異世界に来たけど人類滅亡してました。 (記角麒麟)
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序章 不可視の悪魔
一話 女の子はじめました。


 性転換……TSモノというジャンルをご存知だろうか?

 文字通り、性別が逆転してしまった主人公を核にして構築される物語全般を指すものだ。

 

 中にはそういったことに忌避感を覚える人達もいるだろう。

 実際、俺だってアニメや漫画でその魅力を知るまでは、残念ながら正直そう思っていた時期もあった。

 要するに、今はそうでもないということだ。

 

 性転換は、リアルなことを言えば医療技術で普通にできることだ。

 世界的にどこでもやっているらしい。

 有名人でも何人かいた気がする。

 

 ……え?

 それで結局何が言いたいのかって?

 まあ待ちなよ諸君。

 今俺の身に起きているのは、そういったリアルな医学的な(?)事象ではないのだ。

 説明するにしてもそれなりに時間を掛けてゆっくりと説明したい。

 

 ……そんなに待てない?

 せっかちだなぁ君は。

 

 まあ、そう言うならその要望にお応えしないでもない。

 

 そうだな、一言でこの状況を説明するとすれば……天変地異が起きたとしか形容できそうにないな。

 うん……。

 

 ……何?

 ちっともわからない?

 だから言ったじゃないか。ゆっくりと時間をかけて……と。

 

 むぅ……。

 仕方ない、そろそろ時間がなくなってきたようだ。

 

 とりあえず、皆さんにはこのように理解していただくとしよう。

 

 俺は異世界に転移させられたうえ、性別までひっくり返されていたんだ。

 しかも、こんな見知らぬ森の中で!!

 

「もう……。

 俺にどうしろって言うんだよ……こんちくしょう……」

 

⚪⚫○●⚪⚫○●

 

「しっかしそれにしても、転移させるならもっとマシな場所あっただろ……」

 

 柔らかい日差しの差し込む森の中。

 銀色の髪を垂らして、木の根に腰を下ろしながら愚痴をつく。

 

 あれからしばらく森の中を探索したが、見つかったのはきれいな池があるこの場所だけ。

 動物は遠くにちらほら見えるが、襲ってくる気配は無し。

 虫もそんなにいない。

 崖を見つけてそこから遠くを見渡してみたりもしたが、残念でした。

 どこを見ても樹海が続くだけだ。

 平原や村、集落なんてものは一切見当たらない。

 

「……まるで、終末世界オンラインみたいだな……」

 

 終末世界オンラインとは、オンラインと称していながら一人プレイ用のVRRPGのタイトルである。

 

 池を覗いたときに映った顔が、どこか見覚えのあるものだった気がしたが、そういえばこの顔は、俺がサブキャラとして作っていた女の子にそっくりだった。

 

 主に性欲を満たすために使っていたキャラだったが、そういえば、魔法スキルも結構上げていたっけ。

 

「試しに、メニュー開いてみるか」

 

 俺はそう呟くと、右手の薬指と小指だけを立てて、左から右へとスライドさせた。

 すると、目の前にメニューが開示された。

 

「お、あたりか……。

 てことは……何か?もしかしていつの間にか寝落ちしてたのか?」

 

 西暦2035年、安久17年の今日。

 VRゲーム用のヘッドセットには、確か五時間操作しなかった場合強制的にログアウトするよう、セーフティが掛けられていたはずだ。

 

 もし寝落ちしていたのだとしたら、まだ寝落ちしてから五時間経過していないということになるが。

 

 俺はさっとメニューに目を走らせると、メニュー右上の時計を確認した。

 時刻はどうやら5時前らしい。

 

(うん。

 やっぱ寝落ちしてただけだわ、これ)

 

 あまりにも触覚がリアルだったから、遂には異世界転移でもしてしまったのかと思ってた。

 

「……ん?」

 

 いや、それはおかしい。

 

 俺はメニューを閉じると、ふるふると頭を横に振った。

 

 VRはこんなに感覚リアルじゃなかったし。

 たしか処理容量の問題で視覚と聴覚と多少の触覚以外は再現されてなかったはず。

 それに、これはMMOじゃない。

 メンテナンスが入る余地はないし、第一あったとしても一回強制ログアウトされるはずだ。

 

 草だって、ほんとコンクリみたいな感触だったし……。

 

「……てことはつまり……んん?」

 

 いや。でもそんなことあり得るのか?

 というかそもそもあのゲームにこんなマップあったっけ?

 

 あれは確か中世ヨーロッパを舞台にした剣と魔法のファンタジーだったはず。

 

 考えられるとすれば、条件クリアによる新マップだが……。

 

 俺は首を傾げると、もう一度メニューを開いた。

 

「もしここがゲームなら、ログアウトボタンがあるはず……!」

 

 ここがボーナスステージだとしても、先にログアウトボタンの確認だけはしておこう。

 それだけ確認したら、もうちょっとだけ遊んでからログアウトすればいいさ。

 

 ……そう、思っていた時期が俺にもありました。

 

「うっそぉ〜ん……」

 

 結果から言えば、ログアウトボタンは消えてました。

 あとついでとばかりに、メインキャラとサブキャラを切り替えるためのパラメータ切り替えボタンも消えてました。

 

 どうやら俺は、これからずっとこの体で生活していかなければならないようだった。

 

「これが、リアル異世界転移……なのか」

 

 俺はそう呟いて、もう一度木の根に腰を下ろすのだった。



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二話 変な称号が増えてました。

 この世界が、終末世界オンラインと似た世界であること、メニューが開けること、自分の体は、どうやら俺がサブキャラとして使っていたアバターらしいということがわかった。

 

 そして、もう二度と帰れないらしいということも。

 

 まあ、それならそれで、この世界で生きていくための術を手に入れて、力強く生きていこうではないか。

 

 俺はとりあえずそう決めると、このアバターのステータスが、本当に俺の使っていたサブキャラと同じなのかということを調べることにした。

 

 終末世界オンラインは、ある一定量のレベルが上がると、自動的にスキルを覚え、またスキルポイントを割り振ることでステータスやスキルを強化するという仕様になっていた。

 

 ということで、俺はステータス画面を表示した。

 

⚪⚫○●⚪⚫○●

 

アリス

称号:追放された者

   人類の末裔

   賢者

   

レベル 85/100

HP900 MP200000

 

JOB ウィザード

レベル 300/100

 

STR 85 AGI 100 VIT 50 INT 8500

 

スキル

 経験値向上 10/10 命中補正 5/5 威圧 5/5 索敵 10/10 豪腕 2/10 俊足 5/10 自動回復 3/10 魔力向上 20/35 火魔法 10/10 上位火魔法 5/5 究極火魔法 5/5 水魔法 10/10 上位水魔法 5/5 究極水魔法 5/5 風魔法 10/10 上位風魔法 5/5 究極風魔法 5/5 土魔法 10/10 上位土魔法 5/5 究極土魔法 5/5 光魔法 10/10 上位光魔法 5/5 闇魔法 10/10 上位闇魔法 5/5 空間魔法 10/10 治癒魔法 10/10 祓魔術 10/10 結界術 10/10 死霊術 10/10 召喚魔法 10/10 武器作成 10/10 裁縫 10/10 薬品作成 10/10 素材変換 10/10 鑑定 10/10

 

⚪⚫○●⚪⚫○●

 

「……うん、ステータスは問題ないな。

 何か変な称号が二つ増えてるけど、それ以外は前と同じだ」

 

 追放された者はなんとなくわかるが、人類の末裔って何だ?

 もしかして人類滅んだの?

 

「……まっさか〜♪

 そんなことないない!

 きっとバグか何かだろ」

 

 もし本当に人類が滅んでいたとしたら、俺、多分寂しくて泣いちゃう。

 

 俺はとりあえずステータス画面をオフにすると、今度は装備一覧を開いた。

 

⚪⚫○●⚪⚫○●

 

武器 なし

頭 なし

体 蛮竜の革鎧(改)

  メイジコート(改)

  試作のシャツ

足 試作のスカート

  試作のパンツ

装飾品 なし

 

⚪⚫○●⚪⚫○●

 

「こっちも問題なしだな」

 

 この装備は全部、最後に更新した装備のままだ。

 ビジュアルもちゃんと同じものが反映されている。

 

 ちなみに“試作の”がついているアイテムは俺が裁縫スキルのレベリングのために大量生産したアイテムだ。

 

 え、なんで裁縫スキルかって?

 ……このゲームには、俺の好みのビジュアルの衣装が少なかったんだよ。

 だから自作した。

 

 ちなみに俺の美術の成績は5段階評価で5の成績をおさめている。

 

 閑話休題。

 

 さて、装備品とステータスも確認したことだし、今度は持ち物だな。

 何にしたってこの世界で生きていくためには、動物を狩って食料にしたり、襲い来る魔物から身を守らなければならない。

 

「とりあえず、今のところ近くに魔物はいなさそうだな……」

 

 索敵スキルを駆使して、周辺に魔物がいないことを確認すると、アイテムストレージを開いて、中身の確認を兼ねて武器を取り出す。

 

 ストレージの中身には変化らしい変化はなかった。

 どうやら、ここに来て見つかった変化は、マップの状態と称号の二つだけみたいだ。

 

 俺は取り出した武器、《アンスール・ロッド》を、ウィンドウの中に手を突っ込んで、ずるりと引き出した。

 

「……うん。

 なんとなく予想してたけど、設定されてなかった重量まで再現されてるわ、これ」

 

 引き抜いた長杖を両手で抱えながら、俺は苦笑いを浮かべた。

 

「さて……んじゃそろそろお腹空いたし、狩りにでも行くか」

 

 俺はそう言うと、木の根から立ち上がってその場を後にするのだった。



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三話 便利な下僕を手に入れた!

 とりあえず、索敵スキルを使いながら森を探索すること数分。

 俺はイノシシを見つけた。

 

 いや、正確にはイノシシではない。

 何せ体色が青い上に、足が六本あるし胴体が長い。

 

 鑑定スキルを使って確かめてみると、どうやらウルボアという名前らしい。

 レベルは28。

 俺の敵ではないな。

 

 俺は索敵スキルと命中補正スキルを併用してウルボアに魔法の照準を合わせた。

 

「《ロック・バレット》」

 

 放ったのは、メイジレベル1で習得できる《ロック・バレット》。

 メイジはマジシャンの下位職業で、ウィザードの二つ前の職種だ。

 

 俺が、小声で照準を合わせたウルボアに唱えると、そいつに向かって礫弾が弾け飛んだ。

 

「ブギヒィィィッ!?」

 

 礫弾は見事ウルボアの頭にぶち当たると、貫通して向こう側の木にぶつかって止まった。

 

「うん、問題なく発動したな」

 

 俺はそう呟くと、いそいそとウルボアのところへと向かった。

 

「にしても、さすが異世界……。

 こんな魔物、ゲーム時代には居なかったぞ……」

 

 死体に触れて、素材変換スキルを行使すると、ウルボアの死体が淡く光って消え、目の前にウィンドウが表示される。

 

⚪⚫○●⚪⚫○●

 

討伐報酬

 EXP 28

 ドロップ

  イノシシの肉 ×1

  ウルボアの角 ×2

 

⚪⚫○●⚪⚫○●

 

 経験値28か……。

 まあ、弱かったし、仕方ないかもな……。

 

(ていうか、リアルになってもここは同じなんだな……)

 

 俺は苦笑いを浮かべると、さて早速獲得した食料アイテムをストレージから引き出してみた。

 

 ウィンドウから現れたのは、赤い血液に濡れた肉が一切れ。

 百グラムステーキ一枚分くらいだろうか……?

 

「イノシシ一頭、しかも普通のより結構大きいやつからこれだけしか取れないって……。

 効率悪すぎだろ」

 

 俺は土魔法の《クラフト》を使って、即積の調理台を用意すると、火魔法の《炎熱操作》を使って肉を焼く。

 

「そういや、イノシシ食うのって何年ぶりだっけなぁ……。

 あの頃は中学生くらいだったか」

 

 暫く肉の焼ける音を聞きながら、昔を懐かしんだ。

 

「……もう、帰れないんだよな」

 

 肉をトングで裏返す。

 表面がちょっと鉄板にくっついていたので、風魔法の《風圧操作》と命中補正スキルで剥ぎ取った。

 

「まあ、別にいいけど。

 ていうか、そんなことよりソースが欲しい。

 ポン酢でもいいや。

 とにかく味付けになる調味料が欲しいな……」

 

 しばらくして焼きあがった肉を、《クラフト》で作ったナイフとフォークで突きながら愚痴る。

 

「あとお米。

 やっぱり、焼き肉にはご飯がないと落ち着かんわ」

 

 どうせなら野菜も欲しいところだけど。

 

 無い物ねだりしても仕方ない。

 

「森を抜けたら人里を探してみよう。

 よし、そうだな。

 先ずは村か何か、人の住んでる場所を探すことにしよう!」

 

 じゃないと、寂しくて俺泣いちゃうかも。

 

 俺は焼き肉を感触すると、水魔法の《ウォーターボール》で出した水で口を洗いだ。

 

⚪⚫○●⚪⚫○●

 

 腹ごしらえを終えた俺は、あの池のある場所まで戻ってきた。

 

 さっきこの森を抜けるとか言っていたが、でもやっぱりここはなんだか落ち着くのだ。

 森を出るのは準備を整えてからにしても遅くはないだろう。

 

「……とりあえず、寝床建てるか」

 

 ここは水飲み場だ。

 寝ている間に獣が来る可能性は十分にある。

 壁に囲まれた安全スポットを作るのは悪いことでは無いはずだしな。

 

 俺はそうあたりをつけると、とりあえず邪魔になる木々は伐採して、床を平らに整えることにした。

 

「《ウィンドカット》」

 

 命中補正スキルを使って、対象範囲を指定すると、俺は手刀を横薙に振るって、風魔法の《ウィンドカット》を発動した。

 

 《ウィンドカット》は、メイジレベル2で覚えられる、初級攻撃魔法。

 ジョブレベルが上がると、広範囲に攻撃できるスグレモノだ。

 

 続いて召喚スキルを使って十体ほどのリビング・メイルを召喚する。

 リビング・メイルは文字通り動く鎧だ。

 中身は何も入ってなかったりする。

 

「うっ!?」

 

 ふと、体の中から何かがズルっと抜けていくような、そんな不快感に襲われた。

 

「な、何だ……今のは……?」

 

 もしかして、何かのバッドステータスでも受けているのだろうか?

 そう思ってステータスを開いてみると、しかしどこにも状態異常を示すようなアイコンは表示されていなかった。

 

 何か変わったこともなく、称号欄には相変わらず変な称号が二つついているのみだ。

 それ以外の変化といえば、多少MPが減っている程度だが……。

 

 俺はウィンドウを閉じると、召喚したリビング・メイルに目を向けた。

 リビング・メイルに変わったところはない。

 若干、昔よりグラフィックがリアルになって、金属光沢がついた程度だ。

 召喚獣のパラメータにも、何ら異変は見当たらない。

 

「……消去法で行くなら、MPの減少か……?」

 

 だが、さっき《ロック・バレット》を放ったときや《ウィンドカット》を使ったときは何も起こらなかった。

 

「うーん、多分想像はつくけど、検証はまた今度にするか。

 とりあえずリビング・メイルに指示を出して、切り株を抜いてもらおう」

 

 ゲームではできなかった用法だが、リアルとなった今でならできるかもしれない。

 俺は疑問を頭の片隅へ追いやると、リビング・メイルに切り株を抜くように指示を出した。

 

「リビング・メイル。切り株を抜きなさい」

 

 すると彼らはくるりと背を向けると、各々自分から近いところにある切り株を一本だけ抜いて、行動を停止した。

 

 どうやら実験は成功したみたいだ。

 

(うーん、全部抜かなかったのは本数を指定してなかったからかな?)

 

 実験し、結果の予想を立て、考察し、検証する。

 

 今度は本数を指定して、リビング・メイルに命令した。

 今度は二本だ。

 

「リビング・メイル。切り株を二本抜きなさい」

 

 命じると、動きを止めていた彼らが再起動して、命令を履行した。

 

 どうやら仮説はあたっていたようだ。

 

(なら今度は、命中補正スキルを併用して――)

 

「リビング・メイル。切り株を抜きなさい」

 

 俺は命中補正スキルで切り株を指定してから、三度同じ命令を繰り出した。

 するとリビング・メイルは予想通り、すべての切り株を引き抜いてくれた。

 

「うん、これ便利だな。

 いろいろ活用法が見えてくる」

 

 だけど、命令の内容は多分、具体的に指示しないと思い通りに動いてくれない。

 命令の方法によっては、自爆する可能性すらある。

 

(便利だけど、用法はちゃんと気をつけよう)

 

 そう心に決めるアリスであった。



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四話 魔法少女は解体ショーを開いたようです。

 さて。

 リビング・メイルが切り株をすべてくり抜いたその後。

 俺は切り倒された木を使って、とある実験を始めることにした。

 

 実験、というのは素材変換スキルについてだ。

 

 素材変換スキル。

 ステータスレベル1のときに、鑑定スキルと共に最初から習得済みになっているスキルだ。

 

 終末世界オンラインでは、素材が5種類存在する。

 武器を作るために必要な鋼材(こうざい)

 消費アイテムを作るのに必要な薬品(やくひん)

 体装備や装飾品など、いろいろな装備品を作るのに必要な獣品(じゅうひん)

 魔導具(アーティファクト)を作るのに必要な宝石(ほうせき)

 そして最後が、このゲーム特有のオリジナル魔法作成システム、『魔法ツクール』でオリジナルの魔法を作るために必要な魔法式(まほうしき)

 

 素材変換スキルは、それぞれのアイテムから、対応する素材を作成したり、倒した魔物をアイテムに変換するスキルだ。

 

 さて。

 今回の実験についてだが、先程朝食として捕らえた、あの青いイノシシを覚えているだろうか。

 

 そう、ウルボアだ。

 

 でかい図体して、百グラムステーキ一枚分しかお肉をくれなかった、あのケチなイノシシだ。

 

 あのイノシシを倒したとき、死体は残ったままで消滅はしなかった。

 その後素材変換スキルをゲームと同じように使うと、イノシシの肉とウルボアの角二本に変換された。

 

 では諸君。

 ここで一つ疑問なのだが、もし仮に、あそこでスキルを使わずに、血抜きして捌いて、と自力で肉を削ぎだしていたら、もっとお肉を貰えたのではないだろうか?

 

「……というわけで」

 

 俺は豪腕スキル(レベル2/10)を使って、伐採された木を二本、整地された地面に並べて、それを交互に見比べ、宣言した。

 

「素材変換スキルの弱点を探してみよう!

 おーっ!」

 

 ……。

 ……。

 

 はい。

 もう、何かね。

 ずっと周りが木、木、木、木ってなってくるとね。

 もう頭がなんかおかしくなってくるんだよね……。

 一人で叫んでみたものの、数匹魔物がこちらに反応しただけで、言葉を返してくれる人は誰もいないのです。

 

 ……あ、ちょっと涙出てきたかも。

 

 それはさておき。

 とりあえず反応した魔物を《ウィンドカット》で処理して、先ずは木以外のものから検証していくことにしましょう。

 

 俺は頭の中に、某マヨネーズの3分間クッキングのテーマ曲を流しながら、死体になった魔物を三体運んできた。

 

 今回捕らえたのはこちらの三匹になります。

 ブラックスネイク ×1

 ブラックパンサー ×1

 ウルボア ×1

 

「またウルボアかよ……」

 

 俺は苦笑混じりにそう言うと、とりあえずウルボアを裏返して、腹にストレージから取り出した試作のナイフで切り裂いていく。

 

「固っ!?」

 

 手応えがなんかリアルすぎて気持ち悪い。

 ゲームではメインキャラをソードマンにしていたおかげで刃を突き立てるのに忌避感はさほどわかなかったが、この手応えはちょっと予想してなかった。

 

「ほんと、変なところリアルだよな、ここ」

 

 か弱い少女の腕で、豪腕スキルを併用して何とか腹を切る。

 内臓を傷つけないように、慎重に腹を割く。

 尻尾や性器を取り除き、中に手を突っ込んで内臓を取り除くが、その前に一旦体装備と足装備を消して、汚れても大丈夫な服に着替え、挑戦する。

 

「動物なんて捌いたことないからな……。

 これでやり方あってるのか……?」

 

 俺は腰をグリグリと回してから、ウルボアに向かう。

 

 それからしばらくして、内臓を抜くことに成功した。

 

「ふぅ……」

 

 なんか手が生臭い。

 あとで《ウォーターボール》で洗っておこう。

 

 とりあえず検証としては、どうやら素材変換スキルを使わない方が大量に肉をゲットできるが、面倒くさいということがわかった。

 

「んー……。

 食料を手に入れるって所ではやっぱり、手で捌いたほうが量は取れるんだよな……。

 でも面倒くさいし……」

 

 骨取るのとかってどうすんの?

 魚とやり方は同じでいいのか?

 

「……とりあえずストレージにぶち込んで、蛇となんか猫っぽいの処理しよ」

 

 面倒くさいし、もうスキル使って楽に済ませようか。

 何より、早く体洗いたいし。

 

 そういうわけで、俺は残り二体の魔物に手を触れると、素材変換スキルを行使した。



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五話 お風呂を作りました。

 深い深い森の中。

 柔らかい日光に浴びせられた池の畔に、銀色の髪を垂らした美少女の姿があった。

 

 言わずもがな、それは俺だ。

 

 どうもアリスです。

 オンラインって銘打ってるくせに一人用ゲームという詐欺タイトルをプレイしていたら寝落ちして異世界に飛ばされました。

 そしてご丁寧に性別まで変えられてました。

 

 まあ、俺は別に構わないけどね。

 むしろラッキーというか。

 

 あ、別にオカマになりたいって言ってるわけじゃなくてな。

 TSモノのラノベとか漫画は結構好きなんです。

 

 ……はい。

 あの、そこのお嬢さん。冷たい目で見ないでください。

 背筋がなんかゾクッとして――いや別にマゾってわけじゃないですよ!?

