会社辞めてマリア・カデンツァヴナ・イヴのヒモになった (雨あられ)
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1話

「今日も良いライブになったな、マリア」

 

「そうね」

 

わたしは観客たちの熱気を思い出し、興奮醒めやらぬ気分であった。

今日は歌もパフォーマンスも完璧、というのはにわかに自惚れが過ぎる気もしたが、そう思えるほどに素晴らしいライブだった。

 

特に今回の立役者はそう、目の前にいる彼女、マリア・カデンツァヴナ・イヴで間違いがないだろう。

 

自分も最高の歌を披露した自信があるが、今日の彼女はいつも以上に最高だった。歌を歌えばその声は山紫水明の如き澄み渡り、パフォーマンスではあのノイズたちと戦っていた装者としての彼女のような鬼気迫る迫力があった。

 

そんな彼女なのだが、カコカコと、先ほどからしきりに携帯をいじっており、話しかけてもどこか気の抜けた生返事しか返ってこない。何やら表情を緩めてすまーとふぉんを覗き込んでいるが……。

 

「聞いているのか?マリア」

 

「え?えぇ、聞いているわよ。あなたも素晴らしかったわ、翼」

 

そういってこちらを見て微笑んだのもつかの間、再び、ぴこん、というすまーとふぉんの音を聞き、画面に釘付けになったかと思えば顔を綻ばせるマリア……。ふむ、いつもライブ後は、喜びはするが課題点なども洗い出している厳格な彼女にしては珍しい光景だ。連絡先の相手は、暁と月読だろうか。

 

コンコンと控えめなノックの音が響く、私が気づかないほどの足運び……緒川さん。短く返事をすると楽屋のドアが開かれる。

 

「ライブ、お疲れ様です。翼さん、マリアさん。お二人はこれからライブ後のおまけ映像の撮影に映りますので、準備を始めて……マリアさん?」

 

と、緒川さんが説明している間、すまーとふぉんを握りしめ、体を震わせるマリア。どうかしたのだろうか。まさか、暁たちに何か……?

 

「マリア、どうかしたのか?」

 

「い、いえ、大丈夫よ」

 

ふぅー!と大きく息を吐いて呼吸を整えると少し赤くなった顔でこちらを見るマリア……その後、緒川さんの説明を聞いている間もマリアはしばし携帯の様子を気にしていたようであった。

 

 

 

 

 

 

 

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「今戻ったわッ!!」

 

バンと勢いよく扉が開き、そんな声が家の中へと響いてくる。

俺は料理を作っていた手を休めて、玄関の方へと向かうと案の条、彼女が帰ってきたらしい。俺と目があうと、ぱっと笑顔が咲いた。しかしすぐに目を閉じて少しキリリとした雰囲気に戻ってしまう。まだ仕事モードが抜けきってないらしい。

 

「お帰り。あれ、もう少し遅くなるんじゃ……」

 

「ただいま。す、少し早く帰ってこれたのよ」

 

手渡された荷物を受け取ると、彼女はズンズンと洗面台へと向かっていく。画面の向こう側で見ていた彼女が、今はここに居る。何とも不思議な気分だ。そこで、はたと料理の途中だったことを思い出して、スーツケースをリビングへと置いて台所へと戻ることにした。疲れた彼女に、最高の料理を振舞ってあげないと。

 

 

 

 

「メッセージで送ったけど、ライブすごかったよ」

 

「えぇ、出来れば生で見て欲しかったわね」

 

「いや、海外まで行くのは流石に」

 

作ったシチューを食べながら見ていたライブ中継の話をする。

彼女の名はマリア・カデンツァヴナ・イヴ。力強い歌声で世界的に活躍している女性アーティストである。本来なら俺のような一般人がこうしてお昼を食べることさえ違和感を覚える光景なのだが……。今ではそれが当たり前のようになってしまっている。

 

「でも本当にすごかったよ、特に火柱がドカンって上がって、マリアが炎の中から出てくるあの演出。かっこよかったなぁ」

 

「そ、そうかしら」

 

「そのあとに空を飛びながらの儚いバラード。いや、夢でも見てるようだったよ」

 

「そんな大げさよ」

 

しかしそう思ったのは事実だ。あの激しい炎の中を平然と歩き、落ちたら骨折じゃすまないような高度を凛々しいドヤ顔で浮遊する。俺だったら泣き叫ぶかもしれない。

 

「本当、普段から炎とか空中浮遊に慣れてるんじゃないかと思うくらいだった」

 

「そ、そんなわけないじゃない!?」

 

慌てて否定してくるマリア。まぁ、そうだよな。マリアの胆力あっての演出なのだろう。

 

「でも、でも本当、最高だったよ」

 

「……ふふ」

 

穏やかな表情で追加のシチューを更によそいながらどこかご機嫌なマリア。まぁ、あれだけのパフォーマンスが成功したのだ、嬉しくないわけがないか。

 

「そういえば、一緒に出てた翼さんも綺麗だったな~」

 

ピタリと、マリアの動きが止まる。

 

「翼?」

 

「うん、スラっとしてて美人だし、こうマリアとは違った歌声の良さがあってカッコいい……し……」

 

言いながら、徐々にマリアの顔色が暗くなっていくのがわかる。や、やばい!

 

「い、いや!それでも、やっぱりマリアの方がダントツで良かったな!俺は断然マリア派だよ。マリアの方が好きだ」

 

「な、何を言って」

 

「あぁ、ほ、ほら、シチューまだまだいっぱい作ったから冷める前に食べてくれよ。一応、マリア好みに作ったんだ……」

 

「私の為に……うふふ、そうね、ありがとう。とても美味しいわ」

 

マリアの機嫌が戻ったのを確認して、ほっと胸を撫で下ろす。

危なかった、危うく家を追い出されるところだった。なんせ、今の俺は彼女の……

 

ヒモなのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

会社辞めてマリア・カデンツァヴナ・イヴのヒモになった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は、特に目立った特徴のない人間だったと思う。

仕事は普通にこなし、荒っぽいこともしたことがない。月並みに言えばどこにでもいる普通の会社員であった。

 

そんな普通のある日のことだ。俺は日ごろの頑張りが認められ、大きなプロジェクトに参加できることになった。社長が直接打ち合わせに出張るような、そんな大型案件である。俺はやる気に満ちていた。優しい先輩は、冗談なんか交えて緊張をほぐしてくれたりした。

 

その出先の大きなビルの中で、やつらは、ノイズは現れた。

 

ノイズは認定特異災害として、この世界に現れた人類共通の脅威であった。教科書にも載っていたし、その存在自体は俺もよく知っていたが、実際に見るのはあの時が初めてだった。

 

絶対にかなわない恐怖。触れただけで、人生ゲームオーバー、それがノイズ。

目の前で、必死に椅子を振るったどこかの会社のハゲ社長は、一瞬でこの世界から消えてなくなった。

 

次々と灰のように消えていく重役たち。会議室は瞬く間に大混乱となった。そして、それは俺も例外ではなかった……とにかく、生きたいと、それだけを強く思っていた。ひたすらに出口を目指して走ったのを覚えている……崩壊するビルの中、俺は、なりふり構わず生き残ったのだ。先輩や社長は、この日亡くなった。

 

だが本当の地獄は生き残ってからであった。会社の人々からは、何故先輩や重役の人を置いて一人で逃げたのかと罵声を浴びせられ、減給の処分が出た。同時に、案件を逃した会社は大きな損失を招き、社全体の給与も下がった。

 

元はと言えば、全てノイズという脅威が悪い。

しかし、ノイズなんてものに難癖をつけることはできない、そんな存在よりも、ちっぽけな俺という存在の方が当たりやすかったのだろう。俺に同情してくれる人もいたが、いつもどこかから影口が聞こえて、気が付けば俺は会社で孤立していた。

 

先輩の残った奥さんや子供達に先輩の最期を伝えたのが、また辛かった。彼女たちからも、てっきり罵声を浴びせられるものだと思っていたが、逆に彼女たちからはお礼を言われてしまったのだ。そして、先輩の分も生きて欲しいと、優しく肩を叩かれた。

 

どうせなら、罵ってくれればよかった。なんで自分だけ助かったのかと。なのに、なのに、彼女たちは……。

 

様々な感情が毎日渦巻いていて、俺は心も身体も限界だった。会社を辞め、酒に溺れる日々が続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなある日のことだ。彼女に出会ったのは。

 

「ここは危険よ!?何をやっているの!!」

 

その時は、へべれけに酔っていて頭の中はぐわんぐわんと揺れていた。

公園のベンチに座ったまま改めて状況をぼんやり把握する。周りが騒がしいと思ったが……なるほど、また奴らが現れたのか……。

 

