ご注文はゲーマーですか? (天翔blue)
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第一章 木組みの街
第一話 木組みの街 


お久しぶりです。

「お久しぶりじゃないでしょうが!」と言われても仕方のないのはわかりますが
どうか話を聞いてください、というか読んでください。
本来ならば先月辺りに投稿しようと考えてはいたんです。
しかし、シリアスならかけるものの、明るい話の構想を練るのに思ったより時間がかかり
実生活では学年が上がり、進路について考えたり、オープンキャンパスだの
勉強やバイトに追われ、結果的に二か月の間が開いてしまいました。

このままだと失踪したと思われると思い、
なんとか活動は続けていることがわかるように活動報告を上げたりもしましたが、
肝心の本編が全くといっていいほど進みませんでした。

一日一回、30分は時間を取っているのですが、書き方が悪いのかもしれません。
これからさらに遅くなる時には活動報告をあげることにします。
どうかご了承ください。

今回は一話の書き直しとなります。
かなり拙かったのが自分でも気になったので直すことにしました。
では、生まれ変わった「ご注文はゲーマーですか?」一話です。どうぞ!


「...なんだよこの街...本当に現代の日本の風景とは思えない風景してんのな...。」

そう言いながらも訪れた街を目を輝かせながら進んでいく少年。

 

 

彼の名前は青野 深(あおの しん)

ゲーマーと言えどそこまでうまいわけでもなく、

かと言って下手なわけでもない

そんなゲーマーである彼は今年から高校生。

彼がいるこの街、そして彼の通う学校のある「木組みの家と石畳の街」。

ここは彼にとって、一生忘れることのできない場所になる。

 

家々がすべて「木骨石造」という木材を骨組みとし、そこに石やレンガで壁を作る

という建築構造...らしい。そして、地面には石畳が敷かれている。

まるでここが日本ではないような気がした。

 

学校の方針で泊まらせていただける家庭でご奉仕...

つまりお手伝いとかそういうことをすると聞いた。

どうせ、勉強するかPCのキーボード叩くぐらいしかすることがなかったのだ。

下宿させていただくなら、お世話になる分、恩返し的な意味でなにかするのが

筋だと思った。

 

両親は「香風という家は喫茶店やってるって!

コーヒー好きだろ?色々勉強して来いよ!」

とのことだが、その時、何故か違和感を感じた。

なぜ、喫茶店を勧めたのか、普通の家でも別によかったし、

喫茶店はこの街にいくつか点在しているにも関わらず、

「香風の喫茶店」を持ってきたのだろうか、とも考えたが、

嫌だったわけでもなかったので、特に口答えすることもなくここを選んだ。

 

コーヒーに関してもある程度の興味と知識があるだけで、

そこまで好きなわけでもない。ただ、コーヒーをひたすら飲み続けていた時期が

あり、その時にほんのすこしの知識を得ただけだった。

 

つまりは、親の勘違いと成り行きに任せた結果、

彼はただ、言われるがまま、香風家という喫茶店を営業している家へ

泊まることを決められてしまった。

しかし、今の彼にはそれより、この街の光景に酔いしれていた。

 

「でもこの街すげぇや!RPGかと思うぐらい綺麗な街だわ~...。」

 

確かファンタジーRPG、タイトルはあまり覚えていないが、

その主人公たちの拠点がこんな風景だったような覚えがある。

いわく、この街は積極的に西洋風の建築構造を取り入れて、家々が作られ

そのうちにあまりにも日本離れした西洋のような風景となったらしい。

 

(ここら辺だな...「RABBIT HOUSE」…。あれ?)

 

ふと地図を見るとそこがちょうど目的の場所に近い場所だった

そして、その目的地の名前を再度確認し、目的の家と思われる看板をみると

うさぎとコーヒーの形とその下にある大文字の英語で書かれた店名があった。

それを見て直感的にこう思ったのだ。

ここは喫茶店じゃなく【うさぎカフェ】なんじゃないか?と。

ネコカフェがあるのであればうさぎカフェがあってもおかしくないのではないか?と。

 

「うさぎカフェなら話と違うし、でもそんな店なような気もするけど...ここの喫茶店だよな?」

 

しかしそれはそれで聞いていた話と違うが、この街にはところどころで野生のうさぎをみかけるところがある。

あながち、ありえなくもないのだ。考えを自然に口に出しながら、入店すると、

 

「いらっしゃいませ...。」

 

と淡い青色の髪をした、背丈だけ見れば小学生から中学生くらいの女の子が、そういって出迎えてくれた。

アルバイトにしては小すぎるような気がするが、この雰囲気はそうではなさそうだ。

取り合えず、この女の子に確認を取ることにした。

 

「ここは香風さんのお家であってますよね?」

と、不安になりながら、すこしたどたどしく質問した。

この場所が目的の場所かどうかではなく、この女の子がこの家の子であること。

つまり、思春期の男女が同じ屋根の下で暮らすということ。

本来ならよろしくないというより、そこで起こりうるトラブルを考えれば絶対に避けるべきことのはずだと。

そこだけが何より不安だった。

 

「はい。ここです。」

と淡々と答えてくれた。

...もしかしたら、ここで暮らしている人ではない可能性が出てきた。

親戚とか、そういう、同居していない子であるならば全然大丈夫だと。

そう思って少し安心した。

しかし、何かおかしい。このお店の店員がこの女の子しかいない。

この子一人で店が回るのだろうか、それなら相当お客さんが少ないのか、ただただ人手不足なのか、

この子一人で店が回るほどの能力を持ち合わせているのか。

さらに違和感を感じたことは、なぜ、下宿先の店で、下宿する人間を迎える人間がこの子なのだろうか。

店のオーナーとかマスターとか、大人とか保護者とか、そういう人が出てくると思っていたが、

そんな雰囲気が全くない。静寂だけがある、あまりにも落ち着いた、コクタンだと思われる木の床と

同じくその木でできていそうな、年季の入った机や椅子がいくつかある、そんな喫茶店だった。

 

「ここの、マスター...さんいます?挨拶しておきたいのですが...」

 

と未だに姿を見せない、この家の持ち主であろう人物について質問すると

突然、哀しく暗い顔をしながら、気まずそうにうつむいて、

 

「あの...祖父は去年...」

 

と答えた。きっともう亡くなられてしまっているんだと理解した。

そういうことを思いださせてしまうのが辛いことが自分にはわかっていたはず、

なぜ察せなかったのかと少し後悔した。

 

「ご、ごめんな?辛い質問したな...。すまない...。」

 

と、自分もつい俯きながら頭を少し下げて謝ったが、直後

祖父がマスターだという事実から、一瞬、思考が止まった。

孫娘が店に出ているということは、その店の跡継ぎになるかもしれないということ。

そして、祖父の店で働いているということは、ここを家として住んでいることも考えられる。

 

「どうしたんですか?何かありましたか?」

と、突然、思考と体の動きが止まった深を見て、少し心配そうに質問する女の子。

しかし、その問いに答えている余裕が既になくなっていた。

 

(下宿先にいる子が女の子なんて聞いてないぞ!?

そういうことをしっかり聞いておけばよかった!!というかなんならどうしてここを選んだんだよ!)

 

完全にパニックに陥っていた。実はこの男、『非モテかつ女子とあまり話さない』

という、女子に対しての話し方を知らず、避け続けたあまり、

さらに女子と話したとしても仲良くなれないというあまりに致命的な欠点あるために

この状況は彼にとって、ひどい『ハプニング』だった。

 

その家のことをちゃんと聞いておかなかった自分にも非があることもわかっているが、

それはそれとして、世間体的にこんな事態はあってはならないはずで、なおかつ自分にとって

一番不安で仕方なくなる状況で、しかもここを選んだのが自分自身だったならここは絶対避けていたはずだ。

しっかり丸投げせずに自分でやっておくべきだったのも承知しているが、ここを選んだ両親も両親だと思った。

 

(どうしようどうしようどうすんだよこれ)

 

目が泳いでしまっている。動揺してしまって、事をちゃんと考えられる状態ではなくなってしまった。

動揺しすぎていたのか、何故か足を引きずりながら後ろに下がり、バランスを崩してしりもちをついた。

即座に後ろに振り向き、出入り口のドアノブを両手で握った手は震えていた。

 

「どうしたんですか!?落ち着いてください!」

さっきまで目の前にいた女の子が近づいてそう言い、落ち着かせてくれた。

情けない話だが、本当にキツい。

元々の欠点に加え、ここ数年はまともに家族以外と話をしたことがなかった。

 

「ご、ごめん、まさかこの家に孫娘さんがいるとは知らなくて動揺してたんだ。ありがとう。」

 

「そうだったんですか...。突然慌てだしたのでびっくりしました...。」

 

ようやく、落ち着いたので落ちつかせようとしてくれたことに感謝をのべ、理由を話した。

向こうも少し慌てていたようで、それでも自分より僕を優先させてくれたことが

何よりこの子がやさしい子だというのがよくわかる。

 

それから数分して、女の子の名前や働くときに着る制服のこと。

ここのアルバイトには自分より一つ上の高校生がいること。

様々な話をしてもらった。まだ緊張しながら。

 

女の子は「香風 智乃」というらしい。

名前の響きからカプチーノを連想した。

実際に飲んだことはないので味は知らない。

 

この状況で一見落ち着いているように振舞ってはいるが、内心はまだ大慌てで不安しかないのである。

これから彼はどうしていくのであろうか、まだこんな状況は序の口だというのに。

 




どうでしょうか、だいぶ変わったと思います。
ベースは一緒ですが、ギャグ感を増しました。
前の方がいい、という方がいらっしゃれば、もしかしたら別の形で上げるかもしれません。

次回ですが、「二話の書き直し」もしくは「予定していた最新話」
のどちらかになると思います。

また間隔が長くなりすぎないように善処します。
もうすこしお待ちください。


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第二話 自称姉と女教官

さて、皆さんお待ちかねの
ココアさん&リゼさん
の登場になります。

さて、どんなシーンかは大体想像できると思います。


色々(かくかくしかじか)説明を受けているとお客さんが来たようで、

チノは接客をしに戻り、彼はひとりで暇を持て余してしまっていた。

 

「うーん...待ってる間ゲームでも...」

 

と、ポケットから持ち運べる折り畳み式のゲーム機を取り出した。

働くための説明をさっきまで受けていたのにこれといった緊張感はなかった。...この先自分はこの家でどれだけの時間を過ごし、

そして、土産話をたくさん用意できるようになれるだろうか。

 

これから自分がこの場所でどんな日々を過ごしていけるのか、

この先の人生のビジョンが見えるようになるのだろうか、

またも不安に陥りそうな想像を中断し、

ゲーム機を広げ、いざ電源をつけようとしたとき、

 

「うさぎがいない、うさぎはどこ...!?」

 

何か、ここにうさぎを求めてきたのだろうか、

外にならたくさん見かけたが、ここにもいるのだろうか。

ラビットハウス、直訳すれば兎の家。

そんな如何にも「うさぎいますよ」と言わんばかりの名前をしているが、

残念だ。ここはいわゆる「兎カフェ」ではなかった。

残念ながら「一般的な喫茶店」だった。

 

聴いたところ自分と同じくらいの少女の声かと推察し、

さて自分と同じ思い違いをした少女はどんな人物だろうか、

特に期待はしていないが、どうせ今頃、呆気にとられているのだろう。

スタッフルーム入り口からその様子をコッソリ見てみると、

チノが「なんだこの客」と言わんばかりの顔をしていた。

 

ブロンドに少し赤みがかかったような髪色をした

女の子はチノの頭の上にある白いもの、というより

意外なことにあの丸い球体のフォルムをした生物もまた

兎なのだそう、イメージと違いすぎたのでなかなか理解に手間取ったが

スマホで検索エンジンから調べてみたところ、あれは

アンゴラうさぎという種類らしい。

 

なんでも、席に座るなり、そのうさぎらしいそれを「モフモフ」...

つまり、撫でさせろと要求していた。クレーマーか何かだろうか。

それとも無理やりオプションをつけさせようとする迷惑客だろうか。

 

 

それを『コーヒー1杯で一回』とするあたり

接客の経験が豊富なのか、面倒な要求をサラリと受け流すような機転の利かせ方。

それにまんまと乗って5杯も頼む少女。

余程、「モフモフ」したいのだろう。

コーヒーの豆を全く指定せず、そのままコーヒー5杯と言った。つまり、「コーヒーの豆はなんでもいいから

5回もふもふさせろ」ということだろう。

…それならうさぎカフェ探せとも思う。

 

そしてコーヒーを持ってきた時にすらモフモフという行為を優先させるぐらいにはうさぎが好きらしい。

…飲めよ。頼んだコーヒーを飲め。

チノが「早くコーヒー飲んでください」と言わなければ

ずっと「モフモフ」していたであろう。

ハッとしてコーヒーを飲み始めた。

そして、唐突にコーヒー利きを始めた。

これがまたひどいものだった。

 

全て間違った。

もう一度言おう。全て間違えた。

キリマンジャロとブルーマウンテンを間違える。

わからなくもない、知識もなくやればこうなるだろう。

まだわかる、次のに比べれば。

その次、インスタントと、ここのオリジナルブレンドを間違えた。

…あまりに失礼ではないだろうか?

 

安心するのはいいが、それは誰がブレンドしたかは

別に問題ではない、しかしこれは丹精込めてブレンドしたであろう

本人からしたら侮辱そのものでしかない。

 

このあまりの酷さにこちらも頭を抱えた。

正真正銘のポンコツだ。間違いない。

なぜ自信満々にコーヒー利きをしたのだろう。

 

それを考えていたところ、少女は驚きの一言を放った。

 

「香風っていう名字のお家を探しているんだけど

知らないかな?」

…聞き間違えただろうか?

香風の家を探している?それはここだ。

ということはそこの少女、やらかして早々、

ここに下宿すると言い出すのだろうか。

 

「香風はうちですが…ここに下宿される保登さんですか?」

 

聞き間違いではなかった。

聞き間違えであって欲しかった。

つまり、この少女と一緒の場所で暮らし、

一緒に登校して学校生活を送るということだろうか。

これは一般的な高校生なら喜んでここに下宿するだろう。しかし深の場合は…

 

(どうしようか…今更他の所にするとか無理だよなぁ…。どうしたものかなぁ…)

 

下宿先を変えてもらう方法を模索するぐらいの事態だった。

 

「私、ココアって言うの!お姉ちゃんって呼んで!」

 

ココア…?ココアとはあのココアだろうか?

飲料の名前と一緒の名前なのだろうか?

確かに自分もよく飲む。しかし、人の名前でココアは

意外だった。

 

「ココアさん仕事してください。」

 

「うん!」

 

やたらとチノにお姉ちゃんと呼ばせたがる、ココアという少女のしつこい要求を受け流して

とりあえず仕事をするように言う。

この子のこういうとろは信頼できるとみていいだろう。

しかもやたらチノにくっついている。そろそろ突き放してもいいのではないかとも思ったが離れてくれてよかったといったところだろうか。

当のココアはさっきまでニコニコしてその要求をしていたのに、すぐさまチノの言うことに従ってくれるあたり聞き分けはいいようだ。

 

「ところでさっきからずっと覗いてる子誰?」

 

様子をずっと見ていたらいつの間にか気づかれてしまった。

ふとこちらを見て気づいたらしく、こちらに近づいてきた。

それにチノも気づいたらしく、チノが思いだしたかのように

ココアの前に出て、扉の前で耳打ちした。

 

「深さん。あとで着替え渡すので着替えてきてください。」

 

「あ、うん。ありがとう。」

チノの機転のおかげで、

覗いてたのがチノを待ってたことになっていたので

(これはいいフォローだ、着替えてこよう)

とココアにチノがここでの業務内容の説明やココアの部屋の場所やらの説明をした後に

着替えを貰って着替え室まで行ってみると

 

...違和感を感じた、気のせいではない。

人の気配だ、すでに中に誰かがいたのだろうか。

誰かがこの部屋で有名ゲームの傭兵のように隠れているのか。

 

警戒しながら、気配のする方に近づく。

気配がする場所は、木製のロッカーだった。

人がまるまる入ることのできる大きさだ。つまりここに誰かがいるとみて間違いないだろう。

 

確証を得るため、ロッカーに耳を当てる。

微かに呼吸の音が聞こえる、息を殺そうとしても、聞こえるものは聞こえるのだ。

落ち着いて状況の整理、周辺環境の把握をしながら、ロッカーの戸の取っ手に手を掛ける。

 

腹はとっくに括っている。相手が敵意を向けているなら、即座に鎮静させるしかない。

そうでないにしろ、相手は好意的ではないだろう。

 

ノックぐらいするべきだったとも思う。そして、着替えている人がいるなら言ってくれればとも思う。

しかし、着替えているなら把握しているはず。となれば。

 

「不審人物とみるほかないか。」

 

無意識に声に低くなる、というよりドスが効いた声になっていた。

その言葉の直後、ロッカーを開いた。

 

中にはモデルガンを携行した女性(明らかに不審者)がいた。

 

数秒間、思考が止まり、ようやく動き出したときに思ったことは一つだった。

『なんだこの女は』という疑問。それ以外、彼が目の前の女性に対する感情はなかった。

 

まず一つ、この女性、まさかの下着姿であること。しかも、上下でだ。

下からか、上からかはどうでもよいが、一気に両方を脱ぐのは初めて見た。

そしてこれは偏見かもしれないが、所持しているものが奇天烈ということ。

女性として、こういう場合は護身用となるが、そのために持ち歩くものとして、モデルガンは前代未聞だ。

ここは銃の所持が認められていない。つまり、実銃ではない可能性の方が当然ながら高い。

しかし、これは所詮、模型。実弾が撃てないのでは護身用としての役を成さない。

 

_本当になんなのだろう、と思いながら、この状況に対する策を考えていた。

 




これは主人公大ピンチですね...。

リゼさんのナイスバディを見てしまった深
果たしてどうなるのか!

次回「深死す」

ゲームスタンバイ!

※死にはしないけど、ちょっとしたトラブルに巻き込まれます


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第三話 abnormal

リゼさんってものすっごいスタイルいいんだけどなぁ...


「ちょっと待て、それをこっちに向けるなよ...。

まず誰なのか説明を求むよ。会って早々銃向けないで?」

 

「お前こそ誰だ!怪しいやつめ!」

 

打開策の思案中、モデルガンを向けられた。

この状況で明らかに怪しいのはどっちか。

 

下着姿のまま、銃を向ける女性と、それに対し怯えもせず、

向き合う男性の二人がいる

どちらもおかしいのだが。どちらがより怪しいかと聞かれれば

女性の方である。

 

(...こんなことしたくないけど仕方ないか...。)

疲れたような顔をしながら、ゆっくりと深呼吸する。

それが彼の『ゲーム』(駆け引き)開始のルーティン。

その直後、口調が変わる、不敵な笑みを浮かべて。

これは所詮、かつての彼の猿真似でしかないが、

それでも彼にとっては最善の、勝負の前のルーティン。

 

「──撃ってみろよ、お前に、俺を撃てるなら」

 

ゆっくり近づき、そのまま左手で首を掴み、

右手で銃を掴み、その銃口を自分の心臓の位置に当てる。

 

「なっ...脅しが全く聞いてない...!?」

 

効かないに決まっている、モデルガンで人を撃ち殺せるわけがなく、

そもそも撃つための機構がそもそも存在しないのだから。

──これ以上なにか害をもたらそうというのなら、処分しよう。

 

「あわわ...チノちゃーん!!」

 

後ろで大きな声がして、後ろを振り向いた。

閉めたはずの更衣室の入り口が開いている。

声はどうやら、先ほど、

コーヒー利きを全て間違えたポンコツの女の子の声だ。

ドアを開けて早々、こんな物騒な光景を見たら、

悲鳴を上げて逃げ出したくもなるだろう。

厄介なことに、やりとりの一部始終が見られていたようだ。

チノを呼んでどうこうできる状態でもなさそうだが、

仕方がないが、できるだけの弁明をしようと、諦観した。

 

「どうしたんですか...!って...リゼさん何やってるんですか。」

 

チノさんは

この、初対面の人間に当たり前に銃を向ける女の事を知っているようだ。

──よかった、この女、チノさんが知っている人だ。

 

「チノ!こいつ誰だ?」

 

「深さんです、新しい仕事仲間ですよ。

ていうか下着姿で何やってるんですか...?」

 

警戒心が漏れているような声を出して、扉から呆れたように見つめる

チノに聞く。

この、リゼという人には何も伝えていなかったのだろうか。

それはそれで伝えておいてほしかったのだが。

 

今にも、やれやれ、と村上...ナントカさん

が小説に書く主人公のようにそう言いたげな表情で

ちゃんとこの状況にメスを入れてくれた。

 

「え?下着すがt...ああああ!!」

 

いや、なぜ今の今まで忘れていたんだ、と言いたくなったが、

今言ってしまうと、理不尽な目に遭わされそうな予感がしたのでやめた。

実際、ここまでの行動力があればやりかねないだろうという推測でしかないが。

 

「なんで平然としてるんだよ!」

 

なぜか怒られた。平然としていたというか、理解が追い付かなかったというべきか。この状況で慌てない人など、ほとんどいないだろう。

こういう場面に慣れている人がいれば、それはそれで人生経験豊富だといえよう。

とりあえず、一つだけ言っていいなら、まずは服を着ろ、としか言いようがない。服をさっさと来てもらうためにも、銃と首から手を放す。

 

「うう...。見られてしまった...。」

 

ここまで、さも今までたくさんドンパチやってきた軍人かのように振舞っておいて、乙女らしいところを出されても、反応に困る。

後から恥ずかしがるくらいなら、服を着てから

かかってきてほしかった。いや、かかってこられても困るが。

 

「とりあえず、リゼさん、深さん、ココアさんの順に着替えて下降りてきてください。」

 

ところで、なぜ、こんなわけのわからないトラブルに対してもこれほど冷静に対処してくれるのだろう。かなり問題処理能力が高い少女だ。

不思議と心強さを感じる。しっかりした女の子だ。胃が痛くならないだろうか。これから胃に穴が開かないことを祈ってやるしかないだろう。

 

この騒動の後、ようやく本来の目的を思いだし。制服に着替えた

この制服は、ここのマスターの制服の予備だったらしい。

といっても、サイズが違うので、多分、予備のつもりで作っておいたのだろう。服のサイズを間違えていて予備にすらなっていないように見える。

 

下手をすれば、この制服に着替えることは数えるほどしかないかもしれない。それだけは、絶対に避けなければならない。

 

一枚の写真を見返してから、チノの下へ向かう。

 

「着替え終わりましたね、コーヒー豆を運びます。ついてきてください」

初仕事。コーヒー豆を倉庫から運び出すらしい。

なるほど、力仕事であれば男の領分、ということなのだろうか。

コーヒーの淹れかたや、器具についての説明を受けるつもりでいたのだが、基礎の基礎から教えてくれるという事だろう。

 

「ねぇ。私ココアって言うの!保登 ココア。これからよろしく!」

と話しかけられた。

 

「...俺は深。青野 深です、これからよろしく。」

と軽く自己紹介した。

 

そんな話をしていると様々なコーヒー豆が入っているであろう麻袋がいくつも並んでいる倉庫に入った。

チノから指示を受け、とりあえず一つ持ちあげようとしてみる。

思ったより重い、意外と、腰に負担がかかりそうだ。

別に腰が悪いわけではないが、それほど重い。

きっと、そのうち、この重さにも慣れるだろう。

 

「保登さん、体、持ち上がってないんですけど、大丈夫ですか。」

 

「そうだね...『普通』の女の子にはきついよ...。」

とココアが言うと、

 

「そうだな!『普通』の女の子にはきついよな」

と袋を慌てて降ろしたリゼさんが言う。

 

今、自分の目に一切の間違いがなければ、ココアの三倍は持っていた。

ココアの言葉を聞いて慌てて降ろさなくとも、自分がいるので、

もう誤魔化しようのないことすら気づいていない。

(普通...か。)

 

普通、かつて、自分もそうだったのだろうか。

その道から外れた今となってはただの過去でしかないが。

 

 

今度はコービーを入れる練習やラテアートの練習に入る。

どうやら俺はリゼさんに教えて頂くことになった。

 

「よ、よろしく。」

 

「あの、さっきはすみませんでした。

突然首掴んだりしてしまって、その...。」

 

さっきの謝罪をした。

流石にこれから働く先輩とギクシャクするのは避けたい。

 

「こっちこそすまなかった。

急にモデルガンとは言えど銃を向けてしまった。」

この様子だとリゼさんも謝りたかったらしい。

 

「これからよろしくお願いします。」

「ああ、よろしく」

右手で握手を交わし、和解したあと、ラテアートを教えてもらった。

 

 




やっとメイン三人揃った...
意外と難しいのな...二次創作もの...。

08/18 09/14 一部書き直し。
以降の更新は九月の活動報告にのせる予定です。


2020/03月末、少しずつ、微妙に書き直していっています。


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第四話 知っておくこと。知られたくないこと。

タイトルが少し不穏な感じですね。
主人公の過去について触れていこうと思います



リゼに銃を向けられたり、色々あった日の翌日のこと。

 

「深さん!家から荷物届いてますよ!」

チノに大声で呼ばれる。

そういえば、荷物を実家から送ってもらっていたのだった。

店に大型のトラックが止まっている。

ココアの荷物かと思っていたが、チノのよると自分の荷物だったらしい。

 

──これで、自分の所有物はここにきた。

これで、あの家に帰る必要はなくなった。

俺は、この先、あの家に自らの意志で帰ることはないだろう。

 

「家からのの荷物か...やっと来たな。」

 

待ちわびていた。

計画していた予定より遅くなったのは、この春の時期故に

配送を頼もうとしたときには、既に大量の予約が入っていたので

それはそれで仕方ないことだった。

しかし、それ以上に、荷物も大量だったので、

整理するのも一苦労だった。

段ボールいくつ分のものを運んでもらっているのだろう。

もう忘れていたが、確実に7箱以上はあったはずだ。

 

荷物というのは、ほぼゲーム関連。

コンシューマゲーム機や、ゲームソフト。操作機器etc...。

──懐かしい。かつてはあいつと一緒に...。

と懐かしい思い出に浸ろうとしたが、

やめておくべきだ。思いださないほうがいいものもあるのだから。

 

「先に到着したんだ!私手伝うよ!」

トラックの音を聞きつけたココアも降りてくる。

わざわざ女の子に運ばせるものでもないので、

「いいからそっちはそっちで勉強してなよ。」と冷たくしてみたが、

「別に遠慮しなくてもいいんだよ?」とニコニコしていた。

この女、どういう人生を送ればこんなお人よしになるんだろうか。

 

玄関先に業者が置いてくれた段ボールを自室に運び始める。

ココアが勝手に手伝い始めたかと思えば、チノまで手伝い始めた。

ココアはともかくとして、この重い荷物はチノには苦になってしまう。

それとなく、チノには手伝わないでいいと伝えなければ。

 

「...ありがとう。その段ボールは...

ノートPCだな。机の上に置いといて。」

 

「わかったー!」

 

とりあえず、ココアは勝手に手伝いだしたので、

希望通り手伝わせることにした。

 

ココアが持ってきたのは

ノートPCやその周辺機器をしまっている段ボールだった。

考えてみれば、他の段ボールはかなり重たいので、

比較的軽い物を選んだのだろう。

とりあえず、机の上に置くように指示だけしておけばいいだろうと思い、

それだけ伝えて、チノのもとへ急いだ。

 

「あ、この箱はどうしますか?んん...重いです...。」

 

もう持ち上げようとしていた。

よりにもよって一番重い、「本」とマーカーでに書かれていた段ボール。

危険だ。こんなもの持ちながら階段を上り、足を踏み外すかして

転落されたら大怪我してしまう。

 

「あっ。」

「あっ。」

 

CDが大量に落ちる。

殆どがゲームのサントラだ。

 

「ああっ!割れてないよね!?

ああ、割れてなくてよかった。」

 

「すいません...。にしても何から何に至るまで

ゲームの物が多いですね...。」

チノと深は拾いながら会話を交わす。

 

「そりゃ、ゲーム大好きだよ。

ゲームがなかったら俺はいない(俺じゃない)。」

 

「...?それはいったいどういう意味ですか?」

チノは難しそうな顔で聞いてくる。

 

「それはまた今度話そう。これで拾い切ったから。」

深は話を逸らす。『知られたくないから』。

 

「じゃあ、運んでくるね。」

そう言って、CDを段ボールに入れる。

降りてくるココアとすれ違う。

 

「次は、本が入ってる段ボール持ってきて。」

「うん。わかった。」

 

深は自分の部屋に行き、こう呟いた。

「知らないほうが色々話しやすいだろう?」

 

数日前もそうだった。

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「よし、じゃあ、なんでもいいから少し描いてみろ。」

リゼさんにそう言われた僕は『チェスのポーン』を描いた

 

「...チェスのポーンか。シンプルだがよく描けているな。」

そういって褒めてくれた。

 

「そういえばバッグとかゲームグッズついてるよな。どうしてだ?」

と聞かれたので、

 

「ただ、ゲームが好きなだけですよ。」

と答えた。

 

「...なぁ。どうしてそんな哀しい目をしてるんだ?」

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そう、何故か『哀しい目をしている』自分がいる。

まだ『あのこと』を引きずってしまっている自分がいる。

 

 

 




突然のシリアス回ですいません!許してください!何でもしますから!

載せ忘れた主人公のプロフィールでも貼っておこう

青野 深[あおの しん] 
性格:基本優しく、おとなしい。が、キレると抑えが利かなくなる
ゲームが好きで、特に音ゲー、TPS、チェスを好んでプレイする
過去の経験から一度ゲームをして相手を理解しようとする
曰く「性格はプレイスタイルにも表れる」という彼の持論からなのだそう
猫背で姿勢が悪い
コーヒーをよく好んで飲むため部屋に時々カラの缶コーヒーが転がっていたりする
身長 165センチ  血液型 B  
得意教科 数学・化学等の理系  
苦手教科国語・英語等の文系
年齢:ココアと同じ高校一年



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第五話 お姉ちゃんらしさ、お兄ちゃんらしさ

オリジナル作ろうとすると原作通りいかず
原作通りいこうとするとオリジナルが作りにくい
って言う難しさがありますよぉ...。

UA500突破してる!やったぜ。


また前話から二日後。

「ん~^...はぁ~...。」

 

深は疲れ切っていた。

自分の荷物と途中で運ばれてきたココアの荷物を

二日で全て二階に運びきり、くたくたになっていた。

 

「今、仕事中ですからね。

寝ないでくださいよ。」

チノに強く言われ、ため息をつく。

 

深の様子に反しココアは

「ありがとうございました!また来てください!」

と元気な様子。

 

「...チノはなにやってんの?」

 

「春休みの宿題です。なかなか終わらなくて。」

 

「いっそのことココアにやってもらいなよ。この前すごい早かったし」

 

-----------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------

「「うわぁ。結構メニュー覚えないといけない」」

ココアと深は偶然同時に言う。

 

「そうか?私は一目で暗記したぞ?」

 

「すげぇ...。」

深は驚き、驚嘆の声をもらす。

 

「チノは香りでコーヒーの銘柄当てられるぞ。

ただし、砂糖とミルクは必須だ。」

 

「なんか今日一番安心した。」

ココアはそう言うが、深は

 

(なんだこの二人。すげぇな。)

 

とかなり驚いていた。

 

「私も特技あったらなぁ...。」

 

「そんな超人クラスの特技なかなかないぞ?」

半笑いしながら深は突っ込む。

 

「チノちゃんは何やってるの?」

とココアがチノに質問する。

 

「春休みの課題です。空いた時間にコッソリやってます。」

 

ココアがチノの方に寄る。

 

「その答128で、その隣が367だよ。」

 

リゼが少し驚き、試すように問題を出す。

 

「ココア、430円のブレンドコーヒーを29杯頼んだらいくらになる?」

 

テストでよくみるわりと面倒な問題。

430(30-1)で求めるとわりと計算しやすい。

 

「12470円だよ。私にも何か特技あったらなぁ...。」

 

...早い。即答だ。

 

「嘘だろ...。俺ならあと二秒ほしい。」

 

------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------

「びっくりしたわ、あの時。」

 

「確かにびっくりしました。」

二人ともクスッと笑いながら言う。

 

「俺が宿題手伝おうか?

今お客さん来てないし、ポンポン進めちまおうぜ?」

 

「ありがとうございます。まるでお兄ちゃんみたいですね。」

その一言にココアが反応し振り返る。

 

「えー!深君だけずるい!私にもお姉ちゃんって言って!」

ココアがチノにそうねだる。

 

「...ココア、ちょっと来て。いいこと思いついた。」

深はココアを呼ぶ。

 

「ん?何?」

ココアがこっちに来る。

 

「ちょっと耳貸せ。」

深は耳打ちする。

 

「...なるほど!そういうことね!」

ココアは納得してくれたようだ。

 

「何を話したんだ?」

リゼが質問する。

 

「俺、弟がいてね。実は兄貴らしくするのは、

時々でも構わないんだわ。だから重要なのはその時のインパクトだ。」

彼は初めて弟がいることと、兄としての立ち回りの持論を話した。

 

「だから立ち回りを大きく変えてもらおうと思ってさ。

より『姉らしく』クールに、ね。」

深は笑みを浮かべる。

 

(もしかしてこの状況を一番楽しんでるんじゃないのか?)

リゼが思う通り、深はこの状況を楽しんでいた。誰よりも。

 

「さてうまくいくかな?」

深は小さくつぶやいた。

 

結果。『びっくりするほど裏目に出た(まさかの大失敗)

 

「ココア...嘘だろお前...。まさかだよホント。

こけてカップ手放して俺の方に飛んでくるとは思わなかった。」

深はとっさにコーヒーを手でガードしてしまったので、やけどしてしまった。

 

「ごめんなさい!ごめんなさい!」

ココアが必死に謝る。

 

なぜこうなったか。実に簡単だ

『いいところ見せようと調子づいてコーヒーをこぼす』

という実におかしなミスによるもの。

 

「俺言ったよね、『チノちゃんのサポートに回って。それでうまくやっていく。』って話だって。」

半ギレである。やけどが痛いのでイライラしている。

 

「どうして『良いところ見せようと無理した』の?

コーヒー三つも運ぼうとして大失敗してるじゃん。」

 

「ごめんなさぁい...。」

ココアがかなり落ち込んでいる。

 

「それ以上責めてやるな。元はお前が提案してやったんだ。」

リゼが止めると同時に

深の提案の末に起こってしまったことだ

とココアをかばう。

 

「まぁ、そうか、そうだよな、少し言い過ぎた。

すまんなココア。」

今度は深が謝る。

 

「うん。ごめんね。」

ココアも深を許しつつ謝る。

 

「それよりこれからどうするんですか?

