魂のないフォークダンス (結晶粒界)
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第一話 宴会

初投稿です。
至らない点が多々あるかと思いますが、よろしくお願いします。
四話目ぐらいから面白くなるように作っています。
全10話予定。


 机の上に作りかけの人形が転がっている。

頭部、手足、胴がバラバラに散乱している光景はさながら猟奇殺人現場のようであった。

人形の虚ろな瞳は何かを訴えているようにも見える。

 

それは自分の体が切り離されていることに対する嘆きと悲しみかもしれないし、あるいは、早く体を完成させてほしいという懇願かもしれない。

 

いや、きっと作り手である私に対する憎悪だな、とアリスは思った。

時計を見るとすでに午後5時を過ぎていた。

 

そろそろ支度をしなければ。今日は6時から博麗神社で宴会が予定されている。

 

アリスは宴会の参加に気乗りしなかったが、魔理沙がしつこく誘うものだからしぶしぶながら行くことにしたのだ。

 

参加を決めてから今日までの間、宴会のことを思い出すたびに鬱屈した感情が頭をもたげていた。少し顔を出したらすぐに帰ろう、とアリスは決める。

 

魔法の森は夕暮れに差し掛かり、カラスが鳴き始めていた。

 

 宴会はすでに始まっているようだ。博麗神社の鳥居が見えたところでかすかな騒ぎ声が聞こえてくる。博麗神社に近づきその声が大きくなってくるほど、足取りは重くなり、心臓の鼓動が早まり、緊張してくる。やっぱり断るべきだった、とアリスは後悔した。しかし、ここまで来た以上引き返す訳にはいかない。鳥居の前までたどり着き、神社のなかへ、足を踏み出した。

 

 神社の中へ入り、桜の見える庭へと赴く。今回の宴会は夜桜を見ながらのものなのだ。宴会会場に着くと、そこに総勢20人ほどが座っていた。

 

魔理沙はどこに座っているのかキョロキョロとあたりを見渡す。

 

「おーい、アリス、こっちこっち!」魔理沙が手を振っている。

 

魔理沙は一番大きな桜の木の下に陣取っているグループの中にいた。

 

魔理沙を見つけたことでアリスはホッと安堵する。

 

ただでさえ今回の宴会の参加者はアリスと面識のない人物が多いのに、魔理沙がまだ宴会に到着していなかったらどうしようかと内心気が気ではなかったのだ。

 

魔理沙の座っているグループヘ向かい、魔理沙の正面にアリスは座った。そのグループ構成はアリス、魔理沙、霊夢、早苗の四人であった。

 

「アリス来るの遅いから今日はもう来ないのかと思ったぜ。」魔理沙の顔はすでに少し赤くなっていた。

 

「新しい人形の制作に夢中になってて、出かける時間が遅くなってしまったの」アリスは申し訳なさそうな顔をしながらそう言った。

 

「あんたまた新しい人形作ってるの?あんたの家人形だらけで気味悪いのよね」と言って霊夢はおちょこを口に持っていって日本酒を口に含む。

 

「気味悪いとか言わないでよ。人形作りは私の趣味なんだから。人が何に関心もとうが自由でしょ。」

 

「私はあんたの趣味なんかどうでもいいけど、あんたみたいな陰気な趣味のやつは友達少なそうだなと心配してあげてるのよ。どうせ人形を作ってるのも趣味でも何でもなく孤独な自分を慰めるためなんでしょ?」

 

霊夢の口がいつもにもまして悪い。どうやら霊夢は酔っているらしかった。

 

本来ならば酔っぱらいの戯言など軽くあしらえるはずだったが、友達が少ない、孤独という霊夢の発言にアリスは(いささ)か狼狽し、返す言葉が見つからず数秒の沈黙が訪れる。

 

その沈黙を破ったのは早苗だった。

 

「そういえば今回の宴会にはこの前の異変に関わっていた人たちが来ているんですよね!」

 

「おお、そうそう。今回の異変の黒幕様御一行が来てるんだ。」魔理沙がそう応えた。

 

幻想郷では現在、暦上は夏である。

しかし、少し前から魔法の森には雪が降り、妖怪の山は紅葉し、そしてこの博麗神社周辺には桜の花びらが舞っていた。

 

「どの人なの?」アリスはあたりを見渡す。

 

「ほら、あの手に鼓を持ってる前掛けしたやつ。」と魔理沙は自分のグループ右手の集団を指さした。

 

「ふーん、あれが・・・。それで一体何のためにこんな異変を起こしたの?」

 