 誤解しないでくださいね!?

 

「……って、俺は誰に弁解を求めてるんだか」

 

 とうとう俺の頭も末期を迎えてきたか。

 森の魔力、恐るべしだな、ほんと。

 

 はい。

 てなわけで、無事ウルボアの解体が終わったので、ちょっと水浴びをしたいと思います。

 

 なんか、あのイノシシの内臓。

 あの六本足のキモいやつね。

 アレの内臓を傷つけないように、慎重にナイフで腹を割いていたわけなんですが。

 ちょいとミスりまして、大腸と膀胱が破れましてですね。

 手がなんか凄く臭くなっちゃいまして。

 

 急いで《ウォーターボール》で洗い流したけど、まだなんか手とか生臭いんだよねぇ……。

 

 そういうわけで、俺はこれから服を脱いで水浴びをしたいと思います!

 

 どうせなんで、そこのきれいな池でゆっくりと水に浸かっていたいな……とか考えてます。

 

「……ほんと、誰か人いないかな……」

 

 あまりにも人と接触しないから、なんか気が狂ってきそうなんだ、うん。

 

 これはきっと、何かの状態異常に違いない。

 

 だがそんなのは後回しだ。

 まずはこの臭いを洗い流したい。

 

 俺は装備欄を開くと、全装備解除のボタンをタップした。

 僅かな燐光を放ち、すべての装備がアイテムストレージへと移動する。

 そして、その淡い光が収まった頃には、そこには一糸纏わぬ美少女の姿があった。

 

「……なんかほんと、変なところリアルだよな……この世界は」

 

 ゲームの頃は、何とかって法律のせいで鼠径部のグラフィックはデザインされていなかったのだが、リアルになった今では、ちゃんとそこまでグラフィックが用意されていた。

 

「毛、まだ生えてなかったんだ……」

 

 自分の体のはずなのに、見ていてなんだか申し訳ない気持ちになってくる。

 昔はよくこのアバターで処理してたのにな……。

 

 俺は頭を振ってそんな感慨にも似た変な気持ちを振り払うと、早速池の水に足を踏み入れた。

 

「冷たっ!?」

 

 が、どうやらそこに浸かるには些か冷たすぎた。

 

「《炎熱操作》でお湯にするか?

 いや、でもMPもったいないしな……」

 

 俺は全裸で淵にしゃがみこんで、どうするか悩む。

 

「うーん……。

 あ、そうだ!《クラフト》で池を区切ればいいんだ!」

 

 そうだよ。

 《クラフト》があるじゃないか!

 

 《クラフト》はメイジレベル25で習得できる土魔法だ。

 簡単な武器や道具を作成できるが、慣れてくれば複雑な物体も作ることができる。

 ただし、材質はすべて鉄に固定されるので、使いどころは限られる。

 

 俺は早速《クラフト》を使って、池を区切ることにした。

 

⚪⚫○●⚪⚫○●

 

「あ〜、極楽極楽〜♪」

 

 そういえばお風呂で極楽なんて口ずさむなんて初めてだな。

 

「それにしても、すごい開放感だわ〜。

 今だけは周辺に人がいなくて感謝かな……」

 

 もしここに人が通りかかりでもしたら、何て言えばいいのかわからない。

 

「……あ、人で思い出した」

 

 そういえば俺、何か呪いっぽい状態異常かかってそうだったんだよな……。

 

 俺はステータスを開くと、状態異常や他に変化がないかどうか確認する。

 しかしそこには、別に特筆するようなことはない。

 ちょっとMPが減ってるくらいだ。

 

 ……そういえばさっき、召喚魔法使ったときに凄い魔力消費したよな……。

 そんでそれとほぼ同時にあのズルっていう感覚がした。

 つまりあの何かが抜けた感じは、多分MPの多量使用によるものだと思う。

 

 今まで何も感じなかったのは、おそらく消費量がかなり小さかったからだろう。

 

「……もしかして、ラノベみたいに『俺の中に魔力を感じる……!』みたいなことできたりして」

 

 ま、この検証も後回しかな。

 

 と、そんなことをしていると、木を切り倒していない方の森の中から、何かが動く気配がした。

 

「もしかして人か!?」

 

 俺は勢いよくその場から立ち上がると、索敵スキルと鑑定スキルを行使して、気配の正体を探った。

 

 目の前にホロウィンドウが展開する。

 

⚪⚫○●⚪⚫○●

 

ウルボア ×1

 

⚪⚫○●⚪⚫○●

 

 ……どうやら魔物だったようだ。

 

「ちっ」

 

 俺は舌打ちをすると、ストレージから《アンスール・ロッド》を引き抜いて《ロック・バレット》で乱れ打ちにした。

 

「俺の期待を返しやがれ!」

 

 まったく。

 本当に人類滅んだんじゃないだろうな……?

 

 俺はため息をつくと、ストレージに《アンスール・ロッド》を放り込んだ。

 

「……寒っ」

 

(湯冷めには気をつけないとな……)

 

 池の水に冷やされた風が、俺の体を撫ぜていった。



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六話 フィールドボスは亜種モンスターでした。

 どうもアリスです。

 この世界に来てまだ数時間しか経っていませんが、とても人恋しい思いをしています。

 

 さて、お風呂から上がった俺は、とりあえず召喚魔法で呼び出した下僕――もといリビング・メイルに家を作らせてみました。

 

 湯冷めするのは嫌なので、現在は《炎熱操作》で体周を熱で温めながら作業しています。

 

 そうそう、《炎熱操作》をずっと使ってたときにわかったことですが、あまり魔力を使いすぎると頭がフラフラしてくるみたいです。

 

 さっきステータス画面開いてみたら、二十万あった魔力の四分の一が減ってました。

 ……四分の一でフラフラし始めるんだったら、半分を切ったらいったいどうなるんでしょうね……?

 

 というわけで、リビング・メイルに働かせている間に、MP回復ポーションを作っていきたいと思います。

 

「しまった……。

 材料がない……」

 

 俺は薬品作成スキル用の窓を操作しながら、ポツリと呟いた。

 心なしか、リビング・メイルの動きも一瞬止まったような気がする。

 

「……しかたない、採りに行くか」

 

 俺は《クラフト》で作られた椅子の残骸を蹴り飛ばすと、切り株から腰を上げた。

 

 ……え?

 その椅子の残骸は何かって?

 

 いやぁ、まぁね。

 座るところないから、《クラフト》で椅子作ってそこに座りながら《炎熱操作》で体温めてたんだけどさ。

 段々椅子が熱持っちゃって、熱くて座れなくなったんだよね……。

 

 《クラフト》で作れるアイテムは全部鉄製だからな。

 こういうところが、この魔法は不便だ。

 

 とりあえず邪魔なので、素材変換スキルで鋼材に変えておいた。

 

 閑話休題。

 

 それじゃあ早速、MP回復ポーションの材料を探しに行こう。

 

 MP回復ポーションに必要なのは、薬品10ポイント(説明していなかったが、素材である鋼材とか薬品などはポイント制なのだ)と、紅玉草(こうぎょくそう)という消費アイテムが3つ。

 

 紅玉草は赤いユリみたいな植物系のアイテムで、そのまま使用してもMPは回復するが、ポーションにすると回復できる量が段違いに増えるのだ。

 

「お、紅玉草発見!」

 

 探し始めて数分後。

 紅玉草の群生地を発見した。

 

「いやぁ、すごいね。

 一面が真っ赤だわ」

 

 俺は森を抜けたところから見える真っ赤な海に、ほぅと感嘆の息を漏らした。

 

 その情景は、まるで真っ赤な海だった。

 

 ゲーム時代だと、こういう群生地には大概フィールドボスが設定されていた。

 

「……ていうことは、多分ここにもいるんだろうな……」

 

 ここのエリアには、ウルボア――イノシシの魔物がよく出現した。

 終末世界オンラインに似せて作られたこの世界なら、多分ここに出るだろうフィールドボスは、でかくて赤いイノシシだな。

 

 あのゲームには、フィールドボスの形状は、そのマップによく出没する魔物と同系統のフォルムをしている傾向にあるのだ。

 

 俺は用心のため、ストレージから水を取り出してぐいっと呷った。

 戦闘中に喉が渇いて魔法が発動できませんなんて、シャレにならないからな。

 

(MPは……どうするかな)

 

 四分の一減っただけで、頭がフラフラするのだ。

 これ以上減るのは好ましくない。

 

 かと言って、物理攻撃系のスキルは持ち合わせていない。

 強いて言えば豪腕くらいか。

 

(でもあれレベル2だしな……)

 

 俺はう〜んと眉根を寄せて唸ると、そういえばあれがあったことを思い出した。

 

「――よし、準備完了!

 いざ、参る!」

 

 数分の準備を終えた俺は、気合を入れるようにそう告げると、赤い海へとその足を踏み出すのだった。

 

⚪⚫○●⚪⚫○●

 

 紅玉草を摘みながら歩くこと数歩。

 

 どこからかグルルルルル……という唸り声が響いてきた。

 

(ほらやっぱり)

 

 俺は手に持った紅玉草をストレージに収納すると、《アンスール・ロッド》を構えて、油断なく周りを見回した。

 

 この世界は現実だ。

 だから、死ねばどうなるかわからない。

 この世界は変なところがゲームのままで、変なところが現実的だからな……。

 

 俺はゴクリと生唾を飲み込むと、まだかまだかとそのボスの姿を探す。

 

 索敵スキルによれば、もうあと20メートルほどの距離か。

 

 どんどん足音が大きくなり、近づいてくる。

 そして、しばらくの後。

 目の前の茂みの奥に、巨大な真っ白な毛が見えた。

 

(あ、これ亜種っていうパターンだわ……)

 

 亜種――。

 終末世界オンラインには、フィールドボスがかなりの低確率で“亜種”と呼ばれる個体としてポップする場合がある。

 そして亜種は大概の場合、普通のフィールドボスより強く設定されているのだ。

 

「グルラァァァ!!」

 

「うわっ!?」

 

 一際草むらが大きく揺れたあと。

 高速の白い塊が、俺めがけて突進してきた。

 

 ――ガツン!

 

「くっ……!?」

 

(重……っ!?)

 

 イノシシの牙が、《アンスール・ロッド》にぶつかって、空洞を響かせるような甲高い金属音をあげる。

 

「《ピアシングランス》……っ!」

 

 俺は歯を食いしばると、至近距離からの魔法を放つ!

 

 《ピアシングランス》は、マジシャンレベル82で取得する上位火魔法だ。

 速度、威力共に申し分ない魔法で、至近距離から放てば、どんなにAGIが高かろうがまず外すことはない。

 

 ――のだが。 

 

「グルルッ!」

 

 白いイノシシは、俺が魔法名を唱え始めた段階で回避行動を始め、結果俺の魔法は遠く彼方まで吹き飛んでゆき、数十メートル先で巨大な爆発を起こした。

 

「な……っ!?」

 

 さすが新マップの亜種。

 仕様が鬼畜になってる。

 

 ゲーム時代だと至近距離でこの魔法を躱すモンスターは居なかったが、リアルになって仕様が変更されたのだろう。

 

 俺は気を取り直すと、もう一度杖を巨大な白イノシシに向けた。

 

(火魔法はやめておこう。

 山火事になったら、俺の逃げる場所がなくなる!)

 

 俺はそう考えると、即座に別の魔法を発動した。

 

「《イサ・ハガル》!」

 

「グルルッ!」

 

 魔法名を唱えた瞬間、俺の持つ長杖の先に少し大きめの魔法陣のエフェクトが出現し、そこから大量の白い雹の弾丸が無数に白イノシシを襲った!

 

 しかしイノシシは、一鳴きするなり、猪突猛進に駆け抜けながら雹の雨を柳に風とこちらへ接近する。

 

「うっそぉ!?」

 

 まるでマシンガンのように雹の弾丸を連射しながら、白イノシシに照準を向ける。

 ヤツは体に何度雹礫を受けようが怯みもせず、文字通り猪突猛進する。

 

 これじゃ埒が明かない。

 いくら魔法を撃とうがMPの無駄だ!

 

 そう判断した俺は、イノシシの突進から逃げるように横へと飛んだ。

 同時に《風圧操作》で飛距離を伸ばす。

 

「グルオォォ!」

 

 間一髪白イノシシの突進を避けきった俺は、それが木にぶつかって暫く動きを止めている間にもう一度、今度は違う魔法を放つ。

 

「《ピアシングジャベリン》!」

 

 マジシャンレベル50で習得できる上位光魔法《ピアシングジャベリン》。

 威力は、直撃後爆発を起こす《ピアシングランス》に比べて低いが、速度とコストはこちらの方が良い。

 

 俺が魔法名を唱えると、空中に光り輝く巨大な槍が出現し、甲高い音を立てて白イノシシへと落下した。

 大気を斬り裂いて、天空から垂直に突貫した光の槍が白イノシシの背中を貫き、赤い花畑をさらに赤く彩る。

 

「ブギヒャァァァッ!?」

 

 白イノシシの断末魔の叫びが、森獣に響き渡る。

 

 拙い足運びで、ヨタヨタとこちらを振り向きながら、忌々しげにこちらを睨む白イノシシ。

 息をするたびに口から血の塊が噴き出し、穴の空いた腹からはぼたぼたと血液が流れ落ちる。

 

 火で焼かれなかったからか、傷口は焼いて塞がってはくれないようだ。

 

「うっわ、ちょっとグロいな……これ……」

 

 思わず自分のしたことに忌避感を覚える。

 

 ゲームの頃はこんなにダメージ描写はリアルじゃなかったんだけどな……。

 

(イノシシ捌いたときのグロさとはまた別のグロさがあるな……)

 

 思わず吐き気を催すが、今は戦闘中。

 吐くのは安全が確保されてからだと自制する。

 

「グルルルルル……」

 

 白イノシシは鋭い眼光で睨みつけると、まだ闘志は消えていないのか。

 ガツ、ガツと蹄で地面を蹴って、突進の準備をしていた。

 

「……悪くないな」

 

 最後の足掻き。

 この一撃が外れれば確実に死ぬと、この白イノシシは理解しているのだろう。

 

 ならその一撃、真っ向から受け止めてやるのもやぶさかではないかもしれない。

 

「……来いよ」

 

 俺は不敵な笑みを浮かべ、口元をニッと釣り上げると、両手に構えた《アンスール・ロッド》を白イノシシに向けた。

 

 俺とイノシシの間に、沈黙が生まれる。

 その沈黙は、いわばある種の友情、もしくは絆とも言える何か。

 

 一瞬で散って、一瞬で消える。

 それが今、ここにある……!

 

 白イノシシはブルルッと武者震いを一つすると、意を決してこちらへと突進を開始した!

 

「グルアァァァァァァ‼‼」

 

 咆哮一閃、白イノシシは猪突猛進にこちらへと突っ込んできた。

 

 到達まで残り3秒の距離。

 俺は彼の全力に、自身の全力を以って応えることにした。

 

「《ルーク・オブ・ソリサズ》!」

 

 次の瞬間、俺とイノシシの間に巨大な、そして強固な白亜の城壁が出現した。

 

 終末世界オンラインの魔法ツクールで作成した、俺のオリジナル究極魔法、結界術。その中でも物理防御において右に出るものはいない性能を誇る防御魔法だ。

 

 Wi-Fiでトーナメント戦をしたとき、この結界術を破られたことは無かったし、ネットでも攻略法が何人ものプレイヤーによって模索され続けたほどのチートスキルなのだ。

 これが全力と言わずして何になるか!

 

 やがて、その城壁に白イノシシがぶつかった音が耳に響いた。

 それは、形容するならばグシャっという、何かが潰れる音だった。

 

「……」

 

 俺は、深呼吸をしてから《ルーク・オブ・ソリサズ》を解除すると、先程まで壁があったところで朽ちている、白い塊に視線を向けた。

 

「……お疲れ、白イノシシ。

 よく頑張ったな」

 

 俺はそう言うと、その白イノシシに鑑定スキルを使った。

 

⚪⚫○●⚪⚫○●

 

ハガルボア・ロード(亜種)の死骸

 

⚪⚫○●⚪⚫○●

 

「ハガルボア・ロード……か」

 

 そういえばいつか、終末世界オンラインの資料集で見たことがあったな……。

 えーっと……何だっけ?

 かなり前だから覚えてないな……。

 

「……ま、そんなことはどうでもいいか」

 

 とにかく、俺はこいつと戦ったことを忘れないように覚えておけば、それだけでいいんだ。

 

 何となくそんなことを思った俺は、その白い体毛に手を触れて、素材変換スキルを使うのだった。



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七話 とりあえず寝床完成しました。

 おはよう、こんにちは、そしてこんばんは。

 どうも、アリスです。

 こんにちはって実は、「今日(こんにち)はいい天気ですね」とか、「今日は〜〜ですね」の略なんだそうですよ?

 こんにちはの“は”がどっちだったか迷ったときは、思い出してみてもいいかもしれません。

 

「だから、一体俺は誰と話してるんだよ……?」

 

 一人の時間が長すぎると、ここまで早く頭おかしくなるんですかね?

 ……いや、家に一人でいた時はそんなことなかったし、きっとこれは、この場所が人の気配の全くしない森の中だってことが、きっと関係しているんでしょう。

 

 それはさておき。

 

 MP回復ポーションを作るために、その材料である紅玉草の採取に向かった俺は、運悪く亜種のフィールドボスと遭遇した。

 

 反応速度が異常なフィールドボス、ハガルボア・ロード(亜種)の討伐を何とか終えた俺は、現在戦場跡地にて紅玉草の回収作業中です。

 

 多分、この作業が終わってあの池のところまで戻ったら、俺の召喚獣のリビング・メイルはきっと、寝床の建設を終えている頃だろう。

 

「……腹減ったな」

 

 今は何時くらいだろうか?

 空を見上げれば、天頂よりちょっとだけ日が傾いている。

 

「んー……と」

 

 俺は一度、紅玉草を摘む手を止めると、メニューを開いて時刻を確認した。

 

「15時52分か……」

 

 もうそろそろ16時じゃん。

 

 俺は一旦紅玉草を全部アイテム欄へ放り込むと、代わりに何か食べられるもの(既製品)がないか探す。

 

「んー……たしか、街で買った回復用の食料アイテムが何個かあったと思うんだけどなぁ……」

 

 カラコロカラコロと、可愛らしい音色を立てながらスクロールされていくストレージを流し読みしていく。

 

 すると、ある時点に大量の干し肉が羅列されているところを見つけた。

 

「うわ、何これ……。

 干し肉 ×99がストレージ一面覆ってるんですけど……」

 

 アイテムストレージに入るアイテムの量は、一種類のアイテムに付き最大99コまで入る設定になっている。

 ただし、武器や防具などの例外もあって、こいつらは一つのマスに一つしか入らない。

 

(俺、こんなに干し肉買ってたっけなぁ……)

 

 確かに干し肉はHPとMPの両方を回復できる優れアイテムだが……。

 第一回復量が少ないし、今となってはHPだけならともかくMPは二十万もあるわけだからな……。

 

「ま、あるならあるで使わせてもらうけど」

 

 俺は『干し肉 ×99』と書かれた欄をタップして、その中から干し肉を一つ取り出すと、メニューをオフにする。

 

「はむ……。

 ふぐふぐふぐ……」

 

 ……硬い。

 硬いくせに、噛めば噛むほど肉汁が溢れ出してくる……!

 

 あと何よりしょっぱい!

 すごい喉乾く!

 

 あと滅茶ご飯がほしい!

 白飯ほしい!

 

「んぐん……。

 ……これは、早く白飯の代わりになる穀物探さないとなぁ」

 

 近くに水田でも見つかれば、人にもあえて一石二鳥なんだけど……。

 

 俺はメニューからマップを開くと、小さくため息を漏らした。

 

「進行率はまだ1%にも満たしていないんだよな……これ……」

 

 進行率とは、フィールド全体のマップを100%として、自分が探索を終えているマップの領域のことである。

 結構歩き回ったつもりなのだが、それでもまだその1%には届いていないようだ。

 

「はてさて……。

 この森を抜けるのはいつになることやら……」

 

 俺は落胆したふうに肩をすくめると、その場を後にするのだった。

 

⚪⚫○●⚪⚫○●

 

 池のある場所(もうめんどくさいのでキャンプ場と呼ぶことにする)に戻ってくると、立派な一軒家が完成していた。

 

「……俺、そんなこと言ったっけ……?」

 

 確かに、寝床になるような小屋を用意しろとは言ったよ?

 言ったけど……。

 

「この召喚魔法、いまいち便利なのか不便なのかわかんないな……」

 

 ま、別にいいけど。

 使いやすいならそれに越したことはないし。

 

 俺はなんとなくで召喚獣に労いの言葉をかけてから、召喚魔法を解除してその家の中へと足を踏み込んだ。

 

「おお……」

 

 思わず、感嘆の息が漏れる。

 なぜならそれは――

 

「外観に反して中身何もないな!」

 

 ――外から見たときは立派な一軒家、しかも2階建てに見えたのだが、扉を開けて中に入ってみるとあらびっくり!

 壁も天井も何にも無し!

 天井はあるにはあるけど、見えているのは二階の天井。

 

 中の空間だけを見れば完全に体育館だ。

 設備不足の体育館だ。

 

「ほんと、便利なのか不便なのか……」

 

 俺は頭を抱えながら、その場にうずくまるのだった。



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八話 大量生産?何それ美味しいの?いいえ、不味かったです。

 ……はっ!?

 ど、どうもアリスです!

 

 リビング・メイルに作らせたらあまりにも開放的すぎる家になってしまったので、ちょっと呆然としてました。

 

 お花摘みから帰ってきたら、何故か外観と内観が全く一致していない小屋が完成していて、ちょっと困惑しているアリスです。

 

 家具とか無いのは別にいいんだけど、壁も何にもないというのは、いやはや予想外過ぎてなんとも言えませんね……。

 

 ……もしかして、俺だけじゃなくて召喚獣まで頭おかしくなったのか?