深さんこれからお仕事出れないんじゃないですか?」

チノがかなり怪訝な顔で言う。

 

「安心してぶっちゃけちょっと痛いだけ。

ただれてはないし、大丈夫。」

深は大丈夫だと親指を立てる。

 

「ココアさん、あまり無理すると

またこうなるかもしれませんので、気をつけてください。」

チノはココアに注意する。

 

「わかった、チノちゃんごめんね。」

ココアはかなり落ち込んでしまっている様子。

 

とりあえずリゼは帰宅し、ココアとチノと深は自分の部屋に戻った。

 

「裏目に出ちゃった...。私お姉ちゃん向いてないのかな...。」

ココアが窓から夜空の星を見上げながらつぶやく。

 

「それは早すぎるんじゃないかの。」

ココアは後ろを振り返る。

 

いつも、チノの頭に乗っているアンゴラ兎のティッピーがいた。

 

「...やっぱり喋ってるよね?」

ココアが少し疑う。

喋っているのは『チノの腹話術』

らしいが真偽は明らかではない。

 

「そんなことはどうでもよい。」

ティッピーが軽くあしらう。

 

「どうでもよくないよね!?」

ココアが突っ込みを入れる

 

「まぁ、話をきかんか。

今日無理して失敗をしてしまったことをあまり気に病むでない。

失敗は誰にだってあるし、それは成長する過程で必ず必要じゃ、

そして直していけばよいのじゃ。」

 

ティッピーがそう励ます・。

 

「...ありがとう。ティッピー。」

ココアがティッピーに近寄り、持ち上げる。

そして笑顔を見せた。

 

「これからも頑張るんじゃぞ。ココア。」

ティッピーの最後のエール。

 

そう言われた後、ティッピーを降ろした。

ティッピーは開いたままになっていたドアから部屋を出た。

 

 

 

「少し痛いな...。はぁ...。」

深も落ち込みながら考えていた。

 

(どうすればうまくいった?どうして予定が狂った?)

 

彼の計画は経験則によるもので確かな自信があった。

それゆえに、失敗してしまったことに悔しさを感じていた。

 

「やっぱり、悩んでおったか、深。」

 

「...!誰!?どこにいる!?」

ベットに座っていた深は辺りを見渡し、

ドアが開いているままになっているのと、眼下にティッピーがいるのを理解した。

 

「ティッピー?どうしてここに?」

 

「そんなことはよくてじゃな。話を聞いてくれんかの?」

ココアと似た状況なので慣れてしまったのか、

サラッと話をそらし、話し始めた。

 

「今回、おぬしの計画がうまくいかなかったのは、

ココアとおぬしの経験の差じゃ。

そもそもココアは末っ子じゃろ?

姉としての立ち回りを知っておらんし

おぬしが話したのは『兄としての経験則』じゃ。」

 

「あ...そうか。そりゃ失敗するわけか。」

 

自分の計画の粗を指摘されすこし落ち込んでしまった。

 

「じゃが、ココアの手助けをしようと計画を練るあたり、

『仲間想い』なんじゃの。が、どうして即興で計画が練れたんじゃ?」

 

今度はティッピーがフォローをいれながら質問する。

 

「昔色々あったの。それだけ。こちらも質問させてくれ。

本当はチノのじいさんなんだろ?」

 

「なんのことじゃろなぁ...?」

 

また話を逸らしティッピーは部屋から出る。

 

「人って、思ったより思い通りにいかないなぁ...。」

深はぼやく、昔のことを思い出しながら。

『もう取り戻せない仲間』のことを、思い出しながら。

 

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その次の日

「ん...ふわぁ...ねみぃ。」

 

ふと時計を見る。

 

「あ、やばい、遅れる。急いで着替えないと。」

 

慌てて着替えリビングへ行く。

 

「今日はおやすみですけど...」

 

チノに言われ思い出す。

 

「そうか、今日は休みか。ココアは?」

 

「そろそろ起きてくるころでは?」

 

「そうか、じゃあちょっとココアの部屋行って昨日のこと謝ってくる。」

そう言ってココアの部屋の前まで行くと

 

「遅れちゃう!」

 

と部屋を飛び出してきたのですれ違う直前にとめる。

 

「今日は休みだ。」

 

「あっ、そうだった!」

ココアも忘れていたようだ。

 

シーンと静かになる。昨日のことで気まずさもある。

 

 

「昨日はごめんな。」「わたしこそごめんね。」

 

偶然、同時に謝った。

少し笑った。ココアも深も。

 

「仲直りの握手でもするか?」

 

「うん!そうしようか!」

 

仲直りの証に右手で握手する。

 

「どうやら、仲直りしたようですね、朝ご飯にしましょう。」

 

後ろから来たチノが言う。

 

「わかった。飯にするか、ココア。」

 

「お姉ちゃん手伝うよ!」

 

ココアはいつも通りに戻ったようだ。

 

三人でリビングに向かい並んで歩いた。

 

 

 

 

 

 




そろそろ、進めないとアニメ二話の話が組み込みにくくなる。
進めなきゃ(使命感)



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第六話 犯す間違いと犯してきた間違い

いつのまにかUA1000までいってるわ、お気に入り17に増えてるわ、
シリアス回出すとなんか増えてる気がする...。
皆さんシリアスがお好きなのでしょうか?

だ が 感 想 や メ ッ セ は こ な い。


前話から一週間後...

 

「学校楽しみ~!どんな風に登校しようかな~!」

制服を着ながらココアは言う。

 

眼鏡をかけて本を持つ手を膝におき、眼鏡を片手で上げたり

不良っぽく制服の上の襟をを左手で持ち、肩にかけてみたりして

決めポーズを決めて遊んでいる。

 

するとチノはココアの部屋に入って

 

「そろそろ学校行きますよ。」

とココアを急がせるよう促すチノ。

 

ココアはびっくりした様子でチノの方を見る。

 

「チノちゃんの中学校の制服かわいいね!」

とココアが制服の話をしだす。

 

ココアは制服の帽子にティッピーが隠れていると思ったのか、

目を輝かせてチノの帽子をとる。

 

「あれ...。」

 

どうやらティッピーはおらずココアはがっかりした様子。

 

まぁ、考えてみればそんなとこいて蒸し暑いわ、息苦しいわで

ティッピーが大変なことになるのは間違いない。

 

「何を期待していたんですか...。」

チノが少し呆れて言う。

 

「あ、そうだ、深君は?」

と深の話をする。

 

「なんか『眠いし、めんどくさい。誰かと一緒に行くのは柄じゃないし、

10分寝てから行く。』って言ってました」

深はめんどくさがりである。

 

「え~!?学校一緒に行きたかったのに~!」

とココアが驚く様子で言う。

 

「深さんは『クロスバイク』があるんだそうで、すぐに学校につく

らしいですよ。」

と後から加えて言う。

 

「じゃあ、一緒に行っても置いて行かれちゃうね。」

ココアが少し落ち込んで、チノと一緒に部屋を出る。

 

 

 

その頃深は。

 

「そもそも、今日学校じゃ無くね?」

気づいていた。入学式が今日ではないことを。

 

 

 

 

「行ってきます。」「行ってきまーす!」

 

「行ってらっしゃい。気を付けて。」

ココアとチノをタカヒロさん、つまりチノのお父さんがが見送る。

 

「さて、そろそろ深君を起こさないと駄目だな。」

タカヒロさんは深の部屋に行くと。

 

カタカタカタカタ...。タン。ペラペラ。

 

とB5サイズの辞書のような厚みの本を横見に、ページをめくりながら。

ひたすら何かをノートPCに打ち込んでいた。

 

「こんな感じかな。さあて起動し...。ん?」

後ろに誰かいることに気づいた、深が後ろを振り返る。

 

「もう起きていたんだね、学校には行かないのかい?」

タカヒロさんがやさしく話しかける。

 

「え?今日はそもそも高校は入学式じゃないですよ?」

 

「「え?」」

二人とも困った顔をした。

 

「さっきココア君学校行っt「とりあえずこれ見てください。」

とタカヒロさんの言葉を遮るように

学校の入学説明会でもらった書類を見せる。

 

「これ、明日の日付じゃないか。」

 

 

 

 

「チノちゃんもこっちの方向なんだ。」

ココアは嬉しそうに話しかける。

 

「はい、こっちの方向です。」

 

「じゃあ、これから途中まで一緒に行けるね!」

 

「行けますね。」

 

ココアが嬉しそうにほほ笑んだ直後

 

「では私はこっちの方向なので。」

 

「はやっ!」

 

すぐにチノとココアは別方向になってしまった。

 

「おっはよー!チノー!」

 

「おはよ~」

とチノに話しかける同級生の二人。

 

「おはようございます。」

とチノはあいさつをかえし、ともに登校する。

 

 

 

ココアが鼻歌を歌いながら登校していると

リゼを見かけたようで、

 

「おっはよー!リゼちゃーん!」

 

と声をかけた。

 

ココアとリゼは高校が違い、リゼはいわゆる『お嬢様学校』に通っている。

つまり制服も違う。

 

「リゼちゃん制服かっこいい!」

 

「べ、別に普通だろ?」

リゼはすこし照れている。

 

「ブレザーもいいなぁ...制服交換してみない?」

と制服交換しようとするココア。

 

「自分の学校行けよ...。遅刻するぞ?」

 

「あ、そっか、じゃあまたお店でね!」

 

「ああ、迷子になるなよ~」

とココアに言い、リゼが歩いていると

 

「リゼちゃんまた会ったね!じゃあまたねー!」

 

(もう迷ってる?)

 

「学校への道わかってるんだよな!?」

と心配になり質問するが、

 

「心配しなくても大丈夫だよ!」

と笑顔で返してきた。

 

...ぶっちゃけただのフラグである。

 

案の定この後、二回繰り返した。

 

リゼは思わず

「私は異次元に迷い込んでしまったのかぁああぁ!?」

と頭を抱える羽目になった。

 

そんなリゼを見て、ココアは

 

「どうしたの?もしかして...迷子なの?」

迷子が実は自分だと全く自覚のないココアが

リゼの心配をする。

 

全く気付かずなおココアは進み続ける。

すると何かを見つけた様子。

すこし駆け足でそれに近づく。

 

うさぎだ。

 

「あれは...うわさに聞く、野良兎だ!」

 

この街にはなぜか野良兎がいる。

 

ココアは野良兎を抱きかかえ、

「野良兎がたくさんいる!モフモフ天国だぁ!」

と思わず叫ぶ。すると目の前で何かを兎に差し出している少女がいた。

 

「おいで~。おいで~。」

栗羊羹をうさぎに差し出している、

深みがかった緑色の和服を着た大和撫子ともいえる少女がいた。

 

「栗羊羹...!?」

うさぎに栗羊羹を与えようとする発想は

流石のココアにもなかったらしく驚いていると、

 

「食べないわね。うちの子は食べたのに...。」

 

流石に人と兎では食べるものも違うのである。

 

「あら?」

 

 

その後、仲良くなったようで、二人はベンチに座り、

ココアは栗羊羹を食べていた。

 

「ココアちゃん、あたたかそうな名前~。私は千夜よ。」

 

「千夜ちゃんっていうんだ!深みを感じるね!」

お互いに自己紹介する。

ココアは羊羹を食べながら。

 

「この栗羊羹おいしい!誰が作ったの?」

ココアが質問する。

 

「気に入ってくれたの?それ私が作ったの!嬉しいわ!」

 

「和菓子作れるの!?すごいね!」

ココアもパンが作れるのである意味近いような気がする。

 

「ええ!それは自信作よ!

幾千の夜を往く月...名付けて千夜月よ!

栗は月とした、栗羊羹よ!」

何故か無駄にかっこよく名前をつけているようだ。

 

「なんかかっこいいね!意味わからないけど!」

独特なセンス(中二病)なのかココアには理解できなかったようだ。

 

「私達気が合いそう!」

今の発言で気が合うという発想に繋がるということは

彼女自身もわかっていないのだろうか。

 

「それと私と同じ学校みたいね!これからよろしくね。ココアちゃん!」

 

「ホント!?これからよろしくね!千夜ちゃん!」

お互い共同じ学校のようだ。

 

ココアはふと、時計を見る。

「ああ!入学式遅刻しちゃうよ!千夜ちゃん一緒に行くよ!」

 

「ちょっと、まって今日は...」

 

「早く!」

 

ココアが千夜の手を引く。

 

「あれ!?なんで!?戻ってきちゃった!?」

やはり方向音痴。戻ってきてしまった。

 

「ちょっと...待って、うちの学校は入学式...明日なの...。」

息を切らした千夜が途切れ途切れに言う。

 

「え?」

何も理解できていないココアは戸惑う。

 

「だから、入学式は明日よ...。」

 

「うわあぁぁぁぁぁ!恥ずかしいぃぃぃぃ!」

ココアが赤面し、手で顔を覆い隠す。

 

「ココアちゃんが迷わないように一緒に学校下見しましょう?」

千夜は優しく微笑みそう声をかける。

 

「女神様~!」

 

二人は学校に向かう。

 

「ここがこれから通う学校よ。」

 

「私の新しい学び舎か...

ここで色んな事して青春を過ごすのか~、楽しみだなぁ~!」

 

ココアは妄想を膨らます。

 

(あ。ここは中学校だったわ~。間違えちゃった。)

...もしかすると二人ともおバカなのかもしれない。

 

 

 

 

その頃。深とタカヒロさんは

 

「どうです?聞き比べると全然違うでしょう?」

 

「最近はCDより音質のいい『ハイレゾ』と言う物があるのか...。時代も変わったなぁ...。」

深はタカヒロさんに自分の持っているものに関する話をしていた。

「もう今の子は昔の物に見向きもしなくなるのか...」

タカヒロさんは寂しそうに言う。時代に置いて行かれるような孤独感だ。

 

「そうでしょうか?僕はレコードとかほしいです。『今に無く、昔にあった物』。とても興味があります。」

 

「意外だね。もうそういう物には全く興味がないのかと思っていたよ。」

タカヒロさんは少し驚いた。

 

「いえいえ、生物が『進化』してきたように、技術も『発展』してきました。

その結果だけでなく、その『過程』に僕はとても興味があります。」

深はとてもニコニコして言う、まるで好奇心旺盛な『幼い子供』のように。

 

「お、そろそろチノが帰ってくる時間帯だね。仕事、始めようか。」

 

「そうですね!行きましょうか!」

ノートPCをシャットダウンし、元気に椅子から立つ深はタカヒロさんと共に部屋から出た。

 

「お!チノおかえ...。おうおうwココアさん学校はぁ~?ww」

深が帰ってきたココアを煽る。

 

「もー!!馬鹿にしないでよ!!」

ココアが少し怒る。

 

「おうおうwwすまんすまんwww、ww」

 

「あー!笑った!馬鹿にしてる!」

 

「二人とも~。仕事の準備するよ~。」

 

タカヒロさんに呼ばれる。

 

「「はーい!」」

 

 

 

 

 

 

 

「チノ~!また明日な~!」

 

「またね~!」

同級生二人は手を振り、チノは手を振り返す。

 

チノが帰ってきた。

 

「高校の方はどうでした?」

 

「おいチノ、待て、聞いてやるな...ww」

少し笑いながらチノに言う。

 

「わっ、笑わないで!」

ココアが少し強く言う。

 

「何があったんですか?」

 

「聞かないで!」

ココアが恥ずかしそうに言う

 

「チノ、ちょっと来てww」

 

「言わないでぇ!お願いだから!」

 

今日も楽しそうなラビットハウスです。

 

-------------------------------------------------------------------------------------------------------------

「彼の部屋に忘れ物をしてしまった...。取りにいかなくては。」

 

タカヒロさんが部屋に行く。

 

「え~っと、どこだ...?あっ。」

深の部屋の本棚にある、ちいさな木箱を落として、蓋が開いた。

 

「しまった、壊れてないか...ん?」

壊れてしまっていないか確認しようと拾ったとき、

 

 

 

 

血で汚れたガラスの破片と一切れのメモ、それと

深とその隣にいる同年代の友達とVサインをしながら肩を組んで笑っている写真が落ちた

 

 

 

「なんだ...これ?手のひら位のガラス片だ。

血がついてる...!?」

ガラス片を手に取り眺めながら呟く。

 

「このメモも少し血がついてる、いや、血で字が書かれてる...。

 

 

 

『これは僕の犯してしまった罪で、彼を失ってしまったのが罰だったのかもしれない。』

 

 

 

...罪と罰ってなんだこれは!?」




投稿がかなり開いてしまいました。
理由はテスト勉強してたからです。

あとアマゾンズ~最後ノ審判~
観てきました

ムクに悠が「自分のために生きていいんだよ」っていうシーンで泣いた
(非常に涙もろい)


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第七話 かつて嫌った世界

お久しぶりです。
学生故にリアルが忙しくだいぶ期間がたちました...。

感想がきていたので見てみたところ...。
まぁ...うん、善処します。



ジリリリリリリリリリリリリリリリ ダン!

 

 

「今日から学校かぁ...。めんどくさいなぁ...。」

深は目覚まし時計を止め、ベッドから起き上がって嫌そうに呟く。

 

深はパジャマでリビングに向かい、部屋を出ると、

「おはようございます。深さんも起きてましたか。」

とチノが深の部屋の前を通りかかり、話しかける。

 

「おはよう、今から朝飯?」

 

「そうです、一緒に作りませんか?」

二人は朝ご飯を一緒に作ることになり、キッチンへ向かう。

 

「じゃあ、深さんはトマトを切ってください。」

 

「おう、わかった~。...包丁使うのは3~4年ぶりかなぁ。」

トントンとトマトを切りながら昔の事を思い出す。

 

「しばらくは親が使わせてくれなかったからなぁ...。」

 

「そんな危なっかしかったんですか...。」

チノが半目でこっちを見る。

 

「いやいや、だーいじょうぶだってば、包丁の使い方はしっかりしてるから。」

 

「今の発言から説得力ゼロなんですが...。」

不安そうにチノがトマトを切る深を見ている。

 

「確か引くように切るんだっけか。ホントに懐かしいな...。」

そう呟きながら順調にトマトを切っていく。

 

「あ、おはよー!」

ココアがいつの間にか起きてきてキッチンまで来ていたようだ。

 

「おはよ、朝飯一緒作るか?」

 

「うん!お姉ちゃんがんばっちゃうよ!」

そう言うなり、ココアはチノに何をすればいいのか聞きに行った。

 

そうして、数分、朝ごはんは完成した。

「「「いたただきます」」」

 

三人一斉にそれを言い、朝ご飯を食べる。

 

「チノちゃん...お願い」

 

「駄目です。トマトジュース飲んでください。」

 

「チノちゃんだってセロリ食べないじゃん!

ほらこっそり深君の皿に移してる!」

 

嫌いな物をお互い誰かに押し付けようとしている。

 

「嫌いなら入れなきゃいいじゃん...。」

 

呆れながら深は呟く。

そうこうしているうちに朝ごはんを食べ終わった。

ちなみにトマトジュースとセロリは深がおいしくいただきました。

 

部屋に戻り準備を終えた頃、

時計はもう七時半を指していた。

 

「そろそろ行くか...」

 

昔のことを思い出す、今となっては思い出したくもない。

そんな唾棄したくなる記憶。

 

深は学校が嫌いだ、いや、学校が嫌いというより、学校での『個性という存在への扱い』が嫌いだった。

もし、クラスの一人にとても特徴的な個性のある人間が一人いたとしよう。

「個性は大事だ」と言われ個性を伸ばしてきた人間は。

やがて学校で暮らしていくうちにこう言われるようになる、

「変わっている」「普通じゃない」と。

個性は受け入れられるものではなかったのか。個性はその人間の価値の一つではないのだろうか?

個性ゆえにその人間は他人から疎まれることになってしまう。

さて、そんな孤立した人間はどうなるか、

「気に食わない」だとか「腹が立つ」だとか

本当に気に食わない理由でいじめにあう例もある。

結局、個性は重んじられる世界は...存在しなかった。

見るべき現実は「周りと合わせる。目立たぬように。」...ただこれだけだった。

この考えは、古来からこの国において今日まであり続け、負の歴史を残した。

この同調圧力こそ...彼が最も学校を嫌う理由と、

あの奇妙な木箱にも大きく関係することになる。

 

「ど、どうしたんですか...?少し怖いですよ?」

部屋の前まで来ていたチノが少し怖がっている。

それもそのはずだろう、深はあの"木箱"を手に取り、

強く握り、呼吸は荒くなっていた。それは、そんな世界への理不尽に対する怒りによるものなのか、

それとはまた別のものなのか自身でも、もう、よくわかっていなかった。

 

「あっ...すまん。少し怖かったよな、すまんな、怖がらせて。」

チノの方へ向き直り、優しく笑う。

 

「大丈夫ですよ。あ、そろそろ学校行きますよ。」

 

「ああ、そうだね、行こうか。」

そう言われ、深は部屋を出て、ココアと合流し、

学校へあの[クロスバイク]で行こうとすると

 

「一緒に行こうよ~。」

 

とココアに言われたので、特に断る理由もなく、一緒に行くことになった。

 

「チノちゃーん!いってらっしゃーい!」

 

「すでに家出てるじゃないですか...行ってきます。」

ツッコミを入れつつちゃんと返事を返し、

チノはココアと深とは違う道に進んだ。

 

「そういやココアって自転車とかいらないのか?

ぶっちゃけ歩いていくのめんどくさくない?」

 

めんどくさがり屋の深。歩くことすらめんどくさいらしい。

 

「...わたし、自転車乗れないの...」

 

「ああ~。自転車乗れないんだ~。...ん?乗れない?」

深は耳を疑った。

"乗らない"ではなく"乗れない"と言ったココアの発言に対し驚きを隠せなかった。

 

「乗れないってどういうことだよ。買ってもらえなかったのか?」

 

「買ってもらったけど...乗れなかった。」

目の前でココアは落ち込んでいるのに対し、

深は困惑しながら苦笑いをした。

 

そんなココアと話をしているうちに、高校に着いた

 

「もう歩き疲れた...。昨日もあんま寝てないし、

もう眠いなぁ...。ん~クラスはどこになったか...え。また一組...?」

深はこれで三年連続である。

 

「あ、クラス一緒だね、深君。」

 

「あ。ほんとだ。」

 

ココアと同じクラスになっている。

知っている人が一人いるだけでも安心感は大きい。

その事実に安心感を覚えていると、

「あ!ココアちゃーん!」

 

後ろから誰かココアを呼ぶ声がした。

 

「ん?あ!千夜ちゃ~ん!」

ココアが後ろを振り返るなり、手を振る。

 

「ん?ココア、あの子、知り合いの人?」

 

「うん、昨日会った子だよ。」

 

「ああ、そうなんだ。あ、行って話してきなよ。先に教室行っとくからさ。」

 

「そうなんだ。じゃ、私行ってくるね!」

 

「おう。行ってら~。」

 

そう言ってココアが千夜のもとに行ったのを確認した後、

深は自分のクラスの教室に向かった。

 

(あ、そうだ、ゲームの情報とか確認しとこ。)

 

教室に行く途中だったが、やっぱりゲーマー。気になってしまい、

 

スマホを取り出しゲームニュースアプリを開き、

近くの壁にもたれかかり、スマホを見ていると

 

(ゲームのアプデとか、カードゲームの今の環境とか、やっぱ便利だよなぁ...ん?)

 

(ステータスバランス修正か...確かによくあるよなぁ...)

 

基本的にステ振りとはSTR,DEX,VIT(DEF),AGI,INT,MDEF(MND),LUK,CRI

などと種類がある。

が、気づいた時には強いステ振りのパターンはすぐに見つけられ

他のプレイヤーと大きな差が生まれてしまうことが多い。

 

だからゲームバランスの調整がしばしば入る。

 

スマホの時計を見ると、教室集合の十分前になっていた

 

(そろそろ教室行くか...)

 

(人がいっぱいいるところは息苦しいし、堅苦しくなるし...帰りてぇ...。)

 

帰りたそうな顔をしながら歩いていると自分のクラスの教室が見えた。

教室に入ると、すでにクラスメイト同士で会話している人たちを少し見かけた。

みんなこれから楽しみなんだろうか。

クラスの殆どがソワソワしている。

 

そんな中明らかに眠そうな目で帰りたそうにしている深。

座席表を確認すると廊下傍窓側一番前の座席だった。

毎年出席番号一番なのでもう飽きつつある。

 

座席に座り、早速寝ようとすると、

後ろの席の人が肩を叩いて話しかけてくる。

 

「なぁ。なんか話しようぜ?」

 

クラスに一人はいる、すんごいいきなり馴れ馴れしく話してくる人

深はめんどくさそうに返事をする。

 

「ん?何?なんか用でもぉ...?」

 

「いや、だからなんか話しようぜって。」

 

「頼むから寝かせてくれ...

ゲームのレベリングとプログラムの勉強で二時まで起きてて、

眠くて仕方ねぇんだ...。」

 

今にも眠りそうな目で言う。

 

「おう...そうか...。」

相手は少し気遣ってくれたんだろうか、話しかけるのをやめた。

この後ろの席の人間は誰も話しかけてこない中、話しかけてきた。

これも「個性」ではあるが、こういう「人との好意的なコミュニケーションを主とする個性」は

リーダーなどが持つ、社会にとって理想的なもの。

故に周りから疎まれる事はない。

言い方を変えれば『都合がいい』と言える。

逆に「相手から良く思われないもの」なら?

 

深はずっと個性や価値観に対する相違に悩まされてきた。

人の価値観には差があり、至極当然のこと…

その価値観をどう捉えるべきか、問題はそこなのだが、

他人と関わりを持たないようにすれば、当然、価値観の相違によるトラブルを避けられる。

 

深はそのために他人と最低限関わらないようにしている。ネットゲーム以外での彼は周りから見れば…

物言わぬ、人形のよう…

 

ああ。眠い。こんな場所よりベッドで眠っていたい。深は本能的な睡眠欲に駆られ、そのまま眠ってしまった。

 

一方ココアはというと...。

 

「千夜ちゃんもクラス一緒なんだ!」

 

「ココアちゃんと一緒のクラスじゃない!うれしいわ!これからよろしくね!」

 

「うん!」

二人はクラス表の前で大喜びしていた。

 

「あ、ココアちゃん。さっき、千夜ちゃん"も"って言ってたから

知り合いに同じクラスの子いるの?」

 

「うん、深君っていう同じ下宿先の子がいてね、その子も同じクラスなんだ。」

 

「え?男の子なの?」

 

「じゃあ、さっきココアちゃんと話してた男の子が...。」

 

「うん、その子が深君だよ。」

 

千夜はびっくりした。年頃の男女が同じ屋根の下にいることに。

千夜は、その子について聞いてみることにした。

 

「...ココアちゃんはその子の事好きだったりするの?」

 

「うーん...好きってわけではないかな...。なんていうか...友達みたいな感じかな。」

 

「友達みたい...ね。どんな子なの?」

 

「うーん...基本部屋にいて...ずっとノートパソコン触ってて、

ときどき本読んだり、ゲームしてたりする感じかな...。」

 

「そ、そうなの。割と変わった子...なのね...。」

 

聞いた限り、あまり明るそうでない子とはわかったらしい。

 

ココアはふと時計をみる。

時計は教室集合の五分前になっていた。

 

「千夜ちゃん!そろそろ行かないと遅れちゃうよ!」

 

「そうね、急ぎましょう!」

 

二人は急いで教室へ走る。

 

が、ココアが何度も道を間違え、その度に千夜に「そっちじゃない」と引っ張ぱられ、

二人が教室につく頃には時間ギリギリだった。

 

「ふぅ...遅れるかと思ったよ~...。」

 

ココアが教室に入り、一息ついた直後、遅れて千夜も入ってくる。

二人とも息を切らし、クタクタになりながらも座席表を確認する。

 

「席も前後で近い!やったね千夜ちゃん!」

 

「そ...そうね...。とりあえず座りましょう...。もうへとへと...。」

 

「そ、そうだね千夜ちゃん、いったん座ろっか...。」

 

二人が席に座った後に、またドアが開く。

 

「よーし、みんな揃ってるか~?じゃあホームルー...ム?」

 

担任の先生とおぼしき人が入ってくるなりホームルームを始めようとするが、

 

「スー…スー…」

 

睡魔(本能的な睡眠欲)に負けた深は自力で起きるとは思えない程熟睡していた。

顔をよく見れば、その目の下には墨の色をすこし薄くしたような隈ができていた。

 

「あー...。初日からぐっすり熟睡してるとこ悪いが...」

少し呆れ気味に先生が座席表を確認し、席に座る生徒の名前を確認する

 

「えーと...青野~?起きてくれ~。ホームルーム始められないんだが...。」

 

そう言いながら深の体を少し揺らす。

ピクリ、深の体が反応し、ようやく目を覚ます。

 

「あっ...ああ...。すいません。」

 

呆れている先生の顔をみて、深は状況を理解し、

先生に謝罪の言葉を述べる。

 

「...今後は気をつけろよ...?」

 

最後に注意の言葉をかけ、先生は教卓の後ろに立つ。

 

「えーと、まず自己紹介といこうか。...

 

 

---------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

...というのが今日の予定だ。」

 

ふぅ...と息をつく先生、さっきの話で担任だとわかり、

深はその先生の癖や表情変化などを観察していた。

 

「ん~...。そうだなぁ...。とりあえず自己紹介でもするか?」

 

その発言の瞬間、深はどんなことになるのか。

 

(も、もう自己紹介ぃぃぃぃ!?)

 

ああ、哀れ。

人前に出て何かをしてここ数年うまくいった試しがない。

番号一番なら確実に最初。

 

 

いったいどうすりゃいいんだこれ?

 

深はこの状況に緊張のあまり上がりそうになっていた




感想をリア友に言われました。
簡潔に言うと
「シャロちゃんいないし、更新遅いし、おらあくしろよ。」

...学校とプログラミングの勉強させて?


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第八話 あまりにも独特な二人

すいません!
また勉強したり色々してましたぁ!!


...どうしよう。

何を言えばいいんだこれ。

 

「じゃあ、青野君から自己紹介、どうぞ。」

 

先生に言われ、席を立ち、話すこと定まらぬまま自己紹介することになってしまった。

 

「...あ、あの~、先生?」

深が少し悩みながら質問する。

 

「ん?どうかしたか?」

先生がこちらの様子をうかがう様に質問する。

 

「これって...何話したらいい...んですか?」

 

「思いついたままテキトーでいいよ。」

 

深の困惑しながらの質問に対し、

「なんだそんな事か。」と言わんばかりに言葉を返す。

 

左斜め後ろに向き直り、

深は戸惑い、言葉を詰まらせながらの自己紹介をする。

 

「えーっと、俺の名前は青野 深と言います...。アーエットォ…。

好きなものはゲームで...趣味でプログラミングの勉強してます。

よ、よろしくお願いします。」

 

...これでよかったんだろうか。

不安を覚えながらも着席し、次の人たちが自己紹介を終えるまでただただ待つ。

 

そこから数時間のうちに自己紹介、入学式。その日の行事が全て終わり、

やっと家路...というより下宿先に帰る道につく頃には

 

「あ゛~...もう疲れた...。」

 

「「そんな疲れることしたの?」」

 

一緒に帰ることになった千夜とココアに同時にツッコまれる。

 

「それで...えーっと。宇治松さん...でいいのかな?

いいの?こんな死んだ目してる男と一緒に帰って...。」

 

深はなぜだか申し訳なさそうに千夜に尋ねる

 

「ココアちゃんもいるし、別にいいのよ?

あと、そんな気を遣わないでいいのよ?呼び方も千夜でいいわ。」

共に家路につくことを快く許してくれた千夜は続けて

 

「そういえば自己紹介の時プログラムの勉強してるって言ってたけど、どんな勉強なの?」

 

突然の質問に少し困惑した深はたどたどしげに質問に対する答えを返す

 

「あ~...。プログラミングの勉強にはこれってものがないんだよ。

プログラミングに使うプログラミング言語なんて200種類以上あるらしいからね。

まぁ、実際に使われるのは大体10種類ぐらい?」

 

「え?なんで200のうち10ぐらいしか使われないの?」

 

「さすがにそこまでは知らないって...。」

話しているうちに何か香ばしい香りを感じた。

 

その香ばしい香りのさきにパン屋を見つけ、

ココアたち三人がパン屋に近づき、品ぞろえを眺めていると、

 

「かわいい...」

 

「かわいい!?パンがぁ!?」

パンがかわいいという。食品がかわいいだって!?

深にまったく理解できない感性に驚きを隠せない。

 

「そういえば、私の家はベーカリーでね、よく作ってたの。パンを見てるとパン魂が高まってくるんだよ!」

 

「サ〇ヤ人かおまいは」

ココアの職人的発言にツッコミをいれた直後に千夜が

 

「わかるわ!私も和菓子を見てるとアイデアが溢れてくるのよね!」

千夜が同調してしまった。

こうなってしまえば完全に蚊帳の外、何故か感じる疎外感。

 

(あ、ついていけねぇわもう。感性がが独特な子たちだわ。)

深がそのテンションに、感性に置いてけぼりにされてしまった。

 

「あ、ああ、俺パン買ってくる~」

とパンを買って、帰り道に楽しそうに帰る二人を後ろから眺めていることしかできなかった。

 

後日パンをつくったり、和風喫茶店に行ったりしたのだが、それはまた別のおはなし。




パン作りと和風喫茶の下りはまた今度作ります。


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第九話 うさぎの苦手な白雪姫

ついにリア友が求めたシャロが出てきます。

そしてまたもやシリアスいれます。
入れなきゃきつい


仕事中、ふとココアが

「そういえば、ラビットハウスのカップって無地だよね。」

と発言したことから始まった。

 

「シンプル・イズ・ベストです。」

 

「そう、落ち着きのある無地が一番だ。」

口を揃えてチノと深は無地を推す。

 

「私は色々な柄があってもいいと思わない?」

とココアの提案に

 

「そうでしょうか?」

とチノが思ったよりいい反応をしていたので、お店に行きカップを見てみることに。

 

「かわいいカップだね~!」

 

「こらこら、あんまりはしゃぐなよ~。」

 

子供のようにはしゃぐココアをリゼが注意する。

 

「やっぱリゼさんって姉っぽいですね。」

 

「そうか?」

 

「いや、ココアが妹にしか見えないからか?」

 

「どっちだよ。」

 

ココアとチノを眺めながら、深とリゼが楽しそうに談笑していると、ゴッと鈍い音がした。

 

「あ、おいおいおいッ」

目の前でココアが棚にぶつかり

上にあった壺が落ちそうになっていた。

 

「よっと…っ重い重い」

深がとっさに壺を受け止め、割れるのを阻止することができた。

 

やっぱりココアは何かと危なっかしい。

 

一波乱の後、ココアが気に入ったカップを見つけ、手にとろうとしたそのとき、

 

「「あ」」

 

時を同じくして同じカップを取ろうとした女の子がいた。

 

「こんなシチュエーション見たことあります。」

 

「ああ、よく恋愛に発展するよな。」

 

「いやこれ完全に恋愛もののテンプレだよ。」

 

三人ともその二人をみて、恋愛ものの作品のワンシーンを想起した。

 

「あれ、よく見たらうちの学校の後輩のシャロだ。」

 

「へぇ~。すごく気品のあるオーラだなぁ...。」

後ろ姿からもその気品の良さがわかる。

深が思わず感嘆の声をもらすと、その女の子『シャロ』がこちらに気づく。

 

「あれ!?リゼ先輩じゃないですか!?どうしてここに!?」

 

 

「?誰ですかリゼさん。知り合いですか?」

関係性ををまだ理解していないチノがリゼに質問する。

 

「ああ、うちの後輩だ。ココアと深と同い年だな。」

 

「え?リゼちゃんって年上だったの?」

リゼの答え方から『リゼが年上』だという事実を

ココアは今理解したようだ。

 

「え?今やっと理解したの?」

 

「え!?深君は知ってたの!?」

 

ココアはやっぱりどこか...色々抜けすぎている。

 

「今日はバイト仲間とカップを買いに来たんだよ。」

「どうだ?シャロは欲しいものはあったか?」

 

「私は見てるだけで十分なので...。」

 

「そうなのか...。」

 

「...あれ?」

 

「どうした?」

 

「いや、一人、男の人...。いましたよね?どこに行きました?」

 

リゼとシャロが会話を交わす中、

深がどこかへ消えたように

いなくなっていることにシャロが気づく。

 

「あれ...ホントだ。おーい!深~?」

 

リゼがすこし声を張り深を呼ぶが...

