譬えこの身が陽に焼き焦げようとも (友夏 柚子葉)
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序章



初めましての方は初めまして。
見覚えがあるなと思った方はお久しぶりです。




〜2015年 夏〜

 

 

 

 

 神奈川県藤沢市の住宅街の一角にあるそれなりに大きい屋敷。屋敷全体を通して窓ガラスは少なく、数少ない日光の出入口全てには検問を行うように特殊なシートが貼られている。

 

 屋敷の二階の一室から幼い2つの鼻歌が扉越しに聞こえてくる。

 青年は自室の扉のドアノブに手を掛け、ゆっくりと扉を開けた。するとそこには案の定昼間からカーテンをかけ、電気をつけた部屋に雪の様に白い小さな影が2つあった。イギリスの世界遺産のひとつ<ストーンヘンジ>のように円柱状に積み重ねられた膨大な本の中にあった。数はざっと50前後。全てこの部屋の主の青年の本棚に納められていた物だ。

 青年はため息をつき、頭に手を当てる。そして一言。

 

 

「紅音。蒼巳。私の本を読むのは構わないが、もう8歳になるのだから読んだのならちゃんと片付けたまえ」

「「………はぁーい」」

 

 紅音と呼ばれた銀髪ロングで紅色の瞳を持つ少女は英語…でもないイタリア語の恋愛小説に夢中で生返事を返す。

 蒼巳と呼ばれた銀髪ショートで蒼色の瞳を持つ少年はパラパラと1ページ2秒もかけないで小説を流し読みし、300ページあるものを五分以内に1冊を読み終えている。こちらも生返事だった。

 

「紅音。もう英語はいいのか?蒼巳は読み溜めして頭が痛くなったりしないのか?」

「「べつにー」」

 

 

 この蒼眼の弟・蒼巳は超記憶症候群と呼ばれる頭の奇病の持ち主。1度でも『見た・聴いた・触った・味わった・嗅いだ』ら絶対にそれを忘れず、まるでカメラのように頭に保存してしまう病。言ってしまえばただ『記憶力が良すぎる』というものだが…これは決して「能力」ではなく「病気」だ。

 ………そしてこの本のストーンヘンジ創生の原因である。

 

 青年が言った読み溜めとは、その奇病を駆使して1度文を全て記憶し、後からゆっくりと移動中などで本を持たずして頭の中で読書タイムを取ると言う、とても人間とは思えない離れ業だ。もし世界のどこかに『普通の記憶力の良い人』が居たとして同じ事をやったとしても1冊…良くて2冊が限界だろう。蒼巳にはストックの上限は存在しない。

 

 

 

 こちらの紅眼の姉・紅音は生まれて6年にして完璧に母国語の日本語だけではなく、英語までも操るバイリンガル少女。親や祖父母に英語圏の人間は居る訳では無く、完全に第二言語の英語だが…習得した原因は恐らく少女が乳児の時に母親が子守唄代わりにQUEENの曲をCDを流しながら歌っていた所為だろう。……弟の方にも効果は少なからずあったみたいだが、奇病のおかげで特に結果として意味はなかっただろう。幼い頃から2ヶ国語を操れる能力があるお陰か、次の言語を覚えるのも容易いらしい。今はイタリア語を勉強中だ、

 

 

 

 ここまでの2人の特徴を聞いて察しの良い人は気付いたかも知れないが、この双子の姉弟は『│先天性白皮症《アルビノ》』である。

 先天性白皮症とは、受精卵の細胞分裂時に遺伝子の綱が上手く結びつかず、体を紫外線から守るメラニン色素を合成する酵素の生産能力に欠陥をもたらし、色素の欠乏する事によって引き起こされる病気である。

 先天性白皮症の特徴として、体毛や皮膚が雪の様に白く、皮膚が紫外線に弱い(個人差有り)。眼の虹彩にメラニン色素が無いため奥の毛細血管を流れる血の色が外に反射され赤目。など、特に日本人の様な黒髪黒目が『一般的な』健常者とは外見の面で大きく異なる。

 しかし色が白いと言うだけで、他の人と何ら変わりない『健常者』である。

 

 

「私は明日まで家を空けるが、寝るまでに二人で協力してしっかりと棚に本を元にあった場所に戻しておきたまえ」

「「………はぁーい」」

 

 

 青年…茅場晶彦は愛しい妹達にやっておく事を伝え、机の上のUSBメモリを手に取り部屋を後にした。

 晶彦が階段を降り、玄関に行くと母・桃華が晶彦の鞄を持ち待っていた。

 

 

「全く…しっかりしてよね」

「すまない母さん。重村教授がどうしてもこのデータが16時までに欲しいと言われてね」

 

 

 これから晶彦はここ神奈川から東京にある<東都工業大学>に向かわなければならない。18歳大学1年生茅場晶彦は自らが所属する重村ゼミの教授・重村徹大の研究室にUSBメモリに入ったデータを渡しにいかなくてはならなくなった。

 お盆休みの実家帰省中の教授都合の呼び出し。これから社会人になっていけば当たり前になってしまうかもしれないが、学生時代からこのような体験をしてしまうのはなんとも世知辛い。

 

 

「届けたらすぐに帰ってくるの?」

「いや、どうしても手が離せない状況で手伝って貰いたい用事が同時に来たらしい。明日まで帰れないだろう」

「そう…。気をつけて行くのよ」

「では行ってくる母さん」

 

 ヤレヤレ…。そう口にしながら晶彦は家を出た。

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

 翌日の朝。研究室での作業を終え、神奈川の実家に帰ってきた晶彦が自分の部屋の扉を開けると……昨日よりも柱が高くなったストーンヘンジの中心で絵を描く雪の様に白い小さな影が2つあった。

 

 

「「晶兄おかえりー」」

「ただいま。……ところで2人共。私が昨日家を出る前に言ったことを覚えているかね?」

「蒼巳、なんて言ってたっけー?」

「寝るまでに本を片付けておけ。だよ、お姉ちゃん」

 

 

 

 ……そういったはずだが、言った事はやって無く、寧ろ昨日よりも悪化している始末。7歳からこの様に言われた事最低限をちゃんとやってない子になってしまってる事を知った晶彦酷く悲しくなった。

 

もしかしたら昨晩一度片付けて朝起きてこれだけの本を読んだとも考えたが、現在の時刻は朝の10時。休みの日は決まって9時に起きるこの2人が1時間でこれだけの量を読むとは考えられない。晶彦はどういう了見か2人に聞いた。すると驚くべき返答が帰ってきた。

 

 

「私達まだ寝てないよー」

「…眠くなったら片付ける。そんな事より晶兄フリーゲームの創り方教えてよ!」

「……………………」

 

 返ってきたのは屁理屈だった。その答えを聞いた晶彦はため息をつき、額に手を乗せた。…この年頃から娯楽に浸かりきってのオールナイトはまずい。そう思い、どうしてこうなったか悩む。確かにここは怒るべき場面なんだろうが、怒る気になれない。

 恐らく大人であれば「そんな屁理屈言ってないでさっさと片付けて寝ろ!」と怒鳴るだろう。しかし晶彦はそうすることが出来ない。なぜならそういった怒り方が嫌いだからだ。『屁理屈も立派な理屈。ましてや子供が精一杯考え出して言葉にした主張』そう考えるからだ。

 この様に言われてしまうような事を言ってしまった迂闊な自分の発言にも責任がある。そう結論した晶彦は再びため息をつき、2人に歩み寄る。

 

 

「確かに寝てないのであれば片付ける必要は無いが、その年からのオールは成長上好ましくない。今後はそのような事を控える様に。大きく育って欲しいと願う私からのお願いだ」

「「………はぁーい」」

 

 

 

 実に面白く無い。そういった返事の仕方だが、恐らくは言う通りにしてくれるだろう。いい子だ。そう言って頭を撫でると、弟・蒼巳からのお願いを思い出す。

 

 

「ところで何故フリーゲームの創り方を知りたいのかね?」

「あのね!僕達物語を書いたの!」

「蒼巳と私が一緒に考えた物語を私がパソコンに打ち込んで、蒼巳が考えたイラストを私が描いたの!」

 

 

 なるほど。先程からスケッチブックに描いていたのはその物語に出てくるキャラクター達。物語を打ち込んだ。そう言われて紅音に与えた使わなくなったノートパソコンを開く。

 デスクトップ上にWordのアイコンで『百獣物語』と名前付けられたファイルがあった。それを開き、中に綴られた文章を読んだ。

 

 

 

 舞台は球体の星ではなく四角い箱庭の世界。

 100程の街で構成され、第一の街○○・第二の街○○・第三の街○○……第百の街○○と言った形で、ほぼほぼ第一から第百迄は一本道。街と街の間には森や平原が広がり、第二の町以降の街の前には大きな遺跡があり、遺跡の主の魔獣が神によって封印されている。

 神は第一から第九十までの十の倍数の街に1人ずつ女神が、第百の街に主神が1人、計11の神様がおり、感情や魔法など様々なものを司っている。

 主人公は吸血鬼の様に陽の光を浴びる事が許されず、第一の街の女神の神殿の地下で女神と共に生活を送っている少年。

 

 物語は主神の乱心により女神を封印し、封印されていた世界中の魔獣達を解放。全ての街の人々を第一の街に集め、性交渉による繁殖を封じる呪いを人間にかけ、限られた人員で魔獣を倒し、封印されし女神達を解放するべく世界の果て第百の街の神殿で待ち構える主神を剣と魔法で倒しに行く。

 

 そんな王道RPGだった。

 設定だけでまだ未完成だが、実に面白い内容。

 

 

「つまりこの作品をゲームという形で肉付けしたい。だからゲームの創り方が知りたいのだな」

「そういうことー」

「晶兄も昔は作ってたんでしょ!」

 

 

 PCなどのインターネット大好きの好奇心の塊の紅音の事だ、既にやり方は調べたのだろうけど、ただ淡々と書かれているばかりの記事ではうまく理解出来なかったのだろう。こういうのは経験者に言葉で教えて貰いながらやるのが理解できるのだろう。

 実家帰省中とはいえただゆっくり過ごすだけのこの時間をたまにしか会わない可愛い妹達に教えて過ごすのも悪くない。

 と、なれば早速昔お世話になったサイトからツールをダウンロードし、基礎骨組みの組み立て方を教える事にした。

 

 紅音と蒼巳は今までで最高に楽しい時間を送り、人生初の作品をゲームという形で創造した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……………そのシナリオが7年後の秋に10000という人間を電脳世界に幽閉し、死と隣り合わせの絶望に叩き落とす『元』となる事は知らずに…。



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αテスト






 

 

 

〜2019年 夏〜

 

 

 

 

 東京都文京区にある住宅街の一角。そこに舞風家がある。

 土地は大きく家の裏には渡り廊下を通じて剣道場があり、門を閉じて正面入り口からは入れないが、蒼巳の曽祖父と祖父が生きてた頃は道路に面した剣道場を解放して子供達に剣道を教えていたらしい。イメージとしては兵庫県明石市にある織田家長屋門を思い浮かべてほしい。

 

 そんな誰も使わなくなった道場に赤タスキを付けた11歳の少年と白タスキ22歳の青年が竹刀を持ち構えていた。

 緊迫した空気の中、紅と白の旗を持った若い女性の「始め!」と声を上げた瞬間その緊迫は解かれた。

 

 

「ッセサアアアアアァァァァアアアーー!!」

「ッヤアアアアァァァアアアァ!!」

 

 

 蒼巳が一歩下がり距離を取る。距離を取り相手をよく見ようと試みた。しかし対峙する晶彦はその逃げの姿勢を許さなかった。素早く踏み込み竹刀を振り下ろす。咄嗟に首を傾げて左肩で竹刀を受け止める。あいさつ代わりなのか、晶彦は気勢を出さずに黙って振り下ろした。蒼巳はすぐさま下から晶彦の竹刀を跳ね返す。

 流石高校1・2年時にインターハイで全国の剣士の頂点に2連続で立った実力差。6年竹刀を振ってないながらも剣士としての勘は鈍っていなく、晶彦から発せられる闘気には気圧されるものがある。

 

 

 

「キエェアアァアァァ!!」

 

 

 

 晶彦が今度は本気の面を放ってきた。それを防ぎ鍔迫り合いに移行する。流石に大人と中学生では身長でも腕力に差が出来き押し込まれてしまう。しかしここで引いては負けてしまう。そう思いなお一層力を籠め、押し返そうとした。……しかしそれが悪手だった。

 押し返そうと力を入れた途端、晶彦が竹刀を引き、蒼巳のバランスが一瞬崩れた。しかし蒼巳もこれにすぐに反応。真っ先に面を取られないように首を傾けて頭を、腰を引いて胴を守りながら体のバランスを直そうと思った。

 人は突然の出来事に反応は出来ても様々な事を一度には出来ない。蒼巳はバランスを崩した自分に直ぐに次の一手を決まり手「面」を放ってくると予想して頭を守った。しかしこの時晶彦は別の一手を狙い、蒼巳はそれを候補に入れず対策をしていなかった。故にその一手が決まるのは必然だった。前へ崩れた体勢を引き戻すのは遅すぎるためそのまま走り晶彦の横を周るようにした。

 

 ……その時だった。目の前に竹刀が迫ってきたのは。

 面であれば縦に振り下ろすのが基本。しかし迫って来た晶彦の竹刀は蒼巳の頬をはたく様に横からの一閃だった。その一閃はあまりにも速く、速過ぎて死を予測し、頭がスローモーションでその高速の一閃を捉えた。

 

(胴が高すぎたのか?けれど晶兄は声を出していない。じゃあこのひと振りはなんだ!?)