 

「あ、そういやリビング・メイルには脳みそなかったな!

 アハハハハハ………(むな)し」

 

 俺はとりあえずまぁ寝ることはできるんだし、ここに長くいるつもりもないので、今日は我慢することにした。

 

「明日はきっと、いいキャンプ場を探してやる……!」

 

 俺はそう決心すると、それでは早速とばかりにMP回復ポーションの作成に取りかかることにした。

 

「……けど、ちょっとその前にトイレ行ってこよ」

 

 俺は回れ右をすると、そこの扉を開けて小屋を後にした。

 

 小屋を出て、俺は近くの茂みへと足を踏み入れていく。

 索敵スキルを使って、周囲に動物や魔物が居ないかを確認すると、近くについ数時間ほど前に倒した覚えのあるブラックスネイクの反応があった。

 

「いちいち倒しに行くのめんどくさいな」

 

 俺はそう呟くと、召喚魔法を駆使して、リビング・メイルを一体召喚した。

 

「リビング・メイル。倒してきて」

 

 命中補正スキルを併用して召喚獣にそう命令すると、リビング・メイルは一度だけ頷いてから、ガシャガシャと音を立ててブラックスネイクの方へと向かっていった。

 

「ふぅ。

 それにしても、ほんとに召喚魔法は便利なのか不便なのかわからないな……。

 こういうときはちょっと便利だけどさ」

 

 俺は土魔法の《クラフト》を使ってスコップを作ると、手頃な木の根本に穴を掘って、簡易トイレを作った。

 

「これでよし」

 

 俺はスコップを鋼材に変えて、手に付いた泥を《ウォーターボール》で綺麗に流すと、パンツを脱いで穴に自分の股を向けた。

 

「……そういえば、女の子のおしっこってどこから出るんだろ?」

 

 妹がいたけど、流石に妹のトイレしてるところなんて見たことないしな……。

 

「……ま、出せばわかるか」

 

 俺はスカートを捲し上げると、とりあえずどこに飛んでもいいように身構えておいた。

 

⚪⚫○●⚪⚫○●

 

「おしっこって、あんなところから出てたんだな……。

 いや、びっくりだわ」

 

 一通り用を足した俺は、裁縫スキルでパパッと作った手ぬぐいで股間に付いた水滴を拭き取ると、装備メニューからパンツを再装備して、穴を《クラフト》でもう一回作ったスコップで埋めた。

 

(スコップはトイレのとき必要だし、ストレージに保管しておこう)

 

 俺はついでに股を拭いた布も、水魔法の《ウォーターボール》で洗って《炎熱操作》で乾かしてからストレージに放り込んだ。

 

 それから俺は、ブラックスネイクの死体を素材変換スキルで処理してから、キャンプ場に戻ることにした。

 

「さて、早速ポーション作りを開始しましょうかね……っと」

 

 キャンプ場の小屋に入ると、俺は相変わらずの何もない大部屋のど真ん中に腰を下ろして、薬品作成スキルのメニューウィンドウを開き、ポーションの作成を開始した。

 

 頭の中には、某マヨネーズの3分間クッキングの曲が流れている。

 

「えーっと、紅玉草紅玉草……」

 

 メニューのボタンをポチポチと弄りながら、淡々と回復薬の生成を続ける。

 

 サブキャラとして作成したこのアバターは、魔法系のスキル以外にも、生産系のスキルを獲得している。

 主にメインキャラには戦闘特化のパラメータに設定しているので、もしメインキャラでこの世界に放り出されていたら早速詰んでいたかも知れない。

 

「転移したのがサブキャラでよかったよ、ほんとに」

 

 俺は苦笑いを浮かべながら、慣れた手付きで窓を操作していく。

 

 薬品作成スキルは、調合師レベル1で獲得できるスキルだ。

 

 俺の現在のJOBはウィザード。

 メイジの派生ジョブで、魔法に特化した職業だ。

 俺のジョブレベルが300/100となっていたのは、同じ系列のジョブレベル(つまり、メイジとマジシャンのレベル)が合算されているからだ。

 

 ……え?

 なぜ調合師のスキルを獲得しているかって?

 

 終末世界オンラインは、メインキャラとサブキャラのアイテムストレージが同期してるからな。

 一つのキャラが習得できるジョブの量にも制限があるし、何より作った方が安い。

 

 ちなみにジョブは一種類しか表示されない。

 あと、レベル表示も、同じ系列のものしか表示されないので、ステータスではジョブが一つしかないように見えるんだ。

 

 ちなみに俺の今まで獲得してきたジョブはこんな感じ。

 

⚪⚫○●⚪⚫○●

 

裁縫師 100/100

鍛冶師 100/100

調合師 100/100

メイジ 100/100

マジシャン 100/100

ウィザード 100/100

 

⚪⚫○●⚪⚫○●

 

 終末世界オンラインでは、ジョブレベルが10上がる(ごと)にステータスレベルが1上昇する。

 

 つまり俺のステータスレベル85のうちの60レベルは、ジョブレベルで稼いだものなのだ。

 ジョブがなければ、俺のステータスレベルは今頃25辺りだっただろうね。

 

 さて、そんな話をしている間に、MP回復ポーションが完成した。

 

「やっぱり、この世界は変なところがゲームのままだよね……」

 

 俺は完成したMP回復ポーションを目の前にぶらつかせると、苦笑いを浮かべた。

 

 MP回復ポーションは、三角フラスコみたいな形状をした容器に、赤い液体が入ったビジュアルをしているアイテムだ。

 

 ゲームのときは味覚が設定されていなかったが、このゲームがリアルになってからというもの、味覚まで再現されるようになった。

 

「さて、このポーションはどんな味がするのやら」

 

 見た目だけなら、いちごジュースと言われんでもない。

 軽く目の前で振ってみれば、サラサラした液体なのはわかるし、トマトジュースとは違うだろうな。

 

「HP回復ポーションは、たしか甘酸っぱいって設定をよく見るけど……。

 MP回復ポーションはどうなんだろ?

 色が赤いし、やっぱり辛いのかな?」

 

 俺、辛いの苦手なんだけどな……。

 

 俺はステータス画面を開くと、魔力の残量を確認した。

 

「約15万か……。

 今までの魔法の行使で5万も使ってたのか、俺?」

 

 そんなに使ったつもりは無いんだけどな……。

 もしMPが三桁だったら、早速俺気絶なりなんなりしてるところだったぞ……。

 

「この異常な減り具合の理由も、いつか確かめないとな……」

 

 俺は心の中に書き込むと、MP回復ポーションの栓を抜いて、一気に中身を呷った。

 

「んく……っ!?」

 

 が、しかし、次の瞬間。

 俺はそれをすべて噴き出した。

 

「けほっ、けほっ……っ!?

 何これ不味(まず)!?」 

 

 口の中に入った瞬間、感じたのは咽るような苦味。

 同時に舌を覆う、激しい甘味。

 口の中でそれが瞬時に混ざり合って、変な渋みが渦を巻いて、喉を通る頃には強烈な酸味に変わる。

 

 一気に呷ったせいか、それらが一瞬にして同時に起こったのだ……。

 

「うへぇ……気持ち悪い……」

 

 とても飲めるものじゃなかった。

 いや、そもそもこれは飲んでも大丈夫なものなのか!?

 

 俺は口から滴り落ちた液体をメイジローブ(改)の袖で拭うと、まだ少しだけ残っている瓶を床に置いた。

 

「うぅ……。

 まだ喉の方に酸っぱいの残ってるし……」

 

 最悪だ。

 作らなきゃ良かった……。

 

「どうして俺は、味も確認せずにこんなの大量に作ってしまったんだろう……」

 

 ストレージを開けば、そこには『MP回復ポーション ×98』の文字が、欄の最上部について君臨している。

 

「俺、これもう二度と作らないようにしよ……」

 

 そう決めた俺は、その文字列をドラッグして、ストレージの最下層へとドロップさせるのだった。



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九話 そろそろ本気で頭がおかしくなってしまったようです。

 どうも。

 火急の案件が生まれて、ちょっと鬱になりかけているアリスです。

 

 ……え?

 火急の案件って何かって?

 そんなの決まってるじゃないか。

 魔力の回復手段だよ、アハハハハハ……。

 

 MPを回復させる手段はいくつかある。

 MP回復ポーションは論外として、あの干し肉とかがそれだ。

 だがあれは駄目だ、塩分が高すぎる。

 あとご飯欲しくなる。

 加えて回復量が小さすぎる。

 

 他の候補は、『オムライス』とか『クッキー』、それから『マジックビーンズ』『紅玉草』etc……。

 種類はあるが、今のところゲットできるのは紅玉草くらいしか無い。

 

 だが紅玉草を素材としたMP回復ポーションは激不味だった。

 紅玉草本体もきっと不味いに違いない……。

 

「ぬう……。

 こうなったら、MPを回復させる魔法でも創るか……?」

 

 終末世界オンラインには、MPの回復手段がアイテムによるものしか設定されていなかった。

 しかし、このゲームにはオリジナル魔法作成システム『魔法ツクール』があるのだ。

 

 素材の魔法式さえあれば、どんな魔法だって作成できる。

 

 ただ、この素材となる魔法式だが、これは他の素材である鋼材や薬品とは違って、ポイント制ではない。

 

 『魔法ツクール』は、対応する効果を持った魔法式素材を組み合わせることによって作成するのだ。

 

 俺はウィンドウを開くと、『魔法ツクール』のページを探して、メニューをスクロールした。

 

 しかし――。

 

「……ぅん……?」

 

 カラコロカラコロとかわいい音を立ててスクロールされていったメニューウィンドウは、最後の欄まで辿り着くなり、バウンドして停止した。

 

「……あれ、見落としたかな?」

 

 再度、俺はメニューを操作して魔法ツクールのページを探すが、やはり一番上まで戻ってくるまでの間に『魔法ツクール』のバーは表示されなかった。

 

「……嘘だろ?」

 

 もう一度、メニューをスクロールする。

 しかし、そのどこにも魔法ツクールの文字は見当たらない。

 

「……」

 

 俺は無言でメニューウィンドウを消し去ると、床に置いてあったMP回復ポーションの瓶を《アンスール・ロッド》で叩き割るのだった。

 

 虚しい破砕音だけが、静かな部屋の中に木霊した。

 

⚪⚫○●⚪⚫○●

 

 緊急事態だ。

 魔法ツクールが使えなくなってしまった!

 

 これじゃあ新しい魔法が作れない!

 MPを回復させる魔法が作れないじゃないか!

 

「ぐぬぬぅ〜……。

 一体、どうすればいいんだ……?」

 

 我慢してアレを飲み干すか?

 いや、駄目だ。

 俺はまだ死にたくない。

 

 ではどうしろと?

 

「……アレを全部飲み干したら勇者なんて称号がもらえたりして」

 

 考えに考えたが、しかしやはりどうにも策が思いつかない。

 

「……やっぱり、やるしかないのかな」

 

 未練がましくストレージやメニューをカラコロとスクロールさせるが、それ以外の手段はやはり思いつかない。

 

 俺はストレージの最下層にある『MP回復ポーション ×98』の文字列を睨みながら、奥歯を噛みしめる。

 

「覚悟を決めろ、俺!

 魔力がなくなったらどうなるかわからないんだぞ……!」

 

 俺はフラつく頭を支えながら、その文字列に人差し指を向けた。

 

「大丈夫だ。

 良薬は苦しって言うだろう!

 今こそこれを乗り越えて、俺は英雄になるんだ……!」

 

 ……駄目だ、自分で言っててどういう意味がさっぱりわかんねぇわ。

 

 俺は深呼吸を一つすると、カッと目を見開いてその文字列をタップした。

 

「うぉぉぉぉおおお!!」

 

 そして、すかさず現れた取り出し用のウィンドウに手を突っ込んで、ポーションを大量に引き上げる。

 

「いざ、勇者へ!」

 

 俺はそう叫ぶなり、取り出した全ての瓶の栓を開けて、複数本を同時に呷った。

 

「んく、んく、んく、んく、んく、んく、んく、んく………ごくん」

 

 強烈な苦味と、甘味、酸味が雪崩のように押し寄せてくる。

 

 クソまずい。

 吐きそう。

 

 だが、それでも俺は己を律して次のポーション瓶へと手をかける。

 

「んく、んく、んく、んく、んく、んく、んく、んく……ごくん」

 

 不味いはずなのに、吐きそうなはずなのに、それとは逆に、頭の中はどんどん冴え渡っていく。

 それが逆に辛い。

 口や喉、腹はとてつもなく気持ち悪いのに、頭だけが滅茶苦茶冴え渡っていくこの感じ。

 まるで頭を掻きむしりたくなるようや不快感!

 

 だが、それでも俺はポーションを呷る手を休めない!

 

「んく、んく、んく、んく、んく、んく、んく、んく……ぷはっ」

 

 残り、あと50本!

 

 みるみる間にストレージ内のポーションの残量が減っていくのが、目に見えてわかる。

 ものすごい速度だった。

 

 こうして、それから約1分後。

 

 俺は全てのポーションを飲み干すのだった。



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十話 またなんか称号増えてるよ……。

 んにゃむにゃ……。

 ん〜……。

 ……フフッ。

 

 ……くぁ……っ……。

 

 ……あ、おはようございます。

 アリスです。

 

 どうやら気がついたら寝てしまっていたみたいですね。

 

 あ、寝るといえば皆さん。

 夢を見ている間って、目玉がまぶたの下でぐるぐる動いてるって知ってました?

 夢を見ている間は、Rapid eye movementといって、滅茶速く眼球が運動しているらしいです。

 

 人間って、変なところで無意識にキモいことしますよね……ほんと。

 

 それはさておき、改めまして。

 おはようございます、アリスです。

 

 昨日どうやら頭が狂いすぎて、MP回復ポーションを飲み散らかしてそのまま寝てしまっていたみたいです。

 

 幸いなことに、俺が寝ている間にモンスターがこの小屋に侵入してきたなんてハプニングが起こらなかったようで良かったです。

 

「……次から気をつけよう」

 

 俺はそう独り言ちると、周囲の散乱したポーション瓶を素材変換スキルにかけて鋼材に変えた。

 

(このゴミって鋼材だったんだ……)

 

 正直、何にも変換できないと思ってた。

 

 俺はぼんやりとそんなことを考えながら、小屋を出て池へ向かった。

 

 外は薄っすらと霧が出ていたので、風魔法の《風圧操作》で霧払いをした。

 

「……」

 

 冷たい池の水で顔を洗い、《ウォーターボール》で口を漱ぐ。

 

「……歯磨き欲しいな」

 

 口の中を漱ぐだけじゃ、なんだか物足りない気分になる。

 《クラフト》で作ろうにも全部鉄製になっちゃうしな……。

 

「ほんと、便利なのか不便なのか……」

 

 もうそろそろ口癖になりつつあるフレーズをぼやきながら、俺はストレージからタオルを取り出して顔を拭く。

 

「……腹減ったな」

 

 まだお肉残ってるし、ステーキにするか……?

 いや、それだとご飯が欲しくなるし……。

 

「よし、山菜でも探しに行くか」

 

 俺はそう言うと、《アンスール・ロッド》を取りに小屋へと戻っていった。

 

 暫くして外に出てくると、俺は念のため魔力がちゃんと回復できているかを確かめるために、ステータス画面を開いた。

 

⚪⚫○●⚪⚫○●

 

アリス

称号:自然に生きる者

   苦行を乗り越えた勇者

   追放された者

   人類の末裔

   賢者

 

レベル 85/100

HP1000 MP199850/200000

 

JOB 仙術師

レベル 301/100

 

STR 85 AGI 100 VIT 60 INT 8500

 

スキル

 経験値向上 10/10 命中補正 5/5 威圧 5/5 索敵 10/10 豪腕 2/10 俊足 5/10 自動回復 3/10 魔力向上 20/35 火魔法 10/10 上位火魔法 5/5 究極火魔法 5/5 水魔法 10/10 上位水魔法 5/5 究極水魔法 5/5 風魔法 10/10 上位風魔法 5/5 究極風魔法 5/5 土魔法 10/10 上位土魔法 5/5 究極土魔法 5/5 光魔法 10/10 上位光魔法 5/5 闇魔法 10/10 上位闇魔法 5/5 空間魔法 10/10 治癒魔法 10/10 祓魔術 10/10 結界術 10/10 死霊術 10/10 召喚魔法 10/10 武器作成 10/10 裁縫 10/10 薬品作成 10/10 魔力操作 1/10 魔力感知 1/10 素材変換 10/10 鑑定 10/10

 

⚪⚫○●⚪⚫○●

 

「うん、魔力が減ってるのは、さっき《ウォーターボール》と《風圧操作》を使ったからだろうけど……」

 

 称号がまたなんか増えてるし……。

 “苦行を乗り越えた勇者”って……。

 何これ、悪口か?

 苦行を乗り越えた勇者(笑)ってか……?

 

「ふざけんなよ……ったく……」

 

 あれがどれだけキツかったかわかって言ってんのかよ。

 

 多分だけど、VITが上がってHPの最大値が上昇しているのは、この称号が影響しているんだろう。

 

 あとジョブが進化してウィザードが仙術師になってる。

 仙道士ではなく仙術師だ。

 魔道士と魔術師みたいな感じなのかな?

 

 加えてスキルが2つ増えてる。

 魔力操作と魔力感知だ。

 

「使ってみるか」

 

 俺はスキル名をタップして用法を確認し、魔力感知を発動してみる。

 

 すると、視界がまるでサーモグラフィーカメラのように切り替わった。

 

「おおっ!?」

 

 説明によると、魔力が強ければ強いほど赤く、弱ければ弱いほど青黒く映るらしい。

 試しに自分の手を見てみると、俺の手は真っ赤に染まっていた。

 

「これが、魔力二十万かぁ……!」

 

 次に魔力操作を発動して、その様子を魔力感知で観察してみる。

 

 すると、体内で何かが流動しているのが、視覚と触覚でわかる。

 

「おおぉっ!!」

 

 すごい!

 自分の体から外に出た魔力にも触覚がつながってて、魔力で何を触れたかがわかる……!

 

「もしかして、これで物を持ち上げられたりできるんじゃ……!?」

 

 早速、俺は池の畔に駆け寄って、魔力操作を使って体外に出した魔力で石を持ち上げてみた。

 すると案の定、石は上に持ち上がった。

 魔力感知を解いて普通の視界で見てみると、まるで石が勝手に浮いているみたいに見える。

 

「すごい……!

 これはすごく便利だ……!」

 

 これってつまりあれだろ!?

 サイコキネシスってやつだろ!?

 

「うおおおおお!

 超能力だぁぁぁ!」

 

 興奮した俺は、それから暫く空腹も忘れて魔力操作で物を浮かしたり飛ばしたりして遊ぶのだった。

 

⚪⚫○●⚪⚫○●

 

 ごめんなさい、取り乱しました。

 

 冷静になってよくよく考えてみたら、魔法が使える時点で超能力者も何もないわな、うん。

 

 というわけで、気を取り直して早速山菜取りに行こう。

 今日は献立にスープを増やしたい。

 

 俺は山菜についての知識は全くないけど、鑑定スキルがあるし何とかなるでしょ。

 

 俺はそう考えると、トイレを済ませてから森の深いところまで進むのだった。



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十一話 住人を発見しました。

 おはよう、アリスだよ!

 

 ……うん、自分で言っておいて何だが、すごく気持ち悪い。

 いつもどおり普通に話そう……。

 

 というわけで、どうもアリスです。

 

 お腹が空いたので朝食の材料を採りに行きたいと思います。

 

 またステーキにしようかって思ったけど、ステーキは昨日食べたし、何よりご飯が欲しくなるので、今日はスープを作ろうと思います。

 

 出汁は鳥を撃ち落として鶏ガラスープでも自作しようかなって考えてるけど……。

 正直なところ、ちゃんとできるかわからない。

 できたらいいな……とは思ってるけど。

 

 あと山菜。

 何が食べられて何が駄目なのかなんて俺はよく知らないので、そこは鑑定スキルに頼むとしよう。

 

 てなわけで、俺は現在見つけた植物を片っ端から鑑定にかけている。

 見つかった食べられる植物は、キノコが3種類、植物が7種類。

 中にはゼンマイみたいなものとか、あとなんかこれほんとに食べられるの?って感じの毒々しいビジュアルの花とかがあった。

 

「よし、食材も揃ったところだし、どこかキャンプ場になるところ探さないとな……」

 

 俺はマップを開くと、未探索の領域へ向けて足を運んでいった。

 

 しばらく進んでいると、山の斜面から谷底が見える位置まで辿り着くことができた。

 

「お、なんか村が見えるぞ……!」

 

 俺は斜面から谷底に見える村を見つけると、歓喜の声を上げた。

 

 ここから見える村は、茅葺屋根の家がぽうぽつと畑……いや、水田かなにかと共に点在している、結構広い村だった。

 そうだな、一言で言えば、ちょっと手入れを怠った農村みたいな風貌だ。

 

「もしかしたら人がいるかも!」

 

 俺はそう考えると、空腹も忘れて一目散に農村へと駆け出していった。

 

 山を下ってくると、なんか村の様子がおかしいことに気がついた。

 

 荒れ放題の畑……もとい田んぼは、稲が枯れている上に雑草が生い茂り、害虫の宝庫になっている。

 茅葺屋根の大きな家は朽ち果て、中には屋根に穴が空いていたり、大きな岩に押し潰されていたりしている。

 路上には古い血痕なんかもところどころに見受けられた。

 

「ちょっと手入れを怠ったどころか、完全になにかバケモノに襲われて朽ち果てた廃村じゃねぇか……」

 

 人がいるかも、なんて思ったけど、これは期待しないほうが良さそうだな……。

 

「《気配探知》」

 

 しかし、それでも全くいないとは限らないだろう。

 ゲームやラノベだったら、大概こういうところだとイベントが発生する。

 

 例えば、村人の生き残りがいて、怪物を倒してほしいとか。

 はたまたフィールドボス再臨、とかね。

 

 俺は額に意識を集中させることで、同時に魔力感知スキルを使う。

 

 魔力感知スキルの発動方法は、額に目があることを仮定して、その目で空間を見るイメージをすることだ。

 一時間くらい前に何回も使って遊んだから、もう発動には慣れた。

 

 それと、遊んでいるときに気がついたことだが、魔力感知と気配探知を同時に使うと、気配探知で確認した魔物や動物の持っている魔力量も検知することができるらしい。

 

 これで、ある程度魔物の強さを測ることができる。

 

「……」

 

 気配探知の範囲を、ズンズンと広げていく。

 

「家屋の中は……虫くらいしかいないな。

 水田もそうだ。

 外は……んん?何かデカイ奴がいるな……。

 魔力も相当持ってるぞ……」

 

 気配探知と魔力感知に引っかかったのは、巨大なトカゲのような魔物だ。

 全長はだいたい6、7メートルくらいか?

