四次元ポケットと異世界漫遊記 (ルルイ)
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プロローグ
プロローグ1 パラレルマシン


 お読み頂きありがとうございます。
 前作から続けて読んで頂ける方も、見かけて読み始めて頂ける方も、今作をよろしくお願いします。

 前作の続編となりますが新作としての投稿ですので、評価ポイント0からのスタートです。
 面白いと思って頂けた方は、新たな評価をよろしくお願いします


 

 

 

 

 

 地球のすぐ隣に存在する、バードウェイという超空間を超えた先にある世界、バードピア。

 地球に並列する世界であり、地球と同じくらいの歴史を誇るその世界は長年鳥たちの楽園として人の手に触れる事はなかった。

 その世界に多くの事件を解決してきたハジメは安住の地としてそこに降り立ち、住居兼研究所を建ててひみつ道具の研究を続けていた。

 そしてこの日ひみつ道具研究の成果として、自らが作り出した新しい自作ひみつ道具が完成した。

 

「フッ、フフフ、ハハハ、ハーッハッハハッハハッハカフッ、ゲホッゲホゲッホ!」

 

「落ち着くでござるよ、殿」

 

 高笑いをしたハジメは途中で咽てしまい咳を繰り返し、ドラ丸が落ち着かせるように背中を撫でる

 

「急に高笑いをして、どうしたのかと思ったら咽るのでござるから。

 これまでそんな笑い方をしたことなかったでござるよ」

 

「ごほっごほっ! …いや、せっかく最高の研究品が完成したからか科学者っぽく高笑いの後に”遂に完成したぞ!”ってやってみたかったんだけど、高笑いってなかなか難しいものだね。

 漫画の科学者達も普段から高笑いをするのに慣れてるんだろうか?」

 

「慣れないのに変な事をするものではないでござるぞ。

 それで”遂に完成したのでござるな!?”と、ここは聞くべきでござろうか?」

 

「咽ちゃった時点でいろいろ台無しだから、気遣ってくれなくていいよ」

 

 つまらない事をやって失敗し気遣われるのは流石に辛いと、ドラ丸の好意を遠慮する。

 呼吸も落ち着いてきたのでハジメは改めて発明品の説明をドラ丸にする。

 

「やり直す気はないからそのまま本題に入るけど、以前から言っていたものがようやく完成した。

 これが【もしもボックス】を研究して、その機能を組み替えて作り出した新たなひみつ道具【パラレルマシン】だ!」

 

 ドラ丸の目の前にあるのは、畳二畳分の大きさの板状の土台に様々な装置がつけられた乗り物型の装置だった。

 それは原作ドラえもんのタイムマシンの形に酷似しており、新しい発明品という割には貧弱そうに見えた。

 ひみつ道具は外見からは想像も出来ないとんでもない機能を持っている物がたくさんあるので、その性能は外見からは予測出来る物ではない。

 だが元祖タイムマシンに似た形状なのには意味があるのだろうと、ドラ丸はハジメに訊ねた。

 

「それでどういう道具なのでござる? 殿がコピー殿達と時間を掛けて作っていたようでござるが…」

 

 コピーとはハジメが映画事件の時に人員不足を解消する為に【タマゴコピーミラー】で作りだしたハジメ自身のコピーの事である。

 映画の事件を参考に、コピーを作ってもオリジナルに経験と一緒に一つに統合出来る事から、多用したひみつ道具の使い方である。

 

「この道具の機能を説明するにはいろいろ順序立てて説明しないといけないが、まずはこいつの機能と作った目的を説明しよう。

 このパラレルマシンはベースとなったタイムマシンの時空間移動機能を拡張し、完全な異世界に行くことも出来る様にした、時間も空間も世界の壁をも超える事の出来る異空間移動装置だ!

 当然このマシンを作ったのも異世界に行くことが目的だ」

 

「なるほど。 しかし異世界に行くのであれば元のタイムマシンでも、とりあえずは可能であったのでは?」

 

 ドラ丸が言うように、映画事件の時には既に別時空に行くことはタイムマシンの簡単な改造で可能だった。

 しかしこのパラレルマシンはその機能をさらに拡張した、タイムマシンと隔絶した機能を備えている。

 

「確かに元のタイムマシンでも異世界に行くことは可能だったが、それは何らかの目印が必要だったり、迷走した先に偶然辿り着く不確定要素の多いものだった。

 だがこのパラレルマシンは、操縦者が望むどんな世界にも理論上行く事の出来る機能が備わっている。

 それこそ人間ではない亜人種しかいない世界や、現代世界と比べ物にならないほど科学が発展したハイテク世界、神や悪魔がいる神話のような世界にだって行くことが出来るんだ」

 

「神や悪魔は分からんでござるが、人間以外の亜人種は元々の世界に居ったでござるし、拙者達自身が発展した科学の持ち主でござるよ」

 

「うん、まあその通りだね」

 

 ドラえもんの世界自体がファンタジーからSFまで備えたごちゃまぜ世界なので、上記の世界と言っても大して驚く様なことではない。

 神っぽい存在も事件の時に会ってしていたし、むしろハジメ自身が世界創造の神をやってた事実がある。

 改めて語ると、無茶苦茶な世界だと再認識する。

 

「んんっ! 確かにそういう事もこの世界じゃ珍しくないが、この世界と全く違う技術が広まっている世界に僕は興味がある。

 手っ取り早く言うとドラえもんの世界とは違う、漫画やアニメラノベの世界にもこのマシンを使えば行くことが出来るんだ。

 そんな世界で技術を収集しながら物語を楽しむのが僕の目的だ」

 

「似た様なひみつ道具で【絵本入り込み靴】と言うものがあったでござらぬか?」

 

「確かに同じような機能だけど、あれは絵本がないと行けないし、見て体感するだけしか出来ない。

 その上靴を失うだけで遭難する危険性もあるから危ないんだよ」

 

 映画では発端がドラえもん達自身だったから関わらなかった事件だが、言った通り絵本の中の世界で絵本入り込み靴を失えば出てこれなくなるという危険性がある。

 それに加えて中に人が残ったまま絵本自体を焼かれてしまうというのが映画の展開で、その危険性があるから絵本入り込み靴からの改造をハジメは行わなかった。

 

「とにかく空想の物語の世界でもこのパラレルマシンなら自由に行くことが出来るんだ。

 さらにこのマシンの機能はそれだけじゃない。

 このパラレルマシンの主な機能は、タイムマシンともしもボックスを元に組み合わせたひみつ道具同士の合体と言っていい。

 この二つのひみつ道具それぞれの機能は知っていると思うが、この二つを使った合わせ技を目的としてこのパラレルマシンに集約している。

 先日、僕が魔界大冒険の事件に関わって、魔法の世界に行き魔法を覚えてきたのは覚えているだろう」

 

「もちろんでござるよ。 コピー達を動員して魔法世界の資料と睨めっこしていたでござるな」

 

「本来もしもボックスで魔法の世界にすれば魔法はたしかに使える様になるが、元の世界に戻せば当然魔法が使えない状態に戻るはずだった。

 だけど原作の情報をヒントにタイムマシンを併用すれば、魔法を使えるまま元の世界に戻る事が出来ると予想して試した。

 そして実験は成功し、僕は魔法世界の魔法が使えるままこの世界に戻ってこれた。

 その仕組みを利用し、異世界に行った時にその世界の特性を体に取り込み、元の世界に戻ってきてもそのまま異世界の力を使える様にしたままに出来るのが、二つのひみつ道具を組み合わせたこのパラレルマシンの真の機能だ」

 

 魔界大冒険の事件でのび太達が、もしもボックスで改変した魔法の世界からタイムマシンで過去に戻り、改編前の元の世界に戻った際にそのまま魔法を使うことが出来た。

 ハジメはこれに注目し、魔法が使えるのはその世界が魔法の世界だからだけではなく、その世界の人間が魔法を使える特性があるからであり、もしもボックス使用時に世界と一緒に使用者自身も魔法世界の人間に特性を変化させられるのだと気づいた。

 つまりタイムマシンでもしもボックスの世界改編を時空間を飛び越える事で回避すれば、元の世界に戻っても改編世界で出来る様になった魔法などの特性を元の世界に持ち越すことが出来るという事だ。

 

 魔法世界では科学は逆に迷信として存在しないとされていたが、ひみつ道具という科学は普通に使えたので、もしもボックス使用者は改編前と改編後の世界の力を併用して使えるというのも特徴の一つだろう。

 おそらく科学の無い世界に行ったとしても、使用者の持つひみつ道具や科学の産物は問題なく使えると言った結果になる筈だ。

 

 もしもボックスからの改造でネックだったのは使用した場合全てが”もしも”の世界であり、元々の世界である地球の可能性の世界に限定されるので、もしもボックスによる完全な異世界の再現は微妙だったのだが、パラレルマシンへの改造時に機能拡張して地球という括りに限定しないまったく別の世界への改編を可能にした。

 同時に世界改編時の使用者の体質改変機能も区別して機能するようにし、異世界に行く際にその世界の人間の特性への改編を受け入れ、元の世界に戻る際は特性改編の修復を行わずに戻る事で特性を持ち帰れるようにした。

 この機能のみを独立させて、人間単体の世界特性の改編を世界改編なしで行えるひみつ道具を作るか検討している。

 

「ただ、少々気になる事があってな。

 もしもボックスで魔法世界に改変した後、元の世界に戻した後に魔法世界がパラレルワールドとして独立したのは解るな」

 

「理解しているでござる。 世界の独立の確認に殿が世界を繋いで、時々美夜子殿が遊びに来るでござるな」

 

 ハジメは魔界大冒険で元の世界に戻した場合、魔法世界がパラレルワールドとして別々の世界になるという話があった。

 その確認に、世界としてそれぞれ独立しているのかもしもボックスを使わない魔法世界への移動を試み、魔法の世界と科学の世界ではないがこのバードピアとの接続に成功している。

 美夜子とは魔界大冒険のゲストキャラで、魔法世界改変時の映画事件をさっさと解決する際にハジメは知り合っている。

 

「もしもボックスで世界を改変した場合にタイムマシンで使用前の世界に戻れるという事は、その時点では世界軸的には魔法世界と科学世界は同一世界と言う事になるのだが、元の世界に戻した後は魔法世界は独立し二つの世界となっている。

 独立の確認された状態の魔法世界でタイムマシンなどで時間移動で過去に戻った場合、どうなると思う?」

 

「えーと、どういう事でござる?」

 

「もしもボックス使用時は同一世界軸として使用前の科学の世界に戻れたが、魔法世界が独立している現在はもしもボックス使用時以前の過去はどうなっているのかという事だよ。

 過去に戻る事で分岐点であるもしもボックス使用前の科学の世界にたどり着くのか、或いはもしもボックスによる分岐など関係なく魔法世界の過去にたどり着くのか」

 

「ど、どっちなのでござろう?」

 

 ドラ丸は予想が出来ず、眉を潜ませて考え込む。

 

「これも実験で確認したんだが、魔法世界で時間移動は出来ても空間移動が出来ない【タイムベルト】を使って過去に飛んだら、もしもボックス使用前の魔法世界にたどり着いた。

 つまり独立している現在は魔法世界に過去も存在し、もしもボックス使用開始時から使用終了時まで科学世界と重なって状態になっており、使用終了後から分岐しているという状態になっているんだ。

 この結果を聞いて、もしもボックスは実際はどういう効果を持っているのだと思う?」

 

「殿が何を言いたいのか拙者にはよくわからんでござるよ…」

 

 お手上げといった様子で、難しい話にドラ丸は降参と言った感じで答えを出すのを諦める。

 

「もしもボックスは世界を改編するという、ひみつ道具の中でも理論的に考えてぶっ壊れた機能を持っている。

 だけど使用後にパラレルワールドとして独立するという事は、世界改編と言うより平行世界の創造とも言える更にぶっ壊れた機能になってしまう」

 

「確かに普段から当たり前のように使っていたでござるが、ひみつ道具は玩具みたいな機能から魔法みたいな機能まであるでござるからな」

 

「実際の魔法世界の魔法を見た後では、世界改編でも世界創造でも魔法なんかにはとても収まらないんだけどね。

 話を戻すけど、世界を分岐させた後でその世界軸にも過去がちゃんと存在するという事は、もしもボックスの機能の実体は僕の予想出来る限り二つに分かれる」

 

「機能の実体でござるか?」

 

「一つはもしもボックスが使用時に元の世界をベースに世界を改編し、使用終了後に元々の世界と改編世界を分離して、改編世界の過去現在未来を構築して新しい世界軸として独立させる世界創造機能。

 もう一つはもしもボックスが使用開始時に、既に存在する平行世界を探し出して元の世界の世界軸に重ねる様に融合させ、使用終了後に元通りに分離する世界召喚融合機能。

 この二つが予測出来るんだが、ドラ丸はどっちだと思う?」

 

「拙者にはもうついていけないでござるよ。

 これまでのように既に検証などしたのでござろう?」

 

「残念だが、今の僕の技術力じゃこれ以上の機能の分析は不可能だった。

 もしもボックスの機能が世界創造か世界召喚融合のどちらかなのかを明確にする検証方法が存在しない。

 もう一度魔法世界をもしもボックスに求めれば、既に存在している魔法世界に繋がるか、新たな魔法世界が生まれるかではっきりするかもしれないが、もしもボックスが過去に同じ世界を作っていた場合は同じ世界に繋がるという設定があればどちらが正しいのかわからなくなる。

 だから検証で機能を確認するのはお手上げなんだ」

 

「もしもボックスをベースにパラレルマシンを作ったのでござろう?

 作ることが出来たのに正確な機能が解らないのでござるか?」

 

「重要な機能はひみつ道具で複製したもしもボックスをハツメイカーの指示で材料にしているからね。

 いまだにぶっ飛んだ性能のひみつ道具は、まだまだ解析しきれてないのが現状だよ。

 今となっては時間移動の出来るタイムマシンの方がまだまだ理論が簡単な方だったって思うよ」

 

 映画事件時代に宇宙船開発でワープ機能を解析した際に、超空間に部類される時空間についての理論も足掛かりを得ており、宇宙船兼用のタイムマシンを作るなどして理解を深め、超空間関連の技術をだいぶ理解できている。

 今なら現代技術だけでも時間を掛ければタイムマシンを作れるようになる自信がハジメにあった。

 

「もしもボックスの機能の実体がはっきりしていない事は分かったと思うが、それを流用したパラレルマシンも機能の実体を説明できない。

 だけどもしもボックスが使えたのだからパラレルマシンも理論が解らなくても使える事に変わりない。

 世界を創造してその世界にパラレルマシンで向かうのか、あるいは既に存在している異世界をパラレルマシンが自動で探し出して向かうのか。

 機能の実体が明確でないのはすっきりしないから説明したが、結果的に異世界に行けるのが同じであることに変わりない。

 僕としては世界創造論よりも世界召喚論の方が、まだ穏やかな性能だと思うからそっちを推すけどね」

 

「確かに世界創造よりは、既にある世界を探し出していると考えた方が常識的でござるからな」

 

 ハジメ達はそういうが、世界創造論があり得る可能性は十分にあり、別のひみつ道具で証明されている。

 創世日記の事件で神様シートの中に作った世界の昆虫人がタイムマシンを使って現れるという事があり、創世セットは夏休みの宿題用だと言われているのに世界創造を間違いなく行っているのだ。

 ひみつ道具に常識を求めるのが間違っている証拠だが、ハジメ達はそれでも普通の人間として常識を無意識に求めていたりするのだった。

 

「仕組みがわからなくても使えるのは、ひみつ道具に限らず科学の産物にはよくある事だから、気にしても仕方ないんだけどね。

 とにかくもしもボックスの拡張された機能で異世界の創造或いは探索をし、タイムマシンの超空間移動機能で世界を超えて目的の世界に行くのがパラレルマシンの主な機能だ。

 パラレルマシンのAIに目的の世界の情報を入力すれば、後は自動的に道筋を示して望んだ異世界にくことが出来る筈だ」

 

「それで、さっそく行くのでござるかな?」

 

「いや、僕自身が実際に行くのはもう少し控えるつもりだ。

 映画事件の時もそうだったけど、ひみつ道具があるからって安心できるほど僕は強くない。

 魔法世界で魔法を習得したように、僕自身が強くなれる力がある異世界にまずはコピーを送ろうと思う。

 異世界の力をコピーに習得させて、帰ってきたら統合する事で僕自身の力を強化しようと思う。

 いくつかの世界の力を集めて、並大抵の事では死ななくなってから僕自身が異世界に出ようと思う」

 

 映画時代は事件に直接出向いて危険に対処していたのは、ハジメのコピーの場合がほとんどだった。

 コピーと言ってもハジメと同じ記憶と能力を持っているが、四次元ポケットを持っているのはオリジナルのハジメだけだった。

 その為万一にもオリジナルが死ぬわけにはいかないと、表に出て事件に対処するのはコピーの役目だった。

 

 ドラえもんの世界も映画版はそれなりに危険な世界だったが、バトル漫画等の戦闘系の世界となったら咄嗟の時に生身ではひみつ道具を使う間もなく死ぬ可能性が十分にある。

 今回も同じようにオリジナルがいきなり異世界に行って死なない様に、安全策としてコピーに先行させる事にしたのだ。

 

「相変わらず殿は慎重でござるな」

 

「そこはあえて臆病と言ってくれ。 ひみつ道具があっても僕は普通の人間に過ぎないんだ。

 他の物語の世界に行きたいと言っても、物語のキャラに成り替わるとかそういうのが目的じゃない。

 ただその世界の力を体験したり、技術収集をしたりしてみたいだけの道楽に過ぎないんだから。

 僕に映画ののび太達みたいに、危険を前にして立ち向かえるような勇気はない。

 必要以上にスリルはいらないから、安心できる異世界探検が僕のモットーだ。

 仕え甲斐の無い主人でごめんね」

 

「確かに武士としては主を危険から守ってこそでござるが、危険に近づくのを従者が進める訳にもいかないでござるからな。

 これまで通り、命の危機とは無縁なまま、殿の護衛を務めさせてもらうでござるよ」

 

 映画事件ではドラ丸もその刀を振るう事はあったが、護衛としてハジメの目の前で危機から守った事はなかった。

 ドラ丸はもしもの時の最終防衛ラインで、当然それまでに多くの安全策をハジメは講じていた。

 そもそも危険に近づくのはコピーに任せていたので、オリジナルが危険地帯に立ち、その護衛をドラ丸がすることなどほとんどなかった。

 オリジナルは安全な所から状況を眺め、コピーの護衛としてドラ丸が剣を振るう事があったくらいだ。

 必要無いとは言わないが、護衛として真に役に立った事などなかったのだが、無いのであればそれに越したことはないのも事実だ。

 

「それじゃあパラレルマシンを何台か複製してから、コピー達をそれぞれ幾つかの世界に送り出す準備をしようか。

 行先は既に何か所か候補に挙げているから、後は向かう先で必要になりそうなひみつ道具を用意しないと」

 

「殿、いずれで良いのでござるが、拙者も剣客のいる世界に行ってみたいでござる。

 物語に語られる名剣士と是非とも剣を交えてみたいでござる」

 

「それは構わないけどドラ丸。 それには一つ問題がある」

 

「何でござるか、それは」

 

「ドラ丸が二頭身のロボットってことだ。

 この世界や科学の進んだ世界ならともかく、その姿では奇抜過ぎて果し合いどころでは無くなる」

 

「そうでござった、拙者ロボットだったでござる!」

 

 現代の世界観ならドラ丸の姿はマスコットで済むが、ロボットの存在しない時代の世界では化け物扱いされる可能性が高い。

 ドラえもんが21世紀で普通に活動してるのもアニメなら気にならないが、普通なら何らかの騒ぎになっている筈なのだ。

 そういう意味ではドラ丸の容姿は現在以前の社会で活動するのにまるで適していないのだ。

 

「ここで暮らす分には問題ないけど、異世界の社会に紛れ込むにはドラ丸の容姿は目立ち過ぎるだろうな。

 ドラえもんの世界だからという理由でその容姿にしたけど、人の多い場所で活動するには適していないんだよな」

 

「ではどうするのでござる。 目立ち過ぎて一緒に行動出来ないのでは、護衛をするのも難しく成るでござるよ。

 透明マントの外装を使えば、陰から努めることは出来るでござるが…」

 

 ドラ丸には護衛としてあらゆる状況に対応できるように、装備や内臓機能としてひみつ道具自体が多く使われている。

 サムライモデルに合わせた外装はマント型のひみつ道具を組み合わせて作っており、【ひらりマント】や【透明マント】などの多様性を持たせた複合ひみつ道具となっているのだ。

 

「せっかくの異世界探索に影から追いかけてくるだけじゃつまらないだろう?

 時間が空いたら、人の中に居ても違和感のない人間型に成れる変身機能でも取り付けよう」

 

「それはありがたいでござる」

 

 そうして今後の予定を考えながら、パラレルマシンを複製して増やしコピーを異世界に送り出す準備を始めた。

 パラレルマシンの機能がちゃんと動くかどうかの心配はしていない。

 映画事件の時から頼りにしている○×占いで何も問題が無いか確認しているからだ。

 ○×占いの的中率100%をハジメは非常に頼りにしている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ウバアアアァァァ~………」

 

「殿、まだ調子が戻らないでござるか?」

 

「だいぶ楽になってきたんだが、それでもまだ頭が重い…。

 二日酔いだってもうちょっとマシだぞ」

 

 パラレルマシンを完成させてから半月ほど。

 コピー達を複数同時に異世界に送り出し、力を得て戻ってきた彼らと統合し、ハジメ自身に力のフィードバックさせることに成功していた。

 

 パラレルマシンは主にもしもボックスとタイムマシンの機能を合体させたもので、元々の機能である時間移動も当然使うことが出来る。

 コピー達を異世界に送り出し、その世界で力を付けるのに何年かかったとしても、時間移動機能で出発の翌日に戻ってくることも当然可能だ。

 そうしてわずか一日でいくつもの世界での力と知識を吸収し、ハジメはとんでもない生身の強さと無数の世界の英知を身に着ける事に成功していた。

 しかし統合した後に、ハジメは予想していなかった副作用から少しばかり体調を崩しており、何日も不調の日々を送っていた。

 

 そもそも統合とはタマゴコピーミラーで複製した物を、オリジナルを含めて一つに戻す事だ。

 その際コピー達の記憶も一つになる仕組みにNARUTOの影分身ネタを思い出し、人員不足の解消と同時に複数の頭脳による学習加速を行なった。

 NARUTOの影分身とは実体を持ち独自に考えて行動する分身を作る術で、術解除の際に分身の経験したことをオリジナルに還元できるという特性を持っていた。

 その影分身と同じようにタマゴコピーミラーでコピーを作り、それぞれが別の事を学習するし統合で知識を還元する事で学習速度を何十倍にも加速させ、ハジメは映画事件にかけた十年でひみつ道具をある程度ではあるが解析出来る科学力を身に着けた。

 

 影分身による学習加速の欠点に、オリジナルに分身達が感じ取った経験全てが還元するので、精神疲労が集中してしまうというデメリットがある。

 同じようにコピーの統合にもオリジナルに経験が集中するが、コピーは影分身と違って実体を持っており疲労しても回復することが出来たので、統合の際のフィードバックの反動も影分身に比べて非常に少ない物になっていた。

 そして今回も同じように異世界から力を付けて戻ってきたコピー達を統合したのだが、今度ばかりはこれまでの様に反動ほぼ無しという訳にはいかなかったのだ。

 

 異世界に行ったコピーはその世界の知識と力を付ける事を目的にしており、一週間や二週間、一月と言った短い期間でその世界の特質となる力を納得のいくレベルまで集めるのは不可能だった。

 当然ハジメもその事に気づいて、コピー達が異世界で年単位で活動する事も想定していた。

 それぞれの世界に送るコピーはせいぜい数人で、その世界での活動の補助にタマゴコピーミラーを持たせてこれまでの様に人員不足の解消と学習加速をさせる事で、異世界での活動期間を短縮させることにした。

 技術なり能力なり力のある世界は大抵危険があるので、出来る限り長期の活動を避けようと思ったからだ。

 

 そうして十分な経験を積んで戻ってきたコピー達だが、これまでのように短期間別々の経験をしたコピーとは経験量が違っていた。

 そのコピー一人が異世界で活動していた期間が数年だとしても、そのコピー自身もタマゴコピーミラーの複製と統合の学習加速を行なっていたので、総合経験年数は数十倍となり数百年単位の経験値を持っていても可笑しくなかった。

 そんな経験値を持ったコピーが複数の異世界から同時に戻ってきて纏めて統合すれば、流石にこの方式の反動が少ないと言っても只では済まず、計算したくない年数の経験をオリジナルは受け取りオーバーフローを起こしたのだ。

 ここ数日頭の中は記憶の整理の真っ最中で、常に二日酔いのような状態で頭に重さを感じ続けている。

 

 普通に考えれば無事では済まないような経験量だが、異世界なら寿命など関係なく何百何千年と生きられるようになった人間などいくらでも存在する事例だ。

 そういう世界の特性もハジメは既に持っており、常識的な世界の人間の脳の情報保有量を超えても問題なく活動することが出来ている。

 それでも無数の経験からくる記憶の統合性を取る為の情報整理に時間が掛かっており、そのせいで頭が重い日々を過ごしていた。

 

「今後は異世界を攻略したコピーを一気に統合せずに、一人ずつ合体しよう。

 異世界派遣も一つの世界ずつにして、複数の世界に同時に送り出すのはやめよう」

 

「情報量に頭を悩ますなどこれまでなかったでござるからな」

 

「異世界での経験値を甘く見過ぎていた。 送った世界の中には数十年かけた世界もあったから、統合した合計経験年数なんて計算したくもない。

 この情報量の圧迫からくる頭痛も、○×占いが言うには数日で治まるらしい」

 

「それは良かったでござる。 普通の人間であれば、頭が物理的に爆発していたかもしれないでござるな」

 

「異世界で人間を完全にやめたコピーはいなかったが、力を得た事で普通の人間とも言えなくなったからな」

 

 こうして普通にしてはいるが、ハジメの力はいろいろな物理法則を超越している。

 人間が人間をやめることが出来る異世界にもコピーは送られていたが、ハジメは人間離れした容姿になるのは嫌だったので、その手の力は手に入れないようにコピーに指示していた。

 なので外見は統合前と全く変わっていないのだが、並大抵の攻撃では傷付かない体になっており通常兵器などでは死ぬ事はないだろう。

 

「まあ、これで少しは安心して僕自身が異世界に行くことが出来る」

 

「正直拙者には想像もつかない力を殿は既に持っているのでござるが、これでもやっぱり安心しきれないのでござるな」

 

「当然だ。 あらゆる物語で安心出来るほどの力なんて、いくらあっても足りないよ。

 宇宙を破壊する力とかどんな存在でも殺せる力とか、強い力なんて想像すればキリが無いし、人間が想像出来る以上の危険な力は異世界のどこかに存在するだろう。

 まあそんな危険な世界は当然避けるんだけど、あらゆる危険を想定して対策をしておきたいからね」

 

 あらゆる物語の世界にパラレルマシンで行けるという事は、人間の想像出来る危険な力が必ずどこかに存在することを意味している。

 そんな力に対抗するなどどんなひみつ道具があってもハジメは無理だと確信しており、”触らぬ神に祟りなし”と絶対に対処出来ない危険が存在する世界への接触は控えようと心に決めていた。

 近年の物語を見る限り、神の祟りであっても人の想像できる強力な力に比べると可愛いものだというのだから、人間の想像力は恐ろしい。

 

「初めての異世界探検の準備もいよいよ大詰めだ。

 この子たちが完成したら、パラレルマシンを搭載した戦艦で出発しよう」

 

「拙者の後輩たちでござるな」

 

 二人の見る先に、四つの人型が鎮座されていた。

 それはコピー達が異世界から持って帰ってきた技術で作りだされた、ドラ丸の後輩となるハジメの新しいロボット従者たちの眠る姿だった。

 

 

 

 

 



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プロローグ2 四人のロボッ娘

 

 

 

 

 

――キンッ! キャンッ! ギィンッ!――

 

 

 二本の剣閃が混じり合い、甲高い金属の衝突音が幾度も鳴り響く。

 剣の担い手達は常に足を動かし己の剣を振るって、相手に一太刀を入れようと駆け回っている。

 再び二人が急接近し剣を振るうと剣同士が衝突してぶつかりあい、一瞬の鍔迫り合いの後に共に距離を取った。

 

「…流石マスターの護衛を謳うだけはある。

 そのような奇妙な体格で私と渡り合えるとは思わなかった」

 

「奇妙は余計でござる。 拙者もお主達と同じように殿に作られたのでござるよ。

 殿は安全対策を万全にするでござるからな。 護衛として役割を果たせる性能をこの身につぎ込んでいるでござるよ。

 他の安全策も万全過ぎて役に立つ機会すらこれまで殆どなかったでござるが、拙者にも護衛としての誇りがあるでござる。

 生まれたばかりの後輩にそう簡単に後れを取る筈がないのでござるよ」

 

「なるほど、容姿に騙され貴方を舐めていたようだ。

 では後輩として改めて先輩にご教示願います」

 

「拙者らは既に完成した身故、必要な事は既にデータにあるでござろう。

 力が必要であれば殿が与えてくださるでござろうし、拙者等に出来る事は経験を積んで動作技術を成熟させる事くらいである。

 つまり幾度も剣を振れという事でござる」

 

「なるほど、わかりやすい!」

 

 二人は再び疾走しお互いに相手に向けて剣を振るい続ける。

 

 そんな二人の戦う姿を巻き込まれ無いように遠くから眺めている者達がいた。

 

「あいつ等何時まで続けるつもりなんだろ。

 確かにマスターには動作確認に好きに動き回っていいって言われたけど、あれはあれで動き過ぎでしょ」

 

 戦っている二人、特にドラ丸の相手をしている自分と同種の存在の、動作確認と言うには過ぎた戦闘行為に呆れた様子を見せているのは、ハジメによって新たに作られた青紫のショートヘアを左右で結った女の子型のロボットの”アイナ”。

 ハジメが異世界に出る準備にサポート目的で作られた完全自立型の従者ロボットで、モデル兼ベースとして武装神姫の世界の神姫・戦乙女型アルトアイネスを使っており、姿形をそのままに人間サイズのボディになっている。

 

 ベースとなっていると言ったのは、実際にハジメのコピーが武装神姫の世界に行って本物の神姫を入手して来ており、持ち帰ってきた神姫のAIの人格データをそのまま流用しているからだ。

 だがら姿をそのままに人間サイズになっていても、初期設定されている基礎知識がそのまま残っている為、アイナは自身が元々普通の神姫であり、マスターであるハジメに改造されて今のボディを得たのだという認識がある。

 

 神姫はマスターの命令に従うという基本設定がされているが、目の前で暴れまわっている同種の存在ほど好戦的ではない為、動作確認という口実で楽しそうに戦うその姿に少々呆れを見せていた。

 その様子を一緒に眺めている二人も同様だが、彼女たちは呆れるだけでなく心配そうな様子を見せていた。

 

「ストラーフ型の性格はストイックですが好戦的な部分もありますから、マスターを守る護衛と言われてその腕を試したくなったのでしょうね。

 本来の神姫ではない私達は、護衛と言うサポートも出来る様に設計されていると聞きましたし。

 あのドラ丸さんも私たちの先輩と言うだけあって、見た目では想像も出来ないほど強いですけど、下手してボディを損傷させないか心配です」

 

 アイネと同じく神姫をモデルにした金髪の女の子型ロボットの”エル”。

 天使型アーンヴァルMk.2がベースとなっており、戦うのを止めようかと悩みながら戦っているどちらかが破損してマスターに迷惑をかけてしまう事を気にしていた。

 おとなしく優しい性格上二人自身の事も当然心配もしているが、機械である自覚もある為に多少の欠損くらいで致命的な事にならないのは解っているので、後は故障時のマスターへの迷惑が気がかりだった。

 普通のケンカであれば即止めに入ったのだろうが、楽しそうにお互いに剣を振り回す二人の様子にエルは躊躇してしまい、なかなか止めに入れずにいた。

 

「はわわ、ホントにどうすればいいのです。

 此処はやっぱりマスターに連絡するべきかも知れないのです」

 

 同じく神姫モデルの金髪の女の子型ロボットの”レーナ”。

 戦乙女型アルトレーネがベースとなっており、二人よりもワタワタした様子で混乱し、どうするべきか思い悩んでいた。

 様子見をしているエルとアイナを見て自身も手を出していないが、剣がお互いの体に当たる紙一重で幾度も振られる状況に落ち着いていられなかった。

 レーナも起動したばかりで現状の関係がよく分かっているわけではないが、戦っている何方もマスターの大切な従者だという事は理解しており、困惑しながらもどうにかしたいと思っていた。

 

「もうほっときゃいいんじゃん。 起きたばっかのボク達じゃ此処の勝手がわからないし、あれくらいなら問題ないのかもしれないよ。

 案内してくれてたあの変なロボットがリースの挑戦を受けて武器を渡しちゃったんだし、何かあっても僕達は悪くないよ」

 

「ドラ丸さんですよ。 私達よりずっと前からマスターの御傍にいた先輩なんですから、変なロボット呼ばわりは悪いです。

 それに放っておいて損傷でもしたら、流石にマスターのご迷惑になりますよ」

 

「でもどうやって止めればいいのです?

 止めに入ろうにも私達の武装はまだ調整中で持っていないのです」

 

 神姫モデルの彼女達には通常サイズの神姫と同じ形状の武装が展開できる機能が存在しているが、武装自体がまだ調整中で、ハジメがその最終チェックを行っている最中だった。

 もうすぐ終わる予定だったので、先に本体の彼女たちが起動されて、先ほどまではドラ丸に案内されて拠点であるバードピアを見て回っていた。

 その時の会話にドラ丸がハジメの護衛を担っている事が話題に上がり、その実力に興味を持った最後の神姫モデルロボットのリースが勝負を挑む事になったのが、この戦いの始まりだ。

 

 四人目の神姫モデルロボットの”リース”は水色髪のツインテールで、悪魔型ストラーフMk.2をベースにしている。

 ドラ丸に挑み貸し出された剣を自在に扱って振う姿からは非常に好戦的に見えるが、その前提としてサムライや軍人の様な忠誠心でマスターに従うという非常にストイックな部分から来ており、その手段が戦いという面に重きを置いているために、マスターの為に戦うとなれば非常に苛烈な戦いを見せる。

 戦いでは熱くなりやすいが、普段は辛辣な物言いでも落ち着きのあるクールな性格がストラーフ型の特徴だ。

 

 とはいえ現在ドラ丸と鎬を削っている状態のリースは間違いなく熱くなっており、実力を確認する模擬戦とは思えないほど迷いなく剣を振りに行っている。

 普段から落ち着きのある人ほど、熱くなると周りが見えなくなる傾向が多いのは確かかもしれない。

 

 リースが熱くなっている一方、同じ様に楽しそうに刀を振るっていたドラ丸は、少なからず高揚はしていても年季と言うほど長くはないが稼働時間が多い分落ち着きが残っていた。

 同じように剣を使う相手がいなかったから出来なかった剣戟が楽しくても、起動したばかりのリースにあまり無茶をさせる訳にはいかないと分かるくらいには冷静だった。

 

「なかなか楽しかったでござるが、そろそろ仕舞いにするでござるよ」

 

「なに?」

 

「『早送り』」

 

 終わらせるという宣言に警戒して剣を強く握りしめて構えるが、ドラ丸はこれまでとは比べ物にならない急加速で一瞬で接近し、リースの持っている剣をいとも簡単に跳ね上げて手放させた。

 

「なっ!?」

 

「これで終了でござる」

 

 リースが自身の持っていた剣を手放してしまったと気づく時には、懐に入り込まれ首に刀を添えられる事で決着を付けられていた。

 先ほどまでの互角の剣戟が無かったの様な、一瞬での決着だった。

 

「…先ほどまでは本気ではなかったのですね」

 

「本気でござったが、全力ではなかっただけでござる。

 拙者と主等は開発コンセプトだけでなく製造技術自体が大きく違うでござるからな。 保有する機能自体に大きな差があるのでござるよ」

 

 決着は着いたとリースの首に添えていた猫又丸をドラ丸は下ろすと、突き付けられたことで硬直していたリースも動けるようになり落ち着きを取り戻す。

 

「それは一目見ればわかりますが、最後の先輩の動きはそれだけとは思えないような異様な加速でした」

 

「リースってば、さっきまではドラ丸に突っかかるような態度だったのに、負けたらすっごく素直になったね」

 

 決着が着いたことで離れてみていた三人もドラ丸たちの元に集まってくる。

 

「先輩を呼び捨てで呼ぶな。 先輩は私より強くマスターに長く仕えている。

 私より弱いのであれば話は別だが、マスターを守る護衛であればより強い者が御傍にいるのが正しい。

 共にマスターに仕えるのであれば、自分より強い先人には従うのは当然だ。

 先ほどご自身を先輩と言ってましたのでそう呼んだのですが、よろしかったですか?」

 

「確かに拙者は主等より長く仕えているでござるが、殿は拙者と主等との間に上下関係を求めてはござらん。

 殿に仕える仲間として拙者の事は自由に呼んで構わんでござるよ」

 

「ではこのまま先輩と呼ばせていただきます」

 

「じゃあボクはこのままドラ丸って呼ばしてもらうね」

 

「私はドラ丸さんとお呼びしますね」

 

「私もドラ丸さんと呼ばしてもらうのです」

 

 新しく生まれた後輩たち仲良くなれそうな様子に、ドラ丸も嬉しそうに目を細めた。

 

「では先ほどの動きの正体でござったな。

 それは拙者に内蔵されているひみつ道具の機能の一つでござる。

 殿の持つひみつ道具については知っているでござるか?」

 

「あまり詳しくは知りませんが起動時に聞かされております」

 

「マスターが持っている不思議な力がある道具なんだってね。

 異世界に行き来できるのも、それがあったからだって聞いたよ」

 

「なんだか凄そうな道具みたいなのですけど、詳しい説明は後日するって教えてくれなかったのです」

 

「仕方ないですよ。 私達の武装の最終調整でまだマスターが手を離せないみたいでしたから」

 

 神姫達は本当にまだ起動したばかりで間がなく、マスターであるハジメ自身の事も説明しきれないでいた。

 とりあえずここが本来神姫の存在する世界ではなく別の世界で、ハジメが人の原寸大のボディを与えて従者にするために元々の世界で購入されてきた事と、それを可能にしたひみつ道具を持っている事だけが伝えられた。

 大きさが変わっても基本的に神姫であることに変わりはなく、起動してマスターと定められたら素直に従う事に異論のない彼女達だが、まだハジメの事をあまり知らないでいた。

 その説明も含めてこの世界バードピアの案内から始めたドラ丸だったが、リースの性格から腕試ししてしまう事になったのは予想外であった。

 

「ひみつ道具とは不思議な現象を引き起こせるいわゆる超科学の産物でござる。

 殿はひみつ道具を使う事でこれまでいろいろあったのでござるが、その過程で科学者としての知識を求める様になり、今は異世界の探検や技術の収拾に精を出しているのでござるよ。

 主等はこれまで培った経験と異世界から学んだ科学技術により、ひみつ道具に出来るだけ頼らず殿の技術だけで生み出されたのでござる。

 しかし拙者は殿の護衛の為にひみつ道具を惜しみなく使って作られた、殿自身も理解しきれていない技術の集約した産物なのでござるよ」

 

「待ってよ。 マスター自身が作ったのにドラ丸に使われている技術が解らないの?」

 

「ひみつ道具の中にはどんな道具でもリクエストすれば設計図と材料を用意してくれて、子供でも宇宙船を作れるといったひみつ道具があるのでござる。

 拙者の制作にはそのひみつ道具ハツメイカーを頼りに作られていて、御自身がまだ大して技術を持っていなかった頃でもリクエスト通りの機能を持った拙者のようなロボットを作りだせたのでござるよ。

 更に拙者の機能を高めるためにひみつ道具の機能そのものを内蔵させる改良が施されて、拙者の意思一つでひみつ道具機能を使える様になっているのでござる。

 先ほどの加速は内蔵されたひみつ道具機能の一つ、【タイムリモコン】の効果で行動速度を一時的に加速したのでござるよ」

 

「加速装置ってこと?」

 

「それだけではないでござるが、早く動けるようになる事には違いないでござるな」

 

 タイムリモコンとは本来は腕時計のような形をしており、音声登録で使用者を登録する事で付いている矢印を向けた対象を映像の再生早送り巻き戻しといった再生速度をコンロトールするように動く速度を操ることが出来る。

 ドラ丸に搭載された際にデフォルトの対象を自身に設定する事で動きを早送り(・・・)加速したり、損傷した際に巻き戻し(・・・・)で無かった事にするなどの自己時間制御が行えるが、意識すればオリジナルのように他の物にも効果が及ぼせる。

 また、似たような道具に【人間リモコン】や【ビデオ式なんでもリモコン】がある。

 

「ひみつ道具は玩具みたいな物からとんでもない機能を持った物まであるでござるが、拙者に内蔵されているのは殿の安全の為に使える物なら自重せず、無難な物から常識外れの物まで随時組み込まれているでござる。

 これまで護衛として役立つ機会があまり無かったので殆どは使った事が無いのでござるが、タイムリモコンの加速などまだまだ良識的な機能でござるよ」

 

「じゃあ、他にどんな機能があるのさ」

 

「そうでござるな。 基本的に内蔵されているのは【ウルトラリング】や【空中シューズ】などの身体能力が上がったり普通は出来ない動作が出来るようになる、自身の機能拡張を目的にしたものが多く取り入れられているでござる。

 拙者の意思でON/OFF自在でござるが、普段は切っているでござる。

 最近組み込まれたもので、非常に有用と思えるものは【四次元若葉マーク】でござるかな」

 

「どんな機能なのです?」

 

「ではちょっと使ってみるでござるか。 …使ったでござるよ」

 

「えっと、見たところ変わりないようですが…」

 

 エルが言ったように他の三人もしっかり観察したが、一見ドラ丸の様子に変化はない。

 だが実際には既にその変化はしっかり現れている。

 それを理解させるためにドラ丸がエルに向けて丸く白い手の付いた腕を差し出す。

 

「エル殿、試しに拙者の手を掴んでみてくれぬでござるか?」

 

「って、そんな手でどうやってさっきまで刀を振ってたのさ」

 

 改めて見たドラ丸の丸い手にアイナが当たり前のことに気づいて声を出す。

 言われてみれば確かにと他の三人も不思議そうにドラ丸の手を見るが、今更気にしても仕方ない吸着機能があるだけなのでドラ丸も説明が面倒になる。

 

「気になるなら後で説明するでござるが、今は四次元若葉マークの効果でござろう?

 別に手でなくてもいいでござるか、拙者に触れてみるでござる」

 

「あ、はい」

 

 頼まれていたエルが急かされたことで少し慌てながらドラ丸の白い手を掴もうとすると、何の抵抗もなくすり抜けてしまった。

 

「あ、あれ?」

 

「今、すり抜けたよね」

 

「どうなっているのです?」

 

「これが四次元若葉マークの効果なのですか?」

 

 四人ともエルの掴もうとしたドラ丸の手がスカスカとすり抜ける様子をまた不思議そうにする。

 

「左様。 本来はその名の通り若葉マーク型のワッペンを体に着ける事で、その身を四次元に置く事で三次元からの干渉を不可能にする機能があるのでござる。

 非常に優れた防衛手段でござるがこちらからも触れられないので、接触の為にワッペンをいちいち剥がさないといけない難点があったのでござるが、拙者に組み込む際に意思一つでON/OFFが出来る様に実験も兼ねて組み込まれたのでござる。

 上手くいったので当然殿も危険時にはこの機能をONにして即座に使える様になっているでござる」

 

「ほんとなのです。 手だけじゃなくて身体も全部すり抜けるのです」

 

「不思議な道具って本当だったんですね」

 

 レーナが面白そうに手だけでなくドラ丸の体に触れようとしてもすり抜け、エルが物珍しそうにその光景を眺める。

 

「確かにすごいけど、こんなのがあるんだったらマスターの安全って完璧じゃない?

 護衛の僕達っているのかな?」

 

「むっ…」

 

 アイナも凄いと思いながらにすり抜けるドラ丸を見ているが、その発言に護衛の役割を意気込んでいたリースが息を飲んだ。

 

「殿は大変慎重な方でござるからな。 危険な場所に向かうのに多くの安全策を用意しているでござるから、確かに護衛として拙者らが活躍する機会はそうそう無いでござるよ。

 戦力も拙者等以外に自立思考は出来ないでござるが戦えるロボットを無数に保有しているでござる」

 

「マスターっていったい何者? 戦争でもする気なの?」

 

「戦争はちょっと前に終わったでござるな」

 

「「「え?」」」

 

 起動する前の事を当然知らない彼女達はドラ丸の発言に瞑目し、声に出して驚きはしなかったがそれはリースも例外ではなかった。

 

「まあ、いろいろあったのでござるよ。

 今はようやく落ち着いて、ゆっくり異世界を楽しむ事を目的にしているでござる。

 殿は戦争を好むような方ではござらぬから、無暗にやたらに力を振るうようなことも無いでござるよ。

 それでも旅先での危険を想定しておるから、傍に着く事に成る主等に相応の戦闘力を与えられる予定ではござるがな」

 

「マスターの命令であれば、いかな戦場でも勝利を捧げて見せましょう」

 

「殿はあまり名誉と言う物に興味が無いでござるから、それよりも殿が作った主等の活躍であれば喜んでくれると思うでござるよ。

 ただしさっきも言った通り、殿は危険には慎重になるタイプなのでござるから、武勲を上げる機会はそうそうないでござるよ」

 

「そうですか…」

 

 戦う機会が少ないと言ったドラ丸に、リースは少し残念そうにする。

 リース程戦いを好まない三人は、少しほっとした様子を見せていた。

 神姫は戦う事を想定しているが、それはあくまで神姫バトルに限った事なので、実際の戦場で人を相手に武器を向ける機会が来ることを少なからず恐れていたからだ。

 人間サイズになった事で確実に殺傷能力を持った武装が搭載される予定なので、対人のリミッターのようなものはハジメ次第になっているのだが、人の為に存在しているという意識から人に危害を加える事に人格面で拒否感があった。

 リースの場合はマスターへの優先意識が強い為か、相対的に他の人間に対しての意識が低かった。

 

 今更ながら普通の神姫のマスターとは違う事を理解し始めていた四人だが、次の瞬間同時に違和感を感じて様子が変わった。

 

「え」

 

「あれ?」

 

「なんなのです?」

 

「これは…」

 

 四人ではあるが三者三様に突然何かに反応して不思議そうに声を漏らした。

 

「どうしたのでござる、四人共」

 

「それが、突然武装が届いたと受信メッセージが鳴り、武装展開が可能になっているのです」

 

「もしかして皆さんもですか? 私も同じ受信反応がありました」

 

「どうなってるんだろ? 僕達まだ武装をマスターに受け取ってないのに」

 

「だけどちゃんと展開出来るみたいなのです」

 

 全員が同時に電脳内に信号を受け取り、ハジメが調整していた筈の武装が届けられ展開が可能になったと自動的に理解できた。

 四人とも突然の事に戸惑っているが、ドラ丸は落ち着いた様子で諭す。

 

「何かが起こったのでござろうが、主等の持つ機能なら殿が何かをやったのでござろう。

 とりあえず受け取ったという武装を展開してみて如何でござるか?」

 

「わかりました先輩」

 

 ドラ丸の言葉に従いリースが率先して武装を展開すると、続けて三人も武装を展開する。

 武装も彼女達と同様に通常の神姫の時と同様の形で再現されていた。

 

 リースの武装”ウラガーン”は、全身が黒に近い青色の装甲をしており、武骨な形状でガトリング砲の付いた打突武器と大剣を背中から伸びた力強い副腕が備えている。

 現在は装着されていないパイルバンカーなど物理攻撃が多い装備となっている。

 

 エルの武装”ラファール”は、リースとは対照的に全体的に白く左右にある両翼が目立つシャープな形状をしておりスペースシャトルをイメージさせる。

 配備されている武装は光学兵器が多く近接遠距離両方備わっているが、四人の武装の中で唯一副腕が無いため小さく見え小回りが利きそうだ。

 

 レーナとアイナの武装は元々姉妹機の設定の為、色は違えど同じ形状の武装になっている。

 レーナの武装”ニーベルング”は白と青の装甲が特徴で、それに対してアイナの武装”ノインテーター”は黒と青の装甲をしており真逆イメージだ。

 背中から伸びる副腕が大剣と盾を装備しており、腰にはスカート型の装甲が広がり、高速飛行時には羽のように背中から広がる仕組みになっている。

 

 四人とも本来の装備を展開する事に成功したが、いつの間に持っていたのかわからない為に戸惑っている。

 

「ちゃんと出すことが出来ましたけど、どうなっているんでしょう?」

 

「私達は普通の神姫ではない。 この体は大きくなっただけでなく私達の知らない機能があるんだろう」

 

「てことは、この武装もマスターが何らかの方法で僕達に送ったってこと?」

 

「おそらくそうでござろうな」

 

「あ、マスターが来たのです」

 

 突然届いた武装について考えていた所にハジメがやってきた。

 武装を展開している四人を見て、ハジメは嬉しそうに笑みを浮かべている。

 

「ちゃんと武装は届いたようだね」

 

「ありがとうございますマスター。 武装は確かに受け取りました。

 しかし、我々はどのようにしてあちらにあった武装を受け取ることが出来たのです?」

 

「おしえてほしいのです」

 

 四人とも興味津々でどのようにして受け渡されたのかを気にしている。

 

「知っての通り、そのボディは大きいだけの普通の神姫の物ではなく、いくつかの機能が搭載されている。

 その一つとして武装展開機能に合わせて四次元空間収納機能を付けて、本来の収納領域とは別に四次元空間からも武装を展開するように物を取り出せるようにしたんだ」

 

「「「「四次元空間?」」」」

 

 武装神姫の世界でも流石に四次元空間の運用技術はないので、その世界の基礎知識しかまだない彼女達はぴんと来なかったようだが、ドラ丸は何となく察しが付いた。

 

「ふむ、つまり四次元ポケットから道具を取り出す新しい方法という事でござるか?」

 

「そう、四次元収納は便利だけど取り出すのにいちいち手を突っ込んだりしないといけないのは、一分一秒を争う状況では少々不便だ。

 だから新しい出し入れ方法を前々から考えていたんだけど、武装展開の仕方からうまく噛み合うんじゃないかと試してみた。

 四人が持ってる四次元空間収納は共有で相互に物を出し入れできるし、武装が受け取れたのも僕用の四次元空間の出入り口を通して届くように送り出したからだ」

 

「四次元ポケットとスペアポケットの繋がりと同じ原理で、殿が入れた入り口から彼女らの持つ四次元ポケットの出口に武装が出たという訳でござるか」

 

「その通り。 最初から武装を入れておくのもいいし、必要があればこちらで用意して繋がる出入り口から物を送る事も出来るって訳だ」

 

「つまりどういうことなのですマスター?」

 

 いまいちわからないレーナが問い掛ける。

 

「んー、解り易く言うといくらでも物が入る道具箱があって、レーナたちは武装展開の要領と同じ様にそこからいつでも出し入れ出来る機能が体に備わっているってことさ。

 しかもその箱の中が繋がっていて、レーナが入れた物をエルが取り出したりも出来るし、離れた場所にいた時に必要な物があれば僕が用意してその箱の中に入れる事でレーナたちが受け取ることが出来るってことだ。

 武装が届いたのもその機能を使ったからだ。」

 

「なるほど、とても便利なのです!」

 

「いや、便利で済むような技術じゃないでしょ」

 

「慣れるでござるよアイナ。 殿の持つひみつ道具はこれくらい当たり前に出来るでござる」

 

「とんでもない人がボク達のマスターになっちゃったんだなー」

 

 基礎知識に記録されていた常識が通用しない事にアイナは困惑するが、それでも神姫である以上マスターに従うこと自体には迷いはなかった。

 ただし自身の世界の常識から離れた世界になれるのは少し苦労しそうだとアイナは思った。

 とても便利で済ませるレーナが羨ましいとも。

 

「他にも別の世界から持ってきた武装神姫の武装に類似したIS(インフィニット・ストラトス)の技術を取り入れた事で運動性能や感知能力なんかも全体的に上がっている。

 機能をまとめ上げて一応は完成にもっていったが、まだまだ本体を含めて完成度を上げる余地がある。

 今でも十分な性能は発揮出来ると思うけど、遠くない内に改良する事になると思うから仮の体と思っておいてくれ」

 

「そうなんですかマスター?」

 

「先ほど少し動き回りましたが、十分実用に足る性能でした。

 これで満足していないとは流石です」

 

「少し?」

 

「運動性能の限界を試すくらい、すっごく元気に動き回っていたのです」

 

「う、うるさい!」

 

 呆れた目で見るアイナトレーナに、熱くなり過ぎていた自覚のあったリースはあまり反論できなかった。

 

「ドラ丸とじゃれてたのは、こっちでも確認してたから知っているよ

 あれくらいなら性能テストだと思えば問題ないし、多少の損傷があってもすぐ治せるから問題ないよ」

 

「すいませんマスター」

 

 恥ずかしそうにマスターに迷惑をかけてしまったと思ったリースが謝る。

 

「気にするな。 それでドラ丸から見て何か問題がありそうなところはあった?」

 

「それぞれ個性的な所はあるでござるが、運動性に関しては何も問題ないと思うでござるよ」

 

「それならいい。 数日ほど動き回って問題ないかまたチェックするから、それまでここの事を知っておいてくれ。

 それが終わったらいよいよ僕も異世界に出ようと思うから、ドラ丸たちも覚えておいてくれ」

 

「わかりました」「了解」「はーい」「はいなのです」

 

「承知でござる殿。 それでどのような異世界に行くのでござるか?」

 

「これだ」

 

 ハジメはポケットからアニメのイラストが描かれたディスクケースを取り出しドラ丸に渡す。

 

「最初はそのアニメの世界の技術収集をする予定だから、後で皆で見ておいてくれ。

 僕は異世界移動用の時空船のチェックをするから、ドラ丸は四人の案内を続けてくれ」

 

「承知でござる」

 

「じゃあよろしく」

 

 そう言ってハジメはまた研究所の方に戻っていった。

 

「ドラ丸、マスターの言ってたアニメの世界ってどういうこと?」

 

「言葉通りでござるよ。 殿の異世界移動装置はアニメの様な物語の世界に行くことが出来るのでござる。

 その世界で技術などを集めるのが殿の目的でござる」

 

「すごいのです。 物語の世界に入れるなんて素敵なのです」

 

 レーナは物語の素敵なキャラクターや世界に入れることを純粋の凄いと思ったようだ。

 純粋な子供であれば本来ならそんな反応を示すのだろう。

 

「確かにそのような見方もあるでござるが、殿は趣味と実益を兼ねた旅と考えてるでござる」

 

「だけどボクもちょっと異世界が面白そうになってきたよ」

 

「出来るなら剣を振るえる世界が良いのだが…」

 

「それでドラ丸さん、どのような世界の物語なんですか」

 

 四人とも物語の異世界に興味が出てきたところで、エルがマスターに渡された映像ディスクの内容をドラ丸に尋ねる。

 

「ええとでござるな……」

 

 ケースに描かれたアニメ絵のタイトルには【魔法少女リリカルなのは】と書かれていた。

 

 

 

 

 




 これを書いていたのは数年前で、武装神姫のアニメの熱が残っていた頃です。
 アニメのOPは神曲だと思います


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


※アニメのタイトルを読み上げた後のドラ丸を含めた五人の反応

「「「「「………」」」」」

 何らかの予想していた訳ではなかったが、全員が思っていたより想定していなかったアニメのタイトルに少々沈黙が続いた。

「…マスターは魔法少女になりたいのです?」

「いやいやいやまさか!」

 レーナの言葉に魔法少女になるハジメを一瞬想像してしまったアイナは、想像を打ち消すように全力で否定した。
 アイナが想像してしまったのはフリフリのかわいらしいドレスを着て同じくかわいらしい杖を振るうハジメの姿だった。

「ですが、科学者のマスターに役立ちそうな技術がありそうな世界にはとても思えませんが…」

「とても剣を振るえそうな世界ではないな…」

 神姫四人が想像した魔法少女は魔法で変身して困った人を正体を隠しながら助けたりする、いわゆる一昔前の魔法少女だった。
 砲撃をぶっ放したり怪人を倒したりする、今時のバトル系スーパーヒロインにはケースに書かれたタイトルとイラストからは想像が着かなかった。