 

「返事がないな…ちょっと探してくる。」

リゼは深を探すためお店の中をぐるりと一周して探すことにした。

周りを見渡していると、外に深はいた。

 

「おーい…っていた…外でベンチに座ってる。

一人で何やってるんだ...?」

 

リゼが店から出て、ベンチに座る深に話しかける。

 

「どこにいったかと思ったぞ。勝手にどこか行くな。」

とリゼが深を叱るが、深のおかしな点に気づく。

 

「こいつメモ帳持ったまま寝てるな...何かメモってたのか?

少し気が引けるが...見てみるか...。」

 

深が左手に持っていたメモ帳を取り、中身を見てみると

 

「人物相関図や一人一人の性格が書かれてる。人間観察とかが趣味なのか?

...最後のページだけ一文しかないな。」

 

その最後のページの一文をみたとき、リゼは衝撃のあまり絶句した。

その内容は、あまりにも悲しい、深の選択。

そしてそれが深が苦しみの先に見つけてしまった選択なのだと。

 

「なんで、そんな生き方で生きようとするんだよ...?」

リゼが深の苦しみを理解してしまった頃。

ココアたちは、シャロとの会話を楽しんでいた。

 

「え?リゼちゃんが暴漢からシャロちゃんを助けてくれたの!?」

 

「ええ。とってもかっこよかったわよ。」

 

「リゼさん、かっこいいです。」

 

ココアとチノは完全に騙されていた。

 

実際、シャロは暴漢に襲われたことはない。

本当はうさぎを怖がっていたところで、リゼが兎を追い払っただけなのに。

 

「そういえば二人はリゼ先輩をどう思う?」

 

「う~ん...なんて言えばいいんだろう?真面目?」

 

「頼りになる...のですが...。」

 

「...どうしたの?さっきからずっと難しそうな顔して...。」

二人ともシャロから出された質問に対し言葉を詰まらせていた。

 

「ま、まあ。カップでも見ようよ。チノちゃん。」

 

「そ、そうですね。そうしましょうココアさん。

シャロさん。何かよさそうなカップありますか?」

 

「え゛!?話そらされた!?」

返答に詰まった二人はカップの話へ無理やり切り返した。

 

「え、えーと...。この香りがよく広がるのとか、取っ手の触り心地の良いのとか。」

 

「いえ、あの...うちはコーヒーを主としているので...。」

 

「あ、ああ、そうなの。じゃあ別のを探しましょうか。」

 

三人とも同じことを考えていた。

 

(すごく、気まずいよ...。)

(すごく、気まずいです...。)

(すごく...気まずいわね...。)




シリアス入れないとやっぱ作りにくいなぁ...。
原作ストーリーを基盤にしてつくらないとなかなかきつい。

深のメモの最後のページには「青野 深」
のすべてを総括したような一文として中盤辺りに出したいと思います

三人はこの気まずい雰囲気をどう乗り越えるのか...


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第十話 嘘と真実は紙一重

さて、そろそろ深の伏線を置いていくことにしましょう。



「...ここは樹海、だよな?」

 

深は夢の中で樹海にいた。

霧の濃い樹海だ。

前を見ても3~5mは霧で見えることはなく、これでは、先が崖でもわからない。

これがこの先本当に崖なら、真っ逆さまに落ちるしかない。

 

ただ樹海といえば、彼にはたったひとつ思い当たる話があった。

 

「樹海つったら自殺の名所、俺には自殺願望なんてないなら来るはずないんだけどなぁ...。」

 

そう、そもそも深には今のところ自殺願望がない。

というより、普段学校やゲームセンターなどに行くとき以外、

彼が自発的に外出することは家族で旅行する事しかなく、

自分一人で決まった用がなく外出するなど言いだせば、家族も友達も愕然とするレベルでありえない。

 

ただ、深はこの景色に、まるでゲームの世界にいるような没入感と興奮のあまり

深は樹海をまっすぐ歩きだした。。

景色はまったく変わっているような気がしない。

ただ木々の下に落ちた枯れ葉を踏み歩く音だけが確かに進んでいると、実感させてくれる。

変わらない景色にもどかしさを覚えたのか、だんだん歩くスピードを上げるうちに

まるでそれに比例していくかのようにだんだん木々が風に揺れる音が次第に大きくなるのを感じた。

その風の音とともに掠れた声が聞こえた。

 

⦅行くな...。⦆

 

 

「...ん?誰かの...声?」

 

その声を聞いた途端、深の足が止まる。

一瞬聞き間違いかとも思うほど微かな声。

それでも確かに声だとしっかり認識できた。

誰かの言葉がとても過敏に感じる時期があった。

不快感を覚える耳障りな言葉の内容も

気になって仕方がなくなる。聞きたくないはずの言葉の中身が気になってしまう。

『陰でどんなことを言われているのか』

そんな不安のせいで聞こうとした言葉が

自らをさらに苦しめ、蝕まれていくことになるとはあの時の自分には想像もつかなかった。

 

その恩恵か悪影響か、人の声がよく聞こえるようになった。

 

「声質的に女性で...同い年くらい...かな?」

 

推論を立て、その内容についてすこし考えてみることにした。

 

「...行くな?この先に行くなってことか?

警告するなら、もうちょっと危険性くらい教えてくれるだろうし...なぁ...。

”行かないほうがいい”ってことならもっとやさしく言う...よなぁ...。

これ危険性さほどなさそうだし、何より

 

行くなって言われるとなんか行きたくなるな...。」

 

深は、聞こえた言葉にあえて逆らってみることにした。

ようやく何か起こってくれる。

期待に胸を躍らせ、走る。

この広大な自然の中、まったく変わり映えしないことが何よりも退屈になっていた。

やっと何かしらのイベントが起きる...そう信じて約30分だろうか。

 

「...何も起こらないじゃん。」

 

三十分走って得た結果は。

何も起こらない。拍子抜けするほど、何もない。

もどかしさはやがて苛立ちに変わり、深は期待を裏切られ、

溜息をこぼす。

 

 

 

「と、そう思うよなあ?残念、起こるんだねこれが」

 

と、突然に。

軽薄な喋り方をした子供...さながら小学生の声。

この状況を愉快そうに話す声に深が警戒する。

 

「...誰だ?」

さっきの声の主ではないと直感で理解した。

周りを鋭い目つきで見回す。

結局、周りが全然見えないのであまり意味をなさなかった。

 

それをどこからか、観察しているのか、ケタケタ笑う声が聞こえる。

深はただただ『見つけたら一発殴ってやろう』と思った。

そしてまた軽薄な声が聞こえた。

 

「うっわぁ目つき悪いなこいつ。...う~ん、じゃあさぁ、誰だと思う?」

 

 

 

 

...結論から言ってしまおう

 

『わかるわけがない』

 

多分、面白がってふざけた質問をしてきているのだろう。

その上目つきのことも。深は目つきに関しては結構気にしているのでかなりイラっとくる。

もはや答える気も失せたが、とりあえずふざけた質問にはふざけた答え方で返してやろうと

そんな反抗心と意地と苛立ちで返した一言。

 

「じゃあ、声しか出せねぇ幽霊さんかぁ?ああ゛?」

 

怒りに任せたままやけくそで回答をすると、真っ白な体をした”誰か”が現れる。

誰かといっても、親しげに話しかけてきたあたり自分のことを知っている存在であろう者。

しかし霧が濃い。誰かは特定できずその上、目や口、首、足先だけどうしてもよく見えない。

だが確かに見えた。口をニヤけさせていくと共に...言葉を発した。

 

 

「残念、僕は...。

 

------------------------------------------------------------------------------------------------------

深は、そこで目を覚ました。

 

「...ん...あ~...寝てたのか...。」

一連の出来事が夢だったことにようやく気付く。

あの奇妙な現象が夢だったことに安堵し、目をこする。

 

「そうだな、妙にうなされてたな。」

 

「うん、そうそううなさ...え?」

起きて呟いた独り言にしっかりとした返答があり、その声の主を探そうと周りを見回す。

だが、周りを見回してみてもそれらしき人は見つからない。

 

「あれ?さっき確かに...ヘブッッ」

頭にチョップをくらい、頭をおさえる。

後ろからだということにようやく気付き、後ろに振り向くと...。

 

「やっと起きたか、さて、戻るぞ。」

 

リゼがいた。

少し怒っているのだろうか、声が少し低い。

その声でやっと何があったのか理解し、また前に向きうつむく。

 

「いつまで寝てるつもりだったんだ?」

と、呆れた顔でリゼが質問する。

そろそろ怒るだろうなと深の勘はそう判断した。

ここで、深のおふざけが始まる。

 

「そうだなぁ...。じゃあ、あと十分ぐらい眠らせてくれる?」

少しからかいながら返答し、また眠ろうとする。

 

「ぶっちゃけ眠いし、というかいい感じの温かさので、そよ風が吹いてる。

この天気を楽しまないのは損だと思うなぁ?」

普段全く外に出ないくせに口だけは達者である。

実際、深は過去に一度だけ外で眠ったことがあったぐらいの経験しかないし、

それでも「外より家の方が快適」だと言い張り、友達と喧嘩したこともあるくらいのインドアだ。

 

「そうか、じゃあ眠らせてやるよ。」

冗談交じりに答えを返すとCQCという格闘術を使おうとしたのか、リゼが肩を回す。

半分冗談で半分本気なのだということも、深にはなんとなく理解できた。

それでも、リゼの力だともれなく逝ってしまう危険性に気づき、

 

「待って待って!わかったからやめろ!」

と慌てて立ち上がる。

今、死んでしまったら攻略してないゲームが攻略できなくなるし、

その他いろいろなの未練があるので死んでられない、死にたくない。

 

「そう。それでいい。あ、あとメモ帳。落としてたぞ。」

リゼからメモを差しだされ、一瞬中身を見られてないかと思ったが、

それなら勝手に見てしまったなりの反応があるはずなので、見ていないのだろうと判断し、

そのまま素直に受け取った。

 

「あ、うん、ありがと。じゃあ急いで戻りますか。」

メモ帳を受け取り、リゼより先にお店に戻る。

 

その後ろ姿を見ながら、言葉をこぼす。

 

「あいつは何を...?」

リゼのその言葉は、

『青野 深』という人間が、自分たちが考えもしない何かを見たがっているのではないか。

そう感じ、チノたちにあえて話さず隠しておくことにした。

 

「あ、やっと戻ってきました。どこ行ってたんですか?」

お店の入り口ドアのベルの音に反応して、深に気づき、

それにつられるようにココアとシャロもこちらに向く。

 

「あ~。うん、トイレ行ってたの。」

当然のように嘘をつく。

折角お店のカップを買いに来ているのに

外で寝てたなんて知られたら多分怒られる。

嘘をつくこと自体に罪悪感は全くないが、

外で寝てたことに関しては少しは感じているようだ。

 

「リゼさん、探しに行きましたけど、会いませんでした?」

チノから見ればリゼが探しに行ったのに、すれ違いで帰ってきてしまったように見える。

深は後ろを向いて確認するがリゼの姿はなかった。

 

「会ったよ。多分そろそろ戻ってくると思うよ。お、来た来た。」

そんな話をしていると、またドアのベルがまた鳴る。

 

「おいおい、置いていくなよ。」

リゼは戻るなり、深にそう言う。

本人には置いて行った自覚が全くないので、微妙な反応しかできなかった。

 

「そういえば、シャロさんを暴漢から救ったって凄いですねリゼさん。」

シャロの話を本当だと信じ切っているようだ。

 

「え?それよく勝てたな。どうやって追い払ったんです?」

いくらリゼと言えど体格的には暴漢側が有利なはず。

どうやってシャロを救い出したのか、深も割と気になった。

 

「え?シャロを暴漢から救った?そんな事してないぞ?」

 

「「え?」」

 

シャロの話を信じていた二人は話をあろうかことか当事者にその話を否定されて

何かおかしい事に気づいた。

 

「もしかしてシャロから聞いたのか?」

 

「はい。」

「うん。」

口を揃えて肯定する二人。

 

「あああ!!待ってくださいリゼ先輩!」

シャロが話を盛りに持っていたことが明るみになってしまった。

ホントのところはというと、暴漢ではなく兎から救ってもらったらしい。

 

「なんだ、面白い話かと思ったのに...興覚めだな。」

 

「兎が怖くて悪い!?」

話の真相が思ったより面白くなく、

ラビットハウスの三人がシャロを見つめていることに対し、

兎が怖くて悪いのかという論点ズレッズレな返し方をしてくるシャロ。

 

「嘘つくならつくなりにばれないようにするんだよ...。」

深がシャロの嘘のつき方にツッコミを入れるが、

シャロは全く聞いてないようだ。

 

その後色々と見て回り、

五万もするカップをぶち抜いたリゼの話のや

ティッピーが丸々入りそうなカップもあったのが割と面白かったりした。

あとやっぱりシャロはお嬢様キャラらしく、アンティークものに詳しかった。

 

その後ラビットハウス御一行はラビットハウスに戻り、シャロと逆方向に帰っていった。

 

シャロは家の前で店の前で掃除をしている千夜に会う。

確かにそれは家だ。置物にも見える家だ。

 

 

シャロは千夜にしか知らない事がある。

シャロはお嬢さまではなく、実は割と慎ましやかな家に住んでいる...




夢って言うのはその人の記憶と強く結びついているらしいですね。
深君はごちうさメンバーとはとは大きく違うところがあり、
それはこの先、深君の過去と明らかになっていくでしょう。

次は深がゲームを好む理由と本編のストーリーを混ぜてみることにしましょう。


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第十一話 背負わせるという重み

だいぶ遅れての投稿になってしまいました。
事情を説明させていただきますとテスト勉強やバイトで忙しくなり、
その上、この二次創作のストーリーが定まらないまま書いていました...。
つまりは行き当たりばったりであることをご了承ください。

さて今回は予定していた
オリジナル+ごちうさ原作です。

またシリアス重めとなっております。


夜の十二時。

ラビットハウスのバータイムの時間。

チノの父、タカヒロさんがマスターとして営業している時間帯だ。

 

その時間、上で深はオンラインゲームをひたすら楽しんでいた。

MMORPGのゲームでボスに挑戦中。チャットで連携をとり、どんどんボスのHPを削っていく。

 

こんな時間までゲームをするようになったのは、小学生からだっただろうか。

初めてゲーム機でゲームをしてから、[ゲームは楽しく遊ぶもの]だと思っていて、

それ故に、彼がやっているゲームで率いている『Breaker』というギルドはノルマも入団のレベル制限もない。

 

ただし、そのギルドには一つだけある制約があった。

それは【相手に敵意がない限り、PKはしない】(一部条件除きプレイヤーキル禁止)

【他ギルド、自ギルド問わず他プレイヤーに暴言を吐かない】というもの。

勿論、それを決めたとき友達からはPKに関しては疑問の声をあげられた。

確かにPKは、装備や資金を得ることができる。

だが、それは相手にとって全く利がなく、ストレスでしかない。

数時間分の努力がパーにでもなれば、ゲームをする気が萎えて、ゲームから離れてしまう事につながる。

ちなみに暴言に関しては、言われた相手にはストレスでしかないし、

PKと同じくゲームから離れてしまう事につながるから。

それが深がその制約をつけた理由だ。

 

深にとってはプレイヤーは[ゲーム攻略の協力者]であり、敵ではなく味方。

だから、できれば協力し合ってゲームがしたい。

それが深のゲームスタイルで、深のギルドがエンジョイ勢の受け入れ先のようになっている理由でもある。

 

 

そしてそのエンジョイ勢のギルド集団が今戦っているボスは、春イベントのボス。

自然属性という、水属性と草属性の混合属性の新ボスモンスター。

そのため草を燃やす火属性の攻撃が効きにくくなるため、この属性は攻略しにくい。

弱点属性は氷。植物は寒い環境に弱い上、水も凍ってしまうからだ。

 

問題はその氷属性の武器は強い武器が入手しにくいこと。

生産素材を落とすモンスターが一部にしかおらず、その一部の範囲ですら稀にしか出てこないレアモンスター

であるため、彼のギルドでは氷属性装備を持っているプレイヤーがギルド全体の三分の一しかおらず、

その上、物理攻撃が通りにくく、魔法に頼ることになるため、MP回復のために要員を割くことになり、

攻撃要員に半分、防御・回復要員に半分という配置予定を、大きく変更することになり

攻撃に三分の一、防御に三分の一、MPとHP回復に三分の一の配置に変更したため、

回復役のMP回復のローテーションがうまくいかず、回復に手間取っているため、

攻撃役が減っていき、残すところ10人になってしまった。

 

...どうしたらいいんだよ...。範囲攻撃で多段ヒットとかキツイぞ...。

 

深は決め手に欠ける状況に陥り、手探りで攻略法を見つけようとしていた。

クエストの制限時間はもう残り15分しかなく、削り切れるかどうかというラインだった。

当然、味方にも自らにも焦りが生まれる。

 

その時、深が昔にやっていた攻略法を思い出した。

はっきり言って自分でも無茶だと思い、決めかねる。

それでも時間は刻一刻と迫る。

ついに出した指示は本当にギルド団員が困惑する内容だった。

 

『全員に攻撃バフかけて、とりあえず無属性魔法でごり押しでいこう。防御してても仕方ないわ。』

 

...もちろん団員から『は?』の返しが川を流れる水のように流れてくる。

それでも、そうでもしないと削りきれない事は皆、感覚で理解していた。

ただ『無属性魔法ごり押し』はこのゲームでは愚策なのだ。

このゲームにおける無属性魔法は『初期装備魔法の強化』で、威力は低いし、もう攻略で使う人もいない。

それをバフで補うと言っても、普段使う魔法より劣る。

ただし、MP消費が少ないのでそこが使いやすい事もあり、周回ではよく使われる。

 

深はそこに賭けた。

MP消費が少ない分撃てることを伝え、残ったメンバーの殆どを攻撃に回し、

ひたすら撃ち続ける。団員が攻撃され続けどんどんHPを減らされていく。

それでも尚撃ち続ける。すでに残り時間5分。

団員が一人、また一人と倒れていく。イベントフィールドではアイテムドロップがないため、特にアイテム関係の問題はないが、それでも攻撃のメンバーが減るのはキツイ。

 

その中で一人、攻撃を溜め続けている団員がいた。

 

それに気づいたMP回復担当が『あいつ何やってるんだ!?』とチャットを送るまで皆気づかなかった。

そしてちょうど、その魔法が放たれた。

皆驚いた事だろう。じりじりとしか減らない体力が急にどんどん減り出した。

 

「そうか!毒属性超消費カスタムか!」

 

思わずはっきりと声が出る。

超消費カスタムははっきり言うとこのゲームではネタカスタムと呼ばれ、見向きもされないカスタムで、

そのカスタムをしている人は滅多にいないため、その事は考慮していなかった。

 

(そうか!属性付与強化してMP消費上げたから毒も威力がすごいのか!)

 

その毒で削りやすくなり、残り時間三分にさしかかった頃。

ボスが倒れ、ようやくクエストクリアされた。

 

(おっっっわっったぁ~...。)

 

クエストを終えた達成感と共に脱力感が襲う。

 

『お疲れー。あの魔法凄かったぞ!』

 

『思いつきってのもバカにできないものですね。とりあえず役に立ててよかったです!』

 

クエストの決め手になった魔法を繰り出した仲間とチャットした後、全員におつかれさまと言葉をかけてから

ログアウトし、ベッドにつく。

 

------------------------------------------------------------------------------------------------------

翌朝、タカヒロさんに呼ばれ、タカヒロさんの部屋まで行くと、

 

「昨日の夜、何があったんだ?」

 

と聞かれ、何かあったか聞いてみると、

何でもベッドから落ちた時、チノがびっくりしてしまったらしく、音の出所が僕の部屋だったので

何かあったのか不安だったらしい。

 

「そんなに不安がらなくても大丈夫ですよ。寝相が悪くてベッドから落ちただけですよ。」

 

「そうか...なら大丈夫だね。」

 

「では、僕はお仕事に戻ります。失礼しました。」

タカヒロさんとの話を終え、部屋を出て仕事に戻る。

 

「結局、何があったんだ?」

リゼにそう聞かれ、なんでそんなに騒ぐのかと思いながら苦笑いして答える。

 

「ベッドから落ちただけだよ。何でそんなに大騒ぎするんだか...。ベッドから落ちたことぐらいあるよな?」

と、リゼの質問に答えながらチノとココアにも話を振る。

 

「ないです。」

「ないよ?」

「ないぞ。」

三人からベッドから落ちた事がないとの返答。

まさか満場一致で、ないと返ってくるなんて思っていなかったので、

思わず本当か聞き返してしまったが、どうやら本当にないみたいだ。

 

「それよりチノって夜が怖いのか?ベッドから落ちる音ってそんなに大きいか?」

チノに夜が怖いのか質問する。深のチノに対する単なる疑問でもあるし、

何より怖いならば、また今度怪談でもして怖がらせてやろうという密かに考えているからだ。

 

「まぁ、怖いわけではないんですが...その...」

 

「え...なんでそんなに溜めるんだよ?なんか気になるぞ...。」

 

「寝返りを打つたびに布団をきたままベッドから離れていくのでちょっとびっくりしました。」

 

「「え...。」」

 

深のあまりにも酷い寝相のイメージができた二人は絶句してしまったようだ。

この寝相を簡潔に例えると、『人間春巻き』と言えばいいだろう。

 

一般的に言う寝相が悪いのラインをとっくに超えている。

だがこれでも、よくなっている。

前はベッドの下、部屋のドアが開いたままだったら部屋の外まで転がっていく事もあった。

 

そしてさらに驚くことに

 

「ていうか俺、昨日はベッドで寝てたのか。いつもは床だし...。」

 

最近、夜は床でしか寝ていない。

床で寝ても特に困ったことも起こらない...夜が遅いからなのか、肩こりが酷い事を除いて。

 

「ゆ、床で寝てるの!?」

「か、体は痛くないのか?」

床で寝ていることを話した途端、急に心配される。

 

「あ~...ゲームばっかりやってるからだろうな、肩こりがひでぇ...。」

ゲーマーにはありがちな悩み。それは肩こり。

眼精疲労などから起こり、ひどくなれば頭痛も起こる。

 

「あ~...肩こりが簡単にな...」  バタァン!!

突然、入口ドアが轟音をあげて開くと共に千夜が血相を変えて入店してきた。

 

「シャ...シャロちゃんが!このチラシを持ってきたの!いかがわしいお店で働いてるみたいなの!

怖くて本人には聞けないわ!どうしたらいいの!?」

...話を遮られた上、とんでもない話が入ってきた。

 

「ちょっと見せてみてくれ...あ~...」

千夜が急いで持ってきたチラシにはバニーガールのシルエットと『心も体も癒します』

という文字がデザインされていた。

まぁ、そういう風には見える。

実は深は同級生に見られても変な噂が立てられないようにマスクをつけて行ったことがある。

最初に窓から見たときには三度見した。【色々と大丈夫なのかと】。

 

(フルール・ド・ラパンは喫茶店だ。普通ではないけど、いかがわ...ああ...なんて言えばいい?)

どう説明したらいいのかわからない。

[ハーブティーのおいしいお店]...信じてくれるだろうか。

結局説明できずに、とりあえず付いてもらえるようにコーヒーを出した。

 

「どうしましょうか...」

 

「仕事が終わったらみんなで行ってみる?」

 

「俺は行かねぇよ...めんど...わかったよ行くよ仕方ないな。」

断ろうとしたら千夜とチノがムッとしたので仕方なく行く事にした。

 

「じゃあ、潜入になりますね。」

 

「潜入するんだな!?」

チノが発した『潜入』というワードに過剰なぐらいに反応するリゼ。

深はいつもこんなことになるたびに思う。

どうしてこうなったんだこの女は...と。

元々軍隊にいた父親の影響とはいえ、なんだか染まりすぎな気がする。

 

「うん、ちょっとやっぱり俺寝てくる。おやすみ。」

 

深はもうめんどくさくなり、やっぱり寝に行こうとするが

 

「よし行くぞー!ついてこいー!」

 

腕を掴まれたらおしまいだ。リゼは力が他の三人と比べ力が強く、

そこらの男子なら倒せそうなぐらいなので、振り払うことができない。

ついていくしかないと観念することになった。

 

結局、フルール・ド・ラパンの前の植木鉢辺りに潜入することになったが、

これだと潜入ではない。潜伏だ。それで気づいた。

リゼは潜入と潜伏を混同して間違えていることに。

簡単に言うと、潜入とはその場所に入り潜むことであり、潜伏は人に見つからないように隠れること。

しかもただ隠れているだけなので、きっとそのうち...

 

「なんでいるのよ...。」

 

シャロにバレた。そりゃバレバレだ。

これで窓からのぞいているのだ。バレることなど火を見るよりも明らか。

 

シャロに店内まで入れてもらった。

なんだか申し訳ない。一回来たことあるのに。

シャロにお店についての説明をされる。一回来たことあるのに。

シャロには申し訳ない。お騒がせしてすみません。本当にごめんなさい。

 

「シャロ姐さん。元凶はこの女です。本当にすいません。」

即刻、千夜を突き出してやった。

 

「千夜のせいなのね...ん?姐さん?同い年よね?」

突然の「姐さん」呼びにびっくりしているだろう。

 

そう。この中で、最もまともで信頼できる人はシャロだけである。

 

チノは常識人ではあるが変な腹話術をしている。

ココアは言わずもがな、シスコン。

リゼは軍人の親から影響を受けているとはいえ、モデルガンを常備している。

千夜に関しては祖母が経営している店のメニュー名が滅茶苦茶だったりするのは千夜のせい。

深はゲーム廃人、コミュ障。

 

そう。シャロはこの六人の中で唯一の常識人だ。

 

チノはともかく、ココアとリゼには若干気疲れする。

この二人に合わせる事はなかなか難しい。

 

そんなことを考えていると、リゼが後ろで何か頷いていた。

何か気になるのだろうか。

シャロのロップイヤーのうさぎの制服を見ている。

...これが気に入ったのだろうか。リゼの意外な一面を見た気がした。

 

ココアの提案でお茶をすることになったラビットハウス御一行。

 

(ハーブティーにも色々種類がある...なんか効能とかあるってさっきシャロは言ってたな...。)

リゼはメニューを見ながら何を頼もうかと思案しているところ、

深はウトウトと効能の事を考えながら、ゲーム攻略の情報とプログラミング言語の情報を集めていた。

 

「さっきからずっとスマホばっかり見てるけど、注文は決まったの?」

シャロがメニューをチラ見程度しかしていない深に注文内容を聞こうと声をかけるが、

 

「効能がどうたらこうたらは俺、よくわかんないし、シャロさんに任しますよ。

変に手を打って損するよか、知ってる人に任せたほうがいいしな。」

と、シャロに丸投げをする。

普段、ゲーム以外では考える気が起きない深は、本当に誰かに任せっきりになることがある。

 

「まぁ、一理あるけど...本当に飽きないのね。前も20~30分置きぐらいに見てたわよね?」

前にも深がそうしていた事があったことを覚えていたようだ。

割と短い間隔で見ていたらしく、飽きないのかとも思われていたようだ。

 

「飽きるわけないだろ、ゲームってのは目まぐるしいほどに状況が変化するんだよ。」

楽しそうに話す深は子供のよう。

 

「なんでそこまでゲームごときにそこまで...」

シャロは呆れたような目を向けた。

 

「たかがゲームされどゲームだ。おれにとっては、な。

というか皆は紅茶何にするんだ?俺はシャロ姐さんに決めてもらいますけど。」

シャロの視線に対しすこし癇に障ったのか、すこし声のトーンが低くなる。

ところが、チノたちに話しかけるときには声のトーンがケロッと戻る。

 

「ちょっと落ち着かないからその呼び方止めてくれない?」

そろそろ呼び方にイライラとしてきたのか、ついに深に

呼び方を変えてもらうように言った。

 

「うーん、私もシャロさんにお願いしようかと。」

「私もシャロちゃんにお願いするー!」

「シャロが選んでくれるのか!じゃあ頼むぞ、シャロ。」

ハーブティーに詳しくない面々は深に促されたかのように

シャロに決めてもらう事に決めたようだ。

 

「シャロさんは頼られるんだなーすげえなー。」

思ったよりうまくいったようだ。

実はこっそりと本の知識を日常で使い、実践することで着々と身につけている。

嬉しくなり、すこし口角が上がる。

 

「うるさいわね。じゃあ、ココアはリラックス効果のある”リンデンフラワー”

千夜は肩こりに効く”ローズマリー”、チノちゃんは飲みやすい甘い香りの”カモミール”

リゼ先輩は最近眠れないと言ってましたから、”ラベンダー”がおすすめです。

...アンタは、何がいいの?」

煽られたシャロはたまっていくストレスを我慢をして押さえつけながら深に注文を伺う。

 

「俺は千夜と一緒のローズマリーでお願い。肩こりはゲーマーの悩みの一つだよ。」

溜息を吐きながらシャロにローズマリーを注文する。

実際、ゲーマーは肩こりになりやすいのでこういう効能はかなりありがたい。

 

「じゃあ、深、アンタもローズマリーね。」

注文を受けたシャロは裏方へハーブティーを作りにいった。

 

「あ、ティッピーには腰痛と老眼防止の効果がある物を...」

チノが追加でティッピーの分を注文する。

 

「ティッピー大分老けてるの!?」

注文の内容がもうおじいちゃん。

どうやら中身も体自体も結構な歳を召しているようだ。

 

深はシャロが裏方へ行ったのを確認してから、四人にある提案をする。

「じゃあ何か待ってる間、何かゲームでもする?」

 

「どうやってですか?何か持ってきてるんですか?」

チノから飛んできた質問で一瞬言葉を詰まらせる。

何も持ってきてないのでできるゲームもかなり限られる。

 

「ああ、何もないしなぁ...ああ、じゃあ、クイズとかなぞなぞでも出すか。

一問目、フライパンはフライパンでも、食べられるフライパンってなんだ?」

”パンはパンでも食べられないパンはなんだ”なら聞いたことあるだろうから

少しひねりをかけ、一見そんなものなさそうな問題にした。

 

「...食べられるフライパン?」

「わからないわね...」

「わからないですね...。」

「フライパン...フライ...パン」

ココアはさっぱりわからないようで、ありもしない”食べられるフライパン”の事で

頭が真っ白になっているのか完全にぽかんとしている。

千夜とチノも考えてはみるがそれでもやっぱり思いつかない。

ただリゼだけは何かに気づいたようで、一単語ずつの意味を考えているようだ。

 

(リゼは掴んでそうだね。ほかのみんな...はわかってないな。)

その様子を見た深は思ったよりうまくいった手ごたえを感じていた。

ただリゼはなかなか賢い考えをしていた。

 

「ヒント!給食に出てくるおいしいパンだよ。」

問題を出してから10秒たってから一つヒントを出した。

高校生になってからはお昼はお弁当か学食を買って昼食をとるので

"給食"とはなかなか懐かしさを覚えるワードだろう。

 

「...わかった!揚げパンだ!」

リゼはヒントが決め手となったのか、すぐに答えた。

 

「正解!揚げる(fry)とパンの組み合わせだ。」

深は嬉しそうにリゼに正解の旨を伝えた。

リゼはかなり頭と勘が切れる、深からするといつか自らを見透かされそうな気がしてしまう。まだ他人が怖いのもあるが

女特有の勘という物で、実はもう見透かされているんじゃないかなどと考えてしまう。

 

「おーい、どうしたの~?」

ココアが目の近くで手をかざすように近づけ、手を振る。

 

「...!ああ、ごめん。ぼーっとしちゃってた。」

 

「じゃあ次の問題な?ある検事は二人の囚人に司法取引をしました。共犯である二人に対して以下の内容を話した

『本来ならお前たちは懲役5年だが、

もし2人とも黙秘したら証拠不十分として減刑する。

2人とも懲役2年だ。

だが共犯のあいつか、お前だけが自白したなら、自白した方はその場で釈放してやる。

この場合黙秘してた方は懲役10年だ。

ただし、2人とも自白したら、判決どおり2人とも懲役5年だ。』

と話しました。さてこの条件の司法取引はなんと言われているでしょう?」

 

「「「「...わからない(です)。」」」」

 

深はこういうマニアックな知識が多い。

勿論、これを知っている人は少ない。

というか、知っていても使う機会はまず訪れないだろう。

 

深がだしたこの問題はいわゆる【司法取引】に関する

″囚人のジレンマ″と呼ばれるゲーム理論におけるゲームの1つ(Wikipedia引用)のことである。

 

ちなみに余談ではあるが日本では2018年6月に司法取引が取り入れられるようになり

もしかすれば使われることはあるのかもしれない。

 

さて、本筋に戻り...チノたちは。

「チノちゃんも...千夜ちゃんもリゼちゃんもわからないんだ...なんだろ...?そうだ!お兄ちゃんに聞けば!」

皆もわかっていない中、ココアは兄が弁護士であったことを思い出し兄に答えを聞こうとしたが、

そうは問屋がが卸さない。ココアの携帯電話の画面を隠す。

 

「カンニングはいけないなぁ。ココアぁ?ほら、三人とも調べちゃダメだぞ。」

ココアに圧をかけながら、こっそり後ろで調べようとしていた三人にも圧をかける。

"イカサマして勝つ"はっきり言えばその手法は別に構わないし、すればいい。

だがそう易々とさせるなんて一言も言ってないし、してほしいとも思わない。

 

皆、この問題の答えなんてわかるわけがない。

深自体も見かねて答えを言おうとした。その時。

 

「結構意地悪なのね。ヒントぐらい挙げてもいいんじゃないの?」

ハーブティーを持ってきたシャロに苦言を呈される。

 

「お!ハーブティー来たね。じゃあ答えを言おうか。答えは【囚人のジレンマ】。これはなかなか面白いものなんだけど...説明はハーブティーを飲みながらじっくり話をしようか。」

 

シャロがポットをテーブルの上におき、お湯を淹れる。

淹れたお湯が紅く染まるのを見た深が

―思い出しそうになる。

 

―あの忌々しい記憶は、いつまでも僕についてくる。

 

「紅く染まった!綺麗だね!...どうしたの?」

ココアが()()染まったハーブティーを見て目を光らせたまま深に話しかけるが

深が苦しそうに頭を抱えているのを見て今度は心配そうに声をかける。

 

―思い出そうとするな。忘れろ、抑えろ。

荒れた呼吸を整える。

何もなかったふりをして深はなんでもない、ただの偏頭痛と答えた。

 

「大丈夫なのか?」

リゼも心配そうに話しかける。

...リゼは何か、ココアより不安そうな顔をしている。

ただの仕事仲間なのにそこまで心配するのだろうか。

 

「安心して、ただの睡眠不足の偏頭痛だよ、そんなに心配しなくていいから。」

深は苦笑いしながら言葉を返す。

チノもリゼも心配そうにしている。

ココアと千夜は偏頭痛というワードがよくわかっていないようだ。

 

シャロだけ、何かを察したのか特に声を掛けなかった。

シャロは()()()()知識があるのだろうか。

 

「ほら、みんなでハーブティー飲もうか。

ほ、ほらチノもそのハーブティーは輪切りにしたレモンがついてるよ、入れてみたら?」

 

「え?は、はい。あっ、青からピンクに色が変わりました!」

チノがレモンを言われるがままにレモンを入れるとハーブティーの色が

青からピンクへと変わる。

 

「ハーブを使ってクッキーを焼いてみました、いかがでしょう?」

シャロがハーブを使って焼いたクッキーを勧める。

 

「...おいしい!」

リゼがそう言うと、シャロは少し顔を赤らめる。

深はその反応の意味をすぐさま理解した。

 

「...うまいなこれ。毎日これとか色々甘いの食えたら最高じゃないか?ねぇリゼさん?」

 

「ん?まぁそうだが...食べ過ぎたらカロリー云々...。」

実は甘党である深はこのクッキーを毎日食べたくなったようだが、

リゼも女の子のようで、やはりカロリーの事を心配しているようだ。

 

「あれ?このクッキー甘くないよ?」

 

「え?これで甘くないっていつもどんなの食べてるの?」

実際、これはいい甘さをしたクッキーであることは確かであるし、

甘さを感じないことはまずないはずなのだが何故かココアは甘さを感じていないようだ。

後は、いつもこれ以上甘いものを日常的に食べていて、甘さに鈍感になっているぐらいしか思いつかない

 

「ギムネマシルベスターを飲んだのね?」

 

「ギムネマ...なんだって?」

突然シャロがかっこよさげな名前を言う。

あまりに突然だったので深はうまく聞き取れずにシャロに聞き直す。

 

 

「ギムネマシルベスターよ。ギムネマとは『砂糖を壊すもの』の意味。

それを食べると一時的に甘みを感じなくなるのよ」

 

ドヤ顔で説明されるとなんだか少しイラッとくるのは自分だけだろうか。

 

「そうなんだ、飲んだりするのこれ?」

効能に詳しいあたり、飲んだこともあると考え、質問を投げかけてみる。

 

「えっ...ええ。飲むこともあるわね。」

なんだか微妙な反応なシャロ。

少しいいにくいということは何かしらの事情でもあったんだろう。

深は察して聞くのをやめた。そこまでして聞くのはかわいそうだ。

 

 

 

 

「ふぅ...。」

飲み終わったカップを机におき、背伸びをする。

ハーブティーはかなり美味しかった。

こういういい効能のある嗜好品は個人的に好きだ。

 

「たくさん飲んじゃったわ。あ!なんだか肩が軽いわね!」

千夜がニコニコしながら話をしているのを見て、

なかなかよさそうなところだとやっぱり思う。

...ロップイヤーの制服の事を考えると少し入りにくくはあるのだが。

 

 

「私も少し元気になったような気がします。」

チノも千夜のように、体が楽になったようだ。

ハーブの記述のある本を探して読んでみよう。

ネットより本の方が確実性がありそうだ。

 

「リラックスはしたけどそれは流石に...」

しかし、リゼの方はそうでもない...こともないようだ。

リラックスはしているがそこまでではないようだ。

やはり個人差だろうか、それともプラシーボ効果というやつなんだろうか。

 

「いやーホントになんか疲れがとれ...」スー...スー...

