真・恋姫†無双 - 王の側にて香る花を慈しむ者 (ぶるー)
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第一話

ここは陳留の外れにある、とある村。

 

 

中央の都では宦官が跋扈し、賄賂や横領が当たり前のように蔓延っている。

悪政がさらなる悪政を呼ぶ時代。

 

官は廃れ、野に蔓延る盗賊たちをも粛清ができない程に、漢という国の力、そして信用は失墜していた。

 

この村でも多分に漏れず、その盗賊からの侵略に怯えながら、それでも何とか1日1日を生き延びるため、村人たちが必死にもがいていた。

 

 

「陳留の刺史様が新たに迎えられたとは言え、まだまだ自分たちで何とかしていかないと…。」

 

彼の名は王蘭。字は徳仁。

この村に生まれ育った、未来ある若者である。

 

容姿は特段優れているわけでもないが、悪いわけでもない。

体躯もまぁ、人より丈夫そうではあるが特筆すべきと言うわけでもなく、ただの青年といったところか。

 

そんな彼でも、外れにあるこの小さな村では、貴重な働き手。

 

 

小さな村だからこそ、若者というのは貴重なのはどこも一緒。

作物を育てるのに加え、何より掛け替えのない村の守り手なのである。

 

 

 

「王隊長!本日の訓練終了しました!」

 

「ご苦労さまです。…ですが同じ村の人間なのですから、特に敬語は要らないと言っているでしょう」

 

「いえ!この村は警備隊のおかげで平和が保たれています。

それも隊長が発起人となり警備隊を立ち上げたからこそ。村人皆がそう言っていますよ」

 

「それは嬉しいのですが…。まぁいいです。

先日より新しい刺史様が任命されました。とは言え、喫緊すぐに状況が好転するわけでもありません。

日々の訓練は村のみんなを救うことに繋がります。くれぐれも、よろしくお願いしますね。」

 

「はっ!」

 

そう言って警備隊員は駆けていった。

 

近隣の村々の状況は、どこも盗賊の被害にあい、壊滅的な状況らしい。

だが、この小さな村だけは警備隊のおかげで、人々にはまだ明るい表情が伺える。

 

 

この村の人口はわずか500人。

この中から若者の男性で組織された警備隊として、王蘭を筆頭に50名の常勤警備隊と、

予備隊員として更に100名もの人数が、村の警護を担っている。

 

田畑を耕しながらではあるが、この組織が村の平和をもたらしているのは間違いないだろう。

 

少ない村民の中から、150人もの警備隊員が常時備えられるわけもなく、

日々交代しながら自分たちの田畑を育み、また万一に備えて訓練を実施している。

 

幸い、警備隊の立ち上げ後に何度か盗賊の侵攻を防ぎ切ることができた事もあり、ここ暫くの間は平和な状態だった。

 

 

しかし、防げているからといって盗賊たちを殲滅できているわけではない。

この村が襲われななくなっているということは、他の村が代わりに狙われるという可能性もある。

………いや、むしろそうなっていたのであろう。

 

 

そして最近、また盗賊たちがこの村に襲ってくるようになってきている。

 

 

 

 

つまりは………。

 

 

 

 

周りの村々の状況と、この村を襲ってくる盗賊たちの頻度を考えると、いよいよその時も近い、と王蘭は考えた。

 

 

「然るべきときに然るべき対応をとれるよう、一層引き締めなければなりませんね。」

 

 

そう王蘭が決意を口にした時、村人の声が響き渡った。

 

 

 

 

「賊だーーー!!!盗賊が押し寄せてきたぞーーーーー!!!!」

 

 

 

 

即座に見張りのもとへ駆けつけ、状況を確認する。

 

 

「敵の数は?」

 

「およそ200人!これまでよりはるかに多いです!!」

 

「200…。やはりそろそろ決死の覚悟で襲って来るとは思っていましたが、想定していた数よりも厳しいですね…。

すぐに態勢を整えます。班長の方々は全員ここにいますか?」

 

「はっ!全員おります!」

 

「ありがとうございます。では今回は予備隊員も含めた総動員で動きます。

1班は村の皆さんの避難誘導に。2班は防備柵を立ててください。3班は迎撃の用意を。」

 

「それから何人かは刺史様に至急報告を。馬を用いて構いません。

間に合うのか、来てくれるのかもわかりませんが、念の為に種は蒔いておきましょう。」

 

 

50人規模の集まりを1班とし、与えられた指示によってそれぞれが動き出す。

こうした大規模な襲撃も想定し、日々訓練を実施していたあたりは流石である。

 

特に常駐警備隊の50人が主体となり、賊を迎え撃つ準備が着々と構築されていく。

 

 

「防柵すべて立て終えました!」

 

「村の避難誘導、全員完了しました!」

 

 

「ご苦労さまです。敵は目前まで迫ってきています。

至急、皆さんも迎撃の用意を。敵の規模はこれまで以上です。

いつも以上に気を引き締めてください。」

 

「「はっ!」」

 

村の迎撃態勢が全て整ったころ、盗賊の集団は村の手前まで来ていた。

それぞれが開戦の合図を待つ状態。

 

そして盗賊たちの中から、怒鳴り声が聞こえてくる。

 

 

「この村でいよいよ最後だ!!今まで抵抗してくれた分、思いっきり返してやれぇぇ!!!!」

 

「「「「うぉおおおおおおおお!!!!!!」」」」

 

 

村の見張り台でそれを聞いた王蘭がつぶやく。

 

「やはり…周りの村は全てやられてしまいましたか…。

それと予想通り、指揮するものが居るようですね。」

 

村の警備隊員に向け、王蘭も声を上げる。

 

「これまでとは違い、集団の利を活かして攻めてくるでしょう。皆さん、警戒を強めてください。」

 

 

いよいよ盗賊たちが村に押し寄せてくる。

王蘭も見張り台から自分の持ち場に戻り、指揮を執る。

 

「先鋒、迎撃構え!!

………。今です!!!!」

 

 

小さな村と盗賊の決死の戦いの幕が開けた。

 

 

 

………。

 

 

 

片や村の警備隊全150名。片や近隣の村々を荒らし回った盗賊200名。

 

 

戦いは守る側が有利なことが多いとは言え、元々田畑を耕すことを生業とした人々である。

人を切る、突く、叩くなど、訓練しているとは言っても、慣れたものではない。

 

 

対して、盗賊たちは近隣の村という村を全て狩り尽くした、戦いに、そして何より人を殺すことに慣れた荒くれたち。

 

 

数値には現れていない、戦力の隔たりが確かにあった。

しばらくの時間が経過するに伴い、その戦力差の脅威が徐々にではあるが牙を剥き始めていた。

 

 

「何とか持ちこたえていますが、やはり…厳しいですね…。」

 

 

「報告します!賊は多方面からの攻撃に切り替える様子!

複数人のまとまりが2手、村の正門から左右に別れていきました!!」

 

「それは…!まずいですね。1班と2班に伝令。

それぞれ正門から離れた賊たちの対応にあたってください。

 

敵を無理に倒す必要はありません。これまで通り、負傷させて戦線復帰させないことを重視して。

班の中で2つに別れ、前衛後衛をうまく回すよう班長に伝えてください。」

 

「はっ!」

 

 

3手に分かれての防衛戦など、これまでの襲撃では実施したことなどあるはずもなく、

王蘭の嫌な予感が当たってしまっている。

 

ただ、幸いなことに日も傾きはじめてくる時間である。

盗賊と言えども夜通しでの戦は負荷も高く、軍でもなければ実行は難しいだろう。

盗賊たちが、多方面攻めに切り替えるのに時間を要したのが幸いした。

 

 

「もうすぐ日没です!それまで何とか持ちこたえてください!!」

 

 

王蘭の鼓舞に村人たちが奮起する。

今回の戦いにおいて、時間の経過は村人に味方する。

 

盗賊に指揮するものが居たとしても、そもそもが食いっぱぐれの集まり。

1日を生き延びるのが困難なのは、盗賊たちの方である。

 

対して村人たちは、日頃から田畑を耕し、食料の生産に精を出している。

警備隊の設立と同時に始めた村の備蓄が、警備隊の胃袋を何日もの間満たすことができる。

 

 

幾多も村を襲ってきた、戦いの経験という利を活かして攻め立てる盗賊たち。

防衛する側という利と、時間の経過の利を活かして守り続ける村人たち。

 

 

そして…。

 

 

「盗賊たちが引き上げていきます!!今日も村の防衛に成功しました!!!」

 

 

初日を何とか乗り切った王蘭たち。

常勤の警備隊たちもホッとした表情が伺える。

 

 

「何とか1日守りきりましたね…。皆さん、大変お疲れ様です。

皆さんのおかげで村を守ることができました。

恐らく、今回の戦いには敵も並々ならぬ覚悟をもって来ています。

明日も恐らく戦闘になるでしょう。どうかゆっくり休んで、明日に備えてください。」

 

 

交代で見張りは継続するものの、この日の戦闘は終了した。

 

これまでの盗賊と違いを憂うもの、この日も村を守りきり安堵するもの、

いろいろな思いを胸に、激動の日の夜を過ごしていく…。

 

 

 

「刺史様はこの村に来ていただけるのでしょうか…。

このままでは保って1日。それまでに盗賊たちが諦めてくれるのであれば良いのですが…。」

 

明日も続くであろう戦に頭を巡らせ、1日の終わりを迎える。

 

 

 

 

 

 



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第二話

第一話、ご覧頂きましてありがとうございます。
ストックが乏しい状況ですが、始まりが肝心とも申しますので二話目、早々に投稿致します。


 

 

夜が明けた早朝。

 

 

 

王蘭は見張り台の上から、盗賊たちが撤退していった方角に目をやり、思い耽る。

 

「保って今日1日…。しかし昨日の日没前に仕掛けてきた多面作戦が今日も展開されると…。

それもある程度予測できていたとしても、警備隊以外の人たちには、早々に遠くへ逃げて頂いたほうが良さそうですね。」

 

 

昨日の戦いは、まさしく熾烈を極めた。

 

 

これまでは無闇な攻め一辺倒の盗賊たちが、拙いながらも統率を見せ、

終いには多方面からの攻略と、厄介な動きを見せてきた。

 

 

これまでの盗賊たちからは、全く考えられない動きである。

 

 

ある程度最悪を想定して日々訓練に当たっていたとは言え、

ここまでの状況は正直なところ、王蘭にも想定できていなかった。

 

 

このまま盗賊たちに攻め続けられると、直にこの村は落とされる。

それが目に見えている以上村人たちを危険に晒すわけにはいかず、より安全な場所へ村人たちを避難させることを決める。

 

 

この土地に生まれ、この土地で育った王蘭だからこそ、この村へのこだわりも強く、

その決断は苦渋に満ちたものだっただろうことは想像に難くない。

 

 

 

 

 

 

 

そうして村人たちの避難が終わりを迎えるころ、警備隊の班長が声を掛けに来る。

 

 

「王隊長!そろそろ本日の戦に備え、皆に一言いただきたく!」

 

「わかりました。今いきます。」

 

 

隊員の前に立った王蘭が、隊全員の顔を見やる。

 

 

この戦闘の行く末を思うと、こうして声をかけるのが本当に警備隊の、

そして自分たちのためになるのか?という疑念も湧いてくる。

 

 

しかし、昨日の戦いで疲れているであろう警備隊員たちの顔には、

疲労を映した表情はなく、今日1日の戦いにも希望を抱いている表情が伺えた。

 

 

何も嘘をつく必要はない、戦いの先に撤退があろうとも、

士気をあげるのは重要であると気を引き締める。

 

 

「皆さん、昨日は大変お疲れ様でした。ゆっくり体を休めることは出来たでしょうか。

 

此度の戦、これまでの盗賊とは違い、熾烈を極めた戦いでした。

 

しかし、昨日我々はこの村をまた守り切ることができました。

これも偏に日々の訓練と、皆さんの村を守り抜くという強い想いによるものだと思っています。

 

今朝方、万一があってはならないと、非戦闘員の村の皆さんに村を離れ、遠くの安全な場所に避難して頂きました。

 

恐らく、今日は昨日以上に厳しい戦いを強いられることでしょう。

 

しかし。我々は村の皆さんのため、守れるものがあるならば自らの手で守ってみようではありませんか。

村の皆のため、そして自分たちの家族のために。

 

今一度、賊共に我々の力を見せつけてやりましょう。」

 

 

「「「応!!!!」」」

 

 

 

 

村の外には昨日と同じ様に、盗賊たちが立ち並ぶ。

 

 

盗賊たちは糧食の面から、そして村人たちは戦力差の面から。

今日の戦闘がお互いにとって大きな山場であることは、双方にともに理解していた。

 

 

そして再び、戦端が開かれる。

 

 

この日盗賊たちは、昨日見せた多方面作戦を始めから取ってきた。

 

 

「やはり多方面作戦ですか。

ではお伝えしたとおり、こちらもそれらに対応します。

各位、よろしくお願いします。」

 

 

王蘭は、賊たちが多方面作戦を取ってくる事を予測し、班長各位に対応策を授けていた。

 

 

この日も、戦闘目標は飽く迄村の防衛。

こちらから野戦に展開することも、追撃することも考えていない。

 

1日でも長く生き延びるための作戦である。

 

 

作戦そのものとしては、至極単純。

戦力で負けているならば、少数対多数で敵にあたること。

そして無理な攻撃をせずに、相手の邪魔、嫌がる事に集中すること。

これだけである。

 

 

相手の方が戦いに慣れ、強いのであるならば、こちらは数の利を使えば良い。

つまり、点に対して面で相手に当たることを教えていた。

無論、数においても劣勢なことは承知の上だが、そこは戦い方を工夫する。

 

敵が点になり、こちらが面になれるように門の警備隊列を整えさせた。

ツギハギの子供だましの様にも見えるが、盗賊相手ならば多少の効果は見込めるだろう。

 

 

それと同時に、こちらは相手を倒すのが最終目標ではなく、退けることが目標。

ならば無理に攻撃する必要はなく、相手の攻撃を防ぎ、嫌がる事をし続けるのが肝要であると考えた。

 

 

 

さて、戦場では正門を含めた3つの方角で防衛戦を展開している。

押しつ押されつ、どの門でも大きく崩れることなく戦線を維持していた。

善戦していると言っていいだろう。

 

 

しかし、ここにきて悪い方へと事が動かされていく。

 

 

「王隊長!正門の防柵が全て倒されそうです!!」

 

「わかりました…。防柵で迎撃をとっている隊員に避難経路の確認をさせつつ、もう少しだけ戦線を維持してください。

敵が最終防柵に辿り着いた時点で持ち場を放棄し、我々本陣と合流。

敵はこのまま正門突破に全力を投入してくるでしょう。気を引き締めてください。」

 

「はっ!」

 

 

覚悟していたとは言え、いよいよ敵が防柵を破ってくるとあって、王蘭の顔にほんの少しの焦りが見える。

 

 

「くっ…もう少し持ち堪えられればと思っていましたが…。

やはり厳しい状況ですね。我々警備隊の皆さんも、どこかで折を見て村から逃れる算段をたてなければ…。」

 

 

撤退案と合わせて、もう一つの希望が脳裏に蘇る。

 

 

「そう言えば…。刺史様への伝令はどうなったでしょうか…。

 

我々のために行動をとってくれるといいのですが…。

未定領域が余りに多い現状ですが、もし叶うなら…。

もし叶うなら…。

 

どうか我々を、この境地からお救い頂きたいものですね………。」

 

 

どうせ叶わぬもの、と思いながらも、祈りたくもなる状況にあった。

 

 

そこに、王蘭のもとに新しい情報が届く。

その内容は、絶望とも希望ともとれるものだった。

 

 

 

「伝令!!村の東方より新たな砂塵を確認!!!その数、500ほどと思われます!!!!」

 

 

 

その報告を聞いた王蘭は、すぐさま頭を警備隊の撤退作戦に切り替えようとする。

 

しかし、一縷の望みをどうしても捨てきれない。

 

 

 

「500…。賊共の援軍でしょうか…。まだ別に本陣が居たと…?

 

すぐに撤退作戦に切り替えます…が。

旗は…。その砂塵には旗は上がっていますか………?」

 

 

「申し訳ありません。私がお預かりした情報には何も!」

 

「………。………。そうですか。わかりました。仕方ありませんね。

では、撤退の準備をいそ」

 

 

王蘭の指示を前に、そこにもうひとり伝令役の青年がやってくる。

 

 

「伝令!!村の東方より新たな砂塵を確認!!!」

 

 

見張り役が幾人かの伝令に同じ内容を持たせたのでしょう。

そう考えた王蘭に、伝令役が更に言葉を繋ぐ。

 

 

 

 

 

 

「旗は蒼に曹、蒼い旗に曹の文字!!!

官の軍が到着した様子!!!お味方と思われます!!!!」

 

 

 

 

 

 



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第三話

多数のお気に入り登録とご評価を賜り、ありがとうございます。
ようやく恋姫登場…三話目て…笑


 

 

 

「伝令!!村の東方より新たな砂塵を確認!!!旗は蒼に曹、蒼い旗に曹の文字!!!

官の軍が到着した様子!!!お味方と思われます!!!!」

 

 

 

 

 

その報告を聞いた王蘭は、ほんの僅か。

ほんの、僅かに数秒ほどの間ではあるが、動く事も、考える事もできなかった。

 

 

 

 

ようやっと、口から言葉を絞り出す。

 

 

 

「そ…それは、誠ですか………?」

 

 

 

 

「はっ!旗印をしっかりと確認いたしました!

間違いなく蒼き旗!そこに曹の文字です!!その数およそ500!!」

 

 

 

 

 

 

今回の対盗賊戦においても、自分たちの力だけで村を守り抜かなければならないと思っていた。

 

さらには、新しい刺史も腐った官である可能性も考えていた。

 

 

それが…それがまさかこんな小さな村のために。

それも、500人という数を引き連れて駆けつけてくれるとは思いもしなかった。

 

賊の数が200人と、大陸で多発している被害からすると、恐らく小規模であろう今回の戦い。

村人にとっては過去類を見ない多さではあるが、官軍からすれば所詮、と切って捨ててしまってもおかしくはない数字である。

 

 

 

 

王蘭は止まっていた思考を何とか巡らせ、呼応の仕方を考える。

 

 

「そうですか…。良い報せを聞きました。たとえあとから大きな賂を要求されたとしても、命あってこそ。

無事に生き残ってから考えましょう。」

 

 

 

そうして落ち着き、頭に血を巡らせ始めた王蘭が、各班、各隊員に矢継ぎ早に指示を出していく。

 

 

「まずは官軍の方々から最も遠い門の警備隊に官軍が来たことを知らせ、

騒ぎ立ててもらってください。

 

そうすれば敵も多少は慌てだし、動きも散漫になるはず。

しばらくすればそれも本当だとわかり、正門の盗賊たちに合流するでしょう。

敵の攻撃対象が減ればそれだけこちらも防備もしやすくなるはずです。」

 

 

「正門ともう一方の門には騒がず、門に意識が向き続けるよう決死の抵抗を。

ただし、余裕のない状況だと思わせる様に、少し慌てた様子を見せてください。

 

それで敵は勘違いし、より視野狭窄となってくれることでしょう」

 

 

「賊らがこの村の門に躍起になってくれている間に、官軍も到着するはず。

防衛が無事成されれば本来の目的は達成です。

 

そして、その後。その時がやってきた暁には………。

 

………。

 

我々も………。我々も打って出ます。

これまで我慢に我慢を重ね、じっと耐えてきた思いの丈を各々発散してください。」

 

 

ここで一呼吸を入れ、王蘭がつぶやく。

 

 

「いい加減、私もほとほと我慢の限界の様です。

こちらも決死の覚悟を以て、賊らを蹴散らしてしまいましょう。」

 

 

「「「は…はっ!」」」

 

 

 

 

伝令を聞いた隊員たちは、王蘭の言葉に戸惑いを覚えつつも返事をする。

 

これまで堅守に堅守を重ね、ただ村を守ることだけを考えてきた王蘭が、

”打って出る”と言ったのだ。

 

 

これまで一度たりともそんな指示を出したことがない、あの王蘭が。

 

 

勿論、村の若い青年たちも何度か王蘭に提言したこともある。

攻めなければやられ続けるだけだ、と。

 

そのたびに血気盛んな青年たちを、自分も同じ青年の身ながら、

滔々と諌めていた。

 

 

そのことからも、今回のこの時、この機会がどれだけの要点であるかを物語らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

――場所はほんの少し前の、駆けつけている軍に移る。

 

 

 

 

 

「秋蘭!村まではあとどのくらいなの!?」

 

「はっ!このままの速度を保てばおよそ1刻ほどで見えてくるはずです。

しかし、報を聞いてからしばらくの時間が経っているため、

あまり猶予があるとは思えません。」

 

「そう。あまり急ぎすぎても駄目だけど、私の民を無碍にすることは許されない。

少ない数であっても救える民はこの手で救ってみせるわ。

 

本陣はこのままの速度を維持。秋蘭は兵500を連れて先遣隊として駆けつけ、略奪行為を働いて村を荒らす盗賊たちを片付けなさい。いいわね?

 

それから、陳留にまだ赴任したばかりで、まだあなた達の名まで知れ渡っているかわからないわ。

もし仮に戦時中であるならば村人が気づくこともあるでしょう。私の旗を持っていきなさい。」

 

「承知しました。それでは行ってまいります。

…夏侯淵隊!行軍速度をあげよ!!遅れるな!!」

 

 

夏侯淵は正直なところ、すでに村は壊滅させられていてもおかしくはないだろう、と考えていた。

村の伝令役から報せを聞いてから、幾分かの時間が過ぎている。

 

 

援助を求めてきたのが軍で、また籠城が可能であれば間に合うことができたと考えるが、今回はただの村である。

多少、一般的な村よりも防衛に優れたことはあっても、村としての範疇は超えることはない。

 

 

それでも、村の略奪行為の最中に駆けつけることはできる。そうすれば多少なりとも民を救える。

その程度に考えていた。

 

 

そして先程の曹操の口ぶりからも、夏侯淵と同じ様に考えている事が読み取れる。

 

 

 

 

 

 

凡そ半刻ほどの時間を駆け続け、ようやく目的の村の姿が見えてくる。

 

 

 

 

 

「ご報告!この先に報告の村を発見!!

砂塵が見えており、まだ防衛戦が維持されている様子!!」

 

「なんと…。あれからまだ村の防衛が続いているのか。

至急駆けつけるぞ!!全速前進せよ!!!!」

 

 

 

軍が村に辿り着く頃、盗賊たちの様子も見えてくる。

 

 

「賊らはこちらに気づいている様子はありません!

このまま後背から当る事が可能かと思われます!!」

 

「うむ。ではこのままの速度を活かし一当てするぞ!

その後村の中に入り戦線維持へと移る。

全軍、突撃せよっ!!」

 

 

 

盗賊たちは軍に気づくのが遅れ、バタバタと崩れていった。

 

 

そうして無事に村に入ることが出来た夏侯淵軍らは、

村の防衛にあたっていた若者たちと合流する。

 

 

門を守っている集団に夏侯淵が問う。

 

 

「陳留刺史、曹孟徳様の臣下、夏候妙才だ!ここの村の責任者はいるか?」

 

「は…はいっ。村長は非戦闘員の村人たちと遠くの安全な場所へと避難しております!

現在この村には警備隊員のみが在中し戦闘中!責任者は正門にて指揮をとっております!!」

 

「ほう…。ではその責任者の元へ案内せよ。

こちらの門はこれより我軍が防衛に当たる故、安心されよ。」

 

 

 

夏侯淵隊に防衛の指示を出し、班長と王蘭の元へ向かう夏侯淵。

 

 

「隊長!夏侯淵将軍がいらっしゃいました!!」

 

 

 

「お主がここの責任者か?

到着が遅くなった。軍を預かる夏候妙才だ。無事村を守り続けたその功、実に見事だ。

これより我が軍も手を貸そう」

 

 

「はっ。ありがたき………!!!」

 

 

 

 

 

王蘭は班長の声に振り返り、夏侯淵を目に入れた途端に固まってしまう。

 

 

 

 

 

「…ん?どうした?私の顔に何か付いているか?」

 

 

 

警備隊員たちも、固まる王蘭などこれまで見たことがない。

何かあったのだろうか?と不安な顔をするものも見受けられる。

 

 

「いっ、いえ!申し訳ありませんっ!!

軍の手配、誠にありがとうございます!

…。これで村を守りきれる算段が付きました。」

 

 

慌てて応える王蘭だが、心なしか顔が赤くなっているようにも見える。

 

 

 

「ほう…。お主が防衛に関する指示を全て出していたらしいな。

是非ともその知略、我が軍にも賜りたいものだな。」

 

「そんな、恐れ多い…。この村の防衛指揮についても、全て夏侯妙才将軍にお譲り致します。

どうか軍の皆様と一緒に、この村をお救いください。」

 

 

「ふむ…。いろいろと問い詰めたいところではあるが戦時中である。

確かに指揮権を預かった。村の他の者も、良いな?

 

これより対盗賊防衛戦の指揮権はこの夏侯妙才が預かった!

防衛の前線には夏侯淵隊を配置せよ!村の警備隊員たちは我が隊の補佐を頼む!

くれぐれも気を抜かぬよう、心がけよ!

 

直に本陣の華琳さまたちも到着されるであろう!

無様な姿を晒すなよ!!」

 

 

 

こうして夏侯淵の指揮のもと、盗賊との防衛戦が展開されていく。

これまで戦いになれた盗賊相手に苦戦していた防衛戦も、

戦が本職の軍にかかれば何のことはない。

 

訓練された動きに加え、賊らを打ちのめすその手にも戸惑いは見られない。

 

 

 

 

あっという間に門に押し寄せた賊らを退けていく。

 

 

 

 

盗賊たちは思いもよらない反撃にあい、自然と1箇所に集まっていった。

まさか、集まってしまった事が悲劇を生むとは思いもよらないであろう。

 

 

 

 

 

 

 

盗賊たちに取って、悪魔の叫び声が飛び込んでくる。

 

 

 

 

 

 

 

「春蘭!全軍に号令を!!

あそこに見えている盗賊めらに突貫なさい!!」

 

 

「はっ!承知しました!!

全軍、とぉぉつげきぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」

 

 

 

 

この村の防衛戦が今終わりを迎えようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第四話

 

 

 

「全軍、とぉぉつげきぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」

 

 

 

 

 

夏侯惇のよく通る声が、戦場に響き渡る。

 

 

 

威圧のこもった声に、相手はどれだけの人が反応できたのであろうか。

曹操軍の本体が、無防備なままの盗賊たちに突撃を開始する。

 

 

それに呼応する形で、これまで防御一辺倒であった村から、幾人もの武装した人々が出てくる。

 

 

曹操軍と村の警備隊による、盗賊への反撃が開始された。

 

 

 

 

………。

 

 

 

攻撃が開始されてから、わずかに数刻だろうか。

 

 

 

瞬く間にその数を減らしていく盗賊たち。

後に魏武の大剣としてその名を轟かせる将軍の突撃は、まさに目を見張る物があった。

 

そしてそれに合わせて攻勢に出た村人たちも、まさかこれがはじめての攻勢とは思えぬ活躍ぶりである。

 

 

 

あっという間に賊の討伐を終え、軍は村に迎え入れられた。

 

 

 

「改めて此度のご出陣、誠にありがとうございます。

現在村の権限を委任されております、警備隊隊長の王徳仁と申します。」

 

王蘭が名を名乗り、目の前の小さな少女に頭を垂れる。

 

 

見た目はただの美少女としか言いようの無い、可憐な女の子だが、

こうして正面から相対すると、嫌でも感じてしまう。

 

これが人の上に立つものの風格なのか、と。

 

 

「此度の村の防衛、見事であった。

我が名は曹孟徳。新たに陳留の刺史として任命されたものよ。」

 

後ろに夏侯惇・夏侯淵の両将軍を従え、曹操が名乗りを返す。

 

 

 

「曹孟徳様、並びに麾下の将軍方々にはなんとお礼を申せばよいのか…。

我が村で現在都合のつく限りを用意いたしました。

何卒、何卒これでご容赦を賜りたく、お願い申し上げます…。」

 

 

曹操の人となりがわからない以上、これまでの官に対する態度を踏襲すればいいと判断し、

村で用意ができるものをかき集め、賂として差し出す。

 

 

 

 

この言葉を聞いた夏侯惇が食って掛かる。

 

 

「貴様!!華琳様に賂などと、愚弄する気か!!!!

そこに直れ!!切り捨ててくれるわ!!!!!」

 

 

愛刀の七星餓狼に手をかけたところで曹操が止める。

 

「春蘭!!待ちなさい!!!」

 

 

「ぐっ…しかし!」

 

「待てと言っているの。二度言わせる気?」

 

「うぅ…申し訳ありません。」

 

 

「彼らがまだ私達のことを知らないのも、無理のない話。

陳留の刺史としてまだあまり日が経っていないのよ?

 

…我が家臣が無礼をしたわ。許してちょうだい。

 

ただ、彼女の言っている事も間違ってはいないの。

私は自分の民から賂など受け取るつもりはない。

むしろその風習は無くさなければならないとすら考えているわ。

 

だからせっかく用意してくれたのだけれど、

これは元の持ち主に返して頂戴。」

 

 

「その…よろしいのでしょうか?」

 

「えぇ。我らは民を救いはするけど、決して苦しめたりするために存在しているのではないの。

安らかに日々を過ごせるよう、政を行っていくつもりよ。」

 

「承知しました…。村をお守り頂いたことに重ね、御礼申し上げます。」

 

 

「礼を言うのはこちらの方よ。

さっきも言ったけど、よくぞ我が村を、民を守ってくれたわ。ありがとう。

これだけの被害にあったのだから、当然この先1年間は税についても考えておきましょう。」

 

「!!。はっ。ありがたき幸せにございます。」

 

「村に関しては我が軍が責任を持って復興を行うわ。

その間の炊き出しも行わせてもらう。」

 

 

こうして村の復興を約束してくれ、王蘭は安心した。

だが、あとに続いた言葉を聞いて、自分の耳を疑った。

 

「………。それよりも、あなた。

この曹孟徳の陣営に加わる気はないかしら?

 

男だけれども、こうして結果を出しているあなたの手腕を、

ここで腐らせておくのはもったいないわ。

 

いきなり将として迎え入れることは難しいのだけれど、小隊長くらいならば任せられそうだし…。

今後の頑張り次第では、その限りではないわよ。

 

どう?」

 

「え…?な、なんと…それは誠にございますか…?

身に余るほどのご評価、恐れ入ります。」

 

曹操からの誘いに驚きを隠せないでいる王蘭。

だが、これを好機と考え決意する。

 

 

「………是非とも曹孟徳様の麾下にお加え頂きたく存じます。

ですが、その…、その………。」

 

 

「なんだ!?華琳様がお前の事を迎え入れようとしてくださっているのに、

何か文句があるのか!?」

 

「春蘭、控えなさい」

 

「ぐっ…しかし!」

 

「何か気にかかることでもあるのかしら?

ある程度叶えられるものであれば、聞いてあげるわよ?

言ってご覧なさい。」

 

曹操の言葉を聞き、王蘭がゴクリと息を飲む。

 

 

「で…では。恐れながら!!叶うのであれば、もし叶うのであれば!!

何卒、夏侯妙才将軍の隊の末席に加えて頂きたく!!!!」

 

「「………」」

 

思ってもいない願いに、言葉が出てこなかった曹操と夏侯惇の2人。

その中で唯一、名前の上がった夏侯淵だけが反応した。

 

「ほう…我が隊に?

お主の指揮はこの目で確かに見ておったからな。

私としては将来有望な人材は是非とも歓迎したいところだが…。

華琳様、よろしいのでしょうか?」

 

「え…えぇ…。それくらいの事であれば全く問題ないわ。

春蘭の様に、武勇が立つ方ではなく、用兵の方が適している様に見えるしね。

秋蘭の元でよく学びなさい。」

 

何か別の、褒美のようなものを求めてくるのだろう、と思っていた曹操はあっけにとられていた。

 

「はっ!!!」

 

心なしか、返事をする王蘭の顔が、防衛戦時よりも活き活きとした顔に見えるのだが、気の所為だろうか…。

こうして王蘭は夏侯淵隊の一員として曹操軍に加わることとなった。

 

 

 




夏侯淵将軍の隊に加わりました。


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第五話

王蘭が夏侯淵隊に加入して、しばらくの日が過ぎた。

 

 

 

どこか頑固な性格でもあるのか、王蘭は夏侯淵隊へ入隊するときは、

自分の発した言葉通り、「末席」からの始まりに拘った。

 

その態度は既存の兵にとっても好感の持てるものだったようで、すぐに隊に馴染むことができた。

 

 

王蘭は年若い青年ということもあり、新人隊員恒例なのだろうか、

先輩たちからのしごきという名の手荒い”歓迎”を受けながら、日々訓練に邁進。

 

 

 

数ヶ月に渡って続いたその”歓迎”を乗り切ると、めきめきと頭角を表していく。

 

 

 

 

流石に元警備隊隊長である。

 

軍の動き方、考え方をあれよあれよと吸収していき、

気付けば入隊僅か半年にして、100人を率いる小隊長になっていた。

 

規律に厳しくも、実力を重視する曹操軍ならではだろうか。

勧誘された時に提示された役職ではあるが、ほぼ自力で勝ち取った立場と言っていいだろう。

それでも、こんなにも早い出世は異例のことだった。

 

曹操の側からしても、自力で出世を勝ち取る前例がこうして出てくることで、

他の隊員に好影響を及ぼすと考えて、王蘭の出世を歓迎した。

 

 

 

 

小隊長として、自分の隊員に訓練をしながらも、

世の情勢に目を向けてみると、やはり各地では盗賊の被害にあう村が多いようだった。

 

夏侯淵隊もその討伐に赴く事も多く、自分の村よりも小規模な村への出撃も少なくなかった。

このあたりは流石曹操といったところか。少ない民であっても自分の民は守ってみせると言うことだろう。

 

 

 

 

この日王蘭たちは出撃がなく、ちょうど訓練が終わったところのようだ。

 

「それでは今日の訓練を終了します。

各位、しっかりと体を休め、疲れを残さないよう留意してください。

では、解散。」

 

 

訓練で汗を流した隊員たちがゾロゾロと引き上げていく中、

王蘭に話しかける隊員が。

 

 

「王小隊長、最近巷で有名な噂、知ってます?」

 

「噂…ですか?

いいえ、存じません。どんな噂でしょうか?」

 

「なんでも、管路って結構有名な占い師なんですけど、

確か…

”そのもの白き衣を纏て金色の星と共にこの地に降り立つべし。失われゆく大地との絆を結び、終に人々を碧き地に導かん。”

だったっけかな?全部あってるかどうかわかんないですけど。」

 

横で聞いていた別の兵が、

 

「それ、俺も聞いたことありますよ。

結構街では有名な話見たくて、飯屋行ったら結構な頻度で耳にしますよ。」

 

ふむ…。と顎に手をやり考え込む王蘭。

 

「そのような噂、知りませんでした。市井の声を聞く良い機会ですね。

ご報告、ありがとうございます。

 

………。

でも、一体どういう意味なのでしょうか…。仮に今諳んじてくれたものが正しいものとしましょう。

失われゆく大地、とは、この荒れた大陸を指すのでしょうかね?

だとするならば、その白き衣を纏った何かしらが、星と一緒にこの地にやってきて、

碧き地…これは平和を表すのでしょうか?平和に導いてくれると…。

 

そんな意味なんでしょうか?

余りにもざっくりとした、大雑把な予測ではありますが………。」

 

 

もしもこの予測が正しいものならば、良くない傾向だと王蘭は考えた。

 

 

確かに今は世が乱れ、嘆き苦しむ民が多い。

 

だが、その救済を大陸にいる諸侯や天子様ではなく、

新たに星に乗ってやってくる、得体のわからぬ何かしらに求めている、という点が、

どこか危険な匂いを感じさせた。

 

 

 

王蘭はこの話を夏侯淵にすべく夏侯淵の執務室を訪れる。

 

「夏侯淵様、王蘭です。お耳に入れておきたい報告があり、参りました。」

 

「うむ。入ってよいぞ。」

 

「失礼します。」

 

部屋に入ると、夏侯淵が竹簡を広げ仕事をしていた。

 

「あぁ王蘭。今部隊の編成をしていてな。希望があれば聞くが、どうだ?」

 

「はっ、特に希望は…。将軍の指示に従います。」

 

「ふむ、そうか…。わかった。急ぎでなければこれを仕上げてしまうから、

少しかけて、待っていてくれるか?」

 

「はっ。お忙しいところ申し訳ありません。お待ちいたします。」

 

サラサラと竹簡に筆を走らせ、仕事を進める夏侯淵。

 

「………これでよし。すまない王蘭、待たせたな。

詫びに茶でも淹れよう。」

 

「それならば私が。仕事でお疲れでしょうし。

お口に合うかもわかりませんが…。しばしお待ち下さい。」

 

「そうか…。ではお言葉に甘えようか。」

 

そう言ってお茶の用意をする王蘭。

そこに雑談といった形で、話しかける夏侯淵。

 

 

「どうだ?小隊長殿。立場には慣れたか?」

 

「え、えぇ。村で警備隊も率いていましたし、むしろ一兵卒として訓練頂いていた、

これまでの方が少し新鮮でした。」

 

「そうか。華琳様がお前をお引き立てなさった様に、私もお前には期待しているからな…

頑張れよ。」

 

「はっ、ありがとうございます。

…さて、お待たせしました。お口に合うと良いのですが…。」

 

「うむ。いただこう。………!!」

 

そう言って一口茶を啜り、驚愕の顔を浮かべる夏侯淵。

 

「これは…。すまん。正直ここまで美味しいとは思っていなかった。

うむ、美味いな…。人心地がつく、落ち着く味だ。」

 

「あ、ありがとうございます…。普段、これと言って趣味もないので、

よく飲むお茶くらいは拘ってみようかと…淹れ方も練習してるんです。」

 

照れながら返す王蘭に、

 

「そうか。これから茶を飲むときは王蘭に頼むとしようか。

…さて、何か話があるのだったかな?」

 

「はい。今日の訓練を終えた際、部下数人から巷で噂になっているという、

占い師の予言があるらしく…。

あまり良いものではないかもしれないと思ったので、お耳に入れておこうかと。」

 

「噂…?市井の声はなるべく聞くようにしているが、知らんな…。

どんな噂なのだ?」

 

 

王蘭は隊員たちから聞いた内容と、懸念していた内容を伝える。

それを聞いた夏侯淵は考えるような仕草を見せたあと、

 

「確かにあまり良いものではないかもしれんが…。

まぁ現状はそこまで騒ぎ立てる程でもないだろう。折を見て華琳様にも伝えておくが、

お前の方でどうこうする必要はないよ。そんな噂がある、という位に留めておけ。」

 

「はっ。承知いたしました。では私はこれで失礼致します。」

 

「あぁ。報告ご苦労だった。茶も馳走だったぞ。」

 

 

 

―――――

 

 

 

数日後、なにやら城内が騒がしくなっている。

 

 

「出撃用意!!機動力を重視して整えよ!!」

 

夏侯淵の声が響き渡る。

つい先程、曹操様より連絡があった。

 

何やら領内で保管されていた貴重な財産が盗まれたとの事。

南華老仙の「太平要術の書」という本だとか。

 

それを盗賊から奪還するための出撃である。

 

 

 

夏侯淵隊、夏侯惇隊、曹操隊の各隊準備が整い出す。

いよいよ出陣の号令の間際、曹操が空に何かを見る。

 

「………流れ星?不吉ね………。」

 

 

 

各隊の出立準備が整った事を確認した夏侯惇が、報告する。

 

 

 

「華琳様!出立の準備が整いました!」

 

 

普段なら返答があるであろう夏侯惇の言葉に、反応がない。

不思議に思った夏侯淵が問いかける。

 

 

「華琳様…?どうかなさいましたか?」

 

「………。今、流れ星が見えたのよ。」

 

 

あまりの不自然さに、夏侯惇ですら疑問に思い、問い返す。

 

 

「流れ星、ですか?…こんな昼間に。」

 

 

これに賛同する形で、夏侯淵が曹操の様子を伺うように、

 

「あまり吉兆とは思えませんね…。出立を伸ばしましょうか?」

 

と問いかける。

 

 

 

 

「吉と取るか凶と取るかは己次第でしょう。予定通り出立するわ。」

 

「承知致しました。」

 

曹操の言葉にそう返した夏侯淵が、夏侯惇に目で合図を送り、全軍に号令をかけさせる。

 

「総員、騎乗!騎乗っ!」

 

 

 

出立の用意が整った兵たちに、曹操が声を掛ける。

 

「無知な悪党どもに奪われた貴重な遺産、何としても取り戻すわよ!………出撃!」

 

 

 

 

こうして曹操軍は南華老仙の残した書を取り戻すべく、軍を進めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 




ようやく原作ストーリーに準拠できる位置まで進められました。
予言の内容についてはちょっと遊んでしまいました…笑

そして申し訳ない事に、ストックがこれでなくなりました。
短いスパンで更新出来るように執筆中ですが、
隔日の更新になるかもしれません。

誠に恐れ入りますが、ご了承賜りますよう…お願いいたします。


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第六話

 

 

「報告!前方に人影を発見!!」

 

 

曹操の元に兵から報告が入る。

 

「総員、駆け足!賊であれば引っ立てなさい!」

 

 

 

人影の元へたどり着く曹操軍だが、引っ立てる様子がない。

夏侯惇が兵たちの視線の先を確認するが、賊と思わしき風貌の人影はなかった。

 

 

「華琳様!…こやつは………。」

 

「………どうやら違うようね。連中はもっと年かさの、中年男だと聞いたわ。」

 

 

曹操の所感に、夏侯淵が返す。

 

 

「どうしましょう。連中の一味の可能性もありますし、引っ立てましょうか?」

 

「そうね………。けれど、逃げる様子もないということは、連中とは関係ないのかしら………?」

 

「我々に怯えているのでしょう。そうに決まっています!」

 

「怯えているというよりは、面食らっているようにも見えるのだけれど………。」

 

 

曹操たちが不審人物を前に議論をしている様子を、王蘭は隊の中から見ていた。

 

見るからに盗賊ではなさそうだが、珍しい着物を着ており、どこかキラキラと光って見える。

外見は10代後半くらいの、まだ少年といった感じだろうか。スッと背も高く顔の造形も優れている様だが、線が細く少し頼りない感じもする。

 

 

 

 

そうこうしているうちに、その少年が喋りだす。

 

 

「あ、あの………。」

 

 

「………何?」

 

曹操が代表して、会話を続ける。

 

「君………誰?」

 

「それはこちらの台詞よ。あなたこそ、何者?名を尋ねる前に、自分の名を名乗りなさい。」

 

「えっと………。北郷一刀。日本で、聖フランチェスカ学園の学生をしてる。日本人だ。」

 

 

王蘭たちは、この者が何を言っているのかさっぱりわからない。

言葉は通じるようだが、意味のわかる単語があまりにも少なく判断がつかないでいると、

 

「………はぁ?」

 

夏侯惇が皆の心境を代表して言ってくれた。

 

 

「それより、ここはどこなの?日本でも、中国でもないって言うし………。」

 

 

曹操様の名を尋ねた件は良いのだろうか、と王蘭は心の中で突っ込みながらも、黙って耳を傾ける。

 

 

「貴様、華琳様の質問に答えんかぁっ!生国を名乗れと言っておるだろうが!」

 

「い、いやだから!日本だって、ちゃんと答えてるじゃないか………っ!」

 

 

夏侯惇としては曹操の言葉を無視した様に聞こえたのだろう。

それを彼女が許すはずもなく、声を荒げて詰め寄る。

 

 

「姉者、そう威圧しては、答えられるものも答えられんぞ。」

 

 

「ぐぅぅ………。し、しかし秋蘭!此奴が、盗賊の一味である可能性もあるのだぞ!そうですよね、華琳様っ!」

 

「そう?私には、殺気の一つも感じさせないほどの手練れには見えないのだけれど。春蘭はどう?」

 

「………それはまぁ、確かに。」

 

 

 

少年を目視できる場所に立つ、軍の全員が思っていることだった。

 

このあと、曹操がこの辺りの刺史を務めていることと、その職務を説明し、少年に今どういった状況かを理解させた。

 

十分以上に怪しい者であるとして、彼を引っ立てる。

 

 

 

「まだ連中の手掛かりがあるかもしれないわ。半数は辺りを捜索。残りは一時帰還するわよ。」

 

曹操の号令により、軍の半数は不審者の少年を引き連れ街へ引き上げた。

 

 

 

王蘭は辺りの捜索隊としてこの場に残り、盗賊たちの形跡がないか調査を続ける。

各将軍部隊の副隊長たちは帰還組に含まれており、危険の少ない捜索隊の指揮は小隊長の肩書を持つ王蘭が取ることになった。

 

 

 

「それでは我々は引き続き、盗賊たちの捜索を続けます。

盗賊が見つかれば引っ立ててください。見つからないにしても、手掛かりだけは掴んで帰還しましょう。」

 

 

盗賊の報せがあってからすぐに出立が出来たとは言え、先程の不審者騒ぎもあり時間が経ってしまっている。

足跡を追うにしても、特に泥濘みがあるわけでもないため、なかなかに捜索は困難な状況だった。

 

 

「無闇に周辺を探っても、手掛かりを見つけるのも難しい状況です。

十人で一組となり、今この場所を拠点として各方面に捜索を広げましょう。

 

半刻ごとにこの場所まで報告をお願いします。僅かな手掛かりでも構いません。

二刻が経った時点で、一旦総合的な判断をします。では、始めてください。」

 

 

こうして捜索活動が再開された。

 

 

 

………。

 

 

そして二刻後。

 

 

「ふむ…。皆さんの見つけてくれた手掛かりを加味して考えると、あちらの山向こうの方に逃げていったのでしょうね。

皆さん、大変ご苦労さまです。山向こうであれば、曹操様の領地ではない場所となります。

一旦捜索はこの時点で切り上げましょう。」

 

 

 

 

こうして捜索隊は城に帰還。

そして帰還してすぐ、王蘭は夏侯淵に報告を上げに執務室に向かった。

 

 

「夏侯妙才将軍、王蘭です。捜索のご報告に参りました。入室してよろしいでしょうか?」

 

「あぁ。待っていた。入ってくれ。」

 

「失礼します。」

 

 

部屋に入ると、いつしかと同じ様に竹簡を広げて仕事をしている夏侯淵の姿が見えた。

 

「捜索ご苦労。こちらも北郷………、あの少年の取り調べが完了してまとめていたところだ。

そちらはどうだった?」

 

そう言って話を振ってくるが、王蘭が答える前に、

 

「………いや、その前にまた茶を淹れてもらおうか。無論、お前の分も用意してくれ。」

 

「はっ。かしこまりました。では少々お待ちを…。」

 

 

 

しばらくして、茶を淹れた王蘭が戻ると、椅子にかける様勧められる。

向かい合わせで座った2人が、一口茶を啜る。

 

 

「ふぅ。やはりお前の淹れる茶は美味いな。

………さて、先にお前の報告を聞こうか。」

 

「承知しました。まず近隣の捜索の結果ですが、やはりこれと言って盗賊らだと確たる痕跡は見つかりませんでした。

ただ、あの辺りの状況、そしてこの城から出立した方角、隊員の見つけた賊らのものだろうと思われる三人組の足跡があった場所などから、山向こうの方に逃げた可能性があります。」

 

「ふむ…。もし山を超えられていれば厄介だな。華琳様の領外になってしまう。」

 

「はい。ですので、例の書の奪還に拘られるのであれば、上の方々にお話を通して頂いてから行軍せねばなりません。」

 

「そうか………。委細承知した。後のことはこちらで引き取ろう。今回の事を報告書にまとめておいてくれ。」

 

「はっ。畏まりました。」

 

「ではこちらの取り調べについてだが、お前にも共有しておく。

そうだな………。まず結論から言おうか。

 

彼は天の国から来たのだそうだ。

 

以前、お前が報告してくれていた、あの噂を覚えているか?

あの噂に非常に近い状況にあった少年が見つかった、という感じだな。」

 

「天の国………ですか?俄には信じがたいですが………。

あのキラキラ光る着物も、天のお召し物だからこそ、なのでしょうか?」

 

「恐らくな。詳しくは聞いていないが………。

取り調べでわかった内容だが、彼の名は北郷。そして字だろう、と思った部分だが………。

そのところまで、彼を引っ立てた際に聞こえていたか?」

 

「はい。確か………。」

 

「いや、言わなくていい。少し厄介な話なのだが………。

天の国には真名がないそうだ。」

 

「………?真名が無い、ですか………?」

 

「うむ。私も姉者も華琳様も、そんなことは無いだろうと確かめたのだが、本当に無いのだそうだ。

そして………だな、厄介な所なのだが、今お前が口にしようとした、字だと思っている名前が真名にあたるそうだ。」

 

「それは、なんと………。では彼は、初対面の人間にいきなり真名を預けたと………?」

 

「うむ。だから彼の名を呼ぶときは注意してくれ。北郷までは呼んで構わないようだ。

その北郷の処遇だが、どうやら此度の盗賊の顔や背格好を把握しているようで、我々の捜索に協力してもらうことになった。」

 

 

真名の話に驚きつつも、王蘭は頭を切り替える。

 

 

「………そうでしたか。それは我々としても助かりますね。」

 

「現在は城に部屋を用意させ、休ませている。

今後も何かと顔を合わせる事もあるだろう。改めて面識をもっておいても良いかもしれぬな。」

 

「承知致しました。後ほど、部屋を訪ねてみます。」

 

「うむ。………さて、報告はこんな所か。他になにかあるか?」

 

「はっ、報告ではなくご相談なのですが………。もう少しお時間よろしいでしょうか?」

 

「あぁ、構わん。申してみよ。」

 

 

「今後曹操様は領地を広げられ、より出世なさる事と思います。

そうなった場合、すぐさま情報を収集できる様、専門の部隊を設立してもよいのではないか?と思った次第です。

正しく早い情報というのが、今より比べ物にならないほど大きな価値を持つ気がしているのです。」

 

「………ふむ。確かに一理あるな。」

 

「はい。此度の盗賊についても、軍の編成を待たずに情報の収集さえ行えていれば、逃さずに捉えられたかも知れません。

曹操様の軍として、隊を独立して構えるのが難しければ、将軍管轄の隊内で試験的に運用を開始してみても損は無いかと。」

 

 

「………うむ。今は確かにあまり軍勢としても大きくはない。少ない軍隊の中で、いきなり独立した専門部隊を構えるのは厳しいかもしれんな。………わかった。我が隊で運用を実施してみよう。」

 

「はっ。」

 

「もちろん、言い出したお前が隊長を務めてくれるのであろう………?」

 

 

笑みを浮かべて、夏侯淵が問うてくる。

 

 

「え、えぇ………ご指名頂けるとあらば、喜んで。今の小隊長の役目は如何致しますか?」

 

「先程も申したであろう?独立した部隊はまだ持てぬ、と。

今の役目も”引き続き”、よろしく頼むぞ?」

 

「は、はっ。………承知致しました。」

 

 

 

こうして、夏侯淵隊は新たに斥候部隊を内部に設立。

王蘭がその隊長として任命されるのであった。

 

 

 

 

 




小隊長の次は斥候部隊の隊長も兼任することに。


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第七話

斥候部隊を新規で立ち上げるに当たって、しばらく王蘭は事務仕事に追われていた。

 

 

設立してはどうか?と簡単に提案したものの、予算配分の草案、人員選別と適性検査、さらには訓練内容の検討まで、多岐にわたる内容の報告をまとめ、夏侯淵に報告しなければならなかった。

 

これに加えて小隊のとりまとめも行わなければならない。

これほどまでに兼任が大変だとは思っていなかった様子である。

 

 

ようやく斥候部隊の立ち上げから数日が過ぎ、多少慌ただしさは落ち着いたようで、王蘭も時間にゆとりが出来てきた。

 

 

この日夏侯淵から呼び出された王蘭は、指定の中庭まで歩みを進める。

 

 

「おぉ王蘭、来たか。」

 

「はっ、お待たせして申し訳ありません。………北郷様もいらっしゃったんですね。」

 

 

中庭に着くと、すでに夏侯淵が待っており、また北郷も一緒にいる様子。

北郷を目に入れた途端、若干気落ちしたように見えたのは気の所為だろうか。

 

 

「あ、あぁ。こないだはどうも。………それで秋蘭、こんなとこに呼び出してどうしたんだ?」

 

 

王蘭は斥候部隊立ち上げの相談の後、夏侯淵に言われた通り北郷の部屋を訪ねていた。

二、三ほど挨拶を交わした程度だが面識は持っている。

 

だが北郷の言葉を聞いた王蘭の額には、ピクピクと血管が浮き出ている様に見える。

………これは気の所為ではなさそうだ。

 

 

「うむ。お前の指導係に適任かと思ってな、我が隊より選別した。この王蘭がお前の教官を務める。」

 

王蘭の表情が見えていないのか無視しているのかはわからないが、夏侯淵が話を進める。

 

 

「将軍………?一体何のことでしょうか………。」

 

「今申したように、お前にはこの北郷の面倒を見てもらいたいのだよ。

どうやら此奴は文字もろくに書けぬし、馬も乗れぬときた。

それらが出来ぬと、これから仕事を任せることも出来ぬと思ってな。

お前なら北郷の面倒を任せられると、私の独断で決めたのだよ。頼めるか?」

 

 

「………将軍からのご用命とあらば、喜んで務めさせて頂きます。

北郷様、不肖の身ではございますが、よろしくお願い致します。」

 

「あぁ、うん。何もできないのは本当だから、正直とても助かるよ………こちらこそ、よろしくお願いします。」

 

お互いにお辞儀を交わす。

 

 

「では、あとのことは任せた。よろしく頼むぞ。北郷も、まぁ頑張れよ。」

 

そう言って、夏侯淵は執務室へと戻っていく。

 

 

「あ、秋蘭行っちゃうんだ。まぁ頑張るよ。

………お手柔らかにお願いします。」

 

「えぇ。将軍に任されましたので、”誠心誠意”務めさせて頂きます。

早速ですが………。恐らくこの先馬を使う機会がすぐやってくるでしょう。

また、文字は知識で何とかなりますが、乗馬は身体が覚えるほかありません。

乗馬から始めましょうか。こちらにどうぞ。」

 

 

そう言って乗馬の練習を始める2人だった。

 

 

 

 

それから二週間ほど、練習を繰り返した北郷は、ようやくある程度1人で馬を操れるようになっていた。

 

「そうです。馬は賢い生き物ですから、自信を持って導いてあげてください。

手綱はもちろん、北郷さんの四肢から気持ちが全て伝わっていくのですから、堂々と。」

 

 

さらには、北郷”様”から、北郷”さん”へと呼び方が砕けている。

どうやらこの乗馬練習の間に、少し打ち解けてきている様子が伺える。

 

教官に任命された時、夏侯淵の真名を呼んだ事への怒りは、何とか収まったようである。

 

 

練習開始直後、まずは北郷が実際どれくらい乗れるのかを確認するため、多少強引だが馬に乗せてみた。

 

 

するとどうだろう。………なんと跨ることすら叶わなかった。

跨ごうとはするのだが、その北郷を嫌ってなのか、馬がそうさせようとしないのだ。

 

 

その状態からわずか二週間で、無事手綱を握り馬を操るまでに至っている。

王蘭の指導が良いのか、北郷の素質がよかったのかはわからないが、驚異的なことである。

 

 

 

 

そんな練習を続ける2人の元に、至急の招集命令が伝えられた。

北郷は曹操の元に、王蘭は夏侯淵隊集合地に急ぐ。

 

 

 

――軍議にて

 

 

 

「ようやく、他領への盗賊討伐の許可がおりたわ。」

 

 

軍議の開始早々、曹操が皆に伝える。

どうやら太平要術の書奪還のために申請していた、他領への行軍が許可されたらしい。

 

これを受けて、いよいよ兵をあげて盗賊の討伐に赴く事になった。

そのための会議のようだ。

 

 

「上の役人に話を伝えてから一ヶ月………。余りに愚鈍だったけれども、ようやく機会が回ってきたわ。皆のもの、早速出立の準備を整えなさい。細かいところは秋蘭、あなたに任せるわ。」

 

「はっ。畏まりました。」

 

「出立は明後日の朝。遅れは許さないわよ。いいわね!」

 

 

 

 

こうして出立の準備が始められ、王蘭たちの小隊は輜重隊として後詰めを任されることになった。

 

 

王蘭は夏侯淵より、監督官として新たに文官として登用したらしい、荀彧という少女を紹介される。

 

 

「王蘭、彼女が今回の輜重に関する監督官に任命した荀文若だ。用意する糧食の量や矢束の数などは彼女の指示に従うように。」

 

「はっ、承知致しました。荀文若様よろしくお願い致します。」

 

「………荀文若よ。必要な指示はこちらから出すから、あまり話しかけないで頂戴。」

 

「は、はぁ………。承知致しました。」

 

 

初対面にもかかわらず、余りに素っ気ない態度を取られて面食らう王蘭。

それを見て、夏侯淵が、

 

「まぁ気難しいところもあるが、これで仕事は早くて正確なのだ。

少し我慢してやってくれ。では後は頼むぞ。」

 

そう言い残して、部隊の調整に向かう夏侯淵。

早速、必要な糧食を集める指示を荀彧から受ける。

 

 

「必要な糧食はこの帳簿に記してあるわ。あなたはこれに書いてある通りに用意なさい。

四の五の言わずに、言われたとおりに動けばいいの。わかった?」

 

「は、はっ。承知致しました。帳簿を拝借致します。」

 

 

そう言って帳簿を王蘭に渡すと、荀彧は別の作業監督のためにこの場を去る。

 

 

 

それを見送った王蘭はため息をつきつつ、隊員らと糧食の用意に取り掛かろうとする。

しかし、帳簿の中身を確認して自分の目を疑う。

 

 

「これは………。聞いていた行軍日数よりもかなり用意する糧食が少ないですね。

将軍がお認めになられた方なので間違いとも言い切れないしな………困りました、どうしましょう。」

 

 

頭を抱えた王蘭だったが、万が一の事を考えて決断する。

 

 

「皆さん集まってください。ここに今回の行軍における糧食についての帳簿があります。

ですが………。将軍からお聞きしている行軍日数と比べると、余りにも少ない量しか記載されていません。

 

監督官殿も、将軍からの信任を得て今の役目を果たされている方なので、お考えあっての事なのでしょう。ですので我々輜重隊としては、彼女の顔を立てる意味でも、表向きはこの帳簿通りに用意します。

 

ただしこれとは別に、本来用意しておくべき量との差分について、一切を私の責任に於いて秘密裏に用意しておくことにします。くれぐれも別隊の方々にも内密に。よろしいですね?」

 

 

荀彧や夏侯淵に黙って食料の準備に取り掛かる王蘭の小隊一同。

果たして良い結果へとつながると良いのだが………。

 

 

 

 

 




荀彧さん登場。原作ストーリーがあると話が進めやすいですね。

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第八話

各部隊の準備が整い、いよいよ出立の日となった。

 

 

軍が動くとあって、城内全体が慌ただしくバタバタしている状況なのだが、城壁の上を1人プラプラと歩く姿が見える。北郷一刀のようだ。

 

「………何度見ても、壮観だなぁ」

 

 

彼にとっては今回が初陣ということもあり、緊張しているのではないかと思うところだが、表情からはそれが伺えない。

むしろ、その口から出てくる言葉はどこか間の抜けたものであった。

 

 

「どうした、そんな間の抜けた顔をして。」

 

 

夏侯惇も同じ様に見えたのだろう。声をかけるつもりも無かった様だが、ついついかけてしまう。

 

 

「いや、こんなにたくさんの兵隊さんを見るのって、初めてだから。ちょっと感動したというか、驚いたというか………。」

 

「この程度でか?」

 

 

呆れながらも軽口を挟んでしまい、2人が話をしているうちに曹操が夏侯淵を連れてやってくる。

 

 

「………何を無駄話をしているの、2人とも?」

 

 

更に呆れた表情で声をかける曹操に、夏侯惇と北郷は更に騒ぎ始める始末。

 

「はぁ………春蘭。装備品と兵の確認の最終報告、受けていないわよ。数はちゃんと揃っているの?」

 

「は………はいっ。全て滞りなく済んでおります!北郷に声をかけられたため、報告が遅れました!」

 

「………その一刀には、糧食の最終点検の帳簿を受け取ってくるよう、言っておいたはずよね?」

 

「あ………。すまん!すぐ確認してくるっ!」

 

「早くなさい。あなたが遅れることで、全軍の出撃が遅れるわ。」

 

「ホントにごめん!」

 

見かねた夏侯淵が助け舟を出す。

 

「………北郷。監督官は、いま馬具の確認をしているはずだ。そちらへ行くといい。」

 

 

馬具が置いてある場所まで向かう北郷。

 

 

夏侯淵に教えてもらった場所にたどり着くと、出撃前とあってピリピリした空気を強く感じる。どうせ聞くならあまりそうなってない人に………という甘い考えで、近くに居る少女に声をかけてしまう。

 

「あ、ちょっと君!………ちょっと、そこの君!………聞こえてないのかな?おーい!」

 

「聞こえているわよ!さっきから何度も何度も何度も何度も………一体何のつもり!?」

 

 

こうして北郷と荀彧の初会合がなされたのだった。

 

 

 

 

その頃王蘭はというと、そこからすぐ近くで糧食の最終点検を実施していた。

 

 

「例の差分の件、誰にも感づかれる事なく用意頂けましたか?」

 

「はっ。布をかけてすぐに運び出せる状態になっています。」

 

「ありがとうございます。出立さえすれば最後尾に続く我々の荷車の中身など、輜重隊以外の者がいちいち気にすることもないでしょう。それまで秘匿に、よろしくお願いしますね。」

 

「はっ」

 

 

糧食の差分を、何とか荀彧に見つからずに用意することが出来た様だ。

 

いつも通りであれば、特に気をつけるでもなく難なくできたのだろうが、さすがは荀彧といったところか。細かく実施状況の確認にやってきては、余計な事をしていないか目を光らせていた。

 

幸いにも馬具に矢束、食料の確保等々と、管理する対象が多岐に渡っていたおかげで、王蘭たちは彼女の目を盗む事ができたようだったが。

 

 

荀彧からすれば、今回のこの一計が自身の命を左右するものである以上、失態を犯すわけにはいかない。

並々ならぬ決意をもって監督官の仕事にあたるのも、無理からぬ話である。

 

 

さて、荀彧から再点検の帳簿を手にした北郷だが、曹操の元に急いで駆けつけ帳簿を渡す。そこから荀彧を呼びつける事態に発展。

そしてこれを機として、荀彧が曹操麾下の軍師として登用される事なるのであった。

 

 

 

事の顛末を出立の間際に夏侯淵から聞いた王蘭は、ようやく荀彧の意図を理解した。

 

軍師として登用してもらうための彼女のその心胆、心意気はまさに称賛すべきものとして、尊敬の念を抱くと同時に、今回のこの討伐行が新設部隊の活躍の場でもあると、気合を入れ直した。

 

 

そう。王蘭の小隊は輜重隊としての任務と平行して、この行軍が斥候部隊としての初の活躍の場と捉えていた。

前線の部隊ではなく、後衛としての役割を与えてもらったのもこのためである。

 

 

今回の斥候隊としての目的は、今後のために実践経験を積むこと。

 

敵陣の中に忍び込むなどの危険を伴う作戦は考えておらず、敵の本拠地の場所やざっくりとした敵の人数など、本陣の作戦立案、実行に必要となる基本的な情報を持ち帰る事を目標としていた。

 

ちなみに糧食の追加用意分については、万が一としてそのまま持っていくことにしたようである。

 

 

 

そうして、いざ出立の時がやってきた。

 

 

軍はこれまでの討伐に比べて僅かに速い、くらいの速度で進軍する。

輜重隊として王蘭の小隊も遅れないようについていくが、隠した食料も運んでいるため、多少辛そうではある。

 

出立の際、小隊の中から数人を選別し、目的地周辺の状況を探らせに向かわせていた。

特に問題もなく任務を果たせれば、賊の根城の位置に関する情報を持ち帰ってくる算段だ。

 

 

 

しばらくの後。

 

 

 

そろそろ斥候部隊の兵が報告に帰ってきても良さそうな………?と王蘭が考えていた時に、夏侯惇が北郷らを呼びに来る。

 

「おお、貴様ら、こんな所にいたか。」

 

「どうした、姉者。急ぎか。」

 

「うむ。前方に何やら大人数の集団がいるらしい。華琳さまがお呼びだ。すぐに来い。」

 

それぞれが返事を返す際、夏侯淵から王蘭に、お前も来いと目で合図が送られる。

 

斥候として先に行かせた兵には、緊急性の高いものが見つかった場合には、

王蘭や夏侯淵を通さずに曹操へ報告して構わない、と伝えてあった。

 

恐らく、その緊急性の高いものが見つかったのだと判断したためである。

 

 

夏侯淵の後ろに控えるように王蘭が立つ形で、曹操の元に着いた一同。

 

 

「………遅くなりました。」

 

「春蘭、皆の招集ご苦労さま。早速だけれど、この先行軍中の集団が見つかったわ。数は数十人。旗はなく、格好からして盗賊の集団ということよ。」

 

曹操のすぐそばに膝をついて控えていたのは、やはり王蘭小隊の斥候兵だった。

 

「桂花、私はどうすべきかしら?」

 

「はっ、もう一度偵察を出しましょう。夏侯惇、北郷、あなた達が指揮を執って。」

 

「おう」

「お、俺ぇ!?」

 

 

こうして夏侯惇と北郷が再度偵察隊として現場に向かうことに。

先に出しておいた斥候とは違い、戦闘を見据えての再偵察であるようだ。

 

 

その再偵察隊の中に、斥候兵を数人含めさせる王蘭の姿が。

 

「北郷さん、ちょっと良いですか?」

 

「ん?あぁ、徳仁さん。どうかしました?」

 

王蘭は北郷さん、北郷は字の徳仁さんと呼び合っているようだ。

 

 

「再度偵察に行かれるということなので、我が隊の斥候兵を数名お連れください。仮にその集団が盗賊で戦闘に入ったなれば、夏侯元譲将軍がいらっしゃるこちらの勝利は必至。ならば、賊らが逃亡する際に数人をわざと逃がし、我が隊の兵を使って追跡させてください。」

 

「………そっか!敵の拠点もそれで判明するかもってことですね。わかりました、ありがとうございます。」

 

 

 

………。

 

 

 

夏侯惇と北郷が再度偵察に向かってからすぐ、曹操たちも報告のあった場所へと急ぎ向かう。

 

「秋蘭、私達もなるべく急いで後を追うわよ。賊ならば春蘭なら迷わず戦闘に入るわ。敵は盗賊なのだから殲滅してしまえばよかろう!なんて言って深追いしてなければいいのだけれど………。」

 

「そうですね。姉者ならやりかねません。北郷が居ますが、まだ姉者を御しきれるかはわかりませんので………。なるべく急ぎましょう。総員!駆け足!!」

 

報告があった集団の元へと急ぐ。

 

 

途中に曹操の予想通り、夏侯惇隊が戦闘に入ったとの報告を受け、更に急いで歩を進める一同。

しばらくして、ようやくその場所と思わしきところまで軍を進めると、前方から北郷の声が聞こえてくる。

 

 

「おーい!華琳ーっ!」

 

こちらに向かって手を振る北郷が見えるが、その横には夏侯惇ともう1人、少女が立っているようだ。

 

本隊がようやく彼らの近くまで辿り着き、曹操が状況の確認をする。

 

「一刀。謎の集団とやらはどうしたの?戦闘があったという報告は聞いたけれど………。」

 

「やっこさんらは春蘭の勢いに負けて逃げてったよ。何人かに尾行してもらってるから、本拠地はすぐ見つかると思う。」

 

「あら、なかなか気が利くわね。」

 

「お褒めに預かり光栄の至り………ってね。実は秋蘭の………。」

 

北郷が状況の説明をしようと言葉を続けようとするが、近くに驚愕の表情を浮かべて立っていた少女が割り込む。

 

「あ、あなた………。」

 

それに気づいた曹操が、問いかける。

 

「ん?この子は?」

 

 

曹操の言葉を無視して、今度は夏侯惇に問いかける少女。

 

「お姉さん、もしかして、国の軍隊………っ!?」

 

「まあ、そうなるが………ぐっ!」

 

 

 

夏侯惇の言葉を聞いた少女が、持っていた巨大な鉄球を夏侯惇に向けて振り下ろした。

急な攻撃にもなんとか反応して防いだ夏侯惇だったが、別の兵士だったならば無事では済まないだろう。

 

 

「き、貴様、何をっ!」

 

夏侯惇の言葉に少女が答える。

 

 

 

 

「国の軍隊なんか信用できるもんか!ボク達を守ってもくれないクセに税金ばっかり持っていって!お前達なんかどっか行っちゃえええ!!てやああああああああああっ!!!!!」

 

 

 

少女が構えた鉄球が、再度振り下ろされるのだった。

 

 

 

 

 




あの子登場。わかりますね。
ドンドン話を進めて行ければと思います。

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第九話

たくさんのご感想・お気に入り登録を頂き、ありがとうございます。
今回ちょっと話詰め込んだせいか、長めです。


 

 

少女の振り下ろす鉄球を、幾度も防ぐ夏侯惇。

 

「くっ!こ、こやつ………なかなか………っ!」

 

相手が子どもで本気になれないとは言え、夏侯惇が押されている。

その状況を見ていた曹操たちだったが、夏侯惇も反撃しなければ苦しくなってきている。

 

 

「二人とも、そこまでよ!………剣を引きなさい!そこの娘も、春蘭も!」

 

 

武器を交わす2人に、曹操の声が響き渡る。

 

これぞ王の持つ覇気というのだろうか。

曹操の気迫にあてられ、少女は軽々と振り回していた鉄球を取り落とす。

 

 

「春蘭、この子の名は?」

 

「え、あ………。」

 

「き………許褚と言います。」

 

完全に曹操の気迫に飲まれてしまっている。

曹操たちが役人だと知って立ち向かった少女とは思えないほどだ。

 

「そう………。許褚、ごめんなさい。」

 

そう言って、許褚に頭を下げる曹操。

 

 

「………え?」

「曹操、さま………?」

「お、おい、華琳………。」

 

曹操の取った行動に、夏侯惇、荀彧、北郷がそれぞれ反応を見せる。

 

 

「名乗るのが遅れたわね。私は曹操、山向こうの陳留の街で、刺史をしている者よ。」

 

「山向こうの………?あ………それじゃっ!?ご、ごめんなさいっ!山向こうの街の噂は聞いてます!向こうの刺史さまはすごく立派な人で、悪いことはしないし、税金も安くなったし、盗賊もすごく少なくなったって!そんな人に、ボク………ボク………!」

 

 

曹操の名を聞いた途端、許褚は態度をすぐに改め謝罪の言葉を口にした。

この素直さは、彼女がまだ幼いがための美点だろうか。

 

 

「構わないわ。今の国が腐敗しているのは、刺史の私が一番よく知っているもの。官と聞いて許褚が憤るのも、当たり前の話だわ。だから許褚、あなたのその勇気と力、この曹操に貸してくれないかしら?」

 

「え………?ボクの、力を………?」

 

 

まさか曹操から誘いを受けるは思っておらず、戸惑いと驚きの表情を浮かべる許褚。

だが、大陸の王となることが自分の天命であると信じて疑わない、曹操の強い思いは確実に許褚の心を叩いていた。

 

 

 

曹操と許褚がやり取りをしている間に、北郷が放った斥候兵が王蘭の元に戻ってくる。

 

「ご報告します。盗賊らの拠点はここより半刻ほど進んだ先にある、山陰に隠れるように建つ砦の様です。また敵兵の数凡そ三千。」

 

「ご苦労さまです。少しの間ですが休んでください。………将軍、斥候兵が戻りました。」

 

この報告を受けた王蘭が夏侯淵に報告する。

 

「そうか、ご苦労だった。華琳様にお伝えしてくる故、進軍に備えておいてくれ。」

 

 

そう言って曹操の近くに寄った夏侯淵が、曹操と許褚の話に割って入る。

 

 

「華琳さま、偵察の兵が戻りました。盗賊団の本拠地は、すぐそこのようです。」

 

「わかったわ。………ねぇ、許褚。まず、あなたの邑を脅かす盗賊団を根絶やしにするわ。まずはそこだけでいい。あなたの力を貸してくれるかしら?」

 

「はい!それなら、いくらでも!」

 

「ふふっ、ありがとう………。春蘭、秋蘭。許褚はひとまず、あなた達の下に付ける。分からないことは教えてあげなさい。」

 

「はっ」

「了解です!」

 

 

「………では総員、行軍を再開するわ!騎乗!」

 

 

こうしてひとまず盗賊討伐戦に向け、許褚が陣営に加わる事に。

曹操の掛け声の元、軍隊は盗賊たちの本拠地へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

しばらく軍を進めると、山の陰に隠れるようにひっそりと立つ砦が見えてくる。盗賊たちの本拠地だ。

この辺り一帯には盗賊団は1つのみらしく、曹操が探している盗賊団と、許褚の邑を襲った盗賊団は同じなのだろう。

 

 

「敵の数は把握しているの?」

 

「はい。およそ三千との報告がありました。」

 

曹操の問いに、夏侯淵が斥候兵からの報告を返す。

 

出立前に王蘭が目標としていた、本拠地の調査と敵数についての報告がこの時点で達成された。

他領での実戦経験を詰めた事はとても大きく、部隊後方の輜重隊の中にいる王蘭の表情を見ると、戦闘前というのに少しホッとしているように見える。

 

 

曹操が状況の確認を終えると、荀彧から作戦の説明が行われる。

夏侯惇との一悶着はあったものの、作戦通り動くことが決定。

 

 

「では作戦を開始する!各員持ち場につけ!」

 

 

こうして賊討伐戦が開始された。

 

 

 

………。

 

 

 

「逃げる者は逃げ道を無理に塞ぐな!後方から追撃を掛ける、放っておけ!」

 

荀彧の作戦が功を奏し、盗賊の討伐は大成功を収めたと言って良いだろう。

うまく行き過ぎたようだが。

 

戦闘もだいぶ落ち着きはじめ、合流した夏侯淵、荀彧へと労いの言葉を掛ける曹操。

 

 

「それと一刀。よく逃げなかったわね。関心したわ。初陣で恐怖に打ち勝てただけでも、大したものだわ。」

 

 

そして、戦争を知らない未来からやってきた北郷への称賛も。

人の生死を間近で感じ、戦争の恐怖に負ける事なく戦場を見つめ続けられただけでも、彼の強さが伺える。

 

 

「………ありがと。」

 

だが、その言葉を発した途端、北郷はフラッと倒れてしまう。

 

「ち、ちょっと、一刀っ!?」

 

「やれやれ………。緊張の糸が切れたようですな。」

 

倒れる北郷を心配する曹操だが、気を失っただけと分かると、安心したようで一息つく。

 

 

「………はぁ。この様子だとしばらく目を覚ましそうにないわね。起きるのも待っていられないから、落ちないように荷車にきつくしばっておきなさい。」

 

 

こうして、無事に盗賊の討伐を終えた曹操たちは、陳留へと軍の引き上げを開始するのだった。

 

 

 

 

 

そんな片付けをしている中、夏侯淵の居る陣営の前にあまり顔色の優れない王蘭が。

 

「………はぁ。糧食の件、将軍に報告せねばなりませんね。………将軍!少しだけお時間構いませんか。」

 

「ん?あぁ、王蘭。構わんぞ、どうした?」

 

「失礼します………。早速で恐縮なんですが、ご報告がありまして………。」

 

 

珍しく言い淀む王蘭を見て、何か問題があったのか?と勘ぐる夏侯淵。

 

 

「大変申し訳ありません。実は将軍や荀文若様に黙って、曹孟徳様が当初予定していた通りの糧食を用意をさせております。」

 

頭を下げ、謝罪を述べる王蘭に対して、夏侯淵は冷静に口を開く。

 

「………そうか、まずは理由を聞こうか。」

 

顔を上げ、夏侯淵の目を見て説明を始める王蘭。

 

「………はっ。万が一糧食の不足によって盗賊の討伐が出来なかった場合と、当初の予定通りの糧食を用意しそれを余らせた場合の損失を比べ、前者を解決する方を選択致しました。」

 

「続けろ。」

 

 

「今回の行軍の目的は”他領へ逃げ込んだ盗賊の討伐”にあります。わざわざ上役に承認を得てまでの遠征ですので、これが成されずに陳留へ戻る事は、今後の行く末を思うとあってはならぬ事。ですが現状の我が斥候隊の練度では、他領への情報収集活動には多少の不安が残ります。盗賊らの拠点が不明な以上、行軍に何日要するかも定かでは無い上に、更に糧食を減らしてしまうのは、余りに多くの危険を孕んでしまうと考えた次第です。」

 

「また………、こちらも申し上げにくいのですが、初対面での態度を鑑みると、荀文若様は恐らく私が理由をお伺いしても、お答えにならなかったのではないかと愚考しました。ですが、荀文若様を介さずに将軍に直接確認を実施すれば、荀文若様がお考えになっていた、軍師登用のための作戦も、意図する成果も生まれる事がなくなる………と考え、私の独断にて、内密に糧食を用意させました。」

 

「………ご報告は以上です。覚悟はできておりますので、いかようにでもご処罰くださいませ。」

 

そう言って再度頭を下げる王蘭。

夏侯淵は、その報告を聞いてじっと考え込む。

 

 

「………ふむ。上官の命令無視、報告と確認業務の怠惰、上官への虚偽報告、更には自己判断による勝手な公費の使用………か。」

 

 

じっとこちらを見る夏侯淵。

 

 

「なんともまぁ、一度にいろいろとやってくれたものだ。本来であれば、即刻打首にすることもできるのだが………、お前は運だけは良いらしいな。付いてまいれ、華琳さまの判断を仰ぐこととする。」

 

 

そうして曹操の元へ尋ねる夏侯淵と王蘭。

 

 

「華琳さま、秋蘭です。ご報告したい儀がございます。」

 

「入りなさい。」

 

「はっ。失礼します。」

 

夏侯淵に続けて陣営に入る王蘭。

 

「あら、あなた確か………王蘭、だったかしら?2人で何の用?」

 

「覚えていらっしゃいましたか。この王蘭が此度の輜重隊の長を務めたのですが、先程良い面と悪い面の両方を持った報告を聞きまして。華琳さまのご判断を仰ごうかと………。」

 

「何かしら?」

 

「はっ。先ほど華琳さま、姉者、桂花、私の四名で話していた懸念事項ですが、どうやら要らぬ心配となりそうです。」

 

「………それはどういう事?もっと詳しく話しなさいな。」

 

 

曹操と一緒に、王蘭も何の話をしているのかわからないと言った顔を浮かべている。

 

 

「この王蘭、どうやら当初華琳さまがご指示なさった分の糧食を用意してしまっていた様です。これによって先程お話しておりました、残存兵数が想定より大幅に残った事、季衣の食べる量を加味すると、不足すると思われた糧食不足の問題が解決する算段です。」

 

「………なるほど、そういうこと。糧食の用意に命令違反があったものの、今私達の目の前にある問題は、それのおかげで解決するってわけね。」

 

「はい………。今回の情報収集はこの王蘭の発案で設立した斥候部隊の活躍でもありますし、加えて当面の問題だった糧食についても解決します。ただ、命令無視などの軍規に違反する内容も無視するわけにもいかず………。」

 

「あら………。斥候もあなたの発案だったの。それは知らなかったわ。………ふぅん、それで私の元にね。………秋蘭、私が賞罰を決めて構わないのかしら?」

 

「華琳さまにお任せ致します。」

 

「では桂花もここへ呼んできなさい。2人同時に沙汰を言い渡した方がいいでしょう。」

 

 

荀彧が到着し、曹操の前に膝をつく2人。

荀彧に至っては、先程行われた軍議で糧食の不足を指摘されていたためだろう、若干顔色が優れない様子。

 

そして曹操の口が開かれる。

 

「桂花、先程の軍議の内容と最初にした約束、覚えているわよね?」

 

「………はい。」

 

「このままでは糧食が不足することは目に見えているわ。わかるわよね?」

 

「………はい。」

 

「作戦がうまく行き過ぎたこと、新しく加入した季衣が人の十倍は食べる量が多いこと。………いろいろ言いたい事はあるでしょうが、不足の事態が起こるのが戦場の常よ。それを言い訳にするのは、適切な予測ができない、無能者のすることよね?」

 

「で、ですが!………いえ、わかりました。首を刎ねるなり、思うままにしてくださいませ。」

 

「………とは言え、今回の遠征の功績を無視できないのもまた事実。それは王蘭、あなたにも言えること。………桂花、良かったわね。実はそこの王蘭が、最初に私が指示をした内容で糧食を用意していたそうよ?」

 

 

えっ、と言いたげな表情で横で膝を着く王蘭と曹操を見比べる荀彧。

 

 

「そ、そんな………。確かに最終点検では、私の指示通りだったはず………。」

 

「あなたに隠れて用意していたのだそうよ。そこは頂けない所なのだけれど。………さて、2人に沙汰を言い渡します。荀文若!あなたには死刑より減刑して、おしおきだけで許してあげるわ。」

 

「曹操さま………っ!」

 

「それから、私を華琳と呼ぶことを許しましょう。より一層、奮起して仕えるように。」

 

「あ………ありがとうございます!華琳さまっ!」

 

「次に王徳仁。斥候部隊の運用は確かに評価されるべき功績だわ。加えて糧食不足の解決も、まぁあなたの功としておいてあげましょう。でも、命令無視という重大な軍規違反は流石にそれら功を以てしても、打ち消すことはできないわ。よって城に戻ってから十日の間、現在の業務に加えて桂花の仕事の補佐をなさい。それで許してあげるわ。秋蘭も、それでいいわね?」

 

「御意。」

 

「ち、ちょっと、華琳さまっ!?お待ちください!!こんな穢らわしい男の助けなど、要りません!!」

 

「あら?あなたにも”おしおき”は与えると言ったはずよ?閨であなたの喜ぶことだけしても、それでは意味がないじゃないの。」

 

「あ、あうぅぅ………。華琳さまぁあ………。」

 

そう言って笑みを浮かべる曹操に、喜びと嫌悪とが入り混じった複雑な表情を浮かべる荀彧だった。

 

 

 

 

………。

 

 

 

無事城に戻った後、荀彧の執務室にて。

 

「薄汚い!勝手に触らないで!!近寄らないで!!!あぁ、もう………なんでこんなのと十日間も一緒に仕事しないといけないのよぉ………。」

 

「は………はぁ。あの、軍備補填の報告のまとめ、ここに置いておきますので、よろしくお願いしますね。」

 

「わかってるわよ!あぁもう!!うるさいうるさいうるさぁぁぁい!!!………王蘭とか言ったわね………。覚えてなさい、今にひどい目に合わせてあげるんだから………。」

 

 

こうしてめでたく、荀彧にも名前を覚えてもらう事ができたのでした。

 

 

 

 




荀彧さんにめでたく名前を覚えてもらえた王蘭さん。
軍師ーずとは、斥候隊として今後も絡んでいくはずなので、早いうちに仲良くなっておいてもらおうと考えました。

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第十話

 

この日王蘭は執務室に篭り、積み重なった竹簡の処理に追われていた。

 

いつもであればこれほど積み重なることなく、その日のうちに仕事を終わらせる王蘭。

だがこの日は、夏侯淵がいつも自分で行っている殆どの事務仕事を各小隊長に割り振っていたため、小隊長の役職を持った者たちはその処理に追われていた。

 

王蘭としては、割り振れるのならば常に任せてもらい、夏侯淵には夏侯淵にしかできない仕事に時間を使って欲しいとも思うのだが。

 

 

ちなみにその割り振りの中でも、斥候隊との掛け持ちをしている事に加えて、先日まで荀彧の仕事の手伝いをしていた事もあってか、王蘭もっと仕事できるんじゃない?と言わんばかりの、割り振りの比率が明らかに偏っている様にも見えたが。

 

 

さてその夏侯淵はと言うと、どうやら主だった将達で街の視察に出かけるようだ。

 

 

先日の盗賊討伐の功績によって、陳留の刺史から州牧へと昇格した曹操。

ここしばらくは慌ただしく、ようやく引き継ぎやらが完了し、落ち着きを見せてきた頃合いだったため、一度街の視察に行こうという流れになったのである。

 

 

「私も一緒に視察に行きたかった………。」

 

 

と、王蘭が言ったとか言わなかったとか。

その時近くにいた兵に話を聞こうとしても、決して口を割らなかったため、真実は定かではないが。

 

 

さて、通常よりも多い仕事量にもかかわらず、この日の事務処理も全て滞りなく片付けた小隊長一同が、夏侯淵に業務の報告を行っている。

夏侯淵隊は、どの部下も優秀な様だ。

 

 

「………ふむ。ではこちらの予算案を今一度見直して、再度報告してくれ。それとお前のこの報告書、ここが抜けている。訂正して再提出せよ。明日で構わぬ。それから新しい部隊編成についてだが………。」

 

 

矢継ぎ早に、各小隊長の処理した内容を確認し指示を出す夏侯淵。

その姿は武官のものとは思えぬ優秀さである。

 

 

「………。ふぅ、こんなものか。何か他に報告があるものはいるか?」

 

一同の顔を見渡す夏侯淵。

 

「いないようだな。では解散して休んでくれ。………あ、王蘭。すまないが、部屋に戻る前に茶を淹れてもらっても良いか?少し一息付きたくてな。」

 

「はっ。畏まりました。」

 

 

茶の腕は一流の領域にいる王蘭。全く良い趣味を見つけたものである。

 

茶を淹れてくれたお礼にと、夏侯淵が視察の帰りに買ってきたというお菓子を2人で食べ、しばらく語り合うのだった。

だが、その内容は特に色気のあるものではなく、やれ軍がどうだの、指揮系統がどうだの、真面目で堅苦しいものに終始したようだが………。

 

話題に関しては、これからの王蘭の努力に期待するとしよう。

 

 

 

 

 

この日から数日が経ち………。

 

 

 

 

 

この頃領内でまた、盗賊たちの活動が活発になってきているようだった。

 

夏侯惇や許褚などが軍隊として鎮圧に向かうと、すぐに逃げ散ってしまう賊たちではあるが、

どこの地域で発生する盗賊らであっても、1つの共通点があった。

 

 

 

どの盗賊も、身体のどこかに”黄色い布”を身に着けているのである。

 

 

 

これを受けた王蘭は、すぐさま斥候部隊を利用して情報の収集に務めた。

そしてちょうど今しがた、調査に出していた斥候兵からの報告を聞いた王蘭が、考えをまとめる。

 

「ふむ………。やはり我が領地だけに収まらず、大陸中に黄色い布を持った盗賊たちが見受けられているのですね。」

 

 

黄色い布を持った盗賊たちが散見し始めた際、まず王蘭が気にしたのはその出没地域である。

 

 

曹操の領地内でのみ見受けられるのであれば、その盗賊の拠点となるものも領内にあるか、もしくは近くで済むだろう。

だが、それが大陸中から確認できた場合、もはや兗州だけの問題ではなく国事として取り扱う必要がある。

 

これを懸念して周辺の村や街はもちろん、少し遠方の国にもその手を広げていたが、残念なことに大陸全土で同様の盗賊たちが散見しているようである。

 

 

次に確認すべきは、盗賊たちの目的。

 

通常、盗賊たちが集まる理由としては、重税に耐えられなかった民たちが暴徒と化し、善良な民の富を奪う事が多い。

だが今回のこの騒動において、同様の被害が大陸全土で見受けられていること、また共通点として黄色い布を身につけるなど、それぞれが単発的、突発的な小団体ではなく、全土に規模を広げる大集団であることを明示していることから、何らかの目的を持って集まった組織、あるいは集団である事が予測される。

 

 

 

兵から続きの報告を聞く。

 

 

「この盗賊らの首魁の名は張角。確たる証拠が見つかっているわけではありませんが、盗賊被害が起こる直前に、3人の女芸人がどの村に於いても目撃されている様です。また、現在の所、盗賊たちの目的と言えるものはつかめておりません。どの地域においても、捕らえた敵を尋問したところで何も情報を割る様子は無いようです。」

 

「そうですか………。首魁の名と、その正体を掴む手掛かりを見つけられただけでも十分です。貴重な情報ありがとうございます。引き続き、よろしくお願いしますね。」

 

「はっ!」

 

こうして兵が再度諜報活動へと出かけていく。

 

 

 

 

兵からの報告を聞いた王蘭が、夏侯淵と荀彧に報告する。

どうやら、先日の十日間の仕事の補助を行った際、斥候兵の運用が王蘭の指揮の下で行われている事を知った荀彧が、

 

「私にも掴んだ情報は教えなさいよ!というか軍師にこそ報告すべきでしょうが!!」

 

と言って、また癇癪を起こしたようだ。

そうまで言うのであれば、と隊に戻り夏侯淵に相談したところ、共有すべきものはして良いと了承を得たのだった。

 

 

話を戻して、今回の盗賊たちの情報である。

 

 

「荀文若様、夏侯妙才様、斥候からの報告を申し上げます。………今回の情報収集活動によって、敵首魁の名前が判明致しました。名を張角。また、盗賊が発生した村々の状況を探ると、共通して直前に3人の女芸人が目撃されており、その内の1人が張角と名乗っているようです。ただ今回のこの件、捕らえた賊を尋問にかけても、一切の情報を吐く様子は見られないため、旅芸人が賊の首魁であることを裏付けるものは、現状なにもなく………。憶測の域を出ない情報です。私からは以上です。」

 

「ふむ。桂花はどう考える?」

 

「そうね………。恐らくその旅芸人たちが首魁とみていいと思うわ。つい調子に乗って口からでた出鱈目な言葉を、聴衆が勝手に勘違いして暴徒と化したのでしょう。………まぁ華琳さまと共に検討するのが最善でしょうね。軍議でこの事、ご報告しましょう。」

 

「だな………。王蘭、ご苦労だった。下がって良いぞ。」

 

「はっ。」

 

 

こうして軍議へと向かう夏侯淵と荀彧の2人。

後ろからそれを見送った王蘭は、斥候部隊の兵達に更に情報を収集するように指示を出そうとするが、兵が慌てた様子で王蘭の下に駆け寄る。

 

 

「失礼します!ここより南西の方角にある村に、盗賊が現れました!またあの黄色い布を身に着けた盗賊の様です!!」

 

 

「………わかりました。あなたは至急曹孟徳様たちにこの事の報告を。………誰かある!!また盗賊が出たようです。せっかく現れてくれた貴重な情報源、みすみす見逃すわけには行きませんよ。どの隊が出撃するにしても、付いていける様に準備してください。」

 

 

 

再び盗賊討伐戦が、始まろうとしていた。

 

 

 




街の視察であの3人との会合を書こうか迷いましたが、やっぱり王蘭さんと直接会う時がいいかな、と見送りました。次話登場予定!

