佐藤心が隣にいる日常 (グリーンやまこう)
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佐藤心との日常

「お疲れ様です八坂さん」

 

 

 事務処理をしていた俺の机にお茶の入った湯飲みが置かれ、俺は顔を上げる。

 

 

「あ、わざわざすいません、千川さん」

「いえいえ、気にしないで下さい」

 

 

 お礼の言葉に笑顔を浮かべるのは千川ちひろさん。俺の同僚である女性の方だ。今日もいつも通り、緑のスーツに身を包んでいる。

 

 

「お仕事もほどほどにしてくださいね。別に今は忙しい時期でもありませんから」

「この仕事を終わらせてから帰るつもりだったんで大丈夫ですよ。お気遣い感謝です」

 

 

 俺も千川さんに向かって笑顔を浮かべる。

 この人は一部のプロデューサーさんから悪魔だのなんだのと言われているが、こんなに美人で気遣いの出来る人が悪魔なわけがない。おかしな人もいるもんだなぁ。

 たまに何かしらのドリンクをプロデューサーの方に配っているが、あれも差し入れの一種だろう。

 

 

「それなら良かったです。だけど、無理は本当に禁物ですからね?」

 

 

 そう言って再び笑顔を浮かべる千川さん。やっぱり彼女は天使だな。悪魔とか鬼とか言ってるやついい加減にしろ。

 

 さて、そろそろここが一体どこで、俺が一体どこで働いているのかを説明しなければいけない。ここは346プロダクション。

 芸能プロダクションとして古い歴史を持つ老舗であり、歌手や俳優が多数所属している。社内に撮影設備を有するなど、事務所の規模は961プロや建物が拡張しきった状態の765プロ以上。

 所属する芸能人を売り出すのみならず、映像コンテンツの企画立ち上げも行っているなど、その活動の幅も広い。

 

 その中でも3年前に創立されたアイドル部門からは多くの有名アイドルユニットが誕生するなど今、最も勢いのある部門と言っても過言ではないだろう。他にもプロジェクトルームであったり、オフィス、資料室など様々な部屋が存在している。

 

 そんな中、俺はアイドル部門の事務として働いていた。名前は八坂大和。年齢は26歳でもちろん独身。

 大卒四年目の社会人で、都内のマンションで一人暮らしをしている。最初こそ、別の部署で働いていたのだが、二年ほど前に人事異動でこの部署にやってきたのだ。何でもアイドル部門の人気急上昇による人手不足なんだとか。

 もちろん、アイドル部門だけあってこの事務所には大人から子供まで様々なアイドルたちが在籍している。事務所は基本的に出入り自由で、仕事までの待ち時間や暇な時間に来ている子が多い。

 

 

『お疲れ様です!』

「あっ、お疲れ様です卯月ちゃん。それに凜ちゃんと未央ちゃんも」

 

 

 もちろん、こうして仕事をしている間にもこんな風に誰かしらアイドルが入ってくる。今入ってきたのはニュージェネの三人組だ。

 島村卯月、渋谷凛、本田未央の三人で組まれている今事務所でも一押しのユニットだ。

 

 

「大和さんもお疲れ様です!」

「お疲れ、三人とも。今日は撮影?」

「はいっ!」

「大和さんはお仕事中?」

 

 

 未央ちゃんが後ろから俺越しにパソコンを覗き込んでくる。彼女の距離の近さに最初は驚かされたものの、最近は慣れたものだ。というか、この事務所のアイドルたちは距離が近すぎる気がする。

 

 

「そうだよ。今日までに終わらせないといけないんだ」

「それにしても、大和さんってよくこんな場所でお仕事出来るよね。話しかけてる私たちが言うのもあれだけど、この事務所って結構うるさいと思うんだけど?」

「どっちかというとうるさいほうが集中できるんだよね。ほらっ、人の声って安心できるからさ」

「そうなんだ」

 

 

 凜ちゃんの言葉に「そうなんだ」と頷く。俺は静かな空間で仕事をするよりも、若干うるさいくらいの場所で仕事をした方が捗るのだ。千川さんやプロデューサーさんもここで仕事をしてることが多いしな。

 それに色々なアイドルの子たちと話すことが楽しいということもある。この事務所には個性的なアイドルも多いので話していると楽しいのだ。まぁ、たまに個性の強すぎるアイドルもいるんだけど……。

 

 そんなわけでニュージェネの三人が帰るまで適当に話していたのだが、その三人も帰ってしまった為、俺は残った仕事を黙々と片付けていく。そしてようやく残っていた仕事が一段落した。

 仕事を片付けている間に多数のアイドルが出入りしていたが、今の事務所には俺しかいない。千川さんも既に帰宅している。

 

 凝り固まった身体をほぐすために大きく伸びをしていると、

 

 

「お疲れさまっ☆ しゅがーはぁとからの差し入れだぞっ!」

 

 

 今度は湯飲みではなく缶コーヒーが俺の机に置かれる。作られたようなぶりっ子口調に俺はげんなりしつつ顔を上げ、渋々お礼の言葉を口に出した。

 

 

「……ありがとうございます、佐藤さん」

「だから、しゅがーはぁとだって言ってんだよ☆ というか、何で渋々お礼言ってんだ?」

「佐藤さんにお礼を言うのは何となく屈辱的で」

「ぶっ飛ばすぞ♪」

 

 

 視線の先にいたのはしゅがーはぁとこと、佐藤心。彼女も346プロに所属する正真正銘のアイドルだ。アイドルらしく? 露骨にキャラを作っている。もはやここまでキャラを作れたら感心するレベルだ。

 

 ちなみに俺と彼女の間にはとある関係があるのだが……まぁ、多分すぐにわかるのでその時にでも説明します。

 

 

「それでどうかしたんですか? 差し入れをしてくるってことは何か裏があると思うんですけど」

「いや、後どのくらいでお仕事が終わるのかなって☆」

「たった今ひと段落したところですよ。もう今日の仕事はお終いです」

「おっ、ナイスタイミング♪ それならこの後一緒に……どうかな?」

「別にいいですよ。ただ……そのいかにも『しゅがーはぁとです!』って格好は何とかしてください。ただでさえ、佐藤さんは目立つ格好をしているので」

「えぇ~、いいじゃん別にぃ~。この格好可愛いでしょ?」

「痛い」

「正直すぎるだろ☆ もっとオブラートに包めや♪」

 

 

 なんてやり取りの後、素直に更衣室へと向かう佐藤さん。

 その間に俺はパソコンの電源を落とし、帰る準備をしておく。というか、帰る準備をしておかないと佐藤さんが「早くぅ~、早くぅ~」とうるさい。

 

 

「お待たせっ♪」

 

 

 そして帰ってきた佐藤さんは、Tシャツにジーパンというラフな格好になっていた。髪もトレードマークであるツインテールからポニーテールへと変貌している。

 伊達眼鏡もかけているので、これならアイドルの佐藤心だって誰にも気づかれないだろう。

 

 

「んじゃ行きますか」

「レッツゴー!」

 

 

 戸締りをして事務所を後にする。そして事務所から10分ほど歩いたところで目的のお店が見えてきた。俺は扉を開けて中に入る。

 

 

「いらっしゃいませー! 何名様で?」

 

 

 やってきたのは近くにある居酒屋だった。この居酒屋は料理もお酒も美味しいのでそこそこの頻度で来ている。

 

 

「二名なんですけど」

「カウンター席か、奥の座敷になりますがどうしますか?」

「それじゃあ奥の座敷でお願いします」

「かしこまりました。それではご案内いたします」

 

 

 店員さんの案内で奥の座敷へと向かう。そして俺と佐藤さんが座ったところで店員さんが再び口を開く。

 

 

「ご注文がお決まりでしたらお呼びください」

「あっ、取り敢えず生を二つと、焼き鳥の盛り合わせをお願いします」

 

 

 店員さんが戻っていったところで俺はスーツを脱ぎ、ネクタイも外してラフな格好に。

 すると、すぐにジョッキを持った店員さんが戻ってきた。

 

 

「お待たせしました。生二つです」

「ありがとうございます」

 

 

 ジョッキを受け取り、俺はジョッキを軽く掲げる。

 

 

「それじゃあ乾杯」

「かんぱーい!」

 

 

 カチンッとジョッキを合わせ、ビールを喉へと流し込む。疲れた体にキンキンにビールが染み渡り、思わず「あ~」と声を出してしまった。

 そんな俺を見て佐藤さんがニヤニヤとした笑みを浮かべる。

 

 

「おっさん臭いぞ、大和君♪」

「口の周りにビールの泡をつけてる佐藤さんに言われたくないですよ……って、もう敬語はいいのか。心もそのぶりっ子口調をやめて大丈夫だぞ」

「ぶりっ子口調って言うなよな☆ ……まぁ、やめるけど」

 

 

 そう言って再びビールのジョッキを傾ける心。あっという間に心のジョッキが空になってしまった。今日は少しだけピッチが速い。

 そんなタイミングで店員さんが焼き鳥の盛り合わせを持ってきた。

 

 

「お待たせいたしました。焼き鳥の盛り合わせです」

「あっ、生をもう一つ! 後はこれとこれもお願いします」

「かしこまりました」

 

 

 止める間もなかった。心がビールと適当なおつまみを注文し、店員さんが再びジョッキを片手に戻ってくる。

 それを受け取った心は上機嫌でビールを飲んでいる。

 

 

「おいおい、ピッチが速いぞ。空きっ腹に酒を入れると酔いが早いから、もっとゆっくり飲めって。焼き鳥もあるんだし」

「固いこと言うなよ。それに明日の仕事は午後からだから大丈夫だって」

 

 

 ケラケラと笑う心に俺は「はぁ……」とため息をつく。大丈夫って、酔いつぶれたら運ぶのは俺なんだぞ? 

 

 さて、俺の仕事と同様、そろそろ心との関係を説明しないといけない。簡単に言えば腐れ縁の幼馴染である。小学生の頃、俺の住んでいた家の隣に引っ越してきた。

 詳しいことは省略するが引っ越して以来、紆余曲折を経て偶然にも同じ会社で事務員とアイドルとして働いているというわけである。ほんと、偶然にもほどがあるよな。ちなみに口調を仕事とプライベートで変えているのは、仕事に私利を挟まないためである。

 そんな中、あっという間にジョッキの半分を飲み干した心は少しトロンとした瞳を俺に向ける。

 

 

「……それに、こうして大和と飲める時は多くないんだからたくさん飲みたいの。大和と飲んでると楽しいから」

「……そっか」

「あっ、今照れたでしょ? 照れたでしょ? あっはっは!! 大和ってばかわぁい~い~」

 

 

 畜生、とろんとした瞳と少しだけ染まった頬に騙された。どうやら心は俺をからかうために今の発言をしたらしい。

 顔だけは美人とはいえ、酔っぱらいに騙されるとは何という屈辱。ニヤニヤとした顔で俺を見つめる心を睨みつけるも、まるで効果はなかった。

 

 

「お待たせいたしました。たこわさとエイヒレです」

「ありがとうございます。すいません、強めの焼酎をロックでお願いします」

 

 

 おつまみを持ってきた店員さんに、若干やさぐれながら注文をする。というか、心が注文したおつまみってたこわさとえいひれっておじさんかよ。

 

 しばらくして運ばれてきたお酒(焼酎のロック)を勢いよくぐびっとあおる。

 

 

「まぁまぁ、そんなに拗ねんなよって。大和と飲むのが楽しいってのはほんとだからさ」

「もう騙されねぇぞ」

「騙してねぇぞ。だって大和と飲むときはキャラを作らなくてもいいから楽だし、何より一緒に居て落ち着くからな」

 

 

 たこわさを食べながらにへらと頬を緩ませる心。事務所やテレビの前ではあまり見せない緩んだ表情。

 その表情を見て怒る気が失せてしまった俺は、心が注文していたエイヒレを箸で摘まみ、口の中に放り込む。

 

 

「たこわさを食べながら言われてもなぁ~。説得力皆無だぞ」

「あっ、たこわさをバカにしたな。たこわさは美味しんだぞ!」

「別にたこわさはバカにしてない。バカにしてるのは心だけだ」

「はぁっ? ちょっと表出ろや」

「落ち着けって。冗談だから。というか、女子がそんなおっかないこと言うなって」

 

 

 立ち上がりかけた心をどうどうと落ち着かせる。ただ、心は別に本気で怒っているというわけではない。至っていつも通りの俺たちである。

 これくらいの軽口をたたき合えるのも腐れ縁だからこそだ。

 

 

「全く、言っていい冗談と悪い冗談があるんだからな」

「ごめんごめん。悪かったよ。心だからいいと思ってさ」

「ビール、ジョッキ一杯で許す!」

「はいはい。すいませーん。店員さん、生一つ」

 

 

 そんな感じで心との飲み会は楽しく進んでいき――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぷっ……の、飲み過ぎた。気持ちわるぃ……」

「知ってた」

 

 

 帰り道。俺の肩に掴まっている心は青い顔で頭を押さていた。アイドル佐藤心は見る影もない。

 あれからそこそこのペースで飲み進めていたので、ある意味当然である。心の暴走を止められなかった俺にも責任はあるのだが、それ以上に飲みまくっていた心も悪い。

 

 

「や、大和は毎回平気そうだよね。あれだけ飲んでたのに……」

「俺は強いからな。そもそも俺まで潰れてたらどうやって帰るんだよ?」

 

 

 一回、俺も心もべろべろに酔ってしまった時があったのだがあれは酷かった。もう二度と思い出したくないくらいに。

 

 

「確かに……うぷっ!?」

「あーあー、もう何も話すな。家まで歩けそうか?」

「む、無理ぃ……」

「口調が森久保みたいになってるぞ。はぁ、全く毎度毎度……ほら、背中に乗れって」

 

 

 組んでいた肩を外し、心の目の前で屈みこむ。そして彼女がしっかり背中に掴まったことを確認して、立ち上がった。

 

 

「よしっ、それじゃあ改めて帰りますか。……背中では吐くなよ?」

「ぜ、善処します……」

「こりゃ、急いで帰らないと……」

 

 

 しかし、急いで帰ろうとして背中を揺らすともれなく吐しゃ物が降りかかってくるので、振動は最小限に抑える必要がある。何とめんどくさい酔っぱらいだろうか。

 この居酒屋から心の住むマンションまで10分程度なのが唯一の救いである。

 

 

(心を運ぶのは慣れたけど、背中の感触にはいつまでたっても慣れないな……)

 

 

 彼女のスリーサイズは公式でも『ボン・キュッ・ボン』とふざけた表示がなされているため、正式なサイズは分からないのだがかなりいいほうだと思う。

 こうしておんぶしている俺が言うんだから間違いない。Tシャツ越しに押し付けられる二つの双丘はかなりの破壊力がある。

 

 

「うー……うー……」

「……はぁ」

 

 

 耳元で吐き気に耐えるうめき声さえ聞こえなければムラムラしていたところだろう。俺はため息をつきながらマンションまでの帰路を急ぐ。

 そして、彼女が限界を迎える前に何とかマンションへとたどり着いた。運よくエレベーターも一階にとまっていたため、それに乗り込んで心の住む部屋の階に向かう。

 

 

「や、やまとぉ……そ、そろそろやばい……」

「頑張れっ! あと一分もしないうちにつくから!!」

 

 

 スーツに危機を感じた俺は、必死に心を励ます。彼女の部屋がある6階に到着し、彼女が吐かないよう細心の注意を払いながら歩みを進める。

 

 

「おい、鍵はどこに入ってる!?」

「ジーンズの、右ポケット……」

「なんでそんなところに……セクハラとか言うなよ」

 

 

 俺は一旦、心を降ろしてからジーンズの右ポケットに手を突っ込む。目的の物はすぐに見つかった。

 鍵を取り出した俺は急いで扉を開け、心と共に部屋の中へ。彼女をトイレの中に放り込んだところでようやく一息ついた。

 

 

「無駄に疲れたな……」

 

 

 げんなりしつつ俺はスーツを脱いでからキッチンへと向かう。取り敢えずスーツが汚れなくてよかった。

 

 

「冷蔵庫に水は……おっ、あったあった」

 

 

 食器棚から二人分のグラスを取り出してペットボトルの水を灌ぐ。それをリビングへと持っていき、ソファに腰を下ろす。

 俺がグラスの水を半分ほど飲んだところでげっそりとした心がトイレから戻ってきた。先ほどよりはましになっているのだが、それでも酷い。ほんとアイドルがしちゃいけない顔をしている。

 

 

「大丈夫か?」

「さ、さっきよりは……」

「ほらっ、取り敢えず水飲めって」

「ありがと」

 

 

 俺の隣に腰を下ろした心は、差し出した水をゆっくりと飲んでいく。彼女が水を飲み干したのを確認してからグラスを預かり、もう一度キッチンへ。

 水をグラスに入れてまた戻ってくる。

 

 

「ほらっ、もう一杯は飲んどけ」

「ありがとう。……悪いね、いつもいつも」

「もう慣れちゃったよ。一緒に飲みに行くと三回に一回は酔いつぶれるから」

「ふふっ、流石大和。頼りになる~」

「褒めても何もでないぞ」

 

 

 その後は心の様子を見守っていたのだが、大丈夫そうだったので俺は立ち上がる。

 

 

「んじゃ、もう大丈夫そうだし俺もう帰るわ。明日も仕事だし」

「あたしも仕事だけど、午後からだからもう大丈夫」

「遅刻しないよう、一応目覚ましだけはちゃんとかけとけよ?」

「分かってるって~。ほんと大和ってお母さんみたい」

「お母さんみたいに心配させる心が悪いんだよ。それじゃあまたな」

「ありがとね~。また今度お礼はするから」

「期待せずに待っとくよ」

 

 

 そう言って俺は、脱いでいたスーツを持って心の部屋を出る。そして……左隣の部屋の鍵を開けて中へと入っていった。

 

 

 これが俺と佐藤心のちょっとした日常。恋人とは言えないけど、友達ともいえない絶妙な距離感。

 

 俺はこんな日常を過ごしながら346プロで働いています。



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飲み会

「すいません八坂さん、ちょっといいですか?」

 

 

 心と一緒に飲みに行ってから大体二週間ほど経過したある日。

 

 

「はい、なんですか千川さん?」

 

 

 今日も今日とて仕事をしていた俺の元に千川さんがやってきた。俺はキーボードを打つ手を止めて、千川さんへ視線を向ける。

 

 

「実はですね、モノクロームリリィの二人を迎えに行くはずだったプロデューサーさんが急遽、別の現場に行くことになってしまいまして。代わりに二人を迎えに行ってほしいんです」

「あぁ、そういうことですか。良いですよ。二人はどこにいるんですか?」

「すいません、ありがとうございます。えっと二人は○○テレビ局に居てですね……」

「分かりました。それじゃあ行ってきますね」

 

 

 千川さんから説明を受けた俺は一度パソコンの電源を切り、車の鍵を持って事務所を出る。

 こうしてプロデューサーさんが急遽迎えに行けなくなるということはよくあるので、こうして迎えに行くのも慣れたものだ。人数も明らかに足りてないしね。早く新人でも何でもいいから、プロデューサーを入れてほしいものである。

 そんなわけで俺は車を走らせ、モノクロームリリィの二人が撮影をしているテレビ局へ。

 

 

「えっと駐車場は……あっ、ここか」

 

 

 局内にある駐車場に車を止め、二人が待っている場所へと向かう。俺が千川さんに教えてもらった場所についた時には既に、二人は談笑しながら待っているところだった。

 

 

「お疲れ二人とも」

「あれっ? どうして大和さんがこんなところに?」

 

 

 手をあげながら二人に声をかけると、加蓮ちゃんが不思議そうな声を上げる。

 

 

「実はプロデューサーさんが迎えに来れなくなっちゃって、急遽俺が来ることになったんだ」

「そうだったんだ!」

「そういう事。奏ちゃんもよろしく」

「えぇ、こちらこそよろしくね大和さん」

 

 

 大人っぽい笑みで微笑んだのは奏ちゃん。この北条加蓮ちゃんと速水奏ちゃんとのユニットがモノクロームリリィである。そんな二人と共に車へと乗り込み、事務所までの道を走らせる。

 その最中、

 

 

「ねぇねぇ、大和さんとはぁとさんって実はどんな関係なの?」

 

 

 興味津々といった様子で、後部座席に座る加蓮ちゃんが質問してきた。目がいつもより輝いているのは気のせいじゃないだろう。

 

 

「実はって、俺と佐藤さんはただの幼馴染だよ」

「えぇ~、絶対それだけじゃないでしょ? 奏もそう思うよね?」

「どんな関係かはともかく、ただの幼馴染ではないでしょうね。だって、裏ではため口で名前呼びなんだもの」

「奏ちゃんまで……ほんと、あの時に油断さえしなければ」

 

 

 実は俺と心が幼馴染ということは、内緒にしておきたかったのだ。変な噂が流れても嫌だったので……。

 しかし、ある時うっかり「心」と呼んでしまったのが運の尽き。その日は事務所にいたアイドルたちからの質問攻めで疲れた記憶しかない。

 更に女子の多い事務所ということで噂が広まるのも早く、今ではアイドル部門で知らない子の方が少ないくらいだ。

 

 

「とにかく、俺と佐藤さんの間には何もないよ。ただの幼馴染で腐れ縁なだけ」

「えぇ~、つまんなーい!」

「というか、加蓮ちゃんは俺をいじって遊びたいだけでしょ?」

「あっ、ばれた?」

 

 

 テヘッと舌を出す加蓮ちゃん。全く……これで実はマンションの部屋が隣ですなんて言ったらどうなることやら。

 彼女と同じユニットの奈緒ちゃんはほんと大変だな。まぁ、あれは奈緒ちゃんがいじりやすいってのもあるかもしれないけど。

 

 

「だけど、何もないって言うのはやっぱり信じられないわ。よく言うじゃない。男と女の間に友情は成立しないって」

「いや、それもそうだけど、俺と心は本当に何もないから」

 

 

 幼馴染というのは得てしてそんなものだ。距離は近いが、それ以上でもそれ以下でもない。

 

 

「うーん、やっぱり大和さんは口が堅いからボロが出ないね~」

「心に聞いても同じ感じだと思うから、聞いても無駄だと思うぞ。そもそも、どうして俺と心の関係をそんなに知りたがるんだよ?」

「だって、私や奏って幼馴染って呼べるような人がいないからさ。どういうものなのかなって。気になる人も多いんだよ」

「みんなが憧れる様な感じではないけどな~。まぁ、気を遣わなくてもいいってことは大きいかもしれないけど」

 

 

 こんな感じで事務所までの車内は加蓮ちゃんと奏ちゃんから質問攻めにあったのだった。

 

 

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 

 

 車内で色々なことを話しながら事務所へと戻ってきた俺は残っていた仕事を片付け、さて帰ろうとした時に一通のメッセージが俺のスマホに届いた。

 差出人は心。内容を確認すると、

 

 

『今日、居酒屋○○に集合な。居酒屋に入ったら佐藤の友人て言えばわかるから。……バックレは許さないぞ☆』

「……何だこのメッセージ?」

 

 

 取り敢えず俺はこの後、心の指定してきた居酒屋に行かなければいかなくなってしまった。しかも、いつも行っている居酒屋ではなく、少しだけ事務所から離れた場所にある居酒屋である。

 どうしてこんな場所を? まぁ考えていても仕方がないので帰りの準備を済ませて事務所をでる。

 

 

「それじゃあ、お疲れ様です千川さん」

「はい、お疲れ様です」

 

 

 千川さんに頭を下げ、俺は指定された居酒屋に向かう。グーグルマップを頼りに向かうこと約30分。

 

 

「このお店か」

 

 

 パッと見はどこにでもありそうな普通の居酒屋なのだが、どうやら完全個室を備えているらしく人目を気にせずお酒を楽しめるらしい。

 別に個室なのは構わないのだが、いつも普通の居酒屋で飲んでいる俺たちからしたら違和感がある。もしかして、心以外にも誰かいるのかな? 

 そう思いながら扉をくぐり、近くに来た店員さんに佐藤の友人であると告げる。

 

 

「かしこまりました。それではご案内いたします」

 

 

 案内された部屋の中から、どうにも聞いたことのある声が複数聞こえてきたのだが今は気にしないことにした。

 靴を脱いで中に入る。すると、

 

 

「おっ、やっと来た! おっそいぞ大和君!」

「大和、このしゅがはを待たせるとか罪な奴だな♪ まぁ今日に関しては許してあげるけど☆」

 

 

 一番に飛び込んできたのはグラスを片手に上機嫌な片桐早苗さんと、すっかり出来上がっている様子の佐藤心の姿。初っ端から頭の痛い光景だが、その隣で苦笑いを浮かべている三船さんがいたので許す。

 

 

「ご注文は何かございますか」

「取り敢えず生を一つお願いします」

 

 

 注文を済ませ、着ていたスーツをハンガーにかける。

 

 

(さて、どこに座ろうか……)

 

 

 俺が視線を巡らせていると、楓さんがちょいちょいと手招きをしていることに気付いたので遠慮なく彼女の右隣へ。しかも俺の座った右隣には三船さんもいる。

 

 

「ふふっ、お疲れ様です大和さん」

 

 

 俺の隣で微笑んだのは346プロに所属するアイドルの一人高垣楓さん。元モデルでダジャレが好きというなかなかお茶目なアイドルだ。

 ちなみに、先ほどジョッキを片手に上機嫌だった片桐早苗さんは元警察官という経歴であり、三船美優さんは元OL。うちの事務所が個性的である所以みたいなものだな。

 これはもう、スカウトしてきたプロデューサーさんを褒めるべきだろう。今日はこの三人に俺と心を含めた5人で飲むらしい。

 

 

「お疲れ様です楓さん。今日はこの四人で仕事だったんですか?」

「いえ、そういうわけではなくて元々この四人で飲もうと約束していたんです」

「それで、女四人で飲んでもつまらないから大和君を誘ったってわけ!」

「なるほど。プロデューサーさんは誘わなかったんですか?」

「誘ったんだけど、まだ仕事が残ってるんだって。ほんと働き者よね、うちのプロデューサー君たちは」

 

 

 男一人では若干居心地が悪いのだが、仕事なら仕方がない。それにしても、このタイミングで来ている俺は何だか暇人みたいなのだが……。

 

 

「こうしてみると、大和って暇人みたいだね~」

「俺の思ってたことを口に出すなよ。否定できないから辛いんだ」

 

 

 案の定、心にツッコまれた。うちの場合はプロデューサーさんたちが働き過ぎなだけです。俺は至って標準です。

 そもそも、単なる事務員とプロデューサーの仕事を比べることから間違っている。

 

 

「まぁまぁ、誰が暇なのかはどうでもいいことなのよ。こうして楽しくお酒が飲めれば。あっ、大和君の生が来たわよ」

 

 

 店員さんからジョッキを受け取り、改めて他の四人とグラスを合わせる。しかし、楓さんにだけはなぜか避けられ、

 

 

「酒に避けられる……ふふっ」

「いや、あんたのせいでしょうが……」

 

 

 この人もすっかり出来上がっているみたいだ。楓さんは酔うとなかなか面倒である。酒豪には変わりないんだけど……。

 適度に料理を摘みつつ、俺は四人の中で唯一の良心、唯一の癒しである美優さんに声をかける。

 

 

「お疲れ様です、美優さん」

「お疲れ様です。なんか無理やり参加させちゃったみたいですみません」

「いえいえ、いいんですよ。どうせ心の言う通り今日は暇でしたから」

「そうですか? それなら良かったです」

 

 

 微笑む美優さん。あぁ、やっぱりこの人は天使だ。酔っても変に絡んでこないし、騒いだりしないし、酔ったら酔ったでちょっと艶っぽくなるし……。

 ただ、あまりお酒は強い方ではないらしいので、大抵サワーや度数の弱いお酒をよく飲んでいる。

 

 

「サワーにあまり差はない……うーん、いまいち」

 

 

 楓さんがまた何か言ってたけど無視した。

 

 

「美優さん、今日は撮影ですか?」

「いえ、今日はテレビの撮影で……クイズ番組だったんですけど、あまり答えられませんでした」

「むしろ、美優さんはそれでいいんですよ」

「えぇっ!?」

 

 

 視聴者の皆さんは、美優さんがアワアワと慌てる姿を楽しみにしてるのだ。別に答える、答えられないは別にして。

 本人は気付いていないみたいだけど、そこがまた彼女の可愛いところでもある。

 

 

「で、ですが、クイズ番組は正解を出さないと意味がないんじゃ?」

「有名大学の人ならそうかもしれませんけど、美優さんなら問題ないんです。むしろ答えなくてもいいくらいですから!」

「それは絶対ダメですよね!?」

 

 

 俺が美優さんと楽しく会話していると、

 

 

「やまとぉ~」

「……なんだよ? というか、いつの間に移動してきた?」

 

 

 鬱陶しいやつが絡んできた。せっかく美優さんとの会話を楽しんでいたというのに……。

 ビールのジョッキ片手に移動してきた心に、心底げんなりした表情を浮かべる。左隣にいた楓さんは、早苗さんの横でにこにこと日本酒のおちょこを傾けていた。

 

 

「いや~、ちゃんと飲んでるかなって! あれっ? 大和ってばジョッキが空いてるぞ! 店員さん、生一つ追加で!」

「勝手に注文すんなよ。あぁ、すいません。生とお冷を一つお願いします」

 

 

 もちろんお冷は俺の分ではなく、心の分である。まだ二人で飲んだ時ほど酔ってはいないけど、それでも酔い過ぎないに越したことはない。

 店員さんがビールとお冷を持ってきてくれたので、お冷を心に差し出す。

 

 

「ほらっ、取り敢えず水飲んどけって」

「えぇ~、はぁとはまだまだ飲めるよ~?」

「そう言ってるやつが一番危ないんだよ。料理もまだまだあるんだからそっちを食べろって」

「ぶーぶー、やまとのケチー」

 

 

 唇を尖らせながらも料理を口に運ぶ心。若干可哀想ではあるのだが、べろべろに酔った心を背負って帰るよりはよっぽどましである。

 

 

「あっ、これ美味しー! 大和も食べる?」

「いいのか? それじゃあこの皿によそって――」

「はい、あーん♡」

「何してるの、バカなの?」

 

 

 唐揚げを箸で摘まんで差し出してきた心を半眼で睨む。あーんとか、バカップルかよ。

 二人きりならともかく、他のアイドルたちがいる前でこんなことは流石に恥ずかしい。……いや、二人きりでもダメか。

 

 

「バカとは何だバカとは! 失礼な奴だな」

「だってバカじゃん。俺たち、もう26だよ?」

「別にいいじゃーん。幼馴染なんだし。こういう事するのに年齢は関係ないんだよ。ほらほらあーん♡」

「いやいや、やらないって。早苗さんたちからも何とか言ってやってくださいよ……って、全員興味津々!?」

 

 

 無言でスマホを掲げる早苗さん、楓さん、そして美優さん。その目は「おい、早くしろよ」と言っている。おかしいな、味方が誰もいない。

 

 

「大和に味方はいないんだよ♪ というわけで、あーん♡」

「……あーん」

 

 

 渋々、誠に遺憾ながら、心からの唐揚げを受け入れる。その瞬間、パシャパシャと音を立てる三人のスマホ。しかも連写された。

 

 

「どう? 美味しいでしょ?」

「美味しいよ。……普通に食べられればもっと美味しかったんだろうけど」

 

 

 恨みがましい視線を向けるも、心の楽しそうな笑顔に一蹴されてしまった。

 

 

(まぁ、いっか。唐揚げは美味しかったし)

 

 

 ここで引いてしまうあたり、やっぱり俺はなんだかんだ心に甘いのかもしれない。その後は普通に飲み会を楽しみ、

 

 

「それじゃああたしと大和はこっちだから。じゃあね!」

「お疲れさまでした」

『お疲れ様(です)』

 

 

 居酒屋の前で反対方向に帰るという三人と別れ、そのまま心と二人でマンションまでの道を歩き始める。

 今日は心が酔っていない分、帰り道が非常に楽だ。

 

 

「いやぁ、今日は楽しかったな~。大和はどうだった?」

「楽しかったよ。誘ってくれてありがとな」

「ふっふっふ、もっとあたしのことを褒めるがよい!」

「褒めるんじゃなかった」

「冗談、冗談だよ。……大和がそう言ってくれてよかった」

 

 

 いつもより優しく微笑む心に俺も笑顔を浮かべる。

 メールではあんな誘い方だったけど、多分急に誘ったことを気にしているのだろう。幼馴染なんだし、気にしなくていいんだけどな。

 そんなわけで俺は彼女の肩をポンッと叩く。

 

 

「まっ、これからも人数が足りなかったり、暇だったらいつでも誘ってくれ。俺も心に誘われると嬉しいからさ」

「……そっか。じゃあこれからは遠慮なく毎日でも誘うからな!」

「毎日は勘弁してくれ。肝臓が壊れる」

「大和の嘘つき~。さっきと言ってることが違うぞ!」

 

 

 こうしていつもの感じに戻った俺たちは軽口をたたき合いながら、お互いの住むマンションへと帰っていくのだった。

 

 

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 

 

 心と大和と別れた三人は最寄りの駅に向かって歩き始める。その最中、

 

 

「それにしても、どうして心さんは急に大和さんの横に来たんでしょう?」

 

 

 美優がふと居酒屋で感じた疑問を口に出す。

 

 

「ふふっ、そんなの決まってるじゃない。大和君に構ってもらえなくて寂しかったのよ」

「寂しかった?」

「ここ二週間くらいはお互いに忙しくて、ろくに会話もできてなかったみたいですから。きっと甘えたかったんだと思います」

「そう思うと、心ちゃんって意外と不器用よね。マンションの部屋も隣なんだし、話そうと思えば何時でも話せるのに」

 

 

 ちなみに、この三人は二人の部屋が隣同士だということを知っている。以前の飲み会で、酔った心がうっかり口を滑らせたのだ。大和は絶対に口外しないでと念を押しているため、一応他のアイドルたちにはバレていない。

 

 

「不器用というよりはきっと、相手を気遣ってのことだと思いますよ。まぁそれは大和さんも一緒だと思いますけど」

「親しき仲にも礼儀ありということでしょうか?」

「そういうことだと思うわよ。それにしてもほんと、お似合いの二人よね~」

「ふふっ、今後が楽しみです」

「今度は女子会でも開いて、色々聞いちゃいましょうか」

 

 

 美優の提案は後日、現実になるのだがそれはまた別のお話。



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ファッションショー

「八坂君、ちょっといいかな?」

「あっ、はい。どうかしたんですか?」

 

 

 パソコンに向かって渋面を浮かべていた俺は急いで顔を上げる。すると、そこにいたのは佐藤心のプロデューサーさんだった。

 

 

「えっと、佐藤さんが何かしでかしましたか? それとも佐藤さんのキャラに耐え切れなくなったとかですか?」

「いや、別に佐藤は何もしでかしてないし、キャラにも疲れてないよ。というか、本当に佐藤と幼馴染なんだよね?」

「はい、俺と佐藤さんは小学生からの幼馴染ですよ」

 

 

 俺のあまりの言い草に、プロデューサーさんが苦笑いを浮かべている。しかし、小さい頃から一緒に居れば遠慮もなにもなくなるのが幼馴染ってもんだ。

 それに、心に対して遠慮なんてしていればつけあがるのは目に見えている。

 

 

「まぁそれはいいとして、八坂君。明日は確か休みだよね?」

「休みですよ。もしかして仕事を変わってほしいとかですか?」

 

 

 この人は心の他にも様々なアイドルの担当をしており、いつも忙しそうにしているのだ。

 何度でも言うけど、早く新しいプロデューサーを雇ってあげて! まぁ、プロデューサーさんたちはいつも楽しそうだからいいんだけど。

 

 

「そういうわけじゃないんだ。佐藤が明日、ファッションショーに出るのは知ってるかい?」

「もちろんですよ。佐藤さんからしつこいくらいに言われましたから」

 

 

 正式に出演が決まったのは二か月ほど前で、心から直接報告も受けた。しかし、それから今日にいたるまで心から毎日『ファッションショーまであと○○日だぞ♡』というメッセージが送られてきている。

 嬉しい気持ちは分からなくもないが正直、鬱陶しいことこの上ない。なので最近は無視している。

 

 

「それなら話は早い。……明日なんだけど、心のファッションショーを僕と一緒に見ないかい?」

「えっ? どういうことですか?」

「実はそのファッションショー、一般の観客が見れるスペースの他に関係者だけのスペースもあって、そのチケットが一枚余っているんだ。それで八坂君は佐藤の幼馴染だし、業界の事もよく知っている関係者でもあるから丁度いいと思って」

「なるほど。だけどいいんですか? 確かに関係者かもしれないですけど、俺はただの事務員なのに」

「いいのいいの。そんな細かいところまで気にする人なんて誰もいないから。しれっと『僕、業界人です』って顔をしていれば多分大丈夫だよ」

 

 

 この人も結構適当な人である。しかしファッションショーを見ることなんて、男の俺には早々あることじゃないからいい機会かもしれない。

 休日を潰すのは少し惜しいが、参加させてもらう事にしよう。

 

 

「それじゃあ参加させてもらうことにしますね」

「いい返事がきけて良かったよ。えっと、明日の集合時間と集合場所は……」

 

 

 プロデューサーさんから明日の時間と場所の指示を受ける。

 

 

「あっ、それと大和君が明日来ることを佐藤には内緒にしておいてくれ」

「いいですけど、どうしてですか?」

「そっちの方が面白いからだよ」

 

 

 そう言って悪戯っぽくウインクを決めるプロデューサーさん。理由はよく分からないけど、取り敢えず明日ファッションショーに行くことは心に黙っていよう。

 

 

「分かりました。……あと、ウインク死ぬほど似合ってませんよ?」

「君も佐藤に負けず劣らず毒舌だね……」

 

 

 そんなこんなで明日は心が参加するファッションショーを見学することになりました。

 その日の夜。一応心には俺がファッションショーを見学するということを伏せつつ、『明日、頑張れよ』というメッセージを送っておいた。

 

 

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 

 

 そしてファッションショー当日。

 

 俺はプロデューサーさんに指定された時間に指定された場所へと赴いていた。しばらくすると、プロデューサーさんも駆け足でやってくる。

 

 

「おはようございます」

「おはよう八坂君。今日はわざわざありがとう」

「こちらこそ、誘っていただいてありがとうございました」

「それじゃあ早速行こうか。佐藤はもう控室で待ってるから」

 

 

 どうやらプロデューサーさんは、先に心を控室に送り届けてから俺を迎えに来てくれたらしい。

 そのまま俺はプロデューサーさんに連れられて関係者控室へ。

 

 

「はい、ここにいる間はこの証明書を首からぶら下げてね」

 

 

 関係者であるという証明書を受け取り首から下げる。これで俺も関係者の仲間入りだ。

 

 

「よしっ、まだファッションショーまで時間があるし、佐藤の所に行こうか。多分緊張してるはずだし、八坂君が来れば喜ぶし、緊張も解れると思うよ」

「喜ぶというよりびっくりしそうですけどね。……まさか、最初からそれが狙いですか?」

「どうだろう?」

 

 

 とぼけるプロデューサーさん。まぁ、これ以上の詮索はやめておこう。もしかするとびっくりさせるというよりも、緊張をほぐすことが目的なのかもしれないし。

 そして小さな個室のようなところに入ると、緊張した面持ちの心が鏡の前で深呼吸していた。既にファッションショーで使う衣装を身に纏っている。

 

 

「ふぅ、やっぱり緊張すんな……」

「お疲れ、佐藤」

「あっ、プロデューサー☆ お疲れ……って、えぇっ!? や、大和!? えっ!? はぁっ!?」

「落ち着けって。キャラブレてるぞ」

 

 

 俺の顔を見て驚きの声を上げる心。まぁ、いるはずのない人がここにいるのだからある意味当然の反応か。今から大事なファッションショーが行われるわけだしな。

 

 

「ど、どど、どうして大和がこんなところに!? ぷ、プロデューサー!!」

「ははっ! 実は昨日、僕が誘ってたんだよ。チケットも一枚余ってたし」

「そ、そんなの聞いてないって! 大和もどうして教えてくれなかったの!?」

「プロデューサーさんに口止めされてました」

「プロデューサー、後で覚えておけよ……」

 

 

 恨みがましい視線を向ける心だが、プロデューサーはどこ吹く風だ。

 この人はかれこれ一年ほど心のプロデューサーを務めているので、彼女の扱いはお手の物である。

 

 

「それじゃあ俺は少しだけやることがあるから、後は二人だけで頼んだよ」

「えっ!?」

「分かりました。頑張ってください」

 

 

 心は戸惑っていたものの、仕事があるといって部屋を出ていくプロデューサーさん。部屋には俺と心だけが残された。

 

 

「……はぁ。何で来たんだよ?」

 

 

 ため息交じりに心が俺を見上げる。

 

 

「何でって、プロデューサーさんから誘われたからだけど? それとも、俺が来ちゃいけない理由でもあるのか?」

「いや、別にないけど……」

「じゃあ問題ないじゃん。そもそも、メッセージアプリで『あと○○日だぞ♡』って送ってきたのは心だろ? だから来ても大丈夫かなって思ったんだ」

「そうだけどさ……」

 

 

 そこで言葉を区切った心。その後、少しだけ拗ねた様子で視線を逸らす。

 

 

「……こんな緊張してる姿、大和には見せたくなかったの」

「何だ、そんな事かよ」

「そんな事って――」

「いつも通りでいいじゃん」

 

 

 心の肩を軽くポンッと叩く。

 

 

「スポーツとかでも言われてる通り、自分が持ってる力以上の事をしようとするから緊張するんだ。普段通り、いつも通りの心でいいんだよ。それ以上の事が出来るときなんて、ほとんどないんだからさ」

「でも……」

「でもも何もあるか。いつも通りのしゅがーはぁとをお客さんに見せてこい。お客さんも、ファッションショーのお偉いさんも、プロデューサーさんも、みんなそれを望んでるんじゃないのか?」

 

 

 俺がそう言って笑うと心も少しだけ緊張が解れたのか、表情がやわらかくなる。

 

 

「そうかな? お客さん、沢山声援くれるかな?」

「当たり前だろ。……それに、俺が今まで見てきた中で一番まともな格好してるんだ。だから、自信もって歩いてこい」

 

 

 頬をかきながら目を逸らした俺の言葉を聞いて心は目を見開く。

 そしていつも通りの笑み……と言うよりは、いつもより悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 

 

「……そこは、はぁとの緊張を最大限にほぐすためにも素直に『俺が見てきた中で一番可愛い』って言う所だぞ?」

「うっせ」

「全く、本当に大和は素直じゃないんだから。可愛いやつだな♪」

「だからうるせぇって。……やっぱり言うんじゃなかった」

 

 

 ため息をつく俺を見て、一層楽しそうに笑う心。すっかり緊張は解れたようだけど、なんだか損した気分だ。

 そんなタイミングでプロデューサーさんが戻ってくる。

 

 

「いやぁ、お待たせお待たせ……って、僕はお邪魔だったかな?」

「ぜんっぜん、邪魔じゃないですので大丈夫です」

「そうかい? それにしても……佐藤の緊張も解れたみたいで良かったよ」

「何言ってんのプロデューサー? はぁとは全く緊張なんてしてないからな♪ 最初からいつも通りのはぁとだし、これからもいつも通りのはぁとだぞ☆」

「さっきまで緊張してガチガチだったくせに」

「何を言ってるのかな大和君? 水飴入り練乳飲ませるぞ☆」

「ほんと、緊張が解れたみたいで何よりだよ……」

 

 

 俺たちのやり取りを見てプロデューサーさんが呆れている。しかし、俺は何も悪くない。悪いのはどう考えても心である。

 

 

「さて、そろそろ時間だから佐藤は今朝指示した待機場所まで行ってくれ。俺たちは関係者スペースに向かうからさ」

「オッケーだぞ、プロデューサー☆ ファッションショーでは、はぁとの魅力でみんなをスウィーティーしちゃうからな♡」

「期待しておくよ。それじゃあ大和君、行こうか」

 

 

 そう言って俺とプロデューサーさんは部屋を後にしたのだった。

 

 ちなみに初めてファッションショーに参加した心は、持ち前の明るいキャラクターで観客の心を掴み、ショーは大成功に終わったのだった。

 まぁ、歓声の他に笑い声も響いてたんだけどね。あいつの憧れのポーズや言動は一昔古いんだよ……。

 

 

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 

 

「……というわけで、ファッションショーお疲れ様! かんぱーい!!」

『かんぱーい!』

 

 ファッションショーが終わり、ご褒美として俺たち三人は焼き肉店へと足を運んでいた。既に目の前の机には野菜の盛り合わせだけ置かれている。

 

 ところでなぜご褒美に焼肉なのかというと、何でもファッションショーまでの間、心は体型維持のためにダイエットを行っていたらしい。

 まぁ、この年になってくると体型の維持は大変だと身をもって体感しているところなので仕方ないと思う。ただ、別に心は太ってもないし、ちょうどいい体型をしている。

 しかしそれを言ったら、「女の子は大変なんだぞ♪」と妙にすごみのある顔で怒られた。

 

 

「さぁ、今日はお祝いだ。二人とも心置きなく食べてくれ」

「やった♪ 流石プロデューサー!」

「ほんとに俺までご馳走になっていいんですか?」

「構わないよ。今日、ファッションショーに来てくれたお礼も兼ねてるしね。それに君が来てくれなかったら佐藤はずっと緊張してたろうから」

「余計なことを話すお口はどれかな? しっかりチャックしておかないとね♡」

「もごもご……」

 

 

 心が笑顔でプロデューサーの口に玉ねぎを突っ込む。しかも生の。プロデューサーさん、玉ねぎの辛さに涙目である。

 

 

「ゲホゲホっ……ま、まぁ、本当に何でも頼んでいいからな」

「それじゃあ……これとこれとこれとこれ! それを4人前ずつかな~。それともちろんご飯!」

「えっ? そんなに食うのか?」

「まだまだこんなもんじゃないよ! これはほんの序章だから♪」

「食い切れる量にしてくれよ~」

 

 

 プロデューサーの注意もそこそこに心は店員さんを呼んで手際よく肉を注文する。

 

 

「大和とプロデューサーは何か頼む?」

「肉は心が注文してくれたのを適当に食べるから、取り敢えずご飯と烏龍茶で」

「僕も八坂君と同じで頼むよ」

 

 

 しばらく待っていると肉やら飲み物やらが運ばれてきたので、取り敢えず野菜を隅にどかし肉を焼き始める。

 

 

「ん~~~! この肉を焼いてる時間ってたまらないよね! スウィーティー!!」

「焼肉にスウィーティーって……」

「細かいことはいいんだよ! あっ、そろそろ焼けてきた♪」

「肉を食うのは構わないけど、野菜もバランスよく食べて――」

「うーん、美味しい!!」

「聞いちゃいねぇ」

 

 

 言うだけ無駄と悟った俺は、隅にどけていた野菜から食べ始める。焼いた玉ねぎっておいしいよね?

 

 

「いやぁ、八坂君と佐藤は本当に仲がいいねぇ」

「今のやり取りを見て本当にそう思えるんですか?」

「むしろ、今のやり取りを見れば誰だってそう思うよ。僕も八坂君でいう佐藤みたいな幼馴染が欲しかったな」

「あいつでよければいつでも差し上げますけど?」

「オイコラ、聞こえてんぞ☆ あっ、店員さん! 追加の注文いいですか?」

 

 

 俺を笑顔で睨みつけながら同時に注文もする。あいつって特技が裁縫といい、意外と器用だよな。

 

 その後は雑談を挟みながら、楽しく食事は進んでいき、

 

 

 

 

 

「それじゃあ二人とも、今日はお疲れ様」

『お疲れ様です』

 

 

 

 

 

 プロデューサーさんと店の前で別れ、俺と心はマンションまで歩き始めていた。

 

 

「ん~、今日は沢山食べたな~」

「ほんとにな。今度は俺たちがプロデューサーさんに何かご馳走してあげないと」

 

 

 あの人は自分に所帯もないし、趣味もないから別にいいって言ってたけど流石にね? 仕事ばかりの疲れをたまには癒してあげないと。

 

 

「それにしても、今日食べた分は明日またみっちりレッスンしてもらわないとな」

「ほんとほんと。この年になるとどうしても体重が落ちにくいし、お肉もつきやすい……って、何言わせんだよ?」

「悪かったって。悪かったからほっぺた引っ張るな」

 

 

 ジト目でほっぺたをムニムニと引っ張ってくる心に、謝るとすぐに離してくれた。しかし、プンプン怒っている。

 

 

「全く、女の子に体重の話はNGなんだからな!」

「ごめん、ごめん」

 

 

 その後はお互い無言の時間が続いたのだが、心が不意に口を開いた。

 

 

「あのさ、大和」

「ん? どした?」

「あの時はからかっちゃったけど……今日はありがとう。大和の言葉がなかったら多分、緊張したまま失敗しちゃったかなって」

「いや、成功させたのは心の実力だよ。俺も偉そうなこと言ったけど、心の立場だったら多分緊張で押しつぶされてたと思うから」

「それでもさ……、やっぱり嬉しかった。大和に言ってもらえて」

 

 

 視線を移すと、心は口元を恥ずかしそうにもにゅもにゅと動かしていた。頬も赤く染まっている。

 

 

「……顔真っ赤」

「っ!? あぁ、もうっ!! やっぱりこんなこと言うんじゃなかった!!」

「俺も同じように思ったけどな」

「この話はやめやめっ! そうだ大和! これからコンビニでお酒を買って大和の部屋で飲もうよ! さっきは一滴も飲んでなかったし、これから朝まで二次会だ!!」

「……明日も朝から仕事だぞ? それもお互いに」

「徹夜でもなんとかなるって!」

「26歳になって徹夜は身体がしんどいので遠慮したいです」

 

 

 その後、心を納得させるのにそれなりの時間を要したのだった。



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デート(仮)

 とある日の休日。

 カーテンの隙間から覗く日差しに眩しさを感じた俺は、ゆっくりを目を開く。

 

 

「……ん~? まだ9時か。まだまだ寝れるな」

 

 

 枕元に置いてある時計で時間を確認し、もう一度布団をかぶり直して目を瞑る。

 平日なら完全に遅刻なのだが、今日は誰にも文句を言われない休日。思う存分眠らせてもらおう。

 そして夢の世界に行こうとした、まさにそのタイミングだった。

 

 

ピンポーン

 

 

 来客を告げるインターホンの音が聞こえてくる。

 

 

「……居留守を使うか」

 

 

 多分怪しげな宗教の勧誘か、その他の勧誘だろう。

 あいつらは基本的にこちらが出なければ帰っていくので問題ない。……と思ったんだけど、

 

 

ピンポーン

 

 

 今回の勧誘者は、なかなかしつこい人物らしい。きっと上司から勧誘をとれるまで決して帰ってくるなと、くぎを刺されているのだろう。

 しかし、そんな奴に同情するほど俺は甘くないのだ。そんなわけで早く帰ってほしい――

 

 

ピンポンピンポンピンポン……

 

 

「だぁーー!? うるせぇ!」

 

 

 インターホンを連打された時点で勧誘ではないと悟った俺は、まだ眠たいと言っている身体を何とか起こし扉へと向かう。

 チラッとインターホンのカメラで確認した限りでは見慣れた金色の髪が見えた気がするけど、気のせいだと思いたい。そのまま扉を開けると、

 

 

「おっ、やっと出てきたな♪ 全く、大和ってば寝坊助さん――」

 

 

 取り敢えず扉を閉めた。直後、どんどんと扉を叩く音が響く。仕方がないのでもう一度扉を開ける。

 

 

「……近所迷惑なんでやめてもらえませんか?」

「お前が扉を閉めるからだろ? 喧嘩売ってるのか☆」

「悪質な勧誘とばかり思ってました」

「ぶっ飛ばすぞ☆」

 

 

 インターホンを押していたのは俺の幼馴染であり、隣の部屋に住んでいる佐藤心だった。

 しかもなぜか出かける気満々のようで、ポニーテールに伊達眼鏡と変装用の格好をしている。俺はため息をつきながら頭をかく。

 

 

「……で、なんだよ朝っぱらから? 今日はお前も休みだろ?」

「うん、だから大和と一緒にどこか出かけようと思って! いやー、大和も幸せ者だな。アイドルである私と一緒に出掛けられるなんて」

「大変魅力的なご提案ですが、私は日々の仕事の疲れを癒すため今日は家で休む予定です。どうぞお引き取りください」

「バカにしてんのか? いいから早く着替えてこい!」

 

 

 どうやら、ここで押し問答を続けていても心が折れることはなさそうだ。くそっ、今日は昼まで寝て、その後はのんびり本でも読もうとしていた俺の計画がパーである。

 

 

「それじゃあ、心は部屋の中に入って待ってろよ。扉の前で待たれても申し訳ないしな」

「さっすが大和! 話の分かる男は違うね☆ それじゃあ、お邪魔します」

 

 

 話の分かるって……ほとんどお前のごり押しだろ。

 調子のいいことを言いながら、心は俺の後に続いて部屋に入ってくる。

 

 

「んー、相変わらず何もない部屋だね。何か新しく買ったりしないの?」

「特に趣味もないからな。必要最低限の物さえあれば十分だよ。そもそも、お前の部屋にモノが多すぎるんだよ」

 

 

 今日来ていく服を考えながら心の質問に答える。先ほど答えた通り俺は趣味もなければ、物欲もほとんどないので、部屋にはテレビやテーブルといった必要最低限の物しか置かれていないのだ。

 ちなみに心の部屋は小物などで溢れている。その為、俺がたまに部屋の掃除を行っていた。

 

 

「服も少ないよね~。あっ、そうだ! 今度はぁとが作った服を大和にあげるよ!」

「丁重にお断りします」

「ぶーぶー、何で~」

「だってお前の作る服は独特過ぎるんだよ。とても人前じゃ着れない」

 

 

 作ってくれるのはありがたいのだが、こいつは男子の服に関しても独特のセンスを発揮するのだ。26歳、独身の男が着るもんじゃない。

 そんな事を話しているうちに服も決まったので、俺は手早く着がえを済ませる。

 

 

「じゃあ、着替えも済んだし行こうか。ところでどこに行く予定なんだ?」

「実はね、プロデューサーから映画のチケットを2枚貰ったんだ。なんでもお仕事でもらったらしいんだけど、一緒に見に行く人もいないから誰かと見に行ってこいって」

「悲しいなぁ……」

「まっ、プロデューサーは仕事が恋人みたいなもんだから」

「余計に悲しいよ」

 

 

 心はあっけらかんと言っているが、仕事が恋人とか悲しすぎる。仕事を休んでもいいから早く、支えてくれる人を見つけてください。

 

 

「でも、2枚貰ったんなら俺じゃなくて事務所の友達と行けばよかったんじゃないのか?」

「最初はそのつもりだったんだけど、誰も捕まらなくてさ~。結局一番暇な大和になったってわけ」

「暇で悪かったな」

 

 

 しかし、昼まで寝ようとしていたのは事実なので仕方がない。俺は心と共に部屋を出て最寄りの駅まで歩き出す。

 一番近くの映画館は、電車で4駅ほど行ったところにあるショッピングモール内にあった。

 

 

「そういえば、心とこうして出かけるのって結構久しぶりだよな」

「確かに! ありがたいことに最近はお仕事も貰えて忙しくなったからね」

 

 

 心が346プロに入りたての頃は結構暇だったらしく、俺が休みの時によく外に連れ出されていた。こうして映画を見に行くこともあったし、少し遠出をすることも。

 

 

「ほんと、忙しくなれてよかった。プロデューサーには感謝しなきゃ☆」

「年が年だしな」

「だから、年の話はNGだって言ってるだろ?」

 

 

 話しているうちに最寄り駅に到着したので、俺たちは駅の構内へ。そのまま駅にやってきた電車に乗り込む。

 休日だけあって、電車は家族連れなどでそこそこ込み合っている。

 

 

「うーん、二人分座れる席はなさそうだな」

「別に4駅くらいだからいいんじゃない? それに年が年がって言ってるけどあたしたちはまだ26歳だし、立ってても大丈夫だぞ!」

 

 

 そんなわけで扉の近くに移動する俺達。

 

 

「それにしても、髪形と伊達眼鏡をかけるだけでバレないもんなんだな」

 

 

 俺は心の格好を見てそう呟く。

 

 

「あたしの場合は普段が普段だからね。ほんとは夢を壊さないためにも、いつも通りの格好をしてたいんだけどな♪」

「そんな恰好で隣を歩かれたら俺は他人のふりをするから」

「照れんなって☆」

「照れてないよ、俺は本気だよ」

 

 

 メルヘンなんだか、ポップなんだか分からない格好をした奴と一緒に歩いてたらいろんな意味で注目を集めてしまうからな。そんなのまっぴらごめんである。

 

 

「ところで、今日はどんな映画を見る予定なんだ?」

「えっとね、最近よくCMでやってる映画だよ。いわゆるお涙頂戴系の映画!」

「そんな風に言うなよな。途端に魅力が半減するだろ」

 

 

 話を聞くに、映画の題名は「余命半年の花嫁」。結婚を約束したカップルのうち女性の方が余命半年を宣告されるところから物語がスタートする、ノンフィクションの映画らしい。

 ちなみに女性の方は、うちの事務所に所属している北条加蓮ちゃんが演じるみたいだ。

 

 

「だけど、面白そうではあるよな。あんまりそういう感動系の映画を見たことないし」

「加蓮ちゃんも『涙もろい人なら多分泣いちゃうかもね』って言ってたしね。まぁ、はぁとは絶対に泣かないけど!」

 

 

 盛大なフラグが立ったことに心は気付いているのだろうか? 号泣したらハンカチくらいは貸してあげよう。

 さて、電車の方は最寄り駅に到着したので俺たちは降車し、ショッピングモールへ歩いていく。5分も歩かないうちに到着し、自動ドアをくぐると中は大勢の人で賑わっていた。

 

 

「おー、久々に来たけど結構変わってるね! こんなところにお寿司屋なんてあったっけ?」

「俺も久々だから初めて見たよ。時がたつの早いなぁ」

「大和ってばじじくさいぞ?」

 

 

 心にからかわれつつ、まずは映画館へ。何でも時間が指定されているらしく、ショッピングモールでうろうろするのは映画を見てからになりそうだ。

 エスカレーターで三階に上がり、目的の場所に到着する。

 

 

「じゃあ適当に飲み物とかを買おうか。奢ってやるから頼むものを決めといてくれ」

「おっ、大和ってば太っ腹! あたしが奢ってあげようかなって思ってたんだけど」

「心に奢られるほど、俺はお金に苦しんでないよ」

 

 

 飲み物などが売っているカウンターまで歩いていくと、店員さんが笑顔で迎えてくれた。

 

 

「いらっしゃいませ! お客様たちはカップルですか? 今、カップルの方を対象にした割引をしておりまして」

「あっ、いえ、俺たちは――」

「はい、カップルです!」

「はっ?」

 

 

 断る前になぜか心が肯定し、俺の腕に絡みついてきた。

 もちろん、心の持つ「ぼんっ」の部分がこれでもかと腕に押し付けられている。……こいつ、何してんの?

 

 

「はい、わかりました。それでは割引を適用させていただきますね。ご注文は何になさいますか?」

「ポップコーンの塩味と、コーラで! 大和君はどうする?」

「……アイスコーヒー」

 

 

 外での大和君呼びと甘えるような声に悪寒が走ったが、何とか耐えることに成功した。

 心が飲み物とポップコーンを受け取っている間に支払いを済ませる。そのまま係員の人にチケットを見せ、館内へ入る。

 座席に座って一息ついたところで、先ほどの件を聞いてみることにした。

 

 

「俺たちって何時からカップルになったの?」

「何時からって、さっきからだぞ♪ しかも、映画が終わるまでの期限付き☆」

「カップルの概念って何だっけ?」

「まぁ、本当は割引のためだけに言った出まかせだけどね~。大和だって安い方がいいでしょ?」

「そりゃそうだけど、びっくりさせないでくれ」

「なになに? もしかしてドキッとしちゃった?」

「まさか。悪寒が走ったよ」

「ドン引きしてんじゃねぇよ☆」

 

 

 話しているうちに映画泥棒のムービーが流れ始め、俺と心は会話をやめる。館内はCMを流していたかいあってか、かなりの人で埋まっていた。この光景を見たら加蓮ちゃんも喜ぶだろう。

 

 そして加蓮ちゃん主演の映画が始まり最後まで見た結果、

 

 

 

 

 

「うぐっ……ぐすっ……」

「やっぱり泣くのかよ……」

 

 

 案の定、心は号泣していた。見事なフラグ回収お疲れ様です。

 ちなみに今は、映画のグッズなどが売られている売店近くの待機場所的なところに座っていた。

 

 

「ほらっ、ハンカチ」

「ぐすっ……ありがど」

 

 

 差し出したハンカチを受け取り、涙を拭う心。

 館内では他に泣いていた人もいた影響であまり目立っていなかったが、こんなところで泣き続けられると嫌でも目立ってしまう。何というか、喧嘩して彼氏が彼女を泣かせているみたいだ。

 そんな風に思われるのは心外だが、そう見えてしまうのは仕方がない。

 

 ちなみに映画はとても良かったです。特に加蓮ちゃんの儚げな雰囲気と話の内容がすごくマッチして、俺も泣きそうになってしまった。

 

 

「大和、ハンカチありがと」

「おう、気にすんなよ。それで涙は止まったか?」

「な、なんとか……」

 

 

 心はそう言ってぐすっと鼻をすする。目は真っ赤だけど何とか涙は止まったらしい。

 

 

「ま、まあ、なかなかいい映画だったんじゃない? はぁと的にはそれなりに満足だったよ」

「号泣してたくせに何を強がってんだ。鼻も目も真っ赤にしてるくせに」

「うぐぐ……正直、期待してた以上に面白くて感動しました」

「素直でよろしい。それじゃあお腹も減ったし、昼めしにしようぜ。このショッピングモールには美味しい和食のお店があるらしいから。そこでいいよな?」

「うん、そこで大丈夫!」

 

 

 心を連れて美味しいと評判の和食店へ。お昼時の一番込み合う時間から若干ずれたせいか、待つことなくお店の中に入ることができた。

 悩んだ結果、二人ともA定食を注文することに。

 

 

「さて、この後はどうするんだ?」

「ふっふっふ、この後はあたしが大和の為に服を選んであげようと思ってるぞ☆ 大和って持ってる服の数が異様に少ないし」

「確かにそうだけどさ、ただ心が選ぶってなると俺は外を歩けない格好にされると思うんだけど?」

「バカにすんなって♪ はぁとのファッションセンスをなめんなよ?」

「いや、だって……ねぇ?」

 

 

 こいつのセンスは知っての通りだ。悪いわけじゃないけど、独特過ぎて普通の人では着こなせない。

 しかし、心は選ぶ気満々なので今回は彼女を信じてみることにした。

 

 A定食を食べ終え(めっちゃおいしかった)、俺たちはショッピングモール内の服屋が密集してるエリアへ。

 しかし、心はお洒落な服が置いてあるお店には目もくれず、俺もよく利用する〇Uへと入って行く。

 

 

「ここでいいのか? もっとお洒落な店もあったと思うけど」

「いいのいいの。むしろ今ではこっちの店の方が良かったりするんだよね! それに値段も良心的だし☆」

「ほんと、こういう所では頼りになるよ。それじゃあ服選びの方もお願いします」

「任せとけって♪」

 

 

 鼻歌を歌いながら店内に歩いていく心。俺も彼女の後をゆっくりと付いていく。

 

 

「うーん、これは違うかな……。じゃあこっちは……」

 

 

 意外にも心は真剣に服を選んでいる。こいつの事だからあそこにある『働いたら負け』Tシャツを着せてくるもんだと思ったけど……。

 その後も真剣に服を選んでいき、

 

 

「よしっ、こんなもんかな。それじゃあ大和、更衣室へレッツゴー!」

 

 

 俺は心の選んだ服を受け取り、更衣室へ。

 

 

「……おぉ、まともだ」

 

 

 彼女の選んでくれた服を身に纏い、その姿を鏡で確認するあまりにまともだったので驚いてしまった。

 独特のセンスは鳴りを潜め(そもそも、このお店に特殊な服は一着も置かれてないんだけど)、誰が見ても普通にお洒落だなという格好になっている。

 

 

「大和~、着替え終わった?」

「終わったぞ」

 

 

 更衣室のカーテンを開くと、目の前にいた心が「おぉ~」と感嘆の声を上げる。

 

 

「心にしてはまともなセンスだったから驚いたよ」

「はぁとが本気を出せばこんなもんだって☆ やっぱり顔がそんなに良くなくても、服でいくらでも誤魔化せるな♪」

「顔に関してはどうしようもないから許してくれ」

「ふふっ、冗談だよ。大和の顔は一般の人が見たら中の上くらいだから☆」

「微妙過ぎて喜べないよ。まぁいいや。これ買ってくるから、外で待っててくれ」

 

 

 サクッと元の格好に着替え、会計を済ませる。思ったよりも安くて驚いた。

 

 

「お待たせ、心」

「じゃあ次ははぁとの買い物に付き合ってくれ☆」

「了解。気が済むまでゆっくり選んでくれ」

 

 

 俺の服を選んだあとは、心の気になったお店に入って行く。ぶらぶらと心の買い物に付き合っていると良い時間となったので、俺たちは帰ることに。

 

 

「うーん、今日は久々に羽を伸ばして遊んだな~。それに気に入った服も買えたから大満足♡」

「満足してくれたみたいで良かったよ。俺も久し振りに服を買えたし」

 

 

 マンションまでの帰り道を並んで歩く。出ていくときは渋ったけど、楽しかったし出かけて正解だったかな? 