「いや、殿は他の異世界からも技術を集めて魔法も使える様になっているのでござる。
 この世界でも魔法の技術を集める為かもしれないでござるよ」

 ドラ丸もハジメが色んな異世界にコピーを送り出して物語の世界の知識をいくつか得ているが、リリカルなのはの世界の知識は持っていなかったので神姫達と似た様なイメージの世界だと思っていた。

「そ、そっか…マスター魔法も使えるだ。 けど魔法少女の魔法を使える様になるのが目的ってこと?」

 ハジメが可愛らしい杖で変身を始めるイメージが脳裏に浮かんでしまうアイナ。
 衝撃的なイメージは嫌な物でもそう簡単に頭から離れてくれないのだ。

「マスターが望むのであればきっと素敵な魔法なのです!」

「…そうですね。 マスターが望むのであれば私達も全力でサポートするだけです」

「軟弱なのは如何なものかと思うが、マスターのご命令では仕方がない」

 アイナ以外の三人も似た様なイメージを脳裏に浮かべていたが、感情的に肯定か否定か分かれても神姫としてマスターのサポートをするのだという気持ちは揺るがなかった、揺るがなかった。

「拙者もこのイラストには思う所が無いわけではないでござるが、今主等がイメージしてる殿の姿は絶対に違うでござるよ。
 とりあえず殿に言われた通り、このアニメをまずは見てみようでござる」

 ハジメとの付き合いの長いドラ丸は、流石にエル達のようなひどい勘違いのイメージを抱く事はなかった。
 そして、アニメを見てようやくハジメの不名誉なイメージは払拭され、大よその目的の技術が神姫達に受け入れがたいものではない事を知った。
 レーナだけは勘違いが治った後も素敵な魔法であるという言い分を変えず、自分も使ってみたいと言っていた。


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閑話 修行編 ドラゴンボール シャーマンキング

 

 

 

 

 

・ドラゴンボール世界編

 

 

 

 ハジメが最初にコピー達を送り出したのはドラゴンボールの世界だった。

 パワーインフレが激しい世界だがその分強くなりやすい世界だと、他の世界に行っても通用するように最初の世界として選ばれた。

 この世界でコピー達がみっちり修行して力を得てから、更に他の世界に能力を得る為に送り出される予定だ。

 

 この世界の原作に関わる予定はないので原作開始前の時代に降り立ち、まずはこの世界での修行に必要な物を用意することにした。

 

「というわけで、仙豆ゲット」

 

「ドラゴンボール世界の修行にはこれは必要だよな」

 

「それよりさっさと増やしてから交換した物を返すぞ。 カリン様に見つかったら不味い」

 

 最優先で入手したものはカリン塔で作られる回復アイテムの仙豆だ。

 原作でも負傷した仲間の回復に重宝されて、瀕死からでも食べれば回復し体力も復活するゲームのエリクサーのような全回復アイテムだ。

 ひみつ道具でもこんな便利な回復アイテムはないので、修行での疲労回復にハジメは真っ先に手に入れる事にした。

 

 ただ仙豆を作っているカリン塔に住むネコの仙人カリン様は心を読むことが出来、ひみつを抱えている者には鬼門のような存在で、ハジメも接触は避けたかった。

 そこでひみつ道具【とりかえっこふろしき】で壺に収められている仙豆数個と石ころを交換し、【フエルミラー】で数を増やしてから、バレない内にすぐに石ころと交換し直して本物の仙豆を返した。

 後はコピーした仙豆を再度フエルミラーで増やせば仙豆の使用に困らなくなった。

 

 続いて修行に関してだが、ハジメ達はひみつ道具を持っていても能力は普通の人間でいきなり過酷な修行は出来ない。

 孫悟飯のように恐竜がいるような荒野にいきなり放り出されて生き残れるような潜在能力も無くサイヤ人でもないのだ。

 この世界に来たことでこの世界の人間の特性をハジメ達は得ているが、それはあくまでこの世界の地球人と同程度の資質に過ぎない。

 素質を高めるためにドラゴンボールに願ってサイヤ人になるという考えもあったが、そうなるとハジメは欲が出てスーパーサイヤ人の2や3や4だのゴッドだのを目指したくなってしまうからしない事にした。

 サイヤ人になれば十分強くなれるかもしれないが、ハジメは自身の素質というものをあまり信用しておらず、主人公のような幾度も命を賭けた戦いの果てにたどり着く領域に、自身がそう簡単に辿り着けるとは到底思えなかった。

 仮に同じ経験をしたとしても同じくらい強くなれるとは素質的に思えず、そんな厳しい経験をしてまで強くなる意欲はないので、地球人のままでも強くなれる所まで強くなることにした。

 それに仮にも種族を変えるという事は人間をやめるようなものなので、ハジメは強さは得ても極力人間をやめたくないと思っていた。

 

 話を戻し修行なのだが、肉体的に一般人とさして変わらないハジメ達は最初から原作キャラのような過酷な修行は出来ない。

 そこでまずは、原作での初期の修行風景である亀仙流の修行を参考にすることにした。

 といっても主に参考にするのは亀の甲羅を背負い続けるような、重りを付けて動き回る事くらいだ。

 牛乳配達はともかく蜂の巣を突っついたり素手で畑を耕すのは、ハジメ達も流石にやりたくはなかった。

 

 更にこの世界の地球で修行に適している場所は神の神殿だと思ったので、【入りこみ鏡】で鏡面世界のだれもいない神の神殿を修行場所に選んだ。

 有名な精神と時の部屋も鏡面世界であっても使えたが、余りに過酷な環境なので今のハジメ達には中で生活する事も出来ずまだ手を出さなかった。

 

 こうして鏡面世界の神の神殿でまずは亀仙流の修行(重り修行)をハジメのコピー達は始めた訳だが…

 

「じ…死ぬぅ……」

 

「あ、頭が~……」

 

「低酸素環境、甘く見てた…」

 

「おい、こいつ顔が黄土色になって気を失ってるぞ!」

 

「【お医者ごっこかばん】~!」

 

 初日にして倒れる者が続出するというひどい結果だった。

 神の神殿は地表からはるか上空に浮遊している半球状の建物で、空気が薄いために酸素が取り込みにくい分過酷な環境で体を鍛える事に向いているが、一般人と変わらないハジメ達では重りを付けて走り回るだけで疲労を通り越して呼吸困難や頭痛に陥り倒れる者すらいた。

 いわゆる高山病というもので、低酸素環境に慣れない内はまともに運動もこなせなかった。

 

「とりあえずはここの環境に慣れてからまともな修行を始めよう。 下手したら本当に死人が出かねん」

 

「そうだな。 それまでは【おもかるとう】で重量を増やした服を着て生活するだけに留めよう。 息切れするほど動き回らなければ重りの修行は有効の筈だ」

 

 ハジメ達はまずは神殿の環境に慣れるために無理な運動をせずに重りを付けたままの生活をすることにした。

 息切れで倒れないようにすこしづつ運動限界を見極めて、早いか遅いかわからないが一か月ほどで地上と変わらず動いても息切れしないようになった。

 ちなみに重りになっている服の重さは20キロから始めている。

 

 

 

 環境に慣れて動き回れるようになったら、後はひたすら重りを抱えて動き回るだけだった。

 ドラゴンボール世界の特性か、重りの重量にもたいして時間はかからず慣れ始めて、慣れた分負荷を増やすために重量を増加していった。

 戦いの修行と言ってもハジメ達は武術など教わる相手がいないので、ひたすら走り回って体力をつけるかコピー同士で武術の真似事のような組手モドキをやっていた。

 そんな中で異色の修行をやっているコピーの集団がいた。

 

「「「「「かめはめ波ー! かめはめ波ー! かめはめ波ー!」」」」」

 

 腰溜めから両手を揃えて前に突き出す動作を、何人ものコピーが声を揃えながら行う光景は非常に異様だった。

 その様子を監督するように見守っていたハジメの一人が声を開ける。

 

「どうだー、出そうか?」

 

「いまいちわからん。 手ごたえがあるような気がするんだが、何も出ないんじゃな」

 

「手探りで【気】を使おうってんだから無理もないけどな」

 

 誰もが見ての通り、このハジメ達はかめはめ波を使う練習している。

 かめはめ波は当然【気】を使う技だが、教える存在のいないハジメ達は手探りで気の使い方を覚えるしかなかった。

 この世界の人間の強さを表す戦闘力を測るスカウターをハジメ達はハツメイカーで作って自分達を測ってみたところ、平均戦闘力30と一般人の約六倍の強さが表示されたのでここらで気の特訓を始めてみようとした結果が、かめはめ波の一斉合唱だ。

 もっといい修行法は無いのかと言いたいが、気の明確な修得方法は原作にも無かったのでこのような結果になった。

 同じハジメ以外誰もいない神の神殿なので恥をかなぐり捨ててこのような事をしているが、他の人がいればハジメ達も恥ずかしくてとても出来ない訓練だっただろう。

 

『バスンッ!』

 

 突然乾いた音が響いた。

 

「何だ今の音?」

 

「で、出た…」

 

 かめはめ波の練習をしていた一人が震えた声でそう呟くのが聞こえた。

 

「なんだって?」

 

「屁か?」

 

「屁じゃねえよ! かめはめ波(っぽいの)だよ!」

 

「「なにぃ!」」

 

 それを聞いたハジメのコピー達が一斉に叫ぶ。

 

「おい、もう一回やってみろ!」

 

「待て、今気合を入れ直すから! スゥ…ハァ…スゥ…ハァ…」

 

 ハジメの一人が精神統一に深呼吸をして気合を入れ直し、再びかめはめ波の構えに入る。

 

「か~め~は~め~波ーー!!」

 

『バシュッ!』

 

 突き出した両手の先にわずかな黄色い光が発光して、その後に少量の煙が舞い上がる。

 気持ちを落ち着かせて再度気合を入れ直したためか、最初の時の音よりしっかりした射出音が聞こえた。

 

「「「ウオオオオォォォ!」」」

 

「やったじゃないか!」

 

「ついにかめはめ波っぽいのが出るようになったぞ!」

 

「無駄に恥ずかしい真似をし過ぎて、もう慣れちまったかいはあった」

 

「おい、もっとやってコツを掴め!」

 

「おっしゃ! 今度は更に気合を入れて」

 

 かめはめ波(っぽいの)が成功したハジメは興奮した周りに乗せられて、何度もかめはめ波(の出来損ない)を出して気を使う感覚を覚えようとする。

 湿気た線香みたいなものしか出なくても、光を発しているだけあって気は確かに放出されている。

 情けない練習の果てに、ついに気の使い方を見つけ出したハジメの一人だが…

 

「ゼハァ…ゼハァ…もう限界…」

 

 何回もかめはめ波(のスカ)を撃ったところで急激に疲労してへたり込んだ。

 一般人の六倍の戦闘力でも慣れない気を無駄撃ちすれば、急激に消耗するのは解り切った事だった。

 

「戦闘力はどうなってる?」

 

「戦闘力2まで減ってる。 カスだな」

 

「頑張った僕に言う事か! 言いたかっただけだろ、ぐふぅ…」

 

 ツッコミを最後に体力を使い果たして倒れこむハジメのコピー。

 

「あ、戦闘力1まで下がった。 さすがに不味い」

 

「ほれ、仙豆だ」

 

「むぐ、ポリポリ………良し、復活。 やっぱり仙豆は下手な栄養ドリンクより効くな」

 

「ともかくこれで気を使う取っ掛かりは掴めた訳だ」

 

「修行が終わったら全員一度統合して経験値を纏めたら、明日からはもっとしっかりした気の訓練を始めよう」

 

「気を使えば消耗も激しくなるから、仙豆をフエルミラーで増やしておこう」

 

 ハジメのコピーはそれぞれ別の修行をすることで、一人に統合した時に別々の経験を一つにすることが出来る。

 そこから更にコピーで増えれば統合した経験値を持つハジメのコピーが生まれるので、コピーの人数分修行の経験が加速する。

 此処からハジメの気の修行は一気に加速しだした。

 

 

 

「ドラゴンボール世界の気=戦闘力には基本戦闘力と最大戦闘力というものがある。

 普段の戦闘を行っていない時の通常の気と、気を高める事で戦闘力を増大する戦闘時の気があるってピッコロさんが言ってた。

 界王拳やスーパーサイヤ人かなんかは、気を高める技術や能力そのものと言っていい」

 

「つまり強くなるには体を鍛える事で基本戦闘力を高めると同時に、最大戦闘力を上げる気の高め方を鍛えればいい訳だ」

 

「けど気を高めるってどうやればいいんだ?」

 

「やっぱり座禅とかか? ピッコロさんが浮かびながら座禅を組んで気を高めてる修行が印象に残ってるし」

 

「流石頭脳系戦士のピッコロさん」

 

「舞空術はまだ出来ないから普通の座禅から始めるか」

 

「かめはめ波みたいな気功波の練習もしないと」

 

「コピーで数に困らないんだし、手分けしてそれぞれの技の練習を重ねよう」

 

 ドラゴンボールの気の技は必殺技ばかりではなく、小手先技といった基本技能も重要な要素だ。

 気を高める技術もそうだが、気の感知や舞空術もサイヤ人編以降からは基本技能として大抵のキャラが使える様になっている。

 気の修行をする以上、その辺りも当然使える様になるつもりだった。

 

「ところで舞空術ってどうやって使えばいいんだろう? 気の感知は気が使える様になってきたら、ほかの奴らの気を何となく感じられるようになってきたし、後は慣れればいけそうな気がする」

 

「悟飯の特訓風景は原作にもあったけど、詳しい仕組みとか出てなかったしな」

 

「舞空術を使えない頃の悟空が足から出したかめはめ波で飛んだこともあったけど、あれじゃないだろ?」

 

「舞空術も気のコントロールを続けながら手探りで覚えるしかないな」

 

 こうして手探りで舞空術の使い方を探し始めたが、フリーザ編以降の宇宙人キャラに気のコントロールの概念が無くても空を飛ぶ技術があった事から、気が十分にあれば割と簡単に飛べる技であり、気のコントロールが進んだ飛び方にも容易に辿り着いた。

 気功波を浮かばせる要領で自分の体内の気で体を持ち上げれば飛ぶことが出来るのだとわかった。

 ただし分かったからと言ってまだまだ気のコントロールの甘かったハジメ達が直ぐに飛べるという訳でもなかった。

 

「ぎゃああぁぁぁ落ちるぅぅぅ!!」

 

「まずい、神殿から落ちたぞ!」

 

「【タケコプター】!!」

 

 操作を誤ってはるか上空にある神殿から落っこちる者が出てから、舞空術の練習には緊急時の為にタケコプターの着用をするようになった。

 

「気円斬!」

 

「気功砲!」

 

「魔貫光殺砲!」

 

「繰気弾!」

 

 訓練を重ねてだいぶ気に余裕が出来てくる頃には、それぞれ原作キャラの技の練習もだいぶ形になっていた。

 しかしまだまだハジメ達の気の量が少ないので、どれもまだまだ見掛け倒しとなっている。

 

「気の操作には慣れてきたけど、まだまだ再現が足りないな」

 

「だけどやっぱり繰気弾って、普通の気弾の遠隔操作技術で必殺技じゃないよな」

 

「威力も弱いし気円斬にも遠隔操作技術があるから威力負けしてる」

 

「気のコントロールの練習にちょうどいい技なんだけどな」

 

「それと気功砲も仕組みがわからないから、実際には再現出来てないんだよ」

 

「放つと四角い大穴が地面に空くってだけで、気功波が飛んでる描写が無いからさっぱりなんだ」

 

「気合砲を一方向に向けて打ち出してるだけなんだっけ?」

 

「それもそれで技術が必要だったんだけどな」

 

 原作の真似事ばかり練習しているが、気の熟練には非常に役立っていた。

 

 気のコントロール技能も上がり、ハジメ達はそろそろ重力修行に挑戦する事にした。

 原作では重力室などが必要だったが、ハジメ達はひみつ道具の【重力調節機】を用意していたので神殿全体の重力を0Gから100Gまでコントロールすることが出来た。

 目標はフリーザ編の悟空と同じ100G、つまり百倍の重力までハジメ達は克服するつもりだった。

 しかし当然いきなり100Gなど無理なので、5Gからの挑戦を始めた。

 悟空の最初の重力修行は界王星の10倍の重力だったが、ハジメ達が同じように出来ると思わなかったのでその半分から始めた。

 

「んぐ、思ったよりは耐えられるな」

 

「だけど普段の負荷の五倍だから、単純計算で疲労も五倍になる」

 

「疲労は仙豆頼りで回復出来るからいいが、歩くだけで少し床にひび割れが出来ているぞ。

 このまま重力を増やして修行で激しい運動を続けたら床が抜けるんじゃないか?」

 

「神殿の床下は部屋があって空洞になってるし、修理は【復元光線】で出来るとしても床が抜けて落ちるのは不味いな。

 どうする?」

 

「舞空術で体を持ち上げて増えた重量を相殺すればいいんじゃないか?」

 

「なるほど、そうすれば舞空術の修行も出来て一石二鳥だな。 悟空達もそうやってたんじゃないか?」

 

「素の体重が50キロだとしても100倍になれば5トンになる。 人間の足の地面に接する面積じゃ立ってるだけで普通はめり込むだろうし床が持たないから、多分そうなんじゃないか」

 

「けど流石に寝てる間舞空術を使い続けるのは無理だから、夜は重力を戻すか重力操作の範囲を狭めよう」

 

 

 

 重力修行に入ってハジメ達の戦闘力の伸びが大幅に加速した。

 全体の平均戦闘力は大体100を超えるかどうかといったところだったが、重力修行に入ってからはどんどん伸びて、始める前までの修行期間と同じ修業期間で戦闘力1000を超えた。

 

「重力修行凄いな。 流石サイヤ人編に入って戦闘力という明確な強さの数値がインフレし出してから始めた修行だけある」

 

「だけど悟空が100倍の重力を克服したのってかなり短かったよな」

 

「ナメック星までの旅路で一週間くらいだったっけ?」

 

「強さのインフレが激し過ぎる」

 

「僕等は並の地球人の特性しかないんだし、格闘家の素質だってクリリンやヤムチャにも及ばないだろうから気長にいこう。

 時間を掛ければ凡人だって100倍の重力だって克服出来るさ」

 

「サイヤ人どころかサブキャラのクリリン達とも比べ物にならないよな」

 

「じゃあミスターサタンとかはどう思う?」

 

「………セルやブウに手加減されていたとはいえ、ぶっ飛ばされて生きているのは賞賛に値する」

 

「一般の世界チャンピオンに成れるんだし、素質は僕等よりもあるんだろうね」

 

「悔しいような悔しくないような」

 

「ギャグキャラ枠じゃ尚更比べようが無い」

 

 

 

 重力修行を始めても基本的な修行は、体を鍛えて気を高めて技を磨く事に変わりはなかった。

 だいぶ力を付けてきた実感が出てきたハジメ達は、新たな技の修行の為に情報収集も行なっていた。

 

「界王星を見つけたぞ!」

 

「ようやくか! だいぶかかったな」

 

「あの世とこの世の空間の壁が、僕等の時空間の知識とだいぶ違ったから、探すのに苦労したよ。

 原作で悟空があの世とこの世を行き来するのに案内役をした神様や占いおばばを、タイムテレビで追いかけてようやくあの世を見つけることが出来たよ。

 後は閻魔様の所から蛇の道を辿って界王星の場所が分かった」

 

「これで界王拳と元気玉の使い方が解るな」

 

「まあ元気玉は清らかな心の持ち主でなければ作ることが出来ないって設定があったような気がするから、僕等に使えるとは思えないんだけど」

 

「界王拳ならいけそうな気がするしな」

 

「だけどあれはブースト技だから重要なのは結局基礎能力だ。 界王拳の練習はするが、修行中は組手以外では使わない方がいいな」

 

 

 

 孫悟空みたいなサイヤ人のように爆発的な成長は出来ないが、重力修行の過度な負荷と無限の仙豆による全回復の繰り返しは、普通の地球人の資質でもドラゴンボール世界の住人の資質だけあって通常ではありえない戦闘力の増大を促進させた。

 そんな中で気功波の練習をしていたハジメの一人が、力を試すために空に向かってかめはめ波を撃ち出した。

 

「波あぁぁぁぁ!!」

 

『ドオオォォォォンンン!!』

 

「うわぁ…ほんとに月が消し飛んだ」

 

「初期の頃から亀仙人でも月を消し飛ばせたから今の僕等の戦闘力なら出来ると思ってたけど、実際に衛星を吹き飛ばすとかドン引きだよ」

 

 ドラゴンボールの戦闘能力のスケールを解り易く描いた星を吹き飛ばす威力の気功波に、自分達がやったとはいえ流石に驚いていた。

 この段階でもまだストーリー的には中盤にも及ばない戦闘力なのだから世界観が可笑しい。

 そんな世界観の戦闘能力を求めたのもハジメ達ではあるが。

 

「鏡面世界だったからいいが、表の世界だと大騒動だよな」

 

「どうだろう、ドラゴンボール世界では月が何度も壊れてたし、神様が直したとか簡単に言ってたし」

 

「普通の世界の常識に当て嵌めれば月が消滅したら、引力の影響とかで大変なことになる筈」

 

「地球もよく爆発する世界だし、月の引力の影響程度の災害なんて大した問題じゃ無いんだろう」

 

 月が消滅した影響について考察するが、ハジメが言ったように鏡面世界なので現実の世界に影響はない。

 

「ともかく僕等も常識的に考えれば可笑しなくらい強くなってきたんだから、気功波を全力で撃つ時は空か地面に対して水平に放つように気をつけよう。 地表に向かって撃って自分達で地球を爆発させるなんてシャレにならない」

 

「今の戦闘力はどれくらいだ?」

 

「平均一万五千ってところ。 初登場時のベジータと同じ位かな」

 

「53万のフリーザ様には程遠いな」

 

「修業が終わる頃に界王拳を併用すれば行けるかな?」

 

 恐ろしい強さを実感するが、上には上がいること知っているハジメ達は驕る事無く地道に修行を重ねた。

 

 

 

「ハアァァ!!」

 

「ゼヤァァ!!」

 

『ドォンッ! ドォンッ! ドォンッ!』

 

 重力調節機の影響下にある神の神殿の上空に来て、二人のハジメが高速で舞空術で飛びながら拳を交え、衝突の度に大きな音を鳴らしながら衝撃波を発していた。

 ドラゴンボールのアニメでよく見かける衝撃波だけが描かれる空中戦闘シーンを、ハジメ達は再現出来るほどになっていた。

 

「僕等も本当に強くなったな~。 あんな可笑しな戦闘光景を再現出来るようになるなんて」

 

「100倍の重力にもとうとう慣れてきたからな」

 

 二年以上の時間を掛けてハジメ達はついに100倍の重力の克服に成功していた。

 孫悟空には当然及ばないが、普通ではありえない成長と環境で活動出来る身体能力を得る事に成功していた。

 この修行法の完遂にハジメ達の力を得る為の修行も大詰めを迎えていた。

 

「どれくらいで100倍の重力を克服出来るか不安だったが、二年ちょっとと言うのは早いのか遅いのか」

 

「常識的に考えたら早い遅い以前にそれは可笑しいの一言なんだろうけど、クリリン達のような才能の無い並の地球人と考えたら早い方なんじゃないか?」

 

「まあこの世界で最新鋭の重力修行と仙豆と言うチートアイテムを惜しみなく使える環境だったしな」

 

「原作キャラからすれば贅沢な話だが、修行の仕上げにそろそろあの部屋に挑戦するか」

 

「そうだな。 誰が行くかはくじ引きででも決めるか」

 

「誰でも構わないけど二人しか入れないからな」

 

 修行の最後の仕上げとは、神の神殿の中にある精神と時の部屋の事だ。

 その部屋の中は空気が薄く重力は十倍で気温が50℃からマイナス40℃まで変化する過酷な環境で、住居以外真っ白な空と大地が続く地平線が見えるだけの世界が広がっている。

 さらに一日が一年という時間の流れが違う修行場所で、悟空達も修業したことから最後の仕上げに一日=一年修行しようとハジメ達は決めていた。

 

 ただし精神と時の部屋には同時に二人しか入れず、更に同じ人間は生涯で二日=二年しか居られないという制限があり、期限を超えると入り口が消えてしまうという設定があった。

 入り口が無くなるとその空間に閉じ込められて、原作ではスーパーサイヤ人3級の力で無理矢理空間に穴を開けて脱出するという事があったが、空間理論はハジメ達の専門分野であり閉じ込められてもタイムマシンなどで抜け出せる事が解っている。

 

 ともかくハジメ達の中から二人が最後の修行として精神と時の部屋の中に入るつもりだった。

 コピーとはいえ同一人物なので、同時に二人とか同じ人間が最大二年とかの制限が怪しくなるので、半分の一年のみ二人を中で修業させることにした。

 過酷な環境なのでハジメ達自身が2年ギリギリ頑張れると思わなかったのもあるが。

 

 

 

 100倍の重力を克服したと判断したハジメ達は、くじ引きで選出した二人を精神と時の部屋に送り込み24時間、つまり部屋の中で約一年が経とうとしていた。

 部屋に入らなかったハジメ達はそろそろ出てくる二人を部屋の前で待っていた。

 そして予定していた時間通りに部屋の扉が中から開いて、中から所々服がボロボロになった二人のハジメが出てきた。

 

「「「ッ!!」」」

 

 その二人の雰囲気に残りのハジメ達は顔を強張らせる。

 過酷な環境で一年修行して外にいたハジメ達より少し成長した二人は、ボロボロな服装と修行の汚れで煤けながらも力を高め、それに見合った眼光を瞳に宿していた。

 一回り以上成長し力を高めた二人の張りつめた気に、外にいたハジメ達は同じ自分達との違いから二人の変わりように驚きを覚えた。

 精神と時の部屋の修行で、同じ自分がここまで変われるものなのかと。

 

 出てきた二人の厳しい面構えの口が動き言葉を発しようとするだけで、他のハジメ達は緊張感を感じた。

 そして二人の声が発せられる。

 

「漸く出られた~……。 もう二度と入りたくない!」

 

「水と粉だけなんてもう嫌~……。 早くなんか美味しいもの食べさせて!」

 

「「「へっ?」」」

 

 二人の険しかった顔が一気に崩れて、同時に体が崩れ落ちるように床にへたり込み弱弱しい気の抜けた愚痴が発せられる。

 厳しい環境過ごす中で二人は自然に気を抜かない様に緊張し続ける事で厳しい表情をするようになり、一年ぶりに部屋を出られた事で漸く気を抜いて楽になり一気にダレたのだ。

 

 厳しい表情と張り詰めた気だった二人に釣られて緊張感を抱いていた他のハジメ達は、一気に気の抜けたセリフに拍子抜けしてぽかんとした表情になる。

 だがすぐに大体の事情を察して二人を労うように【グルメテーブルかけ】を用意するのだった。

 

「お疲れさん、二人とも。 気を高めて張り詰めた表情で出てくるもんだから、こっちも緊張しちゃったよ」

 

「そうそう、最後はへたり込んじゃったけど格段に気が強くなってたから僕等も一瞬ビビったよ」

 

「流石は精神と時の部屋ではあるな。 同じ自分でも見違えたと思ったよ」

 

 明らかに強くなった二人に外にいたハジメ達が感想を言う。

 

「確かに強くなったと思うけど、言うだけあって精神と時の部屋の環境は最悪だったよ。 空気が薄いのと10倍の重力は慣れてたからよかったけど、気温の変化に呼吸と体調を乱されて修行をするのに苦労したよ。

 その上真っ白な地平線しかないから気が狂いそうで、紛らわすために修行に強制的に専念させられた。

 一人だったら途中で絶対に部屋から逃げ出してた」

 

「その上、修行の為に持ち込んだ仙豆以外には水と粉しか口に出来ない生活はかなり堪えた。

 後で統合すると思うからわかると思うけど、もう二度と精神と時の部屋で修業したくないと思ったね。

 今思えばくじ引きで決めたのはただの罰ゲームだったよ」

 

 グルメテーブルかけから出された御馳走を食べながら、部屋の中の生活の厳しさをグチグチとしゃべり続ける。

 

「それでどれくらい強くなったんだ? 僕の持つスカウターだと二人の基礎戦闘力は20万ちょっとと表示されてる」

 

「マジか! 部屋に入る前の倍以上じゃないか!?」

 

 外にいたハジメ達の平均基礎戦闘力は10万にぎりぎり届かないところまで成長している。

 ただしこれは基礎戦闘力で、気を高めて界王拳を使えばグンと最大戦闘力が上がる。

 原作のスカウターでは高すぎて爆発してしまう数値だが、ハツメイカー設計のハジメ製なので高い数値を検出しても壊れないように改良されている。

 

「部屋を出る前に数値を測ったが、気を高めて平均3倍ちょっと。 10倍界王拳を常時使える様になって、短期であれば15倍もなんとか使えるようなった」

 

「それじゃあ最大で一千万近くじゃないか」

 

「フリーザ戦、途中まで頑張れる」

 

「20倍にも挑戦してみたけど、体が持たなくてすぐさま仙豆案件だった。

 伸びしろはまだあるだろうけど、ここまで強くなればもう十分だろう」

 

「そうだな、これだけの力があれば大抵の世界の敵に出会っても負けないだろう」

 

「予定通り修行を切り上げて、統合してから次の世界に向かうか」

 

 こうしてドラゴンボール世界での修行を終えたハジメ達は、更なる別の力を求めて新たな世界に向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・シャーマンキング世界編

 

 

 

 シャーマンキング。 それは霊を認識し、霊と対話し、霊の力を使役する事の出来る者、シャーマン。

 その中から過酷な戦いの儀式を経て、偉大なる世界の集合霊グレートスピリッツと契約し、その力を我が物としたシャーマンの王。

 この世界はそんなシャーマンキングを目指す者達の物語が描かれた世界であり、霊の力を使う者達が多く存在する世界でもある。

 この世界にハジメ達がやってきたのは、当然この世界における霊能力シャーマンの力を手にする為である。

 

「とはいえ最初の問題は、僕等にシャーマンの素養があるかだ」

 

「シャーマンが強くなる方法は漫画に描かれてるけど、基本となる素養を得る方法は流石に無いからね」

 

 シャーマンのいる世界と言っても、その世界全ての人間が幽霊が見える訳ではない。

 人類全体から見ればシャーマンの素養を持つ者はごく少数で、この世界の人間になったからと言って素養が得られるとは限らない。

 もしもボックスを使った時に『自分がシャーマンだったら』という記述を付け加えれば確実に能力は得られるが、そこはハジメの些細な矜持で世界が変わっても自分本来の資質で力を得たいと思っているので、あくまでその世界の人間になるだけに留めているのだ。

 もしもボックスで本来の自分を逸脱した自分に変えてしまえば、取り返しのつかない事になりそうな気がするので弁えているのだ。(原作でものび太が自分を天才にした反動で大変な目に遭っている)

 

「ともかく数人で年齢操作や変装して顔を変えてから、幽霊がいそうな墓地に行ってみよう。

 運よく素質があって見えればよし。 いろいろ試して駄目なら最後にもしもボックスだ」

 

「残りの奴は人海戦術でタイムテレビを使って原作キャラの修行風景を集めて情報収集だ。

 漫画そのままの知識だけじゃ頼りないから、この世界で直接時空間越しに覗き見て僕等の訓練に応用する」

 

「ドラゴンボール世界みたいに、解り易い単純な修行ばかりじゃないしね」

 

 数人のハジメが墓地に幽霊確認に向かい、残りのハジメが情報収集を行う。

 ドラゴンボール世界で界王拳を覚えるために、その風景をタイムテレビで盗み見た事で味を占めたのだ。

 情報収集は経験から手慣れた物で、原作キャラ達の修行風景から早速有力な修行法が集まりだした。

 

「情報はだいぶ集まったけど、原作キャラの殆どの幼少期が際どい物ばかりだな」

 

「原作が開始してから能力に目覚めた竜も厳しい修行をして強くなったみたいだけど、シャーマンの家系のキャラは児童虐待に近い修行を子供の頃から強要されてる」

 

「特にライバルキャラの道蓮の家は原作ですごい黒い家系なのはわかってたけど、ほぼ拷問だ」

 

「こんな厳しい幼少期を過ごしてるのに、登場初期の強さは後から強くなる竜より遙かに弱いし」

 

「ジャンプ系はパワーインフレが激しいからな~」

 

 などど軽口を叩きながらもとりあえず修行方法は多数集まっていた。

 一方幽霊が見えるかどうか試しに霊園に向かったハジメ数人のグループは…

 

「やっぱり見えないな」

 

「可能性はゼロではないと思ったけど、限りなく低いとは思ってたし」

 

「僕に都合の良い原作キャラ級の資質なんてある訳ないよな」

 

 案の定、ハジメ本来の資質として幽霊がハジメから見えるという事は無かった。

 現在は昼間とはいえ、霊視が出来るならそこそこ広い霊園で幽霊が一人も見えないという事は無いだろう。

 

「さて、どうするか」

 

「まあいろいろ試してみよう。 幽霊に関するひみつ道具もいくつかある」

 

 科学の産物ではあるが流石はひみつ道具。 幽霊の一つや二つ、再現出来る様な物は少ないながらもいくつかあった。

 【ロボット背後霊】【カップゆうれい】【精霊よびだしうでわ】など幽霊の類を疑似的に作り出す物が多く、作った幽霊を通して本物の幽霊の存在を確認出来れば、それを見える様に凝視したり対話が可能なら憑りついてもらって、原作の竜のように霊の感覚を覚えられないかとかなり手探りに実践した。

 だが成果は思わしくなく本物の幽霊とコンタクトは取れず、使えそうなひみつ道具は減っていった。

 

「次はこれだ。 【ゆうれいストロー】、これを口にくわえて息を吹くと自分の幽霊が出てきて幽体離脱に似たことが出来る様に成る。 この世界で幽霊になればその視点で他の幽霊も見れるようになるかもしれない」

 

「結構本命のひみつ道具だけど、これが駄目なら後はもしもボックスくらいしか期待できるものが無い」

 

「出来るだけ使いたくないが最低限のシャーマンの資質が無いとこの世界に来た意味が無い。

 ともかくゆうれいストローを使ってるから、動かなくなる体をよろしく」

 

 幽体離脱に似た様な現象な為、自分の幽霊がストローから出ると肉体が動かなくなってしまうからだ。

 

「わかった」

 

「じゃあいくぞ」

 

―フー…―

 

 息の抜ける音共にストローの先からハジメの姿をした幽霊が飛び出し、体はそのまま動かなくなり倒れかけたところを他のハジメが支えた。

 

「うまくいったみたいだが、幽霊は見えるか?」

 

『ああ、ちょっと待ってくうおぁ!!』

 

「ど、どうした! 幽霊が見えたのか?」

 

 幽霊になったハジメが突然の大きなリアクションで仰け反りながら驚く。

 

『見えたというか、俺達思いっきりたくさんの幽霊に囲まれてる!』

 

「「なに!?」」

 

 疑似的に幽霊になった事で別の幽霊が見える様になったが、周囲を囲まれている事に慌てて仲間に告げる。

 人気のない霊園でよくわからない不可思議な道具を弄っている集団に、漂っていた霊達が集まってきて様子を見ていたのだ。

 そこで突然ハジメの一人から自分達とは何か違う幽霊が飛び出したので、様子を窺っていた幽霊たちも驚いている。

 

 幽霊になった者以外のハジメ達は、囲まれていると聞いて見えなくても咄嗟に周囲を警戒する。

 

「囲まれてると言われてもどうする? 見えないんじゃどうしようもないぞ」

 

「周りにいる幽霊はどんな奴らなんだ」

 

 いまだ幽霊を認識できないハジメ達は、幽霊になった事で見える様になっているハジメに訊ねる。

 

『見た限り普通?の幽霊だけど、どういう脅威があるかは、……あっ、え?

 ……ああ、そうでしたか。 なんかすいません』

 

 幽霊の見えないハジメ達からは、幽霊のハジメが虚空に向かって突然会話し謝ったので戸惑いを覚える。

 然りと対話出来てる姿からは警戒があまり感じられなくなっていた。

 

「どうしたんだ、突然」

 

『いや、どうやら僕等が霊園で変な事をやっていたから単に集まっていただけらしい。

 幾つか使ったひみつ道具や僕が幽霊になった事で、周りの幽霊たちも驚いてるんだって』

 

「ああ、なるほど」

 

 幽霊と言ってもいるのは生前が一般人の者達ばかりで、幽霊となっていたとしてもひみつ道具のような不思議な道具があれば注目を集めるのは当然だ。

 見えてなかったので気づいてなかったが、観衆のど真ん中でひみつ道具を試していたという事なのだから。

 

「どうする? 幽霊とはいえひみつ道具を見られちゃったぞ」

 

「まあ、気にしなくてもいいんじゃないか? 幽霊だったら大きな騒ぎになりようが無い。

 シャーマンの誰かに伝わったとしても幽霊関係は隠すべき案件だし、原作には関わる予定もないから仮に伝わっても『あっ、こら!』なんだ?」

 

 ひみつ道具を見られてしまったが特に問題にもならない事で決着が着きそうになった時、幽霊のハジメが少し焦った様子で叫ぶ。

 幽霊のハジメは自分が抜けだした体の方を見ており、他のハジメは何事かと幽霊のハジメを見てからその意識の向いている先の動かない体に視線が集中する。

 直後、動かない筈の抜け殻のハジメが動きだ出した。

 

「『やった! 生きた体だ!』」

 

『僕の抜け出た体に幽霊が取り憑きやがった!』

 

「「なに!?」」

 

 他の幽霊が見えないハジメ達は気づかなかったが、幽霊になっているハジメははっきり見ていた。

 周囲で様子を窺っていた幽霊の集団の中から、軽薄そうで若い男の霊が突然飛び出してきてハジメの抜け出た体に飛び込んだのだ。

 突然の事だったので幽霊のハジメも反応出来なかったが、勝手に体を動かし始めた事で体を奪われたのだとすぐわかった。

 

 後にシャーマンの勉強で発覚する事だが、幽霊と言っても全ての存在が容易に生きた人間に憑りつけるものではない。

 幽霊と言えば生きている人間に憑依するという事例がポピュラーだが、死んだ人間は浮遊霊として割とどこにでもいるもので、見えないだけで生者の間近にそこそこ存在している。

 それならば割とポンポン幽霊に取りつかれている人間がいても可笑しくない物だが、生きた人間に憑りつくには幽霊としての力がある程度必要なのだ。

 幽霊が憑りつこうとしても本来の魂に押し出されてしまうので、無理矢理体の中に割り込む幽霊としての力強さがなければならない。

 

 なので只の一般人の幽霊程度に誰かの体を乗っ取るような力は大抵持っていない。

 しかし

 

『体を返せ!』

 

「『誰が返すか。 じゃあな!』」

 

「うわぁ!」

 

 ハジメの体を奪った幽霊は抱えていたハジメを突き飛ばし、凄い速度で逃げ出していった。

 

「まずい、あいつを逃がすな!」

 

「かなりの速度で走ってる。 ドラゴンボール世界の修行が裏目に出たか!」

 

 修行を終えたハジメの体の身体能力は、シャーマンと言う超常の存在がいるこの世界であっても非常識な物だ。

 そんな体で何処の誰とも知らない幽霊が暴れ回られたら一大事だ。

 数瞬前のひみつ道具の幽霊暴露など問題にならないほどの大問題だ。

 

「体奪われるなんてギニュー隊長か」

 

「冗談言ってる場合か! あの体で加減がわからず本気を出されたらどんな惨事になるか!」

 

「さっさと行くぞ!」

 

『ちょ、置いてかないでくれー!』

 

 急いで荷物を抱えて生身のハジメ達も走り出し、浮遊する事しか出来ず速度が出せない幽霊のハジメがゆっくりと追いかけていった。

 

 その後、同一の身体能力でも使い慣れない体の差で体泥棒の幽霊に追いつき、取り押さえたその体に幽霊のハジメが突き出しをすることで中の幽霊だけが体から弾き出され、元の体に戻ることが出来た。

 幽霊になっていたハジメは体に戻っても幽霊を見る事、霊視出来たことでピントを合わせるように自在に霊を見ることが出来る様に成っていた。

 更に体を盗まれた事で頭に血が上っていたハジメは、体を取り戻した後に怒りのままに奪おうとした幽霊に殴りかかり、そのまま幽霊を殴り飛ばす事に成功し物理的に昇天していった。

 ついでに幽霊への干渉力も獲得し、結果的にシャーマンの資質に開花することに成功した。

 

 

 

 

 

 基本となる資質の開花に成功したら、後は集めた情報で効率的な修行の日々だ。

 いつも通り統合とコピーを繰り返して経験を共有し、ドラゴンボール世界の時のように分担修行。

 シャーマンには持霊と言う霊の相棒が必要不可欠だが、そこは幽霊化したコピーを代役にした。

 幽霊などはそこら中にいるが、シャーマンファイトが出来るような強くて自分達に付いてきてくれるような霊がそうそういる訳が無い。

 更に適当な幽霊を別の世界に連れていくわけにもいかないので、持霊を持つつもりはなかった。

 

 原作キャラの修行を真似た訓練を行い、原作にも出てきた強くなるための指南書、超・占事略決の内容をタイムテレビで盗み見て写し取った資料を元に技術を習得していく。

 千年前の物なので読み難いが【翻訳こんにゃく】で解決し、訓練に必要な物はすべて取り揃えた。

 

 それらとは別に、研究目的で原作のシャーマンファイトで使われる重要なアイテムオラクルベルを、製作元のパッチ族からこっそりコピーして手に入れてきた。

 時代はまだ原作前だが、準備期間には入っていたからか幾つも既に作られていた。

 

 オラクルベルはシャーマンファイトの参加証でもあり、参加者へのお知らせを伝える連絡機器でもある。

 更に隠された機能としてシャーマンの巫力や持霊の強さを測るスカウターのような機能が備わっている。

 霊的なエネルギーを計測できる機械は他の世界でもあまり見かけないので、修業と並行して調査を進めた。

 隠された計測機能は直ぐに発見し、修行を始めたばかりではあるがハジメ達の巫力を計測した。

 

「巫力2300?」

 

「初期値にしてはだいぶ多い」

 

 ちなみに原作主人公の初期計測値は270である。

 

「巫力は精神力と密接な関係にあるって話だけど、僕等そんなに強い精神は持ってないと思うが…」

 

「密接な関係にあるだけで精神力=巫力量という訳じゃないんだろう。 原作で最も巫力の多いハオが最終戦で安易に精神を揺さぶられるんだから、関連性はあっても量が多い=精神的に強いってのは当てにならない。

 臨死体験や死んで生き返ると強くなるサイヤ人みたいな特性を考えると、やっぱり死んで幽霊になった事で魂を鍛えられたからという理由が霊を扱う力なんだから自然だ」

 

「じゃあ僕等が魂を鍛えていた要素って?」

 

 そういう発言があってハジメ達は改めて考え込む。

 幽霊に関する事は元の世界に存在しなかったし、その手の世界はここが初めてだ。

 

「魂は解らないけど精神ならコピーの分裂と統合で経験を無理矢理集約させてたから、最初の頃は精神疲労がきつかったな」

 

「ああ、そういえば疲れが一気に来てかなりきつかったっけ。 今はある程度慣れたけど、それが精神的な鍛錬になってた?」

 

「シャーマンの名家の主人公の初期値が数百なのに、中身一般人に毛が生えただけの僕等がこれだけの力があるという事とは、僕等の特殊性の何かが巫力を鍛えてたはずだし」

 

「後は前のドラゴンボールの世界の修行が効いたかかな?」

 

「それも十分あり得るね。 結構死にかけるような修行もしたし」

 

「精神と時の部屋じゃないか? 精神的にもかなりキテたし」

 

「ああ、伊達に『精神』の名前が入ってない訳じゃないね」

 

 とまあ予想外ではあったが、シャーマンとしての出発点は思ったよりも高い所から始まった。

 

 

 

 シャーマンたちが保有する技術は素質の問題を除いて、修得出来る物は可能な限り修得しようと修行した。

 過程は省くが基本技術の憑依合体やオーバーソウルはもちろん、霊を呼び出す口寄せなどの原作ではちょっとしか活躍機会の無かった技も習得出来た。

 超・占事略決には他にも更に高度な巫術が記され、ハジメ達も高度な技術が求められるものは流石に習得に時間を要したが、大よそはとりあえずではあるが使えるようにはなった。

 

 そしてその中の技術の一つには、この世界の技術で最も注目していた死者蘇生術、呪禁存思も習得することが出来た。

 術の検証の為に態と大怪我したり、貧乏くじを引いた一人が覚悟完了で自害し蘇生するという検証にもとりあえず成功した。

 うまくいかなかったらコピーとはいえ自分が死んでしまうので、ハジメ達もかなりハラハラしながらだった。

 

「これがホントの生きた心地がしないって奴か」

 

「まあ、マジで死んで幽霊になってたしな」

 

「ゆうれいストローで幽霊になるのとはまるで違ったよ。 心臓を気功波で貫かれた痛みも凄かったけど、その後身体との繋がりがプッチり切れて離れてく感覚を鮮明に感じた」

 

「それはまた気味の悪い感覚だな」

 

「シャーマン始めたんだから今更だろ。 それにこの感覚は覚えておいた方が良い気がする。

 地獄に最後の修行に行くのにもう一度死ぬ事になるんだ。

 こんな感じに体から霊体がスゥ~っと抜けていく感じを覚えておけば、死ぬ時もう少し苦しまずに逝けそうな気がする』

 

「そうかって、おい! 死んでないのにまた幽霊になってるぞ!」

 

『え、マジで?』

 

 死んだ感覚を覚えてしまったせいか、幽体離脱まで自力で出来る様になっていた。

 

 

 

 最後の修行は死ぬ事で行けるグレートスピリッツの中にある地獄での修行だ。

 原作での最後の修行風景で、主要キャラ達の殆どが地獄で修業してから最後の戦いに赴いた。

 シャーマンキングの世界では死んで生き返るだけでもその経験で巫力が増加するが、地獄のあるグレートスピリッツの中では心が折れなければ死ぬ事は無いという特性から、そこで己の敵と向き合い殺されながらも立ち向かい続ける事で精神=巫力を直接鍛えることが出来る。

 死ぬ痛みに耐えながら戦い続けるというかなり荒っぽい修行が、この世界での最後の仕上げだ。

 

『じゃあ逝ってくる。 予定通り1時間したら生き返らせてくれ』

 

「わかってる。 僕等の精神じゃ地獄でどれだけ持つかわからないからな」

 

 元々一般人のハジメに強靭な精神があるとは自分たちでも思っていない。

 地獄の修行にそんなに長い時間耐えられるとは思っていないので、まずは様子見と地獄に逝って一時間経過したら此方で蘇生させることで幽霊のハジメを帰還させることにしたのだ。

 

 また、ドラゴンボール世界でもあの世を観測した経験からグレートスピリッツ内をタイムテレビで観測することが出来た。

 グレートスピリッツ内は非常に広いので地獄に逝ったハジメを見つけられるかわからないが、可能な限り観測しようと現世のハジメ達も可能な限りサポートするつもりだ。

 

『心が折れなければ死なないと解ってるんだし、一時間くらいは根性出して耐えて見せるさ』

 

 そう言って幽霊のハジメは力を抜いて有るが儘を受け入れる心持ちになると、霊体がスーッと消えていき成仏することで地獄に向かった。

 地獄行でも成仏と言えるかどうかはさておき。

 

「とにかくグレートスピリッツ内の僕を探してみよう。 逝き着くコミューンが分かれば今後地獄に逝っても同じところに着くだろうし」

 

「そうだな」

 

 G.S(グレートスピリッツ)は地球の記憶とも呼ばれており、その中は地球の誕生から現在にかけて存在した全ての環境が潜在している。

 すなわちG.S内は現在の地球よりも遥かに広く、その中で何の手がかりも無くハジメ一人を見つけるのはかなり困難だ。

 そこで毎度おなじみ○×占いで大よその所在を割り出して、タイムテレビで確認しながら場所を特定していく。

 そうして広大なG.Sの中から10分ほどでハジメの辿り着いたコミューンを見つけ出した。

 映し出されたコミューンには、地平線まで続く真っ白な大地と空が広がっていた。

 

「精神と時の部屋に似てる? ……いや、もしかしなくても精神と時の部屋の風景なのか?」

 

「G.Sの中に形成されるコミューンは死んだ者達の記憶によって形成される。

 精神と時の部屋の風景なんてこの世界じゃ僕等以外知る筈がないし、修行を目的にした僕がG.Sの中に入った事で、修行の為の空間という認識で精神と時の部屋のコミューンが出来たんだろうな、多分」

 

「それで()は何処にいるんだ?」

 

 精神と時の部屋と同じ風景であればだだっ広いだけで他には何もないので誰かいればすぐに分かる。

 モニターの視点を回転させて周囲を見渡してみると、すぐにG.Sの中に入ったハジメらしき人影を発見する。

 だがそれと同時に人よりも遥かに大きな人影が、その小さな人影を追い掛け回していた。

 

「……なにこれ」

 

「……近づいて観察してみよう」

 

 ハジメ達は何か嫌な予感を感じながら、遠くで良く見えなかった光景を近づける事で確認する。

 その正体は近づく事ですぐに明らかになり、近づく事で気づいた巨大な人影に乗っていた人の細やかなボヤキ声も聞き取ることが出来た。

 

『ちっちぇえな』

 

「「『ぎゃああぁぁぁぁ!!』」」

 

 G.Sの中に居る筈のない人物、原作のラスボスである麻倉ハオがスピリット・オブ・ファイアを伴って現れた事でハジメ達はモニターの向こうで逃げているハジメと一緒に悲鳴を上げた。

 この世界で一番会いたくない人物だったので、突然の出現に狂乱状態に陥っていた。

 

「何でハオがあそこにいるんだ!」

 

「今は現世で生きて仲間を集めてる時期じゃなかったか!」

 

「ハオの所在を再確認しろ!」

 

「SOF(スピリット・オブ・ファイア)に食われたら、魂だけの状態だからと言っても無事で済まないぞ!」

 

「すぐに蘇生の準備だ! 蘇生させてこっちに連れ戻せ!」

 

 SOFは魂の捕食能力を持っている。 いくら心が折れなければと言っても、その能力の前には流石に生き残るのは難しい。

 大慌てで地獄にいるハジメを助け出すために蘇生を行なおうするが、そこで別の報告が入った。

 

「皆ちょっと落ち着け。 今別のタイムテレビで確認したんだが、ハオはちゃんと現世にいたぞ」

 

「なに、どういう事だ?」

 

「たぶん、あそこにいるハオは()が恐ろしいと感じてる恐怖が敵となって表れた姿なんじゃないか?」

 

「ああ、なるほど」

 

 ハオが実物ではないと解って落ち着きを取り戻していくハジメ達。

 ただし画面の向こうのハジメはいまだ悲鳴を上げながら、SOFの攻撃から逃げ回っている。

 

「本物じゃないなら何とかなる。 落ち着いて考えればSOFでも僕等の今の戦闘力なら何とかなるんじゃないか?」

 

「言われてみれば確かに。 比較対象が世界観を越えるからあまり当てにならないが、強力な気功波一発当てればいけそうな気がする」

 

「とりあえず向こうの僕にこの事伝えよう。 タイムテレビ改造して向こうに受信機が無くても映像を投影して通信できる機能つけといてよかった」

 

 タイムテレビを操作し地獄にいるハジメの傍にこちら側と繋がった通信映像を空中に投影する。

 

「おい、聞こえるか」

 

『ッ! 助かった、今すぐ生き返らせてここから出してくれ!』

 

「大丈夫だ、落ち着け。 そこにいるハオは…」

 

 地獄のハジメに通信で今までわかったことを全て伝える。

 その間もSOFの攻撃が繰り出されているが、落ち着きを取り戻しドラゴンボール世界の高い身体能力を発揮でき始めた事で回避にだいぶ余裕を持ち始めた。

 話を聞き終えると先ほどまでの動揺は何だったのかというくらい落ち着きを取り戻して、何事もないかのようにSOFの攻撃に対処していた。

 

『なるほど、恐怖が具現化しただけの敵か。 それに確かにドラゴンボール級の戦闘力なら十分対応出来るよな』

 

「ああ、肉体が無いから気が使えるのかという考えもドラゴンボール世界のあの世でも普通に使ってたし、G.Sの中ならイメージ出来ると思ったことは出来る筈だ」

 

『確かに。 なら一発かましてみるか』

 

 攻撃を大きく回避して跳び上がり、舞空術で飛びながらある程度距離を取る。

 そして腰溜めに両手を重ね力を込めると、気が無いはずの世界に力が集まりだし現世と同じように技を放つ事の出来る準備が整う。

 

『かめはめ、波あぁぁ!!』

 

 撃ち出されたかめはめ波は、全力ではなくともドラゴンボール世界の月を消し飛ばせる威力でSOFに直撃し、四肢と頭を残して胴体を丸ごと消し飛ばした。

 

『よしっ!』

 

「冷静になったら思った以上に簡単に倒せたな」

 

『それは言うなよ。 自分でも情けないと思ってるんだから。 ん?』

 

 少々恥ずかしいと思っていたハジメが、打ち破ったSOFの残りの残骸の変化に気づく。

 残った頭と四肢が煙に様に解けて、いつの間にか地に降り立っていた偽物のハオの元に集っていく。

 SOFはそのままハオに纏うように変化し、赤から黒への印象を強めたロボチックな飛行アーマーのような姿に変化する。

 

『甲縛式O.S【黒雛】。 ハオのO.Sの最終形態か』

 

「今度は威力だけでなく機動力もありそうだ。 さっきみたいに簡単にはいかないかもな」

 

『その為に地獄に修行に来たんだ。 心が折れなければと解ってたのにいきなりの事に取り乱して自滅しかけた。

 今度こそ何があっても心を折らずに耐えて見せる』

 

 そう宣言してハジメは黒雛を纏ったハオに戦いを挑んでいく。

 ハオはこれまでのSOFの巨体を生かした戦い方ではなく、自身が武装したOS黒雛で空を飛び回りSOFの腕を振るい背中の砲身からその特性である火属性の攻撃を撃ち放ってくる。

 対するハジメも舞空術で飛ぶ事で対抗し、攻撃を時には避け時にはその腕力で受け止めたり気功波で相殺していく。

 

「偽物とはいえハオと戦う事になるとは思わなかったな」

 

「たしかに。 けど、よく考えたらおかしいよな」

 

「なにが?」

 

「僕等この世界にシャーマンの修行に来てるのに、最後の修行がO.Sを使わずドラゴンボールの戦闘力を使った戦いになってる」

 

「……まあ結局ちゃんとした持霊が手に入らなかったからな」

 

 O.Sはイメージ次第でどんな形にもなるが、シャーマンや持霊の相性や特性によって性能が左右される。

 自分のコピーを持霊の代用として使うしかなかったハジメ達は、未だ明確なO.Sの型というものがなかったので、地獄での修行にも反映されず使われていない。

 地獄での修行にはO.Sの有る無しは関係ないのだが、これではドラゴンボール世界の修行とあまり変わりないのではないかとハジメ達は思った。

 

 ハオとの戦いは一見拮抗しているが、ハジメがだいぶ余力を残しながら様子見を続けている状態だ。

 戦っているハジメから見てハオは確かに強いが、これなら全力を出せば勝てると確信しており、観戦しているハジメ達もそれは思っている事だ。

 だが戦っているハジメとは別に、別視点から見ているハジメ達は偽物のハオの強さについてあることに気づいていた。

 

「なあ、本物のハオってこんなに強い物なのかな?」

 

「うん、僕も思った。 このハオは僕達の認識するハオへの恐怖から作られた存在だから、本物のハオの強さとはまるで繋がりが無い。

 いくらハオでもあんな空中での高機動戦闘の経験なんてそんなにないはずだから、火力は別にしても機動力であそこまで戦えるはずないしね」

 

「まあ、そうだろうな」

 

 偽物のハオは偽物に過ぎない。 ハジメ達のハオへの恐怖が具現化した物が偽物のハオなので、その認識はそのまま偽物のハオの強さになる。

 言った通り本物のハオは空中戦が出来てもそれに慣れている訳でなく、更にドラゴンボール世界の戦闘力がある訳ではないので高機動空中戦のガチンコ勝負など成立するはずがないのだ。

 それでも拮抗してるのはハオがラスボス故にそう簡単に倒せるわけがない、という認識がハジメにあるからこそハオの空中戦での強さに繋がっているのだ。

 