「それがもう自分勝手な理由でさ。なんでも自分の存在をアピールするためらしいのよ。」と、言いながら、先程飲んでいた日本酒の瓶が空になったらしく、霊夢は新しい瓶を開けた。

 

霊夢によると、その異変を起こした神様は摩多羅隠岐奈(またらおきな)というらしく、万物の背中に扉を作り、幻想郷のバランスを保っているのだという。

 

その神様が四季異変を起こした。

 

部下の後任を探す兼、自分の力を幻想郷全体に示すという名目で。

 

「自分の凄さを知らしめたかったってこと?困った神様ね。」アリスはため息をついた。

「この宴会が終わったら徐々に四季の異変を元に戻してくださるらしいですし、新しく仲間に加わった方々を歓迎いたしましょうよ!今日の宴会はそういう目的なんですし。」

 

そう言い放つ早苗の表情に曇りは一切なく心の底から歓迎しているようである。

 

対称的に、その早苗の横顔を見つめるアリスの表情には陰りが見えていた。

 

以前は大して気にしていなかったのだが、ここ数年、異変のたびに増える新しい妖怪や神々。

それらと折り合いをつけることに辟易し始めていたのだ。

 

はじめは仲間内も少なくなんとかやっていけていたのに、いつの間にか自分の知らない妖怪が神社を出入りする。魔理沙と親しげに話している。

 

その光景を目撃するたび、嫉妬の炎ようなものが自分の中で渦巻いているのを感じる。

 

これ以上他のやつと仲良くしないでほしいという気持ちがあることをアリスは自覚していた。

 

それが我儘なことだとはわかっているのだがその欲求を捨てきることができず、自己嫌悪に陥る。

 

もうどうすれば良いのかわからない、アリスの不満は沸点に達しようとしていた。




評価、感想して頂けると非常に嬉しいです。


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第二話 嘔吐

読んでいただけるだけでありがたいです。


アリスが宴会に参加してから、3時間ほど経過していた。

 

酒の弱いものは酔いつぶれ、酒の強いものでも顔が赤くなっている。

 

自陣では早苗が仰向けになり、スウスウと寝息を立てていた。

この悩みのなさそうな寝顔は憎たらしくもあり、同時に羨ましくもある。

私もこいつみたいな性格だったら、、、アリスはまた一つ、ため息をついた。

 

 そろそろ宴会も終わりに近づきかけた頃、異変の黒幕、摩多羅隠岐奈のグループのほうで何やら騒いでいる。

 

どうやら隠岐奈の部下である二人、丁礼田舞(ていれいだまい)爾子田里乃(にしださとの)が踊りを披露するらしい。

 

みなが見える境内の踊りが踊れるほどのスペースのある場所で、幽霊楽団の演奏をバックに二人は踊り始めた。

彼女らの踊りは奇妙なものだった。

 

舞が左足、里乃が右足の膝を曲げて足を上げ、それに合わせて両手を縮こませ、足をおろしたときに両手を広げる。ひたすらそれを繰り返していた。

 

単調でつまらないダンスだ。いや、そもそもこれはダンスと呼べる代物なのかそれすらも怪しい。

 

しかし、アリス以外のものはなぜかその踊りを持て囃し、喝采を浴びせている。

 

一体何がそんなに良いのだろう。

 

その踊りを見ているうちにアリスは気分が悪くなってきた。

 

酒のせいか、或いは幽霊楽団の不気味な音楽の所為か。

 

彼女らが奏でる音には精神に影響を及ぼす。

 

しかし、それは人間など精神力が弱く、耐性のないものに限った話である。

 

通常時のアリスならば幽霊劇団の演奏で気を狂わされるなどということはありえないのだが、今のアリスは酔っており、そして何より精神的に疲弊していた。

 

気持ち悪い、、、吐き気がする、、、アリスはその場に仰向けに寝転がった。

 

 「おい、アリス大丈夫か?」気がつくと魔理沙が目の前でアリスの右肩を揺らしている。どうやら眠ってしまっていたらしい。

 

宴会は終わったらしい。摩多羅隠岐奈一行や幽霊楽団などのグループはすでに帰ったのか、神社に残っているのはアリスたちのグループだけであった。

 

「・・・気持ち悪い。吐きそう・・・」

 

「水飲めるか?」

アリスは魔理沙から水の入ったコップを受け取り、一口二口と水を飲んだ。

 

「アリスさん、吐きたくなったらこれに吐いてくださいね。」

 

早苗が、バケツのようなものを渡してきた。

 

「あ、ありがとう。」

アリスは素直にそれを受け取る。

 

青黒いバケツの底を見つめていると、吐気が強くなってきた。

 

 

だめだ、もう、我慢できない。

 

 