なんだか眠たくなり、たちまち眠ってしまう。

ゲームイベントがあったりすると寝ない日もあるので、相当体にきていたのだろう。

 

「店で寝るな深...ココアも!?」

深を起こそうと、リゼは体をゆするが、それでは起きない様子。

さらにココアまで眠りに入り出す。店で眠ってしまうのはよくないことなのだが、

人間の三大欲求の一つ、逆らい続けるにもやはり限度がある。

 

「二人とも寝ないでください...ココアさん、深さん。」

チノもリゼと一緒に二人を起こそうと頬をペシペシ叩いてみたりする。

チノはココアを、リゼは深を起こそうしてだんだん頬を叩く勢いを増していく。

 

「いたっ、痛いよ!ちょ、チノちゃん痛い痛い!」

「痛ぇ!ちょっと手加げ、痛いっておい」

 

「起きない二人が悪い(です)。」

痛みに声をあげながら痛みを訴える二人に対し、無情にもしっかり起きるまで叩き続ける。

確かに自分たちが悪いのだが、頬が赤くなってきてもなおやってくるのはやりすぎではないだろうか。

 

ラビットハウス御一行+千夜は席を立ちお会計を済ませ、店を出ようとしたとき

 

「...ああ、すまんみんな先に帰っててくれ。」

深がチノたちに先に帰るようにと言い出したのだ。

なくしものを探しているわけでもないようなのだが、何かあったのだろうか。

 

「?...どうしたの?」

当然、何があったのか気になったココアは聞こうと話しかけるが、

深は「少しシャロさんと話がね。すまん、後で言うから。」と、お茶を濁すような返し方で話を終わらせる。

 

 

「じゃあ、私たちは帰るね、シャロちゃん頑張ってね!」

特に気にするようなそぶりもせず、シャロに一言元気づけるように言ってから

みんなと一緒に店をでる。それを確認してから、シャロの方へ向き直った深はこう切り出す。

 

「話って何?」

突然、話があると言われ二人きりになる、シャロとしては少し気まずい雰囲気だ。

 

「シャロさん...俺はアンタを信用してる。常識人だと思ってるからな。」

「...そこで頼みがある。実は―――」

その内容を聞いたシャロは...絶句してしまった。

全てを察してしまったのだ。

 

 

 

「...ああ、そうだ。物わかりの早い人で助かった。」

その顔を見て、シャロが全てを察しているのを理解した。

やはりシャロも頭が切れる人のようだ。やはりシャロが適任だったのだ。

 

 

「それをリゼやココア達に知られないようにしてくれ。頼む。」

そう言葉をつづけると深もシャロも苦いものを飲み込んだような顔をする。

 

「そう...。そこまでの事情があるなら。」

少しショッキングすぎただろうか、でも仕方のない事だと自分に言い聞かせる。

こういう心に負担のかかるようなことはさせたくなかった。

でも自分の居場所を守りきるためには自分の知らないところで知られないように手を打つこともしておかなければならない。

 

「ごめん...負担になるかもしれないけど...君にしか頼める人がいないんだよ...。

時間をとってすまなかった。じゃあ俺も帰るから、仕事頑張ってな。」

苦しそうなシャロにお詫びを兼ねて言葉をかけ、店のドアへ手をかける。

 

「千夜だったよな?あんたの幼馴染の名前。」

 

「...ええ、そうよ。」

シャロにあの女の子の名前を確認する。

人の名前を覚えるのが苦手な深は本人に聞ききにくいため、その友達にコッソリ聞くことが多い。

 

「大事にしなよ。失ってから気づくのが一番辛いから...。

今度は深が苦しそうな顔をする。

背負わせてしまった罪悪感と、昔の親友を思い出すような存在のいる彼女がどこか羨ましい。

そして、自分の同じ過ちを繰り返させないように。また言葉をかける。

 

涙が一滴、頬を流れる。こらえきれない悲しみが溢れ出してしまう。

見られるのも恥ずかしいため、すぐに店を出る。

 

「はいはい、わかっ...え?今なん...行っちゃった。」

微かに言った言葉がしっかりと聞き取れなかったため聞き直そうとするが、退店していく深に聞き直すことはできなかった。

――確かに、過去という重圧が今も深を苦しめている。




この、「過去」が深の性格に影響し、話の中の頭痛の理由にもなっています。
これも後々、詳細が出てくるのですが、深が知られてはならないと考えている理由。

ただひたすらゲームを楽しもうとする理由。
彼のそれすらもその過去に起因します。

さて次回は...ごちうさの雨回です。次回はほとんど深君出てきません。


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第十二話 雨音と電子音

皆さん、長らくお待たせしてしまいました。
テスト勉強、バイト、ごちうさキャロソロシリーズを聴きこんだりと
色々あって投稿が遅れました。

前回のあとがきで深君は出番少ないといいましたが、
名前はバンバン出てきます。


「...雨か、いつも以上に人が来ないな。なあティッピー。」

深はティッピーに話しかける。

多分、深だけティッピーの声が"チノが腹話術で出している声"でないことに気づいている。

そして、その中にいる精神が誰かも大体わかっている。

だからこそ、あえて"いつも以上に"と言った。

 

「うるさい!お前が言うでないわ!」

ティッピーはやはり、苛立ちを覚えたのか強く言い返してきた。

 

「はいはい、わかったわかった。」

軽く聞き流す。これで深はもう確信を得たようだ。

絶対にチノのじいさんだ、と。

むしろなぜみんな気づかないのか。深は少し不思議に思った。

 

「二人が来た時には晴れてたってことは二人のうち誰かが雨女か。」

そういえば二人が来ていることを思いだした。

シャロと千夜が珍しく来店していた。

 

「誰が雨女よ。」

「そうなのかしら?」

 

シャロはムッとして、千夜はニコニコしながら雨女と言われたたことに反応を示す二人

面白い事に二人の反応はまるで反対であった。

 

「...雨か...。」

雨の日は決まってよくないことが起こる。

人生経験上、雨に狂わされ...今もこうして、頭が痛い。

 

「少し裏に行ってくる。少しの間よろしく。」

少し感傷に浸りすぎてしまった、とりあえず何か悟られては困る。

裏にいって感情を抑えることにした。

 

「わかった。」

 

(深...リゼ先輩ともココアともあまり話さないのね。)

シャロは前の事で深が気になって仕方ないのだろう。

あんな重苦しい話をされては気になって仕方ないのだろう。

 

「どうしたのシャロちゃん?深君がどうかしたの?」

そんなシャロを気にして、千夜が様子をうかがおうとシャロに話しかける。

 

「なんでもないわ。」

 

(なんだかシャロ、変だな。深を変に気にかけてるような...?)

やはり、いつも同じ学校でいる分、リゼの方がシャロの違和感に気づくこともあり、

シャロが向いた方向が深が行ったドアの方向だったこともあり、深と何かある、と理解したようだ。

 

(先輩に怪しまれてるわね...。とりあえず深のあの話は知られないように話を自然な方向へ...)

もちろん、シャロもそれに気づき、特に近いリゼにすら悟られないように、

話を逸らせるほうに持っていこうとする。

 

「深ってみんなと話したりしないのね。」

割と自然な方向で逸らそうとはしているものの、

深の話から他の人物に対象を変えるまでには回らなかったようだ。

 

「...確かに部屋から出てることも少ないね。ずっとゲームの音とかがしてるよ。」

部屋が隣であるココアが言うのだから確かだ。確かに深はゲーム好きだ。

だからといってゲームだけでもないようだ。

 

「私はココアちゃんとばかり話してるからあまり気にしてはなかったのだけれど...

確かに話し掛けられることはあまりないわね。」

千夜は基本ココアに話し掛けに行くため、あまり深と話すことはない。

 

「確かに。言われてみればそうですね。仕事内容とかは聞かれたりしますけど...。」

チノによると仕事内容を聞いてはいるが、話すことはあまりないらしい。

三人とも一貫して「深は誰かと話すことがあまりにない」ということがわかる

 

「そうなのか?そういうイメージがないけど...」

リゼだけは、そうでないように感じているらしい 。

チノはその言葉を聞いて頷きながらリゼに答えた。

 

「...確かにリゼさんのいるラビットハウス開店時間では話をしたりしますが、

深さんから話を振ることはそれほどなかったはずです。」

…そう、なぜか他人と話すことをあまりしようとはしない。…その理由を知っているのは彼自身、そして家族…そしてシャロ。彼らだけ。

 

「確かに言われてみればそうだな。なんでだろう。...シャロが前に深と話してた時には何か言ってなかったか?」

チノの話に納得したリゼは心当たりのありそうなシャロに話を振る。深と話をした時に何か、手がかりがあると踏んだのであろう。

 

「いえ、特にそういう話はしてませんでしたよ?」

シャロは、仕方なく。仕方なく嘘をついた。

シャロも本当ならば憧れの先輩に対して

嘘はつきたくない。

といえど、あの話を聞いたシャロは隠さなければならない事実。

 

「ねぇ、そういえば何の話をしてたの?結局聞いてなかったよね?」

ココアは前にシャロと二人で深が話していたときの内容が気になっていた。

 

「そういえば、そうね。シャロちゃんと深君はなんの話をしたのかしら?」

ココアの話を肯定しながら、シャロに詰め寄る。

―あれは...語ることもはばかられるものだ。

 

(あ...話がどんどんあの話に近づいてきてる...!?どうしよう...?)

シャロは、本来逸らすはずのはなしに、何故か近づいていく事に、多少混乱していた。

 

「ああ、そういえばそうだったな。なんの話をしていたんだ?」

リゼも少し気になっているのだろう、シャロは無理やりながらこう返した。

 

「...学校でのリゼ先輩ってどんな感じかどうか、って話でした。」

自分でもかなり苦しい嘘だとシャロは思った。が。

 

「ああ~...そういう話だったんだな?」

なぜかリゼは納得した。

 

「あ、ああはい。そうです。」

...思ったより話が円滑に進んでいる。

 

(...それはシャロに聞いたほうがわかりやすいか。なら納得だ)

 

(なんとか話を逸らせたわ。危なかった...。)

 

「シャロ、コーヒー苦手なんだろ?無理しなくていいんだぞ?」

シャロはカフェインにより、ハイテンションになる。

それを避ける為にも本来は飲まない方が良いのかもしれない

 

「少しなら大丈夫だと思うので...いただきます。」

シャロは少しならとそのコーヒーを口へ運び、それを飲み干すと…?

 

 

 

「いっっえーい!チッノちゃんふわふわー!!」

深が表へ戻ると、そこにはカフェインでハイになったシャロがいた。

 

「あっれー!?中学生がいるよー?」

しかもシャロは深を中学生と間違えているようだ。

深はそもそも身長は高い方ではない。

 

「...怒らない、怒らなっ...い...。」

少し気にしてはいるので、イラっときているようだ。

それでも怒りを抑え込もうと我慢している。

 

「かっわいい~!!チノちゃんの友達?」

だが、ダメ押しをくらう。

深は裏へ行ったかと思えばガタガタと音を立てながら

何かを取り出すなり戻ってきた。

 

「よーし...〇にさらせこんのォ!!」

右手に木刀を携えて戻ってきた。

構えてシャロの頭へ今にも振り下ろそうとする深を

リゼは慌てて制止しようと手を抑える

 

「待て待て待て!木刀はやめろ、危ないから!」

リゼは必死になって深を抑えている。

木刀は今にも振り下ろそうとされている。

 

「酔ってるときは本音が出るもんなんだよ!!てめぇ絶対しばいてやるバカにしやがって!」

人と言うのは酔ってるときに本音が出てくる。

酒の席でつい口を滑らせてしまって、乱闘騒ぎになった様子を見たことがある。

その後警察にしょっぴかれたところまで見たところがあるので、

酒とは恐ろしいものだと思う。今回も漏れずその例なのかもしれない。

 

 

「ココア協力しろ!深を止めてくれ!」

リゼは慌てながらも、ココアに助けを求める。

リゼでもひとりで押さえるのはキツそうだ。

 

「ちょっと待って落ち着いて深君!」

ココアも止めにかかるが、それでもまだ木刀で殴りかかろうとする深を止めるのは

困難なようで、二人に押さえつけられながらも少しずつ前に進んでいく。

それから5分近く経ってから...

 

「「はぁ...疲れた。」」

二人とも疲れ切っていた。

普段でもリゼぐらいの力があるのだから興奮状態であればなおさら強い。

二人がかりでもなかなか大変だったようだ。

 

「こんな短気だとは思いませんでした...。」

チノは珍しく怒りをあらわにした原因が中学生に間違われただけということで

チノはいつもは飄々としている深の意外な一面を見て、すこしびっくりしたようだ。

 

「人のコンプレックスに触れるこいつが悪い。」

一方、深は店の中で木刀を振り回そうとしておいて、

あたかも自分は全く悪くないかのように完全に開き直ろうとしている。

 

「多少は堪えろよ...。」

リゼの言うこともあながち間違いでもない。しかし、

大事なことはそこではないことを、みんな気づいていなかった。

...あまりにも意外過ぎてみんな頭から抜けてしまっていた。

深はキレると意外と怖いという事実に、気を取られていた。

 

 

さて、そんな一波乱を終えて、

「雨激しくなってきたな。風も強そうだし、これ家に帰るのきつそうだな。」

雨が激しくなってきた。カッパなしで帰ればびしょ濡れになってしまうのは避けられない。

こういうときは雨を止むのを待つのが普通であるのだが、

 

シャロが眠ってしまっている。

あんなにはしゃいだ後疲れて寝てしまった。

つまり、シャロを起こすかそのまま連れて帰るしかないのだが、

シャロは起きそうにない。

 

「迎え呼ぶから。」

リゼはそういってスマホを手に取り、家に連絡を取ろうとするが、

 

「私が連れて帰るわ!」

と千夜は力強く立ち上がる。

この雨の中、自分と同じくらいの体重のあるシャロを背負いながら帰るのは、

何か事情があっての事だろう。そうでなければ迎えを呼んでもらうという提案を断る理由がない。

 

「大丈夫よ!じゃあ!」

...この雨の中、何が大丈夫なのか全く意味不明である。

帰るころには服がびしょ濡れになるだろう。

 

「千夜ちゃーん!!」

無理して帰ろうとした千夜は店をでて数歩歩いた後力尽き、

水たまりの中に顔を突っ込み倒れこんだ。

その様子を見たココアが絶叫する。

 

「言わんこっちゃねえな...。」

深はあきれ顔で溜息をつきながらそう言って

二人の肩を抱え、店の裏に連れていく。

抱えながら、なぜかシャロの顔を見た深は、

薄く隈のできたシャロの顔を見て、また顔を苦く歪ませた。

 

 

 

 

 

 

「とりあえず先にお二人はお風呂へどうぞ。」

チノはお風呂の準備を済ませ、二人に風呂に入るよう促す。

 

「...部屋でゲームするか。さてどんな感じかな~...。」

深は二人を背負った後、疲れた顔で部屋に戻ろうとするが、

部屋に入ろうとしたとき、その後ろからココアが

 

「二人が来てるんだから話すればいいのに~...。」

といってこちらへ歩いてくるのが見えた。

深は人の部屋に入るのが好きなわけではないし、

実のところ...

 

「男として女の子の部屋に入るのは気が引ける...。」

単に気が引ける、ただそれだけである...というのは当然嘘である。

そこは「相手の領域」で、そこでは相手のペースに従って行動しなければならない。

そこで何をさせられるか...という懐疑心があったから故であった。

 

「あ、そういう理由があったんだね。」

ココアは先ほどの嘘をどうやら疑いもせずに、

ただ残念そうにしょんぼりしながら、チノの部屋に入っていった。

 

(本当は自分の部屋じゃないと落ち着かないし、何より...。)

 

(しなきゃならないことがある。その為に仕方なくなんだ。)

そう自分に言い聞かせながら今度こそ部屋に入ろうとすると、

 

「...ゲームしたいだけだろ?」

リゼが今度はそういって腕をつかんでいた。

 

「そうじゃない、ていうかなんだよ、そんなに来てほしいのか?」

深はただゲームをしたいがためにココアの誘いを無視したと思われているらしい。

なんだか、そんな自分勝手な人間だと思われているのは少し癪に障った。

...確かに自分のため、自分への戒めのためではあるが。

 

「え、いや別にそういうことじゃなくてだな、その、みんなが来てるなら話していこうって意味で...。」

リゼは怒らせてしまったのかと思い、弁明を試みて、どうにか来てもらおうとするが、

 

「俺の話は...するつもりはない。残念だけど、俺なしで進めてくれ。」

その努力空しく、結局深は参加しないと伝え、そのまま部屋に入っていってしまった。

リゼもあきらめて、チノの部屋へはいって行ってしまった。

 

 

「深はホントに部屋に来なかったな。」

あの後、深は少しも部屋に来る気配すらなく、少し寂しがっているリゼ。

それを聞いているのかいないのか、ココアは掛けてある服に目が留まった。

 

「あっ!これチノちゃんの制服だよね!サイズぴったり!」

チノが学校に行くときの朝に着ていく中学校の制服を見つけたようだ。

 

「そうですけど...何勝手に着てるんですか」

気づいたときにはココアがそれを着ていた。

なぜか勝手に着だしたココアに驚いたチノは、よく見たらサイズが結構ぴったりなことにびっくりした

 

「ほんとにサイズぴったりだな...。学校にいてもバレなさそうだ...。」

リゼもちょうど同じことを考えていたようで、しかも学校にいてもバレないと言われてしまうレベル。

まぁ、実際大丈夫かもしれない。

 

「そう!?ちょっと行ってくるね!」

それを本気にしたココアは中学校に行こうとするが、

 

「外は大雨ですよ!?」

とチノが驚きながらも声を掛けるが、問題はそれ以上に

本当に学校に行かれたら事態の収拾がつかなくなってしまう。

 

バカダッテコトハワカッタカラ...。 ヒドーイ‼

 

偶然、どこかへ行こうとする深がその姿をみて、嘲笑しながらも部屋にココアを戻し、

ココアはそれにむすっとしながら戻ってくる。

 

「...何がしたいんでしょうか?」

チノはココアがしたいことがよくわからず、隣にいたリゼに問うが、

 

「私に聞かれてもな...。」

リゼに聞いてもそれがわかるはずもなく、ただただ困惑していた。

 

 

 

一方、風呂に入った千夜とシャロは。

「...ねぇシャロちゃん。」

突然、心配そうにシャロに声を掛ける千夜。

 

「何よ。」

それに対し、先ほど酔った時の事を話され

すこし恥ずかしがりながら言葉を返すシャロ。

 

 

「悩みごととか...あったりしない?」

千夜はシャロが何か抱え込んでいるのではないかと心配して声を掛け、

どうにか解決してあげようという幼馴染の気遣いであった。

 

(...千夜に気づかれてる?)

当然、隠しておかなければならない、シャロはようやく、これからこれを隠し続ける事に対して

心配になりはじめた。千夜やリゼに隠し通すのは困難になる予感が頭によぎるが、

―あれほど、苦しそうに過去を告げた深を裏切るようなことをすれば...。

 

「特に何もないけど?」

そう。これから、シャロは二~三年間、深の過去を知られないようにしていかなければならない。

あれほどの過去を抱え込んでいるのなら、精神なんてとっくに壊れているはずなのに。

今にも消えてしまいそうな灯火がなんとかそれを保っているような、あまりにも微かで弱い、

あれこそが"青野深の本質"だと。

 

「え、違ったの?じゃあ考え事?」

千夜は先ほどの嘘をサラッと信じたのか、それとも気づいていてあえて聞かなかったのか、

それ以上問おうとはしなかった。シャロとしてもそれはそれで助かるのだが、

 

(全然バレてなかった...びっくりした~...。)

シャロはただ、バレていていないことに安堵しながら、天井を見上げる。

 

(シャロちゃん、何かあるような気もするのだけれど...。)

千夜は、何かが引っかかっている様子で、シャロを見つめていた。

 

 

 

「...ん?今ドアのベルの音がしたんじゃが...。」

そのころ、バータイムでカウンターにいたタカヒロとティッピーは

先ほどまで駄弁っていたのだが、ドアのベルが鳴ったのを聞いた直後、

すぐさま客を迎える体制に入るが、そこには誰も入ってきた跡がなかった。

 

「ああ...誰も来てないし、まぁドアが風で少し揺れたんじゃないか?」

タカヒロはドアが風で揺れたのだと思い、ティッピーに話しかける。

 

「そうかの...?」

今まで風でドアのベルがなったことがなかったので妙に思っていたが、

店の老朽化が激しい今、それもあるかもしれないと考え、

その考えをすこし腑に落ちないながらも受け入れた。

 

「そうだろ、現にまだ誰も来てないし」

ここは昼でも夜でも客足が乏しいようだ。

改めてティッピーはこの現状に落ち込む。

 

 

 

「なぁ、深。少しは私達と話ぐらい…あれ?」

リゼは、風呂から出てきたシャロと千夜を含めた五人と少し話してから、

深を連れてこようと深の部屋の前まで来たようなのだが、

リゼはノックしても呼んでも全く返事がないことになぜか胸騒ぎがした。

 

「どうしたのリゼちゃん?」

リゼが珍しく落ち着きのない様子を見て、

リゼに何があったのかと廊下の先を見ながら聞くココア。

 

「深...どこ行った?」

まさか外に出たんじゃないかと考えながらも、そういえばココアは深と廊下ですれ違っていたことを

思いだしたリゼは心当たりがあるであろうココアに焦りながら質問する。

 

「え...?トイレじゃないの?」

ココアは一番ありえそうな場所を答えてみたが、リゼは首を横に振った後、

 

「いや、さっきトイレ行ってきたばっかりなんだ。誰ともすれ違ってないし、深は基本部屋にいて、出てくることも全然ないんだろ?」

トイレに行ってきてから深の部屋の前まで来たのだからトイレにいないのはわかっていた。

なら、あとは部屋にいるものだと思っていたが、来てみたら返事もない上、

PCゲームのテクノBGMがただただ繰り返されているのが、何か無性に不安感を煽る。

深は基本的に部屋にいるのはココアやチノから聞いていた、念のための再確認としてもう一度聞きなおそうとココアにもう一度そのことを聞くと、

 

「うん...どこにいったんだろう。」

やはり、その通りだった。

そうなるといよいよ、深の行方が全く分からない。

二人はだんだん心配になってきて、他に深が行きそうなところを考えていると、

その後ろから不規則な足音が聞こえてきた。

 

「いるよ、後ろ後ろ」

とリゼの肩に手を置きながら声をかける。

 

「わぁあっ!?」

暗い廊下でそんなことされれば誰でも驚く、それはリゼも一緒で、

思わず裏声を出しながら体が跳ね上がる。

 

「そんなびっくりしなくてもいいじゃないか。」

と溜息をつきながら苦笑いする深。

 

 

「...ん?なんかだるそうだな。どうした?」

ただ、その深の声から若干疲れている雰囲気を感じ取ったリゼは

深はその原因が気になり、深の体調に何かあったのか聞くと、

 

「そうかな?自覚がないだけで疲れてるのかなぁ...。」

本人には自覚がないらしいが、はたから見ればやはり違和感を感じる。

 

「ああ、あまり無理をするなよ。」

どれだけゲームに熱中しているのかは想像がつかないが、

無理をして仕事に支障があっては困るので、それだけは気を付けるように声を掛ける。

 

「いやこれもつぐ...。勉強の一環だし。」

何かを言いかけた深は、詰まらせながら、勉強と言い直した。

勉強しているなんてココアからも聞いたことがなかった。

 

「...べんきょう?いつもゲームばっかりらしいけど。」

リゼは深が珍しく勉強していると聞いてから、いつもゲームばかりだと聞いていたことを伝えると、

 

「…そうだっけか。…ああ、そうだったな。」

と、まるであまり覚えていないような返答をされ、今度は強烈に違和感を感じた。

 

「…?どうした?」

いよいよ本当に体調が悪いのかと様子をうかがおうとするが、

 

「いや、なんでもない、今日は寝るよ。」

ただ、なんでもないとだけ返され、ふらふらと歩きながら部屋に戻ろうとドアに手をかける。

 

「ああ、おやすみ。」

リゼは深と話すことをあきらめ、深におやすみとだけ言い、ココアと一緒にまたチノの部屋に戻った。

 

 

 

 

「あはは、やっぱりみんなで話してると楽しいね!...深君はどうしてか出てこないけど」

ココアはとても楽しそうに話しているが深が全く部屋から出てこないことがやはり気がかりなようだ。

 

「まぁ、仕方ないんじゃない?体調悪いんでしょう?」

体調が悪いのだから仕方ないと千夜は言うが、千夜も気になっているようだ。

 

「そうだ!この機会にみんなの心に秘めてる話をしてほしいわ!」

気分転換にみんなの話を聞こうと、千夜は話題を振った。

 

(これって好きな人告白する流れよね...どうしよう...心の準備なんてできて...)

突然、告白させられる事になり、全く心の準備をしていないシャロは頭を悩まされていた。

 

「怪談を教えて♪」

この流れでまさかの怪談になった。

千夜の目は何かに恋をしたような目だが、まさか幽霊に恋でもしているのだろうか。

 

「怪談なら...うちの店にあります」

まさかチノから話し出すとは思わなかったが、ラビットハウスにあるということは、

ココア、リゼ。そして深もその怪談のある店にいるということだ。

 

ココアとリゼは固唾を飲みながら話を聞いていたが...

聴いているうちに幽霊の正体がわかってしまったので怖くなかった。

 

そして、シャロの順番が回ってきた。

(何も怪談なんて...そんなもの...あっ。)

 

たったひとつ思いついた話をシャロは話し始めた。

「呪われてしまったある男の話」を...




実は深君の設定はあまりちゃんと作ってはいません。
作っては没、作っては没と
なかなか進まないこともあり、それで投稿が遅れてしまったのもあります。

彼が言いかけた"つぐ..."とは何の事なのでしょうか、そしてシャロが語る怪談の内容とは

次回「弱さを呪った男」


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第十三話 弱さを呪った男 

やっと書けました...。
長らくお待たせいたしました。

二つの案のうち、二つ目の方を今回投稿させていただきました。


あるところに黒狼(コクロウ)と呼ばれた男がいました。

 

性格は卑怯で狡猾。その男に喧嘩を売れば、よくて大怪我、

最悪、肋骨などを折るまで殴られるほど、容赦のない人間だったそうです。

嘘で騙す、交渉すら自分だけに有利な方向に持っていくこともする。

そんな鬼畜の所業を素で行うような人間だ、と。

 

これは、そんな彼の過去の話です。

彼は昔、今の彼とは真反対の人間でした。

やさしさに溢れる、明るい人間だったそうです。

ただ、ある事が原因で親友を喪い、その世界に絶望を覚えた

その先、黒狼と恐れられる男はその一週間後、

誰かと入れ替わったかのように、今の彼の性格になったそうです。

 

それから、みんな彼には、喧嘩を売ったり、トラブルに巻き込んだりすることは

暗黙の了解のようにしなかったようです。

彼は、ただ暴力で抑えつけるのではなく、精神まで屈服させるために。

ただ力を求めるようになっていました。

 

友を喪った過去から狂いだした人間は、過去を呪い、何かを求め、力を獲た。

それから彼は、元いた学校を卒業後、ある街の学校へ入学したそうです_________________________________________________________________________

 

 

リゼは黒狼という名前を聞いたことがあった。

最近、学校で小さなうわさになっていた、黒フードの男の話だった。

町はずれのゲームセンター、時折、不良がカツアゲをしているらしい。

それを思いだし、そのある街がどこであるか察し、念のためにシャロに確認を取る。

 

「まさか、ある街って…ここ?」

 

シャロにそれを問うと、シャロは頷き、言葉をつづける。

 

「…そうです、それも皆が知っている人の話です。」

 

ココアや千夜がざわつきだす。

ここにいる全員が知っている人間といえば、別々の学校の生徒である私たちがいるこの場所。

別々の学校である私たちがあっているラビットハウスしか心当たりがない。

 

じゃあ誰か、リゼは理解しかけていた。

でも確証がない。信じたくなかった。

明言されてないにしろ、きっと黒狼は、あらゆるものを壊した。

そんな思考を続けているのを横目に、ココアたちを見る。

 

「私達も?そんな子いたっけ、チノちゃんは知ってる?」

ココアには全く心当たりがないようだ。

深はココアたちに自分の過去を話すことはしなかった。

ココアやチノにやさしく接する深がそんな人間だと全く疑っていないのだ。

自分に心当たりのないココアは、チノに心当たりがないか聞くと、

 

「いえ、聞いたことがないですね。」

 

やはりその返答だった。チノもココアも気づいていないし、どうやら千夜も気づいてはいないようだ。

心当たりがあるのは、リゼだけだったが、それ以上にリゼは一つ、違和感に気づいた。

"なぜシャロだけ黒狼の過去を知っているのか。"

 

(私達が知っていて、この街の学校に入学した男...やっぱりあいつしかいない。

それならどうして、ココアやチノに隠したまま、シャロに話したんだ...?)

 

リゼは考えれば考えるほど、疑問が生まれていくもどかしさに頭を悩ませ始めた。

なぜ、関係の薄いシャロに話したのか。目的はなんだったのか。

そしてなぜ黒狼と呼ばれたのか。

浴槽に溜めたお湯がこぼれるように、全ての疑問が頭に入りきらない。

複数を一気に考えようとして、頭がこんがらがってくる。

 

「リゼさん?どうしたんですか?」

 

そんなリゼを見かねて、チノが心配そうに声を掛けてきているのに今まで気づかなかった。

リゼはもう気づいていた。黒狼とは青野深の事で、そしてシャロは深本人から

何らかの理由でその話を聞いている。

 

(これは…チノにもココアにも言わない方がいいな、

ココアと千夜はともかく、チノは怖がっている。深がそうだ、なんて伝えたらチノは深を避けるかもしれない。

関係を悪化させるのは避けたいが、チノに不安を残すのもな。)

 

リゼは流石にそれを話す気にはなれなかった。

そもそも、なぜこれをシャロが変に遠回しに話したのか。

きっと普通に伝えられなかった理由があったはずだ。

なら、深が黒狼であることを言わずに、チノたちに不安を取り除くには...。

 

「実は、黒狼に会ったことがあるんだ。」

リゼは黒狼に会ったことがあると伝えた途端、チノとココア、そして千夜に伝える。

それを聞いた途端、チノとココアが血相を変え、けがはなかったか確認しようとする。

千夜は状況についていけなかったようで、完全にボーっとしていた。

 

とりあえず二人を落ち着かせ、とりあえず自分の予想だけでも伝えてみることにした。

深のメモを拾ったことで、彼の性格を知る一つでもあって、それはそれで幸運だった。

 

「会ったことはあるが、そこまで悪いやつじゃないと思う。

誰かに自分から喧嘩を売るわけでも絡みに行く訳でもないようだから、

多分、チノやココアには危害は加えないだろう。」

 

伝えてみると、ココアは安心しているように見えたが、チノだけは何か落ち着けないようだった。

するとチノは、いつもより神妙な顔でこう聞いてきた。

 

「なんでわかるんですか?」

 

確かに根拠はないし、ただの推測であることは間違いない。

それでも、青野深が根からの悪ではないと信じていたいと、そう思うリゼは

それに対し、話から推察できる内容を語った。

 

「あいつが力を使うのは喧嘩を売られたときぐらいじゃないか?