 今日の映画や服の話をしながら帰っていると、あっという間にマンションに到着する。

 

 

「じゃ、今日はありがとな。久しぶりに楽しい休日だったよ」

 

 

 俺がそう言って笑顔を見せると、心もニコッと微笑んだ。そして、

 

 

「こちらこそ。また暇だったらデートに誘うから、ちゃんと準備しておくんだぞ? それじゃ!」

 

 

 手を振って部屋に戻っていく心。一方俺は心の言葉を頭の中だけで復唱し、

 

 

「……今日ってデートだったのか」

 

 

 今さらのことに気付き、思わず頭をかいてしまう俺だった。



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風邪

 心と共に休日を過ごしてから数日が経った。

 俺は今日も今日とて、熱心に仕事に励んでいる。日々の小さな積み重ねが、今後の昇進や昇給に繋がっていくんだ。多少残業をしてでも頑張らないと。

 

 ちなみに最近は、働き方改革の推進とやらで残業を抑えめにしろと指令がきている。……俺たちを抑制する前に、まずはプロデューサーさんたちの業務を抑えめにするのが先だと思うんだけどなぁ。たまに顔が死んでるぞあの人たち。

 

 その後は普通に仕事を進めていたのだが、外から雨音が聞こえてきたため俺は窓の外へ視線を移す。

 

 

「うわぁ、降ってきちゃったか」

 

 

 現在時刻は午後の9時。今日は夜に雨が降ると言っていたのだが、深夜だと言っていたため大丈夫だと思ったんだけど……。

 やはり天気予報というのは当てにならない。もちろん、降らないと信じていたため傘は持ってきていなかった。しかもだんだんと本降りになりつつある。

 

 

「こりゃ、いつ帰っても同じだな。よしっ! もう少しだけ進めちゃうか」

 

 

 取り敢えずもう一時間ほど仕事を進め、きりもよかったので俺はパソコンの電源を落とす。戸締りをして346プロを後にしたのだが、まだいくつもの部屋に灯りがついていた。本当にプロデューサーの皆さんはお疲れ様です。

 

 

「走って帰れば大丈夫だよな」

 

 

 大丈夫というのは風邪をひく心配があったからである。

 今日は雨も降っている影響で肌寒く、最近は寒暖差も激しかった。風邪をひく条件がこれでもかと揃っているのだが、まぁ大丈夫だろう。ここ数年は一度も風邪をひいてないし。

 

 俺はその場で入念にストレッチをし、走る準備を整える。

 昔は平気だったけど、今は運動不足も相まっていきなり走ると足がつる恐れがある。だからこそストレッチは非常に重要なのだ。……年は取りたくないものである。

 

 

「……うしっ、このくらいでいいだろ」

 

 

 ストレッチを終えた俺は鞄を抱えて走り出した。予想以上の雨の強さに顔をしかめながら走り続ける。

 

 そしてマンションまで残り5分という所で、見慣れた金髪ツインテールが傘をさして歩いている姿を見つけた。

 右手にレジ袋を持っているので、恐らくコンビニにでも行ってたのだろう。

 

 

「悪いっ、ちょっと入れてくれ」

「えっ!? だ、誰……って、大和じゃん! どしたの、そんなびしょ濡れで?」

 

 

 急に傘に入ってきた俺を見て驚く心。格好はツインテール以外、非常にラフな格好だ。

 

 

「いや、傘を忘れて事務所から走ってきたんだ」

「もうっ! 今日は雨降るって天気予報言ってたでしょ?」

「深夜に降るって言ってたから大丈夫だと思って」

「天気予報は当てにならないから、ちゃんと持っていかなきゃ駄目だぞ? 全く、ちょっと傘持ってて」

 

 

 傘を俺に預けた心は、ポケットから取り出したハンカチで顔を拭いてくれる。なんだかんだ優しいのが心のいいところだ。

 顔を拭き終わったのか、ハンカチをポケットにしまう。

 

 

「取り敢えず顔だけはオッケー♪ それ以外は家に帰ってちゃんを拭くこと!」

「傘に入れてくれたことも含めてありがとな。もう足がパンパンで限界だったんだよ」

「普段から運動しないからだぞ☆ あと、遅れてくる筋肉痛には要注意♪」

「それは心にも言えることだろ?」

「うるせぇよ☆」

 

 

 一つの傘を二人で使いながらマンションまでの道を歩く。いわゆる相合傘状態なのだが、俺も心も気にした様子はない。相合傘でワイワイキャーキャー盛り上がれるのはせいぜい中学、高校生までだ。

 

 

「ところでコンビニで何買ってきたんだ?」

「ん? これっ? 甘いものが食べたくなっちゃってシュークリームを……」

「夜の間食は体重増加の元だぞ?」

「明日、レッスンで死ぬほど頑張るから平気だって☆ というか、今日は大分遅かったね。またお仕事?」

「残ってた仕事を片付けてたんだよ。それに、沢山仕事をすればそれだけ昇進への道が早まるかもしれないからな」

「昇進のためとはいえ、程ほどにしとけよ~。最近は某大手広告会社で過労死が起きたばかりだし」

 

 

 流石に過労死するほど働きたくはない。お金があっても死んでしまえば意味ないからな。

 

 

「それに、あたしは大和に体調を崩してほしくない……」

「えっ……?」

「だって……飲みに行って潰れても、大和がいれば家まで運んでくれるから☆」

「一瞬でも嬉しいと思った俺がバカだったよ」

 

 

 いつも通り話しているうちにマンションの自室前に到着したので心と別れる。部屋に入ってからまずは濡れていたスーツをハンガーに通し、その辺にかけておく。明日は予備のスーツで出社だな。ワイシャツとズボンも同様にする。

 そのまま下着などを洗濯機に放り込み、浴室へ。シャワーを浴び終えた後は、しっかりと髪も乾かし早めに寝ることにした。

 

 ……早めに寝たんだけど、

 

 

「ごほっ……うぅ、頭が重い」

 

 

 次の日、俺は見事に風邪をひいてしまっていた。頭と喉が痛く、咳と鼻水もでる。他にも寒気が酷い。

 ベッドから何とかして起き上がり、体温計を探して熱を測る。すると、38度2分もあった。こんな状態ではとても職場になんていけないだろう。

 それに、アイドルが多いうちの事務所で風邪をうつしてしまっては大変だ。俺は枕元に置いてあったスマホで千川さんに連絡をする。

 

 

「……あっ、おはようございます千川さん。八坂です。朝早くにすいません。えっとですね、風邪をひいてしまいまして……はい。アイドルのみんなにうつすわけにもいかないので今日はお休みさせていただきます。……はい、はい。本当に申し訳ないです。それじゃあ失礼します」

 

 

 千川さんへの連絡を済ませた俺は、ベッドに倒れ込むようにして潜り込む。本当なら病院に行きたいところなのだが、節々が痛すぎてとても動ける様な状態ではない。

 

 

(心には……伝えなくていいか。余計な心配をさせても悪いし)

 

 

 そのまま俺は気絶するようにして眠りに落ちたのだった。

 

 

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 

 

 ……ポーン、ピンポーン

 

 

「……んっ、なんだ?」

 

 

 遠くから聞こえてきたインターホンの音に俺は目を覚ます。時計を見ると丁度お昼の12時。

 

 

(誰だろう……)

 

 

 俺は重たい身体を何とかして起こし、インターホンのカメラを確認する。

 

 

「はい」

『あっ、やっと出た! よかった生きてて。返事ないから死んでるのかと思ったぞ。風邪薬とか色々持ってきたからあけてくれ』

 

 

 インターホンを押していたのは心だった。取り敢えず扉をあけに行く。

 

 

「大丈夫か大和……って、うわっ!? 顔色わるっ! 本当に大丈夫なのか?」

「一応な。朝よりは大分ましになった……あっ」

 

 

 視界がグラッと歪み、俺は心の方へと倒れ込む。胸に思いっきり顔を突っ込むようにして倒れてしまったが、気にしていられるほど頭は回っていない。

 

 

「うわわっ!? 全然大丈夫じゃないじゃんか! ほらっ、肩に掴まって」

「悪い……」

 

 

 そのまま心の肩に掴まってベッドへと戻る。

 

 

「はぁ……はぁ……。心、うつっちゃいけないからもう帰って大丈夫だぞ。後のことは一人でもできるから。風邪薬とか買ってきてくれてありがとな」

「こんな状態の大和を残して帰れないよ! どうせ家は隣同士なんだから気にすんなって。ほらっ、病人は病人らしく気なんか使わないでちゃんと休む」

 

 

 ぺしっと軽く俺のオデコをはたいた心は、持ってきていた袋の中をごそごそと漁る。

 

 

「風邪薬を飲む前に何かお腹の中に入れておきたいんだけど、ヨーグルトとかなら食べれそうか?」

「……何とか」

 

 

 正直、ヨーグルトですら食べたくないのだが、薬を飲むためなので仕方がない。俺の言葉を聞いて心が袋からヨーグルトとスプーンを取り出す。

 上半身だけ起き上がったのを確認してヨーグルトをスプーンですくうと、

 

 

「はい、あーん」

「……自分で食えるからいいって」

「今の大和が一人で食べたらこぼして布団汚すかもしれないだろ? それに今日は存分にはぁとに甘えとけって。だから、あーん♡」

「…………あーん」

 

 

 心と言い争いをする体力も残っていなかったため、俺は渋々心の差し出してきたスプーンをくわえる。その様子を見て心は満足そうだ。

 ヨーグルトを食べ終え、薬を飲んだところで俺はもう一度ベッドに横になる。一応熱を測ってみたのだが、朝と変わっていなかった。

 

 

「ちょっとおでこ失礼するな。冷えピタ貼っとくから。あと、アイス枕も持ってきたからこれを頭の下に置いて」

 

 

 冷えピタとアイス枕の冷たさに少しだけ気分がスッキリする。

 

 

「……何から何まで悪いな」

「気にすんなよ。幼馴染じゃんか。だから今はちゃんと休んで」

 

 

 布団をかけ直していた心が優しく微笑む。

 

 

「……さんきゅ」

 

 

 彼女の言葉に安心した俺は、薬の影響もあってすぐに眠りに落ちてしまったのだった。

 

 

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 

 

「……ん?」

「あっ、悪い。起こしちゃったか?」

 

 

 目を開けると、目の前にいた心と視線が合う。彼女の右手が俺の前髪をかき上げているので、恐らく冷えピタを替えてくれようとしていたのだろう。

 

 

「いや、大丈夫。どのくらい寝てた?」

「今が夕方の5時だから、大体5時間くらいかな」

 

 

 結構寝てしまっていたみたいだ。視線だけ窓の外に移すと、外はすっかり夕焼け色に染まっている。

 心も一度家に帰ったのか、服が普段着に変わっていた。

 

 

「ちょっとうなされてて、汗も酷かったから冷えピタを変えてあげようと思ってたんだ。ちょっと待ってて。今すぐに新しいのに張り替えるから」

 

 

 そう言って手際よく冷えピタを張り替える心。再びおでこにひんやりとした感触が広がる。

 

 

「どう? 体調は良くなった?」

「……昼間よりは大分ましになったよ。ありがとな、心」

「良かった。それで大和が寝ている間にお粥を作っといたんだけど、食べられそう?」

「……心ってお粥作れたんだ」

「無駄口が叩けるようなら大丈夫そうだな。待ってろ、今温めてくるから」

 

 

 心は立ち上がり、キッチンへと向かう。

 ちなみにさっきはあんなこと言ったのだが、心は普通に料理もできる。俺も一人暮らしが長いだけあってそれなりにできるけど、心の方が断然うまい。

 

 

「ほい、お待たせ」

 

 

 お盆を持った心が帰ってくる。作ってくれたのは玉子粥らしい。湯気が立ち上って美味しそうだ。俺は上半身だけを起こす。

 

 

「それじゃあまた食べさせてやるからな。はい、あーん♡」

「あーん」

「やけに素直じゃん?」

「今日はもう素直に甘えることにしたんだ」

「……調子狂うな」

「ん? どうした?」

「何でもないよ。ほらっ、あーん」

 

 

 心の差し出してくれたレンゲを口に含むと、玉子粥の優しい味が口の中に広がった。

 

 

「美味しい……」

「ほんと、今日は気持ち悪いくらい素直だな」

 

 

 苦笑いを浮かべる心。しかし、どこか嬉しそうだ。

 心の作ってくれた玉子粥を食べながら、やけにリビングが綺麗になっていることに気付く。洗濯籠に入れておいた洗濯物も畳まれており、外の物干しざおには洗濯機に突っこんでおいた服が干されていた。

 

 

「もしかして掃除してくれた?」

「……何もすることなくて暇だったからな」

「暇なら帰ってくれてよかったのに」

「だーかーら、気にすんなって言ってんの。あたしがしたくてしてるんだからさ」

「心が優しかったって、今日初めて気が付いたよ」

「はぁとはずっと優しいぞ☆ もっと敬え♪」

 

 

 話している間にも心の玉子粥を食べ続け、すっかり完食してしまった。何とも言えない満足感、幸福感が広がる。

 

 

「ふぅ……ごちそう様。美味しかったよ」

「お粗末様。これだけ食べれるのなら体調も大丈夫そうかな」

「一応熱を測ってみるか」

 

 

 体温計を受け取り熱を測ってみると37度4分まで下がっており、体調も朝よりは大分ましになっていた。

 

 

「おっ、だいぶ下がってる。これもはぁとの看病のお陰だな☆ はぁとに感謝しろよ?」

「正直、安静にしてたら今くらいに体調も良くなったと思うけど」

「ぶっ飛ばす☆」

「怒るなって。冗談だから。……ありがとな、色々」

「ん、よろしい!」

 

 

 満足げに頷く心。彼女が来なければ多分、俺はもっと苦しんでいただろう。

 大学生の時から一人暮らしをしているのだが、一人の時に風邪をひくほど苦しくて寂しいことはない。

 だからこそ今日、心が文字通り隣にいてくれたことは本当にありがたかった。

 

 

「そういえば、今大和が着てるシャツって汗で気持ち悪くない?」

「言われてみると、寝ている間に結構汗かいてたかも」

「さっき畳んだシャツあるからそっちにかえなよ。ついでにお湯とタオルも持ってきてあげるからさ」

 

 

 そう言って心は一度浴室へ向かい、タオルとお湯の入った洗面器を片手に戻ってくる。

 

 

「それじゃあ、あたしが身体を拭いてやるから服脱いで」

「いいよ、これくらいなら自分で出来るから」

「遠慮すんなって。もしかして照れてんのか?」

「いや、普通にできるんで大丈夫です」

「マジトーンと真顔はやめろ☆」

 

 

 結局、身体は自分で拭くことに。普通に考えて26歳の大人が同じく26歳の大人に身体を拭かれるとかどうかと思う。

 そのままシャツを脱ぎ、そのシャツを渡すかわりに心からタオルを受け取る。

 

 

「……ふぅ、タオルで拭くと大分気持ちよくなるな」

「せっかくあたしが拭いてあげようと思ったのに……」

「だから何でそんなに残念そうなんだよ」

 

 

 なぜかいじける心を他所に、俺はタオルで身体を拭いていく。

 

 

「……よし、このくらいでいいだろ」

「じゃあ片付けてくるから。そのシャツも洗濯機に入れてくるよ」

「いや、シャツは俺が自分で洗濯機に入れるから。こんな汗臭いシャツ、心も触りたくないだろ?」

「タオルもあるわけだし、そもそも幼馴染なんだから今更だって。ほらっ、さっさと渡す」

 

 

 渋々、着ていたシャツを渡すと心は洗面器や渡したシャツを持って浴室へ。俺はその間に心が畳んでくれたシャツを着る。

 5分ほど待っていると心が浴室から戻ってきた。

 

 

「ちょっと時間かかってたみたいだけど、どうかしたのか?」

「えっ? ……、あー……えっと、洗面所が汚れてたから少し掃除してたんだよ」

「マジか。なにからなにまで悪いな」

「……う、うん。大丈夫だから」

 

 

 何だか歯切れが悪いけど、気にしないことにしよう。その後は心と話したりしていたのだが、

 

 

「じゃあ大和も大丈夫そうだし、あたしはそろそろ自分の部屋に戻るな」

「いや、むしろ今までずっといてくれて申し訳なかったくらいだよ。ありがとな」

「もしまた体調が悪くなったらちゃんと連絡しろよ? あたしならいつでも大丈夫だから」

「都合のいい女で助かるよ」

「言い方に気をつけろ☆」

 

 

 いつも通りのやり取りを繰り返した後、心は自分の部屋へと戻っていった。

 そして俺はもう一度眠りに落ちる前に、綺麗になった部屋を何気なく見渡す。

 

 

「……風邪が治ったら俺の奢りで飲みに誘おう」

 

 

 その時ばかりは、心がどれだけ酔いつぶれても構わないと思う俺だった。




 最近は某オーディオコメンテーターの動画を見るのにハマっています。


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女子会

「それじゃあ、今日もお仕事お疲れ様。かんぱーい!」

『かんぱーい!』

 

 

 早苗さんの音頭であたし、佐藤心と高垣楓、それに三船美優がカチンとグラスを合わせる。

 今日は以前、大和も参加した飲み会をあたしたち女性四人で開催していた。この飲み会は他にも菜々さんや川島さんなども参加したりするのだが、基本的にはこの四人が普通である。

 お店も前回と変わらない場所で、個室があるので非常に重宝していた。やっぱりアイドルが普通の居酒屋に行くと、どうしても目立っちゃうからね。それにお酒が入ってくると声も大きくなったりしてくるので余計にである。

 

 

「んぐっ、んぐっ……ぷはー! やっぱり仕事後に飲むいっぱいは最高ね」

 

 

 目の前でビールを半分ほど豪快に飲み干す早苗さん。流石は346プロ内でも屈指の酒飲みとして知られているだけある。そういうはぁとも、もう半分くらい飲み干しちゃったんだけどね☆ 

 ちなみに美優さんはレモンサワー、楓さんは梅酒を飲んでいた。

 

 

「ところで早苗さん、今日ははぁとに聞きたいことがあるって言ってたけど、それって一体?」

 

 

 料理もきて、お酒もそこそこ進んだところであたしは早苗さんに尋ねる。

 実は今日、はぁとに聞きたいことがあるとのことで招集がかかったのだ。いつもは適当に話してお酒を飲んで終わりなので、明確に話したいことがあるとは珍しい。

 

 するとはぁとの問いかけに早苗さん……だけじゃなくて他の二人もニヤリと微笑んだ。嫌な予感がする。

 

 

「ふっふっふ、それはね……ズバリ、大和君とのことよ!」

「…………」

 

 

 予想してなかったわけじゃないけど、いざ聞かれるとやっぱり戸惑ってしまう。

 

 

「べ、別にはぁとと大和は幼馴染だぞ☆ みんなもそれくらい知っていて――」

「でも、この前大和さんが風邪をひいた時、心さん血相を変えて事務所を出ていきましたよね?」

「あらあら、そんな心さんの姿、是非私も見たかったです♪」

「…………」

 

 

 そういえば大和が風邪をひいた時、事務所にはプロデューサーと千川さんの他に早苗さんと美優ちゃんもいたんだった……。

 あの時は大和のことしか考えてなかったから失念してたけど、あれはまずい行動だったかも。というか、今日の飲み会は私の事を一方的に糾弾する会だったらしい。

 

 

「い、いやぁ~、あの時は大和が風邪を引いたってことで、ただただ心配だっただけ☆ 別に他の意味なんて何もないぞ☆」

「そんな御託はいいのよ、はぁとちゃん!!」

「っ!?」

 

 

 取り敢えず適当に言い訳にして様子を見ようと思ったのだが、いきなりドンッと机を叩いて早苗さんが立ち上がる。おかげでびっくりしてしまった。

 ちなみに美優ちゃんもピクッとなっていた。こういう可愛いところが、大和のお気に入りたる所以なんだろうな~。二人でいる時もよく美優さんの話題になるし。

 

 

「ご、御託とは?」

「御託は御託よ。そーれーでー、ぶっちゃけどうなの、大和君は?」

「いや、だから大和は幼馴染で――」

「そう言うことを聞いてるんじゃないの! 恋愛対象としてどうなのかって!」

「あぁ……そっちか」

 

 

 大和についての事を聞かれるのは初めてじゃないけど、こうして改めて聞かれるのは初めてだったりする。

 それに聞かれても、自分のキャラをいかして適当にはぐらかしてきたし……。

 

 

「や、大和はもちろん好きだぞ☆ 幼馴染としてだけどな♪」

「ふふっ、心さん。嘘はよろしくないですよ?」

「い、いや、別に嘘なんてついてないぞ☆ いつも通りのしゅがーはぁと☆」

「……じゃあ、どうして視線を合わせてくれないのですか?」

「そ、それは……」

 

 

 ニコニコと問い詰めてくる楓さん。これは早苗さん以上に強敵だ。そのため私は助けを求める意味でも美優ちゃんに視線を移す。

 

 

「み、美優ちゃんは私と大和のことなんて何も興味ない――」

「正直、好きなんですよね?」

「ぶふっ!?」

 

 

 予想外の攻撃に吹き出してしまった。ま、まさか美優ちゃんもそっち側だったなんて。

 

 

「い、いやいや、大和のことなんてこれっぽっちも好きじゃないからな! ほんとの、ほんと!!」

「心さんってば、やけに必死ですね。それが逆に怪しいです♪」

「はい、とっても怪しいです」

「うぐっ……」

 

 

 楓さんはニコニコと楽しそうに、美優ちゃんは興味津々といった様子で問い詰めてくる。

 これは逃げきれそうにない。前方には早苗さん、後方には楓さんと美優ちゃん。

 

 

「ぶっちゃけ、大和君はともかくとしてはぁとちゃんは……ね?」

 

 

 意味深な言葉、視線を早苗さんがあたしに向けてくる。流石、年上だけあって勘が鋭い。

 ……いや、美優ちゃんや楓ちゃんを見るに、あたしが分かりやすいだけかも。

 

 

「……は、はぁとはみんなのアイドルだから、誰か一人の人を好きになることなんて絶対に――」

『はぁとちゃん(心さん)!!』

 

 

 得意のキャラで逃げ切る作戦、見事に失敗。これはもう観念するしかないだろう。私は余っていたおちょこを手にすると、

 

 

「……楓ちゃん、注いでもらってもいい?」

「はい♪ おちょこに、ちょこっと注がしてもらいますね」

 

 

 もう少し酔ってからじゃないと話せないと思ったあたしは、楓ちゃんに日本酒を注いでもらう。面と向かって誰かに大和への気持ちを話したことはないので、変に緊張するな……。

 あたしは注いでもらった日本酒を一気に飲み干す。

 

 

「……他のアイドルの子たちには内緒ですよ。特に口の軽い子には! 大和の耳にまで入るかもしれないので」

「分かってるわよ。この飲み会だけの秘密。美優ちゃんと楓ちゃんも約束ね」

『はい!』

「そ、それなら……ふぅ。楓ちゃん、日本酒もう一杯」

「はいはい、ただいま~♪」

 

 

 もう一杯楓ちゃんに注いでもらった後、あたしは覚悟を決める。

 

 

「あ、あたしは……」

『あたしは?』

「や、大和の事が……」

『大和の事が?』

「す、す……………、き。…………です」

 

 

 遂に言ってしまった。あたしは三人からの反応を待つ。

 

 

『…………ですよね』

 

 

 三人が揃って頷く姿を見たあたしは急激に顔が熱くなり、思わず手で顔を覆ってしまった。

 

 

「だ、だから言うの嫌だったんだよ……」

 

 

 もうキャラを保つことが難しいくらい恥ずかしい。そんなあたしを見て再び三人の声が被る。

 

 

『か、かわいい……』

「っ!? ほ、ほんとにやめて……と、というか、分かってたんだろ、あたしが大和の事を好きな事!?」

 

 

 やけくそ気味に叫ぶと早苗さんが「ま、まぁ……」と頷く。

 

 

「普段の様子からして好きだよな~、って思ってたけど、まさかキャラを保てないほど素直になるはぁとちゃんが可愛くて」

「早苗さんの言う通り、正直意外でした。しかも最後「です」って敬語になるところも、大和さんに対して本気なんだなって言うのが伝わってきましたし」

 

 

 大和に対して本気という楓ちゃんの言葉があたしに追加ダメージを与える。

 そりゃ、本気じゃなかったらこんなに恥ずかしがってないけど……恥ずかしがってないけど! 

 あたしはダメージを緩和させるために、まだジョッキに残っていたビールを一気に飲み干す。

 

 

「……そんなに意外だった?」

「そ、そうですね……普段の心さんからはとても想像できなかったので」

 

 

 美優ちゃんも他の二人と似たような理由を口にする。そんなに想像できないかなぁ……いや、想像できるわけないわ。普段が普段だからね。だけど、

 

 

「仕方ないじゃん……だって、好きなんだし」

『っ!?』

 

 

 あたしが口を尖らせながらそう呟くと、三人は電撃が走ったように身体を硬直させる。

 

 

「はわわわっ!? 心さんがとんでもなく可愛いです。衝撃的です!」

「今のはヤバいわね。破壊力が普段と段違いよ。正直、こっちのキャラでやっていったほうがいい気がするわ」

「心さんの可愛さに私は失神寸前……ふふっ」

「三人ともバカにしてんだろ? 特に楓ちゃん」

 

 

 三人にジト目を向けるも、彼女たちはまるで気にした様子はない。まぁ一人は硬直してなかったけど。

 

 

「じゃ、もうこの話はお終いにしていいでしょ?」

「何言ってるんですか? むしろこれからが本番ですよ!」

「そうよ! まだまだ聞きたいことがたくさんあるんだから!」

「えぇ……」

「心さんが放心……ふふっ♪」

 

 

 もう楓ちゃんは無視しよう。多分、そこそこ酔ってるはずだから。前に大和も無視してたし。

 それにしても、普段は落ち着いている美優ちゃんがここまで興味を示すなんて……。まぁあたしも含めて、女子は恋バナ大好きだから。なお、他人の恋バナに限る。

 

 

「それじゃあまずは、ズバリ! はぁとちゃんが大和君を意識しだしたのはいつ頃から?」

「意識しだしたの……」

 

 

 こうなった以上、話しても話さなくても一緒なので、答えられる質問には素直に答えていくことに。

 

 

「意識しだしたのは多分、高校の頃……だと思う」

「それはどうして?」

「もう10年くらい前の事だから覚えてないかな」

「……確かに高校時代の事だもんね。私としては、高校時代から意識してたって事が知れただけで満足よ」

 

 

 実は嘘なんだけどね。満足そうな早苗さんに心の中だけで謝る。

 だけど、これだけ色々話しているんだから許してほしい。

 

 

「それじゃあ、心さんは大和さんのどんなところを好きになったんですか?」

 

 

 今度は美優ちゃんからの質問に、あたしは首を傾げる。

 

 

「……うーん、別にどこっていうのはないんだよね~」

「えっ? そうなんですか?」

「ほんとほんと。どこってよりも、大和だから好きなんだし……あっ」

 

 

 思わず口を滑らせる。今日は酔っていることもあってか、頭が回っていないみたいだ。

 時すでに遅しとは、このような時の事を言うのだろう。三人がニヤニヤしつつあたしを見つめていた。

 

 

「い、今のはなし! なしだから!!」

「へぇ~。つまり、はぁとちゃんは大和君の全部が好きなわけね」

「否定しなくて大丈夫ですよ。全部わかってますから」

「心さんが羞恥心で顔を真っ赤に……ふふっ」

 

 

 ニヤニヤの早苗さん、優しい微笑みを浮かべる美優ちゃん、相変わらずの楓ちゃん。

 完全に油断していた……。しかし、言ってしまった言葉は今更なかったことにはできない。こういった話はどうも調子が狂って困る。

 

 

「それじゃあ私からも。大和君にされて嬉しかったことって何かありますか」

 

 

 楓ちゃんの質問にあたしは記憶を巡らせる。嬉しかったことは数えきれないほどあるのだが、して言えば、

 

 

「……大和ってさ、昔からあたしがアイドル活動してるのを知ってるんだ。多分、幼馴染であり、一番のファンでもあるって感じ。それでね、346プロに入って一年くらい経ったころかな? 大和の部屋でたまたまとあるもの見つけたの」

 

 

 その日は暇だったから大和の部屋でダラダラしてたんだけど、大和がコンビニに行ってくるってことで部屋に一人になった。

 待っている間、何気なく視線を巡らせていたところ、本棚に見慣れないカラーボックスが置いてあったのに気付いたのである。

 

 気になったのでそれを開けてみたところ、中からあたしの写真集等が出てきたのだ。

 

 

「どんな小さな記事でも、私が載っていた雑誌や写真集なんかを大切に保管してたんだ。あいつは写真集を買ったことも、それについての感想も、何も言わないんだけどね。でも、そんなところが大和らしくて……すごく嬉しかったんだ」

 

 

 その後、嬉しいやら恥ずかしいやらで、帰ってきた大和の顔をまともに見れなかったのは内緒。大和は大和で『どうしたんだ、ニヤニヤして? 気持ち悪いぞ』と言っていたけど……。

 私が恥ずかしい話を言い終え三人を見ると、なぜか全員机に突っ伏していた。耳が真っ赤なのも何でだろう?

 

 

「い、今の話は流石にダメージが大きいわ……なによもう、完全に両思いじゃない」

「本当です。聞いたのは私ですけど、逆にこっちが恥ずかしくなりましたね……」

「なんだか大和さんに対しても申し訳なくなってきました……」

 

 

 小声でぶつぶつ言っているため、何を話しているのか全く聞き取れない。しばらくして起き上がった三人に不思議そうな視線を向ける。

 

 

「ねぇ、三人ともどうかしたの?」

「別にどうもしないから大丈夫よ。ところで、はぁとちゃんは大和君の事が好きなわけだけど、付き合いたいな~、とかって思ったりしないの?」

「うーん、付き合いたいって思ったりするけど今の関係が楽しいのも事実だし、悩ましいところかな」

 

 

 追加で注文した梅酒を飲みながら答える。

 あたしの思い込みかもしれないけど、多分大和との関係は友達以上、恋人未満だと思う。付き合いたいは付き合いたい。でも、そのせいで今の関係が壊れるのも嫌だ。

 ほんと、恋って難しくてめんどくさい。

 

 

「確かに、今の関係が崩れるのって怖いですよね。お二人は本当に仲がいいですから」

「まっ、関係どうこう以前に、そもそも大和があたしの事どう思ってるかによるんだけどね」

「……実際のところ、大和君はどうなのかしらね?」

「絶対に心さんの事、好きだと思いますけど……。ただ、好きのレベルが分かりにくいというか……ポーカーフェイスが抜群にうまいですから」

「大和さんって、ほんと誤魔化すのが上手ですよね。事務所のみんなが心さんとのことについて聞いても、笑顔で「ただの幼馴染だよ」ってはぐらかしてますし」

 

 

 あたしはそう言って笑ったけど、三人は微妙な表情でこそこそ話し合っている。

 所々大和という言葉が聞こえてきてるから、彼のことについて話してると思うんだけど……。

 

 

「さっきも言ったけど、三人とも大丈夫?」

『大丈夫!』

「そ、そうですか……」

 

 

 大和に対する質問と言い、無駄に息ぴったりでげんなりする。

 

 

「まっ、この話はこの辺にしてどんどん飲みましょう。はぁとちゃん、大和君について色々言いたいこともたまってるんじゃないの?」

「まぁ、ないこともないですけど……」

「じゃあ、この際だし話しちゃいなさいよ。どうせ、普段は話せないんだからね?」

「そうですよ、心さん。ここはお酒の席。大和さんに対することを何でもぶちまけちゃってください」

「大和に対する事……それじゃあ」

 

 

 早苗さんたちのお言葉に甘えてあたしは色々話すことにした。

 

 

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 

 

「ん~、色々話したからスッキリしたな」

 

 

 残り時間が5分ほどになったので、あたしは大きく伸びをして話を切り上げる。

 普段は胸のうちにしまっていることを洗いざらい話したので結構スッキリした。やっぱり、何でもため込むのは良くないね☆

 

 

「……なんか、大和君への不満という惚気話を聞いた気分だわ」

「不満の8割がただの惚気で驚きました」

「しばらくこの手の話はやめましょう。私たちがダメージを受けます……」

 

 

 ただ、話を聞いていた三人は一様に疲れた顔をしていた。もしかしたらあたしばっかり話していたので、聞き疲れたのかもしれない。

 

 

「ごめんね、三人とも。あたしばっかり喋っちゃって」

「いいのよ、気にしないで。元はと言えばアタシたちから聞いた事なんだし。それはそうと、はぁとちゃんの住んでるマンションってアタシたちの家から反対方向だけど帰る時大丈夫?」

「ん~、まぁ大丈夫ですよ!」

「えっ? でも今日は大分お酒も入ってますし、危ないんじゃ? 不審者がいないとも限りませんし」

 

 

 美優ちゃんの言う通りベロベロの時ほどでないとはいえ、そこそこアルコールが回っている。こんな状態で不審者に襲われたらひとたまりもない。

 

 

「それなら大和さんを呼んでみてはどうでしょうか? もちろん、大和さんがよろしければですけど」

「今日は仕事、休みのはずだけど来てくれるかな?」

 

 

 時刻は夜の9時くらいなので、大和が来てくれるのか微妙なところだ。あいつのことだから「めんどくさい」とか言いそう。

 

 

「大和君の事だからきっとはぁとちゃんを心配して来てくれるわよ」

「一応連絡してみるけど……」

 

 

 メッセージアプリを使って大和に迎えに来てほしいと伝える。2,3分後、

 

 

『わかった』

 

 

 大和らしい、素っ気ないメッセージが返ってきた。

 

 

「どうでした?」

「わかったって」

「ふふっ♪ やっぱり大和さんは優しいですね。心さんも嬉しそうです」

 

 

 楓ちゃんの言葉に私はそっぽを向く。表情に出してないつもりだったのに……。

 

 

「それじゃあ先に会計して、お店の外で待ってましょうか」

 

 

 会計を済ませてお店の前に移動する。四人で話しながら10分ほど待っていると、大和が小走りでやってきた。

 

 

「悪いな心、待たせちゃったみたいで。早苗さんたちもすいません……って、なんかニヤニヤしてますけど、俺の顔になんかついてますか?」

『いいえ、何も!』

「それならいいんですけど」

「や、大和、来てくれてありがと☆ それじゃあ早苗さんたち、私たちはこれで失礼します!」

「えっ!? ちょ、押すなって!」

 

 

 これ以上ここにいると危険だ。なにを話されるか分かったものじゃない。ということで、あたしは大和を連れて強引にこの場を退散することにした。

 そのまま早苗さんたちが見えなくなるところまで大和を引っ張っていく。

 

 

「……ふぅ、この辺りまで来たら大丈夫かな」

「何が大丈夫だ! 強引に引っ張るなって!」

「ごめんごめん。今のは不可抗力だったんだ☆」

「不可抗力って……まあいいや。怒るだけ無駄だし」

「そういう事♪」

 

 

 呆れる大和をしり目に、あたしたちはマンションまでの道のりを並んで歩く。

 

 

「大和、さっきも言ったけど迎えに来てくれてありがとな♪」

「別に気にしなくて大丈夫だよ」

「だけど、よく来てくれたよな。ぶっちゃけめんどくさがってこないと思ったんだけど」

「そりゃ休みだしめんどくさかったけど……一応な」

「もしかしてはぁとの事、心配してくれた?」

「酔った勢いで誰かに迷惑をかけられても困るし」

「台無しだぞ☆」

 

 

 そんな中で大和がふと訊ねてくる。

 

 

「そういえば飲み会で俺の事でも話してたのか?」

「えっ!? な、何でそう思うの?」

「いや、さっき早苗さんたちが俺の事を見てただろ? ということは直前まで俺の噂でもしてたのかなと思って。もしかして、変な噂でも流してたんじゃないだろうな?」

「な、流してないけど……」

 

 

 ただ、大和について話していたのは事実で……。

 今日の会話を色々を思い出したあたしは、恥ずかしさが込み上げてきて思わず大和の肩をバシバシと叩く。

 

 

「痛っ!? なんだよ急に!?」

「う、うっさい! 全部大和が悪いんだからな!!」

「意味わかんねぇよ……というか顔真っ赤だけど、どうした?」

「赤くない!!」

 

 

 あたしたちの関係が進展するのにはまだまだ時間がかかりそうです。




 しゅがはの作品、もっと増えろ。


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撮影

「すいません、八坂さん。ちょっとアイドル部門の部長さんがお呼びなのでいいですか?」

「えっ? アイドル部門ですか? 事務の部長なら分かりますけど」

「何でも、今度のイベントについての相談みたいですよ」

「はぁ、分かりました。それじゃあ行ってきますね」

 

 

 仕事をしていた手を止め、俺は首を傾げながら指示された部屋へと向かう。アイドル部門の部長が事務員の俺に一体何の用なのか。

 ……いや、そういえば最近心が「なんかあたしや楓さんたちで、新たにユニットを組んで撮影をするみたいなんだけど、人が足りてないみたいなんだよね~」と言っていたことを思い出す。

 人が足りないというのは、もちろんプロデューサーやそれを支える人たちのことだ。確かにプロデューサー一人では激務過ぎて倒れてしまうだろう。ただでさえ、参加メンバーの個性が強いのに、それ以外にも現場監督等との連絡が重なれば身体がいくつあっても足りない。

 でも、まさかその仕事が事務員である俺に降りかかってくるわけ――――

 

 

「君にお願いなのだが、今度結成されるユニットの撮影にプロデューサーと共についていってほしいんだ」

「…………」

 

 

 見事に予想が的中してしまった。俺は心の中だけで頭を抱える。

 事務員に声をかけるとか、どんだけ人足りてないんだよ。いや、事務員に声をかけなければいけないほど、プロデューサーさんたちの疲労がたまっているのかもしれない。

 それはいいとして一応、反論を試みる

 

 

「自分は普通の事務員なんですけど、いいんですか?」

「いいも何も、君は事務員でありながら多くのアイドルの信頼を勝ち取っていると千川君から聞いている。だからこそ、プロデューサーの補佐も務まると思って声をかけたんだ」

 

 

 どうやら俺に声がかかったのは千川さんからの推薦らしい。余計なことを……じゃなくて、推薦ありがとうございます。

 確かにアイドルたちと行動する機会は多いかもしれないけど、それにしたって事務員にプロデューサーの補佐が務まるとも思えないんだよな。そもそも、俺なんかに声をかける前に新しい人を雇ってほしいものである。

 

 

「もちろん、プロデューサーの補佐というわけだからそこまで責任の重い仕事はさせないつもりだ。せいぜい、参加アイドルたちの管理や送迎といった雑用になると思うから」

「それでもやっぱり自分には荷が重いというか……もっと適任がいるはずです」

「もちろん、給料は普段より多めにつけておくよ。それに私は行くメリットの方が大きいと思うんだ」

「……というと?」

「予定は一泊二日なのだが、撮影は高級旅館を借りて行われ、アイドルはもちろんプロデューサーやその他の人もその旅館に泊まれる。無論、君も例外ではない。更に夜は料理や温泉にも入ることができる。どうだい? よい条件だろう?」

「…………」

 

 

 ニヤリと黒い笑顔を浮かべるアイドル部門の部長さん。この人、はじめから俺を誘惑して落とすつもりだったな? 

 しかし数秒後、俺はプロデューサーさんのお供として撮影に参加することを決めた。決して食べ物や旅館につられたわけではない。プロデューサーさんの体調を心配しただけである。本当に。

 

 

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 

 

「いやー、八坂君が手伝ってくれるって言ってもらえて助かったよ」

「まぁ、悪くない条件だったんで」

「それでもだよ。俺一人だったら多分、倒れてただろうから」

「笑い事じゃありませんよ……」

 

 

 通路を挟んで隣の席に座るプロデューサーさんが笑顔を見せる。

 早いもので今日は、心たち5人のユニット撮影日になっていた。今日の撮影場所になっている老舗旅館は京都にある。その為、集合時間が若干早めだった。

 昨日、心と共に夜遅くまで準備をしていた影響で眠いのなんの……。いや、準備していたというよりは遊んでいただけのような気がする。

 

 

「それにしてもロケバスなんて初めて乗りましたよ」

「確かに、八坂君が乗ることなんてほぼないだろうからね」

 

 

 恐らく最初で最後のロケバスだろう。というか、最後だと思いたい。

 ただの事務員がロケバスに乗ってること自体おかしな話である。人事部の方、早くプロデューサー候補をたくさん雇うんだ!

 

 

「まだ京都まで結構時間がかかるから、八坂君ものんびり休んでくれていいよ」

「そうしたいのは山々なんですけど……こいつが邪魔なので眠れないというか」

 

 

 俺の肩に頭をのせている張本人に視線を向ける。

 

 

「……すぅ、……すぅ」

 

 

 肩にもたれかかって寝息を立てているのは幼馴染であり、今回のユニットメンバーでもある佐藤心だった。さっきまで起きていたのだが、今は気持ちよさそうに眠っている。

 別に幼馴染だからと言って隣同士になることはなかったのだが、なぜか他メンバーの勧めでこうなった。

 ちなみに、心以外のメンバーは高垣楓さん、三船美優さん、片桐早苗さん、安部菜々さんの四人である。このメンバーが集まれば比較的わいわいがやがやとなるのだが、朝早いため起きている人は一人もいなかった。……チラッと見えたけど美優さんの寝顔は天使です。

 

 

「他のアイドルとかプロデューサーさんとかに聞いていた通り、二人は本当に仲がいいんだね」

「まぁ、腐れ縁の幼馴染ですから」

「……自分にはそれ以上に見えるけど?」

「やめて下さいよ。俺と心はそんなんじゃないですって。そもそも、仮にそんな事になったらスキャンダルものじゃないですか」

「別にうちの事務所は恋愛に寛容だから大丈夫だよ。それにきちんと説明すればファンも事務所も分かってくれるって。長年の幼馴染との恋愛……うーん、話題性が抜群だ。これはこれで仕事になりそう」

「…………」

 

 

 すっかり仕事に染まってしまったプロデューサーさんは放っておくことにする。仕事のことしか考えられないこの人はもうダメだ。完全に346プロの歯車になってしまっている。

 ……俺も人のことは言えないかもしれないけど。

 

 

「……んぅん」

 

 

 そこで心が少しだけ身をよじったので起きたのかと思ったが、すぐに寝息をたてはじめる。幸せそうな顔で眠っているので、いい夢でも見ているのだろう。

 ……涎が垂れてきていたので、服を汚される前にハンカチでふき取ってやった。こういう所がなければ多少なり、動揺してたんだけど……。

 

 

「…………やまと、……あたし、まだまだ飲める……」

「……その辺でやめとけよ」

 

 

 どうやら夢の中でも俺と飲みに行っているらしい。相変わらずの様子に、思わず苦笑いを浮かべながら彼女の頭を優しく撫で……隣からの生温かい視線にハッと我に返る。

 プロデューサーさんがニヤニヤしながら俺の事を見つめていた。

 

 

「本当に仲がいいみたいだね」

「……お願いなので忘れてください。今のは条件反射のようなものだったんです」

 

 

 赤い顔でお願いするも、プロデューサーさんはニヤニヤと笑みを浮かべるばかり。八坂大和、一生の不覚である。というか、条件反射って言い訳もどうかと思う。

 

 ところで普段の言動が言動のため忘れがちなのだが、心の顔は非常に整っている。もちろん眠っている時の顔も例外ではない。悔しいけど普通に美人だ。

 

 

「…………俺、もう寝ますから」

「はいはい」

 

 

 プロデューサーさんからの視線から逃れるようにして、俺は目を瞑る。

 目を瞑ったことによって、心の温もりと心の髪から香るシャンプーの匂いがより一層強くなったが、眠気が勝っていたことによってすぐに夢の世界へと旅立つことができたのだった。

 

 ちなみに、隣の席で仲良く肩寄せ合って眠る姿をアイドルの皆さんに撮られていたのはまた別のお話。

 

 

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 

 

「おーい、心。そろそろつくから起きてくれ」

 

 

 ロケバスを走らせること数時間。間もなく目的地である旅館に到着するとのことだったので、未だに隣で眠りこけている心の肩を揺さぶって起こす。

 こいつのせいで俺の左肩が結構なダメージを受けた。

 

 

「んにゃう……まだ、はやいって……後一時間」

「一時間も待ってたら撮影ができなくなるから。ほらっ、寝ぼけてないで早く起きろ」

「んんっ……あれっ? もう着いたの?」

 

 

 そう言ってトロンとした瞳を向ける心。俺はそんな心の意識を覚醒させるためにオデコにデコピンをおみまいする。

 

 

「いたっ!? 何すんだよ!?」

「あと5分くらいで到着するから降りる準備しとけって。美優さんと楓さんも起きてください」

 

 

 ぷりぷり怒る心を適当にあしらいつつ、後ろで眠っていた二人を起こす。プロデューサーも早苗さんと菜々さんを起こしていた。

 

 

「おい、大和。別にデコピンする必要はなかったんじゃない?」

「ごめん。なんか前髪がデコピンをしてくださいって風に分かれてたから」

「大和もおでこ出せ☆」

「お断りします」

「二人とも、夫婦漫才なんかしてる場合じゃないよ。もう着いたから早く降りる準備して」

『夫婦漫才なんてしてないです(してないぞ☆)』

「そういう所なんだけど……」

 

 

 呆れたような表情を浮かべるプロデューサーさんの指示に従いつつ、俺たちはロケバスを降りる。

 

 

「うわー、すごいわね」

「ほ、ほんとですね……こんなすごい旅館を貸し切ってるなんて夢みたいです」

 

 

 目の前の旅館を見て早苗さんと美優さんが感嘆の声をあげている。ただ、そんな感想を述べたくなるのも分かる程、目の前にある旅館は雰囲気もあり歴史を感じられるものだった。

 

 

「高級感が溢れてる……これは夜が楽しみだな♪」

「まずはちゃんと撮影してからだぞ?」

「分かってるって! 今のははぁと流のジョーク☆」

 

 

 心はいつも通りで安心した。パチッとウインクを決める心に、俺は苦笑いを浮かべる。

 まぁ、こいつはよっぽどのことがない限り緊張するようなタイプじゃないからな。取り敢えず旅館の中に入り、チェックインを済ませて自分たちの荷物を部屋に運ぶ。

 部屋割りは楓さんと美優さん、それ以外の三人という感じに分かれていた。俺はプロデューサーさんと一緒の部屋だ。

 

 

「それじゃあ荷物を自分の部屋に置いてから、もう一度ここに集合で」

 

 

 プロデューサーさんの指示を受けてそれぞれの部屋へと向かう。部屋の内装については省略するが、部屋はびっくりするくらい広かった。多分、今後こんな部屋に泊まることはないんだろうなと思うくらいに。

 

 

「よしっ、みんな揃ったみたいだし、今日一日のスケジュールを改めて説明するから。大和君も含めて、みんなよく聞く様に」

 

 

 再び全員が揃ったところで、プロデューサーさんが一日の流れについて説明する。

 まずは旅館で新曲の撮影。その後、場所を移してロケを行うらしい。俺のやることは新曲の撮影がつつがなく進むようサポートすることと、ロケ場所までの送迎である。

 

 

「それじゃあ大和君、アイドルたちの事は任せたよ。俺はロケ場所の人たちと打ち合わせをしてくるから」

 

 

 あらかた指示を出し終えたプロデューサーさんは足早に旅館から出ていく。

 

 

「……さて、じゃあ今日は撮影よろしくお願いします。自分はサポートすることくらいしかできませんけど、なるべく皆さんのお役に立てるよう頑張るので」

 

 

 俺は5人に向かって頭を下げる。

 

 

「そんなに謙遜しなくても大丈夫よ大和君。私たちは大和君に期待してるんだから!」

「そうですよ! 菜々も、撮影頑張りますから!」

 

 

 早苗さんたちからの激励を受け、気持ちが少しだけ楽になる。これなら今日の撮影も何とか進めていけそうだ。

 

 

「ありがとうございます。それではこの後早速撮影になりますので、あちらの部屋で着がえを済ませてきてください」

 

 

 そう言って5人は着がえの部屋に向かい……最後に心が俺の前で立ち止まるとポンッと肩を叩いてきた。

 

 

「……力抜いて、頑張れよ」

「……お前こそ」

 

 

 逆に彼女の背中をポンッと叩くと心はニコッと微笑む。こうして今日の撮影が始まったのだった。今思い返してみると、心の一言は凄くありがたいものだったと思う。

 ちなみに新曲の撮影とロケは大きな遅れもなく、完了することができました。

 

 

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 

 

「おぉー……ここがこの旅館の温泉!」

 

 

 撮影などの仕事を終え、片付けなどを済ませた俺は一人露天風呂で声をあげていた。旅館を貸し切っているだけあって、他の人たちは誰もいない。プロデューサーや他のスタッフさんたちも既に入浴を済ませているらしく、浴場は貸切状態だ。

 こんな機会も滅多にないので、存分に堪能させてもらうことにしよう。

 

 ちなみにプロデューサーさんは早苗さんたちと一緒に飲んでいるみたいだ。潰されないように気を付けてください。適当に身体を洗ってから、温泉にゆっくりと浸かる。

 

 

「あぁ~~」

 

 

 思わずおっさんのような声が出たが許してほしい。

 俺も早いもので26歳。そろそろおっさんと言われてもおかしくない年になってきた。そう考えると心はおば……これ以上はやめておこう。

 数分、のんびり浸かった後、俺は楽しみでもあった露天風呂へ。

 

 

「結構広いなぁ~」

 

 

 予想していたよりも一回りほど大きくて驚いた。辺りは静かで、落ち着いて温泉を楽しむのにはもってこいの状況である。

 この温泉の効用は肩こりや冷え性にきくんだとか。最近、デスクワークの影響で肩こりが酷いのでありがたい。

 そんなわけで俺は先ほどと同様、「あぁ~……」と声に出しながら温泉に浸かる。すると、

 

 

「……大和?」

 

 

 竹垣の向こうから心の声が聞こえてきた。そういえば、竹垣越しに女性用の露天風呂が繋がってるとか書いてあったっけ。

 

 

「ん? どうした心?」

「やっぱり大和だ♪ おっさんくさい声が聞こえてきたからもしかしてって思ったけど」

「悪かったなおっさんで。でも、俺だって年齢を四捨五入したら30だし。十分おっさんだよ。そう考えると心もおば――」

「それ以上は禁句、だからな?」

 

 

 壁越しでも感じる威圧感に俺は口を噤む。年齢の話はやっぱり駄目だったらしい。

 

 

「まっ、年齢のことはいいとして、男湯は大和一人?」

「そうだよ。そっちもか?」

「うん、こっちも心の貸切状態! いやー、極楽だよ~」

 

 

 心はリラックスしたような声を上げる。普段使っている風呂はこんなに広くないので、リラックスする気持ちはよく分かる。

 

 

「ところで早苗さんたちとは一緒じゃないのか?」

「早苗さんたちは一足早く入っちゃったよ。……もしかして、美優ちゃんたちを狙ってたり? うわ~、大和ってばエッチだなぁ~」

「そんなわけないだろ。色々やってたらこんな時間になっただけだ」

「それなら早苗さんに通報しないでおいてあげる♪ それに、美優ちゃんたちの代わりに、このはぁとがいるからな☆」

「心では正直、代わりにならないかな?」

「正直すぎんだろ☆ はぁとのダイナマイトボディに酔いしれろ☆」

 

 

 心がダイナマイトボディとか言ったおかげで色々想像してしまったが、すぐにその想像をもみ消した。

 

 

「それにしてもほんと夢みたい。5人で撮影できたこともそうだけど、こんな高級な旅館に泊まれるなんて思わなかったし、まさか、こうして大和と露天風呂で話すとも思ってなかったし♪」

「ほんとだよ。俺もまさかただの事務員なのに、こんな旅館に泊まれるなんて夢にも思わなかったからな」

「言われてみると大和って普通の事務員だもんな。こうして撮影してると分からなくなりがちだけど」

 

 

 そう言って心が笑い声をあげる。俺も思わず苦笑いを浮かべた。旅館の人も俺が事務員だと知って驚いてたからな。

 

 

「……ねぇ大和。この後時間ある?」

「あるけど、どうかしたのか?」

「いや、この旅館の周りって結構雰囲気いいから、ちょっと散歩でもしたいなって。もちろん、大和が良ければだけど」

「大丈夫だよ。俺もこのあたりの雰囲気はいいなって思ってたから」

「よしっ、それなら決まりね! じゃあ着がえを済ませたら受付前の休憩スペースに集合でよろしく☆」

 

 

 そこで竹垣越しの会話を打ち切り、俺は脱衣所へ。着がえを済ませ、待ち合わせ場所の休憩スペースに向かう。

 5分ほど待つと、心が小走りでやってきた。

 

 

「ごめん、待たせちゃった?」

「5分くらいな」

「もうっ! そこは『いや、待ってないよ』でしょ?」

「幼馴染だし、いいかなって。むしろもっと遅いと思ってたし」

「まぁ、結構急いだからね。そんな話はいいとして、早速いこっか?」

 

 

 二人並んで旅館の外に出る。外の空気は涼しく、温泉で火照った身体にちょうどいい。心も気持ちよさそうに身体を伸ばしていた。

 その後、しばらく歩いたところに二人並んで腰かけられるようなところがあったので俺たちは腰掛ける。

 夜空には幾つもの星が煌めき、輝いていた。

 

 

「……なんか不思議な気分。大和とこうして撮影に来て、一緒にこの夜空を眺めてるのって」

「俺も全く同じ事思ってた。346プロにはいる時には一ミリたりとも想像してなかった光景だし」

 

 

 就職前の自分に言ってあげたいくらいだ。お前は幼馴染と一緒に京都の夜空を見上げることになるぞって。

 そこで心が俺の肩に頭を預けてくる。

 

 

「どうした?」

「いいじゃんたまには。それにバスの中でもやってたから今更でしょ?」

 

 

 いいんだけど、その時とは状況が全然違うんだよな……。

 

 

「もしかして、照れてる?」

「照れてねぇよ。重いだけだって」

「言い訳すんなって☆ アイドルしゅがーはぁとの頭を預ける相手なんて、そうそういないんだから!」

「へいへい、感謝してまーす」

「もうちょっと気持ちを込めろ☆」

 

 

 なんていつも通りのやり取りを繰り返したところで、心がぽつりと呟いた。

 

 

「……大和。今度はさ、二人で来ようよ」

「来るってこの旅館にか?」

「うん。お金貯めて、今度は撮影とか抜きで大和とのんびりしたい」

「俺はいいけど、心は本当にいいのか? むしろ美優さんたちと一緒の方が……」

「大和と二人じゃなきゃやだ」

 

 

 二人がいいと断言した心に気恥ずかしさを覚えた俺は、頬をかきながら視線を夜空に移す。

 心はどう思ってるのか分からないけど、俺は今の言葉を聞いて少しだけ意識してしまった。

 

 彼女を一人の女性として。

 

 

「…………」

 

 

 心は俺の返事を待っているかのように特に何も言わなかった。

 表情は髪に隠れてよく分からない。ただ、彼女の耳は真っ赤に染まっていた。

 

 

「……いいよ。じゃあ次は二人で来ようか」

「…………楽しみにしてる」

 

 

 その言葉の後、しばらく無言の時間が続く。しかし、居心地の悪さは特に感じなかった。むしろ安心感すら覚えるほど……。

 

 

「……そろそろ戻ろうか。あんまり遅くなると早苗さんたちが心配するかもしれないし」

「うん、わかった」

 

 

 立ち上がった俺たちは旅館までの道を歩き始める。その間は会話も少なく、あっという間に旅館に到着した。

 俺は心を泊まる部屋の前まで一緒に歩いていく。

 

「……ありがとね、大和」

「おう、気にすんなって。それじゃあおやすみ」

「うん」

 

 

 そのまま心が扉を開け――――

 

 

「やまとくぅ~ん!!」

 

 

 プロデューサーさんがめっちゃ酔っぱらっていた。顔は真っ赤になっており、呂律も若干回っていない。

 その後ろでは早苗さんたちが申し訳なさそうな表情を浮かべている。

 

 

「ごめんね大和君。プロデューサーと飲んでたんだけど、思いのほかお酒が回っちゃったみたいで、さっきからこの調子なの。少しだけ付き合ってもらえない?」

 

 

 俺と心は顔を見合わせて……苦笑いを浮かべた。

 

 

「それじゃあ付き合わせてもらいますよ。俺はまだお酒も入ってないんで」

「はぁとも付き合っちゃうぞ☆」

「ごめんね。無理に付き合わせちゃって。あたしたちも一緒に飲むから」

「よっしゃー! 今日はとことん飲むぞーー!」

 

 

 結局この日は日付が変わるまで飲むことになるのだった。




 作者、今日の面接を終えてやっと就活が終わりました。後はどこの企業に行くか決めるだけです。
 あと、風邪の回があったと思いますが、しゅがは視点の話に需要があればやりたいかなと思っています。


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日常

「ねぇ大和」

「何だよ?」

「ひま~。かまって~」

「暇なら俺の部屋でゴロゴロしてないで、早苗さんや美優さんたちと遊びに行けばよかったじゃん」

「早苗さんたちはみんなお仕事だし、一人で出かけようにも今日は雨だからやることなくて」

「だからと言って俺の部屋でゴロゴロする理由にはならんだろ……ほらっ、掃除の邪魔だからどいてくれ」

「あーい」

「転がって移動するんじゃありません」

 

 

 カーペットの上をゴロゴロと転がりながら移動する心にため息をつきながら、掃除機をかける俺。朝から困ったものだ。

 

 ところで今日は普通に平日である。にもかかわらず俺がどうして部屋で心をあしらいつつ掃除をしているのかというと、先日の撮影が泊りがけだったということで会社からお休みを頂けたのだ。

 まぁ、撮影日からは一週間以上たってるんだけどね。心は心で普通に仕事が休みらしい。彼女は最近働き過ぎということもあったので丁度いいだろう。

 そんなわけで休みの被った俺たちだったのだが、先ほども言った通り外はあいにくの雨。買い物くらいになら出てもいいけど、遊びに行くとなるとちょっと厳しい天気である。

 だからこそ俺は、普段できない部屋の掃除をしようと意気込んでいたのだが……。

 

 

「やまと~、喉渇いた」

「……飲み物なら冷蔵庫の中に入ってるから。勝手に飲んで大丈夫だぞ」

「分かった~」

 

 

 気の抜けた返事をしながらトコトコとキッチンに向かう心。

 冒頭の会話で分かっていた通り、自分の部屋にいても暇だという理由で心が朝から俺の部屋に来てダラダラしていた。掃除の邪魔であることこの上ない。

 今日は完全にオフモードのようで、いつもはツインテールに纏められている髪はおろされ、格好もTシャツに短パンと、心のファンが見たら「誰だお前!?」ってなるような感じになっている。しかし、俺は見慣れた格好でもあったので特に気にしてはいない。

 

 彼女がどいたおかげで掃除がしやすくなったので、今のうちにサクッと掃除機をかけてしまう。後はトイレ掃除と風呂掃除をして取り敢えず終わりかな~。

 

 

「飲み物ありがと。掃除はもう終わりそう?」

「残りはトイレ掃除と風呂掃除だけだよ」

「まだ掃除するの? ほんと、大和って顔に似合わず綺麗好きだよね」

「綺麗好きなのは否定できないけど、顔に似合わずってのは余計だ」

「じゃあ大和の掃除が終わるまで、ゲームして待っててもいい?」

「お前は本当に自由だな。まあいいけど。ゲームの場所はいつも通りの所だから」

「了解!」

 

 

 無駄にかっこいい敬礼をしつつ、心はゲームが置かれているテレビ台の下をごそごそと漁りはじめる。

 俺は本を読む以外にも、ゲームが好きだったりするので暇な時はよく髭が特徴的な主人公で遊んだり、敵を吸い込んでコピーするヒーローのゲームで遊んだりしていた。

 心もたまに俺の部屋に来てやったりしているので、多分どちらかをプレイするのだろう。というか、俺はその二つしか持ってないし。

 他にも欲しいゲームは沢山あるんだけど、仕事が忙しくて結局積むだけで終わっちゃうんだよね。

 

 そんな事はどうでもいいとして、俺はトイレ掃除へ。風呂掃除も終えて戻ってくると、心が鼻歌を歌いながら髭親父のゲームをプレイしていた。

 

 

「この前の撮影の曲を口ずさみながらプレイできるとか、慣れたもんだな」

「もう何回も大和の部屋でやってるからね~。全クリもしたことあるから、これくらいはお茶の子さいさいだよ。多分、大和よりもうまい!」

「そこはゲームの持ち主として否定したいところだけど、否定できないから困る」

 

 

 持ち主よりも、持ち主じゃないやつの方がうまいなんておかしな話なんだけどね。しかし、こればっかりは事実なのでどうしようもない。

 俺はゲーム好きだけど、プレイがうまいわけではないしやり込むわけでもないからな。

 

 