 だがそれでもこのハオには勝てるという確信があり、ハジメは様子見をやめて決着をつけようと勝負に出る。

 気円斬を作り撃ち出さずに掌に添えたまま接近戦を挑む。

 気円斬を使った近接の斬撃で、受け止めようとしたSOFの両腕を切り裂き、そのまま投げつける事で胴体を真っ二つにしようとする。

 

 ハオはその切れ味を警戒して全力で回避するが、それを読んでいたハジメが先回りして両手を組んだ振り下ろしで地面に向かって叩き落す。

 体制を整えさせないために追い打ちで気合砲を撃ち放つと、ハオはそのまま墜落し地面にひび割れを作りながらめり込んだ。

 ダメージを含め地面にめり込んだことで動きを封じたところに、ハジメは止めを刺しに行く。

 

『かーめーはーめー、波あぁぁぁ!』

 

 先ほどよりも気を練りこんだかめはめ波を撃ち出し、身動きの取れなかったハオは地面に大穴を作りながらかめはめ波に飲み込まれて消え去った。

 

『はぁ、はぁ……』

 

「終わったな、お疲れさま」

 

『ああ、余裕はあったけどなんかすっごい疲れた』

 

「修行はあくまで修行だからな。 コピー同士でしか模擬戦でも戦ったことなかったし、今回がある意味初めての実戦だしな」

 

『確かに死ぬかもしれない命のやり取りってのはすごいストレスを感じる筈だしな。

 修行の続きは少し休んでから……あれ?』

 

 そこではたとハジメはある事に気づく。

 様子を見ているハジメ達も少し休むという言葉におや?と疑問符を浮かべる。

 

「確か地獄の修行って絶え間なく敵が襲ってくるんじゃなかったか?」

 

『確かそうだったような…』

 

 地獄とは本来修行場ではなく責め苦を受ける場所。

 そのルールを利用してシャーマンたちは、己の巫力を高めるために絶え間なく襲ってくる敵との戦いで、精神を追い込み鍛える事に活用したのだ。

 解り易く言うと拷問を受けて精神を鍛えろと言う荒行そのもので、休む暇など当然ない。

 原作キャラの一人が、なぜか普段から拷問器具に入っていた理由が分かった気がする。

 

「じゃあ次の敵がそろそろ現れるんじゃ」

 

『えっと……あっ』

 

 向こうのハジメが辺りを見渡すと何かに気が付いて上空を見上げる。

 タイムテレビ越しに見ているハジメ達もハジメが見た物を映すように視点を変えると、上空にだんだん光が集まり始めていた。

 

「次の敵かな」

 

『主人公たち良く死にながら戦い続けられたな。 僕が戦い慣れてないのもあるだろうけど、一戦だけでけっこう疲れてるのに』

 

「だからこそ精神=巫力を高める修行なんだろう。

 こっちは蘇生出来る準備は整ってるけど、どうする」

 

『まだ一回も死んでないんだ。 何度か死ぬ覚悟で来たってのに一戦しただけで帰る訳にはいかないだろう』

 

 継戦の意思を示しハジメは光から現れる新たな敵を見据える。

 そして現れるのはシャーマンキング特有の霊的存在なのに巨大ロボっぽい印象のある存在。

 

「「『………』」」

 

O.S G.S(オーバーソウル グレートスピリッツ)

 

 原作最終決戦においてハオがシャーマンキングとしてG.SをO.Sした最後で最強の敵。

 その能力は全て宇宙級のスケールで描かれ、隕石・超新星爆発・ブラックホールなどを発生させる事の出来る普通の人間のスケールでは到底勝てる相手ではない存在。

 此処にもジャンプ特有にパワーインフレを感じる。

 

『………帰っていい?』

 

「さっきの宣言どうした」

 

『いや無理でしょ! 順序的にあれが出てくるのは不思議じゃないけど、流石にあれはドラゴンボールの戦闘力でも無理! 魂が一発で消し飛んじゃうって』

 

「大丈夫だ、いくら地獄でも本物のG.Sの力を再現するのは無理がある筈。 本物のシャーマンキングもいないんだから只強いだけで魂を一発で消し飛ばすような特殊能力までは持ってない筈だ。

 さっきも言ったように心が折れなければ死なない筈。

 何なら○×占いで確認しようか?」

 

『あれと戦うこっちの身にもなれ! ってぬあー!!』

 

 そうこうしている間にG.Sの無数の隕石攻撃が始まる。

 

 その後ハジメはG.Sに何度も宇宙スケールの攻撃で消し飛ばされ殺される事になるが、とりあえず心を折られずに耐え抜く事で生き残り、蘇生を受けて現世に生還した。

 偽物とはいえG.Sの攻撃に耐え抜くのは巫力の向上に大きく寄与し、一回の地獄からの黄泉返りで最大巫力10万オーバーを達成した。

 成果が出るのであればハジメ達もO.S G.Sと言うムリゲーに前向きに挑む気になる。

 

 多数のハジメを地獄に送り込みG.Sに神風特攻を繰り返し、精神が限界に来たら蘇生させることで帰還し交代で他のハジメが地獄に向かう。

 神風特攻も無意味にやるのではなく攻撃を避けられるなら避け、気を使ったバリヤーで可能な限り耐え、全力のかめはめ波をなりふり構わず打ち込む事を繰り返した。

 惑星を吹き飛ばせるドラゴンボールの気功波であれば星そのものと言っても過言ではないG.Sを倒すだけの火力はある筈だと考えていた。

 即死攻撃ばかりを使ってくる偽物のG.Sにドラゴンボールの戦闘力で一矢報いようと決心していた。

 それが修行の最終課題として。

 

 そしていつの日にかG.Sにかめはめ波を叩きこむ事で倒す事に成功するが、同時に悪夢を見る事になる。

 この地獄は恐怖する存在が敵となって現れる、半分が空想で出来ているような世界だ。

 G.Sを倒す事でその恐怖を克服すれば更なる恐怖が敵として現れるのだが、この世界にG.S以上の恐ろしい物は存在しない。

 しかしハジメ達の認識において恐怖の対象というものはこの世界に止まらない。

 現代のフィクションが描く力のスケールは惑星クラスに止まらず、次元を超越するだの宇宙を抹消するだの存在を書き換えるだのと、よくもまあこんな常識から離れた発想が出来るなと思う能力が存在して、そんな力を使う事の出来るキャラがいる作品が多数ある。

 パラレルマシンで行けるけれど絶対に行かないと決めている世界ではあるが、ハジメ達は作品としては知ってはいるのだ。

 こんなのがいたら恐ろしくて仕方がない(・・・・・・・・・・)という認識をもって。

 

 

 

 後は、解るな…

 

 

 

 

 

 




ドラゴンボールの気の修行をするのを書くのがすごく楽しかった。


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リリカルなのは
第一話 時空船とプレシアとアリシア


 性懲りもなく、リリカルなのはです。
 最近下火になっていますが、まだまだ根強い人気ですよね。

 以前のなのはの作品の更新停止を残念に思ってくれた方には、すこし申し訳なく思います。


 

 

 

 

 

「エル、リース。 そっちの状態はどうだ? 問題なく行動出来てるか?」

 

 時空船の中から外にいる二人に、ハジメが通信機越しに訊ねる。

 

『こっちは大丈夫ですマスター』

 

『私も問題ありません。 今の所活動に支障は出ておりません』

 

 エルの柔らかい声とリースのキリッとした声の返事が返ってくる。

 

「レーナ、船の航行に支障は出ていないか?」

 

「問題ないのです。 全システムオールグリーンで動いているのです」

 

 時空船の状態管理を行っているレーナが船の現状を問題ないとハジメに伝える。

 

「アイナ、時の庭園の状況は?」

 

「予定通りに事態が進んでるよマスター。 ジュエルシードも発動して、もうすぐ虚数空間の穴が開くと思う」

 

 アイナが船に組み込まれているタイムテレビ式のモニターに映し出されている状況を伝えてくる。

 

 ハジメ等は予定通りにリリカルなのはの世界に来ており、その世界の魔法が使えない空間と言われる虚数空間に時空船を浮かばせて、タイムテレビから虚数空間外の状況を窺っていた。

 現在の状況は、アニメ第一期の最終局面である時の庭園における主人公勢とプレシア・テスタロッサとの攻防の真っ最中である。

 ハジメは目的の為に虚数空間に先行し、時の庭園が落ちてくるのを待ち構えていた。

 

 船の外にいるエルとリースは当然虚数空間に身を晒しており、宇宙空間でも活動出来るように設計されていても未知の空間での活動を心配してハジメは確認を取っていた。

 時空船自体も超空間を航行する以外にあらゆる特殊空間での活動に耐えられるようになっているが、不測の事態に備えてレーナに船の状態の確認を怠らせなかった。

 

「よし、事態が動いたら予定通りに動いてくれ。

 ドラ丸、無人時空船を展開して落ちてきた時の庭園を受け止める準備をしろ」

 

「承知でござる」

 

 船のコントロールを任されていたドラ丸が指示に従い、ハジメが新たに作り上げた専用船、異世界移動時空船ヴィディンテュアムに組み込まれた超科学の機能を展開する。

 虚数空間に浮かぶ時空船ヴィディンテュアムの周囲に空間の穴が開き、そこから同サイズの無人の時空船が複数台現れた。

 これがヴィディンテュアムと名付けられた時空船の機能で、固有の四次元空間を持っており自身の近くの空間に四次元空間に繋がる穴を開けて、そこに収容された武装や護衛艦などを自在に展開できる空母を上回る収容能力を持っている。

 四次元空間から取り出された無人の時空船にはバリアー機能が搭載されており、落ちてきた時の庭園を複数の艦のバリアーを同期させて展開する事で受け止める予定だ。

 後は物語通りに事態が進行するのを待っているだけだった。

 

「ねえマスター」

 

「何だ、アイナ」

 

 モニターで物語の展開状況を確認していたアイナがハジメに声を掛ける。

 

「本当にあのプレシアっておばさんを助けるの?」

 

「そのつもりだけど、アイナは不満か?」

 

「まあアニメだけじゃなくて、リアルでフェイトって子をいじめるのを見ちゃうと流石にね~」

 

 軽口で話すアイナだが、その顔は非常に不満げでやるせない気持ちを出していた。

 チェックしているモニター状況はハジメでも確認出来るので、やるせない気持ちになる展開があったのはアニメの知識から予想が出来た。

 

「プレシアが管理局に捕まったフェイトを切り捨てるシーンか。

 確かに思う所はあるが、時の庭園だけ回収して同じように落ちてくるプレシア達を無視するのもあれだろう」

 

「そうなのです。確かにプレシアさんはフェイトさんに酷い事ばかり言うのですが、プレシアさんもかわいそうな人なのです」

 

 アニメを見ているのでここにいる全員がキャラクターの裏事情なんかを大まかに把握している。

 しかしこの世界の明確な情報が記された原作でも、書かれていないシーンや時間は当然あり全てが記されているわけではない。

 この世界は現実として存在しているので、アニメを見たとしてもすべてが解る訳ではないとハジメはここに来る前に注意確認を行っていた。

 レーナは優しい性格からプレシアに同情的だが、原作で見れない罪や行いまで知っているわけではないので、正しい判断とは言い切れない。

 

 アイナもレーナと同じように同情的な部分はあるにはあるが、酷い言葉で娘を傷つける様をリアルタイムで見る事になって、同情的ではいられなくなっていた。

 マスターに仕える以上善性の人格をもっている神姫達は、悪意ある人の行動に嫌な気分にならざるを得なかった。

 

「それはそうだけど、もう見てらんないよ…。 この後も会いに戻って来たフェイトに酷いこと言って虚数空間に消えちゃうんだよ。

 普通の子供だったらトラウマ物だよ」

 

「確かにそうなのですが……マスター、何とかしてあげられないのです?」

 

 フェイトの境遇に悲しそうに語るアイナに、レーナも何とか出来ないかとハジメに訊ねる。

 しかしこの状況で余計な事をしても碌な事にならないとハジメは解っていた。

 

「どうにかするだけだったなら、もっと早い段階でいろいろ準備しておかないといけない。

 それにこの世界が物語となっている世界でも、世界自体が物語なわけじゃない。

 過程と個人の気持ちの問題となると、ゆっくり話し合って解決しなければいけない事だ。

 病気の進行による焦りから真っ当な精神状態じゃないプレシアとゆっくり話し合うのは、普通の手段では物語が始まってからじゃ不可能だろう」

 

「普通じゃない手段なら何とかなるのです?」

 

「なるとは思うが、いろいろややこしくなって碌な事にならないと思う」

 

 ひみつ道具の中には心変わりするようなものが割とたくさん存在する。

 ドラえもんのアニメでは悪戯に使われることが多いが、彼女達の関係は非常に切実でシリアスな問題だ。

 そういう道具を使えばフェイトとプレシアの仲を取り持つのは簡単だが、道具を使って心を無理矢理変えるというのは間違っているとハジメは思っていた。

 

「原作を知っていても、彼女達はしっかりとした人間なんだ。

 知っているだけの僕等が無理矢理解決しても、歪な関係になって後で余計拗れてしまう気がする。

 そういう問題には下手に手を出さない方が良い」

 

「だけど…」

 

 納得がいかない様子のアイナに、感情豊かなのはいいが優し過ぎるのも困りものだなと、ハジメは神姫に組み込まれた人格性能の高さを再確認した。

 

「これは僕だけがどうすればいいという問題じゃない。

 だけどとりあえず僕等は虚数空間に落ちてくる彼女を助けて、話が出来る様に治療するつもりだ。

 その時思う事があったら言ってみるといい。

 このまま見捨てるという選択肢は流石に出来ないからね」

 

「…わかった」

 

 不承不承と言った感じにアイナはモニターの監視に戻り、それを心配そうに見ていたレーネが声を掛ける。

 

「アイナ、見たくないのなら私が変わってもいいのです」

 

「え、レーナ……いや、だめだめ、これはボクがマスターに頼まれた仕事なんだから」

 

「アイナ、本当に無理はしなくていいよ」

 

「大丈夫だよマスター。 見張る事だけなのにボクだけ出来ないなんて嫌だもん」

 

「それならいいんだが…」

 

 アイナにも意地があり、自分だけマスターに頼まれた事をこなせない等とは言えないのだ。

 そこまで言われてやる気を見せない訳にも無く、先ほどの不承不承と言った様子はすっかり消えてモニターにかじりつくように見張り始めた。

 

「良い子達でござるな、殿」

 

「まあね。 そういう子達だからこそ作るのを望んだんだから」

 

 喜怒哀楽のある彼女達の行動をハジメは面白そうに見ていた。

 

 

 

 

 

 モニターに映る事態は進み、物語は最終局面を迎える。

 フェイトが時の庭園に舞い戻り、プレシアの前に立った。

 一度酷い言葉で斬り捨てられても、彼女は自身の思いの丈を伝える為にプレシアの前に現れて守りたいと語った。

 

『……私が貴女の娘だからじゃない。 貴女が私の母さんだから…』

 

『………くだらないわ』

 

 万感の思いの言葉も拘泥の望みに捕らわれたプレシアに無下に切り捨てた。

 

「ムキーーー! やっぱりあのオバさん気に食わないー!」

 

「アイナ、そんなこと言ってる場合ではないのです!」

 

『任務に集中しろ! 既に空間に穴が開きまもなく落ちてくるのだぞ』

 

「わかってる!」

 

 アイナがモニターに映った状況に我慢できず不満を漏らすが、事態が最終局面となりハジメ達の動く段階が目前に迫ってきている状況だ。

 皆が集中している状況でレーナとリースが注意を促す。

 既に時の庭園が崩壊しだし、一部の瓦礫が虚数空間に落ち始めていた。

 

「管理局に虚数空間内にいる僕達を見られるのは厄介だ。 向こうから見られない様に行動に移す。

 アイナはモニターでフェイト達に虚数空間の穴の中を見られないよう離れだしたら合図をエルとリースに出してくれ。

 エルとリースは予定通り落ちてきたプレシアとアリシアの入ったカプセルの回収だ。

 頼むぞ」

 

「わかってるマスター!」

 

『わかりました!』

 

『了解です』

 

 そして間もなく時の庭園に大きな亀裂が入り崩壊が加速する。

 アイナが見張るモニターでプレシアとアリシアの入ったカプセルが虚数空間に落ち始めた。

 

「プレシアとカプセルが虚数空間に落ちたよ」

 

『こちらでもセンサーで確認できました!』

 

 エルが虚数空間に入ってきた二人を観測する。

 虚数空間と言うだけあって本来は何もない空間であり、当然宇宙のように空気も無い真空空間だ。

 この世界の魔導師が纏うバリアジャケットには、厳しい環境で活動出来る機能もあり、真空でもそう簡単に死ぬ事はないのは事前の調査で分かっている。

 だが虚数空間は魔法がキャンセルされてしまう空間でもあり、落ちてきたプレシアが生き永らえる時間はそれほどない。

 回収を急がなければならないのだが、フェイト達に見つからない様にギリギリまで待たなければならなかった。

 

『……おい、まだか! あまり時間は無いのだぞ!』

 

 急がねばならないが合図を待っているリースが、急かすようにアイナに怒鳴る。

 

「ボクに文句言わないでよ! あの子たちが離れるのを待つしかないんだから。

 ……もうちょっと………良し! 全員こっちに背を向けて離れだしたよ!」

 

『わかった! 行くぞ!』

 

『はい!』

 

 合図を受けてエルとリースがヴィディンテュアムの装甲から飛び立ち、虚数空間を落ちていくプレシアとアリシアのカプセルに一直線に飛んでいく。

 ISの機能が組み込まれた武装は慣性制御によって一気にトップスピードを出す事が可能であり、瞬く間に二人の元へたどり着いた。

 そしてエルが取り出した銃形状の物をプレシアに向ける。

 

『【テキオー灯】です!』

 

 銃口から放たれた光がプレシアに当たる。

 事前にハジメから渡されていたひみつ道具で、テキオー灯は光を当てるだけで高水圧の海底や宇宙空間などのあらゆる環境で生きられる体に適応させる事の出来るという道具だ。

 これで真空空間であってもプレシアが環境によって死ぬ事はない。

 テキオー灯を当てたエルは空間に浮かぶプレシアを抱きかかえ、リースも一緒にあったアリシアのカプセルを確保した。

 

『マスター、プレシアさんの救助完了です!』

 

『こちらもカプセルを確保しました』

 

「ご苦労さま。 続いて時の庭園が落ちてきてるからすぐに船に戻ってきて。

 残りはこっちの仕事だから、プレシアさん達を医務室に運んで簡単な検査をしておいてくれ。

 直ぐに死ぬようなことはないと思うけど、病気らしいから容態が悪すぎるようだったらすぐに僕を呼んで」

 

『わかりました』『了解』

 

 指示に従ってエルとリースがヴィディンテュアムに戻ってくる。

 その間にも崩壊した時の庭園の残骸がどんどん虚数空間の穴から落ちてくる。

 此方は虚数空間に入ったからと言って死ぬわけではないので慌てる事はないが、放っておけば断片が虚数空間内に飛び散ってしまうので、次元空間にいる管理局の船から見られないように虚数空間の穴が自然に閉じてから時の庭園の回収作業に入るのだった。

 

 数分後には空いた穴に水が流れ込むように空間の穴は塞がり、時空船のバリアーを利用した時の庭園の回収作業に入った。

 時の庭園はプレシア・テスタロッサの研究所でもあり、魔法技術を含む多くのミッドチルダの知識が詰まっている、ハジメには宝箱のような存在だ。

 崩壊していてもひみつ道具を使えば元通りに治せるのでどれだけ壊れていても問題ないが、断片が少なくなりすぎると修復に手間取るので、出来るだけ完全な形で回収したかったのだ。

 

「これでマスターの目的の物は手に入ったんだよね」

 

「そうだけど、まだ持ち主がいるんだ。 この後ちゃんと話し合ってから譲ってもらうつもりさ」

 

「勝手に人の物を取ったら泥棒なのです。 ちゃんとプレシアさんの許可を貰わないといけないのです。

 だけどマスター、こんなにボロボロで大丈夫なのです?」

 

「どんなに壊れてても元に戻せるひみつ道具があるから平気だよ。

 それよりプレシアさんの容体が気になるから、少し様子を見てこようと思うから後は任せて大丈夫かな」

 

 大部分の確保には成功したので、ハジメは収容したプレシアの様子を見に行こうと思った。

 

「大丈夫なのです。 マスターはプレシアさんの様子を見てくるといいのです」

 

「ボクはあのおばさんに会いたくないからこっちにいる」

 

「後は散らばった小さな残骸を無人機に回収させるだけでござるから、任せておくでござるよ」

 

「それじゃあ、後はよろしく」

 

 船のブリッジを出て、ハジメはエル達のいる医務室に向かった。

 

 

 

 

 

 ハジメが医務室に着くと、エルとリースがベットに寝かされたプレシアに検査機器を付けて容態の確認をしていた。

 

「マスター、もうそちらはいいんですか?」

 

「一区切りついたから、プレシアさんの様子を見に来たよ。

 状態はどう?」

 

「あまり良くありません。 ちょっと検査しただけでも無数の腫瘍が見つかっています」

 

「私たちの医療知識でも、ベットで絶対に安静にしていないと命に関わるとわかります」

 

「執念って奴だね」

 

 娘を生き返らせる為に重い病状を抱えていて苦しいはずなのに、それに耐えて執念で目的を果たすために動き回ってきたのだ。

 それが空回りとしか思えず、真っ当な精神状態で無くなっていたとしても、失った娘を取り戻したいという強い愛情からくるものだろう。

 愛は人を狂わせるとはよく言ったものだ。

 

「どうしますか、マスター。 直ぐに処置をしないとプレシアさんは長く生きられないと思います。

 正直、もう手遅れな可能性も…」

 

「生きているのならひみつ道具でどうにでもなる」

 

 死んでいてもどうにかなりそうだとハジメは思ったが、無暗に死なせるつもりはないので予定通りの治療法を実践する。

 

「ひみつ道具【万病薬】。 これは名前の通りどんな病気にも聞く錠剤状の薬だ。

 更にひみつ道具ではないがドラゴンボールの世界から持ってきた【仙豆】。 これは体力を一気に回復させて致命傷のケガも治す強力な栄養薬だ。

 この二つを飲ませれば生きている人間ならほぼ間違いなく全快するだろう」

 

「ひみつ道具ってなんでもありなんですねー」

 

「まあね、とにかくこの二つをプレシアさんに飲ませてくれ」

 

「わかりました」

 

 二つを受け取ったエルは、意識の無いプレシアが飲みやすいように少し砕いてから口に含ませて、水と一緒に飲み込ませた。

 飲み込んだ直後から顔色が良くなり目元の隈も薄くなって、一見して症状が良くなったのが解る。

 

「飲ませただけで顔色が良くなりましたよ」

 

「呼吸もだいぶ落ち着いている。 すごい効き目だ」

 

「仙豆の効果は即効性だけど、万病薬は直ぐに効くわけじゃないから、体力が回復しただけだ。

 体力があれば病状へ抵抗も出来るだろうから、その間に万病薬の効き目が出る筈だ。

 仙豆ほどでなくても万病薬の効き目も早いから、そう遠くない内に目が覚めるだろう。

 様子を見ながら自然に起きるのを待とう」

 

「はい」「わかりました」

 

 そうして病状の変化に気をつけながらプレシアが起きるのを待つことにした。

 それまでどうしようかとハジメが考えると、ふとアリシアが入れられているカプセルの方を見た。

 

「………」

 

 

 

 

 

 プレシアの病状は数時間毎の検査でどんどん改善し、半日後にはほぼ全快して後は起きるのを待つだけとなった。

 様子を見張っていたエルがプレシアが身じろぎをしたのに気づく。

 

「ッ! マスター、プレシアさんが起きそうです!」

 

「わかった、今そっちに行く」

 

 手の空いていたハジメが暇潰しに見ていた虚数空間の観測資料を戻して、目覚めようとしているプレシアの元に来る。

 

「…ぁ………ここは、何処?」

 

「僕の船の中です。 気分はどうですか、プレシア・テスタロッサ」

 

「私はどうしてここに…」

 

 検査した上では問題がほとんど消えていたのでハジメが体調に気を掛けたのだが、耳に入らないかのように現状を思い出すためにプレシアは自問する。

 

「そうだ、私は虚数空間に……アリシアは! アリシアは何処!?」

 

 意識を失う前に虚数空間にアリシアと共に身を投げた事を思い出したプレシアは、頻りに娘の名前を呼んで所在を求める。

 

「やれやれ、病状が良くなれば落ち着いて話が出来るかと思っていたけど、これでは先に手を打っておいて正解だったかな。

 貴女のアリシアならそちらの隣のベットに寝てますよ」

 

「アリシア!!」

 

 病み上がりだというのに慌ててベットから上半身を起こし、向かいのベットの方を見る。

 そこにはベットに寝かされているアリシアがおり、更に奥にはアリシアの入っていたカプセルが置かれていた。

 

「なぜカプセルから出したの! このままじゃアリシアが!」

 

 アリシアが入っていたカプセルは死体を腐敗させない為の物で、中から出せば当然腐敗を始める。

 直ぐにカプセルの中に戻そうと慌ててベットから降りて、隣のベットに寝かされたアリシアを抱え上げてカプセルの中に入れようとする。

 

「そんなことをしたらダメですよ。 その子がまた(・・)死んじゃうじゃないですか」

 

「え?…」

 

 アリシアを抱えた状態で言われた事が一瞬理解出来ず呆然とするが、抱えた体に温かみを感じてアリシアの顔を見下ろす。

 

「アリシアが……生きてる?」

 

 呆然としながらも今一度アリシアをベットに下ろして、自身の手で脈を測り呼吸を確認し体温を感じ取る。

 全てを感じ取って改めてアリシアが生きている事を認識する。

 

「そんな…どうして……まさか偽物?」

 

「あなたがそこにいる娘の真偽を判断出来ないのなら、本物はあなたの想像の中にしか存在しませんよ」

 

 ハジメは当初はプレシアが起きて交渉してからのつもりだった予定を繰り上げて、起きる前にさっさとアリシアを蘇生させた。

 勝手に蘇生させると後で何を言われるかわからないのと礼儀の問題でプレシアと話し合った後にするつもりだったのだが、目覚めたプレシアが初対面の相手に蘇生出来ると言われたところで不用心にアリシアの体に触れさせるとは到底思えない事に気が付いた。

 

 アリシアを蘇生出来る事を証明する為に、幾人かの蘇生実験を行って見せないと信用されない可能性が高い。

 信用される為に幾人も死人を生き返らせるなど、非常に手間も後始末も多くの問題が掛かり過ぎる。

 そこまでして得られる物が時の庭園というのは、ハジメには対価としてはあまりに不釣り合いだと思った。

 所有者無しになる筈だった虚数空間に落ちた庭園を貰う対価としてアリシアを蘇生するのも、義理と善意からの行動なのでそこまでサービスする気になれない。

 なのでアリシアの蘇生を先にして事後承諾で対価に時の庭園を貰う事にしたのだ。

 

 既に蘇生させてしまったアリシアを偽物と疑われて軽口で返答しているが、偽物と判断されてしまったらまずいなとハジメは気づく。

 カプセルの中に居たアリシアを蘇生させたので間違いなく本物だが、長年正気が疑わしい状態が続いたプレシアが正しい判断を下せるか不安がある。

 何せプレシア自身が偽物であるフェイトを作ってしまったのだから、容姿が同じなだけでは偽物と判断されても可笑しくない。

 説得が面倒で見ていない内に蘇生させてしまったデメリットであった。

 

「………いえ、この子は確かに私のアリシアだわ。 だってずっと眠り続ける姿を見てきたんだもの。 間違えるはずがない」

 

「それならよかった。 せっかく蘇生させたのに偽物と断じられたら、こちらも困ってしまう」

 

「蘇生させた? 貴方がアリシアを生き返らせたというの!?

 いえ、そもそもここはどこなの。 船の中だというのだからてっきり捕まって管理局の船かと思ったけど、私は確かに虚数空間に落ちたはず。

 意識を失う前には既に魔法も使えない領域まで落ちて、管理局の魔導師でも私達を拾い上げるのは不可能だわ」

 

 アリシアの事が気になって把握出来ていなかった現状を、冷静になってようやく理解し始めたプレシア。

 慌てっぷりにやれやれと言った感じのハジメは、改めて彼女に現状の説明を始める。

 

「改めて説明させてもらいますがここは僕の時空船の中です。

 この船は現在虚数空間を潜航中で、貴方が開いた虚数空間の穴があった直ぐ近くに滞在しています」

 

「冗談はやめてちょうだい。 虚数空間を次元艦が航行出来る訳がないわ」

 

 ミッドチルダ人であるプレシアにとって魔力炉が動力である事が常識の次元艦は、魔法が使えない空間である虚数空間を航行できないのは当たり前の事だった。

 

「次元艦ではなく時空船なんですが、似た様な物なので言い方は別にいいでしょう。

 ですが、この船はあなたの知っている次元艇と違って魔動力を一切使っていない超空間移動船です。

 魔力を使わないのであれば虚数空間の特性など関係ないでしょう」

 

「魔力を使わない次元艇が開発されたなんて、近年のミッドの情報が疎い私でも流石に耳にしない筈がないわ」

 

「僕等はミッド出身ではありませんし、管理世界の住人でもないですよ」

 

「管理世界の住人ではないって………虚数空間を航行してアリシアを蘇生させるほどの技術って、まさかアルハザードの住人だとでもいうの?」

 

 自身が目指していた場所の技術であれば虚数空間を航行する技術があっても可笑しくないと思い付く。

 

「いえ、それも違います。 僕等は管理局なんかが把握出来ないもっと外の世界からやってきたんです」

 

「管理外世界ってこと?」

 

「管理局の把握していない世界がすべてそう呼ばれるんでしたらそうなんでしょうが、僕等の世界はそういう枠には収まらないと思いますよ。

 管理局にはおそらく来ることが出来ない世界ですので」

 

 このリリカルなのはの世界には無数の世界が次元世界に存在しているが、ハジメから見れば全てをひっくるめて一つの世界と見ることが出来る。

 ミッドでは次元世界は海とも呼ばれるが、その海を次元艇で渡る事で別の島という別世界に行くことは出来ても、更に外の世界の宇宙に出るための宇宙船を作る事は出来ていない。

 それが出来るのがハジメ達の時空船という事だ。

 

「僕等がこっちの世界に来たのは目的がありまして、その目的の為にあなたを助けました。

 とある理由であなたの事情を知って、先に恩を売っておこうと望みを叶えさせてもらいました。

 説明してからその子を蘇生させるのは説得が面倒でしたので、事後承諾になってしまったのは謝らせてもらいます」

 

「………確かに何処の誰ともわからない輩に、私のアリシアを蘇生出来るからといって触れさせるわけがないわ。

 もし私が目覚めた時にアリシアが無事でなかったら只じゃすまなかったわ」

 

 ハジメの予想していた展開をプレシア自身も認める。

 万一はないと確信はあったが、プレシアの鬼気の籠った宣言にハジメも少しヒヤッとする。

 しかし言い辛いながらも、ハジメはプレシアに伝えなければならない事があった。

 

「それなんですが、その娘の蘇生が万全かどうかはその子が目覚めてみないとまだわかりません」

 

「なんですって。 それはどういうこと!!」

 

 アリシアの蘇生が不完全かもしれないと言われて、誰もが震え上がりそうな鬼気を見せながらハジメに迫る。

 

「長年死んでいた状態から蘇生させたので、精神がどのような状態かまだわからないんです。

 死んだ人間を生き返らせた事は何度かありますが、長期間死んでいた場合からの蘇生は経験が無いんです。

 こればっかりは起きてみないと分かりません」

 

「万全でない蘇生をアリシアにしたというの!」

 

「万全な蘇生方法と言われても、生き死にと精神の健全性は全くの別物なんです。

 精神に何かしらの問題があったとしても、肉体が生きた状態で無ければ精神の回復も出来ません。

 とにかくその子が目覚めてから精神鑑定をしてみるしかありません」

 

「くっ……お願いアリシア、無事に目を覚まして…」

 

 万全な蘇生でない事に不満を漏らすプレシアだが、ハジメは出来る限り問題が無いように蘇生を行っていた。

 死者の蘇生というものは不老不死と同じくらい昔から人が求めてきた禁忌の行いだが、物語の世界には割とありふれて存在している事象だ。

 力を得る為にコピーを送った世界のいくつかにも蘇生手段がある所はあり、特殊過ぎる条件でない限り可能なだけ技術を持ち帰ってきたので、使える蘇生術をハジメはいくつか手に入れている。

 実は【タイム風呂敷】の原作エピソードに、古くなったワニ革のバックを新品にしようとして時間を巻き戻したら、生きていたワニにまで戻してしまったという話があり、タイム風呂敷だけで蘇生出来かねないのだが、それでは禁忌という感じや高位の技術っぽさのある他の蘇生術があまりに不憫というかあっけない感じがするので、タイム風呂敷による蘇生を試すのはやめようとハジメは思っていた。

 

 そこで他の蘇生術でアリシアを蘇生させるつもりだったのだが、アリシアの遺体を確認していろいろ思うことが出来たのだ。

 先にプレシアの説得が面倒だと気づいたのもあるが、同時に遺体の前に佇むアリシアの幽霊が見えてしまったのだ。

 物語に描かれる人の力というのは、生命力を活用する力に分類するに魔法を使う為の力である魔力、そして魂の力と言われる霊力に大体分類されるとハジメは考えており、当然霊力を使う霊能力者がいる世界の力もハジメは蒐集している。

 そのお陰でアリシアの幽霊を見ることが出来たが、ハジメが認識したその状態はあまり良いものではなかった。

 

 幽霊といっても色々な呼び方があり、”亡霊””浮遊霊””地縛霊”そして”悪霊”と、様々な状態の霊が存在する事を証明している。

 悪霊化していたという最悪の事態ではなかったが、幽霊のアリシアはただ静かに眠っているプレシアの方をぼんやりとした目で見続けているだけで、声をかけても何の反応も示さず語らないそこに佇むだけの普通の亡霊といった様子だった。

 最初からそうだったのか長い幽霊生活で精神が消耗してしまったのかわからないが、後者だった場合には蘇生しても正常な状態でいるかどうかハジメは不安を覚えた。

 プレシアの説得に加えて魂の概念の無い世界の人間にこの状態のアリシアを説明するのは非常に困難だと考えて、急いで先に蘇生させて精神状態を確認したかったのだが、プレシアが先に目覚めてしまったのでハラハラしながらアリシアが無事に目覚めるのをハジメも祈っていた。

 感情を顕わにして癇癪を起こす女性は、ハジメにはどんなに強くなっていても怖いのだ。

 

 方向性は違えど無事に目覚めてほしいと祈られてるアリシアが、プレシアの呼びかけに反応して身動ぎを起こした。

 煩わしそうに眉間を歪ませてから、ゆっくりとその両目を開いた。

 

「アリシア、私の事が解る?」

 

「………ママ?」

 

「アリシアー!!」

 

 小さな声を聴いて感極まったプレシアは涙を流しながらアリシアを抱きしめた。

 念願の叶うはずのない望みがかなった瞬間だった。

 

 

 

 

 

 



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第二話 夢の記憶と二つの本

 

 

 

 

 

『ママの馬鹿ーーーーー!!!』

 

『ごめんなさいアリシアー!』

 

 ハジメの時空船ジャーニー内に子供の怒りの声と母親の謝る声が響き渡った。

 

「今日も元気なようで何よりだ」

 

「マスター、プレシアさんとアリシアちゃんにとってはそれどころではないのです」

 

「蘇生後の厄介な後遺症も無く、叫ぶ元気があるのなら後は些細な問題だろう」

 

「あの人たちにとっちゃ些細な問題じゃ無いんだろうけどね」

 

 管制室でこの世界に来て手に入れた技術資料の整理をしながら寛いでいたハジメとレーナとアイナは、今朝も(・・・)聞こえたアリシアの大きな声に感想を言う。

 アリシアが蘇生してから一週間、この世界に拠点の無いハジメ達は虚数空間の船の中で過ごし、蘇生後の後遺症が無いか確認の為に容態を見ていた。

 ハジメの作った時空船だけあって船の中であっても生活環境が充実しており、閉塞感の無い生活が送れるのでそのまま虚数空間で様子を見ていたが、アリシアが目覚めて初日の内は何も問題が無かった。

 目覚めてから再度検査をして身体的に何の異常も出ず、本人はまだボンヤリとすると言っていたがプレシアとしっかりと受け答えをしていて特に問題は無いように思えた。

 

 しかし一晩ベットで眠り翌朝になって、目覚めたアリシアは突然プレシアに泣きついて謝りだしたのだ。

 一緒に寝て居たプレシアも、朝になって突然泣いて謝りだしたアリシアに戸惑いながらもあやして落ち着かせようとした。

 突然泣き出したことで様子を見に来たハジメ達も見守り、30分位してようやく落ち着いたアリシアの話を聞くことが出来た。

 

 突然泣いて謝りだした理由は夢の中で自分が死んでいて、プレシアがずっと自分の目の前で悲しみ続けてる様子をずっと見続けていたというのだ。

 自分は見ているだけで動く事も出来ず、悲しんでいるプレシアに何も出来ない状態がとてもとても長い間続いていたのだという。

 それを聞いたハジメは幽霊になっていた間の記憶だと思い、プレシアも幽霊の存在を理解しなくても遺体の前で嘆いていた自分の事なのだと解った。

 生き返ったばかりのアリシアは自分が死んでいた自覚が無かったが、この夢の記憶をはっきりと思い出したことで自分が死んでいたのだと理解し、目覚めたら改めてその時の感情が沸き起こり悲しませてしまっていたプレシアに泣きながら謝りだしたのだ。

 

 プレシアはこれが蘇生の後遺症なのかと思ってハジメに問うが、あながち間違いではないのでそれと説明する為に幽霊の概念から説明した。

 幽霊や魂といった物の説明に懐疑的ではあったが、死んでいたアリシアが知覚出来る訳がないととりあえずはその事実を受け入れた。

 そしてアリシアの幽霊時の状態を説明して懸念していたことを伝えると、プレシアもアリシアの精神状態に不安を感じた。

 幽霊だった時の記憶をちゃんと認識している様だが、情緒不安性ではあってもちゃんと泣いて自分の意思を伝えられている事から、ハジメはとりあえず大きな問題ではないだろうとその日は判断した。

 

 そして次の日もアリシアは夢で幽霊の時の記憶の続きを見て、翌朝にプレシアに泣きつく事になった。

 再びアリシアに落ち着いてから夢の内容を聞くと、それは昨日の夢の続きで同じようにプレシアが自身の前で嘆いているのがほとんどだったという。

 その説明から幽霊の時の記憶が夢を見る度に呼び起されているのだろうと解った。

 全ての記憶を夢で見れば治まるだろうと解ったが、毎朝アリシアが泣き叫ぶのを見てられないのでどうにか出来ないかとプレシアがハジメに訊ねた。

 ひみつ道具には夢に関する物も多数あるが、只の夢ではなく記憶の再生が原因では下手な夢を見せると記憶の混乱を起こす可能性も想定出来たので手を出しづらく、全ての記憶を見終わらせることが最善だった。

 それから朝になる度にアリシアは夢の記憶の反動から、情緒不安定になりプレシアに泣きついて謝っていた。

 

 しかし昨日の朝からは事情が変わり、アリシアはプレシアに泣いて謝るのではなく泣きながら怒り出したのだ。

 長い年月を数日で追体験していたアリシアは、ようやく近年の記憶までたどり着きフェイトが誕生した時期に入ったのだ。

 それを見ていたアリシアは非常に複雑な思いではあったが、プレシアが元気になるならそれでいいとも最初は思っていた。

 しかしプレシアがフェイトと相容れずに距離を取り始めて、飼い猫だったリニスを使い魔にして教育係にし、最後には消滅してしまったのを知って怒らずにはいられなかった。

 

 その時の事を知られて泣きながら怒られると、流石のプレシアも言葉を詰まらせて何も言うことが出来ずに駄々っ子のように両手の拳を振るってくるアリシアにオロオロしながら棒立ちになるしかなく、代わりにあやして落ち着かせたのは世話役をしていたエルだった。

 その日はアリシアは終始不機嫌でプレシアに近づかずにエルの傍を離れず、プレシアはとてもばつ悪そうにアリシアに何度も謝るしかなかった。

 

 だが、その日の夢はリニスがいなくなるまでの記憶で終わっており、次の日の今日アリシアはおそらく生き返るまでの最後の記憶を見るだろうと予測された。

 アリシアが生き返って気持ちに余裕の持てたプレシアは、最近までやらかしてきた事に少なからず罪悪感を持てるようになっていた。

 リニスの件で怒られた事で最近の事は更にまずいのではないかと気付いたプレシアは、再びアリシアの見る夢をどうにかしてくれとハジメに頼む事になる。

 プレシアの思う所も理解できないこともないとハジメは少し呆れながら話を聞いていたが、アリシアが最後まで記憶を見るとプレシアを睨みながら拒否したのでその願いは頓挫した。

 

 そして本日、アリシアはとっても怒りながら目覚める事になった。

 

「それじゃあ彼女達の様子を見に行ってくるよ。 エルに任せっぱなしにする訳にもいかないからね」

 

 世話役をしているエルは、今日もテスタロッサ家の騒動の渦中にいた。

 

「わかったのです。 アリシアちゃん達の様子を見に行ってください」

 

「あの叫び声じゃあ盛大に気まずい状況だろうから、二人のフォローしてあげてね」

 

「二人のって事はプレシアさんもか? アイナはプレシアさんの事嫌いじゃなかったか?」

 

 時の庭園が虚数空間に落ちてくる時の状況のプレシアを見ていたアイナは、フェイトを手ひどく突き放していた彼女を非難していた。

 あまりいい感情を持っていなかったプレシアを気にかけた事にハジメは不思議に思った。

 

「そりゃあ今もあの人のした事で好きとは言い切れないけどさ、昨日アリシアに非難されてたプレシア無茶苦茶落ち込んでたじゃん。

 酷い事してきたのも全部アリシアに会いたかったからなんだから、そのアリシアに嫌われるのは流石にと思って…」

 

「アイナは優しいのです」

 

「ッ! レーナ、うるさい!」

 

 優しい目で見るレーネの言葉に、恥ずかしそうに声を荒げて誤魔化すアイナ。

 

「わかった。 あの二人の問題だからどこまでフォローできるかわからないけど、出来るだけやってみるよ。

 アイナも気になるんだったら後で会いに行ってみると良い」

 

「気が向いたらね」

 

 ソッポを向きながら答えるアイナを見てから、ハジメはアリシアたちの部屋に向かった。

 部屋に着きノックをしてエルの返事を聞いてから部屋に入ると、エルに泣きついているアリシアとベッドの上で落ち込んでへたり込んでいるプレシアの姿があった。

 エルは泣きついているアリシアを抱きとめて落ち着かせるようにあやしている。

 

「おはようございますマスター」

 

「おはようエル。 彼女達の事を任せて悪いな」

 

「いえ、これくらい構いません」

 

 エルはたいして気にしない様子であやしながら答える。

 泣いていたアリシアもだんだん落ち着きを取り戻してきて、来ていたハジメに気が付いた。

 

「んぐぅ……ハジメさん…」

 

「ああ、アリシア。 そろそろ落ち着いた?」

 

「…うん……迷惑かけてごめんなさい、エルさん、ハジメさん」

 

 泣き止む事の出来たアリシアは、朝から喚き散らして迷惑をかけてしまったと思い頭を下げて謝罪する。

 

「いや気にしてはいないよ。 夢で思い出した記憶の影響で起き掛けは精神が不安定になるみたいだからね」

 

 一週間程度の付き合いでしかないが、普段のアリシアは幼くとも聡明で感情的になって喚き散らすようなタイプではない。

 夢の中の出来事でも一つ一つであれば終わった事なのだからと我慢出来るモノなのだが、幽霊だった時の追体験という特殊な物のせいか、夢で感じた時々の感情が起きた時に一気に纏めてあふれ出てきてしまうようで、とても我慢出来ず感情的になって泣き出してしまうらしい。

 

「それとハジメさん、生き返らせてくれてありがとう」

 

「いきなりどうして?」

 

「夢の中でハジメさんが、生き返らせてくれた時の事を思い出したの」

 

「なるほど、そこまで思い出したってことは、もうこれ以上死んでいた時の夢を見る事はたぶんないだろうね」

 

 アリシアの夢は死んだ時の一番古い記憶から、順繰りに新しい記憶に向かって思い出されていった。

 最後の夢は当然蘇生させるときの記憶になるので、そこまで思い出せば幽霊だった時の記憶の夢は全て見切った事になる。

 

「私もそう思う。 なんだか全部思い出したって気がするから。

 あの、ハジメさん。 ハジメさんはママがしたこと良く知ってるんだよね。

 じゃあフェイトの事も知ってる?」

 

「詳しい過去のことまでは事細かには知らないけど、ジュエルシードに関わる事件の間の事は大体知っているよ。

 回収を命じられていたフェイトの事も知ってる」

 

「私、フェイトに会ってみたいの」

 

「アリシア、何を言ってるの? フェイトの事は…」

 

「ママは黙ってて!」

 

「はい!」

 

 まだ怒りが残っているという感じにアリシアが怒鳴って、プレシアは反射的に返事をして背筋を伸ばして口を紡ぐ。

 

「フェイトは今おそらく管理局の次元航行艦に捕らわれている筈だから、会うのはいろいろ問題があるな。

 どうして会いたいんだい」

 

「…謝りたいの。 私が死んじゃったせいでママがいっぱい迷惑かけたの、フェイトだから」

 

「な、なにを言っているのアリシア。 貴女は何も悪くないわ!」

 

「だけど! 私が死んでなかったらママが皆に迷惑かける事はなかったでしょ!

 ママにだって、いっぱい悲しませちゃった…」

 

「アリシア…」

 

 昨日と今日はプレシアに怒っていたアリシアだが、それまでは悲しむプレシアの夢を見て朝起きる度に泣きながら謝っていた。

 怒る事もあるが、同時にプレシアにも大きな引け目をアリシアは感じている。

 

「フェイトの事、夢の中で初めて知った時は私にそっくりでどういう風に見ればいいか分かんなかったけど、ママが喜んでくれるなら私の代わりに成ってもいいって思った。

 だけどママはフェイトを私の代わりに作ったのに、私と違うって言って突き放した。

 ママの為にいっぱい頑張ったのに、たくさん酷い事を言って酷い事をして…」

 

「…………」

 

 アリシアを生き返らせるために頑張ってきたプレシアだが、それまでの行為は決して誰かに顔向け出来る事ではない。

 それを自覚していてプレシアは、悲しそうに語るアリシアの顔を見ることが出来ず俯いている。

 

「最後にフェイトがママに会いに戻ってきた時もずっと一生懸命だった。

 ママにとってはフェイトは私の偽物だったかもしれないけど、フェイトにとってはママの事が大切なママだった。

 私と一緒で娘としてママの事がとてもとても大好きなんだって思ったの。

 だからフェイトは私と同じママの娘で、私の妹なんだと思う」

 

「アリシア、フェイトはね…」

 

「もう全部知ってるの! フェイトが普通とは違うって。

 だけどそれでも、ママがフェイトの事が嫌いだって言っても、私と同じようにママが大事なフェイトは妹だって思ったの!

 ママがなんて言ったってフェイトの事は文句を言わせない!」

 

 自身のクローンと言われて初めは複雑な心情だったアリシアだが、母親の為に頑張るフェイトの姿にプレシアよりも先に心を動かされていた。

 一度決めた以上は考えを変えないと言わんばかりに、アリシアはプレシアにフェイトは妹だと宣言した。

 プレシアも様々な負い目から、何を言ったらいいのかわからずオドオドするばかりだ。

 

「話はよく分かったけど、アリシアが直接フェイトに会いに行くのはいろいろ不味い。

 フェイトを捕らえている管理局は巨大な公的機関で、アリシアちゃんが会いに行くという事は死んで生き返った存在を公の場に晒すようなものだ。

 死者蘇生の成功例が世間に広まるなんて碌な事にならないだろうし、管理局という巨大な組織に知られるだけでも希少な存在として追い立てられかねない。

 死者蘇生は何時の時代何処の世界でも権力者に求められる物だからね」

 

「彼の言う通りよ。 アリシアが生き返った事が広まれば多くの人間に狙われかねない。

 せっかく生き返ったのにそんな危険な事はしないで」

 

「だけど………フェイトだけに私達が掛けた迷惑の責任を押し付けたくないよ」

 

「アリシア、あなたは何も悪くないわ。 全部私がやった事なのだから…」

 

 フェイトに会うのが難しいと解りアリシアは落ち込み、プレシアも管理局に接触させるのは不味いと解っているので、只アリシアに何の責任も無いとだけ語る。

 ハジメも何とかしてやりたいが、強引な手段は原作崩壊に繋がり碌な事にならないと思っているので、安易に合わせると引き受ける訳にはいかなかった。

 

「う~ん…何とか穏便に会わせる方法を考えてみよう。

 せっかく助けたのに下手な騒動に巻き込まれて不幸にする訳にもいかないからね」

 

「お願いします、ハジメさん」

 

「アリシアの夢も落ち着くと思いますし、プレシアさんもいろいろあると思いますが今後の身の振り方を考えておいてください。

 どこか行く当てがあるなら送りますし、無いようでしたら僕等の拠点に案内しますよ」

 

「貴方達の拠点って、いいのかしら? 貴方達の世界って管理世界とも隔絶した世界なんでしょう。

 散々世話になってしまっているけど、本来関わりの無い世界の人間を勝手にあなた達の世界に連れてきてしまっていいの?」

 

「構いません。 僕等の世界と言っても住んでいる人間は僕達だけですし、文明のある故郷の世界も隣にあるだけで次元転移が出来るほどの技術はありません。

 特異な技術を持っているのは僕達だけなので」

 

「そう……一応考えてはおくわ」

 

 

 

 

 

 アリシアとプレシアは過去の出来事をしっかり話し合うようで、世話役をしていたエルも邪魔をしないように席を外した。

 朝の騒動が終わってからハジメはまとめ終えた魔法科学の資料を整理してから、次の調査の準備に移っていた。

 【ビックライト】で大きくしたタイム風呂敷で崩壊する前の状態に戻した時の庭園の中を、ハジメと付き添いのリースとエルが歩いていた。

 魔動力で動く時の庭園は虚数空間では機能を完全に停止しており、内部環境の調整機能も働かないので人間が活動できる状態ではないがその辺りはテキオー灯で誤魔化している。

 

「リース、闇の書の様子に変わりはなかったか?」

 

「はい、やはりあらゆる魔法に関する品は虚数空間では完全に機能を停止するようです。

 この世界で過去に猛威を振るっていた闇の書の対抗手段に、虚数空間に落とすという選択をなぜしなかったのか不思議です」

 

「おそらく闇の書を落すための余裕を作る一時的な機能の停止が出来なかったのと、虚数空間を開くのに次元断層発生の危険性があったからとか、そんな理由じゃないかな」

 

 ハジメが言ったように虚数空間に浮かぶ時の庭園に、現在闇の書が持ち込まれていた。

 現時点ではまだ未起動の状態ではあるが、所有者である八神はやての傍を離されれば自動的に元の場所に転移してしまうが、虚数空間では転移魔法は使えないばかりか魔道具である以上何も出来ない状態になっている。

 ハジメが虚数空間に闇の書を持ってきたのは、どうやっても起動も暴走も出来ない状況で闇の書を夜天の書に修復し、そこに収まっている古代ベルカの魔法技術を調べる為だ。

 

「だけどマスター。 闇の書を持ってきちゃってよかったんですか?

 八神はやてさんの所から持ってきてしまったら、確実に原作通りに成りませんよ?

 それはマスターの望む事ではなかったはずですし、はやてさんの未来の家族を奪う事になります」

 

 ハジメはこの世界で原作の表舞台には極力干渉しない事は事前にエル達に宣言していた。

 闇の書はA’sの重要なファクターで、これ無しには物語は始まらない。

 それはそれで問題そのものが発生しないので平和ではあるが、原作の流れは完全に崩れる事になるだろう。

 

「それなら問題ない。 闇の書は今も八神邸にちゃんと置いてある。

 原作自体を壊すつもりは毛頭ないからね」

 

「え? それではひみつ道具で闇の書をコピーして持ってきたのですか?」

 

 コピーによる複製の入手はハジメの十八番なので、エルは今回も複製したと思った。

 

「似た様な物だが、今回はコピーとは違う。 此処にある闇の書は本物で、八神邸にある闇の書も本物だ。

 正確にはどちらも半分だけ本物なんだ」

 

「「どういうことですマスター?」」

 

 要領を得ないハジメの説明にエルとリースが声を揃えて訊ねる。

 

「先にこの後の予定を説明するが、闇の書はバグによって故障していて正常に動作していない。

 現在の魔法技術もまだ資料を手に入れたばかりなのに、古代ベルカの魔法技術の塊であるロストロギアなんて真っ当な方法で修復なんて出来やしない。

 だから当然ひみつ道具に頼るつもりだったが、未知の魔法科学の産物である以上修復方法は限られる。

 そこでお馴染みのタイム風呂敷で故障する前に時間を戻して修復しようと思ったんだが、これを使う場合はコピーを使う訳にはいかないんだ。

 何せ複製品の時間を撒き戻しても、作られたのがコピーされた時なんだからそれ以前に巻き戻せるはずがない」

 

「あ、それはそうですよね。 けどそれじゃあ本物を持ってくるしか…」

 

「半分本物って言っただろう? それに本物全部を持ってきてコピーを八神邸に置いてきたとしても、コピーとはやてに魔力的繋がりがある訳じゃないから誤魔化せるとは思えない。

 それに偽物をはやてに与えるというのも後味が悪すぎるじゃないか。

 半分本物っていうのは【なんでもカッター】で闇の書を分割して、欠損部分を【トカゲロン】で再生させることで本物を二つにしたんだ」

 

「ず、ずいぶん無茶な増やし方をしたんですね…。 暴走の危険があったんじゃないですか?」

 

 暴走の原因が防衛プログラムにあるだけあって、闇の書に危害が加えられれば何かしらの動きがある可能性は十分にある。

 大きな損傷により無限転生機能が働いて、周囲を巻き込みながら消え去ってしまったら目も当てられない。

 

「むろん細心の注意は払ったよ。 タイムリモコンで闇の書が動かないように完全に止めてその状態で分割して増やしたら、すぐに片方を虚数空間に送って、もう片方を暴走の危険が無いか確認しながらタイムリモコンの停止を解除した。

 そこで暴走するならすぐにリモコンで動きを止めたし、転生機能が働いても転移しない様に超空間バリアーも周囲に貼っておいた。

 超空間バリアーが魔法の転移にも有効なのは○×占いで確認済み」

 

 超空間バリアーとはその名の通り、超空間を使用した移動方法の全てを封じる特殊なバリアーだ。

 映画でも銀河エクスプレスの時にどこでもドアが封じられた技術と同じような物で、通常の移動方法以外の空間に作用して距離を短縮する移動方法が使えなくなるのだ。

 空間に対する作用はアプローチの違いだけで魔法でも科学でも変わらないらしく、科学的な転移封じの結界みたいなものだ。

 ただし科学的な物だけあってエネルギーさえあれば出力は際限なく上げられるので、魔導師が使う魔法よりも有用性はある。

 

 ハジメはこれを使って鉄人兵団襲来時にワープアウト場所を誘導したりなどの応用をしている。

 宇宙規模の運用も出来るので地球全体に張る事で異世界からの侵入を阻む事も出来る。

 超空間転移技術のある世界においては非常に有用な防衛方法でもある。

 

「八神邸に置いてきた闇の書の半分は、問題無くはやてとの繋がりを維持して起動待ちの状態になっている。

 虚数空間に放り込んだこっちの闇の書は、魔法的な活動の一切が出来なくなったから、繋がりも消えて転移も出来ずに完全に休止状態になっている。

 通常空間に戻ったら直にでも転移してしまうと○×占いが言っているから、虚数空間で闇の書を修復しないといけない」

 

「半分が本物であれば完全だった状態の過去があるから、時間を巻き戻してバグのない夜天の書だった状態にも戻せるという事ですね」

 

「手間取るやり方だったけど闇の書、いや夜天の書の知識は有用な物だ。

 なにせ現在のミッドチルダでは継承されていない、古代ベルカ式の魔法技術が入っているんだから」

 

 そしてこれは修復してみないと残っているか解らないが、ハジメの一番求めている技術は守護騎士プログラムだ。

 人間を丸々魔力だけで構築する事の出来る守護騎士プログラムは、夜天の書の中の技術で最もハジメが興味を持っている。

 無機物どころか有機生命体も魔力で再現出来るというのは、他の魔法技術に比べて隔絶した可能性を秘めていると思ったからだ。

 そううまくはいかないと思うが、理論上あらゆる生物を魔力で自在に生み出せるかもしれない。

 作り出すという技術知識に関しては、ハジメは非常に貪欲だった。

 

 そして闇の書が置かれた台座の前にハジメ達はやってくる。

 何らかの動きが無いかリースにも監視を頼んでいたが、虚数空間に放り込まれてから一切変化が無かった。

 

「やはり虚数空間では闇の書でも活動は無理なのか」

 

「その様です。 監視カメラのモニターでも一切の変化はなかったと」

 

「虚数空間ならロストロギアに分類される魔道具でも無力化出来ると解ったのは良い事だ。

 やっぱり魔法の研究と並行して、虚数空間の特性を再現するフィールド装置の開発も考えておくか。

 魔法を無力化できる装置として作る価値がありそうだ」

 

「マスター、研究ばかりしてあまり無理をしないでくださいね」

 

「大丈夫大丈夫。幸い体がいくらでも用意出来るから手が足りないという事には一切ならない。

 回復アイテムも異世界から持って帰ってきた強力なのがあるから疲れを知らないからね」

 

「それでも無理は無理です! 休む時はちゃんと休んでください」

 

「わかったよ。 心配して世話を焼いてくれる人がいるというのは嬉しいが、気にせず研究を出来なくなるというのは歯がゆい物がある」

 

「マスターがそう作ったのですから、文句言わないでください」

 

 マスターの健康を守ろうという意思から無理は許さないといった様子のエルに、ハジメは複雑ながらも暖かい気持ちになる。

 もう少し早くから、エル達のようなかわいいサポート役を作っておけばよかったかと思った。

 残念ながらドラ丸では癒しの方面が違うという思いを、頭の片隅で考えながら。

 

「ともかく闇の書もこの空間なら暴走の危険が無いようだし、さっさとタイム風呂敷でバグが発生する前に戻そう」

 

「ですがマスター。 どれくらい時間を巻き戻せばいいのかわかるのですか?

