 そのアタランテの機嫌を損ねる事は出来なかった。

 

 ────

 

 ヴェンデロートの外に出たアレンは艦に連絡を入れる。

 

「これよりアークエンジェルに向かう。援護願います」

 

 だが、アレンが手を下すまでもなく、まさに今ジン1機がアークエンジェルの艦橋を狙い撃とうとしていた。

 

「アークエンジェルもこれまでか」

 

 思わず呟いてしまった。

 しかしそれが自分が直接手を下さなかった事への安堵なのか、アークエンジェルが任務を果たせなかった結果への嘆きなのかはアレンには分からなかった。

 

 その時、空から緑色の閃光が走ると、ジンの持っていた重突撃機銃を撃ち落した。ジンは驚いた様に空を見上げている。

 

「何だ?」

 

 アレンも驚いた様に見上げた。

 

 その空から青い翼を持ったMS(モビルスーツ)がアークエンジェルの前方に舞い降りると、その翼を大空に広げた。



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PHASE-29 アラスカ脱出

「ザフト、連合、両軍に伝えます」

 

 その青い翼のMS(モビルスーツ)のパイロットが言うにはアラスカ基地の地下にはサイクロプスを起動し、自爆するという事であった。

 

「サイクロプス?」

<月面のエンデュミオン・クレーターで使用されていたマイクロ波発生装置ですね>

 

 アタランテが解説する。

 サイクロプスは元々レアメタルの混ざった氷を融解させるための装置なのだが、これを暴走させる事で周囲一体にマイクロ波加熱を生じさせ強力な戦略兵器にもなる。

 実際、グリマルディ戦線ではサイクロプスを暴走させた事でザフトに多大な損害を与える事が出来た。

 そのためサイクロプスはザフト側にとって、多数の犠牲を出した忌々しい戦略兵器の名前でもある。

 

「この基地がエンデュミオンの時の様に自爆すると?」

 

 思わずアレンも自分の任務を忘れて固まってしまった。

 エンディミオンでサイクロプスはザフトに損害を与えてはいるが、自軍にも多大な被害が出ている事を聞いていたからである。

 

<実際にこの基地にサイクロプスがあればですが、現在検証中です。ザフトは先程の通信を鼻から信じていないみたいですがね>

 

 アタランテはまだサイクロプスの有無に関して結論を出していなかったが、ザフト軍の方は鼻からあの通信を信じていないようであった。

 デュエルが先陣を切り、青い翼のMS(モビルスーツ)に立ち向かって行く。

 

「デュエル!」

 

 デュエルはシャルルや他のバクゥ隊員の仇のMS(モビルスーツ)である。

 両者が組み合う中、アレンはデュエルにへリックスのビームライフルを構える。

 が、行動を起こそうとした時には既に勝負は付いていた。

 

「あのデュエルを一瞬で無力化したのか」

 

 デュエルは脚を斬られ、乗っていたグゥルから蹴り出されている。

 そのまま海面に叩き付けられるかと思われたデュエルだか、それに気づいたディンに上半身を抱えられると戦線を離脱して行く。

 

 アレンはあまりの力量の差にただその場にたたずむしか無かった。

 

 ────

 

 アラスカ基地が自爆すると言う通信はヴェンデロートのブリッジも震撼させた。

 

「アタランテ、これは一体どう言うことなのです? あのパイロットが言っている事は本当なのですか!? このアラスカ基地が自爆すると言うのは?」

 

 ホバートの問いにアタランテが答える。

 

<私のデータにはこの基地にサイクロプスが仕掛けられているという情報は何一つありません>

「それではやはりあのMS(モビルスーツ)の言っている事は虚言であると?」

<そうとも言い切れません。先程の通信の声紋を照合した所、あのパイロットの声紋はストライクのパイロットであるキラ・ヤマト少尉の声紋と一致しました>

 

 ブリッジにいる誰もがこの解析の結果に驚いた。

 元ストライクのパイロットであれば、アークエンジェルを守る様な行動を取っているのも不思議では無い。

 

「あの機体に乗っているのはストライクのパイロットだと?」

<ええ、なぜザフトの機体に乗ってこの場に現れたのかは不明ですがね>

 

 ここで少し間をおくと、アタランテは自分の見解を述べ始めた。

 

<知っての通り、彼はコーディネーターです。我々に反旗を翻すのも充分に考えられますが……>

 

 アタランテが自身の考えを述べている最中、ホバートが反発した様に口を挟む。

 

「ザフトに寝返ったと? それではザフトのMS(モビルスーツ)に銃を向け、アークエンジェルを守っている行動が説明できないのでは」

 

 ホバートの反論にアタランテは毅然としてこう答える。

 

<私はストライクのパイロットがザフト軍に寝返ったという推測はしていません。たしかに今の彼の行動には矛盾が見られるかも知れませんが、彼が今銃を向けているのはザフトに対してであり、我々にではありません。どれもコクピットを狙っていないのは気になりますがね>

 

 現に青い翼のMS(モビルスーツ)はその高威力のビーム砲と機動力でザフト軍を圧倒的していたが、どれもメインカメラや武器を狙ってであり、急所を外しているようであった。

 

<私は彼の言っている事は正しいと判断します>

 

 ブリッジがまた騒がしくなる。

 あのパイロットが言っている事は正しいと言うアタランテに対して皆驚いた様であった。

 

「しかし、始めにサイクロプスがこの基地にあるという話をアタランテ、貴方はしたではありませんか? それはどうなるのです?」

 

 副艦長はどうしても納得できないと言う態度を示す。

 

<たしかに私のデータにはこの基地にサイクロプスがあるというデータはありません。ですがアラスカ基地の地下にサイクロプスを設置するというのは充分に可能なのです>

 

 アラスカ基地の施設の大部分は地下にあり、その巨大な地下都市は『グランド・ホロー』と呼ばれている。

 この広大な地下都市にアラスカ基地を吹き飛ばす量のサイクロプスを設置する事は可能な話であった。

 

<現にザフトは戦力の大半をこの基地の攻略作戦に投入しています。今ここでサイクロプスを起動させればザフトの戦力の大半を奪う事が可能です>

「状況としてはたしかにそうですが、まさかこのアラスカを自爆させるとは」

 

 推論を並べるアタランテに対して、さすがにホバートも信じられないと言う様に首を振るが、アタランテは更に説明を続けた。

 

<そして、この基地を現在守っている主力は我々ユーラシア連邦です。ザフトの戦力を削ぎつつ、我々の戦力も減らす事、これによって利を得るのは大西洋連邦に他なりません。現に大西洋連邦の主力はこのアラスカではなくパナマにいます。大西洋連邦はアラスカを失いますが、基地機能の大半を既に移転済みなのであれば大して影響は無いでしょう>

 

 アタランテは大西洋連邦の主導で今回の作戦が行われていたという結論を出した。

 

「待って下さい。アークエンジェルは大西洋連邦の所属で最新鋭の艦なのです。充分に大西洋連邦の主戦力では……は、まさか……」

 

 副艦長は反論したが、途中でその意図に気づいたのか言葉を濁した。

 

<ええ、囮としてはこれ以上無い位の上玉なのですよ彼らは、彼らとストライクがザフト軍を幾度となく苦しめ、多大な戦果を上げてきた事は両軍が認める所です。だからこそ囮として相応しい>

 

 ブリッジにいる誰もが黙ってしまったが、アタランテは言葉を続けた。

 

<アークエンジェルを討つ事よりもこのアラスカ基地から脱出する事を考えた方が良さそうですね、アレン中尉を呼び戻して我々もこの場から撤退しましょう。ホバート艦長、撤退の指示を>

 

 アタランテからの指示を受けて、ホバートは我に帰った様にこう宣言した。

 

「わ、分かりました……各員、全速力でこのアラスカを離れるぞ! 基地が自爆すると言うのであればもはや防衛する意味もない 」

<アークエンジェルとは別方向から脱出します。あのMS(モビルスーツ)が我々まで守ってくれると言う保証はありませんから>

 

 ヴェンデロートはアークエンジェルから離れる様に進路を取る。

 今ではもう敵味方を問わず、この基地から脱出する事に精一杯の様であった。

 

「基地中枢部より大型の熱源反応です!」

 

 オペレーターがサイクロプスの起動を伝える。

 

「各員、衝撃に備えろ!」

 

 そう言いながらホバートも艦長席にしがみついた。

 爆発が艦の後ろから押し寄せてくる。

 

 ガガガ!! 

 

 缶の中に入れられた状態でバットに思い切り叩かれた様な衝撃が艦全体に走る。

 

 揺れが収まるとアタランテが言った。

 

<衝撃は収まったようですね、念のため艦のシステムチェックを開始します>

 

 ホバートは頭に被っている艦長帽を押さえながら副艦長に言う。

 

「副艦長、合わせて人員と器材の異常の有無を各担当者に合わせて報告するように伝達してくれ」

「了解しました。直ぐに報告させます」

 

 命令を伝達するとホバートは物が散乱したブリッジを見ながらこう呟いた。

 

「ユーラシア連邦の残存部隊は……」

<我々は運が良かったと言えるでしょう>

 

 アタランテのその一言でホバートは全てを察した。

 

「ホバート艦長、ここは一度我らの基地に戻るべきかと……」

 

 副艦長が落胆するホバートに声をかける。

 

「そうだな、シルバニア基地に戻るしか無いだろう」

<その決定に私も賛成します。ユーロ会議にも今回の戦闘の経過を伝達しておきましょう>

 

アタランテの理解も得ることが出来た。

 こうしてヴェンデロートはアラスカを脱出すると、マザーベースであるシルバニア基地への帰路に着いた。



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PHASE-30 転戦

 キャミッサーはジブラルタル基地から宇宙要塞ボアズへと向かうシャトルの中にいる。

 窓の外では少しずつ小さくなる地球と、暗闇に無数の星々が輝く様子が広がっていた。

 

「宇宙か、久々だな」

 

 その宇宙空間を見ながらキャミッサーは一人考える。

 

「やはり敵本拠点を叩くというのは無謀だったのか」

 

 ザフトによるアラスカ攻略作戦は失敗に終わった。

 しかも地上戦力の大半を失ってしまっている。

 

 この地上戦力が乏しい時に宇宙軍への転属、

 ジブラルタル基地ではパナマ攻略戦の準備が進められている中、自分達だけ宇宙へと戻るのは少し後ろ髪を引かれる思いもあった。

 

「まあ、宇宙に戻りたい気持ちが無かった訳でも無いが」

 

 と言うのもアラスカ攻略戦の最中、エール・リベルタ内でもちょっとした事件があったからである。

 今までの部隊を離れ、新たな地での任務を任せられるというのは気持ちの整理を付けるという点でも正直ありがたい。

 

 そう考えて一人納得していると、隣に座っていたネベルが手持ちのタブレットを見つつ話しかけてきた。

 