アリスは、嘔吐した。



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第三話 馬酔木

じわじわ面白くなってくる・・・はず。


 正午すぎのけだるい時間。作業台の机の上を午後の光が照らしている。

アリスは、人形作成の続きをしていた。

 

四季異変の影響は徐々になくなりつつあり、本来は夏であるが、この間まで冬のように寒かった魔法の森は春のような陽気に包まれていた。

 

アリスはふと窓の外に目をやると、馬酔木(あせび)の白い花が咲き誇っている様子が見えた。

 

馬酔木の花は葉や枝に毒があり、牛馬が食べると足がふらつき、酔っ払ったようになることからその名がついた。別名女酒盛りとも言うらしい。

 

普段は気にもとめていなかった馬酔木の花なのに、今はその花を見ると嫌でも先日の宴会のことを思い出してしまい、恨めしくなる。

 

吐いたあと、早苗や魔理沙に介抱され、アリスは魔法森に帰った。早苗と魔理沙には感謝している。

 

しかし、年下の早苗に迷惑をかけ、世話をかけてしまったことは恥ずかしいことであった。

 

また、アリスが介抱されている間の霊夢の憐れむような視線が耐え難い屈辱であった。

そして何より、いい年をしているにもかかわらず、自己管理能力がなく、それ故の嘔

 

吐という惨めな行為に至ってしまった自分が情けなかった。

 

思いに耽けているうちに、アリスは憂鬱な気分になってきた。

 

人形は胴体が完成し、あとは頭部の修飾だけであったが、作業を続ける気になれなくなってしまった。アリスはベットに寝転がる。

 

あんな恥ずかしいところを見られたんじゃもう誰にも顔を合わせられない、もう、外に出たくない。人里に行くのも必要最低限にしよう、とアリスは思った。

 

 気づくと室内は夕闇に染まっていた。どうやらあのあと眠ったらしかった。

ゆったりと体を起こし、ベットに腰掛ける。

 

何もする気が起きない、、、

 

しばらくぼーっとしていたが、アリスは人形の髪の毛の部分の材料が足りなかったことを思い出した。

 

面倒だけど人里に買いに行くか、、、

 

ついでに食材等も買いだめしてしばらく外出しなくても良いようにしよう。

アリスは外出する準備を始めた。

 

 人里につくとあたりはすっかり暗くなっていた。食料が売っている店は営業時間が短いので急がなければならなかった。

 

なんとか食料を買えたアリスは、主目的であった人形の材料が売っている手芸店へと向かった。

 

「こんばんは。」

 

「いらっしゃいませ。今日は何をお買い求めでしょうか?」

 

店主の老人とはもう長い付き合いになる。

 

アリスは彼が青年のときにこの店を継いだときからこの店を利用しているのだ。

 

この店主はアリスが歳を取らず、彼女が人間ではないとわかっていても詮索しない。

 

アリスに人間と同様にものを売ってくれるありがたい存在であった。

 

「このメモに書いてあるものをください。」

 

アリスはメモの書いた紙切れを店主に渡す。

 

「かしこまりました。少々お待ちください。」

 

店主が注文の品を準備をしている間に、店の奥から少年が出てきた。店主の孫だ。

 

少年は和服を着ており、目の細い、日本人らしい顔立ちをしている。

 

少年は店主の影に隠れながらおそるおそるアリスに話しかけた。

 

「こ、こんばんは。」

少年はアリスに頭を下げた。

 

「こんばんは。」

アリスは少年に微笑みかける。アリスは子供が嫌いではなかった。単純でわかりやすいからだ。

 

「お姉ちゃんは人形劇やってた人だよね?もうやらないの?」

 

「あら、君は私の人形劇を見たことがあるのね。そうね、しばらくは人形劇を演る予定はないかな。」

 

「そうなの?またやるの楽しみにしてたのに・・・」

 

「ありがとう。私の劇面白い?」

 

「うん!友達みんな面白いって言ってるよ!」少年は急に馴れ馴れしくなる。

 

「そう・・・じゃあまた劇やろうかしら。考えておくね。」

 

「やった!待ってるね!」

 

少年と話をしているうちに店主は品物を用意できたようだ。

 

アリスは店主から品物を受け取り、お金を支払い店を出た。



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第四話 上海人形

 人里を出てからしばらく歩き、人がいないことを確認するとアリスは茶色いショルダーバッグから上海人形を取り出した。

 

アリスは食料の入った袋を地面に置くと、両手で上海を持ちぶつぶつと呪文を唱えた。

 

上海はパチパチと目を開け手元を離れ宙に浮いた。

 

「その荷物をお願いね。」アリスは上海に命令した。

 