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第十一話

 

南西の村に盗賊が出没したとの報を受け、討伐隊として使命された夏侯淵が準備を急ぐ。

最近盗賊の被害に会うことが多い状況もあって、素早く準備が完了した。

 

 

「準備整いました。いつでも出られます。」

 

王蘭が夏侯淵に報告する。

 

「うむ。他の者たちも用意はいいな?………総員、騎乗!!」

 

こうして報告のあった村に急ぐ夏侯淵隊。

 

 

 

村にたどり着き、無事盗賊たちを討伐。

許褚と出会った村の時と同様、何人かの敵兵はわざと逃し斥候兵を後からつけさせる。

 

 

それと同時に、村の人たちに盗賊たちが現れる前の状況を確認する。

 

「そう言えば、そんな旅芸人さんたちが村に来ておりましたのう………。可愛らしい娘らじゃったです。」

 

年若い者たちは盗賊になってしまったのであろう。

老人や女子供たちが多くいる村の状況だった。

 

「ふむ………。そうですか。ご協力感謝致します。」

 

そう言って王蘭は村の老人に礼を言う。

 

やはり旅芸人たちが訪れた村々で、盗賊の被害にあっている事が確認された。

もはやここまでくれば、偶然とは言い難い。いよいよ、その線を主軸として考えるべきだろう。

 

 

 

討伐を終え、城に戻る頃には晩遅くだったが、夏侯淵は早速曹操に報告。

通常なら早朝に行われるはずであろう軍議も、すぐに招集されて開かれることになった。

 

 

夏侯淵は軍議に参加し、王蘭たち小隊は出撃の片付けを行う。

 

 

この所、黄巾の討伐のために多くの斥候兵を活用していた王蘭。

当初考えていた以上に斥候兵の活躍する場があり、そろそろ規模拡大を上申しても良いかと考えていた。

 

 

 

 

片付けが一段落しそうな頃、またしても斥候からの報告が入る。

だがその斥候兵の表情はあまり優れず、悪い報告であることを物語っている。

 

 

「ご、ご報告します!黄巾の賊が再度出没した様子!ただし、これまでよりもかなりの大規模な集団でした!数については夜間のため不明!」

 

 

 

かなり慌てた様子である。

それ程に大きな規模なのか、とこれから起こるであろう事を危ぶむ王蘭。

 

 

 

「わかりました………。私からこの事は報告しておきましょう。ご苦労さまです。」

 

 

そう言って、軍議を開いている部屋に向かいながら情報を整理する王蘭。

その部屋に辿り着き扉を開けようとすると、兵の状況を確認していた夏侯惇と出くわす。

 

「貴様!今は軍議中であるぞ!!………ん?お前は確か秋蘭のところの。」

 

「はっ。夏侯淵隊小隊長の王徳仁と申します。曹孟徳様を始め将軍皆様方に至急ご報告すべき情報があり参りました。」

 

「む………そうか。こちらで引き取ろう。申してみよ。」

 

「はっ。件の黄巾の賊徒がまた出没致しました。その規模はこれまでと比べかなりの規模となっております。」

 

「またか………。では後はこちらで華琳様に報告しておこう。」

 

 

詳細を確認したあと、そう言って部屋に入っていく夏侯惇。

王蘭は再出動の可能性も考え、片付けを行っていた兵たちにいつでもまた出られるようにと、情報を共有しておく。

 

 

 

 

軍議が終わって隊の宿舎にやってきた夏侯淵。

 

「む、皆起きていたか。すでに解散して休んでいるものと思っていたが………。とすれば、先程姉者が持ってきた情報は王蘭の情報か。」

 

「はい。すでに他の小隊も含めた全隊員達には、念の為再出動があっても良いように、と伝えてあります。必要であれば、すぐにご命令ください。」

 

「流石に準備が良いな。我々夏侯淵隊に再出動の命が下った。だが今回の主力隊は季衣が率いる。我々はその補佐となるが、戦いは避けられぬだろう。各位、準備を整え至急向かうぞ。」

 

「はっ。」

 

夏侯淵からの命令に返事を返す小隊長たち。

急いで隊員たちに指示を出し、待機していた隊員達が出撃の用意を整える。

 

 

 

 

準備が整い、許褚隊、夏侯淵隊が揃い、将軍からの号令を待つ。

許褚が一歩前に踏み出し口を開く。

 

 

「これからボクたちは、黄巾の盗賊たちに襲われちゃいそうな街の救出に向かうよ!ただ普通に暮らしている街の皆から、悪いことなんにもしてない良い人たちから、何もかもを奪っていく盗賊なんて、ぜえええぇぇぇっっっっっっっったいに許さない!!!だから皆、ボクに遅れずついてきて!!!皆で街の皆を助けるんだよ!!!総員、出撃いいいいいいいい!!!!!」

 

 

許褚の号令が響き渡り、彼女の民を思う優しい気持ちと、街を襲おうとする盗賊への怒りがひしひしと伝わってくる。

これに応えぬ兵はおらず、皆一様に表情を引き締め、思いを一つにするのだった。

 

 

 

 

 

 

軍が街に到着したが、まだ盗賊たちからの攻撃は受けていない様子。

 

「ほっ………。よかったぁ。まだ街の皆は無事なんだね、秋蘭様。」

 

「その様だな。だが様子が変だな………。民たちは既にどこかに避難しているのか?」

 

 

街の状況を確認している許褚と夏侯淵だが、そこに声を掛ける者が。

 

「曹操軍の将軍方々とお見受けします。お間違いありませんか?」

 

「ん?そうだが、お前は………?」

 

「いきなり失礼しました。我が名は楽進、後ろにいる2人は于禁と李典と申します。義勇軍として、この街を防衛すべく参上いたしました。」

 

「そうか………。その義勇軍が街の皆を避難させてくれたのだな?」

 

「はい。まずは街の人々を守ることが優先だと考えました。………よろしかったでしょうか?」

 

「あぁ。助かる。敵の情報は掴んでいるか?」

 

「はい。ですがこの近くに大規模な盗賊が現れたことくらいしか………。」

 

「ふむ。了解した。王蘭!王蘭はいるか。」

 

「ここに。」

 

「すぐに近辺の情報を集め、報告せよ。まずは街の防衛に必要な情報だけで良い。」

 

「はっ。承知しました。」

 

 

 

夏侯淵の命により、近隣の情報を探らせる王蘭。

敵がいる方向、人数、統率がとれているか、など、今回の戦闘で懸念すべき内容について集めさせる。

 

 

その間に曹操軍から夏侯淵、許褚を筆頭に以下小隊長達が、義勇軍からは先程の3人が集まり、防衛の方針を固める事に。

王蘭も部下に指示を出したあと、軍議に参加する。

 

 

「今回の戦闘の指揮は季衣に任せるが、それまでの備えについては私の方で指揮を取るが、良いか?」

 

「はいっ。戦闘に関してはボクでも何とかできるけど、作戦とかそれまでの準備とかはよくわかんないから、秋蘭様がしてくれると助かります!」

 

「うむ、任されよう。ではまず賊らがやってくるまでに、備えられることは何か考えていこうか。皆、どうだ?」

 

「はい、先程我々も実施しようとしていたのですが、まずはこの街の東西にある門に防柵を設置してはどうかと。」

 

 夏侯淵の問に楽進が返す。

 

 

「あ、防柵作んねやったら、うちがそのあたり得意やで。」

 

「ふむ、李典だったな。お前の意見を聞かせてくれるか?」

 

「はいな。正直敵がいつ来るかもわからん状況やから、あまりガッツリ組み上げてられへんのやと思います。まぁせやけど、無いよりは全然ましやから………東西それぞれ5つほどならできるんとちゃいますか?」

 

「ではそれぞれの門に設置してくれ。その指揮は李典に任せてよいな?」

 

「了解っ!」

 

「次、というか先に確認しておくべきだったが、義勇軍も我々に協力してくれると思ってよいのだな?」

 

「はい。もちろんです。我々義勇軍よりも、夏侯淵様たちの方が戦いの指揮には優れていらっしゃいますので、統制もお任せいたします。沙和もいいか?」

 

「もちろんなの〜。凪ちゃんがそうした方がいいって判断したなら、私もそれでいいの〜!」

 

「了解した。大切なお前たちの義勇兵の命、確かに預かった。」

 

「はいっ!よろしくお願いします!」

「お願いしますなの〜!」

 

 

 

確認と決定を進めていく中、斥候より報告が入る。

 

「報告します!敵はこの街の北側にて確認!夜間のため細部まで確認できませんでしたが、目視できる範囲で既に、先遣隊の兵数と同等と思われます!また敵は隊列を組んでおり、統率されていると考えられます!」

 

「………ふむ。その中に張角と思わしき女の姿はあったか?」

 

「いえ、確認できる範囲では女性の姿は見えず、また聞こえてきた指示命令の声はすべて男のものでした!」

 

「わかった。ご苦労だった。下がって良いぞ。」

 

夏侯淵が斥候兵とのやりとりで情報を整理する。

 

「見えぬ範囲にもまだ敵がいると考えるべきだな。我々よりも敵数は多く、組織化されている。また首魁の張角の姿はなし。………といった感じか。誰かある!!華琳様に早馬で一先ず今の状況を報告せよ。くれぐれも、余力を残してこちらと合流して欲しい、とな。」

 

 

 曹操、夏侯惇への伝令を走らせ、いよいよ戦いの気配が漂ってくる。

 

 

「我々から攻撃をしかけることはせず、本隊の到着を待つことを基本路線とする。攻撃は恐らく明朝。夜間は隊で交代しながら備えることとする。………こんなところか。ではあとは季衣、戦闘に入れば指揮権をすべてお前に託そう。よろしく頼むぞ。」

 

「はいっ!がんばりますっ!」

 

 

李典指揮のもと、東西それぞれに防柵を設置したあと、各隊が交代で休みを取ることになった。

 

 

 

 

そして夜が明け。

 

 

 

 

「街の北より砂塵確認!盗賊たちが押し寄せてきています!!」

 

見張り台に立つ兵が声を上げた。

 

 

 

 




三羽烏と出会いました。

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第十二話

 

いよいよ盗賊たちが姿を見せ始める。

どちらの門にも既に防柵が建てられており、王蘭たちも迎撃の用意を整えている。

 

防柵の強度的に東門の守りが不安なため、そちらに主力部隊である許褚隊が配置され、

夏侯淵も許褚の全体指揮を補助するために東門に控えていた。

 

 

西門には義勇軍と夏侯淵隊が配置。

そして何故か、この西門の指揮権は王蘭に委ねられる事になっていた。

 

 

「な、何ゆえ私が西門の指揮を………?」

 

「季衣の補助をするため、私はなるべく近くに居る方がいいだろう。だが隊全員で東門に配備してしまえば、西門の防備が薄くなる。では誰かに指揮を任せ西門を防衛するほか無いであろう?お前は過去、自分の村を少数の村人だけで見事に守りきった実績があるではないか。」

 

「それはそうですが………。」

 

「隊の皆も、お前がそうして華琳様に見初められて入隊したことを知っているし、何よりお前の事を皆が認めているのだ。他の者に異論などあるはずもなかろう。」

 

「っ………。」

 

 

突然の指名に驚きを隠せず、夏侯淵に詰め寄る王蘭だったが、思ってもいなかった口撃に思わず言葉を詰まらせる。

そんなやり取りがあり、王蘭は渋々ながらも西門指揮官を引き受けるのだった。

 

 

 

盗賊達の姿が徐々にはっきりと見えてくる。

戦闘が開始される直前、許褚は夏侯淵からの助言に従い本陣へ伝令兵を放つ。

 

 

 

 

 

そして、防衛戦が開始された。

 

 

 

 

………。

 

 

 

 

開戦からしばらくは、なんとか敵の攻撃も防ぐことができていたが、やはり戦力の差は大きく、徐々に押され始める。

 

 

「3つ目の防柵を破棄して後退します!!」

 

王蘭も良く敵の攻撃を防いではいるが、やはりすべてを受けきれるわけもなく再度防柵を捨てる事を選択。

自分の村の防衛時よりも、かなりの苦戦を強いられている。

 

「防柵はまだ2つあります!本隊の到着まで防ぎきれば我々の勝利は必至です!気を落とすことなく防衛にあたってください!」

 

状況を共有すべく夏侯淵へと伝令を放ち、兵たちを鼓舞する王蘭。

それと同時に、東側の状況を知らせる兵が王蘭のもとに駆け寄る。

 

「夏侯妙才将軍より伝令!東の残りの防柵は1つのみと苦戦中!西門は王小隊長ら防御部隊にお任せし、義勇軍指揮官の皆様方は東門への応援を要請されております!」

 

「………わかりました。義勇軍の方々にはそのままあなたがお伝えし、将軍のもとに向かってもらってください。お願いします。」

 

 

やはり主力部隊といえども、脆い防柵を配した東側の防衛はかなり厳しいようだ。

伝令からの報告を聞き、楽進たちが抜けたあとどう処理していくかに考えを巡らせる。

 

 

 

 

が、しかし。

 

 

 

 

 

 

………突然、銅鑼の音が街中に響き渡る。

 

 

 

 

 

 

「この銅鑼は!!………無事本隊が到着した様ですね!!」

 

 

 

銅鑼の意味に気付いた王蘭が兵たちに向かって声を上げる。

 

「本隊がこの街に到着しました!勝利は目前です!!我らも本隊に呼応して、敵を押し返します!!」

 

防衛にあたっていた兵たちは、本隊到着の報告に活気づき盗賊たちを押し返し始めた。

 

 

 

本隊の攻撃により、盗賊たちは壊滅。

これにより、街の防衛戦は無事に曹操軍の勝利で以て片付くことができた。

 

 

 

 

 

戦が終わり、王蘭ら小隊長達と楽進、于禁、李典、許褚と防衛にあたった、主だった者が集まっていた。

 

 

「皆ご苦労だった。無事にこの街を守りきる事ができた、我々の勝利だ。」

 

夏侯淵が皆を労い、活躍を称賛する。

 

「義勇軍の活躍がなくては守り切ることなど出来はしなかっただろう。改めて礼を言うぞ、楽進、于禁、李典。」

 

「いえ!我々の方こそ、助かりました。我々だけでは到底守りきれるものではありませんでしたし。」

 

「えへへ〜。でも沙和疲れちゃったの〜………。」

 

「うちらも助かったんは凪の言う通りやしなぁ。ホンマにありがとうございます〜。」

 

 

義勇軍の3人がそれぞれの反応を受け取ったあと、王蘭に目をやる夏侯淵。

 

 

「王蘭も、ご苦労だった。よくぞ兵たちをまとめ上げ、西門を守りきったな。お前の働きなしでもまた、守り切ることなどできなかっただろう。」

 

「はっ!ありがとうございます!」

 

 

そんなやり取りをしていると、夏侯惇がこちらにやってくる。

 

 

「秋蘭!季衣!無事かっ!」

 

「あぁ、姉者。危ないところだったがな………。まぁ見ての通りだ。」

 

「春蘭様ー!助かりましたっ!」

 

「二人とも無事で何よりだわ。損害は………大きかったようね。」

 

 

 

夏侯惇、曹操らが会話に加わり、状況を確認する。

防柵はやぶられ、街の状況としてはかなりの損害を受けているが、街の民は皆無事で、兵の損失も最小限で抑えられていた。

 

 

 

 

そうしたやり取りを、少し身を引いて聞いている王蘭のもとに兵が歩み寄る。

昨日の村の救出の際、討伐後に逃げた賊の後を追っていた斥候兵のようだ。

 

 

「王小隊長、お話中失礼します。………あの後盗賊たちを追っておりますと、糧食集積所と思われる場所を発見いたしました。」

 

「………それは誠ですか?」

 

「はっ。しばらく張っていましたが、荷車に積まれた食料が徐々に運び込まれていくのを確認しました。もちろん、それを運ぶ者に黄巾があることも確認しております。」

 

「よくやりました!場所を確認しますのでこちらに。それが終わればゆっくり休んでください。」

 

 

地図のおいてある場所で兵が見つけた場所を確認し、夏侯淵たちのもとに戻る王蘭。

どうやら義勇軍の3人が曹操の配下に加わることになったようである。

 

荀彧とのお決まりのやり取りをしつつも、楽進、于禁、李典の3人は北郷の部下となることに決まった。

 

「取り急ぎはそんな所かしら………?街の民への物資の配給の準備が終わったら、この後の方針を決めることにするわよ。」

 

喫緊まとめるべき話が終わったと、曹操が締めに入るが、王蘭がそこに声を上げる。

 

「申し上げます!ここより半日ほどの距離に、黄巾たちの糧食の集積点と思われる拠点を発見致しました!」

 

 

王蘭の報告により、場の空気が一変する。

まず反応したのは荀彧。

 

 

「王蘭の情報が確かであれば、この機を逃す手はありません。早急に隊の再編を行い、明日中にはその場所まで辿り着いておくべきかと。」

 

「その案で行きましょう。各隊、明日までに部隊の再編を完了させておきなさい!夜明けと同時に拠点討伐に向かうわよ!」

 

 

 

 

軍の方針が決まり、それぞれの隊で編成が行われる。

この日防衛に当たっていた夏侯淵隊も例外ではなく、休む間も無く隊を整える。

 

 

「ふむ………。これでよいか。夏侯淵隊、集合!」

 

夏侯淵の一言で小隊長を始め、隊員が集合する。

 

「今日は街の防衛、ご苦労だった。お前たちの活躍のおかげでこの街も、街の民も皆無事に守り切る事が出来た。感謝する。だが黄巾の賊らは大陸全土に広まっており、我々にはそれらを討伐する義務がある。皆疲れている事はわかるが、遅れる事なく付いてきてほしい。」

 

夏侯淵の労いの言葉に、一層表情を引き締める隊員たち。

 

「明日、黄巾の糧食集積所と思われる拠点へ、討伐に行くことになった。ここに軍の再編案がある。これに従い、明日行軍する!各々確認しておくように!それまではしっかりと身体を休めておいてくれ。解散!!」

 

そう言って隊員を解散させ、編成案を伝えるため小隊長のみを再度集める。

 

 

「皆集まったな………?よし、では再編案だ。これに従い、各隊調整しておくように。」

 

 

そう言って広げられた竹簡に早速目をやる小隊長たち。

そして、その全員が驚きの表情を浮かべる。

 

 

「………将軍。この項目に私の名前があるような気がするのですが、書き損じか、なにかの間違いでしょうか………?」

 

「いや、何も書き損じてなどおらぬよ。間違いなくお前の名前がしっかり記されているであろう?」

 

「確かに私の名前なのですが………え?………え??本当ですか………?」

 

「何だ、私の口から直接聞きたいのか?………全くしょうが無いやつだな。皆、聞いてくれ。」

 

そこで一度切った夏侯淵は、自分の隊の小隊長一同の顔を見渡す。

 

 

 

「此度の活躍を以て、この王徳仁を我が夏侯淵隊の副隊長に任命する!以後この王蘭には、これまで以上に部隊の運営に尽力してもらうことになる。これまで誰も任じておらぬ役職だったが、私の腹心として、今後も活躍してくれる事を期待しているぞ?王蘭。」

 

 

「は………、はっ!!この王徳仁、身命を賭して務めさせて頂きます!!」

 

 

 

その場に居た小隊長たちから祝福の拍手が送られ、王蘭が夏侯淵隊の副隊長に任命された。

 

 

 

 

その場が解散したあと、残った夏侯淵と王蘭が今後について詰める。

 

「我らは先遣隊としての役目を果たしたばかりだから、明日の行軍でも後ろの方になるだろう。兵たちをしっかり休めてやってくれ。」

 

「はっ、承知しました。」

 

「明日からの事についてはこれくらいか………。よし、ご苦労だった。これからもよろしく頼むぞ、副隊長殿?」

 

「は、はぁ………。からかわないでくださいよ………。正直かなり緊張してるんですから。」

 

「こんな出陣している先での任命となってしまって申し訳ないな。本来ならば城に戻って、落ち着いてからの任命がよかったのだろうが。」

 

「い、いえ、そんな………。この任につかせて頂くだけでも、身に余る光栄です。」

 

 

萎縮している王蘭をじっと見つめ、夏侯淵が口を開く。

 

 

「ふむ………。王蘭、これからお前は私の腹心として働いてもらうことになる。お前を信じて隊の全てを任せる事も出てくるだろう。」

 

 

 

 

 

 

「………王蘭、お前に我が真名を預けよう。私の真名、”秋蘭”だ。今後とも、よろしく頼む。」

 

 

 

 

 

そう、王蘭に語りかける夏侯淵。

 

 

 

 

 

副隊長任命の衝撃など忘れてしまうほど。

一瞬が、永遠に感じてしまうほど。

 

 

王蘭にとって、驚きと喜びとが一度に押し寄せてくる。

 

 

 

気持ちの整理がつかない時、人は涙を流すのだろう。

2つの眼から大筋の涙がこぼれていた。

 

 

「どうした………?そんなに泣くほどの事か?」

 

そう微笑みながら王蘭の肩をさする。

 

 

 

「あっ、あり………ありがどう、ございますっっっ!!!!」

 

 

 

 

「受け取ってくれるな?王蘭。」

 

「はい゛っ!………、お見苦しい姿をお見せしました………。」

 

涙を腕で拭い、顔を上げる王蘭。

 

 

 

「夏侯………、秋蘭様の御真名、確かにお預かりました!!………あの、もしよろしければ、なんですが………私の真名も受け取っては頂けないでしょうか………?」

 

 

少し驚いた顔をした夏侯淵だが、すぐに微笑みを浮かべ、

 

「もちろんだ。お前の真名を聞かせてくれるか?」

 

 

 

「はっ!!姓は王、名は蘭、字は徳仁!!我が真名を”蒼慈”と申します!!どうか、これからもよろしくお願い申し上げます!!!」

 

 

 

「蒼慈………だな。確かに受け取った。よろしく頼むぞ、蒼慈。」

 

 

「はっ!!!」

 

 

 

 

 

 

こうして夏侯淵隊の部隊再編が終わり、明日の拠点討伐に備えるのであった。

 

 

 

 

 

 




三羽烏合同戦線終了!
そしてやっと真名交換できたあああぁぁぁぁぁぁぁ。


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第十三話

 

夜が明け、いよいよ黄巾の食料拠点へ軍を向ける曹操たち。

昨夜、隊の再編によって副隊長に任命された王蘭は、まだ薄暗い中で忙しなく動いていた。

 

「なるべく身軽に動けるよう、余計なものはこの街に置いていって構いません。ただし負傷兵が多くいるので、薬の類はなるべく持って行く様にしましょう。」

 

後詰めとして行軍する事になるとは言え、街の防衛で苦戦を強いられていた夏侯淵隊には、負傷兵が多くいる事もあって歩みが遅くなる。

通常よりも身軽にせねば、本隊の夏侯惇や曹操について行けないのだ。

 

 

「王ら………いや、すまない。蒼慈、出立の用意の進捗はどうだ?」

 

 

ようやく互いの真名を預け合うことになった、王蘭と夏侯淵。

ずっと名で呼ばれ続けてきた事もあり、なかなか慣れないのであろう。

 

 

「はっ、小隊それぞれ、もう四半刻もあれば用意が整う見込みです。」

 

「そうか。あれから敵の拠点についての情報は入ってきているか?」

 

「はい、そちらも数名斥候に出ていたものが戻り、確認しました。ちょうど昨日、その砦付近に官軍が現れたようで、敵本隊は拠点を出て迎撃、もしくは別の砦に逃げている様です。砦に残った敵数は凡そ1万ですが、殆どが搬送のための兵とのことです。」

 

「1万か………。まぁ向こうは雑兵の様だし、問題ないだろう。本隊の情報が掴めればなお良かったが、今後に期待だな。私は姉者と季衣の隊を見てくる。作業を進めてくれ。」

 

「はっ、承知しました。」

 

 

それからしばらくして、各隊出立の用意が整い、行軍を開始する。

通常の行軍速度よりも早足にて軍が進められ、半日の距離を数刻にて移動完了。

 

 

曹操軍の眼前には、山奥にある古ぼけた砦が見えている。

 

 

「すでに廃棄された砦ね………。良い場所を見つけたものだわ。布陣前に、新しく加入した凪たちも居ることだし、一度状況をまとめましょう。春蘭。」

 

「はっ。我々の敵は黄巾党と呼ばれる暴徒の集団だ。眼の前の砦はそやつらの食料集積所と思われる拠点だ。あとの細かいことは………秋蘭、任せた。」

 

「はやっ!」

 

思わず北郷がつっこむ。

夏侯淵もそれに呆れながらも、話を引き取る。

 

「やれやれ………。黄巾党の構成員は若者が中心で、散発的に暴力活動を行っているが、特に主張らしい主張はなく、現状で連中の目的は不明。」

 

黄巾党の概要について楽進らに簡単に共有する。

更に砦について最新の情報を、曹操を含めた全体に報告する。

 

「そして、現在の砦の様子ですが、昨日この近くに官軍が来たらしく、敵本隊はそちらの迎撃か、逃亡のため砦には不在。残っている敵兵の数は凡そ1万ですが、敵はこの砦を放棄するつもりの様で、物資の運び出しの準備で慌ただしくしているようです。」

 

「秋蘭、説明ありがとう。凪たちも、状況は理解したわね?それで秋蘭、こちらの兵の数は?」

 

「義勇軍と合わせて八千と少々です。こちらに気づいた様子もなく、今が好機かと。」

 

「えぇ。ならば、一気に攻め落としましょう。」

 

 

布陣を展開しようかと言う時、荀彧から曹操に提案が上がる。

 

 

「華琳様。ひとつ、ご提案が。戦闘終了後、全ての隊は手持ちの軍旗を全て砦に立ててから帰らせてください。この砦を落としたのが、我々だと示す為に。」

 

「なるほど………。黄巾の本隊と戦っているという官軍も、本当の狙いはおそらくはここ。ならば、敵を一掃したこの砦に曹旗が翻っていれば………。」

 

荀彧の提案に夏侯淵が理解を示し、曹操を見やる。

 

「………面白いわね。その案、採用しましょう。軍旗を持って帰った隊は、厳罰よ。」

 

 

荀彧の提案が受け入れられる。更に李典が茶化した事によって、誰が1番高い所に刺して来れるかが競われることに。

曹操もこの勝負を許諾し、勝者には褒美を考えるということになった。

 

 

方針が決定し、曹操が軍議を締める。

 

「糧食は全て焼くこと。米一粒たりとも持ち帰る事は許さない。これで軍議は解散とします。先鋒は春蘭に任せるわ。いいわね?」

 

「はっ!お任せください!」

 

「この戦を以て、大陸全土にこの曹孟徳の名を響き渡らせるわよ。我が覇道はここより始まる!各員、奮励努力せよ!!」

 

 

軍議が終了し、各隊が布陣を敷き始める。

北郷も新たに迎え入れられた3人を部下に持ち、部隊の展開を進めている。

 

 

 

 

そして全部隊の布陣が完了し、いよいよ夏侯惇の声が轟く。

 

 

 

「銅鑼を鳴らせ!鬨の声を上げろ!追い剥ぐことしか知らない盗人と、威を借るだけの官軍に、我らの名を知らしめてやるのだ!総員、奮闘せよ!突撃ぃぃぃぃっ!!」

 

 

黄巾党の補給線壊滅戦が始まった。

 

 

 

 

 

 

………。

 

 

 

 

 

 

やはり砦に残った兵たちでは、たとえ1万の数があろうとも曹操軍の敵ではない。

あっという間に周囲の掃討が完了し、曹操軍の勝利で決着した。

 

 

「火を放て!糧食を持ち帰ること、罷りならん!持ち帰ったものは厳罰に処すぞっ!」

 

自分たちの兵たちに向けた、夏侯惇の声が聞こえてくる。

 

砦の中央に集められた糧食が燃える様子を確認しながら、各隊軍旗を目立つところに刺して帰投していく。

 

 

 

 

その帰り道。

曹操は主だった将を集め、簡易的な軍議を開く。

 

特に急ぎの用は無いが、帰ってすぐ片付けに専念してすぐ休めるように、という配慮の様だ。

 

 

「作戦は大成功でしたねっ!華琳さま!」

 

「ええ。皆もご苦労さま。特に凪、真桜、沙和。初めての参戦で見事な働きだったわ。」

 

機嫌良く話しかけた夏侯惇の言葉に、曹操が新参の3人を褒めて返す。

それに三者三様の返事で返すが、自分が褒められなかったからか、夏侯惇がちょっと萎んでいる。

 

大事な先鋒を任され、無事に戦を終えたのだ。その気持もわからないでもないが………。

 

 

「さしあたり、これでこの辺りの連中の活動は牽制することができたはずだけれど………。」

 

「はい。ただ元々本拠地を持たない連中のこと。今回の攻撃も、しばらくの時間稼ぎにしかならないはずです。」

 

「でしょうね。だからこそ、連中の動きが鈍くなった今のうちに、連中の本隊の動きを掴む必要があるわね。」

 

「はっ。秋蘭の部隊にある斥候部隊にも協力してもらって、地道に情報の収集に努めます。」

 

 

荀彧と曹操の2人は、話を進める。

 

 

「えぇ。しばらくは小規模な討伐と情報収集が続くでしょうけれど、ここでの働きで、黄巾を私達が倒せるかどうかが決まると言っていいわ。皆、一層の奮励努力を期待する!以上!」

 

 

こうして討伐戦後の方針についてまとめ終わり、軍旗の件について話が及ぶ。

 

「勝負は季衣の勝ちでいいわね。季衣、何か欲しい物はある?領地まではさすがにあげられないけど………。」

 

「そんなものいりませんよー!」

 

「まぁいいわ。なら、季衣にはひとつ貸しにしておくわね。何か欲しい物が出来たら、言いなさい。」

 

 

どうやら許褚が本殿の屋根に刺した事により、勝負は許褚の勝利で終わった様だ。

褒美は欲しい物が決まってから、追ってもらうということで落ち着いた。

 

また、略式の軍議ではあるが、今回の街救出から拠点討伐までの評定も併せて実施することになった。

 

 

「次に今回の評定に移るわよ。今回の行軍において凪たち義勇軍も、季衣の部隊も良く働いてくれたわ。そして何より秋蘭、あなたの隊が最も功績を挙げたと言って良いでしょう。」

 

曹操からそれぞれの評価を受ける将たち。

義勇軍として立ち上がった勇気と、新参ながらもしっかりと活躍した3名は勿論のこと、街の救出と、軍旗勝負に勝った許褚も称賛を受ける。

 

だが、やはり今回の討伐戦において最も功績を認められたのは夏侯淵隊だった。

街を襲う集団の事前発見に始まり、救出するための先遣隊としての参戦と無事守り抜いた事、さらには黄巾の拠点までをも見つけだしている。

 

情報の有用性がこれほどまでに実感できた行軍活動はなかっただろう。

曹操からの称賛を一身に受ける夏侯淵。

 

「はっ。ありがたき幸せ。より一層、邁進致します。」

 

「えぇ。何か褒美を考えなくちゃね………。ふふっ。秋蘭、どう?今夜はあなた1人で私の閨に来るかしら?」

 

 

一部から抗議の声が上がるが夏侯淵はどこ吹く風。

 

「はっ!ありがとうございます。」

 

 

いい笑顔で返事をする夏侯淵。

たまには姉の居ない閨も楽しみたかったのだろうか、その誘いを二言目には受けている夏侯淵だった。

 

 

 

 

 

………。

 

 

 

 

曹操の閨にて。

 

 

 

「………秋蘭、とても可愛かったわよ?」

 

「あ、ありがとうございます………。」

 

「ふふっ、もう本当に可愛いんだから。………そう言えば今回の功績、ちゃんと部下にも報いてあげなさいね?秋蘭だから大丈夫だとは思うけれど。」

 

「はい、皆に特別給金の支給と、特に斥候隊長の王蘭には夏侯淵隊の副隊長への任命と、我が真名を預けました………。」

 

「へぇ………。秋蘭が真名を許すなんて、それこそ彼、泣いて喜んだのではなくて?」

 

「え、えぇ………。おっしゃる通り、まさに泣き崩れておりましたが………。」

 

「でしょうね。私の可愛い秋蘭の真名を預かるなんて、ちょっと妬けるわね。………でもまぁ私はそこまで狭量ではないから、あなたが私のもので居てくれるのなら、何をしても構わないわよ?」

 

「は、はぁ………?」

 

 

「本当よ?いいわ、わかったわ。2人には褒賞として、戦後処理が終わったら特別休暇を与えましょう。たまには羽を伸ばしてらっしゃい。これでどう?」

 

 

 

 

 

 

 

 

機会とは、どうやら不意に訪れるものの様である。

 

 

 

 

 

 




黄巾拠点戦終了!もうそろそろ黄巾編も終わりが見えてきましたね。

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第十四話

 

 

 

王蘭が事務作業を続けている所に、コンコンと扉から来客を知らせる音が聞こえた。

あまり馴染みのない習慣だが、先日北郷との会話で天の国ではそういった風習があることを思い出す。

 

 

「はい、どうぞ?」

 

そう言って扉を開く王蘭の前に立っていたのは、夏侯淵だった。

 

「………今、良いか?仕事中なら、また改めるが。」

 

 

何時になく少しためらいがちに様子を伺う夏侯淵。

 

 

「いえ、ちょうど一区切りが付いた所です。どうぞ。」

 

 

そう言って部屋に招き入れ、茶を入れる王蘭。

 

「あ、あぁ、すまない。頂こう。」

 

 

 

やはり今日の夏侯淵はどこか様子がおかしい。

不思議に思いながらも、夏侯淵なら自分から切り出すだろうと考え、じっとそれを待つ王蘭。

 

 

 

しばらく無言のまま茶を啜る2人。

 

 

ようやくのこと、夏侯淵が口を開く。

 

「先日の黄巾の拠点討伐の件、本当にお前は良くやってくれた。…………それで、だな。その、華琳さまからな………。」

 

いまいち歯切れの良くない夏侯淵。こんな姿など見たことがあっただろうか?

少し不安な気持ちになりながらも、続きの言葉を待つ王蘭。

 

 

「我々2人に特別休暇が与えられることになった………。ゆっくり羽を伸ばしてくるように………とのことだ。」

 

「それはありがたいですね。………ただその口ぶりからすると、我々2人同時に休みをとれ、と言うことでしょうか………?」

 

「あ、あぁ………。」

 

 

それを聞いた王蘭は、自分の気持ちなど既に周りに伝わっている事、少なくとも曹操にはバレてしまっていることを理解した。

 

「そう、ですか………。………あの、もしよろしければ、なのですが。………その日、お食事など、よければご一緒しませんか………?」

 

 

しどろもどろになりつつ、男として立派に意地を見せた。

二人同時に特別休暇など、曹操から逢引に誘え、と言われているとしか思えなかった。

 

そしてその言葉を聞いた夏侯淵の表情は、どこか吹っ切れたような、疑念がスッと腑に落ちたかのように伺える。

誰にも聞こえないほどの大きさで、”やはりそうなのだな………”と独りごちたあと、

 

「………そうか。せっかくの蒼慈のお誘いだ。ありがたく受けさせて頂こう。」

 

 

こうして2人は約束を取りつけて、この日は解散した。

 

 

 

 

その翌日。

 

 

王蘭は早々にその日の仕事を終えると、せかせかと街へ繰り出していた。

向かう先は本屋。

 

そして手に執ったのは「漢・阿蘇阿蘇」という見出しの付いた雑誌だった。

 

そそくさと会計を済ませたあと、表紙を誰にも見られないように取り繕いながら、自室へ急ぐ王蘭。

なんとか誰に見られるでもなく部屋に辿り着いた王蘭は、早速その表紙を開く。

 

 

しばらく自室で読みふけっていた王蘭だが、ある頁を見てハッと顔を上げる。そして慌てて部屋から飛び出る王蘭。

 

 

机の上に開かれた頁には、

”初めての逢瀬なら、まずは素敵な雰囲気のお店を抑えよう!”と書かれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして迎えた特別休暇。

 

夕方まではそれぞれの時間を過ごし、城の前で待ち合わせる予定だ。

 

 

 

 

………。

 

 

 

ここは夏侯淵の執務室。

 

 

「………報告のまとめはこれくらいでよいか。」

 

 

休日なのに仕事をしてしまっているのは、彼女の性格上仕方ないのだろうか。

自分が休みのときくらいちゃんと休まなければ、曹操に休めなどと言えたことでは無い気がするが………。

 

それはさておき、いよいよ出かける時間が迫ってきている。

 

 

「ふむ………。何を着ていこうか。」

 

 

普段は夏侯惇と出かけたり、曹操と出かける事が主な夏侯淵。

いつもは姉や主を立てる事を考えて選ぶのだが、今日は自分が着飾るべき日。

あまり自分が主体となることなど無いのかも知れない。

 

頭を悩ませつつも、彼女の表情はどこか楽しげにも見える。

 

 

 

 

待ち合わせの少し前に、無事納得のいく格好で身支度を整え、

いざ部屋から出ようとすると、姉の夏侯惇と出くわす。

 

 

「お?秋蘭ではないか。そんなめかしこんで、華琳さまとどこかへ行くのか?」

 

「いや、部下と食事に行くだけだが。変ではないか?」

 

「そうなのか?ふぅむ………。あ、服は似合っているぞ!我が妹ながら流石だな!」

 

いつもであれば妹の格好などあまり気にしない夏侯惇だが、

この日ばかりは気づくあたり、何か感じさせるものがあったのか。

 

「それは良かった。華琳さまのご都合がつくならば、姉者が華琳様をお誘いしてはどうだ?………では、私は行ってくるよ。」

 

「それは良いな!!早速華琳さまをお誘いしてこよう!!秋蘭も気をつけてな。」

 

 

 

そう言って別れて城内を歩いていると、今度は姉の探し人と出会う。

 

 

「あら?秋蘭。どうしたの今日の格好。とても素敵よ?何かあるのかしら?」

 

「華琳さま。今日は例の特別休暇を頂いた日にございます………。」

 

「あぁ、今日だったかしら?………つい意地になってしまったわ、とも思っていたけれど、あなたのその姿が見れたなら、むしろ与えて良かったかしら。楽しんでらっしゃいな。」

 

「はっ、ありがとうございます。姉者が華琳様を探しておりましたので、見かけたら声をかけてやってくれますか?………では、これで失礼致します。」

 

 

 

まさか城を出るまでに2人に合うとは思ってもおらず、また2人それぞれが自分の格好を見て褒めてくれたのだ。

心持ち、足取りが軽やかになっている夏侯淵だった。

 

 

 

 

そうして城の前に辿り着くと、そこには既に王蘭の姿が。

遠くからではあるが、緊張しているのが伺える。

 

また服装もきっちり決めてきたようだ。少し微笑ましく映る。

 

 

「蒼慈、待たせた。」

 

「い、いえ。私も今来た所なので………。」

 

そう言って振り向いた王蘭は、夏侯淵の姿を目に入れた途端にピタッと固まってしまう。

 

 

「………どうした?大丈夫か?」

 

夏侯淵が声をかけてようやく動き始める王蘭。

 

「す、すみません………。失礼しました。」

 

「大丈夫ならよい。………それより、お前のためにめかしこんで見たんだが、何も言ってはくれないのか?」

 

そう言って少し離れて見せる夏侯淵。

 

 

「あ、申し訳ありません………。その、大変良くお似合い、です………。」

 

「ふふ、すまない、言わせてしまったな。………姉者と華琳さまが褒めてくださったのだ。つい浮かれてな。まぁ蒼慈のその言葉も、ありがたく頂戴しよう。お前もいつもより決まっていて格好良いぞ?」

 

「あ、ありがとうございます………!で、では、行きましょうか。」

 

 

 

2人並んで歩きだす。

道中は隊の様子を始め、今日していたことの報告など、仕事に関する事ばかり。

 

そうこうしているうちに、王蘭が抑えておいた店に辿り着く。

 

 

「秋蘭さま、こちらです。」

 

 

そう言って店の中に夏侯淵を案内し、店員に連れられて個室に通される。

席について夏侯淵が、

 

「ふむ………なかなかに雰囲気の良い店だな。普段からこういった店には来るのか?」

 

「あ、いえ………なんと言いますか。………正直に申しますと、いろいろ調べてこの店を選びました。私も初めて来る店なので緊張しているんです………。格好つけられずに申し訳ありません。」

 

「いや、気にすることはない。だが、いつもお前の行く店でもよかったのだぞ?………でもまぁせっかく良い店に来たのだ。楽しもうではないか。」

 

「は、はい!」

 

「では食事を頼もうか。ここは何が美味しいのだ?どうせそれも調べてあるのだろう?」

 

「はい………。そんなに笑わないでくださいよ。結構いっぱいいっぱいなんですから!………蒸した菜と、ワンタン料理がおすすめみたいです。」

 

「ふふっ、すまんすまん。ではそれを頼もうか。」

 

「あ、それには及びません。料理は事前に、一揃え出してもらう様に頼んであります。………あと良いお酒も用意してありますので、よければ是非。」

 

「そうか、気を遣わせてしまったか?………折角手配してくれたのだ、頂こう。」

 

 

そうして料理と一緒にお酒が運ばれてくる。

 

 

「では乾杯しようか。先の戦いでの活躍と、今後の活躍に。」

 

そう言って2人が杯を掲げ、喉を潤す。

 

 

「………ほぉ。確かにこれはなかなかの酒だな。はまってしまうかもしれんな。」

 

「お口に合ったようで安心しました。是非、料理も召し上がってください。」

 

 

料理に酒に、話をしながら舌鼓をうつ。

しばらく他愛のない話をしながら、時が流れる。

 

 

 

「あの村で拾った青年が、よもや私の片腕にまでなろうとはな………。想像もしなかったぞ。」

 

「それは私もです………。あの時秋蘭様が助けに来て頂けなければ、今の私はありませんから。本当にありがとうございました。」

 

「そう畏まるな。せっかくの料理と酒が不味くなるぞ?」

 

 

 

そうして当時から今までの思い出を辿りながら話を深める2人。

食事も甘味が運ばれてきて、一段落の様だ。

 

程よく酒も周り、店を出る。

 

 

 

「うむ、とても良い店だったな。今度華琳さまもお連れしようと思うのだが、構わないか?」

 

「えぇ、もちろん。そこまでご評価頂けるなんて光栄です。」

 

「それよりも、本当に馳走になって良かったのか?お前の功労の場でもあったのだぞ?」

 

「秋蘭様と食事に来られただけでも十分なご褒美ですので。とても楽しかったです!」

 

 

酒が入っているせいか、普段だと言えないことまで言える状態になっている王蘭。

 

 

「そうか。私もゆっくり羽を伸ばせたし、とても楽しかったよ。また別の機会に、今度は私が何かご馳走しよう。さて、城に戻ろうか。」

 

 

 

そうして2人並んで歩く帰り道。

心なしか、行きの道程よりも、並ぶ肩が近づいて見えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――

 

 

「なぁたいちょー。あれって秋蘭さまと、秋蘭さまのとこの副隊長さんやない?」

 

「あー本当なのー!なんだかとってもいい感じなの!」

 

「こら、真桜!沙和!こういうのは見ない様にするもんだぞ!ですよね隊長!」

 

「んー?そうだなぁ………。でもあの2人、とうとうデートに行くようになったかぁ………。」

 

「でえと?なんなんそれ?」

 

「えぇっと………逢引って意味かな?」

 

「やっぱりそれにしか見えないのー!ひゅーひゅー!なのー!」

 

 

 

 

 

 

 

後日、夏侯淵隊ではこの話でもちきりだったとか。

 

 

 

 

 

 




初の拠点フェーズでした。書く側としてはメチャクチャ楽しかったです。
ニヤニヤしながら書きました。


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第十五話

感想、評価、そして誤植ご指摘頂いた皆様、ありがとうございます。


場所は陳留、玉座の間。

 

 

 

先程夏侯惇が黄巾党の討伐を終えて帰ってきた所で、軍議を開くことになった。

夏侯淵隊で集めた情報の確認と、夏侯惇と楽進、許褚らによる討伐報告が行われていた。

 

 

「………とまぁ、そういうわけです。」

 

 

夏侯惇からの長い報告を聞き、曹操がため息をついた。

どうやら官軍を救うことは出来たようだが、袁術の領内に侵入してしまい、しかも借りをそのままにして帰ってきたようだ。

その際袁術の食客である孫策と会合した様で、共同戦線にて盗賊の討伐を実施してきたとのこと。

 

また、討伐時の状況を楽進、許褚から確認して、黄巾党内に指揮官と呼べる人物が出てきている事を把握する。

 

「こちらとしては折込済みだったとは言え、これからは苦戦する事になるでしょう。以後、奴らの相手は気を引き締めるように。特に春蘭と季衣、いいわね!」

 

「はっ!」

「はい!」

 

「それから春蘭。その孫策という人物。武人夏侯惇から見て、どんな人物だった?確か、江東の虎、孫堅の娘よね。」

 

「………檻に閉じ込められた獣のような目をしておりました。袁術とやらの人となりは知りませんが、あれはただの食客で収まる人間ではないでしょう。」

 

「そう………。その情報に免じて、今回の件についての処分は無しにするわ。孫策への借りは、いずれ返す機会もあるでしょう。他に何か報告すべき意見は?」

 

「いえ、春蘭の件で最後です。」

 

「もうすぐ、私たちが今まで積み上げてきたものが実を結ぶはずよ。それが奴らの最後となるでしょう。それまでは、今まで以上の情報収集と、連中への対策が必要になる。秋蘭と桂花はより連携を密になさい。民たちの血も米も、一粒たりとて渡さないこと!以上よ!」

 

 

この日の軍議はこれで終了し、夏侯淵、荀彧は今後の情報収集について打ち合わせる事にして、荀彧の執務室に移動。

斥候隊長として、そこから王蘭も参加することに。

 

 

 

「まず王蘭、あんたが掴んでいる情報を洗いざらい吐きなさい。」

 

「尋問か何かですか………。現在斥候兵たちには、黄巾党の本隊の位置を探らせています。兗州の外にも数名放っては居ますが、先日の拠点発見地点からも、本隊は兗州内のどこかにいると考えています。まだこれといって確証を持った報告は届いていませんが、大凡の目星は付き始めました。」

 

「あんたなんかと同じ考えってだけで虫唾が走るけど、州内にいるというのは同意するわね。華琳さまの領内で拠点とできそうなところは、この辺りか、この辺り。もしくはここもありうるわね。」

 

そう言って荀彧は、地図の上に石を置いていく。

 

「蒼慈、今兵たちにはどの辺りを探らせているのだ?桂花の予測に沿って、兵の割り振りを変える方が効率もよかろう。」

 

「はい。現在荀文若様がお示し頂いた範囲に加えて、こちらとこちらにそれぞれ割り振っています。」

 

「その辺りはもう切っていいわね。警備隊からも特に黄巾の話も出てこない地域の様だし。それよりもさっき石を置いたこの辺りにいると踏んでいるわ。」

 

 

地図を使いながら話を進める3人。

 

 

「その辺りでしたら、今日戻った兵士が物資の輸送中と思われる集団を見かけたとの報告が。ただ、これだけの規模に膨らんだ黄巾党ですので、それが本隊のものであるかの確証はなく判断が難しいところです。その輸送経路ですが、陳留近くのこの辺りを通って、こう、とのこと。」

 

「怪しいわね………。このあたり重点的に、しかも怪しい集団がいればかなり深いところまで潜り込めるかしら?」

 

「わかりました。明日か明後日ごろには一度報告に戻る手筈になっていますので、指示しておきます。この経路に間違いがなければ、物資でなくとも連絡兵くらいは陳留の近くを通るはず。警戒には城内の兵士を当てて頂けると助かります。」

 

「うむ。その辺りは私から華琳様にお伝えしておこう。蒼慈は拠点候補地の情報収集に力を入れてくれ。」

 

「承知しました。」

 

 

情報収集についての打ち合わせも終わり、それぞれの仕事に戻る。

 

 

 

 

 

それから数日。

 

 

 

城内は慌ただしく、緊急軍議が開催されることになった。

どうやら楽進が北郷と共に黄巾の連絡兵を捕らえたことで、敵本隊が見つかったとのこと。

 

 

荀彧、夏侯淵らと共に確認した物資の経路と摺り合せても、敵の本隊に間違いないようだ。

 

 

その報告を聞いた王蘭は、顎に手をやりじっと考え込む。

………そして敵本隊がいるであろう拠点に放っていた斥候に、連絡兵を送ることにした様だ。

 

 

 

 

 

さぁいよいよ、黄巾党との決戦である。

 

 

 

 

 

部隊の編成を終え、夏侯淵隊は北郷隊、許褚隊と共に先発として敵の偵察に向かっていた。

また本隊が到着した際には、敵の陣営各所に火を放ち、敵を混乱させそのまま攻撃を仕掛けることになっている。

 

 

 

各隊で大凡の敵情視察を行い、それぞれの報告を夏侯淵がまとめる。

 

その報告をまとめている間に、曹操たち本隊も到着し、作戦が開始されることに。

先発隊を代表して夏侯淵が将たちに指示をだす。

 

「当初の作戦通りで問題なかろう。華琳さまの本隊に伝令を出せ。皆は予定通りの配置で、各個撹乱を開始しろ。攻撃の機は各々の判断に任せるが………張三姉妹にだけは手を出すなよ。以上、解散!」

 

 

それぞれの隊が配置につく。

 

そしてしばらく後。黄巾党の陣内から、火の手が上がり始めた。

 

 

黄巾党らが攪乱作戦により混乱に陥り、ただでさえ統率の取れていない集団が、より一層慌てふためいている。

 

 

 

この機を曹操が逃すはずもなく、曹操軍本隊が動き出した。

先発隊の面々も、それに呼応する形で左右の翼として攻撃を開始。

 

 

 

黄巾党本隊の討伐戦が開戦された。

 

 

 

 

 

………。

 

 

 

 

 

 

規模ばかりが膨れ上がり、全体の統率をするものが居ない敵兵はまたたく間に壊滅。

曹操たちの作戦が綺麗にハマり、またも完璧な形で勝利を手にした。

 

 

 

 

その戦場から少し離れた所に、人影が。

 

「この辺りまで来れば………平気かな。」

 

「もう声もだいぶ小さくなってるしねぇ………。でも、みんなには悪いことしちゃったかなぁ?」

 

「難しい所だけれど………正直、ここまでのものになるとは思っていなかったし………潮時でしょうね。」

 

 

戦闘に巻き込まれずに逃げ出していた、張三姉妹だ。

3人は誰にも見つかることなく、逃げ出せたと、ホッと一息をつく。

 

 

 

 

 

………だが、如何に張梁が優れた知恵を持っていようとも、そう簡単に逃げ出せるはずもなく。

そのすぐ近く、だが決して見つからないように様子を伺うのは王蘭の斥候部隊兵士。

 

 

王蘭が今回の作戦前に連絡兵送った事が、ここで活きた。

 

この斥候兵士に送った指示は2つ。

まずは、3人が抜け出す際にも決して目を離す事なく、決して気づかれずに3人の後をついていくこと。これに集中してもらうため、いつも行っている定時連絡は一切不要であるとも付け加えていた。

 

そしてもう1つは、今回の様に逃走に至るとわかった場合、逃げ出す方向や隠れている場所を、近くの曹操軍の将に伝わるようにしておくこと。

 

 

今回たまたまこの兵の近くにいた楽進が、戦闘処理を一区切りさせ、その後を追うことになっていた。

 

 

 

張三姉妹が立ち止まって一息入れている中、その楽進が追いついた様だ。

「………盛り上がっているところを悪いが、お主ら………張三姉妹とお見受けする。大人しく着いてきてもらおうか。」

 

 

 

こうして、無事三姉妹は曹操軍が確保。

楽進は連絡を残した王蘭の斥候兵の姿を認め、本陣へ戻ることになった。

 

 

 

 

 

 

本陣に連れられた三姉妹と曹操が会合し、今後は曹操の兵の募集に協力することで合意。

また三姉妹は名を捨て真名で活動することに加え、曹操の領内であれば自由に活動して良いことになった。

 

話が盛り上がり、次女の地和が”太平なんとか”と口に出すと、

 

「………ちょっと待ちなさい。」

 

と、曹操が話を止めた。

 

「何?」

 

「さっき、太平なんとかって………。」

 

「太平要術?」

 

「あなたち、それをどうしたの!」

 

「応援してくれてるって人にもらったんだけどー。逃げてくる時に、置いてきたの。」

 

「わたしたちのいた陣地に置いているはずだけど………。恐らく、もう灰になっているはず。それがどうかしたの?」

 

「そう………。」

 

 

 

人和がそう説明した際、三人の監視をしていた斥候兵から報告を聞いていた王蘭が割って入る。

 

「申し上げます。三人を張っていた兵から、確かに一度手にした書物はその場に置き陣幕から出たとのこと。先程確認して参りましたが、その陣幕は既に燃えており中の様子までは確認できませんでした。」

 

 

「………そう。あの書は灰になったのね。………もう一度、その陣には火を放っておきなさい。誰かに拾われて悪用されては、また今日の様な事態になりかねないわ。」

 

「はっ。」

 

 

そう言って後ろに下がった王蘭は、すぐに兵に指示をだして再度火を放たせる。

 

 

 

こうして、永きに渡り大陸中を混乱に陥れていた黄巾の戦いは、幕を下ろした。

 

 

 

 

三姉妹の処遇と、戦後処理も終えた曹操軍一同は、陳留の城に戻る。

そして翌日は軍全体を休暇と定め、各隊で戦勝の宴を開くことになった。

 

 

 

 

 

 

 

………と喜んだのもつかの間。

 

 

城に戻り、荷をほどいてさぁ宴会!と意気込む一同だったが、主だった将たちは玉座の間に集められていた。

 

どうやら公式の場であるらしく、夏侯淵は世話役として曹操のすぐ側に控えている。

 

そして空席を少しでも埋めるため、夏侯淵隊隊長代理として、副隊長である王蘭が玉座の間に立っていた。こうした公式の場の席につくのは初めての王蘭。

 

 

ざっと室内を見渡すと、李典や于禁を始め、宴会を楽しみにしていたであろう全ての将たちが不満そうな顔を浮かべている。

 

 

そんな中、北郷が皆を代表して曹操に声を掛ける。

 

「華琳、今日はもう会議しないんじゃなかったの………?」

 

「私はする気はなかったわよ。あなた達は宴会をするつもりだったのでしょう?」

 

「宴会………駄目なん?」

 

落ち込んだ様子を隠さず、李典が問いかける。

 

「馬鹿を言いなさい。そのためにあなた達には褒賞をあげたのよ?………私だって春蘭や秋蘭とゆっくり閨で楽しむつもりだったわよ。」

 

「おいおい、そういう事は………。」

 

 

そこに、李典と同じ訛りの入った言葉が割って入る。

 

「………すまんな。みんな疲れとるのに集めたりして。すぐ済ますから、堪忍してな。」

 

「あなたが何進将軍の名代?」

 

「や、ウチやない。ウチは名代の副官や。」

 

 

そうこう話をしていると、幼い少女の声が響き渡る。

 

 

「呂布様のおなりですぞー!」

 

 

そうして振り向いた先には、小さな女の子と、その女の子の後ろに続く女性の姿が。

どうやらこの女性が呂布なのだろう。

 

 

今回集められたのは、黄巾党の討伐の功績によって、西園八校尉が1人に任命する、

という陛下からの達しをただ伝えにきただけのようだ。

 

伝えるだけなのにご苦労なことだ、とも思う王蘭だった。

 

 

呂布、いやその横にいた女の子と曹操の、格式張ったやり取りがようやく終わり、先程の副官が区切りとして話しかける。

 

「………ま、そゆわけや。堅苦しい形式で時間取らせてすまんかったな。あとは宴会でも何でも、ゆっくり楽しんだらええよ。」

 

そう言って、その3名は玉座の間から出ていった。

 

 

 

「……………………。」

 

 

そして曹操の顔を見やると、こめかみの辺りがピクピクと戦慄いていた。

 

誰がどう見ても怒っているようだ。

こんな時に話しかける役割といえば1人しかいない、とその場にいる将たちが全てある人物を見る。

 

 

流石に全員からの視線を一身に受けて、耐えられる様な心胆ではない北郷。

 

 

「か………華琳………?」

 

「話しかけないで!………悪いけれど、今何か話しかけられたら、そのまま斬り殺してしまいそうなのよ。………少し黙っていて。」

 

 

怒りを堪えているのだろう。グッと息を飲んで1つ息を吐くと、

 

「春蘭、秋蘭!閨に戻るわよ!気分が悪いったらありはしない!今日は朝まで呑み直すわよ!」

 

「「はっ」」

 

 

「一刀たちも今日は休みなさい。作業は明日からで構わないわ。明日は二日酔いで遅れてきても目をつぶってあげるから、思い切り羽目を外すと良いわ。」

 

「………そうさせてもらうよ。」

 

 

 

そう言って夏侯惇と夏侯淵の2人を連れて玉座の間から出ていく曹操。

 

置き去りにされた将たちはようやく一息を付き、それぞれで動きはじめる。

 

 

 

 

最後に残ったのは王蘭。じっと動けずにいるようだ。

 

もしや曹操のあの覇気にあてられたのか?と気を使った北郷が、王蘭に話しかける。

 

「徳仁さん………?大丈夫ですか?確かにあの覇気を初めて目の当たりにすると大変ですよね………。」

 

「あ、あぁ北郷さん………。覇気は確かに凄まじいものですが、あれを受けたのは初めてではないので問題ありません。」

 

「ん?そうなんですか?………じゃあどうされたんです?」

 

 

 

 

 

 

「いや、まぁあの………。何というか、目の前で想い人が別の人と閨を共にする、と連れて行かれるのって、なかなかですね………。」

 

 

 

「あ………あぁ………。あ、あの、よかったら俺たちの宴会、一緒に来ます………?」

 

「いえ、お心遣いありがとうございます。今日は隊員の皆と過ごすことにします。では、また。」

 

 

 

 

 

そう言ってその場を去る王蘭の背中からは、なんとも言えぬ哀愁が感じられた。

 

 

 

 

 




黄巾党編無事終了しました。

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第十六話

 

 

 

黄巾党が討伐され、世には再び平和な時が訪れていた。

 

曹操たちの街もそれは同じで、陳留の市場を覗いてみると人が溢れ、賑わい、大陸全土で盗賊たちが跋扈していたことなど、嘘だったかのようにすら感じる。

警備隊長の北郷も、ついつい口から呑気な言葉が溢れてしまうくらい、そこには平和な風景が広がっていた。

 

 

 

 

だが、それは仮初の平和。

 

市井が平和になれば、それと対をなすように殺伐としてくる場所がある。

 

 

 

 

黄巾党討伐から数日が過ぎたころ、王蘭は曹操、荀彧、夏侯淵の3名からの呼び出しを受け、玉座の間にいた。

 

 

膝を付き、顔を伏せる王蘭に向かって、曹操が命を下す。

 

「王蘭、あなたに都の情勢を探る事を命じるわ。黄巾党の混乱は収まったけれど、むしろこれを機に世は大きく動く。情報の重要性はあなた自身も痛感しているでしょう。早く、そして正確な情報を掴んでくること。出来るわね?」

 

「はっ!承知致しました。」

 

「蒼慈、これまでの盗賊達とは訳が違う。心して事にあたれよ。良いな?」

 

「私のほうでも中央との繋がりを使って、あんたの隊が動きやすいよう計らっておくわ。華琳さまの大切な命令を蛆虫みたいな男に任せるだなんて屈辱でしか無いけれど、今は男だからどうだとか言っていられないの。それほどの重要な任務だと言うこと、わかってるかしら?」

 

 

心配そうな表情を浮かべながらも、軍の上司、そして幹部として命じる夏侯淵。

そして普段であれば罵倒の嵐を浴びせる荀彧ですら、王蘭の諜報活動を手助けをする、と言っている。

 

 

黄巾の乱によって、直接的な村々の被害は勿論のこと。それに加えて大陸中の民や諸侯らには、朝廷の力がもはや地に落ちている事を、まざまざと見せつけられた。

曹操たち3人は、これによる大きな影響を肌で感じ取り、次への一手を打っておく事を選択。

 

 

そのためには中央の情報が何よりも重要であると考え、曹操軍で最も諜報活動に優れた夏侯淵隊の斥候部隊にこの命を下した。

 

 

「いい事?これは夏侯淵隊隊長の秋蘭からではなく、この曹孟徳からの直々の命であること、努々忘れることの無いように。」

 

「はっ!肝に銘じます。」

 

 

 

こうして王蘭達斥候部隊は、新たな命を受け都へと向かった。

 

 

 

 

 

この大陸中央の都、洛陽。

都と言う響きに寄せられて、多くの人間が集まる魔の巣窟。

 

 

 

 

 

洛陽に着いた王蘭たちはまず、荀彧の伝手を頼って中央での諜報活動の基盤を整え始めた。

洛陽の町並みから、街の区画調査、市井の状況や市場の動きなど、逐一報告に認める。

 

 

 

 

そして、ようやく宮殿内部の諜報を始めたころ、事態が大きく動きだす。

 

 

 

「報告します。………何進大将軍が、宮廷にて殺害された模様。宮廷内は混乱を極めている様です。」

 

「そう、ですか………よくぞその報せを持ってきてくれました。これは好機です。あなた達には負荷を掛けることになりますが、これを逃す手はありません。できるだけ深い所にまで入り込みましょう。」

 

 

動乱に紛れて、より内部に諜報の手をのばす王蘭。

 

 

 

次に彼らが手にした情報は、何進に取って代わる人物の名。

その名を”董卓”。次の朝廷を牛耳る候補として、その名が上がっているということだった。

 

 

 

 

その情報を手にしてから数日の間、かの人物に関する情報を仕入れるため、宮廷内に幾度となく潜り込む斥候兵たちだったが、なかなか情報が掴めない。

女か男なのかはもちろんだが、実際にその人物が存在しているのかどうかすら、掴めないでいた。

 

 

しかしながら、その中でも確かな情報として、董卓は軍備の増強に力を入れているらしく、董卓の旗を持った張遼、華雄、呂布の3人が軍の増強に着手していることを確認。

………前者2人については本人の姿を確認できたが、残りの呂布については訓練中の姿は確認できないでいるようだが。

 

 

 

 

 

再度宮廷内の情報を確認した王蘭だったが、顔に浮かぶ表情は芳しくない。

 

「そうですか。なかなか尻尾を見せてはくれませんね………。仕方ありません。一旦現在の情報を持って、陳留へ戻る事にします。皆さんは引き続き、宮廷内の情報を集めてください。決して無理はしないこと。いいですね?」

 

やはり、まだ董卓の情報は掴めないでいるようだ。

 

 

洛陽に来てからしばらくの時間が経っており、どこかの時点で曹操へ直接報告しなければ、と考えていた王蘭。

情報が掴めればそれを区切りとして考えていたが、なかなかに情報が掴めない以上、あまり引き伸ばすわけにもいかない。

 

 

 

 

洛陽から陳留へ戻った王蘭は、すぐさま玉座の間に招集され、報告する。

 

「先にも伝令兵にてお伝えしたとおり、洛陽の宮廷内では何進大将軍が殺害され、新たに”董卓”という名の将が中央を取り仕切っている状況。幾度か宮廷内に潜入を試み、情報の収集に努めましたが、その”董卓”という人物が実際に存在しているのかもわからぬ状況で、未確定な情報が多い状況にございます。確かな情報として掴んでいるのは、董卓麾下の、張遼、華雄、呂布の3名による軍の増強が進んでおり、その周辺は緊迫した状況となっております。」

 

「そう………。聞いては居たけれど、やはりあの何進が。秋蘭、桂花、あなた達その”董卓”なる人物に心当たりはあるかしら?」

 

「いえ………名前すら聞いたことがありません。」

 

「私も桂花と同じです。申し訳ありません。」

 

「構わないわ………。我ら3人ですら知らぬ名の将。それが中央を牛耳っているという情報を持ち帰っただけでも価値はあるわ。王蘭、よくやったわ。引き続き、情報を集めなさい。」

 

「はっ!」

 

そう言って曹操は荀彧を伴って玉座から出ていく。

 

 

残った夏侯淵が、王蘭に声をかける。

 

「蒼慈、兵はみな無事か?」

 

「はい。危険を伴う任務ですが、皆無事におります。常々、無理はせぬように、と申し付けているので………。今回も董卓に関する確たる情報を持ち帰る事ができませんでしたし………。曹孟徳様からすれば、もう少し踏み込んで欲しいのかも知れませぬが。」

 

「いや、華琳さまとて兵を育て上げる苦労は重々理解されている。その様に兵を無碍に扱うことなど無いだろう。………蒼慈、お前も無事で安心したよ。私の副官たるもの、早々に倒れてもらっては困るのだがな。」

 

「はっ。無事こうして報告に上がることができております。秋蘭様もお変わりなく………。」

 

 

互いの無事を祝い、言葉を掛け合う夏侯淵と王蘭。

 

 

「数日後、また洛陽の地へ戻る事とします。その間、業務を皆に任せる形になり恐縮ですが、何卒よろしくお願い致します。」

 

「うむ。その辺りは心配無用だ。お前はお前にしかなせぬ事に集中せよ。華琳さまも、あの桂花もお前の活躍に期待しているのだから。」

 

「はっ、ありがたき幸せ………。」

 

 

 

陳留へ状況の報告に戻った王蘭だったが、部隊の情報に問題が無いことを確認すると、すぐさま洛陽へと戻った。

独り身が故に、動きが軽い事も軍にとっては良いことだろうか。

 

 

 

そうして陳留で僅かばかりに心を休めた王蘭だったが、洛陽の拠点に戻ると、不在の間に起こった重大な報告を聞く。

 

 

「洛陽宮廷内で、宦官を筆頭とする官の大粛清が行われました………!首謀者は不明とされておりますが、十中八九、かの”董卓”による粛清と思われます。」

 

「それは………。対象となった人物の列挙は可能ですか?できればすぐに確認したいです。」

 

「はっ。こちらがその粛清対象となった官の一覧にございます。」

 

「ふむ、これは………。これまでの諜報結果から見て、所謂”悪政”を敷いていた官の方々ばかりのようですね………。果たして、どれくらいの方がこれを是として捉えるでしょうか………。これまで以上に世の情勢が動き出しそうです。いつその”董卓”が逆賊として扱われてもおかしくない状況まで来ていると考えてください。皆、気を引き締めて事にあたるように。」

 

 

そうして再び伝令兵を陳留へ送り、事態の情報収集に勤める王蘭達斥候隊。

 

より一層の注意を以て、情報収集にあたるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――陳留の街にて。

 

 

許褚が親友である典韋との再会を果たした後、曹操との面会が叶った2人の姿が。

 

 

「………袁紹に袁術、公孫瓚、西涼の馬騰まで………。よくもまぁ、有名所の名前を並べたものね。」

 

「董卓の暴政に、都の民は嘆き、恨みの声は天高くまで届いていると聞いています。先日も、董卓の命で官の大粛正があったとか………。」

 

「それをなげいたわがあるじは、よをただすため、董卓をたおすちからをもったえいゆうのかたがたに………。」

 

 

 

袁紹からの言伝を預かった、顔良と文醜である。

 

見事な棒読みの文醜だが、顔良の言葉と合わせると、どうやら都で暴政を働く董卓を討伐するため、大陸中の諸侯に声をかけて反董卓連合を立ち上げよう、という趣旨のようだった。

 

荀彧と曹操とが話し合い、返答する。

 

「顔良、文醜。麗羽に伝えなさい。曹操はその同盟に参加する、と。」

 

「はっ!」

「ありがとうございます!これであたい達も、麗羽さまにおしおきされないで済みます!」

 

 

 

 

 

 

こうして曹操軍も反董卓連合への参加を表明。

 

 

今、時代が大きく動き始めようとしている。

 

 

 

 

 




反董卓連合が始まりました。
王蘭さん優秀スギィ………。

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第十七話

 

 

反董卓連合に参加を表明した曹操軍は、早速その準備にとりかかった。

今は洛陽の情報よりも、戦いに関する情報が優先ということで、王蘭も軍に戻るように指示を受ける。

 

此度の洛陽での諜報結果として、”董卓”という人物に関する情報は何も掴めないまま陳留に戻ることになった王蘭。

王蘭が斥候隊として与えられた任務において、これほどまでに情報の掴めなかった事などあっただろうか。

 

時代が大きく動き始めるのと同時に、諸侯に関する情報収集はますます難しくなっていくのだろう。

そう考えながら、洛陽を後にする。

 

 

 

陳留に戻って早々、最終の諜報報告を行い、反董卓連合参加の準備に取り掛かる。

 

連合の内外に向けた諜報活動が主な任務であろう王蘭だが、勿論夏侯淵隊副隊長としての任務もこなさなければならない。

あまりの忙しさに、倒れてしまうのではないかと心配にもなるが………。

 

流石に夏侯淵も、王蘭の繁忙具合は察知している様で、他でも出来る事は回ってこないように手配していた。

 

 

 

 

いよいよ軍全体の準備が整い、曹操の号令の下、連合の集合地へと向かう。

 

 

 

 

 

集合地が近くなるにつれ、徐々に連合に参加する諸侯の旗が見え始める。

 

「曹操さま!ようこそいらっしゃいました。」

 

そう言って曹操たちを迎え入れる顔良。

 

到着早々すぐに軍議を行う様で、曹操、夏侯惇、夏侯淵、そして北郷の4名は袁紹の陣営に向かう事に。

 

「凪、沙和、真桜は顔良の指示に従って陣を構築しておきなさい。それから桂花は、どこの諸侯が来ているのかを早急に調べておいて。」

 

そう言い残して曹操たちは軍議へ向かった。

 

 

残された荀彧は、早速動き出す。

 

「王蘭、聞いてたわね?手伝いなさい。袁紹の所はどうせ何も探るものもないでしょうから最小限でいいわ。それよりも馬騰、公孫瓚、袁術の軍の情報持ち帰ってきなさい。特に将に関する情報と、斥候の優位が我が軍にあるかどうか調べてきなさい。」

 

「はっ。」

 

「あ、あと汜水関、虎牢関の様子も探らせてきなさい。軍を進める時に概算に使える情報があればそれでいいわ。実際に華琳さまの軍が攻めるときにはその限りではないけれど。」

 

 

王蘭たちも、諜報活動にとりかかる。

 

 

 

 

今回最も注力すべきは北の勢力と考え、公孫瓚と馬騰両軍へ部下を多く割り当てる。

 

この連合を以て、各軍が頭角を現す場合の事を考えると、やはり北に位置する軍勢は軽視できない。

 

 

 

 

ちなみに王蘭自身だが、斥候としての技能はあまり高くないため、普段は報告された情報の取りまとめや考察を主な仕事としている。

だが、此度の連合はそうも言っていられない。

 

これだけの諸侯が一堂に会する機会は滅多にあるものではないため、どの軍に向けても斥候を放たねばならない。

この連合での諜報に於いては、質より量が肝要である。人手が足りないなどと、甘い事は言ってはいられない。

 

そのため、王蘭自身も他陣営の様子を見に出ることにした。

 

 

 

その王蘭が向かったのは袁術陣営。

北の諸侯らは部下に任せたほうが確実である、と言う理由で袁術軍に向かう事にしたようだ。

 

 

 

 

早速袁術軍に辿り着いた王蘭だが、………なんと言うか、流石は袁家。

おおらかな、と言えば聞こえは良いが、特に何をするでもなく内部情報の入手ができてしまう。

 

余りの無警戒さに、戸惑う王欄。

 

 

このまま楽な気持ちで、内部の情報を全て掴めると思っていたのだが、一部のみ諜報に対する防備が堅かった。

 

 

 

 

袁術軍の食客、孫策軍である。

 

 

 

 

内部関係者を装おうが、人知れず中枢の陣を探ろうが、不定期に周囲の孫策軍兵士が歩き回ってみたり、逆に静まり返ってじっと辺りを注意深く見渡してみたりと、あまり深くまで探りを入れられないでいた。

 

特筆すべきは、鋭い眼光で周囲を警戒している、お団子頭の女性。

何者も近づくことを許さぬ、と言わんばかりの形相だった。

 

 

 

袁紹陣内での軍議が終わる頃に合わせて、自陣に戻る王欄。

諸侯に関する調査結果を確認する。

 

 

 

まずは北に位置する諸侯らについて。

 

 

 

公孫瓚軍には、比較的容易に潜り込めたようだ。

陣近くには平原から来たという劉備という将がいて、これらは公孫瓚軍と動きを共にしながらも、別の部隊という体裁をとっているらしい。

少し特殊な関わり方をしているようだった。

 

公孫瓚自身の評価は軍内でもまぁまぁ良い方だ。卒なく何でもこなせてしまうが故に、その苦労もあるようだが。

 

 

西涼の馬騰軍についてだが、今回は残念ながら馬騰本人の参加はなく、その娘の馬超が名代として参加しているようだ。

 

そしてこちらも比較的容易に内部を探る事ができたとのこと。

 

馬超の評価は軍内では非常に高く、馬騰に匹敵する武勇を誇る。

ただ、馬騰ほど物事を俯瞰して捉えられず、短慮な面も併せ持つ様だった。

 

 

 

次に南方袁術軍について。

 

 

先の通り、潜り込むまでは王蘭でも出来る程に容易だった。

確認した所糧食はとても多く、この連合が長引いたところで痛くも痒くもなさそうだった。

 

 

ただし袁術軍内食客である、孫策軍についてはこれの限りではなかった。

 

 

王蘭の他、同じく任務に当たっていた兵においてもなかなか情報の収集が行えず、

唯一掴めた情報としては、糧食が通常用意されるべき量よりも、かなり少ないことくらいか。

 

袁術軍には過分とも思えるほど糧食があるのに、食客である孫策軍には糧食がない。

袁術にどう扱われているのかが浮き彫りになったと言えよう。

 

また王蘭としては、孫策軍では明らかに斥候対策、もしくは斥候兵の確立がされていると判断していた。

 

 

 

 

これら内容を曹操に報告した後、軍議にて袁紹が総大将として正式に決まったこと、

更には先鋒には幽州公孫瓚軍が指名されたことが伝えられた。

 

 

 

しばらくすると、連合軍が軍を進め始める。

 

 

 

その道すがら、汜水関と虎牢関に関する情報が入ってくる。

汜水関には華雄が、虎牢関には張遼と呂布が配置されているようだ。

 

「汜水関は華雄か………。あまり強い相手とも思えませんし、虎牢関まで兵を温存出来るので都合が良いかと。」

 

「そうね。その情報、あとで公孫瓚と劉備の所にも送ってやりなさい。」

 

「………よろしいので?」

 

「公孫瓚は小物だけれど、麗羽と違って借りを借りと理解できる輩よ。劉備というのは良くわからないけれど………公孫瓚が信用する人物のようだし、戦いぶりは汜水関で分かるでしょう。」

 

「承知いたしました。」

 

 

荀彧と曹操のやりとりが行われているが、楽進が駆け寄ってくる。

 

 

「軍議中失礼します。華琳さま、報告が………。」

 

「何?また麗羽が無理難題でも言い出したの?」

 

「いえ、そうではなくて………。袁術殿が先行して勝手に軍を動かしたそうです。」

 

 

その報告を曹操の後ろで聞いた夏侯惇が問う。

 

「先鋒は誰だ?」

 

「先鋒は孫の旗。おそらく孫策殿かと。」

 

「華琳さま!今こそ過日の借りを………!」

 

 

それを聞いた夏侯惇が、借りを返す機会だと曹操に頼み込む。

 

 

「今はまだ借りを返す時ではないわ。それを孫策も望んではいないでしょう。………自制なさい。」

 

「しかし!」

 

「孫策を助けるには軍を動かすことになる。そうなれば我々は麗羽から不興を買うし、助けられた孫策も袁術の不興を買うことになる。それこそ借りを返すどころか、借りの上積みよ。とにかく、今は自制なさい。彼女の力が本物なら、いずれ十倍………いや、百倍にして返せる時が来るでしょう。桂花、この戦の結果も、一緒に公孫瓚に送ってやりなさい。共有して損のない情報は遠慮なく、ね。」

 

「承知いたしました。」

 

 

 

こうして荀彧が向かわせる人員を選定するにあたって、王蘭が手を上げる。

 

「荀文若様。私が行ってもよろしいでしょうか?」

 

「………あんたが?どうしてよ?」

 

「先程の兵からの報告によれば、公孫瓚軍と劉備軍の関わりは複雑な様相です。………まぁ興味本位な部分もありますが、私が直接見てみる事で何かわかるかな、と。」

 

「斥候部隊の取りまとめは?」

 

「秋蘭様もいらっしゃいますし、荀文若様も。それに我が軍の出番はまだ先になるのでは?」

 

「………まぁいいわ。行ってきなさい。劉備に鼻の下伸ばして切られました、なんて華琳さまの名に泥を塗るような事をしてみなさい?殺すわよ。」

 

「は、はぁ………。承知しました。では。」

 

 

 

そう言って公孫瓚、劉備軍へと向かうことになった王蘭。

 

 

 

 

 

曹操とは異なる、むしろ対を成すとも言えるだろう、新たな英雄との会合である。

 

 

 

 

 

 




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第十八話

 

 

曹操軍が掴んだ情報を渡すため、王蘭は公孫瓚の陣営に向かっていた。

 

先の斥候からの情報と、曹操が軍議で感じた報告とを合わせると、

何でも卒なくこなせる器用な人物の様だ。

 

それ故、自身でなんでもやってしまい仕事を抱えてしまっているだとか、

人の定着率があまり良くないだとか、そんな話も公孫瓚軍の内部から聞こえてきている様だ。

 

 

 

公孫瓚の人となりに思い耽ていると、目的地に辿り着いたようだ。

 

 

「失礼致します。こちらは公孫伯圭殿の陣営で非せられるか?」

 

「ん?公孫伯圭は私だが、誰だ?」

 

 

陣営の前で声を張った王蘭に、まさかまさか公孫瓚その人が出迎えた。

これには多少面食らった王蘭だが、なるほど確かに、これなら難なく情報が入ってくるわけである。

 

 

「私は曹操軍より参りました、夏侯淵隊副隊長の王徳仁と申します。我が主より公孫伯圭殿に伝令として馳せ参じました。」

 

「曹操から………?まぁわかった。こちらに来てくれ。」

 

 

そう言って公孫瓚自ら、来客用の陣に案内する。

 

 

「禄にもてなすことも出来ないが、勘弁してくれ。それで曹操は私に何を伝えようとしてるんだ?」

 

「はっ。この先公孫伯圭殿が先陣をご担当なさる、汜水関に関する情報を持ってまいりました。」

 

「汜水関の………?本当の情報なら正直とても助かるが、どうしてだ?」

 

「………我が軍で掴んでいる情報、連合軍の一員として共有すべきは正しく情報を伝達する、という方針のもとです。」

 

「………んーっと?つまりは正しい情報を伝えて貸しを作っておきたい、とそんな感じか?まぁ私たちの軍では人手がいなくて、正確な情報は掴みにくいしな………。ありがたくその情報、頂戴しよう。」

 

「はっ。では………。この先の汜水関、そこに構えるは華雄にございます。敵董卓軍の中では猛将としてその名は通っておりますが、性格に少し難があり、挑発の類に関する態勢は弱いところがあるようです。」

 

「そんな、将軍の性格に関する情報まで曹操軍は掴んでいるのか?………いや、正直そこまでだとは思っていなかったよ。」

 

「お褒めに預かり光栄です。さらに、先程袁術軍から食客の孫策軍が汜水関に向け、軍を動かしました。しかしながら、袁術軍内部もどうやら一枚岩、というわけではないようで、孫策軍は苦戦を強いられ撤退した模様。」

 

「何?袁術が?麗羽が総大将になったことに腹を立てて、武功でも独り占めにしようと抜け駆けしようとでもしたか………?」

 

「我が主もその様に見立てております。今回我が軍よりお伝えする情報は以上にございます。」

 

「………いや、非常に有用な情報だった。助かるよ。特に守将の華雄だったか、そいつの性格を掴めたのは大きい。作戦も立てやすくなった。感謝するよ。」

 

「いえ。では、私はこれで。同じ情報を、劉玄徳殿にもお伝えするように命を受けております故、失礼致します。」

 

「桃香にも………?まぁ同じく先鋒の軍だしな。わかった。あいつは私の軍のすぐ側にいるはずだ。案内しようか。」

 

「いえ、それには及びません。では、失礼致します。」

 

 

そう言って王蘭は席を立つ。

 

 

 

 

公孫瓚とやり取りをした王蘭は、劉備軍と複雑な様相を出している割には、彼女はなかなかの人物であると捉えていた。

1つの情報に対して多角的に捉え、また得た情報を素直に活用しようとしている辺りも好感が持てる。

正直な所、器用貧乏、といった単語も聞こえてきていたため、あまり多くは期待していなかったのだが、その印象は改める必要があった。

 

曹操が、借りを借りと認識できる、といった言葉にはこの辺りも含まれているのだろう。

 

情報を正しく扱える将に出会えて、心なしか王蘭の気持ちも軽くなっていた。

 

 

 

公孫瓚軍の陣営を離れてわずかに歩くと、劉備軍の陣が見えてくる。

公孫瓚の時と同様、陣前で声を張る。

 

 

「失礼致します。こちらは劉玄徳殿のご陣営でございますか。我が主、曹孟徳より伝令として参りました。」

 

 

そう言って少しすると、とても綺麗な黒髪をした、長髪の女性が陣から出てきた。

 

 

「確かにこちらは劉備軍であるが………。曹操軍からの伝令といったな?所属と名は?」

 

「夏侯淵隊副隊長、王徳仁と申します。ご当主劉玄徳殿にご面会は可能か?」

 

「………しばしそちらで待たれよ。」

 

 

鋭い目つきで睨まれたまま応答する王蘭。

こちらの軍では公孫瓚と違って、あまり簡単には受け入れられない様だ。

 

 

正直なところ彼女の警戒が少し強いな、という感じも否めない。しかし、本来はこの対応の方が普通であって、公孫瓚軍での受け入れ方が異常なだけではあるが。

 

そう思うと、少しざわついた心も落ち着かせられる。

 

 

 

そうこうしていると、先の黒髪美女が今一度陣から顔を出す。

 

「お待たせした。我が主がお会いになるそうだ。こちらへ。」

 

そう言って陣内に案内される王蘭。

腰に下げていた剣を門番の兵に預けて、中に入る。

 

 

陣内には劉備と思われる女性と、背の小さな少女が1人立っていた。

 

 

「失礼致します。お目通り頂きありがとうございます。我が名は王徳仁。曹操軍の夏侯淵隊にて副隊長を拝命しております。」

 

「はい。愛紗ちゃんから聞きました。私が劉玄徳です。こちらは軍師の諸葛亮。そして今王徳仁さんを案内したのが私の義妹の関羽です!よろしくお願いしますね。」

 

 

そう言って、えへへーと笑顔で王蘭を迎え入れる劉備。

その横の諸葛亮と紹介された少女は、どこか王蘭を試すように伺う視線を感じる。

 

 

案内してくれた関羽が劉備の横に控えたのを確認してから、それぞれ互いに自己紹介を済ませ、王蘭が話し始める。

 

 

「先ほどそちらの関雲長殿にもお伝えした通り、我が軍で掴んでいる敵軍の情報を共有すべく参りました。」

 

 

そう切り出した王蘭の言葉に、劉備は頷いて続きを促し、諸葛亮は一層こちらを試すようにじっと聞き入り、関羽は眉間に深いしわを寄せて険しい表情になった。

それぞれ思う所が全く違うようだ。

 

 

「まず、連合軍が向かっている先の汜水関において、敵軍守将は華雄というもの。軍内では猛将として名が通っておりますが、気は短く、挑発や煽りの類に関する耐性はほぼ無いと思われます。また、先程袁術軍の食客である孫策軍が汜水関に向け軍を動かしましたが、汜水関攻略は結果を結ばずに、孫策軍は退却した様子。」

 

「へぇ………。曹操さんの所って、そんな所までご存知なんですね!すごいなぁ………。朱里ちゃん、どうかな?」

 

「………はい。今教えて頂いた情報が確かであれば、非常に有効に使える情報です。我が軍には愛紗さん、鈴々ちゃんと武勇に優れた方が居ますので、用兵ではなく個の武勇として勝負ができれば、損害も小さく抑えられます。………ですが、曹操様はどうしてその情報を我が軍に教えようと?」

 

「公孫伯圭殿にも尋ねられましたが、同じ連合軍に所属する諸侯です故。共有すべき情報は正しく伝達する、という方針の下にございます。」

 

「そっかぁ………曹操さんもやっぱり連合軍が協力しあっていくべきだと思ってくれてるんだね!嬉しいなぁ。」

 

 

諸葛亮の問いに応えた王蘭だが、反応を言葉で示したのは劉備だった。

 

 

「あの………つかぬ事をお尋ねしますが、どうして劉玄徳様は此度の連合軍に?」

 

「えっ………?だって、都で董卓って人が暴政を働いてて、そこに住む人たちが皆困ってるんだろうって。大陸にはまだまだたくさんの人が生活に困ってるとは思うんだけど、私にできることを1つずつやっていかなきゃ!と思って。ここにいる皆は、私のそんな考えに賛同してくれて一緒にいるんです!」

 

 

そう言って胸の前で手を合わせ、笑顔をこちらに向ける劉備。

 

 

 

「そうですか。大変素晴らしいお考えですね。………一人でも多くの民が救われると良いのですが。」

 

「はいっ!そのためにも、まずは与えられた役目はしっかりこなさなくちゃね。朱里ちゃん、愛紗ちゃん、頼りにしてるね?」

 

 

そう言って自分の横にいる2人の顔をみる劉備。

 

その笑顔はあまりに眩しく、とても純粋な想いによるものだった。

 

 

「それではお伝えする情報は確かにお伝え致しましたので、私はこれで失礼致します。」

 

「わかりました。貴重な情報を届けてくださって、ありがとうございます!曹操さんにも、是非よろしくお伝えくださいね!」

 

 

そう言って笑顔で見送る劉備。

その横ではじっと考え込んだ表情を浮かべる諸葛亮と、綺麗な礼を持って見送る関羽の姿があった。

 

 

 

 

曹操軍のもとに戻る道すがら、先程まで対面していた英雄の姿を思い浮かべる。

 

 

「ポワポワした方ではありましたが、大きな理想とそれに向かって着実に進む堅実性の両方を備えた方でしたね………。なるほど確かに。公孫伯圭殿の下で収まるような方ではなさそうです。軍師の諸葛孔明殿も思慮深く、関雲長殿も忠義に厚い御仁の様でしたし、これから兵の人数、規模の大きさが伴えば強力な軍となりそうです。」

 

 

 

 

 

陣に向かって歩みを進めながら、言葉を漏らす王蘭だった。

 

 

 

 

 

 

 




劉備さんに会いました。
ポワポワしてる彼女ですが、今後王蘭たちの前にどう絡んでくるのでしょうか。


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第十九話

少し短め。


 

 

 

公孫瓚軍、劉備軍に情報の伝令に出ていた王蘭が、曹操軍に戻ってくる。

 

「あぁ蒼慈、どうだった?彼女らの軍については。」

 

「只今戻りました。………そうですね、報告で聞いた複雑さは幾分か解明出来たように思います。」

 

「そうか。 帰ってきて早々で悪いが、華琳さまも含めた席で報告してくれるか?」

 

「はっ。承知致しました。」

 

 

曹操、荀彧を含めた全体会議の場で、公孫瓚、劉備軍の複雑に感じた理由についての報告をする。

 

劉備という人物が、公孫瓚はもとより、誰かの下に収まる将格では無かったこと。

更には劉備その人に魅せられて、数名ではあるが優秀な部下、義姉妹がいること。それらの影響もあり、誰かの下に収まる人物ではないと感じた事など、王蘭が見て、聞いて、直接感じた事をそのままの言葉で曹操たちに伝えた。

 

 

「そう………。大器たる人物だが、それに伴った地位をまだ得られていないために、公孫瓚軍の援助を得ている、と。なるほどね。」

 

「はい。公孫伯圭殿も、あまりその援助に対して渋る様子も見られないことから、劉玄徳殿の軍としては此度のこの戦の武功を持って、世に飛び立つ算段ではないかと。これもまぁ、先方の軍師殿がお考えになった筋書きかとは思いますが。」

 

「というと?」

 

「劉玄徳殿は確かに誰かの下に収まるような方ではないと感じました。なので必然的に近い将来、頭角を現してくるのでしょう。ですが、あまり劉玄徳殿御本人からは、出世欲と申しますか、自分の立身について拘るような人物には見えませんでした。先の伝令に於いても、純粋に曹孟徳様も洛陽の民を憂いているために情報を共有してくれている、と考えている面も見受けられました。勿論、貸し借りの認識は出来ているだろうとは思いますが。………大陸がこうして荒れて居なければ、自ら立ち上がる機会も無かったのではないでしょうか。」

 

「………私には考えられないわね。だがそれもまた面白い。汜水関での戦い、じっくり見せてもらおうじゃないの。」

 

こうして偵察としての報告を終え、軍は汜水関に向かって進められる。

 

 

 

 

 

 

「あれが汜水関かぁ………でかいな。」

 

 

この声の主、北郷一刀が呟く。

 

 

 

巨大な砦の足元に広がるのは、公孫瓚と劉備の連合軍である。

それぞれが隊列を組み、いよいよ汜水関攻略が始まる。

 

曹操軍の面々は、戦闘態勢を維持したまま待機している。

 

 

 

 

王蘭は夏侯淵と共に、本隊近くで戦場を見つめていた。

 

「兵が出てきたわね………。公孫瓚も劉備もこちらの情報をうまく使ったようね。」

 

「はい。やはり敵将華雄は短慮で猪突猛進な将なのでしょう。使い所、使い方を正しく理解すれば驚異となりえましょうが、今回の様にただ守将として配置するには適さない将かと思われます。」

 

 

少し離れたここから見える汜水関の攻略の様子を見て、曹操と荀彧が言葉を並べる。

 

劉備軍の関羽と守将の華雄が一騎打ちを始めるようだ。

数合交わす所までではあるが、明らかに華雄の側が押されており、決着も近いうちに付きそうだ。

 

 

「誰か一刀たちの所に伝令に行って頂戴。公孫瓚、劉備の両軍が汜水関の将を破り次第、直ちに軍を動かします。彼女らの軍が様子見で一旦引いた隙に、一気に突破して敵に追撃を掛けるわよ。」

 

「華琳さま、では私が行って参りましょう。」

 

「あら、秋蘭が行ってくれるの?なかなか贅沢な伝令兵ね。まぁ今は特にすることも無いし、よろしく頼むわ。」

 

 

 

夏侯淵を伝令に送り、じっと戦場を見つめていると動きがあった。

 

一騎打ちをしていた敵軍の将、華雄が馬から落ちたのを曹操たちが確認する。

 

「どうやら一騎打ちは関羽の勝利で終わったみたいね。伝えていた通り、このまま追撃に移るわよ!春蘭!!」

 

 

「はっ!これより我が軍は、汜水関に追撃をかける!!全軍、突撃ぃぃぃぃぃぃいいいいいい!!!!!!」

 

 

 

曹操軍が汜水関への追撃を始めた。

先鋒の夏侯惇に合わせ、本隊、北郷隊らも続き追撃を開始。

 

 

敵将華雄が一騎打ちに破れて、既に敗走を開始していたこともあり、またたく間に敵軍の数を減らしていく。

 

 

こうして曹操軍は敵軍への追撃を完了させ、汜水関への1番乗りという誉れ高い功を得ることができたのだった。

 

 

また公孫瓚軍、劉備軍としても追撃に出られるだけの余裕もなく、曹操軍に1番のりは持っていかれたものの、敵軍の守将を打ち破ったとして武功は得ており、追撃に出るだけの余裕もなかったため曹操軍の武功を受け入れる。

 

 

 

 

翌日。

 

 

 

「麗羽から軍議の招集がかかったから行ってくるわ。桂花、虎牢関の攻略、私達はどうするべきかしら?」

 

「はい、昨日の汜水関への功があるため、恐らく袁紹、袁術あたりは今度は自分たちが、と考える事でしょう。此度は守将を打ち破る事に重きを置き、全体の指揮権が欲しいところです。虎牢関への1番乗りは譲っても構いません。」

 

「そう………。わかったわ。春蘭、秋蘭、一刀、行くわよ。」

 

 

そう言って初回軍議と同じ人員で軍議へと向かう曹操。

 

 

その間に残された側では虎牢関に関する情報を整理する。

 

 

「王蘭、虎牢関に関して新しい情報は入っているかしら?」

 

「はい、先日汜水関で打ち破られた華雄が虎牢関に戻っています。また元々配置されていた呂布、張遼の2名の他、軍師として陳宮が配置されている模様。」

 

「陳宮………確かあの、呂布の横にいた小さいやつよね。あいつが軍師、ねぇ………。」

 

 

そう呟いてからしばらく考え込む荀彧。

 

 

「仮にも軍師と名乗るくらいなのだから、多少なりとも戦の計算くらいはできるのでしょう。だったら私は、華琳様のためにその計算を打ち崩してあげるまで。幸いにも華雄が虎牢関にいるなら、それを使わない手はないわね。」

 

 

 

しばらくすると、軍議から曹操たちが帰陣する。

予定通り指揮権を引き受けてきた、とのこと。

 

また陣内で張遼を捉えるために夏侯惇と荀彧がその役目を担うことになった。

 

 

「では桂花。全体の動きの指示を。」

 

 

 

 

 

虎牢関攻略が開始される。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




汜水関攻略完了。メインで請け負う担当ではなかったのでさらっと行きました。
次回より虎牢関。


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第二十話

 

 

「………と言った策をご提案いたします。」

 

 

荀彧から曹操に、虎牢関攻略のための献策が為される。

 

 

「ふむ………。秋蘭、どう思う?」

 

「はっ、おそらくは桂花の作戦通りになる可能性は高いものと思われます。」

 

「そう………。では桂花、その策を採用するわ。連合の諸侯らに進軍の経路と、布陣する場所を伝えて頂戴。これより我らは、虎牢関に向けて軍を進める!」

 

「はっ!」

 

 

こうして連合軍は曹操軍の指揮のもと、虎牢関に向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

場所は変わって虎牢関の城壁の上。

 

 

「おー。来た来た。」

 

「………むぅぅ。」

 

「来た来た………。」

 

「………………むぅぅ。」

 

「来た………っつーか、どんだけ来るねん!来すぎやろ!!」

 

「………っ!!! ………なんと。」

 

「華雄………言うてた数と全然違うやんか………。」

 

「………ん?あ、あぁ、そんなはずはないのだが………。」

 

「これでは作戦も立て直しなのです!まったく、軍師のねねの事も少しは考えて欲しいのですっ!」

 

 

張遼、華雄、軍師の陳宮が連合軍の配置を確認していた。

あまり口を開かないが、呂布の姿もそこにはあった。

 

 

どうやら華雄は汜水関での戦いの情報を陳宮に伝えていたらしいが、飽く迄自分が戦った相手の数と、門に押し寄せた軍の数の概算までしか確認していなかった様で、残りの袁紹、袁術2大勢力のことまで頭が回っていなかったらしい。

 

 

「………兵の確認をしてくるっ!」

 

 

陳宮や張遼とやり取りをしたあと華雄は1人、兵の確認と言ってその場を離れる。

張遼と陳宮の2人に責められた悔しさや恥ずかしさがその顔に浮かんでいるかと思ったが、その眼には、血に飢えた猛獣のようなギラギラと燃える私怨の炎が見えていた。

 

 

 

残された張遼、呂布、陳宮が華雄の背中を見送ったあとも会話を続ける。

 

 

「悪い奴やないねんけどなぁ。ねねも、ちょっと言い過ぎやで。」

 

「うぅ………。ねねは悪くないのです………。」

 

「ま、ええわ。恋、なんとかなりそうか?」

 

「………なんとかする。」

 

「せやねぇ。何とかせんと、月も賈駆っちも守れんか………。それに、あんたの王国もな。」

 

 

敵陣形の確認をしながら、張遼らも戦の準備に取り掛かろうとした矢先。

 

 

「申し上げます!」

 

 

董卓軍の兵士より連絡が届く。

 

 

「なんや?敵の状況ならちゃーんと見えとるで!」

 

「はっ。あの………華雄殿が出撃されるようです。」

 

「………………はぁっ!?なんやそれ!」

 

「そ、そんなの聞いてないのですっ!」

 

 

 

 

こうして華雄に引きずられるような形で、虎牢関にいた武将3名が出撃する事態となったのだった。

 

 

 

 

 

 

虎牢関から敵将の出撃を確認して、口の端を吊り上げる表情を浮かべる者が1人。

 

 

「華琳さま、作戦通り砦の将たちが出てきました。」

 

 

そう、猫耳頭巾をかぶった曹操軍が軍師、荀彧である。

 

 

「えぇ、見事ね桂花。汜水関の時と言い、連中は籠城戦を知らないのかしら?」

 

「先日の失態を取り戻そうと思って、華雄が独走しているのではないかと。こちらの狙い通りに動いてくれて助かりますが。」

 

「まぁそうね………。でも春蘭でもしないわよ、そういう事は。」

 

「華琳さま、どうして私を引き合いに………。」

 

 

 

 

 

彼女がとった策は至って単純。汜水関と同様に華雄を挑発することだった。

 

汜水関では、関羽が言葉を使って挑発し釣りだしたのに対して、荀彧は軍の配置によって挑発することを選択。

華雄その人の性格を考えれば、言葉を用いずとも釣り出せると考えたのだ。

 

 

荀彧は、関羽と孫策の軍を砦前に、しかも、如何にも防備が薄いですよと言わんばかりの配置で展開。

先の汜水関では挑発され、更には一騎打ちでは無様な姿を晒してしまった華雄であれば、罠と気づかずに、雪辱を果たすべく突撃してくるだろうと踏んだのである。

 

 

まさしく、その策通りにおびき出され、猪突猛進してくる華雄隊。

 

 

それを遠くに見つめた曹操は、初陣である典韋の様子を確認し、彼女の様子に問題ないと分かると、全軍に号令をかける。

 

 

「聞け!曹の旗に集いし勇者たちよ!この一戦こそ、今まで築いた我らの全ての風評が真実であることを証明する戦い!黄巾を討ったその実力が本物であることを、天下に知らしめてやりなさい!総員突撃!敵軍全てを飲み干してしまえ!」

 

 

 

 

虎牢関の戦いが幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

まず荀彧は、関羽・孫策の両部隊に指示を送る。

 

 

指示を受けた両隊は、華雄との適切な距離を保ったまま、それぞれ後退。

これを見た華雄は、更に速度を増して突撃を開始する。

 

 

関羽・孫策は、後方に控えていた曹操軍、公孫瓚軍らが配置している場所まで下がると一転、隊の向きを反転して味方と共に華雄隊の突撃を迎え撃つ。

 

またその近くに布陣していた馬超隊も加わり董卓軍との戦闘を開始。

 

 

 

華雄隊の突撃と関羽・孫策の後退により、虎牢関から敵将らを引き剥がすことに成功した連合軍。

荀彧が次に指示を出したのは、1番乗りだけを得たいと門から外れた位置でじっと待機していた袁紹軍に対して。

 

 

「麗羽さまー!曹操さまのところから虎牢関の門に攻め立てる指示が出ました!!」

 

「なーんでこのワタクシがこまっしゃくれたクルクル小娘の言うことなんて聞かなきゃいけないんですのー?」

 

「でも麗羽さま、ここで動かなきゃまた1番乗り取られちゃいますよ………?」

 

 

文醜の報告に渋る袁紹、そしてそれを宥める顔良と、いつものやり取りが繰り広げられていた。

 

 

「むぅ………それも気に入りませんわね。仕方ありません。雄々しく、勇ましく、華麗に進軍なさい!!」

 

 

こうして袁紹軍が虎牢関へと攻め始める。

更にその後ろから、劉備軍の本隊も虎牢関へ向かい始める。

 

 

 

 

これを確認したのかどうかはわからないが、慌てた様子で呂布、張遼、華雄の隊は虎牢関へ引き返し始めた。

中でも呂布隊が先行して、虎牢関前に群がる袁紹軍へと向かう。

 

 

「おらぁ!総員駆け足ー!ここで突撃すれば、虎牢関はあたいらのもんだぞっ!」

 

「皆さん、急いでくださーい!」

 

そう兵たちに指示を出す文醜、顔良。

 

 

そこに。

 

「………そうはさせない。時間ないから、本気で行く。」

 

 

そう言って2人に襲いかかる呂布。

 

 

「どわぁっ!?」

「きゃああっ!」

 

 

何とか1合防いだ2人だが、あまりの衝撃に腕が痺れてしまう。

呂布が次の攻撃のため武器を振り上げると、そこに割って入る人影が。

 

 

 

「く………っ!遅かったか………!大丈夫か、2人とも!」

 

 

 

呂布が虎牢関に詰める兵たちに向かった事を確認するや、全速力で劉備軍本隊に戻った関羽の姿だった。

本隊の無事を確認すると、すぐさま張飛と2人で呂布の前に立ちはだかる。

 

 

「な、何とか………。ありがとうございます。」

「ひゃーっ。死ぬかと思ったぁ………!」

 

 

袁紹軍の武将2人を下がらせ、武器を構える関羽と張飛。

 

 

「………あら、劉備の軍も来ていたのね。」

 

「………お主、孫策………?」

 

 

ここに華雄を引き寄せるために並んで配置されていた、孫策も加わる。

 

 

「これが呂布?強いって聞いているけれど………こんなぼーっとした子が、そんなに強いの?」

 

「………桁違いだ。すまんが、助力を頼めるか?」

 

 

こうして3人同時に攻める事にし、攻撃を仕掛ける。

 

 

だが、それに全く動じる様子がない呂布。

それどころか………

 

 

「………遅い。」

 

 

逆に攻撃を返されてしまう3人。

 

 

「くぅっ…!」

「うひゃあっ!」

「ぐっ!」

 

 

何とか受けきったものの、大きく態勢を崩されてしまう始末。

 

 

「恋!ようやった!あんたもはよ戻りっ!」

 

「ぐむむむー!」

 

 

そこに華雄を引き釣りながら、ようやく虎牢関まで戻った張遼の姿が。

 

 

 

「………わかった。」

 

 

 

こうして虎牢関へと引き上げる呂布、張遼、華雄。

 

 

 

 

その姿を連合軍は、指を加えて見過ごす他なかったのだった………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




久しぶりの戦闘シーン描写。やっぱり難しい…。
王蘭さんどこいったんだろって回ですみません…笑


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第二十一話

 

 

 

翌日、袁紹軍からの情報として、虎牢関に敵が誰一人としていなくなっている、との連絡があった。

もちろん、袁紹軍からの報告だけで信頼する曹操ではなく、王蘭にも虎牢関の様子を探らせるべく指示を与える。

 

 

そしてその斥候が戻り、曹操へ報告を上げる。

 

「申し上げます。袁紹軍からの情報の通り、虎牢関には敵の姿は見えず、もぬけの殻となっている様子。ざっと見える範囲では罠のような仕掛けも見当たりませんでした。」

 

 

「そう………。あなたの事を信頼していないわけではないけれど、怪しいわね。怪しすぎるくらいだわ。………桂花、どう思う?判断に迷うところだから意見を聞かせて頂戴。」

 

「そうですね………。華雄はもちろん、春蘭、袁紹、袁術あたりが敵であれば迷わず進軍を、と申すところですが、呂布も張遼も健在な現状、虎牢関を捨てる価値はどこにもありません。敵軍にも軍師はいる様子ですので、慎重を期したほうがよろしいかと思います。」

 

「おい!どうして私を引き合いに出す!」

 

「やはり罠としか思えないわね………。」

 

「いっそのこと、どこかの馬鹿が功を焦って関を抜けに行ってくれれば良いのですが………。」

 

「さすがにそんな馬鹿はいないでしょう。春蘭でもそこまではしないわよ。」

 

「だから華琳さま、どうしてそこで私を引き合いに出すのですか………。」

 

 

 

虎牢関についての情報に頭を悩ませていると、于禁が連絡しにやってくる。

 

 

「華琳さまー。いま連絡があって、袁紹さんの軍が虎牢関を抜けに行ったみたいなのー。」

 

 

「「「………。」」」

 

 

 

あまりの事に言葉が出ない曹操たち。

彼女らは袁紹の事を、ある意味で甘く見すぎていた様である。

 

 

「たまには馬鹿に感謝するのも悪くないかもね………。袁紹が無事に虎牢関を抜け次第、私達も移動を開始するわよ。」

 

 

 

こうして虎牢関を抜け、連合軍は洛陽の前まで軍を進めた。

 

 

 

 

洛陽の城攻めを始めて数日。

さすがは帝の住まう首都、洛陽。

 

城壁の高さも並大抵ではなく、通常の城攻めよりもかなり苦戦を強いられていた。

 

なるべくならば、早めに方を付けたいところではある。

もともと連携の取れていない連合軍が、こうして何日も行動をともにすることも、

兵士たちにとって見れば、やり辛く面倒な日々だろう。

 

何か現状を打破する策は無いものか、と連合軍全体がそう思っているところに、

天の国、北郷の故郷の話を元にした策が、曹操から提案された。”こんびに”作戦と言うらしい。

 

 

内容を確認すれば、それは1日を6等分し、6隊で1日を通して攻め続けるという作戦。

日没と同時に剣を収めるのが通常であるこの時代において、なかなかに辛辣な作戦を提案するものである。

 

 

これが採択され、その後連合は数日に渡り、丸一日攻め続ける日が続けられた。

 

 

 

 

「………というわけで、敵の反抗がいつもより大人しかった事もあり、敵は今日明日中に決戦を仕掛けてくると思われます。」

 

荀彧から連合の軍議の場に、報告が入れられる。

 

 

「なら、こちらも準備をしっかり整えて………。」

 

「攻撃はこのまま続けないと意味がないわ。ここで兵を退いては敵に休ませる時間を与えてしまうわよ。」

 

 

袁紹が連合軍も決戦に望む準備を、と言おうとしたところに曹操からの反対意見が入る。

 

 

やはり袁紹、袁術の2人からは断られるが、それぞれが代理の軍を立てることによって作戦は継続することに。

袁術の代わりは食客の孫策軍が、袁紹の代わりは劉備軍が曹操の兵を借り入れて請け負うことになった。

 

 

 

「あ、曹操さん………。」

 

軍議が終わり、それぞれが決戦に向けて準備を進めるべく解散したところで、劉備が曹操を呼び止める。

 

「あぁ、どうしたの?」

 

「いえ、お礼が言いたくて………。」

 

「礼を言われるほどの事をした覚えはないわ。少なくとも、この戦の間は同盟を組んでいるのだから。」

 

「それでも………ありがとうございました。」

 

「兵は後で連れて行かせるから、なるべく減らさずに返して頂戴。」

 

「はいっ!ありがとうございました!」

 

 

劉備が去ったところで、北郷が声を掛ける。

 

「随分と気前がいいんだな。」

 

「諸葛亮や関羽の指揮を間近で見られるいい機会だもの。その代価と見れば、高いものではないわ。桂花、兵の中に王蘭の部隊から数名入れておくように。人員の選定はあなたたちに任せるわ。」

 

「はっ!」

 

 

 

曹操たちも決戦の準備を進める中、荀彧、夏侯淵、王蘭の3名は劉備軍に向かう斥候兵の選定を行っていた。

 

 

「………では斥候兵を20名ほど、その中に潜ませると。」

 

「うむ。そして蒼慈、お前には劉備軍に向かう兵たちの長としてそこに加わって欲しいのだ。まだどこの軍も、お前が斥候兵を取りまとめる役柄だとは気づいていないだろう。存分に情報を仕入れてこい。それに、一度お前は劉備との面識を持っていて、懐にも入りやすいだろう。」

 

「はっ。承知いたしました。」

 

「劉備軍の担当する時に決戦に入らなくても、決戦の大凡が片付くまで、しばらく劉備軍の指揮を偵察してきなさい。ただし、あんたの素性や曹操軍の指揮の傾向は決して向こうに晒さないこと。劉備たちに知られてみなさい。どうなるか、わかってるわよね?」

 

 

「………相変わらずですね。わかっております。………では、支度を整えて行ってまいります。」

 

こうして劉備軍のもとへ向かう王蘭だった。

 

 

 

王蘭が劉備軍の陣幕にたどり着くと、ちょうどそこから関羽が出てくる。

 

「関雲長殿、ちょうど良いところに。劉玄徳殿はいらっしゃいますか?曹操軍より援軍として参りました。」

 

「む………王徳仁殿か。お主には汜水関では世話になった。今度は援軍として世話になるのか………またよろしく頼むぞ。」

 

 

始めて会ったときの剣呑な雰囲気は既になく、笑みを持って迎え入れられる王蘭。

 

そして劉備のいる陣に通されると、劉備、諸葛亮の2人に加えて、赤く短い髪で虎の髪飾りをつけた活発そうな少女と、先の尖った帽子を目深にかぶった少女、その隣には真っ白な衣と赤い槍を持った女性が控えていた。

 

 

「徳仁さん!今回またお世話になるんですね。よろしくお願いします!」

 

「えぇ、こちらこそ。後ろのお三方は始めまして、でございますね。改めて自己紹介をさせていただきます。曹操軍より援軍を率いる長として参りました、王徳仁と申します。汜水関では我が軍にて掴んでおりました情報をお伝えに上がった際、劉玄徳殿、関雲長殿、諸葛孔明殿には一度目通りしております。」

 

「鈴々は張翼徳なのだ!桃香おねーちゃんと愛紗の妹なのだ!」

 

「あわわ………龐子元と申しましゅ………あぅ。」

 

「我が名は趙子龍。この雛里………龐統は人見知りでな。気を悪くなされたらすまぬな。」

 

 

「いえ。短い間ではありますが、何卒よろしくお願いいたします。」

 

 

 

無事劉備陣営に加わった王蘭たち。

 

こんびに作戦を含めた、劉備軍での指揮系統の確認を行い、いよいよ決戦準備が整う。

 

あとはその時を待つばかりである。

 

 

 

 

 

”こんびに”作戦の提案によって、洛陽攻略の指揮も引き受けることになった曹操軍。

隊がキレイに整列し、洛陽の門をじっと見つめていた。

 

 

「報告っ!城の正門が開きました!」

 

そこに、曹操のもとに楽進からの報告が入る。

 

 

「見えているわ!皆のもの、聞きなさい!ここが正念場!この戦いに勝てば、長い遠征もおしまいよ!けれど、もし奴らをあの城の中に押し戻してしまったら、この遠征は永劫続いてしまうでしょう!この戦いばかりの日々を終わらせるわよ!総員、戦闘準備!」

 

 

「門より敵部隊出撃!突撃してきます!」

 

 

「………さぁ、誰が私たちの相手をしてくれるのかしらね?………春蘭!」

 

「はっ!総員、突撃ぃっ!」

 

 

 

 

洛陽攻城戦、決戦の火蓋が切って落とされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




王蘭さん再び劉備軍に。今度はガッツリ中に入り込むようです。
そしてそして、蜀軍のもうひとりの軍師、龐統さんと王蘭さんが会合。
昇り龍さんに、三姉妹の末妹とも出会いましたね。


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第二十二話

王蘭は援軍の長として、劉備軍の元にいた。

その王蘭たちを指揮するのは劉備軍筆頭軍師の諸葛亮や関羽ではなく、龐統。

 

そして彼らが担っているのは洛陽の城門の攻撃。

城攻めの継続である。

 

 

伏龍鳳雛と並び称される彼女の指揮は流石のもので、未来が見えているかのように、次々展開されゆく事態を予測し、細かく指示が出されていく。

また劉備軍の兵士たちも、その指示の出し方には慣れている様で、彼女から出される指示を一心にこなそうと努めているようだった。

 

 

敵将全員が出陣して野戦を展開している以上、数で勝る連合軍が城攻めで負けるはずもなく、

間もなく城が落ちるであろうという状況だ。

 

 

 

「もうすぐ城の門が開きます!皆さん、ここで一気に攻め立てますので力を奮ってくだしゃい!!」

 

 

龐統の可愛らしい鼓舞?により劉備軍は猛攻。

これにより、いよいよ洛陽の門が開かれた。

 

 

 

門が開かれたことにより、この大戦の大凡の決着がついてくる。

城攻めもこれで一段落がつくため、これを機に、王蘭たち援軍は劉備軍の指揮下から抜けることに。

各々の軍として城内活動を行う事になった。

 

軍働きとして援軍に出された王蘭たち。”こんびに”作戦の援軍として劉備軍にやってきた以上、城内での制圧活動とは、分けて考えねばならない。

 

これは劉備軍からしても同じで、城内での立ち居振る舞いがそのまま軍の風評につながってしまう。

自分たちが許可していること、していないことが軍によって違うと考えたためだ。

 

 

 

指揮から外れる事の挨拶にと、劉備軍の本陣に顔を見せる王蘭。

 

 

「劉玄徳殿、我々はこれで貴軍指揮下より抜け、曹操軍として行動をすることになります。数日という短い間ではありましたが、お世話になりました。」

 

「あっ、徳仁さん。そうですかぁ………残念ですが、わかりましたっ!曹操さんによろしくお伝えください。援軍ありがとうございました!」

 

「はい。諸葛孔明殿、龐子元殿も、また他の皆様方も、ありがとうございました。関雲長殿にも、どうぞよろしくお伝えくださいませ。では。」

 

 

 

 

劉備軍本陣にいた劉備、諸葛亮、龐統らに挨拶をして、劉備軍から離れる。

劉備軍から離れた事を確認して、王蘭は城内の活動について指揮をとる。

 

 

「王蘭隊の皆さんは私とともに、城内で要人確保のための活動を行います。その他の隊の皆さんは一度本隊に戻った後、各自の所属隊に戻ってください。では解散!」

 

 

 

 

 

 

一方その頃、城の外では。

 

 

 

 

「待て!貴様が張遼かっ!」

 

「あちゃぁ………このクソ忙しいときに。一騎打ちの申込みなら、もう締め切っとるで!」

 

「ふんっ!そんなことは知らん!私との勝負に応じるまで追いかけるまでだ!」

 

「その目ぇ………ダメっちゅうても仕掛けてくる目やな。恋や華雄っちとおんなじ目ぇや!」

 

「………貴様も同じ目をしているぞ?」

 

「あかんなぁ。自分を殺しとるつもりやったんやけど………ええよ。どうせこの戦、ウチらの負けや。最後くらい自分の趣味に走ってもバチあたらんやろ。………名ぁ名乗りぃ!」

 

「我が名は夏侯元譲!行くぞ!!」

 

 

曹操からの命に従い、夏侯惇が張遼との一騎打ちを始めていた。

 

 

 

 

 

 

また別のところに視点を向けてみると、呂布の姿が。

 

