SSR ビギンズ0 (真田丸)
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メモリー 0.1

現在投稿停止中のSSRの前日談となります。



「オイッ!見つかったか!?」

 

「いや、ダメだ!クソッどこに行きやがったガキ共!?」

 

物陰に隠れているとそんな叫び声が聞こえた。

息を潜めて暫くするとバタバタといった足音が遠退いていくのがわかった。

 

「ほら簪、今のうちに逃げるよ」

 

「う、うん・・・・」

 

隣で震えていた妹に振り返るけどその目には涙がたまっていて脚も生まれたての子鹿みたいでとてもまともに動けそうじゃない。

さっき隠し持っていた発信機を起動させたからもう少しで助けが来るはずだけどいつまでも此処に居たら見つかる。仕方なく簪の手を掴んで走り出そうとした時

【カランッ】

 

簪が足元に転がっていた何かの部品を蹴ってしまい音が響いた。

 

『オイ今の音!』

『向こうからだぞ!!』

 

不味い気付かれた!

このままじゃ2人とも殺されるかもしれない・・・

 

 

「簪はここに居て、絶対に動いちゃダメだよ」

 

考えた結果ボクは簪を隠れさせる事にした。

 

「・・・お兄ちゃんは?」

 

「大丈夫、すぐに戻って来るよ」

 

不安そうに見る簪の頭を撫でて出来る限りの笑顔を向けて走り出す。

 

どうやら此処は何処かの廃工場見たいで至るところに大きな機械が置かれている。

工場内を兎に角走り回っていると曲がり角から銃を持った2人組が出てきた。

 

「あっ――!?」

 

声をあげるよりも早く胸が燃えるみたいに熱くなった。全身に痛みが走って力が入らなくなった。

 

『おい、殺っちまって良かったのか?』

『娘の方がいれば問題無いさ』

 

2人組のそんな会話を聞きながら瞼がだんだんと重くなっていった・・・・・・

 

 

 

―――――――――――――

 

「・・・や・・・・・うや!・・・・・・起きなさいよ蒼矢!!」【ガンッ!】

 

「イッ・・・・タァ〜〜」

 

頭部への強烈な痛みで意識が一気に覚醒したような気がした。

顔を上げると目の前では涙目で右手を押さえながら睨み付けてくる眼鏡を掛けたら女の子がいた。

「詩乃、いきなり酷いよ〜」

 

「ツゥ〜・・・酷いよじゃないわよ!時計見なさい、時計を!!」

 

詩乃が指差した先、壁に掛けられた時計を見ると5時を回ったところだった。

 

「もうとっくに放課後よ。アンタは午後の授業丸々寝てたわけ」

 

そして、と言い詩乃が辞書並みの厚さのプリントの束を机に乗せた。

 

「・・・なにコレ?」

 

「先生から預かったアンタへの宿題よ」

 

見た瞬間に嫌な予感はしたけどやっぱりそうだよね〜〜・・・・

「えっと、詩乃ちゃん・・・・」

「イヤよ」

 

用件を言う前に拒否された!?

 

「どうせアンタの事だから手伝ってとか言うんでしょ?イ・ヤ・よ」

 

ズイッと迫り来るその顔からは明確な拒否の意志が滲み出ていた。

 

「そこを何とかお願いします!幼馴染みのよしみで!」

 

「困ったらいつもそうじゃない。この間だって放課後の掃除を手伝ってあげたじゃない。今回は一人でやりなさ「駅前のクレープ3個で!」―――ッ!?」

動揺した?よしこの方向で押していこう。

 

「4個!いや・・・5個でお願いします!!」

 

「しょ、しょうがないわね!期限に間に合わなかったら私まで先生になに言われるか分からないから手伝ってあげるわ!」

 

やった!(財布の中身以外は)無事に協力を得られたことに小さくガッツポーズを取っていると詩乃はいそいそと帰り支度を始めた。

 

「でもこれから夕食の買い物をしていくから先に帰って少しは進めておきなさいよ」

 

「うん判ってるよ」

 

教室を出ていく詩乃を見送ってボクも帰り支度をする。

 

 

 

 

 

 

 

 

先に言っておくとボク〔渦季 蒼也〕と朝田 詩乃は現在同じアパートの同じ部屋に住んでいる。

元々ボクたちは東北の田舎で幼馴染みだったんだけどとある事情から東京の中学に通うことになり両方の家供経済的にあまり余裕は無いことから同じ部屋に住めば安く住むんじゃないのか?ということで今に至る。

まあ、昔からよく互いの家に泊まることもあったしあまり抵抗はなかったんだけど時折お風呂上がりの詩乃にドキッとするのは内緒だね。

 

 

「っと、少し急いだ方が良いかな?」

 

気付けばもう日も沈身始めていた。このペースじゃ部屋につく頃にはすっかり暗くなっているだろう。

 

「近道していこっと」

 

3丁目の神社の中を通れば少しは早く着く筈、そう考えて神社の境内に入る。

 

この神社は古くから〔大地の泉〕という古井戸をを祀っているらしいけど詳しくは知らない。ただたまに井戸が緑色に光り魔物が現れると言い伝えられていて普段あまり人は近付かない。

 

「でもこのご時世に魔物って言われてもね〜」

 

はっきり言って胡散臭い。そう思いながら井境内で一際大きな木《御神木》を横切ろうとした時、

 

「――ッ!?」【ゾワッ】

 

ナニか言葉では言い表せられない寒気を感じた。

『グルル・・・」』

 

獣のうめき声が聴こえるそれもすぐ近くからだ。

慌てて周りを見渡しても何処にもそれらしい影は見当たらない。

 

気のせいだったのか?魔物が出る神社ってことでそんな錯覚を感じたのかもしれない。

 

そう結論付けて改めて歩き出そうとして空を見上げた。

 

「・・・・・えっ?」

 

見上げた先、御神木の上にそれは居た。

全身を針金のような毛で覆いその4本の足には刃のように鋭い爪が伸びている。獰猛な印象しか与えないその目は真っ直ぐにボクを捉えていると離れない。

巨大な狼がそこには居た。

 

『グルル・・・グルルルル・・・ガアァッ!!』

「・・・アッ!?」

 

御神木から飛び降りた狼に声をあげるより早く腹部に熱を感じた。

 



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メモリー 0.2

「・・・・・・・遅い」

 

時計を見ればもう九時を回っている。買い物を終えて部屋に戻ってみると蒼矢はまだ帰ってきていなかった。

 

どうせ何処かで道草でも食っているのだろう。

そう判断して先に夕食の準備を始めたのが一時間半前だ。

 

すでに夕食のエビフライも出来てご飯も炊けているのに蒼矢はいっこうに帰ってこない。

 

「まったく、どこほっつき歩いてるのよ」

 

幾ら連絡を取ろうとしても電話は繋がらないし・・・これだけ心配させるなんてコレはクレープ10個ぐらい奢ってもらいましょうかしらね。

そう考えながら改めて蒼矢の番号に連絡をいれた。

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・」

 

身体中が痛い・・・足が重い・・血の匂いが鼻に付く・・アパートへの近道として通った神社、その御神木の上から襲い掛かってきた巨大な狼の怪物。

ギリギリ躱して神社の本堂の中に逃げ込んだけどすぐに見つかるに決まっている。

「ハァ・・・ハァ・・」

 

腹部を見てみると大きく切り裂かれた制服から真っ赤な血が溢れ出ている。どうやら完全には躱せなかったみたいだ。

 

「コレ・・・は・・詩乃に・・・怒られるなぁ〜」

 

我ながら呑気な事を考えているとすぐ近くからあの怪物のうめき声が聴こえてくる。

 

「・・・・・・・・・」

 

『グルル・・・・グルルルル!』

 

だんだん近付いてくる足音に心臓の鼓動が強まる。

 

来るな・・・来るな・・・・必死に念じていると足音が遠ざかっていくのが聴こえた。

 

「ふぅ・・」

 

助かった。緊張の糸が解けて気を抜いた瞬間、

 

-ガシャッン!—

本堂の壁が破壊され怪物が入って来た。

 

「グウウァァァ!!」

 

雄たけびを上げ迫ってくる怪物に対し咄嗟に身構えるけどどう考えても勝てる訳がない。

(はぁ〜痛いだろうなぁ〜・・・)

 

内心諦め始めていると突如、本堂の丁度中心、ボクと怪物の間の床から緑色の光があふれ出た。

 

「えっ!?」

「グウウゥッ!?」

 

ボクだけでなく怪物も戸惑うように動きを止める。

光は少しずつ大きくなっていきやがて本堂全体を覆った。

 

 

《ヴォルテックス!》

 

光の中なにかが聞こえた。次の瞬間、ものすごい突風が僕の周りに吹いたような感覚がした。

 

「ギャウウンッ!!?」

 

怪物の悲鳴が聞こえるけどこの光のせいでナニが起こっているのか判らない。バキバキと周囲から打ち付けられた板の剥がれる音、瓦の砕ける音が響く。

 

 

どれだけ時間が経っただろうか?気付けば騒がしい音は止み光も徐々に収まってきた。

 

 

光が完全に収まり周囲の様子が見えるようになった。「えっ?な・・・なにコレ?」

本殿の中はまるで台風でも通りすぎたかのように荒れていた。

壁も屋根も剥がれ所々から外の景色が見え、足下には屋根から落ちただろう瓦の破片が散らばっている。

 

あの怪物の姿は無く代わりに血の付いた毛が散乱している。

 

「いったい・・・・何があったんだ・・・」

 

変わりゆく状況に思考が全く追い付かず座り込んでしまう。そこで右手に何かを握り締めていることに気が付いた。

 

「これは・・・USBメモリ?」

 

骨を表現するようなデザインの蒼色のUSBメモリがそこにはあった。もちろん見覚えは無いし神社の中に落ちているのも不自然だ。でも、なぜか解らないけどコレはボクの物だ、そう思えた。

 

 

 

 

―――――――――――――

 

ガチャ

 

「ッ!?・・・やっと帰ってきた」

 

テーブルの前に座って少しウトウトしていたら玄関が開く音が聞こえた。

時計はもう九時半を指している。

幾ら電話しても出ないし何て言ってやろうか?

 

「た・・・ただいまぁ〜・・・」

「遅い!電話にも出ないで一体何してたの・・・よ!?」

最大限の不機嫌顔で睨み付けてやろうと振り向くと蒼矢が気まずそうな顔で笑っていた。

だけど私の視線は蒼矢の血だらけの制服に釘付けになった。

真っ赤に染まったその制服は血が固まって硬くなっていてとても動きにくそうだった。

 

「どっどうしたのよその血は!?」

 

文句をいうのも忘れて詰め寄る。

蒼矢は「アハハ」て笑いながら目を泳がせる。

 

「えっとぉ・・《パキンッ》・・野犬に襲われた?」

 

「・・・・・ウソね」

 

サッと目をそらす蒼矢の顔を無理矢理自分に向けさせる。

 

「アンタは昔から嘘つくときは右手を握り締めて骨が鳴るのよ」

 

「あ〜・・・・」

 

呑気に「そう言えばそうだったなぁ」と右手を見る蒼矢を見ていたら何だかんか心配したのが馬鹿らしくなってきたわ。

 

「ハァ、身体中も血だらけなんでしょ?さっさとシャワー浴びてきなさいよ」

「そうする」

 

浴室に向かう蒼矢を見送ってご飯の支度をする。

おかずのエビフライはとっくに出来ているから冷めた味噌汁を温めてご飯をよそうとパジャマ代わりのジャージを着た蒼矢が来た。

 

「お待たせ」

 

「ほら、速く食べるわよ。その後に勉強もするんだから」

 

「え〜やっぱりやるのかぁ〜オレ、結構な怪我人だし今日は無しにしないか?明日から頑張るってことでさ」

 

「バカ言わないの。期限に間に合わなかったらどんどん増えていくわよ。それに・・・・」

 

テーブルを挟んで向かい側に座る蒼矢のジャージのチャックを下ろす。

そこには傷ひとつない羨ましいくらい白い肌があった。

「怪我なんてとっくに治っているじゃない」

 

「あ〜・・・やっぱりばれてたか」

 

「はい言い訳が終わったなら速く食べなさい」

 

「は〜い」

 

 

まったく、蒼矢は昔からこうだからまだまだ私がいなくちゃダメね。

 

いつまでたっても世話の掛かる幼馴染みにあきれる反面この昔から変わらない関係に安心を感じている自分もいた。

 



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メモリー 0.3

「蒼矢!朝田さん!おはよ・・・う・・?」

 

朝の登校中、詩乃と並んで歩いていると背後から名前を呼ばれて振り返るとそこには学校で間違いなく詩乃の次に親しい親友、新川 恭二がいた。

途中から不思議沿いな感じになったのは間違いなくボクの格好に対してだろう。

昨日、血で真っ赤に染まった制服はその後の詩乃の努力も虚しく処分することになり改めて制服を発注している間ボクは学校指定のジャージを着て登校することになった。

 

当然のように周りからの視線を集めての登校になっていたわけだけど恭二が元気なあいさつをしたため更に視線が集まった。

 

「どうしたの蒼矢、その格好は?」

「あ〜・・・・うん、ちょっと制服を汚しちゃってね。学校にはちゃんと許可を取ったよ」

 

「そうなんだ・・・・大変だね」

 

「ほら二人とも何時までもしゃべっていないで速く行くわよ!」

 

 

ボクの渦季 蒼矢の日常はとても平凡なものだった。

幼馴染みや親友と毎朝一緒に登校して授業中ちょっと居眠りをして先生に怒られる。

昼休みには詩乃が作ってくれたお弁当を恭二と一緒に屋上で食べる。(詩乃は他の友達と食べている)

そんなごく平凡な日常だった。

それだけに昨日の非日常な出来事が頭の中に強く残っている。

 

 

 

「じゃあ今日はちゃんと真っ直ぐ帰るのよ」

友達と少し買い物をしていくという事で別れ際に詩乃はそう言った。

勿論ボクもそのつもりだった。今日は速く帰って残った宿題をやらなくちゃならないし何より昨日あんな目に遭ったんだから寄り道なんてする筈がない!

 

「そう思っていたんだけどなぁ〜・・・」

 

気付けばボクは昨日の神社に来ていた。

 

特に理由があった訳じゃない。気が付いたら脚を向けていただけだった。

「それにしても、昨日のままだなぁ・・・・」

 

神社の境内は昨日ボクが離れた時から何も変わっていなかった。

今に思えば不自然すぎる。

本殿が半壊するほどの強風が起こったんだ。その時の音は明らかに周辺まで届いていたはずなのに野次馬も警察の捜査さえもされた痕跡がない。

 

そしてもう1つ妙なのは今ポケットの中にあるUSBメモリの事だ。

 

昨日から何故だか手放す気になれない。別に思い入れのある物じゃない。昨日たまたま拾っただけの事なのにコレはボクにとってとても大切な物のような気がしてならない。

 

 

 

「見付けたぜ・・・・」

 

――ッ!?誰か来た?振り返ると鳥居の下にチンピラっていう言葉がこれ以上ないぐらいピッタリな男の人がいた。

金髪に染まった髪は剣山みたいに立っていてサングラスの奥から微かに見えるその眼は獲物を見つめる猛獣そのものだった。

そしてその手にはボクが持つのと同じ形状の茶色いメモリが握られていた。

 

「まさかお前もメモリ持ちだとは思わなかったけどなぁ〜俺は、一度目を着けた獲物は絶対に逃がさねぇ!!」《ハウンド!》

 

男の人はメモリを自分の首に挿すと四つん這いになり男の人の身体が徐々にその姿を変えていく。

全身から針金の様な体毛が無数に生え口からは鋭い2本の牙が飛び出る。爪は日本刀のように鋭く光を放ち地面に深く食い込んだ。

 

間違うはずがない、そこにいたのは昨日ボクに襲い掛かった狼の怪物だった。

 

 

「今度は油断しねえ、その喉元を食いちぎってやる!!」

 

大口を開け飛び掛かる怪物に反射的に横に跳んだ。怪物の牙はボクの後ろにあった御神木をまるでパンのように食いちぎる。直径の半分以上を失った御神木はゆっくりとバランスを崩し何百年もの天寿を全うした。

「ペッ!次は逃がさねぇ・・・」

 

ジリジリと近付いてくる怪物に対しボクは同じペースで後ろに下がるしか出来ない。

 

こんなことならちゃんと帰っておけば良かった。

今さら遅い後悔をしていると足元の何かに躓いて尻餅をついた。視線の端、地面には赤い機械みたいな物が落ちていた。

 

同時に怪物は地面を蹴りその牙を、その爪を大きく振り上げた。

 

「グオオオォォォォ!!」

 

『そのドライバーを腰に当てなさい!!?』

「――ッ!?」

 

何処からか声が聴こえた。思わず足元の赤い機械を手に取って腰に当てた。

 

機械からベルトみたいな物が出てきてボクの腰にピッタリ着いた。

『メモリを装填して倒すのよ!変身しなさい!!』

 

もうこの声が誰なのか何てどうでも良かった。ただ声の言う通りにメモリをベルトに挿して倒した。

 

《ヴォルテックス!》

「――ッ!?」

 

メモリが光だして骨みたいなデザインから一変、加工されたみたいにスッキリしたデザインに変わった。同時にボクの周囲を昨日と同じいや、昨日よりも更に激しい竜巻が吹いて怪物弾き飛ばした。

 

まるで全身に纏わり着く様な感覚と一緒に自分の身体が生まれ変わるのを感じた。

 

弾けるように竜巻が消えた時、腕がいや全身が今までのボクのモノとはまったくの別物になっていた。

 

蒼をベースに緑色の線が螺旋をいや渦を巻くように引かれている。

手の甲と脚には換気扇みたいな羽根が付いて首からは2本の銀色のマフラーが伸びていた。「・・・・・・・」

 

傍に落ちていた本殿に置かれていた鏡の破片を見るとその顔は白い大きな二つの目を持って額からはVの字のアンテナがある。

 

まったく違うものに変わった自分の姿に言葉が出なかった。

 

 

「ガアァァァァ!なんなんだそれは!?」

 

あの怪物が起き上がって叫ぶけどそんなことボクが聴きたい。

 

「ウワゥゥゥゥ〜!ガアッ!!」

「ウワッ!」

 

遠吠えをあげてまた襲い掛かってくる怪物に思わず身体を捻って蹴った。

足の軌道を描くみたいに空気の切れ目が見えたその蹴りは迫る怪物の顔を捉えた。

 

「ギャウゥゥ〜!?」

悶える怪物の様子に今のこの身体が持つ凄まじい力を理解した。

 

「この力なら、勝てる!」

 

悶える怪物が起き上がろうとしたところにすかさずパンチを打つがさっきの蹴りと比べて怪物にはあまり効いていないように見えた。

 

怪物の爪がボクの身体を切り裂き身体から火花が散った。

 

「ウウッ・・・なんでさっきより効かないんだ?」

 

蹴りの時は条件反射の様なものだったけどパンチはちゃんと力を込めて打ったつもりだ。

 

なのにパンチはあまり効いていない、何かが違うのかな?

 

考えている間にも怪物の爪と牙が迫る。何とか直撃しないように避けているけど時折かすったように身体中から火花が散る。

負けじと反撃のパンチやキックを繰り出してもやっぱりあまり効いている様に見えない。

さっきのは偶然だったのかとさえ思い始めたとき

「ウアァァ!?」

 

怪物の突き出した爪を左肩に受けた。

崩れたバランスを立て直そうとするとそのまま左足を軸に回転しその際伸ばした左手が怪物に当たった。

 

「グギィァァ!?」

 

さっきまでの攻撃がまるで効いていなかった怪物が悶えた。

 

ふと足元を見ると左足の地面に円が出来ていた。

 

「・・・もしかして」

 

頭に過った仮説を確めるため怪物に向かい走り出す。タイミングを見て地面を蹴り跳びながら身体を捻る。

空中で回転しながらその勢いを乗せたキックは怪物を数メートル飛ばした。

 

「やっぱりだ」

 

ボクは確信した。最初の一撃もさっきのもそして今のキックも回転の勢いがあった。

変身の時の音声【ヴォルテックス】確か渦って意味だったと思う。

渦だから回転すれば強い力を得られるって事か・・・それなら!