 

 

 意図は読み取れなかったが、条件反射で躱してしまう。

 それなりの大振りだった。あとは適切な位置に一歩踏み込めばそれなりに適正な姿勢へと自動的に変わり、大振りの代償である空いた胴をカウンターして終わり。そのビジョンが見えた蒼巳は竹刀を躱し、決めに入る。

 

 

「っさあああアアアアァァァア!!」

 

 

 腕を思いっきり振り、胴を薙ぎ払った。-------完璧に決まった。そう確信し、ガッツポーズをしたい気持ちを抑えた。

 

 

 

 

 

 

「ぅメェエエエエェェェエエンンンッ!!」

 

 

 勝利を確信していた蒼巳の脳天から真下へと衝撃が走る。

 余りにも強い衝撃で面をつけていながら気絶一歩手前まで持ってかれ意識が朦朧とする。そんなぼやけた視界の中、横目で紅白旗を持った紅音を見ると、白の旗が上がっていた。……紅の旗が上がっていないということは、先ほどの胴はどうやら幻だったらしい。

 しかし何故?そう思った蒼巳は理由を模索し始めた。それと同時に目の前に一本の竹刀が差し出された。竹刀を手渡したのは晶彦。だが不思議な事に晶彦は右と左の両方の手に竹刀を持っていた。いつからこの人は二刀流になったのかと思ったが、差し出された竹刀は自分の物だと気付くのには少し時間がかかった。

 

 

「流石晶兄だねー。まさかあそこで竹刀飛ばしするなんて~」

 

 

 寄ってきた紅音の一言で蒼巳は状況を理解した。

 晶彦の意図が分からなかった面前の薙ぎ払い。あれは面を狙ったわけではなく蒼巳の持っていた竹刀を狙っていたのだ。見事に竹刀は手から剥がされ、それに気付かず存在しない虚空の竹刀での胴。蒼巳が一本を取れる道理はなかった。

 負けず嫌いな蒼巳は面越しに紅音に向けて「なんで止めてくれなかったんだ!」そう訴えたが、「止めるよりも早く晶兄が面決めちゃった~」なんて言われて返された。

 

 

「まだまだだな蒼」

 

 面を外し話しかけて来た晶彦。

 

「………中学生相手にアレは大人気なくない?」

 

 こちらも面を取り、ムスッとした表情で訴える蒼巳。

 

「あはは、真剣勝負真剣勝負。一流の剣士の竹刀飛ばし体験できて蒼兄が羨ましいね~」

 

 いいな~。と大好きな兄のかっこいい姿を見れて乙女モード突入の紅音。

 

 

 

 ……そもそも何故この二人が向かい合ったのか。その理由は簡単だった。

 

 

 今は夏。毎年飽きずに訪れるお盆。霊を祀るだの死んだ人を忘れない為など様々な意味があるが、要するに日本人が正月の次に仕事や学業などの手を一度止め、休息をとりやすい行事だ。サービス業?……彼らの事は忘れない。

 茅場晶彦は量子物理学者であり母親と同じ脳科学者である。日々自分の、母親の夢である電脳世界への扉を模索・研究・仮想世界の創造を行っているが、そんな彼もお盆と大晦日正月だけはしっかりと家に帰り、限られた時間のみで会える愛しい弟達と遊ぶのが毎年夏と冬一度ずつの楽しみである。

 そして今年のお盆。晶彦が明日から研究室に戻ると伝えた時、それなりに身長が伸びた蒼巳が昔から剣を交えたかった晶彦に勝負を申し込んだのが元だった。……夢の対決は見事な一本で晶彦の勝利だったがどちらも満たされた。

 

 

 

「そういえば2人ともに後で話がある。とてもいい知らせだ」

 

 そう晶彦が言い、三人は道場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シャワーを終えて今の椅子に座り、テーブル越しに晶彦が俺と紅音にホチキスで止められた3枚1部の紙を渡した。

 

 1枚目の表紙の一番上に書かれていた「重要機密事項」に団欒とした空気が凍り付いた。

 そしてその下に書かれた「仮想世界αテスト・第一段階・Aグループ」というこの冊子に書かれている内容の題名と思われる文字列に唾を呑む。

 

 

「えーと…晶兄これは何?」

「今私が研究している仮想世界のテストをお前達にも参加してもらいたい。そのテストの趣旨が書かれたもの。まず中を読んで見てくれたたまえ」

 

 そう言われて一枚めくる。

 1ページ目に書かれてたのは『当冊子に記載されている計画の協力の有無に関わらず第三者への他言を固く禁ず。そしてまた〜…』。それなりに長い文が続いているが、つまり口外は絶対にするな。口外したのならそれ相応の罰を与える。そう書いてある。『重要機密』にとっては至って普通の警告文だ。

 

 次に書かれていたことは、協力自体は自己責任。テスト期間中に起こるアクシデントの全責任を主催者側の負担とその賠償を必ず行うと書かれた誓約文。

 1ページ目はこれだけだった。

 

 2ページ目に進むと、本計画の趣旨とその内容が簡潔に書かれていた。

 趣旨は『参加者に最新科学の体験と物理学や医学の発展の為のデータ採取』。後者が無ければとても表向きは素晴らしい趣旨の説明だ。この一文は隠そうと思えば隠せるのだが、テストと言っている以上開き直った方のは良いのだが…どうしても自分の中で悪いイメージが引っかかってしまうのがとても残念に思えてくる。

 

 

「うーん…質問~」

「何かね?」

「このαテストの参加者ってどう決めるのー?」

「……その質問には残念ながらまだ答えることはできない」

 

 晶彦ただ横に首を振っただけだった。しかし俺には分かった。対象者が誰なのか。計画タイトルの気になる「Aグループ」の意味を。

 

 

「………兄さん。それは本当に許可を得ているの?」

「何故そう思う?」

「………ただこれだけの事を秘密裏に行うのを良く厚生労働省が許可したねって。そう思っただけだ」

「蒼巳。君が厚生労働省の何を知っている?…まぁそれはさておき。しっかり許可を得ている上で君達に聞きたい。『仮想世界αテスト・第一段』に参加する意思はあるかね?」

 

 

 目の前に出された同意書。

 警察の職務質問の様な任意協力という名の強制協力に、俺たちは首を縦に振り、サインするしかなかった。

 

 

 

「………兄さんひとつ約束して欲しい」

「なにかね?」

 

 

 蒼巳から偉大なる兄に約束してほしいことがあった。

 一呼吸置き、しっかりと目を見て口を開く。

 

 

「………テスターがどんな人間でも彼らの尊厳を、矜恃を踏み躙らないで欲しい。俺達はまだマトモな方だけど、恐らくBやC…それ以降のグループの人達は世間からは冷たい目で見られてしまう。これは差別とかじゃなくて、俺達がそうだからそう言ってるんだよ。

 ………今回のテスターはみんながみんな1人の何者でもない『健常者』として運営全体で意識するんじゃなくて無意識に見ることを約束してほしい。決して『実験サンプル』なんて目で見ないで欲しい…。兄さん達科学者には難しいかもしれないけど」

「……わかった。充分に心得ておこう」

 

 

 晶彦は目を瞑り、イエス。と言った。

 その言葉を信じ、蒼巳はペンを取り、同意書に自らの名前と仮想世界での名前を書いた。紅音もそれに続き同じく記入した。

 

 

「それで、αテストっていつからなのー?」

 

 紅音が聞く。

 そういえば冊子には日時は書かれていなかった。

 

 

「今からだ。ついて来たまえ」

「「…………え?」」

 

 この人俺達から同意取れなかったらどうするつもりだったんだ?

 

 

 

 晶彦について行き、彼の自室に入るとそこにはベットが2つとかなり大きい機械が2つ3つ。そしてその機械から出たコードが1つに集結して繋がれたヘルメット。

 

 

「少し待ちたまえ。今君たちの名前を入力する。……完了だ。蒼は向かって右の、紅は左側のベットに横になりヘルメットを被ってくれ」

 

 言われた通りに行動し、横にいる晶彦が操作しているパソコンのディスプレイを覗くと、100程の項目の全てが次々と黄色の『All set』から緑色の『Link completed』に変わっていく。

 

「そういえば蒼、コンタクトは外したかね?」

 

 こちらの視線に気付いたのか先程の試合の為に付けていたコンタクトを外してなかったのを忘れていた。……超記憶症候群の俺が忘れるなんて表現をしていいのかわからないけど。

 

 

『こちらFirst Numberの準備は完了した。各自持ち場にて問題は生じてないかね?……ありがとう。では最後のテスターを送る。各々テスターのバイタル等の監視を緩めず、少しでもイレギュラーが生じればすぐに報告する様に』

 

 ヘッドホン型ヘッドセットマイクを付けた晶彦が全国各地にいる研究者達に確認をとる。全て順調に進んでいるらしい。

 

 

「では2人共、準備が出来たのならば『リンクスタート』と口にしてくれたまえ。接続時頭痛や目眩などが起こるが…少しばかり我慢してほしい。それと向こうに着いたのならば動かず待機しておく事。では楽しんできたまえ…」

 

 

 奇妙な胸の高鳴りと共に俺達は目を閉じ、魔法の言葉を口にした。

 

 

 

「「リンクスタート!!」」

 

 

 その言葉と共に、横で晶彦がEnterキーを叩く音がした。

 

 

 先に説明された通り目眩と頭痛が襲ってくる。

 頭の中に映像が映し出される。真っ白な空間。ざわざわとうるさく感じる多数の人による喧騒。

 

 

 ここで俺達は生涯決して離れる事ない出会いをする事になった。

 








剣道の経験は友人に1度だけやらせてもらった程度です。
あくまで妄想なので細かい事を追求しないでください。


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βテスト

~2021年 夏~

 

 

 東京オリンピックが無事に終わり、ちょうど1年経った今日。現実世界で注目を浴びた日本は、新たにまた世界の目を奪った。

 

 

 全ての始まりは1982年にとあるアメリカのSF作家が描いたひとつの新たな世界だった。この作者を敬意を持って『彼』と呼ぼう。

 新世界の名前は<Cybernetics(サイバネティックス) Space(スペース)>。日本語にして電脳空間。

 それは私たちが生きる現実世界とは違うもうひとつの世界。人によって機械で作られた0と1で形作られた電子の空間。

 電脳空間という概念が作られてから40年。早かったのか遅かったのかはわからない。けれど完成した事は誰にも消せない事実であり、それは概念の生みの親の生誕地から真逆…地球の極東に浮かぶ小さな島国の小さな街で生まれ育った一人の天才が創造してしまった。

 

 

 天才の名前は<茅場晶彦>。30にも満たない若き青年がそれを作り上げてしまった。

 天才が彼に会ったのかはわからない。現代医学が進歩したとはいえ彼が生まれたのは約1950年。71になる彼が生きてるかはわからない。しかしながらまだしっかりと生きているのならば天才は迷わず彼の元に訪れるだろう。そして必ず言葉にはしきれない感謝を述べるだろう。

 

 

 そして一昨日。その電脳世界初のゲーム<ソードアート・オンライン>の公式βテストが終了した。

 ソードアート・オンラインは今までのVRゲームとはかなり違っていた。従来のVRはゴーグルをつけてあたかも別世界に移動したかのような体験を出来るものだった。しかし今回のソードアート・オンラインは本当に仮想世界に意識を飛ばすのだ。

 老若男女問わず、全世界のゲーム好きが夢見たフルダイブによるゲーム空間に入る。それが可能になった第1歩だった。

 

 

 SAOβテストの参加者は公式には1000人。実際は1002人。

 あまりにも不自然なその2という数字。これは全世界のゲーマーから、ありとあらゆる罵倒を受けても仕方の無い事をした人間の数だ。

 仮想世界の創造主・茅場晶彦には2人の弟妹がいた。この2人こそ1000/1.2億の当選倍率を100%通過できる人間の正体だ。親の七光りならぬ兄の七光り。

 

 

 

 

 

 

 

「────なーんて思われてるんだろうね〜」

 

 銀髪紅眼の少女がそう口にする。

 

「あの世界は君達の世界だ。蒼や紅が参加しなければ意味が無いだろう?」

 

 20代後半の青年が銀色の500缶を飲みながら原稿を読んでいる。

 

「………そんなことより感想は?」

「またバッドエンドか…。内容は面白いが無理にバッドエンドにする必要はないと思うがね。何故いつもお前の作品の主人公はこう救われない?」

「………勝手にそっちの方向に行くんだよ。俺の責任じゃない。飯出来た」

「おぉー!豪華だね〜!!」

 

 

 キッチンから銀髪蒼眼の少年が、料理を持ってきながら青年に感想を求めた。青年が読んでいる原稿は少年が書いたものらしい。

 

 テーブルの上に飾られた多数の豪華な料理。誰かの誕生日か、将また何かの祝い事か。答えは後者だ。今日は<SAOβテスト>の無事終了を祝う宴。参加者は蒼巳・紅音・晶彦の3人。料理は全て蒼巳の手によるもの。

 ローフトビーフやトンカツ。エビフライから唐揚げにポテト。彩りのサラダも沢山。海老グラタン・牡蠣のアヒージョ・刺身の盛り合わせ。チーズフォンデュなんて手もあったがそんな気分ではなかった。

 

 とても大食漢ではない3人では食べ切れないものだが、刺身以外は残しても大丈夫なメニューだ。

 各々ビール・スコッチ・りんごジュースを手に二日遅れの乾杯する。

 

 

 

「蒼、今日は何を飲んでいるんだ?」

「………スコットランドのスコッチ。ホワイトホース・ファインオールドのロック。アルコール度数40%。飲む?」

「ふむ…少し貰おう」

 

 

 蒼巳は立ち上がり、食器棚からストレート用の小さなウイスキーグラスを取り出す。ほんの少しだけ注がれたものを受け取ると晶彦は香りを嗅ぎ、口の中に流し込んだ。流石アルコール度数40%。普段酒は嗜む程度でしか飲まない人間にとってこの度数はそれなりにキツいものがある。

「やはりソーダで少し割っておけば良かった」そう少し後悔した晶彦だったが、以外にも口当たりはよく、どことなく蜂蜜の風味。そして何よりウイスキー特有の癖も少ない。とても飲みやすいものだった。

 

 

「確かにうまい酒だ。……が、頭のことがあるとはいえ、未成年が40%ウイスキーをロックで飲むのはあまり良いものでは無いな。その飲み方をするという事はまた嫌な事を思い出したかね?」

「………逆だよ兄さん。いい事(・・・)があったから嫌な事を思い出したんだよ。人間の記憶って不思議なもので、幸せな時間になればなるほど後からそれを塗り潰すように過去の嫌な思い出(トラウマ)が大きく誇張するんだ」

「……そうか」

 

 テーブルに肘をつき、グラスを回してカランコロン氷を鳴らす蒼巳。

 この少年はまだ13歳。中学生でビールを飲む悪い子(笑)は世の中に五万と居るが、ウイスキーが大好きなんて中学生はそうそう居ないだろう。

 しみったれた雰囲気になったのがこの場には相応しくないと感じた紅音が今回の宴のテーマを話題として沈黙を引き裂いた。

 

 

 

「あのね晶彦!βテストの参加者で、すっごい人と出会ったんだよー」

「ほう。どんな人物だったのかね?」

「1000人の中でも多分五本の指に入れるゲーマーの男の子で、あの蒼兄が『気に入った。弟子にしてやる』なんて言って無理矢理パーティに引き摺り込んだ程仲良くなった人なんだ〜」

「………そんな事言ってない。面白そうだったからちょっかい出したら勝手に付いてきただけ」

 

 そもそも蒼巳自身が他人に興味を示すこと自体珍しい事なのにその上弟子(の様なもの)を取ったとなるとこれまた気になるイベントだ。一体どの様な人物なのか。友人が居ないと断言出来るほど交友関係の狭い弟妹を持つ兄として非常に興味のある話題だった。

 

 

「その子の名前はキリト。本名は桐ヶ谷和人、2008年私達と同じ12歳。埼玉県川越市○○…に母妹と三人暮らしで父は単身赴任中。キリト君のメールアドレスからは大量のネットゲームのアカウントが作られていて、そこから繋がるゲームのステータスを見ればかなりのコアなネットゲーマー。って感じだね〜」

「…………………」

 

 

 晶彦は頭を抱える。「…また私のパソコンを覗いたな」と。そのキリトという少年も12歳ながら重度のネットゲーム中毒者で思うところはあるが…問題はこっちの紅音の方にあった。

 いつだっただろうか?確かあれは一昨年に後輩の比嘉タケルの研究室に用があり、たまたま一緒だった二人を連れていったのが原因だった。用事を軽く済ませて帰ろうと思っていた矢先、人一倍好奇心と知識欲が多かった紅音は、あろう事か当時比嘉タケルが嫌いだった教授のパソコンをクラッキングしている場面を見てしまい、興味を持ってしまった。そして自分のパソコンから他人のパソコンに入り込む術を教えて貰ってしまった。更に天は彼女にそのスキルを磨く為に必要なセンスを与えてしまっていた。

 

 人間というのはどんな平凡…他人よりも全てが劣っている人間でも少なからず必ず1つ、他よりも頭1つ抜けれる才能を与えられて生まれてきている。しかしそれに気付く事が出来るのは本の1握りの人間だけだ。

 例えば<野球>の天才になれる才能があったとしても、それと出会い、始めなければ才能があったなど気付けず墓場までズルズルと持ち腐れるだけだ。まだ野球ならば友人との遊びで出会える確率は高いだろう。

 

 これがもしも野球ではなく、刀を使った<人斬り>の才能があったとしよう。しかしこれはよっぽどのことがない限り出会うことのない物だ。だってそうだろう?現代を生きる人間は真剣を手に取る機会など無く、人を殺すのに使うのは刀なんかではなく銃なのだから。

 戦国時代に生きていれば歴史に名を残せるほどの腕前になれたかもしれないが、現代を生きる人間にとっては不要なスキルだ。

 

 こんな風に長くはなってしまったが、要するに紅音にはハッキング・クラッキングの才能があった、そしてその才能に気付いてしまった。故に必然とその道という沼にハマってしまい、暇と興味さえあればゲーム感覚で人のパソコンを覗き込んでしまう程の腕をつけてしまった。これは果たして良い道だったのだろうか?その是非はまだ分からない。