 魔力量を示す色は赤紫。

 俺より魔力量は少ないものの、それでもけっこう手強そうなモンスターだ。

 

 戦って勝てるかわかんないな……。

 

 俺は更に鑑定スキルを重ね掛けする。

 

 どうやら問題なくスキルは反応したようだ。

 

⚪⚫○●⚪⚫○●

 

ギガース・ウルドラゴニル

レベル 72

 

⚪⚫○●⚪⚫○●

 

 結構手強そうだな……。

 

 俺の今のレベルは85。

 レベル差が10以上も離れているとはいえ、油断はできない。

 

 終末世界オンラインでは、安全マージンを取るならレベル差は25以上は必要だった。

 それ以上差が縮まると、難易度が激変する。

 

「ウルボアとかがいたエリアは、平均30レベル程度だった。

 ここに来る途中で倒してきた魔物のレベル平均は50。

 ……明らかに、フィールドボスだろうな」

 

 一旦引き返すか?

 

 そうだよな。

 まだ朝ごはん食べてないし、このままだと空腹のせいで負ける危険性が大きくなる。

 

 俺はそう決めると、気配探知を切ろうとして、ふと、そのフィールドボスの近くに小さな魔力反応があるのを見つけた。

 

「……?」

 

 フィールドボスの子供か……それとも取り巻きか……?

 

 いや、それにしては魔力量が小さすぎる。

 

 そう。

 そいつの近くにいたのは、青い魔力反応を示す個体だった。

 

 魔力感知で理解できる魔力は、青黒くなればなるほど魔力量が小さく、大きければ大きいほど赤くなる。

 フィールドボスが赤紫色ということは、その取り巻きも近い魔力量のはずなのだが、それにしてはその反応はあまりにも弱々しい。

 

 気になった俺は、その個体に鑑定スキルを行使するなり、先程までの考えを全部捨てた。

 

⚪⚫○●⚪⚫○●

 

イルマ

レベル 42

 

⚪⚫○●⚪⚫○●

 

 その鑑定結果には、そう書かれていた。

 しかも、その文字はNPCを示す青色で表示されていたのだ!

 

「!!」

 

 ここに来て、初めての話し相手。

 人間か、そうでなくても魔物ではない、この世界の原住民。

 

 それが今、手の届くところにいて、更に力量差がかなり開いたボスモンスターの真近くにいるのだ。

 

 放っておけるわけがない……!

 

 俺は走りながらスキル《俊足》を発動しつつ、装備メニューを操作して《アンスール・ロッド》を引き抜いた。

 

 走りながらステータス画面を確認して、残りの魔力残量を確かめる。

 

(大丈夫、まだ余裕がある……!)

 

 俺は確認を終えるなり、余っているスキルポイントを使って俊足をレベル10にまで引き上げ、更にスキルを進化させて《縮地》を獲得し、残りすべてのスキルポイントを割り振った。

 

「間に合え……!」

 

 俺は懇願の意思を漏らしながら、フィールドボスの(ねぐら)まで駆け抜けるのだった。

 

 



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十二話 原住民に怖がられちゃいました。

「《ピアシングフリーズ》!」

 

 視界に魔物の姿を確認した瞬間、すかさず俺は魔法名を唱えた。

 その瞬間、魔物――ギガース・ウルドラゴニルの足元から、巨大な氷柱が伸び、ヤツの巨体をひっくり返した。

 

「キュルアーン!?」

 

 巨大トカゲは突然の事態に戸惑いの叫びを上げながら、地響きを立てながら仰向けに倒れる。

 

 《ピアシングフリーズ》。

 マジシャンレベル82で習得できる上位水魔法だ。

 

 本来は地面から突き出した氷柱が、あの巨体を下から貫く予定だったのだが……。

 

「流石レベル72……!

 そう簡単にはいかせてくれないか……ッ!」

 

 俺はヤツの状態に愚痴を吐きながら、気配探知で捉えていたNPCイルマの姿を視界に捉える。

 

(あそこかっ!)

 

 向かって右前方、ギガース・ウルドラゴニルから約30メートルの地点。

 腰を抜かしているのか、地面に座り込んだまま動こうとしない小さな人影が目に見えた。

 

「く……ッ!

 《ラド・シャッフル》!」

 

 オリジナル魔法である空間魔法の一つ、《ラド・シャッフル》。

 命中補正スキルで指定した対象と、自分の位置を逆転させる魔法だ。

 

 俺はなるべく奴から距離を取ると、命中補正スキルでNPCにカーソルを合わせると、魔法名を唱えた。

 

 瞬間、視界がぐるりと回るような不快感と共に、船酔いに似た吐き気が頭を掠めた。

 

「きゃっ!?」

 

 遠くから少女の悲鳴が聞こえる。

 どうやら無事成功したみたいだ。

 

 俺は気配探知でイルマが十分フィールドボスから遠い場所にいることを確認すると、自力で起き上がったトカゲの怪物に視線を戻した。

 

「キュルアーン!!」

 

 ギガース・ウルドラゴニル(長いから以降トカゲ)は目を光らせると、怒ったように吠えた。

 

 こういう動作は大概、地面から生えてくるタイプの魔法の予備動作だ。

 

 俺はすかさず縮地スキルを使って、トカゲの近くまで接近する。

 

「ここからなら避けられないだろッ!」

 

 縮地で距離を詰めて、《アンスール・ロッド》をトカゲのデカイ腹に殴りつけながら、俺は至近距離から《イサ・ハガル》の魔法を発動させた。

 

 ――ズドドドドドドドドドドドド!!

 

 青い魔法陣のエフェクトが狂ったように乱回転し、雹礫の弾丸をマシンガンのように撃ち込んでいく。

 

「キュルアーァン!?」

 

 どうやらトカゲの魔法発動はキャンセルできたようだ。

 

 終末世界オンラインでのこういった魔法を使ってくる大型モンスターとの戦闘にはコツがある。

 

 まず、このように魔法を発動させる隙を与えないこと。

 そして、ヤツの弱点属性を正確に見極め、それのみでHPを削り取ること。

 そして最後に、一点集中的に、同じ部位を攻撃すること。

 

 この3つさえ揃っていれば、レベル差が狭くてもやっていける。

 ただ、レベル差が狭いと、そもそも接近すら許してくれないのが終末世界クオリティだ。

 

 俺は気配探知で上空から隕石のようなものが落下してくるのを確認し、縮地を使って急いでその場を離脱――は、しない。

 

 なぜなら俺には、オリジナル魔法《結界術》があるからだ。

 

「《エオロー・シェル》!」

 

 次の瞬間、俺を中心として半透明な黄色いバリアーが展開した。

 

WEO(終末世界オンライン)世界チャンプ舐めんな!」

 

 つっても、二年も昔の話だけどね!

 

 オレがそう叫んだ瞬間、上空から降ってきた隕石が、俺の張った結界に触れて弾けた。

 そしてその弾けた隕石はすべて、俺の目の前にいる巨大トカゲの顔面へ被弾する。

 

「キュルアーァ!?」

 

「《ピアシングフリーズ》ッ!」

 

 続けて、最初に放った魔法をもう一度、今度は魔力操作スキルを使ってやつの体内から発動させた。

 

 ――バゴォォン……ッ!

 

 次の瞬間、そのデカいトカゲは内側から氷の柱に貫かれて爆散した。

 

 ちなみに俺は、被害が自分に及ばないように発動とほぼ同時に縮地で退避していたので、ノーダメージで済んだ。

 

 まさに圧勝。

 こちらのHPは1ポイントも被害を受けていなかった。

 

 これも、魔力向上スキルのスキルMod――《無詠唱》のお陰だな。

 

⚪⚫○●⚪⚫○●

 

 ハロハロ〜♪ア〜リス〜だよ〜♪

 

 ……えっと、はい。

 ふざけすぎました、ごめんなさい。

 

 どうも。

 朝食にするスープの材料を集めて、今日の寝床となるキャンプ場を探していたら、何と廃村を見つけましたアリスです。

 

 せっかく村を見つけたわけだし、索敵スキルのMod、気配探知で廃村の中に偶然人とか居ないかな〜なんて思って探してみたら、なんとびっくり!

 この世界の原住民がフィールドボスっぽいのに襲われそうになっているのを発見しました!

 

 何とか(?)無事に原住民の保護に成功し、そんでもってフィールドボスの……えっとなんだっけ?ギガース……うど?うら?うるにごる……?

 ……あ、ウルドラゴニルだ!

 

 なんか某宇宙人みたいな名前だなぁ……。

 

 名前言いにくいからトカゲでいいよね?

 で、そのトカゲも討伐することに成功しました!

 

 皆さん拍手!

 

「って、ここには俺しか居ねぇよ!!」

 

 あとイルマとかいうNPCだけだよ!

 

 俺は素材変換スキルで、そのトカゲをアイテムに変えた。

 

 ちなみに、ゲットできたEXPは108000だった。

 

「あ、あのっ!」

 

 俺がそんな一人漫才を繰り広げていると、ビクビクと震えながらイルマちゃんが話しかけてきた。

 

(( ゜д゜)ハッ!

 そうだった!初めての原住民、しかも会話可能な相手が居るんだった!)

 

 あ〜!

 待ちに待った、あこがれの会話相手ぇ〜っ!

 

 俺はその呼びかけに対して、音速も超えるのかというほどの勢いで彼女に振り向き、目をキラキラと――もといギラギラと輝かせながら、縮地を使って彼女の真正面まで飛んでいった。

 

「何かなっ!

 イルマちゃんっ!」

 

「ヒィ……ッ!?」

 

 イルマはそんな様子のアリスに、思わず悲鳴を上げた。

 思わず後ずさるイルマ。

 

 ギラギラと輝く彼女の目は、完全にご馳走を目の前にした餓鬼だった。

 イルマが悲鳴を上げるのも無理はないのかもしれない。

 

「何でもいいよっ!

 思ったことを好きに言ってごらん!

 俺は今話し相手に飢えてるんだぁ……!」

 

「ち、近寄らないでください……っ!!」

 

「うん、わかった!

 近寄らないよ!……って、え?」

 

 今、なんて言った?

 ち、近寄らないで……?

 

 な、なんで?

 聞き間違いかなぁ……?

 

 もし聞き間違いじゃなかったら、俺泣くよ?

 ほんとに泣くよ……?

 

「んん〜……?」

 

 俺はそんな疑問を問い詰めるように、ハイライトの消えた目を大きく見開いて、小首を傾げた。

 

 擬音語で説明すれば、まさに“ギギギギギ……?”という感じだ。

 

「ヒィ……ッ!?」

 

 再び後ずさるイルマ。

 どうやらあの言葉は聞き間違いではなかったようだ。

 

 はらり、と俺の目から涙がこぼれ落ちた。



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十三話 話し相手確保ぉ――っ!

 どうも皆さん。

 原住民のイルマちゃんに怖がられてすごく凹んでいますアリスです。

 

 あの、友達ってどうやって作るんですかね?

 ある人は『友達は作るんじゃない。いつの間にか、気づいたらそうなっているものなんだ』とかって言いますけど、そんなの社交スキルチートの言うことだと思うんですよ。

 

 俺みたいな人との付き合い方がわからない人には、勢いに任せるしかないんです。

 

 ……ま、その勢いも萎えてしまえば意味ないですけど。

 

「フフッ……。

 俺なんてどうせ怖い人ですよ。

 いつもいつも、ちょっと話しかけただけでヤーさんと間違われる……」

 

 だからこそ、この美少女フェイスならそんなこともないだろうと思い切って話しかけたのに……。

 

 俺は、地面に落ちていた木の枝で足下を突つきながら、自嘲気味に笑った。

 

「あ、えっと……大丈夫ですか……?」

 

 そんな俺を見かねたのか。

 イルマは若干怯えながら、遠くからそう尋ねてきた。

 

「大丈夫じゃないさ……。

 主に、俺の心が……」

 

「お、“俺”……?」

 

 俺はポツリとそう答えると、盛大なため息をついた。

 

「えっと……すみません……。

 あの、その……た、助けていただいて……ッ!」

 

「ん?

 あー……いいよいいよ。

 別に大したことないし」

 

 リアルになってからの戦闘で、一番レベル差が狭かったからどうなるかとは思ったけど、結局はゲームと同じだったしな……。

 

「まったく、この世界は変なところがゲームのままだ……」

 

「げ、げーむ……?」

 

 俺の独り言に、怪訝な表情で返すイルマ。

 

(あー、そっか。

 この世界の人だもんな……)

 

 ゲームって言われても、そりゃわかんないわ。

 

 俺は、手を振って「気にするな」と答えておいた。

 

 なんてったって、説明がめんどくさいうえに、受け入れられない確率が大だからな……。

 

「……そういや、まだ飯食ってなかったな」

 

 数度の会話で、かなりの精神力を回復できた俺は、そういえば今まで忘れていた空腹感を思い出して立ち上がった。

 

 そして、その瞬間。

 間に合わせたかのように、その場から小さな腹の虫の鳴き声が廃村に木霊した。

 

 その鳴き声を、俺は聞き逃さなかった。

 

 刹那、俺の目が、漫画であればギラーンという効果音が付きそうな勢いでイルマの方を向いた。

 

「ヒッ!?」

 

 その目に何を思ったのか。

 彼女は反射的に短い悲鳴を上げて後ずさった。

 

 しかし俺には、ようやく見つけた話し相手を逃がす気は毛頭ない。

 

 俺は縮地スキルまで使って彼女の正面まで接近すると、イルマの両肩をガシッと掴んだ!

 

「ちょうどいい……。

 話し相手が欲しかったんだよ、お前も付き合え」

 

「ハッ、ハイぃ――ッ!」

 

 こうして、俺は話し相手を手に入れるのであった。

 

⚪⚫○●⚪⚫○●

 

 グツグツと音を立てる鍋を挟んだ、その向こう側。

 そこには、紫のかった藍色の髪をした美少女メイドが一人、鍋の様子をお玉でかき混ぜながらも眺めていた。

 

 彼女の名前はイルマ。

 さっき俺が助けた、この世界の原住民だ。

 

 ……え?

 そのメイド服はどうしたのかって?

 

 ふふん!

 よくぞ聞いてくれました!

 

 実は、最初彼女はとてもぼろぼろなローブ姿だったんだ。

 ところどころ破れたりほつれたり、いつついたのかわからない、古い血糊の跡や泥に塗れていたんだ。

 

 そのままじゃあまりにも不衛生だから、ということで、俺がゲーム時代に裁縫スキルをマックスにするために作っておいた、試作品のメイド服を彼女の体の大きさに合わせて仕立て直したんだ。

 

「あの……?」

 

 ……にしても、やっぱり俺ってセンスいいわぁ……。

 

 彼女の髪色が暗い感じだったから、それと対象的な明るいヘッドドレスやエプロンドレスにしてみたんだけど、これがよく映える!

 

 もちろん、イルマちゃん自身の素材の味を活かすために、多少彼女の色に近づけて色彩は直したけれど……。

 

「……うん、やっぱりいいわ。

 この着せ替え人形……」

 

「き、着せ替え人形……?」

 

 おっとしまった。

 心の声が漏れてしまってたか……。

 

「んーん、なんでもないよ。

 ……それより、イルマちゃん。料理上手だね?

 誰かに教えてもらったの?」

 

 俺は慌てて首を振って、先程の独り言を無かったことにすると、話題を目の前のお鍋に変えた。

 

 実はあの後朝食(といってもメニューを開いた頃には既に12時を迎えていた)の用意をしようといろいろ準備をしていたのだが、そこに彼女がやってきて、助けてくれたお礼としてご飯を作ってくれることになったのだ。

 

 それから、その格好だといろいろ不衛生だからということで、お風呂に浸からせて着替えさせたのだ。

 

 ……いや、誤解しないでくれたまえ諸君よ。

 別に俺は彼女の裸を見たわけではないぞ?

 

 《クラフト》とストレージ内にあった木材で五右衛門風呂作って、薬品作成スキルで手頃に作れる香油――ゲーム時代にはなかったレシピだが、昨日池で風呂に入ったときにたまたま検索かけたら見つかったんだ――とタオルを渡しただけだからな。

 

 ま、その後イルマちゃんがご飯の用意してくれている間に彼女の残り湯を存分にいただきましたけど。

 

 ……別にこれ、犯罪じゃないよね?

 

 ――それはともかく。

 

 俺がイルマちゃんに料理のことを尋ねると、彼女はゆっくりと首を振った。

 

「いえ……。

 自分で覚えたんです」

 

 少し間を開けて、彼女はそう答えた。

 

(……うん。

 これは何があるな。主にキークエストの進展の気配だ)

 

 長い間こういうゲームをやっていれば、だいたい分かるようになる。

 何か重要なクエストが進展する、もしくはそれに繋がるらしいという、あの独特の気配。

 

 彼女の言葉には、そんな気配がプンプンする。

 

 イルマがグツグツと鳴る鍋に、俺が山で抜いてきた芋の粉末を投入するのを見ながら、俺は彼女の話の続きを待った。

 

「私達ダンタリオン族は幼少期から主に、要人の影武者として育てられるんです」

 

 影武者……っていうとあれか。

 王様とかが戦争のときとかに、自分にそっくりな人を残して逃亡する時間稼ぎをするための生贄みたいなやつだっけ。

 

 ということは、多分彼女がここにいるのは、身代わりになるはずだった要人が死にでもしたのか……?

 それでなんやかんやあって逃げてきた……とか?

 

 俺はイルマのそのセリフから、そんな予想を立ててみた。

 が、しかし実際はそうではなかったようだ。

 

「でも、私には一族が使えるはずの《変装》スキルが無くて……。

 誰かが持ち込んだ、他種族のスパイと疑われて《最果ての森》に追放されたんです。

 私が料理を覚えたのは、ここでの経験からですよ」

 

 ……。

 

 よくわかんないけど……。

 ん〜、こういう時って、どうするのが正解なんだろ?

 

 彼女が今ここでそんな話をしてきたってことは、つまりアレだろ?

 その里の人たちを見返したいから協力して!……みたいな?

 

 ……冗談じゃない。

 いくら人恋しくて、話し相手がほしいからといえども、そんな面倒ごとは引き受けたくはない。

 

 だから俺は、ここでこんな重要な話し相手を失うとしても、これだけは聞いて置かなければならないと思った。

 その回答次第では、今後俺の身の振り方が変わってくるだろうから。

 

 俺ははぁ、とため息をつくと、彼女の目を見て、一つだけ質問した。

 

「……それで、イルマちゃんはこれからどうしたいのかな?」

 

 行く宛がないと言うなら俺が拾ってあげてもいい。

 何せ料理ができるというのは貴重だからな。

 

 だけど、彼女の成り上がりに協力するのはゴメンだ。

 

 そういう意図を孕んだ質問に、イルマは直感で気がついた。

 しかし、もしそんな意図がなかったとしても、彼女の心はアリスに助けられた頃から一つに決まっていた。

 

「……仙人様に助けていただいた命です。

 私は、仙人様についていきたいと思っています……!」

 

 仙人様……か。

 まぁ確かにジョブは仙術師になってるけどさ……。

 

「それなら良かった!

 俺、実は料理が得意じゃなくてさ〜」

 

 俺がそう答えると、イルマはパァァと顔を輝かせた。

 

「ありがとうございます、仙人様!」

 

 こうして、俺の異世界生活にイルマという話し相手兼メイドが追加されるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ちなみに、イルマちゃんの料理はすごく不味かった。

 

 これから料理は俺が作ることにしよう……。

 

 そう、固く心に決めるアリスだった。



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十四話 言い訳って難しいです。

 ハーイ!

 皆元気してるぅ〜?

 

 ……。

 

 どうも。

 やっとのことで現地住民と接触できたうえ、メイドにまでなってくれた美少女、イルマちゃんを仲間に加えることができてちょっとテンション上がってるアリスです。

 

 なんかでっかいトカゲに襲われていたところを助けてやったら、お礼にご飯を作ってくれたんですが、超不味かったので、これからのお食事は全部自分でやっていかねばと戦慄しています。

 

 ……まったく、メイドなのに料理ができないだなんて。

 リアルメイドってほんと、便利なのか不便なのか……。

 

 ……あ、別に彼女はメイドになる訓練してないんだから、それは当然なのか。

 

 だったら、これから色々教えてやらないとな!

 例えば夜の運d(ry――もとい、ベッドメイキングとかな!

 

 野営にベッドメイキングは大切だ。

 昨日でこそ気絶という形でそのまま寝てしまったが、流石に朝起きたらちょっと背中とか頭が痛かった。

 

「う〜ん……。

 人のいるところまで行こうかって考えてたけど、イルマちゃんが居るし、もうどこかで定住しちゃおうかな……」

 

 たぶん、そっちのが楽で楽しいだろうな。

 

 けど、とするとずっと二人暮しとなるわけだが……それもちょっと寂しいし……。

 

 と、そんなことを考えながら森の中をずんずん進んでいると、前方にデカイトカゲ人間みたいな魔物を発見した。

 

 こいつはゲームに出てきてたから知ってる。

 ハイ・リザードマンだ。

 

「お、お嬢様……!」

 

 イルマちゃんもあれを発見したのか、小さな悲鳴じみた声を上げた。

 

「わかってる」

 

 ちなみに、イルマの俺に対する呼び方が仙人様からお嬢様に変わったのは、俺が『仙人様は恥ずかしいからやめてくれ』と頼んだ結果の妥協である。

 

 俺は鑑定スキルを使って、ハイ・リザードマンのステータスを調べる。

 

⚪⚫○●⚪⚫○●

 

ハイ・リザードマン

レベル 66

 

⚪⚫○●⚪⚫○●

 

 んー、何か進むたびにモンスターのレベルが上がってるなぁ……。

 もしかして俺、抜けるどころか更に奥に進んでるんじゃないのかね、これ?

