青薔薇に憧れて (天澄)
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その青薔薇に憧れて
#1.始まりの熱


「ライブぅ?」

 

 耳に付けたイヤホンから聞こえた突然の友人からの誘いに、思わず疑わしげな声を上げてしまう。

 

 目の前のモニターでは、動きの止まった自分の操るキャラが、ボイスチャットを繋げた友人が操るキャラにフォローされている様子が映し出されている。

 そのことに軽く礼を告げつつも何だよ急に、と続けて友人に問う。

 

『何でそんなに疑わしげなんだよ』

 

「いや、だって野郎2人でライブなんて行ってどうすんだよ。女誘えよ」

 

 そう友人に向かって言えば、友人はやけに悲しげに溜息を1つ吐いて、悲しげなトーンのまま口を開く。

 

『皆、予定あるんだってさ……』

 

「ああ……」

 

 その言葉に納得すると共に、とりあえずドンマイと一言添えておく。要するに、一緒に行く相手がいないため仕方なしに、自分にお鉢が回ってきたということらしかった。

 

 一応、友人からライブの日付を確認し、予定が空いていることを確認する。特別音楽に興味がある訳では無いが、今まで深く関わったことのない分野であったため悪い話ではない、とチケットも勿体ないため参加するのには前向きであった。

 

「で、いくらだ?」

 

『お、来てくれるんか。チケットは元々行けなくなった人から最近譲り受けたやつだから金は要らんぞ』

 

「マジか」

 

 金がなしでいいという点に驚きつつも、確かに当日近くになってから譲り受けたものであれば、他人と予定を合わせるのも大変だろう、と女性を誘えなかった理由を理解する。

 実は嫌われていた、という可能性もあるが、この友人に限ってそんなことはないだろうと判断を下す。

 

「ちなみにさ、なんてグループのライブ?」

 

『Roseliaっつう女子高生のバンド。一応、分類的にはアマチュアかな?ただかなりの実力で、かく言う俺もテレビに出てるようなバンドよりも好きだったりする』

 

 へぇ、と友人の言葉に返事をし、ゲーム内での安全を確認しながらもう一つのモニタの方で検索エンジンを立ち上げ、軽くRoseliaというバンドについて調べてみる。

 どうやら自分が住む地域が主な活動の場という、少し狭い活動範囲でもネットで話題になるほどの実力を持っているらしい。動画サイトの方で曲を軽く聞いてみても、比較的好みの曲調であったし、これは意外と楽しみなイベントかもしれないと少し期待する。

 

「……悪くないな、うん」

 

『お、お前がそういうなんて珍しいじゃん。音楽とか興味あるんだっけ?』

 

「いや、別に。気に入った曲があれば聞くぐらいだよ。わざわざグループとかを追っかけたことはない」

 

 確かに自分にしては珍しい反応だったかもしれない。基本的に何事にも熱くなれないというか、夢中になれない質だ。

 今やっているゲームだって、付き合いで始めて惰性で続けているだけでしかない。そんな中で曲だけではなく、グループ自体に興味が湧いた、というのはかなり珍しい事例だった。

 とはいえ今のご時世音楽グループなど大量にいる。センスが近くて出す曲の多くが気に入るバンド、というのも一つや二つくらいあるだろう、と深く考えることはしなかった。

 

 

 

 

「―――ちょっと、早過ぎたか?」

 

 Roseliaのライブが行われる当日。

 その会場から少し離れた公園が友人との待ち合わせ場所であるため、着いてすぐに辺りを見回したがどうにも、早く着きすぎたらしい。友人の姿は見えないし、そもそも腕時計で時間を確認すれば、集合時間の15分前であった。

 元々、5分前行動が基本であったが、それ以上に早く来てしまうとは自覚していた以上に、このイベントを楽しみにしている自分がいるらしい。大学の春休みに入ってから久しぶりの買い出しなど以外での外出であるため、少し浮かれているのかもしれない。

 

 少し落ち着こうか、と近くにあった自動販売機で缶コーヒーを買ったあと、ふと近くの建物のガラスに映る自らの姿が目に入る。

 整髪料で逆立てられた黒髪。切れ長の目にシャープな形状の顎。水色のTシャツの上から七分袖の白のシャツを着た体は適当な運動しかしていない割には中々いい体格をしていると思う。背丈もそれなりにあるし、我ながら中々のイケメンだな―――なんて思いつつもどうしても気になってしまうのはその()()()()()だ。

 

 それほど親しくない人や、こちらに好意を向けてきたような女性は大体気づかない。だが親しくなればなるほど、それこそ待ち合わせしている友人や幼馴染といった自分、すなわち藍葉(あいば)悠一(ゆういち)という男が()()()()()()()()()()()()()()()()()ということを知っている人間ほど、こちらの目を無気力だと評することが多かった。

 特に、誰よりも自らの性質を理解している自分自身は、それが顕著であった。

 

 別に何か特別なことが過去にあったわけではない。ただただ単純に、今まで触れてきたことの中に、自分が夢中になれるものが一切なかったというだけ。

 まぁそのせいでまともに努力をしたことがなく、真面目な人間というか努力家な人にはよく嫌われているのだが。特に幼馴染の一人に嫌われたのはショックだった。

 

「お、早いなもう来てたのか」

 

「ん、おいっす。別にちょっとだけだけどな」

 

 過去のことを思い出し、少しばかり心にダメージを受けているところに友人―――(いぬい)翔馬(しょうま)がやってくる。

 肩口ほどで切り揃えられた茶髪に赤いバンダナ。こちらより少しばかり高い背丈。軽く笑みを浮かべた顔は実際の性格はともかくとして、かなり理知的に見える。

 これで中身も賢ければ好青年であるのだが、天は二物を与えずなのか、実際のところは楽しいこと大好きな、どちらかと言えば阿呆に分類される性格であった。

 

「さて、じゃあ会場行くか」

 

「あいよ」

 

 合流し道路沿いを翔馬と適当に会話しながらライブ会場へ進む。

 ライブ会場に縁がなかったため、あまり通ったことのない道につい辺りに視線をやるが、所詮街中の中規模ライブハウスであり、周辺にまで広告などを張り出しているわけでもない。特に代わり映えもしない街並みに、意識を翔馬との会話に戻す。

 

「いやー、しかし今日はお前が来てくれてよかったよ。俺かなりRoseliaにハマってるんだけど、周りに知ってるやついなくてさぁ……」

 

「ようやく話す相手ができるってか?」

 

「そうそう!野郎なのが難点だがそこは致し方無し!実はギター始めたのもRoseliaに影響されてだし、一人でも話せる相手がいるのはデカい!」

 

 身振り手振りを交え揚々と語る翔馬に、呆れから苦笑を向けつつ、同時に内心で羨ましいとも思う。

 翔馬は自分と違い熱中できるものがある人間だ。

 趣味で筋トレと、このライブの誘いを受けた時にもやっていたネトゲ、そして最近はギターだ。自分が今惰性で続けていることは、大抵翔馬に誘われて始めたものであることもあって、夢中になれるものを楽し気に語る翔馬は、その点においてだけはどうしようもなく羨ましいと感じる相手であった。

 

「む、どうしたこっちをじっと見て」

 

「ああ、いや、その……なんでもない」

 

「……すまない。俺の恋愛対象は女なんだ。例え親友のお前であってもその想いに応えることはできない……!!」

 

「いやそういう視線じゃないから。オメー俺に彼女がいるの知ってるだろ」

 

「彼女持ちが、ペッ」

 

 イラッとしたので腹に一発叩き込んだりしていると、ライブ会場に着いたため中に入る。

 既に多くの人が来ているが、チケット制ということもあり動けないほどの人混みというわけではないので、翔馬に誘導されるまま人の間をすり抜けて会場の後ろの方へたどり着く。

 

「……?いいのか、こんな後ろで」

 

「おう、お前はライブ初参加だろ?だからとりあえずはここら辺で見とけ。指定された席とかそういうのはないから途中でテンションが上がったりしたらその時に前に来ればいい」

 

「りょーかい」

 

 前と比べて人口密度の低い現在地は、ライブイベント初参加の自分には活動しやすくあった。しかし話によると何度かこういったイベントに参加している友人的には後ろはつまらないのではないだろうか。

 そう気になり質問すれば、返ってきたのはこちらを気遣う答え。基本ノリがバカのくせに、こういうところで気が利くから嫌いになれないし、未だに友人関係が続いている。

 

 

「じゃあ俺は前行ってるな」

 

「おーう」

 

 翔馬を見送って一息吐く。

 翔馬には申し訳ないが……自分が前に移動することはないだろう。テンションが上がるほど熱中できるなんて、そんな期待はしていない。

 ただまぁ、適度に楽しめるのではないかとは、多少期待している。いずれにせよ、真剣に楽しみに来てる人には失礼な話だな、と自嘲の笑みを浮かべる。

 

 開演まではまだ少しだけ時間があったので、SNSでライブ参加のことを呟きつつ、TLを追って時間を潰す。

 途中、ネトゲの知り合いからリプが飛んできたので、そちらにも返しておく。

 

「しかし丁度同じ日にこの人もライブねぇ……もしかしたらこの会場にいたりするのかね」

 

 なんて、ありえないかと一人笑う。日本は広いのだ、今日ライブをやっているところなど小さな規模を含めれば、かなりの数になる。

 あるいは出演側、なんてことも考えたが相手はかなりこのネトゲをやり込んでいる人だ。時間が足りないだろう、と偶然出会うなんて可能性を切り捨てる。

 

 そんなくだらないことを考えているうちに、時間が来たのか会場全体の光が絞られる。ステージ上では人影が動き、何となく素人なりに楽器が構えられたのを理解し、静かな会場にドラマーのカウントが響き。そして―――

 

 

 

 

 ―――言葉を失った。

 

 

 

 

 開幕と同時、言葉もなく始まったのは全体的にテンポのいい曲。曲名が思い出せないのは数回程度しか聞いていないからか、はたまた自分が飲まれてしまったからか。

 どうにも……思考が定まらない。風邪をひいて熱に浮かされるような感覚、とでも言うべきか。

 

 ……気づけば一曲目は終わっていた。いつ終わったのかは定かではないが、音と、それを演奏する情景ははっきりと思い出せる。

 自分はどうしたのだろう、と疑問に思うも、続けて始まった二曲目に再び意識が持っていかれる。

 

 二曲目も、一曲目の勢いを維持するかのような激しい曲だ。だが一曲目に比べればいくらか、自分の心には余裕が生まれていた。とは言っても、後にして思えばほんの些細なものではあったが。

 少しばかり落ち着いた思考で演奏するバンド、Roseliaを見て、自分はただ曲に飲まれただけではないことを自覚する。曲もそうだが、Roseliaが放つ空気に、自分は飲まれたのだ。

 ただひたすらな真剣さ、と言えばいいのだろうか。音楽に対する熱意、向上心……いっそ執念とでも表現すべきものが、ひしひしと伝わってくる。

 

 なるほど、これは翔馬もあてられてギターを始めるわけだ、と納得する。確かに今まで何かに打ち込む人々は見てきた。それを羨ましいと思うこともあった。だがこれは、Roseliaの歌は違う。

 きっと、真剣さが今まで見てきた人たちよりもRoseliaのメンバーの方が上だとか、そういうことじゃない。

 これはその真剣さが込められた対象の問題。Roseliaのメンバーの熱意は、音という明確な形をもってどうしようもないほどに聞き手へ、自分へ叩き付けられた。

 

 ああ、こんなの―――熱くならないわけがないじゃないか。

 

 初めての感覚に戸惑うところはある。だがそれ以上にその今までにない感覚、興奮に夢中になっていく。

 自分の中で膨れ上がる熱を抑え切れない。そして何よりも。自分はあの美しい歌声を奏でる気高き歌姫に―――

 

 ―――――――――――――――

 

 ――――――――――

 

 ―――――

 

「―――ち、―う―ち?」

 

「――――――」

 

「―――おーい、悠一?」

 

「……え、あ?」

 

「おー、やっと反応した。もうライブ終わったぜ?」

 

「え、あれ……そう、だな」

 

 気づけばライブは終わっていた。

 まるで意識が飛んでいたかのような感覚であったが、確かに、Roseliaの演奏を見ていた記憶がある。ただどうにも実感は伴ってこなかった。

 

 既にライブ会場から人は帰り始めており、来た時の半数ほどまで減っているように思える。自分たちも早く帰るべきだろうか、と翔馬の方を見れば興奮冷めやらぬといった感じで、ここに留まってしばらく語りたそうなことが如実に伝わってきた。

 そして自分も、未だに胸の内に感じる仄かな熱にどう対応したらいいかもわからず、この場で少し落ち着くのを待つのもいいように感じた。

 

「どうだった、どうだったよRoseliaのライブは!お前も凄く感じなかったか?」

 

「……ああ、そうだな。うん、素人の俺でも凄いって感じた」

 

「だろ!?」

 

 いやー、分かってくれるか、なんて何度も頷く翔馬に苦笑しつつ、こちらの変化には気づいていないことに安堵する。

 この友人は妙なところで敏いのだ、今はライブの興奮で気づいてないようだが、普段であれば間違いなくこちらの違和感に気づいただろう。

 

 そこまで考えて、ふと何故気づかれたくないのかと疑問に思う。自分自身に感じる違和感が分からないのならば、翔馬に相談するのも一つの手のはずだ。

 頭の冷静な部分ではそう考えるのだが、どうにも感情がそうさせてはくれず、まずは一人でこの感覚に整理を付けたいと訴えていた。

 

「中でも俺はあのギターの氷川紗夜って人が特に気に入ってて!彼女の演奏が切っ掛けでギター始めたんだけど、ギターを練習するようになって改めて聞くとその正確さがとんでもない基礎の上に成り立っていることを理解できるようになってだな!」

 

「そっか、そういうもんなのか」

 

「……なんだよお前。なんかいつもより淡白じゃないか?さっきも反応鈍かったし……なんかあったか?」

 

「ん……いや、別に何でもないよ」

 

 流石に露骨すぎたか、と自分自身の分析に回していた思考を翔馬との会話に戻す。深く考えるのは帰って一人になってからにしよう、と一先ず思考に蓋をする。

 

 ある程度落ち着いてきたところで、改めて周りを見れば先ほどよりもさらに人が減っている。自分たちのように、ライブの興奮のまま話し込んでる人が数人残っている程度だ。

 このまま、ここに居続けるのもよくないだろうと判断し、まずはライブ会場を出ることにする。

 

「それより翔馬、まずはここから出るぞ。語るならファミレスかカフェにでも移動しよう。このままここで立ちっぱなしってのもキツい」

 

「っと、確かにそうだな。スタッフの片づけの邪魔にもなるし。とりあえず近場で適当なとこ探そう」

 

 そう言って歩き出した翔馬を追って、出口まで向かう。既に人は少ないため余りにもあっさりと、出口へ辿り着き、どこか名残惜しさを感じてしまう。

 ―――出口から出る時。何とはなしに見たステージ。その瞬間、胸の中の熱が一瞬大きくなったように感じた。



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#2.夢中になれるもの

 大学の講義を終え、食堂へ向けて一人歩く。そんな自分に無遠慮に向けられる視線の多さに、いくら自業自得と言えど苛立ちがピークに達しついチッ、と一つ舌を鳴らしてしまう。

 とはいえ流石に態度が悪過ぎると深呼吸を一度。頭の中をクールダウンしようとするが、それで視線が減る訳でもないので多少マシになった程度の効果しかない。

 講義が行われていた建物から屋外に出ても視線の量は変わらず、もはや諦めに近い気持ちで食堂が内包された建物へと移動する。

 にしたって、些か噂が出回るのが早くないだろうか。行動を起こしたのは春休み終了近くであり、大学が始まってからまだ数日である。当人か、あるいはその近しい人間が言い回っているのか……。

 そんなことを思いつつ食堂で席を探す。テーブル席はダメだ。混んでくれば相席になる可能性があるため、視線が煩わしい。出来れば壁際や柱周りのカウンター席がいいが……。

 

「っと、ラッキー」

 

 しばらく探せば幸いにも三席横並びで空席のカウンター席を見つける。これなら込み合うまで横から視線が向けられることもない。背中に感じる視線は致し方なし、と諦め荷物だけを席に置いて昼食を買いに行く。

 その間も相変わらず視線が向けられるが、食堂であれば他学年他学部も多い。今出回ってるであろう噂は同学年の特に同じ学部の人間しか関係がない噂だ。そのためこういう場であればいくらか鬱陶しさは減る。

 食券を券売機で買い、注文を済ませてそれを受け取るために移動する。

 

「あんた……何かやったのかい?」

 

「……まぁ色々ありまして」

 

 去年一昨年を通してそれなりに話すようになった食堂のおばちゃんの心配に苦笑で返しつつ、注文した飯を受け取る。流石に視線の質から気づかれるか、なんて思いながらおばちゃんに軽く頭を下げて荷物を置いた席へと戻る。

 両隣の席は未だに空いており、そのことに安堵の溜息を吐く。こうなることが分かっていながらやったことではあるが、流石に精神的な負荷がゼロとはいかない。少しでも気を楽にするためにあのライブ以降常備するようになったイヤホンと小型音楽プレイヤーを取り出して音楽を聞きながら昼食を摂ることにする。

 

 ーーーああ、この感覚だ。

 

 イヤホンを耳に付け音楽を流し始めると同時。周囲のことが一気に意識から消され、代わりに胸の奥にあの日感じた熱が再び灯るのを自覚する。その強さはあの日感じたものに遠く及ばないが、それでも彼女たち……Roseliaの曲を聞いているとどうしても熱を感じずにはいられない。

 流石に食事をしながらリズムをとるようなみっともない真似はできないので、気を抜けば体が動きそうなのを堪える。そのまま音楽の方に意識を割いていれば味も分からぬまま半分ほど食べてしまっていることに気づく。

 

「よォ悠一!」

 

「おわっ、と。……翔馬」

 

 流石に重症だな、なんて自嘲していると突然言葉と共に背中に衝撃が走る。危うく箸を落としそうになったため非難の目を隣に勢いよく座った翔馬へと向ける。

 

「そうカッカするなって。悪かったよ」

 

「ったく……」

 

 そのまま翔馬が隣に座ってくるので、会話のために仕方なしにイヤホンを耳から離す。同時、聞こえてくる食堂の喧騒だが、流石にというかこちらに聞こえてくるような声量で噂話をするような連中はいないらしく、視線だけ我慢すれば何とかなりそうではある。

 

「しかし珍しいな、お前が食事中にまで音楽聞いてるの」

 

「ん?あー……まぁな」

 

 確かに、自分はわざわざ音楽プレイヤーを用意したりするのが面倒で、普段は持ち歩いていない。だがあのライブ以降はどうにも、Roseliaの曲に限らず無性に何か音楽を聴いていたくなるため仕舞われていた音楽プレイヤーをわざわざ引っ張り出したのだ。

 

「なんだー、Roseliaにハマったかー?」

 

「まぁ……否定はせん」

 

「おっ、マジか」

 

 仲間が増えたぞー、なんて喜ぶ翔馬を見て呑気なものだと呆れの溜息を吐く。噂の対象と今隣に座って話しているのだ、翔馬にも周囲から視線は向けられているだろうに。

 そんなことを思っていたからかふと翔馬は目のみを真剣なものに変え、こちらをしっかりと見据えてくる。

 

「で、噂は本当か?」

 

「……あんま、こんなとこで話す内容でもない。お前、講義何限まで?」

 

「次で終わり」

 

「オッケー、俺も次で最後だからそれ終わったらお前んちな」

 

 とりあえずで約束を取り付け、一度この話題については終わりにする。元々、翔馬には相談したいこともあったのだ。丁度いい機会ではあった。

 あとは次の講義を向けられる視線に耐えながらこなすだけだと、適当なことを話す翔馬の言葉を聞き流しながら溜息を吐いた。

 

 

 

 

「でー?噂の仔細、聞かせてくれるんだろうな」

 

 実家暮らしの翔馬の家に着き、翔馬の部屋に入った瞬間告げられたのはそんな言葉だった。そう急くな、と翔馬に返しつつベッドの縁に座らせてもらい、持ち込んだペットボトルの飲料で喉を潤してから事情の説明に入る。

 

「つっても、多分ほぼほぼ噂通りだと思うけどな。単純に俺が彼女に別れてくれって言っただけだぞ」

 

「いや、だからどう別れたかとか、何で別れたかとかな?」

 

 そりゃまぁ確かに聞きたいのはそこか、と頭の中でどう説明するかを組み立てていく。

 自分も翔馬もたかが一組のカップルが別れた程度で何故ここまで話題になっているかは疑問に思わない。なんせ自分がフった相手は大学一の美少女なんて言われたりもする、うちの学部のマドンナだ。当然、そんな子がフラれたなんて話題にならないわけがないし、何よりフった理由が理由だ。噂になるには充分すぎる要素が揃っている。

 

「まぁ噂になってる段階でお察しだろうけど、俺が彼女を一方的にフったんだよ」

 

「噂通り、ってことか。で?噂だとその理由も酷かったって聞いたぞ?」

 

 あまり、言いふらしたいことでもないのだが。と、一瞬思うが元々翔馬に相談するにあたって避けられない話題である。彼にだけは言うべきだろうと判断し口を開く。

 

「『やっと、夢中になれそうなことを見つけた。だから君に構っている暇がなくなった。別れよう』って確か言った」

 

「……マジか」

 

 目を見開いて翔馬がポツリと漏らす。ただ彼の驚きが言葉の内容の酷さだけに向けられたものではないことが、長い付き合いの自分には理解できた。

 翔馬との付き合いは高校一年生からのものだ。そんな彼はこちらの何かに熱中できないという質をよく理解している。そんな自分が()()()()()()()()()()()()()()()といったのだ。本人ですらその事実に驚いているのだ、翔馬もまた強い驚きを感じているのだろう。

 

「いや……マジか。予想外過ぎてちょっと思考が追い付いてない。お前本当に夢中になれるもん見っけたの……?」

 

「まだあくまでなれそう、だよ。それが何かは……タイミング的にお前なら予想付くんじゃないか?」

 

 その言葉に少しの間思案する翔馬だったが、すぐに思い当たったのかはっとした顔になる。そんな翔馬に顎で言ってみ、と促せば驚きに満ちた声で答えを口にした。

 

「音楽、か……?」

 

「おうさ、あの日のライブでな」

 

 合っている、と翔馬に告げるといくらか困っているような顔をしてこちらに同情したような顔を向けてくる。しかしそんな目で見られるようなことを言ったつもりはこちらにはなく、ただ戸惑うしかない。するとその戸惑いに対してまるで仕方ないなと言わんばかりに首を振った翔馬は優し気な笑みでこう言う。

 

「バンドとかの追っかけは大変だぞ。本気になり過ぎて全国ツアー全参加みたいな暴挙だけはしないようにな」

 

「違う。そういうことじゃない」

 

「えっ」

 

 本気で驚いた顔をした翔馬に、音楽にハマったというのはファンとしてという話ではないと告げる。確かにRoseliaのファンにこそなったが、全ライブに行こうなどと思うほどではないのだ。

 

「俺が夢中になれそうってのは……その……」

 

「なんだよ」

 

 早く続きを言え、と言わんばかりの翔馬だが、どうにも気恥ずかしくて続きが言えない。ただやってみたいことを告げるだけなのに言えないのは、今までそういう経験がなかったからだろうか。しかし他の誰よりも翔馬に対してだけは話さなければならない。協力を仰ぐという意味でもそうだし、何よりもあの日ライブに誘ってくれた感謝の意味も込めて彼に話すのが筋というものだろう。

 二度、三度と深呼吸をする。そこまですれば流石に口に出す覚悟も決まる。今までの人生、自らどうしてもやってみたいことがなく誰にも言ってこなかったため、自分がやりたいことを断られてしまうかもしれない、馬鹿にされるかもしれないと感じることがここまで不安だとは知らなかった。それでも先に進むために翔馬へと自分がやりたいことを、協力してくれと頼むことにする。

 

「―――俺は、バンドを組んでみたい」

 

 

 

 

「致命的に不器用だな」

 

 

 

「ちくしょう……ちくしょう……」

 

 項垂れる自分に翔馬はどこか憐れなものを見るような視線と共に、容赦のない評価を下してくる。そしてその評価は自分でも妥当だと思ってしまうようなものなので文句を言うこともできなかった。

 ―――翔馬に対し自身のやりたいことを告げた直後。翔馬は満面の笑みと共に任せろと言ってくれた。そんな翔馬の言葉に多大な感謝を感じ、それを言葉にしようとするがそんな自分よりも素早くテンションが上がった様子の翔馬はこちらを別の部屋へと連れていく。

 連れていかれた先はなんと防音部屋らしく、翔馬がやっているギター以外にもベースにドラム、キーボードやそれらを扱うにあたって必要な機材が一通り備わっていた。楽器と機材以外は存在しないどこか殺風景にも感じる部屋は曰く、翔馬の父親が昔バンドを組んでいた頃に使っていた品々らしい。今でこそ当時のバンドメンバーは転勤などでバラバラになり演奏することもなくなってしまったそうだがそれでも思い出として未だにメンテナンスを繰り返しここに保存されていたそうだ。そして翔馬がギターを始める際にバンドを組むことがあれば存分に使ってくれ、と父親から託されたらしい。

 そんな部屋にこちらを連れてきた翔馬はどのパートがやりたいんだ、と確認してきたため、こちらに試しとしてこの部屋にある楽器を使わせようとしていると察し、思い出の詰まったものに素人が触れるなど申し訳なくて断ろうとした。しかし翔馬はむしろ使ってやってくれ、父親もそれを望んでいると強く押してきて、なし崩し的に適性を測るためにも一通り全ての楽器を演奏することになった。

 そして残酷な現実に直面したのだ。

 

「キーボードは指の動きが全然追い付かずに、どこがどの音を出すか覚えるのも一苦労。ドラムは両手両足を違うタイミングで動かすことができなくてロールも惜しいとすら言えないレベル。一番やりたいらしいベースも指の動きが安定しなくて一定リズムで弾けないし、コードを押さえるのも別のコードに移るのに手間取り過ぎる」

 

「もしかしなくても俺楽器向いてない……?」

 

「うーん……どれもこれも練習すりゃなんとかなるものではあるけど、今の感じかなりの練習量がいりそうだなぁ……」

 

「……練習でどうにかなるなら、俺はやるぞ」

 

 開幕から心が折れそうではあったが、ようやく見つけた夢中になれそうなことなのだ。たかが他人より練習量が必要なくらいで引くつもりはない。そんな意思を込めて翔馬を見るが、しかし翔馬は難しい顔を崩さない。

 

「……そんなに練習量やばいのか?」

 

「や、まぁ一般的には別に問題ないんだけど。お前の目標ってRoseliaだろ?」

 

 頷いて返せばやっぱりなぁ、と翔馬が溜息を吐く。目標を下げたりは、と確認してくる翔馬に首を横に振って返す。演奏を生で見たのがRoseliaだけ、というのもあったが切っ掛けがRoseliaであり、何よりも自分をここまで熱くさせてくれた彼女たちが目標というのは譲れないところであった。

 

「うーん、となるとやっぱ厳しいものがあるなぁ……。彼女たちのレベルに才能低めで後から始めて追い付くのは難しいぞ。ただでさえ彼女たち練習量が凄いらしいし、それを超える練習量が必要ってなるとなぁ……」

 

「……それでも、俺は必要ならやる覚悟はあるぞ」

 

 少なくとも自身の中にそれだけの熱量はあったし、初めて熱中できそうという事実に練習すらも楽しみなところもあった。こちらとしてはどれだけ練習量が増しても問題なかったのだが、ギター経験者の翔馬の見立てではどうやら、Roseliaに追い付くまでとなるとかなり時間がかかってしまうようだった。

 

「……できることなら早く目標に辿り着きたいだろ?」

 

「そりゃまぁ」

 

「と、なると後はボーカルとしての才能にかけるしか……」

 

「あー、いや、ボーカルはちょっとなぁ……」

 

 歯切れの悪いこちらに翔馬が首を傾げる。しかし流石に、その原因を言うのは翔馬相手でもかなり躊躇いがある。やりたいことを口に出す以上に勇気が必要な内容だった。しかしそれを言わなければボーカルに関しては乗り気でない理由の筋が通らなくなる。言いたくはない、言いたくはないが、それでも翔馬という親友であればまだ言ってもいい相手であろう、と無理矢理自分を納得させ、何とか声を絞り出す。

 

「その、だな……」

 

「おう、なんだよ、言ってみ」

 

「あー、その……Roseliaのボーカルの人、いるだろ?」

 

「ああ、湊友希那、って名前だったかな?」

 

「……彼女に一目惚れした」

 

「……は?」

 

「……ああ、もう!彼女に一目惚れしたんだよ!そんで彼女のために演奏してみたいって思ったの!」

 

「……マジか。……いや、ははっマジか!くっ、ははははははっ!!マジかオメー!!」

 

 やけっぱちで勢いだけでボーカルをやりたくない、というよりか楽器の演奏をしたいと考えている理由を叫ぶ。

 それを聞いた翔馬はしばし呆然とした後、あろうことか大笑いを始めてしまった。

 

「テメッ、笑うこたぁねーだろ!」

 

「くくっ、いやわりーわりー、予想外過ぎてな。いやなるほど、そりゃ確かに彼女と別れるわな」

 

 怒りを込めて翔馬に一発蹴りをいれるが、翔馬はそれで謝りこそすれど未だに口には笑みを浮かべており、こちらとしては怒りが治まらない。しかし彼女と別れた一番の理由を言い当てられてしまい、なんだかこちらの考えていることを全て見抜かれたかのような気分になってしまい、強くも出れなくなってしまった。

 

「なるほどなー、実現できるかはともかくとして、そういうことならボーカルを避けたいのも分からなくもない。でもだったら歌上手くなって彼女とデュエット、ってのもありじゃないか?」

 

「む……」

 

 翔馬からの提案に、思わず唸る。確かに自分には思いつかなかった彼女と肩を並べてステージ上で歌う、という案はどうしようもないほどに魅力的な提案に思えた。

 

「その顔はそれもありって感じだな?ただ俺は楽器の演奏は一通り親父に教わったからある程度の判別は付くけど、歌うことに関しては才能あるかの判別とかできないからなー……。教えることもできないから自力で努力するしかなくなるし」

 

 翔馬は一目惚れしたという話に関しては笑いこそしたがどうやらこちらに協力的ではあるらしく、こちらがボーカルとしての才能があるかどうかをどうやって確認するかを真剣に考え始めてくれる。こちらとしては魅力的な提案のおかげでどのパートであろうが最終的に彼女に並び立てることができれば問題なくなったので、何かいいアイデアが思いつかないか翔馬に期待するしかない。独学になってしまう点については、ネットで調べて頑張るしかない。金さえあれば教室に通うという手もあるわけであるし。

 

「俺は歌の才能の良し悪しを判断できるような人の伝手はないしなぁ……。あ、それこそお前の親父さんとかはダメなの?」

 

「あー、まぁ親父なら教えることはできなくても才能のあるなしくらいなら……ん?……伝手?いや……待て、そうだ、あった!あったぞ一個伝手が!それもとんでもない伝手が!」

 

 こちらが提案した翔馬の父親を頼る、というアイデアに納得しかけるなか翔馬が何かを思い出したかのような顔をし、しばし思案したあとには大きな声を上げる。その声量といいこと思いついたと言わんばかりの顔からかなりいいアイデアを思いついたということがこちらまで伝わってくるため、必然的に期待値が高まってくる。

 

「一年近く前に聞いた話だから絶対とは言えないけど、もし記憶が間違ってなければお前に対する利点がヤバいぞ」

 

「そんなにか。どんな伝手なんだ、早く教えてくれ」

 

「いいか、よく聞け……」

 

 期待を高めるだけ高め、やけに焦らしてくる翔馬がもどかしい。真剣な顔で思わず生唾を飲み込んだ音が部屋に響いた直後、ついに翔馬がその口を開いた。

 

 

「Roseliaに、会いに行くぞ」

 

 

「えっ」

 

 

 




というわけで次回、Roselia登場。


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#3.憧れとの出会い

「……待ち合わせは、ここでいいのか?」

 

「おうよ」

 

 ライブの日にも待ち合わせ場所に利用した公園。そんな比較的近所が翔馬のRoseliaへの伝手という人との待ち合わせ場所だった。

 

「……し、しかしいざ実際にRoseliaに会うってなると緊張するな」

 

「安心しろ、悠一」

 

「翔馬……」

 

 緊張で挙動不審になるこちらに対し、翔馬は優しげな笑みを浮かべて肩に手を置いてくる。何か緊張を解すいい手段があるのかーーーそんな期待と共に翔馬は笑みを浮かべたまま口を開いた。

 

「俺も緊張で腹がやばい。トイレ行ってきてもいい?」

 

「いったいどこに安心できる要素が」

 

 よく見れば翔馬の顔は若干青く、汗もかいている。仕方なしに翔馬をトイレに送り、その入り口で一人思索に耽ける。

 翔馬がRoseliaへの伝手がある、と言った日から数日。まさか一週間も経たぬうちにRoselia側と予定が合うだなんて欠片も思っていなかったため未だにいまいち頭の中が整理できていない。

 翔馬曰くRoseliaへの伝手はこちらも知っている相手だと言うが、自分にそんな相手の心当たりはない。いったい誰が見知らぬ自分たちとRoseliaが会ってくれるように取り成してくれたというのだろうか。

 

「いやーすっきりしたぁ……」

 

「お前なぁ……」

 

 戻ってきた翔馬に呆れと共に言葉を放つが、翔馬の方は気にした様子もなしに笑うだけだ。確かに普段のノリを挟んだことでいくらかコンディションが通常時に近付いたが、どうにも内容が内容なのでそれで落ち着いたというのは癪であったために強くは文句を言わずも感謝する気は起きなかった。

 

「おし、じゃあ戻ろうぜ。厳密な待ち合わせ場所はこの公園の入り口だからな」

 

「もう腹下すなよ」

 

「大丈夫、下痢止め飲んだ」

 

 いつの間に、なんて思いつつ公園内を歩く。しかし入り口とトイレの距離など大したものではなく、すぐに着いてしまい動かなくなったことで再び緊張がぶり返して落ち着かなくなってくる。それは翔馬も同じなのかしばし意味もなく辺りを見回したあと、ふと思い出したかのようにこちらに向けて口を開いた。

 

「そういや気になってたんだけどよ」

 

「どうした?」

 

「いや、お前彼女と別れる時に言ったっていう台詞だいぶ酷かったけど、何でわざわざそんな言い方したんだ?」

 

「あー、それか……」

 

 どうやら翔馬はこちらが素でそんな言い方をしたとは欠片も思っていないらしく、わざと一方的な言い方をしたのだと確信しているようだった。付き合いの長い親友はこういう時やりづらい、ともはや誤魔化せないことを理解、どういう意図があったのか正直に言うとする。

 

「その、なんだ、一目惚れしたって話はしただろ?」

 

「その話する度にいちいち照れんなよ」

 

「うっせぇ。……で、だ。俺さ、それで初めて本気で誰かを好きになるって感覚を知ったんだ」

 

 思い出すのはライブのあと、家に帰ってから自身の感情に整理を付けてた時のこと。あの時感じた興奮は何だったのか。胸に残ったこの熱さは何なのか。そんなことを考えてるうちに自覚したまた別の感情。

 

「彼女のことを考えると不思議と胸が燃え上がるように熱くなって、凄くドキドキして。でもステージ上で輝いていた彼女には今の自分ではどうあがいても並び立つことができないって事実が凄く悔しくて苦しくて。……これが本気で誰かを好きになるってことなんだ、ってやっと本当の意味で理解できた」

 

 これまで自分は何人かの女性と付き合ってきた。でもその人のことが好きで付き合っていたかと言えばノーだ。嫌いではない、別に自分には好きな人がいないからいいか、そんな感覚で付き合っていた。それでいいと思っていた。だけど。

 

「本気で誰かを好きになる感覚を理解して、初めて今までの自分が不誠実だったかを理解した。こんな想いを抱えて向き合ってくれていた人達に対して自分はどれだけ適当だったことか」

 

「……お前が今までの自分を許せなくなった、ってのはわかったよ。でもそれが何でわざわざ酷い言い回しに繋がるんだ?」

 

「……嫌われようとしたんだよ」

 

 考えれば考えるほど身勝手な話だ、と自嘲する。完全にこちらの事情だけで元カノを振り回している。結局、嫌われたいというのも自己満足でしかないのだ。

 

「別に嫌われなきゃいけなかったわけじゃない。向こうが俺のことを引きずらないようにとか思ったわけでもない。ただ俺が納得いかなかったんだ。不誠実だった自分が好かれてる、って事実がどうしても納得できなかったんだよ」

 

「お前、クッソめんどくさいな」

 

「うるへー」

 

 翔馬のストレートな感想に呆れつつはぁ、と溜め息を一つ吐く。

 くだらないことで少し話しすぎた。そろそろ待ち合わせている人が来るのではないかと辺りを見回すと一瞬、視界の端に人影が映り、そちらへと視線を向ける。しかしどうやら違ったらしくその人影は公園から離れていってしまった。

 

「ーーーお待たせしましたー!」

 

 体感時間的にはそろそろだと思うのだが、と時計を確認しようとした時、ちょうど背後から明るい声がかけられる。翔馬の伝手とは女の子だったのか、と思いつつ振り返りーーーそこにいた予想外の人物に思わず体が固まった。

 

「す、すみません……お待たせ、しました……」

 

「宇田川あこ、ただいま到着です!」

 

「おっす、来たな」

 

「……待て、待ってくれ。ちょっと翔馬、こっち来い」

 

 予想外の光景にフリーズする頭と体を無理矢理動かし、翔馬だけを少し離れた場所へと連れ出す。

 完全に状況の理解が追い付いていない。というかRoseliaへの伝手がある、というだけでも驚きなのにまさか()()()()()R()o()s()e()l()i()a()()()()()()()()とか予想できるわけがない。

 

「どういうことだよ!?なんでお前がRoseliaのメンバーと知り合いなんだよ!?」

 

「いや、なんでってお前とも知り合いではあるんだぞ?」

 

「はぁ?俺はあの二人と面識なんて……」

 

 そこまで言いかけ、ふと先程元気そうなRoseliaのドラマーの女の子の言葉を思い出す。そして連鎖的に先日のライブの日にSNSで話していた相手の名前を思い出す。そこまで思い出し、自分と彼女の関係性を理解した自分は思わずポロリと自分が知っている彼女の名前を声に出した。

 

「……あこ姫?」

 

「ふっふっふ……そう、我こそは深淵より舞い降りし……えーと……り、りんりん助けて!」

 

「えっ?えっとそれじゃあこういうのは……」

 

「ふんふん……」

 

「あ、これは確かにあこ姫とRinRinだわ」

 

「だろ?」

 

 目の前で繰り広げられるネトゲ内で見慣れたやり取りに確かに自分の知り合いであることを理解する。よく見れば容姿もゲーム内のアバターに雰囲気が似ており現実の姿をモチーフにしてアバターが作られていることがわかる。

 

「しかしまさかあこ姫とRinRinがなぁ……」

 

「えっと……お二人が、Serenoさんと……ショウタイム、さんですよね……?」

 

 世間は狭いものだ、と一人しみじみとしていると先程のやり取り的におそらくRinRinだと思われる少女にそう問いかけられる。

 確かに、自分と翔馬はアバターが完全に現実とは別物の容姿だ。確認しなければわからないだろう、と改めて自己紹介をすることにする。

 

「ゲーム内ではSerenoって名乗ってる藍葉悠一だ。よろしくな」

 

「んで、俺の方がショウタイムの乾翔馬な」

 

「り、RinRinこと、白金燐子……です……」

 

「あこは聖堕天使あこ姫こと宇田川あこです!」

 

「おっと、あこがゲシュタルト崩壊起こしそう」

 

「あこがあこってあこしたらあこだった……?」

 

「何を言ってるんですかねぇ……」

 

 ネトゲ内のノリでコントを挟み翔馬と二人で笑う。見ればあこ姫こと宇田川さんとRinRinこと白金さんの二人も笑っており、どうにかネトゲ内での感覚に近づけることはできたらしい。特に宇田川さんの方はともかく、白金さんの方は緊張していたようだったのでそれを多少なりとも解せたなら幸いである。

 

「えっと、そしたら宇田川さんと白金さんの二人がRoseliaの他のメンバーにも話をつけてくれたってことかな?」

 

「あ、はい……ですけど私たちも何を話すのかは聞いてませんので……」

 

「ああ、うん。それは大丈夫。全員揃ったら俺の方から話すから。むしろ内容も知らないで集めてもらってありがとうね」

 

 相手は憧れのRoseliaのメンバーであるとはいえ、ネトゲでのノリが通じることを確認した段階で比較的緊張がなくなっている。どちらかと問題は残りの三人になってくる。面識がないのもそうだし、何よりそのうちの一人は好きな女の子だ。今回ので第一印象が決まるとなれば緊張しないわけがない。

 

「……やっべ、緊張がぶり返してきた」

 

「……大丈夫、ですか……?」

 

「へへ……俺なんかもう、緊張が一周して楽しくなってきたぜ……?」

 

「それ大丈夫じゃないやつ。まぁ俺も大丈夫ではないけど……」

 

 そこで言葉を切り、視線をある方向へ向ける。それに釣られた翔馬と白金さんが同じ方向を見たのを確認し、改めて口を開く。

 

「何やってるんですかー?早く行きましょうよー!」

 

「……うん、宇田川さん見てると、何かこっちも元気を貰えるよね」

 

「あー、わかるわ」

 

「はい……あこちゃんは……凄いですから……」

 

 ゲーム内で白金さんが凄い凄いと言っていたのが何となく、分かった気がする。彼女がいるとこちらも釣られて笑顔になってしまうような魅力があった。

 

「そーいえばSerenoさん」

 

「そっちで呼ぶのな。で、何さ」

 

「SerenoさんはNFOの時と口調かなり違うんですね」

 

「あー……」

 

 この四人がやっているNFOというネトゲでは自分はSerenoという名で錬金術師をやっている。そしてそのSerenoというキャラクターを操作する上で自分は、どことなく格好つけた言い回しが特徴的な、モノクルを付けた学者然としたロールプレイを行っていた。もちろん、あくまでロールプレイであり、本当に格好つけたセリフなど実際に言うことは恥ずかしくてできないのだが、どうやら宇田川さんは実際とゲーム内のキャラに差がないようで、そんな彼女からしたら今の自分は不思議だったのだろう。

 

「……ふっ、まぁ俺自身も、俺の研究も有象無象の凡人共に理解できるわけではない。だがそれでも俺が生きるのはその凡人共が生きる世界だ、ならばより上位に立つこちらが合わせてやるのが道理というもの。これは、そのための仮面(ペルソナ)さ。……こんな感じか?」

 

「お、おおおおー!」

 

 試しに、ゲーム内でのロールプレイに合わせた口調で少しばかりの動きを交えて言ってみれば宇田川さんが目を輝かせて見つめてくる。どうにも懐いてくる子犬染みている、というか無性に可愛がってあげたくなるような愛らしさを持った少女であり、気づけば軽く髪型が崩れない程度に彼女の頭を撫でてしまっていた。

 

「っと、馴れ馴れしかったか?」

 

「あ、いえ!何だかお姉ちゃんに撫でられた時みたいで、何というか……こう、よかったです!」

 

「すけこまし……」

 

「おう、誰がじゃコラ」

 

「あ……着きましたよ……?」

 

 不名誉なことをぬかす翔馬の肩をどついたりしてじゃれ合いつつも進んでいれば、どうやらRoseliaの残りのメンバーと待ち合わせている場所に到着する。それはどこにでもあるチェーン店のファミレスで、Roseliaも存外庶民的なんだな、なんて思うもよく考えてみれば全員まだ学生だったか、と考え直す。

 どの席に残りのメンバーがいるのか自分と翔馬は知らないため、宇田川さんに店員への対応を任せつつ案内されるがままに移動すれば、あの日以来脳裏に焼き付いている銀色が視界に映る。その瞬間またもや緊張が襲ってくるがここまで来れば今更逃げるなんてありえない。Roseliaに会うと決定してから腹をくくるには充分すぎる時間が経っているのだから。

 

「……すみません、お待たせしました」

 

「……いえ、予定よりは早い時間ですので問題ありません。……ですが」

 

 残りのRoseliaメンバー三人は大型のテーブルを二つほど繋げた大人数用のテーブル、そこのソファ側に三人並んで座っていた。今回はこちらがRoseliaに対し相談がある、ということで通してもらった話だ。ならば自分と翔馬は対面に行くべきだろうとソファとはテーブルを挟んで反対側の椅子へと腰かけた。そしてどうやら宇田川さんと白金さんはこちらに協力的なのか、同じく椅子側へと座ってくれていた。

 ―――正面には憧れであり、惚れた相手であるRoseliaのボーカルである湊友希那が存在している。まずは、待たせてしまったことに謝罪をする。それに対し問題はないと告げる湊さんはその言葉とは裏腹に強い意志を秘めた目でこちらを見つめて、さらに言葉を続ける。

 

「―――私たちは本気で頂点を目指しているの。本来ならこの時間も練習に充てたいのよ。あまり時間は取れないわ」

 

 そんな湊さんの言葉に、けれど怯むことはない。当然の話だ、向こうが音楽に対して本気であるように、こちらもまた本気なのだから。

 

「……まずはそんな中わざわざ時間を割いていただきありがとうございます」

 

「本来であれば来る予定はありませんでした。あこと燐子が恩のある相手だそうですから、特別に」

 

 どうやらこうしてこの場が設けられたのは本当に宇田川さんと白金さんのおかげらしい。彼女らの言う恩とは十中八九こちらがゲーム内で錬金術師として提供したアイテムの数々だろうが、そもそもその材料は彼女たちの協力があって用意できたものなのだ。恩があるのはこちらもであるため、今度ゲーム内でお礼をしなきゃいけないなぁ、なんて思いつつ手早く頭の中で話を組み立てていく。

 彼女ら、少なくとも湊さんは会話が長引くのは好まないだろう。こちらを厳しい目で見ている氷川紗夜さんという人も、恐らく。正直自分としては惚れた相手とできるだけ長く話したいが相手が好まないなら仕方ない。まずは、話しやすくするためにも自己紹介か、と判断し口を開く。

 

「まずは自己紹介を。藍葉悠一です。それでこっちが」

 

「ども、乾翔馬です」

 

「どうやら知っているようだけれど、湊友希那です」

 

「氷川紗夜です」

 

「え、えーと……今井リサです」

 

 湊さんと氷川さんとは違い、最後の一人である今井リサさんという人は堅苦しい空気に困ったような笑みを浮かべていた。Roseliaの短期間での成長という話からストイックな人が多いのだろうとイメージしていたが存外、そうでもないらしかった。

 とはいえ今はこちらが頼みがあり、それを受けるかどうかは恐らく湊さんに一任されている状態。ならば湊さんのスタンスに合わせるべきだろうと判断し、この流れのまま話を進めることにする。

 

「……一先ず本題に入る前に提案を」

 

「何でしょうか」

 

「湊さんは先ほど、一度敬語が外れましたよね?話しづらいようであれば今後も敬語を外していただいて構いません」

 

「……お言葉に甘えてさせてもらうわ」

 

 とりあえず湊さんには敬語をやめてもらう。今回、頼みに来ているのはこちらであり、かつ音楽という点で言えば間違いなく彼女たちは先輩であるため立場の関係性としてどうにも湊さん達に敬語を使われるのは納得のいかないものがあった。同様の理由で自分たちが年上だからと敬語を外すのも抵抗がある。

 

「お二人も、敬語でなくても構いません」

 

「……私は、このままで。敬語はどちらかと言えば性分ですし、流石に年上のお二人相手に失礼な口はきけません」

 

「アタシも遠慮させてもらおうかなー、と。というかむしろアタシとしてはお二人に敬語じゃなくしてもらえればなー、なんて……」

 

「申し出はありがたいですが、少なくともこの場では自分たちが頼みに来ている立場ですので」

 

「そ、そうですか……」

 

 再び困ったような顔になってしまった今井さんに申し訳なく思いつつも、少なくともこの場が終わるまで敬語を外すことはできない。今井さんには後でお詫びにお菓子か何かでも渡そう、そう思いつつそろそろ本題に入ることにする。

 翔馬の方を確認のために見れば、一つ頷きが返ってくる。事前の取り決めにおいてこの場においては翔馬はこちらに一任してくれるということになっている。まぁ頼みがあるのは厳密には自分だけなのだ、それが当然だろうと翔馬にできるだけ頼らないようにと決意する。

 

「……単刀直入に言わせていただきます」

 

「……いいわ、聞きましょう」

 

 湊さんの瞳を真っ直ぐに見つめる。一瞬、美しい瞳に見惚れそうになるもそれを振り払い、彼女の真剣な眼差しにこちらも真剣さを以って相対する。覚悟は―――できている。あとは口に出すだけだ。そう考え、ゆっくりと口を開く。

 

「俺に、ボーカルとしての技術を、叩き込んで欲しい」

 

 言った。ついにその言葉を言ってしまった。空気が重くなったように感じる。いや、きっとそう感じるのは自分だけなのだろう。判決を待つ被告のような気分に心臓が早鐘を打つ。数秒、数十秒、数分。そんなに時間が経過しているはずもないのに、長い時間が経ったかのように感じ、緊張で心が潰れそうになった時、ようやく湊さんの口が動く。

 請け負ってくれるか、否か。あまりの緊張感に思わず拳を握り、そして――――

 

「断らせてもらうわ」

 

 ―――返ってきた言葉は、無情にも否定の言葉だった。




と、言うわけでばっさり断られましたとさ。そりゃろくに事情もなにも話してないんだから当然の結果だよねってことで。
次回は交渉本番よー。


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#4.思いを伝えろ

「断らせてもらうわ」

 

 ーーーそんな彼女の言葉に、しかし驚くことはない。むしろあるのはそうだろうな、という納得だ。何故頼んでいるのかを言っていないのもそうだし、何より向こうに対しメリットを提示できていないのだ。断られても当然だろう。だから、本番はこれから。

 

「用はそれだけ?だったら……」

 

「待ってください。もう少しばかり話を聞いて頂きたい」

 

 腰を上げかけた湊さんを言葉で引き止める。真っ直ぐ見つめるこちらに何かを感じてくれたのか、それは定かではないが湊さんは少しだけ、と言って再度腰を落ち着かせてくれた。

 

「まずはこちらの事情を。自分たちはバンドを組みたいのですが、自分に関しては完全な素人で知識が全くありません。そしてそれを教われるような相手の伝手もない。故に今回、何とか頼める相手としてお願いにきました」

 

「なるほど……だけど、私たちにそのお願いを聞く義理はないわ。あこや燐子はともかくとして」

 

 そう、彼女の言う通りだ。こちらの願いを聞く義理など、彼女たちには一切ない。だから必要なことは義理がなくても受ける理由になるだけのメリット。それだけのものを用意できるかどうかにかかってくる。

 

「確かにその通りです。ですので受けることによるそちらのメリットを一つ」

 

「何かしら」

 

「誰かに教えるというのは自身の持つ技術の再確認になる、と言います。Roseliaが弟子をとったという話は聞きませんし、そういった練習のアプローチをしたことはないのでは?」

 

「そうね……確かに、そういう形での技術向上を図ったことはないわ。けれど、消費する時間に対し得られる技術の向上が釣り合わないでしょう」

 

 そう、その通りなのだ。結局のところ湊さんには現在持っている技術の確認でしかなく、新たな発見があったとしても一つか二つで時間と結果が釣り合わない。メリットがないわけではないが対価に見合っていないのだ。

 そして問題はこちらがそれ以外のメリットを提示できないこと。究極的に教わる、というのは教わる側が大いに得するものなのだ。湊さん側のメリットなどそうそうあるわけがない。

 ーーーならば、他の要素で勝負するしかない。

 

「二回です」

 

「二回……?」

 

「二回だけ、機会を下さい。二回程度であれば技術の再確認には丁度いい程度のはずです」

 

「……二回なら、確かに丁度いいわね。けれどあなたは、それで満足できるのかしら?」

 

 湊さんの目に、一瞬だけ途轍もなく真剣なものが宿ったのを見逃さず、察知する。恐らくここでの返答を間違えれば彼女は二回の機会すら設けてはくれないだろう。

 どう答えたものか、そう考えかけ、しかし湊さんの望む答えなど彼女についてろくに知らない自分が思いつくわけがないと考えることを放棄する。どうせ正答を出すことはできないのだ、ならばストレートにこちらの言葉をぶつけるしかない。

 

「満足なんてできません。当然教えて貰えるのなら何回だって教えて貰いたい。だから」

 

 先ほど一瞬だけ見えた湊さんの真剣さ、それに負けないように、超えるように自身の視線に思いを乗せる。メリットで動かすことはできない。ならば感情で相手を動かすしかない。自分の真剣さを、熱意を言葉を以って叩き付けることで相手が思わず動くように仕向ける―――!