「そういえば今度の小隊長はキャミッサー隊長の士官学校時代の教官の方とか、乗機はディンらしいですね」

 

 キャミッサーとネベルは今の遊撃隊を離れ、ボアズの守備隊に配属される運びとなっている。

 新しい部隊の情報が知っておきたいのだろうと思い、キャミッサーは自分の知っている事をそのまま答えた。

 

「ああ、それに『オペレーション・ウロボロス』では彼の部隊にいた事もある。オルレアン攻略作戦後はボアズの守備隊に配属されているとは知らなかったが」

 

 トシア・カラサワ

 オルレアン攻略作戦に参加していたディン部隊の隊長で、その作戦ではアネットが彼の部下についていた。

 彼はキャミッサーとロスの士官学校時代の教官でもある。

 

「それと隊長は止めてくれ、もう遊撃隊の隊長ではないからな」

「とは言いましてもね……」

 

 キャミッサーに指摘され、ネベルはばつの悪そうな顔を浮かべるとまた手元のタブレットに視線を戻す。

 しばらくして、機内に入港前のアナウンスが流れた。

 

「間もなく、当機はボアズ宇宙港に入港いたします。安全のためベルトの着用サインが消えるまでは席を離れないようにお願いします」

 

 キャミッサーとネベルはシャトルを降りるとカラサワの待つ小隊本部へと向かった。

 

 ──ー

 

「キャミッサー、以下2名入ります」

 

 二人は小隊本部に入った。

 キャミッサーは部屋の奥の椅子にカラサワが座っているのを見つける。

 

「よう、ルッツ。こうして直に会うのはいつ以来かな。まずは二人共そこに座ってくれ」

 

 カラサワは椅子から立ち上がり、キャミッサー達を自ら椅子に案内した。

 キャミッサーとネベルは会釈してその言葉に従う。

 二人が椅子に座り、ネベルの自己紹介も終わるとカラサワはこう切り出した。

 

「この間のオルレアン戦以来か、あの時は直接話も出来なかったが」

「はい、オルレアンでは自分の部下達がお世話になりました」

「あの嬢ちゃん達か、中々の操縦センスだったな」

 

 カラサワはくだけた様子で言った。

 その様子をみてキャミッサーは相変わらずだなとこちらも態度を和らげる。

 

「しかし、あのロスがあの気の強そうな嬢ちゃんと婚約とはねえ、もしかしてお前仲人役を頼まれてたんじゃないか?」

「え、仲人だったんですか?」

 

 カラサワの冗談にネベルが驚いた様に口を挟む。

 

「なんだ、君も彼女を狙ってた口か?」

「いや、そう言う訳では無いですよ……はい」

 

 ネベルは慌てて弁解する。

 

 その様子を見て仲人役はお前だとネベルを見ながらキャミッサーは冷ややかに思った。

 と言うのも、ネベルがアネットに積極的にアプローチをかけていた事が事の発端だからである。

 これに気を揉んだロスがアネットに思い切って告白をしたらOKを貰えたというのがキャミッサーがオペレーターから聞いた話であった。

 問題はその後が大変で、流石に婚約した二人を前線に出しておくという訳にもいかず、ロスは内地勤務、アネットはプラントの士官学校で教官を勤める事になった。

 

 このロスとアネットの婚約の話が無ければ今頃エール・リベルタはパナマ攻略作戦に参加していたはずである。

 

「だろうな、しかし婚約したら即プラントに戻れるとは知らなかったな」

「かなり優遇された様ですがね、両方ともプラントに戻れるというのは、まあ仕方ありませんよ」

 

 キャミッサーはなだめる様に言った。

 コーディネーターの第三世代の出生率は下がり続けている。

 この種としての死活問題に対して婚姻統制まで行っているが、それも中々成果を上げられていないと言うのが実情であった。

 

「しかしなあ、この大変な時にわざわざ婚約しなくてもと俺も思う所はあるがね」

「ですよね! 士気に関わりますよ」

 

 カラサワの意見にネベルも賛同する。

 

「こんな事なら俺が先に唾を付けて置くんだった」

 

 そう言ってカラサワは肩を落とし溜め息を吐く。

 

「は、はぁ……」

 

 ネベルは呆れた表情を浮かべるしか無かった。

 

「と、こんな話ばかりしていても仕方ないな」

 

 カラサワは机のパネルを操作するとある機体の資料を表示させた。

 

「お前達の機体の話をしよう。とりあえずこちらを見てくれ」

 

 机のパネルにMS(モビルスーツ)が映し出される。

 

「ジンですか」

 

 ネベルがパネルを見て呟く。

 ジェグス装備のジンを見たネベルにとって、そのジンはあまりにも簡素に見えた。

 

「ただのジンじゃないぞ、ジンハイマニューバだ。宇宙空間用に特化された高機動型で推力が通常よりも大幅に向上していてだな……」

 

 ジンハイマニューバ

 ジンに近代化改修を施した機体であり、各部にスラスターを増設している。

 

 カラサワは力説を続けるが、ここでキャミッサーはおや?と、ある疑問を投げ掛けた。

 

「申し訳ありません、私の機体は既に受領済みです。その資料は既に送っていたと思うのですが……」

「何? ちょっと待ってくれ」

 

 カラサワは自分の机に戻るとパネルを操作する。

 

「あったあった」

 

 どうやら、キャミッサーが送っていた資料が見つかったようであった。

 

「ほお、これが近々配備されるというゲイツか?」

 

 ゲイツ

 ジンの後継機として開発された機体であり、奪取したG兵器の技術も取り入れた高性能な量産機である。

 

「それのプロトタイプの様な物と言った方がよろしいでしょうか」

 

 キャミッサーはバルナバスから聞いていた事を答えた。

 アラウクネはゲイツの原案に当たるMS(モビルスーツ)、そのため2機には複合防盾やロケットアンカーなど似通った装備がある。

 カラサワはキャミッサーの意味有りな発言に少し興味を持った。

 

「言うねえ、ついにオーダーメイドの専用機体を用意して貰える位偉くなったようだな」

「専用機と言うわけでもありません。ですが、機体の調整はこちらの希望通りにやらせて頂いております」

 

 アラウクネはバルナバスから譲り受けたものであるため、現在キャミッサー自身が機体に慣れるための訓練と同時進行で設定変更を行っている。

 

 機体の話が終わるとカラサワは今後の予定について話を始めた。

 

「後は基地司令への申告、基地設備の案内、それに部屋の案内や荷物の移動もか、他にもあるがまず今夜は……」

 

 ここでカラサワは二人の方を交互に見る。

 

「歓迎会だな、実を言うと既に基地クラブに予約を入れてあるんだが、大丈夫だよな?」

「はい、よろしくお願いします」

 

 

 キャミッサー達には断れるはずもなく、二つ返事で返した。



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PHASE-31 月基地へ

 アラスカでの戦闘を終えた後、ヴェンデロートは再びマザーベースであるルーマニアのシルバニア基地へと戻ってきていた。

 

 格納庫を視察中のホバートが目の前のMSを見て呟く。

 

「オルレアンで見たMS、まさかストライクダガーが我が隊にも配備されるとは思っても居なかったな」

 

 アラスカでのサイクロプス使用によりザフト軍に多大な被害を与えるも、ユーラシア軍もまた甚大な犠牲を被った。

 が、この一連の出来事は公には『ZAFTが新型大型破壊兵器を使用した』という事で処理されている。

 

 この事からユーラシア連邦はアラスカでの顛末に不快感を示していた。

 大西洋連邦との溝が深まる中、それを取り繕うかのようにシルバニア基地は大西洋連邦からMSの供与を受けることとなったのである。

 

「それに試験運用機まで我々に送って頂けるとは」

 

 副艦長がホバートの横でストライクダガーの隣に置かれている赤いMSを見ながら言った。

 

 イージスダガー

 ストライクダガーがストライクの量産型MSとすれば、こちらはイージスの量産型MSである。

 

 頭部は他のストライクダガータイプと同じゴーグルフェイス、機体色こそ元の機体と同じ赤だがラミネート装甲であり、PS装甲は搭載されていない。

 しかし、変形機構は健在であり、四脚の砲撃形態へと移行する事が出来た。

 

<代わりに今までの戦闘データの提供を求められましたがね>

 

 格納庫に設置されたインターフォンからアタランテが言った。

 副艦長はアタランテに尋ねる。

 

「イージスダガーのパイロットには誰を乗せるおつもりなのですか?」

<それはもう決めてあります。オリアスク少尉です>

「彼女を? 大丈夫なのですか?」

 

 副艦長はアタランテに再考を施すように求めた。

 

<彼女の容態は安定していますので特に問題は無いかと、それにあれは操作系統が複雑なのでコーディネーターでもなければ扱えないのですよ>

 

 アタランテの説明にホバートと副艦長は顔を見合わせる。

 そう言われても強化人間のコーディネーターなど早々と信用できる相手では無い。

 しかし、アタランテはパイロットの話はこれで終わりと言う様に話を変えた。

 

<それよりもビクトリア宇宙港を奪還しだい、我々は宇宙に上がります>

 

 ビクトリア宇宙港

 アフリカにあるマスドライバー施設を有する基地である。

 パナマを失った地球連合には宇宙へ出るためのマスドライバー施設がある基地はもう残されていなかった。

 そのためマスドライバー施設がある基地を接収する事が優先目標となっている。

 初めは中立国のオーヴ連合首長国のマスドライバーを接収しようとしたのだが、これを爆破されてしまった。

 

 そのための代替え案としてビクトリア宇宙港の奪還作戦が現在実行に移されていたのである。

 

 アタランテの思考は既に次の戦場である宇宙へと移っていた。

 

────

 

 格納庫ではへリックスからパラサイトストライカーを取り外す改修作業が行われている。

 

<パラサイトストライカーは月で改修作業を受けます。宇宙戦用に改造する必要があるというのが第一目的ですが、これまでの戦闘データを反映させるための意味合いもあります。これで更なる進化を遂げるでしょう>

 

 アレンは作業の進行具合を見つつアタランテの説明に耳を傾けていた。

 

<代わりのストライカーパックがこのガンバレルストライカーになります>

 

 へリックスの隣には赤いMAらしき物体が置かれていた。

 

「これはストライカーパックというよりも資料で見たメビウス・ゼロに似ていますね」

 

 メビウス・ゼロは地球連合軍が開発した宇宙戦用MAである。

 アークエンジェルでも地球に降下するまで運用していたという事をアレンは知っていた。

 その機動性とオールレンジ攻撃が可能な武装『ガンバレルシステム』で多数のザフト軍MSを退けたとされている。

 

<それはそうでしょう。メビウス・ゼロのガンバレルシステムを元に作られたのですから>

 

 ガンバレルストライカー

 メビウス・ゼロと同じ有線式ガンバレルを4基搭載したストライカーパックである。

 ストライカーの機種部にはガトリング機関砲が1門。

 また、このストライカーパック自体がMAに変形し独立して戦闘を行うことも可能であった。

 