 

 俺はそんな苦笑いを浮かべると、《アンスール・ロッド》を構えて、魔法を放った。

 

「《ソーン・バインド》」

 

 すると、どこからともなく太いイバラが現れて、ハイ・リザードマンの一体を縛り上げた。

 

 ついでに魔力操作を使って魔法の強化も行っておく。

 

 これは今朝、『そういえば魔法を使ってるときって、魔力の流れはどうなってるんだろう?』という疑問を解消するため、魔力感知を発動しながら《ソーン・バインド》の魔法を使ったときに発見した方法だ。

 

 そしてどうやらこの魔力操作。

 使用中の魔法に使われている魔力量を増やしたり減らしたりといった調整もできるみたいなんだ。

 

 魔法を発動するときに、ちょっと魔力操作で魔法に使う魔力を多めに流し込んでやると、魔法の持続時間や効果が上がったように見えたんだ。

 

「シャーッ!」

 

 突然の事態に驚いたのか、ハイ・リザードマンが暴れ喚く。

 俺はそれを脇に、イルマに《クラフト》で作った長剣を与えた。

 

「これは……?」

 

 不思議そうに、渡された長剣を抱えながらイルマが尋ねた。

 

「イルマちゃんにも倒してもらおうと思ってね。

 まあ、ちょっとした実験だよ」

 

「は、はぁ……?」

 

 どこか納得していないような、怪訝な表情でとりあえずの了解を示すイルマ。

 

 ……え?

 何の実験かって?

 

 あー、いやね?

 終末世界オンラインには、NPCとパーティを組んでモンスターを倒すっていうクエストがあったんだけど、実はこのゲーム。パーティメンバーのNPCのステータスが弄れない設定だったんだ。

 

 だから、パーティメンバーが魔物を倒したとしても、経験値も何もかもが全部プレイヤーの手柄になってたんだけど……。

 

 この世界が現実になった今、そこら辺どうなってるのかなって。

 それを確かめるための実験なのさ。

 

 俺はこっそりと、彼女に召喚魔法の一つ《STR強化》をかけた。

 召喚魔法は実は、付与魔法も使える設定なのだ。

 

 これは俺がWEO(終末世界オンライン)の世界大会で二年前に優勝したときの景品である召喚魔法を改造して付け加えた設定だったりする。

 

 魔法ツクールにはそういう便利な機能もついているのだ。

 

 それはともかくとして。

 

 イルマちゃんは長剣を両手に持つと、その切っ先をハイ・リザードマンへと向け、恐る恐る近づいていった。

 

 ハイ・リザードマンが使ってくる攻撃パターンは、立体起動を用いた近接格闘としっぽの攻撃が主だ。

 俺の《ソーン・バインド》はヤツのしっぽも押さえつけているので、その心配はない。

 

 心配するとすれば、他に仲間がいるかどうかだが……。

 

(周囲にはこの個体一匹だけみたいだし、大丈夫だろ)

 

 少なくとも、索敵スキルの範囲内には目立った外敵はいない。

 

 イルマはゴクリと生唾を飲み込むと、勢いをつけてハイ・リザードマンの心臓を貫いた。

 

「えいっ!」

 

「シャーッ!?」

 

 青い血液が、傷口とリザードマンの口から溢れ出す。

 

(うわ、グロ……)

 

 下手すれば《ウィンドカット》で首チョンパよりグロいんじゃないのか……?

 

 イルマは滑る柄をグリグリとひねりながら、何とか長剣をリザードマンから引き抜いた。

 

 長剣が傷口で捻られる度、どぴゅどぴゅっと青い血液が傷口から噴射するのが、なんだか見ていて痛い。

 魔物に同情するわけじゃないが、弱兵のノコギリって諺もある。

 技術があって上手い兵士の方が、殺される苦しみは一瞬だが、技術のない兵士による攻撃は、痛みが長く続くので辛いということから、無能は他人に迷惑をかけるという意味で使われる言葉だ。

 この場合は、言葉通りの意味になっちゃうけど。

 

 イルマは長剣を両腕に抱えながらこちらへと戻ってきた。

 念のために鑑定スキルで確認してみれば、ちゃんと倒したみたいだな。

 

「うん、よくやった」

 

「ありがとうございます、お嬢様」

 

 ……やっぱり、なんか慣れないな……この呼び方。

 

 俺は苦笑いを浮かべると、ハイ・リザードマンの死体に素材変換スキルを行使した。

 

⚪⚫○●⚪⚫○●

 

 討伐報酬

  アリス→EXP 66

  イルマ→EXP 660

 ドロップ

  ハイ・リザードマンの革鎧 ×1

  ハイ・リザードマンの鱗 ×5

  トカゲ肉 ×2

 

⚪⚫○●⚪⚫○●

 

 うん、どうやらパーティメンバーにも経験値は行き渡るようだ。

 ということは、ここはゲームとは仕様がちょっと違うみたいだな……。

 

 俺はウィンドウを閉じると、先程から俺のことをジッと見つめているイルマに視線を向けた。

 

「どうかしたの?」

 

「いえ、先程からお嬢様は何をしていらっしゃるのかな……と。

 あ、いえ!別にお答えになりたくないなら別にいいんですけど……」

 

 イルマは、目をキョロキョロさせたり、手をわたわたと慌ただしげに意味不明なジェスチャーをしたりしながらそう言った。

 

 俺は、そんな彼女の様子を不思議に思いながら、何のことを言っているんだ?と一瞬だけ考える。

 そして、俺は一つの結論にたどり着いた。

 

「もしかして、イルマちゃん。

 このウィンドウが見えてないの……?」

 

「うぃん……どう……?」

 

 顎先に人差し指を当て、小首を傾げるイルマちゃん。

 

 うおおっ!?

 リザードマンの返り血を浴びていいるからちょっとホラーだけど、それがなければ超かわいい……!!

 

 これは、もしこの世界がゲームのままだったら、もしかしたら彼女の美少女性も合わせてフィギュア化しているかも……!!

 

 ――と、俺がそんな彼女の可愛すぎる仕草に内心で悶えていると、イルマが不思議そうな表情をして、下から目線で尋ねてきた。

 

「お嬢様……?」

 

「あー……いや、えっとだな……」

 

 な、なんて言い訳をすれば……あ!そうだ!

 宗教上の理由、みたいな感じで言えば、なんとか誤魔化せるかも!

 

 俺は心の中で相槌を打つと、苦笑いを湛えながら誤魔化し文句を口にした。

 

「これはだな。

 奪ってしまった命に対してのお詫びとお礼……みたいなものかな?」

 

 実際は経験値とアイテムの回収をしてるだけなんだけどね!

 

 俺がそう答えると、イルマちゃんはなるほど……と呟いて、それきり追及はしてこなかった。

 

(ほっ……。

 物分りのいい子で助かった……)

 

 次からは色々と用心しないといけないな。

 メニューの操作とか確認は……魔法の一種ってことにして……あ。

 

(そうだ……!

 アレも魔法の一つってことにしてしておけば問題なかったんだ……!)

 

 なんて!

 なんてめんどくさいことをしてしまったんだ俺はぁッ!

 

 はぁ……。

 もういいや、次からは全部魔法ですって言い訳しておこ。

 多分そのほうが絶対都合がいいし。

 

 俺はそう考えると、苦笑の抜けない表情のまま今晩泊まることのできそうなポイントを探すために足を動かすのだった。



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十五話 衝撃的な事実を知りました。

 どうもアリスです。

 新しく仲間に加わることになったイルマちゃんを連れて、現在新しいキャンプ場の設営中です。

 といっても、設営するのは俺じゃなくてリビング・メイルたちなんだけどね。

 

(そろそろ敵のレベルも高くなってきたし、先に進むのはもうちょっとレベル上げてからにしようかな……)

 

 現在の進行率は約2%だ。

 マップを見る限り結構な範囲を探索してきたと思ったのだが、どうやらこの《最果ての森》というマップはとてつもなく広大らしい。

 

(2日かけて2%って……。

 どれだけ広いんだよ、ここ……)

 

 俺は苦笑いを浮かべると、マップを閉じてイルマちゃんの様子を、索敵スキルModの気配探知で探ってみる。

 

 彼女は現在、焚き火に使う薪を集めているところだ。

 護衛のために召喚獣として《アチャラ・ナータ》をつけているので、フィールドボスクラスの魔物にさえ遭遇しなければ大丈夫だろう。

 

「うん、ちゃんと護衛できてる」

 

 俺は気配探知で、アチャラ・ナータがちゃんとイルマちゃんを守っているのを確認すると、ニヤリと口元を歪めた。

 

 中には索敵スキルを掻い潜ってやってくる魔物もいるのだが、どうやら問題ないようだな。

 さすが、召喚魔法スキルレベル10で獲得できる召喚獣なだけあって心強い。

 

「んじゃ、今のうちにMP回復ポーションでも作っておくか」

 

 俺はそう言うと、《クラフト》で作った鉄のイスに、裁縫スキルでパパッと作ったクッションを敷いて座り、ポーションの作成に取り掛かった。

 

「お嬢様、ただ今戻りました」

 

「うん、おかえり」

 

 一通りポーションの作成が終わった頃、両腕に大量の枝を抱えたイルマちゃんが帰ってきた。

 背後にはアチャラ・ナータが控えている。

 

 俺はアチャラ・ナータに、召喚魔法の《帰還命令》を発動する。

 

「アチャラ・ナータ、さがれ」

 

 スッ、と青い燐光が渦のように巻いて、またたく間に視界から消え去っていく。

 

 イルマは、そんな俺の様子にポカンと口を開けて見ていた。

 

 この魔法は元々このゲームに設定されてなかったものだからな。

 

(ふふっ。

 驚いてる驚いてる)

 

 俺はそんな笑みを浮かべると、彼女の腕から薪を預かった。

 

⚪⚫○●⚪⚫○●

 

「お嬢様は、一体何者なんですか?

 あんな、まだ子供だったとはいえドラゴンを一人で倒してしまいましたし……。

 そんな種族、聞いたこともありません」

 

 夕食の準備をしている頃。

 ふと、手持ち無沙汰になっていたイルマが、俺の用意したソファに腰を落ち着かせながら尋ねてきた。

 

 種族……。

 種族かぁ……。

 

 そういえば、ステータス画面の称号のところに、人類の末裔って書いてあったなぁ。

 あのときは何かの冗談かなって思ってたけど。

 

(……これは、詳しく聞く必要があるかな)

 

 もしかしたら、この世界には人間がいないのかもしれない。

 イルマちゃんだって、ダンタリオン族って言ってたし。

 

「ただの人間だよ。

 君はダンタリオン族とかって言ってたけど、その種族ってのは何なの?」

 

 最初は部族の名前かなんかって思ってたけど……。

 彼女の口から種族という言葉が出てきたってことは、ダンタリオン族ってのはつまり、部族の名前ではなく、人間とかエルフとか、そういった類を意味する“種族”の名前なんだろう。

 

(……ということは、もしかしたらイルマちゃんは人間じゃないのかな?)

 

 いや、確かにちょっと耳が尖ってるけど……。

 長くはないから、エルフってことはないよね。ダンタリオンって言ってたし。

 

「に、人間……!?

 人間って、大昔の戦争で絶滅したって聞いてましたけど……」

 

「……は?」

 

 え、今なんて言ったのこの娘?

 全滅?

 人類が?人間が、全滅した?

 それも大昔に……?

 

「それって、本当?」

 

 俺は、震えそうな声で恐る恐る尋ねた。

 

 いや、だって……。ねえ?

 

 人間がこの世にいないなんて、そんな異世界モノ見たことないし……。

 だって、たいてい人類って魔族との戦争で勝利するじゃん?

 勇者現れて、魔王討伐するのがセオリー(?)じゃん?

 

 なのに、人類が全滅?

 

 もしかして勇者負けたの?

 

「はい。たしかそう聞きました」

 

 その言葉を聞いて、俺はとあることを思い出した。

 

 終末世界オンラインは、いわゆる王道ファンタジー物のRPGだ。

 主人公は勇者となって、魔王を倒しに行くのが、このゲームのプロットだ。

 

 ……だが、この世界には人類はいない。

 つまり、これは魔族との戦争に負けた場合の未来というわけだ。

 

 魔族との戦争に負けたということはつまり、勇者が魔王に殺されたというわけで……。

 

(もしかして、俺がサブキャラの姿だったのは、メインキャラが魔王に負けて死んだからか!?)

 

「おおぅ……。

 何ということだよ……ほんと……」

 

 人類の末裔ってあの称号は、そういうことだったのか……。

 

 俺はがっくりと肩を落とすと、グツグツと煮えたぎる鍋に現実逃避するのだった。



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十六話 いろいろゲームと仕様が変わってるんですね。

 どうも。

 最近、人類が大昔に全滅していたことに動揺を隠せていない銀髪美少女アリスちゃんです。

 

 ……いえ、別にカマになったつもりはないけど、一人称に“俺”って使う度にイルマちゃんが『何言ってんのこの人……?』みたいな不審な目で見てくるんでちょっと練習しようかな……なんて。

 

 ……え、変えなくてもいい?

 ありのままの自分で居ろ?

 

 ……何ですか、その十数年前のディ●ニー映画みたいなフォロー。

 言われなくてもそうしますよ、まったく。

 

「はぁ……」

 

 俺はため息をつくと、目の前に転がる肉をストレージに放り込んでいった。

 

 このお肉は、俺が放った召喚獣《ハンター》に狩らせてきたものだ。

 

 ハンターは召喚魔法スキルレベル8で獲得できる召喚獣で、ゲーム時代ではいわゆる放置ゲー用に使用されていたものだ。

 この召喚獣は、指定したアイテムが一定数量集まるまでは帰ってこない。

 そのため、素材収集だけを目的にするなら、ハンターが適任なのだ。

 

 そういうわけでハンターを放って食糧を確保してきてもらったわけだ。

 

 現在、異世界生活は4日目に突入している。

 

 森の中での生活もかなり慣れてきた頃合いだし、そろそろ定住できそうな場所はないものかと現在は探索中だ。

 

 ちなみに進行率は3%ほど。

 

 森の奥へ進むに連れて魔物が強力になってきたため、レベリングをしながら進む羽目になり、踏破速度が落ちているのだ。

 

「ふぅ……」

 

 俺はすべての肉をストレージに片付けると、近くの木の根に腰を下ろした。

 

「お嬢様、お茶が入りました」

 

「うん、ありがとイルマちゃん」

 

 俺は彼女からカップを受け取ると、なんの躊躇いもなく一口啜る。

 

「……どう、ですか?」

 

「うん、美味しい」

 

(寝ている間に給仕スキルを習得させておいてよかった……!)

 

 俺はカップの中身を飲み干すと、彼女の持つ鉄トレイにカップを戻した。

 

 ……え?

 給仕スキルってどういうことかって?

 

 あ〜、それはだね。

 俺一人で毎日ご飯作るのもめんどくさいし、実験も兼ねて彼女のステータスが弄れるか試してみたんだ――。

 

⚪⚫○●⚪⚫○●

 

 それは、2日目の夜の話。

 たまたまトイレに行きたくなって夜中に目が覚めてみると、隣には可愛らしい寝息を立てる美少女の姿があった。

 

 こんなかわいい娘とこれからずっと一緒にいられるなんてな……。

 

(ゲーム時代じゃ考えられなかったよ)

 

 俺は小さく微笑むと、細い髪のかかった頬を撫でて、今日の昼間のことを思い出していた。

 

「あのご飯。

 彼女なりの誠意とは分かっているんだけど、不味かったんだよな……アレ」

 

 おそらく今後も、私がご飯作ります!とか言ってスープなり何なり作ってくれようとするんだろうけど……。

 

 はてさて、どうやって断ればいい……?

 

 さしものあの激不味ポーション99本を飲み干した俺でさえ、あの飯は毎日食べたくは無いほどのクオリティなのだ。

 

「何かいい策はないものか……」

 

 俺はそう呟くと、そろそろ膀胱が限界になってきたので、外の茂みへと小走りに駆けていった。

 

「ふぅ……」

 

 用を足し終えた俺は、魔力操作で威力を下げた《ウォーターキャノン》でアソコを洗って手ぬぐいで拭く。

 

「まだ慣れないな……この体」

 

 そう言いながら装備画面を開くためにメニューを操作していると、俺はメニューの中に見知らぬ項目が追加されていることに気がついた。

 

「フレンドステータス……?」

 

 何、それ?

 

 気になった俺は、試しにその項目をタップしてみた。

 するとそこには、大量の空欄と、イルマの文字があった。

 

「これって……もしかして、仲間になった人のステータスを弄れるってことか?」

 

 好奇心を抑えきれなかった俺は、迷わずそのボタンをタップした。

 

⚪⚫○●⚪⚫○●

 

イルマ

称号:人間の従者

   ハーフ・ダンタリオン

 

レベル 43/100

HP430 MP430

 

JOB メイド

レベル 1/100

 

STR 43 AGI 43 VIT 43 INT 43

 

スキル

 給仕 1/10 闇魔法 1/10 誘惑 1/10 危機察知 1/10

 

⚪⚫○●⚪⚫○●

 

 ジョブは……メイド?

 そんな職業、ゲームのときには無かったぞ?

 

 それに、この給仕とかいうスキルも初めて見る。

 

 俺はそのスキルをタップして、詳細を確認した。

 どうやら給仕スキルとは、食料品を加工するスキルらしい。

 

「これだ……!」

 

 なんというグッドタイミング!

 これさえあれば、もう二度と飯づくりをせがまれても断らなくて済む!

 

 俺はニヤリと笑うと、イルマのスキルポイントの残量を確認した。

 スキルレベルがどれも1で留まっていること、ウィンドウの存在を知らなかったことから予想してはいたが、やはり彼女の持っているスキルポイントは手付かずのようだった。

 

「本人に相談もなしにスキルをいじるのは少し抵抗あるけど……」

 

 それでも!

 もう二度とあんなまずい飯を食って『うん、美味しい!』なんて心苦しい嘘をつく必要がなくなるんだ!

 

 俺は、そう自分に言い聞かせると、問答無用とばかりに給仕スキルのスキルレベルを10まで向上させておいた。

 

 翌朝、案の定イルマちゃんが朝食を作りたいと言ってきたので作らせてみたら、頬が落ちるほど美味しくなっていた。

 

「あの、お嬢様。

 私、こんなに美味しいの初めて作れました!」

 

 イルマは目を輝かせながら、全身でその喜びを表現していた。

 

「そ、そうか……?

 昨日のも、ちゃんと美味しかった……よ?」

 

 これは、ちょっとやりすぎたかな……?

 彼女のキラキラした目がいちいち罪悪感を刺激してちょっと心が痛い……。

 

 俺がそう返してやると、彼女は少し照れたように言いながら反論した。

 

「そ、そんなことないですよ!

 だって昨日みたいにスープがネバネバしませんし、味もしっかり統一されてますから!」

 

 ……まあ、確かに昨日のあのスープはやばかった。

 どうやばかったかって言うと、納豆のネバネバの中に甘ったるいいちごジャムをかき混ぜてスープにしたみたいな感じだったからな……。

 

(俺、よくあれで吐かなかったな……)

 

 あれは何か?

 苦行を乗り越えた勇者(笑)の称号の付加効果なのか……?

 

 俺はそんな苦笑いを浮かべながら、頬がとろけるほど美味しくなったスープを口に運んだ。

 

「きっと、日々の努力の成果が一気に出たんだよ。

 うん、よくあることさ」

 

(ないけどね!)

 

 まぁ、結果オーライだし、この罪悪感も時間が経てば忘れられるだろう。

 

 俺はそう自分に言い聞かせると、にへらと笑った美少女の頭をドサクサに紛れて撫でるのだった。

 

⚪⚫○●⚪⚫○●

 

 ――ということがあったわけだ。

 

 俺はカップを下げに、建てた小屋の中へ戻っていくイルマちゃんの後ろ姿を見つめながら、現在の彼女のステータス情報を確認した。

 

⚪⚫○●⚪⚫○●

 

イルマ

称号:人間の従者

   ハーフ・ダンタリオン

 

レベル 45/100

HP430 MP430

 

JOB メイド

レベル 2/100

 

STR 45 AGI 45 VIT 45 INT 45

 

スキル

 給仕 10/10 使用人 1/10 闇魔法 1/10 誘惑 1/10 危機察知 1/10

 

⚪⚫○●⚪⚫○●

 

 お、メイドレベルが上がって、新しいスキルが増えてる。

 使用人スキルか……。

 

 やっぱり、ゲームだと見たことがないスキルだ。

 

 どれどれ詳細は……っと。

 

 ふむふむ、なるほどなるほど。

 使用人スキルっていうのは、家事が上手くなるスキルってことかな。

 

 説明によれば家事だけじゃなくて接客とかもこなすみたいだけど……。

 

(これも、勝手にスキルレベルマックスにしたら、違和感半端ないんだろうな……)

 

 俺は2日前のことを思い返しながら、ウィンドウを閉じた。

 

 それにしても、ステータスレベルの上昇が思ったより早いな……。

 自分より高レベルなモンスターを率先して狩らせてるからだろうけど、それにしても経験値が貯まるのが早すぎる。

 

 取得経験値だって、俺の10倍くらいあった。

 レベル差によるボーナスなのかどうかは知らんが……それはそのうちわかるだろう。

 

 俺は木の根から立ち上がると、さてと今日の分の狩りに出向くことにした。



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十七話 クッキーおいしかった。

 どうも。

 最近イルマちゃんのご飯が美味しすぎて太らないか心配のアリスです。

 

 二人ともちゃんと毎日運動しているので、とりあえず今のところそうなる様子はなさそうたけど、のちのち定住を考えている身としては、ちょっとした悩みになってたりなってなかったり。

 

 さて、異世界生活も一週間が経ちました。

 まだ俺のレベルは85から変動してないけど、毎日の魔力操作と魔力感知の訓練のおかげで、2つともスキルレベルが5まで上がり、イルマちゃんのステータスレベルも45から50まで上がりました。

 

 ほんと、この娘は成長早いよね……。

 いつか俺のレベルを越されないか、ちょっと心配になってきました。

 

 そういえば、俺の召喚獣のリビング・メイルの建築技術がレベルアップしてきたんだよね。

 試しにリビング・メイルのパラメータを確認して何かスキルでも増えてるのかなと確認してみると、なんと建築スキルを獲得していました。

 

(またゲームとは違う仕様が導入されてる……)

 

 この世界でのスキルの仕組みが少し気になってきた……。

 

 まあ、そんなこんなで、俺たち二人は今日も元気にやっています。

 

「……だから、俺は誰に話しかけてるんだよコレ?」

 

 俺はリビングのソファに寝転びながら、ポツリと呟いた。

 

「どうかなさいましたか、お嬢様?」

 

「んーん、何でもないよ」

 

 俺はイルマにそう返すと、彼女の持ってきたお菓子に目を向けた。

 彼女の持ってきたトレイの上に乗っているそれは、なにかのクッキーのように見えた。

 

「……それ、どうしたの?」

 

「クッキーです。

 昨日、ロー・コカトリスを討伐したときに落としたタマゴを使ってみました」

 

「へぇ……」

 

 俺は感嘆の息を漏らすと、トレイからクッキーを一枚取って、口に入れてみた。

 

「はむ……。

 ……これは……!!」

 

 美味い!