なら、必要以上に警戒する必要性はないと言っていいと思う。」

 

不良の件も、話の友達の情報から考えられることは、

『危害を加えようと人間に対する防衛、もしくは攻撃』だと

考えたリゼは、『故意に危害を加えなければ黒狼としての彼は何もしない』

可能性を考えた。

 

「でも、どうしてこの街の学校に来たんだろうね。

この街には、そんな性格の子は見たことないし、喧嘩を売る子もいないし。」

 

ココアはそもそもどうしてこの街の学校に来たのかを考えていた。

全く心当たりのないらしいココアは、自分の学校の生徒の中から考えたようだ。

それでも、ココアのクラスはそんな性格の荒んだ人はいない。

学校でそもそもそんな子を見かけることが、今までなかった。

 

「確かに、そんな子はいないし、そういうことは先生がしっかり見てるはずよ。

少なくとも私たちの学校はそうよ。」

 

千夜は自分の学校の教師たちを信じているようで、そんな人間はいないと否定している。

二人ともその男が青野深であることに全く気付いていない。

 

「こっちにはそんな素行の悪そうな生徒はまずいない。そもそも女子校だしな。」

リゼ達の学校は秀才でかつ素行のよい生徒しかいない。

その上、いわゆるお嬢様学校なので、女子しかいないので、

まずリゼの学校はありえない。

 

「私たちが知っている人…シャロちゃん、それはいったい誰なの?」

まだ、ココア達は気づいていないようだった。

話をしたシャロに答えを求め、シャロはその男の名前を言おうとした直後、

突然、チノの部屋のドアがいきなり開いた。

 

そこには、その青野深が、静かに立っていた。

シャロは動揺し、リゼはそれに気づいた時に、確かにシャロが深く関係していることを確信した。

その一方、チノ、ココア、そして千夜は何も気づいていない様だった。

 

そして、二人は口を開こうとする深を警戒する、そんな中、深が発した言葉は。

 

「皆、俺の部屋に入ってないよな?」

 

そんな、日常的に交わされるような言葉だった

二人は、無意識のうちにしていた警戒を解き、あとの三人と一緒に首を横に振った。

 

「まぁ、そうだよな。…あれどこいったんだ?」

 

深自体もそんな気がしていたようで、ため息をつきながらドアを閉じようとしたところ、

 

「あれってなんですか?探すの手伝いましょうか?」

 

と声を掛ける。

深はそれを聞いて少しうつむき、すこし考えたような顔をし、

息を少し吸うと、ゆっくりと頭を掻きながら言葉を発した。

 

「思い出の詰まった…箱、ちっさい木箱だよ。大丈夫、すぐ見つかるって。」

 

一瞬、酷く苦い記憶が脳裏をよぎり言葉が詰まるが、無理やり鞄に荷物を押し込むように、

言葉を続け、すこし笑ったような顔を見せた。

 

 

チノの部屋のドアを閉め、酷い眠気に襲われながら階段の扉を開け、眼前に見えたドアを開けると、

そこはディープな雰囲気を醸し出す、喫茶店としてのラビットハウスでない、

バーとしてのラビットハウスがそこにあった。

 

そこはいわゆる大人の世界だった。

その中に子供が一人、その世界に足を踏み入れた。

 

ドアの開く音に気づいた、バーテンダーとして働いていたタカヒロと、

眼帯とダンディなひげをつけた三十代後半の男がこちらを向いた。

 

「失礼します。タカヒロさん、すこし聞きたいんですが、前に僕の部屋に来ましたよね?

僕の木箱に心当たりありますか?」

 

タカヒロにゆっくり歩んでいく深。

どうしてもアレを回収したかった。焦りが明らかに出ていた。

 

「仕事中なんだ。出来れば後にしてほしい。」

 

こう言われるのも、もっともだ。

そんなことはわかっている、それでもないだけでここまで恐怖感があるとは思わなかった。

"力づくでも渡してもらう"という思考になっていく。

 

「返していただかないと困るんです。」

 

そう口に出したときには右手に力が入りかけていた。

あれはどうしても開けられては困る。それでも手元に置いておきたかった。

だからこその焦燥感に、無意識に今度は体全体に力が入っていく。

 

その様子を見た髭の男は深を見て、いつものバーでは見なかった少年に声を掛けた。

 

「君はいったい?」

 

その声に気づくのに、二秒かかった。

今度はその男の方を向き、真顔で自己紹介をする。

 

「初めまして。僕は高校の方針で朝と昼の喫茶店の店員として働かせていただく代わりに、

ここに下宿させていただいています。青野深です。」

 

それを聞いた途端、相手の顔が一気に明るくなり、さらにその顔を見たとき、

どこか見たことのある顔に見えた。

 

「…君が深君か!娘のリゼから話を聞いているよ。初めて会った時に娘が銃を向けてしまってすまないな。」

 

目の前にいたのは、リゼの父親だった。

僕の事もある程度知っているようだった。...最初にあった時、自分に銃を向けたことも。

確かに親がそうなら、子もそうなるのだろう。

 

「いえいえ、こちらも撃ってくるなら、シメる気でいましたから。大丈夫ですよ。」

 

特に気にしてないですよ、と言わんばかりの顔で返事をしているが、

気にしていないはずがない。下着姿で背丈が同じくらいに見えた女子高校生がクローゼットに隠れていて

クローゼットを開けたら銃を向けられた。故郷の友達に話しても

「嘘だろそれ、そんな奇妙なラッキースケベ聞いたことないわ。」と一蹴された深は

とりあえず、「ちゃんと教育しておいてくれ。」という皮肉を込めながら、冗談でもないようなことをいった。

 

「ははは、面白い冗談を言うね。」

 

冗談だと思われている分、まだよかった。

あの時、あれが実銃であったなら、自分はどうしていただろうか。

そんな疑問が出かかったが、あの時点で"撃てないこと"ぐらい理解していた。

そういえば、そんなことをしている場合ではなかった。

本題を忘れてはいけないと今度はタカヒロの方を向き、話しかける。

 

 

「それでタカヒロさん。僕の木箱に心当たりは?」

 

木箱、彼にとって戒めのアイテムであり、あらゆる意味があるもの。

あの箱は、彼の過去のブラックボックス。

誰にも開けてほしくない、触れてほしくない。

気が狂いそうな感覚で、静かに問う。それは殺気に近しいものだった。

 

「俺が持ってる。だがどうしてあんなものを持っていた?あんなきけ…」

 

声が詰まるほどの、違和感。

何か鋭いものが見えるでもなく分かる。

 

「そうですか、なら返してください。大切なものなんです。」

 

冷静に振舞おうとしているが、

内心はノートの殴り書きのように焦燥と不安でぐしゃぐしゃだった。

今すぐにでも、力づくでも。

そんなことを考えているうちにも足に力が入る。

今にも飛び出しそうな状態だった。

 

「落ち着いてくれ、何も取ろうという気はない。ただなんであんなものを。」

 

「そんなこと別にいいでしょう。返してください。」

 

タカヒロは落ち着くように促し、

深はその言葉で意識が戻ったようにぴくっと体が動いた後、力が抜ける。

ようやく落ち着いたと言えど、それ自体は早く返して欲しいようで、

説明を求められているのに、どうでもいい、と言い返してしまう。

 

そんな状況を見かねたリゼの父は

その光景を目にして、口を開いた。

 

「タカヒロ。返してやれよ。大人気ないだろ。」

 

確かに、勝手に部屋に入り、そこから物を許可なく持ち出し、

持ち主に「返せ」と言われているのに返そうとしない。

確かに大人げないのかもしれないが、それでも中身が中身だったのだ。

簡単に返せない。

 

タカヒロ「返すつもりではいる。だがこれだけは聞かせてくれ。

…君は。あの中にあるもので何をした?」

 

…この質問に答えなければ返してはもらえない。

それでも、過去は隠していたい。

言わなければならないのなら、もういっそのこと…

 

「どうして…?報いの一つくらい味わうべきでしょう?」

 

報い。失わされた者の、怒りと憎悪。

 

「報い...それがあの血か?」

 

血を流させた、本来は自分が流すはずだった。

誰かにそれを押し付けて、今もこうして惰性で生きているようなもの。

かけがえのないものを犠牲にして、壊れた者は他人に絶望した、

彼の中の真理だった。それをゆっくりと語り始めた。

 

「この世界は変わっていない。人は、どうしてこうも..他人を傷つけることに抵抗がない。

力を持って殺すのではなく、人の夢や名誉まで叩き落として心を殺す。

人は変わらない。絶対に変われない。」

 

今まで、誰かを物理的に攻撃することによって傷つけあった人間は、

今度は、誰かを侮辱したりすることによって傷つけあうようになった。

変わらない。結局は変われない。

それを理解して絶望した。他人にも自分自身にも。

 

「言っている意味が理解できなくはない、

ただそれが血の付着しているこれとどう関係しているんだ?」

 

聞いていて、過去に何かしらのトラウマがあるのは、タカヒロも感じたようだ。

ただ、一向に明言しようとしない。

その中でまたリゼの父が深に話しかける。

 

「話を遮ることになるが、あの時の行動について質問していいか?」

 

あの時の行動。先程の話から推測して、「初対面でリゼに銃を向けられた時の行動」に

何か引っかかっているようだ。ただ今この状況で、なぜその話を持ち出したのか、

それはタカヒロ、深に至っても理解できなかった。

 

「...どうしたんだ?」

 

突然、話に割って入ってくるとは思わず、どちらも反応が遅れていた。

リゼの父が疑問に思っていたこと、それは…

 

「深君は、リゼに銃を向けられた後、酷く慌てる様子すらなかったらしい

銃を下ろすことを促し、それを聞こうとしないことを確認した途端、銃口を自分の胸元まで

近づけた、とリゼからは聞いている。...それは本当か?」

 

神妙な顔で問われた質問は、深にとってはどうてもいいようなものに思えた。

しかし、よく考えてみれば、この質問には色々とツッコミをいれたいところがある。

その一つ目。

 

「事実ですよ。よくその話をしましたね...リゼさん。」

 

それを事実と肯定しながら、どうしてその話を父親にしたんだろうか。

「新人に下着姿でモデルガンを向けた」なんて話したら怒られるだろうに。

そんなことを考えながら、ふとタカヒロさんの顔を見ようと視線を向けると

 

「おい、ちょっと待ってくれ、お前の娘またやったのか?」

 

カウンターに肘を置きながら頭を抱えていた。

"また"ということはあれで二回目だったのだろう。

なぜ、その時点でモデルガンの持ち込みを禁止しなかったのだろうか。

そこもだいぶ気になるところではあるが、

 

「ああ、あいつまたやったんだ。」

 

どうやらリゼの父はそれに関しては頭を悩ませているようで、

言葉のあとにため息をついた。

それはそれで、

 

「それでその話がいったい何を意味するんです?単に聞きたかっただけですか?」

 

そう、そもそもその話を今、持ち出した理由だ。

こちらからしたら、「突然、娘が銃を向けて申し訳ない」

と言われるのかと思ったが、どうやらそうではないことを場の雰囲気で理解していた。

では一体何なのか、その答えは

 

「簡潔に聞こう。君は昔、殺されかけたことがあるんじゃないか?」

 

なるほど、とその答えに行きついた理由もすぐに見当がついた。

それと同時になにかざわつく感覚を覚えた。

しかし、それの確認を怠るとずれが生じる恐れがあると考え、念のため

 

「...ッ、なぜそう考えたのか聞かせてもらっていいですか?」

 

と聞き、もちろん、それに対する答えも、

 

「普通なら、銃を向けられてひどく動揺してもおかしくない。

むしろそれが当たり前の感覚だ。なのにそんな状況で冷静に対処できるのは、

過去に『何かしらの経験』があると見たんだ。」

 

やはり深の見当通りだった。

銃を向けられ、命の危機を理解したなら、

もちろん恐怖で怯えたり、その相手の持つ凶器に殺されないように相手の言動に従ったり、

その行動の主導権は全て相手が持つはずである。...普通であれば。

 

だが深は違った。

至って冷静に、銃を下ろすように促し、それに従わないと見たとたん、その銃をつかんだ。

明らかにその行動のすべてに彼の思考が反映され、能動的に行動している。

それこそ異様。彼の普通でないその特徴的な冷静さ。

その冷静さはどこからきているのか、と問われる。

それを嘘偽りなく答えたならば、そのまま洗いざらい過去まで言わされるだろう。

薄々感づいていた深は

 

「...ゲームで見慣れている、だから動揺しなかったんです。」

 

と彼ならあり得なくもない無難な嘘をついた。

だが、それはあっさりと看破されてしまう。

 

「いや、違う。そうじゃない、それなら銃を突きつけられれば、まず撃たれる可能性を考え、

パニックになってもおかしくないんだ。だが君は全く動揺せず、むしろ撃つように促したんだ。」

 

確かに、銃がどんなものあるのか理解していれば尚更、殺されてしまう可能性をより強く理解するはず。

そこを明らかに考慮していなかった。そして、そのまま話は続けられていく。

 

「撃たれることに恐怖を感じない、むしろ享受しようとしているようにも感じる。

これは一つの推論にすぎないのだが、もしかすると、君はリゼが撃たないことをわかっていた。

いや、撃てないことをわかっていた。」

 

そこまで看破されるのは予想外だった。

そう、あのとき、リゼは撃つつもりがなかったことは、だいたい感覚で理解していた。

そもそも、女子校生は銃なんて所持していないし、持っていてもそう簡単に引き金を引く覚悟なんてないからだ。

では、もしリゼが本物の銃を持っていたならば、即座に撃ち殺されても仕方なかったはずだ。

胸に近づけた理由は相手がしっかりと撃てるようにして、撃てないことを確認したかったから...

というのもある、しかし、「死の享受」に関しても否定はしずらかった。

 

「そしてもう一つ、君は一回殺されかけている...いや、むしろ殺しあったことがあるんじゃないか?」

 

論理が飛躍しているようにも思えたが、その可能性にたどり着く理由も考えられる。

命を懸けたやりとりなんて、人生で経験するはずもない。

そんな状況で取り乱さないのは、少なくとも経験や覚悟のある人間のみだろう。

その話を、肯定も否定もしようとしなかった深を見て、タカヒロさんは動揺しながら口を開く。

 

「そんな話聞いていない、ある程度の事情は聞いているが、そんな話は全く...。」

 

確かに、そんな裏話は聞かなかっただろう。なぜなら、

 

「母さんは知らない、殺されかけたことなんて言ったらさらに騒ぎになる。」

 

あえて、今まで隠していた、実の家族に。周りの人間に。

初めて話した、当然、この話は初耳であるのが必然である。

 

「だめだろ、先生や親に相談して解決しておかないと後から...。」

 

動揺を隠せないまま、深に誰かに相談すべきだと、そう告げようとしたタカヒロの視線の先には、

目の奥に恐ろしいほどの憎悪を宿す、昼の彼と一線を画す、別人と見紛うほどの

怨嗟の窺える顔で、どす黒い殺意すら感じる声で、

 

「するわけがない、親友を見捨て、何もしようとしなかった、あのボンクラどもに果たして何ができると?」

 

その声に、自分の目の前にいるはずのものが、何か別の存在だと錯覚してしまうような

言葉にできない感覚を、初めて人生で味わった。

 

「...いったんこれを返そう。まだ君の家族は何か隠しているようだ。」

 

動揺しながら、その木箱を取り出し、深に手渡した。

それを受け取った深は、ただ「失礼しました。」とだけ言って部屋に戻ってしまった。

 

「彼に何があったか、こちらで調べても構わないか...?」

 

リゼの父がその異様な深の裏側の真相を知ろうとし、過去を探ろうと提案してくるが、

 

「...考えさせてくれ。」

 

酷い動揺のあまり、答えを出すことができなかった。




ああ...書きつかれる...
重い...温度差がすごすぎる...。

次は早くできるように頑張ります。


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第十四話 ココロノオクソコ

...早くするとは言った。
間違いない。それは事実だ。
だが出来るかどうかは別問d
深「知るか。関係ない、書け。」
バイトで疲れt
深「その歳でそれはどうなんだよ。」
...ハイ、カキマス。


次の朝、チノ達五人より、深が早く起きた。

 

朝、起きてからの彼の日課は、まず、スマホのゲームを起動させ、ログインボーナスを受け取り、

それから、布団からモゾモゾ抜け出して部屋の電気をつけ、青いクリアカラーのブルーライトカット効果強めの

眼鏡をつけ、勉強机の上にあるノートPCを起動させ、椅子に座り

ニュースサイトを開き、ある程度の量の記事を三十分見てから

フィットネスのゲームで10分近く運動しておく...というのが前までの日課だったのだ。

今はフィットネスのゲームではなく、買ったゲームのシナリオを進める時間となり、

その時間も一時間程度となっていた。

 

そのころには時計は6:30の表示になっていた。

この時間にはいつもならチノがココアを起こそうとしている時間帯なのだが、

廊下の足音すら聞こえない、休日であるため

昨日、泊まりに来たみんなと一緒に

ぐっすり寝ているのだろう。

 

少し時間の余裕を感じた深は、ゲームを終わらせ、眠い目を瞼の上からこすりながら、

本棚の一番上の右端にあった日記を取り出し、

机の上に置いて、付箋を入れてあったページから

読むことにした。

 

…これを読むのはかなり心に堪える物がある。

忌々しいから焼いてしまおうとも考えた代物だった。

それでも、あの日を忘れてはならない。

 

自分が少なくとも、まだ壊れていなかった頃の、

苦しみや楽しみをしっかりと感じられていた時の思い出

を、失ったものを、絶対に。

 

その決意を胸に仕舞い込み、今日もまた、

日記を閉じ、本棚に閉まってから、その右隣にあった

大きめのノートを取り出した。

 

そのノートには、

ココアたちの性格や特徴が書かれていた。

ただ、ページの隅にはこう書かれていた。

「Relatively normaly」と。

 

そしてページを捲るうちに自分自身のページに

辿り着いた。その隅にはココア達とはまるで違い、

「abnormaled」の文字の先には「sociopathy…?」

と赤文字で書かれている。

 

これはすべて彼自身が書いているもので、

ある時、他人の性格を調べる中、自分と人との

価値観、倫理観の相違で気づいたものだ。

 

彼の部屋には人には見せたくないものが幾つかある。

血の付着したガラス片、人の特徴を綴ったノート。

他にも色々ある。ただ、奥深くにしまいすぎて、

取り出すのが億劫になる。

気づいた頃には、7時を回っていた。

ようやく、廊下から足音が聞こえてきた。

…複数だ。足音のリズムが早い。

3人ぐらい歩いている。

 

足音を聞けば、何人くらいかはある程度なら分かる。

合わされると分からなくなるものだが、

微妙にズレていることが多いので、わかるときもある。

だんだんと足音が近づいてくる。

部屋は自分の部屋が廊下では端から2番目である為、

自分の部屋に来ようとしているのはわかった。

 

それがわかると、すぐに椅子から立ち上がり、

普段は掛けている部屋の鍵を開けると、そこには

リゼと千夜、シャロがいた。

 

おはよう。深

「部屋から出てこないのかどうしたのかと思ったわよ。」

「お寝坊さんなのかしら?」

 

…朝から嫌味か何かだろうか。

リゼは普通だからいいとして、

千夜が言うような寝坊はしていない。

そもそも今日は予定がないから寝坊も何も無いのだ。

 

「…おはよう、今から帰るのか?飯でも食っていくの?」

 

頭が回らないため、とりあえず返事を返した。

 

「なんかより一層無愛想な顔つきね。」

 

シャロは朝から嫌味でも言いに来たのだろうか。

まだ、眠気がなくなりきっている訳では無いので

瞼が重い。それが無愛想に見えるのだろうか。

…まあ、そもそも愛想も何も、愛想よくして何になるのだろうか…所詮は「他人」に過ぎないのに。

 

「…まあ、気を付けて帰ってな。」

 

そんな上っ面の心配だけで声をかける。

他人に情を持つのが、何より危ないと彼は思う。

それがきっと判断を鈍らせてしまうから。

 

扉の前から3人が去った後、

今度はココアがやってきた。

 

「深くん!みんなを玄関で見送るよ!」

 

…ココアは朝から物凄い元気だ。

少し鬱陶しいくらいの声の大きさと、満面の笑みで

扉の前に立っている。

まるで小学生みたいだと思う。

わざわざ見送らなくても、家にぐらい帰れるだろう。

 

「行くよ!」

 

そう言って、有無を言わせず、自分の手を掴むココアに連れられ、ラビットハウスの前まで来てしまった。

 

そうして、両手を大きく振り3人を見送るココアと

片手だけ小さく振って見送るチノを横目に、

深は遠ざかっていく3人に背を向け、

着替えを探しに自分の部屋に戻った。

 

着替えを終えた後、朝食を3人で作る。

これはいつも通りのことで、特別、

難なく朝食を済ませた。

 

今日は少し遠出して、PCの周辺機器でも見に

家電量販店に行こう。と思い、

地図を見ながら外へ出掛けた。

 

まずはゲーミングマウスだ。

最近のものは無線でも有線と変わらない位の

性能を持つものがあるので、そこはまだいい。

しかし、ボタンの数もなかなか重要なポイントに

なる。多ければ多いほど様々な動作を簡略化できる。

そのメリットはゲームではとても大きいのだ。

 

ある程度の目星がついたので、

店内を見渡すと、ゲーム機のソフトが目に入った。

新しく入ったゲームのようだ。

ジャンルとしてはRPGのようだが、オープンワールドで

自由度の高いゲームだとネットで話題になっていた。

そのパッケージを見ていると、

横から女の子の声がした。

 

「あっ、兄貴だ!おーいアニキー!」

 

という声と共に体に突っ込んできた。

当然、受け止める準備なんてしていないため、

そのまま床に倒れ込んでしまった。

持っていた手提げカバンの中身が

床に散らばる。

 

「…いってぇ…人違いなんだがなぁ…」

「…あっ、兄貴じゃなかった!?ごっごめんなさい!」

 

…ちゃんと謝ってくれたし、どうやら散らばった物も

どうやら壊れていないようだし、全然気にしていない。

ただ、この子の兄貴は大変なんだろうと気の毒に思った

 

改めてその子を見た時、その子が…小学生か中学生

ぐらいであることは大体わかった。

青みがかった髪、特徴的な八重歯。

…何だか…小学生にしか見えなくなってきた。

そんなことを考えていると、後ろから誰かが走ってきた。

 

「マヤ!やっと見つけた!」

「あっ!兄貴!」

 

どうやら向こうもこの子を探していたようだ。

マヤ…という名前のようだ。

 

「どこいってたんだよ。探したぞ。

…え?僕と間違えてこの人に突っ込んだ…?」

 

その話を聞いた途端、慌ててこちらの顔を伺う。

…別にそんなに気にしてないのだけれども。

 

「うちの妹がすいません!怪我ないですか!?」

「あ~…いや、特に怪我はしてないよ。

落としたものも無事だし、全然気にしてないよ。」

 

妹に似て、青みがかった髪をしているが、

八重歯はない。そしてしっかりとしているいい兄貴だ。

…自分とは真逆だと、改めて認識させられる。

 

「マヤ!この人に謝ったの?」

「いえ、もう謝ってくれてますし、いいですよ?」

謝ったかどうか聞こうとしていたマヤという女の子の

兄に、そう声をかけると安心して、

女の子の腕に軽く肘打ちした。

 

「いたっ。何するんだよ~。」

「反省しなさい。」

 

いい兄妹だな。と見ていて思う。

…もう弟はこういう関係には戻れない。

とても羨ましく思ってしまう。

 

「…ゲーム、お好きなんですか?」

「えっ、まっ、まあ。…ど、どうしてそう…?」

 

こちらから話しかけると、向こうもタジタジだが、

返答はしてくれたようだ。

 

「ここはカメラやパソコンとは離れて、個別にゲームコーナーとしての場所ですし、ここに来るのはゲームを見に来ている人ぐらいですからね。」

「あ~…確かに言われてみれば…そうですね。」

 

ここのゲームコーナーに来るのは

大体小学生の高学年以上で、割とゲームが好きな人だ。

多分、この新しいゲームが目当てなんだろう。

 

「このゲームは最近、話題になってる新作アクションゲームですよね。

コンシューマゲームなので、ハードを持ってない僕は

プレイ出来ないんですよね~…」

 

「そうなんだ、ゲーム機とディスプレイあるし、

どうかな?一緒にやりません?」

 

久しぶりに誰かとゲームがしてみたくなり、

これも何かの縁だと思い、ゲーム機がないと嘆く同志を誘うことにした。

 

「…いいんですか?」

「むしろ歓迎しますよ。俺も久しぶりに誰かとゲームがしたくて。」

 

向こうはかなり遠慮しているようだが、

実際、ゲームは誰かとやるのがかなり楽しい。

インターネットの相手とやるのも、それなりに楽しいのだが、一緒に隣でプレイするのが一番楽しいのだ。

向こうも気になっているゲームができて、

こちらも一緒にプレイできる人間を確保出来る。

つまりwin-winという訳だ。

だから、深は珍しく笑顔で誘ってみた。

 

「少し待ってて。ちょっと電話する。」

そういって、タカヒロさんに電話する。

下宿させてもらっているのだから、友達を入れるのも許可は取るべきだと思ったからだ。

 

「いいんですか?ありがとうございます!」

 

家にあげる許可を頂けた。これで久しぶりに誰かとゲームができる。

心の底からうれしくなったのはいつぶりだろうか。

抑えきれなくなりそうな興奮をなんとか抑えながら、久しぶりにできた友達に声を掛けた。

 

「行こう!僕の下宿先はラビットハウスに!ゲーム代は僕が持つから!」

「え!?...いいんですか?」

 

相手はかなり驚いていた。このゲームの価格は7000円代。ゲームソフトとしてはかなり高めだ。

それを全部払って、それをプレイさせてくれるという、あまりにもよすぎる話に驚いたのだ。

 

「いやいや、少しは払いますよ!?せめて三分の一くらいは!」

「別にいいよ!もともと欲しかったのは俺だしさ!友達に負担させるもんでもないよ。」

 

いつから友達になったの、というツッコミすら言わせない、

その気前の良さに完全に押されていた。

そもそもこれを断る理由もなかった。

話題の新作ゲームをタダでやらせてくれると言うのだ。とてもありがたい話である。

 

「...ありがとうございます。」

「さて、レジにいって買ってくるよ!少し待っててね!」

 

そういって走ってレジまでいく深を見送りながらマヤとマヤの兄は

笑いながら、

 

「なんか急に明るくなったね兄貴、すっごいいいやつじゃん。」

「そうだな!まさか新作ゲームをやらせてくれるなんて思ってなかったよ!

やったな!マヤ!」

 

そう言って喜んでいた。

しばらくして、レジ袋を携え戻ってきた深と一緒に、

三人とも偶然にも自転車で来ていたので、ラビットハウスに三人とも一緒に向かった。

 

「お邪魔します。」

「お邪魔しまーす!」

 

二人はちゃんとそう言ってから、深に連れられ、店側からカウンターの裏へ行くと、

下駄箱のようなものが置いてある場所で靴を脱ぐよう言われた。

言う通り靴を脱ぎ、階段を上り、廊下の奥にある深の部屋に入ろうとすると、深が慌てて、

 

「ごめんね、ちょっと待ってて!」

 

と言い出したので、先に深が入ると、

部屋からガラガラの缶のなる音やドタドタと聞こえる足音が聞こえた。

しばらくするとビニール袋のサッサッという鳴る音が聞こえた。

ようやく、深が入っていいよといって部屋に入ると、部屋の端には

中身の入っていない缶コーヒーの缶が袋二つ並んでいた。

小さな机の上にはディスプレイとゲーム機本体が

ケーブルで繋がれていた。

ディスプレイは18インチと、それなりの大きさのものを用意した。

 

ゲームソフトのパッケージを開け、ゲームのディスクを取り出し、

ゲーム機のディスクトレイに入れ、ソフトを起動させる

 

ディスクを読み込んでいるゲーム機の音を聞きながら深呼吸をする。

いつも通りにゲームをする前のルーティンだ。

 

ゲームコントローラを強く握りながら、今からゲームをプレイすることを非常に楽しみにしていた。

 

「これからが楽しみだな...!」

「...あれ?どうしたんですか?」

 

途端に目の色が変わる。

表情もみるみるうちに明るくなる

深はゲームとなると、とてもわくわくして止まらなくなる。

ゲームで徹夜なんてザラだった。ゲームを三日で攻略したこともあった。

それも、今となってはさらに頻度は増している。

 

「敬語なんてもう使わなくていいよ~!同じゲームのプレイヤー同士仲良くやろうぜ?」

「...うん。そうだね!ゲームを楽しもう!」

 

マヤの兄はさっきまで、その変わりように動揺していたが、

深の笑顔と言葉に嬉しくなり、つられて笑顔になる。

その後ろにいたマヤは、なんだかその二人がまるで前から友達であったかのように見えた。

 

「全く笑ってなかったのに急に笑うようになってる...。」

 

そしてマヤは感じていた違和感を口にした。

そう、深はゲームの話になるまで、笑っていなかった。

それこそ、マヤがぶつかった時ですら、

虚ろ目で無表情だったのに対し、今やゲームを楽しむ

ごくありきたりな、少年のようだった。

 

「チュートリアルやる?」

「じゃあ、僕がやるね。操作方法とかは確認しなくて大丈夫?」

「俺は全然大丈夫、すぐ慣れるタイプだし、見てればだいたいわかるよ。」

 

深はそれまで、ゲームをするとき、操作方法をほぼ感覚で理解していたため、

説明書も読まず、チュートリアルはするにはするが、飽きたらすぐにスキップしてしまうようなタイプだった。

 

マヤの兄は、チュートリアルをプレイしようと、深からコントローラを受け取り、チュートリアルを終えると、

そのまま、最初のクエストが始まり、フィールドに出ると、敵NPCが出現して、

プレイヤーアバターに向かって走ってきた。

 

そのままシームレスに戦闘に突入すると、一発当て、攻撃を回避して、また攻撃するという

いわゆるヒット&アウェイ方式で戦う堅実なやり方だった。

 

それを見ながら、深は何かに気づいたのか、

ゆっくり肩を叩き、ちょっと貸して、とコントローラを受け取ると、

様々なボタンをいじり出した。

 

そうすると、攻撃のエフェクトに変化が起こり、派手なものに変化しただけでなく、

攻撃の動作もダイナミックな動作に変化した。

先ほどのマヤの兄のプレイとは打って変わって、既にある程度プレイしていたかのような、

手慣れた手つきで、敵NPCを狩りつくしていた。

 

「...格ゲーとか得意じゃない感じ?」

「あー...わかる?」

「このゲームは連続入力で強力な攻撃が打てる、っていう格ゲー的要素があるみたいだから

そういうところでプレイヤースキルが露見するよね。」

 

プレイを見ていたマヤとその兄も、突然の達者なプレイを見て、すこしの間、声が出なくなっていた。

あまりにも上達が早すぎる。自分なら十分ぐらいかかっているだろうプレイを、

この数秒で深がやって見せている。

そんな驚きの中、話かけられてしまったので、返答にも口ごもってしまった。

既にゲームの特徴をとらえ始めている深と、まだまだこれから慣れていこうとしている二人という格差が

確実なものとして浮き彫りになる。

 

「へー...格ゲーとか得意なの?」

「別に得意なわけじゃないよ、それなりにやってるだけかな。

好きなジャンルはアクションとか、アドベンチャーかな、あとはレースとRPGを少し。」

 

そうはいうものの、買ったゲームは8割はクリアする様にしているので、

傍から見れば、割と上手に見えるのだ。

ゲームをプレイしたことのある方々にはわかっていただけるとは思うのだが、

実は共通のゲームジャンルでは、ある程度の操作は共通している部分があるので、

それなりにプレイしていれば、別のゲームで多少違えど、操作の順応は比較的早くできる。

格闘ゲームはコンボをつなぐスピードを素早く要求されるゲームなので、

記憶力、共に思考力を求められるのだ。

 

「割と広いんだね。ゲームはやっぱり大好き?」

「...それは、どうだろう。それがなきゃやってけなかった、というのもあるし、

感傷に浸るときもあるかな。もちろん楽しんでやることの方が多いんだけどね。」

 

深のするゲームジャンルが広いと驚くマヤの兄の言葉を聞きながら、

内心では、そんなことない、と否定する。

ゲームが好きかと問われると、実は大好きというほどでもないと答える。

彼にとってゲームとは自己の安定のためにやっているようなものであるので、

「好きだからいっぱいやる」ではなく「やっているうちに手が広がった」というのが正しいのだ。

ゲームは自らの安定と、思い出に浸る時間にもなる。そのために機器をそろえてきたのだ。

...といっても理解は得られないだろう。本心は隠しながら答えるしかなかった。

 

「...兄貴、カンショ―って何?」

「...僕もよくわからないかな。」

 

深の言った「感傷」という単語がわからず、兄に聞いてもわからないと答えられて

ただ首をかしげるマヤを見ながらクスクス笑いながら

 

「そんなもんだよ、環境が違いすぎた。ただそれだけで大きく変わってくるもんだからさ。」

 

と表情を少し暗くしながら答えた。

人は環境で大きく変わるものだと。

何もかも環境というわけではないが、人の人格形成に環境が大きくかかわるのは違いない。

荒んだ環境であれば、非行に走るケースもあるし、恵まれた環境であれば聖人君子が生まれるケースもある。

 

「へー、そんなもんなんだ。」

「そんなもんだよ、人生なんてもっぱらそんなもんだと思うぞ。」

 

まるで人生を悟ってしまったかのような話し方をする深を見ながら、

その目の奥に何があるのか疑問そうにしているマヤの兄はある質問を投げかけた。

 

「...歳はいくつか聞いていい?」

「高校一年だからね...16だよ。」

「同い年じゃん!なあんだ同い年だったんだ!なんか年上っぽい雰囲気だったよ!」

 

歳が離れているように見られるのは、全然喋らないだからだろうか。

寡黙と聞けば聞こえはいいものの、実際のところただ他人と喋るのが基本的に億劫なだけで、

わざと黙っているわけではない。

 

「ほんと?俺ってそう見えるんだ。」

「そういえば名前も聞いてなかったよね?なんていうの?」

 

そういえば名前すら聞いていなかった。

むしろ名前すら聞いていないのに会話できている自分自身にも少し驚いた。

もしかしたら向こうが聞いてこなかったら名乗ることすらしなかったんじゃないか。

聞かれたからには答えるのが道理なのでわかりやすく名前を伝えることにした。

 

「俺は青野 深。青色の青、平野の野で青野。で、名前は「海が深い」とかの深で、「しん」と読むんだ。」

「僕は条河 慧璃耶。条件の条に大河の河で条河。名前は...ちょっと難しいと思うから紙に書くよ。」

 

そして、書かれた名前の字を見て、思わず声が漏れた。

漢検の一級の漢字が使われていたのでなんだかかっこよく見えたからだ。

 

「なんだこれ...かっこいいじゃん。いいね!」

「うん、まぁかっこいいっちゃかっこいいとは思うけどさ、テストの時名前書くのめんどくさくなるんだよね。」

 

言われてみればやたら画数の多い名前だ。

確実に一文字ずつ、15画はありそうな漢字ばかりだ。

確かにめんどくさいだろう。問題が一つ解けそうなくらいの時間を名前を書くことに費やしてしまうのだ。

 