「暇な時にもっと練習すればいいのに」

「一週目は結構頑張ってプレイするんだけどな。二週目になると新鮮味が薄れて、やる気がなくなるんだよ」

「贅沢な奴だな~。こんなに面白いゲームなんだからやり込まないと損だろ?」

「俺はどっちかって言うと、誰かのプレイを眺めてる方が好きみたいなんだ。ほらっ、心って楽しそうにゲームをするから見てて飽きないし」

「それならもっと釘付けになるといいぞ☆ はぁとは逃げないから☆」

「おい、よそ見してると髭親父が死ぬって……あっ、死んだ」

「…………今死んだの大和のせいだから」

「どう考えても、はぁとは逃げないとか言ってたお前の不注意だろ……」

 

 

 恨みがましい視線を向ける心だったが、それほど気にしてはいないようですぐに意識をゲーム画面に集中させる。今やっているステージは結構難しいらしく、ノーミスでいくにはかなりの集中力がいるみたいだ。

 その間、心は何も話さないので俺は暇になる。

 

 

(……なんかこうして集中してる心を見ると、悪戯したくなるな)

 

 

 というわけで俺はゲームに熱中する心の耳元に顔を寄せ、

 

 

「ふぅ~」

「うひゃぁ!?」

 

 

 心が甲高い声を上げ、コントローラーをカーペットの上に落とす。そのせいで、髭親父の挙動がおかしくなり敵の攻撃をもろに受けていた。

 

 

「何すんだよ大和!!」

「すいません。ちょっとした出来心で……今の悲鳴、すごく可愛かったぞ?」

「なにも嬉しくない言葉、どうもありがと! 次、耳に息を吹きかけたらグーで殴るから」

 

 

 ギロッと俺を一睨みした後、心は再びゲームに意識を戻す。しかし、睨みつけられたくらいで悪戯をやめる俺ではない。

 俺は心の首元に狙いを定め、さわさわと指を這わせた。

 

 

「きゃぁっ!?」

 

 

 今回も可愛らしい悲鳴をあげてコントローラーを落とす心。もちろん、髭親父の挙動はおかしくなり敵の攻撃をもろに受け儚く散っていった。

 その様子を見ていた俺は耐え切れずに口元を押さえながら下を向く。

 

 

「……くくっ……ぷっ、……お、お腹痛い」

「やーまーと? 今度やったらグーで殴るって言ったよね?」

「……ぷっ……、はぁはぁ……いや、耳以外ならオッケーかと思って」

「そういうのを屁理屈って言うんだぞ☆ そんな大和にはお仕置きが必要みたいだな♪」

 

 

 コントローラーを机の上に置いて、心がニッコリと気味が悪いくらいの笑みを浮かべる。これはもう逃れることができないだろう。

 全てを悟って目を瞑った瞬間、心のチョークスリーパーが炸裂した。ちなみにゲームを邪魔して心のチョークスリーパーをくらうのは毎回の事です。

 

 

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 

 

「全く、大和が邪魔しなければもっといい感じにゲームを進められたのに!」

「だからごめんって。それに、お詫びとして昼飯を作ってやっただろ?」

「昼飯っていっても余り物で作ったチャーハンじゃん」

「美味しくなかった?」

「……美味しいけど」

 

 

 不満げな表情を浮かべながらチャーハンを口に運ぶ心。ゲームがひと段落付いたため、俺たちは昼食を食べていた。

 冷蔵庫に入っていた食材を使ってチャーハンを作ったのだが、割と美味しいと思う。心も先ほどのことについて文句を言いながらも、黙々とチャーハンを食べてるし。

 

 

「それで午後はどうしようか? またゲームでもやる?」

「ゲームは飽きたから、どこかに行こうよ。雨も弱くなってきたし」

 

 

 窓の外を見ると相変わらず雨は降っているのだが、朝よりは大分弱まってきていた。これなら多少遠出をしても大丈夫だろう。

 

 

「それじゃあ駅前の家電量販店に行こうぜ。丁度新しいゲームが欲しくてな」

 

 

 ちなみに欲しいゲームというのは、剣をメインとしたアクションを駆使して様々なダンジョンを攻略するゲームの最新作である。

 

 

「ゲームに飽きたから出かけるのに、結局新しいゲームを買いに行くって何か矛盾してない?」

「まぁまぁ、そう言わずに。新しいゲームも増えるし、家電量販店は意外と楽しめるから大丈夫だって」

「うーん……まぁいっか。あたしもそろそろ次のゲームをやりたいと思ってたところだし!」

「なんか新しいゲームを買っても心が主にやってそうな気がする」

「それはいつものこと☆」

 

 

 午後の予定が決まったところで俺たちは食器を片付け、出かける準備をする。心も今の格好では色々とまずいので、着がえに部屋へと戻っていった。

 数分ほど待つと心はいつも通り、変装用の格好で戻ってくる。

 

 

「お待たせ~。はぁとの準備はバッチリだぞ☆」

「オッケー。そんじゃのんびり向かいましょうか」

 

 

 傘をさしつつ、俺たちは駅前にある大型の家電量販店に向かう。15分ほど歩いたところで目的のお店に到着した。

 

 

「えっと、ゲームとか玩具のコーナーは……5階だな」

 

 

 エスカレーターに乗ってゲームや玩具が販売されてている階へ。

 

 

「おー、久しぶりに来たけど結構広いんだな。それに玩具もたくさんある!」

 

 

 心が辺りを見渡して感嘆の声を上げる。

 俺はそこそこの回数来ているのでどうにも思わないけど、心にとっては新鮮なものに映るらしい。

 

 

「はしゃぐのはいいけど、まずはゲームコーナーに――」

「大和! こっちに懐かしいアニメの玩具があるよ!」

「聞いちゃいない……って、自分で歩けるから引っ張るなって!!」

 

 

 こいつのどこにこんなパワーが……。なんて思いながらグイグイと心に引きずられていく。いや、もしかすると自分が非力なだけかもしれない。

 

 

「うわぁ! このアニメ、懐かしい! よく大和の家で一緒に見てたよね?」

「ほんとだ。俺の実家にまだこのアニメのDVD、置いてあるよ」

 

 

 昔よく見ていたアニメのグッズを眺めながら、懐かしさに浸る俺たち。

 彼女の言う通り、家も隣だったせいで小学生の頃はよく家でアニメを見ていたものだ。

 

 

「あの頃はよく、このアニメのキャラクターになりきって遊んでたな~」

「お前が主人公の真似したいがために、俺は毎回敵キャラで意味もなく倒されてたのもいい思い出だよ」

「そんな事あったけ?」

「そんな事あったよ。というか、その顔は絶対覚えてるだろ?」

「バレた? いやー、あの頃ははぁともやんちゃだったよ」

「やんちゃは今でものような気がするけど」

「うるさいぞ☆」

 

 

 懐かしいアニメの玩具を眺めるのはこの辺にして、俺と心は今日の目的であるゲームコーナーへ。

 

 

「えっと、欲しいゲームは……おっ、あったあった」

「それが欲しかったゲーム?」

「そうだよ。これは全世界でも人気があって、俺も一度でいいからやってみたいと思ってたんだ」

「ふぅーん。それならあたしも楽しめそうかな。やり込み要素も結構ありそうだし!」

「攻略はネットとか見ながらになりそうだけどな。取り敢えず買ってくるから、心はゲームでも見て待っててくれ」

 

 

 ゲームコーナーに心を残して俺は会計に向かう。レジがそれなりに混んでいたおかげで若干時間がかかってしまった。

 会計を済ませた俺は急いでゲームコーナーへと戻る。

 

 

(あれっ? 心がいない……)

 

 

 一瞬焦ったが、隣接していたガチャガチャのコーナーに心の姿を見つけたのでホッと息を吐く。

 

 

「何見てんだ?」

「あっ、大和。これ、さっき見てたアニメのガチャガチャみたいだよ」

 

 

 彼女が見ていたのは、先ほど俺たちが懐かしいと盛り上がっていたアニメのガチャガチャだった。

 このアニメは今度リメイク版が放送されると書かれていたので、このガチャガチャもそのPRの一環なのだろう。

 

 

「ねぇ、こうして見つけたことだし、記念に一回だけまわしてみようよ!」

「記念って、だいぶ大げさだな」

「いいじゃん別に~」

「まぁいいけどな。それじゃあ俺から」

 

 

 そう言って俺たちはガチャガチャをまわす。

 

 結果は、

 

 

 

 

 

「……まさか二人して同じものが出るとは」

「ある意味レアだよね。こんな事、滅多にないんじゃない?」

 

 

 家電量販店からの帰り道。傘を右手でさしつつ、俺は左手で先ほど引いたキャラクターのストラップを眺める。そして、全く同じキャラのストラップを心も眺めていた。

 

 

「だけど、あたしは満足かな。このキャラクター、主人公兼ヒロインみたいな存在だし、当時私の中で一番好きなキャラだったからね!」

 

 

 ニコッと笑顔を浮かべる心を見ていると、記念に引いてよかったかなと思う。このストラップは家のどこかに飾ることにする。

 流石に鞄のどこかにつけるのは恥ずかしいからやらないけど。まぁ、職場で使っている鞄につけていけば小学生くらいのアイドルたちに羨ましがられるかもしれないけどね。

 

 

「満足してくれたみたいで良かったよ。それで、この後はスーパーに寄っていってもいいか? 晩ご飯の食材でも買おうと思って」

「それなら、今日のお礼としてはぁとが大和の為に晩御飯を作ってあげるよ!」

「心が俺の為に晩御飯を作ってくれるなんて……明日は雪でも降るんじゃないのか?」

「バカにすんじゃねぇよ☆」

「冗談はこの辺にして、それじゃあお言葉に甘えることにするよ」

「よろしいっ!」

 

 

 というわけで俺たちはスーパーへ。カゴを持った俺に心が訊ねてくる。

 

 

「ところで大和は何が食べたい? 基本的には何でも作れるけど」

「悩みどころだけど、カレーとハンバーグで」

「どこかの生徒会長の好みと一緒だな。それじゃあ材料を探しに行こう!」

 

 

 カレーとハンバーグの材料をカゴの中に放り込み、後はサラダ用の野菜もついでに放り込んでおく。

 お酒は明日、二人とも仕事だということもあってやめておいた。心はぶーぶーと文句を言ってきたけど……。

 

 そんなわけで買い物を済ませた俺たちは部屋に戻ってきた。5時間ほどしか部屋をあけてないのに、なんだか久しぶりに帰ってきた気分になる。

 

 

「んじゃ、早速作ってくから。大和も手伝って!」

「野菜を切ったり、サラダを作るくらいでいいか?」

「それで十分! えっと、エプロンはどこだっけ?」

「確かこの棚の中に……あった。相変わらず派手なエプロンだよな」

「はぁとが気に入ってるんだからいいんだよ☆」

 

 

 俺の手からエプロンを受け取った心は、手慣れた様子でそのエプロンを身に着ける。そのまま二人でキッチンに立ち、料理を始める。

 

 

「大和、これ切っといて」

「了解」

「それ、取ってもらってもいい?」

「これか?」

「うん、ありがと」

「……うわっ!? こぼしちゃった」

「拭いとくから、心はそのまま料理を進めといて」

 

 

 こんな感じで手際よく料理を進めていき、大体一時間くらいたったところで晩御飯が完成した。

 テーブルに完成した料理を並べ、俺と心は手を合わせる。

 

 

『いただきます』

 

 

 まずはサラダを食べ終えてから、心の作ってくれたカレーをスプーンですくって口に含む。

 

 

「……ん、相変わらずうまいな」

「良かった。それじゃああたしも一口。ん~、やっぱりおいしい!」

「やっぱりって……気持ちは分からなくもないけど。心の作る料理は基本的に美味しいし」

 

 

 そう言いながらハンバーグも口に含む。うん、こっちも文句なしに美味しい。

 

 

「あんまり褒めんなって☆ 褒めても何もでないぞ?」

「だけど一番おいしいのはサラダかな」

「それを本気で言ってたら、大和のカレーにタバスコを入れまくるからな☆」

「一番おいしいのは心の作ってくれたカレーとハンバーグです」

 

 

 ニコニコしながらタバスコに手を伸ばす心。命の危機を感じたので全力で謝った。

 その後は普通に雑談を交わしながら心の料理の食べ進めていき、

 

 

「ふぅ……ごちそう様。文句の言いようがないくらい美味しかったよ」

「満足してくれたみたいで良かったよ。余ったやつは冷蔵庫に入れておいてね」

「了解。それじゃあ皿洗いは俺がやっとくから」

「いいの? じゃあお願いします!」

 

 

 心はそのままソファへと向かい、俺はサクッと皿洗いを済ませる。手を拭きながらリビングへ向かうと、心がソファにぐでーんと横になっていた。

 

 

「食べた後にすぐ横になると牛になるぞ?」

「なるわきゃないよ~」

「……お腹は誤魔化せないみたいだけど?」

「食べ終えたばかりだからだよ。というか、さりげなく腹を見んな☆」

 

 

 この日は10時くらいまでダラダラと話した後、お開きとなった。

 

 

 ちなみに、この日の事を心が早苗さんたちに言ったところ「なに、二人とも付き合ってるどころか結婚したの?」と言われ、赤面したのは別のお話。

 



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宅飲み

 とある日。俺は心と共にスーパーで買い物をしていた。今はその帰り道である。

 

 

「悪いね、買い物に付き合ってもらっちゃって」

「気にすんなって。どうせ俺も暇だったし、なによりこれだけの量、心一人じゃ持てないだろ?」

 

 

 今手に持っているレジ袋の中身を見ながら返事をする。中にはそこそこの量のお酒と氷が入っている。おつまみなどの袋は心が持っていた。

 なんと今日は心の部屋で宅飲みが行われるらしく、俺たちはその買い出しの為にスーパーで買い物をしていたのだ。メンバーは心、美優さん、瑞樹さん、早苗さんの計四人。

 いつもなら参加しているはずの楓さんは、残念ながらお仕事が入ってしまい参加を見送ったらしい。それでもこれくらいの量なら多分、飲み干せてしまうだろう。ただし、美優さん以外の三人で。

 

 

「流石にこの量を一人で運ぶのは無理だね~。だから助かったよ!」

「……いや、心の事だから頑張れば持てたんじゃ?」

「持てねぇよ☆ はぁとのか弱さなめんな☆」

 

 

 なめんな、とか口に出している時点でか弱さなんて微塵も感じないけど……。それに関してはいつもの事なので気にしないことにしよう。

 話してるうちに心の部屋の前に到着したので、俺は荷物を持って部屋に上がる。

 

 

「珍しく部屋が片付いてるな」

「人が来るんだし、いくらあたしでもちゃんと片付けるって」

「それなら、俺が来るときも片付けといてほしいんだけど?」

「大和は特別☆」

 

 

 何も嬉しくない特別を頂いたところで、お酒を冷蔵庫に、氷を冷凍庫ににしまっていく。うわっ、こいつの冷蔵庫の中、調味料と水以外何も入ってないじゃん。今度は俺が心に何か作ってやるか……。

 

 

「お酒と氷、冷蔵庫の中に入れといたぞ。そんじゃ、俺は部屋に戻るわ。宅飲み、楽しんで」

「えっ、何言ってるの? 大和も参加するに決まってるだろ?」

「えっ? 俺も参加しなきゃいけないの?」

 

 

 心の言葉に俺はキョトンと首を傾げる。

 いやいや、全く持って意味が分からない。その場に俺がいるとか邪魔以外の何物でもないだろ。アイドルだけで飲んだほうが絶対に楽しいと思うのに。

 

 

「当たり前じゃん! ……まぁ、早苗さんたちに頼まれたからってのもあるけど」

「早苗さんたちに……どうしてだろ? 俺、何かしたっけ?」

「さ、さぁね~。何でだろうね~? はぁと、わかんない☆」

 

 

 歯切れの悪く、俺から視線を逸らす心。彼女が視線を逸らした理由も分からないし、早苗さんたちが俺を誘った理由も分からない。分からないことだらけだ。

 

 

「ちなみに、大和に拒否権はないから」

「さいですか……」

 

 

 まぁ、今日は特にやることもないし暇だからいいけど……。ただし、明日が心配である。きっとたくさん飲まされるんだろうな~。

 こうなるんだったらスーパーでウ〇ンの力でも買っておくべきだった。飲む場所が居酒屋じゃないのがせめてもの救いである。

 それに休日であるにも関わらず、美優さんに会えるというのは大きなメリットだ。これは非常に嬉しい……。

 

 

「大和ってば、また美優ちゃんの事考えてたでしょ?」

「……だから、なんで分かるんだよ?」

「美優ちゃんの事を考えてるときの大和はニヤニヤしてるから分かりやすいの。全く……」

 

 

 呆れたような視線を向けられ、俺は心から顔を背ける。これから今以上に気をつけなければ。だらしのない表情を見られたら美優さんに嫌われてしまう。

 

 

ピンポーン!

 

 

「あっ、早苗さんたちが来たみたいだからちょっと行ってくるね」

 

 

 俺が顔を背けた直後、インターホンの音が部屋に響き、心が玄関へと向かう。しばらく待っていると、各自ビニール袋を持った早苗さんたちがリビングに入ってきた。

 

 

「いやー、ごめんね大和君。忙しいところ、参加させちゃって」

「確かに随分急でしたけど、大丈夫ですよ。むしろお酒がたくさん飲めるのでラッキーなくらいです」

「ふふっ、そう言ってくれると助かるわ。大和君の為にいいお酒も持ってきたから」

「ありがとうございます」

 

 

 俺は早苗さんと瑞樹さんに頭を下げる。そんな俺の様子を見ていた心がボソッと一言。

 

 

「さっき言ってた事と全然違うけどね」

「うるさいぞ、心」

 

 

 そこで美優さんがトートバッグの中からタッパーを取り出す。

「私はお酒ではないんですけど、肉じゃがを作って持ってきました。口に合うかは分かりませんけど」

「口に合わせるので安心してください。そもそも、美優さんの作ってくれたものでまずいなんてありえませんから。ほんと、作ってきてくれてありがとうございます。早速温めてきますね」

「はぁ……全く、美優ちゃんの前では相変わらずだな」

 

 

 心が呆れているけど、美優さんの肉じゃがを食べられるので何も問題はない。

 俺は肉じゃがを温めにキッチンへ。タッパーからお皿に移した肉じゃがをレンジに入れる。

 

 

「おーい、大和。肉じゃがを温め終わったらこっちも温めといて」

「了解。あっ、戻るついでに全員分のグラスを持っていってくれ」

「オッケー」

 

 

 俺は肉じゃがの他にもグラスやビールを持ってリビングへと戻る。既に机には三人が持ってきていた料理やおつまみが並べられていた。

 

 

「それじゃあ、料理も揃った事だし、乾杯しましょうか! 大和君、よろしく!」

「えっ、俺ですか? ……それでは僭越ながら、乾杯の音頭をとらせていただきます。本日はお日柄もよく――」

「かんぱーい!」

『かんぱーい!!』

「……乾杯」

 

 

 半分どころか、一割も言ってないうちに乾杯の音頭を心に取られた。確かに長くなりそうだったけど、それでも悲しい。

 

 

「まぁまぁ、拗ねてないで飲みなよ。大和の話が長いのは今に始まったことじゃないからさ」

「だから、何のフォローにもなってないって……飲むけどさ」

 

 

 俺は手元に置いてあった缶ビールのプルタブを引き、勢いよく喉に流し込む。一息で半分ほどを飲み干してしまった。

 

 

「おぉっ! いい飲みっぷりね大和君!」

「いやいや、早苗さんにはとてもかないませんよ」

 

 

 三人が持ってきてくれた焼き鳥を摘みながら答える。早苗さんも俺と同じく缶ビールを半分ほど一気に飲み干していた。ほんと、男の俺でも惚れ惚れするような飲みっぷりです。

 

 

「珍しいわね。大和君がはじめからハイペースで飲むなんて」

 

 

 隣で缶チューハイの入ったグラスを傾けていた瑞樹さんが驚いたような声を上げる。

 

 

「ここは居酒屋じゃなくて心の部屋ですし、別にどれだけ酔っても、迷惑をかけても大丈夫ですから」

「オイコラ、なにも大丈夫じゃねぇぞ☆」

「あ、あはは……」

 

 

 心が文句を言っているが、今日くらいは大目に見てほしい。いつもは酔っぱらって気分の悪い心を送らなければいけないため、そこそこ押さえて飲んでるからな。

 というわけで、あっという間にビールを飲み干した俺は次のビールに手を伸ばす。

 

 

「あっ、大和君。ビールもいいけど、こっちのお酒も飲んでみてよ」

「さっき言ってたやつですか?」

「そうそう。番組のプロデューサーさんに撮影のお礼ってことで貰ったんだけど、一人じゃ飲む気にならなかったから助かったわ」

 

 

 瑞樹さんが取り出したのは見るからに高そうな日本酒だった。居酒屋でもよく日本酒は頼むけど、これはそれらよりきっとおいしいだろう。

 

 

「あら、これすごくおいしいって評判の日本酒じゃない。これが飲めるって今日はついてるわね~」

 

 

 早苗さんも美味しい日本酒が飲めるとあってご機嫌だ。

 

 

「んじゃ、新しいグラスを持ってきますね」

 

 

 キッチンに向かい、新しいグラスを持ってくる。

 

 

「早苗さんたちはいいとして、美優さんは……やめといたほうがいいですかね?」

「すいません。お酒はあまり強くないので」

 

 

 そう言って美優さんが苦笑いを浮かべる。以前、日本酒をひとなめしただけで顔を真っ赤にして倒れたと心が言っていたので、これはやめておいた方がいいだろう。

 美優さん以外の四人分のお酒をグラスに注ぐ。

 

 

「それじゃあ瑞樹ちゃん、ありがたく飲ませてもらうわね。……あっ、美味しい!」

「ん~、意外と飲みやすくてこれなら何杯でも飲めそう!」

「ふふっ! 気に入ってくれたみたいで良かったわ」

 

 

 三人が話す横で俺も日本酒をぐびっとあおる。

 

 

「……ほんとだ、美味しいですねこれ」

「でしょ~? ほら、はぁとがお酌してあげるからどんどん飲みなって☆」

「おっ、悪いな」

 

 

 酒瓶を持った心が笑顔でお酒を注ぐ。

 

 

「大和君がこんなに飲むなんて、本当に今日は本気ね~」

「普段が普段なんで、今日は遠慮なく飲ませてもらいますよ。こんな美味しいお酒の飲める機会なんて滅多にありませんからね」

「あんま飲みすぎんなよ~」

「潰れたら心、介抱よろしくな」

「断る☆」

 

 

 そんな感じで楽しい宅飲みは進んでいくのだった。

 

 

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 

 

 そして飲み会をはじめて二時間ほど経過した。アタシたちもさることながら、大和君はそれ以上のハイペースで飲み進めていた。

 アル中になる程のペースでないとはいえ、こっちがちょっと心配になるくらいに。料理もつまんではいるんだけど、大丈夫かしら? 

 はぁとちゃんも、少しだけ心配そうに大和君の事を見つめている。

 

 

「大和、あんまり飲みすぎんなよ。ほらっ、料理もあるんだからさ」

「まだまだ大丈夫だって」

 

 

 はぁとちゃんの忠告を聞くことなく、大和君はお酒の入ったグラスに口をつける。

 彼は顔色も変わっていなければ、呂律も回らなくなっているわけではない。ただ、言いようもない不安を感じているのも事実だ。何というか、私たちじゃなくてはぁとちゃんに被害が及ぶような気がする。

 

 

「ん~、ほんと美味しいですね」

 

 

 アタシが言いようもない不安を感じている間にも、大和君は黙々と飲み続けている。いくらお酒が強いとはいえ、そろそろまずいんじゃ?

 

 

 

「…………ふぅ」

 

 

 

 そこで大和君が飲み干したグラスをガンッと音を立てて机の上に置く。普段彼は、わざわざ音を立ててグラスを置いたりなんてしない。

 嫌な予感がして大和君の顔を見ると、妙に目が据わっていた。こんな表情の大和君は見たことがない。

 

 

「や、大和? 水飲む?」

 

 

 はぁとちゃんも異変に気付いたのか、慌てて水を差し出す。しかし、大和君はそれに手をつけようとせず、

 

 

「早苗さん、瑞樹さん、それに美優さん!」

『は、はいっ!』

 

 

 いきなり名指しされたアタシたちは思わず揃って声を上げ、次の言葉に身構える。い、一体、何を言われるんだろう?

 

 

「こんな事、改めて言わなくても分かってると思うんですけど……心って、すごく可愛いですよね?」

「はぇっ!?」

『…………はいっ?』

 

 

 大和君の口からとんでもない言葉が飛び出した。

 

 はぁとちゃんは顔を真っ赤にして固まり、アタシたちは彼の言ったことを理解できずに固まる。……いや、理解はできてたんだけど、脳の処理が追いつかなかった。

 

 

「えーと、大和君。一応確認だけど、今の可愛いって、世間一般的な可愛いってことで大丈夫?」

「もちろんですよ。むしろ、他にどんな可愛いがあるんですか?」

「まぁ、そりゃそうだけど……」

 

 

 相変わらず脳の処理は追いついていない。ただ、一つだけ分かったことがある。

 

 

(大和君、だいぶ酔ってるわね……)

 

 

 顔は赤くなくて、呂律も正常だから分かりにくいけど、大和君は今確実に酔っている。酔ってなきゃ、アタシたちのいる前で『心が可愛い』なんて絶対に言わないもの。

 

 

「ねぇ、早苗ちゃん。もしかして大和君、酔ってる?」

「もしかしなくても酔ってるわね」

「大和さんがあんなことを言うなんて……心さんにとっては良かったかもしれませんけど」

 

 

 三人ではぁとちゃんに視線を移すと、相変わらず顔を真っ赤にして口をパクパクさせていた。

 こういっちゃなんだけど、普段が普段だからギャップがあり、はぁとちゃんもやっぱり女の子なんだなと可愛く見えてくる。こういう姿を見せれば、彼女のファンはもっと増えるんだろうな~。

 

 

「み、みみ、みんな! 今の大和はちょっとおかしくなってるから、真面目に聞かないで――」

「いや、可愛いって言うよりは美人って言ったほうが正しいかな? ほんと、美人だよな心って」

「ふぇっ!?」

『…………』

 

 

 今度は顔どころか耳まで真っ赤にさせて固まるはぁとちゃん。今日、アタシたちは惚気話を聞きにきたのかな?

 

 もちろん、はぁとちゃんは誰が見ても美人とか可愛い部類に入ると思う。本人も撮影などを含めて、それなりに言われたこともあるだろう。

 でも酔ってるとはいえ好きな人に可愛いやら、美人やらって言われたら嬉しさのあまり顔も真っ赤になるわよね。

 特に、普段はそんな事絶対に言わない大和君なら尚更。酔ってるときに本音が出るなんて、実に大和君らしい。

 

 

「や、大和……やめてってば」

 

 

 はぁとちゃんは完全に女の子の表情になっている。……可愛い。ちょっといじめたくなってきた。

 それはアタシだけじゃなく瑞樹ちゃんたちも同じだったようで、

 

 

「ねぇ、大和君。具体的にどんなところが可愛かったり、美人だったりするの?」

「それ、私も聞きたいわ大和君。ここでしか言えないと思うから、思う存分言っちゃいなさい」

「わ、私も気になるので大和さん、お願いします」

「ちょっ!? み、みんな、酔ってる大和に変な事聞かないで! 大和も応えなくていいからね!!」

「可愛いところですか? もちろん顔は可愛いですから言うまでもないとして……」

「へぇ~、顔はもちろん可愛いねぇ?」

「や、やめて、早苗さん……」

 

 

 滅茶苦茶嬉しいけど、滅茶苦茶恥ずかしい……と言う表情を浮かべるはぁとちゃん。そんな彼女をアタシたち三人は微笑まし気に見つめる。

 普段のやり取りも十分微笑ましいけど、これはこれでアリね。

 

 

「可愛いところは沢山あるんですけど、やっぱり俺は笑顔が一番可愛いと思います。もちろんテレビとか写真集の笑顔もいいですけど、今みたいに少しだけ緩んだ笑顔が俺は好きです。なんか、元気貰えるんですよね、心の笑顔って。昔からそうですけど」

「ふぅ~ん。だってはぁとちゃん。大和君、はぁとちゃんの笑顔から元気貰ってるみたいよ。それも今だけじゃなくて昔から!」

「瑞樹さんまで……。ほんと、やめて下さい……死ぬほど恥ずかしいんですから」

「心さん、可愛い♪」

「美優ちゃんも!!」

 

 

 真っ赤な顔でプンスカ怒っても全然怖くない。ほんと、可愛い。はぁとちゃんのプロデューサー、こっちの方向で仕事を持ってこないかな?

 

 

「じゃあ次は美人なところについて聞いちゃおうかしら?」

「もちろん、髪をおろした姿です」

「即答っ!? うぅ……」

 

 

 あまりのレスポンスの早さにはぁとちゃんが壊れかけている。本当に酔っているのかしら? いや、酔っているからこそ反応速度が速いのかも。

 

 

「ほんと、あの姿は反則ですよね。いつもはキャラ作ってツインテールなのに、髪をおろした途端、美人で御淑やかな女性になるんですから」

 

 

 大和君の言葉にアタシたち三人はうんうんと頷く。髪下ろした時のはぁとちゃんはものすごい反響だったからね。

 

 

「……というわけで、心には可愛さと美人さが融合されているんです。つまり、最強です」

「いや、その理論意味わかんないから」

 

 

 赤い顔ではぁとちゃんが大和君にツッコむ。先ほどよりも酔いが回ってきているのだろう。若干、大和君の瞳がトロンとし始めていた。

 

 

「……あっ! それともう一つ話してないことがありました」

「うげっ!? ま、まだあるのかよ。もうこの辺で――」

『是非!!』

「…………もういいです。こうなったらあたしも最後まで聞きます。今日は厄日だなぁ……」

 

 

 はぁとちゃん遠い目をしても諦めたところで大和君が口を開く。

 

 

 

「俺、心が隣にいる今がすごく楽しんです」

 

 

 

 優しい瞳をはぁとちゃんに向ける大和君。その瞳を見て酔っぱらいの適当な発言ではなく、多分本気なんだなと思うことができた。

 

 

「幼馴染ですし、ちょくちょく連絡を取ってたんですけど、やっぱり隣に引っ越してきてくれた時からですかね。普段の日常がすごく楽しいものになったのは」

「…………」

 

 

 拗ねたような表情ではぁとちゃんがそっぽを向いている。しかし、私たちは分かっていた。

 

 あんな表情をしていないと嬉し過ぎて表情が緩んでしまうからだろう。

 ほんと、酔った時にしか本音を言えない大和君も、はぁとちゃんも不器用なんだから。

 

 

「心とどこかに出かけたり、家で過ごしたりするのがすごく楽しいんですよ。隣に引っ越してきた理由はよく分かりませんけど、それでも感謝しています。隣に来てくれなかったら、こんな気持ちを知ることはなかったですから。……だからですかね。撮影とかで心に会えないとすごく寂しくて…………」

「……あれっ?」

 

 

 急に言葉が途切れたので大和君の方を見ると、自分の腕を枕にして気持ちよさそうな寝息をたてていた。

 

 

『…………』

 

 

 何というか、もの凄く気になるところで話を切られた気がする。アタシたちはその「寂しくて」の後を聞きたかったのに。

 瑞樹ちゃんと美優ちゃんも同じような表情を浮かべていた。でも、

 

 

「はぁとちゃん。今の大和君の言葉、どうだった?」

「…………嬉しいに決まってるじゃないですか」

 

 

 ぽつりとはぁとちゃんが呟く。

 すぐに右手で顔を隠してしまったけど、直前の彼女は泣き笑いのような表情を浮かべていた。

 

 

「私も二人のような恋をしてみたいです」

「わかるわ」

 

 

 二人が羨ましい表情で大和君たちを見つめている。気持ちが分かりすぎて辛い。

 

 

「取り敢えずはぁとちゃん……結婚式にはよんでね?」

「っ!? け、けけけけ、結婚なんてしにゃいですから!!」

 

 

 盛大に噛んだはぁとちゃんをアタシたちは優しい瞳で見つめる。必死に否定してるけど、頭の中では結婚式の様子がありありと想像されていることだろう。やっぱり可愛い。

 

 その日は色々な意味で大満足(ただし、はぁとちゃんを除く)な宅飲みだった。

 

 ちなみに大和君は話したことを一つも覚えていなかったらしく、それもあって余計にはぁとちゃんをヤキモキさせたそうです。




 


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お祭り

「ねぇ大和。今日さ、近くでお祭りがあるみたいなんだけど、一緒に行かない?」

 

 

 またまたとある休みの日。今日も俺の部屋に上がり込んでゴロゴロしていた心から声がかかる。

 

 梅雨も明けて本格的に夏へと突入したわけで、今日もかなり気温が高い。そのおかげで心の格好はTシャツに短パン。非常にラフな格好であり、その姿でゴロゴロされると色々くるものがあるのでやめてほしい。

 一応幼馴染とはいえ、俺も男なんだから。

 

 

「今日はめっちゃ暑いし面倒だからパスで。俺、人ごみあんま好きじゃないし」

「残念ながら拒否は認められてません! 強制参加だぞ☆」

「相変わらず無茶苦茶だな。まぁどうせ今日は暇だし、行ってもいいけど」

「だったら最初からうんって言えや☆」

 

 

 というわけで、今日はお祭りに行くことになった。お祭りにはやっぱり浴衣が定番なので心は浴衣で行くらしい。

 浴衣なんてこいつの家にあったっけ? しかし、俺が知らないだけで実家から持ってきていたのかもしれない。地元の祭りに行くときは毎回浴衣を着てたしな。

 もちろん、俺は私服である。地元のお祭りの時も私服だったし、そもそも急にお祭りとか言われても浴衣なんて持ってないからね。仕方ないね。

 

 

「浴衣を着ていくのはいいとして、一人で浴衣を着れるのか? 実家にいた時は心のお母さんがいたからよかったけど」

「はぁとをなめんなよ! 浴衣を着ることくらい問題ないって☆」

 

 

 ちなみに大和は知らないのだが、このお祭りについては一週間ほど前、心と早苗さんたちがあらかじめ調べておいたものだ。心があらかじめ浴衣を用意していたり、浴衣の着方を知っていたのはこのためである。

 

 

 しかし心はこのお祭り計画の真の目的については知らされていなかった。

 

 

 真の目的の主導はもちろん早苗さんたち、『大和と心の恋仲を見守る会』のメンバーだ。メンバーは早苗さん、楓さん、美優さん、川島さん、ウサミン、その他もろもろ。

 先日の宅飲みで大和の気持ちが確実に心に向いていることを確信した早苗さんたちは、何とかして二人の関係を進展させたいと計画したのである。

 心は「それなら皆でいけばいいんじゃない?」と言ったのだが、目的が目的のためメンバーは二人で行くことをゴリ押した。

 強引に二人で行くことを提案してきた早苗さんたちに心は不信感を抱いたのだが、

 

 

「ま、まぁ、別に大和と二人でもいいよ……」

 

 

 と若干照れながら了承したため、メンバーがほっこりしたのは言うまでもない。

 

 こんな経緯を踏まえたうえで、今に至るというわけである。

 

 

「あっ、近くって言っても、あたしたちの最寄から三駅くらい離れたところだから」

「そんじゃ、ちょっと早めに出てった方がいいかもな。混むかもしれないし」

「結構規模も大きいらしいからそうしたほうがいいかもね~。それにお祭りの最後では恒例の花火大会もあるいらしいから」

「余計に混みそうだな。心も顔がばれると大変だからちゃんと変装してけよ」

「分かってるって。それにあたしは基本的に髪をおろしとけばバレないし」

「毎回思うけど、髪下ろすと別人だからな。それに眼鏡が合わさると……うん、あれは完全に詐欺だ」

「一人で納得してんじゃねぇよ☆ 後、詐欺は流石に失礼☆」

 

 

 そこでなぜか心がニヤニヤし始める。何となく嫌な予感が……。

 

 

「いやー、思ってることはもっと素直に言ったほうがいいと思うよ大和君!」

「君呼びはやめろ、気持ち悪いから。そもそも素直になれってどういう事だよ?」

「この前の宅飲みで大和ってば、髪下ろしたあたしの事を『美人』って言ってたんだよね~」

「なぁっ!?」

 

 

 驚きの事実に俺は口をあんぐりと開く。驚く俺の顔を見て、心は満足げだ。

 あの時の事は何一つ覚えておらず、気付いた時には心の用意してくれていた布団で寝ていたのだ。……なぜか隣には心もいたけど。

 おかげで酔った勢いのまま、酷い過ちを犯してしまったと勘違いしてしまった。

 

 

「お、おいっ、俺はあの時他に何を言ってたんだ!?」

 

 

 色々とまずいことを口走っていると感じた俺は心に詰め寄る。

 

 

「えっ? ほ、他に!? そ、それは……」

 

 

 しかし、どういうわけか心は頬を赤らめて俺から視線を逸らした。えっ、なにその反応? まさか俺は、とんでもないことを早苗さんたちもいる前で話したんじゃ!?

 

 

「お、おいっ! 頼むから本当のことを言ってくれ! 俺は一体何を?」

「…………み、美優さんを可愛い、可愛いって連呼してた」

「う、嘘だろ……」

 

 

 その場に膝から崩れ落ちる。俺は酔ってべろべろの姿を晒したばかりか、何というセクハラ行為を……。

 心は心で顔を赤くしてため息をついてるけど、今はそんな事どうでもいい。

 

 

「遅すぎるくらいだけど、早急に美優さんへお詫びのメッセージを送らないと」

「い、いや、美優さんもそこまで気にしなくていいって言ってたし、大丈夫だよ!」

「ほ、本当か? でも、やっぱりけじめはつけておくべきで……」

「だから大丈夫だって。それにあたしは大和の幼馴染として、きちんと謝罪はしといたからさ! 今さら送っても迷惑なだけだとはぁとは思う!」

「マジか……悪いな、色々迷惑かけちゃったみたいで」

「あ、あはは……あたしのバカ。恥ずかしがらないで本当の事を言えば……」

「ん? 何をぼそぼそ呟いてるんだ?」

「な、何でもないから!!」

 

 

 赤い顔をさらに赤くさせて首をぶんぶんと振る心。そこまで必死に否定する理由は分からないが、取り敢えず何でもないなら気にしなくてもいいだろう。

 

 

「それじゃあ、あたしは一度部屋に戻って浴衣に着がえてくるから。大和も出かける準備を整えておいて」

「了解……って言っても着替えて財布を用意するくらいだけどな」

 

 

 そんな感じで俺たちは各自お祭りに行く準備を始めるのだった。

 

 

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 

 

「じゃーん! どうよ、はぁとの浴衣姿は?」

「似合ってる似合ってる」

「毎回言ってるけど、もっと心を籠めろや☆」

 

 

 彼女の着ていた浴衣は、紫を基調とした大人っぽいものとなっていた。所々に紫陽花の模様があしらわれている。普段の心からすると結構意外なチョイスだ。

 

 

「本当の事言えば、もっとピンクピンクで目がチカチカするような浴衣を着てくるのかと思ってた」

「あたし的にはもっと派手なのもよかったんだけど、やっぱりギャップも必要かなって! ほら、もっとアダルティなはぁとに酔いしれろ☆」

「アダルティって……」

 

 

 俺は呆れたように視線を逸らすも、正直なことを言えばめっちゃ似合っていた。普通に美人なので困る。

 髪をおろして眼鏡をかけているので、御淑やかな文学系女子にも見えなくもない。多分、髪が黒かったらそう見えていただろう。

 

 ちなみにこの浴衣は早苗さんたちの意見ではなく、心が自分で選んだものである。大和の好みを知っていたので、この色になったのだ。

 どうして自分の好みではなく、大和の好みを優先したかということは言うまでもないだろう。

 

 

「大和はいつも通りの格好だね~」

「まぁ浴衣も甚平も持ってないからな。女はともかく、男の俺は私服で十分だよ」

「うーん、それだとつまんないから来年は大和も浴衣を着てくること!」

「善処します。っと、そろそろ良い時間だし行こうか?」

 

 

 心と共に駅へと歩いていく。その最中、チラチラとこちらを見つめてくる視線を感じた。

 もちろん、その視線は俺ではなく心に注がれている。アイドルだからというわけではなく、単純に美人だからこそだろう。分かっていたこととはいえ、何となく面白くない。

 しかし、その気持ちを何とかして心の奥に押し込む。幼馴染だからかもしれないが、俺たちはお互いの変化にすぐ気が付くからな。

 

 

「大和? どうかした?」

 

 

 こんな風に。俺の顔を覗き込んでくる心に、何でもないよと手を振る。

 

 

「ちょっとボーっとしてただけだよ。それよりも、ちゃんと前見てないと転ぶぞ?」

「大丈夫だって。これでも草履の扱いには慣れてるから……って、わっ!?」

 

 

 迅速にフラグを回収した心の腕を掴んで何とか転倒を阻止する。こいつのフラグ回収率はほんと異常だな。

 

 

「何が大丈夫だって? 草履の扱いには慣れてるはぁとさん?」

「い、今のはわざと転んだだけだから! 大和がちゃんと助けてくれるのかをテストしただけ!」

「はいはい。言い訳は見苦しいだけだから、前見て歩こうな」

「バカにされてる気分……」

 

 

 むすっと口を尖らせる心を宥めているうちに最寄り駅に到着したので、俺たちは改札をくぐり丁度やってきた電車に乗り込む。

 二人で座れるほど席は空いてなかったので扉の付近へ。

 

 

「結構人が乗ってるね。浴衣の人もちらほらいるし、みんなお祭りに行くのかな?」

「多分そうだろ。ほらっ、もっとこっちに寄れって。仮にもアイドルなんだからさ」

 

 

 俺はそう言って彼女を隠すようにして前に立つ。アイドルということはもちろん、彼女に視線を向けさせないためでもある。

 

 

「おっ、この対応ははぁと的にポイント高いぞ☆」

「そりゃありがとよ」

 

 

 ちょっと強引過ぎたかなとも思ったけど、心は特に気にしていないようだった。むしろ、どこか嬉しそうである。

 10分ほど電車に揺られ、目的の駅に辿り着いたので俺と心はそこで降りる。

 

 

「うへぇ~、こりゃなかなかの人だな」

 

 

 お祭りとなっている会場の入り口に着いた俺は、開口一番それなりの人の多さにため息をつく。

 心の言っていた通り、規模が大きいだけあってどこを見ても人人人……。早くも吐き気がしてくる。

 

 

「確かに、結構な人だね。人混みが苦手な大和にとっては地獄みたいな空間だな☆」

「予想してたよりは少ないから、まだましだけどな。取り敢えず屋台もたくさんあるし、のんびり見ていくか」

「賛成!」

 

 

 会場内には様々な屋台が所せましを並んでいた。

 定番であるお好み焼きやたこ焼きの屋台の他、綿菓子やお面、金魚すくいなど、これまた定番である屋台が数多くある。

 

 

「大和、大和! まずは射的でもやろうよ!」

「分かったから引っ張るなって。自分で歩けるから」

 

 

 はしゃぐ心に半ば引っ張られるようにして俺たちは射的の屋台へ。二人分の代金を払い、受け取った銃を構える。

 

 

「これで負けたほうが、たこ焼きかお好み焼きを奢りね」

「その勝負のった。後悔しても知らないぞ?」

「ふふっ、その言葉そっくりそのまま大和に返してあげる! 取り敢えず沢山倒したほうが勝ちってことで」

「了解」

 

 

 そんなわけで急遽、射的対決が始まったのだが、

 

 

「ふふーん! やっぱり大和はいつまでたっても下手くそだね?」

「くそぅ……こんなはずでは」

 

 

 端的に言うと、普通に負けた。しかも完敗。

 俺が一個も倒すどころかかすりもしなかったのに対し、心は全弾命中させキーホルダーやらキャラメルやらを手にご満悦だった。

 

 

「結構うまくなってたと思ったんだけどな。ゲームでも最近、似たようなシューティングゲームをやったから勝てるとばかり」

「ゲームでもって、あのイカのゲームでしょ? あれじゃあ多分、練習にもなってないんじゃない?」

「言われてみると……そもそも、心がうますぎるんだよ。昔からそうだったけど」

「これでも久しぶりだったし、腕は落ちてたんだけどね~」

 

 

 とても落ちてるようには見えなかったけどな。全弾命中とか、心は総じて器用すぎるんだよ……。

 ちなみに、心との射的対決は祭りに来るたびやってるのだが、勝てたことはない。つまりこの勝負、はじめから俺の奢りは決まっていたようなものなのだ。

 

 

「それじゃあ勝負にも勝ったことだし、早速……と言いたいところだけど、もう少し回ってからにしようか? まだまだ遊び足りないし!」

「今日はとことん心についていくよ」

 

 

 その後は金魚すくいに型抜き、ヨーヨー釣りなどを巡り、いい感じにお腹も減ってきたので約束通り俺が心の分のタコ焼きを奢ることに。

 

 

「それじゃ買ってくるから、ここを動くなよ?」

「動かないって。全く、子供じゃないんだから!」

 

 

 心ともろもろの景品を置いて俺はたこ焼きの屋台へ歩いていくのだった。

 

 

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 

 

(……大和ってば遅いな~。もしかしてたこ焼き屋が混んでる?)

 

 

 大和がたこ焼き屋に行ってから約10分ほどが経過したのだが、未だに大和は帰ってこない。

 さっきから獲得したキーホルダーをいじったり、ヨーヨーで遊んだりしているのだが、流石に飽きてしまった。

 

 

「あ、あのっ!」

 

 

 そんなあたしの頭の上から声が降ってくる。顔を上げると、少しだけ緊張した面持ちの男性二人があたしの事を見つめていた。

 

 

「はい、なんですか?」

「見たところ一人みたいなんですけど、俺たちと一緒にお祭りを回りませんか?」

 

 

(あ~、多分ナンパだな)

 

 

 あたしはナンパしてきた二人組を冷静見つめる。多分、手慣れているタイプではない。むしろその逆。もしかすると、ナンパすること自体初めてなのかも……。

 手慣れてたら一言目に『あのっ!』なんて言わないからね。これならあしらうのも簡単そう。ナンパされるのも初めてではないから、特に問題はない。

 

 

「あたし、人と一緒に来てるのでごめんなさい。今はちょうどその人を待っているところなので」

 

 

 いつも通り適当にあしらうも、二人は意外と粘り強かった。

 

 

「で、でも、さっきからそこで座ってるし、このままだと合流できないかも」

「その人と合流したいのなら俺たちも協力して探しますから!」

 

 

 うーん、初めてなのに結構頑張るなぁ~。よしっ、こうなったらもっと強めに――。

 

 

 

「おいお前ら、何やってんだよ?」

 

 

 

 あたしが強く言うまでもなかった。大和があたしをナンパしてきたひとりの肩に手を置く。

 

 

「えっ? あなただ誰って……ひぃっ!?」

 

 

 大和の眼光の鋭さと声の低さにナンパしてきた二人組が短い悲鳴を上げる。鬼のような形相まで浮かべているけど、これはどうしてだろう?

 

 

「俺の連れに何か用?」

「い、いえっ、ととと、特に用は……」

 

 

 相変わらず低い声で大和が二人を睨みつけている。一方二人は完全に震えあがっていた。

 ナンパしてきた二人組は目測でも170センチ前後。そして今まで言ってなかったけど、大和は身長が180センチ以上ある。

 そんな男に眼光鋭く睨みつけられたら基本的には誰だって震えあがるだろう。

 

 

「用がないならさっさと帰れ」

『は、はいぃいい!』

 

 

 あっという間に去っていく二人組。大和はそんな二人が見えなくなるまで睨みつけた後、あたしの隣にどっかりと腰を落とす。

 

 

「……ったく、目を離したすきにナンパなんてされてんじゃねぇよ」

「大和が遅いからいけないんだろ? というか無駄に時間かかってたけど、どこまで行ってたの?」

「一番近いところ所だけど、やたら人が並んでたんだよ。更に、帰りは人の波にのまれて……酷い目にあった」

 

 

 大和も大和で大変だったらしい。どうりで遅かったわけだ。

 

 

「それはお疲れ様。取り敢えず買ってきたたこ焼き食べようよ!」

「それもそうだな。丁度出来立てほやほやみたいだし」

 

 

 袋の中からたこ焼きのパックを二つ取り出し、大和はそのうちの一つをあたしに差し出す。

 

 

「じゃ、遠慮なくいただきまーす! ……ん~、美味しい!」

「ほんと、美味しそうに食うな」

「別に味は普通だけど、お祭りの雰囲気の中で食べると美味しさが二倍増しになるんだよね」

 

 

 そのまま半分ほど食べ進めたところで大和がボソッと呟く。

 

 

「なぁ……あいつらに何もされなかったか?」

「……もしかして、心配してくれてる? 大和ってば優しぃ~い~」

 

 

 あたしとしてはからかったつもりだったのだが、大和の反応は予想とは違っていて、

 

 

「……心配しちゃ悪いかよ。結果としてはすぐに追い返せたけど、男二人に囲まれてたんだ。心配しないほうがおかしいだろ」

「あっ……、そ、そう、だよね……」

 

 

 確かに大和の言う通り、傍から見れば結構危ない状況だったのだ。

 アイドルの佐藤心だと気づかれなかったとはいえ、無理やり連れていかれる可能性も……。今回は運が良かったということだろう。

 

 

「それで、何もされなかったのか?」

「う、うん。ナンパもほとんどしたことない人たちみたいだったから」

 

 

 そう答えると大和はホッと息を吐き、アタシの頭をポンっとなでた。

 

 

 

 

「良かった」

 

「っ!?」

 

 

 

 

 さっきとはうって変わって、優しい表情に優しい声色。あたしは大和の表情を見た瞬間、すぐに顔を逸らした。

 

 

(い、今のはヤバいってバカ大和。……顔がにやける)

 

 

 キュッと心が締め付けられるような感覚。頬が一気に熱を持つ。

 心配されて嬉しかったのも相まって、心臓が狂ったように早鐘を打ち始めた。

 

 

「…………」

 

 

 大和は空気をよんだのか、ホッとしたのかは分からないけど、黙ってたこ焼きを口に運んでいる。

 ただ、何も話してこなかったのはありがたかった。今話しかけられるとどんな反応をするか分かったものじゃなかったし……。その後5分ほど無言の時間が続いたのだが、

 

 

「……大和、残りも食べちゃっていいよ」

「ん? いいのか? せっかくの奢りなのに」

「いいから!」

「まぁ、食べれるからいいけど」

 

 

 胸がいっぱいになりたこ焼きどころでなくなったあたしは、残りをパックごと大和に差し出す。うぅ……ほんとは全部食べたかったのにな。

 これも全部、予想外の事をする大和が悪い。

 

 

(……まぁ、嬉しかったからいいや)

 

 

 顔をにやけさせつつ、大和がたこ焼きを食べ終えるのを待つ。

 

 

「……よしっ、たこ焼きも食べ終えたしそろそろ行くか。次は花火だっけ?」

「そうだよ! 花火が見えるところはここからちょっとだけ離れてるみたいだから」

 

 

 そう言って立ち上がると、大和はあたしの右手をギュッと掴んだ。

 

 

「へっ? な、なにっ!?」

「……また変な奴にナンパされたから困るだろ?」

 

 

 びっくりして固まるあたしの右手をしっかりと握り締め、大和は引っ張るようにして歩き始める。

 大和と手を握って歩くのなんて、中学の時以来二回目だ。

 

 

「…………」

 

 

 前を歩く大和は無言で歩き続けている。しかし、耳は真っ赤に染まっていた。

 

 

 

(大和、急にこんなことしないで……。期待、しちゃうから)

 

 

 

 大和の背中を見つめながら心の中だけで呟く。中学時代と今とでは状況も何もかもが違う。

 彼の気持ちは何も分からない。でも、繋いだ手は離したくない。

 

 

(……だって、大和と手をつなぐことがこれで最後になるかもしれないから)

 

 

 その後、花火を見ている間も大和は手を繋ぎ続けていた。

 

 

 

 そして、マンションに着くまであたしたちの手が離されることはなかった。




 突然で申し訳ないのですが、残り3話か4話で本編は終了です。最後まで読んでいただければ幸いです。


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宅飲み(裏)・風邪(裏)

 今回の話を書くにあたって、いくつかサブタイトルを変更している話があるのでご了承ください。
 ちなみに風邪(裏)の後にもう一個話がくっついてます。


宅飲み(裏)

 

 

 

「じゃ、はぁとちゃん。私たちは帰るわね。大和君の事、よろしく」

「は、はい……」

 

 

 やっとあの地獄のような時間が終わる……。艶々とした笑顔を浮かべる早苗さんたちとは対照的に、私はげっそりとした表情を浮かべていた。

 ちなみにげっそりとした表情の原因は今現在、机に突っ伏して眠りこけている。気持ちよさそうな寝顔だ。

 大和はあまりに飲むと記憶が無くなるタイプなので、今日の事は何も覚えていないだろう。羨ましい……。あたしはこんなに辱められたというのに。

 

 

「……二人っきりで大和君が眠っているとはいえ、襲わないようにね?」

「っ!? お、襲いませんから!!」

「ふふっ、冗談よ。ほんと、大和君の事になると可愛いわね」

 

 

 瑞樹さんにからかわれたあたしは顔から火が出そうになった。手を振りながら去っていく三人を見送り、玄関で大きく息を吐く。

 

 

「……後で今日の事は絶対に他言無用だって言っとかないと……」

 

 

 スマホをいじりつつリビングに戻ると、大和は相変わらずの状態で眠っていた。あたしは少しだけ残っていたビールの缶などを片付けながら大和の顔を覗き込む。

 

 

「……すぅ」

「…………これで寝顔が可愛いからムカつく」

 

 

 彼のあどけない寝顔に若干イラッとし、あたしは大和の頬をつんつんとつつく。しかし、大和は気持ちよさそうに目を細めるばかり。

 普段はどっちかというとキリっとしている分、ギャップを感じる。

 

 

「……まったく」

 

 

 頭をそっと撫でたあたしは、片付けを再開する。そして、その片付けも全て済んだところで、大和の後ろに座り込んだ。

 

 

「……今日は沢山恥ずかしい思いをしたんだから、ちょっとくらいいいよね?」

 

 

 自分に言い聞かせるようにした呟いた後……あたしは眠っている大和の背中にギュッと抱き付いた。

 

 

(たまにおぶってもらう時も思うけど、大和の背中って大きくて温かくて安心する……)

 

 

 顔を埋めるようにして抱き付くあたし。そのまま息を吸い込むと、大和に匂いで身体が満たされる。

 

 

「……すぅ……はぁ、……大和の匂い」

 

 

 あたしは大和の匂いが好き。定期的に嗅ぎたくなる。正直、いつも嗅いでいたい。……やばい、これじゃただの変態だ。いや、風邪を引いた大和を看病した時の事を考えれば今更である。

 

 

「すぅ……はぁ、……すぅ……はぁ」

 

 

 というか、本能に逆らえるわけがなかった。大和がいい匂いなのがいけない。

 責任を大和に押し付けつつ、たっぷり15分ほど大和の匂いを堪能したあたしは名残惜しくも身体を離す。

 

 

「さて……大和をどうしよう?」

 

 

 このまま机に寝かせても……しかし、自分のベッドに運んでいくとなると途中で起こしてしまいそうだ。

 仕方がないので一度大和を近くのソファにもたれかからせた後、机をどかしてその場所にお客様用の布団を敷く。

 

 

「今日はここで寝てもらうか」

 

 

 布団に寝かし、タオルケットのようなものを大和の身体にかける。彼が起きないのを確認し、あたしはシャワーを浴びに浴室へ。

 

 

「ふぅ、さっぱりした~」

 

 

 シャワーを浴び終え、髪を拭きながらリビングへと戻る。

 大和は先ほどとは寝相が変わって、あたしが普段使っているクッションを抱きかかえながら眠っていた。

 あのクッションは普段あたしが抱き締めたりしてるわけで……い、いかんいかん。変な気分になってきた。このままだと色々まずいと感じたので、あたしはクッションを大和の腕から外し頭の方へ移動させる。これなら流石に大丈夫だろう。

 

 

「さて、あたしも今日はもう寝ちゃおうかな」

 

 

 そろそろ日をまたぐくらいの時間になるし、明日も普通にお仕事だ。それにテレビを見ようと思ってもこのタイミングで見たら大和を起こしちゃうかもしれないからね。

 というわけであたしは大和の寝顔をもう一度確認した後、寝室へ。今日も色々あったけど楽しい一日だった。いい夢が見られそう。

 

 

「…………」

 

 

 しかし、ベッドに入ったのはいいけどなかなか眠気が襲ってこない。いつもならとっくに寝ててもおかしくない状況なんだけど……。

 ベッドの上でゴロゴロする事約15分。

 

 

「……水飲んでこよ」

 

 

 さっぱり眠れなかったので一度、あたしは水を飲むためにキッチンへと向かう。

 

 

「ふぅ……」

 

 

 水を飲み干したあたしは再び寝室に……戻ることなく大和が寝ている布団の傍へ。

 

 

「……この布団に入ったら眠れるかな」

 

 

 彼の布団の中で一緒に寝たいという欲望がむくむくと湧き上がり……気付くとあたしは大和の眠る布団の中に入っていた。

 布団に入って少し顔を上げると、至近距離に大和の顔がある。一緒の布団で、しかもこんな近くで眠るのなんて小学校の3,4年以来かもしれない。

 

 

(これはヤバい……)

 

 

 この季節にしては少しだけ暑い気がしないでもないのだが、別に不快な暑さではなかった。むしろ、彼の温もりと匂いで安心するまである。

 この際、何をしても一緒だと悟ったあたしはギュッと眠る大和の腕に抱き付く。こんな抱き心地のよい抱き枕は初めてだ。しかもいい匂いだし。

 大和は起きてたらきっと嫌がるんだろうけど。いや、起きてなくても十分まずいか……。

 

 

「んぅん……」

 

 

 その時大和が少しだけ声を上げ、こちら側に身体を反転させる。更に、よい抱き枕を見つけたとばかりにあたしの身体を優しく抱き寄せた。

 

 

(なになになになになにっ!?)

 

 

 もちろん、急に抱き寄せられたあたしは大パニックである。体温が急上昇するわ、恥ずかしいやら、嬉しいやら……。もちろん、彼が寝ぼけているのは分かっているけど、それでもこの状況は聞いていない。

 しばらくパニックに陥ったあたしだが、一周回ってふと冷静になる。

 

 

(……でもこの状況、幸せだからいいや。それにこれも役得ってやつだし)

 

 

 あたしの方からも彼の背中に手をまわし、胸に顔を埋める。

 

 

(意外と筋肉あるんだな……、胸板厚いな……、それに、やっぱり大和の匂い好き)

 

 

 この状況、大和が気付いたらやばいけど、あたしが先に起きれば何も問題ない。それに、お酒を飲んでべろべろの大和が先に起きるとも思えないしね。

 気付くとあたしの意識は夢の中へと落ちていた。

 

 ちなみに次の日、早く起きたのは大和の方だった。しかし、状況が状況だったため、心が起きるまで寝たふりを続けたのはまた別のお話。

 

 

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 

 

風邪(裏)1

 

 

 

 大和が風邪をひいて家で寝込んでいる時、事務所では。

 

 

「……いや~、佐藤の奴弾丸のような勢いで飛び出していきましたね」

「ほんとですね、プロデューサーさん。キャラも忘れてたくらいですし」

 

 

 心のプロデューサーと千川さんがお茶を飲みながら話しているところだった。傍には美優と早苗さんの姿も。

 話題はもちろん、心の事である。

 

 

「あんな心ちゃん、初めて見ました……」

「飲み会で聞いた事あるけど、大和君って風邪ひいた事全然ないらしいから、余計に心配したのかも」

「というか、俺としては八坂君が佐藤に風邪の事を伝えてなかったのが意外でしたよ。てっきり伝えたもんだと思ってましたから」

「多分、幼馴染だからこそ伝えなかったんじゃないですか? ほらっ、八坂さんってかなり気遣いのできる人ですから」

 

 

 弾丸のように飛び出していったとはどういうことなのか。二人は心に大和が風邪であると伝えた時の事を思い出す。

 

 

 

 

 

 

「どうだったプロデューサー? 今日もはぁとのお仕事は完璧だったでしょ☆」

「前に出過ぎなければもっと完璧だったよ」

 

 

 午前中の仕事をこなしてきた心はプロデューサーと共に事務所までの歩いていた。

 今日はゲストとして出演したバラエティ番組の収録で、テレビ局まで足を運んでいたのである。

 

 

「ちなみに今日はもう仕事終わりだっけ?」

「今日はもう終わりだよ。だから事務所に残ってレッスンしてもいいし、帰ってもいいけど」

「うーん、昨日は夜にシュークリームを食べちゃったからレッスンしてこうかな」

「太るのだけはやめてくれよ。ただでさえ、贅肉が落ちにくい年齢に突入してるんだから」

「はぁとのお腹を見るなよ☆ 太ってねぇよ☆」

 

 

 話しているうちに事務所の扉が見えてきたので中を入る。すると中には千川さん、それに普段から仲の良い美優と早苗さんらの姿が見えたのだが、いつもの机に幼馴染の姿がないことに気付く。

 

 

「あっ、お疲れ様です心さん」

「おつかれ、はぁとちゃん」

「お疲れだぞ、二人とも☆ ところで大和は? もしかして誰かを迎えにいってる?」

「あれ? 八坂さんから聞いてないんですか?」

 

 

 千川さんの言葉に心は首を傾げる。自分は大和から何も聞いてないんだけど、何かあったのだろうか?