 超、美味!

 

 口に入れた瞬間、ほろりと崩れ、ふわりと果実の香りが口全体に広がっていく……!

 

「どうですか、お嬢様?」

 

「美味しい!」

 

「それは良かったです」

 

 感想を催促するイルマちゃんに、俺は即答して、もう一枚クッキーを口に入れた。

 

(ああ……!

 幸せ〜……!)

 

 俺は思わず頬をほころばせると、ふと、とある疑問が浮かび上がってきた。

 

「……ごくん。

 ところでイルマちゃん。食材はどこから持ってきたの?」

 

 俺はクッキーを飲み込むと、幸せな表情のまま彼女に尋ねた。

 

 食材はすべて、保存性の問題があるため、すべて俺のストレージ内で管理しているのだ。

 彼女が使ったおやつの材料もその例外ではない。

 

 とすると、彼女はどこから食材を持ってきたのだろうか?

 

 俺がそのことについて尋ねると、イルマちゃんは笑顔でこう答えた。

 

「実は、私。新しい魔法を習得しまして。

 その中に材料を保管していたのです」

 

「……新しい魔法?」

 

 俺は怪訝な表情をして、首を傾げた。

 

 たしかイルマちゃんの使える魔法は闇魔法のみだった気がするんだが。

 闇魔法に、そんなアイテムを保存できるような魔法なんてあったっけ……?

 

 すると彼女は、ふふっと笑みを浮かべて、なにやら手を虚空へと突き出し始めた。

 

「《インベントリ》」

 

 すると、次の瞬間。

 彼女の腕が、虚空へと呑まれて消えてしまった。

 

「!?」

 

 それはまるで、俺がアイテムストレージから物品を取り出すときの様子に酷似しているのだ。

 

「えへへ……。

 驚きましたか、お嬢様?」

 

 イルマは嬉しそうに笑いながら、俺の様子を窺った。

 

(何ということだ……。

 こんな魔法、ゲーム時代には無かったぞ……?)

 

 もしかして、時代が進んで新しい魔法が開発されたとか?

 それとも、そもそもこの世界は終末世界オンラインではないとか……?

 

(……いや、後者はありえないな。

 俺の姿やイルマの話から、この世界がWEOの中で、勇者が死んだ場合の未来だという仮説の精度はかなり高い)

 

 それに、ロー・コカトリスやハイ・リザードマンといった魔物は、WEOにいた魔物とビジュアルデザインが一致している。

 他にもいろいろ、ゲーム時代からいる魔物も見かけたし、間違いない。

 

 他に考えられるとするなら、他のゲームの世界が混ざった――くらいだろうか?

 

(でも、こればっかりは確かめようがないしな……)

 

「……お嬢様?

 どうなさいました?」

 

 急に黙り込んでしまった俺を心配してくれたのか。

 イルマが俺の目の前にクッキーを吊り下げて話しかけてきた。

 

「……ぱく」

 

 仕方ないので俺はそのクッキーを彼女の指ごと咥えると、してやったりという顔をして彼女の顔を下から見上げてやった。

 

「……うぇ」

 

 するとイルマは、どこか不快気な表情をして、一歩後退ってしまった。

 

「……あの、お嬢様。

 すみませんが、それだけは勘弁してください……」

 

 ……どうやら、少し引かれてしまったらしい。

 

「……」

 

 イルマは俺の口から引き抜いた指を、近くに置いてあったティッシュで拭い去ると、さらに俺から離れていった。

 

「……なんか、ごめん」

 

 その日一日は、当然のように彼女から距離を置かれる俺であった。



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十八話 廃神社より。

「《ピアシングフリーズ》!!」

 

「ピァァー!」

 

 虚空から現れた氷柱が、空を逃げ惑う“空飛ぶニワトリ”を追いかける。

 ニワトリは木々の枝を器用に駆使して、木の幹や枝を盾に、その氷柱を回避する。

 

「イルマちゃん!」

 

 俺はニワトリを《ピアシングフリーズ》で追い込みながら、イルマに合図を出した。

 

「《シャドーバレット》!!」

 

 イルマは瞬時に俺の合図に反応すると、闇魔法の《シャドーバレット》で、ニワトリの死角から攻撃を浴びせる。

 

「ピァァー!」

 

 《シャドーバレット》は、一回の発動で複数の弾丸を放つことができる、《ウィンドカット》に並ぶ初心者お助け用の魔法だ。

 しかしそのニワトリは、魔法の気配を察知したのか、くるりと振り返り様に灰色のブレスを放つ。

 

 ロー・コカトリスの固有魔法、《石化ブレス》だ。

 

 木の影から放たれた、完全に死角からの攻撃をそのブレスで無力化したロー・コカトリスは、そのままブレスを吐き出しながら、イルマの方へと首をひねらせた。

 

「イルマちゃん!」

 

 俺はその動作をいち早く察すると、縮地スキルを使って彼女とコカトリスの間に割り込み、結界術を発動した。

 

「《エオロー・シェル》!」

 

 次の瞬間、黄色い光の膜が二人を包み込んで、《石化ブレス》を弾き返した。

 

「ピァァー!?」

 

 運動のベクトルが逆転した《石化ブレス》に驚いたのか、ロー・コカトリスは一瞬硬直すると、ホバリングをやめて急速に地面へと落下した。

 しかしその一瞬のせいで、ロー・コカトリスの尾羽の一部が石化する。

 

「よし、飛べなくなった!

 イルマちゃん、一気に仕掛けるよ!」

 

「はい、お嬢様!」

 

 俺は地面へと落下したニワトリに大出力の《ウィンドカット》を放った。

 同時にイルマも《シャドーバレット》を発動させる。

 

 ――スドドドドドド!

 

「ピァァー!?」

 

 大量の黒い弾丸と大出力の風刃が、飛べないニワトリに襲いかかり土煙を上げる。

 衝撃で地面が揺れて、上の方で石化していた木々が落下してきた。

 

 俺はすかさず《エオロー・シェル》を展開すると、上空から落ちてくる礫岩を弾き飛ばして土煙が収まるのを待つ。

 

 ……え?

 なぜ気配探知や魔力感知でニワトリの様子を確かめないかだって?

 

 実は俺が今張っているこの《エオロー・シェル》という結界術は、ほとんどの攻撃を跳ね返してくれる代わりに、設定の都合上内側からの魔法やスキルも全部跳ね返してしまうんだ。

 

 だから、もしこの中で気配探知などを使っても、外の様子を確認することはできない。

 

(……今思いついたけど、この魔法攻撃に転用できないかな?)

 

 いつか試してみよう。

 

 俺はそう心に書き留めると、そろそろ煙の晴れてきた外界に意識を向けた。

 

「ピァァー!」

 

 すると、次の瞬間。

 煙の向こうから赤い光線が走ってくるのが見えた。

 

「ヤバイッ!」

 

 俺は直感的にそう判断すると、結界を解いて、イルマを抱えながら縮地を使ってその場を離脱した。

 

「きゃっ!?」

 

 慣性の法則に従って、イルマの体が大きく揺れる。

 

 ……もしイルマちゃんが巨乳だったら、このとき彼女の胸は盛大に踊っていたんだろうな。

 危ない危ない……。

 

 俺は頭を振ると、気配探知でロー・コカトリスの様子を確認した。

 

「お嬢様、大丈夫ですか?」

 

「うん、問題ないよイルマちゃん。

 心配してくれてありがと」

 

 俺は、不安そうな顔で尋ねてくる彼女に、笑顔を以てそう返した。

 

(……どうやら、さっきのは死力を尽くした最後の足掻きってやつだったみたいだね)

 

 俺は、気配探知、魔力感知の双方を使って、あの空飛ぶニワトリが絶命していることを確認すると、ほっと胸をなでおろした。

 

「それにしても、このコカトリス。

 お嬢様の魔法がほとんど当たりませんでしたね……」

 

 俺がイルマちゃんに、コカトリスが死んでいることを告げると、彼女も同じように胸をなでおろしながら言った。

 

「コカトリスは魔法の察知能力が高いからねぇ」

 

 ロー・コカトリスの死骸に素材変換スキルを発動しながら、俺は彼女に同意する。

 

 異世界生活も三週間目に突入した今日。

 俺達はレベル80台の魔物が出没するエリアを探索していた。

 

 モンスターとのレベル差もかなり縮まってきたおかげか、俺が獲得する経験値量も増え、レベルも2つほど上がってきた。

 イルマも、高レベルのモンスター退治で急速にステータスを伸ばしつつあるようだ。

 

 ちなみに、これが現在の俺達のステータスだ。

 

⚪⚫○●⚪⚫○●

 

アリス

称号:自然に生きる者

   苦行を乗り越えた勇者

   追放された者

   人類の末裔

   賢者

 

レベル 87/100

HP1000 MP199875/210000

 

JOB 仙術師

レベル 312/100

 

STR 85 AGI 100 VIT 60 INT 8600

 

スキル

 経験値向上 10/10 命中補正 5/5 威圧 5/5 索敵 10/10 豪腕 3/10 俊足 10/10 縮地 10/10 自動回復 4/10 魔力向上 25/35 火魔法 10/10 上位火魔法 5/5 究極火魔法 5/5 水魔法 10/10 上位水魔法 5/5 究極水魔法 5/5 風魔法 10/10 上位風魔法 5/5 究極風魔法 5/5 土魔法 10/10 上位土魔法 5/5 究極土魔法 5/5 光魔法 10/10 上位光魔法 5/5 闇魔法 10/10 上位闇魔法 5/5 空間魔法 10/10 治癒魔法 10/10 祓魔術 10/10 結界術 10/10 死霊術 10/10 召喚魔法 10/10 武器作成 10/10 防具作成 6/10 裁縫 10/10 薬品作成 10/10 魔力操作 6/10 魔力感知 7/10 家具作成 5/10 素材変換 10/10 鑑定 10/10

 

⚪⚫○●⚪⚫○●

 

イルマ

称号:人間の従者

   ハーフ・ダンタリオン

 

レベル 58/100

HP520 MP720/800

 

JOB メイド

レベル 56/100

 

STR 52 AGI 52 VIT 52 INT 80

 

スキル

 給仕 10/10 使用人 6/10 闇魔法 10/10 上位闇魔法 2/5 誘惑 1/10 危機察知 5/10

 

⚪⚫○●⚪⚫○●

 

 俺はロー・コカトリスの素材を回収すると、上位土魔法の《アース・クラフト》を用いて地面を平均して、外用の椅子と机を用意した。

 

「少し休憩しよっか、イルマちゃん」

 

 俺はちらりと、少し怠そうな表情を隠しているイルマちゃんに声をかけると、席につくように促した。

 

「……はい、ありがとうございます、お嬢様」

 

 イルマはそう言うと、少し申し訳なさそうな顔をして席についた。

 

 そんな彼女に、俺は笑みを向けながらMP回復ポーションを手渡した。

 

「いいよいいよ。

 今回のはちょっとキツかったしね……。

 魔力使いすぎて倒れちゃう前にこれ飲んで?」

 

「あ……はい……」

 

 その赤い液体の入ったフラスコ瓶を見た瞬間、彼女の顔が一瞬だけ引きつった。

 

「不味いけど、飲まないと魔力切れで倒れちゃうから。

 我慢我慢♪」

 

 そんな、どこか楽しげにポーションを勧める俺に、イルマは苦笑い一つ。味を感じまいと、一気にその中身を呷った。

 

「……ごくん」

 

 彼女の細い首が、上下に揺れる。

 

 すると、視界の端に開きっぱなしにしていた彼女のMPが、みるみる間に回復していった。

 

「やっぱり、称号がつくには、99本一気飲みの苦行を乗り越えないとか……」

 

 ポツリ、とステータス画面を覗き込みながら独り言ちるが、これはいつものことなのでイルマはとりあえずスルーした。

 

 それから暫くの休憩を終えた俺達は、再び《最果ての森》最奥へ向けて歩き始めた。

 

 ……え?

 どうして奥へ進むのかって?

 

 なんとなくだよ、なんとなく。

 

 べ、別に今まで出口とは逆方向に進んでいたのが途中でわかって、今更引き返したりなんかしたら、なんか負けて気がして嫌だったとか、別にそんなんじゃないんだからね!

 

 ……え?

 ……これはツンデレとは呼ばないって?

 

 固いこと気にすんなって。

 ハゲるぞ、オッサン。

 

(そういえば、オッサンって名前の魚がいたような……)

 

 ま、いっか。

 

 俺は頭の中の無駄話を終わらせると、ストレージから水筒を取り出して一口呷った。

 

 それから暫くイルマちゃんと雑談を交えながら奥へ奥へと歩を進めていると、目の前に石造りの鳥居のようなものが現れてきた。

 

「これは……一体何でしょうか?」

 

「さあ……?

 廃神社か何かじゃないのかな?」

 

 その鳥居には、俺が廃神社と称したように、無数に蔓が巻き付き、厚く苔むしていた。

 鳥居といえば木でできているイメージだったのだが、どうやらこの世界の鳥居は石製のようだ。

 

 俺は好奇心からその石の鳥居に近づくと、その柱に手を触れてみた。

 

 ザラザラとした感触が、長い年月を経て徐々に風化していった歴史を感じさせる。

 

「でも、こんなところに参拝に来る魔族なんているんですかね?」

 

 イルマはそんな俺の隣で、見上げるほどに高いその鳥居を眺めながらそう尋ねてきた。

 

「いるんじゃない?

 だってほら、イルマちゃんと出会ったところだって廃村だったし」

 

「言われてみればそうでしたね……。

 失礼しました、お嬢様」

 

 イルマはそう言うと、恭しく謝罪した。

 

(別に謝らなくてもいいんだけどなぁ……)

 

 俺はそんなイルマの仕草を見て苦笑を浮かべると、さてと鳥居の奥に視線を移した。

 

 ……こういうところってフィールドボス出そうでなんか怖いんだよなぁ。

 

 俺はははっと乾いた笑い声を出すと、気配探知と魔力感知を発動させた。

 

(……ふむ、中も結構な荒れようだな。

 境内はさほど雑草の類は生えてないみたいだけど……これは多分、周りに咲いてる桜の木のお陰かな?

 拝殿の中は……うわ、何も無い……。

 床も腐ってるし、ところどころ朽ちて穴が空いているところがある。

 ……本殿は……ん?)

 

 何か強い魔力反応を持っている物体が、横たわっているのが魔力感知に引っかかった。

 俺はその物体を気配探知で探ってみると、どうやらそれは人形をしているように見えた。

 

(あれは……人が倒れてる……!?)

 

 俺は久しぶりの住人発見に、大きく目を見開いた。

 そんな俺の様子に、怪訝に思ったのか。

 イルマは首を傾げて問いかけてきた。

 

「どうかなさいましたか?」

 

 俺はその質問を聞くと、「人が倒れてる」と簡潔に返答して、さらにその人物の周辺を索敵スキルで探ってみる。

 すると、その倒れている人物の近くに、何かをむしゃむしゃと頬張っているような、何か得体のしれないモノが一体存在した。

 

 その形状は、説明するなら『手足の生えた球体』が一番近いだろう。

 

 おそらくそいつが頬張っているのは、近くに倒れている人物の大きさを考えると、それの親か、歳の離れた兄姉といった具合だろうか?

 

「イルマ、行くよ!」

 

「はい、お嬢様!」

 

 俺はその光景を見た瞬間、イルマの体を抱きかかえて縮地を発動した。



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十九話 腐っても神ということには変わりない。

⚠食人シーンあり


――ああ、これで終わりか。

 

 少女は無気力に、目の前で嬲られ、死体に変えられた両親を眺めていた。

 

 ――仕方がない。だって、里の皆のためだもの。

 ――ここに住まう“神様”に生贄を捧げなくちゃ、皆疫病で死んでしまう。

 ――だから、仕方がない。

 

『おお、神よ……!

 どうか、どうか里の病をお鎮めください……!』

 

 そんな風に、両膝を立てて頭に面を被った司祭が、私達親子をここに連れてきて、そう言っていたのだ。

 

 だから、私達が生贄に捧げられれば、神様は流行り病を治してくれる。

 

 ――それにどうせ、短い命なのだし……。

 

「けほっ、けほっ……」

 

 無気力に呟いた少女は、咳と共に血痰を吐き出すと、虚ろな目で二人が()()()()いくのを眺めていた。

 

 正直な気持ち、こんな光景を見るのはイヤだ。

 お父さんとお母さんと、私はまだずっと一緒に暮らしていたかった……。

 

 ――こんなことになったのは、すべてあの疫病のせいだ。

 

 少女は目から流れ出る血涙を拭こうともせず、ただ無気力に――いや、空虚に、その光景を眺めていた。

 

 バリ、ボリ、グチャ、ゴリュ。

 

 そんな、正気を保っていたならここで今すぐ発狂してもおかしくない光景と音響に、諦めきった私は、ただただ自分の番がやってくるのを、空虚に待ち構えていた。

 

 ――と、その時だった。あの黒い神様の脳天に雷が落ちたのは。

 

「……え?」

 

⚪⚫○●⚪⚫○●

 

 俺は魔力感知を通して、あのデカイ魔物の座標を確認すると、まだ本殿にたどり着くまでもなく、魔法を発動した。

 

「《ドナーシュペア》!」

 

 すると、俺が狙った地点の上空に、八芒星の輝く2つの巨大な魔法陣のエフェクトが現れ、それを貫通するように雷の矢が一閃、貫いた。

 

 ――ズガァァァァァ!!

 

 轟音を立てて落雷する魔法。

 究極火魔法Modの、究極雷魔法《ドナーシュペア》。

 

 ウィザードレベル100で獲得できるこの魔法は、俺が使える中で最も強力で、尚且つ疾く効果範囲が狭い魔法だった。

 

 だがしかし――。

 

「ちっ、防がれた!」

 

 魔力感知と気配探知に映るその『手足の生えた球体』は、それがまるで苦ではないとでも言うのか。

 

 上空に魔法陣が出現したのとほぼ同じタイミングで、強力な魔力障壁を展開して防いでみせた。

 

「え、あれを防いだんですか!?」

 

 俺のついた悪態に、イルマが驚きの声を上げる。

 

 それとほぼ同時に本殿へと辿り着いた俺は、転がり込むようにして中に入ると、そのモンスターの正体をその目に映した。

 

 バリ、ボリ、グチャ、ゴリュ。

 

 プシュッと、まるで噴水のように赤い液体が、咥えられた死体から噴き出した。

 

「うっ……」

 

 イルマちゃんが、あまりにもショッキングな絵面に耐えかねて吐き気を催す。

 

 人間のような、巨大な口。

 剥き出された、真っ赤な歯。

 顔面にはそれ以外のものはなく、額には小さな般若の面のようなものが浮き出ていた。

 その巨体は、まるでボールのようで、そこから血にまみれた人間のような手が四本、四足動物のように生えている。

 

 ただ、それだけの黒い何か。

 

「……まるでホラー映画だな」

 

 試しに鑑定スキルを使ってみると、奴のレベルは100だった。

 レベル差、13。

 

 ……勝てるのか?

 俺はそのステータスに慄くが、しかしここまで来てこいつが逃してくれるとは思えなかった。

 

 ……なら、取るべきは一つだけ。

 

「イルマちゃん、その子を連れて、今すぐここから離れて。

 俺、本気出すから」

 

 本気出さないと、勝てる気がしないしな。

 それにもし本気出しても、勝てるかどうかもわからない。

 最悪死ぬ危険性だってある。

 

 だったら、生きている二人だけでも、ここから逃げてほしい。

 

 そう考えるのは、ワガママではないはずだ。

 

「……」

 

 イルマは無言で頷くと、倒れている子供を抱きかかえてその場を去ろうとした。

 が、そのときだった。

 

 俺の視界に、ヤツの魔力のゆらぎが見えた。

 魔法を使う前兆だ!

 

『ワシが逃がすと思っとるのか?』

 

「《ルーク・オブ・ソリサズ》!!」

 

 次の瞬間、真っ黒な触手が、俺が魔力操作で二倍の魔力を消費して構築した結界に触れて、轟音を上げた。

 

 ――ガゴォォン!