「別に、関係ないだろ」

 

次の瞬間、胸倉を掴まれて、バチっと、思いっきり頬をぶたれた!女とは思えない、すごい力だった。俺が目を白黒させていると、まっすぐに俺を見る水色の瞳。

 

「……生きることを諦めるなッ!」

 

ドンと、心臓を叩きつけられたかのような衝撃。久々に心が揺れた。

しかし、この混乱が、状況が、思い出させる、あの時の事を……。

 

「……別に死んでもいい」

 

「っ!!あなたッ!」

 

再びバシッと、今度は手の甲で頬をぶたれる。だが、俺は怒る気にも何にもならなかった。ただひたすらに気だるく、そして疲れていた。

 

『マリア君!急いでくれ!』

 

「……!」

 

俺の事をにらみつけて、走り去っていくピンク色の影。

そう、それでいい、俺に関わらなければいい。俺は、何もしなくていい……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バシャッと、水をぶっかけられて目が覚める。

何が起こったのかと慌てて飛び起きると、目に入ったのは水色の瞳にピンク色のネコミミ風ヘアースタイル、そして抜群のプロポーションを誇る長身の女性であった。

 

「あなた、家はどこ?」

 

「おい、何する……」

 

「家はどこ?」

 

ぐっとすごまれてしまい、言葉を失う。ヒリヒリと、ぶたれた頬が痛みだす。

 

「家は、なくなった」

 

「え?」

 

「仕事も、家も、何もかんもなくなったよ!!」

 

「っ!?」

 

そう吐き捨てると、相手は黙った。見慣れた反応であった。

実際、ここ3日、俺は公園で寝泊まりしていた。お金はまだ少しあったが、家賃を払うほどの余裕はなくなっていた。

 

「……わかったわ、じゃあ、ウチに来なさい」

 

「はぁ?何言って……」

 

「黙ってついてくるッ!!」

 

「は、はい!」

 

そう力強く叫ばれて思わず背筋を正す。

今思えば、あの時マリアは俺のためにかなり思い切った提案をしてくれたのだ。素性もどこの誰かも知らない相手を女の一人暮らしの家に泊めるだなんてこと、相当勇気が必要だったはずだ。俺は、そんな彼女の勇気に今も感謝している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「ごめんなさい、少し耳の奥が痒くって……その、またお願いできないかしら」

 

「ん、ああ。おいで」

 

そういうと、猫のように嬉しそうにピンと耳を立てるマリア。

初めこそ、しみったれるな!とか言って喝が飛んできていたが、俺が事情を話し、本当に辛いということを伝えると、彼女は俺に親身になってくれて、優しくしてくれるようになった。そればかりか、行くところがないなら、どこか仕事が決まるまで家に居て良いとさえ言ってくれたのだ。

 

それからは、暫く彼女に甘えるように、引きこもり、彼女から衣食住、全てを与えられた。与えられるだけであった。

 

だが彼女の歌を聞き、頑張っている姿を見て、少しずつではあるが、頑張ろうという元気が湧いてきていた。彼女のために次第に家事や炊事をするようになり、今ではこういった耳かきやマッサージなんてこともやるようになった。

 

コリコリと、耳かきで彼女の耳をこすり上げると、んっと甘い声が聞こえてくる。はじめはムラムラしっぱなしでやばかったが、毎日人間はマリアしか見ていなかったので、次第に慣れてしまった。

 

「そこはッ!」

 

「ほら、あんまり動くと危ないぞ」

 

「ふぅ、ふぅ……」

 

ぐりゅんと耳かきを回転させると、ビクビクっと大げさに体を震わせる。大きいのが、取れそうだ……。

 

「はぅ……」

 

「見ろ、すげー大きいのが取れたぞ」

 

そういって見せてみたが、トロンとした目をしたマリアはあまり焦点があっていないようだった。

マリアは初めこそ、凛々しく、どこまでも強い女性なのだと思っていたが、実はそうではなかった。一緒に暮らしていると徐々に彼女にも弱い部分があり、普通の女性と何も変わらないということを知った。

そんな彼女に、俺は努めて優しくするようにした。落ち込んだ時は側にいて、慣れない手料理を作り、彼女が快適に過ごせるように頑張った。そうすると少しずつ、マリアは俺に対して素直な心を見せてくれるようになり、仕事の愚痴をこぼして弱さを見せて甘えてくれるようになった。いや、些か甘えすぎな気はするが……。

 

「今日も、疲れたわ……」

 

「うん、頑張ったな」

 

優しく頭を撫でてやると、マリアは小さな少女のように目を細めて膝に顔を擦り付けた。

可愛いなぁとは思うが、俺は彼女に対して好きという気持ちは抱いていない。いや、抱いてはいけないのだ。何せ彼女は世界的に有名なトップアーティスト、一方、俺はホームレスのヒモ。釣り合うわけがない……。

 

「はい、こっちの耳終わり」

 

「え、そ、そう……もう少しだけ…」

 

「あんまりすると、中耳炎になるからな」

 

残念な顔をして黙って反対の耳を突き出す彼女の耳を再び覗き込む。

いつか、働いて、彼女に釣り合うような男になれば、その時に俺はきっと……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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最近毎日が楽しい。

それもこれも、全て彼が家に来てからである。

仕事は彼が見てくれると思うと普段以上に頑張れる。ノイズとの戦闘でも、彼が家で待ってくれていると思うと不思議な力が湧いてくる。家に帰れば綺麗な部屋に温かい食事、優しい彼……もう、昔どんな生活をしていたのか、思い出せないほど今の私には彼が居るのが当たり前になってしまっている。

 

「……そういえば、今週のジュンプを買ってなかったわね」

 

たまたま通りかかったコンビニを見て思い出す。

昔、彼に買ってきて欲しいと言われたジュンプは月刊?スクエア?いまだに良くわからないが、別の物だったらしく、不貞腐れてしまったのを覚えている。あれからは週刊を間違いなく買うことにしている。店員への確認も怠らない。

 

そうだ、それからデザートも買って帰ろう。彼は甘いものに目がないのだ。嬉しそうにプリンやケーキを食べている子供っぽい姿を思い出して、更に顔が緩む。

軽い足取りでコンビニに足を踏み入れると、しゃーせーという、店員のやる気のない声が聞こえてくる。それと同時に……

 

「あれ、マリアじゃないデスか!偶然デス!」

 

「あ、本当だ」

 

「!え、えぇ、そうね、偶然ね」

 

目の前には現れたのは調と切歌。二人とも、買ったばかりのから揚げ君を手に持って嬉しそうに私に走り寄ってくる。

 

「マリアもから揚げ君を買いに来たデスか?」

 

「え、えぇ、まぁそんなところよ」

 

彼のために、ジュンプを買いに来た。とは言えない。

何せ自分が彼を養っているというのは未だに誰にも話せていないのだから……。すぐに彼が立ち直って出て行くと思っていたし。まぁ、今は出て行かれては困るのだけれど……。

 

「マリア。この後何か用事があるの?」

 

「え?」

 

「そうデス!今から調と二人でクリス先輩の家に顔を出そうって話をしてたのデスよー♪」

 

「良かったら、マリアも一緒に……」

 

二つ返事で良いわよ。と言ってあげたかったけれど、今の私には……

 

「ごめんなさい。この後、少し用事があって」

 

「そうデスか、残念デス……」

 

「私の分まで、二人で彼女を可愛がってあげてね」

 

「クス、うん」

 

そうして去っていく二人を見送り、ふぅと息をつく。彼と過ごす時間が増えた半面。最近、調たちと過ごす時間が減ってしまっていたかもしれない。どこかで時間を見つけて……。

 

「あ、そうだ!マリア!」

 

「ど、どうしたの?切歌」

 

「今日マリアの部屋に泊まりに行って良いデスか~!」

 

「絶対にダメよ!!!」

 

「「え?」」

 

「あ、その、最近外出が多くて。部屋があまり綺麗ではないの、だから」

 

「わかったデース!じゃあ、また今度にするデース!」

 

ほ。今度こそ去っていく彼女たちの背中を見送る。切歌たちには悪いけれど、彼の存在を知られるわけにはいかない。だって彼は……うふふ。浮かれた気分でジュンプを買ったが、家に帰ってから週刊ではなくスクエアを買ってしまったことに気が付いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マリアの様子、絶対、怪しいデス!」

 

「うん、何かあるね」

 



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2話

朝ごはんに玉子焼きを作っていると、マリアが瞼をこすって目を覚ましたようであった。

 

「おはよう」

 