 闇の書の過去というものは原作でも一つ前の事件の時くらいしかわかっていません」

 

「それはタイム風呂敷を掛けながら○×占いを使って、管制人格が書の全権限を掌握している状態の時まで巻き戻ったと確認が取れるまで何度も確認するんだ。

 面倒なやり方だが、闇の書の歴史をタイムテレビで追い続けるよりは時間はかからないだろう」

 

 暴走状態の闇の書は防衛プログラムが管制人格の権限を上回ってしまった事が原因だから、全ての権限を持っていた時代まで戻せば管制人格が望まない限り暴走はない。

 そうしてハジメは○×占いを用意してからタイム風呂敷を闇の書に被せた。

 被せた状態から闇の書の時間を撒き戻り始め、過去の状態へと変化し始めた、筈である。

 

 長い歴史の一見劣化しない魔導書なので、人間のような生き物のように大きさも一切変化しないで、その変化を確認できない。

 確認出来るのはどんな問いにも100%の確率で正否で答える○×占いだけだ。

 

「管制人格が書の権限を全て掌握している状態まで時間は巻き戻った?」

 

 ×『ブッブー!』

 

 少し間を開けながら○×占いに問い掛けて闇の書の状態を確認し続ける。

 

「そろそろ管制人格は権限を取り戻した?」

 

 ×『ブッブー!』

 

「…管制人格の権限は戻った?」

 

 ×『ブッブー!』

 

「……権限は戻った?」

 

 ×『ブッブー!』

 

「………権限は戻った?」

 

 ×『ブッブー!』

 

「だいぶかかりますねー」

 

「それだけ古い時代から闇の書は暴走状態にあったのだろう」

 

 幾度も同じ質問を繰り返すので、後の方になると省略した同じセリフを繰り返すだけになるハジメ。

 エルとリースもその様子を、だいぶ時間が掛かるなと思いながら見守っていた。

 

 幾度も同じ質問を繰り返して確認を続け、再度質問しようとしたのと同時に闇の書の形に盛り上がっていたタイム風呂敷に変化が起こった。

 タイム風呂敷の膨らみが急に二倍の大きさになったが、○×占いに注視していたハジメ達はその事に気づかなかった。

 だが○×占いの答えに変化があった事ですぐに分かる事だった。

 

「権限は戻った?」

 

 ○『ピンポーン!』

 

「まだか……いや違う!?」

 

「マスター! 早くタイム風呂敷を!」

 

「わかった」

 

 時間を撒き戻し過ぎてもまずいと思ったハジメは、慌てて闇の書にかけられていたタイム風呂敷を外す。

 そして台座の上に乗っていたのは…

 

「え?」

 

「む?」

 

「は? 本が二つ?」

 

 なぜか夜天の書と一緒にもう一つ別の本が置かれていた。 

 

 

 

 

 

 




 ここらへんで最初の投稿は終了です。
 数年前に書き溜めして肥やしになっていました。
 もう少しストックはありますが、ゆっくり更新していこうと思います。

 感想と評価を頂けると励みとなりますので、よろしく願いします
 前作から読んで頂いている方は、新作投稿ですので新たな評価をお願いします。


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第三話 本の主とバードピア

感想及び、誤字報告ありがとうございます。



 

 

 

 

 

「………」

 

「………」

 

 静寂の中、銀髪の女性が光輝く魔法陣の上に立ちながら両眼を閉じて意識を集中しており、ハジメはその様子を黙ってじっと見ていた。

 

 ハジメは闇の書をタイム風呂敷で時間を巻き戻す事により、夜天の書に戻す事に成功した。

 現在魔法陣を展開している銀髪の女性は夜天の書の管制人格。 夜天の本を虚数空間から通常空間に移した事で魔力が使用可能な状態になり、起動した事で姿を現した。

 闇の書の時は400頁を埋める魔力の蒐集が必要という制限があったが、管制人格という制御機能が制限される事は本来可笑しな話で、夜天の書に戻った事で魔力が回復すれば主がいなくても自律行動が可能だった。

 起動した管制人格に夜天の書を修復したことをハジメが説明した後、自身の状態の確認に自己診断を行っていた。

 

「…自己精査終了。 全権限管制人格の元にある事を確認しました」

 

「それはよかった。 とりあえず暴走の心配はないわけだね」

 

「はい、仰った通り夜天の書はかつての姿を取り戻し、破滅の連鎖から解き放たれたようです。

 呪われしこの身を救って頂き感謝いたします、我が主」

 

 跪いて感謝の言葉を述べて礼をする管制人格。

 彼女はこれまでの暴走の記憶を覚えており、それにより主をも殺して発生する災厄にずっと心を痛めていた。

 極めて止めることの難しい闇の書の暴走の繰り返しを終わらせてくれたハジメに心から感謝していた。

 

 タイム風呂敷の機能はあらゆる物体の時間を撒き戻したり早めたりするが、人間に使った場合には肉体年齢が変化するだけで、内面の意思や記憶などは若返ったり老いたりはしない。

 つまりタイム風呂敷の機能は精神に干渉しないのだが、魔法の産物とはいえ道具である闇の書の時間を撒き戻せば、機能の一部である管制人格の記憶=記憶も巻き戻されるのではないかとハジメは考えていた。

 しかし管制人格が起動したときに確認を取ると、機能は暴走前に戻っていてもその時の記憶はちゃんとあると言っていた。

 通常のAIのようなデータであれば巻き戻って消える筈なのだが、ハジメはおそらくドラ丸のように高度なAIが完全な心となったからか、あるいは長い年月を経た事で付喪神のように魂が宿ったかの理由で、タイム風呂敷が干渉しない人と同じ精神として記憶が残ったのではないかと結論付けた。

 ハジメにとっては記憶が残っていないよりは暴走の修復の説明が楽だったので、管制人格が起動してから話が早かった。

 

「先に説明したけど、僕は古代ベルカの知識を欲して暴走状態にない夜天の書を求めただけだから気にしないでくれ。

 それに確かに知識は欲しいが、僕が夜天の書の主というのは君も望ましくないんじゃないかな?

 言っては何だが、かつて夜天の書を改編して暴走するようにしてしまったのは、僕と同じような研究者の人間だろう。

 知識を得られないのは困るが、僕は君が嫌いな人種の筈だ」

 

 夜天の書は初期の状態から多くの改編をして、様々な機能が追加されてきた歴史がある。

 魔道具の改編を行なう以上、それをやったのは魔道具に詳しい技術者か研究者の筈だ。

 改編の果てが闇の書の暴走なのだから、元凶である研究者という人種を嫌っているのではないかとハジメは思っていた。

 ベルカの魔法知識は欲しいが、拒否されても仕方ない経験をしているので無理強いはしたくなかった。

 

「私を起動させた以上、その者が夜天の書の主です。

 管制人格であっても主を好まないからと言って拒絶することは出来ません」

 

「拒絶出来なかったから改編を受け入れてしまって、暴走の切っ掛けになってしまったんだろうね。

 道具としては正しい在り方なんだろうけど、ちゃんとした心を持っているのだから言える意見は言ってくれ。

 僕は元々主になるつもりじゃなかったし、起動したのも研究以外の目的があった訳じゃない」

 

 タイム風呂敷で記憶の変化が無かった以上、ハジメは夜天の書の管制人格には人と変わらない精神を持っていると確信している。

 人と変わらない意志を持っているのであれば人と同じとハジメは考えており、一個人として意思を尊重するつもりで研究の協力を交渉しようと思っていた。

 いやいやであれば本気で諦めるつもりではあった。

 

「ですが、主でなければ夜天の書から情報を読み出す事は出来ません。

 主以外が情報を閲覧するには主の許可が必要なのですが、主が定まっていない以上、その権利を私の意志で出す事は出来ません」

 

「確かにそれくらいのセキュリティはあって然るべきか。

 つまり何かするにしてもまずは主を決めないといけない訳か」

 

「はい」

 

 ハジメはどうするべきかと考える。

 本来の主である八神はやての元には、半身である闇の書がそのまま残っているので、下手に原作の流れを壊さない為に主として情報閲覧の許可を出してほしいと頼めるはずがないし、この世界で唯一の知り合いであるアリシアとプレシアに主になってもらうという方法もあるが、自身の我儘に付き合わせるつもりはない。

 主がいない状態での管制人格の権限の制限は想定していたが、かといって情報だけを求めている自分が主になるのは出来るだけ避けたい。

 誰か信用できるものを主に据えて、知識を開示してもらうというのもいささか手間が掛かり過ぎる。

 

「改めて聞くけど、研究目的の僕が主になる事に不安はない?

 情報目的だし魔法知識もまだまだ足りないから変な改竄なんてする気は毛頭ないけど、君自身が不安だったり嫌がるのであれば、僕も無理強いはしたくない。

 主を選べない魔導書だからというではなく、君自身の意思を聞かせてほしい」

 

「…もはや記憶にも残っていませんが、かつての主だった研究者の改竄で暴走が始まった事は解っています。

 それ故に確かに研究者というもの不安を覚えないではありませんが、貴方は終わりなき不幸の連鎖を止めてくれました。

 魔導書としての力を求めていないのであっても、私は出来る限りこの恩に報いたい。

 それでは駄目でしょうか?」

 

 魔導書としての力を求められていない事に不満はあっても、管制人格は自身なりにハジメに恩返しをしたかった。

 それは確かに本人の思いからきてる言葉であり、ハジメを納得させるだけの理由ではあった。

 

「いや、それが君の考えだというのなら、否定する理由はない。

 ただ僕が君の主に相応しいとは思ってないから、どうにも受け入れ辛いだけなんだ」

 

 此処にいるのは半身とはいえ、間違いなく【リインフォース】とはやてに名付けられるはずだった存在だ。

 情報分析が終わり、原作でも事件が終わったころにはやての元にいる半身と同化させて帰そうと思っていたので、長期的に夜天の書を持っているつもりはなかった。

 八神はやてこそが夜天の書の正しい主だと思っているから。

 

「とりあえず暫定として主になる事で君の事も夜天と呼ばしてもらうけど、今の夜天の権限なら後からでも主従契約の解除も出来るんだろう?」

 

「はい、全権限を取り戻しているので同意があれば可能です」

 

「僕が夜天を持ってくる前にあった所には、本来選ばれていた主がちゃんと居る。

 研究以外にも事情があって今は返せないが、時期が来たら本来の主の元に返そうと思っていたんだ。

 決して悪い子じゃないし魔導師としての才能もあるから、その子の方が主に相応しいと思う」

 

「闇の書の間でも主を捜索する機能は働いていたので、きっと素晴らしい資質の持ち主なのでしょう。

 ですが私は魔導書であると同時に騎士としての矜持もあります。

 いったん仕えると決めたのであれば、安易に主を変える事を望みません。

 …主にとって都合が悪く、ご命令があるのであれば仕方ありませんが」

 

 主従契約の解除は命令であれば従うが本意ではないという説明を悲しそうに言う夜天。

 一度仕えると誓う以上、簡単には変えたくないという騎士の在り方はハジメにもよくわかった。

 ハジメは明確に主になる事を望んでおらず、夜天も望まれていない事が分かっていて渋々といった感じだ。

 

「うーん…とりあえず本来の主に関わる事情が落ち着くまでは主をやる事にするよ。

 僕も本来の主の元から勝手に持ってきたという負い目があるから、出来るなら君を返したいと思うからね」

 

「ですが書が貴方の手に渡らなければ、おそらくその者も闇の書の暴走で命を奪ってしまっていたでしょう」

 

 夜天がまだはやての元にあった時は未起動状態で、はやてについての情報がまるでなかった。

 原作で夜天ははやてに対してとても気にかけていたが、情報が無いので本来の主というものに思う所が無かった。

 無論原作通りの闇の書の解放も予想すらしていない事だ。

 

「そうとは言い切れないんだが、そのことについてはまた今度説明しよう。

 ともかく暫定で主を引き受ける訳だけど、書の機能で選ばれた訳じゃない僕が主になって問題はない?」

 

「確かにユニゾンを含むいくつかの適性が必要な機能は調べてみないと解りませんが、魔力量に関しては何も問題ありません。

 詳しく調べなくても主の魔力量は歴代の主の中でもトップクラスだとわかります。

 人間でそれほど魔力を持っている例はそうありません」

 

 ハジメは事前の異世界修行で魔法の力がある世界でも当然力を手に入れてきている。

 別の世界で魔力を鍛えてからこのリリカル世界に来たことで、鍛えてきた世界で得た魔力がそのままこの世界の魔導師の力であるリンカーコアの資質になり、高い魔導師ランクになっている。

 

「それはよかった。 結構鍛えてはいたから心配はしてなかったが、ミッドの魔力量測定はまだ調査中でやってなかったから。

 夜天を起動させられるだけの魔力があればいいとは思っていた」

 

「鍛えて書の主になれる魔力を後天的に得るのは難しいと思うのですが…」

 

 この世界の魔法資質は本来先天的に大体決まるので、鍛えても魔力量は元々の状態からそんなに伸びないのだ。

 

「こっちの世界では再現出来ない訓練方法でね。 機会があれば説明するよ。

 まずはベルカ式の基礎について別の情報媒体に起こしてもらえるかな」

 

「構いませんが、未だ私の中で眠る守護騎士達はどうなさいますか?

 目覚めれば護衛として申し分ない力を発揮する事をお約束しますが」

 

 闇の書の時は守護騎士が目覚めてから管制人格が目覚めるが、修復してからの起動でまず管制人格の夜天から目覚めた。

 夜天はすぐにでも守護騎士たちを起動させてもよかったが、まずは説明とハジメに待ったがかかっていた。

 

「彼女達には悪いけど当分は起動しないでいてもらおうかな。

 研究で忙しいから余計な人員を用意しても相手出来ないし、此処は外敵もいないし護衛も十分にいるから」

 

「そうですか、わかりました」

 

 仲間である守護騎士たちを起こせない事に夜天は少し悲しそうにする。

 ハジメも済まないと思うが守護騎士達を起こしても現状で何かを頼むようなことはないので干しっ放しなってしまうので、それなら起こさない方が良いと思ったからだ。

 

「ごめんね。 魔法研究がひと段落着いて、余裕が出来たら起こしてもいいから」

 

「いえ、私も我儘を言ってすみません

 ですが何かしらの危険があれば、主を守るために起こす事をお許しください」

 

「まあ、それくらいなら構わないけど、多分大丈夫だと思うよ。

 この世界には僕を除けば普通の人間は二人しか住んでいないし、次元世界でもないから他の世界から何かが来る可能性は限りなく低い」

 

 現在夜天がいるのはハジメの拠点である世界、バードピア。

 ハジメはこの世界に夜天の書を連れ帰って、夜天の起動を行なっていた。

 

 

 

 

 

「僕の持つ次元移動法はミッドやベルカの次元移動とは方式が違う。

 魔法による転移や次元航行艦の様な魔力を使った魔導技術を使わず、純科学の空間操作技術で時空間に干渉して様々な空間移動法を確立している。

 その用途は惑星間移動を可能にするワープ航行や、世界の壁を超える次元転移法に、時間を行き来する時空間移動まで可能にしている」

 

「時間移動ですか? 時間移動を目的にした研究は何時の時代でも耳にしましたし、それを目的にしたと思われるロストロギアも幾度か耳にしたことはありますが、明確な成功例は聞いた事がありません

 我が主かそれを実現したというのであれば凄い事です」

 

 ハジメは拠点としているバードピアを夜天に紹介する為に、実験をしていた隔離された研究室を出て案内をしていた。

 

「僕が開発した訳じゃないんだが、製造から運用までの技術は確立している。

 それだけじゃ無くて君達の出身の多次元世界とこの世界は大きな次元の差があって、君達の使う魔導式の次元転移ではおそらく移動することは出来ない。

 何せ時間の流れ自体が違うから、何らかの基点を用意しておくか時空間を観測出来る技術が無いと、目的の時代にも行けないだろうね」

 

「時間の流れすら違うと? では次元世界の外にある時間の流れの更に外に、この世界はあるという事ですか?」

 

「次元世界は世界が違っても各々の時間の流れは同じだから、そういう解釈で間違ってないと思うよ。

 ただ僕は次元世界が一つの時間の流れに収まっている無数の世界の集合体の世界だと考えている。

 一つの世界にいくつかの世界が収まっているってことはよくある話だからね」

 

「そういうものなのですか。 初耳です」

 

 ハジメのイメージとしては魔界だの冥界だの天界だの異世界だのと、地球を基準に発展する異世界という物はありふれた物で、複数の世界が隣同士になっている物語の例が数多くある。

 バードピアも地球とバードウェイで繋がっている隣り合った世界と言えるのだ。

 

「このバードピアに隣接する世界には人間もいるけど、魔法は表立っては存在していないし次元転移法もまだ確立されていないから、この世界に僕等以外の人間が現れる可能性は殆どない。

 この世界にいるのは鳥類が主で、僕と配下を除けば最近移り住む事になったミッドチルダ出身の二人だけだ。

 僕の配下は後で紹介するから、同じ次元世界出身の二人に会いに行こう。

 住み始めたばかりだから、そろそろ様子を見に行こうと思ってたんだ」

 

「お供します、我が主」

 

「いや、僕が夜天を案内するつもりなんだけどね」

 

 研究所を出れば見渡す限りの緑が広がっており、ハジメが作った建物以外を除いて人工物がまるでないのがはっきりわかる。

 ハジメはポケットから帽子を取り出し、被ると背中から翼が生えた。

 

「主、背中から鳥の翼が!?」

 

「この【バードキャップ】の機能で、被ると背中に翼が生えて空を飛べるんだ。

 他にも飛ぶ方法はいくつも持っているけど、この世界は鳥が主体だから出してみた。

 二人の住んでいるところは、歩くとちょっと距離があるから飛んでいくよ。

 よかったら夜天も使ってみる?」

 

 ポケットからバードキャップを取り出して夜天に差し出す。

 

「私は人間ではないので、人間用の道具が使えるかどうかわかりませんが…」

 

「大丈夫。 僕の持ってるこの帽子みたいな道具はひみつ道具って名前でね、使用法が結構アバウトで融通が利くから、人間に限らずロボットでも帽子を被れば翼が生えて空を飛べるようになってる。

 人間じゃなくても人型の夜天ならちゃんと使える筈」

 

「そ、そうなのですか。 では…」

 

 夜天は受け取るとバードキャップを見定めてからゆっくりと帽子を被る。

 バードキャップは正しく機能を果たし夜天の背中に白い白鳥の翼が生えた。

 

「翼が…。 しかし白ですか…」

 

「白は不味かった? あ、そういえば夜天の書の力を使うと黒い羽が生えるんだったっけ?」

 

「はい、飛行魔法の補助を行う装飾なのですが、この翼には一切魔力の反応がありません」

 

「不思議だけど科学の産物で魔法は一切使われていないからね。 僕もひみつ道具については解っていない事がたくさんあるから」

 

「これも主が作った訳ではないのですか?」

 

「勉強はしているけど一人でそんなものを作れるような天才じゃないからね、僕は。

 どうして手に入ったのか僕もわからないんだけど、そのひみつ道具と呼ばれるのはそっちの世界で言うロストロギアの様なオーバーテクノロジーの産物なんだ。

 ある程度解析出来るようになったから時空間移動なんかの応用も出来る様になったけど、まだまだ分からないことだらけだよ」

 

「仕組みのわからない物を使って大丈夫なのですか? 私が言うのもなんですがロストロギアの類に下手に接触するのは危険です」

 

 闇の書という災害をまき散らすロストロギアだっただけの事はある夜天のセリフだ。

 

「確かに闇の書と呼ばれた夜天が言う事じゃないね。

 ひみつ道具の中には使い方を誤れば危険な物は数多くあるが、使い方は解るから用途を間違えなければ危険ではないよ。

 広めて良い物じゃないから誰にでも教えるつもりはないけどね」

 

「では私には教えてもよろしかったのですか?」

 

「あ………、まあ当分ここにいる事になるんだし、隠してもしょうがないからね」

 

「はあ…」

 

 うっかり普通に教えてしまっていたハジメの言い訳に、夜天もとりあえず相槌をうって流す。

 外の人間と会う時はハジメも警戒してひみつ道具の存在を広めないようにしてきたが、バードピアという自身の領域に入れた事で警戒心が緩んでいたのか、あまり気にせずひみつ道具の事を教えてしまっていた。

 言った通り短い付き合いにはならないだろうから、長期間隠し続けることは出来ないだろうが、自身の拠点にいるからと言って警戒心が緩み過ぎていたことに少しばかりハジメは反省した。

 

「説明はいつでもできるから、そろそろ二人の所に行こうか」

 

「はい」

 

 ハジメが背中の翼を羽ばたかせると、すぐに浮かび上がり空へ飛び立つ。

 夜天もハジメを追うように空を飛ぼうとしたら、自然と背中の羽が羽ばたいて飛び始めた。

 

「…不思議な感覚です。 魔法で空を飛ぶのに慣れている筈なのに、翼で飛ぶというのは別の感覚を感じます。

 本来ない筈の物なのに、翼に当たる風をしっかりと感じます。 これは疑似的な神経が通っているのでしょうか?」

 

「そういうひみつ道具の考察は面白いけど、重要そうな機能が備わっている道具以外の物は解析を後回しにしてるんだ。

 何せ僕の持っているひみつ道具の数は確実に千種類を超えているからね」

 

「千ですか!? ロストロギアの様な特殊な道具が!」

 

 次元世界出身にとってロストロギアを千種類持っているというのは恐ろしい話だろう。

 ロストロギアにもピンキリがあるが、ジュエルシードや闇の書のように世界を滅ぼせる力を秘めている道具は幾つも存在している。

 使い方を誤ればひみつ道具でも世界を滅ぼしかねない物がいくつか思い付くあたり、あながちロストロギア=ひみつ道具というのも間違ってはいないかもしれない。

 

「と言っても、このバードキャップみたいに翼が生えて空を飛ぶだけの様な無害な物も多いから、あまり気にすることはないよ。

 確かに危険な物もあるにはあるけど…」

 

「例えばどのような?」

 

 ひみつ道具に興味を持った夜天は、ハジメが危険という物について尋ねた。

 

「んー、時間移動による過去の改竄での現在の消滅の危険性は大体わかるよね」

 

「はい、自身の過去を改編されれば現在の自分にも変化が起きるという事ですね」

 

「僕もその辺りは十分気をつけてるから、時間移動に関しては細心の注意を払ってる。

 タイムマシンを使う以上、それくらいの知識は当たり前の事だから、その手のひみつ道具については省くよ。

 世界が滅びるような危険性のあるひみつ道具というと…」

 

 少し考え込んで使い方を誤ると不味いひみつ道具について考える。

 

「…まず思い付いたのは【バイバイン】かな。

 これは薬品タイプのひみつ道具で食べ物にかけると倍に増える効果があるんだ」

 

「食物が二倍にですか。 貧困で苦しむ土地であれば非常に喜ばれそうですね。

 それのどこが危険なのですか?」

 

「バイバインを掛けた食べ物は五分毎に増えるんだ。 口にすれば効果は消えるんだが食べなければ5分毎にどんどん増えていく」

 

「それはまさか無限にですか?」

 

「無限に増える。 手に負えなくなったら無限に増える食べ物で星が覆いつくされてしまう」

 

「確かにそれは恐ろしい話です」

 

 ちなみに原作ではまんじゅうを増やし過ぎてしまい宇宙に捨てるという解決手段に出た。

 

「ほかには【ミニ・ブラックホール】というひみつ道具があるね」

 

「待ってください。 ブラックホールとは高重力によってあらゆる物を飲み込む天体の筈です」

 

「うん、そうだね。 ひみつ道具のはその模型らしいんだけど、何でも飲み込んでしまうという点は同じ。

 小さいだけあって本物よりはましだけど、星を飲み込んでしまうほどのパワーがあるらしい」

 

「そんなもの、何に使うんですか?」

 

「ゴミや要らない物の処分じゃないかな? 似たような道具に【ブラックホールごみ箱】ってのがあるからね。

 こっちは二度と取り出せなくなるんだけど、ミニ・ブラックホールは【ブラックホール分解液】っていう解除用の道具もある」

 

 原作ではミニ・ブラックホールを食べて、幾らでもご飯が食べられるようにしたらしいが、それでは栄養を取る事にならないので、疑似的な大食いに見せかけるだけにしかならなかった。

 

「後は口にした事が全部ウソになる【ウソ800(エイトオーオー)】なんかが危ないかな。

 これも飲み薬タイプで、一定時間喋った事と真逆の事がどんな事でも起こる。

 例えば”今日はいい天気”っていうと悪い天気になって突然土砂降りの雨になったり、”悪い事が起こる”と言えば実際には良い事が起こるという、言ってしまえばどんな事でもウソの事象として発生させる事の出来るひみつ道具だ」

 

「そんな馬鹿な…。 それでは真逆の事を言えばどんな願いも叶えられるという事ではありませんか。

 ロストロギアでもそれほどの物は流石にありえません」

 

「だけどその影響力は時間を超えても発生するみたいだから、多分世界中に影響を与えるくらいの効果は確実にあると思う。

 世界平和を語ろうものならどれほど悲惨な状況が発生するか…」

 

「………」

 

「うっかり口走った事と真逆の事が確実に起こるから、下手に使う訳にはいかないので死蔵が確定している代物だよ」

 

「ええ、絶対に使わない方がよろしいかと…」

 

 夜天は規格外のひみつ道具を多く聞いて、流石に少し呆れと疲れ気味になっていた。

 

 彼女にとって気の滅入るようなお喋りをしながら飛んでいると、進行方向の丘に人工物の一軒家が見えてきた。

 ただし夜天が先に目に入ったのは建物ではなく、その隣に鎮座している巨大な生き物だった。

 

「あれは竜? この世界にも魔法生物がいるのですか?」

 

「あー、あれはフェニキアだね。 この世界の生物だけど魔法生物かどうかは調べてない。

 あれで火を噴いたり空を飛んだりするから、魔法生物なのかもしれないけど」

 

 黄色の重厚な肌をした翼を持ついわゆる竜と呼ばれる生物がそこに存在していた。

 

 ハジメがここバードピアに移住した際に、映画で脅威となっていたフェニキアは【桃太郎印のきびだんご】で手懐ける事で暴れないようにした。

 よくわからない生態系の生物で映画でも二億年も昔に眠らされても生き続けていたくらいだ。

 バードピアの世界中を調べてみてもに同種の生物がいない事から、異常なほどの突然変異か外宇宙からやってきた生物なのかもしれないとハジメは考えていた。

 

 図体がデカく一見危険だが、桃太郎印のきびだんごを食べさせたことでこの世界に来た人や人工物を襲わないように命令している。

 傍にある建物に住んでいる二人、アリシアとプレシアがこの世界に来た際にフェニキアの存在も紹介しておいた。

 基本的に人間の言う事を聞くようになっているので、興味を持ったアリシアの遊び相手になっていた。

 今もフェニキアの周りをハジメの渡したバードキャップでアリシアが飛び回って遊んでおり、それを見上げるように下からプレシアが見守っていた。

 

「こんにちわ、プレシア。 新しい家は問題なさそうかな?」

 

「こんにちわ、ハジメ。 快適過ぎるほど暮らさせてもらっているわ。

 本当に魔法技術が使われていないのって思うほど、暮らし易過ぎて何もすることが無いほどよ」

 

「それならよかった」

 

 二人に用意した家には、ハジメがこれまで手に入れてきた技術をふんだんに使われており、あらゆる家事が自動化されている。

 ライフラインにはアニマルプラネットに行った時に学んできた環境技術を取り入れており、電力はソーラーパネルだけで補え、食事は水と空気と光を合成するだけでいくつもの食品を生み出す事の出来る設備を屋内に備えてある。

 その他の掃除などの家事も用意した補佐ロボットがやっているので、プレシアが言ったように何もすることが無くゆったりとした暮らしが出来ている。

 

「それでそっちは? 前に言ってた闇の書の管制人格かしら?」

 

「修復したから彼女は夜天の書だよ。 起動に成功したからまずはここを案内してたんだ。

 と言っても研究所以外には、ここ位しか人の住んでいるところはないんだけど」

 

「主ハジメに仕える事になった夜天の書の管制人格だ。

 我が主には夜天と呼ばれているがよろしく頼む」

 

「あなた自身が主になったのね。 闇の書もとい夜天の書は高い魔力資質を持つ者しかなれないって話だったはずよ。

 散々驚かされてきたから、今更それくらいの事で驚かないけど」

 

「僕も主になるつもりはなかったんだけど、懐かれちゃってね」

 

「懐く?」

 

「高名なロストロギアを犬猫扱いしないで頂戴」

 

 夜天はハジメの評価に小首を傾げ、プレシアは改めて呆れた様子で常識的に否定した。

 話をしているとアリシアもハジメが来たことに気づいて、フェニキアの周りを飛んで遊ぶのをやめて降りてきた。

 

「こんにちわハジメさん」

 

「こんにちわ、アリシア。 楽しそうで何よりだよ。

 何せここはフェニキアを除けば、鳥くらいしか住んでない世界だから退屈だろうしね」

 

「そんなことないよ。 ハジメさんがくれたお団子とヘッドホンのお陰で鳥達やフェニキアと仲良くなれてお話出来るし、この帽子のお陰でママみたいに空も飛べるんだもん。

 私魔法が得意じゃないから飛べなくて残念だったけど、今は鳥達と一緒に飛べて楽しいよ」

 

 アリシアにはバードキャップの他にも、【桃太郎印のきびだんご】と【動物語ヘッドホン】をこの世界で暮らすのに退屈しのぎに渡していた。

 どれも危険な道具ではなく、原作のように子供が楽しむ事の出来るひみつ道具だ。

 元々子供向けのアニメの産物だけあって、ひみつ道具は子供のおもちゃになるようなものが多い。

 

「それならよかった。 遊び道具になりそうなひみつ道具を思い出したらまた用意するよ。

 今日は彼女の案内にここに来たんだ。

 彼女は仮の名前だけど夜天と言って、新しくここで暮らす事になったからアリシアたちにも紹介しておくよ」

 

「夜天だ。 よろしく頼む」

 

「初めまして、夜天さん。 アリシア・テスタロッサです」

 

 性分なのかぶっきらぼうな挨拶の夜天に対し、アリシアは笑顔で自己紹介をして握手に手を差し出す。

 夜天は差し出された手を見て少し戸惑うが、すぐに握手に応じた。

 笑顔で挨拶したアリシアに、心なしか夜天も嬉しそうにしている。

 破壊を撒き散らすロストロギアとして扱われてきた彼女は、無邪気な当たり前の挨拶を受け取る事がとても新鮮に感じていた。

 

「夜天はエル達と同じように僕のサポート役になると思うから、今後も何かと顔を合わすと思う」

 

「うん、わかった。 それでハジメさん。 少しお願い、というか相談があるの」

 

「ん、なに?」

 

 アリシアはいろいろ世話になっている事で遠慮がちな所があり、ハジメもそれに気づいていたので、何かしらの頼み事を言ってくるのは不思議に思った。

 何もない所なので不自由があれば聞くとは言っていたが、アリシアの言い方から生活とは何か別の要望だと感じていた。

 

「何か私達でハジメさんのお手伝いが出来る事ないですか?」

 

「うん? どうしてそんなことを聞くんだ?」

 

「ここは自然が一杯で家もとても暮らしやすいけど、ハジメさんにはお世話になりっぱなしだから。

 ママといつも一緒にいられるのは嬉しいけど、お仕事が無くなったから…」

 

 ”グサッ”という擬音が聞こえた気がすると同時に隣にいたプレシアが衝撃で仰け反る。

 

「…今の生活がハジメさんに頼りっぱなしなのはいけないと思うの。

 だから何かお手伝いして、お返しが出来ないかと思って」

 

 生前、というか一度死ぬ前のアリシアの生活は、仕事詰めのプレシアの帰りを一人待つ日々が多かった。

 なので寂しい思いをすることがあったが、仕事の大切さは解っていたので働かないというのも悪い事は何となくわかっていた。

 そして”働かない”とか”仕事が無い”と子供に言われるのは、親としての矜持があるプレシアには少なくない精神的ダメージを与えた。

 

「なるほど、立派な考えだと思うよ。 だけど今の所アリシアの手を借りるようなことはないかな」

 

「そっか~…」

 

「それなら私はどうかしら! これでも以前はそこそこ有名だった魔導技術の研究者よ!

 貴方の学んでいるミッドチルダの魔法技術の教授くらい出来るわ!

 いえ、手伝わせなさい!」

 

 手伝える事はないと言われ残念そうにしたアリシアの後に、プレシアが必死さを顕わにして何かしらの手伝いをさせるようにハジメに求めた。

 親として働かない大人という印象をアリシアに持たせておくわけにはいかなかったのだ。

 生活に何の不便が無くても、親の信条としては死活問題だった。

 

「んー、今の所教授を求めるようなことはないですね。 これでも資料から独学で様々な事を学ぶことが長かったので、誰かに直接教えを受ける必要性を感じないんですよ」

 

 ハジメは天才という部類の技術者ではないが、ひみつ道具による分身学習法で知識量はそこらの天才とは比べ物にならない学習量を得られている。

 プレシアも天才的な技術者ではあるが、一人から学ぶよりも複数に分裂して資料から知識を得る方が確実に学習速度が早い。

 

「だったら、何でもいいからやれる事を頂戴。 このままじゃアリシアの私の評価が危ういわ!」

 

「そんな焦らなくても。 確かに何もしていないというのは、逆に辛い物かもしれない。

 そうだね………畑でも作ってみるかい」

 

「畑?」

 

 ハジメはポケットから幾つかの缶詰とアンテナの付いた球体と小さな雲とコントローラーを取り出す。

 

「これは【畑のレストラン】と言って、この中の種を地面に植えて育てると一日でいろんな料理の入った大根が出来上がる。

 それでこの二つが【ラジコン太陽】と【ラジコン雨雲】で種を育てる日光と雨を降らせる。

 家に備え付けてある食物製造機でもいろいろな食材が出来るけどそれだけじゃ味気ないだろうから、これで自分達のご飯を作ってみたらどうだい?

 やってみるかい、アリシア」

 

「うん、やってみる」

 

「料理の入った大根が畑に? どんな品種改良をしたらそんなことが出来るの」

 

「我が主は本当に不思議な道具をお持ちだ」

 

 純粋なアリシアはその不思議な道具を特に疑問に思わず受け取ったが、常識を知っているプレシアと夜天はまたも頭を悩ませる。

 

「何か出来そうなことが無いか考えておくけど、アリシアはまだ焦る必要はないよ。 まだ子供なんだからまずはいろいろ勉強してみると良い。

 幸いプレシアさんも頭の良い研究者だったんだから、勉強するのに困らないだろうしね」

 

「そうよ、アリシア。 貴方はまだはお仕事の事なんか考える必要はないわ」

 

「…うん、わかった」

 

 アリシアは少し残念そうにしながらも、ハジメに渡されたひみつ道具を抱えて納得した。

 

「それとこの前言ってたフェイトの事はもう少し考えさせてくれ。

 もう少ししたら返事は出来そうだから」

 

「うん、お願いしますハジメさん」

 

 フェイトに会ってみたいというアリシアの頼みについて、ハジメはまだ答えを出せていなかった。

 この日ハジメ達は畑作りを手伝ってからテスタロッサ邸を後にした。

 

 

 

 

 

 その日の夜。

 

「畑で出来たスパゲッティ、おいしいねママ」

 

「そうね、アリシア(駄目だわ。 やっぱり畑に出来た大根の中に料理が出来るとは思えない。

 そもそも私達が今食べている物は本当にスパゲッティなのかしら)」

 

 アリシアと一緒に畑で出来たスパゲッティを食べながら、研究者として大根の中に出来たスパゲッティという謎の食べ物について考えずにはいられなかった。

 食べるのも不安だったが、アリシアが食べたそうにしているのを止めることは出来ずに食べながら考える事になったが。

 

 

 

 

 



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第四話 物語の中と夢の中

感想及び誤字報告ありがとうございます。


 

 

 

 

 

 ハジメはアリシアの望みである、フェイトとの対話について思い悩んでいた。

 二人の関係はいろいろ難しいものがあり、非常に特殊であるがゆえに無視出来るモノではなく、アリシアが会ってみたいと思うのは至極真っ当な考えだ。

 会わせてやりたいと思うのだが、その後どうなるかが非常に気掛かりだった。

 

 原作の流れを変える気の無いハジメは主要人物との接触は控えているが、必ずしも原作の流れを守ろうと思っているわけではない。

 出番が終了して影響の少ないプレシアとアリシアを救ったり、闇の書を分割する事で手に入れると同時に、もう片方をはやての元に残す事で影響を最小限にしてきたが、この世界は原作の世界ではなくハジメ自身が介入した世界だ。

 自身の目に見えない所で、何かしらの影響が起きている可能性は十分にあると自覚している。

 原作の流れを極力守ろうとしているのは、その方が余計な被害が出ないだろうと思っての事だ。

 

 ハジメは自身が干渉して流れを大きく変える場合は、事態が収拾するまでは手を尽くすと決めている。

 それが自分が行動した責任であるという考えからだが、面倒な後始末である事に変わりないので大きな干渉をしなかった。

 だがアリシアをフェイトに会わせるという事は、大きな干渉の切欠と言える。

 

 会わせた後に彼女達がお互いをどう思うかは分からないが、決して悪い性格ではない二人がお互いを嫌い合う事はないだろう。

 そしてアリシアはフェイトが管理局に捕らわれている現状をそのままにしておきたいとは思わないだろう。

 正当な理由で捕らわれているフェイトを連れだせば騒動になるし、原作の流れは一気に変わる。

 

 かといって罪を犯しているプレシアと生き返ったアリシアが正面から管理局に赴くのは、真っ当な方法であってもより大きな騒動になるだろう。

 蘇生に関わったハジメにも累が及ぶ可能性が十分にあるのだ。

 

 それゆえにアリシアのフェイトに会いたいという願いは慎重にならざるを得ないが、管理局に気づかれずに会わせるだけなら、それを可能にするひみつ道具を探り出している。

 問題はその後の事態が気がかりだったのだが、自身だけで考えていても仕方がないとアリシア達にその後の事をどうするのかと直接訪ねる事にした。

 考えるのをやめて丸投げにしたとも言う。

 

「そういう訳で、アリシア。 フェイトと会う算段は思いついたけど、その後どうしたい?

 フェイトはぶっちゃけて言うとプレシアさんのせいで捕まっているけど、彼女自身の行動の結果でもあるから捕らわれている理由は正当だ。

 無理矢理管理局から助け出すのは真っ当ではないし、アリシアがフェイトの為に管理局に赴くのもいろいろと問題がある。

 かと言って何もせずフェイトをそのままにしておきたいと、アリシアも思えないだろう」

 

「うん、フェイトが捕まってるのは私とママのせいなんだもん。 ほうっておけないよ」

 

「アリシア…」

 

 プレシアはアリシアを生き返らせようと行動していたことに後悔はないが、フェイトの扱いに関しては散々怒られて反省はしている。

 それでもアリシアを最優先とすることに変わりはなく、フェイトを放っておけと言いたいところだが、そんなことを言ってしまえば嫌われてしまうし、既に自身の行いで攻められている事で非常に自身の評価を危うく感じていた。

 アリシアを危ない目に会わせたくないが、下手なこと言って嫌われたくないというジレンマに襲われていた

 

「会ってみないとわからない事もあるだろうけど、その後の事を考えてほしいんだ。

 助けた以上最後までとはいかなくても、落ち着くまでは君達の面倒を見るつもりだ。

 面倒を見るからには、出来るだけアリシア達には相応の幸せを掴んでほしいと思ってる」

 

「ありがとうハジメさん。 私達を助けてくれて感謝してるし、十分幸せだよ。

 だけど、フェイトの事は放っておけないんだ。

 あんなに一杯頑張ったのにフェイトだけ幸せになれないなんておかしいよ。

 私はフェイトの事も絶対幸せにしてあげるんだ」

 

 アリシアは握り拳をして絶対に叶えるという意思を見せる。

 

「それにはまずフェイトに会って、ママに謝らせるんだ! それでママにフェイトを娘だって認知させるの!」

 

「認知……」

 

 アリシアの口から出た認知という言葉に、不意にプレシアに目を向けてしまう。

 

「な、なによ…」

 

「…………いえ別に」

 

 娘(アリシア)に娘(フェイト)を認知しろと言われる母親(プレシア)の心境が聞いてみたくなったが、散々怒られて凹んでいるであろうと察して、死人に鞭を打つ様な真似はやめる事にした。

 

「言いたい事があるなら言いなさい! 親として情けないとか、それでも母親かとか!」

 

「いや、それは今更では?」

 

「フェイトに謝らない内はママの事許さないんだから」

 

「ぐうぅぅ……」

 

 プレシアは崩れ落ちる。

 フェイトの扱いを知っている二人としては、プレシアの母親としての評価はマイナスだった。

 

「話を戻すけど、フェイトの為にアリシアが管理局に行くのも、フェイトを管理局から無理に連れ出すのも問題がある」

 

「うん、もうママが管理局の人に迷惑かけちゃったけど、フェイトの為に迷惑かけちゃダメ。

 だけどフェイトをこのまま一人ぼっちには出来ないよ。

 私とママのせいでフェイトだけが罰を受けるなんて間違ってる」

 

「フェイトには使い魔のアルフが一緒にいるから一人じゃないし、悪いのはだいたいプレシアさんだから、アリシアは責任を感じなくていいんだよ。

 それにフェイトの罰はそんなに重くならない筈だから、管理局にいる事が不幸とは言い切れない。

 素敵な友達も出来ているからね」

 

「フェイトの友達ですか?」

 

「ああ。 その子と一緒にいる事でフェイトはフェイトなりの幸せを手に入れる。

 その理由を教えるついでに、僕がアリシア達の事を知っていた理由も教えよう。

 闇の書の事とも関係があるから、夜天も聞いてくれ」

 

「私もですか?」

 

 従者としてハジメに寄り添いながらも、自身に関わりの少ない話であった為に黙っていた夜天が反応を示す。

 闇の書は無限転生の機能から、再生と同時に新たな主を自動で探すので、出現場所が非常にランダムだ。

 偶然でなければ発見出来ない物なのだが、見つけた事に何かしらの理由があった事を夜天は察する。

 

「ところでアリシアはアニメという物を知ってるかな?」

 

「えっと、知らないです」

 

「……確かミッドで管理外世界から輸入した、娯楽文化だって聞いた事があるわ。

 アリシアが一度死んだ後の事だから、知らないのも無理ないわ」

 

 アリシアは知らなかったが、崩れ落ちていたプレシアは聞き覚えがあったので答えた。

 97管理外世界の地球のアニメ文化も、ここ半世紀で流行りだした娯楽文化なので、遠い世界であるミッドに伝わったのも近年の話だ。

 アリシアが一度死んだのは実は20年以上前なので、その時にミッドとはかなりのジェネレーションギャップがあるのだ。

 

「プレシアさんが言った通りアニメは娯楽文化の一種でね、画面に移されるデフォルメされた動画に声を吹き込む事で物語を紡ぐ鑑賞作品なんだ。

 僕の出身はその文化が盛んで、僕も暇だったころは色んな作品を見ていたよ。

 最近は研究開発に拘り過ぎて観ようという気も起きなかったけど、今度時間を作って何か面白い作品を探してみるかな」

 

 何せハジメにとっては、今いる世界が物語の世界みたいなものなのだ。

 そんな世界の技術に触れられて充実した日々を送っているが、研究ばかりで大元のアニメなどの鑑賞をしなくなっていた。

 研究が楽しい事に変わりはないが、最近余裕が無いのではないかともハジメは思っていた。

 

「ッと、話がそれそうだ。 そのアニメなんだけどアリシア達に一つ見てほしい作品がある」

 

 ハジメはポケットからアニメ映像のディスクの入ったケースを取り出す。

 ケースにはアニメの画像がプリントされた表紙とタイトルが表示されている。

 

「これがアニメですか? 可愛い絵ですね。

 えっと【魔法少女リリカルなのは】ってタイトルですか?」

 

 アリシアが読み上げた作品は、この世界のモデルとなったリリなの第一期の映像が入った物だった。

 ただしハジメの生まれたドラえもん世界でもリリなののアニメは存在しておらず、前世で見た映像の記憶をひみつ道具で取り出して編集して作り上げた物だ。

 話の要点は全て収まっているので、見る分にはオリジナルと大差ない。

 

「……このイラストの少女の持っている杖、どこかで見た気がするわね。

 いえ、この少女にも見覚えが…」

 

「ジュエルシードをフェイトと取り合っていた女の子ですよ」

 

「……言われてみれば確かにあの子供と同じ特徴だわ」

 

 アニメと現実は違う。 同じ特徴を持っていてもアニメのイラストと現実の人間では明らかに印象が違うので、パッと見ても気づかない事は不思議ではない。

 当時正気には程遠かったプレシアになのはの事など眼中になかったので、印象がほとんどなかったというのも気づかなかった理由だが。

 

「それで、あの子供の絵に一体何の意味があるのというの」

 

「僕はこの物語を目印にこの世界に来たんです」

 

 ハジメは自らが作りだしたパラレルマシンの概要について、アリシア・プレシア・夜天に簡単に説明する。

 そして目標とする世界の条件に、高町なのはの物語が描かれた作品の世界を指定し、その世界の技術を収集する為にハジメはやってきたのだと。

 なのはの活躍が描かれた作品の中に書かれていた事柄に限定すれば、未来予知に近い形でこの世界の事を知っている事になる。

 時間系ひみつ道具でその手の事は元々容易だが…

 

「じゃあまさか、この世界が物語の中の世界だというの! 出来の悪い冗談は言わないで頂戴!」

 

 プレシアにとって自身の人生は波乱の連続だった。

 手に入れた幸せもアリシアを失うと同時に一気に色あせ、取り戻そうとうまくいかず病魔に見舞われながら苦しみながら生き抜いてきた。

 今でこそアリシアを取り戻せているが、それが一つの物語に過ぎなかったのなど馬鹿にされてるとしか思えなかった。

 

「それはちがう。 プレシアさん達の世界は確かに一つの世界として確立していて、物語という不変に定められた話の流れに固定されているわけじゃない。

 パラレルマシンは物語の流れとほぼ同じ歴史を辿る世界に行くだけであって、物語その物の世界に行く訳じゃないから歴史の流れは未確定だ。

 外の世界から来た僕という不確定要素が関われば、世界の未来は簡単に変化する」

 

「……それでも私の人生の一部が物語になってるなんて、いい気分じゃないわ。

 一体どうしてこの世界の出来事が、貴方の世界で物語になったというの?」

 

「それは僕にも答えようが無い。 もしかしたら物語が生まれたからそれがベースとなってアリシア達の平行世界が生まれたのかもしれないし、その世界の出来事が何らかの形で伝わって僕の世界の物語になったのかもしれない。

 パラレルマシンは理論上、人が想像し得るあらゆる可能性の世界に行く事は出来るが、世界がどのように生まれたのかなんて調べる事は流石に無理だからね」

 

 時間移動で宇宙の始まりであるビックバンを見に行くことは可能かもしれないが、あらゆる世界の誕生を調べるなど、時間を超えるだけでは不可能な領域だ。

 時間という概念も言ってしまえば世界の中にあるのだから。

 

「この中に描かれている物語は、この世界で起こる可能性の高い出来事が描かれていると思ってくれていい。

 ただしこの中に描かれている未来の事は現実では簡単に覆る事だから、今後の参考適度に考えてくれ。

 とりあえず、一度見てからにしよう」

 

 ハジメはケースからディスクを取り出し、再生装置にセットしてモニターに映像を再生させた。

 高町なのはの日常から始まり、魔法に出会ってデバイスを貰いジュエルシードの暴走体を封印していく。

 

「ジュエルシードという事はついこの間の事ね。 この様子だとあの子、デバイスを手にしてそんなに時間が経っていなかったの?」

 

「一か月も経っていないんじゃないですか?」

 

「末恐ろしい話だわ」

 

 フェイトとの最後の決戦を見ていたプレシアも、なのはのスターライトブレイカーが凄まじい物だと解っていたからその才能に慄く。

 

「バリアジャケットを着る感じってあんな風なんだ」

 

「アリシア違うわ。 あれはただの演出で実際のバリアジャケットの着用は一瞬で終わるものよ」

 

 アニメのきらびやかな変身シーンを見て思ったアリシアの感想を、プレシアが訂正する。

 

「そうなのママ? てっきりママもあんな風にバリアジャケットを着るのかと思った」

 

「ブブゥッ!」

 

 アリシアの言った事を一瞬想像してしまい、ハジメが反射的に噴き出す。

 

「……あなた、何か言いたいの?」

 

「い、いえ、何も…。 すみません」

 

 プレシアは無言のプレッシャーを放ち、ハジメはただ口を押さえて謝った。

 10年後のSTSでもかなり際どいというのに、現在のプレシアではアウトどころかゲームセットだとハジメは思った。

 魔法少女には年齢制限があるのだ。 

 

 プレシアは複雑な気分ながらもプレッシャーを収めて、アニメの続きを鑑賞する。

 画面の中のなのはが使い始めたばかりの魔法で、ジュエルシードを少しずつ集めていく。

 失敗も経験しながらも物語は進み、ついにジュエルシードを前にフェイトと初めて対峙した。

 

「あ、これフェイトだよね。 ちゃんとバルディッシュも持ってる」

 

「これがなのはと出会った初めての時だね。 実際の時の様子も確認してたけど、大体このアニメと同じような出会い方だったよ」

 

「そっかー」

 

 一度目の対峙はあっという間に終わり、フェイトがジュエルシードを持ち去っていった。

 二度目の登場はアルフと一緒になのはとの戦いになり、フェイトはジュエルシードの数を増やす。

 

「詰めが甘いわね。 最初の時点であの子がジュエルシードをいくつも持ってるんだから、さっさと手に入れればいいのに」

 

「ママ!」

 

「はいっ!?」

 

 ついつい攻めるような言葉を漏らしてしまったプレシアが、アリシアにまた叱られる。

 話は更に進み、フェイトが時の庭園へ一時期帰還に伴い、プレシアが登場する。

 

「お話の中のママ、すっごく感じ悪い」

 

「そ、そうね、失礼しちゃうわ(この後って確か………まさか映ってないわよね)」

 

 明らかに悪役然としたアニメキャラのプレシアにアリシアが酷評をするが、実際のこの後の事を思い出したプレシアは嫌な予感を感じ始める。

 すなわちプレシアのフェイトへの虐待シーンである。

 

「ママサイテー!!」

 

「待ってアリシア、これはお話の中の事よ! 実際はもう少しマイルドだったと思うわ!」

 

「そんなことない! 死んでた時の記憶でフェイトがどこかへ行って帰ってきた時に酷い事したの、私覚えてる!」

 

「これも見られてたの!? もう止めて! これ以上私の事を映すのやめなさい!」

 

「止めないでハジメさん! 最後までママに見せて反省させるんだから!」

 

 プレシアがギブアップとばかりに、これ以上自分に都合の悪いシーンを見られたくないので止める様に願い、アリシアは逆に許さないとばかりに最後まで見るという。

 

「プレシアさん諦めてください。 実際に過去の事をアリシアに全部見られているなら意味ないですよ」

 

「そんな…このままじゃアリシアの評価がまた下がってしまう」

 

「フェイトに謝らない内はずっと最底辺だよママ」

 

「ああぁ……」

 

 アリシアは睨みつけながら母親の酷評を出し、再び崩れ落ちるプレシア。

 バードピアに来てからもプレシアと仲良く暮らしているが、フェイトの事はいまだに一切許していなかった。

 大好きである事に変わりはないが、それとは別に母親としての娘の評価は最底辺を維持していた。

 こうやって何度もプレシアを凹ませて怒りを発散し、それ以外の時はちゃんと仲良く一緒に暮らせるようにバランスを取られている。

 

 それからもフェイトに対するプレシアの酷い扱いが目立ち、アリシアの本来優しい目は見る見る吊り上がっていき、反比例して隣に座るプレシアの姿は肩身が狭くなるのがはっきり解る程に小さく見えていった。

 管理局が登場し全てのジュエルシードが両陣営の手に渡った後に、フェイトの扱いに我慢の限界を迎えたアルフがプレシアに牙を剥くが返り討ちにあう。

 

「鬼婆か…。 私もママの事そう呼ぼうかな」

 

「やめて! アリシアにそんな風に呼ばれたら死んじゃう!」

 

 自分のやってきたこととはいえアニメによって再確認させられ、アリシアの怒りが再燃する事によってプレシアの精神ダメージは深刻だった。

 なのはとフェイトのジュエルシードを掛けた最後の戦いが始まり、なのはの大技で決着が着く。

 

「フェイト、すっごい魔法に負けちゃったみたいだけど大丈夫だったのかな」

 

「魔法を使い始めて一か月も経ってない魔導師が使う魔法とは到底思えないわ。 だけどあの子たちが使う魔法は非殺傷設定だから心配ないわ」

 

「………」

 

「ア、アリシア…」

 

「大丈夫だよ。 物語はちゃんと続いているし、なのはがちゃんとフェイトを助けてるから」

 

「あ、ホントだ」

 

「お願い、無視しないでアリシア!」

 

 切実に嘆願するプレシアだが、画面の中のプレシアがこの後すぐにやらかしたので黙らざるを得なくなる。

 物語は核心に迫り、話の中のカプセルで眠るアリシアの登場にプレシアの真の目的の暴露。

 そしてプレシアが最もフェイトを傷つけたセリフが発せられる。

 

『――私はあなたが大嫌いだったのよ』

 

「……………」

 

「(ブルブルブル)」

 

 画面の中のセリフにアリシアはとても子供とは思えない眼でプレシアを睨みつけ、プレシアは直視も出来ず土下座の体勢で震えるしかなかった。

 あまりの形相にハジメと夜天も自身に向けられていないのだとしても、慄いて少しばかり距離を取った。

 アリシアは何も言わずプレシアを睨み続けるだけで時間は過ぎるが、その間もアニメは流れ続けて物語は進む。

 

 画面の中のフェイトは傷心から立ち上がり、母のいるときの庭園に舞い戻る。

 たとえどんなに嫌われていたとしても自分の気持ちに嘘はないと、プレシアに伝えるために。

 

『――あなたが私の母さんだから』

 

「ううぅ、フェイトホントにいい子だよ~」

 

「(ほっ)」

 

 フェイトの頑張りを見て涙し、アリシアの機嫌は反転すると、怒気を向けられていたプレシアと様子を見守っていた二人も安堵する。

 それもつかの間…

 

『…くだらないわ』

 

「あ”!?」

 

「ぴぃ!」バッ

 

 画面の中のフェイトの頑張りを切り捨てるプレシアのセリフに、アリシアの機嫌は再び反転して恐ろしい声を出し、安堵して顔を上げかけていたプレシアは再び土下座の体勢で顔を隠すのだった。