すると上海は自分の体の3倍はあろうかという大きさの食料が入った袋を持つとふわふわと宙を舞う。

 

そしてアリスの右斜め上にいる状態で家に向かって動きだした。

 

あたりはすっかり暗くなり、魔法の森には夜の帳が降りていた。

 

普通の人間ならばこの暗闇の中まっすぐ目的地にたどり着くことは容易ではない。

 

しかしアリスは魔法使いであり、人間ではない。

 

昼間の速度と変わらない速さで森の中を歩いていく。

 

そして何事もなく家にたどり着いた。

 

家に入ると明かりもつけずにベッドに身を投げ出す。

 

上海に荷物を片付けるよう命じ、しばらく放心していると、先程の少年との会話が思い出されてきた。

 

アリスは話の流れでよく考えもせずに今度人形劇をやるなどと返事してしまったことを後悔した。

 

なぜまたやるなんて言ってしまったのか・・・

 

アリスが人形劇に乗り気でないのには理由が3つあった。

 

一つは人形劇の新作のネタがないこと。

 

二つ目は宴会の事件もあって人前に出たくなかったということ。

 

そして最後の、そして最も重荷となっている理由はアリスが人間関係に疲れ切っていたということであった。

 

新しい異変が起きるたびに増える妖怪、人、神様。

 

そんな奴らに自分が嫉妬するとは思いもよらなかった。いや、嫉妬という感情が自分にあったことにすら今まで無自覚だった。

 

宴会での件もあり、アリスは孤独を感じ始めていた。

 

今まで気づかないふりをしていたが、私は孤独だったのだ。

 

アリスはまた憂鬱な気分になる。

 

自分が孤独であると思い込み始めるとあらゆることが疑わしくなってくる。

 

霊夢の言う通り、人形が趣味なのは孤独で寂しいから。

 

人形劇をするのもそう。子供を喜ばすことが自体が目的なのではなく、子供と仲良くなることで孤独を紛らわせたかったから。

 

宴会に行ったのもそうだ。自分がいないところでみんなが楽しく過ごしていることが耐えられない。仲間はずれにされたくないから楽しくもないのに参加したのだ。

 

上海が健気に食料をしまっているのが目に入ると、アリスは急に上海が憎くなった。

 

そしてベッドから起き上がり、上海の眼の前まで行くと、右手で思い切り殴りつけた。



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第五話 夢

 今回の話は実体験を元にしています。


 その晩、アリスは夢を見た。

 

魔理沙が突然家を訪ねてきた。

 

「アリス、私の魔法薬盗っただろ?」魔理沙は無表情でそう言った。

 

「なんのこと?私そんなもの盗んだ覚えはないけど。」

 

事実アリスにはそんな心当たりはなかった。

 

「嘘をつくな!今からその証拠をみせてやる。」

 

魔理沙の話を聞くと、しばらく前から倉庫の魔法薬の量が知らないうちに減っていることに気が付き、倉庫に罠を仕掛けておいたらしい。

 

その罠というのが倉庫に入った侵入者に通常では目に見えない魔法の印をその体に刻むというものだった。

 

そして魔理沙はアリスの家にある人形一体一体に、当てるとその魔法の印が浮かび上がるという光を照射していった。

 

魔理沙は人形を一体一体入念に検査をしていく。

 

その間、アリスは心当たりがないにもかかわらず緊張し、変な汗をかいていた。

 

「違う・・・これも違う。これも、これも違う・・・」

 

調べていない人形の数が少なくなるにつれ、魔理沙の顔は醜く歪む。

 

そして検査していない人形は最後の一体となった。

 

アリスは息を呑む・・・

 

上海人形に光が当てられた。

 

光が当てられたその瞬間、上海の胸のあたりが輝き出した。

 

 

「そらみろ!やっぱりお前が盗んだんじゃないか!」

 

魔理沙は右手で持っていた上海をアリスの足元に投げつけた。

 

上海は仰向けで床に横たわり、無表情でアリスをにらみつける。

 

「ち、違う!・・・私じゃない・・・」その声は震えていた。

 

「じゃあその人形の魔法の印はなんなんだよ。それがお前が盗ったっていう動かぬ証拠だよ!」

 

「私の魔法薬を返せ!盗んだことを謝れ!土下座しろ!」魔理沙はアリスに詰め寄る。

 

アリスは魔理沙の口撃を受けているうちに自分が本当に魔理沙の魔法薬を盗んだような気になってきた。

 

そして罪悪感がにじり寄ってくる。

 

「あ・・・ご・・・」アリスは何か言おうとしたがうまく言葉を発せなかった。

 