 

ボクは怪物との距離を詰めると足を軸にして回転しながらの攻撃を当て続ける。

でも怪物もただではやられてくれない。パンチをかわされたと思ったら突き出した腕に怪物の牙が突き刺さった。

そのまま引き千切ろうとする。

引き離そうとすると噛み付く力が強まる。

 

腕が悲鳴を上げ始めた時だった。

 

ズキュンと銃声が聞こえて怪物の右目に一発の銃弾が当たった。

 

不意の一撃に怪物の噛み付きが弱まった。

すかさずキックして引き離す。

 

『今よ!ベルト右に付いているスロットルにメモリを挿しなさい!』

 

またあの声が聴こえた。

声に言われるままメモリを右腰にあるスロットルに入れてスロットルのスイッチを押した。

 

《ヴォルテックス!マキシマムドライブ!》

 

「ウッ!?」

身体中の羽根が急激に回り出した。それと同時に身体中から力がみなぎってくる。

 

「ウッアアアアァァァァ〜!?」

 

身体のそこから悲鳴が上がるみたいな激痛が走った。骨が砕けて肉が千切れて血が蒸発しそうだった。

 

でもその痛みが増すほどに力が溢れ出る。

必死にその痛みに耐えて走り出した。

怪物も溢れ出る力に気付いたらしく狼狽えている。怪物に向かい跳びながらドリルのように切り揉み回転しながらキックをした。

 

 

「グギィァァァァ!!!?」

その一撃は今までとは比べ物にならない威力があった。

怪物の身体を貫きその身体を爆発させた。

 

地面に着地して爆発地点を見ると怪物はチンピラの姿に戻って倒れていた。その傍らには砕けたメモリが落ちていた。

 

「ハァハァ、やった・・・・倒した?」

 

『お見事だったわ』

 

ハッ!?またこの声だ。周りを見渡すと背後から人の気配を感じる。

振り替えるといつの間にかそこには全身を黒い服に包み込んで黒い帽子をかぶった包帯の人物がいた。

 

『始めての変身であれだけ戦える。やはり地球に選ばれただけはあるわね』

その声は間違いなくベルトの事を教えてくれたあの声で間違いなかった。



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メモリー 0.4

・・・・・どうも、渦季蒼矢です。

つい昨日怪物に襲われ今日もまた襲われたと思ったらなんか変身して怪物を倒しました。

 

そして今、ボクは駅前の喫茶店にいます。

黒ずくめのミイラと一緒に・・・・

 

「「・・・・・・・・・」」

 

「お・・・・お待たせ・・しました・・・・」

 

店員のお姉さんも注文したコーヒーとコーラを置くとそそくさと離れていった。

他のお客さんもわざわざ席を移動して距離を取っている。

 

いや、気持ちは分かるけどさこの空間にボク一人を置いていかないでよ。

助けを求める視線を周りに送ってもみんな即座に目を逸らす。

 

「まず、何が聴きたいかしら?」

 

いえ、何もかもです。

器用に包帯だらけの顔でコーヒーを飲むその人に心の中で突っ込みつつスゥと深呼吸した。

 

「えっと、まず名前を聞きたいんですけど・・・・」

 

「・・・・シュラウドよ」

 

ミイラの人はシュラウドという名前らしい。たぶん本名じゃないとは思ったけどまあ呼び方が分かったから良いや。

 

「じゃあシュラウド、あの怪物っていったい何なんですか?人が変身したみたいだったけど・・・それにこのメモリは・・・」

 

「質問が多いわね。・・・・良いわ、あれは【ドーパント】人間が地球の記憶によって変身した怪物よ」

 

「地球の記憶?」

 

「そう、アナタも持っているそのメモリは【ガイアメモリ】地球の記憶を宿すオーパーツと言ったところね」

 

ガイアメモリ・・・自分の右手に持っていたメモリに視線がいった。

 

「ガイアメモリは人体に挿すことにより使用者をそれぞれのメモリの力を司るドーパントへと変身させる事が出来るのよ」

 

 

「今日アナタが戦ったのは猟犬の記憶を宿したハウンドドーパントよ」

 

「じゃあ・・・ボクがなったのはヴォルテックスドーパントですか?」

 

右手のメモリには2つの竜巻がVの様に一点から左右に広がっている絵が書いてあった。

 

「違うわね」

 

「えっ?だってボクもメモリを使って変身しましたよ」

 

「ガイアメモリは確かに強大な力を使用者に与える。その代償として使用し続ければやがて肉体も精神もメモリの力に侵されてしまい正真正銘の怪物になってしまうわ。そんなドーパントたちを倒すために誕生したのが、【仮面ライダー】よ」

 

「仮面・・ライダー・・・?」

 

その言葉を口にしたとき何故かドコかで聞いたことがあるような懐かしさを感じた。

 

「人体に影響を与えるメモリを純正化し更に特殊なデバイスを使用することでメモリの影響を抑え込み暴走するドーパントと戦う戦士の事よ」

シュラウドのいうデバイスとはあのベルトの事なんだろう。

 

「渦季蒼矢、私たちに協力してくれないかしら?仮面ライダーヴォルテックスとして」

 

「ボクが・・・仮面ライダーに・・・」

 

「現在、世界中には無数のメモリが広まりドーパントが人知れず暗躍しているわ。私たちの組織は そんなドーパントを倒しメモリを破壊しているのだけど現状仮面ライダーの人数は少なく対処しきれていないのよ。そんな時、あの神社でメモリの新たな反応を感知し見つけたのが」

 

「ボクだった訳ですか・・・」

 

「簡単に決められることでもないわ。三日後にまたここで会いましょ。その間メモリとドライバーは預けておくわ」

 

席から立ち上がったシュラウドは伝票を持ちレジへと歩いていった。

 

 

「・・・・・・」

 

一人になった瞬間、ボクの頭の中にはシュラウドから聞いたガイアメモリのこと、ドーパントのことそして仮面ライダーのことが何度もループしていた。

そして神社で怪物・ハウンドドーパントとの戦いを思い出した。

仮面ライダーに変身した時、確かに今まで感じたことのない高揚感を感じた。

 

でも、それ以上に自分が自分でなくなっていくような恐怖があった。

ボクの蹴りが相手の血肉を抉り拳が相手の骨を砕く。その感触が身体を巡った時、ボクは小さく笑っていた。

楽しいと思っていた。

まるで昔に戻ったみたいだった。

 

ッ!?違う!ボクはもうあの時には戻らない!詩乃と一緒に静かに平和に生きていくんだ!!

 

目の前に置かれたコーラを一気に飲み干して逃げるように店から

 

 



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メモリー 0.5

喫茶店から飛び出したボクはマンションの部屋の前で立ち止まっていた。

その理由はボクたちの部屋からとてつもない怒気が溢れ出ていたからであった。

 

正直怖かったけど意を決して震える手でゆっくりと扉を開けていく。

 

「た、ただいま〜〜・・・・」

そ〜っと部屋の中に入ると扉の前には・・・

 

「おかえりなさい」

 

氷の女王が立っていました。

 

 

 

「でっ言い訳はあるのかしら?」

 

「ええっと・・・・すいませんでした!!」

 

腕を組み絶対零度の視線を向けてくる詩乃に対してボクは速攻で土下座しました。あの眼は不味い!あれは人を凍死させられる眼だ!!

 

「・・・・・ハァ、クレープと服で良いわ」

 

「えっ?」

 

「たがら次の日曜日に駅前のクレープと服を買ってくれれば許してあげるって言っているのよ。良いわね?」

 

「も、もちろん!じゃあ日曜日はデートだね!」

 

「デートじゃないわよ///!バカ言ってないで宿題を終わらせるわよ!」

 

顔を赤くする詩乃を眺めながら残った宿題を終らせていった。

気付けば心の中にあった恐怖が消えていった。

 

 

 

 

 

深夜の居酒屋で一人の男がカウンター席で浴びる様に一升瓶を飲んでいた。

 

「おい、オヤジ~もう一本持ってこい~~・・・」

 

「・・・お客さん、もうこの辺でやめといた方が良いですよ」

 

店の店主が心配するように男に忠告するが男はそんな店主を睨みつけながら身を乗り出し一升瓶を奪う様に取った。

 

「ウッセェェ~~!!どうせ俺がどうなってもどうでもいいことだろどうでもいいことだろぉ~~!?」

 

男ー【堀内 貴也】は元々都内の建設会社に勤めており現場監督を任され妻子も居るなどある程度の生活を送っていた。

ところがつい先日堀内は突如会社を解雇されてしまった。

 

理由を社長に問いただしたところ帰って来たのは到底納得できるものではなかった。

 

当時堀内はとある女性議員の新しい事務所の建設を担当していた。ある日、議員が現場の視察に来た時だった。たまたま休憩に入っていた堀内を見た議員は堀内がさぼっていると勘違いをし社長にクレームを言った。

 

堀内を解雇しなければ自分の権力を使い会社を潰すと。

 

自分には何の落ち度もない。そう抗議した堀内であったが堀内以外にも多くの社員を抱えている社長に選択肢などある訳は無くせめともと100万円の入った封筒を差し出したのだった。

 

長年勤めていた会社を理不尽な理由でクビになり更には妻も新しい男を作り子供を連れて出て行った。自暴自棄になった堀内は一日中店で酒を飲む日々を送っていた。

 

「・・・ナニガ、ISダヨ・・ナニガオンナダヨォ~~!!」

 

今の世の中の理不尽に怒る堀内だがどんなに叫ぼうが何も変わることは無い。結局は力のある者のいいように動くのが世界の常識だからである。

 

「ちょっと宜しいですか?」

「ああ!?」

 

そんな堀内に一人の男が声を掛けて来た。シワ一つない黒のスーツを着こなしたやり手のセールスマン風の男だった。

 

「何だよお前ェ~?」

 

「私こういうものです」

 

男が差し出した名刺を受け取る堀内に男は爽やかな笑みで続ける

 

「実は今のあなたにぴったりの商品がございまして、そう!まさに【運命】の様に・・・」

 

 

数時間後、都内に事務所の構える一人の女性議員の自宅が陥没しその中から議員の死体が発見された。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はむ、ん〜〜〜!」

 

普段のクールな印象から一変とても幸せそうな顔でクレープを食べる幼馴染みにボクの顔も自然と緩む。

 

日4曜日の今日、ボクと詩乃は二人でショッピングモールに来ていた。

連日、詩乃に心配をかけたことへのお詫びとして約束のクレープと服を買ってあげるためだ。

 

「あ、次はこれも良いわね」

 

その両手に食べかけのクレープを持っているにも関わらず詩乃は次にどのクレープを食べようかと看板に貼られたメニューを見つめている。

 

流石に財布が軽くなってきたためそろそろ勘弁して貰いたいんだけどなぁ〜

「まあこのあとに服も買って貰うんだし、クレープはここまでにしておくわ」

良かった、詩乃がちゃんと人の事を考えてくれる人で本当に良かった。

 

 

 

 

詩乃と一緒に2階に上がるとそこには多くの女性服の売り場があった。

 

多くある店の中から詩乃は迷うことなく1つの店に向かった。

どうやらはじめから目星はつけていたらしい。

 

「蒼矢、どうかしら?」

 

試着室から出てきた詩乃はとっても可愛かった。それは間違いないのだけど・・・・

 

「まだ・・・選ぶの・・・・?」

 

かれこれ1時間、詩乃の試着に付き合っている。

本当に女の人の買い物、特に衣類関係は長いなぁ・・・・

 

別の服を選び出した詩乃に気付かれないように静かにため息を吐いた。

 

「ちょっとソコの男!」

 

不意に後ろから聞こえた声に振り返ると。見るからに高そうな服に身を包んだ女の人が睨み付けてきていた。

 

「これ、払ってきなさいよ」

 

女の人の横には服が山積みになったカートが2つあった。

 

「えっと・・・ボクに言いましたか?」

 

「他に誰がいるのよ!待っててあげるから早く買ってきなさい!!」

 

面倒なことになったなぁ〜

この人は今の世の中では決して珍しい訳じゃない女尊男比の人だ。

8年前、女性にしか使えないパワードスーツ【インフィニット・ストラトス】通称ISが出来てから世界中で女性の社会的地位が上がり男性を奴隷の様に扱う女性がいる。

もちろん、すべての女性がそんな考えの訳じゃない。少なくても詩乃はそんな考えを持っていない。

けど、目の前のこの人はその思考に染まり切っているらしい。

 

「いつまで待たせるのよ!!早く持っていきなさい!!」

黙りこんだボクの態度が気に食わなかったのか女の人はカートの服を無理矢理持たせてきた。

 

その時、ボクの手と女の人の腕が触れた。

 

「ッ冷たっ!?」

 

女の人の小さな悲鳴が聞こえた。同時にボクの頭に昔の記憶がフラッシュバックのように浮かび上がって来た。

 

『や~い!死体ヤロォ~~!!』『氷男ぉ~!』『ゾンビく~ん!!』

「はぁ・・・はぁ!・・・・・はぁっ!!」

 

身体が震えてくる・・・呼吸が荒くなる・・目まいが・・吐き気がする・・・・!

 

違う・・・ボクは・・死体じゃない・・生きてる!ゾンビじゃない・・人間だ!・・ボクは・・ボクは・・・・ボクは!・・・・ボクハッ!!

 

「ちょっと、何してんのよ?」

 

震える手を温かいぬくもりが包んでくれた。過去の暴言が響く耳に優しい声が聞こえた。

 

「私の連れになにか用かしら?」

 

「ッ何よアンタの犬ならしっかり縄でも着けていなさいよ!」

 

女の人の声が遠ざかっていくと身体が包み込まれていった。

「ほら、もう大丈夫よ。私が側にいるわ」

 

詩乃が抱き締めてくれた。それだけで身体の震えも息苦しさも聞こえていた暴言もいつの間にか消えていた。

 

「う・・うう・・・!」

 

「蒼矢は私が護るわ。ずっと一緒よ」

 

 

 

 

 

 

「/////恥ずかしかった/////」

 

詩乃に抱き締められて数分後、落ち着きを取り戻して周りを見てみると周囲の人たちが暖かい視線を向けていた。

その事を詩乃に耳打ちすると途端に真っ赤になった顔でボクの腕を掴み音のようなスピードでその場を走り去った。

 

別の階に着くと近くのベンチに座り込んで顔を伏せたまま「恥ずかしい・・・恥ずかしい・・・」って呟き続けている。

「あ〜・・・ゴメンね。それと・・・・ありがとう」

 

自動販売機で買ったココアを差し出しながらお礼を言う。

もしあの時詩乃が来てくれなかったら何をしていたかボクにも分からなかった。

 

「もう慣れているから良いわよ別に・・・///」

 

まだ赤い顔のままココアを受け取った詩乃はそのまま口をつけた。

 

「このあとどうしょうか?ちょっと早いけど先にお昼でも食べる?」

 

スマホで時間を見ると11時半を指していた。

 

「そうね、混む前に入りましょうか」

 

レストランは最上階にあるため立ち上がった詩乃とエスカレーターに向かった。

 

エスカレーターに乗ったら丁度下の階から一人の男の人が昇ってきた。

 

「まだだ・・・・次はここの奴らだ・・・・埋めてやる・・うめてやる・・・・・うめてやるぞ・・」

 

「?」

 

「何してるのよ?速く行くわよ!」

 

買い物に来たとは思えない汚れた作業着姿でブツブツと呟き続けている男の人はそのままフラフラした足取りで婦人服売り場に歩いていった。

 

その言動や動きに若干の疑問は持ったけど上から詩乃の呼ぶ声が聞こえたためそのままエスカレーターを昇っていくことにした。

 

 

 

 

 

堀内が訪れたのはこの辺りでは一番の規模を持つ婦人服売り場だった。

当然のように客はほとんどが女性であとは付き添いの男性が僅かにいるだけだった。

そのため、男一人でやって来た堀内はとても目立つ存在だった。

 

「・・・・・・・」

 

周囲を見渡す堀内の視界には付き添いの男性を奴隷の様にこき使う女尊男比のクズとそれに従うだけの負け犬。

それとは対称的に笑顔で服の感想を尋ね同じく笑顔で称賛するカップル。

 

どれもこれも堀内にとっては憎悪の対象だった。

憎い憎い憎いにくいにくいニクイニクイニクイニクイ!

《モール!》

 

眼に写るすべてに憎しみを込め堀内はモグラの記憶を宿した【モールドーパント】へと姿を変えた。

 



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メモリー 0.6

下の階が騒がしいと感じたのはレストランに入ってメニューを見ていたときだった。

 

「何かあったのかしら?」

詩乃も下から聞こえる声に首を傾げた。

その時、建物が大きく傾きだした。

 

「詩乃!?」

「キャアアァァ!?」

 

バランスを崩して転びかけた詩乃の腕を引いて抱き寄せて座り込む。

 

周りの人たちも同じ様にその場に座り込んでいた。

 

「何なのよ一体?」

 

「地震・・・・じゃないよね?」

 

窓の外を見た感じだとこの建物以外は特に異変は無いみたいだ。

 

「お客さま!!急いで避難してください!!」

レストランの店長が大声で叫んでいる。次の瞬間には客や店員がこぞってレストラン横にある非常階段に駆け込んでいく。

 

「詩乃、ボクたちも行こ!」

「え、ええ分かったわ!」

詩乃の手を引いて非常階段に向かったけど出遅れたためボクたちは最後尾を進むことになった。

他の階の人も避難を始めたみたいで階段は人で溢れかえっていた。

 

「落ち着いて避難してください!!」「慌てないで!足下に気を付けて!!」

 

警備員の人たちが叫ぶけど周りは我先にと降りていこうとする人たちで混乱している。みんながみんな人より早く非難しようと押し合っていた。

 

 

三階まで降りたとき、また建物が揺れだした。さっきよりも大きな揺れで建物全体が悲鳴を上げているみたいだった。

-ピキッ-

「ん?」

 

人の悲鳴の中で小さな別の音が聞こえて来た。何だろう?と思って音の出所、上を見てみるとちょうど詩乃の真上に大きな切れ目が入っていた。切れ目は少しずつ大きく広がっていき次の瞬間に大量の瓦礫が詩乃目掛けて降り注いでいく。

 

「詩乃ぉ!?」

「えっ?キャアァッ!?」

 

瓦礫が詩乃を押しつぶす寸前、詩乃の腕を掴んで引っ張って庇うように抱きしめる。

 

先程まで詩乃が居た位置は降り注いだ大量の瓦礫によって完全に封鎖された。これじゃもうこのルートは使えないな。

 

「あ、ありがt!蒼也、背中が!」

 

「えっ?」

 

言われてみると何か背中がヌメッとしていた。手を当ててみるとその手にはべったりと血が付いている。どうやらさっき瓦礫の破片が背中に刺さったみたいだ。

 

「大丈夫だよこれ位、すぐに治るって」

 

「ッ!・・・ごめんなさい、私を庇ったせいで・・・」

 

「良いんだって、詩乃に怪我が無ければそれで」

 

さて、早く移動しないとな。もうこの非常階段は使えないとなると後は・・・・

 

「・・・確か反対側にも非常用の避難ルートがあったハズだからそっちに行こう」

 

「・・・ええ分かったわ」

 

何時まで建物がもっていてくれるか分からない。ボクたちはすぐに建物の反対側に走り出した。

 

 

 

 

「ウェェ〜ン!おかあさ〜ん!どこ〜〜!!?」

 

反対側の非常階段に向かうため建物内を走っていると女の子の悲鳴が聴こえてきた。

 

「今のは?」

「コッチからよ!」

 

2人で声の聞こえた先、おもちゃ売り場に向かうと小さい家庭用のジャングルジムの前で女の子が泣いていた。

 

「もう大丈夫よ。お母さんは?」

 

詩乃の問いかけに女の子はただ首を横に降るだけだ。たぶん避難の途中ではぐれたんだと思う。とにかくここもいつまでもつのかわからない状況だし早く移動しないと。

 

「さぁ、お兄ちゃんたちとお母さんの所まで一緒に・・・・」

女の子を背負おうと手を伸ばした手が途中で止まった。頭に浮かぶのは今まで僕に触れてきて驚いたら怯えたような顔をする人たちだった。それを思い出すとどうしてもこの子に触れる事が出来ない・・・・

 

「大丈夫よ蒼也、私が背負うわ」

 

「・・・・ごめん」

 

「良いのよ。さっき助けてもらったお礼よ」

 

そう言って女の子を背負う詩乃にどうしても申し訳ない気持ちになってしまう。

 

「さ、すぐにお母さんの所に連れていって上げるわね」

「うん!お姉ちゃんありがとう!」

 

 

女の子を背負った詩乃が立ち上がってオモチャ売り場から出ようとした時だった。売り場と売り場を仕切る壁にヒビが入り出した。

 

「まぁだ獲物がいたかぁ―!!」

 

壁からナニかが飛び出してきた。

それを理解する前にボクの頬から飛び出た赤が視界を閉ざした。

 

 

 

 

 

 

 

ザシュ  ザシュ  ザシュ

 

何か音が聞こえる・・・・

 

目を空けるとそこはの地下駐車場だった。隣を見てみると詩乃と女の子、他にも数人の人が倒れていた。そして目の前には大きな穴が開いている。

 

「ん?何だよ1人目を覚ましたのか」

 

穴の中から汚れた作業着を着た男の人がスコップを背負って出て来た。目の周りには大きなクマが出来ていてやせ細ったその顔は正直に言ってまともな生活が出来ているとは思えなかった。

 

「おかしいな、お前には一番きついのをお見舞いしてやったはずなんだけどな何でそんなピンピンしてるんだ?」

 

僕の顔を覗き込むように見てくるその人の眼は正気の物じゃなかった。瞳の奥から感じたのはこの世に対しての不満や怒りと言ったものだった。

 

 

「アナタは一体・・・・ボクたちを・・どうするつもりなんですか・・・?」

 

「決まっているだろ?埋めるんだよ!威張り散らした女共も、それに媚びる事しか出来ない腰抜けの男共もみんな!神が授けたこの力でなぁ!!」《モール!》

 

「ッ!それは・・・」

 

男の人が取り出したものそれは間違いなくガイアメモリだった。

スコップを持つ右腕に挿されたメモリが体内に消えていくと男の人の身体が穴からあふれ出てきた土が覆った。

 

「グウウウオオオォォォッ!!」

 

体を覆う土が剥がれ落ちるとそこにはもう作業着に身を包んだ男の人の姿は無かった。

黒い体色の見るからに強固な身体に両手には鋭い大きな爪、顔から飛び出ている鼻に当たる部分は鋭角に尖っていてドリルみたいに回転している。

 

ガイアメモリの音声からもその見た目からも間違いない、モグラの記憶を持つドーパント【モールドーパント】だ!