 新たなストライカーパックを見たアレンがアタランテに尋ねる。

 

「これは元々ストライクダガー用の装備だったのでは?」

<ストライクダガーにはストライカーパック用プラグが無いため装備出来ないのです。そもそもガンバレルシステム自体が適正が無いと扱えない代物ですがね>

 

 様々な戦局に対応するために考えられたストライカーパックシステムだが、結局生産性を高めるためにPS装甲共々オミットされてしまったのであった。

 

<宇宙戦用の装備でもあるため、今までとは勝手が違います。それにパラサイトストライカーが取り外された事で、へリックスの操縦は全てあなた任せになるのでその心づもりもお願いします>

 

 パラサイトストライカーが無ければアタランテと通信を行う事は出来ない。

 つまり、これからはアタランテの支援無しで戦わなければならないと言うことであった。

 しかし、今のアレンには不安よりも早く新装備に慣れなくてはというはやる気持ちの方が大きい。

 

「早く宇宙での戦闘が待ち遠しいですね」

<前向きになったのは何よりです。ガンバレルシステムの適正も問題ありませんでしたし、私から心配することもありませんね。貴方ならこの間の新型よりも有線兵器を使いこなせるはずです>

 

 アタランテがアレンの決意に満足そうに言う。

 

「どんな敵が相手でも倒してみせますよ」

 

 アレンは最後にそう言うと、もう一度新しいストライカーパックに目を向けるのだった。

 

────

 

 ビクトリア宇宙港の奪還に成功した翌日、再度シルバニア基地のMS部隊に出撃命令が下った。

 

 まだ地球のザフト軍基地は残っているが、宇宙軍の再編のためという名目で月基地プトレマイオスへの転属命令が出たのである。

 

 奪還したビクトリア基地のマスドライバーからついに宇宙へと上がった。

 

「ここが月基地か」

 

 アレンはシャトルの窓から眼下に広がる荒涼とした景色とその中にある巨大な人工建築物を見て呟いた。

 月基地プトレマイオス 地球連合軍の月面基地の1つである。

 

 その後着任の挨拶が終わると、一行はさっそく新たな母艦へと案内された。

 

「これが『ニカノル』か、かなり大きいな」

 

 その巨体を見てホバートが呟く。

 前の母艦であるヴェンデロートは全長195mあったが、このネルソン級ニカノルは全長が250mと艦のサイズが一回り大きくなっている。

 

「では副艦長、器材の積み込みとアタランテシステムのデータ移行の作業統括を頼む」

「了解しました。早速作業に取り掛からせます」

 

 こうして新たな戦艦への移行作業が開始されたのだった。

 

 ────

 

 シルバニア基地の一行が月基地に来てから4日程経った頃、新造艦ニカノルに緊急アラートが入った。

 

「パトロール艦が敵艦と遭遇して交戦中だと? それで我々に出撃命令とは」

 

 ホバートがアラートの内容を復唱する。

 

「我々の出港準備はもう既に出来ています。もう1隻の準備が整いしだい直ちに救援に向かいましょう」

 

 副艦長がこの艦はいつでも出られる事を伝える。

 パトロール艦への援軍にはこのニカノルとドレイク級がもう1隻出る事になっていた。

 

「出撃できるMSは?」

「ストライクダガー4機、イージスダガー、そしてヘリックスですね」

 

 ホバートはその報告をパネルを見ながら聞くと苦い顔をしてこう答えた。

 

「敵の数が多い、たしかにそれ相応数のMSが必要だと言うのは分かる。だが、イージスダガーを前線に出すのはな」

 

 ホバートは問題のあるオリアスク少尉を出撃させるのを渋った。

 

「艦長、迷っている時ではありません。イージスダガーはこの艦と有線接続を行っており、アタランテがいつでもMSのコントロールを掌握できる様になっているそうです」

 

 副艦長はホバートの懸念を払拭する様に言う。

 

 戦闘空域に近付くと損傷した味方艦が敵艦2隻に追われている所であった。

 その周囲で両軍のMSが戦闘を行っている。

 

「あの艦を落とさせる訳にはいかん。まずストライクダガー隊、イージスダガー、へリックスを出撃させろ! 念のためアレン中尉にはオリアスク少尉の監視もさせるんだ」

 

 ────

 

 ホバート艦長の命令をアレンはへリックスのコックピットで聞いた。

 

「ついに宇宙での実戦か、それにあのパイロットの監視も」

 

 戦闘に関してはまだ不安な所もあった。

 シミュレーターで訓練し、実際に宇宙空間で機体を動かした事はあってもその状態で戦えるかというのは別問題である。

 その状態で更にあのパイロットの監視も命じられている。

 

 …………

 

 いつもはアレンがコクピットで何かを言うたびにアタランテが一言喋っていたのだが、システムを取り外してしまったため、その声は聞こえて来ない。

 少しだが、不安な気持ちになる。

 

「アタランテが無くてもやってみせるさ」

 

 アレンはそれを振り切る様に首を降ると目の前の状況に集中する。

 丁度、格納庫ではストライクダガーが出撃するためにカタパルトに乗る所であった。

 

「リナルド・ハーティ、ストライクダガー、出撃する!」

 

 アラスカで戦死したシャルルに代わってリナルドが元バクゥ隊の指揮を取っている。

 続けて3機のストライクダガーが宙域に飛び出して行く。

 

 その次は赤い機体、イージスダガーである。

 そのコクピットにいるパイロットからへリックスの方へ通信が入った。

 

「それではお先に、監視者さん」

「アレン・クエイサーだ、変なあだ名で呼ばないでくれ」

 

 オリアスクからの通信にアレンは少しムッとしながら答えた。

 既に自分がお目付け役となっている事は本人も知っているようである。

 

「これは失礼しました。アレン中尉……フフッ」

 

 オリアスクは少しおどけながらアレンに謝ると、発進シークエンスに入った。

 

「では、オリアスク、イージスダガー、発進します」

 

 アレンはその後ろ姿を見送ると、自分も出撃するためへリックスをカタパルトに乗せ機体を出撃させた。

 

 



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PHASE-32 駆け引き

「まずはザフトのMSの注意を引き付けるぞ」

 

 そう言うとリナルドはストライクダガーのビームライフルをパトロール艦に取りついているジンに向けて乱射した。

 他のストライクダガーもそれに続き、敵に突貫して行く。

 

 襲撃を受けたパトロール艦は黒煙を吹いてはいるものの、辛うじて航行は出来る様であった。

 艦の周囲にはMSの残骸が漂っている。

 

 前線で戦うストライクダガー隊に少し遅れて、アレンのへリックスも戦線へと到着した。

 

「上も下も無い世界での戦闘か」

 

 雰囲気は水中戦に近い。

 辺りを漆黒の闇が多い、どこから攻撃が来るのか予想できないからである。

 

 アレンは僚機であるイージスダガーへと通信を入れる。

 

「オリアスク少尉、あまり前に出過ぎないでくれ」

「こんな小魚じゃ、お腹も膨れない、やっぱり」

 

 オリアスクは既にジンを1機、ビームサーベルで仕留めた所であったが不満そうに返事した。

 そして他のジンには目もくれず、後方のローレシア級の方に突撃していく。

 

「!? 、オリアスク少尉、指示に従え!」

 

 アレンは叫ぶがイージスダガーの勢いは止まらない。

 

「やっぱり……こんな軽食じゃなくて」

 

 敵の弾幕を物ともせず、ローレシア級の懐に飛び込むと4脚のMA形態に変形しスキュラを放つ。

 スキュラからの熱線が敵のローレシア級のブリッジに直撃し、赤い閃光が走る。

 

「アハハ、やっぱりメインにはこれくらいの大きさと量が無いとねえ」

 

 そう満足げに言うと、もう1隻の方へと狙いを定め、イージスダガーの向きを向けた。

 

 危険な行動ではあったが、イージスダガーの一撃は戦況を大きく変えた。

 母艦を撃墜された事に気づいたのか、もう1隻を守るためにザフト軍のMS隊が後退を始めたのである。

 

 ホバートはその状況を踏まえてMS隊に撤退の指示を出した。

 今回の作戦の目的はパトロール艦の救出であり、敵の殲滅が目的では無いからである。

 

「敵は諦めたようだ、皆よくやってくれた。ストライクダガー隊はそのままパトロール艦の護衛、へリックスとイージスダガーは我が艦にまで戻るように、月基地まで撤退するぞ」

 

 が、1機だけ指示を聞かずに撤退する敵艦を追うMSがいた。

 オリアスク少尉のイージスダガーである。

 

「出された料理は全部食べないと失礼じゃないかしら?」

 

 そうオリアスクは言うとスロットルを吹かすが、機体が動かない。

 突然MSがコントロールを受け付けなくなっていた。

 

「!? 、バッテリー切れにはまだ早いはず」

 

 何事かと操作パネルを見るが、画面に表示された『命令に従え』という表示を見て目を丸くした。

 

「まさか虫がいたとはね……でも」

 

 オリアスクが更に操作を続けると、パネルの表示が消えてコントロールが戻った。

 

「案外簡単ね」

 

 不自然に思える程簡単に操作権を戻す事ができた。

 これにはオリアスクでも少し疑問に思ったが、援軍の艦と合流しようとするジンを見つけるとすぐにそんな事は忘れてしまう。

 

「残さないって言ったでしょ」

 

 そう言うと追い付き様に黄色のビームサーベルで切りつける。

 ジンの機体が上下に分断され、2つの火球へと変わった。

 

────

 

 奮戦するオリアスクだが、戦艦ニカノルのブリッジではその身勝手な行動がちょっとした物議になっていた。

 副艦長がオペレーターからの懸念を口にする。

 

「艦長、新たなザフトの艦が1隻この宙域に接近しています。このままではイージスダガーは挟み撃ちにされますよ」

 

 副艦長に指摘されてコンソールを覗き込んだホバートは顔をしかめた。

 たしかに新たな敵艦が1隻、接近してきていた。

 

「敵の援軍と言う訳か、わざわざ相手をしてやる通りは無いが……」

 

 現在、イージスダガーは1機だけ突出した位置にいる。

 一緒に随行していた味方艦は既に損傷を受けてるパトロール艦を伴って撤退を始めていた。

 そのため、このままではこの艦の戦力だけで2隻を相手にすることになってしまうのである。

 

「あれを制御するなどやはり無駄ではないか、ともかくアレン中尉に回線を繋げ!」

 

 ホバートは悪態をつくと、アレンへと通信を繋がせた。

 

────

 

「アレン中尉、何をやっている! はやく少尉を連れ戻せ、新たな敵艦が迫ってきているのだぞ!」

 

 へリックスのスピーカーからホバートの激昂する声が聞こえる。

 

「分かっています。既にやっていますよ」

 