 

「だから―――その二回で、俺の虜にしてみせる。先を見てみたい、上達させてみたい、そう思わず考えてしまうほどに俺の歌に惚れさせてやる……!」

 

 勢いのままに、自らの内に秘めた熱を解き放つ。少なくともこの方法で三回目以降の練習の機会を得るにはこの段階で湊さんの心を揺り動かさなければいけない。

 今自分の内にある思いは全力で叩き付けた。あとはそれがどれだけ湊さんの心にまで届いたか。

 今度は手札を出し尽くしてしまったからか、先ほどよりも沈黙が長く、辛く感じる。緊張で呼吸のリズムまで狂ってしまいそうな感覚。湊さんの返答はまだかと逸る気持ちと、もし断られたらと答えを聞きたくない気持ちが心でせめぎ合う。

 そんなこちらを意にも介さず真剣な顔で悩んでいた様子の湊さんは、しかし結論が出たのか一度目を伏したあと、改めてこちらを見つめてきた。

 

「―――いいわ、その話、受けるわ」

 

「―――っ、はぁー……よ、よかったぁ……」

 

 肯定の返事を貰えたことに思わず、安堵のため息が漏れ体から力が抜ける。未だハードルは残っているが、今は何はともあれ第一関門を突破したことを素直に喜びたいところであった。

 お疲れ、と肩を軽く叩いてくる翔馬にありがとうと軽く返しながら緊張で渇いた喉を潤そうとして、ファミレスに着いてから何も注文していなかったことに気づく。どうやら店に入った段階からかなり緊張していたらしいことをようやく自覚する。

 何はともあれ、喋りと緊張で喉がかなり渇いている。店員を呼び止め、ドリンクバーと大人数向けの多種の料理がまとまったパーティセットを注文しておく。とりあえず糖分を補給したかったためドリンクバーではカルピスをコップに注いで席へと戻る。

 

「……よ、よかったですね……一先ずは教えてもらえることになって……」

 

「あー、うん……ほんとよかったわ……」

 

「な、なんか大人の交渉って感じで、Serenoさんも友希那さんも凄く格好良かったです!」

 

「あはは、どーも」

 

 自分のことのように喜んでくれている白金さんや宇田川さんに笑って返しつつも、内心では交渉とも呼べぬお粗末なものだったと自嘲する。本当ならもっと提示できるメリットなどで手札を増やしておくべきだったのだ。感情に訴えるなど交渉としてはありえない。

 なんて反省はするが、所詮自分は未だ学生であるためにこんなものだろうなとも納得していた。現代日本において、交渉をスマートに行えるほど場慣れしている方がおかしいのだ。このくらいが学生らしくていいだろうとも思う。

 

「……呑気なものね。三回以上見ることが確定したわけじゃないのに」

 

 笑みを浮かべるこちらを見てか、どこか冷ややかな視線で湊さんがそんなことを言ってくる。確かに、傍から見たら第一関門を突破しただけで浮かれてるように見えるのかもしれない。しかし当人からしてみればここまで来ればあとはシンプルな話であるためそう気負うこともなかったりするのだ。

 

「だってな、あとは全力でやることやるだけだろ?それなら気楽なもんさ」

 

「私が納得するだけの歌を披露する自信がある、ということかしら」

 

「別に自信はない。ただどんなことだろうが必要があるなら乗り越えてやる、って話だよ」

 

「私の評価は厳しいわよ」

 

「それでもやってやるさ」

 

「……そう」

 

 こちらの言い分に納得がいったのか、それは定かではないが湊さんはこちらから視線を外し、一口コーヒーを飲む。美人は些細な動作も絵になるなぁ、なんて思いながら自らも一口、カルピスを飲む。

 

「……それにしても……もう敬語はやめるんですね……」

 

「ん、ああ、まぁ一応話はついたし、ずっと堅苦しいのもな。敬語のままの方がよかったか?」

 

「あっ、いえ……そういうわけはなく……気になったので……」

 

「そっか。……今井さんも、悪いね。堅苦しいのに付き合わせて」

 

「へっ?あ、いえいえ、そんなこと全然。お気になさらず」

 

 ここまでずっと放置気味で申し訳なかったと思い今井さんへと話を振れば予想外だったのか驚いた顔で、けれどしっかりと気にした様子もなく言葉を返してくれる。いい子だなぁ、なんて思っているとお待たせしました、なんて言葉とともに注文していたパーティセットが届く。

 

「とりあえず今回付き合ってくれた礼だ、俺と翔馬が奢るから遠慮なく食べてくれ」

 

「えっ、俺も?」

 

「そんな、悪いですよ」

 

「大学生の暇っぷりなめんな。バイトそれなりにしてっからお金はあるんだよ」

 

 遠慮する今井さんに追従するように頷く宇田川さんや白金さんだったが、こちらの言葉にそういうことであれば、と湊さんが納得を見せ、それに続くようにそれならまぁ、と今井さんが一応納得した段階で全体的に空気が納得の方向へ傾き、ゆっくりとテーブルの上の食べ物たちに手が伸び始める。

 あの日のライブで憧れたRoseliaと、こうしてファミレスのテーブルを囲んで料理を突っつくなど妙な気分だ、と思いながら自分も適当に料理をつまんでいると、あっ、と唐突に翔馬が声を漏らす。

 

「どうした、翔馬」

 

「いやな、折角だから俺も頼みたいことがあって」

 

 その言葉に自分すらも首を傾げる。翔馬にも頼みたいことがある、なんて初耳であった。しかし先ほどは翔馬は自分に説得を一任いたのだ。だったら自分もあまり口を挟むものでもあるまい、と一先ずは静観の姿勢に入る。

 

「氷川さん、悠一と同じ条件で俺にギターを教えてくれないか?」

 

「……私ですか?」

 

 翔馬の頼みにやけにハイテンポでフライドポテトを食べていた氷川さんが首を傾げる。しかし翔馬は上手いことこちらの発言に便乗しやがったな、なんて思っていると氷川さんもそれに気づいたのか険しい顔で翔馬の方を見る。

 

「……何故私がそんなことを」

 

「や、確かにやる理由なんてないけどさ。でも氷川さんの演奏って俺の理想なんだ、だから色々教えてほしくて」

 

 な、と手を合わせて頼み込む翔馬の姿に氷川さんは毒気を抜かれたのかはぁ、と仕方なさそうにため息を一つ吐いて渋々ながらというのが分かる声音でいいでしょう、と切り出す。

 

「正直、技術の再確認、というのは個人的にやっておきたいところですので、その話受けましょう」

 

「お、マジか!ありがとう!」

 

「ですが。もちろん私が納得できるような演奏ができなければ三回目以降はありませんから」

 

「わかってるって」

 

 こちらよりもあっさりと話をまとめた翔馬に恨みがましい視線を飛ばせば、ドヤ顔で返してきたために苛立ちから机の下で他にばれないように翔馬の脛を思いっきり蹴っ飛ばす。痛みに悶える翔馬を鼻で笑いながら、とりあえず少なくとも練習を二回は見てもらえることになったなら予定を立てるべきかと判断を下す。

 

「湊さん、何時なら練習見てもらえる?」

 

「……そうね、スタジオが何時空いてるかにもよるし、Roseliaの練習もあるからまだ何とも言えないわね」

 

 その返答に、ふと、一つのアイデアを思いつく。今日はまず練習を見てもらえるかどうかに集中していたが、今は惚れた相手と話せている貴重な機会なのだ。活かせるなら活かすべきだろう、といくらかの緊張と共に湊さんへ一つの提案をする。

 

「……そういうことなら、連絡先交換しない?そっちの都合がついたら連絡ちょうだいよ」

 

「いいわよ」

 

 言葉とともに差し出されるチャットアプリの連絡交換用のQRコードが映し出されたスマートフォン。本気で好きになった人が相手だとたかが連絡先を交換するだけでもこんなに嬉しいものなんだな、なんて思いながらQRコードを読み込み、湊さんのアカウントの登録を済ませる。

 連絡先一覧の中に追加された湊友希那の文字。たかがそれだけであるのに、無性に胸が熱くなる。これはしばらくの間、これを見る度に浮かれてしまいそうだな、と思わず苦笑した。



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#5.始めての練習

「早速始めていくわよ」

 

「よろしくお願いします!」

 

 何とか湊さんの協力を得られることになってから約一週間。スタジオの予約がとれた、と湊さんの方から連絡がありこうしてスタジオの一室へとやってきていた。

 

「……頑張ってくださいね……」

 

「おうさ」

 

 この場には燐子も来ており、どうやらキーボードを用いて練習に協力してくれるそうだった。湊さんと二人きりでないのは少し惜しいとは思うが、それでも今回の目的はボーカルとしての技術を得ることだ。そもそもここで湊さんに認めてもらえなければこの先話す機会すら失うわけであるし。

 

「とりあえず、やってくるように言っていたトレーニングはやってきたかしら?」

 

「おう、一通りな。腹式呼吸とかは、できてるのかいまいちわからないけど」

 

「……そうね、確かに初めてならそんなものかしらね。一応一通り確認しましょうか」

 

 湊さんより適宜修正を受けながら声の出し方や呼吸法などの基礎部分の確認を行っていく。時々、姿勢の修正などで湊さんがこちらに触れたりしてくるが、それにときめいている余裕などないほどに湊さんの真剣な視線に充てられこちらも練習に熱が入っていく。

 

「とりあえずは、こんなところかしら。あまり確認だけに時間をかけていられないし……」

 

「基本的に今のは家で一人でもできるようなやつだろ?そしたら今しかできないことを教えて欲しい」

 

「……わかったわ。それなら燐子、少し手伝って欲しいのだけど」

 

 そのまま、湊さんは白金さんと話し始める。このあとの練習についての打ち合わせが済むまではひとまず休憩だろうと判断し、持ち込んだスポーツ飲料で水分補給をする。

 練習を開始してからまだ一時間経たない程度であったが、それでも身体はかなりの疲労を感じていた。それは普段の生活では使わない部位を意識して使っていたのもあるし、何よりついつい熱が入って全力で練習していたのが大きいだろう。今までになかった心地よい疲労に、思わず口元には笑みが浮かんでしまう。

 

「……どうしたのかしら、急に笑って」

 

「いやいや、何でもねーよ。それで次は何するんだ?」

 

「次は本格的な発声練習よ。音域を確かめるから燐子の鳴らした音と同じ高さの声を出してちょうだい」

 

「おっけー」

 

 あー、と指示通りキーボードの音に合わせて声を出す。徐々に高くなっていく音に、ある高さを超えてから声が出しづらくなってくる。流石にキツい、というラインまで来てついに音が少しズレたと認識した瞬間、手を挙げストップをかける。

 

「……悪い、限界だ」

 

「……そう……」

 

「……えっと……」

 

「あれ、二人ともどうした?」

 

 どうにも歯切れの悪い湊さんと白金さんに首を傾げる。今の感覚で言えば、そこまで音を外したわけでもなく、中々いい声だったと自分では思っていたのだがさて。存外、耳の方が音程のずれを認識できないポンコツだったのかもしれない。だとしたら致命的だなぁと困った顔をしていたら、どうやらそれを見かねたらしい湊さんが違うわ、と首を横に振る。

 

「別に悪い所があったわけじゃない。……次は私に続いて歌ってみてちょうだい」

 

 まぁ悪いところがあったのでないならば、とりあえずはいいだろうと再び指示通りに湊さんに続いて同じ音程で歌う。しばらくそれを続ければまた、どうにも音を出すのが辛い音域となってきてズレを自覚した段階で中断させてもらう。

 そんなこちらに対し、やはり何かあるらしく湊さんと白金さんは顔を見合わせる。三人いる場で自分以外の二人だけで認識を共有されるとどうにも引っかかるものがあるのだが、と頭の後ろをかいているとそんなこちらの気持ちを察したのか湊さんは白金さんと頷きあってからこちらに目線を向けてくる。

 

「……なんか、あったのか?」

 

「さっきも言ったけれど悪いことではないわ。むしろいいことね」

 

 お、と予想外の言葉に思わず首を傾げる。正直、音楽経験者からすればこちらにマイナスの要素はあってもプラスなどないと思っていたのでいいことがあるなんてのは完全に予想していなかった。

 予想外のことであったためにかなり気になるので早く教えてくれ、と湊さんに視線を向ける。それに対し湊さんは溜めるほどのことでもないからか、あっさりと口を開いて答えを教えてくれる。

 

「あなた、多分だけれど絶対音感かそれに近いものを持っているわ」

 

「絶対音感って……あれだろ?音を聞いてドレミのどれか答えられる、みたいなやつ。俺はそれ、できないぞ?」

 

「それはあくまであなたがドレミがどの音を指しているか覚えていないからよ。覚えさえすればあなたが言ったこともできると思うわ。……とはいえ、多分だから本当に絶対音感を持っているとは言い切れないのだけど」

 

 どうやら、意外な才能は自分は持っているようだった。今までの人生、音楽にあまり興味を持ってこなかったのもあって、正確に音階を聞き分けられるなど完全に自覚していないことだった。しかしとはいえ、である。

 

「そういうのを凄い、みたいな話は聞くけど、実際のところ歌うにあたってそれはどれだけ役に立つものなんだ?」

 

「そうね……あなたの場合、凄いのは絶対音感自体じゃないのよ」

 

 こちらの質問に対して返ってきた答えはよくわからないものであった。絶対音感が音楽という世界においてどれだけ役に立つものかを認識できていない身としては、凄いのが絶対音感自体ではないと言われてもいまいち何が言いたいのかがよくわからなかった。

 顎に手をあて何と言うべきか悩む姿すらも、湊さんは様になるよなぁ、なんて湊さんが何を言いたいのか理解できず思考を放棄しているとやがて何と説明すべきか言葉がまとまったのか湊さんが改めて言葉を発する。

 

「凄いのは、絶対音感で聞き取った音を正確に模倣できるあなたの喉、ということになるかしら」

 

「喉?」

 

「喉が凄いのか、それを感覚的にこなす才覚が凄いのか……。何はともあれ、あなたは正確に音階を聞き分け、それを正確に再現できる喉を持っている。これは強みになるわ」

 

「マジか」

 

 まさかの湊さんからの褒め言葉に口元が緩むのを自覚する。どうあがいても自分は素人なのだ、その至らなさに湊さんから注意ばかり受けるだろうと予測していたため、今回の褒め言葉は不意打ちであった。どうにも笑顔になる自分を止めることができない。

 そんなこちらに呆れたのか、はぁ、と湊さんは溜息を吐き、とはいえ、と言葉を続ける。

 

「ただただ音を正確に歌えればいいというわけでもないわ。ライブとかになれば演出としてあえて音を外す場合もある。こればかりはあなたやバンドの方向性次第になるわね」

 

 やはりというか、そこまで甘い話でもないらしく、こちらに釘を刺すように言われた言葉に何とか浮かれた気分を抑え込んで神妙に頷いて返す。それにまだ声の通し方や、感情の込め方といった技術については何も習得できたわけではないのだ、まだまだ問題点は山のようにある、と自らを戒める。

 

「それに、さっきの感じからすると少し音域が狭いわ。音域を広げるためのトレーニングもいるわね」

 

「うっす!」

 

 わかってはいたことだがやはり改善点はまだまだ多くあるらしい。長い道のりではあるが、だからこそまだまだ伸びる余地がある、と考え直し気合を入れて再び練習へと臨む。

 ―――そのまま合間合間に休憩を挟みながら練習を続けること数時間。休憩を挟んでもリカバリーし切れないほどの疲労が体に溜まってきた頃、どうやらスタジオを借りていられる限界時間が来たらしく、湊さんが練習の終わりを告げる。

 

「とりあえず、今日はここまでよ。今回の練習でやった中で、個人的に家でもできることは覚えているわね?」

 

「気を付ける点も含めて、適宜メモを取ってある」

 

「それならいいわ。それじゃあ片づけるわよ」

 

 その言葉を合図に、三人揃ってマイクや配線を片付け始める。自分に関しては白金さんのキーボード周りなどの細かい機材の片づけは手順などを理解していないため、スタジオの使用料の支払いや位置を戻すだけで済む機材の片付けを担当していく。流石に湊さんや白金さんは手馴れていて片づけはあっという間に終わってしまう。

 片付けが終わってしまえば、もうスタジオ内に残る理由もないので扉を開けて他の二人が出るのを待ち、最後に忘れ物がないかを確認してスタジオから出る。

 スタジオの使用終了時間が来た段階で理解していたことだが、既に外は暗くなっており、空には星が輝いている。まだ春先ということもあり、些か外は冷え込むため、多少着込んできて正解だったな、と思いつつ二人は大丈夫だろうかと振り返って確認する。

 見れば二人も冷えることは予測していたのか上着を持ってきていたらしく、それなりに暖かそうな格好をしている。まぁこんな時間までの練習は慣れていると言っていたのだ、対策してあるのは当然か、と思っているとふと視界に二人とも指先を意味もなく動かすのが映る。流石に、手袋までは用意していなかったらしく、陳腐な言い回しにはなるが外気に触れる白磁のように滑らかな指先が如何にも寒そうであった。

 

「二人とも、ほいこれ」

 

「あら……」

 

「……あ、ありがとうございます……」

 

 スタジオの精算を済ませた際についでに買っておいたが無駄にならなくてよかったと苦笑しながら小さなペットボトルのホットミルクティーを二人に手渡す。

 

「ごめんな、二人の好みを知らないから適当に買ってきたけど」

 

「いえ……大丈夫です……」

 

「ありがたくいただくわ」

 

 二人の言葉に安堵しつつ、自分も買っておいた微糖の缶コーヒーを口に運ぶ。無糖も飲めなくはないが、微糖くらいが個人的には飲みやすく好んでいた。

 スタジオからの帰り道。温かいものを飲みながら三人並んでゆっくりと歩く。街灯のせいで数は少ないが、それでも強い光を放つ星々ははっきりと空に見える。

 しばらくして缶コーヒーを飲み終わってしまい、ゴミ箱はないかと空から周りに視線を移した際に、重そうなキーボードを、細身の少女である白金さんが背負っているということを遅まきながら理解する。我ながら気が回らない人間だなぁ、と反省しつつも一応、今更ではあるのだが白金さんへ大丈夫か確認をする。

 

「白金さん、あれだったらキーボード持とうか?」

 

「……あ、いえ、大丈夫です……。慣れてますし……」

 

 そりゃ練習の度に運んでいるのだ、慣れもするかとも思うがそれでも大変だろうと更に押すべきか悩む。しかし、それに、と続けられた言葉にそれ以上は無粋だと悟る。

 

「キーボードを持っていると、落ち着くというか、勇気が湧くんです……。だから、大丈夫です」

 

 ネトゲでのRinRinの饒舌さに比べ、現実の白金さんは気弱な印象の強い少女だ。そんな彼女が珍しくはっきりと大丈夫と言ったのだ。ならば本当に大丈夫なのだろうと、そっか、と一言だけ告げてそこまでで話を終える。

 そのまま夜道をぽつぽつと他愛のない会話をしながら進めば、やがて一つの別れ道へと辿り着く。どうやらそこが白金さんと湊さんそれぞれの家への分岐点らしくそこで二人は別れるとのことだった。

 流石に時間が時間だ、少なくともどちらかは送っていくべきだろうと少し悩む。個人的には惚れた相手である湊さんを送っていきたいところだが、気弱な白金さんを一人歩かせるのも気が進まないところがあった。そんなこちらに何を悩んでいるのか察したらしい白金さんが、ある情報を教えてくれる。

 

「あの……私はここから家までさほどかからないので……。私より遠い、湊さんに着いていってあげてください……」

 

 そういうことなら、と頷いて返せばそれではお疲れ様でした、と一礼して白金さんが去っていく。それを見送ったあと、行こうか、と湊さんに告げれば湊さんは歩き出しながらもどこか不満げな目でこちらを見てくる。

 

「別にここはいつも帰っている道よ。わざわざ送ってくれなくても大丈夫だわ」

 

「と、言ってもなぁ……時間が時間だし。それに白金さんの口ぶりだと多少なりとも距離がありそうな感じだったけど?」

 

 こちらの言葉に湊さんが言葉に詰まる。それを見た段階でこれはこちらの意見を通せるな、と判断し、そのまま道を歩き続ける。

 

「なにも別に家まで送るってわけじゃないよ、近くまで来たら言ってくれればいい。流石に親に見られて何か言われるのも嫌だろうし、何よりこないだ知り合ったばかりの人間に家の位置まで知られたくないだろう?」

 

 そこまで言えば流石の湊さんもそういうことなら、と渋々ながらも納得を見せる。

 話がまとまったため、悩んでいたせいか少しばかり遅れていた湊さんに歩調を合わせペースを落とす。好きな人と夜道で二人きりというシチュエーション。当然ながら緊張と高揚で心臓が暴れるが、そこは年長の意地と男としての恰好付けで表には微塵も出さないように努める。

 

「……あなたの配慮はありがたく受け取るけれど」

 

「ん?」

 

 静寂に包まれていた道に、湊さんの透き通った声が響く。どうしたのかと湊さんの方へ視線を向ければ少しばかり照れた様子の湊さんが視界に映る。

 

「あなたにならば家の位置くらいは知られてもかまわないわ。知り合ったばかりとはいえ、それなりにあなたのことは信頼しているの」

 

「それは……まぁ嬉しいけど、些か不用心じゃない?」

 

 信頼されている、という事実に嬉しくは思うも、どちらかと言えばそんなにあっさりと信頼されてしまったことに、湊さんの危機感のなさが心配になってしまう。咎めるべきかなぁ、なんて今の距離感で踏み込んでいいのかと悩んでいれば言葉が足りなかったと判断したのか湊さんがさらに言葉を続ける。

 

「あなたは……練習で、音楽に対して真摯だったから。だからそれなりに信頼してもいいと思ったの」

 

 その言葉にやはり嬉しくなってしまうのだが、同時に危うい子だなという感想を抱く。何というか、良くも悪くも音楽にありきの少女なのだろう。その在り方は傍から見ている限りは真っ直ぐ美しく見えるのだろうが、親しい人からしたら不安でしかないだろうとも思う。

 

「それにあなたはどこかリサに似ているから」

 

「リサって……今井さん?」

 

 こちらが勝手に心配している間にも湊さんは話を進めていく。似ている、と評されたのはRoseliaのベース担当の今井リサ。先日のファミレスでは結局、これから先生になるということで湊さんやネトゲ仲間である宇田川さんと白金さんをメインに話してしまったため、あまり彼女は印象に残っていない。確か見た目はウェーブのかかった茶髪に、いくつかのアクセサリとどちらかと言えば派手めな、他のメンバーとは毛色の違う少女であったように思う。そんな彼女と自分が似ている……?と首を傾げれば湊さんはそう感じた理由を話し出してくれる。

 

「片付けの時の手際の良さや、扉を押さえて私たちを通してくれるような小さな気遣い」

 

 これもそうね、と中身のなくなったミルクティーのペットボトルを揺らす湊さん。

 それらは今まで女性と付き合う上で自然と身に付いたものであまり誇れるものではないため、少しばかりリアクションに困る。それにやはり今井さんがどういう人物か理解していない自分にはピンと来ない話であった。

 

「私の幼馴染に似ているあなたといると、どことなく落ち着くのよ」

 

「……そうかい」

 

 予想していなかった落ち着くという言葉に、思わずぶっきらぼうに言葉を返してしまう。そんなこちらを気にした様子もなく湊さんはそうなのよ、と返してきて何だか悔しくなってしまう。とはいえそこで意趣返しなど図ってしまうのは些か情けない。とりあえず話の方向を別の方へと向けることにする。

 

「湊さんから見てさ、今井さんってどんな人なんだ?こないだのファミレスではそんなに話せなかったから気になる」

 

「そうね……リサはとても素敵だと思うわ。私には勿体ないと感じるくらい。さっきも言った通り気配りはできるし、料理も上手いわ」

 

 そのままポンポンと続けざまに出てくる今井さんを褒める言葉。それを口に出す湊さんは小さな、しかし確かな笑顔を浮かべていてそんな笑顔にさせることのできる今井さんに少しばかりの嫉妬を覚える。だがそれ以上にそんな笑みを浮かべて今井さんについて語る湊さんにある種の親近感を覚え、ポツリと、口から言葉が零れる。

 

「……自慢の、親友なんだな」

 

「親友……そう、ね。大切な大切な親友だわ」

 

 そっか、と湊さんの答えに笑みを返す。やはり湊さんにそう言ってもらえる今井さんに嫉妬を覚えるがそれ以上に湊さんの笑顔が素敵で嫉妬もすぐに気にならなくなってくる。そして意味もなく張り合いたくなってきて、自然と口が開く。

 

「俺にも自慢の親友がいてな。乾翔馬っていう」

 

「……紗夜にギターの練習を頼んでいた?あの場の印象ではただのお調子者って感じだったけれど……」

 

「まぁそれは否定しない。でもあれでも結構周りをしっかり見ててなー。空気は読めるし、友人の誰かの調子が悪い時、一番最初に気づくのはあいつなんだ」

 

 そのまま二人で互いの親友について話し合う。この時間で知ったことは今井さんのことばかりだし、湊さんに教えることができたのは翔馬のことばかりであった。それは好きな相手と話していた、ということを考えれば間違いなのかもしれない。本来ならもっと湊さんのことを知れるように、自分のことを知ってもらえるようにすべきだったのかもしれない。けれどその時間は間違いなく心地の良いものであり。例え間違いであったとしても、それでも構わないと言える楽しい時間だった。



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#6.悠一の歌

「いやー、まいったなー……」

 

 春にしては気温の高いある日の午後。流れる汗を拭いながら一人呟く。

 待ち合わせている時間まではまだしばらくあり、その相手である翔馬は未だにこの場には現れていない。緊張で居ても立っても居られず家から出てしまったが失敗だったな、とスポーツ飲料を一口飲みながら反省する。

 最初の練習から一週間とちょっと。予定が合わず存外前回より期間が空いたこの日、本来の予定通りであればただの二回目の練習であった。

 

「それが認識の齟齬があるとはなぁ……」

 

 練習を見てもらえるように頼み込んだあの日。自分の言った二回の機会とは二回の練習後、評価する場を設けてもらうという形だったのだが、向こうさんが受け取ったのは一回の練習と二回目を評価の場とする、という形だったようで予定より一回練習の少ない状態で評価されることになっていた。

 かと言って認識の齟齬があったからと、もう一回増やしてくれなどごねるのも格好悪いし相手側に申し訳ない。大人しく、今日を本番とするつもりであった。

 

「わりー、待たせたな」

 

「……いや、時間前ではある。問題ないよ」

 

 翔馬と合流できた段階ですぐに、目的地である前回と同じスタジオへと向かう。高い気温の外から、できるだけ早く屋内へと入りたいところだった。

 

「それで?翔馬の方は手応えどうだったんだ?」

 

 歩きながら視線だけを翔馬に向けて問いかける。翔馬は自分とは違い、既に氷川さんと二人で今後練習を継続するか否かの試験を行っている。結果発表自体は今日であり、まだどうなったかは分からないのだがせめて手ごたえはあったのかどうか聞いて、安心したいところではあった。

 

「んー……。氷川さん厳しいからなぁ……何とも言えない。ただあの時できる最大限のパフォーマンスは発揮できた、と思う」

 

 ならまぁ、大丈夫だろうと判断する。なんやかんやで翔馬は優秀だ。彼が最大限力を発揮できたならそうそう問題はないと信じられる程度には、彼のこと信頼していた。

 

「……うん、多分、それくらいできた、と思う。というか思わないとやってられない」

 

「やめろ、はっきりできたと言ってくれ。じゃないと俺が緊張で潰れちまう……!」

 

 とはいえ結局、翔馬が試験をクリアできたと信じることで自分もできる、と思いたいのが本音であった。一気に曖昧になった翔馬の言葉にどうにも緊張が高まってきて胃がキリキリと痛み始める。胃薬でも用意しとくべきだったか、と思っていればこちらが追い込まれているのを翔馬は察したのか、努めて明るく、話題を少し変えてこちらへ振ってくる。

 

「それで、お前の方は一回目の練習、どうだったんだよ」

 

「ん、んー……まぁボチボチ?」

 

「んな曖昧な……」

 

 そう言われても、と頭の後ろをかく。結局、あの日褒めてもらえたのは歌に関する元々の才覚のみであり、上達具合は褒められたわけではない。それにそもそも一回の練習で伸びる幅などたかが知れている。前回だけで自信を持て、というのは難しい話であった。

 

「なんかこうさ、自分なりに感覚掴んだ、とかないの?」

 

「ないなぁ……。感覚を掴む、というよりかは反復練習で馴染ませる、って感じだし」

 

「そういうもんなのか……」

 

 俺が個人的に思ったのはな、と注釈を加える。それに加えて自分に関しては今までの人生の中でもまともな努力が初めてなのだ。自身が成長する感覚、というのもよくわからなかったし、あとは自分の中での上手さのボーダーラインが湊さんになっているところはある。目標レベルが高すぎるのか、自分はまだまだという感覚が強かった。

 

「ふーん、じゃあさ、恋愛面での進展はどうなのよ?」

 

「む……ん……それは……」

 

 翔馬からの質問に気恥ずかしさからついつい歯切れが悪くなる。そんなリアクションのせいで翔馬がニヤニヤして笑っているのは分かるのだが、だからといって恥ずかしい事実が変わるわけではないのでどうにも返事には詰まってしまう。

 

「なんか進展でもあったのかよー、んー?」

 

「うっぜぇ……」

 

 苦し紛れに言った悪態も翔馬には余裕たっぷりと笑い飛ばされてしまう。少なくとも、しばらくの間はこの話題では翔馬に勝てないなぁと諦め、一つ溜息を吐いたあととりあえずは、と話を切り出す。

 

「まぁ悪くはない、と思う。恋愛対象として見られているかはともかくとして、仲良くはなれている……はず」

 

 これでそう思っているのはこちらだけだとしたらだいぶ恥ずかしいなぁ、と思うも少なくとも前回の帰り道、あの時間は本物であったと信じている。どれだけかかるかは分からないが少しずつでいいので距離を縮めていきたかった。

 

「……ふーん、楽しそうでなにより!」

 

 そう単純なものでもないんだが、と一瞬文句を言いそうになるが、翔馬はこちらが恋愛にすら本気になったことがないと知っているのだ。それを前提として考えると、今の言葉すらも色んな意味がこもっているような気がして文句も言えなくなってくる。かと言って何か礼でも言うのも無粋な気がして苦笑するのみに控えて、適当な会話に戻ることにする。

 

「そういうお前は恋愛、どうなんだよ。前に好きって言ってた女の子とは進展あったのか?」

 

「ギターの練習でそんな暇はなかったのだ……」

 

「あー……」

 

 そんな会話をしながらしばらく歩けば目的地であるスタジオが近づいてくる。時間としてはまだ十分前であったのだが、それでも既にスタジオ前にはRoseliaメンバーが揃っていた。それを視界に収めた瞬間、申し訳ないないことをしたと駆け足でRoseliaメンバーの元へ向かう。

 

「悪い!待たせちまったか」

 

「いえ、時間前ですので問題はありません」

 

「紗夜の言う通りですよー。アタシたちが早く来すぎたってだけなのでお気になさらず!」

 

 そう言ってくれる氷川さんと今井さんにありがとう、と言いつつもRoseliaメンバー全員に翔馬と折半で後で冷たいものでも奢ろうと決める。流石に、暑い中楽器という重いものを持った状態で待たせてしまったのは申し訳ない。

 

「揃ったなら早速中に入るわよ」

 

 そう告げた湊さんに各々返事を告げ、建物内へ入る。今回は前回と違い、予約の名義が自分であるため自分がカウンターで店員と話し、割り振られたスタジオ内へと入る。

 スタジオ内は外の気温に合わせてしっかりと冷房が効いており、適度に涼しくようやく一息吐ける形であった。

 

「私たちは演奏の準備をしておくから、あなたは歌えるようにコンディションを整えておきなさい」

 

「……分かった」

 

 今回の試験はRoseliaメンバーの演奏に合わせて自分が歌う形で行われる。ライブのような演出をする必要はないから今できる精一杯で歌えということだった。楽曲はRoseliaのオリジナル曲の中からこちらが指定していいらしく、既に家から出る前にそれは決めてある。

 試験へと向けて意識を集中していく。目を閉じて、深呼吸。自分の中へ深く、深く潜っていき……自身の中にある熱源へと接続するイメージ。それが、今日に至るまで一人で練習するなか身につけた意図的に集中状態へ入る時のルーチンであった。

 調子は―――いい。周りの音はしっかりと耳に入ってくる。けれど雑音がこちらの意識を阻害することはなく、必要な音はしっかりと取り込めている。緊張も既にない。この段階までくればその程度を踏みつぶせるほどの集中力と覚悟を発揮できる。

 大丈夫だ、行ける。そう判断し準備が終わった様子のRoseliaメンバーの中心、本来であれば湊さんが立つ位置に、マイクを持って立つ。

 

「……『LOUDER』を、頼む」

 

 そう言えば、全員がすぐに演奏態勢へと入る。目の前で立つ湊さんの表情が少し動くのを理解するが、今はそちらに意識を割くべきではないと判断する。数週間前に憧れた人たちの演奏で今から歌うという事実に不思議な感覚を味わいながらドラムの宇田川さんのカウントを聞く。

 そして、奏でられるLOUDERのイントロ。それに対しリズムを取ったり、意識して姿勢を整える―――()()()()()()()()。既に今日までの反復練習でそういったものは体に、頭に染み込ませてある。わざわざ意識するまでのことではない。だから今この場で意識することはただ一つ。

 

歌え。

 

歌え!

 

歌えッ!!

 

自身の内に眠る熱を、想いを。

 

吐き出すように、叩き付けるように。

 

ただひたすらに―――

 

吠 え た て ろ ッ ! !

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

――――――――――

 

 

 

―――――

 

 

 

「―――はっ……はっ……はぁ……!」

 

 荒ぶる息を整えようと、必死で呼吸する。一曲でバテてしまってはこの先駄目だな、と今後体力を付けるためのトレーニングを強化することを内心で決めたりして、自分の呼吸音だけが響くスタジオ内の気まずさから目を逸らす。しかしこのままこの空気というわけにもいかないだろう。自分から切り出すしかないかと声を発することを決める。

 

「ふぅ……どう、だった?なんか、問題でもあったのか……?」

 

 余りにも反応がないためについつい言葉尻が弱くなっていってしまう。そんなこちらからの問いかけに皆がハッとした顔になり、それぞれ近くの人と顔を見合わせてどこか困惑したような顔をする。

 

「やっぱなんかマズった……?」

 

「そ、そんなことないです!」

 

 周りの様子についつい弱気になって言葉を漏らしたところ、そんなこちらに慌てたように反応して否定したのは宇田川さんだった。

 

「なんというか悠一さんの歌を聞きながら演奏してるとガーっとなるっていうか、熱くなるっていうか……」

 

「……私も……あこちゃんと同じです……凄く熱くて燃え上がるみたいな……」

 

「アタシもそれは感じたかな。なんていうか引っ張られる感じというか」

 

「……技量は湊さんに遠く及びませんが……私でさえも、あなたの歌声に引きずられて熱が入ってしまい少し演奏が荒くなってしまいました」

 

 最初の歌い終わった直後の空気に反し、返ってくるのは皆褒めるようなニュアンスの言葉で、戸惑うことしかできない。嬉しいという感情がくる前にただただ驚きがくるばかりでどう反応したものか悩む中、未だに肝心な湊さんから感想を貰っていないことに気づく。彼女はどんな風に感じたのだろうと恐る恐る見れば、ひたすらに真剣な顔でこちらを見てくる。

 

「……あなた、前回からどんな練習をしたの?」

 

「へ?え、えーと、別に教えて貰ったものだけを……」

 

「それをどれだけの時間?」

 

 その質問にどんな意図があるのかは汲み取れなかったが、真剣な問いかけであったために、ざっと頭の中で計算していく。とりあえずは一日の平均練習時間でいいかと平日と休日だけは別にして考えていく。

 

「暇な時間は全部練習してたから……合間合間に休憩を挟んだことを加味して……日によるけど平日六時間くらい?休日は十時間くらいかなぁ……」

 

「……そう、そういうこと」

 

 どうやら湊さんは何か得心がいったようだが、自分を含め、他の人も湊さんが何を理解したのかわからず首を傾げるしかない。ただ、何人か、こちらの練習時間を聞いて呆れた視線を向けてくる人がいる。単純に大学生特有の暇な時間を充てただけなのだがはて、何か変だったのか。

 

「何も難しい話ではないわ。あなたの歌は少なくとも、前回の練習の段階ではぎこちなくてここまでの熱量を秘めていなかった」

 

「まぁ、そりゃ細かいことに意識を割いてたし……」

 

「そこよ」

 

 湊さんから真っ直ぐに指を突き付けられる。そこ、というと細かいことを意識せずに済むようになった、ということだろうか。そう思い確認すれば、ええ、と肯定の言葉が返ってくる。

 

「あなたは練習をひたすら繰り返すことで前回教えたことを体に覚えさせ、意識せずともできるようになった。その結果、自然体で歌えるようになるあなた自身の色が出るようになった」

 

「色……?」

 

「個性、とも言えるわね。燃えるような真っ直ぐな歌への情熱。聞く人々すらも巻き込んで燃え上がる紅蓮の炎―――」

 

「――――――」

 

「―――それが、あなたの。藍葉悠一の歌よ」

 

 それは……なんとも意外な評価であった。今まで何にも情熱を向けられず燻っていた男の歌が、燃える炎とはなんと皮肉なことか。……いいやだからこそか。燻っていたからこそ、その反動で一気に燃え上がったのだ。あの日のライブで灯った小さな火が、こうして膨れ上がって人々を巻き込む炎となったのだ。

 

「それこそが……俺の歌……」

 

 ああ、なんとも気分がいい。自分の全力をぶつけたものが他人に認められるとは、こんなにも気持ちがいいものなのか。ああ、これは。もう二度とやめられないな、と噛み締める。

 

「ただ、紗夜も言っていた通り技術はまだまだよ」

 

「ぐっ」

 

 浮かれていたところを咎めるように湊さんから注意の言葉が飛んでくる。分かっていたことではあるのだが、改めて言われると刺さるものがある。精進しなければ、と気を引き締めていたところ。

 

「だから、今後も私が教えてあげるわ」

 

「……え」

 

 不意打ち気味に言われたその言葉に思考が止まった。

 

「あなたの宣言通り、あなたの歌に()()()()()()()()。あなたの歌がどこまで行くのか。私たちRoseliaにすら届きうるのか。先を見たくなってしまった。だから今後も練習に付き合わせてもらうわ」

 

「……は、はは」

 

 湊さんから告げられた合格を意味する言葉に、思わず渇いた笑いが漏れる。そしてしばらくかかってその現実に思考が追い付いてきて、感情が伴ってくる。胸の奥から溢れてくる安堵に……それ以上の歓喜。

 

「―――ぃよっしゃーーー!!」

 

 感情の高ぶるままに声と腕を上に向かって突き上げる。そのまま力が体から抜けて勢いよく尻もちをつく。流石に勢いがあって尻が痛かったが、そんなことが気にならないほどに、自分はまだまだ成長できる、その手段があるという事実が嬉しかった。

 

「……あ、っと、そういや翔馬の結果も今日まとめてだったよな?どう、なんだ?」

 

 自分の言葉によってこの場の全員の視線が氷川さんへと向けられる。視線を向けられた氷川さんはそれに怯むことはなく、しかしどこか悩んでいるような姿を見せる。

 

「あー、俺、もしかしてダメだった……?」

 

 不安げな声で呟いた翔馬に対し、氷川さんは結論が出たのかいえ、と否定の一言を発する。

 

「ギター歴を考えれば充分な技術はあると思います」

 

 その言葉に反射的に翔馬と顔を見合わせ笑い合う。折角、自分が湊さんに教われることになったのだ、どうせバンドを組む時は翔馬がメンバーになるのだから一緒にRoseliaに教わりたいところだった。しかしそんなこちらの思惑に反し、氷川さんはしかし、と言葉を続ける。

 

「乾さんは藍葉さんのように劇的なものを持っていない。ただただ正確に演奏ができるだけ―――」

 

 今度は、翔馬の方を見ることができない。まさか自分の歌が影響して翔馬の結果が変わるなど考えてもみなかった。自分のせいで翔馬が教えてもらえないのであるならば、だとしたら自分が何とかしなければ、と言葉を発するその直前。こちらより先に氷川さんの言葉が発せられた。

 

「―――いえ、だからこそ……ね。私だからこそ、教えなければならない。……ええ、乾さん、今後も私が練習を見させていただきます」

 

「あ……うん?よろしく……?」

 

「あー……ん……?」

 

 二転三転する話の流れに、つに頭が追い付かなくなる。否定的な言い草こそあったが、結果として翔馬は氷川さんに教えてもらえるということでいいのだろうか。どうやら翔馬も同じように理解が追い付いていないようで氷川さんに確認をとる。そして返ってくるのは肯定の返事。つまり。

 

「おっしゃァ!」

 

「やったな翔馬!」

 

「おうよ!」

 

 二人して合格したことを祝い、熱く握手を交わす。そんな自分たちに呆れの視線が周りから向けられているのは理解したが、そんなことが気にならない程度には安堵し、そしてなにより喜んでいた。

 

「とはいっても私の練習は厳しいわよ」

 

「私も教える以上は厳しくいかせてもらいますので」

 

「そうじゃなきゃ張り合いがないさ。なぁ翔馬?」

 

「当然!全力でやってやるさ」

 

 そんな自分たちの返事に湊さんは一つ笑みを浮かべて、一つの問いかけを投げてきた。そしてそれに返す自分たちの答えなど決まり切っていた。

 

 

 

「二人とも、音楽にすべてを賭ける覚悟はある?」

 

 

 

「「応ッ!!」」

 

 




というわけで無事練習見てもらえることになって一旦ひと段落。
次回はちょびっと時間飛んでからのお話。
プロット通りに行けばここまでは恋愛面に変化なかった分、それ関係の話になるかなー。


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青薔薇に手を伸ばし
#7.進展具合


 ―――♪

 

 スタジオ内で翔馬と二人でRoseliaの練習風景を見る。自分と翔馬、それぞれ無事に教えてもらえることになったあの日から幾度かの練習を重ね、本日はたまにある普段とは毛色を変えたRoseliaの練習風景を見てそこから技術を盗み取る練習が行われていた。

 翔馬のギターのように見て盗める場合はともかく、自分は声という体の内側で生成されるものであるため、視覚的に情報を得ることができないので、基本的にひたすら聞き、曲調に合わせてどう歌い方を変えるかや各楽器との調和をどうとっているかなどを何とか聞き分けていた。

 一応、姿勢に関して言えば視覚的に勉強できるのだが、そんな基礎的な部分はとうに習得している。定期的な確認を除けば今更勉強することでもなかった。

 

「……それじゃあ、一旦休憩にするわよ」

 

「おっす、お疲れさん」

 

 湊さんの一言によって、休憩態勢に入ったメンバーそれぞれに飲み物を渡していく。今日の見て盗む練習然り、Roseliaメンバーはちょくちょくこちらの練習にも協力してくれている。そこからの繋がりでそれぞれの好み、というものはある程度把握しているため、事前にそれぞれに合わせた飲み物を用意する、ということもできるようになっていた。

 

「あ、そしたらちょうどいいからアタシの焼いてきたクッキーも食べようよ」

 

 今井さんがその言葉とともにバックから袋に包まれたクッキーを取り出す。焼き上がってから時間が経っているため強烈ではないが、ほのかな甘い匂いが食欲を誘う。ちょくちょく今井さんからは差し入れとしてこうしたお菓子などをもらっており、美味しいことも知っているため期待値は高い。

 

「……ちょっと。そこまで長い休憩をとる予定はないのだけれど」

 

「もー、友希那は真面目なんだから。休憩は大事だよー」

 

「そうだぞー。適度に息抜きしないとパフォーマンスは落ちるぞ」

 

「……全くもう……」

 

 渋々と、しかし湊さんは今井さんの用意したクッキーに手を伸ばして口に含む。それを見て今井さんの二人親指を立て合う。

 

「……なんだか、リサが二人に増えたみたいだわ」

 

 なんやかんやで。当初の印象の薄さに反し、自分がRoseliaメンバーで最も気が合ったのは今井リサという少女であった。何かはっきりと通じるものがあったわけではない。趣味も共通のものがあったわけでもない。しかしかつて湊さんが称したように性格においてどこか自分に似ているところがあった。そのためこうして湊さんを二人で言いくるめるのはしばしばある光景だった。

 

「今日は抹茶風味か。相変わらず美味いな」

 

「ありがとー。悠一さんはお菓子作りとかやらないんですか?」

 

「んー……昔、ちょっと興味本位でやったけどハマれなくてなー……。でも自由に食べたい味を用意できる、っていうのはいいかも。もしかしたら今度質問させてもらうかもしれん」

 

「その時は任せてください」

 

 休憩の時も、主に話す相手は今井さんだった。最初のうちは湊さんとよく話していたのだが、湊さんと話しているとどうにも音楽の話ばかりになり、ついつい熱中して議論や質問を経て最終的に休憩なのに休憩にならないという事態が多発したため、今井さんの方からストップをかけられ今井さんと話すことの方が多くなったのだった。

 

「……それで、悠一さんは今の練習を見て何を思った?」

 

 今井さんとの会話が一段落したところで湊さんからそう切り出してくる。過去行われた時もだったが、この見て盗むという練習の際は休憩時間の一部をこうして結果の確認に使っていた。自分の隣では、翔馬も同じく氷川さんに思ったことを話している。さてでは自分は、と考え一つ思ったことがあったのを思い出す。

 

「ちょっと、練習の主旨からは外れるんだけど」

 

「何かしら」

 

「俺もバンドメンバー集めるべきだなって思った」

 

 その言葉に湊さんが首を傾げる。まぁ確かに、Roseliaの練習を見ていて、何故そんなことを思ったのかなんて説明しなければわからないよな、と言葉を続ける。

 

「前に俺が歌った時の動画、見せてもらっただろ?」

 

「あこが撮ったやつですね!」

 

「そうそう。あの時のと今の練習風景比べてて思ったんだけど、Roseliaの演奏ってやっぱり湊さんが軸なんだなって」

 

 自分の中でも抽象的だったものを頭の中でまとめていく。思い返すのは始まりとなったあのライブの日に感じたRoseliaに対する印象。

 

「なんていうか、個人的な感想なんだけどRoseliaの歌って気高く美しく、されど確かに感じる内に秘められた情熱……。そういうのを感じさせるんだよな」

 

「ほぇー……悠一さん、言い回しがかっこいい……」

 

「……な、なんだか、照れますね……」

 

 それに対して思いだすのは、宇田川さんが撮ってくれていた自分が歌った時の映像だ。あの時、自分の歌に引っ張られたRoseliaメンバーの演奏を思い出す。

 

「けど、俺の歌はこう、湊さんが称したように燃え上がるようなイメージだろ?それに引っ張られた皆の演奏は……技術が変わったわけじゃないのに、言い方はちょっと悪いけど、レベルが一段落ちた感じだった」

 

 そこまで言ってから、自分の言葉に違和感を覚える。今の表現は適切ではない。多分、自分が感じたのは、そう。

 

「湊さんの歌と一緒になることで一段レベルが上がったように感じるんだ。当然の話なんだけど、皆の演奏はRoseliaの演奏なんだ」

 

 だから自分には合わない。きっと最初から自分に合わせて練習していればまた話が違ったのだろうが、湊さんによって選ばれ、湊さんと共に練習を重ねてきた彼女たちの演奏では、自分と合わせた際と湊さんと合わせた際に差があるのは当然の話であった。

 

「だから俺の歌に合ったバンドメンバーをそろそろ探すべきなのかなって。例えば多分だけど宇田川さんは俺の歌にも合うし、あとギリギリ今井さんも合わなくない、と思った」

 

「あこは悠一さんの歌に合わせた時新鮮でけっこー楽しかったです!」

 

「アタシも、まぁ悪くないって感じたな」

 

「逆に、一番合わないのが氷川さんだと思う。彼女の演奏の強みは正確さから来る美しさだと思うから、言っちゃえば荒々しい俺の歌には合わない。白金さんは……微妙だけど、ピアノ由来だから綺麗な演奏だし合わないかなぁ……」

 

「私自身もそう思います。あの時の演奏を振り返ると、修正点がいつもより多かったように思います」

 

「……確かに……あの時は楽しかったですけど、合うか合わないかで言えば……」

 

「……と、まぁ俺に合うかの見立てはこんな感じだけど、湊さん的にはどう?」

 

 こちらの問いかけに、湊さんが目を閉じて思案する。それを待ちながらクッキーをつまみつつ、まつ毛なげー、なんて湊さんを見て思う。女性としてケアはしているのだろうが、化粧っ気はほとんどない。一応、今井さんという幼馴染によって分かりづらい程度にはされているのかもしれないが。

 そんなどうでもいいことを考えていると、湊さんの方も結論が出たようで、そうね、と一つ頷いて口を開く。

 

「全員の性格的にも、あなたの見立てで合っていると思うわ」

 

「……でしたら、乾さんに私がギターを教えるのはよくないのでは?」

 

 氷川さんがふと気づいたように言う。翔馬の方はここで話に自分が関わってくるとは思っていなかったのか、クッキーを頬張ったまま、え、と言わんばかりの顔をしている。

 

「私のギターが先ほど藍葉さんが評した通りであるならば、その私が乾さんに教えてしまうのはマズいのでは?」

 

 つまり氷川さんが教えることで翔馬のギターが先ほど合わないと称したものになってしまうのではないか、と氷川さんは危惧しているのだ。実際に、聞かせてもらっている翔馬の演奏は氷川さんと同じく正確さが目立つ。しかし、だ。

 

「それを言ったら翔馬は元々正確に弾くことを大切にするタイプだしなぁ……」

 

「ていうかだから俺は氷川さんに教えてくれって頼んだんだしな」

 

 今更、な話ではあるのだ。合わなくなった、というよりは元々合わなかったという可能性の方が高い。だから今それは問題ではない。そしてそもそもとして翔馬の場合はこちらの歌と合わない、ということはないだろうと思う。

 

「翔馬のギターは氷川さんのような正確さはあるけど、本人の性格的なのもあってノってきた時の演奏は荒々しいから……」

 

「熱く熱く燃え盛るように、けれど頭は冷静に、ってね」

 

 結局、氷川さんと翔馬では性格が違うのだ。だからそれぞれが持つ色は必然的に変わってくるという話だった。

 氷川さんの方も確かにそれなら問題がないと判断してくれたらしく、それ以上のツッコミはない。と、なるとこれから聞きたい話は最初は一人だったという湊さんからのメンバーを集めるにあたってのアドバイスになってくる。そのことを湊さんに告げれば湊さんはどこか困ったような顔をした。

 

「……Roseliaの場合、まとまるまでは色々あったけれど、最初は集めたというよりは集まったという感じだったからあまりアドバイスはできないわ」

 

「あー……そうか……」

 

「……けれど、その上で言うならば……そう、ね」

 

 少し考え込むようだった湊さんだったが、次の瞬間には真剣な顔になり、これから告げられることがバンドメンバーを集めるにあたって重要なことだというのが分かる。

 

「一緒に演奏した時の感覚を大切にしなさい」

 

「一緒に演奏した時の感覚……?」

 

「そう。いつもより上手く弾ける、自然と体が動く、何よりもそのメンバーともっと一緒に演奏したいという思いは重要よ」

 

 それはきっと、Roseliaが結成するにあたって大切な要素となったものなのだろう。湊さんがその言葉を発した時、Roseliaメンバーの誰もが真剣な目をしていたのだから。

 

「あなたの場合なら共に演奏することでより燃え上がるようなメンバーがいいんじゃないかしら」

 

「俺に合わせて、か?」

 

「ええ、下手に落ち着いた音のメンバーを入れて調整を図るよりは、あえてその方向性に振り切らせてバンドに強い個性を持たせた方がいいと思うの」

 

 そのまま他のメンバーも交えて今後組む予定の自分たちのバンドについてを話し合っていく。メンバーだけでなくオリジナル曲などの方向性もついでに。しばらくそれを話し合っていれば、クッキーも無くなりRoseliaの休憩時間が終わりになる。

 自分と翔馬に関して言えば今日の練習はここで終わりであり、そのままバンドメンバーについて話すもよし、今日見て学んだことを個人練習で確認するもよし、ということになった。せっかくなのでこのまま自分たちのバンドについて話すことにして、Roseliaメンバーに別れを告げて二人ファミレスへと向かう。

 時刻は午後三時過ぎ。先ほどおやつとしてクッキーも食べているため空腹でもなく、ドリンクバーと、一人用のフライドポテトを二人で分けることにして注文を済ませる。ドリンクバーで飲み物を用意し、注文したフライドポテトが届いた段階で改めて話を始めることにした。

 

「……さて早速だが翔馬にバンドに入ってくれそうな伝手はあるか?」

 

「まぁなくはない、が……」

 

 ちらり、と翔馬からこちらに視線が向けられる。そこに込められて意図を察し、溜息と共に言葉を吐き出す。

 

「俺の噂がネックか……」

 

「理由を話しても理解されないだろうしな」

 

 人の噂も七十五日、とは言うが。一度付いた悪評が消えることはまずありえない。少なくとも、噂自体は消えたとしても悪印象は残るだろう。事実、元からの友人はともかくとして、顔見知り程度の相手からのこちらに対する印象は良いものではないのが大半だった。

 

「理由があまりにも個人的だからなぁ……。100%悪いのが俺じゃあどうしようもない」

 

「と、なると高校時代の連中だな」

 

 流石に、同じ大学に行った高校時代の友人などそうそういない。なのでこちらに悪印象を持っていない相手となるとそういった頃の付き合いから探すしかなかった。

 

「じゃあまぁしばらくは高校時代の友人とかに声かける感じで」

 

「んで、いれば俺と悠一の演奏に一回混じってもらって調子を確かめる感じだな」

 

 バンドメンバーについての話し合い、ということでここに来たが結局今できることはそう多くなく、方向性を定めるのが精一杯だった。

 はぁ、と一つ溜息を吐いたあと、フライドポテトを一本、口へと運ぶ。ここ最近は個人的な練習を含めれば毎日が練習で、自身が成長していることに対する満足感や、日々自分を高められるという充実感に比例して疲れもかなり蓄積してきていた。Roseliaの休憩時間に関して湊さんにああは言ったが、見事にブーメランだったというか、そろそろ自分も息抜きを挟むべきタイミングだった。

 

「……お疲れだな」

 

「……まぁなぁー……。今まで努力してこなかった人間が、いきなり頑張り始めればそりゃ疲れますよ」

 

 実際、今まで惰性で続けてたことしかなく、空いてる時間は暇潰しに適当な何かで遊ぶくらいしかしてこなかっただ。時間を何かに割き続けるというのは、思っていた以上に疲れることだった。

 

「で、その頑張った成果はどうなのよ」

 

「まー……悪くないんじゃない?録音とかして自分で聞き直せば前と比べて少しずつだけど成長してるのが分かるし……それに最近ごくたまにだけど湊さんに褒められることもある。……うん、充実した毎日だよ」

 

 そうやって最近を振り返りながらいい気分でそう言えば、翔馬はやれやれと大袈裟なジェスチャーで呆れたような顔をする。いい気分を害されたために思わずしかめっ面になりながらなんだよ、と視線だけで問いかければ言わなきゃわからんのかと言わんばかりに大きな溜息を吐いてから、翔馬が口を開く。

 

「湊さんとの、恋愛、進捗いかが?」

 

「あっ」

 

 翔馬が言ってることを理解した瞬間、零れた声に翔馬は再び呆れたように大きな溜息を吐く。しかし今度はそれに文句が言えず、顔を逸らすことしかできない。

 

「お前、今の生活が充実してて、楽しくて正直忘れてただろ」

 

「……はい」

 

 流石に、自身の恋心を忘れるほど間抜けではないが、恋愛においては現状の湊さんと大量に話せる環境に満足して何も行動していなかった。確かに、いい加減動くべきなのだろう。このままの関係で時間が経過し、歌の師匠と弟子という関係性で固定されてしまうのが一番マズい。

 とは言っても初めての恋だ、そうパッと何かアイデアが思いつくわけもなくひたすら悩むしかない。そんなこちらを見かねたのか、翔馬が苦笑しながら口を開く。

 

「相談してくれりゃ協力はするからな。お前の初恋だ、応援ぐらいしてやるよ」

 

 ありがとう、と翔馬に礼を言おうとして、ふとあることを閃く。……相談……協力……。なるほど、それはありかもしれない、と一人頭の中でそのアイデアについて吟味し、いけると判断を下す。

 善は急げ、早速ある相手へと明日都合はつくか確認の連絡を飛ばす。いきなりスマホを弄り始めたこちらに翔馬は戸惑った顔をするが、とりあえず説明は約束を取り付けた後にすることにする。程なくすればタイミングがよかったのか連絡が返ってきて、了承の旨が伝えられる。となれば勝負は明日だ。そこでいい結果を出すためにも、早速お言葉に甘えさせてもらって、翔馬に相談することにし、結局その日は夕暮れほどまで明日以降も含めた今後の作戦会議に費やすことになった。



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#8.協力者を求めて

 ―――将を射んと欲すれば先ず馬を射よ、という言葉がある。

 

 大雑把に言えば目的を達成したいのであれば、まずその周辺のことから片付けろ、ということである。外堀を埋める、と言い換えてもいい。

 昨日同様ファミレス内にて。約束した相手を一人ドリンクで喉を潤しながら待つ。時間としてはやはり、待ち合わせ時刻より少し早い。マナー、という話ではあるのだが、それ以上に他人を待たせた、という事実が自分は嫌いだった。特に明確な理由があるわけではないが、単純に自分が納得がいかない、という話だった。

 待ち合わせ相手は、まだ来ない。曰くバイトの後になる、ということだったから引き継ぎ周りが遅れれば多少遅くもなる、とは予想しているので特に焦ることもない。

 

 ―――湊さんを攻略するにあたって。

 

 言い方は悪いが、彼女を攻略するのは些か難しいところがある、と個人的には思っている。彼女は何というか、人生のリソースをほぼほぼ音楽に割り振っているイメージなのだ。連絡先を貰い、多少なりともやり取りをするようになって分かったことだが、彼女は家に帰ってからもほとんど音楽関係に時間を費やしているらしい。そのストイックさは格好いいとは思うが、いざ彼女にこちらのことを恋愛対象として認識させるとなると大きな壁になってくる。なんてったって、恋愛に興味がないのだ。今のままでは恋愛よりも音楽、となるのが目に見えている。そこを無理矢理にでも振り返らせるのが男の見せどころだとは思うが……どうにも、それができるヴィジョンが自分には思い浮かばなかった。

 故に。自分は彼女を頼ることにした。

 

「いやー、ごめんごめん。お待たせしました」

 

「気にしなくていいよ今井さん。急に誘ったのはこっちだからな」

 

 そう、今井リサという湊さんの幼馴染。それが待ち合わせの相手であった。

 湊さんを自分一人では振り向かせることができないのであれば。必然的に必要なのは他者の協力になってくる。その中でも自分に伝手があり、かつ湊さんに大きな影響を与えられるとしたらRoseliaメンバー、特に幼馴染と最も関係が深い今井リサ、彼女しかいないのは明白だった。

 外堀を埋める、最終的にはRoseliaメンバーも巻き込めれば万々歳なのだが、何はともあれ最初に今井リサという少女をこちらの味方につける必要がある、と判断したために、こうして彼女と二人きりの状況を作り上げていた。

 

「それで、相談があるって話でしたけど、どうしたんですか?」

 

「まぁ、そうだな……」

 

 最初から本題に入るか、少し判断に迷う。だいたい、この協力要請についての結果というか、落としどころは見えている。そこから先を考えると、なるべくこの後の時間をとっておきたいところではあるのだが。

 ……急いては事を仕損じる。まずは焦らず落ち着いていくべきか、と判断して世間話から始めていくことにする。

 

「相談ってのは二つ。まず軽い方からな」

 

「オッケー」

 

 新たに今井さんがこちらの席へと来たために注文を取りに来た店員に対して、今井さんの分のドリンクバーと、あとは軽くつまめるものを注文する。昔、暇な時間をほとんどバイトに回していた時もあったのだ。ある程度の散財をしても平気な程度には懐に余裕があった。

 

「で、相談なんだけど昨日菓子作りを昔やってた、って話をしただろ?」

 

「そういえば、言ってましたね」

 

「んでさ、何でやめたかって言えばちょっと行き詰ったからなんだよね」

 

「行き詰った?」

 

「そうそう、まぁレシピ通りとかは余裕だし、多少のアレンジならできるんだけど。思いっきりアレンジを加えるのができなくてねぇ……」

 

 無論、嘘である。行き詰ったのは嘘ではない。ただ行き詰ったのは決して技術的なものではなく、精神的なものだ。お菓子作りはできるが夢中になれないし、さほど楽しむことができなかったのが本当の行き詰った理由だった。

 わざわざ嘘を吐くのは単純に見栄を張ったのだ。夢中になれることがなかった、なんて話、他人あまり言いふらすようなものではない。それに結局それは過去の話なのだ。今なら、お菓子作りも教えてくれているRoseliaメンバーに対する礼だと思えば多少楽しめそうな気もした。

 

「えーと……?」

 

「まぁ、確かに今のじゃどう行き詰ったか分かりづらいか」

 