 

 

「八坂さん、風邪を引いたらしくて今日は休んでいるんです」

「えっ? か、風邪!?」

 

 

 風邪と知らされた心は思わず目を見開く。びっくりする心を他所に千川さんは「さらに」と付け加える。

 

 

「電話越しでしか声を聞いていないんですけど、かなり調子が悪そうで……。最初電話がかかってきた時、誰だか分かりませんでしたもの」

 

 

 かなり調子が悪そうと聞いた時点で心は、頭の中で近くのドラックストアで買っていくものを考え始めていた。

 そんな心の姿をプロデューサーがキョトンと見つめる。

 

 

「ん? どうした佐藤? 考え事をしてるみたいだけど」

「……プロデューサー、やっぱり今日はレッスンをしないでそのまま帰る。明日の予定は一応頭に入ってるけど、一応メールでも送っておいて」

「えっ? お、おう、分かった……って、まさか大和君の家に?」

「じゃ、あたしは帰るから。……ったく、調子が悪いんだったらあたしに言えよな」

「あっ、こら佐藤! ……行くのは構わないけどちゃんと手洗いうがいをしてマスクを――」

「お疲れ様です!!」

 

 

 プロデューサーの言葉を最後まで聞くことなく事務所を飛び出していく心。あまりの勢いに、美優も早苗さんもびっくりして心の出ていった扉を見つめていたのだった。

 

 

 

 

 

 

「……いいわよね~、はぁとちゃんと大和君の関係。あたしも大和君みたいな幼馴染が欲しかったわ」

「分かります、早苗さん。俺も幼馴染と呼べる人は一人もいませんから」

 

 

 そう言って心のプロデューサーと早苗さんが『はぁ~……』とため息をつく。

 

 実は、心と大和の関係を羨むアイドルの子たちは意外と多い。友達以上恋人未満な関係がじれったいところなのだが、むしろそれがいいという子たちもいる。

 

 

「まぁまぁ、二人の関係はあの二人だからこそですから。それにプロデューサーさんは何時までも夢を見てると結婚できませんよ?」

「……結婚できないに関してはちひろさんにもブーメランですね」

「……来週のお仕事、倍にしておきますから♪」

「…………」

 

 

 心のプロデューサーが絶望の表情を浮かべる中、早苗さんと美優はちひろさんが言ったあの二人だからこそ、という言葉に妙に納得していた。

 

 

「まっ、確かに心ちゃんと大和君だからこそだもんね」

「あの二人は私の目から見ても、相性ピッタリって感じがしますから」

「いやー、いつおめでたい報告をしてくれるのか楽しみ!」

「ふふっ、もしそうなったらみんなで心さんをお祝いしてあげましょうね♪」

 

 近い将来、起こるかもしれないことに期待を膨らませる二人だった。

 

 

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 

 

風邪(裏)2 

 

 

 

 大和の服を受け取ったあたしは浴室へ向かう。その洗濯物を洗濯機の中に……入れることはなくその服を抱き締めた。

 

 

「んふぅ……すぅ」

 

 

 そして躊躇なく服の匂いを嗅ぐ。大和は嫌がってたけど、これが目的だったので仕方がない。

 大和が言っていた通り、汗のにおいが鼻につく。でも、大和の匂いと混ざって全然嫌じゃない。むしろ、癖になる。

 多分……と言うよりは確実にあたしは匂いフェチだ。大和の匂い限定の。

 

 

「すぅ……はぁ。……すぅ」

 

 

 ここが大和の部屋であることを忘れてあたしは彼の洗濯物を嗅ぎ続ける。

 

 

「はぁ……はぁ……。すぅ……」

 

 

 媚薬を飲んだのかと勘違いするほど身体が熱くなってきた。頭がポーっとして、思考が回らなくなる。

 チラッと鏡越しにあたしの顔が見えたのだが、そこには完全に発情しきった顔が映っていた。とても人様に見せられるような表情ではない。

 それでもあたしは嗅ぐことをやめなかった。だんだんと息が荒くなってくる。

 

 

(もうっ……だめ)

 

 

 手があらぬところに伸びかけ……ハッと我に返った。伸びかけていた手で自分の頬を軽くはたく。そこでようやくまともな思考に戻ることができた。

 あ、あたしは興奮していたとはいえ大和の部屋でなんてことをしようとしたんだろう。こんなところでしていたら、一生の黒歴史になるところだった。

 リビングからそんなに離れていないため、声が大和にまで漏れる心配もある。ほ、本当によかった。

 

 取り敢えず一度深呼吸し、大和の服を洗濯機の中に放り込む。あれはいけない。あたしを惑わす凶悪的なアイテムだ。もう一度深呼吸をし、あたしは大和がいる部屋へと戻る。

 体感では30秒くらいにしか感じていなかったのだが、あたしがこちらに来てから大体5分ほどが経過していた。

 そのため、大和に「ちょっと時間かかってたみたいだけど?」と言われてた時に動揺したのは言うまでもない。

 

 ただ、動揺したからといって身体の火照りが収まるはずもなく……心は自分の部屋に戻るとすぐにベッドにもぐりこんだ。

 

 

 そして次の日、彼女のベッドシーツは外に干されていた。

 

 

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 

 

八坂大和の憂鬱

 

 

 

「そうなんですか! それならはぁと、次も呼んでくれたら頑張っちゃいますよ☆」

 

 

 視線の先で心がとある番組のディレクターと話をしている。今日、俺はまたまた心のプロデューサーが忙しいとのことで、とあるテレビ局まで彼女を迎えに来ていたのだった。

 

 

「そうかい? それなら次の番組も多分、呼んであげるよ」

「多分じゃなくて、絶対だぞ☆」

「いやー、やっぱり君はとても面白いなぁ」

 

 

 心が番組のディレクターと話すのは今に始まったことではないので、特に気にすることではない。気にすることではないのだが、

 

 

(なんか最近、あの光景を見るとすごくイライラするんだよな……)

 

 

 心が誰かと……男と話しているところを見るとイラッとするのだ。以前はこんな事なかったのだから嫌になる。

 この原因はよくわからな……いや、イライラの原因から目を逸らしているだけかもしれない。これを認めてしまうと今後、心をまともに見れなくなってしまうからだ。

 更に最近は心が話しかけるというよりはむしろ、ディレクターの方から話しかける機会が増えている気がするのも、イライラを助長させている。

 

 そして先日のお祭りの件……頭が痛くなってきた。俺は勢いに任せてなんてことを……。頭を抱える俺の元に、話を終えた心が駆け寄ってくる。

 

 

「あっ、お待たせ大和☆ ちょっと番組のプロデューサーと話し込んじゃって」

「……いや、気にしなくていいぞ。それじゃあ帰ろうか」

 

 

 先ほどまで考えていたことを頭の片隅に追いやると、俺は心を連れてテレビ局を後にする。

 

 

「今日の収録はどうだった?」

「うーん、まぁまぁだったかな? ほんとならもっとガツガツ前に出てもよかったんだけど☆」

「前に出過ぎるとまーた、心のプロデューサーさんに怒られるから気をつけろよ?」

「あんなの出過ぎのうちに入らないって☆ まだまだ、はぁとは本気を出してないから☆」

「あれでまだ本気を出してないのかよ……」

 

 

 最後の方しか見てないけどアイドルにしては十分すぎるくらい、前に出てたと思うんだけどな。まぁそれが心の良さでもあるので気にしないことにしよう。

 そんな感じで車を走らせていると、

 

 

「……ねぇ大和。なんか怒ってる?」

 

 

 ふと心が口にした言葉に、内心俺はため息をつく。こいつはほんと……。

 

 

「別に、怒ってねぇよ」

「絶対うそ。幼馴染だから何となく分かるの」

 

 

 幼馴染というのはこういう所で厄介だ。友達同士なら気付かないほどの変化にまで気付かれてしまう。

 

 

「…………」

「……あたしには言いにくい事?」

 

 

 俺が黙っていると少しだけ心配そうな声色で尋ねてくる。

 

 

「確かに言いにくいことだけど、お前が原因で怒ってるわけじゃないから」

「そっか。ならいいけど」

 

 

 気を遣わせちゃったかな? 窓の外に視線を移す心を車内のミラーで見ながら、心の中だけで反省する。俺が勝手に嫉妬して勝手に怒っていただけで、心は全く悪くない。

 だけど心は気にしてしょぼんと眉を下げている。少し考えた後、俺は口を開いた。

 

 

「なぁ、心」

「ん? どしたの?」

「今日、久しぶりに二人で飲みに行かないか?」

「珍しいね、大和の方から誘ってくるなんて。どういう風の吹き回し?」

「いや、別に理由なんてないよ。ただ、心の二人で飲みたかっただけ」

「ふぅ~ん。まぁいいや。あたしもちょうど飲みたいと思ってたところだし!」

 

 

 心が嬉しそうに了承してくれたため、俺はホッと息を吐く。本当は自分の気持ちを確認したかったからだけど、その部分を言うわけにもいかないので黙っておいた。

 その後は事務所に帰り、自分の仕事を片付け俺たちは揃っていつも通りの居酒屋へと足を運んでいた。

 

 

「それじゃかんぱーい!」

「乾杯」

 

 

 今日もいつも通り何気ない話をしながら、お酒を飲み進めていく。何も変わらない、いつも通りの飲み会。

 でも、先ほどまで俺の心を覆っていたもやもやはすっかり晴れてしまっていた。その理由は……言うまでもないだろう。

 

 

「大和!」

 

 

 彼女が俺の名前を呼ぶだけで、笑顔を見せてくれるだけで、俺の不安なんてどこかへ飛んでいってしまう。

 お祭りの時もそうだったけど、いつまでも気持ちは隠しきれない。そもそもナンパに大人げなく嫉妬したり、手を繋いだりした時点でお察しだろう。

 

 

(俺は心の事が好きだ)

 

 

 ただ、意識しだしたのは中学時代、あるいは高校時代から。でも、心とは幼馴染という気持ちが強く今の関係を極力崩したくはないという想いから、この気持ちには目を背け続けていた。

 しかし、先ほども言った通り彼女への気持ちは小さくなるどころか大きくなりすぎている。目を背け続けられないほどに……。

 

 

「おーい、大和」

「……えっ?」

「なんかボーっとしてるけど、大丈夫? もしかして働き過ぎて調子が悪いとか?」

 

 

 そう言って心が俺のオデコに自分の手を当てる。

 

 

「……うーん、熱はないみたいだけど」

「いや、熱なんてないから。ちょっと考え事をしてただけで」

「考え事ってお仕事の事?」

「まぁ、そんなところだよ」

 

 

 もちろん大嘘である。ただ、ほんとの事を言うわけにもいかないので心が勘違いをしてくれたみたいで助かった。

 

 

「全く、こういう時くらい仕事の事は考えないの! 目の前にはピッチピチのアイドル、はぁともいるんだからさ☆」

「いや、心に関してはド〇クエのスラ〇ムなりに見慣れてるから新鮮さは感じないなって」

「アイドルをスラ〇ムに例えるんじゃねぇよ☆」

 

 

 いつも通りのやり取りの後、俺と心は笑い声をあげる。やっぱりこいつと一緒に飲んでいる時は楽しい。

 だからこそ俺はそれ以上を望んでしまうのだろう。

 

 その後はいい時間まで飲み続けて居酒屋を出た俺たちだったのだが、少し歩いたところで心がクイッと俺の服の袖を引く。

 

 

「ん? どうかした?」

「い、いや、その……、お祭りのときにさ……」

 

 

 妙に歯切れ悪くモゴモゴと呟く心。でも、お祭りの言葉が出たことと、彼女の視線が俺の右手に注がれていたことで何となく察した。

 俺は未だにモゴモゴ言ってる心の左手を優しく掴む。

 

 

「これでいいか?」

「……うん」

 

 

 心が頷いたことを確認して、俺たちはマンションまでの道のりを再び歩き出す。

 

 お祭りの時は勢いでやったけど、いざこうして繋いでみると結構恥ずかしい。ほんと、自分の気持ちを全力で押さえていなかったらどうなっていたか分からないだろう。それくらい今の心は魅力的で――

 

 

 

「…………もっと強く握って」

 

 

 

 ……こいつは俺気持ちも知らずに。でも、俺は彼女の気持ちに応えるように握る右手の力を強くする。

 幼馴染だから、幼馴染というだけの関係が少しずつ崩れていき、男女の関係へと近づいていく。

 俺たちの間には今までに経験した事のない空気が流れ、鼓動が勝手に早くなった。繋いでいる手がより熱を持つ。

 

 

『…………』

 

 

 お互いが今以上の関係を望んでいる気がした。もう、ただの幼馴染では嫌だと……。

 

 この日は特に何もなく、マンションの部屋の前で解散となった。しかし、心への気持ちは飲み会前よりも確実に大きくなっていた。

 それは心にも言えることだったのだが、大和が知る由もない。




 残り二話で完結です。


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 最終回目前だからって気合入れて書いたら9000文字超えました。まぁ、ゆっくり読んでいってください。


「いやー、悪いわね大和君。海に行こうと誘って車を運転させちゃって」

「全然構わないので大丈夫ですよ。むしろ、誘ってくれてありがたいと思ってるくらいですから」

 

 

 車を運転しながら後部座席に座る早苗さんに応える。今日は先ほども言っていた通り海へ向かっているところだった。

 メンバーはいつも通り、早苗さん、美優さん、楓さん、心となっている。うーん、どう考えても俺の場違い感が酷い。世の中の男が見ればその全員が嫉妬するような人たちと海に来ている。今日は刺されないように気をつけないと。

 

 

「免許を持ってるのはアイドルを送迎してるので知ってたけど、免許自体はいつ取ったの?」

 

 

 助手席に座る心が首を傾げている。そういえば、車の免許をいつ取ったなんて心に言ったことはなかったな。

 

 

「免許自体は大学時代に取ったんだよ。こっちじゃ乗る機会は少ないかもしれないけど、いつ必要になるのか分からないからな。現に、今だって使ってるし職場でも車を使う機会が多いし」

「なるほどね~」

 

 

 ちなみに自分の車は持っていないので、今運転している車はもちろんレンタカーである。東京だと車を持つ必要性は薄いし、何より持ってるだけでお金がかかるからね。地元だと必要不可欠なものになるんだけど。

 そして今日は5人を乗せており、荷物もそれなりに多くなったので大きめの車を借りていた。

 

 

「そう言えば大和さんは運転してるときは眼鏡をかけるんですね」

「確かに……たまに見ますけど、少しだけ新鮮です」

「普段生活する分には問題ないんですけどね。車を運転するときはちょっと怖いんで眼鏡をかけてます」

「眼鏡をかけてると頭よさそうに見えるな☆」

「悪かったな、頭の悪そうな見た目で……と言うか、眼鏡かけたらのくだりは心にもブーメランだろ?」

「あたしはいいんだよ☆」

 

 

 実際の所、頭はそれほどいいわけじゃないので心の言ってることは的を得ている。自分で言ったけど、悲しくなってきた……。

 からかってくる心に肩を落としつつ、俺は車を目的地まで走らせる。その後は休憩をはさみつつ、一時間ほどで無事到着した。

 

 

「よしっ、取り敢えず荷物をおろすか。早苗さんたちは先に着がえてきちゃってください。俺は荷物をおろして準備をしておきますから」

「悪いわね、何から何まで」

「気にしないで下さい。ただ、絶対に変装はしてきて下さいね。騒ぎになったらどうしようもないので」

「分かってるって☆ んじゃ、またあとでね!」

 

 

 四人を見送り、俺は「ふぅ……」息を吐く。正直、変装をしたところで意味があるのかと思うのだが気休め程度になればいい。

 そもそも、変装をしても美人であったりスタイルの良さは変わらないのでどのみち注目はされるだろう。はぁ……今から胃が痛い。

 ちなみに、バレたら撮影だとゴリ押すことになっている。まっ、心配ばかりしてもしょうがないのでさっさと準備をしてしまおう。

 

 荷物を持ちつつビーチに入ると、思いのほか人が少ないことに気付く。そう言えば今日は、前日くらいまで雨なんじゃないのかと言われていたのだ。

 俺たちは全員の休みが合う日がこの日しかなかったので変えようがなかったのだが、他の人は予定を変更したりしたのだろう。それにお盆前であったのも人が少ない要因かもしれない。

 

 

「それにしても今日は暑いな~」

 

 

 人目につきにくい場所にビーチパラソルを設置しつつ、照り付ける日差しを見て俺は目を細める。

 7月から8月に突入し、暑さは日に日に増してきていた。ほんと、何もなければ夏の間中家で過ごしていたい。そんな事を思いながら準備を続けていると、

 

 

「お待たせ、大和!」

 

 

 着がえを終えた心たちが俺の元にやってきた。皆さん、俺のお願いの通りサングラスをかけたり、パーカーを羽織ったりして変装を施している。

 施しているんだけど……ダメだ、パーカーやサングラス程度ではオーラを隠しきれていない。多分、本人だとはギリギリバレないと思うけど、一人でいたら確実に声をかけられるだろう。

 ……逆に四人で固まってれば、オーラが強すぎるから声をかけられないと思うけど。取り敢えず、今日はあまり人が多くなくてよかった。

 

 

「残りの荷物はアタシたちがやっておくから、大和君も着替えてきていいわよ!」

 

 

 早苗さんのお言葉に甘え、俺は着がえに一度車へと戻る。男なんて更衣室を使わなくても車の中で十分だ。

 サクッと着がえを済ませ、俺は心たちの元へ。既に心たちはビーチボールやイルカの形をしたボートを膨らませたりしていた。

 

 

「すいません、お待たせいたしました。手伝いますよ」

 

 

 その後は適当に準備を手伝い、あらかた準備を終える。

 

 

「……それじゃあ最初の荷物番は俺がしてるんで、皆さんは遊んできてくれて大丈夫ですよ」

「あらそう? 別に遠慮しなくてもいいのに」

「運転をしてきたんで、少しだけ休憩してから行こうかなって」

「それなら遠慮なく海で遊んでくることにしますね♪」

「遠慮せず、存分に遊んできてください。あっ、怪我だけはしない様にお願いします」

「分かりました」

 

 

 そう言って四人を見送り……なぜか心は遊びに行かずに残っていた。

 

 

「あれっ? お前も行かなくていいのか?」

「大和が一人で残ってると暇じゃないかなって。まぁ、ちょっとしたらあたしも行くけど☆」

 

 

 どうやら気を遣って少しだけ残ってくれるらしい。確かに一人では暇なので少しでも残ってくれるのはありがたい限りだ。

 

 

「ところで、日焼け止めって塗った?」

「いや、塗ってないけど。男だし、関係ないかなって」

「ダメだぞ! 男だってちゃんと日焼け止めを塗らなきゃ! ほらっ、あたしのを貸してあげるから」

 

 

 どうやら最近の紫外線は有害らしいので、ちゃんと日焼け止めを塗らないとダメらしい。そういえばテレビでも似たようなこと言ってたな。

 俺は心から日焼け止めを受け取ると、適当に塗り付ける。

 

 

「背中は塗りにくいと思うから、はぁとが特別に塗ってあげる☆」

「……普通に塗ってくれよ?」

「分かってるって~」

 

 

 そう言って俺の後ろに回り、日焼け止めを塗り始めたのだが、

 

 

「おい、手つきがなんかやらしいんだけど?」

「そっちの方が大和も喜ぶかなと」

「喜ばねぇよ。いかがわしいお店じゃないんだから。というか、後は俺が塗るから大丈夫だよ」

「ぶー、つまんないなぁ」

 

 

 心は文句を言っているが、彼女の手が背中に触れた瞬間、変な気分になりかけたとは口が裂けても言えない。というわけで、背中の残りの部分は適当に塗ってしまう。

 日焼け止めを塗り終えた俺を見て、心がそう言えばとばかりに声を上げる。

 

 

「あっ、そうだ! 大和、あたしの水着見てみたい?」

「ここで見たくないって言ってもどうせ見せてくるんだろ?」

「流石は幼馴染! よく分かってるじゃん☆」

 

 

 得意げな顔で心が羽織っていたパーカーを勢いよく脱ぎ捨てる。

 

 

「ふふっ、どうよ? アイドルしゅがーはぁとの水着姿は?」

 

 

 いつも通り彼女の水着姿を見て軽口をたたくつもりだった。「はいはい、似合ってる似合ってる」、こんな風に。

 しかし、それはできなかった。

 

 

(あぁ……これはヤバい)

 

 

 正直、好きな女のビキニ姿がこれほどまでに破壊力を秘めていたのは予想外だった。思わずボーっと心のビキニ姿を眺めてしまう。

 心の水着姿なんて高校生の時以来、ほとんど見たことなかったし、予想以上に似合っていたため俺は見惚れてしまったのだ。それに高校時代の時とはスタイルから何から雲泥の差がある。

 心の着ていた水着は白を基調としたシンプルなタイプのビキニだったのだが、そのシンプルさがいい感じで俺にギャップという魅力を与えていた。

 

 

「…………」

「えっと……、や、大和? その反応は予想外というか、じろじろ見られると流石に恥ずかしいというか……」

 

 

 何も言えずに黙っていると、心が恥ずかしそうに身をよじる。

 

 

「あっ! わ、悪い……」

 

 

 心の水着姿に見惚れすぎて、変な空気になってしまった。俺は急いで視線を逸らし、明後日方向を向く。

 心も心で、恥ずかしくなったのか顔を赤くして身体を腕で抱くようにして隠している。しかし、形のいい胸や肉付きのいい太腿はあまり隠せていない。何というか、そっちの方がエロいのは気のせいじゃないだろう。

 

 

「そ、それで、あたしの水着姿は変じゃない?」

「えっと……似合ってます」

「……あ、ありがと」

「そ、それじゃあ、早苗さんたちの所に混ざってきたらどうだ?」

「そ、そうする!」

 

 

 よしっ、これで空気も持ち直すだろう。しかし、現実はそう甘くはなかった。

 ニヤニヤしながら俺たちを見つめる早苗さんたちが目に入ったからである。

 

 

「あらあら、私たちがいない間に二人はいい雰囲気になっていたみたいですよ、早苗さんに、美優さん♪」

「全く、海に来ても見せつけてくれるわね~。アタシたちは完全に二人の引き立て役ってわけかしら?」

「心さんがこっちに残ったのはこういうわけですか。ふふっ、素直に言ってくれればいいのに」

『…………』

 

 

 三者三様、様々ないじり方をされて俺と心は顔を真っ赤にして俯く。そんな俺たちの様子を見て三人はますます生温かい視線を俺たちに向けてきた。

 

 

「さ、早苗さん! はぁと、急にイルカのボートで遊びたくなってきたから! ほらっ、楓ちゃんや美優ちゃんも行くよ!!」

 

 

 無理やりにもほどがある言い方で、はぁとが早苗さんの腕を引っ張る。

 

 

「……はぁとちゃん、もっと大和君とイチャイチャしててもいいのよ?」

「行、き、ま、す、よ!!」

「ふふっ、それじゃあ大和さん。申し訳ないですが、心さんが落ち着くまでの間荷物番お願いします」

「わ、分かりました」

 

 

 心が早苗さんを引っ張っていき、美優さんと楓さんは微笑みながら海へと戻っていった。

 

 

「ふぅ……」

 

 

 一人になった俺は、ビーチパラソルの下に敷いたレジャーシートに腰を下ろす。ようやく一息つくことができた。そのまま海で遊ぶ心たちを遠目で眺める。

 目で見える限りでは、心が水鉄砲を持ち早苗さんたちを追い回している。きっと先ほどの憂さ晴らしをしているのだろう。

 あっ、美優さんの顔面に水鉄砲から放たれた水が命中した。そのまま海の中へと倒れる美優さん。ほんと、同い年だけど可愛い人だ。

 微笑ましい光景に思わず目を細める。プロデューサーさんなら、この光景でいくら採れるとか考えるんだろうな~。

 さっきも見たけど、この四人は顔もよければスタイルもよい。目の保養にはうってつけである。

 というわけで俺は目の前の光景を脳裏に焼き付けることにした。

 

 

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 

 

「ふぅ、結構遊んだな~」

 

 

 恥ずかしさを誤魔化すために早苗さんたちに水をかけたり、水鉄砲で遊んだりしていたのだが、予想以上に楽しみ過ぎてしまった。

 今頃荷物番をしている大和は暇している頃だろう。

 

 

「早苗さんに楓ちゃん、一回大和の所へ戻ってもいいですか?」

 

 

 あたしは美優ちゃんに水をかけて遊んでいる二人に声をかける。

 美優ちゃんは水をかけられると「や、やめてくださぃい……」と可愛く反応をするので、すっかり二人のお気に入りになっていた。楓ちゃんは一応年下なんだけど……。

 まぁ、あたしも一緒になって遊んでいたので気にしないことにしよう。

 

 

「確かに結構遊んじゃったし、そろそろ戻りましょうか」

 

 

 皆も今回は茶化すことなく了承してくれたので、あたしたちは大和が暇しているであろうビーチパラソルの元まで戻る。すると、

 

 

「あれっ? 大和さん、誰かと話しているようですけど……」

 

 

 美優ちゃんの言葉に視線を向けると、確かに大和が誰かと……女の人二人と話しているのが見えた。

 何を話しているのかまでは分からないけど……気分は良くない。

 

 

「あれは……多分、逆ナンね」

 

 

 冷静な表情で早苗さんが目を光らせる。恐らく早苗さんの言うことはあたっているはずだ。

 女の二人は笑顔だし、大和も笑いながら受け答えているのが見える。まぁ、大和の方は見慣れた愛想笑いなんだけど。

 

 

「どうします? 今行くと色々面倒なことになりそうですけど」

「もう少しだけ待ってみましょうか。それに、大和君が今更なびくとも思えないしね」

 

 

 早苗さんの言葉通り、待っていると女の二人は手を振りながら大和の元を去っていった。

 一方大和は『やっと行ってくれた……』とばかりに息を吐いている。その光景を見て少しだけイライラは収まったのだが、まだ完全ではない。我ながらめんどくさいと思うのだが、乙女心とは複雑なのだ。

 というわけであたしは、まだ海水の入っている水鉄砲を構えながら大和の元へ。

 

 

「あっ、戻ってきた……って、心? どうして水鉄砲を?」

「…………」

「わぷっ!?」

 

 

 無言で水鉄砲を発射した。海水を顔面で浴びた大和は突然の事に目を白黒させている。

 

 

「何すんだよいきなり!?」

「……ちょっとイライラしてたから」

「イライラって……まさか、さっきのやつ見てた?」

「べっつに~。大和が逆ナンされてデレデレしてた姿なんて見てないよ」

「やっぱり見てたんじゃねぇかよ……あと、デレデレなんてしてないから」

「ふんっ! どうだか」

 

 

 イライラのせいでどうしても口調が強くなってしまう。このままここにいると思ってもいない言葉を大和にぶつけてしまいそうだ。

 その為あたしは水鉄砲を大和にポイッと投げる。

 

 

「おいっ! 急に投げんじゃねぇよ」

「……ちょっとそこら辺、歩いて来るから」

「はぁっ!? 何言って……ちょっと待てって」

 

 

 大和の制止を無視してあたしは当てもなく足早に歩き始める。5分ほどふらふら歩いたところであたしは「はぁ……」とため息をついた。

 

 

(あとでちゃんと大和に謝ろ)

 

 

 今さらながら後悔の念に襲われる。なんてめんどくさい女なんだろう。勝手に嫉妬して空気を悪くして……。あたしらしくもない。

 いつの間にか完全に人気のない岩場に来ていたあたしは、その場にすとんと腰を下ろす。

 

 

(前までのあたしなら、からかって笑い話にしてたところなんだけどな……)

 

 お祭りで大和と手を繋いでから、自分の気持ちに嘘がつけなくなっている。

 期待したいという気持ちと、まだ大和にとってあたしはただの幼馴染で期待はするなという気持ちのせめぎ合い。胸のもやもやは収まらないままだ。

 

 

「はぁ……」

 

 

 あたしがもう一度深くため息をつくと、

 

 

「ため息をつきたいのはこっちだ」

 

 

 こつんと、あたしの頭を小突かれる。見ると、大和が肩で息をしながらあたしの事を見下ろしていた。

 

 

「全く、予想以上に遠くまで来やがって。追いかけてくるこっちの身にもなってくれ」

「……別に、あたしは追いかけてきてくれなくてもよかったし」

 

 

 またこれだ。拗ねたようにそっぽを向きながら頭の中だけでをため息をつく。

 本当は嬉しいのに、変な意地を張ってまた空気を悪くする。今日のあたしは本当にダメダメだ。

 

 

「……心。取り敢えず戻ろうぜ。早苗さんたちも心配してたから」

「…………」

 

 

 引っ込みはつかなくなっていたが、早苗さんたちという言葉に取り敢えずあたしは立ち上がる。

 すると、大和にグイッと腕を引っ張られ、

 

 

 

「はぇっ!?」

 

 

 

 気付くとあたしは大和の胸の中にいた。

 

 

 

「…………」

 

「えっ!? や、大和!?」

 

 

 

 いきなり抱き締められたあたしは目を白黒させる。勝手に抱き締めた事はあっても、こうして大和の方から抱き締められるのは初めてだった。

 でも大和があたしを抱き締めていたのは一瞬ですぐに身体を離す。

 

 

「や、大和? 今のは……」

 

 

 ドキドキがおさまらないまま、あたしは大和を見上げる。しかし大和はあたしのチラッと見ただけで質問には答えず、スタスタと歩き始めた

 

 

「……機嫌も直ったみたいだし、早く早苗さんたちの所へ戻るぞ」

 

 

 確かに直ったけど……直ったけど!! 

 

 聞きたかったのはそんな答えではない。先ほどまでとは別のもやもやが心の中を覆う。

 普通に考えれば、機嫌を直すためにわざわざ抱き締めたりなんてしない。仮に抱き締めるにしても、好きでもない女を抱き締めたりなんてしないだろう。それはつまり……、

 

 

(好き……なの?)

 

 

 先を歩く大和の表情が見えなければ、気持ちが分かるわけでもない。でも、そうとしか考えられなかった。

 都合のいい妄想かもしれないし、自分本位の解釈と笑われるかもしれない。

 

 

(あたしは大和の事が好きだよ。大和は? 大和はどう思ってるの?)

 

 

 無言で彼の背中に問い掛ける。もちろん答えが返ってくるわけがない。そもそも答えを聞く勇気なんてあたしの中にあるわけなかった。

 

 その後はあたしも大和もどこか上の空のまま帰途についたのだった。

 

 

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 

 

 早苗さんたちを送り届け、レンタカーを返却したあたしたちは既にマンションへと帰って来ていた。

 今はあたしの部屋で荷物の整理をしているところである。しかし、胸のもやもやは収まらないままだった。お互いに口数も少ない。というか、ほぼゼロだった。

 早苗さんたちが気を遣って、何も聞いてこなかったのが唯一の救いだろう。今度謝んなくちゃ……。微妙な雰囲気のまま荷物整理を続ける。

 

 

「……よしっ、取り敢えずこんなもんか」

 

 

 そうこうしているうちに荷物の整理も終わってしまう。いつもならあたしの部屋でのんびりしているところだが、今日はとてもそんな気分にはならなかった。

 

 

「それじゃ俺は自分の部屋に帰るな」

「うん……」

 

 

 玄関まで大和を見送る。

 

 靴を履く寸前に大和は一度立ち止まり……少しだけ逡巡した後、あたしに顔を向けないまま口を開いた。

 

 

 

「……海では急に抱き締めたりしてごめんな。今日は楽しかったよ」

 

 

 

 そう言って大和は今度こそ靴を履いて部屋を出ようとする。しかし、とある言葉があたしの中で引っかかった。

 

 

 

(…………ごめんって、なんだよ)

 

 

 

 まるであの時の事をなかったかのようにする言い方。

 

 気付くとあたしは大和の背中に抱き付いていた。

 

 

「……心?」

「バカ大和。……自分一人で完結してんじゃねぇよ。あたしは何にも分からない……分からないんだよ」

 

 

 大和の背中に顔を埋めながら呟く。想いが溢れて止まらない。

 

 

「あたしの気持ちも知らないで……。急に抱き締めんなよ……ごめんって何だよ。ちゃんと、言葉にしてくれなきゃわかんない……わかんないの」

 

 

 あたしが大和に対して嫉妬していたのは、何も今日が初めてというわけではない。

 大和が他のアイドルたちと話してた時、ずっとモヤモヤしていた。ずっと不安だった。

 もちろん大和もアイドルの子たちも悪くない。あたしが勝手に嫉妬していただけ。

 でも今日の出来事が引き金となって、今までの嫉妬や不安が抑えられなくなった。

 

 

「……なのに、急に抱き締めてきて……ふざけんなよ。……勘違いしちゃうじゃん。もしかしたらって、期待しちゃうじゃん……」

 

 

 あたしの声に涙の色が混ざる。もしかしたら大和はこんなあたしを見てすごく困っているかもしれない。

 だけどこんな風に気持ちを押さえられないほど……あたしの心はぐちゃぐちゃになっていた。

 

 

「こんなことされたらあたし……気持ちが抑えられなくなる……」

 

 

 高校時代から……ううん、多分気持ちは中学時代からずっと同じだった。あたしは大和の事が好きで……。

 

 そう告げようとした瞬間、大和が身体を反転させあたしの身体を抱き締めてきた。

 

 

「ごめん、心。海での出来事やさっきまでことは俺が全部悪かった。俺が逃げてるだけだった」

「……あたしこそごめん。海では勝手に怒ったり、今だって勝手な事ばっかり言って」

「帰り道でもずっと考えてたんだ。俺はどうするべきなんだって。心は俺にとってアイドルってだけじゃない。……大切な幼馴染だから」

 

 

 あたしを抱き締める手が震えている

 

 

「心地のいい今の関係を壊すことが嫌でずっと逃げてた。……でも、逃げてたからこそ心に嫌な思いをさせてたんだよな。だから、ごめん」

 

 

 多分、大和はあたし以上に二人の関係を考えていたんだと思う。ただ、考えがまとまっていないままあんなことになって……。今になってその事に気が付いた。

 

 

「……本当にごめん。大和の気持ちを考えずに……」

「別にお互い様なんだから気にするなよ。元はと言えば俺が悪いわけだし」

「で、でも……やっぱりちゃんと謝らないと気が済ま――」

「いいから、もう謝んな」

 

 

 謝ろうとしたあたしの身体を大和はきつく抱き締める。これ以上喋らせないためだろう。少しだけ苦しいけど、全然嫌じゃない。

 今まで散々一方的に大和に抱き付いてきた中で、今回のが一番温かくて、優しくて、安心できた。すれ違いかけていた想いが通じ合って嬉しかった。

 

 しばらく大和の身体に自分の身体を預ける。そして力が少しだけ緩んだところで、一番大事なことを確認するために口を開いた。

 

 

「ねぇ、大和」

「どうした?」

「……あたしの気持ち、もう何となく伝わっちゃったでしょ? まぁ、それは大和にも言えることだけど」

 

 

 あんなに色々と口走って、これでもまだ伝わっていなかったら大和をぶっ飛ばしているところだ。そういうことが許されるのはラノベのキャラだけって相場は決まっている。

 しかし、大和はなぜかそこで歯切れが悪くなる。

 

 

「い、いや、まぁ、その、分かったには分かったんだけど……」

「なに? 嬉しくないの?」

「めちゃくちゃ嬉しい」

「そ、そう……」

 

 

 ここで素直になるのはやめてほしい。て、照れるから……。

 

 

「ただ、俺としてはこんな風になるとは思ってなくて、正直焦ってる」

「いいじゃん別に。恋が突然なら、告白も突然だよ」

「妙に納得できることを言わないでくれ……あのさ、心。お前って今度の休みが一週間後だろ?」

「そうだけど、それがどうかした?」

「えっと、この告白とかもろもろの事を……改めてその休みの日にやり直したいんです」

 

 

 あたしが顔を上げ、大和の顔を見るとバツが悪そうにそっぽを向いていた。

 どうやら本当にこの状況になることを想定していなかったらしい。まぁ、さっきはあんな風に言ったけど、想定していろと言うほうが土台無理な話だからね。

 

 

「……うん、じゃあそれでいいよ。その代わり、ちゃんとやり直すんだぞ? あたしも大和も納得できる形でね!」

「分かってるよ。それに、色々な準備とか根回しも必要だし……」

「準備?」

「今のはこっちの話だから気にしないでくれ」

 

 

 何の準備が必要なのだろう? あっ、デートプランの準備かな? どこに連れて行ってくれるのかは分からないけど、今から楽しみになってきた。

 そこで大和はあたしを抱き締めていた手を解く。

 

 

「というわけで、また詳しいことは決まり次第連絡するから。一週間後、よろしくな」

「こちらこそ! ……あっ、大和最後にちょっといい?」

「ん? どうかした――――」

 

 

 あたしは少しだけ背伸びをして大和の唇にそっとキスをした。触れるだけの簡単なもの。でも、アタシと大和にとって、初めてのキス。これが今できる精一杯のアピール。

 ただし、大和には効果抜群だったようで頬を赤らめながら戸惑い……と言うよりは「やってくれた……」という表情を浮かべていた。

 一方あたしは、顔が真っ赤になっていると知りながらも少しだけ悪戯っぽく微笑む。

 

 

「これで大和もヘタレることなくあたしに気持ちを伝えることができるな!」

「……ヘタレないから安心しろって」

 

 

 色々あったけどあたしは一週間後、大和とデートをすることになった。

 

 ちなみに、大和が部屋に戻った後、心は自分の行動(キスしたこと)に今更ながら恥ずかしくなり床をゴロゴロと転がり悶え苦しんだのはまた別のお話。




 次回最終回です。
 なお、作者の都合で投稿は二週間後になりそうです。早く投稿できれば投稿します。


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告白

 心たちと海に行った日から一週間が経過した。つまり今日は心とのデートの日。

 正直、デートに誘った日は色々起こり過ぎて記憶がパンクしかけていた。俺にとっても予定外の事だったし……。

 ちなみにその日の夜はベッドで悶えていました。理由はお察しの通りです。

 

 

「さて、着ていく服もこれでいいし、持ち物もこれで大丈夫か」

 

 

 男は女と違って、あまり準備に時間がかからないから楽でいい。やることもなくなったので俺は自分の部屋の前で心が出てくるのを待つ。

 別にここに集合じゃなくて最寄り駅集合でもよかったのだが、こっちの方が俺たちらしいということになったのでこうした。

 

 

(それにしても……心のやつ、絶対に今日の事早苗さんたちに話したな)

 

 

 これは事務所で感じたことなのだが、早苗さんたちから注がれる視線が妙に生温かかったのだ。あれは絶対に気付いてる。しかも詳細まで知っている顔だ。

 まぁ、他のアイドルたちには話していないようなので、その辺りはよしとしよう。それに、もしそういう関係になったら早苗さんたちに報告する場を設ける予定でもあるからな。

 他のアイドルの子たちにはいずればれるだろうし、報告しなくてもいいや。

 

 

「さて、集合時間になったわけだけど……」

 

 

 チラッと心の部屋の扉に視線を移すも、まだ出てくる様子はない。心が時間に遅れることは珍しい。

 むしろ、出かけるときは俺の部屋に押しかけて『遅い!』と文句を言ってくるからな。その後、待つこと約10分。

 

 

「ご、ごめん大和! 遅れちゃって」

 

 

 ばたばたと慌てた様子で心が部屋の中から出てきた。余程急いでいたのか、肩で息をしている。彼女が落ち着くまでの間、今日の服装を眺める。

 心はノースリーブのブラウスに、薄い水色のスカート。何というか、彼女らしくない格好に思わず心の事をじっと見つめる。

 

 

「…………」

「な、なんだよ、そんなにあたしのこと見つめて?」

「今日の格好、なんか新鮮でな。だって、いつもはそんな恰好しないだろ?」

「似合ってない?」

「いや、その逆。すごく似合ってるよ。……美優さんっぽくて」

「ば、バレてる!?」

 

 

 驚愕の表情を浮かべる心。一方俺は言ったことが当たってしまい、申し訳ない気分だった。

 まさかふと思ったことが当たるなんて……。さっきも言った通り、似合ってるからいいんだけど。

 

 

「大和の好みを考えながら服選んでたんだけど、気付いたら美優ちゃんっぽくなってた……」

「なんか悪いな、俺を気にして服を考えてくれたみたいで。別に気にしなくても、いつも通りの格好でよかったのに」

「そりゃ、自分の好きな服を着たいって思ったよ。思ったけど……好きな人には可愛いって思われたいじゃん」

 

 

 顔を真っ赤にしながらぼそぼそと心が呟く。その言葉を聞いて俺まで恥ずかしくなってきた。

 先日の件で、素直に自分の気持ちを伝えることに抵抗がなくなったようで……ほんとやめてほしい。俺は心の頭を少しだけ乱暴に撫でる。

 

 

「わわっ!? なんだよ急に!」

「今のままだと、目的地に着くまでお互い黙ったままになりそうでさ。髪形を崩したのは悪いと思ってる」

「ほんとかよ? 全く、今日必死にセットしたのに……」

 

 

 そう言って心は髪を手くしで直している。確かに心の髪は変装時のストレートではなく、少しだけ緩くウェーブがかかっていた。

 俺とデートするために色々やってくれて嬉しくなった俺は、今度は優しく心の頭を撫でる。

 

 

「ありがとう、心」

「……どうしたの急に? お礼の言葉なんて言われるようなこと、はぁと一切してないんだけど?」

「分かってないんだったらそれでいいよ」

「……分かってるから恥ずかしいんだって」

 

 

 何やらぼそぼそ言った後、心は誤魔化すように俺の右手に自身に左手を絡ませる。

 

 

「もうっ! 大和が変な事言ったから予定より大幅に遅れちゃった! ほら、行くよ!!」

 

 

 強引に俺を引っ張る心。そんな彼女の後姿を見ながら思わず頬が緩んでしまう俺だった。

 

 

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 

 

「いやー、着いたね~」

「着いたな~」

 

 

 某夢の国に着いた俺たちは、同じような感想を述べる。最寄りである舞浜駅からチケットを買って入園したのだが、やはりここはとんでもなく人が多い。

 チケットを買う前から人は多かったのだが、いざ入園してみるとその多さに眩暈がしてくる。

 

 

「うーん、どのアトラクションから乗ろうか迷っちゃうね!」

 

 

 しかし、心は一切戸惑いを感じていないようで、先ほど手に取ったパンフレットを見て目を輝かせている。

 

 

「大和は何か乗りたいアトラクションってあるの?」

「俺は何でもいいかな。ここに来るのが小学生の修学旅行以来だから、何に乗ってもほぼ初めて見たいな感覚なんだよ」

「それならやっぱり最初は、絶叫系のアトラクションからかな~。楽しいし、スカッとするし! 大和って絶叫系大丈夫だっけ?」

「お化け屋敷じゃなければ基本的に大丈夫だよ」

「あー、そう言えば大和ってお化け系が苦手だもんね。男のくせにっ☆」

「うるせぇ。苦手なものは苦手なんだ」

 

 

 顔をにやけさせる心の言う通り、俺はお化け屋敷など驚かせる系のアトラクションが苦手である。

 夢の国内にあるホーン〇ッドマンションくらいなら何とかなるが、ナガ〇パとかのお化け屋敷は論外だ。とてもじゃないけど、入る気がしない。お化け屋敷に入るのはよっぽどの物好きだと俺は思っている。

 

 

「じゃあ、まずはビック〇ンダーマウンテンからにしよっか。あっ! その前にちょっと寄りたいところがあるんだけど、行ってもいい?」

「大丈夫だよ。それじゃあ行こうか」

 

 

 俺はそう言って心に右手を差し出す。今日くらいは手をつないだって罰は当たらないだろう。

 心も俺の意図が分かったようでニッコリと微笑んだ。

 

 

「うん。ありがと大和」

 

 

 しっかりと指を絡めたところで、俺たちは目的のお店に歩き出す。心が行きたいといったお店はお土産などが売られているところだった。

 何となく目的が分かった俺は心に声をかける。

 

 

「もしかして、カチューシャを買いにきた?」

「おっ! 流石大和、冴えてるねぇ~♪」

 

 

 どうやら当たりだったらしい。確かにディ〇ニーで女の子がミッ〇ーやその他のキャラクターのカチューシャをつけているのはよく見る光景である。

 というわけでカチューシャを選び始めたのだが、

 

 

「ねぇねぇ、これはどう?」

「うーん、似合ってるんじゃね?」

「もうっ! 大和ってば真面目に考えてる?」

 

 

 さっきからこのやり取りを何度も繰り返していた。おかげで心が頬を膨らませてプンプン怒っている。

 しかし、似合っているものは似合っているので勘弁してほしい。そもそもどれをつけても似合っているのだから、比較の仕様がないというのも事実だ。流石は今をときめくアイドル様である。

 

 

「真面目に考えてるって」

「じゃあ、どれが一番よかった?」

「えっと……俺は最後に着けたやつが一番よかったと思うよ」

 

 

 これは適当でも何でもなく、本当に思ったことだ。最初の方につけていたのはどこか派手で、心の良さを消してしまっていると素人ながらに思ったからな。

 俺からの感想を受けて、心は最後の付けたカチューシャを手に取る。

 

 

「大和はシンプルなのが好きなの?」

「派手過ぎるのよりはって感じだな。それに、これが一番似合ってたと思うし」

「……じゃあ、あたしのはこれでいっか!」

 

 

 納得してくれたようで良かった。俺がホッと息を吐いていると、

 

 

「じゃあ次は大和のね!」

「……えっ?」

 

 

 驚く俺を他所に心は楽しそうにカチューシャを選び始める。心なしか、自分の物を選ぶ時よりも楽しそうだ。

 

 

「い、いやいや、俺のは要らないだろ? 男だし、身長も高いからつけても気持ち悪いだけだって」

「だからこそなんだよ! うーん、やっぱり無難にミッ〇ーのかな?」

 

 

 何がだからこそなのか、さっぱり分からないけど心はどうしても俺にカチューシャを着けたいらしい。まぁ、今日くらいはいいや。

 結局、俺もミッ〇ーのカチューシャを身に着け、お土産屋を出た。

 

 

「……や、大和、めっちゃ似合ってる……。ふふっ……」

「本当にそう思ってるのなら俺の目を見て話せ」

 

 

 笑いを堪えるように肩を震わせる心をジト目で睨みつける。

 さっきまで『可愛い可愛い』と言いながら写真を撮っていたのだが、今は現物を見て笑いを堪えていた。自分からつけさせたくせに失礼な奴である。

 

 

「取り敢えず送信っと……それじゃあ改めてビック〇ンダーマウンテンに向かおっか!」

「おい、送信とか言ってたけど、誰に送信したんだよ!?」

「レッツゴー!!」

「頼むから話を聞いてくれ……」

 

 

 ため息をつきながら心の後をついていく。そして目的の場所についたので、俺と心は最後尾に並ぶ。

 誰に送信したのかは後で問いただすことにした。大方、早苗さん、美優さん、楓さんあたりだろう。あの三人なら多分問題ない……と思いたい。

 なんてことを考えながら待っているうちに俺たちの番となったので、二人並んで座席に座った。

 

 

「こんな風に心と乗るのも随分久しぶりだな」

「中学生の遠足以来だっけ? いやー、あたしたちも年取ったもんだね~」

「その言い方、だいぶババくさいぞ?」

「昔を思い出す時くらい、ババくさくてもいいんだよ☆」

 

 

 話している間にもトロッコは少しずつレールを上っていき、

 

 

「きゃーーー♪」「うぉおおおーーー!!」

 

 

 それなりのスピードでレールを滑っていったのだった。

 

 

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 

 

「ふぅ~、なかなか面白かったな」

「だね! あたしも久し振りに乗ったけどめちゃくちゃ楽しかった!」

 

 

 ビックサ〇ダーマウンテンに乗り終えた俺たちは、二つ目の絶叫系アトラクションとしてス〇ースマウンテンへと向かっている最中だった。

 久しぶりのディズニーということで若干身構えた部分はあったのだが、このくらいなら楽しんで帰ることができるだろう。

 

 

「ところで、次のス〇ースマウンテンはどんなアトラクションなんだ?」

「簡単に言うと、星空みたいに暗いところを走るジェットコースターだよ」

「えっ、暗いところ?」

 

 

 ちょっと待って聞いてない。少しだけ焦った様子の俺を見て心がニヤリと悪い笑みを浮かべる。

 

 

「あたしも初めて乗った時はビビったよ。周りが結構暗いから次上がるのか下がるのかよく分からないし、結構スピードも出るやつだからね」

「……ちょっと俺、急用を思い出して――」

「ダメだからな☆ ほらっ、さっさと行くよ!」

 

 

 逃げられなかった。心に右手をがっちりとホールドされながら俺は連行されていく。

 くそっ、ス〇ースとついてるから暗いことはある程度予想してたけど、まさかそんなに暗いだなんて……。

 ま、まぁ、心が俺をビビらせるために誇張してる可能性が――。

 

 

「…………」

「ふふっ♪ 大和、暗くて怖いね~」

 

 

 しかしそんな事はなく、待機場所から結構暗くてビビっている自分がいた。隣の心がニヤニヤといじってくるのが腹立たしい。カチューシャを着けているせいか、ニヤニヤ顔も普通に可愛いのが余計に腹立つ。

 イライラしている間にも待機列はどんどんと前へ進み、とうとう俺たちの番となってしまった。

 先ほどと同じように隣同士の座席に腰掛ける。

 

 

「はぁ……ずっと目を瞑ってようかな」

「それだと逆に怖くない? だったらあたしが乗ってる間、手をつないでて上げようか?」

 

 

 何という屈辱的な提案。しかし、情けのない悲鳴を上げるくらいならそっちの方がましな気がする。というか、もう時間的余裕があまりない。

 そんなわけで俺は返事をする代わりに、心の右手を握り締める。

 

 

「……頼む」

「…………もう、仕方ないなぁ」

 

 

 そう言って俺の顔を見る心の顔はいつもより優しい感じがした。

 

 

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 

 

「…………」

「…………」

 

 

 さて、今現在あたしたちは自分たちのマンションまでの帰り道を歩いている最中です。さっきまで夢の国での思い出話にふけっていたのだが、その話もしつくして丁度無言の時間になっていた。

 大和となら無言の時間でも気まずくならないのが一ついいところだ。

 

 

(それにしても、大和からまだ何も話を振ってこないな~)

 

 

 さっきから考えているのはそればかりである。ス〇ースマウンテンを乗り終えた(大和があまりに力いっぱい手を握り締めてくるからめちゃくちゃ痛かった)後は、ス〇ラッシュマウンテンにのったり、他のアトラクションにのったり、パレードを見たりした。

 しかし、その最中では何も起こることなく今に至るというわけである。アトラクションに乗っている時はともかく、パレードを見ていた時は密かに期待していた。

 それだけに、何事もなくパレードを見終えた時は少しだけがっかりした。パレードは凄く綺麗だったからよかったんだけどね!

 

 

(ただ、大和は約束を破るようなことはしないし、これは部屋に戻ってからってことだよね?)

 

 

 隣を歩く大和は少しだけ思い詰めたような顔で歩いている。勝手な妄想なのだが、もしかするとこの後の事を考えているのかもしれない。

 

 

(と、取り敢えずどんなことを言われてもいいように心の準備だけはしておかないと)

 

 

 そのまま歩いているうちにマンションへと到着した。流れで大和の部屋へと入ると、

 

 

「……よし」

 

 

 後ろから何かを決意するような大和の短い声が聞こえてきて、心臓が飛び跳ねた。これは多分いよいよだと……思う。

 リビングで買ってきたお土産などの荷物整理をし、あたしと大和は並んでソファに腰掛ける。

 

 

『…………』

 

 

 沈黙が辛い。あたしもだけど、大和の方が明らかに緊張している。こんなことを言うのもなんだけど、緊張しすぎのような……。

 そんな空気のまま約10分ほどが経過し、

 

 

「……し、心!」

「は、はいっ!」

 

 

 ようやく大和が口を開いた。遂に、とあたしも身構える。

 

 

「えっと……、その、まぁ……、なんだ」

「う、うんっ……」

 

 

 い、言うなら早く言ってほしい。緊張して心臓が口から飛び出そうになる。

 更に5分ほどが過ぎたところで、意を決したようにもう一度口を開いた。

 

 

「ごめん、なかなか言い出せなくて。だけどもう大丈夫だから。ちゃんと、俺の気持ちを伝えるから」

「……分かった」

 

 

 来るべき言葉に備えてあたしは目を瞑る。大和は大きく深呼吸をすると、

 

 

 

 

 

「心…………俺は心の事が好きです。だから、結婚を前提に付き合ってほしい」

 

 

 

 

「うん、こちらこそ……って、えっ? ちょ、ちょっともう一回言ってもらえる?」

 

 

 

 

 

 とんでもない言葉が付き合ってほしいの前に挟まっていた気がする。いや、多分気のせいだ。気のせいに違いない! じゃなければ大和の口から『結婚』なんて――――

 

 

 

「だ、だから、結婚を前提に付き合ってほしいって言ったんだよ」

 

 

 

 間違いでも何でもなかった。大和は間違いなく『結婚を前提に』と言った。

 

 

 

「けけけけけけけけけけけけ、結婚を前提!?」

「んだよ、嫌なのかよ?」

 

 

 頬を赤らめた大和は拗ねたような表情を浮かべる。しかし、あたしはそれどころではなかった。

 

 

(結婚、結婚……。あたしが大和と結婚……)

 

 

 大和の口から飛び出した『結婚』という言葉に、頭の中はショート寸前だった。付き合うまではもちろん想像してたけど、まさか結婚まで出てくるなんて想定外もいいところだ。

 身体全体がフワフワとした感覚に襲われる。とにかく『結婚』という二文字が頭の中で踊って――――。

 

 

「ちょっと落ち着け」

「はっ!」

 

 

 軽く頭を叩かれてあたしは我に返る。

 妄想が爆発して、ウエディングロードを歩いて子供を産み、我が子の成長を見守る姿まで想像していた。

 そんなあたしの様子を見て、大和は困ったように頭をかく。

 

 

「いきなり結婚なんて言ったのは悪かったよ。でも、俺はそれだけ本気なんだ。俺は心と結婚したい」

 

 

 こいつ、またそんなド直球に……。彼の向ける本気の視線、言葉に、私は少しだけたじろぐ。こっちの気持ちも考えろって。

 もちろん、嫌なわけじゃない。……嬉しすぎて何も考えられないだけだから。

 

 

「……えっと、冗談とかじゃないんだよね?」

「冗談なんかでこんなこと言うかよ」

「で、ですよね……。うぅ……」

 

 

 嬉しいやら信じられないやら、様々な気持ちが心の中で交錯する。頬が熱い。

 

 でも戸惑ったって焦ったって、あたしの気持ちは初めから決まっていた。先ほどの大和と同じように大きく深呼吸すると、改めて彼に向き合う。

 

 

「……ごめん、少しだけ取り乱しちゃって」

「いや、今のはいきなり言った俺も悪いわけだし……それに、いま無理に答えを出さなくても――」

「ううん、もうあたしの中で答えは決まってるから。だからね大和……」

 

 

 顔を見て言うのは恥ずかしかったから……あたしは大和の胸に飛び込むようにして抱き付く。

 そして、

 

 

 

 

 

「あたしも大和の事が好き。こんなあたしでよければ……よろしくお願いします」

 

 

 

 

 

 そう答えると大和の身体からこわばりが抜け、安心したようにあたしの身体を優しく抱き締めてきた。

 

 

「良かった……」

「良かったって、はじめから結果は分かってたでしょ?」

「そりゃ、分かってったっちゃ分かってたけど……やっぱり緊張するって。結婚を前提にとか言ったわけだから」

「あははっ! 確かにそれもそうだよね。……あれっ? もしかして大和が色々と準備とか必要って言ってのは?」

「もちろん、プロデューサーさんへの報告やら色々だよ。いくら幼馴染とはいえ、相手はアイドルだからな。結婚を前提とかはきちんと事務所に報告しないと、後でもめる原因になるだろ?」

 

 

 な、なるほど。大和はちゃんと考えてたんだ。あたしは何も考えてなかったから、大和様様である。大和と付き合えて嬉しい、くらいにしか考えてなかった。

 

 

「ちなみにプロデューサーはなんて?」

「結婚を前提にって言ってる時点で分かってるだろ? もちろん、許可してくれた。むしろ、歓迎すらしてくれた」

「きっと裏ではよからぬことを考えている気がする……」

「実はそれが大当たりなんだ。心って確か三日後くらいにイベントがあっただろ?」

「う、うん。それなりに大きなイベントだけど……えっ、まさか!?」

「そのまさか。プロデューサーさんはその場で心に報告させるみたいだ」

 

 

 一瞬、目の前が真っ白になった。10秒くらいかけて状況を飲み込んだあたしは大和の胸倉を掴んでグラグラを揺する。

 

 

「な、何であたしが直接報告しなきゃいけないの!? そういうのって事務所から報告したり、勝手に情報が漏れたりするよね!?」

「今回は幸いにも情報も漏れてないし、直接本人の口から言ったほうがファンも納得するというのがプロデューサーさんの意見だ」

「……本音は?」

「心の恥ずかしがる顔を見たいからだそうです。それに、大きなイベントで報告すればより注目が集まるからって」

「あのプロデューサー!!」

「文句はプロデューサーさんに言ってくれ。あと、そんなに強く揺らさないで。脳震盪が起こりそうだから」

 

 

 取り敢えず大和を揺らす手を止め、あたしは頭を抱える。あのプロデューサーは有能だけど、こういう所は全く尊敬できない。

 ほんと、明日辺りにぐちぐち文句を言ってやらないと……。ただ、文句を言ったところで話が無くなるわけではないので暖簾に腕押しである。

 

 

「……まぁでもいっか。こうして大和とも付き合えたわけだし」

「なんか全然実感わかないな」

「あたしも。だけど、これから付き合っていく中で実感も沸いていくんじゃない?」

「そうだといいけどな」

「そうなるんだよ☆」

 

 

 最後はいつも通りのやり取りで笑い合うあたしたちだった。

 

 

 

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 

 

 その後はしばらくイチャイチャしていたのだが、

 

 

「なぁ、今日は俺の部屋に泊ってくよな?」

 

 

 泊っていくという言葉に心臓が飛び跳ねた。チラッと大和の方を見ると、わざとらしくテレビに視線を移している。

 つまりこれは……そういうことだろう。

 

 

「……うん。そのつもり」

「分かった。それじゃあ俺は先にシャワー浴びるから」

 

 

 そう言って大和は足早に浴室へ向かってしまった。しかし、あたしにとっては都合が良かったので一度部屋に戻る。

 

 

「……よしっ!」

 

 

 とあるものが入った袋を持って気合を入れたあたしは、もう一度大和の部屋へ。数分ほど待っていると大和が髪を拭きながらやってきた。

 

 

「お待たせ。タオルは着がえと一緒に置いてあるから」

「ありがと」

 

 

 大和の気遣いを感じつつ、浴室へ向かう。この後の事を考えて念入りに身体を洗い、タオルで身体を拭く。

 そして、袋の中から今日の為に新調した下着を取り出して身に着けた。いわゆる勝負下着というやつだ。

 

 

(へ、変じゃないよね?)