「謝れ!」

 

魔理沙がアリスの服の襟を掴み上げる。

 

「謝れ!」

 

そこで、目が覚めた。

 

 

 

 嫌な夢だ。

 

ベッドの中で、少し黒く薄汚れた白い天井が目に入った。

 

アリスの冷や汗でパジャマはぐっしょりと濡れている。

 

魔理沙があんなこというはずがないのに。どうしてあんな夢を見たのだろう。

 

そう自分に問いてはみたが、問う以前にアリスはその答えを自覚していた。

 

自己嫌悪のせいだろう。

 

 

 アリスは時計に目をやった。

 

時計はカチッ・・・カチッ・・・と狂いのない機械的な一定の規則で時間を刻んでいる。

 

六時か。いつもより一時間も早い。

 

そういえば今日は魔理沙が家に来ることになっていたな。

 

なんでもスペルカードバトルの研究のために人形の操り方を教えてほしいのだとか。

熱心なことだ。

 

アリス自身、スペルカードバトルなどだいぶご無沙汰であった。

 

異変が起きてもアリスが動かずとも巫女や魔理沙、最近では妖精までが解決してくれるようになった。

 

私の助けなど、もう必要ないのだ。

 

アリスはゆるゆるとベットから抜け出し、着替え始めた。

 

着替え終え、紅茶を入れると、しばらく呆然と過ごす。

 

そして作業台に座り、人形の作成に取り掛かった。



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第六話 舞踏

魔術の描写にリアリティを出すのは難しいですね。


 十時過ぎ、魔理沙が訪ねてきた。

 

「ようアリス。今日はよろしく頼むぜ。」魔理沙は玄関で靴を脱ぎ、帽子を玄関横の棚の上に置いた。

 

「先に言っとくけど、一朝一夕で人形操作魔法をマスターできると思わないでね。」

 

「わかってるって。簡単なところからでいいから教えてくれ。」魔理沙は馴れ馴れしくアリスの肩を叩いた。

 

アリスは肩を叩かれた瞬間、内心(おのの)いたがそれを魔理沙に悟られないよう平静を装った。

 

 人形操作魔法の勉強会はアリスの家の地下室で行われた。

 

地下室は昼間であるにもかかわらず薄暗い。

 

湿度が高いのか、椅子などの家具は湿っており、カビ特有の生臭い匂いが部屋中に漂っている。

 

まずアリスは簡易な人形を作ることから教えた。

 

簡易な人形とは泥人形のことである。

 

泥の中に人間の髪の毛、哺乳類の血、昆虫の脳を入れ、人型になるようこねくり回す。

 

それに魔術の書かれた札を背中に貼ると人形は魔術の札にかかれている言葉の通りに動き出すという代物だ。

 

これはまさに人形操作術の初歩であり、難しい手順はなにもない。

 

事実、魔理沙は苦もなく泥人形を作り上げ、作業台の上で泥人形は指示通りに踊りだした。

 

その後は人形操作術の原理などの座学を講義し、それは正午過ぎまで行われた。

 

「魔理沙、少し休憩する?もう13時よ。」

 

「え、もうそんな時間なのか!すまないアリス、今日はこれから別の予定があるから帰らせてもらうぜ。」

「今日はありがとなー。」

 

そういうなり魔理沙は地下室の扉を開け、階段を駆け上がっていった。

 

アリスは一人になった途端、急激に孤独がこみ上げてくるのを感じる。

 

勝手なやつだ。

以前から思っていたが、やはり魔理沙は私のことを道具としてしか見ていない。

魔理沙に対する疑念が確信に変わった。

 

そしてアリスはあることを決心する。

 

静寂に包まれた地下室の中、作業台の上で一人踊っている泥人形を、アリスは暫くの間眺めていた。

 

 

 

 午後、アリスは人形作りの作業に没頭していた。

当初は女型の人形を作る予定であったが、大幅にデザイン変更し、男の子の人形を作ることにした。

 

作業は翌日の昼過ぎまで行われた。

 

その間、アリスは飲まず食わず、一睡もしなかった。

 

そもそも、魔法使いであるアリスにそのような行為は必要がない。

 

そしてついに、人形が完成した。

 

それは少年の人形だった。

 

髪の色は黒で短髪、目は細めであるが全体的に整った顔立ちをしている。

 

服装は人里の子どもたちが着ているような和服を着ている。

手芸屋の店主の孫が着ていたような服装だ。

 