 そうだな、とどうやらこちらがどういった点で行き詰ったかが分からなかったらしく首を傾げる今井さんに説明するために具体例を考える。少なくとも今後、真面目に再びお菓子作りには手を出す予定なので、本当に分からないところを確認する気ではあった。

 

「例えば、昨日今井さんが作ってきてくれたクッキー。あれをバニラクッキ―として少しだけ好みに合うようにアレンジするのはできる。でもそれを抹茶風味にする、方向性自体を変えるみたいなアレンジは苦手って感じかな」

 

「あー、なるほど……」

 

 今度はどうやらこちらの言いたいことが正しく伝わったらしく今井さんが返答に悩みだす。やはりこの後のことを考えると、この時間が惜しいようにも思うが、まぁ別に今日じゃなければならない理由はどこにもないのだ。初めて熱中できた音楽然り、湊さんに対する初恋然り。もっと焦らずゆっくりと進めるべきなのかもしれない。

 やがて考えがまとまったのか口に出された今井さんなりのアドバイスを、メモを取りながら聞いていく。そしてそこからそのまま、過去の経験を思い出しながら、お菓子作り談議に花を咲かせていく。

 そうやってしばらく会話が弾み、場が温まってきたと判断できるようになった頃。そこまで来て初めて、本題に入ることにする。

 

「……さて、そろそろもう一個の相談にいこうか」

 

「あ、そっか、まだ相談あったんだっけ」

 

 話が弾む中で元々練習中もよく話すこともあり、互いに友達と言える仲にはなったと感じていたため、今井さんの方からの敬語は自然となくなっていた。元々湊さんは敬語を使っていないし、大学では先輩はともかく浪人などで一個上の友人とかはそれなりにいる。そういった相手とため口で話すことも多く、年齢に応じて敬語が必須、という感覚は少なくとも自分の中では薄かった。

 

「一応、こっちの相談が本題になる」

 

「重要な話ー?」

 

「まぁ……そうだな。少なくとも俺にとっては重要だ」

 

 真剣な声音でそう告げれば、それに呼応してまた今井さんの表情も真剣なものになる。そんな彼女に対し、いざ本題を話そうとすると言葉に詰まってしまう。やはり、この話題は他人に話すのは気恥ずかしいと思いつつも、先に進めるためには必要だ恥ずかしさを精神力で握り潰し、今度こそ言葉にする。

 

「今井さんに、俺が湊さんと付き合うための協力がして欲しいんだ」

 

「……なるほど、ね。そういう話かー……」

 

 どうやら今井さんにとってこの話題は予想できなかったというほどのものではないらしく、さほど驚いた様子は見られなかった。けれどどう対応したものか困っているようなので、悩む様子をしばし見守りながら待つ。

 

「そうだなー……まぁ、悠一さんが悪い人じゃないってのは分かるよ」

 

「そりゃどうも」

 

「でもね……まずは一つ確認させて欲しいの」

 

 そう切り出した今井さんは、今までになく真剣な表情をしている。間違いなく、これから問われるのは重要なことだ。ともすればこれ如何では、今井さんの方から湊さんに対しこちらの練習を見ることをやめるように伝えられるかもしれない―――そんなことを脈絡もなく予感させるほどに彼女の放つ雰囲気は重く、真剣であった。ならばこそ、その問いに対し自分は誠実であらねばならないと、何を問われても正直に答える心構えを整える。

 

「……悠一さんが歌をやってるのは、友希那と近づくため?」

 

 ……その問いに思い返すのは始まりであるライブの日。あの日、Roseliaの音楽に憧れたのが先か、それとも湊さんに一目惚れしたのが先なのか。

 

「……少なくとも、始めた理由は憧れもあったし、湊さんに対する恋心もあった。湊さんに練習を頼んだのも打算がなかったとは言えない」

 

 言い出しっぺである翔馬なんかは、間違いなく打算ありで提案しているだろうし、それを察した上で乗ったのが自分であったのは否定できない事実であった。だからそこは正直に言うしかなかった。ただそれとはまた別に、現在の話になれば違ってくる。

 

「でも例え切っ掛けがそうであったとしても、俺は今、歌うことが楽しいし、上手くなっていくことも楽しい。不純なものがゼロとは言えないけど、それでも俺なりに音楽に対して真摯に、向き合っているつもりだ」

 

 そこまで言い切って、自らの思いを届けるように今井さんの目を見つめる。それに対する今井さんは探るようにしばし、こちらを見たあと、唐突に大きな溜息を吐いた。

 

「……ま、だよねぇ……」

 

「……え、っと、何がだよね、なんだ?」

 

「あんな風に気持ちのいい歌を歌える人が、友希那に近づくためだけに歌をやってるとは最初から思ってなかったって話だよ」

 

 苦笑しながらそう言い切る今井さんに、思わずはぁ、と気が抜けた返事が漏れる。ようするに、今井さんにとってはこれはただの確認作業でしかなかった、という話なのだろう。どうにも真面目に考えていた自分がアホらしくなる話であった。

 

「まぁ大事なところだからさ。確認しないわけにはいかなかったの」

 

「……そう、だな。確かにあれだけ歌に真剣な湊さんなんだ、半端な気持ちでやってたら失礼だもんな」

 

 一応、今井さんが何を危惧していたのかは、理解できる。あれだけ歌に真剣な湊さんに対して、ただ湊さんに近づくために歌を利用していたのだとしたら、それはあまりにも不誠実に過ぎる。今井さんにとってそれは何よりもまず明確にしなければならないポイントだったのだろう。

 

「さて、それじゃあそれを踏まえてなんだけど。アタシは悠一さんが友希那にアプローチをかけるのは邪魔しない。だけど協力もしない」

 

 そう余りにも自然な流れで放たれた言葉に、しかし驚くことはない。それは充分に予想できた返答だったからだ。そう、どうしようもないほどに単純な話としてである。

 

「俺に協力する義理はない、って話だよな」

 

「そういうこと。あんまり、優劣をつけるのは好きじゃないけど……悠一さんと友希那、どっちをとるかって言えばアタシは当然友希那を選ぶ。それが友希那の幸せに繋がるっていう確証がない以上、アタシは悠一さんを友希那とくっつける手伝いをするつもりはない、かな」

 

 完全に、予想通りの答えだった。元々、一番この返答が確立が高いと睨んでいたため、もちろんここからの対策はあるのだが、それでも一番楽な返答でなかったことに落胆せざるを得ない。

 湊さんと恋仲になるための外堀埋めとして、最初に今井さんを選んだのはただ強力な手札になるからではない。今こうして断られていることから分かるように、最も協力を取り付けるのが難しいからだ。彼女は幼馴染というのもあって、Roseliaメンバーでも一番湊さんのことを案じているのが短い付き合いでも分かる。だからこちらが湊さんのためになる、と提示できない限り、協力は得られないという難易度の高さだった。しかしそれは逆に言えば、彼女とさえ協力関係が築ければ今後、難しいことはそう多くないということだ。故に、どうにかして彼女と協力関係を、あるいはその前提となり得る関係を築きたいところだった。

 

「……俺の見立てでは、湊さんは歌に人生を賭け過ぎて、どこか不安定さがある。彼女の視野を広げるって意味でも悪くない話だと思うが?」

 

「確かに悪くはないんだけどねー。でも友希那は今、Roseliaを組んでから少しずつだけど変わってきてるし、焦る必要もないと思うんだ」

 

 手札を一つ切るが、これもまたあっさりと反論されてしまう。それも予想通りではあったが、こうなってくるとどうにもこれ以上何か手札を切っても無駄な気がしてくる。事実、それに、と続いて今井さんから放たれた言葉は致命的だった。

 

「申し訳ないけど、悠一さんである必要はないよね?」

 

 それは、どうしようもない事実であった。湊さんが恋人を作る利点は提示できなくもない。そもそも恋人云々を利点などで語るのがナンセンスであるのだが、他者の協力を得る場合であればそれは必要になってくる。しかし、結局自分、藍葉悠一が湊さんの恋人になる利点というものは存在しないのだ。人間関係など複雑で、必ずしもいい影響を与えるなどと断言できないのだから、自分である必要性など提示しようがなかった。

 

 ―――だから必要なのは今井さんの方が、こちらに湊さんと恋人になって欲しいと思わせること。

 

「……そういうことなら、提案がある」

 

「ん、どんな提案?」

 

 首を傾げる今井さんに何と伝えるかを考える。結局、予想通りの落としどころではあったため、既に何を言うべきかは決まっているのだが、その提案を飲んでくれるかは別だ。だから彼女が受け入れやすいのはどんな言葉か考えかけ、どうせ今後の付き合いで打算諸々はバレる可能性が高いのだから、何事も誠実に行くべきだよなと判断しストレートに伝えることにする。

 

「もし今後の俺と今井さんの付き合いで、今井さんに俺が湊さんに相応しいと思わせることができたなら、その時は協力してほしい」

 

「まぁ……それだったら、別に構わない、かな」

 

 その返答に言質はとったと内心ガッツポーズを決める。そしてそういうことであるならば善は急げ、彼女を納得させるための行動に出るべきである。何をするかと言えばシンプルであり、それはつまり。

 

「つーわけで今井さん、今からデートしようぜ!」

 

 そういうことである。




ギャルゲー風に考えると、友希那を攻略するには一週目でリサ姉を攻略してある必要があるイメージ。

そういや明日Roseliaのバンドストーリー二章追加だけど、基本的には拾わない方向で。組み込む想定でストーリー作ってないからね!まぁ使えそうな設定あったら使うけどさ。


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#9.デートタイム

 今回デートするにあたって。実はデートプランは考えてきていない。通常時であれば簡単なデートプランだけ考えて、あとはその場の相手の気分などを加味して適宜調整していくのだが、今回は突発的なデート、()()()()()()()()()()()。実際はこちらとしては予想通りなのだが、あまりそれを相手側に知られてしまうと掌の上で踊らされているように感じてしまい、不信感を与えてしまう恐れがある。そのため今回に限って言えば完全にノープランで臨んでいた。

 では改めてデートの方針を定めるとしてどうするか。最初に相手に行きたい場所を確認する、というのはよくない。今回は今井さんに自分が湊さんに見合う男である、とアピールするためのデートだ。仮に湊さんがデート相手だと想定した場合、間違いなく音楽関係の店にしか行かずデートも即終了だろう。それは自分も今井さんも理解しているところであり、だからこそ相手の行きたい場所に合わせるというのはアピールという観点から間違った選択肢になってくる。

 

「つーわけで、時間があるわけでもないからとりあえずショッピングモールで。個人的には服とかも見たいし……。そっちは何か見たいものある?」

 

「うーん、アクセサリとか見たいかなぁ……」

 

「じゃ、ウインドウショッピングって感じかな」

 

 簡単なデートの方向性を提示し、そこで相手の意見も取り入れてこちらがデートプランを定める。これならまぁ、湊さん相手でも問題ないデートプランの立て方である……と信じたい。正直女性によってデートでの対応など変わるし、そもそも今まで付き合ってきた相手を好きだったことなどないため、本気でデートプランを考えるなどこれが初めてである。内心、結構ビクビクしてたりするのだ、これでも。もちろん、そんなこと表には一切ださないわけだが。

 

「いやー……しかしまさかこんないきなり人生初めてのデートをすることになるなんてねぇ」

 

「え、初めてなん?今井さんモテそうだし彼氏いたことあると思ってたんだけど……」

 

「あはは、よく言われる。うち女子校だからさ、あんまり出会いがないんだよねー。バイト先にいる人も彼女持ちだったりするし」

 

 なんというか今井リサという少女は知れば知るほどその見た目とのギャップを感じる少女であった。その今どきの女子高生らしい容姿とは裏腹に、家庭的、気遣いが上手い、そして未だ彼氏無しだ。人を見た目で判断してはいけない、とはよく言ったものだと思う。まぁ人間どうあがいても第一印象はその見た目に依存するので不可能な話ではあるのだが。

 

「でもナンパとかはされない?」

 

「されるけど……知らない相手にいきなり言い寄られても、ねぇ?」

 

 まぁそりゃそうか、とは思う。自分だっていきなり女性に声をかけらたとしても、どれだけ美人であっても何も知らない相手では気乗りしないだろうと容易に想像できた。まぁそこらへん、翔馬はほいほいついていくのであろうが。

 

「あ、そういえばさ、一つ聞きたいことがあったんだった」

 

「ん?なんだ?」

 

 先ほど話していたファミレスからショッピングモールはさほど離れているわけではない。しかしそれでも歩いていくとなると多少時間はかかるため、話のタネになるのであれば質問も歓迎であった。

 

「ちょっとアレな質問なんだけど……悠一さんって、普通にアタシとか友希那は敬語なくなってるし、年下に何かを教わったりって抵抗とかなかったの?」

 

 それは言ってしまえば、年上としてのプライドはないのか、という話だった。確かに彼女の言う通り、アレな質問というか場合によっては喧嘩を売ってるととられても仕方ない質問であった。とはいえ、彼女がそんなことを考えるタイプではないことは理解しているし、単純に疑問だったのだろうとも思う。まぁあとは少しばかり、ファミレスでの話の通り、彼女なりにこちらが湊さんに見合うのかどうか人格面において判断する要素にしよう、というのもあるのだろうということは理解した。

 しかしそれを理解したところで答えが変わるわけでもない。正直に、思っていることを答えることにする。

 

「まぁぶっちゃけ、年上年下とかくだらねぇ、って考えてる」

 

「くだらない……?」

 

「おうさ。相手とどんな関係性だろうが、目的のためなら教わる必要があるなら教わるし、何よりその道の先輩で尊敬できるなら年下だろうが敬語も使うさ」

 

 まぁ年下相手にあんまり使い過ぎると相手が気にするからある程度したら外すけどな、と付け加える。

 年上としての矜持やプライドといったものがないわけではない。だから年下の前では格好つけたりもする。しかしそれはそれとして、相手が自分より何か上手いものがあるのならどんな相手であれ尊敬するのは自分にとっては当たり前だった。何故なら過去熱中できるものがなかった頃は、他人が何かに夢中になれているというだけで羨ましく、尊敬すべき事実に思えたからだった。

 

「まぁあとは、最終的には追い抜くから今は下でもいいや、みたいなところはある。最後に上回りゃいいんだよ」

 

「あははー、Roseliaはそう簡単に追い抜かせないからねー。……それはそれとしてその顔やめた方がいいよ。獰猛、っていうか凄い悪い顔になってる」

 

「えっ」

 

 真顔で突っ込まれた事実にショックを受けたりしながら歩いていればショッピングモールへと辿り着く。中に入れば適度な冷房が効いており、外を歩いたあとだと実に快適な空間であった。

 

「んじゃまずは一番近いアクセサリ店を目指しつつ、道中の店を冷やかしますかね」

 

「言い方」

 

 今井さんからのツッコミにはっはっはっは、と笑い声だけで返す。少なくとも、冷やかしであるのは事実なのだし、ウインドウショッピングなんて言い方を誤魔化す必要性を感じなかった。そんなこちらに呆れたのか溜息を吐きながら、歩き出したこちらに今井さんがついてくる。

 

「なんていうか、今日でだいぶ悠一さんのイメージ変わったなー」

 

「おん?」

 

「最初に会ったのが友希那を説得する時だったし、それ以降も会う時は練習で真面目に取り組んでる姿しか見てなかったから……なんていうか、意外と遊びがある?って言ったらいいのかな、そういう感じで実は結構びっくりしてる」

 

 あー、と言われてみれば確かに、今井さんがいる場においての自分は、真面目な姿であったように思う。休憩中なんかは多少違っただろうが、それでも頭の中には練習のことがあったため、今日ほどはっちゃけてはいなかった。

 実際のところ、こちらの方が自分の素であった。何かを全力で楽しむことができない、ならばせめてやることを少しでも楽しくしようと割と遊びが多くしてきたのが、今までの人生を通して形成された自分の素だった。

 

「ちなみに今までの俺のイメージはどんな感じだった?」

 

「うーん……友希那二号?」

 

「なんだそりゃ」

 

「音楽に対して真剣なところとか、休憩時間も二人だけにすると練習内容とかばっか話してたし」

 

 なるほどなぁ、と納得する。かつて湊さんには今隣にいる今井さんに似ている、と称されておりどうにも不思議な気分であった。あとそれはそれとして、好きな人に似ている、と言われてどうしようもなく嬉しくなってしまってもいた。実にチョロい男であった。

 

「あーあ、友希那も悠一さんぐらい余裕を持ってくれたらなぁ」

 

「ならやはり見本として俺を湊さんの恋人に」

 

「残念、それはまだ許さない」

 

 勢いでいけるかと思ったが、そんなことはなかった。今井さんに軽くあしらわれ、ちぇー、と軽く拗ねていればそんなこちらを見た今井さんに笑われてしまう。どうにも、年下に遊ばれている感じは悔しかった。

 

「それにしても、アタシの趣味に合わせたデートでいいの?友希那に見合う男かどうかを見せてくれるんでしょ?アタシはてっきり、友希那の趣味に合わせたデートができるかとかそういうのを判定するんだと思ってたんだけど……」

 

 それは確かに、自分も一度考えたデートプランではあった。目的は自分が湊さんに見合う男であることの証明だ。ならば短い付き合いでも湊さんが楽しめそうなデートプランを考案できるというのはアピールの一つではあると思っていた。しかし、である。

 

「今デートしてるのは今井さんだろ?だったらその今井さんが楽しめるデートじゃなきゃダメだろう」

 

 他の女性のことを考えて、今共にいる女性を蔑ろにするなど男が廃るだろう、という簡単な理由を以って湊さん向けのデートをするという案は却下されていた。まぁアピールだ云々ばかり考えて他のことにまで目が向かないのは余裕がなさ過ぎて格好悪い、という話である。

 

……不覚にもちょっとドキッとしてしまった……

 

「んあ、なんつった?」

 

「い、いやいやなんでも!さ、アクセサリ店着いたから入ろ!」

 

 まぁ実際はしっかり聞き取っているのだが。顔が赤くなっているのもあって察するのは容易かった。自分は鈍感系主人公ではないのだ。というかあいつら現実にいたら人としてヤバくない、と心配になるレベルであるので、そんなのと一緒にはなりたくなかった。

 一先ずは今井さんの方が聞かれたくなさそうだったので今はスルーしておき、あとで有効なタイミングでネタにしてやろうと考え、今井さんに続いてアクセサリ店へと入る。

 アクセサリ店の女性向けエリアなど、まず男一人では来ないし、過去彼女と来た時も興味がなかったため大してじっくりと見たことはなかった。しかし、こうして改めて見てみると煌びやかで中々面白いものであった。

 

「ほー……こうして見ると男向けとはやっぱデザイン違うもんなんだなぁ……」

 

「あれ、悠一さん、意外とアクセサリに興味ある?」

 

「実はあったりするんだなぁ、これが」

 

 基本的に、自分の服装は爽やか系というか、シンプルなものにまとめている。それは目つきや髪型からどちらかと言うと厳つい印象を相手に与えるためそれを緩和する意図があった。そのためあまりアクセサリの類はつけないのだが、興味が全くないというわけでもなかった。

 

「今井さんなんかは……こういうの、合いそうだよね」

 

「どれどれ……わっ、かわいー」

 

 今井さんに提示するのはパッと見は金属パーツの連なったシンプルなイヤリング。けれどよく見るとウサギの意匠が彫り込まれている。それはスレンダーな体型からスマートな格好いい衣服が似合いそうな彼女に合いつつも可愛らしさもある、そんなアクセサリだと思った。

 

「今井さん、ウサギっぽいデザインのアクセサリ付けてることあるし、好きなのかなーって」

 

「よく見てるね……うん、結構好きなんだ。だからこれも欲しいけど……うーん、ちょーっと高いかなぁ……」

 

 悩んでいる今井さんを尻目に、他にも今井さん似合いそうなものを探していく。個人的にはこういう店においては互いに似合うものを探したりして議論を楽しむものだと思っている。

 ちなみに、今井さんにアクセサリを買ってあげるという選択肢はない。相手にもよるが、少なくとも今井さんにおいては下手に高いものを買ってあげてしまえば負い目などを気にしてしまうタイプだと思っている。だから基本的に軽食を奢るとか、その程度の小さなことしかしないと判断していた。

 

「よし、今日は買わない!またバイト代出てから考える!」

 

「あ、終わった?じゃあ次これも似合うと思うんだけど……」

 

「わー、これもいいデザイン……って待って!買いたくなっちゃうからやめて!」

 

 どうやら無事自分は今井さんのセンスにあったものを持ってくることができているらしく、毎度持ってくるものに目を輝かせてくれる。どうにもそれが楽しくて次から次へとアクセサリを見繕って今井さんに買うかどうか悩ませる遊びが始まっていた。

 

「―――ああもう!今日は何も買わない!決定!ほらほら悠一さん、次のお店行くよ!」

 

「え、終わり?またいいの見つけたんだけどなぁ……」

 

 いいから、と背中を押され店の外へと連れ出される。まぁ湊さんに似合う男であると証明するまでは、またデートする機会はある。その時にまたおすすめして遊ぼうと決めて大人しく連れ出されるまま、店の外へと出る。

 

「そしたら次は悠一さんの服を見よっか。今度はアタシがいいの見繕ってあげる」

 

「そいつは楽しみだ」

 

 今井さんと二人、他愛のない会話をしながたショッピングモール内を歩く。たったそれだけのことなのに、どうにもそれが無性に楽しかった。過去、恋人とこうして歩いた時は何も感じなかったのに……いや、結局は心の持ちようなのだろう。それに気づけていれば何か違っていたのかもしれない、なんて今更な話であった。

 

「あ、この服可愛くない?」

 

「うむ、男の俺でも着れるタイプの可愛さ。しかし俺のイメージ的には合わないか……?」

 

 店に着いた途端、今井さんが手に取ったのは淡いピンク色に、謎のキャラクターがプリントされたパーカー。どうやらこの店はそういった少し癖のあるデザインをしたものが多いらしく、見れば同じキャラクターが別の構図でプリントされたものもある。

 

「別に今のイメージに合わなくてもいいんじゃない?ほら、新規開拓ってやつ」

 

「いや……うーん、趣味に合う……アリ……よし、アリだな。買うか」

 

「えっ、そんなあっさり?」

 

 結局、今の爽やか系のイメージは強面の緩和が目的なのだ。ならば可愛い系の服装も緩和の仕事ができるだろうと判断し、購入を決めれば勧めてきたくせに今井さんが驚いた顔をした。まぁ確かに、衣服というものは存外高い。しかしである。

 

「過去大学生活の暇な時間を全てバイトにつぎ込んだバイト戦士の財力を舐めるなよ……!」

 

「うーん、誇っていい内容なのか……」

 

 呆れた様子の今井さんを連れて店内を物色する。彼女が言ったように新規開拓であるため、ピンク系統のパーカーに合わせるためのズボン系や靴も持っていない。そこらへんも含めて選ばなければならなくなったので、そのまま今井さんを連れて何件か店を梯子する。

 ―――結局、その日は遅い時間まで買い物に費やし、外で夕食も済ませることになった。帰り道では勢いのままに買ったために、大量の荷物を抱えて歩くはめになったのだった。




次回、またちょっと時間が飛んで少しあとのお話。

なおRoseliaイベント30連したが来たのは何故か星四沙綾。
それはそれとしてついにリサ姉の声差し替えられたねー。なんというか、少し大人っぽいというか落ち着いたイメージ?そんで時々可愛らしく、って感じ。
まだ違和感覚えるけど、これはこれで良いので早く慣れたいところ。


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#10.先へと進む

 今日も今日とて、ひたすらに練習。

 

 特別なことなど何もない。何事も練習の積み重ね先に、結果はあるのだ。や、まぁ昔はその積み重ねができるほどの熱意がなかったわけだが。

 しかし今はそれだけの熱意を持っている。だから毎週末、Roseliaの練習に混ぜてもらってこうして技術を磨いていた。

 

「……だいぶ、よくなってきたわね」

 

「お、やったぜ。これで更に高みを目指せるな」

 

 上手くなった、ということはすなわち更に上手くなれるということである。少なくとも才能の上限に達しない限りはどこまでも上手くなれるのだ。努力は報われるとは限らないが、少なくとも努力し続ければ何らかの成長はあるのだから。

 

「もー、悠一さんストイック過ぎ」

 

「まぁ師匠がストイックだから……」

 

「……?私は別に、当然のことをしているだけだけど」

 

 リサと顔を見合わせ、二人揃って呆れの溜息を吐く。どうにも自覚がない湊さんの姿には不安定さしか感じない。音楽に関してはストイックに努力し続けて当然、という思考は正直理解はし難い。自分だってストイックではあるが、それは自身の成長に楽しさを見出しているからだ。湊さんのように努力することが当たり前というわけではない。あるいは、湊さんも歌うこと自体に楽しさを見出しているが、それを自覚できていないだけ、という可能性もある。

 まぁそこらへんは少なくとも今の関係性で自分が首を突っ込むところではない。今は幼馴染であるリサにそういったものを任せ、恋人となった暁には自分が面倒を見ればいい。

 

「……それにしても。やっぱり二人は随分仲良くなったわね」

 

「そりゃなぁ……」

 

 なんてったって、リサに湊さんに見合う男か見極めてもらうことになってから二か月ほど。未だにリサからは協力を認めてもらえず、幾度となくデートを重ねてきたのだ。今では普通に下の名前で呼んだりもする。呼び方を変えた当時はRoseliaプラス翔馬にかなり詮索されたものだった。

 

「あ、そういえば悠一さん。この後だけど途中で買い出し寄っていい?材料足りないのがあって」

 

「あいよ。となると俺んちに一番近いスーパーか?」

 

「うん、多分あそこならあると思う」

 

「……リサ姉と悠一さんって付き合ってるの?」

 

「おん?」

 

「へっ?」

 

 唐突にそう切り出した宇田川さんに、思わず二人揃って間抜けな声を上げる。見れば白金さんも興味津々という感じであり、氷川さんでさえちょっと気になっているようであった。だが翔馬、貴様は事情を知っているだろうに何をこちらを期待する目で見ているのか。

 ファック、と内心翔馬に中指を突きたてながらリサとの最近の様子を振り返る。ちょくちょく二人で出かけ、こちらの家にリサが遊びに来たこともある。そして今もこの後こちらの家に行く準備の相談をする、……なるほど、確かに傍から見ると恋人にも見える。

 まぁ実際は違うのだから否定しようとし、ふと悪戯を思いつく。それに対する湊さんのリアクションも気になるところなので決行確定と判断し、未だ顔を赤くしてリアクションを見せないリサの肩を抱き寄せて、笑みと共に口を開く。

 

「バレてしまっては仕方ない。実は最近付き合うことになってな。リサと俺は恋人だったりするのだ」

 

「ちょ、ちょっと悠一さん!?」

 

 騒ぐリサに目線だけで合わせろ、と伝える。返ってくる視線は非難がましいものだが、まぁそれでも黙ってくれるのだから仲良くなったものだ、苦笑する。とはいえそれも一瞬でそのまま演技を継続していくことにする。

 

「いやー、いつかは言おうと思ってたけど流石に恥ずかしくてね?」

 

「ど、どうしようりんりん!?なんて言うのが正解なの!?」

 

「……えっと……おめでとう、ございます……?」

 

「そうですね、祝福するのが正しいかと」

 

「そう、おめでとう、リサ、悠一さん」

 

「どうしようリサ、思ってた以上に当然のように受け入れられてネタバレのタイミングを見失った」

 

「自業自得でしょ」

 

 あまりにも自然に受け入れたRoseliaメンバーには困惑するしかない。特に、嫉妬とかそういう様子も見せずに湊さんが当然のように受け入れているのがショックだった。まぁまだろくにアピールもできていないから当然ではあるのだが。ただそれはそれとして腹を抱えて笑っている翔馬はあとで殴ることにする。

 とりあえず全員にちょっとした悪戯であったと説明して、誤解を解く。割と真面目に皆が嘘だったのか、と驚いたので今後リサとの距離感は気を付けなければならない。流石に、リサと付き合っていると思われたらそれ以降湊さんがこちらを男として見ることはなくなるとしか思えない。

 

「じゃあ悠一さんは今付き合ってる人はいないってことですか?」

 

「まぁそういうことになる。今年の三月ぐらいまではいたんだけど」

 

 普段は格好いいもの好きの、厨二病が入っている宇田川さんも流石に年頃の女の子。恋愛関係には興味津々らしい。そのままそこにリサや白金さんも加わって自分の過去の恋愛周りを根掘り葉掘り聞いてくる。タイミングの悪いことに湊さんからこちらに評価が下された段階で練習は一度休憩だ。湊さんや氷川さんが止めることもない。というかむしろ氷川さんは若干興味を示していた。

 やっぱり年頃の女の子だよなぁ、と思いつつ、個人的には楽しい話でもないので多少の脚色を加えつつ適度に期待に応えていくことにする。

 そのまま、話が進んでしばらく。少しずつ話が逸れてきてその内容が友人関係となった時。湊さんがふと思い出したように話を切り出す。

 

「そういえばあなたたちバンド仲間は見つかったの?友人から探す、と以前言っていたけれど」

 

 その言葉に自分と翔馬は微妙な反応しか返せない。一応、翔馬と方向性を定めてから探してはいたのだ。そうしてもちろん、見つけてはいる。いるのだが。

 

「ベースとドラムだけなんだよなぁ……」

 

「キーボードがいない……マジでいない……」

 

 二人でそれなりの数の友人にあたったし、その友人たちの伝手も使った。しかしどうにもやる気があってかつこちらの音楽の方向性に合うキーボード、となると全く見つけることができなかった。

 

「あなたたち、キーボードが必要な曲をやるの?」

 

「まぁ折角だから師匠をリスペクトしてってことでな、構成は合わせたい」

 

 こちらの言葉に、強弱の差はあれどRoselia全員が照れたような顔をする。可愛いところもあるよなぁ、とほっこりしつつ実際のところ打つ手なしという事実に困っていた。

 

「……アタシ、知り合いに聞いてみようか?」

 

「正直ありがたい。……けどメンバーは自分たちで見つけたいところはある。本格的に追い込まれたら頼むわ」

 

「キーボードなしは無理だしな。なんてったって悠一既に作曲始めちゃったから……」

 

「おまっ、それは言うなと!」

 

「あっ」

 

 翔馬に対しツッコミを入れるが時すでに遅し。キラン、という効果音が聞こえそうなほどに目を光らせた湊さんがこちらを見てくる。まぁ、そうなるよなぁと己の師匠の性質を把握してきているのでこのオチが見えていて、だからこの場で言いたくなかったのだ。

 

「見せなさい」

 

「いや、勘弁して……。恥ずかしいから……」

 

「作詞作曲経験のある私が面倒を見た方がいいと思うけれど」

 

「……最初は、自分たちで完成させたいんだ」

 

 もっともらしい理由を言えば、なんとか湊さんを諦めさせることに成功する。どうにも、師弟関係がはっきりしてきてから湊さんは自分を高めるの同様こちらを高めるのにも全力なようで時々困るレベルの時があった。

 

「それに何はともあれキーボードを見つけないと……」

 

「……本当に……もう当てはないんですか……?」

 

「あー……ない、とも言い切れないこともない、が……」

 

「随分と歯切れが悪いですが、どうかしましたか?」

 

 一つ、一つだけ翔馬にも言っていない伝手がある。相手側も、知っている人は少ない、と言っていたから翔馬は恐らくその人物がキーボードを弾けることを知らない。

 本来ならできるだけ使いたくない伝手なのだが、背に腹は代えられない。今回ばっかりは……いや本当に気まずくて本当に嫌なのだが。

 

「……悠一さん?」

 

「悠一さーん?」

 

 一人悩みこんでいると湊さんとリサに呼びかけられてしまう。流石に黙りこくってしまった時間が長かったか、と顔を上げ、全員を見回す。

 

「おう、どうしたよそんな困った顔して。そんなに厄介な伝手なのか?」

 

「……まぁ、うん、クッソ厄介というか、勝手に厄介と思ってるというか」

 

「はっきりしませんね。その人物とはどんな関係なのですか?」

 

「……元カノ」

 

「え?」

 

「……ちょうど今年の三月に別れたって話の、元カノ」

 

 

 

 

「あっはっはっは!いやー、しかし丁度元カノがバンドに必要な最後の一人になるとはね!」

 

「笑い事じゃないんだぞ、こっちは気まずさで胃がキリキリしてんだよ……」

 

 結局、そのことをRoseliaメンバーと翔馬に伝えた結果、元カノをバンドメンバーにスカウトすることになった。ただキーボードが弾けるだけ、というならこんな結論にはならなかったのだが、正直に全てゲロッた結果、何度か聞いた彼女の演奏がこちらの音楽の方向性にぴったりだったということまで全員に伝わってしまったため、湊さんにはっきりとスカウトしろと言われてしまった。師匠にして惚れた相手にそう言われてしまえばもはやノーとは言えない。かくして自分はかつてフッた相手をスカウトしなければならなくなっていた。

 未だに避けられてるんだけどなぁ……と、リサと二人練習終わり、こちらの家へと向かいつつ困っていると、リサが首を傾げながら口を開く。

 

「何がそんなに気まずいの?悠一さんの方から別れを切り出したとか?」

 

「あー……」

 

 どこまで説明したものか、と悩む。だいぶ情けない話になるし、そんな話をすれば湊さんに見合わない男と判断される可能性だってある。だから誤魔化すのがきっと正しい。……しかしそんな対応をしたくない、と思ってしまう程度にはリサとは既に仲良くなり過ぎていた。友だち相手にあまり、必要のないところで隠し事はしたくない。メリット云々の理屈で言えば誤魔化すのが正解なのだがそれでは納得いかないのが自分という人間だった。

 

「……今日の練習、俺のことストイックだって言っただろ」

 

「あー、言ったね、そんなことも」

 

「でも俺、音楽始めるまではそんなことなかったんだぜ」

 

「え、うそ」

 

 驚くリサにほんとほんと、と軽く返す。これから話すのは情けない話であり、かつ自分勝手なものだ。だからと言って暗く話す意味があるわけではない。少なくとも自分にとっては過去の既に済んだ話なのだ。だったら適度にネタにして話した方がいい。

 だからノリを変えることもなく、かつて自分が全てのことにやる気を見出せなかったことやかつて翔馬にも話した元カノと別れた時の話までしていく。

 

「えー……練習の姿見てるとあんまし信じられない」

 

「まぁ音楽、というかRoseliaに出会ってからは自分で驚くぐらい変わったからなぁ……」

 

 軽めに話したおかげか、リサから返ってきたリアクションはそれほど重いものではない。やはりこのくらいの方が当事者としては気楽でいい、と一人溜息を吐く。

 そんなこちらを気にすることもなく、リサは顔を赤くして、照れたように頭をかく。

 

「……でもRoseliaがそんな大きな影響を与えた、って聞くとやっぱ照れるなぁ」

 

「……ありがとう」

 

 そういえば目の前の少女はこちらに影響を与えたバンドの一人なのだ、と彼女の言葉で思い出したら自然とそんな言葉が口から零れていた。そういえば他のRoseliaメンバーにも礼を言っていない。どのタイミングで言おうかなぁ、なんて悩んでいると先ほどよりも顔を赤くしたリサが慌てているのが視界に入る。

 

「そ、そういういきなりなのは卑怯だって!」

 

「何がだよ」

 

「いきなりそんな落ち着いた顔でお礼を言うこと!」

 

 訝し気な視線を向けるこちらを気にすることもなく捲し立てるリサの言葉に、自分で自分の顔を揉んでそんな笑顔をしていたのかと確認する。もちろん、揉んだ程度でわかるわけもないのだが。完全に無意識に漏れた言葉であったため、自身の表情など全く自覚していなかった。

 

「まったく、いきなり年上らしさを見せてくるんだから……」

 

「失敬な、俺は普段から大人っぽいだろ」

 

「いやー、練習以外の時は……」

 

 そんな馬鹿な、と練習以外の時を振り返ってみる。……なるほど、確かにリサに友人判定が出てからはだいぶはっちゃけていて今日だって悪戯に巻き込んでいた。年上らしいところなど、ほとんどない。これは言われても仕方なかった。

 

「……ま、でもそういうことなら納得かな」

 

「なにがだ?」

 

「友希那に惚れたって話」

 

 質問に対する答えをもらっても話の流れが掴めず首を傾げる。いったいどこでそれに納得したのか、そしてそれが何の話に繋がるのかがわからない。少なくともリサは真面目な表情であるため、真面目な話になるのではあろうが。

 

「……よし、決めた」

 

 数歩テンポアップして少しだけ先に行ったリサが振り返ってこちらを指さして言う。

 

「友希那を振り向かせるの、アタシも協力する」

 

「え、いいのか?」

 

 唐突の展開に頭が付いていかず、口から思考がそのまま流れ出る。それにリサは笑って肯定の返事を返してきた。

 

「それはありがたいけど、急に何で」

 

「んー、まぁこれまでの付き合いで悠一さんの人となりはよくわかったし」

 

 そこで言葉を切ったリサは一歩こちらに距離を詰めてから悪戯っ子っぽい笑みを浮かべて言葉を続ける。

 

「単純な一目惚れじゃないって分かったからねー。アタシ的には納得できたから」

 

「……理由がよくわからん」

 

「アタシが納得したからいいの!」

 

 納得する切っ掛けの要素は分かったが、結局何故それが切っ掛けになったのかはわからない。わからないが、本人が納得したのであればそれでいいのだろう。自分も勝手に納得して勝手に進めることがあるためにそこにはあまり文句を言えない。

 とにかく、何はともあれ折角彼女が協力してくれることになったのだ、ならば改めて、と手をリサへと差し出す。

 

「そういうことなら、今後もよろしく、リサ。頼りにしてるぜ」

 

「存分に頼りにしてよねー。それじゃあよろしくねっ」

 

 二人、固く握手を交わす。かくして、リサとの協力関係は結ばれた。これからは本格的に湊さんにアピールしていくことになる。当然ながら好きな子へアピールしなければならない緊張はあったが、頼もしい協力者のおかげで不思議と失敗する気はしなかった。




ちなみに現状別にリサ姉は主人公に惚れてないよ!ほら、皆イケメンとか美女がいい笑顔とかしてたら見とれるだろ?そんな感じ。

あとこの段階でリサ姉が危惧してたのは友希那に一目惚れしたと聞いたから。一目惚れって見た目に惚れた、ともとれるからなぁ……。そら心配にもなりますわ。ただ数ヶ月といえどそれなりの密度を過ごしてれば情も湧くし、単純な一目惚れでもないってわかれば協力もするってことで。基本的に主人公視点だからリサ姉の心情の補足なー。


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#11.協力者

 さて、とメモ帳とペンを用意しながら呟く。目の前のテーブルには先ほどリサと二人で作ったお菓子が存在しており、それを挟んで向かい側にはリサが座っている。お菓子自体はRoseliaへの差し入れとして別にいくつか確保したのと、夕飯までの時間もあってそう数は多くない。だからあまり勢いよく食べればすぐなくなってしまうので、ゆっくりとしたペースでリサと二人、お菓子を食べていく。

 用意したメモ帳は、歌の練習の際にも使っているものなのでお菓子の欠片などで汚さないように気を付けつつ、何についてのメモか簡単な表題を記入する。

 

「というわけでリサ、湊さんにアピールするにはどうしたらいいか教えてくれ」

 

「いきなり他力本願かー……」

 

 呆れたように呟くリサだが、しかし待ってほしい。相手はあの湊さんである、ということを考慮してなければならないのだ。普通の女の子相手であれば自分一人でもアピールはできるし、他人に協力を頼むとしても好みを探る程度である。だが、である。

 

「あの湊さんだぞ?どうやったらこっちを男として意識するか、まったく見当がつかない……」

 

「あー……まぁ友希那はねぇ……」

 

 今まで何もしてこなかったわけではない。だが湊さんのあの音楽への真剣さ、それを無下にするような対応はできないため、必然的に練習時間はアピールなんかする暇もなく全力で練習に打ち込むしかなく、自分と湊さんの関係性では普段連絡をとるとしても話題にしていい反応が返ってくるものなど結局音楽関係しかない。つまり、音楽でしか湊さんとの繋がりがないのだ。

 

「というかそもそも、今湊さんの俺に対する認識ってどんなもんなの?」

 

「んー……そうだなぁ……」

 

 少なくとも、恋愛対象として見られていないのは自覚していた。彼女は練習の際、姿勢の修正などで何の躊躇いもなくこちらに触れてくるのだ。流石に異性として意識していればそこまでほいほい触ってくることはないだろう。だから嫌われてはいないが、恋愛対象ではないというのが自分の予想であった。

 と、いうのをリサに語って聞かせれば概ね間違っていない、と返事が返ってくる。間違っていてほしかった、と若干がっかりしつつも、でも、と続けられたリサの言葉に反応して意識をリサへと向ける。

 

「恋愛対象ではないけど、将来有望な弟子としては気に入ってるみたい。悠一さんの練習メニュー考えてる時とかけっこー楽しそうだしねー」

 

「うーん、複雑……」

 

 単純に師匠に認められているというのは嬉しいのだが、だからこそそこから男として意識されるのが難しいとも考えられる。まずは何にせよ、こちらのことを意識させなければどうしようもない感じだろう。

 

「なんかいいアイデアない?湊さんにこっちのことを意識させるさ、素敵アイデア」

 

「そんなのあるんだったら最初に提案してる」

 

 それもそっか、と後ろに倒れ込む。自分は今、一人暮らしではあるが、住んでいる場所は父方の祖父母の離れだ。だから家賃無しのくせに無駄に広く、こうして倒れ込んでも全く問題がなかったりする。リサも最初に来た時には驚いていたものだ。

 しかしそんなリサも何度かうちに来ており馴染んできたのか、倒れ込んだこちらを見て仕舞われていたクッションを取り出して放り投げてくる。

 

「お、さんきゅー」

 

「もー、だらしないなぁ……」

 

「自宅だからいーの」

 

 キャッチしたクッションを枕にしつつ横になる。こちらの人間性を向こうはある程度把握しているため、今更リサ相手に取り繕う気は全くなかった。

 

「考える気あるの?」

 

「きっとリサがいいアイデア出してくれるって信じてる」

 

「この……」

 

 イラッとした様子のリサであったが、その直後、あ、と何かに気づいたかのような声を漏らす。もしかして何か閃いたのか、と期待が生まれたために体を起こしテーブルの上のメモと向き合う。

 

「悠一さんもRoseliaの合宿きたらいいじゃん。歌の練習もできて友希那にアピールする機会も増えて一石二鳥!」

 

「あれ、湊さんから聞いてない?俺と翔馬、その話断ったぞ」

 

「え、うそ!?」

 

 それはそこそこ前に既に湊さんからされていた提案だったのだが、断ったのをどうやら湊さんは他のメンバーには伝えていなかったようだった。というかそもそも、湊さんは他のメンバーに話を通さずにこちらに提案してきていたのか。反対するメンバーはいないだろう、と判断されたのであれば嬉しいところではあるのだが、流石に無報告はマズいだろう。報連相は大事である。

 

「えー、なんで断ったのさー」

 

「まぁたまには俺たちのこと気にせずにRoseliaの練習に集中してほしかったのが一個」

 

「そんなの気にしないのに」

 

「湊さんにも似たようなこと言われたよ。……ただまぁ正直重要なのは他の理由」

 

「他の理由?」

 

 オウム返しに聞いてくるリサにそうそう、と頷いて返す。自分と翔馬の個人的な理由なのだが、譲れないポイントであったためにどうしても、と断った理由があった。

 

「―――夏休み中に、自分たちのバンドの練習に入る」

 

 それは、翔馬と相談して決めていたことだった。もし夏休みにメンバーが揃いそうもなかったら、Roseliaにも協力して探してもらうつもりであった。幸いにも、ベースとドラムは見つけたし、キーボードも自分が頑張れば多分、元カノが協力してくれる。また痛み始めた胃を抑えながら、もうすでに自分たちのバンドを組めそうな段階まで来ていることを改めて細かなことまで伝えていく。

 

「湊さんにもこの話はしてて、その上でそういうことであれば確かに折角の長期休暇だから自分たちの練習に入った方がいい、とも言われた」

 

「そっか……そういうことなら、仕方ないね」

 

 その事実を聞いて寂しそうな顔をするリサに、自分もRoseliaメンバーに馴染んだものだな、と苦笑する。他のメンバーもきっと、同じように寂しく思ってくれるのだろうし、あの湊さんですらも、この話をした時に少しばかりではあるが瞳が揺らいだのを覚えている。それは嬉しいことではあるのだが、だからと言ってこの決定を変えるわけにもいかない。Roseliaの練習に参加する機会が減るのはどうしようもないことだった。

 

「まぁ俺自身の技術もまだまだだから、Roseliaの方の練習に混ぜてもらうことがなくなるわけじゃないしさ」

 

「うん……」

 

「それに俺とリサは個人的な友達だからな。湊さんを振り向かせるのに協力してもらわなきゃいけないんだから、今後も会う機会は多いさ」

 

「……うん、そうだよね。悠一さん一人だといつまで経っても友希那に男性として意識されなさそうだし」

 

「おい、どういう意味だ」

 

 寂しさ全てを紛らわすことができたわけではないだろうが、それでも笑顔を浮かべいつものノリに戻ったリサにバレないように安堵の溜息を吐く。寂しそうなリサを見るのは辛かったし、そもそも寂しいのは自分もなのだ。Roseliaの練習に混ぜてもらうのは既に自分にとって日常だったために寂しくないわけがなかった。それでも憧れに手を届かせるためには仕方ないことであったし、そこでぬるま湯に浸かるように停滞していたらきっと自分は湊さんに向き合うことはできない。だからいい機会であるために合宿にも参加せず、夏休み中は自分たちのバンドに集中するつもりだった。

 

「あとは単純に合宿予定日が実家帰る日と被ってて……」

 

「あはは、それはしょうがない」

 

 単純にどうしようもない予定被りでもあったわけだが。

 まぁとにかく、夏休みからは自分たちの練習に入り始めるのだ。それはつまり湊さんと接する機会も減るということであり。

 

「だから湊さんの幼馴染であるリサさんの力を借りねばキツいのだ……!」

 

「そんな血涙を流しそうな勢いで……」

 

 苦笑するリサであるが、わりと切実に困っていた。今まで練習でそれなりに接する機会があったというのに全く進展がないのだ。その状況でそもそも会える機会が減るとか絶望感しかない。間違いなくテコ入れが必要であり、そのための知識を伝授してもらう必要があった。

 

「アタシ相手みたいにデートにでも誘ったらいいじゃん」

 

「湊さんが俺とのデートに応じてくれるか……?」

 

「こいつ、アタシ相手には堂々とデートに誘ってきたのに……」

 

 リサがいい感じにこちらに毒されて口が悪くなってきたなぁ、と思いつつも、リサと湊さんでは状況が違う、と言葉を放つ。

 

「いいか?当然の話だが好きな相手とそれ以外では断られた時のショックが違う。必然話を切り出すために必要な勇気も違うんだ」

 

「それはつまりアタシのことは異性として欠片も意識していないと?」

 

「うん」

 

「ちょっと殴らせてもらうから」

 

 リサに右肩を一発どつかれる。細腕の割にいいパンチをしていたせいで結構なダメージで右腕が痺れている。とはいえ煽ったのはこっちであるし、自業自得という話なので特に文句も言えずまぁ真面目な話、と話を本筋へと戻す。

 

「音楽以外に興味がなさ過ぎて機材とかの買い出し以外のお出かけには応じてくれなそう」

 

「あー……」

 

 目を逸らすリサに、やはり勘違いではなかったのか、と理解する。時間の無駄、とまでは言わないだろうがそれより練習に充てたいとかは言いそうなのが自分の中の湊さんのイメージだった。

 

「本当は教えてもらってるお礼も兼ねてデート誘いたいんだけど……」

 

「んー……それだったら意外と友希那も応じてくれるかも」

 

 マジで?と聞き返せばマジで、と返してくるリサ。一度買ってきてあった飲み物で喉を潤してからリサはその根拠を語ってくれる。

 

「それなりに渋ったりはするだろうけど、それでも筋が通ってる理由なら押せば多分デートに来てくれると思う」

 

「はえー……ちょっと信じられない」

 

「あれだよ、アタシたちが練習の時に休憩したいって言えば対応してくれるのと一緒。理屈が通ってれば流石の友希那も無下にはしないから」

 

 確かに過去、練習においてリサと二人で休憩にしようと理屈づけて話せば対応してくれた時はあった。どうやらそれと同じように理由がしっかりしていれば湊さんをデートに誘うこともできる、ということだった。

 

「だから今回なんかはどうしてもお礼をしたい、しないと練習中とか気になっちゃうー、とか言えば意外といけるんじゃない?」

 

「……そういうもんかぁ?」

 

「そういうもんなの。悠一さんは友希那を憧れとして見過ぎて、ちょっと美化しすぎなんじゃない?」

 

 そんなことは……なくもないのかもしれなかった。少なくとも自分よりも湊さんに距離の近いリサがそういうのだから、信憑性はある。もう少し、身構えずに気楽にいくべきなのかもしれない。それでも好きな人相手に全く身構えないというのは無理な話なのだが。

 

「もうちょっと……もうちょっとだけ気楽に……できたらいいなぁ……」

 

「まぁアタシは本気で誰かに恋したこととかないから、そこらへんの緊張はわからないなぁ」

 

 それは少し意外な言葉であった。高校生にもあれば大抵の人間がその大小に差はあれど恋を経験しているものだと自分は思っていた。少なくとも自分の周りの人間はそうだった。だからてっきりリサも恋をした経験くらいはあると思っていたのだが。そのことを問いかければあー、とリサは困ったような顔で笑う。

 

「アタシは友希那のことが心配でそのことばっか気にしてたから……あんまり、恋とかに気を向けてる暇もなかったんだ」

 

 昔の湊さんのこと、というとかつて孤高の歌姫と称されていた頃のことだろうか。確かに、動画で見かけたあの頃の湊さんの歌はレベルの高いものでこそあったがどこか不安定さを感じさせたように思う。きっと、最初に聞いたのがその頃の湊さんの歌であれば今のように自分が本気で音楽にのめり込むこともなかっただろう、と思う程度にはあの頃の歌は違うように思えた。

 

「じゃあ今は?」

 

「そもそも出会いがないから……」

 

「目の前に一人男性いるんですが」

 

「悠一さんは、ちょっと……ね?」

 

「とても傷つく言い方」

 

 一通りコントを挟んで少しばかり真面目な方向へ流れた空気をリセットする。結局、湊さんの不安定さは既に改善し始めた過去の話なのだ。だからわざわざ今話題にすることではない。

 とりあえず再び話を本題に戻し、如何にして湊さんとの関係を進展させるかを考える。

 

「まぁ悠一さんには頑張って友希那をデートに誘ってもらうとして」

 

「頑張る……」

 

「悠一さん、友希那とのデートプランって考えられる?」

 

 その言葉に、少し考え込む。ざっと簡単な流れを考えてみる……が、あまりこれだ、というのは思いつかない。Roseliaメンバー全員とファミレスに行ったようなことならあるから、飲食における好みなら多少は把握している。しかし結局のところ自分と湊さんの主な関わりは歌の練習であるために音楽関係以外での彼女の趣味、というものを自分はあまりにも知らなかった。

 

「……駄目だ、一般的なのなら考えつくけど、湊さん向けって考えるとどれも微妙に思える」

 

「アタシと出かけた時みたいにウインドウショッピングとかは楽器店ぐらいでしかできないからねー。そしたらアタシがいくつか、友希那の好みを教えてあげよう」

 

 おお、と少し身を乗り出しながらリサの言葉を待つ。もちろん、メモを取る準備も怠らない。

 

「―――実は友希那、かなりの猫好きです」

 

 それは実に耳よりな情報だった。それを知っているだけでデートコースの候補にペットショップが入ってくる。他にもいくつか、幼馴染だからこそ知っていてプライバシーの侵害にならない程度で湊さんの好みを教わっていく。実に有意義な時間であり、おかげさまでデートプランも形が見える程度にはなってきた。

 ある程度の情報を貰いこちらが頭の中でデートプランを練っていると、というか、と突然リサが切り出してくる。

 

「友希那と出かける想定でアタシと一回出かければよくない?」

 

「えっ」

 

「うん、けっこーいいアイデアじゃない?そしたら次暇な休日にでも行こっか」

 

「えっ」

 

 そんなこんなで、何故か湊さんとデートするためにリサとデートすることになった。いや、リサとのデートなど今更ではあったのだが。




残念、結局友希那とのデートはまだである!
繋ぎ回の今回を経て次回、再びリサ姉とデート。友希那とのデートはその後よー。


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#12.予行練習

 リサと家でお菓子作りをしてから数日。互いに暇な休日が被ったために約束通り、デートに行くことになった。基本的にデートプランはこちらがたて、それを実行しながらリサの方が湊さん向けに修正を加えていくというのが今回のデートの流れになる。

 毎度恒例、リサよりも早く待ち合わせ場所に来て一人SNSなどを見て時間を潰す。その最中、湊さんとデートしたい、という話なのに何故リサとデートしているのか、と一度悩んだがよく考えれば今更であることに気づき、じゃあいいかと思考を放棄する。

 

「―――っと、お待たせ!」

 

「おう、気にすんな」

 

 流石に時期的に汗をかく程度には暑かったが、それでも本格的な夏に比べればさほどでもないので特に待たされたことを気にはしない。そもそもリサより早く着くようにしたのは自分であるので文句を言えるわけもない。

 垂れてきた汗を拭うこちらを見て申し訳なさそうな顔をするリサが面倒なので、無理矢理、話を進めることにする。

 

「とりあえず今日はショッピングモールに行くぞ」

 

「また無難なところを選んだね」

 

 そりゃそうだろ、とリサに端的に返す。なんせこのデートプランの想定は湊さんだ。しかもあくまで彼女に対するお礼のための、という名目である。となればあまり彼女の時間を奪うわけにもいかないし、そもそも丸々一日かかる内容だと湊さんにおそらく誘う段階で断られる。練習の時間が全くなくなってしまうから、とかそんな理由で断られるのが目に見えている。だから周る場所を調整すれば所要時間の加減が効くショッピングモールが妥当だと判断した。それに、である。

 

「お礼のためのお出かけだって言っといて、水族館とか誘えるかよ。明らかに下心があるじゃねぇか」

 

「あー、異性として意識してますって言ってるようなものだもんね」

 

 あくまで師弟関係への礼であり、恋愛面の関係はないという体裁を保つためにはショッピングモール程度が丁度いいという話だった。

 そんな風にデート場所の選択理由を話していたりするうちに無事ショッピングモールへと辿り着く。自分も、リサもそれなりに汗をかく程度には暑さを感じており、軽く駆け込むようにしてショッピングモールへと入る。

 

「涼しいー……」

 

「生き返るぜ……あ、スポドリ飲む」

 

「貰う貰う」

 

 間接キスなど意識するほど初心でもないので、互いに躊躇いもなく回し飲みする。そうしてきっちりと水分補給を済ませてから改めて今日はどういう風にショッピングモール内を周るのか、という話に入る。

 

「とりあえず最初は楽器店に行くつもり」

 

「理由は?」

 

「無難だからってのが一つ。デート頭で躓いてそのあとが気まずくなるのは避けたいからな、確実に互いに話題がある音楽関係に行っておきたい」

 

 指を一本立てながら説明すればなるほど、とリサから返事が返ってくる。何時までも入り口で話しているわけにもいかないので、移動を開始しつつ、指をもう一本追加で立ててから追加で説明をするために口を開く。

 

「で、もう一個は単純に用事を済ませたい。いい加減、自分の機材とか欲しいから、湊さんとのデートはそれも兼ねるつもり」

 

「色気がないなぁ……」

 

「うっせー、さっきも言ったけど色気があっちゃいけないんだよ」

 

「それもそっか」

 

 そうやって話して入れば予定通り、楽器店へと到着する。流石にショッピングモール内、ということもあって些かその規模は小さく、以前教えてもらった街中に店舗を構える楽器店に比べると見劣りするように感じてしまう。ミスったかなぁ、と入り口で首を捻っていればそんなこちらに気づいたのか店内へ入ろうとしていたリサが足を止め、こちらへと振り返ってくる。

 

「どしたの?中入ろうよ」

 

「あー、や、入るけどさ。なんか思ってたより小さくて選択間違えたかなって」

 

 ああ、そういうこと、と納得したリサと共に店内へと入る。そして続いてリサはおもむろに近くにあった値札を指さしたため、それが、という意図を込めて目線を送れば実はね、と口を開く。

 

「ここって江戸川楽器店に比べると安いものが多いの。それに初心者向けのものも多いから悠一さんの目的には結構あってると思うよ」

 

 リサの解説になるほど、と納得する。言われてみればこのショッピングモールは家族向けの店舗が多い。だからこの楽器店もその客層に合わせて比較的取っつきやすいものを取り揃えているのだろう。確かにまだまだボーカル初心者である自分には向いている店なのかもしれなかった。

 

「そういうことなら、当日もここに行くのは決定でいいかな。ちなみに今日はどうする?買うものとかある?」

 

「あっ、そういえばベースの弦補給しときたかったんだ。ちょうどいいから買ってってもいい?」

 