 

 

 鏡で自分の姿を確認する。一応、大和が色々と喜びそうな下着を選んだつもりだ。早苗さん程胸があるわけじゃないけど、バランスの取れた体型をしていると思う、多分。

 

 そんなわけで5分ほど自分の姿を鏡で確認し、あたしはリビングへ向かうことにした。大和の用意してくれたパジャマを棚に残して。

 

 

「……お待たせ」

 

 

 流石に明るい状況で見られるのは恥ずかしかったので、照明の明るさを落として大和に声をかける。

 

 

「お、おいっ! いきなり電気を落としてどうしたんだ……って!?」

 

 

 大和が戻ってきたあたしの姿を見て目を見開いている。突然暗くなったことにもだけど、それ以外の事にもっと驚いているようだった。

 それもそのはずだろう。

 

 

 

 だってあたしは下着しか身につけていなかったのだから。

 

 

 

「何で驚いてるの? どうせするんだし……いいでしょ?」

「そりゃそうかもしれないけど……ったく、お前は」

 

 

 頭をかきながら大和が立ち上がる。そしてあたしの腕を掴むと強引にベッドのある寝室へ。

 ベッドに押し倒されるや否や、大和があたしの身体に馬乗りになるとそのまま唇を合わせてきた。

 

 

「んむっ!?」

 

 

 間髪を入れずに舌が咥内に侵入してきたため、あたしは目を白黒させる。しかし、大和はキスをやめない。

 まるで抵抗できないまま一方的に咥内を舌で犯される。息をするのもままならない。何とかして息を吸おうとすると、艶っぽい嬌声が自身の口から上がりそれが余計に大和の興奮を煽る。

 本当に限界が近い……そのタイミングでようやく大和が口を離した。つつっと絡み合った唾液が糸を引く。

 あたしは息も絶え絶えになりながら、馬乗りになる大和に視線を移す。

 

 

「や、やまと……激しすぎだって」

「誰のせいだと思ってんだよ。……そんなエロい下着だけをつけてリビングに出てきやがって」

「興奮した?」

「……聞くんじゃねぇよ」

 

 

 大和はそんな風に言ったけど、その言い方がほぼ答えみたいなものだった。嬉しくなったあたしは大和の首に腕を絡みつかせ、軽くキスをする。

 

 

「大和、今日は大和の好きなようにしてくれていいから」

「……そんな事言われると多分、止められなくなると思うんだけど?」

「いいよ別に。明日の仕事は午後からだし……そもそも一回だけじゃあたしが満足できないと思う」

「サラッととんでもない事口にするなよ……まぁ、それは俺もだけどさ」

 

 

 視線とチラッと下に移すと、パンツを押し上げるように大和のアレが反応している。臨戦態勢と言っても過言ではない。まぁ、それはあたしにも言えることだけど……。

 

 

「それじゃあ……シよっか?」

「おう、なるべく優しくするから」

「うん」

 

 

 その後はお互いの気が済むまで身体を重ねた。分かったことはあたしも大和も人並み以上に性欲が強かったことです。

 

 そんなわけであたしたちはただの幼馴染から、彼氏彼女の関係になりました。




 謝辞などは活動報告で述べさせていただくので、興味のある方はそちらを見てみてください。アンケートなども行っています。
 取り敢えず、ここまでこの作品にお付き合いしていただきありがとうございました。


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番外編
イベント


(ふぅ……)

 

 

 大和と付き合うことになってから三日後。今日は以前から言われていたイベント当日となっていた。

 あたしは今現在、会場で一緒に出演していた早苗さんや瑞樹さんとフリートークをしている最中である。

 

 しかし、あたしは全くそのフリートークに集中できていなかった。

 

 

(本当にこの後言わなきゃいけないのかよ……)

 

 

 既にイベントの大半を消化し、残るはとある発表を残すのみとなっている。そのとある発表というのは、もちろんあたしが付き合い始めたという報告だ。おかげで先ほどから胃がキリキリと痛む。

 

 

(プロデューサーに散々文句を言ったけど、やっぱりこの予定を変えてくれなかった)

 

 

 あれから何度も『言いたくない! そもそもファンが許すとも思えない!!』としつこくプロデューサーに迫ったのだが、彼の答えは決まって『佐藤なら大丈夫』の一点張りだ。

 なにが大丈夫なのかさっぱり分からない。アイドルの恋愛は普通御法度のはず。にもかかわらず、大丈夫とはどういうことなのか。

 本気で言いたくないのだが、このイベントの最後には『佐藤心から重大な報告があります』と告知済みである。というか、勝手に告知された。

 よって、付き合ったという報告はもはや逃れられないことになってしまっている。

 

 

「さぁーて、イベントももうすぐ終わりということですが、何やら今日はしゅがはさんから重大な報告があるとのことなんですよね?」

 

 

 きてしまった。司会進行を務めるアナウンサーの方から話を振られ、あたしはぎこちない笑みを浮かべる。

 

 

「えぇ、まぁそうなんですけど……」

「ふっふっふ、しゅがはちゃんの報告にみんな、度肝を抜かれると思うから覚悟してなさい」

 

 

 早苗さんの言葉に会場にいたファンの方たちが大いに盛り上がった。おかげで、適当に切り抜けようかなと考えていたあたしの計画がパーになった。さ、早苗さんめ……。

 

 

「おぉー!! 早苗さんから思わぬ言葉を頂きました。瑞樹さんもこの報告について知っているんですか?」

「もちろん知ってるわよ。詳しくは本人の口からにするけど、とにかくすごい発表だから」

 

 

 瑞樹さんも、お願いだからハードルを上げるのはやめて!! 益々会場の空気が盛り上がり、どう転んでも言い逃れできない雰囲気が出来上がってしまった。

 あたしは心の中だけで頭を抱える。チラッとプロデューサーの姿が見えたのだが、早苗さんと瑞樹さんに対して賞賛の拍手を送っていた。

 ……後で絶対にぶっ叩いてやる。

 

 

「……というわけで、少しだけ引っ張ってしまいましたが、ここからはしゅがはさん、ご本人の口から報告してもらうことにしましょう! それではお願いします」

「は、はいっ!」

 

 

 司会者の言葉に、あたしは覚悟を決めてマイクを握った。返事をする声が若干裏返ったのは内緒。

 早苗さんと瑞樹さんも、流石に少しだけ緊張した面持ちになっている。

 

 

「えっとですね、はぁとからの報告というのは……三日ほど前から、とある男性とお付き合いをはじめたということです」

 

 

 言った、言ってしまった。キャラとは忘れて普通に言ってしまった。会場がシーンと静まり返り、司会者の方も驚きのあまりポカンと口を開いている。

 やっぱり言うんじゃなかった。そう思った瞬間、

 

 

『うぉおおおおお!!』

 

 

 会場から地鳴りのような声が上がった。今度はあたしがびっくりする番で、早苗さんたちも驚きの表情を浮かべながら会場を見つめている。

 

 

「え、ええええ、えーっと、たった今しゅがはさんの口からお付き合いの報告がされたわけですが……」

 

 

 司会者の方もテンパっているようで、あたしの顔と早苗さんたちの顔を交互に見つめている。恐らく、冗談じゃないのかと勘繰っているのだろう。失礼な話だ。

 

 

「ちなみに、はぁとちゃんの報告は冗談でも何でもないわよ。本当の話。だからみんな、はぁとちゃんを祝福してあげて!」

 

 

 すかさずフォローを入れる早苗さんは流石だ。そんな早苗さんの言葉に再び会場が盛り上がる。

 様々な言葉が混ざり合って一つ一つは聞き取りずらいけど、

 

 

『おめでとう!!』

 

 

 この言葉だけはちゃんと聞こえた。それも至る所から聞こえてくる。拍手も至る所から湧きおこり、あたしは少しだけ目頭が熱くなった。

 なぜならこんなに祝福してくれるとは思わなかったから。

 

 

「ありがとー、みんな! 祝福してくれて、はぁと嬉しいぞ☆」

 

 

 あたしは手を振ってファンのみんなに応える。ついでにキャラも思い出した。

 

 

「まぁ、みんなにとっては悲しいことかもしれないけど、はぁとはこれからもみんなのはぁとだからな☆」

 

 

 会場の段に向かって手を振ると、会場からも声が返ってくる。

 

 

「おめでとう! だから逃げられる前に早く結婚しろー!」

「その男、絶対に逃がすんじゃないぞ!!」

「彼氏をくれぐれも大切にな!!」

「逃げられない様に、ちゃんと優しくしろよ!」

「彼氏さんをいじめないでね!!」

 

 

 なんか、失礼な言葉もちらほらと聞こえてくる。

 逃げられない様に優しくしろとか、はぁとは一体どんな風に思われてるんだよ……。いや、自業自得か。

 

 

「ふふっ、みんなそんなに心配しなくても大丈夫よ」

 

 

 見かねたのか瑞樹さんが優しくフォローを入れる。流石は瑞樹さ――。

 

 

「はぁとちゃんも彼氏にぞっこんだけど、彼氏の方もはぁとちゃんにぞっこんなんだから」

 

 

 余計なことを! 本当に余計なことを!! あたしにも大ダメージだし、大和にも大ダメージだ。きっと今頃テレビの前で顔を真っ赤にしながら頭を抱えている頃だろう。

 そんな私たちとは違って会場は大盛り上がりだけど……。ちなみに彼は今日、事務所のテレビでイベントの様子を見守ると言っていた。

 しかも、その時間仕事のないアイドルたちと一緒に。頑張れ大和。

 

 

「そうなんですか! ちなみにしゅがはさんは彼氏さんのどんなところを好きになったんですか?」

「へぇっ!?」

 

 

 とんでもない……いや当たり前っちゃ当たり前の質問なんだけど、それでもあたしは狼狽えた。

 どんなところが好きとか、みんなの前では流石に恥ずかしい。しかし、答えないと先に進めそうもないのも事実だ。

 

 

「え、えっと、それはちょっとしゅがは的にNGというか……」

 

 

 この場では何とかして逃げようと試みる。ところが、あたしのプロデューサーはどこまでも上手だった。

 

 

「え、えーっと、先ほどプロデューサーさんから受け取った資料によりますと、『しゅがはにNGはありませんから何でも聞いてやってください。ただし、彼氏の個人情報以外の事で』とのことなので、遠慮なく聞けますね!」

 

 

 何が遠慮なく聞けますね、だよ!! 司会者、何でもかんでも資料通りに進めんじゃねぇよばーか! というかあのプロデューサー、後で絶対シバく。しかし、会場が今日一で盛り上がってしまい、どうにもこうにも断れない状況に。

 

 

「それでは改めまして、しゅがはさんに惚気てもらいましょう! 彼氏さんのどんなところを好きになったんですか?」

「う、うーん……」

 

 

 司会者の楽しそうな声にげんなりしつつ、あたしは色々と考える。好きになったところ、好きになったところ……。

 色々あったけど、取り敢えず一番強く思ったことを言うことにした。

 

 

「普段から文句も多いやつなんだけど……でも、文句を言いつつもすごく優しいところかな。……あたしの事をいつも気にかけてくれて、彼の隣にいるとすごく安心できる。そんな彼の事が、あたしは大好きなんです」

 

 

 あたしがそう言うと、司会者を含め会場にいる全員から生温かい視線を向けられる。

 

 

「な、なんですかこの雰囲気?」

「多分、はぁとちゃんがあまりに乙女チックなことを言ったから皆ほっこりしてるのよ」

 

 

 早苗さんの言葉に、あたしは自分の発言を思い返してみると……うん、これは恥ずかしい。時間差で顔が熱くなる。

 

 

「まぁそれも無理ないわね。なんてったってやっと片思いから両思いになれたわけだし」

「確かに。昔から好きなんだもんね」

「ちょ、ちょっと二人とも! 余計な事言わないでよ!!」

「へぇ~、そうなんですか! その辺りの話を詳しくお願いします!」

 

 

 結局、このイベントで色々な事を根掘り葉掘り聞かれた。ファンは大盛り上がりだったけど、あたしはとんでもなく疲れた。

 

 

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 

 

 ちなみにイベント終了後の夜、大和の部屋で。

 

 

「お前、よくもあんな恥ずかしいことを全国ネットで言ってくれたな」

 

 

 案の定、顔を少しだけ赤らめた大和にツッコまれた。聞くと、散々事務所でアイドルたちにからかわれたのだとか。大和には申し訳ないけど、こればっかりは仕方ない。

 ちなみにあたしと大和が付き合ったことは、とっくにみんなの知るところとなっていた。

 

 

「い、いや、あれは仕方ないというか、そもそもプロデューサーのせいというか……」

「それはいいとして……あの時の言葉はほんとなのか?」

 

 

 思わぬ質問である。少しだけ戸惑ったものの、別に嘘は言ってなかったのでこくんと頷く。

 すると、大和はあたしを優しく抱き締めて、

 

 

「……嬉しかった」

「…………そう」

 

 

 こういう所を素直に伝えてくるのは大和のずるいところでもある。

 かく言う私は、嬉しさのあまり死ぬほど顔が緩んだので大和の胸に顔を埋めて隠すことにした。

 

 

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 

掲示板的何か

 

『朗報 しゅがはこと、アイドル佐藤心、一般男性とお付き合い開始!』

 

1:スレ主:20○○年07月28日(土)IDooxxooX

取り敢えずおめでとうしゅがは

 

2:名無しの砂糖:20○○年07月28日(土)IDooxxooX

おめでとう!!

 

3:名無しの砂糖:20○○年07月28日(土)IDooxxooX

やったぜ

 

4:名無しの砂糖:20○○年07月28日(土)IDooxxooX

しゅがは、おめでとう

 

5:名無しの砂糖:20○○年07月28日(土)IDooxxooX

正直、デマだと思ってました

 

6:名無しの砂糖:20○○年07月28日(土)IDooxxooX

ワイも

 

7:名無しの砂糖:20○○年07月28日(土)IDooxxooX

それはないぞ。イベントで本人の口から報告してたから

 

8:名無しの砂糖:20○○年07月28日(土)IDooxxooX

それすらデマである可能性

 

9:名無しの砂糖:20○○年07月28日(土)IDooxxooX

>>8ありそう

 

10:名無しの砂糖:20○○年07月28日(土)IDooxxooX

>>8ありそう

 

11:名無しの砂糖:20○○年07月28日(土)IDooxxooX

全く信用されていないしゅがはさん

 

12:名無しの砂糖:20○○年07月28日(土)IDooxxooX

そもそもアイドルの交際報道なのに朗報とはこれ如何に

 

13:名無しの砂糖:20○○年07月28日(土)IDooxxooX

普通は「悲報」とかだろww

 

14:名無しの砂糖:20○○年07月28日(土)IDooxxooX

流石は佐藤

 

15:名無しの砂糖:20○○年07月28日(土)IDooxxooX

やっぱすげぇよ、佐藤さんは……

 

16:名無しの砂糖:20○○年07月28日(土)IDooxxooX

いや、むしろ俺は付き合えてよかったとすら思っている。アイドルやってるとただでさえ恋愛に対して厳しいことを言われるから

 

17:名無しの砂糖:20○○年07月28日(土)IDooxxooX

ほんとそれ。しゅがはには是非幸せを掴んでほしい

 

18:名無しの砂糖:20○○年07月28日(土)IDooxxooX

でも美優さんにはもうしばらく独り身でいてほしい

 

19:名無しの砂糖:20○○年07月28日(土)IDooxxooX

30歳までは今まで通りの美優さんでいてくださいお願いします

 

20:名無しの砂糖:20○○年07月28日(土)IDooxxooX

美優さんは俺達とって、最後の希望

 

21:名無しの砂糖:20○○年07月28日(土)IDooxxooX

あっ、早苗さんと川島さんは早いとこお相手を見つけてください

 

22:名無しの砂糖:20○○年07月28日(土)IDooxxooX

美優さんとの差が酷すぎww

 

23:名無しの砂糖:20○○年07月28日(土)IDooxxooX

それじゃあ楓さんは私が貰っていきますね

 

24:名無しの砂糖:20○○年07月28日(土)IDooxxooX

しゅがはの事についてあまり知らないワイに、良さを教えてほしいぞ

 

25:名無しの砂糖:20○○年07月28日(土)IDooxxooX

取り敢えず、画像な 

https://www.sugarheart.co.jp/

 

26:名無しの砂糖:20○○年07月28日(土)IDooxxooX

>>25普通に可愛いじゃん

 

27:名無しの砂糖:20○○年07月28日(土)IDooxxooX

なお、26歳

 

28:名無しの砂糖:20○○年07月28日(土)IDooxxooX

なお、過剰にキャラを作っている模様

 

29:名無しの砂糖:20○○年07月28日(土)IDooxxooX

なお、本音も隠しきれていない模様

 

30:名無しの砂糖:20○○年07月28日(土)IDooxxooX

ワロタ

 

31:名無しの砂糖:20○○年07月28日(土)IDooxxooX

いや、それがいいところでもある

 

32:名無しの砂糖:20○○年07月28日(土)IDooxxooX

今どき珍しいくらい、グイグイ前に来るアイドル

 

33:名無しの砂糖:20○○年07月28日(土)IDooxxooX

それだけ聞くと、キャラが大渋滞してそう

 

34:名無しの砂糖:20○○年07月28日(土)IDooxxooX

でも普通に美人だし、忘れられがちだけどスタイルもいい

 

35:名無しの砂糖:20○○年07月28日(土)IDooxxooX

確かに美人だよなしゅがは。黙ってればだけど

 

36:名無しの砂糖:20○○年07月28日(土)IDooxxooX

黙ってられないんだよなぁ……

 

37:名無しの砂糖:20○○年07月28日(土)IDooxxooX

>>36黙ってられないのがいいところでもある

 

38:名無しの砂糖:20○○年07月28日(土)IDooxxooX

髪下ろした時はほんと反則。誰だよお前ってなった

 

39:名無しの砂糖:20○○年07月28日(土)IDooxxooX

>>38分かる

 

40:名無しの砂糖:20○○年07月28日(土)IDooxxooX

>>38分かる

 

41:名無しの砂糖:20○○年07月28日(土)IDooxxooX

>>38分かるわ

 

42:名無しの砂糖:20○○年07月28日(土)IDooxxooX

唐突な川島さんワロタ

 

43:名無しの砂糖:20○○年07月28日(土)IDooxxooX

画像プリーズ

 

44:名無しの砂糖:20○○年07月28日(土)IDooxxooX

ほらよ 

https://www.sugarheart.co.jp/

 

45:名無しの砂糖:20○○年07月28日(土)IDooxxooX

>>44誰だよこいつ。いや本当に

 

46:名無しの砂糖:20○○年07月28日(土)IDooxxooX

>>44これは本当に詐欺レベルだよな

 

47:名無しの砂糖:20○○年07月28日(土)IDooxxooX

>>44全国民が度肝を抜かれた一枚

 

48:名無しの砂糖:20○○年07月28日(土)IDooxxooX

ここまで話されてないけど、相手ってどんな感じの人なわけ?

 

49:名無しの砂糖:20○○年07月28日(土)IDooxxooX

話を聞く限り、一般人らしい

 

50:名無しの砂糖:20○○年07月28日(土)IDooxxooX

おっ、いいねぇ~

 

51:名無しの砂糖:20○○年07月28日(土)IDooxxooX

しかも、早苗さん曰く昔からの知り合いなのだと

 

52:名無しの砂糖:20○○年07月28日(土)IDooxxooX

推測の域だが、恐らく幼馴染だと思われる

 

53:名無しの砂糖:20○○年07月28日(土)IDooxxooX

これは好感度爆上がりだわ。ジャ〇ーズやどこぞの社長よりよっぽどいい

 

54:名無しの砂糖:20○○年07月28日(土)IDooxxooX

確かに。幼馴染との恋愛とか、羨ましいわ

 

55:名無しの砂糖:20○○年07月28日(土)IDooxxooX

ずるいぞ、佐藤

 

56:名無しの砂糖:20○○年07月28日(土)IDooxxooX

更にこれも早苗さんからの情報なのだが、しゅがはは一途に相手の事を想い続けていたらしい

 

57:名無しの砂糖:20○○年07月28日(土)IDooxxooX

流石早苗さんww これからも情報をオナシャス

 

58:名無しの砂糖:20○○年07月28日(土)IDooxxooX

普段のしゅがはからは微塵も想像できない純愛

 

59:名無しの砂糖:20○○年07月28日(土)IDooxxooX

というか、想像できる奴いないだろ

 

60:名無しの砂糖:20○○年07月28日(土)IDooxxooX

>>59俺もできない

 

61:名無しの砂糖:20○○年07月28日(土)IDooxxooX

>>59ワイも不可能

 

62:名無しの砂糖:20○○年07月28日(土)IDooxxooX

>>59想像出来たら奇跡

 

63:名無しの砂糖:20○○年07月28日(土)IDooxxooX

散々な言われようで草

 

64:名無しの砂糖:20○○年07月28日(土)IDooxxooX

お前らしゅがはのことバカにし過ぎww

 

65:名無しの砂糖:20○○年07月28日(土)IDooxxooX

むしろ好きだからこそ言えるのかもしれない。

 

66:名無しの砂糖:20○○年07月28日(土)IDooxxooX

お前らは散々言ってるけど、俺はしゅがはへの好感度のメーターが振り切ってるわ

 

67:名無しの砂糖:20○○年07月28日(土)IDooxxooX

これがギャップ萌えってやつか

 

68:名無しの砂糖:20○○年07月28日(土)IDooxxooX

ちなみにこれがイベントの時の様子

https://www.sugarheart.co.jp/

 

69:名無しの砂糖:20○○年07月28日(土)IDooxxooX

>>68めっちゃ照れてるじゃんww

 

70:名無しの砂糖:20○○年07月28日(土)IDooxxooX

>>68いつものキャラどうしたww

 

71:名無しの砂糖:20○○年07月28日(土)IDooxxooX

佐藤、キャラ忘れてるぞ

 

72:名無しの砂糖:20○○年07月28日(土)IDooxxooX

司会者の質問にタジタジのしゅがは、めっちゃ可愛い

 

73:名無しの砂糖:20○○年07月28日(土)IDooxxooX

そして川島さん、早苗さんの我が子を見守るようなこの表情よww

 

74:名無しの砂糖:20○○年07月28日(土)IDooxxooX

この二人は多分、詳細まで知ってるんだろうな

 

75:名無しの砂糖:20○○年07月28日(土)IDooxxooX

しゅがは、彼氏の事話すとき、めちゃくちゃ幸せそう

 

76:名無しの砂糖:20○○年07月28日(土)IDooxxooX

少しだけ頬を染めてはにかむ表情、天使かよ

 

77:名無しの砂糖:20○○年07月28日(土)IDooxxooX

こうして見ると、しゅがはもやっぱり一人の女性なんだなと実感

 

78:名無しの砂糖:20○○年07月28日(土)IDooxxooX

違う! こんなの俺たちのしゅがはじゃない!!

 

79:名無しの砂糖:20○○年07月28日(土)IDooxxooX

俺は信じない、信じないぞ……

 

80:名無しの砂糖:20○○年07月28日(土)IDooxxooX

お前ら、現実を見ようぜ

 

81:名無しの砂糖:20○○年07月28日(土)IDooxxooX

それにしても会場盛り上がってるな~

 

82:名無しの砂糖:20○○年07月28日(土)IDooxxooX

逃げられない様に早く結婚しろとか、失礼すぎww

 

83:名無しの砂糖:20○○年07月28日(土)IDooxxooX

でも、そこにしゅがはファンの愛を感じる

 

 

 こんなやり取りが翌日の朝まで続いていた。




 15-679様、夕凪 琥珀様のリクエストである掲示板を採用させていただきました。ただ、作者自身あまり掲示板等のスレは見ないのでコレジャナイ感があるかもしれませんが、許してください。他のリクエストにつきましては随時対応していきたいと思います。
 また、他にもリクエストをしたいと思っている方がいましたら、活動報告の方からお願いします。


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報告会

「さて、みんなグラスは持ったかしら? それじゃあかんぱーい!!」

『かんぱーい!』

 

 

 早苗さんの音頭から、グラス同士がぶつかり合ってカチンッと小気味いい音を立てる。そのまま俺は、グラスに入ったビールを半分ほど一気に飲み干した。

 現在は9月の後半。しかし、9月とは思えないほど暑い日々が続いており、余計にビールが身体に染み渡る。おつまみも美味しいし、やっぱりお酒は最高だな。

 

 

「相変わらずいい飲みっぷりですね、大和さん」

 

 

 左隣に座る楓さんが、同じくビールの入ったグラスを片手に頬笑みを浮かべている。ほんと、酒が絡むと楽しそうですね。ちなみに他のメンバーは美優さんと心。これだけで、どうしてこのメンバーが集まったのかある程度の見当がつくだろう。

 全員がグラスを半分ほど空けたところで、早苗さんは俺と心に視線を向ける。

 

 

「それじゃあ早速ではあるけど、二人に改めて報告をしてもらおうかしら?」

「そうですね。イベントとかでは盛大に報告してましたけど、やっぱりこうしてちゃんと言わなきゃとは思ってたんで」

 

 

 今日の飲み会の目的。それは、改めて俺と心が付き合ったということを報告するために集まったのだった。

 知っての通り、イベントでは報告済みなのだが飲み会の場ではなかなかメンバーが集まれず、今まで報告ができていなかったのである。

 

 

「えっとそれでは改めて……俺と横にいる心は、一か月前くらいから結婚を前提にしたお付き合いをはじめました」

「は、はじめました……」

 

 

 俺に続いて心も頬を少しだけ赤らめながら頭を下げる。

 

 

『…………』

 

 

 しかし、他の三人の反応は予想と違い無反応。あれっ? 俺としてはここで『おぉ~!』、という拍手と共に祝福されるもんだと思ってたんだけど。

 すると早苗さんが頭を抱えながら訪ねてきた。

 

 

「え、えっと、大和君。一つ聞いてもいいかしら?」

「は、はい。構いませんけど」

「け、結婚を前提に付き合ってるの?」

「そうですけど……あれっ、言ってませんでしたっけ?」

「聞いてないわよ!!」

 

 

 グラスをダンッとテーブルに叩きつけて早苗さんが叫ぶ。そんな彼女をしり目に俺と心はコソコソと状況を確認する。

 

 

(なぁ、結婚を前提ってこと言ってなかったのか)

(プロデューサーには伝えたけど、そう言えば他のアイドルたちには付き合ってるって事しか言ってなかった気がする)

(あー、だから早苗さんたちが驚いてたのか)

(それにしては驚き過ぎな気がするけど……早苗さん、何かあったのかな?)

 

 

 二人して首を傾げていると、早苗さんがビールを注文してなぜか遠い目を浮かべた。

 

 

「そうやって私の友達もどんどん結婚していったのよ。最初は結婚するなんて一言も言ってなかったのに。はぁとちゃんもいずれはそうなると思ってたけど、まさか初めからなんて……」

『…………』

 

 

 どうやら俺と心は早苗さんの地雷を踏みぬいたらしい。

 早苗さんを除く全員が神妙な面持ちで彼女の事を見つめる。

 

 

「お母さんにも早くいい人を見つけろって言われてるし、でもそんな人早々現れるわけないし……ふふっ、人生ってやっぱり難しいものね」

「だ、大丈夫ですよ早苗さん! 早苗さんならきっといい人が見つかりますから!」

 

 

 美優さんが頑張って早苗さんのフォローしている。流石だ。あとはこの場にいない瑞樹さんがいれば完璧なんだけど。

 ちなみに俺と心は見て見ぬふりをしている。だって、俺と心がフォローしても逆効果だと思うから。余計に早苗さんの心の傷を悪化させるだけだから。

 

 

「ちょっと無粋な質問かもしれませんけど、どうして大和さんは結婚を前提に付き合うといったんですか?」

 

 

 傷心中の早苗さんは放っておき、楓さんの質問に答えることにする。

 ぶっちゃけ恥ずかしくて答えたくないんだけど、心も聞きたそうにそわそわしているので仕方がない。

 

 

「いや、大した理由はないですよ。……ただ、心と結婚したかったからそう言っただけなんで」

「カハァッ!?」

「さ、早苗さん!?」

 

 

 どういうわけか、俺の答えを聞いた早苗さんが血を吐いて机に突っ伏した。

 それを見た美優さんが驚きの声を上げ、楓さんが楽しそうに笑っている。楓さんは多分酔いが回り始めてるな。

 

 

「結婚したかったからって、素敵ですね大和さん♪」

「そうですかね? どっちかと言えば少し重い気がしないでもないですけど」

「そんな事ありませんよ。ねっ、心さん?」

「……まぁ、そうだけど」

 

 

 楓さんの言葉に不貞腐れたような返事をする心。もしかすると、変な事でも言ってしまったのかもしれない。

 

 

「なぁ、心。俺なにか変な事言ったか?」

「……別に美優ちゃんとか楓ちゃんにしてみれば普通のことかもしれないけど、今の早苗さんには大ダメージだよ。大和、もしかしてわざといった?」

「わざとって、俺はただ楓さんの質問に答えただけで……」

「尚更、質が悪いよ。……まぁ、私としては凄く嬉しかったんだけどさ」

「ぐふぅっ!?」

「早苗さん!?」

 

 

 頬を赤らめて視線を逸らした心を見て、回復しかけていた早苗さんが再び机に突っ伏した。

 そんな早苗さんを介抱しつつ、美優さんがジト目で俺たちを睨む。

 

 

「二人とも、わざとやってます?」

『…………』

 

 

 今度は言い訳できなかったので、二人して美優さんから視線を逸らす。うーん、今のはどう考えても俺たちが悪かった。

 結婚云々の話は今後、早苗さんの前でしないようにしよう。

 

 しばらくして早苗さんも復活したので俺たちは再び付き合った報告に戻る。

 

 

「それにしても、イベントの時の心さんは可愛かったですね。私は大和さんや他のアイドルたちと一緒にテレビで見てましたけど、実際にその場にいたかったくらいです♪」

「か、楓ちゃん、あのイベントの事は結構トラウマだからやめて……」

「どうしてトラウマになってるのよ? あの時のはぁとちゃん、各方面で大好評だったじゃない」

「それはそれでいいんだけど、やっぱり恥ずかしいんだって! この前大和の部屋でイベント時の録画を見てたけど、ほんと恥ずかしすぎて死ぬかと思った……」

「一緒に見てたんですね!」

「美優ちゃん!!」

 

 

 見事に自分からボロを出した心が顔を真っ赤にしている。今のは自業自得なので仕方がない。

 

 

「それにしても大和君とはぁとちゃんって、こうしてみると付き合う前とあまり変わらないわよね? 一緒にテレビを見るにしても付き合う前からやってそうだし、実際に付き合う前と変わったことってあるの?」

 

 

 早苗さんからの疑問に俺と心はお互い気まずそうな表情を浮かべつつ、ゆっくりと視線を逸らした。それについては、聞かれると結構まずいと思ったからである。

 しかしそれを見逃してくれる三人ではない。

 

 

「あらっ? 今、気まずげに視線を逸らしましたけど、何かまずいことでもあるんですか?」

「い、いや、何でもないですよ楓さん」

「そうそう! 何にもないから、本当に!」

 

 

 必死こいて否定したために、より一層三人からの疑惑の視線が強くなる。

 もちろん付き合う前から変わらないところもある。しかし、実を言うと付き合った後に変わったところもそれなりにあって、

 

 

 

 

 

 これはとある仕事終わりの事。俺の部屋でテレビを見ていたのだが、

 

 

『……大和』

『ん? どした?』

『今日、少し疲れたから……』

『……分かったよ』

 

 

 俺はそう言って隣に座る心の身体を引き寄せ、優しく抱き締めた。

 

 

『んっ……ありがと』

『おう』

 

 

 ギュッと力を強めて抱き付いてくる心。

 

 【疲れた】

 

 この言葉を出すときは、心が甘えたいという無言の合図になっていた。付き合う以前にこんなことはあり得なかったので、大きく変わったところの一つであるといえるだろう。

 最初こそ戸惑ったものの、

 

 

『いいじゃん。付き合ってるんだし。それに……ずっとこうしたかったんだから』

 

 

 拗ねたような言葉といじらしい表情に心臓を貫かれ、以降心が甘えたがっている時はいつもこうしている。

 俺にしたって断る理由もないからな。ちなみに逆もあって、

 

 

『…………』

『わっ!? どしたの、急に抱き締めてきて?』

『……なんか今日はこういう気分だった』

『……はいはい。全く、大和は甘えんぼだなぁ』

『うるせぇ』

 

 

 

 

 今思い返しても頭の痛い光景だ。とても人様に見せられるような状況ではない。

 でも、これくらいは許してほしくもある。人生、働いてるとどうしようもなく疲れる時があって、誰かに甘えたくなる時が来るのだ。その相手がたまたま心だっただけなのである。

 

 

(でも、こんなこと恥ずかしくて言えるわけないんだよなぁ……)

 

 

 言った瞬間、三人から生温かい視線を向けられるのが目に見えている。そして顔を真っ赤にして俯く俺たちの姿も……。

 いや、早苗さんからだけは恨みがましい視線を向けられるかもしれない。

 

 

「とにかく、付き合う前も後も特に変わりはありませんから!」

「……まぁ、今日の所は許してあげるわ。でもいずれはね?」

 

 

 早苗さんが様になるウインクを決める。いずれは言わなきゃいけないらしい。まぁ、なんとかのらりくらりとかわしていくことを考えておこう。……かわしていけるのだろうか?

 

 

「まぁまぁ、今日の所は久しぶりに集まったんですしどんどん飲んで下さい心さん」

「おっ、悪いね楓ちゃん」

 

 

 甲斐甲斐しく心のグラスにお酒を注ぐ楓さん。お酒を注がれた心は上機嫌にそれを飲み干していく。

 傍から見れば普通の光景だ。ちょっとペースが速いくらい。

 

 ……でも何だろう。楓さんの微笑みに少し裏があるような気がする。俺の気のせいならいいんだけど。

 

 

「ふふっ、いい飲みっぷりですね心さん。すいませーん、追加の注文をお願いします」

「楓さん、ちょっと心の飲むペースが速いのでもう少し抑えめに」

「いいじゃん大和~。今日は久しぶりに集まれたんだし、無礼講だよ無礼講!」

「そうです、無礼講ですよ大和さん♪」

「無礼講の使い方、違う気がしますけど……」

 

 

 俺がため息をついている間に、運ばれてきたお酒を心が口につける。このペースで飲んだら、絶対に酔っぱらった心をおぶって帰るはめになるんだよな。

 

 

(でもみんなで飲むのも久し振りだって今日行ってたし、大目に見てあげるかな)

 

 

 しかし、その判断は大きな間違いだった。

 

 

「やまとは~、本当にやさしいんだよ!」

「うんうん。それで具体的にどんなところが優しいの?」

「うーんと、あたしが甘えたいとき、いつもギュッと抱き締めてくれるところ!」

「ふぅ~ん。優しいのね、大和君」

「流石です、大和さん」

「はわわわっ!」

「…………」

 

 

 完全に出来上がって惚気だした心に俺は頭を抱える。左隣では楓さんが「やりましたっ♪」、と言わんばかりにほくそ笑んでいた。

 畜生、結構なペースで飲ませてたのは惚気話を酔っぱらった勢いで引き出すためか!

 これで美優さんが顔を赤くして慌ててなければ、デコピンの一発でもくらわせていたところである。

 

 

「大和君はどんな風に抱き締めてくれるの?」

「あたしが痛くない様に優しく抱き締めてくれるよ~。大和の胸の中にいると、すごく安心できるんだ」

 

 

 心の惚気は止まることを知らず、聞かれた質問全てに応えていく。ほんと、俺からしてみれば悪夢のような状況だ。

 

 

「あっ、でも大和の方から抱き付いてくることもあって、その時はよくあたしの胸に顔を埋めてるよ~」

「セクハラよ、大和君」

「あらっ、大和さんにもそんな一面が」

「え、エッチです!」

「…………」

 

 

 俺のライフポイントがゴリゴリと削られていく。これだから酔っぱらいは始末に負えないのだ。

 しかも心は、酔うと記憶が無くなるタイプなのでより一層達が悪い。俺だけ記憶が残るとか地獄かよ。

 

 

「い、今のは心が過剰に表現してるだけで別に俺は胸に顔を埋めてるわけでは――」

「うそだぁ~。胸に顔埋めて匂い嗅いでるじゃん!」

 

 

 この酔っぱらい!! 俺は心を睨みつけるも、彼女はへらへらと笑みを浮かべるばかりである。結婚を前提に付き合ってるけど、一瞬殺意が沸いた。

 

 

「大和君って意外と変態だったりするの?」

「……俺は普通なんです。信じてください」

「大和さん、素直になりましょう」

「どうしてそんな、聖母みたいな頬笑みを浮かべてるんですか……」

「……エッチなんですか?」

「だから違うんですって!」

「あはは~。大和はエッチだなぁ~」

「元はと言えばお前のせいだろ!!」

 

 

 ムニムニと心の頬を引っ張るもまるで効果はない。むしろ「いひゃいよ~」と、なんか楽しそうだ。

 俺は諦めて彼女の頬から手を離す。

 

 

「……今の話は他言無用でお願いします」

「分かってるわよ。大和君の名誉のためにもね」

 

 

 他の二人も頷いてくれたので、きっと俺の名誉は守られるだろう。

 

 

「やまと、おさけぇ~」

「もうやめとけ。これ以上酔っぱらったらいよいよ始末に負えないから」

「えぇー。やまとのケチ~」

「ケチでもなんでも結構だよ。すいませーん、お冷一つ」

 

 

 心の為にお冷を頼んでようやく一息つく。なんか、今日の仕事より飲み会の方が疲れたぞ……。

 その時、心がじっと俺を見ていることに気付く。

 

 

「ん? どうかしたのか? 気分でも悪くなったか?」

「ううん、別にそうじゃないけど……やっぱり大和は昔から変わらないなって」

「変わらないって、どうしたんだよ藪から棒に?」

「大和は昔から優しいなって事」

 

 

 トロンとした瞳のまま、心が俺の右手に自身の左手を重ねる。

 

 

「あたしが重たいもの持ってたら絶対に持ってくれるし、さりげなく車道側を歩いてくれるし、あたしがどっかに行きたいって言えば、文句を言いつつ付き合ってくれるし……昔から困った時には大和がいつも隣にいて助けてくれた」

 

 

 そして心は俺の右手を握ったまま、

 

 

 

「だから、あたしは大和の事が大好きなの」

 

 

 

「っ!?」

 

 

 

 ニコッと笑顔を浮かべたのだった。

 

 ……ほんと、この酔っぱらいは質が悪い。顔に熱を感じた俺は、それを隠すために目の前のグラスに口をつける。

 今の言葉で今日の事は全部許してあげてもいいかなと思うあたり、俺も単純なのかもしれない。

 

 

「楓ちゃん、私たちは今、とんでもないものを見せられてるわよ」

「酔った時に本音が出やすいのは分かってましたけど、こんなことになるんですね」

「でも幸せそうですし、いいんじゃないですか?」

「幸せそうなのはいいけど、アタシにはやっぱり大ダメージよ……」

 

 

 三人が何やら話してるけど、聞かないほうがいいと思ったので聞かないでおいた。その後は適当におつまみを食べたりお酒を飲んだりして、

 

 

「それじゃあ、今日はありがと大和君。あと、はぁとちゃんの事お願いね」

「了解です。楓さんと美優さんも今日はありがとうございました」

 

 

 居酒屋の前で早苗さんたちと別れ、俺は帰路につく。背中にはもちろん、酔っぱらって眠りこけている心を乗せていた。

 すやすやと気持ちよさそうな寝息を立てている。

 

 

「……今日は仕方ないから俺の部屋で寝かせよう」

 

 

 この後の事を考えて苦笑いを浮かべる俺だった。




 大和の酔っぱらった姿も見たいと、意見を頂いているのでいずれやりたいと思います。


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出張

「えっ? 出張?」

「そうなんだ。今日、言われたんだけど、明後日の月曜日から金曜日の夜までらしい」

「うへぇー、結構長いんだね」

 

 

 夏の日差しもようやく収まってきて、最近は秋らしい気候が続くある日。

 俺は今日も仕事終わりに部屋に来ていた心に、出張が決まったと告げているところだった。

 

 

「そうなんだよ。出張って言われた時は日帰りだと思ってたんだけど、まさかこれほど長いなんて……」

「そんなに長い期間出張して何するわけ?」

「相変わらず事務員らしからぬ仕事だよ。今度、出張先でライブがあるからその下見と、もし新たなアイドル候補がいればその勧誘とか」

「……何というか、大和って本当に事務員なのかって聞きたくなる仕事多いよね?」

「それは言うな。今に始まったことじゃないんだし」

 

 

 ただ、心の言う通り上司は俺を何でも屋と勘違いしている節があると思う。

 全く、これで給料が弾んでなかったら絶対に受けてないところだぞ。

 

 

「それにしてもやっぱり出張にはいきたくないなぁ~」

「どうして? お仕事とはいえ、違う所に行けるのは楽しいじゃん」

「まぁ、確かにそうなんだけど……」

「えっ! それってもしかして――」

「……だって、俺が一週間もいなかったらお前、絶対に部屋を汚すだろ? 帰って来てからの後片付けが心配で心配で……」

 

 

 心の部屋は放っておくと、小物やらなんやらで大変なことになるからな。

 俺はそういってため息をついていると、心がプルプルと震えていることに気付く。

 

 

「ん? どうかしたのか?」

「……あ、あたしの部屋の事なんか心配してないでさっさと出張に行ってきなさい!!」

 

 

 少しだけ顔を赤くした心に怒られました。

 

 

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 

 

 というやり取りがあった後、あっという間に出張日の朝になった。

 朝は早かったのだが、今日も俺の部屋に泊っていた心は玄関先まで起きてきてくれている。

 

 

「朝早かったんだし、起きてこなくてもよかったのに」

 

 

 俺がそう言って苦笑いを浮かべると、心は拗ねたような表情を浮かべる。

 

 

「……別にいいでしょ。あたしがしたくてこうしてるんだから。それとも、大和は可愛い彼女に見送られて嬉しくないの?」

「自分で可愛いとか言うなよな……反応に困る」

「なに? もしかして本気で可愛くないとか思って――」

「ちげぇよ。可愛いっと思ってるから困るんだ。それに、見送りも嬉しいに決まってるだろ」

「へっ!? ……あっ、そ、そうですか」

 

 

 顔を真っ赤にさせたと思ったら、なぜか敬語になって下を向く心。一方、俺も顔を赤くして頬をかいていた。

 恋人になってから心は日に日に可愛く、そして美人になっている気がする。おかげで最近は、この年になってドキッとする機会が増えているのでやめてほしい。もちろん今だって……。

 

 

『…………』

 

 

 気付くと、なぜかお見合いみたいにお互い喋らない状態が続いていた。

 しかしいつまでのこの状態を続けていては遅れてしまう。

 

 その為、まだ部屋の中ということもあって俺は心の身体を優しく抱き締めた。

 

 

「えっと、まぁ、そういうわけだから。見送りに来てくれてありがと」

「……うん。それじゃあ気を付けて」

 

 

 そう言って俺は部屋から出た……わけではなく、飛行機の時間までそこそこ余裕があったので、思う存分イチャイチャしてから俺は出張先に旅立ったのだった。

 

 

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 

 

「……っていう感じで出てったんだけど、大和ってば酷いよね。まるで私が片付けできない子供みたいに扱ってさ」

「うんうん、ごめんねはぁとちゃん。イチャイチャの部分が強すぎて前半の話、全部吹っ飛んでったわ」

 

 

 大和が出張先に飛び立っていってから三日後の夜。

 あたしは大和もいなくて暇だったので、いつものメンバーと飲みに行っていた。しかし、目の前であたしの話を聞いていた早苗さんがげんなりした表情を浮かべている。

 

 

「なんていうか、心さんって最近大和さんとのことを話すとき、色々吹っ切れた感じがしますよね?」

「どうにも大和さんが前回、酔っぱらって色々喋ったことを心さんに言ったらしくて。それだけ言っちゃったらもう何言っても一緒だって思ったみたいですよ」

「開き直るのが早いところが、心さんのいいところですね」

 

 

 横では美優ちゃんと楓ちゃんも若干、苦笑いを浮かべながらあたしの事を見つめていた。全く、大和が出張に行った朝の様子を、みんなが聞きたいって言ってきたから話してあげたのに……。この反応はあんまりだ。

 まぁ、楓ちゃんが言った通り色々ぶっちゃけたあたしにも原因はあると思うけどね。

 

 

「それにしても、心さんはどうしてあんな風に大和さんに突っかかったんですか? いつもの感じなら、『行ってらっしゃい』の一言くらいで済ませそうですけど?」

 

 

 美優ちゃんの疑問は最もだろう。

 恋人同士になったとはいえ、あたしと大和は幼馴染であり一緒に居る時間も多い。普通なら一言、二言で出発するのが普通だ。

 

 

「いや、その……」

「その?」

「実は大和が出発する前日の夜、約一週間会えないと思ったら……さ、寂しくなっちゃって」

「……つまり、寂しくなったから構ってほしくてあんなことを言ったと?」

 

 

 恥ずかしくなって無言で頷くと、早苗さんが「あぁ、もう!!」と声を上げる。

 

 

「何なのよ一体! くっ付く前は結構淡白だったくせに、くっ付いたとたん熱々になって!! 楓ちゃん、強いお酒を注文して頂戴!!」

「はいはい、ただいま~♪」

 

 

 やけくそ気味に楓ちゃんが注文したお酒をぐびっとあおる早苗さん。

 相変わらず飲みっぷりは男らしい。男より男っぽいのも困りものだが……。

 

 

「ほんと、大和君の彼女になってから一層可愛くなったわね、はぁとちゃんは!! 寂しくなったから構ってほしいなんて、大和君が羨ましいわよ全く!!」

「さ、早苗さん、恥ずかしいことをあまり大きな声で言わないで下さい……」

「声に出さなきゃやってられないのよ! 全く、早く結婚しちゃいなさい! 多分、二人ならいつ結婚しても一緒よ!」

「そ、それについては大和に言って下さい。あたしには答えかねます」

 

 

 まぁ、大和がプロポーズしてきたら速攻でオッケーする自信はあるんだけど……。

 それにしても強いお酒を飲んだせいか、早苗さんの酔いの回りが早い。

 普段なら酔うこともなくケロッとしているので今日は珍しい日だ。原因はほぼほぼ私にあるんだけど。

 

 

「それにしても、心さんでも寂しいって思うことがあるんですね。普段から大和さんと一緒に居ることが多いので余計にそう思います」

 

 

 そう聞いてきたのは楓ちゃん。心さんでもって、結構失礼な気がしないでもないけど普段が普段なので仕方がない。部屋は相変わらず分かれてるけど、ほぼ同棲してるみたいなもんだしね。帰るのも最近は一緒だから。

 

 

「うーん、自分でも予想外だったんだけど、むしろずっと一緒のだったから寂しくなったのかも」

「確かに、それはあり得るかもですね!」

「それにあたしと大和は一緒に居る期間が多かったけど、恋人同士ではなかったわけだからさ。まぁ、大和はどう思ってるか分からないけど」

「きっと大和さんも、同じように出張先で寂しがってると思いますよ。だって、二人の性格はとっても似ていますから♪」

「そうそう。大和君は冷静なふりしてはぁとちゃんの事大好きだし、今頃出張先で上司に愚痴でもこぼしてるんじゃない?」

 

 

 大和がそんな事言うとは思えないけど、寂しいと思ってくれてるのならちょっと嬉しいかも。

 その後はお酒やおつまみを食べながら話を進めていたのだが、

 

 

「ところではぁとちゃん、アタシたちはとっても気になっていることがあります。それが何かわかりますか?」

「な、なんでしょうか?」

「それはもちろん、大和君とのなりそめよ! 前聞いた時は適当に誤魔化された気がするけど、今回ばかりは逃げられないわ!」

 

 

 お酒もお互いに結構回ってきたところで、早苗さんから大和を好きになったことについて質問が飛んできた。まさかここでなれそめを聞かれる羽目になるとは……。

 そう言えば前回、あんまり覚えてないとかいって、適当に誤魔化した気がする。しかし、逃げようにも早苗さんの言う通りみんな目を輝かせているので逃げられそうにない。

 

 

「……他言無用でお願いしますよ? それに大した話でもないですから」

「絶対に大した話だと思うから大丈夫よ」

 

 

 ニコニコと早苗さんが笑みを浮かべている。あたしはため息をついて美優ちゃんたちの方に視線を移し……美優ちゃんたちもにこにこしていた。

 

 

「はぁ……それじゃあ話しますね。えっと、大和を意識し始めたのは中学時代です。実は中学時代、あたしはちょうど人間関係で悩んでた時期があったんですよね」

「あっ、そうなの? それを聞くと少し申し訳なさが……」

「全然気にしなくて大丈夫ですよ早苗さん。今となっては大和と笑い話にできるくらいですから」

 

 

 笑い話については本当で、大和とアルバムを見ながら「そう言えばこんなことあったよね~」くらいの感じで笑い話にしている。

 ただ、お互いにあの時のことは鮮明に覚えているので恥ずかしいっちゃ恥ずかしんだけど。

 

 

「まぁそう言うわけで人間関係に悩んでたって話だけど、これもよくあることで中学の時代の先輩が私の事を好きなんじゃないかって噂が流れてね。実際に告白もされたの」

「その先輩ってもしかして……」

「楓ちゃんの想像通り、カッコイイ、イケメンだって騒がれてた先輩。あたしは全然そうは思えなかったんだけど、周りの子たちは違ったみたいでね。その後はお察しの通り」

「……えーっと、はぁとちゃんはその先輩の告白を断って、その結果周りの女子から恨まれたと?」

「正解です。当時、クラスのトップカーストにいたような女子がその先輩の事が好きだったから、まぁー嫌われたね。『なにあの生意気な奴』って感じに」

 

 

 ほんと、女子って今も昔もめんどくさい。ほんと、346プロのアイドルはいい人ばかりだから余計にそう思う。

 今だったらグーパンチの一つでもおみまいしてあげているところだが、当時は中学生なのでとてもそんな事はできなかった。

 

 

「その事と、大和さんがどう関係してるんですか?」

「……大和とあたしは同じクラスだったんだけど、あいつってば、あたしがクラスから浮いてもずっと隣にいてくれたの」

「なんというか、大和さんらしいですね♪」

「……ふふっ、確かにそうかも」

 

 

 楓ちゃんの言う通り、大和は今も昔も全然変わっていない。あの時の大和の事はよく覚えている。

 大和があたしの傍にいれば大和まで嫌われてしまうといっても、あいつは全く聞く耳を持たなかった。

 当時は今よりも静かであまりしゃべらなかったから、何考えているのかよく分からないと言われていた大和。でも本人はその事を全然気にしてなくて、そのくせ静かな割には頑固で……。

 そんな彼の存在が今となってとても大きなことだったと自覚している。

 

 

「あたしと大和は幼馴染だったし、家も近かったから一緒に帰ってたんだけど、あたしがそんな状態になってても一緒に帰ってたからある時、一緒に帰らない様に教室で一人大和が帰るまで待ってたんだよね。そしたら……」

 

 

 あいつは何食わぬ顔で教室までやってきたのだ。部活帰りの大和はいつも通りの感じで「なんで教室にいるんだよ」と、ぶつぶつ文句を言いながらあたしの座る前の席に座ったのである。ほんと、今思い返しても信じられない。

 

 

「詳しいことは面倒だから省くけど、その時のあたしは色々と限界でさ。大和に強くあたっちゃったんだよね。『どうして来たの!? あたしの事なんてほっといてよ!!』って感じに」

 

 

 あの時の事を思い返すと、大和には本当に申し訳ない事をしてしまったと後悔している。まぁ、大和にそのことを話すと「もう時効だよ」って言うんだけど。

 

 

「その時、大和さんはどんな反応を?」

「一瞬、驚いたような顔してたけどね。でも、すぐに『うるせえ。そんなの俺の勝手だ』って言うから、正直こっちがびっくりしたよ」

 

 

 頑固な奴だとは思ってたけど、まさかその頑固さがここで発動されるとは思ってなかった。

 

 

「それでね、あたしの前の席に座ってからしばらく黙ってたんだけど、ボソッと呟くようにしていったの」

 

 

 

『俺はお前になんて言われても隣にいる。だからさ、何かあったらちゃんと言えよ』

 

 

 

 あたしがハッと顔をあげた時にはもう大和は視線を窓の外に移していた。二回は言わないといった感じに。

 不器用な大和を見てあたしは安心するとともに……堪えきれなくなった涙を流していた。

 

 不器用に関してはお互い様だったのかもしれない。

 

 

「……いや~、青春ね。学生時代に戻りたくなっちゃったわ」

「ぐすっ……大和さんと心さん、やっぱり昔からお似合いだったんですね」

「どうして美優ちゃんが泣いてるのさ?」

 

 

 苦笑いを浮かべながら、ハンカチで目元を拭っている美優ちゃんの頭をよしよしとなでる。

 同い年だけど、本当に可愛い子だなぁ。

 

 

「あれっ? でも意識し始めたということは、まだ心さんは大和さんの事を好きじゃなかったんですか?」

「意識したのは認めるけど、好きって言う感情はまだ抱いてなかったかな。どっちかというと、親友って感情が強かったからね~。大和を好きになったのは高校の二年生の修学旅行の時だよ」

「あっ! それってもしかして修学旅行の時に大和さんが誰かに告白されたとかですか?」

「楓ちゃん、冴えてるねぇ。実はそれが正解だよ」

 

 

 あたしは中学時代からそこそこ告白されてたほうだったけど、大和が誰かに告白されたのはその時は初めてだったと思う。

 

 

「あたしは人づてにその話を聞いたんだけど……色々考えちゃったんだよね。もし、大和が誰かと付き合ったら私との関係はどうなるんだろうって。そしたら……胸の奥がズキッと痛くなってさ」

「そこで大和君を好きだと自覚したと。結局、大和君はその時の告白にどう返事をしたの?」

「その場で断ったみたいですよ。大和らしく、一言で『ごめん』だったらしいです」

 

 

 断った理由はしばらく聞かせてくれなかったけど、恋人になってから意識したのはいつ頃って話になって、修学旅行の時と言われた。

 大和もその時、あたしとの関係を考えて自覚したらしい。理由もあたしとほぼ同じだったので少し嬉しかったのは内緒。

 

 

「今の話を聞いてると、くっ付くべくしてくっついたって感じね、大和君とはぁとちゃん」

「そ、そんな事はないと思いますけど……」

「ふふっ、頬が緩んでますよ心さん?」

「う、うるさいな!」

 

 

 からかわれたり、話しているうちに、そろそろ時間となったのであたしたちは名残惜しくも居酒屋を後にする。

 その帰り道、

 

 

「そうだ! はぁとちゃんって、大和君が帰ってくる日の夜は特に何も予定が入ってなかったわよね?」

「入ってませんけど、どうかしたんですか?」

「駅まで迎えに行ってあげたらどうかしらと思って。一番近くの最寄り駅まで行ってあげたらどう?」

「えっ? 別に迎えなんて必要ないんじゃ?」

「彼女に迎えられて嬉しくない彼氏なんていないわよ。ほらっ、善は急げって言うし早速大和君に連絡して」

 

 

 勢いのまま大和に帰ってくる時間帯を聞き、そして帰ってくる日の夜。

 

 

「おかえり、大和」

「おう、迎えありがとな」

 

 

 いつも通りの感じに大和を迎える私。そのまま出張先の話や大和がいない間の話をしつつ、マンションへと戻る。

 いつものように晩御飯を済ませ、お風呂をお互いに済ませ、ソファに並んで腰かけたところで……、

 

 

 どちらからともなくキスをした。

 

 

 触れるだけのものから、ディープなものまで、5分ほどキスしてから唇を離す。

 

 

「……なに? 寂しかったの?」

「……それはお前もだろ?」

 

 その日の夜は普段よりも激しかった。




 過去編はリクエストを頂いているので、いつかしっかりやりたいと思います。


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昔話(中学編)

 今回はリクエストを頂いた、過去編です。高校時代については次回やります。
 なんか、長くなりましたがゆっくり読んでいただけると幸いです。


「はっ? 俺と心の過去の話をしてほしい?」

 

 

 首を傾げる俺に、早苗さんたち三人がうんうんと頷く。今日はいつものメンバーで宅飲みをしていたのだが、そこそこお酒も回ったところで早苗さんたちがそう言ってきたのだ。

 

 

「でも、過去の話って前、俺が出張に行ってた時にしたって心が言ってましたけど?」

「確かにしてくれたんだけど、それはあくまでかいつまんでだったの。アタシたちはもっと深いところまで知りたいというか、むしろ知り合った当時の事から知りたいのよね」

「そうなんです。私たちは二人がどのような出会いをして、どのように男女として意識していったのか。その部分が知りたいんです!」

 

 

 妙に熱の入った早苗さんと楓さんの言葉。美優さんは苦笑いを浮かべているが止めていないところを見るに、彼女も多少なりとも興味があるのだろう。

 

 

「え、えっと、俺は別にいいんですけど……心は?」

「私も別に大丈夫だよ。隠しておくほどの話でもないし。まぁ、私たちが若干恥ずかしい思いをするんだけどね」

 

 

 確かに、黒歴史的なことも言っていたりするので俺たちにとっては恥ずかしかったりもする。しかし、心の言う通り隠しておくほどの事でもないので、ここで言ってしまっても問題ないだろう。

 

 

「面白いかどうかは分かりませんけど、それじゃあ。本当に期待しないで下さいね?」

「大丈夫よ。前回、心ちゃんから一部を聞いただけでも期待できる内容だったから」

 

 

 興味津々の四人に俺は苦笑いを浮かべつつ、昔の事を思い出しながらぽつぽつと話し出したのだった。

 

 

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 

 

 小学生時代はこれといって出来事もなかったので手短に。

 小学校一年生の時に俺が心の家の隣に引っ越してきた事から、俺たちの関係は始まった。

 

 

「どうも。この度、引っ越してきた八坂です」

「お隣の佐藤です。ほらっ、心も挨拶して」

「さとうしん、ですっ! よろしくおねがいします!」

「あらあら、元気な女の子ですね。こちらこそ、よろしくお願いします。大和も挨拶して頂戴」

「…………やまとです」

「もうっ! ちゃんと挨拶しなきゃ駄目でしょ?」

「いいんですよ。落ち着いている子で、羨ましいです。心にこの落ち着きを分けてほしいくらいですよ」

 

 

 とまぁ、こんな感じに引っ越しの挨拶を済ませたのだが、見てわかる通り心は元気が取り柄の女の子。一方俺は、恥ずかしがり屋で無口の男の子といった感じだった。

 今でこそ、普通に話せているのだがそれは心の影響が大きいと思って言っている。そして、元気な子と無口な子が出会ったらどうなるか。

 

 

「大和君って言うの?」

「…………うん」

 

 

 コクッと頷いた俺を見て、心はにぱっと子供らしい無邪気な笑みを浮かべる。

 

 

「じゃあ大和君、私と一緒に遊ぼうよ!!」

「えっ!?」

 

 

 いきなり右手を掴まれて引っ張られる俺。この出会いを機として、俺と心は一緒に遊ぶことが多くなったのである。

 

 

 小学生時代は特にこうして心に引っ張られるような形で遊ぶことが多かった。元気いっぱいの心のお蔭で怪我もしたし、喧嘩も多かったのだが、とても楽しい小学生時代を過ごすことができたと思っている。それまでは少なかった友達もできたからな。

 まぁ無口は相変わらずで、俺の性格を理解していないと何考えているのか分からないって言われることが多かったんだけど。

 

 こんな形で小学生時代は終わりを迎え、俺と心は地元の中学校に進学することになる。この中学時代に、俺と心の関係を変える一つの出来事が起こったのだ。

 

 それは中学二年の二学期に起こった。

 

 

「なぁ、大和。あの話、知ってるか?」

「知らない」

「知らないって……お前、もっと興味を持てよな」

 

 

 中学時代、同じ部活で仲が良かったとある友人から声をかけられる。しかし、人のうわさ話に興味のなかった俺が適当にあしらうと、友人はあからさまにがっかりしたような声を上げる。

 

 

「だって、本当に興味ないし」

「まぁまぁ、最後まで聞けよな。その話って言うのはお前の幼馴染、佐藤の事なんだよ」

「……心の事?」

 

 

 幼馴染の名前が出てきたので、俺は思わず反応してしまう。それを見た友人が食いついたとばかりに続きを話し出した。

 

 

「それがさ、この学校で一番カッコいいって言われててモテる先輩がいるだろ? 佐藤の奴、どうやらその先輩に告白されるみたいなんだよ」

「へぇ~、そうなんだ」

「そうなんだよ! 佐藤が先輩の告白を受け入れることは確実って言われてるんだ」

 

 

 先輩と心の噂を話しながらうきうきと楽しそうな友人。まだ告白されたわけでもないのに、受け入れることは確実。

 俺は先輩の事はよく分からないけど、心は幼馴染の目から見ても可愛いと思うのできっとお似合いのカップルになるだろう。

 話を聞いた当時はそんな事をぼんやりと考えていた。あとは友人のテンションが高くて鬱陶しいなと。

 

 しかし、その考えが間違いだったのに気付いたのは放課後。部活終わりの帰り道。

 俺は部活が終わるのを待っていた心と並んで帰っていたのだが、

 

 

「えっ? 先輩からの告白断ったのか?」

「うん。というか、大和でも告白されたこと知ってるんだね」

 

 

 断ったと呑気に話す心の横で、俺は驚いたような表情を浮かべていた。失礼なことを言われた気もするのだが、まさか断るとは思っていなかった分、ツッコめなかったのである。

 

 

「だけど、その先輩はカッコいいんだろ?」

「別に、私はカッコいいって思わなかったもん。なんていうか、自分に酔ってる感じで。だから断ったの」

 

 

 学校で一番カッコいいと言われている先輩を、自分に酔っている感じがすると一蹴する心。彼女の周りに流されない姿勢は俺の尊敬している部分でもある。俺もこうなりたいものだ。

 

 

「そうなんだ」

「そうなの! それより大和聞いてよ。今日大和の部活が終わるのを待ってた時なんだけど――」

 

 

 告白されたことについてもう興味がないと言わんばかりに話題を転換する心。俺はそんな彼女の話を聞きながら、その都度相槌を打つ。

 二人で帰る時、主に話しているのは心だ。俺は話をするより聞いている方が好きなので必然的にこのようになっている。それに心の話は、色恋沙汰の話なんかよりも退屈しないしな。

 

 この日の帰り道もいつも通り、たわいのない話をしながら帰った。異変が起こったのは次の日の事である。

 

 

「ふぅ、疲れたな」

「俺はお前の相手でもっと疲れたよ。ったく、大和はうまいのに容赦なさすぎだよ」

「容赦なんかしてたらうまくならないだろ?」

「お前の性格を理解してなかったら喧嘩になってると思うんだけど……」

 

 

 部活の朝練を終え、友達と共に教室に入った時の事だった。

 

 

「……あれ? なんか雰囲気おかしくない」

 

 

 友達の言葉に教室内を見渡すと、確かにギスギスといった様な気まずい雰囲気を感じ取ることができる。なんだろうと思いつつ、理由もよく分からないので取り敢えず自分の席へ。

 すると俺の前に座っていた女子が小声で耳打ちをしてくる。

 

 

「ねぇねぇ、大和君はもちろん知ってるんだよね?」

「はっ? 何が?」

「心ちゃんが先輩の告白を断ったこと」

「……あぁ、そういえばそんな事言ってたな」

 

 

 昨日、帰り道での会話を思い出す。

 

 

「実はその件が○○ちゃんに伝わっちゃって……今こんな雰囲気になってるってわけなの」

「ちょっと意味が分からないんだけど?」

「まったく、相変わらずだなぁ大和君は……」

 

 

 呆れられているものの、本当に分からないのだから仕方がない。首を傾げる俺に前の席の女子は更に小声となり、

 

 

「○○ちゃんがその先輩の事が好きだったからすごく怒っちゃって……それで今朝、「心ちゃん、調子乗ってるから皆で無視しよう」って言ったの。○○ちゃんはこのクラスの中心にいる子だから余計にこんな雰囲気に……」

 

 

 なるほど。どうりでみんなの視線が心に集まっているわけだ。

 

 

「くっだらな」

 

 

 本心からそう呟いていた。俺の呟きに目の前の女子が驚いたように表情を変えている。

 

 

「そんな、幼稚園児みたいな理由で……バカじゃねぇのそいつ」

「ちょ、ちょっと大和君!? 流石に声が大きいって。しかもそいつ呼び」

「いいだろ、俺はそいつに好かれる気なんてさらさらないし。そもそも、顔もよく分からないし」

「大和君らしいっちゃらしいんだけど、一応一緒のクラスなんだし、もう二学期なんだし、顔と名前くらいは覚えておこうよ。……もしかして私の名前も覚えてない?」

「えーっと……鈴木さん?」

「望月だよ!!」

 

 

 目の前で憤慨する望月さん(今覚えた)を他所に、俺はもう一度心に視線を向ける。

 

 見た感じはいつもと変わらない。変わっているのはいつも、心の周りに集まっている友達の姿がないことくらいだ。

 きっと、くだらないことを提案した奴を恐れているのだろう。ほんと、この手のやり方は中学生ながらくだらないと感じてしまう。そんな俺はゆっくりと席を立つと、

 

 

「おい、心」

「……へっ!? な、なに大和」

「英語の宿題忘れたから見せてくれない?」

「っ! ま、まったく、仕方ないな大和は。ほらっ、貸してあげるから授業までに返してよ?」

「ありがと」

 

 

 心からプリントを受け取り、自分の席に戻る。そんな一部始終をクラスの連中は驚きの表情で見つめていた。

 注目されることは分かっていたのだが、元々プリントを借りようとしていたので俺からしてみれば何もおかしなことはない。

 

 

「お前はやっぱりすげぇよ」

 

 

 テニス部の友人からはポンッと肩を叩かれたけど。

 

 

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 

 

「ねぇ、大和。これからは無理して一緒に帰ってくれなくてもいいよ。それに教室でも話してくれなくていいから」

「……急にどうした?」

 

 

 クラスの雰囲気がおかしくなり始めてから大体2週間くらいが経過したある日。そんなことになっても俺は気にせず一緒に帰っていたのだが、心から突然そんな事を言われて戸惑う。

 

 

「別に、急でもないよ。大和は気にしてないみたいだけど、いつまでも私と一緒に居たら今度は大和が標的になっちゃう」

 

 

 悲しげな笑顔を浮かべる心。俺はその笑顔を見て、ギュッと心臓を掴まれたような感覚に襲われた。その痛みを忘れるように俺は答える。

 

 

「……そんなことできるわけないだろ。俺と心は幼馴染なんだから」

「そっか……やっぱり大和は優しいね」

 

 

 俺がそう言っても心の表情は晴れない。むしろ、先ほどより辛く歪んでいるようにすら感じる。

 

 

「でも、無理しなくていいから。大和が離れたいって思ったらいつでも離れていっていいからね?」

 

 

 無理をしてるのはどっちだよ……思わずその言葉が口から出かけた。今だって、とても離れていってほしそうな口ぶりではない。

 口に出した言葉と本当の気持ちがまるで一致していないと感じてしまう。

 

 

「お前に心配されなくても、離れたいなんて思わないから。お前が離れたいって言ってもまとわりついてやる」

「……ふふっ。今の言葉相当気持ち悪いけど、自覚してる?」

「うっせ」

 

 

 今度は作ったような笑顔ではなく、自然に出た笑顔を見れたので俺は少しだけ安心する。これで自体が良くなるといいんだけど……。

 

 

 

 しかし事態はなかなかよくならなかった。むしろ、時間が経過するとともに悪化していったのである。

 

 

 自分に出来ることならなんでもしようと思った。これまで心には散々助けられてきたのだ。ここで何かしないのは幼馴染失格である。

 でも、心はこの話に触れてほしくないのか一切その事を俺に話しては来なかった。俺がその話をしようとしても、強引に話題を変える。聞こえなかったふりをしてそれまで話していた話の続きをする。

 その時の顔はいつも悲しげで、苦しみに染まっていた。俺もそんな心の顔を見るのは嫌だったけど何もできないまま悪戯に日々だけが過ぎて行って、気が付くと心がクラスで浮き出してから一か月が経過していた。

 

 でも俺はその間も心と一緒に帰ることをやめなかったし、教室で話すこともやめなかった。その間も友達からは「お前も標的になるぞ」なんて言われたけど、別に標的になることくらいどうということはなかった。

 心はそんな状態の中、ずっと一人で耐えている。それなのに俺の一方的な感情で、彼女から離れるわけにはいかない。

 心にはこれまで沢山助けられてきて、沢山の思い出を貰ってきていたのだから。

 

 

 心が放課後の待ち合わせ場所に現れなかったのは、そんなある日の事だった。

 

 

「……心の奴、何してんだよ」

 

 

 部活を終えて、いつも通りの待ち合わせ場所に来ていたのだが心が一向に現れない。普段なら俺の方が遅いので心が来ていないのはおかしいのだ。

 

 

「もう帰っちゃったのかな?」

 

 

 帰ったのなら帰ったで構わないので俺は一度昇降口まで行き、靴があるかどうか確認に向かう。すると、

 

 

「靴はある……ってことはまだ校内にいるのか」

 

 

 放課後の校内で一体何をしているのだろう。俺はひとまず靴を脱ぎ、教室へ向かう。すると教室の中で心が一人、自分の席に座っているのが見えた。そして人の気配を感じたのか、心がこちらに振り返る。

 

 

「っ!!」

 

 

 驚いたような表情を浮かべる心。俺はため息をつきながら彼女に近づく。

 

 

「何で教室にいるんだよ」

 

 

 俺の言葉に心は一瞬、泣き出しそうな顔になった。しかし、その表情をすぐに引っ込めるとプイッと俺から視線を逸らす。まるで私は大和と話したくないと言われているみたいだ。

 仕方がないので俺は心の座る前の席に腰を下ろす。

 

 

「結構探したんだぞ?」

「……別に、私は探してなんて一言も言ってない」

 

 

 不貞腐れたような態度の心。俺と視線を合わせようともしない。

 

 

『…………』 

 

 

 しばらくお互いの間に気まずい雰囲気が流れる。

 

 

 そんな雰囲気を切り裂いたのは彼女の怒声だった。

 

 

「…………して」

「えっ?」

「どうして来たの!? あたしの事なんてほっといてよ!!」

 

 

 驚くほど大きな声が二人しかいない教室に響き渡った。俺はびっくりして思わず心を見つめる。

 

 

「…………」

 

 

 彼女の瞳には涙の雫が溜まり、唇は真一文字に引き締められている。今度は、早くここからいなくなれと言わんばかりの表情で俺の事睨みつけている。

 

 

「私に構ってたら大和まで嫌われるって言ってるじゃん! なんでそれが分からないの? 私は、私のせいで大和に傷ついてほしくない!! だからもう、私の事なんて構わなくていい! ほっといて!!」

 

 

 心はそう言って真っ赤な目を見開き、泣かないように歯を食いしばる。見たことのない敵対心をむき出しにする心。

 そんな彼女の様子にしばらくの間呆然としていた俺だったのだが、すぐに冷静になる。気持ちはとっくに固まっていた。

 

 

「……うるせえ。そんなの俺の勝手だ」

 

 

 俺は彼女の気持ちを無視して、前の席から動かなかった。いや、動けるわけがなかった。

 悲し気な表情を浮かべる幼馴染を一人きりになんて、できるわけがない。今、心を一人きりにして帰ったら絶対に後悔する。

 そして、今度は心が驚きの表情を浮かべる番だった。

 

 

「……なんで、……なんでよ」

「何でも何もねぇよ。俺がお前の事をほっときたくないからこうしてるんだ」

 

 

 なんでと言いたいのはこっちの方だった。

 

 どうしてこんなになるまでため込んでたんだよ? 