 アレンはホバートから指摘されるまでもなく、既にイージスダガーを追ってその付近まで接近していた。

 ホバートとの通信からまもなく、敵艦の横でイージスダガーが孤軍奮闘している姿が見えた。

 次々と敵機を撃墜しているあの様子では、援軍など必要なさそうである。

 

「よくやっているが、あの戦い方ではバッテリー切れを起こすぞ」

 

 イージスダガーもバッテリー機であるため、エネルギーは無限ではない。

 またこの艦を落としても、すぐに新しい敵艦が来る。

 その優勢がいつまでも続くわけではなかった。

 

 早く連れ戻さなければと思ったが、敵艦から出撃してくるMSの1機を見てアレンは目を見張った。

 

「あのMSは……?」

 

 アラスカで見た新型MS。

 黒紫色のフォルムは健在で、バックパックにある蜘蛛の足のような4本腕も全て健在である。

 

「あの機体も宇宙に上がっていたのか、ならば」

 

 アレンはガンバレルストライカーから有線式ガンバレルを展開し、そのMSを狙う。

 四方からの攻撃、相手もこの前の様に腕を飛ばして応戦するだろうとアレンは予測した。

 

 が、その意に反するかのようにそのMSは右腕から網目状の物体を飛ばし、有線式ガンバレルの1つを包み込んだ。

 そして自ら弾幕の中に飛び込むと左腕からビームサーベルを展開し、ガンバレルの1つを切り裂く。

 

「戦法を変えたのか?」

 

 アレンはうなる。

 こちらは2機のガンバレルを落とされてしまった。

 レールガンも当たっているはずなのだが、向こうはPS装甲を纏っているためか1つも落とすことが出来ていない。

 

「やはりレールガンでは駄目か、かといってミラージュコロイドの使用時を狙うにしてもアタランテのサポートが無いと位置を測定できないな」

 

 思うような手段が無い中、焦燥感だけが募っていく。

 

────

 

 アレンが戸惑うのも無理は無かった。

 紫色のMS、アラウクネには前回の時とは違いキャミッサーが乗っていたからである。

 

「あのMS、まさか宇宙まで上がってきていたのか」

 

 思わぬ出会いにキャミッサーは驚いた。

 しかし、相手のMSのストライカーパックはいつもの『十字架』ではない。

 

「宇宙用の新装備か? だが、こちらがやる事に変わりはない今度こそ撃破させて貰う!」

 

 キャミッサーはその汎用性の高さに驚きつつも、距離を詰めるのだった。

 

────

 

 敵機が距離を詰めてくる。

 接近戦を仕掛けようとしているのは明白であった。

 

「この中遠距離用の装備では接近戦は不利か?」

 

 アレンが迷っていると、赤い機体が2機の間に割って入ってきた。

 オリアスクの乗るイージスダガーである。

 

「アレン中尉、横から獲物のつまみ食いはよく無いですよ?」

「オリアスク少尉、既に撤退命令が出ている。直ぐに艦に退け!」

 

 アレンは忠告するが、オリアスクからの返答は無い。

 代わりに四足のMA形態に変形し、スキュラを黒紫色のMSに向けて連射する。

 その熱線の内の一つが直撃し、直撃し爆発が起こった。

 

 が、黒紫色のMSは未だに健在であった。

 直撃したと思われた一瞬にビームクローで熱線を切り払ったのである。

 

「面白い芸当をするじゃないの」

 

 オリアスクはなおもスキュラを放つ。

 が、徐々に熱線の威力弱まり、動きが止まった。

 ついに機体がバッテリー切れを起こしたのである。

 

────

 

「イージスダガー、停止しました!」

 

 ニカノルのオペレーターが叫ぶ。

 既に周囲の味方は撤退した後である。

 

「やむを得ん、当初の目的は果たした。撤退する」

 

 ホバートは撤退の指示を出した。

 それと同時にニカノルから信号弾があがる。

 

「撤退命令……だが、少尉をあのままにしておく訳には」

 

 既にイージスダガーは機能を停止し、へリックスもガンバレルストライカーに損傷を受け万全の状態ではない。

 アレンは敵機をビームライフルで牽制しつつ、イージスダガーに近づく。

 

「もうあと少し」

 

 突然、ガクッとした衝撃が機体にのし掛かった。

 バックパックが狙撃され、爆発したのである。

 

「く……」

 

 しかし、爆発の衝撃でイージスダガーの方へと吹き飛ばされたため、図らずしも合流を果たす事が出来た。

 その時、接触回線でへリックスに通信が入る。

 

<アレン、撤退命令が出ています。帰還して下さい>

 

 それはイージスダガーに仕込まれてたアタランテからの物であった。

 アレンは驚く。

 

「アタランテ!? ですが、この機体と少尉を置いていく訳には」

<このままでは2機共撃墜されますよ。少尉の事なら心配ありません>

「……了解しました」

 

 アタランテに何か考えがあるものと思い、アレンはへリックスをイージスダガーから離すとその場を離脱する。

 ザフト側に追ってくる気配は無い。

 

「まったく……歯が立たないとは……」

 

 パラサイトストライカーが、アタランテが無いとこうも違うのかと思わざるを得ない。

 アレンは次の戦闘までに、ガンバレルストライカーの練度を上げるなりの対策をしなければとニカノルへの帰路で思うのだった。

 

────

 

「こちらとしても深追いは出来ないか」

 

 キャミッサーに決着を付ける気持ちが無かった訳ではない。

 しかし、このまま攻めても月基地に逃げ込まれてしまうだけであり、そうなった場合にこちらの今の戦力だけで月基地を落とすことは厳しかった。

 アラウクネは稼働時間も考えると深追いは得策とは言えない。

 

 思案していると、ゲイツに乗っているネベルが接触回線で話しかけてきた

 

「キャミッサー副隊長も見ましたあれ? この前のと同じガンダムタイプですよ」

「ああ、装備は違ったが」

「この分じゃバクゥもいるんじゃ無いんですかね。知ってました? 犬が人間よりも先に宇宙に行ったんですから」

 

 ネベルが相変わらずの軽口を叩く。

 キャミッサーはビームクローの光を消し、戦闘態勢を解くと呟いた。

 

「しかし、まさかこの宇宙で早々と出会う事になるとは思わなかったな」

「それだけ戦場も狭くなってきたと言うことじゃないですかね、それにもうヨーロッパでは大規模な戦闘は無いみたいですし」

 

 あれ程ザフトが攻勢を続けていたヨーロッパも既にジブラルタル基地を放棄し、ザフトの影響力は低下している。

 まだ地上では大洋州連合方面のオーストラリア等で戦闘が続いているが、ビクトリア宇宙港が再び取り返されてしまった今、奴等が宇宙に来ているのも何ら不思議な事ではない。

 

「それで、このイージスもどきはどうしましょう?」

 

 ネベルはイージスダガーをMSを見ながら言った。

 機体は完全に沈黙しており、今さら動き出す気配も無い。

 

「もしかしたら何か情報を聞き出せるかも知れん、艦まで連れていく」

 

 そう言うと、キャミッサーは自らがイージスダガーを艦まで曳航して行った。




11/4 イージスダガーにPS装甲が搭載されてるかのような描写があったので修正


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PHASE-33 ボアズ攻防戦

「この間の捕虜とMSはここじゃ手の施し様が無いんで一度ヤキンに送って、それでも駄目ならプラントに送るそうですね」

 

 ネベルがどこからか聞いた情報をキャミッサーに話す。

 二人は宇宙要塞ボアズの待機室にいた。

 

 先日の戦闘で拿捕したイージスダガーとそのパイロット。

 機体の方は変形機構こそ違うも、PS装甲が無い。

所詮はイージスの量産型と言った所で、なんら目ぼしい所は無かった。

 問題はパイロットである。

 

「まさか、Nジャマー回収作戦の時の赤いMSと同じパイロットとは驚きましたよ」

 

 詳細は分からないが、Nジャマー回収作戦時に録られた戦闘データと声紋を照合した所、鎌を持った赤いMSのパイロットと同一人物である事が分かった様であった。

 

「たしかに、あのMSには手こずったな」

 

 その時の戦闘の事を思い出しながらキャミッサーも頷く。

 そして、あの戦闘がなければこいつとも縁が無かったのにとも思った。

 

「そのパイロットが同じコーディネーターで人体強化をされてるときちゃあ……そりゃここじゃ手に余りますよ」

 

 ネベルが顔をしかめながら言った。

 

「マイクロ・インプラントに薬物投与か、ナチュラルめ、ここまでやるのか」

 

 キャミッサーも人体強化の話は聞いていたので、これには思わず憎悪が沸いた。

 遺伝子さえいじらなければ何をしても許されると言う当事者達の声が聞こえてきそうだ。

 

「だが、コーディネーターなら我々の仲間と言うことだな」

「え、それ本当に言ってるんですか?」

 

 キャミッサーとしては普通に思ったことを言ったまでだったのだが、この発言はネベルをかなり驚かせたようである。

 

「Nジャマー回収作戦の時には確かに敵同士だった。だが、それも無理やり従わされていたのなら仕方あるまい」

 

 キャミッサーはネベルが以前の戦闘の遺恨の事を引き摺っているのかと思い、その話を持ち出した。

 

「それもたしかにありますけど……同じコーディネーターだからと言って味方と思うのはどうかと思いますよ。自ら進んでナチュラルに味方するコーディネーターもいますよね」

 

 ジリリリリ!! 

 

 キャミッサーは反論しようと思った時、二人の会話を遮るかの様にけたたましく警報が鳴った。

 ネベルが両耳を押さえながら席をたつ。

 

「うわ、またどこかの艦が月に近付きすぎたんじゃないですかね?」

「いや、このボアズで警報が鳴るとは、まさか……」

 

 キャミッサーも席から立ち上がる。

 二人はスクランブルのため格納庫へと急ぐのだった。

 

────

 

 C.E.71年9月23日

 プラント本国攻撃を目的とした最終作戦であるエルビス作戦の発動。

 それに伴い、ザフト軍の要塞ボアズへの攻略作戦が行われた。

 これに地球連合軍はアガメムノン級宇宙戦艦ワシントンを旗艦とし、第6、第7機動艦隊を投入、全面攻勢の構えで臨む。

 

 その大艦隊の最左翼の中にニカノルはいた。

 ニカノルは全長250mあるネルソン級戦艦だが、300mのアガメムノン級の前では実際の大きさよりも小さく見える。

 そのニカノルのブリッジでホバートが号令を下していた。

 

「いいか、我々でボアズへの突破口を開くぞ!」

 

 と、艦長席から威勢よく檄を飛ばす。

 しかし、すぐにも最前線に出ようとするホバートに対して副艦長は思いとどまるよう諌めた。

 

「このネルソン級でもザフト軍のMSの攻撃を受ければひとたまりもありません。ハルバートン提督の悲劇をお忘れですか、それに作戦の主旨とも違いますぞ」

 

 ホバートは副艦長の提言にしぶしぶと頷く。

 

「分かっている。MS隊を発進させろ!」

 

 その号令を合図にネルソン級のカタパルトから、アレンのヘリックスとリナルド達のストライクダガー隊がそれぞれ出撃して行った。

 

────

 

 ニカノルを出撃してから直ぐにへリックスの警告アラートが鳴る。

 

「ボアズの守備隊か」

 

 前方から緑色のMSが接近、アレンはアラートの鳴った方向にヘリックスのビームライフルを構える。

 

 ビュン! 