 その確認に肯定を返し、二人で弦が売っている場所へと移動する。そこには弦だけでそれなりに棚が埋められており、その種類の多さにギターやベースに関して素人の自分は驚くしかない。

 

「あはは、驚いた?アタシもベース始めたばっかの頃はどれ買ったらいいか困ったものだったよ」

 

「いや……そうだよな、こんだけあっちゃよくわからねぇよ」

 

 いくつか手に取って見てみるが、袋に入っているということもあって違いなど全く分からない。例え袋に入ってなかったとしても分かりはしなかっただろう。世のギタリストやベーシストはこれらの違いが分かるのか、と妙なところで感心しながらリサが迷いもなく一つの商品を取るのを見つめる。

 

「俺……弦の交換って凄い面倒そうなイメージあるけど、実際どうなん?」

 

「んー……まぁそれなりに大変だけど、慣れちゃえばそんなに。結構パッパッとできるもんだよ?」

 

 それはリサが器用だからではないか、と少し疑いを持ちつつも結局は何事も慣れなのか、と納得する。

 一先ずリサに会計を済ませてもらい、楽器店にそう居座る理由もないので次の場所へと移動することにする。店から出て、次はどこ、と聞いてくるリサに対して予定では、と話し始める。

 

「書店だな」

 

「書店?友希那とのデートで?」

 

「俺が読んでる本の新刊がデート予定日に発売する」

 

 こちらが言った理由に明らかにリサがジト目を向けてくる。確かに完全に個人的な理由であるためそんなジト目を向けられるのも納得ではあるのだが、何も考えていないわけではないのだ。故にまぁ待て、と一先ずの弁明を試みる。

 

「いやね、ちょうど発売日だって言えば流石に湊さんも本屋ぐらい付き合ってくれると思うわけよ。だからそこでなんとか会話を膨らませて本の好みとか聞けたらいいなー、と」

 

「うーん、そういうことなら……」

 

 なんとか、微妙ではあるがリサよりOKサインが出たことでデートプランに無事本屋を組み込むことに成功する。次の新刊はだいぶ物語が盛り上がってきたところなので気になっていたのだ。珍しくできれば当日に買いたいと思う程度には。それに本屋を経由するのは別の理由もあるのでデートプランからあまり外したい場所ではない。

 そんなわけで続いて書店へと向かって二人で歩く。歩く間の話題は少し前へと戻り、再び音楽の話題。

 

「悠一さんはさ、何か楽器演奏したりしないの?」

 

「実は既にやっていたり」

 

「え、うそ!?なになに、どのパート!?」

 

 思っていた以上の食いつきに、若干身を引きつつも、もったいぶるように少し溜める。そんなこちらを早く早くと急かしてくるリサに、しょうがないなぁと答えを苦笑と共に発する、

 

「リサと同じベース」

 

「ほんと!?いいねいいね!実は友希那と紗夜見ててちょっと弟子がいるの羨ましかったんだ!だから今度教えてあげるっ」

 

 本当に予想以上の食いつきだったことに驚きつつも、今度な、と少し誤魔化した返事をする。やっている、とは言ったが過去翔馬が称したように練習しても中々上達せず、下手くそ過ぎてまだまだ基礎ができていないのだ。教われる段階ですらない、という悲しい状況だった。流石にその状態ではあまり人に見せたくない。

 そのため明確な約束を取り付けられる前に少し、話題の方向性をズラすことを図る。

 

「いやさ、翔馬と二人で背中合わせで演奏してみたいなー、とか思ってさ」

 

「あー、格好いいねぇ。アタシも今度紗夜とライブでやろうかな」

 

「そん時は見に行くよ」

 

「是非是非!……あ、ってことは悠一さんは最終的にベースボーカル目指すの?」

 

「うーん、バンドの方はもうベースのメンバー決まったし、バンドでやるかは微妙だなぁ……」

 

 そうやって他愛のない会話を繰り広げていると、気づけば書店近くまでやってくる。しかし今日は特に買いたい本があるわけでもなく、確認すればリサの方も用はないとのことでルートの確認のみ済ませてそのまま、次の目的地へと向かう。

 

「次の目的地は?」

 

「雑貨屋。そこで今までのお礼の品を買おうと思ってる」

 

 リサがなるほど、と答えて一度会話が途切れる。しかしそれは今更気まずく感じたりするほどの関係でもないので、特に気にすることもない。かと言って会話がないのもつまらないのでとりあえず、先ほど書店近くを通ったために思った疑問でもぶつけることにする。

 

「リサは小説とか読むのか?」

 

「実は恋愛小説は結構読んでる」

 

「女の子らしいなぁ……」

 

「そりゃ女の子ですから?そういう悠一さんは?」

 

 その問いかけに今まで読んだ本をざっと振り返る。そしてその統一性のなさに苦笑する。元々が夢中になれない質であり、それは小説に対してもであったのだ。わざわざ全作追いかけるほど好きな作家がいないのが、統一性のなさの理由だった。

 

「本に関しては雑食だったから……。ミステリーだろうが恋愛ものだろうがなんでも読んでる」

 

「へー、じゃあ最近読んだ恋愛ものは?もしかしたらアタシも読んでるかもしれないし」

 

「えーと、なんか長いタイトルだったんだよな……。あ、そうそう『君に恋をするなんて、ありえないはずだった』って作品」

 

「それアタシも読んだ!結構面白くなかった?」

 

「ああ、あれは王道的な設定だったけど、既視感なく読めて嫌いじゃなかったなぁ……」

 

 そのまましばし恋愛ものの小説について雑談する。自分の方が恋愛ものの読書量が少ないため基本的にはリサの方からおすすめを聞く形になるが、それでも彼女はレビューがそれなりに上手く、興味をそそられる楽しい会話となる。

 しかしそれも道中、あるお店の前に着いたため中断することにする。雑貨屋にはまだ着いていないために、その段階で足を止めたこちらにリサが首を傾げる。そんなリサに親指である店を指し示し視線を向けさせ何故止まったかを説明する。

 

「実はですね、このルートだとそこの店が道中にあるんですよ」

 

「―――ペットショップ!」

 

「いえーす!」

 

 そう、わざわざ書店をデートプランに組み込んだのはこれが理由だった。書店から雑貨屋に向かう途中にはペットショップが存在している。湊さんはリサ曰くバレバレでこそあるものの、猫が好きということ隠しているらしい。なので最初からペットショップ行こうと言っても誤魔化されてしまう可能性があるので道中偶然見かけたので気になった、という体で連れて行こうという魂胆だった。

 

「そういうことなら書店に行くのは大事だね」

 

「だろ?ちなみに今日はペットショップ、寄ってくか?」

 

「うーん……今日はいいかな。友希那と来た時に楽しみなよ」

 

 そういうことなら、と再び雑貨屋に向けて歩き出す。ペットショップと雑貨屋はそう離れておらず、犬派か猫派か、なんて話していればすぐに到着する。

 

「何買うかは決めてるの?」

 

「まぁ一応は。当日の湊さんのリアクションとかで変えるかもしれないけど」

 

「あ、今日買うんじゃないんだ?」

 

「まぁな。当日オフの時の湊さんに触れてから決めたいから」

 

 そのため今日は何も買うわけではないので雑貨屋自体には入らないで済ませる。とはいえ今日は暇な休日であり時間はまだまだある。一旦、フードコートの方へ移動し、外の暑さに合わせてアイスを買ってきて適当な席につく。

 

「リサのそれ、味何?」

 

「サニーヨーグアップルってやつ。リンゴとヨーグルトだね」

 

「ほー、美味そうだな。俺のチョコミントあげるから一口ちょうだい」

 

「いいよー」

 

 互いにアイスを分け合いながら少し休憩する。その間の話題は、自然と先ほど中途半端で終わったお礼として買うものの話になってくる。

 

「それで、一応決めてるものって何なの?」

 

「とりあえずはアロマキャンドルとかがいいかなって」

 

「アロマキャンドル?使っちゃったらなくなっちゃうけどいいの?」

 

 リサが言いたいのは形の残るものでなくていいのか、ということだろう。まぁ確かに自分が送ったものを好きな人に持っていてもらってそれを見ることでこちらのことを思い出してもらう、というのはよくある話だ。しかしそれでは些か重い。あくまで今回はお礼であり、恋人に送るものではない。であるならばずっと形が残るようなものよりもアロマキャンドルのようなしばらくは残るが使っていれば何時かはなくなってしまうものが適度だと思う。

 まぁようするに物と自分をリンクさせて相手に意識させるのは些かがっつき過ぎではないか、という話だ。がっつくのはちょっと、男として格好悪いという話である。

 という理由を後半のがっつく云々の部分をぼかしながらリサに説明する。その説明にリサの方もなるほど、とこちらのアイスをスプーンで勝手に一掬いしながら納得する様子を見せる。

 

「確かにただのお礼って考えるとそれくらいの方がいいのかもね」

 

「さっき一応売ってるのも確認したし、一先ずはそれでいいと思う。アクセサリとかキーホルダーみたいなのを送るのはやっぱもうちょい関係が進展してからにするわ」

 

「うん、さっきの理由聞いたらアタシもそっちの方がいいと思う」

 

 リサの承諾が得られたことに安堵する。自分なりに湊さんのことを考えて作ったデートプランであるが、より湊さんについて詳しいリサには一蹴される可能性もあった。それがなかったのは、少しばかりの自信にも繋がる。自分も多少なりとも湊さんについて理解してきている、という自信に。

 

「ていうか悠一さん、結構友希那のこと理解できてるじゃん」

 

「まぁ色々リサに教わったからな」

 

 それはお世辞でもなんでもない本心からの言葉だった。今日の予行練習を決めた日以降も何度か連絡をとり、その度にリサから湊さんについての話を聞かせてもらっていた。だからこそ今日のデートプランが組み上がっているのだ。リサがいなければこんなデートプランは組めなかっただろう。それ故に自分はリサには多大な感謝をしていた。

 

「ありがとうな、おかげさまで何とかデートが成功させられそうだ」

 

「頑張りなよー?アタシが協力したんだからしっかりと友希那のハートを掴むように」

 

 ―――その何とはなしに笑顔で放たれた言葉に、一瞬だけ胸が締め付けられるような感覚を覚える。しかしそれが何が原因なのか全く見当がつかず首を傾げるしかない。どうにも同じではないが似たような感覚を以前感じた気もするのだが。

 結局。そのあと残りの時間はリサと普通に遊んだのだが、その一瞬の感覚がしこりとして頭に残り続け、純粋に楽しむことができなかった。



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#13.彼女との、デート

「うぇぇぇ……緊張で吐きそう……」

 

 先日リサと待ち合わせたのと同じ場所。それが湊さんとのデートの待ち合わせ場所であった。

 好きな人との待ち合わせがここまで緊張するものだとは思わなかった。なんてったって二人きり、デートなのだ。いや、説得の都合上湊さんにはただ二人で出かけようとしか言っていないのだが。それでも、シチュエーション的にはデートなのだ。緊張しないわけがない。

 リサとの予行演習からは一週間以上経っているが、その間に大学では元カノの説得もあったし、今日の緊張も加えれば既にだいぶ胃がヤバい。このデートが終わったらゆっくり胃を休ませてやるんだ……なんて、ちょっと死亡フラグっぽいことを考えながら湊さんを待つ。

 今日に関して言えばいつも以上に早く集合場所に来ている。格好つけとかではなく、単純に家でじっとしていられなかっただけなのだが。ただまぁそんな理由もあって時間だけは無駄にある。湊さんが落ち着くまでの時間はあるだろう……そう思いながら時計を確認すれば存外既に時間はない。待ち合わせまで五分程度、というところだろうか。マズい、落ち着く前にだいぶ時間が経過している。時間が欲しい時に限って人間は時間の経過を早く感じるよなぁ、なんて困っていると視界にふと銀色が映る。それを認識した段階で意識を切り替え、緊張を表に出さないようにする。やっぱり、好きな女の子の前では格好つけたいよな、というお話だ。

 

「こんちわ、湊さん」

 

「こんにちは。……あなたは、何時も早いわね」

 

「他人を待たせるの嫌いだからなぁ……」

 

 できるだけ普段通りを装って湊さんと会話する。バレてないよな、とちらりと湊さんの様子を伺えばチラチラとどこかに何度も視線を向けているのが分かる。湊さんに気付かれないようにその視線を辿れば、それが向けられていた先はこちらの腹部。はて、変なところでもあったか、と思い改めて自身の着ているパーカーを確認すれば……なるほど。

 今自分が着ているパーカーはかつてリサと出かけた際に買ったうちの一着であり、薄いピンクの半袖パーカー。そして腹部には謎のキャラがプリントされている。その謎のキャラ、実はちょっと猫耳らしきものがあったりとどこか猫モチーフっぽいところがある。それが湊さんが視線を何度か向けている理由だろう。

 猫自体ではなく、この微妙に猫っぽいキャラでもいいのか、と思えば湊さんの視線はどちらかと言えば困惑……そう、猫判定を出すか否かで悩んでいるような風に思える。まぁ確かにこのキャラクターは猫がどうか凄い微妙なラインだよなぁと納得する。

 

「……それじゃあ、行こうか」

 

「……っ、ええ、そうね」

 

 リサから湊さんは猫好きをおおっぴらに認めてはいない、と聞いている。だから今回の視線には触れずにおいてとりあえず移動を開始することにする。

 今日はこないだリサとデートした時ほど空が曇り気味なのもあって暑くはない。そのため、ゆったりと二人並んで歩くことができる。

 

「今日はどういう予定なのかしら?」

 

「ん……とりあえずは前に言ったように湊さんへのお礼を買うのが目的。あとは買いたいものとかがあるからいくつか店に寄って、道中気になる店があればそこによる、って感じで」

 

 今回の予定は結局、リサからの修正はなかったために全く変わってはいない。あとはアドリブで多少の変更があるかどうかだろう。問題があるとすれば湊さんがどれくらいペットショップで時間を食うかだろうか。リサ曰く呼びかけないとずっと見ている勢いらしいので気を付けなければならない。

 

「そう……。どうしても、というから付き合うことにしたけれどできれば手早く済ませてちょうだい」

 

「了解、ストイック師匠」

 

「待ちなさい、何なのそのあだ名は」

 

 しつこく食い下がってくる湊さんを軽くあしらいながらショッピングモールへと向かう。流石の湊さんでもストイック師匠は不満だったらしいが、まぁこちらとしてはあまりにもしっくりきてしまったのでこのまま使い続けようと思う。今度Roseliaとの練習でも使ってみようと思う。少なくともセンスが近いリサや翔馬にはウケがいいだろう。

 文句を言う湊さんに時々煽りも交えつつ対応していればすぐにショッピングモールまで辿り着いたため、とりあえずそこで話を無理矢理に打ち切り、不満げな目で見てくる湊さんを軽くスルーしつつ最初の目的地であるショッピングモール内の楽器店へと入る。湊さんの方はこちらが最初に楽器店に行くとは思っていなかったのか不満げだった視線を疑問を込めたものに変えて見てくる。確かに、自分が誘った時はまるで今回は音楽を切り離したような内容かのような口ぶりだったから意外ではあろうな、と思いつつ軽くこちらの意図について解説することにする。

 

「ほら、前にいい加減自分の機材欲しいって話をしただろ?いい機会だから湊さんが一緒の今日選ぶの手伝ってもらおうと思って」

 

「そういうこと。けれどそれなら江戸川楽器店の方が良かったんじゃない?」

 

 リサにも言われたなぁ、と思い出しつつ流石にデート中に他の女性の話を出すのは無粋だなと考えて苦笑するのに留める。まぁリサなんかは湊さんにとっては幼馴染なので話題として出してもいいとも思うのだが。多分Roseliaメンバーなんかもセーフ。とはいえそこらへんはこちらの勝手な意識として話題には出さない方向でいく。いやだって自分は湊さんから他の男の話出されたら嫌だし。つまりはそういうことである。

 

「いやなんかな?こっちの方が立地上初心者向けが多いみたいでな」

 

「なるほど、私は機材にもこだわってるから初心者向けとかには興味がなかったし、知らなかったのも当然ね」

 

 ま、受け売りなんですけど、と内心で呟く。流石に湊さんも受け売りなのは察しているかもしれないが、言わないでくれるならありがたくそれに乗らせてもらう。……いや、湊さんの場合割と遠慮なく突っ込んでくる気がするので本当に気づいていないのかもしれない。そう考えるとなんだか騙しているような気がしてきて申し訳なくなってくる。それでもわざわざ言う気はしないのだが。

 

「それで、今日は買うの?」

 

「うーん、流石に高くてパッとは買うのがきついから……とりあえず見繕ってもらうだけにしようと思ってる」

 

「それじゃ近いから最初はエフェクターから見ましょうか」

 

 入店してから偶然いた位置に近かったエフェクターのコーナーから見ていくことにする。流石に、音楽周りのこととなると湊さんも自分もスイッチが入ってしばらくただただ真面目に選ぶ時間になってくる。

 そのまま議論し続けて数十分、何とか話がまとまり自分が買うものがリストアップされる。そのどれもが値段の割に質のいいコスパがいいものになっている。本当に湊さんに手伝ってもらって大正解だなぁ、としみじみ思いながら一先ず楽器店を後にする。

 

「……しかしあれだけ議論しときながら何も買わずに出るって度胸がいるな」

 

「店員さんも話に参加できなくて困っていたようだし……申し訳ないことをしたかしら」

 

 議論中、何度か店員さんが選ぶのを手伝ってくれようとしたのだが、知識量は当然ながら足りていても残念ながら熱意が足りなかった。勢いよく語るこちらに完全についてこれていなかった。その上で何も買わなかったのだから質が悪い。流石に次来た時に買う、とはっきり言ったから次回の来店で嫌な顔をされるということはないだろうが……多少なりも気まずく感じるだろうな、と溜息を吐く。

 

「まぁちゃんと最終的には買うからそれで納得してもらうってことで」

 

「そうね、いいんじゃないかしら。……それで次はどこに行くの?」

 

「完全に俺の都合だけど本屋。道中気になるものあったら言ってな」

 

 それを言えばそもそもこのデート自体がもうこちらの都合であるわけだが、それを言ったらお終いなので考えないようにする。まぁそもそも恋愛なんて感情の押し付け合いな側面もあるのだ。どちらかの都合、なんて考えていたらアピールすらできはしないので気にしはしない。

 湊さんと二人で本屋に向かって歩く。もう正直こうやって二人並んで歩けているだけで割りと浮かれそうなのだが、最終的にはこれを当然のようにできる関係になることだ。ここで納得するわけにはいかない。

 

「そういや湊さんはさ、本読むの?」

 

「それなりに読んだりするわ。目的が作詞の参考にするためだから作者にこだわってとかではないのだけれど」

 

「お、存外読み方似てるかも。俺も作者とか気にせず読むから」

 

 湊さんと最近読んだ本について話す。湊さんは作詞が目的だけあって全体的に作風がRoseliaに合う作品を多く読んでいるようで、中には自分が知らないような作品もある。今度それを読んでみるか、と思いつつ逆にこちらから本も幾つかおすすめしておく。作風自体はRoselia向けではなくても言い回しなどが特徴的で作詞の参考にできそうなものだったり、単純に面白かったものだとか理由は様々ではあるが、どれも結局根底にあるのは共通の話題が欲しいという我欲なのだが。

 

「恋愛ものなんかは?」

 

「あまり読まないわね。Roseliaに向いていないから」

 

「まー、恋愛なんかより音楽、って感じだからなぁ……」

 

 まぁだからこそ困っているわけだが。いや本当に湊さん恋愛に興味なさそうで困る。本当にこれ、恋人になれるのかと多々不安になる。それなりに上手くいっている方ではあるとは思うのだが、どうにも終着点が見えないのだ。

 

「……お、あったあった」

 

 湊さんと会話しつつ、頭の片隅でそんなことを考えていると無事書店へと着き、目的の新刊を見つける。それを手に取り、一先ず湊さんには待ってもらってレジへと並ぶ。時間帯が悪かったのか少しばかりの列がレジの前には形成されており、会計までにいくらか時間がかかってしまう。

 待たせてしまって申し訳ないことをした、と軽く早足で会計を済ませたあと先ほど湊さんと別れた場所に戻るがはて、そこには湊さんがいない。まぁそう広いわけでもない書店故に探せばすぐに見つかるだろうと判断されたのだろう、本でも物色しているのかもしれないと考え少し辺りを見回せば……いた。彼女の銀髪は目立つし、何より好きな人を見つけることなど容易い。雑誌コーナーの一角で何かを読んでるようで、興味が湧いたので気づかれないようにそっと後ろから覗き込む。

 

 ―――猫についての雑誌だった。

 

 思ってた以上に猫好きのようであった。これをネタにからかってもいいのだが……まぁ流石に彼女の好きなもので弄るというのはあまり気分のいいものでもない。それに隠しているのならここで指摘してしまうのも無粋だろうと考え、今見つけたばかりである、という体で話しかけることにする。

 

 

「おーい、湊さーん」

 

「っ、な、何かしら?」

 

「や、買いたかった本買えたから次行こうかと思って。もう行ける?」

 

「ええ、問題ないわ。早く行きましょう」

 

 体で先ほどまで読んでいた雑誌を隠しながらこちらを急かす湊さんを可愛いもんだなぁ、なんて呑気にも思いながら急かされるままに書店から出る。この後ペットショップに寄ったらどんな反応をするのだろう、なんて楽しみにしつつそのペットショップに向かって歩き出す。

 

「次は雑貨屋行くぞー。そこで今日の目的を達成する」

 

「雑貨屋、ね。あまり縁のない場所だわ」

 

「行かないのか?」

 

「最初から何を買うかを決めて行くことはあるけど、リサみたいに置いてあるものを見て楽しむ、ということはないわね」

 

 ペットショップに寄ることは伏せつつ、雑貨屋へ向かうふりをしながらその雑貨屋について話をする。リサなんかは雑貨屋で小物を見るのが好きだったりするのだが、幼馴染という割には湊さんとリサはあまり趣味が似ていないと思う。普段どういう会話してるのかなぁ、なんて考えていればペットショップが視界に映るほどの距離になってくる。ついに来たか、と思いつつ上手いこと湊さんをペットショップへ誘導しなければ、と腹をくくる。まぁ偶然気になった、というのが無難だろうか。そう考え如何にも今気づいたという風にあ、と声を漏らす。

 

「ちょっとさ、そこのペットショップ寄っていかない?」

 

「ペットショップ?」

 

 提案した瞬間、目元が少しだけ動いたのを見逃さない。本当にいい反応をしてくれる、と思いつつそれを表情には一切出さずそれっぽいことを適当に言っていく。

 

「そうそう、ちょっと動物見たい」

 

「まぁあなたがそう言うなら構わないけれど……」

 

「よっしゃ、そういうことなら行こうぜ」

 

 あくまでこちらが言うから、という体にする湊さんに内心では苦笑しつつ二人でペットショップへと入る。さて、猫にデレデレする湊さんを存分に楽しませてもらうとするか―――

 

 

 

 ―――なんて、思っていた時期が自分にもあった。

 

 

 

にゃー……にゃー……

 

「流石に長過ぎやしませんかね……」

 

 ガラス越しの猫を見ながら小声で猫の鳴きまねをする湊さんを見ながら呆れた声が漏れる。もちろん、来たばかりの時はすぐに猫に夢中になった湊さんを可愛く思ったものだが、流石に数十分は長い。見ろ、店員まで困ったような目で見ているではないか。どうにも幸せそうな湊さんの邪魔をするのは気が引けるが……予定の時間をオーバーし過ぎている。声をかけなければ数時間でも見てる、というリサの言葉は本当だったんだなぁ、と思いつつ恐る恐る湊さんに声をかける。

 

「あのー……湊さーん……?」

 

「……っ、……!…………なにかしら」

 

 こちらがいたことを今思い出した、と言わんばかりに驚いた湊さんは顔を真っ赤にしたあとしばしどうしようかと戸惑ったあと、何事もなかったかのようにいつも通り振る舞う。もちろん、顔は赤いままであるし、誤魔化しようもないわけだが……まぁそっとしておいてあげるのが優しさだろうか。黙っているこちらに何を思ったのか目が泳ぎ始めた湊さん相手に苦笑しながら一つ、提案する。

 

「……雑貨屋、行こうか」

 

「……そうしましょう」

 

 珍しい表情豊かな湊さんが見れた、とこっそり満足しながら再び雑貨屋へ向けて歩き出す。道中、湊さんの方が恥ずかしがって黙り込んでしまうが、まぁこちらとしては可愛い湊さんが見れて満足であるので、そんなに沈黙も気にならない。

 二人静かに歩いていると、そろそろ落ち着いてきたらしい湊さんが雑貨屋が見えた辺りで口を開く。

 

「買うものは、決めているのかしら」

 

「一応は。湊さんの要望も参考にして多少変えようかなとは思ってるけど」

 

「そういうことなら実用性のあるものが欲しいわね。あまり飾るだけのものは好まないわ」

 

 猫関係なら何でも飾りそうだけどな、と口を突いて出かけたのを直前で堪える。また照れる湊さんを見れるのは嬉しいが、折角話せる機会なのに会話が減ってしまうのはもったいない。なので無粋なことは言わず、湊さんの意見を考慮し、まぁ実用性と言えるか微妙なラインであるがアロマキャンドルはセーフだろうと判断する。効果のほどはともかく、リラックス効果はあるそうだし。

 

「そういうことなら、事前に考えてたものでいいかな」

 

「決まったなら早く買ってくるといいわ。私はここで待っているから」

 

「え、一緒に行かんの?」

 

「お礼をくれるのでしょう?なら、何を買ってきてくれるのか家まで楽しみにさせてもらうわ」

 

 折角だから包装でもしてきてもらってちょうだい、と微笑む彼女に最高かよと内心湧き上がるテンションを無理矢理抑え込みつつ手早く雑貨屋での買い物を済ませる。もちろん、言われた通りプレゼント用の包装を頼むのも忘れない。

 買い物を済ませ、お待たせと言いながら湊さんの方へと駆け寄る。こちらを見た湊さんがそれが、と目線で問いかけてくるので軽く持ち上げて買ってきたものの存在をアピールする。

 

「というわけではいこれ、色々教えてくれてるお礼。もっとしっかりとしたお礼もしたいんだけど……そういうのはライブとかでちゃんと結果出してから改めてするから」

 

「気にしなくてもいいのに、と言ってもあなたは譲らないのでしょうね。素直に頂くことにするわ。―――ありがとう」

 

「……っ」

 

 笑顔を浮かべる湊さんに、反射的に顔を背ける。とてつもなく素敵な笑顔だ、本当はもっと見ていたい。しかし顔が赤くなっているのが自覚できるために恥ずかしさもあって湊さんを直視することができない。惚れた方の負け、とは本当によく言ったものだと思う。

 湊さんは、自分の魅力に関して無自覚なところがあるのできっとこちらが何故突然顔を背けたのか理解していないだろう。理由を悟られるのは恥ずかしいため、とりあえず誤魔化す必要がある。脈打つ心臓を抑え込みながらなんとか声を絞り出す。

 

「と、とりあえずさ、どっかカフェかなんか行かないか?」

 

「それは構わないけれど……どうしたの、急に顔を背けて」

 

「何でもない、何でもないってことにして触れないで」

 

「まぁ構いはしないけれど……」

 

 あっさり引き下がってくれた湊さんに安堵しつつ、何度か深呼吸。頭の中を一度フラットにしようとし、何とか外面だけは整えることに成功する。まだ、今はまだ湊さんにこちらの思いを知られたくない。もう少し、もう少しだけ、自分の歌を誇れるだけの結果を得てからそれから告白したい。だから今は何とか無理矢理にでも誤魔化す。

 

「何か甘いものでも食べたい。甘いもの食べて落ち着きたい……」

 

「甘いものは……私も嫌いじゃないわ」

 

「湊さんリサの作ってきたお菓子なんかもよく食べるからなー」

 

「リサの作るものは美味しいから……」

 

 と、そこで言葉を切った湊さんはそういえば、とこちらを見つめてくる。できればあまり見つめないで欲しい。さっきのがあるからまだ見つめられると赤面しそうなのだ、と内心今顔が赤くなっていないかビビりながらどうした、と平静を装いつつ聞き返す。

 

「あなたはリサを呼び捨てにするけれど、私のことは苗字にさん付けよね。師匠に対して随分と距離があるのではないかしら」

 

「む……」

 

 確かに自分は今までずっと湊さん、と呼び続けていた。それには師匠だから敬意を込めて、というのがあったが……もちろん、一番大きいのは恥ずかしいからであった。それに下の名前で呼んで拒否されたらどうしよう、みたいな恐怖心もあった。だがまぁ、彼女自身が勧めてくるのであれば問題ないだろう。恥ずかしさから目を逸らしつつ、頬をかきながら何とか絞り出すようにその名を発する。

 

「じゃあ……まぁ、()()()

 

「なにかしら、()()

 

 お前……それは卑怯だろう、と顔を覆う。こちらに合わせていきなり呼び捨てとか、ちょっと覚悟ができてない。なんかもう、やられっ放しの日であった。

 もう惚れた側である自分、弱すぎるだろう、と手で顔を覆いながら溜息を一つ吐く。そのまま頭の中を整理して落ち着こうとして―――ふと、()()()()()()()()()()

 唐突のことに、些か戸惑いながらその理由を考え……胸のうちにある感覚を覚える。いや、しかしこの感情は。

 

「……え……」

 

「どうかした?」

 

「いや……ごめん、ちょっと、ちょっとだけ待って」

 

 自分の中に存在する感情に思考が追い付かない。いや、だって自分は。と何度も自問自答するが感じる感覚は揺らがず存在し続ける。この感情が何なのかは経験済みであるために理解はしている。だがそれはきっと、認められないものだ。だとしたらそれが本物なのか、確かめなければならない。

 

「……悠一?」

 

「……っと、ごめんごめん。考え込み過ぎた。甘いもの、食べに行こうか」

 

 心配する友希那を誤魔化しつつ、友希那とカフェに移動する。そこで食べたものは中々美味しく、また友希那と過ごす時間は幸せなものだったが、あの瞬間感じた感覚は頭から一瞬たりとも離れることはなかった。



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#14.その感情は

 ―――結局、胸の中に宿る感情に結論はでない。

 

 いいや、正直に言えばそれが何なのか見当はついているし、きっと一時のものではなく何時からか胸の中にあった、というのは誰よりも自分が理解している。しかしそれを認めることだけはできない。認めることだけはできない。だって認めてしまえば今日まで自分が感じていたものがまるで―――

 

「おっまたせー。相変わらず早いねぇ」

 

「……ん、ああ、うん、リサか」

 

 一人、ひたすらに考え込んでいると唐突に声をかけられ意識が一気に引っ張りあげられる。完全に意識外であったために反応が鈍くなっており声をかけてきた当人であるリサはこちらの様子に訝しげな視線を向けてくる。それに何でもない、と適当に返しておく。

 先日の友希那とのデート、その報告をリサにするために今日はこの喫茶店で待ち合わせをしていた。これは元々決められていたことであり、リサがサポートしやすいようにということらしいが、これ多分リサはこちらの恋愛話を単純に楽しんでいる節がある。こちらとしては今現在絶賛悩み中であり、面白くもなんともないんだけどなぁ、と思いつつもリサもその悩みに関して無関係ではないためバレないよう表には一切出さないようにしておく。

 それになんやかんやで、今日はいい機会だったりする。あの日感じたものを確かめるのには、直接リサとこうして話せるという機会は重要だった。

 

「すいませーん、カフェラテ一つお願いします。……それで、友希那とのデートはどうだったの?ん?」

 

「とりあえず分かりやすい結果としては下の名前で呼ぶことになりました」

 

「お、やったじゃん!」

 

 店員に注文をしつつ、リサはワクワクしているのが分かる顔で早速先日のデートについて聞き出そうとしてくる。それに対し、特に渋ることでもないので結果を一つ提示すれば我が事のようにリサは喜んでくれる。こういうところがあるから、彼女にとって娯楽の節があったとしても素直にこちらの恋愛について話してしまうんだよなぁ、と苦笑する。

 

「あとは友希那の方からは俺のこと呼び捨てされた」

 

「お、おお……悠一さんが友希那のこと名前で呼んでる……。こう、恥ずかしさとかないの?」

 

「まぁ名前を呼ぶだけだしな」

 

 嘘である。未だに口に出す時毎回恥ずかしさとか緊張とかに襲われている。ただまぁ、毎回照れていたら情けないし、男の照れ顔とか誰得だよ、という話なので決してそれを表に出すことはない。それにそうやって呼ぶことを本人に推奨された、という事実が彼女の名を口に出す度に嬉しさとなって押し寄せてくるので照れを誤魔化すのはそう難しくなかったりする。

 

「あとは……そうだな、ちゃんとプレゼントも喜んでもらえたみたいだし。ほらこれ、お礼の連絡」

 

 トークアプリで送られてきた友希那からのお礼のコメントを見せる。友希那らしい飾り気の一切ない簡素なコメントではあるが、それでも文面からはしっかりと感謝の念を受け取ることのできる内容だ。まぁ結局、直接顔を合わせて言われたわけではないので絶対そうだ、と言えるわけではないのだが……店員が運んできたカフェラテを受け取ったリサが頷いていることから、自分の勘違いではないことが分かり安堵の溜息を吐く。自分よりもよっぽど友希那と仲のいいリサが言うならきっと、間違いはないだろう。

 

「概ね成功、ってことでいいんじゃないか?」

 

「うん、成功だと思うよ。というか友希那相手にここまで仲良くなれてるの普通に凄いと思う」

 

 そこらへんは、自分相手ではない友希那を知らないため同意できないことになる。ただまぁ、想像ができないわけではない。音楽に対してのスタンスというか、ストイックさから考えて取っつき辛さがあって、そもそも仲良くなろうという人が少ないのかもしれない。自分も、まず弟子として最初に接点を持たなければここまで仲良くなれたとは思えなかった。

 

「……あ、あともう一個収穫があったぞ」

 

「なになに?」

 

「友希那のあだ名。ストイック師匠」

 

「あははっ、友希那にぴったりじゃん!」

 

 やはり、リサのセンスは自分に近いところがあるらしい。案の定ウケが良かったなぁ、と思いつつさて、この後どうしたものかと考える。今日は本当に結果報告しか予定しかなく、それが終われば解散する話になっていた。だが……正直に言えば早い段階で自分自身の感情に結論を出しておきたい。だからできればこの後ももう少しリサと過ごしていたいところだ。

 

「と、そういえばリサ、この後暇か?」

 

「ん?んー……予定は、なかったはず」

 

「それならさ、どっか行かない?俺このあと暇でさ」

 

 内心で考えていることを伏せつつ、今思いついたかのようにリサを遊びに誘う。実際、暇なのは事実であるし、嘘は吐いていない。

 こちらの提案にリサはしばし考え込んだあと、ちょうどいいかな、と呟いて承諾することを伝えてくる。

 

「こないだバイト代が入ったからちょっと買い物したかったんだ。悠一さんのセンスは信用できるし、服とかアクセサリ選ぶの手伝ってもらっていい?」

 

 最初のデートの焼き直しか、と内心で呟く。確かにそれならかつての心境と比べられてこちらにも都合がいい、とそれで構わないと返事をする。それを聞いたリサはよし、と言って一気にカフェラテを飲み干す。

 

「そうと決まれば早速行こっか!悩む時間はいっぱい欲しいしね」

 

「ああ、そうだな」

 

 こちらもこちらで存分に、悩ませてもらうとしよう。そんなことを考えならリサと二人ショッピングモールを目指して喫茶店を出る。

 

 

 

 

「あー、いい買い物した!」

 

 身体を伸ばしながらリサがそんなことを言う。時刻は夕暮時、ショッピングモールからの帰り道をリサが買ったものを代わりに持ちながら二人で歩く。とは言ってもリサは散財するようなタイプではないので、上下一着ずつにアクセサリを数点しか買っていないためそう多い荷物ではない。それでもかなりの金額が飛ぶから服飾周りの出費はバカにできないのだが。

 

「悠一さんと買い物行くといいものいっぱい見繕ってくれるから楽しいな」

 

「いいセンスだろ?」

 

「ただ次々と持ってくるのは本当にやめて。高校生だからそんなに余裕ないんだって」

 

「あっはっはっは」

 

 笑うだけで否定も肯定もしないでおく。リサの気に入りそうなデザインを持っていき悩ませるのは中々楽しい遊びなのだ。やめる気なんて全くないのでただただ明言せず笑って済ます気であった。そんな意図を察しているのか、リサからはジト目が向けられているが当然ながらそんなもの気にもしない。

 

「……まぁ言うだけ無駄だと思うから諦めるけど」

 

「でもどれ買うか絞り込むのに悩んで、議論するの楽しいだろ?」

 

「……それは、否定しないけど」

 

 照れたようにそっぽを向くリサに苦笑する。どんな些細なことであれ、本気で考えるのは存外楽しいものだ。少なくとも自分は、今日リサに似合うものを選ぶのは楽しかったし、どれを買うかリサと本気で議論するのも楽しかった。女性の買い物は長くて困る、なんて言う人も世にはいるが、こうやって自分のようにそれも楽しめばいいのに、なんて思う。

 

「でも男の人で長い買い物を楽しめるのって珍しいよねー。いや、そもそもそれが偏見なのかな……?」

 

「どうだろうな、翔馬なんかは長い買い物嫌いだけど」

 

 ちょうど自分が考えていた内容に近いことを話題に出され少し驚きつつも、互いに知っている男を例に出してみる。翔馬なんかは買い物は即断即決の人なので自分とは真逆のタイプになる。だから翔馬と買い物に行ってもあまり楽しくはないので、大体遊ぶときはそれ以外であった。まぁそもそも野郎と二人で買い物行って楽しいもクソもあるか、という話なのだが。

 翔馬のようなタイプもいれば、女性でも長い買い物が嫌いという人もいる。結局、人それぞれなだけなのだろう、なんて当たり障りのない結論をリサに話していればそんなものか、とリサも納得を見せた。

 

「ちなみに俺なんかは着る人にどれが似合う、この組み合わせがいいってのがいっぱい思いついちゃうから時間がかかっちゃう感じだな」

 

「はー、なるほど……。悠一さんのセンスの良さはどこから来てるの?」

 

「多分パッパ」

 

「お父さん?」

 

「俺の親父クッソセンス良くてな。小さい頃から色々着させられてたし……そういうのでセンス磨かれたんじゃない?」

 

「生い立ちかぁ……」

 

「まぁだからあんだけ親父のセンスがいいなら俺のセンスもいいだろ、みたいな自負があったりする」

 

「ああ、悠一さんセンスいいって言われた時謙遜も何もしないで当然のような顔するよね……」

 

 他愛のない話をしながら帰り道を歩く途中も、意識の一部は自身の心情へと向けられている。リサとこうして楽しい時間を過ごす時、自分の心はどんな感情を抱いているのか、初めてデートしたあの日とどう違うのか。それを考え続けいい加減、認めなければならなくなってきた頃。リサの家とこちらの家への別れ道に到着する。今日は時間的にまだ道も多少明るくわざわざ送る必要性も低いためここで別れることになっている。一先ず持っていた荷物をリサへと渡し、そのまま端的に別れを告げて帰ろうとする。

 

「あ、悠一さん!」

 

 少しだけ道を進んだあと。後ろからリサの声が響く。なんてことはない、普通の声。だから自分も条件反射で何も考えず振り返る。

 

「今日はありがとねっ。また今度、買い物付き合ってよ!」

 

 そして振り返った先、彼女は夕陽を背にして笑顔を浮かべていた。

 

 ―――それが、決定打だった。

 

 胸にじんわりと広がっていく暖かい感情に、もう認めるしかなくなる。どれだけ言い訳をしようともこの感情に嘘を吐くことはできないと理解してしまう。だがそれは今表に出すものではない。だから仮面を被るような意識で、意図的に笑みを浮かべてから口を開く。

 

「じゃ、それが友希那とくっつくために協力してもらった礼ってことで」

 

「残念!それはそれこれはこれ!また別にお礼は貰うから!」

 

 それじゃあね、なんて勝手に言うだけ言って帰っていくリサに、思わず安堵の息を吐く。自分は上手く笑えていただろうか、リサにバレていなかっただろうか、そんな不安から解放されたことにより力が抜ける。それでも何とか重い足を引きずるようにして歩き出す。

 一人、家への帰り道を歩きながら思索に耽る。未だに胸の中に残る暖かな感情。彼女の笑顔を見た瞬間生まれたそれはずっと胸に居座り続け染み込むように身体中に広がっていっている。ここまでくればもう否定しようがない。自分は彼女に―――今井リサに惚れている。

 友希那に対する想いは、未だ揺らいでいない。こないだの友希那とのデートを思い出せばまた友希那のことが好きだという感情が溢れ出てくる。しかし同時にリサの顔が頭を過ぎり、多大な罪悪感にも襲われる。逆もまた、然り。つまり自分は今、二人の少女に惚れている状態だった。

 

 だがしかしそれは―――本当の感情と言えるのだろうか。

 

 本気で誰かに惚れる、というのはきっと、その人に夢中になってしまいそれ以外の人が目に入らなくなるようなことを言うのだと思う。だとすれば今、自分が二人もの人に惚れているという状態は決して本気の感情だとは言えないのではないだろうか。

 友希那のことを好きだと思ったあの日、その胸に感じた思いは今まで感じたものより強かった、というだけで決して本物ではなかったのではないか。リサに向けられる感情も本物ではないのではないか。そんなことばかりが頭に浮かんでくる。

 そしてもし、友希那を好きだと感じたのが本物ではないとしたら―――あのライブで感じたRoseliaへの憧れも、歌への熱意すらも本物ではないのではないか。だとしたらあの日から今までしてきたことは一体何だったのだろう。

 疑問が疑問を呼んで疑心暗鬼に陥っていく。深く、深く沼の底へ沈んでいくように。ただの考えすぎかもしれない。実際のところは違うのかもしれない。そういう可能性があるだけだ、というのは理性的な部分で理解はしている。けれどもしかしたら、それが頭から決して離れず浸食していき……気づけば全てが信じられなくなっていく。

 そう、信じられないのだ。友希那を好きだという感情が。リサを好きだという感情が。あの日の憧れも、歌への情熱も。全部が全部信じられなくなっていた。あのライブから過ごしてきた日々―――その全てが本物なのか、どうしても信じられなくなってしまっていたのだ。




なんだこいつめんどくせぇな。
というわけで次回からスランプタイム。皆も悠一くんを面倒くさいやつと呆れた目で見よう!


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刺さった棘すら糧にして
#15.模索


 本当に自分の感じたものは本気と言えるものだったのか。あの日からずっとそれを考えている。本気で誰かを好きになる、ということはその人だけに夢中になることだと思っている。確かに少なくとも途中までは自分は友希那だけに夢中だったように思う。しかし実際はリサと関わるようになって、彼女に対しても同じような感情を抱いた。だとすればそれは、夢中になっていなかったということでありその感情は本気ではなかった、ということになる。だとすれば同じように本気だと思っていた音楽に対する熱意も決して本気のものではないということになり、そんな自分に歌を歌う資格があるのか、本気で歌に向き合う友希那のもとで師事を受ける資格があるのか―――

 

「―――悠一。集中できていないようね」

 

「……ッ、あ……いや、すまん」

 

 友希那から声をかけられ、意識が現実へと一気に引き戻される。周りを見ればスタジオ内にいるRoseliaメンバーと翔馬がこちらを心配そうに見ているのに気づく。どうやら、練習中なのに、つい考え込んでしまったらしい。練習中に唐突に黙りこくってしまえば当然、心配されるよな、と納得する。

 

 ―――しかしそもそも、自分は音楽に真摯に向き合う彼女たちに心配されるような資格があるのだろうか。

 

 そんな思考を頭を振ることで追い出し、なんとか大丈夫、と言葉を吐き出す。

 

「……本当に……大丈夫なんですか……?」

 

「少なくとも、私の目には大丈夫に見えませんね」

 

「ちょっと悠一さん?休んだ方がいいんじゃない?」

 

 そんな提案をしながら近づいてきたリサがこちらを覗き込むように見つめてくる。そんなリサに……反射的に後退りしてしまい、ケーブルに引っかかって後ろへと倒れ込んでしまう。幸い、後ろには機材などはなく、何かを壊したり怪我をするということはなかった。

 

「だ、大丈夫!?」

 

 間近で倒れ込んだためか、酷く心配するリサに大丈夫と示すように軽く手を挙げて、同時にその手であまり近づいてこないように抑制する。今彼女に近づかれると罪悪感とか、自身への不信感で頭の中がごっちゃになってしまう。それは友希那も同様であり、誰にも手を貸されないように何とか一人で立ち上がる。

 

「……全く大丈夫とは言えないようね。いいわ、今日はもう帰って休みなさい」

 

「……そう、だな」

 

 どこか呆れた声音の友希那に、もしかしたら個人的な理由で練習に集中できないこちらのことを多少軽蔑でもしたのだろうか、と考えどうせならそのまま嫌われた方がいいのかもしれないとすら思う。だが、それと同時に嫌われたかもしれないという事実に胸が締め付けられるように苦しくなり……そしてそんな感覚さえも信じられずさらに苦しくなる。なんて面倒な男だ、と自嘲していればいいかしら、と友希那が言葉を続ける。

 

「今日は充分に休みなさい。そして快復したらその分を取り返すようにしっかりと練習すること。体調管理も練習のうちよ。以後気を付けなさい」

 

 その言葉は厳しいものではあったが―――こちらに対する期待が込められたものであった。精神的なものか肉体的なものか、その理由までは知らないが必ず元に戻り遅れた分を取り戻してくる……そう、信じている言葉だった。女性としての彼女の気持ちはともかく、師匠としての彼女の感情はよく理解できる。だからそれが心からの言葉であり、期待されているという事実がどうしようもなく重かった。本気ではないかもしれない、そんな自分を彼女が信じてしまっているという事実がどうしようもなく辛かった。

 擦れたような声になりながらも了解、となんとか答えを返し、荷物をまとめに入る。とは言っても結局自分用の機材もまだ買っていないため、大した荷物ではなく、すぐに纏め終わってしまう。ただ正直、音楽に対して本気である彼女たちと同じ場にいるということがもはや辛くすらあったので早くここから出ていけるというのはありがたかった。

 

「……ああ、そうだ、ちょうどいいわ。少し待ちなさい」

 

 スタジオから出る直前、何かを思い出したらしい友希那がこちらを引き留めてくる。本当は、早くここから出ていきたい。だけどここで友希那の言葉を無視するのは流石に人としてどうか、という話だしあまりにも情けなさ過ぎる。いや、正直最近の醜態の晒しっぷりを考えると情けないとか今更過ぎる気もするのだが、それでも性分として情けない姿はできるだけ少なくしたい。だからできるだけいつも通りを装うようにどうした、と友希那に聞き返す。

 

「いい機会だからしばらく練習は休みでいいわ。代わりに、私たち以外の音楽に触れてきなさい」

 

「……Roselia以外の音楽?」

 

「そう。確かあなた私たちのライブ以外には行ったことがないのでしょう?あなたがどんな音楽を目指すのであれ、色んな人の音楽を知っておくのは大切よ」

 

 ようするに、しばしの休息をあげるからその間に問題を解決して、ついでに色んな人の音楽性を見て、聞いて知ってこいという話だった。まぁ自分の問題を解決できるかは置いておいて、少なくとも音楽自体は嫌いではないのでライブとか行ってみるのもいいだろう。有名どころは急にチケットなどとれないので、ここら辺の地元で活動してるようなバンドのライブでも探すかなぁ、なんて思いつつ全員にお疲れ様、とだけ告げてスタジオを出る。

 休日の今日は午後の時間を練習に割り振っていたため、途中でそれから抜けてしまえば外はまだまだ明るい時間となる。上から降り注ぐ強い日差しに思わず顔を顰めながらも歩き出し、自宅へと向かう。

 何もしないのもそれはそれで色々考え込み過ぎて辛いのだがな、と思いつつこのあとどうしたものかと考える。自身の感情とか、そこら辺についてはいきなりどうこうできるものではない。だから長めの休息が得られたのはいいのだが、解決の糸口は全く見つかっていないためどうしたらいいかは分からない。とりあえずは言われた通りライブに行ってみるべきか。帰ったらパソコンでここら辺の小さなライブイベントを調べてみよう、と公園の横を通っていた時。

 

「―――おーい、悠一!」

 

「あん……?」

 

 後ろから聞こえたこちらの名を呼ぶ声に思わず振り返れば、ギターケースを背負った男の姿が遠目に見える。それがすぐに翔馬だということに気づき、続いて練習はどうしたのかと心配になる。

 こちらまで駆け寄って来て息を整える翔馬にとりあえず練習用に持っていたスポーツ飲料を渡しつつ、訝し気な目で翔馬を見る。息を整え終え、水分補給を済ませた翔馬はそんなこちらに苦笑しながら右手で公園を示しながら口を開く。

 

「とりあえず、座って話そうぜ」

 

「……あいよ」

 

 翔馬に連れられるまま公園へと入り、適当なベンチに座る。そのベンチは太陽の位置的に丁度木陰になる位置であり、吹いてくる心地の良い風に少しだけ、荒れていた心の内が落ち着くのを感じる。

 

「はいよ、これ」

 

「ん、サンキュ」

 

 翔馬から先ほど渡したスポーツ飲料と、普段自分がよく飲むペットボトルの飲料が一本差し出される。それを受け取って、スポーツ飲料の方をしまってからもう一本の蓋を開けて口をつける。その飲み物はほとんど水のようなものでありながら、少しだけある甘い風味が飲みやすい。それが自分の好んでいる理由であり、今もしつこ過ぎない甘さがこの心境にちょうどよかった。

 しばらく、二人でどこを見るわけでもなくボケっとする。野郎二人で何をやってんだろうな、とは思うが間違いなくこれ、こちらが話し出すのを待っているんだろうな、というのは長い付き合いから理解していた。ただそうほいほい話したいものでもないし、今の自分の悩みは過去何にも夢中になれなかったという経験があるから起きているものであるため、その感覚を理解できない翔馬には相談してもそもそも悩みを理解できないのではないか、という考えもあって話す気はあまりしなかった。

 しかしいつまでも黙り続けるこちらに、いい加減痺れを切らしたのか、こういうのはガラじゃねぇんだけどな、と呟いてから真剣な目でこちらを翔馬が見てくる。

 

「お前、ついこないだまで生き生きと練習してたのに、どうしたんだよ」

 

「あー……ちょっと、な」

 

「そのちょっとが気になってんだよなぁ……。お前、折角集まったバンドメンバーも心配してたぞ」

 

 それにはちょっと、返す言葉がない。自分が元カノを説得したことでようやくバンドメンバーが揃っており、何度か平日の大学の講義がないタイミングなどで集まって練習もしている。ただそれも回数は少なく、元カノ含めそのメンバーは元々は自分にとっては多少縁があった程度の人間でしかない。そんな人たちにまでバレるレベルで弱っていたとなると、流石に大丈夫とは誤魔化せなくなってくる。というかこちらの都合で集めたメンバーなのに、同じくこちらの都合で練習の質を下げるどころか心配までかけて、本当に申し訳なくなってくる。

 

「皆わりと真面目に心配してるぞ。や、まぁお前の元カノだけはお前がそんなだと調子狂うー、なんてツンデレみたいなこと言ってたけど」

 

 ありありと想像できる元カノの姿に思わず苦笑する。どうにも、説得してから元カノはキャラが変わったというか素が出るようになった、と思いつつバンドメンバーにまで心配をかけている、となれば流石に翔馬ぐらいには相談した方がいいのかもしれないと考え直す。少しだけ考えて言葉をまとめてから、空を見つつ自身もまた整理するのを兼ねて話していく。

 

「まぁ……きっかけは友希那と恋人になるためにリサに協力してもらってたらリサにも惚れちゃったこと」

 

「マジか」

 

「マジマジ。それで本気で誰かを好きになるってのはその人のことしか目に入らなくなる、みたいな状態なわけじゃん?だからさ、リサにまで惚れて、好きな相手が二人になった自分は、そのどちらに向ける感情が本気じゃないんじゃないか、って思えて」

 

「………………」

 

「そしたら友希那を好きなのと同じくらい本気だと思ってた音楽も実は本気じゃなかったんじゃないか、って思えてきて。ほら、俺ってそれまで何かに本気になったことなかったわけじゃん?だからさ、ちょっと今までよりも熱が入ったからってそれが本気になった、って勘違いしたのかもしれなくて。そしたら結局今まで頑張ってきたのは決して本気じゃなかったとしたら、それに意味はあるのかって……」

 

 なんていうか、自分が信じられなくなったんだ、と締める。それを聞いていた翔馬はしばし考え込んだあとなるほど、と一つ頷き、

 

「わからん!」

 

 そうはっきりと言い切った。こちつ、とジト目で見ていれば多少困った様子の翔馬が頬をかきながら言い訳を始める。

 

「いやさ?結局俺はお前じゃないからさ。何にも夢中になれない、って感覚がどんなものかもわからないし、その人以外目に入らない、ってほどの恋も経験したことがないからわからない。経験がないから想像で補うしかないけど、それでいい解決策を提示できるほど人生経験が豊富なわけじゃないからなぁ……」

 

 それは当然の話ではあった。結局、他人である以上こちらの心情を理解できるわけでもなく、特に前提である何にも夢中になれない、その時に感じた諸々を理解できない以上明確なアドバイスなどできるはずもなかった。だからあまり相談する気がなかったのだが……それでも、言葉として吐き出すのはそれだけでも多少なりとも効果があったように思う。進展はゼロであっても何とか進展させよう、という気には多少なれた。だから一応礼だけは言っておこうと口を開こうとして、それより早く翔馬があ、でもよ、と話し出す。

 

「湊さんが言ってた他の音楽を聴きに行くってのはありだと思うぜ」

 

「音楽を……?」

 

「誰しもさ、歌詞に、音に感情を乗せて奏でるわけだろ?だとしたらそれを聞くことで他の人とかの感情とか考え方とかそういうのを知って参考にしたりできるんじゃないか?」

 

 そういう考え方もあるのか、と驚く。確かにその感情が本物だったか置いておくとして、かつて自分もそうして感情を乗せて歌を歌った。また、歌には作詞した人の考え方が反映されていると考えられる。解決策に直接繋がることはなくとも参考にはできるかもしれない。予想外の翔馬からのアドバイスに驚きつつも、正直ありがたい内容であったため、素直に礼を言う。

 

「まぁ、なんだ。気にすんなよ。俺はあくまでアイデアを出しただけで、解決策を提示できてないんだからさ」

 

 それでも、自分にとっては有用なアイデアだったのだ。だから再びありがとうと告げ、翔馬からどういたしましてという言葉を引っ張り出させて納得する。

 と、なれば早速ライブなりなんなりに行きたくなってくる。できれば生の音を聞くことで直に込められた思いを感じ取りたい。CDとかライブ映像は最終手段だと思いつつ、勢いのままベンチから立ったところ、翔馬があ、と声を漏らす。それにどうしたのかと目線で問いかければいやな、と翔馬が頭をかきながら答える。

 

「お前、確か前に知り合いがバンド始めたって言ってただろ?その人に頼んで演奏聞かせてもらえばいいんじゃないかなって……」

 

 そんな翔馬の提案に、思わず顔を顰める。確かにすぐに都合をつけてくれそうだし悪くはない、悪くはない提案なのだが……気乗りはしない。自分とその知り合いの関係性について知らない翔馬からすれば悪気などないのだろうが、自分としては拒否感を無視すれば有用である案を出してきたことを恨まずにはいられない。

 有用過ぎて、採用しないという選択肢がないことが実に困ると思いながらしかめっ面のまま、スマホのトークアプリからその知り合いの項目を探し出す。

 その項目を見つけ、連絡をとろうとして直前に思いとどまる。別に他に他人の音楽を聴く機会がないわけではないのだから、少なくとも返ってからパソコンで近辺の小さなライブの情報を調べてからでもいいのでは、と思案する。

 

「いやどんだけ連絡とりたくねぇんだよ……。そんな嫌いなやつなの?」

 

「別に嫌いじゃない。内面というか、人間性自体はむしろ好ましいと思ってるんだが……」

 

「じゃあ何が嫌なんだよ」

 

「言動が癪に障る」

 

 ええ……と軽く引いた様子の翔馬を無視しながら、結局連絡をとることにする。確実性、そして手早さからその知り合いに頼まない理由はないだろう、と判断して本当に、本当に仕方なしに連絡をとることにする。

 トークアプリで見つけておいたその知り合いの連作先―――〝瀬田薫〟と書かれたそれをタップしてチャットを送る。そして即座に返ってきた返事に暇人かよ、と呆れながら約束を取り付ける。日程は次の日曜。すなわちちょうど一週間後だ。あいつに会う日が待っている、となると憂鬱な一週間になりそうだ、と一つ溜息を吐いた。




というわけで次回、ハロハピ登場。
ちなみにだけど、今後元カノについてはがっつり登場する予定はなかったりする。本編には一切関係ないからね、ちょびちょび話題にだけ出てくる感じで。


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#16.他のバンド

「ああ、クソッ、憂鬱だ。実に憂鬱だ」

 