 

 そこは問題じゃない。問題なのはこの世界で最も厳しいと言ってもいいほどハッキングするのが無理な晶彦のパソコン。そこに易々と入れてしまうこと。

 そして何かと問題話題になっている個人情報の取り扱いだ。まだ閲覧だけで被害は出ていないものの、もしもアクシデントで閲覧中に世界へと個人情報が漏れてしまえばSAOという世紀の大改革が潰れてしまうかもしれない。紅音に限ってそのようなヘマはしないだろうけれど、目に余るものがある。

 

 

 

「見たのはβテスターの個人情報だけかね?」

「んー?そうだねー。それ以上は特に見るもの無かったからね。シナリオは別のパソコンのフォルダにあったけど、覗こうとは思わなかったかな?だってネタバレ見ちゃったらモチベーションがダダ下がりだからね〜」

「…そうか。それならいい」

「あとは伸之さんの秘密フォルダに同じ女の人の写真が何枚もあったぐらいかな?あの撮り方は盗撮でストーカーしてるよ…正直危ない人とは思ってたけどあそこまでなんてね〜」

 

 

 伸之さん。というのは晶彦の後輩にして部下。SAO製作委員会の1人にして晶彦に次ぐ優秀なプログラマー。本名:須郷伸之。

 蒼巳も紅音も共に1度あった事はあるが、男性特有の…いやらしい目付きというか、全身を舐め回すような不快な視線で体を観察された嫌な思い出のひとつ。その人がふたりの知らない女性を陰からコソコソと嗜んでる様子。

 恐らくかなりの粘着質な性格の持ち主で、顔も性格も微妙…いや寧ろキモいと言えてしまう辺り、それは永遠の片想いで終わり、いつか強硬手段に出て痛い目に遭うか、犯罪者となり愛の無い愛を手に入れるか。どちらにしても蒼巳が(えが)くバットエンドになるだろう。

 

 

「蒼と紅はどれ程まで進んだのかね?」

「………珍しい。てっきり俺達の進行度を監視してるのかと思ってた」

「最初の方はしてたが、まだカーディナルシステムが未完成でね。途中からどうにもこちらの手で修正しないといけない物も出てきてしまってそれどころではなかったのだよ。私も含めこの2ヶ月間まともに寝れた人間は多くはない」

「一応私達は1ヶ月半で15層まで登って16層に入る前に留まったんだよねー。多分進めるだけなら20層までなら行けたと思うけど、一緒に居たアルゴさんが詳しい情報集めておきたいって行って残りの2週間はずっとクエスト埋めとキリト君との戯れで終わったんだ〜」

 

 

 アルゴ。ゲーム内ではただRPGを進めていく勇者ではなく、一風変わった楽しみ方でプレイスタイルを貫き通した1人であり、唯一SAOで異名が付いたプレイヤー。

 職業は情報屋。AGI極振りのすばしっこさと、頬に付いた特徴的な三本髭のフェイスペイントから付いた異名は<鼠>。

 

『SAOの事なら何でもおまかせサ!地獄の沙汰も金次第!金さえ払えばモンスターの弱点からオネーサンのスリーサイズまで!攻略に困ったら<鼠のアルゴ>へメッセージを飛ばしてヨナ!』

 

 これが彼女の売り文句。

 しかしながら一応彼女も3人の知人なのだが…βテスト参加は必然なのか偶然なのか。それを判断する材料はなく、真実を知るのは茅場晶彦と鼠のアルゴ2人だけだ。

 

 

 食も酒も進み、この2ヶ月の記憶をプレイヤー側と運営側の感想や出来事を各々語り合った。

「あそこのスケルトンのレアドロップ率酷くない!?確率絶対小数点以下だよね〜!?」「紅の運が悪いだけじゃないか?」「………--層のフロアボス硬すぎ。打撃武器は片手棍しかないし、それの武器倍率も低くて使い物にならなかった。不具合じゃないか?」「それは不具合ではなく仕様だ。ヒントを言うのであれば取り巻きの雑魚を良く処理する事だ」「………じゃあ片手剣のホリゾンタル・スクエアの3hit目に判定がそれなりの頻度で消える事は?」「…仕様だ」「ポーションを取り出してもう1度仕舞ったら消費されてるのは〜?」「それも仕様だ」「………一部のカウンター系ソードスキルが攻撃判定を受けずとも発動できるのは?」「早急に確認しよう。恐らく不具合だ」「「(………)プレイヤー側に有利な不具合は即刻対処して、そうじゃないのは仕様ですと言い切る運営のクズ!!」」

 

 実に良く会話が進む。

 

 

 それから時計の短針が1つ進む頃には紅音はスヤスヤと眠り、蒼巳はウトウトとしながらも食べ終わった食器の片付けをして、晶彦はまだ飲み足りないのかワインやウイスキーが入った棚を眺めている。少しは蒼巳の手伝いをしても良いとは思うがこの2ヶ月大変だったのだろう。ただ遊んでいた側とは違い激務だったのだから今日ぐらいゆっくりしていても愚痴は言われても叱られはしない。

 カチャカチャと食器が鳴る音が聞こえる。生活音は大変心地良く一番の幸せを感じる瞬間だった晶彦の心だが、その幸せさとは裏腹にどこか黒い靄の片鱗が現れていたのは確かだった。

 

 

 

 

 

「蒼巳。ちょっといいかね?」

「………何?」

「相変わらず無愛想だな」

「………そういう兄さんは堅物過ぎ。凛子さんに逃げられるよ」

「凛子君の事は大きなお世話と言うものだ」

「………で、何?」

 

 

 

 蒼巳ほ食器を洗う手を止め、晶彦の目の前に座る。

 

 

「今回SAOのストーリーに一部君の作品を使わせてもらいたい。そしてエンディングでシナリオライターの欄で名前を載せることの許可…いや承諾が欲しくてね」

「………いつもの事じゃん。勝手にどうぞ。どうせ腐らせるだけのデータなんだから。俺としてはアレ達が少しでも陽が当たるだけで感謝しかないよ」

 

 

 実は晶彦が蒼巳の作品を自分のゲームに使うのは初めてではなかった。寧ろ常習犯とも言えるほどだ。

 メインストーリーはプロのライターにも依頼するが、サブストーリーなど多くの寄り道要素は蒼巳のを使う事が多い。それ程名の通った茅場晶彦という人間は無名の舞風蒼巳という人間が描く世界に心を惹かれているのだろう。

 

 

「そうか…。今回ばかりはしっかりと聞きたかったからな」

「………どれをどこで使うかは聞いても?」

「恐らく作者の君ならすぐに分かるはずだ」

「………そ。楽しみにしとく」

 

 

 

 せめてどの辺りでその物語が使われるかを聞いておくべきだった。そう悔いたのは2022年の11月の始まりだった。

 



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正式サービス

 

 

 

 2022年11月2日。

 昼にも関わらず冷たい風が吹き始め、本格的に気温が下がってきてもう秋も終わり。冬の足音が着実に後から近づいて来るのを感じる今日この頃。本来もうバタバタとしていて手が離せない筈の兄 晶彦が俺達の元にケーキを持ってやって来た。

 

 

 

「………こっち来ていいの?それに誕生日ケーキって…4日早い」

「なに、少し手が空いたから急いで来たのだ。なに分SAO開始と時期が重なってしまったからな。こっちで君たちの14歳を祝えるのは今日ぐらいしか無くてね」

「わぁ…ケーキ!でも誕生日パーティやるなんて思ってなかったから何も用意してないよー?」

「すまないが夜までは居られない。夕方までには帰らなくてはならないんだ。時間も時間で蒼巳の事だ、まだ何も作ってないと思っていたから少し誕生日パーティには寂しいがピザを頼んでおいた。あと15分もすれば来るだろう」

 

 

 

 

 おおよそ1年ぶりの兄との再会を喜び、俺と紅音は急かすように兄さんを家に入れた。「そんなに手を引っ張るな紅。ケーキが崩れる」そう口にしていた兄さんの顔は笑っていて、……瞳が冷たかったのには気付かなかった。

 

 荷物を置き、コートを脱ぐと灰色のYシャツにネクタイといつもの白衣の下の姿だった。しかし今日は更にネクタイを外し、Yシャツを脱ぎ捨て、兄さんのクローゼットからクリーニングされた剣道着を取り出した。

 

 

 

「蒼。君も準備したまえ。ピザが来る前に1本、勝負をしよう」

「………寒いからヤダ。…なんて断る事は出来ないね。先に道場行ってて」

 

 

 

 眼鏡をかけていた俺は急いでコンタクトに変え、渡り廊下を歩く。

 道場に入ると既に面を被る前まで準備を完了していた兄さんが正座をしていた。俺も待たせる訳には行かずなるべく早く防具を身に付ける。

 準備が終わり、一連の流れを終わらせ そんきょをして剣先を交える。

 

 

 

 

「二刀流。私が高校生時代インターハイで1度その使い手と当たった事があった」

「………昨日も含めて3年間。ひたすらその型でやれる様に右手1本で本差を振って来た。その時の試合も見た。色んな人の二刀流を見て学んだ。知識は充分、本差振る速度も問題ない」

「ほう、準備万端だったのか。なら私も少しは竹刀を振っておけば良かったな」

「………いいんじゃない?負けた時の言い訳に出来るから。…突きは?」

「君はまだ中学生だろう?と、言いたいが二刀流相手に突きは大いに有効だ。私が使いたい。故になんでもいい、殺す気で来たまえ」

 

 

 

 

 ただの一本勝負。三年前は大きな体格の違いで負ける言い訳は充分だったけれど負けは負けだった。言い訳するのは簡単だ。けれどその先に何も無い。あるのは勝負に勝てなかったという自らのプライドに残った傷跡。

 何が足りなかったから分からない。何もかも足りなかったのかもしれない。学校の剣道部に所属してなかった故に勝負の場数が足りなかった。数がモノを言う経験は兄さんが用意してくれた世界で剣の振り方を、勝利の経験をつぎ足した。

 仮想と現実。全然違うのは確かだけど、得た感覚は0と1の電子から脳の電子へと変換出来る。

 やれる事はやった。ここで負けたら仕方ない。

 けれど…またも3年間竹刀を振らずに過去に培ったセンスだけで俺に向かってくる憧れには負けたくない!

 

 

 

 

 

「始めっ!」

 

「イヤァァァァァ!!!」

「っサァァァァァ!!!」

 

 

 

 紅白旗を持った紅音の合図と共に立ち上がる。

 兄さんは中段。俺は右手上段に左手は中段。交える剣先は脇差故に手を伸ばしているとはいえ間合いは近い。

 

 

 手始めに挨拶代わりか兄さんの面。それは本差で防ぎ、それから距離を取るために斬り下がる様に胴。これは左手の脇差で防ぐ。恐らく右手の手首の強さを測ったのだろう。

 次に踏み込んで来て左の小手…と見せかけてフェイントを入れた面。一瞬釣られかけたがなんとか防ぐ。

 それか幾度となくラッシュのような猛攻が続き防戦一方。インターハイ二年連続優勝の実力は伊達ではなく、着々と逃げている背中に手が届かれそうになる。このままでは次の次当たりには決められる。そう本能が叫んだ時こちらから責めることにする。

 

 

 兄さんの面を右手の本差で払い、脇差で突きを撃つ。しかし脇差が短く僅かに届かない。戻ってきた竹刀をそのまま脇差で受け止め、右手の本差で胴を打つ。しかしまたもや素早く下がられて空を切る。

 それから余程脇差に危険を覚えたか、兄さんは何度も近づく脇差を満月を描くように払う。

 

 

 ジリジリと我慢を強いられる長い試合。相変わらず兄さんは面と小手で攻め、俺はどちらかで払い除けて決めに行くも防がれる。このやり取りが2分も続く。

 

 そして始め合図から4分半。漸く勝負が決まる。

 

 

 脇差を払う牽制を続けた結果長くなった間合い。痺れを切らしたのか、将又今が勝負どころと見極めたのか、晶彦が仕掛ける。

 

 

 2度脇差を牽制して強く左手を遥か遠くに弾き、大きな1歩を踏み出し面っ!…と見せかけ、試合開始時に見せたフェイントの右手の小手……でもなく、更に1歩先を行き、大きく踏み出した右足を素早く地に戻しすり足で前へ。左から右への一閃。二刀流の弱点とも言える右脇腹を狙った逆胴。

 現役時代晶彦自信が最も愛用した決め手。5年間使う機会が無かったとは言え、その斬れ味は凄まじく、とても見てからでは躱せない。……そう見てからでは。

 

 

 

 

「………っ!?」

 

 

 知っていた。見ていた。だから来ると分かっていた。故に右手で構えていた本差の柄で防ぐことが出来たのは必然だった。

 

 5年前のインターハイの2回戦目。兄さんと二刀流の試合。結果は兄さんの2本連続先取で兄さんの勝利ではあったが、中身が少し特殊だった。1本目は相手の竹刀落としと場外による2度の反則による1本。そしてもう1本はまさに今の逆胴だった。

 その年のインターハイで6戦中12回の決まり手の内逆胴による胴が7回。余程信頼している技なのだろう。もはや癖で出てしまうほどのそれが来るのは明白で、対策ができた。

 

 

 

「ドォォ!!!」

「くっ…!------しまっ」

 

 

 

 既にそこは脇差の間合い。弾かれた小太刀を引き戻し、シンプルな胴。しかし流石兄さんというべきか、逆胴を防がれたらすぐにカウンターの防御に移っていた事によりこの胴は払われる。……けれど兄さんは一刀流。ほぼ同時に来るこれは防げない。

 

 

 

「メェェェエエエェェン!!!!」

 

 

 

 痛快な音が鳴り響く。

 

 

 

「面有り!勝負あり!」

 

 

 

 紅音が(蒼巳)の旗を上げ宣告する。

 素早く元の位置に戻りそんきょ。刀を納め、後に下がり礼をして試合が終わる。

 

 

 

「強くなったな蒼」

 

 

 

 面を外した兄さんが勝利の言葉をくれた。けれど…。

 

 

 

「………なんか嬉しくない」

 

 

 

 何故か心からの喜びは得られなかった。

 

 

 

「えぇー…折角晶兄に勝ったのにどうしてなの蒼兄〜」

「………いくら強い兄さんでも、5年もまともに竹刀振ってない腕の鈍った人に勝ってもなんも嬉しくない」

「…………………」

 

 

 

 こんなわがままを言ってる俺を兄さんはただただ困った顔で静かに見つめているだけだった。

 わがままを口にしてるだけだったのがいつの間にか不思議と涙が出てきた。この涙は絶対に嬉し涙なんかではなく、確実に悔し涙だろう。己の未熟さ故の涙か、将又一人の剣士としてのプライドを踏み躙られた怒りを越えた悲しさの涙か。

 そんな涙を見た兄さんが口を開いた。

 

 

 

「蒼。確かに私は高校卒業以降今の今まで全く竹刀を持たなかった。そんな状態でお前に勝負を申し込んだ無礼を詫びよう。すまなかった」

「………何を今更…」

 

 

 

 やはりこの場面でこの様に不貞腐ってしまう辺りまだまだ子供なのだろう。そんな俺を見て「そう易々と許してもらえるわけがないのは分かっている」そう兄さんは言い、ある事を続けて提案してきた。

 

 

「次だ」

「………次?」

 

 

 

 泣きじゃくってぐちゃぐちゃな顔を拭き、兄さんの眼をしっかり見る。

 

 

 

「次で三本目。3年前ので私の1勝、今ので君の1勝。1勝1敗同士次の三本目で決着をつけるとしよう。その瞬間が来るまで私は鈍ったこの()を鍛え直しておく事を約束する。これでいいかね?」

「………ん。……分かった。その時の為に最も強くなる」

「じゃあ〜その時の立会人と審判はまた私が努めさせてもらうかな〜」

 

 

 

 この約束が果たされるのはいつかわからない。また三年後かもしれないし十年も待つかもしれない。けれど1つだけ分かることは今回の様な事にはならない。正真正銘真剣勝負。そうなる事は確実と断言出来る。

 

 

「さて、そろそろピザが届く頃合だろう。代金はここに置いておくから2人で味わってくれたまえ」

 

 

 

 剣道着からスーツに着替えた兄さんの腕には既にコートが持たれていて、まさに今もう帰ろうかという格好だった。

 

「………食べてかないの?」

「すまないが呼び出しの電話が来てしまった。4日後のソードアート・オンラインを楽しみにするといい。……そして健闘を祈る」

「呼び出しがあったなら仕方ないね〜。じゃあ後でケーキとピザの感想をRAINに送っておくから読んでね〜行ってらっしゃい晶兄!」

 

 

 

 兄さんは車に乗りこみ窓を開け「行ってきます」。そう言って窓を閉めた。そして閉めた後のその顔はどこか俺の不信感に近い何かを煽って、先程の言葉で引っ掛かった部分を声にさせた。

 

 

 

 

「………待って兄さん。『健闘を祈る』ってどういう意味なんだよ」

 

 

 

 しかし口にするのが遅かった。既にアクセルペダルを踏んでいた兄さんは俺の問に答えることなく行ってまった。それからすぐに会社のロゴが大きくペイントされた車が到着し、ピザ特有のチーズやベーコンの香ばしい匂いにお腹を空かされ、考えるのをやめさせられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────そして4日後。事件が起こった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日2022年11月6日は史上初、俺達が生活をおくる現実世界とはまた別のもう1つの世界。0と1で組み立てられた人工電脳空間…通称仮想世界への扉が開く日だ。

 仮想世界の名前は<ソードアート・オンライン>。そして無限の蒼穹が広がるだけの世界に独り寂しく浮かぶ巨大にして唯一存在する建造物。石と鉄の城<浮遊城アインクラッド>。

 正式名称:An Incarnating Radius( 具現化する異世界 ).