 

 青いエフェクト光が弾けて、その触手が弾かれる。

 同時、ウィンドウを開いてマップを展開する。

 

「《ラド・テレート》!!」

 

 次の瞬間、俺の背後にいた二人の気配が、その場から消え去った。

 

 空間魔法を使って、二人を強制的に安全な場所へと隔離したのだ。

 

『ほう……。

 ワシの攻撃を防いだうえ、ガキ共を逃したのか』

 

 球体オバケは野太い声でそう推察を述べると、その巨大な口を一層大きく開いて、ニヤリと笑った。

 

『さっきの雷といい、久しぶりに面白くなりそうだ!』

 

 その声を聞いた瞬間、俺は直感した。

 いや、ヤツの魔法の発動速度や魔法の威力、そしてさらに俺の《ドナーシュペア》を防いだ魔力障壁を感じたときから、俺は既にやつの攻略法を頭の中に並べ立てていた。

 だから、そのやつの余裕そうな言葉を聞いて、俺は判断したのだ。

 

(守りに徹していれば、いずれ魔力が切れて死ぬ……!

 なら、こちらから攻めるべきだ!)

 

 俺はそう判断すると、縮地を発動させて、壁の後ろから飛び出した。

 それと同時に、召喚魔法で《アチャラ・ナータ》を2体召喚し、《INT上昇》の付与魔法を使う。

 

『ほう?

 召喚魔法とは、面白いものを使うのう?』

 

 球体オバケ――ハンプティダンプティは楽しそうに笑うと、再度黒い触手を伸ばして攻撃してきた。

 その触手の速度は、目で追うのもやっとのものだった。

 

 だがしかし、俺の召喚した《アチャラ・ナータ》は、それを難なくその手に持った大盾と大剣で捌き切ってみせた。

 それどころか、少し反撃も加えてさえいる。

 

『ほう、こいつはなかなか……』

 

 ハンプティダンプティは楽しそうにニヤリと口を歪めると、その触手の速度を引き上げた。

 

「な……っ!?」

 

 徐々に引き上げられる触手の速度に、《アチャラ・ナータ》が追いつかなくなっていく。

 

 球体オバケは楽しそうにニヤニヤと笑いながら、まるで弄ぶかのように速度を上げていく。

 

『さぁて、どこまで耐えられるかな?』

 

 気づけば、いつの間にか反撃を与える暇もなく、防御に徹するのみになる《アチャラ・ナータ》。

 不味い、このままでは押し切られる。

 

 そう考えた俺は、更に召喚獣を追加した。

 

『ほほう、そう来たか』

 

 いっそう楽しそうに口角を上げる怪物。

 

 俺が追加したのは、ナイトクラスに分類される攻撃特化型の召喚獣《メヘト・フォリス》だ。

 

 《メヘト・フォリス》はHPが満タンのときのみ、攻撃速度と回避率が飛躍的に上昇する召喚獣で、ファルシオンを装備した鎧の姿をしている。

 

 そんな召喚獣を追加したというのに。

 しかしヤツはまだまだ余裕そうな顔をして、その触手を鞭のように振るい続けた。

 

 すると、次の瞬間。

 俺の召喚した《アチャラ・ナータ》と《メヘト・フォリス》が一瞬で細切れにされ、消えてしまった。

 

 俺は《アチャラ・ナータ》に攻防を任せている間に、《ドナーシュペア》や障壁、召喚に使った魔力をポーションで回復させると、さらに《アチャラ・ナータ》と《メヘト・フォリス》を召喚した。

 今度は、魔力操作でパラメータを二倍に強化した状態で。

 

『ふん、何度も同じことよ』

 

 ハンプティダンプティはそう嘲笑うと、再びその触手を召喚獣へと向けた。

 

 そして、俺はその隙きを狙って、貫通力と速度を増した《ピアシングランス》を、ハンプティダンプティの胴体にお見舞いする。

 

『こうも細々と突かれては喧しいものよな!』

 

 ハンプティダンプティはそう一吠えすると、一気に触手を薙ぎ払って、《アチャラ・ナータ》をいとも容易く弾き飛ばしてしまった。

 それと同時に、俺の放った《ピアシングランス》も打ち消されてしまう。

 《ピアシングランス》の爆風が、拝殿の壁を弾き飛ばす。

 

「ぐ……っ!」

 

 延長線上に伸ばされた触手の横薙ぎを、俺は《アンスール・ロッド》を使って受け止める。

 かなりの威力が込められていたが、俺は吹き飛ばされずにその場に留まった。

 

『ほう?

 これを人間が受け止めるか』

 

 理由は簡単だ。

 三週間ほど前に、フィールドボスの白イノシシによる突進の吹き飛ばし効果を無効化するためにあのとき準備して装備していた、装飾品による効果だ。

 

 俺は歯を噛みしめると、付与魔法で自身のSTRを強化する。

 

「《エオロー・シェル》……!」

 

 そして、それとほぼ同時に、その触手に対して結界術の《エオロー・シェル》を発動した。

 

 《エオロー・シェル》は、内と外に関係なく、その壁に触れた魔法やスキルを発動者へ跳ね返す。

 それを、もし敵に対して発動したならどうなるのか。

 

 先のコカトリス戦で思いついた手法だ。

 まだ実験すらしていない、ただの賭けだったが――。

 

『ぬおっ!?』

 

 次の瞬間、その触手が結界の中で爆発し、鑑定スキルによって可視化されたハンプティダンプティのHPが申し訳程度に減少したことを確認する。

 

 どうやら賭けには勝ったみたいだ。

 

 俺はニヤリと笑うと、さらに魔法を畳み掛けた。

 

「《ピアシングランス》ッ!」

 

 相手が怯んだ隙きをついて、俺は速度重視の上位火魔法を叩き込んだ。

 

 ……が、しかしそこまでこいつは甘くはなかったようだ。

 

『小賢しい!』

 

 ハンプティダンプティはそう唸ると、四足(いや、手か?)の一つを使って、俺の魔法を握りつぶした。

 ドガン、というくぐもった爆発音が、ヤツの手中から鳴り響いた。

 

(くそ、これも駄目か!)

 

 俺は歯噛みをすると、今度は《ピアシングジャベリン》を放った。

 

 相手の属性はおそらく闇。

 なら、光か火属性で攻めればなんとかなると考えたのだ。

 

 俺の放った《ピアシングジャベリン》は、魔力操作によって速度を強化され、ヤツの額にある般若の面へ直撃した。

 

『ぐぬぅ……!?』

 

「よしっ!」

 

 俺は心の中でガッツポーズを決めると、ハンプティダンプティのHPを確認した。

 

(結構ダメージ入ったな。

 てことは、あそこがウィークポイントか!)

 

 ウィークポイントは敵の弱点部位。

 つまり、他の部位に攻撃するよりも、多量のダメージを与えられる場所だ。

 そこに、おそらく弱点属性なのだろう光属性の魔法を叩き込んだんだ。

 

 効かないわけがない……!

 

(《ドナーシュペア》を少しオーバーな魔力障壁で防いだのも、そういうことだったのか……!)

 

 つまり、さっきと同じように気づかれさえしなければダメージは与えられる!

 

(勝機が見えてきた!)

 

『小僧……!

 痛かったぞぉお!』

 

 次の瞬間。

 ハンプティダンプティは大声を上げると、周囲に黒い球体を発生させ、こちらへ向けて撃ってきた。

 

「ッ!?《エオロー・シェル》!」

 

 俺は《エオロー・シェル》を使って反射的に防御する。

 が、しかしその弾丸のすべてを弾くことは(あた)わず、一部の弾丸が境内に侵入した状態で術が展開された。

 

「ぐほっ!?」

 

 黒い弾丸が、俺の腹を貫通した。

 

 内臓をかき混ぜられるような、そんな気持ち悪さと吐き気、傷口の痛みの情報が、一気に俺の脳へと殺到する。

 

「ぐっ……!?」

 

 ボタボタ、と流れる血液。

 可視化された自分のHPは、半分ほどまで削られていたが、それも俺の自動回復スキルによって、急速に復活していく。

 

(秒間、40ってところか……)

 

 俺は三度《アチャラ・ナータ》を召喚すると、自分の周囲に《エオロー・シェル》を張り直した。

 

『ふん、調子に乗るからよ』

 

「ぐぼはっ……」

 

 嘲笑う球体オバケを睨みながら、俺は治癒魔法を使って更に回復を促進させる。

 奴がその間何もしてこなかったということは、それだけの余裕が、コイツにはあるということらしい。

 

(ほんと、ムカつく……!)

 

 俺は復活した体の具合を確かめると、ポーションを一気に呷ってから《エオロー・シェル》を解いた。

 

『さあ、復活したか人間の娘よ?

 では今一度、戦いを再開しようではな――!?』

 

 ――だが、俺にはそんな余裕はない。

 

 だから、わざわざコイツの台詞をすべて聞いてやる義理はない!

 

「《ピアシングジャベリン》!

 《ピアシングランス》!

 《ピアシングフリーズ》!」

 

 俺は奴の台詞が終わる前に、上位魔法を3つ畳み掛けた。

 

『相手の話はちゃんと聞け!!』

 

 しかし《ピアシングランス》を除いてすべての魔法を弾き飛ばした球体オバケは、そう怒鳴るなり再度あの黒い弾丸を放ってきた。

 今度はさっきの二倍の量はある。

 

 俺は防御するのは無理だと判断し、縮地を使って、さっきの《ピアシングランス》の爆風で開いた壁の穴から、本殿を飛び出した。

 

 黒い弾丸が高速で床に打ち付けられ、柱を破壊し、天井を落とす。

 砂埃を盛大に巻き上げて、本殿が倒壊する。

 

(これで自滅、なんてあるわけないよね……!)

 

 その俺の予想は正しく、本殿が倒壊した直後、その崩れ落ちた瓦屋根を触手で弾き飛ばしながら、黒い球体オバケはその姿を現した。

 

『まったく、ちょこまかちょこまかと!』

 

 ハンプティダンプティは怒りの雄叫びを上げると、その巨大な口をガパッと広げて、こちらへとその四手を蠢かせて突進を開始した。

 

 黒い球体オバケは、蠢かせた人間の手のような形をした巨大な足で瓦を弾き飛ばしながら、こちらへと突進してきたのだ。

 

「うげっ!?」

 

 俺は思わずそんな悲鳴を上げると、縮地を使ってその突進を間一髪で回避する。

 すると、俺か先程までいた場所で盛大に“ガチン!”という、およそ生物の口が立ててはならない、凶悪な音を立てて、その大口が噛み合った。

 

「うおっ!?」

 

 ちょっとだけ、俺の着ていたメイジローブ(改)の裾が破けた気がする。

 

(ヤバイ……!

 あんなのに捕まったら、一瞬で殺られる……!)

 

 俺はそんな奴の行動に戦慄を覚えると、早期決戦を目指して魔法を放った。

 

「《ピアシングジャベリン》!」

 

 魔力操作で速度を極限まで上げた光属性の魔法。

 しかしヤツはそれに見向きもせずに、ただ直感なのか、その4つの手をググッと一瞬撓ませると、俺の方へ向かってジャンプしながら回避、同時にその巨大な口を開いて、俺を喰い殺さんと襲い掛かってきた。

 

「《ピアシングランス》!」

 

 俺は縮地を使って後方へと回避しながら、その大きく広げられたでかい口に向かって《ピアシングランス》を叩き込んだ。

 咄嗟のことで、魔力操作で強化する暇もなかった。

 

 俺の咄嗟の回避はどうやら成功したらしく、本当に間一髪でその地獄の斬首台から逃れることができた。

 

『ぐぅ――っ!?』

 

 口蓋に着弾して爆ぜる上位火魔法に、ヤツは一瞬動きを止めた。

 

(今だ!)

 

「《シャイニングジャベリン》!」

 

 《ピアシングジャベリン》よりも、更に速度重視の上位光魔法が、ヤツの面を直撃する!

 どうやら口内で起きた爆発のせいで、魔力障壁を張るタイミングを失ってしまっていたらしい。

 

『ぐあっ!?』

 

 可視化されたHPバーが、ものすごい勢いで減少していく。

 

 大して俺のヒットポイントは未だ全快。

 

(いける……!

 コイツを斃せる……!)

 

 だが、次の瞬間。

 やつのデカイ人間の手のような形をした足が、俺の体を叩き潰さんと左右から接近した。

 

 俺は咄嗟に縮地を使って間一髪攻撃を回避すると、召喚魔法で《アチャラ・ナータ》を三体召喚した。

 

「ぐっ……!?」

 

 すると、その直後。

 俺の頭に物凄い激痛が走った。

 

 思わず、ガクンと膝をつく。

 

 慌てて可視化された自分のMPを確認すると、もう魔力残量が半分を切っていた。

 

 度重なる高位召喚獣の召喚のせいで、思ったよりもかなり魔力を食われていたようだ。

 

(くっそ……!

 まだあいつのHP半分も削れてないのに……!)

 

 そんな俺の様子に何かを悟ったのか。

 ハンプティダンプティはニタリと口を微笑ませると、三度俺に向けてその大口をガパリと開いた。

 

 その中には、赤く光る光球が輝き、徐々にその大きさを巨大化させていっていた。

 

「!?」

 

 まずい、あれを受けたら確実に塵も残らない……!

 

 そう判断した俺は、頭の激痛を気力で捻じ伏せて、縮地と《風圧操作》を同時に使用して緊急離脱した。

 

 刹那、俺の背後にあった地面が蒸発して消し飛んだ。



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二十話 セカンドラウンド、始めます。

 どうも。

 現在、真っ黒な球体オバケもとい、レベル差が13もあるフィールドボス、ハンプティダンプティに苦戦を強いられているアリスです。

 

 なんとか敵の弱点を見つけることができて、たぶん弱点属性なのだろう魔法で連撃していましたら、なんとなんと、そろそろ魔力切れになりそうなんですよね……。

 

 ポーションを使おうにも、使わせてくれる(ひま)もなさそうだ。

 しかも最初はあんなに余裕ぶってたのに、弱点を見つけた瞬間一気に怒りだすし……。

 

 何なんですかね、この鬼畜仕様は。

 

 さっきだってアレですよ?

 なんか滅茶危険っぽい『はかい●うせん』出してきたし、そのせいで地面なんか蒸発しちゃってましたし……。

 

 HPには傷一つないくせに、なんか精神力だけがガリガリ削られて、なんかもうほんと辛いです……。

 

 ほんと、魔法って便利なんだか不便なんだか……。

 

 さて、それはともかくとして。

 

(参ったな……)

 

 俺は心の中でぼやくと、奴に対する攻撃手段を模索した。

 

(魔法だとMPが()たないし、かと言って近接攻撃の手段なんて豪腕スキル(3/10)くらいしかない。

 これじゃ、近接戦でダメージを与えられる気がしないし、まず接近するのはなんか怖いんだよね……)

 

 俺は、再びこちらに向けてガパリと口を開いたハンプティダンプティの射線から外れるように、縮地を使って飛び退いた。

 直後、俺が元いた場所が白に近い真っ赤な光線によって蒸発していく。

 

 まだHPの半分も削りきれてないうちから、まるで後半戦みたいな行動パターンで襲ってくるハンプティダンプティに、俺は心の底から舌打ちをした。

 

 縮地を使うたびに、頭がガンガンと痛む。

 これは早急に手を打たなければ、この頭痛とともに蒸発させられてしまうかもしれない。

 

 俺はそう考えると、一時離脱を決意した。

 

『逃げるか小娘ぇ!』

 

 縮地を駆使して、頭が痛いのを我慢しながら、俺はハンプティダンプティから逃げ回る。

 魔力感知で常に背後を気にしながら、ヤツの破壊光線を回避しつつ、俺は安地を探した。

 

 最初に頭の中に浮かんだのは、拝殿だった。

 たしかあそこは床が朽ちて、地下の部屋まで道が続いていた。

 

「《ロック・バレット》ッ!」

 

 俺は少量の魔力で石の礫を作成すると、ヤツの面めがけて放った。

 

邪喧(じゃかま)しい!』

 

 一瞬、ヤツの手が自身の視界を覆い隠した。

 俺は、それを気配探知で知覚すると、《風圧操作》を使って更に加速し、パルクールの要領で拝殿の中に飛び込んだ。

 

⚪⚫○●⚪⚫○●

 

「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 俺は、酷い頭痛に顔を歪めると、少し湿り気のある硬い地面に腰を下ろした。

 

 あれからしばらくの後。

 俺は拝殿への侵入に成功し、そのままその地下へと身を滑り込ませていた。

 

「しっかし……レベル13も差があると、ここまでキツくなるのか……」

 

 俺はストレージから取り出したポーションを口に運ぶと、少しずつ頭痛が和らいでいくのを自覚した。

 

(このままじゃ、絶対に勝てない……)

 

 俺はポツリと心の中でつぶやくと、ウィンドウの発する光に目を(しばた)かせた。

 

(だが、アイツを倒さないと、イルマちゃんのところには戻れないし……)

 

 ああいったタイプのフィールドボスは、プレイヤーがどこまで逃げても追いかけてくる。

 つまり、俺には逃げの選択肢はない。

 

 それに、俺が今ここで逃げ出せば、イルマやあの子供を探しに行かないとも限らない。

 

「……絶対に俺が仕留める!」

 

 俺はそう決意すると、ステータス画面を開いて、強化できるスキルがないかを確認しながら、更にポーションを呷った。

 

(豪腕は……メインキャラの時に使ってたな。

 派生はたしか、鉄拳、だったか。

 豪腕のスキルModに豪脚があったっけ……。

 習得条件は……うわ、豪腕レベル5かよ……)

 

 ……まぁ、どっちにしろ、素手で戦う手段は必要になる。

 

 俺は余っていたスキルポイントを利用して豪腕のスキルレベルをMAXにして鉄拳を獲得し、スキルModの豪脚を獲得させる。

 

(……ん?

 あれ、豪腕のスキルModにこんなのあったっけ?)

 

 俺が、再度もう強化できるスキルがないかを確認していると、豪腕のスキルModの場所に、見慣れない項目が追加されているのを発見した。

 

 その項目は、発勁。

 習得条件は、仙術師レベルが10以上、豪腕スキルが8以上、豪脚スキルが6以上と表示されていた。

 

 もちろん、今の状態なら俺は、そのスキルModを習得できる。

 

 俺はそれを確認すると、そのModの習得を行った。

 

⚪⚫○●⚪⚫○●

 

アリス

称号:自然に生きる者

   苦行を乗り越えた勇者

   追放された者

   人類の末裔

   賢者

 

レベル 87/100

HP1000 MP210000

 

JOB 仙術師

レベル 312/100

 

STR 85 AGI 225 VIT 60 INT 8600

 

スキル

 経験値向上 10/10 命中補正 5/5 威圧 5/5 索敵 10/10 豪腕 10/10 鉄拳 10/10 俊足 10/10 縮地 10/10 自動回復 4/10 魔力向上 25/35 火魔法 10/10 上位火魔法 5/5 究極火魔法 5/5 水魔法 10/10 上位水魔法 5/5 究極水魔法 5/5 風魔法 10/10 上位風魔法 5/5 究極風魔法 5/5 土魔法 10/10 上位土魔法 5/5 究極土魔法 5/5 光魔法 10/10 上位光魔法 5/5 闇魔法 10/10 上位闇魔法 5/5 空間魔法 10/10 治癒魔法 10/10 祓魔術 10/10 結界術 10/10 死霊術 10/10 召喚魔法 10/10 武器作成 10/10 防具作成 6/10 裁縫 10/10 薬品作成 10/10 魔力操作 6/10 魔力感知 7/10 家具作成 5/10 素材変換 10/10 鑑定 10/10

 

⚪⚫○●⚪⚫○●

 

「よし、これでもし魔力が足りなくなっても、素手で戦える……!」

 

 だが、素手というのはちょっと痛いだろう。

 俺は裁縫スキルを使ってグローブを一瞬で作成すると、武器作成スキルで、そのグローブを素材にガントレットを作成。

 更に装備していた靴も武器作成スキルを行使して、攻撃用のサバトンに作り変えた。

 

「これでよし!」

 

 俺はステータスを確認して魔力が全回復しているのを確認すると、気配探知と魔力感知で、ハンプティダンプティの居場所を探した。

 

 どうやら、まだ境内にいるらしい。

 場所は拝殿の周囲、手水舎の中を覗いて俺の姿を探している。

 

「よし、それじゃあ今から早速ぶっ放しに……ん?」

 

 ……待てよ?

 

 そういえば、ここに来るとき、気配探知と魔力感知だけで座標を割り出して、きっちりと敵に魔法を放てた……よね?

 

「……てことは、もしかしてここからでも魔法狙えるんじゃ?」

 

 相手は今、俺を探し出すことに必死になっている。

 鑑定スキルを使ってみても、ヤツの減ったHPはそのまま変動していない。

 

 となれば……。

 

「これ、倒せるんじゃないのか?」

 

 魔法の発動を悟られなければいいんだ。

 だったら、速度重視の、貫通力の高い、しかも死角からの魔法が一番だ。

 

 俺はゴクリと生唾を飲み込むと、目を閉じて視界を遮り、気配探知と魔力感知だけで獲物に照準を当てた。

 

「《ピアシングジャベリン》」

 

 すると、次の瞬間。

 魔力操作によって極限まで速度を上げられて放たれた魔法は、球体オバケに全く感知されずにその面を直撃した。

 

『ぬがぁあ!?』

 

 ハンプティダンプティの悲鳴が、拝殿の地下まで聞こえてきた。

 

(よっしゃ成功!!)

 

 俺はガッツポーズを取ると、再び《ピアシングジャベリン》を放とうとして、止めた。

 ハンプティダンプティの周囲に、魔力障壁が展開されている。

 

「ちっ」

 

 俺は舌打ちをすると、何かアレの対策はないかとスキル一覧を物色した。

 

 すると、先程取得した発勁の説明欄に、こんな文句が書かれていた。

 

 それ曰く、『防御系のスキル、及び魔法を無視してダメージを与える』らしい。

 

「これだ!」

 

 しかし、発動方法は肉弾戦による近接攻撃のみ。

 魔法による付加は不可能とある。

 

 くっそ……。

 せっかくスナイパーみたいに攻撃し続けられると思ったのに……。

 

 俺は肩をすくめると、もう一瓶ポーションを呷ってから、拝殿を後にした。



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二十一話 作戦名:青天の霹靂を実行する!