 自宅近くの道端。薫との待ち合わせ場所にて呟く。そんな言葉が自然と漏れてしまう程度には憂鬱であった。

 理由は自身の悩みについて―――ではない。そっちは一旦保留することにした。どうせ悩んでも結論は出ないのだ。だったらこの練習が休みの間は色々行動を起こしてみて何か解決のヒントを見つけてから考えようと割り切っていた。

 では何がそんなに憂鬱なのか。それはもちろん、これから薫に会うことである。

 先週、翔馬に言ったように、薫自体の人間性は嫌いではない。むしろ好ましいとすら思っている。だがそれはそれとして今の薫は自分と致命的相性が悪いのだ。こちらが一方的に苦手意識を持っているだけなので、薫の方には申し訳ない、とも思うのだが。

 とはいえ自身の感情はともかくとして他のバンドの演奏を聞く、という点では大変都合がいい相手ではあるのだ。既に約束を取り付けてしまったのだし大人しく薫に会うしかない……と、何度今週自身に言い聞かせてきたことか。

 

「―――やぁ、お待たせしたね、悠一さん」

 

「ああ、来ちまった、来ちまったよ……」

 

 目の前にやってきて気障な笑みをこちらに向けてくる長身の女性。それはここ最近見ていなかったとはいえ、しっかりと記憶に残っている幼馴染の顔であった。

 

「まさか悠一さんの方から会いたいと言ってもらえる日が来るとは……。あんなに嬉しかったのは人生でも数えられる程度の回数しかない」

 

「いや会いたかったのお前じゃなくてお前の所属してるバンドな?お前に関してはあんまり会いたくなかったからな?」

 

「ああ、しかしこの身は多くの子猫ちゃん達に愛される身……悠一さんだけの想いに応えることはできないことのもどかしさ……。ああ、儚い……」

 

「話聞いてねぇ……」

 

 そう、これが自分が薫を苦手とする理由。いつからか自身のいる場が舞台であると断言する彼女は常に芝居がかった口調で喋り、その独自の世界観を展開する。それがどうにも自分には苦手であり、ついついツッコミも入れるのだが薫はそれをスルーしその世界観のまま進行することがほとんど。なんというか……疲れるのだ、彼女に対応していると。

 

「……とりあえず、他のバンドメンバーが待ってるとこに連れて行ってくれ」

 

「任せたまえ、我らがお姫様たちが待つ場へあなたをエスコートしてみせよう」

 

 格好つけたモーションで手を差し出してくるのを握らねぇから、と一蹴し進行方向を確認だけしてあとは勝手に歩き出す。そんなこちらに薫はどこかアメリカン染みた動きでやれやれ肩を竦めてからこちらを先導しやすい位置へと移動する。そんなモーションをされるとどうにも、こちらが我がままを言っているような気がしてきて癪なのだが……まぁそれで一々突っかかっていたらキリがないので諦めて大人しく歩く。

 道中は自分が黙っていても薫の方が勝手に喋ってくれるのでそれに適当に相槌を打ちながら進む。正直なことを言えば抽象的な言い回しも多く、薫の言っていることはよくわからないのだがそれを指摘すると更に難解になるのは過去の経験でわかっているので反射的に言うこともないように意識する。というかシェイクスピアを引用するのはいいが、誤用だけは本当にやめて欲しい。わざわざシェイクスピアの言葉の意味を記憶からサルベージして、その場の状況とマッチしなくて何が言いたいのか一々頭を捻る羽目になるのだ。しかも時々クリティカルに合っている言葉を引用する時があるから質が悪い。

 

「……しかし、こんな時間ももはや懐かしいものだね」

 

「あん?」

 

「悠一さんと私、そして千聖。小さい頃、三人で過ごした日々を懐古していたのさ」

 

「……まぁ、懐かしいもんだな」

 

 薫の言葉に、脳裏にかつての光景が蘇る。自分は親に一人暮らしを経験しておけ、と言われているから一人暮らししているだけで実家自体はかなり近い。だから今歩いているこの場所も、幼少期に何度も通ったことがある。偶然家が近かったから仲良くなった薫と、薫と仲が良かったために連鎖的に仲良くなった千聖。当時兄弟に憧れていた自分は年下である二人の兄貴分として振る舞い、二人を連れて出してよく遊んだものだった。今歩いてる道だって、三人で歩いたことがある。

 

「……千聖が最初に悠一さんの性質に気づいてしまい、それを理解してしまったために悠一さんは千聖と私から徐々に距離をとってしまった」

 

「そんでしばらくあとに会ったらお前がそんなキャラになっててビックリしたんだよなぁ」

 

 少し、耳が痛い話だったので茶化して誤魔化す。この場にいないもう一人の幼馴染は、なんというか適切な努力ができる人間だった。目的のため打算的に、必要なことをできる人間だった。それは何よりもその目的に対し本気であるということであり―――そんな彼女にとって、自分のような本気になれない人間というのは、少なくとも見ていて気持ちのいいものではないようだった。だから自分は距離をとって、徐々に親交も少なくなった。今でこそ、多少なりとも成長して互いに表面上は落ち着いて話せたりもするが、一時期の冷え込みはそれはもう、酷いものだったのだ。

 

「まぁでも、今はもう多少話したりもするし、また三人で会うのも―――」

 

「―――悠一お兄ちゃん、私は今日が訪れたことが本当に嬉しいんだ」

 

 それは、薫がまだ今のキャラを演じるようになる前、幼い頃にこちらを呼んでいた時の呼び名。もう長らく聞いていなかったその呼び名に、優し気な目でこちらを見てくる薫を驚きと共に見る。

 

「悠一お兄ちゃんに何があったかは知らないけど、でも少なくとも音楽に興味を持てたんでしょ?だったら何時か、ちーちゃんとも元の仲に戻れるよ」

 

「―――っ、あー……」

 

 不意打ちは、ズルいだろう、と空を仰ぐ。普段は決して見せない部分。不意打ち気味にからかいでもしなければ絶対に出てくることのない素でいきなりそんなことを言われてしまえば響かないわけがない。これから薫のバンドを見て、悩み解決のヒントを探そうと思っていたのに既にこの段階で少しだけとは言えど、救われてしまった。

 自分の歌への思いが本気かどうか、それはさておき多少なりとも興味を持ったのであればそれは変化があったということであり。変化があったのであればそれは今後もっと変わっていく可能性がある、ということになる。それに気づかされた。まだ友希那やリサに対する想いが本物かとか、友希那に教わる資格が自分にあるのかとかはまだわからないけれど、少なくとも自分にとって音楽は特別であった、とだけはこれから胸を張って言うことができる。

 

「……まさかお前に救われるとはな。だけどまぁ、ありがとう」

 

「フフッ、顔を赤くして照れるなんて悠一さんにも可愛いところがあるんだね」

 

「ええい、いきなり気障に戻るんじゃねぇよ。俺はお前の素の方が好きなんだ、そっちでいてくれ」

 

「素、とは何の話かな?今の私が瀬田薫さ。私は私以外の何者でもないよ」

 

 今自分が何に悩んでいるのか、そういうのを聞かずにいてくれる配慮に感謝しつつも、気恥ずかしさから悪態を吐いて誤魔化す。そのまますっかり元の気障っぽいキャラに戻ってしまったことにどこか安堵しつつも、やはりイラッとするのでおざなりな対応をしながら歩く。

 そうやって歩いていれば、とある場所で立ち止まったので自分も立ち止まり、その光景に唖然とする。

 

「うわ……でっけぇ家……」

 

「ここが目的地だよ」

 

「えっ」

 

「我らが姫は弦巻家のご令嬢だからね」

 

「えっ」

 

 ガチの現代の姫じゃねぇか、と呟く。弦巻家と言えば自分でも知っているような名だ。翔馬の家もそれなりに裕福であり、そこそこの大きさの家に住んでいるが……流石にこれは比べようがない。門から玄関までがこんなに遠いのは、漫画でしか見たことがない。

 そんな場所に堂々と入っていく薫とは対照的に若干怯えつつ門をくぐる。これだけの豪邸であればセキュリティシステムもかなりのものであろうし、入った瞬間警報とか拘束とかないよな、とちょっとビビっていたのは内緒である。

 そのままただただ気おされつつ、薫に連れられて豪邸を進み。ある部屋の前で中に入るように促される。目の前には触れたこともないような、豪華な装飾の施された重厚感のある扉。ここに入れと、と目線で薫に問いかければ返ってくるのは頷き。仕方なしに緊張から唾を飲み込んだあと、何とか扉を押し開ける。

 

「し、失礼しまーす……」

 

「あ、来たわね!」

 

 部屋に入ったこちらに、即座に反応したのは一人の少女。金色の髪を揺らして駆け寄ってきた彼女はどこまで底抜けに明るい笑顔を浮かべており、実際に光を放っているわけでもないのに思わず眩しさから目を細めてしまうような、そんな輝きに溢れたような少女だった。

 

「はじめまして!あなたが薫から聞いていた藍葉悠一ね!あたしは弦巻こころよ、よろしくね!」

 

「よろしく、弦巻さん」

 

 この子がその弦巻家のご令嬢か、と驚きつつも礼儀としてしっかりと挨拶を返し、折角なので右手を差し出し悪手を求める。それに応じる弦巻さんは変わらず笑みを浮かべたまま、口を開く。

 

「あたしのことはこころって呼んでちょうだい!あたしもあなたのことは悠一って呼ぶわ!」

 

 テンション高いなぁ、と呆れつつ了解こころ、と声に出して承諾する。本当は自分よりも音楽の先達であることに敬意を込めて敬称付きで呼ぼうと思っていたのだが、まぁ本人が呼べというのであればしかたない。

 そのまま流れで他のメンバーとの自己紹介に入ることにする。こころの次に近くにいたのはショートカットの活発そうな少女。その子にも、右手で握手を求めつつ改めて名前も告げておく。

 

「はぐみは北沢はぐみだよ、よろしくね!」

 

「えっと、松原花音、です。よろしくお願いしますね」

 

 続いて少し気弱そうな少女とも握手を済ませ、最後のキャップを被った少女と自己紹介を済ませようとして……どこか、既視感に首を傾げる。何となくではあるが、過去見たことがあるような、と思っているとどうやら向こうも同じようなことを思っているようで首を傾げている。

 

「あの……以前どこかでお会いしませんでしたか?」

 

「あー、そんな気はするんだが……あっ」

 

 途中まで言いかけて、相手の声音からどこで会ったのかを思い出す。去年、自分がバイト戦士だった頃。とあるバイトで一度だけ一緒になったことがある。それを相手に伝えれば向こうも思い出したようで同じくああ、と声を漏らす。

 

「そういえばそうでしたね。お久しぶりです藍葉さん」

 

「なんやかんやであのバイト初回で奥沢さんが入ってからすぐなくなっちゃったからねぇ。なんか久しぶりっていうのも微妙な気がするわ」

 

 確か商店街のマスコットの着ぐるみだかのバイトであったのだが、説明を受けて、初日は奥沢さんがやることになったために自分は一旦帰ったら次の日には白紙になった謎のバイトである。それを思い出しながら、何故か不自然な笑みを浮かべている奥沢さんに首を傾げる。

 まぁ特に気にすることでもないか、と判断し、最後に何故か右手を差し出して目を輝かせている長身の彼女を見る。

 

「……!」

 

「それでこころ、今日の話ってどこまで聞いてる?」

 

「!?」

 

 とりあえず自己紹介をわざわざするまでもない薫をスルーしつつ、こころに今日のことをどこまで把握しているかを確認すれば、こころは難しい顔をする。何か問題でもあるのか、と思いつつとりあえずはこころの返事を待つ。

 

「……あなたはあたしたちの演奏を聞きたいんでしょう?それに関しては問題ないわ。準備もできてるもの。ただちょっとだけ問題があって……」

 

「問題?」

 

「ミッシェルというもう一人のメンバーがまだ来てないんだ」

 

 こちらの疑問に答えた薫であるが、その答えに更なる疑問が生まれてくる。ミッシェル、ということは外国人だろうかと思い聞けば返ってくるのは否定の言葉。ではあだ名か何かか、と思っているとこころがミッシェルはね、と口を開く。

 

「あたしたちのバンドのメンバーの一人で、ピンク色をしたクマなの」

 

「クマ」

 

「DJを担当してるのよ」

 

「DJ」

 

 ちょっと、何を言っているのかわからない。どう反応したらいいのかわからず思わず薫を見れば返ってくるのは力強い頷き。何に対する頷きなのかわからない。それが事実だ、という意味だろうか。だとしたら本当にどうしたらいいのかが分からない。仕方なしに次点で親交がある奥沢さんへと視線を向ければ諦めろ、と言わんばかりに首を振られた。何を諦めればいいのだ、クマがDJをするという事実を信じればいいのか。

 こちらがひたすらに困惑していると、奥沢さんが一つ溜息を吐いたあと片手を挙げて全員の視線を集めてから言葉を発する。

 

「それならあたし、ミッシェル呼んできますね」

 

「本当?それじゃあお願いするわね!」

 

 そのまま一度部屋を出ていく奥沢さん。ちょっとおバカなところのある薫や、それと同類の匂いがするこころや北沢さんはともかく。奥沢さんや松原さんまでミッシェルという存在に何も言わないということはまさか本当なのだろうか、と思いながらしばし待っているとしばらくした後、音を立てて扉が開かれる。

 

「お待たせー」

 

「クマー……」

 

 そこにいたのは紛れもなく、ピンク色のクマだった。まさかの本当だった。本当にクマのミッシェルとやらがやってきていた。自分が理解できないことが当然のように起きていることに戸惑っていても、他の人たちにとっては当たり前のように対応している。思わず昔ギャルゲに着ぐるみのヒロインがいたなぁ、なんて現実逃避する。

 

「来たわねミッシェル!」

 

「ごめんね、待たせちゃって。すぐに準備するから」

 

 しかも喋るのか、と驚いているとふと、その声音が聞いたことのあるものだと気づく。それもつい先ほど聞いたばかりの。そういえば呼びに行ったという奥沢さんがミッシェルと一緒に戻ってきていない。ということはつまり、これ中にいるのは奥沢さんでは、と思い至り薫に確認する。

 

「なぁ薫。あれ、ミッシェルって奥沢さんだよな」

 

「……?ミッシェルはミッシェルだろう?」

 

 こちらを騙す意図も見えない真顔で言い切る薫に、そういえばそういうおバカなところのあるやつだった、とまともな返事は諦め、代わりにこころの方に確認してみることにする。こころはどうやらバンドのボーカルのようでマイクなどをいじっていたが、まぁ話しかけるぐらい問題ないだろうと判断し、声をかける。

 

「なぁ、ミッシェルの中って奥沢さんなんだろ?」

 

「ミッシェルの中……?何を言っているの?」

 

 薫同様、真顔で首を傾げるこころに、マジか、と思わず呟く。まさかこころまでミッシェルの中を認識していないという事実に恐れ戦き、まさかと思い残りの二人である松原さんと北沢さんを見れば、苦笑する松原さんはともかく北沢さんは首を傾げている。どうやら北沢さんもミッシェルの中、という認識がないらしい。そしてついでにミッシェルには横に首を振られてしまった。

 

 ―――これはまさか、とんでもないキワモノバンドのところに来てしまったのでは……?

 

 ゴリゴリと、正気度的な何かが削れる音が聞こえる気がした。



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#17.ハロー、ハッピーワールド!

 ―――ハロハピの演奏はそのキワモノっぷりに反して、純粋に凄いと言えるものだった。

 

 いや、そのビジュアルに合っている、とも言えるか。技術に関して言えばRoseliaに遠く及ばない。決して下手なわけではないが、基準がストイック師匠率いるRoseliaの自分からすると少し物足りないように思ってしまう。しかしそれを補って余りあるほどの強みが彼女らの演奏にはあったように思う。

 

「どうだったかしら、私たちの歌は!」

 

 そうだな、と演奏が終わると同時に問いかけてきたこころに返しつつ、自身の口元を指でなぞる。やはり、というか自分は今、笑みを浮かべているようだった。これが、彼女たちの強みだった。

 演出、トーク、技術の至らなさすらも利用して観客たちを楽しませ笑顔にさせる、そんな魅力が彼女たちの演奏にはあった。Roseliaとは全く違う音楽性……なるほど、こういうのもあるとなれば友希那が他の人たちの演奏も聞いてこい、と言っていたのも納得だった。

 

「純粋に、凄かったと思う。聞いていて笑顔になれる、そんな魅力があった」

 

 語彙が豊富なわけではない自分には、そんな言葉が限界だったが、それでも充分向こうには伝わったらしくハロハピメンバーは全員喜んでくれているように見える。それに安堵しつつ、一点だけどうしても気になった点について思わず口を開く。

 

「……しかし本当にクマがDJやれるんだな」

 

「ミッシェルです。……まぁそれなりに努力しましたから」

 

「ミッシェルは凄いのよ!色んなことができるんだから!」

 

 そのままこころと北沢さんと薫がミッシェルについて語り合い出すのを横目で見つつ、その輪に加わらないミッシェルと松原さんの元へ向かう。松原さんはミッシェルの中が奥沢さんであるとしっかり認識しているようだし、ミッシェルに至っては本人だ。こころたちのミッシェル像についてどう思っているのか気になるところだ。

 

「……なんか、ミッシェルに要求される対するハードル高そうだけどそこら辺どうなの?」

 

「まぁ正直大変ですよ。あの三バカたちミッシェルのこと万能超人とかと勘違いしてるんじゃないか、と思う程度には」

 

「美咲ちゃん時々無茶振りされるもんね……」

 

 こりゃ着ぐるみの中で死んでいるような目をしてるんだろうな、と想像つくほどに哀愁を漂わせるミッシェル(奥沢さん)。そりゃ三バカとも言いたくなるよなぁ、と思っているとでも、とミッシェル(奥沢さん)が身にまとった哀愁を振り払って言葉を発する。

 

「期待には頑張って応えますよ。やるって言ったんだから」

 

 自分の言葉には責任を持つ、というやつだろう。そう言い切るミッシェル(奥沢さん)は格好いいと思う。まぁビジュアルピンク色のクマなのでどう足掻いてもギャグにしかならないのだが。

 そんな風に会話が一段落すると、薫が三バカの会話から抜けてこちらにやってくる。そしてどこか期待を込めた目でこちらを見てくる。

 

「悠一さんどうだった、私の華麗な演奏姿は?」

 

「演奏途中で一々格好つけるのやめたら?ギター素人の俺でも分かるミスが格好つける度にあったぞ」

 

「ああ……儚い……!」

 

 崩れ落ちる薫を冷めた目で見る。まぁ実は翔馬との練習の付き合いでギター技術についてはそれなりに造詣がある。だから本当は素人では気にならないレベルのミスではあったのだが……まぁそれは言わなくてもいいだろう。相手は薫であることだし、もう一人の幼馴染も薫に対しては辛辣だ。幼馴染間での認識として、薫はいじられキャラであるというところはあった。きっと他の人からすると理解できない認識ではあろうが、過去の薫を知っているとそういう風になってしまうのだった。

 そんな風に薫で遊んでいると、北沢さんとの会話を切り上げたこころが一人だけこちらに寄ってくる。

 

「―――それで、悩みは吹き飛んだかしら?」

 

「―――――」

 

 言葉を失った。突然の問いかけに返す言葉がなかった。直感的にそうではないと理解していたが、薫から何か聞いたのかと問うても返ってきたのは案の定聞いていないという言葉だった。

 

「……なんで、わかった?」

 

「わかるわ、そういう顔をしていたもの」

 

 そんなに分かりやすく顔に出ていたかな、と一瞬思い自身の顔に触れてみるももちろん顔に出ていたかは分かりはしない。まぁ接していた感じ、こころはだいぶ破天荒なところがあるようなので、彼女だからバレた、と思っておくことにする。そしてついでにバレてしまったなら相談もしておくことにする。さて、なんと切り出すべきか。

 

「そう、だな……。こころはなんでハロハピでボーカルをやってるんだ?」

 

 相談、と言っても仔細を語るには少々手間がかかる。故に参考となる意見を貰おうととりあえず、彼女が自分の立場だったらの意見を貰おうと考え、そう切り出す。だがなんというか自分はまだ弦巻こころという人間を見誤っていたようで。

 

「それは世界中を笑顔にするためよ!それがあたしたちの目的なの!」

 

 それに再び言葉を失う。ぶっ飛んでいる、とは思っていたが世界中を笑顔にするときたか。荒唐無稽な話だとは思うが……それすらも彼女であればいつか成し遂げるであろう、と相手に思わせてしまうあたりとんでもない人間であるように思う。ただまぁ、なんであれしっかりとした目標があるのなら話はしやすい。なら、と話を続ける。

 

「その目的が本気だって言い切れるか?言い切れるなら……その根拠はどこにある?」

 

 こちらの問いにこころが目を閉じてしばし悩む。だがまぁ、どちらかと言えば単純明快な性格である彼女はすぐに言いたいことをまとめたようで口を開く。

 

「悩みは自分の目的とかが本物なのかどうかが分からないってことかしら?」

 

「……ま、そだね」

 

 たったこれだけの問いかけでそこまでバレてしまうのか、と驚きつつ肯定する。これがこころ以外であれば見抜かれていることに恐怖を覚えそうなものだが……彼女なら仕方ない、と諦め気味だから不快感はないのでそこについては問題はない。

 

「なら薫から聞いたけれどあなたもボーカルなんでしょう?」

 

「まぁ一応そうだけど……?」

 

「そういうことなら一度歌ってみてちょうだい!」

 

 何故、と問いかける暇もなく押されてマイクの前に立たされる。なんだか思い通りにアドバイスがもらえないな、なんて思うもミッシェル(奥沢さん)が首を横に振っているため諦めるしかないのだろう。今の心情的にはあまり誰かに聞かせたくはないのだが、こころを説得できる気がしないのだから仕方がない。

 ならまぁ大人しく歌うか、と判断し、何を歌うかと思案する。しかし結局、歌詞を確認せずに自分が歌える曲など練習で散々歌ったRoseliaの曲とあとはバンド用のいくつかのカバー曲しかない。それならRoseliaの曲が安牌だろうと、音楽プレイヤーの中に入っている練習用に特別に用意してもらった歌なし版、いわゆるインストゥルメンタルというやつを流してもらうことにする。曲は……弟子入り試験でも歌った〝LOUDER〟。あの時のように純粋な熱意だけで歌えるわけではないが……誰かが聞いてくれるというのなら、全力で応じるのが礼儀だろうと、歌い始める。

 

 

―――――――――――――――

 

 

――――――――――

 

 

―――――

 

 

「……ふぅ……ご清聴ありがとうございました、っと」

 

「正直少し意外な歌だったね。悠一さんはそれなりにふざけるところもあれど、その根本は落ち着いたイメージだったからここまで熱く歌うとは思ってもみなかった。ああ、だがそんな悠一さんも素敵だったよ、胸を張るといい」

 

「あはは……でも薫さんの言う通りだったと思います。凄く聞いていて盛り上がったっていうか……」

 

「ゴォーってなる心が熱くなる感じだったね!」

 

「まぁあたしも柄にもなくテンション上がったな」

 

 歌い終えて礼を言えば拍手共に褒め言葉が返ってくるので、気恥ずかしさから後頭部を思わずかく。そしてそのままハロハピメンバーが感想を互いに語りだすのを照れ臭いながらも嬉しさから少し離れて見つめているとこころがこちらに寄ってくる。

 

「とってもいい歌だったわ!すごく熱くなるような歌だった!」

 

「そいつはどうも。……それで、悩み相談はどうなったのさ」

 

 結局、歌わされただけで何か悩みに対するアドバイスは得られていない。だから今の歌にどんな意図があったのかそれも含めての問いかけであったのだが……こころの方は何故か何を言っているか分からないと言わんばかりに首を傾げる。

 

「そんなのこの状況が答えじゃない」

 

「はい?」

 

「聞いている人々の心まで燃え上がった!だからあなたの思いはきっと本物よ!」

 

「いや、それってどういう……」

 

「それにしても燃え上がるっていうのはいいわね!あたしたちのライブではまた本当に炎を用意してみましょう!」

 

 そのままこころは言うだけ言ってメンバーの方へ走りさってしまう。こころが言っている意味がどういうことなのか、とか炎は危なくないか、とかまたってことは過去に既にやらかしたのかとか。本当に確認したいことがいくつもあるのだが、既にライブの演出についてメンバーと話し始めてしまったこころを見ていると求めている答えが得られるようには思えない。どうしたもんかな、と悩んでいると視界の端にピンク色が映る。

 

「……こころの言ってたこと、分かり辛かっただろうから補足させてもらいますね」

 

「クマ……」

 

「ミッシェルです。……まぁあなたの悩みについては、聞こえてきた会話からの想像だし、こころ言いたいことだってあたしが勝手にそう解釈しただけなんでそこらへんについてはご容赦を」

 

 こちらの隣に立ったミッシェルは、こころに視線を向けた状態でそう前置きをして話し出す。

 

「あなたの想いとか目的とか、そういうのが本物なのかはわからない。でも少なくともあたしたちはあなたの歌に心動かされた。それは事実だから」

 

 それは、考えてもみなかったことだった。自分の歌に対する熱意が、本気と言えるものなのかどうか。もし本気でないならば他人に聞かせるべきではない、とすら思っているところがあったため、自分の歌を聞いた人が何を思うかなど気にしたことなどなかった。そうか、自分の歌は―――彼女たちの心に届いたのか。

 

「だから、心を動かすだけのものを歌えるならそれは本物なんじゃないか。……って感じですかね」

 

「そう、か……」

 

「まぁ最初に言ったようにあたしの解釈だけど。それに個人的なことを言わせてもらえば」

 

 ミッシェルによって訳されたこころの言葉を噛み締めていると、そう言ってミッシェルがさらに言葉を続けてくる。

 

「ぶっちゃけた話、自分の想いが本物かどうかなんてどうでもいいと思ってます」

 

「どうでもいいって……」

 

「こころからハロハピの目的聞きました?」

 

 その言葉に頷いて返す。それを確認したミッシェルはよかった、と一つ頷いてからそのまま話を続ける。

 

「あたしは、あたしたちハロハピメンバーはこころを信じてる。本物か偽物か、正しいか間違いか。そんなこと気にせずにこころの夢が尊く素晴らしいものだと理屈関係なしに信じてる。そんなあたし自身を信じてます。……まぁそう言えるようになったのは比較的最近なんですけども」

 

「信じる……」

 

「そう、信じる。人間、夢とか想いとかそういうの、存外そんなもんでいいんじゃないんですかね。少なくともあたしは自分自身本気でその夢に賛同しているのかよくわかってませんけど……それでもこころの夢を信じてるから今、こうしてここにいます」

 

「クマお前……」

 

「ミッシェルです。……ま、本当に個人的な意見なんで気に入らなければ忘れるなりなんなりしてください」

 

 言うだけ言って、片手をあげてメンバーたちの元へと歩き去っていく後ろ姿はピンク色のクマのくせにやけに格好いい。そんなことを思いながら言われたことを、少し整理する。

 

「信じる、ねぇ……」

 

 本物か否かは、どうでもいい。そんな意見はまた新鮮なものであった。想いなど関係なしに求めるものはきっと素晴らしいものであると信じているからそこを目指す……。ああ、なるほど、それは。

 

「素敵な考え方だなぁ……」

 

 結局、都合のいい考え方な気もするが、それでもよかった。自分の想いは偽物なのかもしれない。二人に同時に向けられる恋心など不純なものなのかもしれない。それでも自分の胸にあるこの熱さは悪いものではないと、素敵なものであると信じたかった。だからまずは手始めに。

 

「自分の歌を、信じてみよう」

 

 ハロハピのメンバーたちの心を動かした自分の歌は、そこに込められた熱意が本物かどうか云々など関係なしに。誰かの心に届きうる素敵な歌なのだと信じてみようと思う。自身を疑う気持ちはそう簡単には消えやしないけど、少しずつ、少しずつでいいから信じてみようと、そう思えた。



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#18.一歩ずつ前へ

「うぃー、おひさー」

 

「あ、悠一さん久しぶりー」

 

「お久しぶりです……。二週間ほどで久しぶり、というのも……妙な気はしますが……」

 

 まぁそれだけ、Roseliaの練習に自分が入り浸っていた、ということなのだろう。他のメンバーにも挨拶しつつ、そんなことを思う。

 ハロハピに会ってからまたさらに一週間程度。既に大学も高校も夏休みに突入しており、こうして平日においても練習が行える。そういうわけでRoseliaに自分と翔馬を加えた二週間ぶりのメンバーがここに集まっていた。

 Roseliaは既に合宿を終えたそうだし、自分や翔馬は小規模のライブに行ったりした、と近況報告をまずは軽く行っていく。

 

「で、お土産とかないの?」

 

「藍葉さん、私たちは旅行に行ったわけでは……」

 

「おーみーやーげーほーしーいーなー!」

 

「翔馬さんまで……」

 

 はぁ、と溜息を吐く氷川さんに真面目っ子は大変だな、と原因であるくせに他人事のように考えつつ、リサへと視線を向ける。そこら辺、律義なリサがお土産を忘れることはないだろう、と思っていたが、予想通りリサは鞄から何やら包装されたおそらくお菓子であろうものを取り出す。

 

「まぁ観光地に行ったわけじゃないから大したものじゃないんだけどね」

 

「おっしゃ、はよ寄越せ」

 

「オイテケ……オミヤゲ……オイテケ……」

 

「何で悠一さんそんなに偉そうなの……」

 

「翔馬さんに至っては野生に返っていますし……」

 

 ちょっと、久々にRoseliaのメンバーに会えてテンションが上がっているのかもしれない。まぁそのテンションが楽しいところはあるので、落ち着く気はさらさらないのだが。

 だからその勢いのままリサが差し出したお土産を手に取ろうとし……触れる直前、それが上に持ち上げられて手が空を切る。恨みがましい目でリサを見れば、返ってくるのは悪戯っ子染みた笑顔。

 

「悠一さんもバンドのライブとか行ったんだよねー?それなら何かお土産あってもいいんじゃないのー……?」

 

 ライブ、と言っても自分が行けたのは当日でもチケットが取れたり、そもそも入場無料だったりするような小規模な、地元のイベントばかりだ。土産になるようなものなど、そうそうない……と思いかけて、そう言えば土産と言えなくもないもんがあったな、と思い出す。できれば土産として皆に受け取って欲しいものなので、バックを漁って全員に見えるように持ってきた土産を取り出す。

 

「えっと……饅頭、ですか……?」

 

「おう、ハロハピ饅頭」

 

「ハロハピ饅頭」

 

「物販がやりたい、って言ったバカがいて、それを叶えたバカによって生まれたお手製グッズのうちの一品」

 

「お手製グッズ」

 

 話を聞いていた全員が戸惑っているが、安心してほしい、自分もおかしいと思う。普通物販とか企業とかの協力があってやるものだと思う。やりたいからって自分たちで全部アイデア出して用意するってどういうことだ。や、流石に黒服の大人たちの力は借りたようだが。あの黒服の人たち、一体何巻家の人間なんだ……。

 

「ちなみに試供品ってことでタオルとかペンライトとかいっぱい貰ったけどいる?というか貰って。数あり過ぎて邪魔」

 

「通りでバックがあんなに膨れているのね……」

 

 友希那が言う通り、自分のバックはできれば押し付けようと思って持ってきたハロハピグッズの数々でパンパンになっている。試供品を作り過ぎたって何だ。頭のネジがぶっ飛んでるにもほどがある。さっきリサに言われるまでそれらの存在を忘れていたのはそれから目を逸らしたかったからかもしれない。

 

「とりあえず人数分それぞれ一つずつあるから貰ってな」

 

「正直いらないのですが……」

 

「知ってるか……?俺の家にまだ各グッズが段ボール一箱ずつあるんだぜ……」

 

「あこ……それ、貰いますね……」

 

「あ、あの私も……」

 

 宇田川さんを切っ掛けに、皆が優し気な目でこちらを見ながら受け取り始める。やめてくれ、そんな優し気な目で見られたら自分が哀れではないか。そして思い出す突然黒服の人々が家にやってくる情景。まさかこころからの提案を承諾したら黒服連中が家に箱で持ってくるとか誰が想像するんだ。

 

「やめろ……!俺の家にその段ボールを運び込むんじゃあない……!おのれ弦巻家ェ……!」

 

「まずい、このままだと悠一がダークサイドに落ちるぞ……!」

 

「そんな、悠一さん……!」

 

「フハハハハ!そのままあこと同じ世界へと落ちるがいい……!」

 

「あこちゃんは……既にダークサイドに落ちてるの……?」

 

「ダークサイドって響き、格好いいよね!」

 

「そろそろ茶番は終わりにして練習に入るわよ」

 

 いい加減収拾がつかなくなってきた辺りで友希那からそう指示が飛ぶ。それに全員がはーい、と返事をし、コントを繰り広げている間に配線など諸々は済ませていたためにそれぞれ自分の楽器を弾く準備がすぐに整う。Roseliaも自分と翔馬のノリにだいぶ汚染されたなぁ、と思いつつ自分も一応マイクの近くに立つ。

 最初はそれぞれアップ、というか調子を確かめるために各々が思うように演奏をし始める。自分もそれに倣いたいところではあるのだが、そこら辺は師匠である友希那の用意した練習メニュー次第。最初にRoseliaの練習をしてしまうのであれば、自分はアップをせずに友希那が軽い声出しをすることになるし、逆に自分の練習を先にするならば順番は変わってくる。だから指示を仰ぐために友希那の方を見れば、友希那がどこか安心した様子でこちらのことを見ていたことに気づく。

 

「……どうやら、落ち着いたようね」

 

 それが何時と比較してなのかは……まぁ、先ほどの茶番ではないだろう。多分、前回の練習の時。その時の酷い有様だった自分と比較して、今の自分が落ち着いたように彼女には見えている、ということなのだろう。

 実際、あの時と比べればかなり落ち着いている。だからあんな茶番を挟む余裕もあったのだ。今回の茶番にやけに長く付き合ってくれたのは、皆がこちらを心配して本当にいつもの調子に戻っているかの確認もきっと兼ねていた。

 もちろん完全に悩みが解決したわけじゃない。今だってこうして友希那と向き合っていて本当に本気で自分は彼女が好きなのか、と疑問に思うところはある。だがそれでも彼女を見ていると胸に宿る熱さが良きものであると信じたいと思えるようにはなったし、少なくとも自分の歌だけは信じるようにしている。だから完璧にではないけど、大丈夫。そんな思いを込めて笑みと共に友希那へと頷きを返す。それだけで友希那の方も納得したのか、話は終わりと言わんばかりに一度目を伏せ、次に開いた時にはいつもの練習の時にする、歌に対する真剣さを湛えた瞳へと変わる。

 

「それじゃあ前回の遅れを取り戻すためにいつもの倍、練習するわよ」

 

「お手柔らかにお願いしますストイック師匠!」

 

「今日の練習は厳しくなるわね……」

 

「!?」

 

 

 

 

「ゔぇー……きっつ……マジきっつ……」

 

「まぁ前回休んだ分は取り返せたかしら」

 

 このストイック師匠、本当に一回に二回分の練習を詰め込みやがったと思うも息も絶え絶えな状態なので文句すら言えない。基本的に煽ったこちらが悪いのでRoseliaメンバーからの救援もなし。一応、余りにもこちらが酷い状態だったからか苦笑しながらリサが飲み物をこちらのバックから持ってきてくれるが、それだけだ。翔馬も我関せずと氷川さんと話し込んでいるし、本格的に味方がいない。だからと言って煽りをやめる気はないのだが。基本の芸風なのだから仕方ない。

 

「あー……スポドリ生き返るー」

 

「……少し、時間が残っているわね。悠一、話があるのだけれど」

 

「もう、練習は、勘弁」

 

「違うわ。……一度、あなたとは私の認識について話し合う必要がありそうね」

 

 そりゃストイック師匠という呼び名に全て込められてる、と言いかけて慌てて口を噤む。流石にこれ以上煽って今日の分の練習が追加になったら洒落にならない。今日はもう、流石に限界である。

 

「そんじゃ、何の話だ?」

 

「あなたたちのライブ出演の話よ」

 

 その話題に、これは真面目な話であると意識を切り替える。流石にこの内容で茶化すことはしない。なんてったって自分たちのデビューに関わる話だ、真面目にならざるを得なかった。

 

「一応、私に宛ては幾つかあるのだけれど……あなたたちはどうしたいのかしら」

 

 確かに、無名のバンドがいきなり出演させてくれ、と言っても相手も仕事であるため採算の都合上そういう企画でもなければ出演というのは難しいとは聞いている。もちろん、規模が小さいものであれば出演料を払えば出られるライブも世の中いっぱいあるわけだが……。まぁ友希那はそんなライブを想定していないだろうし、自分だって出るならでかいところがいい。特に自分と翔馬Roseliaの弟子なのだ、半端なライブでは納得ができなかった。

 と、なればどうしても自分たちで出演枠を確保する、というのは難しい。だからここは自分たちよりはよっぽどコネのある友希那に頼むのが妥当か、と翔馬にも確認を取った上で友希那に頼むことにする。

 

「分かったわ。そういうことなら……そうね、来月の末なら、確かまだ枠があるところを知っているわ。そこに頼んでおくわね」

 

 来月―――それは長いようで、短い。そこまでに自分たちの歌を仕上げてライブに出れるようにしなければならない。それは何とも大変そうで……実に、ワクワクする。そう、ワクワクするのだ。あの始まりのライブの日、Roseliaが歌っていたように今度は自分たちが歌うのだ。緊張は既に生じている。だがそれでもそれ以上に楽しみだった。

 それに、と友希那とリサを順番に見やる。それに対し友希那とリサが首を傾げるので何でもないとだけ返しておく。これはわざわざ彼女たちに言うべきことじゃないからだ。

 

「そろそろ、スタジオ出た方がいいんじゃないか?」

 

「そうね。皆片づけは済んだかしら」

 

 全員が返事をしたことを確認し、一応ざっとスタジオ内を確認してから外に出る。スタッフの方に使用が終わったことを報告し、一度全員で集まる。

 

「で、だ。このあと皆予定ある?」

 

 個人的には友希那とリサ、二人に対する恋心を信じるためにもう少し二人と一緒にいたいところではあるのだが、流石に二人だけ連れ出すというのも不自然なので全員巻き込んでどこか寄っていこうなんて考えていたのだが。

 

「私はこの後、翔馬さんの家で追加の練習をするつもりです」

 

「ま、というわけで俺も予定あり」

 

「あこは合宿中できなかったNFOのウィークリークエ消化です!」

 

「私も……あこちゃんと一緒ですね……」

 

 マジか、と思いながら友希那とリサにも確認を取ってみれば二人だけは予定がないらしい。期せずして、三人になる機会を得てしまったと驚きつつ、他のメンバーと別れて友希那とリサを連れて少しだけ寄り道することにする。

 

「疲れから俺の体が糖分を欲しているので、クレープでも食べに行こうと思います」

 

「私は早く帰りたいのだけれど……」

 

「いーじゃん友希那っ。折角だから一緒に食べに行こうよ」

 

 リサにそう言われた友希那が一度ちらりとこちらを見てくる。それにサムズアップを返せば、はぁと溜息を吐かれる。そして如何にも仕方がないと言わんばかりの態度で口を開く。

 

「まぁ……偶にはいいわ。行きましょうか」

 

「やたっ。じゃ、悠一さんアタシと友希那の分奢ってね」

 

「マジか。いや誘ったの俺だしいいんだけど……」

 

 流石に機材とかも買っていい加減貯蓄が削れてきている。たかがクレープ、それを奢るのを渋るほどではないが、こういう積み重ねが最終的に貯蓄を削ることになるのだ。これはライブが終わったらバイト再開しなければならないかもしれない。

 

「あれ、前だったらあっさり承諾してたのに」

 

「いい加減、削れてきてんだよ」

 

「ああ、いくら値段を抑えたと言ってもそこそこの機材を選んだものね。貯金がなくなるのも仕方ないわ」

 

「や、まだ残ってはいるよ?ただ削れてるのが怖いだけで」

 

「悠一さんの言うバイト戦士時代っていくら稼いだんだろ……」

 

 まぁ所得税とかがかかるギリギリまで稼いだのを二年に加え高校時代のバイトもあるのでだいぶ稼いでいるわけだが、まぁあまりそういう話を他人にするものでもないのでそこそこな、と誤魔化しておく。

 そんな風に下らないことを話しながら三人で道を歩く。その時間はどうしようもなく暖かくて、幸せで。きっと自分にとって大切なものなのだと理解する。

 未だに、こうやって三人でいると特にだが友希那とリサの両者に恋心が向いているというのが引っかかったりもする。二人同時に向けられる恋心など本物と言えるのかと自問自答し続けている。それでもやっぱりこの時間は幸せで、素敵なものであると思えたから信じてみようと思う。

 

「……ああ、やっと、かな」

 

「……?どうかした、悠一さん」

 

「なにかあったかしら?」

 

「なんつーか……ケリが付いたんだよ、うん」

 

 問いかけてくる二人に対し適当に誤魔化して返す。そんな風に返せばしつこく聞いてくるが、教える気はないのでのらりくらりと躱し続ける。

 そう、ケリがついたというのが一番しっくりくるのだろう。実は今日先ほどまで二人への恋心を信じ切れていなかったのだが……やっと、本当にやっとケリがついた。

 友希那と話しているとこみ上げてくるこの熱さも。リサと話しているとじんわり広がっていくこの暖かさも。本物であろうがなかろうが、それは大切なものなのだと信じられた。手放したくないものだと思うことができた。劇的な要因なんてなかった。ただこうして共に時間を過ごしているだけでよかった。それだけで、ケリはついた。

 

 ―――だから今度は、答えを出さなきゃいけない。

 

 友希那への想いも、リサへの想いも大切だ。でもだからって二人とも、なんてことは言えない。どっちかを選ばなくちゃいけない。それは人として当然のことであり―――いいや、違う。そんな理屈じゃない。もっと単純に……自分が、ちゃんと答えを出したい。ちゃんと自分が信じた大切な感情に向き合って答えを出したい。

 だからきっと、それはいい節目なのだろう。自分たちが出演するライブ。そこまでに結論を出そうと思う。そしてライブのあと、友希那かリサ、どちらかに自分の想いを伝えるのだ。あなたのことが好きだと、胸を張って言ってみせるのだ。

 リサが見え始めたクレープ屋へと友希那を引っ張って走っていく、そんな二人を見ながら静かにそんな決意をした。



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そして赤薔薇は咲き誇る
#19.その日に向けて


「で?悩みは解決したっぽいけど具体的にどうなったのさ。一応、俺にはその話を聞く権利があると思うんだけど」

 

 自宅にて。暇かどうかを確認してきたと思ったら突然家に押しかけてきた翔馬は、勝手にベッドに横になりながらそんなことを聞いてきた。その態勢や、突発的な行動に文句を言いたいところではあるが、確かに彼には心配をかけており、同じバンドの仲間でもある。ならまぁ話しておくべきだろう、と判断し、事のあらましをざっと話していく。

 

「―――まぁ要するに、本物か否は気にせず、それが大切かとかそういう点で信じることにしたって感じ……かな?」

 

「ほーん……」

 

 話を聞き終えた翔馬の反応は芳しくない。まぁ自分自身の感情的な部分の話であるため、自分も上手く言語化できた自信はない。完璧には伝わってないのかもしれないが……それでも最低限、もう心配ないとは伝わっただろう。

 事実、翔馬はどこか安堵したかのように一つ頷いて、それから持ち込んできたポテトチップスを口に運んで咀嚼する。

 

「っんぐ……ま、何はともあれ落ち着いたならそれでよし!無事ライブに集中できるってわけだな」

 

「そういうことになるな。……あ」

 

 と、そこであることを思いつく。それは他人に言うには些か恥ずかしい内容であったが……翔馬相手であれば、今更気にする内容ではない。そのため、ちょっと相談なんだけどな、と切り出せばポテトチップスをつまみながらであるが視線をこちらに向けて多少の興味を示してくる。

 

「俺さ、ライブ終わったらな?」

 

「おう」

 

「友希那かリサに告白しようと思ってるんよ」

 

 翔馬はその言葉に驚いたあと、険しい顔へと変わりこちらを見てくる。なにか、そんな顔をされるようなことを言っただろうか、と訝しげな視線を返していればいやな、と翔馬が険しい顔のまま話し出す。

 

「念のため、念のための確認だけど、どっちかに告白したあと、もう一人にも告白するとかないよな……?」

 

「オメー、俺のクソ野郎かなんかだと思ってんのか?ん?」

 

 そう言って凄んでやれば、念のためだってと慌てたように手と頭を振って全身で否定する翔馬。まぁこの状況下であれば確認しないわけにはいかないか、と一応納得し引いておく。長い付き合いであるため信じて欲しいところだったが、だからこそもしそうなら止めなければならないとでも考えた、とでも思っておく。

 

「流石に、ちゃんとどっちか選ぶわ」

 

「そりゃそうか……。人としてどうかって話だもんな」

 

「それもあるし……何より、俺がちゃんとこの気持ちに向き合いたいんだよ」

 

 こないだの練習の後に過ごした時間を思い出す。あの時間は自分にとって、かけがえのないものだった。それを汚すような真似はしたくない。ちゃんと向き合って答えを出す……そんな風に誠実でありたいと、自分がそうしたいという話だった。

 それを言葉にして出せば、ニヤニヤと翔馬が笑みを浮かべてこちらを見ていることに気づく。確かに少しクサかったか、と恥ずかしさから思わず翔馬から視線を外して適当な場所へ視線を向ける。

 

「ああ、すまんすまん。いや、お前の夢中なものが何一つない時期を知っているとどうしてもなぁ」

 

 そう言われ、それなら仕方ないか、と溜息を一つ吐く。昔の自分はこんな風にちゃんと向き合いたいなんて言うことはなかった。そんな頃の自分と比べれば、笑みを浮かべてしまうのも分からないでもなかった。ただそれはそれとしてムカつくので、翔馬のポテトチップスを勝手にいくらか食べることでささやかな復讐をする。

 

「あ、テメッ!……や、まぁ別にいいけどよぉ……」

 

 寂しそうに量が減ったポテトチップスを見る翔馬。確かに存外ポテトチップス一袋って量少ないよな、と思いつつも美味しかったし反省はしていない。

 しかし未だに話したかったことを話せていない。なので改めて、空気を変えるためにも一つ咳を挟んでからそれで、と切り出す。

 

「相談があるんだわ」

 

「相談?なんだ?」

 

「俺、友希那とリサ、どっちの方がより好きだと思う?」

 

「知らねぇよ」

 

 だよなぁ、と天井を見上げる。自分でも分からないのに翔馬にわかるわけもなかった。だが、だからと言って結論を出さないわけにはいかない。ライブの日には告白するのだ。ならばそれまでにちゃんと答えを出しておかなければならない。

 と、なれば答えを直接貰うことはできなくても、答えの出し方ぐらいはアイデアがないだろうか、と翔馬に続いてアドバイスを求めてみる。

 

「知らねぇよ……。少なくとも俺は誰か二人を同時に好きになったことがないからな。どうしたらいいかなんてわかんねぇよ」

 

 そういうもんか、と問いかければそういうもんだ、と返ってくる。困ったな、と呟きながら後ろへ倒れ込むようにして仰向けになる。正直、翔馬以外に相談の宛てがない。いや、まぁ別にいると言えばいるのだが、翔馬以外は自分が恋していることを話していないし、今からそれを誰かに話すのは少し、恥ずかしい。一応、あとは元カノが自分が恋していることも、その相手も知っているが……元カノ相手にそんな話をするなど、どういう神経しているのだ、という話になってくる。

 どうしたものかと、溜息を吐いていると、ただ、と翔馬が口を開く。

 

「実体験じゃないからどこまで宛てになるか知らないけど」

 

「おう、とりあえず言ってみ」

 

「なんかの本でその人と付き合ったあととか、そういう先のことまで考えられる相手の方がいい、的なことは見たことある気がする」

 

「先のこと……」

 

 そう言われ、それぞれ付き合ったあとのことを考えてみる。友希那であれば二人でどこかのバンドのライブに行ってそのあとそれについて議論してみたいし、リサとは以前のように買い物に行って互いに似合う似合わないで議論したり一緒に料理を作ってみたりもしたい。

 

「……ふむ。どっちともやってみたいことはたくさんあるぞう!」

 

「ベタ惚れかよ。だから宛てになるか知らないって言っただろ」

 

 確かに結論は出ることはなかった。ただ、それでもなんだか重要なファクターである気もするので一応、ちゃんと覚えておくことにする。

 わからない、と言ったわりには翔馬はしっかりと考えてくれているようで、それからもしばし翔馬との議論は続く。けれど結局結論が出ることはなく、ついに翔馬が頭を抱えて呻き声を上げ始める。

 

「ダメだ、結局こいつがとことん二人に惚れてるってことしかわからん……」

 

「えへへ……」

 

「褒めてねぇから照れてんじゃねぇよ」

 

 知ってた、と返しつつ、真面目な話どうしようもなさを感じて困ってしまう。これ、ライブの日までにちゃんと結論出せるかなぁ、なんて思っていると翔馬の方が仕方ない、と指を一本立てて説明の態勢へと入る。

 

「こうなったらシンプルイズベスト、だ。最も簡単な方法に出よう。戻ると言ってもいい」

 

「どういことだ?」

 

「最も基本であるが絶対に結論が出るとは限らない手法があるのさ」

 

「いったいそれは……?」

 

 ごくり、と自分の唾を飲み込む音が部屋に響く。やけに長く溜め込んだ翔馬はいいか、と前置きをしてからゆっくりとその口を開く。

 

「―――ひたすらに、デートしろ」

 

「それで結論が出ないから困ってんだろォ!?」

 

 キレた。条件反射的に体が動き翔馬の腹にストレートを一発叩き込んだ。そして翔馬は崩れ去った。

 

「ぉぉぉ……いや、お前、容赦なさすぎ……」

 

「はは、ざまぁ」

 

「こいつ……!」

 

 しばし、翔馬が回復するのを待つ。本当に綺麗に入ったらしく些か時間はかかったが、ある程度経てば何とか、といった様子で翔馬が復活するので、それで、と話の続きを促す。翔馬はそれに恨みの籠った目で返してくるが、無駄だと悟ったのか一つ溜息を吐いてから話を再開する。

 

「まぁぶっちゃけた話、それしかもうできることねぇだろって話だよ。結局お前の感情の問題なんだから、デートなりなんなりして結論出すしかないだろ」

 

「そうなるのかぁ……」

 

 まぁ薄々自覚していたことではあった。何度も彼女たちに会って自身の感情を確かめ続けるしかないのだろう。それでちゃんと結論を出せる気がしないのが問題であるわけだが……もう、それしかないのだから仕方ない。翔馬への相談で得た視点も加えることで何とか結論へと近づくしかない。

 

「で、そこでだ」

 

 ちょっとやけっぱち気味に腹をくくっていると翔馬が何やらスマホをこちらに手渡してくる。そのスマホには何かの広告のページが表示されており、自分は思わずそれを反射的に読み上げる。

 

「夏、祭り……?」

 

「おうよ。ここらの商店街主催だかなんだかで近々祭りやるらしいぞ。ほら神社あるだろ、あそこ」

 

 翔馬の言葉にああ、と神社の存在を思い出す。正直初詣程度でしか行かないので完全に忘れていたが……なるほど、夏祭りなどやっていたのか。地元の催しにはやる気の関係で全く参加していなかったので知らなかった。今までの恋人とはこの時期別の市なんかのもっと規模が大きい祭りに行っていたし。そして何でこのタイミングで翔馬が夏祭りの話をしたのかを察する。

 

「……誘えってことね」

 

「そういうこと」

 

 はぁ、と溜息を吐く。別に誘うのは問題ないが友希那かリサ、あるいは両方を誘うのか。リサを誘うのであれば何故友希那とではないのか、ということをリサには聞かれるだろうし、両方誘うのであれば何故二人だけ誘うのかを他のRoseliaメンバーに突っ込まれる可能性もある。いい機会ではあるのだが……どうしたものか、と頭を捻った。

 

 

 

 

「私は……その日、家族と用事があって……」

 

「あこはおねーちゃんと一緒に行く予定です!」

 

「私も用事がありますね」

 

「私も予定があるわ」

 

「……あれ、暇なのアタシだけ?」

 

「おおう、マジか……」

 

 長期休暇であるため、一日だけ休みを挟んでまた丸々一日使った練習。その練習の休憩時間にて、話題として夏祭りの話を出したところ、リサがいい反応と共にRoseliaメンバーで行くことを提案。結果、返ってきた返答が以上だった。暇なのはリサと自分だけ。翔馬も何やら用事があるらしい。

 

「えー、残念……」

 

「まぁそんな日もあるさね」

 

 と言いつつも内心ではラッキー、と呟く。これならリサと二人きりで行く口実ができた、と純粋に皆で行きたかったらしいリサには申し訳ないが今回はこの状況を利用させてもらうことにする。

 

「それならリサ、俺らだけでも行くか?」

 

「まぁ皆予定あるんじゃ仕方ないよねー……。行かないのももったいないし、そうしよっか」

 

 と、あまりにもあっさりとリサとのデートが決まる。なんだか拍子抜けだ、と思うもそれで済むならそれに越したことはないないと喜んでおくことにする。

 

「祭りに行くのはいいけれど、その日の分の練習はしっかり別の日の練習で補ってちょうだいね」

 

「流石ストイック師匠……」

 

「早速今日の練習で補おうかしら」

 

「やめてよぉ!俺過労死しちゃうぅ!!」

 

 二日前の練習もハードだったのだ、今日もまた厳しめにされた死んでしまうと思わず叫ぶ。そんなこちらを見て皆が笑うが、こちらは死活問題なのだ。唯一笑っていない氷川さんを見習って―――あ、ダメだあいつ。笑いを堪えてるだけだ。おいこっち見ろよ。

 そんな風にふざけていると、そういえば、と友希那が何かを思い出したらしく声を漏らす。

 

「ライブの件、了承を貰ったわ。Roseliaの弟子なら喜んで、だそうよ。よかったわね、出演決定よ」

 

「マジかサンキュー!」

 

「ついに俺たちがステージに立つ日が来たな悠一!」

 

「おうよ、やるぞ!」

 

 翔馬と拳を合わせ、気合を入れる。一応、友希那には前もって出演はほぼほぼ確定だ、と聞いていたがこうやって本当に決まったと聞けば気合の入り方が変わってくる。いつも以上に全力で、そんな気持ちで今日からの練習には打ち込める。

 

「それでなのだけれど、あなたたちバンドの名前は決まってる?」

 

 その言葉にそういえば、と思い出す。決まっていない、わけではなかった。実はメンバーが決まった段階で既に自分の意見が採用されバンド名も決まっていたのだ。ただそれをRoseliaメンバーに伝えるのを忘れていた。

 ……いや、忘れていた、というのもある。だが他にも理由があった。

 

「まだ決まっていなかったりするのかしら。運営の方もスケジュールを作るのに早めにバンド名を教えて欲しい、だそうだけど……」

 

「……や、うん、決まってはいるんだ」

 

 多分、言うなら今がいいタイミングなのだとは思う。だが……この場で言うのは些か、いやかなり恥ずかしい。何故なら自分たちのバント名は思いっきりRoseliaを意識した名前だからだ。弟子であり、いつかはライバルになる。そんな意図を込めて付けた名前は、それを当の本人の前で言うというのは恥ずかしいものだった。しかしRoseliaメンバー全員の前だからこそ、それは宣誓として言うべきだとも思う。翔馬にも視線で確認すれば頷きが返ってくるので、ここで言うことを決意する。

 だから一度、全員の注目を集める。向けられる視線に一瞬、臆してしまうがそれを抑えて真っ直ぐとRoseliaのリーダーである友希那を見つめて口を開く。

 

「俺たちのバンド名は―――Rosa Rossa。イタリア語で、赤薔薇を意味する言葉だ」

 

 その言葉だけでRoseliaを意識していると気づいたメンバーが驚いたり、値踏みするような目でこちらを見てくる。けれどそれに負けることなく、はっきりとこのバンド名に込められた意味を告げる。

 

「赤薔薇の花言葉は色々あるけど、有名どころで言えば『情熱』。前に、友希那が俺の歌を燃え上がる紅蓮の炎って称してくれたからな。それに因んでってのが一つ」

 

 実は他にも、『熱烈な恋』なんて花言葉もあったのも理由なのだがそこら辺は個人的な理由なので割愛。それに何よりも重要なのはもう一つの理由。

 

「そしてもう一つは、お察しの通りRoseliaを意識して、だ。もちろん弟子だからってのはある」

 

 だけど、とそこで言葉を区切る。そしてRoseliaのメンバーそれぞれの目と一度ずつ視線を合わせる。自分の、自分たちの覚悟がしっかりと伝わるように。そして最後に改めて友希那と目線を合わせ、覚悟を込めて言葉を吐き出す。

 

「……けど、何よりも。必ず、Roseliaを超えてみせる。……いいや、違うな」

 

 言い切って、そこで初めてそれでは物足りないと自覚する。そんなものでは満足できないはずだ、と胸の中から湧き上がってくる想いがある。見つめた先の友希那も、目だけでそんなものではないだろうと告げている。だから、心の命じるままにその言葉を告げる。

 

 