やはり人中の呂布。一筋縄でいく相手ではなく、彼女の周りには夏侯淵、許褚、典韋、張飛、文醜と、連合を代表した武将が数多く寄せていた。

 

 

「………くっ!呂布め、何という強さだ………!」

 

あまりの強さに夏侯淵が言葉を漏らす。

 

 

「流琉!いっちー、ちびっこ!もう一度、仕掛けるよ!」

 

 

「うん!」

「おっしゃ!」

「だから、チビにチビって言われたくないのだ!」

 

 

「………何度やっても無駄。」

 

 

彼女らの波状攻撃を受けても、眉一つ動かさずに安々と対応してみせる呂布。

 

「………くっ、やはり関羽でも連れて来ねば足止めすら難しいか………。」

 

 

とそこに、呂布を呼ぶ声が聞こえる。

 

「恋殿!恋殿はいずこにっ!」

 

「………ここ。………月は?」

 

「城は陥ち、月殿と詠殿は既にお逃げになりました。恋殿もお早くです!」

 

「………霞は?」

 

「霞殿と華雄殿は行方が知れません。けれど、あの2人のことですからきっと無事でしょう。今は2人で逃げるのです!」

 

「おお、貴様ら!こんな所にいたか!」

 

「………ちっ。」

 

 

呂布のもとに、陳宮、華雄がやってくる。

城の状況が伝えられ、撤退するようだ。

 

 

「行け。むしろその方が助かる。」

 

 

夏侯淵の言葉を受け、3人は洛陽から離れていく。

残された将たちは、残りの兵の制圧のため、それぞれの軍へと戻ることになった。

 

 

 

 

 

 

再び視点を王蘭の場所に移す。

 

 

王蘭たち斥候部隊は城内の制圧よりも、董卓、賈駆、天子様の確保を優先して駆け回っていた。

 

城門が空いてからまだあまり時間も経っておらず、主に宮廷近くを探らせることに。

本陣に戻した兵も戻ってきたため、状況の確認をしてすぐさま探索の指示を出す。

 

全ての指示を出し終えた王蘭も中心部へと向かうが、基本的な斥候能力としては部下に劣る王蘭。

であれば自分はそこから少し離れた小道でも探ってみようか、と、1人の部下だけを連れて適当な細い道を進んでいた。

 

 

これが功を奏したのか、ある細道を進む王蘭の先に女の子が2人、何か急いだ様子で走っている姿が見えた。

 

 

「あれは………?」

 

 

城外で戦闘が行われているのに、小さな女の子が誰も連れずに自分たち2人だけで、しかも急いだ様子でどこかに駆けていくのだ。

何かある、と思わぬ人はいないだろう。

 

そっと気付かれないように後を追う王蘭。

 

 

「月!ほら、急いで!!」

 

「う、うん。ごめん、詠ちゃん。」

 

 

近づいてみると、あまり運動は得意ではないのだろう。

ひらひらした服をまとった女の子が、少し疲れた様子で立ち止まっていた。

 

 

庶人では着られない様な衣装を纏い、逃げる少女たち。

これは要人その人である可能性が高いと、王蘭が2人の前に姿を見せる。

 

 

「失礼、お嬢様方。どちらへ向かわれるので?」

 

「誰!?………その格好!!月っ!!ここは私に任せて先に行って!!」

 

「で、でも!」

 

「いいから!!!早く!!!!」

 

 

これまでに見たことのないような彼女の剣幕に負けたのか、1人の少女が逃げていく。

王蘭は部下に目で合図を送り、その少女を捕まえるように指示を出す。

残った少女がその道を塞いでいるため、多少の回り道をするように追いかけ始めた。

 

 

 

その場に残された王蘭と少女。

 

 

 

ゆっくりと、目の前に立つ少女に向かって口を開く。

 

 

 

「さて、はじめまして。………賈文和殿でお間違いありませんね?」

 

 

 

 

 

 

 

 




さーて………ドキドキしてます。


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第二十三話

 

 

「さて、はじめまして。………賈文和殿でお間違いありませんね?」

 

 

 

 

 

「………えぇ、はじめまして。どうかしらね?そういうあなたは誰?」

 

 

 

 

 

「これは失礼。我が名は王徳仁。曹操軍のしがない兵士ですよ。………はいそうです、なんて簡単には答えて頂けませんか。」

 

 

 

 

 

「………それで、私急いでるんだけど。行っていいかしら?徳仁さん?」

 

 

 

 

 

「まぁそう慌てずに。………あぁそうだ、少し独り言を呟きましょうか。何処かで賈文和殿が聞いていれば、気になっているであろう情報を持っていましてね? 城外で戦闘を繰り広げていた董卓軍の呂布、華雄、陳宮は既に逃亡。また張遼については、今頃我が軍の夏侯元譲将軍と、夏侯妙才将軍の両名によって捕縛されている頃でしょうか。そうなると、残りは董卓と賈駆の2人だけ………となりますねぇ。城外のどなたかと合流する予定があるのでしたら、それは叶わぬ事になりそうですねぇ。」

 

 

 

 

 

「………そう。董卓軍麾下の将たちだったかしら?私には関係ないわ。」

 

 

 

 

 

「ふむ、そうですか………。………そうそう、先程のあなたがお連れだった、もうひとりの少女。城内を制圧中の連合軍の兵に見つかって襲われては堪りませんからね。私の部下に護衛するように命じましたのでご安心くださいね?」

 

 

 

 

 

「………!!………そう。それはありがたいわね。でもあの子、見た目に反してなかなか素早いのだけれど、ちゃんと捕捉できたのかしら?」

 

 

 

 

 

「んー………どうでしょうか?出来ていれば良いのですが………。なにせ、彼女を追った私の部下、戦闘を生業とする人間ではないので………。」

 

 

 

 

 

「………どういう事?」

 

 

 

 

 

「そうですねぇ………あなたが賈文和殿でないならば、あまり詳しくお話することはできないのですが、これだけは言えます。………曹操軍として、洛陽の情報を掴むのは、本当に難しかった………。」

 

 

 

 

 

「………そんな………あ、あんたが………!!………くっ………そうよ!僕が賈文和。これで満足?………お願い。僕はどうなってもいいから、月だけは見逃して頂戴。」

 

 

 

 

 

「………ようやく認めて頂けましたか。賈文和殿。流石に見逃すわけには参りませんが、部下が無事董仲潁殿を捕まえられていれば、身の安全は保障致します。もちろん、あなたが私と共に曹操軍まで来ていただけるなら、ですが。」

 

 

 

 

 

「………この段になって、もともと僕に選択肢なんて無いでしょうに………。わかったわ。あんたに着いていってあげる。でも月が無事じゃなかったらただじゃおかないわよ………。」

 

 

 

 

 

「確保したことがまだ確認できていないので、そこは保証できませんが………。部下が追いついていれば、身の安全は保証いたします。すでに城内の制圧が開始されていますので、無事に追いつけているといいのですが。我々曹操軍に見つかるのならばまだ良いのですが………。袁紹軍や袁術軍に見つかってしまえば、こちらとしては対処のしようがありません。」

 

 

 

 

 

「ちょっと!!ちゃんと月を守りなさいよ!!!」

 

 

 

 

 

「いや、だから部下に命じてはいますが、結果の保証なんてできるわけないでしょうに………。取り急ぎ、彼女が逃げた方に向かってみましょう。あ、ちなみにあなたも逃げないでくださいね?流石にあなたを縛り付けて運ぶようなことはしたくないので。」

 

 

 

 

 

「くっ………多少なりとも軍事訓練を積んでる兵隊相手に、この状態から僕一人で逃げたって見込みが無いことくらいわかるわよ………。大人しくついていってあげるから、さっさと月のところに向かいなさいよ。」

 

 

 

 

 

「そうですか。では、参りましょう。」

 

 

 

 

 

 

 

………。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おや、北郷さん。ここで何を?それから、こちらにひらひらとした衣装を身に付けた、小柄な少女は来ませんでしたか?」

 

 

 

 

 

「あ、徳仁さん。城内制圧の任務ですよ。さっきのあの子のことかな?おそらく、その女の子ならさっき見ました。でも俺たちで今保護するわけにも行かなくて、どうしようか迷ってる所にちょうど劉備さん達が来たので、彼女たちに保護してもらっています。それが何か?」

 

 

 

 

 

「劉玄徳殿に………?そうですか、わかりました。ありがとうございます。あ、ちなみに私が来た方には特に敵の兵士はいませんでしたよ。」

 

 

 

 

 

「あ、了解です。助かります!それじゃあ俺たち行きますね。」

 

 

 

 

 

「はい。では。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ちょっと!!全然保護できてないじゃないの!!!劉備軍って大丈夫なんでしょうね!?」

 

 

 

 

 

「落ち着いてください。彼女の身柄を保護できなかったのは確かに申し訳ありません。ですが、劉備軍であれば安心ですよ。彼女たちなら、正体がわかったところで無碍にはされません。」

 

 

 

 

 

「どうしてそう言い切れるのよ!!本当なんでしょうね!?」

 

 

 

 

 

「えぇ、劉玄徳殿の人となりは私もこの目で確認しました。董仲潁殿が表舞台に立つことを望まないのであれば、実際にその通りになるでしょう。宮廷内の死体を使って、うまくごまかすんじゃないでしょうか?」

 

 

 

 

 

「………全然納得いってないけれど、今はあんたの言うことを信じておいてあげるわ。僕にはそうするしかないから。………こんなにも、こんなにもどうしようもできない僕が、僕自身のことが、どれだけ恨めしいか、あんたに分かるかしら………?もし月が、月に何かあったりしたら………。僕はあんたを地獄の果てまで追いかけてでも、殺すわよ。それが八つ当たりであっても、他の何だろうが関係ないわ。」

 

 

 

 

 

「………わかりました。その時は甘じて受け入れましょう。それに、幸いな事に劉備軍には多少私の面も通っております。挨拶に伺うついでに、彼女の確認もできるでしょう。そのためにも、まずは我が主の元に向かいます。よろしいですね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………わかったわ。あんたの主人、曹操に会ってあげる。その代り劉備軍に融通効くなら、後でちゃんと月に会わせなさいよ。これも守られないようならば、あんたに付いていく理由がないわ。わかってるわね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




董卓さんと賈駆さんが別れてしまいました………。
原作からの差異点を書くのはドキドキします。


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第二十四話

「曹孟徳様、王蘭です。」

 

「あら、どうしたのかしら?入りなさい。」

 

 

 

賈駆を連れ、曹操のいる陣幕に入る。

 

 

 

「失礼します。………曹孟徳様、賈文和を捕らえて参りました。」

 

「………へぇ。思いもよらない拾い物ね………。王蘭、よくやったわ。」

 

「はっ。」

 

 

そう言うとかけていた椅子から立ち上がり、曹操が賈駆の前に立つ。

 

 

 

 

「あなたが賈駆、ね………単刀直入に言うわ。我が軍に降りなさい。」

 

 

 

 

あのいつもの覇気を出しながら、曹操らしい言葉が放たれる。

 

 

 

グッと息を呑みながらも、賈駆も返す。

 

「僕が降った所で、あんたなんかに僕がちゃんと使えるのかしら?」

 

 

曹操の横に控えていた荀彧が不機嫌そうな表情を見せるが、ここに割って入る無粋はしない。

グッとこらえて、2人の会話を聞いてる。

 

 

賈駆からの言葉を聞いた曹操は、どこか楽しそうな表情を見せていた。

 

「軍師というのは、人を試したり、上司に向かって啖呵を切るのが好きなのかしら?ねぇ桂花?」

 

荀彧が今にも罵声を浴びせたいのを何とか堪えているのをわかっていながら、あえて話を振る辺り、曹操はそれを楽しんでいるのが伺える。

 

「華琳さまぁ………。」

 

「ふふっ。桂花、冗談よ。」

 

そう言って荀彧に笑みを見せる曹操が、スッと表情を引き締め賈駆に向き直る。

 

 

 

 

「………賈文和、貴様は我を誰と心得る!!この大陸に覇を唱える、曹孟徳ぞ!!一介の軍師1人を使えずに、何が王か!!!」

 

 

 

陣内の空気がビリビリと震撼した。

 

 

 

「………私はこの大陸を必ず手に入れるわ。そのためならば、なんだって使ってみせる。例え元々敵にいた軍師であっても、将であっても。それが私のやり方よ?………賈駆、もう一度言うわ。私に降りなさい。」

 

 

 

「………捕らえられた僕が生き残るには選択肢なんてないんでしょう。………わかったわ。あんたに降ってあげる………。せいぜい僕のこの頭を使い切ってみせることね。」

 

「えぇ、もちろん。あなたを歓迎するわ。あなたの真名、私に預けてくれるかしら?」

 

 

「………僕の真名は詠。………仕方ないわね。この真名に懸けて、僕がいる間はあんたに無様を晒させないわ。せいぜい僕に見限られないように頑張ってよね。」

 

「ふふ、どこまでも強気ね。気に入ったわ。私の事を華琳と呼ぶことを許しましょう。」

 

「………あんたに降ったとはいえ、僕はあんたを様付けで呼ぶのは抵抗あるわね。」

 

「主人を守りきれずに敵に降るのだから、その辺りの心情は考慮してあげましょう。別に敬称は付けなくてもいいわよ。」

 

「華琳さまっ!そんな!!」

 

「桂花、いいのよ。………いずれ詠にも心から仰がれる王になってみせれば良いのだから。そうよね、詠?」

 

 

「………はぁ、なんだかとんでもない軍に降っちゃったわね。そうだ、1つだけ絶対に譲れない条件があるわ。この連合軍が解散する前に、劉備軍に連れて行って頂戴。今後の僕の人生に、大きく関わることだから。」

 

「………?まぁいいでしょう。王蘭、あなた既に面識もあるのだから、私からの遣いとして落ち着いた頃に連れて行ってあげなさい。これでいいわね?」

 

 

 

こうして賈駆が曹操軍に降る事になった。

話がまとまり、曹操たちは賈駆を休ませるため、兵士に空いている陣に案内させる。

 

 

賈駆が陣内から出ていったあと、王蘭が曹操に声をかける。

 

 

「曹孟徳様、よろしいでしょうか。」

 

「何かしら?あの賈駆を捕らえたのだもの。褒美ならば大いに期待していなさい。」

 

 

「はっ、ありがたき幸せ………。それとは別に、お願いしたき儀が。」

 

「何かしら?」

 

「この連合軍が始まる前、洛陽の情報は再三兵を忍ばせて見たものの、殆ど成果を上げることが出来ませんでした。それも偏に、洛陽の斥候に対する守りが堅かったためにございます………。その洛陽で、諜報に関する指揮をとっていたのは恐らく………。」

 

「詠である、と。………そうだとするならば、私が思っているよりもかなりの拾い物ね………。いいわ、王蘭。陳留に戻ったらあなたに賈駆を預けます。斥候兵のさらなる強化を期待するわ。」

 

「華琳さま!そんな男に預けてしまえばきっと賈駆が襲われてしまいます!!」

 

 

「………その辺はちゃんと合意の上でしなさいよ?まぁ全く心配していないけれど………。ねぇ?王蘭。」

 

「は、はいっ!かっ、賈文和殿の配置ご配慮、ありがとうございます。」

 

 

含みをもって問われた王蘭は、言葉を吃らせながら返事を返した。

 

こうして賈駆は斥候強化のために、しばらくの間王蘭の預かりとなることが決まった。

 

 

 

「………さて、詠の処遇も決まったことだし、私達は洛陽の復興作業にあたるわよ。幸い、復興工事の許可もおりたことだし。桂花、指揮を任せるわ。」

 

「御意」

 

 

 

 

 

そして翌日。

 

 

 

 

曹操軍は洛陽の復興の為、早速街の整備に当たっていた。

 

王蘭達斥候兵も街の復興のため手を動かし、それに伴って賈駆も王蘭に同行してそれを手伝っている。

また北郷隊の将たちもこれに合流し、道路の整備など復興作業に着手。

 

 

 

途中、袁家の軍団が抗議のため押し寄せることもあったが、淡々と作業を継続する曹操達。

 

だが、ある方向に目を向けた曹操が、何かに気づく。

 

 

「………あら?」

 

「どうしたんだ?」

 

 

曹操の様子に北郷が首をかしげて問いかける。

先程の袁家とのやり取りがあったため、魏軍の将たちは皆曹操の周りに集まっていた。

 

 

「あれ………?」

「あっ!ちびっこ!」

 

 

 

 

その視線の先には、劉備たちの姿があった。

 

 

 

 

「はいっ!まだありますから、慌てないでいいですよー!」

 

「愛紗ー!ご飯、足りないのだ!もっと持ってきて欲しいのだ!」

 

「鈴々!お前、よもや自分で食べているのではないだろうなっ!」

 

「ほら二人共、ケンカしてる場合じゃないよ!ちゃんと手伝ってよぅ!」

 

 

 

洛陽の民たちに、炊き出しを行っているようだ。

 

 

そしてそこには。

 

 

「桃香さま………。これ、ここで………いいですか?」

 

民たちのために一生懸命に働く、1人の少女の姿も。

 

 

 

 

 

 

「………あぁ、劉備たちか。」

 

「彼女たちも早いうちから城に入っていたとは聞いていたけれど………あの関雲長が炊き出しとはね。」

 

彼女たちの様子を、しばらくの間じっと見つめる曹操達。

 

 

 

北郷や曹操と同じ様に、だが彼女らよりも温もりを持った視線でその様子を遠くから見つめる少女もまたここにいる。

 

 

 

「あんな無邪気に笑ってる月、久しぶりに見た………。あの娘ちゃんと自分の居場所、自分で見つけたんだね………。」

 

「………声、かけに行きますか?」

 

 

そっと王蘭が問いかける。

 

 

「………ううん。僕が出ていったら、また月が大変な目にあっちゃうかも知れないし、あそこが月の見つけた平穏の場所なら、僕はそれをそっと見守ってあげたいかな。」

 

「………そうですか。曹孟徳様とのお約束、賈文和殿が叶えたいと願う時で構わないと思いますよ。私からも上申しておきます。」

 

「うん………。そうするわ。さっ、続きやるわよ。」

 

 

 

 

 

この時代に生まれ、この時代を生きるために強くあらねば、と必至に藻掻いた少女達。

 

時代が違えば、2人はただ仲良く静かに暮らせていたのかもしれない。

 

 

 

戦乱の世が生む悲劇の中で、穏やかな風が2人を優しく包むように、そっと吹いた。

 

 

 

 

 

 

 




賈駆さんが曹操軍に加入することになりました。

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第二十五話

 

 

洛陽の復興作業を進める曹操たち。

 

炊き出しを続ける劉備軍に予備の食料を届けるなど、いたる所で民への支援を行っていた。

 

 

「ここにいらっしゃいましたか。華琳さま。」

 

 

そこに夏侯淵がやってきた。

 

 

「あ!秋蘭さま!」

 

「言われたとおり、ちゃんと護衛は付けているわよ。文句はないでしょう?」

 

「それは構わないのですが………。」

 

「どうだった?事後処理とやらは終わったの?」

 

「はい。それから華琳さまに会わせたい輩が………。」

 

 

 

「………どもー」

 

 

そうして紹介されたのは、張遼だった。

 

 

「そう、春蘭は見事に役目を果たしたのね。それで、春蘭はどうしたの?」

 

 

 

 

「それが………。」

 

 

 

 

「まさか………冗談、よね?」

 

 

「ご心配なく、至極元気です。………が、華琳さまにはもはや顔を見せるわけにはいかないと。」

 

「どうしたのっ!?」

 

「少々、怪我をしまして………。命に別状は無いのですが………。」

 

 

夏侯淵の言葉を聞くと、曹操が慌てて走り出す。

 

 

「華琳さま!姉者は本陣の救護所におります!」

 

 

 

 

曹操が走り去った後、先程まで明るい表情を浮かべていた将たちだったが、それぞれに心配な表情を浮かべている。

 

 

「うぅ………。」

 

 

いつもは明るい表情を浮かべる許褚も、悲痛な顔で夏侯惇を心配している。

 

 

「よく我慢したな、季衣。」

 

 

こんな小さな少女が、主に要らぬ心配をさせまい、と気丈に振る舞っていたのだ。

それを北郷が優しく労う。

 

 

「季衣、後でみんなでお見舞いに行こうね。」

 

 

典韋が許褚に声をかける。

 

やはり皆夏侯惇の事が心配ということもあり、復興作業が一区切りが付いた所で部下たちに作業を任せ、皆で救護所へ向かう事になった。

 

 

一通り話の区切りが付いた所で、夏侯淵が張遼に声を掛ける。

 

 

 

「すまんな、霞。華琳さまにはまた後で………どうした?」

 

張遼に声を掛けるが、何かに気を取られている様子だった。

 

 

 

 

「いや、なんでもない。ちょっと目にゴミが入ったみたいや………。」

 

 

指で目に貯まる雫を拭う。

 

 

そこに、すっと賈駆が並び立つ。

 

 

「賈駆っち………あんた、曹操軍に降っとったんやな………てっきり月と一緒におるんやと思っとったわ。」

 

「出来るならずっと一緒にいたかったわよ………。でも僕の運命がそれを許さなかったみたいね。………あぁやって、月も自分の居場所を見つけたみたいだし、僕も立ち止まってなんかいられないわ。」

 

「あんた………道が別れたっちゅうことは、ある程度覚悟はできとるんやろうな。」

 

「あったりまえじゃない。本当に月を思うからこそ、そんな事で躊躇ったりしたらダメなの。月がそんなこと………望むわけないことくらい、僕だってわかってる。」

 

「さよか。ならええ。いらん事言うたわ、堪忍な。」

 

「ううん、そうやって言ってくれるの、あんただけだから。………ありがと。」

 

 

 

 

「さっ、ほなウチらも惇ちゃんとこ、いこか。」

 

 

 

 

 

 

 

救護所前。

 

 

 

「あれ?どした、沙和。救護所に居るんじゃなかったのか?」

 

「なんだか、お邪魔みたいだから出てきたの。」

 

 

救護所で夏侯惇の様子を見ているはずの于禁が、陣の外で立っていた。

北郷が声を掛けるが、その表情から察するに、中で夏侯惇と曹操が話をしているのだろうと予測がつく。

 

「そっか。じゃあ、俺達ももうちょっと後にした方が良さそうだな。」

 

 

「………えぇ主やな。あんたらの主は。」

 

「ああ。で、逃げないのか?霞。」

 

「ンな必要あるかい。あの主なら、色々楽しませてもらえそうや。色々肩の荷も下りたし、当分世話ンなるで。よろしゅうな!」

 

 

 

皆で救護所の外で話をしていると、曹操が救護所から顔を出し、夏侯惇の元へ見舞いに行ける様になった。

 

「秋蘭さま!行きましょう!!」

 

典韋が夏侯淵に声をかける。

 

 

「いや、私は怪我の手当をして姉者の様子ならわかっているから、皆で行ってくるといい。」

 

「そうですか………?では、行ってきますね!!」

 

 

特に気にする様子もなく、典韋はそう言って駆けていった。

 

 

 

 

それを優しい顔で見送る夏侯淵に、そっと王蘭が声をかける。

 

 

「………秋蘭さま、あまりご無理なさっても良いことありませんよ?皆の前で息を抜くのが難しければ、どこかご自身の許す場所で気をお休めください。」

 

 

それを聞いた夏侯淵は、目を見開いて王蘭の顔を見つめる。

 

 

「全くお前というやつは………。気づかなくても良いことまで気づくのだな。………流石に命に別状は無いとは言え、妹としては不安で不安でたまらないのだよ。姉者を前にすると、やはりまだ顔に出てしまう。………私が心配くらいしたって、バチはあたらんだろう?」

 

「申し訳ありません………。お優しい妹君をお持ちで、夏侯元譲様は幸せですね。」

 

「ふふ………ありがとう。だが蒼慈、お前には気づかれてしまったのだ。息抜きに、今夜一杯付き合え。姉者の元には、今夜は華琳さまが付いてくださるだろうしな。」

 

「はい、もちろん喜んで。………では私もお見舞いに行ってまいりますね。」

 

「うむ。では後でな。」

 

 

 

 

こうして、大陸の諸侯たちを巻き込んだ反董卓連合の戦いは終わりを告げた。

 

新しい仲間を得たもの、後のきっかけを得たもの、自らの使命を全うしたと満足を得たもの。

………戦に敗れ、今後の行く末を思うもの。

それぞれの軍に、大きな影響を与えて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数日後、陳留に戻った曹操軍は戦の片付けを終えた後、主だった将が玉座の間に集められていた。

そこには新たに加入した、賈駆と張遼の姿も見える。

 

 

 

 

「………皆揃ったわね。春蘭。」

 

「はっ!これより先の戦いの反董卓連合における評定を行う!!」

 

「まずは新たに加わった仲間の紹介ね。皆も既に知っているとは思うけれど、張遼、賈駆。」

 

 

「はいはーい。ウチが張文遠や!皆よろしゅうなぁ。霞って呼んでや。」

 

「ちょ、いきなり真名預けるの!?………まぁこれから一緒に命かけて戦うんだから、それもいいか。僕は賈文和。真名は詠よ。」

 

 

「霞は武官の将として、詠は軍師として我が軍に加わってもらうわ。詠はしばらくの間王蘭に預け、斥候部隊の強化運営に着手してもらうわ。いいわね?」

 

「別にいいけどなんで………ってその顔、僕が洛陽の諜報対策やってたって知ってる感じね、全く………。了解したわ。」

 

 

 

「我が軍の斥候も捨てたものではないでしょう?………さて、次に褒賞ね。春蘭。」

 

「はっ!名を呼ばれた者は華琳さまの御前まで来るように!」

 

 

先の戦いで功を挙げた隊や将たちが、曹操から次々に褒賞を賜っていく。

 

 

 

「………華琳さま、次が最後です。夏侯淵隊副隊長、王徳仁!」

 

「はっ!」

 

 

「今回の戦いでも大活躍だったわね?………王徳仁、先の戦いにおける斥候活動による敵情報の収集、そして何より敵軍軍師の賈駆を捕らえた功を以て、これより我が曹操軍の将とする!!新たに王蘭隊を立ち上げ、これまで夏侯淵隊傘下だった斥候部隊を、独立した隊として運営せよ!」

 

「はっ!ありがたく拝命致します!!」

 

 

「………よくぞ一兵卒からここまで辿り着いたわ。霞、詠と同じく、私の事を華琳と呼ぶことを許しましょう。あなたの真名も聞かせてくれるかしら?」

 

「は、はっ!ありがたくお預かり致します!我が真名は、蒼慈。何卒お預かりくださいませ!」

 

「蒼慈………ね。確かに預からせてもらったわ。これから桂花や詠とよく連携を取り、益々情報を活用できる体制を整えなさい。」

 

「はっ!」

 

 

「今日の議題は以上かしら。他に何か伝える事があるものは?………居ないようね。春蘭。」

 

「はっ!では、解散!!!」

 

 

 

 

軍議が終わり、皆が席を立つ際に祝いの言葉をもらい、その場に居た将全員と真名を交換していく王蘭。

 

荀彧についてはやはり渋った様だが、北郷ほどまで評価が悪くないこともあってか、すんなり真名を交わしていた。

 

 

 

 

 

最後に声をかけたのは、やはり夏侯淵だった。

 

 

「………蒼慈。おめでとう。」

 

「秋蘭さま………。ありがとうございます。」

 

「事前に華琳さまから通達されてはいたが、こうして皆の前でお前が将となることを聞くと感慨深いものがあるよ。」

 

「これも全て秋蘭様のおかげです………。ありがとうございます。」

 

「お前自身が頑張ってきたことだ。胸を張るといい。これからも華琳さまのために励めよ。」

 

「はっ!ありがとうございます。」

 

 

「ふむ………我が部下の記念すべき出世なのだ。祝いの席でも設けてやろう。楽しみにしていると良い。ではな。」

 

 

 

王蘭の返事を待たずに玉座の間を出ていく夏侯淵。

 

 

 

 

 

激闘の後には、僅かの間かも知れないが、穏やかな日常が訪れるもの。

王蘭にもその日常を楽しんでもらいたいものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ようやく反董卓連合が終結!
最後は戦後の状況説明だったので間延びして感じるかも知れませんが、
魏ルートである以上、春蘭さんの状況については触れないわけには行きませんでした。


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第二十六話

 

 

反董卓連合の戦いから少し落ち着き、陳留には一時の日常が戻っていた。

 

 

王蘭は先の戦いによって1人の将となり、新たに自身の隊を設立するため、毎日慌ただしく働いている。

 

 

ここ数日の間に、夏侯淵からの祝いの席については未だ音沙汰はなく、

期待を持っていた王蘭は悶々としつつも、いくつも積み重なっている仕事をこなす毎日だ。

 

 

やはり新規で隊を設けるというのは容易なことではなく、

軍費の予算、兵の募集や訓練、防具の用意等々、しなければならない事を上げればきりがない。

 

夏侯淵隊の中で既に斥候部隊としての運用はされていたとは言え、

全ての兵をそのまま王蘭隊に組み込むわけにも行かず、新たに運用を整えるところも多くあった。

 

賈駆という優秀な人材もいるが、彼女は曹操軍に来てからまだ日も浅い。

王蘭隊にかかりきりになるわけにも行かず、まだしばらくはこんな状況が続きそうな状況である。

 

 

 

そんな王蘭だが、気がつけば休みなく働いてなんと20日は経とうかというところまで来ていた。

 

流石にこれを見かねた部下たちが働きすぎです!と、その日の昼から明日の間、無理やりにでも休みを取らせた。

王蘭の性格上、急ぎの対応が必要な案件はその日の午前には片付けておく質で、

それを知っていた部下たちは問答無用で執務室から追い出すのだった。

 

 

 

「何もあんな目くじら立てなくても………。しかし急に暇になってしまいました。どうしましょう………。」

 

 

 

そう独りごちながら城内を歩いていると、廊下の向こうから夏侯淵が歩いてきた。

ただ、いつもの夏侯淵らしくなく、どこかゆったりとというか、ぼーっと歩いている様だった。

 

 

 

「あれ?秋蘭さま、どうなさったのですか?」

 

「ん?あぁ、蒼慈。いやな、華琳さまに働きすぎだとご心配頂いてな………。急遽、非番となってしまったのだよ。」

 

 

 

どこかで聞いた話である。

 

 

 

「そういう蒼慈こそどうしたのだ?お前がただぶらついているなど、珍しい。」

 

「えっと………お恥ずかしながら、私も部下に働きすぎだと怒られてしまいまして。今日の昼から明日の間、仕事をしてはならぬと執務室を追い出されてしまいました。」

 

 

それを聞いた夏侯淵は驚いたような呆れたような表情を浮かべる。

 

 

「何というか………。私が言えたものではないが、お前らしいな………。」

 

 

この元上司にして、この元部下である。

 

 

「返す言葉もございません………。それでまぁ急に暇になったので、どうしようかと考えていたのですが………。もしよろしければ秋蘭さま、お茶などご一緒に如何でしょうか?」

 

「ふむ。お前の淹れる茶は美味いからな。是非頂こう。」

 

「えーっと………申し訳ありません。私が淹れるのではなく、今日はよく行く茶屋に行こうかと。美味しい茶葉を売ってるんですが、横には茶を飲める場所も併設されているので、もしよければ………ですが。」

 

「ほう、これが北郷のいう”でえと”というやつの誘いか。………私も暇になってどうしようかと考えていたのだ。喜んでご一緒させてもらおう。」

 

 

 

同じ様な働き方をしていたために奇跡的に休暇が合った2人。

急な誘いながらも、茶屋へ行くことなった。

 

 

 

 

ゆっくりと2人が街を歩いていると、目的の茶屋が見えてきたようだ。

 

「お待たせしました。こちらが私がよく通う茶屋です。華琳さまが訪れるような、高級で綺麗な店ではないので恐縮ですが、値段の割に茶葉の質が良い店です。」

 

そう行って中に入ると、店主が王蘭の顔を見て声を掛ける。

 

「徳仁様、いらっしゃい。………そちらは?」

 

「店主、いつもお世話になっています。こちらは夏侯妙才将軍。今日は横の卓で茶と茶菓子を2つ頂けますか。」

 

「………承知しました。徳仁様の”良い”人なら、うちのおすすめ淹れさせていただきますよ。お待ちくださいませ。」

 

そう行って奥に消えていく店主。

 

 

「………秋蘭さま、お気を悪くされたなら申し訳ありません。あとできつく言っておきます………。」

 

「ふふ、いや構わんよ。かけて待とうか。」

 

 

そう言って二人がけの小さな卓に座る。

 

 

「そう言えば秋蘭さま、お誘いした時に言っていた”でえと”ってどういう意味なんでしょう?」

 

「あぁ、北郷の国の言葉らしくてな。直接北郷に聞くほうが良かろう。私と”でえと”してきたと言えば、喜んで教えてくれるさ。」

 

「??………そうですか、秋蘭さまがそう仰るなら直接聞いてみる事にします。」

 

 

そうしているうちに茶とお菓子が運ばれてくる。

 

「お口に合うと良いのですが………。」

 

「では頂こう。」

 

 

そっと一口を含み、ゆっくりと味わう夏侯淵。

鼻から息を吐き、香りも楽しんでいるようだ。

 

「ふぅ………。うむ。確かにこれは美味い茶だ。こんな所にこの様な茶を出せる店があるとは………正直驚きだ。」

 

「お口に合ったようで良かったです。ここの店主に私は茶の手ほどきを頂きましたので、安心しました………。」

 

「是非華琳さまにも召し上がっていただきたい。私も買って帰る事にしよう。」

 

 

しばらくは茶を楽しむ2人だが、ふと夏侯淵があることを思い出した。

 

 

「そう言えば蒼慈、黄巾党の討伐が完了した後だったか、私と食事に行っただろう。………あの後、大丈夫だったか?」

 

「はい、なんとか………。しばらく動けないんじゃないかと思いましたが………。」

 

 

 

 

 

 

 

 

前回の逢引きが終わった後、城内でのこと。

 

 

 

兵士たち、特に夏侯淵隊で話題になったのは、どうやら夏侯淵と王蘭がいよいよ逢引きする間柄まで進んだという事についてだった。

 

もちろんこの噂の出処は三羽烏。

楽進を除いた2人が、こんな美味しい話を誰にも話さずに居られるわけがない。

 

夏侯淵隊のみならず、城内のいたるところでその話がもちきりになっていた。

 

 

兵たちが耳にし、口にすることは将たちにも伝わる。

 

………もちろん、あの愛すべき姉にも。

 

 

 

「王蘭!!貴様ぁぁぁぁぁ!見つけたぞぉおおおおおおお!!!」

 

「………!? か、夏侯元譲将軍!?」

 

 

愛刀の七星餓狼を構えながら突進してくる姿が目に入る。

 

 

「貴様ぁぁぁぁぁぁ!秋蘭と付き合っているだの、恋仲だのというのは、どういうことだ!!!それがもし本当ならば、叩き切ってくれるわぁぁぁ!!!!」

 

 

そう言いながら、既に剣を振り下ろしている夏侯惇。

 

 

 

 

ガキィィィン!!と、周囲に剣がぶつかりあう音が響く。

 

 

 

 

たまたま隊の訓練が終わった直後で、まだ模擬刀を手に持っていた王蘭が、なんとかその一撃を防いだ。

 

 

魏武の大剣夏侯惇。本来の王蘭であれば、一撃たりとも受けきることなどできずに、叩き切られていてもおかしくはないであろう。

それ故に、1度だけであっても防げたという事実は、幸運というほかないだろう。

 

 

「ちょ、ちょっと待ってください夏侯元譲将軍!!!秋蘭さまとはまだそういった関係ではございません!!!!」

 

 

「まだ、とはどういう意味だああああああああああああああああああ!!!!!!」

 

 

 

再び遅い来る夏侯惇の攻撃になんとか剣を合わせるも、2度も奇跡は起きないらしい。

人が空を舞う光景がそこにはあったとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………なんと、姉者の剣を1度とは言え受けきったのか………それは誇って良いぞ。」

 

「あはは………二撃目で完全に伸されてしまいましたが………。それにまぁ将来通らなければならない道と言いますか。」

 

 

「ん?すまぬ、後のほう聞き取れなかった。」

 

「あ、いえ!特に何も。」

 

 

「そうか?まぁ良いが。………そう言えば蒼慈、お前明日も休みだと言っていたよな。」

 

「はい。本当にそんなに休んでいいのかわかりませんが………。」

 

「お前の部下が問題ないと言ったのだろう?それに今では詠もお前の預かりだ。多少は無理してもらっても問題なかろう。」

 

「そうですねぇ………。まぁ今回は有り難く皆の好意に甘えて休みを頂くことにします。」

 

「うむ、それで良いのではないかな。………で、だ。特に予定が無いなら、遠乗りにでも行かぬか?」

 

 

「遠乗り、ですか………?いいですね!最近はゆっくり景色を楽しむゆとりもなかったですし。」

 

「隊の演習でな、少し離れた所に小川の流れる良い場所を見つけたのだよ。機会があればそこでゆっくりと体を休めるのも良いと思ってな。」

 

「それはいいですね!今からもう楽しみです………。急な休みでどうしようかと思っていたのに、こんなに楽しみな休日になるとは正直思ってもいませんでした。」

 

「ふふっ、まだ出かけてもないのに調子の良いやつだな。では今日はもう城に戻ろうか。店主、この茶と同じ茶葉を用意してくれるか。」

 

「あ、私にも。あといつも買っている種類の茶葉もお願いしますね。」

 

 

そう言って店主からそれぞれが茶葉を受け取り、城に戻った2人。

 

 

「今日は急なお誘いだったのに、ご一緒してくださってありがとうございました。明日の遠乗り、とても楽しみにしています。」

 

「うむ。私の方こそ茶を馳走になった。私も明日は楽しみにしているよ。ではな。」

 

 

 

そう言って別れた2人は、それぞれが明日の事に頭を巡らせながら夜を過ごすのだった。

 

 

 

 

 

 

 




久しぶり?の拠点フェーズ。
ちょっと数話に渡って長引くかもですが、お付き合いくださいませ。


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第二十七話

 

翌朝、早くに目を覚ますとまずは外の天気を確認する。

光り輝く太陽が東の空に確認でき、大きな雲も見当たらない良い天気だった。

 

 

ほっと一息をつき、今日の遠乗りに向けて入念に支度を始める。

 

 

相手を想う朝がこんなに良いものだとは考えたこともなく、

起きたばかりだと言うのに、身が軽やかに感じた。

 

 

朝もまだ早いため、隣に住まう人を起こす事が無いように、静かに支度を進める。

弾む気分を自覚しているためか、少し自分を落ち着かせようと、支度の動きにどこかぎこちなさも感じる。

 

 

この日は遠乗りということもあって、昼飯の用意も事前に考えて置かなければならない。

めったに無いこんな機会だ、と自分で作ることにしていた。

 

 

おおよその身支度を整え、周りに迷惑をかけないよう部屋を出る時もそっと扉を開ける。

特に誰かから隠れているわけでも無いのに、誰にも気付かれないように動こうとしてしまうのが、

どこかおかしく、ついつい1人でクスクスと笑ってしまう。

 

 

厨房に到着すると、まだ早い時刻という事もあってか、

侍女たちも城の兵たちのために朝食の準備をしているところだった。

 

 

流石に侍女たちも自分が将であるということを知らぬ者はおらず、萎縮して畏まっている。

気にせず作業を続けてほしい事と、少しの間厨房を借りる事を伝えて、自身も彼女らに構わず自分の作業に入る。

 

 

相手のために何をこしらえようかと考えを巡らせるが、なかなかパッと好みの料理が浮かんでこない。

これはまずいな………と1人苦笑いするが、特に嫌いなものも聞かないか、と思い直し、自分が作れる中で、ある程度自信の持てる料理を作る事にする。

 

 

小気味よく包丁とまな板が奏でる音に耳を傾けると、その音すらも包丁を握る当人の気持ちを表しているかの様に、心地良い音色に聞こえてくる。

 

 

しばらく包丁や鍋と格闘を続け、遠乗りに持っていっても崩れてしまわぬ様に、しっかりと包装した。

 

 

弁当の味見を兼ねて、自分の朝食も済ませてしまう。

なかなか美味しく作れたのではないか、と自画自賛もしつつ。

 

 

最近は外で食事を取ることが専らとなってしまい、相手にとって美味しく出来たかと、少し不安な気持ちもあるが、大きな失敗をすることもなく料理ができたと自分に言い聞かせる。

 

 

厨房を出て、最後の身支度を済ませる前に、今日の早朝に伺うと伝えていたある店に向かう。

 

 

まだ飯屋の支度が始まったくらいの街中をゆっくりと歩き進む。

 

仕込み中の良い匂いが漂ってくる中を歩き、屋台通りから少し奥に入った所にある目的の店に辿り着く。

 

 

通常であれば営業時間外であろうが、事前に伝えていたこともあり、

店主が暖かく迎え入れてくれる。

 

 

約束の物を受け取り、店主に感謝を伝えて城へと戻る。

小脇に抱えた荷物を見て、相手の喜ぶ顔を想像すると自然と自分の顔がほころんでくる。

 

 

部屋に戻り、最後の身支度を整え部屋から出る。

 

 

待ち合わせは昨日と同じ、城の門前。

 

 

先程の荷物と今朝用意した弁当を布にくるみ、脇に抱えて歩みを進める。

 

 

目的の場所に辿りつこうとする頃、ちょうど相手も歩いて来ているのが目に入った。

お互いに存在に気づく。

 

 

そして、自然とそれぞれに向けて笑みがこぼれる。

 

 

その顔を見て、………あぁ、相手をこうして想い始めたのはいつからだっただろうか、と、

過去を振り返り、ほんの少し懐かい気持ちを楽しんだ。

 

 

 

 

 

─────────────。

 

 

 

 

 

城門に辿り着こうとする頃に、向こうから夏侯淵が歩いてくるのが見えていた王蘭。

 

 

「秋蘭さま、おはようございます。」

 

「あぁ蒼慈。おはよう。」

 

 

互いに笑みを浮かべている。

 

 

「良い天気で本当に安心しましたね。絶好の遠乗り日和です。」

 

「そうだな。早速ではあるが、行こうか。」

 

 

それぞれ厩から連れ出した馬にまたがり、微速駆け足くらいの速度で馬を進ませる。

 

 

街からも離れて、しばらく森の中を進み目的の場所に向かう。

 

 

「こうして戦の事など考えずに、ゆっくりと馬に揺られているのもいいものだな。」

 

「そうですね。自治領に限るかも知れませんが、こうして平和な景色を噛み締められるのは幸せなことですね。」

 

「うむ………姉者にも、こうしてゆったりとした心を持ってほしいものだがな………。叶わぬ事か。」

 

「どうでしょうか?戦がなくなればわかりませんが………。それよりもまぁ、春蘭さまは常に全力でいらっしゃいますからね。それこそが春蘭さまの魅力だと思っておりますが。」

 

「ふふ、そうだな。姉者の愛おしさ、可愛さをお前もわかってくれるのか。」

 

「んー………まぁそうですね。これでも秋蘭さまの右腕として、お側で働いてきましたからね。」

 

「そうだな、お前には感謝しているとも。………さて、ついたぞ。」

 

 

道中夏侯淵と話をしながら連れてこられた場所は、森の中を静かに小川が流れる場所で、その辺りだけがぽっかりと空いた広場の様な形になっていた。

周りは木陰になっているが、その開けた場所にだけ優しく陽の光が差し込んでいる。

 

 

「どうだ?なかなかよい場所であろう?」

 

「はい………。とても綺麗で心落ち着く場所ですね………。」

 

「気に入ってもらえたようで何よりだ。ここまで連れてきてくれた馬たちも、少し自由にしてやろうか。」

 

 

そう言って馬具を外してやり、少しの間馬たちを自由にしてやることにした。

 

 

草の生い茂る木の根元に腰をかけ、ふぅと一息をつく。

ぐーっと背伸びをしながら、王蘭が呟く。

 

 

「んーっ!本当に気持ちのいい場所ですね………。よくこんな場所ご存知でしたね。」

 

「たまたまな。部隊の演習で近くまで来た時、休憩がてら小川を探しに来た時に見つけたのだよ。」

 

「なるほど………私が知らないって事は、私はどこかに斥候として行ってたときですかね。洛陽に居る時でしょうか?」

 

「確かその辺りだったか?………まぁいつでも良いではないか。今はゆっくりと過ごすこの時間を楽しもう。」

 

「そうですね。失礼しました………。」

 

 

そう言って広場で草を喰む馬の姿を、ただぼーっと眺める時間を楽しむ2人。

 

 

 

陽の光と花の香りにつられて、蝶が舞っている。

 

 

 

普段の2人であれば、蝶が舞っている事に目をくれる暇もないくらいに忙しく働いている。

そんな中、こうして悠々と時間を過ごしてみれば、今までこんな良い時間、良い風景に目を配る余裕もなかったのか、と振り返った。

 

 

慌ただしかった過去が楽しくもあり、おかしくもあり、そして今この時だけは少し残念な気持ちでもある。

 

 

久しぶりにゆっくりと過ごす時間を、2人は言葉もなく、じっくりとただただ感じていた。

 

 

 

どれくらいの時間が経っただろうか。

 

 

今朝城門を出て、馬に乗ってから数刻が経っている。

太陽はちょうど自分たちの真上に来ており、お昼の時間の様だ。

 

 

 

 

「さて、お昼にしましょうか。」

 

 

 

 

 

そう王蘭が、夏侯淵に声をかけた。

 

広間では、蝶が変わらずに陽の光の中を優雅に舞っていた。

 

 

 

 

 

 




拠点フェーズその2。
ゆったりとした時を楽しむ2人でした。


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第二十八話

「さて、お昼にしましょうか。」

 

 

 

「うむ。そうだな………。」

 

 

少し歯切れの悪い返事を返す夏侯淵に、王蘭が問いかける。

 

 

「どうか、しましたか………?こんな綺麗な場所ですから、きっと小川には魚がたくさん居るでしょう。私、獲ってきますよ。」

 

「あ、いや!それには及ばない。」

 

 

そう言うやいなや、城からずっと抱えていた布の中から包みを取り出す夏侯淵。

 

 

「せっかくのこの遠乗りだ。………作ってみたんだが。」

 

 

そう言って包を広げると、そこには色とりどりの料理がつめられていた。

 

 

「もしかして………この日ために、秋蘭さまが作ってくださったのですか………?」

 

 

包みを取り出した夏侯淵の様子や、眼の前に広げられた数々の料理が、本当に現実なのだろうか。

それが未だに掴みきれないために、夏侯淵に問いかけた。

 

 

「まぁ………せっかくだからな。いまいちお前の好みを把握していなかったから、口に合うかどうかはわからぬがな。食べてみてくれるか………?」

 

 

いつになく自信なさげに、こちらの様子を伺う様にして確認する夏侯淵。

 

 

 

「もちろん、頂きます! ありがとうございます!」

 

 

ハッと現実に戻った王蘭が、彼らしからぬ大きな声で返事をする。

それこそまさに、新兵訓練かのようなハキハキとした綺麗で元気の良い返事だった。

 

 

「う、うむ………。では、頂こうか。」

 

 

「す、すみません、少し声を抑えきれませんでした………。では、頂きます。」

 

 

そう言って箸を手に持つ王蘭。そしてそれを固唾をのんで見守る夏侯淵。

………おかずを箸でつまみ持ち上げ、一口、ゆっくりとかじりつく。

 

 

 

 

 

 

 

人は本当に美味しいものを食べた時、言葉を発するよりもまず、顔で語る。

そして次に背筋がすーっと伸びていき、最後の最後に、言葉を喉の奥からひねり出す。

 

 

 

 

 

 

「………………………うまい………。」

 

 

 

その全てを見守った夏侯淵も、ようやく顔を綻ばせる。

 

 

 

「………そうか。よかった。」

 

 

そう言うと、ようやく自分も食事に手を付け始める。

 

 

あまりの美味しさに感動した王蘭は、次々と箸を動かしては口の中へと運んでいく。

こんなに美味しいご飯は食べたことがない、と言わんばかりの食べっぷりだ。

 

 

「そんなに慌てずとも良いではないか………。飯はどこにも逃げんぞ?………ほら。」

 

 

そう言って竹で出来た水筒を差し出し、それを王蘭が受け取る。

 

 

 

ッポン!と音を立てて水筒の栓を抜く。

 

 

そっと縁に口をつけ、筒を傾けながら中に入った水を、ゆっくりと口の中に含む。

水の冷ややかな温度を感じながら、体全体で味わうように、それをゆっくりと飲み込んでいく。

 

 

水が喉を通って、胃に流れ込み、スーっと爽やかな感覚が体を満たす。

 

 

「………ふぅ。秋蘭さま、本当にこの弁当美味しいです。こんなに美味しいご飯は初めて食べました。」

 

 

「あまりおだてるものじゃないさ………。でもまぁ、その気持はありがたく受け取っておこう。」

 

 

 

その後も2人の、いや王蘭の箸が止まることはなく、あっという間に平らげてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当に、ごちそうさまでした。」

 

「うむ。あんなに美味そうに食ってくれるのなら、私も作った甲斐があったというものだ。」

 

「普段春蘭さまはこんなに美味しいご飯が食べられるんですね………。なんとも羨ましい限りです。」

 

 

そう言って広げていた弁当たちを片付けると、再び陽の差す広間を眺めるように、肩を並べて木陰に腰を下ろす。

 

 

 

「また機会があれば、お前にも作ってやるさ。普段はどんな食事をしているんだ?」

 

「本当ですか?楽しみにしていますね。………普段はそうですね、簡単に済ませられるものが中心です。おかずがドンと一皿に、そこに白飯があればそれだけで済ませる感じですね。」

 

「ふむ………。あまり体にいい食事をしていないのか。」

 

「えぇまぁ………申し訳ありません。あとはご存知の通り、茶にははまっておりますね。」

 

「お前も将となったのだ。気をつけて損は無いぞ? そう言えば、この間連れて行ってもらった店の茶葉、早速華琳さまに召し上がって頂いてな、ご好評を賜った。私も鼻が高かったよ。」

 

「そうですか………。安心しました。あの店も、本当にたまたま巡り会えたお店で。隠れ家の様な店ですからね。」

 

 

 

そうして話が1つ、区切られる。

 

 

 

「さて、腹も満たされたことだし………。どうだ?もう少し休んでいくか?」

 

 

夏侯淵が隣に座る王蘭に声をかけた。

 

 

「そうですね。せっかくの良い天気で、良い場所に来ているのです。ゆっくりしましょう。………こんな所で昼寝するのは気持ちが良さそうですねぇ。」

 

 

何の気なしに、目の前に広がる光景と、腹が満たされた満足感によって眠気が襲ってきていたため、ボソリと呟いた。

 

 

「………ふむ。ここ、使うか?」

 

夏侯淵が自分の膝をぽんぽんと叩いて尋ねた。

 

 

「えっ………?」

 

 

そう言って慌てて隣の夏侯淵の表情を見ると、ニヤニヤとした表情を浮かべてこちらに問いかけていた。

まるで姉と北郷の絡みをみてからかうような表情である。

 

 

 

 

だがそれで呑まれる王蘭では無かった。

これまで必至に雑誌を読み漁り、恥を忍んで北郷に助言まで求めてきた王蘭である。

 

 

 

 

顔を真赤に染め上げながらも、

 

 

「で、で、では!!お言葉に甘えさせて頂きます!!!」

 

 

叫ぶように応えていた。

 

 

 

目を丸くして驚いた顔を見せていた夏侯淵だったが、ふっと息を吐き、

 

「そうか………。意外と強気に出ることもあるのだな。………さぁ、どうぞ?」

 

王蘭が横になりやすいようにずれて、再び膝を叩く。

 

 

 

既に眠気はどこへやら飛んでいってはいたが、意を決して頭を夏侯淵の膝の上に乗せ、横になった。

 

 

 

せっかくの夢の様な機会ではあるが、流石にこの状況で気を落ち着けられるほど、恋愛に達者な王蘭ではない。

身を石の様に固くして、横になっていた。

 

 

 

「そんなに身を固くしては眠れるものも眠れんだろうに………。ほら、気を落ち着かせろ。」

 

 

呆れて見かねた夏侯淵がそっと声をかける。

 

 

「はい………申し訳ありません………。」

 

 

しばらく夏侯淵と他愛のない会話をしていると、どうやら先に夏侯淵の方のまぶたが重たくなってきているようだ。

 

そしてそのまま目をつむり、寝息を立て始める。

 

 

寝顔を覗くのは申し訳ないと思いつつも、見上げればそこに夏侯淵の安らかな寝顔がある。

しばらくの間、じっと見つめる王蘭。

 

 

「………本当に、綺麗な人だ。」

 

 

ぽつりと、独りごちる。

 

 

「どういうつもりで、膝枕なんてしてくれているんだろうな………。」

 

そうつぶやきながら考えていると、徐々に王蘭のまぶたも閉じられていく。

しばらくすると、寝息が2つ聞こえはじめた。

 

 

 

 

………。

 

 

 

「………ふぅ。ようやく寝たか。しかしなんともまぁ、恥ずかしい事を呟いてくれる。」

 

 

寝ているはずの夏侯淵が目を開け、呆れた様な表情を浮かべながら、自分の膝で眠る王蘭の寝顔を見る。

呆れた表情でありながらも、どこか嬉しそうに頬が緩んでいる。

 

 

お返しとばかりに、王蘭の寝顔をじっと見つめる夏侯淵。

その寝顔はどこか、姉の様な無邪気さも感じて、可愛らしさがこみ上げてくる。

 

 

「全く鈍い男だな、お前は。………たまの休みだ。ゆっくりと休め。」

 

そう呟いた後、膝に乗る頭をゆっくりと労るように撫で始めた。

 

 

 

………。

 

 

 

 

どれくらいの時間が経っただろうか。

 

 

徐々に意識がハッキリとしてきた王蘭が、まぶたを開ける。

 

そこには既に目を覚ました夏侯淵の顔が。

 

 

そして、自分の頭の下と頭頂部にぬくもりを感じていた。

 

 

 

「あれ………?」

 

 

まだ寝ぼけた顔と頭で、頑張って状況を確認しようとする。

 

 

「おや?起きたか。………おはよう。」

 

 

そう言いながらも、自分の頭の天辺に感じるぬくもりは、動きを止めない。

 

 

 

「あっ………!すみません、ずっと膝………!」

 

「いや、構わん。からかうのが目的だったとは言え、私から言い出したのだ。寛いでもらえたなら何よりだよ。」

 

 

夏侯淵の膝から頭を起こして、座り直す2人。

 

 

「さて………そろそろ良い時間だろう。名残惜しくもあるが、馬に水をやって、城に戻ろうか。」

 

「そうですね。小川まで連れていきましょう。」

 

 

 

馬具を馬に付けて、小川まで馬を連れて行く。

川に顔を近づけ、美味しそうに水を飲む馬を、黙って2人見守る。

 

 

 

 

 

 

………この時間が、ずっと続けばいいのにな。

 

 

 

 

 

 

それは自分が出した声なのか、夏侯淵の声なのかはわからなかった。

だが、ハッキリと自分の耳には届いたような気がした。

 

それは天の気まぐれだったのか。もしくはただの空耳だったのかもしれない。

 

 

 

だが、それに背中を押されたのは紛れもない事実。

 

 

今勇気を出さなくて、いつ出すんだ、と決意し、夏侯淵の方に振り向く。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの、秋蘭さま。」

 

 

「………どうした?」

 

 

「………初めてあなたにお会いしたあの時から………。ずっと、ずっと………秋蘭さん、あなたのことが………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その時、2人を包み込む様に風が吹き上げた。

 

 

互いの声が、互いの耳だけに届く。

2人の周りには静寂が訪れる。

 

 

 

2人を乗せてやってきた2頭の馬の耳にすら、2人の声は届かない。

 

ただただ、じっと互いを見つめる夏侯淵と王蘭がいるとわかるだけ。

 

 

 

 

ゆっくりと口を開く夏侯淵と、それを聞いて不安げな表情の王蘭。

 

ぽつりぽつりと夏侯淵が言葉を口にしていることはわかるが、やはりその声は2人以外には届かない。

 

 

 

 

言葉を区切った夏侯淵が、ふっと笑って王蘭を見る。

 

 

そこでようやく、2人の周りで吹き続けた風がやみ、周囲にも声が漏れ始める。

 

 

 

 

 

 

「お前の気持ち、とても嬉しく思う。………将としても、1人の男としても、これからも私の側に居てくれると嬉しいよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………はいっ!はい!!もちろん………です………!!!」

 

 

 

 

 

 

王蘭の頬に、一筋の涙が流れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




拠点フェーズその3。
うぉあぅぁぉう………爆ぜろ!とか思ってません。


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第二十九話

 

 

 

「蒼慈………ほら、喜んでくれるのは嬉しいが、そんなに泣くな。………こういう時には、是非とも笑顔でいたいと思うのだがな、どうだ?」

 

「はい………。すみません。」

 

 

鼻水をすすり、両の目からあふれる涙を拭い、ようやく笑顔を見せる王蘭。

 

 

 

やっとのことで気持ちを落ち着け、2人並んで座る。

 

 

 

 

気持ちを落ち着けた王蘭だが、なかなか言葉が出てこない。

 

………いや、この2人にとっては言葉は重要では無いのかも知れない。

 

 

ただただ2人、肩を並べて座っている。

 

 

 

 

 

………もちろん、先程より肩を寄せて。

 

 

 

 

 

しばらく2人は、そのままの状態で現実をじっくり噛み締めていた。

だが、もうそろそろ城へ戻り始めなければならない。

 

 

 

「秋蘭さま。」

 

「………蒼慈、それなんだが。」

 

 

 

夏侯淵を呼びかける王蘭だったが、それを当人に遮られる。

 

 

「さっき、私を対等に呼んでくれただろう? せめて2人のときはそうして欲しい。みなの前ではどちらでも構わないから。………良いだろうか?」

 

 

 

「………はい。もちろんです。………秋蘭さん。」

 

 

そう言って名を呼ばれた夏侯淵は少し恥ずかしげに微笑んで見せる。

 

 

「うむ、ありがとう。」

 

 

「いえ、こちらこそありがとうございます。秋蘭さんって呼べるのは嬉しいですから。………さて、本当に名残惜しいのですが、そろそろ城に戻りましょうか。日が暮れてしまっては城に戻れませんから。」

 

 

「うむ………。そうだな。」

 

 

 

小川で休んでいた馬に跨がり、2人は城への道を戻る。

楽しかった時間を惜しむ様に、ゆっくり、ゆっくりと。

 

 

 

 

途中休憩を取りつつ、2人はようやく城まで戻ってきた。

行きよりも時間をかけて戻ってきたため、馬を厩に入れたときには既に日も落ちかけていた。

 

 

 

「蒼慈、もう少しだけ良いか?」

 

 

楽しい休日もいよいよ終わりを迎えようかと言う時に、夏侯淵が王蘭に声をかけた。

 

荷物もそのままに、2人は中庭へ移動する。

まだ辛うじて日は落ちきっていないため、辺りを見渡せる程度には明るいが、

日の光もやや淋しげに感じる時間だ。

 

 

日中は明るいこの中庭の東屋も、この時間になれば少し薄暗い。

 

 

「さて、蒼慈。今日はとても楽しい休日だったよ。感謝するぞ。」

 

「はい。私も楽しかったです。………秋蘭さんとこうした仲になれたとても大切な日になりましたしね。」

 

「ふふ、そうだな。………で、だ。今日はお前に渡すものがあってな。その機会をすっかり逃してしまってこんな時間になってしまった。すまない。」

 

「い、いえ、そんな。とんでもないです。」

 

 

夏侯淵は、今日ずっと大事に持っていた荷物の布を解き、中のものを取り出す。

 

 

「本来なら明るいうちに渡したかったのだがな。」

 

 

そう言って、バサッと一気にそれを広げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女の手に広げられたもの。

 

 

それは、旗。

 

漆黒に蒼の文字で”王”と記された大きな旗。

 

 

 

 

 

 

 

「蒼慈、これはお前の、お前だけのための旗だ。受け取ってくれ。」

 

 

 

 

 

 

そう。牙門旗である。

 

 

 

 

 

 

「祝いの席をなかなか設けてやれなかったのは、この完成を待っていたからだ。昨日、ようやく連絡があってな。今朝受け取ってきたんだよ。どうやらお前のことをかなり焦らしてしまったみたいで、申し訳なかったが………。お前は今後、諜報部隊の長として活躍していくのだろう。この旗も、もしかしたら戦場ではためく機会は、そうそう無いかもしれん。………だが、お前の元上司として、蒼慈の出世を心から嬉しく思っている。その元上司からの祝いとして、どうか受け取って欲しい。」

 

 

 

驚きのあまり、声にならない声を上げる王蘭。

今日は何かいろいろな事が起こりすぎている。それも仕方の無いことか。

 

 

 

「あの、ありがとう、ございます!! まさかこんな素敵な贈り物を頂けるなんて………。本当に、ありがとうございます!」

 

 

 

夏侯淵が王蘭を思い浮かべて意匠を起こした牙門旗。

斥候として、闇夜でその力を発揮する王蘭にとって、この上なく相応しい漆黒の旗であった。

 

 

 

「お前の活躍、これからも期待しているぞ。」

 

そう言って旗を受け取った王蘭の肩を、ポンポンと叩いて励ます夏侯淵。

 

 

 

「さて、堅苦しい元上司の顔をするのは、今日はこれくらいにしておこう。あとは時間が許す間だけで構わない。ただの秋蘭として、もう少し………時間を共にしたいのだが。」

 

「はい、もちろんです。まだまだ話したりませんからね。城内であれば、移動の時間も考えずに済みます。」

 

笑顔で以て返事を返す王蘭。

 

 

2人並んで腰を掛ける。

まさか夏侯淵からそう言ってくれるとは思いもしなかった。

 

王蘭は、ただただその幸せを噛み締める。

 

 

 

「晴れて恋仲となったわけだが………。蒼慈、お前はこれからが大変だろうなぁ………。」

 

少しニヤニヤした表情を見せながら、王蘭に話を振る。

 

「うっ! そう、ですね………。ですが、やはり通らねばならぬ道ですから。頑張りますよ!」

 

「うむ。骨は拾ってやる。」

 

「そこは期待してくださいよ………。」

 

「ふふっ、すまない。だが何れにせよ早い方が良いだろうな。明日早めに仕事を片付けたら、共に行こう。」

 

「はい………よろしくお願いします。」

 

 

 

明日訪れるであろう試練。

それを乗り越えられる様に励ましの意味も兼ねて、夏侯淵はそっと頭を王蘭の肩に預けた。

 

 

「お前の格好良い所、見せてくれ。………期待しているぞ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




さぁ王蘭さん頑張って。これで奮起せねば男じゃないぞ。
秋蘭さんがどんどん可愛くなってって悔しい………。


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第三十話

 

 

翌日、仕事を早々に終わらせた王蘭と夏侯淵は、2人揃って曹操の執務室前に居た。

 

 

「さて、蒼慈。………心の用意は良いか?」

 

尋ねられた王蘭は、俯きながらふぅ、とひとつ息を吐き、顔を上げる。

 

「はい、大丈夫です。参りましょう。」

 

 

 

そう意気込み、眼の前の扉を叩く。

 

 

「………開いているわよ。どうぞ。」

 

 

部屋の主から、ほんの少しの間をもって返事が返ってきた。

2人、目を合わせて頷きあい、扉を開く。

 

 

「失礼いたします。」

 

「あら、秋蘭。それに、蒼慈も。………あなたたちの様子や顔を見れば、何となくの予想はつくけれど、どうしたのかしら?」

 

 

王蘭が一歩前に進み、返答する。

 

 

「本日は華琳さまにご報告があり、参りました。お時間いただいても構いませんか?」

 

「………いいでしょう。」

 

夏侯淵と並び、曹操の前まで歩み寄る。

 

 

 

「あまり言葉を飾るのが得意ではありませんので、単刀直入に申します。………私王蘭と秋蘭さまが、この度お付き合いをさせていただくことになりました。」

 

 

 

それを聞いた曹操は特に驚く様子もなく、落ち着いた表情のまま腕を組み、目を閉じている。

続きを引き取った夏侯淵が言葉をつなげる。

 

 

「我ら2人は華琳さまに忠義を尽くすものにございます。そのため我ら2人のことについては、是非とも華琳さまにお許しをいただければと思っておるのです。」

 

 

夏侯淵の言葉を聞いても、曹操の様子にまるで変化はない。

これ以上言葉を重ねるよりは、待つ方が良いと判断した2人。そのままじっと曹操の言葉を待つ。

 

 

しばらくそのまま待機していると、ようやく曹操が口を開く。

 

 

「………そう。まずは2人の関係をこの曹孟徳の名に於いて認めましょう。おめでとう。心から祝福するわ。」

 

 

そう言ってふたりに笑みを向ける。

 

 

「蒼慈、あなたにとってはようやく、といったところかしら? よくぞ一途に1人だけを想い続けたわ。………どこぞの種馬にも見習わせたいところだけれど。それから蒼慈。まぁ大丈夫でしょうけれど、秋蘭を傷つけたりしたら、この私が許さないわ。その事、肝に深く銘じておきなさい。」

 

「はっ、ありがとうございます!」

 

「それから秋蘭、あなたもようやく、ね。………本当の恋を、私では教えてあげる事はできなかったわ。けれど、蒼慈はあなたにそれを与えることが、体験させることができたわ。私ではなかった所が少し悔しくもあるけれど、恋をしているあなたは本当に綺麗よ。これまで通り、強く、美しく、そしてあなたらしくありなさい。」

 

「華琳さま………ありがとうございます。」

 

照れた様子で曹操に礼を返す夏侯淵。

 

 

「さて、1つだけ。これだけは譲れないものがあるわ。………蒼慈、秋蘭、あなたたちが恋人になることは認めましょう。………だけど秋蘭、あなたはこれからも私のものよ?」

 

「っ………。」

 

頬を赤らめた夏侯淵が、曹操を熱を帯びた目で見つめる。

 

 

それを聞いた王蘭は深いため息をつく。

 

 

「………はぁ。まぁある程度そうなるだろうとは予想していましたが………。秋蘭さんも、華琳さまとはこれまで通りの関係で居たいのですよね?」

 

 

夏侯淵の目をみて問う王蘭に、夏侯淵は少し困ったような表情を浮かべながらも、目を見つめ返して返事をする。

 

 

「そうだな。蒼慈が深く悲しむのであれば、なるべくは自重しようとは思っている。が、我ら夏侯姉妹は、華琳さまあっての姉妹なのだ………。ほんの少しで良いから、理解を示してもらえるならば、私は嬉しいよ。」

 

「………わかりました。華琳さま、恋仲として我々を認めていただき、ありがとうございます。私もそこについてはこれまで通り、気にしない事にします。」

 

「あら、ありがとう。でも安心なさいな。秋蘭を困らせたくは無いのは私も同じよ。彼女が困るようなら無理を言うつもりもないわ。………さて。私への報告は以上かしら? 次は春蘭ね。蒼慈、頑張りなさい。ふたりとも、これから一層の忠義と奮励努力を期待するわ。」

 

「はっ、では失礼いたします。」

 

 

そう言って曹操の部屋から退室する2人。

曹操の部屋の扉を閉じた途端に、一気に気が抜ける。

 

 

「………ふぅぅぅぅ。まずは華琳さまのお許しが得られてホッとしました。」

 

「うむ、そうだな。まぁ華琳さまはわたしたちの気持ちをご存知だったからな。」

 

「ひとつ、これで安心できました。………そう言えば大変不躾ですが、華琳さまと北郷さんの進展はどうなんでしょうね。」

 

「さぁ、どうだろうなぁ………。まぁ楽しくやっているのだろうよ。」

 

「彼、いつの間にか魏の種馬ってあだ名まで付けられてますよね………。よく相談した友人としては複雑な気分ではありますが、そう呼ばれるほど多くの女性が餌食になったのでしょうか………?」

 

「さぁ、な? 幸いなことに、私にはまったく縁の無い話だったからな。」

 

そう言って、スッと蒼慈の腕を取る夏侯淵。

 

 

 

「………さて、次は姉者の元に参ろう。」

 

「はいっ!」

 

 

 

 

 

 

 

そして辿り着いた夏侯惇の部屋の前。

曹操の時と同様、ひとつ息を吐いてから扉を叩く。

 

 

「誰だー? 開いているぞー。」

 

「姉者………失礼するぞ。話があるのだが、良いだろうか?」

 

「おぉ、秋蘭ではないか! む、蒼慈も一緒なのか。どうした2人して?」

 

ここも先程の曹操の時と同様に、王蘭が一歩進んで声をだす。

 

「実は私から春蘭さまにご報告がありまして。」

 

「む………? では秋蘭の声掛けではなく、お前が声を掛けるべきだろうが。 で、どうしたのだ。」

 

 

「仰る通りですね。失礼しました。」

 

そう言って、再度息をつく。そして。

 

 

 

 

「………春蘭さま、申し上げます。先日、秋蘭さまに交際を申し込み、それをお受けいただきました。この王徳仁、我が真名蒼慈にかけて秋蘭さまを幸せに致します故!春蘭さまに我らの交際をお認めいただきたく存じます!!!」

 

 

 

この言葉を聞いた夏侯惇は、思いの外冷静であった。

すぐに飛びかかってくるのではないかと思っていた2人だが、夏侯惇は腕を組み、頭を下げている王蘭の事をただただじっと見つめている。

 

 

 

 

「………。臆することなく私の前に現れたことは褒めてやろう。私を夏侯元譲、魏武の大剣と知りつつも上申したその勇気や良し。胆力は大いに認めてやろうとも………。」

 

静かに、ぽつりぽつりと語り始める夏侯惇。

 

 

 

「だがな………。だが、それだけでお前を認めてやる事など断じて出来ぬ!!!我が妹の恋人となるならば、剣を取れい!!行動で示さぬなど罷りならん!!!!」

 

 

周りの空気がビリビリと痺れるほどの咆哮が、王蘭を襲う。

丹田にしっかりと力を込めて、その迫力を受け切る。

 

 

その様子を見た夏侯惇は、愛刀の七星餓狼を肩に担いで中庭へと向かう。

その後を王蘭が追い、夏侯淵もそれに続く。

 

 

中庭についた王蘭は、対峙するように夏侯惇の前に立つ。

 

 

「逃げなかったことは褒めてやろう。………では、覚悟は良いな?」

 

剣を構え、夏侯惇が動きだす。

 

 

 

「でぇぇぇぇぇぇぇええええええええええい!!!!!!!!!!!!!」

 

 

 

王蘭にとって男の意地をかけた、本気の戦いが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

中庭から伸びる廊下に4つ、人の姿が見えた。

 

「んん? なー沙和。なんか剣がぶつかるような音せーへんか?」

 

「そう言えば聞こえてくるのー。中庭のほうかなー?」

 

「たいちょ、ちょっと行ってみぃひん?」

 

「ん?まぁ気になるし行ってみるか。ほら、凪も行くぞー。」

 

「はい、隊長!」

 

 

北郷隊の4人が中庭に向かいあるき出す。

そこで繰り広げられた光景を見て、4人は口を広げたまま固まってしまう。

 

 

「あれって………春蘭さまと蒼慈さん、なのー。」

 

「しかも春蘭さまのあの攻撃、本気とちゃうん………?」

 

「その様だな………。すごい………あの猛攻を紙一重のところで全部防いでる………。」

 

「うぇー。沙和には無理な話なのー………。」

 

「私だって、春蘭さまのあの本気の攻めをあそこまで防ぎ切るのは無理だと思うぞ。しかも2人の様子からして、既にかなりの時間打ち合っているようだし。」

 

「蒼慈さんってあない強かったんやなぁ。普段斥候兵のことばっかりで、確かに個人の武勇は聞いたことなかったもんなぁ。」

 

「あ、真桜ちゃん見てー! 中庭挟んだ向こう側に、秋蘭さまも見てるのー! いつもだったら率先して止めるんだろうけど………。なんだか今日は止めちゃダメな感じ?」

 

三羽烏の会話を聞いていた北郷が、

 

「俺たちもここで2人の戦いの結末を見守ろう。なんか今日の仕事をすべて投げ出してでも、見届けなきゃいけない気がする………。」

 

ポツリと、そうこぼした。

 

 

 

 

 

 

 

「でやぁぁぁぁぁああああああああああああああ!!!!!!」

 

夏侯惇の猛攻が王蘭に襲い来る。

 

「ぐっ!!!」

 

これもなんとか防ぎ切る王蘭だが、体力はほぼ限界まで来ていた。

 

 

「えぇい!! 蒼慈、貴様なぜ攻撃をしかけてこんのだ!! この夏侯元譲を愚弄する気かっ!?」

 

 

細くしか呼吸の出来ない王蘭が息を吸うたびに、ピーピーと喉から音がなる。

 

 

「………私は武勇に長けた男ではございません。それ故、今ここで春蘭さまに認めて頂くためには、攻めを捨て守りに専念する他ないと判断しました。」

 

そこで一旦言葉を切って、口の中のつばを飲み込む。

………血の味がする事など気にせず、深く息を吸い込む。そして。

 

 

「我が成すべきは死なぬこと!! 秋蘭さまを死なせぬこと!!! そのためならば攻めは要りませぬ!!! 何合でも打ち合いましょうぞ!!!!」

 

 

あの夏侯惇に向かって啖呵を切った。

 

 

「っふっざけるなぁぁぁぁぁああああああ!!!!!!!!!!!」

 

 

再び本気の夏侯惇の猛攻が、王蘭を目掛けて振るわれる。

 

 

 

2人の戦いをただじっと見ている夏侯淵だが、その実、何度飛び出て2人の戦いを止めようかと思っただろうか。

その証拠に、手は固く握られ、唇も固く結ばれている。

 

だが、これを止めることは決してしてはならないと、なんとか理性を働かせ、一時もこの戦いを見逃す事がないようにと見つめ続けている。

 

 

 

 

 

また、この戦いを固唾をのんで見守る北郷隊も、場の空気にあてられ、身体に力が入っていた。

そこに、許褚と典韋がやってくる。

 

「あれ?にーちゃんたちどうしたのー?」

 

「兄様!それに凪さんたちも、中庭で何かあるんですか?」

 

「季衣に流琉。中庭で蒼慈さんと春蘭が戦ってるんだよ。」

 

そう行って新たにきた2人も、中庭で繰り広げられている光景に目をやる。

 

「あ、本当だー! 春蘭さま本気じゃん。蒼慈さんって意外と強いんだねー。」

 

「本当だね。………でもどうして蒼慈さんからは攻撃返さないんだろう?」

 

 

「蒼慈さんにとっては、勝つための戦いじゃないからだよ。」

 

そういう北郷の顔は、何か王蘭の覚悟の様なものが伝わってきているようで、引き締まった表情をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

「ぐっ………はぁはぁ………。」

 

もはや何合夏侯惇の攻撃を防いだかもわからぬくらいになり、王蘭の身体はボロボロである。

 

また攻めに攻め続けた夏侯惇も、決め手に欠き体力がかなりなくなっていた。

 

 

スッと構えを解き、王蘭に声をかける。

 

 

「蒼慈、次の攻撃で最後にしてやろう。覚悟を決めよ。」

 

 

そう言って、王蘭の用意が整うまで待つ夏侯惇。

武士としての情けなのか、妹の恋人に対する優しさなのかは不明だが、王蘭はこの時間を使って、

呼吸や構えを整える。

 

 

「では、良いな………。行くぞ!! 見事受けきってみせよ!!」

 

夏侯惇が七星餓狼を構える。

 

 

グッと足に力を込めて、突進力を高める。

 

「ぅぉおおおおおおおおおおおあああああああああああああああ!!!!」

 

 

 

最後の一撃が、王蘭に見舞われた。

 

 

 

ガキィン、と金属がぶつかりあう音が響き、折れた剣が中を舞う。

 

 

 

 

 

「………くそっ。………蒼慈、見事だ。剣は確かに折れていようとも、よくぞ最後まで受けきった。お前たちの交際は認めてやろう。」

 

 

そう言って王蘭に声を掛ける夏侯惇。

 

 

「ただし!! 秋蘭を泣かせてみろ。地獄の果てまでも追い詰めて、お前を殺してやるからな!! その覚悟は持っておけ!!」

 

 

そう言うと、くるっと背を向けて中庭から立ち去る夏侯惇。

 

それを見送った王蘭は、流石に体力気力が限界とあって、ふらりと倒れ込みそうになる。

そこに、夏侯惇と入れ替わるようにして夏侯淵が駆けつける。

 

 

「蒼慈!!!」

 

 

ひしっと王蘭の体を受けとめ、ギュッと抱き寄せる。

 

「よく、よくぞ最後まで頑張ってくれたな………。お前を選んだことを誇りに思うぞ。」

 

「秋蘭さん………私、頑張りましたよ………。」

 

へへっと笑う王蘭を見て、少し気を休めた夏侯淵。

 

「うむ。かっこよかったぞ。惚れ直した。」

 

「ありがとう………ございます………。でもちょっともうダメかも………。」

 

 

そう呟くと、眠るように気を失った王蘭だった。

腕の中で眠る王蘭の体をギュッと抱き寄せた夏侯淵。

その額にそっと唇をあて、恋人の勇姿をその胸に刻み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

少し離れたところで見ていた北郷たち。

 

 

「受けきった………。すごい………。」

 

北郷が呟く。

この戦いを見て、何も感じない人間などこの城にはいないだろう。

王蘭の確かな思いをひしひしと感じた北郷は、自分の態度を改めなければ、と気を引き締めていた。

 

 

駆け寄る夏侯淵の姿を見た于禁が、

 

「秋蘭さまが蒼慈さんに駆け寄っていくのー! これってもしかしてぇ、2人が正式に交際を始めるのを春蘭さまに許可をもらうための戦いだったとかー………?」

 

「………なんやそれな気がするなぁ。それならあの気迫といい、覚悟といい、納得できることが多すぎるわ。」

 

「そ、そうだな………。その辺りの機微はよくわからないが、秋蘭さまからすればとてもかっこよく映ったのではないか?」

 

「あー! 凪ちゃん顔が赤くなってるのー!」

 

「にしし………。いやぁ凪ぃ。凪も交際を認めてもらうために、隊長に自分のために戦ってもろーて、そんで介抱しに駆け寄りたいんやんなぁ?」

 

 

「なっ、なっ………!ち、ちがーーーーーーーーーう!!!」

 

 

 

 

2人の戦いは、城に居るもの多くに影響を与えたようだ。

あるものには自分の心を改めさせ、あるものには恋に憧れる気持ちを強くし………。

 

戦の間のひとときであっても、大切な何かを感じられる時間がそこにはあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




無事覇王さまと春蘭さまに交際を認めて頂けました。
これで拠点フェーズは区切りです。次回からまた本編。
どしどしご感想お待ちしておりまする。


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第三十一話

 

 

 

反董卓連合が解散してからしばらくの日が経ち。

漢の力は既に失墜したことが大陸中に広まり、諸侯らはこれを機に各地で動きを見せ始めていた。

 

 

そんな中、この陳留に於いては盗賊団、野盗の討伐に加えて、各地の情報収集に努めていた。

 

 

やはり専門の部隊を持つ強みは大きく、曹操軍では河北の情報を主として、揚州などの南方の地域にまでその手を広げていた。

もちろん、それに伴ってその責任者は多忙を極めているようで………。

 

 

 

 

 

 

「詠さん、河北の兵より状況の報告がありました。目を通しておいてください。」

 

「わかったわ。そこに置いておいて。この間帰ってきた兵士、次どこに送るのよ?」

 

「そうですね………。北の方は範囲は広いですが情報は容易に入るようですし………南に増援しますか。どう思います?」

 

「そうね………僕でもそうするかな。じゃあそう伝えておくわ。」

 

 

ここは王蘭の執務室。そこには王蘭の補助として入っている、賈駆の姿も見られた。

2人は斥候の専門部隊として、各地の対応に追われて慌ただしい日々を送っていた。

 

 

「お願いします。あと、こちらに来たネズミさんたちはどれくらいになりますか?」

 

「今のところあまりいないわね。いたとしても街でちょっと話聞いて帰ってるだけみたいだし。まぁ今は自分たちで精一杯なんでしょ………。と言うかやっぱり、情報専門部隊を持つなんて考え持ってるあんたたちが変なのよ。なんで一軍の将がそれに付きっきりになれるのよ。」

 

「お褒めに預かり光栄です。我が軍の歴史を辿ればこうなっただけですよ。あと何せ我らが主上は華琳さまですから。………ではあまりこちらのネズミ取りを強化しても意味はありませんね。ただでさえ人手が足りないのです。ギリギリの人数だけを残して、あとは全て外に出しましょう。」

 

「まったく、ボクたちがいた洛陽じゃ考えられない舵取りね。了解。………それよりもあんた、やっぱり昇格してから性格変わってない?」

 

「………そうでしょうか? まぁ、吹っ切れた感じはあるかも知れませんねぇ。」

 

「それは、あれのこと? 秋蘭と恋仲になったって話。………はいはい、ご馳走さまでしたー。」

 

「う………いやそういうわけじゃ。っていうか、それどこまで広まってるんでしょうか………。」

 

「ボクは見てなかったけど………春蘭相手に大立ち回りだったんでしょ? しかもかなり格好つけたみたいじゃないの。もう一般兵でも知ってるわよ、この話。」

 

「な、なんと………。ま、まぁ仕方ありません。恥ずべきことではありませんし………ね。」

 

 

賈駆にからかわれながらも、手は止めない2人。

次々に報告書の中を確認しては取りまとめていく。

 

 

「北の情勢はおおよそこれでまとまりました。やはり袁紹が北を統一したようですよ。」

 

「幽州の公孫瓚はどうなったの? 霞の話じゃ、連合の中ではそれなりに馬を使える将だったって話だけど。」

 

「どうやら旧知の劉玄徳殿のもとにいるようです。確かにあの方なら、友人を放っておくわけがありませんからね。」

 

「………そう。月の所にいるのね。」

 

「お会いしたいですか? 呂布や華雄にも。そちらの方々の行方は今のところ掴めていないはずですが………。」

 

「会いたくないって言ったら嘘になるけど、別にそれぞれの道を選んだわけだし、これも仕方のないことね。気にしてないわ。それから恋………呂布のことだけど、どうやら益州あたりの小さな城を根城に構えたみたいよ。さっきの報告にあったわ。」

 

「そうですか………洛陽からかなり離れた場所まで逃げたようですね。わかりました、ありがとうございます。私も見ておきますね。」

 

 

 

やはりこれまで一手に担ってきた兵のやり取りを、誰かと相談できるのは大きい。

特に、情報の守りに徹してきていた賈駆の意見は、どこを探るべきかを良く考えさせられた。

 

 

 

「さて、これで各地の重要な情報が揃ってきましたね。そろそろ華琳さま、桂花さんに話を通して軍議開いていただきましょう。」

 

「そうね。この手の情報はさっさと共有するに限るわ。華琳なら即断即決出来るだろうし、ボクでも考えつかない策を出してくるものね。………本当に軍師泣かせの王だわ。」

 

 

 

こうして王蘭からの上申により、将たちが招集され軍議が開かれることになった。

 

 

 

 

――――――――――。

 

 

 

 

「呂布の場所が見つかった?」

 

「はい。どうやらこの陳留よりはるか南西、この辺りの小さな城に拠点を構える事にしたらしく。呂布付きだった陳宮、更には同時に逃亡した華雄の3名が主だった将として居る様子です。」

 

 

大陸の地図の上に、碁石をことりと置いてその場所を示す。

その周りに大きな勢力はなく、孤立した状態となっている。

 

 

「華琳さま、どうしますか? 呂布が本気になれば、こちらはかなりの損害を被ることになりますが………。」

 

 

荀彧の言葉に、将たちが息を飲むのが見て取れた。

夏侯淵、許褚、典韋、更には蜀軍から張飛と、袁紹軍から文醜の5人がかりでやっと足止めが出来たというほどだ。

 

一気に緊張感が高まる。

 

 

「………今は放っておきましょう。」

 

 

曹操が選択したのは、まさかの放置。

これには武将たちも戸惑いを見せ、夏侯惇が声を上げる。

 

 

「何ですと!」

 

 

これには荀彧も同意だったようで、珍しく夏侯惇の意見に乗る。

 

 

「華琳さま。それはいくらなんでも危険すぎます。」

 

 

「………詠、霞。呂布は、王の器に足る人物かしら?」

 

「………正直、ようわからん。」

 

「恋………呂布は正直王だとかどうとか、興味ないとは思うわよ。」

 

 

曹操には考えがあるらしく、賈駆、張遼に話を振った。

だがあまり理解できなかったようで、夏侯惇が賈駆に問う。

 

 

「………どういうことだ?」

 

「戦いのことはボクにはよくわかんないけど、あの娘はただ月、董卓が好きで一緒に居てくれたようなものよ。自分が王に、なんて考えがあるなら、恥ずかしいけどボクたちの所にいる理由なんてこれっぽっちもなかったもの。」

 

「まぁ戦に関して言えば、個として恋と戦おうっちゅうもんは気ぃが狂っとるとしか思えんな。………まさにあれば鬼神やな。”あの”華雄ですら、敵として会いたくないっちゅうとるくらいや。」

 

 

「ど、どうしてこちらを見るのだ………!」

 

 

張遼の視線を受けてたじろぐ夏侯惇。

 

 

「まっ、そういう事よ。あの辺りは治安も悪いし、南蛮の動きにも気を配る必要があるわ。しばらくは動けないでしょう。ただ、監視だけは引き続きしておくように。蒼慈、頼んだわよ。」

 

「はっ。」

 

「それに、今はもっと警戒すべき相手が居るわ。そちらの情報はどう?」

 

 

呂布の話はそれで切り上げ、次の諸侯に話を移す。

 

 

「はい。まず………先日の袁紹と公孫伯珪殿、っと失礼。公孫瓚との争いですが、予想通り袁紹が勝ちました。公孫瓚は、徐州の劉備の元に落ち延びた様です。」

 

「劉備って出世したんだっけ………?」

 

「えぇ。平原から徐州に移っておりますね。確か、この間の軍議でも話題があったと記憶していますよ。」

 

「う………申し訳ない。聞いてはいたんだけどさ………覚えてる? 春蘭。」

 

「だから、なんで私に振るんだ!」

 

 

「はぁ………。それで? 袁紹の動きはどう?」

 

「青州や并州にも勢力を伸ばし、河北四州は袁紹の勢力下に入っています。北はこれ以上進めませんから、後は南かと。………ちなみにですが、袁紹軍にはかなり深くまで潜り込む事ができておりまして、その………。」

 

「どうしたの? 歯切れが悪いわね。言ってみなさい。」

 

 

「はっ。詠さんとも話していたのですが、これは本当なのだろうか、と思う報告もありまして。………北部から攻略をした理由が”河北四州”という響きが”格好いい”から、とのことです………。」

 

 

「………。」

「………。」

「………。」

「………。」

 

 

あまりにもな理由が報告され、一同はまさしく開いた口が塞がらないようだ。

 

「………いかにも麗羽らしい考え方ね。何もせずとも私の頭痛を引き起こす事が出来るなんて、彼女くらいよ。」

 

 

「加えて申しますと、華琳さまはご存知かと思いますが、彼女は今大将軍の地位についていますので、かなり調子に乗っている様です………。」

 

「………あの高笑いが響かない日はないのでしょうね。………もう麗羽については良いわ。あなたと詠の考えを聞かせてちょうだい。」

 

 

あまりにもな袁紹に関する情報で、頭痛がひどくなったようだ。

頭を抱えて先を促す。

 

 

「はっ。今後の袁紹の動きの予想ですが、詠さんと話した結果、この兗州に向かって軍を進めるかと思われます。」

 

「はぁ? あんた何言ってんのよ? どう考えたって、徐州に攻めるのが普通じゃないの。」

 

 

王蘭の予想に、荀彧がつっかかる。

周りの将たちも同じ意見の様だ。

 

 

「本来であれば、常識で考えて公孫瓚が逃げ延びた徐州へと攻め入ると予測されます。………ですが、袁紹軍は我らの様に軍議を持って方針を決めるというより、彼女の一声が重視される傾向が強いようです。………であれば、その性格を考慮すると、そうならない可能性が。」

 

 

「な………。」

 

 

本日2回目、荀彧は口が塞がらないようだ。先程よりも開く口も大きい。

元々袁紹の陣営に僅かながら居たこともあり、王蘭の言を受けて容易に想像が出来てしまうのがより悲しいところ。

 

 

「麗羽の事をよく調べてるじゃない。………おそらく、蒼慈の言ったとおりこちらに攻めてくるでしょうね。」

 

「華琳さまぁ………。」

 

「まぁ彼女の気分屋がどこで発揮されるかもわからないわ。当面は対袁紹の事を考えておくわよ。国境の各城には、万全の警戒で当たるよう通達しておきなさい。………それから河南の袁術はどう?」

 

 

「はっ、特に大きな動きはありません。我々や徐州の国境を偵察する兵は居るようですが、その程度です。」

 

「あれも相当な俗物だけど………動かないというのも気味が悪いわね。警戒を怠らないようにしなさい。」

 

「はっ。加えて、袁術軍の食客の孫策についてですが、やはりこちらの情報収集は他のものと同じようにはいかず、苦戦をしております。北の情報を主に集めているとは言え、申し訳ありません。」

 

「ふむ………。詠、洛陽での情報防衛について、いくつか案を出してみなさい。あなたの経験がここで活きるはずよ。」

 

「わかったわ。ボクの方でもう少し考えてみる。」

 

「頼んだわよ。2人は引き続き、各地の情報を集めておいて。………他の皆は、いつ異変が起きても良いように準備を怠らないこと。いいわね。」

 

 

これでこの日の軍議は解散し、それぞれが準備を進める。

王蘭は再び詠と相談しながら、孫策軍の情報を探る術を考えていた。

 

 

 

 

それから僅か数日後。

 

 

 

 

 

………袁紹が軍を動かしたとの報告が、入ってきた。

 

 

 

 

 

 

 




本編はいよいよ諸侯同士の戦いが始まります。


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第三十二話

 

 

 

「馬鹿は決断が早すぎるのが厄介ね。敵の情報は?」

 

 

兗州より北、河北四州をその手に納めた袁紹が、軍を動かしたとの報が入ったのは、前回の軍議から僅か数日後。

袁紹軍が曹操の領地に向けて軍を進める事は想定して用意を整える様に指示はしていたものの、あまりの急な展開にバタつく曹操軍。

 

 

「旗印は袁、文、顔。敵の主力は揃っているようです。その数およそ………三万。報告によると、敵の動きは極めて遅く、奇襲などは考えていない様子。むしろ、こちらに自らの勢力を誇示したいだけという印象を受けたようです。」

 

「馬鹿の麗羽らしい行動ね。」

 

「それで、報告のあった城に兵はどのくらいいるのだ? 三千か? 五千か?」

 

「あぁ。城におよそ七百といったところだ。」

 

 

その僅かな数の報告に、春蘭を始めとした将たちも驚きを隠せない。

 

 

「一番手薄な所を突かれたわね………。」

 

 

苦々しい表情で荀彧がこぼす。

 

 

 

 

現状すぐに出せる兵と、近く用意が出来る兵の数を確認しても、

その城の防衛にはとても間に合いそうにない。

 

 

親衛隊を加えた五千の兵をすぐに城に向かわせても、それは変わらない事が予測される。

 

全体がどうしたものか、という雰囲気の中、夏侯淵が報告を続ける。

 

 

「華琳さま、それが………兵の増員は不要だと。」

 

 

袁紹たちが攻め入った城の指揮官からの報告は、荀彧も含むその場の多くの将を驚かせるものだった。

 

 

 

………ただし、敵の袁紹の性格を理解している曹操、王蘭、賈駆の3名を除いては。

 

 

 

「まぁ………私でもそうしますね。詠さんは如何ですか?」

 

 

「ボクもそうね………。その指揮官、相手のことをよくわかってるじゃない。」

 

 

「蒼慈、詠の2人は皆とは違う意見の様ね………。その心は?」

 

 

あえて試す様に2人に問う曹操。

代表して王蘭が答える。

 

 

「はい。まず先日の全体軍議でもお話しておりますが、敵の袁紹軍の性格を皆さん覚えていらっしゃいますか? 気分屋だとか、馬鹿だとかの意見は置いておいて………。彼女の性格はまさに派手好き。多数の兵を用いて華やかに戦いを繰り広げるのを最上としている人です。そんな方が、自軍が三万を連れて臨む相手がわずか七百。いくら派手に勝てるからと言って、その後民衆にどう言われるのか? を考慮すると、そこに1つの迷いが生じるはずです。これが本当に、袁家の戦いなのか? と。」

 

 

「おそらくその城の指揮官も同じ様に考えたんじゃないのかしら? じゃなければ普通の人間ならその城を放棄するか、至急増援を頼むはずだもの。まぁなかなか肝の座った指揮官であることは間違いなさそうだけどね。」

 

 

2人が考えを述べた後、曹操は周りを見渡す。

 

 

「………だ、そうだけど、他の皆はどうかしら?」

 

 

夏侯淵からの報告を聞いて、真っ先に食いついた夏侯惇も、2人の話を聞いて唸っている。

特に意見も出てこないようなので、曹操が措置を決める。

 

 

「………わかったわ。ならば増援は送らない。城の指揮官はなんという名前?」

 

「はい、程昱と郭嘉の二名にございます。」

 

「なら、その二人には袁紹が去った後、こちらに来るように伝えなさい。皆の前で理由をちゃんと説明してもらうわ。………そうでないと、納得できない子もいるようだしね。」

 

「………承知しました。」

 

「皆、兵を勝手に動かさないこと。これは命令よ。………守れなかったものは厳罰に処すから、そのつもりでいなさい。」

 

 

こうして対応が決定され、軍議は解散した。

明確な意見を持つわけではないが、納得のいっていないという顔もちらほらと見受けられる。

 

 

 

 

 

――――――――――。

 

 

 

 

 

城内にある倉庫が何やら騒がしい。

 

 

 

「糧食は後続に持たせろ。我々が持つのは最小限でいい! とにかく、機動力を高めろ!」

 

 

声の持ち主は、言わずもがな夏侯惇である。

慌ててそれを発見した北郷が声を掛ける。

 

 

「お、おい、何やってるんだよ、春蘭!」

 

「見てわからんか! 出撃の準備だ! 袁紹ごときに華琳さまの領土を穢されて、黙っていられるものか! 華琳さまがお許しになっても、この夏侯元譲が許さん!」

 

 

そう言い合っているうちに、夏侯惇隊の兵士たちは出撃の用意を整えてしまった。

 

 

「よし! ならば先発隊、出るぞ!」

 

 

北郷を無視して出撃をしようとしている所に、もう1つ声が混ざる。

 

 

「おいこら! 自分ら、なにやっとんねん!」

 

「ちっ………厄介なのが。」

 

 

張遼が喧騒を聞きつけて駆けつけてきた。

 

 

「霞! 春蘭が例の城に応援に行くって………止めるの手伝ってくれよ!」

 

「………ったく、ここもイノシシか! どあほう!」

 

「貴様も似たようなものではないか!」

 

 

張遼の言葉にも耳を貸さずに出ていこうとする夏侯惇。

彼女からすれば一刻を争う事態なのに、こうして内部の人間が足止めをするのも気に食わないのであろう。

 

 

「ウチは自制効くぶんまだマシや! 一刀はさっさと華琳呼んで来ぃ! 本隊止まれ! 止まれぇいっ!」

 

「貴様………! どうしても止める気か!」

 

「当たり前や! もしどうしても行くっちゅうんなら………。」

 

「ふっ………。あのときの決着、もう一度着ける気か?」

 

「ええなぁ………! 今度はどこからも矢なんぞ飛んで来ぃひんで?」

 

 

 

 

「上等だ! ならば………行くぞ!」

 

「来い!」

 

 

 

 

 

――――――――――。

 

 

 

 

 

「何をしているの!」

 

「かっ、華琳さまっ!」

 

「春蘭、霞、これはどういう事! 説明なさいっ!」

 

「今ええ所なんやから、邪魔せんといてぇ! てぇえええええいっ!」

 

 

北郷が曹操を連れて再び夏侯惇らのところへもどる。

曹操と一緒に、たまたま近くにいた王蘭、賈駆も駆けつける。

 

 

「………くぅっ!」

 

「さて、今度はウチの勝ちやなぁ。春蘭!」

 

「い、今のは油断して………!」

 

 

勝ち誇る張遼に対し、悔しげな表情を浮かべる夏侯惇。

二人にようやく決着がついたため、改めて曹操が二人に問う。

 

 

「見苦しいわよ、春蘭。………で、何をしているのと聞いているの。答えなさい。」

 

 

「い………いかに華琳さまのご決断とはいえ、今回の件、納得しかねます! 蒼慈や詠の言うことも、まぁ何となくはわかったものの、やはり袁紹ごときに華琳さまの領地が穢されるなど………あってはなりません!」

 

「それで兵を勝手に動かしたわけね?」

 

「これも、華琳さまを思えばこそ! 華琳さまの御為ならば、この首など惜しくはありませぬ!」

 

「………はぁ。あなたにはもう少し説明しておくべきだったわね。いいわ。出撃なさい。」

 

「華琳さまっ!」

 

「華琳!?」

 

「おいおいおいおい! それでええんか?」

 

「ただし、これだけの兵を連れて行くことは許さないわ。………そうね、蒼慈、詠どれくらいの兵なら許せるかしら?」

 

 

話を振られた王蘭、賈駆は少しの間考えを巡らせ、答えを口にする。

 

「………三百も居れば十分すぎるほどかと。」

 

 

 

「ちょ、蒼慈さん!?」

 

「三百ってあんた! 仮にも恋人の姉やぞ! あんたそれでええんか!?」

 

 

「二人とも黙っていなさい! ………詠も三百でいいのね? では春蘭、その三百だけ動かすことを許可しましょう。城の兵と合わせれば千になるのよ。これで勝てないようなら、あなたの決死の覚悟で足りないところを埋めてみせなさい。………できる?それともできない?」

 

 

 

「………華琳さまの信任を得た以上、出来ぬことなどありませぬ! 総員、騎乗っ!」

 

 

 

こうして夏侯惇が手勢の最精鋭三百を率いて、飛び出していった。

 

 

 

 

 

 




さて。次の軍師さまが登場ですね。


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第三十三話

夜。

人々は1日の活動を終え、明日を生きる力を蓄えるため、静かに眠りにつく時間。

 

 

日中の、太陽の陽を浴びた温もりを運ぶ様な風と違って、

その日の疲れや、火照った体の熱を取り除くかの様に、ひんやりとした風が陳留の街を抜けていく。

 

 

陳留の城壁の上に目を遣ると、そこには月に照らされて出来た、2つの人影が見えていた。

 

 

「春蘭さま………大丈夫、だよね。」

 

「季衣………。きっと大丈夫だよ。信じて待とうよ。ね?」

 

「うん………。」

 

 

許褚と典韋の二人である。

盗賊の討伐を終えて城に戻った二人は、夏侯惇が袁紹軍に攻められている城に援軍として向かったことを知らされていた。

そんな二人が、特に許褚が、夏侯惇のことを思い、やるせなく遠くに目線を遣るのも致し方ない事。

 

ただただ、夏侯惇の無事を祈って帰りを待っている。

 

 

そこに、この日の仕事を終えた北郷がやってきた。

 

 

「あ、兄ちゃん………。」

 

「なんだ、二人とも来てたのか。」

 

「はい、季衣が寝られないらしくて………。」

 

「ま、そりゃそうだろうなぁ………。」

 

北郷も二人の気持ちは痛いほどわかるようだ。

普段、彼女にぶっ飛ばされている北郷とはいえ、大切な仲間の1人が死地のような場所へ赴いたのだ。

彼自身も、彼女の身が心配でならない。

 

 

3人で話をしていると、そこに夏侯淵がやってくる。

 

 

「どうした、お前たち。………明日も早いぞ。早く寝ておけ。」

 

「あ、秋蘭さま。どうされました?」

 

「姉者は無事に帰ってくるさ。私はそれを言いに来ただけだ。」

 

「ったく。素直じゃないんだから。」

 

「ふっ、それはどうだかな。」

 

 

そんなやり取りをしている間も、許褚は城壁から遠くの方をじっと見ていた。

すると………。

 

 

「………あ、あれっ!?」

 

「ん? どうしたの?」

 

「ねえっ! 兄ちゃん! 流琉! あれ………!」

 

 

許褚の視線の先には、まだ小さくしか見えないが、ハッキリと”夏侯”と書かれた牙門旗がたなびいていた。

 

 

「さ、姉者のお帰りだ、門を開けに行くぞ。出迎えてやらねばな。………流琉は華琳さまをお呼びしてきてくれるか?」

 

「はいっ!」

 

 

 

 

 

──────────。

 

 

 

 

 

「………さて、それでは、説明してもらおうかしら? どうして程昱は増援がいらないと?」

 

 

真夜中であるにも関わらず、城に居た主要な将たちは緊急軍議に全員参加していた。

そしてその軍議の間には、夏侯惇と共に陳留の城にやってきた程昱と郭嘉の二名の姿も。

 

 

「………ぐー。」

 

「こら、風! 曹操さまの御前よ! ちゃんと起きなさい!」

 

「………おおっ!?」

 

「おはよう。………で?」

 

「あー………ふむ。えっとですねー、相手は数万の袁紹軍だったわけですが。前線指揮官の文醜さんも袁紹さん同様に派手好きですから、たった七百なんか、相手にしたくないだろうと思ったのですよー。ですが、ここで曹操さまが増援を送ってくださったら、向こうもケンカを売られたと思いますよねー。袁紹さんたちの性格だと、売られたケンカは何であれ絶対買っちゃいます。………そしたらこちらは全滅してしまいますねー。」

 

 

程昱からの説明を聞いた曹操軍の面々は、納得の表情、というよりも、王蘭と賈駆を見る将が多数。

それもそのはず。全く同じ様な意見を、前回の軍議で既に口にしていたのだから。

 

 

「なるほど………。袁紹と文醜の性格は良く分かっているようね。では、顔良が出てきたら?」

 

 

軍師の荀彧としては、様々な角度からの指摘をしない訳にはいかない。

 

 

「あの三人が出て来れば、顔良さんは必ず補佐に回るはずです。抑えが効きませんからー。」

 

 

既に軍師としての活動をしている賈駆も、荀彧に習って指摘を続ける。

 

 

「じゃあ、もし袁紹が七百の手勢を与しやすしと見て、総攻撃を掛けてきたらどうしていたのよ?」

 

「損害が砦一つと、兵七百だけで済みますね。相手の情報は既にそちらに送っていましたから、無駄死にというわけではないですし。袁紹さんの風評操作にも使えたと思いますけど。」

 

「それから、袁紹たちがあんたたちの砦ではなく、近くの別の砦を攻める可能性は?」

 

「んーそうですねー。その辺りは風たちの立場じゃ口出しするわけにもいきませんがー。………まぁでも、袁紹さん自らがどの砦を攻めるだとかは決めそうにありませんし、顔良さんとか常識が通じる人が、”兵力の少ない砦”を探すと、必然的に風たちのいた砦が選ばれていたのではないかとー。」

 

 

自分の中にある答えと擦り合わせ、荀彧と共にうなずく賈駆。

軍師という者の性なのだろうか、相手を試すようにその人となりを把握していく。

自らの主である曹操にも同様のことをして、更にはそれを指摘されているのにも関わらず、である。

 

 

夏侯惇としても、曹操の大切な砦を預かる指揮官として、しっかりと責任を持ってほしいのだろう。

二人に習って、思ったことを指摘する。

 

 

「もし袁紹たちがお主たちに攻撃を仕掛けたならば、逃げるつもりだったと言うのか?」

 

「まさか。その状況で逃げ切れるだなんて、これっぽっちも思っていませんよ~。」

 

「………むぅ。」

 

 

その様子を、微笑ましく見ている曹操。

そして、これまであまり口を開いていない郭嘉にも話を聞く。

 

 

「郭嘉。あなたは程昱のその作戦、どう見たの?」

 

「………。」

 

「郭嘉。華琳さまのご質問だ。答えなさい。」

 

「………ぶはっ」

 

 

するとどういうわけか、郭嘉は急に両の鼻の穴から、盛大に鼻血を吹き散らした。

急なことに、慌てる一同。

 

 

「ちょっ! ど、どうしたお主っ!」

 

「誰か、救護のものを呼べ! 救護ー!」

 

 

突然の事に慌てふためく室内。

そんな中、一人慣れた様子で対処をする程昱。

 

 

「あー。やっぱり出ちゃいましたかー。ほら、稟ちゃん、とんとんしますよ、とんとーん。」

 

「………う、うぅ。………すまん。」

 

 

首の後ろをトントンと叩き、郭嘉が復活する。

 

 

「大丈夫かしら? 郭嘉とやら。」

 

「は、はい。恥ずかしいところをお見せしました。」

 

「無理なようなら、後でも構わなくてよ?」

 

「そ、曹操さまに心配していただいている! ………ぶはっ!」

 

「衛生兵! 衛生兵ー!」

 

 

仕切り直しと思い、郭嘉への配慮を見せた曹操だったが、

赤い液体が、再び弧を描いた。

 

流石にこれ以上は、ということで問題のなさそうな程昱に確認する。

 

 

「………程昱、代わりに説明してくれるかしら?」

 

「はいはい。………稟ちゃんは最悪の事態になれば、城に火を放って、みんなで逃げようと考えていたみたいですねー。七百の兵ならそれも十分可能ですし。三千の兵ではそうはいかなかったでしょうねー。」

 

「………どちらにせよ、春蘭の増援は要らなかったということね。」

 

 

こうして状況の確認を終えた所で、王蘭のもとに報告が入る。

 

 

「華琳さま。今報告が入りまして、袁紹の軍は南皮へ引き上げたそうです。」

 

「そう。こちらの損害は?」

 

「ありません。強いて言えば、周囲の地形を確認されたくらいだそうです。」

 

「それは偵察を受ければ当然のこと。被害の内には入らないわね。見事な指揮だったわ。程昱、郭嘉。」

 

「ありがとうございますー。」

 

「………ふがふが。」

 

「それから二人は今後は城に戻らず、ここで私の軍師として働きなさい。」

 

「はいはいー。」

「………ふが。」

 

 

荀彧としても、既に賈駆という軍師が入っているため、複数での運用が効率を良くすることを体験して理解しているため、渋々ながらも納得する。

 

 

「さて、二人に確認すべき内容はこんなところかしら。桂花、これから私たちはどう動くべきかしら?」

 

「はい、まずは袁紹がこちらに軍を動かしてきたことからも、徐州への侵略よりもこの兗州をまず取りにくるのでしょう。であれば、我々はそれに備えて用意を整えて置くべきかと。」

 

「そう………。詠はどう考える?」

 

「そうね………概ね桂花と同意ね。正直、袁紹はある意味であんたよりも軍師泣かせの人間だから、難しいところではあるけれど。こちらに攻めてくることを第一に考えながらも、まだ継続して他の選択肢を取る可能性も考慮すべきかしら。」

 

「ふむ。では………蒼慈。」

 

「はっ。私も袁紹に関しては確定要素など無いと考えて備えておくほうが良いと判断し、袁紹軍に潜ませている兵たちは、帰参させてはいません。もし徐州攻略など、急な方針転換があったとしても、比較的早い段階にて情報が得られます。」

 

「そう。それで構わないわ。引き続き袁紹の動向をしっかりと見ておくように。………今日はこんなところね、春蘭。」

 

「はっ! では、解散!」

 

 

 

 

こうしてこの日の軍議は解散し、

新たに二人の軍師を迎えることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




軍師ーズが2人一気に増えました!