 どうして何も相談してくれなかったんだよ? 

 

 俺達、幼馴染だろ?

 

 

「心」

「……えっ?」

 

 

 しかし、今更彼女の事を責めてもしょうがない。やらなきゃいけないことは、伝えなきゃいけないことはもう決まっている。

 だからこそ俺は彼女の名前を呼び――。

 

 

 

 

「俺はお前になんて言われても隣にいる。だからさ、何かあったらちゃんと言えよ」

 

 

 

 

 それだけ言って窓の外に視線を移す。こんな恥ずかしいことを言って心の事を見つめられる自信はなかった。

 

 

 

「……ふっ、……う、……ぐすっ」

 

 

 

 心の嗚咽が聞こえてきたのはまさにそのタイミングだった。最初は静かだった嗚咽がどんどんと大きくなっていく。

 俺は無意識に彼女の右手を自身の左手で握り締めていた。涙の雫が一つ、また一つと左手の甲に落ちてくる。

 

 

「…………」

 

 

「…………ぐす……っ、……ふっ…………大和」

 

 

 多分、心が俺の前で涙を見せるのなんて初めてだったと思う。喧嘩をしてもいつも心が勝っていたし、母親に怒られたとしても泣くのを我慢していたからだ。

 そんな彼女が、強いとばかり思っていた幼馴染が、目の前で涙を流している。弱々しい声で俺の名前を呼んでいる。

 

 

 今度は俺が彼女の事を守っていく番だと思った。

 

 

「じゃ、帰るか」

「……うん」

 

 

 10分か、15分ほどが経った頃だろうか。心が落ち着いたところで俺は彼女の手を引いて昇降口に向かう。

 時間も遅いということで、俺たち以外に人影は見えない。まぁ、誰かがいたとしてもこの手を離すことはなかったと思う。靴に履き替えるときだけ手を離し、そしてすぐにまた繋ぎ直す。

 

 

「…………」

「…………」

 

 

 帰り道はお互い無言だった。視線が合うこともなく、ただ真っ直ぐに帰り道を歩く。でも、繋いだ手だけは絶対に離さなかった。

 この時は力の加減も分からず、ただただ離さないように、心がどこにもいかない様に彼女の右手を握り締めていた。

 

 今思うと、この時俺と心は初めて手を繋いのだが、とてもそんな事を意識する余裕なんてなかった。心もきっと、意識してなかっただろう。

 そのまま手を繋いで帰り、心の家の前まで到着する。すると、家の中からちょうど真のお母さんが出てきた。

 

 

「あらっ?」

 

 

 いつもと様子の違う俺たちを見て、心のお母さんが少しだけ驚いた表情を浮かべる。しかし、すぐにその表情を引っ込めると、

 

 

「お帰りなさい心。それに大和君」

 

 

 いつも通り、優し気な笑みを浮かべて俺たちの事を迎え入れてくれた。

 

 

「心、もうお風呂沸いてるから先に入ってきちゃいなさい」

「うん、わかった。……じゃあね、大和」

 

 

 心が家の中に入って行き、俺と心のお母さんだけになった。そこで、

 

 

「ありがとね、大和君。今日も送ってもらって。それと……心の事、よろしくね? 私は家の中だけでしかあの娘をフォローできないから」

「はい、大丈夫です」

 

 

 よろしくといった意味が分からないほど俺もバカじゃない。

 

 多分、心のお母さんは娘の様子がおかしいことにずっと前から気付いたいのだろう。そして今日の俺たちを見て何かがあったのだと察した。でも、その理由を聞かないところに彼女のお母さんの優しさが見える。

 

 

「だって……俺は心の幼馴染ですから」

 

 

 その言葉に心のお母さんはもう一度、優しく微笑んだのだった。

 

 

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 

 

「うーん、甘酸っぱい青春って感じがしていいわねぇ~」

 

 

 早苗さんが俺たちの話を聞いて、にこにこと笑みを浮かべながらお酒を飲んでいる。

 

 

「青春って感じですかね? あたしたちからしてみれば、結構恥ずかしい話だなって思ってるんですけど。あたしなんて大和の前で号泣したわけだし」

「いや、それに関してはしょうがないだろ? そもそも俺にしてみれば、心の言うことなんて聞かずにさっさと先生に報告すればよかったって後悔してます」

「そんなことないですよ! 二人とも、とても素敵な幼馴染で羨ましいです!」

 

 

 珍しく美優さんが興奮した様子で前のめり気味になっている。彼女にとっては俺たちの話はとても面白かったらしい。

 

 

「でも、大和君は凄いわね。普通、中学時代は男女で仲良くしてるとからかわれるし、恥ずかしいって思う年代だと思うんだけど?」

「そこら辺は、あんまり気にならなかったんですよ。不思議なことに」

「大和は昔から変わってたからね~」

「昔からとはどういう意味だよ? 俺は別に変な奴じゃねぇ」

「……でも、その大和に助けられたのは事実だからさ。だからありがと」

 

 

 ニコッと微笑まれ、俺は思わず口を噤んでしまう。言おうとしていた文句が全て引っ込んでしまった。……ほんと、俺はとことん心には甘いらしい。

 

 

「ところで気になったんですけど、その後はどうなったんですか?」

 

 

 美優さんの質問に心が不思議そうな顔をして答える。

 

 

「実は二日後くらいからパッと噂が流れなくなってね。それからはみんな普通に話してくれるようになったの。よく分かんないんだけど」

「……大和さんは何もしていないんですか?」

「……してません」

 

 

 妙なところで勘のいい楓さん。俺は微妙な表情を浮かべながら視線を逸らす。しかし、それが逆に答えとなってしまっているようなものだ。

 

 実を言うと、この話にはもう少しだけ続きがある。それは心と手を繋いで帰った次の日の放課後の事。

 俺は部活が終わってから忘れ物に気付き、教室に戻ったのだがそこに噂を流していた張本人である女子生徒たちがいたのである。

 最初はこんな時間にいるなんて珍しいなと思いつつ、忘れ物を探していたのだが、

 

 

「ねぇ、大和君」

「ん?」

 

 

 そのうちの一人が俺に声をかけてきた。

 

 

「あなたってまだ、心と一緒に帰ったりしてるのよね?」

「……それがどうかしたのか?」

「一緒に帰るのをやめてくれないかな? あと、教室で話すのも。大和君がいるからあいつ、甘えちゃってるけど、大和君が離れればきっとあいつも反省して――」

 

 

 下卑た笑みを浮かべるその女子生徒。そこまで聞いてようやく俺は理解できた。こいつが心を苦しめていた張本人であると。

 腹の底から抑えようのない怒りが込み上げてくる。心からは大和に迷惑をかけるから、出来るだけこの件に関わるのはやめてくれと言われていた。

 迷惑をかけると言った心の顔は悲し気に歪み、俺も彼女の意志を尊重して何もしていなかったのである。でも……、

 

 

「……悪い、心」

 

 

 それまでは何とか自分を押さえていたのだが、心の涙を見ていた俺はもう我慢の限界だった。

 

 

「ねぇ? 聞いてるの?」

「うるせぇよ」

 

 

 ブチ切れた俺は気付くと、そいつの胸倉を掴み上げていた。

 

 

「な、何するのよ!?」

「お前が心を苦しめてたんだな。あいつがこの一か月間、どれだけ苦しんだと思ってる? どれだけ悲しんだと思ってる? お前にその苦しみが、悲しみが分かるのか?」

「ちょ、ちょっと! ○○ちゃんに何してるのよ!?」

 

 

 後ろにいた別の女子が狼狽した声を上げるも、激昂した俺の耳には届かない。ただ、怒りに燃える瞳を目の前にいる女子に向け続ける。

 

 

「お前がくだらねぇことをしたから心は沢山傷ついた。この一か月間、ずっと苦しそうだった。しかも、昨日は涙まで流した。いつも明るくて、笑顔を見せてくれる心が泣いてたんだぞ? お前らにこの意味が分かるのか? くだらない噂を流して人を傷つけて笑っていたお前たちに!!」

 

 

 怯えた瞳を俺に向ける女子に向かって俺は最後に言い放つ。

 

 

「今後、またくだらねぇ噂を流してみろ。俺はその場でお前を容赦なく殴るからな? お前が女だからって関係ない。別に俺が停学になろうと、退学になろうと関係ない。お前には、心が味わった痛みと同じくらいの痛みを味わってもらうから。言っとくけど、俺は本気だからな? 」

 

 

 それだけ言ってそいつの胸倉から手を離すと、俺は荷物をまとめてさっさと教室を後にする。後ろから何か聞こえてきたが相手にすることもなかった。

 

 

 

 

 これが事の顛末というわけである。その後の事を友達から聞いたところによると、俺にブチ切れられた女子生徒が必死に「心をいじめるのはもうやめよう!」と言っていたらしい。

 なんでも、普段無口で何を考えているのかよく分からない俺があれだけ怒ったのが相当怖かったみたいだ。友達にその事について二週間ほどいじられた。

 

 

 しかし、今思い返すと本当に恥ずかしい出来事であり、もっと穏便に解決できなかったものかと思っている。

 あの時は怒りに任せて言いたい放題、やりたい放題してしまった。言動もくさいし、恥ずかしいし……。だから俺は思いだしたくないのだ。

 心はその日、予定があるとかで早めに帰っていたのだが、それは本当に良かったことである。これで教室に心が来ていたら目も当てられない。

 

 

 結果として噂が流れることもなくなり、心とクラスの関係もこれまで通りに戻ったのだが、それはあくまで結果論である。下手すると、心にもっと迷惑をかけていた可能性もあるわけだったからな。

 ちなみに、心はよく分からないと言っていたけど薄々、俺が何かをしたんだなということを感じ取っているはずだ。でも、俺が話したがらないので気を遣って分からないふりを続けているのだろう。個人的には凄くありがたい。

 

 

「……さて、中学時代の話は以上になりますけどこれで満足しましたか?」

「うんうん、大満足よ。ねっ、楓ちゃんに美優ちゃん?」

 

 

 早苗さんの言葉に二人もうんうんと頷いている。まぁ、楽しんでくれたみたいで何よりです。

 

 

「それじゃあ続いて、高校時代の話をしてくださいますか?」

「えっ? 高校時代もですか?」

「はい! 私は是非、聞いてみたいです」

「楓ちゃんの言う通りね。私はむしろ、そっちの方がききたかったのよ。二人がお互いを異性として意識し始めた時期でもあるわけだから」

 

 

 見ると、美優さんも聞きたそうに瞳を輝かせていた。これはとても断れそうもないけど……一応、心に視線を送る。

 

 

「どうする?」

「中学時代の話もしちゃったし、別にいいんじゃない?」

「確かにいいんだけど……」

「あー、もしかしてキスした事を言おうか悩んでる?」

「お、おいっ! そのことは――」

「あっ!」

『キス?』

 

 

 口を滑らせた心に、早苗さんたちの視線が集中する。いきなりキスなんて言われたら、気になるのも当然だろう。

 

 

「キスってどういう事なの? 二人がキスしたのって、付き合ってからが初めてじゃなかったっけ?」

「いや、それは……あはは」

「諦めろ心。これは口を滑らせたこっちが悪い」

 

 

 三人からの視線がより一層強くなり、益々話を逸らせない雰囲気が強くなる。これはもう、高校時代の話をするついでに言ったほうがいいだろうな。俺と心からしてみれば、これもあまり言いたい話じゃないんだけど……。

 

 

「それじゃあ高校時代の話もしちゃいますか。その前にお酒とおつまみの補充をして……」

 

 

 準備を整え、昔話は高校時代へと突入していくのだった。



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昔話(高校編)

 なんかまた長くなりましたけど、時間のある時に読んでいただければと思います。


 色々と波乱含みだった中学時代を乗り越え、俺と心は一緒の高校に進学していた。偏差値が高いわけでもないけど、低いわけでもない。いわゆる普通の高校。

 そんな高校で、俺と心は相変わらずの関係を続けていた。

 

 

「いやー、それにしてもこうして大和と一緒に帰ってると、中学時代と全然変わらない気がしてくるよね」

「どうした藪から棒に?」

 

 

 その高校生活も二年生へと突入していたある日。部活帰りに隣を歩く心から声をかけられ俺は首を傾げる。

 ちなみに俺は中学時代と同じくテニス部に所属していた。心はどこの部活にも所属していない。中学時代からそうだったけど、やりたいと思う部活がないから所属していないのだと。心らしいっちゃ、心らしい理由である。

 

 

「だってさ、中学時代もあたしは大和が部活を終えるのを待ってから一緒に帰っていたわけで、変わりないなって思ったの」

「じゃあ俺なんか待ってないで別の人と帰ればいいじゃん。あっ、そう言えば心って友達いなかったね」

「ほんと失礼な奴だな。少なくとも大和よりはいるよ」

「失礼なのはどっちだよ?」

 

 

 そこまで話して同時に噴き出す俺たち。

 

 

 中学時代の一件によって俺と心は幼馴染から一歩前進……したわけではなく、むしろ何も変わらなかったと思う。

 もちろん、幼馴染としての絆は深まったのだが、別に男女の仲は深まっていない。今の距離感を気に入っているのはお互い様だし、その距離感を崩したくないと思っていることも事実である。

 だからこそ、俺と心は高校二年生になってもこんな関係を続けていた。クラスも何の縁か、二年連続で一緒だしな。まぁ、事情を知らない周りの友達からは「お前らって、付き合ってないの!?」と言われることが多いんだけど。

 まぁ、ほぼ毎日一緒に帰ってるし、クラス内でも話すことが多いから、そう疑われるのも当然である。

 

 

「そう言えば、来週から修学旅行だよね。大和って準備とかもうしてるの?」

「いや、何にもしてないよ。部活が結構忙しかったからさ」

 

 

 心の言う通り、俺たちの高校は来週から修学旅行である。場所は沖縄。既に班や観光場所も決まっており、後は向かうだけという感じだ。俺は沖縄に行った事がないので結構楽しみにしている。

 

 

「そういえば、先週まで県大会があったって言ってたよね。それなら仕方ないか」

「まぁ、県大会まで勝ち進んだはいいけど、結局二回戦負けだったからな」

「せっかく、前日に頑張れってメッセージ送ってやったのに!」

「むしろ、そのメッセージのお蔭で負けたのかも」

「ぶっ飛ばすぞ♪」

 

 

 軽口をたたき合える関係は本当にいいものである。だからこそ、心との帰り道は普段の楽しみになっていた。

 

 

「あっ、そうだ! あたしもまだ準備してないから、今週の日曜日に色々必要な物を買いに行こうよ!」

「了解。今週の日曜日は部活も休みだし大丈夫だよ」

「じゃあ決定ね! お昼は大和の奢りで!」

「丁重にお断りさせていただきます」

 

 

 そんなこんなであっという間に一週間がたち、修学旅行当日となっていた。

 

 

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 

 

「うぉー! 本当に飛んでる!」

 

 

 修学旅行当日。今現在、俺たちは飛行機で沖縄まで向かっているところだった。そして、飛行機にも乗ったことのなかった俺は窓の外を見ながら興奮の声を上げている。

 離陸直後の浮遊感は気持ち悪かったけど、飛んでしまえばどうってことはない。ちなみに一日目の予定は、修学旅行恒例のひめゆりの塔などの平和記念資料館に行くことになっていた。

 二日目は午前中までクラス行動で、その後から三日目終わりまでが自由時間となっている。ほんと、楽しみ過ぎてウキウキが止まらない。

 

 

「う、うるせぇぞ大和……」

 

 

 隣に座る友達はグロッキー状態になってるけど。元々飛行機が苦手なんだとか。こんないい景色が見れないなんて可哀そうに。

 

 

「大和、お菓子いる?」

 

 

 顔色がどんどんと悪化する友達に手を合わせていると、前の席に座る心からポッキーの入った袋が手渡される。

 心も飛行機に乗るのは初めてらしいけど、全く問題ないようだった。離陸直後ですら楽しそうにしてたしな。

 

 

「それじゃあ遠慮なく」

「あっ、こら! 5本も一気にもっていかないでよ!」

「ごめん、お腹減ってたから」

 

 

 俺がポッキーと5本貰ってもぐもぐしていると、

 

 

「ほんと、二人って仲いいよね。昔からずっとこんな感じなの?」

 

 

 心の隣に座る彼女の友達から苦笑いを向けられた。この子は高校から、それもこのクラスに入ってから友達になったらしいので、俺たちの中学時代を知らないのだろう。

 

 

「うん。まぁ、幼馴染だからね。昔から大和はあたしにべったりで大変なんだよ。親離れできない子供みたいな感じで」

「おいおい、事実と異なる証言がいくつもあったような気がするんだけど? 今すぐ訂正してくれないか?」

「いひゃい、いひゃいってば大和!」

 

 

 誤解を招くような発言をした心のほっぺたをグイグイと引っ張る。もちろん、幼馴染だからって容赦はしない。むしろ、幼馴染だから容赦はしない。

 

 

「とても幼馴染ってだけの距離感じゃないんだけどな~。大和君も、心ちゃん相手じゃなきゃこんなに喋らないでしょ?」

「そんなに喋ってるように見える?」

「自覚ないんだ……心ちゃんも大和君といる時はいつもより楽しそうだし」

「えっ? そんなことないと思うんだけど」

「こっちも自覚ないんだ……」

 

 

 なんか、話しかけられた時より呆れられているような気がするけどまぁいいか。

 

 

「それをふまえてなんだけど、二人ってさ付き合ったりしないの?」

『付き合う?』

 

 

 俺たちの声が見事に被った。

 

 

「どうして大和とあたしが付き合うの?」

「そうだそうだ。どうして俺と心が付き合う必要があるんだよ?」

「だって、二人は周りから見て、付き合ってないとおかしいくらいの距離感なんだよ?

「いつもいつもイチャイチャイチャイチャして、見てるこっちの身にもなってほしいよ……」

 

 

 後半の方は小声だったのでよく聞こえなかったからいいとして……俺と心が付き合う、か。幼馴染って印象が強すぎてあまり考えたことがなかった。

 同じことを考えていたのか、心と目が合う。そして、

 

 

「ないでしょ?」

「ないよな」

 

 

 これまた同じタイミングで言葉が被った。いや、だって幼馴染としての印象が強い心と付き合うなんて本当に考えられない。中学の時に一度だけ揺らぎかけたことがあったけど、それ以降は別にって感じだからな。

 しかし、心の友達は信じられないのか「何で!?」と声を上げる。

 

 

「おかしいよ! 恋人でもないのにそれだけイチャイチャできるって、多分心ちゃんたちだけだよ?」

「俺たちじゃなくても、イチャイチャしてる人なんて結構いるでしょ? というか、俺たちは別にイチャイチャしてないし」

「そうだよね? 私たちは普段からこんな感じだから」

「……無自覚なのが一番問題なんだよなぁ」

「無自覚? 何の話?」

「いや、こっちの話」

 

 

 遂に心の友達は頭を抱え始めた。そんなに俺たちって変わってるのかなぁ? 別に普通だと思うんだけど。

 

 

「じゃあ質問を変えるけど、二人のうちどっちかが誰かと付き合うのはいいの?」

「大和が誰かと付き合う? あっはっは! ありえないよ。こんな口下手で無表情で基本的に何考えてるのか分からないやつの事なんて、好きになる人いないから!」

「お前、幼馴染とはいえ、言っていいことと悪いことがあると思うぞ?」

「でも、間違ったことは言ってないでしょ?」

「……悔しいけど間違ってないから余計に質が悪い。良いよなお前はモテるから」

 

 

 今言ったように、心は心でモテるからこれまた質が悪い。顔はもちろん、性格も明るいので憧れる男子も多いのである。

 

 

「まぁまぁ、悲しまないで。大和の優しさはちゃんと私には伝わってるから」

「だといいけどな」

「そういう所が無自覚だって言うんだよなぁ……」

 

 

 再び頭を抱える心の友達。今の会話のどこに問題があったのだろう?

 

 

「だけど、心ちゃんってモテる割には誰とも付き合ってないよね。それは何か理由があるの?」

「別に、理由はないけど。何となくって感じかな」

「もったいないなぁ。心ちゃんくらい可愛かったらどんな男の子でも選り取り見取りだと思うのに~」

「いやいや、流石にそんな事はないよ。本当に誰とも付き合う気がないからそうしてるだけ」

「基本的に我が強い心と合うやつなんてなかなかいないだろ? 付き合ったら男は苦労しそうだし」

「大和はぶっ飛ばされたいのかな?」

 

 

 そう言って拳を掲げる心。そういうとこだよ、そういうとこ。

 

 

「はぁ……それで話を戻すんだけど、二人のうち仮にどっちかが付き合ったら二人はどうするの?」

「仮に付き合ったらねぇ……別にそこまで気にしないと思うけど。付き合うのはお互いの自由だからな」

 

 

 俺の言葉に心もうんうんと頷いている。別にどっちかが付き合ったところで俺たち、幼馴染の関係が大きく変わるわけではないので気にしなくても大丈夫だろう。

 

 

「大和君の言葉が本当ならいいんだけど……まぁこの話はこの辺で終わりにしよっか。それよりも今日の予定はどうなってたっけ?」

「えっと、今しおり出すから待ってて」

 

 

 その後は今日のスケジュールを確認したり、世間話をしているうちに俺たちを乗せた飛行機は無事、沖縄県の空港に着陸したのだった。

 

 

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 

 

 あたしたちは沖縄についてから順調にスケジュールをこなしていったのだが、修学旅行最大の事件は2日目の夜に起こった。

「ね、ねぇ、心ちゃん!」

「どしたの、そんなに慌てて?」

 

 

 入浴を済ませ、部屋でのんびりしていたあたしの所に友達の女の子が駆け寄ってきた。普段は落ち着いている子なので、こんなに慌てているのは珍しい。

 

 

「さっき、別の友達から教えてもらったんだけど、大和君がAクラスの○○ちゃんに告白されたんだって!」

「…………」

 

 

 一瞬、理解が追いつかなかった。フリーズする頭。1分ほどかけて何とか我に返ったあたしは、何とかして口を開く。

 

 

「……ドッキリじゃないよね?」

「違うよ! 本当の本当に告白されたんだって」

 

 

 ドッキリではなかった。まぁ、ドッキリなんかでこんな嘘つくとは思えないんだけど……。

 ○○ちゃんは私も知っている。どちらかというと大人しい子だったんだけど、男子からの人気は高かったはず。そして去年、同じクラスで大和と話しているところも何度か見かけた。

 その時は特に何も感じなかったんだけど、

 

 

「そ、それで、大和はなんて返事をしたの?」

 

 

 僅かに震える声。思いのほか動揺している自分に驚く。どうしてこんなに心臓が痛いんだろう? 答えを自分から尋ねたのに、答えを聞きたくないと思う自分がいる。

 矛盾している自分の気持ち。

 

 

「それが告白したって事しかわからなくて、肝心の返事はまだ分からないんだよ。男子から連絡を待ってるんだけど、大和君が頑なに口を割ろうとしないみたいで」

「……そう、なんだ」

 

 

 大和の返事がまだと知って、少しだけホッとするあたし。きっと、大和は相手の事を気遣って返事を口にしないのだろう。こういう所は本当に大和らしい。

 それでもホッとしたのには変わりなくて……あれ? どうしてあたしはホッとしているんだろう? まだ受け入れたのか、断ったのか、肝心の部分が何もわかっていないのに。

 

 

「気になるんだったら大和君に聞いてみたら? 多分、答えてくれると思うけど」

 

 

 動揺が顔に出ていたのか、友達があたしを気遣うような言葉をかけてきた。それ程までに動揺していた自分に驚いてしまう。

 そんなあたしは「分かった」と言いかけて口を噤む。

 

 

「……いや、やめとく。大和だって話したくないかもしれないから」

 

 

 いくら幼馴染とはいえ、聞いていいことと悪いことはあるだろう。大和は聞いたら教えてくれると思うけど、あたしが同じ立場だったら多分嫌だと思うから。

 そもそも、誰が告白してどんな返事をしたのかなんて、高校生ならばすぐに伝わってくるので改めて聞くこともないはずだ。

 大和がいくら口を開かなくても、その○○ちゃんの方から伝わってくると思うし。

 

 

「いいの? 普通、あれだけ仲良くしてたら気になると思うんだけど?」

「いいのいいの! 幼馴染とはいえ、誰かと恋愛するのなんて自由だからさ。この前の飛行機の中でも話してたでしょ? それに、大和はあたしが誰に告白されたとしても聞いてこなかったし」

「それってほとんどの場合、心ちゃんが告白されたってことを大和君が知らなかっただけじゃ?」

「ひ、否定できない……」

 あいつはあたしの性格を見て我が道をいってるなとよく言ってくるけど、大和も大和ですごい性格をしていると思う。大和みたいな性格の奴、全国で探しても中々見つからない……とあたしは勝手に考えている。

 しかし、今はその性格のお蔭でモヤモヤに拍車がかかってしまった。

 

 

「……まぁ、この話はもういいんじゃない? そもそも大和が簡単に誰かと付き合うとも思えないしね」

「そ、そうなのかなぁ?」

「大和はそういうもんなの。それじゃあもう遅いし寝よっか?」

 

 

 なんだかんだ、12時を回ろうかという時間になっていたのであたしは明日のことも考えてベッドにもぐりこむ。

 

 

「じゃあおやすみ~」

「うん、おやすみ心ちゃん」

 

 

 そう言って目を瞑ったまでは良かったのだが、

 

 

(……眠れない)

 

 

 大和が誰かに告白されたという事実が頭の中をぐるぐるとめぐって全く眠れない。そして、眠れない理由はただ単に大和が告白されたというだけではなかった。

 

 

(大和がもし付き合ったとして……あたしはどうなるんだろう?)

 

 

 眠る前は大和が誰かと付き合うなんてありえないと言ったけど、実際の所は分からない。

 ○○ちゃんと大和は去年、よく話していたし今年に入ってクラスが変わっても廊下で話しているところを何度か見かけた。

 あんなことを言った割には、二人が付き合ったとしても何ら不思議ではない。いや、傍から見ればお似合いのカップルに見えるだろう。だからこそ、

 

 

(……いやだな)

 

 

 思わずギュッと痛む心臓を右手で掴む。どうして嫌だと思ってしまうのか分からない。本当なら幼馴染が付き合うのだから祝福してあげるのが普通だろう。

 でも、あたしは大和が誰かと付き合うのが嫌だと思ってしまった。大和がその○○ちゃんと一緒に帰っている姿を想像するだけで再びズキンズキンと心臓が痛む。

 理由が分からないからこそ余計に辛い。

 

 大和とは小学生の頃から一緒で、こうして高校まで一緒に通っている。中学の時には本当に、感謝してもしきれないくらいに助けてもらった。そんな大和がもしかすると遠くに行ってしまうのかもしれない。

 

 

(やだよ、そんなの……)

 

 

 あたしは思わず枕に顔を押し付ける。じわっと涙まで滲んできた。別に大和が誰かと付き合ったところで、私との関係を完全に断つということはないだろう。

 でも、確実にあたしとの時間が少なくなるのも事実で、それがどうしようもなく寂しいと感じてしまった。

 

 

(何考えてるんだろあたし……)

 

 

 自分勝手なことしか考えられない、今の自分が嫌になる。そもそも、あたしだって付き合う機会はあったはずなのにこれまで誰とも付き合ってこなかった。何度も言っているように、大和が誰かと付き合うのは勝手である。

 だからこそ、こんな気持ちになるのはおかしい……おかしいはずなのに。

 

 

(なんであたしはこれまで付き合ってこなかったんだろ……)

 

 

 自分と合わないからとか、タイプじゃないからとかそんな理由で断ってたけど……もしかすると、心の奥にある本当の理由は違うものなのかもしれない。

 それは大和の存在があったから? 大和がいたからあたしは誰とも付き合ってこなかったのかな?

 

 

(……わかんない)

 

 

 結局この日の夜はモヤモヤした気分が晴れずにあまり眠れなかった。

 

 

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 

 

「ふわぁ……」

 

 

 次の日。あたしは寝不足の瞳を擦りながら、朝食を食べる部屋までの道を歩いていた。本当はもう少し眠っていたかったのだが、朝食は全員で食べるということなので仕方がない。

 眠い頭を何とか起こしつつ、自分の席に着く。あまり食欲もないけど、食べないと倒れるかもしれないので無理やり詰め込もう。

 そう思っていたところで、大和が部屋に入ってくるところが見えた。大和もあたしに気付いたのか、軽く手を上げる。あたしも手を上げかけて、その手をすぐに下ろしてしまった。

 告白されたということが引っかかり、何となく気まずかったのである。

 

 

「?」

 

 

 大和は不思議な顔をしていたけど、特に気にした様子はないようだった。まぁ、大和はあたしの気持ちを知る由もないので当然なんだけどね。

 そのまま朝食を終え、修学旅行三日目の自由時間になった。もちろん、あたしと大和は別の班である。

 

 

「それじゃあ心ちゃん、行こっか」

「……うん」

 

 

 どこか上の空だったこの時のあたしに、罰が当たったらしい。

 

 

 

 

「……はぐれた」

 

 

 

 

 あたしは近くのベンチに座って頭を抱えていた。ボーっとしていたあたしは、本来乗るはずだったバスに一人だけ乗ることができず、同じ班のメンバーとはぐれてしまったのである。

 幸いなことに今はスマホがあるのですぐに連絡することはできたけど、問題は次のバスが30分以上来ないことだった。

 

 

「取り敢えず班の皆には謝って、計画通りに行動してもらうとして……あたしはどうしよっかな」

 

 

 ここからすぐに動くのも微妙な時間だったので、適当にぶらぶらしていることに。これまた幸いなことに、近くには沖縄で有名な国際通りがあったのでその中のお店を見て回ることにする。これなら、一人でも十分に時間を潰せるので丁度良かった。

 そんな感じで気になったお店に入って商品を物色していると、

 

 

「あれ、心?」

「えっ? や、大和!?」

 

 

 聞き慣れた声に顔を上げれば、大和が隣でお土産を物色していたので驚きの声を上げてしまった。

 今朝まで散々、頭の中で考えていた人が急に現れるとどうしてもテンパってしまう。

 

 

「な、何でこんな所にいんの?」

「それはこっちのセリフだよ! 大和は今、グループで行動してるはずだよね?」

「それがボーっとしてたらバスに乗り遅れてさ。それで、今から合流しても時間的に厳しいってことになって一人で色々物色してた」

 

 

 やってしまったとばかりに頭をかく大和。いつも無表情な彼の表情が少しだけしょぼんとしているように見える。

 一方、あたしはこんなところまも幼馴染で似なくてもいいのにと思いつつ、笑みがこぼれてしまった。

 

 

「ふふっ!」

「笑うなって。確かにボーっとしてた俺も悪いけどさ」

「ううん、そうじゃなくて。あたしも同じだったから笑っちゃってさ」

「えっ? 心も班のメンバーとはぐれたのか?」

 

 

 びっくりする大和に「うん」と頷くあたし。なんだかわからないけど、すごく嬉しい。

 

 

「だからこれまで一人だったんだけど、一人で回ってもつまらないから一緒に回ろうよ」

「えっ? でもお前はまたみんなと合流するんじゃないのか?」

「合流する予定だけど、かなり時間が空いちゃうの。そもそも、本当に合流できるのかどうかも分からないし。だからはぐれた者同士、一緒に回るのも悪くないかなって」

 

 

 あたしの言葉に大和は少しだけ考えるそぶりを見せるも、すぐに顔を上げる。

 

 

「確かに、修学旅行を一人でってのもつまらないから一緒に回るか。こんなところまで幼馴染と一緒に回るのもどうかと思うけど」

「こんな可愛い幼馴染と一緒に回れるんだから逆にありがたいと思えって」

「はいはい、感謝してまーす」

「もっと気持ちを込めろ♪」

 

 

 いつものように軽口をたたくのだが、他人がきけばすぐにわかるくらいにあたしの声は弾んでいた。多分、気付かないのは目の前にいる鈍感な幼馴染くらいだろう。

 そんな経緯であたしたちは、国際通りをのんびりとめぐり始めた。

 

 あらかたお店を回りつくして、ちょっとした休憩スペースでアイスを食べながら休憩している時に、あたしはあの事について思い切って聞くことにした。

 

 

「ねぇ、大和」

「ん? どうした?」

「……昨日、○○ちゃんに告白されたんだよね?」

 

 

 アイスを口元まで運んでいた大和の手が止まる。

 

 

「知ってたのか?」

「そりゃ、結構噂になってたからね。返事までは聞いてないんだけど」

 

 

 一瞬、どう答えようか迷った様子の大和だったのだがすぐに口を開く。

 

 

「断ったよ。ごめんって」

 

 

 大和の言葉を聞いて、これまで胸を覆っていたもやもやが一気に晴れた気がした。最低だけど、断ってくれてよかったと思ってしまった。あたしは何時からこんなに性格が悪くなったんだろう? 

 そのままの流れで断った理由も聞いてみることに。

 

 

「何で断ったの? 大和、○○ちゃんとよく話してたじゃん」

「いや、確かに話してたんだけど……その」

 

 

 あたしの顔をチラチラと見ながら妙に歯切れが悪くなる大和。流石にその様子だけじゃ、彼がいったい何を考えているのかは分からない。

 

 

「……まぁ、要するに今は誰とも付き合う気がないから断ったってだけだよ」

「要するにまでが全部すっ飛んでたから、何もわからなかったんだけど?」

「いいんだよ。それはこっちの話だから。あんまりぺらぺら話すと○○さんにも迷惑がかかるし。というか、そんなに広まってるとは思わなかったよ」

「そりゃ、修学旅行に告白したわけだからね」

「だとしてもなんだけどな。……はぁ、同じ部屋の男子には一応、広めるなってくぎを刺しといたんだけど」

「そんな約束、あってないようなもんだから言うだけ無駄だよ」

 

 

 大和が告白された後、すぐに女子の所へ伝わってきたからね……とは言わないでおいてあげた。言ったら大和がショックを受けそうだし。

 

 

「広まった後で言ってもしょうがないけど、お前もこれを聞いたからって広めるなよ?」

「分かってるって。それよりもあっちの方に行ってみようよ。なんか美味しそうな食べ物があるみたいだし!」

「ほどほどにしとけよ。この後は普通に夕食なんだからさ」

 

 

 そんなわけであたしたちは三日目を二人で一緒に過ごしたのだった。結局、お互い班には時間の関係で合流できなかったけど、告白の返事を聞くことのできた私はとても満足だった。

 

 

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 

 

「結局、大和君断っちゃったんだってね」

「あっ、そうなんだ」

 

 

 夕食を終え、部屋でのんびりしていたあたしに友達が残念そうに伝えてくる。もちろん結果は知っていたけど、一緒に居たことを知られたくなかった私は適当に相槌を打つ。

 偶然とはいえ、大和と一緒に居たことが広まってしまえば彼によからぬ噂が広まると思ったからだ。迷惑をかけるくらいなら、黙っておくに越したことはないだろう。

 

 

「なんだ、残念だな~。あの二人、結構お似合いだと思ってたのに。これも大和君から聞いてないの?」

「何にも聞いてないよ。まっ、断ったことに関しては大和も大和で思う所があるんじゃない?」

 

 

 これまた、今日聞いたことを言うわけにもいかないので適当に誤魔化しておく。まぁ、誤魔化すほどの内容じゃないんだけど。ごめんって言っただけみたいだし。

 

 

「ちょっと私、飲み物を買いに行ってくるね」

 

 

 これ以上、追及されても困ると思ったあたしはホテルのロビーにある自販機へ。丁度喉も渇いてたしね。エレベーターを使って一階まで降りる間にふと考える。

 

 

(結局、あのもやもやは何だったんだろう)

 

 

 大和と話してからもやもやは消えてしまったけど、その理由に関しては分からず終いだ。無理して確かめることでもないかもしれないけど、大和ともう一回話してみたらわかるかもしれない。

 まぁ、今日に関してはもう会うこともないんだろうけど……。なんて考えているうちにエレベーターは一階に到着し、私は降りて自販機のある場所まで歩いていく。すると、自動販売機でお茶を買っている幼馴染の姿が目に入った。

 

 ……偶然もここまでくると色々疑ってしまう。

 

 

「……なんでまたいるの?」

「そりゃ、こっちのセリフだ」

 

 

 ため息をつきながら呆れるあたしを見て、大和も似たようなことを思ったのであろう。げんなりとした表情を浮かべている。

 

 

「偶然にしたって、ここまで来ると流石に呆れちゃうよ。大和ってあたしの事つけてたりする?」

「そんな断るわけないだろ。むしろ、俺がいるところにお前が来るんだから、ストーカーはそっちじゃないのか?」

 

 

 飲み物を買いつつ、いつものように軽口をたたき合う私たち。でも、あたしは大和がここにいてくれてよかったと思った。

 

 あのもやもやの意味を確かめたかったから……。

 

 

「ねぇ大和。このホテル、ちょっとした庭みたいなところがあるから行ってみない? 少し話したいこともあるからさ」

 

 

 そう言ってあたしは大和の服の袖を引く。

 

 

「別にいいよ。俺も話したい事あったし」

 

 

 あたしの誘いに大和は頷く。まだ就寝時間までは時間があるので、先生に見られても何も言われないはずだ。

 

 それにしても大和の話したいことって一体?

 

 そのまま二人で外にでる。ホテルの外は静かであたしたち以外、人の気配を感じない。

 夜風の気持ちよさに目を細めつつ、二人でのんびり歩きながら庭を眺める。

 

 

「ここのホテル、池まであるんだな。しかも、ご丁寧にベンチまで置いてあるし」

「どっちかっていうと、ホテルより旅館って感じだよね」

 

 

 そのまま二人並んでベンチに腰を下ろす。雰囲気のせいか、あたしたちはお互い無言になる。

 無言になっても気まずい雰囲気にならないのは幼馴染のいいところだ。しかし、今は少しだけ気まずかったりする。

 

 

「……あのさ、大和。ちょっとだけ聞いてもらってもいい?」

「ん?」

「あたし、大和が○○ちゃんに告白されたって聞いてから、大和に断って聞くまでずっと胸のもやもやが続いてたの。その理由って分かったりしない?」

「心が分からなきゃ、俺だってわかるわけないだろ」

「あはは、だよね……だからさ」

 

 

 気付くとあたしは大和の右手に自身の左手を重ねていた。

 

 

 

 

「キス……してみない?」

 

 

 

 

 あたしの言葉に大和は驚いたような表情になる。それもそのはずだ。いきなりキスしようなんて言われたのだから。

 

 

「ど、どうしてそんなこと?」

「別に大和が嫌なら全然大丈夫だよ。でも、キスしたら今の気持ちが分かるかもしれないから」

 

 

 自分でも滅茶苦茶なことを言っているのは理解できている。それでも、あの時感じたもやもやの意味を知りたかった。いや、今思うと知りたかったというよりは確認しただけだったのかもしれない。

 

 彼に対するこの気持ちが本物なのかどうかを……。

 

 大和はしばらく視線をあたしから外して逡巡した後、

 

 

「いいよ」

「えっ?」

 

 

 大和の返事に思わず驚きの声を上げてしまった。

 

 

「だって、もやもやの意味を知りたいんだろ?」

「し、知りたいけど……良いの大和は?」

「駄目だったら、良いなんて言ってないよ。それでどうする?」

「う、うん。あたしはしたい……です」

 

 

 色々な気持ちがごちゃ混ぜになって、大和相手になぜか敬語になってしまった。

 

 

「じゃ、じゃあ、するか」

 

 

 でも、大和も緊張している様子で……ちょっぴり安心した。緊張の和らいだあたしは大和の方に顔を向けると、口をとがらせて目を閉じる。

 

 

「…………」

 

 

 大和の気配がゆっくり、ゆっくりと近づいてくる。彼の右腕があたしの腰を抱いた。

 

 

 

『…………』

 

 

 

 彼の吐息をすぐ近くに感じる。

 

 

 そして、あたしたちの唇が初めて重なった。

 

 

 しばらく……いや、時間にしてみれば5秒もなかったかもしれない。でも、この時のあたしにとってはとても長い時間に感じた。

 唇を離したあたしたちは、何となく恥ずかしくてお互いに視線を逸らす。

 

 

「……しちゃったね」

 

 

 こんなに頬が熱くなったことはない。こんなに心臓がドキドキしたことはない。チラッと大和に視線を移すと、彼も彼で頬を少しだけ赤く染めていた。

 そのままお互い無言になったのだが、

 

 

「……なぁ、心」

「なに?」

「実はさ、俺も告白されてからずっとモヤモヤしてたんだ」

「えっ、大和も?」

 

 

 まさかのカミングアウトである。しかし、あたしは首を傾げた。

 あたしはともかく、大和がモヤモヤするなんて理由が見つからないからだ。そんなあたしの気持ちを知ってか、大和は続きの言葉を口にする。

 

 

「告白された時、お前の顔が頭に浮かんでさ。だから、その、どうしてお前の顔が浮かんできたんだろうってモヤモヤしてて……」

「う、うん……」

「今もまだモヤモヤしてる。だからさ……、……かい……いいか?」

「えっ? なに?」

「…………もう一回してもいいか?」

 

 

 腰が抜けるかと思った。でも大和の目は本気で、嘘を言っているようには見えない。その瞳に見つめられたあたしは、もう赤い顔を隠すことができなかった。

 さっきの一回だけで十分恥ずかしかったのに、二回目なんて。でも、

 

 

 

「………………うん」

 

 

「……ありがと」

 

 

 

 気付くとあたしたちの唇は再び重なり合っていた。

 

 

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 

 

「うわぁ……大和君、二回目に関しては確信犯でしょ? どう考えても好意が芽生えたからこその二回目って感じがするし」

「……何の事やら」

 

 

 早苗さんからの追及に俺は視線を逸らす。ただ、彼女の言う通り二回目のキスに関しては確信犯だ。普通に心とキスしたかったから、多分その時点で好きだったからキスをしたのである。

 モヤモヤしてたなんて一種の言い訳に過ぎない。心にしても分かっているはずだ。

 

 

「まぁまぁ、早苗さんいいじゃないですか。私としては甘酸っぱい青春時代の話を聞けてとても満足です♪」

「本当にそうですね。私もお二人のなれそめを聞くことができてとても楽しかったです!」

 

 

 しかし、皆さんそれなりに満足してくれたみたいで良かった。これにて俺と心の昔話はお終いというわけである。

 

 

「個人的には心さんの『しちゃったね』という一言がグッとだったかと」

「私は心さんの『キスしてみない』ってところですかね」

「か、楓ちゃんに美優ちゃん、あんまり掘り返すのはやめてほしいんだけど……というか、掘り返すなら大和のセリフも掘り返してよ!」

「俺はもう早苗さんに掘り返されてるから」

 

 

 心が若干、顔を赤らめている。まぁ、中学時代と高校時代の過去は俺たちにとって恥ずかしさの塊なので仕方がない。俺はこの話をするとなった時点で諦めている。

 

 

 ちなみにキスの後はこれまた中学時代と同じように何かが起こるわけではなく、普通に四日目を過ごし修学旅行は終わりを告げたのだった。その後は二人とも大学に進み、心はアイドル。俺は346プロの職員となっていた。

 そしてなんだかんだ合って付き合うことになり、今に至るというわけである。途中、ざっくりし過ぎかもしれないが、これといって大きな出来事もなかったのでしょうがない。

 もちろん、ずっと連絡はお互いに取っていたんだけどね。まぁ、アイドル活動を始めてから346プロに入るまで、鳴かず飛ばずだった心を少しだけ心配していたのは事実だけど。

 

 

「まぁ、取り敢えずまとめるとこの中高時代があったからこそ今の二人があるって事よね」

「その通りだと思いますよ。まぁ、この出来事がなくても早かれ遅かれ自分の気持ちには気付いてた気はしますけど」

「いやいや、あたしはともかく鈍感な大和は絶対に無理だって。特に中学、高校時代の大和なんて酷いもんじゃん」

「酷いって、お前も大概失礼だな」

「まぁまぁ、今のお二人が幸せならいいじゃないですか」

 

 

 にっこり笑顔の楓さんに窘められ、俺と心は恥ずかしくなって俯く。その、まあ、幸せって部分は間違ってないわけだし。

 

 

「ふふっ、仲が良くて羨ましい限りです。……あっ、もうこんな時間!」

「あら、昔話を聞いているうちに結構長居しちゃったみたいね。アタシたちはそろそろ帰らないと。……二人の幸せな時間を邪魔しないためにも♪」

『さ、早苗さん!!』

 

 

 俺たちの声が綺麗に被った。早苗さんめ余計なことを……これまた恥ずかしい。そんな俺たちを見て、優しい微笑みを浮かべながら三人は満足げに帰っていった。

 

 その後は、二人で後片付けをし、風呂などを済ませる。

 

 

「じゃ、夜も遅いしそろそろ寝るか」

「うん」

 

 

 二人、同じベッドに入り……なんだか眠れなかったので俺はベッドの端に腰掛ける。心も俺の隣に腰掛けてきた。

 

 

「どうかしたの大和?」

「いや、なんか眠れなくてな」

「昔話をしたから?」

「そうかもしれない」

「……じゃあ、キスでもする?」

「昔の話を意識し過ぎだろ?」

「嫌なの?」

「嫌じゃないから困る」

「素直なのはいいことだと思うよ」

 

 

 そう言って心が俺の方に顔を向け目を閉じる。何というか、あの時に似ている感じがした。

 違うのは触れるだけでは満足できないということ。

 

 俺は心の腰を抱き、深く、深くキスをした。舌を絡ませるたびに心の口から甘い嬌声が漏れる。唇を離そうとすると、心が首に腕をまわしてそれを許さない。

 かなり長い時間キスを交わし唇を離すと、心が潤んだ瞳を俺に向けてきた。

 

 

「……今日はこれで終わりじゃないよね?」

「終わりって言ったら?」

「襲う」

「直球過ぎだろ……まぁ終わりなわけないんだけど」

 

 

 俺は心の身体をベッドに押し倒すと、そのまま心の着ていたパジャマを脱がす。下着姿になった心は、僅かに頬を赤らめて俺から視線を逸らす。

 

 

「……大和ってばがっつきすぎ」

「お前の方が誘ってきたんだろ。というか、そう言いつつ俺のズボンを脱がしてるのはどこの誰ですかね?」

「いいじゃん。最近はお互い忙しくて全然シてなかったんだから。私だって我慢してたの。だから早く……」

 

 

 自分の胸を押さえながらそう懇願してくる心。そんな仕草をされて我慢できるほど、俺の理性は強くない。

 

 

「我慢してたのは俺もだから」

 

 

 その日の夜はいつもより少しだけ長かった。




 ちなみに作者は沖縄に行った事がないので修学旅行に関しては全て想像です。なんか、おかしなところがあれば指摘していただければと思います。


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宅飲み 2

 このタイミングでフェス限しゅがはは聞いてなかった……。
 決死の70連で引き当てた時は発狂しました。しゅがは、可愛すぎるでしょ。


「さて、お酒とかおつまみはこんなもんでいいか」

「うん、大丈夫だと思うよ。今日も集まるのはいつものメンバーだから」

「ほんと、最近宅飲みばっかりやってるけど、あの人たちはみんな暇なの? 彼氏の一人くらい、すぐにできそうなもんだけど」

「それ、早苗さんとか川島さんの前では禁句な☆」

 

 

 さて、今現在俺と心がいるのはマンションの近くにあるスーパー。

 今日は最近、恒例になりつつある心の部屋で宅飲みをする日だった。既に買い物かごの中にはお酒とおつまみが大量に入っている。

 毎回、宅飲みじゃなくて居酒屋で飲み会をすればいいのにと言っているのだが、断固として宅飲みは譲れないらしい。まぁ、顔バレの心配はないし安くつくからいいかもしれないけどさ。

 取り敢えず買うものは買ったので俺たちは会計を済ませてスーパーを出る。

 

 

「おっも。マンションが近くにあるのはいいけど、やっぱり車を持ってたほうが楽かもな」

「大和が車を買えば、あたしが多少寝坊しても送ってもらえるから助かるぞ!」

「いや、もちろん置いてくけど?」

「そこはせめて起こせよ☆ というか、彼女として扱いが酷すぎ☆」

 

 

 いつも通り買い物袋を二人で持ちつつ、マンションを目指す。車に関してはまだそれほど必要とはしていないし、もう少し熟考してみるつもりだ。

 そんなわけでマンションの、心の部屋に戻ってきた俺たちは宅飲みの準備を始める。俺は部屋の中の掃除係。心はおつまみだけでは味気ないということで軽く料理を作る係だ。

 部屋の中の掃除はあっという間に終わってしまったので、料理を作っている心を手伝うことにする。

 まぁ、俺のやることと言えば使い終わったお皿を洗うことくらいだけど。……あれ? 掃除してるのと変わりなくない? 料理もほとんど終わりかけてるみたいだし。

 

 完成した料理をテーブルに並べ終えたところで何気なく口を開く。

 

 

「それにしても、心って料理うまくなったよな」

「どうしたの急に?」

 

 

 エプロン姿の心がキョトンと首を傾げる。

 

 

「いや、前から料理ができることは知ってたけど、最近は手際もよくなって味も段違いになってる気がするし」

「そうかなぁ~?」

 

 

 心はそう言ってくるくると髪をいじっていたのだが、ぽそっと呟く。

 

 

「……まぁ、あたしたちさ結婚を前提に付き合ってるわけじゃん? それでもし、そうなった時に料理がうまければ、その、大和も喜んでくれると思って……」

「へっ? ……あ、……そ、そうなんだ」

「…………」

 

 

 なんだこれ。めちゃくちゃ恥ずかしいけど、めちゃくちゃ嬉しい。結婚を前提にとは言ったけど、心がそこまで考えてくれていたなんて思わなかった。

 俺が嬉しかったり恥ずかしかったりで何も言えずにいると、顔を真っ赤にした心が叫ぶ。

 

 

「そ、そんな恥ずかしがるなよ!! あたしとしては『おいおい、気が早いなぁ~』っていういつも通りの反応を期待してたんだから!」

「いや、できるわけないだろ……あんなこと言われて嬉しくないやつなんていない」

 

 

 俺はそう言って多少強引に心の頭を撫でる。

 

 

「だから、ありがとな。色々考えてくれて」

「っ! ……そういう所がずるいんだよ。だからさ、ちょっとこっち向いて」

「どうかした……んむっ!?」

「んっ……」

 

 

 心の方を向いた俺の唇に彼女の唇が重なった。俺の胸に手を置いて、少しだけ背伸びをして唇を重ねる心。

 触れるだけのキスだったので、すぐに唇を離す。しかし、お互いの顔は深いキスをした時よりも真っ赤だった。

 

 

『…………』

 

 

 何も言わずに見つめ合う俺達。上目遣いで俺を見つめる心はどこか魅惑的で――。

 

 

ピンポーン

 

 

『っ!?』

 

 

 突然のチャイム音に俺と心は揃って我に返る。恐らく早苗さんたちが来たのだろう。

 

 

「あ、あたし、迎えに行ってくるから!」

 

 

 ばたばたとキッチンから出ていく心。俺は取り敢えず無心で残ったお皿を拭き続ける。

 ほどなくして早苗さんたちがリビングに入ってきた。

 

 

「やっほー、大和君。今日はよろしくね……って、大和君まで顔赤いけど何かあったの?」

「な、なんでもありませんから!」

 

 

 早苗さんからの問いかけに俺は必死に取り繕う。やっぱり、こんな短時間で顔色を元に戻すのは無理だったか……。

 大和君までということは、心も赤い顔を隠しきれなかったのだろう。

 

 

「あっ! もしかして私たちが来るまでの間にイチャイチャしてたんですか?」

「楓さん、思ったことを何でもかんでも口に出さないで下さい……。ちなみに、イチャイチャなんてしてませんから」

 

 

 ニコニコと笑みを浮かべる楓さんに、俺はがっくりと肩を落とす。この人、妙に勘が鋭いから隠し事ができないんだよなぁ。今回もビンゴだし……勘弁してほしいものだ。

 その後は美優さんも迎えてお酒の準備をする。美優さんは何も言わなかったけど、俺と心を見つめてにこにこ微笑んでいたので多分気付いているだろう。は、恥ずかしい……。

 

 

「と、取り敢えず全員集まったので乾杯だけしちゃいましょう。かんぱーい」

『かんぱーい!』

 

 

 グラスを合わせるとカチンと小気味いい音が部屋に響く。俺は先ほどの恥ずかしさを忘れるように、コップに入ったお酒(早苗さんが持ってきてくれた日本酒)を一気に飲み干した。

 

 

「ふぅ……」

「相変わらず、宅飲みだといい飲みっぷりね大和君」

「何度も言ってますけど、心の部屋なら別に迷惑をかける相手もいませんから」

「あたし的には大迷惑だぞ☆ だから、日本酒を一気に飲み干すのはやめろって☆」

「それなら大丈夫よ。この日本酒は飲みやすさを意識して度数は低めになってるから」

「そうなんですか。どうりで飲みやすいと思ったわけです」

 

 

 確かに口当たりもよく、味もまろやかだったのでこれならいつもより多く飲んでも大丈夫だろう。

 

 ……この時の俺に言ってやりたい。他人の言葉を簡単に鵜呑みにするなと。

 

 

「ささ、大和さん。もっと飲んで下さい。普段は遠慮してあまり飲んでいないみたいですから」

「あっ、すいません」

 

 

 空いたグラスに日本酒を注ぐ楓さん。人気アイドルに強制的でないとはいえ、お酌をしてもらっているなんて……。ファンがこの光景を見たら発狂しそうだな。

 いや、人気アイドル3人と宅飲みしてる時点で殺されかねないんだけど。

 

 

「また今回も色々作ってきたので是非食べてみてください」

「ありがとうございます、美優さん。いつもいつもすいません」

「いえ、こっちも好きで作っているので気にしないで下さい」

 

 

 ありがたいことに、美優さんが色々と料理を作ってきてくれたらしい。そして謙遜もできる。やっぱり美優さんは天使か何かの生まれ変わりだと思う。

 さらに彼女の料理の腕は何を作らせても間違いないので、将来旦那さんになれる人は毎日美味しい料理を食べられて幸せ者だろう。

 そんな感じで今日も宅飲みがスタートした。

 

 

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 

 

 さて、飲み会も1時間以上が経過したところであたしはとある変化に気付く。大和の様子がおかしいのだ。

 元々少ない口数がさらに少なくなり、目も妙にトロンとしている。なんだか、前に酔った時の感じに似ているような気がしてならない。

 

 

(もしかして酔ってるのかな? いや、別に今日大和はそこまで飲んでるわけじゃないし、飲んでた日本酒も度が低いって早苗さんたちも言ってたし……)

 

 

 これはちょっと注意したほうがいいかも。あたしがそう思いつつ缶チューハイを飲んでいると、

 

 

「心、ちょっと」

 

 

 大和があたしを呼び、ちょいちょいと手招きをしている。一体何だろう?

 

 

「ん? どうかしたの?」

 

 

 不信感を覚えつつも、あたしは大和の元へ。すると、

 

 

「心、もっとこっち。足の間に座って」

「……はい?」

 

 

 いきなり何を言い出したんだ? 早苗さんたちも見てる中で……。

 しかし、あたしは一つ確信した。大和の奴、完全に出来上がっている。言動といい、目の据わり具合といい、前に酔っぱらった時とそっくりだ。

 

 

「いや、座るわけないだろ。まったく……ちょっと水持ってくるから大人しくして――」

「心、早く」

「へっ!?」

 

 

 いきなりグイッと手を引っ張られたと思ったら、気付くとあたしは大和の脚の間にいた。しかも、あすなろ抱きをされるというおまけつきで。

 

 

「ちょっ!? ば、ばかっ! バカ大和!! やめろって!!」

「ん~、心の匂いがする……」

「ひゃあっ!? ……く、首筋はくすぐったいから」

 

 

 あたしの声が聞こえていないのか、酔っていて理解できていないのかは分からないが、大和はあたしの首筋辺りに顔を埋めている。

 ゾクゾクとくすぐったいので抜け出そうともがくも、そこはやはり男と女。力の差があり過ぎて抜け出せる気がしない。顔や耳がどんどん熱くなってくる。

 

 

「ちょ、ちょっとみんな助けて……」

 

 

 見られているのは仕方ないとして、この状況を打破するために三人に助けを求める。しかし、

 

 

『…………』

 

 

 三人は静観を決めたようで、ニコニコとあたしたちを見つめていた。う、裏切り者!!

 

 

(ど、どうしてこんなことに……そもそも、大和が飲んでたのはそこまで度数の強いものじゃなかったはず)

 

 

 首元をハスハスされつつ、大和が飲んでいたであろう日本酒の瓶に視線を移す。そこで私は衝撃の事実を目にした。

 

 

(えっ! この日本酒、度数が滅茶苦茶高いじゃん!!)

 

 

 これは話が違う。いくらお酒に強いとはいえ、これだけ高いのを飲めば大和が酔うのも無理はない。

 ……もしかしてあたしと大和ははめられた?