人形を作り終えるとアリスは休憩もせずにA4用紙ほどの紙束を机の引き出しから取り出し、人形劇の新作の原稿を書き始めた。



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第七話 人形劇

8月31日、四季異変の影響も消えた暑さの中、夕暮れの人里では夏祭りが催されていた。

この人里の祭りは幻想郷最大級のものであり、博麗神社で毎年行われるこじんまりとした祭りとは比べるのも烏滸(おこ)がましい程の催事であった。

 

夏休み最終日ということもあり、子どもたちは今年の夏の終わりを惜しむかのようにはしゃぎまわり、お祭り気分を満喫していた。

 

綿菓子、りんご飴、金魚すくいなどの屋台が大通りに沿って連綿と続いている。

 

屋台の中には妖怪が経営しているところもある。去年の祭りでは河城にとりの的屋でなにやらトラブルが起こり問題となっていたらしい。

そのせいか今年にとりは屋台を出さないようだ。

 

大通りの端にある簡易劇場でアリスは新作の人形劇を披露していた。

 

劇場の前では子供が十数人集まっており、その中にはあの手芸屋の店主の孫の少年も混じっている。

 

話のあらすじはこうだ。

 

とある王国にある日突然悪いドラゴンが攻めてきて、お城に住んでいたお姫様(アリスに似た人形)が連れ去られる。

 

王国の一兵卒だった少年(先日作った少年の人形)はお姫様を救い出そうとドラゴンの住処に一人で潜入する。

 

少年は機転を利かせてドラゴンを退治し、お姫様を救出。

二人はめでたく結婚し、物語は終わる。

 

よくある話ではあるが、アリスのきれいな声と、人形の精巧さに子どもたちは魅了され、人形劇に見入っていた。

 

劇が終わると子どもたちは拍手し、劇場裏から出てきたアリスに駆け寄り、周りを円形に囲むような形になる。

 

「人形が生きてるみたいに動いててすごかった!どうやって動かしてたの?」

「どうやってその人形作ったの?」

子どもたちがアリスを質問攻めにする。

 

アリスは適当にいなしながら次回作も楽しみにしておくよう言い、子どもたちを解散させた。

 

そして、一人になった手芸屋の少年に声をかけた。

 

「新作の人形劇、楽しんでくれた?」アリスはかがみ込みながら少年に問いかける。

 

「うん!面白かった!約束守ってくれたんだね、お姉ちゃん劇してくれてありがとう。」少年は目を輝かせてアリスを見つめる。

 

「楽しんでくれたみたいで良かった。君は人形に興味ある?よかったら今度私の家に人形見に来ない?」

 

「遊びに行っていいの?僕人形に興味あるよ!遊びに行きたい!」少年は頬を赤く染めながら喜々としている。

 

「ふふ、じゃあ今度の日曜日迎えに行くから待っててね。」

 

「うん、約束だよ。」

 

アリスが少年の頭をなでると少年は気恥ずかしく、体をもじもじとさせている。

 

アリスはその様子を冷静な目で見つめ、そして妖艶な笑みを浮かべた。



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第八話 白驟雨

残り二話で終わります。


 鉛色の空、その日は朝の割に薄暗く、今にも雨が降りそうな雰囲気が漂っていた。

 

湿度が100%にも達しようかという水気を帯びた空気の中、アリスは魔法の森を歩いていた。

 

人里にいる手芸屋の少年を迎えに来ているのだ。

 

今日これから行うことを考えると充足感で心が高揚してくる。

 

自然とアリスの足取りは軽くなっていた。

 

 人里につくと、日曜の午前のためか、人はまばらであった。

アリスはまっすぐに手芸屋へ向かう。

 

手芸屋のある道に出て、手芸屋が見えるところまで歩いていくと、店の前で少年が立っているのが見えた。

 

近くまで歩いて行くと少年はいつものみすぼらしい服ではなく、少し質の良い和服を着ているようだ。

 

「お、おはようございます。」少年は顔を強張らせている。

 

「ふふ、おはよう」アリスは少年の青い緊張を見て微笑む。

 

「じゃあ、早速行きましょうか」

 

「はい、よろしくおねがいします。」

 

 魔法の森方面の出口から人里を出ると、アリスは少年の手を握った。

 

少年の手が僅かにピクリと震える。

 

「魔法の森は霧が深いからはぐれないように手を握りましょうね」

 

「う、うん」少年は表情を変えていないが、彼の頬はみるみる紅潮していく。

 

アリスはその様子をじっくりと観察していた。

 

 

 

 魔法の森に入った二人は濃い霧の中歩いていた。

 

「もうすぐ家につくからね。」

 

「わかった。」

 

もう5分くらいで家につこうかという道程で、大粒の雨が降り出した。ゲリラ豪雨のような激しい雨の中、二人は家に向かって走り出す。

 