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第三十四話

 

 

新たな軍師を迎えた曹操軍は、いつ袁紹が軍を進めても対応が出来るよう、これまで以上に盤石な体制を整えていく。

それと同時に、各地の情報収集にも力を入れていた。

 

 

「申し上げます! 徐州劉備軍が袁術軍との戦闘を開始。兵数では袁術軍に軍配が上がりますが、戦場の各所では、関羽、張飛、趙雲ら劉備軍が奮闘し、手子摺っている様子です。戦線は大きく傾いてはいませんが、劉備軍の方が若干の優勢で動いております。」

 

「………ふむ。孫策軍の動きはどうですか?」

 

「はっ。今の所動く様子はありませんが、袁術軍の状態を考えると………殿として用いるか、状況打開のために用いるか、いずれにせよ近いうちに出てくるかと。」

 

「そうですか、わかりました。引き続き徐州の動向を追ってください。………劉備軍が敗北したならその後の方針、特にどこに逃げるのかを。勝利したならば、そのまま内部の行ける所まで潜り込んでみましょう。戦のあとは軍の再編もありますからね。」

 

「承知しました。では、失礼します!」

 

 

そう言って兵士は戻っていく。

 

 

「むぅ………。こうなってくると袁紹軍の動きが読めなくなってきましたね。」

 

 

この日賈駆は軍師としての仕事をしており、荀彧と共に居るためこの場にはいない。

直近新たに2人の軍師も加わったこともあって、それぞれの得意、不得意を把握するためにも、しばらくは軍師たちと仕事を行うのだろう。

 

1人悶々と考えを巡らせている所に、扉をコンコンと叩く音が聞こえた。

 

 

「………はい? 開いていますよ。」

 

 

扉を開けて顔を覗かせたのは夏侯淵だった。

 

 

「蒼慈、少しいいか?」

 

「秋蘭さ………ま。どうかしましたか?」

 

 

少しどちらで呼ぶか迷った王蘭。

それを聞いた夏侯淵はくすりと笑いながら部屋に入ってきた。

 

 

「お前も1人の将となったのだ。別に”さま”で呼ばずとも良いのだぞ? それに我らの関係は既に城内には知れ渡っているのだし。」

 

「いえ、ですが………。まぁそうですね、ぜ、善処します。」

 

「ふふ、まぁ無理にとは言わんが、な。………さて、私的な用でなくてすまないが、少し仕事の話をしに来たのだ。今構わないか?」

 

「あ、はい。もちろんです。………差し支えなければ、少し私の仕事の相談も乗って頂けると助かります。」

 

「私で良ければ喜んで付き合おう。で、だな………。」

 

 

夏侯淵の仕事の話というのは、隊の運用についての確認だった。

とある案件を夏侯淵隊で対応することになり、過去に似た対応を蒼慈が行っていた様で、その手順を確認しに来たのだった。

 

 

「………の様に私はしました。少し特殊な対応だったので、竹簡の報告だけでは伝わり難かったですね。申し訳ありません。」

 

「いや、こうして直接聞けてよかったよ。助かる。………私の用事はこれで終わりだが、何か相談したいと言っていたな。聞くぞ?」

 

「助かります。袁紹の今後の動きについて、少し頭を悩ませる情報が届きまして。」

 

「ふむ、袁紹か………あれは頭で理解できる輩ではないぞ。」

 

「ですが、ある程度予測を立てねば我々も動けませんからね………。私よりも付き合いの長いであろう秋蘭さんの意見を是非聞いてみたいのです。」

 

「うむ、わかった。して、どういった情報が届いたのだ?」

 

「どうやら徐州で開戦されている袁術軍と劉備軍の戦いですが、劉備軍が若干の優勢ということです。ただ、兵数に於いては袁術軍が圧倒している様で、戦場の優劣の情報では無く、この兵数で結果予測をされてしまった場合………。徐州が袁術に独占されることを嫌って、現在手薄な劉備軍本拠地に軍を動かす可能性があるのではないかと考えたのですが、如何でしょうか。」

 

「………無いとも言いきれないのが恐ろしい所だな。一般的に考えれば、そんな火事場泥棒の様な真似はせんのだが、恐らくお前の懸念している通りになるのではないか?」

 

 

互いに苦笑いを浮かべ、やはり、と漏らす王蘭たち。

 

 

「やっぱりその線で少し考えて華琳さまにご報告することにします。ありがとうございました。とても助かりました。」

 

「役に立てたなら何よりだ。」

 

「………あの、仕事の話は終わりましたが、少しお時間ありませんか? お茶、淹れますよ。」

 

「あぁ、頂こう。」

 

 

この所仕事で忙殺されていた2人が、久しぶりに過ごす2人きりの時間。

賈駆がいない事の不都合も、この時間を過ごせたのならばと、僅かな時間を噛みしめた。

 

 

 

──────────。

 

 

 

徐州の状況を曹操に報告した翌日。

 

 

「………わかりました。報告ご苦労さまです。至急、軍議の手配を。」

 

 

兵士からの報告を聞いた王蘭は、緊急の軍議開催を手配した。

………それから間もなく、軍議の間には主だった将が全て揃い、軍議が開かれた。

 

 

「先ほど袁紹のもとに出している兵士より報告が。袁紹軍が徐州に向けて軍を動かした模様です。」

 

「………そう、麗羽が。」

 

 

呆れながらそう呟く曹操。

それが気になったのか、北郷が曹操に問いかける。

 

 

「あれ? あんまり驚かないんだな。」

 

「可能性としては、ありえたもの。それに昨日蒼慈からその可能性が高いとの報告もあがってたしね。」

 

「あ、そうなんだ。」

 

 

そう言って一同は王蘭を見る。

 

 

「はい。昨日ちょうど徐州に放っていた兵より戦況の報告がありました。まぁその他色々な意見や報告、袁紹の性格を加味すると………無視できない可能性だったので。」

 

 

それを聞いた程昱が、割って入った。

 

 

「ふむふむー。情報戦においては、華琳さまの軍は他領を圧倒できてる感じですねー。」

 

「その辺りは流石華琳さまといったところですね。少し前から専属の部隊を持たせて頂いてます。」

 

「………ぐぅ。」

 

「………風さん、起きてください。」

 

「おおっ? なるほどなるほど。蒼慈のおにーさんは優しく起こしてくれる感じですかー。」

 

「………どう起こせば良いのでしょう。」

 

「蒼のにーちゃんよぅ、その辺はあまり深く考えるもんじゃねえぜい。」

 

「これ、宝譿。真面目が取り柄の蒼慈のおにーさんをいじめるんじゃないですよう。」

 

「………すごいですね。本当に宝譿さんがおしゃべりになっているかのように聞こえます。」

 

「ふふふ、どうでしょうねー? さてさて、情報戦でこちらに分があることも踏まえて、我々はどう動くべきでしょうー? 桂花ちゃん。」

 

「急にこっちに振らないでよ、もう………。袁紹も袁術も大軍ではあるけれど、先見の明のない小物。なら放っておいてもいいんじゃないかしら。だけど、劉備はいずれ華琳さまの前に立ちふさがるであろう相手よ。ならばこれを機に、まずは徐州へ攻めるべきね。」

 

 

急に振られたとはいえ、やはり軍師。自分の考えは既にまとめてあるようだ。

 

 

「ふむふむー。稟ちゃんはどうですかー?」

 

「今徐州に向かっている袁紹軍には、袁紹、文醜、顔良の主力が揃い踏み。ならば南皮へと攻め入り、徹底的に袁紹を叩くべき………かと。」

 

「詠さんはどうですかー?」

 

「………そもそもどこかに攻め入るのが正しいの? ボクからすれば、どちらも火事場泥棒や弱い者いじめをする悪役にしか聞こえないわ。」

 

 

「………。」

「………。」

 

 

これには荀彧も郭嘉も言葉をなくしてしまう。

これまでの会話を聞いていた曹操が、話をまとめ始める。

 

 

「それが世間の風評でしょうね。私はそのどちらになるつもりもないわ。今は詠の言う通り、攻め入る事はせず力を蓄えておくことにするわ。」

 

「はいー。風もそれがよろしいかとー。」

 

「では我らはこれに踊らされず、将来に備えてまずは自らの成すべきを優先します。各員、来る戦に向けて用意はしておくように!」

 

 

これでこの日の軍議は解散し、各位引き続き戦に向けた準備を進めることになった。

 

 

 

 

 

 

だが、その日の夜中。

 

 

再び招集を掛けられた将一同は、玉座の間に集まっていた。

程昱は言わずもがな、于禁に李典。更にはあの楽進までもが眠気に抗えず、その場で夢と現を行ったり来たりしている。

 

 

周りの将たちに起こされ、全員が指定の位置についたころ、曹操が夏侯姉妹を引き連れて玉座の間にやってくる。

 

 

「全員揃ったようね。急に集まってもらったのは、他でもないわ。秋蘭。」

 

「先ほど早馬で、徐州から国境を越える許可を求めに来た輩がいる。」

 

「………入りなさい。」

 

 

 

「………は。」

 

 

 

そこに現れたのは、綺麗な長い黒髪の女性。

玉座の間に控えていた将たち全員が驚愕する人物。

 

 

 

「な………。」

「何やて………!」

 

 

 

 

「関羽………!?」

 

 

 

 

 

 

 

 




関羽サーン。次話、王と王の会合ですね。


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第三十五話

 

 

「関羽………!?」

 

 

玉座の間に現れた人物を見て、その場にいた誰もが驚愕する。

 

この日の昼に徐州、袁術、袁紹に対する対応を決めたばかりなのだ。

そのうち徐州において最重要人物とも言える人間が、この場に居るのである。

誰もが驚くのも無理はない。

 

 

「見覚えのある娘もいるようだけれど、一応名を名乗ってもらいましょうか。」

 

「我が名は関雲長。徐州が州牧、劉玄徳が一の家臣にして、その大業を支えるもの。………曹孟徳殿の領地の通行許可を求めに参りました。」

 

 

今の名乗りで劉備軍が何を目論んでいるのかを理解したものが半数。まだ理解が出来ていないものも半数といったところか。

 

 

「………どういうことだ?」

 

 

夏侯惇が問う。

 

 

「私たちの領地を通りたいのだそうよ?」

 

「………?」

 

「あ、あの………。」

 

 

曹操の説明でもまだ理解ができずに居ると、典韋が声を上げる。

 

 

「流琉、言ってみなさい。」

 

「はい。えっと………袁紹さんと袁術さんから逃げるために、私たちの領を抜けて、益州へ向かう………ということでしょうか?」

 

「………その通りです。」

 

 

少し苦々しい表情を見せる関羽。

彼女自身、あまり納得していないように見える。

 

これまでじっと黙ってその様子を見ている王蘭の表情を見ても、どこか難しげな顔をしている。

 

 

「蒼慈、あなたはどう思う? 反董卓連合では劉備のもとに行っていたあなたの意見が聞きたいわ。」

 

「………そう、ですね。」

 

 

そこで区切り、次の言葉を探す。

 

 

「………恐らく、劉玄徳殿には袁術、袁紹の両名の政事や考え方が受け入れられないのでしょう。それ故に、降るという選択肢が無い。そして他の道には、この兗州を通るのみ。ですが、彼女は華琳さまに対しても思う所はあるのでしょう。そのため、援軍の要請などの軍事協力や助けを求めるのではなく、ただ通行をしたい、と申されたのだと推測致します。」

 

「ふむ………。あの娘の考えそうなところではあるわね。」

 

「更に、勝手な予測ではありますが、関雲長殿を始めとする部下の皆様方ならば、我が身が犠牲になってでも軍を生かす選択も辞さない覚悟なのでしょう。ですがあの劉玄徳殿が、誰かを犠牲に生き延びる事を是とするわけがありません。関雲長殿のそのやり切れぬ感じ、もしくは納得のいっていない感じは、そういった所が腑に落ちぬままにいらっしゃるためかと。それでも尚、主の希望を実現するために我を押し殺してここにいらっしゃる………そんなところでしょうか。」

 

 

さすがは短時間とは言え、劉備のもとで軍を指揮した身。

彼女の人となり、考え方に基づいた予測は、真に迫るものがあった。

 

それを聞いた関羽も、更に苦虫を噛み潰した様に表情を渋らせる。

 

 

「真に悔しい思いですが、徳仁殿の仰る通り。私がここで成すべきは、曹孟徳殿を我が主の御前までお連れすることの一点です。曹孟徳殿、何卒よろしくお願い致します。」

 

「ふむ………なるほどね。であれば、通行についての返答はあなたにしても仕方がないわね。劉備の元に案内しなさい。」

 

「感謝致します。」

 

「さてと………ということなのだけれど、私に着いてきてくれる子はいるかしら? 準備を整え次第、すぐに出るわ。」

 

 

 

 

──────────。

 

 

 

 

「何だかんだで、結局全員か………。人気者だな、華琳は。」

 

 

結局、曹操軍に居た将全員が曹操と共に劉備軍のもとに向かっていた。

しかも夜を徹しての行軍にも関わらず、素早く準備を済ませて。

 

まんざらでもなさそうな顔を見せる曹操。

そうこうしているうちに、劉備軍の陣営が近づいてきた。

 

 

「華琳さま、先鋒からの連絡がありました。前方に劉の牙門旗。本陣のようです。」

 

「では関羽、あなたの主のところに案内してくれる? 何人かは一緒に着いてきて頂戴。」

 

「華琳さま! この状態で華琳さまが劉備の本陣に向かうなど危険過ぎます! 罠かも知れません!」

 

「桂花、あなたの言う通りでしょうね。私も別に、劉備の事を信用しているわけではないわ。けれど、そんな臆病な振る舞いをこの覇者たらんとしている曹孟徳がしていいと思うかしら?」

 

 

こう言われてしまっては、部下たちは何も言えなくなる。

 

 

「だから関羽。もしこれが罠だったら………。あなた達にはこの場で残らず死んでもらいましょう。」

 

「ご随意に。」

 

「それで? 誰が私を守ってくれるのかしら?」

 

 

これに夏侯惇、許褚、典韋の3名が名乗りを上げる。

 

 

「では、春蘭、季衣、流琉、それから霞と稟。一刀と………蒼慈、あなたも来なさい。残りの皆はここで待機。異変があったなら、桂花と秋蘭の指示に従いなさい。」

 

「はっ!」

 

 

こうして7名の将を引き連れて、劉備軍の本陣へと歩みを進める。

本陣の中の様子が目に見える位置まで来ると、陣営の前に立つ人影が。

 

 

「曹操さんっ!」

 

 

今回の策を考え、実現しようとしている劉備その人である。

 

 

「久しいわね。連合軍の時以来かしら?」

 

「はい! あの時はお世話になりました。」

 

「それで今度は私の領地を抜けたいなどと………。また随分と無茶を言ってきたものね。」

 

「すみません………。でも皆が生き延びるためには、これしか思いつかなかったもので。」

 

「それを堂々と行うあなたの胆力は大したものだわ。………いいでしょう。私の領地を通ることを許可しましょう。」

 

「本当ですかっ!」

「か、華琳さまっ!?」

 

「ただし、街道はこちらで指定させてもらう。米の一粒でも強奪するようなら、生きて私の領地から出られないと知りなさい。」

 

「はい! もちろんです。ありがとうございます!」

 

「それから通行料は………。そうね、関羽でいいわ。」

 

 

 

 

「………え?」

 

 

 

 

劉備は全く予想もしていなかったのだろう。

曹操の口から放たれた言葉に、まだ理解が追いついていない様子だ。

 

 

「何を不思議な顔をしているの? 行商でも関所では通行料くらい払うわよ? 当たり前でしょう。」

 

「え、で、でも、それって………!」

 

「あぁ、袁術たちの事を気にしているのね。安心なさい。私たちでそれも請け負いましょう。たった1人の将で贖えるのだから………安いものでしょう?」

 

「………桃香さま。」

 

 

すでに関羽はそれを受け入れる覚悟は出来ている様子だ。

 

 

「曹操さん、ありがとうございます。………でも、ごめんなさい。愛紗ちゃんはわたしの大切な妹です。鈴々ちゃんも、朱里ちゃんも………他のみんなも。誰一人欠けさせないための、今回の作戦なんです。だから、愛紗ちゃんがいなくなるんじゃ、意味がないんです。せっかくこんな所まで来ていただいたのに、すみません。」

 

 

そう言って頭を深々と下げる劉備。

 

 

「そう………残念ね。」

 

「朱里ちゃん、他の経路をもう一度探ってみて? 袁紹さんか袁術さんの国境あたりで、抜けられそうな道がないか。」

 

「………はい! もう一度洗い直してみます!」

 

 

それをじっと聞いていた曹操だが………。

 

 

 

 

「劉備、甘えるのもいい加減になさい!!!」

 

 

 

 

流石に我慢も限界のようだ。

 

 

「たった1人の将のために、全軍を犠牲にするですって? 寝ぼけた事を言うのも大概にすることねっ!」

 

「で、でも………愛紗ちゃんはそれだけ大切な人なんです!」

 

「なら、そのために他の将………張飛や諸葛亮、そして生き残った兵たちが死んでもいいと言うの!?」

 

「だから今、なんとかなりそうな経路の策定を………!」

 

「それが無いから、私の領を抜けるという暴挙を思いついたのでしょう? 諸葛亮! そんな都合の良い道はあるのかしら?」

 

「そ、それは………。」

 

「稟! 大陸中を旅して回ったあなたならわかるはずよね? 袁術や袁紹の追撃を振り切りつつ、これだけの規模が安全に荊州や益州まで抜けられる道はある?」

 

「幾つか候補はありますが………。追撃を完全に振り切れる道はありませんし、我が軍の精兵を基準としても半数は脱落するものと思われます。」

 

 

「そ、そんな………。」

 

 

現実をまざまざと突きつけられる劉備。

横に立つ諸葛亮にしても、そんな都合の良い道があれば、既に献策しているのだろう。

 

 

「現実を受け止めなさい。あなたが本当に兵のことを思うなら、関羽を通行料に私の領地を抜けるのが最善なのよ。」

 

「桃香さま………。」

 

 

俯きながらじっと考える劉備。

 

 

「曹操さん………だったら………。」

 

「それから、あなたが関羽の変わりになるなどと言いだそうものなら、ここであなたを叩き切るわよ? 国が王をなくしてどうすると言うの!」

 

「………。」

 

「まるで駄々っ子ね。今度は沈黙?」

 

「………。」

 

「………いいわ。あなたと話していても埒が明かない。………勝手に通って行きなさい。」

 

「………え?」

 

「聞こえなかった? 私の領地を通っていいと言ったの。益州でも荊州でも、どこでも好きなところへ行けばいい。」

 

「曹操さんっ!」

 

「ただし。」

 

「………通行料、ですか?」

 

「当たり前でしょう。………先に言っておくわ。あなたが南方を統一したとき、私は必ずあなたの国を奪いに行く。通行料の利息込みで、ね。そうされたくないなら、私の隙を狙ってこちらに攻めてきなさい。そこで私を………」

 

 

曹操がその勢いのまま、話を終わらせようとしている所に、大きな声が響く。

 

 

 

「華琳さま!!!!!」

 

 

 

 

急な大声に、その場に居た全員がビクリと体を震わせる。

そしてその声のした方を振り向けば、そこに立っていたのは………王蘭だった。

 

 

 

 

 

 

 




ちょっと長くなってきたので一旦区切ります(´・ω・`)すみません。
次話、王蘭さんのターン!


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第三十六話

 

 

 

「華琳さま!!!!!」

 

 

 

突然の大きな声に、曹操と劉備はもちろんだが、周囲に居た将や劉備軍の将たちも肩をビクリと震わせた。

 

 

「………突然の大声、失礼しました。劉玄徳殿、お久しゅうございます。」

 

「と、徳仁さん………お久しぶりです。」

 

「華琳さま、無礼を承知で直言を失礼いたします。今のお話、いささか感情的になりすぎてはいらっしゃいませんか………? 華琳さまのお気持ちもわかりますが、もう少し落ち着いてお話をすべきかと存じます。今ほど仰った玄徳殿が南方を平定されてから奪いに行くというお話、誠に我々のためになるのでしょうか?」

 

「………どういうこと?」

 

「華琳さまほど頭の回る人間では無いので、浅慮でしたら申し訳ありません。ただ、どことなく売り言葉に買い言葉で仰っている様に感じられてならないのです。確かに劉玄徳殿が南方を平定し、それをただそのままに明け渡してくれるというならば理解もできるのですが、奪いに行くとしたならば、こちらもそれなりの損害を覚悟しなければなりません。………そうなると、果たしてここで劉玄徳殿、その部下の将たち、そして兵の皆さんを含めた、万にも昇る命を助くのと同等の、もしくはそれ以上の価値が本当にあるのでしょうか?」

 

 

曹操は王蘭の目をじっと見つめる。

 

 

「そ、そんな………徳仁さん………。」

 

 

そう呟く劉備に向き直り、更に続ける。

 

 

「劉玄徳殿。私は王という立場ではないので、あなたの気持ちを全て理解することはできないでしょう。ですが、同じ人の上に立つ者として、その一片は感じられるつもりでいます。………私が考える人の上に立つ者の責というのは、”全ての人にとって”良い事をなすことではなく、部下の命を背負いながら、”自分たちにとって”良い結果をもたらすこと。そしてそれに繋がる事を成すことだと理解しております。この対象の範囲を間違える事は決してあっては成らぬこと。………そしてそのためには、悲しむ人が数千になろうとも、時には非情になることも必要だと思うのです。皆が皆、劉玄徳殿を慕っているのはわかりますが、その民衆によって、その民意によって、王であるあなたが振り回されてはならないのではないでしょうか? 飽く迄、王はあなたなのです。部下を、民を言い訳にしてはなりません。」

 

 

劉備の目を見つめて、言葉を続ける。

 

 

「今一度、あなたが今しようとしていること、守ろうとしていること。それは全てあなたの理想を叶えるためにしなければならないことですか? あなたが今成さねばならないことですか? 関雲長殿と、数万の民の命。この先、本当にどちらかを選択しなければならない………いえ、敢えて言いましょう。切り捨てなければならない時が来るかも知れないのです。その時あなたはどちらを選択をするのですか?」

 

 

息を飲む劉備を前に、王蘭は一つ息を吐く。

 

 

「………出過ぎた真似をしました。華琳さま、如何ような処分でも。」

 

 

そう言って曹操に向かって頭を下げる王蘭。

しばらく黙っていた曹操だが、ゆっくりと口を開く。

 

 

「蒼慈………よくぞ言ったわ。あなたの言う通りね。少し感情的になりすぎていたわ。………ただし、私は一度口にした言葉を撤回するつもりはないわ。それが私の王としての成すべきことでもあるの。劉備、改めて言いましょう。私の領地を通りたければ通っていきなさい。南方を統一した時、あなたの国を奪いに行くのもかわらない。そうね、あなたはとても愛らしいから、私の側仕えとして、関羽と一緒に存分に可愛がってあげるわ。………ただ1つだけ。あなたと、あなたの家臣である全将に対してここでハッキリと伝えておくわ。あなた達の主である劉玄徳はこの曹孟徳に対して、劉備軍全軍の命、国1つの存続に匹敵する借りを今ここで作ったのだ、と。」

 

 

これを受けた劉備、特に諸葛亮はゴクリと息を飲んだ。

 

 

「あなた達一国を生かすために私たちは同盟も組んでいない軍を領内に招き入れ、更には後方から追いくる袁術、袁紹の2つの大軍を相手にすることになる。この事をあなた達は努々忘れてくれるな! いいわね? ………さて、霞、稟。劉備たちを向こう側まで案内なさい。街道の選択は任せるわ。劉備は兵を1人たりとも失いたくないようだから、なるべく安全で危険のない道にしてあげてね?」

 

「はっ。」

「それでウチも連れてきたわけか………了解や。」

 

「では、私たちは戻るわよ。」

 

 

こうして劉備軍を後にする曹操たち。

残された劉備軍は、自分たちの命が助かる結果を掴み取ったにも関わらず、晴れた表情を浮かべる者は誰ひとりとして居なかった。

 

 

 

 

──────────。

 

 

 

 

「………華琳さま。先程は大変失礼致しました。如何ような処分も受け入れる所存です。」

 

「いいえ、よく恐れずに言ってくれたわね。………本当は私がその役目をしようとしたのだけれど、知己の間柄であるあなたから伝える方が効果的だったでしょうし、あの子の場合、あそこまでハッキリと中身を伝えた方が理解もしやすかったかも知れないわね。」

 

「と、言いますと?」

 

 

話が見えずに、首を傾げていると後ろから北郷が声を掛ける。

 

 

「蒼慈さん、華琳もかなりキツい事を言ってたけれど、その実、劉備に王としての成長を期待したから厳しくしただけ、だと思いますよ。」

 

「………この時代を徳と理想だけで乗り切ろうなんて、よほどの世間知らずか頭のおかしな賢人だけよ。彼女がどこまで行けるのか、見てみたいじゃない? それに、南方の呂布や南蛮を何とかしておいてくれるというのだから、こちらにもちゃんと利はあるしね。併合する時の手間も省けるわ。」

 

「華琳さま………また悪い癖が。」

 

「な、なるほど………。本当に差し出がましい真似をしたようで申し訳ありません………。」

 

「いいのよ。それに、あなたのおかげで劉備軍全軍に対して、明確に貸しとする事を伝えられたのは大きかったわ。私だけであのまま話を進めていては、その成果は得られなかったでしょう。………というわけだから、特に処分は考えていないわ。いや、それだと正しく無いわね。考えてはいなかったわ。………だって、あなたがあまりにも熱心に劉備に語りかけるから。まるであの子を口説いてるみたいで、あの様子は見ものだったわよ? あとでちゃんと秋蘭にも伝えてあげなきゃね。ふふっ、あの子意外と嫉妬深いわよ。」

 

「ちょ、それだけは………。」

 

 

そう言ってクスクス笑う曹操たち。

1人がくりと肩を落とした王蘭を連れて、荀彧や夏侯淵の待つ陣まで戻る。

 

 

 

「華琳さま! お帰りなさいませ!」

 

 

曹操の帰りを今か今かと待っていた荀彧が飛び出てくる。

 

 

「交渉はどうなりましたかー?」

 

 

とてとて、と程昱もよってきて状況を確認。

 

 

「劉備たちはこのまま我が兗州を抜け、益州に向かうことになったわ。稟と霞にその案内を任せてある。あと、これからやってくるであろう袁術と袁紹についてはこちらで請け負うことになったわ。至急、手配を。」

 

「では霞ちゃんと稟ちゃんに、護衛の兵を出しておきますねー。」

 

「既に袁紹らへの迎撃の配置は進めており、秋蘭、凪、真桜、沙和を配置済みです。華琳さまと共に居た皆は、彼女達に合流して指示に従ってちょうだい。」

 

 

 

 

「流石は桂花と風ね。麗羽は気が短いから劉備たちの撤収の報を聞いたら、すぐに動くわよ。皆、すぐに準備に取り掛かるように!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




王蘭さんのターン如何だってでしょーか。


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第三十七話

 

 

 

曹操たちが劉備の陣営から戻ってからすぐ、夏侯惇らは荀彧の指示に従って軍の配置を急いでいた。

袁紹が劉備たちの動きを掴み次第動いてくることが予想されるため、あまりゆっくりもしていられない。

 

王蘭隊の人員も、戦闘のための部隊ではないとは言えその配置に加わる事に。

 

人員としては、元々夏侯淵隊時代に斥候兵として動いてきた兵士が多く在籍している王蘭隊。

そういった側面から、夏侯淵隊と一緒に布陣することになった。

 

 

「秋蘭さま、王蘭隊ただいま合流いたしました。」

 

「蒼慈か。うむ、ご苦労。桂花の作戦では、ここが3度目の奇襲地点と言うことだ。他の隊よりも多少余裕がある予定だが、念の為早めに展開しておいてくれ。」

 

「はっ、承知しました。」

 

 

そう言ってすぐに王蘭隊も奇襲のために部隊を展開させる。

 

しばらくじっと待機していると、前方から闇夜の中に金色に光る鎧を身に着けた軍団が目に入ってきた。

なんとも奇襲のし易い鎧である。

 

こちらに近づいてくるのをじっと息を潜めて待つ。

袁紹軍がいよいよ射程距離に入ってくると、夏侯淵が号令を掛ける。

 

 

「総員、撃てー!」

 

 

矢の雨が、袁紹軍を襲う。

 

 

 

 

──────────。

 

 

 

 

「無事ここでの奇襲も成功したな。………だが文醜のあの感じでいくと、そろそろ突撃を仕掛けてくるやもしれぬ。蒼慈は隊を整えたあと、本隊に合流して報告を頼む。私は次の地点に移動することにするよ。ではな。」

 

「はっ、お気をつけて。」

 

 

そう言って隊を集め、移動を始める王蘭と夏侯淵。

3度の奇襲は荀彧の作戦通り全て成功を収めているが、いよいよ突撃ともなると僅かに緊張感が走る。

 

 

無事本隊に合流した王蘭は、早速荀彧、曹操に報告を上げる。

 

 

「申し上げます。夏侯淵隊、王蘭隊での奇襲は成功。袁紹軍の追撃隊は引き返していきました。また、秋蘭さまは次の地点に向かわれました。敵将の文醜の様子からするに、そろそろではないか、と思われます。」

 

「そう。ご苦労さま。………これで三度目。予想通りね。見事な采配だわ、桂花。」

 

「文醜の思考は単純ですから。あれの性格を知っていれば、難しいことではありません。」

 

「………さて、次だけれど。文醜はどう動くかしら?」

 

「三度目は顔良にたしなめられたでしょうが、彼女の我慢に四度目はありません。先程の報告にもあったように、次は相手を見ずに突っ込んでくるかと。」

 

「ふむふむー。だから春蘭さまを本隊として配置したのですねー。確かに最後の最後に春蘭さまの猛攻を受けると心がポッキリ折れちゃってもおかしくありませんしー。」

 

「そういう事。いくら袁紹軍の馬鹿と言えど、これだけ夜間に被害を受けて突撃を受ければ、今回の追撃は一旦やめるでしょうよ。」

 

 

流石は元袁紹軍の軍師。将の性格や思考を良く読んでいる。

 

 

「なんとも嬢ちゃんらしいねちっこい作戦だなぁ。最後の突撃作戦名は、とんちゃんふぁいやー!ってな感じでどうだい。」

 

「う、うるさいわねっ! ねちっこいって何よ、ねちっこいって!」

 

「これ宝譿、事実は時に人を傷つけるのですよぅ。」

 

「あんたも全然訂正できてないっ!」

 

 

程昱、荀彧がやり取りしてる横で、気になった所があるのか、曹操が程昱に問う。

 

 

「風、その”とんちゃんふぁいやー”ってどういう意味かしら?」

 

「はいー。ふぁいやーとは、お兄さんの国では攻撃とか突撃を繰り出す時に良く言う言葉の様で、意味としても火や攻撃を意味するそうですよー。今回の最終突撃にピッタリですねー。」

 

 

「………。」

「………。」

 

 

なんとも言えぬ、呆れた顔を浮かべる曹操と荀彧。

 

 

「ま、まぁなんでもいいわ………。本隊の春蘭に伝令! 敵を見つけ次第、思い切り一撃を打ち込んで混乱させよ!」

 

「とんちゃんふぁいやー! ですよぅ。」

 

「あーもう! 何でも良いわよ! ぐっ………、とんちゃんふぁいやーを決行するように伝えなさい! っていうか、春蘭たちもいきなりとんちゃんふぁいやーって言われてもわからないでしょうが!」

 

「………ぐぅ。」

 

「最後まで責任持って聞けーーーー!!!」

 

 

 

ちなみにその横で名前の理由を聞いて、なるほど! と思っていた男が居たとか居ないとか。

 

 

 

 

 

──────────。

 

 

 

 

袁紹軍の追撃を追い返してから数日間、特に大きな動きを見せなかった袁紹軍。

その間に劉備たちは兗州を抜け、案内役だった霞と稟も陳留に戻ってきていた。

 

そしていよいよ、次は袁紹、袁術の両軍と本格的に事を構える計画が進められていた。

 

 

「………敵軍が集結しているですって?」

 

「はっ。両軍に忍ばせている斥候兵からそれぞれ報告があり、どちらも同じ内容でした。間違いないかと。」

 

 

ここは陳留、軍議の間。

王蘭の部下が袁紹、袁術両軍の情報を持って帰ってきており、その共有がされている。

 

 

「………なぁ、それって意味あるのか? 袁紹と袁術が別々に攻めてくるって予想………だったよな?」

 

「兵力は単純に倍になりますが、指揮系統が整っていたり、一軍の将として特筆すべき実績や才能がある方を除いては、ただ人が増えるだけになりますねー。」

 

「うまく連携が取れなかった場合、互いに足を引っ張りあって、かえって味方を不利にする事も多いわ。反董卓連合がいい例ね。あの時のことをもう忘れたの? これだから頭に空気しか入ってない輩は。」

 

「いや、それは流石に言いすぎだろう………。でも、なるほど。理解した。」

 

 

北郷の問いに、程昱と荀彧がそれぞれ応える。

 

 

「けれど、二面作戦を取らなくて良い分、こちらとしては楽になったわね。」

 

「はい。情報の収集も広域ではなく狭域での活動の方が、随分と楽になりますし、その精度もあがります。」

 

「そう。こちらも兵を集結して戦えるというならば、負ける要素は何もないわ。ただ、警戒すべきは………。」

 

「………袁術客将の孫策一党、ですね。敵が集結している場所に向かって、孫策軍も兵を進めていることは確認しています。」

 

「そう………。では袁術軍の主力には春蘭、あなたに当たってもらうわ。我が軍第二陣の”全権”を任せるから、孫策が出てきたらあなたの判断で行動なさい。季衣、流琉は春蘭の補佐にあたってちょうだい。」

 

「御意っ!」

「はいっ!」

「わかりました!」

 

「袁紹に対する第一陣は霞が務めなさい。補佐に欲しい子はいる?」

 

「それなら、凪たち3人がえぇなー。一刀、貸してくれへん?」

 

「そりゃ、3人が良いって言うなら良いけど。いいのか? 華琳。」

 

「構わないわ。なら一刀は、秋蘭と一緒に本陣に詰めておきなさい。」

 

 

そう言って次々と部隊の編成が決まっていく。

そこに荀彧が、張遼に今回の作戦について少し説明する。

 

 

「………そうだ。霞たちにはこちらの秘密兵器の講義を受けてもらうわよ。真桜が一緒だから、ちょうど良かったわ。」

 

「………なんや? どんな兵器なん?」

 

「秘密兵器は、秘密兵器よ。今はまだそれ以上教えられないわ。」

 

「うーん………あんまり面倒なんは、勘弁して欲しいんやけどなぁ………。」

 

 

会話をじっと聞いていた王蘭が、ここには流石に流せない、と反応する。

 

 

「あ、あの桂花さん。そんな話、私も聞いてはいないのですが………。」

 

「当たり前じゃない。だって秘密兵器なんですもの。」

 

「いや、内容は秘密でも良いんですが、他領からの間諜対策とかどうしてらっしゃったのですか?」

 

「あ………。」

 

 

どこか抜けている荀彧。

この所、諸侯らは自軍の整備と近隣に対する諜報で手一杯という背景もあり、恐らく漏洩は問題ないだろうと判断する。

 

 

「べ、別に他領の諸侯らも今は忙しくて、そんな頻繁に斥候なんて放てないわよっ!」

 

「はぁ。桂花はもう少しその辺り蒼慈としっかり連携しておきなさいな。我が軍の重要機密が漏れてしまっては、元も子もないわ。………袁術は作戦立案には顔を出さないはずだから、相手の指揮は恐らく麗羽が中心になるでしょう。桂花は麗羽の考え方を予測して、基本戦略を立てなさい。稟と風は桂花を補佐し、予測が外れた時の対処が即座に行えるように戦術を詰めておくこと。」

 

「御意っ!」

「了解です。」

「わかったのですー。」

 

「他の皆も戦の準備を進めなさい。相手はどうしようもない馬鹿だけれど、河北四州を治める袁一族よ。負ける相手ではないけれど、油断して勝てる相手でもないわ。これより我らは、大陸の全てを手に入れる! 皆、その初めの一歩を勝利を以て飾りなさい! いいわね!」

 

 

「「「「はっ!」」」」

 

 

「して、蒼慈。敵の集結場所は?」

 

 

袁紹軍、袁術軍が集まり始めている場所。

それは………

 

 

 

 

 

「………官渡にございます。」

 

 

 

 

 

 

 

 




とんちゃんふぁいやー!


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第三十八話


一昨日は更新が出来ず、大変申し訳ありませんでした。本日2話投稿します。
まずは1話目、楽しんでいただけたら幸いです。
※2話目定期通り20時更新予定。


 

 

 

官渡の地へと向かう曹操軍。

元々二面作戦を想定していたため、軍の手配が早急に完了し、出撃までにかかる時間も驚くほど短くなった。

 

軍全体から見れば比較的余裕が出たとして好意的に受け入れられていたが、王蘭たち斥候部隊としては今まさに佳境を迎えていた。

 

 

「申し上げます! 官渡に集結している袁術軍、袁紹軍は現在集結している兵の他に、展開している伏兵の存在は確認できておりません!」

 

「申し上げます! 袁術軍客将の孫策についても今ほど官渡の袁術軍と合流! この戦に追いても袁術軍の将として、袁術本陣近くにて戦うことが予想されます!」

 

「申し上げます! 袁紹軍陣内にて、巨大な可動型の櫓を確認! 城で用いられる物見櫓に車輪が付いたもので、複数の櫓が確認されております!」

 

 

「潜んでいる可能性はまだあるので、周囲の森林など隠れやすい場所を引き続き探ってください。それと同時に敵軍総数の再確認を。それから孫策軍への斥候は減らしてはなりません。今回の戦いにおける肝となるはずです。彼女の軍の動きは常に追ってください。………その可動式櫓、どれくらいの数が今回の戦で用いられているのか、至急確認を。」

 

 

戦における情報戦とは開戦前にこそ多忙を極める。

なんの情報が重要で、どういうことが考えられるかを常に意識しながら兵たちの指揮をとる王蘭。

 

 

「伝令! 桂花さんにまずは情報の共有を。敵兵の数は初回報告の70万。周囲に潜む遊軍の影は無し。また敵は可動型の物見櫓を用いてきており、その数は現在確認中。対応が状況を左右するとお伝え下さい。」

 

 

伝令兵が王蘭のもとから離れ、静寂の時が訪れる。

夜明けから引っ切り無しにやってくる斥候兵の情報によって、敵軍の状況が少しずつ明らかになってくる。

 

まず、敵兵総数は70万。最新の情報を仕入れるために再度敵数を調査させているが、こちら曹操軍の数は15万。その数自軍の五倍弱にも昇る。

また、袁術軍の食客である孫策軍も敵集合地にその姿を見せていること。

 

そして何より、袁紹軍には可動式の巨大な櫓が今回の戦で導入されていることが確認されていた。

 

 

「次の情報を待って、一度軍師さまたちに対応の方針を聞いたほうが良さそうですね………。」

 

 

そう呟いた王蘭は、再びやってくる斥候兵からの情報を取りまとめた。

 

 

 

 

 

──────────。

 

 

 

 

 

「只今より、来たる官渡での対戦についての軍議を開催する!」

 

 

夏侯惇の声が響く。

ここは官渡より少し離れた位置にある開けた場所。

 

いよいよ決戦の地が近づいてきたこともあり、戦方針確認のために軍議が開かれる事になった。

 

 

「春蘭、ありがとう。まずは蒼慈、敵軍の情報を報告なさい。」

 

「はっ。まず敵軍の総数およそ70万。こちらの五倍弱に昇る兵数が集められております。指揮系統はあまり整っていないようですが、その圧倒的兵数は驚異的です。また、孫策軍については袁術軍の兵たちと同じ動きをとっており、今回の戦ではまだ特筆すべき行動は見られません。それから、袁紹軍内には巨大化した物見櫓のようなものが確認されております。車輪がついており、恐らく可動式であることが予想されます。」

 

「ご苦労。………動く櫓は厄介ね。桂花、私たちの基本指針は?」

 

「はっ。兵数で劣る我々ですが、その質においては雲泥の差があることでしょう。ですので、我々としては敵軍の攻撃をいなしつつ、敵軍輜重隊を見つけ次第、各個撃破。相手が疲弊してくるのを待つのが基本戦略です。70万もの兵を集める資金力は流石と言えますが、その指揮系統はグダグダで、かつ練兵もそこまで行えていないことが予想されます。その点、我が軍においては、この決戦に向けて調練を繰り返し実施したまさに精兵。その差は明らかです。この利を活かさない手はありません。また、可動式櫓については、こちらにも秘密兵器がありますので、それで対応は問題ないかと思われます。」

 

「そうですねー。風と稟ちゃんもその作戦には同意ですよぅ。秘密兵器については良くわかりませんが、桂花ちゃんが絶対の自信を持っているようですので、そこは信じておきますねー。ですので、蒼慈のお兄さんに敵軍の輜重隊の動向を早く掴んで頂くのがこちらの戦いにおける肝となりそうですー。」

 

「ふむ………。承知しました。」

 

「はい。ですので蒼慈さんには輜重隊を見つけ次第、そこから最寄りの将たちに素早く伝達する体制の構築をお願いしたいと思っています。」

 

 

郭嘉からの話を受けた王蘭は、少し思案してから返答する。

 

 

「………わかりました。今回の戦において、少し試したいこともあります。その実地試験と捉えて、試してみますよ。」

 

「そう………。では蒼慈は輜重隊に関する情報取得を最重要課題としてこの戦に当たりなさい。その他の戦術だけど………。」

 

 

こうして各隊での戦術が詰められていき、いよいよ大筋の作戦が整った。

 

 

「………ではこの作戦で行きましょう。各々、奮励努力するように!」

 

「解散!」

 

 

軍議が解散され、それぞれの隊へ戻る将たち。

そんな中、王蘭は李典を呼び止める。

 

 

「あ、真桜さん。少しお時間いいですか?」

 

「ん? あぁ、蒼慈さん。別にかまへんよー。どうしたん?」

 

「真桜さんに以前作っていただいた、例の道具。今回の戦で導入試験を行ってみますので、その最終調整をと思いまして。」

 

「おっ! いよいよかぁ………。まぁ隊長と一緒に作ったおもちゃみたいなもんやけど、それが戦に役立つなら良かったわ。何でも言うてや!」

 

「はい。ありがとうございます。それでですね………」

 

 

こそこそと何やら確認、調整をしている様子。

今回の戦いで、何かしら企んでいるらしいが………。

 

 

 

軍議も終わり、再び官渡へと歩みを進める曹操軍。

いよいよ決戦の地が近づいてくる。

 

 

「真桜、そろそろ官渡よ。例のアレの準備を始めてちょうだい。」

 

「ほいよ。じゃ、ちゃっちゃと組み立ててまうわ。」

 

 

荀彧から指示を受けた李典が、秘密兵器の組み立てを始める。

徐々にその全容が明らかになっていくが、まだピンと来るものは居ないようだ。

 

そうして組み上がったソレは、櫓の様に巨大なものだった。

北郷であっても、これが何をするものなのか分かっていないようだ。

 

 

再び歩を進め、いよいよ官渡へたどり着いた曹操軍。

元々曹操軍の領地ということもあり、対袁紹軍用の砦を構築してあるのも大きな利点である。

 

 

まずは野戦で戦を展開する作戦のため、両軍が陣形を広げる。

そして、その時を待つ。

 

 

「華琳さま、袁紹が出てきました。あの櫓も一緒です。」

 

「秋蘭、こちらからも見えているわ。では行ってくるから、準備をしておきなさい。いつでも攻められるように、ね?」

 

「はっ。」

 

 

 

そして両軍の中央ほどで、相まみえる袁紹と曹操。

 

 

 

「おーっほっほっほ! おーっほっほっほ!」

 

「………相変わらずの様ね、麗羽。」

 

「おーっほっほっほ! あーら、華琳さん。高い所から失礼しますわー! おーっほっほっほ!」

 

「まったく、笑うだけしか脳が無いのかしら? 随分と毛並みも悪くなっているようだし、もう年ではなくて?」

 

「なぁんですってぇ! 誰が目尻の小じわの目立ってきたオバハンですってぇ!」

 

「流石にそこまでは言っていないわよ………。」

 

「だまらっしゃい! たかが宦官の孫の分際で生意気ですわよっ! 良いですわ! ここであなたを叩き潰して、この櫓の上からそのクルクル髪を吊るしてあげますわ! もうクルクルには戻らないのでしょうね! おーっほっほっほ!」

 

「残念。その前にあなたを打ち倒して、河北四州と袁術の領土、まるごと頂くことにするわ。だから………そんな光景が見られるのは、あなたの歪んだ妄想の中だけでしょうね。さっさと南皮を明け渡しなさいな。」

 

「ふん! 今のうちにせいぜい喚いていなさいな! 猪々子さん、斗詩さん! 櫓を用意! 弓兵に一斉射撃を命じなさいっ!」

 

 

そう言って袁紹は自軍に控える顔良、文醜に命令を下す。

が、それを聞いた曹操は慌てるどころか、口の端を吊り上げる。

 

 

「あら残念。撃ち方なら、こちらの方が………。」

 

 

そう言って手を前方に大きく振る曹操。

 

すると、曹操軍後方から何かが袁紹軍の櫓に向かって飛来する。

 

 

「………へ?」

 

 

ズガァーン! と大きな音を立てて飛んできたのは、巨大な石。

岩と言っても差し支えないだろう大きさである。それが見事命中し、袁紹自慢の櫓が破壊される。

 

 

「………少し早かったようね?」

 

 

口の端を吊り上げたまま、得意げな表情を見せる曹操。

まだ事態の把握が出来ていない袁紹は、口を開けたまま呆けている。

 

その間にも、岩が袁紹軍の櫓へと飛来してはそれを破壊していく。

 

 

「残念。自慢の櫓は役立たずの様ね?」

 

「ぐぬぬぬぬぬぬぬぬぬ………! なら、この決着は正面から付けさせていただきますわっ!」

 

「えぇ。あなたにそれが出来るかしら?」

 

「こっんの、クルクル小娘がっ! 今に見てなさい!」

 

 

そう互いに言葉を残し、自軍へと引き上げていく2人だった。

 

 

 

 

──────────。

 

 

 

 

「華琳さま、お疲れ様でした。」

 

「桂花、あとで真桜には褒美をしっかり与えておくように。あの投石機は大したものだわ。」

 

「承知いたしました。」

 

 

自陣に戻った曹操は、早速秘密兵器である投石機の効果を讃え、李典への褒美を約束する。

そして、いよいよ開戦が差し迫る。

 

 

 

 

「皆、これからが本番よ! 向こうの数は圧倒的。けれど、向こうは連携も取れない、黄巾と同じ烏合の衆よ! 血と涙に彩られたあの調練を思い出しなさい! あの団結、あの連携をもってすれば、この程度の相手に負ける理由などありはしない! それが大言壮語ではないことは、この曹孟徳が保証してあげましょう!」

 

 

 

「総員、突撃!!」

 

 

 

今、官渡の戦いが始まった。

 

 

 

 

 

 

 




前書きにも書きましたが、一昨日大変失礼しました。
投稿予定だった分です。
いよいよ官渡の戦い、開戦!!
次話は本日20時投稿予定。珍しく、戦いの描写を少しだけ。


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第三十九話

本日2話目。
楽しんで頂けると幸いでございます。
次からまた定期更新できるよう、頑張りますね!


 

 

官渡。

 

黄河から流れる大小様々な支流が複雑に交差する、まさに天険の地。

かねてより曹操たちは対袁紹の要壁として用いるべく、砦の補強に注力していた場所の1つである。

 

その地に袁紹、袁術軍が集結したのは偶然か、必然か。

 

既に両軍大将の舌戦が終わり、戦いの火蓋は切って落とされている。

 

 

 

王蘭隊は戦場の各地を動き回り、敵軍の輜重隊動向を探る事に注力。

袁紹軍、袁術軍、そして孫策軍の大きく3つに分けられた隊には、それぞれ今回新たに新規の斥候道具が手渡されていた。

 

 

そしてそれらがいよいよ活躍する。

 

 

 

「申し上げます! 袁紹軍への斥候隊より狼煙信号あり! 軍後方にある森林近くで輜重隊を発見しました!」

 

「袁紹軍であれば、本隊が近いでしょうか。秋蘭さまに至急報告を。」

 

「はっ!」

 

 

 

「申し上げます! 袁術軍への斥候隊より鏑矢信号あり! 輜重隊発見いたしました。」

 

「袁術軍であれば北郷隊の皆さんが近いですね。北郷さんに連絡してください。」

 

 

 

「申し上げます! 孫策軍への斥候隊より旗信号を確認! 輜重隊を発見した模様!」

 

「流石に軍内部でなければ、孫策軍相手と言えどもちゃんと情報は掴めますね。では霞さんに報告を。」

 

 

 

今回の戦で用いている道具は、李典特性の煙玉、音の高低を出せる幾つかの鏑矢、そして手旗の3種類である。

これら全て、北郷と李典と3人で考えた新たな道具である。

 

 

煙玉については元々遊びで李典と北郷が作ったものを元に、周囲に撒き散らす煙ではなく、持続し、かつ煙の量が多くなるように調整してもらった、王蘭隊特注の煙玉である。

鏑矢については王蘭が元々考えていた手段の一つで、音の高低差を使えば幾つかの信号は送りあえるのでは?という考えの元に調整した道具。

最後の手旗については、北郷の国で使われている手段の一つの様らしく、今のこの時代でも特に必要とする技術や知識もなく使える、手軽な通信手段である。

 

 

そして何より、手旗は通信を行ったという痕跡がどこにも残らないのが大きな利点である。

 

このため、敵軍に気づかれたとしても危険の少ない袁紹軍、袁術軍には煙玉と鏑矢を、危険を伴うであろう孫策軍には手旗を用いることとしていた。

 

 

 

こうした新たな道具の活用もあって、普段より情報の伝達が格段に速くなった曹操軍。

基本作戦である輜重隊に対しての攻撃は、すばやく各地で仕掛けられ、徐々に袁紹軍は開戦時の勢いを無くしていった。

 

 

 

 

──────────。

 

 

 

 

「斗詩さんっ! 猪々子さんっ! どうしてワタクシのご飯がこんなに少ないんですのっ!?」

 

「だから、曹操さんたちに輜重隊がいくつも撃破されて、糧食に大きな被害が出ちゃってるって言ったじゃないですかーー!!」

 

「斗詩ー。あたいも腹減ったぜー………なんとかなんねぇの?」

 

「もう、文ちゃんまで………。でも輜重隊は飽く迄後方支援部隊なので、どうしても見つかっちゃうと狙われちゃうんですよねぇ………。」

 

「えぇぇい、あのクルックルのこまっしゃくれた小娘のくせにぃぃぃ! 斗詩さん! でしたらもうまとめてドカーンと1箇所にご飯を運んでしまいなさいな! チマチマチマチマと運んでるから遊撃隊なんかにやられてしまうのではなくてっ!? ついでに護衛でもなんでも一緒に付けて、確実に運んでしまいなさい! ワタクシ、お腹が減ってお腹と背中がくっついてしまいますわっ!」

 

「おーさっすが姫! いい考えですね! なぁ斗詩、それでいこう! すぐやろう! やっと腹いっぱい飯が食える!」

 

「もう、わかりましたよう………はぁ。」

 

 

 

 

──────────。

 

 

 

 

「敵軍の状況を報告なさい。」

 

「はっ。袁紹軍、袁術軍ともに輜重隊への攻撃効果は大きく、こちらの思惑通り疲弊してきている様子が伺えます。70万もの大軍を賄うのは並大抵のことではなく、やはり今回の作成の効果は如実に現れています。」

 

 

ここは官渡に築かれた砦内。

曹操たち主要な将が、1日の戦闘を終え状況をまとめている。

 

やはり腹が満たされぬ兵の士気は格段に落ちている様で、開戦当初の勢いはもはやどこにも見られない。

 

 

「そう。このままの様子で戦が続けばこちらが想像していた以上の勝利で終えられそうね。」

 

「はい。作戦は大きな修正はせず、このままの攻め方で相手を弱らせ、機会が来れば総攻撃でよろしいかと。」

 

「風、稟、詠。あなた達の意見は?」

 

「概ね桂花ちゃんの言う通りでいいかとー。ただ、袁紹さん自身も何日もお腹が減っていれば、どこかで癇癪を起こす可能性もあるので、そこは軽視してはいけませんねー。」

 

「そのためにも、袁紹軍本陣と南皮とをつなぐ補給経路はある程度維持させては居ますが………。そろそろ動かれてもおかしくはありません。機を見て敏に。情報を掴み次第、すばやく対処するのが重要かと。また、やるのであれば、その時は一気に攻めきるつもりでなければこちらに甚大な被害が出かねません。窮鼠は襲い来る猫に噛み付くものです。」

 

「そうね。ボクもだいたいそんな所かな。今回、蒼慈が投入させた道具もかなり有用みたいだし、情報の優位は格段にこちらにあるわ。こちらの強みを活かした戦い方を継続すべきね。」

 

 

「ふむ………。」

 

 

曹操が軍師たちの意見を聞いて思案している最中に、王蘭から新たな情報が入る。

 

 

「華琳さま、申し上げます。今ほど袁紹軍の最新情報が。どうやら敵軍は大掛かりな輜重輸送を行う様子。護衛の姿も多く見られております。また報告によると、1箇所にまとめて輸送することで、各個撃破の危険を軽減する狙いとのこと。その目的地は、烏巣、と。」

 

 

それを聞いた曹操、軍師の面々は表情を引き締める。

全軍の方針を決めた曹操が、その場に居る各将へと指示を出す。

 

 

「霞! 袁紹軍が輸送完了後、烏巣への突撃と輜重の全てを焼き払って来なさい! あなたの神速の用兵を今こそ見せてご覧なさい!」

 

「了解やっ! くぅぅぅぅ! 燃えてきたぁぁ!」

 

「桂花、霞の攻撃が上手く行き次第、こちらから打って出るわよ! 全軍そのつもりで用意なさいっ! ここが我が軍の勝負どころ、いいわね!?」

 

 

 

 

 

──────────。

 

 

 

 

 

それから数日後、烏巣への搬入を終えた袁紹軍だったが、その尽くを張遼に焼き払われた。

神速の張遼、その名に恥じぬ攻撃で、瞬く間に烏巣に集められた輜重はその姿を消した。

 

 

その張遼が官渡本陣へと帰参し、いよいよ曹操軍による総攻撃が仕掛けられようとしていた。

 

 

「華琳さま、出陣の用意、全て整いましてございます。」

 

 

夏侯淵からの報告を聞いた曹操は深く頷き、眼前に広がる毅然と整列した自軍の兵たちを見る。

シンと静まり返った中、全体をゆっくりと見渡し、口を開く。

 

 

「いよいよ我が軍は、これより総攻撃を仕掛ける。河北四州を治める袁紹軍は70万もの大軍を率いて我らに攻め入ってきた。………だがどうだろうか? 我が軍には大きな損害もなく、こうして皆、我の前に毅然と立っているのだ。数に決して恐れる事なく立ちつけた兵たちを、私は誇りに思う! そしてこれより! 我が軍の全力を以て、今度は敵軍袁紹を打ち破ってやろうではないか! この戦いから、私はお前たちという誇りを胸に、この大陸の全てを手に入れる! その初めの一歩を、お前たちの手で、完全なる勝利を以て飾って見せよ!! 全軍、抜刀!!」

 

 

 

 

続きを受けた、夏侯惇の声が響き渡る。

 

 

 

 

 

「全軍、突撃ぃぃぃいいいいいい!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 




本日2話目。官渡の戦いの一部でした。
戦闘の描写というよりは、説明ちっくでしたがちょっと書きたかった笑
次話、決着です。

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第四十話

「申し上げます! 袁術軍が撤退の用意に入っている様子! 孫策軍への伝令兵の姿もありましたので、恐らく孫策軍を殿に撤退するものと思われます!」

 

「わかりました。ご苦労さまです。引き続き袁術軍、孫策軍は監視を続けてください。」

 

「はっ!」

 

 

 

これより少し前。

 

曹操軍全軍の突撃により、官渡の戦いも大局的に曹操軍の勝利と言える状態まで来ていた。

やはり、糧食に不安を覚えた袁紹・袁術の大軍団の士気は目に見えて落ちており、そこを突いた曹操軍の攻撃には耐えきれるものではなかった。

 

また、文醜、顔良の袁紹軍2枚看板についても、許褚、典韋が張り付き、彼女らに自由を与えなかったことで、袁紹軍を指揮する将が不在に。

そんな状況で袁紹が的確な指示を出せるはずもなく、袁紹軍内は更に混乱を極めた。

 

そんな状況を見た袁術は即座に撤退を決める。

いつもの通り孫策軍に殿を押し付け、自分たちはスタコラサッサと安全な場所まで逃げようという算段の様だ。

 

そして誰にも気づかれぬ様、袁紹軍本陣をサーッと退いた袁術と張勳だった。

大将の袁紹に、一言の相談もなく逃げ始めるのは流石といったところか………。

 

 

 

 

──────────。

 

 

 

 

「袁術、袁紹とも、こちらが押しきれそうですね。」

 

 

ここは曹操軍本陣。

荀彧が、戦況から判断したこの戦の見解を報告しているところである。

 

 

「桂花さん、華琳さま、今ほど斥候兵より報告があり、袁術が撤退を開始。殿を孫策軍に任せて逃げ始めたようです。」

 

「そう………秋蘭、近く麗羽も動きだすでしょう。彼女が動いたら、そちらの追撃はあなたに任せるわ。」

 

「はっ。承知しました。」

 

 

状況を整理し、追撃の命令を適宜出していく曹操。

 

 

「華琳さま。念のため、春蘭に袁術追撃の伝令を出しておきましょうか? 春蘭のことだから、戦に夢中になって忘れているかもしれませんし。」

 

「………そうね。春蘭に”全権”を任せたこと、もう一度伝えておいてちょうだい。」

 

 

夏侯惇への伝令も出した所で、王蘭隊の兵士が駆け寄ってきて報告を上げる。

 

 

「申し上げます! 袁紹軍が撤退を開始いたしました!」

 

「………では華琳さま。私も行ってまいります。」

 

「えぇ。任せたわ。」

 

 

予想通り、すぐに袁紹が動き出したようだ。

それに伴い、即座に夏侯淵が追撃に出陣。この戦の総仕上げへと移っていく。

 

 

「さて、春蘭はちゃんと正しく意味を捉えてくれてるかしら………?」

 

 

ポツリと曹操が呟き、夏侯惇が居るであろう方角を遠くに見る。

彼女の想いがどこまで通じているのだろうか………。

 

 

 

 

 

夏侯淵が追撃に出てからしばらくの時間が過ぎ。

王蘭の元に幾つかの情報が入ってきた。

 

 

「申し上げます! 袁術軍に孫策軍が攻撃を開始! 袁術と張勳の2名は逃亡を開始しました。念の為、2名の後を追っております!」

 

「………ふむ、ようやくですか。わかりました、ご苦労さまです。袁術と張勳は2名で逃亡したのですね? であれば、その状態からの再起は恐らく不可能。これを機に捨て置いても構いません。」

 

「はっ、承知しました!」

 

「ふぅ………。さて、華琳さまに報告に上がりますか。」

 

 

そうこぼして本陣の華琳がいる場所へ行くと、何やら荀彧が騒いでいる。

 

 

「華琳さまっ! 春蘭がこちらの追撃命令を聞かず、待機しているようですっ!」

 

「そう。」

 

「この機会を逃しては、袁術を討てません! 華琳さまの御名に於いて追撃命令を!」

 

「不要よ。」

 

「ですがっ!」

 

「春蘭には全権を預けてある。あの子が最善と判断したのなら、それが最善なのでしょう。」

 

「うぅ………。」

 

 

荀彧としては敵軍の大将を1人討ち取れる絶好の機会を、みすみす逃したくはないのだろう。

王蘭も、表情から察するにその辺り荀彧の気持ちはよく分かるようだ。

 

 

「華琳さま、桂花さん、お話中の所失礼します。今ほど偵察の兵より報告があり、孫策軍がいよいよ袁術に反旗を翻し、撤退中の袁術軍にがら空きの後方より攻撃を開始。これを受け袁術は、家臣の張勳と2名で軍を放棄して逃亡した模様。この時点で我が軍の彼女らへの偵察は打ち切りました。………再起を図ることは不可能だろうこと、そして再起したとしても、孫策軍を上手く荒らしてくれるならこちらにも利があると判断したためです。」

 

「そう。ご苦労さま。春蘭は?」

 

「いまだ動いた様子は無いようですね。」

 

「了解したわ。ふふ………これで彼女も気が済むでしょう。」

 

「華琳あんた………やっぱりこれを狙ってたわけね。黄巾のときに春蘭が割と大きな借りを作ってたとは聞いてたけど、これは返すにしてもでかすぎるんじゃないの? まったく………。」

 

 

曹操の反応を見た賈駆が、頭に手をやり、ため息と一緒につぶやいた。

彼女はどこかしらで曹操の意図に感づいていたのかも知れない。

 

 

「ふふっ………借りを返すには、最良の機会だったでしょう? この私が借りた分だけ返すわけがないでしょうが。」

 

「そりゃそうだけど………。まったく、あんたの下にいる軍師としてはたまったもんじゃないわね。」

 

「孫策もわかっているだろうけど、もちろんちゃんと後で攻めるわよ? それが分かっていてもなお、彼女はこの道を選んだということよ。」

 

「はいはい。今回の他に何か大きく返すような借りなんてないわよね?」

 

「ふふっ。もちろん、まだあるわよ? 部下の借りは私の借りでもあるの。………さて、この戦の総仕上げも手を抜かずにやり抜くわよ。霞! 袁紹を追い払ったら、一気に南皮まで攻め入るわよ。兵の準備をしておいてちょうだい。」

 

「了解っ! こんなにもメッタクソに袁紹に洛陽での借りを返せるとは思いもせんかったわ! おい、お前らー! すぐに出撃の準備せぇ! 秋蘭は優秀やから、あっちゅう間に袁紹なんか追い散らしてまうでぇ!」

 

「華琳あんた………。はぁ、霞っ! 思いっきり頼むわよ!」

 

「任せときっ!」

 

 

 

 

 

──────────。

 

 

 

 

 

「………そう。麗羽は逃したか。」

 

「申し訳ありません。こちらの想像以上に素早い相手だったもので………。」

 

「まぁいいわ。ここまで兵を失ってはもはや再起は不可能でしょう。捨て置きなさい。」

 

「さて、軍を撤収させるわよ。半分は私と共に南皮へ進撃。残りは桂花と共に城に戻って事務処理を。」

 

「御意!」

 

「それから………春蘭。何が言いたいか、わかるわね?」

 

「は。如何ような処罰でも。」

 

「いずれ孫策とも戦うことになるでしょう。………自分のしたことに後悔はない?」

 

「わたしはあやつに預けたままだった借りを返したに過ぎません。この後に奴と交える刃は、すべて華琳さまの意志によってのみ、振るわれるでしょう。」

 

「ならいいわ。南皮への本陣指揮を任せるから、先行した霞と共に見事制圧してご覧なさい。」

 

「はっ!」

 

 

こうして曹操軍本陣も夏侯惇指揮の元、南皮へと進撃を開始。

先行して攻撃を仕掛けていた張遼と合流し、またたく間に袁紹本拠地を陥落させる。

 

………これにより、河北四州は曹操の支配下に置かれることになった。

 

こうして大陸北部における覇権争いは、曹操軍の勝利で以て集結したのだった。

 

 

 

 

 

──────────。

 

 

 

 

 

本陣の撤収作業時。

 

 

「あ、真桜さん。今回の道具、本当にありがとうございました。おかげで隊の役目もしっかり果たせました。」

 

「おー蒼慈さん! いしし、上手くいったみたいで何よりやわ。」

 

「えぇ。これまでの情報伝達よりも効率的に素早く行えていましたし、他にも転用が効きそうですね。」

 

「いやぁん、そんな褒めんとってー! 大将にもえらい褒めてもろたし、なんやご褒美もあたるんやって! ウチ、悶えて死んでまうわー!」

 

「それくらい、今回は真桜さんの活躍が凄かったってことですよ。私からも何かしたいと思ってますが、ご希望はありませんか?」

 

「そんなんええって! ちゃんと軍からご褒美もらえるんやし!」

 

「大したことはできませんが。ご飯のご馳走だったり何か欲しいものがあれば、くらいで。」

 

「せやなぁ………。まぁまた考えておくわ! それでえぇ?」

 

 

 

 

 

「はい、もちろんです。………何なら北郷さんの時間確保のご協力でも構いませんよ?」

 

「………にしし。」

 

 

 

 

 

 

 

 




官渡の戦い書き終わりましたーー!!
この戦いは烏巣の話が書きたかった欲求をベースに書き上げました笑

次は拠点フェーズ入りますー!
北郷さんの拠点もちょろっと書きたい。次話じゃないかもですが。

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第四十一話

 

官渡での大戦からしばらくの日が経った頃。

曹操軍は河北四州をその手に収め、各城の指揮官任命などを含めた事務処理に追われていた。

 

そんな中でも、新たな領土についての重要な取り決めや、その他いくつもの決定、決済などが着々と完了していき、ようやく休息の時間を取れそうな状態にまで処理を進められていた。

 

曹操はこの機を逃しては将たちの休みを確保できぬと、交代で順次休暇を割り当てることを決意。

曹操が気を利かせたのかはわからぬが、夏侯淵と王蘭は無事同日に休暇を取ることができたのだった。

 

 

 

「秋蘭さん、明日の休みどうしましょう?」

 

「そうだな………。これだけ暑いと、外に出て何かするのも億劫になるな………。」

 

 

 

この日の仕事を終えた2人は、翌日の予定について話していた。

 

季節は夏真っ盛り。

木陰の下では安らかな時間を過ごせるかも知れないが、猛暑の日が続いており将たちもぐったりしながら仕事をこなしている。

 

この時代に空調設備などあろうはずもなく、なるべく体力を減らさぬように、各々で工夫をこらして過ごしていた。

そんな中、急に与えられた2人揃っての休暇。秋口であれば少し活動的に過ごしても良いものだが、連日の暑さにやられて動く気がしないようだ。

 

 

「なにかこう………この暑さを凌いだり、涼を感じられる事ができれば良いな。」

 

「涼………ですか。確かにそうですねぇ。」

 

 

夏侯淵からの希望を口にして、ふぅむと考え込む王蘭。

しばらく頭を捻っていると、ふとあることを思い出す。

 

 

「そうだ。たしか北郷さんの故郷では、こんな夏の時期に食べるとっておきの料理があるそうですよ。材料も簡単なようなので、もし良かったら一緒に作って食べて見ませんか?」

 

「ふむ………一緒に料理、か。なかなかに楽しそうだな。うむ、やってみるか。」

 

 

そう言って微笑み返す夏侯淵。

思いがけない休暇も、楽しく過ごせそうだと嬉しそうにする王蘭がいた。

 

 

 

 

──────────。

 

 

 

 

翌日。

厨房には今日作る予定の料理の材料を探す王蘭の姿があった。

 

城内には河北四州の文化や食生活を理解するため、これまで見たことの無いような食材や調度品が多数運ばれていた。

北郷曰く、その中に今回作る料理に欠かせない食材が含まれていた様で、それを受け取りに来たのである。

 

その食材の名は”綸布”。

大陸の東海に面する地域でのみ、少量ではあるが流通している食材で、内陸の方にも流通させることを考えて乾燥させた状態に加工したものもあるようだ。

 

ちなみに、この食材を見た瞬間の、北郷の様子は常軌を逸していたようで………

 

 

「………こ、こ、こ、これは………ま、ま、ま………さか………。こ、こおおおおおんぶうううううううううううううううううう!!!!!!!!!!!!」

 

 

急に叫びだす北郷。

更には、

 

 

「これで味噌汁が………これで味噌汁が………!!!」

 

 

と、食材をその手に震えながら膝から崩れ落ち、ひしっと胸に大事そうに抱えてぶつぶつと呟いていたそうな。

さすがの曹操や夏侯惇、更にはあの荀彧までもが口を出せず、その場に居た将全員にドン引きされていたとかなんとか。

 

天の国では、この食材を”昆布”と呼ぶらしい。

 

 

さて、話は戻って厨房の王蘭である。

貴重な食材のため、使用には曹操の許可が必要ではあったが、北郷の郷土料理を再現する、という名目のもと昆布使用の許可が降りていた。

………もちろん、成功した暁には自身にも振る舞うことを約束させられて上で。しかも北郷には内緒にしたままで、と念を押されながら。可愛いところがある覇王様である。

 

そうして食材の準備を整えていると、夏侯淵がやってきた。

 

 

「蒼慈、おはよう。」

 

「秋蘭さん、おはようございます。北郷さんに聞いていた食材は、あらかた用意してみましたよ。」

 

 

厨房に並べられた食材は、昆布を除けば北郷から聞いていた通り簡単な食材ばかり。

粉末状にした小麦、塩、水のみである。更には味付け用の材料にと黄酒、複数の醤も並べられてはいるが、たったこれだけ。

出来上がりに生姜をすりおろしたものを入れると美味いということで、生姜が横に置かれているものも含めたとしても、通常の料理に使う食材よりもかなり少ないだろう。

 

 

「こんなに簡単な食材で作れるのか………? てっきり、天の国の郷土料理というから手の混んだものになるとばかり思っていたが。」

 

「はい。私もそんな単純な物で良いのか? とも思いましたが、北郷さんに確認した所、その簡素さにこそ夏に食べる旨味がある! とのことで………。まぁまずは作ってみましょう。」

 

「そうだな。食材で判断するよりも、実際に作って食べてみた方が確かだ。私も作るから、教えてくれ。」

 

「はい、もちろんです! ただ、北郷さんも、詳細な作り方はご存知ないようで。ですが、作る上で外せない重要な単語は知っているらしく、”よく捏ねる”、”寝かす”、そして”よく洗う”の3つが重要らしいです。」

 

「ふむ………まるで謎解きだな。」

 

「えぇ………ですが材料はとても簡易なものです。幾通りも作ってみましょう。」

 

「そうだな。早速始めようではないか。」

 

 

そう言って食材を手に取る夏侯淵。

ふと気になって、王蘭に問いかける。

 

 

「そう言えば、これから作る料理はなんという名なのだ?」

 

「えっと………確か、”冷やしうどん”というそうです。」

 

 

 

 

──────────。

 

 

 

 

早速夏侯淵と王蘭の2人は、小麦粉に水と塩を加えたものをかき混ぜる。

水と塩の配分もわからないため、水分多め、少なめと幾つものタネを作っていた。

 

ただ、”捏ねる”という単語が出てきているくらいだから、水分はあまり多くないだろう、という想定のもと、水は少量のタネがいくつも用意された。

 

また、それぞれ寝かす時間も四半刻、半刻、一刻、一刻半と様々な時間のものを用意。

その他にも、一度のみ寝かすもの、二度寝かすもの、など幾通りのタネを作って、出来上がりを試してみることにしていた。

 

 

まずは水を多く含んだタネで一度のみ寝かしたものを伸ばし、刻んで茹でてみる。

茹で上がった麺を、冷たい水で洗い流してぬめりを取る。

 

が、どうやら刻んだ麺同士がくっついてしまっているようだ。

 

 

「あらら………。麺がくっついてしまってますね。これは………失敗、ですね。」

 

「うむ、残念ながらな。………状態を見るに、捏ねが足りなかったのではないか? 水分が多いとくっついてしまうだろうしな。」

 

「ふぅむ………あっ、でも確かに。北郷さんの話では、地域によっては足で踏んで捏ねる手法もあるようです。」

 

「ふむ、踏んでか。あまり褒められた方法ではないかも知れぬが、キレイな布で覆って、一度寝かせたタネを踏んでみようか。」

 

「はいっ!」

 

 

そう言って一度寝かしたタネを布にくるみ、床においたタネをゆっくりふみふみと捏ねる。

 

 

「食材を踏みつけるなど、悪いことをしているようだ。………だが、何だか楽しくなってくるな。」

 

 

そう照れながら言う夏侯淵。

 

 

「楽しいならいいじゃないですか。北郷さんの故郷では正しい作り方なのですし。短調な作業ですから、もしかしたら天の国では歌でも歌いながらやっていたかも知れないですね。田畑の作業をする時みたいに。」

 

 

王蘭の言葉を聞いた夏侯淵は、古くから陳留に伝わる民謡をそっと口ずさみ始めた。

ゆっくりと、キレイな音色を奏でる夏侯淵の歌に、そっと耳を済ませる。

 

 

「キレイ………ですね。」

 

 

一通り捏ね終えた所で夏侯淵は歌うのを止め、タネの様子を見る。

ポツリと王蘭がこぼした言葉に、恥ずかしそうに笑いながら謝意を述べる。

 

 

「昔からこの地で歌われている民謡でな。田畑の作業時などに民たちがこぞって歌うのを未だに覚えているものだな………。」

 

 

そうして踏み捏ねたタネを再度寝かせてみる事に。

その間に、北郷から教わったやりかたで、つけ汁を作る2人。

 

 

「まずはこの北郷さんの故郷でいう昆布を水に戻して温めて出汁? を取るみたいですね。この出汁が味の決め手なのだとか。これに複数の醤と黄酒で味付けして………煮立たせる、と………。」

 

 

鍋の中では醤によって色付けされただし汁が、クツクツと煮立ってきている。

 

 

「このつゆも比較的簡単にできるのだな………。北郷の故郷では、より簡単に美味しい物を作るのに秀でていたのかもしれんな。これで良ければ戦時中の陣内でも作れそうだぞ。」

 

「確かにそうですね………。冷やし、なので冷たい水さえ確保できれば、あとは保存のきくものですし。秋、冬であれば温かいままでも良いのかも知れませんね。」

 

 

そう言ってつゆの味見をする王蘭。

 

 

「んー………少ししょっぱい、かも? ですが、うどんを入れると多少薄まって、ちょうどいいのかも知れませんね。北郷さんからも少し濃い目に作って大丈夫と聞いていますし。」

 

「夏だから、少し濃い目の味付けにしているのかもな。まぁ冷やしてみて、このつゆで一度食してみよう。先程のタネ、伸ばして刻むぞ?」

 

「はい。お願いします。」

 

 

つゆの入った鍋を、冷水の中に浮かべておく。

 

夏侯淵がタネ伸ばすのを見ていると、確かに最初に試作したものよりもコシがあって美味しそうである。

捏ねの重要性をまざまざと感じさせた。

 

そうして刻み、沸騰した湯へと麺をほぐし入れる。

もうもうと湯気が上がる中、茹で上がるまで鍋の中をかき混ぜる夏侯淵。

 

ある程度の時間がたち、いよいよ麺が茹で上がると、鍋の中身すべてをザルに開ける。

ザーっとお湯が流れ落ち、残った麺に冷たい水をかけてぬめりを取るように洗い、すすぐ。

 

 

「………よし。こんなものか? ちょうど昼時だし、早速食べてみよう。」

 

「はいっ!」

 

 

水気を切った麺を器に盛り付け、冷やしたつゆをそこにかける。

味がわからないため、少しずつ。足りなければ追加でかけることにしよう、と別の器にもつゆを入れておく。

 

そこに、すりおろした生姜をひとつまみのせれば、いよいよ完成である。

 

 

「さて、これで完成………と!」

 

「ふむ。確かに冷やした飯で涼は感じられそうだな。ただ、暖かくなくて美味しいものなのだろうか………?」

 

「北郷さんいわく、この冷たい麺をチュルチュルと食べるのが夏こそこれ! という感じらしいですが。………では、いただきましょうか。」

 

 

そうして席について箸をとった2人。

恐る恐る麺をつまみ、口に運ぶ。

 

ゆっくりと自分たちでつくった麺を噛みしめる。

2人で初めて作るご飯なのだ。無事美味しく出来上がるといいのだが………。

 

 

「お、美味しい………!」

 

「あ、あぁ。これは美味いな!」

 

 

そう言って弾けるような笑顔を見せる2人。

無事に成功したようだ。

 

 

「小麦からこんなに歯ごたえのある、料理ができるとはな………。冷やしているからより一層締まって歯ごたえを感じさせるのか?」

 

「ですかね? でも確かにこれ美味しいですね。北郷さんが、出汁が決め手だと言った意味もよくわかります。このつゆも美味しいですね。生姜も良く合います。」

 

 

この後も幾通りも作ったタネを試してみる2人。

更にはつゆの改良にも手をつけ始め、厨房にはいくつもの器が並べられていくのだった。

 

 

 

 

 

 

………そんな、夏の日のひととき。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




北郷さんの拠点フェーズは後回し!
あつい夏なので、書きたくなって書いちゃいました笑

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第四十二話

 

 

 

陳留のとある日。

 

この日、仕事を終えた王蘭は珍しく李典の部屋へと向かっていた。

先の官渡での大戦において活躍した、李典開発の煙玉や鏑矢などのいくつもの発明に対するお礼として、何か出来ることを返そうと思いたったのだ。

 

李典の部屋にたどり着き、扉を軽く3度叩く。

 

 

「はぁいー。開いてんでー。」

 

 

そう扉の向こうから帰ってくる。

王蘭は扉をそっと開け、中に居るだろう李典に声を掛ける。

 

 

「真桜さん、失礼します。」

 

「おっ? 蒼慈さんやん。どないしたん?」

 

 

自室でからくりをいじっていたようで、工具や材料の中から顔をこちらに向ける李典。

 

 

「ようやくこの頃仕事も落ち着いてきたことですし、官渡での道具開発についてのお礼をそろそろお返ししようかと思いまして。」

 

「………あぁ! そんなん別にええのに。華琳さまからぎょーさん開発費ももろたしなぁ。」

 

「まぁ軽い気持ちなので、あまりお気になさらず。出来ることでお返しさせてください。」

 

「うーん、まぁそこまで言うんやったらあんまり断っても申し訳ないしなぁ………。ならありがたく受け取っとくわ。」

 

「何か欲しいもの、食べたいもの、もしくは北郷さんのお時間確保などと言っていましたが、ご希望はありますか?」

 

「んー………今欲しい物は開発費で買えるし、食べ物言うても凪みたいにこだわりあるわけちゃうしなぁ。………でも最後のやつ、えぇかも。」

 

「北郷さん………ですか? お安い御用ですよ。」

 

「ならそれにするわ! 時間とってもらう日は、ちょっとうちらの都合調整しとくからまた来てや!」

 

 

そう言ってこの日は別れた王蘭と李典。

 

北郷とは、実はこう見えて普段から何かとよく話をしている王蘭。

百合百合しい曹操軍に於いては、珍しく男性の将が2人なのだ。それも無理のない話である。

 

 

後日李典から休みの日を聞き、そこに北郷の時間をあてる事で合意。

早速これに向けて王蘭は動き出す。

 

まずは北郷の近辺情報の洗い出しからだな、なんて考え始める辺り、職業病である。

 

 

おおよそ北郷の日程もすべて聞き、北郷自身と直接折衝をするための最終確認として、再度李典の部屋を訪れていた。

 

 

「真桜さん、失礼しますよ。」

 

「はいよーどうぞー。」

 

 

いつも通り気楽な返事が帰ってくる。

ガチャリと扉を開けると、そこには李典の他、楽進と于禁といういつものメンツが揃っていた。

 

 

「蒼慈さん、お疲れ様です。」

「蒼慈さーん、やっほー!」

 

「凪さんに、沙和さん。どうされたのですか?」

 

「今日蒼慈さんが例のことで部屋に来る、っちゅうからうちが呼んだんよ。あんな、うち1人だけで隊長と逢引きするんもえぇなぁと思ったんやけどな? やっぱり最初くらいはこの3人まとめて相手してもらおかなーと思ってな。」

 

 

そう照れながら告げる李典がとても好ましく思えた。

やはり李典はどこまでも友達思いの良いやつなのだと。

 

 

「えぇ。もちろん構いませんよ。真桜さんらしいお願いで、どこか安心しました。」

 

 

そう微笑みながら返す王蘭に、恥ずかしそうな楽進と于禁の2人。

 

 

「それで、結局その日はどの様なご予定で過ごされますか? こんなこと聞くのは無粋かもしれませんが、害が及ばないようにするために必要なこと、と思って割り切って頂けると助かります。」

 

「あぁ、そこは特に問題じゃないかな。うちも沙和も凪も、みんな了承済みやし。………えっとな、さっきまで3人で話しおうてたんやけどな? いっつも警邏のあと隊長にご飯とか買い物連れてってもらってはおんねんけどな、やっぱり仕事の延長線上な所があるというか………。だから、そうじゃなくてゆっくりしながら、仕事一切関係なく4人で街歩けたらいいなぁって。沙和の洋服見て、凪もついでに服買うてもろて。んでお昼は唐辛子ビタビタのご飯食べたあとは、からくりのお店見に行って。ほんで夕暮れ時までゆっくりしたあとは、小川なんかで4人座って話できたら、幸せよなぁって言うてたんよ。」

 

 

いつもと変わらん言われちゃおしまいやねんけどな、と言いながら頭をポリポリとかきながら話す李典に、王蘭はしっかりと返す。

 

 

「いつも通りであっても、それをちゃんと幸せだと感じられることが大事だと思いますよ。わかりました、全力で北郷さんのお時間、確保して参ります。お三方は当日、楽しみにしておいてくださいね。」

 

 

そう言って部屋から出ていった王蘭は、その足でまずは夏侯淵の部屋に向かう。

自分だけでなく、協力者がいたほうが確実に彼女らの希望を叶えられるためだ。

 

王蘭からの話を聞いた夏侯淵は、手伝う事を快諾。

 

 

「たまには姉者も机にかじりついてもバチは当たるまい。委細、承知したぞ。お前は早速北郷の所に行ってこい。」

 

 

夏侯淵は北郷のもとへ王蘭を送り出した。

何せ彼が時間を確保しないことには始まらないのだから。

 

 

王蘭が北郷の部屋を尋ねると、快く迎え入れてくれた。

この日も警備隊の仕事は無事に片付いたようで、一息つく所だったようだ。

 

 

「お仕事、お疲れ様です。お茶淹れられるなら、私が淹れますよ。」

 

「あっ、蒼慈さんのお茶美味しいから嬉しいっす。頼んでいいですか?」

 

「えぇ、もちろんです。ではしばしお待ちを………。私も頂いていいですか?」

 

「もちろん! 美味しいお茶が飲めるんだから、当たり前ですよ。」

 

 

そう言って2人分のお茶を淹れる王蘭。

すっかり曹操軍の中でもお茶好きの人間として認識され、曹操にも茶葉を勧めるようになっていた。

食事は典韋、お茶は王蘭という分担が、彼女の中には既に出来ているようだ。

 

 

「お待たせしました。仕事終わりならすこしぬるめにして飲みやすくしてみました。」

 

「ありがとうございます! ………ん~いい匂い。さすがですね。」

 

「いえいえ、お粗末様です。で、最近お仕事の状況はどうですか?」

 

「んーそうですねぇ………やっぱり陳留に居ると警備の仕事は落ち着いてるみたいですが、河北の州では今までのやり方と違うところもあるし、整備されていない地域もまだあるようで、大変ですね。まぁでも、少しは落ち着いてきたかな?」

 

「そうですか、それは良かった。華琳さまも皆の休みを気にされてらっしゃるみたいですから、休めるときには休んだ方がいいですよ。北郷隊の三羽烏たちも、うちの隊長は働きすぎだ! なんてボヤいてましたよ?」

 

「う………マジですか………。あいつらも最近は真面目にやってくれてるんですが、如何せん仕事が片付かなくて。部下に心配かけさせるようじゃ、まだまだですね。俺も。」

 

「ふふ、そうですよ。仕事片付くようになってきたなら、今度彼女らの休みに合わせて北郷さんも休んじゃったらいいですよ。私この間しっかりお休み頂いたので、その日くらいなら私引き継ぎますよ?」

 

「えー………どうしよう。本当に大丈夫です?」

 

「えぇ、もちろん。任せておいてください。1日ぐらいなら何かあっても対処できますしね。」

 

「じゃあ、お言葉に甘えて4人でどこか行ってこようかなぁ………。」

 

「えぇ。それがいいですよ。北郷さんには秋蘭さんとの件で、とてもお世話になりましたしね。………あぁそうだ。直近彼女らと話した私からの”あどばいす”でしたっけ? 申し上げておきますね。彼女らは特別な事も良いのだけれど、今はいつもの日常をじっくり味わいたいみたいですよ?」

 

「日常………ですか? 折角の休みなんだから、どこか希望する場所とかに行かなくていいんですかね?」

 

「えぇ。彼女たちが求めているのは今はそういった特別感よりも、日常に幸せを感じ取りたいのだとか。是非心の底から楽しんでくださいね? ………では、私はこれで。」

 

 

そう言って席から立ち上がる王蘭。

 

 

「あ、はい。お茶ご馳走さまでした。」

 

「いえいえ、お粗末さまでした。あ、でもお茶っ葉はごちそうさまでした。………そうそう、恐らくそうやって日常を楽しむと、どこかで休憩をしに茶店に入るかも知れませんね。小腹がすいた感じだと、あのお店が、ただお茶を飲みたいならあのお店がおすすめです。是非記憶の片隅にでも、置いておいてください。では、今度こそ。」

 

「はい。わざわざありがとうございました。休みの日も、引き継ぎ助かります。」

 

 

 

 

こうして無事北郷の時間を確保することに成功した王蘭。

 

李典、于禁、楽進の3人が、北郷との時間を無事に過ごせますように、と願うばかりである………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




北郷さんの他の将との拠点フェーズでした。
すみませんが、ちょっと長くなってきたので一旦ブッツリ切っちゃいます。

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第四十三話

 

 

この日、王蘭は珍しく陳留の警備隊詰め所に来ていた。

 

今日は北郷たち4人が休暇を取得する例の日。

王蘭は李典との約束を果たし、無事北郷と三羽烏とで4人連れ添っての逢引きが実現したのである。

 

北郷が普段行っている業務は自分が代行する約束のため、業務指示を出しに警備隊の詰め所へと来ていたのだ。

その王蘭の目の前には、朝一で実施しているらしい全体朝礼と、その日の指示を確認をすべく、警備隊の兵士がずらりと整列している。

 

 

「えー皆さん、はじめまして。曹操軍の将、王徳仁と申します。私の名前だけをご存知の方も多いかも知れませんね。あなた方の北郷隊長とは仲良くさせて頂いてます。………さて、本日は北郷隊の将4名が休暇取得のため終日不在です。代わりに本日私が1日のみの隊長となり、皆さんの指揮を取りますので、よろしくお願いしますね。」

 

「はっ!」

 

 

そう言って整列する隊員に挨拶をする王蘭。

 

隊の全員は規則正しく、キレイに整列している。

さすがは新兵訓練も請け負う北郷隊。于禁のあの教官っぷりは王蘭も知っている所だった。

 

 

「ではまず、今日の班、警邏地域の割り振りは既に北郷さんより指示がありますので、こちらに。いつもどおり各々確認して対応にあたってください。………まぁせっかく来たと言ったらなんですが、北郷さんから是非よろしく、と言われたので私からも1つ。我が隊で実際にやっている訓練に似た事を、今日は皆さんにやっていただきます。」

 

 

曹操が領主となってからは大きな事件は目に見えて減った陳留。1日事件が起こらないこともざらにあり、こういっては何だが、少し退屈さも感じていた警備隊の面々は、事件とは別のこうした変化は好んで受け入れた。

 

 

「実施することはとても簡単。それに少し遊びの要素を加えただけなので、是非楽しみながらやってください。あ、でももちろん成績優秀者には北郷隊長にしっかり報告させて頂きますよ。………では、良いですか?」

 

 

一呼吸をおいて、全体を見渡す。

 

 

「今日皆さんに実施していただくのは、通常の警邏に加えて”街で将を見かけた場合それを報告”する訓練です。これより各班に分かれて警邏に出ていただきます。その警邏の道中において、誰でも構いません。曹操軍の将を見かけた場合は、最寄りの詰め所まで見かけた場所とその将の名、もし可能ならばその様子を報告してください。そして今日詰め所を担当する班は、運ばれてきた情報とその班名を私まで報告を。………ちなみに私は一箇所に留まりません。大凡の行動予定はお伝えしますが、あくまで予定です。状況によっては予定にない場所にいるかもしれませんので頑張って私の情報を探してくださいね。今日の仕事が終わった時点で、皆さんから受けた報告の内容や早さ、もちろん街が平和だったか、事件があった場合は迅速に対応できたかの状況を見て、評価します。よろしいですか?」

 

 

説明を聞いた隊員たちはそれぞれ楽しそうな表情を浮かべている。

いつもの警邏に加えて遊びでの成績が自分の評価に繋がるのだ。隊員たちからはやる気が感じられた。

 

 

「ではこれで全体朝礼を終わります。あとは各班で朝礼をするもよし、さっさと街にでて警邏と将探しをするも良し、です。では本日も1日頑張りましょう。」

 

 

こうして王蘭の一日警備隊長の日が始まった。

 

 

早速警備隊たちは班で打ち合わせをするもの、取り敢えず警邏に飛び出るものと様々な反応を見せた。

うちの隊だったら初動はどうするか………などと考えながら、その様子を見守る。

 

途中王蘭に確認に来るものなどが居たが、すべての班が警邏へとでかけたのを見送り、王蘭自身も行動に移る。

 

 

 

 

──────────。

 

 

 

 

警備兵を送り出した王蘭は、北郷たちが無事に逢引きを終えられるよう、彼らの行動予定のなるべく近くで行動を予定している。

 

ただし、その様子を影から盗み見る様なことをしないつもりなのは、彼の性格故か。

今日逢引きを楽しむ4人ならば、喜んで盗み見しそうなものであるが。

 

 

しばらくの間は特にこれと言って大きな動きも無く、また特別訓練の報告も上がってきてはいなかった。

 

 

だが、日も高くなってきた頃事態は動き出す。

 

北郷たちの予定に沿って街を歩いていると、早速詰め所からの連絡兵が王蘭の元にやってきて将の発見を報告する。

その報告は、最も予想をしていなかった人物の発見だった。

 

ため息を付きながら、報告のあった場所へと向かう王蘭。

するとその目線の先には、本来この時間にここに居るはずのないであろう、報告された人物の姿が見えた。

 

腰よりも長く伸ばした、キレイな黒髪。

そして姉妹お揃いの意匠で赤色の服を身に纏った後ろ姿。

 

………夏侯惇である。

 

 

「春蘭さま、どうしてここに………?」

 

「ん? おぉ、蒼慈! ちょうど良いところに来たっ!!」

 

 

早速近づいて声を掛けると、振り返った夏侯惇は笑み浮かべる。

 

 

「どうかなさったのですか?」

 

「あぁ、今日は華琳さまと秋蘭とでお茶をする予定なのだ。 それで先ほど秋蘭とその話をしていたのだがな? なんとお茶請けの菓子が無いことに気づいたのだ! 秋蘭は仕事で忙しくしていたから、それを邪魔しないようこっそりと抜け出して私が買いに来たというわけだ!!」

 

「な………なるほど。春蘭さまはお優しいのですね。それでちょうど良い、とは?」

 

「うむ! 秋蘭は大事な妹だからな! 姉として優しくするのは当たり前だろう! それで実はな、今日用意しようと思っていた菓子が、1人2つまでしか買えない限定品らしくてな。諦めて他の菓子にしようかと考えているところにお前が来た、というわけだ! だからちょっと付き合え!」

 

「ふふっ。………はい、もちろんです。あ、でも購入したあとはお渡しするだけで構いませんか? こう見えて仕事の途中ですので。」

 

「うむ! 仕事中なのに悪いな。今日はどうしてもこの菓子の気分だったのだ!」

 

 

こうして無事夏侯惇は人数分のお菓子を購入。

ふふーん、と包装されたそれを大事に抱えている。

 

 

「春蘭さま、私からもひとつお願いしてもいいですか?」

 

「む、何だ? お前にはこうして世話になったからな、聞いてやるぞ?」

 

「そんな難しいことではありませんよ。ただ、お帰りの道をこちらの方を通っていって頂きたいのです。」

 

「む? それでは遠回りではないか。」

 

「普段であれば、ですね。今日はこの辺り行商が多く居るようで、馬車や荷車などの行き来が激しいのです。なかなか道を通れないかも知れないのですよ。それに何かあっては危険ですし。たとえ春蘭さまは馬車をぶっ飛ばせても、お菓子は無事じゃ済まない事も考えられますよね?」

 

「ふぅむ………確かに。折角買ったこの菓子、華琳さまにちゃんと召し上がって頂きたいからな。よし、承知した! お前の願い、叶えてやろう!」

 

「ふふ、ありがとうございます。では私はこれで失礼しますね。華琳さま、秋蘭さんに宜しくお伝えください。」

 

 

こうして夏侯惇と別れた王蘭。実は馬車の通りが激しいのは本当であり、あの様子だと浮かれて飛び出てしまう危険性が。かつ、順路を指定することで北郷たちと落ち合う可能性を回避させることにも成功。

彼女の性格を良く理解したさすがの折衝である。

 

再び王蘭は北郷たちの後を追う。

彼らの元に辿り着く途中に、夏侯惇を見たとの報告が複数あったが、そのどれもが包みを大切にかかえて楽しそうにしていた夏侯惇の報告だったため、その様子を想像して微笑みながら、その記録をとっていく。

 

そうしながらようやく彼らの元に辿り着く、という時にまたしても将発見の報告がやってくる。

 

 

「お疲れ様です。それでは報告を。」

 

 

これも夏侯惇の発見報告だと思い気楽にその報告を促すが、少し言い渋る様子を見るにどうやら別の将を発見したようだ。

 

 

「えっと………将としてご報告するか悩むところなのですが、茶店にて曹孟徳様をお見かけ致しました………。」

 

 

流石にこの報告には吹き出してしまう王蘭。

慌ててその茶店へと駆けつける。

 

報告のあった店には典韋を護衛につけた曹操の姿が。

机の上には幾つかの茶が並べられていた。

 

「あ、蒼慈さん!」

 

「か、華琳さま、流琉さん………。このような所で何をしてらっしゃるのですか………?」

 

「あら、蒼慈。こんな所だなんて、ここはあなたが私に進めてくれた茶屋ではないの。今日のお茶の時間に飲む茶葉を買いに来たのよ。」

 

「あー………なるほど。にしても、華琳さま自ら買いにいらっしゃらなくとも、私に言ってくださればご用意したものを………。」

 

「いいえ。今日は春蘭、秋蘭と楽しむ大事なお茶会だもの。自分が楽しむための茶を、自ら買いに来てもなんらおかしくはないでしょう?」

 

「………おっしゃる通りですね。失礼致しました。」

 

「それとも蒼慈には何かあるのかしら? まぁいいわ。折角あなたも来たのだから、茶葉を選ぶのを手伝いなさい。」

 

「はっ、承知しました。………それで、今日のお茶会はどの様にお楽しみになるので?」

 

「あら、茶の好みから聞くのではない辺り、流石蒼慈ね。この店の茶葉は確かに良いものだけれど、あの店主はそういった接客はまだまだね。改善させておきなさい。茶とはその時の雰囲気も含めて楽しむものよ。………そうね、今日はゆっくりと茶や菓子を楽しみながら、あの子達の会話を楽しむが主になるわね。季節らしい、花なんかも飾って風情を味わうのも良いわね………。」

 

「ふむ、なるほど………。では、季節の花と合せて夏にピッタリの冷茶は如何ですか? 少し珍しく、冷たい茶を楽しんで頂くものです。こちらの茶葉を通常よりも多めに入れ、冷たい水を中に入れます。冷水で容器を周りから冷やしながら、1刻から1刻半ほどお待ち頂ければ、水出し冷茶ができます。本日のお茶請けは、先程春蘭さまがお買い物なさっている所に遭遇しましたので、そちらにもピッタリのお味になると思いますよ。………そしてしばらくご歓談を楽しんだ後、冷茶で体が冷えてしまったままは宜しくありませんので、ぬるめから暖かめのお茶で最後に整えて頂くのがよろしいかと。」

 

「ふむ、やはり茶は蒼慈に聞くのが1番ね。ではそのオススメの茶を頂いて帰るわ。」

 

「蒼慈さんはやっぱり凄いですね………私ももう少しお茶勉強してみようかなぁ?」

 

「ありがとうございます。流琉さん自身がお茶をどう召し上がりたいのか、そこを考えてみると良いかも知れませんね。では、お帰りも気をつけて。是非、お茶会楽しんでください。」

 

「えぇ、ありがとう。では流琉、行きましょうか。蒼慈は引き続き”仕事”、頑張りなさい?」

 

「蒼慈さん、失礼しますっ!」

 

「………ありがとうございます。」

 

 

流石は曹操と言ったところか。何もかも、お見通しの様である。家臣たちには嫉妬しない器量の大きさも、流石である。

曹操と典韋を見送ったあと、再び北郷たちの元へ戻る王蘭。

 

それからしばらくは特に大きな問題や将の報告もなく、おとなしい時間が続いていた。

だがやはり、と言えば良いのか、みたび新たな将の報告がやってくる。

 

 

「申し上げますっ! 張文遠将軍をお見かけ致しました!」

 

「………承知しました。ご苦労さまです。」

 

 

ため息を付きながらも、報告された場所へと向かう。

今日に限ってどうしてこんなにも街中に将が闊歩しているのか、と問いただしたくなってくる。

普段は城で仕事や、遠方への盗賊退治、練兵など街を歩き回る将など少ないはずなのだ。

 

ただ、そんな文句を言いたくなる様な中でも、嬉しいこともある。

 

報告された地点へと向かう途中や、報告がなく落ち着いた時間で、あちらからは気づかれぬ程度の距離で北郷たちの姿が見えた時だ。

覗き見るつもりはなくとも、楽しそうに笑う4人の姿が見られるだけで、不思議と活力も湧いてくる。

元来、王蘭は誰かのために何かをなすのが好きな質なのだろう。

 

さて、張遼を見かけたという地点へと辿り着くと、辺りをキョロキョロと見渡して何かを探している素振りを見せている彼女の姿を見つけた。

 

 

「霞さん、どうかなさいましたか?」

 

「おっ? 蒼慈やーん! あんな、凪たち見ぃひんかった?」

 

「凪さんたち、ですか? なにかご用事でも?」

 

「ん〜ん。えぇ酒入ったから、凪の作る飯と一緒に皆で飲もかなーって。たまーに凪の作る唐辛子料理食べたくなんねんなぁ。」

 

「んーなるほど………。ですが、今日は控えてあげた方が良さそうですよ? 今日は凪さんたち3人と北郷さんが、珍しくご一緒に休日を過ごされてるはずなので。」

 

 

下手に取り繕うよりはそのまま伝えた方がいいと判断した王蘭は、正直にそれを伝える。

 

 

「あ、そうなんや………ってことは、まぁそういうことか。そら悪いことするとこやったなぁ………蒼慈、おおきに! 助かったわ。」

 

「いえいえ。霞さんもそういった気の効く所、素敵ですよ。」

 

「あー蒼慈がうちを口説いとるー! 秋蘭に聞かれても知らんでぇ?」

 

「聞かれてしまったとしても、秋蘭さんなら理解して頂けますよ。仕事が終わってからでよければですが、酒の肴ご用意しましょうか?」

 

「おっ、ほんま? なら楽しみに待っとるわ! んじゃま、城に戻りますかね。ほななー。」

 

 

そう言って意気揚々と城へ戻る張遼。

ふぅ、と一息ついてこれまでの報告を振り返ってみれば、既に3人もの将の対応をとっている。

 

本来であれば、北郷たちの後方から類が及ばないようにするだけのつもりでいた。

北郷が”持って”いるとは思っていたが、王蘭自身これほどとは思ってもいなかった。

 

ふと空を見上げれば、日ももうすぐ昏れようかというところ。

 

彼らはこれから小川の方へといって、静かな時間を過ごすのだろう。

そう思いながら、今日の仕事を無事に終えられることに安堵しながら、王蘭は城に戻るのだった。

 

 

 

 

──────────。

 

 

 

 

陳留の城にて。

 

 

「なー秋らーん! 今日なぁ、蒼慈がなぁ? 街なかでウチを口説きよったんやでぇ!」

 

「ふむ………。もう少し詳しく聞かせてもらおうか。」

 

「霞さん、あなたは素敵だ! なんてまーど直球で。周りに人もおるのに、さっすがのウチもちょっと照れてまうわー。」

 

 

いやんいやんとクネクネしながら夏侯淵に話す張遼。

 

王蘭に酒の肴を用意してもらい気分よく酔っ払った張遼が、たまたま部屋の前を通りかかった夏侯淵を引きずり込んだのだ。

王蘭は最初だけ霞に付き合ったが、仕事があるからと途中で退室したためそこに姿はない。

酒に酔って気分が良くなった張遼は止めるものも正すものもいない中、日中の出来事をあること無い事交えて語りだしたのだった。

 

 

 

 

後日、彼がどんな目にあったかはご想像にお任せすることにしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




切ったはずなのに後半長くなった!不思議!!