 

「・・・ドーパント」

 

ボクは無意識に上着のポケットに入れてあったヴォルテックスメモリを握り締めた。

 

「せっかくだ面白いモノを見せてやるよ」

 

モールはボクから離れると隣で気絶している女の人の身体をその巨大な爪で持ち上げ穴に向かい歩き出した。

 

「ちょっ!何するつもりですか!?」

 

穴はどう見ても数十メートルの深さがある。もし落ちたらまず助からない深さだ。

「決まっているだろ、埋めるんだよ。そのために掘った穴だからな」

「なっ!?止めろ!!」

 

「邪魔すんな!!」

 

モールを止めようするが生身で敵うわけがなく糸も簡単に投げ飛ばされた。

 

やっぱり生身じゃ無理だ。変身しないと!

 

背中のバックからドライバーを取り出して腰につける。

続けてメモリを起動させようとした時目の前にあの光景が・・・・身体中にあの感覚が・・・甦ってきた。

 

骨を砕く感触が・・・肉を抉るスリルが・・・・相手を・・叩きのめす快楽が・・・!

 

「・・ハハッ!」

気付いたら自然と笑い声が漏れて来た。今、目の前で人が殺されそうになっているのにボクはっ!・・・・戦えることに・・・メモリを使えることに喜びを感じてしまっているのか?

「―――ッ!?」

 

ダメだダメだ!!もうメモリは使えない!次に使ったらもう戻れなくなるかもしれない!二度と詩乃と一緒に居れないところまで堕ちてしまうかもしれない・・・

 

頭の中の光景をかき消すように千切れんばかりに頭を振る。

そうしているとグシャリといやな音がした駐車場に響き渡る。

 

グシャリグシャリと何度も聞こえてくるその音の正体はすぐに分かった。

人が・・・・叩き付けられて潰れていく音だ・・・

 

ボクがメモリを使うことを躊躇している間モールは何人もあの巨大な穴に放り込んでいた。

 

その度に聴こえるグシャリという音をモールはまるで一流のオーケストラの演奏を聴くかのように浸っていた。

そして暫くしたらまた他の人を穴に投げていくその動作には一切の躊躇も無かった。まるでごく当たり前のことを行っているかのように・・・

 

 

「さ〜って次は・・・・コイツにするかな」

 

モールが次に穴に落とすと決めたのは詩乃だった。

 

「――ッ!?や・・・ヤメロォォォ!!」

 

持ち上げられた詩乃の姿を見た瞬間再びモールに向かっていく。

詩乃を掴む腕にしがみついて必死に止めようとするボクにモールが苛立ちを覚えたように舌打ちをした。

 

「チッいい加減にしつこいんだよ!!」

 

モールの爪がボクの身体を貫いた。力がフッと抜けていきまぶたが重くなっていく鉄に似た不快なにおいが

鼻に纏わりついていく・・・

 

「馬鹿な奴だな、大人しくしていれば少しは長生きでいたってのにな。まぁ良いこの女と仲良く埋まってな」

まだ目は閉ざされているけど身体が宙に投げ出された事は分かった。数秒後には重力が重くのしかかるように落下していく。

ようやく軽くなったまぶたを空けると目の前には気を失ったまま一緒に落ちていく詩乃の姿があった。

 

「・・し・・・の・・」

 

必死に手を伸ばして詩乃を抱き寄せる。

 

もう迷ってなんて居られない。

迷っているうちに詩乃が笑顔を失うくらいなら・・・詩乃が幸せになれないくらいなら・・・ボクが堕ちた方が何千倍もマシだ!

 

《ヴォルテックス!》「変身!!」

 

 

ヴォルテックスメモリをベルトに挿して倒す。

つむじ風が巻き起こすエネルギーが身体に纏われていくのを感じる。

 

 

 

 

 

 

蒼也と詩乃を落としたモールは次に落とすものを選ぼうと踵を返したが穴から聞こえたボルテックスと言う音声に振り返った。

 

「な、何だコレは!?」

 

モールが見たモノそれは自らが掘った穴全体を覆うほどの巨大な竜巻だった。

 

引き込まれそうな身体を必死に踏み止まらせていると竜巻が徐々に治まっていきその中に浮かぶ人影が見えた。

 

「何なんだお前は!?」

 

「・・・・・・・・」

 

狼狽えているモールの目の前に降りたモノはその腕に抱く少女をそっと寝かせる。

 

「無視してんじゃねぇ!!」

返答が帰ってこないのを無視されたと感じたモールが怒りに任せ爪から斬激を放つがそのモノは腕を振り払い斬激を弾いた。

 

「・・・・・アナタに何があってこんな事をしたのかは知らない。でも、どんな理由があろうと詩乃の未来を奪おうとすることは絶対に許さない!!」

 

「お前は・・・一体!?」

 

「ボクは、仮面ライダー・・・ヴォルテックス」

 

 

大切な人を守る為、仮面ライダーヴォルテックスは立ち上がった。

 



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メモリー0.7

一部の話で【ヴォルテックス】が【ボルテックス】になっていたので直しました。


「ボクは、仮面ライダーヴォルテックス」

 

名乗りを上げたボクはそのままモールへと走り出した。

 

「何が仮面ライダーだ!正義の味方気取りが、お前から先に埋めてやる!!」

 

モールの鼻からドリル状のエネルギーが幾つも打ち出された。

 

迫るエネルギーを身体を回転させながら払い除けてモールとの間合いを詰めていく。

 

遠心力を加えた回し蹴りがモールの鼻を捉えてへし折った。

 

「グッ!?ギィィヤァァァァ〜!!」

 

どうやら鼻がウィークポイントだったみたいでのたうち回るモールに追撃の胴回し蹴りを浴びせた。

 

「グギィア!?」

まるでスーバーボールみたいに跳ねながら吹き飛んでいくモールを見ながら力をうまく扱えているのを感じた。

 

 

「クッ・・・・・ソガァァァァ!!埋めてやる!埋めてやる!!絶対に埋めてやるぞ!!」

 

怒りに吠えるモールが地面に爪を立てるとそのまま大きく両腕を振り上げた。

 

「――ッ?クッ!」

 

大量に降り注いできたコンクリートの破片や土を払い除けるとモールの姿が何処にもなく、地面に人一人分の幅の穴が開いていた。

 

「・・・・何処に行った?」

 

あの口ぶりから逃げたとは考えづらい、まだ近くにいるはずだ。

周りを警戒していると駐車場全体が激しく揺れ始めた。

 

「ウワァァ!?」

 

バランスを崩してよろめいくと足下の地面が盛り上がった。

 

「ハアッハ〜!」

「ガアァッ!?」

 

盛り上がった地面から飛び出してきたモールの爪に切り裂かれた。

すぐに反撃しようと振り返ってもそこに既にモールの姿はなくまた穴だけが残っていた。

 

不味い・・・ここは地下の駐車場だ。言うならば地面に埋まった部屋、モールはこの部屋の周りを自由に移動できている。

 

「何処を見ている!」

 

次は右からモールの爪が襲い掛かってきた。

急いで振り返ってもやっぱりそこにモールの姿はない。

 

上から来るか下から来るのか、それとも・・・・

四方八方何処からともなく飛び出してくるモールの居場所を捉えることが出来ない。

 

 

「ハハハハ!次は上から行こうか?それとも後ろが良いか!?」

 

駐車場全体からモールの笑い声が聴こえる。

このままじゃ弄ばれて殺られるだけだ。いや、その前に穴だらけになった駐車場その物が埋もれるかもしれない。

 

その前に何とかしないと・・・・

 

 

焦る気持ちを落ち着かせるため目を閉じて深呼吸をする。

 

するとさっきまで気にもとめていなかった首から延びたマフラーの僅かな動きが感じられた。

「――右か!?」

 

反射的に右側に放った脚が飛び出してきたモールを蹴り飛ばした。

 

「この、まぐれ当たりだ!!」

 

起き上がりモールはまた穴に消えた。でももうボクにさっきのような焦りは無かった。

 

落ち着いて目を閉じ風の吹いていない地下で力なく垂れ下がるマフラーに意識を集中させる。

 

さっき分かった。このマフラーはガイアメモリで変化したボクの身体の一部だ。

 

身体の奥底の神経と一体化しているマフラーの見た目では分からない僅かな動きがボクの脳に直接伝わる。

 

例えるならイルカが超音波を出して水中の障害物の位置を把握するようなものだ。

視覚でも聴覚でも味覚でも聴覚や触感でもないだからと言って第六感みたいな曖昧なものでもない。

あえて言うなら空気の感触、【空感】とでも呼ぼうかな?

 

とにかくその空感が駐車場中の穴の構造を教えてくれる。

そしてその一つが現在進行形で形を変えている。

その繋がる先は・・・・

「下だ!!」

 

拳を足元に振り落とすと同時にモールの爪が床から現れた。

 

「ナニィ!?」

 

動揺するモールの腕を掴み無理やり引っ張り出してモールごとその場で回り出す。

 

5周ほど回り勢いをつけてハンマー投げみたいにモールを空中に投げ捨てる。

 

 

 

踏ん張る足場も掴まる手すりもない空中で無駄だとわかっていながら手足をバタつかせながら駐車場内を飛んでいくモールに最後の一撃を放つためベルトからメモリを抜き右腰のスロットルに挿す。

 

 

《ヴォルテックス!マキシマムドライブ!》

「グッ!?ウウゥゥゥ〜〜〜ッ!!」

 

全身に力と一緒に身が捻れそうな痛みが流れてくる。

その痛みに歯を食い縛って耐えながら地面を蹴り走り出す。

まるで風になったかのように身体が軽く数秒のうちにモールを追い越し駐車場の端に着いた。

脚を止めず速度を落とさず壁を蹴って反転、モールへと翔ぶ。

 

「ハアアァァァ〜〜ッ!!」

 

空中で脚を伸ばしながら身体を捻りドリルのように回転しモールに突っ込む。

 

「グアアァァァァァ〜〜〜〜!!!?」

モールの身体は抉られたような穴を開けて爆炎の中に消えた。

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・ん?」

 

周りから聴こえる幾つものサイレンの音で目を覚ますとオレンジ色の生地の屋根が見えた。

 

「あ、良かった〜やっと起きたね」

 

「・・・・蒼也?」

 

私の顔を覗き込んできた蒼也は手に持った水の入ったペットボトルの蓋を開けて差し出してきた。

 

「はい、ゆっくり飲んでね」

 

「ありがとう」

 

蒼也から受け取ったペットボトルに口をつけて少しずつ飲む。

冷たい水が身体に流れ込んできて混乱していた思考が落ち着いてきた。

 

「ふぅ、ココは?」

 

「救護隊のテントの中だよ。結構大事になっているからね」

 

蒼也の肩を借りてテントから出ると周りはいくつもの救護テントや救急車や消防車があり100人以上はいるレスキュー隊員が休み暇もないとばかりに走り回っていた。

 

その奥では私たちが居たショッピングモールが半分以上地面に埋まっていた。

 

「今のところ分かっているだけでも100人以上は亡くなったみたいだよ」

「そう・・・いったい何があったのよ?気を失う前に変な怪物みたいなのに襲われた気がするんだけど・・・」

 

 

あの時、女の子を背負って非難しようとした時壁を壊して出て来た怪物に蒼也が襲われたのを見た次の瞬間にお腹に痛みが走って私も気を失ったはず・・・

 

「へっ?怪物・・・・・アッハハハ!詩乃でもそんな幻覚見るんだね!怪物なんている訳ないじゃん!」パキパキ

 

「・・・そう・・ね。見間違いだったかもしれないわ。変なこと言ってごめんなさい」

 

多分、蒼也はその怪物のことを知っているんだと思う。

でも何故か私はこの時これ以上追及しようとは思わなかった。まるで二人の間に一度でも越えたら後戻りできない線が引かれているみたいで・・・今の蒼也は近いようで遠い場所にいる気がした・・・・

 

 

 

 

 

 

 

あの時と同じ喫茶店、同じ席でシュラウドは器用にコーヒーを飲んでいた。

 

「この間は大活躍だったみたいね」

 

席に着いたボクの前に置かれたのは先日のショッピングモール陥没事件の記事だった。

 

「何のことですか?」

 

「隠さなくても良いわ。この事件にモールのメモリが使われたこと、そしてアナタがモールを倒した事は把握しているわ。それで、答えは決まったのかしら?」

 

まるでもう答えは知っているかのような口調に若干の苛立ちを感じつつもまっすぐシュラウドを見据える。

 

 

「世界の平和やメモリに堕ちた人がどうなろうと興味はありません。でも、メモリが詩乃の・・・・大切な人の未来を壊すならボクは戦う。それがボクの答えです!」

 

 

「・・・・良いわ。渦季 蒼也、アナタを私たち【ギルド】に歓迎するわ」

 

 

シュラウドが差し出した手を握ったその瞬間、ボクの仮面ライダーヴォルテックスとしての戦いが始まった。



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メモリー0.8

「ヒャッハハハ!!空だ、俺の空だぁ!!帰ってきたぞ〜!!」

 

高度2千メートルの上空を巨大な怪鳥【バードドーパント】が飛んでいた。

 

マッハを超えるそのスピードは横切っただけで旅客機に制御不能の衝撃を与えていき。

わずか2時間の間に3機の旅客機がその衝撃で不時着しており多くの負傷者が出ていた。

 

だが、そんな事は知ったことかバードドーパントこと【飯沼 マナブ】は飛び続ける。

 

元々空軍のエースパイロットであった飯沼だったが、ISが配備されたことで用済みとばかりに退役させられた。

 

もう一度空を飛びたい・・・

そう願い続けた飯沼はつい先日、見ず知らずのセールスマンから受け取ったのがバードのメモリだった。

 

またあの空を飛べる!!

初めはそれだけで満足だった。

 

だが、次第にこの空に自分以外のモノが飛んでいることが許せなくなった。

 

「この空は俺のモノだ!誰にも渡さねぇ!!次はアレだ!俺から空を奪ったISをぶっ壊してやる!!」

 

民間のヘリコプターやセツナ機更には旅客機やドクターヘリまでも襲ったバードドーパント・飯沼が次の獲物として選んだのはかつて自身が配属されていた空軍基地にあるISだった。

 

 

「やってやる・・・・・やってやるぞ!この空は、俺のモノだぁ!!」

 

何者も追い付くことの出来ない最強の翼を手に入れた飯沼にはもはや怖いものはなかった。

たとえ従来の兵器を凌駕するISだろうと今の自分にこの空で敵うものは居ない。そう確信していた。

次の瞬間までは・・・

 

 

「んん?何だアレは・・・」

 

前方からなにかが飛んできた。

そう認識した時には目の前に2本の光の矢があった。

 

「――ッグガアァァ!?」

 

回避するという考えが頭に浮かぶよりも早く矢はバードの右目と左の翼の付け根に刺さった。

 

 

 

「ナ〜イス、ヒット!ルーキーボーイ」

 

「いえ、刺さりが浅かったみたいです。来ます!!」

 

高度200メートルの上空で等身大の戦闘機の上に立ち迫って来るバードに向かい構える。

2本の矢を受けながらも向かってくるバードにはまだ余裕がありそうだ。

音速の速さで迫るバードに左手にもった蒼い弓【ボルアロー】の弦を引く。

弦の引きに合わせ弓の中心部にあるファンが回転し周囲の大気からエネルギーを集める。

弦を離すと集まったエネルギーが一気に放出され10本の矢となりバードに向かい飛んでいく。

 

しかし先程の不意打ちとは違ってバードは持ち前の飛行能力で全ての矢をかわしていった。

 

「クッ!やっぱり速い」

 

続けて何度も矢を放つがやはりバードに正面から当てるのは至難の技だ。みるみる内に距離が迫りすれ違いざまにバードの翼による一撃が胸に叩き付けられた。

 

「ウワアァァァ!?」

 

胸から走った衝撃は身体を後方へと押し出して戦闘機から突き落とされた。支えの足場を失ったボクの身体はそのまま2000メートル先にある地面へと真っ逆さまに落下していく。メモリの力で強化された身体でもこの高度からの落下の衝撃は洒落にならないだろう。

「ボーイ!!」

 

自分を呼ぶ声に視線を足の先、上空に向けるとさっきまで足場にしていた戦闘機が一直線に向かってくる。

 

追い付いた戦闘機に合わせるように身体を捻って体制を整え着地する。

 

「すみません。助かりました!」

 

手短にお礼を言う。まだ戦いは終っていない。上を見ればバードがこちらに向かって降下してくる。

 

「来るぞ!どうすル?」

 

「・・・あの機動力では生半可な攻撃では避けられます。ですから、特大の1発を喰らわせます!」《ヴォルテックス!マキシマムドライブ!》

 

ドライバーから抜いたヴォルテックスメモリをヴォルアローのスロットに挿す。

「ヒュ〜OK!それならボーイはそのビックアタックに集中シナ!」

 

戦闘機は次々と撃ち込まれてくるバードの羽や火球の攻撃を避けていく。

その複雑な動きに身を揺らされながらボクはヴォルアローの弦を限界まで引き続ける。

 

空気中の酸素や水素さらにはバードの火球を少しずつ弓へと吸収していく弓全体が白く青く赤く光輝く。

 

「ふぅ〜・・・・行きます!!」

ボクの叫びに合わせ戦闘機はバードへと向かう。バードも迎え撃つつもりかこちらに一直線に飛んできた。

 

 

1キロあった距離は少しずつ短くなっていく。

900・・・800・・・700・・・・

「ヴォル・ジャベリン!!」

 

弦を放すと弓からは炎の矢が放たれた。

 

タイミングはバッチリだ。先ほどとは比べ物にならない速度で翔ぶ矢はバードに回避行動を取る間も与えずその身体を貫いた。

 

 

 

 

空中で起こった爆発の中から一人の男の人が落下していく。

事前に爆発の下に回り込んでいたボクが男の人をキャッチすると戦闘機はそのまま近くのビルの屋上に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