 「はあ、はあ、はあ」玄関で二人は先程までの運動の代償により、息を荒げていた。

 

「濡れちゃったね。」アリスは濡れたスカートの裾の部分を両手で絞ると水がポタポタと床に落ちる。

 

少年はアリスがスカートの裾をたくし上げたときに顕になった綺麗に丸みを帯びた脹脛(ふくらはぎ)をちらりと見る。

 

よく見てみると濡れた白いシャツから下着が透けて見える。水滴が透明感のある首筋を(つた)っている。

 

少年はアリスの体を凝視したいという欲求に駆られたが、それをアリスに悟られないようにチラチラと盗み見ることに徹した。

 

「体冷えちゃったし、お風呂入れよっか。」

 

「う、うん」少年は顔を強張らせながら頷いた。

 

 

 

 少年は湯船の中で体育座りをしていた。

 

(まさかアリスさんの家でお風呂に入ることになるとは思わなかった。)

などといろいろ思索しているうち、先程の雨に濡れた服が張り付き、ラインのはっきりした婀娜(あだ)なアリスの体を思い浮かべ、不覚にも陰茎が膨張してきた。

 

「湯加減どう?」突然アリスが風呂場のドア越しに話しかけてきた。

 

少年は人に見られてはまずい不道徳な行為を目撃されたように動揺し「ちょ、ちょうどいいです!」と裏返った声で応える。

 

「それは良かった。背中流してあげようか?入ってもいい?」

 

「い、いや大丈夫です。一人で洗えます。」今この怒張した陰茎を見られるのは非常にまずい。

 

「そう?じゃあ、ゆっくりくつろいでね。」アリスは居間に戻っていった。

 

少年の胸はバクバクと鳴っていた。



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第九話 禁呪

 風呂から上がったあと、アリスの家にあった子供用の洋服に着替え、居間の中央にあるテーブルについている4つの椅子の一つにホットミルクを飲みながら少年は座っていた。

ふと少年は疑問を浮かべる。

(そういえばこの服は誰のものなんだろう。)

 

部屋の北側の壁側には棚があり、その上に人形が何十体と置かれており、その殆どが西洋風のものであった。

 

少年はその人形たちを見ていると、逆に人形たちが自分を見ているということに気づき、急に怖くなってきた。

 

よく見てみると、西洋風の人形の中に、一体だけ、黒髪の和服を着た少年の人形がいることに気づく。

 

(たしかこれは夏祭りの人形劇のときに使われていた人形だっけ?)

 

少年は立ち上がり、その人形に近づく。近くでよく見ると、髪型といい、顔立ち、服装が少年に酷似している。

 

少年がその人形に触れようと手を伸ばす。

 

手が人形に触れようかという瞬間に、ドアが開く音がし、振り向くとアリスが部屋に入ってきていた。

咄嗟に少年は手を引っ込める。

 

「その人形に興味あるの?」

 

「え、うん。これだけ他の人形と違って髪が黒かったから。」

 

「ふふ、そうね、この人形はあなたをモデルにしたの。」

 

「え、そうなんだ。なんで?」

 

「私には兄弟がいなかったから君みたいな弟がほしいなって思って。それで、人形を作っちゃった。」

アリスは少年の頭をなでた。

 

「ぼ、僕も、アリスさんみたいなお姉さんがいたら良いなって思ってたよ。」

 

「ほんと?君は私のこと好き?」アリスはかがみ込み、少年と顔を向かい合わせる。

 

「す、好きだよ。」少年は顔を赤らめた。

 

「じゃあ、私とずっと一緒にいてくれる?」アリスと少年の顔が息がかかるくらいの距離まで近づく。

 

「ずっと?」

 

「そう、ずっと仲良くしてくれる?」

 

 

 

「うん、いいよ。」少年は深く考えずに応える。

 

「良かった・・・そう言ってくれて。」アリスは寂しげな笑みを浮かべた。

 

 

 地下室の作業台の上に寝そべり少年は眠っていた。

 

正確にはアリスの魔法によって眠らされていた。

 

また、少年の隣には先程の黒髪の少年をモデルにしたという人形が横たわっている。

 

彼女はこれから少年の魂を人形に移し替える魔術を行おうとしていた。

 

アリスは少年の上半身を右手で抱え上げ、三角フラスコに似た容器に入った、硫酸銅水溶液のような半透明の青色をした液体を少年の口内に流し込む。

 

すると呼吸、脈動、少年のあらゆる生体機能がその活動を停止していき、みるみるその体は冷たくなっていく。

 

アリスはその様子を無表情に観察する。

 