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第四十四話

 

 

 

袁紹を破ったことにより、河北四州をその手に収めた曹操。

 

これにより一気に領地が拡大し、周囲の諸侯らは明日は我が身と緊張感を高めていた。

そのため、これまでに以上に国境付近の警備は強化。ピリピリと空気が張り詰めているような状態が続いていた。

 

そんな中曹操軍は領地拡大に伴って、各地の豪族との折衝、盗賊の討伐、国境の警戒などがこれまで以上に激化。

陳留の城には、もはや軍師を除いて将が2人いれば良い方だと言える状況だった。

 

そんな中、王蘭はずっと陳留に留まり周囲の情報精査に努めていた。

その甲斐もあり、どの諸侯がこれを機として動き出すのかを、おおよそ掴み始めていた。

 

 

「………劉備が動き出しそう、ね。」

 

「はっ。劉備本人ではなく軍師の諸葛亮を張らせているため、すぐに動き出すとは限りませんが、彼女の場合外堀を埋めてしまえばあとは一気に動き始めるかと思われます。」

 

「そう。」

 

「………嬉しそうですね、華琳さま。」

 

「あら、わかるのかしら?」

 

「………笑ってらっしゃいますよ。」

 

「ふふっ、それも仕方の無いことよ。………だってあの劉備が我が軍へと攻めてくるのよ? ただの駄々っ子みたいだったあの子が! これを喜ばずして何を喜べというのかしら!」

 

 

王という立場にしか見えない景色はあるのだろう。

そこに劉備という雛が、周りに動かされながらも必死にその景色を見られる所に登ろうとしているのだ。

 

それがたまらなく嬉しいのだろう。

 

 

「それで………どうされますか?」

 

「もちろん、何もしないわ。」

 

「………は?」

 

「劉備が動き出しそうだからといって、我が曹操軍が慌てて動くと思って? そんなわけがないでしょう。これまで通り、命令した内容を適宜進めなさい。それともひよっ子相手に、わざわざ全軍で以て待機する?」

 

「全軍でなくとも、数人の将は城に置いておいても良いのではないでしょうか………?」

 

「そんな事してごらんなさい。劉備軍が動き出してしまえば、それこそ笑いものになるわ。覇王たる私が、そんな無様をして民たちが着いてきてくれるかしら? まぁ蒼慈、あなたの言いたい事もわかるわ。かの孫子も”百戦百勝は、善の善なる者に非るなり。戦わずして人の兵を屈するは、善の善なる者なり。”とも言っているしね。逆に置き換えれば、まだまだ彼女らにとって、私は戦わずして負ける相手ではない、ということよ。」

 

「………承知しました。」

 

「そんなに不貞腐れないの。引き続き、周辺の情報取得は任せたわよ。」

 

「はっ。」

 

 

王蘭は引き下がった。

危険性を考慮し、それすらも飲み込んだ上でこれまで通りの対応をする、受けてやる、と言っているのだ。

説得に失敗したならば、それを如何にして叶えるかを考え始めるのが臣下の務め。

 

早速兵士を呼び、来るその時に向けて準備を整え始める。

 

 

 

 

──────────。

 

 

 

 

「申し上げますっ! 益州の劉備が軍を動かしました!」

 

 

王蘭のもとに、いよいよその報告が上がってくる。

事前にその動向は確認できていたとは言え、実際に報告が上がってくるといよいよかと緊張が走る。

 

 

「承知しました。事前にお伝えしていた手筈通り、すぐさま実行してください。」

 

「はっ。」

 

 

そう言ってすぐに退出する兵士。

王蘭は着の身着のままの状態で、曹操に報告すべく玉座の間へと向かう。

 

 

「華琳さま、失礼します。今ほど兵士より報告があり、劉備軍が進軍を開始し………」

 

 

玉座の間の扉をあけ、つかつかと中へと歩みを進めた王蘭。

だが、そこで目にした光景は………。

 

 

「は………むちゅ、ちゅ、んっ………。」

 

 

個人の部屋ではないとは言え、入室の確認を怠った王蘭が悪い。

玉座の間に広がる光景は、彼にとってはあまりに刺激が強すぎた………。

 

曹操はこちらに気づいた様だが、そっと気づかれない様に退室しようとする王蘭を視界の端で認めてクスリと笑う。

彼女の足元に跪く荀彧は気づいていないようだった。

 

そしてその王蘭はというと、玉座の間の扉を音を立てぬようそっと閉じたあと、部屋の外で必死に呼吸を整えていた。

 

 

「うん、よし。私は何も見ていない! ちょっと門の方に回ってから再度来ることにしましょう。そうしましょう。」

 

 

そう1人呟き、城の門へとあるき出す。

ちょうどそこでバッタリと北郷と出くわした。

 

 

「あ、蒼慈さん。お疲れ様です。そんなに息を切らしてどうしたのですか?」

 

 

まだ呼吸は落ち着いていないようだ。

 

 

「北郷さん、お疲れ様です………!! い、今ほど、部下の兵より報告があり、益州の劉備が軍を動かしたとの報告がありました。このことを玉座の間にいらっしゃる華琳さまにお伝えしなければ、と思ったのですが、報告の前に現在各地に散っている将の皆さんを集め戻すため、先に伝令兵を出そうかと思いまして。」

 

「な………! それは本当ですかっ!? だったら俺が華琳に報告しておきますから、蒼慈さんは急いで伝令兵の用意を!!」

 

「あっ………。」

 

 

そう言って素早く駆けていく北郷の背中を見て、申し訳無さがこみ上げてくる。

まぁ誰かは報告に上がらなければいけないのだ。郭嘉が向かって鼻血を吹き散らすのも、程昱が行って状況を煽ってもよくない。

 

そっと彼の背に向かって頭を下げる王蘭。

申し訳ない! と思いつつも、頭をあげた王蘭の顔は安堵に包まれていた。

 

北郷に伝えた通り、伝令兵は出しておかないと行けないのは本当なので、そのまま伝令兵を捕まえて、各地へと走らせた。

 

 

 

 

──────────。

 

 

 

 

ここは陳留から少し外れた場所にある、比較的空いていた状態の城の城壁。

 

曹操軍は陳留から現在動かせるだけの兵力を、益州により近い城へと移していた。

陳留という大都市での戦争は、民への被害が尋常ではなく、それをさせない目的もある。

 

幸いな事に、やはり情報の伝達速度は大陸一の曹操軍。

 

軍をすべて移動させた後であっても、まだ劉備軍がたどり着いている様子はない。

 

 

「華琳、本当にただこのまま敵を待ってていいのか?」

 

「えぇ、もちろんよ一刀。たかだか劉備相手に奇襲なんかするようでは、覇者の振る舞いとは言えないでしょう。向こうがこの辺りに到着するころ、外に陣営を構築するわよ。」

 

「えっ? こういう時って籠城がセオリー………通例じゃないの?」

 

「最初からそんなに弱気になっていては、民たちからの評価だけじゃなくて、これから戦う敵すべてに見くびられてしまうことになるわ。それこそ次々に戦を展開させていく原因となるのだから。」

 

「ふーん………でもこの戦いで負けたら、劣勢なのに籠城を選択せずに攻めにでた暗君、なんて言われたりするんじゃないの?」

 

「だからこそよ。ここで勝てば、我が名、我が軍の屈強さが大陸全土に広まることになるわ。こちらを攻めようとしている愚かな連中にも良い牽制となるでしょう。」

 

 

城壁の上から見渡す景色は、今はまだ静かに風が流れるだけ。

これから数日後には、兵が立ち並びここは戦場と化すのだろう。

 

 

 

その寂しさや虚しさを胸に、北郷はゴクリと息を飲んだ。

 

 

 

 

 

 




”百戦百勝は、善の善なる者に非るなり。戦わずして人の兵を屈するは、善の善なる者なり。”
要するに、戦って勝って領地手に入れても復興なり人心の掌握で時間もお金もかかっちゃうので、そうなる前に、やべぇあいつらに叶うわけないじゃん………って膝を折らせるのが戦争に置いて最も良いことだよってことですね( ゚д゚ )


あと始めて際どいラインを攻めてみた。


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第四十五話

 

 

 

それから数日後、劉備軍は曹操が待ち構える城の前に到着。

 

それを確認した曹操軍は早速陣を展開して劉備軍の用意が整うのを待つ。

曹操軍が陣形の展開をしてこちらを待っているのを確認した劉備軍も、慌てて陣形を組む。

 

劉備軍の陣営には劉、関、張、趙、そして深紅の呂旗が立っているのが確認できる。

北郷に言わせれば、三国志の有名所のオンパレードなのだろう。

 

現に、そのすべての旗が曹操軍の兵士にとっては畏怖すべき旗であることは周知だ。

 

それに対して、曹操軍に立つ旗は曹、李、王、そして十文字の旗。

その他、軍師として荀彧と程昱の旗もその場に立つ。

 

各所の指揮としては、前曲は曹操自身が、左右の両翼は荀彧と、李典、北郷が指揮をとることに。

王蘭が後曲で全体を見渡しながら、援護に回ることになっている。程昱は王蘭の補助として、その活動を支援することになっていた。

 

城壁の上には、陣を展開する劉備たちの姿を眺める、数人の人影が。

 

 

「さて、向こうもようやく陣形を整え終わったみたいね。」

 

「そうですねー。こちらは蒼慈さんのおかげでかなり余裕を持ってこの城に入れてますからー。」

 

「敵も総力をぶつけにきていますね。」

 

「そう………いい覚悟じゃない。では、行ってくるわね。桂花と風はいつでも動けるように全体に指示を出しておきなさい。」

 

「はっ、お気をつけて!」

 

 

 

 

──────────。

 

 

 

 

「よく来たわね、劉備? こうして私の寝首を掻きに来たことは褒めてあげるわ。ようやくこの時代の流儀に馴染んできたみたいね。」

 

「曹操さん………。」

 

 

曹操と劉備が互いに歩み寄る。

劉備は曹操の姿と言葉を確認すると、悲痛な表情を浮かべる。

そして、そっと口を開く。

 

 

「………私はあれから、あなたと、そして徳仁さんの言葉を聞いてから、ずっと考えていたんです。王ってなんだろう? って………。考えて、考えて、考えて。そしてようやく、自分の中でその答えを見つけました。………ううん、見つけたんじゃない、これだと信じてみようって思ったんです。それを今日、曹操さんたちにぶつけに来ました。」

 

「………そう、それで? 何を見つけたと言うのかしら?」

 

「はい。それは………信じること。」

 

「信じる?」

 

 

 

 

「はい。………私は王として、私を最後まで信じることにしました。そして、私を信じてくれた人たちも、私は最後まで信じ抜くって。私には愛紗ちゃんたちの様に武力は持っていないし、朱里ちゃんのような頭脳も持っていません。けれど、私には叶えたい理想、想いがあります。そして、それを言い続ける私のもとには、こうしてみんなが集まってくれている。………だからこそ、私はあなたにどれだけ甘い理想、叶わぬ妄想だと切り捨てられた想いであっても、それは叶うと信じ続けます。それが、私を信じて集まってくれているみんなを信じることにも繋がるから。」

 

 

言葉を区切り、瞳を閉じた劉備はグッと息を飲む。

すると曹操は、どこか彼女が纏う空気が変わったように感じられた。

 

 

「私は、あなたがどれだけ私の理想をけなそうとも、私が私である限りそれは叶えられる理想だと信じ続けるんです! そして、それに賛同して集まってくれているみんなのことも! ………曹操さん、あなたの元ではなく、私の掲げる旗に集まってくれているみんなのことを!」

 

 

力強い瞳で曹操を射抜く劉備。

以前、曹操の眼の前に現れた人物と同じであることが信じられない程に、心の強さを感じる。

 

 

「だから、私は決して立ち止まりません。あなたが私の前に立ちはだかろうとも、決して。………曹操さん、あなたは私に言いましたよね? 私が平定した頃、その領地を奪いにくるって。だから私はここに、あなたを………叱りに来ました。あなたも私が考える、”みんな”の1人だから。みんなが笑って暮らせる世の中にするために、あなたがそうすることを、私は声を大きくして、叱ります。」

 

 

 

「………く、くく………ふふふっ、あはははははははは!!!!!!」

 

 

 

それまでじっと、彼女の発する言葉を黙って聞いていた曹操が、突如笑い始める。

 

 

「よくもまぁ、この短期間でそこまで言い切れるまでに成長したものね! 良い! あなたとても良いわ!」

 

 

笑いを沈めて曹操が言葉を続ける。

 

 

「諸葛亮や関羽に、ただ祭り上げられただけのあなたはもう居ないというわけね。おもしろいじゃないの。私はあなたを評価するわ。………さて、私はあなたとは違って、叶わぬ理想は決して語らないわ。ただ現実として、私はそれを相手に伝えるだけ。それが私の”理想”として。どうすればこの大陸に平和をもたらすことができるのか? そしてそのためには私自身何をすべきか? それらはすべて、夢や幻の理想ではなく、現実なの。その現実に基づいて、私は軍を鍛え、兵を挙げて敵を滅ぼすわ。私の”理想”を叶えるために………ね?」

 

 

曹操も劉備に劣らず、覇気を纏い彼女に相対する。

 

 

「だからこそ、私は敵対する相手には正々堂々と初めから拳をあげることを示すわ。そして殴って、殴って、殴り抜いて。………そして膝を折った相手を私は慈しむわ。私に従えば、もう殴られることはないのだ、と教え込むの。膝を折らないのであれば、その時は相手を切り捨てるわ。他の誰でもない、私の手によってね。」

 

 

「曹操さんなら、そう言うのはわかっていました。………でも、それでも私は、それを決して認めない。”みんな”が笑ってくらせる世界をつくるために!」

 

 

「そう? ならこれ以上の言葉は不要ね。私はどうあれ、劉備、あなたを叩き潰すわ。あなたの大嫌い”だった”、力と兵と、命を使ってね? それが嫌なら、あなたの信じるその御旗を掲げて、私にぶつかって来なさい! 私の膝を折ることができたならば、首を取るなり、あなたの理想に従わせるなり、好きにすれば良いわ。」

 

 

「………私は、私たちは! 絶対に負けません!」

 

 

 

 

──────────。

 

 

 

 

「おかえりなさいませ、華琳さま!」

 

「えぇ、桂花。全軍は動かせる状態かしら?」

 

「はいっ、いつでも動かせます!」

 

「そう、ありがとう。」

 

「………なんか嬉しそうだね、華琳。」

 

「えぇ、そうね。とても気分が良いのは認めるわ。さて、雑談はこれで終わり。全軍を展開するわよ! 弓兵を最前列に! 相手の突撃を迎え撃ちなさい!」

 

「了解っ!」

 

「その後、第一射が終わり次第、左右の両翼は相手を撹乱なさい! その混乱を突いて、本隊で敵陣を打ち崩すわよっ!」

 

「御意!」

 

周りに集まる将たちの顔を見渡し、小さく微笑む。

そしてくるりと向きを変え、整列する兵に向いて号令をかける。

 

 

 

 

「聞けっ! 勇敢なる我が将兵たちよ! この戦、我が曹魏の”理想”と誇りを賭した試練の一戦となる! この壁を越えるためには、皆の命を預けてもらう事になるでしょう! 私も皆と共に剣を振るおう! 死力を尽くし、共に勝利を謳おうではないか!」

 

 

敵陣が動き始めたことを確認し、荀彧が曹操に告げる。

 

「敵陣、動き出しましたっ!」

 

それに頷いた曹操は、さらに続ける。

 

 

 

「これより我らは修羅道に入る! すべての敵を打ち倒し、その血で勝利を祝おうぞ! 全軍、前進!」

 

 

 

劉備との一戦が、幕を開ける。

 

 

 

 

 

 

 




舌戦回!

私なりに劉備の成長した姿を描いてみました。
原作だとかなり嫌われ易い様に描かれてましたが、さてはて皆さんにどう映ったでしょうかね。


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第四十六話

劉備軍と曹操軍の戦いは、劉備軍から軍を動かした事でいよいよ開戦。

対する曹操軍は弓兵を前列に並べ、これの迎撃を実施。

 

一斉射が行われた後に、左右に展開する荀彧、北郷・李典の両翼が、軍を進めて敵を撹乱しはじめる。

 

予め劉備軍でもその対応は予測されていたのか、両翼の突撃を受けても敵はそれほど混乱状態には陥っておらず、落ち着いて対応をとっている。

劉備軍の頭脳、諸葛亮の神算鬼謀は果たしてどこまでこの戦いで発揮されるのか………。

 

戦局を見ても、流石歴戦の将を抱えるだけあり、関羽、張飛、趙雲ら、一騎当千と呼ぶに相応しい彼女らの指揮が映え、敵軍とは言え一糸乱れぬその統制には目を見張るものがある。

 

 

片や、曹操軍。

 

 

初撃の作戦を見透かされたものの、一斉射の後の突撃で敵を少し押し返す。

混乱に陥らせることは出来なかったが、相手に与えた影響は上々の一撃だったと言えるだろう。

 

 

だが、それは短期的に見ればの話。

 

 

ただでさえ少ない兵で、且つ野戦である。

前線のどの戦局に置いても兵数が肝となる戦い方を進めれば、押されるのは曹操軍の方なのだ。

 

こんな展開力を要する作戦ばかりをするわけにも行かない。

寡兵には寡兵なりの戦い方をせなばならない。

 

 

現に戦場に目をやると、初手で押し戻したはずの劉備軍が盛り返してきている。

曹操も対関羽隊の対応に追われて、苦戦しているようだ。

 

伊達に後の軍神、と言われる武人が率いる隊ではないということだ。

 

 

なるべく損耗が少ない状況で城へと引き返したいところではあるが果たして………。

 

 

 

 

──────────。

 

 

 

 

「申し上げます! 右翼の荀文若さまより兵の増援要請が!」

 

「わかりました、城にいる我が隊より送ります。」

 

 

「申し上げます! 北郷さまより援軍を、とのこと!」

 

「承知しました。すぐ手配します。」

 

 

ここは後曲を任されている王蘭たちのいる城。

 

左右の両翼、更には前線の曹操からも増援の指示が飛んできては、そのすべてに対応すべく城にいる兵士を次々に送り込む。

確かに戦線維持はどこも困難を極めており、増援が必要な状況ではあるが、このままでは城を守るための兵士がすべて浪費されてしまうことになる。

 

いつもは冷静な王蘭も、こんな状況では乱心するのだろうか?

 

 

「ちょ、ちょっと蒼慈のおにいさんー。城を守るための兵士を前線に送りすぎではないですかー?」

 

 

さすがの程昱も、慌てた様子で王蘭を止める。

 

 

「いえ、このまま増援が必要なところには送って問題ないと思いますよ。こんなところに兵士を残しておいても、どうせ無駄になるのですから。」

 

「いやいやいやー、流石にちょっとその発言はいただけないですねー。普段あんまり動じない風でも、流石にちょっと焦っちゃいましたー。」

 

「ん、どういうことでしょうか?」

 

「恐らくこの野戦はひと当てして、華琳さまの姿勢を示すのが目的ですねぇ。であれば、この野戦が一区切りついた時点で籠城戦へと切り替えるわけです。そうなった時のために、こうして城に兵士を残しているのですよぅ。相手を打ち倒せなくても、城に籠もってしまえばまだまだ生き延びる可能性はありますからー。それをこんなに次々と戦場に向かわされると、びっくりしちゃいますよー。」

 

「むぅ………? 籠城する意味や生き延びる、というのがよくわからないのですが………。」

 

「蒼慈さんともあろう方がわかりませんかー? ………こんなことは無いと思いますが、蒼慈さん、劉備側に寝返ってるなんて事はないですよねー?」

 

「な、何を言ってらっしゃるのですか………。そんな訳ないでしょう?」

 

「むー………風もそんなまさか、とは思っていますが、軍師とはあらゆる可能性を考える必要がありますのでー。それに、なんだか劉備さんにえらくご執心だったみたいじゃないですかー………? 彼女たちが華琳さまの領地を通り抜ける話のときだって、なんだかものすごーくお熱だったって聞きましたよー? ふむふむ、こうして並べてみると、あながちなくもなさそうな気がしてきますねー。」

 

「い、いや、まぁ、確かに劉備には少し語りすぎてしまったかも知れませんが………そんなわけがあるわけないじゃないですか。何にせよ、籠城まで備える必要なんてありませんよ。なのでどんどん兵士送っちゃいましょう。」

 

「………理由、聞かせていただけますかー?」

 

「もちろん。至極単純な話で、我々が勝つからです。」

 

「もう少し詳しく聞かせてくださいー。」

 

「劉備軍が動き始めたという報告が我が軍に入ってきてから今日に至るまで、何日の猶予があったか風さんは覚えてらっしゃいますか?」

 

「………ぐぅ。」

 

「風さん、起きてください。私が報告を上げてから今日でちょうど七日になりますね。」

 

「おぉっ!? ………そうですねー。おかげでこうして寝ちゃうくらいに、ゆとりをもって野戦の用意ができましたー。」

 

「私の隊でいろいろ手を出してみたので、それもあってか、ゆっくりこちらに向かって頂けましたね。思ったよりは早かったのですが。まぁそれは置いておいて、情報を掴んだのであれば、次の手を打っておくのは我々の仕事ですよね?」

 

「ですねー。華琳さまに怒られない様にするのも大変ですがー。」

 

「まぁその辺りも今は置いておいて………。で、他の軍ではどうか知りませんが、我が軍に於いてですね、情報取得から七日と言うのは、ちょっと時間を与え過ぎなわけですよ………その証拠に、ほら。」

 

 

そう言って遠くを指し示す王蘭。

程昱もその方角を見やると、土煙がもうもうと立ち上っていた。

 

 

「申し上げますっ! 遠方より大量の土煙を確認っ! その様子からして、かなりの数がこの城に向け駆け寄ってきております!」

 

 

ちょうどそれを確認した連絡兵がやってくる。

 

 

「はいはいーこちらからも見えてますよー。旗は誰のものですかねー? 敵軍だと正直かなりしんどい状況ですがー。」

 

 

そう言ってじっとその方角に目を凝らす。

 

 

「………なるほどなるほど。蒼慈さんが敵じゃなくてつくづく良かったと思いましたよー。どんどん兵士さん送っちゃいましょー。」

 

「ふふっ、私も風さんが敵じゃなくて心強いですよ? さて、華琳さまたちにご報告して士気をあげて頂きましょうか。」

 

 

そう言って近くの兵を数名呼び寄せる。

 

 

「我が軍はこれより攻勢にでます。お味方の援軍がそこまできているため、それに呼応する形で攻めぬきます! 至急華琳さまたち前線の将方々への報告を!」

 

 

 

 

 

──────────。

 

 

 

 

「うっしゃあ! 間に合うたみたいやな!」

 

「急いだ甲斐がありましたね。」

 

「まったくや! 稟もえぇ道教えてくれて助かったで! ご苦労さん!」

 

「当然の事をしたまでです。それに、礼ならこの戦に勝ってから言ってください。」

 

「なんや、つまらんやっちゃなぁ………。ま、ええわ。この戦いに勝ったら、一杯おごったる!」

 

「ふふっ………はい。楽しみにしていますよ。」

 

 

………

 

 

「春蘭さま! 城の旗は健在ですよ! 華琳さまたちはご無事です!」

 

「当ったり前だー! 我らの華琳さまだぞ! そう簡単に負けるはずがあるまい!」

 

「はいっ!」

 

「だが窮地であることには変わりない! 急げ急げ! 一刻も早く、華琳さまの元に駆けつけるのだ!」

 

「そんなに急いじゃみんな疲れちゃいますよー!」

 

「ぬかせ季衣っ! これしきの速度で疲れる兵など、我が曹操軍にはおらぬ!」

 

 

………

 

 

「秋蘭さま、城から反応がありました。あれは。」

 

「うむ、華琳さまたちもこちらの動きに同調して、突撃をかけてくださるのだろう。」

 

「さすが秋蘭さま、すべてお分かりなんですね!」

 

「………すまん。今のは全部私の勘だ。だが、華琳さまの事だ。ご健在である以上、こちらの動きを見ればすべて理解してくださるさ。」

 

「そうですね。それに、本陣には蒼慈さんもいらっしゃいますしね。」

 

「ふ………まぁそうだな。やつのことなら既に我らの動きも知っているだろうさ。」

 

「では、こちらも。」

 

「うむ。稟の作戦に従い、連中の背後から一気に叩くぞ!」

 

 

………

 

 

「あ、あの左翼にいるの、隊長みたいなのー!」

 

「どうしてわかるのよ………。」

 

「えー? 詠ちゃんにはあの桃色な空気感じないのー?」

 

「わかんないわよっ!!」

 

「お前たち、もう少し緊張感をだな………。隊長が前線に出て指揮をとっていらっしゃるのだぞっ!?」

 

 

 

 

──────────。

 

 

 

「申し上げます! 城内の王徳仁さまより伝令! 遠方にお味方の旗を多数確認! その動きに合わせて、攻勢へと移られたし!」

 

 

その報告を受けた曹操は、目を遠くへとやる。

そこには確かに多くの土煙が確認できた。

 

 

「どうして彼女たちがこんなに早く戻って来られるのかしらね………。まったく、蒼慈には後で問い詰めないと。」

 

 

そうつぶやくと、頭を切り替えて全軍の指揮をとる。

 

 

「皆のもの!! 我らはこれより敵軍を一気に畳み掛ける! 敵もそれに呼応してこちらに引きつられるであろう! だが、ここが辛抱すべき要所と心得、堪えてみせよ!!」

 

 

そうして自らも絶を手に取り、戦場を駆け抜ける。

 

 

 

──────────。

 

 

 

「皆、戦闘準備はできているな!」

 

「おう! 待ちくたびれたわ!」

 

「我らはこのまま一気に突撃を掛け、劉備達の背後を叩く! 霞と秋蘭はその隙を突き、崩れた相手を根こそぎ打ち砕くのだっ! 我ら目指すはただ一つ!」

 

「劉備を打ち払い、我らが主をお救いすることだ!!」

 

 

 

 

「総員、突撃ぃぃぃぃぃぃぃぃいいいいいいい!!!!」

 

 

 

 

 

 

 




原作だと胸アツシーン。
鳥肌めちゃくちゃ立って好き。


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第四十七話

 

夏侯惇たち魏の将たちが帰参したことにより、後方からの突撃を受けた劉備軍。

その威力は凄まじく、これにより劉備軍は瓦解。

 

それは、たちまち撤退を始める程にまで至った。

 

 

 

 

「どうして………? どうして、こんなに早く夏侯惇さんたちが戻ってこられたんだろう? ………こんなはずじゃなかったのに!!」

 

「朱里ちゃん………。」

 

「雛里ちゃん、だってそうでしょう!? 曹操さんの臣下の将たちは皆、遠方に出払っている事を確認しての今回の作戦だったのに………。普通に考えれば、どれだけ急いで駆けつけたとしても、明日の夕暮れよりは遅くなるはずだったんだよ!! だからこうして攻城兵器だっていっぱい持ってきたのに………城攻めになる前にこんな、こんな事になるなんて………。」

 

「………朱里ちゃん、大丈夫。」

 

「と、桃香さま………。」

 

「大丈夫だよ、朱里ちゃん。だから落ち着いて? 今回の戦いでは確かに曹操さんたちにやられちゃったけど、私たちはまだ負けてないんだよ。これから、いくらでも力を貯めて理想に向かって歩み続けられるんだよ。だから、顔を上げて前を見よう? 私と一緒に。そのためにも、まずはここをみんなで無事に生き延びよう。だから朱里ちゃん、あなたの知恵を、力を貸して。」

 

「はい………はいっ!」

 

 

さっきまでの沈んだ雰囲気から一転、劉備の笑顔とその言葉によって、サッと頭を切り替えて思考を巡らせる諸葛亮。

 

 

「まず、ここから撤退するためにも愛紗さんには軍の全体の取りまとめを。星さんは曹操軍の遊撃に備えて、あたりの警戒にあたってください。それから………。」

 

 

切り替えた頭ですぐに最適解を導き出すのは、流石の一言。

次々に自軍の将に指示を送りだす。

 

こうして、劉備軍は撤退戦へと移行するのだった。

 

 

 

 

──────────。

 

 

 

 

「華琳さまっ! ご無事でしたか!!」

 

 

夏侯惇たちが、劉備軍の陣形を突き破り敵を一掃。

劉備軍が瓦解し始めた事を確認して、将たちは一度曹操の元へ集まっていた。

 

 

「あなたたち………。お陰様でこうして無事だわ。それよりも、随分と早い到着だったわね? まぁその辺りは城にいる蒼慈も交えて、後でゆっくりと話を聞かせてもらうことにするわ。今は劉備たちの追撃よ。桂花、皆に指示を。」

 

「はっ! 春蘭、秋蘭、季衣、霞の4名はそのまま軍を率いて劉備軍の追走に。残りの将はこの城での戦いの仕上げとして敵兵を片付けてから軍を再編、後続の本隊として劉備の後を追います。」

 

「では皆のもの! 劉備に、この曹孟徳に楯突いた事をしっかりと後悔させて上げなさい!!」

 

「「「「はっ!!」」」」

 

 

こうして劉備軍の追撃へと向かう曹操軍。

士気も高く、あっという間に劉備軍を壊滅に追いやってやるという意気も見える。

 

 

 

通常であれば、この軍の士気や勢いのままに敵軍を飲み込めるのであろう。

 

 

 

だが、それを簡単にさせないのが劉備軍。

 

何せ彼女の軍には、言葉通り天下無双のあの子がいるのだ………。

 

 

 

 

──────────。

 

 

 

 

「くっ………やはり天下無双の名は伊達ではないな………。」

 

「春蘭さま、大丈夫ですか?」

 

「季衣、あぁ何とかな。向こうも撤退を目的としているからあまりこちらを攻めて来ないのもあるが、やはり数合刃を交えるだけで、やつの凄さをまざまざと感じさせる。」

 

 

夏侯惇たちは劉備の追撃部隊として急ぎ後を追うが、そこに待ち構えていたのは呂布。

天下無双の名に相応しく、夏侯惇たちの前に立ちはだかってはその陣を崩してまた逃げていく。

 

無論、夏侯惇たちもただやられるわけではない。

呂布本人を夏侯惇ら将が引き受け、その間に兵たちが劉備軍の兵たちをゴリゴリと削っていく。

 

その甲斐もあって、呂布がとどまる頻度は徐々に少なくなっていた。

 

こうして地道ながらも相手の兵力を削り、いよいよ劉備軍本隊に追いつこうというところ。

夏侯惇たちは呂布に足止めを喰らいながらも、やはり進撃の勢いは凄まじく、荊州は長坂にまで歩みを進めていた。

 

 

 

「申し上げます! このさきの長坂橋にて、敵軍の将、張飛と呂布の2名を確認! その他兵士の姿は見当たりません!」

 

「何だと? たった2人で我らの追撃を受け切ろうというのか………?」

 

 

報告に対して、夏侯淵が首を傾げる。

 

 

「だが、橋を上手く使えば兵数で押し切ることなど出来まい。寡兵で大軍を迎え撃つときの最善手ではないか?」

 

「せやなぁ、春蘭の言う通りやないかな? 橋さえ抜かさんとったら、本隊に敵を進めんくてすむわけやし。」

 

「ふむ………では我らはこのまま進むとしようか。」

 

 

そう言って再び兵を勧める夏侯惇たち。

長坂橋まで進むと、確かに報告通り張飛と呂布の姿が確認できた。

 

 

 

 

「恋っ!」

 

「………霞。」

 

「………ようやく止まってくれたんやな。ゆっくり話でもしたいところやけど、そうも言ってられへんからな。………でも1つだけ、何であんたが劉備とおるんや?」

 

「恋、桃香のこと、好き。」

 

「ほー………そないに劉備のところは居心地がえぇか。月もそこに居るっちゅうし、なんや気になるなぁ。」

 

「霞も、こっち来る?」

 

「いんや、今は曹孟徳に忠誠を誓うとる。そのかわり、劉備を捕らえて直接確認することにするわ。」

 

「………させない。」

 

「させてもらうでぇ、恋! いつかあんたと本気でやりあってみたい、そう思っててん。これが丁度えぇ機会や、あんたの本気、存分に見させてもらうでぇ!」

 

「桃香には、指一本触れさせない。だから恋は霞を倒す………来い、霞。恋の本気、見せてやる。」

 

 

呂布の闘気に応じるかの様に、地面に堂々と突き刺さる深紅の呂旗が、ひときわ大きくバサリとはためく。

 

 

「………くくくっ、この感じ、えぇなぁ! 頭が沸騰しそうや………! いくでぇ、飛将軍、呂奉先! 張遼が神速の槍、味おうてみぃ! うぉらぁぁぁぁあああああ!!」

 

 

呂布と張遼、元董卓軍の将同士の戦いが始まった。

 

 

 

………。

 

 

 

「あっちは始まっちゃったのだー。………で、鈴々の相手は誰なのだー? 右目のないお姉ちゃんか? 左目のないお姉ちゃんか? それともチビペタハルマキか?」

 

「誰がチビペタハルマキだー!」

 

「だってチビだし、ペタンコだし、頭にハルマキつけてるし。」

 

「ぺったんこじゃないやい! おっぱいくらい、ちょっとだけある!」

 

「………ささやかなのだなぁ。」

 

「むきーっ!」

 

「季衣、少し落ち着け。………しかしこの状況で、いつまで一騎打ちで時間を稼げると思うのだ?」

 

「数に勝てないのは重々承知なのだ。………けど、来たければ来れば良いのだ。」

 

 

 

 

 

張飛の周りを一陣の風が吹く。

 

 

 

 

 

 

「天下無敵と謳われた燕人張飛の丈八蛇矛、雑兵の千や二千、地獄に送るのは軽いのだ。桃香お姉ちゃんを無事に逃がすためにも、ここは決して通さないのだ!………さぁ、来るならさっさと来るのだ!!」

 

 

 

 

 

 

燕人張飛の、一世一代の名乗りが上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 




魏ルートでは存在しなかった長坂の戦い。
それに近い話を入れてみたかったので入れました( ゚д゚ )
色々おかしいかも知れないけれど、ご容赦の程を!笑


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第四十八話

 

 

 

長坂橋に立ちふさがる張飛。

彼女の小さな体の、一体どこにその強さが秘められているのだろうか。

 

張飛の放つ鬼気迫る闘気の前に、夏侯惇ですら身を動かすのがやっとの状態である。

 

 

「どうしたのだ? 鈴々はまだちょっとしか本気を出してないのだ。………早く来い。」

 

 

「くっ、舐めるな張飛! 我が名は夏侯元譲、魏武の大剣なり! これしきの闘気で圧せられるほど、軟弱な私ではないわっ! 我が大剣の血錆となれい!」

 

 

夏侯惇の攻撃が張飛に向かって振り下ろされる。

 

 

………が。

 

 

「なっ!?」

 

 

あまりにもたやすく弾かれてしまう。

 

 

「………それで終わりなのか? なら、次は鈴々の番なのだ! いっくぞぉ! とりゃああああああああああああっ!」

 

 

闘気を纏った蛇矛によって放たれる刃が、幾重にも重なって夏侯惇に襲い来る。

何とか捌き切るも、夏侯惇の表情から察するに、そう何度も攻撃されては彼女も厳しい様だ。

 

 

「くっ………これほどとは。燕人張飛の本気はこれほどまでに………!」

 

「姉者でも厳しいのか………これは、どうしたものか。」

 

 

姉の見慣れぬ苦戦に、夏侯淵は張飛を打ち破ることの難しさを感じさせられた。

 

 

「どうしたのだ? もう来ないのかー?」

 

「ぐぬっ………生半可な覚悟では通用せぬか。面白い、良いだろう。この夏侯元譲。生命を賭して、貴様を打ち破って見せようぞ! 秋蘭! この私の代わりに華琳さまをお支えせよ。良いな?」

 

「あ、姉者、何を! そんな事私が許すわけが無いだろう!」

 

「今は劉備が頚を打ち取ることこそ肝要。私の生命1つで、華琳さまの覇業の実現に大きく前進できるのならば安いものだろう! 行くぞ、張飛! 我が魂魄を込めた必殺の一撃、受けてみよ!!」

 

「受けて立つのだ。………来い!!」

 

 

そう言って夏侯惇は腰低く刃を構える。

対する張飛も迎え撃つために、その身の何倍もある背丈の槍を、どっしりと構える。

 

 

ほんの一瞬、この世から音が消えてしまったと錯覚してしまうほどに辺りが静まる。

 

 

「………参る。」

 

 

その大きく力を込められた足が地面を蹴ろうかという時。

 

 

「待ちなさいっ!!」

 

 

少女の声が、辺りに響く。

 

 

「えっ………!?」

 

「っ華琳さま!」

 

 

彼女たちの主、曹操である。

城に詰めていた敵兵を掃討し終えた曹操は、荀彧らに後の処理を任せ、必要最低限の用意だけで夏侯惇たちの後を追っていたのだ。

 

 

「………待ちなさい、春蘭。私の許可なく死ぬことなど、絶対に許しはしないわよ。」

 

「しかしっ………!」

 

「控えよ、夏侯元譲! ………春蘭、あなたの剣は私の意思によってのみ振るわれる、そうよね?」

 

「は………はっ!」

 

「あなたが私を思って張飛を打ち破ろうとしてくれるのは嬉しいわ。けれど、生命の賭け時だけは間違えないで頂戴。あなたが居なければ、まだまだ私の覇業は成しえないの。いいわね?」

 

 

そう言って優しく夏侯惇に語りかける曹操。

夏侯惇も、ピンと張っていた緊張が解け、ゆっくりと体の力を抜いていく。

 

 

「はっ、勿体なきお言葉にございます………。」

 

「これからも、まだまだ私を支えて頂戴。いいわね?」

 

そう言って夏侯惇の頬を撫でる曹操。

そして、もう一方で戦いを展開している2人に目をやる。

 

 

「霞っ! あなたも剣を引きなさい。旧知の仲なのは分かるけれど、今は剣を引きなさい。これは命令よ。」

 

 

飛竜偃月刀が、呂布の方天画戟を弾いた所で渋々武器を降ろす張遼。

 

 

「ちぇっ。えぇところやったんやけどなぁ………恋、やっぱ強いなぁ!」

 

「………霞も、強い。」

 

 

2人が武器を降ろした事を確認した曹操は、張飛に今一度向き直る。

 

 

「張飛、劉備に伝えなさい。今回は逃してあげる。近々益州を貰い受けに行くわ。その時までに我々を迎え入れる準備をしておきなさいな、とね。劉備の理想が、どれほどの力をあなた達にもたらすのか、楽しみにしているわ。」

 

「鈴々がこのままお前たちに襲いかかるとは思わないのかー?」

 

「あら、そうなのかしら? だったら私たちだって相応の対処は取らせてもらうわよ?」

 

「………むぅ、わかったのだ。じゃあ鈴々は退却するのだ。追ってきてもいいけど、大怪我しても知らないよ?」

 

「今の貴方に後ろから襲いかかったところで、どうにかなるものじゃないでしょう。それに、そこの陰。葉擦れの音が気づいてないとでも?」

 

「にしし、気付いてなかったら嬉しいなーって。」

 

「………さぁ、お喋りはこれでお終い。退きなさい、張飛。」

 

「分かったのだ。………じゃあね、曹操お姉ちゃん。恋、鈴々と一緒に桃香お姉ちゃんのところに戻るのだ!」

 

「わかった………。霞、恋もう行く。」

 

「あいよ。そんじゃ、また会おうな、恋。」

 

 

コクリと頷いた呂布は張飛の元に駆け寄り、2人は自らの主の元へと退いていった。

 

 

「………華琳さま、本当にこれでよろしかったのですか?」

 

「えぇ、何も問題はないわ。劉備の頚は取れたならまぁよかったのだろうけど、今益州を手に入れても正直困っちゃうもの。あなた達に陳留から出払ってもらう程に、まだ領内の掌握が進んでいないのは事実よ。来るべき時に備えて、今は内政に力を入れるべきだわ。それが済んで、しっかりと準備が整ってから、貰い受けにいきましょう。」

 

「はっ。」

 

「さて、春蘭、秋蘭、季衣、霞。追撃ご苦労さま。………城へ帰るぞっ!」

 

「「「「はっ!」」」」

 

 

 

こうして劉備対曹操の一戦は幕を閉じた。

 

 

 

結果だけを見れば、曹操軍が圧倒的に勝利した形となる。

だがその実、王としての急成長を見せた劉備に対して、曹操は自らの差配によって自軍を大きな危機に晒していたことを痛感。

 

精神的、心の面では果たしてどちらが勝ったと言えるのだろうか………。

 

 

 

 

──────────。

 

 

 

 

「鈴々ちゃん!! 恋ちゃん!!」

 

 

自軍の撤退を進めていた劉備の元に、張飛と呂布の2人が戻る。

2人の無事を確認した劉備は、ふたりに抱きつきながら、涙を流して彼女たちの帰参を喜んだ。

 

 

「よかったぁ、よかったよぉう………。」

 

「ただいま戻ったのだ! 桃香お姉ちゃん、鈴々は約束通り無事に戻ってきたのだ。だから泣かないで、ね?」

 

「………桃香、ただいま。恋も、無事。」

 

「うん、うん………! ふたりとも、おかえりなさい!」

 

 

その様子を周りで見ていた将たちは、自身の主が部下のために流す涙を見て、やはり自分は間違っていなかった、と、自身の出した決断を改めて肯定する。

そして、なんとしてもこの主を頂まで導いてあげたい、そう決意を深めたのだった。

 

その間、なんとか気を落ち着けた劉備は、ふぅと一息ついてから、周囲にいる将達の顔を一人ひとりしっかりと見つめて、口を開く。

 

 

「………みんな。今回は曹操さんの軍に負けちゃったけれど、私たちはこれで終わりなんかじゃないよ。だって、私たちはこうして生きてるから。私はまだまだ君主としては未熟かもしれないけれど、こうしてみんなが私の側に居てくれるから、私はまだまだ頑張れるんだ。だから、みんなも私を信じて一緒に歩んで欲しい。進んだその先には、大陸中のみんなが幸せになれる未来があるって信じてるから。」

 

 

曹操に負けた事に悲痛な表情を浮かべるもの、彼女の決意に対して深く頷いて返すもの、彼女の語る未来を浮かべて希望に満ちた顔を見せるもの。

様々な反応が、劉備に帰ってくる。

 

 

「それと同時に、私は、私たちはその理想を叶えるために、何万人もの”みんな”の犠牲の上に立ってることを忘れちゃいけないって思うの。今回の戦いだってそうだね………。だからこの先、私たちは自分の理想をしっかりと見つめながら、1歩ずつしっかり歩んでいかなきゃいけないの。そのためにも………またみんなの力を貸してください!」

 

 

そう言って勢いよく頭を下げる劉備。

 

 

これが、曹操とも違う彼女なりの王の形。引っ張っていくのではなく、共に歩むこと。

横から、時には後ろからそっと押してくれるのが彼女の力。

 

 

 

諸葛亮や関羽を始め、この場にいるすべての将が、今一度彼女に対して臣下の礼をとったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




鈴々の長坂の戦いと、負けてなお、臣下の心を掴んで離さない劉備さんでした。
次回は曹操軍にスポットをあてたお話をひとつ。


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第四十九話

 

 

曹操軍が荊州の長坂から陳留へと戻ったのはそれから数日が経った頃。

戦の事後処理が落ち着き、将たちが一堂に会するこの陳留城内の部屋で、軍議が行われていた。

 

 

「まず、先の長坂の戦いでは敵軍の将、張飛と呂布の2名によって我が軍の主戦力である春蘭、秋蘭、霞、季衣の4名とそれぞれの隊が足止めを食らい、劉備は逃がしてしまったわ。地形的な利点は向こうにあったとは言え、たった2名に我が軍の主力部隊が撤退を余儀なくされた事は反省すべき点ね。」

 

「華琳さま、申し訳ありません………。」

 

「いいのよ、春蘭。張飛のあの闘気、あの気迫は流石の一言。無理に噛み付いてこちらが怪我をするくらいならば、あれで良かったのよ。………ただし、このままやられっぱなしで終わるあなたではないわよね?」

 

「はっ、もちろんです! 相手がどれだけ強敵だろうと、どれほどの兵数を従えていようとも、今後華琳さまのご期待に必ずや応えてみせます!」

 

「えぇ、期待しているわ。他の3名も同じ様に、ね?」

 

「「「はっ!」」」

 

 

あの場にいた武将たちの表情を見て、満足気に頷く曹操。

一度負けてしまった相手に、ふたたび負けるなど覇王としての自尊心が許さない。

 

 

「まぁ今劉備さんをやっつけて益州なんてもらっても、正直手に余りますしねー。」

 

「えぇ、風の言う通りです。我らは河北の広大な領土を手にしたばかり。豪族もまだまとめ上げられていません。あまり手を広げては、今回以上の危機が舞い込んでくるでしょう。」

 

「僕もそう思うわね。結果論かもしれないけれど、劉備軍にも痛手を追わせつつ、領土は現状維持できた、として良いんじゃないの?」

 

「華琳さまの領地が広がらなかったことに関しては残念ですが、他の軍師たちが申しました通り、現状はこれ以上手を広げても得策とは言えません。」

 

 

それに対して、曹操軍が誇る優秀な軍師たちは、事前に意見をすり合わせてきたかの様に現状を喜んだ。

実際彼女たちの机には、今も山の様に竹簡が積み上がっている。

 

これ以上書類の山が増えるようであれば、体力に自身のない軍師ならば無理をして倒れてしまうと言ったところか。

仮にそうでなくとも、実際に自軍の抱えられる範囲というものを、しっかり計算した上での上申なのだろう。

 

 

「そうね。まぁ我が領内の準備が整えば、必然的に彼女たちに向けて兵を上げることになるでしょう。蒼慈、その時に備えてしっかりと情報は掴んでおくように。」

 

「はっ。」

 

 

「さて、直近の状況共有はこれくらいかしら。………では、これより先の戦いでの評定を行う!」

 

 

そう言って曹操は場を仕切り直した。

 

 

「まずは城から出払っていた皆。よくぞあの短期間で戻ったわ。そのおかげで我が軍は大きな損害もなく、劉備を無事追い返すことができたわ。それも偏にあなた達が戻ってきてくれたから。………でもね、私は敵が兵を動かす前にあなた達を呼び戻したつもりはなかったわ。それなのに、あなた達は開戦後それほど時間を開けずにやってきてくれた。普通に考えればまだまだ時間がかかったはずなのに、どうしてあんなにも早くあの城へ舞い戻って来られたのかしら?………ねぇ、蒼慈?」

 

「は、はっ!」

 

「あなた………なにかしたのでしょう? 正直に話してご覧なさい。ただし、私の命令に背いて劉備軍が軍を動かす前に皆を呼び戻したというのならば、相応の対応をとる必要がある。それを覚悟して弁明なさい。」

 

「いえ、ちゃんと華琳さまのご命令の通り、劉備軍が動くまでは皆様に連絡をとっておりません。とても単純に、通常速度よりも早く情報を城まで持ち込み、通常よりも早く皆様に情報を伝達しただけでございます。」

 

「………詳しく話しなさい。」

 

「大陸中の諸侯、特に劉備軍と孫策軍については予てより諜報兵を潜り込ませております。そのため、彼女たちの情報は逐一報告が来るよう我が隊の運用を整えております。今回の戦についても、その兵士からの報告により早期に情報を仕入れることができました。内部に人間を潜ませていれば、号令がかかると同時に情報を我が軍に向けて走らせることが出来ます。」

 

「………そう。」

 

「それから、真桜さんにもご協力を頂いて、その情報伝達速度の改善に、この所多くの予算を注ぎ込んでおります。それが功を奏した面もございますね。」

 

「なるほどね………。内部諜報兵からの報告と、真桜の道具か。それだけの理由があったのならば、今回は納得しましょう。」

 

「あ、それから………。」

 

「まだあるの!?」

 

「はい。もう、よろしい………ですか?」

 

「………そこまで言ったならば、最後まで言ってみなさい。」

 

「はっ。今回は劉備軍が動く気配があることは、事前に申し上げておりました通りです。であれば、ただ指を咥えて待っているのは愚の骨頂。劉備軍の基本的な戦略や戦術を組み立てるのは諸葛亮の役目です。彼女が我が軍の情報をよくよく集めているのは掴めておりましたので、そこに敢えて此度の迎撃で使用した城の見取り図を忍ばせてみました。………もちろん、多少の手を加えて。」

 

「真実の中に虚を織り交ぜたのね………。僕が教えたこと、上手く実行してるじゃないの。」

 

「はい。流石はあの魔都洛陽でのし上がった詠さんです。ご指摘の通り、正しい情報の中に、幾つかの虚を混ぜ込んだ地図を諸葛亮は見たはずです。もちろん、彼女であれば真実かどうか疑念を持つでしょう。ですが、その疑念を抱いたとしても、それすらも含めて対応できるように用意するのが彼女の性格と読みました。………そして案の定、必要の無い攻城兵器まで抱えて行軍を始めます。」

 

「結果、行軍速度は通常のものより遅くなり、逆にこちらに時間が生まれる………というわけね。」

 

「はい。まぁ私が考えているよりもずっと早くいらっしゃったのですが………問題のない範囲に収まってくれましたね。それだけの猶予があれば、みなさんが城に戻るまでの時間は確保できる計算だったので、後方支援の兵たちも次々前線に送った、というわけです。」

 

「はぁ………なんというか、全くよくやってくれたわ。むしろ私の命令どおりに動いてなお、これだけの成果をもたらしたあなたの隊こそ、この戦いの殊勲賞に相応しいわね………。」

 

 

ようやく王蘭の報告が終わり、ため息をつく曹操。

まさかこれだけの活躍が知らぬところで行われていたとは、思いもよらなかった様だ。

 

 

「蒼慈の活躍もそうだけれど、真桜にもしっかり報いてあげないとね。2人はまた何か褒美を取らせるわ。………さて、次は前線指揮をとった皆の評定ね。今回、特筆すべきは………一刀。あなたよ。」

 

「んぉっ!? 俺ぇ!?」

 

「何をぼーっとしているの。そう、あなたよ一刀。確か、前線指揮をとるのはこれが初めてだったわよね? そんな中で、よく最後まで逃げずに指揮を取り続けたわ。両翼が崩れては、本隊の私にも大きな危害があったはず。真桜と一緒の指揮だったとは言え、十分にその役目を果たしたと言えるわ。」

 

「おぅ………ありがと。」

 

「で、前線に立ってみてどうだった?」

 

「そう、だな………。正直、戦は何度体験しても良いものじゃないよ。俺は蒼慈さんみたいに何か秀でたものがあるわけじゃないし、ましてや春蘭たちみたいに武力があるわけでもないしさ、やっぱり怖いよ。………でも、ああやって俺が前に立つことで、少しは華琳の役に立てたのかな、と思うとちょっと誇らしくはある。それと同時に、俺の指示に従って死んでいった兵たちの事を思うと………こんなにも重いものかと感じてる。」

 

「なんだ北郷、軟弱だなぁ!」

 

「だから、春蘭みたいに強くないって言っただろ! そういうこと、やっぱりまだ慣れてないの!」

 

「一刀、あなたはそれで構わないわ。むしろあなたはそのままでありなさい。その重み、決して忘れてはダメよ? その重みを感じなくなった時、目をそらした時、さらに言えばそれに気づけていない時、どれだけ優秀な人間であっても人は暗愚な者へと早変わりしてしまう。それだけ、人の生命は重いということよ。………でもまぁ、よく耐えてるわ。そこは誇りなさい。それは誰しもができることではないわ。」

 

「あぁ………正直、このところあまり眠れてないかもしれない。」

 

「ふふっ、いいわ。あとで私の部屋に来なさい。心を落ち着ける良いおまじないをしてあげるわ。」

 

「おまじない? わかった、お邪魔させてもらうよ。」

 

 

「ぐっ、北郷きさまぁ………!」

「華琳さまっ! そんな男を私室に招いては華琳さまのお部屋の空気が穢れてしまいますっ!」

 

 

「はいはい。あなた達は、また今度ね。それに、これは一刀が初めて前線指揮を全うしたご褒美なのよ?」

 

 

「ぐぬぬぬ………。」

「っち。」

 

 

今回の戦は、曹操軍の圧勝というカタチで幕を下ろした。

だが開戦時には将が圧倒的に不足する、確かに危機的状況だったのだ。

 

そんな窮地にいて、初めての前線指揮を全うした北郷を褒めこそすれ、誰が責められようか。

多少のご褒美をもらっても、誰も文句は無いだろう。

 

ここに来て、心の大きな成長を見せた北郷は、自身もようやく曹操軍の1人の将であると自覚が芽生え始めたのかもしれない。

 

その後も各将の評定が行われていき、評定が終了する。

 

 

「さて、次は今後の我らの動きについてね。直近は引き続き、領内の豪族たちとの折衝、盗賊の討伐を継続して行うわ。孫策たちは我ら同様まだ内部に力を入れているだろうし、劉備たちについては此度の戦でそれなりの打撃は与えられている。しばらくは大きな戦のない落ち着いた日々が続くでしょう。けれど、それに気を抜くこと無く、それぞれの仕事にあたるように。」

 

 

曹操がそう言うとあとは軍師たちがそれぞれ将たちの割り振りや進捗を確認しあい、軍議は終了した。

 

 

劉備軍、曹操軍、それぞれに大きな爪痕を残した戦い。

これからの彼女たちにどんな影響を及ぼすのか。

 

 

それはまだ誰にもわからない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




劉備軍との戦いを終えた曹操軍のお話でした。
華琳さまのオマジナイ私にもかけてください( ゚д゚ )


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第五十話



記念すべき50話目!
これも偏に読んでいただいているみなさまあってのこと。

感想や誤植のご報告など、この作品に携わって頂いた皆様に感謝します。


 

 

 

この日、珍しく王蘭の私室には夏侯姉妹の2人が訪れていた。

 

 

「それで、今日は春蘭さまはどうなされたのですか………?」

 

「別に………だな、その。そ、そうだ! お前と秋蘭が付き合ってることでだな、我が夏侯家の名を穢すような事はしていないかを………だな、確認しにきてやったのだ!」

 

「姉者………もう少し繕うにしてもマシな言い分があっただろうに………はぁ。蒼慈、姉者はな、お前と親睦を深めようとしてくれているのだよ。」

 

「私と親睦を………ですか?」

 

「うむ。我らの交際を認めてもらうために蒼慈は姉者と戦っただろう? あれからというもの、仕事での付き合いを除いてはギクシャクしていたように私には見えていてな。昨日姉者にポロッと話をしてみたらこうしてお前のもとにやってきてくれたわけだ。妹思いのいい姉だろう?」

 

「しゅ、しゅうらぁ~ん………。」

 

「ふふっ、私としてはこうして姉者と蒼慈の仲がよくなってくれるのは大変望ましい限りだ。だから、今日はできれば3人で余暇を過ごそうと思ってな。」

 

「なるほど………そういうことでしたか。春蘭さま、ありがとうございます。」

 

「う、うるさいっ! 秋蘭がどうしてもと言うから来てやっただけだっ。ふんっ。」

 

 

頬を僅かに赤く染め、照れた様にそっぽを向く夏侯惇。

それを見た夏侯淵と王蘭の2人はくすくすと笑い合った。

 

 

「ふふっ、是非是非3人で過ごしましょう。………さて、では何をしましょうか?」

 

「お前たちは普段、2人で何をして過ごしているのだ?」

 

「そうですね………。2人揃ってまる1日休みを取れることはあまり無いので、仕事終わりなんかだとお茶を淹れてゆっくり過ごしたり、まとまった時間がとれる時は、お茶に加えて秋蘭さんがお菓子を作ってくれたりしてますね。あとは………休みがとれた場合は街を出歩いたり、といった感じでしょうか。こうして並べてみると、これといって特別な事はあまりしていませんね。秋蘭さん、すみません。」

 

「いや、大概はそんなものさ。休みのたびに何か特別な事をしていては身も休まらんさ。ただまぁ、休みだからといってダラダラせずに、こうして何かを共に作ったりと何かしらはしているな。」

 

 

それを聞いた夏侯惇は、少し考える素振りを見せるとパッと案を出す。

 

 

「ふむ………そうか。であれば、いつも通り2人で過ごすところに私も交ざるだけで良いのではないか? 私がいるからといって、特に気をはらずにいつもどおり過ごすのがいいだろう。」

 

「なるほど、確かに春蘭さまの仰る通りかも知れませんね。秋蘭さん、如何ですか?」

 

「私も構わんよ。では姉者の言うようにしてみようか。」

 

「そうですね。では………今日は何作りましょうか? 秋蘭さん何かご希望はありますか?」

 

「私か? そうだな………いや、今日は私よりもせっかくなのだ、姉者に聞くことにしよう。姉者は何か食べたいお菓子や甘味はあるか?」

 

「む? 急に言われると困るな………秋蘭が作ったものならなんでも美味い!!」

 

「そこについては激しく同意しますが、今日は春蘭さまもお作りになるんですよ?」

 

「む、そうか………。でも、正直な話私は料理なんぞ全くできんぞ?」

 

「姉者、良い機会ではないか。ここでしっかりと覚えて、北郷に振る舞ってやったら良いさ。きっと泣いて喜ぶぞ?」

 

「なっ!? しゅ、ほ、な………なんでそこで北郷の名前が出てくるっ!?」

 

「あぁ、それは良いですね。是非そうしましょう。では、簡単なところから挑戦してみるのが良いですね。秋蘭さん、何か良い品目はありますか?」

 

 

「ふむ………では、杏仁豆腐などどうだろうか?」

 

 

「いいですね。この暑い日にピッタリです。ひんやり甘くて美味しいですからね、北郷さんも喜ぶこと間違いなしです。」

 

「では早速材料の買い出しに行こうか。………姉者、姉者も一緒に行くのだぞ?」

 

 

 

「ちょっと待て! 何がどうなってそうなった!?」

 

 

 

 

──────────。

 

 

 

 

街で杏仁豆腐に必要な材料を用意した3人は早速それらを抱えて城の厨房に立つ。

 

 

「なぁ秋蘭。材料は別に城の厨房に揃っていたのではないのか………?」

 

 

街で一つひとつを夏侯惇自身が購入し抱えてきたのだ。

思ったよりも簡単な材料ばかりを揃えていたことから、そう疑問に思ったのだろう。

 

 

「姉者、確かに厨房には既に材料はあったかも知れぬ。だがな、こういうのは自分で実際に見て、買って揃えるからこそ覚えていくものなのだ。自分の手で材料を揃え、それを自分の手でうまく作る。その一つひとつが料理を上達させるコツなのだよ。」

 

「む、むぅ………そういうものか?」

 

「そういうものだ。戦闘だって、普段の鍛錬の一つひとつに意味があるだろう?」

 

「なるほど………確かに。」

 

「では早速作り始めましょうか! 秋蘭さんは基本的に私たちに手順を教えていただくだけで、手は出しません。春蘭さまにすれば不安かも知れませんが、私も横で一緒に作ってみますので、一緒に頑張りましょう。」

 

「う、うむ………。ちなみに、蒼慈は料理はできるのか………?」

 

「い、生きていくのに困らない程度には、というところです………。」

 

「そうか! そうかっ!! ならば、私も頑張れるな。秋蘭、よろしく頼むぞ!」

 

 

そう言って2人は前掛けを身に着けて、調理台の前に立つ。

夏侯淵は2人に杏仁豆腐の作成手順を教えながら、上手くいかないところが無いか目を光らせていた。

 

 

………途中、夏侯惇が何かもわからぬような物体、物質を隠し味として入れようとすることが”しばしば”起こったが、夏侯淵と王蘭が必至にそれを阻止。

なんとか無事に作成を完了させたのだった。

 

そして、早速3人で実食することに。

 

 

「お、おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ! 私が作ってもちゃんと杏仁豆腐になっているではないか………!!」

 

「うむ、姉者の作ったこの杏仁豆腐、しっかり美味しいぞ。自信を持っていい。これならば安心して北郷に持っていける。あやつも喜んでくれるはずだ。」

 

「そうですね。春蘭さまのお作りになった杏仁豆腐、美味しくできていますね。もし春蘭さまさえよろしければ、この出来上がった杏仁豆腐を早速北郷さんにお持ちなさっては如何ですか?」

 

 

自分の手に抱えられた杏仁豆腐と、夏侯淵、王蘭2人の顔を見比べて思案している様子の夏侯惇。

何度か視線をやりとりしたあとに、ようやく決心したようだ。

 

 

「そ、そうだなっ! 確かにやつには日頃から世話になっているしな………。うむ! 秋蘭、蒼慈、私はちょっと今日やらねばならぬ用事を思い出してしまったのでな、ちょっと行ってくる事にしよう!」

 

「そうですか。ご用事ならば仕方ありません。こんなにも美味しく出来ているのですから、もし仮にどなたかが召し上がったとしても、きっとお喜びになるでしょうね。」

 

「あぁ、きっとそうだな。是非このまま誰かのもとに持っていってやると良いさ。姉者、この辺の片付けは特に気にせずとも良い。その大切な用事、しっかりと済ませてくるといい。」

 

 

 

そう言葉を漏らした2人は、足音が遠く離れていく事を確認してから目を合わせて笑い出す。

 

北郷のもとにはきっと美味しい杏仁豆腐が届けられたのだろう。

 

 

 

 

 

悲鳴ではなく、喜びの声が夏侯惇に届くことを思うと喜ばずにはいられらない2人なのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




記念すべき50話目。
春蘭さんと、私的な絡みを描いてみました。

世はお盆ですね。実家の付き合いもあると思います。
そんな流れでちょっと書いてみました( ゚д゚ )


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第五十一話

 

 

 

領内の調整がまだまだ完了していない曹操軍に於いて、現状休みというのは大変貴重なものである。

 

先日は夏侯姉妹との時間を過ごした王蘭だったが、今度は再び夏侯淵との休みを勝ち取ったようだ。

曹操に無理をいって頼み込んだらしく、かの覇王さまは仕事さえこなせればどれだけ休みをとっても文句を言わない御人である。

仕事の鬼となれる王蘭にとっては、比較的取得が容易なのかも知れない………。

 

 

さて、その王蘭の部屋に目を向けると、いつしかの様に何やら熱心に雑誌を読み込んでいるようだ。

 

 

「ふむ………贈り物、ですか。難しい事を簡単に書きますね。この本は。」

 

 

そう言って漢・阿蘇阿蘇の頁をめくる王蘭。

そしてその目に飛び込んできた記事に、驚きの表情を浮かべる。

 

そこには『特集! 天の国の恋人事情! 天の御遣い様に聞いた、今どきの恋人におすすめの特別情報!』と書かれた特集記事が。

頭を抱えた王蘭が、深いため息をつく。

 

 

「はぁ………北郷さん、一体何の仕事してるんですか………。」

 

 

そう言いながらも記事を読み進める。どうやら北郷のもとに瓦版の記者が聞き取りに来たらしい。

その内容をまとめた、若い層の男女両方を対象に練られた記事らしい。

 

ざっと目を通してみれば、記事の前半は天の御遣いである北郷を褒め称える記事が並ぶ。

これは華琳さまの差し金か? などと考えながらも一応すべてに目を通していく。

 

そうしてようやく特集記事の内容に。

 

 

「贈り物は相手の好みに合わせるべし………か。社錬の抜具、着物類、いつもより高級なお店での食事、気軽に付けられる装飾品、あなたの恋人はどれが好み? いや、北郷さんすごいな………伊達に魏の種馬と呼ばれているわけではありませんね………。」

 

 

普段仲の良い2人だが、ここまで踏み込んだ話などあまりしない。

互いが互いの情報を知っているが故に、恥ずかしがってこんな話はしないのか………。

 

だが、そこに書いてある情報は彼にとって納得のいくものばかりのようだ。

 

 

「秋蘭さんは高級な抜具では無いですね、恐らく。他のどれも人並みには好きそうではありますが………難しい。」

 

 

更に読み進めると、こまっている王蘭を救うための一文が目に飛び込んでくる。

 

『確実に相手が喜ぶものでなければ、驚き演出は避けるべし! 驚かせて百二十点の評価を得るか、零点の評価を得るかの賭けに出るよりは、驚きはなくとも直接相手の求めるものを一緒に買いにいく、九十点を貰える選択肢こそ最善の手である。』

 

こうも言いきれるあたり、踏んできた場数が違うのだろう。

 

 

「なるほどなぁ………でも装飾品は良いかもしれませんね。明日の予定に入れておきましょう。」

 

 

彼が最後に見ていた頁にはこうも書かれている。

 

『付き合い始めたばかりの恋人は、互いの愛を身近に感じるためにも指輪を贈り合うのが天の御遣い様のイチオシ!』

 

 

 

 

──────────。

 

 

 

 

翌日。

 

身綺麗に支度を整えた王蘭が、城の入り口で夏侯淵を待つ。

こうした逢引きも慣れてきているのか、ゆったりと寛ぎながら彼女の到着を待てているようだ。

 

 

「蒼慈、すまない。待たせたな。」

 

 

そう言って駆け寄ってくる夏侯淵。

いつもの夏侯惇とお揃いの意匠の服ではなく、しっかりとめかし込んで来るのはいつものこと。

逢引きの度、王蘭は新たな装いの彼女を見て楽しめるのだ。

 

 

「いえいえ。こうして秋蘭さんを待てるのも私の特権ですので。今日も素敵な着物ですね。よくお似合いです。」

 

「何を馬鹿な事を………。だが、ありがとう。」

 

 

呆れながら言う夏侯淵も、まんざらではない表情を浮かべる。

付き合い始めた当初はこんな事言える男ではなかったはずだが、これも夏侯淵の教育の賜物かも知れない。

 

その夏侯淵はしっかりと王蘭と腕を組み、並んで街へと歩き始める。

 

 

しばらく街を歩いていると、やはりすれ違う男どもはついつい振り返って夏侯淵の姿を目に収めようとしてしまう。

ただでさえ美人の夏侯淵が、めかし込んだ上に男と腕を組みながら幸せそうに歩くのだ。

 

ついついぽーっと惹かれてしまうのも、無理からぬ話だろう。

 

 

「蒼慈、今日はどこに行くのだ?」

 

「今日はですね、秋蘭さんと是非一緒に行きたい店がありまして………もうすぐ着くと思いますよ。」

 

「ふむ、そうか。楽しみにしているよ。」

 

 

いつもであれば、行き先は2人で協議して決めるのだが、この日は王蘭が行きたい店があるからと、行き先を知らされぬまま街を練り歩いている夏侯淵。

普段はあまり見せないその姿が珍しいからか、いつもよりも楽しんでいる雰囲気が伺える。

 

 

目的の店はどうやら雑貨屋や装飾品店が立ち並ぶ通りにあるらしい。

この通りを歩く層を見てみると、若者の男女の割合が多くなっているようだ。

 

そしてそういった通りだからなのか、この人物たちに出会うのは仕方の無いことかも知れない………。

 

 

「あー! 秋蘭さまと蒼慈さんなのー!」

 

「おっ、ほんまやん! ひゅーひゅー! おふたりともお熱いですねぇ!」

 

「こ、こらっ、沙和! 真桜! おふたりの邪魔をしちゃ悪いだろう!!」

 

 

三羽烏の于禁、李典、楽進の3人である。

彼女らもこの日は休みなのか、仕事の時間外なのか、通りにある喫茶店で寛いでいたようだ。

 

 

「沙和たちではないか。今日は北郷は居ないのだな?」

 

「隊長はなんや書類まとめなあかんとかで、城にいますわ。せっかくこんな可愛い乙女3人が誘ったっちゅうのに………なぁ?」

 

「そうなのー! お茶代だって馬鹿にならないのにぃ。」

 

「こら沙和。それでは隊長に奢ってもらうために誘っているように聞こえるぞ?」

 

「あ、あははは………。それよりも、なの! お二人さん、お熱いですねー? 沙和たちの前でも、そうやって腕くんだままなのー!」

 

 

上手く流されてしまった3人だが、この手の話題に于禁が突っ込まないわけがなく。

王蘭たちも王蘭たちで、腕は組んだまま3人と平然と会話をしている。

夏侯淵が離すまい、と掴んでいるわけでもなく、王蘭自身もその状態を当たり前の様に受け入れているようだった。

 

 

「あぁ、お陰様で仲良くさせてもらっているさ。なぁ、蒼慈?」

 

「えぇ、お陰様で。みなさんはあれから北郷さんとの距離は縮まりましたか?」

 

 

からかい目的の2人に対して平然と返す王蘭たち。

 

 

「………すっごーい! 蒼慈さんて大人なのー! 隊長も私たちといる時は蒼慈さんみたいに堂々としてほしいのー!」

 

「なんでそんなに耐性ついとるんやろ? からかった側のはずのうちらの方がなんや恥ずかしなってくるわぁ………。」

 

「流石は蒼慈さん、実に男らしいご対応です!」

 

「ありがとうございます。まぁ皆さんの他にも華琳さまを始め色々な方に気にかけて頂いているので………。」

 

 

そう言って苦笑いを浮かべながら返す王蘭。

夏侯淵の方はどこ吹く風で全く気にしていないようだ。

 

 

「まぁ北郷さんとの話でまた何かお力になれることがあれば仰ってください。それでは私たちはそろそろ行きますね。」

 

「あっ、引き止めちゃってすみませんなのー! 秋蘭さまっ、素敵な休日をお過ごしくださいっ、なのー!」

 

「こら沙和、蒼慈さんもご一緒にいらっしゃるのだから………。」

 

「なぁぎぃ。こういうんは、女性の秋蘭さまだけに言うて大丈夫なとこやで?」

 

 

にしし、と笑う李典に苦笑いしか返せない王蘭。

 

 

「うむ、ではな。お前たちも良い時間を過ごせよ。」

 

 

夏侯淵がそう言うと、2人は再び歩を進める。

三羽烏に会った店から少しいったところに、王蘭が目的にしていた店はあった。

 

 

「お待たせしました。こちらが、私の行きたかった店です。」

 

「ここは………華琳さまのお召になってる髪飾りなどを取り扱う店ではないか………?」

 

「はい。華琳さまにどちらでご購入なさっているのか事前にお伺いしてから来ましたので。」

 

「お前がどうしてまた、このような店に来たがったのだ?」

 

「えっと、ですね………。今日は一応、2人にとっての周年の節目になるので、記念にと思いまして。」

 

 

そう照れながら言った王蘭に、驚いた表情を浮かべる夏侯淵。

先程の様にからかわれるのは耐性がついているようだが、夏侯淵と2人での会話に於いてはその限りではないらしい。

 

 

「覚えていたのだな………。」

 

「それはまぁ、はい。流石に覚えています。」

 

「ふふっ、そうか………まぁせっかく来たのだし、入ってみようではないか。」

 

 

嬉しそうな表情を浮かべながら、店に入る2人。

 

実はこの日は2人が付き合い始めた記念の日。

それを祝うために、この日をなんとか休みになるよう調整したと言うことだろう。

 

確かに、このためならば仕事の鬼になる王蘭の姿など容易に想像がつくというもの。

 

 

さて、それが叶った王蘭。

しっかりと夏侯淵に似合う装飾品を選べると良いが………。

 

 

 

 

 

 

 




秋蘭さんと2人の拠点フェーズ!
やっぱりこんな2人のシーンを描かないとね…!笑

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第五十二話

 

 

 

周年記念の逢引きで、街中へとでかけている王蘭と夏侯淵。

2人はあの曹操も御用達の装飾品店へと来ていた。

 

 

「華琳さまは意匠から全て特注の様ですが、秋蘭さんがどのようなものを好んで選ばれるのかいまいち自信がなくて………申し訳ないのですが、一緒に選んで頂いても構いませんか?」

 

 

そう正直に話す王蘭。

せっかくの記念の品なのだ。日常的に付けられるようにしっかり好みに合わせたものを選ぶべきとして、北郷の記事に従う。

 

 

「別にお前が選んだものなら、どんなものでも付けようと思うのだぞ? まぁでも、お前のその心遣いはありがたく受け取っておこう。」

 

 

そう言うと、店先に並ぶ品々に目を通す夏侯淵。

幾つかを手に取り、実際に自分に当てて見せる。

 

 

「どうだ? 似合うか?」

 

「よくお似合いです。でも先程の髪飾りの方が、私は好みですね………。」

 

 

そんな掛け合いをしながら、幾つかの商品を手にとっては棚に戻しを繰り返していく夏侯淵。

 

 

「そう言えば、ここには指輪や髪飾り、首飾りなど様々あるが、どれを見たら良い?」

 

「えっと………指輪は秋蘭さんは弓を扱うので、今回は避けようかと思ってます。でも日常的に付けていて問題がないのなら仰ってくださいね? なので今回は、首飾りか髪飾りを贈ろうかと思っています………。」

 

「ふむ。指輪は正直付けたことがあまり無いから良くわからんな。では髪飾りと首飾りを中心に見ようか。」

 

 

そう言ってそれらが集まっている辺りを物色する。

 

何度か当ててみては王蘭の意見を伺い、候補を絞っていく夏侯淵。

最終的に3つの候補まで絞り込んだ様だ。

 

 

「この中のどれか、だな。最後まで私が選んでも良いのだが、せっかくこうして蒼慈が私に贈り物をしてくれるのだ。なるべくならお前自身で選んで欲しいのが女心だな。」

 

「わかりました。この中からなら私も選ぶことができます。絞っていただいて助かりました………再度当ててみても?」

 

「あぁ、もちろんだ。納得のいくものを選んでくれ。」

 

 

やはり夏侯淵の選ぶものはどれも良い意匠のものばかり。

髪飾りが2つに首飾りが1つと、どちらの選択肢も残しておく辺りは性格が伺える。

 

それぞれを夏侯淵にもう一度当ててみて、そっと首飾りは置いた王蘭。

どうやら髪飾りで悩んでいるようだ。

 

 

「ふむ、その首飾りは違ったのか?」

 

「えぇ、首飾りだと落ちる心配が無いのでいいのですが、秋蘭さんは首元まで詰まった着物をよくお召しになるので………せっかくなら普段から目につくものがいいなぁ、なんて………。」

 

「ふふっ、そうか………どちらも私が残したものだ。後はお前の判断に全て委ねるよ。」

 

 

王蘭は2つを手にとって交互に見比べる。

うんうんとしばらく悩み、1つを陳列棚へと戻す。

 

 

「こちらにします。………如何でしょう?」

 

「あぁ、良いと思うぞ。私の好みでもあるし、お前が選んでくれたものだ、嬉しくないわけがないさ。」

 

 

それを聞いて喜んだ表情を見せる王蘭。

早速会計を済ませて、夏侯淵へと手渡す王蘭。

 

礼を言って受け取った夏侯淵は、早速それを身に着けてみせる。

 

 

「………どうだ?」

 

「はい、よくお似合いです。うん、それにして良かったです!」

 

 

彼女の青い綺麗な髪に輝くそれは、花を象った細工が入った髪飾りで、さり気なくつく深蒼の宝飾が、主張をしすぎない程度に付けた人を華やかにする、まさに彼女らしい髪飾り。

短髪の彼女でもしっかりと付けられるようになっているのも評価が高い所だ。

 

髪飾りをつけた彼女の足取りは更に軽やかになり、腕を組んで2人並んで歩いているはずが、グイグイと夏侯淵の方から引っ張る様にして進んでいく。

 

 

「次はどうするのだ?」

 

「私が行きたかったお店はあのお店だけですので、夕飯まではこのまま街で買い物しましょうか。」

 

 

そう言うと、今いる場所から街並みを順番に見て回ることに。

装飾品店の他にも、雑貨屋に服屋、休憩に喫茶店と、様々な店に顔を覗かせる2人。

 

途中服屋にて、

 

 

「蒼慈はどんな服が好みなのだ? 切れ込みのふかーく入ったこのような着物か? それともこうしたフリフリとした飾りのついた服が好みか?」

 

「えぇっ!? う、う………私はどちらかと言うと前者寄りの方が好み………です。」

 

 

といった場面も見られた2人。楽しい時間を過ごせているようだ。

楽しい時間はいつの日もあっという間に過ぎゆくもので、もう夕飯時である。

 

 

「秋蘭さん、そろそろ夕飯時ですね。お店に予約を入れてあるので、そろそろ向かいましょうか。」

 

「おや、そうなのか? 」

 

「はい。せっかくの日なので、いつしかの日をなぞってみようかと思いまして。」

 

 

そう言って2人が向かったのは、初めて2人きりで食事をした店だった。

中に通され席につくと、早速料理が運ばれてくる。

 

 

「ふふっ………別に慣れた店でも良かったのだぞ?」

 

「あの時ほどガチガチに緊張していませんから、ちゃんと食事もお酒も楽しめますよ。」

 

 

そう言って2人は乾杯する。

 

 

「………ふぅ。時間が経つのって本当に早いですね。あの時の食事が昨日のことのように感じます。」

 

「だな。あれはまだ黄巾の賊らを討伐する前だったか………懐かしいものだな。」

 

「そうですねぇ………。あのときの秋蘭さん、全然その気がなかったですもんね。」

 

「まさかお前がそんなふうに思っていたなんて思いもしなかったよ。互いに真名も交換してない間柄だったしな。それに、今はこうしてお前を一人前の男として見ているのだ。それで良いだろう? 我が恋人よ。」

 

「ぐ、ずるいですよ………まぁ良いんですけども。」

 

 

そうして昔を思い浮かべながら、当時と同じ料理が次々に運ばれてくる。

 

黄巾から先の劉備との戦いまで、世の情勢は大きく移り変わっている。

2人はそれを辿りながら料理に舌鼓を打ち、ゆっくりと酒を楽しむ。

 

 

 

………。

 

 

 

「ふぅ………そろそろお酒が回ってきましたね。お店、出ましょうか。そう言えばあの時、緊張してるのに飲みすぎちゃって、何かとんでもないことを言っていたような気がしますよ。」

 

「はて、どうだったかな………?」

 

 

そうして笑い合いながら、店から出る2人。

 

 

「少し酔い覚ましも兼ねて、涼みに行きませんか? 夜風が気持ちよくあたる、良い場所があるんです。」

 

「それは良いな。私も少し飲みすぎてしまった様だ。早速行こうか。」

 

 

2人は再び腕を組み、小川の流れる静かな場所へと移動する。

 

 

 

 

──────────。

 

 

 

 

小さな川の流れる、少し開けた場所へとやってきた2人。

街の喧騒など聞こえない、静かな場所だ。

 

座れそうな岩肌に腰を降ろした2人は、しばらく川から聞こえてくる水の音、周囲からリンリンリンと聞こえてくる虫たちの音に耳を傾ける。

昼の暑さなど感じさせない、涼やかで心地の良い時間が流れていく。

 

 

「ふぅ………ここは心地よいな。」

 

「そうですね。お連れして良かったです。」

 

「こんな所、一体どうやって見つけて来るのだ?」

 

「それはまぁ………黄巾討伐の時期からこの日まで時間はたくさんありますので。」

 

 

笑いながらはぐらかす王蘭。

振り返ると、将としてはまだ日は浅い王蘭だが、夏侯淵隊として入隊した日も加味すれば、実は古参の部類に入る。

 

それも相まって、2人は今一度思い出を振り返るように昔を懐かしむ。

一通り会話が盛り上がったあと、不意に静かな時間が訪れる。

 

 

互いに口を開くでもなく、互いの肩をピッタリと寄せ合って、ただただ横に愛する人がいる事を噛みしめる2人。

どちらからともなく、ふと互いの方へとゆっくり顔を向ける。

 

 

静かにそっと、2人の影が重なっていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 




秋蘭さんと2人の拠点フェーズ後半。
爆ぜる?そろそろ王蘭さん爆ぜるかな?


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第五十三話

 

 

劉備との戦を終えた曹操軍は、これまでの様に各地豪族たちとの折衝や、盗賊討伐へと再度取り掛かる。

 

すると、これまで難色を示していた豪族たちがまたたく間に曹操に恭順すると申し始めるではないか。

一体何があったのか? と訝しむ将たちだったが、それを確認するとどうやら先の劉備との戦において、開戦時はかなりの寡兵であったにも関わらず、いざ蓋を開けてみれば曹操軍の圧勝だったことが、遠い河北の地へも伝わっていることがわかり、ならば、と態度を改める豪族たちが続出したようだ。

 

思いもよらぬ効果を目の当たりにした曹操は、いよいよ大陸の行方が定まってきている事を実感する。

 

これにより、再び各地へと折衝に赴いていた将たちは、陳留へと上々の成果を引っ提げて帰還。

河北四州、徐州に司隷と一気に領地を広げた曹操が、大きく治世を前進させたのだった。

 

 

………そうなると、いよいよ大陸きっての大国となった強みが出てくる。

 

兵に糧食といった軍の備えはもちろん、商人の往来も活発になり国内経済が循環し始める。

そうなると簡単には止まらない。富が富を生み、豊かな生活が悪意の根源を駆逐していく。

 

これまでは武官の活躍が大きく目立っていたが、今となっては文官の悲鳴が聞こえない日は無いのだとか………。

 

 

 

 

──────────。

 

 

 

 

「………さて、次の議題ね。」

 

 

陳留の玉座の間では全ての将が集まり軍議が行われていた。

領内の状況の確認や、先の豪族との折衝についての確認が今しがた終わり、いよいよ次にどう動くかの議題が進められる。

 

 

「はっ、領内の状況は先の議題でもありました通り、凡そが一段落がつき、いよいよ次の攻略へと移って問題ないかと思われます。」

 

「はいー。南方への警戒は引き続き行わなければなりませんが、その前に後顧の憂いを断っておいて損はないかとー。」

 

 

荀彧、程昱がそれぞれ曹操へと上申する。

賈駆と郭嘉の残りの軍師たちもそれに賛同するように頷いてみせた。

 

 

「むぅ………? こうこのうれい………?」

 

「はははっ! 季衣、お前分かっていない顔だなぁ。」

 

「春蘭さまはわかったんですか!?」

 

「ふふーん、当たり前だろう! 良いか? ”こうこのうれい”とはな………後々出てくる心配ごとを先に片付けておく、と言う意味だ!!」

 

 

春蘭の言葉を聞いた一同が、驚異の速さで彼女の方を振り返る。

 

 

「なんだっ!? ………な、なぁ北郷。私、もしかして間違った事を言ったのか………?」

 

 

そう恥ずかしそうにしながら北郷へと確認する夏侯惇。

 

 

「い、いや………あってるよ! すごいじゃないか、春蘭!」

 

「で、では何故みんながこっちを向いているのだ………?」

 

 

あっているのにこんな反応を見せられては不安になってしまうのだろう。

北郷に褒められた後も体を小さく縮こまらせている。

 

 

「春蘭………私は今猛烈に感動しているわ………。秋蘭、あなたの教育かしら?」

 

「い、いえ………私もかなり驚いております。姉者自身で学んだのでしょう。」

 

「そう………春蘭!」

 

「は、はっ!」

 

「今夜はたんと可愛がってあげるわ! 仕事が片付いたら急いで私の部屋へいらっしゃい! 今日は何でもお願いを聞いてあげるわ。」

 

「は、はいっ、華琳さま………!」

 

 

思わぬご褒美で、ニヘェっとだらしない顔を浮かべる夏侯惇。

 

 

「春蘭さま、すっごぉい!!」

 

「どうだっ! 季衣も良く勉強しろよ?」

 

「はいっ!」

 

「ふふっ、季衣、わからないことがあれば誰でも良いから何でも聞きなさい。学ぶ事はとても大切なことよ。………さて、話がそれてしまったけれど、我が軍の基本的な指針は桂花が言ってくれた様に、次の攻略へと動き出します。武官の皆は兵の調練を、文官の皆は戦に向けて糧食などの準備を進めなさい。整い次第、動き出すことにします。」

 

「「はっ!」」

 

「我らが次に向かうのは………西涼。馬寿成の治める涼州よ。」

 

 

 

 

──────────。

 

 

 

 

それからしばらくして、そろそろ戦の用意も整いそうな頃。

諜報に出ていた兵からの報告を聞いた王蘭は、彼には珍しく渋い顔を浮かべていた。

 

 

「うぅむ………困りましたね。今回我らは全く役に立たないかも知れません。」

 

 

そう言うやいなや、曹操の元へと向かう王蘭。

諜報活動があまり上手く行っていないのだろうか。

 

曹操の部屋の前に立ち、扉を3度コンコンコンと叩く。

 

 

「華琳さま、王蘭です。ご報告があって参りました。」

 

「蒼慈? 構わないわ。入りなさい。」

 

「なっ! か、華琳さまっ………!!」

 

 

中から荀彧の慌てた声が聞こえてくるが、入るように促されてしまっては入らないわけにもいかない。

 

 

「………失礼します。」

 

 

気持ちばかりのものかも知れぬが、一息ついてから部屋に入ると、息を切らせた荀彧と、椅子にゆったりと腰をかけ得意げな表情を浮かべる曹操の2人が。

荀彧の服も若干の乱れが見て取れる限り、いつかの様に致していたのだろう。

 

 

「”のっく”とは誠に良い文化を教えて頂いたものです。………馬騰の治める涼州での諜報についてご報告があり参りました。お取り込み中であれば、改めますが………?」

 

「ふふっ、構わないわ。馬騰に関する情報は優位が高いもの。で、何?」

 

「はっ。西涼の様子をあれから探らせてはいるのですが、結果から申しましてあまり芳しくありません。というのも、西涼は騎馬民族が多数寄り集まった地域。そのため、領主の馬騰や馬家は筆頭として存在はするのですが、その他の部族に関しては完全に独自での運用が成されており、また馬家もそこには深く足を踏み入れている様子がありません。」

 

「………つまり?」

 

「馬家の情報を仕入れたとしても、他部族の動向がそれに伴うものではないため、情報の優位がそのまま戦略的優位に動けるかどうか怪しい、ということです。情報の価値がこれほどまでに著しく下がることなど、経験したことがありません。」

 

「ふむ………。反董卓連合のようなものかしら? ただし、あれとは比べ物に成らないほどに連携ができているにも関わらず、これと言って密なやり取りがあるわけでもない、と。」

 

「はい。何度かそのやり取りの情報を仕入れはしてみたのですが、伝えられる情報は敵の出現地と何時頃現れたかのみでした。」

 

「………たったそれだけの情報で五胡の侵略を抑えているというの? それを思うと逆にすごいわね。桂花、どう思う?」

 

「はい、仮に蒼慈の言う通りのやり取りしか無いのであれば、今回我らが軍を進めた所でそれぞれの部族単位で動くのは間違いないでしょう。少単位ならば仲間意識も強く、斥候兵を忍ばせることも容易ではない事に加えて、あまり有益な情報は得られないかも知れません。」

 

「ここに来て蒼慈の天敵が現れたようね………。」

 

 

なんだか嬉しそうな表情を浮かべる曹操。

自軍の斥候隊が上手くいかない初めての経験が、より今回の戦いへの期待を高めさせているのだろう。

 

 

「いいでしょう。蒼慈、あなたは今回の戦は出陣せずに城に残って守将となりなさい。そして西涼の更に先、西と南に向けて軍を動かす時に備えて、情報はそちらを中心に集めなさい。詠は西涼出身だからこちらに同行させたいのだけれど………そうね。代わりに、風を残して行くわ。2人で上手くやりなさい。」

 

「はっ。承知致しました。ではこれから風さんの元へ向かってお伝え致します………では。」

 

 

こうして王蘭は西涼への侵攻には不参加となった。

西涼よりさらに南西にいる劉備、曹操の領地から南には孫策がそれぞれ構えている。

 

 

これから曹操軍が国として大きくなるには彼女らの情報を掴むことは必須になるだろう。

如何に素早く正確な情報をつかめるか………それは王蘭たちの活躍にかかっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




本編です。いよいよ涼州攻略ですが、今回は王蘭さんお留守番。
その間に如何に劉備と孫策の情報をつかめるか?


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第五十四話

 

 

 

陳留では西涼への進軍に向けて慌ただしく戦の用意が進められていた。

 

その準備も凡その目処がたったこともあり、曹操は夏侯惇を使者として馬騰の元へ遣ることに。

数日が経ち彼女が戻ってくるが、やはり色よい返事は貰えなかったようである。

 

であれば攻めるまで、と、これまでの戦の準備が進められ、いよいよ出陣の日となった。

 

 

「これより我らは西涼の地へと赴き、馬騰と刃を交える! この一戦、我らの覇道における重要な戦いとなるであろう! みな、心してかかるように!」

 

「全軍、前進!!!!」

 

 

曹操、夏侯惇の号令が響き渡る。

軍が進み始める中、それを見送る王蘭と程昱の2人。

 

 

「蒼慈、風。陳留の守りと情報の収集、頼んだわよ。」

 

「はいはいー。華琳さまもお気をつけていってらっしゃいませー。」

 

「ご武運を。馬騰は病に伏せているとの報告もあります。あまり過大な期待は持たれませんよう。」

 

「そう………噂には聞いていたけれど。でも、どちらでも構わないわ。馬騰と戦うことができるのが最も望ましいけれど、この戦は飽く迄過程だもの。では、行ってくるわ。」

 

 

歩兵隊、騎馬隊がそれぞれ動き始め、曹操自身が動き出すまでの僅かな時間で見送りの言葉を掛ける王蘭たち。

彼らは彼らで、ここから大切な役割が待っている。

 

 

 

………。

 

 

 

曹操たちがある程度進むまで見送った王蘭と程昱。

 

 

「さてさてー、華琳さまたち行ってしまいましたねー。風たちもお仕事しましょうかー。」

 

「はい。よろしくお願いしますね。」

 

「蒼慈さんは風たちは何をすべきだと考えますかー?」

 

「そうですねぇ………。一旦城の中に入って状況の整理からしてみましょうか。こういうのはすべき内容を見直して見るのが一番ですよ。」

 

「はいはいー。噂に名高い美味しいお茶を楽しみにしてますねー。」

 

「ふふっ、承知しました。」

 

 

そう言って、城の中でこれからの事について詳細に詰めていくため話し合いが行われることになった。

機会があれば誰でも構わずお茶を振る舞っている王蘭だが、程昱にはそうした機会がなかなかなかった様だ。

 

 

2人は程昱の執務室へと移動し、お茶をすすりながら話を進める。

 

 

「はふぅー。蒼慈さんのお茶は本当に美味しいですねー。これが軍内で噂の王蘭印のお茶ですかー。風もなかなか自信を持っていましたが、これには負けてしまいますよぅ。」

 

「そうなんですね。今度是非ごちそうしてください。最近私、他の方が淹れるお茶って飲んでないんですよね………。」

 

「それはまた今度ですねー。風はいま蒼慈さんのお茶を飲むので忙しいのですよー。」

 

「えぇ、その日を楽しみにしています。さて………お茶を飲みながらでも話を進めましょうか。馬騰攻略、いえ、涼州攻略と言ったほうがいいですか。そちらは大きな問題が発生しない限りは我が軍の勝利で終わるでしょう。いくら騎馬民族との戦い方が特殊だとは言え、あの大軍団で向かわれた華琳さまたちが負ける確率はかなり低いと見てます。」

 

「そうですねー。戦は数、とはまさしく。風も同意するのですよー。」

 

「では………その次に我らが向かうのは?」

 

「劉備さんか孫策さんの所でしょうねー。」

 

「風さんのお考えとしては?」

 

「………風個人の意見としては、孫策さんのところが気にはなりますが、華琳さまの性格を鑑みるに、どちらでもないのではないかとー。」

 

「そうですか………私も華琳さまならそういう展開になると予想しています。ちなみに孫策が気になる、というのは?」

 

「やっぱり情報が入りにくい相手というのは、曹操軍の軍師としてはやはり不気味ですねー。諜報がうまく行かないのであれば、兵数や定石から判断することも多くなって、不確定要素が増えてきちゃいます。風はそれが嫌だなーと思うのですよー。まぁ他の軍だとそれが普通なのでしょうけど、慣れというのは怖いですねー。」

 

「なかなか難しくて………ご不便をおかけしてます。」

 

「いえいえー。むしろいつも助かっているのですよ。」

 

「ありがとうございます。………華琳さま的に、降伏してきた相手に元の領地をそのまま任せるって選択肢はあるんですかね?」

 

「それはまぁあると思いますが、今回検討しているどちらの方も、一戦も交えずに降伏を選択することは無いのではないでしょうかー。」

 

「ふぅむ………孫策さんの所、あれだけ仲間意識の強い軍なら、現状の国土を安堵するとかの条件提示って意外と効果あるのかも、と思ってみたんですが。」

 

「んーどうでしょう? そういう交渉の机についてもらうための戦はどこかで必要とは思いますが、それも案外ありなのかも知れませんねー。でもそれを確実かどうか判断するために、蒼慈さんにはなるべく頑張って欲しいのですよぅ。」

 

「はい………すみません。」

 

「蒼慈さんを責めてるつもりはないので、誤解しないでくださいねー?」

 

「はい、わかりました。………風さんは、私はこれからどう動くべきだと思いますか?」

 

「………ぐぅ。」

 

「風さん、起きてくださいー。起きて助けてくれるなら、きっと良いことありますよー?」

 

「おぉっ!? これまでにない斬新な起こし方ですねー。やっぱり蒼慈さんと一緒にいると飽きなくていいですねー。」

 

「その評価は嬉しいですが、北郷さんに聞かれたら怒られるんじゃないですか?」

 

「別に風はおにーさんにお熱なわけじゃないですよー?」

 

「あれ? そうなんですか?」

 

「はいー。おにーさんに処女を散らした女性たちばかりみたいですが、風は今のところその予定はないですねー。」

 

「おや? そうなのですか。てっきり、曹操軍の女性の皆さんは彼に夢中なのかと。」

 

「まぁ種馬おにーさんですからねー。何か惹きつけられる魔力をお持ちなのは間違いないのですよー。」

 

「ふむ………北郷さん絡みでお手伝いできるかと思って良いこと、と言ったのですが。でもまぁそうならばそれとは別に何か考えるので、風さんのお力を貸してください。」

 

「むー仕方ないですねぇ。………片方ずつ片付けられるならば確実ではあるかも知れませんが、華琳さまの軍と孫策さん、劉備さんの軍を足した戦力差的にはそれを許さないのですよー。華琳さまがお許しになるとは思えませんが、ちょこちょこと相手の戦力を削っていく作戦もあるにはあると思います。ですが、恐らく実行許可はおりませんしねー。………これは困りましたねぇ。」

 

「軍師殿としてはどうすればよろしいとお考えですか?」

 

「こちらがちょこちょこ作戦を実施できないだけで、敵さんはそういう縛りは特にありませんよー? 戦力で劣っているのですから、向こうはなりふり構っていられるはずがないですねー。」

 

「あー………なるほど。風さんもなかなかに容赦ないですね。いや、やはり軍師というのはそうでなくてはならないのかも知れませんが。」

 

「会話の途中で風の考えを読んじゃう蒼慈さんも蒼慈さんですけどねー。」

 

「私の思考もだんだん嫌な感じになってきてますかね………。要は向こうからちょっかい出してくる情報を如何に早く掴むか、ですね。」

 

「ですです。それなら華琳さまとしても、向こうから攻めてきたのを叩きのめしたまでよ! って胸張って言えますからねー。」

 

「ならば、割と軍部機密に近いところまで潜り込まないといけないですね。………突発的なものでもある程度はつかめる程に。」

 

「最も望ましいのは、諸葛亮ちゃんと周瑜さんの近くまで、ですねー。」

 

「諸葛亮については正直に申しまして、既に潜り込み済みですので問題ありません。先の戦いでも、虚偽混じりの地図を置いておけるくらいには。」

 

「おぉっ! そういえばそうでしたー。相変わらずお手の早いことで。いやはや。」

 

「兄ちゃんの下半身と一緒だなぁ!」

 

「これ宝譿。それは種馬の二つ名を持つ北郷さんの方ですよ。蒼慈さんは今の所一途を貫いているのですよー。」

 

「いや、今の所って………。」

 

「秋蘭さまとっても幸せそうですもんねー。いやー風も早くそんな男性と巡り会いたいものですよ。さてさて、蒼慈さん。風はお茶がなくなったのですよー。」

 

「おや、了解です。お待ちくださいね。」

 

 

2人は波長が合うのか、気づけばかなり長い時間話し込んでしまっていた。

王蘭はお茶を淹れなおしながら、今の会話をざっと振り返る。

 

蜀については早い段階から手を出せて居たため、諜報に問題はないと確信しているが、問題はやはり孫策軍。

 

 

果たしてどうすべきか………と考えながら、お湯を汲むのだった。

 

 

 

 

 

 




2人の会話はまだまだ途中ですが、一旦これでぶっち切ります!
風との絡みはなぜか会話が長くなっちゃう…笑
やっぱりあの大戦に向けての内容は長くなっちゃうかもですね。


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第五十五話

「お待たせしました。ちょっと味わい変えてみたのでお召し上がりください。」

 

「おぉーありがとうございますよー。」

 

 

そう言って蒼慈から湯呑を受け取った程昱は、ゆっくりとそれを傾げて茶をすする。

 

 

「はふぅぅぅ………。先程のお茶よりも苦味が強くて味が深いですねぇ。」

 

「えぇ。気づけば長い時間今後についてお話してましたので、頭をキリッとさせるためにも、ね。」

 

「それはあれですかー。風が寝ちゃうとか思ってる感じですかー?」

 

「そこまで厭味ったらしくないつもりですよ。お茶請けも持ってきましょうか。」

 

「おぉ良いですねぇ。風も秘蔵のお菓子をお出しするのですよー。」

 

 

そう言って程昱は自身の机をゴソゴソとあさり、とっておいたのだろうお菓子を引っ張り出す。

王蘭は王蘭で、自身の部屋からお茶にあうお菓子を持ってきて並べた。

 

 

「蒼慈さんと一緒にお留守番しちゃうと、太っちゃいそうですねー。これは気をつけなければ。」

 

「ふふっ、それは大変ですね。お茶は是非ゆっくり味わってみてください。………さて、続きお話しましょうか。」

 

「はいー。」

 

「まずは先ほど話題に上がってました、孫策軍への諜報ですね。………やはり周瑜さんのところに忍び込むのは至難の業と言えますね。」

 

「その心はー?」

 

「まず、周泰と甘寧という孫策軍の誇る諜報部隊の二枚看板が常に目を光らせています。次に、あそこの軍は仲間意識が異常に高く、軍の中までは比較的どことも変わらず潜入は出来たのですが、上に行けば行くほどに、身の上がしっかりと分かっている人物で、かつもともと将たちに覚えの目出度い内輪組織になっているようですね。」

 

「そうなんですねぇ………。そこまでいっちゃうと、もう内部に潜り込むんじゃなくて、外部から探るしかなさそうですねー。」

 

「うーん………敢えて二枚看板から攻めて見るのも良いかも知れませんね。」

 

「風はなんとも言えないので、蒼慈さんの思うようにしたらいいと思うのですよー。向こうさんにも、こちらが色々仕掛けてるのはきっとお分かりなのでしょう?」

 

「どうですかね………まぁ最近増えたな、とは思っているかも知れませんね。」

 

「ならばもう、戦のきっかけにならない程度にやっちゃっていいんじゃないですかー?」

 

「大胆なことをさらっとおっしゃいますね………でもまぁ、ある程度危険をとらないと難しそうなのは間違いないので、色々試してみます。」

 

「そうですねーそれがいいですよー。さてさてーちゃんとご相談のったので風とのお約束、ちゃんと守ってくださいねー?」

 

「もちろんです。助かりました、ありがとうございます。」

 

 

こうして長時間に渡って2人の会議は終了した。

対劉備陣営に対する措置については会議の中で参考になるものは多く見つかったが、やはり孫策軍に対しては色々試してみる他ないという結論に。

 

自軍と違って、有力な将が2人も諜報に特化している事が王蘭の行動をやりづらくさせている。

それならば、とその本人に手を出してみる事にしたようだが、果たして上手くいくのか………。

 

 

 

 

 

──────────。

 

 

 

 

それから数日は特に大きな進展もなく日々内政をこなしていく王蘭と程昱。

片や軍師で片や情報取りまとめを生業とする人間。

 

書簡を片付けていくのを得意とする2人は、淡々と仕事の山を片付けていく。

 

曹操たちが居ない間も、陳留などの領地は人々が活動している。

そのため仕事はいつであろうとしっかりやってくるものだ。

 

2人はそれぞれの仕事もこなしつつ、不在の将の仕事も少しずつ処理を進めていく。

 

ようやく一息つけるかと言う所で、涼州にいる曹操たちから伝令が届いた。

 

 

「申し上げます! 西涼の馬騰との戦いは我らの軍が勝利! 残兵の掃討を行い、州内の平定をある程度実施した後に曹孟徳さまが帰還されます!」

 

「承知しました。ご苦労さまです。」

 

 

そう言って受け取った情報を程昱に共有する。

 

 

「無事平定できましたかー。特に大きな報告もなかったので皆さんご無事のようですねー。ぱちぱちー。」

 

 

伝え聞いた程昱が手を叩きながら彼女らしく勝利を喜ぶ。

それを見た王蘭は微笑みながら、主の帰還の準備に取り掛かる。

 

 

「我々も華琳さまご不在の間の状況を取りまとめにかかりましょうか。帰還されるまで数日はかかるとは思いますが、まとめておいて悪いことはありません。」

 

「そうですねー。風も蒼慈さんの諜報活動状況についてちゃんと知っておきたいですし。風から桂花ちゃんや稟ちゃん、詠ちゃんに共有出来るようにしておいた方が、何かと楽ですしねー。」

 

「そうですね。よろしくお願いします。」

 

 

そうして2人は最近の活動の状況と成果を取りまとめる。

その間にも孫策軍からの兵が数人帰還し、状況をあげていった。

 

 

 

──────────。

 

 

 

「華琳さま、お帰りなさいませ。涼州平定、誠におめでとうございます。」

 

「えぇ、帰ったわ、風、蒼慈。領内は特に問題はなかったかしら?」

 

「何も問題はありませんでしたよー。風は蒼慈さんのお茶を飲みつつ、ゆっくりお仕事できたので平和なものでしたよー。」

 

「あら、じゃあこのあとの軍議では蒼慈は皆に茶を振る舞いなさい。心落ち着かせながら状況の確認をしようじゃない。」

 

「はっ、かしこまりました。」

 

 

そう言って曹操たちは軍備の片付けなどのために一度解散。

将たちはその後、再び軍議の間へと招集されることになった。

 

 

 

………。

 

 

 

「では………これより軍議を始める。まずは涼州平定についてね。秋蘭。」

 

「はっ。涼州攻めでは敵は主に馬騰の娘、馬超が指揮を取り、西涼の敵本陣にたどり着くまで度々我らへと強襲が行われました。しかし、張三姉妹による敵地領内での作戦によりこれを緩和。また自陣において決戦前に兵の士気向上を狙って行った作戦も功を奏し、馬騰との決戦はこちらに大きな損害もなく勝利することができております。」

 

「そうね。馬騰が病に倒れ、毒を煽って自害してしまったことは残念でならないけれど………。仕方のないことでしょう。稀代の英傑であっても病には勝てなかったということ………。皆も、くれぐれも気をつけておくように。」

 

「そうだったんですねー。ちなみに涼州内の制圧は如何ほどお進みですかー?」

 

「そうね、まずは馬超、馬岱の両名は逃亡。おそらく南下して劉備陣営に加わったのでしょう………。領内の敵対勢力については、もともと家を持たない牧民だったこともあって、さっさとどこかへ行ってしまった様ね。敵対しない領民だけがそのまま残っていて、平定は予定よりも順調に進んでいるわ。」

 

「了解しましたー。それじゃー風たちの報告の番ですねー。皆さんが出陣されてる間も徴兵や糧食の備蓄、経済活動活発化のためにと色々と処理をしておきましたー。こちらも順調に進んでいますので、今回の涼州遠征分くらいは直ぐにでも補充できる見込みですー。次の戦がいつ頃になるかはこれから軍師のみんなとお話しますが、それに向けて順調に進められるかとー。」

 

「そう、桂花たちは帰ってきて早々で悪いけれど、次に向けての準備を進めなさい。」

 

「では私から報告ですね。後ほど軍師の皆さんにも共有させていただきますが、敵情については全体で共有しておきましょう。まずは劉備軍ですが、」

 

 

劉備軍

 

主な将:

劉備・関羽・張飛・趙雲・黄忠・魏延・厳顔・公孫瓚・呂布・華雄

 

軍師:

諸葛亮・龐統

 

近況:

益州平定に注力しており、曹操軍への攻撃は今の所見受けられない。

 

 

「といった具合です。益州平定に伴って、黄忠、魏延、厳顔の3名が新たに陣営に加わり、ただでさえ猛将が揃う陣容だったのが更に強化されたものと思われます。ただ、諸葛亮と魏延の仲はあまり良好とは言えず、どこかで綻びが出てくる可能性も。その諸葛亮に加えて、もうひとりの軍師龐統と2名ともが、伏竜鳳雛と呼ばれるほどの知略の持ち主のようです。2人のとる策はまさに神算鬼謀だとか。」

 

「関羽ぅぅ〜………えぇなぁ………。」

 

「霞、落ち着きなさい。それよりも恋に加えて、華雄も劉備軍に居るのね………猪だけど、使いようによっては厄介よ。僕たちは汜水関であいつの暴走を抑えられる将を配置できなかったのが問題だったけれど、その不安が無いのならあの武力は正直怖いわね。あの大連合軍に無謀とも言える突撃をしたにも関わらず、無事に生きて帰れてる時点で正直おかしいくらいよ。」

 

「詠の言うとおりです。こちらにも春蘭という同類が居ますが、華琳さま一の大剣として大陸に名を馳せています。諸葛亮によってうまく使われれば厄介になるでしょう。」

 

「華琳さま一の大剣とは、桂花も私のことがよぉーく分かってきたようだな! ふはははははっ!」

 

「姉者………。」

 

「えっと。報告にはまだ続きがあるのですが、正直判断に迷います。………劉備陣営内にて、袁紹、文醜、顔良の3名の姿を確認しております。」

 

 

「………。」

「………。」

「………。」

「………。」

 

 

「そ、そう………まぁ顔良、文醜については出てくるかも知れないけれど、あれを抑えておくためにも諸葛亮はそれを許可しないのではないかしら?」

 

「私も華琳さまの仰るとおりだとは予想していますが………劉備がうまく袁紹を操れるのなら、あの強運は正直怖いですね。」

 

「い、今はそんな不確定要素に考えを奪われるよりも、他の事に目を向けなさい。いいわね!」

 

「は、はっ。では次に孫策軍についてですね。」

 

 

孫策軍

 

主な将:

孫策・孫権・孫尚香・黄蓋・甘寧・周泰・呂蒙

 

軍師:

周瑜・陸遜

 

近況:

袁術から独立してから、地盤固めに注力している。孫策軍もこちらに手を出せる状況ではなさそう。

 

 

「孫策軍は内情的には王族の孫家が母体となっている軍ですね。正直に申しまして、周泰と甘寧の両名がかなりやっかいといいますか、諜報に対して強く、なかなか内部の深くまで潜り込めていない状況です。あと、孫策軍の特徴としては軍師も武将並に戦えるという事。現場で戦略的な判断ができるのは強みになりえますので、これを如何に発揮させないかが、戦闘時には重要な点になってきそうです。」

 

「それに………私や劉備と違って、血筋が3人いるのは大きいわね。たとえ孫策が倒れたとしても、孫権が、その次には孫尚香が遺志を継いで御旗になることができるというのは、思いの外部下に好影響を与えているのでしょう。」

 

「ボクと流琉がいる限り、華琳さまにそんな目には合わせませんっ!」

 

「はいっ! 季衣と私にお任せくださいっ!」

 

「ふふっ、2人ともありがとう。期待しているわ。」

 

「………孫策軍、揚州といえば江賊なども発生しているとか。」

 

「はい、稟さんが仰ったように江賊はいたんですが、その頭領が甘寧なんですよ。もともと義賊の様な立ち振舞だったみたいですね。甘寧が加入することによって、操舵ができる戦闘員がまるまる孫策軍に加入したことになります。」

 

「そうなると船での戦いはちょっと厄介ですねー。」

 

「こちらは先程申しました通り、あまり深くまでつかめていませんが、こんな状況です。」

 

「そう、今の所はそれで十分よ。引き続き、努めなさい。」

 

「はっ。」

 

 

ざっと全体の状況整理を終えた曹操軍。

涼州も平定し南征へと着手するに不安のなくなり、いよいよ大陸の情勢が大きく動き始める匂いが漂い始める。

 

将たちの表情を見ても、それをどこか感じさせていた。

 

 

 

 

 

 

 




ちょっと説明回になっちゃいましたね。
無事涼州平定。お留守番だったのでサクッと終わらせちゃいました。
いよいよ感が強いですね。いやーどうなるやら。

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第五十六話

今回は北郷一刀くん心理のみの描写です。
彼が何を感じ、何を思っているのか。

これまでの振り返りと、彼の決意を覗いてみましょう。




 

軍議を終えて将の皆は、各々の仕事に取り掛かるべく、軍議の間から次々と離れていく。

そして皆のその顔には、総じてある種の決意を感じさせる何かがあった。

 

皆のその表情を見ていて、俺はいよいよ大陸の行く末を決める決戦が近づいているんだ、とひしひしと感じた。

 

もちろん、この世界に来るまでの自分が知っていた歴史とは、随分異なる展開になっていることは重々承知している。

だけど。それでも。………やっぱりあの大戦を意識せずにはいられないんだ。

 

 

 

………。

 

 

 

 

軍議の間から出た俺は、自分の部屋に戻ってゆっくりと考える。

 

 

河北四州を始め、王都洛陽が存在する司隷など、広大な領地をその手に収めた華琳。

その様子をずっと横から見てきたけれど、やっぱり華琳はこの時代に於いても英雄なんだなぁ、と、まざまざと感じさせる。

 

正直、自分みたいなただの高校生だった男が、その英雄の横に立ってていいのかな?なんて思ったりもするんだけどさ。

 

ただ最近になって、ようやく気づけたこともある。

 

………華琳だって、普通の女の子なんだなってこと。

 

 

ずっと、自分が1番でありたい、あり続けなければならない、みたいに常に発信し続ける華琳はやっぱりすごく尊敬できて、格好いいなって思うことばかりだ。

けれど、そう言ってる割には横に並び立てる存在を見つけると、それをとても快く受け入れるんだよね。

むしろ熱烈に歓迎しているほどだ。あの劉備さんにだってそうだったわけだし。

 

そんな華琳に気づいてからというもの、やっぱり王は孤独なものよ、なんて言いながらも、誰かと分かち合いたいって時もあるんだろうなーなんて考えたりもする。

 

こんなことを聞いたら、華琳は怒っちゃうんだろうな………。

でもやっぱり、自分の気持ちを誰かと共有できたなら、って考えちゃうよな。

 

横に並び立てる資格のある人物を、自らの力で捻じ伏せ、乗り越えていくことで、王者として、覇者としての評価が高まるっていう考え方や理屈もわかるんだけどね。

 

やっぱり、良いことがあったり、嫌なことがあったりすると、普通は誰かと共有したいもんだよ。

 

春蘭や秋蘭にも、もちろん共有はできるとは思うけど、彼女たちは飽く迄部下なんだ。

その立ち位置に誇りを持ってるし、華琳も彼女たちにはそれを求めてる。

 

それで普段は特に問題ないんだろうけど、ただ話を聞いてもらいたい時って実は、華琳は飲み込むしか無いんだろうなーって。

それがなんとも可愛そうで、俺は華琳にそれを諦めてほしくないって思った。

 

 

この大陸にいる人物がなり得ない、なりにくいのなら、俺がそれになろうって思ったりもしている。

 

 

この時代ではない、どこか遠くの世界からやってきた、よくわからない立ち位置、存在の俺なら、俺だからこそ、彼女にとって部下でもあり、よき友でもあり、孤独な戦いを続ける可愛い女の子を支える男にだってなれるのかな、なんて思ってる。

 

そのためには、これからもっとしっかり頑張って成長していかなくちゃな………。うん、頑張ろう。

 

 

 

そう言えば、この世界に来てからどれくらいの年月が経ったんだろう?