 俺は拝殿からハンプティダンプティの様子をうかがうと、魔力感知で奴がまだ魔力障壁を展開したままであることを確認した。

 

(じゃ、早速試してみますか!)

 

 俺は気力を振り絞ると、縮地を使って拝殿を飛び出し、球体オバケへと一瞬で接近した。

 

『そこにいたか小娘ぇ!』

 

 俺が縮地で接近するのとほぼ同時。

 ハンプティダンプティは俺の方へとぐるりと振り向きながら、魔法名すら唱えずに、威力と速度を強化された《シャドーバレット》を放ってきた。

 

「く……っ!」

 

 俺はそれを縫うようにくぐり抜けながら、ヤツの展開する魔力障壁へと豪脚を放った。

 

「チェストォォオオ!!」

 

 豪脚によって強化された蹴りが、発勁Modによって、その気勢と共に魔力障壁を打ち砕いた。

 

 ――ゴォォオン!!

 

『何っ!?』

 

 鐘を打つような、太く大きな青銅色の音が障壁に波紋を立てて打ち砕く。

 

「フッ!」

 

 そして、その蹴り足を今度は地面へと突き立てると、それを軸足に豪脚を伴った回し蹴りを、驚きに閉じられて剥き出しとなった臼歯の側面に打ち付けた。

 

 ――バキッ。

 

 瞬間、歯が砕ける。

 

『っぐふ!?』

 

 吹き飛ぶ巨体。

 荒れ狂う砂埃。

 吹き飛んだ先で手水舎が犠牲になって、音を立ててふき飛んだ。

 

 ――完全に、形勢逆転だった。

 

「よしっ!なんとかなった!」

 

 俺は鑑定スキルで可視化されたハンプティダンプティのHPが、ごっそりと削られたことを確認すると、ガッツポーズを決めた。

 

 ごっそりとHPが削られたのは、おそらく臼歯を破壊したのが、部位破壊の判定を受けたのだろう。

 

『くっ……!

 一体……何が起きた……!?』

 

 ハンプティダンプティは狼狽えたように、その前足(手?)で口元を拭うと、その般若の面をこちらへ向けて警戒態勢をとった。

 

「教える義理はないよ」

 

 俺はそう吐き捨てると、《アンスール・ロッド》をくるくると旋回させると、槍のように持ち構えた。

 

 ……え?

 なんでスキル取得したばかりなのに、こんなに動けるかだって?

 

 前にも話したとは思うけど、WEO(終末世界オンライン)での俺のメインキャラは、ゴッテゴテの戦闘職だったんだ。

 大剣も使えば片手剣だって使えるし、槍や棒、徒手空拳だって使っていた。

 

 結構、俺ってオールマイティだったんだよね。

 

 それで、その時使っていた拳法を、俺の体が覚えてたってわけさ。

 納得した?

 

 俺は不敵な笑みを向けると、軽く体の調子を確認した。

 

(まだ体が重いな……。

 筋力だって、メインと比べればゴミみたいな数値だけど……)

 

 俺はトントンと軽くジャンプして、体を慣らし始める。

 

(……悪くない。

 まだ調整が必要そうだけど、これなら倒せそうだ……!)

 

 俺はそう確信を得ると、警戒態勢の球体オバケに魔力感知を使った。

 どうやら、また魔力障壁を張り直したみたいだ。

 

(無駄、なんだけどね!)

 

「フッ!」

 

 俺は無音の烈気と共に縮地し、《アンスール・ロッド》を槍のように振り回して障壁を砕く。

 

 しかし、どうやらそれはヤツの誘いだったようだ。

 

「ッ!?」

 

 俺がその障壁を、太い鐘を鳴らすような音と共に弾き飛ばしたその瞬間。

 ヤツはガパリと大口を開けて、その中で臨戦態勢になっていた破壊光線の火種を顕にした。

 

「このっ!」

 

 俺は咄嗟に、豪脚を使って地面を蹴ると、上空へと身を翻した。

 刹那、それを追うようにして、ハンプティが空を仰ぐ。

 その口の中の火種は、完全に俺の姿をロックオンしていた。

 

『調子に乗ったな小娘!』

 

「《ルーク・オブ・ソリサズ》!!」

 

 してやったり、というような笑みを浮かべて、球体オバケはその驚異の光線を放った。

 

 その光線は、いとも容易くその障壁を打ち破り、上空の空気を焼き焦がした。

 

『ふん。

 図に乗りすぎたな、人間』

 

 所詮、神にも等しい自分に、ちっぽけな、それも子供の女などに負けるはずがないのだ。

 あそこまで追い詰められたのは、実に自分の油断。

 

(情けない……)

 

 だがしかし。

 

 ハンプティダンプティはカタカタという笑い声を上げると、何もない虚空に向かってポツリと呟いた。

 

『楽しかったぞ、人間。

 久しぶりに力を振るえた。感謝してやろう』

 

 ハンプティダンプティはそう笑うと、顔の向きを空から前方へと戻して、倒壊した本殿へと足を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……が、しかし。

 どうやらそれで安心するのは、まだ早かったようだ。

 

「《ドナーシュペア》ッ!」

 

『なっ!?』

 

 ――スガァァン!!

 

 不意の一撃。

 次の瞬間、どこからともなく現れた雷撃に、その額の面は打ち砕かれてしまった。

 

「よしっ、作戦成功!」

 

 俺は、魔力操作で威力速度、共に10倍にまで引き上げた究極雷魔法《ドナーシュペア》を放った直後の態勢から、大きくガッツポーズを決めた。

 

 ……え?

 何がどうなったかって?

 

 いやね、実は相手の障壁をぶち破った時に、(あれ?こいつなんで逃げないの?)って疑問に思ったんだよね。

 そこで瞬時に魔力感知を行使してみればあら不思議!

 ハンプティちゃんのお口の中に、破壊光線の卵があるじゃないですか!

 

 ということで、俺は一つ、策を練ったのですよ。

 いや、練ったと言っても、ほとんど直感みたいなものなんだけどね?

 

 豪脚で上空に跳んだあと、俺は《ルーク・オブ・ソリサズ》を発動したよね?

 実はあれは防御の為に開いたわけじゃないんだ。

 あれで防御したとしても、どうせ破られると思ってたしね。案の定破られてたし。

 

 だから俺は、それを囮、もとい一瞬の足場として活用したってわけだ。

 

 俺は結界魔法を一瞬の足場として利用し、縮地を使って助走をとって、豪脚を使って今度は横へハイジャンプ。

 同時に《風圧操作》を行使するのも忘れない。

 

 そうやって俺は拝殿の屋上に転がり込んで、俺は作戦が成功したかどうかの確認をした。

 そしてどうやら成功したみたいだったので、俺は早速、10倍の火力と速度に魔改造した究極魔法を放ちましたとさ。

 

 閑話休題。

 

 俺は拝殿の屋上から飛び降りると、仮面を粉々に粉砕されて全身から黒い煙を上げているハンプティダンプティに鑑定スキルを行使した。

 

 可視化されたHPバーは、既に全壊しており、どうやら完璧に仕留めたらしい事が伺えた。

 

 こうして、俺はレベル13差の魔物を退治することができたのだった。



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二十二話 二人目の住人。

 どうも。

 レベル13差の怪物、フィールドボス:ハンプティダンプティの討伐に成功したアリスです。

 

 いやぁ、長い戦いでしたぁ……!

 だって前半はもうね、俺死んじゃうかもって思ったんだよ?

 最強の魔法だって魔力障壁の一つで無力化されるし、自慢の召喚獣は一瞬で細切れにされるし、滅茶早いはずの魔法だって、素手で掴まれて防がれちゃう。

 

 ほんと、チート級の敵でした。

 

 神社の本殿も倒壊しちゃったしね。

 手水舎だって木っ端微塵になった。

 

 けれどさすがは俺!

 たとえレベルが13も差があったとしても勝っちゃったんだからね。

 

 ……う〜ん、でもまあ、今回の勝利は、相手が油断してくれてたってことも結構大きいと思うんだよね。

 特にあの破壊光線とか。

 凶悪だったわ〜。

 いや、ほんと。

 地面が蒸発しちゃうレベルだったんだからね!?

 

 でも、後半からは楽勝だった。

 

 なぜかって?

 それは俺が体術系のスキルやMod、奇跡的に見つけた発勁のスキルModのおかげだよね。

 

 いやぁ、発勁スキル。

 あれがなかったら俺、今頃もっと苦戦してたね、うん。

 

 てなわけで、討伐したフィールドボス、ハンプティダンプティを、俺は素材変換スキルに掛けた。

 

⚪⚫○●⚪⚫○●

 

討伐報酬

 EXP 987206575

 ドロップ

  般若の仮面 ×1

  神官のローブ ×1

  瘴気の宝玉 ×2

  狂気の宝玉 ×1

 

⚪⚫○●⚪⚫○●

 

「うおっ、経験値多っ!?」

 

 これ、一体どれだけあるんだ……?

 えーっと……一、十、百、千、万、十万、百万、千万、一億……。

 

「きゅ、九億八千万……!?」

 

 な、なんだよこれ……!?

 億って……!億って……!?

 

 俺はあまりの数字の大きさに戦慄を覚えながら、そのウィンドウを消し去った。

 

「こんな経験値、初めて見た……」

 

 ゲーム時代だと、一度に取得できる経験値には上限があって、たしか99999が限界だったはずだ……。

 

 それが、その規制がなくなった瞬間、まさか億の単位まで増えているとは……。

 

「これ、絶対いくつかレベル上がってるよね……?」

 

 俺はそう呟くと、恐る恐るステータス画面を開いた。

 

⚪⚫○●⚪⚫○●

 

アリス

称号:神殺し

   自然に生きる者

   苦行を乗り越えた勇者

   追放された者

   人類の末裔

   賢者

 

レベル 97/100

HP9700 MP280000

 

JOB 仙術師

レベル 382/100

 

STR 850 AGI 2250 VIT 6520 INT 9000

 

スキル

 経験値向上 10/10 受動進化 1/15 命中補正 5/5 威圧 5/5 身体能力強化 1/10 限界突破 1/10 魔眼 1/10 索敵 10/10 豪腕 10/10 鉄拳 10/10 俊足 10/10 縮地 10/10 自動回復 10/10 自動防壁 1/5 魔力向上 30/35 火魔法 10/10 上位火魔法 5/5 究極火魔法 5/5 水魔法 10/10 上位水魔法 5/5 究極水魔法 5/5 風魔法 10/10 上位風魔法 5/5 究極風魔法 5/5 土魔法 10/10 上位土魔法 5/5 究極土魔法 5/5 光魔法 10/10 上位光魔法 5/5 究極光魔法1/5 闇魔法 10/10 上位闇魔法 5/5 空間魔法 10/10 治癒魔法 10/10 祓魔術 10/10 結界術 10/10 死霊術 10/10 召喚魔法 10/10 武器作成 10/10 防具作成 6/10 裁縫 10/10 薬品作成 10/10 魔力操作 10/10 魔力感知 10/10 家具作成 5/10 素材変換 10/10 鑑定 10/10 心眼 1/5

 

⚪⚫○●⚪⚫○●

 

 うわぁ、レベル滅茶上がってるぅ……。

 

 ……。

 

「……いやいやいや、おかしいでしょ!?

 なんでこんなに異常なまでにレベルアップしてるの!?

 確か俺、さっきまでレベル87だったよね!?

 てことはレベル10も上がってるってこと!?」

 

 たかが、たかがレベル13差でこんな事ってある?

 

(……いやいや、待てよ俺。

 そういえばフィールドボスって、他のモンスターよりも結構多めに経験値設定されてたよね?

 それに、俺の経験値向上スキルが組み合わさるとどうなるのか……)

 

 俺はう〜んと唸りながら、その場にしゃがみこんだ。

 

「……まぁ、分かんないことをいつまで考えてても意味ないしな、うん」

 

 俺はサラッと思考放棄を決め込むと、そういえばイルマちゃんたちをキャンプ場まで転移で飛ばしていた事を思い出した。

 

「……それに、いつまで待たせておいても、イルマちゃんたちの不安を煽るだけだし、さっさと帰って、安心させてあげよっか」

 

 現実逃避とも言える思考結果を叩き出した俺は、しきりに頷きながら自分に言い聞かせるように言葉を放った。

 

⚪⚫○●⚪⚫○●

 

「お嬢様!!」

 

 空間魔法でキャンプ場に戻ってくると、俺の気配を感じたのか、小屋の扉を乱暴に開け放ってイルマちゃんが飛び出してきた。

 

「お嬢様!!

 ご無事でいらしたんですね……っ!」

 

 俺は涙を引きながら駆け寄ってくるイルマちゃんを抱きとめると、彼女の頭を撫でた。

 

「うん、ちょっと危なかったけどね」

 

 俺はそう言うと、そういえば何か血まみれになっていた女の子がいたことを思い出して、気配探知を使って小屋の中を確認した。

 すると、そこには布団の上で眠っている人影があった。

 

「それで、あの子の容態は?」

 

 俺は小屋の中に視線を向けながらイルマちゃんに尋ねた。

 

「一応、《影移し》で応急処置はしておきましたが……。

 それ以上は、私の手では難しく……」

 

 《影移し》とは、状態異常によるバッドステータスの影響を、一時的に抑える魔法だ。

 これは、例えば状態異常系のスキルを使ってくるモンスターやエリアで、バッドステータスによる影響を低減させるために使ったりする。

 

「分かった。

 俺がなんとかするよ」

 

 俺はイルマちゃんの頭をぽんと叩くと、小屋の中へと入っていった。

 

 小屋の中に入ると、子供の気配のするリビングへと一直線に向かった。

 

 すると、そこには目から血涙を流し、口もとが血に濡れて、顔面の穴という穴から体液が噴き出している少女の姿があった。

 

(こんな状態異常、聞いたことないけど……)

 

 鑑定スキルを使って確認してみると、どうやらバッドステータスにかかっているのは確かなようだ。

 それに、かなりHPも削られている。

 

(だったら、あれしかないな)

 

 俺は《アンスール・ロッド》を少女へ向けると、治癒魔法を発動した。

 

「《オラクルヒール》」

 

 すると、淡い黃緑色の燐光が少女に降り注ぎ、たちまちにその肉体を回復させていった。

 ウィンドウに視線を移してみれば、バッドステータスも完治しているようだ。

 

 苦しそうに呻いていた少女は、その光が収まると、スッと眠るように意識を手放した。

 どうやら、相当疲れていたらしい。

 

「ふぅ……。

 念の為に、イルマと俺にも治癒魔法を掛けておくか」

 

 俺はそう決断すると、再度《オラクルヒール》の魔法名を唱えて、俺とイルマにも治療を施した。

 

 《オラクルヒール》は、治癒魔法の中でも最強の回復魔法と言えるだろう。

 なぜならその効果は、全バッドステータスの回復とHPの完全回復だからだ。

 

 まさに《天啓的な治療(オラクルヒール)》の名にふさわしい魔法と言えるだろう。

 

 ……え?

 どうしてそんな魔法を俺とイルマにもかけたかって?

 

 その理由は、皆さんのご推察の通り、彼女が受けていたバッドステータスの名前が原因だった。

 

 その状態異常の名前は、『流行り病』。

 

 なんとも不吉なフレーズである。

 

 俺は、イルマに彼女の世話を頼むと、俺は少女の汚れた服を交換するために、部屋で裁縫に取り掛かるのだった。

 

 ……ちなみにこの少女もお察しのとおり人間ではなかった。

 なぜならその額の上には、小さいながらも二本の角が生えていたからだ。

 

 ――つまるところ、その幼女は鬼っ娘だったのだよ。

 

(やっぱり、鬼と来たら衣装は和服だよね!)

 

 俺はそんなことを考えながらアイテムストレージを開いて、そして残念なことに材料が足りなかったことに愕然とするのだった。



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二十三話 あの、俺ってそんなに怖い顔してますか?

 どうも。

 昨日なんか神社見つけたらいきなりレベル100のフィールドボスと戦うことになり、なんやかんやあって鬼っ娘を助けることになりましたアリスです。

 

 いゃあ、鬼っ娘。

 いいですよね〜。特にツノが。

 鬼っ娘の魅力と言ったらなんと言ってもあの特徴的なツノですよ。

 

 男なら雄々しく、太く硬く大きく強く。

 女なら女々しく、艶かしく妖艶に艶やかに。

 

 角の大きさやデザインは様々だけど、俺はやっぱり鬼の角は山羊や羊の角についで大好きです。

 

 さてはて。

 鬼っ娘の魅力について語るのはここまでとして。

 

 鬼っ娘――鑑定スキルで名前を確認してみると、どうやらリンカという名前のようだ――のことをこれからどうするかを考えていこうと思う。

 

 とりあえず昨日は、血反吐で汚れた体をイルマちゃんに頼んでキレイにしてもらい、新しい服に着替えさせてはおいたけど……。

 

 他にも、あのハンプティさんが何かむしゃむしゃ食べてたところから予想するに、彼女と同族か、もしくは彼女たちが暮らしていた場所の跡地か里か、なんかそんなものが近くにある気がするんだよな。

 

 ――閑話休題。

 

「あ、起きたんだ」

 

 リンカを保護したその翌日。

 俺が小屋に戻ってくると、リンカが目を覚ましていた。

 

「はい。

 先程、事情を説明しておきましたが、まだ少し状況が呑み込めていないようです」

 

「ありがと、イルマちゃん」

 

 俺は礼を言うと、イルマが淹れたのだろうハーブティーを飲みながら、こちらの様子をうかがっている幼女の近くへ行き、しゃがんで目線を合わせた。

 

「えーっと……。

 まずはおはようだね。そしてはじめまして。

 俺――(いや、ここは“私”というべきだろうか……?……う〜ん、まあいいや)――俺はアリスだ。

 そこのメイドの友達で、主人だ」

 

 あまり情報が多くても混乱するだろうし、自己紹介はこのくらいにするか。

 

 俺はできるだけ柔らかい笑みを意識しながらそう告げると、君の名前は?と尋ねた。

 

 ……いや、知ってるんだけどね?

 この前、と言ってもイルマと遭った日に言われたんだけど、教えてもないのに突然名前を呼ばれたりすると、尋常じゃなく怖いんだってさ。

 ……そりゃそうだよね。

 俺だって見知らずの赤の他人にいきなり名前を呼ばれたら驚く。

 

 だからこうして、ワンクッション置いて名前を呼ぶことにしたんだ。

 

「……リンカ」

 

 鈴のような響きだ。

 甘い色をしている。

 桜色に少し水色を混ぜた感じか。その中に仄かな、暖かな春の黄緑色と、鮮やかなオレンジ色を感じさせる、凛とした、優しい声音だ。

 

「リンカちゃんか。

 よろしくね?」

 

「……ん」

 

 彼女は警戒心たっぷりの赤い瞳で下から見上げながら、カップに顔を隠しつつ頷いた。

 

「かわいい……」

 

 思わず、そんなセリフが口をついて出る。

 

 なんというか、保護欲をそそられる感じがする。

 もしかして、なにかそういうスキルでも持っているのかな?

 それとも称号?

 

 否、素材の力だ。

 

 俺はそんな彼女の様子に、ゴクリと喉を鳴らした。

 

「お嬢様、リンカちゃん怯えてますよ」

 

 不意に、イルマの諫言が入る。

 言われて、彼女がジリジリと後ろへと交代していたことに気付く。

 

 ……そんな怖がられるようなこと、したっけ?

 

「なんか……ごめんね?」

 

 俺はとりあえずそう言うと、ちらりとイルマちゃんの方を向いた。

 すると彼女は、ごく僅かに肩をすくめると、リンカちゃんの側へと移動した。

 

「お嬢様はお気づきになられていないのかもしれませんが……。

 お嬢様、目から光が消えてましたよ?

 当然怯えもしますよ」

 

 ……え、目から光が消えてた?

 

 いや、たしかに夢中にはなってたよ?

 かわいいし、どんなデザインの着物が似合うかな〜とか、いろいろ思いを馳せながら見てはいたけど……。

 

「……俺の目、そんなに狂気的だった?」

 

「そのようなお言葉が自ら出てくるのでしたら、もう少しお加減を覚えてください」

 

「加減って言われてもね……。

 自分じゃわかんないし」

 

 彼女の皮肉に、俺は視線を逸らす。

 

 そういえば貴族とか商人ってポーカーフェイス巧かったりするけど、あれはどうやって習得するんだろうね?

 

「……そうですね、にらめっこでもして、ポーカーフェイスを覚えてはどうですか?」

 

 そんな考えが顔にでも出ていたのか、今度はあからさまな溜息を吐いて、そんな提案をした。

 

「にらめっこって……」

 

 小学生以来した覚えないな……。

 

「……」

 

 ちらり、とリンカの方を見やる。

 

「お嬢様、またハイライトが消えてます」

 

「ハッ!?」

 

 気づけば、リンカちゃんはイルマの後ろへと退避していた。

 

(うぐぅ……。

 ちょっと傷つくよ、リンカちゃん……?)

 

 俺はそんな彼女の態度にがっくりと肩を落とすと、これからのリンカちゃんに対する応対をどうするべきかと思案した。

 

「はぁ……。

 ま、いっか。どうせイルマちゃんに懐いてるんだし、リンカちゃんの事はイルマちゃんに任せるよ」

 

 俺はその場から立ち上がると、メニューを開いてフレンドステータスの項目を開く。

 だがしかし、そこにはまだリンカちゃんの名前は表示されてはいなかった。

 

「畏まりました、お嬢様。

 リンカちゃんの事は、私が責任持って面倒を見ましょう」

 

「悪いね、助かるよ」

 

 俺はウィンドウをオフにすると、その部屋を後にした。



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