そう軽く挨拶すると、えぇ、おはよぅ……、とあいさつはかえって来たものの、まだあくびをしてソファの上で膝を抱えてうとうととしている。何時はしっかりしている彼女だが、朝は結構弱いらしい。そういう所も、何だか猫っぽい。

 

昨日切ったサラダのボウルを冷蔵庫から取り出すとラップを外し机の上に置く。同時に、作っていた味噌汁の煮えばなに刻んだネギを入れていく……。

 

?妙に視線を感じると思ったら、どうやら寝ぼけ眼(まなこ)のマリアがじっとこちらを眺めているようであった。口の端を釣り上げて、何だか幸せそうに見えるが……。

 

「どした?」

 

「なんでもないわ。ただ見てるだけよ」

 

「出来るまでテレビでも見ててくれ」

 

「ええ、テレビより興味深いものを見ておくわ」

 

……そういってマリアは笑う。その後もジッと俺の事を眺め続けてきた。正直かなりやりにくかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日の予定は?」

 

「そうね、今日は午前中に写真撮影、後は夕方まで「レッスン」が入っているわ。夜はいつも通り帰ってくるつもりだけれど、場合によっては遅くなるかもしれないわ」

 

玉子焼きをぱくつきながらそう話すマリア。

嘘はついていないのだろうけれど、彼女の仕事はきっとそれだけではないのだろうと思う。何せ彼女は国連のエージェントとして世界を救ったこともあるのだ。(知らなかったがウィキペディアに書いてあった)。きっと度々鳴っているアラートなんかはその緊急招集なんじゃないかと俺は睨んでる。まぁ、彼女が話したがらないようなので、深くは聞かないが。

 

「この前みたいに、夜中まで起きてることないのよ?」

 

「その日はたまたま夜更かししてただけだって」

 

「そう……そういう事にしておきましょうか。ふふ」

 

マリアの全て見透かしたような微笑みを見て、少しばかり顔が熱くなる。夜中まで待っているのだって、帰ってきたときに、俺の事を見つけてマリアが嬉しそうに笑ってくれるからである。

 

「マリアこそ、俺が起きてられなくて寝てるときは寂しくって寝室まで見に来るくせに」

 

と、適当なことを言ってみるとマリアの顔が一瞬で茹蛸のように赤くなる。え?まさか。

 

「そ、そんなわけないじゃないのッ!?」

 

「そ、そうだよな。わかってるって」

 

「えぇ、寝顔を見たり、頬をつついたりなんてしてないわ」

 

「……」

 

「……ぁ」

 

……その日の朝食は妙に甘酸っぱい空気で過ごすことになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

会社辞めてマリア・カデンツァヴナ・イヴのヒモになった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁッ!!」

 

マリアの光輝く銀腕から放たれた一撃により、アルカノイズが雲散していく……。どうやら今のが最後の一体。自然と皆の張りつめていた緊張が解かれていく……。

 

「……殲滅、完了だ」

 

「ふぃ~……1日に3度も緊急出動するなんて、ノイズのバーゲンセールかッてんだよ」

 

「もうクタクタデ~ス……」

 

「シャワー浴びたい……」

 

へなへなと力なく地面にヘタレこんだのは暁と月読。無理もない。都心に現れたアルカノイズとの戦闘。昼は砂漠、夜はハイウェイ。息つく暇もないとはまさにこのこと。そんな中、マリア一人が顔色を崩さずに笑みを浮かべる。

 

「お疲れ様、調、切歌。二人ともよく頑張ったわね」

 

「デースッ!マリアはどうして平気そうな顔をしてるデスか~!今日は一番活躍していたのに……」

 

「それはあ……コホン、経験の差ね」

 

暁の質問に対し、余裕のある笑みを浮かべるマリア。

ふむ、最近の彼女は歌だけでなく、ノイズとの戦いにおいてもその力を遺憾なく発揮しているように思える。経験の差だけでは説明できない何かがある気がするが……六韜三略、奥の手があるとでも言うのだろうか。

 

「それじゃあ、私は先に帰るわね」

 

「あん?なんだ、今日はみんなで飯食いに行かねぇのか?」

 

「ほう?それは雪音が皆と一緒に夕食をとりたいという事か?」

 

「!!?ち、ちがっ!!いつも流れでそーなってるから言っただけで!?」

 

「え~、あたしはクリス先輩と一緒にご飯が食べたいデ~ス!」

 

ぎゅっと、雪音の腕に抱き着く暁。

 

「うん、わたしも……」

 

反対側から抱き着く月読……二人に挟まれた雪音は二人を交互に見比べながら徐々に顔に血を上らせていく。

 

「うッ……!?……だ~!!そんな目でコッチ見んなッ!食えば良いんだろ、食えば!」

 

「イエーイやったデース!今日はクリス先輩の奢りデ~ス!」

 

「脱、カップラーメン……!」

 

「お、お前らなぁッ!!」

 

パチンとハイタッチを交わす暁と月読に対して、怒った雪音が二人を追いかけまわす……。いつもの仲間。いつもの流れ。いつもの景色……。残念ながら今日は立花が居ないが、私は、この暖かい光景を守るために、防人として剣を振るっているのかもしれない……。ん?

 

「マリア?どうかしたのか?」

 

「い、いえ、なんでもないわ」

 

そう言いながらも、マリアはポケットに入れた携帯を何度か覗き込んでおり、落ち着かない様子であった。この前のライブの時といい、一体誰と連絡を取り合っているのだろう。月読と暁はここに居るが……。

わたしが一人思案していると少し前を歩いた雪音から置いてくぞ!と声がかかる。ふふ、なんだかんだ言って、食事を一番楽しみにしているのは彼女なのではないだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんな大変な時に、あのバカは一体何をやってたんだっての!あーん、んぐんぐ……」

 

ハンバーグを口いっぱいに詰め込みながらそう愚痴る雪音であったが、立花を毛嫌いしてこんなことを言っているわけではない。彼女なりに、立花を気にかけての言葉なのだろう。

 

「そう言ってやるな。立花は最近学業の成績が芳しくないらしいからと今頃みっちり補習を受けているころだろう」

 

「司令も毎回アラートが鳴ってたら勉強に集中できないだろうからって、今日は響さんだけお休みにしてくれたみたい」

 

「あのバカのことだから、どうせアラートに関係なく今頃ネンネでもしてるんじゃねぇか?ッたく」

 

……否定できないのが悲しいところだ。まぁ、彼女にはあの小日向もついているのだ。大丈夫だとは思うが……。

 

「……ごめんなさい、少し席を外すわね」

 

「はいデース」

 

そういって席を立つ、マリア。

ふむ、レストランに入った時からそうだが、彼女はずっと浮足立って居る様子でどうにも落ち着きがない。それを感じ取ったのは私だけではないようで

 

「マリア、やっぱり変だね」

 

「うん……あ、これマリアの携帯……デス!!?」

 

?マリアが座席に忘れて行った携帯の画面を見て、固まる暁。

 

「切ちゃん、あまりレストランで大きな声は……」

 

「し、調ッ!これを見るデスッ!!?」

 

「…………えッ!?こ、これって……」

 

「おいおい、何だぁ?」

 

「どうかしたのか?」

 

雪音と二人で携帯を覗き込むのと、慌てた様子のマリアが席に戻ってきたのはほぼ同時だった。

 

「ちょ、あなたたちッ!何を勝手にッ……!?」

 

「ま、マリア!?だ、誰デスかッ!?この男の人!!?」

 

「男だぁッ!!?」

 

「何ッ!?」

 

「そ、それはッ!?」

 

ちらっと見えたマリアの携帯の待ち受けには、見知らぬ男の寝顔が使われていて……。それを見られたマリアは顔を真っ赤にさせて口を鯉のようにパクパクさせていたが、やがて観念したのかガクンと頭を垂れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「い、一緒に住んでるッ!!!!?」」」」

 

「こ、声が大きいわよ」

 

マリアの放つ、衝撃の事実に驚愕の色を隠せない。いつもと変わりないと思っていた彼女に、伴侶がいたとはッ!?