 

初めて華琳に会って、拾われて。気がつけば、もう涼州を平定するところまで進んできた。

 

 

その間にも、黄巾党や反董卓連合軍、それに対袁紹戦などなど。色々な出来事を体験してきたなぁ………。

振り返ってみると、本当にあっという間だった。

 

右も左もわからないような俺に、華琳は仕事を与えて任せてくれた。

それになんとか一生懸命応えようとしてたら、可愛い部下までつけてくれた。

 

まぁ、正直あの3人は色々と問題を起こしたりもしちゃうけれど、それでもやっぱり愛すべき可愛い部下たちだ。

それに、なんやかんや言いながらも、しっかり隊長って慕ってくれてるみたいだしね。

 

 

そうやって仕事をこなすこと、人と触れ合うこと、人に対して責任を負うことを経験してきた。

 

 

………そして、たくさんの戦争も経験してきた。人の死を、間近で感じてきた。

 

 

やっぱり、何度経験したって慣れるもんじゃないよ、あれは。

それでも、その人達の犠牲の上に、俺たちが叶えたいと思ってる平和が成り立つんだ。

たとえ自分の命令であろうとなかろうと、決してそれから目をそらしちゃいけないんだ。

 

 

俺は弱いから、ついついすぐに逃げ出したくなったり、目をつむりたくなっちゃうけど。

ふと横を見れば、決して目を逸らすことなく、それを当たり前だと思うこともなく、正面からじっと向き合う華琳の姿があって。

 

それはとても眩しく見えたし、同時に震えているようにも見えた。

 

 

最初はただ毅然と立ってる華琳の姿にしか見えなくて、あぁやっぱり華琳は強いなぁなんて思ってたけど、いつ頃からだったか、同時に震えているようにも見え始めた。

それに気づくと、あ、俺もしっかりしなきゃ、華琳だって頑張ってるんだ、って強く思えるようになったんだよな。

 

この辺も、さっきの決意に繋がってたりする。

 

 

 

そうそう。

 

この世界に来てからというもの、みんな可愛い女の子ばっかりで正直戸惑ってたんだけど、男の友達も出来たのは嬉しかった!

蒼慈さん。もともと秋蘭の隊に昔からいる人で、今は曹操軍全体の諜報部隊を取り仕切る将だ。

 

今思えば、蒼慈さんって俺の記憶の中にある三国志には登場しない人なんだよなー。

ただ俺が忘れちゃっただけなのかも知れないし、史実に残るような人ではなかったのかも知れない。

 

まぁ今も諜報部隊の取りまとめやってる人だし、史実上でもその役割担ってて、表舞台に出てこられなかったのかも知れないしね。

 

まぁあの秋蘭………夏侯淵とカップルになるような武将? だから名前くらい残ってても良さそうだけどなーなんて思ったりもする。

深く考えても答えなんて出てこないんだけどさ。

 

 

んで、その蒼慈さんとは友達として1番仲良くさせてもらってる。

 

やっぱり、この世界の主だった将は皆女性。どうしても女尊男卑な面はあってなのか、男の武将ってどこの国にも居ないんだよね。

それもあって、やっぱり男同士で過ごすのは気が楽。飯行ったり、真桜と沙和の愚痴聞いてもらったり。

正直、蒼慈さん居なかったら俺ストレスやばかったかも知れない。

 

 

そういや、1度警備隊の隊長代理も1日限定で引き受けてもらったこともあったな。

兵からの評判はなかなか良くって、それから蒼慈さんの訓練を模したゲーム感覚でできる訓練も設けたりした。

 

 

仕事だけじゃなくて、女性についての悩みもよく相談させてもらってる。

 

秋蘭と蒼慈さんが付き合い始めるまでは、逆に俺の方が相談にのることが多かったのに、今となっては完全に逆転。

何せ、蒼慈さんは秋蘭とまさにラブラブ。周りの方が遠慮しちゃうくらいな時もあるもんな、あの2人。

 

それに比べて俺は………魏の種馬なんぞという、不名誉な二つ名がついてしまった。

これを広げたのは真桜、沙和あたりだろうと睨んではいるが。

 

まぁ今はそれは置いておこう。

 

 

こうして、たっくさんの影響を与えてくれる人たちに囲まれて、今までなんとかやってこられた。

だからこそ、その恩に報いるためにも、そして何より俺自身のためにも、皆が支える華琳の大望、夢を叶えさせてあげたいって思う。

 

 

大陸に覇を唱え、其の全てを集中に収めて平和をもたらす。

 

 

この荒れた時代に、夢物語だと一笑に付されてもおかしくなかった、まさに大言壮語だと馬鹿にされても仕方のないくらい、大きな夢。

それでも、どれだけ批判を受けようとも着実に進み続け、今となっては大陸一の領土を持つ王になった。

 

 

残り主だった諸侯と言えば、劉備と孫策のみ。蜀と呉、だよな。

 

 

そうなると、どうしても、どうしても。………やっぱり考えずにはいられない。

 

 

 

赤壁。

 

 

 

もともと俺がいた世界で、三国志に興味がある人なら知らぬ人は居ないその名。

 

史実では、曹操が劉備と孫権の連合軍に敗れてしまう大きな戦い。

この戦いに敗れた曹操は、大陸制覇の道を大きく遅らせてしまうことになる。

 

逆に言えば、この戦いに勝てば大陸は曹操のものになっていただろう、重要な戦い。

 

 

俺は………俺は、どうしてもこの赤壁で華琳に勝利を捧げたい。

それが、皆のためになると信じているから。

 

 

その時にむけて、少しでも皆の助けになれるように頑張らなくちゃな。

 

 

………よしっ。しっかり仕事しよう!

こういう日々の積み重ねこそ、今の俺にできる大事な役割だもんな。

 

まずは………この書簡からかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

でも、赤壁の前に………さ。

何か、何か大事なこと忘れてしまってる気がするんだよな………。

 

気のせいなら良いんだけど、ちょっとモヤモヤする。

 

 

 

 

 

 

 




初めての北郷くん主体のお話だったかも?
彼の頭のなかをちょっと覗いてみる形で書き上げてみました。

さて、次話の投稿なんですが、勝手で申し訳ないですが10日ほどあけさせて頂こうかと思っております。
話もいよいよ佳境に入りつつありますが、ここのところ、書き上がりが投稿予定日ギリギリになってしまっており、ろくな校正も出来ずに読み辛い箇所も多々あろうかと思います。
そんな状態でこの話の山場をお届けするのが心苦しく、また私自身も納得できない様なものは出したくない!と思ってます。
私の勝手な都合で恐縮ですが、何卒ご了承くださいます様、読者の皆様にはお願い申し上げます。
次話投稿は、9/3(月)の20時を予定しております。


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第五十七話


皆様お久しぶりです。
お待たせをいたしました。本日より投稿を再開致します。

原作もそうでしたが、ここから一気に話が進んでいくと思います。
良ければ、是非最後までお付き合いくださいませ。


 

日が高く昇り、陳留の街並みをジリジリと太陽が照らす。

 

街は人々の活気に溢れ、この大陸で戦が行われていることなど嘘に思えるほど。

曹操の治める陳留は、それほどまでに民の生活を潤しているのだった。

 

 

この日、王蘭の部屋には諜報に放っていた兵士の姿があった。

 

 

「なるほど………。ご苦労さまです。しばらくはこの陳留でゆっくりと体を休めてください。」

 

「はっ、失礼いたします。」

 

 

丁度その報告が終わり、王蘭は内容をまとめ始める。

街の人々に見られた輝かしい笑顔とは違い、険しい表情を浮かべる王蘭。

 

彼のもとに届けられたのは、益州にいる劉備に関する情報。

 

 

「少し軍師の皆さんとお話しますか………。」

 

 

そうポツリとこぼすと、今の報告をまとめ上げた書簡を持って、席を立つ。

ついでに、と、もう何本かの竹簡も手に取り部屋を出る。

 

軍師たちが普段使用している部屋の前に立つと、扉を3度軽く叩く。

 

 

「はいー? 開いていますよー?」

 

 

少し間の伸びたような、可愛らしい声が帰ってくる。

扉を開けてゆっくりと中を除くと、そこには4人の姿が。

 

 

「失礼します。丁度皆さんお揃いで良かった………。少し相談したいことが。」

 

「おやおやー、蒼慈さん。いらっしゃいませー。」

「蒼慈さん、お疲れ様です。」

「お疲れ様。なんかあったの?」

「………ふんっ。」

 

 

軍師たちがそれぞれの反応を返す。

王蘭はそれを特に気にするでもなく、部屋の中央に置かれた机に抱えていた竹簡、書類を置く。

 

また、それを見た軍師たちも特に誰が何を言うわけでもなく、自分たちが手を付けていた仕事に区切りがつくと、誰からともなく机に集まってくる。

王蘭は勝手知ったる様に部屋に備えられている道具を使って、5人分の茶を淹れる。

 

全員が椅子に座り、お茶を一口啜る。

すると、王蘭が話を始める。

 

 

「今しがた、劉備陣営、孫策陣営それぞれに放っていた斥候兵より報告がありました。華琳さまにご報告する前に皆さんのご意見をいただきたく。よろしくお願いします。」

 

「はふぅ。相変わらず結構なお点前でー。何か動きがありましたかー?」

 

「はい。………劉備軍が国境付近へ我々をおびき寄せようと、部隊の編成を始める様です。」

 

「どういうことよ?」

 

「くれぐれも内密に願います。この部屋は特にネズミ取りも強くしているので、他の場所で議論するよりは安全ですが、念の為軍内でも内密に願います。」

 

 

軍師たちの顔を見渡して頷くのを確認する。

 

 

「諸葛亮の独断に近いです。劉備軍が国境付近に軍を進めることにより、我々曹操軍の誰かを偵察としておびき寄せ、あわよくば討ち取るという考えの様です。現在候補に上がっている将は黄忠、馬超、馬岱、厳顔。新参の将ばかりです。」

 

「偵察にやってきたボクたちの将をそこで狙い撃つ、か。新参の将に軍内での実績を積ませたいのかしら………。」

 

「その狙いもあるのかも知れませんね。既存の将と同等として扱うためにも目に見える手柄、実績は不可欠。我々としては逆にこの機を利用して、向こうの将を一人でも削る事ができれば………。大きな戦果となるでしょう。」

 

「確かに。劉備軍には優秀な将が多数いるのが厄介ですからね。蒼慈さんは、その候補ではどの将を狙うべきだと?」

 

「………私としては、特に狙うべきは黄忠、厳顔のどちらかと考えます。理由としては2つ。まず今回の出陣候補に上がっていない新参者に、魏延という将がいるのですが、短慮で短気な性格のようで、既に諸葛亮、馬岱らと仲が良くないとの報告が上がっています。その不和を更に助長させるためにも、魏延を上手く丸め込めるような、同じ立場の老兵が居ない方がこちらに良い結果をもたらすでしょう。」

 

「あんたも大概ね………。」

 

「桂花さんにそう言われると、私も少しは軍師の方々の思考に近づけているんですかね? それからもう一つ。やはり大陸全土で見ても、弓兵の将はどこでも貴重な存在です。我が軍にも弓を扱える将の方は居ても、それを主な得物としている人は秋蘭さんのみ。その事からも、遠隔攻撃を得意とする敵将は少しでも減らしておくほうが良いかと。」

 

「そうですねー。今後は何かと奇襲だったりで弓兵さんは入り用になることが増えそうですし。今のうちに対処できるならそれが1番ですねー。」

 

 

そこで一旦話を区切る。

 

 

「検討すべき内容ですが、まずはどの様にしてこの情報を元に敵軍の将を打ち倒すのか。次に、その作戦実行の部隊をどうするかの2つです。」

 

「………そうね。敵はこちらを釣る事を目的とするならば、ある程度まではそれに乗ってあげる必要があるわ。敵に露見することなく包囲するのは正直厳しいわね。」

 

「そうですねー。細かな戦術は後で検討するとして、戦略としてはある程度は敵の誘いに乗ってあげて、そこから逃げる我々に攻撃を仕掛けてくる頃合いをみて、別働隊の襲撃部隊が横から突撃を入れる感じでしょうかー。」

 

「単純だけれど、単純が故に効果的………ね。今回に於いては私もそれで良いと思うわね。」

 

「ではその作戦を基本戦略としましょう。細かな戦術はこの後、皆さんにお任せ致します。次に部隊編成ですね。偵察部隊として出向く隊はどの隊にするのか、そしてこちらが逆に敵を襲撃する部隊はどの隊にするのか、それぞれの選定が必要です。また、この作戦については情報共有する人数は少ない方がいいでしょうから、最低限の人員に留めた選定が必要になります。」

 

「そうですねー。まず候補に上がってくるのは秋蘭さんじゃないでしょうかー?」

 

「ボクは霞を推すわね。襲撃部隊として神速の名を持つ彼女が適任じゃないかしら。」

 

「あんたたち、せめてどっちの役割について話してるかを言いなさいよ、まったく。………まず、私としても偵察部隊には秋蘭を推すわ。あれは頭も切れるし、武もある。万が一の事があっても、ある程度対処できるわ。」

 

「私も桂花や風と同様、偵察には秋蘭さまを推しますね。」

 

「ふむ………。皆さまは秋蘭さんを推されますか………。」

 

「おやおやー? 蒼慈さんは誰か別の人がいいとー?」

 

「はい。ずばり、私ですね。」

 

「………はぁ? っていうか、あんた指揮とれんの?」

 

「一応これでも斥候部隊の隊長ですし、秋蘭さんの部隊の副隊長も務めてましたからね。と言うか、桂花さんはその時から一緒に仕事してたじゃないですか………。下手に秋蘭さんみたいな重臣が出向くよりも、私の方が自然な感じも出せます。それに、何より我々は無事に生き、情報を持ち帰る事が大事な部隊。森や山の中であっても、他の部隊よりは生存率も高いでしょう。」

 

「………言われてみれば、確かに。正直な話、蒼慈さんの隊が軍の部隊であることをすっかり失念していました。」

 

 

郭嘉がメガネの位置をくいっと正しながら、小声でこぼした。頬にほんのり赤みが刺している。

自軍の部隊のことなのに、忘れていた事が恥ずかしいのだろう。

周りの軍師達の顔を見ても、目線を明後日の方向に向け、同じ様な表情を浮かべている。

 

 

「改めて、如何でしょうか?」

 

「………そうね。偵察についてはボクもあんたの部隊がいいと思うわ。これで秋蘭を襲撃の方に回すこともできるし。」

 

「私も同意見です。………言葉はあまりよくありませんが、蒼慈さんの部隊が出向くに丁度良いかと。」

 

「はいー。風も否はありませんー。」

 

「私もそれでいいわ。じゃあ、あんた行ってきなさい。それよりも襲撃部隊の選定の方が難しいわよ………。春蘭みたいな猪連れて行くわけにも行かないでしょう。」

 

「候補としては………秋蘭さま、流琉、凪、真桜、沙和、霞の6名でしょうか。」

 

「確かに難しいですねー。先程の敵将の中で、馬超さんは武勇で大陸に名を馳せている方ですし、ある程度こちらも戦力を整えなければ負けてしまいますー。最悪を想定するなら霞ちゃんは外せませんねー。」

 

「さっきも言ったけど、ボクも霞を推すわ。あの子沸点越えると猪化しちゃうけど、普段は頭も切れるし用兵も上手い。今回の作戦に適任じゃないかしら。しかも相手が錦馬超だった場合、騎馬戦になるわよ。」

 

「では霞さんと………。もう数名、将が欲しいところですね。」

 

「なら秋蘭と流琉の2人を連れていきなさい。その3人なら特に大きな問題をおこさずに隠密行動も取れるでしょ。」

 

「わかりました。では華琳さまに報告してきます。軍議では劉備軍が国境付近にて発見された報告と、私が出陣することのみお伝えします。霞さん、秋蘭さん、流琉さんの3名については、他の皆にもばれぬ様に出陣いただき、仮に問われた場合には孫策の方の国境偵察に行った、とでもしておきましょうか。」

 

 

蒼慈がそう締めくくって軍師達の顔を見渡すと、それぞれが頷いて答える。

ふと、賈駆が王蘭に問う。

 

 

 

 

「そう言えば、劉備たちはどこに軍を出すつもりなの?」

 

 

 

「これもまだ確定では無いようですが、漢中近くの山で、定軍山だとか。」

 

 

 

 

 

 




さて、いよいよ定軍山のシーンが始まってきます。
既にその情報は掴んで対策を練る曹操軍。
ここから少しずつ原作との相違が出てきます。

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第五十八話

 

 

「これより軍議を開催する!」

 

 

陳留の軍議の間で、夏侯惇の声が響き渡る。

この日の議題は王蘭のもとに届けられた情報について。

 

 

「春蘭、ありがとう。今日の議題は主に蒼慈からの情報について、ね。」

 

「はい。では報告いたします。先日、劉備軍、孫策軍それぞれに放っていた斥候兵より連絡がありました。孫策軍についてはこれまで同様、周囲の豪族や盗賊討伐に邁進している様子で、こちらに対して動きを見せる素振りはありません。一方で、劉備軍は我ら曹操軍に対して小さいながらも、行動をとっている模様。」

 

「そうか………孫策に動きはないか。」

 

「ふふっ、春蘭さまは孫策軍の動きが気になりますよね。………ですが今回のご報告は劉備軍が主です。このところ国境付近で劉備軍の兵士がちらほらと散見されていると報告が入っています。報告されている規模も小さく、地形の調査や我が軍への偵察部隊の兵士だとは思いますが、このまま放って置くわけにもいきません。」

 

「そうね………。あまりに頻度が高いようなら一度しっかり対策を取って、相手の動きを見ておきましょうか。蒼慈、あなた直接いってらっしゃいな。」

 

 

実はこの流れは事前の打ち合わせ通り。

劉備軍の情報はすべて曹操に伝えており、その上でこういった曹操直々の命令という体を取ることにしていた。

 

 

「はっ、承知しました。念の為場所のご報告も。漢中近くにある山で、定軍山の付近での報告となっております。」

 

 

それを聞いた北郷はピクッと反応を示した。

 

 

「定軍山………? なにか聞き覚えのあるような………。」

 

「兄様、どうかしましたか?」

 

「流琉。いや、きっと思い過ごしかな。何もないから大丈夫。」

 

 

「劉備軍がこちらへの諜報活動を活発に行ってきているなら、孫策軍についてもそのうち同じことが言えてもおかしくはないわね。この際だから、国境付近への警備も少し強化する意味も込めて、偵察部隊対策として、数人には国境警備に行ってもらおうかしら。」

 

「はいー。風もそれがよろしいかとー。これまでの戦績が、情報の有用さを物語っていますからねー。」

 

「では孫策軍方面に、秋蘭、流琉、霞の3名を任じます。数日は国境での警備を続け、敵の視察兵がどれくらいやってきているか報告なさい。」

 

「はっ、承知いたしました。」

「承知しましたっ!」

「はいよー。」

 

 

こうして王蘭たちは軍師たちとの打ち合わせ通り、国境の偵察へと向かうことになった。

 

 

 

 

──────────。

 

 

 

 

王蘭隊、夏侯淵隊、典韋隊、張遼隊の4つの隊はそれから間もなく出立の準備を整える。

出陣の際には曹操自らが見送りに来ており、以下城に留まる将たちがそれに続く。

 

 

「蒼慈、あなたは特に気をつけて行ってきなさいな。実際に動いたと報告のあったのはあなたの方なのだから。」

 

「承知しました。現地についてからも数日は様子を見るつもりでおりますので、しばらく城を開けることになります。その間、軍師の皆様は我が隊の報告取りまとめなど、よろしくお願いしますね。」

 

「その辺は特に気にすることないわ。この賈文和が責任を持って引き継いであげるんだから。」

 

「そうですね。詠さんなら安心です。………では華琳さま、いってまいります。」

 

「えぇ、頼むわよ。秋蘭、流琉、霞の3人も、しっかりね。」

 

 

そう行って一足先に城を出る王蘭。

久しぶりに高々と掲げられている漆黒の牙門旗が、どこか誇らしげにたなびいている。

 

 

 

………。

 

 

 

定軍山の辺りにたどり着いた王蘭は、まずは近隣の村々に聞き込みを開始。

 

やはりこのあたりでは見かけない、という騎馬が数騎うろついている様だ。

これだけを切り取ると、やはり通常の偵察部隊がこちらの調査をしに来ているのだろう、で済ませてしまう内容である。

 

事前に情報をつかめている王蘭はすぐにそれと断じることなく、すべての村にて確認を実施。

初日の調査はこれくらいとして、最後の村の中に陣を張らせてもらい夜を過ごす。

 

 

翌朝。

 

 

この日はいよいよ定軍山の中の偵察へと赴く予定である。

兵たちには今回の偵察任務の経緯と、その作戦内容については説明が完了している。

 

今回編成されている兵たちは、皆王蘭も認識がある兵たちばかり。

信頼のおける兵たちを中心に編成しているため、情報の漏洩については特に心配していない。

 

 

「さて、皆さん準備はよろしいですか?」

 

 

兵たちの表情を見渡すと、くっと引き締まった表情を見せる。

一人ひとりの顔をしっかりと見渡して号令をかける。

 

 

「これより定軍山内部の偵察を開始します。敵の偵察部隊が山中にまぎれている可能性もあります。心して任務にあたるように!」

 

 

 

──────────。

 

 

 

劉備軍の待ち構える定軍山内部へと足を踏み入れた王蘭たち。

しばらくは敵の攻撃などあるわけもなく、徐々に深部へと向かっていく。

 

 

そしていよいよ。

 

 

普段の訓練の賜物だろう、隊員たちは場の空気が変わったことを察する。

隊員それぞれが頷きあって、より慎重に歩を進めるが………。

 

 

「っぐあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

「敵襲! 敵襲!!」

 

 

兵の悲鳴が周囲に響き渡った。

劉備軍からの攻撃が、王蘭隊を襲う。

 

 

「皆さん! 姿勢を低く保って敵の攻撃に備えてください! 全軍避難を開始!」

 

 

事前に伝えてあった通り、敵軍からの攻撃が開始された場合はすばやく転身して避難を開始する王蘭隊。

普段の訓練通り、身を屈めて一斉に走り始めた。

 

 

 

 

──────────。

 

 

 

「姉さまー。また見失ったって。」

 

「またか………。相変わらずうまく逃げるな。もう一度、捜査網を広げないと。」

 

 

ここは定軍山すぐそこの平原地帯。

定軍山内の活動の報告を聞いた馬岱が、従姉の馬超、そして今回の作戦に同行しているもうひとりの将、黄忠にその報告を上げている。

 

 

「それにしても………敵兵の将は王蘭だったかしら? あまり聞かない名ね。翠ちゃんは相手のこと知ってる?」

 

「いや………あたしらの涼州に攻め込んでくる部隊の中にはいなかったな。たんぽぽはどうだ?」

 

「んーたんぽぽも詳しくは知らないかなー。でも確か、桃香様が反董卓連合のときにお世話になったって話、聞いたことあるよ。朱里と愛紗も言ってたよー。」

 

「そうなの………だとすれば、曹操軍でもかなり古参の将なのね。」

 

「悔しいけど、あの曹操が無能な将をずっと登用し続けるわけがないよな! ってことは、ここでその王蘭? を撃ち倒せば、曹操に大打撃を与えられるってわけだ! しばらくは南蛮討伐だって邪魔をしてこないだろ。」

 

「だと良いのだけれど………翠ちゃん、少し慌てすぎではなくて?」

 

「慌ててなんてないってば! ここまで十分引きつけたんだ。このまま一気に連中を仕留めて見せる! なぁ、たんぽぽ!」

 

「うんっ! おばさまの弔い合戦だよね!」

 

「それはわかったから、もう少し落ち着いて頂戴。こんな闇夜に森の中に騎馬隊で入ったところで、自滅するだけよ?」

 

「うっ………。」

 

「今は歩兵部隊が連中を燻り出すのを待ちましょう。この平原に出てきた時こそ、翠ちゃんたちの機動力の出番なのだから。」

 

 

 

血気に逸る馬超をなだめる黄忠。

 

劉備軍、曹操軍それぞれの思惑が重なり合うこの地で、夜が更けていく………。

 

 

 

 

 




いよいよ劉備軍からの攻撃が開始されました。
相手の作戦を知っていた王蘭隊は皆うまく逃げられている様子ですね。
いよいよ次回、ですね。

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第五十九話

 

 

 

夜を通して敵の伏兵から逃げている王蘭隊。

流石にこの辺りは情報を持ち帰るための訓練を実施しているだけあって、多くの兵が王蘭の元に残っている。

 

また、事前に相手の行動が読めていたのはやはり大きい。

なんと8割もの兵が未だ王蘭の元にいるのだから。

 

それでもやはり、身を屈めながらの逃亡は兵たちの体力をすり減らし、疲れているのが見てわかる。

 

山の深部からかなりの時間をかけて、なんとか平原の手前までたどり着いた王蘭たち。

ここまでの間に敵の伏兵も撒けているため、一時の休息をとる。

 

日の位置を確認するために、王蘭は空を見上げる。

どうやら既に夜は明け、周囲の空には明るさを取り戻していた様だった。

 

 

………そして太陽がもう少し高く登れば、こちらの作戦開始となる。

 

 

「皆さん、夜通しお疲れ様でした。敵が居ることを承知の上で、そこに踏み入るという難しい任務、よくぞ共に実行してくれました。改めて感謝します。………さて、こうして夜が明けるまで敵の攻撃を掻い潜ってきたわけですが、いよいよです。我々曹操軍が攻撃に移るための、最後の仕上げです。皆さん、準備は良いですか?」

 

 

大きな声を出すわけにもいかないため、すべての兵が首肯で返す。

 

 

「ここから先は森を抜けて平原となります。敵の部隊、騎馬隊として馬超と馬岱が、弓兵部隊として黄忠の3隊が待ち構えていることでしょう。ですが、それに気を取られる事なく、一気に駆け抜けて下さい。経路は事前にお伝えしていた通り、小隊ごとに割り振りをしています。敵に的を絞らせないためにも、しっかり自身の通る経路を確認してくださいね。………では、参ります!」

 

 

そう言って王蘭隊は森の中から姿を現す。

無論、そこに待ち構えるは敵の軍勢。

 

 

「弓隊、構え! ってーー!!」

 

 

平原に出た王蘭たちを襲うは、黄忠隊から放たれる矢の雨。

 

 

「散開!!」

 

 

相手が矢を放った瞬間を見定め、王蘭が指示を出す。

すると、今まで一塊で駆けていた隊が、いくつかの塊へと別れ始めた。

 

 

「もーうろちょろしちゃってさ! 逃さないよーっ! てやああああああ!」

 

 

そのうちの一つの集団へと攻撃を仕掛けるのは劉備軍の将、馬岱。

騎馬に乗った彼女の攻撃は、馬超ほどでは無いしろ、それでも目を見張るものがある。

 

 

「ぐあっ!!」

 

 

先頭を走っていた兵士は、この攻撃を避けられずに倒れ込む。

 

が、それを全く気にする様子もなく、不気味な程に動じず。

後ろに続く兵士たちは彼を枝木を飛び越えるかのごとく、淡々と飛び越え走り続ける。

 

 

「えっ………な、なんなのこの兵士たち!! たんぽぽこういう不気味で怖い系、ちょっと苦手………。」

 

 

周囲を見渡してみると、馬超の騎馬隊あたりでも同じ光景が見られている。

 

 

仲間の死が微塵も影響を与えない。

死兵であったとしても、闘志を奮わせるなどの何かしらの反応があるものだ。

 

それが一切見られず、隊列を崩さずに走り続けるそれは、確かに見るものに対して何とも言えぬ恐怖を与える。

 

 

 

目の当たりにした劉備軍の兵は、すべからく全ての隊が足を止めてしまっていた。

 

 

 

すると散り散りになっていた王蘭隊の兵士たちが、ひと処に集まりだす。

そして列を整え、くるりと反転。

 

集合するのをただじっと見ているだけだった劉備軍がわずかにそれに近づく。

 

 

 

互いに足を止め、睨み合う。

 

 

 

戦いの最中というのに、不自然な静寂が彼らを包む。

それはまさに耳鳴りが聞こえてくる程に。

 

 

そして急に、バッと王蘭隊が持っていた武器を天高く構える。

それを見た劉備軍はビクッと体を硬直させ、彼らの動きを待つ。

 

 

王蘭隊は高く掲げた武器の柄を、同時に、かつ力強く地面に叩きつけた。

 

 

ダンッと大きな音が鳴り響く。

 

 

もう一度、再び天高く武器を掲げ、地面に打ち下ろす。

掲げ、打ち下ろす。また掲げ、打ち下ろす。

 

 

一定の間隔で鳴り響く力強い音と、兵たちの息の揃った動きがずっと繰り返される。

 

流石に焦れてきた馬超が騎馬隊を動かそうとするが、馬たちが恐怖を覚えてうまく動いてくれない。

それでもなんとか走り出せそうなところまで馬を宥め、号令をかける。

 

 

「あんなまやかしに騙されるな! 所詮子供だましみたいなもんだ! あたしに続けえぇぇぇぇぇぇ!!!!」

 

「翠ちゃんっ! 待ちなさい!」

 

 

黄忠の停止も聞かず、そう言って走り初める馬超と馬岱の騎馬隊。

だがそこに、再び王蘭隊から、声という大きな”音”が襲い来る

 

 

 

 

 

「「「「遼来っ! 遼来っ!」」」」

 

 

 

 

 

ずっと繰り返されていた武器を掲げ、打ち下ろす動作にその掛け声が合わさる。

それは再び馬超たち騎馬隊の馬を、再び恐怖へと陥れるには十分だった。

 

 

「ちょっ! うわっ、落ち着け! どうどう! いい子だから。………っつーかあいつら、なんて言った?」

 

「うわーん、いい子だから落ち着いてっ! ねっ? よしよーし! ………えっとたしか、”りょうらい”だったかな?」

 

「りょう、らい………?」

 

 

馬をなんとかなだめる馬超たち。そこに再び………。

 

 

 

 

 

 

「「「「遼来っ! 遼来っ!」」」」

 

 

 

 

 

 

 

「っだーもう! うるせーー!! なんだその”りょうらい”っての!!」

 

 

 

 

王蘭隊が見つめる先は、馬超隊に非ず。

戦場横から立ち上る砂煙が反撃の狼煙。

 

 

 

 

 

「でぇぇぇえええええりゃぁぁぁぁぁあああああああ!!!!」

 

 

 

 

 

神速と謳われた曹操軍が誇る最強の騎馬隊。

 

紺碧の張旗が、威風堂々この戦場にはためいた。

 

 

 

 

 

 

 

 




遼来!遼来!
珍しく戦闘描写楽しんで書いてます。

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第六十話

 

「でぇぇぇえええええりゃぁぁぁぁぁあああああああ!!!!」

 

 

 

張遼の攻撃が、馬超、馬岱の騎馬隊に襲いかかる。

 

 

立ち止まっている騎馬隊など、ただの的でしかない。

馬を全力で駆らせた騎馬隊最大の一撃が、馬超たちを襲う。

 

 

「っ! 走れぇぇぇぇえええ!!!」

 

 

だが黙ってやられるだけの馬超ではなかった。

騎馬隊としての長所も短所も熟知しているからこそ、咄嗟の判断も最適な動きだった。

初速が明らかに通常の騎馬隊よりも素早い動きを見せ、その衝撃の大きさをなるべく小さくした。

それによって張遼の横撃を食らいながらも、何とか壊滅を逃れた馬超たち。

 

流石は西涼の騎馬民族といったところか。

 

 

「ちぃっ、やるやんけ! 錦馬超!」

 

「お前………張遼か!」

 

「あん時は逃げられてもうたけど、今度は逃がさへんで! 覚悟しぃ!」

 

 

壊滅は免れたと言っても、奇襲による張遼の初撃は相当な威力を持っており、馬超らの負った傷は端から見ればかなりの状態。

 

まさか張遼が、というよりも、なぜ張遼がここにいるのか?

それに気を取られ、咄嗟に騎馬を走らせる事はできたものの、未だ部隊の混乱や動揺を抑えきれていない。

 

 

「翠ちゃんっ!」

 

 

少し離れた位置で構えていた黄忠隊が、堪らず馬超、馬岱を助けようと動き出そうとする。

 

 

 

だが………。

 

 

 

「おや、お前によそ見をしている暇などあると思っているのか………? 流琉っ!」

 

「はいっ! 全軍、突撃ぃぃ! はあああっ!!」

 

「えっ? そ、そんなっ!」

 

 

そこに突如立ちはだかる典韋と夏侯淵の両名。

 

 

 

神速の張遼による攻撃。

通常は、それこそを攻撃の切り札として作戦を組み立てるのだろう。

黄忠もそう考えた為に、張遼の攻撃を何とか対処しなければ、と咄嗟に判断して行動に移そうとした。

 

だが、曹操軍はそうではなかった。

張遼の攻撃すらも、敵の思考を逸らすための布石とした。

 

本命は、この夏侯淵、典韋隊による黄忠隊への攻撃。

 

 

 

戦略の天才、郭奉孝。

 

 

 

彼女は碁盤を見つめる棋士の様に、戦場の全てを把握し駒を動かすかの様に作戦を組み立てる。

今回のこの定軍山の戦いでも、まるでその場に居るかの様に、全ての状況を事前に予測していた。

 

 

「さすが稟と言ったところか………。ほとんどあやつの言った通りに動いているな。」

 

 

夏侯淵もその凄さを目の当たりにして、感嘆の言葉を漏らす。

そしてそれを離れた場所から見ていた馬超はすぐさま馬岱に救援の指示を出す。

 

 

「紫苑っ! ちっ、たんぽぽ! ここはあたしに任せてお前は紫苑の所に行けっ!」

 

「えっ? う、うんっ、わかった!」

 

 

「そう簡単に行かすかいなっ!」

 

 

そう言って馬岱目掛けて突撃を繰り出そうとするが、それを馬超が牽制する。

 

 

「おっと、お前の相手はこのあたしが引き受けたんだ。こっち見ててくれなくっちゃ、なぁ?」

 

「そんなん要らんっちゅうに………全く。でもまぁ、久しぶりに滾る相手や、楽しませてもらおかぁ!」

 

 

ここが勝負どころ、と肝を据えた馬超を無視してはかえってこちらに損害が出てしまう。

ニィっと笑った張遼が、馬超に向けて攻撃を開始した。

 

 

 

──────────。

 

 

 

一方、典韋隊の突撃を一身に受けてしまった黄忠たちは、堪らずその場に停止。

 

弓兵を集めた部隊とあって、あまり重装備をつけていない彼女の隊にとって、典韋たちの攻撃はかなり厳しいものがある。

だがそこは黄忠の経験が成せる技。典韋隊の攻撃を受けつつも、上手く部隊を操りながら、それをいなし続ける。

 

これによって、典韋たちは黄忠隊を突破できずにその場に停滞。攻撃を続けているが、突撃の勢いは完全に殺されてしまっている。

そして、典韋隊の突撃が抜けきった所に矢の雨を降らせる用意のあった夏侯淵隊も、射る先に味方が居ては攻撃を仕掛けられずにいる状態だ。

 

 

「紫苑っ! 助けに来たよ!!」

 

「たんぽぽちゃん! 助かるわ、前線をお願い!」

 

「まっかせてー! やぁぁぁぁ!」

 

 

そうしているうちに、馬岱の騎馬隊が到着。

すぐさま典韋隊に向けて突撃を開始する。

 

 

「流琉っ!」

 

 

夏侯淵もすぐさま馬岱目掛けて矢を射るが、歩兵と違って騎馬隊を狙うのはやはり難しく、あまり効果が得られなかった。

夏侯淵の目線が逸れたその隙に、黄忠は崩れかけていた体勢を立て直す。

 

 

「さて………。これで仕切り直しね? 夏侯妙才!」

 

 

黄忠隊は絶体絶命の危機を乗り切ったこと、馬岱の救援と好材料が整っていることから、明らかに士気が高い。

相手がそんな状況とあっては、勝てる戦も困難となってくる。

 

 

「くっ、馬岱の相手は流琉、任せたぞ! 黄忠はこちらで引き受ける!!」

 

 

兵数的には曹操軍の優勢。

だが、それ以上に士気は圧倒的に劉備軍が高く、一進一退の攻防が続いた。

 

武将として、士気が大きく戦果に影響を与える事は重々承知している夏侯淵。

だからこそ、この奇襲の勢いのままに敵を打ち倒せなかったのは大きな失敗だった。

 

更に、先程の典韋隊の攻撃をいなした様子からも分かる様に、黄忠の部隊運用は目を見張る物がある。

それが万全の体勢を整えた状態とあっては、更に冴え渡るというものだ。

 

そのうちに、黄忠隊が夏侯淵隊を押し始めた。

ジリジリと押し返される夏侯淵隊を見かねた典韋が、駆け寄ろうとする。

 

 

「秋蘭さまっ!!」

 

「流琉、こちらは良いから目の前の敵に集中しろ!」

 

「は、はい………!!」

 

「………あら? それはあなたもではなくて? 夏侯妙才!」

 

「なっ! しまった!!」

 

 

 

その一瞬の隙を見逃さずに黄忠が夏侯淵に向けて弓を引く。

その矢は綺麗な一筋の軌道を描き、夏侯淵へと向かう。

 

 

 

 

──────────。

 

 

 

 

「………あれ?」

 

「んー? どうしたのにーちゃん?」

 

「季衣………いや、何か胸騒ぎがして、さ。季衣は特に何も感じなかった?」

 

「んにゃ? 特に何も感じなかったけどなぁ………。さっきのお店で、何か悪いものでも入ってたかな?」

 

「どうだろうな、なんか気のせいな気もするし。まぁ気にしなくていっか。」

 

「にーちゃんが良いならいいけど、大丈夫? ………じゃー次あのお店いこっ!」

 

 

 

陳留の街中ではいつもと変わらぬ日常が広がっていた。

 

 

 

 

 

 




定軍山の戦いその2をお送りしました。

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第六十一話

 

 

 

「なっ!?」

 

 

黄忠は自身の弓の腕に、かなりの自信を持っていた。

動かない相手ならば百発百中、戦場で動き回る歩兵が相手であっても、ほぼ確実に相手を仕留められる程の。

 

その黄忠の手から放たれた矢は、間違いなく夏侯淵の左胸へと向かっていた、はずだった。

 

………だが、その矢が狙いすまされた狙撃点へと届くことはなく。

 

 

「ふぅ………。間に合いましたね。」

 

 

矢の軌道上に、不意に現れた1つの人影。

彼がその矢を弾き、射手へと向き直る。

 

 

「あ、あなたはっ!?」

 

 

この定軍山で一際異色の存在。

森を駆け抜けてからは彼の事しか目に入らなかったのに、張遼や典韋、夏侯淵が現れてからというもの、誰もその姿を目に入れようとすらしなかった。

存在すら忘れてしまったかのように。それはまるで、”影”のような存在。

 

 

「蒼慈!」

 

「秋蘭さん、お待たせしました。………前線は私にお任せください。何人たりとも、矢の1本たりともあなたの元へ届かせはしません。」

 

 

王蘭とその隊員たちがざっと夏侯淵隊の前線に立ち、黄忠隊からの壁となった。

 

 

「さて、黄漢升殿。改めまして、我が名は王徳仁。曹操軍のしがない一人の将です。以後、お見知りおきを。」

 

「え、えぇ。………名乗られた相手に返さないのは礼を失してしまうわね。我が名は黄漢升、劉備軍の末席にいる将よ。」

 

「では………秋蘭さん、参りましょうか。」

 

「あぁ。お前が居ればもはや負けはない、なっ!」

 

 

そう言うと同時に矢を放つ夏侯淵。

黄忠は自身の弓を使って弾くや、すぐに矢を射返す。

 

だが、夏侯淵は黄忠から放たれた矢を一切無視して、次の矢を構え、射る。

 

これまでであれば、互いに矢を避け、弾きながら射返す戦いだった。

だが、そこに王蘭が現れた事によって夏侯淵の戦い方が一変。

矢を防ぐ、弾く、避けるなどの守りの行為の一切を捨て、矢を射る攻めの姿勢だけをとっている。

 

黄忠が放つ矢といえば、その全てを王蘭が夏侯淵の前で処理をする。

また、黄忠隊の兵士が放つ矢に於いても同様に、王蘭隊の兵士が対応する。

 

たとえ弓なりの弧を描く軌道だとしても、決して夏侯淵隊まで届かせていない。

石であろうと、その辺に落ちている鎧の破片だろうと、使えるものは何でも使って上空の弓矢を弾き落とす。

 

 

「これが彼の戦い方、なのかしらね? ………一度たりとも、こちらに攻撃を仕掛けて来ないなんて。だったら、私たちはそれを使って動くだけよ?」

 

 

黄忠は王蘭を盾にするような動きで、夏侯淵の矢を避けようとして見せる。

それは対弓兵隊としての動きとしては、きっと間違っていないのだろう。

 

通常であれば味方がいる方向に対しては矢など射掛けるわけがない。

先程の典韋隊の突撃でも、それをしっかりと確認しているのだから。

 

 

だが夏侯淵は躊躇いもなく矢を放つ。

彼がまだそこに居る場所であったとしても。

 

 

………それはまるで、王蘭がいつ、どう動くのかを知っているかの様であり。

 

 

矢が当たると言う直前に、サッと王蘭がそれを避ける。

 

王蘭が避けたその先には、もちろん黄忠の姿が。

何とかそれをすんでの所で躱した黄忠だったが、あまりのことに声を荒げる。

 

 

「なっ! 夏侯妙才、あなた味方を違えたとしても良いと言うの!?」

 

「ふん、無駄口を叩いていられるとは、まだ余裕があるか………。ではもう少し攻めてやろう。」

 

 

黄忠の言葉を無視するかの様にそう言うと、矢を弓に掛けて放つ。

それは、これまで彼女の手で放たれていたものよりも、更に弓の威力が上がっていた。

 

 

「ぐっ! こんなに弓の威力が一気に上るなんて………。」

 

 

同じ弓の使い手として、射手が弓を構える事に集中できる状況というのは、威力と精度に直結することは身にしみて理解していた。

やはり前線を任せられる存在というのは非常に大きい。

 

 

また攻める夏侯淵につられる様に、夏侯淵隊が黄忠隊をジリジリと押し返していく。

 

 

こうして黄忠たちは徐々に後退。馬岱たちからも離されてしまい、連携など取れなくなっていく。

もう既に、その距離はギリギリの所まで来ていた。

 

 

「くっ! このままではもうダメ………そろそろ潮時かしら。誰か、たんぽぽちゃんに伝令を! これ以上はもう保たないわ。このまま戦を続けて消耗戦になってしまっては、兵数に劣るこちらが不利。殿は私が務めるから、翠ちゃんと一緒に早く撤退するように伝えなさい!!」

 

「は、はっ!!」

 

 

黄忠隊から伝令兵が馬岱の元へと走り出す。

無論、黄忠が伝令を出す間も、夏侯淵からの攻撃は止むことはない。

 

 

「全く………。いい加減に折れてくれても良いのだぞ?」

 

「はいそうですか、なんて言うと思って? 私はあの子たちが撤退するまで、この戦線を維持しなきゃならないのよ!!」

 

 

そう言って複数の矢を弦に駆け、放つ。

その尽くを、王蘭はいとも簡単に弾き落とす。

 

 

「くっ………王徳仁、あまり名を聞かない将だと思っていたけれど、とんでもなかったわね。」

 

「それは、どうも。」

 

 

キッと睨む黄忠に対して、王蘭はどこ吹く風で答える。

 

 

「ちなみにその弓の技、お前の専売特許ではないのだぞ?」

 

 

夏侯淵はそう言って、3本の矢を弓に掛け弦を引く。

これを見た黄忠は驚愕の表情を浮かべ、自身の弓で必死に弾く。

 

それからしばらく、複数の矢が黄忠を何度も襲い続ける。

その全てを弾けるわけもなく、見る見るうちに黄忠の肌には幾つもの切り傷が刻まれていく。

 

 

「本当にしぶといな………そうやって今まで生き残ってこられたのか。称賛に値するよ。」

 

「くっ、まさか私たちがこんな所でこんな目に会うなんてね。流石は曹操軍、夏侯妙才といったところかしら。………それにあなた。どうしてそれほどの力量がありながら、荊州や益州まで勇名が聞こえてこないのかしらね? 見た目はそれほどまでに使い手には見えないのだけれど、これ程までに腕が立つのなら………。」

 

「さぁ、どうしてでしょうね? 私はあまりそこに拘りはありませんから。」

 

 

王蘭は相変わらず、どこ吹く風状態。

だが、それを聞いていた夏侯淵は………。

 

 

 

「なぁ、黄漢升? ………あまりうちの将を、そう何度も、何度も、何度も。………愚弄して、くれるなよ?」

 

 

 

彼女の纏う雰囲気がガラリと変わった。

 

 

周囲が凍てついてしまうかの様な錯覚を起こさせる。

それは、静かな怒り。

 

 

 

 

 

 




すみません、終わらんかった!!笑
定軍山の戦いその3をお送りしました。

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第六十二話

 

 

 

夏侯淵が放つ矢が、黄忠を襲う。

 

先程まで構える矢の本数は3本だったが、気づけば5本へと増えている。

また、それを放つ間隔も徐々に徐々に狭まっていく。

 

王蘭も、それにあわせて黄忠の攻撃を防ぎつつ体を動かすが、その表情からは余裕がなくなっている。

 

 

 

………。

 

 

 

夏侯淵が矢を放ち続けて、幾ばくかの時間が過ぎ。

矢を放つその指は擦り切れて、血が滲み始めている。

 

もちろん、弦が引かれた弓を見れば、構えられた矢の羽が赤く染まっている。

 

それすらも矢の軌道の計算に含めて攻撃を続ける夏侯淵は、流石は弓の名手。

血が滲むほどにまで放たれ続けた攻撃は、徐々に黄忠の体力を損耗させて、いよいよその時を迎える。

 

 

「んあぁっ!!」

 

 

………夏侯淵の放った矢の1つが、黄忠の右腕に突き刺さり血が流れ落ちる。

 

弓を引くためには腕の力が必須。

こうなっては反撃など出来るわけもなく、終に膝をつく黄忠。

 

 

「全く………ようやくか。本当に手こずらせてくれたな。」

 

 

彼女が抑える右の腕には、夏侯淵の放った矢が今も突き刺さったまま。

そこから血が流れ続ける。

 

 

「悔しいけれど、見事な腕前ね。同じ弓使いにやられたならば、納得が行くわ。………翠ちゃんたちも撤退できたみたいだし、最低限の役目は果たせたかしらね? さぁ、やりなさいな。」

 

 

大人しく頚を差し出そうとする黄忠。

 

 

「私個人としてはこのまま頚を落として構わないとも思うのだが、な………。我が主の命令でお前は捕縛せよ、ということなのでな。良かったな、命を拾えて。………誰か、こやつを縄で縛り上げよ!」

 

 

こうして黄忠を打ち破った王蘭と夏侯淵は、無事彼女の捕縛に成功。

それからしばらくして、馬岱とやりあっていたであろう典韋もここに合流した。

 

 

 

──────────。

 

 

 

ほんの少しだけ時間を戻して、張遼の場所へと視点を移す。

 

 

張遼は馬超と一騎打ちをしているようだが、なかなか決着がつかないでいる。

 

お互いに馬上から繰り出す攻撃は、熾烈。

馬を操り、渾身の一撃を相手に打ち込みあうその戦いは、見るものを魅了する。

 

見るものを魅了するのであれば、それを繰り広げる本人たちにとっては尚の事なのだろう。

2人の顔にはどこか笑みが浮かんでいる。

 

 

「あかんなぁ………楽しゅうてしゃあないわっ! おりゃああああああ!!」

 

「っしゃおらああああああああ!」

 

 

2人の振るう武器によって、金属が激しくぶつかり合う音が響く。

それからしばらく、何度もその音がなり続けた。

 

将としては兵を動かし、敵兵を倒さねばならない。

だが、一瞬でも気を抜けば一太刀でやられてしまうほどの攻撃を、相手は繰り出してくる。

 

 

そうなると、2人はなかなかに周囲の状況を掴めずにいた。

 

 

そこに、馬岱が駆けつける。

 

 

「お姉さまぁっ! 撤退! もうこれ以上は保たないって紫苑が! それにもうお姉さまの部隊ももうそろそろやばい状態だよっ!」

 

「た、たんぽぽっ!?」

 

「こら、どこ見てんねん!」

 

「ちょっ!? うわぁっ!」

 

 

馬岱の声に少し気を抜かれた馬超。

そこに張遼の一撃が襲い来るも、体勢を崩しながら何とか弾き返す。

 

咄嗟に足で馬を操り、張遼から少し距離をとった馬超。

改めて周囲を見回せば、自身の部隊は確かにそのほとんどが張遼の兵士にやられており、壊滅的な状況だった。

 

 

「な、なんだよ、これ………。」

 

「もうどんだけ頭に血が上ってたの!! 早く、撤退指示出して!!」

 

 

あまりの光景に絶句してしまう馬超。

状況を飲み込めずとも、撤退を開始しなければ、と危機感を募らせる馬岱は、従姉を急かす。

 

 

「誰が逃がすかあほんだらぁっ!!」

 

「くっ、たんぽぽ下がれっ!」

 

「下がらないよっ! 紫苑がせっかく時間を作ってくれてるのを無駄にする気っ!? いい加減にしなよ!!」

 

 

その間も張遼の攻撃が止むはずもなく、馬を使って距離を作ってはまた詰められる。

だが、それもいつまでも続けられるわけもなく、ようやく馬超は決断を下す。

 

 

「くそ、くそ、くそ! くっそぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおお!!」

 

「お姉さまっ! 早く! 撤退指示!!」

 

「っぐ、撤退だっ! 総員、撤退!!! ………張遼、悪いがこの勝負はお預けだっ!」

 

 

そう言ってすぐさま撤退を開始する馬超。

張遼もそれに食らいつこうと後を追う。

 

 

「逃がすかっ! 張遼隊、追うで!!」

 

 

だがしばらくの間追い続けるも、差は徐々に広がっていくばかりだった。

 

 

「あーもうっ! くそったれ!! あいつ、また逃げよって、もうっ!! しかもめっちゃ速いし………。馬岱も速いっちゅうことは、西涼の馬ってみんなあないに速いんか? ………だーっもう! けったくそ悪いなぁ! ………しゃあない、張遼隊も秋蘭たちのとこに加わんで! はよしぃ!」

 

 

戦いに敗れようとも、西涼の錦馬超である。馬を操らせれば一級品。

 

張遼も騎馬隊としての実力は突出しているものの、本気で逃げる馬超や馬岱が相手ならば、全力で追っても離されずに着いていくのが精一杯なのだろうか。もしくは馬超たちは兵数が少ないが故に小回りがきき、素早く動けるのか。

そのところは不明なままであるが、攻撃を意識した追走では追いつけなかったようだ。

 

張遼の性格ならば、死んでも追いかけたる! などと言いそうではあるが、そこは軍師たちが事前に手を打っているようで。

城を出る前に口酸っぱく軍師たち、主に郭嘉と賈駆の両名から、無理に追撃を仕掛けずとも良いと言い聞かせられたならば、飲み込まぬわけにもいかない。

 

 

適当な所で馬超、馬岱への追撃を中止して、張遼も夏侯淵たちの元へと駆け寄るのだった。

 

 

 

 

──────────。

 

 

 

 

「おっ、なんやもう捕まえとったんか。秋蘭も蒼慈も流琉もご苦労さんっと。………ん? なんや、秋蘭機嫌悪ない?」

 

「………っふぅ。気の所為ではないか? 黄忠も捕らえたことだし、我々もさっさと引き上げるとしよう。流琉も一人で敵将の相手、ご苦労だったな。」

 

「はいっ! 秋蘭さまがご無事で何よりです!」

 

「霞さんも馬超のお相手、お疲れ様でした。」

 

「ん? あぁ蒼慈、おおきに。それは別にええよ、まーた逃げられてもーたしな。帰ったら騎馬隊の訓練、もっとようせなあかんなぁ………。」

 

 

こうして定軍山での戦いを終え、陳留へと引き上げる王蘭たち。

曹操軍には大きな損害もなく、敵将の黄忠を捕らえることに成功して幕を下ろすのだった。

 

 

 

 

………。

 

 

 

帰路にて。

 

 

 

「秋蘭さん、ほら、右手。」

 

「なんだ蒼慈、右手がどうした?」

 

「良いから、大人しく出しなさい。」

 

「む………何時になく強気で言うではないか。」

 

「早く。」

 

「………むぅ。」

 

「痛むと思いますが、我慢してください。」

 

 

そう言って差し出された彼女の右手を掴み、衛生兵からもらってきた軟膏を彼女の指先へと塗りたくる。

 

 

「ほら………こんなになるまで。戦だから多少の無理も仕方ありませんが、終わったのなら、もう少し自分を大切にしてください。いいですね?」

 

「………はい。」

 

 

 

 

 

 

 





定軍山の戦いその4をお送りしました。
ようやく終わりましたー!思ったより長くなったー!笑


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第六十三話

 

 

 

陳留の軍議の間にて。

 

陳留に戻った王蘭、夏侯淵、張遼、典韋は早速定軍山での戦いについて報告。

一連の流れは曹操には事前に報告していたが、軍師を除いた他の将たちには情報を一切公開していなかったため、ようやく皆に共有がなされた。

 

 

「………というわけで、出立時までに思っていた程すんなりは行きませんでしたが、こちらは小さな損害で敵将の黄忠の捕縛、また馬超、馬岱両隊への壊滅的な傷を負わせることに成功を致しました。今後は劉備軍内部への陽動作戦その他諸々と動きやすくなると思われます。」

 

「そう、ご苦労だったわ。蒼慈、秋蘭、霞、流琉の4名には改めて褒美を出します。稟も見事な献策だったわ。」

 

 

これを知らなかった将は皆、今回の作戦やその内容を聞いて驚きの表情を浮かべ、またその活躍した将たちを敬意を持って見つめている。

その中に居て、1人北郷は難しげな表情を浮かべてじっと何かを考えている様だ。

 

 

「定軍山………それに秋蘭、夏侯淵って完全にあれだよ、な? ………敵将は黄忠だったって言うし………。」

 

 

独り言がぽつりぽつりと漏れ聞こえているが、周りに居る将には何のことがわからない内容が聞こえてくる。

 

 

「やっぱり俺の知ってる歴史の通りには進まないんだな………。だとすれば、華琳の言うようにあまり俺の時代の記憶に頼るのは危険かも………?」

 

「一刀、何を1人でぶつぶつ言ってるのかしら? 何かあるなら皆に共有なさいな。ここはそういう場よ? もし遠慮しているなら、それは不要なことよ?」

 

「あ、いやすまん。何もないよ。秋蘭たちが皆無事で帰ってきてよかったって思ってさ。本当にお疲れ様! 蒼慈さんも、やっぱり流石ですね!」

 

 

曹操が北郷の様子を気にかける様子を見せたが、北郷はパッと頭を切り替えて笑顔を浮かべる。

曹操もそれを特に気にする風でもなく、話を続けた。

 

 

「………そう? まぁいいわ。今回の戦いによって、劉備軍はこちらの警戒を強めてあまり大きく動く事ができなくなるでしょう。ならば、こちらは動かない理由はないわ。今のうちに南の孫策軍を一気に攻めるわよ。各自、準備を進めなさい!」

 

「「「「はっ!」」」」

 

 

そこで一旦、全体軍議は終了。

武将たちは各々の隊や部屋へと引き上げていくが、軍師と王蘭、そして曹操は場所を変えて今後の動きについて会議をすることになった。

 

 

「………さて、まずは黄忠の扱いからね。どうするべきかしら?」

 

「はい、劉備は益州で人徳の王として評価を高めています。であれば、黄忠の解放は良い交渉の材料になることでしょう。然るべき時が来るまで捕虜として生かしておくのがよいでしょう。」

 

「桂花の言うこともわかります。ですが、現状こちらが向こうに求めることと言えば、国そのもののみ。それに、まだ徐州からの逃亡援助の際の借りも返してもらっていない状況であることも忘れてはいけませんね。」

 

「ふむ………。稟の言うことも確かね。黄忠はこちらに降る気はないのかしら?」

 

「交渉の余地はあるかもしれないわね。たしか蒼慈の報告では、黄忠にはまだ幼い娘もいるはずよ。その子を陳留に連れてこられるのなら、それも現実味が増すかもね。」

 

「であれば華琳さま、一筆認めていただく事は可能でしょうか?」

 

「えぇ、構わないけれど………。内容は?」

 

「正直に、黄忠を解放するわけには行かないが、娘に会わせてやりたいのだ、と。定軍山での戦いを終えた今だからこそ、心情に訴える内容は波紋を生むでしょう。」

 

「ふむ………なるほど。徳の王としてはすぐにでも娘と会わせてやりたいと言うでしょうが、諸葛亮たち軍師はそう簡単に頷くわけがない、か。それでいきましょう。風、筆と紙を用意なさい。ここで書き上げてしまうわ。皆内容の推敲を。」

 

「はいはいー。お待ちくださいませー。」

 

 

すぐに硯と筆、書状用の紙を持ってきた程昱。

それからしばらく内容を軍師たちが考え、曹操はそれを彼女らしく詠う様な文章へと書き上げていく。

 

 

「では風、これをあなたに託すわ。それを持って劉備の元に使者として向かいなさい。護衛は好きな将を連れて行って構わないわ。」

 

「承知しましたー。では秋蘭さまをお借りしてもー?」

 

「えぇ、構わないわ。準備が整い次第、出立なさい。」

 

 

 

 

──────────。

 

 

 

 

一方その頃、劉備軍でも同様に定軍山での戦いについて諸葛亮から報告がなされていた。

 

 

「今回の作戦は雛里ちゃんと私、紫苑さんと翠さん、たんぽぽちゃんのみが作戦の全容を知る、秘密裏に行われた作戦でした。」

 

 

軍議で報告を上げる彼女の目の下には、深い隈ができている。

益州の取り込みや、南蛮の平定などではしっかりと成果を出している彼女だが、こと曹操軍に絡むとそれらは失敗続き。

先の定軍山はもちろんだが、その前には隙を見せていた曹操への奇襲作戦も失敗している。

 

しかも今回は、自軍の将が敵に捕らえれている。

それを気にしてここしばらくは眠れぬ日々が続いているのだろう。

 

 

「………ですが、曹操軍はどこからか今回の作戦内容を知ったのでしょう。王蘭さんの隊を詮索部隊として囮にして、張遼、夏侯淵、典韋の3将を伏兵に、紫苑さんたちを強襲しました。一時は持ちこたえるものの、兵数で劣る我々の部隊は徐々に劣勢となり、紫苑さんを殿として、翠さん、たんぽぽさんは辛くも撤退、紫苑さんは敵に捕まってしまいました………。」

 

 

彼女の声に力はなく、か細い声が軍議の間に寂しく響く。

 

 

「朱里! 貴様、ふざけるな!! 桃香さまの大切な兵を失っただけでなく、紫苑を敵に捕らえられるとは何たる失態! しかもその話からするに、ほとんどお前たちの独断じゃないかっ! そういうのは、しっかりと桃香さまの承認を得てするものだろうがっ!! よくもまぁ、そんな体たらくでここまで桃香さまの軍師を名乗って来られたものだなぁっ!」

 

 

魏延が諸葛亮へと食って掛かる。

もともと馬が合わない2人であったが、ここに来てそれがより顕著になってきているようだ。

 

 

「ちょっとあんた! さっきから好き放題言ってくれてんじゃない! 確かに負けちゃったのは悔しいし、紫苑が曹操軍に捕らえられちゃったのはたんぽぽたちの落ち度かも知んないけどさ、私たちじゃできないような作戦だって組み立ててきて、朱里たちはこれまでずっと成果出してきてんだよ! こうして益州に国を構えるまでになってるんだよ! それを何? 何にも知らないくせに新参もののあんたが、桃香さまたちのためにしてきた朱里のこれまでのことをぜーーんぶ否定しちゃってさ! これだから脳筋は困るよねっ!」

 

「なにぃ!? 私は桃香さまのことを思ってだな!!」

 

「それってあんたが言いたいだけのことを、全部桃香さまに責任押し付けてるだけじゃないのっ!?」

 

 

馬岱と魏延の言い合いが、徐々に加熱していく。

 

 

「これ、落ち着かんか二人共! 桃香さまの御前であるぞ! ………朱里よ、戦は生き物、とはよう言ったものよなぁ。紫苑も兵の命を預かる以上、それなりに覚悟をして軍を率いておるはず。あやつが捕らえられた事実は最早変えようが無いのであれば、顔を上げて前を見据えねば仕方あるまいて。まずはこれからどうするかを考えねばならぬ…ではないかのう? 軍師殿よ。」

 

「は、はい………。桔梗さん、ありがとうございます。内々で進めてきた作戦ですら曹操軍には知る術があると思うと、あまり大きく動く事は正直難しいと思います。失った兵の補填と、訓練が喫緊必要なことかと考えます。」

 

 

これまで黙って聞いていた劉備が、ようやく口を開く。

 

 

「うん、朱里ちゃんありがとう。焔耶ちゃんもたんぽぽちゃんも、それに桔梗さんもありがとう。………今回の件だけど、朱里ちゃんの独断で軍を動かしたとしても、それが劉備軍である以上、私の責任なの。だから、誰かを責めて萎縮させようとしたり、非難したりするよりも、桔梗さんが言ったように、どうするべきか? どうしたらいいのか? ってお話が出来るといいなぁ。」

 

「ぐっ、桃香さまがそう仰るなら………。」

 

 

桃香に話を振られて、しぼむ魏延。

 

 

「朱里ちゃん。私はこの国の王として、民からの批判や非難の声はしっかり受け止めるよ。だけどね、軍の内部としては、行ったことに対する責任はちゃんと取る必要があると思うんだ。良かったら褒められて、ダメだったら叱られる。………曹操さんじゃないけど、そういう当たり前はちゃんと当たり前のこととしてやっていこうと思うから。だから私は、今ここで皆の前で、王としての責任を果たします。」

 

「はい………。如何なるご処分でも受けるつもりです。」

 

「と、桃香さまっ! 朱里ちゃん1人だけじゃなくて、私も一緒に考えた作戦なんですっ。だから、朱里ちゃんが罰を受けるなら、私もっ………!」

 

「雛里ちゃん………。うん、わかったよ。では、朱里ちゃんに沙汰を言い渡します。諸葛孔明、あなたを一月の期間、謹慎処分とします。その間、街の子供達への無料私塾の開塾を行い、子供たちへの教育を無償で行うこと。また、住民の皆の畑仕事を手伝うなどで、奉仕活動を行いなさい。次に雛里ちゃんね。鳳士元、あなたは諸葛孔明が謹慎中の期間、彼女の行っていた仕事の一切を引き受け、滞りなく仕事を進めなさい。………二人共、これでいいね?」

 

「と、桃香さまっ! 今朱里に抜けられては困りますっ!」

 

「愛紗ちゃん、もちろん朱里ちゃんに仕事してもらえなくなるのは大変なのはわかってるよ………。でもだからといって何もしないわけにもいかないし、重すぎると今度こそ曹操さんたちにやられちゃうよ………。だから、ね?」

 

 

徐々に不協和音が鳴り始める劉備軍。

そしてこれから数日後、曹操からの手紙を携えた程昱が使者として現れることになる。

 

 

 

 

 

 

 




定軍山が終わった後の両軍の姿でした。
さて、次話は拠点フェーズ挟む予定です。


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第六十四話

 

 

 

陳留の街中を歩く、男女の姿。

王蘭と夏侯淵である。

 

この日2人は、先の定軍山の戦いに於ける褒賞の一部として、同日に休暇を与えられていた。

 

この所、2人に対する褒賞はとりあえず一緒に休みを取らせておけば細かいことは後追いでいいだろう、と曹操に考えられていそうな気がしてならない様だが………。

 

休みが合わずとも、食事をともにしたり、休憩が合えば一緒に茶を飲んだりと上手く付き合えてはいるのだが、それを曹操は知らないが故だろう。

 

しかし実際のところ、休暇をともに過ごせるのはそれはそれでありがたいと思っているので、特に文句を言うわけもなく、ありがたく頂戴している。

 

 

さて、2人が街を歩く目的は食材の買い出し。

王蘭が夏侯淵の作ったご飯が食べたいと言うと、彼女はそれを快く了承。

 

その準備のための買い出しに来ているというわけだ。

 

 

「すごい人混みですね………。心なしか、以前より人が増えていませんか?」

 

「確かにこのところ増えてきているみたいだな。華琳さまのお膝元である陳留は、民の集まるところなのだろうさ。聞くところによると、既にこの光景も当たり前になってきているみたいだしな。………我々も頑張っている甲斐があるというものだ。」

 

「はい。いずれは大陸全土でこれを当たり前にできる日が来るのですね………。楽しみです。」

 

 

真面目な2人らしい会話をしながら、まずは肉屋へとたどり着く。

 

 

「へいらっしゃい! おや、夏侯妙才将軍に王徳仁将軍じゃありませんか! 今日も仲睦まじい様子で何よりでさぁ!」

 

 

威勢の良い店の親父が、2人を見るなり声を掛ける。

夏侯淵は普段からこの店を利用しているのだろう。顔なじみのようで、最近は王蘭も一緒に見かける事が多い事が伺い知れる。

 

 

「あぁ、仲良くやっているよ。店主のところも相変わらず仲が良さそうではないか? さて、今日は何か良い肉は入っているか?」

 

「うちのこたぁ、どうだっていいんですよ! なぁ?」

「えぇそうですよ。ところで、いつ頃お召し上がりになるので?」

 

「ふふっ、そうか。食べるのは今日の晩だな。」

 

「でしたら丁度牛肉が良い塩梅でさぁ! 如何でしょう?」

 

「ふむ………牛か。蒼慈、今日は青椒肉絲などどうだ?」

 

「おぉ、いいですねぇ………。夏の野菜もそろそろ採れなくなってきますし、是非そうしましょう。」

 

「うむ、承知した。では店主、牛肉を頂いていこう。」

 

「へいっ、ありがとうございやす!」

 

 

代金を払い、蒼慈は肉を受け取る。

店主たちに礼を言って店を出ると、次の食材を買い求めてまた街を歩き出す。

 

少し歩いたところで、夏侯淵が先程の2人を思い浮かべながら問いかけた。

 

 

「なぁ蒼慈、この間姉者と食事を共にした時のこと、覚えているか?」

 

 

 

 

──────────。

 

 

 

その日は珍しく、夕食を王蘭、夏侯淵、夏侯惇の3人でとっていたときのこと。

仕事の都合上、遅めの時間になってしまったため、外で食事をすることにしていた。

 

そこでお酒も多少入った3人は、素面でいるときよりもどうやら会話が盛り上がっていた様だ。

黒髪の彼女は”多少”では済まないみたいだが………。

 

 

「なぁ蒼慈ぃ! お前は秋蘭と付き合っれから、しばらく経つのれあろう? こーゆーことを血縁の私が言うのも何らと思うがな? 婚姻や子をなす事は考えんにょか?」

 

 

思わず酒を吹き出す王蘭。

 

 

「にょわっ!? 汚いのら!」

 

 

夏侯淵は、サッと布を王蘭に手渡し、自身も机の上を拭きはじめる。

王蘭は、机や自身の服についた酒を拭いながら、夏侯惇へ返す。

 

 

「も、申し訳ありません………。春蘭さま、急に何を仰るのですか………。」

 

「らって、そうであろう? 男女が恋仲になれば、そろ次は夫婦らろうがっ! であればだなぁ、子をなすのだって、自然の流れらろう?」

 

「姉者、少し飲みすぎだぞ? 大丈夫か?」

 

「飲み過ぎてなろ、ないろ! それにしれも、秋蘭の子かぁ………。きっとかぁいいのらろうなぁ………。」

 

 

にへぇ~っと顔を綻ばせながらそう言うと、ゆっくりと机に突っ伏していく夏侯惇。

王蘭と夏侯淵は軽くため息を突きながらも、憎めぬ彼女を優しく見守る。

 

しばらくすると、彼女からは寝息が聞こえてきた。

 

 

「姉者? ………寝てしまったようだな。蒼慈もすまない、姉者は酔うと絡みだす癖があってな。」

 

「いえ、お気になさらず。承知してますから。それに、こういうところも春蘭さまの魅力の1つですよ。」

 

「そう言ってもらえると、妹としては助かるよ。さて、そろそろ城に戻ろうか。悪いが、抱えてやってもらえるか?」

 

「はい。もちろんです。」

 

 

そう言って城へ戻る3人。

とんでもない問いかけをしたまま眠る夏侯惇を抱えて、夜の道をゆっくりと歩き出すのだった。

 

 

 

──────────。

 

 

 

「あぁ、春蘭さまが酔って寝ちゃったときですよね。覚えていますよ………。」

 

「あのときは姉者が変に絡んで悪かったな。」

 

「いえいえ、本当に気にしてないので。」

 

「その、なんだ。正直、まだその辺は今の状況では難しいところではある。………でもまぁ、そういう生活も、この乱世が落ち着けば考えないでもないのであろうなぁ、とも思うが、な?」

 

「………何としてでも、早く世を平和にしなければなりませんね。」

 

 

半ば冗談で試すように言葉をこぼした夏侯淵だが、王蘭のそれを聞いた彼女は、ほんのりと頬を赤らめる。

ある意味では求婚として取られてもおかしくはない返事。

 

わかってはいたとしても、改めてこうして言葉で意思を伝えられるのは恥ずかしいようで、少しの間視線を落として表情を見せないように歩く姿が、何ともいじらしい。

 

 

「そ、そうだな………。しかしこうして街を見ると、夫婦で運営している店も多くあるものだな。」

 

 

今は考えられない、と伝えているが故に、改めてその時が来たならばしっかりと言葉で伝えてくれるであろうことを今は期待して、話を変える。

 

 

「そうですねぇ。先程の肉屋もそうですし、それこそ春蘭さまと3人で行った食事処も確かそうでしたね。」

 

「あぁ、確かにそうだった。………よく夫婦喧嘩が厨房から聞こえてくる店だったな。味は良いのだがな。」

 

「そうですそうです。でもまぁ、喧嘩しつつも仲がよいのはわかりますから………先程の肉屋とも違って、色々な夫婦の形というものがあるのですね。」

 

「あぁ、それこそこの人が集う陳留の魅力の1つだろう。………ふふっ、お前はどんな夫婦像を思い描くのだ?」

 

「うぇっ!? そ、そうですね………。考えたことなかったですが、私は正直喧嘩ばかりする夫婦にはなり得ないと思いますね。」

 

「まぁ、そうだろうなぁ。」

 

「あとは………すみません、本当に考えたことがなくて、なんとお答えすれば良いのかわからないです………。」

 

 

突然の問いにしどろもどろの王蘭。

その様子をみて楽しんだのか、それとも先程照れさせられた事の溜飲を下げたのか。

はたまた、本当に王蘭の考えを探ろうとしたのかは定かではないが、夏侯淵は軽く笑っている。

 

 

現在この大陸にある大きな勢力は、曹操軍、孫策軍、劉備軍の3つのみとなり、まさに三国時代と呼ぶに相応しい状況になっている。

 

そして、どの国がこの大陸を制するのかの決着の時も、すぐそこにまで来ている。

この話もただの妄想ではなく、実現する日は近いのかも知れない。

 

 

 

 

2人は残りの食材を買い求め、陳留の街を歩いていくのだった──────────。

 

 

 

 

 

 

 

 




拠点フェーズでした。かなりデリケートな部分まで踏み込んでるシーンをば。
ちょっと2人に将来を意識させてみました。

タイムラインは、秋蘭さんが使者としての役目を果たした後の日常のつもりです。


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第六十五話

 

 

時は少し遡る──────────。

 

 

 

劉備軍の玉座の間には程昱と夏侯淵の姿があった。

先の戦から間もなくの事とあって、怒気とも殺気とも、警戒ともわからぬ気配がその空間を満たしている。

 

 

「我が名は程仲徳と申すものですよー。今日は我が主、曹孟徳の使者として参りましたー。お目通り叶って感謝なのですよー。あ、ちなみに同席させて頂いておりますこちら、我が軍の将、夏侯妙才………はご存知ですよね? 今回はただ私の護衛としてついて来てくれてるだけですのでー。今回の事は全てこの風が全て一任されているのでよろしくなのですよー。」

 

 

劉備軍がこれだけ殺気だっているのも、定軍山で劉備軍に強襲した時の将、夏侯淵本人がそこに居る、というのもあるだろう。

何人かは鼻息を荒くして程昱、夏侯淵の2人を睨むものがいる。

 

 

そんな中でも彼女たちは動揺を見せない。

特にいつも通りのゆったりとした口調で話す程昱の雰囲気は、劉備軍の将の気を削ぐものであり、徐々に部屋の空気が浄化されていくかのようだ。

 

 

「はじめまして、程仲徳さん。私が劉玄徳です。よろしくお願いしますね。」

 

「はいはいー。お願いされましたー。」

 

「あの………仲徳さんの頭の上に乗ってるのは、お人形さん?」

 

「おうおう、バインバインほわほわ姉ちゃんよう、俺をお人形さんだなんて言ってくれるじゃねえか?」

 

「これ宝譿、玄徳さんは相手方の王様なのですよー? 不敬罪に問われてちょん切られても風は知りませんからねー。」

 

「おぉー! 愛紗ちゃん愛紗ちゃん! すごいよ! お人形さんが喋った!!」

 

「と、桃香さま、お人形ではないのではないかと………。」

 

「えっ!? じ、じゃあ生きてるのかな!? えっとえっと、宝譿さんこんにちは! 私、劉玄徳って言います! よろしくねー!」

 

「あっ、いや、そういう意味じゃ………。」

 

「黒髪ツヤツヤバインバイン姉ちゃんよう、こまけぇこと気にしてたら禿げちまうぜ? おう姉ちゃん、俺は宝譿。よろしくしてやるぜー。」

 

 

宝譿の手を取り小さく上下に揺らす劉備。

 

程昱だけでなく、劉備軍の大将がそもそもなのである。

完全に2人の雰囲気に巻き込まれた軍議の間は、いつしか落ち着いて交渉が出来る場となっていた。

 

それが程昱の狙い通りだったのかはさておき、話を切り出す。

 

 

「さてさてー。我が主曹孟徳より、劉玄徳殿宛にお手紙を預かって来たのですよー。」

 

 

そう言ってその文を懐から取り出した程昱は、それを関羽へと手渡す。

そこから劉備が受け取り、早速中を検める。

 

流石に先程までポワポワしていた彼女も、中を読み進めるにつれて表情が険しくなっていく。

一通り読み終わったところで天を仰ぎ、ふぅとため息を付く。

 

 

「と、桃香さま………?」

 

「あ、うん………。これ、皆も読んで。」

 

「よろしいのですか?………では、失礼します。」

 

 

そう言って、関羽は中を読む。

すると、劉備と動揺に徐々に表情は険しくなっていくが、彼女と違って関羽はどこか悲痛な表情のようにも見える。

 

読み終えると隣の将へと手渡し、そこにいる将全てがその中身を読み終え、劉備の手に戻ってくる。

 

 

「皆さん中を読まれましたかー? 皆さんもご存知の通り、我が軍は先の定軍山の戦いにおいて、あなた方の軍の将、黄漢升さんを捕らえましたー。そしてこちらとしては、無闇に命を奪おうとは考えておらず、また彼女の解放を条件とした交渉も特に考えていないのです。まぁ仮に交渉した所で、いただきたいものも特に無いですからねー。えっと、そちらの軍師さんでしょうか? は、どうお考えですかー?」

 

 

不意に劉備の側に控える、鳳統へと話が振られた。

 

 

「あわわっ! ………我が軍には仲徳さんが仰ったように、紫苑さんの解放に見合うだけのものは何もない状態です。こちらとしては解放の嘆願を出して、曹孟徳さんの出方を伺うのが精一杯というところでしょうか………。」

 

「雛里! それでは紫苑の事は見捨てると言うのか!?」

 

「見捨てるとは言っていましぇん………。 でも、諦めたくないのが心情ではありますが、交渉とは互いに利があって初めて動くもの。おそらく、曹孟徳さんが我が方に望むのは、こちらの領土、国のみ。経済に於いても残念ながら我が国では太刀打ちもできないため、金銭での交渉も難しいです。かと言って、城や街を明け渡す選択は、それこそ我が軍にとっては状況が更に悪化して、曹操軍に立ち向かう事を困難にさせてしまいましゅ………。」

 

「はいー仰る通りですねー。というわけで、黄忠さんの解放はそもそも実現することはあり得ないと。それを前提として、先程のお手紙の内容についてお話しますねー。………我が主、曹孟徳はこの地にいる黄漢升さんのお嬢さん、璃々ちゃんを我が国へお招きしたいと考えています。」

 

 

誰かがゴクリ、と息を飲む音が聞こえた。

 

 

「人として、また同じ女として。自分の腹を痛めて生んだ我が子に会えない黄漢升さんの辛さは、多少なりとも理解できるもの。であるならば、是非その娘さんを陳留へと招き、彼女の心労を少しでも減らすことができれば、という完全なる善意によるお願いに参ったというわけなのですよー。あ、もちろんこちらに反抗しない限りは、監視下ではありますが自由に暮らせる生活は保障しますよー? 徳の王としてこの地に名を馳せる、劉玄徳様への、我が主からのお願いですー。」

 

 

嫌な所で”徳の王”を切り出してくる。

鳳統としては、そもそもこの交渉自体が回避すべきものだったと考えていた。

 

程昱は上手く劉備軍の感情を煽り、自分の話す言葉へと注意が向かないように折衝に臨んでいた。

だからこそ、一度たりとも黄忠自身への説得は行わない、とは言っていないのだ。

 

ただでさえ、黄忠という要所を担える将を失った状態。

それを劉備軍へとつなぎ留めておく最後の鍵は娘の存在だと認識していた。

彼女さえ保護していれば、決して曹操軍へと降ることは無いと。

 

その最後の砦というべきものが、今奪われようとしている。

自分が悪役になったとしても、阻止しなければならないと鳳統は覚悟を決めた。

 

 

「桃香さま………ここで簡単にお返事をしてしまっては、かえって蔑ろにしている、とも取られかねません。一度程仲徳さん、夏侯妙才さんには客室でお休みいただき、我が方の意見がまとまってからお返事する、というのは如何でしょうか?」

 

「………うん、そうだね。仲徳さん、申し訳ないんだけど、それでもいいかな? この益州に滞在している間は、その身の安全は保障しますので、どうか安心してくださいね。」

 

「はいー。承知しましたー。でも期限は設けさせて頂いてもいいですかー? 流石に風ものんびりしすぎると怒られちゃうのでー。そうですねぇ………5日。5日でどうでしょう?」

 

「5日ですね、わかりました。ではそれまでにまとめます。………じゃあ、今日のところはこれまでとして、まずはお部屋まで案内しますね。」

 

 

そう言って控えていた侍女へ部屋まで案内するように声を掛ける劉備。

程昱と夏侯淵は暫くの間、益州の城へとどまる事になった。

 

 

 

 

──────────。

 

 

 

 

場所は変わって益州劉備軍の軍議の間。

玉座の間から一同は移動して、それぞれの椅子に腰を掛けている。

 

鳳統から腰を掛けてじっくり議論すべきだ、と提案され劉備がそれを受け入れた形である。

 

 

「では、早速ですが議論を続けたいと思います。………先程の玉座の間でもお話した通り、こちらとしては交渉に使える材料は乏しく、大きな損失なく紫苑さんの解放を願う事は困難と思われます。ただ、幸いにも曹操さんからの手紙は飽くまで善意によるお願いでした。裏を返せば、大義をかざした宣戦布告とは異なり、断る余地があるということになります。」

 

「それでは、紫苑が! 璃々を心配してやつれていると、あの文には書いてあっただろう! 我らには子はおらぬが、その心の辛さは考えられよう!?」

 

 

早速関羽が鳳統に反対する。素直で心優しき将なのだ。

曹操からの文を見た時の悲痛な表情はやはり気の所為ではなく、実際に彼女の心境を慮ったのだろう。

それに賛同する声が上がってくる。

 

 

「………まぁそう熱くなるな。そもそも雛里は、何をそんなに気にしているのだ?」

 

 

流石は趙雲。

白熱し始める折を見て、その熱を冷ます。

 

 

「………最も恐れているのは、紫苑さんがこちらに弓を引く展開です。」

 

「なっ!? 雛里、それはどういう意味だ! 返答次第では、この鈍才骨を振るう事になるぞ!!」

 

「焔耶! 落ち着かんか!! お前はすぐ頭に血がのぼるのう………。雛里かて、そう簡単に紫苑が裏切るとは思っておらぬよ。なぁ?」

 

「は、はい………。璃々ちゃんが兗州へと迎えられる事によって、状況だけを見れば紫苑さんがいつこちらに離反してもおかしくない状況となります。そして璃々ちゃんを迎えてやったのだから一度くらいは、と曹操さんの軍として戦に出ることになってしまえば、それが恐らく決別の時。一度としてこちらに弓を引いた将を、例え解放されたとしても再び迎え入れる事は怖くてできません。」

 

「どうして紫苑を信頼してやらないんだっ!!」

 

「最悪を想定して動くのが、軍師の務めだからです。信頼したい、その気持は私にだってあります。ですが仮にその状況になったとして、どうして本当に解放されたのだと言い切れますか? どうして敵の密偵ではないと言い切れますか? 向こうには璃々ちゃんを無事に連れてきてくれたという恩義を感じてしまうことだってあるんです………!! そうならないためにも、璃々ちゃんにとっては辛いことかも知れませんが、受け入れるべきではありません。」

 

「ふむ………愛紗に焔耶よ、雛里の言うことも確かに一理あるのではないか? 冷静になって考えてみよ。それくらいの理性は持ち合わせているだろう?」

 

「星っ! お前までそんな事を言うのか!」

 

 

いつもであれば、真っ先に声を上げるであろう馬超はじっと黙って皆の意見を聞いていた。

それがようやく、口を開ける。

 

 

「なぁみんな、私の意見もいいか? ………あたしは愛紗に賛成だな。こういうのはちょっと卑怯かも知れないけどさ、あたしとたんぽぽはもう、母さまに会おうと思っても、会えないんだよ。だってもう、さ。居ない………から。でもさ、紫苑と璃々はお互いにちゃんと生きてるんだ。生きてるのに会えないってのはさ………やっぱり悲しいよ。雛里の言うように、あたしたちに向かって弓を引くような事があったとしても、親子はなるべく一緒に居るべきだと思うんだよな。」

 

「翠………。」

「お姉さま………。」

 

 

一旦の静寂が、軍議の間を包む。

 

 

「………うん。みんなありがとう。雛里ちゃんの言うことも尤もだし、愛紗ちゃんや翠ちゃんの言うことも正しいと思うの。今回のことって、何を見るかで正解が違ってくるんだと思うんだ。国を思えば雛里ちゃんの言う選択肢しか無いはずだけど、人としてどうするべきか? を考えると、愛紗ちゃんや翠ちゃんの言う方が正しいかなって。………それでね、私はやっぱり………。」

 

 

劉備の選んだ選択は──────────。

 

 

 

 

曹操の願いを受け入れることだった。

 

 

 

 

 

 

 




風ちゃんの交渉シーンと、劉備軍の様子をお送りしました。
風ちゃん無双…( ゚д゚ )

そしてまた蜀軍、特に桃香かな笑
いろいろ思うところがあるかも知れないなーなんて思いながら書き上げちゃいました。
お手柔らかにお願いします…笑


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第六十六話

 

 

 

軍議で決定が出たとは言え、実際に璃々を引き渡すためには詳細を詰めねばならない。

期日までの残りの日数を使って、劉備軍、特に鳳統はその対応に当たることになっていた。

 

 

そして、益州の街中にある小さな建物の一室にて。

 

 

「………という結果になったよ、朱里ちゃん。」

 

「うん。ありがとう、雛里ちゃん。………そっか。桃香さまは璃々ちゃんを引き渡すことにしたんだね。これで、考慮しないといけない事が色々と増えちゃったね………。」

 

「うん………。でも、桃香さまならきっとそう言うと思ってたから。もしもあの時、桃香さまが仮に断ってたらきっとそれは私たちがお慕いした桃香さまはもう居なくなっちゃったってことになっちゃうと思うから。だから良かったって思ってる私もいるよ。」

 

「………そうだね。桃香さまの理想を叶えるためにも、もっと頑張らなくっちゃ!」

 

 

鳳統と諸葛亮が昨日の事の顛末を共有していた。

流石に謹慎されている状態とは言え、重要な内容は共有しておかねばならないと、劉備より許可を得て来ている。

 

 

「朱里ちゃん。いよいよ桃香さまの夢の実現、この国を存続を掛けた大きな戦いを覚悟しないと行けない段階に来てる………よね?」

 

「………うん。残された機会はもう1度か、あって2度。そのためにもしっかり策を練らなくちゃ!」

 

 

この人の少ない小屋で軍師が2人。

ただの共有で終わるはずもなく、決戦の日に向けて策を練り始めるのであった。

 

 

 

──────────。

 

 

 

 

所変わって、益州劉備軍本拠の客室。

 

用意された部屋でゆっくりと過ごす程昱と夏侯淵。

彼女たちにすれば、初日の劉備との会合で蒔かなければいけない種は既に蒔き終わっていた。

 

実際のその後の軍議の様子を見られているわけではないが、彼女の受けた感覚では既に軍師と武将とに隔たりが生まれており、その成果は得られたも同然。

曹操軍の軍師たち、特に程昱は次の大戦が劉備軍との決着になると確信していた。

 

 

「さてさてー。秋蘭さまは何かこちらでしたいことはありますかー?」

 

「ん? いや、私の任務は風の護衛だからな。お前が行きたい場所があるなら共にするだけだ。」

 

「そうですかー。風はせっかく滅多に来ない地に訪れたので、街を見て回りたいのですよー。」

 

「そうか。確か、稟と一緒に大陸中を回って居たのだったな。であれば、当時との差を見ておくのも面白いかもしれんな。」

 

「ですー。あと星ちゃん、劉備軍の趙子龍さんも一緒に旅をした仲間なので、交友できるならしたいところですねー。」

 

「そうか、では早速行くか?」

 

「はいー。まずは外出の為に劉備さんのところへ行って報告しましょー。」

 

 

そう行って2人は身支度を済ませて劉備の元へ。

外部の客がいきなりその国の王の部屋に入るわけにも行かないので、侍女に取り次いでもらう。

すると、すぐに面会の許可が得られた2人は劉備に外出したい旨を告げる。

 

 

「街にですか? もちろん、良いですよ! 5日もじっと待っていただくのも心苦しいと思ってたので、是非この街の素晴らしさを体験していってくださいね!」

 

「ありがとなのですー。あ、差し支えなければ趙子龍さんに案内頂けると助かるのですがー?」

 

「星ちゃん、ですか………? 多分大丈夫だと思うけど、どうして?」

 

「以前、見聞を広めるためにこの大陸を旅して回ったのですが、その時のお友達なのですよー。」

 

「あっ、なるほど! 昨日はお仕事の話で終わっちゃったもんね。じゃあ今日はゆっくり仲を深めてください!」

 

 

全力の笑顔で外出と趙雲の案内を許可した劉備に程昱と夏侯淵は礼を言って部屋を出る。

早速趙雲の部屋の前まで侍女に案内をしてもらい、部屋の扉を叩く。

 

 

「む………? 扉など叩いてどうしたのだ? 鍵なら空いているぞ。」

 

「おぉ! この風習は種馬おにーさんの国のものだったのをすっかり忘れていたのですよー。星ちゃん、失礼しますねー。」

 

 

ついつい自国では当たり前になった風習を、癖でやってしまった程昱は、気にした様子もなく部屋にするりと入っていく。

それをみて、クスリと笑った夏侯淵も一言断りを入れて部屋へと入る。

 

 

「おぉ、風ではないか。それに夏侯妙才殿も。今日はどうしたのだ?」

 

「星ちゃん、お久しぶりですねー。昨日はお話ができなかったので、今日は劉備さんに許可をもらって会いに来たのですよー。」

 

「ふむ、そうか。確かに昨日は公の場であったから致し方ない。妙才殿、しばし昔の友との再会を喜んでもよろしいか?」

 

「あぁ、私に気にせず話すといいさ。座らせてもらっても構わないか?」

 

「おっと、これは失礼。客人を立たせたままだったな。今茶を淹れる故、しばし待たれよ。」

 

 

そう言って茶を入れ始める趙雲。

程昱と夏侯淵は椅子に腰掛けてそれを待つ。

 

 

「待たせたな。普段は誰かに淹れてもらうばかりでな。味の保障はできんが許せ。」

 

「はいはいー。頂きますねー。」

 

 

そう言って2人はズッとお茶を啜る。

 

 

「おー、やはり土地が変わればお茶の味も変わりますねー。」

 

「あぁ、そうだな。この地でも茶はやはり流行しているのか?」

 

「む? まぁそうだとは思うが。風よ、お主そんなに茶にうるさかったか?」

 

「ふふふー。我が軍には茶の名手がいるのですよー。風の我儘で良く淹れてもらうので、舌は肥えてるかもしれませんねー。ねー、秋蘭さま?」

 

「ふふっ、そうかもしれんな。」

 

「むぅ………?」

 

 

首をかしげる趙雲に、誰かを思い浮かべて笑い合う程昱と夏侯淵。

それからしばらく、程昱と趙雲は別れてからの話や、近況について報告をし合う。

 

反董卓連合の時代くらいから軍務をしていた趙雲は、そのあたりを遡りながら面白おかしく話を進める。

流石の話術で、程昱も夏侯淵もその話に聞き入ってしまっていた。

 

 

「おぉ、そう言えば先程の反董卓連合で思い出した。王徳仁殿だったかな、彼は御壮健か?」

 

 

ニヤッと夏侯淵の方を一瞬見た程昱が答える。

 

 

「はいー、お元気ですよー。何を隠そう、彼がその茶の名手なのですー。機会があれば星ちゃんにも是非飲んで欲しいのですよー。」

 

「ほう、それは良いことを聞いた。次会うときにメンマでも手土産に持っていけば、馳走頂けるかな?」

 

「相変わらずメンマなんですねー。お優しいのできっと大丈夫ですよー。………さてさて、近況についてはよくわかったので、そろそろ風たちは街へと出たいのですよ。」

 

「街へか? 案内はどうするのだ?」

 

「おぉっ! すっかり忘れていました。劉備さんに、星ちゃんの案内の許可ももらってきたので、是非案内してくださいー。」

 

「そうか、承知したぞ。では早速参ろうか。」

 

 

 

そう言って出かける事にした3人。

街の様子から、何を探ろうとしているのか、はたまたただの観光なのか。

 

 

いつも眠たげな目をしている彼女にしかそれはわからないが、益州の街を練り歩く。

 

 

 

 

