理解し、それでも彼らは否定する (濃厚なHH)
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だから比企谷八幡は青春を嫌悪する。
アニメの再放送が始まったので、八幡と葉山の二人の関係が違っていたらどうなっていたかなと考えてたら書いていました。
八幡のレポートに関してや考え方についてが葉山との関係で少し変化していますが、そこは二人の関係性故に。
とりあえず、緩く進めていこうかなと。
青春とは、紛い物である。
自分を保つために、自分であり続けるために演じることをやめない、愚かな演者の演目に過ぎない。より正しく言うのなら、舞台に立てる役者の数そのものが限られている。
彼ら、彼女らは自分が自由であることを忘れ、囚われていく。
そんな中にも、ごく稀に自分を見失わずに役者を続ける人もいるわけだが、総じて彼らはなにをしたいのかわからない。
人生一度限りの青春。
クラスの誰かと一緒に過ごしていないとカウントされない青春の1ページ。
愛想笑い、とりあえずの肯定、流れに任せた身の振り用。
誰も彼もが人といることを望んでいる。
人の中でしか生きられない奴。
演目に立たなければ自分を保てない奴。
そんなお伽話でしか生きられないような奴らの青春など、俺は欲しくない。
もしも。
数の力が青春だと言うのなら、俺はこの身をもって証明したい。薄っぺらい人との繋がりの数だけがこの世の正義と呼べるのならば、そんな正義は悪に負けてしまえばいいのだと。
手放せ。
捨て去れ。
そうして初めて、己の青春が始まる。
だからこそ、青春は紛い物である。
この世の大凡すべての人々が過ごす青春の1ページは、偽物にさえ劣る贋作だ。
しかし、そんな青春、とっとと捨て去ればいいと言ったところで、俺の言葉は届かないのであろう。
ああ、やはり青春を演じる真の役者には、観客ですらない俺の言葉など届くはずもなく。
なので俺は、とりあえず青春爆発しないかな、と今日も祈るのである。
「書きたかったことは以上か?」
昼休み。
4時間目の授業が終わるやいなや、職員室に投げ込まれた俺こと比企谷八幡は、これまた見知った一人の女性教諭に迫られていた。
なんか字面だけならいけない雰囲気を感じなくもないのだが、別の意味でいけない雰囲気を感じる。というか、圧が強いのだ。
「書きたかったことって……もしかして、文字数が足りませんでしたか? すいません、書き足してきます」
眼前に座る国語教師の平塚先生から、課題として出されていたレポートを受け取ろうとしたところ、その手をかわされた。
「比企谷……私はレポートを書き足して欲しくてキミを職員室まで連れてきたわけではない」
「となると書き直しですか? 確かに、改めて見るとまだまだ未熟だと思いましたし、次はもう少しうまく書けそうですけど」
ピキッ、と平塚先生の額に青筋が浮かぶ。
もちろん違いますね。知ってた。
「なあ、比企谷。私が授業で出した課題はなんだった?」
「『高校生活を振り返って』でしたね」
「そうだな。それでなぜ、キミのどうでもいい趣旨思考を読まされなければならないんだ? 振り返ってないではないか。まったく……テストの結果はよくてもキミはバカだな。バカだろ?」
平塚先生はため息をつきつつ、疲れた表情を浮かべた。
「どうしてこう……テストの結果がいい者に限ってバカが多いんだろうな?」
「はあ……? よくわかりませんけど、大変っすね」
「大変にしている身分の奴がよく言ったものだな。課題の内容を理解していて書いているのも性質が悪い」
果たしてそうだろうか?
大枠で見れば、俺はしっかりと高校生活を振り返っている。
「振り返った故の感想として出てきたのが、このレポートの言葉なんですけどね」
「ほう? キミは随分と捻くれた性格をしている上に、随分と寂しい生活を送っているというわけか」
「いやいや。寂しい生活とか、先生が決めることじゃないですって。俺はいまの生活に満足していますし、取り繕って息苦しい生活を送るくらいなら自ら捨てますよ、そんな場所」
俺の言葉を聞いていた平塚先生のため息が深くなったと同時に、至極真面目な顔でこちらを見据える。その、こちらを見透そうとする瞳の中に、今日もなんら変わらない自分が写り込む。
「……キミは友達とかはいるのか?」
「レポート見ましたよね? わかって聞いてます?」
真面目な顔してなんてことを聞いてくるんだ、この人は。
部活に入らず、教師の目の前で他の生徒の生活を否定するような人間にする質問ではない。授業の合間は寝て過ごし、昼は教室から出て、誰もこないベストプレイスでご飯を食べる。そのまま昼休みをそこで過ごし、授業開始前に戻るような、そんな奴だぞ。いや、俺は自分を否定するつもりは一切ないが、客観的に見て、そいつに友達はいないだろう。
……ああ、だからか。
つまるところ、心配されているのだ。
「まあ、いないというのが一般的な答えだろうな」
「そっすね。というか、わかってるなら聞かんでくださいよ」
「何事も本人から聞くのが一番だと思ってね。で、友達はいるのか?」
「友達…………」
いや、違うだろう。
俺は俺を否定しない。いまの自分になったことを拒否しない。
「なにをしたら、人は友達になるんですかね? どこからどこまでを、そう呼ぶんでしょうか」
「よし、わかった。もういいぞ比企谷。私が悪かった」
平塚先生が俺の肩に手を置く。ちょっと、慰めないで! 心は硝子だからやめて!