 

 その直後、庭園の崩壊でプレシアはアリシアの入ったカプセルと共に虚数空間に落ちフェイトとの別れとなった。

 

「……この後、ハジメさん達が助けてくれたんだよね」

 

「え!? あ、ああ、そうだね」

 

 不機嫌なのに変わりないが、冷静にアニメと実際の状況を繋げて考えていたアリシアに、ハジメは苛立っていたアリシアの変化に戸惑いながらも答える。

 アリシアもやらかしたプレシア以外に八つ当たりするほど冷静さを失ってはいない。

 一応死んでいた時の記憶として事前に体験しているから、頭のどこかに冷静な所があるのだ。

 

 ここから先はアリシアもハジメに助けられた後の事なので、フェイトに何があったかは知らない。

 フェイトは管理局の船に捕らえられ、彼女の事を心配するなのはの視点で語られている。

 そして最後になのはとフェイトの別れのシーンが語られる。

 

「うわぁ~ん! フェイトなのはと仲良くなれてよかったよ~!!」

 

「………」

 

 大泣きでハンカチで目元を抑えながら感動しているアリシアに、プレシアは非常に居心地悪そうにしている。

 何せアニメに描かれていたのは自分のやらかした事ばかりであり、終始悪い所ばっかしなのだ。

 逆にフェイトが悲劇的に描かれていて自身が完全に悪者扱いされているが、全部心当たりがある事ばかりなので何も言えない。

 

「まあ、実際の状況を確認した訳じゃないけど、大よそフェイトの管理局での扱いは悪い事になっていない筈だ」

 

「全部ママが悪いって事になってるもんね」

 

「うぅ…」

 

 もはやディスる事に遠慮が無いアリシアにプレシアも唸る事しか出来ない。

 

「ふん!」

 

「アリシア~…」

 

 アニメをすべて見て怒りが再燃したアリシアは怒っていますという意思を示すように鼻息を鳴らしてプレシアから顔をそむける。

 プレシアはその様子に名を呼ぶ事しか出来ない。

 

「だけどフェイト、管理局に連れて行かれた後どうなるんだろ。

 なのはと仲良くなれたのはよかったと思うけど、結局離れ離れになったんでしょ」

 

「それは続編の【魔法少女リリカルなのはA′s】に、フェイトとの再会と新たな戦いの物語が描かれているよ」

 

 そう言ってハジメは新たなケースを取り出す。

 

「えっ、続編があるの!?」

 

「まだ夜天が出てきていないからね。 こっちの話が夜天に関わる闇の書の事件を焦点に置いた物語だよ」

 

「私に関わるお話ですか?」

 

 夜天は闇の書であった時の暴走にまつわる、多くの事件の事を覚えている。

 ハジメに修復されていないのであれば、再び何らかの事件を起こすのだとしても不思議ではなく、その出来事が描かれているのだろうと思った。

 

「夜天の事がメインだけど、フェイトも出てるから最初の物語の後の事も描かれてる。

 さっきのと同じくらいの話の長さになるけど見るかい?」

 

「見ます。 フェイトがこの後どうなるか知りたいから」

 

「私も興味あります。 本来私はどのような運命を辿っていたのか」

 

「もうどうでもいいわ…」

 

「ママ」

 

「!?」

 

 アリシアはフェイトの事が気になり、夜天は自身がどうなる筈だったのか興味を持った。

 プレシアは先ほど散々な目に遭ったが、物語の中では既に死んだ事になってるも同然なのでこれ以上の失態を晒す事はないだろうと投げ槍に答えたが、直後のアリシアに睨まれて硬直する。

 

 ハジメは彼女達の望みに応えてA′sの物語を再生させる。

 物語はなのはが突然襲撃を受けたところから始まった。

 

「紅の鉄騎か」

 

「この赤い子の事、夜天さん?」

 

「夜天の書の主を守る、守護騎士ヴォルケンリッターの一人だ」

 

 紅の鉄騎ヴィータの登場に、夜天は自分達について簡単にアリシアに説明する。

 彼女達も自分も、書の主に従う魔法プログラムという存在だと。

 

 襲撃の際に助けに現れたフェイトが登場し、負傷しながらも退けたなのは達は相手の正体を知っていく。

 同時に相手側である闇の書陣営と、その主である八神はやてとの暮らしも描かれる。

 闇の書という力を行使することを望まない八神はやてに、家族として受け入れられた守護騎士たちは、一時の平和な日々を過ごした。

 そこに確かな幸福を見出していた守護騎士達だったが、闇の書の因果から望まずとも主の為に蒐集を開始せざるを得ない理由が描かれる。

 

「守護騎士達は良き主に巡り合うのですね。 ですがやはり闇の書の呪いには逃れられなかった」

 

「正直夜天には悪い事をしたと思ってる。 本来の主がいたのにこっちの都合で半身を連れ去ってきたんだから。

 時期が来れば彼女の元に戻れるようにするつもりだが…」

 

「我が主。 確かにここに描かれているあの少女は良き主になってくれるのかもしれません。

 ですが私が目覚めた時にいたのは間違いなくあなたです。

 この身の呪縛を解き放ってくれた貴方を、今更見限ろうとは思いません」

 

「ほんとに律儀だね」

 

 ハジメは夜天の半身を連れ去ってきたことに少なからず罪悪感を持っていた。

 原作なりの幸せな運命が待っていたというのに、それを自分の都合で奪ってしまった事を気にしていた。

 最後の消滅の事実を無かった事にしたと言っても、やはり気になるものは気になるのだ。

 

 守護騎士たちは魔力を収集する為に各世界を飛び回り、なのはとフェイトは管理局と共にそれを追った。

 守護騎士の一人シグナムを見つけたフェイトは交戦状態に陥り、突然の横やりにフェイトはやられて魔力を奪われる。

 

「フェイトがやられた!? この人も夜天さんの仲間なの?」

 

「いや、このような者は私の中にはいない」

 

「物語はまだ中盤だからね。 正体はいずれ解るよ」

 

 横やりを入れた仮面をつけた存在に何者かとアリシアが夜天に聞くが、この段階ではまだ明かされない。

 ハジメもネタばれはする気はないと、答えは言わなかった。

 

 物語は更に進み、話の中でクリスマスを間近に控えた時期に八神はやてが闇の書の主であるとなのはとフェイトに知られてしまう。

 はやての秘密を守るために守護騎士達はなのは達と戦闘に入るが、再び横やりに現れた仮面の男の存在に双方が戦闘不能状態に陥らされる。

 彼らの罠によって守護騎士達が闇の書に取り込まれることで完成し、はやての精神を追い込む事で意図的に暴走を引き起こされる事になる。

 直後に彼らの正体も明らかになるが、ここから先はあまり意味のない存在なので省く事にする。

 

「この人達酷い。 はやてさんに酷い事言う上に、フェイトの姿で言うんだもん」

 

「そうだな…。 だが元はと言えば私のせいでもある。

 私の過去の所業が彼らのような存在を生み出してしまったのだから」

 

「夜天さんは悪くないよ。 この中の夜天さんだって自分の意思で暴れてるわけじゃないんでしょ。

 お話でも言ってたけど、夜天さんを壊しちゃった昔の人達が悪いんだよ」

 

 闇の書にまつわる話は既に大体出きっているので、アリシアも夜天の事情については大体わかっている。

 少なくとも夜天自身が世間で言われるほど悪い存在でない事は解っていた。

 

 戦線復帰したなのは達は、物語の中の闇の書に矛先を向けられ戦闘を開始する。

 その戦いの中でフェイトは闇の書の魔法に捕まり、夢の世界に取り込まれる。

 そこはフェイトが望んでいた家族が全員無事に幸せに過ごせる世界だった。

 

「フェイト、ホントにホントにいい子だよ~。 ママやリニスだけじゃなくて話したことも無いのに私も一緒ににいてほしいと思ってくれるなんて。

 ………ママ、何か言うことない?」

 

「………」(プイッ)

 

 フェイトの見る夢にアリシアは、心の底から感動して嬉しそうにしている。

 その直後に母親に問い掛けた言葉には、直前の熱を一切感じさせない冷ややかな物だったが。

 プレシアもその夢とアリシアの冷たい言葉に、居心地が悪く目を逸らすしかなかった。

 

 だが夢の中でもフェイトは闇の書の中から抜け出すために戦い、同時に取り込まれていたはやても夢から目覚めて暴走に抗う事を決意する。

 外で戦い続けていたなのはの協力で、暴走の原因となっている防衛プログラムの分離に成功し、フェイトもはやても解放され守護騎士達も夜天の書も自由を取り戻す。

 残された問題は分離されてなお暴走し続けている防衛プログラムのみだが、自由になった彼女達の一斉攻撃によりボッコボコにされて終わる。

 

「あの防衛プログラムって強そうだったけど、フェイト達の攻撃がやり過ぎに見えるよ」

 

「主の願いで奇跡的に暴走を脱するのは喜ばしいが、あれでは防衛プログラムが少々哀れだ」

 

 何事も客観的に見れるという事は重要である。

 まあ所詮アニメ映像の中の話なので、実際に直面すればそんな余裕はないのだろうが。

 

 暴走の原因の破壊をもって事件は解決に導かれるが、残された者達にとっては終わりではなかった。

 物語の中の夜天の書リインフォースは自身の自己修復機能が生きており、遠くない未来に防衛プログラムが修復されて、再び暴走の危険がある事を告げる。

 防衛プログラムの機能していない内に自身を破壊することをなのは達に求めるのだった。

 なのは達はそれを望まないが他に手段はなく、事件に関わった者達に見守られながらリインフォースは消えていった。

 

「夜天さん、最後に消えちゃうの!?」

 

「私は主のお陰でその様な事はないが、この中の私はそうせざるを得なかったのだろう。

 物語の中で私が、良き主によって一時でも自由を得られたのが奇跡なのだからな。

 不自由なく生きられる私が言うのもなんだが、この消えゆく私は確かに世界一幸福な魔導書なのだと思う」

 

 アリシアは消えてしまうリインフォースに悲しむが、途中まで同じ道を歩んでいた夜天はこの時のリインフォースの気持ちを共感していた。

 元々同一人物なのだから当然なのだが、良き主に巡り合え終わり無き暴走から解放されて消えることが出来るのは、当時から考えれば望ましい幸運だった。

 ハジメという規格外によって降って湧いた奇跡は例外としても、物語の中の奇跡は確かに尊い物だった。

 

 

 

 

 

 アニメを見終わって元々の問題にハジメは話を戻した。

 アリシアがフェイトにどのようにして会うかであり、会った後どうするかだ。

 

「見てもらったのはあくまでフェイトが辿る可能性の未来だけど、僕は彼女がそれなりの幸福を手にしたと思う」

 

「うん、フェイトは私たち皆と過ごす事を夢見てくれたけど、このお話のフェイトも幸せだったと私も思う」

 

「フェイトの夢とこの未来のどちらが幸せかなんて解らないけど、夢とこの未来を両立するのは非常に難しい。

 アリシアもプレシアさんも公に出られる立場じゃないからね」

 

 アリシアも現状を理解しており、ハジメの言葉に頷く。

 プレシアの罪にしろアリシアの蘇生の事情にしろ、管理局としては放っておく事の出来ない存在だ。

 フェイトがアニメのように管理局に身を置きながら、アリシア達と家族として過ごすのは非常に難しい。

 

「それを踏まえた上で、フェイトに会ってから皆が少しでも幸せになれるように話し合ってほしい。

 フェイトの幸せを望むなら、彼女抜きで決めちゃいけないからね」

 

「えっ? フェイトに会わない方が良いって事じゃないの?」

 

「直接会いに行くのは不味いけど、僕が用意した方法なら管理局に気づかれずに話が出来るよ」

 

 アリシアはアニメを見てフェイトに会うのは迷惑になると思っていたが、ハジメの提案に目を丸くする。

 

「勘違いさせてしまったかもしれないけど、アリシアが何もしなくてもフェイトは十分幸せになれると知っておいてほしかったんだ。

 アリシアがフェイトの為に無理に何かしようとしなくてもいいってね。

 だけどさっきのはあくまで可能性の未来で、今の時点では何も変わっていないし決まってもいない。

 フェイトの未来を決めるのはフェイト自身で、アリシアはフェイトが少しでも幸せになれる様に手伝えばいいだけ。

 その為に未来の一つを知っていれば参考になるだろう」

 

 原作キャラに原作を見せて原作知識を使わせる事になるが、ハジメはまあいいかと思った。

 彼女達の選択によってはA'sの展開も壊れるかもしれないが、最悪ひみつ道具で全力介入すればリカバリーは効く。

 その時には原作は崩壊しているだろうが、騒動の軟着陸は出来るだろう。 

 

「それにアリシアも会いたいって気持ちに変わりはないだろう」

 

「もちろん! 死んでた時に見たフェイトしか知らなかったけど、物語を見てもっと話してみたくなった

 あんないい子が妹なんて嬉しいもん」

 

「………」

 

 アリシアはもうフェイトを妹と思う事に戸惑いはないが、それを聞いていたプレシアはやはり居心地悪そうに顔を顰めていた。

 

「それにママをフェイトに謝らせなきゃいけないしね!」

 

「やっぱりそうなるのよね…」

 

 プレシアはもう諦めたと言わんばかりに肩を落として、顰める余裕も無くす。

 当時は憔悴しきっていて正気とは言えない状態だったが、それでも聡明だったプレシアは当時の事をちゃんと覚えている。

 先ほどのアニメも事実からすればオブラートに包まれており、実際に様々な意味でやらかした自身の醜態は取り返しのつかない物だと自覚している。

 そのやらかした一番の被害者のフェイトに、彼女としては今更どう謝ればいいのだという心境だった。

 

 アリシアもプレシアの思っている事は解っているが、知った事じゃないとばかりにこの件には非情に当たり散らしている。

 きっちりとケリを着けさせると言わんばかりに遠慮が無かった。

 

「会う気満々で何よりだよ」

 

 ハジメは惨めなプレシアを見ない事にしていた。

 面倒臭い事情な上に自業自得なので、他人事とばかりに相手にしなかった。

 

「それでその方法だけど、こっちの世界からだと流石に距離があるから、ミッド次元世界の拠点にしてる時の庭園に行って、そこでフェイトと会う為の準備をしよう」

 

 リリカルなのはの世界を正式にどのような名称で呼ぶか悩んでいたが、とりあえずミッド次元世界(ミッドチルダ多次元世界)と呼ぶことにした。

 時の庭園は虚数空間に浮いたままだが、既に修復を終えてハジメの時空船の技術で改良し虚数空間でも活動環境を維持出来るようになっている。

 魔法技術が主体のミッド次元世界では全く干渉出来ない虚数空間は、ハジメにとって都合の良い隠れ場所兼拠点になった。

 

 

 

 

 

 二つの世界を繋ぐことに特化したどこでもドア型の扉”異世界ドア”を、ハジメはアリシア達を連れて潜り抜けてドアの設置してある時の庭園にやってきた。

 異次元ドアは庭園の外縁部に設置してあり、そこからは庭園に張られバリアー越しに虚数空間の風景が見えていた。

 

「聞いてはいたけど信じられないわね。 崩壊した庭園が完全に元通りになってる。

 その上バリアー越しに虚数空間が見えるなんて、本当に魔法技術を一切使っていないのね」

 

「虚数空間内で魔法プログラムである私が問題無く存在を保てているという事は、このバリアー内は本当に通常空間と同じ環境になっているのですね」

 

「ああ、とりあえず庭園全体を修復して虚数空間の影響を遮断するバリアーを展開する装置を設置して環境調節を行なっている。

 魔法技術が習熟して時間が出来たら本格的に改造して、虚数空間も自在に出入り出来る魔導技術を併用した時空船のようにするつもり」

 

「……既に対価として譲り渡したものだから言うべきじゃないんでしょうけど、私の居城を一体どうするつもりよ」

 

 かつて暮らしていた場所には違い無く思い入れも少なからずある時の庭園が、ハジメによってどんなロストロギアモドキになるのかと慄いていた。

 

「拠点としてこの世界に置いておくつもりですけど、虚数空間から出られないままにしておくのはどうかと思って。

 管理局が干渉出来ないこの空間は便利だけど、次元世界を航行出来る機能がこのままじゃもったいないですからね」

 

 魔法についてまだまだ勉強中のハジメには、多くの魔法技術が使われている時の庭園の機能を今は十分に生かせないと解っていていたので、バリアーの設置だけに留めていた。

 現状はミッド次元世界の拠点としてしか意味を持っていないので積極的ではないが、必要があれば時の庭園を完全武装させた機動要塞に改造する事もハジメには難しくなかった。

 

「時の庭園の今後はともかく、こっちの世界に来た目的を果たそう。

 奥でレーナが準備をしてくれているはずだ」

 

 ハジメは時の庭園の中に進んでいき、アリシア達もその後についていった。

 立派な建物が設置されているだけあって、時の庭園の中は結構広い。

 無論その居住区もそこそこな広さがあって、いくつもある寝室のうちの一つの扉を開けてハジメは中に入っていった。

 

 中ではレーナがメイド服を着て待っていた。

 着ている理由は只の趣味だけではなく、家事などを目的にした時の作業をするために用意された仕事着だ。

 正しい用途ではあるが、フリルが所々についており趣味もだいぶ入っている。

 

「お待ちしておりましたのですマスター、それに皆さん。

 ベッドメイクは完璧に終わっているのです」

 

「ありがとうレーネ」

 

 レーネの後ろには白いシーツがしっかりと整えられているベッドが二つ置かれていた。

 

「? なぜベッドの準備が必要なのかしら?」

 

「夢を見るのに雑魚寝をさせる訳にもいかないからね。 必要だと思ったからレーネに用意しておいてもらったんだ」

 

 プレシアの疑問に答えながら、ハジメはポケットに手を突っ込み目的のひみつ道具を取り出す。

 小さいポケットから出てきたモニターの付いた大きな装置にプレシア達は少し驚くが、ハジメの道具に今更かとすぐに平静に戻る。

 

「【気ままに夢見る機】。 専用のソフト限定ではあるけど、好きな夢を睡眠中に見られる機械だ。

 本来の機能はそれなんだけど、オプション機能として誰かの夢を覗き見るなんて機能もある。

 それをちょっと調整して、受信した夢電波から拡張したコミュニティを作成。 夢アンテナの保持者の夢と同調させて同じ夢を見させるフリードリーム世界を作れるように少し改良したんだ」

 

「えっと、つまりどういうことなの?」

 

「この装置を使えばアリシアがフェイトと一緒の夢を見られて、そこで話も出来るってこと」

 

「なるほど!」

 

 とりあえず夢でフェイトに会えることが解かり喜ぶアリシアだが、後ろでは夜天は素直に感心している一方でプレシアは科学者故の性で理論立てて考えるからか、どうしたらそんなことが出来るのかと頭を悩ませていた。

 ハジメもひみつ道具の技術はまだまだ謎だらけなので、頭を悩ませているプレシアに共感を覚えていた。

 それはさておき…

 

「流石に異世界の壁を超えて夢電波を送受信するのは難しいからバードピアからは無理だったけど、虚数空間でも同じミッド次元世界ならだいぶ送受信が楽になる」

 

 映画ドラえもんの宇宙開拓史でのび太とロップル君の夢が繋がったりしたことはあったが、あれは奇跡的な例なので参考にならない。

 

「この次元世界も世界を隔てれば隔てるほど通信伝達が難しくなるはずなんだけど」

 

「簡単に調べた結果だけど、この次元世界群の隔たりはバードピアとの隔たりと比べて紙と鉄板くらい世界の壁の厚みに差がある。

 まったく別種の世界移動だから比べる物でもないけど、僕から見ればミッド次元世界の世界移動は非常に簡単な方だよ」

 

「そう…」

 

 呆れた技術力の差にプレシアもとりあえず相槌を打つだけだった。

 

「じゃあ、まずはこの夢アンテナを付けて。 これで夢電波を送受信して特定の夢を見ることが出来る様になる」

 

 ハジメは小さな赤いボタンみたいなアンテナをアリシアとプレシアに手渡す。

 

「これはどこに付ければいいのかしら」

 

「何処でも問題ないけど、大抵額かな」

 

「付けたよー」

 

 アリシアが付けたと言うと、プレシアも黙って額にアンテナを付ける。

 付けたアンテナは目立たないように透明になって、はた目には何も付いてない様に見えた。

 

「ママのアンテナ消えちゃったよ」

 

「あらそう? アリシアのも消えているわね。 これ大丈夫なの?」

 

「目立たなくなる機能が働くだけで害はないです。 あると解って取ろうと思わないと本人でも気づかないくらいですから。

 これと同じ物を既に管理局の船にいるフェイトにもこっそり付けておきました」

 

「一応聞くけど、管理局に気づかれずにどうやって」

 

「管理局に察知されない距離まで時空船で近づいたら、時間を止めて接近して船に潜り込みフェイトの所まで行ってアンテナを付けてそのまま戻ってきただけですよ」

 

「そう、だけね…」

 

 もうそのままフェイトを連れてきた方が早いんじゃないかとプレシアは思ったが、管理局やフェイト、自分達に気遣っての方法だと解っているので何も言わなかった。

 ただもう少し自分の常識が壊れないように気遣ってほしいと思うのは我儘だろうか、とは思った。

 

「こっちだと今頃は就寝時間だから、フェイトもそろそろ寝てるはずだ。 寝ていれば夢電波を受け取れる筈だから、フェイトの夢に繋いでみるよ」

 

 夢見る機を操作してフェイトの夢を探す。 夢アンテナを付けているのはこの世界では現在3人なのですぐに見つけ出すことが出来た。

 夢見る機のモニターにだんだんフェイトの夢が映像化されていく。

 

「これは…」

 

「えっ?」

 

「……」

 

「む」

 

 ハジメ、アリシア、プレシア、夜天はそれぞれモニターに映し出された映像に反応を示す。

 それはつい先ほど見たような既視感を感じる光景だった。

 フェイトの夢として映し出された映像には花畑にフェイトがアリシアと共に座っているプレシアの膝に頭を乗せて甘えている光景で、それをアルフとリニス、そしてなのはが温かく見守っているという優しげな夢だった

 ついさっき見たアニメの中でのフェイトの夢の光景によく似ている状況だった。

 

「フェイトったら、思ったより甘えん坊なんだから。 だけどさっきのアニメのフェイトと同じで私も一緒にいる。

 なんでこんなにいい子なの~」

 

「もしかして似た様な夢ばかり見てるのか?」

 

「本当に優しい少女なのだな(チラッ」

 

「……こっち見ないで頂戴」

 

 アニメではなく実際にフェイトの夢を見て、アリシアは改めてフェイトのいじらしさに感動し、ハジメは出来すぎな展開に少々呆れる。

 優しい夢に夜天も顔をほころばせながら横にいるプレシアが気になって視線を向けると、プレシアはやはり居心地悪そうに顔を背けるだけだった。

 部外者なので余計な事を言うつもりはないが、夜天もアニメ第一期を見てプレシアの行動に思う所が無かったわけではない。

 

「まあ、フェイトの夢の内容はともかくさっさと夢を繋ぐ準備をするよ。 フェイトの夢波長を夢見る機の作るフリードリーム空間にチューニングして夢空間を固定。

 後はアリシアとプレシアさんが眠ったら、自動的にフェイトの夢に繋がるように設定して準備完了」

 

 夢という物は本来不安定な物で、何かの拍子にあっという間に消えてしまう幻そのものだ。

 それを夢見る機で夢空間と言う土台を作って安定させることで、何かの拍子に消えたりしない記憶にもしっかり残る鮮明な夢にする。

 そうすることで夢で繋がったアリシア達も落ち着いた状況でフェイトと話が出来る様にしたのだ。

 

「後は二人が眠るだけで夢の中のフェイトと会う事が出来る筈です。

 ベットも使ってもらっていいので、いつでも寝てください」

 

「ありがとうハジメさん。 私早速フェイトに会いに行く。 ママはそっちのベットで寝てね」

 

「え、ええ……」

 

 アリシアは嬉々としてベットに飛び込むように入って布団を被りプレシアにも催促を送る。

 プレシアも急かされながらベットに乗って眠る準備に入る。

 

「僕等もこれ以上家族の問題に踏み込む気はないんで、ここで席を外させてもらいます。

 夢見る機も後は自動で大丈夫ですし、朝になってフェイトが目を覚ませば夢も自然に終わります。

 朝になったら迎えに来ますので…」

 

「ちょ、ちょっと!」

 

「ママ、早く寝なよ」

 

 フェイトに会う心の準備がまだ出来ていないプレシアは待ってほしいと言いたくなるが、アリシアの催促されている間にハジメ達は黙殺して部屋を出ていった。

 プレシアは渋々ベットの上で毛布を被るしかなかった。

 

 

 

 

 

 フェイトは夢の中でいなくなってしまった家族と一緒に過ごせる日々を見ていた。

 使い魔のアルフもいるし管理局の人々は優しくしてくれ、今は会えなくても大切な友達が出来た。

 そんな現実が決して嫌なわけではないが、やはりフェイトは心のどこかで大事な家族と過ごせる時間を望んでいた。

 たとえ現実では叶わないとしても夢の中くらいはと、フェイトは消えてしまったプレシアとリニス、そしてあった事も無いもう一人の自分と呼べるアリシアも一緒に、大事な人たちと過ごす時をうつらうつらとしながら感じていた。

 たとえ夢でもアリシアと共に母の膝に横になれる時間は、フェイトにとって幸せな時間だった。

 

「………母さん」

 

「さっさと起きなさい、フェイト」

 

「は、はい!」

 

 夢の中で優しく声をかけてくれる母とは別に、現実のいなくなってしまったちょっと冷たい感じの母の声が聞こえて、フェイトは慌てて起き上がった。

 ひどく叱られていた時の経験から、この声で言われると反射的に身を竦めながら返事をしてしまったのだ。

 

「あ、あれ…」

 

 ボンヤリとした意識でこれは夢なのだと自覚していたが、今の冷たい感じの母の声がどこから聞こえてきたのか不思議になる。

 自分の夢の中なら怖い母は出てこない筈なのに。

 更に自分の意識が起きている時と同じ様にはっきりしていながら夢が冷めていない事を不思議に思い、同時に目の前にいた夢の家族たちがアルフを残して幻のように消えていったのは、まさしく夢だったというかのようだ。

 消える幻の中で唯一消えなかったアルフがフェイトに近寄る。

 

「フェイト!」

 

「あれ、アルフだけ消えてない? これ、私の夢だよね」

 

「アタシも寝たと思って気づいたらここにいたんだ。 プレシアやリニスもいるから夢だと思ってフェイトが幸せそうだからまあいいやと思ったんだけど、プレシアの声が聞こえたと思ったら急に意識がはっきりして他の奴ら皆消えちまった」

 

「うん、私もそんな感じ」

 

 フェイトの夢のアルフが消えなかったのは、ハジメがアルフにも夢アンテナを付けてフェイトの夢に入るように仕向けたからであり、このアルフは本人という事だ。

 二人がいた場所以外は夢であるからか霧掛かっていたが、二人の意識がはっきりしたのに合わせて周囲がはっきりしていく。

 霧が晴れるとすぐそばに先ほどまでの夢で出来た幻とは違う、存在感のはっきりしたアリシアとプレシアがいた。

 

「目は覚めたかしら? まあ夢の中で目が覚めたというのもおかしな話だけど」

 

「か、母さん?」

 

「なんだいアンタ。 夢にまで出てきて!」

 

 プレシアの喋り方にフェイトは先ほどの夢のプレシアでなく、現実にいたかつてのプレシアだと直に分かる。

 アルフもその事は直ぐに分かり、夢にまで出てくるなとフェイトを守る様に前に出て威嚇する。

 

「はぁ、相変わらずうるさいわニッ!」

 

「ママ! もうちょっと言い方ってものがあるでしょ」

 

 アルフの様子に呆れた様子を見せようとしたプレシアは突然言葉を途切らせて蹲る。

 プレシアの態度に腹を立てたアリシアが足を思いっきり踏んで黙らせたのだ。

 もはや一切の遠慮も無い。

 

「フェイト、会いたかったよ!」

 

「え、え、ええぇ!?」

 

 プレシアに行なったアリシアの行動に一瞬目を丸くしてぽかんとした隙をついて、アリシアはアルフの守りを抜けてフェイトに抱き着いた。

 フェイトは突然アリシアに抱き着かれて更に混乱状態に陥る。

 

「もっと早くお話したかったんだけど、いろいろ事情があってなかなか会いに来れなかったんだ。

 だけど私を助けてくれた人にお願いして、夢の中だけどこうやって会いに来れたよ」

 

「え、夢? あ、そっか、これ夢だよね。 アリシアも母さんもいるんだから、これ夢なんだよね」

 

 夢には違いないが夢であっても夢でない事が何となくわかるフェイトは更に混乱が深くなる。

 アルフも友好的な様子でフェイトに抱き着くアリシアにどうすればいいかわからずオロオロしている。

 プレシアも夢なのに痛い踏みつけられた足の痛みからようやく立ち直ろうとしている。

 フェイトとアリシアの初邂逅は、こうしていろいろと混沌した状況から迎える事となった。

 

 

 

 

 



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第五話 親の責任と事実改編

 

 

 

 

 

 夢見る機を使ってフェイトに会わせて数日。

 アリシアは連日、夢を通じてフェイトに会いにいっていた。

 ハジメも一回限りにするつもりもなかったので構わなかったが、アリシアはフェイトに夢で会うために、毎晩バードピアから異次元ドアを通じて時の庭園に泊まりに来るようになった。

 異次元ドアは、どこでもドアのように手軽に移動が出来るので世界移動は大した手間ではないが、頻繁に夢で逢いに行くようなら異次元ドアを調整して、夢電波を中継出来る様にしようかとハジメは考えていた。

 

 毎晩フェイトに会いに行っているアリシアだが、プレシアは初日に同行しただけでそれ以来夢アンテナを外して会ってはいない。

 アリシアの目論見通り、プレシアはフェイトに謝ることになったようだがそれっきりで、時の庭園にはアリシアと一緒に泊まっているが夢の中には同行していなかった。

 アリシアも毎晩誘っている様だが、プレシアはまだフェイトに会い辛い様だった。

 

 ハジメも他所の家庭の問題なのでとやかと言うつもりはなく、何かしらの進展があるまでは夢で会うも会わないも彼女達の自由にさせていた。

 ところが初日以来夢見る機を使っていないプレシアが、思い悩んだ様子でハジメの元までやってきた。

 夢見る機の操作もレーナたちに任せていたので、アリシア達の様子の報告を聞くだけで、案内した時から顔をあわせていなかった。

 

「夢見る機を使っているアリシアの様子はどうですか? プレシアさんは初日以来使っていないようですが」

 

「ええ、毎日嬉しそうにベットに潜って、朝になるとあの子と何話したとか聞かされるわ。

 アリシアが楽しそうなのは良い事だけど、正直あの子の話題は私にはまだ耳が痛いのよ」

 

 プレシアはアリシアから聞かされるフェイトの話題に、嬉しそうながらも同時に困った様子でもあった。

 フェイトが気になるアリシアのせいで彼女達親子の話題はそれになるのだが、今では罪悪感を強く感じるプレシアには常に重い話でもあった。

 それはハジメもわかっているが、家族の問題(他人事)なのであまり突つこうとは思わなかった。

 罪悪感をしっかり感じているならそれでいいと。

 

「毎晩会いに行こうって誘われるのだけど、フェイトとのお喋りを邪魔したくないって茶を濁してるわ。

 最初の一回だけ顔を合わせてアリシアの要望通りあの子に謝ったけど、お互い顔色を窺い合うだけで碌な会話も出来なかったわ。

 その時はアリシアとの会話も私を意識してうまく出来ていなかったし、実際あの子と何を話したらいいかわからないのよ。

 あの子の事をもう嫌う気なんてないけど、今更母親面で接する事なんて出来ないわ。

 自分でもあの子の事をどう思ってるのかすらわからない」

 

 アリシアの意思があったとはいえ、プレシアはフェイトについてどうすればいいか真剣に考えていた。

 当時からフェイトに対して複雑な感情があり辛く当たっていたが、アリシアが生き返った現在でも彼女をどういう風に見ればいいのかわからないでいた。

 フェイトの存在を今更否定する事など出来るはずないが、安易に生み出してしまった自分の愚かさに後悔していた。

 

「けどね、どんなに目を背けたくても、生み出したのが私自身である事をもう否定しきれない。

 母親として何もしてこなかった………いえ、間違った事ばかりしてきたのとしても、親である事から逃げない事にしたわ。

 今更でも責任を果たす事にしたの」

 

「責任?」

 

「ええ……だからハジメ、貴方にお願いがあるわ」

 

 プレシアは姿勢を正して改めてハジメに向き直り、深々と頭を下げて願い出る。

 

「貴方にはとても沢山の恩があるわ。 アリシアの事はもちろん私の病気も治してくれたし二人で暮らせる住処も提供してくれた。

 他にもたくさんのフォローをして、私達を救ってくれた」

 

「気にしないでください、対価はちゃんともらってるんですから」

 

「時の庭園がそこそこ値を張るものでも、あなたの起こしてくれた奇跡に釣り合うほどの物ではないわ。

 あの程度の物で今の幸せが手に入るなら、私は疾うの昔に幸せを取り戻している。

 多大な恩があるけど、その上でまたあなたに無理なお願いをしなければならない。

 おそらくあなたも受け入れられない願いが…」

 

「……どんな願いか知りませんが、自分でもびっくりな事に大抵の願いは叶えられます。

 よほどの事で対して手間のかかる事でなければ構いませんよ」

 

「貴方なら大した手間ではない筈よ。 ただ受け入れ難い願いなだけ」

 

 此処まで聞いてハジメもプレシアの願いがよっぽどのことだと理解する。

 ひみつ道具のお陰でどんな望みでもほぼ叶えられるという自覚があるが、だからと言って何でも出来るという訳ではない。

 ハジメにもポリシーという物があるしモラルもある。 それに反するような行いを極力しないのは当然だ。

 おそらくプレシアの願いはそういう類のものなのだろう。

 

「頭の良い貴方がそう言うんですから、おそらく僕が断りたい願いなんでしょうね。

 ですがまあ、一応願いを聞かせてください。 問題はそれからでしょう」

 

「そうね、私の頼みは貴方が自分のコピーを作っている装置。

 それを使わせてほしいのよ」

 

 プレシアの頼みに、ハジメは流石に少しばかり目を見開いて驚く。

 ハジメが自分のコピーを作っている装置、すなわちタマゴコピーミラーを使わせてほしいとプレシアは言ったのだ。

 それがどういうものなのかは説明をするまでもないが、今のプレシアがそれを使いたいというとは思わなかった。

 

「……確かに無理な願いですし、どのよう理由があるにしろ許可出来ません。

 しかし理由は聞かせてください。 クローンと言う禁忌を冒して後悔していながら、自分のクローンを作る事と同意義の道具を使いたいなんて、今のあなたが望むとは思いません」

 

「ええそうね、私も同じ過ちを犯したいとは思ってはないわ。

 けど責任を果たす為にアリシアの為に、それが必要だと思ったのよ」

 

 アリシアの為に。 正気を取り戻し平穏な生活を手に入れても、プレシアのその根底は一切変わっていなかった。

 プレシアがタマゴコピーミラーを使いたいと思った理由は、なんと管理局に自首しようと言うからだ。

 今更罪を犯した良心の呵責からなどと言う理由ではなく、自身の行いが原因で一人捕まっているフェイト(アルフは?)に自分の罪を押し付けておけないからだと言う。

 フェイトが罪を犯したのは全て自分が理由であり、仮にも!(強調)親である自分が罪を押し付けてのうのうとしている訳にはいかないのだと。

 プレシアはフェイトとの夢の対面でその意識を強くしていた。

 

 アリシアの母親として恥じない様に(前振り)、フェイトに掛けられた本来自分の罪を背負い直す事に何の躊躇もないが、自身が自首していなくなってはアリシアはどうなるというのが問題だった。

 管理局に一緒に連れていくことは前々からの話で問題外であり、ハジメは信用出来るが子育てを一方的な都合で押し付けるのはどうかと、何か方法はないかといろいろ考えたという。

 

 そこで結局ハジメに頼る事になるが、自身のコピーを残す事で間接的に自分がアリシアの面倒を見ることが出来ないかと思ったらしい。

 ダメでもどちらにしろハジメに頼ってしまうのだからと、ダメ元で自分のコピーを作れないかと頼んだというのが大まかな理由だった。

 

「理由は解りました。 ですがやっぱり僕の使っている人をコピーする装置は使わせられません。

 僕にも倫理感が無いわけじゃありませんし、クローンの作成が禁忌的な事柄である事くらい十分理解しています。

 それでも僕がコピーを使っているのは、使うのが僕自身だけだからで他の人間には絶対に使わないと決めているからです。

 自分勝手なルールですが、僕はこれを破るつもりはありません」

 

 ハジメもコピーという自身の複製を作る事に悩みが無かったわけではない。

 だがかつての事件の解決の為に、人手不足の解消という理由で使わざるを得なかったし、コピーの自立性を考えて今でも使用は細心の注意を払っている。

 使い慣れてはいるが決して不用意に多用してはいけないひみつ道具の使い方なのだ。

 

「それに本人がこっちに残って、コピーを管理局に自首させようなんて考えたんじゃありません?」

 

「そ、そんなことないわよ」

 

 否定しているがふと目を逸らしてしまっているあたり、考えていなかった訳ではないのは丸わかりだ。

 アリシア好きなプレシアなら離れる事は決して本意ではないから考えるだろうと、ハジメは簡単に予想出来た。

 

「………(ジー)」

 

「………た、確かに少しは考えたけど、コピーを作って身代わりなんて結局責任の押し付けじゃない。

 これ以上アリシアの母親として恥ずかしい事はしたくないのよ!」

 

「評価相当下がってますから、これ以上下げたくないんですよね」

 

「ウグッ! ほっといて頂戴!」

 

 プレシアは相当下がっていると思っているアリシアの評価を突かれて狼狽えるが、ハジメにはそれほど下がり過ぎているとは本気で思っていない。

 軽蔑するような目で割とよく母を見ているアリシアだが、家族である事を前提として下している酷評であり、同時に大好きである事に変わりはないのだ。

 正気で無かった当時のように反省の色が見られなかったら、酷評で済まないくらい酷い評価を下しているだろうが…。

 

「まあ理由は解りましたし、代わりの解決策を用意しましょう。

 要はプレシアさんがいなくなってもアリシアの世話をしてくれる人がいればいい訳ですよね。

 流石に僕も子供の世話をポンッと無責任に引き受ける訳にはいきませんし、経験があってちゃんとやってくれそうな人に頼みましょう」

 

「……重ね重ね申し訳ないわ。 確かにアリシアをちゃんと見てくれる人間がいれば良い訳だけど、私達の事情を知ったうえで引き受けてくれるそんな都合の良い人間がいるの?」

 

「いるじゃないですか。 子育て放棄したプレシアさんに代わってフェイトを育てたリニスさん」

 

「は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ところ変わって、最近よく訪れるミッド次元世界の虚数空間内時の庭園。

 既にいなくなってしまったリニスを復活させるために、ハジメとプレシアはアリシアもつれてここに来ていた。

 

「リニスに会えるって本当、ハジメさん!」

 

「ああ、ちょっと事情があって彼女も復活させる事になったんだ」

 

 リニスを復活させると聞いて嬉しそうにしているアリシアだが、事の発端であるプレシアの自首についてはまだ話していない。

 ハジメがタマゴコピーミラーを使わせてくれるなら自首の理由を言う必要はなく、プレシアはコピーにアリシアを任せられる可能性があったので伝えてはいなかったのだ。

 リニスの復活が成功したら説明すると、プレシアは伝え辛そうな表情で言っていた。

 決めた事とはいえアリシアとの別れが辛いのだ。

 

「ハジメが出来ると言った事を失敗するとは思えないけど、喜ぶのは上手くいってからにしなさい。

 それでハジメ、リニスをどうやって復活させようというの。

 アリシアの時と違って遺体もないし、死んだ使い魔は肉体を残さず魔力素になって消えてしまうわ。

 何もない状態からでも、普通の生物で無い使い魔でも蘇らせられるというの?」

 

「確かに何もない状態からだと蘇生は非常に手間ですが、それなら別のやり方で復活させればいいだけです」

 

 ハジメはポケットからフラフープのような輪っかが付いた装置を取り出す。

 

「【タイムホール】。 時間干渉装置の一つですが、この穴を通して過去や未来を見る事も出来ますし、穴から干渉して物体を出し入れする事で簡易的な時間移動も可能な道具です。

 これで消滅する直前のリニスさんを取り出せば、死んだという事実を時空を超えてその時代から消滅したという真実にすることが出来ます」

 

「時間移動………今更その程度の事で驚いても仕方ないわね。

 確かに時間移動が可能だと言うなら、それでリニスの消滅を無かった事に出来るわね」

 

 ハジメなら何が出来ても可笑しくないと学習しているプレシアは、些細な驚愕はスルーしてリニス復活の可能性を確信する。

 

「けどちょっと待って。 時間移動が出来るという事はかつてのアリシアの死を無かった事にも出来るんじゃ…」

 

「確かにそれは出来ると言えますが、同時に出来ないとも言えますし、意味がないかもしれません」

 

「どういうこと?」

 

 ハジメの要領を得ない答えにプレシアは疑問に思って答えを求める。

 

「あらゆる物には原因と結果の因果関係がありますが、時間移動が絡むと途端に矛盾を引き起こします。

 今のプレシアさんが過去の事件を無かった事にしようとすることは出来ますが、その行動がどのような結果を生むかわかりません。

 過去の事件が無かった事になれば無かった事にする理由その物が無くなり、理由が無ければ過去は改変されず、事件はやっぱり起こるという理屈の無限ループが発生する。

 他にも歴史は完全に確定していて。過去を変えようとしても変えられなかったという結果が、変える前から現在の歴史に刻まれていて何も変えられない。

 はたまたあるいは歴史の変更によって平行世界の分岐が発生して、事件が起きた世界と起きなかった世界になるだけになるかもしれません。

 そういう様々な理由があるので、時間干渉は矛盾を起こさないようにやらないといけないんですよ」

 

「そ、そう……。 それなら仕方ないわね…」

 

 プレシアもハジメの説明に理解は出来ているが訳が分からないといった感じでとりあえず納得した。

 タイムパラドックスは誰から見ても非常にややこしいのだ。

 

「だからこそリニスさんをこちらの時間に呼び込むには、死に際の誰もが死んだと思っている認識がされた後でないと、現在の自分たちの認識を歴史の変更で捻じ曲げる事になり時間矛盾が発生します。

 それほどギリギリの瞬間じゃないといけないんです。

 まあ死ぬ直前や死んだ直後なら、蘇生も特殊な力が無くても不可能じゃないですしね」

 

 仮死状態からや呼吸停止からの蘇生など、実際によくある話なのだから。

 

「そういう訳で、リニスさんが消滅した日時と場所とその時の具体的な状況を教えてくれませんか?

 流石に何時の何処かわからないとタイムホールでも手が出せませんし、状況がわからなければこちらに呼び込むタイミングも見計らえませんし」

 

「えっ!? ええそうね……」

 

 プレシアはまたも気まずそうにしながらアリシアを横目で見て、その時の事を答える事に躊躇する。

 それを察したアリシアはプレシアが答える前にその理由を暴露する。

 

「死んでた間の事を思い出してるんだから、隠しても意味ないよママ。

 あのねハジメさん。 リニスはフェイトのお世話をして勉強を教えてたんだけど、ママったら勉強が終わったらもういらないって使い魔契約切って転移魔法で追い出しちゃったんだよ!」

 

「知ってたの!?」

 

 その事実にプレシアは非常に狼狽えているが、逆にアリシアは淡々とした様子でその時の事を語っていた。

 

「ママの悪い所は全部見てたんだよ。 この時の事も酷い事だけど、ママもっと酷い事沢山してたじゃない」

 

「ど、どの事!? 酷い事してた自覚はあるけど、思い返したら心当たりがたくさんあり過ぎる!

 あのねアリシア、リニスには確かに酷い事したと思うけど、私もその時は事情があってね…」

 

「知ってるよ。 全部見てたんだから、ママが病気でリニスの維持が難しかったって理由も知ってる。

 だから酷い事していいって訳じゃないけど、ママが大変だったのも解ってるんだよ」

 

「ッ! ごめんなさいアリシア~!」

 

 酷い行いをした事に怒っていながらも一定の理解を示したアリシアに、プレシアは謝りながらも感動してアリシアを抱きしめる。

 アリシアも少し拗ねた様子を見せているが、されるがままにプレシアの抱擁を受け入れていた。

 様々な出来事でいろいろ思う所はあっても、お互いが大事という認識に変わりはないのだ。

 

「感動的な感じになってるところ悪いけど、そろそろ話を進めさせてもらっていいかな」

 

「「アッ、ハイ」」

 

 空気を読んだ上で空気を断ち切るようにハジメは話を進めさせた。

 当時の状況を更に詳しく聞いて、大体の時間と場所も把握したところでタイムホールにその時間と場所をインプットしていく。

 当時の事は次元空間に浮かぶ時の庭園での出来事であり、大体の場所は解っても広い次元空間から航行している時の庭園を見つけるの少々苦労する事になる。

 そして見つけた時の庭園をマークしてリニスが消える事になる時間を探し出した。

 

 タイムホールの穴にはタイムテレビのように、その時間の状況が映し出される。

 映し出された先には、当時の顔色が悪いプレシアとリニスが言い争っているのが見えた。

 設定を弄って現在は穴としての機能を制限し、出入りは出来ないが向こうからは見えないタイムテレビと同じような状態にしている。

 なので画面の向こうの二人はこちらに気づかず言い争っているが、その様子に思い当たる節のあるこちらのプレシアは顔を顰めていた。

 

「覚えているわ、この状況と会話。 この後、私がリニスとの使い魔契約を切って時の庭園から追い出すのよ。

 契約を切れば使い魔は存在を維持出来ずに消えてしまうから、転移魔法で追い出して後は消滅したと思ったのよ」

 

「じゃあ転移魔法で飛ばされる先を割り出して、消滅する前にこちらに回収しましょう」

 

「だけど私はランダム転移でリニスを飛ばしてしまったわ。 何処に飛んだか私自身も解らないの」

 

「こっちと向こうの時間は元々別の時間軸ですので、調査に時間が掛かっても向こうに時間の余裕があるなら何も問題もありませんよ。

 それに空間に関しては相当研究した得意分野なんですよ。 魔法であっても空間に作用するなら、その流れを観測するのは難しくありません」

 

 ハジメは即座に空間作用観測の為の機械を取り出して、タイムホールの隣に設置して転移魔法の作用を観測する準備をする。

 映画事件時代に様々な技術の研究や開発をして知識を高めていたが、特に必要性の高かったタイムマシンの時間移動や宇宙船のワープ機能などの、世界移動を含めた空間作用に関しては結果的に深い知識を得ていた。

 そんなハジメから見れば転移魔法は割と理解しやすい空間作用なのだ。

 

 リニスを見失わないように観測装置を用意してその時を待つ。

 タイムホールの向こうの二人の言い争いは激しくなっているようで、今にも強硬手段に出そうな雰囲気だ。

 正確にはリニスが食いついてプレシアが煩わしそうにしている様子だが。

 

『プレシア、お願いですから思い止まってください。 フェイトは貴方の事を母と慕っているのですよ。

 ちゃんとあの子の事を見てあげてください』

 

『どうでもいいわ、アリシアのまがい物なんて。 大事なのはアリシア只一人よ。

 アリシアの成り損ないでも使える様にと貴方に教育させていたけど、もう十分でしょう。

 アレにはせめて私がアリシアを取り戻すための捨て駒になってもらうわ』

 

『プレシア!』

 

 荒れていた当時のプレシアの酷い言い草にリニスは声を荒げるが、一切堪える様子を見せない。

 それに対してこっちのプレシアは、当時の自分の言動に不機嫌そうに目を吊り上げているアリシアの様子に冷や汗を流しながら狼狽えていた。

 同一人物とは思えない反応の違いだった。

 

 アリシアも当時のプレシアの行動は今更なので隣のプレシアに追及する気はないが、フェイトの事をぞんざいに扱う発言を聞けば不愉快な気分になるのは仕方なかった。

 こっちのプレシアはまたアリシアに怒られないかとハラハラしながら過去の自分を見ていると、目的の状況が訪れたようだ。

 煩わしそうにしていた過去のプレシアが、デバイスの杖を手にして地面を突いて魔法陣を展開した。

 

『煩わしいわ。 貴方の役目はフェイトの教育。 それが終わったのならもう用済みよ。

 使い魔の維持も楽じゃないのだから、ここで消えてちょうだい』

 

『待ってくださいプレシア!』

 

 制止も聞かずプレシアは腕を向けると新たな魔法陣が浮かび上がり、同時にリニスの前にも同様の魔法陣が浮かび上がると、次の瞬間に同時に砕ける。

 それは使い魔契約の魔法陣でプレシアが契約を破棄して解除した証明であり、同時にリニスは命の根源を失って脱力し床に倒れこむ。

 更に人の姿を維持出来ずにヤマネコをベースにした大きなネコ科の使い魔の姿に変わってしまう。

 

『アリシアが戻ってきた時、リニスがいないと悲しむかもしれないけど仕方ないわ。

 アルハザードに辿り着くまで、何とか体を持たせないと…』

 

『待って………プレシア…』

 

『………本当に、最後まであなたは煩わしかったわ。 消えなさい』

 

 床に広げられていた魔法陣が光り輝くと倒れ伏したリニスの周囲に収束する。

 そこに転移魔法が展開されて、リニスの姿が時の庭園から消え去った。

 

「転移魔法による空間移動を観測成功。 これからタイムホールでリニスの飛ばされた場所に繋いでこちらに引き込みます。

 準備はいいですか?」

 

「え? ええいいけど、私達が何かする必要はあるの?」

 

「契約解除されたままじゃリニスさん消えちゃうじゃないですか。 それを何とかしないと、こちらに引き込んでもすぐ消えちゃいますよ」

 

「わ、私が再契約するの!?」

 

「僕もまだ使い魔契約については調べていないんで出来ませんよ」

 

「だからって私が…」

 

 かつて、そしてたった今、目の前で行われた契約解除による切り捨てをした手前、再びリニスと契約し直すのはプレシアは非常に気が引けた。

 だがハジメはまだ魔法知識が足りず、アリシアは魔法素質が足りていないので、この場で契約できるのはプレシアだけだった。

 

「他に出来る人居ませんし」

 

「じ、時間は作れるんでしょ! 私は……ほら、いろいろあるから、貴方にお願いしたいんだけど…」

 

「ママしっかりして! どっちにしたってリニスがこっちに来たら顔合わせるんだから変わらないよ。

 だからリニスと契約し直してちゃんとさっきの事謝って!」

 

「………わかったわ」

 

 アリシアに諭されてプレシアも観念しリニスと再契約することを覚悟する。

 別の思惑もあるにはあったが、この場は仕方ないと決めた。

 

「それじゃ行きますよ」

 

「ええ………ところで、その棒は何?」

 

「【タイムトリモチ】ですが、なにか?」

 

 タイムホールを前にリニスと引き込もうと構えていたハジメの手には、先に鳥もちの付いた棒が構えられていた。

 タイムトリモチはタイムホールとセットの道具で、これでホールの先の目的に物をくっつけて取り出すのだが、見た目的にかなりアナログすぎる道具だった。

 専用の道具である事に変わりはないのだが、もう少し見た目を良くした引き込むための道具は無かったものだろうか?

 

 プレシアも見た目はともかく性能はすごいひみつ道具を何度も見せられているので、それ以上は追及せずちゃんとした機能があるのだろうと納得して追及をやめた。

 タイムホールの穴の先に転移したリニスが見えた所で、すかさずタイムトリモチを差し込んでリニスにくっつけこっちの時間軸に引っ張り込んだ。

 リニスは契約解除と転移のショックで気を失っており、だんだん体を構成している魔力を失って消え始めている。

 

「それじゃあプレシアさん、お願いします」

 

「……わかったわ」

 

 こうしてリニスは時間を超えて、消滅した事実をしていなかったという真実にすることで生き永らえた。

 その後目覚めたリニスに簡単な事情を説明した後、プレシアはアリシアによってしっかりとリニスに謝らされるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 管理局次元航行艦アースラ、その一室に留置されているフェイトは行動の不自由はあれど悪くない環境で過ごしていた。

 後にPT事件と呼ばれるジュエルシード騒動に関わった実行犯の一人ではあるが、事件解決後は管理局に従順であり罪を償おうという姿勢を見せている事から、彼女自身の事情も考慮されて容疑者としてではなくほぼ客人に近い待遇を受けることが出来ていた。

 形式上留置してる扱いから外す訳にはいかない事から行動は制限されているが、申請すればある程度の望みは聞いてもらえるほどの優遇があった。

 

 そんなフェイトは事件の結末に一先ず踏ん切りをつけて、今後の事を考え出来る事を模索し許される自由を使って行動を起こしていた。

 彼女の今一番の望みは事件の時に友達になったなのはに早くまた会いたいという物であり、その為には自身の罪の清算である管理局での裁判を乗り越えなければならなかった。

 執務官のクロノはもろもろの事情も考慮して悪い事にはならないと言ってはいるが、それでも今後の自分の行動次第で裁判の結果が少なからず変わるとフェイトは解っている。

 

 フェイトはどうすれば裁判の結果を良く出来るかとクロノに聞き、そのアドバイスで少しでも管理局の心証を良くする為にと嘱託魔導師の資格を取る事を進められ、それを得る為の試験を受ける事にした。

 自由があるとはいえ特にやる事も無かったフェイトは、嘱託魔導師の試験に向けてその一室で勉強に励んでいた。

 

「フェイト、あんまり無理するんじゃないよ。 この前の時の無茶と違って勉強なら心配ないけどさ、疲れたならちゃんと休んだ方が良いよ」

 

 使い魔であるアルフも当然一緒に生活しており、事件の時のように無理しないかいつも気遣っていた。

 

「大丈夫だよアルフ。 時々休憩を挟んでるし、夜はちゃんと眠ってる。

 それに最近はあまり夜更かししないでちゃんと寝ているよ。 知ってるよね」

 

「そりゃまあ確かに知ってるよ。 毎晩夢を楽しみにしながらベッドに入ってるんだ。

 あれでちゃんと寝てないとは言わないよ」

 

「そ、そんなに楽しそうにしてるかな?」

 

「してるねえ」

 

 フェイトはアルフと共に毎晩アリシアと会うという同じ夢を見ていた。

 夢の中で初めてアリシアと会った時、自身との関係からどう向き合えばいいのかフェイトは戸惑う事になった。

 だがアリシアは非常にフレンドリー?に接し、自身を姉としてフェイトを妹と言い切って家族として向き合ってきた。

 事件当時最後までプレシアに向かっていったことから分かる様に、家族愛に飢えていたフェイトはあっさりアリシアに懐き、毎晩夢で会うのを楽しみにしていた。

 チョロインと言ってはいけない。

 

「でもまあ、不思議な夢だよねぇ。 毎晩直接会った事も無いアリシアが夢の中に出てくるなんて。

 それにアタシもフェイトと同じ夢を見てるんだよ」

 

「うん、そうだね。 けど夢でも嬉しいんだ。

 本当の姉さんとは話したことも無いはずなのに、夢の中では本当に会えている気がする。

 この夢が何時見れなくなっちゃうかわからないけど、見れるなら少しでも長く眠っていたいくらい。

 それに、母さんともまた夢の中で会いたいし」

 

「……フェイトが嬉しいんだったらそれでいいんだけどね。

 まさか夢の中とはいえ、あのプレシアがアリシアに言われて謝るとは思わなかったよ」

 

 初日しか夢に同行していないプレシアだが、フェイトと一度だけ顔を合わせた時にアルフとも会っている。

 当時フェイト以上に意識する理由も無く碌に相手にしていなかったプレシアは、今もアルフをフェイトの使い魔だということ以外意識しておらず、フェイトと向き合って謝る事にいっぱいいっぱいだったので、素でアルフを居ない物として意識していなかった。

 しかしプレシアを嫌っていたが故に意識はしていたアルフは、夢の中でもプレシアがフェイトに謝った事に驚いたのだった。

 

「うん、夢だから本当の事じゃなくても私もちょっと驚いた。

 けどその後せっかく母さんがいるのに何を話せばいいのかわからなくて、碌に何も話せないまま夢から覚めちゃったから少し後悔してる。

 次の日からアリシアは夢に出てきても母さんは来てくれないし、やっぱり夢の中でも母さんを怒らせちゃったのかな」

 

「夢の話にそんなに真剣に考えたってしょうがないよ。

 それに夢の中でアリシアがプレシアは怒ってないって言ってたし大丈夫なんじゃないかい?