「ああ~...画数多いしな。でも一つ一つがいい意味持ってるぞこれ。」

「ほんと?どういう意味がある感じなのこれ?」

 

深は実は漢検一級に合格しており、漢字の意味はそれなりに理解していた。

名前の字から意味を推察したとき、名前の意味がわかったような気がした。

本人は名前の漢字の意味をよく知らないようだった。

 

「一文字目が賢いって意味で、二文字目が瑠璃っていう宝石の文字だから...綺麗とかだと思う。

三文字目のこれは疑問とかの意味を持つ助字だったはずだから...好奇心か何かのことを指してるんだと思う。

これはすごいな、意味を理解すればするほど名前のすごみが増すぞこれ。」

 

こう見れば随分意味を込めに込めた名前なんだろうとすこし感動を覚えた。

そういえば妹、マヤという名前は兄妹間の会話で分かったものの漢字はまだ見たことがなかった。

そういうわけで妹さんにも聞いてみることにした。

 

「そうだ、妹さんはどんな漢字なの?」

「麻耶って書くんだ。兄貴、書いて!」

 

どうやらマヤの方は自分では書けないらしい。

兄に頼んで書いてもらっていた。兄も兄で、はいはいと二つ返事で書いていた。

...ただこうしているだけでも、見ているこっちの心が少し苦しくなるけれど。

 

そして書かれた漢字を見てみると、兄妹間で同じ漢字を使っている事に気づいた。

そんな話を一時間弱にも渡って楽しそうに笑いながら、話していた。

 




頭の中にだけある程度のプロットがあって、少し考えて没にしたり、採用したり。
そんなことを続けているうちに長引いてしまうのです。
さて、次回ですが、学校回か、それともラビットハウス回(もちろんオリジナル)か、
少し迷っています。

ということで今回、初の試みとしてアンケートを取ることにしてみます。

学校回はシリアス多めになります。対してラビットハウス回はチラチラ出てくるだけです。
加え、学校回は深の過去に少し触れつつ、彼の信念が垣間見える回となります。
ラビットハウス回は本棚の詳しい内容から、チノ達との会話など、
普段の彼"ら"にスポットを当てたものになります。


(追記)期限を投稿日から1週間にさせていただきます。
ご了承ください


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十五話 Sunday"RABBIT-HOUSE"

えー...二か月ぶりの投稿となりました。
天翔です。お久しぶりです。
遅くなった理由ですか?...そのー、色々と、
数学と物理教科が難しくなって、さらに、資格の勉強云々で忙しく。
さらに、明るい話を作るのがすこし苦手という自分の弱点に気づいていませんでした。

それからしばらくどうしようか、と考えたとき、一話から六話ぐらいの文章と
展開の動かし方がやっぱり気になって、「これは書き直したほうがいいかな」
と思い、一話を書き直しました。これで、「ご注文はゲーマーですか?」を
本格的に書きはじめることができます。

では十五話です。


「...今日も少ないな、客は。」

 

日曜日の昼下がり。

飲食店において、土日にはお客が多く来るものなのだが、それはラビットハウスでは例外なようで、

意外と平日と変わらないような少なさであった。

あまりにこないからか、ココアが窓際で日向ぼっこしてしまっているのをみて苦笑いする。

 

「まぁだ言うか。」

自分がかつて立てた店が人の全然来ない店だと、下宿人に週に何回もぼやかれているのだ。

ティッピーが声を低くし、少し苛立ちながらも深の手を踏んづける。

不愉快だろうが、かなしきかな、これが現実であり、その一分一分を、カメが坂道を歩くのを

眺めているような、それぐらいの時間の感覚で感じられるこの静寂の中で、

何かぼやいてでもしないと、眠ってしまいそうなくらいだった。

 

「残念だろうけど、痛くないぞ。しょうがないだろ。

事実だしなぁ...立地はいいと思うんだけどなここ...。」

そんなことされても、そんなモフモフの体では何をしようと無意味なのだ。

そんなティッピーに無意味だと言いながら、自己弁護を試みる。

実際、事実であることに変わりはない。

ただ、不思議なことに、この店周辺に全く人がいないわけではないのだ。

人通りもそれなりにある場所であるにも関わらず、客が少ない。

なぜかは考えてもわかる気はしないので、考えることをする気にはならなかった。

 

「暇だな。」

閑散としたこの状況の中、何をしようと考えるまでもなく、

制服の左ポケットからB6サイズのノートを取り出し、ぺらぺらとめくり出した。

その内容といえば、日本語の文章と、

傍から見ればただの英数の羅列にしか見えないものだった。

 

「…メモ帳取り出して何読んでるんですか?」

そんなメモ帳をいきなり取り出し、読み始めたとなれば、

確かに気になることだろう。

チノはこちらの様子を窺うように静かに話しかけてきた。

 

「プログラミングの本の内容を簡略化して書き写したんだよ、読む?」

そういってチノが見やすいようにページを大きく開けて見せる。

チノはそれをしばらく見ていたが、だんだんと気が遠くなっていったのか、

途中で頭を抱えながら机に突っ伏してしまった。

 

(…英単語だらけです…何がなんだか…)

 

プログラム自体は英単語を使用して書かれるものなので、それがどういう意味か

全く知らない人からすれば、到底、理解すらままならないものが仕上がるのだ。

もちろん、プログラミングを生業とする人たちは、それを何万、何億と書き連ねることになる。

当然ながら、全く知らなかったチノには英単語とスペースや括弧で仕上がったその羅列が

どのように動作されるものなのか、というより、そもそもこれこそがプログラムコードである

ということすらよく理解できていなかった。

 

「…もしプログラミングに興味あるなら本貸すよ?」

深から見ると、ずっとメモの内容を熟読しているように見えたので、

きっと興味があるんだろうと思っていた。

そんなに興味があるなら、と本を貸してあげようと思い、提案をしてみたが、

 

「…いえ、いいです。」

 

完全に滅入っていたのか、文字の書かれたページに手をあて、目を逸らしたので、

興味を持ってもらえなかったことに落ち込みながらページを閉じて机の上に軽く投げるように置いた。

 

「…ふーん、難しいんだね、プログラミングって。深君はできるの?」

気づいたときにはココアが読んでいた。

ココアは理系であるため、やろうと思ってくれるなら

物理プログラミングでも軽く教えようとも思った。

「まぁ、それなりにやってるからなぁ…俺もバリバリやってる訳じゃないしなぁ…」

 

自分ができる方だとは思わない、ポインタというものすらまだ理解していないし、

これからも更新されていくものがあるので、完全に理解するなら、勉強の時間をさらに削らないといけない。

所詮、趣味で成績を落とすなんて学生としてはよろしくない。

 

「チノは部屋で何かやってんの?あんまり部屋から出ないよね?」

 

そういえば、チノが外に出ていることもあまりない。

時々聞こえる、チノの部屋からドアの音が少なく、その間隔もあまり大きくはない。

つまりそれはその部屋から大きく離れない室内ということになるのだ。

では、部屋の中で何かをしているのか、深も気になるところだった。

ちょうどこういう話の流れなので聞いてみることにした。

 

「部屋でボトルシップを組み立ててます。」

 

ボトルシップと聞いてすぐにピンとくる人は少ないだろう。

実際、ココアは首を斜めに傾げていた。

深は昔から、「何かを作る、組み上げること」に興味はあったので、小耳にはさんだ程度で知っていた。

 

「ボトルシップね。俺らとしてはプラモデルとかがそれに近い感覚だな。」

「ただ造形はかなり細かいんだろうな…。」

 

昔に、ロボットアニメに出てきたロボのプラモデルを組み上げたことがあったため、

感覚的にはわかりやすかった。しかしボトルシップは、ボトル内の限られた空間内で、

小さな部品を精密に取り付けることをする作業である、人によってはプラモデルより難しく感じるだろう。

 

「組上げる時にはピンセットで慎重にやります。」

 

それを組み上げてきたであろうチノはかなり器用なのだろう。

深にそういう精密さはあまりない。

昔、組もうとしたプラモデルは親に手伝ってもらってようやく完成したぐらいだった。

 

「そういう静かに何かを作るのが趣味なところは2人はそっくりなんだな。」

 

リゼはチノと深の共通点を見出し、そっくりだと言う。

それを聞く深は若干難しそうな顔をしながらこう返した。

 

「確かに言われてみればそうっちゃそうなんだけど、

俺は調べてソースコードみて、書き写して知識取り入れてるだけだから特に何か作っちゃいないんだよな」

 

その実、彼の部屋にある本棚には、三冊のノートがあり、その全ページには、

プログラムコードやその解説の記事を投稿できるサイトの重要な部分だけかいつまんで写したものだ。

名も知らぬ誰かが書き上げたコードを書き写し、理解し、

自らに取り入れるインプットだけで、何かを作るということはまだしていなかった。

 

「ソースコード?」

「プログラムの文字列のことだと覚えててくれれば特に問題ないよ。」

 

ソースコードというものもココアたちにとっては知らない用語。

それを復唱するかのように深に尋ね、さらっと答えた深を見ながら、

こっそり深が投げ置いたノートを開いて文を目で追っていた。

難しそうにしていたが、英単語自体はまだ簡単なものしか扱ったプログラミングはしていないので、

文系が苦手なココアもすんなりと理解できてきたのか、途中、頷きながら読んでいた。

 

そうして読んでいるうちに今度はチノが話を切り出してきた。

 

「ココアさんは部屋で何してるんですか?」

ココアはどちらかというと、外でワイワイやっていそうなものなのだが、部屋で何かをしているイメージはなかった。しかし、チノの質問に答えるココアの答えには…

 

「え、うーん、青山さんの本を読んでたり...かな。」

本を読んでいる…と、本というジャンルで

「青山」と聞くと、だいたいの人は

「青山ブルーマウンテン」という作家を

思い浮かべるのだが、ココアのいう「青山」もその人

なのだろう。しかし、青山という姓の作家は1人だけでない、確証が欲しいので聞いて確認をとることにした。

 

「青山さん?青山ブルーマウンテンのこと?」

 

「うん。読んだことある?」

どうやら当たりだったようだ。

青山ブルーマウンテン…名前は聞いたことがある。

確か、作品が映画として、公開される程の人気作家だが、残念ながら深は小説を読んだことがない。

 

「うーん、流行りに疎いから読んでないなぁ...。」

流行りに疎い、は嘘で、ただ読んでないだけなのだが、

興味がない、と話をすぐに終わらせてしまうのは不快感を生じさせるので、それを避けるための嘘であった。

 

ネットで「話題のニュース」くらいなら検索エンジンで

検索してしまえばすぐ出てくるので、

1日1回は検索している、流行りに疎い訳ではない。

そんな嘘を難しい顔をしながら首を傾げ、

言葉を濁しながら答えた。

 

「うさぎになったバリスタっていう本なんだけど...。」

うさぎになったバリスタ、そんな奇妙なタイトルの本

ニュースにもあった、映画になる作品もそのタイトルだった。

うさぎになったバリスタ、と聞くとなんだか心当たりがあるような、

そんなあるはずもない不思議な感覚に襲われた。

 

チノの祖父はここのマスターだった。

しかし、チノによると死去している。

科学的、生物的にはありえないとわかっているが、あのアンゴラウサギから発される老人の声は

チノを知っていて、かつチノの父であるタカヒロさんと会話を交わし、そして、タカヒロさんには親父

と呼ばれている、チノの祖父であるとしか思えない。まさか、実話を元とした本なのだろうか…。

ココアの話からそんな非現実的な、しかし、現実でないにしては、なぜか辻褄があうような、

都市伝説を聞いている気分になり、いきなり興味が湧いてきた。

 

「名前は聞いたことある。...いつか買ってみるかな。」

 

本格的な小説を読んだことのない深は、「これも何かの奇妙な縁だ」と思い、

また今度、プログラミングの本を買うついでに購入してみようと思った。

何より、この「青山ブルーマウンテン」がどんな人物か気になって仕方なくなった。

 

「そういえば、部屋に本棚があるんだっけ?どんな本が入ってるの?」

 

ココアに本棚に関して聞かれた深は、一瞬、動揺してしまった。あの本棚には隠しているものがある。

血塗られた硝子の欠片と最後に親友と撮ったあの写真。あれが見つかれば、写真の親友の話を聞きたがる。

それが、怖い。知られたくない過去を隠匿し続けたい。

その恐怖を引き出されるような感覚に身が震えそうになった。なんとかその震えを隠し、

言葉を詰まらせそうになりながら、目を合わせず答えた。

 

「コンピュータ、ゲームの攻略本、PCの雑誌ぐらいかな。それで1列くらい埋まるぞ。あとは気になって色んなジャンルの本を色々…」

 

そういえば、その1列を埋める本たちも

それがきっかけで本格的に集めるようになったんだと、久しぶりに思いだした。

 

それを聞いたチノは雑誌の横幅がどれくらいか考えていた。雑誌の厚みはそれほど大きくなく、

前に運んだ本棚は割と大きなサイズだったはずだ。

つまり、チノが運んでいないものを含めて、それで本棚に埋まる量。相当な量である。

 

「それだけで本棚の1列を埋まってるんですか!?」

 

驚くのも無理はない。3cm位の横の厚みで本棚が埋まる

なら、2種の雑誌を毎月買ったとしても2年は掛かりそうなものだ。

 

「...まぁ大体埋まるだろ?月間だしな。」

 

月間だから大体埋まる。実際そうなのかもしれないが、

だとすれば一つだけ引っかかることがあったようで

今までただ傍観していたリゼが口を開いた

 

「いや、教科書はどうしてるんだよ。」

 

学校で貰うはずの教科書や卒業アルバムはどこに閉まっているのだろうかと。

大体は処分したり、どこかしらに保管するのが一般的だ。リゼの家はどこかにしまっているのだろう。

 

「中学の時に授業で作ったあれで。」

工作の授業で作ったあの小さな本棚。

ココア達も作ったことはあるだろう、25センチ四方の

小さな本棚にしまっているのだと言う。

 

「あれはそんなに容量ないぞ!?」

 

その実、その横幅では教科書すべてをしっかり収納できるわけではなく、

深は一部だけを小さな本棚にしまっている。

 

「教科書は置き勉すればいいだろ。」

 

その上、持って帰って勉強することもないので基本的に教科書を置いて帰ることにしている。

しかし、それに関してチノがその「置き勉」に関してこんな質問をされた。

 

「置き勉ってやっていいものなんですか?」

 

確かに置き勉に関しては、それをしていけないというルールがある学校も少なからずあるのだという。

そんな話を掲示板だのSNSだので目にしたことがあった。

そんな疑問に深は答える直前に首を軽くかしげてから答えた

 

「学校によるが俺は肯定派だな。例えばチノは自分の体重の体重の四分の一、または半分のものを毎日毎日背負っていけるか?」

 

「そもそも、そんな重さ背負って学校なんていけませんよ...。」

 

「だと思うだろ?今の小学生もっぱらそれだぞ。ただの苦行だぞ。」

 

「そういえば...確かに重かった記憶があるな。」

 

ランドセルの重さによる骨などの変形は実際に問題になっている。

平均的な重さが5.7キロ、約6キロと言いかえても特に問題ないだろう。

2Lの水の入ったペットボトルが3本だと例えるとわかりやすい。

チノからすればその感覚がないかもしれないが、実際それくらいの重さだそうだ。

意外にもチノでなくリゼが重かったと言っていることに、普段見ているリゼとの

ギャップを感じた。

 

「ココアも少し考えてみなよ、チノに毎日そんなもん背負って行けって言うか?」

 

「私がチノちゃんを背負っていくよ!」

 

「ココアさんのスイッチを入れないでください。」

 

「でも間違ってはないからなぁ...。」

 

ココアにチノ関連の話を振ると即時反応するのがすこしおもしろく感じた。

チノは快く思わないようだが、ココアのチノに対する執着がかなり見て取れる。

そして、今度はココアの趣味を聞いてみることにした。

 

「チノはボトルシップ、俺はプログラミングの勉強...んでさっきの話からだと...ココアは本読んでたり?」

 

「うん、愛読書は『罪と罰』だよ。」

 

耳を疑った。あの「罪と罰」。

書いた時の作者が悲惨な境遇の中で書いたとされるあの小説。

哲学的な小説だった。一度だけ読んで、もう読んでいない。

しかし驚きなのは、あんな重苦しい内容の小説を愛読書としているギャップが強すぎる。

 

「...え?ハード過ぎない?」

 

気づけば、無意識に口に出していた。

結局、購入してから一度読んで、それから全く読まずに、ここに来てからもずっと本棚にはあるが、

雑誌と雑誌の間に粗雑に挟まったままになっている。

そんな中、チノが少し驚いたように聞いてきた

 

「読んだことあるんですか?」

 

確かに部屋の本の殆どは雑誌ばかりだが小説ぐらいは読む。

しかし、このタイミングで聞いてくるあたり読んだことがあるのだろうか。

 

「あるよ。明るいもんじゃないよあれ。ココアもよく読もうと思ったなあれ。」

 

とりあえず、ある。と答え、内容に関して言うとその一言しか言えなかった。

ココアがその作品を読んでいるイメージが全く浮かばない。

その軽くつぶやいた一言がチノには気になったようで、さらに内容の事を聞いてきた。

 

「そんなに暗い作品なんですか?」

 

「暗いし重いし…読んでて精神病む人がいそうなくらい…。」

 

精神を病むは若干盛ったが、読んだ後の虚無感や脱力感は他のものと比べると

より一層深い。その脱力感のまま寝てしまえそうなほどだった。

内容を思い出しながら語っている今も少し脱力感を覚えていた。

 

「ココアさんもそんな作品読むんですね。意外です。」

 

確かに、ココアならだいたいハッピーエンドで大団円を迎えるような本ばかり読んでいるものだと思っていた。

チノもリゼもそう思っていただろう。チノはココアにそういうと、笑顔でチノ含めこちらにもこう言った。

 

「うん!哲学的で面白いよね!」

 

哲学的で面白い、肯定はしないが正直にそうだともいえない。

哲学には興味がないし、どちらかというとそれより人間心理の方が興味がある。

 

「...まぁ、うん。そうだな。そう思うよ。」

 

軽く目を逸らしながら話を合わせるためだけに共感の言葉を述べた。

当然、本心ではないのですぐさまリゼにバレてしまい、

 

「そう思ってないようだぞ。ココア。」

 

「ヴぇぇぇぇぇぇぇ!!?」

 

と、リゼがバラしてくれたおかげでココアにもバレてしまった。

理解されなかったことがびっくりしていたのが奇声をというか

ゲームの怪物の咆哮のような声を上げた。

そんなココアを無視するがごとく今度はリゼの普段の生活についての話になった。

 

「ところでリゼさんは普段何してるんです?」

 

「...私か?私は...モデルガンを集めたりとか...射撃場で銃を撃ったりとかだな。」

 

まぁ、想像通りではある。しかし家に射撃場は莫大な財を必要とするはず。

リゼの家はお金持ちなのだろう。それはともかくモデルガンを集めているということは

もしかすると自分が知っている銃のモデルガンがあるかもしれない。

 

「...じゃあさ、トンプソン。トンプソン・コンテンダーとかあるの?」

 

「あるぞ。どうした。いきなり特定の銃の名前あげるなんて、詳しいのか?」

 

『トンプソン・コンテンダー』、知っている人は知っているであろう、

中折れ式かつシングルアクションという個人的にロマンの塊だと思う銃だ。

しかも様々な銃弾を使用できる多機能性があり、その調整も簡単にできるという機能性の良さも相まって、

個人的にお気に入りの銃だ。今は買うことができないが、実物やモデルガンをお目にかかりたいものだ。

 

「いやー...好きなキャラがその銃を使って戦ってるのがかっこよくてさ。」

 

好きな作品のキャラクターがその銃を使っているのだが、そのキャラクターもとてもすきだった

自らの信念を持って行動し、その信念故に多くの物を手にかけ、それに苦しみながらも

なお戦い続けた。そんな姿にあこがれすら覚えた。

 

「一発ずつしか装弾できないんじゃなかったかあれ?それで戦えてるってすごいな。」

 

「そうそう。男のロマンだよな。」

 

そもそも狩猟・競技用なので、実戦を想定とした構造でないため、銃弾は一発しか装填できず

さらに銃弾を発射するための最低限の機構以外がついていないが、

それを踏まえても前述のメリットによってかすんで見えるのだ。

そんな「男のロマン」に溢れるその銃もとても好きだ。

 

「深さんも銃に詳しいんですか?」

 

「俺は全然。好きなキャラがそういう銃を扱ってるとかそういうので覚えただけで他のはわからないな

アサルトライフルとか、ショットガンとか、そういう分類的なことまでしかわからないんだよ。」

 

チノからすれば、詳しそうに見えるようだが実際のところ、ゲームやアニメで少し知っているだけで

そこまで詳しいわけではない。リゼの方が確実に詳しいはずだ。

M202やP90、デザートイーグルなど、有名どころしか知らない。

 

「興味あるなら、また今度見に来るか?」

 

「あー...それは遠慮しとくよ。」

 

リゼがせっかく誘ってくれたのは気を許してくれているのか、

近い趣味の者がいると思って、それがうれしいからだろうか。

一般的な世の男性なら、それはそれは、即答で快諾するだろう、それを深は断った。

 

「ん?どうしたそんな気まずそうな顔して。全然遠慮しなくていいのに。」

 

「俺は人の家にあがるのは苦手なんだ。部屋とかもさ。」

 

リゼが笑顔でそう言ってくれるのは、実際少しだけ嬉しく思う。

他人の家に上がるのが苦手というより心苦しい。

家とは、その人の居場所であり、そこでの主導権は当たり前だが、その家の者にある。

もちろん、それが当然なことだと理解している。

『主導権が相手にある』その状況こそ、彼にとっての苦痛の一つなのだ。

しかし、その場合、ひとつの矛盾が生じる。それこそ、

 

「ラビットハウスもそうなんじゃないのか?」

 

「それはそれで別だね...自分の部屋があるから、そこだけがこう落ち着けるというか。」

 

ラビットハウスは香風家、チノとタカヒロさんの家で、そこにココアと深がいる。

この状況であれば、深は常に苦痛を感じ続けていることになる。

しかし、この場合は例外で、自分の部屋が設けられている。

そこはそこで、安心感のある空間となる。

...つまり、逆にいえば、『自分の部屋以外に安心感を得られる場所がない』ということになる。

 

「どうしてそんなに他人が苦手なの?」

 

「うーん、どーしてやろねー。」

 

「またごまかししてる!教えてよ!」

 

ココアから投げかけられた疑問を、そのまま右から左に流すように答えることをしない。

『教えてよ』と言われようが、教えられない。

...それをすれば、ここでの生活ができなくなる。偽った全てを知られてしまう。

 

「...またいつか、その時になったらかな。一年後ぐらいになるかな。」

 

「割と具体的だな、どうしてだ?」

 

「一年後、ある日にその時が訪れる。」

 

『また、その時に』話そうと、それは『一年後』だと。

一年後、自分が生きているかどうかすら確証もない。

その日まで、心が罪悪感で壊れてしまわないだろうか。

この手を血で汚してしまった自らの過去を告げたとき、僕は正気を保っていられるだろうか。

 

「なんか、家族とか昔の話になるとごまかそうとするよな。」

 

「...単に言いたくないんだよ。」

 

「じゃあ、その時になったら教えてくださいね。」

 

「わかったわかった。その時にな。」

 

訪れることのない『その時』を彼女らは待ち続けることになる。

 

「...お疲れさまでしたー。」

「お疲れさまー!」

「お疲れさまでした。」

 

「またな。チノ、ココア、深」

 

仕事も終わり、リゼを見送る。

『いつも通り』の日常。穏やかな日常。

僕はこの日々を続けていい人間ではない。でも、手放したくもない。

...考えていると疲れてしまう。だから、

 

「さて、またいつも通り、ネットサーフィンとしゃれこむか。」

 

現実逃避にひた走るのだ。

そのための部屋だった。彼にとってそんな場所が楽園になっていた。

いや、そうしてしまったんだと、気づいた時には何もかもなくしていた。

 

「...夕飯食べないんですか?」

 

「おっと、そうだったそうだった。」

 

夕飯を食べることを忘れていたわけではない。

ただ、無意識的にそちらを優先しようとしていた。

 

「ご飯のこと忘れるぐらいパソコンのこと考えてるなら食べなくていいです。」

 

「わかったよチノ…ちゃんと食うから、飯抜きはさすがにキツいって。」

 

チノにそう叱られてしまうとは、なんとも情けないことだが、

それをヘラヘラ笑いながら誤魔化そうとする自分も自分だとは思う。

すると、後ろからココアが勢いをつけて抱き付いてきた。

 

「ふたりとも仲良いね!いいね!深くんもそんな感じで学校で誰かと話しすればいいのに。」

 

「うぉっ!びっくりしたぁ!突然後ろからはびっくりするだろ…。」

 

突然の事なので驚いてしまったのだが、そんな事より若干首が締まっている。

首が締まるのが若干苦しいし、何が、とは言えないが当たっている。

そんなココアにすこし助けられているような気もした。

チノも同じことを思ったのか、二人とも微笑を浮かべ、

 

「やれやれ…。」

「やれやれです…。」

 

「今ハモった!?なんか複雑。」

 

安らぎの感情からか、そう呟いたのである。

ココアは二人に同時にそう言われたことに多少のショックがあったのだろう。

抱き付いていた体を離して口に手を当てるようにして驚いた。

 

深はその安堵の感覚にひどく動揺した。

そんなはずはない、おかしいと自らに気のゆるみに気づかなくなっていた

事実に頭がついていかなかった。ここ数年の間、まったく感じなかった、

他人に対する安堵だった。

 

「ココアは、クラスの誰かとどんな話をするんだ?」

 

「ラビットハウスの事とか、実家がパン屋でパン作りができることとか。かな。」

 

「実家が、パン屋?...そうなんだ。何て名前か聞いていいか?」

 

なぜ安堵を感じたのか、ココアの行動に秘密がないのか、記憶を辿っていると、

ココアがクラスメイトと話しているときの相手の表情に何ひとつ嫌悪感などない顔をしていたこと

を思いだし、何を話題とした会話なら、それほど他人から受け入れられるのか、

それを無意識的に問うことをしていた。自分の行動の理由がわからない。

相手への詮索は警戒感と嫌悪感を与えてしまうリスクが伴うと知っているのに。

 

「うん。"保登ベーカリー"っていうんだ。」

 

「...そうか、そこだったのか。懐かしいな...。」

 

「あれ?来たことがあるの?」

 

「いや、友達が旅行でそこのパンが美味かったって言ってたから、なんか懐かしいなって。」

 

そんな人たちの家族ですら、自らを偽り、欺瞞を続ける。

自分に嘘は向いていないのが、心にのしかかる後ろめたさが証明する。

パンがおいしいのも、懐かしいと思うのも事実。

嘘なのは、居もしない友をまるでいるかのように演じて見せたことだ。

 

「そうなんだ、なんだか嬉しいな♪」

 

そんな嘘に容易すぎるほどに騙されてくれる、

そんな純粋な水晶のような性格とアメジストのような瞳をした、

ガーネットと金をの色を少し合わせた色をする髪を揺らして笑う少女を

羨ましく、思ってしまった。疑うことを知らないでいるこの少女を。

 

 

 

 

「ココアから手紙よ!」

 

「わー!ココアからだ!どんなこと書かれてるんだろうね!」

 

「向こうで楽しそうにやってるみたい!よかったー!」

 

一方、その少女の家族は送られた手紙を見て、嬉々としていた。

内容を音読して、2人で一緒に読んでいた。

少女の母と姉とおぼしき人物だ。

2人はどんどん読み進めていくが、ある部分で文を追う目が止まった。

 

「ん?ちょっと変わった男の子?...あれ!?男の子と一つ屋根の下!?」

 

驚くのも無理はない。

本来ならば避けるべき異性の同居。

少し変わっているとはいえ、何かあっては困る。

そんな焦りはすぐさま消え去った。

 

「えー!?そうなの?大丈夫かなココア!?...あ、写真が入ってる。」

 

「...内容からすると、部屋にこもって本を読んだり...。内向的な子、みたいね。

写真撮られてても全く笑顔を見せないあたり、写真を撮られるのが嫌いなのかな...?

青野 深、君っていうんだね。」

少女の姉は写真を取り出し、それだけを見ている。

一方で母は手紙の文を見ながら、写真をチラリと見るだけだった。

そして、2人ともその写真でやたら無表情でいる少年の顔に見覚えがあった。

 

「あれ?この子、見たことあるような気がする...なんでだろ?」

 

しかし、どこでそれを見たかを覚えていない。

でも確かに、その子を見た覚えがある。

先に少女の母が気づいた。

 

「そういえば…昔、夜中に、男の子を家の中で応急処置したことがあったわよね?

その子にそっくりじゃない?名前を言わずに、お礼と仕事の手伝いだけして

くれただけどこかへ行っちゃったじゃない?」

 

「ああ!そういえば、その子、翌日の昼にすこし目を離したあとに

お礼の置き手紙だけ残して姿を消しちゃったけど、あの後、警察の人に

同じ特徴の子を探しているって言われてびっくりしたけど…。その子がそうなの?」

 

その子は付近に住んでいるわけでなく、帰る場所ももうない、と言っていた。

でもその子は当時中学生。当然、帰るべき場所があるはずだが、それをどこかということは言わず、

ここまで来た理由も言わなかった。素性が全く分からなかったが、それでも

「お礼に何か手伝わせてください。」と言ってくるような子だったので、

悪い子ではないことはわかったが…

 

「あの子…なのかな?」




そろそろ、大方の展開が頭の中で固まってきました。
完全オリ回の引き出しがあまり少ないので原作回にオリ要素入れる形になります。
(ゲーム回を先にきららMAXの方で描かれていたので、一回練り直さなきゃ...)

前回、投票いただいてアンケの片方。
「深の過去に触れるシリアス回」
セリフベースでだいたいの展開だけ作ってあります。
20以降のどこかで出します。

次回内容は投稿現在(06/22)時点では決まってないです。
ごめんなさい。



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第二章 現れはじめたもの
16羽 Who are you?


久し振りです、...僕は毎回久しぶりだと伝えている気がしますね。
今回二つの案を同時進行していたせいでまたまた遅くなりました。
ちなみにもう片方も、もしかしたら出すかもしれません。
今回はシャロメインです。
その上、シャロとあともうひとりだけが知っている
「黒狼」という謎の存在が今回出てきます。


 

「そろそろ特売ね、急がないと。」

 

今日はスーパーの特売日だ。シャロはこの日、その時間をを待っていた。

ここで目的の品を買えれば、余裕ができる。そのためにその時間を待っていた。

既に多くの人が同じくそれを待っていた。

 

「あったっ!あ!?あと一個!?」

 

シャロが目的の品を見つけたときにはあと一個だった。

急がないと持っていかれてしまう。

急いでそれの下へ走り出した。あともうすこしで手が伸びる距離だった。

しかし。その刹那、無常にも別の女性がすっと手に取り買い物籠に仕舞ってしまった。

 

「持ってかれちゃった...。」

 

結局、卵を手にいられなかった。

仕方なく、その他の安い食材でどうにかしようと思い、

スーパーの中で何かいい食材はないかと探すことにした。

しかし、ある光景をみて、これはどうしたものかと思いその光景をしばらく静観した。

 

チノが買い物をしている。そしてココアにあとをつけられている。

しかしつけられている本人は全く気付いていない。

...この状況を第三者が見たとき、どうするのが正解だろうか。

警察に通報する、つけている人にに声をかける、など、様々だろう。

ちなみに、この状況を見つけたシャロは。

 

「...。」

 

結局、ただ静観していた。

 

とりあえず、自分の買い物を進めようとしたが、そのチノがこちらに気づいて近づいてきた。

確かに、知り合いがいれば話し掛けようとするのは普通だ。

しかし、この状況で話しかけられるとココアが後からうるさいが、

避けたら避けたでチノはショックを受けるだろう。

 

「シャロさんこんにちは、シャロさんもスーパー来るんですね。」

 

「ええ、く、来るわよ?」

 

どうしようか、これをチノに伝えるべきだろうか、

それともココアのために気づかないふりをしてあげるべきだろうか。

それを考えながらぎこちなく返事をする。

 

「どうしたんですか?」

 

「ココアは一緒じゃないの?」

 

「ココアさんはついてこようとしましたけど、来なくていいって言いましたから。」

 

「そ、そうなの。」

 

実は、ココアがいる事に気づいているんじゃないかと思ったがやっぱり気づいていなかった。

前にお客さんから「シスターコンプレックス」だと言われていたらしいが、

もはやそんなレベルだと思えない。

 

「...にしてもどうしようかしら。」

 

「どうしたんですか?」

 

「卵を買い損ねちゃってね、これじゃ明後日からの分がないのよ。」

 

落ち込んでいる理由を聞かれて答えるも、チノがそれを聞いた時にポカンとした顔をした。

 

「え?あるじゃないですか?レジ袋に既に入ってますし、レシートもその中に入ってます。」

 

「...あれ!?私買ってないわよ!?なんで籠に一緒に入ってるの?」

買っていないはずの卵がなぜか手元にあった。

しかも丁寧にレシートとおつりも入っている。

しかし、その額を確認すると...