「あ、そうだ。お茶屋さんは寄ってくださいー。お茶っ葉は先の茶の名手さんへのお土産にするのですよー。ねー秋蘭さま?」

 

「だな。案内よろしく頼むよ。」

 

 

 

 

 

 




伏竜鳳雛が人に隠れて作戦を練り練りし始めましたねぇ………。

風ちゃんと秋蘭さんのまるで拠点かのようなゆるゆるした日常でした笑


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第六十七話

 

 

しばらくの間、益州の街を歩いてその様子を見て回った程昱と夏侯淵。

毎日趙雲に案内させるわけにも行かず、関羽や張飛らにも案内をしてもらいながら、街の様々な景色を見て過ごしていた。

 

 

そうして数日が過ぎていき、いよいよ指定した期日となった今日。

 

 

再び玉座の間へと招かれた程昱と夏侯淵は、劉備の座る玉座を前に立っている。

 

 

「さてさてー。あっという間の5日間だった気がしますねー。で、ご返答はどうなりましたかー?」

 

「仲徳さん、数日の期間待って頂いてありがとうございました。我が軍としては、紫苑さんの娘の璃々ちゃんの引き渡しを決定しました。ただ、これは紫苑さんが囚われている状態を許容するものではありません。紫苑さんの一日も早い解放を願ってやまないということだけは、曹操さんにお伝えください。」

 

「そうですかー。伝言は承ったのですよー。」

 

「曹操さんへの伝言もだけど、紫苑さんにもお願いしてもいいかな? 私たちは、ずっと紫苑さんが無事に帰って来てくれるのを待ってます、って。」

 

「それも承知しましたー。ちなみに幼いとは言え、娘さん本人にはお話されているんですかー?」

 

「………うん。正直、わかんないところも多いんだと思うけど、やっぱり当人に話をせずに決めちゃうのはなんか違うかなって思って。」

 

「そうですかー。まぁそこまでお話されているのであれば、風は特に何も言うことは無いのですよー。」

 

 

そうして侍女に連れられて1人の女の子が玉座の間へと入ってくる。

 

程昱は劉備に頭を下げ、その彼女へと向き直る。

膝立ちになって彼女と目線を合わせると、ニコッと微笑みを向ける。

 

 

「はじめましてー。風の名前は、程仲徳と言うのですよー。これから風と、横にいるこのお姉ちゃんと一緒に、お母さんの所に行きましょうねー。」

 

「は、はじめましてっ! 私、璃々っていいます! あ、あの、よろしくおねがいしますっ!」

 

「うむ、よく言えたな。私は夏侯妙才という。お母さんのところに辿り着くまでは、この私が安全に送ってやるから、安心して良いぞ。」

 

 

夏侯淵も腰を折り、彼女の目線の高さに合せて微笑みかける。

このあたりは、流石の2人。普段子供の居る環境ではないが、相手を思いやれる2人だからこそ、こうして優しく接する事ができたのだろう。

 

璃々が2人を見てしっかりと頷いたのを確認すると、姿勢を正して劉備へと向き直る。

 

 

「さてさてー。早速ではありますが、風たちはこれで失礼するのですよー。あ、もちろん今回のお返事は、しっかりと劉備軍としてのお返事として認識しているので、後から私は反対だったんだ!とか、言わないでくださいねー? ではではー。」

 

 

劉備の周りに控える一部の将に言うかのように言葉を紡ぐと、程昱は璃々の手を取って夏侯淵と並び3人で玉座の間から退室する。

 

 

 

 

──────────。

 

 

 

 

陳留への道中、程昱と夏侯淵は璃々との交流を深めるべく色々な話をしていた。

もちろん、幼い子どもが故にいつも以上にこまめに休息をとりながら。

 

 

「ほう? 璃々はその年で既に弓を扱うのか。」

 

「うんっ! お母さんがね、璃々用にね、小さな弓を作ってくれたの!」

 

「おぉーそれはすごいですねー。璃々ちゃんはどれくらいお上手なんですかー?」

 

「えっとねー、桃香様より上手だって褒められた事あるよー! すごいでしょー!」

 

「おぉー大の大人でも敵わぬほどの使い手とは。いやはや、風は感服ですよー。ちなみに秋蘭さまも弓の使い手なんですよー?」

 

「えー!? じゃあ今度璃々が弓使うところ見てー!」

 

 

既に出会った時の緊張は溶け、すっかり話が弾む程には仲が良くなっているようだ。

楽しそうに笑う璃々の顔を見て、程昱と夏侯淵も顔を綻ばせる。

 

 

「ふふっ、楽しみにしているよ。………さて、そろそろまた移動するとしようか。璃々、なにか不都合はないか?」

 

「うん、特に何もないよ! 妙才さまも、仲徳さまもたくさんお話してくれるから、璃々たのしい! はやくお母さんに会いたいなー。」

 

「風も璃々ちゃんとお話できてとても楽しいですよー。頑張って移動すれば、お母さんにすぐ会えますからねー。」

 

「うむ。では、行くとしようか。」

 

 

そう言うと、夏侯淵は兵たちに出立の指示を出す。

 

璃々の体調に気をやりながら、ゆっくりと。だが着実に陳留へと近づいていた。

 

 

 

 

──────────。

 

 

 

 

陳留にある客室。

 

この部屋に1人、妙齢の女性が窓辺の椅子に腰掛けて外を眺めていた。

彼女の名は黄忠。

 

先の定軍山で身柄を確保された劉備軍の将、その人だ。

 

陳留では捕虜という立場にありながら、その生活は考えられないほど豊かなもので、しっかりとした食事に寝具、監視がつく条件であれば外出すらも許可されていた。

破格の待遇だと言えるだろう。

 

だが、それでも彼女の表情が優れないのは、やはり娘の存在が心配だということだろう。

益州に残っている将たち、特に厳顔は旧知の仲であり、娘の世話もしっかりしてくれているだろうとは思っているのだが、自身の目で確認できないことを中々信じ込むのは難しいものだ。

 

ふぅ、とため息を突きながら、遠くを見つめるその瞳には、何を浮かべているのか………。

 

 

するとそこに、彼女部屋の扉が3度叩かれる音がする。

この国ならではの風習で、最初は戸惑ったものだが次第に慣れてきたならば、良い習慣であると好意的に受け入れていた。

 

 

「はい? 開いていますわ。」

 

「失礼するわよ。」

 

 

そう言って部屋に入ってきたのは曹操と北郷の2人。

 

 

「あら、孟徳殿に北郷さん………。どうかなさいましたか?」

 

「あなたの様子を見にね。顔色は優れないようだけれど、どうかしら?」

 

「体は健康そのものです。美味しい食事に柔らかな寝具。外出まで許可して頂いているんですもの。これでまだ捕虜として不満があれば、それは流石に烏滸がましいですわ。」

 

「そう? ならば、心の健康によるものってところかしら?」

 

「えぇまぁ………。」

 

「やっぱり、娘さんの事が心配ですよね………。」

 

「えぇ、そうね。北郷さんはまだお子さんはいらっしゃらない………かしら? 子が出来ると、今の私の気持ちも少しはお分かりになると思いますわ。」

 

「………そう。あまり確かな情報ではないから伝えるのは気が進まないのだけれど、その前にあなたの心が潰れてしまってはそちらの方が問題だから伝えておくわ。………もうそろそろ、あなたにとって良い情報が届くでしょう。心待ちにしていなさいな。」

 

「良い情報? 一体何でしょう………?」

 

 

黄忠が顎に手をやり考える素振りを見せる。

そこに、再び部屋の扉を叩く音が。

 

部屋の前に立っていた警備の兵が、曹操に情報を伝える。

 

 

「そう。………私は少し失礼するわ。一刀はもう少しここにいて、彼女の気が紛れるよう話でもしていなさい。いいわね?」

 

「あ、あぁ………。何だったの?」

 

「それはすぐにわかるわ。それじゃあ黄忠、またあとで来るわ。」

 

「え、えぇ………。」

 

 

そう言って部屋を出ていく曹操。

残された北郷は黄忠と目を合せて苦笑いを浮かべた。

 

 

 

………。

 

 

 

それからとりとめのない話を続けていた北郷と黄忠。

こういった目的や終点の見えない話であっても、相手に合せて話し続けられるのは彼が多数の女性にモテる秘訣なのだろう。

 

再びその扉が叩かれるまで、黄忠との談笑は止まることを知らなかった。

 

 

「………あら? 今度は誰かしら? どうぞ。」

 

 

扉が開けられて顔を見せたのは、再び曹操。

そしてその後すぐに入ってきたのは………。

 

 

「おかあさん!!!!!」

 

「えっ………?」

 

「おかあさぁぁぁぁぁぁあああああん!!!!」

 

 

先程話に上がっていた、黄忠の娘の璃々だった。

 

彼女は部屋に入るなり、慌てて黄忠の元へと駆け寄った。

大きな声を上げながら、そして目には涙を浮かべながら。

 

自分の大好きな母の胸元へと飛び込む璃々。

 

 

「璃々………璃々っ! あぁ、璃々、璃々!!」

 

 

それを抱きとめた黄忠も、自分の娘の存在を確かめるかの様に何度も名前を呼び、体をさすり、強く抱きしめる。

璃々も母の温もりを体全体で感じ取るかの様に、なされるがままにそれを受け入れている。

 

 

「どうして………どうして璃々がここに?」

 

「あのね、仲徳さまと妙才さまに連れてきてもらったの!」

 

「え………?」

 

「あなたが娘を思って心を痛めていた事くらい、どんなに鈍い者であろうとわかるわよ。益州の劉備に手紙を書いて、こちらに引き渡すように頼んだのよ。」

 

「そんな………でもどうして?」

 

「最早あなたを解放するだけの条件に見合うものが、益州にはもう無いのよ。ならば、徳の王として自軍の将に出来ることをしなさい、と言っただけよ。今日は誰もこの部屋に来ないようにしておくから、あとは2人でゆっくりしなさいな。」

 

 

そう言うと曹操は北郷をつれて部屋から出ていく。

黄忠は両の腕で愛する我が子を強く抱きしめながら、自身の頭を深く下げてそれを見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 




無事璃々ちゃんが陳留の母の元にたどり着きました。
まずは彼女たちの再会を純粋に喜びましょうかね。


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第六十八話

 

 

 

「どうやら、孫策軍で内紛の様なものが発生した様です。」

 

「内紛?」

 

「はい。聞くところによると、孫堅の代より仕える武将の黄蓋が、軍師の周瑜と意見の食い違いにより衝突したのだとか。」

 

「ふぅん………? うちでも軍師と武将の意見の対立はよくあるけれど。ねぇ?」

 

「「か、華琳さまぁ。」」

 

「孫策軍もこちらが江東に向けて兵を動かすことを察知したのでしょう。これを受けて黄蓋は江東の太守と孫家の安寧を条件に降伏を勧めた様です。その際、周瑜と激しい言い合いになったらしく、売り言葉に買い言葉というやつでしょうか。それがあまりに度を越したのか、公衆の前で黄蓋は罰則を受けるなどしたようです。」

 

「そう、それで?」

 

「我が軍としてはそれを飲んでくれたならば大きな戦もなくなって助かるのですが、やはり一戦交えずに屈する事はできぬ、と。これを受けて、黄蓋は前線の将としてではなく、孫権や孫尚香の妹君たちの護衛を主な任務とされたようです。」

 

 

孫策軍への侵攻がいよいよかという所で、陳留では軍議が開かれていた。

この日、ようやく孫策軍の内情がちらほらと入ってきており、それを軍議の場で王蘭から共有がされているところである。

 

 

「これまでこれだけ細かな情報が入ってくる事はありませんでした。通常であればこれは喜ばしいことなのですが、情報が入ってくる時期が我らの出立間際という点がどうも引っかかります。」

 

「………そうね。まぁそれを気にした所で、こちらの動きは変わらないわ。これまで通り用意を進めて、整い次第出立するわよ。」

 

 

その後、軍師たちにより江東制圧の作戦概要が説明され、この日の軍議は終了。

今回の話に左右されず、これまで通りの計画を進める事となった。

 

 

 

 

──────────。

 

 

 

 

そしていよいよ用意が整い、出立の日。

大軍勢で城を出た曹操たちは、領民からの見送りを受けて江東へと向かう。

 

これだけの大軍が移動する様はまさに圧巻。

楽進、李典、于禁らの調練の成果もあり、毅然とした態度で整列、行進を行う兵たちの姿を見て、領民も歓声を上げる。

 

そうしてしばらくの日数を進んだところで、曹操が王蘭に声を掛ける。

 

 

「蒼慈、何やらいつもの出陣よりも医薬品の類が多いようだけれど、これはあなたの指示なのかしら?」

 

 

そう、今回の出陣には王蘭も将の1人として構成されていた。

守りに一定の評価を得ている王蘭が、他勢力への侵攻に組み込まれているのだ。

 

というのも、今回のこの出立までに、やはり多くの情報を孫策軍から仕入れる事ができなかった事が1つ。

軍議の報告を最後に、その情報の正確性は調査ができたのだが、それ以外についてはこれまで同様全く入ってこなかった。

 

こうして見ると、その情報が明らかに故意によって流された情報であることが見えてくる。

だとすれば、現場に近づいて小まめに諜報指示を出す事によって、何か他に重要な情報が得られるのではないか? と考えたためだった。

 

劉備軍に対しては、かなり深いところの情報を持ち帰る事ができているのに比べてしまうと、やはり有用な情報が何も得られていないような感覚に陥ってしまう。

それを危惧した王蘭が、自ら名乗り出ることで今回の構成員に加わる事になったのだ。

 

 

そしてもう1つが、逆に孫策軍の斥候兵からこちらの情報を守るため。

 

普段の陳留の軍師達の部屋や軍議の間、玉座の間などの主要な部屋については、賈駆と相談してネズミ取りを強化しているが、今回はその情報の守りを行軍中に於いても強化する必要があると判断されたためだ。

 

孫策軍の軍師である周瑜は中々の切れ者として評判高く、今回の大戦に於いても幾通りもの策を用意していると見られる。

それに対応すべく、共に行軍している軍師たちの作戦会議などは頻繁に行われるであろう中で、その内容を傍受されてはたまったものではない。

 

 

「薬については、北郷さんから助言を頂きましたので。大陸の北南でかなりの距離があれば、その地域ごとに流行り病の種類も全く異なるはずだ、とご意見を頂いたので、大陸中を旅して回られた稟さんと風さんにお話を伺って用意しました。」

 

 

丁度そこに北郷が顔を出して会話に加わる。

 

 

「あぁ、蒼慈さんの言った通りだよ。俺の世界でもその土地その土地で、風土病があってね。今までは北を相手にしたり、逆に北上してきた劉備軍との戦いが中心だったから、気候や土地についてはあまり加味しなくてよかったけれど、南征をするならそうも行かないでしょ。」

 

「………そう、一刀にしてはずいぶん気が利いているのね。」

 

「まぁ、な。これからこの大陸の行末を決める大きな戦いだって待ってるんだろ? なら、俺は自分のできる事をするだけだよ。」

 

「どうしたの? えらく殊勝な態度じゃない。」

 

「どうしたのってひどいなー。俺だって華琳のために出来ることがあればやるって。」

 

「ふふっ、冗談よ。そろそろ敵の城を見に行かせている兵が戻ってくる頃でしょう。あなた達もすぐ動けるように準備をしておきなさいな。」

 

 

それからまたしばらくの行軍が続き、いよいよ孫策軍の守る城までたどり着いた曹操たち。

城を前に軍が一通り並び終わると、城の中から誰かが出てきたことを確認する。

 

それを見た曹操は舌戦のために馬に乗って前へと出ていった。

 

 

「………何やら激しく言い合っているようだな。華琳さまと言い合える心胆を持っているだけでも凄いことだが、アレは誰だかわかるか?」

 

「えっと、旗が桃地に孫なので、恐らく孫家の末娘の孫尚香でしょう。」

 

 

軍を並び終えて本陣の曹操隊が構えるあたりにやってきた夏侯淵と王蘭が言葉を交わす。

 

 

「ほう、江東の虎の妹か。あれだけ肝が座っているならば、孫策を仮に討ち取ったとしても簡単には崩れてくれぬのかも知れんな。」

 

「そうですね。孫策を打ち倒すよりも、膝を折ってくれる展開に持っていくのが最善かも知れませんね。………あ、終わったようですよ。」

 

「うむ、ではすぐに戦闘に入れるように準備をしに戻るとしよう。何か私の隊に特別な指示があれば伝えてくれ。頼んだぞ。」

 

「はい。秋蘭さん、ご武運を。」

 

「あぁ、お前もな。」

 

 

そう言って再び自分の隊の場所へと戻っていく夏侯淵。

夏侯淵が戻っていった後、曹操が戻ってきたのだが、北郷のスネに突然の蹴りをかましたり、夏侯惇の胸を揉みしだいたりと、戦前とは思えぬ様子が繰り広げられた。

 

 

「やっぱり一刀も大きい方が………。」

 

「………はい?」

 

「………なんでもないわ。総員、戦闘準備! 江東の連中は戦って散る気十分なようだから、遠慮なく叩き潰してあげなさい!」

 

 

こうして何とも締まらないままに、孫策軍との戦いが幕を開けた。

 

 

 

………。

 

 

 

初戦はあっけなく勝負がついてしまった。

大軍に押し切られる形で曹操軍があっという間に勝利。

 

だが、孫策軍の孫尚香やその他の将も含めて、まるで予め撤退することが規定路線だったかのように見事な撤退を見せ、敵の損害も軽微だったと見られている。

 

 

「隊長~。一通り見てきたけど、罠らしき仕掛けはなかったで。ただの空城や。」

 

「そっか、空城の計ってわけじゃなかったか………。」

 

 

あまりの呆気なさに、北郷は空城を使った敵の作戦かと思い、李典を中心に工作員に城の調査をさせていた。

だが、文字通りただの空城だった様である。

 

 

「真桜、罠はなかった?」

 

「華琳さま! はい、特にそれらしいもんは。」

 

「そう、ならここは前線基地として使わせてもらいましょう。輜重隊は荷を解くように、と指示を出しておきなさい。」

 

「了解っ! ほら、隊長も行くでー。」

 

 

 

 

──────────。

 

 

 

 

「むぅ………。」

 

 

建業の城の一室。

窓から入ってくる光によって綺麗な銀髪がキラリと光る。

その髪の持ち主の体は何とも艶めかしい曲線を描いており、身にまとった南国の衣装も彼女の魅力を引き立てるかのように、僅かな光に照らされる。

 

孫策軍に仕える将、黄蓋だ。

 

彼女は現在、軍師周瑜との衝突により懲罰を与えられ、部屋に監禁されている状態にあった。

もちろん部屋には他の誰の姿もなく、また部屋の入口には警備兵が立っている様だ。

 

 

「………のう。少し庭を見たいんじゃが。」

 

「申し訳ありません。周瑜様より黄蓋様を部屋よりお出しすることはまかりならん、とキツく言いつかっておりまして。」

 

 

その警備兵に向かって声を掛ける黄蓋。

だが、やはり接触は取らないようにとキツく言われている様だった。

その後も会話を続けて外に出る為の手段を講じるも、中々に難しいようだ。

 

 

「ふむ、そうか。つまらんのう。痛………っ。」

 

「ど、どうかなさいましたか?」

 

「冥琳のやつに打たれた傷が、少々な………。すまんが、薬を持ってきてくれんか………?」

 

「はい。おい、黄蓋様の傷に効く薬を………。」

 

「はっ。」

 

「………なぁ、そこのお前。薬が届いたら、塗るのを手伝ってほしいのじゃが。手の届かぬ背中や、尻の傷口に塗ってくれるだけで良いのだが。」

 

「し、尻………。」

 

「座っておるだけでも響くのだ。なぁ、頼めんか?」

 

「は、はぁ………。」

 

「薬をお持ちしました。」

 

「よ、よし………では黄蓋様、失礼します。」

 

「おぉ、塗ってくれるか! これはありがたい。」

 

「お、おい! 部屋には入るなって………。」

 

「手の届かん所に傷があるらしいのだ。すぐ戻るから、お前は誰も来ないか見張っておいてくれ。」

 

「つ、次塗る時は俺が行くからなっ!」

 

「ふふっ、すまんなぁ。………そうだな、まずは背中から塗ってもらおうかの。」

 

「………ゴクッ。」

 

 

女の武器を使って、ようやく警備兵を部屋に招き入れた黄蓋。

さて、どうやって出し抜いてやろうかと考えていると………。

 

 

「お、おい、貴様、何奴! ………ぐはっ!」

 

 

部屋の外に居たもう1人の警備兵が何やら騒いでいる。

そしてそれを好機と見た黄蓋。

 

 

「………お、おい、どうした! 何かあったのか?………ぐはっ!」

 

「すまんのう。お主はあまりわしの好みではないのじゃ。………開いているぞ。」

 

「………失礼します。黄蓋殿とお見受け致しますが、よろしいですか?」

 

「如何にも、わしが黄蓋だが………貴公らは? 冥琳の手のものか?」

 

「いえ………。それはお答えできません。ですが、あなたの意志を貫くための、お手伝いをしに参ったものです。」

 

「このわしを前にして、言えぬと申すか。………面白い。わしも所用があるでな。しばし貴様らに付き合ってやろう。」

 

「はい、では参りましょう、黄蓋様。」

 

「うむ。………して、お主の名は?」

 

 

 

 

 

 

 

「これは失礼致しました。………我が名は、孫乾と申します。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




孫策軍との戦いが始まりました。

はい、ついに新キャラ登場です。
オリキャラじゃないけれど、真恋姫時点では出てきていない彼女の存在。
恋姫革命とかをご存知無い方は、オリキャラだと思って読み進めて貰えるといいかなと思います。

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第六十九話

 

 

南征を始めてから数日。

拠点を確保した曹操軍は次の侵攻を開始すべく、その拠点へと次々に物資を運び始める。

 

全ては順調にいっている………かのように見えていたが、やはりと言うべきか。

南方の地独特の風土病に、多くの兵士がやられてしまっていた。

 

その多くの要因は北から南へ移動したことによる温度の変化。普段の環境からの変化に、体がついて行かなかったのだろう。

それに加えて、陳留から行軍を続けてようやくたどり着いたこの城で、いきなりの戦闘である。

 

兵数に物を言わせて圧勝したとは言え、体力は損耗していたのだろう。

無事戦に勝利したことで、多少気が抜けてしまうのも無理のない話だ。

 

病は気から、とは良く言ったもので、体力を減らした末端の兵士ほど、それは顕著だった。

 

そんな状況では次の行動に移せるわけもなく、しばらくの間孫策軍の情報収集や周囲の状況の把握などに努めることになった。

 

 

「おや、北郷さんに、沙和さん。重そうな荷物を抱えてどちらに?」

 

「あ、蒼慈さん。お疲れ様です。病人の皆に使う水を運んでるんですよ。」

 

「そうでしたか。………今回の薬品に関しては、北郷さんのお手柄でしたね。」

 

「手柄だなんて、そんな………。俺が言わなくても稟や風が気づいていたでしょうし。」

 

「ふふ、あまり謙遜するものじゃないですよ。こういうのは初めに言ったかどうか、が大事なのです。」

 

「………蒼慈さんにそうやって褒められると、なんだかくすぐったいですね。」

 

「そうですか? 私は良きところは褒め、悪しきところは直す様に言いますよ?」

 

「あー、そう言うの蒼慈さんすげー怖そう。」

 

「………それ、沙和もちょっと分かる気がするのー。」

 

「むぅ、どうしてそうなるんです………。部下を思えばこそですね………。」

 

 

于禁に北郷、王蘭が共に歩きながら会話をしていると、そこに楽進が慌てた様相でこちらに駆けてくる。

 

 

「隊長! 侵入者ですっ!」

 

「侵入者ぁ!? 門番はどうしたんだよ?」

 

「それが、少々の押し問答の後、あっさりと突破されてしまったそうで………かなりの手練れかと。」

 

 

楽進が北郷へと報告する。

北郷も于禁も慌てた様子を見せているが、その横で1人何やら思案している王蘭。

 

 

「ふむ………侵入者、ですか。」

 

「蒼慈さん? 何か思い当たる者でも?」

 

「あぁ、いえ………。それで現在は誰が?」

 

「今霞が先行している。流琉に華琳さまの護衛を頼んでいるが、何が起きるかわからん。凪と沙和は華琳さまの護衛に加わってくれるか。」

 

「あ、秋蘭さま! わかったのー!」

「はっ、承知しました。」

 

 

そこに夏侯淵が現れて状況の説明と指示を出す。

すぐさま楽進と于禁は行動に移り、曹操の元へと向かう。

 

 

「蒼慈、北郷、我らは霞の元に急ぐぞ。」

 

「お、おう!」

 

 

そう言って城の門へと急ぐ3人。

そして、辿り着くとそこには………。

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ………。何やこいつ!」

 

 

苦戦しているらしい張遼と、曹操軍の将ではない2人の女性がいた。

 

 

「筋は悪くないんじゃがのう………まぁ少し頭を冷やすと良かろう。孫乾、わしから離れるでないぞ。」

 

「承知しました。」

 

「………どわっ!?」

 

 

赤子の手をひねるかの様に、簡単に張遼の攻撃をいなして捌く妙齢の女性。

流石の張遼もこれには驚いたようで、尻もちをついてしまう。

 

 

「霞さん! ………はぁ、私が行くので援護をお願いしますね。」

 

「うむ………頼んだぞ。」

 

「なんじゃなんじゃ。次はこの優男か?」

 

「えぇ。我が名は王徳仁。お手柔らかに願いたいものですが………あなたの名は?」

 

「む………ようやく話の通じる相手が出てきたか。先程のやつも門番の兵も、自分が名乗りもせんくせにこちらばかり問い詰めよって。」

 

「そうでしたか………。で、失礼でなければお聞かせ願いたいのですが?」

 

「あぁ、すまんすまん。我が名は黄公覆。孫呉に仕える武将じゃよ。………お主らの主、曹孟徳殿に面会願いたい。」

 

「華琳さまに………? どうして、また?」

 

「そう結論を急くでないわ。男はずっしり構えていた方が好まれるぞ?」

 

「ふふっ、蒼慈、その通りよ? 女性の言うことは一度飲み込んでから返しても遅くなくてよ?」

 

「………華琳さま。」

 

 

丁度そこに曹操がやってくる。

護衛についていた楽進や于禁、流琉をつれて騒ぎのあった門へとやってきたようだ。

 

 

「あなたが孫呉の宿将、黄蓋殿ね? 私が曹操よ。まずはこの者達の無礼を詫びさせてもらうわ。」

 

「ほう………主君も話が分かる相手じゃったか。見直したぞ。」

 

「皆があなたの姿を知っていれば結果は違ったのでしょうけど………。できれば初めに名乗って欲しかったものね。」

 

「それはすまん。つい、いつもの癖でな。その件についてはこちらも詫びよう。」

 

「それで? 何やら私への面会を求めていたのが聞こえていたけれど?」

 

「うむ、曹操殿。少々話をさせてもらいたいのじゃ。良ければ、席を設けてはくれんか?」

 

「ふむ………良いでしょう。流琉、沙和、席の用意をなさい。他の将も同席しても構わないかしら?」

 

「無論だ。それこそ、わしがお主を害する可能性もあるのじゃしな?」

 

「「「………!!」」」

 

「冗談に決まっておろうが。そう殺気を安売りしては、いざというときに困るぞ?」

 

 

そう言って曹操軍の将を煽りつつも曹操との面会が叶う事になった黄蓋。

至急、于禁と典韋が場を整えて早速その機会を設けることになった。

 

 

 

──────────。

 

 

 

「我が軍に降りたい………だと?」

 

「左様。既に我が盟友、孫堅の夢見た呉はあそこにはない。ならば、奴の遺志を継いだこのわしの手で引導を渡してやるのが、せめてもの弔いであろう。」

 

「周瑜との間に諍いがあったと聞いたが………原因はそれか?」

 

「やれやれ、もう伝わって居るのか。夏侯淵よ、それをどこから聞いた?」

 

「………どこでもよかろう? で、事実なのか?」

 

「うむ、事実だ。その証拠に………ほれ。」

 

「ぬぉわっ!?」

 

 

急に黄蓋が自身の服を脱ぎ、豊満な胸を露出させる。

北郷と王蘭は慌てて体を反転させて、それを見ないようにする。

 

 

「はっはっはっ! なんじゃ、おなごの乳房など、別に初めて見るわけでもなかろうに。」

 

「お主っ! 早く隠せっ!」

 

「やれやれ、呉はもう少しおおらかじゃぞ?」

 

「………兄様、蒼慈さん、もう平気ですよ。」

 

「ふぅ………流琉さん、ありがとうございます。」

「ありがと、流琉。」

 

 

「その傷が、周瑜に打たれたという痕?」

 

「あぁ。赤子の頃には襁褓も変えてやったと言うにな。それが孫呉を好き勝手にかき回した挙げ句、この仕打ちだ。」

 

「なんだ、ただの私怨ではないか。」

 

「まぁそう思われても仕方ないじゃろうな。ただな、夏侯惇よ。仮に曹操殿が志半ばで倒れた時、後を継いだものが………仮にそこの白い服を着た男だったとする。そやつがその遺志を踏みにじったとしたならば、お主は何を思う?」

 

「「殺す!!」」

 

 

夏侯惇に加えて、なぜか荀彧までもが加わってそれに答える。

 

 

「まさに今わしはそう言う気持ちをしておるのじゃよ。袁術の元で恥を忍んで生きてきたのも、盟友孫堅の理想を叶えるため。じゃが、いざ蓋を開けてみれば………。」

 

「………そう、ならば黄蓋。我が軍に降る条件は?」

 

「孫呉を討つこと。そして………全てが終わったあと、このわしを討ち果たすこと。孫呉が滅びたならば、わしも生きておる意味などありはせん。せめて、あの世で友に詫びの一言でも言わせて欲しい。」

 

「あなたが江東を納める気はないのかしら? あなたほどの人物ならば、この一帯を任せても構わなくてよ?」

 

「わしは孫家に仕える身。それを飛び越えて江東を納めるつもりなど毛頭ない。」

 

「………分かったわ、黄蓋。この孫呉の討伐に、あなたを加える事を許しましょう。」

 

「感謝する。このわしの命、しばし曹孟徳殿に預けるとしよう。」

 

「真名は。」

 

「祭。」

 

「その名、しばし預かっておきましょう。それで、そちらの娘は?」

 

「あぁ、此奴の名は孫乾。呉でわしが面倒を見てやっていてな。呉というよりわし個人の弟子、従者のような者じゃ。」

 

「我が名は孫乾と申します。何卒、よろしくお願いします。」

 

「そう。あなたも黄蓋と一緒にこちらに降る、というので良いのね?」

 

「はっ。我が身は黄蓋様と共に。」

 

「そう、ならいいわ。あなたも此方に降る事を認めましょう。………ではすぐに軍議を開く! 黄蓋、あなたも参加して呉と戦う上での意見を述べなさい。良いわね?」

 

「御意。」

 

 

 

 

──────────。

 

 

 

 

「なんじゃとっ!? 夏侯淵、それは真か!?」

 

「うむ。劉備、関羽、張飛を筆頭に、劉備軍の主力部隊が呉の領内に移動を開始している様だ。」

 

「なんと………血迷ったか、冥琳め………。」

 

「黄蓋も初耳だったようね。その情報は本当なのかしら?」

 

「は。また、劉備たちを先導しているのは呂の旗のようです。ですが、深紅ではないようで………。」

 

 

夏侯淵からの報告は、思いもよらなかったのであろう。

彼女の口から伝えられた内容は、孫策軍領地に劉備軍を迎えているという報告だった。

黄蓋の様子からするに、呉を強く思うが故に、他勢力を自分の国に容易に迎え入れたことを許せぬようだ。

 

 

「………恐らく、呉の見習い軍師だった呂蒙じゃろう。一隊を率いるようになったか。」

 

「予測されている呉の部隊に、劉備軍の部隊が加わったことで………敵の総兵力は、我々とほぼ同程度となりました。」

 

 

黄蓋の予測を受けて、郭嘉が情報を補足する。

それを聞いた曹操は、何やら嬉しそうな顔を見せる。

 

 

「そう………兵力は五分と五分。ふふっ、面白くなってきたわね。」

 

 

また悪い癖が、と思ってもそれを口に出す者は居なかった。

 

 

「周瑜に諸葛亮か………。あまり相手にしたくない組み合わせだな。」

 

「ふんっ、別に相手がどこの誰であろうと、華琳さまに捧げる勝利に違いはないわよ。」

 

「そうですねー。相手がどれだけ強かろうと大きかろうと、それはそれで策に盛り込んでしまえばいいだけなのですよー。」

 

「………春蘭さまぁ、どういう意味ですか?」

 

「うむ! 要するにいつもどおり戦えば負けることはない、ということだぞ! 季衣!」

 

「なるほどー! 流石春蘭さまっ!」

 

「………それもある意味で真理よ。慌ててむざむざと相手の罠に掛かってあげる必要もない。いつも通りに戦えば、我らに負けはないわ。」

 

「………なぁ、そういえば相手ってどこに移動してるんだ?」

 

 

ずっと黙って聞いていた北郷が、気になっていた事を問う。

それに応えたのは郭嘉。

 

 

「長江の………ここです。」

 

 

 

彼女が指し示した先に記された文字は………赤壁。

 

 

 

 

 

 




前回の話が盛り上がったようで、なんと日間TOP10入りを果たしていました。
これも偏に皆さんが読んでくださってるからですね。ありがとうございます。


さて、いよいよ赤壁の文字が実際に見えてきました。
いよいよなんだなーと思うと、寂しくもあり、嬉しくもあり、が今の心境です笑


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第七十話

 

決戦の地、赤壁へと向かう曹操軍。

 

大軍団を運ぶ船は1隻1隻が巨大な船。

だが、水練などあまりやってこなかった曹操軍にとっては少しの揺れであってもきついようで、かなりの兵士が船酔いしている。

 

それは将兵であっても例外ではないようで。

于禁や李典たちも受け答えは出来るようだが、あまり話しかけられたくない状態の様だ。

 

他の船に目をやれば、荀彧や賈駆も顔を青くしている。

 

 

ふと周囲に目を向けて見れば、近隣の村などに住まう漁師たちだろう。

小さな船を鎖で繋いでいるのが見られる。

 

 

「あぁやって船を繋いだら揺れも収まるんでしょうねぇ。」

 

「さて、どうだろうな? と言うか、蒼慈は船酔い大丈夫なのか………?」

 

「はい。私は特に問題無いようですが………秋蘭さんは無事ではなさそうですね。無理に起きてらっしゃらずとも、横になっていていいのですよ?」

 

「そうは言うがな………将たるもの、部下に示しをつけなくてはな。」

 

「そうですか………。まぁ無理だけはなさらず。兵士たちも多くが体調が優れずに、座り込んでいるのですから。」

 

「あぁ………。」

 

 

ここは夏侯淵と王蘭の乗る船。

どうやら夏侯淵も他の将たちと同様に船酔いをしてしまっているようだ。

王蘭はピンピンしている様だから、こういうのは人による所なのだろう。

 

なんとかその日の移動を乗り越えた曹操軍。

こんな所に劉備や孫策たちが襲ってきてはひとたまりも無いのだろうが、その気配はないようだった。

 

 

 

 

──────────。

 

 

 

 

 

夜を過ごすための陣の設営が完了した曹操たちは、船での疲れもあって早々に休み始める。

そんな中、北郷は1人深刻な顔をしながら曹操の元へと向かっていた。

 

まだ船酔いの影響が抜けていないのか、少し足元がふらついているようにも見える。

 

ゆっくりと歩みを進めてようやく目的の曹操が居る陣幕近くに辿り着くと、入り口の前に王蘭と夏侯淵の姿があった。

 

 

「あれ? 蒼慈さんに秋蘭。華琳に用があって来たんだけど………改めたほうが良いかな?」

 

「おや、北郷さん。………いえ、私たちも華琳さまにご報告があったんですが、良ければご一緒に。」

 

「え、いいの? 俺が聞いてても。蒼慈さんたちがいいなら、一緒に聞かせてもらおうかな。」

 

「えぇ。北郷さんなら構いませんよ。………では。華琳さま、王蘭にございます。」

 

「………蒼慈? 何かしら、入っていいわよ。」

 

「失礼致します。」

 

 

そう言って陣幕の中へと入っていく3人。

 

 

「あら、秋蘭に一刀も一緒だったの? もしかして夜を4人で過ごすお誘いかしら………?」

 

 

クスクスと笑いながら3人を迎え入れる曹操。

部屋の中には警備のための典韋もいるようだった。

 

 

「夜分に申し訳ありません。そういった桃色の話ではないので恐縮なんですが………ご報告があります。一刀さんもお話があるようですが、喫緊の問題ですので先にご報告させて頂きます。」

 

「………何かしら? 流琉、陣幕の入り口で警備を。誰も入れてはならないわ。誰かが来たなら、わざと大きな声で名前を呼びかけなさい。」

 

 

王蘭の雰囲気を察した曹操は、咄嗟に典韋に警備の指示を出す。

典韋も、すぐさま気を引き締めて警備にあたる。

 

 

「結論から申します。本日これより後、孫乾と黄蓋の2人が華琳さまの元を訪れ、船酔い対策として船と船を鎖で繋いではどうか、と提案に来ます。………それを飲んでいただきたく。」

 

「………そう。 それはどうして?」

 

「黄蓋殿は、我々を裏切ります。ある程度までは泳がせておく方が望ましいため、それに乗っていただきたく。」

 

 

曹操、夏侯淵、北郷の3人は驚きの表情を浮かべている。

特に、北郷に至ってはそれが顕著で、まるで何故をそれを知っているのか? とでも言いたげなほどに。

 

 

「………やはり、黄蓋は裏切る、のね。でも蒼慈、何故あなたがそれを掴んでいるのかしら? 黄蓋が降ってきたあとに開かれた軍議で、あなた一言も喋らなかったけれど………それも関係しているのかしら?」

 

「それは、ですね………。」

 

 

王蘭がそれに答えようとした時だ。

 

 

「あれっ? 黄蓋さんに孫乾さん! 華琳さまに何か御用ですか?」

 

「おぉ、これは典韋殿。華琳殿の警備、ご苦労だな。何、ちょっと話があってな。華琳殿は既にお休みだろうか?」

 

「伺って来ますので、少々こちらでお待ち下さいね!」

 

 

陣幕の外からそんなやり取りが聞こえてきた。

そして入り口の幕をめくって典韋が中に入ってくる。

 

 

「華琳さま、黄蓋さんがいらっしゃいましたが………どうしましょう?」

 

「そうね………蒼慈、秋蘭、一刀。」

 

 

3人の名前を呼び頷いた曹操は、着物を少しはだけさせて一刀へと寄りかかるように寄り添う。

それを見た王蘭、夏侯淵も意図を理解し、すぐさまそれに倣う。

 

 

「いいわ、流琉。迎え入れなさい。」

 

「は、はいっ!!」

 

 

急にその場に漂い出す雰囲気に当てられて頬を少し朱に染める典韋。

すぐさま幕の外に出ていき、黄蓋を中に迎え入れる。

 

 

「お、おまたせしましたっ! そ、その、あの、中に入っても大丈夫なようですが………いえ、あの、何も無いので、どうぞっ!」

 

「むぅ? どうしたのじゃ急に………。華琳殿、失礼するぞ。」

 

 

そう言って中に入ってきた黄蓋と孫乾。

2人はその場を見てすぐさま理解する。

 

 

「はははっ! これは何とも間の悪いことをしたものじゃ!すまんのう!」

 

「全くだわ………。急ぎの用件で無いのなら、明日にでもして欲しいのだけれど?」

 

「いや、すまぬ。すぐに済ます故な、少し時間を頂戴しても良いか?」

 

「手短にお願いね。私、邪魔されて今とても機嫌が悪いの。」

 

「あぁもちろんだとも。昼の行軍を見ておったのじゃが、気になることがあっての………人払いを頼めんか?」

 

「一刀たちのことかしら? 私の腹心たちに話せない様なことなのかしら………? それに、今日は私が彼らを呼んだのよ? それを一方的に帰りなさい、だなんて失礼だと思わない?」

 

 

そう言ってわざとらしく、北郷へと寄りかかってみせる曹操。

夏侯淵もそれに倣って王蘭へと撓垂れ掛かり、王蘭もそっとその肩を抱き寄せる。

 

 

「いや、そういうわけではないのだが………まぁ良いか。気を悪くせんでくれな? 今日の行軍中だが、随分と船酔いする兵士が多かったようだが、あれは一体どういう事じゃ?」

 

「返す言葉もないわね………。船での戦いは訓練こそすれ、実戦は少ないのよ。兵の中には長江ほど大きな河を見たことも無い兵もたくさんいるの。」

 

「ふむ………それはいかんな。江東や江南の兵は船での戦い方を深く知っておる。時間さえあればわしが調練してやっても良いのじゃが………付け焼き刃では帰って戦の妨げになってしまうしの。」

 

「そうでしょうね………。何か秘策はあるのかしら?」

 

「うむ。実はな、そのために此奴も連れてきたのじゃ。」

 

「孫乾が?」

 

「はい。この辺りの漁師たちは皆、船酔いや小さな船を大きく使う手法として、船と船とを鎖で結ぶ方法を使っています。それをこの船団でも利用すれば、揺れは収まり兵士の船酔いも軽くなるかと。」

 

「そういえば途中でそんな船をいくつも見たなぁ………。」

 

「一刀の言うように確かにそんな船をよく見かけたわね。でも、火計には弱くなるわね。」

 

「この季節は河上から風が吹いています。軍内からの失火や河上からの奇襲があったならともかくとして、風下に対する敵が火計を選択することは無いでしょう。」

 

「なるほどねぇ………。それで、その鎖はすぐに用意できるのかしら?」

 

「この辺りで漁師たちが普通に使っているものですから、鍛冶屋にでもいえば簡単に調達出来るものと思われます。」

 

「そう。ならば、その前交渉は黄蓋と孫乾、あなたたちで行いなさい。細かな指示は、後で軍師の誰かを代わりにつけるわ。」

 

 

そう言い終わると、曹操は北郷の服を脱がせにかかる。

 

 

「うぉっ!? ちょ、華琳!?」

 

「なぁに、一刀? もう話は終わったのだから、続き………しましょ?」

 

「はっはっはっ! 英雄色を好むとは言うが、貴公はまさにその鏡じゃな! 孫乾、これ以上邪魔しては悪い、行くぞ。」

 

「はっ、では失礼致します。」

 

 

そう言って出ていく2人。その姿と気配が消えたところで、曹操はふぅとため息をつく。

 

 

「さて。蒼慈の言ったとおりになったのだけれど………。」

 

「はい、ありがとうございました。早速真桜さんに話を通して頑張っていただきましょう。軍師の皆さんにも私の方からことの顛末は共有しておきます。」

 

「そうね、後は頼んだわよ。………そういえば一刀、あなたの話をまだ聞いていないけれど、何だったのかしら?」

 

「あ、いや………。もう、何でもないよ。」

 

「なぁに? まさか本当に夜の相手をしに来たのかしら………? 残念だけれど、今日はダメよ? 戦いを終えて城に帰ったらゆっくり相手してあげるから、それまで我慢なさい。」

 

 

 

 

 

 

 

 




いよいよ、赤壁の核心。
孫乾からの献策が採用されて船同士が鎖で繋がれることに。
頑張れ真桜えもん!


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第七十一話

 

 

 

「………やれやれ、危なかったよ。」

 

「姉様、声が大きいよー!」

 

「………おっと。」

 

「今の所、計画は順調に進んでいます。そうですよね、黄蓋様。」

 

「うむ。明日の夜半には風向きが変わるだろうから、そこが決起の時となる。」

 

「風が変わる………ねぇ。」

 

「地のものしか知らんことだ。普通のものは知らんよ。」

 

「こちらの兵は置いて帰ります。曹操軍の甲冑を纏わせているので、軍の中に並べても気づかれないでしょう。………決起の時に上手く使って頂ければ。」

 

「助かる………じゃが、孫乾は劉備殿のもとへ連れ帰ってもらおうか。役目は今宵のあの話で完了したのじゃろう?」

 

「なっ………!」

 

「いつから!」

 

「見くびるでないぞ、ヒヨっ子ども? 孫呉を愛する将として、お主らが我ら孫呉の兵で無いことなど見れば分かる。であれば、状況からして劉備軍しかあるまいて。」

 

「黄蓋様………。」

 

「それに今しがた連れてきた兵はわしの部下たちだろう。自分が手塩にかけて育てた可愛い部下を、見間違えるはずなどないわ。………あとはこの老兵の仕事よ。叶うなら、冥琳や雪蓮殿に無礼な事を言ってすまんかったと………代わりに詫びておいてもらえんか?」

 

「………必ずや。黄蓋殿も、ご武運を。」

 

 

 

 

──────────。

 

 

 

 

翌日の朝。

 

 

「良く寝たのーーーーっ!」

 

「ははっ、元気いっぱいだな沙和。」

 

「うんっ。今日は船が揺れないから、全然気持ち悪くならないの。この鎖のおかげなのー?」

 

「どうもそうらしい。こんな鎖があるだけで、随分と違うものだな。」

 

 

昨夜、真桜の元に王蘭が訪れ、鎖についての工作を依頼。

軍としての指示であれば断るわけもなく、夜を通して作業して船に鎖を繋いでくれていたのだった。

 

そのお陰で船の揺れは劇的に改善。

夜ゆっくり寝られるだけでもその効果は発揮される。

元々体力のある兵士たちのため、すぐさま体調が回復していくのだった。

 

そんな中………。

 

 

「ねぇ凪ちゃん。気づいてる?」

 

「………あぁ、もちろんだ。」

 

「ん? どうしたんだ二人共?」

 

「隊長は気づいてないのー?」

 

「何が?」

 

「えっと、あそこの船に乗ってる兵士さんたち、全然知らない顔なの。」

 

「はい。恐らく、真桜の隊でもありません。」

 

「それに、あの鎧は都の正規軍が着ける鎧なの。だから、今この行軍であの鎧を着てる兵士さんって居ないはずなのー。」

 

「はい。それに我らが鍛えた大切な部下、兵士であれば名前を顔を見れば誰かはわかります。どの船でも知った顔が、少なくとも二人三人と居るはずなのですが………。」

 

「って事は………。」

 

 

そう言って3人がその船の上に現れた人物を見る。………黄蓋だった。

 

 

「………凪、黄蓋さんにバレない様に、この事を華琳に報告してきて。」

 

「はっ!」

 

 

 

 

──────────。

 

 

 

 

そして、その日の夜。

王蘭は船の上で1人、長江の流れを見ていた。

 

河の上を流れる風は冷たさを伴い、彼の体の熱を少しずつ奪っていく。

そして、彼の手には1枚の紙が握られていた。

 

それをビリビリと細かく細かく破り、河へと捨てる。

風がその紙を河の水面へと運び、細切れになった紙に染まる墨が滲み、文字が見えなくなっていく。

 

 

「………いよいよ、ですね。」

 

 

そうポツリと零した王蘭の目線の先は、一隻の船。

その船にぶつかって飛沫をあげる波。

 

その水面を見れば、風向きが変わった事を教えてくれていた。

王蘭はすっと立ち上がり、曹操の元へと向かう。

 

 

………。

 

 

「華琳さま、申し上げます。風向きが、変わりました。」

 

「………そう、黄蓋はやはりこれを狙っていたのね。」

 

「はっ。用意は全て整っております。」

 

 

曹操が幕から出てくると、既にある船から火が上がっていた。

 

 

「黄蓋が火を放ったのね。」

 

「はっ。沙和さんたちが怪しいと見ていた連中が、予想通りの動きを取りました。現在、風さんと桂花さんが凪さん、真桜さんをつれて消火と迎撃に向かってらっしゃいます。また、河下より呉の船団がこちらへと向かってきております。」

 

「他の皆は?」

 

「春蘭様と秋蘭さんも稟さんと合流してそろそろ呉の方々と接敵する頃合いかと。」

 

「そう………ならば、我々も呉の本隊を迎え撃つわよ!」

 

 

 

 

──────────。

 

 

 

 

「くっ………曹操軍の鎧を着た兵も簡単に見破られ、更には火計も既に気づいておったか………。」

 

「黄蓋さまっ! 曹操軍の本隊がこちらに向かっております!」

 

「く………っ、く、くくくっ………はははははっ!」

 

「黄蓋………さま?」

 

「兵をまとめよ! これより我らは、曹操に最後の一撃を叩き込む!」

 

「………はっ!」

 

 

そして黄蓋の部隊が兵をまとめ上げた頃、曹操の本隊が到着する。

 

 

「曹孟徳よ、聞こえるかっ! 我が計略、ここまで完璧に破られるとは思わなかったぞ! 見事じゃっ!」

 

「敵軍の将でありながら、私の眼前にまで現れたことは褒めてあげるわ。それに、あれほど大胆無比な作戦もね。けれど………その呉の宿将も、私の掌の上で踊るだけだったということよ。」

 

「敵将の前にむざむざと顔を見せるか、曹孟徳。その余裕………横のその男がいるからか? 確か、昨夜も陣幕におったし、いつしかの優男だったかのう? 特に武がたつようには見えんのだがな。」

 

「人にはそれぞれの形があるということですよ。黄蓋殿。」

 

「どちらが正しいのか………あなたの得意な合戦でケリを付けてあげましょう。名将黄蓋の最後の誇りを踏みにじって………あなたに参った、と言わせてあげるわ。」

 

「言うではないか、小娘が………。ならば、いざ尋常に!!」

 

 

曹操の本隊と、黄蓋の部隊との戦いが始まった。

 

 

 

 

だが………。

 

 

 

流石に曹操率いる本隊の圧倒的な兵数に押されて、黄蓋の部隊は崩れ、あっと言う間にその決着がついてしまう。

黄蓋としても、分かっていた結果なのだろう。その表情には一切の悔いが見られず、それどころか少し晴れやかですらある。

 

最後の最期まで孫呉に使えた将として、戦場で散る事を良しとした彼女らしさが、心に来る。

 

 

「大人しく………降伏なさい。あなたほどの名将、ここで散らせるには惜しいわ。」

 

「ぬかせ! 我が身命の全てはこの江東、この孫呉、そして孫家の娘たちのためにある! 貴様らになど、我が髪の一房たりとて、遺しはするものか!」

 

「黄蓋っ!!」

 

「………夏侯惇か。貴様も、このわしに命乞いをせよ、とでも言いにきたか?」

 

「いや………華琳さま。黄蓋のあの忠心、汲んでやって頂きたく。」

 

「姉者………。」

 

 

夏侯惇、夏侯淵が自身の持ち場を片して曹操の元へとやってきた。

そして、黄蓋の表情を見て全てを察した夏侯惇が、曹操へ彼女の想いに応えてやるようにと頭を下げた。

 

こうした行動が取れたのも、自身が曹操軍一の忠臣であるという自負があるから。

黄蓋の気持ちを思えるのも、人一倍それに共感する所があるからなのだろう。

 

 

「………いいでしょう。ならば、春蘭。」

 

「はっ。」

 

「………夏侯惇、来るが良い!」

 

「応っ!」

 

 

曹操軍に仕える忠臣と、孫策軍に仕える忠臣。

頂く王は違えども、主を思う気持ちの強さは同じものを覚える2人。

その2人の戦いが、始まった。

 

 

 

………。

 

 

 

矢で牽制して夏侯惇の動きを縛ろうとしている黄蓋だが、この状況で且つ接敵した相手に弓矢では分が悪く。

 

それも、相手が曹操軍の誇る最強の矛であれば尚の事。

 

黄蓋はいくつかの傷を負って、既に満身創痍の状態となっていた。

いよいよ、決着の時が迫る。

 

 

………と、そこに、目線を河下へ向けていた曹操がつぶやく。

 

 

「孫策が来たか………。」

 

 

河下からいくつかの船団が曹操の本隊へと向かってやってくる様子が見られた。

船を漕ぐ速度は速く、あっという間に押し寄せてくる。

そして、こちらの様子が見えるところまで来ると、先頭の船には2人の女性の姿が見えた。

 

 

「祭っ!」

「祭殿!」

 

「おぉ、雪蓮殿に、冥琳も!」

 

「祭殿………ご無事か………!」

 

「ははは、無事なものか。お主と無い知恵を絞って考えた苦肉の計も、曹操に面白い様に見抜かれておったわ!」

 

「しかし………間に合ってよかった。早く、お戻りになってください!」

 

 

 

「………ふむ、それはちと難しいのう。」

 

 

 

いくら船団が急いで駆けつけているとは言え、まだまだその距離は遠く。

 

弓で射掛けるにしても、黄蓋と夏侯惇や曹操との距離も近い事があって援護もできずにいる状況だ。

………故に、戦いを知るものが見ればどうしようも無いことが理解できてしまう。

 

それが分かっているからこそ、夏侯惇、夏侯淵の2人は黄蓋と孫策たちのやり取りを黙って待っているのだろう。

 

 

「「祭っ!!」」

 

「なんと、蓮華様に小蓮様まで………。冥琳からお二人の護衛を任せれておきながら、ロクにお守りすることもできず………本当に申し訳ない事をした。小蓮様にもこの黄蓋直伝の手練手管、ご教授したかったのじゃがなぁ………。」

 

「そんなの、これから教えてくれたらいいじゃないっ! 祭よりずっといい女になってやるんだから………ちゃんと教えなさいよぅ………!」

 

「姉様っ!」

 

「えぇ! 皆、祭を助けるわよっ! 総員………。」

 

 

 

「来るなっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「聞けい! 愛しき孫呉の若者たちよ! 聞け! そしてその目にしかと焼き付けよ! 我が身、我が血、我が魂魄! その全てを我が愛する孫呉の為に捧げよう! この老躯、孫呉の礎となろう! 我が人生に、何の後悔があろうか!」

 

 

 

 

 

「呉を背負う若者たちよっ! 孫文台の建てた時代の呉は、わしの死で終わる! じゃが、これからはお主らの望む呉を築いて行くのだ! 思うままに、皆の力で! しかし、決して忘れるな! お主らの足元には、呉の礎となった無数の英霊たちが眠っていることを! そしてお主らを常に見守っていることを! 我も今より、その末席を穢すことになる!」

 

 

 

 

 

「夏侯淵っ! わしを撃て! そしてわしの愚かな失策を、戦場で死んだという誉れで雪いでくれ………!」

 

 

 

 

 

「何を泣いておるのだ、明命、思春、亞莎! この馬鹿者共め! 早う撤退の用意をせんか! 炎の勢いはまだ残っておるのだ! 早く逃げねば、雪蓮様たちも危ないじゃろう!」

 

 

 

 

 

「………雪蓮殿。最期にひと目会えて、ようございました。これからの呉、よろしくお頼み申します。」

 

 

 

 

 

「冥琳………その様子なら、心配ないな。」

 

 

 

 

 

「………ならば、思い残すことは何もない。さぁ、夏侯妙才………!」

 

 

 

 

 

 

「………皆、さらば、じゃ………。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「祭ぃぃぃぃぃっ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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第七十二話

 

 

 

「………皆! 祭の死を無駄にはしないわよ!」

 

「はっ! 総員突撃用意! 祭さまの仇討ちだっ!」

 

「祭殿の死に様に倣え! 我らが身、我らが血、我らが魂魄! 孫呉の誇りの全てを賭けて、曹操どもをこの江東から叩き出してやれ!」

 

 

黄蓋が射られるまでの一通りを目の前で見せられた孫策軍が、曹操軍へと突撃の用意を始める。

皆が皆、宿将への想いを胸に士気を高ぶらせている。

そこに………。

 

 

「く………っ! 遅かったか………。」

 

「関羽! 我らに力を! 祭の弔い合戦だ!」

 

「そんな………桃香さまっ!」

 

「うん! 皆、攻撃の準備を!」

 

 

劉備軍がようやく孫策軍に追いつき、船を並べる。

呉の士気につられ、劉備軍もすぐさま戦闘用意を整え始めた。

 

 

 

 

………。

 

 

 

 

「………華琳さま、お叱りは如何様にも。」

 

「武人の恥を雪いだこと、どう叱れというの?」

 

「はっ………。」

 

「いよいよこの戦いも決着がつく時よ。存分にその力、私のもとで発揮なさい。」

 

「御意。」

 

 

 

 

「聞けっ! 魏武の精兵たちよ! 敵将の誇りある死を心に刻め! その誇りに倣い、我らも自らの誇りを天に向かって貫き通す! 己を信じよ。己を信じる戦友を信じよ。そして、覇王たるこの私を信じよ! その誇りと共に、進め! 魏武の兵たちよ!」

 

 

 

 

いよいよ、この赤壁の戦いの決着が迫る。

 

 

 

 

 

──────────。

 

 

 

 

 

「せいっ!」

 

「はああっ!」

 

 

戦の大勢は曹操軍の勝利として決まりつつある。

 

元々は火計によって被害を大きくさせ、そこに一撃を入れる算段だった孫策軍。

そこに劉備軍の諸葛亮、鳳統の作戦による連環の計も合わさって、その威力は計り知れないものになるはずだった。

 

だが、事前にそれを見破った………いや、その作戦を事前に知った王蘭の活躍により、曹操軍はその作戦を見事打ち破る。

上手く行かなかった場合も想定はしていたのだろうが、そこにきて黄蓋のあの場面を見せられた孫策軍。

 

士気はこれ以上ない程に上昇を見せたが、それ故に劉備軍との足並みが揃わず、結果的に無茶な突撃を繰り返してしまう事になった。

 

そうなっては曹操軍の独擅場。

荀彧、賈駆、程昱、郭嘉の4名の軍師たちが、それぞれの戦場でその才を発揮する。

 

策を打ち破り、力でも凌駕する。

これぞ覇王たる戦い方をまざまざと見せつけられる形となった孫策軍と劉備軍。

 

そしていよいよ撤退をせねばならない所まで来るも、孫策と夏侯惇の戦いは未だ決着がつかずにいた。

 

 

「………くっ、本当に容赦ないわね。」

 

「当たり前だ! 貴様への借りは、官渡のあの時に全て返したと言ったはずだ!」

 

「………確かにね。」

 

 

そこに、夏侯淵がやってくる。

 

 

「姉者、無事かっ!」

 

「夏侯淵………っ! ちょうど良い。祭の仇、討たせてもらうわよっ!」

 

「はっ! この私を差し置いて秋蘭に剣を向けるのか! 今のお前の様な濁った眼で我らに勝てると思うなよ! はあああっっ!!」

 

「………くっ!」

 

「もらったぞ、孫策………!」

 

 

夏侯惇の愛刀、七星餓狼が孫策の首を狙い振り下ろされる。

 

 

だが………。

孫策の首にそれは届かずに、突如現れた戦斧に弾かれる。

 

 

「ふぅ………間に合ったか。おい孫策、貴様まだ死んではおらんだろうな?」

 

「な、なんであんたがこんな所に………。」

 

「何でも何も、軍師殿の命令だからだ。まったく………断れんことを良いことに、この私に孫策を助けろなどと………。面倒な事を言ってくれるものだ。」

 

 

急な衝撃に仰け反ってしまった夏侯惇。

体勢を整えて、自らの一撃を弾き返したその人を見る。

 

 

「貴様………華雄!!」

 

 

突如として現れ、孫策の身を守ったのは華雄だった。

孫策自身も、相手が相手故に、咄嗟に身を構えて華雄に対峙する。

 

 

「そんな事してる暇があったらさっさと逃げろ馬鹿者が。周りも見られておらんとは、貴様にこそ”猪”の二つ名が相応しいかもしれんなぁ………? まったく、貴様のところの将は皆撤退を進めていると言うのに。………それにだ。良いか! 孫堅にやられた借りは最早貴様にぶつける他にないのだ! 妹の孫権や孫尚香では話にならん! こんなくだらん所で死ぬよりも、私に殺されろ!」

 

「ぐっ………。」

 

「丁度貴様の軍師も迎えに来たようだな………ここは私が引き受けてやるからさっさと退け。」

 

「雪蓮! 一度ここは退くわよ!」

 

「冥琳! でも………祭の仇も討てないままで………!」

 

「ここであなたまで討たれたら、祭殿の想いはどうなる! 情に流されることも時には必要だ。しかし引き時を見誤れば、致命的な失策となる。」

 

「そんなゴタゴタはあとでやってくれ。敵は夏侯惇だけではないのだ。私も貴様を逃したあとは撤退せねばならんのだから、さっさとしてくれ。」

 

「そう簡単に逃がすはずなどないだろうっ! でええええええいっ!」

 

「ふんっ! ………夏侯惇よ。汜水関に虎牢関と………貴様らの軍には反董卓連合の時、世話になったなぁ?」

 

 

夏侯惇の攻撃を受け止め、ニヤリとしてみせる華雄。

 

 

「ぬっ! 貴様っ………! まるであの時とは別人の様ではないか。」

 

「私が今日までただ無為に過ごしていたと思うなよ? 劉備軍………あそこには多数の武に優れた将が居るのだ。呂布は元より、関羽に張飛、趙雲に魏延、それから馬超………毎日戦う相手に困らんのだ。これで武が鍛えられない訳がないだろう?」

 

 

そのまま武器を弾き返し、夏侯惇と華雄の戦いが始まった。

 

数合を打ち合えば、互いの実力が見えてくるというもの。

 

だがそれは拮抗しているらしく、形勢は中々に傾かないでいる。

そこに、撤退の殿を務めるべく関羽がやってくる。

 

 

「華雄! まだ撤退できんのか!」

 

「くっ………関羽もここに加わるのかっ!」

 

「孫策たちが無事に撤退を開始すれば、こちらも下がれる。」

 

「孫策殿! 周瑜殿! お早くっ!」

 

「雪蓮っ!」

 

「………わかったわ。撤退するわよ!」

 

 

 

 

──────────。

 

 

 

 

こうして孫策軍は無事撤退を完了させ、自軍の城である建業へと戻っていった。

そして殿を務めた関羽と華雄も、夏侯惇と夏侯淵の攻撃をなんとか掻い潜り、劉備軍本陣へと合流。

劉備軍も益州成都へと戻ることに。

 

赤壁での戦いは曹操軍の勝利として結末を迎える事になった。

 

 

そして、船団の火事が収まったのは結局夜が更けてから。

その間に簡易的な軍議を開き、今後の進路については兵や将たちから強く希望があり陸路で進む事になった曹操軍。

 

 

 

 

こうして、次の戦いの舞台は建業へと移される。

 

 

 

 

 

 






前の話の末尾、あとがきは書きませんでした。

祭さんのあのシーンを見て感じる気持ちを邪魔したくなかったので。
何度見ても、あそこのシーンは涙が出ます。結果、結末わかってんのにね…。

そんな私の自己満足!

さて、ようやくかゆうまさんご登場。
存命確認だけされてましたが、覚醒しての登場となりました。

シリアスが抜けちゃうので、書いてたのに削除しちゃったシーンここで書かせてください………。

──────────

華雄「劉備軍………あそこには多数の武に優れた将が居るのだ。呂布は元より、関羽に張飛、趙雲に魏延、それから馬超………毎日戦う相手に困らんのだ。しかも諸葛亮と鳳統が私の書類仕事を勝手に片付けてくれるのだ! これほど私にピッタリの軍があるか!?」

春蘭「む…いいなぁ…。」

秋蘭「姉者…。」

──────────

そりゃー日がな一日劉備軍の猛者たちと戦いに明け暮れてたら嫌でも強くなりますわな。
という、独自設定でした。
また活躍して頂く機会が訪れると良いですが、さてはて…。


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第七十三話

 

 

赤壁での戦いを終え、曹操軍はいよいよ孫呉攻略のため建業に向けて兵を向ける。

 

先遣隊に任命されたのは、曹操軍の攻撃の要である夏侯惇を筆頭に、偵察部隊として王蘭隊、その他張遼隊と北郷隊が任命されていた。

その先遣隊がいよいよ建業付近にまで近づいてきたこともあり、王蘭が隊を率いて偵察へと向かっている。

 

 

「報告ご苦労さまです。………孫呉の隊のほとんどが揃っていますか。我々も総力をもって戦う流れかもしれませんね。偵察はこのあたりで切り上げ、春蘭さまと合流します。」

 

 

そう言って隊を引き上げる王蘭たち。

春蘭たち先遣隊へと合流する道すがら、とある集団と出会う。

 

その集団の先頭には、小柄な体躯に長い黒髪、額には鉢巻の様な額当てをつけ、背中には自身の背丈ほどありそうな長い刀を背負っていた。

少女と言ってもいいような彼女と相対し、互いに動きを止めて出方を伺う。

 

その少女の瞳は、とても攻撃的でありながらも、どこか焦っているようにも感じる。

互いに互いが敵の偵察部隊であることは気づいているのだろう。

見つめ合ったまま、いたずらに時間だけが過ぎていく。

 

このまま無駄に時間を過ごしても何も良いことはないと頭を切り替えた王蘭は、相手と目線を切って相手を避けるようにして隊を進め始めた。

恐らく相手も偵察部隊であり、ここで争う事を良しとしないであろう、と考えた結果である。

 

その長髪の少女………周泰も、それは同じ考えであったようだ。

 

視界の端に相手を認めながら、互いに見なかったことにして自陣へと戻る。

走り始めるわけでもなく、かと言って歩みが遅すぎるわけでもなく。

 

ようやくそれぞれの向かう先へと立ち位置を入れ替えて、駆け始めた両部隊だった。

 

 

 

 

──────────。

 

 

 

 

「ただいま戻りました。」

 

「おぉ、蒼慈! 遅かったが何かあったのか?」

 

「え、えぇまぁ………ですが問題ありませんよ。早速ですが偵察の結果をご報告いたします。この先に孫策軍の主だった将全ての部隊が展開していました。」

 

「そうか………恐らく孫策も建業の城を我らに見せたくないのだろうな。その気持ちはわからんでもない………。」

 

「惇ちゃん、あんま敵に感情移入しすぎると、死ぬで?」

 

「………そこまではせんよ。我が体は華琳さまのもの。我が意思は華琳さまの意思だ。それが変わることなど、未来永劫あるものか。」

 

「そっ、ならええけど。」

 

「………この辺りで停止しておかねば接敵しすぎてしまいます。ただ、我々先遣隊も華琳さまの本隊と距離が少しあいてしまっているので、止まるにしても敵の動きには気をつけなければなりません。」

 

「む………? どういうことだ?」

 

「向こうはこちらに隙があれば意を決して突撃してくる可能性があります。赤壁で、一度打ち破っていることから、死兵となって戦ってくることも考慮せねば。」

 

「ふむ………なるほどな。まずは軍の停止か。季衣! 停止だっ!」

 

「はーい! 全軍止まれーっ!」

 

 

許褚の掛け声で歩みを進めていた軍が停止する。

 

 

「また私の戻りが遅くなった理由でもあるのですが………こちらに戻る途中、恐らく孫策軍の偵察部隊と鉢合わせました。互いに情報を持ち帰ることを優先したので、戦闘にはなりませんでしたが、恐らく敵はこちらの状況も掴んでいることでしょう。敵の攻撃に備えるためにも、霞さん、北郷さんの部隊は左右に別れ、それぞれ隠れて部隊を展開しておいた方が良いかと。」

 

「あいよー。」

 

「えっ! 俺もっ!?」

 

「はい。ハッタリで構わないです。襲撃に備えられているという事実が大事な場面ですので。実際敵が襲ってきた場合には奇襲してもらう必要がありますが。」

 

「………ごくっ。了解。」

 

「では霞、北郷、頼んだぞ! あとは我々も構えながら華琳さまの到着を待てば良いな?」

 

「はい、それでよろしいかと。」

 

 

 

………。

 

 

 

そうしてしばらくの間、敵の襲撃に備えて警戒をしていた夏侯惇たちだったが、その間に曹操たち本隊が合流。

孫策軍の襲撃は受けずに済んだのだった。

 

 

「春蘭、よくこんな所で軍を止めて無事で居られたわね………。」

 

「はっ、蒼慈が偵察に出て持ち帰った情報によれば、この先に孫策たちは部隊を展開済みだとか。またこちらの情報も持ち帰られているだとかなんとかで、敵の攻撃に備えながら停止して構えておりました!」

 

「………? 蒼慈、どういう事?」

 

 

夏侯惇の説明で上手く理解できなかった曹操が、王蘭に説明を求める。

簡単に成り行きを説明して納得した曹操は、敵斥候部隊について確認する。

 

 

「偵察を終えて春蘭さまたちの部隊に合流するまでに、恐らく敵の偵察部隊と鉢合わせてしまったのですが………。彼女を初めて目にして、ようやく呉の情報が得られなかった理由がわかった様な気がします。反董卓連合の時、孫策軍に偵察にでかけたのは私だったのですが、そこで見かけたのは眼光鋭いお団子頭の別の女性でした。恐らくその2人で攻守を担っているのでしょう………。」

 

「情報の攻守………ねぇ。まるで我が軍の様な、というわけね?」

 

「はい………。詠さんが加わった事の意味は非常に大きいです。同じような体制を整えている相手であれば、なるほどと。ちなみに鉢合わせた際は、互いに情報を持ち帰る事を優先したため、戦闘はありませんでした。」

 

「そう………理解したわ。その話や対策は追々で良いでしょう。まずは孫策軍を打ち破ること、それだけに専念しないとね。そろそろ軍を進めましょうか。」

 

「あ、その前によろしいですか?」

 

「何かしら?」

 

「劉備軍ですが、孫策に対して受け入れの意思を示しているようです。孫策軍はこの江東を出るわけにはいかない、と一度は断ったようですが、我々との戦闘の後であればそれもどうなるか………。」

 

「ふむ………。彼女達の気風からして、劉備たちの元に落ち延びるくらいなら、この地で散る事を良しとするのではなくて?」

 

「私もそう思うのですが………袁家のもとで耐えたという事実もあります。孫家の血さえ絶えなければ、再起はできると。」

 

「そうね。桂花、どうすべきかしら?」

 

「………はっ。仮に蒼慈の言う様に劉備軍と孫策軍が合流した場合、赤壁の時のように面倒な事になりかねません。………華琳さまがお許しになるのであれば、江東を条件に降伏の勧告をなさるのがよろしいかと。」

 

「桂花にしては珍しい献策ね。」

 

「………無論、華琳さまへの恭順が条件となりますが、それで孫策たちを押さえられるなら、この地くらい安いものです。」

 

「ふふっ、その言葉に反して表情はとても嫌がっているわよ………? 桂花、あなたのそう言う自分を律せられる所、とても気に入っているわ。いいでしょう、大勢が決まったと判断した時点で降伏勧告を行うとしましょう。その時が来たならば、使者として風、あなたに行ってもらうわ。全権をあなたに託すから、孫策を交渉の机まで連れてきなさい。護衛には………そうね、蒼慈。あなた行ってきなさい。」

 

「承知しましたー。」

 

「御意のままに。」

 

「戦いの前に共有しておくことはそれくらいかしら………? では、そろそろ進めるわよ。」

 

「はっ!」

 

 

 

………。

 

 

 

こうして方針をかためた曹操軍は再び行軍を開始。

いよいよ、孫策軍と相対する。

 

両軍共に布陣を完了させ、互いに王が前へと出てくる。

 

 

「………こうして顔を合わせるのは久しいわね。」

 

「そうね。先刻の戦いは黄蓋の奇襲で、それどころでは無かったから………反董卓連合の時以来かしら?」

 

「もうそんなになるのね。………官渡では夏侯惇にしか会っていなかったのよね。」

 

「あの時、我が方の将が少し多めに貸してしまった様だから………その分を返してもらいに来たわ。」

 

「その件については感謝しても感謝しきれないけれど………それでこの江東全部というのは、少し暴利すぎるんじゃないかしら?」

 

「あら、格安よ。………まぁ、このまま私に降ってくれるというなら、あなた達の命は助けてあげても良いと思っているけれど?」

 

「残念ながら、その取り立てに応じるわけにはいかないわね。この江東は、我が孫呉の父祖より伝わる大事な聖地。命惜しさに差し出したとなれば、我が母孫堅、太祖孫武に合わせる顔が無いわ。」

 

「そう………。ならば、言葉で語るよりも力を示すべきかしらね? 良いでしょう、あなたをこの曹孟徳と覇を競うに相応しい相手だと認めてあげるわ。」

 

「それはどうも。ならば我が勇気、我が知謀、我が誇りの全てを賭けて、あなた達を退けてみせるわ。」

 

「我ら曹魏も全力をもって孫呉を制圧してみせましょう。江東にその名を轟かせる小覇王と周公瑾の戦いぶり、愉しませてもらうわ。」

 

 

 

 

 

「孫呉の勇者たちよ! この戦、呉の運命を決める大決戦となる! ここで世を乱す元凶曹魏を打ち破り、大陸に本当に平和をもたらすのだ!」

 

 

 

 

 

「曹魏の勇士たちよ! この戦、我らが覇業の大きな前進のための戦となる! その血と命をもって、大陸の真の平和の礎とせよ!」

 

 

 

 

 

 

「「全軍! 突撃!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 





明命とのまさかの会合!
そして赤壁を終え、すぐさま建業での戦いへと移っていきます。


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第七十四話

 

 

孫策軍と曹操軍の戦いの火蓋が切られた。

 

 

だが、そもそも赤壁で劉備軍と合同で初めて曹操軍の兵数と互角に渡り合える状況だったのだ。

それが孫策軍単独となると、その戦い方や結果も自ずと見えてくるもので………。

 

 

「くっ………やはり兵数の差は大きいわね………。建業への退路も塞がれてしまっている………か。」

 

 

戦場を自陣から見る周瑜が、堪らずにそう零してしまう。

兵数もさることながら、それをまとめる将の数も多いのが曹操軍の強みでもある。

 

船での戦いとは打って変わって、水を得た魚のように生き生きと戦場を駆け回る将たちの姿は、味方であれば頼もしく、敵であれば脅威に見えているのだろう。

周瑜が事前に用意した策も、4人の軍師がそれぞれの持場で打ち破っていくさまはまさに痛快。

 

赤壁の戦いから間もなくということもあって、大掛かりな策をうてなかったのも孫策軍にとっては手痛いものだった。

 

曹操軍は孫策の猛勇、周瑜の神算を前にしても決して慌てる事なく、それこそいつも通り、自らが自ららしく戦いを進めていった。

そして、いよいよ………。

 

 

「これが曹操軍の実力って奴ね………赤壁はこちらの策の裏をかかれた所が大きいと思っていたけど、力でもこうも圧倒的とはね。」

 

「雪蓮………。」

 

 

周瑜に合流した孫策が、ポツリとこぼす。

戦場のどこを切り取っても劣勢であり、例えまだ続けられたとしても、このまま長引けば誰の目にも結果は明らかとなってくるだろう。

 

特に周瑜は頭が切れるが故に、痛いほどにその現実を突きつけられており、その表情は決して喜ばしいものではなかった。

 

 

「も、申し上げます! て、敵軍より使者が………。」

 

「は………? ね、ねぇ冥琳。戦いって、まだ終わってない………わよね? むしろ今も剣戟の音聞こえてる………わよね? これってその使者斬って良いのかしら?」

 

「………い、いや、どうだろうか………。この状況で曹操軍の使者を斬り捨ててしまえば、あの曹操の逆鱗に触れてしまうだろうし、やめておく方が良いのだろうが………。」

 

「そう………じゃ、良いわよ、呼んじゃって。」

 

 

こうして、戦時中でありながらも孫策軍は曹操からの使者を受け入れたのだった。

 

 

「失礼するのですよー。」

「失礼致します。」

 

 

こうして孫策の元を訪れたのは、程昱と王蘭。

何時も通りの伸びた声と、物静かな声で挨拶をする。

 

 

「あっ………。」

 

「む、どうした明命? あの使者のことを知っているのか?」

 

「あ、いえ。何でもありません………。」

 

 

甘寧から聞かれるも、今の主題とは異なるだろうと飲み込んだ周泰。

王蘭も周泰の姿を認めており、やはり互いの軍の将だったか、と納得する。

 

 

「お目通り叶いましてありがとうございますー。風は程仲徳と申しますー。」

 

「我が名は王徳仁。程仲徳の護衛として参りました。」

 

「我が名は孫策。………で? こんな状況で使者を送ってくるだなんて、曹操はどういうつもりなのかしら? あなた達も斬られたいの?」

 

「いえいえー。風はまだまだ死ぬつもりはありませんのでー。風はですね、皆様方に降伏勧告に来たのですよー。」

 

「降伏………だと?」

 

「はいー。すでにこの戦の大勢は決まっており、これ以上の戦いは無用な血を流すだけになります。であれば、まだ理性的に物事の判断がつく今のうちに、降伏のための交渉を持ったほうが良いだろうと言うことなのですよー。」

 

「そう。………残念だけれど、戦前の舌戦でも言ったけれど、命惜しさにこの江東を差し出すわけにはいかないの。」

 

「はいー、それは承知しているのですよー。ですが降伏して頂けるのであれば、ある程度そちらの条件を飲む用意はありますよー?」

 

「へぇ………じゃあこの江東一帯を丸々見逃してくれって言ったらどうなるのかしら?」

 

「孫呉の皆さんが江東を条件にこちらに降って頂けるのであれば、検討の余地はありますよー。」

 

「………何だと?」

 

「華琳さまはこの大陸の覇を唱えているのであって、抵抗する勢力や敵が憎いわけではありません。こちらの考えに従えぬ、という相手に対してのみ剣を取り、弓を取るのです。武威を示し、それによってこちらの考えに従うと態度を改めて頂けるのであれば、何も最期まで戦う必要は無いのですよー? ちなみに、武威を示すための戦い。それが先の赤壁や、今回の戦になりますねー。そして、これが最後通告ととっていただいても構いませんよー。」

 

「では、曹操に歯向かわない限り、この江東の地はこれまで通り孫家が治めても構わない、というのかしら?」

 

「はいー。黄蓋さんが降伏して来た時、孫策さんたちを打ち破ったあとの江東を治める気は無いかしら? なんて言ってましたし、それでも構わないと考えているのではー?」

 

「雪蓮………少し冷静になって考えてみても良いのかも知れんぞ、これは。………程昱殿、こちらが折れるための条件を飲む用意があることは理解した。逆に、そちらの条件もあるのだろう?」

 

「はいーもちろんです。まず絶対条件として、華琳さまの大陸制覇に従って頂くこと。その後も大陸に平和をもたらすために、原理原則の部分で華琳さまの考えに従って頂くこと。」

 

「原理原則、ねぇ。やけにボヤけた言い方にするのね? 後出しでそれはダメ、あれはダメとか言ってくるんじゃないでしょうね?」

 

「待て、雪蓮。逆に考えることも出来る。曹操に歯向かわず、基本的な考えにさえ従っていれば、統治手法などは好きにしても良い、とな。」

 

「冥琳………それってどういうこと?」

 

「原理原則とは事細かに決められているものではないだろう。根本的な部分が曹操の考えに反していない限りは、この江東独自の法の整備も認める、ということになる。………つまり、例えばこれまでの孫呉の考えが、曹操の認める原理原則と反する部分がもしなければ、これまでとなんら変わらぬままでも良いということさ。」

 

「風のお役目は、まずはお二人に交渉の机まで来てもらうことなので、ここでいたずらに発言することはないのですが、主と従はよーくご理解くださいねー? さて、孫伯符殿、周公瑾殿。まずは交渉の場を持って頂けますかー?」

 

 

周瑜は頭を回転させ、孫策に向かって頷いてみせる。

 

 

「いいでしょう。交渉の機会を持つことを受け入れます。皆も、それでいいわね?」

 

 

 

 

こうして交渉の機会を持つことで合意した孫策と曹操。

すぐさま戦を停止し、翌日早速その場を持つこととなったのだった。

 

 

 

 

──────────。

 

 

 

 

交渉は驚くほどあっさり終了。

事前に条件として程昱が概要を説明していたこともあり、江東の地は孫家が継続して統治することが許された。

 

しかもそれだけでなく。

孫策たちは降伏する側であることから、主要な江東のみを対象として考えていたのだが、曹操は更に江南の地も任せると言い出し、それは孫策たちを驚かせたものだった。

その驚きやら呆れやらの表情は、どれも曹操を大いに楽しませたのだとか。

 

代わりに、孫策軍は内政の勉強という名目で、孫権を陳留へ長期派遣することを決定。

名目は勉強のため、としているが誰の目から見ても人質であるのは明らか。

だがこれまで袁術のもとで耐えてきた事を考えると、同じ人質であっても破格の対応となるだろう。

実際、年に数度であれば江東へ戻る事も許可されている。

 

 

 

その他にもいくつかの確認が行われ、双方が合意。

こうして、建業での戦いは曹操軍の勝利で以て閉幕されることとなった。

 

 

 

残すはいよいよ、劉備軍のみとなった曹操軍。

 

大陸をその手に収める時が目前に迫っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ついに孫策軍攻略完了!


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第七十五話

 

 

 

建業の戦いを終えた曹操軍。

 

通常であれば建業の統治作業を始め、周辺の領地に対しても制圧すべく軍を進めなくてはならない。

だが、今回は孫呉一国が丸々曹操軍へと降伏したためにそういった制圧行動を取る必要がなく、直ぐ様次に向けた行動が取れる状況にあった。

 

赤壁、建業と戦が続いては居るものの、兵数で圧倒する曹操軍の損失は少ない。

また、大陸一の領地を誇る曹操軍の経済の力は凄まじく、様々な物資がこの建業に向けて運び込まれていた。

 

そうなると、あっという間に次戦に向けた準備が整っていき、夏侯惇などは既にその逸る気持ちを抑えられないようで、鍛錬にもそれが表れている様だった。

 

建業へ運び込まれているのは物資だけにとどまらない。

陳留から優秀な文官もこの建業へと呼び寄せており、江東内での統治作業の共有、引き継ぎなどを行っていく。

 

こうして、着々と江東での必要な作業が進められていった。

 

 

「………そろそろ、劉備軍に向けて軍を動かすべきね。冥琳、国境付近に拠点にできるような城はあるかしら?」

 

 

降伏してきた孫呉の主だった武将らも、早速取り立てているあたりは流石といったところ。

つい先日まで敵軍の筆頭軍師だった周瑜に対しても、別け隔てなく対劉備軍の作戦を練るための軍議などに参加させていた。

 

 

「ふむ………いくつか候補となる城はあるが、有力な候補足り得る城は、ここだろう。」

 

 

そう言って地図上に示された城を指し示す周瑜。

それを見た荀彧、賈駆、郭嘉、程昱らも考えを巡らせ、合意する。

 

 

「では、この建業での作業に区切りが付いた将たちからその城に向けて移動を開始なさい。準備が整い次第、益州に向けて侵攻を開始するわ!」

 

 

こうしていよいよ益州攻略へと取り掛かる。

 

 

 

 

──────────。

 

 

 

 

「桃香さま、曹操軍は建業の城から着々と国境付近の城へと兵士、物資ともに移動を開始している模様。整い次第、こちらに向けて兵を動かしてくるものと思われます。」

 

「そっか………いよいよ、なんだね。孫策さんたち、どうして私達のところにきてくれなかったんだろうなぁ………。」

 

「恐らく、孫策さんたちは江東の地の安堵を約束されたのでしょう。だとすれば、こちらに合流する理由もなくなったのではないかと………。」

 

「ふんっ、どうせ曹操の大軍に押し寄せられて日和ってしまったに違いない。そんな軟弱な軍のことなど、考えるだけ無駄だっ!」

 

「焔耶ちゃん………。」

 

「それよりも、だ。いよいよこちらに向けて軍を動かしてくるならば、こちらも迎撃の用意をするべきだろう。軍師殿には良い考えがあるのだろうな?」

 

「………はい。では策を申し上げます。」

 

「あぁ、無論裏工作などして勝手な行動は無いのだろうな? そんな事をしては、また桃香さまの大事な兵が無駄に死んでいくことになるんだ。事細かに説明して、しっかり納得させてくれよ? 諸葛亮殿。」

 

「………申し上げます。敵が拠点としていると思われる城が、国境付近に位置するこの城。ですのでこちらとしては………。」

 

 

益州の城にて。

劉備軍も曹操たちが軍を動かしている事を察知して、緊急の軍議が開かれていた。

 

その雰囲気は殺伐としており、同じ軍でありながら敵とも味方ともわからぬ雰囲気が漂っている。

軍議に際して、皆に茶を配ってまわる孫乾の姿もそこには見られており、困り顔の劉備、諸葛亮、鳳統らを見て心を痛めているのか、悲しげな表情を浮かべている。

 

これほどまでに内部が分裂しているのは、諸葛亮のとった策に対して結果が伴っていないこと、そしてそれが独断で行われていた事が原因ではある。

だが、それを過剰なまでに糾弾しているのは魏延。正義感の強い彼女だからこそ、物怖じせずに発言できるのは美点ではあるのだが、行き過ぎてしまっているのは気の所為ではないだろう。

 

これに対して、最初は馬岱らが反発しては居たものの、実際に作戦に失敗した時の人員だったこともあり、そこを突かれては強くも出られず。

徐々に聞き流すだけになっていってしまった。

 

 

「………以上です。皆さんご理解、ご納得頂けたでしょうか。」

 

「ふむ………いいだろう。これで桃香さまをお守りできるのであれば、言うことはない。」

 

 

こうして、諸葛亮、鳳統らが考えた作戦が事細かに伝えられた。

たった1人の武将に対してでも、作戦の理由、選択した経緯、行動の背景などを細かに説明していくその様は異様と言うほかないだろう。

 

どこの軍に、軍師の考えの全てを共有しなければならない軍があるというのか。

 

それ程までに今の劉備軍は狂っている状況の様だった………。

 

 

 

 

──────────。

 

 

 

 

 

「いよいよ、劉備たちとの決戦か………。」

 

「えぇそうよ、一刀。乱世の終着はまさに目の前にまで来ているわ。そのためにも、確実に劉備軍に打ち勝って、大陸の平和を手に入れてみせるわよ。………さて、春蘭。」

 

「はっ! これより劉備軍攻略に向けての軍議を開催する!」

 

 

夏侯惇の声が、国境付近の拠点として使っている城の玉座の間に響き渡る。

そこには主だった将の全てが並んでおり、呉の将たちも数名顔を見せていた。

 

夏侯惇の開催の宣言を以て、まずは筆頭軍師の荀彧から状況の説明がなされる。

 

 

「まずは我が軍の状況についてご説明します。先日の建業攻略で孫呉一帯がそのまま我が軍へと降ったことにより、一国分の領地がそのまま我が方の領地に。さらに、将兵らもそのまま我が軍に加わったため、こちらの国力、兵力ともに大幅な増強に成功したと言えるでしょう。陳留から再招集した兵数、今回参戦している雪蓮、冥琳、明命、亞莎の4部隊を加えて、総兵数はおよそ50万に上ると思われます。」

 

「50万ね………。敵の状況はどうかしら?」

 

「それについてはボクから報告するわ。敵の将に誰がいる、だとかはもう既に皆知ってるだろうし省略するわよ? それで、敵の内部状況なんだけど、どうやらここに来て内部分裂は更に激しくなってるみたいね。報告によれば、益州に劉備が入るくらいの辺りで加入した新参の魏延って将がいるんだけど、これがわりと………猪系の武将で、短慮で短気、しかも正義感が強いときて、まぁ面倒な将ね。定軍山の戦いで黄忠を捕らえたけれど、それ以降も何かと諸葛亮や馬岱とやりあってるって報告がきてるわね。それもあって、今回のボクたちへの防衛戦でもあまり重要な位置には配置されてないらしいのよね。」

 

「な、なぁ詠よ………。何故一度こちらをチラッと見たのだ? なぁ………。」

 

「………そう。敵の不和………ね。一致団結している敵よりも遥かに勝算は高いわね。」

 

「華琳さまぁ………。」

 

「そうね。雪蓮たちもこうしてこちらに降った事で、桂花の言った通り力量差は圧倒的。戦なんてしなくても、降伏させられるんじゃないかしら?」

 

「それは微妙なところです。その辺については私からご報告を。………敵の諸葛亮、鳳統らには最早降伏の選択肢はない状況にまで追いこまれているようです。ですのでこちらがどれだけの大軍勢で押しかけようとも、彼女たちに反対する魏延を始め、武に誇りを持っている将らがそれで折れてくれなければ難しいでしょう。その証拠に、直近行われたらしい軍議においても、諸葛亮らは武官たちの顔色を伺うように、事細かに作戦の説明をしなければならない様子だったと報告があります。まぁ正直な話、末端の将にまで懇切丁寧に説明をする作戦など最早作戦と呼べるものではないでしょう。我々にとってそれはただの予定表でしかありません。」

 

 

王蘭の口から、蜀の直近の状況が報告されていく。

また、その作戦の内容についても共有していき、曹魏の一同はそれを聞いて準備を進めていくことになった。

 

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ華琳殿………。蒼慈殿、お主はいったい何者なのだ? どうしてそこまで蜀の内情が分かっているのだ?」

 

「そう言えば雪蓮や冥琳は蒼慈が何者なのか知らないんだったわね。いいわ、この際だからしっかり自己紹介なさい。」

 

「自己紹介………ですか。そうですね………この曹魏における斥候専門の部隊を率いております。」

 

「斥候専門………?」

 

「えぇ。思春殿、明命殿ならばよくご存知なのではないでしょうか………?」

 

「明命、そうなのか?」

 

「はい………確かに曹操軍からは数え切れない程の斥候兵が我が城に放たれているようでした。その多くは思春殿と協力して対処ができていましたが、その対応のために貴重な兵をその対策に回さないといけない事が多くて、苦労していました。」

 

「ふむ………そうだったか。だが、それにしても劉備軍の内情に詳しすぎるのではないか?」

 

「冥琳、別にいいじゃない。お陰でこっちは楽に戦を進められるってことでしょ?」

 

「雪蓮………確かにそうではあるが、私も軍師としてここに参加している以上、信用のある情報なのかどうかは確かめる必要があるだろう。」

 

「ふふっ、冥琳殿の仰る通りですね。………それはですね、劉備軍幹部に近い位置に我が軍の斥候兵を忍ばせる事に成功しているから、なんです。ちなみに………この場でその兵が誰なのかを知っているとすれば、私と秋蘭さんだけですね。」

 

「私か? ふむ、だとすると………やはりあれは我が軍の兵だったのか。なんとなく見覚えがある、くらいの状態だったので確信は持てていなかったが。」

 

「はい。ということで冥琳殿。情報の出処やその内容についてはほぼ間違いない情報として考えて頂いて構いません。これまで孫呉のみなさんには情報戦で苦しめられましたが、対劉備軍に於いてはその優勢を遺憾なく発揮できるものと思われます。」

 

「そ、そうか………。」

 

 

「全容はいずれ皆さんにもご報告しますが、まだその時ではありません。では続けましょう………。」

 

 

 

こうして既に劉備軍の動きを掴んでいる曹操軍。

それに対応するための作戦がその場で次々と決まっていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




いよいよ劉備軍攻略へと移っていきます!
戦い前のシーンこそ王蘭さんの活躍の時!

そして、前の話投稿日間違ってて申し訳ないです…笑
ろくに確認もせずに投降しちゃいました( ゚д゚ )気をつけます!