 まあ、何処までいっても夢の話なんだけどね」

 

 ふしぎな夢でも所詮は夢と認識している二人には、どんなに幸せでも現実に何の影響もない夢なら特に意味がある訳がないと解っている。

 それでもフェイトは夢でもプレシアに会いたいとは思うし、アルフもフェイトが良い夢を見れて幸せならそれでいいと思っていた。

 

「それはそうだけど、また夢に母さんが出てきたら今度こそちゃんと話がしたい。

 だから無意味かもしれなくても、夢で会えた時の為に母さんと話す事を時々考えてる。

 アルフは何か母さんと話したい事とかない」

 

「言ってやりたい事なら山ほどあったけど、夢の中でフェイトを困らせてまで言いたい事じゃないね。

 まあ夢の中でもプレシアがフェイトに酷い事するなら、今度こそガブッといってやるんだけどね」

 

「ダメだよアルフ」

 

 夢見る機によるアリシアとの対話も夢としか認識していないが、フェイトにとっては幸せな夢と感じアルフもそれで納得していた。

 しかしそれは夢では終わらない現実と密接に関係して起こっている出来事であり、夢の繋がりによって遠い地で進みだした事態は、この日現実のフェイトの元へと届く事になった。

 

 アルフと夢の話をしながら机に向かって勉強していたフェイトに、艦内通信で連絡が入った。

 管理局の裁判の事などいろいろアドバイスをしてくれている執務官のクロノからだった。

 

『フェイト、まだ起きていたか?』

 

「うん、まだ嘱託魔導師の勉強をしてるけど、どうしたの?」

 

『君に伝えるべきかどうか悩んだんだが、僕等の管轄で処理しなければいけない以上アースラにいる君達に隠し通すのは無理だろうと判断して伝える事にした。

 君にとっては朗報なのだろうが、アルフにとってはどうかは解らない』

 

「アタシに?」

 

「なにかあったの、クロノ?」

 

 通信に映し出された映像から語るクロノは非常に歯切れが悪く、伝えるとは言っても未だ悩んでいる様子が見られた。

 フェイト達も何かあったのかと察して、真剣な表情でクロノの話を聞く姿勢を見せる。

 

『……落ち着いて聞いてくれ。 プレシア・テスタロッサが見つかった』

 

「ええっ!?」

 

「なんだって!?」

 

 夢とはいえプレシアの話題を直前までしていた二人も、流石にそれは寝耳に水の報告だった。

 

 事態が動き出したのは数時間前。

 アースラに不明の通信を受信したところから始まり、通信をオープンにすれば先日の事件で虚数空間に落ちて行方不明、事実上死んだと思われていたプレシアが現れた事でアースラスタッフは騒然となった。

 通信の内容は要約すれば、事件の罪を償う為に自首するので迎えに来いという物だった。

 

 事件の最中に死んだと思われていた容疑者が通信を繋いできて、その上事件当時頑なに管理局の制止を拒んだ人物が自首を宣言したことで、更に混乱が起こっている。

 しかし彼らも只慌ててばかりなわけではない。

 何らかの罠を警戒しつつも自首を申し出てきた容疑者を放置する訳にもいかず、先日の事件でプレシアを拘束しようと派遣されて返り討ちに遭った武装局員を再び、今度は自首するプレシアが待っている世界への迎えに派遣する事になる。

 迎えに現れた武装局員に、自首すると言う宣言通り抵抗する事も無くプレシアは拘束され、現在こちらに戻ってくる最中だとフェイト達はクロノから聞かされた。

 

 夢の中でもいいからもう一度会いたいと、つい先ほどまで願っていたフェイトは、現実にプレシアがアースラにやってくると聞いて、それはもう混乱した。

 どうしようという混乱を見せるかのように、ワタワタと手振りをしてふらふらと彷徨い、バランスを崩して机の前の椅子から転げ落ちてしまう。

 

「フェイト!?」

 

『大丈夫か? フェイト・テスタロッサ』

 

「う、うん、大丈夫、ちょっとどうしたらいいかわからなくなっただけ。

 それでクロノ、母さんに会うことは出来るの」

 

『すまないが直ぐには出来ない。 プレシア・テスタロッサはもちろん、君も保護に近い立場であっても容疑者には違いない。 君等がするとは思わないが、事件の共犯として話を合わせて事実を誤魔化す隠蔽工作を許してしまう状況を許すわけにはいかない。

 それに客観的な観点を考えると、君の保護という観点からも不用意に彼女と接触を許可する訳にはいかない。

 君の心情がどうあれだ』

 

「そう……だよね」

 

 フェイトは残念そうに項垂れるが、管理局側から見ればその理由に正当性はある。

 同じ事件の容疑者であり共犯である事実はどこまでいっても変わらない実状であり、尚且つ二人の人間関係はあまりよろしいものではなく、管理局と言う真っ当な民衆を守る組織としては傷つけられる弱い立場の者を守らねばならないのは当然の事だ。

 すなわちフェイトがプレシアに再び肉体的であれ精神的であれ、傷つけられることを管理局の御膝元で許すわけにはいかないのだ。

 

『……だが十分な調書を取った上で彼女の精神状態を確認し、君への攻撃性が無いと判断出来たら僕等の監視の下でなら面会の許可は出せるだろう』

 

「本当、クロノ!」

 

『あくまでプレシア・テスタロッサに問題が無いと判断出来た場合だ。

 彼女の自首は非常に不可解だが、自己の判断でそうしたのなら事件当時の様な追い詰められた精神状態ではないだろう。

 面会には艦長の許可もいるし必要な手続きある。 いろいろな問題があるから確実に時間はかかるし彼女次第でもあるから確約は出来ない。

 尽力はするがあまり期待しないでくれ』

 

「うん、わかった待ってる!」

 

 色好い返事の出来ないクロノだが、フェイトはそんなことはお構いなしに期待一杯の様子で返事をする。

 その様子にクロノは、尽力はすると言ったがこうまで期待されては手は抜けないなと思いながら苦笑し、こちらに来るプレシアを迎えるのを待つと言って通信を切った。

 フェイトは興奮していつの間にか立ち上がっていたが、通信が切れた事で再び椅子に腰を下ろす。

 

「母さん良かった。 ホントに生きてたんだ」

 

「正夢って奴かね。 プレシアの夢を見た後に本当に出てくるなんて。

 けどホントに会う気かい? アタシはまたあいつにフェイトが酷い事言われないか心配だよ。

 夢みたいにうまくいくとは限らないんだよ」

 

「そうかもしれないけど、母さんと話せる機会が出来たんだ。

 酷い事言われるかもしれないのは怖いけど、夢の続きでもあの時の続きでもまた母さんと話がしたい。

 なのはみたいに話し合おうとするのを諦めたくないんだ」

 

「あの子みたいにか。 あの子もそうだったけどフェイトも相当頑固だよ」

 

「そうかな?」

 

「そうだよ。 まあアタシはフェイトの使い魔だからご主人様の命令には従うよ。

 けどプレシアがまた酷い事言うようなら今度こそぶん殴ってやるよ」

 

「それはだめだよアルフ」

 

 フェイトは再びプレシアと会う事を、夢ではなく現実として期待しながらアルフと共に待つ。

 本人はまだ認め辛いが、フェイトの為に自首してきたプレシアは以前の様な攻撃性はなく、それをクロノ達管理局が認めるのもそう遠い話ではない。

 フェイトとプレシアが現実で改めて再会するのも、そんなに先の話ではなかった。

 

 

 

 

 

 



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第六話 魔法少女パラレルアリシア誕生?

 感想及び誤字報告ありがとうございます。
 確認してから投稿しましたが、だいぶ前に書いたものだったので、文章の感じがやっぱり違う感じですね。
 今よりもさらに未熟さを感じます


 

 

 

 

 

 数日前、プレシアは管理局に自首する為に、アリシアをリニスに託してバードピアを去った。

 リニスへの謝罪を含めた事情説明にアリシアへの自首の理由などを含め、また娘と離れ離れになってしまうという葛藤に時間を掛けてようやく行動に移したが、その辺りの出来事は割愛する。

 残されたアリシアも、自首の理由に理解を示して母を送り出す事を決意し、むしろ行動しようと決意したプレシアの方が別れる事を渋る様子を見せたあたりからさっさと行けと発破をかけて、当人を少し落ち込ませながら送り出したくらいだ。

 それでも娘は娘。 母親であるプレシアがいなくなったことで寂しさを感じない訳ではなかった。

 

「あれからアリシアの様子はどうですか? プレシアさんがいなくなって少し落ち込んでたけど」

 

「確かに当初は元気をなくしていましたが、既に十分持ち直しましたよ。

 やはりハジメさんが夢でプレシアに会える様に取り計らってくれたおかげです」

 

 プレシアがフェイトと会う為に使った夢見る機の夢アンテナは、アリシアと一緒に夢を見るのをやめた時に取り外されている。

 管理局に出向けば逮捕される理由から所持品などの確認に身体検査は当然されるので、幾ら肌に一体化して見分けがつかなくなるとはいえ、夢アンテナを発見される可能性は十分にある。

 そこで管理局で検査を終えた後、フェイトの時と同様に管理局に見つからない様にプレシアに夢アンテナを再設置した。

 こうしてアリシアは夢で何時でもフェイトとプレシアに会える事で、気を持ち直していた。

 

「プレシアとアリシアの為にいろいろお手間をかけてしまったようで申し訳ありません」

 

「いやいや、管理局に気づかれないようにプレシアさんにアンテナを渡してくるだけだから、大した手間じゃないですよ」

 

「普通は管理局の船に忍び込むのが手間で済む訳ないんですけど」

 

「魔法技術があっても管理局と僕等には大きな技術差がありますからね。 この程度の事なら訳ないんで、他にも何か困った事があったら言ってください、リニスさん」

 

「ありがとうございます」

 

 アリシアの事で改めてお礼を言いに来たリニスに、ハジメは何でもないかのように答える。

 それでもいろいろ自分を含めプレシアやアリシアが世話になっていると解っているので、改めてリニスはお辞儀をしながら感謝の言葉を述べた。

 自分も一時期は消滅するはずだったのに、手を下したプレシア自身に時間を超えて自分を救わせたのは間違いなくハジメだ。

 多くの恩がある事には違いない。

 

 更に現在ハジメは、使い魔であるリニスのマスターの役割をプレシアから受け渡されている。

 現在アリシアとリニスが暮らしているバードピアは、ミッド多次元世界との間に大きな隔たりとなる世界の壁がある。

 ミッド多次元世界の次元世界間であれば問題ないが、本来は時間の流れすらも別々の世界間では使い魔契約の繋がりも流石に断たれてしまう。

 そこで仕方なく助けたリニスをプレシアが一度再契約して存在を維持し、その後ハジメが詰め込みで使い魔の契約法を覚えて、契約対象を移し替える形で譲り受けた。

 

 収集した異世界の力には魔法関係の力も含まれている。

 それらによって得た異世界の魔力は、リリカルなのはの世界の適性を得る事でそのままこの世界の魔力と同じように扱われるので、資質の高いプレシアの使い魔契約を引き継げるだけの魔力的余裕がハジメにはあった。

 

 そういった訳でリニスが消えない様に契約を預かったのだが、使い魔でなくても人との契約というものはポンポン入れ替えるようなものではない。

 今は存在を維持する上で仕方がないが、リニスの契約はテスタロッサ家の誰かが受け持っているべきだとハジメは思っている。

 リリカルなのはの使い魔の作り方にはハジメも興味はあったので、集めた魔法技術の分析が済んだら使い魔契約を調べて、リニスを単体で独立させたりアリシアでも契約出来るように研究するかと考えていた。

 

 仮の主人であると言われているが、多大な恩もあってリニスはプレシアと同様にハジメを主人として認めていた。

 やる事もアリシアの世話と何も変わっていないが、この世界の支配者がハジメでありその保護下にある以上、どのような形であっても自分達がその傘下にある事に何も変わりないのだから。

 

「もう少し落ち着いたら、今後の事を考えてもいいかもしれないね」

 

「今後の事ですか?」

 

「ええ、この世界は広い割に僕等以外の人がいないのでどれだけ居てもらっても構いませんけど、いつまでも無為に時間を過ごすというのもどうかと思います。

 アリシアの将来の事を考えたら、今は良くてもいずれ学校に行く事も視野に入れないと」

 

 勉学に関してはフェイトの教育で経験のあるリニスだけでも問題ないが、学校というものは勉学だけで終わるものではない。

 他者とのコミュニケーション能力を育む場所でもあって、人がほとんどいないバードピアだけではアリシアの成長に歪みが生じるだろう。

 フェイトにも天然という形でその傾向があった。

 

「……そうですね。 いつまでもあなたにお世話になりっぱなしという訳にも行きませんし、検討してみます」

 

「ここで暮らすこと自体はいくら居てくれてもいいんですよ。 僕と部下しかいない世界ですし、お隣さんの一人や二人問題ありません。

 リニスさんも来たばかりですし、アリシアが暮らし始めてもそれほど時間が経ってませんから、もう少し落ち着いてからでいいんですよ。

 ゆっくり勉強してアリシアが何かに興味をもって将来なりたい物を見つけたら、それを目指して独り立ちに向けて学んでいく。

 それはいずれの話であって、明日明後日の話じゃないんですから」

 

「はい、確かにそれはまだ幼いアリシアには早い話ですし、あの子がもう少し大きくなってから考えます。

 それまでもうしばらくお世話になります」

 

 リニスは改めて世話になると頭を下げて礼の気持ちを示し、ハジメは気にするなといった感じで苦笑いをしてその感謝を受け取った。

 連れてきた時に既に予想出来ていたが、ハジメも流石に長い付き合いになりそうだと思った。

 

 テスタロッサ家との当分続くであろう共同生活の未来を想像していると、ハジメの私室の扉がノックされる。

 

『マスター、ちょっとよろしいですか?』

 

「エルか? 構わないよ」

 

『失礼します』

 

 礼儀正しく入ってきたエルは部屋の中にハジメの他にリニスがいるのを確認する。

 

「リニスさん、いらっしゃってたんですか?」

 

「お邪魔してます、エルさん」

 

「今リニスさんと少し話してたけど、どうかしたか?」

 

「あ、はい。 それがゲートルームからマスターのお友達という方が現れて、ドラ丸さんも知っている方だったようで、マスターを呼んできてほしいと言われたんです」

 

「ああ、なるほど。 わかった直ぐいこう」

 

 エルの言う人物が誰なのか思い当たったハジメは、椅子から立ち上がって直ぐに行動を起こす。

 同時に異世界に繋がる扉のある場所から、誰かが来たことにリニスが気になり訊ねる。

 

「少々よろしいですかハジメさん。 私達の世界と行き来出来るあの部屋からという事は、私たち以外にミッド多次元世界に知り合いでも?」

 

「いや、あちらの世界の直接的な知り合いは今のところリニスさん達だけだよ。

 あの部屋には他の異世界にも接続してある扉があって、来た人はその中の一つの扉から来たはずだ。

 まあこの世界に訪れるのは繋がっている世界の中でも一つの世界だけで、来るのも一人だけなんだけどね」

 

 今でこそハジメ達以外にアリシアとリニスがこの世界に住んでいるが、その前に関係者以外にこの世界に訪れているのは彼女一人だけであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「初めまして、アリシア・テスタロッサです!」

 

「満月美夜子よ。 久しぶりにこの世界に来たんだけど、随分賑やかになったのね」

 

 お客が来たことでバードピアに住んでいる者全員が一堂に集まり、顔合わせをする事になる

 満月美夜子はドラえもん映画事件の関係者で、パラレルマシンの開発の為に関わった時から何の因果か関係が途切れず、今でもまだ彼女の住む魔法世界とバードピアの扉が繋がっている。

 とはいえ彼女も自身が暮らす魔法世界での生活があり、最近は少々忙しかったためにこっちに来るのは久しぶりだった。

 

「美夜子さんからしたら数カ月くらいだけど、僕的にはいろいろ進展があり過ぎてだいぶ状況も環境も変わりましたよ。

 アリシア達は以前少しだけ説明した、新しく開発する異世界転移装置を使った先の世界で知り合った人たちで、少々事情があってこの世界で暮らしています。

 あちらにいる夜天も同じ世界の出身ですが、別事情でこの世界に来て僕の仮の従者となっています?」

 

「従者? それって主従関係って意味のかしら?」

 

「ええまあ」

 

「へぇ~…」

 

 美夜子はそう呟きながら何か意味深な笑みを浮かべて納得したような顔をする。

 

「……何か?」

 

「ううん、なんでもないわ。 異世界なんだし色々な文化がある筈だから私の世界の価値観で何か言ってもしょうがないんでしょうね。

 だけどこんな綺麗な人を従者にするなんて、ハジメ君も男の子なんだなと思って!」

 

 解ってますよと言いたげな美夜子の笑顔に、ハジメは少しばかりイラッとして弁明しようと思ったが、ドラ丸を除けば全員女性及び女性型という状況はどこのラノベという環境に相違ないので、下手に誤魔化すような真似は泥沼にハマりそうな気がしたので不用意な否定はしない事にする。

 仮の従者である夜天はともかく、エル達神姫は確かにハジメの好みで存在していることに違いはないのだから。

 

「……まあ、あえて否定しませんよ。 一応男ですから綺麗な女性がいてくれる方がうれしいですからね」

 

「あれ? 否定しないんだ。 同年代の男の子だったらこういう風に言うと否定するのに」

 

「僕の見た目は美夜子さんとそう変わりませんけど外見年齢くらい容易に変えられます。 

 実年齢はいろいろややこしい事になっているので自分でもよく分からなくなっていますが、外見じゃ全く当てになりませんよ」

 

「そうなの!?」

 

 ハジメの年齢が見た目通りではないという事実に、美夜子だけで無く知らなかった従者以外の三人も少々驚く。

 自身が言ったとおり、ハジメの実年齢は転生に加えて映画事件時に動きやすい体にタイム風呂敷で調整したり、更にパラレルマシンでコピーを修行に何年も異世界に送り出して統合したりと、いろいろ弄られ過ぎて実年齢というものが全く分からなくなっている。

 精神年齢はいくつか?と聞かれればまだまだ若いとハジメは答えるだろうが、経験という名の総合年齢はコピーとの数多の統合で四桁あるいは五桁の年齢に届いていても可笑しくない。

 

「かといって老けてると言われたくないので、あまり年齢については聞かないでください。

 ちゃんと女の子に興味があるんだと言えるくらいには若いつもりなので」

 

「え、ええ、解ったわ」

 

 ハジメの道具の力なら何でもありとこの場にいる全員解っているので、これ以上聞いて仕方ないとこの話題は断ち切られる。

 

「改めて言いますが夜天はいろいろ訳アリなので、仮という形での主従関係なんです。

 本来主人となる人物が別にいるんですが、いろいろ状況が落ち着いて片が付くまではどういう結果になっても良い様に、仮という形に落ち着いているんです」

 

「よくは解らないけどいろいろ事情があるという事だけは分かったわ」

 

 夜天との正式な契約を結ぶかどうかは、アニメ第二期の闇の書事件が終わってから改めて夜天自身に決めさせるつもりだ。

 ハジメが夜天を……闇の書を分割して修復したのは、そこに収められている魔法技術の蒐集が主な目的だ。

 事件終結までには情報を引き出し終えることが出来るので、そうなれば資料としては言い方は悪いが用済みで本来の主である八神はやての元に戻そうとも考えていた。

 

 その考えも既にハジメは伝えているのだが、夜天自身はその配慮の意味はなく既に考えを固めていた。

 本来の主であったはやてではなく、闇の呪縛から解放してくれたハジメの騎士として仕えようと決めていた。

 

「我が主、配慮は嬉しいのですが私の考えは変わりません。

 中野ハジメを我が唯一の主として力(つい)えるまでお仕えすると心に決めております」

 

「相変わらず頑固だね。 まあ、一応形式としてあの件が片付くまではって決めちゃったし、その時になったら改めて決意を聞くよ。

 それまでに気持ちが変わったら気にせず遠慮なく言ってくれ」

 

「騎士の誓いに二言はありませんので」

 

 決意は変わらないと言った様子を満面に見せる夜天に、ハジメは期待が重いといった感じに溜息を吐く。

 夜天の忠誠は嬉しくない訳ではないのだが、夜天の書の知識という打算的な面で強引に連れてきたので後ろめたい気持ちがそこそこあるのだ。

 異常のない健全な状態で元鞘に納まってくれればその憂いはなくなると思っていたが、ミッド多次元世界の地球の年末には正式な従者がチームで確定しそうな気がひしひしと感じた。

 

「まあ、そんなわけで彼女は仮の従者で正式なのはドラ丸とエル達四人だけだよ」

 

「それって残りの女の子たちよね。 あの子達も別の異世界の人?」

 

「そういう訳じゃなくて………いや、でも違うとも言い切れないか。

 エル達はアリシア達とは別の世界の神姫という機体をベースに改良して、僕のサポート目的で作り出したいわゆるロボットです。

 どうして女性型ばかりなのかというのも神姫が元々そういうものだからですし、先ほども言ったようにかわいい女の子の方が好ましいと思ったからですよ」

 

「マスターったら恥ずかしいのです!」「まあボクが可愛いのは当然だよね!」「二人ともお客さんの前なんだからもうちょっと落ち着いて…」「フンッ///」

 

 ハジメの可愛い女の子という発言に、神姫組が多種多様にうれしそうな仕草をする。

 レーナは頬に手を当てイヤンイヤンと悶え、当然と言っているが非常に上機嫌になるアイナ。

 お客である美夜子を気にして落ち着かせようとしているエルとテンションを上げる二人に呆れた仕草を見せるリースも、目尻を下げており機嫌の良さを僅かに漏らしていた。

 

 神姫達にとってマスターは絶対であり、信頼関係が築かれていれば自然と好意を向けるようになる。

 体は人間サイズでも人工知能をそのまま流用している彼女達も、いろいろ普通とは違う存在ではあるが、マスターであるハジメに純粋に好意を向けていた。

 少なくとも褒められて嬉しさを隠せないくらいには感情的であり、その仕草は普通の女の子と遜色ない。

 

 そんな仕草をする彼女達がロボットだと言われて美夜子は少しばかり目を疑っていた。

 

「あの子達がロボット? とてもそうとは思えないわ」

 

「全身を人の皮膚と見紛うスキンで覆っているから、機械的な部分は完全に隠れてますからね」

 

 本来の神姫は関節部がむき出しで無機物であることが解かりやすいが、ハジメの技術にその程度の事を隠す能力が無い訳がない。

 ドラ丸のモデルとなったドラえもんのように、何処にそこまでの柔軟性があるのかといわんばかりの体表の表面処理を行なって、人間とまるで変わらないスベスベでモチモチとした肌を実現させている。

 お年頃のプレシアが知った時は、つい魔法の雷を漏電させたとかさせなかったとか。

 

「私の想像してるロボットってもっとこう、ジャキーン!とかガッシャーン!とかいった感じのメタルチック?なイメージなんだけど」

 

「そういうのも確かにありますよ」

 

 事実ハジメが映画事件の時に多用していたMSベースのロボットは正にそれだろう。

 

 しかしなぜ科学の無い魔法世界出身の美夜子が、そういった明確なロボットのイメージを持っているか?

 それは科学世界で偶像的な魔法のイメージがある様に、魔法の世界でも偶像的な科学のイメージがあるからだ。

 

 科学世界では確かにロボット技術は発達しているが、現代ではまだまだ自立歩行が出来る様な物は碌に開発されていない。

 同じように魔法世界での魔法は科学世界でイメージされているような小規模な物はともかく超常的な魔法には届いておらず、映画ののび太達が目にした魔法は殆ど生活的な物でどんな願いも叶えるような万能的な物ではなかった。

 解り易く言うと科学世界のロボットアニメのロボットは実際にはとても作れないし、同じく魔法アニメの魔法も魔法世界で再現出来る物は殆どない。

 科学世界から反転した魔法世界にもアニメ文化があり、そこでのアニメにもスーパーロボットが登場する超科学は演出され、同じように魔法世界の現代では再現出来ない物語向けの超魔法がアニメとして形になっている。

 文明的には科学世界も魔法世界もあまり変わらないからこそ、現実を超えたフィクション的な科学技術も魔法技術もお互いの世界の日本人はたいして変わらないイメージを持っているのだ。

 

 まあハジメは超魔法も超科学も手に入れる事の出来る立場にいる訳なのだが。

 

「けどドラ丸も一応ロボットだと前に言ったと思うんですが…」

 

「確かに聞いたような気がするけど、ドラ丸さんの姿って珍妙過ぎてまるでロボットってイメージじゃないわ。

 じゃあ何かって言われると、もうナニカとしか言いようが無くって…」

 

「失敬な!」

 

「まあ改めて言われると確かに」

 

「殿まで!?」

 

 珍妙と言われて遺憾の意を示すが、ハジメにまで同意されて少しばかりショックを受けるドラ丸。

 ドラえもんという作品を知っている身であれば違和感はまるでないかもしれないが、現実的に見れば珍妙としか言いようのない存在であることは間違いない。

 物語の中という場所以外でドラえもん型の存在が現代を歩き回るのは、いろいろ無理がある容姿だとはハジメも再認識している。

 今後人のいる場所での活動を考えて、ドラ丸に人型への変身機構を組み込もうかと検討していたりする。

 

「むぅ、拙者そんなに珍妙でござるか?」

 

「「「………(サッ)」」」

 

 他の人に訊ねるように視線を向けると誰もが何とも言えない表情で応える言葉が思いつかず、全員つい目を逸らしてしまいドラ丸は結構ショックを受けて落ち込むのだった。

 今更なのだが、ドラえもん型の存在をリアルで活動させるのはかなり違和感が大きかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「”来よ、白銀の風、天より注ぐ矢羽となれ”………【フレースヴェルグ】」

 

「………なにこれ~」

 

 空に浮かぶ雲に向かって撃ち出されたベルカ式の砲撃魔法は、天に届くと炸裂し雲を衝撃で押し広げて円形の大穴を作り出しその威力の高さを示した。

 それを見た美夜子は自分達の使う魔法とは明らかに違う魔法に、呆然としながら間の抜けた声を漏らすのだった。

 

 ドラ丸がちょっと拗ねてしまったが自己紹介が終わった後、美夜子はやはり異世界の話をハジメに強請った。

 科学の世界も美夜子からすれば幻想の世界なのだが、ハジメの渡った世界は魔法も科学も入り混じった不可思議溢れる世界ばかりで興味を示すのは当然だった。

 とはいえ殆どの世界はハジメのコピーが力を付ける目的で行っただけで、物語の世界観は語れても実際に世界を見て回った世界はそれ程ない。

 コピーではあるが本人ではないので修業目的で行った世界を語るより、今現在関わっていてその世界出身の住人が目の前にいるミッド多次元世界の事を最初に語るのは自然だった。

 

 ミッド多次元世界は科学を持って魔法の力を行使する力の混同する世界と説明すると、魔法世界の出身でなくとも当然その世界の魔法というものを見てみたいと言い出すのも不自然ではない。

 そこでハジメは夜天に教わった魔法行使技術と魔法資料の収集の成果を見せんとばかりに、空に向かってフレースヴェルグの試し撃ちを行なったのだった。

 

「ふむ、術式制御も行使も問題無かったと思うけど、どうかな夜天」

 

「はい、私の補佐が無くとも十分な魔力制御とコントロールでした」

 

「納得のいくまでコピーと一緒に練習したからね。 流石に合格点がもらえなきゃ困るよ。

 シュベルトクロイツは返しておくよ」

 

 魔法を行使する為の補助として使わせてもらった剣十字の杖を夜天に返す。

 全くの余談だが、実はこの杖自体にはデバイスとしての機能が殆ど付いておらず、発射の為のまさしく砲台としての役割しか備えていない。

 これは主機能がユニゾンデバイスである夜天の方に存在している事が理由であり、本来はシュベルトクロイツという名前も無く、後に八神はやてが使う同じ形状の杖型デバイスの名前だ。

 とはいえ名前が無いのもあれなので、便宜上そう呼んでるだけに過ぎない。

 

 更に余談だが仮称シュベルトクロイツにデバイスとしての機能が殆ど無いと知ったハジメは、デバイス技術習熟も兼ねてしっかりとしたデバイス機能を取り付けようかと現在検討中だ。

 なぜ検討中ですぐにそうしないかと言うと、夜天がユニゾンデバイスとして『私とユニゾン(合体)するのでは駄目なのですか…?』、と悲しげに少し返答に困るセリフを呟いて臍を曲げてしまったからだ。

 

 ユニゾンデバイス本来の役目を付属品の杖に持っていかれるのは不愉快になるのは当然だが、本来の選ばれ方で主になっていないハジメは夜天のユニゾン適性がかなり低い。

 ユニゾン出来ない訳ではないのだが、性能をあまり発揮出来ず融合事故の危険性もあるので、夜天自身をハジメの主要デバイスとして活用するのは難しかった。

 夜天自身も単独でSランク魔導師としての力を持っているのでそちらの方面で活躍してもらおうとハジメは考えているが、夜天もデバイスとしての固持からハジメ専用デバイスの座を安易に明け渡す気が無いらしく、ハジメが自在に使えるデバイスは当分手に入らないだろう。

 

「(ぽか~ん)………ハッ! ちょ、ちょっと今の何!?

 見たこともないような魔法だった上、とんでもない魔力だったわよ!」

 

「そりゃあ、美夜子さんの世界の魔法とミッドの魔法は全然違いますからね。 完全に別物と考えた方が良いですよ」

 

 ハジメは美夜子や皆に解り易いように二つの世界の魔法の違いを説明する。

 

 ミッド多次元世界の魔法は知っての通りプログラムで作られた術式に沿って使うことが出来、術式の入ったデバイスと魔力さえあれば特殊な物で無ければ大抵誰でも使えるといった特徴がある。

 そして美夜子の世界の魔法は術式といった物は無く、一般の生活魔法であれば【チンカラホイ】の一言で統一され、美夜子の使う強い魔法も起こしたい事象を呪文として唱えて魔法を使えば、威力は本人の魔力に左右されるが大抵の事象は引き起こせる。

 解り易く言えばミッド世界の魔法は術式を使った数学。 美夜子の世界の魔法は呪文という言霊を鍵とした古文と例えると解り易いかもしれない。

 どちらが優れているかと聞かれると、文明の発展具合でミッド世界の方が間違いなく優れていると思うが、魔法世界の魔法にしか出来ない事も確かにあるだろう。

 

 ハジメの説明に美夜子はミッドの魔法を科学で引き起こしている魔法と納得することにした様だ。

 あながち間違ってはいないのだが魔法世界の人間なので、科学その物に理解が及んでいない事から深く解釈するのを諦めたようだ。

 

 美夜子はとりあえずは納得したようだが、逆にミッド世界出身の三人が美夜子の世界の魔法がどんなものかいまいち理解出来なかったようだ。

 ミッド世界出身の中で純粋で好奇心旺盛なアリシアが真っ先に美夜子に訊ねた。

 

「美夜子さん、美夜子さんの世界の魔法ってどんなものなの? ハジメさんの説明だけじゃどんなものか分かんなくって」

 

「私の世界の魔法と言ってもいろいろあるわ。 それでもさっきハジメさんが使ったような魔法はとても私には使えないわ。

 悪魔でもあんな威力の魔法使えるかしら…」

 

「とりあえず美夜子さんが使える物で一番威力のあるものを使ってみては?」

 

「そうね、やってみるけどあまり期待しないで頂戴ね、アリシアちゃん」

 

 美夜子はそう告げてから魔法を使う為に皆から少し距離を置き、ペンダントから魔法を補佐する杖替わりとなる剣を取り出す。

 映画の時にも悪魔と戦う為に持っていた剣だ。

 

「やるからには全力でやらせてもらうわ。 ”雷よ! 我が剣より放たりて、天を貫く轟雷となれぇ!!”」

 

 美夜子の告げた言霊が呪文となって魔法を起こし、空に向けた剣先から強烈な雷が迸り、次の瞬間には轟音とともに天に向かって放たれた。

 ミッド式の魔法のような制御された直射型の物ではなくジグザグに折れ曲がりながら突き進む自然現象の雷を形作りながら、地から天に昇っていくその様は明らかに不自然な現象は確かに魔法その物だった。

 時間にして僅か数秒の放電は収まり、全力で魔法を放った美夜子は息を切らしながら剣を下ろした。

 

「ふぅ…ふぅ…、私の全力じゃこんなものよ。 此処から雲に大穴を開ける威力の魔法なんて出来ないわ」

 

「そんなことないよ。 美夜子さんの魔法も十分凄かった」

 

「ええ、あれでも十分凄い魔法だと思いますよ。 以前の悪魔の一件より魔法が強くなったんじゃないですか?」

 

「あの時は殆どハジメさんに頼りきりだったもの。 弱いままじゃいけないと思って魔法の練習を増やしてたんだけど、ずっと凄いハジメさんの魔法を見て自信を無くしたわ」

 

 二つの世界の魔法はまるで違うものだが、魔法であるだけあって魔力を使う事に変わりはない。

 だが運用効率がまるで違い、ミッド魔法は魔力をそのままに術式に乗せて組み替えて撃ち放つために変換ロスが少なく、たいして美夜子の魔法は魔力を呪文によってまるで違う形ある現象に作り替えるのでその変換時のロスが大きい。

 何よりデバイスという演算処理装置が有ると無いとでは、効率というものに差が出て当然なのだ。

 

 美夜子の魔法はハジメの放ったフレースヴェルグに比べて明らかに威力は下だったが、アリシアとは別にミッド世界の魔法に詳しいリニスと夜天は、威力とは別にその魔法の不可思議さに眉を顰めていた。

 彼女達が魔法を使う際に現れるテンプレートの魔法陣が発生しないのは事前に聞いていたので可笑しいと思わないが、それでもあれだけの呪文詠唱でそこそこ威力のある雷を発生するプロセスが全く理解出来なかったからだ。

 ミッド式やベルカ式の魔法のように系統が違うだけと二人は考えていたのだが、魔力の流動は確認できたから魔法には違いないはずなのに、魔法法則がまるで感じられなかったそれは、彼女達の世界で言うレアスキル或いはナニカだとしか思えなかった。

 

「どう思いますか夜天さん。 魔力変換資質で電気に変えて直接魔力を放出した、とは私には思えませんでしたが…」

 

「私も多少解析魔法を使ってみていたが、まるで目的を宣言しただけで過程を飛ばして結果となる魔法を発生させたようにしか見えなかった。

 主の語りからレアスキルといった様子ではなく、彼女の世界ではあれが普通の魔法なのだろう。

 多少術式系列が違うだけかと思ったが、正しく別物の世界の魔法なのだろう」

 

 彼女達なりに美夜子の魔法を考察しようとしていたが、美夜子の世界は正しく物理法則がまるで違う。

 後日、美夜子の世界に魔法を知るために訪れた際に、これまでの常識の通じない世界に二人は目を見開き大口を開けポカンと呆ける事になる。

 

「でもあんな雷出せるの私のママや妹のフェイトみたいだよ。 二人とも電気の魔法が凄く得意だから。

 私もママ達みたいに魔法が使えたらいいんだけど、魔力資質低いから私だけ全然魔法が使えなくって…」

 

 アリシアはちょっと悲しそうに魔力資質の低さを語る。

 普段は元気なアリシアだが魔力資質の低さを気にしており、プレシア・リニス・フェイト・アルフは魔法は使えるのに自分が使えない事が少しばかりコンプレックスになっているのだ。

 ミッド多次元世界の魔力資質リンカーコアの有無は先天的な資質なので、後天的にどうにかする方法は現在のミッドの技術では確立されていない。 

 プレシア達もそんなことは気にせず彼女を愛しているからアリシアも隔意を持つ事はないのだが、一人だけ違うというのはやはり寂しい気持ちにさせるのだ。

 

「魔法が全然使えない? アリシアさん達の世界の魔法って使い手にそんなに差が現れるの?」

 

「アリシア達ミッド多次元世界の人達が魔法を使うにはリンカーコアという魔法器官が無いといけないんだ。

 ある程度遺伝もするんだけど、残念ながらアリシアには余り引き継がれなかったみたいでね」

 

「そうなの。 私の世界でも個人差が魔法が下手な人はいるけど、絶対に使えないって人はいないんだけど」

 

 何せのび太でも簡単な練習でスカート捲りしか出来ないが魔法を使える様になるくらいなのだ。

 最底辺に限りなく近いのび太でそれなら、絶対に使えないという人は美夜子の世界にいないだろう。(酷

 

「え、美夜子さんの世界の人って、誰でも魔法が使えるの!?」

 

「下手な人も確かにいるけどね」

 

「その魔法って私にも使えませんか!?」

 

 系統は違えど魔法の使える可能性に、アリシアは美夜子の世界の魔法に興味を持つ。

 

「どうなんだろう? 私の世界の人なら使えるって断言出来るけど、他所の世界の人の場合って聞かれると私にもわからないわ。

 あ、でもハジメさんは科学の世界の人間だけど、練習して使える様になってたから出来るかもしれないわ」

 

「確かに僕も美夜子さんの世界の魔法は使える様になってますけど、本来別世界の人間がまるで違う世界の魔法なんかを使えるようなるには、よほど世界同士の相性が良くないと不可能ですよ」

 

 アリシアが美夜子の世界の魔法を使えるかという問題に、ハジメは世界の違いからなる魔法の在り方の違いについて説明する。

 魔法は魔力を使って発生させると言うのは多くの世界の共通認識だが、そのプロセスは世界によって様々で、ある世界では魔法という名の現象であっても魔力に寄与しない世界だってある。

 

 この二つの世界の魔法は魔力によって使われることに変わりないが、事前に説明した通りプロセスがまるで違う。

 魔力生成機関であるリンカーコアは美夜子にはないし、アリシアでなく魔力資質が高い人間であっても美夜子と同じ要領で魔法を使おうとしても成功しない。

 世界が違えば何かしらの世界法則に違いが存在し、同じ人間に見えても実際には違う人種どころかまるで別の生き物と言えなくもない。

 世界法則に差異の少ない世界同士であれば技術の互換性は得られる可能性はあるが、この二つの世界の魔法法則はまるで違うので、どんなにお互いに真似をしたところで相手の世界の魔法を使うのは通常(・・)は不可能だ。

 

「じゃあ美夜子さんの世界の魔法でも私使えないんだ」

 

「通常ならね。 本来世界の在り方に違いのある世界同士に繋がりが出来る訳ないんだが、それを可能にしているのが僕の世界転移技術だ。

 それに組み込まれている機能の一つが、僕に美夜子さんの世界の魔法もミッド世界の魔法も使えるように体質を変化させている。

 それを使えばアリシアが美夜子さんの世界の魔法を使える様になるし、逆に美夜子さんをミッドの魔法が使える様にも出来る」

 

「ほんとっ!」

 

「それ、私も興味あるわ。 私も異世界の魔法が使える様になるのなら試してみたい」

 

 ハジメの説明にアリシアも美夜子も体を前のめりにしてやってみたいと主張した。

 

「熱い要望ある事だし、さっそく試してみようか。 ………あったあった、【パラレルエンチャンター】!!」

 

 ポケットから探り出したのはもしもボックスと同じ電話ボックス型の自作ひみつ道具。

 これにより二人は相手の世界の魔法を使える体質に変えられるわけだが、電話ボックス型の道具と言われると、原作の時代の流れを感じるなと思うのは余談だ。

 作る際に携帯電話型かスマホ型にするべきだったかもしれない。

 

「これはパラレルマシンの原型の一つであるもしもボックスの機能の一部を抽出して、それのみを単独で使える様にしたいわばダウングレード版の道具なんだ。

 もしもボックスを使った時に使用者が受ける変化させる世界の法則に適応させる機能に特化させて、世界を変化させずに使用者に目的の世界の世界法則を付与することが目的なんだ。

 そもそも人には元々の生まれた世界の法則が当たり前に受けていて、本来はその世界以外の法則を受ける事はないんだけど、このパラレルエンチャンターによって……」

 

「説明はもういいから早くやろう!」

 

「私も機械の事はさっぱりわからないから、その説明は後回しでいいかな?」

 

 ひみつ道具の詳しい説明を省かされるのは原作映画でもよくあったエピソードである。

 

 

 

 

 

「”チンカラホイ!” また成功した!」

 

 パラレンエンチャンターの効果により、美夜子の魔法世界の適性を得たアリシア。

 専門家の美夜子の教えの元魔法を試すと、あっという間に魔法を使える様になり、今はハジメの集めていた初級編の魔法資料を読みながら色んな魔法を試している。

 念力による物体浮遊から錬金術による物体形状変化で石をいろんな形に変えてみたり、遠くにある自分の小さな私物を召喚したりなど、魔法世界において一般人に使われる魔法を次々と成功させていた。

 

「流石プレシアさんの娘ってことかな。 ここまで簡単に使える様になるとはね」

 

「殿もそこそこ練習を必要としましたからな」

 

「魔力は無くても資質は十分にあったってことだろうね」

 

 映画ののび太も科学世界出身で、素質が低い事から練習しても碌に魔法が使える様にならなかった。

 まるで別物とはいえ魔法世界の出身であり大魔導師と呼ばれたプレシアの魔法資質は、全てではなかったとはいえセンスは確かに受け継がれていたのだろう。

 魔法を一通り試すと、今度は用意していた箒に跨って飛べと唱え空を飛び始めた。

 

 箒による飛行は魔法世界の移動手段の一つであり、子供でも自転車のように乗り回せる代物だ。

 アリシアは箒で嬉しそうに空を飛び回り、慣れてくると飛びながら片手間に魔法を試して遊んでいた。

 別物の魔法とは言え使える様になったことがよっぽどうれしいらしい。

 

「我が主、ちょっとお聞きしたい事が…」

 

「ん、どうした夜天」

 

「飛行魔法の資質が無くても箒を使えばだれでも空を飛べるのは素晴らしいと思います。

 ですが、なぜ空を飛ぶのに箒なんでしょうか?」

 

 ミッド世界に箒で空を飛ぶという魔女のイメージは存在しない。

 そういったイメージ地球文化に根付いているからこそ、箒で空を飛ぶというありかたが夜天は不思議だった。

 

「ん~…、とりあえずそういうものと納得しておいてくれ。

 あの世界は物理法則そのものがこっちの世界とかけ離れてるから、どういった原理で魔法が起こるのか答えを出すのは僕等の感性じゃたぶん無理だ。

 ああすれば使えると解っていれば、後は考えてもしょうがないよ」

 

「はあ、主がそうおっしゃるのであればそのように解釈しておきます。

 どのような術理か解析を試みましたが、まるでプロセスが読み取れませんでした」

 

「僕も一応科学的に解析を試みたけどさっぱりだったからね。 まさしく科学と相容れない魔法といった感じだよ」

 

 魔法世界の魔法を科学で解釈することは出来ないと、ハジメはとりあえず諦めていた。

 もしもボックスと言う科学の産物によって導かれた世界だから、ひみつ道具の技術を完全に運用出来るようになれば魔法も解析出来るかもしれないが、今のハジメではとても無理だと解っている。

 今も様々な研究は続けているので、いずれは理解出来る様になりたいとハジメは思っている。

 

「ハジメさん、私からも少し気になった事があるのですが…」

 

 アリシアの魔法を楽しむ様子を夜天たちの眺めていると、少し離れて美夜子にミッド魔法を教えて居たリニスがこちらにやってきた。

 美夜子もミッド世界の適性を与えた事でミッド魔法の資質が得られ、自分の使う魔法の使い方をアリシアに教えた対価にリニスが自分達の魔法を教える事になった。

 魔法を使用する為のデバイスは、ハジメが練習目的で作った試作ストレージデバイスであり、試し撃ちに使うだけなら問題ない性能は既に持っていた。

 美夜子もアリシアのように新しい魔法を早速試したがっていたが、リニスがアリシアの様子を気にしだしてハジメの元まで一緒に戻ってきていた。

 

「どうしました? 何か美夜子さんの方で問題ありました」

 

「いえ、デバイスも試作と言っても十分に使える作りでしたから問題ありませんし、美夜子さんも彼女の世界では優秀な魔導師だからか魔力資質も高いようで、軽く見積もってランクAAAの魔力はありそうです」

 

「系統は違えど同じ魔法を使う存在だからね。 世界適性を得る事でその資質はそのままミッド世界での魔導師の資質になってるんだよ」

 

「おそらくはそうだと思いました。 ですが気になったのは彼女ではなくアリシアの方です。

 いくらその世界適性を得たとはいえ、それだけでいきなりあんなに魔法を使える様になるのかと思いまして…」

 

 アリシアは今も簡単な魔法ばかりだが箒に乗って浮きながらも色んな魔法を試している。

 パラレルエンチャンターはあくまで世界適性を付与するだけで、高い才能を約束して与えられるわけではない。

 また知識も当然与えられるわけではないので、勉強しながら容易に魔法を成功させているのは間違いなくアリシアの才能だ。

 

「それで簡易の魔力感知魔法でアリシアの魔力を計測してみたんですが、Eランクの域を出なかったアリシアの魔力ランクがCランクまで上がっているんです。

 これはどういう事なんです?」

 

 リニスは真剣な表情でハジメに問い質す。

 ミッド世界の魔導師にとってリンカーコアの魔力ランクは先天的な物でほぼ決まっており、成長である程度伸びはするが大幅なランクアップは望めない。

 それが彼女達の常識なのだが、別世界の適性を得るだけで成長の上限一杯まで延びる事はどういうことなのかとアリシアに起こった事態なだけにリニスは明確にしなければならなかった。

 その話が聞こえたのか、アリシアも慌てたように箒から飛び降りて戻ってくる。

 

「リニス、私の魔力が増えたってホント!?」

 

「ええ、ですが急激な魔力の増加にどのような副作用があるか心配です。 それがはっきりするまで魔法の使用は一旦控えてほしいです」

 

 アリシアの世話係をする立場としてはアリシアの健康が第一だ。 魔法が使える様になって喜んでいるアリシアには悪いがそこはどうしても譲れない所だ。

 

「ええぇ~」

 

「我慢してください」

 

「むぅ……、わかった。 だけど問題が無いならいいんだよね!」

 

「まあそうですが、それは理由次第でしょう。

 どうなんでしょうか、ハジメさん」

 

 改めて向き直るリニスに、ハジメはこの事象の原因を考えていて、とりあえずではあるが当たりをつける。

 

「う~ん、検証してみないと断言は出来ないけど、多分美夜子さんの世界の人の魔法資質の下限に引っかかって押し上げられたんじゃないかと思う」

 

「魔力資質の下限ですか?」

 

「彼女の世界の人は大なり小なり魔法を使えるのが当たり前だ。 それは生活環境にも密着していて、生活する上で必要な魔力を誰もが当たり前に持っている事になる。

 その当たり前のレベルの魔力がミッド世界のCランクの魔力に匹敵するなら、世界適性を得たアリシアが当たり前のレベルの魔力を持ってないのはおかしいという事になる。

 その矛盾がアリシアを美夜子さんの世界の一般レベルの魔力、つまりミッド世界のCランクの魔力量にまで引き上げたんじゃないかと思う」

 

「………私達の世界では魔力ランクというものはそう簡単に上がるものではないんですが、貴方に私達の常識は意味をなさないんでしたね。

 アリシアの体に害はないんですよね」

 

「世界適性を得る事に副作用が無い事ははっきりしている。 ミッド世界的に魔力の急な上昇はおかしなことかもしれないが、魔法世界的に言えば持ってて当たり前の魔力があるのは不自然じゃない。

 現在の彼女はミッド世界の人であると同時に魔法世界の人でもあるから、たとえそこに矛盾があっても体質的に問題が起きないのがパラレルエンチャンターだ。

 どちらかの世界の人間として自然であるなら何も問題はないよ」

 

「なるほど、それを聞いて安心しました」

 

 アリシアの体調に問題がないと聞いて安堵するリニス。

 それを見たアリシアも魔法を使っても問題ないと安心する。

 

「じゃあ、魔法を使っても問題ないんだね!