 世界中のゲーマー・SFファンの夢。政治家に医者。この世全てから注目されているこのゲームが無事解禁されれば再び…かどうかは分からないが、電子工学の分野に限らず仮想世界から関連出来る全ての方面において日本は頂点に君臨するだろう。……そう。無事に。

 

 

 現在の時刻は昼の12時50分。

 俺のスマホに1本の電話が入った。発信者の名前は『菊岡誠二郎』。俺達の保護者(・・・)にして防衛省自衛官一等陸尉の顔を持つ30代の男。電話越しに「三等陸佐に昇格したからね?」なんて声が聞こえたが興味はない。電話の要件としては「茅場晶彦が姿を消した」の事だった。行き先を知っているか、心当たりはあるか。そう聞かれたが全てNoと答える他なかった。

 

 

 電話を切った後、手がかりを見つける為に紅音が自らのパソコンを開き、ハッキングをあるパソコンへと試みた。そう我らが兄 茅場晶彦のパソコンだ。

 ガードは硬いものの手馴れた手付きで兄さんのPC内に入り込んだ紅音が発した一言目に耳を疑った。

「データが1つを除いて消えている」

 画面を覗くと2人の銀髪の子供がケーキを前に虚ろな笑顔を浮かべている写真がデスクトップ背景として設定されていた。間違いない。兄さんのデスクトップ画面だ。

 そんなファイル1つだけ残された画面。

 

 

 

 

 ファイル名:

 

 

 名無しのファイル。もしも撃退用のウィルスでも仕込まれていたら大変な事になるが、紅音の良く当たる勘が「大丈夫」告げている為、迷わずダブルクリックでファイルを開く。

 するとある一文が表示された。

 

 

 

 "Wer mit Ungeheuern kämpft, mag zusehn, dass er nicht dabei zum Ungeheuer wird. Und wenn du lange in einen Abgrund blickst, blickt der Abgrund auch in dich hinein."

 

 

 

「………ドイツ語。19世紀ドイツの哲学者『フリードリヒ・ニーチェ』の著書<善悪の彼岸>より一節」

「この一文からするに多分このデータは開いた瞬間に逆探知されて、私のこのパソコン以外の機体だった場合このデータも相手データも道連れにするパターンのトラップだね~」

「………つまりこれは俺達向けのメッセージ?」

「かもね~?取り敢えず中見るよー。えーと?なになに~?……え?」

 

 

 ………それを読んで俺達は絶句した。内容は殺人予告と言っても過言ではないモノ。

 ゲーム開始から4時間後、世界は現実から完全に隔離される。

 あと5分でゲームが開始されてしまう。兄さんが消えるタイミングが良すぎる。現在の時刻は12:55。もうあと5分でSAOが始まり…4時間後にデスゲームに変わる。恐らく…いや絶対にもう止められない。

 根拠はこのファイルの中にあるSAOのメインシステムであるカーディナルの欄に書かれた最後の1項目だ。

 

 

 

『・この私が消えると同時にソードアート・オンラインは開始される。どの様な手を使おうとも私には届かない。聡明な君達ならばこれを公表すればどうなるかは承知の上だろう。この私を止めたくばソードアート・オンラインをクリアし、エンディングを見ることだ

 

 ・

 

 

 』

 

 

 

 

 ソードアート・オンライン既に起動している。

 プレイヤーは15分前からフルダイブを完了し、電脳空間の待機場所で意識だけの状態でログインを待つことが出来る。そうすることで13時丁度に確実にログインできるからだ。世界初のフルダイブ型ゲームが出来るのであれば誰よりも早く入りたいと願うのが人の心だ。

 ……そしてフルダイブを完了した時点で外部との通信手段は絶たれ、ログアウトは不可能となる。何故か?

 

 ────元よりこのソードアート・オンラインというゲームにログアウトなんて機能は無いのだから。

 

 

 ソードアート・オンライン・メインシステム【Cardinal system】のシャットダウンは不可能。

 紅音のディスプレイに映し出された9126というフルダイブを完了した犠牲者の数。また一人増えた。

 誰にも止められない。

 

 残り3分で俺達が出来ることは紅音のパソコン内の危険なデータをUSBメモリに移し替えて隠す事。そして、これからSAOに参加するであろうホンのひと握りの友人達に『今日近くまで行くから現実で待ってて欲しい。顔が久しぶりに顔が見たい。他の奴には言うなよ?妬まれて面倒だから』と連絡をする事ぐらいしかなかった。

 

 

 

 

「ねぇ蒼兄~」

「………なに?」

「晶兄の事どっちやる?」

「………2人で。って言いたいけど今回ばかりは譲ってほしい」

「ん。じゃあちゃんと目標の場所まで生き延びないとね~」

「………うん」

 

 

 

 

 ダブルベットの上。並んでナーヴギアを頭に着け、手を恋人繋ぎでお互いのを握る。

 刻一刻と開始が迫る中、俺たちは1つの思いを胸の中で呪詛のように唱えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

12:59:55

俺は、

 

12:59:56

私は、

 

12:59:57

アンタを、

 

12:59:58

晶兄を、

 

12:59:59

絶対に殺す

絶対に許さない

 

 

13:00:00

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「リンクスタート!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 茅場晶彦と言う天才(殺人鬼)が作った魔法(殺し)の言葉。それを唱え2人の少年少女は仮想世界に飛び立った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ファイル名:

 31/31

『・この私が消えると同時にソードアート・オンラインは開始される。どの様な手を使おうとも私には届かない。この私を止めたくばソードアート・オンラインをクリアし、エンディングを見ることだ。

 

 ・間違っても止めようなんて事は考えないで欲しい。私は常に君たちを見ている。君たちは誰にもこの計画を伝えてはいけない。もしもこの警告を無視した時、私は容赦なく君たちの大事な人を奪うことにしよう。愚かな選択を君たちならしないと信じている』

 









作者の剣道の経験は友人に1度だけ(ry


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チュートリアル

 

[Touch(触覚). OK]

[Sight(視覚). OK]

[Hearing(聴覚). OK]

[Taste(味覚). OK]

[Smell(嗅覚). OK]

[ALL OK]

 

[Language(使用言語)→Japanese]

 

[βテスト時のデータが残っています。<Miyrmya>(M)を使用しますか?YES/NO]

 

[YES]

 

 

 - Welcome to Sword Art Online. -

 

 

 

 

 

 ログイン戦争を乗り越え、無事にこの世界に着地した俺はあたりを見渡した。

 バチカン市国のサンピエトロ広場を模したログイン初期ポイント。

 歓迎のパレードのように鳴り響く音楽。

 時計台の裏にあるこの街の象徴的建造物。トルコのスルタンアフメト・モスクの形を取った<黒鉄宮>。

 改めて確信する。間違いなくここはソードアート・オンラインの中だ。

 俺の容姿は黒髪の長髪。身長は175に設定。βテスト時に使っていたキャラクターがデータを引き継いだことによりそのまま。そして目の前にひょっこり現れた黒髪ショートの女性プレイヤー。これまたよく見慣れたプレイヤー。紅音だ。

 

 

 

「ミー兄。どうする~?」

「………常に俺達の言動は見られている。ただ4時間待つしかない。だから出来る事だけはやっておく」

「じゃあまずは武器だね~。あ、キリト君との合流はどうするの?」

「………あいつは放っておいても勝手に会えるよ。俺は見る場所がいくつかあるからこれ頼んだ。ロングソードよろしく」

「了~解」

 

 

 

 

 背中に担いでいた<スモールソード>を紅音に譲渡し先を急がせる。

 まずは黒鉄宮。中には死んだプレイヤーがリスポーンする<蘇生者の間>やハラスメント行為などで通報されたプライヤーのペナルティが科せられる<監獄エリア>があった。…βテストとなんら変わり無く、違和感もない。

 

 

 他にも気になるポイントを巡ってみたが特に変化はなかった。

 確認し終えた俺は急いでフィールドに出る。丸腰で進む俺を不思議そうに見つめるプレイヤーもいたが気にしない。ホルンカ村までの道も敵もすべて覚えている。EXスキルである<体術>はないにしろ、火力が足りないだけで戦える俺にとって武器など必要なかった。

 ゲーム開始から10分でホルンカ村に到達した。

 村の入り口にはNPCが何人かとアカネがいた。

 

 

 

 

「………お待たせアカネ」

「おかえり~。はいこれ<ロングソード>」

「………ん。アカネは相変わらず<ロングスピア>なんだ」

「まぁね~。じゃあ先に<アニールブレード>を取っちゃおうよ。まだ死んでもいいらしいから実付きは全部割ってレベリングもついでに」

「………それがいい」

 

 

 

 

 民家に入り、クエストを発生させる。

 森に足を運びあとはひたすらリトルペネントを頭から根っこまで縦一閃するだけの作業。こうしておけば実付きが目の前に現れても無事に身を破壊して匂いをばらまき他のリトルペネントたちを呼び寄せれる。

 恐らくβテスト組以外この時間帯にプレイヤーは来ない。2時間でレベルを12まで上げるのを目標にひたすら体を動かす。

 スキルスロットに俺は<片手剣><索敵>を、アカネは<槍><隠蔽>をセットし戦う。

 

 

 

 早速実付きのリトルペネントが現れた。アカネが速攻をしかけ実を割る。すると中から鼻の奥をくすぐるような独特のにおいが辺りを満たし、木々の奥から叫び声が聞こえた。目の前には4匹、茂みをかき分け出て来たのは10匹。その中に運良く実付きもいる。しかしどうしたことか…βテストよりも湧く数が倍になっている。これは何も知らずに身を割ったビギナーにとっては致命傷ともいえる現象。確実にプレイヤーを殺しに来ているシステム変更。これは高くあの情報屋に売れる。

 際限なく増え、ミニマップを真っ赤に染めるほどの数が揃った時、どこか嬉しくなった。

 

 

 

『こいつらを全部倒せば力が手に入る。1匹、まずは1匹だけ』

 そう脳裏で俺が俺自身に囁く。…しかし、いかんせんモチベーションが上がらない。ただ目の前のを斬ってレベルを上げるのは作業にしか過ぎない。具体的にいえば『ポケ〇ンDP』の209番道路→ズイタウン→210番道路を往復するようなものだ。それではつまらない。

 だが、こんな作業にも1つスパイスを加える事でとてもやる気が出て有意義な時間へと進化する。

 アカネは右腕を真っ直ぐ前に伸ばし、手のひらを立て、体と平行にして親指以外の4本の指を揃える。槍は刃を下に、左脇を通り抜けて石突が後頭部に当たるよう構える。

 俺はスタンダードに剣先を前に片足を1歩前に出すように構える。

 

 

 

 

「………経験値の差。次の晩飯。財布。」

「いいの〜?私狩りでもご飯でも本気出すよ?」

「………3…2…1」

「負けて文句言わないでねー!」

 

 

 

 

 お互いに目の前のリトルペネントに斬りかかる。

 ひたすらに、がむしゃらにモンスターを斬り伏せる。これからの世界を誰よりも強く、何よりも優位に、絶対に負けない為にレベルを稼ぐ。ゲームさえ無事に始まれば俺達は現実に帰れないことを除けば自由の身。今この5時間が後の数年のnの範囲を収縮できる。他人任せじゃない。これは当初から止められなかった俺達の責任。責任を負った以上やり遂げなければならない。

 リトルペネントの腹を斬り払い、ポリゴン分散する前に頭を踏みつけ跳躍し、ソードスキル<レイジスパイク>を発動させながら前方のペネントの群れに飛び込む。青い閃光と同時に巻き込んだリトルペネントがポリゴンと化す。

 

 

 

 

 

 斬っても斬っても湧き続ける緑色に嫌気がさし始めて早2時間半。漸くレベルが2桁を超え、火力が開始時よりも大幅に上がったおかげか、将又実付きの数が減ったか、どちらかは分からないけれど確実に数が減ってあとは両手両足の指で数えられるほどになった。

 白い花が付いていたとか赤い実が実っていたとか若葉だったとかもう気にしてはいなかった。

 武器熟練度も左下のログを見ると50を超えていて片手剣の新しいソードスキルや索敵のスキルが追加されてる事を知らされている。

 17…13…10…8…5…3……1。あっという間に残り一体になった所で俺とアカネが向かい合い、目が合う。アカネも、恐らく俺も目には光など無く、ただの作業の終着点を虚ろに見つめていた。

 

 

 

 

 最後の一体。相手がどれ程レベルが上がったかは確認してない故に譲る事は出来ず、花付きのリトルペネントを間に挟んで剣と槍が交差する。

 最早聞き飽きた破裂音が鳴り響き、同時に見慣れた青い結晶が消える。そしてお互い同じタイミングで地面に落ち、点を見上げる。

 鬱陶しかったモンスター討伐による獲得経験値やドロップアイテムのウィンドウを消して、パーティ申請をアカネに送る。そして承認され、視界左上にプレイヤーネーム『Akane』とそのHPが表示される。体力は3割ほど減っていなく、こちらは半分を切りイエロー(注意域)に突入していた。

 パーティになっても相手のレベルは見えないので右腕を振り下ろしてメニューを開き、ステータスの項目を開ける。そして見せるために指をアカネの方にスライドさせウィンドウを目の前に送り付ける。アカネも同じ様にして自分のステータスを俺に見せる。

 

 

 

 

「………負けた」

「私のレベルが11でミー兄は10〜。いえーい勝った!第一層の美味しい店ってどこだったかなー」

 

 

 

 

 

 まさかの敗北…という訳でもなく、殆ど負けるとは思っていた。仮想世界ならば勝てる思ったけれど考えが甘かった。実を言うと剣道の試合でも俺がアカネに勝ったことはあまり無い。常に負けっぱなしだった。俺がアカネに勝てた事といえば母さんが死んでから続けている家事や俺だけの特殊能力の様な記憶力ぐらいだろう。