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第七十六話

 

 

旧呉領の国境付近の拠点を出立し、軍を益州成都に向けて進める曹操軍。

その数およそ50万が威風堂々、敵の本陣へと歩みを進める。

 

これに先んじて王蘭たち斥候部隊は、呉の周泰部隊と即席の連携を取りながら、周囲の警戒にあたる。

 

事前に仕入れた情報では、劉備軍は数に圧倒的差があるため、山間の隘路を利用した攻撃を展開してくるということだった。

それを受けて周泰と王蘭はそれぞれ進路の左右に別れた山へと昇り、敵の部隊が潜んでいそうなところを探す。

 

 

「そうですか、ご苦労さまです。………華琳さま、敵の将は情報通り山の頂付近より、進行予定の隘路に向けて構えている部隊が左右の山でそれぞれ確認が取れました。」

 

「そう、ご苦労。やはり斥候に強い部隊が複数居ると情報がより早くなっていいわね。」

 

「はい。蒼慈さんの斥候部隊は元より、それに引けをとらぬ明命殿の部隊も流石と言えるでしょう。敵の情報がこうも掴めるのであれば、あとは軍師の我らの仕事です。」

 

「稟ちゃんの言う通りですねー。あまり敵さんを待たせても悪いので、さっさと予定通り罠にはまってあげちゃいましょー。」

 

「そうね。桂花、作戦を実行なさい。」

 

「はっ。季衣に伝令! 大盾を用意して、軍を進めなさい。」

 

 

敵の作戦に対して、曹操軍がとる作戦は単純至極。

わざと敵の罠に掛かったように見せて左右から来る敵を迎え撃ち、更に別働隊が横撃を入れるというもの。

 

曹操、荀彧からの命令によって、部隊を進ませる許褚隊。

こうして劉備軍の襲撃の対処を開始していくのだった。

 

 

 

………。

 

 

 

何度かそんな状況を繰り返し。

劉備軍の襲撃を全て弾き返してはその歩みを進める曹操軍。

 

劉備軍軍師の諸葛亮、鳳統も現場からの報告を聞いてようやく自分たちの策がバレていることを理解する。

これを受け、2人は直ぐ様主の劉備の元へと急ぐ。

 

 

「桃香さま………誠に残念ながら、今回のこの作戦、敵軍に既に見破られている様子。このままでは伏せている将たちが討ち取れられてしまう可能性も高い状況です。………これ以上、内部の将を見て立てる策では、あの強大な曹操軍には打ち勝てません。どうか、どうか! 今一度この諸葛亮めに機会をお与えください!」

 

「い、今からでも遅くありましぇん! 私や朱里ちゃんだけで立てる作戦が不安と仰るなら、愛紗さんや鈴々ちゃんに入っていただいても構いませんから!」

 

 

2人の真剣な眼差しを受けた劉備は、ほんの少しだけ考え込む。

そして、2人の提案を受け入れるのだった。

 

 

「そう、だね。そうだよね! 朱里ちゃん、雛里ちゃん。今までちゃんと支えてあげられなくて、ごめんなさい………。今からでも大丈夫なら、また2人の力を貸してください。」

 

「と、桃香さま………よろしいのですか? 今の我々の内部状況では、2人の指示に従うものも限られてきますが………。」

 

「愛紗ちゃん………。もちろん、それもわかってるよ。でも、今の私たちの状態ってやっぱり少し変だと想うんだ。皆味方なのに、今は敵みたいに感じちゃってる部分………ない? 朱里ちゃんも雛里ちゃんも、どんなに大変な状況に居たとしても、私や皆のために頑張ってきてくれてるのは間違いないことだし、焔耶ちゃんの言うこともわかるよ。でもね、それって本来は同じ方向を見ていける事なんじゃないかな? 対立しなきゃいけない事じゃないような気がするんだ………。」

 

「確かに………そう言われてみればそうなのかも知れませんが。機会を与えるには遅すぎるのではありませんか?」

 

「………例え遅かったのだとしても、王であるこの私が部下に遠慮して何も言わない、何も決めないのって違うって思うからさ。だから、今からでも間に合うなら、私は2人を信頼したいんだ。」

 

「桃香さま………。承知致しました。であれば、この青龍堰月刀の力、朱里、雛里。お主ら2人に預けるとしよう。存分にこの私を使ってくれ!」

 

「愛紗さん………! わかりました! お任せくだしゃいっ!」

 

「愛紗さん、ありがとうございます! でもその前に、桃香さま。まずは曹操軍がこちらに向かってくる道中に配備している将たちを全てこの城に集まるよう手配を頂けますか? 既にこちらの立てた策を全て見破られているならば、はじめから策を練り直す方が損失も時間も小さくて済みます。魏延さん………いえ、焔耶さんに何か言われたとしても、そんな事でもうめげたりはしません!」

 

「うん、わかったよ! 二人共、改めてよろしくお願いします。」

 

 

そう言って劉備は小さな軍師に頭を下げる。

2人は顔を見合わせ、慌てた様子で主の体を起こした。

 

こうして再び自身の主からの信任を得た2人の小さな軍師。

今までの軍議で見せていた様な、生気を失ってしまった様な表情はそこにはなく、劉備軍立ち上げ当初の様な、生き生きとした表情が戻っていた。

 

 

………だが2人は知らない。

自分たちのすぐそばに、曹操軍の密偵が潜んでいる事を。

 

 

 

 

──────────。

 

 

 

 

それから数日後。

敵の襲撃がなくなった事によって、曹操軍は周囲の警戒を継続しつつも、休息を取りながら確実に歩みを進めていた。

気づけば、敵軍本拠地の成都はすぐそこまで来ていた。

 

最初は敵の襲撃がパタリとなくなった事に対して、何かあったのか、自分たちの予測できていない事態に陥ってしまっているのか、などと緊張が走っていたが、すぐに劉備軍に潜ませている斥候兵たちからの報告が入り、曹操軍全体はその緊張を解く。

また、王蘭は新たに2人の軍師が作戦の練り直しを実施している事をの報告を受けたのだった。

 

 

「………とのことです。再び報告が入る時にはその練り直した作戦内容の概要くらいはわかるものと思いますので、我々は軍を進めながらしっかりと備えていく事が肝要かと思います。」

 

「そう、わかったわ。引き続き、情報収集に務めなさい。」

 

「はっ。」

 

 

早速、その内容を道中の軍議にて皆に共有する王蘭。

曹操からの檄を受けて、身を引き締める。

 

 

「すごい………。蒼慈さんの部隊、どうしてそんなにすぐ情報が仕入れられるのですか?」

 

「う、うむ………明命の言う通りだ。出立前にも聞いていたが、やはりその情報力は異常だぞ?」

 

 

やはり同じ斥候部隊として、王蘭のその類まれな情報収集能力には舌を巻くのだろう。

羨望とも、畏怖ともつかぬ様子で声を上げる周泰、そして周瑜。

 

 

「褒め言葉として受け取っておきますね。ありがとうございます。………まぁ、そろそろ皆さんには共有してもいい頃合いでしょうか? こうして敵の策の練り直しの情報も掴んで来てくれましたし、果たすべき役目も次で終わりそうですしね。帰還命令を出しておきましょうか。」

 

 

出立前にはまだ時期尚早として誰にもその秘密を語らなかった王蘭。

だが、いよいよ益州成都を目前にまで軍を進めたことによって、重要な情報を仕入れる目処がたったのだ。

 

これによって、今まで徹底的に秘してきた情報、それを打ち明けることにしたようだ。

 

 

「………い、いよいよ、なのね。ボクも知らないから、いざ答えを聞けるとなるとちょっと緊張しちゃうわね………。」

 

「えぇ………詠は蒼慈殿と連携を取り合っていたのに、知らなかったのですか?」

 

「そう言う存在が居ることは聞かされてたけど、その他は全く知らないわね。いつから潜んでいるのかもわからないし、なんて名前の人材が向かっているのかも。桂花はどうなの? 筆頭軍師として、相談とかは?」

 

「無駄に男と関わろうと思わなかったし、その情報が正確なものであれば誰が何人どこにいようと知ったことじゃないわ。」

 

「桂花らしいわね………。風は?」

 

「そうですねー。以前益州に秋蘭さんと伺った際、劉備軍の内情を記したお手紙がお部屋に差し込まれた事があったので、そう言う存在が居ることを実際に体験して認識はしていましたよー? ですが、それが誰だったのかまでは見られていないのでわかりませんー。」

 

 

どうやら軍師たちもそわそわとしているらしい。

軍師というのは知りたがりの質があるのだろう。今まで存在を匂わされていても、その実態はつかめずにいた、まるで幻かの様な存在。

 

それが解明されるとあって、少女の様にはしゃいでいる様にすら見受けられる。

 

 

そしてその間に自身の部下を呼び、その対象への帰還命令を出す旨を伝え、兵を走らせた王蘭。

要件が終わり皆の方へと振り返り、こほん、と1つ咳を払うと、周囲の将や軍師達は姿勢を正して王蘭へと視線を向ける。

 

 

 

「まぁそこまで改まって言うことではないのかも知れませんが………劉備軍に潜ませている斥候兵についてお話しますね。」

 

 

 

 

 

 

 

 




さてと。ずっと存在だけをお伝えしてきた影のような存在。
その斥候兵の正体が明らかに。

予想ついてたとしても、そわそわするフリしてお待ち下さい笑



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第七十七話

 

 

 

「さて………どこからお話したものでしょうか? 逆に、お聞きになりたいことはありますか?」

 

「もうこの際だから全てを話してしまいなさい。蒼慈、あなたにその順序は任せるわ。」

 

 

曹操にそう言われて、少しの間思案顔を浮かべる王蘭。

 

 

「ふむ………わかりました。では、ずばり彼女の名前から申しましょう。」

 

 

そう言って言葉を切った王蘭は、皆を見渡す。

誰かがゴクリと喉を鳴らした。

 

 

 

 

 

「彼女の………。劉備軍に潜っている斥候兵の名は………孫乾。そう、皆さんご存知の彼女です。」

 

 

 

 

 

その名を聞いた曹操軍の将達は一様に言葉を失った。

 

まだ記憶に新しい、赤壁の戦い。

その戦いに向け、呉の宿将黄蓋が決死の覚悟を持って曹操軍へと偽装降伏をしにきた時のこと。

黄蓋と共にこちらに降ってきたのが孫乾だった。

 

呉と同じ様に、劉備軍も恐らく必勝の策として軍師達が必死に考えたであろうこの作戦。

それを任される程の人物が、実は曹操軍からの密偵だと言うのだ。

 

その名を忘れている曹操軍の将は誰一人としていない。

 

 

「………それは本当なのかしら?」

 

「はい。彼女は私が手塩にかけて育てた、大切な部下です。」

 

「ねぇねぇ華琳、その孫乾?って誰なの?」

 

 

事態を飲み込めていない孫策たち呉の将。

 

 

「孫乾………。先の赤壁の戦いで、黄蓋殿と共に我が軍に偽装降伏してきたものよ。」

 

「なっ!?」

 

 

孫策たちにとっても黄蓋に関する話は決して他人事ではなかった。

宿将とまで言われるまでに呉に仕え、貢献してきた黄蓋。

 

その最期の時間を共に過ごしたと思われる人物と言われれば、興味を引かれぬはずがない。

 

 

「………だとするならば、私たちもより真剣に聞く理由ができちゃったわね。」

 

 

ただ楽しげに聞いていただけだった孫策も、姿勢を正して王蘭へと向き直る。

それに倣う様に、周瑜や周泰も居住まいを正した。

 

それほどまでに、赤壁の戦いというのはどの軍にとっても重大な爪痕を遺した戦だった。

 

 

「あの時………私たちが赤壁に向かう道中、黄蓋殿が私に策を提案しにくる理由を知っていたのはそう言うことね。」

 

「はい。あの夜、華琳さまに何故知っているのか? と聞かれお答えするつもりでしたが、今までその機会を失ったままでした。申し訳ありません。」

 

「………別に構わないわ。これで納得したから。」

 

「ねぇ蒼慈。祭は何かあなた達に策を用意したの?」

 

「はい。黄蓋殿と言うよりも、これは劉備軍の諸葛亮や鳳統の考えた策といった方が正確でしょうか。船に慣れぬ我らに対して、鎖で船同士を繋げば揺れも収まり、船酔いも軽くなるだろう、と。」

 

「鎖で繋いでしまえば簡単には解けない………それで火計の威力が増す、というわけか。確かに祭殿の考えに沿った策だな。」

 

「どうやら彼女の報告では諸葛亮、鳳統も風向きが変わることは知っていた様です。そこに冥琳殿と黄蓋殿の諍い、軟禁の情報、そして赤壁の地………恐らくたったそれだけの情報で諸葛亮と鳳統の2人は結末に辿り着いたのでしょう。その知謀はまさに、というほかありません。」

 

「そうか………不確定な要素を多分に含んだ今回の我らの作戦、看破できるはずが無いはずだったのだが、華琳殿達が看破していたのはむしろ諸葛亮、鳳統の立てた作戦だったか………。」

 

「そう言うことです。明命殿、思春殿を相手に中々情報は得られませんでした。であれば、他の経路から相手の作戦を打ち崩すのは当たり前の考え方ですよね。………とまぁ、そう言う経緯であの夜、華琳さまに黄蓋殿、孫乾の両名より連環の計が献策されました。」

 

「そうだったの………。冥琳は祭の作戦のこと、知ってたの?」

 

「いや、知るはずもない。あれは本当に不確定な要素が絡み合っている状態だったのだ。知らぬことだらけだよ。」

 

「赤壁での出来事、ご納得頂けましたか? これまで、劉備軍に対して圧倒的優位に進められていた情報戦、ご理解頂けたと思います。彼女は劉備軍の侍女長と諜報員を務めるもの。軍議でも皆に茶を出し、自身もその末席で内容を聞いているのですから作戦が筒抜けになるのは当たり前。更には、日頃侍女長としての業務で各将の部屋の片付けも請け負っているのですから………。」

 

「あっ………あの偽の情報を記した地図って………。」

 

「はい。諸葛亮に他の資料を届けるのとあわせて潜り込ませたのも彼女です。」

 

「諜報員だからこそ、偽装降伏にも抜擢されたってわけね………。なんだかボク一気に疲れちゃった………。」

 

 

賈駆の零した言葉を聞いて、王蘭はふふっと笑った。

 

 

「彼女が劉備軍の諜報員になると聞いた時、流石に笑ってしまいました。彼女の斥候能力は、何せ我が隊の訓練によるものなのですから………。」

 

「あんた性格悪くなってない? 桂花みたいよ………。」

 

「ちょっと詠! どういうことよ!?」

 

 

賈駆からチクリと刺される。

荀彧のことは無視するようで、次は郭嘉が質問を投げた。

 

 

「蒼慈殿、私からもいいですか? 孫乾殿はいつ頃から我が軍に?」

 

「彼女が我が隊に加わったのは………黄巾党の頃ですね。」

 

「そ、そんな前から………。」

 

「はい。あの当時、華琳さまは上に掛け合って他領への進行許可を取得されましたよね。その許可証なんですが………まぁこの辺りは流石といいますか、進行可能な期日や対象領地の明記が無い許可証を取得されていたようで………。お陰で堂々と他領にも斥候を放つことが出来ていたのです。その時、とある村で黄巾党が暴れているのを確認して様子を伺いに行くと、そこで賊らに見つからない様に隠れていたのが………。」

 

「孫乾だった、ってわけね。」

 

「はい。彼女は青州出身………。黄巾党の活動が最も荒れていたのは青州だったと言いますからね。運良く彼女だけでも助けられてよかったです。そのまま彼女は私たちに恩義を感じてくれ、斥候部隊へと加わってくれた、というわけですね。彼女が加わってくれた時期は、私はまだ夏侯淵隊の副隊長だった頃。ですので、秋蘭さんも彼女の顔に見覚えがあった、というわけです。」

 

「まぁ私の直属の部下ではなかったから、かなり怪しい記憶ではあったがな。」

 

「それでも彼女が降伏してきた時、反応を示さないでいてくれて助かりました。」

 

「お前が彼女の事を覚えてないわけが無いと思ってな。お前が動じずに接しているのに、私がボロを出すわけにはいかんだろうさ。」

 

 

そこで会話が途切れ、少しの静寂が生まれる。

 

 

「さて………私からお話する情報としてはこれくらいですが、何か他にご質問は?」

 

 

皆の顔を見回し、様子を伺う。

軍師たちも、ようやく答えが知れたことによる満足感と、過去の内容のすり合わせにかなり頭を使ったようで、ぐったりしているように見える。

 

 

「………ないようね。さて、答え合わせも終わったことだし、これからの方針を確認するわよ。桂花たち、もう少し頑張ってちょうだい。」

 

 

 

 

劉備軍に潜む魏の影、孫乾。

 

その正体がいよいよ皆に伝わり、彼女が戻ればいよいよ成都の攻略に向けて進めていくことになる。

曹操の大陸制覇はすぐ目の前に来ていた。

 

 

 

 

 

 





ということで、皆さん予想通りの孫乾さんでした。
急に出てきたわけですから、やっぱりな、感が強いですよね…笑

でもまぁ彼女が曹操軍のダブルスパイだったならばこれまでの対劉備戦の圧勝具合も納得頂けるかと思います。
いろいろ辻褄合わないところもあるかも知れませんが、勘弁したってください笑



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第七十八話

孫乾の存在を皆に打ち明けてから数日。

帰還命令を出されていた孫乾その人が、曹操軍へと戻ってきた。

 

もちろん、蜀軍の情報を携えて。

 

 

「美花、長い間ご苦労様でした。」

 

「蒼慈様………。ただいま、戻りました。」

 

 

彼女の帰還を出迎えたのは部隊長と務める王蘭。

孫乾は王蘭の顔を認めると、すぐそばまで歩み寄り、深々と頭を下げた。

 

彼女が仲間になったのは黄巾の頃。

そこから斥候兵としての訓練を実施し、洛陽にもともに潜り込んだ。

 

そして反董卓連合が結成され、そのあたりから今まで、ずっと劉備軍として活動を続けてきている。

何年も何年も、己を殺し続けてきた部下を、王蘭が出迎えない訳がない。

 

 

「本当なら休みを与えてあげたいのですが………。申し訳ない、軍議にともに出ていただけますか? あなたのことを曹魏の皆さんに改めて、紹介したいのです。」

 

「畏まりました。私のことでしたら、一向に構いませんので。」

 

「そう言って頂けると、助かります。では………参りましょうか。」

 

 

 

………。

 

 

 

 

「孫乾、久しいわね。」

 

「はっ、ただいま戻りました。赤壁の戦いでは、身分を隠したままで申し訳ありません。」

 

「別に構わないわ。あなたのおかげで我が曹魏は大躍進を遂げているのだから。蒼慈、この子には存分にこれまでの苦労に報いてあげなさい。いいわね?」

 

「はっ。」

 

「孫乾………あなたの活躍に免じて、私のことを華琳と呼ぶことを許しましょう。あなたの真名も、私に預けてくれるかしら?」

 

「ありがたき幸せ………。我が真名、美花。華琳さまにお預けいたします。」

 

「美花ね。確かに預かったわ。………さて、早速で悪いのだけれど、諸葛亮たちの作戦について報告してくれるかしら?」

 

「畏まりました。朱里様………失礼しました。諸葛亮と鳳統の2人は、華琳様の軍が伏兵のことごとくを打ち破っている状況から、作戦が漏れていると察し、すぐさますべての兵を成都に集めました。その後、すでに成都の近くまで進軍されていることから、あまり大掛かりな作戦の決行は難しいと判断。その結果、決戦の際に搦め手ではありますが、舌戦直後の戦闘用意が整う前に急襲し、こちらの隙をつくる作戦のようです。」

 

「そう………確かに舌戦後の戦闘開始機会は別に決まっているわけではないものね。」

 

「はい。諸葛亮はその一瞬の隙を狙って仕掛けてくる様です。」

 

「逆に言えば、それを乗り越えたらあとはこちらのものね………。」

 

「もちろん、本隊出陣の機会も戦況次第ではありますが、この第一陣を乗り越えれば、こちらの流れになろうかと思います。」

 

「桂花、詠、禀、風の4人は相手の動きを予測した上で、明日の作戦を立てなさい。」

 

 

「「「「御意。」」」」

 

 

 

 

 

 

──────────。

 

 

 

 

 

 

 

孫乾からの情報がもたらされた事により、曹操軍は再び進軍を開始。

あっという間に成都前へとたどり着いた。

 

成都城壁前へ辿り着いた曹操軍は、すぐさま戦闘準備として部隊を布陣させる。

それに呼応するように、成都からは劉備軍が次々に出てきた。

 

 

「華琳さま。城門が開きました! 敵部隊、各方面から展開してきます。」

 

「そう、劉備は?」

 

「まだ………いえ、出てきました。関羽、張飛たちも付いているようです!」

 

「まずは舌戦ということかしらね………。何人か付いていらっしゃい。」

 

「はっ!」

「ボクも行きますっ!」

「私も………。」

 

「………一刀、あなたもいらっしゃい。」

 

「え? 俺も?」

 

「そうよ。残る皆は敵の陣形に応じて配置を調整しておいて。秋蘭、桂花、禀、風。判断は任せるわ。」

 

 

 

 

………。

 

 

 

 

 

「ようやく出てきたわね。劉備。」

 

「曹操さん………やっぱり戦うんですか?」

 

「えぇ、そのためのここまで来たのだから。それとも、ここで私に降るかしら?」

 

「………それは出来ません。」

 

「そう………あの時から少しは成長したのかしら? 理想を叫ぶだけのお嬢さん?」

 

「あの時と同じです、私にとって大切な事は何も変わりません。ただ、私は私の理想を信じるだけ………。そして、それに賛同してくれる皆のことも! 今、大陸に必要なのは、皆で協力してこの疲れた国を立て直すことなんです!」

 

「そうね………その考えはある意味では正しいわ。けれど、皆で仲良く協力して………そんな甘いやり方で立て直せるほど、この大陸はあなたに都合よくなんか出来ていないのよ?」

 

「そうは思いません! 私だって、これまでずっと戦ってきました。けれど、南蛮の美以ちゃんとも仲良くなれた! 恋ちゃんやねねちゃん、焔耶ちゃんや桔梗さんとだって、戦ってたこともあったけれど、今はみんな仲間なんです! だから、きっと皆分かりあえるんです!!」

 

「分かりあえる………ねぇ。あなたが南蛮や荊州、益州の将を従えたことはもちろん知っているわ。けれど、それは最初から話し合って分かりあえたのかしら? あなた達のやり方もこちらは知っているのよ? 力で打ち倒し、それを示してからの服従だったのでしょう? しかも、南蛮は7度も8度も倒さねば分かってもらえなかった、と聞いているけれど?」

 

「そ、それは………。」

 

 

「劉備、あなたの理想や考え方は尊いものでしょう。けれど、その理想の弱さは、話し合うことを第一と掲げながらも、結局は拳を振り上げることにあるのよ。そしてその弱さは………あの時から何も変わっていない。拳を握ったままの相手を、誰が信じられようか? 疑心暗鬼に駆られたまま従うことが、あなたのいう”仲良く”とやらの正体なのかしら?」

 

「違いますっ! それに、拳を振り上げるのは曹操さんだって同じじゃないですかっ!」

 

「えぇ、そうよ。けれど私は、あの時も言ったように拳を振り上げることを高らかに宣言するわ。そして、その言葉に従って振りおろす。そして、あなたの言うこの疲れ切った国、大陸は、一つの強い意思に導かれた王に従うべきだと、私は判断している。………ぬるま湯の理想を追うのは、その王の元で国を立て直してからでも十分すぎるわ。」

 

「それも違います! 力で押さえつけたって、いい事なんか何もない! ………あの時から変わりません。甘い理想だと言われ、指を刺されて笑われようとも、私はわたしの理想を信じ、貫くんです! 矛盾していても、おかしくても………それでも意思を貫けば、力を貸してくれる人が、理解してくれる人がいるから!」

 

「そう………劉備よ、あなたの言いたいことはよーくわかったわ。その言葉を聞いた上で、私の言いたいこと、わかるわよね?」

 

「………自分の意思は、己の力で貫き通せ。」

 

「結構。 ならば、この終わりのない議論に決着をつけましょうか………。互いの力のすべてを振り絞って、ね?」

 

 

しばらくの間、2人は互いの目線だけに意識を向ける。

言葉を用いての会話はこれで終わった。あとは意思の強さを拳に乗せて語るのみ。

 

 

「………いいでしょう。春蘭っ!」

 

「御意! 全軍、戦闘態勢! 我が曹魏の新たな歴史、この一戦にあり! 命を惜しむな! 名誉を………そして、我らの歴史に名を刻まれぬことを惜しめ!」

 

「この戦い!はるか千年の彼方まで語り継がれるであろう!」

 

「長く苦しいこの戦いだらけの日々も、最後の決戦となった! 黄巾の乱より始まったこの大陸の混乱も、反董卓連合、そして官渡から連綿と続くこの戦いによって、いよいよ収束を見る! すべての戦いを思い出せ! その記憶、その痛みと苦しみ、経験と勇気のすべてを、曹魏の牙門旗のもと、この一戦に叩きつけるのだ!」

 

 

 

 

「魏の王としてではなく、この国を愛するものとして皆に願う!………勝て!!!」

 

 

 

 

 

………。

 

 

 

 

「愛紗ちゃん、お願い!」

 

「御意! 曹操の野望を食い止められるものは、もはや我らしかおらぬ! 敵は強大。されど我らの団結をもってすれば、打ち破れぬものはなにもない!」

 

「全軍、戦闘準備! 我らが子孫に、永久の平安をもたらすために!」

 

「劉旗のもと、私達は私達の理想のために戦う! 私達には多くの勇者と賢者が味方してくれている! だから、みんなもあと少しだけ力を貸して!」

 

 

 

 

「大陸の平和のために………」

 

「大陸の繁栄のために………」

 

 

 

 

 

 

 

 

「総員、突撃ぃぃぃぃいいいい!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第七十九話



前回投稿日、間に合わずに申し訳ありません。
ですがその分、今回の話じっくり考えられました。
見直せてよかったと思ってます。




 

 

 

益州 成都での決戦。

いよいよ大陸の覇者を決める戦いが始まった。

 

事前に掴んでいた情報通り、曹操と劉備の舌戦が終わると同時に、劉備軍騎馬隊の馬超が先鋒として攻め入ってきた。

 

これを迎え撃つは曹操軍の重装備を身に纏った歩兵部隊。

事前に敵の動向を察知していた曹操軍は、既にそれを迎え撃つ用意は整えていた。

 

重装備の歩兵部隊が盾を構え、密着している。

さらに、その合間を縫うように無数の槍が突き出され、馬超たち騎馬隊に向けられた。

 

 

曹操軍の強みは、圧倒的兵数。

無論、他に特筆すべき点も多数あるが、戦に置いて兵数は即ち力。

 

その強みを活かした密集の槍衾は、まさに圧巻。

ズラリと横に並び、加えて厚みのあるその様子は、回り込むことすら諦めさせる程。

 

それはまるで、万里の長城のような果てしなさを感じさせた。

 

これには馬超もどうしようもなく、堪らずにすぐさま歩みを止める。

 

奇襲の騎馬隊の足を止める事に成功した曹操軍。

それを確認した歩兵達は、一斉に前進を開始。

 

劉備軍は奇襲作戦は失敗したものの、優秀な将の多さが強みの劉備軍。

進軍してくる曹操軍の兵に対して、勇猛な将が率いる部隊がそれぞれ対応を開始。

 

 

戦場は、徐々に熱を帯びていく。

 

 

 

──────────。

 

 

 

劉備軍が誇る2人の軍師、伏竜鳳雛。

 

彼女たちが思い描く開戦とはならなかったが、万が一また作戦が読まれ、防がれた場合も想定している。

その策も事前に将たちに共有はしてあり、各将がそれに従って部隊を運用していく。

流石に戦が始まっては内部の小競り合いなど頭からは消えてしまう様で、魏延も素直にそれに従っている様だ。

 

劉備軍にはまさに一騎当千と言える武将が数多く居る。

武官筆頭の関羽を始め、張飛、趙雲、馬超、魏延など近接武器を得意とするものの他に、厳顔という遠隔の獲物を扱う将もいる。

本来ならばここに黄忠という弓の将も数えられるはずではあるが………。

 

それを活かした戦い方が出来るかどうかが劉備軍の要だと2人は考えていた。

 

 

対するは、魏の軍師たち。

 

元々の優秀な4名の軍師に、あの美周郎が加わった曹操軍の軍師団はまさにこの大陸一の頭脳集団と言えるだろう。

諸葛亮、鳳統の2人が次善策の用意をせずに攻撃を仕掛けてくるはずが無いと考えていた5名は、それぞれの頭を使って事前に状況を読み解いていた。

 

これだけの軍師が集まり、戦況を描き、詰めていくのだ。

更には、長年彼女らのもとに居た孫乾という新たな人物がいる。

 

5名の軍師達が考えた作戦を、ずっと監視し続けてきた孫乾が2人の性格と照らし合わせる。

こうして軍師だけの状況考察だけではなく、内情を知った人間の考察も加える事で、その議論は深みが増し、現実味を帯びていく。

 

こうして考えられた戦況の流れ。

魏の軍師団が諸葛亮らの作戦を読みきれないはずもなく。

 

その英知が詰まった今回の作戦に従い、部隊に指示を出しつつ次々に戦局が展開されていく。

 

 

攻める劉備軍、それを悠然と迎え撃つ曹操軍。

戦場を描く2つの軍が、己の命に炎を灯し、生き残りと理想を懸けて戦う。

 

その様は美しも儚く…。

 

 

 

だが、無情にも時と共に戦況は傾きを見せる。

劉備軍の劣勢が、如実に現れてきていた。

 

それは、その時が近い事を感じさせるには十分で。

 

 

 

 

………そして、いよいよ。

 

曹操軍大将 曹孟徳、出陣。

 

 

 

 

──────────。

 

 

 

 

「季衣、流琉。そろそろこの戦を終わらせるわよ。………ついてきなさい。」

 

「「はいっ!」」

 

 

曹操は近衛2人を連れて劉備軍本陣へと進軍を開始する。

 

戦場は、ふと気づけば両軍本陣の間を遮るものは何もなく。

両軍の主戦力は左右に別れて戦を展開していた。

 

これも魏の軍師団が用意していた筋書き通り。

策とは相手の虚を突く事。

 

劉備軍の軍師2人が思いもつかないこと。

それがこの大将同士による決着だった。

 

魏の軍師達はそれぞれが自分が劉備軍の軍師なら、と考えた時、やはり将の多さを活かすことは一致していた。

その内容に差はあれども、そこが同じであればそうさせないことが我らの務めと、戦場の展開を詰めていった。

 

やはり敵の将の多さは兵数の差を考えても厄介であり、抑えるのに専念させるべきだと判断した軍師たち。

では決着はどうするのか? と考えた時、5人の軍師達はこともあろうか、曹操を手駒の1つとして考えて本陣同士の決着を付けさせようとしていたのだった。

 

方や、主に敵を寄せ付けないためにどうするかを考えた軍師。方や、主をも駒として捕らえ、戦に勝つための最善を尽くした軍師たち。

その差はどちらが良いというわけでもないだろうが、勝利の女神はどちらか一方にしか微笑みを見せない。

 

 

こうして、軍師達が整えた花道の様な一本の道を、悠々と進む曹操隊。

 

 

周りの劉備軍の将たちも、曹操の動きにようやく気づいてそちらに押し寄せようとするが、曹操軍の猛将たちが行く手を阻む。

特に、劉備と義姉妹の契りを結んだ関羽や張飛は強くこれに反応しているが、夏侯惇ら魏の猛将達がついているため、それを無視して通ることなど不可能だった。

また、夏侯惇らにしても気が散っている彼女らに負ける理由などあるはずもなく、行く手を拒む事に容易く成功している。

 

 

そして………。

 

 

「え………? 曹操さん………っ!?」

 

「………大人しく投降なさい、劉備。これだけの兵数の差、如何に勇将揃いのあなた達だって、最早劣勢、いいえ、負けが見えていることは分かっているのでしょう?」

 

 

曹操が劉備の元へと辿り着く。

劉備軍本陣には、劉備の他に諸葛亮、鳳統が居るだけだった。

 

そして軍師2人は、曹操を前にしてそれぞれ反応を示した。

鳳統は曹操を目の前に見るや否や、ヒッと小さな悲鳴を上げ、怯えた様子でその小さな体をより小さく縮めた。

対する諸葛亮は彼女とは正反対。まるで射殺さんばかりの目つきで曹操のことを睨みつけている。

 

 

「ここで降伏しないのであれば、あなたの大事な関羽や張飛まで失うことになるわよ?」

 

「そんな………でも、まだっ!」

 

「………天命は既に下った。その天命を確かめる勇気、あなたにあるかしら? もしあるというのならば、その腰に下げた剣を抜き、私と対峙してみなさい。もしあなたに天の加護というものがあるならば、あなたは私に勝てるはず。………その時は私を討って、この戦いを終わらせればいい。それとも、あなたの貫きたい理想とやらは、私一人も越えられない程ちっぽけなものなのかしら?」

 

「………曹操さん。」

 

「そうでないというのならば、私に勝って違うのだと証明してみせなさい。私を倒し、首級を取り、高らかに曹魏の兵にその事実を示しなさい。」

 

「………わかりました。」

 

「そんなっ! 桃香さま!」

 

「む、無茶でしゅっ!」

 

「確かに無茶かもしれない………。でも、曹操さんの言葉を受け止めなくちゃ、今までの私を、私自身が否定することになっちゃうから………。」

 

「で、でも!」

 

「朱里ちゃん、心配してくれてるんだよね………。ありがとう。でも、やっぱりここで剣を取らないといけないんだ。………曹操さん、私が勝っても、あなたの首級はとったりしません。私が勝ったら、その時は私に力を貸してください。」

 

「ふふっ………とてもあなたらしい提案ね。素晴らしく甘ったるい、ぬるま湯の理想………。でも、いいでしょう。それがあなたの流儀ならば、私はそれに従うまでよ。………あなたが勝てれば、ね。」

 

 

 

 

「ならば………行きますっ!」

 

「来なさい、劉備。天命がどちらにあるのか………決着をつけましょう。」

 

 

 

 

 

 




最終決戦、いよいよ劉備対曹操の一騎打ちとなりました。


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第八十話

皆さん感想ありがとうございます!
お返事中々出来てませんが、しっかりすべて読ませて頂いています。
残りわずか、誠心誠意書き上げておりますので、最後まで是非お付き合いくださいませ。




 

「どけっ、夏侯惇! 私は今すぐに桃香さまの元へと向かわねばならんのだ!」

 

「そう簡単に行かせてたまるかっ! 華琳さまより、貴様をここに留めておくように言われているのだからなぁ!」

 

「くっ………ならば、押し通るまでっ!」

 

「来い! 関羽っ!」

 

「でぇやぁぁああああ!!」

 

 

関羽の青龍偃月刀と、夏侯惇の七星餓狼がぶつかり合う。

互いの力量はほぼ同じ。通常であればしばらくの間はその状態で硬直しあうのだろう。

 

………だが、青龍偃月刀が直ぐ様弾き返されてしまう。

 

 

「何だその太刀筋は! これが貴様の実力だとでも言うのか!!」

 

「ぐっ、くそ………全く、面倒な奴め。さっさとそこを退け! 桃香さまが………!!」

 

「………もう良い、見損なった。先程まで貴様程度をこの場に留まらせることに手こずっていた事実が恥ずかしくてならん。我が恥を雪ぐためにも、さっさとこの場で切り捨ててくれる。さぁ早く武器を取れ、関羽。丸腰の将を切った所でなんの意味もなさんからな。」

 

「好き勝手に言ってくれる………!」

 

 

再び武器を構える両名。

 

魏武の大剣として戦場に立つ以上、彼女の双肩には愛すべき主の曹操の名誉、名声が掛かっているのだ。

一太刀一太刀が、その重みを持って相手を攻め上げる。その太刀筋が軽いはずがない。

 

それに対して自らの主人の危機に、心ここにあらずの状態で相対する関羽。

そんな状態では、簡単にあしらわれるのも無理はない。

魏武の大剣、夏侯惇は甘くはないのだ。

 

そして、2人が踏み出そうとしたその時。

 

 

「おーい、しゅんらーん。華琳が劉備と一騎打ち始めたから、もう足止めせんでえぇってさー。」

 

 

2人の元に聞こえてきた声は張遼のもの。

 

 

「む、霞。それは真か?」

 

「おう。うちんとこに報告来たから、ついでに春蘭にも伝えにきたっちゅーわけや。」

 

「ふん………関羽、よかったな。ここで無様な死に様を晒さなくてよくなったぞ。もう好きにしろ、どこへでも行けば良い。」

 

「貴様ぁ………! この勝負預けておく! 次会った時には決着をつけてやる!」

 

「ふん、貴様なぞもうどうでも良いわ。さっさと消えろ。」

 

 

そう言って関羽は部隊をまとめて劉備の元へと駆けていく。

 

 

「さて………我らも華琳さまのところへ向かうとしようか。華琳さまが動いたのならば、もはや最後の局面だ。」

 

「応よっ!」

 

 

 

 

──────────。

 

 

 

 

ガキィィィイン!!

 

 

 

武器のぶつかり合う音が響き渡る。

 

 

「きゃああっ!」

 

「………もうおしまい?」

 

「はぁ、はぁ、はぁ………まだまだぁ………っ!」

 

 

劉備の様子から、既に何合も何合も打ち合っている事がわかる。

曹操は流石という所、全く息を切らす様子もなく、劉備の攻撃に付き合ってあげている様子。

 

そこに、戦場から劉備軍の将、曹操軍の将達が続々と集まってきており、今しがた到着した関羽が慌てて駆け寄ってくる。

 

 

「桃香さまっ!!」

 

「はぁ、はぁ、あ、愛紗ちゃん………。」

 

「そんなにボロボロになって………くっ、おのれ………曹操っ!」

 

「………何かしら?」

 

「桃香さま、私にお任せください! この様な輩、我が偃月刀で………!」

 

「はぁ………全く、舌戦に割り込まない様だったから、多少は成長したものだと思っていたのだけれど………とんだ見当違いだったわね。見る目がないと言われている様で、自分が恥ずかしいわ………。」

 

「な、なんだと………!」

 

 

曹操と関羽が話している隙を狙い、劉備が曹操へと攻撃を仕掛ける。

 

 

「えぇぇぇええええいっ!」

 

「突くならもっと腰を落としてかかってきなさい!」

 

「ひゃあっ!」

 

 

あっさりとその攻撃を弾かれ、再び尻餅をつく劉備。

 

 

「桃香さまっ! やはり、私がっ!!」

 

「ダメだよ………愛紗ちゃん。曹操さんは、私に勝負しろって言ったの………。愛紗ちゃんでも、鈴々ちゃんでもなくて………この私に!」

 

「そう。だからあなたのすべてを賭けて、この私に挑みなさい。それが王としての務め。………それとも、もうお終いかしら?」

 

「………まだ、負けてませんっ! えぇぇぇぇええいっ!」

 

「さっきよりは良くなったわね。でも、まだ気迫が足りないわ。」

 

「きゃあっ!」

 

「どうした劉備。剣を取りなさい。剣をとって構えなさい。足で踏ん張り、腰を入れて………あなたの想いを剣に籠めて、私を打ち倒してみせなさい。………さぁ、かかってきなさい。」

 

「はぁ、はぁ、はぁ………。私は………私は、あなたや孫策さんがうらやましかったのかもしれない。」

 

「………それで?」

 

「強くて、優しくて、何でも出来て………っ! 私………何も出来ないから………っ!」

 

「何も出来ないという言葉は、自分が無能だという言い訳にしか聞こえないわね。剣も取らず、かと言って文官を統べるわけでもなく………あなたは一体何をしてきた? 何がしたかった?」

 

「それは………! みんなの………王として!」

 

「そして、皆仲良く、と声高に叫ぶだけ?」

 

 

「そう………だよっ! わたしは、みんなが仲良くしてくれれば………それで良かった!」

 

 

 

「………良い攻撃ね。」

 

 

 

「晴れた日は、愛紗ちゃんと畑を耕して………雨が降ったら、朱里ちゃんや雛里ちゃんと、みんなで鈴々ちゃんに勉強を教えて………っ!」

 

 

 

「それで?」

 

 

 

「みんなで笑って、仲良く過ごせれば良かった!」

 

 

 

「なら、なぜ剣をとった? ………この乱世に立つという覚悟を決めたのはなぜ?」

 

 

 

「私たちだけが笑って過ごせる世界なんて、無理だって知ったから! この世界は、私が知っているよりももっともっと広いって、気付いたから! 星ちゃんが旅をして、翠ちゃんとたんぽぽちゃんが草原を駆け抜けて………! けど、みんながそうして笑っていたい世界には、黄巾党もいて、盗賊や山賊もたくさんいて………朝廷だって、悪い人がたくさんいて! だから………だから私は作りたいって思ったの! みんなが笑って暮らせる………優しい国を!」

 

 

 

「それで?」

 

 

 

「そんなの甘いって、幻想だって分かってる! けど、幻想を幻想って笑ってるだけじゃ、ダメだって! だから私は立ち上がれた! 願うだけで何も出来なかった自分を変える事が出来た!」

 

 

 

「それで?」

 

 

 

「私は………変われたと思ってる! 1人じゃ何も出来ないけど、愛紗ちゃんや鈴々ちゃん、朱里ちゃんや雛里ちゃん………みんなが居れば、私一人じゃ出来ない、もっともっと大きな事だって出来るから! だから曹操さん………。それをさせまいとするあなたが………許せないの! 邪魔なの! この泣いてる大陸を笑顔にするためには………曹操さんのやり方じゃ、ダメなのっ!」

 

 

 

「じゃあ、邪魔な私をどうしたい? 罠にかける? それとも、関羽をけしかけて首級を挙げる?」

 

 

 

「そんなことしない! 私は蜀の王………私自身の力で、あなたを………!」

 

 

 

「はぁ………甘いわね。甘ったるくて吐き気がしそうよ! 私はあなたの、そんな理想だらけの考えが気に入らない! 王のくせに! その背中に多くの人々の命を背負っているくせに! 王と言うなら、もっと現実を見据えなさい!」

 

 

 

「現実なんか、朱里ちゃんや雛里ちゃんがいくらでも見てくれる! なら、上に立つものはもっと遠くを見るべきでしょう!? そうしないと、いつまでたっても世界は良くなったりしない! 幸せなんかなれない!」

 

 

 

「北斗の彼方を望んだところで、辿り着けるものではないでしょう! 桃源を望んで足元をすくわれては元も子もない! 幻想を抱くのは勝手だけれど、せめて泰山の上あたりでも見ていなさいっ!」

 

 

 

「そんなに近い所ばっかり見てちゃ、皆が夢を見られないから! 実現したいって思える世界を、目指せないから!」

 

 

 

「そう………では、夢を見続けているあなたの街にはどれだけの笑顔が溢れているのかしら? 今もこうして戦を続けているけれど、兵たちの妻や親、子は笑顔で送り出しているのかしら?」

 

 

 

「そ、それは………。だけど、戦の無い日々を送っている間は笑顔がちゃんと溢れてる!」

 

 

 

「それはどこも同じでしょう。もちろん、我が領地の陳留でも同じこと。むしろ、成都よりも人口が多い分、溢れる笑顔の数もこちらの方が多いのではないかしら?」

 

 

 

「それはそうかも知れないけど………。でも、陳留ではそれだけ悲しんでる人の数も多いじゃないですか!」

 

 

 

「それは益州でも同じでしょう? 兵を集めればそれだけ悲しむ人が増える。当たり前の事でしょう。だからこそ、私は一刻も早くこの大陸をまとめあげなければならないのよ。」

 

 

 

「それは私だって同じだもん! 早く戦のない世の中にして、紫苑さんや璃々ちゃんみたいな親子が武器なんか手に取らなくていい世の中にするんだもん! ………紫苑さんたち早く返してよぉ!」

 

 

 

「いい加減になさい劉備! いつまで甘えた事を言っているの! 黄忠が兵を挙げないと行けない状況にしたのはあなたの責任でもあるのでしょう! 自ら何も出来ないと抜かしたあなたが、まだそれを言うのかしら? それに彼女たちは陳留で、それこそ戦のない日常を噛み締めてたった今も穏やかに過ごしているわよ。」

 

 

 

「わ、私だって………私だって出来るようになりたいの! 紫苑さんみたいに大人な女の人になって………曹操さんみたいにいろんな仕事が出来るようになって………。孫策さんみたいに強くて、皆から愛される人にだってなりたいよ! 愛紗ちゃんや、朱里ちゃんの仕事のお手伝い、したいんだよ………。桃香さま、なんて言われなくていい! 桃香がいてくれて助かったって、言って欲しいだけなんだよ………! だから………王様なんて………っ!」

 

 

 

「王になんて、なりたくなかった………?」

 

 

 

「………曹操、さん。」

 

 

 

「あなたは元々そう思っていたのでしょうね………。だけど、それを今まで付いてきた部下たちの前で、この状況で言ってしまって良かったのかしら? あなたに魂を預け、支えてきた彼女たちの気持ちはどうなるの! それが人の上に立つものの責任でしょう! しっかりなさい!!」

 

 

 

「………でも、だったらどうすればいいんですかっ!」

 

 

 

「あなたの言葉で、あなた自身が伝える他ないでしょう! 関羽っ! 諸葛亮っ! あなた達もあなた達だわ! 劉備が本当に望んでいる事をしっかりと理解できていたのかしら! むしろ、あなた達の理想を逆に劉備にばかり押し付けていたのではなくてっ!?」

 

 

 

「なっ、そんなはずがあるわけ………っ!」

 

 

 

「そうですっ! あなたに私たちの何がわかるというんですかっ! あなたさえ、あなたさえ居なければ私たちは確実に理想を叶えられたのに………っ!」

 

 

 

「よくもまぁこの状況でそんな事が言えたものね………。今の彼女を見て、あなた達は何も感じないのかしら? 全く、主も主なら、部下も部下ね………。そんなだからあなた達はいつまで経っても私たちには勝てないのよ。………いい? あなた達の敗因は兵数の差でも訓練の差でも、国力の差でも無い。国を支えるべき信念の差よ。」

 

 

 

「信念………。」

 

 

 

「そう。理想や夢を語るだけではない、正しいと信じ、ブレずに貫き通すこと。時には味方を切り捨ててでも真っ直ぐ歩み続ける道こそ、信念。私の歩む、覇道! ………劉備、あなたは優しすぎるのよ。その理想はとても尊いものかもしれないけれど、それを胸に押し込めて、うち貫く厳しさを持てない。眼の前に居る人を、仲間を捨てきれない………それが私とあなたの差。王としての覚悟の差よ。あなたは………あなたは王になるべきではなかったのよ………。」

 

 

 

 

 

 

曹操は静かに絶を構え、振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 




王の一騎打ち、決着。


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第八十一話

 

 

 

「桃香さまっ!!」

 

「愛紗、大事無い。気力を消耗しすぎただけだろう………。」

 

「………ごめん、愛紗ちゃん、星ちゃん。私………負けちゃった………。」

 

「良いのです………桃香さま。よくぞここまで………。そして、あなたのお気持ちに気付いてあげられて居なかった事が………申し訳ありません………。」

 

 

曹操の絶が、劉備を弾き飛ばす。

すかさず関羽たちが駆け寄り、優しく抱き起こした。

 

 

「………さて、劉備。」

 

 

そこに、曹操がゆっくりと劉備の元へ歩み寄る。

だが張飛、趙雲、関羽の3名が割り込み、行く手を阻む。

 

 

「お姉ちゃんは討たせないのだっ!」

 

「左様、我らが戴く主は、劉玄徳ただ一人。それを討つとあらば、この趙子龍………容赦はせん。」

 

「………別に劉備を討つ気なんて最初から無いわよ。」

 

「な、何………?」

 

 

気勢をそがれ、少し呆気に取られる関羽たち。

 

 

「討つつもりなら、最初から容赦なんてするはずないでしょうに………。」

 

「む………それは確かに。では、何ゆえ?」

 

 

曹操は劉備の目をしっかりと見つめ、彼女の名を呼ぶ。

 

 

「………劉備。」

 

「………はい。」

 

「私に仕え、この大陸を建て直す力を貸しなさい。」

 

「………えっ?」

 

「あなたの背負ってきた民の命、将からの期待、そして平和への願い。それらはこれからは私が背負いましょう。あなたはあなたの思う様に、私の元で動いてみなさい。あなたの理想を私の元で叶えてみせなさい。………出来るかしら?」

 

「曹操さん………。」

 

「ただし、今のあなたにはこれまで通りの領地を任せるわけにはいかないわ。まずは大陸中を渡り歩き、見聞を広めなさい。如何に自分が過保護にされてきたかがわかるでしょう。………国とは民である。それをただの知識や認識として捉えるのではなく、自分の目で見て、自分の耳で聞いて、自分の手で触れて、その経験を糧となさい。そうして始めて、あなたに領地を任せるかを判断しましょう。いいわね?」

 

「は、はいっ!」

 

「それまでは………そうね、公孫瓚、鳳統。あなた達に任せる事にしましょう。」

 

「ぬぉっ!? 急に話がこっちに来たな………。桃香がそれで良いっていうなら別にいいけどさ………。」

 

「幽州の民の評価、大陸中を旅して回った稟と風の評価を見れば、あなたに任せておけば問題は無いでしょう。それに、あなたならば反乱を起こそうなんて考えなさそうだしね。」

 

「………おう。」

 

「さて、劉備。あとはあなたの決断次第。受け入れるの? 断るの?」

 

「………曹操さん、私がここで負けを認めてあなたの元に降れば、みんなが笑って過ごせる国を、本当に目指してくれますか………?」

 

「私が願うのは、この国に住むすべての民の平穏と幸福。………それがあなたの目指す世界と同じ姿ならば、その願いは叶うでしょう。」

 

「………わかりました。曹操さんのお話を受け入れます。」

 

「そう。あなたが一回りも二回りも成長して戻ってくる事を期待しているわ………。雪蓮、あなたにも関係のある話だから聞いておきなさい。」

 

「ん? なぁに?」

 

「劉備、雪蓮、あなた達に言っておくわ。私が非道な王であると思ったのならば、私を討ちなさい。」

 

「………えっ!?」

 

「この大陸の長である私が公平な人物であり続けられるよう、その体勢を整えておくことは重要なことでしょう?」

 

「………それもそうね。わかったわ、あなたがもし公平な人物ではなくなった時、私はあなたを討ち取りにいくとするわ。これでいい?」

 

「えぇ。劉備は? もちろん、公孫瓚、あなたが治めている間もよ?」

 

「………わかりました。白蓮ちゃんも、お願い。」

 

「お、おう………わかった!」

 

「そう。さてと、細かいことはあとで詰めるとして。春蘭、秋蘭!」

 

「はっ!」

「ここに!」

 

「総員に戦闘停止命令を出しなさい。」

 

「「御意!」」

 

 

 

 

「………ここに永きに渡る戦いの終結を宣言する!」

 

 

 

 

曹操の力強い宣言の後、戦場の各所で歓喜に満ちた声が爆発した。

 

 

これで戦いが終わるんだ。

俺たちは生き残ったんだ。

そんな生命にあふれた歓喜の叫び。

 

そして、もう戦いだらけの世は終わったんだ、と。

明日への喜びに満ちた期待の叫びでもあった。

 

 

その声に呼応するように、天空が蒼く、蒼く輝きを見せる。

 

蒼天の世が来たことを、祝う様に。

 

 

 

 

──────────。

 

 

 

 

夜。

 

 

成都では戦いの終結を祝う宴が開かれていた。

 

曹操、孫策、劉備。

 

一人はこれから旅に出るとは言え、3人の王が一処に集まり、同じ酒を飲み、同じ食事を食らうということ。

たったそれだけの事が、この大陸のこれからの平和への期待を物語る。

 

各軍の将たちも、戦いの終焉を祝い、酒に溺れる夜を過ごしていた。

 

 

ふと城壁の上に目を向ければ、遠くを見つめる王蘭の姿。

盃を片手に、成都の町並みを見て一人酒を飲んでいた。

 

そこに。

 

 

「どうした、こんなところで。酒宴には加わらんのか?」

 

「秋蘭さん………。少しじっくりと噛み締めたくて。」

 

「そうか………まぁ、わからんでもないがな。」

 

「ようやく………ようやく、終わったんですね。」

 

「あぁ………終わったな。これからは戦の無い世の中を当たり前として、継続していかねばならん。」

 

「そうですね………。そうだ、よかったら秋蘭さんも如何ですか?」

 

 

そう言って酒の入った器を示し、自分の持っていた盃を差し出す王蘭。

 

 

「あぁ………いただこう。だが、手ぶらでお前を探しにきたわけじゃないぞ?」

 

 

夏侯淵はくりと笑いながら、両手に持つ盃と酒の入った容器を見せる。

互いに笑みを交わし、注ぎ注がれた酒をくっと煽る。

 

 

「………おや、この酒は。」

 

「はい………たまたまあったので拝借してきました。内緒ですよ?」

 

 

そういっていたずらがバレた時の子供の様に笑う王蘭。

夏侯淵に注がれた酒は、初めての逢引きで飲んだあの酒だった。

 

ほんのりと甘さの香る、飲みやすい酒。

何よりも、思い出の酒。

 

 

事あるごとにこの酒を飲んでいるあたり、王蘭自身も気に入った酒となったのだろう。

そして、それの味を覚えている夏侯淵も夏侯淵ではあるが………。

 

 

再び彼女の盃へと酒を注ぎ、街並みに目をやる。

しばらくの間、互いに言葉は語らずにじっくりと街並みを見入る。

 

 

何を思い、何を考えているのか。

2人にしかわからないが、ただそこにある表情はとても穏やかなもので。

 

戦に明け暮れた日々を憂うものではないことは確かだろう。

 

 

願わくば、この平穏な夜が平常な世となるように。

 

 

クッと酒を煽り、ふぅと息をつく王蘭。

夏侯淵も、それを横目にしながら、ゆっくりと酒を味わう。

 

 

 

 

「戦の………戦の世は、終わりを迎えたんですよね………。」

 

 

 

 

そう言って王蘭は、自身の懐に手をやって、大事そうにその存在を確認する。

 

 

 

あの約束とも言えぬ約束を交わしたあの日のうちに、鍛冶屋に頼んで作成したもの。

ずっとずっと、布にくるんで肌身離さずに自身の懐で大切にしまってきたもの。

 

北郷の世界では特別な意味をなす、小さなもの。

 

けれど、小さいけれど、彼にとってはとてつもなく大きな意味を持つもの。

 

 

 

彼はそっとそれを取り出し。

 

 

月夜に照らされた最愛の人へと向き直った──────────。

 

 

 

 

 

 

 





次話、最終話です。
いよいよ、終わりかぁと思うと寂しくもあり。
気づけばもう80話越えてるんだなーと感慨深いものがあるのも正直なところ。

最終話その後の日常、みたいなのは今の所執筆は悩み中。

回収しきれていない話もいろいろあると思います。
私も考えてた内容盛り込めなかった部分もいくつもあります。
それらを書きなぐる場所くらいは設けたいなーと思ってますが…笑


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第八十二話

 

 

 

晴れた日の陳留。

 

 

空には雲ひとつ無い晴れ渡った空。

蒼き空は見上げるものの心を癒やし、気を晴れやかにする。

 

陳留の街を歩く人々には笑顔が様々に咲き乱れ、街を明るい色で染めていく。

 

少年少女たちが甲高い声で笑いながら街並みを駆け回れば、大人たちはそんな子供たちを見て表情を綻ばせる。

笑顔が笑顔を生む、そんな素敵な循環が街のあちこちで見られる。

 

 

陳留。曹操のお膝元の街。

 

大陸の覇者、曹操が治めたこの街から、すべての物語が始まった。

そしてこの街の刺史だった曹操が、大陸に溢れていた戦争の時代を終わらせた。

 

その事実が人々の心を慰撫し、またそれを誇りとして抱く。

 

 

………そしてこの日もまた、新たな物語が始まろうとしている。

 

 

そのためだろうか、いつも笑顔が絶えないこの街も、この日ばかりはいつも以上に皆が高揚しているようだ。

陳留の街そのものが、まるでお祭り前の様なあの高ぶりに満ちた状態だ。

 

それもそのはず。

今日は国をあげての祝いの日。

 

ともすれば、街に住む人々はいつも以上に笑顔に溢れ、平和な日に感謝し、祝い踊るのも無理はない。

 

 

街で既にこれだけの大騒ぎとあれば、城内に目を向ければその比ではないようで………。

 

 

 

 

──────────。

 

 

 

 

「真桜ちゃーん、これってどこに置くんだっけー?」

 

「んー? あぁそれな、確か来賓席のとこ置いておけばいいはずやで。」

 

「わかったのー! あ、凪ちゃーん、それ来賓席のやつだってー!」

 

「ん? あぁ、そうなのか………承知した。」

 

 

「流琉ー! お肉屋さんから特上のお肉届いたよー!」

 

「季衣! じゃあ、それこっちに持ってきて! ちょうど食べごろのはずだから調理しちゃう!」

 

「了解ー!」

 

 

「な、なぁ霞………なぜ私は準備を手伝わせてもらえないのだろうか………?」

 

「なんでってそら………なぁ?」

 

「うぅ………でも、だなぁ! せっかくのこんなめでたい祝いの日なのだから、少し位私も手伝いたいぞ!」

 

「はいはい、春蘭も立派な役目あるやんか。むしろ春蘭にしか務まらんのやから、それまで大人しくしときー?」

 

 

「ちょっと桂花! そんなとこで突っ立ってないでこっちきてボクの作業手伝って!!」

 

「うっるさいわねっ! 私は今ここで立つのに忙しいの!」

 

「知らないわよ! 使えるなら猫の手だって借りたいんだから、猫より頭の回る人の手なら使わない理由は無いわよ!」

 

 

「風、花の飾りはこれで如何でしょうか?」

 

「おー稟ちゃんは”せんす”が良いですねぇー。いいと思いますよー?」

 

「扇子………? いや、もしかすると天の言葉でしょうか?」

 

「はいー。お兄さんの世界の言葉で、優れた感性、感覚をお持ちの方をそう言うのだそうですー。」

 

 

「ねー人和ちゃーん。今日の振り付けっていつも通りじゃつまらなくなーいー?」

 

「そうよ! 姉さん良く言ったわ! こーんなおめでたい日に歌わせてもらえるんだもの、私たちも特別仕様で行かなくっちゃ!」

 

「そうね。私たちは会場の準備より私たち自身の準備を優先すべきだわ。………それじゃあ、地和姉さん、振り付け、考えてくれる?」

 

 

 

城の中では侍女たちはもちろんだが、将たちも所狭しと駆け回り、皆が忙しそうに動いていた。

皆がそれぞれ忙しそうにしながらも、表情は喜びのそれを浮かべている。

 

 

 

 

──────────。

 

 

 

 

城のとある部屋。

 

 

「な、なぁ蒼慈さん………。これ、変じゃない………よな?」

 

「はい、大変お似合いですよ。自信持って良いんじゃないですか?」

 

「うーん………着慣れないからかなぁ………。なんかやけに不安になっちゃって。」

 

「あなたがそんな状況でどうするんですか、全く。ほら、胸を張って堂々と。」

 

「は、はい………。」

 

 

部屋の中には北郷と王蘭の2人が。

北郷は何やら自分が召している服を気にしている様だった。

 

 

「見た目もそうですが、式典の流れについてはしっかり理解していますか? 途中で噛んだり、ど忘れしちゃうようでは格好悪いですからね。」

 

「あ、あぁ………念の為、もう1回おさらいしとこうかな。手伝ってもらえますか?」

 

「ふふっ、なんだか懐かしい気分ですね。………もちろん、何度でもお手伝いしますよ。」

 

 

それから2人は書簡にまとめられた工程表をおさらいし、式典の作法や所作について確認する。

 

本番前の練習からガチガチの北郷。

それを見て、本当に大丈夫だろうか、と笑い顔を浮かべながら彼を見守る王蘭の姿があった。

 

 

そしていよいよ………。

扉が3度叩かれ、来意が示される。

 

 

「北郷様、お待たせいたしました。お時間になりましたので、始めさせて頂きます。」

 

「は、ハイぃっ!」

 

 

孫乾からの案内にすら声が裏返ってしまっている。

だが、自らその歩みを進めているのを見ると、不安な気持ちよりも逞しさを感じてしまう王蘭。

 

彼の後ろに続き、王蘭も部屋を出ていくのだった。

 

 

 

 

──────────。

 

 

 

 

「………これより、結婚の儀が始まります。ご列席の皆様、どうぞご起立の上、2人をお迎えくださいませ。」

 

 

場所は陳留の城、中庭に設けられた特設の式場。

李典率いる特殊工作兵が作り上げた、それはそれは素晴らしい………そう、教会だった。

 

屋外型としながらも、参列者の席などがきれいに整えられ、正面には大きな十字架が立てられており、木々が周りを鮮やかに彩る。

 

魏の将はもちろんだが、参列者の中には孫策たち呉の将らと、劉備たち蜀の将たちも見られる。

皆が皆、席を立って、後ろを振り返って主役の登場を待つ。

 

 

………程なくして。

 

可愛らしく着飾った許褚の先導に従って、まずは北郷が教会へと辿り着く。

皆に向けて一度頭を下げ、参列者によって作られた道の中ほどまで歩みを進めた。

 

いつもの真っ白で光輝く上着に合わせるような、純白の下履きを身に纏った北郷。

どことなく緊張しているのが見て取れる。

 

道の中頃右側に立つと、北郷も振り返りもうひとりの主役を待つ。

 

 

 

………。

 

 

そして、いよいよ。

 

 

典韋の先導に従い、金色に光る髪をなびかせながら静々と歩いてくるその人の姿が見えた。

 

 

純白のドレスに身を包み、薄いヴェールで顔を覆った彼女は、足元に気を配るようにやや俯いた状態で、皆の前に現れた。

木で作られた数段の階段を、一段一段踏みしめる様にゆっくりと、気品に溢れた所作で上る。

 

たったそれだけの事。

 

たったそれだけの事に、参列者の全員が、彼女のその美しさ、気品さに目を奪われる。

北郷に至ってはわずかにあいた口が塞がらないようだ。

 

 

一度も顔を正面に向けることなく、ゆっくりとした足並みのまま、参列者が立ち並ぶ後方へと辿り着き、歩みを一度止める。

 

 

そこでようやく彼女の姿が一望出来た。

純白のドレスは腰元から足にかけてきれいな広がりを見せ、後ろにはそれは優雅で長やかなトレーンが続いている。

 

腕には薄く透け感のあるグローブを纏い、一層彼女の美しさを際立たせていた。

 

 

先導の典韋は膝を折って参列者へと一礼すると、自らは横へとずれて、次の者へと道をゆずる。

典韋と入れ替わるようにして現れたのは、漆黒の艷やかな髪を腰の下まで伸ばしたキリリとした表情の似合う彼女、夏侯惇。

 

彼女もいつもの赤い服ではなく、黒を貴重とした襟付きの羽織を纏い、下履きは北郷が履いているようなものを黒くしたもの。

 

そっと曹操の小さな手をとった夏侯惇は正面へと向き直り、1つ息を吐く。

 

………すると、西洋から流れてきた楽器、竪琴が鳴り始める。

それを演奏するのは美周郎。彼女の奏でる音色は優しく、慈愛に満ちていた。

 

心穏やかな音色が一帯を包み込み、腕を組んだ曹操と夏侯惇が1歩ずつ丁寧に歩みを進める。

 

歩み、止まり、歩み、止まり。

 

それをただただ繰り返し、自身の到着を待つ北郷の元へと歩みを進める曹操。

参列者たちは、目の前を通り過ぎていく2人に釘付けとなり、皆一様に頬を朱に染めている。

 

天の国のやり方を模した今回の結婚式。

曹操が彼をどれだけ大切に思っているのか、手に取る様にわかる程にその愛おしさが感じられる。

 

永遠とも、一瞬とも感じられる不思議な時間。

その時を経て、眼の前までやってきた夏侯惇と曹操。

 

曹操の手を優しく引き取り、自身の腕へと回す北郷。

 

夏侯惇と同じ様に、だがより寄り添っているように感じられる風景に、更に頬を赤らめる者が多数。

一歩一歩、大切にするように歩みを進める。

 

そしてようやく、王蘭の前へとたどり着いた2人。

 

 

「………それでは、これより新郎 北郷一刀、新婦 曹孟徳、2人の結婚の儀を執り行います。」

 

 

王蘭の宣言により、北郷は少し緩んでいた表情をキッと引き締め、対して曹操はそれを見て頬を緩める。

 

 

………たった今、2人は皆の前で夫婦となったのだった。

 

 

 

 

──────────。

 

 

 

 

結婚の儀が終わると、今度は城壁の上へと立ち、街の民へと王の結婚を報告する。

 

互いに純白に身を包んだ2人の姿を認めると、民達は一様に息を飲み少しの静寂を迎える。

が、すぐに歓喜が爆発して、まるで鬨の声の様なものが街中で起こり始める。

 

それほどまでに待ち望んだ、2人の結婚。

 

 

この日ばかりは街中がお祭り騒ぎとなって、いたるところで酒が振る舞われている。

 

 

民への報告を終えた曹操たちも、城の宴会場へと場所を変え、皆で2人を祝う。

 

 

順番に北郷と曹操の元へ訪れ祝辞を述べていく面々。

劉備、孫策らの後には魏の将達が続く。

 

 

そして王蘭は、ビシッと決めたままの夏侯惇と、お腹を大きく膨らませた夏侯淵と共に、3人で主の元へと向かう。

 

 

「か、華琳さまぁぁぁぁぁぁぁ、うぅぅぅぅぅぅぅぅぅううう。」

 

 

服は決めていても、結婚式が終わってから涙の防波堤は決壊してしまった夏侯惇。

それを2人支えながら、微笑ましく見ている。

 

 

「春蘭、ありがとう。あなたに導かれた僅かなあの距離は、この平和への道程となんら変わらない程に大切な歩みだったわ。………ありがとう。」

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁああぁぁぁああああああああん!!」

 

「姉者………よしよし。華琳さま、北郷。………本当におめでとうございます。」

 

「秋蘭、蒼慈………ありがとう。繰り返しになるけれど、あなた達もおめでとう。秋蘭、お腹の子、大切になさいね?」

 

「はっ、お気遣いありがとうございます………。」

 

「蒼慈さんももうすぐお父さんか………。そうだ、子供の名前、決めたんですか?」

 

「ありがとうございます。………その事で、少しご相談が。秋蘭さんと2人で話し合ったんですが、せっかくのこのめでたい席です。もしよろしければ、華琳さま。………我々の子の名付け親になって頂けないでしょうか?」

 

「名付け親に? そんな大切な役目が私でいいのかしら?」

 

「だからこそ、華琳さまにお願いできれば、と思っているのです。」

 

「………であれば、その誉れ、喜んで引き受けましょう。………そうね、その子はこの大陸に覇を唱え、それを成し遂げてから初めて宿った大切な命。謂わば、我々が目指した平和の第一歩となる、次世代の命。………ならば私たちが歩んできた、この”覇”。これをその子に与えましょう。一刀、どうかしら?」

 

「………うん、すごくいい。秋蘭と蒼慈さんの子なんだけど、やっぱり俺たちにとっても大切な子になるだろうから………。うん、良いよ!」

 

「ふふっ、ありがとう。そう言えば、その子はどちらの姓を名乗るのかしら?」

 

「私たちとしてはどちらでも良いのですが、家格としては夏侯を名乗るのが良いだろうかと思っております。」

 

「まぁそれが良いのでしょうね。………夏侯覇、か。うん、我ながら良い名をつけたわ。真名はあなた達がしっかり考えて付けてあげなさいな。春蘭の助けがあってもいいと思うけどね。」

 

「はい。生まれるまで、まだ幾らかの時間はありますので。良く考え、良く悩むことにします。………それでは、また折をみて参ります。皆の祝福、存分にお受取りください。」

 

 

そう言って曹操たちの元から離れる3人。

泣き崩れた姉を座らせ腰を落ち着けると、2人は曹操たちの様子を眺める。

 

 

「なんだか………懐かしいな。」

 

「そうですね………。私たちは特に天の国の様式をなぞったわけではなかったですが、あの様に皆さんに祝いの言葉をかけてもらうのはとても嬉しかったです。」

 

「そうだな………蒼慈、お前には感謝しているよ。」

 

「突然ですね………何かありました?」

 

「いーや、特になにもないがな。こうして身重になってからもよく気を配ってくれるし、何より大切にされているのがよく分かるからな。気持ちは言わねば伝わらない、だろう?」

 

「………本当に突然ですね。それを言うならこちらこそ、というやつです。ただの村の警備兵だった私がこうして秋蘭さんと結婚でき、更に子をなせるまでになれたのは、全て秋蘭さんのお陰です。ありがとうございます。」

 

 

 

曹操と北郷の仲睦まじい様子にあてられたのか、2人は互いに感謝の意を伝える。

そして顔を見合わせ、照れやおかしさが混じった様に、ふふっと笑い合う。

 

 

 

 

二人の手は、そっと繋がれたまま──────────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




「真・恋姫†無双 - 王の側にて香る花を慈しむ者」
完結となります。

長い間、お付き合い頂いた皆様には感謝申し上げます。
ようやく結びまで持っていくことが出来ました。

モヤモヤが残ったまま終わってしまった、という方もいらっしゃると思います。
回収できてない話もいっぱいあるのは存じておりますが、これで良かったかなって思ってます。

前回のあとがきでもご報告させて頂いている通り、私が話を書く上での設定や考察、戦闘描写端折ったけど、こんな状況を妄想してました、みたいな書き殴りは出させていただくつもりでおります。
これは近いうちに、とも思いますが、しばらくは読みたかった二次読んだりさせてくださいませ…笑

またTwitterの方では既にご報告させて頂いていますが、恋姫二次創作、別の話を執筆いたします。
これの投稿はいつになるかはわかりませんが、必ず書き上げます。

処女作である今作。

その執筆で至らなかった点など、しっかり見直して次回作を仕上げていきたいなと。
あぁ、そうだ。ちなみにR18で行く予定です…笑
もしよろしければそちらも是非。


ではまた後書きの投稿にて。




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作者考察資料

みなさまご無沙汰(?)しております。

最終話が終わり、大変多くの感想、ご評価を賜り、ありがとうございました。

温かいお言葉で溢れており、とても嬉しかったです!

 

さて、あとがきで書く書くとお伝えしていた、私の考察や裏話、

消化できなかった妄想シーンなどお話させていただこうかと思います。

(言いたがりなだけです。)

 

 

 

 

『今作のはじまり』────────────────────

 

 

概要にも書いていますが、この作品を書き始めた経緯は「恋姫たちに豊かな未来があってもいい」という所。

 

それを最も感じさたのが、華琳さまの涙。

だからこそ、特に華琳さまには笑って天寿を全うする未来を与えてあげたかった。

 

そして、恋姫=華琳さまではありません。

恋姫なんです。

 

だから、私は誰かを殺してしまうことはしません。

華雄さんが生きているのもそのため。そして……はい、祭さん生きてます。

 

再登場シーンも書くつもりでした。

ちなみにこんな感じ。

 

最終話、華琳さまと一刀の結婚披露宴にて。

──────────

「あーら、何かお祭りでもやっているのかしら? お祭りならこのワ・タ・ク・シ、袁本初が不可欠ではなくって? おーっほっほっほっほっほ!」

「麗羽さまぁ……ここ陳留なんですから、もっとお静かにした方がいいですよぉ~~~」

「うわっ! すっげー人! おい見ろよ斗詩ぃ! あの店の肉うまそうだなぁ……」

 

ふと、何か聞き覚えのある声が耳に入ってくる。

城壁から街を見下ろせば、あの目立つ一行は嫌でも目に入ってくる。

 

「……一刀、私は何も見ていないわ。いいわね……?」

「あ、あぁ……あれ? でも3人組じゃなかったっけ? 一人多くない?」

「え? 確か麗羽に顔良、文醜の3人のはずだけれど……あれはっ! 雪蓮、冥琳! すぐに来なさい!」

 

……。

 

「なぁ~んで私がこんなこまっしゃくれの金髪くるくる小娘に呼ばれて城に入らなければならないんですのっ!」

「麗羽さま、落ち着いてぇ。文ちゃんも、なんでそんなにお肉持ってるの!?」

「屋台で買ってもらった!」

 

「麗羽、久しいわね。あなた今までどこにいたのかしら?」

「別にどこでも構いませんじゃないの。あなたにわざわざ教えてさしあげる必要などなくってよ!」

「大陸中を旅して回って、お祭り行脚のようなことを……。」

「ありがとう顔良。はぁ……それで? 何故あなたがそんな麗羽と一緒に居るのかしら? ……黄蓋?」

 

「……あの赤壁で敗れてから幾日か、河に流されなんとか生きて岸までたどり着いたらしく、そこでこの方々に拾っていただいたのじゃ。命を助けていただいたご恩があるのでな、顔良一人じゃ賄えないと言うのでこの方々のお世話係をして旅を共にしておった。」

──────────

 

とまぁ、こんな感じで書くつもりでした。

 

でもせっかくの2人の晴れ舞台、華琳の喜びと蒼慈と秋蘭の描写が薄まってしまうのは否めないので、カットした次第です。

 

 

 

 

『一刀が消える条件』────────────────────

 

 

今作でとても大事な要素ですね。

 

まず、原作で一刀が消えてしまったシーンを再度見返しました。

それを見て感じたのが、「一刀が知っている歴史から、一刀自身が動いて結末を変えよう」とした時、あの症状が度々出てきていると感じたわけです。

 

定軍山が赤壁より前に起こったことに対しては特に一刀に影響はなく、定軍山と気付いて動こうとしたときに影響がでていました。

 

つまり、この世界に元々いた人々が巻き起こす事件や戦争によって正史との相違が出てきても、一刀が消えてしまう現象は起こりえないということ。

ならば、恋姫世界の住人側が戦の結末をひっくり返したら一刀はずっと恋姫の世界に居られるんじゃないか?と考えました。

 

(ちなみにですが、今作でも赤壁の船酔いの辺り、華琳さまの天幕に向かう一刀がふらついている描写がある箇所、あれは歴史を自分で変えようと動いたので、その力が働いた唯一のシーンです。)

 

そこで私が考えたのが、情報戦。

 

チートばりの武将の登場で歴史を変えるのもありかとは思いました。

新たなルートをたどる事も考えました。

 

けれど、やっぱり恋姫が好きで好きで仕方のない私は、処女作から原作と大きく乖離してしまうのは書けませんでした。

 

なので、かなり序盤から潜り込ませて対劉備戦においては圧倒的情報の優位に立つことで、定軍山でも赤壁でも正史の流れにはならないだろうと思ったわけです。

 

 

 

 

『蜀軍軍師』────────────────────

 

 

感想でご指摘を頂いたこともある、伏竜鳳雛のダメっぷり。

味方の裏切りをまず考えるんじゃない?普通ってところについてです。

 

私も、本来の2人ならすぐにそう考えると思いました。

 

じゃあどうするか?と思った時、実際の会社とかの組織を思い浮かべてみました。

パッと思い浮かんだのはわかりやすく敵をつくってしまうこと。

 

あいつが悪い、全部あいつのせいだ、あいつさえ居なければ。

そうやって誰かを悪者に仕立て上げれば、自分たちの悪いところの一切を見なくなると考えたわけです。

 

その悪役を担ってくれたのが華琳さま。

 

事あるごとに劉備をいじめ、諸葛亮や鳳統を横目にみる人のキビの嫌らしさを存分に発揮頂きました。

その結果、盲目的に曹操を憎むちびっこ軍師の完成です。

 

雛里ちゃんはそこまで闇落ちしなかった状態でしたので、最後ぱいぱいちゃんと一緒に益州あたりを任せることができましたが。

最後、朱里ちゃんが華琳さまを射殺すほどに睨んでたのはそこからきてました。

 

 

 

 

『書き漏らした話』────────────────────

 

 

ここに関してはただただごめんなさい。

 

風の日輪の話を書けていません。

話の流れ上、劉備戦でピンチが訪れる予定はありませんでした。

上でも説明していたように、圧倒的に劉備軍には強くある流れがもともとだったので。

 

じゃあどこで書くの?って考えてたんですが、1つの候補はこの最終戦。

劉備と華琳の一騎打ちのとき。

 

劉備と華琳の王としての覚悟や考え方の違いを態度だけでなく言葉としてもそれを受け取った風が、

 

「やはり華琳さまは風の日輪だったのですねぇ。」

 

となる流れ。これで行くつもりで考えてました。

ですが、書けずに……申し訳ないです……(´・ω・`)

 

 

あとは書き漏らしっていっても私の頭にあっただけのシーンなので特に描写がなくても困らなかった所。

記憶がもう薄れちゃってるので、最終戦で考えてた内容だけちらりと。

 

・雪蓮vs華雄さん

2人の因縁も、この最終決戦が晴らすつもりでした。

武力覚醒を起こした華雄さんと雪蓮。いい勝負してそうだなーと思ってました。

 

・霞vs翠

騎馬隊同士の最終決戦。

これも熱いよなーと。

霞ちゃん結構好きなので、原作よりは陽の目が当たるように書いてきました。

遼来々の話とか書けたし、烏巣のあたりも霞大活躍!って感じでかけました。それは満足笑

 

・パイレンは究極の便利さん

桃香たちが出兵中はずっと彼女が城を守って内政してました。

魏はどうだったんだ、って言われても辛いのでお答えしませんが、彼女はずっと城を守り続けてきたんだ!

最後急に出てきた感があるかもしれませんが、しっかり戦っていましたよ。えぇ。

三羽烏の沙和あたりと。

 

やっぱ圧倒的に蜀は武将の数多いっすわ。しかもつえーのなんのって。

関羽、張飛、趙雲、馬超、と4人あげただけでも魏で対抗できるのって誰?ってなります。

 

そうやって対応する武将並べてった時に、あ、これ無理!と思ってバッサリカット!

そんな背景がありました……笑

 

あと……なんかあるかなぁ。

気になるところはまた感想などでコメント頂けたら、お返しできるところは返していくかもしれません……笑

 

 

 

 

『最後に』

 

 

本当に皆様、読んで頂けてありがとうございました。

初めて物を書くということにチャレンジしてみて、とても楽しかったです。

 

2日に1度の更新という、中々のハイペースで投稿しますって言った過去の自分をぶん殴ってやりたい気持ちもあるんですが……。

 

でもちょっとぶっちゃけると、私が書き始めたのって、恋姫二次がもっと盛り上がって欲しい!という思いからでした。

 

残念ながらエタってしまっている作品も多数あるのが二次の世界。

でもそうじゃなくて、一生懸命おかきになっている書き手さんも多数いるわけです。

(だからこそ、皆さんに完結お祝いの感想頂けたのすっごく嬉しかったです)

 

でも面白い話を書くためには時間が必要だったりするわけで。

じゃー私がその間、隙間を埋められないかなぁっていうところがキッカケでした。

 

そしてあわよくば、書き手さん増えて私が読んで楽しむ作品増えないかなぁ……!なんて思ったわけです笑

 

 

そして幸いな事に、この話を書き始めてからTwitterや感想を通してもそうだし、「真・恋姫†無双」の原作検索を書けると、新規投稿小説が増えてきてるじゃありませんか!

こうやって、恋姫二次がある程度盛り上がってきていると実感しています。

 

そしてそして、書き手さんとTwitterで繋がることもできましたし、書いてみる!って書いていただけた方が何人も!

これほんと嬉しかったです。

二次作品書きはじめてよかったああああああって思いました。

 

 

まぁそんなこんなで私の初作品、「真・恋姫†無双 - 王の側にて香る花を慈しむ者」は完結となりました。

 

皆様、本当に最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

また次回作でお会いしましょう。

 

 

追伸。

秋蘭さんと蒼慈の子供真名はどうするの?って感想頂きました。

アフター短編ストーリーが書くことあったら出てくると思います。

案あったらください笑

 

 

ぶるー。

 

 

 

 

 




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SS:甘いお菓子に想いを込めて

皆様、お久しぶりです。
ハーメルンの感想欄やツイッター等々、読んで頂いたお声を多数頂いておりまして、本当にありがとうございます。

それと同時に、現在別の作品に手をつけておりますが、そちらの更新が中々捗っておらず、継続して読んでくださっている方には大変申し訳なく思っております。
こちらは今一度全体を見つめ直して、全体プロット書き上げてから再度着手する方針へと切り替えました。それが完了次第、また執筆を進めさせていただきます。


さてさて、今回は後日談的なものを書かないのか!?とこれまた感想欄、Twitterで多くのお声を頂きました。
クリスマスや新年など、タイミングがありましたが他作品の息抜きとして今頃着手してみました笑

楽しんでいただけると幸いです!!




 

「ばれんたいんでい?」

 

 

ある晴れた日のこと。

陳留の城にある東屋で、王蘭と夏侯淵が2人肩を並べて座っている。

お茶と簡単な茶菓子が広げられ、一息ついているようだった。

 

この日は2人とも非番なのだろう。仕事中のキリッとした雰囲気はなく、和やかな空気の中で会話をしている。

寒空に高く昇った午後の陽を受けながら、ゆっくりと茶を楽しんでいるようだった。

 

 

「はい。どうやら、天の国のとある記念日をその様に言うのだそうです。先日、北郷さんと雑談をしているときにその話を伺って。そろそろその日かぁなどと呟いていらっしゃったので、気になって聞いてみたんです。」

 

「ほう……天の国の記念日か。して、それは何を記念した日なのだ?」

 

「えっと……そもそもの起源は北郷さんも忘れてしまわれたそうなのですが、どうやらその起源よりもその日に行われる事に重きがあるようでして。」

 

「行われる事?」

 

「はい。その日は、想いを寄せる相手にお菓子を贈る日なのだとか。お菓子と一緒に、相手への恋慕をお伝えして恋仲になったり、ならなかったりするそうですよ。」

 

「ふぅむ……そういった恋路の後押しをしてくれる記念日が天の国には制定されているのか……なんとも珍妙な記念日だな。」

 

 

興味深そうに頷く夏侯淵。それから茶を一口すすり、ほぅっと息を吐く。

白く煌めく呼気を眺めながら、熱い茶が体を中からじんわりと温めてくれるのを感じる。

舌で味わい、口から鼻へと抜ける茶の香りが心地よい。隣の彼へと僅かに寄りかかりながら、両手でそっと茶器を握りしめていた。

 

王蘭もまた、自分の茶を啜る。それを飲み込むと、目の前に用意されたお茶請けへと手を伸ばしてパクリと口に入れた。

もぐもぐとゆっくりと咀嚼して味わい、それをごくりと飲み込んだ。また一口、茶を啜った。

自分のために焼かれた菓子と、それに合わせて淹れた茶、そして何より自身の左側に感じるぬくもりに日常の幸せを感じる。

 

 

「……えぇ。更に面白いと思ったのが、お菓子を贈る相手への感情は何も恋慕だけに限らないのだとか。親愛、友愛の類であってもそうしたお菓子に感謝を込めて贈るのだそうです。一応、恋心を伝えるお菓子を”本命ちょこ”、もう一方の親しみを込めて贈るのを”義理ちょこ”と言うそうです。」

 

「なるほど……私も以前北郷に天の国の話を聞いたことがあってな。天の国でも恋慕を表立って表現するのはあまり一般的ではないそうだ。どちらかと言うと恥ずかしくて隠してしまう方が多いのだとか。おそらく、その”義理ちょこ”なるものが生まれたのも、恋慕をひた隠すために生まれたのかも知れんな……。」

 

「なるほど……想いを周囲に知られないようにするためですか。それでも意中の相手には自分の特別な想いを感じてもらえると……。なんとも、天の国は健気と言えば良いのか、奥ゆかしいと言えば良いのか……。」

 

 

そんな会話をしている2人のもとへ、とてとてと1人の少女が駆け寄ってくる。

 

青い髪が冬の陽に照らされてキラキラと輝き、その髪にはいわゆる天使の輪が。

そんな綺麗な髪を肩口まで伸ばし、こめかみの辺りには母親がいつも大切にしている髪飾りによく似た飾りを付けている。

───ちなみにこの日の母親の髪には、その娘が憧れた髪飾りが同じ位置でどこか誇らしげにキラリと輝いているのだが。

服装も、母親の着物の意匠に近い子供用の服を着ており、ひと目で2人が親子であることがわかる出で立ち。

年はまだまだ幼く、5つにもなって居ないだろうか。そんな少女が、無邪気に笑いながら東屋へと駆け寄ってくる。

 

 

「おかあさまーーー!」

 

「ん? どうした、小夜(さや)。そんなに慌てて走っては、また転んでしまうぞ?」

 

「だいじょうぶだもんっ! あのね、ほんごうさまがね、小夜にね、おつかいなの!」

 

 

母の元までやってくると、眩しいくらいの笑顔を目一杯に母へと向ける少女。

愛する我が子の頭にポンポンと手を乗せながら、身を(かが)ませて少女と同じ目線の高さになる。

 

 

「北郷が小夜に、何かお使いを頼んだのか?」

 

「はいっ! あのね、これね、おかあさまと、おとうさまのね、にね、どうぞって!」

 

 

まだまだ言葉にすることが得意ではないのだろう。たどたどしくも、一生懸命にお使いの内容を説明する少女。

そしてそれを聞く母はそれを馬鹿にすることも、途中で遮って言葉の使い方を指摘することもなく、彼女の言葉を最後まで聞き届けている。

そんな2人の様子を微笑ましく横から眺める王蘭は、そっと自分の懐から手ぬぐいを取り出して母親へと手渡す。

彼女はそれを受け取ると、娘の額に浮かぶ汗を拭き取っていく。

 

少女はされるがままになりながらも、母へと手に持った包みを差し出している。

汗を拭き終えて手ぬぐいを王蘭へと返すと、夏侯淵はその包みをようやく受け取った。

 

 

「これでお使いは完了かな? 小夜、ありがとう。」

 

「はいっ!」

 

「小夜、お使いご苦労さまです。では、依頼主の北郷さんに任務完了の報告をしなければなりませんね。ついでに北郷さんにありがとうと、伝えて頂けますか?」

 

「はいっ! おとうさまっ!」

 

「良い返事です。報告が終わったらまたここにいらっしゃい。一緒にゆっくりしましょう。」

 

「はいっ! いってまいります!」

 

 

そう言うとくるりと向きを変えて、再び走り始める少女。

その後姿を、残された2人は優しい微笑みを浮かべながら見つめていた。

 

 

 

 

──────────

 

 

 

 

それから数日が経った頃。

 

 

「ただいま戻りました。」

 

 

王蘭と夏侯淵は結婚を機に、新たに一軒家を構えていた。

その玄関を開いて、帰宅を告げて中へと入る王蘭。

 

 

「おとうさまっ! おかえりなさい!」

 

「蒼慈……おかえり。」

 

 

その声に反応して、家の中からは愛する家族が出迎えてくれる。

日に日にその幸福感が薄れていくのではないかと危惧していたのだが、そんな事は全くなく毎日のこのやり取りが幸せを感じさせてくれる。

 

 

「秋蘭さん、小夜……ただいま戻りました。小夜、これをお願いできるかな?」

 

「はいっ!」

 

 

夏侯覇は王蘭の荷物を受け取ると、落とさないようにしっかりと抱えながら居間へと運んでいく。

王蘭が帰宅した際、持っている荷物を運ぶのは彼女の大切な仕事だった。

 

初めの頃は今くらいの荷物でもよたよたと危なげだったのだが、それをしっかりと抱えながら運んでいく姿に娘の成長を感じる王蘭。

その頼もしくも小さな後ろ姿を見送ると、玄関まで迎えに来てくれた夏侯淵へと向き直る。

 

 

「今日もお出迎え、ありがとうございます。」

 

「うむ……まぁ私がしたくてしているだけだからな。小夜と一緒に蒼慈を出迎えるのは、これはこれで私の幸せでもあるのだぞ?」

 

「そうですか……その、ありがとうございます。」

 

「ふふっ、こちらこそ、だ。……さて、早速だが飯にしようか。構わないか?」

 

「えぇ。お願いします。」

 

 

こうして家族3人、机を囲んで夕食を摂った。

ご飯を食べながら今日の出来事を家族で共有する貴重な時間を、王蘭たちはゆっくりと噛み締めながら楽しんだ。

 

 

「……さて。小夜、そろそろ構わないのではないか?」

 

「ほんとうっ!? すぐ、もってきます!!」

 

 

食後に一息つこうかというところで、夏侯淵は娘の夏侯覇へと声を掛ける。

それに元気よく反応すると、夏侯覇はいそいそと別の部屋の方へと向かっていく。

 

 

「……? 何かあるのですか?」

 

「まぁな……お前はそのまま何も気にせずゆっくりしていてくれ。今、茶を淹れよう。」

 

「は、はぁ……。」

 

 

夏侯淵も席を立ち、茶の用意を始める。

1人食卓に残された王蘭。落ち着かずにそわそわしているのは、城では見られない珍しい光景かもしれない。

そこに、夏侯覇が戻ってくる。

 

 

「おかあさま、もどりましたっ! ……あ、あれ? おかあさまは……?」

 

「秋蘭さんは今厨房にお茶の用意をしにいってくれていますよ。」

 

「わかりましたっ! えっと、おとうさま、おしえてくれて、ありがとうございます!」

 

 

王蘭に内緒にしたまま、夏侯淵に手渡すものがあるのだろう。

姿の見えない夏侯淵の元に行くため、後ろ手に何かを隠しながら横歩きで厨房の方へと移動していく夏侯覇。

 

これを気付いて居ないかのようにやり過ごすのは、かなり大変なことではある。

だが、諜報部の長として感情を相手に読み取らせない経験が、思いもよらぬ場面で活かされてしまった。

 

ようやく夏侯覇が横歩きで厨房へとたどり着くと、そこで2人が何か話している事はわかるが、その内容までは聞こえてこない。

まぁ直ぐにわかるだろうと、食卓についたままその時を待つことにした。

 

ようやく秘密の打ち合わせが終わったのだろう、夏侯覇は夏侯淵と一緒に食卓の方へとやってくる。

後ろ手にまだ何かを隠したままで。

 

 

「あっ、あのっ! きょうは、おとうさまに、小夜から、おくりものが、ありますっ!」

 

「おや、贈り物ですか? それは嬉しいですね……何でしょうか。」

 

「こ、これを、うけとって、くだしゃいっ!」

 

 

噛みながらではあるが、そう言ってようやく隠していたものを見せて王蘭へと差し出してくる夏侯覇。

差し出されたのは、小さな包みだった。

 

そして、そこには夏侯覇が一生懸命に書いたことがわかる字で”ありがとう”と感謝の言葉が書かれていた。

 

 

「おとうさま、いつもおしごと、ありがとうございます! いつものかんしゃをこめて、小夜がいっしょうけんめい、つくりましたっ!」

 

 

包みと一緒に夏侯覇から温かい言葉をもらう王蘭。

じんわりと、胸の奥の方からぽかぽかとした温もりが溢れてくる。

 

 

「小夜、ありがとう。これは、小夜が作ったのかな?」

 

「は、はいっ! おかあさまに、そうそうさま、てんいさまにおしえていただきながら、しゅんらんおばさまたちと、いっしょに、つくりました!」

 

「それは凄い。早速開けても良いですか?」

 

「はいっ!」

 

 

王蘭の反応を見逃すまいと、ドキドキしながら夏侯覇はじっと見つめている。

王蘭はその視線を受けながら、包みに書かれた”ありがとう”の感謝の文字を指でなぞった後、ゆっくりと丁寧にその包みを開けていく。

 

そこにあったのは、少し形のくずれたクッキーだった。

 

 

「これは……もしかして天の国のお菓子ではありませんか? 小夜は凄いですね、まだこんなに小さいのに天の国のお菓子を作れるなんて。」

 

「はいっ! ほんごうさまに、おしえていただきました! きょうは、”ばれんたいんでい”なので、ありがとうを、おつたえする日です!」

 

「なんと、今日でしたか。……では確かに。小夜からの感謝の気持ち、しっかりと受け取りました。私からも小夜にありがとうをお伝えしますね。いつも良い子で居てくれて、ありがとう。」

 

「はいっ!」

 

 

満面の笑みで応えてくれる夏侯覇。

よしよしと綺麗な青髪の頭を撫でてから、せっかく貰ったそのクッキーを一つ口に含む。

 

 

「……うん、とても美味しいです。小夜はお菓子作りが上手ですね。」

 

「はいっ! えへへ……ありがとうございます!」

 

「ふふっ……小夜、よかったな。さぁ、そろそろ夜も遅くなってくる。寝支度をして、布団に入りなさい。」

 

「はーいっ! おとうさま、おやすみなさい!」

 

「はい、おやすみなさい。」

 

 

王蘭は手にもった小さな包みを大切そうに持ったまま、愛娘を見送った。

寝支度を整えて自分の布団に入ったことを確認すると、それと入れ替わるように夏侯淵が王蘭の隣へと腰掛ける。

 

 

「よかったな、蒼慈……小夜が頑張って作ったのだ。大切に食べてやってくれ。」

 

「もちろんですよ……こんな素敵なもの、大切にしないわけがありません。」

 

「ふふっ……だがそれ程までともなると、なんだか少し妬けてくるな。」

 

「顔が笑ったままですよ。」

 

「おや、そんな返しをしてくる様になったか……まぁ冗談は置いておいてだな。」

 

「……どうかしましたか?」

 

「いや、その……な?」

 

 

いつもの態度が変わったかと思えば、夏侯淵らしからぬどこかおどおどした様な態度を見せている。

目線が左右に泳ぎ、頬も僅かながらに赤みが差している。

 

 

「その……だな。実はお菓子を作ったのは小夜だけでなく、私も蒼慈のために作ってみたのだが……受け取ってくれるか?」

 

 

意を決して告げられた内容。

それを聞いた王蘭もまた、夏侯淵の様に頬を赤らめた。

 

 

「……はい、もちろんです。喜んで頂戴します。」

 

 

その返事を聞くと、夏侯淵も夏侯覇とおそろいの包みをそっと差し出した。

包みに文字が書いてあるところまで一緒。

 

 

「もちろん、お前だけの特別の”本命ちょこ”と思ってもらって構わんぞ?」

 

 

「そうでなくては困ってしまいますね……ありがとうございます。こんなに嬉しいことはありません。もちろん、私もですよ。」

 

 

そう言って、王蘭は頬を赤らめたままの愛する人をそっと抱き寄せた。

潤んだ瞳で見上げる彼女と見つめ合うと、彼女の柔らかな唇をそっと塞いだ。

 

 

 

部屋の灯が優しく揺れて、包みに書かれた文字を照らし出す。

 

”愛している”

 

 

 

 

 





如何でしたでしょうか。
久しぶりのシリーズ投稿で少し緊張していますが、楽しんで書き上げることができました。
また機会があれば書くかもしれないですね笑
チョコは本編での再現ストーリーはなかったと思うんですが、クッキーは出てきていたのでチョコと代用する形で考えてみましたよと。


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SS:春の春。その1

皆様ご無沙汰しております。如何お過ごしでしょうか。
恋姫の話を書きたい欲求が高まり過ぎたので、消化しにきました。


 

 

太陽が天高く燦々と輝き、大地を照らしている。

 

このところその太陽のせいなのか、()だるような暑い日が続き、街の人々は何もせずとも汗だくになりながら生活を送っていた。

そして城の中にもその暑さは等しく襲いかかり、仕事をしながら書類たちを汗で滲ませないように文官たちは苦労し、武官たちは水分を補給しながら鍛錬を続けている。

 

さて、そんな気の滅入る様な日の城内のとある部屋。

そこを覗いてみれば、なにやら机に座って何かを必死に書き起こしている者たちと、その様子を前に立ってじっと見つめている者がいる。

前に立っているのは黄緑色の猫耳フードを被った少女、荀彧だ。そして机に座って何かを書いているのは、身なりが綺麗な子どもたちだった。

 

 

「荀彧先生! ここが分からないです!」

 

「そんなに大きな声出さなくても聞こえてるわよ! 全く……どれ?」

 

 

子どものうちの1人が手を上げて、荀彧に教えを請うている。

どうやら、城内の一室を使って荀彧が塾を開いているようだ。

子どもたちの手元を見れば、孫子の兵法書の写しを書き起こしているのがわかる。

着物も然ることながら、小さな時分から孫子の兵法書を教科書にするなど、よっぽど育ちの良い子どもたちなのだろう。

 

 

「”勝者の民を戦わしむるや、積水を千仞(せんじん)谿(たに)に決するが(ごと)し者は形なり”……これこの間やったばかりじゃないの。何も覚えてないの?」

 

「えっと……ごめんなさい……」

 

 

子どもが指し示した一文を読み上げてみると、どうやら直近の授業でやった内容らしい。

子どもに呆れ顔を見せながらも、面倒見の良い荀彧は教壇に戻って机に座っている一同を見渡す。

基本的には城に勤める高位文官、武官の子どもたちを対象にしている塾のため、皆真剣な眼差しを彼女に向けている。

そしてその眼差しを受ける荀彧も、満更ではない様子が伺える。

 

だがそんな子どもたちの中に……1人、大人の姿が交ざっていた。

赤い服を身にまとい、艶々とした長い黒髪を後ろに流し、前髪からはピョコンと跳ねた一房が可愛らしく特徴的な……そう、夏侯惇だ。

どうやら彼女は主である曹操からの命令として、荀彧の授業を子どもたちと一緒に受けているらしい。

 

 

「そうね……じゃあせっかくだから我らが魏武の大剣、夏侯惇将軍に答えてもらいましょうか?」

 

「ふははははっ! なんだ桂花、先生をやっていながらこんな事もわからんのか! 良いか? 勝者は民たちと水の様に酒を飲んで勝利を祝いましょう、という意味だっ!!」

 

 

大きな胸を自信満々に張って、少年にそう答える我らが夏侯惇将軍。

周りからは「おぉー」という声とともに、パチパチと拍手が聞こえている。

 

 

「ちっがーうっ!! あんたもこの間一緒にこの内容勉強してたでしょうが!! どうしてそんなに記憶力が無いの!? その辺の猿だってもっとマシな答え出すわよ!!」

 

 

やはりと言うか。

その答えに対して荀彧の怒声が部屋中に響き渡る。

 

 

「ぐぬっ!? な、何が違うというのだ! 先日、お前がそう説明していたではないか!!」

 

「そんな事私が言うわけ無いでしょうが!! 全く……そうね、じゃあ小夜(さや)、あなたはどう?」

 

 

そして荀彧から次に指名されたのは、夏侯惇の横に座る青髪の少女。夏侯惇の妹、夏侯淵が娘の夏侯覇だ。

 

 

「はい。えっと……勝ち方を知っている人が兵を戦わせる時、溜めた水の堰を切った時の様に止められない勢い、状態を以てそれに当たる事を指しています。」

 

 

荀彧の指名にも臆する事なく、自身が理解するその内容をはっきりと口にする夏侯覇。

少し成長した彼女は、母親の様に理知的であり、父親の様に冷静な姿を見せていた。

 

 

「さすがは秋蘭の娘ね。そうよ……引いては、その積水が一所(ひとところ)に向かう様から、一つの目標に向かって兵を用いる事の大切さを意味しているの。つまり、自分たちの目的、役割が明確になっている隊、軍はその兵数以上の力を発揮できるということ。部隊管理と運用における重要な点も、ここから読み取ることができるわ。皆、目標が一致していることの大切さはここで説明しなくてもわかるわね?」

 

 

普段の様子と違って、正しく先生然とした態度で子どもたちに教鞭をとる荀彧。

どこか自分に酔いしれている様な気がしなくも無いが、授業としては特段問題が無いため誰もそこには触れないでいる。

夏侯惇もぐぬぬっと悔しそうな表情をしているが、主である曹操からの命に背くわけにもいかず、大人しく荀彧の解釈を書き記していく。

 

そうして、しばらくの間筆が走る音と荀彧の解釈とが交互に響き渡り授業が進んでいく。

 

 

「さて……それじゃ良い時間だし、そろそろ終わりにしましょうか。皆、今日やったところはしっかり復習しておきなさいよ。わかった?」

 

「「「はい!」」」

 

 

子どもたちの元気な返事が聞こえて、この日の授業は終了した様だ。

筆や墨を片付けて、子どもたちは部屋を出ていく。

 

夏侯惇と夏侯覇もそれに習い、さっさと道具を片すと部屋を出て夏侯淵の部屋へと足を運んだ。

 

 

「おーい、しゅーらーん。入るぞー。」

 

 

夏侯淵の部屋の前に立ち夏侯惇がそう言うと、中からの返事も待たずに彼女はガチャリと扉を開けて中へと入っていく。

 

 

「……おや、姉者に小夜ではないか。桂花の塾は終わったのか?」

 

「はいっ、お母様! 今日も大変勉強になりました!」

 

 

部屋の中にある机に座って茶を啜る夏侯淵と、その横座っているのは王蘭。

2人とも午前中の仕事を終えて、夏侯惇と夏侯覇がやってくるのをここで待っていた様だ。

 

 

「春蘭様、小夜、お疲れ様です。さて、良い時間ですしお昼ご飯にしましょうか」

 

「うむっ! 今日は何を食べるのだ? 暑いし、うどんが良いのではないか? うむ、それが良い、是非ともそうしよう!!」

 

「ふふっ、姉者はすっかりうどんが好物になったようだな。蒼慈、小夜、2人ともそれで良いか?」

 

「はいっ! 小夜もおうどん、大好きです!」

 

「えぇ、私も構いません。それでは、我が家へ行きましょうか。」

 

 

そう言うと、一行は一路夏侯淵と王蘭宅へと向かう。ジリジリと日差しが刺す道を歩いているうちにもじんわりと汗をかいてしまう。

4人でワイワイと話ながら歩けばあっという間に目的地。

そして、もはや暑い時期には恒例になっているのであろう、それぞれが勝手知ったる様に食事の準備を進め、あっという間に冷やしうどんの用意が出来た。

 

 

「では、食べましょうか。小夜、挨拶してください。」

 

「はいっ! では、いただきます」

 

「「「いただきます」」」

 

 

ちゅるちゅると涼やかな音とともに、それぞれの喉を冷たいうどんが通っていく。

茹だる様な暑さの中で、ひんやりとした食感が心地よい。

 

 

「小夜、今日の塾はどんな事を学んだのだ?」

 

「おぉそうだ秋蘭、今日の小夜は凄かったぞ! 他の皆が分からない難題をスラスラと答えていたからな!」

 

「ほう……それは素晴らしい。小夜、良く学んでいる様ですね。」

 

「はい、お父様! 荀彧様からもお褒めの言葉を頂けて、嬉しいです!」

 

 

授業中の冷静で落ち着いた様子とは異なり、感情の全てを表情に隠すことなく浮かべている少女の様子が微笑ましい。

大好きな母と父、そしておばに褒めて貰えているのだから、当たり前のことではあるのだが。

 

ちゅるちゅるとうどんはそれぞれの口に運ばれ続け、あっという間に食べ終えてしまう。

食後の心地よい満腹感と怠惰感。

一息つこうと、湯を沸かした王蘭が茶を淹れて持ってくる。

 

 

「春蘭様は、午後の予定は何か?」

 

「ん? おぉ……仕事は片付いているので問題はないのだが、な……」

 

 

茶を啜りながら、夏侯惇の午後の予定を聞いてみるが、何やら歯切れが悪い返事が返ってくる。

いつもハキハキとする彼女らしくない態度に、夏侯淵も王蘭も、そして夏侯覇も訝しんでいる。

 

 

「姉者、何かあったのか?」

 

「んー……何かあるわけではないのだが、無いこともない……」

 

「それではよくわからんぞ。何か悩みでもあるのか?」

 

「悩みというわけではないのだが……そのぉ……」

 

「もしかしてですが……この後北郷さんと逢瀬ですか?」

 

「んなっ!? なんで蒼慈がそれを知っているのだ!?」

 

 

王蘭はやはり、と納得の表情を浮かべた。

午前中、やたら真面目に仕事をしている北郷の姿を見かけて珍しいこともあるものだ、と思っていたのだ。

 

 

「北郷さんの様子を見てなんとなく、ですかね……でも、今更逢瀬で何も恥ずかしがる間柄ではないでしょう。何か問題でも?」

 

「いや、その……ほ、北郷がな……いつもと違う服を着た私を見てみたい、などと言ってな……」

 

「なるほど。だから姉者はそうモジモジとしているわけか」

 

 

夏侯惇は普段自分の服装などまるで頓着がないのは城内では周知の事。

妹の夏侯淵はしっかりと自分の服装に合わせて髪飾りなどを変えてお洒落を楽しんでいるのだが、そうした楽しみを彼女は覚えていないのだ。

 

 

「しゅうらーん……私は何を着ていけば良いのだ? むしろあれか? 裸一貫で赴けば良いのか?」

 

 

本当に困っているのだろう。

泣き縋る様に夏侯淵の腕を掴む夏侯惇。

こんな姿がいじらしくもあるのだが、それを口にすべき人物はここにはいない。

 

 

「あぁ……姉者は可愛いなぁ。ふふっ、そうだ。久しぶりに私が見繕ってやろう。うむ、それが良い。蒼慈、お前も男目線で助言をしてくれるか?」

 

「えぇ、もちろんです。さぁ、早速春蘭様のお部屋に参りましょうか。小夜も一緒に参りましょう。秋蘭さんのお手伝いをしてあげてください」

 

「はいっ!」

 

 

こうして一同は再び城へと足を運び、春蘭の逢引を応援するため服を選ぶことになった。

 

 

 

 

 





ごめんなさい。長くなったので分けちゃいます。


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SS:春の春。その2


続きです。
区切った割にちょいと短かった気がするので、しばらくすると合体させるかもです。



 

 

 

夏侯惇の部屋。

女性の部屋になど、そうそう入るものではない。

 

意外と言っては夏侯惇に失礼だが、それでも意外と思ってしまうほどに部屋は片付いていた。

王蘭が夏侯淵と夫婦となる前、よく夏侯淵が彼女の部屋の片付けを行っていたと聞いたいたのだから、余計に意外だった。

 

 

「さて……早速だが姉者、持っている服を全て引っ張り出して並べてみてくれるか?」

 

「う、うむ……」

 

 

そう言って夏侯惇は箪笥から衣服を引っ張り出しては寝台に並べていく。

ざっと並べられた服たちを見ても、やはりその数が少なく感じてしまう。

 

 

「やはり……持っている服が少ないな、姉者。華琳さまのための服は大量に持っているのだろうが……確かにこれでは今日の逢引で困ってしまうな」

 

「ぬぅ……すまん……」

 

「ふふっ、責めているのではない。だが、これをきっかけに身なりに気を配ってみてはどうだ? さて……姉者としてはガラリと全体的に変えるか、部分的に変えるか、どちらが良い?」

 

「……秋蘭に任せる」

 

「ふむ……そうか。では、小夜。家から持ってきた私の服もそこに並べてくれるか?」

 

「はい、お母様」

 

 

夏侯淵はこうなることを見越して、自宅から自分の服を何点か持ってきていた。

体型が似ている姉妹だからこそ、互いの服を貸し借りできる利点がある。

 

 

「蒼慈……北郷の好みはどんなのか、わかるか?」

 

「んー、そうですね……正直に言って彼は何でも好きなんだと思います。秋蘭さんを除く魏の将全員が彼の対象だったわけですから。だとすれば、春蘭様らしさを活かしたままがよろしいのではないでしょうか?」

 

「ふむ……姉者らしさ、か。だとすれば、これと……小夜、それをとってくれ。うむ、ありがとう。これと……小夜、こちらとどちらが良いと思う? ……ふむ。では……よし。蒼慈、一度外で待機してくれるか?」

 

「はい、わかりました」

 

 

王蘭からの助言を元に、夏侯淵は夏侯覇と2人であっという間に服を見繕っていく。

魏にはお洒落番長の于禁がいるのだから、夏侯覇の様に若い頃からそうした身なりについては敏感なのだろう。

 

王蘭が部屋を出てパタリと扉を閉める。

そのまま部屋の前に立って待っていると、中からは早速姦しい声が聞こえてきた。

その全てを聞き取れるわけではないが、単語単語が漏れ聞こえてくる。

 

 

『そんな……フリフリ……りだっ!』

 

『……では……いざ……する……のだっ!』

 

『待て……馬鹿……3枚組……安……だぞ!?』

 

『いいから……我慢……今日は……いな!』

 

 

何やら激しく、特に姉妹で言い合っている様だ。

あまり聞き耳を立てるもんじゃないと思いつつも、王蘭はその場から離れられない事もあって可能な限り心を無にして待つ。

 

ようやく中から王蘭を呼ぶ声がして、扉を開いて中に入る。

そこには当たり前だが、夏侯惇、夏侯淵、夏侯覇の3人がいるのだが……。

 

 

「なんと……これは見違えました。大変よくお似合いですよ、春蘭様」

 

 

2人に挟まれる形で、落ち着かない様子で立っている夏侯惇。

彼女が身につけているのはいつもの赤い服によく似た上着に、少しふりふりとした可愛らしい真っ白なスカート。

そしてなにより、いつも全て後ろに流している彼女のきれいな髪が前に降ろされて、どことなく優しげな雰囲気を醸し出していた。

 

ガラリと雰囲気を変えつつも、いつもの彼女らしさも垣間見える仕上がりで、流石は夏侯淵母娘と言ったところ。

だが、身につけている当の本人は自信がないのだろうか、服の裾をギュッと掴んではそわそわと落ち着かないでいる。

 

 

「う、うむ……で、では行ってくる……が、やはりその、落ち着かないというか……秋蘭、やっぱりダメか……?」

 

「無論、ダメだ。ほら、背筋を伸ばして堂々としろ。姉者は誰がどう見たって可愛いんだ、北郷だってイチコロさ」

 

「可愛いとかどうとかじゃなくて……だな……」

 

「ほら、もう時間なのだろう? 北郷を待たせて良いのか?」

 

「うぐっ……で、では、行ってくる……」

 

「うむ、行って来い」

 

「いってらっしゃいませ! 春蘭様!」

 

「いってらっしゃいませ。どうぞ楽しんできてください」

 

 

夏侯淵、夏侯覇、王蘭に見送られて、ちょこちょこと歩きながら北郷のもとへ向かう夏侯惇。

普段見慣れない彼女の姿を見れて、残された3人は少しほっこりした気持ちになる。

 

 

「そう言えば秋蘭さん……中で何をもめていたんですか?」

 

「ん? あぁそれは……女だけの秘密だ。な? 小夜」

 

「はいっ! でも、あんなに素敵になられたのですから、きっと成功します!」

 

 

何やら夏侯淵と夏侯覇が仕込んだ切り札があるようだが……。

 

 

 

──────────

 

 

 

所変わって、夏侯惇たちの元。

 

彼女が目的地にたどり着くと、そこにはすでに北郷の姿があった。

 

 

「すまん……待たせた」

 

「いや、俺もいま来たとこ……ろ……」

 

 

声がした方にパッと北郷が振り向くと、照れた様に頬を赤く染め、もじもじとしている夏侯惇が視界に飛び込んできた。

確かにいつもと違う彼女を見たいと言ったものの、実現しないだろうなぁ、なんて考えていた北郷にとって、それは正しく不意打ちの一手。

 

 

「春蘭……凄く、似合ってる。可愛い」

 

 

囁くような声でこぼれ出た言葉。

 

だからこそ。

夏侯惇にとってもそれが北郷からの純粋な気持ちであることが良く良く理解できてしまう。

 

 

「んぐっ……う、うむ。ありがとう……」

 

 

尻すぼみに声が小さくなっていく夏侯惇の様子が、更にいじらしく感じさせてしまう。

普段であれば勝ち気でいつも自信満々な彼女が、こうも静々としていればつい北郷もテンションが上がってしまう様で。

 

 

「いやっ、うん。凄く似合ってる! うわぁ、すげぇよ春蘭! 可愛いよ! 春蘭もそんな可愛らしい服着る事もあるんだな! めちゃくちゃ似合ってて可愛いよ!」

 

 

褒める言葉と一緒に、ついポロッと不必要な言葉まで零してしまう。

あっ、と気づいた時にはすでに遅く、言った言葉は返ってこない。

ついいつもの癖で、咄嗟に腕で防御態勢を取る北郷。

 

 

「……あれ?」

 

 

恐る恐る目を開けてみれば、北郷を(さげす)む様な目線を向ける夏侯惇。

豊かな胸の前で両腕を組み、じっと北郷を見つめている。

 

 

「……お前が私の事をどう思っているのか、よぉ~っく分かった。ふんっ、お前が違う私を見てみたいと言ったのではないか……」

 

 

いつもの鉄拳制裁が飛んでこないことで、逆に北郷は心を抉られている様な気分になる。

でもだからこそ、彼女の今日の様子が気になって仕方ない。

 

 

「すまん、今のは悪かった。……なぁ春蘭、今のは本当に悪かったって思ってるんだけど、それより今日はその……どうしたの?」

 

「どうした、とは何がだ?」

 

「何がって……その、いつもと様子が違うから。何かあった?」

 

「べ、別に何もないっ! ほら、さっさと行くぞ馬鹿者!」

 

 

そう言うとくるりと向きを変えて歩きはじめる夏侯惇。

左右の手でスカートを抑えながらちょこちょこ歩く彼女がどこか可愛らしく、北郷はクスリと笑みを零した。

 

 

「待ってくれよ春蘭。一緒に行こう」

 

 

夏侯惇のもとへ駆け寄って、夏侯惇の手をとる北郷。そして2人並んで歩いて街なかの雑踏へと溶け込んでいく。

 

先程の北郷の過言は流してもらえたらしく、傍から見れば仲睦まじい様子がなんとも微笑ましいものに見えた。

 

 

 

──────────

 

 

 

その日の夜、北郷の部屋。

 

 

「ば、ばかものっ! しょんなまじまじと見るなぁ……っ!」

 

「春蘭……この下着……っ!」

 

「こっ、これはだなっ、しゅ、秋蘭が、秋蘭と小夜が無理やりぃ~~~!!」

 

「……だから今日はずっとスカートの裾を抑えてたんだね。落ち着かない様子だったのも納得したよ」

 

「ず、ずっとスースーするし、恥ずかしかったんだからな……」

 

 

クスクスと笑う北郷と、何かを必死に隠そうとする夏侯惇の姿があったとか、なかったとか。

 

 

「……それでは、いただきます。」

 

 

 

 

陳留の夜は、この日もアツい様です。

 

 

 

 

 

 






恋姫作成欲、無事消化できました笑
春蘭さんで、とご要望があったので乗っかってみました。

また欲求が高まったら落としに来ます。
ではまたその時まで!


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