 

「ッは!!びっくりしすぎて呼吸を忘れてたデスッ!」

 

「ど、どこの誰なんだよッ!こいつはッ!」

 

「それはその、どうでもいいじゃない、そんなこと」

 

私は辛うじて意識が飛ぶのは抑えられたが、月読にはショックが強すぎたらしい。口を開けて白目を剥いたまま気絶している。

 

「い、何時頃から一緒に住んでたデス!?」

 

「……か、かれこれ2ヶ月になるかしら」

 

「「に、2ヶ月!!?」」

 

デぇス……と今度は暁が白目を剥いた。

 

「えっと、住んでいると言っても、まだおかしなことは何もないわよ?彼も紳士的というか、奥手というか、私に対して、気を遣ってくれてとても優しいし……」

 

惚気とも思えるセリフを次々と吐いていくマリア……。わたしも雪音と目を合わせて絶唱後のような虚無感を味わっていた……が、やがて涙目の月読が意識を取り戻す。

 

「ひ、一言くらい、言ってほしかった……ッ!」

 

「ごめんなさい、調、切歌……私も事が事だから、中々言い出す機会がなくて……」

 

「い、何時から付き合ってるんだよッ!?」

 

お、落ち着け!雪音!どのようなことがあっても、装者たるもの明鏡止水の心で、そう、落ち着くためには羊を手のひらに書いて食べると良いと昔、緒川さんが……?

 

「……つ、付き合うッ!?」

 

…………ん?彼女の顔が真っ赤に染まる。彼女のその空色の瞳が、空を泳ぎ始める。

 

「……待って、マリア。もしかして、その人と付き合って……ない?」

 

「……」

 

顔を伏せ、うなじの先まで真紅に染めて、彼女は静かに頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……た、ただいま」

 

あれ?マリア?

外でご飯を食べてくるという話があったので、一人で夕食を済ませてテレビゲームをしていたのだが……もう帰ってきたのか。いったん画面をポーズにすると玄関の方に身体を向けて……。

 

「お邪魔します」「お邪魔するデース」

 

とぞろぞろと来客が……!?

何事かとマリアの方を見るが、マリアはただただ恥ずかしそうに顔を逸らすばかりで、何も答えてくれない。

 

「え?えぇ?」

 

「どうも夜分遅くに失礼いたします。風鳴翼と申します」

 

「あ、は、はい、いつもテレビで見てます。大ファンです……」

 

「そうなんですか。嬉しいです」

 

ニコリと笑う翼さん。うわ、うわうわ可愛い~ッ!え、か、風鳴翼?す、すごいぞ!!生で翼さんを見てしまったッ!!?そう内心はしゃいでいると、いつの間にか隣に来ていたマリアが思いっきり背中をつねってきた!い、痛いッ……!

 

「んで、あたしが雪音クリスで……」

 

「切歌デス」

 

「調です」

 

でっかいおっぱいの子に、ジトーっと何かを見定めるようにこちらをの覗き込む小さな二人組……。切歌に調?……まさかいつもマリアが話してる、大切な二人じゃ……ということは、マリア、俺の事を話したのか……。

 

「初めまして、俺は…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は、今の現状を彼女たちに包み隠さずに話すことにした。きっと彼女たちはマリアにとって本音を話せる大切な人だと思ったからである。ノイズの事件にあった事、マリアに助けてもらったこと、そして今は働いていないこと……。

 

彼女たちは俺の話を途中で茶化したりすることなく、黙って聞いていたが、やがて全て話終わると、ようやく調ちゃんが口を開く。

 

「……切ちゃん、この人とゲームでもしてて」

 

「え?どうし「良いから」デ~ス……」

 

「わたしたちは、今から少し話し合いたいのですが、良いですか?」

 

「あ、ああ、もちろん」

 

「じゃあ、私もいっしょ「マリアはこっち!」……」

 

何だか吐きそうな気分だった。調ちゃんがマリアと後の二人を連れ立って、別室へと向かっていくと、俺は、切歌と呼ばれた娘と二人ぽつんとリビングに取り残される……。

 

「……え~、っと、とりあえず、言われた通りゲームでもするデスかッ!!」

 

「そ、そうだな……」

 

笑顔でそう言ってくれる切歌ちゃん。きっとこの子も優しい子なんだろうな……。

ポーズにしていたゲームをセーブし、二人でもできるレースゲームを取り出す。切歌ちゃんはゲームを見ておぉッ!と嬉しそうな声を出したが、俺は今心臓がバクバクと暴れ回ってて楽しむどころじゃなさそうだ。なんだろうな、この感じ、悪いことして親が先生に電話で呼び出されていった時みたいな、そんな感じだ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「デスデスデース!1位は貰ったデース!」

 

「いやぁ、切歌ちゃん早いなー、2位から中々抜かせないなー」

 

「トップを独走デース!……あ!」

 

ドカンとトゲゾー甲羅がぶつかりクラッシュする切歌ルイージ。その隙にこちらのマリオが一位でゴールする。

 

「デース!!?ず、ずるデスよこんなの!?もう一回、もう一回デス!!」

 

「はははは」

 

何て、表面上は笑ってプレイしているが、内心は気が気でない。というのも先ほどから後ろの方から、彼には私が付いてないとだめだからッ!とか、ちゃんと私が面倒を見るからッ!というまるでペットでも拾ってきた子供のようなセリフを叫んでいるマリアの声と、元居たとこに返してきなさいッ!とか、将来の事をちゃんと考えてッ!とか現実的な響きを持つ調ちゃんの声が聞こえてきて……胃が痛い。

 

「あたしたちも混ぜてくれよ」

 

「すっかり二人がヒートアップしてしまってな……」

 

部屋から出てきた翼さんと、おっぱいちゃん。てか、おっぱいでかいなぁ。

俺は二人分のコントローラーと飲み物を追加して、ただただどうなるのかを天に祈るのみであった。仕事はいつか探そうと思っているが、今の暮らしは心地よいと思っているし……でも、家族のような存在だと話していた調ちゃんは俺の事をよく思っていないようだし……。

 

「クッ!雪音!路上にバナナを撒くなど卑怯千万ッ!」

 

「そういうゲームなんだよ」

 

「デース!?このアイテムボックス偽物デス!!」

 

「はははは」

 

とりあえず切歌ちゃんとは仲良くなれる気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んじゃ、マリアたちによろしくな」

 

「では、失礼致しました」

 

「ああ、どうも、また、来てください……」

 

バタンと扉が閉まると俺は大きく息を吐きだした。あまりにも二人の口論が長いために、おっぱいちゃんと翼さんは帰ることになった。何だか久しぶりにマリア以外の人とあんなに長時間喋ったなと疲れを感じていると、マリア達の居た奥の部屋が開く。ドクンドクンと、心臓の音が、早くなる。

 

「……あれ?」

 

出てきたのは、マリアが一人?

……あぁ、よく見ると、腕の中にはマリアにしがみついた黒い髪の少女が……。

 

「すぅ……」

 

「寝ちゃったのか?」

 

「えぇ、もともと今日は疲れていたもの。私の部屋に布団を用意してくれるかしら?」

 

「わかった」

 

「他のみんなは?」

 

「おっぱ……えー雪音ちゃんと翼さんは家に帰って。切歌ちゃんは……」

 

そういってソファを指さす。そこには、未だにゲームをプレイ中なのか、ぐえぇ、もうバナナはイヤデース……とか、寝言を言っている眠った切歌ちゃんの姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二人を寝室で寝かせると。すっかり静かになった居間で二人、時計の音を聞いていた。先ほどまで騒がしかったこともあって、二人だけの空間がすごく落ち着く……。

 

「……ごめんなさいね。今日は突然」

 

「いや、大丈夫だよ。寧ろ、俺が居たせいで今まで彼女たちを遊びに呼んだりも、できなかったんだな」

 

「そんなことは……」

 

ゲームをしながら切歌ちゃんが教えてくれたことだが、どうやらマリアは俺と食事をするために、わざわざ早く帰ってきたり、皆の誘いを断ったりしていることも多かったという。俺のせいでマリアに気を遣わせてしまっていたのだ。

 

「ごめん」

 

「もう、別に気にすることないわよ。調たちはちょっと心配性なところがあって……」

 

「それだけマリアの事が気になるんだろう。愛されてる証拠だよ」

 

そういうと、マリアは困ったような、けれど嬉しそうな笑みを浮かべる。そしてゆっくりと俺の隣に腰を下ろす。

 

「……あなたは」

 

「え?」

 

「あ、あなたは、私の事、気になるのかしら……?」

 

「マリア?」

 

隣にいるマリアが、じっと、こちらを見る。潤んだ水色の瞳。うっすらと、上気した赤い頬。柔らかそうな桜色の唇……。や、やばい、この雰囲気、やばいぞ……今まで、こんな雰囲気になりそうでも、マリアの方が恥ずかしがって避けてたのに!?

バクバクと心臓の音が早くなっている。俺の返事がないのが恥ずかしいのか、困った顔をしてさらにこちらを覗き込むマリア。む、胸の谷間が……

 

「ね、ねぇ?」

 

「マリア……その」

 

マリアから目が離せない。やばい、やばい、やばい……!顔、ちか、良い匂いッ……!

 

ピピピピピピッ!