五分後、少年の体は完全にその生命活動を止めた。

 

 

その過程を見と届けたアリスは右手に持った十得ナイフで少年の服を裂き裸にし、胸部の皮膚を切開、(のこぎり)で開胸を行った。

 

肋骨を切除、血管を切断し、丁寧に少年の体から心臓を取り出すと、予め開胸してあった人形の内部に埋め込む。

 

埋め込んだ心臓に今度はビーカーに入った濃褐色の粘性のある液体を垂らす。

 

そして、胸部を縫い針で縫合する。

 

これで、心臓に閉じ込められていた少年の魂が人形の体に滲み出し、人形に魂が宿り、自動で動き出すはずである。

 

アリスは人形が動き出すのを期待と不安の入り混じった心境で待つ。

 

しかし、暫く経っても人形が動き出す気配はなかった。

 

 

アリスは少年の魂を人形に宿す魔術に失敗したのだった。

 

 

その代わりに得たものは心臓の入った人形と、かつて少年の体であったはずの有機物の塊だけであった。




次回、最終話です。


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最終話 雅客

 11月中旬。風の強い日だった。

アリスの家近辺に咲いていた雅客(がかく)の白い花が風になびいている。

 

アリスは家の窓際に立ち、強風に煽られ(うごめ)く木々を眺めていた。

 

大丈夫。今度は必ずうまくいく。この前は材料が古いものだったから劣化が起きていたのかもしれないし、そもそも方法自体が再現性の低いものだったのだ。

今回はこの前より再現性の高い、最新の方法が書かれた本を紅魔館からわざわざ借りてきて細部まで熟読し、成功させるコツも確認した。著者も権威ある人物で信用度も高いし何も心配することはない。

 

 

コンコンと、玄関のドアをノックする音が聞こえた。ドアを開けると冷たい風が室内に流れ込んでくる。

外には魔理沙が立っていた。

 

「よおアリス、今日もよろしく頼むぜ。」帽子を取りながら、魔理沙はそそくさと部屋に入ってくる。

 

魔理沙に人形操作魔法を教えるのも今日で十回目となっていた。

 

「今日は風が強いなー。空を飛んで来るのがきつそうだったから、歩いてきてしまったぜ。」

 

「それはお疲れ様。寒かったでしょう、紅茶でも飲む?」

 

「ありがとう、いただくよ。チルノのやつが四季異変を解決したおかげでますます調子に乗りやがって、今年の冬は例年より寒くなりそうだぜ。」魔理沙はテーブルのそばの椅子に腰掛けた。

 

「あいつのせいだったの。どおりで今年の冬はやけに寒いと思ったわ。でも、異変を解決してくれた恩もあるし咎めづらいわね。」

アリスは台所にあるコンロのようなものに魔法で火をつけ、その上に水の入ったやかんを置く。

 

「あいつが出しゃばらなくても私か霊夢が異変を解決してたはずだし、妖精は余計なことしなくても良いんだよ。」魔理沙は少し不機嫌な調子で言った。

 

「ふふ、そうかもね。」

 

「あれ、アリス、また新しい人形を作ったのか?あの黒髪の人形二体もいたっけ?」

魔理沙は部屋の北側にある棚においてある二体の人形を指さした。

 

「ああ、あれは最近作ったのよ。良く出来てるでしょ?」

 

魔理沙は棚まで歩いていき、近くでその新しく作ったという人形を観察した。

 

「この新しい人形だけ、やけに良く出来てるな。肌の質感なんか、まるで本物の人間みたいだ。」

 

魔理沙はしばらくその人形を凝視していたが、すぐに興味を失ったようで、

「ところでアリス、今日は何を教えてくれるんだ?座学や基礎練習は自分でやっておくからさ、そろそろ実戦的なものを教えてくれよ。」アリスの方を振り向き、媚びるような声色でアリスに問いかけた。

 

「そうねえ、基礎は十分教えたし、今日は少し高等な魔法を教えようかしら。」

 

「お、それは楽しみだな。どんな魔法なんだ?」魔理沙は心から嬉しそうに目を輝かせる。

 

「それはね・・・」アリスは人形のような無機質な笑みを浮かべる。

 

 

 

 

 

 

「人形に魂を宿らせる魔法よ。」

 

 

 

 

台所で熱していたヤカンの水が沸騰し、室内に汽笛のような異音が鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 




最後まで読んでいただきありがとうございました。
このような結末になりましたが、書き始め当初はもっと明るい話にする予定だったのです(ー_ー;)

本作は処女作ということもあり、拙い文章、構成、語彙ではありましたが、これから精進していきたいと思います。
評価、感想お待ちしております。


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