「必ずRoseliaすら超えて、頂点に立ってやる」

 

 

「やれるものなら、やってみなさい」

 

 

 しばし、友希那と火花を散らすように見つめ合う。友希那から向けられるその視線は、もう弟子に対するものではなく、確かなライバルへと向けられるものだと分かる。バンドとしての演奏を聞かせる前にそんな目をされては無様な真似はできないな、とライブに向けて更なる気合が入るのを自覚する。

 そしてそれは友希那だけではない。Roseliaメンバーの全員が、ライバルとして今、自分と翔馬を見ている。それに恐怖することはない。ただひたすらに気分が高揚していく。

 今は、今はまだ、彼女たちに遠く及ばない。だけどいつか必ず―――その喉元に喰らいつく。そんな覚悟を、この瞬間改めて決めた。



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#20.夏祭り

 幾度となく待ち合わせに利用した公園。夕暮れ時というにはまだ少し早い、空が青さを残す時間に自分は今日も今日とてここを待ち合わせ場所としてリサのことを待っていた。

 ただいつもと違い、祭りの開催される神社が近いということもあってここを待ち合わせとしている人も多く、少し狭苦しく感じる。

 これ、リサはこちらのことを見つけられるのだろうかと心配しながら、チャットアプリで公園入り口付近、とだけ端的に送っておく。

 

「あのー……すいません」

 

「どうかしましたか?」

 

「もしお一人なら私たちとお祭り行きませんか……?」

 

「ああ、すいません。お誘いは嬉しいのですが……彼女と待ち合わせているので」

 

 またか、と内心辟易しながらも表面上は申し訳なさそうにして女性グループからの誘いを断る。リサには悪いが、彼女と言っておけば流石にそれ以上しつこく誘ってくるような人もいない。

 リサとのデートということで張り切り過ぎたか、と若干後悔しているとまたあの、と声をかけられる。それに何とか内心が表に出ないように気を付けつつ、適当にあしらおうとして、視線を向けた先の存在に言葉を失う。

 

「悠一さん、だよね?」

 

「……あ、ああ、俺だぞ」

 

 遠慮がちに声をかけてきたリサは、浴衣を着ていた。それ自体は、予想の範疇ではある。お洒落に気を使うリサだ、祭りに合わせて浴衣を着てくるというのは充分に予想できた。

 だが予想できなかったのは……その似合いっぷりだろうか。浴衣のベースの色は紫とあまりリサに縁がないように思える色。しかし暗い紫がベースとなることでリサのイメージカラーである赤色の牡丹柄が良く映えている。髪もそれに合わせてアップにまとめられ普段見えないうなじを覗き見ることができ、そういった趣味はなかったはずなのに見惚れてしまう。

 好きな相手と自覚してからというもの、リサのことは魅力的に感じていたが、浴衣姿ともなると破壊力が凄い。これ、今日平静を保てるかな、なんて思いつつ何とか余裕を保とうと努力する。

 

「いやー……悠一さん、甚平に着てそれに合わせて髪型も変えてるから、ぱっと見じゃ自信持てなかったよ」

 

「まぁ今日は折角の祭りだからな。リサの方もそうだろ?」

 

「えへへ、まぁね」

 

 はにかんだリサはくるりとその場で一回転してみせる。ふわり、と袖や裾が風に揺れるが、正直そんなことより笑顔でそんな仕草をしたリサが可愛くて辛い。こんなに可愛い子と恋心を自覚する前は散々デートしていたのに欠片も意識していなかったのか、と過去の自分に呆れつつ、折角全体像を見せてくれたのだからちゃんと、似合っていると褒めておこうと考える。

 ……しかし、いざ好きな相手を褒める、となると緊張する。どこまで触れていいのか、何を言えば喜んでくれるか、そもそも的外れなことを言ってはいないか。そういうのが気になって中々言葉が出てこない。だがあまり待たせてはいけない、と勇気を振り絞って口を開く。

 

「……よく、似合ってると思うぞ。紫は意外だったけど、赤が映えて綺麗だ。うん、相変わらずいいセンスだな」

 

 ここら辺、女性を褒めるというのは難しい。容姿まで褒めるとセクハラ判定が出る場合もあるし……まぁリサ相手であれば問題ない、とは思うのだが一応の配慮だ。それにセンスがいい、というのも本音である。

 こちらの言葉に照れたように笑うリサを見て、間違えなかったことに安堵していると、ふと顔の雰囲気も違うことに気づく。

 

「……もしかして、メイクもいつもと違う?」

 

「えっ?」

 

「……うん、なんていうかいつもより落ち着いた感じで、和の雰囲気を持った浴衣によく合ってる」

 

 そこまでつい言ってしまってから、口が滑ったことを自覚する。あんまり褒め過ぎても逆効果だったりする時もあるのだが……。

 恐る恐る、リサの様子を伺う。その顔は赤みがかっている……が、一先ず怒っているわけではないのは、何となくわかる。おそらく照れが強まっただけ、という感じか。

 

「も、もうっ、何でそういう細かいところまで気づくかなー……」

 

「……ま、俺もお洒落とかには気を使うタイプだしな。参考にするためにも人のファッションとか気にしてたりするのさ」

 

 君のことを見てるから、とは流石に言えない。今はタイミングではないだろうし、場合によってはストーカー染みても聞こえる。それにまだ、友希那かリサか、ちゃんと答えが出せていない。だからその言葉はそっと胸にしまって、あながち嘘でもないことを言ってその場は誤魔化す。

 

「それとも、嫌だったか?」

 

「まー、そりゃ?気づいてもらえて嬉しいけどさ……」

 

 ならよかった、と呟く。照れてそっぽを向くリサの可愛さにほっこりしながらも、これ以上この話題で恥ずかしがらせても申し訳ない。それにいい加減、祭り会場に行きたいところでもある。

 

「そしたら、そろそろ行こうか」

 

「あ、うん、行こっか」

 

 リサも今の空気を変えたかったのか、すぐにこちらの提案に乗ってくる。そのまま、二人で適当な話をしながら神社の方へと向かって歩く。

 しばし歩けば、徐々に空気が変わってくるのが分かる。なんというか……浮かれた空気というか。言い方こそ悪いが、その浮ついた感じが祭りらしくあり、自分もテンションが上がってきているのを自覚する。昔、別の市の祭りに彼女と行ったときはそんなことなかったのに、今はテンションが上がっているのは、やはり隣にリサがいるからなのだろう。

 雰囲気が変わるにつれて、自然と人の数も増えていく。それを何とかかき分けながら、リサの手を取るか悩み―――それぐらいは、許されるだろうと祭りの雰囲気に酔うことで勢いをつけてリサの手を握る。流石にその時までリサの顔を見る勇気はないが、それでもしっかりと握り返してきてくれた感覚に安堵する。

 手を繋いだ照れで、互いに無言になってしまう。そうなると自然と周囲の音が耳に入るようになり……特徴的な音があるのに気づく。

 

「これは……太鼓?」

 

「あ、ああ、このお祭りね、和太鼓の演奏があるんだ」

 

 思わず呟けば、無言の時間を嫌ったのかリサが話題に食いついてくる。それに知らなかったな、と返しつつ和太鼓の音色に耳を傾ける。ドラムとはまた種類の違う、ずんと体の奥に響く音色に、興味が湧く。

 

「和太鼓も、いいもんだな」

 

「この和太鼓、あこのお姉さんが叩いてるんだって」

 

「へぇ、宇田川さんの」

 

 つい、そう声が零れる。以前、宇田川さんから姉の話は聞いている、曰く、お姉さんの方もドラマーという話だったが……打楽器という点で、流用できる技術などもあるのだろうかと素人なりに考察する。

 そんなことを考えていれば気づけば、祭りの会場へと辿り着く。神社の境内ではないが、屋台の多くは境内よりも外にもあるため、会場自体は厳密には神社だけではなかったりする。

 

「ここの祭りって、こんな感じだったっけか。懐かしいな」

 

「悠一さん、ここのお祭りって来てないの?」

 

「昔……小学生ぐらいに行ったきりかも」

 

 いつからこの祭りに行かなくなったのか思案し……ちょうど、幼馴染の千聖に避けられ始めた頃だ、と思い出す。祭り中に鉢合わせたら申し訳ないな、なんて千聖の方は当時から子役として活躍してて忙しかったのに、無駄に警戒して行かなかった記憶がある。それ以来、なんとなく行かなくなってしまったのだったか。

 

「それならさっ、久々のお祭り楽しもうよ!」

 

 しばらく記憶を遡ってぼう、っとしているとリサがそんなことを言って繋がれた手を引いてくる。それに導かれるまま、ゆっくりと祭りの喧騒へと歩き出す。

 こういう祭りの屋台は高いよな、と思いつつも匂いにつられ、視線が自然と屋台の方へとつられる。そして祭りの雰囲気にあてられ、ケチる方が無粋であろうと、ついつい財布の紐が緩くなる。そしてそんなのもリサと一緒にであれば、悪くない、などとも思ってしまう。

 

「あ、久々にわたあめ食いたい」

 

「なんやかんやで悠一さん、甘いもの好きだよねー」

 

 からかうようなリサの声音にうっせぇ、と返しつつわたあめを売っている屋台へと近づく。値段は……キャラクターものではない、ただの棒付きでも三百ほどする。だがまぁ、気にするものでもないし、そもそもわたあめなど原価が安かろうが祭り以外ではまず食べないのだから、と自分を納得させて屋台のおっちゃんにお金を支払う。

 

「坊主、キャラクターものの方じゃなくていいのか?」

 

「んな歳じゃねぇっての」

 

「こっちの方が稼げるんだがなぁ……」

 

「客の前でんなこと言うなよおい」

 

 本当に買わない?としつこく確認してくるおっちゃんに買わない、と断言しつつわたあめを受け取る。そのまま一口食べれば口の中で甘さが広がると共にわたあめが溶けていく。久々に食うと美味いな、なんて思いつつリサの方にも差し出せば遠慮がちな目で見てくるので更に口の方へ近づけてやる。そこまですれば流石に遠慮をやめてリサがわたあめを口に含む。

 

「んむ……久々に食べると美味しいもんだね、わたあめも」

 

「同じこと思ってーら」

 

 そう言って二人で笑い合う。そんなことをしていれば、屋台のおっちゃんがニヤニヤしているのに気づき、先ほどまでのやり取りが急激に恥ずかしくなってくる。そんなこちらを知ってか知らずか、おっちゃんがニヤニヤしたままからかうような口調で口を開く。

 

「いいねぇ、別嬪さんを連れて羨ましいもんだ」

 

「べ、別嬪だなんて……」

 

「ハハッ、初々しいこった。しかし昔仮面ライダーの袋に入ってたわたあめを親に買ってもらって喜んでた坊主が今じゃ彼女連れとはねぇ」

 

 その言葉に思わず目を見開いておっちゃんを見れば、してやったりとニヤリと笑みを浮かべるおっちゃん。まさかそんな昔のことを覚えていて、しかも成長したこちらのことに気づくとは。自分のことを覚えていてくれた人がいる、という事実が少しばかり嬉しいことだった。

 

「―――と、地元っぽい高校生や大学生にあの日、わたあめ売ってたおっちゃんプレイをして遊ぶのが最近のマイブーム」

 

「おっちゃぁん!!」

 

 感動を返して欲しい。そんなことを思いながらお茶目なおっちゃんに別れを告げて再び祭りの雑踏の中を進む。ただあのおっちゃん、どこか既視感があるので本当に昔あの人からわたあめを買ったりしたのかな、なんて考えて笑みを浮かべる。

 

「ん、どしたの?」

 

「なんでもなーい」

 

 けれどそれをわざわざ口にするのも無粋な気がして、笑みを浮かべるこちらを不思議に思ったらしいリサの質問をはぐらかす。当然、リサはさらに問い詰めようとしてくるがそれをのらりくらりと躱していく。

 

「お、チョコバナナあんじゃん。買ってこよ」

 

「まーた甘いもの……」

 

 好きなんだから仕方ない。そうやって言い訳しつつ、チョコバナナの屋台は少し混んでいたため列に並んで待つことにする。その最中、視界に学生服を着て歩く人々を見かけ、ふと疑問に思ったことをリサに聞いてみることにする。

 

「そういやリサはさ、と学校の友達とじゃなくてよかったの?」

 

 大学の友人の誘いを蹴った自分を棚に上げつつ、リサにそう聞いてみる。それにリサは今更だね、と言いながら質問に答えてくれる。

 

「Roseliaの皆と行く、って言っちゃってたからねー。もう今更だったっていうか。だから悠一さんとでもいっかなって」

 

 自分とだから、という答えでなかったことにがっかりしつつも、まぁそんなもんだよなとも納得する。今もまだ手は繋がれていることから、間違いなく嫌われてはいない……というか、好かれてるいる、とは思う。それがどれほどの好意かまではわからないが。

 だから、少し探りを入れる意味も込めて、もう一つ疑問を放つ。

 

「友人とかにこの状況、見られてもいいの?」

 

 そういって繋がれた手を少し持ち上げれば、照れたようにリサの顔が赤くなる。ただそれで払われることはないので、それなりの好意が向けられているのはきっと、間違いない。異性としてそれなりに意識されてるとも思う。恋人になりたい、というほどかまでは知らないが。

 

「正直、今まで何度か一緒に出掛けてるし、今更って感じはあるかなぁ……」

 

 言われてみれば確かに、リサとのデートはここら辺の地域で行われている。今になって気にしたところでどうということはないのかもしれなかった。ただそれでも友人に何か言われるのを想像したのか、さらにリサは赤くなっているのだが。

 

「そ、それに悠一さんはイケメンだから?友達にはちょっとした自慢になるんだ」

 

「まぁ確かに俺、お前が来るまでに何回か逆ナンされたしなぁ……」

 

「えっ、何それ」

 

 はっはっは、と笑ってどういうことか問いかけてくるリサを誤魔化す。まぁわざわざそれを断ってこうしてここにいることが答えではあるのだが、そこら辺まではリサは気づかない。気づかれてもこちらの気持ちがバレる可能性が上がるので困るのだが。

 

「……それこそ、悠一さんは友希那とじゃなくてよかったわけ?」

 

 こちらが仔細を語る気がないと理解したリサは反撃とばかりに友希那について聞いてくる。そういえばリサはまだ、こちらの好きな相手は友希那だけだと思ってるんだよな、と思い出しつつなんと答えたものかと考える。全て正直に言うのは……なしだ。それはライブの日に言うべきことである。だからとれる選択肢は結局、誤魔化ししかない。

 

「その友希那は用事があるらしいからな。致し方なしってやつだ」

 

「……そっか、仕方なしか」

 

「おう」

 

 本当はリサと過ごしたかったから、と言いたい。だがまだだ。ちゃんと、自分の感情に結論を出してから、それからだ。

 

 ―――そこから、しばらくリサと二人で祭りを周る。色んな屋台を見ていき、和太鼓の演奏会場にも行き、宇田川姉妹にも会ったりもした。そうして祭りを楽しんでいれば時間はどんどん経過していき、それなりに遅い時間になってくる。

 

「いやぁ、久々の地元の祭りも楽しかったな」

 

「Roseliaの皆が予定があるって言った時はどうしようかと思ったけど、悠一さんがいてくれてよかった」

 

 祭りからの帰り道、互いに祭りの感想を言い合いながら歩く。ちょっと変えるには早い時間だったりもするのだが、あんまり長居するとついついお金を使ってしまうので早めの切り上げとなった。

 祭りが終わってしまうことに名残惜しさを覚え、それを誤魔化すように二人で喋り続ける。けれどそんな理由で喋っていれば、あまり楽しめず自然と話題がなくなっていってしまう。そしてついに会話が途切れた頃。

 

 ―――ひゅー……、なんて聞き覚えのある情けない音が聞こえてくる。

 

 その音に反射的に二人で空を見上げれば、パァンと続いて炸裂音が響き渡る。そして夜空に咲き誇る大輪の花。その突然の光景にしばし、見惚れたあと、更に打ち上げられた二発目に意識を取り戻す。

 

「……ここの祭り、花火なんかあったっけか」

 

 こちらの疑問に、リサがあ、と声を漏らす。そしてスマホで何かを検索したかと思えばとあるページを開いてこちらに見せてくる。

 

「そういえば今年から花火打ち上げるんだって。祭りで花火がないのは寂しいだろって意見があったらしくて。ほらここ」

 

 そう言ってリサが指し示す場所を見れば確かに、リサが言っていた通りのことが書いてある。

 

「そっかぁ……忘れてたや……」

 

 リサの呟きを聞きながら、道端で打ち上げられる花火を見る。他の人々は祭りの会場で見ているのか、辺りに他に人はいない。明らかに花火を見るには位置が悪く、あまり綺麗には見えない。けれど、と花火を見るリサの横顔を見る。花火の光に照らされるその姿は、服装もあっていつもとは違う幻想的なものに見える。そんなリサと二人で花火を見れるなら、多少綺麗に見えない程度、どうでもよく思えた。

 

「……ねぇ、悠一さん」

 

 ポツリ、とリサが呟く。それに改めてリサの方を見れば、しばしリサは言うべきか言わざるべきか逡巡した様子を見せ―――そして笑顔で、けれどどこか儚さを感じさせる顔で言葉を紡いだ。

 

「友希那のこと、よろしくね」

 

 ……本当はなんて言おうとしたのか。しかしそれを問いかける資格は自分にはなく、帰ろっか、と言ってくるリサに頷きを返すしかない。

 もう、自分はリサの気持ちがわかっていた。今彼女が伝えようとしていたことも、分かっていた。だけど彼女がそれを言えなかった理由は自分の行動にあり、そして未だに選べていない自分にはその言葉を引き出す資格はなく。

 だから、だから今は―――彼女に我慢させることしかできない。自分の都合に付き合わせて申し訳ないとも思うし、そんな自分が情けなくも思う。

 けれど、必ず。必ずライブの日に答えは出すから。そんな風に勝手に誓うことしか今の自分にはできなかった。



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#21.猫カフェ

「悪い、待たせた!」

 

 走りながらこちらのことを待ってくれていた少女へと声をかける。少女は暑い中待っていたというのに、いつもと変わらず涼しげな顔で走ってきたこちらのこと見据えてきた。最初に今日の外出を提案したのに、その自分が遅刻したことに申し訳なさを感じ、思わずその視線に委縮してしまう。

 

「や、本当にすまん」

 

「別に、構いはしないわ」

 

 待ち合わせた相手―――友希那は本当に何とも思っていないかのように全く表情を揺らがせずにそう言い切ってくる。だがそれは見ようによっては怒っている態度にも見えて、普段のストイックさもあって友達少ないんじゃないか、なんて余分なことが気になってきてしまう。流石に、口に出すほど軽率ではないが。

 

「でもあなたが遅刻するなんて珍しいわね。なにかあったの?」

 

「あー……まぁ色々と」

 

 確かに、少し問題があったのだ。ただそれを友希那に言うわけにはいかなかった。―――夏祭りの帰り道で見たリサの顔が、頭から離れないなどと。

 あの顔をさせた責任は全て自分にあるという自覚があるために、後悔や今すぐに解決できない自分の情けなさがずっと頭の中を占めており、考え込み過ぎて家から出るのが遅れたなどと言えるわけがなかった。

 

「まぁその分、埋め合わせはするさ」

 

「そう……それなら別に構わなけれど」

 

「それじゃ、行こうぜ」

 

 友希那を連れて、目的地へ歩き出す。流石に、友希那に対しては手を繋ぐ勇気がない。リサの時は祭りの空気に乗って、というところがあったし、友希那はどんなリアクションが返ってくるのか予想できないのだ。

 チラリ、と隣を歩く友希那を盗み見る。相変わらず、いつも通りの表情であり、こちらと二人で歩いていることに対してどう思っているのかがわからない。リサの方は、似ている部分もあるためいくらか分かったのだが、と思いながら頭をかく。

 

「とりあえず、今日は侘びとして何か奢るよ」

 

「そう?それじゃあお言葉に甘えるわね」

 

 夏祭りに、音楽関係、それ以前のものも含めると流石にもう、そこまで余裕があるわけではないのだがそこはまぁ遅刻した自分が悪い、ということで。その遅刻の原因となったリサのことも今は一先ず忘れておくことにする。そう簡単に頭から離れる者でもないし、そうしていいものでもない。ただ、流石に友希那といる時に他の女性のことを考えるのも失礼だろう、という話だ。

 

「それにしても本当に出かけている余裕はあるの?来月にはライブなのだけれど」

 

 それを言われると痛い所ではある。ライブが近づいてきているからこそ、結論を出したいわけなのだがそれを言うわけにもいかない。ただまぁ、他に全く理由がないわけでもないので、とりあえずはそれを言っておくことにする。

 

「ライブに向けてちょっと最近追い込み過ぎてたからな、息抜きだよ息抜き」

 

「……本当かしら」

 

 疑り深い友希那に、本当だよと返しておく。実際、リサの件を頭から振り払うために馬鹿みたいに練習に打ち込んだりもしている。その休憩としてこのデートを企画したところはあった。普通の、一人だけでの休息だと肉体面はともかく、精神面は休まらなかったであろうし。

 

「まぁ今はその言葉を信じておきましょう」

 

「そうしてくれ」

 

「次の練習の時には分かることだもの」

 

 本当にこのストイック師匠、ちょっと外せない予定があって仕方なしに練習をしなかったことを必ず見抜いてくるから怖い。そして即時にその分を補う練習メニューを提示してくるのだ。本気で面倒を見てくれている、というのは嬉しいことなのだが音楽に関してだけと言えど行動を読まれるというのは恐ろしいことだった。主にこちらの抱く想いに気づいてはいないかと言う点で。

 

「それで今日は結局どこに行くのかしら。当日までのお楽しみということだったけれど」

 

「ああ、それか」

 

 そう、今日のデートにおいては友希那に一切の内容を知らせていない。何故なら知らせていればそもそも来ないであろう内容だからだ。ただ、ここまで来れば流石に帰らないだろう、とも思うので今なら言ってもいいだろう、と判断する。

 

「今日行くのはな―――猫カフェだ」

 

「帰るわ」

 

「ちょ、待て待て待て待て!」

 

 まさかここに来て帰ろうとするとは、と驚きつつもギリギリ友希那の手首を掴むことに成功する。そうなれば華奢な友希那がそれなりにガタイのいいこちらを振り払えるわけもなく、なんとか、一先ずは帰るのを阻止することに成功する。それでも、未だに逃れようとしているのだから油断できないのだが。

 

「放しなさい。私は帰るのよ」

 

「なんでだよ、お前、猫好きだろ」

 

 そう言えば、珍しく分かりやすく顔を赤くした友希那がこちらを恨みがましげに見てくる。とりあえず、掴んだ腕から抵抗が消えたのを確認したので友希那を解放しつつ、少しばかり呆れた目で友希那を見る。

 

「猫好き隠してるのは知ってるけど……別に、俺相手ならいいだろ?」

 

 それは、友希那に特別信頼されてるからなどという己惚れではなく。単純に以前のデートで言い逃れのできない場面を見たからこその言葉だった。今更こちら相手に隠しても無駄だろうと、呆れと共に友希那を見れば、そういうことではないわ、と首を横に振られる。ならばどういうことかと確認してみれば恥ずかしそうに友希那はそっぽを向いてから口を開く。

 

「……あまり、弟子に情けないところを見せたくないのよ」

 

可愛いかよ

 

「……何か言った?」

 

「いんや、何も」

 

 ついつい漏れた言葉を誤魔化しつつ、そういうことかと納得する。確かに自分が友希那の立場であれば分からなくもないと思う。ただまぁ結局それも手遅れだ、という話になるわけで。

 

「正直猫に関しては今更なところあるから……諦めて楽しまない?」

 

「……そう、ね」

 

 はぁ、と友希那が溜息を吐く。そしてようやく諦めたのか、目的地の方へと歩き始める。先導されることなく歩くところを見ると、流石猫好きというか猫カフェの場所は把握してるらしい。

 

「前回既に醜態を晒しているし、あなた相手にはもう今更なのでしょうね」

 

「別に醜態とは思っていないんだけどなぁ……」

 

 まぁそこら辺は本人の感覚故、そこまで突っ込むことはしない。

 友希那の方は完全に開き直ったのか、ズンズンと前へ進んでいく……いやこれ違うな。開き直ったことで猫カフェが楽しみなだけだ。証拠に既に瞳が輝いている。

 普段のストイックさの割にこういうところが可愛いんだよな、と思いながら友希那を追いかける。

 

 

 

 

……にゃーにゃー、にゃぁん……

 

「可愛い……いや可愛すぎない……?マジで可愛い……」

 

 無論、猫ではなく猫と戯れる友希那が、である。猫を愛でる友希那のあまりの可愛さに語彙力を失いつつ、注文した紅茶を口に運ぶ。一応、猫カフェなので自分もやけに懐いてくる白猫を膝の上に乗せて愛でているので、猫カフェを楽しんでいはするのだが……いや、ただそれ以上に友希那が可愛い。

 今回はもう、完全に開き直っているらしく、全力で猫と遊んでいる。前回を遥かに超える笑顔を浮かべているが……まぁペットショップのガラス越しとでは実際に触れられるのだから喜びが違うだろうと納得する。

 そしてその猫への夢中っぷりは、店員の方も苦笑するほどである。その店員の様子を見ていると、どうやら友希那はここに来たのは今回が初ではないようで、苦笑にはまたか、という感情が乗っているようにも見える。

 

「……って、あれ」

 

 そこまで観察して、店員の顔に見覚えがあることに気づく。先ほどまではアングル的に物陰に隠れて口元程度しか見えなかったのだが……あれは、高校時代の後輩にしてうちのバンドのドラマーではないだろうか。そしてどうやら向こうこちらに気づいたようで驚いた顔をしている。そんな彼を手招きすれば、他の店員に一言入れてからこちらへと寄ってくる。

 

「何やってるんですか、悠一先輩」

 

「付き添い」

 

 そう言って友希那を指させば、彼は驚いた顔をしてこちらを見てくる。まぁ当然のリアクションだよなぁ、と思っていると彼はやけに真剣な顔になって口を開く。

 

「あの人週に一回、必ずうちに来るんですよ。それで毎回フリータイムで凄い時間居座ってて……。いやまぁその分注文多いんで構いやしないんですけど」

 

「マジかよあいつ」

 

 まさかの常連だった。ストイック師匠はこんなところでもストイックだった。どんだけ猫好きなんだよ、と思いつつも惚れた弱みというやつだ、それすら可愛いポイントに思えてきてしまう。困ったもんだなぁ、なんて苦笑しているとこちらの表情から感情を読み取ったのかいい笑顔をして後輩が問いかけてくる。

 

「彼女ですか?」

 

「ちげぇよ。今はまだ、な」

 

「なるほど」

 

 それだけで諸々察したのか、頑張ってくださいねとだけ言って業務に戻っていく後輩。実際のところは彼が想像しているよりも面倒だったりするのだが、まぁそれは言わなくてもいいもの。にゃお、なんて鳴きながら膝の上からこちらを見てくる白猫を撫でつつ、友希那へと視線を戻す。

 友希那は相変わらず猫と絡んでおりこちらのことも忘れて楽しそうだ……なんて思っているとチラリ、と突然友希那がこちらを一瞬見てくる。しかしこちらも友希那を見ていると分かるとすぐに視線を周囲の猫へと戻してしまう。それにはて、と首を傾げていると見かねたのか再び後輩がこちらのテーブルへと寄ってきて小声で囁いてくる。

 

「先輩の膝の上の猫、あの人のお気に入りなんですよ」

 

 その言葉になるほど、と納得する。そういうことであれば、とまた友希那がこちらを見てきた瞬間に膝上の猫を軽く持ち上げてやると、意図を察したらしい友希那がパァっと顔を輝かせたかと思うとすぐに赤面してしまう。

 そこに追い打ちをかけるように、白猫も抵抗しないので白猫の手を借りて手招きするモーションをやってみれば、友希那がついに折れ赤い顔のままやってきて手を差し出してくる。その手に白猫を渡しつつ今日はよく友希那の表情の変化を見れる日だ、とほっこりする。

 そんな風に友希那は猫を、自分はそんな友希那で楽しんでいるとあっという間に時間が過ぎ去り午後からのデートだったこともあって夕暮れ時になってくる。

 名残惜しそうに猫を見続ける友希那を引きずるようにして外に出れば、方角によっては空が黒くなり始めているのが分かる。猫から友希那を引きはがすのに時間をかけ過ぎたか、と思いつつ元凶を見やれば気まずそうにしているので、とりあえずは文句を言うのは控えることにする。

 

「んじゃま、帰りますか」

 

「……そうしましょうか」

 

 顔を軽く赤らめながらもいつも通りを装う友希那を連れて帰り道を歩く。猫カフェは自分の家や友希那の家から多少離れた場所にあるので、これは帰る頃には完全に夜だなと友希那を家まで送ることを決めていると、突然友希那が申し訳なさそうな口調で喋り出す。

 

「今日は、ごめんなさい。あなたの休息が目的だったのに私が楽しんでしまって」

 

 何を気にしているのかと思えばそんなことか、と呆れの溜息を吐く。謝っているのに溜息で返されたからかむっとする友希那に、いいか、と前置きをしてから話し出す。

 

「そもそもそれに文句を言うようであれば、最初から猫カフェになんざ行ってねぇっての」

 

「じゃああなたも今日、楽しめたの?」

 

「おう、猫にデレデレのストイック師匠、可愛かったぜ!」

 

 そうからかうようにサムズアップを友希那に返せば、また照れて赤くなるかと思いきや逆に目が据わる友希那。あれ、これやらかしたかと思った時には既に遅い。どこか冷たい目をした友希那が、同じく冷たい声音で言葉を紡ぐ。

 

「次の練習、覚えてなさい」

 

「待って、本当に待って」

 

 慌ててストップをかけるがもはや手遅れと言わんばかりに友希那は聞き入れる様子を見せない。だが本当に練習がきつくなるのは困る。こういう時の友希那は本当に容赦がないのだ。

 

「安心なさい、ちゃんと効果があるようにするから」

 

「そういうことじゃない」

 

 本当に効果が実感できるようなハードメニューを組んでくるからこういう時練習法に詳しい人間は質が悪い。何とか練習をきつくしないように頼み込むが取り付く島もなく、結局友希那の意見を変えられないまま時間が経つ。

 気づけば場所は既に、最初の練習の時に友希那と白金さんの三人で帰った時も通った別れ道へと辿り着いていた。同じことに友希那も気づいたのか、自然と自分たちの足が止まる。

 

「……もう、懐かしいものね」

 

「そうさなぁ……」

 

 あのライブの日、Roseliaに憧れてからここまで駆け抜けてきたように思う。途中何度か躓き、今また壁にぶつかっているが……それでも、ここまで来たのかと思う。最初の練習の日とは違って今日は友希那と二人きり。あの頃とは互いの呼び方も変わった。……そして自分の心も。

 今の自分の恋心は、友希那だけではなくリサにも向けられている。より、自分が好きなのはどちらなのだろうか。ふと、翔馬が言っていた付き合った後のことを、今日やこないだの夏祭りの日のことを踏まえて考えてみる。やはり、どちらともやりたいことは多くある。だが―――

 

「悠一、そろそろ帰りましょう」

 

「ん、そうだな。今日も送ってくわ」

 

 思索に耽っていると、友希那の方から声がかかる。それに返事をしつつも頭は別のことに意識を向けていた。

 

 ―――なんとなく、本当になんとなくだけど答えが見えてきた。

 

 そんな手応えを胸に友希那と二人、帰り道を歩んでいく。



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#22.赤薔薇の咲く時

「あー……緊張……緊張ヤバい……」

 

「相変わらずあんたは緊張に弱いわね」

 

 若干顔を青くした翔馬を、うちのバンドのキーボード担当である元カノが一蹴する。なんというか、元カノは説得してから随分とキャラが変わったというか、素を見せるようになったと思いつつ、トイレの方へ元カノに蹴飛ばされながら向かう翔馬を見送る。

 

「翔馬先輩に対して、悠一さんは落ち着いてますよね」

 

「そうか?」

 

「こいつは逆に落ち着きすぎなのよ」

 

「まぁ普段通り過ぎて気持ち悪いところはあるよねー」

 

 随分とうちのバンドの女性陣が手厳しい、と思うもよく考えてみれば普段の練習の時もそうなので結局いつも通りか、と納得する。

 今日はついに訪れた初ライブの日。ライブとしての規模は中程度で、控室を見回せばいくつものバンドの姿が確認できる。その中には無論、このライブに出れるようにしてくれたRoseliaの姿もある。

 

「悠一先輩は何を見て……ああ、あなたの師匠ですか」

 

「ちっ」

 

 ドラマーである後輩がRoseliaについて触れた瞬間、元カノが舌打ちをする。確かに彼女からすればRoseliaは別れることになった元凶とでも言えるもので。こちらのことを未だに諦めていない彼女はRoseliaのことを毛嫌いしていた。そしてそれはこのバンドでは周知のことであり、誰もがそれに苦笑するだけで留める。まぁもはや様式美染みているところもあるのだ。

 

「それなら悠一先輩、挨拶ぐらいしてきたらどうですか?」

 

 だからまぁ、後輩も不用意にこんなことを言ってきたりする。彼からすれば、友希那のことを好いているこちらへの手助けのつもりなのだろうが……後で元カノに色々言われるのは自分なんだよなぁと苦笑するしかない。

 それでもやはりRoseliaにはちゃんと一言挨拶はしておきたいので、トイレから戻ってきた翔馬を連れてRoseliaの方へ向かう。

 

「よっす、皆」

 

「あ、悠一さん!」

 

「あ……お二人とも……」

 

 声をかけたこちらに真っ先に反応したのは宇田川さんと白金さん。それに続いて残り三人も軽く挨拶を返してくる。

 

「それで、調子はどうかしら」

 

「ま、大丈夫だよ。やれるだけやってきたんだから、あとは本番でそれを発揮するだけだからな」

 

「翔馬さんは大丈夫ですか?」

 

「緊張で死にそう」

 

「全くもう……」

 

 開始までまだ時間があるというのに既にガチガチな翔馬を、氷川さんが介護しに行く。なんやかんやであそこの師弟も仲いいよな、と思いつつそれを見送っていれば、リサがどこか怪訝そうな目でこちらを見てくる。

 

「悠一さんは緊張とかしないの?」

 

「流石にしてるぞ。表面に出さないだけで」

 

 まぁそれは嘘なのだが。正直ライブのあとに待っていることの方がよっぽど緊張の対象なので、ライブ如きでは緊張できないのだ。だからまぁ、適度に今、リラックスした状態ではある。ただ今ライブ後のことを考えてしまったために一気に緊張が襲ってきたわけなのだが。

 ライブ後―――すなわち、告白。友希那とリサ、それぞれに一瞬だけ視線を送る。結論は……既に出している。選ばなかった方に未練がないとは決して言えないが、それでも彼女の方がより好きだと明確に言える理由は見つけた。ならばあとはそれを言葉にするだけだ。

 

「けど悠一さんがついにライブかぁ……感慨深いものがあるよねー」

 

「そうね……私も弟子が初ライブとなると流石に、いつもとは違う緊張感があるわね」

 

「ま、師匠に恥じぬ歌を見せてやるさ」

 

 またライブに対して緊張しないのは他にも理由があった。それは信頼。自分の行ってきた努力に対してと、そして何よりも師匠に対して。彼女に教わってここまで努力してきたのだ、絶対に失敗などしないという覚悟があった。だからまぁ、緊張感など捻り潰すのは造作もない。

 

「さ、そろそろ自分のバンドのところに戻りなさい。演奏をより高めるためにもこの時間は仲間たちとしっかり話しておくべきだわ」

 

 ライブの先輩にして師匠がこう言うのだから、それは大切なことなのだろう。だからそれに従って翔馬を連れて戻ろうとして、それに、と続けられた友希那の言葉に足を止める。

 

「……流石にあそこまで睨まれると辛いわ」

 

「あはは……あれ、アタシのことも睨んでるよね」

 

 その言葉に二人の視線を辿れば、元カノが鋭い目つきで友希那とリサのことを見ていた。ああ、これは確かに居心地悪かっただろうと、Roselia全員に軽く頑張ろうぜとだけ最後に告げて、慌てて翔馬を氷川さんから引きはがして自身のバンドメンバー元へ戻る。

 戻ったら戻ったで、今度は自分が元カノから睨まれることになるのだが……まぁそれはもうしょうがない。こっちは元カノの気持ちを知っていて、その上で友希那とリサを優先しているのだから睨まれても仕方がないと理解はしているのだ。

 それに、結局それはいつも通りの行動であり、それによってバンド内に緊張感が生まれることを適度に防いでいる。いや、まぁ別の緊張感は生まれているのだが。それでも、全員が平常心を保ちいつも通りの調子でライブに臨めそうなのは事実だった。

 そのまま、元カノを落ち着かせたりしているうちに、ついにスタッフの方から声がかけられる。RosaRossaと呼ばれ、不意についにライブまできたのかと実感が沸き動きが止まってしまえばこちらの背中を無言で励ますように叩いていくバンドメンバーたち。それに意識を取り戻し、覚悟と共にスタッフに案内されて移動する。

 もちろん、控室から出る際にはRoseliaに向けてサムズアップしておくのを忘れない。この時ばかりは、友希那ですらも含めたRoselia全員がサムズアップを返してくれた。

 そして舞台袖で自分たちの番を待つ。自分たちは所詮無名であるため順番的にはだいぶ頭であり、会場もまだまだ温まっているようには見えない。

 

 ―――ならば自分たちが熱くさせるだけだ。

 

 そう覚悟し、一つ前のバンドが演奏を終えるのを見送る。ここまで来てしまえばもはや言葉は要らず、それぞれ仲間と頷き合い、拳をぶつけあったりして互いの覚悟を確かめ会う。そうしてメンバーはそれぞれの楽器の準備へ。自分だけは舞台袖に残り、一人集中していく。

 行うのは集中のためのルーチンワーク。目を閉じて自身の内へと潜り込むようにして、内側で眠る熱源へと触れるイメージ。そうしてその熱さを引きずり出す準備ができれば、充分。もう行けると目を開けばメンバーも丁度準備を終えているのを理解する。ならばあとはボーカルの自分が開始を告げるのみ。

 ゆっくりとステージの中心へと歩き、そして観客を見下ろす。後半にはRoseliaをはじめとしたアマチュアながらも実力派のバンドが揃っているため、人の入りは悪くない。だがそれでもこちらは無名であるために注目している人は少ない。

 

 ―――それでいい、と笑みを浮かべる。

 

 最初から注目浴びれるなどと考えてはいないし、それでは面白くない。何も期待していない観客たちの横っ面に自分たちの歌を叩き付けてやるのが面白いのだ。そうやって無理やりにでも虜にしてやるとこの状況を楽しむことにする。

 だから―――やるぞ。そんな意思を込めてメンバーを見やり、頷きが返ってきた段階で口を開く。

 

「行くぜ―――空色デイズ」

 

 

―――――――――――――――

 

 

――――――――――

 

 

―――――

 

 

「―――ッハ!楽しいな!楽しいなァオイ!」

 

 一曲目を歌い終えると同時に衝動的に声を上げる。目の前の観客たちはそんなこちらを訝しく思う余裕もない人が多い。掴んだ―――それを感覚的に理解し、逃さないようにトークも勢いのままに行う。

 

「今の空色デイズは、遠藤正明さんっつー人のカバー版がベースだったりするんだが……まァんなことはどうでもいいよな!」

 

 単純な原曲ではなく、自分の歌に合わせてカバーのカバーという面倒な状態だったりするのだが、そこら辺は観客には重要なことではない。だから軽く触れるだけに留めてテンポよく先に話を進める。

 

「メンバー紹介も端折るぜ。そういう細かいのはいいんだ、俺たちのバンド名と、演奏と、そして目的を覚えてくれりゃ充分だからな」

 

 少し間を挟んで観客たちが理解する時間を与える。言葉を咀嚼し、改めてこちらに意識が向けられた瞬間、続きを口にしていく。

 

「そう、目的、目的だ。夢と言ってもいい。俺たちRosa Rossaには一つの夢がある」

 

 そう言って腕を広げメンバーたちを見やることでバンド全体を示し、それがメンバー全員共通であるということを示す。そう、自分たちがメンバー集めに苦労したのはこの夢の共有という問題があったからだ。しかしそうして集めたここにいる全員はその夢をしっかりと共有している。そう、つまり。

 

 

「―――Roseliaを超えて、音楽界の頂点に立つ」

 

 

 これは、宣誓だ。こうして人々の前で言ったことでもう後には引けない。引く気もない。ここからはひたすらに頂点を目指すしかないのだ。

 

「俺とギター担当はRoseliaの弟子でな。師匠超えは、ロマンだろう?」

 

 ニヤリ、と笑いながら言葉を放てばノリのいい観客がやれのか、だとか野次を飛ばしてくる。だからそれに笑いながら返してやるのだ、無論やれるさと。

 

「さァ開幕の号砲だ!Roseliaに喧嘩を売っていくぜ―――〝LOUDER〟!!」

 

 勢いのままにイントロの演奏が始まる。曲はあの弟子入り試験の日に歌い、友希那の心を掴んだLOUDER。自分たちの歌に合わせていくらかのアレンジが加えられたそれを全力で歌っていく。

 乗せるのは熱意。そして覚悟。今はまだ彼女らに届きはしないとしてもいつか必ず追い抜くという思いで歌っていく。熱く、熱く、ただ熱く。自分たちが演奏するのは三曲だ。だから次の最後の曲に向けてひたすらに場を盛り上げていく。自分の歌にならそれができる。なんてたって、師匠にそう言われたのだから。

 ―――そしてその勢いのままLOUDERを歌いきる。大丈夫だ、観客の心もしっかりと燃え上がっている。それを確認しながら最後の曲に向けて口を開く。

 

「実は俺、Roseliaの今回やる曲聞いててさ。やり返してくれるの、楽しみにしてるぜ?」

 

 言葉を向けるのは観客ではなく、控室の方でモニターでこちらを見ているであろうRoselia。パフォーマンスと、それ以上に本気の意思を持ってRoseliaに喧嘩を売りつつ、意識を再度観客へと向ける。

 

「さぁて、最後の曲だが……申し訳ないがオリジナル曲、行かせてもらうぜ」

 

 オリジナル曲、となると知っている人など自分たち以外に誰もいない。そのため手前二曲で会場を熱くさせておく必要があったのだが……。改めて会場を見回しても、充分観客たちは燃え上がっているのが分かる。これなら大丈夫だ、そう判断して少しだけ、曲について触れることにする。

 

「オリジナル曲じゃあきっと、皆乗り辛いだろうからな。だから歌詞をよく聞いてくれ。ここには俺の想いが込められてるから。だから、聞いてくれ」

 

 その言葉は観客だけではなく、Roselia、特に友希那とリサへ向けたものでもあった。この歌はRoseliaに憧れた日からの想いを形にしたものだ。だから彼女たちにもしっかりと聞いていて欲しい。そんな思いと共に、その歌の名を口にする。

 

 

Rosa Rossa

 

 

 あの時のようにただ熱を籠めて歌うのではなく。歌詞に合わせ楽しさも苦悩も、今日までの全てを乗せて歌う。歌への真剣さはRoseliaから学んだ。ハロハピからも、参考にさせてもらうことで楽しさを表現する方法を学んでいたりする。他にもライブに行ったバンドの技法は盗ませてもらった。そうやって得た技術を以って音楽に出会ってからの自分を全て表現する。

 始まりは、憧れ。そこから友希那の下に弟子入りし、上達していくことを楽しんだ。それから先へ進むなか、苦悩し、ハロハピに協力を得てそれを乗り越えた。そうした道のりを歌詞にして歌う。友希那とリサに対して恋心を抱いてしまって、自身の歌への想いすら疑ったことだってボカしてだけども入っている。

 やがて歌は最後の盛り上がりへと入る。ここの歌詞が表現するのは、今だ。だけどその内容は決まっていない。だって、今なのだから。憧れを知り、苦悩を味わい、そうやって数々のものを乗り越えて今、感じているそれを、即興で歌詞にしていく。今まさに感じていることが歌詞となるのだ。

 

 

 

楽しいんだ。

 

歌うことが、ここに立っていることが。

 

だから聞いてくれ。

 

見ていてくれ。

 

感じてくれ。

 

俺たちの想いを。

 

俺たちの情熱を。

 

赤い薔薇の咲き誇る、今この瞬間を。

 

 

 

 

 



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#23.出した答えは

 はぁ、と溜息を一つ吐く。歌い終えたあとの心地よい疲労感を味わいながらも重い体を引きずるようにして、控室からライブ会場の方へ向かう。バンドメンバーには申し訳ないが、少しだけ単独行動することを許してもらいたい。

 自分たちの番から既にそれなりの時間が経ち、ライブもかなり進行して終わりが近づいてきている。そして当然、ライブ終盤に配置されたRoseliaの演奏ももうすぐだった。

 あの始まりの日。あの日見たライブと、今見るライブはきっと見えるもが違う。友希那への恋心も、リサへの恋心も両方抱えた今、再びRoseliaのライブを見ることで結論を出したかった。今でも、一応答えは出てはいるが……最終確認だった。

 なんとか、会場の方へと辿り着く。しかし立ち見型のライブであるため人が規則性もなく詰め込まれており、もはや前へと行くことは叶いそうにない。だがそれが、ちょうどよかったのかもしれない。

 あの日も確か、こうして会場の後ろから彼女たちを見ていたのだ。そう、ああやって照明が落とされたなか彼女たちが準備する姿を眺めて、それで。

 

「―――ああ、そんな君たちに、俺は心奪われたんだ」

 

 最初の曲は、〝Opera of the wasteland〟。Roseliaの曲はもう何度となく聞いてきている。だから歌詞も、曲調もしっかり覚えている。だけどそれでも、こうしてライブという場において聞くと、違う。練習の時ですら本気で彼女らは演奏していたというのに、本番になったらやはり違うのだ。真剣さをはじめとする彼女たちの感情、その乗り方が全くと言っていいほど違う。だから胸に響くのだ、どうしよもなく憧れるのだ、彼女たちの姿に。

 そんな風に熱中していればすぐに曲が終わってしまう。それに名残惜しさを感じつつも否応にも次の曲への期待が高まる。それに応えるように間髪入れず二曲目の演奏が始める。

 曲は〝Neo-Aspect〟。詳しくは聞いていないが、あるいざこざの折りに作られた曲らしいそれは、問題を乗り越えた時に作られたからか、他の曲より感情の乗り方が違うように感じる。普段から強い思いを感じるのに、この曲を奏でる彼女らは決意や先に進む意思を聞き手に感じさせる。そしてこの歌を歌う時の友希那には、どうにもいつもの気高さの中に柔らかさがあるのだ。それは初めて彼女たちの演奏を見た時には感じ取れなかったもので、それだけの時間を彼女らと過ごしてきたのだと自覚する。

 Roseliaに見惚れているうちに、そうして二曲目も演奏が終わる。さて、なら三曲目は、と考えたところで珍しく友希那がライブの場で口を開く。

 

「普段なら歌のみで自分たちを表現するのだけど。けれど今回は一つだけ」

 

 そこまで言った彼女は、それなりに離れているはずなのに確かにこちらのことを見据えた上で言うのだ。

 

「―――Rosa Rossa、あなたたちからの挑戦、受けて立つわ」

 

 そして演奏される曲は―――〝LOUDER〟。Rosa Rossaのアレンジが加わっていない、彼女たち本来のLOUDERが奏でられる。こちらを意識してか、いつも以上にRoseliaらしく、どこまでも真っ直ぐに気高く、秘めた熱意を持った歌が会場に響き渡る。

 その中心にいるのはやはり友希那で、どこまでも美しく見える。そして思うのだ、やはり彼女たちRoseliaは自分の憧れなのだと。

 

 

 

 

「―――あー、負けた負けた!悔しいなぁクソ!」

 

 ライブイベントが終わったあと。会場であるライブハウスから出てすぐの位置で、思わず声を上げる。手の中には一枚の紙。そこに書かれているのはさきほど運営の方から渡されたアンケート結果だった。

 

「無名バンドにしては充分。けれどRoseliaには届かず、ですか」

 

 結果は、後輩の言う通りだった。無名のバンドとしては充分すぎる結果を出している。ただそれはあくまで無名だから、というだけであって結果としてはそういいものというわけではなく、無論Roseliaにも届いてはいなかった。

 

「言う割には悔しそうに見えないけどねー」

 

「やけに笑顔だし、悔しいんならもっとそれっぽい顔しなさいよ」

 

 ベース担当である高校時代の同級生からのツッコミに、元カノが追従する。確かに、笑顔で言う内容ではないな、とは自分でも思うがまぁ実際、負けたのも負けたので嬉しいのだから仕方ない。

 ただ理由を言わなければ理解できないだろう、とは思うのでちゃんと解説はしておくことにする。

 

「悔しいのは本当だぜ、そりゃ負けたんだからな」

 

「じゃあどうして笑顔なのよ」

 

「だって、俺たちの目指す場所はもっともっと高い所にあるってことだろ?」

 

 Roseliaを超えて、さらにその先の頂点へ。それはとてつもなく高いところにあり、自分たち程度ではRoseliaのいる場所にすら届かない。それはつまり。

 

「なら俺たちはもっともっと上手くなれる余地があるってことだ。それって何だかわくわくするだろう?」

 

 その問いかけに返ってくるのは、呆れの視線だ。全員が全員、呆れた目でこちらのことを見ており、そんな妙なことを言ったつもりのない自分からするとどうにも居心地が悪い。

 

「普通、目指す場所が高過ぎるのは絶望するもんだと思うけどねぇ……」

 

 そんななか、苦笑しつつ声をかけてくるのは翔馬だ。そう言った翔馬はしかし次の瞬間には明確な笑顔を浮かべ肩を組んでくる。そしてその笑顔のまま言うのだ。

 

「でも、その考え方嫌いじゃないぜ。目指す場所が高いほど燃えるってのが男だよな」

 

 翔馬が拳を差し出してくるのでそれにこちらも拳をぶつけて返す。見れば他のメンバーも笑顔でこちらに頷きを返してくれている。

 このメンバーでなら、きっと。そういう風に思っていると、翔馬がただまぁ、と突然ある場所を指さしながら口を開く。

 

「まずはあれ、ケリつけて来いよ」

 

 翔馬の示す先には―――友希那の姿。終わったあと、告白のためとかに約束していたわけではない。ということはつまり、彼女は誰かを、いや自分を待っていたのだろう。

 ただ今はバンドメンバーといるのだが、と思い他のメンバーを見れば、あの元カノでさえ早く行けと言わんばかりの顔をしている。だからそれに礼を言いつつ、走って友希那へと駆け寄る。

 

「どうしたんだ、こんなところで」

 

「あなたを待っていたのよ」

 

 そう言う友希那の顔は真剣なものだ。だから真面目な話だと察して、バンドメンバーに別れを告げて友希那と二人、少し歩いた先にある公園へと向かう。

 ライブ終わりであり、既に夕暮れだが時期的にはまだ寒いということはない。それに加えてこの時間であれば公園に人がいないため少し込み入った話をするにはちょうどいいだろう。

 

「なんか、飲み物買ってこうぜ」

 

「構わないわ」

 

 公園入口付近の自販機で、自分は微糖のコーヒー、友希那がミルクティー。いつぞやもこの組み合わせだったな、と思いつつ適当なベンチに座る。

 そこからしばらくは、無言でただ買ったものを飲むだけの時間が続く。こちらとしては呼び止めたのが友希那である以上、友希那の方か話してくれるのを待つしかない。

 チラリ、と友希那の方を見るが、何か言い出しづらそうにしているわけでもないし、落ち着いた様子でミルクティーを飲んでいる。基本的に時間を無駄にするのを嫌う友希那がこうとは珍しい。……まぁライブも終わったことこんな時間も悪くないか、と考えこのゆったりした時間を楽しむことにする。

 そうしてしばしの間、二人での時間を過ごす。互いに買った飲み物はそう量が多くないためすぐに飲み終わってしまう。そこまでいって手持ち無沙汰になった頃、ようやく友希那が口を開く。

 

「……今日のライブ、中々よかったわよ」

 

「ん、まぁRoseliaには負けたけどなー」

 

 とは言え内容自体は世間話、とでも言うべきもので本題ではない内容だった。それでも内容自体はこちらとしては嬉しいもので、照れ隠しとして少し誤魔化すようにそんなことを言ってしまう。そしてそんな心情は友希那に見抜かれてしまったのか、苦笑が返ってくる。

 

「そう簡単には負けないわ。いい演奏ではあったけれど、まだまだ改善点は多いもの」

 

「自覚してるよ……次の練習までには、問題点まとめてその修正に入るよ」

 

「いい心掛けね」

 

 そりゃまぁ、師匠に仕込まれましたから、と少し茶化して返せば、友希那の方も少しだけ笑ってくれる。それは、幸せな時間で……だからこそ、心苦しかった。

 

「……それと、あなたたちのオリジナル曲」

 

「ああ、〝Rosa Rossa〟?」

 

「あれ、歌に対してのあなたの想いに表向きは見せかけてるけど、実際は違うでしょう」

 

「――――――」

 

 しばし、言葉を失う。そしてそれから、大きく溜息を吐く。それは無言の肯定であり、実際断定するように友希那は言い切っているため隠しても無駄だと思えた。だからそのまま、目線で続けてくれと友希那に促す。

 

「そうね、実際は恋の歌、とでも言うべきかしら」

 

「……思いっきりバレてーら。翔馬にもバレてなかったのに」

 

 実際、この楽曲をバンドメンバーを見せた時には全員が表面通りに、自分と歌についての曲として受け取った。疑う様子すら見せなかったのだ。だから完璧に誤魔化せた、と思っていたのだが。

 

「なんで、わかったんだよ」

 

「あなたの師匠ですもの。歌詞は取り繕っても歌い方で、そこに乗せられた感情で分かるわ」

 

 そう言われたら、もはやお手上げだと両手を挙げて示す。自分は歌に偽りの感情を乗せられるほど器用じゃない。だから自分はきっと、これから歌い続ける限りその時何を思っているか友希那にバレてしまうのだろうな、と諦める。ただだとすれば、一つだけ友希那に確認しなければならないことがあった。

 

「……だったら、全部わかってるんだな?」

 

「ええ」

 

「その上で、止まらないんだな?」

 

「ええ、この想いは譲れないし、誤魔化したくないもの」

 

 そこまで言われてしまえばもはや、自分に彼女を止めることはできない。だから、ベンチより立ち上がってこちらを向いた友希那に向き合うように自分も立ち上がる。目を背けてはいけない。これは、ここまでやってきたことに対する結果であり、責務なのだから。だからしっかりと目線を合わせて彼女の言葉を正面から受け止める。

 

「―――好きよ」

 

 それは、端的な言葉で、彼女らしいものだった。いつものように淡々と、けれど口元に微かな笑みを浮かべて。いいや、よく見れば手が小刻みに震えているのが分かる。そうだ、恐怖しないわけがない。増してや、こちらの意思は既に歌を通して彼女は知っているのだ。その上で一縷の望みにかけてこうして言ったのだ。怖くないはずがなかった。

 

「あなたの歌が好き。歌と真剣に向き合う姿が好き。さりげない気遣いも、ふざけて場を和ませる姿すら好きよ。……悠一のことが、好きなの」

 

 彼女から目を背けそうになるのを必死に堪える。彼女は全力で向き合ってくれているのだ、それに同じように向き合う責任が自分にはある。そうやって惚れてもらえるように行動したのは自分なのだから。

 

「……何時から、だ」

 

「自覚したのは、この間猫カフェに行った時。……だけど、ええ。本当はずっと前から惹かれてたのでしょうね。だからそう、きっと始まりは弟子にすることを決めたあの時。あなたの全力の歌を初めて聞いた時」

 

 それは奇しくも、自分と同じだった。自分と同じように、彼女はこちらの歌う姿に惹かれたのだという。それはなんとも嬉しいことで……だからこそ、これから自分が言わなければならないことが苦しかった。

 だけど、それでも。彼女はしっかりと自分の気持ちに向き合ったのだ。だったら今度は自分の番だ。はっきりとそれを言葉にしなければならない。擦れそうな声を、頑張って整え、そしてそれを口にする。

 

「―――ごめん。俺は、その気持ちに応えられない」

 

「……そう」

 

 友希那の表情は、変わらない。変わらず淡く笑みを浮かべている。決してそれから目を逸らすことなく、今度は自分が想いを口にしていく。例え歌を通して全て彼女が見抜いているとしても、自らの責任としてそれを言葉にする。

 

「最初は、君のことが好きだった」

 

「知っているわ」

 

「君に近づくために、リサと仲良くなった」

 

「ええ、それもあなたの歌から」

 

「……それで、リサにも惹かれてしまった」

 

「……知って、いるわ」

 

「どっちの方が、好きなのか。そもそも本当にそれが本物なのか悩んだ」

 

「……悩んでいたのも、知ってる」

 

「それで、今日のRoseliaを見て、やっと答えを出したんだ」

 

 一度、深呼吸をする。目の前では俯いてしまって前髪で表情の見えない友希那。どんな顔をしているかは分からないが……はっきりと、これは言わないといけない。彼女の気持ちに誠実に向き合うために。例えそれが彼女を悲しませるものだったとしても、言わなくてはいけない。だから重たい口を動かして言うのだ。自分は。