屋上に降りたボクは男の人を屋上に置いてあったベンチに寝かせドライバーを外した。

メモリによる肉体変化が解かれた身体に冷たい夜風が吹く。

「すみませんでした。せっかくの休暇で日本に来ていたのに」

 

後ろを向くと一緒に戦った戦闘機が低空でホバリングしていた。

 

「ノープログレム。ルーキーを助けるも大切な仕事サ」

 

戦闘機は少しずつその形を変えていき人形になった。

 

「それに、ナイトフライも中々エキサイティングだったシナ」

 

腰に巻いたドライバーからメモリを外し人の姿に変わる。

 

金髪のオールバックにサングラスをかけた外国人の男の人

【仮面ライダーターボ】マイル・ジャレッドさんは笑いながらサムズアップをする。

 

「サァ後のことはミーに任せてホームに帰りナ」

「えっ?そんな悪いですよ!後の処理ぐらいボクがやっておきますよ」

 

本来、今回の戦闘はボク一人で行うはずだったのをたまたま近くにいたからと手伝ってもらった事だしこれ以上迷惑をかけるわけにはいかない。

 

でも、マイルさんは笑いながら

 

「ボーイが遅くまで出歩いてるものじゃないだロ?それに、カワイイガールフレンドは待たせるものじゃないゾ」

 

マイルが見せてくれた腕時計は既に夜の9時を回っていた。バードの動きが速くて思っていた以上に時間が掛かっていたみたいだ。

携帯にも詩乃からの着信が10件近くあった。

 

これは・・・・確かに不味いかも・・

「すみませんマイルさん!このお礼はいつか必ずしますから!!」

 

マイルにお礼を言いビルの非常階段を降りていく。

 

「グッバ〜イ、ルーキーボーイ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ボクがギルドに所属し正式に仮面ライダーになってから3ヶ月が経った。段々とドーパントとの戦い、ヴォルテックスの力の使い方にも慣れてきていた。

 

 

『昨夜、都内上空に謎の怪物を目撃したとの情報が多数寄せられております。目撃者の証言では怪物は2体でまるで戦っていたようだとのことです』

 

テレビのキャスターのバックに夜空を舞う二つの影が映された映像が流れる。

スマホで撮影されただろうその映像は若干の荒れはあるが間違いなくそこに映っているのはマイルさんとバードドーパントだった。

 

まさか撮影されていたなんて・・・・

背中に流れる冷や汗を感じながらお椀の味噌汁を飲む。

 

「怪物ねぇ・・・・」

テーブルを挟んで向かい側では詩乃が興味深そうにテレビに視線を向けていた。

 

「し、詩乃は本当にいると思う?そんな怪物なんて・・・」

 

「どうかしらね。あんな映像だけじゃなんとも言えないけど・・・ねぇ、3ヶ月前のショッピングモールの時、本当に事故だったのかしら?」

 

 

汗が背中だけじゃなく身体全体から溢れでるのがわかった。

世間ではあれは老朽化による事故として片付けられたけど詩乃はその事に未だに納得していないらしい。

一瞬とはいえドーパントを目撃したためだ。

 

「ここ最近、怪物を見たって話をよく聞くし・・・やっぱりアレも怪物の仕業だったんじゃないかしら?」

 

「考えすぎだよ。そもそもホントに怪物が居たならボクたちだって無事じゃすまなかっただろうし」

 

「そう・・・よね・・」

 

「ほら、もう時間だし早く学校に行かないと」

 

 

多少強引だったかもしれないけど詩乃にはドーパントの事は知らないままでいてほしい。詩乃には平穏な世界で静かに笑っていてもらいたいから。

 



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メモリー0.9

「蒼也と朝田さんて付き合ってるの?」

 

「ブゥー――ー!!」

 

恭二の突拍子のない言葉に飲んでいたコーラを全部吹き出した。

 

季節は冬になったある日の放課後の喫茶店、恭二に大事な話があると言われて入りそれぞれが注文した飲み物(コーラとコーヒー)が届き飲み始めたばかりの出来事だ。

 

「ガハッ!ゴホッ!ナナナ、何をいきなり///」

 

「今二人って一緒に住んでいるんだよね?ふつう中学生で男女一緒に住むなんてないと思うんだよ」

 

「ハァハァ・・別に深い理由なんてないよ//家が近所で昔から家族ぐるみで付き合いがあっただけの話だよ」

 

テーブルに溢れたコーラを拭きながら弁解するけど恭二はどうも納得していないようだ。

「でも、いくら幼馴染だからって一緒には住まないでしょ」

 

「まぁ・・・ちょっと事情があってね・・・・それよりも、なんでいきなりそんなことを聞いて来たの?」

 

気持ちを落ち着かせるために再びコーラを飲みながら問うと恭二は少し気恥ずかしそうにしながら口を開いた。

 

「実は僕・・・朝田さんの事が好きになっちゃたんだ!」

「ブゥゥゥッーーーーー!!」

 

恭二のカミングアウトに今度は恭二の顔に向けコーラを吹き出した。

 

「ゴホッ!ガッハ!ゲハッ!し、詩乃を好きになったって・・・ほ、本当に!?」

 

「うん、最初は蒼也の友達としてしか見ていなかったんだけど、朝田さんのあの何時もなにかと闘っているような強い眼が頭から離れなくなっていっていつの間にか・・・///」

「好きになっていたワケだ・・・」

 

「・・・・(コックン)///」

 

うつ向きながら静かに首を縦に振る恭二、でも・・・

 

「顔からコーラ垂らしながらだとイマイチ伝わりにくいねぇ〜」

 

「いや、コレは蒼也のせいでしょ!」

 

 

 

 

 

「それで、朝田さんの事なんだけど」

 

店員さんに貰ったタオルで顔を拭きながら恭二は話を戻した。

 

「僕は朝田さんが好きだけどもし蒼也も朝田さんが好きなら僕は大人しく身を引こうと思っているんだ」

友達の大切な人を奪いたくないしね。

笑顔で言いつつもその笑顔は明らかに無理をしているものだった。

・・・ボクが詩乃の事が好きかどうかか・・・・

 

 

 

 

 

 

いや、考えるまでもないか、答えは決まっているんだから。

 

「そんな心配しなくても大丈夫だよ。言ったでしょ。ボクと詩乃はそんな関係じゃないってさ」

 

「じゃ、じゃあ仮に僕が朝田さんと付き合っても!」

「寧ろ喜ぶよ。大切な幼馴染みと親友が2人とも幸せになれるならね」

 

 

そう言うと恭二の顔は分かりやすく晴れやかなものになっていった。

 

「でも、もし詩乃を悲しませるようなことがあったら許さないからね」

 

恭二ならそんな心配はないと思うけど一応釘は刺しておく。恋愛感情が無くても詩乃を大切に思っている事には変わりないからね。

 

「うん、約束する。絶対朝田さんを悲しませるようなことはしないよ。ただ・・・まだ告白もしてないんだけどね」

 

「あっそうか・・・」

 

2人揃って色々段階を飛ばした心配をしていることに気付いてアハハハと2人で笑い合った。

ライダーとしての戦いの傍ら、友達とのこんな一時を過ごすぐらい良いよね。



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メモリー0.10

恭二から詩乃の事が好きだと告げられて1ヶ月が過ぎた。

その間2人の関係にはコレといった変化はなかった。強いて言うなら恭二が詩乃に話しかける回数が少し増えたぐらいだろうか?

とにもかくにも

 

「このままじゃ付き合うどころか友達の友達からも抜け出せないよ」

 

「ウグッ!」

 

目の前でうなだれる恭二に呆れた視線を送りながらコーラを飲む。

 

場所はこの前と同じ喫茶店、何度か一緒に出掛けないかと誘おうとはしたらしいがいざ誘おうとすると緊張して頭が真っ白になってしまうらしい。

 

「まったく、ウブだねぇ〜」

 

「・・・・その生暖かくて優しい目線は止めてくれないかな?」

 

不貞腐れる恭二を苦笑交じりに宥めてポケットから2枚の紙を取り出して恭二に見せる。

 

「しょうがない、そんなウブな親友のためにここはボクが一肌脱ぐよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっ、映画って新川君と?」

 

その日の夕食の時、詩乃に1枚のチケットを差し出した。それはとある映画の試写会のチケットだ。

 

「うん、本当はボクが一緒に行くつもりだったんだけどちょっと用事が出来ちゃってさ。折角のチケットが無駄になるのも勿体ないし、詩乃もその映画観たがってたよね?」

 

「え、ええそうね・・・」

以前、詩乃が興味深そうにこの映画のCMを見ていたから手に入れたチケットだったけどまさかこんな形で役に立つとは思わなかったな。

 

「でもっ本当に良いの?これ結構なプレミアが付いていたはずよ」

 

そう、この映画原作が超大人気漫画でファンが多くこのチケットも販売と同時に売り切れネットオークションで中々の価格が付いたほどだ。

家からの仕送りで生活しているボクたちでは本来ならとてもじゃないけど気楽に買えるものではない。

 

そこで出番となったのが仮面ライダーとしての収入だった。

ギルドに所属してから詩乃には内緒で作った口座には仮面ライダーとしての月収がたんまりと貯えられているから実はそこまでキツイ買い物ではなかったりする。

「そんなこと気にしなくて良いよ。誰も行かないで無駄になる方がイヤだしね。その代わりに後で感想聞かせてね」

 

 

とりあえずコレで舞台は整えられたね。

恭二にメールでその事を伝えるとやけにテンションの高い文面が返ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあボクは先に出るから詩乃も遅れないで行ってね」

 

「分かってるわよ。行ってらっしゃい」

 

 

映画の当日、その日予定がある事になっているボクは朝早くに少し大きめのバックを背負って部屋を出た。

もちろん用事かあるって言ったのは詩乃にチケットを渡すための方便だったけど何もすることがない訳じゃない。寧ろ今日は一日一杯忙しくなりそうだ。

何故ならこれから2人の初デートを終始見届けないといけないからだ。これは恭二からお願いされた事であり二人っきりになるとまた頭が真っ白になるかもしれないから所々で密かにアドバイスして欲しとのことだ。

 

マンションからしばらく歩いたところにある公園のトイレに入りバックに入れた服に着替える。

 

因みに部屋にある服だと詩乃にバレる可能性があるから昨日わざわざユ〇クロで買ってきた物だ。

何て書いてあるのか解らない英語のシャツを来てその上に上着を羽織る。目立ちやすい白髪頭はニット帽で隠して伊達眼鏡も掛けておく

 

「よし、コレなら詩乃にもバレないはず」

 

トイレに備え付けられている鏡で自分の姿を確認すればパッと見では渦木蒼也とは別人が写っていた。

じゃあちょっと早いけど待ち合わせ場所で待機しておこうかな。

 

 

 

 

「8時42分20秒・・・8時42分30秒・・・8時42分40秒・・・」

 

「・・・・・・・・・ええ〜〜とぉ〜〜」

 

2人の待ち合わせ時間にはまだあるけど早めに待機しておくために駅前までやって来るとそこには血走った眼で腕時計を凝視しながらカウントをする恭二が周りから引かれた眼で見られていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何でこんなに早くから居るの?しかもあんなに目立ってさ」

 

駅前で奇怪な行動を続ける親友を引っ張り駅前のハンバーガーショップに駆け込んた。

「ウッ!えっ・・・と・・家に居ても落ち着かなくて・・それに目立ってたつもりはなんだけど・・・」

「イヤイヤイヤ、これ見てもそんなことが言える?」

先程思わずスマホで撮影した映像を見せると恭二はウッ!とそこに写る自らの姿に引いた。

 

「コレは・・・確かに怪しいね」

 

「でしょ?まぁ、相手より速く来ていようっていう心掛けはいいと思うけどさ」

 

コーラを飲みながらチラリ時計を見てみるといつの間にか時間がたっていて2人の約束の10分前だ。

 

「ほら、詩乃の事だからもうコッチに向かっていると思うよ」

 

「えっ?うわっ!いつの間に!?じゃ、じゃあアドバイス頼むよ!」

慌てて店を出る恭二に苦笑混じりに見送ってボクも店を出た。

 

 

 

 

 

 

「お待たせ新川くん」

 

「あっ朝田さん!おっおはよう!」

 

待ち合わせ場所に着くと丁度詩乃がやって来た所だった。

詩乃を見るなり分かりやすくテンパる恭二に詩乃が優しく微笑む。

 

「今日はよろしくね」

 

「う、うん!じゃあ行こうか!?」

 

並んで歩き出した2人の後ろを一定の距離を保ちながら追う。

 

 

電車に揺られること十数分、2人は目的の映画館の最寄り駅で降りボクもあとに続く。

 

映画まではまだ時間があるため2人は映画館近くの店を回ることにしたらしく本屋に入っていった。

元々詩乃は文系だし恭二も教室でよく本を読んでいる。そう考えると中々話は会うと思うな。

因みにボクは文字だらけの本を読むと1分で寝ちゃう。

 

 

「あっこの作者の新作、もう出ていたんだ!」

「あら、新川くんもこの人の作品読むの?」

 

「うん!結構好きなんだ。もしかして朝田さんも?」

「ええ、前半の伏線がしっかり回収されていて良い話が多いいのよね。一度蒼也にも勧めてみたんだけどアイツったらすぐに寝ちゃうのよね」

 

「ははは、蒼也らしいね。こんなに面白いのに」

 

「フフ、そうよね。人生の何割かは無駄にしてるわよね」

 

 

・・・・・何だろう?2人は楽しそうに会話しているのに何だかバカにされている気がする。

 

 

 

それぞれ数冊の本を購入した2人はそのまま次の店に向かっていった。

ボクもその後を追うように店を出ようとしたその時、胸元のポケットから軽快な音楽が鳴った。

 

「ッ!こんな時に!?」

 

音楽の発信源はポケットに入れてあった大型の携帯【スタッグフォン】からだった。

ギルドに所属してから支給されたモノでコレが鳴ったということはそのままボクの近くでドーパントが現れたということだ。

流石に『友達のデートを見守らないといけないので今回はパスで』というわけにはいかないしな。

仕方なく恭二に謝罪のメールを送って後ろ髪を引かれる思いでその場を後にした。

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

「ええッ!?」

 

映画までの時間、新川くんと色々と近くのお店を見ていたら新川くんのスマホが鳴って画面を見た新川くんが叫んだ。

 

「どうかしたの?」

 

「う、ウウン!何でもないよ!!・・・ちょっとゴメン」

私から少し距離を取った新川くんはスマホで誰かと話はじめた。

口元を隠して声も押さえているため何を話しているのかは分からないけど大分切羽詰まっている感じね。

 

新川くんが電話をしている間適当に周りの店を覗いていると1つのセレクトショップの奥に立つ2体のマネキンが目に入った。

正確に言えばマネキンに巻かれているマフラーにだった。

2体のマネキンは色違いのマフラーを巻いていた。男性型は青いの生地に2本の白の線が走る柄で女性型は白い生地に青い1本線が引かれている。

 

・・・・最近寒くなってきたし今日のお礼に良いかもしれないわね。

 

そう決めた私は近くにいた店員に声をかけた。

 

「スミマセン。あのマフラー幾らですか?」

 

「あ、あのマフラーですね。え〜っとそれぞれで2300円ですね。彼氏さんにプレゼントですか?」

「彼氏じゃなくてただの腐れ縁です///」

 

「フフフ、そうですか」

 

ちゃんと分かっているのか店員は終始笑顔でマフラーをラッピングしていった。

 

「ありがとうございました!」

 

ラッピングされたマフラーを受け取り会計を済まし店を出ると丁度新川くんも電話を終えたみたいだった。

 

「ゴメン、待たせちゃたよね?」

 

「別に大丈夫よ。私も少し買い物できたし」

 

そう言って私はたった今買ったばかりのマフラーの入った紙袋を見せる。

「そっか・・・・ゴメン!もう少しだけ待っていて貰えるかな!?」

 

新川くんは紙袋を見たあとセレクトショップを見たと思ったらそのままお店に入っていった。

 

もう一度同じお店に入るのも気が引けるから近くのベンチに座ってさっき買った本を読んでることにした。

 

「・・・・喜んでくれるわよね」

 

紙袋を横に置きながら何となくマフラーを巻いたアイツの姿を想像した。



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メモリー0.11

「ハァハァ、ここかな?」

ギルドからの連絡を受けてボクは街の中心部から外れた廃車置き場に来た。

情報によるとココでメモリの取り引きが行われていたらしいけど周囲には人影は見当たらない。

 

「・・・せめてメモリの大体の能力は調べておかないとね」

 

基本的にメモリの取り引きが行われた場所には手に入れたばかりの力を試した形跡が残っていることが多い。

辺りを見てみると使い古された自動車が何台も積み重なれたて無造作に放置されている。一つ一つの山が壁のように並びちょっとした迷路みたいになっている。

 

「・・・・特に変わった様子はない・・かな?」

 

一通り確認を済ましてもメモリによる破壊の痕なんかは無かった。

まぁ、メモリを手に入れた全員がその場で力を試す訳じゃないからね。

「仕方ない。カジェットを飛ばして探すか・・・「その必要はないよ」ッ!?」

 

 

唐突に聞こえた声、辺りを見渡すと足元まで伸びた正面の積み重なれた自動車の影から人型の影が伸びていた。

顔を上げると自動車の山の頂上に黒スーツのセールスマン風の男の人が腰掛けていた。

 

「・・・・誰ですか?」

 

そう問いかけるけど大体の見当はついている。ただのセールスマンがこんな人気のないところにいる理由なんかない。

可能性があるとしたらメモリ購入者かあるいは・・・

 

「メモリのセールスマンか、かな?」

 

「エッ!?」

 

読まれた!?自分でも酷く動揺していることがわかる。目の前のこの人から表現できない不気味さを感じた。

 

「オイオイ酷いな。そんなに動揺しないでくれたまえ、そもそもこんな所に来るような人間はあまり表沙汰に出来ないことを行う者ぐらいだろう。そしてメモリに関わる君が真っ先に思い浮かべるもの。それを私が導き出したまでのことだ。そう、【運命】に導かれてね」

 

その人が取り出したものは紛れもなくガイアメモリだった。

思わずドライバーを装着してメモリを構える。でも、男の人はそんなボクを制するように手を突き出す。

「落ち着きたまえ。私は君と争うためにココに居たわけではない。1つ、【運命】を教えてあげようと思ったのさ」

 

「・・・運命?」

 

「そう!君の大事な幼馴染み。彼女は今日、私がある男に売ったメモリを経緯にガイアメモリに関わり出す!・・・それが【運命】だ」

 

"ヤツ" の言葉を最後まで聞いている余裕なんか無かった。大事な幼馴染み。その言葉が耳に入った瞬間、脚が勝手に動き出していた。

 

「詩乃ッ―――!」

 

 

 

 

「・・・・・・・抗えはしないさ、【運命】の渦からはね」

1人、その場に残った男は呟き手に持ったメモリを起動させた。

《デスティニー》

 

光が男を包み込み次の瞬間には男は光と共にその場から消えた。

 

 

 

 

 

 

《お掛けになった電話は電波の届かないところにあるか電源の入っていないため・・・》

「クッソォッ!!」

 

乱暴に電話をポケットに入れて走り続ける。

詩乃も恭二も電源を切っていて繋がらない。当然か、今は丁度映画が始まっている時間帯だ。真面目なあの二人ならマナー守っているに決まっている。

 

正直、あんな見ず知らずの男の言うことなんか真に受ける必要なんかない筈なのに嫌な予感がしてならない。

詩乃がガイアメモリに、化け物の世界に関わるのだけは何があっても阻止しないといけない!