 …ねえ、ハジメさん。 私があの機械のお陰で魔力が増えたってことは、リニスやママが使っても魔力が増えるの?」

 

「いや、他の人の場合はそういう訳にはいかない筈だ」

 

 アリシアの気づいた素朴な疑問に、ハジメはすぐさま否定する。

 

「アリシアの場合は、魔法世界において本来ある筈の最低限の魔力が無かったから自動的に底上げされただけだ。

 十分な魔力を持っている人達であれば魔力の変動は起こらないと思う。」

 

「そっかー、魔力は多い方が良いからリニスも使えば増やせると思ったんだけどな~」

 

 魔力の少なさを気にしていたアリシアはちょっと残念そうにパラレルエンチャンターを見つめる。

 

「あの機械は本来魔力を増やす装置ではないからね。 魔力の増加は副次的な作用に過ぎない。

 魔力を高めたいのであれば増やし易い世界の適性を得て、その世界の法則に沿って増やすしかない」

 

「ヘっ? そんなに簡単に増やせるの?」

 

 あっさり魔力を増やす方法を提示したハジメに、アリシアは目を丸くする。

 魔法が使いたくて魔力を増やす方法を探していた事があるアリシアは、ミッド世界の魔力の向上方法が乏しい事を知っており、簡単に魔力を増やせる方法を教えられて困惑した。

 

「実際はどの世界の魔力の向上方法も簡単にとはいかないよ。

 訓練という形で長い時間修行を重ねなければいけなかったり、実戦経験を経て魔力を高める事の出来る世界もある。

 安易な方法も無い訳ではないけど、大抵はどの世界でも禁忌の方法となるね」

 

「禁忌、と言われるのでしたら、やはり実践には危険が伴うのですか?」

 

 危険性の高い手段を危惧し、リニスは顔を顰める。

 

「一概に使用者が危険とは限らないけど、一般良識で考えて褒められた方法で無い物ばかりだね。

 流石にアリシアに実践させたいとは思わないから、教えるとしたら真っ当な手段に限らせてもらうよ」

 

「……どうしますかアリシア。 危ない方法は認められませんが、ハジメさんが大丈夫と言う方法であれば大丈夫なのでしょう」

 

「やる! ハジメさん、魔力を増やす方法を教えてください!」

 

 試すかどうかの是非に、アリシアは間髪入れず頷いて答えた。

 

「まあいいけど、僕も魔法が使える様に成る為に試した事のある方法だから心配いらないよ」

 

 ハジメも元々は魔法の使えないのが当たり前の世界の出身で、魔力を高める方法を幾つもの世界で実践している。

 その結果はドラゴンボール世界の気程ではないが莫大な魔力を保有するようになっている。

 その前歴から、魔力向上を実践して結果を出した第一人者とも言えた。

 

「実践方法は体を鍛えるような厳しい訓練とそう変わらない。

 アリシアはまだ小さいから本格的な実践はもう少し大きくなってからにして、魔法の勉強をしながら焦らずゆっくり試していこう」

 

「はい!」

 

 こうしてアリシアの魔法少女プロジェクトが始まった。

 

 

 

 

 



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第七話 休暇(いせかい)に行こう

感想及び誤字報告ありがとうございます


 

 

 

 

 

 プレシアが去り美夜子が来たり魔法談義をしたり、バードピアは何事も無く平穏が続いていた。

 ハジメはこれまで通り研究に余念が無くコピー達と共に没頭して、従者組のドラ丸とエル達はその補佐と身の回りの世話にあたっている。

 

 従者候補の夜天も同じように雑務を行なったり魔法研究の教授役を担い、その合間の暇な時にミッド世界の地球の八神家の様子を度々伺っている。

 先日八神はやてが誕生日を迎え、彼女の元にある闇(夜天)の書が起動しヴォルケンリッターの出現を確認した。

 自身の中で未だ眠っている守護騎士ではないが、別たれた半身の同胞達が原作のアニメのように主とうまくやれているか気にかけていた。

 タイムテレビを使った時空間通信による確認なので相手に見つかる事はないが、余り他所の家を覗くのはプライバシーの侵害であり、程々にする様にとハジメに注意される一面もあった。

 

 先日色々な転機を迎えたアリシアも、勉強をしながら魔法の訓練を始めている。

 魔力を増やす方法を求めた彼女がハジメに言われて実践しているのは、ドラクエ世界産の【ふしぎなきのみ】を適度に服用し続けるというものだ。

 ふしぎなきのみはゲーム・ドラゴンクエストで最大MPを増やすという効果で、現実では魔力上限の上昇を促進する効果が確認されている。

 これを服用し続けながら魔力を使い続ければ魔力容量が徐々に上がるという事が、ハジメの過去の修行経験から分かっている。

 毎日魔法の練習を続けて居れば魔力が自然に増えるという寸法だ。

 

 リニスは当然アリシアの身の回りのお世話。

 アリシアが少しずつ魔法を使える様になったことで、魔法を教える事も役割の一つになった。

 フェイトの教育の経験もあるので、何の問題も無く充実した日々を送っている。

 もう少し魔法がうまくなったら専用のデバイスを作ろうとリニスは考えていた。

 

 このようにバードピアに住む者達は各々が充実した平穏な日々を送っている。

 しかしそんな平和な日常に突然、ハジメの元に物々しい表情で会いに来た者達がいた。

 

 

 

「マスター! お休みを取ってください!」

 

 エルを筆頭にした神姫組四人娘である。

 

「どうしたんだエル、他の皆も?」

 

「どうしたんだじゃありません! 毎日毎日部屋に籠って研究ばかり。

 研究もいいですが、いい加減ちゃんとした休みを取ってください! 体を壊してしまいます!」

 

 エル達はマスターであるハジメの体を心配して、休みを取るように求めてきたのである。

 これまでいろいろあったがハジメは毎日何らかの理由で行動を起こしていたり、研究の為に技術班の指揮を執りそのまとめ役を担っていた。

 そんなハジメを見ていて、これまでまともに休みの日を取っていないのではないかとエル達は気づいたのだ。

 

「大丈夫だよ、ご飯はしっかり食べてるし夜もちゃんと寝てる。

 それに体力も人より多分にあるんだから、ちゃんとした生活を送っていれば倒れるようなことはないよ」

 

 ハジメは異世界の力を得る修行によって、疾うの昔に普通の人間を超えた体力を手に入れている。

 一週間くらいなら余裕で不眠不休で動けるし、体力を回復させたいなら仙豆を筆頭にした特殊な回復アイテムもあり、睡眠もひみつ道具で無理矢理無くすことが出来る。

 そもそもコピーと言う代役を立てる事も出来るので、ハジメが必要であっても代役を立てて休もうと思えばいくらでも休める。

 一般的な普通の休養を毎日取っていれば、ハジメ自身が言った通り健康上の問題は何もないのだ。

 

「そういう問題じゃありません、マスターはどんなに強くても人間なんですよ!」

 

「その通りなのです。 大丈夫だと自分で思っていても思いもよらぬ病に掛かってしまうやも…。

 マスターがお病気にでもなったらと思うと、夜も眠れないのです」

 

「皆大げさだと思うけど、ボクもマスターが体を休める日を作った方が良いと思う」

 

「マスター、御体をご自愛ください」

 

 尤もそれはハジメの認識で、傍から見れば明らかなオーバーワークで休むべき時は休むべきだと思うのが常識的な考えだ。

 休みなく毎日研究を続けるエル達が心配になってしまうのは当然。

 エル、レーナ、アイナ、リースが各々にハジメの事を心配して休むように述べた。

 

 自分の可愛い従者達が心配していると言われては、実際大丈夫だとしてもその意見を無碍には出来なかった。

 

「そっか、休みの日か~。 考えた事も無かったな」

 

「かつての事件の時は余裕が無くて仕方なかったでござるが、今までそのままノンストップでござったからな」

 

 ドラえもん映画事件の時は、無理矢理作った時間で事件の解決に取り掛かり、休み時間もコピーを多用して作っていたので、十分な休憩は取れていても実質的な休みの日というものは存在しなかった。

 事件が終わってもその感覚が未だ残ったままで、休憩はひみつ道具のごり押しで解消すればいいという考えが根底にあった。

 

「ドラ丸さんももうちょっとマスターの御体のこと考えてください」

 

「いやはや、申し訳ないでござる。 エル殿達後輩に言われるまで気づかないとは」

 

「ドラ丸を作った時からこのペースだったからね」

 

 事件初期の頃はドラ丸も主人であるハジメの事を心配したりしたが、コピーのごり押しで休めてはいたのでいつの間にか常識的な心配をする事は無くなっていた。

 事件が終わったらハジメもゆっくりするとは言っていたのでドラ丸も納得したのだが、終わった頃にはその事をすっかり忘れてそのままのペースで研究を続けていた。

 慣れというものは恐ろしい。

 

「ともかくお休みの日をちゃんと作ってください。

 少なくとも私達が起動してからは、一度もマスターがちゃんとしたお休みを取ったのを確認していません」

 

「申し訳ない………え、起動してから?」

 

「? どうしましたマスター」

 

 ハジメが突然呆けたように何かに気づき、その様子の変化にエルもどうしたのだろう様子を窺う。

 次の瞬間、ハジメはハッとなって興奮しながら立ち上がる。

 

「いや、これはまずい! ちゃんと休みを作らないと!」

 

「は、はい! マスターはちゃんと休んでください」

 

「僕じゃない、エル達の休みもだよ」

 

 急に休みを取るしっかり明言され、不意の事にエルは要領を得ないまま受け答えする、

 しかし改めて伝えたのは、ハジメだけでなくエル達の休みの事でもあった。

 

 ハジメにとって彼女達は従者であって部下であり、制作者だとしても自分が働かせている立場にあるのだ。

 人の様に見えても彼女達は機械の体であり、万全の状態を維持するメンテナンスを欠かす事は無いが、ハジメは彼女達をただの機械と扱う気はなく一個人の存在として見ている。

 つまり彼女達を人として労働させているつもりであり、働かせている立場としては彼女達に定期的な休みを与えなければいけないという事に気づいたのだ。

 

 これまでずっと休みの無いこの環境は言ってしまえばブラック企業であり、それは自身の職場としては不味いだろうとハジメは焦った。

 日本人の労働に対する観念は素晴らしいが、それでもブラック企業の名を時折耳にするのは日本人が働き過ぎだからだろうか。

 

「皆に休みを取らせなかったなんてどうかしてる」

 

「わ、私達は機械なんですから、メンテナンスをしていれば問題ありません」

 

「問題有ります。 機械だろうが魔法プログラムだろうが部下に休みを作らないなんて、日本の社会人としてアウトな事案です。

 日本に住むのはやめたけど日本人をやめたつもりはない。 労働基準法の詳しい内容は知らないけどブラック企業になるのは絶対にダメ。

 明日からやる事は全部中止! 全員で休暇に行くぞ!」

 

「「「「「ええぇぇぇ!!?」」」」」

 

 

 

 

 

「そういう訳で休暇という事になりまして、マスターが皆で異世界にバカンスに行こうという事に昨日急遽に決まりました。

 リニスさん達もよかったらとお誘いするように言われてまして、朝こちらに集合と言い残して、マスターはドラ丸さんと準備の為にどこかに出かけてしまいました」

 

「そうでしたか…。 確かにハジメさんに会いに来ると、何時かのプレシアのように研究を続けてらっしゃいましたね。

 いたって健康のように見えましたけど、よくよく考えてみればちょっと心配になります」

 

「マスターは特殊な力を得て私達の想像以上に丈夫だと聞いてはいますが、休みが無いのは流石に問題だと思って申し上げたんです。

 ですが逆に気遣われてしまって、私達のお休みもという事になってしまいました」

 

「わかります、仕える者としては主人の健康は心配になりますものね。

 ですが逆に従者に気を使われるとは、優しいマスターで羨ましいですよ。

 あ、今の私のマスターもハジメさんでしたね」

 

 リニスの使い魔としての存在を支えるのは、魔力量の問題でプレシアに代わって主が務まるのは現在ハジメだけだ。

 魔力の成長が進んでいるアリシアがその内その役割を担えるようになるかもしれないが、それはまだだいぶ先になるだろう。

 

「まあ一緒に休んでくれるのでしたら、それはいいんです。

 けど準備は自分達でやると言ってドラ丸さんと一緒にいなくなってしまったので、逆に私達がマスターを働かせてしまったみたいで…。

 全く、準備くらい私達にやらせてくれたっていいじゃないですか」

 

「フフフ」

 

 それは従者の役割と言わんばかりのエルに良好な主従関係を見て、リニスは笑みをこぼす。

 今でこそ本来の主であるプレシアと信頼関係を得られているが、使い魔として生み出されて一度終わりを迎えるまでは、決して良好な信頼関係があったとは言えなかった。

 だからこそ温かい主従の繋がりを見てリニスはとても微笑ましく思えた。

 

 ハジメが戻ってくるのを待ちながら談笑をしていると、空間に穴が開き時空船が姿を現した。

 ハジメ専用の平行世界も自在に渡れる時空船ヴィディンテュアだ。

 

『お待たせ。 ちゃんと集まってるみたいだね』

 

「「「マスター!」」」

 

「主!」

 

「おはようハジメさん」

 

「おはようございます」

 

「マスター! 時空船にまで乗って、一体どこに行ってたんですか!」

 

 仕事を持っていかれたと思っていたエルが興奮しながら不機嫌そうにハジメに問い質す。

 

『ごめんごめん、ちょっと休暇先の下見にね。 まだ行った事のない世界だったからいろいろ手間取っちゃったよ。

 ともかく皆準備が出来てるんなら船に乗っちゃって。 このまま目的の世界に出掛けるよ』

 

「私達はもう準備万端です。 でもどちらの世界へ向かわれるんですか?」

 

『詳しい説明は船の中でするよ。 でもどんな世界かは教えておこう。

 美食と飽食が溢れるグルメ世界、漫画”トリコ”の世界だ』

 

 

 

 

 

 【トリコ】

 それは未知なる食材を求めて様々なモンスターや敵と戦い冒険するバトル漫画のタイトルであり、その主人公の名前である。

 その世界はハジメが語った通り、多くの美味しい物が溢れている文字通りグルメな世界だ。

 ハジメは休暇を異世界食べ歩きツアーとして、その世界に皆で遊びに行く事にしたのだ。

 

「さあ着いたよ。 此処が目的地の満腹都市グルメタウンだ」

 

 ハジメの案内で辿り着いた場所は、トリコの世界の多くの料理店や屋台が集まるグルメタウンという場所だ。

 この世界の人間が住む場所であれば大抵は普通の世界よりおいしいものが食べられるが、ここはこの世界でも人が多く集まり食事に関する物が集中している場所だ。

 グルメツアーの旅にハジメはこの場所を選んだのだ。

 

「すごいねリニス、こんなに人がたくさんいるの初めて見たよ」

 

「そうですね、ミッドでもこんなに人が溢れ返る場所はそうそうないでしょう」

 

 現在ハジメ達がいるのはグルメタウンの入り口がある駅を出た場所であり、駅からは今もグルメタウンに入っていく人の波が絶えない。

 

「じゃあ、さっそく中に入ろうか。 入り口はあっちだ」

 

 グルメタウンのゲートに向かって人の列に並び、スムーズな人の流れで入場受付で入場料を払い中に入る。

 入ったら左右何処を見ても食事を扱っている店が多く立ち並んでいた。

 アリシアが漂ってくる美味しそうな匂いを感じてソワソワしだす。

 

「いい匂いー♪」

 

「まずは食べ歩きがし易い屋台通りを目指そうか。 座って食べれる店舗はゆっくり見て回ってから入ろう」

 

「うん!」

 

「ところでマスター。 先ほど気づいたのですが、この世界のお金はどうしたのですか?」

 

 世界が違えばお金の価値どころか通貨単位も当然違う。

 初めての世界に来れば当然無一文からのスタートで、人社会に関わるにはいろいろ不便になる。

 

「ああ、準備の時に下調べでこの世界に来て、試しに何頭かグルメ食材のモンスターを狩って卸売市場に持ってってお金に換えてきた」

 

「マスター、そのような雑務でしたら私に命じてくだされば何頭でも倒して見せましたものを」

 

 リースがそれくらいの事は自分がやると口を挟むが、戦いを好む彼女はこの世界の強いモンスターの狩りに興味があるのが見え見えだった。

 

「リースは狩りに興味があるみたいだけどまた今度ね。

 それに食材を捕獲するというのも素人には難しいみたいでね、僕が倒したのも状態が良くないからって理由でいくらか値段が下げられたんだ。

 たくさん狩ってお金は十分溜まったけど、やっぱりその辺りは美食屋っていう専門家じゃないといけないみたいだね」

 

「なるほど」

 

 リースもモンスターと倒す自信はあるが、食材としていい状態で狩るとなるとうまく出来るとは流石に言えない。

 

「ねえ、早くいこう! 私もう我慢できないよ」

 

「ああ、そうだな」

 

 アリシアが美味しそうな匂いに我慢出来ず、まだ話していたハジメの手を引っ張って歩き出した。

 これ以上我慢させるのも悪いとハジメもアリシアに手を引かれながら歩き出し、他の者達もアリシアを微笑ましく思いながら後についていく。

 その中で一人一歩駆け出し、アリシアが取ってるハジメの手の反対に並び腕を取った。

 

「? どうしたレーナ」

 

「うふふ、マスターとお出かけする時があったらこうやって腕を組んでみたいと思っていたのです」

 

 腕を取ったレーナは抱え込むように自身の腕と組み、いわゆる恋人歩きをしようとハジメの隣に並んだ。

 レーナの胸は神姫娘たちの中で最も大きく腕が隠れるほど谷間に収まり、そういう事に慣れていないハジメは、自分の子であっても強いスキンシップに少し気恥ずかしくなった。

 

「れ、レーナ……突然そんなことしたらマスターのご迷惑ですよ……」

 

「………」

 

「レーナズルーい。 ボクもマスターと腕組みたいー」

 

 突然のレーナの行動にエルは動揺に声を震わせながら止めようとし、普段から寡黙で険しい顔をしているリースはいつもより目を吊り上げて不機嫌そうになるが黙っており、一番思ったことを口に出しやすいアイナは素直にレーナを羨ましがった。

 反応はそれぞれ違うが、三人共レーナのように自分もハジメと腕を組んで歩いてみたいという雰囲気を醸し出していた。

 

「青春でござるな」

 

「あらあら」

 

「(チラチラソワソワ)」

 

 その様子をアリシアを見ていた時よりも温かい目で見ているドラ丸とリニスがいたが、その傍で挙動不審になっている存在にリニスが気づく。

 

「……夜天さんも行っては如何ですか」

 

「えっ、いや、私は……」

 

 夜天も少し興味があったようだ。

 

 

 

 

 

「ゲロルドのケバブ美味しー!」

 

 早速屋台で買った食べ物をアリシアは美味しそうに頬張っている。

 他の者たちも近くの屋台で気になった食べ物を選び始めた。

 

「奇妙な鳥のお肉みたいですけど、本当においしいですね」

 

 リニスも一緒にアリシアと同じケバブを食べており、元となった食材のゲロルドの姿を思い出すと、まるで連想できない肉の味だと思った。

 

 リニスがゲロルドの姿を知っておりアリシアが真っ先にこれを選んだのは、漫画でもトリコがこれを食べていたからだ。

 グルメタウンに来るまでの電車の旅の間に多少知識を持っていてもらおうと、ハジメはアリシア達に原作の漫画を読ませていた。

 漫画で出ていた料理を売っているのが真っ先に目が付き、アリシアは真っ先にこのゲロルドのケバブを選んだのだ。

 

 他の皆も普通の世界では見かけない不思議な食材で料理を出す屋台から買ってきて口にしている。

 

「このアーモンドキャベツのお好み焼き、ソースが掛かってなくても凄く濃厚な味です」

 

「……旨いな」

 

「このイカマグロの串焼きって、変な名前だけど確かにイカとマグロの感じがする」

 

「わたがしの木のわたがしも、普通の物よりずっとフワフワしてて味もさっぱりしてるのです」

 

「あんみつ鳥の焼き鳥というものも、甘辛い味が肉から漏れ出して実に美味でござる」

 

「こんなにおいしいものがあるのですね」

 

 皆思い思いにこの世界特有の食材の料理を口にして喜んでいく。

 ハジメもまた面白そうな食べ物を買って口に入れていく。

 広いグルメタウンに立ち並ぶ店は屋台だけでも数百を超え、食材の種類の多さから料理が被るという事も殆どなく、手当たり次第に買っても同じものを口にする事がまるでない。

 ハジメ達はこの美食と飽食のグルメ世界を腹いっぱいに堪能していた。

 

 しかしいくらおいしい物がたくさんあると言っても、普通の人間には食べられる量に限界がある。

 質量を無視していくらでも食べられる人間はフィクションでよく見かけるが、ここにいる面々は食事の量で可笑しくなった人間はまだいない。

 そして一番最初に限界が訪れたのは、見た目通り一番容量が小さいアリシアだった。

 

「うぅ~~~……」

 

「無理して食べてはいけませんよ。 お腹を壊してしまいます」

 

「でもまだ食べたい。 こんなにおいしいのに…」

 

 アリシアの手には食べかけの料理があるが、お腹一杯で手が止まってしまっていた。

 

「それならアリシア、これを一口齧ってみな」

 

「これっておにぎり?」

 

「【ハラペコおにぎり】と言って、一口食べるだけで空腹になるんだ。

 そうすればもっと他の料理も食べられるようになるよ」

 

「ほんと! じゃあ食べる!」

 

 アリシアが差し出されたハラペコおにぎりを一口齧る。

 

「!? ホントにお腹が空いた! これならもっと食べられる!」

 

 お腹に余裕を取り戻したアリシアは、先ほど食べ掛けだった料理を再びおいしそうに食べ始める。

 

「皆もいろいろ食べたいだろうから、たくさん食べられるようにハラペコおにぎりを一個ずつ配っておくよ。

 だけどそれ以上は流石に食べ過ぎになるから諦めてね」

 

 ハラペコおにぎりの効果は空腹になるだけだが、食べた物を無かった事にする訳ではない。

 あっという間に消化させて空腹感を作り出すだけなので、食べた物はちゃんと体の栄養になる。

 つまりハラペコおにぎりを使い過ぎれば、あっという間に太ってしまう可能性があるのだ。

 

 ちなみにこの中で太る可能性があるのは、一応人間のハジメとアリシアだけ。

 他はロボットだったり魔法プログラムだった使い魔だったりと、体型変化が起こらない者達ばかりだ。

 つまりエネルギーの消耗には肉体的にも鍛えてあるハジメは消費しやすいから除くとして、残ったアリシアは(肉体年齢)五歳にして場合によっては帰ってからダイエットを考えないといけなくなる可能性が無きにしもあらず。

 

 

 

 

 

 屋台巡りを一区切りつけると、ハジメ達は今度は店舗街へやってきた。

 屋台では売ってないお店に入らないと食べられないような料理を食べに来たのだ。

 

「とはいえ、何処から入ってみようか」

 

「屋台も多かったですけど、お店の方もたくさんありますね」

 

「流石に全部の店に入るのは厳しいのです」

 

「だけど何処もおいしそうなんだよなー」

 

 ハラペコおにぎりのお陰でお腹に余裕を作り食欲を維持しているハジメ達は、屋台以上に多彩な料理がある無数のお店に目移りしている。

 その中でアリシアだけは一つのお店に視線を絞って見続けていた。

 

「アリシアは何か入りたいお店があるの?」

 

「えっとね、あそこ」

 

 ちょっと遠慮気味にアリシアは指を指した。

 

「んと、お寿司屋さんか」

 

「うん、お寿司ってどんなのかハジメさん達の世界に来て知ったけど、食べたことないの」

 

「ミッドにはお寿司はなかったのか?」

 

「ミッドはいくつもの世界の文化が入ってくるので多種多様な料理がありましたが、奇異の眼で見られる受け入れにくい物は、流石に定着し辛いようでして。

 私は山猫の使い魔なので特に気にしませんが、生魚を食べるという文化はミッドには合わなかったかと」

 

「ミッドは西洋文化に近いみたいだからな」

 

 今でこそ寿司は世界に広がっている日本文化だが、それ以前の外国では魚を生で食べるという考えは殆どなかった。

 西洋文化寄りのミッドであれば生魚を食べるのはお腹を壊すという考えがあるのかもしれない。

 

「まあ、アリシアが食べてみたいなら寿司屋に入ってみるか。

 皆もそれでいいかな」

 

「マスターがよろしいのでしたら」

 

 ほとんどが従者のこのメンバーであれば、ハジメが決めれば反対する者はよほどのことがない限りあり得ない。

 特に反対する者もなくハジメ達は寿司屋に入ることになった。

 お店の中は満員ではないが、客がまばらに入っており繁盛しているといった様子だ。

 

「ここは回転寿司か。 自由に座ればいいみたいだし、アリシアにお皿を取らせたいからカウンターの席に座ろっか」

 

「わかりました」

 

 ハジメが先導して皆を席に座らせ、自分はアリシアに教えるために隣の席に座った。

 

「わぁ、ホントにお皿が流れてくる」

 

「この流れてくるお皿を取って、上に乗ってるお寿司を食べればいいよ。

 お寿司の値段は清算の時にお皿の枚数を数えて決めるから、ちゃんとお皿は残しておくんだよ」

 

「うん、わかった」

 

 そうしてアリシアはお寿司のお皿を取ろうとするが、流れてくるお寿司が多彩でどれにしようか迷ってしまう。

 

「えっと、どれにしよう…」

 

「お寿司の食べ方に味の薄い物から濃い物の順がいいって話があるけど、初めてだしどんな味かもわからないよな。

 特に決まりはないから、目の前にあるのから取って大丈夫だよ」

 

 此処は百円寿司ではなくお皿ごとに値段が違う皿が使われているが、お金は十分にあるのでアリシアに気にせずどれでも取るように言う。

 

「じゃあこれから食べる」

 

「タコだね」

 

 目の前に流れていたお皿を取ったアリシアに、ネタの名前を教えるハジメ。

 西洋人?で最初にタコを選ぶとは、偶然とはいえアリシアはかなりチャレンジャーかもしれない。

 

「いただきまーす。 ……ねえハジメさん、どうやって食べよう」

 

「ん? ……ああ、そうか。 アリシアは箸が使えないっけ」

 

 寿司の食べ方は一般的に箸か手掴みで、スプーンやフォークが無い寿司屋ではアリシアはどう食べればいいかわからなかった。

 育ちの良いアリシアがまさか手掴みという考えに至る筈もない。

 

「寿司をスプーンやフォークで食べたりしないからね。

 箸も練習せずに使うのは無理だろうし、今回は手掴みで食べるといいよ」

 

「手づかみで食べていいの。 お行儀悪くない?」

 

「握り寿司はそういう食べ物だからね。 他のお客さんも箸を使ったり素手で食べてる人がいるだろう」

 

「ホントだ」

 

 アリシアが周りを見渡すと、店の中のお客さんは箸と素手の半々で食べているのが見えた。

 

「お手拭きで手を拭いてから、お醤油を付けて食べてごらん」

 

「うんやってみる。 ……いただきます」

 

 アリシアは手を拭いてから寿司を手に取りお醤油を付けると、改めて頂きますと言って口に入れる。

 初めて食べた寿司の味は悪くない様でおいしそうに咀嚼するが、突然アリシアの様子に変化が現れる。

 

「むぐむぐむぐ……む!!~~~~~」

 

「ど、どうしましたアリシア!?」

 

「しまった、ワサビか!」

 

 突然悶え始めたアリシアにリニスは慌てだし、ワサビの存在を思い出し慌ててハジメはお茶を飲ませる。

 その後はさび抜きの物を注文して、続きを食べるのをアリシアは少し怖がったが一つ食べてちゃんと食べられると解ってからはどんどん注文するようになった。

 ワサビは無理でもお寿司は好きになったようだ。

 

 

 

 皆も一通り食べてそろそろお会計をしようかとハジメが考えた頃に寿司職人から店の客全員に声が掛かった。

 

「お客さんたち今日は運がいいな! 今日は特別なネタが用意してあるんだ!」

 

「ハジメさん、ネタって何のこと?」

 

「お寿司のご飯の上に乗せる魚なんかの海鮮食材の事をネタっていうんだ」

 

 日本人には慣れ親しんだ用語だが、アリシアが知る筈もない。

 

「今からその特別な注文を受ける。 最高のネタだから味は保証するがどんなネタかは注文してからだ。

 ただし貴重な食材だから一貫10万で出させてもらう。 数はそんなにないから早い者勝ちだ!」

 

「10万!? いくらなんでも高すぎる!」

 

「嫌なら注文しなくていいってんだ」

 

 客の非難もネタの絶対の自信から突っぱねる寿司職人。

 周りの客もどうしようかと悩んでいるが、突然の高価な品になかなか手が出せないようだ。

 

「マスター、どうなさいます?」

 

「んー、お金にもまだ余裕があるし注文してみよっか」

 

「ええぇ、いくらなんでもぼったくりなんじゃない?」

 

「そうです、マスターが稼いだお金なのですから大事にするべきなのです」

 

 寿司一貫にしては法外な値段に、流石にハジメを止めようとするエル達。

 

「お金はまた稼げばいいだけだから大丈夫。 それにこの世界は貴重な食材が高価で取引されてるから、ホントにいい食材ならそれくらいしても可笑しくない。

 せっかく楽しみにここまで来たんだからこれくらい冒険してみよう。

 すいません! 僕等に一貫ずつお願いします」

 

「あいよ! 毎度あり!」

 

 皆の制止を振り切ってハジメは全員分の注文を取る。

 

「あ、ただしこの子にはさび抜きで」

 

「わかってら。 しかし剛毅だね、兄ちゃん」

 

「休暇で楽しみに来てるんで、パーっといかないと」

 

 特に気にも留めていないハジメに皆も諦めたようで注文を待つことにする。

 そして真っ先に注文した事で短い時間で品が届いた。

 

「ヘイお待ち! こちらが今日の特別メニュー【マーメイマグロ】の大トロだ。

 最高の部位【バブリートロ】は手に入らなかったんだが、決して悪い品じゃないんだぜ」

 

「バブリートロ、どっかで聞いた事があるような…。 その部位はどうしたんですか?」

 

「希少食材の最高部位だからな。 うちの店じゃ手が出なかったんよ」

 

「最高部位じゃなくてもこの値段って。 一体どれくらいの値段がするんでしょう?」

 

「この世界の食材は際限がない分、値段も際限なさそうだからね。

 狩りをして売った食材も状態が悪くても結構高価で売れたからな。

 お金のことはいいから早速食べよう」

 

 皆の席の前には既にマーメイマグロの大トロが置かれている。

 

「では……むぅ! 魚の身なのに醤油の味に打ち勝つ様な濃厚な旨みが感じられる」

 

「それに普通の大トロとは比べ物にならない舌触りで、あっという間に口に広がるように溶けていきます」

 

「確かに食感はあるのに、まるで水を嚙み締めているかのような不思議な感覚なのです」

 

「さっきまで食べてた寿司とはもう比べ物にならないよ」 

 

「おいしー!」

 

 この世界の食材が凄い事を知っていた筈のハジメの驚きを筆頭に、エル、レーネ、アイナ、アリシアと自然にマーメイマグロの大トロの味を漏らしてしまう。

 それを聞いた他のお客も喉を鳴らして自分達もと注文をし始める。

 

「これほどの物、拙者達の世界では想像も出来なかったでござるな」

 

「私も、主に仕えていろいろと食べさせていただきましたが、これほどおいしい物は初めてです」

 

「フェイト達にも食べさせてあげたいですね」

 

「マーメイマグロとやらを捕まえればもっと食べられてマスターも喜んでくれるだろうか」

 

 ドラ丸と夜天は初めての味に感動し、リニスは離れている家族たちを思い浮かべ、リースは自身の力で狩ることを画策する。

 皆味わって食べているがそれでも直ぐにもう一個の大トロも食べてしまい皿は空になってしまう。

 ハジメは迷いなく再び店員に告げた。

 

「全員分、もう一貫ずつお願いします!」

 

「ヘイ毎度!」

 

 

 

 

 



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第八話 この世の全ての食材に感謝を込めて

感想及び誤字報告ありがとう。


 

 

 

 

 

「うーん……」

 

「どうしましたマスター」

 

「ちょっとお金が心許ない」

 

 グルメタウンで食べ歩きをした後は、宿泊施設にホテルグルメを選んで、そこに泊まった。

 原作開始前の時期なので小松もまだ働いていなかったが、五つ星のホテルだけあってレストランでの夕食もグルメタウンの料理に負けないくらい美味しかった、とハジメ達は絶賛した。

 一夜明けて今日は何処に行こうかと考えていたが、前日の寿司屋で思ったより散財した事で少しばかりお金に余裕が無くなっていた。

 

「昨日のお寿司屋さんは美味しかったですけど、高かったですからね」

 

「その甲斐はある味だったけど、今日も同じように食べ歩きするとなるとちょっと手持ちが心配になる」

 

 いい食べ物は高いと解ったので、もう少しお金に余裕が欲しいとハジメは思った。

 

「でしたら私が狩りをして軍資金を集めてきましょう。 マスターたちは観光をお楽しみください」

 

 リースが自分が狩りをしてお金を稼ぐと提案する。

 

「んー、それもいいかもしれないけど、リース一人だけを行かせるのはな」

 

「いいんじゃない。 リースずっとこの世界のモンスターと戦ってみたいって張り切ってたし」

 

「な、何を言うアイナ!」

 

 アイナに指摘され恥ずかしそうにするリースだが、皆分かっていた事なのであまり意味はない。

 

「それなら私も食材探しの冒険してみたい!」

 

「アリシア!?」

 

 リースに続いてアリシアも狩りをしてみたいと言い出し、リニスが驚く。

 

「リースを一人で行かせるのもあれだけど、アリシアは…。 どう思います、リニスさん」

 

「私はヤマネコの使い魔ですので狩りというものにも理解はあります。 ですがアリシアがとなると色々と心配になります」

 

「大丈夫だよリニス。 私だって魔法使える様になったんだから!」

 

 元々使えなかったアリシアが魔法を使える様になったことで最近調子に乗っている様子を見せるが、ミッド世界風の強さに換算すると魔導師ランクCといったところで、まだまだ強いと言えるほどの物ではない。

 この世界では精々自衛が精一杯というレベルで、捕獲レベルが上がるにつれて元の世界の生物の常識を吹き飛ばすこの世界の生物相手には非常に心もとない物だ。

 とても狩りが出来るような力とは言えない。

 

「アリシア。 君は確かに魔法が使えるようになったけど、この世界の生物を相手にするのは無理だ」

 

「私も一人で狩りが出来るとは思ってないよ。 だけど一緒に行くならいいでしょ。

 防御魔法だって使える様になったんだから」

 

「アリシアが使える防御魔法じゃ、この世界での戦いにはあまりに心許ない。 正直エル達の武装でも、人間界での高捕獲レベル食材のモンスターにだって厳しいと思う」

 

「私はやれますマスター!」

 

 心配だと言われて自身を鼓舞するように訴えるリース。

 

「リースが狩りをしてみたいのは解ってるから、高レベルの勝てないような相手に挑まなければ別にいい。

 だけどアリシアは実力以前に心配なことがある」

 

「私の何が駄目なの?」

 

 アリシアは不満げに頬を膨らませながら心配するハジメに問う。

 

「アリシアはトリコの漫画を読んで自分も冒険してみたいと思ったんだろうけど、この世界は漫画そのままの世界観でも現実なんだ。

 現実の狩りは漫画みたいな描写じゃなくて血生臭いもので、生き物の血を見慣れてないアリシアにはちょっと辛いんじゃないかな」

 

 ハジメの懸念は現実とのギャップだった。

 

 

 

 

 

 アリシアに生き物の生死が関わる狩りを見せるのは早いのではないかと思われたが、意固地になったアリシアが駄々をこねる様に狩りの参加を表明し、この日はこの世界の美食屋体験と言わんばかりの食材探しを全員ですることになった。

 向かった先はハジメの案内で資金集めを行なった、人里を離れた猛獣のいる危険地帯に指定されている森林地帯。

 此処で売る事の出来る食材モンスターの狩りをしようとやってきていた。

 

「これは【ホワイトアップル】という果実で、ちゃんと食べられるのです」

 

「レーナ、このキノコは? いい匂いがするから毒キノコじゃないと思うんだけど」

 

「えーとそれは……たぶんクリーミー松茸というキノコなのです。 ちゃんと食べられる美味しい食材なのです」

 

「よーし、じゃあこれと同じの取れるだけ取ってこう」

 

 事前に購入していた食材図鑑を元に、食べられて売る事も出来る食材を採取して回るアイナ達。

 他の皆も歩きながら食材になりそうなものを探して、見つけたら図鑑で確認して採取をして回っている。

 採取した食材は四次元ポーチの改良品の収納袋を渡しているので、幾らでも採取することが出来る。

 

「人の住んでいない所では、こんなにいろんな食材が自生しているんですね」

 

「この世界は人の住むところより野生の食材が生えている土地の方が多いからね。

 人が住めるのなら食べる事には全く困らないんだろう」

 

 この世界の人間が住む領域は、全体で見てほんの僅かだ。

 それでも普通の世界と遜色ない文明レベルの人口があるので、余計にこの世界の広大さが見て取れる。

 

「ですが見つかる食材が植物ばかりで動物の姿をあまり見つかりませんね。 こういう土地なのでしょうか?」

 

「いや。 以前資金集めに来たときは、ちょっと歩けば食材になるかどうかは別にして、動物の姿をちょくちょく見かけた。

 現代の日本では想像も出来ない自然の豊かさだったんだけど、今は同じ場所とは思えないくらい動物の気配を感じない」

 

「少々様子がおかしいでござるな」

 

 事前の資金調達で同行していたドラ丸も、その時との様子の違いから不審に思う。

 

「何かあるかもしれないから周囲の警戒を…」

 

 

――ブオオオオォォォォォ!!!――

 

 

「「「!?」」」

 

 突然聞こえてきた重低音な叫び声に、全員が体をびくっと反応させ、採取をやめて聞こえてきた方向を振り向く。

 ハジメは聞こえてきた方向の気配を探って何がいるのかを感知する。

 

「以前居た猛獣たちよりもずっと強い気を感じる。 もしかしたら他の動物たちはそいつに追いやられて此処から逃げ出してたのかもしれないな」

 

「レーダーでもあちらの方に大型動物の反応を感知出来ました。

 どうしますマスター?」

 

「私が先行します。 マスター、ご指示を」

 

 リースがようやく出番だと言わんばかりに、前のめりになって戦いに行こうとしている。

 

「普段いる筈の動物たちが全然いないのは、そいつが原因の可能性が高い。

 ってことは、そいつはここに普段いるやつよりも断然強くて危険ってことだ。

 どれくらい強いのかわからないが、リース単独でやらせるわけにはいかない。

 行くなら全員で行くべきだけど、アリシアは」

 

「私も行く!」

 

 ちょっと危険かもしれないとアリシアの存在を気にしてハジメはどうしようか悩むが、付いて行くという意思を間髪入れずアリシアは見せる。

 

「んー……、ホントに危ないかもしれないから、絶対リニスさんと夜天の傍を離れないでよ。

 リニスさんと夜天も、もし手に負えないような相手だとわかったなら、すぐに転移魔法で先に逃げてください」

 

「主を残してはいけません」

 

「非戦闘員の安全確保が先だよ。 転移を使えるような生物は流石にいない……事もないかもしれないが、ここにはいないだろうし、僕等もすぐに逃げるようにするからさ」

 

 原作にワープするような生物も確かいた気がするので、転移もあり得なくはないかなと一瞬頭をよぎるが、ハジメはとにかく二人を説得する。

 

「……わかりました」

 

「ハジメさんも無理はしないでください」

 

 夜天とリニスも了解し、全員で先の鳴き声の主の元に向かった。

 警戒しながら木々の間を抜けていくと木の少ない広い所に出た。 

 そこには餌食になった動物の骨が散乱し、中心に先ほどの鳴き声の主と思わしき巨大な猛獣がいた。

 全身茶色い毛に覆われて立つ姿は熊のような姿ではあるが、大きさは普通の数倍はあり顔から伸びる長い鼻と牙は象の様であり体毛のせいでマンモスの顔にも見えた。

 ハジメ達が現れた事に猛獣も気づき、威嚇に再び鳴き声を上げる。

 

 

『ブアアオオォォォォ!!!!』

 

 

「レーナ、これなんて名前の生き物かわかる!?」

 

「ちょ、ちょっと待つのです! 今調べているのです!」

 

「遅い! 来るぞ!」

 

「リニスさん達は後ろへ!」

 

 レーナが図鑑で調べようとしているが、相手は待つことなくドシドシと思い足音を響かせながら襲い掛かってきて、リースとエルが迎撃のために武装を展開して向かっていく。

 猛獣はそれを迎撃するように剛毛と図太い爪の付いた巨腕を振り下ろすが、高速飛行に優れたIS(インフィニットストラトス)の機能を組み込まれた武装を纏った二人は容易に回避し、リースはそのまま後ろに回り込み副腕が持つ片刃の大剣で敵の背中に切り掛かる。

 

「もらった!」

 

――バスッ!!――

 

「なに!?」

 

 隙だらけの背中に大剣はしっかりと命中したが、その手応えは切り裂くといった物には程遠く、とても柔軟で硬い物に叩きつけたかのような鈍い音を発するだけだった。

 猛獣の背中は金属のように丈夫でありながら柔らかい剛毛によって守られ、大剣の斬撃は只の打撃に収まりその巨体の筋肉によって大したダメージを与えられなかった。

 そして背中からの攻撃に気づいた猛獣が、反撃に後ろに向かって剛腕を振り回してリースを弾き飛ばす。

 

「ぐぁッ!」

 

「リース!」

 

「くぅ………大丈夫だ! 敵に集中しろ!」

 

 バリアによって守られているお陰で無傷ではあるが、バリア越しに武装を軋ませながら大きく吹き飛ばされてたことでその腕力の凄まじさをリースは感じ取る。

 何度も受ければいくら強力なバリアがあっても武装ごと自身の体を破壊されかねないと悟る。

 

 リース達の武装はひみつ道具の様な大した付与効果は着けられていないが、それでも元々の競技用の道具に収まるようなものではなく、確かな殺傷能力を備えた武器だ。

 その機動性能から繰り出される攻撃は通常であればかなりの脅威になるのだが、この世界の異常発達している生物たちには過剰な力ではなく、この猛獣クラスには力不足とも言える物だった。

 

「わかったのです! その猛獣さんは【象熊】という非常に珍しい生き物で、捕獲レベルは40を下回らないと言われているのです!」

 

「何ではっきりしたこと言わないの!?」

 

「珍しい猛獣なのであまりデータがないそうなのです! それより私達も加勢するのです!」

 

「オッケー!」

 

 図鑑に大した情報はないと解ると、レーナとアイナも武装を纏ってエル達の加勢に入る。

 エルとリースは剛腕を警戒して遠距離攻撃主体に切り替えようとしていた。

 

「近づいて攻撃する時は気をつけろ、こいつの剛腕は相当なものだ!

 何度も受ければバリアもそう長く持たない!」

 

「無理言わないでよ、僕達の装備近接重視であまり銃とか無いんだよ」

 

「泣き言言っていられないのですアイナ。 私達が前衛、エルとリースが後衛なのです!」

 

「わかりました!」

 

「くっ、仕方ない」

 

 得意分野からポジションが決まり神姫四人による連携での攻撃が始まる。

 

「行きます!」

 

 エルがレーザーキャノンによる高威力遠距離攻撃を撃ち出し象熊の腹に命中させるが、腹には焦げた体毛が出来るだけでその下の肉体には大きなダメージを与えたように感じさせない。

 

「ええ!? コレ私の一番強い武装なんですよ!」

 

「こいつホントに生き物なの!?」

 

「つべこべ言わず攻撃を続けろ!」

 

「この世界の生き物は強いほど美味しいらしいのですけど、これは流石に強すぎるのです」

 

 剛腕を警戒しながら確実に攻撃を当てているが、体毛の防御力が高く有効なダメージを与えられない。

 飛行している上に圧倒的に早いので象熊の攻撃にそうそう捕まる事は無いが、攻撃力が足りておらず倒す手段が掴めないでいた。

 それを後方で安全を確保しているアリシア達と見守っていたドラ丸がハジメに進言する。

 

「殿、エル殿達だけでは厳しいのではござらぬか?」

 

「確かに有効打に欠けるな。 ……よし、夜天」

 

「はい」

 

「僕がバインドの魔法で抑え込むから高火力の魔法で象熊を倒してくれ。 非殺傷設定なら魔力ダメージで余計な傷を付けずに倒せるだろう」

 

 ハジメ自身も魔法を使うべく簡易デバイスを取り出してバインド魔法の準備をする。

 

「ですが簡易デバイスでは魔力出力に制限が掛かり、あの猛獣を抑え続けるバインドを維持するのは難しいかと」

 

「それを補うのはあの子達に任せるから、夜天は攻撃の準備に取り掛かってくれ」

 

「わかりました」

 

 夜天はハジメの指示に従い、円に三角形の入ったベルカ式魔法陣を展開し魔法の準備に入る。

 

「皆! これから象熊にバインド魔法をかけるが、強度の問題で大きく暴れられたら拘束を維持できない。

 皆は象熊が拘束を外そうとするのを邪魔して、夜天の魔法が発動するまで逃がさないようにしてくれ」

 

「「「「了解!」」」」

 

「いくぞ! 『チェーンバインド』」

 

 ハジメが魔法を宣言すると、地面から魔力で出来た鎖が幾つも伸びて象熊の体に幾つも巻き付いて縛り上げ、その場から動けないように拘束した。

 突然の事に象熊も狼狽えるが、すぐに拘束を破ろうと体をがむしゃらに動かし始める。

 それだけでバインドの鎖が数本はじけ飛んでいく。

 

『ブアァ! ブアァ!』

 

「逃げるなっての!」

 

「動かないでください!」

 

「大人しくしていろ!」

 

「逃がさないのです!」

 

 ハジメはどんどん弾け飛んでいくバインドを補うように、チェーンバインドを重ね掛けして拘束を維持する。

 エル達は鎖を引き千切るのを集中出来ない様に、四方から象熊の気を引くために苛烈な攻撃を繰り返す。

 普通に攻撃しても対して効かないのならと、攻撃に弱そうな急所を狙って攻撃をする。

 レーナとアイナは得意の剣で爪と爪の間などの当たったら痛そうな所を狙ったり、エルはレーザーで目や口などの無防備な所に攻撃を集中させ、リースは打撃力のある小型パイルバンカーを後頭部にゼロ距離で打ち込むなど、ダメージを与えるのは諦めて気を散らせることに集中させる。

 普通に考えれば急所への攻撃で相当効くはずなのだが、象熊は嫌がる程度でエル達の攻撃はやはりあまり効いていないようだ。

 

「クソッ! マスターの手を借りてもこれか!」

 

「やっぱりあんまり効いてない! 時間稼ぎも長く持たないよ」

 

「出来るだけ早くお願いなのですー!」

 

「夜天さん! 急いでください!」

 

「――――準備完了です、主!」

 

「全員退避!」

 

 ハジメの合図で攻撃を加え続けていた四人が一斉に象熊から離れ、攻撃の止んだ象熊は今度こそ拘束を外そうとバインドに力を籠めるが、すぐに夜天の砲撃魔法が放たれた。

 

「受けよ! 響け終焉の笛、【ラグナロク】!」

 

『バッ、バアアァァァァ!!!』

 

 漆黒の魔力光の激流が象熊の巨体を覆い隠すように飲み込み、そのまま後ろの木々を薙ぎ払い一直線の道を作った。

 魔力の放出は次第に終息し、高出力の魔力を浴びた象熊は攻撃で一緒に消えたチェーンバインドの拘束という支えを失って前のめりに轟音を立てながら倒れた。

 

「やったか?」

 

「今出せる全力の魔力砲を確実に当てました。 魔法防御のない者が受ければ非殺傷でも命の危険があります」

 

「……倒したんでしょうか?」

 

「マスターは夜天に非殺傷で攻撃するように言っていた。 死んではいまい」

 

「はぁ~、こっちが死ぬかと思ったよ」

 

「でもこれで美味しいお肉が手に入ったのです!」

 

 象熊が倒れたのを見て倒したと思い、各々がその巨体に恐る恐る近づいていく。

 高威力の砲撃魔法を非殺傷で受ければ普通生物であれば確実に昏倒している筈だった。

 普通の生物であれば(・・・・・・・・)だが。

 

 

――ズリュン――

 

 

「ッ! まだだ!」

 

「!? きゃあ!」

 

「レーナ!」

 

 象熊の鼻が急に動き出し元々の長さを無視して伸びると、油断して一番近くにいたレーナの体に巻き付いて捕らえる。

 象熊は再び立ち上がると鼻は巻き戻る様に縮んでいき、捕まえたレーナを食らおうと掴んだその鼻を口に持っていこうとする。

 あっという間の展開にエル達も夜天も反応出来ない中で、ハジメは指示を出す。

 

「ドラ丸!」

 

「承知!」

 

 ハジメが呼びかけるとドラ丸は行動を起こし、元居た場所から掻き消える様に動いて、レーナの体を捕らえている鼻の根元に跳躍して抜き放った刀で切り落した。

 

『ブッ?! バアアァァァァ!』

 

 象熊は鼻を切られた痛みに大きな叫び声を上げて、断面となった鼻を押さえる。

 切り落された鼻に捕まっていたレーナは放り出されるが、落下点に先回りしたハジメに受け止められる。

 

「レーナ、大丈夫か」

 

「はえ!?」

 

 助けられたレーナは混乱しており巻き付いたままの切られた鼻をハジメは外そうとしているが、その間にもドラ丸が象熊に更なる攻撃を加えていた。

 

「無用に傷つける気はござらん。 この一太刀で終わりにするでござる」

 

 跳躍から着地したドラ丸は再び高速で動き出し、象熊の体を一瞬で駆け上がり後頭部に上がるとそのまま首に向かって刀を振り下ろした。

 

「御免っ!」

 

 斬撃は確かに象熊の首を通過して、ドラ丸はそのまま刀を鞘に納刀しその場を離れる。

 

 

――ズルリ………ブシャアァァァ――

 

 

 その斬撃の一瞬の間の後、思い出したかのように象熊の首に切れ目が現れ、胴体から滑り落ちる様に頭を落した。

 続いて首の断面から血が噴き出して胴体も再び前のめりに倒れる。

 

「ドラ丸先輩……お手数おかけしました」

 

「気にすることはないでござるよリース殿。 お主達の火力不足は明確でござった故、拙者も手を貸さねばならぬと思っておった。

 しかしお主達だけで倒せるのであれば良いと、危険な状況になるまで待機するように言われていたでござるよ。

 この世界の生物が普通でない事は解っておったでござろう。 残心を忘れてはいかんでござるよ」

 

「………申し訳ありません」

 

 油断による失態を晒してしまったばかりか、己の力不足にハジメとドラ丸に気遣われていた事に気を落とすリース。

 ハジメによって作られたスペックの限界とは言っても、その性格ゆえ悔やまずにはいられなかった。

 

「大丈夫だったか、レーナ」

 

「…怖かったのですマスタ~♪」

 

「な!? なにが怖かっただよ、ちゃっかりマスターに抱き着いてるんじゃなーい!

 マスターが迷惑だから早く離れろー!」

 

 象熊の鼻に巻き付かれて心配するハジメをよそに、受け止められたレーナは思わぬ形でお姫様抱っこをしてもらい嬉しそうにそのまま抱き着いている。

 その事に気づいたアイナが羨望と嫉妬からか、引き離そうと騒ぎ出す。

 

「何はともあれ、レーナが無事でよかったです」

 

「すまない、私の力不足で…」

 

「夜天さんが悪いんじゃないですよ。 私達も油断してしまいましたし」

 

 夜天とエルも皆の無事を喜びながら、自身の至らなかったところを反省している。

 

「リースも皆もあまり気に病むな。 この世界の猛獣は通常兵器で倒すのは難しいんだ。

 皆の武装は高性能とはいえ通常兵器の延長線上の代物。 捕獲レベルの高い奴にはどうしても火力不足になる」

 

「我が主。 私の攻撃は魔法だったのだが…」

 

「非殺傷じゃあこの世界のモンスターには生易しかったんだろうね」

 

 実際、殺傷設定の魔法であれば象熊にも十分致命傷を負わせられる威力はあっただろう。

 

「何はともあれ、無事に倒せてよかったです」

 

「攻撃が効かなかった時はどうなる事かと思ったけどね」

 

「皆さん無事でよかったですね、アリシア。

 ……アリシア、大丈夫ですかアリシア!」

 

「………きゅう」

 

 エルとアイナが安堵の表情を見せている、リニスが慌てた様子でアリシアに呼びかけている。

 当のアリシアは象熊との戦闘とその止めにショックを受けて気を失っていた。

 

 

 

 

 

「アリシア本当に大丈夫か? 無理をしなくてもいいんだぞ」

 

「うん……でも私のせいでみんな食べられないのは嫌。 私もちゃんと食べる」

 

 普通に気を失っただけで、直ぐに目を覚ましたアリシア。

 実際の命がけの戦いと血を見たことで今も気分悪そうにしているが、それを我慢してアリシアも焚火の前を動こうとしない。

 焚火には先ほど倒した象熊の肉が串に刺さって焼かれており、トリコ恒例の狩りの後の実食をしようとしていた。

 

 しかし先ほどまで生きていた象熊を食べるのはショックを受けた後できついのではないかと気遣うが、アリシアはみんなと一緒に食べるという。

 それならば肉を保存して後日にと提案しても、トリコではすぐに実食したと意地を張るので、この場で肉を焼くことになった。

 

 象熊の肉を串に刺して火で炙って数分。 いい匂いが肉から漂い始めた。

 

「スンスン……。 いい匂いなのです」

 

「すっごくおいしそうな匂いがするんだけど!」

 

「何も味付けをしてないのに、お肉だけでこんなにおいしそうな匂いがするなんて」

 

「………(ゴクッ)」

 

「旨そうでござるな」

 

「(ソワソワ)」

 

「ジュルリ………、はっ、す、すいません!」

 

 これまで感じたことのない美味しそうな匂いに、各々が動揺を隠せず焼き上がるのをじっと見つめている。

 先ほどまで気分の悪さを無理に誤魔化そうとしていたアリシアも、

 

「………(ボー)」

 

 香りにあっという間に飲まれてボンヤリと肉を見つめ続けている。

 流石はグルメ食材と、この様子ならアリシアも大丈夫かと安心して自身も肉が焼けるのをじっと見つめる。

 そして肉が焼き上がると、そのまま皿に乗せて皆の下にいきわたる。

 

「じゃあこの世界の礼節に合わせて頂こうか」

 

 全員が自然と合掌して目を閉じる。

 

「この世の全ての食材に感謝を込めて、」

 

「「「「「「「「「いただきます!」」」」」」」」」

 

 トリコ風の挨拶を終えると、全員が一斉に肉にかぶりつく。

 女性が殆どのこのメンバーでは普段から最低限のマナーを気遣うものだが、全員象熊の肉に魅入られており風体を気にせず串を両手に持って大きな肉に齧り付いている。

 

「おいしーーーー!」

 

「おいしすぎるのです!」

 

「こんなおいしいお肉食べたことありません!」

 

「(モグモグ)………(ゴックン)………(モグモグ)」

 

「美味なり」

 

「生きててよかった」

 

「ガツガツガツガツ」

 

 だれがどのように食べているか想像に任せるが、誰もが夢中に手にした肉を頬張り続けている。

 心配していたアリシアも、

 

「うぅ……おいしいよ~象熊さん」

 

 涙を流しながら肉を口にし続けている。

 美味しさに感動しているが先ほどまで戦っていた象熊の存在を忘れたわけでなく、凄惨な光景も思い出して複雑な気持ちがアリシアの中で溢れかえっている。

 それでも肉を咀嚼する動きは止まらずに、肉を口にし続けている。

 先ほどのショックは肉の美味しさによってあっという間に癒されていくのだった。

 

 あまりの美味しさに一回焼いた分だけでは足りず、追加でどんどん焼いていく。

 本来小食の者たちもこの肉は別とどんどんおかわりをした。

 それでもお腹が膨れ始めた頃に全員ようやく落ち着きを取り戻し始めた。

 

「ほんと美味すぎだよー! ただ焼いただけなんだよね」

 

「その筈なんですけど、まるでタレに付け込んいるみたいに濃厚な味がします」

 

「図鑑にはこう書かれているのです。

 象熊は冬眠する前に自身の体の何十倍もの餌を食べて栄養を圧縮して蓄えるが、その時に一緒に大量の旨味も濃縮するそうなのです

 だから冬眠直前が一番おいしいと言われているのです」

 

「へー、こんなにおいしいんだから、やっぱり冬眠前だったのかな」

 

「それは流石にわからないのです。 象熊の生態は情報不足と出てるのです。

 あとはえっと、濃縮された肉の旨味は一度食べただけでは吸収されることはなく………」

 

「ン、どうしたのレーナ」

 

「何でもないのです。 この情報は不要なのです。

 細かいことは気にせずお肉をもっと食べることにするのです」

 

「?」

 

 レーナは訝しげな表情を浮かべるとアイナがそれを気にするが、すぐに図鑑を閉じて肉を食べることに集中しだす。

 アイナはそれを不思議に思うが、まあいいかと気にせずに自分も肉を食べることを続けた。

 

「やっぱりいいなこの世界は。 技能習得のついでにコピーで美食家でもやって食材集めをするか」

 

「この世界にマスターのコピーを派遣なさるのですか」

 

「ああ、まだこの世界での修業はやってないからね」

 

 ハジメは力を得るためにコピーを様々な世界に派遣し、そこで技能を習得させてから一体化するという手段を使っている。

 このトリコの世界は未派遣だったので、まだこの世界特有の能力をハジメは得ていない。

 

「ボク賛成! こんなおいしいモノ何時でも食べられるならもう最高だよ」

 

「でしたらマスター、狩りの共をぜひ私に。 先の失態を挽回させてください」

 

 アイナとリースが自分の要望を告げる。

 

「リースの気持ちもわかるけど、今の戦闘能力じゃ一緒に美食屋をやるのは難しいかな。

 結構力をつけたと思ってる僕でも、この世界のグルメ界と呼ばれる領域だとかなり厳しいと思うし」

 

「そうですか……」

 

「そんなに気を落とさないで。 近いうちにバージョンアップも考えていたし、そこまで言うならこの世界で十分通用する強化を目指してみよう」

 

「本当ですか!」

 

「まあ次回のバージョンアップではとなると厳しいから、いずれね」

 

 この世界に通用するレベルの強化となると一朝一夕にはいかないと、ハジメは言葉を濁すが約束した。

 

「それなら私もこの世界で勉強したいのです!」

 

「え、レーナも美食屋やりたいの?」

 

「違うのですアイナ。 私がやりたいのは料理人なのです。

 マスターたちがとってきた食材を美味しく料理して食べてもらうのです」

 

「そっか、食材を手に入れるなら料理する技術も必要だよな」

 

 この世界の食材には、特殊調理食材と呼ばれる食べるために調理技術が求められる食材も存在する。

 そういう食材が手に入ったら料理技術も必要だろうとハジメは考える。

 

「アイナにだけ任せるのもあれだし、この世界の料理学校に一緒に料理の勉強をしに行こうか」

 

「マスターと一緒に学校! 素敵なのです!」

 

「それいい! 僕も一緒に行こうかな!」

 

「………それもいいな」

 

「でしたら私も! 美食屋と料理人、どちらがいいでしょうか」

 

 和気藹々と食事をしつつ語り合い、その後もハジメ達は休暇を十分満喫したのだった。

 

 

 

 

 

 いずれと言われたこの世界での修業の時。

 

 

 

「マスターと一緒に学校もいいと思うけど、ボクは美食屋の方が向いてるかな」

 

「お前は料理が下手糞だったからな」

 

「うるさいな。 リースだってそんなにうまくなかったじゃん」

 

「別に構わん。 私はマスターの為に食材を狩ればいいだけだ」

 

「ボクだって!」

 

「落ち着け二人共。 食材は料理学校に行ってるレーナ達にも練習の為に渡す予定なんだぞ」

 

 この世界に通用するように強化されたリースとアイナは、ハジメ(コピー)と共に美食屋を始める。

 

「まずは人間界の食材を集めるために各地を回ってみる。 グルメ界に行くかどうかはそれからだな」

 

「了解しました」

 

「えへへ、どんな美味しい食材があるんだろう」

 

 

 

 

 

「遂にマスターと一緒のスクールライフなのです! どんなイベントが待っているのでしょう!?」

 

「レーナ、イベントって…。 私たちは料理の勉強に来たんですよ」

 

「それはもちろんなのです! ですが学校生活なのですよ!

 きっと甘酸っぱい青春ラブストーリーをマスターと共に迎えるイベントが盛りだくさんなのですよ!