 

「―――俺は、リサが好きだ」

 

 そこまで言って、友希那に背を向ける。彼女の想いに応えなかった以上、彼女を慰める資格は自分にはない。だから彼女を一人この場に置いていくことになっても、ここに自分はいてはいけない。それに何より、今度は自分が勇気を振り絞る番だ。友希那からの想いを断ったのだから、あとはこの想いをもう一人に伝えなければならない。

 

「……例え、リサ相手であっても」

 

 公園の出入り口にさしかかった時。そこに元カノの姿を確認する。それに驚きつつも、どうやらこうなることを察していたらしい彼女に友希那のことを任せることにする。これで、友希那を置いていっても大丈夫だと安心したことに、元凶が何を言っているんだと苦笑しながら。

 

「これは、悔しいわね―――」

 

 後ろから聞こえる美しい涙声には、振り返らない。

 

 

 

 

 空を見て、すっかり夜になってしまったなと思いながら想い人を待つ。場所はちょうど自分の家と彼女の家の中間地点。友希那を公園に残してきた以上、分かりやすい待ち合わせ場所であったあそこは使えない。だから仕方なしに、互いに行き来しやすい場所を待ち合わせ場所にしていた。

 電話で少し話がある、と呼び出してからそれなりに経つ。友希那がいないこともあって、Roseliaで打ち上げをしていたということもないらしい彼女は、既に家に帰ったあとだったらしく準備に時間がかかっているらしい。

 適当な壁に寄りかかって待つこと十数分。遠くから、想い人―――今井リサが走ってくるのを見て思わず笑みを浮かべながら、買っておいたスポドリを取り出す。

 

「―――っは、はぁ……はぁ……ごめん……お待たせ……」

 

「急に呼び出したのはこっちだから気にすんな。ほら、これ飲んで落ち着け」

 

 きっとリサのことだ、長く待たせてしまうのを気にして走ってくるとは簡単に予想できた。だからこうして用意していたスポドリは、運動直後ということを考慮し、少しぬるめにしてある。

 礼を言って受け取ったリサの呼吸が落ち着くまでしばらく待つ。その間に覚悟を決めようとするが……ああ、やはり、怖い。拒絶されてしまうのではないかという恐怖がある。これを、これ以上のものを乗り越えて、いいや抱えたまま彼女は自分に告白してきたのかと、思わず尊敬の念を抱く。だからそれに負けないように。リサが落ち着いたのを見計らって口を開く。

 

「……友希那に、さっき告白されたよ」

 

「―――ッ、……そっ、か。……それで?付き合うことになった報告?でもそれならチャットとか、それか別の日にでも―――」

 

「断った」

 

「……え?」

 

 彼女の言葉を遮って言った言葉にリサは驚いた顔を見せる。流石に、リサにまではこちらの気持ちは見抜かれていなかったらしい、と安堵する。やはり師匠である友希那が特別なのだろう。

 

「な、何で!?悠一さんって友希那ことが好きなんでしょ!?だったら……!!」

 

「そう、だな。友希那のことが好きだった」

 

 慌てたように、どこか必死さすら感じさせるリサの言葉に、そう返し……それに自身で違和感を覚えて首を振る。過去形は、適切ではない。きっと今でも自分は。

 

「今でも友希那のことは、好きなんだと思う」

 

「だったら何で!!」

 

「―――それ以上に、君が好きなんだリサ」

 

「―――え……」

 

 先ほどまでの勢いが嘘のように固まるリサ。そんな姿を見ながらも、それを無視して言葉を彼女へとぶつける。彼女がこちらの想いを否定する余地がないように。

 

「いつからだったかは、自分でもよくわからない。だけど気づいたら、惹かれてた」

 

「………………」

 

「リサと過ごす何でもない時間が、暖かくて、幸せで。ずっと、ずっと一緒にいたいって思った。だから」

 

 そこでもう一度だけ、自分の気持ちを確認する。やはりそこに間違いなどなくて。本物かどうかなんて関係なしに誇りたいものだと思えたから。胸を張って笑顔でそれを口にする。

 

「だからリサ。俺は君が好きだ。大好きだ。一番、好きなんだ」

 

 そうやって自分の気持ちを言い切って。そこまで聞いたリサが地面へと崩れ落ちる。予想だにしていなかった状況に慌ててリサへと駆け寄る。ただ何が原因かがわからず、手を出すことができない。そんななか、小さくポツリとリサから言葉が漏れる。

 

「……何で……」

 

「え?」

 

「なんで、今更……!」

 

 そう言ったリサは―――泣いていた。表情は喜びと困惑と怒り、色んな感情が入り混じっていてぐしゃぐしゃだ。彼女のセンスの良さが伺えるメイクだって崩れ始めている。だがそれを気にすることもなくリサはその内に秘めていたものを吐き出していく。

 

「頑張って、頑張って悠一さんを好きだって気持ちを抑えたのに!友希那が好きだって知ってたから!」

 

「……うん」

 

「友希那だったらって!夏祭りの日にやっと覚悟決まって!なのに……なのになんでいまさらぁ……!!」

 

「……うん、ごめん」

 

 そのまま泣き崩れたリサをそっと抱きしめる。その間もリサは溜まっていたものを吐き出すように文句を並び立ていく。それを自分はしっかりと聞いて謝るしかない。それが自分の責任だから。自分は気づいていたのだ。あの夏祭りの日、最後に彼女が飲み込んだ言葉が何だったのか、察していたのだから。その上で今この時までそれに応えなかった自分を責める権利が彼女にはあったし、それを受け止める責任が自分にはあった。

 

「……なんで。なんで、アタシなの……?」

 

 しばらくリサの怒りを受け止め続けたあと、そうやってリサが問いかけてくる。未だ自分の腕の中の彼女は顔を上げずその表情を窺い知ることはできないが……聞かれているのは間違いなく、何故友希那ではなくリサなのか、という話なのだろう。だから正直に、自分の気持ちを彼女へ伝える。

 

「……友希那のこと、好きでずっとずっと彼女に追い付きたくて。それで隣に立ちたかったんだ」

 

 自分の中の友希那は、遠く離れたステージの上にいるのだ。そこで気高く、美しく歌い続けているのだ。それに追い付きたくて、並び立ちたくて。そんな想いで必死に彼女を振り向かせようとしていた。だけど。

 

「思ったんだよ、隣に立って、どうしたいんだろうって」

 

 かつて翔馬に言われて返した通り、友希那と恋人になってやりたいことは沢山あった。だけどイメージの中で。追いかけ続けた彼女へと辿り着いて、ステージの上で彼女と並び立ったとして、自分はどうしたいのだろうと考えて……先がなかった。彼女と隣で共に歌えたとして、それで満足できてしまった。そこから先が思い描けなかったのだ。それに対してリサは。リサと恋人になれたらと考えた時。

 

「リサとは一緒に歩き続けたかったんだ。同じ歩幅で二人でずっと、ずっと。楽しいことも、苦しいことも共有しながら先へ進んでいきたかったんだ」

 

 だから、とリサを抱く腕に力を込める。華奢な彼女を絶対に離さないという想いを込めて強く、強く。そう、この気持ちを言葉にするなら。

 

「―――愛してるんだ、リサ」

 

 ああ、やっと彼女に伝えられた。そうやって安堵しながらリサからの返事を待つ。どれだけかかってもいいから、じっと待ち続ける。そうして何分か、何十分かもわからぬほど待ち続け、腕の中の彼女が動くのを理解する。

 

「……アタシも」

 

 小さく呟いて顔を上げた彼女の顔は、涙でメイクが崩れてお世辞にも綺麗とは言えなかったけれど、どうしようもないほどに愛しくて。しっかりと彼女の目を見て、続く言葉を待つ。

 

「―――アタシも、悠一さんが好き。大好き。愛してる」

 

 そう言って目を閉じる彼女の意図を察し、自分もそっと目を閉じて。

 

 

静かに、唇を重ねた。



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#24.エピローグ

「―――と、いうわけで。自分とリサは付き合うことになりました!」

 

 ライブからしばらく後のRoseliaとの練習にて。流石にRoseliaと翔馬、何より友希那には告白を断ったからこそ伝えるべきだとリサと話し合ってこうして、練習終了後の時間を貰って全員に報告をしていた。

 そんなこちらの言葉に対する反応は、友希那を除き皆一律―――疑いだった。

 

「えっと、悠一さんそれ、本当ですか?」

 

「え、いや本当だけど」

 

「……正直、素直に信じられないんですが……」

 

「え」

 

 何故か皆、欠片も信じようとしない。はて、いったいどうしてこんなに皆疑ってくるのだろう、と首を傾げていれば氷川さんが呆れたように溜息を吐いてから口を開く。

 

「……以前、藍葉さんは同じ内容の嘘を吐いたでしょう。ですから、そう簡単には信じられないんです」

 

「……あ。ああ!」

 

 そういえば確かに、さきほど言ったこととほぼほぼ同じ嘘を言っている。そりゃ信じられないか、と納得しただ今度は事実であるからどうしたものか、と困り隣のリサを見やれば、同じように困った顔で苦笑している。どうしたもんかなぁ、なんて悩んでいると、助け舟は予想外のところから現れた。

 

「悠一が言っていることは事実よ。私をフッてまでリサを選んだのだもの」

 

 ただし、特大の爆弾付きだったが。

 友希那がそう言った瞬間、Roseliaメンバーの厳しい視線が全て自分へと集中する。流石に、責めるようなものではない。しかしそれでも事情を説明しろ、と言わんばかりの目が向けられてきている。思わず、リサと友希那に視線を向けるがリサは変わらず苦笑、友希那は無関心を貫き、助けは望めそうもない。

 

「えーと……言わなきゃ、ダメ?」

 

 問いかけて返ってくるのは頷きだけ。はぁ、と溜息を一つ吐いて、仕方なしに語ることにする。途中から友希那とリサを交えて、彼女たちに語っていいラインを裁定してもらいながらほぼほぼ全てを話し終える。そうした結果この場には……微妙な空気が流れていた。

 

「えっと、なんていうか」

 

「……そう、ですね……」

 

「身勝手ですね」

 

「ぐぁ」

 

 明言を避けた宇田川さんと白金さんに対し、全くの慈悲なく氷川さんからの感想が自分へと突き立てられ、思わず崩れ落ちた。そう言われても自分で納得できてしまうだけの自覚はあった。結局、友希那を惚れさせたのも自分で、リサに一度こちらのことを諦めさせたのも自分だ。その上で友希那からの告白を断り、リサを選んだのだから氷川さんの身勝手という言葉はあまりにも正鵠を射ていた。事実、誰もが苦笑はしてもフォローしてはこない。まぁそうだよなぁ、と反省していると、しかし意外なことに一番最初にフォローしてくれたのは躊躇いもなく事実を述べた氷川さんだった。

 

「……ですが、自身の感情に振り回されて、正しい行動だけでは済ませられない。恋愛とはそんなものなのでしょうね」

 

 やけに実感が籠った言葉に首を傾げつつも、その言葉で宇田川さんや白金さんから向けられる目も、仕方ないというものになったので、気にしないことにしておく。

 それでようやく、自分とリサが付き合うことが受け入れられたと一息ついていると、床に座り込んでいた自分に影がかかる。何事か、と顔を上げれば照明との間に遮るように仁王立ちする友希那がそこには居た。

 

「まずは、お付き合いおめでとう、と言っておくわ」

 

「あ、うん、ありがとう……?」

 

 フッた相手にそう言われるのはどうにも気まずいものがあったが、それ以上に友希那の放つ気迫とでも言うべきものが、何だか妙に怖い。え、友希那に怒られるようなことでもあったかと内心ビビっていると、友希那が笑顔で言葉を続ける。

 

「ええ、()()素直に祝福するわ。私は選ばれなかったのだもの」

 

 雲行きが怪しくなってきたぞ、と冷や汗が流れるのを自覚する。しかし残念ながら自分ではフッたという負い目のせいで彼女の言葉を止める勇気がない。や、まぁただ単に彼女の放つ雰囲気に飲まれていたというのはあるのだが。そうやってただ大人しく言葉を聞くしかなくなっているなか友希那は、でも、と言葉を続け。

 

「―――私は諦めないわよ。いつか必ずもう一度私の歌で、私の虜にしてみせるわ」

 

 友希那の右手によって顎を持ち上げられて、そう宣言された。あまりにもイケメン過ぎた。

 

「ちょ、ちょっと友希那!?」

 

「友希那の女にされる……」

 

「悠一さぁん!?」

 

 リサが慌てているが、すまない。今の友希那はイケメン過ぎた。これはもう友希那の女にされる未来しか見えない。

 そんな風に顔を両手で覆っていると、突然右手が引っ張られる。そして次の瞬間には腕が柔らかいものに包まれており、何事かと思わず見れば頬を含まらせたリサがこちらの右腕を抱いて友希那のことを睨んでいた。

 

「……いくら友希那でも、悠一さんだけは譲らないからね」

 

「譲ってもらわなくても大丈夫よ。自分で勝ち取るから」

 

「はぁー、嫉妬するリサ可愛いかよ……」

 

 そんなことを呟きながら、目の前で繰り広げられる女の戦いから目を逸らす。当事者だけど、うん、どうにも自分が口を挟める空気ではなかった。

 他のメンバーを見れば既に痴話喧嘩判定が下されたのか宇田川さんと白金さんはゲームの話をしているし、翔馬も氷川さんを何かを話している。

 

「つまり悠一が湊さんの女になり今井さんが悠一の女になれば完璧……?」

 

「何を言っているんですかあなたは」

 

 翔馬だけは頭のネジをどこかに落としてきたらしかった。

 

「……じゃあ直接的に手は出さないんだね?」

 

「ええ、あくまでもう一度惚れさせるだけよ」

 

 そうやって目を逸らし続けているうちに、どうやら友希那とリサの間で決着は付いたらしく、一先ずリサから右腕が解放される。どうやら結論的には友希那は直接的には手を出さず、こちらをもう一度惚れさせるだけ、ということになったらしい。ストイック師匠はここでもストイックらしかった。

 

「お、ひと段落した?じゃあ俺からも報告があるんだけど」

 

 こちらの話が終わったのを確認したらしい翔馬がそう言って全員の注目を集める。翔馬にも報告があるなど、友人の自分も聞いていないのでどうしたのかと考えていると、翔馬は氷川さんと頷き合ってから続きを口にする。

 

「俺、紗夜と付き合ってます」

 

「……は?」

 

 今、翔馬は何と言った?付き合っている、それも付き合った、ではなくまるで随分前から付き合っているかのような言い草ではなかったか。

 

「ま、待て待て!聞いてないぞそんな話!」

 

「まぁ言ってないからな」

 

「何で!?」

 

「そりゃお前が凄い悩んでる風だったから、気を遣ってだな」

 

 ぐ、と声に詰まる。そう言われると言い返しづらい。必要な措置だったかはともかくとして、こちらを慮ってとなると責めることはできない。ただ友人として、話してもらえなかったのが寂しいため、ついつい恨みがましい視線で翔馬へと問いかける。

 

「いつから、付き合ってんだ」

 

「ん?お前が今井さんへの好意を自覚し始めて自分の気持ちが本物かどうか云々悩み始めた頃」

 

「だいぶ前ェ!!」

 

 随分と前から付き合っているらしかった。確かに仲が良くなってはいるな、とは思っていたが付き合っていたとは。他のメンバーも付き合っていたのも納得だ、と言わんばかりの反応を各々返している。しかしどうしても水臭いという思いだけは拭えない。

 

「悠一と今井さんが付き合ってるって宣言したからな。だったらまぁ自分たちもってことで紗夜と決めてな」

 

「だぁーファック!!翔馬今度飲みに行くぞクソが!盛大に祝ってやる!!」

 

「お、いいぞ。俺も祝ってやるよ、今後の練習が毎回修羅場化おめでとうって。ほらお前、元カノもいるだろ?」

 

「ひぎぃ」

 

 再び床へと崩れ去る。それを他の全員が笑って、それで一段落。そうしていつもの空気が戻ってきて、幸せな時間が流れ始めるのだ。

 

 

 

 

関係性が変わっても、こうしてまた皆で笑い合って。

 

 

師匠には友希那がいて、これからは隣にリサがいる。

 

 

だからこれからも真っ直ぐ歩き続けていこう。

 

 

迷うことも悩むこともあるだろうけど、それでも諦めずに。

 

 

あの日憧れた青薔薇すら超えて、頂点を目指して。



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EX.おまけ
#.あとがき


 六兆年と一夜物語、キツすぎねぇ?サビ超えたところで力尽きるんじゃが……。

 

 そんなこんなでお疲れ様です、作者の天澄です。というか本当に作者がお疲れなんですが。音楽経験なし、まともな恋愛経験もなしの作者がバンドリ原作恋愛ものとかハードルが高過ぎたんだ……。

 まぁそんな愚痴は置いといて。まずは最初に、ここまでお付き合いくださった読者の皆様、ありがとうございました。悠一たちの物語はこれからも続いていきますが作品としてはここでおしまい、続きは皆様の想像にお任せするという形で……。

 

 と、真面目な話はここまでで、こっからはあとがきという名の反省会と裏話を展開していこうと思います。表に出なかった設定とかもあるんで暇だったら読んでってな。

 

 とりあえず最初はこの作品のコンセプト、というか執筆理由でも。

 元々はこの作品、バンドリ原作で書きたかったというわけではないのです。この作品で試そうとしていたのは流行を狙って書くことでどれだけ読者が掴めるか、ということで、ちょうどランキングに何作か載っていて、かつライブも近かったバンドリが選ばれた、というわけです。そして見事にEwigkeitのライブビューイングでやられて衝動のまま投稿したわけですが。

 なのでEwigkeitに合わせていたのもあってヒロインがリサというのは最初から決まっていた流れでした。というか今回のこの作品、ほぼほぼプロット通りなんですが。

 そんな風に遠藤ゆりかさんへの感謝なども込められていた本作なのですが、もう一個目的があって、毎日投稿することでどれだけ読者が付くか、というのも試してました。総計二十四話、最後だけ連投したんで二十三日間。三週間ちょっと書き続けたわけですが、まぁ成功と言えるのではないでしょうか。

 そもそも他に完結作品がないので比較対象がないと最近気づいたのですが。

 それでも結構お気に入りしてくれた人もいたしランキングにも載ったんで上々でしょう。何よりの収穫は自分自身が毎日書く楽しみを知ったことなんですけども。いや、正直何か書いてないと落ち着かねぇ……。

 そんなわけでかなり試験的な目的を持った本作でした。

 

 あとは先程も言った通りこの作品は内容自体はプロット通りに進んだのですが……まともにプロット用意したの、本作が初めてだったりします。いやプロットあると本当に書きやすいね!大事だよプロット……。

 つまりこの長さで終わったのもプロット通りなのです。基本的にあんまり延びすぎても蛇足感が出てダレてしまう、と考えているので終わるときはスパッと終わらせてしまうつもりでした。バンドリのキャラも、自分のキャラも大好きなんで本当はずっと書いていたいんですけどね。それでも物語としてはここで終わらせるのがいいと判断して終わりにさせていただきました。

 ただプロット通りいかなかったところも無論あって。おう、オメーだよ瀬田薫。何勝手に動いてんだ。何が儚いじゃ、鳴き声か。でもいいキャラしてて凄い好き。

 

 まぁ作品自体の話はここまでにして、そろそろキャラの話に入っていきましょうか。

 無論最初は主人公の藍葉悠一。ちなみに名字の発音がストイック師匠の中の人と一緒のことには名前をつけてから気づきました。どうにも考えてる時に既視感があるとは思ったんだ……。面倒なんでそのままにはしたんですけども。なので名前に深い意味はなかったりします。シンプルにいきたかったので名前には特に意味は込められていないのです。

 そんな悠一くんは、本作ではひたすら悩んでいただきました。自分はガンダムXのガロードみたいな好きな女の子のためにひたすら頑張る男の子が好きなので、作中の悩みというか問題はほぼほぼ悠一くんに背負ってもらいました。ストーリーの都合上、ちょびっとだけリサにも悩んでもらったのですが。

 で、ここら辺から裏設定の話になってくるのですが、作中で明言はしなかったんですけど彼は基本的に納得できるかどうかを大切にしています。元々何か一つのことに夢中になれないからこそ、せめて納得できるまではやろう、という考えがあり、それが根付いた結果ですね。だから友希那とリサの二人を好きになったときに自分の感情が本物か納得できなくなってしまったためにあそこまで悩んでしまった、というわけです。ここはもうちょっと作内で触れていれば分かりやすかったかな、と反省点の一つ。

 

 あとは悠一関連であれば彼の歌についてですかね。作中友希那が称したように彼の歌は燃え上がるように熱い歌です。実はこれ、イメージ元があって、ちょびっとだけ作中に名前があったのですが、遠藤正明さんをイメージ元にさせていただきました。いや本当あの人の歌格好いいよね。勇者王誕生とか大好き。悠一がライブで歌う曲、空色デイズじゃなくて勇者王誕生にするかで悩んだ。まぁどうあがいてもネタにしかならないからやめたけども。遠藤正明さん知らない人は聞いてみてね。RoseliaもカバーしてるETERNAL BLAZEとかもカバーしてるから。

 

 次は翔馬について。彼は言ってしまえば便利キャラでした。悠一のことは友人だけども、その思いや苦悩は自分では理解できないからせめてフォローだけはしよう、と考えて彼は行動していました。だから明確な手助けはなしで、基本的にはアドバイスで留めています。ここにはあくまで悠一の物語だからという作品的な都合もあったのですが。あとは場を和ませる役目も担っていて、ちょいちょい彼にはバカになってもらう場面もありました。

 だからまぁ、翔馬と紗夜については本当におまけでしかありません。裏で勝手に仲良くなって、勝手に付き合って、最後にはオチを担当してもらいました。ちなみにこの二人の話を書く気はほぼほぼありません。だって作者の脳内ではこいつら普通の恋愛しかしてないから……。特別なことも何もなく、至って普通の恋愛をしてたからなぁ……。

 

 続いて、何故か最後イケメン化したストイック師匠と最終的に大勝利したリサ。ヒロインの二人ですね。最後の友希那は書いてて本当に作者が友希那の女にされそうでした。勢いって、怖いね。

 この二人と悠一の恋愛にはそれぞれコンセプトがあって、まず友希那と悠一の恋は明確なトリガーのある燃え上がる恋です。今回の場合のトリガーは互いの歌ですね。自覚したタイミングはともかくとして、二人とも互いの歌とその姿が切っ掛けとなっています。それからは互いを意識すると、胸がドキドキしてしまうような恋でした。ここら辺、友希那は全く表に出さず、悠一よりも上手だったポイントですね。

 逆にリサと悠一の恋は落ち着いて緩やかな、けれど確かに暖かさのある恋、と考えていました。明確な切っ掛けなんてない。ただ二人で過ごす時間がどうしようもなく心地よくて、ずっと一緒にいたいと思ってしまうようなそんなイメージ。だから二人はずっと、恋人らしいことでもしなければドキドキなどもせず、ひたすら落ち着いた時間を過ごしていました。それは相手のことを考えてときめくような恋ではないけども、暖かさに溢れた素敵な恋なんじゃないか、なんて勝手に思ってたりします。

 

 そして悠一は最後にリサを選ぶわけですが、その決め手としては感想で指摘していた人もいたんですが、友希那に対する思いに憧れが混じっていたことです。確かに友希那に対する思いは恋で間違いないのだけれど、そこには憧れも混じっていてだから最終的に友希那の隣に並び立てたとして、そこから先を悠一は思い描けなくなってしまったのです。無論、一人のボーカルとしては友希那と並び立つだけでなく、追い抜きたいと悠一は考えています。ですが、恋人としてだと隣に立ち、共に歌って……そこで満足できてしまったのです。自分は、憧れに届いたぞ、と。それに対しリサとは、明確なイメージなどないがそれでもただ、どんなことにも二人で一緒に向き合っていきたいと、朧気ながらもずっと先までイメージできたため、悠一はリサを選びました。

 

 ーーーま、作者が単純にリサ推しってのもあるんだけどね!

 

 んで、残りは全部まとめて話しましょう。

 まずあこと燐子。この二人には本当に申し訳ないことをした。本筋に関わらないから完全におまけ扱いだったのだ……すまぬ……すまぬ……。

 それから、オリキャラズのバンドメンバー。ベース担当の高校時代のクラスメイト女子。ドラム担当の高校大学共に後輩の男子。それから悠一が序盤で別れた元カノ。彼らは多少の設定はあれど、キャラが増えすぎると把握するのが大変だろうという判断から明確な描写をなくしてしまいました。彼らには申し訳ないと思いつつも、やはり本筋に関わらないということでこんな扱いで終わってしまいました。君たちも、すまない……。

 逆にハロハピ、お前らは仕事し過ぎじゃ。次の回にまでくい込んでくるんじゃねぇ。ただ何よりも動かしていて楽しいキャラたちではありました。だからついつい書きすぎてしまった……。

 特に薫はお気に入りで、悠一と薫と千聖が幼馴染というのは完全に趣味です。実は悠一の淡い初恋は薫だったり……。

 あとは名もなきおっちゃんは個人的にお気に入りです。わたあめ売りのおっちゃん、結構いいキャラしてたじゃろ?次回作ではこういう素敵なモブを沢山出したいなぁ……。

 

 と、反省やら振り返りやらはここまで。

 あと少しだけ、個人的な話をして終わりにしようと思うのでしばしお付き合いください。

 

 まずは、軽い宣伝をば。Twitterアカウントの方でちょいちょい次回予告とか裏話とか、そういう情報公開してるんでよかったらフォローしてください。結構ポロリと設定とか言ってます。直近だと青薔薇のおまけについてとか。遠慮なく絡んできてええんやで。普通にそういうの楽しい人なんで。リンクはハーメルンでのプロフにあります。

 それに今度暇な時間に青薔薇の誤字修正作業をツイキャスか何かでやるから、よかったら見に来てください。そこで作品の質問とかあったらある程度は答えます。このまま順調に行けば木曜かなぁ……。

 

 それから次回作について。次はヒロアカ原作だよ。バンドリ原作はまたいつか、ということで一旦チェンジ。次回作の設定とかもさっき言ったようにTwitterでいくらか出してます。

 

 ……というわけで、うん。今後多少のおまけはあっても、『青薔薇に憧れて』これで本当におしまいです。連載している間はとても充実した時間で、作者も悠一たちとお別れするのが寂しいものですが……それが物語というものなのでしょう。

 一応、仲のいい絵師さんとかができれば青薔薇に挿絵追加したのを同人イベントとかで出したいなぁ、なんて思ったりもしてますが何時になることやら。そんな感じなのでおまけ以外では青薔薇が動く、ということは予定していません。

 ただ正直最近は小説を書いていないと落ち着かないので、次回作もすぐに出ると思われます。なのでとりあえずは、次は明日更新予定の青薔薇のおまけで。それではまた。



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#EX1.Neo Fantasy Online

「NFOをやりたい?」

 

「そうそう。前にあこと燐子に誘われてやってさ。結構楽しかったし、悠一さんもやってるなら本格的にやってみよっかなーなんて」

 

 なるほど、とリサの言葉に納得を示す。何でもない休日のある日。こちらの自宅でリサと二人ぐだぐだしようか、なんて思っている時にかけられた言葉がNFOをやりたい、というものだった。その提案自体は、一プレイヤーとして嬉しいものであったし、彼女とゲームができるというのは中々心躍るものだった。

 そういうことならば、と仕舞われていたノートPCを引っ張りだし、充電ケーブルを繋いだ上でテーブルの上におく。それなりにスペックもいいのでパパっと起動を済ませてリサをそのノートPCの前に座らせる。

 

「と、いうわけで早速やろうか」

 

「え」

 

 元々インストールしてあったNFOを立ち上げて、自分もデスクトップPCの方で同じくNFOを立ち上げる。NFOはそれなりにスペック要求するゲームであるが、設定を弄れば別にノートPCでも充分プレイできる。だから以前使ったというアカウントでリサにはログインを済ませてもらう。

 

「そのノートPC、しばらく使っていいぞ。大学の講義も今はタブレットで済ませちゃってるし」

 

「……いいの?」

 

「おう、折角彼女が自分と同じものに興味持ってくれたんだ、そりゃ全力で協力するさ」

 

 それは当然の話だった。彼女と同じゲームをできるという些細なことではあったが、その些細なことですら自分にとっては凄く嬉しいことだった。だから協力を惜しむ気はしないし、あとは単純な話ゲームをやるためだけにパソコンを買う、というのは女子高生にはハードルが高過ぎるだろうというのもある。だから最近使うことの少ないノートPCを貸して、それでハマるようであれば自分のパソコンを買えばいい、という話だ。

 そこまでしっかりと説明すれば、リサもそれに遠慮することをやめる。最近は恋人となったこともあって、互いにどうしても無理なラインなども把握できてきてる。だからノートPCを貸すというのはリサ的にもセーフラインだというのは最初から分かっていたことだった。

 リサがNFOに四苦八苦しながらもログインするのを見ながらも、自分も手早くログインも済ませる。聞いた話に寄れば前回はプレイを始めて最初に行く村で活動しただけらしいので、リサがログインしたら出る場所もそこだろう、と判断しアイテムを使用して最初の村へと向かう。

 そのまま、周辺のキャラクターをメニューから検索をかけ……いた。キャラネームはそのまま『リサ』。アバターの外見も現実のリサの容姿に似せられているため分かりやすい。だからまずはフレンド申請を送っておく。

 

「とりあえず、フレ申請送ったから受けといて。やり方分かる?」

 

「前にあこと燐子に教えてもらったから多分大丈夫。……よし、できた」

 

 確認すればフレンドの欄にリサの名前が増えているのが分かる。これで無事、リサがログインしても分かるな、と思いながら次はパーティー申請を送っておく。それもリサが承認し、これで冒険する準備自体は一応整ったことになる。

 

「にしても……これ悠一さんのキャラクター?なんか全然イメージが違う」

 

 その言葉に改めて自分のアバターを確認し、確かにな、と納得する。リサや、あとは宇田川さんと白金さんがNFOにおいて現実の自分をモチーフにキャラクターを作っているのに対し、自分は完全に自らとキャラクターを切り離して作っている。だから自分とは全くイメージが違うのは当然と言えた。

 肩口ほどまでのばされた金髪に、細く鋭い目つき。片目にはモノクルをつけ、フード付きの白いローブを着ていることで、研究者然としたイメージを見た者に印象付ける。しかしそのローブの下は黒のインナーに、同じく黒のカーゴパンツとブーツで冒険者らしく動くことも考えられた服装だ。全体的に冒険もする人相が悪い研究者、というのが自分が作ったキャラクターのイメージだった。

 

「へー……ここまで作り込めるんだ……」

 

「課金要素もあるけど、ゲーム内通貨でも衣装は買えるから、センスのいいリサもこだわれば可愛いのとか作れると思うぞ」

 

 このゲーム、何気にキャラメイク機能のレベルが高く、自分のようにこだわったものもできるし、リサを見れば分かるように現実にもかなり寄せられる。プレイヤーのセンスが試されているようなところもあって、自分が惰性ながらも未だに続けている理由の一つだった。まぁその惰性で続けていた、というのも以前までで心境の変わった最近は結構熱を入れてやっていたりするのだが。

 そうして、しばし現実での会話で時間を潰していると、ゲーム内の方にチャットが飛んできたのに気づく。それにやっと来たか、と思いつつ狙い通りであると笑みを浮かべる。そのまましばしチャットでやり取りをし、話がついた段階で通話アプリを立ち上げ、チャット相手との通話を繋ぐ。

 

「リサ、通話アプリの使い方分かる?」

 

「えっと……これ?」

 

「そうそう。あ、イヤホンしてね」

 

 そのままリサも巻き込み、通話を四人でのグループ通話へと切り替える。そうしてイヤホンから聞こえてくるのは、二人の女の子の声だ。

 

『リサ姉と悠一さん聞こえてますかー?』

 

「おう、大丈夫だ」

 

『え、あこ?』

 

『……私も、います……』

 

「あこ姫、RinRin、リサの声の音量とか問題ないか?」

 

『あこはおっけーです!』

 

『大丈夫、です……』

 

 音量確認なんかを済ませているうちに、ゲーム内では自キャラとリサのキャラの下に宇田川さんと白金さんのキャラが集合してきている。その二人にもパーティー申請を送りつつ、予想通りになったな、と考える。

 宇田川さんと白金さんは、NFO内ではかなり前からの知り合いになる。元々は野良で知り合ったのだが、アイテムのやり取りなどを通して何度か関わり、そして現実でもついには知り合った。そういったこともあって、互いにログインしていて暇であれば声をかける、というのは最近よくあったのだ。そのため、今日もログインしていればそのうち声をかけてくるのでは、と思っていたら案の定であった、ということだった。

 

『藍葉さんと……今井さんは、今日デートじゃなかったんですか……?』

 

「いやな、家デートしてたらリサがNFOやってみたいとか言うからノーパソ貸した」

 

『用意する手際が良すぎて口を気づいたら目の間にノートパソコンが置いてあったんだ……』

 

『リサ姉NFOこれからもやってくれるの!?』

 

『前やった時も楽しかったし、やるつもりだよ』

 

『やったー!』

 

 目の前には宇田川さんはいないのに、喜ぶ姿がありありと想像できて、思わずリサを顔を見合わせて苦笑してしまう。本当に元気娘、というか感情豊かな子だ、と思いながらとりあえず、と話を切り出す。

 

「まぁ今日はリサにNFOの楽しさを伝える、ということでリサでも行ける適当なダンジョンでも行こっか」

 

『そういうことなら……メインストーリーを手伝うのも、いいんじゃないですか……?』

 

「メインストーリーはあれ、結構面白いから一人でじっくりやってみて欲しいんだよなー」

 

『あ、それは……わかります……』

 

『えっと、それで結局アタシはどうしたら……?』

 

「ああ、すまんすまん、とりあえずはダンジョンに……」

 

 そこまで言って、一つ重大な問題に気づく。あこ姫を見る。やけに格好つけたポーズをとった。そのモーション、課金アイテムじゃなかったか。RinRinを見る。あこ姫に合わせてポーズをとっていた。だから課金アイテムで、プレイヤーショップでもかなり額がしたはずなんだが。最後にリサを見る。初期装備である、女性用のプリーステス系防具を身につけている。

 

「ちょっと、リサ。ステ見して」

 

「ちょ、ゆ、悠一さん!?ステって、いやそれよりこの態勢……!」

 

 リサの後ろから抱き着くようにして肩に顎を乗せてリサのノートパソコンの画面を覗き込む。見れば過去白金さんがキャラメイクを手伝ったというだけあって、構成はしっかりとしている。

 このゲームの特徴的な部分として、職業が存在しない点がある。ステ振りとスキル習得のシステムがあり、その構成によって便宜的にタンクやガンナーなんて呼び方があったりするわけだが……リサのキャラはシンプルなプリーストタイプになっている。ステータスはMPや魔力偏重、スキル構成は回復を軸にバフ系やMPブースト系。初期のステータスポイント、スキルポイントから割り振れるおおよそ理想形とも言えるプリースト構成だった。ま、流石RinRinだな、と呟いて自分のパソコンの前へと戻る。

 

『悠一さんにリサ姉?どうかしたの?』

 

「ん、リサのステ見てた」

 

『確か……シンプルなプリーストタイプで、作ったんですけど……まずかったですか……?』

 

「マズくはない、んだけど今回に限ってはなぁ……」

 

 後ろから向けられる顔を赤くしたリサからの恨みがましい視線を無視しつつ、少し悩む。そしてその上で自分のキャラのステータスを確認して、溜息を一つ吐く。

 

「リサは純粋なプリースト目指すわけ?」

 

『……アタシは、まぁ皆の手伝いみたいなのができたらいいなって思ってる』

 

「ああ、そっか、ネトゲ慣れしてなきゃ目標の構成とかないよな」

 

『あれ、リサ姉なんか拗ねてる?』

 

 宇田川さんがどうやら、リサの今の状態を声音から察したようだが、無論それもスルーしておく。なんというか、リサはからかうと反応が可愛いのでつい遊んでしまうのだ。今の若干拗ねてる状態も可愛いので、少し放置しておくことにしている。

 それはさておき。リサのキャラの今の構成だと、今後格闘系やメイス系のスキルなどを取っていけば所謂クレリックタイプになってくるし、あるいはタゲ取りや防御系のタンク向けスキルを取ってパラディンルートもある。無論、このまま支援系スキルを取ってハイプリーストと呼ばれる構成にするのだってありだ。見たところ前回のプレイでいくらかレベルアップしてポイントが余っているので、方向性を定めておきたい、というのが問題点その一になる。

 その旨を全員に伝えれば、リサがしばし悩んだ後、なんとなくだけど、と口を開く。

 

『そのハイプリースト?っていうのがいいかな。支援役なんでしょ?アタシ自身はあんまり前に出たいってわけじゃないしなぁ……』

 

『いいんじゃ……ないでしょうか……?今井さんに似合っていると思いますし……』

 

『うん!あこもリサ姉のイメージにあってると思うな!』

 

 確かに、リサは前に出て殴ったり殴られたりするイメージはないため純粋な支援型、というのはよく似合いそうだった。ハイプリーストと一口に言っても、その構成はバッファーだったりヒーラーだったりと色々細かいのだが、現在の方向性としてはそれだけ決まっていれば充分。どんな構成にするせよ、必要なスキルなどを取ってもらいつつ、これで決定的になってしまった二つ目の問題に頭を抱える。

 

「……うーん……」

 

『あれ、悠一さんどしたの?』

 

「や、まぁリサは気づかなくて当然なんだけど。他二人よ、ちょっと今回のメンバー確認し直してみ」

 

『……あ……』

 

『え、なになに?どうしたのりんりん?』

 

 白金さんの方は気づいたようだが……まぁ、宇田川さんは気づかない方が彼女らしいか、と苦笑する。そして改めてそれぞれのキャラクターと、その構成を思い出す。

 白金さんの操るRinRin。彼女の構成は純黒魔導士とでも言うべきものだ。ステ振りは特化とまでは言わないが魔力やMP偏重。そしてそのスキルは魔法火力アップやMPブーストに費やされており後衛からの魔法ブッパしか考えていない構成になる。

 続いてあこ姫こと宇田川さんのキャラ、聖堕天使あこ姫。彼女は死霊使い(ネクロマンサー)という、これまた魔法型のビルドになる。一応、プレイヤーの気質もあって近接戦もこなせる構成ではあるが、本領を発揮するのはやはり死者の召喚になり、後衛になってくる。

 そしてハイプリーストを目指すリサは言わずもがな。と、なると、である。

 

「後衛しかいねぇ……」

 

『あっ、言われてみれば』

 

『後衛?』

 

『……前で直接敵と戦うのではなく……魔法などで、遠距離攻撃をしたり支援したりする立場ですね……』

 

『へー……悠一さんもその後衛ってやつなの?』

 

 白金さんから解説を受けたリサが、こちらにそう問いかけてくる。そう言えば確かにリサに自分のキャラについて解説していなかったな、と思いちょうどいいので、宇田川さんや白金さんにも改めて最近微妙に構成が変わった自分のキャラを説明することにする。

 

「俺は、まぁ所謂キワモノ構成なんだけど」

 

『あれ、悠一さんこないだまで普通のアルケミストじゃありませんでした?』

 

 宇田川さんからの問いに、少し前までね、と返す。そこからいくらかスキルを入れ替えて立ち回りが変わっているのだ。それも掲示板などではキワモノ分類される方向に。ちなみに理由は楽しそうだから。ゲームなんてそんなものである。

 

「で、今は便宜的に錬金銃士って名乗ってる」

 

『錬金……銃士……?』

 

「そうそう、こいつを見りゃ分かる」

 

 そう言って、通常時は邪魔なため透明化しているそれの透明化を解除する。そうして自キャラの背中に現れるのは巨大な、金属製のライフルだ。リサなんかはこのゲームをやっていないため特に大きな反応がないのだが、流石に宇田川さんと白金さんは違う。マイク越しに息を飲む音が聞こえてくる。

 

『そ、それ……作るのが、とんでもなく大変っていう……』

 

「おう、〝ウルティメイト・ロアー〟。通称化物銃だぞ」

 

 震え声の白金さんに、肯定を返す。それに言葉を失う白金さんに当然だよなぁ、とこの武器を作った時のことを思い出す。まず大元の素材がゲーム内各地のボスのレア泥であるため乱獲し続け、続いて数週かけて自身の錬金スキルで加工。さらにそこから鍛冶スキルをはじめとする自分が持っていない必要なスキルを持ったフレンド片っ端から声をかけて……一ヶ月以上かけて、作り出した武器だったりするのだ、これ。しかも課金とかでも加工の時間が短縮できない。その割にある一点を除けば最強クラスの性能と言えど同性能の武器は幾つかあるので、わざわざ作る人はほぼほぼいないというネタ扱いの武器だった。ただそんな武器を作ってしまったのが自分だった。

 

『……なるほど……それで、錬金()士なんですね……』

 

「そういうこと」

 

 この武器を扱うためにわざわざスキルに銃関係のものを取ったのだ。製作作業に加え、スキル習熟作業もあったので本当に当時は大変だった。

 

「あ、ちなみに次のウルティメイトシリーズはサイスだってよ。やったなあこ姫、地獄の始まりだ」

 

『えっ……』

 

『ほ、欲しい!』

 

『そ、そうだよね……あこちゃんは、欲しがるよね……』

 

 地獄と言われるウルティメイト系の作成に付き合わされることが確定した白金さんが震えた声でそう漏らすのに合掌するしかない。とりあえず、サイスのウルティメイトシリーズが実装されたらしばらくIN率下げようと思いつつ、で、と話を元に戻すことにする。

 

「そんなわけで自分も立ち回りが基本、後ろからの狙撃なので後衛しかいない、というわけだ。オーケー、リサ?」

 

『正直途中から何言ってるのかわからなかったけど、それについてはオッケー』

 

 まぁ素人とウルティメイトシリーズは一番縁遠い話だよなぁ、と思いつつこのあとのダンジョンアタックをどうしたものか、と考える。ここに翔馬がいれば魔法拳士構成のキャラを使うため、前衛を押し付けられたのだが、あいにくと今日は氷川さんとデートらしい。かと言って素人がいるなか前衛無しは怖いので……そうなると、手段は限られてくる。その中でも確実なのは一つだろう、と宇田川さんのキャラを見る。

 

「そしたら、あこ姫のネクロマンスで常に壁用意し続ける感じか?」

 

『……そうですね……その方が今井さんが死ぬ可能性も低くなりますし……』

 

『あははは……なんかごめんね?迷惑かけてるみたいで』

 

「気にすんな、新人を導くのも古参の仕事よ」

 

 そして沼に浸かれ、と心の中でだけ付け足す。

 そんなわけでダンジョンでの立ち回りについてさらに内容を詰めて、火力アップ系のスキルを幾つか外しておく。新人がいる状況で古参プレイヤーが敵を蹂躙しては何も楽しさが伝わらないだろうし、ここら辺は調整がいる。幸い、自分は昔新人の指南役を自身のお遊びを兼ねてやっていたのでそういった調整は慣れている。だからパパっと準備を済ませて、出発する態勢を整える。

 

「んじゃま、ダンジョンアタック行きますか!」

 

『おー!』

 

『……おー……』

 

『え、っと、おー?』

 

 斯くして微妙に揃いきらない掛け声を上げて自分たちはダンジョンに向けて出発した。




やりたいようにやるのって楽しいよな!

と、いうわけで設定が少ないことをいいことに好きなように改変したNFO回。楽しくなり過ぎて二話構成になってしまった……。続きは明日な……。


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#EX2.Dungeon Attack!!

 隊列を整え、ダンジョンへと足を踏み入れる。編成はシンプルに、壁を張る役目を持ったあこ姫を先頭に、魔法によっては射程が限定されるRinRin。そして守りやすい位置としてリサが来て、最も長射程であり背後からの奇襲にも対応できるということで自分という順だった。戦闘時は広がったりもするが、移動時はこれが基本となる。

 

『うわぁ……なんていうか、不気味なとこだねぇ……』

 

「まぁアンデット系が多いダンジョンだからな」

 

 ダンジョン名は〝戦士達の墓標〟。過去の大戦で死んだ戦士達の墓場であるが、近年魔物の手によって異界化してしまい、亡霊として墓に眠る者達が徘徊するようになってしまったーーーなんて設定のある場所なのだが。あいにくと今重要なのはそこではなく、ここの敵がほぼほぼアンデット系であるということ。ゾンビや幽霊系の敵がほとんどなので、メインの攻撃手段が聖属性の魔法になるリサにはちょうどいいダンジョンだった。

 

「俺らも手は出すけど基本は補助だ、メインはリサに戦ってもらうから頑張れ……よっと!」

 

 後ろから襲いかかってきたゾンビの攻撃を回避すると同時、重量のあるウルティメイト・ロアーで土手っ腹へ一撃。そうしてできた隙間に銃口を差し込み、射撃。下手に音を立てればこのダンジョンは敵が集まってくるため、消音カスタムが施されたウルティメイト・ロアーはその名に反し控えめな音を立てて弾丸を吐き出し、敵を一撃で屠る。ついでに見れば更にその奥からは幽霊系のエネミーが来ていたので専用のメタった弾丸である浄化弾に切り替え、同じく一射で葬り去る。

 

「……と、まぁ後ろは気にすんな。俺が全部処理するから」

 

 このゲームは物理演算がしっかりし過ぎてちゃんと銃口を挟めるだけの距離がないといけないから難しい。そんなことを考えながら確認のために他の三名へとカメラを向ければ、あこ姫やRinRinはともかく、何故か突然挙動が悪くなったリサが映る。何事か、とプレイヤー本人の方を見てみれば、少し顔を青くしたリサが、いくらか汗をかきながらノートパソコンと向き合っている。

 その姿は流石に無視できるものではなく、一言断ってからマイクを切ってリサの方へと向かう。そして完全にこちらが動いたことにも気づいていないリサの肩にそっと手を置き、

 

「うひゃぁ!?」

 

「おわっ!?」

 

 飛び上がるように振り返ったリサに驚き、思わず二人揃って妙な声を上げてしまう。自分なんかはそれに苦笑する余裕があるわけだが、リサの方はそうではないようで手を置いたのがこちらだと気づいた段階で安堵の息を吐いている。その反応に、なんとなく原因を把握し、リサの方のマイクも切りながら苦笑とともに確認の問いを投げかける。

 

「……ホラー、苦手?」

 

「い、いやー……別にー……って、悠一さん相手に隠す意味はないか。……うん、お恥ずかしながら、苦手です」

 

 困ったように笑うリサに、可愛い弱点もあったもんだなと思いながらも流石に、ゲーム内のゾンビとか幽霊にビビるとなると相当であるように思う。自分はそこら辺、そういうシチュエーションでもなければさほどビビる質ではないので気持ちがいまいちわからないのだが、さて何と声をかけるのが正解なのか。

 

「……あくまでモンスターだから、怖いビジュアルというよりかは気持ち悪いとか、そういう感じだと思うんだけど……それでも怖い?」

 

「それ自体が怖いというよりか……こう、それ見ることで、本物が後ろとかにいるんじゃないかって想像しちゃって……」

 

 なるほど、それ自体がではなくそれを見た結果としてとなると、ゲーム自体がどうこうという話ではなくなるので対策が難しいところになってくる。やっぱり、本気で苦手な人のそういったものは自分では察せないなぁ、と思いつつ少しどうしたものかと思案する。

 

「あ、簡単な方法があった」

 

 自分はベッドで横になってパソコンを使ったりするので、全てのケーブルが元々長め、あるいは延長してある。だからモニターにキーボード、マウス諸々を動かし、新しく用意したミニテーブルへと乗せる。あとはそれを操作できるようにリサと背中合わせになるようにして座れば、完璧。

 

「俺がいるんだ、これで後ろは怖くないだろ?」

 

「悠一さん……」

 

「ま、ホラーものだといちゃついてるカップルは割とよく死ぬんですが」

 

「えっ」

 

 感動した様子だったリサを再び絶望へ叩き落しつつ、しっかりと自分がいることが伝わるように背中を触れ合わせる。未だ、リサに震えはある。それでもまぁ、比較的落ち着いたかと判断し、マイクをオンにする。

 

「わりーわりー、ノートの方の挙動が狂ってな」

 

『妙な声が……ありましたけど……』

 

「飲み物零した」

 

 まぁ最初に自分が聞いた時にリサは一度誤魔化そうとしていたので、誤魔化しておいた方がいいのだろうと判断し、パソコン類が無事か心配してくれる二人には申し訳ないし適当なことを言っておく。

 とりあえずパソコン系は無事、という設定にしておき、そのまま問題がないことにして再度ダンジョンを進んでいく。まだリサの挙動は少しおかしいが……まぁ、先ほどに比べればマシにはなっている。完全には直らなかった、という体で宇田川さんと白金さんには通しつつ、ちょくちょく敵と戦いながら奥へと進む。

 その頃にはリサもある程度慣れてきたのか、元々あった初心者らしいぎこちなさも減ってきて、上手いとは決して言えないが安心して見れる程度の動きはできるようになってきた。これなら次の段階に言っても問題ないだろう、と白金さんと判断し、更なる奥地へと足を踏み入れることにする。

 

『あれ……なんか、雰囲気変わった?』

 

「お、気づいたか」

 

 リサが言う通り、画面に映るフィールドは先ほどよりも重く禍々しい雰囲気となっている。それはつまり、言ってしまえばダンジョンの階層的なものが変わったことを示しており、敵のレベルが上がったことも同時に表している。そしてそれに合わせ、この階層からは出てくる敵も増え悪魔系統の敵が出始めてくる。

 

『……っ!悠一、さん……!』

 

「早速おいでなすったか!」

 

 マップ上に出た反応から白金さんがいの一番に反応し、それに続いて自分と宇田川さん、少しばかり遅れてリサが戦闘態勢へと入る。そして見えてきた敵を確認……先ほどの階層よりも単純にレベルが上がったゾンビが、十数体。そして一体、小太りの男を紫色にして羽を生やしたかのような、生理的嫌悪感を抱くようなデザインのエネミーがいる。

 

『な、なんか今までと違うのが一体いるんですけど!?』

 

「インキュバスかよ……!」

 

『げぇ!?あこあいつ嫌いー!!』

 

『あこちゃん、女の子が出していい声じゃなかったよ……!』

 

 白金さんの言葉に賛同しつつも、宇田川さんがあんな声を上げるほど嫌がるのにも納得する。インキュバス、あるいはサキュバスは出現率は低いがやらしいモンスターなのだ。いや、まぁ元ネタ的にもいやらしくあるんだけど、そういう意味ではなく。インキュバスとサキュバスはスペックこそ低いが異性に対して問答無用でスタンを付与するのだ。そうなると単体ならともかく、こうした集団戦においては反撃する暇もなく全滅させられる場合があった。

 ―――そしてそれ故に、対策は怠っていない。

 

「こいつの封印を解く時がきた―――!」

 

 そう言いながら、ウルティメイト・ロアーのみが持つ、オンリーワン能力を発動させる。ウルティメイト・ロアーが変形し、銃口が巨大化。更に上部に大きな穴が生まれる。そしてそこへ液体の入った瓶を放り込む。そうして放り込んだ瓶が装填されたことを確認、照準を合わせ―――引き金を引く。

 

「TSポーション砲、発射ァ!!」

 

 そしてそれは放たれた。銃口からは物凄い勢いで専用の強化ガラスで作られた瓶が飛び出し、インキュバスに避ける暇も与えず着弾。その衝撃をトドメに、ついに耐えきれなくなった瓶が砕け散り、中の液体がインキュバスへと降り注ぐ。そしてインキュバスからインキュバス(♀)へと変化するエネミー名。そう、これこそかつてプレイヤー達を阿鼻叫喚の地獄絵図へと陥れた封印されしネタアイテム、TS(性転換)ポーション―――!!