ただ間に合ってくれと祈りながら"オレ"は脚を動かし続けた。



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メモリー0.12

楽しい時間はあっという間に終わるって言うのは本当ね。

映画は想像以上に満足がいくものだった。原作の雰囲気をしっかりと再現されていつつも実写化されたことで原作には無かった新しい良さがあったわね。

 

今、私たちは映画館近くの喫茶店で小休憩をとっていた。

 

「映画、面白かったね」

 

「ええ、見に行って本当に正解だったわ。誘ってくれてありがとうね」

 

「い、良いんだよ朝田さんが喜んでくれたなら・・・//」

 

蒼也にも帰ったらちゃんとお礼を言わないといけないわね。

 

そう考えながらコーヒーを飲もうとしたらバックの中からスマホの着信音が聞こえてきた。見てみると蒼也からだった。

新川くんに断りをいれて出ると走っているのか蒼也の荒い息づかいが聞こえてきた。

 

『ハァハァ!詩乃!?今どこにいる!?』

 

「どうしたのよそんなに慌てて?」

 

蒼也にしては余裕がなく怒鳴るような声だったため少し驚いたけどとりあえず聞かれたことに答えることにした。

 

「映画館近くの喫茶店よ。少し休んだら帰るけど・・・」

 

『今すぐに帰るんだ!部屋で大人しくして外に出ないようにしてろ!!』

 

「何なのよいきなり!?理由を言いなさいよ!!」

 

『いいから!!』

 

一方的な要求に私まで声を荒げてしまった。新川くんや周りの人も目を丸くして見ているけど関係無かった。

「アンタ、最近私に隠れて何かしてるんでしょ!?それに関係していることなのね!」

 

『事情なら後で話す!とにかく今は速く部屋に居てくれ!・・・・・頼むからッ!』

 

「・・・・・・・・分かったわよ。その代わり、しっかりと説明しなさいよ」

 

『うん、じゃあ後で』

 

 

蒼也との電話を切りバッグを手に取る。

 

「蒼也がなんだって?」

 

「ごめんなさい。なんだか今すぐに帰って部屋で大人しくしていろって言うのよ」

 

「そうなんだ・・・・じゃあ送って行くよ」

 

新川くんも席から立ち上がってお会計を済ませようとレジに向かった。そこで私も自分の分を払おうと財布を出そうとしたけどそれよりも先に新川君が一万円札を出してお会計を終えていた。

「ちょっと新川君!?自分の分ぐらい自分で出すわよ」

 

「いいから、此所は顔をたてさせてよ」

 

自分の分の代金を渡そうとしても頑なに受け取ろうとしない新川くんとの押し問答が続いたけれどラチが明かないから仕方なく、今回はお言葉に甘える事にした。

 

お店を出ようとトビラの取っ手に手を掛けようとしたら直前、トビラは勝手に前へと引かれた。

 

「エッ?」

 

外の人が開けたんだとスグに理解はできたけれどあまりのタイミングの良さに呆気に取られていると店の外から全身黒付くめの覆面の人が息を切らせながら入ってきた。

 

「ハァハァ!てめェら一人も動くんじゃねぇ!!」

 

店内を見渡して頭上に伸びたその手に握られている【モノ】を見た瞬間、私の視界は真っ暗な闇に覆われた。その中で唯一見えるのは覆面の男が持つ【アレ】だけだった。

 

「あっ・・・・ああ・・・!!」

 

脚が震える・・・・息が苦しい・・・身体が揺れる・・・・

 

「朝田さん!?」

 

新川くんの声が聞こえて身体を支えられた。

 

「全員、今すぐに1ヶ所に固まって座れ!今すぐにだ!!」

 

ズキュゥン!!と店内に響いた鈍い音と立ち込める煙の匂い、それがギリギリで保っていた私の心の糸を切り落とした。

 

「イヤャャャャャャャャ!!!!」

 

――――――――――――――――――――――――――――――

 

「ハァ・・・ハァ・・詩乃は、もう部屋に着いたかな?」

 

取り合えず詩乃には部屋で大人しくしている様に連絡を取っておいたから大丈夫なはず。あとはこの辺りに居るはずのメモリ購入者を見つければ・・・・

 

手がかりが無いためとにかく走り回っていた。あのセールスマンの口ぶりからしてすぐにでもメモリを使う可能性があるはずだ。

 

その時近くからパトカーのサイレンや野次馬の声が聞こえて来た。

 

向かってみるとあるビルの前に人だかりが出来ていた。ビルの入口前にでは数人の警察官が立っていて人が入らないようにしていた。

 

「何かあったんですか?」

近くにいる人に聞いてみるとその人も恐らく誰かから聞いたのだろう曖昧ながらも教えてくれた。

 

「なんでも3階の喫茶店に銀行強盗が逃げ込んだらしぞ。そんで、店にいた客や店員を人質にして立て込んでいるんだと」

 

「そうですか・・・・・エッ?」

さっきの電話で詩乃は確か映画館近くの喫茶店に居るって言ってたはず、此処から映画館はすぐそこだ・・・まさかっ!

 

「立て込んだのってどれくらい前ですか!?」

 

「ん?ええ・・・・っと確か20分前位だったかな」

 

20分前、丁度詩乃に連絡を取った時間だ。

とても嫌な予感がした。人だかりから離れてリュックからオレンジ色のゴーグルを取り出す。

ゴーグル越しにビルの3階を見ると外壁を透視し中の様子が見える。

 

1ヶ所に10人前後の人が固まっていて少し離れた場所には腕を突きつけた体制で1人いる。突き付けている腕に握っているのは拳銃だ。

 

そして・・・・・人の固まりから僅かに離れた位置に閉じ籠る様に身体を丸め震えている詩乃とそんな詩乃を犯人の視界に入れないよう背に隠す恭二が居た。

 

「やっぱりいたっ!」

 

当たって欲しくない予感が当たって奥歯を噛み締める。

 

詩乃のあの様子からして拳銃を見てあのトラウマを思い出したに違いない。このまま時間かかれば詩乃の精神が持たないだろう。

でも、あの立て籠り犯がメモリの購入者だった場合とても警察が手に追える相手じゃない。

やっぱりココはボクがどうにかしないと。

 

ゴーグルを仕舞いバッグから青いカメラ【バットショット】を取り出してガイアメモリに似たメモリ【疑似メモリ】を挿す。

 

《バット!》

 

するとカメラはコウモリのような姿に変形した。バットショットは空高く飛ぶとビルの周囲を隅々まで撮影していく。

 

その画像はそのままスタッグフォンに送られてくる。

その画像から見ると隣のビルとの距離はそんなに離れてなく、しかも5階の窓が空いている。近くには人も居ないみたいだし・・・

 

ボクはすぐに隣のビルに入り5階まで駆け上がった。

画像で確認した窓まで来ると画像通り隣の窓は開いておりしかも丁度周りからは死角になっていて見られることもない。

 

少し窓から距離を取って軽く跳ねる。そして着地したと同時に窓へ向かって全力で走り出した。

 

窓の手前でジャンプし窓縁を踏み台に更に跳ぶ。ビルの間は3メートル位あったけど余裕で届いた。

 

着地の際上手く受け身を取り無事に隣のビルに入ることができ、そのまま喫茶店がある3階へと向かった。

 

「詩乃、スグに助けるから!」

 

 

 

 

 

 



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メモリー0.13

「・・・・・・チィッ!」 ドカッ!

 

「ヒィッ!」 ビクッ!

 

忌々しそうに窓の外にいる警官隊や野次馬を見ながら男は近くの椅子を蹴る。

その音に人質の1人が悲鳴を上げるが男は鋭い眼光で黙らせる。

 

まさかこんな大事になるなんて!

 

男は今更ながら後悔していた。

 

以前勤めていた会社を些細な事で解雇され自暴自棄になっていて男はある日、路地裏でガイアメモリの取引を目撃した。

 

メモリを手にした購入者がさっそくメモリを挿すとまるで狼男の様な姿になり雄叫びを上げながらビルの外壁に巨大な爪跡を刻み付けそのまま何処かへと跳び去った。

その力に目を奪われた男は堪らずその場から去ろうとするセールスマンの前に出た。

 

「お、おい!何なんだ・・・今のは!?」

 

「おや、見られてしまいましたか」

 

見られてしまいましたか。と言うわりにはセールスマンに焦りの色はなかった。

寧ろ、ようやく話し掛けてきたかと言わんばかりだった。

 

男はセールスマンの持つケースに目が行く。あの中にさっき見た力の秘密があるのは明らかだった。セールスマンもその視線に気付いており笑みを浮かべながら男の前でケースを開ける。

男がケースを覗き込むと色とりどりのUSBメモリが敷き詰められていた。

 

「コレを使えば俺もあんな怪物の力が手に入るのか!?」

 

思わずメモリに手を伸ばすがセールスマンは素早くケースを閉じた。

 

「生憎と此方もビジネスでやっておりますのでね」

 

「いっ幾らだ?幾らで売ってもらえるんだ!?」

 

仕事を失ない収入など無いにも関わらず既に男はメモリの力に魅せられていた。

 

「わざわざ言わなくても分かる筈ですよ。アナタがメモリと【運命】で繋がられているのなら」

 

男に名刺を差し出しセールスマンは去っていった。

 

 

 

―――――――――――――――

 

それから数ヵ月の間、男は昼夜を問わず働いた。

全てはあのメモリを手に入れるために。

だが、今のご時世では男性のまともな働き口は少なく中々貯まらなかった。

日に日に強くなっていくメモリへの渇望が男の精神を蝕む。そして、この日とうとう男は強行手段に出た。

 

銀行を襲い金を強奪、そして事前に連絡を取っておいたセールスマンとの取引場所である廃車置き場へと行き念願のメモリを手に入れたのだった。メモリを購入後すぐにパトカーが近づいてきたため反射的に逃げ出してしまったが今の自分は超人的な力を持っている。

 

「そうだ!俺にはもうコレがあったんだ。逃げる必要なんかねぇ!!」

 

男はメモリを取り出すとニヤリと笑い外にいる警官隊を見た。

 

 

 

 

「はぁ・・・・・はぁ・・・はぁ・・・」

 

店の隅で詩乃は震える身体を必死に押さえようとしていた。

しかし、思い出すのは男が持つ拳銃。あの音が、あの匂いが、あの空気の震えが詩乃の脳裏にある記憶を呼び起こさせていた。

次の瞬間、詩乃は胃の中のモノが逆流してくるのを感じ両手で口を抑えた。

 

「ウウッ!!ガッ!・・・・ウゲッ!!」

 

しかし、抑えきれなかった汚物は詩乃の両手から溢れ出て床に散らばった。

 

「朝田さん!?しっかりして!!」

 

「ガアッ!グエッ・・・ウエェッ!」

 

隣にいた恭二が背中をさすり呼び掛けるが詩乃にはそれに答える余裕など無かった。

 

「ん?・・・・おいソコォ!!なに騒いでいやがる!?」

 

拳銃を向けながら迫ってくる男に詩乃は再び恐怖が襲い掛かる。

 

「イッ・・・・イヤッ・・イヤァァ・・・・!」

 

男からいや、拳銃から少しでも離れようとするが既に壁際にいるためこれ以上離れることは出来ない。むしろ男はどんどんその距離を縮めてくる。

 

男の視界に詩乃の嘔吐物が入る。せっかくの気分が害された男は怒りのままに詩乃の眉間に銃口を押し付けた。

 

「なに吐いていやがるんだ!ぶち殺されたいのかぁ!!」

 

「イヤャャャャッ!!」

 

「辞めてください!!」

 

詩乃を護るため恭二が2人の間に入るが男の裏拳を受けた。

 

「ガキが!女の前でカッコつけてんじゃねーよ!」

 

気が削がれた男は倒れ込む恭二と詩乃を尻目に窓際へと戻っていく。

 

「し、新川くん・・・!」

 

「大丈夫・・・・朝田さんは絶対に守るから・・・」

 

口から血を出しながらも気丈に振る舞う恭二だったが内心ではかなりまいっていた。

元々、喧嘩もしたことも無く性格的にも荒事は苦手な恭二がこんな暴力的な行為に耐えられるはずが無かった。それでも憧れの人(詩乃)を護るために・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・隣のビルから飛び込んで数分、立て籠り現場の喫茶店に着いた。

気付かれない様に中の様子を見てみると詩乃が犯人と思われる男に拳銃を突き付けられていた。

 

それを見た瞬間、無意識の内に犯人に対し殺意が沸いた。

一瞬の内に頭の中であの犯人を殺すシュミレーションが10パターンぐらい思い付く。多分あと数秒の内に他の人質の安全なんか考えずに犯人を殺していたかもしれない。

 

殺意が爆発する直前、詩乃を守るように恭二が間に入った。結果的には犯人に殴り倒されてしまったけれどもそれで犯人も気が削がれたのかそのまま詩乃たちから離れていった。

スグに詩乃が恭二に駆け寄る。恭二も心配だけど詩乃が大丈夫みたいでとりあえずひと安心かな。

 

とは言え、あまり時間を掛けるわけにはいかない。

 

《スタッグ!》

 

スタッグフォンを取り出して疑似メモリを挿す。携帯の形からクワガタの形へと変形したスタッグフォンを喫茶店の奥へと飛ばす。

 

いつでも飛び出せるように構えてスタッグフォンの動向をみる。

 

見付からないように天井に張り付くように飛ぶスタッグフォンは店内の角に置かれた消火器に近づきその鋭いハサミで消火器を切り裂いた。

 

 

「なっ何だぁ!!」「キャァー!」

 

消火器の炸裂音と店内に充満する消火液に店内はパニック状態になった。

次々とスタッグフォンは店中の消火器を破壊していく。そして店内が真っ白になった瞬間ボクはゴーグルを装着し中に飛び込んだ。

 

目標は突然のことに困惑している立て籠り犯。

 

「何なんだッ!?一体何が起こったんだ!?」

 

右も左も分からず拳銃を持つ腕を振り回すだけの犯人に接近する。

 

「なんだオマッ!?」

 

さすがに近づけば気付かれるけどもう遅い。犯人の持った拳銃を叩き落としそのまま背負い投げで床に叩き付けた。

 

「グアッ!?」

 

《スパイダー!》

すぐに右腕に付けた黄色い腕時計【スパイダーショック】に疑似メモリを挿す。蜘蛛の形へと変形したスパイダーショックはワイヤーを射出し犯人を拘束した。

 

「・・・・ふぅ〜」

 

メモリを使われる前に拘束できたことに思わず安堵に息を吐いた。こんな室内で万が一ドーパントになられたら人質に被害が出ていたかもしれない。何よりも詩乃にメモリの事を知られてしまう事になる。

 

ソレが阻止できただけ良かったかな?

 

まだ店内は消火液で真っ白で人質の人達の叫び声が響いているけどゴーグルを使えば詩乃の位置は分かるからとりあえず詩乃だけは店内から連れ出してあとは警察に任せるかな。

周りを見渡すと店の片隅に詩乃と恭二がいた。

近付いて話し掛けようとした。

その時だった。

 

《アノマノカリス!》

 

背後からメモリの音声と共にワイヤーを切れる音、そしてガラスの割れる音が聞こえた。

 

店内の消火液が割れた窓ガラスから外へと流れ真っ白だった視界が開けていく。

 

まずい!!そう思っても遅かった。

詩乃や恭二、店内にいた人たちは見てしまった。エビの様な怪物がクモの玩具を踏みつぶしている姿を・・・・

 

 



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メモリー0.14

蜘蛛の子を散らしたようまさにその言葉がぴったりだった。

 

立て籠り犯が変身した【アノマノカリスドーパント】の姿を見た瞬間、今までは恐怖から動くことの出来ないでいた人質たちは今度は恐怖から我先にと店から出ていく。

 

人が波のように押し寄せるなか、アノマノカリスは殺意のこもった眼でボクを見る。ボクも敵意の眼でアノマノカリスを見た。

 

スッと懐からドライバーを取り出して装着する。そしてメモリを起動させようとした時だった。

 

「・・・・・蒼也?」

 

「―――ッ!?」

 

背後からの声にメモリに伸びていた手を止めてゆっくりと振り向く。

ソコには恭二に支えられながら困惑の眼でコチラを見る詩乃の姿があった。

 

「―――詩乃っ!」

 

「余所見してんじゃねーよ!ガキィ!!」

 

油断じゃなかった。でも、詩乃のあの眼を見た瞬間ドーパントの事が頭から消えていたのは事実だった。

 

右肩に激痛が走りメモリを落とす。そのまま引っ張られるように身体が後ろに飛んだ。

 

銃撃かと思ったけど銃声や火薬の匂いなんかはしなかった。激痛は身体を貫通し同時に背後の壁にナニかが突き刺さった。

 

「――ッ!?コレは、歯?」

 

壁に刺さっていたモノそれはアノマノカリスに大きく開いた口の中に無数に生えた鋭い歯の1本だった。

 

「これだっ!この力だ!!今俺は人間を越えた超人の力を手に入れたんだぁ!!」

吼えながらアノマノカリスは歯の弾丸を見境なしに射ち続ける。

 

「――ッ〜!?詩乃!恭二!隠れてるんだ!!」

 

撃ち抜かれ血が流れる右肩を抑えながら近くのテーブルを倒してその陰に隠れる。

人体を容易に貫くその威力も注意だけどそれ以上にあの連射は厄介だな。しかも撃った側から新しい歯が生えていて弾切れの気配もない。

 

出入口の方では先に逃げ出していた人が数人アノマノカリスの歯が当り身体中から血を出して倒れていた。

 

 

「・・・・仕方ないかな。恭二!ボクが気を引くからその間に詩乃を連れて逃げて!!」

聞こえているのかは分からない、でも確認している暇はない。アノマノカリスの身体が反対方向を向き弾幕が緩んだ。

 

テーブルの陰から飛び出しアノマノカリスに向かって走る。

 

途中、ボクの接近に気付き振り返るがその口から歯の弾丸が顔に向かって発射される。ギリギリで顔を逸らして回し蹴りを放つ。

 

回転による遠心力が加わった蹴りはアノマノカリスの身体を仰け反らせスキを作ることが出来た。

 

「今だ、早く!!」

 

恭二は詩乃の腕を引っ張り店の外へと走り出す。2人が店から出る直前に詩乃の不安げな表情が見えたため《心配ないよ》と表現するように笑った。

 

「人が良い気分でいるのに、何度も邪魔しやがって!!」

「すみませんね。アナタみたいな人の邪魔が仕事なので」

 

話ながら既に血が止まった右腕で足元に落ちたメモリを拾う。

 

《ヴォルテックス!》

 

「・・・・変身!!」

 

メモリをドライバーに装填し傾けるとボクの周囲に旋風が吹く。

右手を握り締めて目前まで持っていき風を振り払うとメモリのエネルギーがボクの身体をへんかさせていき変化させてゆき仮面ライダーヴォルテックスへと変身した。

 

「お前っ!?そうかお前がアイツの言っていた仮面ライダーだな!」

 

アイツ、ていうのは多分あのセールスマンの事だろう。ボクの変身に一瞬の戸惑いを見せたモノのすぐに落ち着きを取り戻していった。

「お前を倒せばアイツはもっと強いメモリをくれるって言ってたからな!ぶっ潰させてもらうぜ!!」

 

アノマノカリスが歯の銃弾を撃ってくるが落ち着いてタイミングを合わせ受け流していく、そのまま距離を詰めていき回し蹴りを放つ。

僅かに怯むアノマノカリスにさらに連続で回し蹴りを放つ次第に威力を増していく蹴りは風を纏いアノマノカリスを吹き飛ばした。

 

店奥の調理場まで飛んだアノマノカリスに追撃する為ベルトの後ろに手を伸ばしそこに装着されているヴォルアローを構えながらゆっくりと近付いていく。

 

「ガアアァァァ!!」

 

するとアノマノカリスは怒号を上げながら調理場から飛び出してくる。鋭い鉤爪の様になっている腕を振る回し迫るその攻撃を弾きながらヴォルアローを振るう。

右脚を軸に回転しながら振り払った一撃がアノマノカリスの身体に火花を散らし仰け反らせる。

 

回転の勢いで再び正面に向き合った時ヴォルアローの弦を引きゼロ距離から矢を放った。

螺旋状に回転する矢はアノマノカリスの身体を押し出し弾き飛ばした。

 

所詮は力を手に入れたばかり、力の差は歴然だった。

 

「もう諦めてメモリを捨ててもらえませんか?アナタじゃボクには勝てませんよ」

 

うずくまるアノマノカリスに近寄りながら降参を進めが、後に思えばこの時のボクは完全に油断していた。

 

「ふざけるな!ようやく手に入れたこの力、簡単に手離せるかよ!」

 

ショットガンのように大量の歯が一斉に撃ち出された。不意打ちに対処しきれなくて何本かが身体に刺さり壁に磔にされた。

 

ーやられる!ー

 