 

「あれ?おつりが十円分足りませんね...。」

チノの言う通り確かに十円分だけ少ないのだ。

しかし、なぜ十円だけなのだろうか。全部持って行ってしまえばいいのに、。

さらに不可解なのは、これを購入したであろう誰かが、なぜ私が気づかないうちにレジ袋を持たせたのか、普通にくれればよかったのに。

 

「...前で十円玉を指ではじいて遊んでる人いるけど、...偶然じゃないわよね?」

 

「偶然にしてはできすぎてますね。あの人に聞いてみましょう。」

 

前に黒いフードを着た男がいた。

指で何かを弾いていたようだったが、それが十円玉だとチノが気づいた。

かなり綺麗に輝く十円玉だった。偶然にしてはタイミングもぴったりだ。

二人はその男に近寄って話を聞くことにした。

 

「すいません、これ、買ったのはあなたのじゃ...。」

 

「それは君に譲渡したものだ。もう僕のものじゃない。

買い損ねたんだろう?卵。」

 

シャロは驚いた。

自分が卵を買い損ねていたこと、そして自分の分として買ったであろう卵を譲渡し、

それを持って来られても何も気にせず、「もう自分のものじゃない」なんて言葉が言えるとは。

 

「それはそうなんですけど...。いいんですか?」

 

「かまわない。今必要と言うわけでもないし、直食いが危険だってさっき知ったんだ。

捨てるにはもったいないし、誰かに普通に手渡すと顔がわかる。」

 

直食い...まさか、卵をそのまま食べようとしたのだろうか、それとも割って黄身をそのまま食べようとしただろうか、どちらにしても野性的な食べ方だ。

どこでそんな食べ方を知ったのだろうか、シャロの中で彼は

恩人と言うより変人だという認識にすり替わってしまった。

 

しかし、何かおかしい。

 

「...?顔がバレると何か困るんですか?」

 

「僕の顔がもしバレた日には、とんでもないことになっちゃうかもしれないからね。詳細は言えないけど。」

 

とんでもないこと...詳細は言えないが、顔が見せられないほど、彼には重要な何かがあるのだろう。

 

彼は持っていた十円玉をこちらに見せ、「これ珍しいだろ?ギザ十だぜ?」

なんて若干はしゃいでいた。いい人というか子供に近いような性格の人だった。

十円玉一枚だけ持っていったのはそれだけの理由らしい。

 

「じゃあ、僕は帰るとするよ、卵を有効に使ってくれ~。」

スマホを取り出し、時間を確認し、どうやら用事でもあるのか、

黒いメタリックカラーのスマホをすぐにしまって、

それだけ言って去っていった。

 

いい人でしたね、とチノは言っていたが、それだけだろうか、

顔を隠さなければならない事情がある人なんて何かやましいことでもあるんじゃないだろうか。邪推かもしれないが、それでも妙だと思った。

それを考えながらチノの話を聞いていると、

 

「おお、シャロ、買い物帰りか。」

 

「あっ、リゼ先輩。」

 

「チーノちゃーん!」

リゼがシャロを見つけて近づき、ココアはチノが買い物ができたかどうかを確認しようと、

走ってきた。

 

「ココアさん!?ついてきてたんですか!?シャロさん気づいてましたか?」

もちろんチノはついてこないように言っていた。

しかもつけられている事には全く気付いていなかった。

 

「私は一応気づいてたけど、言うのも何か..ね。」

 

「気づいていたなら教えてください!」

 

「チノちゃんがちゃんと買い物できるかな、って。」

 

「私、中学生ですよ!それくらいちゃんとできます。」

ココアが姉の様に振舞い、それをすこし鬱陶しそうに扱っていた。

帰り道、チノたちといつも通りの会話をしながら帰っている途中だった。

 

道の横からふらつきながら腹を抱えて逃げているガラの悪い不良のような少年が出てきた。

 

「どうしたの?大丈夫?」

ココアが見つけるなり、走って近づき、倒れそうな少年を支える。

 

「助けてくれ!突然こいつが…!?」

必死で助けを乞う様子が一瞬にして恐怖の顔に変わって、その先にいるものを指さした。

その先にいた者はこちらにゆっくりと近づき、ココアを見るなり、こう言い放った。

 

どけ、こいつは目的の男だ、始末しろと言われている。邪魔するならお前も始末するぞ。

その少年の後ろの物陰から出てきたのは、

両肩に狼のデザインのプリントがされている,

黒いフードを被るおおよそ170cmくらいの男。

_先ほどシャロに卵を譲渡した男だった。なるほど、

こういうことをしているなら顔を知られたくないわけだ。とも思ったが、それよりも

_あの服装に聞き覚えがあった。

 

振り向き痛みをこらえながら、先ほどの少年が折り畳み式のナイフを取り出し、

それを振るように変形させ、刃先を出す。

しかし、それを読んでいたのか、男の方も別のナイフを取り出した。

バタフライナイフと呼ばれる種類のものだった。

 

ココアを突き飛ばすようにどかして、その男に振り下ろされるナイフを相手の動きから冷静にどの角度で、

どのような軌道を描くのか。

それをしっかり把握してよけているのが見て取れた。

そして、そのまま、バタフライナイフで相手の手首を裂ける冷静な判断力、経験豊富なようだった

 

「てめぇ、なんなんだよ...。」

 

裂かれた右手首を左手で掴み、出血を抑えながら、それでもあふれ出る血を見つめ、男の方を睨みながら言った。

 

僕の名は...。

 

しかし、その名を告げたのは、彼ではなく...。

 

黒狼...。」

 

シャロだった。

ピクリと体が動き、背後の少女を見た。

動揺と驚愕を示すかのように、指を止め、

ナイフを持った手をおろした。

 

そして、チノたち三人もその名前を聞いた途端、シャロの顔を見つめた。

 

この姿を見せるのは初めてだったね。

 

黒狼はシャロを知っていた。

それもそのはず、シャロもチノも、この黒狼の表向きの顔をした人間を知っている。

しかし、その正体を確として知っているのは五人の中でシャロだけだ。

 

(この姿...?まるで別の姿の方を私たちが知っているような口ぶりをしてる...?)

 

「チノちゃん、ココア。先に帰っててほしいの。」

 

黒狼は危険であることはまず間違いなかった。

バタフライナイフを扱い、そして明らかに喧嘩慣れしているその動き、正体を知って、かつ協力している自分はともかく、チノとココアは何も知らないし、真実を知ってもらう訳にも、ここで負傷してもらう訳にもいかない。

 

「危ないです!一緒に帰りましょう!」

「シャロちゃん!危ないよ!」

 

当然だ、自分はこのことをみんなに伝えていない

…信頼する先輩にさえも。

「大丈夫よ、絶対に手は出さないはずよ。」

 

自分と、目の前の男しかその理由は知らない。

彼が自分たちには絶対に手を出さない理由。

 

わーお、ご名答。

 

顔は見えないが、声色でつまらなそうにしているのが

わかった。シャロの知っている彼のいつもの声とも違うが喋り方でわかる。

 

「...わかりました。ココアさん、一緒に帰りましょう。」

 

「チノちゃん...。」

 

「リゼ先輩もここを離れてください。」

チノはココアを連れてこの場を離れようとし、それにリゼにも場を離れるように促した。

 

「無理だ、それにシャロが心配だ。」

しかし、シャロが残っている以上、自分もここに残るべきだと思ったのだろう。

リゼもリゼで、目の前の黒狼を知っているシャロに聞きたいこともあった。

 

「私は大丈夫です。」

 

「なぜそう言い切れるんだ。あんなナイフを持っているんだぞ!?」

シャロが自分は大丈夫だという根拠なんて当然わからなかった。

ナイフと言う凶器を扱っている相手を前にしてもなお、それでも大丈夫だと言い張るシャロ。

 

「...わかりました。...リゼ先輩はここに残るんですね。」

シャロはリゼが残ることに関しては特別何も言うことはなかった。

しかし、危険だということは理解しているはずなのに、シャロは一切戻ろうとしなかった。

リゼはそこに大きな違和感を感じていた。

 

「リゼさん!?」

「リゼちゃん。」

 

「後輩がここに残るっていうのに見捨てて戻れない。」

 

「...でも!」

後輩のことを気にかけ、リゼは戻らないつもりでいた。

ココアもリゼの気持ちはわかるが、目の前の相手が危険かどうかなんて、考えるまでもない。

 

「大丈夫だ。それなりに護身術を身に着けてる。いざとなればそれを使って逃げるさ。」

その言葉を信じチノとココアはその場を離れ、ラビットハウスに帰っていった。

 

「シャロ、あいつのことをなぜ知っているんだ。」

リゼはシャロにその言葉を投げかけるが、シャロは目の前を見据えながら、

 

「彼のことを不用意に話せば何されるかわかりません。

言えば、私たちは無事では済まないでしょう。」

シャロはリゼの質問に答えなかった。

返した言葉は答えではなく、シャロは口封じをされていて、言えばシャロ自身も危ない

ということを示唆させるものでしかなかった。

 

邪魔をしたいならすればいい。俺はこいつを再起不能にして家でぐっすり眠りたいんだ。

 

「何をする気だ?」

 

見てりゃわかるよ。

そう言って、胸ぐらを無理やり掴んで、体持ち上げ、そのまま首に手をかけた。

リゼの顔が一瞬で動揺を表した。彼がしているのは再起不能なんて生やさしいものではなかった。止めようと足を動かそうとした瞬間、誰かの早い足音と吐息が聞こえた。

 

「もういい、それ以上やれば君も!」

 

その誰かの声を聞いて手を止めた。

それ以上やれば君も、から先の意味が理解できなかった。

目の前にいる男だけが理解しているようだった。

そうだからか、舌打ちをしながらその誰かの方へ向き、問いかけた。

 

もういいのか?君の友達も、君自身もこれ以降のことは望まないか?…本当にここまで?後悔しない?

 

つまり、これを続けるか否か、その選択肢は突然走ってきたその人にあるようだ。そして黒狼もここまでで本当に良いのか、しつこいほど確認している。

 

「ああ、もういい。それ以上やったら、死んでしまう。」

その言葉通り、あともう少し絞められていたら意識を失っていた。

首を絞めていた片手を離し、頭を掻きながらため息をついていた。

 

「死んでほしいわけじゃないなら、ないってそういってくれれば加減したのにさ。…よいしょッ。」

 

「...どういうことだ?」

 

その様子を見て、リゼはこの状況を理解できなかった。

まるで今までの狂気じみた暴行を突然出てきた子と少し話しただけですぐに腕を下ろした。

遊び飽きたおもちゃを投げ捨てるように、つまらなさそうにしながら

力の入らない人形のようになった少年を離した。

 

死んでほしいわけじゃないなら、そういえば手加減した。

おかしい、あまりにも狂気じみている。殺害前提だったかのような言い草だ。

まるで今までその非道を楽しんでいたかのように。

 

「...説明してあげるよ。黒狼っていうは僕が人助け...この場合は復讐の代行になるけど。そんな時に自分の正体を隠すときの格好でさ。」

 

正体を隠してきた。なぜならこれらをその他の人間に見られたくないのもあると

彼のフードの下はそういった。

 

「あの時の質問にも答えてあげよう。あの子…チノって名前でいいんだよね。伝えておいて?顔を見られちゃまずいのは、色んなリスクをなくすためなんだ。」

 

色々なリスクとはいうものの、そのほとんどは相手からの報復で間違いないだろう。

 

「ま、そういうことで。じゃあね。」

 

その男はそういいながら去っていった。

シャロはその後ろ姿を見据えて、こうつぶやいた。

 

_善と悪の境界線...と。




黒狼はという謎の男は、皮肉というべき行動をしています。
誰かが傷つかないようにするために、誰かを傷つける。
結局彼がしていることは、善のふりをして、
暴力という悪をなしているだけです。
しかし、それで人が助かっている。それは彼がなした「人助け」と
言う善であるはずです。
彼は誰かにとっての悪で、誰かにとっての善であろうとしています。

実はみなさん、とっくに正体気づいてるんじゃないんですかね...?


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味覚

みなさん、これが何か月ぶりかすらまともに覚えていません。
ハンドルネームも何だったか覚えてないですね。

11月までにまとめたかったのですが、今度は体を悪くしてしまいまして、
まぁ、随分前から悪かったんですよ。生まれつき、気管支が弱いので、
バイトも、進路も、色々と定めないといけなかったんです。

すいません...。

あと、ここから本格的に第二章です。
そろそろあるキャラを本格的に出そうと思っています。
みなさん、来月か再来月には出せたらいいなと考えています。
ちょっと待っててください。


「深くんって何食べても、顔が変わらないよね。」

 

休日の朝、

朝食を食べていると、突然、ココアがそんなことを言い出した。

唐突にどうしたのかと思ったがどうやら、自分のことだとわかると、

ココアの方に視線を向け、ココアの顔を見て、今度はチノの反応を見ようと思い、

チノの方を見ると、何やら考え込んでいた。

 

「...言われてみればそうかもしれません。」

 

どうやら、今回に関してはココアと同意見であるようだ。

しかし、チノはそれほど気にしていないのか、ココアが言い出さなければ

全く気付かなかっただろう。

 

「そうか?っていうか、ココアもチノも飯食ってるときにそんなに俺の顔見る?」

 

当人にその自覚はなく、さらには顔を見られているという感覚もなかった。

そもそも、同じ食卓を囲んでいるとはいえ、

その相手の顔を食事中にまじまじをみることもないので、

まさかそういわれること自体が新鮮だった。

 

「そういうわけじゃないけど、何食べても、表情の変化がないから、

どんな味なら顔が変わるのかがすこし気になるよ。」

 

「苦手なものとかないんですか?」

 

「ないんじゃなくて、ただ、食ったことないから

思い浮かばないだけだと思うけど...。まあいいや。」

 

確かに、最近、何かを食べて特に感じることはない。

同じような食事を続けていると、慣れでそうなってしまうようなもの。

まして、最近、新しい種類の食物は口にしていない。

もしかしたら飽きているのかもしれない。

 

「あっ、深君の分のパン焦がしちゃった...ごめんね、別のパン焼くから...。」

 

「...それ、もらうよ。」

 

「え、この焦げちゃったパンでいいの?苦いよ?」

 

「苦いのは慣れてるし、何よりもったいない。」

 

ココアも深も、トーストをオーブンレンジで焼いていることを忘れていた。

その上、レンジのつまみを回しすぎていたようで、

気づかぬうちに表面が墨のように黒く焦げてしまっていた。

 

普通なら焦がしたところを削るなり、新しくパンを焼き直すのだが、

深はそのパンを受取り、何の抵抗もなく、そのまま口に運んだ。

そして、また表情を変えないまま普通に咀嚼し、飲み込んだ。

 

ココアもチノも、その行動に面食らっていたが、ココアはそれを見て、

気を遣ってくれていると思ったのか、「焦がしちゃったのに...ごめんね」

と言って、深にとても申し訳なさそうに謝っていたが、

その様子を見ていたチノにとって、その行動はあまりにも異様すぎた。

 

(やっぱり、何か変です。)

 

「あの、コーヒーきき、してみませんか?」

 

「突然どうした?チノからそういう提案するのは珍しいな。」

 

チノが突然、何かしようと提案してくることは珍しい。

何か目的があってのことなのか、それとも意外と気まぐれなのか。

深にはそれがわからなかった。

 

「...ココアさんが、初めてここに来てから、どれくらいコーヒーの味がわかるようになったのか試したいんです。」

 

「確かに、それはやっといた方がよさそうだな。」

 

深はそのチノの提案の理由を聞いて納得し、頷いた。

なるほど、なぜコーヒー利きを今やってみようとしたのかはともかく、

ココアが味がわかるようになっているかは少し気になる。

 

「あれ?意外と乗り気なんだね?」

 

「そりゃあ...コーヒーの品種はともかく、オリジナルをインスタントと間違えたときはちょっとひやひやしたんだぞ。」

 

「え!?あれ見てたの!?」

 

「だって、俺の方が先についてて、チノが接客しに行ったお客がココアだからさ。」

 

「そうなんだ。」

 

ココアにしたら、何かをしようといわれて、深が首を縦に振ることはあまりない。

しかし、今回は確認しておいたほうがよいかもしれない。

初めてラビットハウスに来てコーヒーを飲んでいたココアのことを思いだすと、

どうしてあんな間違い方になったのかが、今でも不思議で仕方ない。

ココアは見られていたことを知り、少し恥ずかしそうにしていたが、

まさか、今回も大きく間違えてしまうのではないか、とココアの味覚が不安になった。

 

 

朝からの仕事が、昼過ぎに終わり、リゼが「私も参加しよう。」

と言い出したので、断る理由もないので、リゼも参加した。

しかし、コーヒー利きを始めようとしたところ、チノがリゼを連れて、

カウンターの裏の部屋へ行ってしまった。

 

「つまり、ココアがコーヒーの味がわかるかどうかというのは建前で、

深の味覚を確認したいと?...どうして?」

 

「そういうことです。やっぱり、深さんがココアさんが焦がした、

真っ黒こげのパンを、普通に食べていたのは

ココアさんに気を使っているだけにしては何か違和感を感じたので...。」

 

提案の裏には、「ココアがコーヒーの味がわかるようになったか」を確認するのではなく、「深の味覚がどうなっているのか」が確認したかったがための提案だったと、

リゼにだけ伝えた。

 

「...そんなに変か?ココアのことを気遣った対応なだけだと思うぞ?」

 

「...本当にそうでしょうか。」

 

普通、気を遣う体で真っ黒に焦げたパンを、それも自然に、苦みに表情を歪ませることも

なく、そのまま食べて見せることができるだろうか。

そこだけが、のどに小骨がつっかえたように違和感を感じていた。

 

「チノ、どうしてそこまで疑うんだ?」

 

「深さんは、時々、おいしいって言ってくれるんですが...なんというか。」

 

「なんというか?」

 

「ただ、定型句を言っているだけのような...何もこもっていないような、そんな感じがするんです。」

 

人は基本、作ってくれた人においしいと伝えるとき、もしくは、

食べたものがおいしいと感じるとき、自然に口角があがったり、

笑顔になったりするものなのだが、深に限ってはそれがない。

つまり、何も感じていないのではないかと考えるのが自然であって。

しかし、味の感想を聞かれたとき、その状況を切り抜ける、

最も無難な答えは、ただ一言、おいしいと答えればそれでいい。

事実、深はおいしいという以上の感想を一度も述べたことがない。

 

「あいつが基本、無表情だから、そう感じるだけじゃないか?」

 

「かも...しれませんね。」

 

リゼがいうことも確かに事実だ。

深がずっと無表情である理由も気になるが、単にずっと無表情でいるために、

ただそういう印象を持ってみているだけなのかもしれない。

そう考えながら、リゼと一緒に表に戻った。

 

コーヒー利きにの一杯目、リゼが豆を選び、

チノがその豆を挽いて、二×二、合計四杯のコーヒーを淹れる。

淹れられたコーヒーを眺めるココアは、少し真剣そうに見えた。

一杯目が深とココアの前に置かれ、二人とも、同じタイミングで

コップを口に着け、ゆっくりと一口飲んで、少し考えたのち、

これが何の豆を挽いて淹れたコーヒーなのかを回答する。

 

「この味は...キリマンジャロ?」

 

「いや、キューバじゃないか?」

 

ココアはキリマンジャロ、深はキューバと答えた。

それを聞いた途端に淹れた側のチノたちは意外な結果に目を丸くしていた。

その様子をみて、「もしかして間違えちゃったのかな」と心配するココアと、

手の甲で頬杖をついて、二杯目が置かれるのを待っている深の様子で

対照的な二人。静と動、というような明らかな違いはそこにはあった。

 

二杯目が置かれ、また二人とも一口飲んで、

ココアが即回答、深は先ほどと同じ間隔の後に回答した。

 

「チノちゃん、これ、やっぱりキリマンジャロだよ、さっきと一緒だよ。」

 

「...そうか?これはトラジャだと思うけど...?」

 

ココアはまさか、連続で同じ内容の回答。深は今度はトラジャだと回答した。

リゼとチノは顔を見合わせて、何か確信を得たような様子だった。

 

そして、チノの口から答えが告げられた。

 

「ココアさん、それはグアテマラです。すこしわかるようになりましたね。」

 

「やったー!どう?チノちゃん、私、成長してるでしょ?」

 

_正解に近かったのは、意外にもココアだった。

深も、ココアが正解するとは思っていなかったのか、二口目のコーヒーも飲もうとして

いたところ、少し驚いていたのか、えづきかけながらコーヒーを飲んでいた。

ココアは、ドヤァ...と効果音がつきそうな見事な決め顔をしていた。

 

問題は、深の回答だった。二つともグアテマラだったのが、

深の回答では、キューバとトラジャだった。

キューバはともかく、トラジャに関しては、キリマンジャロとは違い、

酸味が全くない品種であるため、ココアより味の区別がついていないことになる。

 

 

「はい、しかし...。深さ...「いつから。」

 

「いつから気づいていた。」

 

チノが深に対して「深さんの方がわかってないじゃないですか」と言おうとしたところを

いつもの深からは想像のつかない鋭い目つきで、威圧するかのようにそれを聞いた。

 

「...深さん?」

 

「いつからだ?味覚のことをいつから気づいていた?」

 

深が珍しく、怒りを露わにしている。

それが深にとって知られたくないことの一端であり、

それがあまりにも多すぎる上、彼の無表情もそのひとつである。

その全てがある出来事をきっかけに生まれた忌むべきものだった。

 

「つい最近、気づきました...味音痴だったんですね...。」

 

「味音痴...ん?ああ、まあ、うんそれでいい...?や。

今まで言ってこなかったけど。」

 

困惑しながら、それを肯定する深。本来はそんなレベルではないのだが、

そう勘違いしてくれていた方が楽だった。

チノがそう勘違いしてくれていなかったら、どれほど面倒なことになっていたのか、

考えたくもないようなことになっていたと、そう思っていた。




そういえば、みなさんは、深君をどう思ってるんですかね。
だいたいは
「ココアにもチノにも心を開かない、
でもシャロを信用して、自分の過去を話したりする。
基準の不透明なキャラ」っていうのが、
皆さんにとっての印象だったりしそうですね

次回からも深君の異常性がどんどん出てきます。


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セイギのミカタ?

一か月ぶりです。天翔だったと思います。
ええ。そろそろ二章を本格的に書こうと思いまして。
第二章は『青野深』という『壊れた人間』について
詳しく掘り下げる章になります。


「起きろココア。」

「起きてください、ココアさん。」

 

朝、チノは日課のように...自称姉、ココアを起こす。

姉を自称するならば、妹として扱う自分よりしっかりしてほしいと思うときもあるそうだ。

深も、それを見て、そう思うときがある。

 

「うーん...あと五分...あと五分...」

 

「チノ。『こんなココアさんお姉ちゃんじゃない』って言えば起きるんじゃないか?」

 

「え、ココアさんはお姉ちゃんじゃないですよ?」

 

「ヴァッ!?どうしてそんなこと言うのチノちゃん!?」

 

チノにとっては当たり前のことだが、ココアは自分が姉だと主張し、それをチノに認められたいのか、何なのかはわからないが、そういう節があるのを逆手にとり、あえてそれを言わせた。

 

「...やっと起きたな。これを言わせれば起きると思ったんだ。」

 

「びっくりした!もー、びっくりしたよ!」

 

「なら早く起きれますから、今後からそうしますね。ごはん食べますよ。ココアさん。」

 

ココアにぷっくり頬を膨らませながら怒られるが、先ほどの発言の直後にココアを呆れながら冷たい目で見ていた。チノはチノで、ココアに非情な宣告をしていた。

 

「うん!ごはん食べよう!...って、え!?これからそれで起こされるの!?」

 

「...やれやれ。」 「...やれやれです。」

 

どうやら、ココアにはそれがかなり聴いたらしく、食事中ずっと「お姉ちゃんって呼んで」

とチノにしつこく言っていた。それを聞き流しながらまた呆れるように二人とも呟く。

 

食事を終わらせ、通学カバンを持って、三人で学校に行く。

 

 

「行ってきます。タカヒロさん。」

「行ってきまーす!」「行ってきますお父さん。」

 

「~♪~♬~♪~♫」

 

深が、この通学時以外で口元を緩ませることはほとんどない。

しかし、このときは例外で、少しだけ口元が緩むのだ。

それは、ココアと一緒に登校しているからではなく、耳に着けたイヤホンから流れる、

彼お気に入りのゲーム楽曲を聴いているからだ。

 

(また音楽聴いてる...何の曲聞いてるんだろう。)

 

「ねぇねぇ、何の曲聞いてるの?」

 

それをココアは知らず、ココアが話しかけてもほとんど聞いてくれない。

どうしても深と話したいのか、左耳に入っていたイヤホンを外して声をかけた。

 

「ああ、ゲームのサントラ。曲名は…たぶん、ドイツ語だとは思うけど、読めねぇな。」

 

深は、『ココアがイヤホンを外させる直前の質問』に答えた。

そう、深は今まで『イヤホンで曲を聞いていたから聞こえていなかった』

のではなく、『イヤホン越しにココアの声が聞こえていて、あえて聞こえていないふり』をしていたのだ。そして驚くことにその曲にはドイツ語のタイトルがついてるらしい。

 

「聴かせて聴かせて!...あれ?オーケストラ!?...。」

 

「豪華だよな...いやー...たまらないよなぁ...。」

 

ココアたちにとって、ゲーム関係の会話を交わすことはない。

そもそもゲームをするといっても、チノはチェスぐらいしか『ゲーム』をしない。

しかし、その当のチノも深やココアとゲームをしようと持ちかけることはない。

つまり、テレビゲームをするのはラビットハウスのメンバーだけでいえば深しかおらず、

ラビットハウス外のメンバーを含めてもマヤ兄妹ぐらいなのだ。

 

「ゲームの音楽ってこんなに豪華なんだ...。」

 

「いや、ゲーム音楽をオーケストラアレンジしてるやつ。」

 

ゲーム音楽好きなら知っているであろう。ゲーム音楽はサウンドトラックとして販売されたり

その中でアレンジされたりするのだ。ラスボス戦のBGMである楽曲のメロディが入ったりするのだが、その中でもオーケストラ演奏、オーケストラアレンジされることもある。

有名な作品だと、某ピンクの食いしんなり、某狩猟ゲームなり、その類である。

彼の聞いているそれは、あるRPGゲームのオーケストラアレンジである。

 

もちろん、そんなことを知る由もないココアからすればそういうゲームオリジナルの

楽曲があると思って、感嘆の声を漏らす一方、オリジナルを知っている深はそれを否定する。

 

「あ、そうなんだ」

 

「このクオリティを毎回作ってたらお金足りなくなるだろうしなぁ...。」

 

そんな珍しい会話をしながら、登校する二人は片方は少し楽しそうで、

片方はそれを見て「楽しそうだな」とつぶやいた。

 

 

 

「...あー。疲れた疲れた。」

 

放課後。

部活には入っていないのでそのまま千夜と合流して家路につこうとする二人。

深が疲れたとぼやくが、ただただめんどくさそうにしているだけである。

 

「全然疲れてなさそうに見えるんだけど。」

 

ココアが深の顔に自分の顔を近づけて様子を見ている。

その通り、まったく疲れはない。

 

「疲れたというか、文系の授業は延々と興味ないものの授業受けてるもんだからさ、

退屈でいやだなぁ...。数学とか物理とかならいいんだけど。」

 

ぼやいているのは、単に今日一日がほぼ文系教科の授業だったからだ。

そのどれもが深には退屈に感じて、それでぼやいていた。

 

 

「帰って復習だな、赤点は嫌だし...。」

 

「...深君って意外と真面目よね。」

 

「まぁ...そうでもしないと、色々とめんどくさい事になるしな。」

 

 

その会話中に何かが地面に転がる音がした。

それをちらりと見たとき、自然に拳に力が入った。

 

 

「よし、こいつ連れてけ。」

 

「やめ...がっ、う゛...」

 

「暴れんなよめんどくせーな。」

 

苦しそうに喘いでいる男子生徒一人を同年代の男子生徒二人が両腕を掴んで、

その一人がどこかに連れていかれる。

それから逃れようともがいているのを押さえつけ、引きずられていく。

それを「早く連れていけ」とせかす男がいる。

どうやら三人組で、せかしているのがそのリーダー格らしい。

 

それを見たとき、いつかの記憶が頭をよぎる。

そのよぎった記憶があまりに胸糞悪い物だったのも、

目の前の光景を見たことによって生じたナニカも。

 

彼を動かすには十分すぎた。

 

「ココア、これ持って先に帰ってろ。」

 

「どうしたの?」

 

「止めないと。」

 

ココアに自分のかばんを押し付けて、それを止めに行こうとする。

ココアの問いに食い気味に言葉を返す。

 

「何を?」

 

「説明は後だ。」

 

千夜に今度は「何を止めに行こうとしているのか」と聞かれて、

今度はそれに答えることなく、いつのまにココアに掴まれていた腕を軽く振りほどき

走り出そうとする。

 

「お仕事があるから早く帰らなきゃ...。」

 

「それまでには帰る。早く行かないとまずい。一応、タカヒロさんに伝えててくれ。

ただの人助けだ。すぐに帰る」

 

「でも」と聞こえて、振り返る。

確かに、自分がしないといけないこともある。

だからといって、それが目の前にいる誰かを助けない理由にしない。

タカヒロさんへの報告、仕事、そして目の前の誰か。

その全てをやりきるためにその手を強く握りなおす。

 

「...お仕事があるんだから、ちゃんと帰ってきてね!」

 

「了解。」

 

その様子を見たココアが、時間までにかえるように伝えて、千夜の手を引いて、

家路につくのを見た後。さっきの連れていかれた人を探しに駆け出す。

 

 

 

「や、やめて...。」

 

「やめろって言われてやめるバカはいねぇよ!」

 

ようやく見つけたときには、三人に囲まれて、地面に倒れた状態

でリーダー格の生徒に鉄パイプで殴られようとしていた。

あんなもので殴られればどこで受けても無事ではすまない。

幸い、今の自分の位置とそれほど離れていない。

走れば間に合う。鉄パイプが振り下ろされる直前に走り出せたおかげで

なんとか間に合った。

 

「...骨身に染みるいい鈍器だな。気分はどうだ、屑野郎。」

 

殴られようとしていた生徒を庇い、自分の右の二の腕で鉄パイプを受け止める。

腕がひどく痛むあまり、声をあげそうになるのを、歯を食いしばって堪える。

その代わりに、毒のある言葉をを吐きつける。

 

「わざわざ邪魔しにくるなんていい度胸してんな、ヒーロー気取りか?」

 

深の腕に鉄パイプをたたきつけた男はそれを嘲笑しながら小馬鹿にした。

最初はそれを聞き流してやるつもりだった深は、「ヒーロー気取り」という言葉にだけ、

ピクリと反応した。...それが、あまりに不愉快だったからだ。

 

「はぁ、俺がヒーローなわけないだろ。」

 

怒りなのか、呆れなのか、そのどちらでもないのか、形容しがたい感情をのせてこぼれたぼやきだった。自分がヒーロー、英雄になれないのはとっくの昔に理解していた。

自分がヒーローどころか、何もできないろくでなしだったのもそうだった。

 

「逃げろ、俺がこいつらの相手をしているうちにな。」

 

腕に押し付け続けられていた鉄パイプをどけるために、相手の腹を右足で蹴飛ばした直後、

庇った相手を逃がすことだけに注力するために、

その顔を見ることなく、彼に逃げるように告げる。

 

「逃がさせるかよ!」

 

自分の後ろに逃げようと立ち上がった彼を、男の後ろに控えていた二人が左右に分かれ、

逃げる彼を止めようと殴りかかろうとする。2対1では明らかに不利、その上

すこしばかり二人の方が体ががっしりしているように見える。

あれでは捕まってしまっては逃れられないだろう。

 

「攻撃する前に声を出すなよ、今から攻撃するって教えてるようなもんだからな。」

 

それに即座に気づいた深は、利き腕の右腕で、右の一人の胸ぐらをつかんで

自分の前に引き寄せ、左から追いかけようとしたもう一人へ目掛けた瞬間に手を離して、

左腕で突き飛ばした。

 

「何なんだお前...。あいつと俺らとは無関係のくせに割り込んでくるんじゃねぇよ!」

 

「無関係だからどうしたってんだ!!!」

 

取り巻きの二人を止めたことに腹を立てた、リーダー格がガンをとばしながら怒声をあげる。

それに負けじと、深もその三人の鼓膜を裂かんとするばかりの怒声で返した。

そも無関係だからどうした、それが他人だろうと苦しめられる人間を

見捨てて傍観していていい理由にしてなるものか。

 

「調子づいてんじゃねぇぞ!!」

 

取り巻きの二人が体勢を立て直して、彼らもまた、怒声を上げて深を睨みつける。

その三人との喧嘩が終わったのは、それから10分ほど後のことだった。

 

お互い、一進一退の攻防だった。

取り巻きの二人と比べ、いわゆる「頭」というべきリーダー格は

五分ほどで立ち上がる力をなくした取り巻き二人より明らかに強かった。

そのせいで、二人にかけていた時間の倍もかかるほどに強かった。

お互い、激しい喧嘩のあと、息も絶え絶え、相手の三人はもはや向かってくることはなく、

深の方は右腕の痛みをこらえながら、ラビットハウスへ向かい走り出した。

 

「大丈夫か。手当をするから、家までついてきてくれるか?...カフェラテとか奢るからさ。」

 

校門前でうずくまっていた少年がいた。おおよそ、自分が逃がした少年だと察し、

しゃがんで目線を合わせ、状態の確認をするために、下宿先のラビットハウスでいったん

状態を確認して応急処置などをするためについてくるように頼む。

 

「立てるか?」

 

何か言いたげな感じだったが、右手を差し出すと、それを掴んで立ち上がった後、いったんは何も言うことはなかった。そのまま肩を貸し、ラビットハウスへ歩きだす。

このペースなら、15分くらいで着けるだろう。

お互い、ボロボロなのであまり急いで帰ることはできないがそれも仕方ない。

 

(腕が折れてる...かな?仕事できるだけの体力も残ってたらいいんだけど...。)

 

ラビットハウスの入り口を開けるため、肩から一回降ろす。右腕の調子が気になり、

腕を触ってみると、思わず息をのむような痛みがした。

しかし、それは彼もそうだ、自分だけ痛がっている場合ではない。

入り口を開けてから、もう一回肩から支えて、店内に入る。

 

「今までどこに行ってたんだ!...!?」

 

「...!?大丈夫ですか!?」

 

丁度、リゼが入り口から直線上の位置にいた。深が戻ってきたので入り口の方を向き、

リゼが叱責しようと声を上げた直後、二人の様子をみて、言葉を失っていた。

カウンター側で備品の手入れをしていたチノが声に反応して二人の方をみると、

満身創痍の二人が今にも倒れそうな状態で、その上、深は既に左ひざを床についてしまっていた。そのせいで、肩を支えられていた少年が深にもたれかかり、

そのまま頭から倒れそうになっていた。

 

慌ててリゼが下から支えるが、二人分の体重をいきなり支えることはできず、

リゼも腕から崩れ落ちる。

 

「先に仕事やっててくれ。」

 

「この人も深さんもボロボロじゃないですか...。どうして...。」

 

「チノ、包帯やら絆創膏とかはどこだ。裏か?」

 

チノから理由を問われたが、それを無視して右手で体重を支え、ふらついてもなお立ち上がりながら、

チノに応急処置のために使うものがしまってある場所がどこなのかを聞いた。

チノも、この状態を見て、理由を聞くより先に処置をするべきだと理解してくれたようで、

急いで取りに行った。

 

「人助けって...何だったの?」

 

「こいつを殴ってたやつをちょっと深手負わせてから、こいつを助けて帰ってきた。

俺もなにかしらデカいダメージがあるかもしれない。実際そうだとしても、仕事はする。」

 

ココアが心配そうに事の詳細を聞いてきた。

ほぼ何も知らないまま、帰ってきた同級生が、服も体も傷だらけで帰ってきたのだ。

心配にならないわけがない。

だが、そんな心配をされていることにすら気づかない深は、自ら、今まで何をしていたのかを

ただ冷静に、それに何も引け目を感じずに淡々と話した。

 

「そんな危険な事...どうして自分から首を突っ込むようなことを...。」

 

リゼが立つ気力をなくした少年を支えて、とりあえず近くの席に座らせてから、

壁をつたうようにして近くの席へ歩く深に、なぜわざわざ関わってしまったのかを問う。

心配しているのは、みな同じのようだ。

しかし、自分を大事に思っているが故に出た言葉であっても、彼にはひっかかった。

 

「見過ごせと?見殺しにしろと?