 

『確かにこれでもうスタン喰らわなくなったけど!けどぉ!!』

 

『インキュバスで♀って、これもうわかりませんね……』

 

『え、何?何が起きてるの?』

 

「ハーーーハッハッハッハッ!」

 

 宇田川さんはTSポーションに嫌な記憶があるのか悲鳴を上げているし、リサはついてこれていないが知ったことではない。かつてあの大事件に加担した男に今更自重の二文字はない。

 

「おっしゃ蹴散らすぞォ!!」

 

『なんで悠一さんそのポーション普通に飲めるんですかー!?』

 

『今井さんは、後ろから聖属性の魔法を……お願いします……!悪魔とアンデット、共通で刺さるので……!』

 

『よ、よくわからないけどオッケー!』

 

 インキュバスが♀になったことで異性を対象としたスタンが自キャラへと通るようになったのでTSポーションを服用して性別を女に切り替えつつ、ゾンビの頭目がけて一射。銃系装備なのでTPS視点に自動的に切り替わっており、当てるにはある程度の技量がいるのだが、無論そこら辺は練習済み。一発も外すことなくヘッドショットを決めていく。そして初心者連れとは言えどヘビーユーザー三人にかかればこの程度の敵たいして手間ではなく、数分とかからず殲滅し終わる。

 

『悠一さんが、TSポーションを撃ってくれたので……だいぶ楽でしたね……』

 

『うぅ……TSポーションはあの事件を思い出すから嫌だよぅ……』

 

 どうやら宇田川さんはあの地獄の宴の被害者だったらしく、それならあのリアクションも納得だよなと思いながら面白いので何度かTSポーションをちらつかせて遊ぶ。ただそんな自分たちに唯一の初心者であるリサは状況が理解できなかったらしく。

 

『えっと、結局TSポーションって何?それにあこは何をそんなに怖がってるの?』

 

 確かに、普通はTSとか知らないよなぁ、と思いつつそういうことならと一つずつ説明することにする。

 

「まぁ端的に言えばTSポーションってのは強制的に性転換させるアイテムなんだわ」

 

『今回のように、ある程度の実用性はありますが……基本的にはネタアイテムですね……』

 

『じゃああこがこんなに怖がっている理由は?』

 

 明らかにこちらから距離をとっている宇田川さんのキャラを見ながらリサがそう問いかけてくる。それを聞いてしまうか、と呟き、他の二人が語る気がないことを確認した段階で自分が口を開くことにする。

 

「あれは少し前の大型アップデートの時だった……」

 

 公式情報として公開されていなかったTSポーションを錬金で偶然にも作り出してしまった自分は、思わずそれがバグでないか運営に問い合わせてしまったのだ。それが、始まりだった。

 

「問い合わせた結果返ってきたのは、GM(ゲームマスター)がゲーム内で会いに来るというよくわからないものだった」

 

 そうして自分のアバターの下にチャットと共に現れたのは何度かゲーム内でダンスモーションを披露していた筋骨隆々のGMのアバターだった。そしてGMは個人チャットで散歩に誘うかのような気軽さで問うてきたのだ。

 

「『ちょっと、テロらない?』って……」

 

『やっぱりあの時の人GMだったんだ!?』

 

 斯くして他にも何人か、信頼できるバカを巻き込んで宴は準備された。GM権限により、一時的に街の中で通るようにされたTSデバフ。ただただ高品質TSポーションを作り続ける自分。その素材をひたすら集めるGM含めたバカ共。

 

「そんな風に無駄な努力を重ね大量に用意されたTSポーション。それをな、俺たちはテロの名に恥じぬようありとあらゆる街の宙にばら撒いたんだ……」

 

『あれは……酷い光景でした……』

 

 そう、本当に酷い光景だった。当時は知らなかったのだが、どうやらTSポーションは高品質であればあるほど効果時間が長く、また使われた対象の性別を転換した際、体格を元と正反対の数値へと近づけるようなのだ。結果、元々体格のいい男キャラを使っていた人々は小さい女の子と化した。ここまではよかった。問題は女性キャラと、男の娘やショタキャラを使っていた人々だった。トップクラスの錬金術師だった自分によって生み出されたTSポーションはあまりに高品質過ぎてキャラの体格を真反対とも言えるほどに数値を変動して―――そうして生まれるやけに可愛らしい衣装を着たガッチリとした体格をした漢や漢女。そして何故かテンションが上がり自らはTSしていないのに女性用衣装を着て踊り出すGM。今思い出しても頭のおかしい光景だった。

 

「……と、まぁこれがかつてあった通称TS地獄絵図だ」

 

『あこのキャラもその時一回男にされちゃったんだよー!』

 

 なるほど、確かに宇田川さんのキャラであるあこ姫は小柄でゴスロリチックな衣装を着ている。これがあのTSポーションでTSしたらさぞゲテモノが出来上がったんだろうなぁ、と笑う。

 

『えぇ……。GMって運営でしょ?運営がそんなことやっていいの……?』

 

『ここの……運営は……頭がおかしいので……』

 

 あの白金さんをもってしてそう言わしめる運営に、本当にヤバいのだと察したリサが顔を引きつらせる。個人的にはそのネジの飛びっぷりが面白いわけだが。それにNFOもそれなりの年数稼働して古参はそんな運営についていける、というかむしろ進んで祭りに参加する人間が多い。楽しむ人口が多ければ当然、改善されることはなかった。

 

「……っと、そろそろお喋りも終了だな」

 

 TSポーションを再度飲み、性別を元に戻しつつそう呟く。TS地獄絵図について語りながらも戦闘を行いダンジョンを進んできたために、今自分たちの前には大きな金属製の門―――ボス部屋へと続くそれが鎮座していた。

 

『大きな……お墓?』

 

 リサが呟いた通り、門越しに見えるそれは大きな墓標だった。そこに刻まれた名は〝ウォリアーズ・レックス〟。日本語で戦士たちの王。ここのボス名である。とは言っても自分や宇田川さん、白金さんからすれば過去に討伐済みの敵であり、スキルを外しているために瞬殺とはいかずも立ち回りを覚えているのでそう苦労するものでもない。そう言って緊張するリサを安心させ、ボス部屋へと足を踏み入れ―――そこに現れた敵に言葉を失った。

 

「べ、ベーオウルフ……?」

 

『ね、ネームドぉ!?』

 

『あ、詰みましたね……』

 

『また何か問題が起きたの!?』

 

 ネームド。すなわり名前持ち。その意味はゲームによって様々だが少なくともこのゲームにおいては極々低確率で出現する超レアボスのこと。通常のボスの名前を種族名とするならば、専用の人名らしきものを持つそれは、名前持ち(ネームド)と呼ぶのが相応しいだろうと、そうプレイヤー間では呼ばれていた。

 その特徴は二つ。一つは専用ドロップを持つこと。通常のボスとしてのドロップに加え、そのネームド専用のドロップ品が落ちる。そしてもう一つ。

 

「なーんでこういう時に強化版でちゃうかなー!?」

 

 ベーオウルフからの攻撃を避けながら思わず叫ぶ。そう、ネームドは総じて通常版のボスの純粋強化型であり、上位互換と言えるのだ。そしてその性能は何倍もする。完全に通常のボスを想定してそれに合わせてスキルを外しているので多分これ、倒せない敵になる。

 

『あこネクロマンサーだから物量でしか攻められなくてダメ通んないよ!?』

 

『私も……最高火力魔法でもダメージが通りません……!』

 

『アタシなんか避けるので精一杯なんだけど!?』

 

 見ればしっかり二人とも攻撃を当ててこそいるが、HPゲージは一ドット減っているか否かといったところだ。単純にこちらの攻撃力が低すぎてボスの防御力で減衰され切ってしまうのだ。本来なら高難易度モードでダンジョンを周回することで狙って出すエネミーなのだ。通常難易度で出ていい敵ではない。運がいいのか悪いのか、ただダンジョン内ではスキル構成を変えられないので、先ほど白金さんが言っていたように詰みと言える状態だった。

 

「……でもなぁ……折角の超レアボス、泥欲しくない……?」

 

『欲しい』

 

『欲しいですね……』

 

『ちょ、皆話してないで助けてー!?』

 

「はーい、というわけで奥の手でーす!RinRinタゲ取って!」

 

 こちらの指示に反応して、白金さんが大規模魔法を発動する。それによりベーオウルフのタゲがリサから白金さんへと移り、そして自分にも攻撃が来ないようになる。その隙に、ある特殊な弾を一発、ウルティメイト・ロアーに装填する。

 

「採算度外視、一撃必殺……」

 

 ウルティメイト・ロアー専用弾であるそれは、ウルティメイト・ロアー同様製作に必要な素材が頭がおかしいと言えるものであり、それをわざわざ作るのであれば普通にレア泥堀った方が有意義と言われるネタ弾丸。自分も、ウルティメイト・ロアーを製作した直後の変なテンションでなければ作らなかったであろうその弾丸は、そのコストに見合うだけの威力だけは存在する。

 

「ちょーっとだけデメリットがあるんだが……」

 

『え、悠一さんまさか!?』

 

『今日は悠一さん……飛ばしてますね……』

 

『え、何、デメリットってもしかして結構ヤバいの?』

 

 どうやらこちらが何を撃とうとしているか察したらしい宇田川さんと白金さんをスルーしつつ、しっかりと弾丸が切り替わったことを確認。折角なので、初心者であるリサにはそのデメリットを説明することにしつつ照準を覗く。

 

「いいか、こいつのデメリットは範囲が広すぎて自分含めたパーティーも巻き込む」

 

『え』

 

「まぁつまり」

 

 覗き込んだ照準をベーオウルフへと合わせ、確実に当たるタイミングでどうせならとスキルをガン積みし、

 

 

「問 答 無 用 自 爆 砲 で あ る !!」

 

 

 ドオォォォォン、と派手な音とエフェクトが画面を包み込む。そうして吹き飛ぶ敵のHPとパーティー全員のHP。一応これ、ここで蘇生をかければ討伐したということになるので課金アイテム使用で一人蘇生を果たす。このやり方ならどんなボスでも高速周回できるのだが、やはり一発のコストと得られるものが釣り合わない。そんなことを思いつつ他全員の蘇生を行う。

 

「いやぁ、コストはバカ高いけど、あれぶっぱすんのたまんないな……」

 

『おかげさまで死にましたけどね……』

 

「あっはっはっは」

 

 白金さんからのツッコミをスルーしつつ、ドロップ品の確認を行う。そう美味しい、というわけではないがまぁプレイヤーショップで売れば多少の金にはなるだろう、とは思う。ドロップ品が必須じゃないのに貴重な弾丸と蘇生アイテムを使うあたり、勢いでプレイしていた。

 

「で、どうだったよリサ。初の本格的なダンジョン攻略は」

 

『え、アタシ?』

 

 結局今回のダンジョン攻略の一番の目的はリサにゲームの楽しさを伝えることだったのだ。だから古参三人、リサの感想を待つ態勢に入る。それを察したリサがうーん、としばし悩んでから口を開く。

 

『なんか正直ちょっとエンジョイし過ぎじゃないとは思ったな。ほら何だっけ……あの……TS?なんちゃらとか』

 

 その言葉に、通話越しに宇田川さんと白金さんから圧がかけられるのを自覚する。だがしかし待って欲しい。あれは主犯はGMなのだ。確かにTSポーションを発見してしまったのは戦犯な気もするがもう時効だろう。内心、そんな風に言い訳していると、でも、とリサが言葉を続ける。

 

『だからこそ、楽しそうかな、とは思ったな』

 

『じゃあもしかしてリサ姉……?』

 

『……うん、しばらく続けるの決定!』

 

『やったぁ!!』

 

 リサの言葉に全力で喜びを露わにする宇田川さんに白金さんと二人苦笑する。そんなこちらを、ただ、とリサは呟いて現実の方でジト目を向けてきながら口を開く。

 

『最後のは流石に酷かったなー、と思います』

 

『爆発オチなんて、サイテー……です』

 

 何気白金さんネットスラング詳しいよね、なんて思いながら、斯くしてダンジョンアタックは終了した。




正直!クッソ楽しかった!!
後のストーリーとか考えずに好きなように書くのはやっぱ楽しいなぁ、というお話で。
でも8000文字は笑うわ。

そんなこんなでおまけも一旦終了、お疲れ様でした。


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#EX3.望んだ未来の為に

時系列的には多分本編の一年後とかそんな感じ。


「えー、本日は皆さんお集まりいただきありがとうございます」

 

 数にすれば十数人程度でしかない。それでもそれだけの数が、ましてや初対面の人や大人だっている。だからこうも注目を浴びるのは緊張してしまう。

 それでも自分にはこの企画を立てたものとして責任が自分にはある。別に何も悪いことをしようというのではないのだから、臆すことなく胸を張って言葉を続けていく。

 

「まずはこうして私の呼びかけに応えていただいたことに大きな感謝を。見ず知らずの方もいる中、応じてくれたのはやはり、彼女がそれだけ周りに愛されているということの証左で、嬉しい限りです」

 

 と、そこまで言って自分自身首を傾げる。企画内容的に、こういう堅苦しいのは少し違うのではないだろうか。それにどの立場からの発言だ、という話にもなってくる。

 そのため、首を振りながら一度自身の発言を否定する。

 

「無し無し、やっぱ今の無しで。堅苦しいことこの上ない。もっと楽しい感じでいこう」

 

 その発言に親しい人間が何人か、呆れたような溜息を吐いているが、そもそも人前に立って引っ張っていくのに慣れていないのだから勘弁して欲しい。正直少人数でわいわいやるタイプなので、大人数のリーダーとか本当に苦手なのだ。

 

「あー、とりあえずあと一点だけ、外せない真面目な話を。今回の会場としてこの場をお貸しいただいたことにもまた感謝を」

 

 そう言って今回の参加者で四人しかいない大人に頭を下げれば、苦笑が返ってくる。まぁ人生経験が豊富な大人からしたら、自分の拙いリーダーとしての言葉は苦笑してしまうようなものなのだろう。

 それでも、礼儀としてこの場所を貸してもらったこと。そして本心からの感謝があるためにしっかりと頭を下げ、それから改めて本題へと入る。

 

「それでは。時間もさほどあるわけではないですし、ついでに初対面の人からすれば私がベラベラ喋ってても興味がないと思いますので。まぁとっとと本題に入りましょう」

 

 パン、と区切りとして手を一つ叩く。時刻は現在午後一時。一応、余裕を見積もっての時間であり、人数も多いため間に合うとは思う。それでも早めに終わらせるに越したことはない。トラブルも想定するなら尚更である。

 故に一度全員を見回し、注目が自分へと集まっていることを確認してから、宣言する。

 

「―――それではこれより。今井リサさんのお誕生日会の準備を始める!」

 

 そう、本日は自分の彼女である今井リサの誕生日である。

 

 

 

 

 今回、誕生日会の会場としてリサの家を借りている。今井邸は一軒家であり、リビングはそれなりの広さがある。そのためそれなりの人数でパーティーができる広さがあった。

 とはいえ、それなりの広さがあるということは飾りつけにも手間取る、ということ。飾りつけに人数を多め、それから追加の資材の買い出しに……と、それぞれに仕事を割り振っていく。

 多少の時間をかけ、割り振りが済んだら自分はキッチンへと向かう。それは、自分の担当が料理だからだ。

 無論、今回集まった人はリサの友人、ということもあって女性陣が多い。自分よりも料理ができる人は沢山いるだろう。

 それでもリサと付き合ってから、リサにはお菓子作り以外にも料理を教わったりもした。だからどれだけ上達したかを見せたい、という我儘で今回自分は料理を担当させてもらっていた。

 

「遅いわよ」

 

「無茶言うな、これだけの人数に指示出してんだからある程度は容赦しろ」

 

 キッチンに入ると同時、声をかけてきたのは元カノ……と呼ぶにはもはや時間の経ち過ぎた、うちのバンドのキーボード担当―――(たちばな)翠香(すいか)

 こちらへと向けられる鋭いつり目に、挑発するように口元に浮かべられた笑み。明るい茶色に染められた髪は料理するにあたって、首元でまとめられており、ピンク色のエプロンが可愛らしさも演出している。

 大学などであれば、彼女は化粧でもっと柔らかいイメージの可愛らしいまとめてくるのだが、今回はバンドメンバーを始めとする親しい間柄多いからか、化粧が元の顔立ちの良さを引き立てるような、美しさを重視したものだ。

 だからその分、睨まれた時の圧が強いのだが、まぁ流石に自分ももはや慣れたもの。バンド結成当初から睨まれてれば、流石に慣れるというものだ。

 

「そもそも。午前から俺らだけは仕込みの関係で動いてんだ。そこまで時間が押してるわけじゃないだろ」

 

「私が待たされてるのが癪なのよ」

 

 それを言われたらどうしようもない。ただまぁ、あくまでこちらを挑発するのが目的であるのは表情を見ていれば分かるので、本気で相手にはしない。自分と翠香の間では一種のコミュニケーションみたいなものだ。

 故に、適当なところで会話を切り上げ、午前からの続きを始める準備をする。()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「というわけで、午後もお願いします」

 

「はいはい、任せてちょうだいね」

 

 そう返事をするのは、リサのお母さんだ。いくらリサに料理を教わっている、とはいえ自分は特別料理が上手いわけではない。ならば料理が上手い人を料理担当に回せばいいのだが、流石に一般家庭のキッチンはそこまで広くはない。余裕を持って使うなら二人、多くても三人までではないと作業がし辛くなってしまう。

 そういう理由もあって、自分と翠香がメイン。リサのお母さんには時々アドバイスを貰う、という形で今日は調理を行っていた。

 ただまぁ、教わりながらだとどうしても作業速度が落ちることもあって、今日は自分と翠香だけは 午前から今井家にお邪魔している。

 幸い、リサは友人が多いこともあって、今日は朝から出かけているらしい。確か高校のダンス部の仲間たちとのお出かけ、だっただろうか。 

 聞いた話によると、帰ってくる予定が五時。それまでに準備を済ませなければならない。自分は責任者、ということもあって他の進捗状況の確認もしなければならない。気合を入れて、料理を進めることにする。

 

 

 

 

 ―――おかしい。

 

 料理は順調に進んでいた。予定通り、何の問題もなく進み、作業量的に翠香一人でもこなせる段階まできた。そのため全体の進捗確認のために自分は一時的に料理班を離脱したところまではよかったはずだ。

 だが、と周囲を見る。自分が座るソファの隣にはコーヒーを飲む友希那。正面にはリサのお父さんに、友希那のお父さん。

 友希那に呼び出され、ついていったらこの状況である。いったい自分はどうなってしまうのだろうか。

 そんな風に怯えながら、差し出されたコーヒーを飲んでいると、おもむろに友希那のお父さんが口を開く。

 

「さて、悠一くん。君はうちの友希那をフったそうだね?」

 

「っんぐ!?」

 

 予想外の切り出しに、驚きから飲んでいたコーヒーが気管に入り思わず咳き込む。それを友希那のお父さんは笑いながら見ているあたり、タイミングを狙ってやったな、と判断する。細身の、優男然とした見た目のわりに結構いい性格をしている、と友希那のお父さんへの評価を改めつつ、思わずジト目になりながら言葉を返す。

 

「……それは、娘さんから?」

 

「ああ。初めての恋にどうしたらいいか分からない、ということで私と妻に洗いざらい話してくれたよ」

 

「ちょっと、お父さん」

 

「いやぁ、友希那が顔を赤らめながらあんなこと言う日が来るとは思っていなかったから驚いたよ」

 

「お父さん!」

 

 はっはっはっ、と笑う父へと友希那が顔を赤くして文句を言う。なんというか、友希那はこちらの前では常に格好つけているようなところがあったため、何とも新鮮な光景だった。ただ自分が友希那をフった話から広がった話題だと思うと、複雑なところではあったが。

 

「まぁそんなわけで、友希那から色々話を聞いているのもあって、個人的にも君のことは気になっていたんだ。こうして話す機会をわざわざ作る程度にはね」

 

「それは……何とも、こそばゆいというか。ありがとうございます、でいいんですかね」

 

「もちろん、君の歌も映像でだけれど聞かせてもらっている。元プロから言わせてもらえば未熟、としか言いようがないが、それでも才能はあると思うよ。頑張ってね」

 

「手厳しい……。でも、ありがとうございます」

 

 評価に関しては、中々手厳しい内容ではある。けれど未熟なのは元から自覚していたことであるし、何より元プロから才能があると言われたのは単純に嬉しい。だから笑顔でその言葉を受け入れ、次会う時には技術も褒めてもらえるように、と目標を定める。

 

「……と、まぁ私も色々君と話したいことはあるんだけどね。だけどこの場で話すべきなのは私じゃない。ほら、お前も早く喋れよ」

 

「……ん、む、そうだな」

 

 友希那のお父さんに促され、ここまで黙っていたリサのお父さんが初めて口を開く。リサのお父さんは午前中に来た段階でも特に何も喋らなかったために、こうして声を聞くのは初めてだ。

 低く、重みのある声。聞くだけで委縮してしまいそうになるのは、単純に声音の問題か、それとも恋人の親故の緊張感からか。

 多分どちらもあるのだろうな、と思いつつ、言葉を続けるリサのお父さんを見つめる。

 

「そう、だな。まずは改めて。俺がリサの父親だ。娘が世話になっている」

 

「藍葉悠一です。娘さんには、むしろこちらが世話になっているくらいですよ。リサさんは気が利く人ですから」

 

「それでも、娘から話を聞く限り君が娘の助けになっているということも聞いている。だからまずは、ありがとう」

 

 そう言って軽く頭を下げるリサのお父さん。何とも、恐れ多くてやめてくれと言いたくなるが、感謝を受け取らない方が失礼だとは思うので、素直に感謝を受け取っておく。

 

「娘の話に加えて、今日、妻とキッチンに立つ様子を見て娘を預けるのに充分な男なのだろう、とは思った。思ったが……」

 

 そこで言葉を切ったリサのお父さんは、真っ直ぐにこちらを見つめてくる。その瞳には悩みも迷いもある。それでも、その奥には譲れないものがあることがはっきりと分かる。そして、どんな言葉が続けられるかも、なんとなく察することができた。

 

「それでも。娘を頼む、とは簡単には言えないものだな」

 

 自嘲するように笑みを浮かべるリサのお父さんだが、それが自然だとも思う。自分とリサのお父さんは今日が初対面なのだ。簡単に言えなくて当然だろう。

 だから、自分が返すべき言葉は決まっている。

 

「お気持ちは分かります……とは、子供のいない自分では言えません。それでも、全く想像がつかないわけじゃない。だから、リサさんを任せてもらえないのも当然だとも思います」

 

 けれどその上で。そこで言葉を区切り、リサのお父さんの目を見つめ返す。こちらがその瞳からリサのお父さんの想いを察したように。こちらの覚悟も伝われと意思を込めて。

 

「必ず、あなたに認めさせてみせます。娘さんを任せるにたる男だと、これから証明してみせます」

 

「……ああ、いいだろう。俺に認めさせてくれ。娘を頼むと言わせてみせてくれ」

 

 笑みを浮かべるリサのお父さんに、こちらもまた笑みを浮かべて頷いて返す。

 誕生日会の準備に来たはずなのに、突然の事態に何をやってるんだ感はあったが、それでもこうしてリサのお父さんと言葉を交わせたのはいいことだった。元々、リサの家を会場にする段階である程度、こういう展開もあるかもしれないと考えていたところもある。

 何はともあれ、上手いこと話が進んでよかった、と安堵の息を吐いていると、突然ふむ、と友希那のお父さんが声を零す。

 

「……悠一くん、やっぱりうちの友希那に乗り換えない?正直私はもう君のことを認めてるし、友希那との結婚も即オーケーだよ?」

 

「お前、今の会話を本当に聞いてたのか?」

 

「ごめんなさい、自分リサ一筋なんで……」

 

 リサのお父さんのツッコミに続いて、やんわりと断りの意思を示しておく。随分軽いノリではあるが、目を見ると存外ガチっぽい気もするのでちゃんと断りの意思を示さなければマズい気がする。

 ただまぁ。その断るために使った言葉を間違えたというか。

 

「でも君、割と長い間友希那とリサちゃんの間で揺れてはっきりしなかったらしいね」

 

「ぐふぅ」

 

 まさかそんなことまできっちり伝わっているとは。

 予想外の一撃に思わず崩れ去ると、友希那のお父さんのほうから笑い声が聞こえてくる。思っていた以上に愉快な人だったらしい。

 リサのお父さんは苦笑しているあたり、昔からこのノリに巻き込まれてきたのだろうなぁ、とちょっと同情する。

 

「うーん、ノリもいいときたか。友希那、これから全面的にお父さんも協力するから、頑張って悠一くんを落としてくれよ?」

 

「いえ、別にいいわ。お父さんが協力するとむしろ失敗しそうだもの」

 

「えっ」

 

「というか。わりとこいつは昔から恋愛は下手だぞ。結婚したのだって、あくまでこいつが攻略されたからだしな」

 

「お前ェ!それは友希那の前では言わない約束だろうが!そんなんだとあれだぞ、リサちゃんと悠一くんの前でお前の過去も暴露するからな……!」

 

「待て、落ち着くんだ!俺が悪かったから!この流れは両方とも死ぬ流れだ!」

 

 わーわーぎゃーぎゃー喧嘩を始める二人の父親の姿に、ふと既視感を覚える。よく考えなくても、自分と翔馬によく似た姿だった。

 これ、将来自分と翔馬も似たようなことになりそうだなぁ、と思いつつも。これだけ長く続く友情もあると思うと、未来が楽しみにもなってくる。

 

「未来、ね……」

 

 思わず、ポツリと呟く。

 RoseliaとRosa Rossaの皆で笑い合う、そんな未来のためにも今日の誕生日会は成功させたいところだった。

 

 

 

 

 その後、父親ズとの会話を終わらせた自分は、様々な苦労を越えながら準備を進めていった。

 

「薫ゥ!!買い出しに行っただけで何で大量の人を引き連れてきてんだ!?」

 

「私の美しさが子猫ちゃんたちを惹きつけてしまっただけなんだ……。ああ、儚い……」

 

 本来全然関係ない人々が集まってしまい、突発的に発生してしまった薫との握手会で列整理を行い。

 

「氷川ァ!!いや、紗夜じゃなくて妹の方!なにこの奇抜な装飾!?」

 

「え、この方がるんってするでしょ?」

 

「お前がるんってしても意味ねぇんだよぉ!リサがるんってするようにしてくれ!」

 

 予定外の装飾が施された部屋の修正に駆り出され。

 

「弦巻家ェ!何で!お前らが!こんなとこにいるの!!」

 

「誕生日パーティーでしょう?世界中を笑顔にするハロハピとしては見逃せないわ!」

 

 突然やってきたこころ率いるハロハピと黒服たちに対応するために、会場を今井家の庭にまで拡張し、無駄に金がかかったことをしようとするこころを止めたりしていた。

 

「おかしい……。俺の努力ほとんど予定外なんだけど……?」

 

「ごめんなさい、ほんとにうちのこころがごめんなさい……」

 

 頭を下げてくる奥沢さんを、気にしなくていいと宥める。悪いのは奥沢さんではない。奇抜なことをし出す一部の連中が問題なのだ。

 いや、まぁ別に人が増えるのはいいのだ。会場の拡大など、作業は増えるがリサのことを祝ってくれる連中が増えるのは好ましい。ハロハピも、ライブで一緒になったりでRoseliaと面識がないわけでもないし。

 ただ本当に、思いつきでおかしなことをするのはやめて欲しい。特にこころ。有名なエンターテイナーを呼ぶとか、こころがやると黒服が本気で対応し出すので止めるのが大変なのだ。

 

 けれど、そんな努力の甲斐もあって、何とか予定の五時前には準備を終わらせられた。途中から自分が料理班を抜けた穴は、友希那のお母さんがカバーしてくれたようだし。

 これで後はリサが帰ってくるのを待つだけ―――と思っていると、ちょうど玄関から鍵の開く音が聞こえてくる。

 

「ただいまー。ねぇお母さん、何か庭に出てるけどあれって―――」

 

「「「「「―――HappyBirthdayリサ!!」」」」」

 

「うぇっ!?何、何!?」

 

 玄関からの廊下とリビングを繋ぐドアが開いた瞬間、この場に集まった全員で用意してあったクラッカーを鳴らせば、実にいいリアクションがリサから返ってくる。それにサプライズ成功を確信しながら、代表として自分が状況説明するためにリサへ歩み寄る。

 

「つーわけで、誕生日おめでとうリサ。これからお前のための誕生日パーティーの開催だ」

 

「え、え?悠一さん?何でうちに?今日予定があったんじゃないの?」

 

「用事、これ」

 

 そう、自分はリサと恋人ということもあって、何も言わず誕生日当日に祝わない、というのは些か難しいところがあった。そのため、当日は予定がある、ということで翌日にしようと話をしていたのだ。

 とはいえ、それ自体は真っ赤な嘘。実際はこうして今井家で誕生日パーティーの準備をしていたために、床を指すことでその事実を端的に示していた。

 

「え、っと。じゃあ結局明日は無し、ってこと?」

 

「ん、いや、それはそれで二人っきりでも祝いたいなってことで予定通り―――おわっとぉ!?」

 

「リサちー!お誕生日おめでとう!はいこれプレゼントっ!」

 

「うわ、日菜もいるの!?」

 

 翌日の予定についてリサに話そうとしていると、我慢できなくなったのか、こちらの後ろから氷川妹が飛びかかってくる。そこから更に、身を乗り出してこちらの頭上を越える形でリサへと包装されたプレゼントを差し出す。

 女の子が簡単に男の背中に飛びかかるんじゃない、とか。いくら軽いとは言えいきなり乗られればびっくりして危ない、とか色々言いたいことはあるのだが。何はともあれである。

 

「氷川お前ほんと勝手な行動するのやめない!?プレゼントは後で、って決めただろ!?」

 

「えー、別にいいじゃん、ちょっと先行してプレゼント渡すぐらい。ていうか悠一さんあたしのこと日菜って呼んでよ。お姉ちゃんとどっちを呼んでるかわかり辛いじゃん」

 

「じゃあ日菜、お前こっちがどれだけ苦労して段取り考えたか分かってる?人数多いから時間の都合とかあって、結構大変だったんだぞ?」

 

「……えーと、日菜と悠一さん結構仲いいんだね?何時から知り合いだったの?」

 

 リサからの疑問に、思わず背中の日菜と顔を見合わせる。そして質問への返答のために一度日菜を背中から降ろし、

 

「「今日、仲良くなった!!」」

 

「ああ……うん、なんていうか二人は簡単に仲良くなれそう、っていうのは何となく分かる」

 

 肩を組んで、二人揃ってサムズアップで返した。

 元々、日菜のノリはこちらに近いところがある。そのため、本来であればかなり仲良くやれるのだ。今回に限っては計画を乱されるから怒っていただけで。

 実際リサも、呆れ顔ながらも納得してくれたようであるし。

 

 ただまぁ、呑気に話していたが、ここには他にも人がいるわけで。日菜が一人フライングしたら、黙っていない人間もいるのだ。

 

「ズルいわ!私たちもプレゼントを渡すわよ!」

 

「え、あたしも!?ちょっと、こころ!?」

 

「あこも渡すー!」

 

「あ……あこちゃん……!?」

 

 そうなってまえば、後は雪崩の如く。皆がわいわいとリサの元へ集まり、プレゼントを渡しながら会場、すなわちリビングの方へと押しやっていく。

 この段階で既に、誕生日パーティーの計画は総崩れも同然だったりするのだが、まぁそこに関してはもはや諦めている。いや、だってハロハピがいる段階で……ねぇ。

 それでも、ここに集まった全員のリサの誕生日を祝いたい、というの想いは本物だ。計画通りじゃなくたって、充分リサを祝える素敵な誕生日パーティーにはなるだろう。

 

 ―――そして実際、パーティーは恙なく進んでいく。

 

 元々、計画と言ってもプレゼントを渡すタイミングや、ケーキを出すタイミングぐらいしか決めてなかったのだ。順番が前後した程度では大きな影響もない。

 主賓の独占はあまりよくない、という共通認識もあり、参加者が代わる代わるリサと会話していく。もちろん、リサの方もずっと誰かと話していては疲れてしまう、というのも誰もが理解しているので、時々家族や友希那だけでゆっくりと過ごす時間も確保している。

 あとは食事とプレゼントに会話だけでは味気ないので、希望者が簡単な見世物をしたりもした。……ミッシェルのナイフ十個でのジャグリングには流石に驚かされた。奥沢さんはいったいどこへ向かっているのだろうか。

 

 そんな風にパーティーは楽しく進んでいき、親御さんやRosa Rossaの大学生組はアルコールも入ってくれば、リサへのお祝いが一通り済んだんのもあって、それぞれがそれぞれで楽しむ時間になってくる。

 翔馬が飲んでいるお酒に日菜が興味を示し、それを紗夜が止めたり。あこ姫がハロハピのメンバーにNFOに興味がないか聞きにいくのに、RinRinが巻き込まれたり。

 自分も自分でアルコールの回った友希那のお父さんとリサのお父さんに絡まられたりもした。まぁ自分も酔っているのもあって、中々楽しい時間ではあったのだが。

 けれどふとした瞬間、自分とリサの両方がフリーの時間が生まれる。そして偶然にも目線が合い、思わず苦笑しながら庭の方へとリサを誘う。

 

「……ふぅ……夜風が気持ちいいな」

 

「夏場とはいえこの時間だとねー」

 

 もはやパーティーもお開きが見えてくる時間だ。だから最後にこの時間が確保できたのは僥倖なのだろう、と思いながらリサと二人、庭の端っこで夜空を見上げる。

 

「やっぱ住宅街だとあんまし星は見えないなー」

 

「まぁ光源が多いからしょうがないんじゃない?」

 

 確かにリサの言う通りではあるのだが。折角の雲のない夜空に、月の光も弱いという状況であるのに星が見えづらい、というのは惜しく思えてしまう。

 

「……あー、今度デートで星空が見える場所か、あるいはプラネタリウムでも行くか」

 

「あ、いいね。そういえばそういうの二人で行ったことないし」

 

 存外、そういうものを見る機会って少ないよなぁ、と呟く。実際、自分が最後にプラネタリウムに行ったのは小学生ぐらいではないないだろうか。

 そんな風に会話をしてしばらく時間を稼ぐが、そのままじゃいけないと気合を入れ直す。リサの方もただ話すだけで呼び出したのではない、と理解しているようでこちらの様子を伺っているのが分かる。

 女の子をあまり待たせるわけにもいかない、と勇気を振り絞り口を開く。

 

「……まぁ、もう察してると思うけどプレゼントを渡そうと思ってさ」

 

「あ、やっぱり?悠一さんからだけは貰ってなかったし、もしかして無いのかなってちょっと不安だったんだよー?」

 

 それは申し訳ないことをした、と素直にごめんと頭を下げる。そんなこちらに、リサはニヤニヤと笑いながら言葉を発する。

 

「許すかどうかはー、プレゼント次第かなー?」

 

「……それなら、大丈夫そうだな」

 

 自信ありげなこちらの返しが予想外だったのか、リサが目を丸くして首を傾げる。わりとリサって仕草あざとい時あるよな、と思いながら懐から薄い縦長の、包装がされた箱を取り出す。

 

「つーわけで、改めて誕生日おめでとう。できたらここで開けてくれると嬉しいかな」

 

「えっと、そういうことなら、開けるね?」

 

 リサがゆっくりと包装を外し、箱を開ける。そして中から出てきたのは―――チェーンに通された、シンプルなシルバーリングだ。

 

「指輪……?」

 

「まぁ、なんつーか、誓いみたいなもんだよ」

 

 どうにも、今からこっ恥ずかしいことを言おうとしている自覚はある。だけど、今回は言っておかなければいけないことだと思うので、お酒の勢いを借りてだがはっきりと言葉にする。

 

「告白の時は、はっきりしなくて大分待たせて泣かせちまったからな。()()そんなことがないように、今のうちから意思表示しておこうと思って」

 

「……はっきり言葉にはしてくれないの?」

 

「まぁ別にしてもいいんだけど。個人的にはちゃんと本番で、今度はもっとちゃんとした指輪を渡しながら言いたいかなって。それじゃあダメか?」

 

「んー……はっきりと聞きたい気もするけど。でも本番で初めて聞くのもいいかな」

 

 正直、今言葉にしないのは完全なこちらの我儘だ。だから受け入れてもらえるかは不安なところではあったのだが、認めてもらえてよかった。

 それでもやっぱり、明確に言葉にしないというのは不安なところもあるだろう、というのもある。だから最低限、今言えることを言葉にする。

 

「……好きだよ、リサ。お金とか家とか、準備ができたら必ず伝えるから」

 

「私も好きだよ、悠一さん。今度は待たせ過ぎないでよね」

 

 リサの言葉に任せとけ、と返す。流石に二度も泣かせてしまうほど待たせるわけにはいかない。今できることからコツコツとやっていかなければならないだろう。とりあえずはリサのお父さんに認めてもらうことと、バイトで少しでもお金を溜めておくことだろうか。

 

 ―――リサが隣にいて、皆で笑い合える未来を。

 

 そんなことを願いながら、リサと二人、しばらく夏の夜空を見つめ続けた。




改めてお誕生日おめでとうリサ。
というわけでリサの誕生日回でした、っと。

おまけ含めて青薔薇完全完結です、多分。
実はこの誕生日回は連載時から計画しててね?
それも書いてしまって本当にこれ以上の更新の予定はございません。
もしかしたら思いつきで、ワンチャン何かあるかも、くらいで。

そんなわけで、青薔薇ではさようなら。
今連載中の己が為もよろしくね。


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#EX4.Yukina is active.

「ヘルプ、リサちゃん超ヘルプ」

 

「はいはい、どうしたの悠一さん?」

 

 とある何でもない日。強いて言うならここ数日は快晴であり、季節的にも適度に暖かく外出日和な日。

 そんな日に自分とその彼女である今井リサは家デートと洒落こんでいた。NFOがちょうどイベントに突入したのがいけない。

 

 そんな、誰に対してかも分からない言い訳を内心でしつつ、リサが煎れてくれたお茶を受け取る。そのまま、自分はNFOでのイベントステージの周回に戻り、リサはお茶を用意する前からしていた読書に戻る。付き合ってからそれなりにデートを重ねてきたが、自分たちは定期的にこうしてただどちらかの家でゆっくり過ごす日を設けていた。

 毎回どこかに出掛けていては金銭的な問題もあるし、これから先、まだまだどこかへ遊びに行く機会はある、という判断だ。

 

「それでー?ヘルプってどうしたの?NFOで何か手伝うことでもあるの?」

 

 リサから受け取ったお茶を飲み、モニタを見つめ続けて疲労が溜まったために目頭を揉むことで解していると、リサからそんな言葉が飛んでくる。

 それに相談があったのだった、とNFOのアバターが街の中の安全圏にいることを確認し、相談ついでに一度完全な休憩に入ってしまうことにする。

 街の広場へとアバターを移動させ、意味もなくダンスモーションをやらせたらモニタの前からリサのいるちゃぶ台の傍へと座り直す。

 

「ちょっと、相談なんだけどな?」

 

「あれ、わざわざこっちに来たってことはわりと真面目な相談?」

 

 日頃から自分はリサに小さな、下らない相談もしている。そのため今回も大した相談ではないと思われていたらしく、わざわざちゃぶ台を挟んで対面へと座ったこちらを意外そうに見てくる。

 確かにここ最近ではこうして対面で相談することなど、デート先を決める時ぐらいのものだ。それにしたって、最終的には互いのスマホの画面を見せたり、雑誌の記事を見せたりで隣に移動することが多い。だから今のこの状態は本当に珍しいと言えた。

 

 普段であればそれを話題にして話を広げていくのだが、今回ばかりは真面目に相談したいことが自分にはある。ちゃぶ台の上に腕を置き、実はと一言挟んでから改めて口を開く。

 

「いや……今月、友希那の誕生日だろう?」

 

「ん……そうだね、あと三週間くらい?」

 

「誕プレ用意したいんだけど、どうしよっかなって……」

 

 思わず眉間に皺が寄るのを自覚しつつ、そうリサに相談すれば、リサもあー、と呟くようにして困った顔となる。それにはて、と思わず首を傾げる。

 リサの方は今まで幾度となく友希那の誕生日を祝ってきたはずだ。実際、そういう話を何度か聞いている。幼馴染ということもあって趣味もしっかり把握しているだろう、と今回相談相手に選んだわけだが。

 それがむしろ彼女の方が困った顔になるとは、一体どうしたのだろうと疑問を覚える。

 そしてそれを正直にリサに対して言えば、いやね、と言葉が返ってきた。

 

「まー、そりゃ友希那の趣味はしっかりと把握してるよ?でもねー……そう何度も祝ってくるとそろそろあげてないものがなくなってくるというか……」

 

「端的に言えばネタ切れになった、と」

 

 気まずげに顔を逸らし言葉を濁すリサに対し、核心を突くことを言えば、観念したようにリサが頷く。まぁ確かに何度も祝っていればパターンがなくなってくる、というのは分かる話ではある。むしろよく今年まで一人でバリエーションを用意してきたな、という感心すらあった。

 とはいえこちらとしてはそれでは困るというもの。リサに頼り切り、なんて気は元よりなかったが、参考程度に意見は貰おうと思っていたのだ。それが急に宛てにならなくなっては今から新しく対応を考えなければならない。

 

「というかむしろアタシの方が悠一さんに相談したいかなーって……。ほら、互いに困ってるわけだし、いっそのこと二人で一つのプレゼント送る形にしない?」

 

 その提案にふむ、と少し考える。自惚れでなければ自分一人からの贈り物の方が喜ばれる、とは思う。いや、だって未だに友希那に口説かれるし。

 ただだからこそ、妙に脈ありと思える対応はしないようにしなければならない。そもそも彼女持ちな段階で脈ありもクソもないはずなのだが、友希那の様子を見る限り本気でリサからこちらのことを奪いとる気であるようだし、下手なことはできない。

 となると、あくまで自分とリサから、という形で贈るのはいいように思えた。ついでに、費用も一人で用意するよりいいだろうし、プレゼント被りも気にする必要もなくなる。

 

「……まぁ、そうだな。二人からって形にするか」

 

「本当?助かるなー」

 

 実際、損するポイントがあるわけではないのだ。だったら特別断る必要性がなかった。

 そんなわけでそこからプレゼントの代金、どう渡すかなど二人でプレゼントを選ぶ以上必要な諸々を詰めていく。

 しかしそうは言っても、代金など半々にすればいいだけの話であって、他に特別決めなければいけないことも少ない。そうなると必然的に肝心のプレゼントは何にするか、という話になるのだが。

 

「お、思いつかねー……」

 

「うーん、アタシが基本的なものは送っちゃったしなー……」

 

 贈りやすい、友人間で贈り合うようなプレゼントはほとんどリサが過去の誕生日などで贈ってしまっている。そのためマグカップなどの贈りやすいものはダメであり、元々友希那は着飾るタイプでもないためアクセサリは候補から外される。

 かといって、過去リサが贈れなかったような高値のものでは友希那の方が気にしてしまう可能性もあるし―――

 

「……あ」

 

 そこでふと、閃く。高価なものは何故友希那が気にしてしまうかといえば、贈る側の負荷が大きいというところにある。それは逆に言えば贈る側の負荷にならなければ気にされない、ということだ。

 そして一人からのプレゼントを二人からに変更したのなら、それ以上にしてもさして変わらないだろう、とも気づく。つまり、何が言いたいのかと言えばである。

 

「……いっそのことRoselia、ついでにRosaRossaのメンバーまとめてのプレゼントにして、今まであげたことのない高価なプレゼントすればいんじゃね?」

 

「それは……いいかも」

 

 盲点だった、と目を見開くリサに、これは存外悪くない案では、と思い始める。しかし三週間前ともなれば個人的に誕生日プレゼントを用意しててもおかしくない時期だ。

 本気でこの案を実行するのであれば今日中には動き始めなければいけない―――そのため、大慌てでリサと共にプレゼントの方向性など大まかに決め、まず連絡を取る前に必要な内容を話し合っておく。

 あとは一部、というか一人の文句を言いそうな人物を言いくるめる説得を考えて。ついでだから誕生日パーティーの具体的な内容も連絡してしまえと、そちらの内容も考える。

 忙しくなってきた―――思わず、口元に笑みが浮かぶのを自覚した。

 

 

 

 

「「「「「―――誕生日、おめでとう!!」」」」」

 

「……ありがとう」

 

 かくして、誕生日当日。三週間前から根回しをしただけあり、飾り付けや料理などはそこそこしっかりとしたものになっている。会場だけは自分の家であり、少々手狭ではあるが……それでも、約六畳三部屋だ。友人間で開催するには上等な部類であろうとは思う。

 実際、主賓である友希那から文句が出ることもなく、Roseliaのメンバーが楽しそうに会話をし、それを肴にRosaRossaのメンバーが酒を飲む、という形にパーティは落ち着いていた。

 しかし、この誕生日パーティーはあくまで皆で友希那を祝うためのもの。RosaRossaのメンバーもいつまでも外から眺めているだけ、というわけにもいかず友希那を本格的に祝うために準備に入る。

 

 Roseliaのメンバーから純粋な祝いの言葉をかけられ、照れからか赤くなった友希那に気づかれないようにして冷蔵庫からケーキを翔馬が。そして押し入れから隠してあった誕生日プレゼントを自分が取り出す。

 そんなこちらに気づいたリサが友希那の目を覆う。いきなりのリサの行動に戸惑う友希那であるが、そこを残りのRoseliaメンバーが誤魔化し、その間に友希那の正面にケーキと、誕生日プレゼントを置く。

 アイコンタクトでリサにGOと伝え、それを確認したリサの手が友希那の目から離れていく。

 

「これは……」

 

「つーわけで、俺たちからの誕生日プレゼントだ」

 

 目隠しを外され、目の前の光景を見て友希那が呟いた言葉に、端的に答えを告げる。それにしばし戸惑ったように右手を彷徨わせた友希那がゆっくりと長方形の包装が施された箱を持ち上げ、その視線で開けていいのかと問うてくるので、全員で揃って頷いて返す。

 

「……腕時計?」

 

 取り出されたのは、シンプルな女性向けの腕時計。どうせなら後々も残るものにしたい、というのがほとんど全員の意見。しかし友希那はアクセサリをさほど付けない、ということで選ばれたのが実用性もある腕時計だった。

 デザインは腕時計としての基本的な機能しかない、小さなものだ。しかし濃いめのベージュを基調とし、ところどころ淡いピンクがあしらわれたそれは日頃の友希那の服装に合わせながらも、女の子らしい可愛らしさがあるものだった。

 流石にここにいる全員で買いにいくわけにも行かず、一々写真をチャットアプリのグループに上げたり、女性が多いために議論が白熱したりと選ぶのが大変だったりもしたが、それは言わぬが花というもの。

 嬉しそうに、同時に戸惑うようにしながら腕時計を付けてみせる友希那を皆でニヤニヤしながら見守る。

 

「とても嬉しいけれど……こんな高価なもの、いいのかしら?」

 

「いいのいいの、皆で出し合ったから一人一人の負担はそうでもないし!」

 

「いいから大人しく受け取りなさいよ。それが主賓の義務よ」

 

 友希那はリサの言葉に納得を示し、翠香の物言いに呆れながらも同時に観念したようで、ようやく戸惑いが消えて純粋な笑みを浮かべる。

 それにやっとか、と皆で若干呆れ、同時にプレゼントが受け入れられたようで安堵の溜息を吐く。

 

「皆ありがとう。とても……ええ、とても嬉しいわ」

 

「そんな喜んでる湊さんに朗報だぜ!」

 

「なんとー、友希那さんへのプレゼントはもう一個あるのです!!」

 

 翔馬とあこ姫によるサプライズが告げられた次の瞬間、リサや紗夜に友希那の方に押し出される。マジでやるのか、と後ろを振り返れば、全員から返ってくる大きな頷き。マジかぁ、恥ずかしさから天を仰ぎ、味気のない天井しか見えないことに思わず片手で顔を覆う。

 深呼吸を一つ。腹を括り、大きく胸を張る。そしてそれを確認したリサがこちらの肩に手を乗せて、友希那に向けて言葉を発する。

 

「と、いうわけで追加のプレゼントは悠一さんです!」

 

「煮るなり焼くなり好きにしろぉ!!」

 

 気分はまな板の上の鯉。プレゼントとして渡されてしまった以上は、受け取った友希那の言うことを聞くしかない。自分と友希那の関係は、今は普通に友人でこそあるものの、過去には友希那が告白し、こちらはそれをフッている。何をされても文句は言えない状態だった。

 

「……いいのかしらリサ、彼氏を差し出して?」

 

「友希那だけの特別だよー?あ、でも一日だけだからね!?」

 

 そう、と呟いた友希那は一度目を閉じたあと、何かを考えているのかしばしそこで固まる。そして数瞬経った後、目を開けたかと思えばいきなりこちらとの距離を詰め、

 

「―――なら、その一日で悠一さんの心を奪えばいいのね。そうすれば一日だけ、というのも関係なくなるもの」

 

 顎クイと共にそんなことを言い放った。久々のイケメン友希那降臨だった。

 

「……ごめんリサ。次に会った時には友希那の女にされてるかもしれない……」

 

「しっかりして悠一さん!!」

 

バリタチ湊友希那……

 

「りんりん何か言った?」

 

「ううん……なんでもないよ、あこちゃん……」

 

 そんなこんなで、別日にイケメン友希那に思いっきり口説かれることになるのだが、それはまた別のお話。




改めて、誕生日おめでとう友希那。
突貫工事なのでガバオブガバ。
ぶっちゃけ最後のイケメン友希那が書きたかっただけである。


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#EX5.YEAH! バレンタイン!!

「――諸君。今年もバレンタインが近づいてきている。具体的にはあと一ヶ月だ」

 

 悠一の家。その一室に男が三人。

 家具が少なく、こうして広さが確保されていなかったらかなりむさ苦しいことになっていた空間。

 そこで悠一と翔馬が真剣な顔で。RosaRossaのドラマーにして、悠一たちの後輩――白葉(しらば)海斗(かいと)が呆れた顔でちゃぶ台を囲んでいた。

 

「今年は俺たちには彼女がいる。いや、割と毎年いるんだけど。今年は確実に一人、それも貰ってとても嬉しい相手がいるわけだ」

 

「あれ、海斗は彼女いたのか?」

 

「ええ、まぁ。先輩方に言うと面倒な予感しかしないので言ってませんでしたが、こないだ悠一さんに補足されました」

 

 生意気にも先輩に彼女ができたのを黙っていた後輩に、翔馬と二人罰を与えることをアイコンタクトで決めつつ、とりあえず若干話がズレたので修正するために咳払いを一つ。

 改めて自身に視線が集まったことを確認してから、悠一はいいか、と呟く。

 

「折角のガチで好きになった彼女との初バレンタインだぞ? 今まで通り、相手からチョコを貰うだけでいいのか?」

 

「それは……確かに」

 

「……何だか嫌な予感もしますが。一応聞かせてください」

 

 うむ、と悠一は頷く。腕を組み、大きく頷く悠一の姿は些か偉そうにも見えるが、そこら辺、翔馬や海斗は慣れたものである。

 適度にリアクションを取りながら、悠一の次の言葉を待つ。

 

「――俺たちが、逆にチョコを渡そう」

 

「おぉ……」

 

「ああ……んん? まぁ悠一先輩にしては普通だな……?」

 

 若干。海斗が感覚が麻痺しだしている様子を見せ始めるが、まぁ悠一たちがフォローするわけもなく。

 むしろもっと錯乱してこっち側に来いという勢いである。故に必要なのは怒涛の畳みかけ。

 

「いいか、思い出を作るのだ。今までの彼女とは違う、特別な思い出を」

 

「うむ……うむ! 分かったぞ悠一! 折角の大事な彼女が今までの彼女と同じ扱いでいていいわけがない!!」

 

「一理……一理ある、か?」

 

 海斗は気付かない。既に悠一と翔馬(バカども)の流れに飲み込まれていることに。

 海斗は気付けない。日頃から巻き込まれ過ぎて完全に感覚が狂っていることに。

 

「でもどうせやるならインパクト欲しくない?」

 

「む、どうせなら彼女の記憶に残るようにか。翔馬天才かよ」

 

「インパクト……インパクトか……言ってることに納得はできるし、僕はどういう方向でいくか……」

 

 残念ながら唯一の良心たる海斗は狂気に飲み込まれてしまったのだ……。

 そんなわけでもはやストッパーはおらず。アクセルをベタ踏みするバカしかそこにはいなくなってしまった。

 そう、彼らはちょっとばかり酔っていたのだ。大学が既に春休みに突入したことで、休日なのをいいことに昼間から酒を飲んでいたのだった。

 なにやら空き缶や空き瓶が大量に転がっているような気もするが、あくまでちょっとだけ、ちょっとだけ彼らは酔っているのだ。

 

「俺は……そうだな。薔薇モチーフのチョコを作ろう。両バンドのモチーフだし」

 

「俺は無難にギターだなぁ……それが切っ掛けで付き合えたわけだし」

 

「ふむ……とりあえずインパクト重視なら、鮭を咥えた熊を作ろう」

 

 けれどバカはバカなりに熱意は本物である。その日のうちに悠一たちは業務用チョコを買い込み、湯煎で溶かして。

 そしてまず最初の関門にぶつかった。

 

「型が……ない……?」

 

「あっても可愛らしいものばかり……。違う、もっと本格的なのを作りたいんだ……」

 

「ふむ……。一度四角に固めて削り出して作るか」

 

「「っ!? それだ!!」」

 

「まぁ中学高校なんかの美術では彫刻は得意だった。僕ならできるだろう」

 

 明らかに頭の悪い発想であったが、残念ながら妙なテンションになり始めていた悠一たちにとっては天啓に等しい何かだったらしい。

 妙案だと言わんばかりの顔で、溶かしたチョコを大型の四角形へと固めていく。そしてその固めている間に、悠一たちは道具と、簡単な設計図を書き出していく。

 

「あれ……何で俺はチョコづくりのために設計図を……?」

 

「バカ野郎翔馬! お前は彼女に最高のチョコをプレゼントするんだろう!?」

 

「参考資料、参考資料……木彫りの熊でも買ってくるか」

 

 翔馬が一瞬だけ正気に戻りかけるも、悲しいかな。周囲にいるのはもはや止まらぬバカばかり。

 すぐに狂気の中へと引きずり戻され、結局正気を取り戻すことなく、チョコ制作は進んでいく。

 

「……いや、待て……どうやってこれ花びらとかの薄っぺらいの作るんだ……?」

 

「え、俺、弦とか再現できんの……?」

 

「我ながらこれはなかなかに躍動感に溢れた良き熊……。実は僕は天才なのでは……?」

 

 今更ながらに自らのやろうとしていたことの難しさを自覚する悠一たち。

 しかしそれで止まるようならここまで来ていない。というか酔っ払いたちに冷静な判断などできるわけがない。

 これ一発成功は無理だな、と判断した悠一たちは何故か諦めるのではなく、四角形のベースとなるチョコを大量に用意し、それを固めている間にチョコを削る作業を始める。

 

「……っ、くそっ、葉っぱが折れた!!」

 

「あっ、ネックが真っ二つに!?」

 

「時間が余ったからと手を付けたが……まさか七分の一スケール、初音ミクチョコ像まで完成するとは……やはり僕は天才……」

 

 結局、簡単には完成せず。丸一日使っても失敗ばかりで先には進まず。

 

「昨日の俺たちはいったい何を……」

 

「いや、でもここまでやったら引くに引けなくない……? 見ろよ悠一、あの冷蔵庫で大量に冷やされた四角形チョコの数を……」

 

「ふむ、今日はオリジナルフィギュアチョコでも作るか」

 

 一晩明けて。冷静になっても冷蔵庫に眠るチョコの残りからもはや悠一たちは引くことはできなくなっていた。

 なにせここで引けば黙々と四角形のチョコを食べ続けることになる。地獄か。

 

「――あっ!? テメッ、翔馬ァ!! 揺らすんじゃねぇ!!」

 

「はぁ!? 揺らしたのはテメーだろうが!!」

 

「ふーむ……七分の一スケール、RosaRossaが出来上がってしまった……」

 

 時にぶちギレ。

 

「うぇっぷ……もうチョコ食べたくないよぅ……」

 

「悠一、お前が食べないのは勝手だ……。けどそうなった場合、誰が代わりに食べると思う? 俺だよ……おぇっ」

 

「七分の一スケールRoseliaチョコ……自分の才能が恐ろしいな……」

 

 時に励ましあい。

 

「――聞いたわ、悠一! チョコが余っているらしいわね!」

 

「げぇっ、弦巻!?」

 

 時にやべーやつを呼び込んだりした。

 

 そして時は流れ、バレンタイン当日。

 

「……なぁ翔馬。俺はもっとこう、すげーもん作ったぞ見て見て! ぐらいの感覚で渡すつもりだったんだ」

 

「わかるぞ、悠一。俺もそんなもんだった」

 

 なのに、と悠一と翔馬は戸惑いを孕んだ顔で辺りを見回す。

 左右どちらを見ても遠い壁。調度品の良し悪しは悠一にはわからなかったが、それでも何となく高そう、ということだけは分かる。

 そしてあたりに存在する各バンド一分の一チョコ像。チョコレートフォンデュ用に高い位置からチョコを流す機械だってある。

 そう、ここは弦巻家主催によるバレンタインパーティーの会場だった。

 

「……いや、いくらなんでもチョコ像はおかしいだろ」

 

「すみません、何かにとり憑かれてでもいたみたいに作成時の記憶が曖昧で……」

 

「作ったのオメーかよ海斗!?」

 

 身内に思っていたよりやべーやつがいた、と思いつつも、悠一はちょっとだけ、安堵の溜息を吐く。

 正直、あのチョコ像を作った人を雇うのにいくらかけていたのかと恐れおののいていたのだ。

 自分たちが発端のパーティーで、多額の金が動くというのはどうにも怖いものがあった。

 

「いや……でもまぁ、正直ありがたくはあった」

 

 弦巻の提案、というだけで若干恐怖を覚えてこそいたが。悠一たちがついに食べきれなくなってしまったチョコを、こうしてパーティーに利用してくれるというのだからありがたい話になる。

 削ったチョコだって、溶かしてチョコレートフォンデュ用のチョコに回されているわけであるし。チョコがまったく無駄になっていないというのがいい。

 

「まー、皆楽しんでるみたいだし、悪くないんじゃないか?」

 

 翔馬の言葉に、悠一は大きく頷く。パーティー会場には既に人の姿があり、そのどれもがライブで目にしたり共に出演したこともあるガールズバンドだ。

 悠一の知り合いで言えば、薫はチョコ像の自分も儚いと決めポーズをし。はぐみなんかは、自らのチョコ像を頭から齧っている。自らを食べることに抵抗はないのか。

 他にはRosaRossaの女性陣もいて、一分の一で再現された自分たちのバンドのチョコ像にドン引いていた。そりゃ当然の反応である。悠一は無言で海斗の横腹を肘で突っつく。

 

 そして無論、Roseliaのメンバーもこの場におり。弦巻家の突飛さには慣れてるのか、呆れたような顔をしていた。

 唯一あこ姫だけは楽しそうにしているが、まぁ彼女は特殊事例だと思っていく。悠一にはない若さがそこにはあった。

 

 そうやってRoseliaを見つめていると、悠一は恋人――リサとその目が合う。それに悠一は手を振って応じ、チョコを渡しにいくことにした。

 チラリ、と横を見れば翔馬も紗夜の元へ。海斗も恋人の元へ向かっていくのが見えた。

 

「悠一さん! はいこれ!」

 

 スッと、特に何の溜めもなくリサから悠一へと包装された箱が差し出される。なんともまぁ、味気ない渡し方ではあるが。

 今まで散々料理やお菓子をもらっていればこうもなるか、と悠一はありがとう、と言って受け取る。そしてだからこそ、悠一は何かバレンタインデーにアクセントを、と考えたのだ。

 

「じゃあこっちからも、どうぞ」

 

「えっ」

 

 目を丸くするリサに、悠一はしてやったりと口元を歪める。チョコ一個、というには些か大きい包装された箱。

 薔薇を丸々一輪、壊れないように作るにはどうしても大型化してしまったのだった。

 

「えっと……なんで悠一さんがチョコを?」

 

「普通に貰うだけだと普通のイベントになっちゃうかなって。しっかりと思い出に残しておきたかったから」

 

「悠一さん……」

 

「まぁ弦巻のおかげで、俺が何かしなくてもインパクトだけならあるバレンタインになったけど」

 

「あはは……」

 

 困ったように笑うリサに、悠一も苦笑で返す。一応、これも悠一たちのチョコ制作に影響されて弦巻が動いたため、悠一によって発生した特別性とも言えるのだが。

 若干、それを認めたくないところが悠一にはあった。なんだか元凶扱いされそうで怖かったのだ。

 

「もー、これじゃあアタシもホワイトデーに返さなきゃいけないじゃん」

 

「そしたらまた手作りお菓子交換だな」

 

「んー……だったら、今度は二人で作って、その場で交換する?」

 

 それはまた、楽しそうだ、と悠一が笑みを浮かべる。それにリサも笑みを返し。

 それぞれの想いを育みながらパーティーはつつがなく――

 

「それじゃあ、今からチョコっぽいパイ投げ大会を始めるわよ!!」

 

 ――佳境へと突入した!!

 

「えっ、はぁ!? なんだチョコっぽいパイ投げ大会って!?」

 

「本当はチョコパイ投げとかやってみたかったのだけれど、チョコが勿体ないからパイ投げ用のパイを加工して、チョコっぽさを持たせてみたわ!」

 

「いや、それって本当にやりたかっただけだよね!?」

 

 えぇ……と悠一は戸惑う。いい感じだったのに、と。けれど他の人はなんだまた弦巻か、と納得して黒服たち先導のもと、パイ投げ用に更衣室の方へと移動していく。

 全員手慣れ過ぎでは、と悠一は戸惑い。けれど下手に逆らってこのパーティーの始まりであることが発覚することを恐れ、大人しく従うことにしたのだった。

 もはや若干どころか、絶対に元凶だと思われたくない悠一だった。




ラブコメなんてなかったんや……。
そんなわけで夜勤バイト明けの寝ぼけまなこで書き書きしたバレンタイン回でした。
正直登場人物のキャラを覚えてねぇ。ガバ多そう。


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