だが、アノマノカリスはボクに追撃することなく道路に面した店の窓に向かった。

 

10数本の歯の弾丸が1度に当り窓やその周囲の壁をコナゴナに破壊し巨大な穴を開けた。

 

 

「別に無理にお前を倒す必要もない。俺はこの力で満足なんだよ!」

 

そのままアノマノカリスは外へと跳んだ。すぐに追いかけようとしたけど壁に突き刺さっている歯がなかなか抜けないでいた。

 

 

 

 

 

 

 

外では店から出て来た人質たちが警察に保護されていた。マスコミのフラッシュに照らされて次々と誘導されていく人質たちの口からは共通の言葉が出ていた。

 

「怪物が出た」と。

 

初めのうちは警察もマスコミも野次馬も恐怖から錯乱しているのだろうと考えていたが1人

、また1人と同様の事を言う人が後を断たない。

そこに、凄まじい破壊音と共に。窓ガラスやコンクリートの破片が降ってきた。

 

飛び散った破片が店から出てきた直後の人質女性の顔に直撃し顔の右半分が潰れた。

 

「ウアアァァァァ―――アブッ!?」

 

女性を保護しようと駆け寄っていた警官が悲鳴を上げるがその悲鳴は新たに降ってきた100キロ以上の物体、アノマノカリスドーパントによって身体ごと潰れてしまった。

 

ブチャッ!とトマトを潰したような音が止むと暫く、数秒の間一切の音がしない静の時間が流れた。

2人の無惨な死体から拡がった血がビルの外壁、パトカーの車体、人々の身体を塗り潰していたが誰一人としてその事を瞬時に理解することが出来ないでいた。

「アッ!アアアッ・・・・・」

 

やがて一人の女性が自身の身体を染める生暖かい液体に気付く。

 

先日、夫に買わさせたばかりの白い毛皮のコートは真っ赤に染まり震え出した唇はより濃さを増した。

 

「イヤッ――ブッ!?」

 

女性が叫ぶよりも早くその顔に無数の穴が開いた。

 

「ウワアアァァァァ!?化け物〜〜!!?」

ある者は腰を抜かしながらも這いつくばるように

「邪魔だ!!退けよ!!」

ある者は目の前のお年寄りを押し退けて

 

「待ってヨシ君!?」「離せよ!!」

ある者は恋人の手を振り払い自分1人だけでも助かろう逃げ出す。

阿鼻叫喚の中、アノマノカリスは目に写る全てに自らの力を知らしめようと暴れだす。

 

「撃て!撃てぇぇ!!」

 

警官隊が発砲するがそんなものが通用するハズもなく、勇敢な警官たちは次々と体中に風穴を開けられ物言わぬ骸へと変わり果てていった。

 

「本部!本部!!軍に要請してISぶたいびょっ――――!?」

 

パトカーの無線で応援を要請していた刑事は最後まで言い切ることなく顔の上半分が吹き飛び車内に転がった。

 

 

「ヒャッハ、ヒャハハハハ~~!!」

 

 

誰もかれもが自分の力を恐れ逃げ惑っている。それがアノマノカリスにとってとても愉快であった。

思い出すのはかつて社畜としてこき使われていた忌々しい過去だった。どれだけ血の滲むような努力をしても男という理由で評価されなかった。手柄は何時も無能な女共やそんな女に取り繕っているイケメン共の取られ続け見下されていた。

 

「だが俺は変わった!この超人の力で俺をないがしろにしてきた世界を壊してやる!!」

 

新たな獲物を求めアノマノカリスは周囲を見渡す。するとビルの出入口に見覚えのある顔を見つけた。婦警の影に隠れながらこちらを見ている少女、確か喫茶店で吐いていた奴だ。

 

そう認識したとたんあの時のゲロの匂いを思い出しイライラして来た。

 

「次はお前だぁ!」

身体を少女に向け大きく口を開く。少女やそばの婦警が恐怖で顔を歪めるのが見えた。その顔を肴に一杯やれそうだ。そう思いながらアノマノカリスから無数の歯が飛んだ。

 

 

 

 

 

店から出た詩乃と恭二は途中、救助にやって来た警官隊と出会った。

 

「彼女をお願いします!」

 

恭二は警官隊に詩乃をお願いし店に戻ろうとした。

 

「恭二くん!?」

 

「君、戻ったら危ないぞ!」

 

「すみません、友達がまだ残っているんです!!」

 

制止しようとする警官を振り払い恭二は階段を登っていく。すぐに警官も後を追うために一緒にいた婦警に詩乃を任せた。

婦警と共に降りた詩乃の視界には地獄が拡がっていた。

 

砕けたアスファルトに薙ぎ倒された街路樹、穴だらけのパトカーそして・・・視界を埋め尽くす程の死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体

 

その真ん中には店で見たあの怪物が立っていた。

何で外にいるのか?蒼也はどうしたのか?詩乃にとって分からないことばかりが起こる。ただ1つ分かることは自分は今から死ぬんだということだった。

 

怪物はゆっくりと身体を向け口を開いた。びっしりと生えている鋭い歯が自分に向けて飛んで来。るそう理解しせめて少しでも恐怖を和らげようと眼を閉じカバンを抱く。

 

 

「・・・・・・・・・?」

 

しかし、いつまで経っても痛みは感じなかった。

かわりにどこか優しい風が自分を安心させるように撫でてくれているような感じがした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「グッ・・・グアッ!」

 

思っていたよりも深く刺さっていた最後の1本がようやく抜けた。

磔にされている間にアノマノカリスは破壊した窓から外へと逃げ暫くの間は外から悲鳴や銃声、爆発音なんかも聞こえていたけどそれも今は止んでいる。

 

 

ヴォルアローを拾って外を見るとビル前の道路は予想以上の惨劇になっていた。

転がる死体の殆どが穴だらけであり中には上半身が吹き飛んでいる者や顔に大きな穴の開いている者までいた。

だけど幸いな事にアノマノカリスはまだその場にいた。ここで倒せばこれ以上の被害は出ない。

 

今まさにビルの出入口に向かい歯を撃とうとするアノマノカリスの前に降りた。

 

迫る歯を切り払い逆に大きく開けた口に向かい矢を放つ。

 

「グギャァァァァ!?」

 

どうやら口の中が急症だったみたいだ。アノマノカリスは叫び声をあげながらのたうち回る。

 

「今のうちに逃げてくださ――!?」

 

振り返ると婦警さんとそして、詩乃が眼を見開いて呆然としていた。

 

・・・・アレ?いまボクはこの2人に向かっていた攻撃を弾いたんだよね?

もしボクが間に入らなかったら間違いなく2人は死んでいたよね?

 

・・・・・ダレガ?シノガ?シンデタ?

シノガ?シノガ?シノガシノガシノガシノガシノガシノガシノガシノガシノガシノガシノガシノガシノガシノガシノガシノガシノガシノガシノガシノガシノガシノガシノガシノガシノガシノガシノガシノガシノガシノガシノガシノガシノガシノガシノガシノガシノガシノガシノガシノガシノガシノガシノガ・・・・・シンデイタ?

 

 

「ググゥ〜〜・・・!何度も、何度も邪魔すんじゃ――ッ!?」

 

汚い口が開きそうになったからその前に手で塞いだ。あんな汚いモノを詩乃に見せて良いハズがないからな。

ソレにしても・・・・

 

「オマエさぁ今ダレを狙ってタんだァ?」

 

口を塞いだまま近くのパトカーに叩き付けた。ガラスが割れて身体に刺さったみたいだけど関係ないな・・・

次は口に手を入れて危なっかし歯を殴り砕く。

なにか騒いでいるけどナンダヨ?

 

「どうせすぐに生えてくるんだろ?」

 

全ての歯を砕き終えたら空高く蹴り上げる。

 

《ヴォルテックス!マキシマムドライブ!》

 

メモリをヴォルアローのスロットに挿し弦を引く、周囲のエネルギーを収束し狙いを空中で暴れるアノマノカリスに定める。

 

「・・・ヴォルジャベリン」

 

螺旋回転しながら飛ぶ矢はアノマノカリスのを貫き爆散させた。

 

 

「ガギィャ・・・・アアッ・・・・!」

 

爆発の中から砕けたアノマノカリスメモリと一緒に男が落ちてきた。

幸い下にパトカーがありアスファルトに激突、て事にはならなかった。

「そん・・・な・・・・ようやく・・・・・ようやく手に入れた・・のに・・・・!」

 

砕けたメモリに手を伸ばす。そんな哀れな姿を見るとさっきまでの怒りもスッと抜けていったが

 

「本当の絶望はこれからですよ。アナタはあまりに殺しすぎた。ほぼ間違いなく死刑になるでしょうね」

どんなに哀れであろうともやったことは何一つ許されない。アレだけの目撃者がいる以上どんな弁解も通用することはないだろう。

 

 

「アアッ・・・メモリィ・・・オレノメモリィガァァ!」

 

・・・・聞こえてないか、これがメモリの力に魅せられた末路だと思うと少し同情もしたくなるのかな?



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メモリー0.15

恭二の兄の名前が間違っていたので直しておきました。


「さてっと、そろそろ引き渡してこないと」

 

正直、この場に長居はしたくない。真っ昼間の街中だからだんだんと野次馬が増えてきた。

とは言ってもこの惨劇の場所に近付く気は無いみたいで殆どが遠くから伺うように見ているだけだけど

 

でも、もうすぐ応援の警官隊が来るハズだからその前にここを離れた方がいいかな。

 

そう考え未だに喚き続けている男に近付く。

 

「アアッ〜〜・・・オレ・・ノメモリ〜〜・・・オレノッ!?―――ガッ・・アアアッ!?」

 

「――ッ!?なんだ、どうしたんだ?」

 

突然男の身体が激しく痙攣し出した。

 

見ると男の首元にメモリを挿した後、生体コネクタが浮かび上がった。コネクタは少しずつ大きくなっていきそれに比例するように男の痙攣も激しくなっていった。

「まさかっメモリの副作用か!?」

 

「あああああぁっぁぁぁぁぁあああぁぁあああぁぁあぁぁぁ!!!」

 

やがてコネクタは男の全身を覆いつくし1度大きく跳ね上がるとそのまま動かなくなった。

 

 

 

 

 

「・・・・・やはり彼ではメモリに耐えられませんでしたか」

 

向かいのビルの屋上からその様子を観察している者がいた。

蒼也が出会ったメモリの売人である。

 

売人は視線を動かなくなった男、呆然と立ち尽くすヴォルテックス、ビルの出入口で眼を見開いている詩乃そして、破壊された喫茶店の窓へと移していく。

 

「しかし十分に役割は果たしてもらえましたね。これで無事に運命は導かれた」

 

そのまま踵を返し去っていく。

 

 

 

 

 

生体コネクタが全身に周り動かなくなった男、死亡したとはいえこのまま放置しておくわけにもいかない。

死体を回収するため動こうとした時

 

「――ッ!?」

 

何かが高速で近付いて来るのがわかった。

―速い!―

 

音速に近い速度で移動できるもの。ドーパント以外で考えられるのは・・・・

 

「動くな怪物!」

 

ボクを囲むように空に4機のISが現れた。

それぞれがライフルの銃口をボクに向けながら周りの惨状を見て顔を歪ませる。

「よくもこんな惨いことを!」

 

どうやらボクとアノマノカリスを間違えているみたいだ。まあ、アノマノカリスはボクが倒してしまって今この場にいるのはボクだけだから間違えられても無理はないか。

 

「妙な動きはするなよ!大人しく投降しろ!」

 

とは言われてもこっちも大人しく捕まるわけにはいかない。何より・・・・

 

後ろを見ると詩乃がISの持つライフルを見てしまい再び震え出していた。付き添っている婦警が安心させるため抱き締めているが明らかに限界に近い。

ココで銃を使われたら詩乃の精神は持たなくなる。

 

ヴォルテックスメモリの挿さったままのヴォルアローを地面に向け弦を引く。

 

「―ッ!?止まれぇ――ッ!!」

 

ISの警告よりも早くヴォルアローの矢が地面に触れボクを中心に竜巻を起こす。

ただの竜巻とは違い周囲の建物や死体には影響がなく砕けたアスファルトの破片や微小な土のみを巻き上げIS部隊の視界を遮った。

 

向こうからしたら突然発生した竜巻にIS部隊は激しく動揺していた。

 

「――チィッ!落ち着くんだ!むやみに撃てば一般人に当たる。センサーで目標を捉えるんだ!!」

 

部隊の隊長と思われる叫びが聞こえるけどそうはいかない。

 

《バット!》

 

竜巻の中心部でバットショットを起動させる。

すると竜巻の向こう側からIS部隊の慌てる声が聞こえてきた。

 

「た、隊長!センサーが作動しません!!」

 

「何か、異様な電波により妨害されているようです!!」

 

 

IS部隊は酷く混乱しているようだけどあと数秒すれば竜巻は消えバットショットの妨害電波も止まる。

 

今のうちに竜巻を抜け出し壊れた窓から喫茶店へと戻る。

 

ドライバーを外し変身を解除したら壊れたテーブルの上に勢いよく倒れ込む。テーブルの破片で服が裂け汚れたのを確認する。これで怪物に襲われたって誤魔化せるかな?丁度外の竜巻がその勢いを弱らせ消えていった。

 

「居ないだと!センサーは!?」

「回復しましたが反応ありません!!」

「くっ!探すんだ!まだそんな遠くには行っていないはずだ!!」

 

 

四方に散っていくISを見送ってボクは身体を痛めたフリをしながら喫茶店から出て行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・気が付いたら私は病院のベットの上にいた。

 

「あっ気付いたんだね?良かったぁ~」

 

「・・・蒼也?」

 

ベットの横では蒼也が心配そうな顔で見ていた。その腕には包帯が巻かれているのが見えたのが少し違和感を覚えてつい見入ってしまった。すると蒼也もその視線に気づいたみたいで苦笑する。

 

 

「ははは・・・本当はもう治ってるんだけどね形だけでも取っておかないと怪しまれるからさ・・」

 

「・・・わたし・・なんでここに・・?」

 

「怪物が居なくなった後に倒れたらしいよ。まぁ犯人の銃だけじゃなくてIS部隊の装備も見ちゃったみたいだからね」

 

 

・・・そうだ、私はあの時怪物同士の戦いが終わった後にやって来たISの銃を見て・・・・また、私は・・・・

 

「悔しい・・・」

 

ついそんな言葉が口から出てしまった。

 

「あの時から・・私は・・・ずっと弱いまま・・・・つよく・・・強く・・なりたい・・・!」

 

思い出すのはあの2体の怪物。どっちもとても人間が対抗できると思えない強さだった。ほしい・・・あんな力が・・あの強さが・・っ!

 

「私も、欲しいっ!―――――きゃっ!?」

 

その時、額に冷たいモノが当たって思わず悲鳴を上げた。横を見ると蒼也が微笑みながら水の入ったペットボトルを持っていた。

 

「・・・・詩乃、落ち着きなって。色々あり過ぎてちょっと疲れてるんだよ」

 

途端に頭に昇っていた血が引いて行ったのが分かった。私は何を考えていたのか・・・

 

「そうね、ごめんなさい。ちょっと混乱してたわ」

 

「じゃあ、ボクは先生を呼んで来るからもう少し寝てていいよ」

 

病室を出て行く蒼也の背を見ていると一瞬その背中が怪物の1体、私を守ってくれた青い方に見えた気がした。

「・・・疲れてるのね」

 

いくらなんでもそんなことは無い。蒼也が戻って来るまで少しだけ眠ることにして目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

「全く、お前は私の後を継ぐのだから余計なことに首を突っ込むんじゃない」

 

 

・・・僕の目の前にいる白衣の男性はこの病院の医院長で同時に僕の父親でもある。

 

 

その顔は息子が怪我をしたことに対しての心配ではなく愚かな事をしたなという怒りの顔だった。

 

「お前は昌一のように落ちぶれるんじゃないぞ」

 

それだけ言うとワザとらしいため息を吐きながら部屋から出て行くその背中を僕はただ見ているしか出来なかった。

 

「・・・・兄さん」

 

僕の兄、新川昌一はかつてはこの病院の跡取りとしてエリート街道を進んでいた。でもある時、ほんの些細な事でその道を踏み外して今は自室に閉じこもりきりだ。

 

何があったのかは僕には教えてくれない。ただ1日中暗い部屋でうずくまっているだけ、そんな兄さんを早々に切り捨てた両親は代わりに僕にはこの病院を継がせようと考え出した。

 

両親の英才教育が始まって僕には自由な時間なんてほとんどなくなった。今日の朝田さんと出掛けることだって土下座をして無理に許可をもらったものだ。そんな中でアクシデントとは言え怪我をしたことがあの人にとっては納得が出来なかったんだろう。

 

 

 

「あっ恭二君、此処に居たのね」

 

病院内を歩いていると顔見知りの看護師さんに会った。

 

「恭二君のお友達の朝田さん、さっき目が覚めたみたいよ」

 

「本当ですか!?良かった・・・」

 

「身体に異常も無いから顔を出してあげてね」

 

「はい」

 

 

 

看護師さんに教えてもらった病室に向かっていると廊下の一角に蒼也の姿が見えた。

 

「そう―――っ「すみません。大事になっちゃいまして・・・はい、メモリの売人と接触しました」――ッ!?」

 

声を掛けようとした直前に蒼也の口から聞こえた【メモリ】という単語に思わず物陰に隠れた。

 

見てみると時代遅れな大きめのガラケイで誰かと話していた。

 

「はい、メモリは回収できたけど使用者の方は・・・後はお願いします」

 

電話を終えた蒼也が上着のポケットから取り出したもの。それはあの怪物が持っていたモノと同じメモリだった。

 

これで確信した。あのもう一体の怪物、その正体は蒼也だったんだ。蒼也は朝田さんを守れる力を持っている。でも僕は・・・

 

胸の中になんとも言えない感情が生まれたのを感じながら僕は病院を後にした。

 



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メモリー0.16

翌日のニュースは予想通りにドーパントのことで持ちきりだった。

-銀行強盗が怪物に変貌?-

-二体の怪物により人的被害多数!ー

ー死者、数十人!怪物の凶行!ー

 

中でも注目を集めているのはIS部隊が怪物を取り逃がしたという事だった。その取り逃がした怪物は十中八九ボクの事なんだろうけど、ドーパントと同様に扱われるのは納得できないなぁ・・・そもそもボクは人、殺してないし・・・

 

まぁそのことは置いといて、今まで最強の兵器と思われていたISが4機あったにもかかわらず取り逃がしたという事実にISに存在意義に疑問の声が各方面から上がっているらしい。

 

曰く『4機もいて取り逃がすなんて本当に最強の兵器なのか?』『仮にまともに戦っていても勝てたのか?』『こんないざという時に役に立たない物に国家予算を裂くのは無駄なんじゃないのか?』

 

それに対して一部の強硬派の女性から反発の声が上がっている。

 

『怪物は勝てないと思ったから逃げだしたんだ!』『そもそも今回これほどの被害があったのは現場にいた警官たちが無能だったせいだ!』『無能な警察の予算こそ無駄遣いだ!』

 

 

 

どのチャンネルを回してもそんな討論ばかりだ。正直に言ってくだらないと思った。

 

テレビを消してご飯に納豆で簡単な朝食を済まして部屋を出る。詩乃は念の為に昨晩は病院に泊まることになったため放課後に迎えと一緒に着替えを持って行くことになった。

 

詩乃のタンスから適当な着替えを用意してバックに詰める。

・・・今更だけどいくら幼馴染とはいえ異性のタンスを探るってやっぱり恥ずかしいな・・・しかも下着もだし・・///

 

 

恭二にも一緒に行かないかと誘ったんだけど『今日は気分が悪いから、ゴメン・・・』と返って来た。

まぁ恭二も事件に巻き込まれた当事者の1人なんだから無理ないかな。

 

 

 

 

 

 

「詩乃、お待たせ」

 

病室に入ると詩乃はベットの上で昨日買ってあった本を読んでいた。

 

その顔からは昨日の出来事を引きずっている様子はなくて思わず安堵した。

 

「はい、着替え持ってきたよ」

 

「ごめんなさいねワザワザ」

 

「ううん。ボク、ちょっと先生に挨拶してくるからその間に着替えておいてね」

 