 

 向こうの方から先にビームを撃ってきた。

 緑色のビームがヘリックスの左肘を掠める。

 こちらも反撃し、出方を伺っていると徐々に敵機の姿が明らかになってきた。

 

「ジンでもシグーでもない、新型の量産機か」

 

 アレンはそう考察すると、接近戦に備えるためへリックスのビームトーチを構えた。

 2機の距離が縮まり近接戦闘となる。

 相手は盾からビームの刃を二本伸ばすと、それを使って斬りかかってきた。

 アレンはビームトーチで受けるが、出力負けしていたのか押しきられてしまう。

 

「こちらの方が負けている? く……」

 

 敵機を右足で蹴り出して距離を離し、続けざまにビームライフルを撃つ。

 直ぐに敵機の姿が火球へと変わる。

 

「もう、こちらの方が旧式と言う訳か」

 

 なんとか退けたが、すぐに次の敵機が迫ってきていた。

 光も自陣側の方が多くなった様である。

 

「押されているな」

 

 戦況はこちらから攻め始めたはずなのに逆に押しかえされていた。

 そうアレンが思っていると、後方から新たな味方機が接近してくるのをレーダーで確認する。

 

「あの機体はたしか……」

 

 カラミティ、レイダー、フォビドゥン

 色こそ違うが、アイルランドで見たガンダムタイプ3機の同型機がそこにいた。

 3機がその圧倒的な火力と機動力でボアズの守備隊を押し返していく。

 

「凄い」

 

 アレンが感嘆していると、聞いた事のある声が話しかけてきた。

 

「その機体は、もしやアレン中尉ですか?」

「その声はヴァプラ少尉か?」

 

 見た事のある青いレイダーがこちらに近づいてくる。

 

「お久しぶりですアレン中尉、まもなくピースメイカー隊が攻撃を開始します。ここにいたら危ないですよ。それでは」

 

 それだけ言うと青いレイダーは離れてく。

 その時、ニカノルから通信が入った。

 

「アレン中尉、ピースメイカー隊が作戦宙域に到達した模様です。ただちにボアズから離れてください」

 

 オペレーターも先ほどのヴァプラと同じ事を言う。

 

「了解しました。帰投します」

 

 アレンはへリックスをニカノルの方へと後退させる。

 ストライクダガー隊もその後に続いた。

 

「あれがピースメーカー隊だな」

 

 地球連合軍のMAメビウス、そのどれもがミサイルを抱えていた。

 そのミサイルが次々と発射されると、ボアズが光に包まれていく。

 

────

 

「ボアズが……落ちた?」

 

 キャミッサーには目の前の光景が信じられなかった。

 さっきまで自分達がいた宇宙要塞ボアズはそこには既に無く、無数の残骸が漂うだけとなっていた。

 そこに隊長であるカラサワからの通信が入る。

 

「キャミッサー、撤退命令だ、我々もヤキンまで一時撤退する」

 

 キャミッサーはカラサワに尋ねる。

 

「カラサワ隊長、ボアズが一瞬にして落ちるなど、これは……」

「ああ、核だろうな。だが、今は退くしかない」

 

 そう言ってカラサワは通信を切った。

 キャミッサーは頭を抱える。

 

「まさかナチュラルが核を使うなど、Nジャマーの回収は阻止したはずなのに」

 

 Nジャマーの影響下では全ての核分裂が抑制されているため核兵器は使用できない。

 だが、既に再び核を使用されてしまったのは事実である。

 地球連合軍がNジャマーに対して何らかの対抗策を用意したのは明らかであった。

 

「あれを再び使われたらヤキンも、そしてプラントも終わりだな」

 

 キャミッサーは後ろ髪を引かれる思いだったが、アラウクネを翻すと進路をプラント最後の守りであるヤキン・ドゥーエへと向けた。




11/4 イージスダガーにPS装甲が搭載されてるかのような描写があったので修正


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PHASE-34 ジェネシス

 ボアズを陥落させ勢いづく地球連合軍、そしてその牙はついにザフトの最終防衛ラインであるヤキン・ドゥーエへと向けられた。

 

「ストライクダガー隊が例の4本腕を含むMS部隊を確認致しました」

 

 オペレーターが淡々と状況を報告していく。例の4本腕とはアラウクネの事であった。

 ホバートは艦長席から立ち上がると作戦指示を伝達する。

 

「PS装甲持ちのあの機体か、各自に決して単独では仕掛ける事の無いよう徹底させろ!」

 

 そう言うとホバートは再び艦長席に腰を下ろした。

 副艦長が口を開く。

 

「艦長、こんな時に言うのも何なのですが」

 

 ホバートは副艦長の方を見る。

 

「どうした?」

「核、そしてその目標が非武装のコロニーであっても、それには抵抗はありません。ですが、また我々が核の囮に使われるというのは、また大西洋連邦にしてやられているのでは?」

 

 今回の作戦はヤキン・ドゥーエを落とすのが目的では無い。狙いはプラントであった。

 ホバートは副艦長の「我々は囮」という意見を否定するように言う。

 

「アラスカの時とは違うだろう。現にアレン中尉がピースメイカー隊の護衛に着いてるではないか」

 

 アレンは核ミサイルの護衛任務のため、ニカノルとは別行動を取っていた。

 

「だが、大西洋連邦主導で事が進んでいるのも現実ではあるな」

 

 アラスカで主戦力の大多数を失ったユーラシア連邦は独自のMS開発でも大西洋連邦に水を開けられてしまった。

 そして今回、Nジャマーキャンセラーを入手し核が再び使えるようになったのも大西洋連邦の功績である。

 今後も連合内での大西洋連邦の発言力がより一層増していくのは明らかであった。

 

「結局、大西洋連邦だけでも勝てたのかもしれんな」

「何を言われるのですか艦長、我々もここまで来ました。大西洋連邦だけではここまで来れなかったでしょう」

 

 ホバートは副艦長の言葉に頷くと、再び指揮に戻った。

 

────

 

「この戦いでシャルル小隊長の仇を取る。行くぞ!」

 

 リナルドは元バクゥ隊の面々を鼓舞するように言うと、自らもストライクダガーで先陣を切っていく。

 

 地球連合軍による最終作戦。

 無数にも思われる数の艦船、メビウス、ストライクダガーがヤキン・ドゥーエへと侵攻し、その勢いのままにザフトの艦船やジンなどのMSを飲み込んでいる。

 

 だが、応戦するザフト軍の方もやられるばかりではない。

 

 キャミッサーは3機のストライクダガーを同時に相手にしていた。

 ストライクダガーは各々がビームライフルでアラウクネを狙うが、その機動性に翻弄され1発も当てる事が出来ない。

 

「ナチュラルのMS、いくら数が多くても」

 

 2機をアラウクネのビームクローでそれぞれ打ち払う。

 だが、1機に後ろに回り込まれてしまった。

 ビームサーベルを構え斬りかかってくる。

 しかし、既にキャミッサーにはそのストライクダガーの事など考えていない。

 

「あの十字架のMSはここにはいないのか」

 

 そう言うとバックパックの腕からヒートネットを射出し、後方の1機を絡めとる。

 

 ストライクダガーは網で身動きが取れなくなった。

 キャミッサーはその機体を容赦なくヒートクローで切り捨てた。

 

「や、やめ……うわああ!」

 

 接触回線でストライクダガーに乗っていたパイロットの断末魔がコクピットに木霊する。

 

「機体の性能差が分からないとは」

 

 キャミッサーは吐き捨てるように言った。

 その様子を見たカラサワは感嘆する様に言う。

 

「流石だなキャミッサー、だがもう次が来たぞ」

 

 カラサワが指示した方向を見ると、既に新たな敵影が近付いていた。

 

「PS装甲のある私が先陣を切ります。援護をお願いします」

 

 キャミッサーはそう言うとカラサワのジンハイマニューバの横を抜け、敵機の群れに乗り込んでいく。

 

 地球連合軍の攻勢は続く、だが、対するザフト軍の守りも堅牢であり、一進一退の攻防が続いていた。

 その時、緊急事態を知らせる通信が入ってきた。

 

「あのミサイルを落とせ! プラントをやらせるな!」

 

 緊急通信の入ってきた方向を見ると、多数のメビウスの群れが見えた。

 どれもその腹に大型のミサイルを抱えている。

 キャミッサーは思わず叫んだ。

 

「ここで核だと!?」

 

 この事態に他のザフト兵も気付いたのか、慌ててミサイルを阻止しようと動き出す。

 

「各機、あのメビウスを優先して落とせ!」

 

 カラサワはそう言うと、自らも核ミサイルの阻止に向かう。

 キャミッサーも同じく阻止に動くが、ここからでは間に合いそうにない。

 

「奴らまさか最初からプラントを狙う算段だったのか」

 

 今はそれでも核ミサイルを止めるために奮戦するしかなかった。

 

────

 

 砂時計型の新世代コロニー、プラント。

 そのコロニー1基に約50万人も住んでいるため、大きさはもちろん巨大戦艦の比ではない。

 だが、ボアズを一瞬で崩壊させた核の威力であれば、ヤキン・ドゥーエも残り91基あるプラントもすぐに落とせるであろうことは明白であった。

 

 その核ミサイルの護衛に付いたアレンは眼下のピースメイカー隊を見て呟く。

 

「これでこの戦いも終わるのか」

 

 ザフト軍はヤキン・ドゥーエへの侵攻を阻止しようとするのに手一杯で、プラントの防衛は手薄になっていた。

 メビウスのパイロットの一人が叫ぶ。

 

「青き清浄なる世界のために!」

 

 ボアズ戦と同じくメビウスから核ミサイルが次々と発射していく。

 

 が、2機のMAの砲撃により核ミサイルが一瞬で打ち落とされてしまった。

 アレンは想定外の事態に疑問符を浮かべる。

 

「なんだ? 爆発するのが早すぎる」

 

 よくみるとそのMAの中にはMSが収まっていた。

 その内の青い翼のMSを見て、アレンは思わず目を見張る。

 

「あの機体はアラスカで見たMS、あれもストライカーパックなのか!?」

 

 核ミサイルが撃墜された後、続けてオープンチャンネルで凛とした女性の声が宇宙に響いた。

 

「地球軍は直ちに攻撃を中止して下さい」

 

 ラクス・クラインの呼びかけには地球連合側だけではなくザフト側でも動揺が拡がっていた。

 キャミッサーもこれには驚き、思わず機体を停止させてしまう。

 