 ウィンドウを引き戻してドロップアイテムを確認する。

<植物種の牙>や<リトルペネントの根>など特にレアリティの無いアイテムは3桁を軽く超えていて、獲得コルも序盤にして10万以上貯まっていた。そんな中で数が2桁も超えていないどころか四捨五入をすればゼロになるアイテムが1つあった。

<リトルペネントの胚珠×3>

 こいつが大本命。たった2時間半とは言え、あの量を倒して3つは良い方なのか悪い方なのかは分からない。少なくとも花付きを50体以上は刈り取ってるのでドロップ率は6%以下。さらにそこにそれなりのレア個体である花付きとの遭遇率を加えれば最も数が小さくなる。

 

 

 

 

 

「………アカネ胚珠何個出た?」

「ん〜8個だよー」

「………………」

 

 

 どうやら運ですら負けているようだ。しかしながら目的は達成された。それぞれ胚珠をひとつ握りしめて村に帰る。そして民家に入り中の女将にアイテムを渡し、武器を貰う。

<アニールブレード>

 これ上手く強化すれば7層まで使える便利な武器。片手剣でアカネは使わないけれど、これを溶かしてインゴットに変換してから槍に打ち直して貰うことで今の<ロングスピア>よりも強い武器になって帰ってくる。

 

 

 

 

「武器は手に入ったけど次はどうするの〜?」

「………チュートリアル開始まであと2時間半。急げば迷宮区前の<トールバーナの街>に着ける」

「トールバーナの転移石を登録しておくんだねー。…あ、その前にステ振りしないと」

 

 

 

 

 SAOのステータスはレベルアップ時に自動的に加算される数値とは別にその時獲得できるポイントがある。それを各々STR()VIT(生命力)DEX(器用さ)AGI(敏捷)の4つへ自由に振り分けれる。

 振り方は十人十色で、走りや剣のスピードを上げたいのならばAGIを、一撃一撃を重くしたいのであればSTRを、防御や体力を上げてタフになりたいのであればVITを…といった感じだ。ただ1つだけに全てを注ぐ極振りはダメでは無いがおすすめされない。ベストと言われているのは、攻撃に直接関係のあるステータスSTRとAGIの比率が6:4で、どちらを優先させるかはその人の武器種や性格次第。

 

 

 俺のステータス場合、振り方の優先度はAGI>STR>DEX>VITの順。

 一方アカネはSTR>AGI=VIT>DEXと言った割と脳筋ステ振りの傾向がある。

 ちなみにDEXを上げればクリティカルが発生しやすくなる上にソードスキルによる硬直時間が短縮される(らしい)。

 

 

 

「………じゃあ出発」

「Let's go~!!…あ、<隠蔽>スキルの熟練度上げたいから使いながら行くけどミー兄見失わないでね〜」

 

 

 

 

 流暢な英語で出発進行を唱えて消えるアカネ。<索敵>スキルを使えばうっすらとその輪郭が浮かび上がる。熟練度0の隠蔽スキルではそこまで隠れればしないがこの辺の視覚で敵を感知するモンスターからはほんの少しだけ認知させるのを遅らせれる。その隙に脱兎のごとく走りされば良い。……隠蔽スキルを使っていない俺は敵に見つかるけど。

 

 

 

 そうして上を軽く見上げれば見える迷宮区の塔を目印にホルンカ村から北へと進む。…まぁマップ覚えてるけど。その先にトールバーナの街がある。

 トールバーナには何があるかと聞かれれば、西アジアにあるシリア・アラブ共和国の中に建てられた古代都市ボスラの城塞内のローマ劇場をモチーフにした広場がある街だ。ボスラはユネスコによって世界文化遺産に登録されており、その劇場はとても音響にも優れていて、戦いで疲弊した兵士たちの心を演劇家達がミュージカルなどの芸術で癒していた場所とも言われている。

 世界の歴史の話はここまでで、30分程全力で走り、森や草原を超えればトールバーナの街が見えて来た。

 街を見渡す限りプレイヤーは見えず、俺達が一番乗りか、誰かが先に来てここを出たか。どちらでも構わないが真っ先に街の真ん中にある大きな柱のような石に触れる。これが転移石。一度触れていれば転移結晶を使っても、主街区の転移門を使ってもこの街の名前を唱えればここに移動できる優れもの。

 

 

 

「ここまで来たけど次は~?」

「………さっきのペネント戦でわかった事はβテストよりも敵が強くなってる」

「迷宮区はもっと厳しいかな~?でも私たちレベル的には安全マージン超えてるよー?」

「………確かに先に進んで情報だけでも集めるのは得策。だけどチュートリアルが終わってから迷宮区の構造が変わるかもしれない」

「でも行った方がいいと思うけど…」

 

 

 

 今までの俺ならば迷わず迷宮区に入っただろう。しかし今は兄さんを恐れているのか、かなり慎重になっている。残り1時間。どう動くべきか、何をすべきか。確実に言えるのはこの正式版のSAOで1時間というちっぽけな時間では登り切れないという事だ。実のところ俺は強心臓などは持ち合わせておらずどちらかと言えばノミの心臓だ。第一に妹を守る事しか考えられず、とてもじゃないが大物とは呼べない人物だ。

 

 

 ………結論に至った。ここはレベリングに徹しよう。

 今のレベルでは凄く不安だ。恐らくゲーム開始から二週間もすればβテスト組が集結して一層を突破できる。まずは相手の出方を見るという逃げの選択だが今はそれで充分だろう。

 

 

 

「………まだ死を感じないただのゲームのこの時間。今のうちに安心して食べれるゲーム内のご飯を食べようか」

「あ!そうそう思い出した!トールバーナ西のステーキ屋さんが美味しかったんだよね~!そこ行こ!!」

 

 

 

 

 腕を引っ張られ、引きずられながら進む石畳の道。少し恥ずかしいのと共にこの体勢が嫌になったのでタイミングよく地面を蹴り跳躍してアカネの頭上へ行き、その細い腕を捻り、骨を折る気で投げようとしたら…投げられた。

 

 

 

 

「ん?あれミー兄どうしたの?」

「………アカネが投げたんだろ…」

 

 

 

 

 

 ムキになって投げようとしたのが間違いであることに気付いた。アカネは自己防衛の為に一時期から合気道を初め、飛び掛かろうものなら素早く流し、そのまま投げ飛ばす本能的動きをよく行う。達人ほどではないがかなり凄い。…合気道の達人を見たことが無いからどうなのかは分からないが実力は本物。

 ため息をついて自由な方の手で俺の腕をつかんでいるアカネの手を2回叩く。そうして腕を離してもらい立ち上がる。痛覚がナーヴギアによって緩和されていて痛くはないが、捻り返された腕を振り動きを確かめる。そして気付いた。腰に携えていた<アニールブレード>が鞘から消え、アカネの手の上にあった。

 

 

 

 

 

 

「………手癖が悪い」

「あ、ごめんミー兄!いつもの癖でつい…あはは~」

 

 

 

 

 

 スリの技術までいつの間にか上達していた。

 

 

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第一層にしては中々の味のステーキを食べ終え、時刻は16:30。

 

 

「………ログアウトが消えた」

「もう逃げられなくなったんだね~」

「………チュートリアルが始まっていない所為か実感が無い」

 

 

 それから更に30分。17;00。エリア全体に鳴り響く鐘の音。

 

 

「………始まった」

「これって手繋いでたらどうなるのかな?」

「………多分転移結晶と同じで同時に飛ばされる」

「じゃあ…はいミー兄」

「………ん」

 

 

 差し伸べられた右手を強く握り返した。それと同時に青白い光が体を包む。少しのめまいと共に視界がクリアになり、左手の先にはちゃんとアカネがいた。

 空を見上げると、夕焼けに染まっていてどこか陽の色とは違う不気味な赤色だった。周りを見渡せば4時間前に見た光景。第一層<始まりの街>。それと次々に転移されてくる無数のプレイヤー達。

 俺達が転移されてから5分。漸く終わったのか青白い球体のエフェクトが広場から消える。相変わらず何が起こったのか分からない故にざわつきが収まらない。しかしその騒々しさはすぐに消える事になる。

 誰かが気付いた。空を見上げ、2つ赤い六角形のシステムメッセージが浮いている。その中には『Systems Announcement』と『Warning』の文字。

 

 

 全員が注目したところで2つだったウィンドウが第一層の上空全てを覆い隠す程に一気に広がる。明らかなる異常、理解が追いつけない事から起こる静寂。

 広がり切ってから更に異常は続く。警告ウィンドウ同士の境目から赤くドロっとした…まるで血のような液体が染み出ててきた。それは重力に従い下へと落ち、重力に逆らって一定の高さで留まる。

 そして全てが滴り終わり、空中で浮かぶ血液のボールはRPGに出てくるスライムの変身のように形を形成し、1つのローブに変わる。

 

 

 

 

「なんか見たことあるような無いような〜…」

「………嘘だろ兄さん?」

「ミー兄?」

 

 

 

 

 

 頭痛に襲われる。

 今この瞬間ほど俺は俺自身を恨み憎んだことは無い。何故その作品なのか?どうしてこうなった?俺はなんと取り返しのつかない物を生み出したのか。

 

 

 

 

 

 

「………百獣物語より登場。<No.100・The Judgement Magician(最後の審判)> 。最高神の使いにして、100番目の遺跡の主」

「それって…もしかして小さい頃に私達が作ったあの百獣物語だったりするのかな〜?」

「………分かってた。けど認めたくはなかった。全て似ていた。答え合わせの様な問いかけから目を背けてきた」

 

 

 

 

 出来るのならばあの作品を書いた事を忘れたい(・・・・)。過去に戻ってWordに打ち込まれた原稿を消したい。登場人物・モンスターを(えが)いたスケッチブックを焼き払いたい。願わくば今この場で俺を断罪してほしい。中世の魔女狩りの様に何の言葉にも傾けてもらえず、不条理に無慈悲に恐怖と憎しみと怒り…各々の正義の名のもとに十字架に吊るして火炙りにしてほしい。

 

『え?何あれGM?』『なんで顔が無いの?』『さっきまで全くコールに応答しなかった癖に…漸くのお出ましかよ!』

 

 そんな声が広場から聞こえた。

「………GM?コール?」そんなまるで初めて聞いた単語の様に独り小さく復唱する。そして単語を言葉にした瞬間に脳を行き来する電流の網が俺の頭の中にある『鍵付きクローゼット型本棚』の錠を解き放ち、過去に1度でも目を通した書物が火事現場のバックドラフト現象の爆炎の様に飛び出してきた。

 

 

 

「………2021年6月5日午後12時36分。

SAOCβT参加者用ナーヴギア及びゲーム内説明書:17/50頁・第11項『GMコールについて』。

本文:本ゲームプレイ中、システム不具合等によりゲーム進行に大きく支障が出るバグと遭遇した場合に行う動作です。[設定(歯車マーク)]→[Help]→[GM Calling]を選択してください」

「えーと?メインメニュー開いてー…設定開いてー…ヘルプ開いてー…あった、GMコー…!?」

「………GM役の老人が着ているローブ…まさにアレその物。開く事が無かったから気付かなかった」

「多分これってβテストの時から変わらないよねー…」

 

 

 兄さんが俺の書いた物語を使う事を聞いて来たのはβテスト終了の打ち上げの時。つまりβテストが始まる以前からこの日の事は決めていた…。兄さんはあの時、GMコールを見て気付いていたであろうifの俺に『使うな』と止めて欲しかったのかもしれない。

 考えを巡らせている俺達など関係なくその声は第一層全土に届いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『プレイヤー諸君、ようこそ私達の世界(・・・・・)へ』

 

 大好きだったあの優しい声で兄さんは自己紹介。この世界のルール。ナーヴギアの仕組み。現実世界の現状。クリア条件。を一通り話した。

 ひとつ。またひとつ。この世界の理を知っていったプレイヤー達は階段を一段一段降りるように、蹴り落とされたかのように絶望へと堕ちていく。

 

 

『──さて、ここまでで何か質問がある者はいるかね?私が答えるに値する問いにのみ応えよう』

 

 

 絶望の沼から天に手を伸ばす様に彼らは叫ぶ。

 

『どういうつもりだ!』『ちゃんと姿を表わせ!』『何でこんなことをするの!?』『本当にゲームクリアまで出れないの?!』

 

 1万近く居るプレイヤーから様々な疑問が投げかけられる。しかしそれの殆どが兄さんの中で応えるに値しない無意味な問いであると判断され、反応を示してもらえない。

 何も答えない顔無しローブにいつしか怒りを覚えた者達が罵声を飛ばし始めた。恐らくこうなればらあと5秒もしない内にこのチュートリアルを締めるだろう。

 そんな時、唯一兄さんが質問と認めた問いが出た。

 

 

「こんな物はゲームじゃないだろ!!」

 

 

 誰もが思っていた事を、何よりも言わなければ行けない言葉を、この広場に居る誰かが叫んだ。そしてその叫びが兄さんに届き、彼はその叫びに応えた。

 

『"これはもうゲームでは無いだろう"。いい質問だ』

 

 漸く無い口を開いた兄さんの言葉に呑まれる様に静かになる広場。

 

『私はこのソードアート・オンラインを発表した時に言った筈だ』

「「「───────」」」

 

 俺とアカネ。それとこの場のどこかに居るであろうアイツだけが、この言葉の意味と、その答えを瞬時に理解した。

…それは今この瞬間まで至って普通(特別)で。

…それは夢というトラックのスタートラインに立った時で。

…それは二次元世界を愛する全ての人間が夢見ていた二次元世界への跳躍を叶える存在だった頃。この世界の存在を茅場晶彦が発表した時の言葉。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『「「「これはゲームであっても、遊びではない」」」』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 4人の声が重なった。

 茅場晶彦という人間は確かそう言っていた。

 誰もがその言葉の意味を『遊びだと忘れるほど凄いリアリティある世界』などと思っていた。……だが、その真意は違った。

 自分の本当の命を賭け、視界の左上のHPバーが消えた時。ステータス画面の682/682という数字が0に時。その瞬間現実世界でも舞風蒼巳という人物は死んでしまう。遊び感覚ではプレイ出来ないデスゲームだという事だった。

 ……もっと。もっと前から。βテストの打ち上げよりも前から。このゲームの制作が発表されたとからこのトチ狂った計画のヒントがあった。それをあの文書を読まなければ気付かず、のうのうと楽しみにしていた俺達が馬鹿みたいだった。

 

 

『それでは最後に、諸君のアイテムストレージに、私からのささやかながらプレゼントが用意してある。確認してくれたまえ』

 

 これも知っている。右手を振り下ろし、アイテムストレージを開き1番上のアイテム<手鏡>をオブジェクト化させて覗き込む。

 どうせ俺とアカネのアカウントだけ特別なマーキングをしてすぐに分かるようにしてあるはずだ。隠れるのは不可能。ならばここは大人しくこれに従い、正々堂々現実世界の俺達の姿で貴方を殺す。

 

 始まりの街のいたる場所から転移エフェクトの様な青白い光が瞬く。

 光から解放され、眩んだ目を慣らし、周りを見る。すると他のプレイヤー達の容姿が面白可笑しく変化している。若く作った顔が老けていたり、性別が本来の方向に戻され、ネカマが解けて結果的に女装している男性プレイヤーが居たり、まさに化けの皮が剥がされた状態だった。

 しかしそんな化けの皮が剥がれた者達でも共通点があった。それは髪の色だけは変わらないという事。

 ……だが、俺たちだけは特別仕様だった。

 

「へぇ〜…見て見てミー兄。黒髪だった毛色が現実世界の私達の銀色になってるよー」

 

 髪の色だけでなく瞳の虹彩までもが現実仕様だ。

 

 

『最後に、これは私からお前達への贈り物だ。

 私は第100の街でお前達を待っている。幼き時に夢見た通りに。

 これは私からの挑戦状であり、私の目的の残りの半分を埋めるピースだ。さぁ最後の決着を付けよう』

 