着替えの入ったバックをベットの横の椅子に乗せて病室から出る。

 

 

 

診察室に行くと担当医の人がカルテを片手に簡単な説明をしてくれた。元々大して怪我をしたわけでもないから通院の必要も無いらしい。

 

「特に外傷も無いですからね。明日には学校の方に出ても心配ないでしょう」

 

「そうですか、ありがとうございます」

 

「ただ・・・彼女は過去に何か大きなトラウマを抱えてませんか?」

 

「ッ!?・・・・はい確かに詩乃には一つ大きなトラウマがあります」

「やはりそうですか、今回の事件でそのトラウマが刺激されたようでしてね。今後しばらくは注意しておいてください」

 

「・・・分かりました。ありがとうございます」

 

診察室から出て病室に戻ると着替えを終えた詩乃が荷物をまとめていた。

 

「詩乃、お待たせ。特に通院の必要もないし明日からは学校に出れるってさ」

 

「そう良かった、私が休んだらアンタは丸一日教室で寝ているかもしれないしね」

 

「ははは・・・流石にそこまで寝ないよ」

 

「あら、この前昼休みに寝ていたら移動教室に気付かないで1人ボッチになっていたのは誰だったかしら?」

「いや、アレは〜・・・・はいボクです。あの時はご迷惑をお掛けしました」

 

「うん、よろしい」

 

 

 

 

病院を出るとすっかり夕暮れになっていた。部屋まではそんなに離れてはいないけど今日はどこかで食べて行った方が良いかもしれないね。

 

「詩乃、晩は近くのファミレスで良いかな?」

 

「そうね、病院食はちょっと薄味ばっかりだったから濃いめの物が食べたいかも」

 

丁度近くに大手ファミレスチェーンのステーキ店があるからそこに入ることにした。

 

 

ボクはサーロインステーキを詩乃はハンバーグステーキをそれぞれ注文した。

 

注文した料理が来るまで

「ところで、いい加減話してもらえるわよね?」

 

「え、何のこと?」

 

「惚けないで!アンタが最近、コソコソ私に隠れてやっていることよ」

 

その目は真っ直ぐボクを見据えていて決して逃がしはしない!と言っているようだった。

 

「・・・・・わかったよ。でも、ボクも何でも話せる訳じゃないから言える範囲までだよ」

 

さすがにはぐらかすことは出来ない。そう判断してボクがなにをやっているのかを話すことにした。但し少しばかりの内容を偽ってだが・・・

 

 

 

 

「・・・・つまり、半年ぐらい前に偶々指名手配犯を見つけて懸賞金をもらったのにはまって街で指名手配犯を探すようになったと」

「まぁ・・・大雑把に言うとそうです・・・ね?」 パキッパキッ

 

 

「「・・・・・・・・・」」

 

・・・・沈黙が痛い・・・納得してくれたのか?していないのか?詩乃は黙ったまま真っ直ぐにボクを見る。

いつの間にか来ていたステーキの鉄板のジュッーという美味しそうな音が2人の間から流れ続ける。

 

「あの・・・詩乃さん?「はぁ〜〜」ッ!?」

 

 

詩乃は大きなため息を漏らすとそのまま目の前に置かれたハンバーグにナイフを入れる。

 

「ええっと・・・・」

 

「早く食べないと冷めちゃうわよ」

 

黙々と食べ続ける詩乃に習いステーキを食べるが正直言って喉を通らない。それほどに詩乃から圧力を感じた。

 

 

 

結局、その後は一言も話さないまま食事を終え店を出た。部屋に向かう際もお互いに距離を取っていて顔も合わせないでいた。

 

「「・・・・・・・・・・」」

 

「・・・・・あのッ!・・・・・」

 

「・・・・・・・・・・」

 

いつまでもこのままじゃいられない。なんとか会話をしようとするけど言葉が最後まで出なかった。

 

 

「・・・・・蒼也」

 

「・・・・エッ!?」

 

不意に詩乃の方から話し掛けてきて驚いた。

詩乃は鋭い眼のまま近付いてくる。

 

「正直に言って私はアンタの言ったことの半分は嘘だと思っているわ」

・・・やっぱりバレていたみたいだ。

詩乃には隠せないなぁ・・・

 

「でも、いいわよ。無理に言わなくても」

 

「・・・・・えっ?」

 

てっきり本当のことを言えと追及されると思っていたから少し拍子抜けだった。

 

「どうせ本当のことを言うつもりなんて無いんでしょ?だったらいいわその時まで待つから」

 

そして詩乃は手に持った紙袋からマフラーを取り出すとボクの首に巻いた。

 

「それとコレは昨日のお礼よ」

 

「えっ昨日のって?」

 

「最後の方はめちゃくちゃになっちゃったけどそれ以外は楽しかったわよ」

「でも、それならボクじゃなくて恭二に・・・」

 

「もちろん、新川君にも改めてお礼はするわ。でも、一番にはやっぱり蒼也にって思ったのよ。これから寒くなっていくし首元も隠しておいた方が良いでしょ?」

 

改めて首に巻かれたマフラーを見てみる。

 

青い生地に白い二本線が引かれている。

どこか、ヴォルテックスのマフラーに似ていた。

 

「ありがとう詩乃、大切にするね」

 

「ッ!?///とっ当然よ!むしろ、ずさんに扱ったら承知しないから///」

 

「うん!」

 

 

 

今はまだ、本当のことは話せない。だけどいつか詩乃がずっと笑っていられるようになったら・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・やはり『運命』に導くにはもう一押しが必要みたいですね」

 

 

男はパソコンの画面にある文章を入力した。

 

-2BのSAさんって昔、人を殺したらしいよ-

 

このたった一つの書き込みが蒼也と詩乃そして恭二の『運命』を決めることになる。



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メモリー0.17

「ヒソヒソ」「ヒソヒソ」

 

 

・・・・おかしい・・・・詩乃が退院した次の日からやけに周りから視線を感じるようになった気がする・・・・

 

詩乃と一緒に学校へ行くと周りの生徒はぼくたちを避ける様に距離を取ってコソコソと話し出すしそちらを見ると途端にめをそらされる。でも、詩乃と教室前で別れると今まで感じていた視線はだいぶ減り代わりに同情の様な視線が向けられる。

 

元々クラスメイトとはあまり話す方ではなかったけど視線を感じるようになってからはより周りと話すことが無くなっていった。と言うよりもボクが話しかけようとするとあからさまに距離を取っていく感じだ。

 

 

そして、それと同時期から詩乃の様子もどこかおかしい。昼休みや放課後にクラスの友達と過ごすことが多くなった。

 

それ事態は全然良いことなんだけど幾ら友達に付き合うようになったと言ってもやけにお金の消費が激しい気がする。

 

今までそれぞれの家から貰ってきた仕送りは家賃や光熱費、食費とそれぞれのお小遣いに分けた後、残りは共用の口座に入れてあるんだけど最近その口座の残高が減ってきている。

 

何に使ったのか聞いてみても・・・

 

「ごめんなさい、ちょっとハメを外しすぎたのよ」

 

と言って詳しくは教えてくれない。

 

それに最近はボクが詩乃の教室に行くことさえ拒まれていて学校内では殆ど顔を会わなくなった・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

「オレの・・・・邪魔をするなぁぁぁ!!」

 

「ッ!?ウアァァァ!!」

 

蹄状のエネルギーの直撃を受けて大きく飛ばされた。

 

いけない、今は戦いに集中しないと!

 

気を引き締めて現在対峙しているドーパトを見る。

白と黒の縞模様の身体に強靭な脚、手足は蹄の形をしている。

シマウマの記憶を持つドーパント【ゼブラドーパント】が地面に蹴りながら迫ってくる。

 

ヴォルアローを放ち牽制しようとしても高く跳躍し避けられ背後に回られた。すぐに振り返っても攻撃する前に蹴り飛ばされる。

 

「遅い・・遅い・・・遅い!!オレが、トップランナーだぁ!!」

このゼブラの変身者は近くの大学に通う陸上選手らしい。

最近、有名な陸上選手が相次いで襲われておりギルドが調査した結果メモリ使用者を特定、今日は学校を休んで変身者を人気のない町外れの倉庫に誘い込んだ。

 

「ダレにもオレの走りは止められなぁい!!」

 

脚を振るうたびに次々飛んで来る蹄状のエネルギーに逆にこっちが追い込まれている。一撃一撃が中々に高い威力を誇り着弾するたびに爆発を起こす。恐らくメモリとの高い適合率によって新たに得た力だろう。

 

蹄のエネルギーを躱しながらヴォルアローを放つがゼブラもその脚力で躱していく、それぞれの攻撃ですでに倉庫は半壊している。いくら街はずれとはいってもこれ以上時間をかけると人目に付くかもしれないからね。

これまで倉庫内を縦横無尽に動かしていた脚をゼブラへと向ける。

 

「ナァッ!?馬鹿カッ良い的だぜ!」

 

ゼブラは一瞬の動揺を見せたけどすぐに脚を振るい蹄のエネルギーを飛ばしてくる。

 

「くっ!ハァァ!!」

 

飛んでくるエネルギーを防ぎながら前に出る。蹄のエネルギーは打ち払うたびに爆発が起こる。

 

「クッウウッ!まだまだぁ!!」

 

少しづつゼブラとの距離を縮めていくとゼブラも意地になっているみたいで距離を取るような動きは見せない。代わりに一撃一撃が重くなっていくのが分かる。

 

「いい加減に・・・・くたばれ!」

 

ゼブラが特大のエネルギーを作り出そうとした。その瞬間今まで続いていた攻撃が止む。

 

「今だっ!」《ヴォルテックス!マキシマムドライブ!》

 

「グッアアアァァァァ!!」

 

ヴォルアローにメモリを挿し周囲のエネルギーを吸収する。

急激に上昇するエネルギーに身体に激痛が走るけど耐えられない程じゃない!

 

ゼブラがエネルギーを打ち出すよりも速く接近する。

 

「ヴォル・エッジ!!」

 

エネルギーの走る刃がゼブラの身体を斜線に切り裂いた。

 

「ガッ!アアアァァァァ〜!!」

 

切り裂かれたゼブラは貯めていたエネルギーを暴発させ爆発した。

 

 

 

 

 

 

「フゥ」

 

戦いを終えてようやく一息つけた。

ゼブラの変身者だった大学生は壁に寄りかかりブツブツと何か呟き続けているけど大して興味は無いかな?

 

今は・・・・正午前か、面倒だけど午後の授業には出れそうだね。

 

 

ドライバーからヴォルテックスメモリを抜いて変身を解除する。すると今まで虚ろな目で呆然としていたゼブラの変身者がボクの顔を見て動揺しだした。

 

「おっ!お前まさかあの!?」

 

「どうかしましたか?」

 

ボクはこの人とは初対面のはずだ。でも、この人は明らかにボクの事を知っているようだ。

「妹が話していた・・・・人殺しの幼馴染だろ!」

 

「・・・・はっ?」

 

・・・・・人殺しの幼馴染み?・・・・人殺しの?・・・・・幼馴染み?・・・・・・・・ヒトゴロシノ・・・・・オサナ・・・ナジミ・・・・・・・

 

「・・・・・オイ」

 

「えっガァッ!?」

 

胸倉を掴んで壁に叩き付ける。相手はさっきの戦いでのダメージもあったらしく身体中からボキボキッと音が聞こえたけどどうでもいい。関係ない。興味がない。

 

「人殺しの幼馴染ってどういうことだ?人殺しってダレの事言ってんだ?」

 

「ヒィ!い、妹が言ってたんだよ!じっ・・・自分のクラスにはっ!昔、人を撃ち殺した女が居るって!! クラス内のラインで・・・・この記事がっ!」

ソイツが取り出したスマホの画面を見るとそこにはボクと詩乃が並んで歩いている写真、そして・・・数年前の地方新聞のある記事が写っていた。

 

「――ッ!?」

 

自分の息が止まるのがわかった。心臓を鷲掴みにされたみたいだ。

 

「アアッ・・・・・!」

 

あの時のことは今でも鮮明に思い出せる。

 

必死に忘れようとしているのに・・・・思い出したくなんてないのに・・・・・・もう、あの時のキミを見たくないのに・・・・

 

 

【郵便局に強盗立て籠り!人質の少女が犯人を射殺!?】

 



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メモリー0.18

「お〜い、朝田ぁ〜悪いんだけど今日もお金の援助してくれるよねぇ〜?」

 

お昼休み私は校舎裏で数人のクラスメイトに囲まれていた。

彼女たちは電車で適当な男の人を痴漢に下手あげてはお金をむしり取ったり一部の生徒を奴隷のように扱っているなどの噂で学校内でも有名な不良グループだった。

 

そして、ここ最近は私がそのターゲットにされている。

 

 

「そう言えばぁ今日は彼氏と一緒じゃなかったねぇ〜?」

「あっ分かった。金遣いが荒くて捨てられたんだ!」

「「「「あっはははは!!」」」」

 

何が金遣いが荒くてよ!

彼女たちの言葉に怒りが沸いてくる。

 

この数週間、私は毎日のように彼女たちからお金を要求されている。もちろん初めは断ろうとした。

 

彼女たちとは特別親しいわけでもなくむしろ、関わらないようにしていた位だった。

 

それなのに彼女たちが私に狙いを付けたワケは・・・・

 

 

「・・・・いや」

 

「はぁ?今なんて言った?」

 

「もう・・・・貴女たちに渡すお金は無いわ」

 

 

今までは自分のお小遣いの中で何とかしてこれたけれど最近はそれでは足りなくなり蒼也との共用の口座に手を出してしまい気付かれ出している。

蒼也には・・・・蒼也だけにはこの事を知られたくない。いえ、知られるわけにはいかないわ!

 

 

「・・・・ふ〜ん。そういう態度をとんだぁ〜」

 

彼女たちは嫌な笑みを浮かべて何かを取り出して私に突き出した。

 

「アンタ、昔これ使ったんでしょ?」

 

「アッ!?―――アアッ・・・・!」

 

目の前に突き出されたモノ、それは一丁のモデルガンだった。

それを見た瞬間、私の脳裏に昔のあの光景が甦ってきた。

 

所詮はオモチャ、とても安物のそれこそお祭りの屋台で売っているようなモノだったけど関係がなかった。彼女たちは知っているんだ。私の過去を・・・・

 

「アアッ・・・ガッ!アガッ!?」

 

息ができない・・・・目の前が真っ暗になって立っていられない・・・・

 

「うわぁ〜〜その反応、噂は本当だったんだぁ〜この、人殺し〜〜」

「「「人殺し〜〜〜!」」」

 

・・・・・ちがう・・・・

 

「「「「人殺し〜〜!!」」」」

 

・・・・・ちがう・・・チガウチガウチガウチガウチガウ・・・・

 

「ちがう!!」

 

自分でもビックリするぐらい声を荒げて掴みかかろうとする。

 

「・・・・・あ・・?・・・・・あ、アアアッ〜〜〜!!!」

 

でも、不意に額にナニかが当たったのが分かった。

目の前の彼女たちの笑みでソレがなんなのかはすぐに理解できた。

 

理解できた瞬間、胃の中のモノが逆流してきた

 

「ウッ!?〜〜〜〜ウエェェ〜〜!」

膝を着き両手で口を押さえるけど駄目だった。口から溢れ出たソレは両手を押し出して地面へと飛び散った。

 

「うっわぁ〜〜バッチィ〜」

 

「きったないもの見せられて気分が悪いから慰謝料払いなさいよ!さもないとぉ・・・」

 

「ヒィッ!」

 

再び突き付けられそうになったモデルガンから逃れるために傍のカバンから財布を出して投げた。

「たくっ、最初ッから出せよな」

 

「おっ無いって言ってたくせに意外と入ってんじゃん!」

 

「んじゃぁ気分を悪くされた慰謝料と金が無いって嘘ついた罰金で全部貰ってくわね〜」

 

「「「キャハハハ!!」」」

中身を全部抜き取った財布を投げ捨て去っていく彼女たちを私はただ地面に這いつくばって見送るしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

悔しい・・・・私は、あの頃と同じで・・・弱いままだ!

 

強く・・・なりたい・・・!!

 

あの時、病院で感じた思いがまた芽生えてきた。

 

「・・・・・・・・詩乃?」

 

「・・・・えっ?」

 

不意に声が聞こえた。ソレはいつも私の傍に居て私が一番安心できる声、でも今は一番聞きたくなかった声・・・・

 

「そう・・・や・・?」

 

今日は用事があって学校は休むって言っていた蒼也が私服で立っていた。その首には先日私がプレゼントしたマフラーが巻かれている。

 

なんで?今日は来ないはずじゃ・・・

 

「変な噂が詩乃のクラスを中心に流れているって聞いてさ」

「まって・・・・違うわ・・」

 

「5年前の事件の事らしいんだけどね」

 

「私は関係ないわ、誤解よ「詩乃!!」―ッ!?」

 

蒼也はとても優しい顔で泣いていた。

 

「安心して、もう詩乃を泣かせはしないから」

 

「まっ・・・てっ・・ダメ、蒼也ぁ!!」

 

蒼也は私に自分の着ていた上着をかけると校舎へと歩いていった。

 

「ダメ・・・このままじゃ・・・・また・・」

 

すぐに追い掛けたくても力が入らない。校舎の外壁に手をついて何とか立ち上がる。

 

「このままじゃ・・・また・・」

 

 

 

 

『ウアアアァァァ!!?』『ゴメンナサイ!ゴメンナサイ!!ゴメンナサイ!!!』『イヤアアァァァ!!タスケテェェェ!!』『警察だ!警察を呼ぶんだぁ!!』

 

私の脳裏にあの事件とは違うもう1つの出来事が甦る。

 

へこんだ扉に割れたガラス、折れた机や砕けた黒板、血を垂らしながら逃げ惑う男の子に折れた腕を押さえて泣き叫ぶ女の子。胸にハサミが刺さりのたうち回る教師。

 

『ダメ・・・もうやめて!渦木くん!!』

 

幼かった私の声は届くことなく一人の男の子の顔を殴り続ける蒼也、その顔は涙でぐちゃぐちゃに濡らしながら・・・

 

『・・・・ハハッ!』

 

笑っていた。

 



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メモリー0.19

午後の授業が始まり生徒たちはそれぞれの教室で授業を受けていた。

 

先ほど詩乃からお金を取った女子たちもしかりだ。

 

「いや〜今日は大漁だったね〜〜!」

「こんだけあんだしさ、男でも誘ってカラオケ行こっか?」

「良いねぇ〜!!」

 

だがまともに授業を受ける気は無くお互いの机を向かい合わせながら周りの迷惑も考えず喋っていた。

男性教師の声も欠き消さんばかりの声で話す彼女たちが手に持つお金、それが誰のモノであるのか。このクラスで知らない者はいなかった。

 

 

 

 

数週間前、クラス内のあるライングループに妙な書き込みがあった。

 

ソレは今から数年前の地方新聞の小さな記事についてだった。

 

東北のある郵便局に強盗が押し入り客や職員を人質にとり立て籠った。

数時間の後、犯人が人質の一人である当時9歳の少女により射殺されたというものだった。

その書き込みに添付された画像に写っていたのが、幼馴染みの少年と共に写る朝田詩乃だった。

当初は誰もこの書き込みを信じてはいなかった。

クラスメイトから見た詩乃の印象はとても静かで真面目なまさにクールという言葉がピッタリでありそれでいて幼馴染の少年といる時に見せる年相応な女の子の顔のギャップから密かに人気があった。

 

そんな彼女が人を殺している筈がないとクラスの殆どが思っていた。

 

・・・・だが、物事にはきまって例外が存在するものだ。

自分のクラスに人殺しがいる。だったらそれをネタに脅してやろうと一部の女子たちが考えた。

彼女たちも始めは密かな人気者に対する単なる嫌がらせのつもりだった。

人気の無い所に連れ出し記事を見せて問い詰めた。するとあからさまに表情を歪めた詩乃に対しふざけ半分で指を銃に模して突き付けたところ、顔色を青くし震えだした詩乃は「やめて!」と叫びお金を差し出した。

 

それに味をしめた彼女たちはそれからほぼ毎日詩乃からお金を巻き上げていったのだった。

 

他の生徒は目を付けられ自分が次のターゲットにされないために。教師もまた下手に騒ぎにして学校や自身の評判が下がらないために見て見ぬふりをしていた。

 

 

誰も自分たちを否定しない。その事が彼女たちの行動に拍車をかけていたのだった。

 

 

 

 

 

 

授業中のため誰も居ない廊下を歩きながらも頭に浮かぶのは涙を流す詩乃の姿だった。

 

幼い時、一人ぼっちだったボクと一緒にいてくれたのは詩乃だった。

身体が冷たく死体、ゾンビと言われていたボクの手を握ってくれたのも詩乃だった。

 

詩乃が事件のあと周りから蔑まされ一人になった時今度はボクが詩乃の隣にいるんだと誓った。

絶対に詩乃を悲しませない。涙は流させない。そう誓った。

でも、今日、詩乃は涙を流した。

ならボクがやることは1つだ。

 

「詩乃を悲しませないヤツを潰すだけだ」

 

気付けば目的地である詩乃のクラスの前に着いていた。中から聞こえるのは教師の授業じゃなく数人の女子の下品な笑い声だった。

『どうせ金は幾らでも出てくるんならさ、海外にでも行こっか!』

 

『イヤイヤ、さすがにそこまで取ったら朝田も可哀想でしょ!?』

 

『何言ってんの。人殺しがあたしらの役に立ててるんだから寧ろ感謝されるべきでしょ!』

 

『そりゃそうだ!』

 

『『『『あ〜ハハハ!!』』』』

 

 

「・・・・・・・・ハァ」

 

教室から聞こえるその声でもう限界だった。荒れ狂う心を少しでも落ち着かせるために息を吐いたけどやっぱりダメだ。

「まぁ、どうでも良いか」

仮に落ち着こうともヤることは変わらない。

邪魔な目の前の扉に向け右脚を振るう。

 

ドシィャァァン!!