「ラクス・クライン? そうか、プラントを守ってくれたのか」

「キャミッサー副隊長、何を見とれてるんですか! ラクス・クラインも今はザフトの敵なんですよ!」

 

 ネベルはキャミッサーにしっかりするように言うが、他のザフト軍も新しく現れた艦を攻撃するかどうかの意見が割れ、動揺が広がっている。

 

 だが動揺は意外にもすぐに収まった。

 ヤキン・ドゥーエからの緊急通信がザフト全軍に通達されたのである。

 

「え、全軍射線上より退避……ジェネシス? こんな作戦コードありましたっけ?」

「ともかく、ここは命令通りに退くしか無いだろう」

 

 キャミッサーとネベルは突然の命令に戸惑うも、その場から急いでMSを離脱させる。

 その直後、轟音とともに巨大な閃光が遠くを通り過ぎていった。

 

「何か分からないけど、すげぇ……」

 

 ネベルが思わず言うが、誰も答えられない。

 再び宇宙に静寂が戻ると、そこには地球連合軍の艦やMSの残骸が漂うばかりであった。

 

────

 

「く、一体何だと……」

 

 アレンは閃光が通り過ぎた時、近くにいた戦艦の爆発に巻き込まれていた。

 背に爆発を受けたため、本体のヘリックスはまだ戦えるがガンバレルストライカーはもう使えそうにない。

 

「ニカノルは?」

 

 アレンは母艦へと連絡を入れるが応答がない。

 

「リナルド、応答してくれ。母艦はどうなっている?」

 

 一緒に戦闘を行っていたストライクダガー隊の面々にも通信を送るがこれも返事は返ってこなかった。

 

「まさか……」

 

 ともかく今は補給を受けなければならない。

 幸いにも損壊の少ないドレイク級が見つかったので、アレンは通信を入れる。

 

「こちらユーラシア連邦所属アレン中尉だ、補給のため着艦許可願う」

 

 直ぐにドレイク級のオペレーターから返答が来た。

 

「こちらユーラシア連邦所属護衛艦ノックスです。アレン中尉、ノックスへの着艦を許可します。第3カタパルトの方へとお願いします」

 

 なんとか着艦し、中に入ると格納庫の中は負傷した兵士、破損したメビウス、ストライクダガーなどで込み合っていた。

 

「破損が少ないMSから優先的に補給させろ!」

 

 整備員の怒号が飛ぶ。

 

 はからずしも、ユーラシア連邦に所属する艦に拾われたのは幸運であった。

 

 ヘリックスの整備状況を見ながら補給が終わるのを待っていると、整備員の一人から声をかけられた。

 

「アレン中尉、至急ブリッジにまでお願いします」

「了解した。すぐに向かう」

 

 アレンはブリッジへと向かった。

 

「アレン中尉、入ります」

 

 ブリッジに入ると、このドレイク級の艦長がわざわざ出迎えてくれた。

 

「君がアレン中尉か、私がこのドレイク級の艦長を務めているハスターだ。君宛に通信を繋ぐように言われてね」

「私宛に?」

 

<アレン、あなたとヘリックスが無事で何よりです>

 

 思わぬ声にアレンは驚いた。

 

「アタランテ!? 今どこにいるのです」

 

<私なら、そちらの艦の隣にいます。窓の外を見てください>

 

 アレンがブリッジの窓を見ると、巨大なMAが艦の横に平行して泳いでいた。

 青色のフォルムに長い尾が1本、両側には大型パイルバンカーが1本づつ付いている。

 元々ですらヘリックスと同じ位の大きさがあったのだが、これはその4倍とも言える大きさになっていた。

 全長130mあるドレイク級が2つ並んでいると言っても過言ではない。

 

「これがパラサイトストライカーの最終進化系……」

<ええ、パラサイトストライカー・シングルです。ストライカー・パック単体での行動が可能となりました>

 

 ブリッジにいる誰もがこの巨大兵器に目を奪われていた。

 アレンはある事に気が付き、アタランテに質問をぶつける。

 

「しかし、パラサイトストライカー単体で活動できるのであればもうユニットをヘリックスに接続する必要は無いのでは?」

 

<単独での戦闘が可能になったというだけです。性能を最大に引き出すためにもヘリックスとの常時接続が必要なのですよ。そしてそれをコントロールするアレン、貴方の力もね>

 

 自分はまだアタランテに必要とされている。それが分かった事で、この状況でもアレンは思わず微笑してしまった。

 

「あの、ちょっとよろしいですかアタランテ?」

 

 ハスターが口を挟む。

 

「私は貴方がユーロ会議直属の特務を受けているという事しか知らないのだが」

<その認識だけで結構ですよ。貴方がそれ以上知る必要はありません>

 

 アタランテは一方的に話を終わらせると、遠隔操作でブリッジの扉を開く。

 

<アレン、ヘリックスを出してください>

「了解しました。ハスター艦長、それでは失礼します」

 

 アレンは一礼するとブリッジを出て行った。



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PHASE-35 パラダイムシフト

 アレンはドレイク級を出発した後、すぐにヘリックスをMA(モビルアーマー)パラサイトストライカー・シングルへとドッキングさせた。

 

「内側からだと、更にその大きさが実感できますね」

 

 ドッキングさせた後、アレンは思わず呟いた。

 

<そうでしょう。その大きさゆえに大型MAの搭載できる火力、バッテリー容量は既存のMSとは比べ物になりませんよ>

 

 更に4枚の複合盾をヘリックスの前面に覆いながらアタランテが言う。

 これで完全にヘリックスはMAに守られているかのような形になった。

 

<では出発しましょうか、ヤキン・ドゥーエへ>

 

 銀色の大型MA(モビルアーマー)がまるで甲殻類が海の底を泳ぐかのように、漆黒の宇宙を進む。

 戦況のさらなる変化はすぐに訪れた。

 

<高エネルギー反応を確認しました。ジェネシスの二射目が発射されたようです>

 

 アタランテが分析結果を伝える。

 光が月へと降り注がれていく。

 パラサイトストライカー・シングルはPS装甲に覆われているが、それでもガクッとした衝撃を受けた。

 

<あの砲撃で攻撃隊の第二陣も、その後方の月基地も壊滅しましたか>

 

 地球連合軍は最初の第一射で戦力の40%以上を失い、この第二射で補給を含む第二陣、更には月基地まで失ってしまった。

 もはや地球連合軍の戦闘続行は不可能である。

 それにも関わらず、アタランテは淡々としていた。

 

<まもなくピースメイカー隊も出ます。我々はこのままヤキン・ドゥーエへと向います>

「了解」

 

 アレンはアタランテの考えに従う。

 そしてこれからもそうであると、彼は疑っていなかった。

 

────

 

「あんな兵器が我々にあったとはな」

 

 キャミッサーは後方にある巨大兵器を見て呟く。

 

 ジェネシス

 核エネルギーを使用した巨大なガンマ線レーザー砲であり、今の今までミラージュコロイドで秘匿されていたザフト軍の最終兵器である。

 

「敵MS隊接近、守備隊は迎撃をお願いします」

 

 オペレーターが敵機の接近を告げる。

 

「まだ戦うと言うのか」

 

 キャミッサーはそう思いつつもアラウクネのブースターを吹かす。

 敵艦船からのビーム砲を合図に敵MS隊が攻め込んできた。

 

「もはや数の優位すら無くなったというのに」

 

 キャミッサーはビームの弾幕の中に自らアラウクネを飛び込ませる。

 何発かのビームが機体を掠め右肩には直撃を受けてしまったが、ビームクローがストライクダガー1機をえぐった。

 そのまま敵部隊の懐に入ったキャミッサーは蜘蛛の牙で敵を仕留めていく。

 

「ビーム兵器が台頭してきた今となっては、PS装甲もあまり信用できないな」

 

 右肩の反応が低下してしまったが大した影響はない。

 キャミッサーが次の標的を探していると、思わぬ人物から通信が入ってきた。

 

「ルッツ・キャミッサー、お久しぶりですね。プレゼントの調子はいかがですか?」

「バルナバス管理官? 、貴方もここにいらしたとは」

 

 キャミッサーは驚く。

 通信が入ってきた方向を見ると

 ゲイツと特殊装備のジンで構成されたMS部隊がこちらに向かってきていた。

 

「どうやら損傷を受けたようですね」

 

 バルナバスはアラウクネの右肩の傷を見ると言った。

 

「受領した機体に傷を付けてしまい、申し訳ありません」

「ハハ、謝る必要はありませんよ、戦場で傷はつきものですから」

 

 バルナバスは笑いながら言った。

 だが、こんな事を言いに来たのではないのだろうと思い、キャミッサーは疑問をぶつけた。

 

「まさかバルナバス管理官もこの宙域にいらしたとは思いませんでした」

「我々の完全勝利まで後少しです。何としてでも持ちこたえて下さい」

 

 バルナバスはキャミッサーの問いに答えをはぐらかす。

それでもキャミッサーはこの管理官がこれから何をするのか気になり質問を続ける。

 

「しかし、バルナバス管理官はどちらへ?」

「私は任務を遂行しなければなりませんので」

 

 そう言うと、バルナバスは一団を引き連れて去って行った。

 

────

 

 アラウクネから離れた後、部下の一人がバルナバスに尋ねた。

 

「良かったのですか? 彼も十分な戦力と言えると思いますが」

「相手はたった1機、この兵力で十分ですよ」

 

 全部で5機、その内の3機は自身を含むゲイツ、1機がジンアサルト、1機が索敵用のジン長距離強行偵察複座型である。

 部下は全員が自分の息のかかったFAITH所属のパイロットであり、忠誠心は高い。

 

 相手が相手であるだけにもっと入念な準備が必要だったのかもしれないとも思った。

 バルナバスはコクピットの中で一人、気持ちを吐露する。

 

「せめてゲル・フィニートが用意できていれば切り札に成り得たのですが、仕方ありませんね」

 

 受領できなかった新型MSの事を考えるが、悠長な事は言っていられなかった。

 バルナバスは部下に言う。

 

「それにこの情報はあまり拡散させないほうが良いですからね」

「ラウ・クルーゼがナチュラルだった事、そしてNJC(ニュートロンジャマーキャンセラー)をナチュラルに渡した事ですね」

 

 バルナバスは部下の問いに無言で頷く。

 どちらの事実も信じがたいことではあった。

 だが、クルーゼがNJCのデータをナチュラルの捕虜に渡し、それが地球連合軍に渡ったことは既にバルナバスの調べで分かっている。

 

 NJCはNジャマーを無効にする技術であり、地球軍がボアズで再び核を使用できたのもNJCを使ったからに他ならなかった。

 

「ただ、あの新型を受領される前に身柄を取り押さえておきたい所でしたね」

 