 

はっとする。

そこで聞こえてくるアラームの音。あれは、マリアが仕事に呼び出される時の……。

マリアはがくりと項垂れたかと思えば、恨めしそうにアラームをにらみつけ、勢いよく立ち上がると、端末を拾い上げ玄関へと駆け出し始める。そして扉が勢いよく閉まったかと思えば

 

「Seilien !!coffin!! airget-lamh tronッッ!!!!!!!」

 

怒号にも似たマリアの歌が聞こえてくる……。残念なような、安心したような……。

 

けれど、今が、最後のチャンスなのかもしれない。

調ちゃんが言っていたように、無職の俺なんかと居ては輝かしい彼女の将来に影を落としてしまうかもしれない。だから、俺は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま……」

 

アルカノイズたちを一瞬で掃討し、扉を開けたが中は暗くて誰も起きていないみたいだった。まぁこんな時間だし、彼が起きていないのは仕方が無いか……。少し期待していただけに残念な……?

彼の靴がない?

でも、まさか!

 

ダッと、部屋の中を駆ける。すると、机の上に一通の書置きを見つけた。慌てて灯を点けて、それを読み始める。

 

マリア・カデンツァヴナ・イヴ様

 

今までお世話になりました。

ありがとう

 

 

と、大きく書かれたシンプルな置手紙だった。……別れの手紙にしては、あまりにも、あまりにも呆気なさすぎるッ!!

他に何かないのかと探してみるが、目の前には温める、と書かれた鍋や、チンする、と書かれたラップのかかったお皿……。彼に渡していた携帯電話にキャッシュカード……合鍵……!!

 

「……」

 

「マリア……?」

 

パジャマを着た調が呑気に起きてきたのを見て、私は、私は抱いてはならない感情を、一瞬抱き、そして、歯を食いしばり、それを殺した。

 

……ッ!置手紙には2枚目があった。それを慌てて取り出すと、そこには少し安っぽいシンプルな指輪……。そして

 

元々持っていたお金では、こんなものしか買えませんでした。ごめんなさい。

家族を大切に

 

この、この……!!

 

「この、臆病者ッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッたく、こんな時間にまで現れるたぁいよいよもって、どうなってやがるんだよッ……!」

 

早朝に近い深夜。マリアと一仕事終えて早めの朝ごはんを買いにコンビニへと歩いていると、途中、公園でグッタリとした野郎を一人見つけた。

見覚えのある奴だなと思っていたが、それは、昨日みたあいつんところの……アレだった。

 

「おい、ど~したんだよ、そんな辛気臭い顔して」

 

「……おっぱ、雪音ちゃん……」

 

ぽけーっと間抜けそうな面が、口を開けたまま虚空を見つめてやがる。あいつら、こいつを家に置いとく置いとかないでかなり揉めてやがったからな……。ってことは。

 

「ははぁ~ん?お前、さては、追い出されたな?」

 

そう、冗談で言ったつもりであったが。そいつはこっちを見て、ポロポロと泣き出し始めた!?

 

「お、おいッ!!な、泣くなよ、こんなところで……!?」

 

「ご、ごめん」

 

そういって涙を拭うその姿が。昨日見たときのコイツよりも、何倍も小さく見えて……。何だか、昔のあたしを見るようで……。

 

「ッたく!しょうがねぇなぁ……」



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3話

「う~ん!テスト終わった~ッ!」

 

「お疲れ様、響」

 

「いや~、今回のテストは強敵だった~」

 

「響も普段からちゃんと勉強しておけば、今回みたいな事にはならなかったんだから」

 

「うぅ、反省してます……」

 

夕暮れの帰り道。補習もテストも終わって。元気いっぱいの笑顔を見せていた響が少し肩を落とした。ちょっと意地悪だったかな?でも、こうでも言わないと、勉強せずにすぐトレーニングや人助けばっかりしちゃうんだから……ふふ、でも補習のおかげでいつもよりたくさん響と一緒に居られたのだから、私としては悪くはないかも?

 

「ほんとッ!ありがとね未来~!未来のおかげで今回も助かったよ~ッ!」

 

「きゃ、も、もう、響ったら」

 

後ろから私に抱き着いてくる響。柔らかいけれど、私と違って少し筋肉質なその体に、自然と鼓動が高鳴ってしまう。だけど響はそんな私の気持ちも知らずに、ケロッとした顔で、今日は何食べよ~?と今度は夕食のことを気にかけていた。むぅ。

 

「……相変わらず、仲良いよな~お前ら……」

 

と、隣を歩いていたクリスが呆れたような顔をして呟いた。

 

「クリスちゃんッ!!羨ましい?ならクリスちゃんも~♪」

 

「だッ!?誰が羨ましいかッ!?このアンポンタンッ!」

 

顔を真っ赤にしてそう否定する。

クリスは本当に変わったと思う。昔は世界には誰も味方なんていないみたいな寂しい顔をしていたけれど、今のクリスは短気なのは相変わらずだけど、その表情は何十倍にも明るくて柔らかくなっている。ってあれ?

 

「クリス。何だか最近綺麗になったね?」

 

「は、はぁッ!?い、いきなり何言いだしてやがるッ!?」

 

「本当だ~ッ!心なしか、肌に色艶があるような……うりうり!」

 

「こ、この、触んじゃねぇッ!」

 

抱き着いた響がクリスの頬っぺたをふにふにといじり倒す。クリス、以前に比べて血色が良くなってなんだか健康的に見えるような……。

 

「はぁ、ったく付き合ってらんねぇよ…………」

 

「あれ、クリスちゃんどこ行くの?クリスちゃんの家までもう少し一緒じゃなかった?」

 

「もしかして、私たちと帰るの、イヤだったかな?」

 

「そ、そんなんじゃねぇッ!その、スーパーに卵と豆腐を買いに行くんだよ……」

 

「え?卵とお豆腐ッ!?クリスちゃんがッ!?」

 

大げさな声を出す響に、またクリスがほんのりと顔を赤くさせる。クリスは家では自炊をしていないって言っていたから、卵はともかく、お豆腐を目的にスーパーに寄っていくなんてことは今までなかったことだった。

 

「な、なんだよ、おかしいってのかよ?」

 

「ううん、そんなことないけど……もしかして~ッ!」

 

「……じゃあなッ!」

 

「あ、ちょっとッ!クリスちゃんッ!?」

 

「行っちゃった」

 

軽く鞄を上げてそのまま走り去っていくクリス。いつもは別れ際小さく見える彼女の背中だったけれど、今日は心持ち弾んでいるような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

会社辞めて雪音クリスのヒモになった

     

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

家に帰って、人の気配があるってのは、未だにどうにも慣れやしない。

外は暑かったってのに、部屋の中はアイツが勝手に冷房でも付けたのか随分快適な温度になってやがる。おまけに、ザクザクっと何か切っているような音が台所から聞こえてきて、玄関の方まで良い匂いが漂ってきてると来た。

 

「……」

 

「あ、おかえり」

 

「お、おぅ……」

 

「帰ってきたら、ただいまじゃないか?」

 

「…ッチ…………………た、ただい、ま……」

 

「おかえり、クリス」

 

「ッ!……」

 

そういって柔らかい笑みを浮かべると、あいつは料理を作りに台所へ戻って行った。わざわざおかえりだけ言いに来たのか?

普段使わずに眠っていた台所が、ここ最近はフル稼働しているみたいだった。見たことない調味料や調理器具が並んでいて、あたしの家なのにあたしの家じゃないみたいな……クソッ!変な気分だ。

 

「た、卵と豆腐ッ!……買ってきてやったぞ」

 

「ああ、ありがとう。そこに置いといてくれ」

 

「……何作ってんだよ?」

 

「ん?何だと思う?」

 

あいつのそばに近寄っていき、何かを切っている様子を眺める。これは、玉ねぎか?ツンとした独特の匂いに、目ん玉がしょぼしょぼしてきて思わずしかめっ面を浮かべていると、あいつはちょっと吹き出した……にらみつけてやったがこいつは気にしてないのか、更にヒントだとばかりに何かの肉とケチャップを置く。

 

「まだわからないのか?」

 

「も、勿体ぶらずに言えよッ!」

 

「今日はチキンライスとコンソメスープだ。だけど、まぁ折角だしオムライスにしようと思って卵を買ってきてもらったんだ」

 

「へ~、オムライスか」

 