『──以上で≪ソードアート・オンライン≫正式サービスのチュートリアルを終了する。プレイヤー諸君の健闘を祈る』

 

 

 

 

 そう言い残し、赤ローブは崩れ落ちた。まるで昔から今まで、そしてこれからも何も存在しなかったかの様に消え去り、残されたのは静寂と取り残された約1万人のプレイヤー。

 

 

 

 

──────パリン

 

 

 

 誰かが手鏡を手放し、砕けた事を知らせる音が曇天の如く重い空気で包まれた広場に響き渡った。……そしてそれは、意図せず人が抱える負の感情で構成された連鎖爆弾の導火線に火をつけた。

 

「い…いや…。いやよ…。いや…っ!いやぁぁああァ!!」

「ふざんけんなよ!!早くここから出してく!!」

「早く現実世界に帰してよ!これから約束があるの!!」

 

 プレイヤー達の怒り。悲しみ。罵声。懇願。そして絶望が。まるで噴火の様に爆発した。

 泣き叫ぶ者。現実を受け止められずにただ呆然する者もいる。

 そして、ここにいる誰もが(・・・)誰よりも(・・・・)!!……現実世界に帰りたい。そう強く、とても強く願っていた。

 

 

 

 

 

 赤。青。藍。黒。様々な感情の色がパレットの上で無法地帯の落書きを描く様に存在する中、全ての色をゴチャゴチャに混ぜた黒よりも黒い色を持つ少年少女が居た。

 

 

 

 

「………………私達の世界(・・・・・)

 ……(aう)…。(がう)(iがう)(ちがう)。ちがう違う。間違っているッ!」

 

「「ここは()の世界!茅場晶彦!!!!テメェ(アナタ)名前(世界)はここには無いッ!!」」

 

 

 

 

 無数の哀しみの怒号が鳴り止まないこの街で、この叫びを聞いてる者は誰一人居なかった。

 



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出会い

 

 

 

 ソードアート・オンラインのゲームマスターである茅場晶彦による真のオープニングとチュートリアルが終わった頃、その会場は混沌に包まれていた。

 皆膝が崩れ、胸の前で腕を交差し両肩を抱いて怯える者や両手両膝を地につけ地面を殴りながら泣き叫ぶ者。ただ茫然と立ち尽くしている者もいれば…現実を受け入れ、いち早く環境に順応し行動している者もいる。

 

 

 

「………まずは<黒鉄宮>」

「<蘇生者の間>がどうなってるかだね~」

「………恐らく死ねば生き返れないこの世界にそんなものを残しておく必要は無い。別の物があるはず」

 

 

 

 そう思いこの広場に隣接している巨大な建造物<黒鉄宮>に足を踏み入れる。

 まだ明かりをつける時間にはなっていないのか、中は薄暗く、壁の燭台と外から入り込む夕日だけで光源を補っている。

 入口を入って直進。突き当りに蘇生者の間はある。通常通りならば真っ平でサークル円陣の様な模様だけがあるこの場所。しかし薄暗く良く見えなかったが何か巨大なものがある事は探知で来た。

 一歩進むごとにその正体は露になる。──大きな石板だ。

 

 

 

「………文字が書かれている?」

「アルファベットの羅列?<aaaaaa><abec><abee><acid>…ミー兄。これ多分全部プレイヤーネーム」

「………『Monument of Life』<生命の碑>」

「ん~?名前に横線がついてる名前が何個かあるね~。その下に何か書かれてる。え~と?

『11月7日 16時42分 警告無視による外部干渉』

───これって。」

「………死んだらこの碑に書かれている自分の名前に線を引かれ、日時と死亡理由が加えられる」

「…酷いね~」

「………覚え終わった。次行くよ」

「…うん」

 

 

 

縦50横200計10,000。

既に横線が入っている者113名。チュートリアルでの兄さんの数と合致。

 見覚えのある名前は962名。その中横線を引かれていたもの4人。

 アイツの名前を確認。当然製品版にも参加していた。

 碑の中に不自然な空白が274名分確認。恐らく11月7日17時までにログインをしなかったプレイヤーの分だと推測でき、ソードアート・オンライン正式サービス利用者は9726名。その内βテスターは少なくとも38名(βテスト時のデータを引き継いでない者も必ず居る為)。

 チュートリアル開始までに生き残ったプレイヤーの人数9726名-不運にも周りの人間に葬られてしまった113名=9613名。これがデスゲームの参加人数。

 

 次はこの始まりの街の最南部に移動した。

 ここはアインクラッド第一層の外周に接しており、チュートリアルが始まる以前は見えない障壁が張られていたが今は…。

 

 

 

「………やっぱり障壁が消えてる。アカネ、耳」

 

 

 

 目を瞑って全神経を聴覚に注いでいることを確認し、俺はここに来るまでの道中で都合良く売っていた円周18㎝重さ1kgの鉄球を柵の向こうへと落とす。

 

……………………──(パリンッ)

 

 

 

「落下より40秒後オブジェクトの崩壊を確認~」

「………計算する」

 

 アカネからの情報と、落とした鉄球の情報。その他それぞれをある公式に当てはめる。メモ用紙と鉛筆は脳内に、イメージを忘れずに筆算のような暗算をする。

 

「……細かい事を気にしなければ大体ここからこの世界の限界まで約250m」

「多分その位置に到達しちゃったらどんな物体も耐久力が0になるんだね~」

「………まるでブラックホールだ」

 

 

 250メートル落下するのに40秒も必要というのはあまりにも残酷だ。恐らく30秒あたりで自殺への酔いが覚め、残り10秒で死にたくないと藻掻くのがオチだ。それならばロープをこの柵に縛り付け、日本式極刑方法を真似た「飛び降り首吊りによる即死」が精神的に一番楽な方法だ。……まぁこの世界で首の骨が折れて即死するなんて現象があればの話だ。

 

 

 

 

「………これから取る選択は多分間違ってるかもしれない」

「ん〜」

「………色んな知識をストックしてきた俺だけど、何が正解か分からない」

「ん〜〜」

「………明らかに間違ってる時は教えて欲しい。だから…」

「ん〜〜〜。大丈夫、ちゃんと付いていくからー…だってそれしか道ないじゃん」

 

 

 

 笑いながら答えてくれる。それだけで何処か俺の心が救われた。

 

 

「………方針を固めた。様子次第だけど、15層まで迷宮区の攻略はしない」

「それって他のβテスターに任せるって意味?…じゃないよね。それなら私達がすればいいんだからー」

「………多分第1層のフロアボスまでにβテスターの半数は消える」

 

 

 

 根拠は無いが確かにそうなると言える自信がある。そしてこのゲームから最初に消えるのはβテスターだと言うことも。

 

 

 

「………βテスターとビギナーが1:9のこの世界。攻略組を作るのは確実に後者。なら俺達が進んで迷宮区を攻略する必要はまだ無い」

「でもそーなると暇じゃない〜?あ、ビギナー助けるってのはどうー?」

「………2人だけじゃ手の平から零れ落ちるプレイヤーが確実に多く居る。それでも耐えれる?」

 

 

 

 静かに頷く。覚悟を決めた目。アカネは責任感が人一倍強い。恐らく助けられなかった人を目の前で見たら罪悪感で心が押し潰される可能性もある。それが続けば心が死ぬ事だって有り得るかもしれない。その上で、まだ生きる事を捨てないプレイヤーを救いたいというのだ。

 方針が決まり行動する。街を出る門はいくつかあるが、迷宮区に続く街に繋がる道が敷かれてるのはひとつしかない。始まりの街の周辺マップを脳内に展開させ、ビギナーでは危ないポイントを時間や人数などの条件を踏まえて絞り込む。

 従来のゲームは左手で移動をし、右手ですコマンドを打ち込み、中のキャラクターが動作する。しかしこのフルダイブ型VRMMOは自分自身が動かなければならない。TPS視点など存在しないこの世界ではバックアタックによる奇襲なんて対応出来るはずがなく、温室育ちでまともに剣を振ったことのない者が剣士の真似事をしなければならない。この世界での体の使い方がまだままならないのに、視界が悪い夜からソロで動くビギナーは居ないだろう。

 

 

 

「………ここの森。夜になると獰猛になるダイアウルフが湧くポイントがある。草原にも湧くけど見晴らしが良いから奇襲されることはない」

「それにこの状況下でレベリングもしないで進む人なんて早々居ないよね〜。ボアで多少はステ上げてからここに来ることを願うしかないね」

 

 

 

 

 そんなこんなで始めたヒーロー紛いの救助ごっこ。夜の闇に覆われた森。木々の隙間から流れる奇妙な肌触りの風が吹く。デスゲームが始まった今夜の月は皮肉にも華麗な満月だった。

 

 森の入口で<隠蔽>スキルを使い姿を透かす。2時間ほど待つと6人PTの一団が足を運んだ。観察を開始する。6人の顔は全員20歳は超えており、その中でも最後尾にいる男…赤髪で悪趣味な赤いバンダナを着けた野武士ヅラのプレイヤー。恐らくあれがこの6人の頭だろう。何処と無くぎこち無い動き…ビギナープレイヤーだ。暫く様子を見ることにする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───驚いた。あのクラインと呼ばれている最後尾の男。ビギナープレイヤーにしては中々にこの世界の動き方を知っている。それなりの観察眼に、お世辞にもキレる頭とは言えないが徹底した基礎の扱い、あの人だけレベルが高いのかモンスターを瀕死に追いやったら他のプレイヤーにトドメを渡す。……興味が湧いてきた。

 

 

 

 そんな時だった。森の茂みの奥からリトルぺネントの群れが出てきたのは。リトルペネントの数は3体。数だけ言えばあのパーティにとっては余裕を持って対処できる。しかしその3体の中に赤い実をつけた個体が1体居た。──まずい!そんな事を思ったが最後、リトルペネントの習性を知らない彼らは頭から根にかけて縦一文字で斬って実を割ってしまった。

 

 

 茂みの奥から更に追加で5体のリトルペネントがやってくる。計8体があの1団を襲い、先程以上に苦戦してSAO脱落の危機まで見えてきた。「助けないと」。そう口にした時には既に走り出していた。走りながらソードスキルを発動させる。使用するは片手剣突進<レイジスパイク>。並んでいた2体を同時に処理し、アカネが槍2連<ツインスラスト>でもう2体を、余った1体を片手剣2連<バーチカルアーク>で仕留める。ついでに最初に出てきた3体も撃破する。

 

 

「………実付きのリトルペネントは頭の果実を割られると他の個体を呼び寄せる。今度あったら胴体狙って殺せ」

「お兄ちゃんに助けてもらった命を感謝して大事にね〜」

 

 

 そう言い残して素早く消える。……顔は見られてないよな?今助けたプレイヤー達の視界から消えた事を確認し、パルクールの要領で気の上に移動して音を極力立てないように木々を渡って先程の位置まで戻る。俺もアカネも隠蔽スキルを発動して隠れてるから向こうからは発見されない。

 

 その後も監視を続けて森を抜けて目的の街に着いた頃には朝日が昇り始めていた。今回は無事に顔を見られず救出できたけど、次回からそう上手く背を向けられない状況も出てくる。顔を隠すために仮面を買おうか?…仮面はないな、視界が狭くなる。そうなればフード付きのケープぐらいがちょうどいいかもしれない。

 あのむさ苦しい一団を見届けて街の転移石からトールバーナに飛ぶ。多分あそこならフード付きケープが売ってる筈。俺達は見つからないように足早に急いだ。

 

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

 ───あれから1ヶ月経った。たった1ヶ月で1500人近くのプレイヤーが死んだ。なのにまだ第2層の門は開かれていない。原因は俺達が全くと言っていい程迷宮区攻略に参加してないからだろう。……キリトの奴はどうしてるだろうか?アルゴは攻略本なるものをほとんどの町で無料配布しているのが分かる。あの2人がいれば2週間でボス部屋まで行けると思っていたけど、どうやら現実は違った。もしかしたらキリトもビギナーにすべてを任せているのか?いやそんなはずはない。あのゲームオタクがそんなつまらない事をするはずがない。

 

 ……まぁそんな直接本人に聞くしか答えが出ない疑問は置いておこう。なんせ今日は漸くトールバーナで攻略会議が開かれるからだ。きっとそこにキリトの奴もいる。

 

 

 

 一ヶ月ぶりに訪れる城内劇場。テキトーな場所に座る。周りにもそれなりの武器を持った強者たちが大勢いる。流石はこの一ヶ月を生き抜いたプレイヤーたち。面構えが違う。……デスゲーム開始時にあの森で助けた野武士面のリーダー率いる一団はどうなっただろうか?そんなことがふと頭に過る。

 時刻は13:00。告知されていた時間になり、青い髪の盾持ちソードマンが手を叩き注目を自分で集める。

 

 

「はーい!じゃあそろそろ攻略会議始めさせてもらいまーす!みんな今日は俺の呼びかけに集まってもらってありがとう。俺はディアベル!職業は……気持ち的に騎士(ナイト)やってます!!」

「おいおい、このゲームにジョブシステムなんてないだろ?」「本当は勇者って言いたいんじゃないのか?」

 

 

 

 彼のジョークに明るくツッコミを入れる面々。ガチガチだった場の雰囲気が一気に和らぐ。かなりいいリーダーの資質を持っている。……そう皆が感心している中で俺だけは違った。

(ディアベル…ディアベル…Diavel…。あいつは確か…)

 たった一つのキーワードが脳内の巨大図書館のカギを開ける。そして笑みがこぼれる。今にも腹を抱えて笑い転げそうな程だ。

 

 

「ちょーっと待ってんか!」

 

 

 

 そんな制止する声が劇場上から聞こえた。太陽の逆光で顔はよく見えないがそのシュルエットは独特。…モヤッとボール?関西弁が話せるモヤッとボールって珍百景というか世界遺産とかにならないかな?そう思っていると本体が階段を下りてステージに上がる。なんだ…角度が悪くて頭しか見えなくてボールに見えただけか。

 

 ステージに立ったのはキバオウという関西圏出身のビギナープレイヤー。

 キバオウの主張はこの中にいるかもしれないβテスターは名乗り出て、世話をしなかった所為で死んでいった1500人のビギナーたちに謝罪し、ワイらビギナーに詫びを出せ。そうでなければフロアボスの攻略どころではない。そう言っている。

 

 

 しかしあの男が言っている事はあまりにも筋が通っているようで、余りにも断裂している。

 仮に俺とアカネ、それとこの場のどこかにいるであろうキリトが名乗り出て謝罪をしたとしよう。その後詫びの金とアイテムを差し出す。しかしその詫びの品はどこに行くか?それはこの場にいる第一層の攻略組の懐の中だ。それでは間違っている。

 ビギナープレイヤーを代表をしてと言えば聞こえはいいだろう。だが俺達が行うかもしれない謝罪の相手は全ビギナープレイヤーへではなく、自称ビギナープレイヤー代表のあの男を筆頭にそれに取り巻く金魚のフンにしか届かない。詫びの品だってそうだ。始まりの街でニートしてるやつら全員に分配するのならまだしもそうではない事は確実だ。

 つまりこの謝罪会見(笑)はあの男の私怨の範囲までしかとどまらないという事だ。これ程までに無意味な時間はない。

 

 

 こんな空っぽな主張に肯定するように頷いてるやつらは全員ビギナーだろう。……首を縦に振らなかったのは6人。

 その中の1人が手を上げ異議を申し立てる。その男…いや漢というべきか、黒肌のスキンヘッドの大男が立ち上がりキバオウに近寄り圧倒的な体格差で威圧する。そんな大男を俺とアカネは知っていた。

 

 

 

「あれってマスターだよね?」

「………そうだな。あの人も結構ゲーム好きって言ってし、ナーヴギアの発売日1週間前から店閉めてたから買えんだろう」

 

 

 