 プロヴィデンス、この機体がクルーゼの乗機となっている事は想定外であった。

 ジャスティス、フリーダムの兄弟機である。

 他2機と同じ様にNJCが搭載され核エンジンで稼働している。

 既存バッテリー機では既に機体の出力差だけで既に勝負が付いていると言ってもよい。

 

「ザラ議長の信頼を欺いた事、その報いを受けてもらいましょう」

 

 本来であれば自分がプロヴィデンスを受領する事も有り得た。いや、あったのである。

 その対抗心がバルナバスを突き動かしていた。

 ジェネシスの2射目が発射された今、もはや戦況はザフトの勝利である。

 勝利者であるコーディネーターにナチュラルの間者はいらない。

 

「後方より敵影1! 距離400! 更に接近してきます!」

 

 索敵していたジンのパイロットが叫んだ。

 バルナバスは驚く。

 

「プロヴィデンスか? まさか後ろから来るとは」

「いえ、MSにしては大きすぎます。これは……艦船?」

 

 肉眼でも見える様になってきた。

 その機体を見てバルナバスを含むここにいる誰もが言葉を絶句する。

 

「なんですあれは……」

 

 それは艦船の異様な姿をしたMA、パラサイトストライカー・シングルであった。

 

<ザフトのMS部隊ですね。我々の障害を排除致しましょう>

「了解」

 

 アタランテがアレンに指示を出す。

 

 対するバルナバスは虚をつかれはしたが、すぐに指示を出した。

 

「各機散回! 敵機が回頭した所を狙う!」

 

 が、MAの動きが予想以上に速かった。

 まず動きの遅いジン長距離強行偵察複座型が犠牲になる。

 

「高速で近づいて槍で一突きとは、旧時代の戦い方ですか」

 

 バルナバスは舌打ちするが、脅威には変わりない。

 MAは獲物を加えたまま、向きを変えるため回頭に入った。

 それに向かってゲイツはビームライフルをジンは重機関砲をそれぞれ撃つ。

 

 爆発

 

 だが白煙の中からMAは姿を表した。

 その牙でバルナバスのゲイツを捉える。

 

「まさか、こんな志半ばで私が」

 

 ゲイツが槍の先で爆散した。

 敵わないと考えたのか、残ったザフト機は散り散りに逃げ始める。

 

「アタランテ、追いますか?」

 

 リーダーを失い、撤退する3機を見てアレンは言った。

 

<その必要は無いでしょう。それよりも我々の計画を急がねばなりません>

 

 アタランテがコクピットのパネルに映像を映し出す。

 核ミサイルを阻止され、デュエルがこちらに向かってくる所で映像は終わった。

 

<これはドゥーリットルより撮影された最後のピースメイカー隊が全滅した様子です。こんな所で遊んでいる暇ではありませんでしたね>

 

 ドゥーリットルはジェネシスの第一射で撃沈されたワシントンから指揮を引き継いでいたが、結局この艦も沈んでしまった。

 核攻撃隊も全滅し、もう地球連合軍にジェネシスを落とす手段は残されていない。

 

 だが、この状況にも関わらずアタランテの指示は相変わらずヤキン・ドゥーエのままであった。

 アタランテが理由を説明する。

 

<既に私の子機がヤキン・ドゥーエのシステムに侵入しています。後は本体の私がヤキン・ドゥーエに入ればシステムを完全に掌握し、この戦争を終わらせる事が出来ますよ、ジェネシスを使ってね>

「ジェネシスを?」

 

 アレンは思わず聞き返した。

 

<ジェネシスでプラントを撃つのです。これでコーディネーターは宇宙から消えますよ>

 

 パネルにヤキン・ドゥーエまでの新たなルートが表示される。

 

<このルートで行きましょう。これならザフトの防衛網に引っかからずに済みますから>

 

 アレンはアタランテの指定したルートを確認すると機体を反転させ、ヤキン・ドゥーエの中枢へと向かって行った。



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PHASE-36 ジャスティス

 ヤキン・ドゥーエでの戦闘は今だに決着が付かずにいた。

 

 ジェネシスを何としてでも落とそうとする三隻同盟、そして2度もジェネシスを撃たれ壊滅状態となった地球連合軍とザフト軍の戦闘がまだ続いていたのである。

 キャミッサーは1機のメビウスを相手にしていた。

 

「今さら通常兵器でMS(モビルスーツ)に挑んでくるとは」

 

 敵の機銃を全てPS(フェイズシフト)装甲で受けると、ビームクローで一閃する。

 

 メビウスをまた1機撃墜、着実に戦果をあげていくがキャミッサーは何かわだかまりを感じていた。

 

 だが感傷に浸っている暇は無い、すぐに敵の新手が迫ってきている。

 

「向かってくるのならば、こちらも迎え撃つしかない」

 

 再びアラウクネのビームクローを構える。

 今度はストライクダガーを葬った。

 勝敗は既に決しているというのに、敵の勢いは一向に変わらないようである。

 キャミッサーは後方に鎮座している大型戦略兵器ジェネシスを見上げた。

 

「これを落とすか、自らが滅ぶまで終わらないと、そういうことなのか」

 

 第二射を撃ち終えたジェネシスではミラーブロックの換装作業が進んでいる。

 この作業が意味するもの、それは第三射が予定されている事に他ならなかった。

 

「次の目標は、いよいよ地球か……」

 

 既に地球連合軍は本隊も増援も月基地ごと壊滅させている。

 では、次に狙う目標はもう地球しか残っていない。

 だが、地球にジェネシスを撃つ。

 それは地球上に住む生命が全て死滅すると言うことであった。

 

「敵MS隊接近! 距離300、機種特定……1機はZGMF-X09Aジャスティス!」

 

 オペレーターが新たな敵機の接近を告げる。

 赤いMSとその僚機がヤキン・ドゥーエの中枢に迫ってきていた。

 

「止めろ! もう止めるんだ! こんな戦い!」

 

 ジャスティスのパイロットがオープンチャンネルでザフト兵に呼び掛ける。

 どこかで聞いた事のある声、その声はジブラルタル基地でアネットと話をしていた赤服のパイロットと同じであった。

 

「あのMSに乗っているのはアスラン・ザラか?」

 

 アスランによる呼びかけはなおも続いている。

 

「本当に滅ぼしたいのか!? 君達も! 全てを!」

 

 だが、ほとんどのザフト兵にその言葉に同調する事なく罵詈雑言をアスランに浴びせていく。

 

「今更何をしに戻ってきた!」

「このコーディネーターの裏切り者が!」

 

 両者が交戦する。

 ジャスティスはフリーダムと同じ核搭載機である。

 そしてパイロットはストライクを撃墜したアスラン・ザラ、並みの機体とパイロットでは相手にならない。

 

 いとも簡単にヤキンの中枢へと突破されてしまった。

 

「侵入されたか」

 

 キャミッサーは後を追おうとするが、それをカラサワが止めた。

 

「まだ外に敵がいる。後は中の守備隊に頑張ってもらうしか無い」

「……分かりました」

 

 キャミッサーは歯がゆい思いで、ジャスティスの後ろ姿を見送る。

 

「ジャスティスには突破されたが、まだ向こうに敵の母艦が3隻もいるだろう」

 

 カラサワはそう言って向こう側にいる3隻の戦艦を示した。

 

「あのエターナルと足付き、それと足付きに似た戦艦、たしかオーブの宇宙戦艦だったと思うが、既にジェネシスが奴らの射程距離に入ってしまっている。我々で援護に向かうぞ」

 

 そう言うと自らのジンハイマニューバで救援に向かおうとするが、キャミッサーは動かずにいた。

 

「どうしたキャミッサー?」

「カラサワ隊長は地球がジェネシスに撃たれても良いと……そう考えているのですか?」

「当然だろう? ザラ議長も同じ考えのはずだ。それともキャミッサー、ここに来てようやく敵に情けをかける気になったのか?」

「いえ、そんなことは……」

 

 キャミッサーは反論しようとしたが、その前にカラサワが何かに気づいた。

 

「ん? なんだこれは」

 

 多数の機影がヤキンの内部からこちらに向かって来ている。

 後ろを見るとヤキン・ドゥーエから多数の艦船とMSが出撃している所だった。

 

「味方艦? ここで前面に出るのか」

 

 キャミッサーは一瞬増援が来たのかと思った。

 が、それは間違いであったことに気づく。

 様相がまるでヤキン・ドゥーエから脱出しているとしか思えなかったからである。

 

「撤退だ! ヤキン・ドゥーエはもう放棄された!」

「撤退なのか?」

 

 ヤキンから出てきたザフト兵が口々に撤退を口にする。

 様々な通信が飛び交い、ザフト側は情報が錯乱していた。

 カラサワの部下の一人がこちらに近づくと言った。

 

「カラサワ隊長、他の部隊は撤退を開始しています。我々も続くべきでは?」

「待て、早まるな。まずは状況を見極めてからだ」

 

 カラサワは部下の進言に「待った」の指示を出した。

 態勢を立て直して事態の収集に動こうとするが、1機その指示を聞かずに飛び出していく。

 

「キャミッサー、何をしている戻れ!」

 

 カラサワが止めるのも聞かず、キャミッサーはヤキン・ドゥーエへと入っていった。

 

────

 

 アスランはヤキン・ドゥーエからジェネシスの内部に侵入していた。

 目的はただ一つ、ジャスティスを自爆しジェネシスを破壊するためである。

 ジャスティスの自爆装置を起動させた後、カガリのストライクルージュに乗り移るため、ハッチを開ける。

 

 その時、目の片隅で見覚えのあるシルエットを見つけた。

 

「イージス? なんでこんな所に」

 

 イージスはアスランがヘリオポリスでの新型MS奪取作戦で連合から鹵獲して以降、ストライクと相打ちになるまで自らの乗機としていたMSである。

 だが、よく見るとそのイージスの顔はガンダムフェイスではなくストライクダガー系のゴーグルフェイスであった。

 

「地球連合軍のMSがここまで侵入を果たしていたのか?」

 

 それにしては様子がおかしい。

 機体色は赤色のままなのに、その身を漂うに任せている。

 

「どうした、アスラン?」

 

 不思議に思ったのか、カガリが尋ねる。

 アスランはイージスの方を指差すと言った。

 

「いや、何であんな物がこの場所にあるのかと思ってな」

「イージス? あのMSも復元されていたのか?」

「わからない、だが……」

 

 アスランは答えに窮した。

 その時、イージスのゴーグルフェイスが怪しく光ったのである。

 

「動き出した? カガリ! 下がってろ!」

 

 アスランはジャスティスのハッチを閉める。

 そして自爆装置のカウントダウンをキャンセルすると、イージスダガーへと向き合った。

 今のジャスティスにはメインスラスターの役目を果たしていたファトウムが無い。

 その分機動性が低下しているが、相手が敵意を見せるのであれば戦うしか無かった。

 