オムライスってのは、こうやって作るのか。いつもレストランで出てくるのは、完成した状態だから……。フライパンをバターで熱して、さっき見せてくれた具材と用意していたご飯を混ぜると勢いよく炎で炒め始める。しばらくその様子を眺めていると、フライパンの中身はどこかで見たことのあるような赤いケチャップのご飯に変わって、むわっとした独特の匂いが辺りに漂い始める……。気が付けば、あたしはこいつが料理を作るサマを隣でずっと眺めていた。あいつはあたしの顔をみて、どこか、懐かしいものを見るような目をしていた。

 

 

 

 

 

 

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俺が雪音クリスの家に転がり込んで、早2週間が経過していた。

初め、彼女からは「互いが互いに干渉しない」という絶対のルールが設けられた。

 

物置になっていた部屋に案内された、そこが今日から俺の部屋という事らしい。逆に言えばそこ以外は全て彼女の領域(テリトリー)という制約である。置いてもらう身としては、部屋が与えられただけでも万々歳なのだが、彼女は根が優しいのか、も、文句があるなら出てってもらうからなッ!と、それでも随分気にしているようであった。そんなこと言うわけないのだが……。

 

2日ほどは何の気力もわかず心にポッカリと穴が空いたようであった。昼夜問わず与えられた部屋で布団に入り眠りにつく。彼女はそんなヒモ同然の俺に黙ってコンビニ弁当などの食料を買ってきてくれた。俺は無気力にそれを貪ると、また布団の中で眠った。

 

3日目ともなれば流石に精神的に持ち直してきた。そうなると、布団で寝て居るだけというのも落ち着かず、何かをしたくなってくる。彼女には腕が鈍るという口実で家事や炊事を申し出た。腕を組んで俺の活動領域が増えるのを渋っていたが、最終的には許可が下りた。やはり、言葉遣いは乱暴だが、根はとても優しい少女みたいだった。

 

家事をしていると心が落ち着いた。何かの役に立っている充実感が得られ、同時に、迫りくる暗い感情から逃げられるような気がした。食事を作り、部屋を掃除し、洗濯をする。初めは良い顔をしていなかったクリスだったが、今はある程度信用してくれたのか俺が部屋の中をうろうろとしていてもまるで気にしていない様子であった。洗濯の際、彼女のパンツを干していたらぶん殴られたが。

 

クリスもマリアと同じで随分と稼いでいるようであった。買い物は基本カードで一括、家にはデカイテレビに最新の冷蔵庫が備え付けられていて、おまけに見たことがないような高級仏壇まである。……それが、彼女の両親のものだと知ったのは結構つい最近である。毎朝お供え物を用意しているうちに、彼女の方から教えてくれた。彼女もマリアと同じで「訳あり」なのだろう。深く話は聞かずに、いつか彼女の方から話してくれるまで待つことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日は学校はどうだったんだ?」

 

「別に、んぐ、ひふもほほひは」

 

いつも通りだ。といったところか。皿を傾けてオムライスを口に入れると、次にはケチャップで口元が真っ赤になったクリスがそう答える。両親を早くに失くした影響なのか、スプーンはグーの形で手に持ち、机や服の上には落ちたチキンライスの食べカスと随分と食べ方が汚い……。

 

「ほら、また口元についてるぞ。ついでに、スプーンの持ち方も変だ」

 

「ん!?よ、余計なお世話だッ!」

 

口元を拭ってやると、ケチャップのように顔を赤くして怒鳴られる。

あまり居候の身で小うるさく言うのはどうかと思ったが、流石に毎日見ていると我慢ならなかった。彼女も怒りはするものの、言ったことは聞き入れてくれるようである。その後、俺を真似てスプーンを持ち直し、慣れないのか手をプルつかせながらこぼさないようにゆっくりとオムライスを食べ始めた。最後まで食べ終わって、どこも汚れていないのを見てから、どうだッ!と大きな胸を張って威張っていたので、大げさなくらいに褒めてあげると顔を赤くして照れ隠しに背中を叩かれた。めちゃくちゃ痛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

洗い物が終わって、デザートに剥いたリンゴを持ってくると、ソファでぐだっていたクリスがぴょんと身を起こす。そして俺に何か言うでもなく爪楊枝でそれをシャリシャリと食べ始めたようであった。前まではもう少し警戒されていた気がするが、最近は俺の前でも結構リラックスしてくれているようだ。

 

『涼を求めて。心霊特集、この後すぐッ!!』

 

「へ、へ~……お、お化け特集とかくっだらないよな~」

 

「そうだな、チャンネル変えるか」

 

そういってリモコンを持ってテレビを変えようとすると、にゅっと彼女の手が伸びてきてそれを制する。

 

「いや、まぁ、でも?どの程度くっだらないのかってのを一つ把握しといてやってもイイと思うんだ」

 

「別にそんなことしなくてもほかにも面白そうなクイズ番組とかやってるけど……」

 

「ちょ、ちょっとくらい見てからでもイイんじゃねーか?」

 

「……そうだな。つまらなければ変えればいいんだしな」

 

そういってリモコンを手放すと彼女の機嫌が少し良くなる。結構怖いもの見たさでこういう眉唾な番組が好きみたいだった。ただ……

 

「お、おいッ!どこ行くんだよッ!?」

 

「どこって、自分の部屋に」

 

「ば、馬鹿ッ!その…………もうちょいここ居ろ」

 

とまぁこんな感じで、一人で見るのは結構怖いらしかった。わかりやすいというかなんというか。ちなみに、この後一人でトイレに行けないのと、部屋で寝られなくなるまでがワンセットである。お互いに干渉しあわないというルールは、いつの間にか無くなったらしい。

 

『友達のゆりと、肝試し感覚で入ったトンネルだったんです。けれど……中は真っ暗で、何も聞こえなくて……まるで地獄の入り口みたいでした。途中までいって、私怖くなってきたんです』

 

「……」

 

ぎゅっと、俺の服の裾を握るクリス。……今の暮らしは、彼女に養ってもらっているという情けない点を除けば結構悪くない。クリスは優しいし、俺も彼女の世話を焼くことにはやりがいを感じている。

 

『だから、ゆりの手を引いてトンネルを引き返したんです』

 

「ゴクリ……」 

 

けれど、同時に頭のどこかで彼女が、マリア・カデンツァヴナ・イヴの姿がちらつく。彼女の家族に、そして彼女自身に申し訳ないからと家を出たものの、結局前と似たような生活をしていては……。

彼女から受けた恩は、あんな安っぽい指輪一つでとても償えるものではない。そろそろ仕事でも探して、ここを出て、俺も真っ当な人間に……。

 

『そうなのです、実は、トンネルを抜けた先で手を握っていたのは、ゆりではなくて、トンネルで昔事故にあった……A君の手だったんですッ!!』

 

「うひゃあああッ!!?」

 

「ッ!?」

 

ガシっと、隣にいたクリスが咄嗟にこちらに抱き着いてくるッ!?

な、なんだぁッ!?この弾力はッ!!?柔らかさはッ!な、何なのだこれは……ッ!?

 

しばらく放心していたが、CMに入った時に状況に気が付いたクリスは本日一番の顔の赤さをして、殴られる!……っと思ったが、手を膝に押し込んでうつむいたまま急にしおらしくなってしまった。なんでこの子はこう、可愛いの……?

 

 

 

 

 

 

 

 

『この夏。ディスティニーランドが熱い!!』

 

「……遊園地か」

 

流れてきたテーマパークのCMに、頬杖をついたままクリスがぽつりと呟く。

 

「遊園地、好きなのか?」

 

「別に、いったことねーからわかんねーよ」

 

「え?」

 

そういうとぴっ、とチャンネルを変えて、お笑い芸人がコントをしている番組へと変わる。行ったことない。サラっといったが、その言葉は、重くて、悲しい気がした……。

 

「……行きたいとか思わないのか?」

 

「興味ねーよっと、あはははッ!」

 

……それは、本音か、はたまた諦めか……。

遊園地なんてものは、初めて行くとしたら別の誰かに誘われてと相場が決まっているだろう。親や友達に……。けれど彼女にはその機会が今までなかったのだ。

 

……俺は、心の中である決意をした。それは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「……はぁ」

 

デ~ス……休日の真昼間だというのに椅子に腰かけたまま、手元の指輪を指の上で転がして今日何度目かわからないため息をつくマリア……。

あの人が居なくなってからあたしと調は毎日マリアの家に遊びに来ていた。マリアの寂しさを、少しでも紛らわせればと、そう思ったのデスッ!

 

「……捜しに……でも……」

 

いつもみたいに、何かに苦悩しているマリア。少し前までの絶好調マリアに比べれば、昔のマリアに戻った……ともとれなくないデスが……。苦悩している時間がちょっと長いデス。

 

「最近のマリア、とても見ていられないデス……」

 

「ずっと指輪を見つめて、ため息ばかりついてる……」

 

あたしたちは、マリアの事が大好きデス。いつも優しくて、かっこよくて、綺麗で……あたしたちの事を世界で一番愛してくれている……そんなマリアが大好きデスッ!