 現実で凄くお世話になったBarのマスター。付き合いはそれなりに長い。こっちの名前はエギルというらしい。

 マスターはキバオウに彼の要求を簡単にまとめて確認を取った後、腰のポーチから一冊の小さな本を取り出した。あれはアルゴが作った攻略本。全部の街の道具屋で無料配布されている。つまりエギルことマスターはβテスターがビギナーを見捨ててはいなかったと言う事実を知って欲しく異議を申し立てたのだ。

 

 

 そんな話のやり取りが続き、どうしてもβテスターを吊るし上げたい欲望にまみれたキバオウの糾弾をマスターが鎮火させていく。しかしあー言えばこー言い食い下がらないキバオウの所為でキリがない。

 だがそれも5分と経たずして終わりを迎えた。

 

 

 

「────2022年11月6日よりヒットポイント=リアルライフのデスゲームが始まっテ、今日2022年12月3日現在までの脱落(死亡)者数はざっと1500人。その内生きる事を諦めてアインクラッド外層より解放(自殺)された者が約900人…大体6割ダナ。そして残りの600人はフィールドでの戦死。

 …………さテ、ここでそこのトンガリ頭にQuestionダ。

『生きる事を諦めず、最後まで戦い抜いた戦士の中に何人元βテスターが居るか知ってるカ?』」

 

 

 

 何故か?あの人が直接この広場にやって来たからだ。

 コツンコツン。と大きな石畳の階段を数字を並べながら下り、ステージに上がった三本髭が特徴的な小柄な女性プレイヤーがキバオウに対して問いかける。

 

 

「なんやおんどれ!いきなりベラベラ意味わからん事口にヴェッ!?」

「おヤァ〜?質問されたラ、まず『はい・いいえ』で答えるっテ学校で就職活動の練習の時に習わなかったカ?見たところ成人してる様だケド…社会人とシテも、歳上に対シテも、態度がなってないんじゃ無いカ?」

 

 

 その少女(?)は下からキバオウの下顎を強く掌底で撃ち抜いた。急に来た衝撃と、意図せず閉じた口に思わず動揺する。

 ……いやいや、アンタその容姿で歳上を名乗るのは初見じゃ無理だろ。

 

 

 

「うぐぐっ…し、知るかぁ!そんなモン!」

「そう、知る筈も無いヨナ?……何故なら知ろうとしなかったからダ。だから全て元βテスターが悪いなんテお門違いでバカにも程がある糾弾が出来るンダ」

 

 

 そいつは腰から小さなメモ帳を取り出し、書かれている内容を読み上げた。

 

 

「いいカ?SAOに参加した元βテスターは958人。既に脱落している元βテスターの数は471人。自殺者は68人。戦死した627人の内、元βテスターは403人。その内4人が外部干渉で4人が死亡。つまり954人から403を引いたラ、現在残ってるのは551人。

 もう既に半分近くの元βテスターが死んでテ、戦死したビギナーは220人しか居ないと言うのにまだそんな事を言うノカ?」

 

 溜め息をつきながら疲れたと素振りするそいつの言葉を聞きキバオウはまたまた『ぐぬぬ…』と押し込まれる。しかしいい打開策を思いついたのか、先程までの威勢を取り戻しまた口が騒がしくなった。

 

 

 

 

「それが本当だって証拠はどこにあるんや!?ンなガセでワイらトッププレイヤーらを撹乱させようとしてんちゃうか!?」

 

 

 

 

 確かにその通りだ。どこにもその情報が本当だなんて証拠は無い。本来ならば寝言は寝てから言えと門前払いされるだろう。……だが今回は相手が悪かった。

 割と小柄なキバオウの後ろからマスターが肩を叩き『諦めろ』と言わんばかりに首を横に振って引く様に目で言っていた。けれどキバオウは何も察することはなくその人に噛み付く。それが喧しいと思ったのか女性プレイヤーはマスターに目配せをして引きはがす様頼んだ。

 

 

 

「さテ…。自己紹介が遅れたナ!オイラの名前はアルゴ、しがない情報屋サ。そして今の情報はオイラの2つ名<鼠>の名前に懸けてウソじゃないと断言するヨ。……まァ信じるか信じないかはオマエ達次第ダナ」

 

 

 アルゴの自己紹介によって広場は鎮まる。そしてざわざわと隣同士で事実の確認をする。なかなか進まない攻略会議だ事。

 

 ジリジリと天から高熱の粒子の矢が降り注ぐ。いち早くこの場から離れて日陰に籠りたい…。何故アインクラッドの天気はこうも晴天率が高いのか。いくらゲームの中ではアルビノによる弊害はないにしろ、長年嫌がらせをしてきた奴がいきなり害が無くなったから簡単尻尾を振ってあげますよー。……なんて事はありえない。俺達はそんな寛容性あふれる人間じゃない。

 

 

 

「こんな状況になっテ、ビギナー達から元βテスターにヘイトが集まってる今は影から支えようと思ってたケド…まさか魔女狩り染みた事やってるんじゃオイラが直々に出てくるしか無いって訳ダ。

 オイラの身分も、脱落者の詳細も明かした今もう一度だけ問うヨ。

 

『ビギナー達が死んでいったのは全部本当に元ベータテスターが悪いノカ?』」

 

 

 ………決まった。完膚無きまで叩きのめした。そんな誇らしげにフフンと鼻を鳴らしているアルゴだが…『では、何故あの日、元βテスター達はビギナーに声をかけなかったのか』という点を叩かれないかにきっとヒヤヒヤしているだろう。

 戦死者の数が圧倒的に元βテスターが多いにしろ、結局あの日先駆者になるべき存在達が他をお荷物だと決めつけ見捨てたのは確かな事実だ。

 

 

 

 

「───それト、この世界には<エルフの兄妹>と呼ばれてるプレイヤーが居ル。オマエ達でも1度は聞いたことあるダロ?」

『エルフの兄妹ってアレだろ?』『あぁ、モンスターに襲われて死にかけの所何処からともなく現れて…』『最近じゃフードをかぶって顔みたことある奴居ないんだろ?』『けど最初は違ったらしいぜ?初めて助けられた集団は容姿を見て絶賛してたってよ』『髪は銀に煌めいて、耳は尖り、瞳はルビーとサファイア、顔は横顔一瞬でも分かるほど可憐で綺麗ってやつだろ?』

 

 

 口々にそのプレイヤーの噂を上げ出す。……当の本人達がすぐ後ろに居るなんて知らずに。

 

 

 

「オイラはこのデスゲームが始まってから今日までで半数の5000は死ぬと思ってたケド、彼らが居たおかげで何とか戦死者600人で収まってル。じゃあそのエルフの兄妹は何者カ……そういう事ダ。少なからずこの中に1人は居るダロ?じゃアさっさとこの層突破する為の作戦会議を始めナ」

 

 

 

 アルゴは言い残したいことを吐き捨て、リーダーのディアベルに第1層ボスの情報がまとめられてるであろう手帳を渡し、俺達が座っている場所の階段を上がっていく。

 

 

 

(名前は同じだったケド、姿が違ったヨ)

(………大体容姿に予想はつく)

(アルゴさんじゃあね〜!)

 

 

 

 すれ違いざまに忠告を受ける。

 名前が同じだった。けど姿は違う。βテスト時は薄汚れた灰色の鱗に醜い顔で涎をダラダラ垂れ流すゴブリンの王だった。けれど恐らくこの世界の第一層のあいつは赤い皮膚をした犬顔のデブだろう。

 

 

 

 

「じゃあ、改めて攻略会議を始めさせてもらう。まず最初に6人のパーティーを作ってくれ。ボスは単なるパーティーじゃ対抗出来ない!だからパーティー束ねたレイドを作るんだ!!」

 

 うぐっ!?

 そんな声を思わず出してしまう。蘇る悪夢。体育教師によるあの言葉が脳裏を何往復も駆け巡る。しかしそんな言葉は生まれて2度ほどしか聞いていない。しかしたったの2回でトラウマの爪痕を残すとは…。なんて凶悪な言葉なんだろうか。

 

 

 しかし秘策はある。まるで入学式後、或いはクラス替え後の教室のように自己紹介をし合い、パーティーを組んで行く広場の戦士達。俺達は石階段を降りてディアベルの下へ行った。

 

 

 

 

「こんにちはディアベルさんー。良かったら私たちとパーティー組まない〜?」

「おっと、申し訳ないけどもう6人のメンツが固まっちゃっt…」

 

 

 

 アカネがPTに誘ったところ、人望あるディアベルは既にメンツが決まっていたようだが…そんな状況でも魔法の言葉を唱えれば彼は必ずこっちに付く。

 アカネに気を取られ、背中がお留守になった彼の背中に空き巣する。音もなく背後を取り耳元で魔法を囁く。

 

 

 

 

 

(………)(悪魔ごっこの次は)(騎士様ごっこか?)

「────っ!!」

(………)(お前がβテスターなのは)(知っている。)(俺達をPTに入れろナイト様)

 

 

 

 

 ディアベルの全身が硬直する。心臓を針で刺激されたかのように敏感に反応し鼓動を高め、全身から冷や汗が溢れ出し、顔から血の色が抜けていく。

 蛇に睨まれた蛙の様に動く事が出来ないディアベルに出来たのは、深いフードで見えることの無いアカネの顔を視線を動かす事で必死に観察する事と、俺の要求に「あぁ…」と答える事だけだった。

 

 

 

「み、みんなすまない!この人達と組むことを忘れていた。本当に申し訳ないけど2人抜けて貰えないかな?……そうか!ありがとう。お詫びとお礼は今度するよ!」

 

 

 

そうしてディアベルのPTに入れた俺達はそれぞれ名前を確認した。

・ミーマ

・アカネ

・ディアベル

・キバオウ

・リンド

・シヴァタ

 

 最後の1人が誰だか知らない人も居ると思うから説明すると、リンドの友人。それ以上でもそれ以下でもないメタい話人数合わせのキャラクターだ。

 フロアボスの参加。そしてβテスターとの接触。それも強い拘束力を持つ弱味を握れるβテスターを手に入れた。たった30分でこれほどの収穫は来年凶作になるかと誰もが思ってしまうものの代物だ。

 もちろん先程のキバオウβテスターへのヘイトスピーチの際でどれがキリトかも判別できた。あれは視線を感じ取らせないように監視していこう。まだ接触するべきじゃない。

 

 

 

 チーム分けが終わったらあとはボスの情報を確認し、気を付けるべき点やパーティ役割を決めたりと至って普通の会議を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、オレをこんなフィールドに呼び出して何をするつもりなんだい?」

 

 

 

 

 現実世界のような街灯は無く、天上には創造物ながらも現実ではそうそうお目にかかれないような満点の星空が見れる程完全な闇に包まれた森。そんな誰かのとっておきのポイントのような場所に集まった3人の男女。ディアベルは呼び出した張本人である俺達をにらんでいる。

 それもそうだ。訳も分からず脅されたかと思えばいきなりこんな周りが見えないフィールドに連れ出される。不満が出ないはずがない。

 

 

「いきなりだけど、私とデュエルしてよディアベルさん~。半減決着で~。拒否権も降参も無いんだけね〜」

 

 

 アカネと戦う。この世界でのその行為は文字通り自殺行為。

 

 ハッキリ言おう。古今東西、大英雄や現代を生きる達人を含め、槍を操るものの中で、純粋な技術としての力量を競うならば、最高最強なのは……アカネだ。

 かのケルトの大英雄クーフーリンにも遅れは取らないだろう。……もしも負けるとするならば使う槍の性能の差だろう。同じ強度の棒で戦わせたのならば実力は五分以上だと信じれる程だ。

 

 以上のことから結果は見えている。

 

 

 

「………どう?」

「う〜ん。レベルも低いし、体の使い方も全然なって無いね。多分これだと明日死んじゃうね〜」

「………じゃあ計画通りに」

 

 

 今地面に伏している男にとって地獄の5分間。たった1ヶ月とはいえ、自力で生き延びた自分の腕には自信があった筈だ。しかしそれは幻覚だった。そんな風に思わせられた今のひと時。

 全ての攻撃は予知されていたかのように防がれ、防御は紙切れを切り裂く様に崩され、5分が経つ頃に相手が殆ど動いてないのに気付き、赤子扱いされていたのを知っただけでも上出来だった。

 

 俺達の会話の意味は今のディアベルには理解出来なかった。これ程までにボロ雑巾の様になっていながらも話の内容が分かったのならばかなりの逸材だっただろう。

 

 俺はアイテムウィンドウから朱色の球体<リトルペネントの実>を取り出した。これは実付きのリトルペネントの実を壊さずに倒すと、ごく稀にドロップするC級食材。

 実の中はガスで充満してるが、マイナス10度を超える冷凍庫に7分間放置するとシャーベットの様に固まり、デザートになるのだが…お世辞にも高いと言えないドロップ率と序盤には手が出せない冷凍庫を必要な上に味も極上まで行かない粗末なもの。つまりただのゴミ。

 しかしそんなゴミでも使い道はある。この実は常温であれば中身はただのガス。それも同種を呼び寄せるトラップ装置。そんな物がドロップすればどうなるか。

 

 

 ディアベルの口にポーションを突っ込む。半分まで減っていたHPはみるみる回復し、それに比例するように本人も立ち上がる。

 動ける事を確認したら取り出した10の<リトルペネントの実>を割った。

 

 

「………ラストアタックボーナス狙いでアイツを後方支援に回したのは正解だ」

「けど今のディアベルさんにはそこまで行く実力が無いからね〜」

「………せめてフロアボスのラストゲージを1人で削りきってもらわないと困る」

「これからの攻略組を支える大黒柱になってもらわないと行けないの〜。だから今から押し寄せる大量のモンスターで経験値を貯めながら実戦経験も身につけてね〜」

 

 

 

 唖然とする騎士。

 

 こればかりは仕方が無い。何故なら攻略組を引っ張るプレイヤーは俺達のような忌み嫌われた元βテスターなんかじゃなく、ビギナープレイヤーの方がいいからだ。

 アドバンテージなんて関係ない。ビギナーでもこの世界のトップになれる。そう光指す道標が必要だ。

 ……だからこそ身分が割れている俺達なんかじゃなく、ビギナープレイヤーだと思われ、他ビギナーから厚い信頼を持っているディアベルに任せるしかない。

 

 指示は出さない。視界左上のDiavelのHPバーが赤くなれば手助けに入るだけ。

 さぁ時間が無い。日が昇るまでには終わらせてほしいものだ。

 

 

 

………本当は俺達がやらなければならない役割を、何故人に任せているのだろうか。



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フロアボス

「──────前衛、突撃!」

 

 

 

 雄叫びを上げ、自身を奮い立たせ、彼らは自分の何倍もの背丈を持つ相手に立ち向かう。

 

 

 

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 真っ赤な皮膚。犬のような頭蓋。4mはある巨体。大きな矛と盾。

 

 俺達の前に立つはソードアート・オンライン最初の関門。

 第1層迷宮区フロアボス<IllFang(イルファング)The() Kobold(コボルド) Lord(ロード)>

 

 

 恐らく後衛で暇そうに取り巻きの雑魚を相手させられてるアイツは驚いているだろう。βテスト時とボスの容姿が違うことに。

 βテスト時のフロアボスの姿はあくまで仮の姿。茅場晶彦自身が手掛けたデザインだった。しかし今回のデスゲームのフロアボス達は、俺とアカネが幼少期の頃に描いた姿。頭身も質量も全然違う。

 

 

 ディアベルの指揮の下、前衛メンバーがボスにダメージを与える。俺達は目立たない程度に攻撃に参加し、バトルスキルの<咆哮(バトルシャウト)>でヘイトを稼いで他のプレイヤーへの攻撃の回数を減らす。裏方で、縁の下で、ビギナープレイヤーに経験を積ませようと土台を作るのが、これからの攻略組を強く太くする為に俺達が出来ること。

 

 

 後衛を確認する。キリト(と思わしきプレイヤー)は女性プレイヤーのとタッグで、キリトがパリィをし、女性プレイヤーが細剣でトドメを刺す。この1ヶ月ずっとパーティーを組んでたかと思う程息の合った連携だ。……けどどこか退屈そうにしている。今にでも指揮に反してフロアボスに飛びかかりたといとウズウズしてるはず。

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦闘開始から35分が経過した頃、フロアボスであるイルファング・ザ・コボルドロードの4本あったHPバーは3本目の残り1割まで削られていた。

 脱落者は無し。一番後ろで全体をよく見ているディアベルが全員のHPを把握し、少しでも危険だと思えば名指しで「下がれ」と命じる。

 1時間はかかると予想していたこの戦いも、思いのほか早く展開が進んでいる。

 

 

 

「ミー兄〜」

「………そろそろだな。少しの合間よろしく」

「了〜解〜〜」

 

 

 

 なるべく気付かれないように<隠蔽スキル>を使い透明になり、周りから視認できないようにする。そして前線から抜け出して、ディアベルの真後ろに立つ。

 

 

 

「………腰に携えてるはβテストと変わらず<曲刀>。変更点が無しだけど、多分βテストと違って持ち替えたらすぐに挨拶代わりのソードスキル…それも突進系単発のを使ってくる可能性が高いと思う。それを俺がパリィしてやるから、自分が信じる最高のソードスキルを叩き込んで自分のペースを作れ。」

「でもオレの片手剣じゃ──「………だからここに来た」」

「………俺の<アニールブレード>を貸す。これなら大丈夫。」

「こんないい剣をオレなんかには…」

 

 

 

 …………面倒臭い。嗚呼面倒臭い。面倒臭い。

 この男はなんて玉無しなんだろうか。折角素晴らしきチャンスを与えてる。自分には荷が重く、そんな器じゃない。その様な事を今更になって口走ってる。……吐き気がする。

 

 そもそもこのフロアボスの攻略を立案したのは誰だ?