お前にはとってはそれが正しいのか?自分さえよければ他人なんてどうだっていいのか?」

 

「...別にそんなつもりで言ったんじゃ...。」

 

『もし、自分が関わらずに、彼を無視して、自分がここに帰っていたら、彼はどうなっていただろうか。』そのようなことは考えるまでもない。

もしかしたら、一生治らないような傷を負っていたかもしれないし、もしかしたら、死んでしまっていた可能性も、否定はできない。

『他人を見捨てて、自分はそんなことは関係ないと割り切ることは、きっと他人の痛みを理解できなくなる。』誰かから教わったわけじゃない。

でも、なぜそう思う様になったのかは覚えていなかった。

 

「ああ、すまん、感情的になりすぎた。少し落ち着くよ。」

 

「...死なれたら胸糞悪くてな。俺は、こういう人間を知っている。二回も三回も...繰り返させるものか...。」

 

感情的になって、リゼにきついことを言ってしまったのを詫びて、

落ち着こうとして、少しの間だけ、目を閉じる。

目を閉じると、記憶の断片を見た。

誰かが鉄柵に手をかける記憶、涙を流しながら、誰かに謝っている。

 

そしてその直後、その誰かが目の前から消失した。

かつて自分が"殺した″人間の姿だ。

直接、手をかけたわけではなかったが、自分が殺したのだ。

ずっと自責の念に囚われていた。ときどき、突然に思いだす。

そして、鈍痛が頭にくる。仕方ない。全ては自業自得だった。

 

「そこの席に座ってもらおう、すまん、端の方で処置をしようか、ただ、病院に行かないといけないような骨折は判断はできても、治すことはできない...ごめんな。」

 

軽いけがで済んでいるわけがない。

そうでなかれば、あんなところでうずくまるわけがない。

でも、できる限りの処置はしてあげたい。

チノから、包帯とテープを受取り、肩を支えながら座る席を探す。

もっとはやく駆け付けていれば、もっと怪我が軽く済んだだろう。

そう思うと自然に謝罪の言葉が出た。

 

「彼にカフェラテか何かを入れてあげてくれ、代金は持つよ。」

 

「...わかりました。」

 

とりあえず、聞けるだけの話を聞いてあげて、これからどうすればいいのか、

少しの間だけ相談に乗ることにした。

一応、店の在庫を使うため、代金は自分の財布から出すことにして、

チノに頼んで淹れてもらうことにした。

 

「深君だって怪我をしてるんじゃ...。」

 

「俺は後でいい、というかそれはどうだっていい。」

 

ココアに、怪我の心配をされていたが、それを一蹴する。

自分の体なぞ、最初から、この男にはどうでもよかった。

目の前の誰かを助けることができるならば。

 

「人が変わったみたいです。何か...。わかりませんけど。」

 

行動原理が、何かに対する怨嗟に突き動かされ、破壊衝動に近い何かを以て行動しているような、そして、『自分の体はどうでもいい』と何の躊躇いもなく、言い放つ、その

自分の体を消耗品かのように扱っているような言葉に、恐怖に近い感覚を覚える。

 

チノが、『人が変わったみたい』だと評した彼の姿は、

どこからどう見ようが、痛々しい姿だった。

今、彼の神経は悲鳴をあげている。動かすことすら辛いだろう。

 

「深君っていつもは落ち着いてるというか無気力だけど...。

誰かのために自分のことをかえりみずに守ろうとするとは思わなかった...。」

 

リゼも、ココアも、チノも、目の前の男が、

いつか『誰かの代わりに自らを滅ぼす』姿を想像してしまうくらい、

『自己犠牲とはこういうものである』と示されたような気がした。

 

「ひどいな...重症だ。骨だって折れてる...。とりあえず...固定できるものは...これでいいか。固定だけしておくからすぐ病院に行きなよ。足の骨は折れてないから。歩くことくらいはできるか。よかった。」

 

店内入り口からみて、左端のテーブル席、通路側の一席に少年を座らせ、

まずは両膝、そして、左腕に包帯を巻くことにした。

右腕には目立った負傷がなかったため、左から倒れこんだのだろう。

その上、あの鉄パイプで一度は殴られ、それを左腕で防ごうとして、

骨を折られてしまったのだろう。椅子の背もたれに沿って腕を軽くつけてみると

二の腕の真ん中から手首の間が曲がっているのがわかった。

こればかりは自分ではどうしようもないので、病院で処置を受けるように言って、

昔、工作で使っていた角を丸めた木材を自分の部屋から持ってきて、

それを、少年の左腕に着けて、それを包帯で固定した。

今度は大きな擦り傷のある場所に包帯を巻いていると、ゆっくり息を吸いながら、

小さな声で話しかけてきた。

 

「...どうして僕を、助けてくれたんですか?」

 

「君を見捨てたくなかったから、助けたかったから。」

 

「それでも、さっきの店員さんが言っていたように、首を突っ込んだら、君も危険にさらされることもあるかもしれないっていうのは確かだし...。」

 

「俺は、色んなものを敵に回してでも、曲げたくないことがある。

だから、危険にされされようとかまわない。だから躊躇しないんだ。」

 

さっきのリゼの言葉も、ある意味正しい。

リスクを抱えないために、その原因から自分を遠ざける。

確かに、それが合理的ではあるのだろう。彼もそれには同意見であるようだ。

深の姿を見て、心配そうな顔と声色。

それを聞いてすこし安心した。『他人のことを心配できる元気はあるんだな』と。

 

しかし、それをしてしまえば、今回の場合、目の前の人間を見捨てることになる。

『他人を見捨てて、自分はそんなことは関係ないと割り切ることは、

きっと他人の痛みを理解できなくなる。』

自分はそういう人間にならない。なりたくない。

 

人は、正義のため、自分のためには、どこまでも残酷になる。

自分は、それをかつて体験した。

今でも自分は前者にあたるのかもしれないと思うこともある。

今回のことだって、その一例なのかもしれない。

正しいことをしていると思えば、自分が何をしていようと構わない。

なぜなら『それが正しい』のだから。

だから、その工程で誰が苦しもうが知った事ではない。

自分が大事だから、自分を守るために誰かを陥れても構わない。

なぜなら、『自分を守らないと、誰かが自分を陥れるかもしれない。

自分を守ることができるのは自分だけ』だから。

だから、その裏で誰が苦しもうと知った事ではない。

 

自分は一度、過ちを犯した。もう繰り返してはならない。

だから心に刻んだ。『誰も見捨てない。誰かを守ることのできる人間であれ』と。

 

「その通りに動いただけで、それに伴う結果に何があろうと、

それは受け入れるしかないんだよ。」

 

その結果に、どんなに苦しもうと、それはその事象を引き起こした自らの責任。

割り切るしかない。逃げ場なんて最初からない。その言葉には重い決意がこもる。

少年の目を見た。怯えていた。自分を傷つけた者のことを思いだして。

それに立ち向かう想像をしたのだろう。恐怖を覚えないわけがない。

 

「...怖くないんですか?」

 

「いや、慣れちゃってるのかな。そういうことを受けいれるっていうことに。

不思議と恐怖は感じないんだ。」

 

深自身も気づいていないのだ。

もはや、その感覚がとっくに麻痺しているのだ。

傷つくことが怖くない人間などめったにいないだろう。

いるとすれば、『傷つくことに慣れてしまった』か、『傷つくことを知らない』のか

『傷つくことに対して恐怖を覚えなくなってしまった』のか。

深は典型的な、三番目に該当した人物だと言える。

 

「あ、処置は終わったよ、迎えに来てもらえるように家族に電話したほうがいいよね。

代わりに電話しようか?」

 

話しながら処置をしていたが思ったより早くできたようで、

もう自分にできることはしてしまった。

あとは病院で、固定しておいた部分を

今度はしっかり診察してもらって治療してもらうしかない。

 

「いえ、それは自分でやります。大丈夫ですから。」

 

「そうか、わかった。」

 

代わりに電話してあげようと思ったが、断られてしまった。

怪我をしていて、少し心配だが、右手で取り出しているのを見て

『そういえば右腕は大丈夫なんだった』と、思いだし、安心した。

 

その後、彼の親御さんが迎えに来て、お礼を言われて、そしてそのまま帰っていった。

 

仕事をしようと思ったが、安心して落ち着いてしまったため、今までアドレナリンの影響で

痛みを感じていなかったので、右腕に激痛が走り、

その日、深は痛みをこらえながら仕事をしたので、

初めてチノたちの前で、思いっきり辛そうに眉をひそめて苦しそうな顔をした。




うわぁ...痛そう(書いた本人がいうな)
実際にこんな大怪我したら仕事なんてしてられないと思いますよ...。
まぁ、そこが異常ではあるんですが。
さて、次は...未定です。何書こうかな。


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色がついたよ(ただの告知、本編とは関係なし)

今回は仕様変更の告知です
本編のストーリーとは関係ないよ


「何?急に呼び出して、何かよう?」

 

「いや、これを見てほしいんだ。」

 

「これってなによ」

 

「だから字幕だよ字幕。」

 

「お。色がついたな。」

 

 

「この度、誰が発言しているのかわかりやすいように字幕に色をつけました。」

 

「...ちょっと待て、これシャロは黄色になるよな。」

 

「ああ、そうだけど。」

 

「みづらいかもな。」

 

「これはテストってこと?」

 

「そういうこと理解が早くて助かるね。うちの子は当然気づいてるだろう?」

 

「なんかしらんが、おまえに育てられた覚えはないぞ妖怪投稿超遅作者」

 

「とりあえず、わかるように表にしておく。」

 

 

ココア:ピンク

チノ:水色

リゼ:

シャロ:黄色

千夜:

マヤ:ちょっと明るくした青

マヤ兄:明るい緑

深:

 

「キャラが全然いねぇんだけど。」

 

「そりゃお前俺が書くの遅いからだろ。

受験勉強やら、バイトやらいろいろあるんだから許してくれよ。」

 

「開き直ってんじゃねぇ改善しろ。というかプログラミングの勉強はどうした。」

 

「行き詰ったというか勉強をする時間が受験勉強の時でつぶれた。」

 

「無計画がすぎるだろうちの作者」

 

「というかシャロを喋らせてやれよ。ココアもリゼも千夜も呼んでねぇじゃねぇか。」

 

「あの三人にはあとで説明する。シャロは...なんかニコニコしてこっち見てるな。楽しそうに見えてんのかな俺たちの事。」

 

「そうか、俺とお前似た者同士だし、素を出していつもは喋らないし俺」

 

「もうちょっとみんなと心通わせろよお前」

 

「おまえがそうしたんだろうが」

 

「うーん、ぐうの音もでないねぇ。これは一本取られた。」

 

「下の一本ももぎ取ってやろうかおまえ」

 

「おーこわいこわい。まぁ、他にも色々と仕様変更したかったけど。

多くしすぎると一回書くのがなかなか面倒になるしな。」

 

「しかもつい最近までインフルエンザBだったんだよ...39.9度も熱が出るとか最悪すぎたね。みんなも健康には気を付けようね!コロナウイルスとかシャレにならないからね。みんな気を付けてね!」

 

「お前頑張って1000文字稼ごうとしてるだろ」

 

「ばれた?いやー1000文字って意外と多いんだね...。」

 

「セリフしか回してないからな。いつもは地の文とか入れるときはバリバリツッコむくせにさ。」

 

「そりゃ入れるときはたくさんぶち込むよね。おら、ねじこんでやるぜ。」

 

「いつもその調子で執筆してくれ。UAも結構増えてるみたいだしな。」

 

「マジで!?頑張る。」

 

「ということでこれからもよろしくお願いします。」

 




以上です。
他のキャラの色はそのときに決めます。
瞬瞬必生ですね。ジオウじゃないですけど。


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番外編 CLOCKWORK RABBIT THE Parallel
CLOCKWORK RABBIT THE Parallel 01


現在進行形で宿題に追われながらバイトしている天翔です。
何か月ぶりだったか思い出せませんが、
本編の執筆に行き詰ったので、番外編をかきました。
本編の設定はなんとか少しずつでありますが組み立ててはいるので、
もう少し...(いつになるかはわからないですがなるべく早く)待っていただけると...。


「ここは、どこだ?今はいつだ、ここは...頭が痛い...。」

 

目が覚めると、そこは路地裏だった。

──こういうのをライトノベルで見たような気がするが、

これが現実(リアル)だというのだからたちが悪い。

とりあえず、目覚めたところがラビットハウスの中ですらなく、

壁にもたれるように眠っていたのだから肩も痛くて頭も痛い。

その上、眠る前の数時間分の記憶だけなぜかない。

 

「...おい。なんなんだよ。ここは、どこだ?」

 

そうして、目を覚ました深は、なぜか自分の傍にあったリュックサックを背負って、

路地裏を出た。そうして、目の前の景色に目を見張った。

まず、そこには木でできた建物など何一つなかった。

目の前にあるのは数えきれないほどのビルで、地面はコンクリートだった。

ここは木組みの街ではないことをすぐに理解し、困惑した。

自分はなぜこの街にいるのか、そしてこの街の路地裏でなぜ眠っていたのか。

それが全く分からない以上、謎だらけだ。

 

「木組みの街じゃない、それどころか木組みの家が全くない。都会だ。

...そうだ、日付とか時間とか...スマホはある!よかった。」

 

とりあえず、今はいつなのかを確認しようと、時間を確認できるものを探した。

腕時計は腕についていない、ズボンのポケットにも何も入っていないとなれば、

リュックサックが最後の希望だ。手を突っ込んで

ガサガサ音を立てながら探し当てたものを掴み、手を引き抜くと

まさにその希望を叶えるがごとく、スマートフォンが入っていた。

電源は入っていて、さらに電池残量も七割近く、

壁紙やパスワードも機種も同じ。どうやら自分が今まで所持していたものとみて

間違いないようだ。これでラビットハウスにいるチノたちにも連絡がつくと思い、

ホッと胸をなでおろし、起動したスマホ画面を確認して、唖然とした。

 

「...は?いやいや...。そんなはずはない。」

 

そのスマホは、通信能力を失っており、

スマホのカレンダーウィジェットは2050年の4月を表示していた。

 

「2050年...だと?」

 

愕然とした。自分は今まで30年もあんな路地裏でぐっすり眠れていたのだろうか。

よほど疲れていない限りあんなところで眠ろうとは思わないが、

先ほどまで眠っていたのだからそうなんだろう。

路地裏で眠っていたという事実はともかくとして、その間30年近く経っていたというのは

あまりに長すぎる。それほどまで長く眠っていたのなら、それはもう

植物状態になっていたとしか考えられない。

しかし、それならば、自分は病院でしかるべき処置を受けていないとおかしい。

 

「おかしい、30年、いや、40年ぐらいか...?俺が知っているのは2010年代までだぞ!?

しかもそれなら、俺はもう四十路に近い...でも体は10代のままだ。」

 

さらにもう一つ、時間が30年も経過しているならば、

この体も30年分老化していないとつじつまが合わない。

しかし、全く、体の衰えによる、体力の低下、老眼などの影響も全く感じられない。

スマホのカメラを鏡代わりに使って、自分の顔を撮り、写真の拡大で顔を確認しても

しわどころか、はりやツヤも変わらない。

 

残る可能性、最も現実的でない可能性。

そもそもこの状況自体が現実的ではないのだから、何を今更というような話だが、

しかし、それしか残っていない。

──タイプスリップ。

30年以上の時空を移動して、この時間軸に辿り着いたという可能性。

 

(...タイムスリップか?いやいや、量子力学か?数学か?工学か?

何が発達してこうなった?その理論は?そもそも過去を変えてしまうかもしれないという倫理的問題だって発生するはずだ...。どうして...?)

 

となれば、自分はこの世界に居場所はない。

戸籍はおそらく存在しない。存在したとして、それは40代後半の自分だ。

どっちにせよ、この世界に「高校生の青野深(この自分自身)」は

本来存在しえない存在であることは間違いない。

ではどういう原理でこうなったのかを考えようとしたが、そもそも自分の知る限り、

タイプスリップの原理は判明していない。

その上、原理が判明し、その原理を応用した時空間移動するマシンを開発したとして、

一般家庭で用いることは決してあり得ないだろう。

なぜなら、過去に介入するということは、介入した時点でその過去を大きく変えてしまう

ことになり得る。たった少しのことでも、それが連鎖すれば、大きな変化になる。

いわゆるバタフライ効果だ。

過去改変によって歴史を改変されてはたまったものではない。

使い方によっては国どころか世界が滅ぶ。

だから、よっぽどのことでも起きない限り、人工的なタイムスリップはあり得ない。

 

(偶発的なタイムスリップ?いや、これはただの夢かもしれない。)

 

つまり、最終的な着地点は、偶発的に起きたタイムスリップであるいう結論になった。

しかし、こんなことが現実で起こり得るのだろうか。

そう考えるとそもそも現実的ではない。

となるとこの光景が夢であるかもしれない。

 

(にしては、人が多すぎる。これほど多い人間の顔は

絶対記憶してないぞ...?夢じゃないのか...?)

 

とも思ったが、夢として表れるものは、その人間が無意識的に記憶しているということを

小耳に挟んだ程度であるが聞いたことがあった。

しかし、ふと周りを見渡した時に、どう考えても多すぎる人の数と、

見たこともない奇妙な格好をした人を見つけたので、

残念ながら夢でないことを確信した。

 

(とりあえず、辺りを見て回ろう...。)

 

何もわからないにしろ、ただ立ち止まっているだけでは何も始まらない。

とりあえず、もう一度リュックの中身を確認して、整理しないことには

何が出来るかもわからない。

 

そう考え、スマホをポケットにしまって

リュックのジッパーを改めて開けると

中には、財布、タブレット端末、デジタルカメラ、

ソーラーパネル付きの携帯充電器、デジタルカメラの充電器、手帳、日記帳があった。

 

財布には学生証とコンビニのポイントカード、ゲームのIDカード、

銀行口座のICチップのついたカードがちゃんと入っていた。

 

タブレットには差し込んだSDカードにオフラインでも読める電子書籍が入っている。

デジタルカメラもちゃんと動作して写真も取れて保存できる。

その上、ちゃんとSDカードが入っていて保存できる。

しかもタブレット端末やデジカメに至っても充電は50%以上あるようだ。

 

ここまで来ると不自然なくらい眠る前の自分は準備がいい。

本当に自分自身が用意したのか疑いたくなるくらいばっちりだ。

こうして、最初にすべき目的が、

この近辺を散策し、ここがこの時代のどういうところなのかを把握し、

新しい下宿先、もしくは宿を見つけることだと理解した。

しかし、宿と言っても、リュックに入っていた財布の中には数万円しかないので

かなり安めのカプセルホテルに泊まることになるだろう。

 

人を避けながら付近の建物などの写真をデジタルカメラで撮り、

ある程度撮ったら、付近を散策し始め、目ぼしいものがあったらデジタルカメラで撮り、

ある程度撮ったらまた散策し始めるということを繰り返して、

付近の状況を確認しようとしていた。

 

そんなことをしていると後ろから誰かにぶつかられてしまい、

体勢を崩してこけてしまった。

ぶつかった相手とその隣で歩いていたであろう相手と同年代くらいの少年は、

自分をわざわざ起こしてくれた。

ぶつかられたとはいえ、ちゃんと起こしてくれたのだから、

気前よく許してお礼を言おうと思い、二人の方を見た。

 

「ああ、もう、前向いて歩かないから、すいません、友達がぶつかっちゃって。」

 

驚愕した。この街に来て驚いてばかりだ。

今、ぶつかった友人の代わりに申し訳なさそうに謝る、

この少年の顔は今まで一度も忘れたことのない。

それほどまでに脳裏に焼き付いた顔だった

 

「いや、いいんだ。あっ、だいじょ...」

 

『自分は大丈夫だけど、君達の方こそ大丈夫か』と聞こうとしたその瞬間、

その顔を見て、絶句した。

 

「...あっ、ああ...。...どうして、君がここに...?」

 

その人間は、深にとって恩人で、かけがえのない親友だった。

その親友は、友情のために死んでいった。

青野深の人生にとっての光で影になった少年。

彼を二度変えた少年。一度目は恩人として、そして友人として。

二度目は、失わせてしまった命として。

 

「...?どうしました?」

 

「海渡だよな...?久しぶりだな...俺のこと...覚えてるか?」

 

「誰ですか?」

 

「...え?覚えてないのか...俺だよ。深だよ、青野深だよ!覚えてないのか...?」

 

(あ...そうか、あいつはあいつでも...。)

 

そう、どれだけ、記憶の中の彼と、どこまでも似ていようとも、

深の記憶にある彼とは確実に別人なのだ。

なぜなら、深が知り得た彼はすでに死んでしまったのだから。

 

その顔を見たときの衝撃のあまり、ここにいるのは

自分の知りえる親友ではないことを失念し、必死に思いだしてもらおうと話しかけていたが、

その途中に察した。

そして彼こそが、この世界がパラレルワールドであるという一つの根拠にもなる存在。

ならば、それはもう確定事項だ。

先ほどまで必死に自分のことを思いださせようとしていたが、

相手がまったくわからないといわんばかりの表情をしていたので

それでいったん冷静になると、この世界が、パラレルワールドであることを改めて実感した。

 

「青野...深?...おい、深。こいつとお前の名前、一緒だぞ!?」

 

「同姓、同名...?」

 

「いや、顔もそっくりだ...うわっ、気持ち悪っ。」

 

「お前、バカ、人の顔見て気持ち悪いとかいうなよ。」

 

ぶつかった人間がまさか別の世界の自分自身だったとは。

そしてこの世界でも、二人は友人であること。

時代が違っても、この二人の関係は変わらないのかもしれない。

別の存在としての親友と自分は、「青野 深」という名前に驚いている。

顔をまじまじと見て、鏡で左右反転していない自分を見るのも、

親友と同じ容姿をした別人がいるのも、考えてみれば気持ち悪いものだ。

 

「だってホントにおんなじ顔してるぜ?写真撮って見せてやるよ。」

 

「こっち向いてほら!」

 

そうやって自分の顔を撮ろうとするもう一人の親友。

自分の左隣に駆け寄り、肩を組んで笑顔でカメラにピースサインを向けるもう一人の自分。

突然肩を組まれたことにポカンとしていると、右手で顔でカメラの方に顔を向けさせられる。

フラッシュがたかれることはなかったが、顔写真を撮られたらしい。

...が、写真を撮られたにしては撮ったであろうデバイスが見当たらない。

ふと気づいたが、この二人は変わったものを側頭面に装着しているが

もしかしたら、それがウェアラブルデバイスなのだろうか。

流石、未来のデバイスといったところだ。

撮った直後、空を切るように、人差し指を降ろすように振って、

何かを操作しているように指を動かしている。

すると、隣の自分が似たような動きをし始めた。

 

「ほら見てみろって。おんなじだろ?」

 

「...え、ホントだ。どうなってんのこれ。コラージュだろこれ。」

 

「いや、ホントなんだって。」

 

「信じられねぇ...おんなじ顔で、おんなじ名前...。」

 

二人がなぜその会話をしているのかがわからなかった。

今、写真が送信され、それを確認しているのだろうか。

これが新時代のデバイスなのか。

画面のぞき見によるプライバシー情報の閲覧が出来ない。

どうやってその撮った写真を確認しているのかが全く分からない。

 

「え、おいそれ、『スマホ』ってやつなのか?すげー!これどこで手に入れたんだ?」

 

自分もその画像を確認したいと思い、赤外線通信かBluetoothでなら送信できるだろうと

考え、とりあえずスマホを取り出してみたところ、

それがまるで珍しい物かのように目を光らせるもう一人の自分。

 

「...え?これ、二人とも持ってないのか?」

 

「え、今はもう、製造されてないし...。」

 

「...そうか、新しいデバイスが普及しているのか...。そりゃそうだよな...

何十年も経てば、そうもなるよな。」

 

なぜ持っていないのかなんてこの状況で少し考えればわかるものだ。

ウェアラブルであるため、つけていれば置忘れもなく、のぞき見による情報漏洩もない。

さらに、どうやら前を向いたまま操作しているため、歩きながらの操作による危険も少ないだろう。

しかも、ディスプレイを使わないのであれば、その分値段も浮いているのかもしれない。

そう考えると旧世代のスマホをわざわざ製造して売る必要性も買う必要もない。

...当たり前のことだ。古いものは忘れられていくものだから。

 

「...何十年も経てば?どういうこと?」

 

「...僕は...いや、いいよ。信じられないだろうし...。」

 

ふと漏れた言葉の真意を問われ、いざ話そうとしてみたが、同い年くらいの高校生が

『俺は過去からきた。でも、僕は青野深だ。過去の平行世界から俺は来たんだ』

と真実を告げられたとして、「何言ってるんだ君」ぐらいしか返す言葉もないだろう。

そんなことぐらいは察しが付くので言わなかった。信じられないだろうし、

不審な人物と思われ、警察に通報されても困るからだ。

 

「過去からタイムスリップしてきたとか言われても、信じるよ。」

 

「なんでわかるの!?」

 

「やっぱりな、だって、見たところ、僕と年齢変わらないのに、何十年も経ったらって普通に考えたらおかしいじゃん?でも、タイムスリップで過去から来たのなら、その言葉のつじつまが合うし。スマホを持っていることにも説明がつくし。」

 

「...思ったより、こう、状況把握が早いな...。」

 

不意を突かれた。声まで出てしまった。

そして驚くことに、この世界の自分は、どうやら、

突飛なことすら簡単に信じてしまうような人物らしい。

そこまでいくと詐欺に引っかからないか心配なくらいだ。

だが、その根拠として挙げられた事柄に明らかな矛盾点がない。

つまるところ、論理的な思考によって自分が自分の言葉を信じている。

自分ではこういうことを、こういう状況で、サラッと柔軟な思考にシフトして

信じることが出来ないだろう。

平行世界の自分ながら恐ろしい。どうやら、

柔軟な思考で頭の回転が速く、それでいて常識の枠に収まらない思考をしている。

 

「君は、いつの時代から来たの?」

 

「俺は...2010年代あたり...だったと思う。」

 

「曖昧すぎない?」

 

「ごめん、ちゃんと思いだせないんだ。」

 

さて、『タイムスリップしてきた人間』として話をされるが、

まず、一つの違和感が生じた。

──正確に思いだせない。

思いだそうとすると頭がぼんやりする。

2010~2020年の間であるという事だけはわかる。

ただ、なぜか下一桁、二桁あたりがしっかりと思いだせない。

これもタイプスリップの影響なのだろうか。

しかし、これでは本当にタイムスリップしてきたかどうかすら怪しくなってしまう。

今度こそ不審者として通報されかねない。それを避けるため、必死に思いだそうとしてみるが、結果は変わらなかった。

 

「頭を強く打ってるのかもしれないな、ティッピーでスキャンするから、ちょっとじっとして。」

 

そういって、背負っていたバッグの中から丸い物を取り出す親友。

そして、取り出してからそれを『ティッピー』と呼称した。

 

「ティッピー!?...え。それがティッピーって...いや、なんで浮いて...え。どうやって浮いて...え?」

 

その名前を『ラビットハウスにいるアンゴラ兎の名称』として記憶していたので

ますます混乱した。つやつやした白い球体であること以外はティッピーに似ていた。

浮遊している新時代のデバイス。これがこの世界の最新デバイスなのだろうか

 

「目立った外傷がないし...。頭は打ってないようだけど。」

 

「待ってくれ、なんだそれは。」

 

スキャンしたと言っているが、どうやってスキャンしたんだとか、

そういうことも含めて。今、目の前にあるティッピーという機械は、

どうやって浮いているのか全く分からない。

そもそも、最新のデバイスだと推測したが、人体をスキャンできるようなデバイスを

個人が所持しているのが驚きだ。

3Dモデルデータを作成するようなものだろうと、人体内部を検査するようなものだろうと

個人が所有できる、もしくは所有していい代物でないことを知っている。

 

「何って、これ、ティッピーだろ。今は基本的にみんな持ってる...。ああ、そうか。」

 

「なるほど、まだティッピーが開発段階だったころから来て...ないか。」

 

開発段階どころか、作る段階すら至らない時代に生きている。

自分自身はそれを把握し、彼らをそれを察した。

 

「いや、俺が知ってるティッピーはアンゴラ兎なんだけど。」

 

「ああ、これ確か、アンゴラ兎がモチーフなんだっけ。」

 

ティッピーにそっくりだと思っていたら、モチーフがアンゴラ兎だという。

なぜよりにもよってアンゴラ兎にしたのかデザイン担当やらなんやらに問いたくなるが、

それはそれとしてもっと重要なのは、

 

「いや、待って、それは置いておくとしてだな。」

 

「なんで浮いてるの。明らかに重力に反してるし、浮くための機構が見当たらないんだけど。」

 

どうやって浮いているのかが全く分からない。

風の力で浮かすにしろ、磁力で浮かすにしろ、かなりの動力が必要。

しかし、そのモーター駆動音が全く聞こえず、さらに、その機構すら見当たらない。

これは明らかに重力に反している。

 

「あー、そっか、反重力技術もないんだっけ。」

 

「は、反重力技術...!?」

 

「すげぇ驚いてるな...。これは本当に過去から来てるらしい。」

 

反重力。サイエンスフィクション物の作品において、よく取り上げられるもの。

物理学的には不可能と考えられてきたもの。

しかし、この世界では開発に成功し、よもや、個人に普及できるものとなっているとは。

──自らが生きているあの世界でも、いつか開発されるのだろうか。

そう思わずにはいられない。そしてそれに驚かずにはいられない。

目の前の自分が当たり前のように技術が、自分がいた世界では、未だ空想の範囲だと

いったら驚かれるのだろうか。

親友はそんな深を見て、本当に過去から来ていることを実感したようだ。

そもそもこの世界側の自分が理解するのが早すぎるので、この時点で納得するのが...

一般的というのだろうか。この状況自体が異常なのだから、

これに対する理解も、異常というべきなのかもしれない。

 

「技術的ブレークスルーが...ここまで...。」

 

どうやら、自分が想定している以上の技術発展と、普及がなされている。

ちなみ『技術的ブレークスルー』とは科学技術などの急激な発展を指す言葉である。

 

「一応、かいつまんで説明しておこうか?」

 

「ああ、頼むよ。」

 

「ティッピーは、浮遊自律型コンピュータなんだ。カスタマイズとかも可能だけど、

改造とかは仕方によっては違法になってしまうんだ。」

 

 

──────────────────────────────────────────

──数分後────

 

「法整備がしっかりされているのは安心できるな。」

 

説明をを聞くと、大体のところは、意外なことに割とPCみたいな感覚らしい。

ただ、悪意ある改造を制限する法律も整っているあたり、かなり悪用されると危険なことには変わりないようだ。そこあたりの法整備はかなり早い段階でされたらしく、

その政府の本気度がうかがえる。

 

さて、二人がどこかへ向かうことになっていたこともあり、

一緒に歩きながら説明を受けていたが、そもそも彼らはどこに向かっているのか。

 

「あれ、そうだ、話しながら歩いてるけど、二人はどこで歩いてるんだ。」

 

「ココアさんっていうクラスメイトの家にラボがあるんだ。」

 

「コッ、ココア!?え、ココアって、あのココアか!?」

 

「え、知ってるの!?」

 

いざ聞いてみると、思いがけない話をされたので

とりあえず、聞いた言葉を整理しようと、とりあえず目をつむる。

そして整理するとこうだ。

 

・ココアはこの付近に住んでいる。

・とりあえず、この世界の自分は少なくともココアを呼捨てにしていない。

・ココアはラボと呼ばれるような大掛かりなものを所有している。

・クラスメイトという言葉から、どうやら高校生にしてそれを所有している。

 

もう訳が分からない。

この世界におけるココアは、自分以上の設備、技術を保有していて、少なくとも

自分が慕うほどの存在になっていて、そこに訪れようと思うほど魅力的な施設らしい。

それを高校生にして所有している。

ちょっとばかり驚きすぎてどうにかなりそうになっていた。

 

「知ってるも何も、一緒に住んでたぞ!?...ああ、すまんあっちでな。」

 

向こうでは一緒のところで下宿していて、自分がプログラミングやら

アルゴリズムやら勉強しているものが分からないようだったので、

想像がつかない。それを伝えてみるとポカンとしていた。

同じ表情をしたいところだが、こちらもそうしてしまうと

もう話が進まないのでそういうわけにもいかない。

 

「一緒に行く?」

 

「え、ああ、そうだな...ほかに行く当てもないし。連れて行ってくれ。」

 

「わかった。...もしもし、ココアさん、ラボに、もう一人連れってっていい?」

 

今度はティッピーで自分が電話を始めた。

もうどんな機能があっても驚かないことを決意した。

どうやら連れて行ってくれるようなので安心した。

行く当てもなく、どこに行けばいいのかすらわからない中、

数分の間、足を休められて、かつ、情報を集められるのは助かる。

 

まさか自分が自分に助けられるとは。

その提案をしてくれた自分には感謝しかない。

 

電話からは楽しそうなココアの声が聞こえる。

どうやら「全然おっけー」らしい。やっぱりその明るい性格自体は変わっていないらしい。

そして、そこに向かうこと20分。とあるベーカリーについた。

保登ベーカリー。名前だけ見ると懐かしいものだが、景観はかなり違う。

都会にあるパン屋のイメージぴったりだ。

お店の前で待ってくれていたらしく、その姿は自分の知っているココアの服装ではなかったが

その顔つきや手を振りながら迎えるその笑顔は見慣れたものと同じだった。

 

「来たよー!ココアさーん。」

 

この世界側のココアを知っている自分が手を振り返す。

自分が純粋な笑顔をココアに向けているのは気恥ずかしいし、かなりの違和感を感じる。

どうやら、親友を失わなかった自分(この世界側の青野深)はココアに負けず劣らず明るいのだろうか。

 

「いらっしゃーい!入っていいよー!えーと、もう一人の子は...

あれ。ちょっと待っててね。目薬入れてくる。」

 

明るく迎えてくれていたココアが急に目を細め、

目薬をいれてくる、とベーカリーの中に戻っていってしまった。

一分も経たないうちに戻ってきたが、また目を細め、

今度は目をこする。

 

「あれ、ちょっと待ってね...おかしいなぁ...。」

 

「どうしたんですかココアさん。」

 

『どうしたんですか』とすっとぼけているかのような反応を返す自分を見る。

あれだけ簡単にもう一人の自分の存在を受け入れておいて、今度はなぜわからない。

今のこの状況がおかしいんだぞと言いたくなる。

ココアの目がおかしいのではない。今こうして、『青野深が二人いる』のがおかしいのだと。

 

「深君が二人いるように見えるんだよ。」

 

「ん、ああ、正常ですよ。」

 

何が『ああ、正常ですよ。』だ。

余計に混乱させる気でいるのかと思うくらいだ。

ふざけているのかと思い、お仕置きとして右手で頭頂部にチョップする。

しかし、チョップされたあとの『なんでそうされたのかわからない』

という顔を見るとどうやら天然らしい。

 

「そうなんだ!よかった!...いや待って!?」

 

「じゃあなんで深君が二人いるの!?」

 

ココアは自身の目が正常なことに安心しながら、今度は深と深(同一人物であり同一存在の二人)を交互に指差しながら

『なんで同じ人間が二人もいるんだ』と至極当然の質問をした。




...これどっちがどっちかわからなくなりそうだな...。
もしわからなければコメントください。
これに関しては色分けしたほうがいいかもしれません。
なるべくわかりやすい色分けします。

...え?本編全然進まないくせにこっちも続けていいのかって_?
実はこっちのほうが意外と書きやすくてですね...。
もしかしたら交互に書くかもしれないです。
...え?「深の親友」って本編で言及してたかって?
...いや、まぁ、どこかでしたはずです(あんまり覚えてない)←コラッ


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