だからこそ、マリアには絶対に幸せになってほしい……あの人が出て行った方がマリアは幸せだって、調は言っていたけれど……少なくともあたしの目には……

 

「調……マリアは全然幸せそうじゃないデス……」

 

「マリアは、あの人と少し暮らして、情が移っただけ……今はそうでも、そのうち……」

 

「でもマリアのあの顔を見てると何だか胸がぎゅっとなって苦しいデスッ!」

 

「でも……」

 

「それにッ!」

 

調の冷たい頬にそっと手を添える……。調のルビー色の瞳がまっすぐに、こちらを見上げる……。

 

「調も、最近すっごく元気がないデス……そんなの、そんなの良くないデス……」

 

「切ちゃん……」

 

マリアは日ごとに元気がなくなっている、そんなマリアに罪悪感を感じているのか、最近は調の顔まで曇ってきているのデス……。だから……

 

「あたしに……あたしに任せるデスッ!!」

 

立ち上がって、胸を叩く。大好きな調やマリアの笑顔は、あたしが必ず取り戻すデスッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「切ちゃん……何やってるの?」

 

「デデデデース!もちろん、ヒモが落ちてないか、探してるデス!!」

 

公園までやってきて辺りを見回す。確か、マリアはこの辺でヒモを拾ったと言っていたから………きっと近くに似たようなヒモが居るはずッ!!我ながら冴えてるデスッ!!

 

「……切ちゃんって、やっぱり切ちゃんだね」

 

「そ、そんなに褒めても何も出ないデスよ調~」

 

調に褒められてつい嬉しくなって頭を掻く。

公園には子供やおじいちゃん、主婦の方々はたくさんいるが……

 

「ムムム、思ったより「ヒモ」は落ちてないデスね……」

 

「あのね、切ちゃん、ヒモっていうのは、普通どこかから拾ってくるわけじゃなくて……」

 

「デデデデスッ!あっちに良い感じの人材が!」

 

「え?」

 

あたしの指さした段ボールハウスに住んでいるおじいちゃんを見て、調の顔からサ~っと血の気が引いていく。

 

「あ、あれはダメッ!」

 

「デス?じゃあ、アッチなんてどうデスかッ!?」

 

今度はベンチに座って鳩に餌を撒いているおじさんを指さすと、ブンブンと首を振る調……。

 

「じゃあどういう人なら良いデスかッ!?」

 

「それは……そう、切ちゃんのお義兄さんになって貰っても良いと思える人」

 

「あたしのデスかッ!?」

 

なるほど、お兄さん。むむむ、考えたこともなかったデスッ!

お兄さんなら、優しくて一緒に遊んでくれるような人が良いデスね、例えば……。

 

「この前、出てった人、とか」

 

「……」

 

「じょ、冗談デスッ!!じょうだ……「うん、そうかも」へ?」

 

調はあたしの言葉を聞いて何かを確信したのか、あたしの顔を見てうんうんと頷いていた。あたしには調の言葉の意味はよくわからなかったけれど、調は悩みが吹き飛んだみたいな、清々しい顔をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

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「ありがとうございました~」

 

そうお礼を告げると店内のお客さんが居なくなったのを見て、安堵する。

クリスを遊園地に連れて行きたくて、俺は、午前から昼間にかけて、近くのコンビニでバイトを始めることにした。初めは、働いて誰かの顔を見ただけで吐き気を覚えていたが、それを飲み込んで、クリスの笑顔を思い出して働いた。それに……キチンと働くのは、マリアとずっと約束していたことだったから。

 

「いらっしゃいませ~」

 

新しいお客さんが来たのを見て煙草の補充をやめてレジに向き直る……まだ、人の顔はうまく直視できないでいた。

 

「ジュンプください」

 

「はい、ジュンプですね」

 

レジに積まれていたジュンプを一冊取り出してバーコードを読み取る。そうだ、ポイントカードを持ってるか聞かないと……そう考えていると先にお客さんの方から声がかかる。

 

「これは週刊で間違いないわよね」

 

「え、あ、はいそうですよ」

 

「良かったわ。週刊じゃないと不貞腐れちゃう人が居るのよ」

 

「ははは」

 

まるで俺みたい人だな……って。この声ッ!!?

バッと顔を上げる。ピンク色の猫耳風ヘアーに、抜群のスタイルを誇る凛々しい女性……。

 

「ハロハロ?相変わらず鈍感ね。君は」

 

「マリア……ッ!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あなたとここで話すのは、これで2度目ね」

 

「そうだな」

 

公園のベンチに二人で腰かける。ずっと会っていなかったのに、つい昨日もこうして二人でこうしていたような、そんな不思議な気分である。

会って話したら、もっと怒られるのかと思っていた……けれど、マリアは今のところすごく落ち着いていて、それが少し不気味にも思えた。

 

「どうしてあそこが?」

 

「切歌や調が教えてくれたのよ。あなたの事を、探してくれていたみたい」

 

「切歌ちゃんたちが?」

 

……あの二人がどうして俺の事を……?

 

「きちんと働き始めたのね」

 

「あ、あぁ。その、アルバイトだけど」

 

コンビニのバイトなんて、マリアの仕事に比べればあまりにもちっぽけすぎて自分で言っていて可笑しかった。けれど、彼女はそれを聞いて、偉いわ。と母親のような優しい微笑みを浮かべていた。……何だか、少し、泣きそうだった。

 

「私と居たら、こうはならなかった……私があなたを、駄目にしていたのかもしれない……」

 

「なッ!?そんなわけないだろッ!」

 

思わずマリアの手を持ってそう叫ぶ。

俺がこうしてまた働けるようになったのは、間違いなくマリアのおかげだ。彼女の歌が、優しさが、勇気が、俺をどれだけ助けてくれたのか。

マリアは驚いたように目を見開いていたが、お構いなしに言葉を続ける。

 

「ただ俺は……怖かったんだ」

 

「怖い?」

 

「だってマリアは、優しいし、器量も良いし、美人だし……それに比べて俺はなんていうか、冴えないし、働いてすらなかったし……」

 

言っていて自分が情けなくて仕方がない。本当に、どうして俺なんかがマリアと一緒に2カ月も住んでいたのだろう……。

 

「……でもとても温かで、人の痛みや悲しみを感じてあげることができる優しい人」

 

「マリア……?」

 

そういってマリアは、俺の事をゆっくりと抱きしめた。

何が起こっているのか理解するのに、数秒かかった。ただ、柔らかくて、マリアの心臓の音が早くて、良い匂いがする……。

 

「あなたが何者かとか、何をしているかとか、そんなことは重要じゃないのよ。ただ私は……」

 

ウーウーウーッッ!

 

ッ!これは……!?マリアの声を遮って、乾いた空にサイレンの音が鳴り響く。

地震や火事の類じゃない、これは、これは、もっと恐ろしい……。

 

ペタンペタンペタンと、聞き覚えのある足音が聞こえてくる。

バクバクと、心音が早くなり心臓が飛び出してしまいそうだった。頭は真っ白になり、目の奥はぐるぐると回って今にも意識がぶっ飛びそうだ……。

 

逃げないとッ!早く、早く逃げないとッ!!

気が付けば、当たり一面に奴らが現れて、逃げ出す人々の大波が出来ていた。

 

「ママー!どこー!!?ママー……ッ!?」

 

「ッ!!?」

 

公園で遊んでいた子供の一人なのだろう。小さな女の子がぬいぐるみを持ったまま公園の中央で叫んでいた。

しかし、必死に走る人たちにそんな小さな声が、聞こえるわけもなく……。

 

早く走れ、逃げろ。安全な場所へ。マリア?……クリス?

 

膝がガクガクと笑う。頭の中がぐるぐるする。そのたびに、昔の先輩の遺族や、社員たちの顔が浮かんでは消える……。

 

「ママーッ!!」

 

俺は、マリアを置いて駆けだしていた。その少女に向かって、一直線に。20mほどの距離だったのに、走ろうとしているのに。だんだんと、腰が引けてきて。身体が沈みそうになったのに、踏ん張って走った。足の筋を、痛めたようなきがする。けれど。

 

「こっちだッ!」

 

と少女にたどり着き、手を差し出す。が、同時に、すぐそこまで、あのおぞましいオレンジ色の体が……ッ!?少女を抱きしめ、背を向ける……。最期の時が、迫る……その時聞いたのは……

 

 

 

「Seilien coffin airget-lamh tron……♪」

 

 

 

慈愛に満ちた、マリアの歌。

目を開くと、そこには先ほどまで迫っていたノイズはおらず、代わりに炭となったやつらの亡骸……。

 

「私も……ずっと怖かった」

 

真っ白なボディスーツ。

 

「あなたに本当の私を見せることが。当り前の今を壊すことが……」

 

銀色のガントレット、白銀の刀身……

 

「けれど、臆病なあなたが見せてくれた勇気に、私は全身全霊をもって応えたいッ!!」

 

そこに居たのは、まぎれもなく白銀の鎧を纏った、マリア・カデンツァヴナ・イヴだった!