 あれ程元βテスターへのヘイトが集まりグチャグチャになりかけたのをまとめあげたのは誰だ?

 今この瞬間まで初めてのフロアボスにして脱落者が出ていないのは何故だ?

 

 全部。全部お前の"力"じゃないのかい?

 

 

 

 

 ディアベルの目の前に、同じ目の高さに、同じ地位に立つ。

 

 

 腰に納刀していた<アニールブレード>を俺達の中点に突き刺し、迷いを捨てきれない馬鹿に問う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………これを成せればお前はソードアート・オンラインの『希望の光』…英雄になれるんだ」

 

 

 

 

「───英…雄……。」

 

 

 

 

「………男なら1度は誰もが憧れる存在。けれどその存在に成る為のきっかけすらも、世の中の人間は掴めない」

 

 

 

 

「───────────。」

 

 

 

 

「………だがお前は掴んだ。『英雄』になれるチャンスを自分の力で。それをみすみすドブに捨てるのか?」

 

 

 

 

「────エルフの兄妹。……オレは英雄になれますか?」

 

 

 

 

「………大丈夫」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今、選定の剣代わりのしょっぱい刃物はディアベルによって引き抜かれた。

 

 前線から継承の儀に似た何かを見届けたアカネが、イルファング・ザ・コボルドの最後のゲージに突入させた。

 

 

 

『GYAAAAAaaaaaaLLoooooooOOOO!!!!!』

 

 

 

 

 ラストゲージに突入した事によるモーション変更の為の大咆哮。轟音の衝撃波と爆風で全員がボス部屋の入口側の壁までシステムによって吹き飛ばされる。

 

 

 その隙にイルファング・ザ・コボルドロードは手に持っていた盾と矛を投げ捨て、腰に隠していた曲刀引き抜いた。

 

 

 

「────全員待機!あとはオレに任せてみんなは休んでくれ!」

 

 

 

 アニールブレードを手に取ったディアベルが誰よりも早く飛び込み、他プレイヤーを静止した。

 俺も負けず劣らず続く。

 

 曲刀に持ち替えたイルファング・ザ・コボルドロードは俺の予想通り突進系のソードスキルを使い間合いを詰めてくる。それを妖精がソードスキルで弾き返す(パリィ)

 

 

獣の王は無防備。

 

騎士が鼓舞する。

 

自らを震え立たせる。

 

そして繰り出す。

 

己が信じる最高のソードスキルを。

 

 

 

───それは未来を光指す一撃。

 

 

 

 

 

 見ていた者全てを震わせるそれは、俺達の心を揺さぶり、叫ばずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 希望のひと振りが獣の王の胸元を抉る。流石は我らのリーダー。そう再認識させたワンシーン。扉側で待機させられてる攻略組の皆が歓声を上げる。

 

 

 

 その後もディアベルとイルファング・ザ・コボルドロードとの1対1の決闘が続く。

 盾持ちの騎士は化け物の攻撃を全て盾で受け止め、受け流す。とても無難な立ち回りで、とても技術が必要で、……とても勇気が動き方。

 

 

 昨晩のトレーニングで周りをよく見る能力と、高いレベルとステータスを手に入れてる。……とは言ってもディアベル1人で戦う事よりも30人で殴り掛かる方が早くて、中々フロアボスの体力が減らない。

 

 

 ギンッ…!

 

 カーン…

 

 カーン…

 

 

 自分を守るには頼りない細い剣、相手を切り裂くには過剰な巨大な剣。2つの金属音が鳴り響くフロア。ただただ騎士の英雄譚の序章を見守るだけの時間が過ぎる。危ないシーンもあったけど、それもひとつのスパイス。危なげなくも野球選手のスパイダーマンキャッチの様なスーパープレーを思わせる対応で切り抜け、その度に歓声があがる。

 

 歓声が上がればディアベルの闘志も燃え上がり、より一層動きが良くなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────……1対1?『カーン…!カーン…!』??

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────…待て。待て待て。何処に行った?アイツらは何処に消えた?

 

 

 

 おかしい。おかしすぎる。異常だ。何故か?何が?

 

 

 

 

 奴らは初めは3匹。フロアボスのHPが4本目に入れば5匹に増える。

 

 

 ……βテストの時はそうだった。

 

 

 正式版…しかも今回の様なデスゲームであの晶兄が減らす様な、楽な状況にするか?寧ろ3→10にしようとするはず。

 

 

 

 周りを観察し、居るはずのアイツらを全力で探す。

 

 

 

 …………そして見つけて驚愕する。

 

 

 

 

 

GYAAAaaaaa~♪

GYAaaLAaarrrRy~~♪♪

GYAAAAAAaaaaaaaaaShuuuuuu~~~☆☆

 

 

 

 

 

 

 フロアの最奥部。

 この柱の主であるイルファング・ザ・コボルドロードが侵略者たるプレイヤーを待ち構える為の鋼鉄の玉座が1つ悲しく置いてある。

 

 そしてそれは、先程まで前線に居た取り巻きのハンマー持ち小コボルドによって壊され、叩かれ、まるで職人が刀を作るような動きをしていた。

 

 

 

 

「「アカネ(ミー兄)!!」」

 

 

 

 

 

─────気付いた時には遅かった。

 

 

 

 

 

 

 部屋の奥が小さく光る。あの光はβテストの時に1度だけ見たことがあった。

 

 

 玉座が砕け、溶け、形を再構築する。

 

 

 

 

 あの光は……武器生成時のエフェクト。そして出てきたのは俺達プレイヤーでは扱えない程の巨大な<野太刀>。

 つまりあれを持ったモンスターが使うソードスキルは曲刀ではなく…<刀スキル>。この世界では未だ誰も手に入れていないソードスキルであり、βテスト時では8層のエリアボスから使用されるモノ。

 

 βテスト時に8層以上に到達したプレイヤーはたったの5人。俺・アカネ・アルゴ・キリト、そして『ピトフーイ』と名乗った女性プレイヤーのみ。ピトフーイの名前が生命の碑に綴られていなかったことから今回は参加していない。

 

 

 

 やばい。そう不測の事態に焦燥を覚えるのが何度目かは分からない。正確には3回だと記憶してるけど、充分多いほうだ。

 

 

 もしもアレがフロアボスの武器だとしたら、あの武器があのバケモノの手に渡ったとするならば……面倒なことにしかならない。

 

 

 そういう結論に至ったのか、アカネが槍を投擲する。狙いは玉座にいる小コボルド。それも野太刀を掲げている個体を。走っては間に合わないといった判断からだろう。

 STRガン振りのステータスから放たれる一投は流星の如く鋭き一矢。しかしそれはただの投擲。ソードスキルすら纏っていないそれは玉座とアカネの中点に居るフロアボスによって叩き落とされた。

 

 

「あ゙〜!!」そんな叫びが横から聞こえる。

 

 

 だけどその一投は無駄にはならなかった。すかさず俺は近くにいた2人のプレイヤーの武器を奪い、横の壁のある2箇所のポイントを狙って投擲する。

 

 一投目は横と壁と床の垂直に交わっている部分。

 二投目は床と天井の中点辺りのポイント。

 

 するとどうなったか。一投目はさっきのアカネの投擲同様、エリアの中央にいたフロアボスがそれ以上行かせないと言うように反応し、飛んできた武器を攻撃し、破壊した。

 

 しかし二投目は反応しなかった。

 

 

 情報が足りず確定は出来ないけど仮説は立てられた。イルファング・ザ・コボルド・ロードは自身を中心に、フロアの右壁から左壁まで届く半球状のドームを展開している。そしてそのエリアに入ってきたオブジェクトに反応し、破壊する様にプログラミングされている。

 

 つまり向こうの玉座へと行くには…。

 

 

 仮説を建てたらすかさず今度は俺が地を蹴り、駆ける。AGI優先のステータスの俺はディアベルとフロアボスの戦いを避ける様に途中壁を走る。

 無事に騎士と化け物の交戦区域から抜けたらそのまま加速し、ソードスキルを発動する。使うは片手剣突進系単発<レイジスパイク>。通常であればその刃はその体を真っ二つに裂いていた。しかしその一撃はそのコボルドが持つ野太刀によって防がれてしまう。

 

 そして来る。エクストラスキルに分類される<カタナ>のソードスキルが。

 

 

 

 カタナ3連撃ソードスキル<緋扇> 。垂直斬りから燕返しのように斬り上げてから突きをする技。

 

 

 まさか取り巻きの雑魚Mobが使ってくるとは思わなかった。しかし問題はない。特有の予備モーションを確認できれば、最初の垂直斬りに合わせて斬り上げでパリィをする。この程度のレベル差と緋扇ぐらい下位ソードスキルであればこっちがソードスキルを使わずともパリィはできる上に…こちらには硬直がない。つまり追撃ができ、確実にがら空きとなった胴体にソードスキルを入れることができる。

 

 この一撃で野太刀を持った小コボルドはポリゴン四散する。そしてそのまま地面に落ちるはずの野太刀。…だがそれはそううまくはいかなかった。地面に着きかけたそれは他の小コボルトによって間一髪拾われる。拾われただけじゃない、間髪入れずに手に取ったそれで斬りかかってくる。ああ鬱陶しい。

 

 この程度のモンスターであれば特に苦戦することもなく処理はできるもの、設定されたAI上いちいち後ろに回り込まれるのが厄介だ。残る小コボルドは4体。経験値稼ぎもかねてここで遊ぶのも悪くない。

 

 

 

 ………そんなことを思った瞬間だった。

 

 

 

 

 真後ろからかなり速い速度で何かが迫ってくるのが分かった俺は、生半可な回避では躱せないと悟り、無様にも地面を這うヤモリのように伏せて回避する。飛んできたものは壁に突き刺さり静止した。俺は視線を上げて飛んできたものを確認するとそれは見覚えのあるものだった。

 

 

「………タルワール。ボスが投げたのか。ということは今あいつは素手でディアベルと戦っているのか?……いや違う。───まさか」

 

 

 急いで俺は振り返った。そして目に入ってきたのはそのまさかだった。

 

 

 

 野太刀を持った小コボルドが全力疾走でイルファング・ザ・コボルドロードのもとに向かっていたのだ。そして王の下に到着した兵士は跪いてその手に持つ大きな得物を差し出した。

 

 ディアベルの奴は何が起こっているのか分からず呆然とその光景を見ている。それはまさにヒーローの変身シーンを悠々待ち構える敵役のようだ。

 

 

 野太刀を受け取った王は咆哮する。その衝撃波で俺は吹き飛ばされ、ディアベルは腰を抜かし、入り口前の攻略組達は音の波で動けなくなっていた。──そして睨む…目の前の忌々しい騎士を。さらに構える…まるで侍の居合い抜きの型のように。

 

 

 俺はその構えから始まるモノを知っている。βテスト時代にその威力を初デスという形で身をもって体験している。……もう俺にはあの希望の光を放とうとしている恒星の卵が割れるのをただただ見守ることしかできないのを直感した。

 

 

 

 

 赤き獣の王が放つは刀ソードスキルの初動となるモノ。絶対死亡の初見殺しの必殺コンボが飛んでくる。

 

 

 

 

───刀二連撃ソードスキル《浮舟》。

 

 

 

 

 

 

 逆袈裟斬りからの斬り上げ。それを防ぐことが出来ずナイトの体が宙に浮かぶ。ダメージは致命傷ではないもの突然のことにナイトは今どうするべきかを考えることができず、体を動かせなかった。

 この世界の重力に従い落下するナイトの体を待ち構えていたのは無情にも獣の牙だった。地面に叩きつけられることすら許さないその殺意は次のソードスキルを繰り出した。

 

 

 

 

───刀三連撃ソードスキル《緋扇》。

 

 

 そのソードスキルで赤き獣の王は騎士の体を素早く上下に斬り裂き、分離してしまった上半身の中心…心臓があるポイントを穿った。

 

 

 

 

 この世界で四肢は切断されてなくなることはよくある話だが、体の中枢…つまり胴や腹・首が取れることはまずそうそうない。もしもそれが起こるというのであれば……それは死亡が確定した時だ。あとは徐々に減るHPが0になるのを待つだけである。

 

 

 俺は全力で地を駆けた。一刻も早くあの男のもとに行かなければならなかったからだ。そして途中槍を構えた女性プレイヤー…アカネとすれ違った。すれ違いざまにアカネは「なるべく早く」と言った。恐らくあのバケモノの足止めをしてくれるのだろう。

 

 

 ディアベルのもとに俺が到着するのと同時に一人の男性プレイヤーもここに来た。

 

 

 

 

 

「…………………ははは。どうやらおれに英雄なんてモノは身の丈に合わなかったらしいですね。そもそも騎士を目指すのが間違っていた。やっぱり昔のように……名前の通り悪魔(ディアブロ)を演じるべきだった。ビギナーだと身分を偽ったオレにそんな資格はなかった…」

 

 

 虚ろな瞳で騎士の成れの果ては自嘲気味に笑いながら言った。

 

 

 

「もうしゃべるな!早くこれを飲め!!」

 

 男は自らのポーチからポーションを取り出し、死にかけのそれに渡そうとしたが、俺がそれを阻んだ。無駄なことだ。と…。

 

 

 

「……………やっぱり英雄とか、希望の光とかはオレなんかじゃなくて貴方達の方が似合っている。……あぁこの剣はお返しします。ご期待に沿えず申し訳ございませんでした。どうか皆を導い───」

 

 

 

 騎士になりたかった悪魔は最後の言葉を言い終える前に先に逝ってしまった。

 

 泣くことはない。手向けの花もない。あるのは返された希望へ通じるはずだった剣と、男を支えた盾だけだ。

 

 

 

 

「………おやすみディアベル」

 

 

 








はい!柚子葉です!!( ' . ')

気付いたら数ヶ月の月日が…!(;・ω・)ハッ!


千文字しかなかったのを深夜テンション(早朝)に任せて2時間でほどで書き上げたものなので穴だらけだと思います…(´๐_๐)

なので誤字脱字報告などガンガン来てください笑笑


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