 

 

「さ、早苗さん! 日本酒の度数がおかしいんですけど!? めちゃくちゃ強いんですけど!?」

「あらっ、気付かれちゃったみたいね。だけど、アル中とかにはならないと思うから安心して頂戴!」

「そういうことじゃないんですよ! ……もしかして最初から大和を酔わせるつもりでした?」

『…………』

 

 

 三人が無言でスッと視線を逸らす。これは計画的な犯行であろう、間違いない。というか、やってることがお酒の弱い女子大生を無理やり酔わせて色々してしまう男子学生の手口とそっくりだ。

 飲みやすいことが逆にあだになったらしい。

 

 

「心ってほんと、いい匂いするよな~」

 

 

 そして相変わらずの酔っぱらいである。ひ、人の気も知らないで……。まぁ、酔っている時に迷惑をかけているのはお互い様なので強く言えないんだけど。

 ちょっと三人、無言で写真撮んなって。連写もしないで。

 あたしをほっといてパシャパシャと写真を撮った三人は満足げな表情を浮かべる。

 

 

「……さて、結構満足できたからそろそろ助けてあげましょうか」

「そうですね。助けてあげましょうか♪」

「ご、ごめんなさい心さん。でも、良かったですよ!」

「できれば最初からそうして欲しかったんですけど!?」

 

 

 そこで三人が助太刀をしてくれて、ようやく大和の脚の間から抜け出すことができた。大和が酔うと、必ずあたしがとんでもなく疲れるのはどうしてだろう……。

 あたしは元の席へ戻り、残っていたチューハイをグイッとあおる。

 

 

「全く、悪ふざけもほどほどにしないとはぁと、怒っちゃうぞ☆」

「でも、大和君にあすなろ抱きされて嬉しそうだったじゃない」

「は、ははは、は、はぁと怒っちゃうぞ?」

「それだけ動揺するってことはあながち間違ってなかったのね……」

「本音はやっぱり隠しきれませんね♪」

 

 

 呆れた様子の早苗さんとやっぱり楽しそうな楓ちゃん。ちなみに大和はあたしがどこかに行った事で暇になったのか、近くにいた美優さんに絡んでいた。

 あんな酔っぱらいに絡まれてさぞかし鬱陶しいのでは……と思ったら美優さんは楽しそうに大和の話を聞いている。

 

 一体どんな話をしているのか。二人の会話に耳をそばだてて「心は本当に可愛くて――」……聞こえなかったことにした。

 あそこに混ざったら確実に自分が墓穴を掘る。この記憶もさっきの記憶も、明日の大和には残っていないのだから本当に羨ましい。

 自分だけが辱めを受けて損した気分だ。取り敢えず、大和の傍からお酒を全てどかしておこう。これ以上飲まれると何をされるか分かったもんじゃないし……。

 

 その後は普通にお仕事の話をしたり、彼氏の出来ない早苗さんの愚痴を聞いたりして(思った以上に闇が深かった)宅飲みは進んでいったのだが、

 

 

「あっ! そうです心さん。この前、パリで撮影があってその時にびびっ☆ ときた生地屋で気に入った生地を買ったんでしたよね?」

「う、うん、確かに買ったけど……それがどうかしたの?」

「ちょっとやってみたいことがあって! 持ってきてもらってもいいですか? もちろん、生地を傷つけたりはしませんので」

 

 

 楓ちゃんの言葉に首を傾げつつ、しかし断る理由もないので買ってきた生地を取り敢えず持ってくる。

 

 

「うわぁ……実際に見るのは初めてですけど、本当にお洒落な生地ですね!」

「でしょー、美優ちゃん? 生地なんてどこで買っても変わらないと思ってたけど、やっぱり良いものは違うって思ったね~。これで次の衣装もバッチリ☆」

 

 

 大和と話していた美優さんが、こちらに視線を移して感動の声を上げる。真剣に選んだのでそう言う反応をしてくれるとすごく嬉しい。

 ただ、あまりにもいい生地がたくさんあり過ぎてプロデューサーを散々待たせたのは内緒だぞ☆

 

 

「それで楓ちゃん、持ってきたはいいけど、この生地をどうすればいいわけ?」

「えっとですね、ピンクを生地を右手に、赤い生地を左手に持ってもらったら、大和さんの前に移動してもらってもいいですか?」

 

 

 なんかよく分からないけど、楓ちゃんの言われるがまま生地を持って大和の前へ。相変わらず大和は酔っぱらったままなのにどうするつもりなのか。

 

 

「楓ちゃん、あたしはどうすれ――」

「大和さん! 大和さん的には右のと左のどっちが好みですか?」

 

 

 あたしの声を遮って楓ちゃんが大和に質問を投げかける。えっ、なにその質問? 意味もよく分からないし、酔っぱらってる大和がまともに答えられるとは思えないんだけど……。

 楓ちゃんの呼びかけに大和は顔を上げ、あたしの持っている生地をじっと見つめる。そしてあたしを指差し、

 

 

「……真ん中」

 

 

 とんでもなく恥ずかしいセリフを言い放ってくれた。文字通り、部屋の中の時が止まる。あたしの頭は一瞬にして真っ白になった。

 しかし、酔っぱらった大和は止まらない。

 

 

「真ん中が一番可愛い。すごく綺麗。左右のとは比べ物にならない。比べるのが失礼。そもそも元の素材の良さが違いすぎる」

 

 

 歯の浮くような台詞の数々。バカじゃないかと思ったけど、恥ずかしさが勝って声がうまく出ない。口がパクパクと動くだけだ。

 

 

「ちょ、ちょっと少しの間眠っててくれるかな!?」

 

 

 これ以上、酔っぱらった大和に喋らせるのはまずい! ようやくまともな思考に戻ったあたしは大和を眠らせた後(物理的)、キッと楓ちゃんを睨みつける。

 しかし、当の本人は全く悪びれた様子もない。すごく楽しそうだ。

 

 

「やりました♪」

「楓ちゃーん? まさか最初からこれが目的で生地を持ってこさせたの?」

「いやー、大和さんの可愛い姿を見ることができて私は大満足です!」

「あたしは何もよくない!!」

 

 

 大きな声を出してしまったあたしは、はぁはぁと肩で息を吐く。

 彼女の意図に気付かずホイホイ持ってきたあたしもあたしだけど、まさかこんなことになるなんて……。生地を持ってきて損した。本当に楓ちゃんは大物だと思う。

 

 

「楓さんが生地をと言い始めた時に何となく察しましたけど、まさかここまで期待通りのやり取りをしてくれるなんて……。流石大和さんに心さんですね!」

「美優ちゃんも変なところで感心しない!!」

 

 

 察していたのなら大和との会話をやめてでも止めて欲しかった。

 

 

「落ち着いてはぁとちゃん。それくらい、二人は相性バッチリって事なんだから!」

「む、むぅ……」

 

 

 相性バッチリと言われて悪い気はしな――。

 

 

「まぁ、恥ずかしいのには変わりないんだけどね!」

 

 

 台無しである。途中まで褒めておいて最後に落としてくるのは質が悪い。これじゃあダメージも二倍になってしまう。

 

 

「さて、予想外のおまけも見れたことだし、アタシたちはそろそろ帰りましょうか」

「そうですね。おまけのお蔭で今日の宅飲みも大満足です♪」

「ありがとうございました、心さん」

「あ、あはは……。おまけのお蔭であたしは倍疲れましたよ……」

 

 

 乾いた笑いしか出ないあたしだった。

 

 

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 

 

「それじゃあはぁとちゃん、今日はありがと。大和君の事もよろしくね」

 

 

 手を振って帰っていく三人を見送った後、あたしはリビングへと戻る。するとそこには、

 

 

「ぐーぐー……」

「……はぁ」

 

 

 机に突っ伏すような形で眠りこける大和の姿。思わずあたしはため息をついた。

 今日の飲み会がいつもより疲れたのは、間違いなくこの酔っぱらいのせいである。あたしをあすなろ抱きしてきたり、変なことを言い出したり……ほんと大和を酔わせてはいけないと再確認できた。

 そう言えば、いつかの宅飲みで大和が酔っぱらった時と状況が非常に似ているような気がする。あの時と違うのはあたしたちの関係くらい。

 別に襲っても恋人同士だし何も言われないだろう。……別に襲ったりはしないけど。匂いも嗅いだりしないけど。

 

 

「取り敢えず、このままだと邪魔だからどかして」

 

 

 引きずるようにして、大和を邪魔にならない場所にまで移動させる。今日、片付けは他の三人も手伝ってくれたので、やることといえば机を片付けるくらいだ。

 

 

「んしょっと」

 

 

 机の片付けも終わり、あたしはシャワーを浴びるために浴室へ。戻ってくると、大和は床に倒れるようにして眠っていた。

 めちゃくちゃ堅いはずなのに全く起きる気配がないのは、それだけ眠りが深いということなのだろう。

 

 

「……もぉ、そこは布団じゃないよ」

 

 

 手早く布団を敷いてそこに大和を寝かせると、彼の表情がふにゃっと緩む。やっぱり寝心地は良くなかったらしい。

 

 

「ふふっ……」

 

 

 そんな彼の表情を見ていたあたしの口から笑みが漏れる。こんな何気ない表情を見るだけで心が満たされるのは、それだけ大和の事が好きだということなのだろう。

 まぁ、高校生の時から好きだったし仕方ないかもね。惚れた弱みってやつ。

 

 

「……でも、今日あたしを散々辱めてくれたことは許さないんだから」

 

 

 むにっと彼の頬を軽く引っ張る。全く、あすなろ抱きは酔ってるときじゃなくて二人きりの時にしてくれればいいのに……。そしたらもっと喜べるし、もっとたくさん堪能できたんだから。

 

 

「まぁいいや。頬を引っ張るのはこのくらいで。……あたしが料理頑張ってるって言った時、喜んでくれたし。今日はそれに免じて許してあげる」

 

 

 眠っている大和にそれだけ言って頬から手を離す。実をいうと、あの時が今日一番嬉しかった。

 喜んでいるのかについては彼の表情を見るだけですぐにわかる。手際の良さや味の変化にも気づいてくれたし、何よりあたしが色々考えていることに気付いてくれたりもした。

 

 大和は本当にずるいと思う。普段は鈍感だから余計に……。

 

 

「……お休み、大和」

 

 

 そんな彼の頬にキスをしてから寝室へ向かい、ベッドの中に入る。

 今日はいつもよりいい気分で眠りに落ちたのだった。




 もちろん、生地のくだりは元ネタありです。


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12月24日

 長くなったので分割しました。あんまりしゅがは出てきません。


「そう言えば大和って事務所のクリスマス会、参加するの?」

「参加するよ。というか、俺は強制参加だって千川さんに言われた」

「まぁ大和は半分プロデューサーみたいなものだし、参加しろって言われても仕方ないかもね☆」

「アイドルの子たちと面識あるからいいけどさ」

 

 

 季節は早いもので12月。それも、もうすぐクリスマスという所まで来ていた。

 そして今、話していたのは毎年事務所のアイドルやプロデューサーの人たちが集まって行われるクリスマス会の事である。

 お酒は未成年の子たちもいるから出ないけど、色々な料理が出たり、プレゼント交換会、豪華景品をかけたビンゴ大会なんかも行われたりするので、基本的に忙しくなければアイドルの子たちはみんな参加していた。

 

 日付は12月24日。心も参加するし、俺は先ほど言った通り。まぁ、このクリスマス会には一年間お疲れさまでしたという意味もこもっているので、豪華な賞品も出るみたいだ。

 去年、俺も参加したがビンゴ大会でギフト券が当たり地味に嬉しかったのは記憶に残っている。というか、やたら景品が豪華だったのは俺の気のせいじゃないだろう。明らかに「これ、景品にしていいの?」って商品もあったし。

 

 

「心も参加するんだっけ?」

「おう! 24日の仕事は午前中までだから問題なく参加できるよ。……まぁ、問題はあたしたち二人がいると、質問攻めをくらうかもしれないってことだけど」

「あー、確かにそれはあるだろうな。早苗さんたちは別として、他の子たちにはあんまり話してなかったわけだし」

 

 

 二人揃ってげんなりとした表情を浮かべる。早苗さんたちですらあれだけグイグイ聞いてくるのだ。

 女子中学生、女子高生のアイドルたちは、二人揃った俺たちを見ればそれこそ水を得た魚のようにグイグイ来るだろう。年齢的にも恋バナが大好きだったり、恋に憧れたりするんだから余計に。

 小学生くらいのアイドルたちなら質問も可愛いだろうし、いいかもしれないけど。あとは大人組も大人組で厄介だ。そっちから俺たちに絡んできたのに、最終的には話を聞いて「惚気ないで!」とか言われそう。

 お酒が入っていないだけましである。入っていたらと思うと……これ以上は考えないほうがよさそうだ。

 

 

「だけど、俺たちが傍にいなければいいんじゃないか?」

「それもそれで『ねぇねぇ、大和さんの傍に行かないの!?』とか『喧嘩でもしてるの!?』って言われて五月蠅そう……」

「うーん、それだと当日は何も考えずにいたほうがよさそうだな。変にかわそうとすると墓穴を掘りそうな気がするし」

「大和の言う通りだね~。じゃあ当日はそんな感じで頼んだぞ☆」

「任せとけ。それと……25日の夜は大丈夫そうか?」

 

 

 俺は気になっていたことを心に尋ねる。

 

 

「あっ、それについては大丈夫! プロデューサーが必死にスケジュールを調整してくれて夜を開けてくれたから☆」

「それを聞いて安心したよ。行ける前提で予約はしてたけど、これでダメだったらお店をキャンセルしなきゃいけなかったからさ。心のプロデューサーさんにはお礼を言っておかないと」

 

 

 実を言うと、俺たちのクリスマスは25日の方が本番だった。今も言った通り、心と一緒に食事に行く予定である。

 元々、クリスマスはデートでもしようかと話していたのだが心の方に仕事が入ってしまい、食事だけということになったのだ。

 しかし、最初は夜まで仕事が入っていたことを考えれば、スケジュールを調整してくれた心のプロデューサーさんには感謝しないといけない。

 

 

「ところで、その日のお店って分かる? 夜を開けてくれたとはいえ、待ち合わせの時間ギリギリまで仕事が入ってるんだよね。だから、プロデューサーがその場所まであたしを送ってくれるみたい」

「マジか。そうしてくれた方が俺も助かるからありがたいよ。遅れると色々面倒だから」

「まっ、あたしとしては当然だと思うけどね。まだイベントで受けた辱め、忘れたわけじゃないからさ☆」

 

 

 結構根に持ってたんだな、あの時の事……。久しぶりに心の黒い笑顔を見た気がする。

 まぁ、あの時は相当恥ずかしかったみたいだし、仕方ないかもしれない。もしかすると、スケジュール調整、心の方から何かしらの圧力をかけたのかな? ごめん、心のプロデューサーさん。

 

 

「えっと、それじゃあお店の名前、まぁホテルでもあるんだけどそこの名前と住所を教えておくから、メモ帳にでも書いておいてくれ」

「ホテルで食事なんて大和も粋なことをするようになったね☆」

「クリスマスだしな。それにご飯も美味しいらしいし、夜景も綺麗だって有名だからいいかなって。時期が時期だし、予約が取れるのかが一番心配だったんだけど、無事にとれてよかったよ」

「それじゃあ25日はすごーく期待して待ってるからな?」

「すごーくはちょっと自信ないけど、ある程度だったら期待していいから、お仕事頑張ってくれ」

「任せとけって☆」

 

 

 そんなわけでお互いに仕事をこなしているうちに、まずはクリスマス会の行われる12月の24日になった。

 

 

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 

 

「それでは今日は普段のお仕事、お疲れ様という意味も込めてみんな楽しんでください。かんぱーい!」

『かんぱーい!!』

 

 

 アイドル部門のお偉いさんの音頭の後、会場の至る所からコップをカチンと合わせる音が聞こえてくる。

 そんな俺も多分に漏れず、近くにいたプロデューサーさんたちとグラスを合わせていた。中身はもちろん烏龍茶。前も言ったけど、お酒は飲めないからね。まぁ、一部のアイドルたちからは不満の声が上がったらしいけど。

 

 会場は、346プロ内にあるかなり広めの部屋を貸し切る形となっている。まぁ、346プロのアイドルたちはかなりの数がいるので、広くなるのも仕方ないだろう。俺だってまだ知らない人がたくさんいるわけだし。

 

 

「いやー、大和君も今日までお仕事お疲れさん」

「まだ年末まで少しだけ仕事は残ってますけど、ひとまずお疲れ様です」

 

 

 えっと、この人は主に小学生のアイドルの子を担当しているプロデューサーだったはずだ。例えば千枝ちゃんとか桃華ちゃんとかいった感じである。

 最近は小学生のアイドルたちのユニットで『ドレミファクトリー!』を歌っていたのも記憶に新しい。

 

 

「この前のイベントお疲れ様でした。大成功みたいで良かったですね」

「いやー、結構苦労もあったんだけど無事成功してくれてよかったよ」

 

 

 達成感溢れる表情を浮かべるプロデューサーさん。小学生たちだけのユニットは色々と大変だと思うので、疲れるのもある意味当然だと思う。

 

 

「それにしてもちょっと見てくれよ。この前の仕事の写真なんだけど」

 

 

 ん? 一体何だろう。ニコニコしながら写真を見せてくるプロデューサーさんのスマホを覗き込む。その写真というのがこの前のイベントで撮ったものらしいのだが、

 

 

「いやー、みんな可愛いだろ? 特に晴なんて最高だよな? ほんとに可愛くなっちゃって」

 

 

 うーん、字面も絵面も相当に悪い。別に写真は普通で、実に微笑ましいものなんだけど、その写真を見ていい大人が「可愛い、可愛い」と連呼するから途端に事件性を感じる。

 事情を知らない人が今のプロデューサーと写真を見たら、ロリコンを発見したということで白い目で見られるだろう。最悪通報される。

 

 

「最初は可愛い衣装着るのに抵抗があったのに、何とか自分の魅力に気付いてくれて衣装を着てくれてさ。そしたらやっぱり可愛いんだよ! というか、晴に似合わない衣装なんてないと思う――」

 

 

 その後、プロデューサーさんによる怒涛のマシンガントークが繰り広げられ、解放されたのは10分ほど経った頃だった。

 

 

「つ、疲れた……」

 

 

 俺はため息をつきながら烏龍茶を口に含む。彼は良いプロデューサーだけど、道を踏み外さないことを祈るばかりだ。

 

 

「あっ、大和さんだ! やっほー!」

「ん? って、加蓮ちゃんか」

 

 

 声をかけてきてくれたのは北条加蓮ちゃん。後ろには渋谷凛ちゃんと神谷奈緒ちゃんもいる。

 この三人は同じユニットのメンバーでもあり、仲もいいので一緒にクリスマス会を楽しんでいたのだろう。ただ、何となく嫌な予感がする。

 

 

「俺なんかに声をかけてくるなんてどうかしたの?」

「いやー、ちょっと聞きたいことがあってね。はぁとさんとクリスマスは一緒に過ごさないの? 今日も二人してクリスマス会に参加してるわけだし」

「……あー、やっぱりそれを聞いてくるんだ」

 

 

 嫌な予感は的中した。誰かには聞かれると思ったけど最初は加蓮ちゃんだったか。まぁ、事務所で付き合ってるのは非常に珍しいので、女子高生でもある加蓮ちゃんたちが気になるのもある意味当然だろう。ただ、特に隠すことでもないので明日の予定を三人に話すことにする。

 

 

「俺たちは明日の夜、食事に行く予定なんだよ。だから今日のクリスマス会に参加してるってわけ」

「あっ、そうだったんだ! てっきり、予定が合わなかったのかと」

「それは、心のプロデューサーさんが必死に調整してくれたらしい」

「だから、この前はぁとさんのプロデューサーの目が死んでたんだ」

 

 

 どうやら心が圧力をかけたということは間違ってなかったらしい。苦笑いの凜ちゃんの表情と言葉で全てを察する。

 

 

「だけどいいのか? 明日食事に行くとはいえ、今日も一緒に居なくて?」

 

 

 奈緒ちゃんが遠くで奈々さんや、早苗さんたちとはしゃいでいる心に視線を向ける。

 

 

「心配してくれてありがとう。だけど、大丈夫だよ。普段から一緒に居るわけだし」

「ふ、普段からっ!?」

 

 

 顔を真っ赤にして奈緒ちゃんが叫ぶ。あれっ? ほぼ同棲状態ってこと事務所の中に伝わってなかったっけ? 

 早苗さんとか、楓さんとかがてっきり話してるもんだと思ったんだけど。アイドル部門に俺たちの情報がどれだけ伝わっているのかがよく分からない。

 

 

「加蓮ちゃん、俺たちがほぼ同棲してるって事務所内に伝わってないの?」

「アタシは知ってるよー!」

「私も聞いてるかな」

「はぁっ!? なんで二人は知ってるんだよ!?」

「事務所にいれば何となく伝わってくるでしょ? 逆に奈緒が知らなかったのにびっくりだよ」

「奈緒ってよくわかんないところで抜けてるよね」

「い、いやいや、あたしと同じで知らない人も絶対にいるって!!」

「えぇ~、奈緒だけじゃない?」

「奈緒だけだね」

「ふ、二人とも!!」

 

 

 気付いたら奈緒ちゃんが二人にいじられていた。ほんと、この三人は仲がいいなぁ。取り敢えず分かったのは、やはりほぼ同棲しているという情報は事務所内に伝わっているということ。隠してるわけじゃないので別にいいんだけどさ。

 そんな三人を残して俺は料理を取りに行く。

 

 

「あらっ? 大和さんじゃない」

「大和さん、久しぶりだね!」

 

 

 声をかけてきたのは速水奏ちゃんと城ヶ崎美嘉ちゃん。二人は先ほどの三人と同様、同じユニットに所属しているので仲がいいのだろう。

 

 

「二人とも、楽しんでる?」

「えぇ、楽しんでるわよ。こうして皆と過ごすクリスマスもいいものね」

「あたしも楽しんでるよ! あっ、でも大和さんははぁとさんと一緒に過ごさなくてもいいの?」

 

 

 ニヤニヤとした表情で俺を見つめてくるのは美嘉ちゃん。これまた隠す必要もないので、先ほど加蓮ちゃんたちに話した内容と二人に聞かせる。

 

 

「……なるほど、だから今日は二人して事務所のクリスマス会に参加してるのね」

「そういうこと。まぁ、クリスマス本番は明日ってところかな」

「だけど、大和さんも結構ベタな事するのね。てっきりそういうのは嫌いなタイプだと思ってたけど」

「時間が取れなかったってのもあるけど、せっかく付き合い始めたんだ。クリスマスくらいはベタでもいいかなって思ったんだよ」

「ふふっ、大和さんのそう言う所嫌いじゃないわよ?」

 

 

 色っぽく微笑む奏ちゃん。その笑顔からは大人の魅力がこれでもかと溢れだしている。

 ……こうして話してると忘れちゃうけど、この子まだ高校生なんだよなぁ。バーカウンターに座って、カクテルを飲んでいても高校生だと疑われないと思う。

 

 

「でも、大和さんとはぁとさんって意外としっかりカップルやってるんだね」

「意外とって、酷いなぁ美嘉ちゃん」

「ごめんって★ だけど、大和さんってそんなにグイグイ行くようなタイプに見えないからさ。はぁとさんが、やきもきしてるんじゃないかって思ったんだ♪」

「……そうだ。ねぇ美嘉。カリスマギャルとして大和さんにクリスマス当日のアドバイスをしてあげたらどうかしら?」

「へっ!?」

 

 

 奏ちゃんからのキラーパスに美嘉ちゃんが目を白黒とさせる。これは完全に美嘉ちゃんをからかう時の奏ちゃんだ。心なしか声も弾んでいる気がする。

 

 

「そうだな。俺もクリスマスに食事に行くのは初めてだから、カリスマギャルである美嘉ちゃんに教えを請おうかな」

「や、大和さんまで!?」

 

 

 だからといって、助けるということはないんだけど。事務所のみんな、美嘉ちゃんが純粋で真面目だってことは知っているのでからかうのは非常に面白いのだ。

 

 

「大和さんもこういってるし、美嘉もちゃんと答えてあげないと」

「え、えぇーっと……ま、まずは、はぁとさんの事を車で迎えに行ってから、助手席にはぁとさんを乗せて食事場所まで行って、食事の後は『綺麗な夜景があるんだけど』って大和さんからはぁとさんを誘って……」

 

 

 頬を真っ赤にして俺にアドバイス(美嘉ちゃんの妄想)を伝えてくる。うんうん、カリスマアイドルはやっぱり言うことが違うな。すると奏ちゃんが冷静にツッコミを入れる。

 

 

「……美嘉ってば大和さんの事なのに、自分とプロデューサーとの妄想を大和さんに押し付けちゃ駄目でしょ? そういうことは実際に美嘉のプロデューサーとしてから言わないとね」

 

 

 俺の言いたかったことを素直に言ってくれる奏ちゃん。そして美嘉ちゃんは案の定、奏ちゃんの言葉に顔を真っ赤にさせた。

 

 

「っ!? かッ、かなッ、かなッ、かなぁ~~ッ!!」

「ふふっ、セミかしら? それじゃあ大和さん、私はこのへんで失礼するわね」

 

 

 スタスタと去っていく奏ちゃんを美嘉ちゃんが「かなかな」言いながら追いかける。今日も美嘉ちゃんは可愛かった。

 

 

 その後は別のアイドルの子たちと話したり、ビンゴ大会が行われたり、プレゼント交換会が行われたりと、クリスマス会は好評のまま幕を閉じることになった。




 明日、後半部分投稿します。


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12月25日

「それじゃあこの後は一回事務所に戻って、そこから大和君との待ち合わせ場所に送ってくから」

 

 

 そして12月25日。仕事の終わったあたしは、プロデューサーの運転で事務所まで戻っているところだった。

 

 

「おう、頼んだぞプロデューサー☆ 今日は予定よりも早く仕事も終わったし! ところで、どうして一回事務所に戻るんだ?」

 

 

 今言った通り、当初の予定より一時間ほど早く今日の仕事が終わっている。あたしとしては別に事務所なんかに戻らなくていいから、逆に自宅マンションに送ってほしいところだったんだけど。

 

 

「……いや、ちょっとやることがあってな。まぁ、気にしないでくれ」

「そう? それならいいけど。取り敢えず安全運転で頼むぞ☆」

 

 

 話し出す前に少しだけ間があった気がする。だけど、気にしないでくれって言ってるし気にしないようにしよう。

 10分くらいで事務所に到着し、あたしは中へ。すると、

 

 

「ふっふっふ、待ってたわよはぁとちゃん!」

 

 

 なぜか早苗さんや川島さんがドヤ顔で仁王立ちをしていた。

 

 

「えっ、なに?」

「楓ちゃん、美優ちゃん、はぁとちゃんを捕まえて」

「分かりました♪」「はい!」

「えっ、だからなにっ!?」

 

 

 訳が分からないまま左腕を楓ちゃんに、右腕を美優ちゃんにがっちりと掴まれる。意味が分からないし、早苗さんは質問に答えてくれないし……。

 

 

「ぷ、プロデューサー!?」

「大丈夫。早苗さんたちに任せておいたら大丈夫」

 

 

 何が大丈夫なのか、その理由を頼むから説明してほしい。しかし、プロデューサーは早苗さんたちなら大丈夫だからと頷くばかりである。

 こっちは何も大丈夫じゃないんだけど。

 

 

「はい、はぁとちゃん。そこに座って。暴れないようにね?」

 

 

 いや、腕をがっちりつかまれて暴れるも何もないと思う。……そこ、頑張れば抜けられるんじゃね? とか言うんじゃねぇよ☆ 流石に無理だぞ☆ はぁとは女の子だからな☆

 取り敢えず抵抗してもしょうがないのであたしは指定された椅子に腰かける。

 

 

「それじゃあちょっと時間かかるかもしれないけど、悪いようにはしないから」

 

 

 川島さんの言葉にあたしは覚悟を決める。なにをされるか分からないけど、ここまでくればなるようにしかならないので仕方がない。

 

 

「分かりました。でも、約束の時間に遅れる前に終わらせてください」

「そこら辺は任せて頂戴! それじゃあ早速――」

 

 

 そこから約30分が経過し、

 

 

「よしっ、これで完璧よ!」

 

 

 あたしは早苗さんたちによって……完璧にコーディネートを施されていた。あたしはげんなりとしつつ、早苗さんたちを見つめる。

 

 

「メイクとか髪とか、セットしてくれるんなら最初からそう言って下さいよ……」

「いやー、ただでやっても面白くないかなって。でも、安心して。いまのはぁとちゃん、最高にスウィーティだから」

 

 

 川島さんの言う通り、今のあたしは鏡で見た限り多分過去最高くらいにスウィーティだと思う。

 いい感じに化粧を施した顔、髪も普段のツインテールではなく今回はおろして軽くウェーブさせている。ドレスもいつものふりふりは鳴りを潜め、清楚でシックなオレンジ色のドレスとなっていた。

 

 

「うんうん、これで大和君へのサプライズも完璧ね」

「大和さんの驚く顔が目に浮かびます♪」

「確かにびっくりするかもね。あたしがこんなに気合入れてる姿なんて、想像もしてないだろうから」

 

 

 一応、お店の雰囲気的に普段よりはしっかりした格好をしてきてくれって言われてたけど、流石にここまでは大和の予想の範囲外だろう。

 

 

「よしっ、これで準備の方はバッチリだな。時間も迫ってきてるし、大和君の所に向かおうか」

「ほんとだ。それじゃあ、送迎よろしくなプロデューサー☆ みんなもわざわざありがと☆」

「気にしないで。私たちが好きでやってるんだから。でも……お土産話は期待して待ってるわね」

「あ、あはは……まぁ、期待しないで待ってもらえると助かります」

 

 

 どうせ根掘り葉掘り聞かれることになるんだろうけど……。多分、あたしをメイクしてくれた理由の8割は、お土産話を期待しての事だろう。後の2割は善意と信じたい。

 

 

(でも、メイクとかをしてくれたのは素直に嬉しかったから、今度お土産話片手に何かしてあげないとな~)

 

 

 そう思って少しだけ口元が緩むあたしだった。

 

 

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 

 

「さて、そろそろ心が来る頃かな……」

 

 

 腕時計を見ながら既に暗くなった夜空を見上げる。今日は一日中いい天気で、今も夜空には星が煌めいている。ホワイトクリスマスにはならなかったけど、これはこれでいいものだ。田舎なら、もう少し綺麗に星が見えると思うと少しだけ残念な気がしないでもないけど。

 ちなみに今日の服装はスーツだ。お店の雰囲気的に正装の方が無難かなと思ったからである。もちろん心にも伝えてあるが……心配だ。フリフリのドレスなんか着てきそうで。

 

 

(まぁ、流石にないとは思うけど)

 

 

 しかし、我が道をいくアイドルの典型例的な存在なので心配っちゃ心配だ。そんな心配をする俺の視線の端に見慣れた車が一台、近づいてくるのが見える。

 その車は俺の目の前で止まり、助手席の扉があくと……中から知らない女性が出てきた。

 

 

「ありがとな、プロデューサー☆ 早苗さんたちにもよろしく! ……ふぅ、ごめんな大和。待たせちゃったみたいで」

 

 

 固まる俺を他所に、その女性はフランクな感じで話しかけてくる。

 

 

「…………」

「ん? おーい、大和? おーいってば! あれー、寒すぎて凍っちゃったのかな?」

 

 

 こんな美人で、スタイルもよくて、美人な知り合い俺にはいない。だけど、俺に話しかけてきてるってことは知ってる人ってことだよな。

 確かに声や容姿は俺の彼女によく似ていて……。

 

 

「……もしかして、いつもよりスウィーティーなはぁとの姿に声も出ないって感じ? いやーん、はぁと照れちゃう☆」

 

 

 見知った台詞が彼女の口から飛び出す。あっ、この人は俺の知ってる人だ。

 

 

「痛いセリフで確信したよ。お前、心だな?」

「バカにしてんのか☆」

 

 

 一瞬、美人になり過ぎて取り乱してしまったが、目の前にいる彼女は佐藤心で間違いない。元々痛い言動さえ除けば容姿はほぼ完ぺきと言われている彼女なので、少し工夫するだけでその魅力が倍近くになるのだろう。

 

 

「ごめんごめん、バカにはしてないけどちょっとびっくりしてさ」

「ふぅ~ん。……それで聞きそびれてたけど、いまのあたしをみて大和はどう思った?」

 

 

 そう言われて俺はもう一度、心の姿を見つめる。……まぁ、言うことなんてほとんど決まってるようなもんなんだけど。

 

 

「すごく綺麗だよ。正直、驚いた」

「ふふっ、やっぱりさっき固まってたのはあたしのスウィーティーな姿に悩殺されたって感じ? 大和も可愛いところがあるなっ☆」

 

 

 得意げに笑顔を見せる心。俺はそんな彼女の耳を隠していた髪をかき上げる。すると、隠れていた耳は真っ赤に染まっていた。

 多分、さっきの言葉は照れ隠しだったのだろう。

 

 

(これだから俺の彼女は困る……)

 

 

 今度は心が固まり、俺はポンッと彼女の頭を軽く撫でる。

 

 

「照れるんだったらちゃんとわかるように照れてくれた方が、可愛げがあって俺はいいと思うんだけど?」

「う、ううう、うるさいっ!!」

「よし、時間にもなったしさっさと行きますか」

「ちょっ!? あたしの話はまだおわ――」

 

 

 ギャーギャーうるさい心の手を取ってホテルの中へ。エレベーターで目的の階に向かう。

 

 

「ちなみに、そのドレスとかメイクとかは早苗さんたちが?」

「相変わらず察しがいいな。一時間くらい仕事が早く終わって事務所についたら早苗さんたちがいて……気付いたらこんな感じになってたんだよ」

「……もしかして、仕事自体は元々それくらい終わる予定で、心のメイクアップ込みで今日の時間だったんじゃ?」

「多分……っていうか確実にそうだと思う」

「こりゃ、プロデューサーと早苗さんたちに一本取られたな。まぁ、俺からしてみたら貴重な心の姿を見れてラッキーだったけど」

「心はアイドルだからどの姿も貴重だぞ☆」

「普段の姿はお腹一杯」

「ふざけんな☆」

 

 

 冗談はさておき、俺たちの乗ったエレベーターは目的の階に到着し、その階にあるレストランへと向かう。

 

 

「予約してた八坂ですけど」

「八坂様ですね。それではどうぞこちらの席へ」

 

 

 受付の方に案内され、俺と心は窓側の席に座る。他にもお客さんの姿はかなり見受けられたが、幸いにも二人の世界に入っているカップルが多かったので、心だとバレずに済んだ。

 まぁ、今の姿は普段が普段なだけに分かる人は少ないと思うけど。

 

 

「それではどうぞごゆっくり」

 

 

 グラスにワインを注いでウェイターの方は一度下がっていく。俺と心はワイングラスを持ち、

 

 

「それじゃあ乾杯」

「乾杯!」

 

 

 カチンとグラスを合わせ、ワインを口に含む。ワインなんて普段は飲まないけど、こういう所で飲むワインは景色も相まってとてもいいものだ。心も同じことを思っているのか、うっとりと目を細めている。

 こうしてみると、普段の服装や髪形が違うだけでほんと別人に見えるから不思議だ。そのうちに料理も運ばれてきたので、適当に会話をしながら料理を楽しむ。

 

 

「それにしても大和の言ってた通り、景色のいいところだよね」

 

 

 ある程度食事も進んだところで、心が改めて窓の外に視線を移す。眼下には言葉では表現できないほど綺麗な夜景が広がっており、このレストランの評価が高いのも納得だ。料理の味や接客態度も文句なしに良かったし。

 

 

「写真で見た感じは普通に綺麗だったけど、こうして自分の目で見るとそれ以上に見えるな」

「うん。あっ、でも大和は夜景よりも目の前にいるはぁとに魅了されちゃった感じかな?」

「あー、はいはい。そうですね」

「魅了されたって、心を込めて言えよ☆」

 

 

 ホテルに着いた時からずっと魅了されっぱなしだから……なんて絶対に言ってやらない。言ったら絶対調子にのるからな。

 

 

「うーん、料理も美味しかったし大満足だよ!」

 

 

 デザートまで食べ終え、心は満足げな表情を浮かべる。

 

 

「それなら良かったよ。……じゃあ忘れないうちに」

 

 

 俺はそう言ってラッピングされた箱を取り出す。

 

 

「ほい、ベタだけどメリークリスマス」

「……おぉ、大和にしては珍しい、ちゃんとラッピングされたプレゼントだ」

「余計なこと言うんじゃねぇよ。去年までは付き合ってなかったんだし、幼馴染だったからあんまり気にしてなかったんだ」

 

 

 驚きの表情を浮かべる心に、俺は少しだけ頬を赤くしながら答える。

 去年もクリスマスプレゼントをあげていたのだが、ラッピングをせずにそのまま渡していた。ラッピングして渡すのが何となく気恥ずかしかったためである。

 

 

「……というか、お前だって去年のプレゼントはそのまま渡してきたじゃん」

「あれっ? そうだったっけ? 去年の事はもう忘れちゃった☆」

 

 

 都合のいい奴め……。そこが心らしくていいところなんだけど。

 

 

「まぁまぁ、取り敢えずありがとね、大和。ちなみに中身は?」

「それは食事が終わってからのお楽しみってことで」

「あたしからもお返し。プレゼントはもちろんは――」

「そう言うのいいから」

「せめて最後まで言わせろや☆ ……全く。はい、本当にプレゼント」

 

 

 心も俺と同じくラッピングされた箱を取り出す。

 

 

「ありがとな。これも食事が終わってからゆっくり見させてもらうよ」

「結構頑張って選んだから期待して!」

 

 

 自信ありげな心の様子に俺も笑みを浮かべる。多分、ふざけたようなプレゼントじゃなくてきちんと選んだものだから開けるのが楽しみだ。

 

 

「食事も終わったし、プレゼント交換も済んだから、後はタクシーでも拾って帰ろっか」

「いや、今日は帰らないぞ」

「えっ? どゆこと?」

「ここのホテルの部屋を一つ取ってあるから」

 

 

 キョトンとした表情を浮かべた後、心は心底驚いたような顔をする。

 

 

「……ほんと、今日の大和は大和じゃないみたいだな」

「大きなお世話だよ。取り敢えずチェックインだけ済ませちゃうから」

 

 

 心の手を引いて、ホテルのフロントへ向かう。

 

 

「八坂様ですね。お部屋まで案内させていただきます」

 

 

 案内された部屋はネットの評判通り、二人で止まるには広すぎるくらいの部屋だった。まぁ、今日はクリスマスだしこれくらいの贅沢をしても文句は言われないだろう。

 

 

「うわぁ、広いね! 布団もふかふかだし」

 

 

 二つあるベッドのうち、1つに腰掛けた心がベッドを手でポンポンと叩いている。俺の部屋にあるベッドよりも明らかに寝心地はよさそうだ。

 

 

「頑張って結構いい部屋取ったからな」

「なんか、これだけいい部屋に泊ると後で罰が当たりそう」

「お互い普段は仕事を頑張ってるんだし、罰なんか当たらないよ。それより、ドレスがしわになっちゃいけないから先にシャワーを浴びてきたらどうだ?」

「確かにそれもそうだね。じゃあお言葉に甘えて」

「着替えはもう用意してあるみたいだから、それを使ってってさ」

「了解!」

 

 

 心が浴室へ向かった後、俺もスーツの上を脱ぎネクタイを緩めつつ外の夜景に視線を移す。

 

 

(去年の今頃はこんなことになるなんて想像もしてなかったな)

 

 

 去年のクリスマスも心と一緒に過ごしたけど、特別な雰囲気になることなんてもちろんなかった。まだ心はアイドルをはじめたばかりで、俺も社会人三年目でようやく仕事にも慣れてきた頃。

 お互いの事を意識してはいたのだが、関係を先に進める余裕なんてほとんどなかったのだろう。

 

 

「お待たせ大和。お次どうぞ」

「……おう」

 

 

 一瞬、湯上りの心に見惚れてしまったのは内緒だ。あいつの湯上り姿なんてもう何度も見ているはずなのに……。彼女の雰囲気がそうさせるのか、はたまたいつもと違う部屋だからなのか。理由は分からないけど、俺も早くシャワーを浴びてしまおう。

 シャワーを浴び終えて戻ってくると、心はベッドの端に腰掛けていた。手には先ほど渡したプレゼント。俺も彼女に倣ってベッドの端に腰掛ける。

 

 

「……開けてもいい?」

 

 

 俺が頷くと心は丁寧にラッピングを解き、箱を開ける。

 

 

「これってネックレス?」

「そうだよ。センスがないかもだけどそれは許してくれ」

 

 

 心に選んだプレゼントはネックレスだった。彼女は普段、自分で作った小物なんかは持っていても、ネックレスとかのアクセサリーは衣装とかでしか見たことがなかったので選んで見たのである。

 ……まぁ、選ぶにあたっては早苗さんや川島さんに相談したんだけど。

 

 

「大丈夫、大和にしてはセンスがあると思うから!」

「大和にしては、が余計だよ」

「ねぇねぇ、ネックレス着けてくれない?」

「えっ、俺が?」

「そう、大和が!」

 

 

 言うがままにネックレスを手渡してきたので、俺は彼女の首にネックレスをつけることに。

 ネックレスなんて着けたことなかったから若干手間取ったけど、何とかつけることができた。

 

 

「どうかな?」

「……似合ってるよ」

「あれ~、今の間は何かな大和くーん?」

 

 

 ニヤニヤといじる気満々の声色。こうならないよう注意してたのに結局間が空いてしまった。理由? 今さら言わせんなよ……。

 

 

「ふふっ♪ 取り敢えず傷ついちゃいけないから箱の中に戻して」

 

 

 ご機嫌なままネックレスを箱に閉まった後、改めて心が驚きの声を上げる。

 

 

「このネックレスといい、このホテルといい、普段の大和はどこに行っちゃったの? あたし、こんな大和は知らないんだけど?」

「だから、今日は特別なんだよ。恥ずかしいからあんまり言わないでくれ」

 

 

 不貞腐れてそっぽを向く。はぁ、やっぱり慣れないことをするもんじゃないな。俺が少しだけ後悔していると、心はなぜか俺の後ろに回り込み、

 

 

 

「うそうそ、冗談だよ。……ほんとは全部照れ隠しなんだ」

 

 

 

 腰に手をまわして、背中に顔を埋めてきた。そしてボソッと呟く。

 

 

 

 

「嬉しかった。ずっと、こんなクリスマスを大和と過ごせればいいなって思ってたから。だから……ありがとね、大和」

 

 

 

 

 我慢できなかった。俺は腰にまわされていた手を優しく解くと、彼女の方に向きなおる。

 

 

「あっ……」

 

 

 心の顔は真っ赤で瞳は涙で潤んでいた。そんな彼女を躊躇なく自分の胸へと引き込む。

 

 

「お前さ、ほんとにずるいよ。さっきまで散々言ってたくせに……最後に素直になるのはほんと卑怯」

「う、うっさいな……」

 

 

 そのまま心を抱き締め続ける。お互いの身体が熱い。

 

 

「心……」

 

 

 少し力をいれると、彼女の身体は驚くほど簡単に後ろに倒れた。そのせいではだけた胸元が俺の劣情を煽る。

 

 

「大和……」

 

 

 俺の名前を呼んだその唇に吸い寄せられるようにしてキスをする。

 

 

「んちゅ……っ、……ぁん……んふぅ……」

 

 

 舌を絡ませると彼女の口から艶めかしい嬌声が漏れた。その甘い声が俺の興奮をさらに増強させ、夢中になって舌を動かす。

 更に右手で心の胸を優しく包み込むようにして撫でると、彼女の身体がピクッと跳ねる。

 

 

「やっ……だめっ、やまと……んんっ、……っ……んちゅ」

 

 

 キスを継続しつつ、胸の愛撫はやめない。

 しばらくして唇と手を離すと、瞳がとろとろに蕩け頬を紅潮させる心と目が合った。

 

 

「はぁ、はぁ……、いいよ。……我慢しないで。あたしだってもう、我慢できないから」

 

 

 俺たちはもう一度キスをし……身体を重ね合ったのだった。

 




 ちなみに心が大和にあげたプレゼントはマフラーでした。


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帰省

 あけましておめでとうございます。
 すいません。年明け前に投稿する予定だったのですが色々と忙しく年が明けてしまいました。


 クリスマスから数日後の12月31日。俺と心は仲良く新幹線に揺られているところだった。

 

 

「ん~、東京からだとあたしたちの実家まで結構時間かかるよね」

「確かに。まぁ、新幹線が通ってるだけましだと思わないと」

 

 

 俺たちが新幹線に乗っている理由。それは実家に帰省するためだった。運よく俺も心も休みがとることができたため、こうして新幹線でゆられているというわけである。

 席は奮発してグリーン車を取っていた。心はアイドルなので顔バレしても困るからな。まぁ、グリーン車に座ったところで顔バレしないとも限らないんだけど。

 

 

「というか、よく休みをとれたよな。この時期って年末の特番とかで結構忙しいと思うんだけど?」

「そこはプロデューサーの腕の見せ所ってやつ☆ まぁ、最近実家に帰れてないから今年くらいって言ったら、普通に休みにしてくれたよ。年末の特番なんかは事前に収録したものが多かったしね~」

 

 

 常々思ってるけど、心のプロデューサーってかなり敏腕な人である。この前のクリスマスもそうだし(あれは心のごり押しもあったけど)、今日だって然りだ。

 ほんと、いつも助かってます。これからもどうかよろしくお願いします。

 

 

「あと、うちの父親と母親が大和に会いたいって言ってたのもあるけど」

「そう言えばうちの親も、『久しぶりに心ちゃんの顔を生で見たいわ~』なんてメッセージを送ってきてたな」

「大和の親に会うってなったらほんと5年ぶりくらいだよね。そもそも、こうして一緒に帰省してるのもかなり久しぶりなわけだし」

 

 

 うちの親と心は確か、成人式に顔を合わせて以来なはずだから再会を楽しみにしている。もちろん、アイドルになってからの活躍にも喜んでたけど、やっぱり昔のように顔を合わせて話したいらしい。

 

 

「まぁ、地元に戻ったらまずお互いの親に挨拶って感じだな」

「挨拶って、なんだか結婚を申し込みに行くみたいだね☆」

「それについてはまた今度な」

「そ、そう……」

「……何回も言ってるけど、自分でからかってきておきながら、反撃されて顔を赤くするのはやめてほしいんだけど?」

「う、うっさい!!」

 

 

 顔を真っ赤にして叫ぶ心に呆れ顔の俺。このやり取りも二回目くらいのような気がする。

 心って攻撃力は強いけど、防御力が意外と弱いんだよな。ずっと攻撃してる分にはいいけど、カウンターとか受けたら途端にボコボコにされるってイメージ。

 

 

「挨拶って言えば、よっちゃんは元気なのか?」

 

 

 これ以上、心をいじめるのは可哀想だと思った俺は話題を変更する。よっちゃんというのは心の妹の事である。

 今は地元の大学に通うぴちぴちの女子大生だったはずだけど……。

 

 

「うん、この前もラインでやり取りしてたけど元気だよ。相変わらずマイペースなところは全然変わってなかったけど」

 

 

 苦笑いを浮かべる心。彼女の言う通りよっちゃんは我が強い姉と違って非常にマイペースだ。喋り方もどこかのんびりだし、発言も天然気味。

 ただ、姉に似て容姿は非常に整っている。しかし、どこかつかみどころのない性格をしているため、彼女を取り巻く男子は四苦八苦しているそうだ。

 ちなみに、姉と妹を足して二で割ったら恐らく完璧な美少女が誕生すると俺は勝手に思っていたりする。

 

 

「今日も家にいるって言ってたし、多分家に行ったら会えると思うよ」

「それじゃあ、よっちゃんにも声をかけないとな」

「そうしてあげて。分かりにくいけど、よっちゃんも大和に会えるの楽しみにしてると思うから」

 

 

 そんな感じで俺たちは残りの時間ものんびりと話しているのだった。

 

 

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 

 

「うーん、久しぶりの地元だけどそんなに変わってないね~」

「田舎だから変わってないのは普通だけどな。むしろ、変わってないことに安心を覚えるよ」

 

 

 新幹線を降りた後、バスなどを乗り継ぎながら到着した俺たちの生まれ故郷。そんな地元は、心の言う通りほとんど変わっていなかった。

 近年は人口減少で過疎化が叫ばれて久しいので、地元が寂れてなくて少しほっとしたくらいである。そして、後5分ほど歩けば俺達の家に到着するというところまできていた。

 

 

「大晦日ってこともあるかもしれないけど、全然人が歩いてないな」

「大掃除も午前中のうちに終わらせっちゃった感じかもね。こうなったらあたしが地元に帰って来てるってツイートして……」

「無駄に騒ぎを起こすようなことをするなよ。まぁ、そんなツイートしても人は集まらないかもだけど」

「バカにすんなって☆ むしろ、長野県全域から人が集まるぞ☆」

「そんなに集まったらこの町が潰れるって。取り敢えず、ツイートはやめとけよ?」

「ちぇー。まぁいっか。どうせ友達とは集まる予定だし」

 

 

 不満げな表情でスマホをしまう心。さっきはあんなこと言ったけど、心がツイートしたらそこそこの人は集まるだろう。一応、人気アイドルであるわけだし。

 ただ、細かい出身地までは明かしていないので、集まるといっても彼女を昔から知っている人たちくらいだと思うけどな。

 その後も話しながら歩いていくと、懐かしい景色が視界に入ってきた。小学校から高校時代まで呆れるほど見慣れた光景だったものも、こうして地元を離れると新鮮に見えてくるから不思議である。

 

 

「うちも大和の家も全然変わってないから、なんか残念だな~」

「いや、変わってたら逆に怖いだろ……。バカなこと言ってないで早く行こうぜ」

 

 

 まずは心の家からということになり、彼女の家へ。

 

 

「ただいま~」

「お邪魔します」

 

 

 何年振りか分からないけど、久しぶりに心の家の玄関をくぐる。すると心の声が聞こえたのか、遠くからパタパタと歩いてくる音が聞こえ、心のお母さんが顔を出した。

 

 

「おかえりなさい、心。それと大和君も久しぶりね」

 

 

 昔と変わらない笑顔で迎えてくれる心のお母さん。その笑顔はどこか安心感を覚え……って、なんかニヤニヤしてる。どうかしたんだろうか? 

 一応、俺が心の家に寄ることは連絡済みのはずだけど。

 

 

「それで、今日大和君がうちに寄ってくれるのは結婚報告ってことでいいのかしら?」

『ぶふっ!?』

 

 

 二人揃って噴き出した。予想外の攻撃に狼狽える26歳のカップル。そしていち早く動揺から立ち直った心が声を上げる。

 

 

「ち、違うからねお母さん!?」

「あら、そうなの? てっきり、そうだとばかり思ってたわ」

「そもそも、あたしと大和が付き合ってるなんて一言も伝えてなかったし、お母さんも聞いてこなかったじゃん!」

「そんなの、イベントの時の様子で丸わかりよ。彼氏の名前を出してなかったとはいえ多分、心と大和君の関係を知っていた人なら全員ピンと来たはず。その証拠に、私の友達から『いつ二人は結婚するのかしら?』って連絡がたくさん届いたもの」

『…………』

 

 

 これは恥ずかしい。穴を掘って埋まりたいくらいだ。二人して顔を真っ赤にして俯く。

 気付いてなかったのが俺たちだけというのも恥ずかしさに拍車をかけている。

 

 

「まぁ、その話はこの後ゆっくり聞きましょうか。お父さんも二人の到着を待ってることだしね」

 

 

 助け舟を出してくれたのかは知らないが、一度この話を打ち切る心のお母さん。助かったといえば助かったけど、どうせ後から根掘り葉掘り聞かれるんだろうな……。

 そんなわけで佐藤家のリビングへ向かうと、心のお父さんが炬燵に入ってテレビを見ているところだった。

 

 

「お父さん、心と大和君が来たわよ」

「久しぶりー、お父さん」

「すいません、お邪魔します」

「……まぁ、二人ともそこに座りなさい」

 

 

 硬い表情で座るように促すお父さん。あれ、心のお父さんってこんなに厳し目な人だったっけ? 

 少なくとも、雰囲気はもっとやわらかかったはずだけど……。

 

 

(も、もしかして、改めて俺が心に見合う男かをチェックするつもりなんじゃ!?)

 

 

 そう考えると、途端に緊張してくる。顔には出してないけど、お父さんにとって心は大切な娘の一人。いくら幼馴染とはいえ、娘は簡単にはやれんよという意思表示なのかもしれない。

 俺が居住まいを正しているうちにお茶も運ばれてきて、いよいよという雰囲気が漂ってくる。

 

 

「…………」

 

 

 目の前で心のお父さんはいわゆる碇ゲ〇ドウポーズをとっており、それがより一層緊張感を煽る。唯一の救いが隣でにこにこ微笑んでいるお母さんと、「なに、この雰囲気?」と呟く心がいることくらいか。

 そして、とうとう心のお父さんが口を開く。

 

 

「さて、大和君。まずは私たちに報告があるんじゃないのかな?」

「は、はい!」

 

 

 付き合っているということは恐らく知っているはずなのだが、それをもう一度確認してくる心のお父さん。

 これはもう、覚悟を決めるしかない。俺は大きく深呼吸をすると、

 

 

「もう分かってると思うますけど、改めて言います。俺と心は結婚を前提に付き合っています」

「……そうか」

 

 

 俺の言葉を聞いてゆっくりと息を吐く心のお父さん。眼鏡を外して目頭を押さえている。……あぁ、お父さんはきっと心の事が相当大切だったんだろうな。

 恐らく、娘の幸せを願う気持ちと、自分の元から離れていく娘の姿が両方とも脳裏に浮かんでいるのだろう。そんな父の様子を心も心配そうに見つめている。

 

 

「……よかった」

「へっ?」

 

 

 気付くと俺は心のお父さんに両手を握り締められていた。表情も先ほどまでの硬さはどこへやら。満面の笑みを浮かべている。

 

 

「いやー、本当によかった。心の近くに大和君のような、立派な青年がいてくれて。私は心配だったんだ。別に娘の活動を否定したりはしないが、それでもいい年をしてキャラを作ってバラエティ番組で身体を張る娘を見ていると、どうしても頭をよぎるんだよ。この子は果たして女性としての幸せを掴めるのだろうかってね」

「あ、あはは……」

 

 

 笑いながら俺の肩をバンバンと叩いてくるお父さん。どうやら付き合うことは反対どころか、もろ手を挙げて賛成してくれているらしい。

 だったら、最初の緊張感は何だよって話だが……。無駄に疲れただけである。

 

 

「…………」

 

 

 心は心で複雑そうな表情を浮かべていた。キャラを作るだのなんだの言われて怒りたいけど、本気で心配されていたことを知って怒るに怒れないという感じである。

 

 

「だから、これからも心の事をよろしく頼むよ大和君。そして、私の事は是非お義父さんと呼んでほしい。別に婚約するのなら今この場でも――」

「はいはい、そこまでよお父さん。結婚するかしないかは二人が決めることなんだから」

 

 

 暴走気味だったお父さんを制止するお母さん。やはり締めるところは締めてくれるので助かる。このままだと話が変な方向に脱線していくような気がしたし。

 

 

「あれー、なんかにぎやかだと思ったら大和君がいる。びっくり~」

 

 

 扉が開かれ、少しだけ間延びした声が聞こえてくる。彼女もまた懐かしい顔だ。

 

 

「おっ、よっちゃん。久しぶり」

 

 

 リビングに入ってきたのは心の妹であるよっちゃん。説明は先ほどしたので省略させてもらうけど、取り敢えず姉に似て美人でどこかのんびりしている女の子である。

 

 

「大和君久しぶりー。いえーい」

「い、いえーい」

 

 

 差し出されるがままよっちゃんとハイタッチをする。……ハイタッチといえば聞こえはいいが、ただ手を合わせただけなのでパチンと音も鳴らない。何とも気の抜ける挨拶だ。

 

 

「おねーちゃんも久し振り~」

「久しぶり。ほんと、よっちゃんは全然変わってないね」

「変わらないのがよっちゃんですから」

 

 

 ふんすと胸を張るよっちゃん。そんな妹を見て心は苦笑いを浮かべる。相変わらず噛み合わないやり取りだが、姉妹仲悪くないので安心してほしい。そこでよっちゃんが「それにしても」と口を開く。

 

 

「遂に大和君とおねーちゃんは結婚するの?」

 

 

 のんびりとした口調からとんでもないことを言われ、再び固まる俺達。え、なに。俺たちってそんなに分かりやすいの?

 

 

「よ、よよ、よっちゃんよっちゃん!?」

「はい、よっちゃんですよー」

 

 

 慌てる姉とマイペースな妹。そんなマイペースな妹からの攻撃はまだまだ続く。

 

 

「いやー、いつくっ付くんだろうと思ってたけど意外に時間がかかったからね。よっちゃんからしてみたら遅すぎるくらいだよ~。もう、大和君はおねーちゃんを待たせすぎだよ?」

「えっ、はい。ごめんなさい」

 

 

 怒られたので反射的に謝ってしまった。6歳差の、しかも幼馴染の妹に頭を下げる。なんと情けない光景か……。

 ただ、待たせたという言葉に関しては事実かもしれないので何も言い返せない。

 

 

「おねーちゃんが大学生の時かな? 一回すごく寂しそうな表情で大和君の写真を見つめながら、『大和……』って呟いたのは今でも悲しい思い出だよ。まーだ、大和君は手を出してないんだって」

「よ、よっちゃん!? 大和も、今のはよっちゃんの勘違いだから!!」

 

 

 多分、図星なんだろうな~。だってそうじゃなきゃ顔真っ赤にして慌てふためかないもの。

 彼女にしてみたら、思い出したくない黒歴史だろう。マイペースな性格ってのはこういうシチュエーションで真価を発揮するんだろうな(白目)。

 

 

「だから安心したよ~。二人がこうして仲良く帰って来てくれて。すごく嬉しい」

 

 

 感情をあまり表に出さないよっちゃんにしては珍しく、満面の笑みを浮かべている。終いだけあってどこか心に似ていて、年相応に可愛らしい笑顔。これだからよっちゃんは憎めないんだよな。

 

 その後は、東京での生活を含めてワイワイと楽しく話していたのだが、

 

 

「はい、じゃあここからはお母さんと大和君の二人で話がしたいから、皆は一度出て行ってくれるかしら?」

「えっ? ど、どういう――」

「じゃあ退出~」

 

 

 有無を言わさないまま退出させられていく三人。まぁ、文句があるのは心くらいで他の二人は特に何も言わずに出ていった。そして、お母さんと二人きりになる。

 

 

「ふふっ、ようやく色々と大和君に聞ける状態になったわね」

「一体、何を聞くつもりなんですか」

 

 

 どんなことを聞かれるのかとげんなりする俺。

 

 

「たくさんの事を聞くつもりはないわよ。ただ……どうして心なのかなって」

「どうして、ですか?」

「うん。やっぱり気になるじゃない!」

 

 

 楽しそうなお母さんとは対照的に、俺はどう答えたもんかと首のあたりをさする。

 別に答えに窮したから困っているんじゃない。今まで考えたこともなかったので困っているのだ。

 

 

「だって、大和君は容姿もいいし、346プロで働いてるし、正直に言えばかなりモテると思うのよ」

「そんなことないですよ。俺は心とは違ってただの一般人ですから」

 

 

 これは嘘偽りのない俺の気持ちである。告白されたことはあるものの、回数で言ったら片手でもお釣りがくるくらいだからな。むしろ、両手でもお釣りのこない心の方がよっぽどモテている。

 今だってキャラこそ作っているけど、明るい性格だからって心の事を気に入る人はいるわけだし。

 

 

「……でも、仮に俺がモテていたとしても、心以外の人とは付き合わなかったと思います」

「あら、それはどうして?」

「いや、それはまぁ、何というか……」

 

 

 歯切れの悪くなる俺。質問に対する答えは決まってるんだけど、それに問題がある。

 

 

「いいですか、今から俺、とんでもなく恥ずかしいこと言いますからね? だから別に聞く必要は――」

「いいからいいから、言っちゃいなさい! 私は何でも受け止めてあげるわよ」

 

 

 言わなきゃ駄目らしい。これはもう腹をくくって話すしかないだろう。

 

 

 

 

「……心以上の人なんて、今までいませんでしたから」

 

 

 

 

 直接、心のお母さんの目を見て言う勇気はなかったので、俺は視線を逸らしながら口を開く。

 他にも色々な理由があるかもしれないけど、結局はこれに尽きるだろう。心以上に魅力を感じる人がいなかった。ただ、それだけの事である。

 

 

「要するに俺がベタ惚れなんです。他の人が目に入らなくなるくらい、好きなんですよ。……はい、この話はお終いです」

 

 

 強引に話を打ち切る。これ以上はとても恥ずかし過ぎて言えたもんじゃない。幸いなことに、お母さんも納得してくれたようで優しく微笑んでいる。

 

 

「ふふっ、やっぱり大和君は昔から変わってなくて安心したわ。心一筋の所とかね?」

「あんまりいじるのはやめてもらえませんか……。これでも結構恥ずかしがってるので」

「なんだか、心と大和君は結ばれるべくして結ばれたって感じよね~。まぁ、お母さんとしてはもう少し早く付き合ってもよかったんじゃないかなって思うんだけど」

「それに関してはノーコメントでお願いします」

 

 

 あぁ、本当に顔が熱い。まさか26歳にもなって恋愛の事でこれほどいじられるとは思っていなかった。

 ……いや、普段から早苗さんたちにいじられてるから今更か。

 

 

「だけどね、安心したのは本当よ。やっぱりアイドルとして活動してるとはいえ、結婚って問題はどうしても心配になるものだから」

 

 

 そこで心のお母さんはスッと真面目な顔になり、

 

 

「色々あるとは思うけど、心の事をこれからもよろしくお願いします」

 

 

 俺に向かって頭を下げてきた。……別に俺は結婚の報告をしに来たわけじゃないんだけどな。でも心と結婚したいのは変わらないので俺は力強く頷き、

 

 

「はい、任されました」

 

 

 そう返事をしたのだった。俺の返事を聞いた心のお母さんは満足そうな表情を浮かべ、

 

 

 

「ところで、孫の顔は何時みれるのかしら?」

 

 

 

「ぶふっ!?」 ガタッ!! 「おねーちゃん、慌てすぎ~」

 

 

 

 とんでもないことを口走った。思わず口に含んでいたお茶を噴き出しかける。

 ……なんか、扉の向こうで物音と話し声が聞こえたような気がするけど、気のせいだよな?