と、平塚先生が動いた際、俺のレポートとは別に、もう一枚持っていたらしいプリントが落ちた。
「落としましたよ」
「あ、ああ」
慌てて拾うところを見ると、余程大事な書類だろうか? などと考えていたら、扉が開かれ、一人の生徒が入ってきた。
「失礼します。平塚先生に呼ばれて来たんですけど、平塚先生はいらっしゃいますか?」
珍しい。
最初に出たのはそんな感想だった。
うちの学校でも屈指の人気を誇る有名人。教師連中に呼ばれるときはいつだってなにかしらの手伝いだったりするのに、いまは若干バツの悪そうな顔をしながら入ってくるなんて。
「こっちだ、葉山」
入ってきた生徒に、平塚先生が声をかける。
葉山隼人。サッカー部のエースにして、整った顔立ちに高身長の誰にでも気遣いできるイケメン。貶すところのない、よく出来た人間という奴だ。
「部活の練習で忙しいだろうに、よく来てくれたな」
「いえ、大丈夫ですよ。むしろ遅くなってしまいすいませんでした」
「なに、気にするな。調度、物分かりの悪い捻くれ者の相手をしていたところだったしな」
「捻くれ者――もしかして」
葉山がこちらへと視線をやる。
当然、俺の姿を確認できてしまう。
「なんだ、やっぱり八幡か。捻くれ者なんて言われ方、キミくらいのものだもんな。もっとも、平塚先生にまで言われているとは思わなかったけど。ところで八幡、今度の休みなんだけど」
「猫はげかけ」
「――おっと。それで、ヒキタニくんも平塚先生に呼ばれたのかい?」
「ああ。レポートの件でな」
納得したのか、葉山は平塚先生に向き直す。
が、俺たちの僅かな会話から違和感を感じ取ったのか、平塚先生は俺と葉山を交互に見やり、葉山へと口を開いた。
「葉山、キミと比企谷は知り合いかね?」
「はい、知り合いです」
「ふむ……その知り合いは、友達というカテゴリで問題ないのか?」
「そうですね」
「違います。断じて違います」
葉山と俺が即答する。もちろん、異なる答えで。
「違うのかい?」
葉山は首を傾げながらこちらを向く。
「いや、違うだろ」
「いやいや、違わないだろ。結構長い付き合いじゃないか」
「付き合い長いからって友達とは言わないだろ」
「先週も小町ちゃんも連れて温泉まで行ってきた仲じゃないか」
「小町に手出すなよ」
「あはは、出さないよ」
こいつ……本当に出さないだろうな? 小町に男はまだ早い。というかずっといなくていいんじゃないの? 害虫は駆除。これ常識だから。
「キミたちは本当に仲がいいようだな。こう言ってはなんだが、立場がだいぶ違う者たちにしては珍しい」
ぐっ……これ以上はよくないな。
平塚先生が突っ込んでくる前に流れを変えなければ!
「葉山も来たことですし、なにか用事があったんじゃないですか? ほら、俺みたいにレポートの件でとか!」
「…………比企谷、キミは割と察しがいいんだな。いいだろう、正解したわけだし、あまり聴き込むには避けてやる。というわけでだ、葉山」
話題を変えた平塚先生は、葉山の前に一枚の紙を差し出した。
「さっき落としたプリント?」
「そうだ。さて、葉山。このレポートに関して、キミの意見を聞きたいんだが」
構わないな?
言葉にはしなかったが、有無を言わさないといった意思が感じ取れた。
まさか、葉山に限ってレポートに不備でもあったのか? ってか、本当にレポートなのかよ。
「取り込み中みたいですし、俺はそろそろ教室に戻りますよ」
「まあ待て、比企谷。キミにも聞きたいことはある。残っていなさい。葉山も、構わないな?」
「……わかりました」
俺には聞かないのかよ。わかりましたよ、残りますって。
そうして俺たちが平塚先生と向き合ったところで、平塚先生は葉山のレポートの最初の一行を読み始めた――。
青春とは、人との繋がりの最大級である。それ故に、人は常に一人である。
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