彼女は戦いながら歌っていた。鮮やかに宙を舞い、剣舞のように華麗にノイズたちを屠っていく……。俺は、そんな暇はないと頭の中では思っていたが、マリアのその美しい姿に魅了されていた。

 

「デース!そこのけそこのけデスッ!」

 

「切ちゃん、あんまり油断しないでッ!」

 

ッ!?茂みから飛び出してきたのは今度は切歌ちゃんに調ちゃん!?

さらに、空からミサイルが飛んでくると弾丸が炸裂したような爆発音が響いてくる。

 

「クリスッ!?」

 

「……良かったじゃねーかッ!元鞘に収まって、よッ!!」

 

パンパンッと、彼女が俺に向かって弾丸を発砲するッ!

わけがなく、どうやら後ろに迫っていたノイズを倒してくれたようであった。いや、まて、ノイズを倒しただってッ!!?

 

「いざ、参るッ!!」

 

「とりゃあああぁぁッ!!」

 

続いてバイクに乗った翼さんに、その後ろに乗ってたなんか知らない子……。い、一体何なんだッ!?この人らッ!!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ママーッ!」「アキちゃんッ!」

 

ガシっと、親子が再開のハグを果たす。それを見て、ほっと脱力したのもつかの間、目の前には……私服姿に戻っている、マリアが……。

 

「ごめんなさい、黙っていて。私……「ありがとう」ッ!」

 

「ありがとう、マリア。これで2回も助けられちゃったな」

 

そう言って笑うと、マリアは眉を下げて、目をウルウルとさせながら俺に飛びついてきたッ!?お、おいッ!?なんか、見られてる、見られてるからッ!!?

 

「……」

 

「雪音?どうかしたか?」

 

「べッつにッ!何でもねぇッ!」

 

(なんだよ、結局、こうなるのかよ……だったら、初めからあいつの事なんか……)

 

「何々?これって、どういう状況ッ!?調ちゃん!?切歌ちゃん!?」

 

「そうデスね~……端的に言うと……」

 

「わたしたちに、妹か弟ができる日は、近い」

 

「ええぇぇッ!!?」「妹か、弟、だとぉぉッッ!!?」「なんデスと~ッ!!?」

 

……何だか周りが騒がしい。マリアの様子もだいぶ落ち着いてきたのか、一度抱き合っていたのを引き離し……あ!!?

 

「こ、コンビニが、ぶっ壊れてる……」

 

「え?」

 

どうやら、先のノイズの襲撃で、コンビニは倒壊してしまったらしい。幸い、店長らしき人が何やら同意書にサインをしているようなので、命は無事だったみたいだが……。

 

「まだ給料もらってなかったのに、俺の働き口が……」

 

そう絶望していると、目の前のマリアが何かを思いついたのか悪戯っぽく笑う。

 

「……なら、貴方にピッタリの仕事を紹介してあげるわよ?」

 

「え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「マリア、今日は一段と良いライブになったな」

 

「そうね」

 

そう答えたマリアであったが、まるで心ここにあらずといった風に、わたしのことは眼中にないようであった。

 

今日の彼女はまさに獅子奮迅の働きで、過去に類を見ないほどの圧巻のライブとなった。わたしもライブには出たがほとんど介添人のようなもので、今日の主役は間違いなく彼女であった。

 

その彼女だが、先ほどから視線を何度も宙で泳がせ膝を小刻みにゆすり、とても落ち着きがない。とはいえ、今回ばかりはわたしも事情を知っているのだが、それは……。と、ドアの前にわかりやすい足音が止まり、ノックが2回聞こえてくる。それを聞くと、先ほどまで落ち着きのなかったマリアの顔が面白いようにピシッと引き締まり、凛々しくどうぞ、なんて声を出す。こちらは笑いの虫をこらえるので必死であった。

 

「失礼します。えーっと、お疲れさまでした。マリア、さん、翼さん」

 

「ええ、お疲れ様」

 

スーツを着た彼が入ってきたのを見て、マリアの顔が一瞬緩み、目がキラキラと輝く。しかし、彼女なりにアーティストとしてのプライドがあるのだろう。特に何もそのことに触れることなく、会話を進めていく。

 

「えーっと、この後、マリアさんはライブ後の打ち上げとなり、これで本日の予定は終了となります」

 

「断るわ」

 

「……え!?」

 

「打ち上げなんて、面倒くさいもの、断るといったのよ」

 

マリアの毅然とした態度に、思わず言葉を失くしているらしい彼。

 

「いや、でも参加してもらわないと……」

 

「なら、「私の優秀なマネージャー」であるあなたは、一体どうするのかしら?」

 

ニヤニヤと頬を緩めながら意地悪を言うマリア。

そう、彼はあれから再就職先としてマリアのマネージャーとなることを選んだようであった。もちろん、危険が伴うこともあるので、みっちりと、緒川さんに何か叩き込まれていたが……まだまだ経験浅く、マリアの求めるような返しは出てこないらしい。

 

「マリアが参加したくないなら、断る、か?」

 

などという結論に至った。

それに慌てたのはマリアである。

 

「そ、それは駄目よ。ちゃんと、参加するわ」

 

「そ、そうか?良かった」

 

「そこは、少し強引にでも私が参加したくなるような何かを示してほしかったわね」

 

「そんなこと言われてもなぁ……」

 

「じゃあ、今晩あなたが私をディナーに連れて行く、というのはどうかしら?」

 

彼のそんな姿を見て、更に意地悪な発言をするマリア。ここまで子供っぽい彼女を見るのは斬新だ。

 

「え?あぁ、そのくらい、マリアとならいつでも」

 

彼の無意識にはなった必殺の一撃がマリアを襲う。マリアは一瞬で顔を赤くさせると、身悶えし始めたようである。それを心配する彼……。

 

「緒川さん……しばらく、あの二人とは仕事がしたくありません」

 

「ダメです。翼さん。次はお二人で格付けチェックに出てもらいますから」

 

っく!!何のつもりの当て擦り……ッ!見ているこちらが火傷しそうだ……ッ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『この磯の香り漂う味わい……ッ!間違いない、Bが正解の特上寿司だッ!』

 

「で」

 

「ん?」

 

「なんでお前、まだここに居んだよッ!?」

 

熱い夏の真昼間だというのに、大きな大きなクリスの声が耳元に響いてくる……。

 

「ズズル…いや、だって、他に行くところないし……」

 

「は、はぁッ!?何寝ぼけたこと言ってやがるッ!か、彼女の家に行け、彼女のッ!!」

 

「彼女なんて居ないのに、どうやって行けっていうんだよ」

 

ズルズルルっと素麺をすする。

もしかして、マリアの事を言っているのだろうか?だとしたらお門違いも甚だしい。マリアは俺にとって大切な恩人でビジネスパートナーではあるが、恋人何てのはあまりにも恐れ多い。それをそのままクリスに伝えると、信じられないものを見る目で俺の事を見ていた……なぜ。

 

『このまろやかさ。Aが本当の特上寿司ね。Bは味が淡泊すぎる、回転ずしのものではないかしら?』

 

「な、なら……アタシニモチャンスガ…」

 

「ん?なんて?」

 

「……ッ!だーもうイイッ!好きにしろよッ!」

 

何故か顔を真っ赤にしてズルルルと、素麺をすくって一気に喉奥まで流し込むクリス。う、うめーじゃねーか、コレ。何て言って顔を綻ばせてくれると、作った甲斐があるというもの。

 

『おめでとーございます!正解はAです!』

 

「なぁ、クリス。今度行きたいところがあるんだけど……」

 

箸をおいて一つ提案をする。

 

「ふぁんふぁよ?」

 

「実はこの前給料が出て……」

 

与えられるばかりの俺だったが、ここからは、少しずつ彼女たちにもお返しをしていこう。そう改めて決意した。

 

それはそれとして、手に持っている3枚のチケットがまた波乱を巻き起こすのだが、それはまた別のお話。

 

 

 

 

会社辞めてマリア・カデンツァヴナ・イヴのヒモになった  完

 

 

 

 

 



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