 イージスダガーは4本足のMA(モビルアーマー)に変形すると、その上半身にあたる腹部が光り始める。

 

「スキュラを使う気か、だが」

 

 アスランは盾を構えて敵に突進していく。

 スキュラがジャスティスを直撃するが、ラミネート装甲の盾がそのビームを拡散することで攻撃を防いだ。

 

「うおおおお!!」

 

 間合いを詰めたアスランは2本のビーム・サーベルの柄を連結させ双刃のハルバートにすると敵を切り結ぶ。

 

 イージスダガーはその場から崩れ落ちると、爆発した。

 

「アスラン! まだ来るぞ!」

 

 カガリが何かの接近に気づく。

 何かが通路から、いや通路の壁をこじ開けながらこちらに向かって来ていた。

 

 通路から巨大な4本の腕が飛び出してくる。

 

「まだいたのか、何なんだこいつは?」

 

 アスランはその異様な姿に驚くも、再びハルバートを構え直すのだった。



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FINAL-PHASE 心の根を引き抜いて

 巨大な4本の大型クローアームを持つMA、パラサイトストライカー・シングル。

 そのオペレーターであるアタランテは各腕の先にあるカメラで中の状況を確認すると言った。

 

<イージスダガーが破壊されましたか、ですが役割は果たしてくれたようですね>

 

 これはアタランテにとってジェネシスの解析時間が遅れる位の意味でしか無い。

 地球を撃たれるか、もしくはジェネシスを破壊されなければ目的は達成できるのである。

 ジェネシスを掌握し、プラントを撃つ。

 コーディネーターを抹殺するという最終目的に変更は無かった。

 

「ジャスティス、それにストライクまで? 機体色がオリジナルよりも紅いですが」

 

 アレンは初めてストライクの実物を見て驚いた。

 アタランテも2機の姿を認めると分析を始める。

 核搭載機のジャスティス、そしてパイロットはアスラン・ザラ。

 そしてストライクがアスランのイージスに自爆で撃墜されたとのデータを見つけ出した。

 

<なるほど、また自爆させて今度はジェネシスを止めようとしているのですね。アレンなんとしてでも阻止して下さい。ストライクの仇を討ちます>

「了解」

 

 パラサイトストライカーの本体を2本のアームで固定すると、もう2本を伸ばしてジャスティスとストライクに掴みかかる。

 対する2機はどちらも回避行動を取ると反撃を仕掛けてきた。

 

 ジャスティスは両肩からビームブーメランを取り出すと、自身に迫りくる巨大腕に向かって投げつける。

 PS装甲でもビーム刃は防ぐことが出来ない。

 腕は十字に切り裂かれ爆発した。

 

 ストライクの方はそうもいかなかった。

 ビームライフルを撃つが、2,3発直撃したところで巨人の腕の勢いは止まらない。

 そうこうしている内に、腕が機体の足を掴んだ。

 

「しまった!」

 

 接触回線でパイロットが叫ぶ声が聞こえる。

 ストライクは苦し紛れに頭部両側のバルカンで応戦するも、PS装甲には効果が無い。

 

「ストライクの方は捕まえました。ヘリックスで追撃します」

 

 アレンはヘリックスの前面に展開されていた4枚装甲を外し、ビームライフルをヘリックスの手で構えようとする。

 

<その必要はありません。ようやく、ようやく手に入れました>

 

 アタランテはそう言うと、ヘリックスとパラサイトストライカーの接続を解除した。

 

「そんな、アタランテ!?」

<アレン、貴方とヘリックスの役割も終わりました>

 

 アレンは何とか再接続を試みるも、アタランテシステムがそれを拒絶する。

 

「どうして、何故です!?」

<『答』は出ました>

 

 アタランテのその一言で、アレンは頭を何かに打ち付けられるような感じに襲われた。

 

「ぐ……」

 

 もうアタランテはアレンのことは考えてはいない。

 自身からヘリックスを取り外すと、代わりにストライクを引き寄せる。

 

<私以外の『ストライカーパック』は必要ありません、こんなものも>

 

 固定していた1本の腕でエールストライカーを掴むと、2本の巨大腕で強引に機体とストライカーパックを引きちぎろうとする。

 

「カガリ!」

 

 ジャスティスのパイロットが叫ぶ。

 

 ドン! 

 

 その時、何かがパラサイトストライカーを背後から貫いた。

 

<バッテリーの供給装置に異常発生? これでは、PS装甲を維持できない>

 

 パラサイトストライカーの装甲が銀色から灰色に変化していく、エネルギーを供給できなくなりフェイズシフトダウンを起こしたのである。

 アタランテは外部カメラに意識を移すと、突然の強襲者の正体を探った。

 

SFS(サブフライトシステム)?>

 

 正体はジャスティスの専用SFSファトゥムだった。

 ジャスティスから分離していたが、ようやく戻ってきたのである。

 

 ファトゥムが緑色のビームが発射し、パラサイトストライカーを襲う。

 アタランテは対応しようとするが、更なる衝撃が本体に走った。

 

<何!?>

 

 ジャスティスがストライクを掴んでいる腕を破壊したのである。

 アタランテはファトウムに気を取られており、ジャスティスがストライクに接近していることに気が付かなかった。

 

 そしてファトウムは再び本体と合体し、ジャスティスガンダムは本来の形を取り戻す。

 

<邪魔をしないでください>

 

 アタランテは残っている2本の腕を使い通路から這い出ると、機体背面のミサイルポッドを展開した。

 ミサイルが糸の様に発射されるが、どれも標的にはたどり付けずに爆発していく。

 

<早い>

 

 ジャスティスはファトウムによってメインスラスターの出力は増加しているとは言え、その動きはアタランテの演算処理能力を超える程に素早かった。

 

<ありえない、ナゼ? あのパイロットはスーパーコーディネイターでもないのに!?!?>

 

 ジャスティスはミサイルの雨を切り抜けると、敵の懐へと飛び込みハルバートを構える。

 

 ヘリックスとパラサイトストライカーの接続部だった所にビームサーベルが突き刺された。

 そしてアスランはジャスティスの自爆装置を再び作動させると、機体から離れストライクの方へと向かっていく。

 

「ジャスティスが自爆する。行こう」

 

 ストライクに乗り込んだアスランがカガリに言うと、二人は中枢部から離れていった。

 その様子をアタランテは機能停止していく中で見送る。

 

<ストライ……ク……ワタシハ……オヤクニタチタカッタ……>

 

 大型クローアームの1本が去り行くストライクルージュへと、まるで手を伸ばす様な素振りをする。

 

 その瞬間、ヤキンが自爆しジェネシスが発射された。

 だがジャスティスの核融合炉が誘爆した事で、ジェネシス自身も自らの破壊の衝撃に巻き込まれるのだった。

 

────

 

 目の前が明るい。

 アレンは気がつくと、まだヘリックスのコクピットの中にいた。

 

「気がついたようだな」

 

 誰かが接触回線で呼びかけてきた。

 ヘリックスのメインカメラに黒紫色のMSが映る。

 見るからに地球連合軍の機体ではない。

 

「何で、俺を撃たない……?」

「それは戦争がさっき終わったからさ」

 

 アレンの問いに、そのMS アラウクネのパイロットであるキャミッサーは答える。

 

 ジャスティスを追ってヤキン・ドゥーエの中枢へと入ったキャミッサーだったが、全ては終わった後であった。

 その中でヘリックスを見つけたのでアラウクネの4本腕でそれを掴み、ジェネシスが自爆する前になんとか脱出を果たしていたのである。

 そのことをアレンは知る由もない。

 

「戦争が終わった?」

「ああ、オープンチャンネルで繰り返し放送しているだろう」

 

 アレンは回線をオープンチャンネルに合わせる。

 

「宙域のザフト全軍、並びに地球軍に告げます」

 

 その放送によるとプラントでは臨時評議会が成立し、現在地球連合軍との停戦協議に向け準備を進めているとの事であった。

 それに伴い、全ての戦闘行為の停止がプラントから申し出られている。

 

「本当に終わったのか」

 

 シルバニア基地から始まり、オルレアン、アイルランド、ボアズ、そしてヤキン・ドゥーエと転戦してきた戦いがようやく終わりを告げたのであった。

 

「そう言えばまだ名前を言ってなかったな。私はルッツ・キャミッサー、そちらの名前は?」

 

 キャミッサーが名前を尋ねる。

 

「アレン・クエイサーだ。いや、本当の名前は違うのかも知れない」

「ほう、それは興味深いな」

 

 キャミッサーが少し面白がるように言う。

 アレンは何か憑き物が取れたような気がしていた。

 

「何か……肩の荷が下りたみたいな感じだな、背中の『十字架』が取れたからか?」

「『十字架』?」

「ああ、その機体のストライカーパックの事をこっちではそう呼んでいた。地球で付けていた大きな十字の方を」

「地球で俺と戦った事があるのか?」

「その話をすると長くなるな……」

 

 二人の話の種は尽きない。

 遠くでは地球がその青い姿を映し出していた。

 

~♪ 

 

 コンコン 優しくノックして

 乗り込め ココロの奪還戦

 妄想ばかりが フラッシュして

 加速するパルス 答えはどこだろう

 

~♪ 

 

 C.E.(コズミック・イラ)72年3月10日、地球連合とプラントの間に停戦条約としてユニウス条約が締結された。

 これにより後に第1次連合・プラント大戦と呼ばれる大戦は一応の終結をみたのであった。

 

~♪ 

 

 嗚呼、厭 どっちも選んで

 嗚呼、厭 どっちも壊して

 心の根を引き抜いて

 

~♪




ここまで読んで頂き、ありがとうございました。
歌詞はDECO*27 さんのヒバナから取っております。
EDのイメージソングです。自分はnightcore版が好きなのでそちらのURLも載せておきます。
あとがきから読む人にも聞いてほしい。
https://www.youtube.com/watch?v=sD_r5oJFeic

本作はガンダムサイドストーリーズとかスターゲイザーみたいに本編にはあまり介入せずに話が進む形式を取ってましたが、ハーメルンでは本編にがっつり入る作品の方が主流なのだと言うことを去年位に知りました……
一応それは最後まで徹底出来たはず

アスランは一番出したいキャラでした。
16話でアネットと会話するシーンがあるのはそのためです。
ターミネーターみたいな展開を期待した人にはすいませんでした。新しい奴も現在公開されてるみたいですね。
アタランテはスカイネットじゃなくてサイコパスのシビュラシステムに近いんじゃないかなと思ってます。
アレンが主人公でキャミッサーがシャア的なポジションのつもりで書いてたんですけど、お互いの確執みたいな物がもっと必要だったかなと実感しております。あとヒロインの存在かな
ヘリックスの基本データは活動報告の方に載せる予定です。
Destiny編はありません。ここで物語は終わりです。カラサワはユニウスセブン落下に残党側で参加しただろうなと言う位です。

最後に、あとがきまで読んで頂きありがとうございました。


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