 

 

「な、何を言い出すんですか!?」

「何をって、別に普通の事じゃない! 両親からしてみれば誰しも、孫の顔を見たいと思うものよ」

「いやいや、まだ俺たちは結婚もしてませんから! 子供だって心の気持ち次第なところもありますし」

「あら? この前心に、メッセージアプリで『子供は欲しいの?』って聞いたら『大和との子供は三人くらい欲しいなぁ~』って言ってたわよ。多分結婚したら、仕事よりも大和君との子作りの方を優先するんじゃないかしら?」

 

 

ガタタッ!? 「おねーちゃん、うるさいよ~」

 

 

 は、初めて聞いたぞそんなこと。というか、子作りとかド直球に言わないでほしい。

 

 

「大和君は子供、欲しくないの?」

「い、いや、欲しくないわけではないですけど……」

「だったらちょうどいいじゃない! いやー、楽しみになってきたわね。初孫は男の子か女の子、どっちかしら? お父さんもきっと喜ぶわよ!」

 

 

 楽しそうに将来の初孫について考えをめぐらすお母さん。俺はついていくことができず、乾いた笑いを浮かべるばかり。

 

 

「ま、まぁ、もしそうなったらお互いの仕事に支障が出ない程度にしておきます」

「うふふ。結婚も含めて色々と期待して待っているわね」

 

 

 余計な期待を背負わされたこと以外は、佐藤家への挨拶は無事に? 終わったのだった。

 

 

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 

 

 俺の家でのあいさつを終え、今は心を送り届けているところだった。まぁ、送り届けるといっても、お互いの家は30秒も離れてないんだけど。

 ちなみに、俺の家でも会話は大体心の家で話したものとほとんど変わらなかった。

 

 

「近いから送ってくれなくてもよかったのに」

「送れってうちの親がうるさいんだよ」

 

 

 小説で言うと、二行分くらいの会話で心の家の玄関に辿り着いてしまうそんな距離。手をつなぐ暇もなかった。

 

 

「……初詣に行くときはまた連絡するから」

「うん……」

「それじゃ、よいお年を」

 

 

 恒例の挨拶を最後に俺は後ろを振り返って歩き出す。その時、

 

 

「……大和」

「ん? なに――」

 

 

 

 振り返ると心の顔が目の前に合って、そのまま唇が重なった。

 

 

 

「んっ……」

 

 

 

 首に手をまわしキスを続ける心。濃密に舌も絡まり合う。唇が離れた時にはお互いの間に唾液が糸を引いた。

 俺が驚きの瞳で心を見つめると、彼女は少しだけ拗ねたような顔をする。

 

 

「……何驚いてるの? キスなんて何度もしてるじゃん」

「いや、今日は随分急だったからさ」

「……お母さんにあんなこと言っておいて?」

「あんなことって……お前、まさか聞いてた?」

「うん。扉少し開けといてそこから聞いてた」

「マジかよ……」

 

 

 そうすると、あの恥ずかしいセリフの数々を全て聞かれていたというわけだ。

 別に聞かれてて悪いことはなかったけど、かといって聞かれていいかといわれれば微妙なところである。

 すると心は、自分の顔をが見えない様に抱き付いてきた。そして、

 

 

「あんなこと言っておいて、こっちがそういう気持ちにならないとでも思ってるの?」

 

 

 俺の胸に顔を埋めながら随分ストレートなことを言ってきた。一方どうしたもんかと困った俺は、取り敢えず心の髪を梳く様にして撫でる。

 

 

「なに、この手は?」

「何となく手持ち無沙汰だったから」

「ふーん」

「やめるか?」

「……続けて」

 

 

 しばらくこの状態で彼女の頭を撫でていると、

 

 

「…………から」

「えっ?」

「あたしだって同じだから。大和以上の人なんていなかったから」

 

 

 頭を撫でるのをやめ、彼女の身体を優しく抱き締めた。

 

 

「それを今言うのはずるい」

「ずるいのは女の特権だから」

「ほんと、良い特権だよな。俺にも欲しいくらいだよ」

「絶対あげないから」

 

 

 すると心がさらに身体を寄せてくる。

 

 

「……もっと強く抱き締めて。寒いから」

「はいはい」

 

 

 この時期の夜は身体が凍えてしまいそうなほど寒い。でも、こうして抱き締めあっていると真冬の寒さを忘れてしまうほど暖かかった。

 

 

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 

 

「ふふふ~」

 

 

 家に戻ると、なぜかよっちゃんがあたしの顔を見てニヤニヤとしていた。

 

 

「な、なに、よっちゃん?」

「いや~、何でもないよ~。ただ、おねーちゃんって結構積極的なんだな~って」

「んなっ!? さ、さっきの見てたの!?」

 

 

 顔を真っ赤にすると、益々よっちゃんの表情がニヤニヤと緩んでいく。

 

 

「偶然ね~。自分の部屋のカーテンを開いて玄関を見たらびっくり。真冬の空の下、そこだけ南国かってくらい熱々な光景が広がっていたわけですよ」

「ち、ちがっ! あ、あれは大和が抱き締めてきたから仕方なく……」

「大和君より先に、甘えるように抱き付いてたのはどこの誰でしたかね~」

 

 

 弁明しようと思ったら速攻で論破された。どうやら大分最初の方から見られていたらしい。

 

 

「いやはや、おねーちゃんは改めて大和君にぞっこんなんだなって思ったわけですよ。遅咲きの青春ってやつですな~。そんなわけで、よっちゃんはお風呂に入ってきます」

「ちょ、ちょっと、よっちゃん! さっきのはそう言うことじゃなくて! そもそも大和に原因があって――」

「はいはい、惚気話は後で聞いてあげるからね~」

 

 

 大晦日も佐藤家の姉妹は仲良しみたいです。




 よっちゃんは自分で勝手に想像して書いたんですけど、なんか某キャラに大分似てしまった気がします。
 何はともあれ、番外編もあと3話くらいで終わる予定なので最後までお付き合いいただければと思います。


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旅行

 後書きに盛大なネタバレが書かれているので、気にしないって人以外は本編を読んでから後書きを読んでください。


 さて、俺たちが実家に帰省をしてから約5か月が過ぎ去ろうとしていた。季節は既に4月を通り越し、5月の中旬になっている。

 その間、初詣に行ったり、バレンタインがあったり、色々なことがあったのだが伝えるほどでもないので割愛させてもらう。そして現在、俺と心が何をしているのかというと、

 

 

「ねぇねぇ、京都までは新幹線でどれくらいかかるの?」

「えっと、大体2時間ちょっとくらいかな。まぁ、昨日も仕事だったわけだしのんびり揺られてればいいんじゃないか?」

「それもそうだね。大和も昨日は残業だったんでしょ?」

「アイドルの子たちの送迎とかが入ったりして、本来の業務があんまり進まなかったから仕方がないよ」

「もう大和は事務員じゃなくてプロデューサーとして雇い直してもらったら?」

 

 

 話していた通り、新幹線に揺られて京都に向かっている最中だった。もちろん、仕事ではなくプライベートの旅行である。それも一泊二日。

 普通なら連休明けで忙しいところなのだが、俺が4月の中頃にとあることを心のプロデューサーに話したところ、彼女のスケジュールを何とか調整してくれたのである。

 その代わりにGWはあってないようなものだったが、心と泊りで旅行に行けるなら安いものだ。プロデューサーも「うまくいったら報告よろしく!」と快く送り出してくれたし。まぁ心は、「どうしてGWにここまで仕事が入ってるんだよ……」ってぶつぶつ文句を言ってたけど、泊りで旅行に行くことが決まり多少留飲も下がったらしい。よかったよかった。

 取り敢えずその事については後で謝るとして、今はこの旅行を楽しむことにしよう。

 

 

「それにしてもなんだかんだ泊りで、しかも完全プライベートで大和と旅行に行くなんて、付き合ってからは初めてじゃない?」

「言われてみると。付き合ってからは何かと忙しくて泊りで旅行に行くなんてできなかったもんな」

「日帰りとかではよく出かけたりしたけど、結構バタバタでのんびりできなかったしね」

 

 

 クリスマスの時に泊まったりしたけど、あれは家からも近かったしそこまで一緒に居たわけではないのでノーカウントだろう。

 それに心の言う通り、日帰り旅行は時間が制約されていたので二人でのんびりというわけにもいかなかったのだ。次の日はお互い、普通に仕事が入っている場合も多かったし。

 

 

「だから、今日はのんびり京都を満喫しようぜ」

「うん! 前に仕事出来た時には全然観光名所とか回れなかったから、今日は思う存分回りつくそう!」

「もう20代も後半なんだから、はしゃぎ過ぎないようにな?」

「年齢の話をするなって☆」

 

 

 話をしている間にも新幹線は目的地に向かって進んでいく。楽しい旅行になりそうだ。

 そして、こっちの方が重要なんだけど……俺は隣にいる心にもう一度視線を移す。

 

 

「ん? あたしの顔に何かついてる?」

「……いや、何でもないよ」

 

 

 俺は今日、心にプロポーズをする。

 

 

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 

 

「んん~! いやー、京都を満喫したね!」

「回りたかった所も回れたし、大満足だったな」

 

 

 そして夜。俺と心は今日泊まる予定の旅館に向かっているところだった。

 今日がGW真っ只中だったら、人が多すぎて予定よりも回れなかっただろう。まぁそれでもGWよりはましというレベルで、有名な観光地は観光客で溢れていたんだけど。

 清水寺とか久しぶりに行ったけど、外国人だらけで驚いた。日本に居ながら異国の地に降り立った気分になったのは心も一緒だろう。必要以上にキョロキョロしてたし。

 

 

「それにしても、今日行った甘味処であたしがアイドルの佐藤心って気付かれた時には流石にやばいと思ったよ」

「俺も俺も。だけど、店主の人がいい人でよかったな」

 

 

 実はとあるお店で心が見事に顔バレしたのである。しかし、店主の人が心の大ファンだったらしく色々とサービスしてくれたのだ。

 最初、「佐藤心さんですよね?」と聞かれた時は肝を冷やしたが、むしろ最後にはバレて良かったとすら思ったほど。もちろん、サービスしてもらって何も返さないわけにはいかなかったので、サインと写真を撮ってあげました。

 穴場スポットということと、大きな店ではなかったからできたことである。混みそうな時間を外したので俺たち以外、人もいなかったしね。

 

 

「あの人、よくあたしだって気づいたよね。眼鏡もかけて髪もおろしてたのに」

「ファンの人だとやっぱり気付くもんなんじゃないの? というか、俺にも「しゅがはさんの事をよろしくお願いします」って挨拶してきたし。お前、ファンに愛されてるな」

「愛されてるというよりは、過剰に心配されてるだけかも。今でさえ握手会とかでも「彼氏に逃げられない様に」とか言われるから……」

「キャラがキャラだから仕方ないんじゃね?」

「キャラとか言うんじゃねぇよ☆」

 

 

 本当のことだから仕方ないじゃん。でも店主の人に対して、一瞬でいつものしゅがはに戻ったのは流石だと思った(小並感)。

 

 

「ところで、今日泊まる旅館はどんなところなの?」

「それはついてからのお楽しみということで。あともうちょっとでつくからさ」

 

 

 歩くこと5分。目の前に今日泊まる旅館が見えてきた。

 

 

「あれ、この旅館って確か……」

「そう。宵乙女の楽曲撮影の時に使った旅館だよ」

 

 

 俺があらかじめ予約をしておいたのは、以前撮影でも使った旅館だった。

 

 

「どうしてここを?」

「自分で言ったことを忘れたのか? 撮影の日の夜、今度は二人で来たいって言ってたじゃん」

「えっ、確かに言ったけど覚えててくれたの?」

「忘れるわけないだろ。だって……」

「だって、なに?」

「……いや、何でもない」

 

 

 そういって俺は強引に心の頭を撫でる。言いかけてやめたのは、普通に恥ずかしかったから。その時に心の事を、一人の女性として意識してしまったと言いたくなかったからである。この事実は俺の中だけにとどめておこう。

 

 

「そこまで言われると気になるんだけど?」

「いいからいいから。ほらっ、さっさと受付に行ってチェックインしちゃうぞ」

 

 

 しつこく聞いてくる心を適当にあしらいつつ、俺たちはチェックインを済ませ今日泊まる部屋へ。

 

 

「おぉ~。一年ぶりくらいだけど、やっぱりいい部屋だね!」

「部屋も綺麗だし、広いしな。二人で止まるのが勿体なくなってくるよ」

「大分、高かったんじゃない?」

「今日くらいは贅沢したって誰にも文句は言われないって。それよりも、まずはご飯でいいか?」

「うん! 今日は動き回ったし、お腹減っちゃったよ」

 

 

 というわけでまずは夕飯ということになった。……風呂って言われなくて一安心である。実はこの部屋を選んだのにはとある理由があったのだが、それはすぐにわかるだろう。

 

 

「じゃあご飯の時間になるまで軽くこの部屋を見て回ろ……って、あれこの部屋って外に露天風呂ついてるじゃん!」

 

 

 心が露天風呂を見て驚きの声を上げる。説明する前に気付かれてしまった。まぁ、気付かないまま後でびっくりさせるより、今説明してしまったほうがいいだろう。それに部屋についている露天風呂をずっと隠し通せるわけがないし。

 

 

「前に泊った部屋にはなかったけど、調べたらこの部屋が見つかってさ。どうせならと思って」

「こんな部屋、テレビでしか見たことないよ。大和も中々粋なことをしてくれるねぇ~」

 

 

 心はそう言って笑ったが、俺にとって本題はここからである。何度も咳払いを繰り返した後、

 

 

「それでさ、今日の夜二人で入らないか?」

「うえっ!? ふ、二人で!?」

「二人で。部屋に備え付きの風呂なら誰かが入ってくることもないし」

 

 

 変な声を出したと思ったら、みるみるうちに心の顔が赤く染まっていく。平静を装ってるけど、俺の顔もきっと赤いはずだ。

 やることはやってるけど、一緒に風呂に入るということは一度もしたことがない。住んでいるマンションの風呂では狭いし、何となくお互いに恥ずかしかったのだ。

 

 

「いや、まぁ、確かにそうだけどさぁ……」

「もちろん、嫌ならいいけど」

「…………」

 

 

 しばらく心は髪をいじったり、落ち着かない様子だったのだが、

 

 

「……うん、いいよ」

 

 

 最後にはこくんと頷いてくれた。取り敢えず頷いてくれたので俺はホッと胸をなでおろす。しかし、まだスタートラインに立っただけである。むしろ、風呂に入ってからが本番であり……。

 その後は夕食を済ませ、あっという間に一緒のお風呂に入る時間となった。

 

 

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 

 

かぽーん

 

 

「……ふぅ」

 

 

 夕食後。俺は一足先に常設されている露天風呂に浸かっていた。既に身体も洗い終えている。心はもう少ししたら入ってくるだろう。

 

 

(あぁ、やばい。緊張がやばい)

 

 

 そして、俺は風呂の中で柄にもなく緊張していた。理由は言うまでもないだろう。

 

 

「……お、お待たせ」

 

 

 今にも消え入りそうな声が聞こえて俺が振り返ると、タオル一枚で身体を隠す心が浴場に入ってきたところだった。思わず呆然と彼女の姿を見つめてしまう。

 

 

「あ、あんまりじろじろ見ないで……」

 

 

 そう言って心が身をよじる。しかし、目を逸らすなというほうが無理だった。

 肉付きのいい太腿やボディラインが惜しげもなく露わになり、俺は思わず生唾を飲み込む。更にタオルで身体を隠しているとはいえ、テレビの撮影のようにガッツリと隠しているわけではない。

 彼女が身体を少し動かすたびに、大事な部分がチラチラと見え隠れする。

 

 

「…………」

 

 

 いつもの活発さは鳴りを潜め、顔を真っ赤にさせしおらしく身体を隠す姿は嫌でも俺の情欲を掻き立てる。プロポーズをする予定でなければ、間違いなくこの場で襲っていただろう。

 ギリギリのところで踏みとどまった俺は彼女から視線を逸らす。

 

 

「わ、悪い」

「う、ううん……。じゃあ先に身体を洗っちゃうから」

 

 

 心は先ほど俺も使った洗い場へ向かう。シャワーの音が聞こえてきたところで俺は「はぁ~」と深くため息をついた。始まる前からこれでは先が思いやられる。しばしの間、心が身体を洗い終えるまで待つ。

 待つこと数分。

 

 

 

「お、お邪魔します」

 

 

 

 そう言って心が俺の隣に並ぶようにしてゆっくりと温泉に浸かった。。当然、風呂の中なのでお互い何もつけていない。ただし、人ひとり座れるくらいの距離は空けている。

 しばらくお互い、無言の時間が続いたのだが、

 

 

「……それで、今日は何か話すことがあったんじゃないの?」

「……バレてた?」

「じゃなきゃ、大和がこうして一緒にお風呂入ろうなんて言ってくるわけないもん」

 

 

 内容はともかく、俺が彼女に何かを話そうとしていたことはバレバレだったらしい。恥ずかしがっていても流石は幼馴染だ。

 しかし、問題はどうやって、どんな言葉で彼女に伝えるかである。さんざん考えてはきたけど、結局カッコいいセリフなんて見つからなかった。

 

 

「いや、確かに心の言う通りなんだけど……」

「何でそんなに歯切れ悪いの? もしかして言いにくいことだったりする?」

 

 

 言いにくいっていうよりは、ただ単に恥ずかしいというか……。しかし、俺が迷っている間に心の表情がどんどんと不安げなものに変わっていく。

 恐らく、俺が迷っている姿をみてよくない話と勘違いしてしまったのだろう。これはもううかうかしてはいられない。

 

 頭の中に浮かんでいたカッコいいセリフの数々はとっくに吹き飛んでいた。でも、そんなことは今となってはどうでもいい。俺は、俺らしい言葉で……。

 

 

 

「別に言いたくなければまた別の機会でも――」

 

 

 

「結婚するか」

 

 

 

「……………………えっ?」

 

 

 

 何気ない会話をするようなテンションで俺はそう心に告げた。緊張から若干声が上ずったのは言わない方向で。

 そして隣の心からは間抜けな声が漏れる。

 

 

「えっ……はぁっ!? えぇっ!? ちょ、ちょっともう一回」

 

「うるさいな。二度は言わん」

 

 

 プロポーズってこんなに恥ずかしいものだったんだな。恥ずかしさのあまり夜空を見上げ続けていると、

 

 

「はぁーーーーー」

 

 

 大きくため息をついた心はそのまま温泉に沈み込んでいく。しばらくぶくぶくした後、勢いよく顔を上げジト目を俺に向けてきた。

 

 

「普通、大事なプロポーズの言葉をそんな簡単に言う? 大和のテンションからして、悪いことを言われるもんだとばかり……。最初、あまりにもあっさりしすぎて聞き間違いだと思ったよ」

「いや、最初は色々考えてたんだけど、こうしたほうが俺らしいかなって」

「まぁ、確かにそうだけどさ。というか、恥ずかしかっただけじゃない?」

「黙秘します。……そ、それで、返事なんだけど」

 

 

 ここまでして失敗したとか一生立ち直れないレベルで笑えないんだけど……。混浴までしてプロポーズ失敗とか、黒歴史もいいところである。

 

 

「……もう決まってるよ。だけど、ごめん。ちょっとだけ待って」

 

 

 胸に手を当て、深呼吸を繰り返す心。心臓の音が痛いほどにうるさい。多分、俺は今人生で一番緊張しているだろう。俺も心に倣って深呼吸を――。

 

 

 

「大和」

 

 

 

ざぶんっ

 

 

 

 俺の名前を呼んだと思ったら、心が勢いよく俺の胸に飛び込んできた。温泉のお湯がバシャッと音を立てて水しぶきを上げる。水面に振動が波となって広がっていく。

 その振動が収まった時には、俺と心の身体はお湯の中でしっかりと密着しあっていた。

 

 

「し、心!?」

 

 

 驚きの声を上げる俺。しかし、次の彼女のセリフで驚きはどこかへ吹き飛んでしまった。

 

 

 

 

「……よろしくお願いします」

 

 

 

 

 よろしくお願いします……。何度もその言葉が頭の中で反芻する。聞き間違いじゃないよな? 俺は心と……。

 

 言葉の意味を理解した瞬間、俺は彼女の身体を力いっぱい抱き締めていた。今、胸の中にいる彼女が愛おしくてたまらない。

 

 

「大和、流石に苦しんだけど?」

「ごめん。今はちょっと我慢して」

「……仕方ないなぁ」

 

 

 心も観念したのか黙って俺に身体をゆだねてくる。しばらく彼女の身体を抱き締め続けていると、

 

 

「ねぇ、大和」

 

 

 不意に名前を呼ばれた俺は、身体を少しだけ離す。なんだろうと首を傾げ――――。

 

 

 

「キスしたい」

 

 

 

 彼女のお願いを拒む理由はなかった。

 

 

 

「んっ……」

 

 

 

 唇を重ね、そのまま彼女の咥内へ舌を這わせる。舌を絡ませるたびに悩ましい嬌声が心の口から漏れる。彼女の瞳はトロンと潤んでいた。

 

 そのままキスを続け休憩の為に一度唇を離すと、二人の唾液が俺たちの間で糸を引いた。彼女の頬は桜色に染まり、のぼせているのか惚けているのかよく分からない。

 

 

 その時、心の口が僅かに動いた。「もっと……」と。俺は躊躇なくもう一度唇を合わせる。

 

 

 

「んちゅ……、ぁん……、んっ……ぁっ」

 

 

 

 気付くと俺たちはのぼせる寸前まで濃密なキスを繰り返していたのだった。

 

 

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 

 

「大和のせいでのぼせるところだったじゃん」

「悪い悪い。ちょっと我を失ってたというか、我慢できなくてつい」

「まったくもう……」

 

 

 あたしは髪を拭きながら大和に軽く文句を言っていた。今はお風呂から上がり、お互い浴衣に着がえている。

 気持ちが高揚したのは分からなくもないけど、のぼせる寸前になるまでキスをし続けないでほしい。まぁ、キスを止めるつもりのなかったあたしが言えることじゃないんだけど。

 それに、キスをせがんだのはあたしで、もっととねだったのもあたしなんだけどさ。おかげで身体の奥が熱くなって……ゲフンゲフン。

 

 

(それにしてもなんだか実感がわかないな~)

 

 

 部屋の中にある椅子に座りつつ、あたしはぼんやりと外を眺める。プロポーズされたとはいえ、身体がフワフワとしていまいち現実味がないのが本音である。

 既に結婚している人たちはみんな、こんな感じだったのかな。もしかすると、結婚式をあげればようやく実感がわくのかもしれない。

 と、ここで大和が何かを思い出したかのように声を上げる。

 

 

「あっ、そうだ。心、ちょっと目を瞑っててくれない?」

「どしたの藪から棒に目を瞑れだなんて? ……まさか、あたしに何かするつもりじゃ?」

「何かはするつもりだけど、悪いことじゃないからさ。ほらっ、さっさと目を瞑って」

「……変なことしたら容赦なく手、出すからね?」

「怖すぎだって。まぁいいや」

 

 

 あたしが目を瞑ったことを確認した大和は、立ち上がってどこかへ歩いていく。なんかガサゴソと音が聞こえてきたので、恐らく鞄を漁っているのだろう。

 一体何を出しているのか。その音もすぐにやみ、再び大和がこちらに近づいてくる。

 

 

「そんなに緊張しなくても大丈夫だって」

「いや、そういって何か変な事するつもりでしょ!? 大和は変態だし」

「俺は別に心が目を瞑ってるからって、変な事するつもりは毛頭ないよ。あと、俺は変態じゃない」

 

 

 身構える私にため息をつく大和。だって、何されるか教えてもらってないから仕方ないじゃん。

 

 

「それじゃあ一体何してるんだよ?」

「せかすなせかすな。……よしっ、準備できたからもう開けていいぞ」

「う、うん……って、これは?」

 

 

 そう言われて目を開けると、大和は小さな箱を持って私の前に膝をついていた。

 

 

「まぁ、とにかく開けてみてくれ」

 

 

 差し出された箱を私は手に取る。もしかして、と思った私は自然と手が震えていた。そして箱を開くと中に入っていたのは、

 

 

「あんまり高いものじゃないけどな。結婚するなら必要だろ?」

 

 

 指輪だった。あたしは思わず手を口に当てる。

 

 

「な、なんで……?」

「言ったじゃん。結婚するなら必要だって。そんなわけで、ちょっと左手借りるな」

 

 

 言われた通り左手を差し出すと、大和はあたしの薬指に指輪をゆっくりとした仕草ではめる。

 

 

「……サイズもピッタリだ」

「心が寝てるときにこっそり調べたからな」

 

 

 いつの間に……。多分、仕事で疲れて熟睡していたところを狙われたのだろう。まぁ、あたしは寝つきがいい方なので、よっぽどのことをされない限り起きないんだけど。

 なんてことを思いながら薬指にはめられた指輪を見つめる。

 

 

(あたし、本当に大和と結婚するんだ……)

 

 

 指輪を眺めていると、大和との思い出が走馬灯のように頭の中を駆け巡る。楽しかった思い出も、悲しかった思い出も全部、ぜんぶ……。

 

 

「指輪を渡すだけなら、別に目を瞑らせる必要はなかったんじゃない?」

「いや、指輪だって悟らせたくなかったからさ。だから若干サプライズ感を――」

 

 

 大和の言葉が急に止まる。そして、

 

 

 

 

 

「……ったく、なんで今泣くんだよ?」

 

 

 

 

 

 胸の奥から熱いものが込み上げてきて、気付くとあたしの瞳から涙が溢れだしていた。拭っても拭ってもとめどなく溢れだしてくる。もう自分ではどうしようもなかった。

 

 

「……ふっ……、うぅ……」

「別に結婚するのが不安だとかで泣いてるんじゃないよな?」

「ち、……っ、ちがっ……っ、ちがうっ……」

 

 

 涙で言葉が声にならない。彼の言葉にあたしはふるふると首を横に振る。

 

 不安なんかじゃない。嬉しくてたまらないから、ずっと夢に見てきたから。

 

 薬指にはめられた指輪をみて、あたしは本当に大和と結婚するんだと実感した。ずっと隣にいてもいいんだと思うことができた。

 嗚咽の酷くなったあたしに、大和は優しい声で尋ねる。

 

 

「……嬉しくて泣いてくれてるのか?」

「……っ、ふっ……うぅ……。だ、だって……っ、ずっと……ぅっ……、や、やまとの、……っ、と、……隣に、……っ、いられるって……、思ったら……」

「はぁ……ほんと、ずるいよ」

 

 

 大和はそう言って、こつんとおでこを合わせてくる。相変わらずあたしは何も言うことができない。

 優しく頭を撫でられると、それだけで止まりそうだった涙がみるみるうちに溢れだしてくる。そんな涙を大和が指で拭うと、

 

 

「心、答えなくてもいいから聞いてくれ」

 

 

 今度は優しくあたしの身体を抱き締めてきた。

 

 

 

「簡単に幸せになろうなんて言えないけど、結婚しても俺たちらしくいような。バカなこと言って笑い合って、今日みたいにいろんなとこに出掛けて、たまに喧嘩して……そんな夫婦になろう」

 

 

 

 気の利いた言葉なんて何も返せなかった。彼の胸の中で何度も、何度も頷く。

 

 更に、あたしの今の精一杯の想いが伝わるように彼の身体を抱き締め返した。大和はそんなあたしの背中を優しくさすってくれている。

 

 結局、涙が引くのにはかなりの時間がかかってしまった。多分、今日は人生で一番泣いた日であり、これから大和に何度もいじられることになるだろう。だけど、その時のあたしは顔を赤くしながらもきっと笑っている。

 

 

 

 

 

 理由はもちろん……今日がこれまでの中で一番幸せな日になったから。

 

 

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 

 

 帰りの新幹線でのお話。

 

 

「ん? 誰からだろう?」

 

 

 スマホが振動したので、何気なく開いてみる。多分、メッセージが送られてきたんだと思うけど……。そして、送られてきた内容を見た瞬間、あたしは絶句した。

 それは早苗さんや楓ちゃん、美優ちゃん(あと大和)という宅飲み組で作られたグループLINEなのだが、

 

 

『大和:大和が写真を送信しました』

 

『大和:プロポーズして指輪を渡したら、泣いて喜んでくれました』

 

 

 いつの間に撮ったのか、その写真は昨日指輪を大和に貰って号泣するあたしの姿だった。

 あまりの恥ずかしさに顔を真っ赤にしていると、続けざまにメッセージが送られてきて、

 

 

『早苗:可愛い』

『楓:可愛い』

『美優:可愛い』

 

 

 三人は暇なのだろうか? いや、今はそんな事どうだっていい。横で笑いを堪えている大和の肩をガシッと掴む。

 

 

「やーまーと? これは一体どういうことかな?」

「ほんの出来心だったんです。悪気はあります」

「悪気しかないじゃねーか!! 消せ! 今すぐに!!」

「断ります。俺の奥さんになる人の可愛さをみんなと共有したいんで」

「あたしはしたくない!!」

 

 

 あの時流した感動の涙を返してほしい。

 結局、事務所に戻ってから早苗さんたちに滅茶苦茶いじられました。




 サブタイトルを『プロポーズ』にしてもよかったかもしれないけど、ネタバレになっちゃうからやめました。

 そして、次回は感動? の最終回です。早めにあげられるよう頑張ります。


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佐藤心が隣にいる日常

「大和さん、あなたは心さんを妻とし、神の導きによって夫婦になろうとしています。汝、健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」

 

「はい。誓います」

 

「心さん、あなたは大和さんを夫とし、神の導きによって夫婦になろうとしています。汝、健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」

 

「はい。誓います」

 

「それでは誓いのキスを」

 

 

 神父の言葉に俺は心の方へ身体を反転させる。純白のドレスに身を包んだ彼女は、うっすらと微笑みながら俺の事を見上げている。

 

 

「……なんか、こういう所でするのは少しだけ照れるね」

 

 

 彼女の言う通り、関係者だけとはいえ両親もいるし、プロデューサーさんや川島さんたちもいる。俺だって少しだけ照れくさい。

 

 

「確かに照れるけど、これやらないと先に進まないから仕方ないだろ?」

「仕方ないとか言うな☆」

「冗談だって」

「全くもう……それじゃあお願い」

「おう」

 

 

 ゆっくりと唇が重なり、周囲から歓声と万雷の拍手が湧きあがった。

 

 

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 

 

「ふぅ~。流石に疲れちゃったね」

「そうだな。結婚式やら二次会やら、盛りだくさんだったからな」

 

 

 俺と心は今、疲れた体をソファに預けている最中だった。既にお互い入浴は済ませている。ご飯も二次会などで散々食べていたため、もう流石に入らなかった。

 

 

「それにしても、結婚式も二次会も本当に楽しかったね」

 

 

 心の言葉に俺も頷く。結婚式はほとんど身内だけで済ませたのだが、二次会は346プロ内で行った為、アイドルの子たちがほとんど顔を出すという、さながら忘年会のような形で行われた。

 

 

「早苗さんが若干やけくそ気味だったのが、気になったけどな」

「あんまり言わないであげて。早苗さんもきっと焦ってるんだから」

 

 

 早苗さんには二次会の挨拶や司会を頼んだのだが、それ以外の所ではお酒が入った影響で終始やさぐれていた。めんどくさい事この上なかったのだが、結婚式や二次会でも色々お世話になっていたので文句は言わない方向で。

 その後、しばらく結婚式や二次会の事を話していたのだが、

 

 

「ねぇ大和。少しだけ昔話しよっか」

 

 

 唐突な昔話という言葉に俺は首を傾げる。

 

 

「昔話?」

「いいからいいから」

 

 

 いつの間にかコーヒーまで用意されていた。心にしては準備がいい。訳が分からないけど、取り敢えずソファに腰を下ろし、コーヒーを口に含む。

 

 

「で、昔話とは?」

「まぁ、いうほど昔でもないんだけどね~。あたしがこの事務所に入った時くらいの話」

「……その時に何かあったっけ?」

 

 

 心当たりがありつつもとぼけてみる。事務所に入った時の話で、心が今したい話なんて一つしかない。

 ただ、それは俺にとって、相当恥ずかしいことなので出来ることなら封印しておきたいのだ。

 

 

「何かあったっけって……どうせ気付いてるくせに」

「気付いてるけど、言いたくないことだってあるんだよ」

「大和にとってはそうかもしれないけど、あたしにとってはそうじゃないの。まだお礼の一つも言えてないんだからさ」

「別にお礼なんて……」

 

 

 俺は心に感謝されることなんて一つも――。

 

 

「大和があたしをプロデューサーに推薦してくれたんだよね?」

「……ちなみに、バラしたのは?」

「もちろん、あたしのプロデューサーだぞ☆」

 

 

 あの人……絶対に言うなってあれほど念を押しておいたのに。しかし今となっては後の祭りである。

 

 

「はぁ……それで、今の話はいつ頃聞いたんだ?」

「あたしが事務所に入って一か月くらいしてからかな。ふと思ったんだよね。どうしてプロデューサーは、あたしをアイドルとして正式にスカウトしたんだろうって。だってあたしって最初の印象だけだと、プロデューサーに大分引かれた気がしたからさ」

「大分どころじゃなくてドン引きだったけどな。というか、分かってるならそのキャラでグイグイ行くなよ」

「まぁまぁ! それでプロデューサーを捕まえて聞いてみたの。どうしてあたしをアイドルにしたのかって」

 

 

 そこからの流れは何となく想像できたが、あえて聞かなかった。

 

 

「そしたらさ、『本人には内緒だけど、大和君の口添えも大きかったんだ』って言われたんだ。大和が346プロで働いてたのは知ってたけど、どういうことなんだろうって」

「本当に余計なことを……」

 

 

 俺は思わず頭を抱える。あの時の事は本当にたまたまだったのだ。魔がさしたとでもいうべきか。俺の人生のうち、いくつかある消したい過去のうちの一つである。

 

 

 その日もいつもと変わらず出社し仕事をしていたのだが、たまたま自分のデスクで頭を抱えるプロデューサーさんが目に入ってきたのである。

 

 

「どうしたんですか?」

「いや、新しいアイドル候補を見つけてさ」

「いいじゃないですか。プロデューサーさんが見つけてきたのなら間違いないですよ」

「いや、ちょっと今回の子は色々と問題点が多いというか何というか……取り敢えず写真だけでも見てみてよ」

「はい、ありがとうございます」

 

 

 プロデューサーさんから写真を手渡される。

 そして、見せられた写真を見た俺は絶句した。

 

 

 なぜならそこには、ぶりっ子ポーズを完璧に決める幼馴染が映っていたからだ。

 

 

「え、えっと、この人は?」

 

 

 頬を引きつらせながら訊ねると、プロデューサーさんは困ったような表情を浮かべた。

 

 

「それがこの間、良い子がいないかってドラマの撮影現場に行ってたんだけど、強引に渡されてな」

「へ、へぇ~。そんな人もいるんですね。それで何を迷っているんですか?」

「いや、素質は抜群にありそうなんだけど如何せん、性格にちょっと問題がありそうで。正式にスカウトするか迷っているんだよ」

 

 

 取り敢えず知らないふりをして話を合わせる。性格に問題がありそうと言ったプロデューサーさんの言葉は大いに理解できた。

 たまに見に行ってたから知ってたけど、彼女は過剰なぶりっ子? キャラ? を演じていたからだ。

 

 

「ちなみに、彼女の性格は?」

「うちにいるウサミンのような感じなんだけど、切羽詰まってる感じがひしひしと伝わって来てな~。キャラ作りもちょっと痛いっていうか……」

「…………」

 

 

 あいつの特性を一発で見抜くとは……正論過ぎてぐうの音も出なかった。流石は、年がら年中アイドルと仕事をしているだけある。

 

 

「へ、へぇ~、そうなんですか……」

「そうなんだよ。やっぱりやめておこうかな~。地雷臭がプンプンするんだよ」

 

 

 ため息をつくプロデューサーさん。

 

 恐らく、このままいけば心がこの事務所にアイドルとして入ってくることはないだろう。

 

 別に俺がここで、幼馴染である心の事を勧める義理なんてない。そんな事をしてしまえば他にもいるであろう、アイドルになれそうな女の子の枠を一つ奪ってしまうことになりかねない。

 

 だからこの話は聞かなかったことにすればよかった。これも何かの巡り合わせで――。

 

 

 

「プロデューサーさん」

「ん? どうかした大和君?」

 

 

 

 聞かなかったことになんて、とてもできなかった。

 

 

 

 俺は、あいつのいいところをたくさん知っていたから。

 

 あいつが腐らずに努力を続けていたことを知っていたから。

 

 あいつがどれだけくじけそうでも、笑顔を浮かべて頑張っていたことを知っていたから。だから――

 

 

「その、実はですね……」

 

 

 彼女の事をプロデューサーさんに精一杯売り込んだのだ。もちろん、幼馴染であることも正直に伝えた。

 プロデューサーさんには、幼馴染の贔屓目に見えていたかもしれない。だけど、俺は心が芸能界で燻ぶっていたのも知ってたので、多少強引にでもと売り込んだのだ。

 正式にオーディションを受けに来ている子の存在も知っている。俺のやり方が良くないことも承知の上だった。でも、それでも、

 

 

 

「心がアイドルとして輝いてる姿を見たかったんだ」

 

 

 

 そう言って俺はコーヒーを一口すする。

 

 

 

「よくそんなこと恥ずかしげもなく言えるよね?」

「心を必死に売り込んだ時点で相当痛いんだ。これくらい大したことないんだよ」

「それは言えてる☆」

「せめてフォローしてくれ」

 

 

 結構傷ついてるから。そんな俺を見て心は頬笑みを浮かべ、

 

 

「だけど、そんな幼馴染の言葉をプロデュサーから聞いてからかな。大和の傍にいたいって感じ始めたのは。まぁ、それより前から大和の事は好きだったけどね」

 

 

 割と不意打ちでドキッとすることを言われた。そんな心情を読まれないように何とかして表情を取り繕う。

 

 

「なるほど。そんな経緯があったから俺の隣の部屋に引っ越してきたんだな」

「そんな感じ☆ でもさ大和。少し変だと思わなかった?」

「変って?」

「あたしが、何の前触れもなく大和の隣の部屋に引っ越してきてさ」

「言われてみれば。偶然にしちゃ出来過ぎだと思ったけど……もしかして、計画的犯行だったりする?」

「犯行とか言うな☆ 犯罪者じゃねーぞ☆」

 

 

 冗談はさておき、心当たりがあるとしたら一つくらいしかない。

 

 

「誰かに、例えば千川さんかプロデューサーさんに俺の住所を聞いたとか?」

「当たり☆ 正解した大和には一スウィーティーポイントをプレゼント☆」

「いらねえよ、そんなポイント」

 

 

 立派な個人情報流出である。俺はがっくりと肩を落とす。ただ、今さら言われたところで驚きはしない。

 流出の件も……バラしたのは千川さんかプロデューサーさんだろうから、今度何かおごってもらおう。それでこの件はお終いだ。

 

 

「大和の住所をきいて、急いで引っ越して……いやー、大変だったよ。偶然引っ越してきたのを装うのも」

「お前が幼馴染じゃなかったら完全にストーカーだよ」

「大和だって満更じゃなかったくせに~」

「頬をつつくなって」

 

 

 満更じゃなかったけどさ。そりゃ、好きな女が隣に引っ越してきたんだ。嬉しくないわけがない。

 それまではLINEが中心で、会って話をするなんてなかなかできなかったからな。俺も入社した一年間くらいは、時間的余裕も精神的余裕もなかったし。

 

 そんな事を考えていると、心が俺の肩に頭を預けてきた。

 

 

「どうした?」

「ちょっとこうしたくなってさ。あの時の大和が、あたしのいいところをプロデュサーに伝えてくれたから今のあたしがいるんだな~って」

「……あんなのきっかけにすぎないだろ。ここまで人気が出たのはお前が腐らずに努力してきたからだ。俺は別に何も――」

 

 

 

「嬉しかった。ありがとう」

 

 

 

 言葉を遮った彼女の声は少しだけ濡れていた。目元を拭うような仕草を見せ、俺から視線を逸らす。

 

 

 

「…………」

 

 

 

 俺は黙って心の髪を梳く様に撫でる。ここで言葉はいらない。幼馴染特有の勘だ。

 しばらくして落ち着いたのか、心が少しからかうような口調で話しかけてきた。

 

 

「でもさ、普通幼馴染ってだけでそこまでする?」

「まぁ、しないだろうな。今思い返してもやりすぎたかなって思ってるし」

「じゃあなんで?」

 

 

 彼女からの質問に俺は視線を逸らす。そのままボソッと呟く。

 

 

「…………から」

「えっ、なに?」

「……心だったから」

「……へっ?」

「心だったからだって言ったんだよ。お前じゃなかったらこんなことしてない」

「えっ……あ、そ、そうだよね。あはは……」

 

 

 俺たちの間に気まずい空気が流れる。言った俺も恥ずかしいし、言われた心も恥ずかしかったからこその沈黙だろう。

 というか、こんなことわざわざ言わなくたって少し考えたらわかるだろ!

 

 

「き、気持ち悪いなぁ大和は! 幼馴染とはいえ!」

「そうだよ。あの時の俺は最高に気持ち悪かったんだよ!」

「本当に反省してよね! ほんとうにもう、大和は昔から、昔から……」

 

 

 そこで言葉が途切れる。

 

 

 

「……まぁ、でも、そんなところを大好きだと思っちゃう私も、十分気持ち悪いんだけどね」

 

 

 

 苦笑いのような、しかしどこか幸せそうな笑みを浮かべる心。

 

 あぁ、駄目だ。本当に。こいつは……いい女過ぎて困る。俺は心の身体を優しく抱き締めた。

 

 

「んっ……どうしたの急に?」

「いや、ずるいな~って」

「意味わかんないんだけど?」

「分かんなくていいよ」

 

 

 分かられたら相当恥ずかしいし。だから俺は、何も言わずに彼女の身体を抱き締め続ける。どのくらい彼女の身体を抱き締めていただろうか。

 

 

「ねぇ大和」

 

 

 問い掛ける様な心の声に、俺は抱き締めていた腕を緩める。

 

 

「どした?」

「これからも変わらずによろしくね?」

 

 

 胸の中で頬笑みを浮かべる心。どこかあどけなさを残しつつ、大人の色気も漂わせる表情。

 

 今更ながら俺なんかには勿体ない奥さんだよな~。なんてことを思いつつ俺は、

 

 

「おう」

 

 

 そう、短く返事をしたのだった。

 

 

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 

 

 それから時が流れ。

 

 

「お父さん、お母さん、早く!!」

「あんまりはしゃぐと転ぶぞ~」

 

 

 笑顔で走っていく娘を見つつ、俺はのんびりとその後を追う。季節は四月。今日はお花見をするとのことで、近くの公園まで足を運んでいた。

 

 

「相変わらず、美織は元気だよね」

「母親に似たんじゃないか? 昔から無駄に元気だったし」

「無駄とか言うんじゃねぇよ☆」

 

 

 そして俺の隣には心の姿が。Tシャツにジーパンと非常にラフな格好ではあるのだが、スタイルがいいせいかモデルのようにも見える。

 本人は子供を出産してから太ったとか言ってたけど、とてもそうには見えない。そもそも、太った太ったと言いながらお菓子をよくつまんでいるので、そこまで気にしていないのかもしれない。

 

 ちなみに我が娘の本名は八坂美織(やさかみおり)。母親似で、色々な人から可愛い可愛いと言われる4歳児です。母親似に育ってくれて本当によかった。

 

 話しながら歩いていくと、視線の先に見慣れた人影が。俺たちに向かって手を振っている。

 

 

「あっ、大和君に心ちゃん、こっちこっち~」

「久しぶりね~」

 

 

 レジャーシートに座って、手を振っていたのは片桐早苗さんと川島瑞樹さん。今日はお二人に誘われるような形で、お花見をすることになっていたのだ。

 

 そして、これが一番大事なんだけど……二人とも既に結婚しています。二人とも結婚しています(大事なことなので二回言いました)。

 早苗さんが結婚したのは結構最近、瑞樹さんは俺たちが結婚してから一年後くらいに結婚していた。

 瑞樹さんにいたっては子持ち。今も腕の中で娘さんがすやすやと寝息を立てている。確か今月で10か月くらいだったかな? その為、現在芸能活動は休止中。

 

 瑞樹さんに関しては、いわゆる電撃結婚みたいな形での婚約だった。俺も心も滅茶苦茶驚いたのは懐かしい思い出だ。いや、あの時は事務所の中も大騒ぎになったっけ。

 早苗さんは驚きを通り越して、真っ白になってたけど。まぁ早苗さんからしてみれば戦友に裏切られた気分だっただろうし。

 

 

「ほんと久しぶりだね~。半年ぶりくらい?」

「最近はみんな、育休やら仕事やらで予定が合わなかったからな」

 

 

 話しつつ、俺たちはビニールシートの上に腰掛ける。

 

 

「なかなか集まれなかったもんね。美織ちゃんもお久しぶり」

「おひさしぶりです!!」

「ふふっ! 相変わらずの可愛さね」

 

 

 ぺこりと頭を下げた我が娘に、瑞樹さんと早苗さんもニッコリ。自分で言うのもなんだけど、本当によくできた娘だ。心には「親バカだね~」と言われたけど、それも致し方なし。

 それからは話もそこそこに、持ってきたお弁当などを広げてお花見を始める。今日は流石にお酒は抜きだけど。

 

 

「美優さんは結局お仕事でしたっけ?」

「そうそう。誘ったんだけど、予定が合わなくてね」

「まぁ、育休から復帰したばっかりで仕事も多いだろうから仕方ないわよ」

 

 

 美優さんも多分に漏れず結婚していた。最近仕事復帰したのだが、美優さんに人妻特有のエロスが組み合わさったおかげで、世の男たちは狂喜乱舞している。あんなお嫁さんがいる旦那さんはきっと幸せ者だろう。

 ひとしきり話したところで、早苗さんが思い出したかのように声を上げる。

 

 

「あっ、そうだ。美織ちゃん、この前練習中だったお母さんのアイドル時代のポーズ。私たちに見せてくれない?」

「ちょっ!? 早苗さん!?」

 

 

 突然の爆弾投下に焦る心。しかし、

 

 

「それ、私も見たかったのよね。美織ちゃん、できそう?」

「うん、バッチリだよ! いっぱいれんしゅうしてきたから!」

 

 

 瑞樹さんの追撃を受け、もはや娘を止めるものは誰もいない。元気よく返事をした我が娘は立ち上がり、

 

 

「はぁ~い♪アナタのはぁとをシュガシュガスウィート☆さとうしんことしゅがーはぁとだよぉ☆」

 

 

 最高に可愛いポーズを披露してくれた。うん、流石娘だけあって特徴をよく捉えている。ツインテールなのも加点要素だ。

 早苗さんと川島さんもニッコリと笑顔。顔も母親似なので、まるで子供の頃のしゅがはを見ている気分になる。

 

 

「うぐぐっ……頭が痛い……」

 

 

 まぁ、隣では奥さんが苦悶の表情を浮かべながら頭を抱えてるけど。しかし、もはや恒例行事と化しているので気にしない。テレビでもよく見る光景だ。

 

 ちなみに、うちの奥さんは美織が生まれたのを機に露骨なキャラづくりをやめています。何でも、あのキャラを演じ続けるには流石に限界だったとのこと。

 それでも30過ぎまで、あのキャラを演じられた心のメンタルもすごいものである。俺だったら恥ずかしすぎて絶対にできない。

 

 

「大和ってば、失礼なことを考えてない?」

「いえ、全く」

 

 

 こいつは結婚してからというもの、どんどんと鋭くなっている気がする。こりゃ、一生隠し事なんてできないだろうな。まぁ、隠し事なんてする気もないんだけど。

 

 

「そういえば二人とも、結婚してそろそろ10年くらいたつけど、未だにラブラブしてるの?」

「お互いに名前呼びだし、確かに気になるわね」

 

 

 早苗さんと瑞樹さんがそう聞いてきたので、俺たちは顔を見合わせる。そしてしばらく考え、

 

 

「別にラブラブはしてないよな?」

「うん、してないね。子供も生まれたし、いつまでも新婚気分じゃないわけだし」

 

 

 冷静に答える俺と心。

 

 

「えぇ~、そうなの? つまんないわね~。二人ならいつまでも、新婚時のようなラブラブっぷりを見せつけてくれると思ってたのに」

「時が流れていくうちに、関係も変わっていくもんですよ。まぁ、でも――」

 

 

 俺はそう言って彼女のお腹を見つめる。心もその視線に気づき、優しく微笑みながら自分のお腹を撫でる。そして、

 

 

 

「この子を宿すくらいには関係は変わってないですけどね」

 

 

 

 早苗さんと川島さんはしばらくポカンとし……ゆっくりと笑顔を浮かべた。そのまま早苗さんは心のわき腹をつんつんとつつく。

 

 

「なによなによ。あんなこと言った割には全然そんなことないじゃない」

「ほんとよね~。心配して損しちゃったわ。幸せそうで何よりよ!」

「心配って、瑞樹さんたちが勝手に心配してただけじゃないですか」

「だってねぇ? 私たちと違って、心ちゃんたちは一番結婚期間が長いわけだったから」

「ぶっちゃけ、小さい頃からの期間を含めれば、とんでもなく長い期間一緒に居るわけですしね」

「そう思うと長い付き合いだよね、あたしたち」

 

 

 俺たちは思わず苦笑いを浮かべる。

 

 物心ついたころから一緒に居て、気付いたら結婚してて……。こんなに長い期間、一緒に居るのは多分、世界中探してもほんの一握りなんじゃないだろうか?

 

 

「沢山喧嘩もしましたし、色々なことがありましたね。浮気もされましたし」

「浮気に関しちゃ、完全にお前の勘違いだっただろうが。しかも結婚前だし。記憶を捏造するんじゃねぇよ」

「あれ、そうだったっけ?」

「そうだよ、全く……」

「まぁまぁ、それだけ色んなことがあったってことだよ!」

 

 

 調子のいい奴め。まぁ、それを笑顔で流してしまう俺も大概なのかもしれない。

 

 

「ちなみに、心ちゃんは今どんな時が一番幸せなの?」

「幸せですか? ん~、あんまり考えたことはないですけど……」

 

 

 すると、心が俺の肩に頭を預けてきて、

 

 

「どんな時が一番の幸せって聞かれたら、多分――」

 

 

 最後に彼女はこう言って笑顔を浮かべるのだった。

 

 

「あたしはこうして彼(大和)の隣に居られることが一番の幸せです」

 

 

 

          佐藤心が隣にいる日常~完~

 

 

 

 

 

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 

おまけ

 

「そ、それでさ、明日から新婚旅行なわけだけど……」

「そうだけど、それがどうかしたのか?」

 

 

 心の言う通り、俺たちは明日から新婚旅行に行くことになっている。一般の人と比べて期間は短いが、きっちり日程を開けてくれたプロデューサーさんには感謝だ。

 しかし、先ほども言った通り新婚旅行がどうかしたのか?

 

 

「明日は朝早いけど……」

「うん、早いな」

「準備もまだ微妙に終わってなくて……」

「まぁ、後は服とかつめるだけだけど」

「早く寝ないと、明日からに支障をきたすかもだけど……」

「だから、それがどうした――」

「大和との子供が欲しい」

 

 

 ど真ん中に160キロのストレートを投げ込まれた。何かしゃべろうとしたのだが、口がパクパクと動いただけだった。

 

 

「子供が欲しい」

 

「二回言わなくても分かってるから」

 

 

 ようやく口が動いた。しかし、何と返事をしたものか……いや、素直に自分の気持ちを言えばいいだけなんだけど。

 

 

「も、もう結婚したわけだし、その……アレも付けなくていいから、できるよね?」

「できるけどさ……」

 

 

 いや、確かにこれまではきちんと避妊具を付けてやってたけどさ。だけど、いきなり子供なんて事務所がなんていうか――。

 

 

「プロデューサーにはちゃんと許可貰った」

「……ごめん、プロデューサーさん。うちの嫁が迷惑をかけて」

 

 

 どんな聞き方をしたのかは知らないけど、まじでごめんなさい。

 

 

「そしたら『ママタレって結構需要あるから、大和君に昼も夜も頑張れって伝えておいて』って言われた」

 

 

 前言撤回だわ。あの仕事人間め……。

 

 

「そ、それで、大和は……欲しい?」

 

 

 そういって頬を真っ赤にした心が、上目遣いで俺の顔を覗き込んできた。ムラムラっとした感情が湧きあがってくる。ここで本音を言わないのは流石に男の名が廃る。

 

 

「……欲しいに決まってるだろ」

「ふふっ♪ なんだかんだ大和も正直だよね」

「うるせぇ」

 

 

 新婚旅行初日はお互い、寝不足でした。




 これにて「佐藤心が隣にいる日常」は完結になります。
 完結までに長い日時が経ってしまいましたが、ここまで読んで下さった方には感謝しかありません。
 また、番外編として投稿するかもしれませんが、あまり期待せずに待っていてください。
 一応、活動報告にて後書きを載せておりますので、そちらも見ていただければ幸いです。 
 それではまたどこかでお会いしましょう。


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番外編2
ホームビデオ


「ホームビデオの撮影?」

「そ! 今度のテレビの企画でさ、取ってきてほしいんだと」

 

 

 とある日の夜。テレビを見ながらくつろいでいると、心がそんな話を俺に振ってきた。

 

 

「まぁ、ホームビデオっていうよりはプライベートの撮影って感じかな。ほら、テレビでたまにやるじゃん?」

「あー、自分の趣味を見せたり、新婚だったら旦那とこんなことしてますって見せるやつね」

「そうそう。流石大和、話が早い! 1スウィーティポイントをプレゼント☆」

「だからそのポイントは、還元率が悪いからいらないって何度も言ってるだろ」

「いらないとか禁句な☆ いらないって言われても押し付けてやるぞ☆」

「理不尽すぎだろ」

 

 

 ちょっと話が脇道に逸れたが、要するにテレビ側からの要請で心の新婚生活(ギャグではない)を、視聴者にお見せしたいということなのだろう。需要があるのかどうかは別として。

 

 

「実際に需要はあるみたいだぞ」

「心を読むんじゃない」

「大和が分かりやすいだけ。まぁ、需要があるのは事実みたいだから!」

「アイドルの結婚は珍しいからとか、そんな理由?」

「そんなとこ!」

 

 

 グッと親指を立てる心。実際の所、彼女は男女問わずファンも多いし、視聴者受けもいいからな。

 アイドルのプライベートを覗きたいって言う一部のファンがいるのも納得はできる。ただなぁ……、

 

 

「俺、一応一般人だから、いいリアクションとか取れる気がしないんだけど」

「別に一般人の大和に、そこまで視聴者も期待してないから大丈夫だよ。むしろ、素のリアクションの方が重要だって!」

「うーん、一理あるかも」

 

 

 確かに心の言う通りかもしれない。それにさっきも言ったけど、一般人の俺にリアクションを期待するのも土台無理な話だしな。

 

 

「そこまで言うのなら、俺は大丈夫だよ」

「オッケー! じゃあちっひーにも連絡しとくね。ビデオとかの機材は事務所が用意してくれるし、編集とかもやってくれるから」

「俺らがやることは撮影するってだけね。了解」

 

 

 そんなわけで数日後、ホームビデオの撮影をし、事務所へ提出したのだった。

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

「それで、なぜ俺はここに?」

「一応、テレビで流す前に確認をしてほしんだってさ」

「ごめんなさい、お仕事終わりなのに」

「まぁ、変な映像とかあったら困りますし大丈夫ですよ」

 

 

 放送日まであと数日と迫った中、俺は仕事終わりにちひろさんに呼び出されていた。

 別に呼び出されること自体は問題じゃない。問題があるとすれば俺たち以外に人影があること。

 

 

「楽しみですね~」

「ほんとね。一緒に飲むことはあってもプライベートの姿は知らないわけだし」

「わくわくします!」

「どうして楓さんと瑞樹さん。更には美優さんまでここに?」

「どうしてって、ちひろさんが面白いビデオを見せてくれるって誘ってくれたから」

「私は瑞樹さんに誘われました♪」

「わ、私は楓さんに誘われました」

 

 

 結局のところ、元凶はちひろさんみたいだ。俺はキッと彼女を睨む。すると、

 

 

「てへっ☆」

 

 

 ペコちゃんの如く舌を出すちひろさん。年上だけど引っ叩いてやろうかと思った。おのれ緑の悪魔。

 

 

「な、なんだかすいません。私も好奇心には抗えませんでした……」

 

 

 申し訳なさそうな三船さん。俺はそんな彼女に大丈夫ですよと首を振る。

 

 

「三船さんはいいんですよ。好奇心とは言いつつ、いつもの如く断り切れなかっただけだと思いますから」

「相変わらず美優ちゃんには甘いんだから」

 

 

 呆れた様子の心。いつも通りの事でもあるので、そこまで気にしてないみたいだけど。

 

 

「まぁまぁ、大和さんとそんなに気にしないで中身を見ましょうよ。まだ途中ですけど、結構頑張って編集もしてますから」

「そうそう。どのみちテレビで流れるんだし気にしなくていいでしょ」

「むぅ……確かにそれもそうか」

 

 

 心の言葉に俺は仕方なく頷く。

 

 

「だけど、そんなに面白いシーンってありました? むしろ普通すぎてつまらないVTRだなと思ってたんですけど」

「その普通さが、今回は良かったんですよ。二人しか出せない空気感が良かったです。それに――」

『それに?』

「いや、これは実際に見てもらったほうが早いですね。それじゃあ早速再生しますね~」

 

 

 気になるけど、この後どうせ流れるから問題ないか。ちひろさんが再生ボタンを押すと、既視感のある映像がテレビに流れ始めた。

 

 

『……これってもう撮れてるのかな?』

『えっと……うん。撮れてる撮れてる』

 

 

「おー、二人で写ってる姿を見るってなんだか新鮮!」

「確かに……普段は絶対に見ることのない光景だな」

 

 

 画面内に写る俺と心。アイドルである心はともかく、俺まで一緒に写ることは普通ありえないからな。

 

 

「ちなみに、俺の顔はモザイクをかけるんですよね?」

「もちろんですよ。一応、大和さんは一般人ですからね」

 

 

 そこら辺の配慮は十分にしてくれるらしい。芸能人の旦那や嫁って意外と顔を出すパターンも多いけど、俺は絶対にごめんだからな。

 

 

「それにしても、結構苦戦してるみたいね」

「これまでビデオカメラなんて触る機会、あまりなかったですから」

「はぁとも、いつもは取られる側だから全然使い方わかんなかったし」

 

 

 説明書を読みながら、確認しながらって感じで進めたからな。予想以上に時間がかかったのはご愛敬。

 

 

「でも、いい予行練習になったんじゃないですか?」

 

 

 ニヤッと、悪い笑みを浮かべるのは楓さん。俺はその言葉の意味が分からないほど鈍くはない。しかし、

 

 

「楓ちゃん、それってどういう意味?」

 

 

 俺の嫁は鈍いみたいだった。素で分かっていないみたいである。

 

 

「いえ、いずれ撮る機会が訪れるだろうな~って」

「?? 大和、楓ちゃんは何を言ってるの?」

「……何を言ってるんだろうな~」

「ふふっ♪ 大和さん、私は楽しみにしてますね」

 

 

 楓さんめ……遠回しに俺たちの間にできる子供の事について話してやがる。ちなみに、つけないでやってるけどまだ予定はありません。

 というか、心は何で気付かねぇんだよ……。恨みがましい視線を彼女に向けると、

 

 

「ほえっ?」

 

 

 ほえっ? じゃねぇよ。なんだそのとぼけ顔は。可愛いから許すけど。

 

 

「楓さん、何を言ってるんでしょうか?」

 

 

 ここにも心と同類がいた。美優さんは、そのままピュアピュアな美優さんでいてください。

 その後は番組用のVTRが流れていく。そして、

 

 

『以上、アイドル佐藤心のラブラブ新婚生活でした☆』

 

 

 アイドルスマイルを浮かべた心が締めの言葉を述べ、動画は終了した。ラブラブって言ってたけど、そんなシーンなかった気がする。

 ほんと、何でもない、普通のVTRだった。本当にこんなので視聴者は満足してくれるのだろうか? 

 まぁ、そこは番組の人が何とかしてくれるだろう。さて、動画が終わって……、終わって……。

 

 

「……って、あれ? ちひろさん、映像が終わらないんですけど」

「ほんとだ……あっ! もしかして、あの時止めてたつもりが止まってなかったとか?」

「正解です! だからもう少しだけ映像が続きますよ♪」

 

 

 うわぁ、滅茶苦茶いい笑顔。そんなにへんてこな映像が残ってたのか? 俺の心配をよそに、動画は続いていく。

 画面では撮影が終わったと思い込んでいる俺たちが、盛大に弛緩している姿が映っていた。

 

 

『……あ~、なんかいつものカメラとはまた違った難しさがあった』

『俺もなんだか疲れたよ』

 

 

 ソファに座り込みながら答える心。

 

 

「はぁとちゃん、思いっきりプライベートな声になってるわね」

「普段、よく聞く声になりました♪」

「ひ、人聞きが悪いなぁ二人とも!」

「事実だし、仕方ないだろ」

「大和は黙ってろ☆」

「あ、あはは……」

 

 

 そんな会話を他所に、完全プライベートなシーンは流れていく。

 

 

『よっし! 疲れを吹き飛ばすべく夜ごはん、サクッと作っちゃうから』

『今日の献立は?』

『豚の生姜焼き!』

『おー! 心が初めて俺に作ってくれた料理じゃん! 調味料の配分を間違えて滅茶苦茶しょっぱくなったやつ』

『余計なことを言うんじゃねぇよ☆ まぁ、あの時の生姜焼きがあるおかげで今の生姜焼きがあるってわけ!』

『それもそうだな。じゃあ、料理はよろしく。俺は風呂を沸かしてくるから』

『合点承知!』

 

 

 そう言って心は料理、俺は風呂を沸かしに浴室へ。しばらく画面には何も映らない状況が続く。すると、瑞樹さんがぽそっと一言。

 

 

「なんだか……普通ね。普通の夫婦生活って感じね」

「普通です。つまらないです」

「普通で何が悪いんですか。むしろ、リアルはこんなもんですよ。てか、つまらないは流石に酷すぎじゃないですか!?」

「いや、ちひろちゃんがいい笑顔だったから、もっとラブラブしてる映像が流れるもんだと思ったのよ」

「わ、私もです。あの笑顔は、絶対にそういった類の映像が残ってた時の笑顔でした」

 

 

 まぁ、瑞樹さんが言ってることも分かるけどな。俺だってそう思ってたし。地味に美優さんがちひろさんに対して酷いことを言っていることはスルーで。

 その後は、俺が戻ってきてテレビを眺めている映像が流れる。

 

 

『よしっ! 大和~、晩御飯完成したから食器とかの準備よろしく!』

『ほいほい』

 

 

 晩ご飯が完成したようで、俺が一時画面からいなくなる。そして、食器を机の上に並べる音などが聞こえてきた後、

 

 

『いただきます』『いただきまーす』

『……うん。しょっぱくない』

『どんな感想だよ☆』

『冗談だよ。めちゃくちゃうまい』

『ふふっ、ありがと』

 

 

 映像は相変わらずソファとテレビを移しているので、俺たちの姿は見えない。声だけが聞こえてきている状態だ。

 そんな中、再び瑞樹さんが声を上げる。

 

 

「……えっ、何この理想の夫婦。うらやま……理想的過ぎて、場合によっては死人が出るわよ」

「死人って……結婚して一年くらいですし普通じゃないんですか?」

「分かってないわね大和君は。独身者にとって、この幸せな映像は全身にライフル弾を撃ち込まれてると動議なのよ!?」

「意味が分かりませんって……」

 

 

 瑞樹さんの暴論は放っておいて再び視線を映像に戻す。

 いつの間にやら晩ご飯の終わっていたようで、俺たちは現在、隣同士並んでテレビを眺めている。映像でテレビを眺めている姿を見るのは、何だかおかしな感じだ。

 

 

『……おっ、この前の総選挙の様子じゃん』

『ほんとだ。最近の事のように感じるけど、実は意外と前の話なんだよね~。……そういえば、旦那として嫁の総選挙の順位はどうだったわけよ?』

『正直、なんかの間違いだと思った』

『ぶっ飛ばすぞ☆』

 

 

 感想を述べた俺に、心がアイドルが浮かべちゃいけない表情を浮かべている。……いや、いつもの事か。

 

 

『ごめんごめん。だけど、びっくりしたのは否定できなくて』

『いやまぁ、確かに想定外に良い順位だったから驚いたけどさ~』

『それだけ、お前がファンから愛されてるって事じゃねぇの?』

『ありがたい話だけどね。……けどさ、大和からしてみれば複雑だったりするの?』

『えっ、何で?』

『いや、一応あたしもアイドルやってるわけで、応援してくれる男性ファンもいるわけで……嫉妬とかないのかな~って』

『あぁ、そういうこと。……別に、嫉妬してないわけじゃないよ』

 

 

 俺の言葉に心は少し目を見開く。そして同じく、隣からも意外だと言わんばかりに声が漏れる。

 

 

「大和君もちゃんと嫉妬するのね」

「ちょっぴりびっくりです」

「いやいや、人の事をなんだと思ってるんですか」

「正直、あたしも言われた時は意外だった」

「嫁さんにまで言われるとは……」

 

 

 散々な言われようだけど、俺だって一人の男であるわけだし、当然嫉妬だってする。だけど、次に俺が話す言葉が全てであって――。

 

 

『だけど、やっぱ嬉しいじゃん? 俺の嫁さん、こんなに人気なんだぞ。こんなに愛されてるんだぞって。だから、ちょっとくらいの嫉妬は我慢しようって思ってるんだよ』

 

 

 そこで俺は微笑を浮かべ、

 

 

『特に、お前が大変だった時代も知ってるからな』

 

 

 心の頭をポンッとなでる。俺の言葉に心は先ほどよりもさらに目を見開き、

 

 

『……ずるいよ』

 

 

 何かをぼそっと呟く。そして潤んだ瞳で俺を見つめた後……彼女は俺の胸に顔を埋めるようにして抱き付いてきた。

 

 

『うおっ! なんだよ急に』

『んーん。何でもない』

『何でもないなら離れろよ。暑い』

『やだ☆ あたしは暑くないもん』

『やだって、子供じゃないんだから……まぁ、いいけどさ』

『ほんとは嬉しいくせに~』

『うっせ』

『ほれほれ~。可愛い嫁がくっついてるんだからもっと喜べ☆』

『可愛いとか自分で言うなよ』

『……可愛いって思ってないの?』

『…………』

『ふふっ♪ そういう素直なところも好――』

 

 

 突然ぷつっという音が響き映像が途切れる。どうやら、ビデオカメラの電源が切れたらしい。

 

 

「うーん、ここで切れちゃったのが残念ですね~。もう少しでもっと面白い映像が撮れたかもしれないのに」

 

 

 悪魔のような台詞を呟くちひろさん。やはり彼女は、悪魔の生まれ変わりだったか。

 それにしても……やばい。客観的に自分たちのイチャイチャシーンを見るのはしんどいが過ぎる。

 心も同じようで途中から「うがぁ……」と、おおよそアイドルが出しちゃいけないような声を出しながら悶えていた。

 

 

「……楓ちゃん、美優ちゃん。私たちは一体何を見せられたのかしら?」

「新婚当初の気持ちを忘れない、フレッシュなイチャイチャシーンですね」

「これは……かなり効くわね。ギリギリ致命傷で済んだってところかしら」

「み、瑞樹さん、お気を確かに!」

 

 

 そして真っ白に燃え尽きている瑞樹さん。ただ、致命傷で済んだのであれば大丈夫か(錯乱)。

 それにしても、あそこで映像が切れてくれて本当によかった。だってあの後は――。

 

 

「ちなみに、大和さん。あの後、心さんとはどうなったんですか?」

「どうもなってませんよ。そのまま寝ました」

「心さん、大和さんの言葉は本当ですか?」

「ほ、ほんとだぞ☆ あの日は疲れてたからそのまま寝ちゃって――」

「…………嘘ね」

『へっ?』

「絶対あの後、ピーピーピー(自主規制)」

「わぁっ! み、瑞樹さん!? い、いいい、いきなりなんてことを!?」

 

 

 どうやらあまりに衝撃的な映像を見すぎたせいで、瑞樹さんの心が壊れてしまったみたいだ。瑞樹さんの言葉に顔を真っ赤にする美優さんが可愛い。

 バーサーカーモードに入ってしまった瑞樹さんを元に戻すのには、少々の時間を要しました。

 

 

 ちなみに一番最後、心が俺に抱き付いたシーンはもちろん放送されませんでした。しかし、この映像が入らなくてもVTR自体は大反響だったようです。




 書きたい衝動にかられて復活。今後も不定期に投稿するかもです。


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