 

蹴り払った扉は直線上の窓へとぶつかりそのままガラスを突き破り地面へと落ちていった。

 

邪魔な扉が無くなっていざ教室へと入ると教師をを含む中にいた全員が茫然とボクを見てくる。

 

「き、君!いったい何をしているんだ!?」

 

教師が何か言っているけどそれを無視して教室を見渡す。

 

「あ、彼って朝田さんの幼馴染みの渦木くんじゃない?」

「えっ?・・・・そうだよ!あの写真でも一緒に写ってたし!」

「じゃあまさか、朝田さんを苛めた仕返しに?」

 

クラス中の視線が次第に一ヶ所に集まりだした。その視線を追うと数人の女子が授業中にも関わらず机を向き合わせていた。

机の上には普通の中学生が持っているには不釣り合いな金額が置かれていた。

 

彼女たちも視線が自分たちに集まっていることを感じ動揺していた。

 

「ちょっ!なに見てんだよ!?」

「あたしらが何かしたって言うのか!」

 

周囲に吠えるその姿はとても醜く見えた。

 

彼女たちに向け歩き出すと周りの生徒たちは関わらないためにか机ごと移動し彼女たちへと通じる一本の道が開けた。

 

その道を真っ直ぐに進んで彼女たちに近づく。

 

「なっ!何だよ!?」

「言っとくけど、この金は朝田が自分から渡したモンだからな!!」

 

お金は渡さないと言わんばかりに机の上のお金を自分たちの傍に移動させる。

「あ〜・・・うん、お金は・・・まぁ良いんだ。ただね・・・・詩乃が苦しんだ分は返させてもらうよ」

 

「ハァ?―――グヴゥァ!?」

 

ボクから見て右側に座っていた一人の顔面に裏拳を打ち込む。

 

「バァッ!?ア゛アアアァァァァ〜〜〜!!?」

 

椅子から転げ落ち鼻から血を流しながらのたうち回る耳障りな悲鳴が無音になった教室に響く。

 

「なっ・・・・・ナニすんだよテメェ!!」

 

「アタシらに手を出して無事に済むと思うなっ―ブゥゥ!!?」

 

思考が停止していた残りの二人が掴み掛かってきたから一人の顔面に頭突きを喰らわせた。

これまた血を吹き出し醜い悲鳴をあげながら倒れるその姿は滑稽で思わず笑ってしまった。

 

そんなボクとは対称的に周りは恐怖に刈られたような顔をしている。

 

・・・・まぁ、客観的に見れば異様な光景だろうね。いきなり教室に入って来て女子二人を血だらけで床に倒れさせるなんて・・・まぁ、どう見られようと良いんだけどね。

 

後は・・・・

 

「ヒィッ・・・・イヤアアアァァァ!!」

 

視線を後ろに向けると最後の一人が短い悲鳴を上げながら後ずさっていた。目が合うと途端に背を向けて廊下に向かい走り出した。

 

「ちょっと待ちなよ」

 

机に置かれていたシャーペンをその背に向かい投げると

 

「ギッ!?ヴァアアァァァァ!!?」

 

背中にシャーペンが深々と刺さり前のめりに倒れ込みながら汚い悲鳴を上げる。机の上の筆入れに手頃な三角定規があったからソレを手にその娘に近づく。教室に居る他の生徒や教師は目の前の出来事に未だに思考が追い付いていないみたいで呆然としたままだ。

 

ボクとしては都合が良いな。余計な横槍を入れられるとその人もヤッちゃうかもしれないからね。

対象はあくまでも詩乃を苦しめた彼女たちだから、ね

 

「ガッアアァッァァァァァ・・・・」

 

「・・・じゃあ、始めようか?」

 

ハハッこういう事すのは久しぶりだなぁ~

 



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メモリー0.20

蒼也が教室に向かってから数分が経って私はようやく呼吸も落ち着いてきた。

まだ、身体の震えは治まらないけど何とか立ち上がることも出来る。

 

「ダメ・・・・・ダメよ・・蒼也・・・」

 

このままじゃまた、あの時と同じことに・・・止めなくちゃいけない。蒼也を・・・・!

 

 

 

校舎の外壁に手を当てて壁伝いに蒼也の後を追うように校舎へと入ろうとすると校内から人が飛び出てきた。

 

「キャアッ!?」

 

一人や二人じゃなく一学年いや全校生徒かもしれない人数が雪崩のように押し寄せてくる。壁際に寄っていた事で巻き込まれずにすんだけど外に向かっていくみんなの顔が恐怖に染まっていた。

中にはさっきまでの私みたいに血の気が引いて青ざめた顔に恐怖から息が荒い人や泣いている人までいた。

 

 

「朝田さん!!」

 

人波の中から私を呼ぶ声が聞こえて目をやると人波から新川くんが手を振りながら近付いてきた。

 

「よかった。無事だったんだね!」

 

「いったい何があったのよ!?」

 

「それが、授業中に急に騒がしくなって悲鳴が聞こえだしたんだ。そしたら先生が急いで逃げろって・・・・聞いた話じゃ暴漢が侵入してきて女子数人を襲ったみたいなんだ!」

 

 

 

「えっ!?・・・・始めに悲鳴が聞こえたのって何処か分かるかしら?」

「えっ・・・と、確か朝田さん教室の方だったと思うよ」「――ッ!?やっぱり・・」

 

私は新川くんの言葉を聞いて確信した。この騒ぎの原因が誰なのか、ナニをしたのか、すぐに分かった。

新川君がまだ何か言っているみたいだけどもう私の耳にはそんな言葉は入ってこなかった。今はただ、蒼也を止めないと!

 

「・・・ちょっと!?朝田さん、待って!!」

 

 

 

 

 

 

 

押し寄せる人の流れに強引に逆らって教室を目指した。途中、何度か押し倒れそうにもなったけれども何とか踏み止まって教室の側まで来れた。

 

「・・・・・・・・」

 

着いてみると教室の周辺はやけに静かで物音1つしなかった。

 

「朝田さん・・・・待っ!・・て?」

後ろから追い掛けて来た新川くんもそのあまりの静かさに首を傾げた。

 

「アレ?おかしいな・・・・誰も・・・いない?」

 

新川くんが言うには体育の担当や運動部の顧問数人が例の暴漢を取り押さえに向かったらしい。

 

「もう、取り押さえたのかな?」

 

いや、違うわ。私は直感で新川くんの意見を否定して教室へと脚を進めた。

何故か入り口からは引き戸は無くなっていて近付いただけで中が丸見えになっていた。

 

「ウッ!?ウアアァァァァ!!!」

 

「――ッ!?」

 

教室内を見た瞬間に隣に立っていた新川くんが悲鳴と一緒に座り込んだ。私もその惨状に息を飲んで思わず後ずさる。

 

「ウ・・・ウウッ〜〜・・」「アアッ〜〜・・・アア〜・・!」「ヒィッ!?イアアァァ・・・・・」

いつも見ていた教室は見るも無惨な程に荒れ果てていた。

 

机はその半分近くが金属バット等を叩き付けたかのように折れ、ひび割れた黒板には学生時代全国大会でベスト8になったことのある柔道部顧問の岸田先生が顔を埋めていた。

 

床には体育教師の里山先生とボクシング部顧問の相沢先生が血だらけで倒れていた。

 

 

 

「あ・・・・あざだぁ〜〜・・・・」

「――ッ!?」

 

惨状の中、まるで地獄から響いてくるかのよう声を絞り出して一人の女子が這って近付いてくる。

彼女は私を苛めていたグループのリーダー格だった。

何時もニヤニヤと笑みを浮かべていたその眼は大きく腫れ上がり溢れんばかりの涙を流し続けている。

潰れた鼻や顔全体に幾つもの切り傷を付けて近付いてくるその姿は下手なホラー映画なんて目じゃない恐怖心を仰ぐ。

 

「たしゅ・・・・たしゅけ・・て・・・・お・・おかへは・・・かえっ・・・・かえひゅ・・・・・・からひゃふっへ、かえひゅかは!」

 

私の脚を掴みすがり付いてくるその姿に普段の面影は何一つ残ってはいなかった。ただ、目の前の藁にも救いを求めてすがる惨めな弱者と言えた。

 

「とめ・・ひぇ!・・・・あいふを・・とめひぇひょぉぉぉ!!」

 

絶望の声を上げて指差す先、私と新川くんはつられるように視線を向けた先にはガラクタと化した机の残骸の山の上に佇む人影があった。

「あ・・・・アレって?」

 

新川くんはその人影の正体に驚愕したようだけど私はあまり驚きはしなかった。代わりに悲しみが溢れ出てきた。

 

顔を、髪を、拳を、服を、全身を血で染めた蒼也がそこに居た。

 

その近くには私を苛めていたグループのメンバーが呻き声を上げながらナニかを必死に拾っていた。

 

「アアア・・・・ヒャハ・・・・・ワヒャヒノ・・ヒャハ・・・」

「イヤ・・・もう・・イヤァ・・・・」

 

一人は口から大量の血を流し大きく隙間が空いた口から聞き取りにくい声を上げ床に転がる自らの歯を拾っていた。

 

もう一人は数えられる程しか残されていない髪をちゃんとあるか確認するかのように触れながら散乱する髪をかき集めている。

3人とも顔はボコボコの痣だらけで着ている制服はズタズタに切り裂かれている。身体の至る所にペンや画鋲、ハサミにカッターなどの教室中の鋭利な物が刺さっている。

 

 

 

 

 

 

ああ・・・・私はまた・・・・蒼也を溺れさせてしまったのね。

 

身体中を血で赤く染めていながら唯一1滴の血も付いていないマフラーで隠れた口元からは耳を澄まさないと分からない小さな笑い声を上げて蒼也は私たちに近付いてくる。

 

「ビィッ!?ア、アアァァァァ!!!」

 

いえ、蒼也が見ているのは私たちじゃなく私の足元にいる彼女だけだった。

自分がターゲットにされていると理解した彼女は涙や鼻水を溢れんばかりに流しながら迫る恐怖から少しでも逃げようと這う。

けれども蒼也はその距離を着実に縮めていく。

 

「歯と髪はもう盗ったからナァ〜〜サァ〜って、オマエからはナニを盗ろうか?」

 

「ビィッ!?ヤァァァァァァァ!!」

 

蒼也は血塗れのハサミを弄びながら近付きながら彼女の身体を見渡していく。

 

「爪かな?指かな?舌かな?それとも・・・・」

 

そこまで言うと笑顔だった蒼也の顔は一切の感情が無くなったかのような【無】になった。

 

「決めた。2度と詩乃を視界に入れられないように、その眼をくり盗る」

 

それまでゆっくりと距離を詰めていた蒼也は一変、床を蹴り駆け出した。

 

いけない!

私はすぐに蒼也と彼女の間に立ち塞がるように移動して蒼也を睨み付ける。

 

「―ッ!?」

 

目が合うと同時に蒼也は足を止めて立ちすくむ。

 

「・・・・・詩乃・・・」

 

これ以上はさせないわ。これ以上、蒼也を溺れさせはしない!

 



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メモリー0.21

「・・・・・・・・・・」

 

「・・・・・・・・・・」

 

 

蒼也と朝田さん、2人が無言のまま見つめ合ってどれだけ経っただろうか?

 

数10分?ひょっとしたらまだ1分も経っていないのかもしれないけれどもこの場の重く冷たい空気が時間の感覚を狂わせているみたいだ。

 

 

―ドカッ―

 

「「「ッ!?」」」

 

後ろ、教室の出入り口の方から聞こえてきた音に僕たちは視線を向けるとさっきまで朝田さんにすがり付いていた女子が這いつくばりながら教室から出ようとしていた。

今の音は教室の隅に放り捨てられた原型を留めていない椅子の残骸に身体が当たって崩れた音らしい。

 

「チッ」

 

「ッ―蒼也!!」

 

それを見た蒼也が床を蹴り動こうとしたけど朝田さんがそれを許さなかった。

両手を広げて蒼也の進路を遮る朝田さんの眼からはとても強い意思を感じられて僕は思わず見とれていた。

 

「・・・・・詩乃、そこを退いてよ。じゃないとソイツヲヤレナイ」

 

「ダメよ。蒼也・・・・もういいわ・・・・もう、十分よ・・・・・・」

 

「十分?どこが十分なんだよ!!?」

 

ッ!?蒼也からの今まで感じたことのない気迫に一瞬眼を瞑ってしまった。

再び眼を開けるとそこに居たはずの蒼也が消えていて・・・

「ウギャァァ!!!?」

 

 

 

 

 

後ろから濁った悲鳴が聞こえて振り返ってみると教室の出入り口側で蒼也が逃げようとしていた女子の頭を踏みつけていた。

いつの間に!?

 

 

「コイツらは、詩乃を苦しめた!!詩乃があの時の事でどれだけ自分を責めて!悩んで!苦しんできたのか知らない癖に!自分達のちっぽけな欲を満たすためだけに詩乃を苦しめ続けたんだぞ!!」

 

その娘は「ギャァッ!?」と悲鳴をあげながら床に顔面から叩き付けられる。

飛び散った血が蒼也の顔まで羽上がってその白い肌を染める。

 

「コイツらっは!何もっ!変わらないっ!今、許してもっ!またすぐにっ!同じことを繰り返すだけだっ!だからっ!刻み込むんだっ!詩乃に手を出したらどうなるのかっ!そのクズの頭でも忘れないよう深くっ!永遠にっ!消えない様になぁっ!!」

叫ぶごとに蒼也は何度も何度もその頭を踏みつける。その度に血が飛び散って蒼也の顔を染めていく。初めは悲鳴をあげていた女子も次第に悲鳴は小さくなっていってやがては呻き声ひとつあげれなくなりピクッピクッと小刻みに体を動かすだけになった。

 

「やめて!!お願い蒼也、もう止めて!!」

 

朝田さんが涙を流して叫んでも止めようとしない。ただ、怒りとも悲しむとも取れる顔で頭を踏み続けていく。その姿は僕が知ってる今まで見てきた蒼也とは全てが違っていた。

 

「殺しはしないよ。むしろ、殺してくれって向こうがお願いして来るかもしれないけどね」

 

蒼也は気絶した女子を蹴って仰向けにすると手にしたハサミを握り締め馬乗りになる。ハサミの先は真っ直ぐに白眼を剥いた眼に向けられていて一切のブレが無かった。

 

「両目をえぐり取って口の中にでも詰めてやるよ」

 

まるで弓を引くかのようにハサミを持った右手を引きながらその顔はまた狂気の笑みを浮かべていた。

 

「・・・人のする顔じゃない」

僕の口からこぼれた言葉は決して友達に対してして良い表現じゃないかもしれない。けれど今の蒼也の顔を見て真っ先に出た言葉はこれしかなかった。

 

僕は脚が震えて一歩も動く事が出来なかった。

でも、それは恐怖を感じるからじゃない。羨ましく感じたからだ。

朝田さん1人の為にここまで堕ちる事が出来るなんて・・・・

 

今の蒼也の姿は僕の理想を体現していると言えた。

 

 

「じゃあな、」

 

「ッ〜〜!蒼也!!」

 

降り下ろされた蒼也の腕を朝田さんが掴んで自分の首へと引くと必然的にハサミの先も朝田さんの喉元ギリギリに向けられた。

 

「なっ!?詩乃、何を・・・!?」

 

「朝田さんっ!?」

 

蒼也も僕も朝田さんの行動に驚く、特に蒼也は目を見開き声も震えていて動揺しているのが分かった。

「ねえ蒼也、昔約束したわよね?私たち二人はもう普通の幸せな生活なんか出来ない。だから二人で支え合って行こうって。一人が道を間違えそうになったらもう一人が絶対に止めようって。だから止めるわ。蒼也が引き返せなくなる前に!」

 

朝田さんは動揺している蒼也に顔を迫らせ、そして・・・・

「・・・ンッ」

 

「ンンッ!?」

 

「・・アッ・・・?」

 

蒼也の驚く声が聞こえた。自分の何処か間抜けな声が聞こえた。

何が起こったのか理解できなかった。いや、したくなかったのかもしれない。

 

朝田さんの唇が蒼也の唇を塞いだ。蒼也は眼を見開きながら手から落ちたハサミが床に突き刺さる。

クチュクチュっと官能的な音が教室の中に響いていき見開いていた蒼也の眼もだんだんと細く閉じられていく。

 

「ンッ・・・ンンッ!」

 

朝田さんは蒼也の頭に腕を回してさらに深く唇を当てていき蒼也もまた震えながらも朝田さんの背中に腕を回していく。二人のその姿は相思相愛のカップルにしか見えなかった。

血生臭く死屍累々と言えるこの場所に全く似つかわしくないその光景に僕は胸が締め付けられる思いがした。

 

何かどす黒いモノが心の奥底から染み出てくる様な・・・・重くて、冷たくて、それでいて心地好いナニかが・・・・

視線が蒼也の落としたハサミに向かい続いて蒼也の首元に巻かれているモノ、以前朝田さんとのデートの時に朝田さんが見ていたのと同じマフラー・・・・

 

あの時、朝田さんがあのマフラーを買ったのは分かっていた。だから僕もそのマフラーとペアみたいに売られていたもう1つのマフラーを買った。

デートの最後にそのマフラーを朝田さんにプレゼントしてそして、朝田さんからはあのマフラーをプレゼントしてもらう。

そんなことを思い描いていた・・・・

 

 

結局、その後の事件でデートは有耶無耶に終わってしまったから渡すことは出来ないでいた。それでも落ち着いたら渡そうとマフラーは部屋に置いたままになっている。

でも・・・・後日、学校に向かっている蒼也を見た時に自分の眼を疑った。

その首には以前までは無かったモノが、あのマフラーが巻かれていた。

 

 

そう、僕はただ勘違いをしていただけだったんだ・・・・思い返せばデートの間も会話の内容の大半は蒼也の事だった。浮かれていて気に求めていなかったけれど朝田さんの中には常に蒼也の存在があったんだ・・・・・蒼也の存在が大きすぎて朝田さんは僕を見てくてれない・・・・・

考えれば当たり前のことじゃないか。二人は幼馴染みで人生の大半は一緒にいた。朝田さんが苦しんでいる時に側にいたのは蒼也で、きっと今みたいに蒼也が荒れた時は朝田さんが治めていた・・・・

 

そんな二人の間に僕は入れない・・・・・・・・・・僕は蒼也の立場にはなれない・・・・・・・・・・・・蒼也がいる限りは・・・・・

 

床に刺さるハサミを手に取り僕は蒼也の首へと向け振りかざした。



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