 絶対に逃せません!」

 

「レーナ、学校生活に期待しすぎだ。 そんな事はそうそう起こらないと思うぞ」

 

「青春ラブストーリー………、いいと思います!」

 

「エルまで…」

 

 目的がズレてきているレーナとエルを連れて、ハジメの一人もまた料理修行に励む。

 

 

 

 

 

 美食屋、料理人をやるほかに修行目的で派遣されるコピーの一人は、

 

「すいません、ここで食義の修行をしたいのですが入門できますか?」

 

「おやおや、こんな森の奥までご苦労様です。 一般の方が入門されるのでしたら入門料はこちらです」

 

「あ、はい、払います」

 

 入門料に戸惑いつつも食義の修行のために食林寺へ。

 

 

 

 

 

 そして原作主人公達の最も過酷な修行場所となったグルメ界エリア7、多くのサルが存在する通称モンキーレストランと呼ばれる場所にて【猿武】の習得をするために訪れるハジメ(コピー)とバックアップ多数。

 

「死ぬかと思った。 まさか初日でバンビーナに会うことになるとは」

 

 この大陸の八王猿王バンビーナに、トリコ達のようにいきなり遭遇して瀕死の重傷を負う。

 

「仙豆がなかったらマジ死んでた」

 

「首の骨折れてたし、手足がもげる寸前だったしな」

 

「それでもトリコ達よりはダメージが比較的マシなんだよな」

 

「ドラゴンボール世界で修業した体でこれだ。 パワーインフレおかしいよ」

 

「マンガだからな」

 

「それを言っちゃあおしまいだ」

 

 死ぬ危険を想定して用意していたバックアップ組がさっそく機能し、仙豆を食わせてもらうことで猿武を学びに来たハジメは生き延びた。

 

「なあ、誰か代わってくれない」

 

「代わっても意味ないだろ、同じコピーなんだし」

 

「わかって、言ってみただけ。 だけど初日からこれだと心が折れる」

 

「そういえば走馬燈は見えたか? 猿武の習得のヒントになる感覚だろ」

 

「………見えた気がする。 見たくないから時間をかけて猿武の習得をするつもりだったのに…」

 

 習得はしたいが死にかけるのは嫌だったと、なんでこうなったと嘆くハジメ。

 だがこの感覚のおかげで後に猿武の習得が格段に早くなるのだった。

 

 何とか生き残ったハジメは改めてモンキーレストランに入り、トリコ達の軌跡を再現して猿武の習得に入る。

 猿武の師範クラスのサルを倒して縛られていた食事のルールを破壊し、友好的なサルたちから猿武の使い方を学ぶ。

 グルメ界の生物で猿武の師範クラスとなると相当強いが八王ほどではないので、この時のハジメなら十分倒せると○×占いで確認して倒した。

 そしてここのサル達は知能が高いので【ほんやくコンニャク】で会話出来るようになり、対話をしてゆっくり時間をかけて猿武の修行をすることが出来た。

 

 尤もハジメはトリコ達主人公のように才能に溢れる訳ではないので、一朝一夕でマスター出来る筈もなく数年の時間を有することになる。

 その間に時々に遭遇することになるバンビーナの遊びの被害から、サル達と一緒に全力で逃げ回る事で強い絆が結ばれることになり、修行が長引いてトリコ達が来た時にはだいぶ変わった物語の展開になるのは別の話。

 

 

 

 

 



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第九話 夜天の空に月夜が煌めく

 感想及び誤字報告ありがとうございます。

 ストックはこれで全部ですので、今後は更新に時間が掛かると思います。


 

 

 

 

 

『待ってリインフォース! 消えんでええ!』

 

『我が主……』

 

 モニターの車椅子の少女八神はやてが、儀式によって自ら消えようとしている夜天の書の管制人格リインフォースを止めようとしている。

 

「じゃあそろそろ行こう夜天」

 

「はい、我が主」

 

 その様子を確認したハジメと夜天は目的を果たすべく行動を起こす。

 

 

 

 

 

 フェイト・テスタロッサは自身のデバイスバルディッシュを強く握り堪えていた。

 目の前ではリインフォースがはやてと別れの時を迎えている。

 まだ幼いフェイトもこれまで種別はあれど別れを幾度も経験したことはあるが慣れるものではない。

 ましてそれが永遠の別れとなるのなら、身を引き裂かれるような悲しみだと実体験から共感していた。

 

 どうにかしたいがそれを叶える術を自身は持たず、リインフォースの頼みに応えて終焉の儀式に手を貸す事が精一杯だった。

 こうしてデバイスを構えて儀式の魔方陣を維持しているが、ずっとほかに方法はないかと考え続けていた。

 

「(母さんだったら夜天の書を直すことが出来たかな?)」

 

 優秀な科学者だったプレシアであれば修復方法が分かったかもしれないと考えるが、この場に来ることが出来ない人に頼ったところでどうしようもない。

 現在プレシアは管理局本局に拘留されており、自由に行動することなど出来ないのだから。

 

 フェイトはかつて母と呼ぶプレシアと永遠の別れを経験した。

 決して出てくる事の出来ないと言われる虚数空間に落ちて、二度と会うことが出来ないだろうと誰もが確信していた。

 しかし闇の書の事件が起こる少し前に、フェイトが保護されていた次元航行艦船にプレシアは自首という形で現れた。

 先の事件の首謀者として逮捕され、一定の事情聴取の後にプレシアとの面会をフェイトは許可された。

 

『母さん………久しぶり…です』

 

『貴方も元気そうね、フェイト』

 

『あ、はい………』

 

 プレシアとの再会を喜んだが、直後に何を話していいかわからなくなり引っ込み思案になってしまう。

 

『フェイト、私はここに来たのは大人としてケジメをつけるためよ』

 

『ケジメ?』

 

『ええ。 私がしてきたこと。 貴方にしてきた事やらせてきた事すべてに私は大人として責任を果たしに来たわ。

 ………まずは謝らせて頂戴。 ごめんなさい』

 

『え? か、母さん?』

 

 突然頭を下げて謝罪をされたフェイトは困惑する。

 かつてのプレシアを知るフェイトには謝られるとは思っても見なかったからだ。

 更に困惑するうちにプレシアは下げていた頭を上げる。

 

『許しはいらないわ。 これも一つのケジメ、まずは謝らないと話にならないもの。

 ……フェイト、あなたはまだ私を母と呼ぶのね』

 

『!? ………母さんは私の母さんだから』

 

『それを今更どうこういうつもりはないわ、好きにしなさい』

 

『それって!』

 

『貴方を生み出したのは私よ。 その事実が変わらない以上どんなに目を背けたって親であることは否定できない。

 だからといってフェイト、貴方の期待通りにはならないわ。

 今更貴方の母親面なんて出来ないし、私の行く場所がもう決まっていて一緒にいる事なんてできない』

 

『そんな……』

 

『貴方は新しい居場所を見つけなさい。 自由に生きられるようには取り計らってあげる。

 貴方には本来何の責任もないのだから』

 

 プレシアのその言葉の意味は、受けていた裁判が即時終了したことでフェイトは理解する。

 主犯であったプレシアがすべての罪を認めて、フェイトに罪はないことを主張したからだ。

 

 その後、プレシアはアースラから本局に搬送されて裁判が始まり、容易に面会することが難しくなった。

 それまでの僅かな期間、再度の別れの時までフェイトは可能な限り会い続け、プレシアも面会を拒否する事はかった。

 

「(母さんとはまた会えなくなっちゃったけど、今度はもう二度と会えないわけじゃない

 だけどはやてとリインフォースは…)」

 

 プレシアが助かった理由は黙秘され未だ分かっていないが、虚数空間からの生還は奇跡だ。

 夜天の書の破壊が決定している以上、二人が今後も共にあることはあり得ない。

 それこそ奇跡のようなことでも起きない限りは…

 

 二人の別れの語り合いをなのはと守護騎士達と悲しげに見守っていたその時、上空から突然魔力反応を感知する。

 

「「!?」」

 

 すっかり二人の事に意識を向けていた各々は反応に遅れ、儀式を形成していた魔法陣に魔法弾が着弾する。

 

――キャンッ!――

 

 陶器が割れるような音共に魔法陣は形を崩して儀式が中断される。

 

「儀式が!?」

 

「上だ、全員警戒しろ!」

 

 儀式が中断されたことに戸惑う中で、守護騎士のシグナムが率先して警戒を訴える。

 魔法弾が飛んできた上空を見上げるとローブ姿の人影が下りてくるのを確認した。

 地面に降り立つと全員が一番無防備なはやてを守るように警戒し、シグナムが剣を手にして前に出る。

 

「何者だ?」

 

「ん、何者だ、か。 そう問われると少し返答に悩むな。

 今の僕を表すにはどう答えたら良いものか」

 

 シグナムの質問にローブ姿の男、ハジメは真剣にどう答えるべきか悩む。

 

「ふざけているのか!」

 

「ああ、すまない、そんなつもりではなかった。

 うまい自己紹介を思いつかなくて少し考え込んでいた。

 僕は中野ハジメ。 何者かという答えには冒険者、いや探究者というほうが僕を表しているか?」

 

「…それでその探究者とやらがなぜこのような真似をする」

 

「そうだね、単刀直入に用件を言おう。

 僕はそこの二人、八神はやてとリインフォースに用があってこの場に来た。

 今このまま消えてもらっては困るから中断させてもらった。

 用が済んだらもう邪魔をしないと約束しよう」

 

 はやてとリンフォースが狙いと聞いて警戒を強める守護騎士達。

 

「我らの主に何用だ」

 

「待て、烈火の将」

 

「リインフォース?」

 

「なぜ貴様がその杖を持っている」

 

 シグナムを呼び止めたリインフォースの指摘により、ハジメの持つ杖に注目が集まる。

 その杖にこの場にいる者たちは見覚えがあることに気づく。

 

「あの杖ってはやてちゃんの…」

 

「そうだ。 夜天の主が書と共に魔法を行使するために持つはずの魔導機だ。

 書と共に二つとない杖をなぜ持っている。

 それにその魔力は…」

 

 杖だけでなくハジメから感じる魔力に訝しむ。

 

「流石に貴方にはわかるか」

 

 杖を持ってない片手を掲げるとそこに一冊の魔導書が現れる。

 

「夜天の書だと!」

 

「そして、ユニゾンアウト」

 

 そう宣言すると隣にリインフォースと同じ姿の女性、ハジメが夜天と呼ぶ存在が表れる。

 同時にうすい灰色に変化していたハジメの髪が黒髪に戻る

 

「どういう事だ?」

 

「リインフォースがもう一人おる? 双子の姉妹でもおったん?」

 

 リインフォースは偽物とは思えない同じ存在に愕然とし、はやては急展開に頓珍漢な回答をする。

 

「初めましてというべきなのだろうか、我が半身。

 そして半身を救ってくれた小さき主八神はやて」

 

「半身だと? お前は私の半身だというのか」

 

「ああ、我等と夜天の書は闇の書であった時に我が主の力によって二つに分かたれていた」

 

「どういうことなのだ」

 

「ちょっと待って夜天。 そこからは僕が説明する」

 

「はい」

 

 夜天が説明しようしたところをハジメは止め、自身が説明すると下がらせる。

 

「まずは八神はやてさん」

 

「は、はい、何です?」

 

「僕はあなたに謝らなければならない。 その理由からまず説明させてほしい」

 

「ようわからんけど、おねがいします」

 

「じゃあまず「そこまでだ!」」

 

 ハジメが説明を始めようとするのを突然響いた声が遮った。

 再び上空に新たな人影が表れる。

 

「管理局執務官クロノ・ハラオウンだ! 詳しい話を聞かせてもらおうか!」

 

「「「………」」」

 

 詳しい話を始めようというとき、遮って詳しい話をしろとはこれ如何に。

 

「な、なんだ?」

 

「タイミングはあれだけど、役者はそろったかな」

 

 自身に集中する生暖かい視線に戸惑うクロノに、ハジメは準備万端とほくそ笑んだ

 

 

 

「クロノくん、人がお話をしてる最中に割り込んだらダメなんだからね!」

 

「いや、そんなつもりは…」

 

「クロノはいつもそう」

 

「…すまない」

 

 なのはとフェイトに責め立てられ身を小さくするクロノ。

 はやてはリインフォースと共に身を整えて話を聞く態勢に、守護騎士達は何があれば直ぐ動けるようにハジメを警戒している。

 

「改めて話をさせてもらうがその前に…。 ああ、心配しないでくれ、結界を張るだけだ」

 

 杖を使おうとすると守護騎士達の警戒が強まるが、結界を張るだけだと諫める。

 杖で地面をつくと魔法陣が広がり、辺り一帯を包み込む結界が展開される。

 

「これは何の結界だ。 封時結界のようにも見えるが、何かが違う」

 

「シャマル、どうだ?」

 

「リインフォースの言う通り、見た目は似ているけど封時結界よりも数段強力な結界よ。

 術式も簡単には読み取れないように高度なプロテクトまで掛けてあるわ」

 

 シャマルの分析にシグナムたちは否応にハジメへの警戒を強める。

 事実上閉じ込められたようなものだから仕方がない。

 

「すみません、これからの話は矢鱈と広まるのは好ましくないので外部との情報遮断をさせてもらった。

 管理局からはそこの彼がいれば体裁は整うだろう」

 

「む、………確かに外との連絡がつかないが、こちらとの連絡が途切れれば応援がすぐ駆けつけるぞ」

 

「大丈夫です。 この結界は少々特殊なので外からは絶対に破れません。

 それでは改めてこちらの夜天の事を説明しよう」

 

 それははやてが闇の書を起動させる前に遡り、起動前の闇の書を二つに分割したことを伝える。

 その時点でクロノが一級のロストロギアを増やすなんてあり得ないと騒ぎ立てるが気にせず話を続け、ハジメはこの世界(・・)で魔法技術収集を行なっており、古代ベルカの魔法技術を得るために闇の書内の情報を求めた。

 情報を引き出す過程で闇の書の問題点を改善し夜天の書に戻したと説明したところで、はやてを筆頭に色めき立ちクロノは頭を抱えた。

 

「ほんならハジメさんでしたら夜天の書を直して、こっちのリインフォースを助けられるんですか!?」

 

「ええ、その為の手段も用意してきてあります。

 ですが僕の要件は個人的な理由で、本来の所有者であるあなたから同意なく夜天の書を半分持ち去ったことについてです。

 闇の書の危険性を考慮した上で修復出来る確証もなかったので同意を得られるとは思えず勝手ながら盗むことになりました。

 その事に謝罪します。 すみませんでした」

 

 ハジメがはやてに向かって頭を下げる。

 

「そういうことですか。

 せやけど、みんなが本から出てくる前は私何にも知らんかったし」

 

「ですが夜天の書が選んだ主がはやてさんであることに変わりはありません」

 

「わかりました、そういう事でしたら謝罪を受け取ります。

 それにリインフォースを助けてくれるんでしたら、私はなんも言うことありません」

 

「ありがとうございます。 後はこちらの夜天の扱いについてです。

 半分とはいえこの子もまた夜天の書のオリジナルであり、本来の持ち主がはやてさんであることに変わりはありません。

 望むなら彼女をあなたの下に帰属させます」

 

「つまり私のところにその子も来るってことなん?

 えっと、そっちのリインフォース、夜天さんて名前で呼んだらええんかな?」

 

「ハジメ様が私を夜天と呼ぶのは、本来の主ではない自分が名付けるべきではないからと、仮の名前としてそう呼ばれていました」

 

「ほんなら貴方にもちゃんとした名前を考えてあげんとな」

 

「その必要はありません。 夜天がはやてさんに帰属するなら、そちらのリインフォースと再び一つの存在に戻します」

 

「そんな事も出来るん? 魔法の力ってすごいなぁ」

 

「いや待て、八神はやて。 その男の言ってる事はミッドチルダでもかなり無茶苦茶だからな」

 

 頭を抱えていたクロノのツッコミが入る。

 

「そうなんですか?」

 

「ええ、僕の持つ力はミッドチルダとは関係のない別物です」

 

「闇の書を簡単に増やしたり直したり一つにできるなら、疾うの昔に管理局が闇の書事件を解決している。

 本当にそんな技術を持っている世界があるなら異常なことだ」

 

 闇の書をほぼ自由に扱う技術に、クロノはその力を持つハジメに危険を感じる。

 

「まあ僕の事は後回しで。

 それではやてさん、夜天の帰属を求めますか?」

 

「同じリインフォースなら家族同然や、その子が私のところ来たい言うなら構わへんよ」

 

「………夜天の主八神はやて、願わくば私はこの方を主と仰ぎたい」

 

 夜天ははやての前に跪き、ハジメの下に居たいとつげる。

 半身である夜天が別の主に仕えたいという考えに、リインフォースがわずかに目を見開く。

 

「えっと、それは構えへんけど、夜天さんがうちに来たい言う話やなかったん?」

 

「如何に私を正しい姿に戻してくれた恩人といえども、真の主が貴方であることに変わりはありません。

 その意思を明確にせぬうちに主の鞍替えなど我等には許されません」

 

「つまり夜天が自分の立ち位置を選ぶには、最初にはやてさんの了解が必要なんだ。

 君が自由にしていいと思っていても、彼女達の騎士としての矜持がある。

 それに背く事は出来ない以上、はやてさんの意思確認をするのが道理なんだ」

 

「リインフォースも夜天さんもシグナム達と同じで律儀やな」

 

「確かにそうかもしれないけど、通すべき筋は通さなきゃいけない。

 君にまず謝罪したこともそうだし、夜天に名を与えなかったのもそうするべきだと思ったからだ」

 

 ハジメもまたはやてに対して筋を通すためにここに来ている。

 

「そういうことならしゃあないな。

 夜天の主として許可します、ハジメさんに新しい名前をもらってください」

 

「感謝します八神はやて」

 

「もうあなたの主やないけどはやてって呼んでくれへん。

 さっきも言うたけどリインフォースの片割れなら大事な家族に変わりあらへん」

 

「…光栄です、はやて様」

 

「様もいらんよ」

 

「こればかりはご容赦を」

 

 これ以上は譲らないという態度であるが、はやての元を離れた自分を家族と呼んでくれることに夜天は小さく笑みを浮かべる。

 

「しゃあない、ホンマ頑固モンなんやから。

 ハジメさん」

 

「なんです?」

 

「この子の事、よろしくお願いします。

 二人になる前まで一緒なんやったなら、この子もきっと辛い目のおうてきとる。

 ちゃんと幸せにしたって下さい」

 

 そういって頭を下げてお願いするはやてに、ハジメは目を見開いて困惑する。

 

「…幸せにしてくれか。 これは少し難しいことをお願いされてしまった」

 

 夜天が正式に自分の下に残ることは想定していたが、はやてから幸せにしてやってくれと頼まれるとは思っていなかった。

 はやてに負い目があるために、ハジメはその願いをとても断る気になれなかった。

 軽く頭をかいて考え込んだ後、夜天に向き直る。

 

「ここまで来たらもう今更だが、はやてさんと共にあった方が幸せになれると思うよ」

 

「それはリインフォースに任せます。 私はあなたの下に」

 

「夜天を僕の下に連れてきたのは君の中の情報が目的だった。

 言い方が悪くなるけど、データを取り終えている以上もう君を必要とはしていない」

 

「居てもよいとあなたの口から直接聞いています」

 

「………幸せにしてくれとはやてさんに頼まれた。

 それに全力で応えるつもりだが、確約は出来ないぞ」

 

「私はもう十分幸せです。 あとは微力でもあなたのお力になれるのなら」

 

 ハジメははやての下に戻るほうが良いだろうと願っていたが、夜天は前々からはやてに話を通してから恩を返すために残ろうと決めていた。

 何時気が変わってもいいようにこれまで名を決めてこなかったが、夜天は考えを改めることなく今この時を迎えてしまった。

 観念したように溜息を吐いてからハジメは覚悟を決める。

 

「【月夜】。 夜天とお前の髪色から月が思い浮かんだ。

 大した由来の名前も付けられないけど、これでいいか?」

 

「ツキヨ………月夜、それが私の名ですか?」

 

「ああ」

 

「月夜。 その名、しかと承りました我が主」

 

 新たに名をもらった夜天改め月夜は、静やかながらも満面の笑みを浮かべた。

 ハジメは再びはやてに向き直る。

 

「彼女、月夜の事は僕の出来る限り幸せにします」

 

「お願いします。 月夜もいい名前をもらえてよかったな。

 ちゃんと幸せになるんやで」

 

「はい、はやて様」

 

「………」

 

「………」

 

「………?」

 

「…えっとな、ハジメさん。 私そうゆうつもりで言ったんやないんです」

 

「…ああうん、わかってる。 話の流れで受け答えしたけど、これはあれだ」

 

 まるで嫁ぐ娘の親と婿のような会話だったと気づき、恥ずかしくなって顔を赤くする二人。

 当の月夜と半身のリインフォースはキョトンとしてるが、ほかの面々も微妙な雰囲気になってしまっている。

 

「この年で娘を送り出すお母さんになった気分や」

 

「僕も誰かを幸せにしますなんて言うことになるとは思わなかったよ」

 

 

 

「オホンッ。 とりあえず一つの用事が片付いたのでもう一つの本題に入ろう。

 そちらのリインフォースを完全な状態に戻す件だ」

 

「そやった、それが一番肝心な事やった。

 どうやったらリインフォースを助けることが出来るんです!?」

 

 先ほどの微妙な空気を切り替えようと、はやてはややワザとらしく大きな声でハジメに聞く。

 

「すでに必要なものはここに揃ってる。

 夜天の書は過去の主達の改竄によって本来の形を失い暴走するようになってしまっている。

 欠陥部分の切り離しによって暴走状態を脱しているが、現在行われている自己修復が完了すれば再び暴走を始める小康状態といったところだ。

 そういう認識は出来ているね」

 

「このままやったらまたリインフォースがまた暴れてまうってことはわかります」

 

「それでいい。 暴走状態にならないようにするには改変された部分を元に戻せばいい。

 しかし書の本来の構造はリインフォース自身もわからなくなっていて手のつけようがない状態だが、ここには万全な状態の同じ夜天の書が存在している」

 

「月夜の事やな!」

 

「そう、彼女の持つ正しい夜天の書の構成情報をベースに、そちらの夜天の書の暴走部分を再改変すればいい。

 書の構造の改変を行うには過去に改竄を行なったように、干渉する権限を持つ主の許可が必要となる。

 暴走が止まっている今ならはやてさんの権限が通るし、月夜の情報を基に夜天の書を正しい形に再改変できる」

 

「おお! ほんなら今すぐにリインフォースを治してやれるんや!」

 

「ああ、けどそうなると別の問題が出てくる」

 

「別の問題ですか?」

 

 はやてが疑問符を浮かべるが、ハジメは視線を様子を見てたクロノに向ける。

 その視線に気づいたクロノは、それで理解し自分の出番だと前に出てくる。

 

「八神はやて、夜天の書を直す方法が見つかったのは喜ばしいことだが、僕たち管理局としてはいろいろ問題が出てくる。

 君と守護騎士、そして夜天の書は現在管理局の監視下にある状態だ。

 そして夜天の書、いや管理局の見方として闇の書は再び暴走の危険性があり、今であれば完全な破壊が可能で、その処理を持って事件の解決と結論付けている。

 つまり夜天の書の破壊は管理局として決定事項なんだ」

 

「そんな、せっかくリインフォースが助かる方法が見つかったんですよ!」

 

「それはもちろんだ。 状況が変わった以上対応を変える必要がある。

 だが一度決まった上の決定を覆すにはそれを説明する必要があるし、この場の判断で行動する訳にはいかない。

 リインフォース、書の防衛プログラムが修復して行動が再開するまでどれくらい猶予はある?」

 

「完全な修復にはまだ時間はかかるが、不完全でも主や私への影響が表れる可能性があるので明確には答えられない。

 それでも数日の猶予はあるだろう」

 

「やはり時間との勝負になるか」

 

「大丈夫なのクロノくん?」

 

 様子をうかがっていたなのはが心配そうに声をかける。

 

「とにかく早く上と掛け合ってみるしかないが何とかしよう。

 一度アースラに戻る。 中野ハジメと言ったな、君もついてきてくれ」

 

「それは遠慮しよう」

 

「ではさっそく結界を…、何?」

 

 ハジメの予想外の拒否にクロノは思わず聞き返す。

 

「そちらには行かないと言ったんだ」

 

「どういうことだ? 夜天の書を修復するのではなかったのか」

 

 不穏な気配にクロノは警戒するように手の持つデバイスを強く握りなおす。

 

「それはもちろん。 だけどそれは今この場に限っての話だ。

 今この場でリインフォースの修復を行なえないのなら、これ以降手を貸す気はない」

 

「どういう事なんです? ハジメさん」

 

「はやてさん、僕は貴方には通すべき義理があるが管理局にはない。

 僕らとしては管理局に不必要に譲歩するつもりはない」

 

「僕ら管理局に何か言えない事情があるとでもいうのか?」

 

 頑なな対応に警戒を強め怪しむクロノ。

 

「言えない事情というより相容れない事情という方が正解だ。

 集めた情報では管理局の支配する社会は、魔導技術を絶対とするいわゆる魔法主義の世界だという認識だ。

 その一つの在り方として質量兵器の禁止というものがある。

 違っていないか?」

 

「間違ってはいない。 つまり君たちはそういった武器を主流にしているという事か」

 

「確かにそうだが、それだけでもない。

 僕たちには管理局が扱いに慎重になるロストロギアと呼ばれるものを増やしたり出来る事は知っての通りだ。

 つまり管理局より進んだ技術を持っており、上との掛け合いとやらには事情の説明にその技術の提示を要求してくるだろう。

 この技術が安易に教えていいものだと思うか?」

 

「思わないな。 ロストロギア、それも闇の書ほどの最上級の代物を複製する技術の扱いは慎重になるのは当然だし、局も確実に危険視して広まらないよう管理下に置こうという意見が出るだろう」

 

「そうなることが目に見えているから僕らは管理局とは相容れない。

 それに管理局が口出ししそうな技術はまだまだある。

 こちらには不利益にしかならないだろう」

 

 ハジメが持つひみつ道具の技術は慎重な扱いが必要で、管理局に限らずどこにも公開する気はない。

 だがその技術で夜天の書を二つにした以上、クロノとしては説明責任から上に報告をしないわけにはいかない

 

「ならどうする。 僕は管理局執務官として今この場で夜天の書に手を出すことを許すわけにはいかない」

 

「それはそうだろう。 だから少々申し訳ないと思っている。

 先に謝っておく、すまない」

 

「なに?」

 

 突然の謝罪に怪訝な表情をクロノは浮かべるが、すぐさま驚愕の表情に変化することになる。

 ハジメが合図に指を鳴らすと、虚空から突然槌と剣と拳がクロノに突き付けられ、そこへバインド魔法が発動して動きを完全に封じる。

 

「なっ! こいつらは!?」

 

「シグナム!?」「ヴィータちゃん!?」「シャマルとザフィーラも!?」

 

 各々が驚きとともに現れた者たちの名を呼ぶ。

 はやてと共にある守護騎士(ヴォルケンリッター)達とは別のもう一組の守護騎士(ヴォルケンリッター)だった。

 

「そうか、私が二人になったのなら、彼らもいるのも必然か」

 

「ええ、もっとも彼女たちを起動させたのは最近なんですけどね。

 彼女達には試作した魔力遮断機能付きの【透明マント】でこの時の為に待機してもらっていました。

 月夜の主に正式になったので、せっかくですので主として命じます。

 その執務官を事が終わるまで押さえといて」

 

「「「「ハッ!」」」」

 

 新たに現れた守護騎士達は正式な主となったハジメに騎士として命令を承る。

 急な展開に経験の浅いなのは、フェイト、はやては混乱している。

 

「えっと、あの子たちは月夜の方の守護騎士達なんやな。

 でもなんでクロノくんをあないな風にするん? 乱暴したらあかんよ」

 

「これも筋を通さなきゃいけない大人のやり方という奴だ。

 僕なりの管理局の執務官に対する気遣いだと思ってくれ」

 

「これの何処が気遣いだ!!」

 

 動きを封じられ抗議する事しかできないクロノ。

 

「こうでもしないとあなたは執務官として、この場で夜天の書の修復を止めないわけにはいかないでしょう。

 なら力ずくで動きを封じられて止めることが出来なかったという理由があった方が体裁がつく。

 まあ監督責任という問題が上がるかもしれないが、そこは諦めてくれ」

 

「ホントにふざけた気遣いだな!」

 

 何とか出来ないかと目を配らせるが、守護騎士四人に囲まれて押さえられてはまるで隙が無い。

 

「じゃあさっそく夜天の書の修復を始めよう。

 月夜がリインフォースに接触し、はやてさんが干渉を許可すれば修復を始められる」

 

「そやけど、ええんかな…」

 

「先ほども言ったけど、こっちの事情で修復に協力するのは今だけだ。

 悪いけど別の機会はないと思ってくれ」

 

「待て、管理局と争うような真似はやめろ!

 これは君の為にも言っている。 管理局は君が思っているほど弱い組織ではない。

 それに既に船との連絡を遮断されて、だいぶ時間が経ったことで何かあったと動いている。

 夜天の書の修復も数分で終わるようなものではないだろう。

 修復が終わる前に応援が駆け付ける!」

 

 たとえ自分を抑えていても管理局が黙っていないとクロノは忠告する。

 

「確かに修復には数時間はかかる予定だが、管理局からの応援の可能性はない」

 

「なぜそう言い切れる」

 

「僕が張ったこの封絶結界は空間の位相をズラすだけでなく、時間の流れも遮断している。

 この結界の中でいくら時間が過ぎても、外では結界を張られたと認識できた瞬間で止まっているよ」

 

「な、そんな馬鹿なことがあってたまるか!」

 

「いやあ、封時結界の術式にうちの時間干渉技術がうまくかみ合ってしまって出来ちゃったんだ。

 術式は読み取れないようにしてあるから調べられないだろうけど、本当かどうかは書の修復が終わって結界の外に出てから確認するといい。

 拘束する以外に危害を加える気はないから安心してくれ」

 

「えっと、つまりどういう事なんだろ」

 

「わかったで、つまりここは精神と時の部屋なんや」

 

「精神と時の部屋って何?」

 

「知らんのかフェイトちゃん!? 人生半分は損しとるで」

 

 この世界にドラゴンボールはあるらしい。

 

「そういうわけだから外からの邪魔は気にしなくていい」

 

「くっ、なのは、フェイト! こいつを「おっと」むむぅ!」

 

 ハジメの自信のある態度から外からの応援は期待できないと判断し、クロノは二人に指示を出そうとしたところバインドによって口も封じられる。

 

「その子たちに指示を出すのも駄目だ。

 指示があれば事件の協力者だった彼女たちは動かないといけないが、指示が無ければ各自の判断という事で済む。

 リインフォースを助ける邪魔をしろなんて、酷な事させちゃダメだ」

 

「むむむむむー!」

 

「あはは、何言ってるかわかんない。 ちなみに念話も封じてあるから諦めてくれ」

 

「むむーーー!」

 

 喋ることすら封じられたクロノを後目に、ハジメははやてとリインフォースに視線を戻す。

 

「じゃあ、そろそろ修復作業に入ろうか」

 

「ほんまにええんかな?」

 

 クロノがミノムシ状態であることもさることながら、あれほど忠告されたことで不味いのではないかと不安になるはやて。

 

「拙い事には違いないけど、そもそも夜天の書自体が残る事にも大きな問題になるんだ。

 知っての通り闇の書はこれまで多くの被害を出してきた。

 それが消滅するのなら全て解決したと断定出来るが、修復されて残るとなるとまた暴走しないかという危険性が残ることになる。

 その事からたとえ管理局と話し合ったとしても修復を許可されない可能性が高い。

 はやてさんには書を修復しないという選択肢はないだろう」

 

「そら…まあ…」

 

「穏便に済ませたい気持ちもわかるが、今は無理矢理にでも事を進ませるしかないと思ってる。

 それに修復しても君等には問題が山積みだ。

 闇の書にまつわる事件の罪もそうだけど、修復したからと言って安全であると証明出来るわけではない

 管理局でいろいろ調査されることになるだろうし、問題無かったとしても壊せるなら壊せるうちに処分しておくべきだという意見も出るかもしれない」

 

「っ! そんなことさせへん!」

 

 リインフォースは絶対守るという意思をはやては見せる。

 

「ともかく夜天の書を残すにはいろいろ困難が多いのは確かだ。

 こればっかりは頑張ってくれとしか言えない。

 一つ参考に夜天の書を守るのにミッドチルダの聖王教会が味方になってくれるかもしれない

 覚えておくといい」

 

「わかりました」

 

「ホントにどうしようもなくなったら僕らのところに来るといい。

 管理局のような組織じゃないから余計な(しがらみ)もない」

 

 アリシア達もいるので今更だとハジメは思った。

 

 

 

 はやてが管理者権限で許可し月夜が情報を送り、リインフォースがそれを基に夜天の書の改変を行う。

 修復作業が始まるとあとは誰も手を出すことが出来ず手持無沙汰になる。

 立場的に拘束されていなければならないクロノはバインドでがっちり縛っているので、ハジメ側の守護騎士達の拘束命令を解除し終わるまではやて側の守護騎士達と少し話をしてくるように指示をした。

 今後会うことはそうそうないだろうし、はやてとの普通の生活の経験を聞いておくといいという気遣いからだ。

 

 残った者たちは…

 

「あの、クロノくんを放してあげられないですか」

 

「そうしてやりたいのも山々なんだけど、開放して万一作業の邪魔をされると大変なことになるからなー」

 

「でもクロノももう大人しくしてるし」

 

 作業が始まりこうなったらもう駄目だろうと流石に諦めたクロノは、必要に身動きもせず大人しくなっていた。

 

「いやいや、彼は管理局の執務官なんだよ。

 隙があれば即座に動いて事態を好転させようとしているに違いない」

 

「むーむー」

 

 今更暴れても仕方ないだろう。 そんな評価をされても困る。 大体どうして管理局と繋がりもないのに執務官の事を知っている。

 と言いたげに塞がれながらも声を上げた。

 

「そうなの、クロノくん」

 

「でもそうしたらリインフォースに迷惑がかかる」

 

「申し訳あらへんけど、このままでいてもらうしかないな」

 

「むむむー!」

 

 なぜそこで納得する!

 とクロノは言いたげに唸り声をあげる。

 

「それに彼だって立場上動かないわけにはいかないんだ。

 ならこちらで動けないようにすれば、悪いのはこちらということになるだろう。

 少なくとも彼に一切の非はなかったと証明出来る」

 

「けどそれやとハジメさんが悪者扱いやん。 そんなの嫌や。

 この結界の中やったら誰も見てへんのやし、もう気にせんでええんとちゃう?」

 

「いやいや、リインフォースが修復を受けたという事実は記録に残らないといけない。

 その為に彼自身は拘束しても、この状況を記録しているだろうデバイスはそのままだ」

 

 転がされているクロノの傍には彼のデバイスが放置されている。

 

「後はその記録を証拠としてうまくやってくれるだろう。

 縛り上げられて転がされていたという事も報告しなきゃいけない彼には悪いけどね」

 

「クロノくん、かわいそう」

 

「執務官ってやっぱり大変なんだ」

 

「堪忍な、クロノくん」

 

「………」

 

 ハジメが言った通りに、終わったらそう報告する事になるだろうと諦めた様子で黙り込んでしまう。

 

「そういうわけで大変だろうから、後で落ち込んでる彼を慰めてあげてくれ。

 男なんだから女の子が慰めてあげれば元気を出すよ」

 

「そ、そうかな」

 

「そやな、いろいろお世話になるんやし接待したらなな」

 

「けど男の子を元気づけるってどうしたらいいの」

 

「………」

 

 ハジメが話をへんな方向に持ってきたことで、クロノは少し嫌な予感を感じ始める。

 

「そうだね。 今は縛り上げられてこんな状態だし、膝枕をして頭を撫でて上げると元気を出すと思うよ」

 

「そやな、男の子ならそれで元気いっぱいになるやろな。

 私は車椅子で出来へんから、なのはちゃんかフェイトちゃんがやったってや」

 

 ここまで来てハジメがからかっていると察したはやてが便乗する。

 

「え、ええ! そ、それはちょっと恥ずかしいの」

 

「それならわたしがやるよ」

 

 なのはは恥ずかしいからと戸惑うが、フェイトは気にした様子もなくその場に座ってクロノを膝に乗せる。

 

「おお、フェイトちゃん大胆やな」

 

「これでいいのかな?」

 

「それで頭をナデナデしてあげなさい」

 

「うん」

 

 身動きが取れずなすが儘にフェイトに頭を撫でられるクロノ。

 

「む-むーむーむーむー!!」

 

「うれしそうだな、執務官」

 

「ムフフ、フェイトちゃんのお陰で元気になったみたいや」

 

「たぶん違うと思うの」

 

「お仕事お疲れさま、クロノ」

 

「むーーーー!」

 

 この光景はデバイスにしっかり記録されており、のちにクロノは報告をどうしようかと真剣に悩むことになる。

 同時にこんな仕事を押し付けたハジメを絶対逮捕してやると誓った。

 

 

 

 

 




 本編ほとんど出ませんでしたが、A’sが終わってこれで一区切りです。

 最後の辺りは昔の作品のノリを思い出しました。
 リリカルのキャラはなんでこんなに弄りやすいんだろうと、書いてる内にこうなってました。

 次の更新は少し時間が空く予定です


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第十話 新兵器と誘拐事件

 感想及び誤字報告ありがとうございます。

 少しだけ書き上がりましたので投稿します。
 以前ほど連続で書けなくて申し訳ない。


 

 

 

 

――キンッ! キンッ! ギャイン!――

 

 

 見上げる空で金属音が鳴り響き、凄まじい速さで飛び回りながら剣を振るい合っているリースとシグナムがいた。

 

「なかなかやる。 騎士というだけはある」

 

「当然だ。 慣れぬ戦いであっても剣では負けん」

 

「ならばついてこい。 マスターに与えられた力を使いこなして見せろ」

 

「無論だ!」

 

 一瞬の鍔迫り合いの対話から互いに剣をはじき合う事で離れ、再び高速で飛び回りぶつかり合う。

 リースの武装はIS(インフィニット・ストラトス)の機能が複合されたことで慣性を無視した機動力で自在に空を飛び回れる。

 魔導師の魔法だけではその速度に対応し続けるのはかなり難しいが、シグナムはハジメに与えられた試作型の神姫とISをベースにした複合武装フリーアーマメント(FA)でリースの動きについていく事が出来ている。

 シグナムも使い始めたばかりなので慣らすための腕試しの戦いなのだが、お互いの気質がかみ合ってかなり本気の戦いになっている。

 剣のみで戦っているのがまだ冷静さを残している証拠だ。

 

「まーた戦闘狂が増えちゃったよ。

 …おっと。 もしかして君もあの二人と同じ?」

 

 アイナは後ろからの攻撃を見ずに回避すると、攻撃してきた相手に尋ねる。

 

「一緒にすんな! アタシは違うけどちゃんと戦え!」

 

「ヴィータちゃんがFAにもう少し慣れて、攻撃が当てられるようになったらねー」

 

「くっそー、なんで見てもいねえのに避けられるんだ!」

 

「ハイパーセンサーを使いこなせば死角はないからね」

 

 アイナもまたヴィータのFAの練習相手になっていた。

 こちらは本気で戦う事は無く、ヴィータの攻撃が当たらないように避け続ける鬼ごっこになっている。

 

 地上付近ではザフィーラとシャマルが同じく試作型のFAを装備してその性能を確かめており、ハジメと月夜がその様子を窺っている。

 ザフィーラは軽く飛んでその機動力を確認し、シャマルはデバイスと機能を接続する事でハイパーセンサーと同期させ知覚処理能力の拡張を試していた。

 

「デバイスとの機能の同期はうまく合っているか?」

 

「はい、クラールヴィントも調子がいいみたい。

 処理能力も拡張出来ているから、魔法の運用も効率がだいぶ上がってるわ」

 

「うまくいっているならいいんだ。

 ザフィーラはどうだ?」

 

「通常の飛行魔法よりはるかに機動力が高いので戦い方がだいぶ変わります。

 それとこの副腕というものが慣れません」

 

「シグナムもヴィータもまだ使う事を考えてないみたいだし、先ずはFAの使い方に慣れてくれ。

 もともと神姫のリース達みたいには簡単にはいかないだろうし、副腕の使い方はおいおいでかまわない」

 

 神姫のアーマーとISはもともと特性がよく似ている。

 なので神姫のアーマーの特徴で、FAに目立って受け継がれているのが背部の副腕だ。

 一応シグナムやヴィータに合わせて剣やハンマーなどの装備を副腕に持たせられるようにしているが、直接振るう事に慣れているために使う様子はない。

 模擬戦をしていないザフィーラも直接拳で戦うタイプなので、副腕を意識して使うのは逆に戦い辛いだろう。

 シャマルに至ってはサポート専門なので、副腕は完全の飾りだ。

 

「さて、ザフィーラ達の専用FAをどういう風にするか…」

 

 試作機を使ってもらっているのは慣れてもらう為だ。

 ハジメは四人に専用の機体を作ってみたいと考えていた。

 

「主、このような物がなくとも我等は十分戦えます」

 

「それは良く知っているけど、魔法の力だけで戦うのは状況によりけりだよ。

 少なくともFAを装備している相手には、機動力ではかなり不利だろう」

 

「…はい、速度という観点ではかなりの加速魔法の使い手でなければ追い縋るのは困難でしょう」

 

「その上強力なバリアーも常時張られている。

 大火力の魔法なら貫けるかもしれないが、当てられなければそれも無意味。

 君達も僕の部下なんだから、いい武装を使ってほしい」

 

「承知しました」

 

 まだまだ固い様子でハジメと打ち解けていない様子のザフィーラ。

 もう少しうまく付き合いたいと思うが、元々の性格からハジメにはザフィーラが不機嫌なように思えてしまう。

 もしかしたらFAを使ってほしいという言葉に、実力を疑われたと気を悪くしたのではないかと勘繰る。

 

「ザフィーラ達の実力を疑っているわけじゃないんだ。

 二人の相手をしているリースとアイナもFAを装備しているから、新しく来たヴォルケンリッターにも同じように戦えるようにFAを使ってほしいだけだ。

 戦うのに必要と感じた時にだけ使ってくれればいい」

 

「いえ、私は決して不満があるわけでは」

 

「それならいいんだけど、何か思う事があったら遠慮なく言ってくれ。

 はやてさんの様に面と向かって言うのは恥ずかしいが、仕えてくれるからには君達を家族として扱いたい」

 

 幸せにしてくれとははやての言葉だ。

 彼女と彼女の所の守護騎士達のような関係に成れるとは言い切れないが、良い関係を作っていきたいとは思っている。

 

「…有難き幸せ」

 

「やっぱり固いなぁ。 もう少し気楽に接してくれていいんだよ」

 

「そうねザフィーラ。 ハジメさんがこう言っているのだから、気を張り詰めすぎるのは良くないわ」

 

「シャマル…お前のようにはいかん」

 

 性格的なものとしか言いようがなく、シャマルとヴィータは明け透けに、シグナムとザフィーラは騎士足らんとするが故に自分を律している。

 そんな騎士道的在りようをハジメは嫌いではないが、堅苦しい関係のままでは居心地が悪いと思った。

 

「蒼き狼…いや、ザフィーラよ。 騎士であらんとする気持ちはわかるが、我が主が望んでいるのはそればかりではない。

 我が主は従うばかりの道具としてではなく、一人の人間として我等を扱ってくれている。

 今はまだ慣れなくとも書の騎士としてではなく、真の騎士として己の意志で仕えてくれるといい」

 

「月夜。 ………わかった努力しよう」

 

 ここでの暮らしが守護騎士達より長い月夜は、ハジメが自分たちにどのような在り方を望んでいるのかある程度理解している。

 決して難しい事ではないが、起きたばかりで戦いに生きてきた守護騎士達には理解し難い事だと分かっている。

 それでも時間が経てば、少しは自分の様にここでの生活に慣れるだろうと思っていた。

 

「まあ、君らを起こしてからそれほど時間が経っていない。

 少しずつ慣れてくれればいいよ」

 

「…はい」

 

「もう一人の私達とこの間話したけど、ちゃんと仲良く出来てるって言ってたわ。

 みんなもきっと大丈夫よ」

 

 夜天の書の修復の時に、守護騎士達ははやての守護騎士と情報交換を行なっている。

 何を話していたかはハジメもあえて聞いていないが、シャマルの様子からは有意義だったに違いない。

 ここでの暮らしに役立ってくれればとハジメは思う。

 

「私達は騎士だけど、はやてちゃんの所の私達は戦いとは関わり無い暮らしをしてるって言ってたわ。

 あっちの私はお料理に興味があったみたいだし、私も挑戦してみようかしら」

 

「………なぜだ? お前が料理と言い出したら悪寒がするのだが」

 

「…どういう事なのでしょうか? 我が主」

 

「…同一存在だから、どこかで繋がっているのかもしれない」

 

 月夜ははやてと暮らす守護騎士達の生活をタイムテレビで窺っていた。

 故にシャマルが料理と言い出しザフィーラが悪寒がすると言い出す訳も知っていた。

 シャマルの様に戦い以外の生き方に挑戦するのはいいが、あまり目を離さない方がいいかもしれないとハジメは思った。

 

 

 

 守護騎士達にFAを使わせて慣れてもらいながらデータを集めていると、研究所の方からエルとレーナがアリシアとリニスを連れて走ってくる。

 二人が遊びに来たのかと思ったが、なにやら慌てた表情を見せており可笑しいとハジメは気づく。

 

「ハジメさん!」

 

「どうしたアリシア」

 

「ママが大変なの!」

 

 何かがあったのだと確信し、付き添っているリニスに詳しく聞きたいと目を向ける。

 

「どうやらプレシアが攫われた様なのです」

 

「プレシアさんは管理局に拘禁されていた筈だろう。

 何があったんだ?」

 

「詳しくは分かりません。

 ですがプレシアが夢で伝えてきた話によると、自身の移送中に襲撃を受けて、気が付いたら管理局とは別の場所に攫われていたそうです」

 

「それで僕に伝えてほしいと言われたわけか」

 

「はい」

 

「ハジメさんお願い。 ママを助けて!」

 

 大変な状況にあるプレシアを思って、アリシアが悲痛な思いでハジメに頼み込む。

 

「どうしますか、マスター」

 

「それはもちろん助け出す」

 

 エルの問いに答え、放っておくなどという選択はハジメにはなかった。

 

「主、我等の力もお使いください」

 

「事情は分からないけど何かが起こっているのよね」

 

 緊急の事態と悟ったザフィーラとシャマルは気を引き締め直して、騎士としてハジメの力になろうとする。

 

「待て、二人共。 我等の力が必要であれば主は言ってくれる。

 あまり出過ぎた真似をするな」

 

「月夜、そこまで気を使わなくてもいいよ。

 ありがとう、二人共。 だけどまずは情報収集だ。

 荒事になるなら力を借りるかもしれないけど、今は待機していてくれ」

 

「「ハッ」」

 

 戦いが全てではないと分かっているが、ザフィーラもシャマルも騎士として主の力になる事を望んでいた。

 騎士として忠を示した二人は月夜と共に待機する事になるが、その場におらず上空で模擬戦を続けていたヴィータは出遅れた事に腹を立て、シグナムも口にはしなかったが不貞腐れた様子を僅かに見せていた。

 

 

 

 

 

 管理局に拘禁されていたプレシアは事件の取り調べがようやく終わり、裁判に向けて収容場所を移すために船で移送されることになった。

 その際に船が衝撃で大きく揺れてプレシアは何かがあったことを悟る。

 何があったのかわからないまま待っていると、閉じ込めている部屋に何者かが現れてプレシアは即座に気絶させられた。

 拘禁中のプレシアは魔法の使用を封じられており、抵抗する力は一切なかった。

 

 プレシアが気付いた時には、これまでとは別の軟禁室に閉じ込められてベットで寝かされていた。

 魔法の使用を封じる道具はそのままに、別の場所に捕らわれた事を悟った。

 

「一体何が起こったというの?」

 

 何一つわからない状況だが、移送中に起こった衝撃は何者かの襲撃ではないかと考える。

 自身を気絶させたのは何者かが自分を攫ったのではないかと推測する。

 何の目的があっての事かと推測を重ねるが、部屋の中に空中モニターが現れて答えを悟る。

 

「目覚めたようだね、プレシア女史」

 

「貴方だったのね。 ジェイル・スカリエッティ」

 

 嘗てアリシアとしてフェイト生み出した技術、プロジェクトFのその根幹となる技術を作ったのがモニターに映る男だった。

 プレシアもこの技術を手に入れるためにスカリエッティと面識を持っていた。

 このような技術である以上、まっとうな科学者ではないとは当然知りながら。

 

「元気そうで何よりだよ。 風の噂では体調が良くないと耳にしていたからね」

 

「お気遣いどうも、とでも言えばいいのかしら。

 これは一体何のつもり」

 

「ん? …ああ、手荒な真似をして申し訳ない。

 君が管理局に自首したなどと聞いて、気になって貴女に会いたくなってしまったのだよ。

 だからクライアントにお願いして、私の元に招待させてもらった」

 

「クライアントね」

 

 嘗てプロジェクトFの技術を得るために非合法な科学者であるスカリエッティと関わりを持ったことを、当時はアリシアを生き返らせることばかり考えて気にしてもいなかった。

 スカリエッティにどのような背後関係があるのか興味はなかったが、ハジメに原作の10年後の事件の事も知らされており、管理局との繋がりがあるのを知っていた。

 自首した自分に接触する為に管理局の裏を使ってきたのだとプレシアは察する。

 

「かつて娘を生き返らせるためにあれほど情熱を燃やした貴女が、どうして自首などというつまらない真似をしたのか?

 虚数空間に落ちたが、どういうわけか生還して理由を語らない。

 まさかとは思うが虚数空間の先にあると貴方が語ったアルハザードに到達して、娘を蘇生させることに成功したから満足したから自首した、などという妄想までしてしまったよ。

 実際のところはどうなのかね?」

 

「さあ? ただ貴方と答弁をする理由はないわ」

 

「手厳しいね。 共に技術を研鑽し合った仲だろう」

 

「私を笑わせたいの? ただお互いに利用し合っただけじゃない」

 

「確かにその通りだ。 今の貴女は私に興味が無いのだろうが、私には今の貴女に大いに興味がある。

 クライアントには私の研究に協力してもらうために貴女を呼んだと説明してある」

 

「あなたの研究になんて興味ないわ」

 

「だろうね。 貴女との会話をもう少し楽しみたいが、今は些か立て込んでいてね。

 私の研究に協力してくれるかは、ゆっくり休んでもらってから返答を聞こう。

 管理局が貴方を捜索に来ることも無いだろうから、じっくり考えておいてくれたまえ」

 

 そう言い残してスカリエッティを移していた空中モニターが消える。

 一方的に会話を打ち切られたが、囚われている身では大した事は出来ないとプレシアは諦めるように溜息をつく。

 監視はされているだろうが、額に触れるくらいは問題ないだろうと手を当てて確認する。

 

「(夢アンテナの存在は気づかれなかったようね)」

 

 見えなくなっているが手触りで取られていないことを確認し安堵する。

 夢アンテナは透明化して皮膚にくっつくが、検査されれば見つかる可能性が十分あるので、管理局出頭時には付けていなかった。

 管理局で拘留された後にハジメにアンテナを持ってきてもらい、夢を見る時はいつでもアリシアに会えるようにしてもらった。

 連れ去られた時も管理局では何も所持していなかったので、スカリエッティも所持品の確認や身体検査を行わなかったようだ。

 

「(これのお陰でアリシアを通してハジメに連絡が取れる。

 局の人間がスカリエッティに私を売り渡した以上、ノコノコと管理局に戻るわけにはいかないわね)」

 

 自首したのはフェイトと自身の行いにケジメをつけるためだが、易々と売り渡されてやるつもりはない。

 プレシアは今後どうするかを考えながら、夢を見るために目を瞑って体を横にした。

 

 

 

 

 

 




 ハジメ達の使う主力武器を設定した訳ですが、今のところまだ活躍の機会があまり思いつきません。
 ISのような空飛ぶパワードスーツは最近は珍しくないですよね。
 ロマンがあって好みの武装なのですが、武装を除いたレオタードのようなパイロットスーツは自分でもちょっと気になることろです。

 ちなみに神姫組の普段の服装はアニメのような際どい物ではなく、武装を纏っていないときは普通の洋服です。
 武装を纏うとやっぱりレオタードっぽいですが。


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第十一話 止まった時の中での選択

感想及び、誤字報告ありがとうございます


 

 

 

 

 

 夢でアリシアに自身が攫われたことをハジメに伝えるように言ったプレシアは、目を覚まして改めて周りを確認する。

 寝ている間に監禁場所を移されたという事は無く、夢を見るまえと変わらぬ部屋の様子だった。

 スカリエッティが再び通信を繋いでくる様子もなく、プレシアは何らかの動きがあるのを待つしかなかった。

 

「(監視されているでしょうから、余計なことを喋りたくはないのだけれど、何もしないでいるのは暇でしょうがないわね。

 局で拘留されていた時も似たような物だったけれど、この部屋には暇を潰す様なものが何もないわ)」

 

 閉じ込められている部屋はプレシアが寝ているベッドだけで他には何も置いてない。

 部屋は窓も一切なく鍵を掛けられている出入り口の扉だけで、寝るか閉じ込めるだけの目的の部屋だった。

 

「(放置しておくくらいなら何か暇つぶしになるものを置いておきなさいよ。

 スカリエッティも気が利かないわね)」

 

 退屈で仕方なく余計な事を口にしないように、黙ったままスカリエッティへの愚痴を心の中で呟いで暇を潰した。

 頭の中でスカリエッティのニヤついた顔に雷撃を叩きこんでいると…

 

「迎えに来ましたよ、プレシアさん」

 

「え、ハジメ? アナタ、一体いつの間に」

 

 突然現れたハジメにプレシアは驚いた。

 護衛としていつも一緒のドラ丸も傍にいる。

 助けに来るかもしれないと思っていたが、部屋に現れる前兆が一切なかったのでプレシアも困惑している。

 

「時間を止めてこの秘密基地に侵入しました。

 たった今プレシアさんの時間停止を解いたので、僕が突然現れたように感じたんです」

 

 ハジメの手には懐中時計のような平たく丸い道具が握られており、部屋の壁には黒い丸い穴が開いていた。

 【ウルトラストップウォッチ】で時間を止めてプレシアを閉じ込めている施設に侵入し、通れない所は【通りぬけフープ】を使って侵入した。

 時間停止は使用者たち以外の全てが止まるが、ウルトラストップウォッチを止まった人間に触れさせることでその人間だけ時間が動き出すようにできる。

 

「…時間を止めて侵入なんて、相変わらず無茶苦茶ね」

 

「プレシアさんを攫ったのがジェイル・スカリエッティだと直ぐに分かったんで、僕らの事が知られない為に時間を止めて侵入する事にしたんですよ。

 どこぞの犯罪者だったら、問答無用で叩きのめしに来てます」

 

 10年後の事件に余計な変化を与えたくないからと、ハジメはスカリエッティに接触しないようにプレシアを助けに来ていた。

 

「10年後の事件の事ね。 どうせならこのままスカリエッティを局に叩き出してしまえばいいんじゃないかしら?」

 

「スカリエッティは管理局と繋がりがありますからね。

 10年後の事件に影響もありそうですし、一度捕らえられても何らかの形で外に出るんじゃないですか?」

 

「否定は出来ないわね。 まあそれなら10年後にフェイトに叩きのめされるのに期待しましょう」

 

「殿、プレシア殿。 時間が止まっているので大丈夫でござろうが、ここは敵地でござるよ。

 話はここを出てからの方がいいでござる」

 

 話が長くなりそうだとドラ丸は注意する。

 

「確かにそうだな。 長居は無用ですし、さっさとここを出ましょう。

 船でアリシアもリニスさんも待っています」

 

「それを先に言いなさい。 アリシアを心配させたままには出来ないわ」

 

 ハジメに伝言を伝えるためにアリシアに状況を説明したが、プレシアの事をとても心配していた。

 その事を思い出し、プレシアは早く安心させなければとハジメを急かす。

 

 三人は止まった時間の中で通り抜けフープを使って施設の外に向かった。

 スカリエッティの施設の監視外に出た所で時間停止を解除し、時空船ウィディンテュアムに合流して施設のあった次元世界を脱出した。

 

 

 

 時間停止を解除した直後のスカリエッティの施設。

 

「大変ですドクター!」

 

「どうした、ウーノ」

 

「捕らえていたテスタロッサ博士の反応が忽然と消えました。

 モニターで部屋を確認をしてみましたが、テスタロッサ博士の姿が何処にも見当たりません」

 

「なんだって。 モニターを見せたまえ」

 

「はい」

 

 スカリエッティもプレシアを捕らえていた部屋の様子を確認するが、確かにどこにも姿が見えない。

 

「確かに見当たらない。 部屋を出た形跡は?」

 

「それもありません。 施設内の映像もチェックしていますが、今のところ何処にもテスタロッサ博士の姿はありません」

 

「ガジェットに施設をくまなく探す様に指示してくれ。

 それとトーレに部屋を直接確認するように言ってくれ」

 

「わかりました」

 

 ウーノはスカリエッティの指示に従ってガジェットとトーレに命令を伝える。

 

「確かプレシア女史は魔法を封じられたままだったね」

 

「はい、もちろんです」

 

「なら自力での脱出は不可能の筈だ。

 監視の映像を弄られたという可能性は?」

 

「ありえません。 もし発覚が遅れたのだとすれば他のセンサーもすべて誤魔化されていたという事になります。

 そうなれば流石におかしいと気づきますし、数分前まで誤魔化されていたのであれば何らかの痕跡が残ります」

 

「だが何も残っている様子がない。 正しく忽然と消えてしまったというわけだ」

 

「はい」

 

「そうか」

 

 スカリエッティは監視映像を巻き戻して、部屋の中にいるプレシアが映像の加工もなく一瞬でいなくなる瞬間を再確認する。

 

「どういう事なんだろうね。 とても興味深い」

 

 忽然と消える様子をスカリエッティは何度も再生させて、自身の好奇心を湧きあがらせる。

 捜索指示は出したがプレシアを一向に見つける事は出来ず、スカリエッティが答えを見つけ出す事は出来なかった。

 

 

 

 

 

 次元航行船アースラ。

 管理局員のクロノたちが乗る船になのはとフェイトは地球から呼び出されていた。

 はやてと守護騎士達は先の事件からまだあまり時間が経っておらず、管理局預かりとしてアースラにとどまっているが、一応この場に集められていた。

 

「直接関係があるのはフェイトだけなんだが、なのはたちにも集まってもらった。

 管理局の内情に関わるが極秘事項というわけではないし、仲の良い君達ならいずれフェイトから話を聞くだろうからな」

 

「フェイトに関係って何か拙い事でもあったのかい」

 

「何があったのクロノくん」

 

「私らには直接関係のない話みたいやけど」

 

 使い魔のアルフは単純にフェイトに害がないか心配し、なのはとはやては何のことだか予想がつかず素直に疑問をぶつけるが、少し考えたフェイトはクロノの要件を察する。

 

「……私に関係って、もしかして母さんに何かあったの?」

 

 嘱託魔導士として管理局に属しているが、本局との関係性は薄い。

 ならばあとは自首をして管理局に捕らえられている母親のプレシアの事ではないかとフェイトは考えた。

 

「その通りだ。 昨日、取り調べを終えて裁判の為に移送中だったプレシア・テスタロッサの乗った護送船で何らかの事故が発生した。

 乗組員に怪我人は出なかったが、混乱の中でプレシア・テスタロッサが行方不明になった」

 

「母さんが!?」

 

「プレシアがかい?」

 

「本当なの、クロノくん!」

 

「フェイトちゃんも前に私らみたいになんかあったて聞いとったけど、とりあえずフェイトちゃんのお母さんに何かあったんやな」

 

 フェイトの事情をまだ詳しく聞いていないはやては事情を予想する。

 守護騎士達も余計な事は言わずに、黙って話を聞いていた。

 

「事故の調査はまだ続いているが、プレシア・テスタロッサは事故の際に逃げ出したか、あるいは連れ去られたかの両面で調べられている」

 

「母さんが逃げ出すなんて…」

 

「自ら自首をしてきたことからそれは考えづらいし、大魔導士と呼ばれる彼女が拘束されていたなら魔法は確実に封じられていたはずだ。

 そんな状態で逃げ出す可能性は限りなく低いし、僕は何者かの手引きがあったのではないかと考えている」

 

「それなら母さんを探さないと!」

 

「残念だがその事故とプレシア・テスタロッサの身柄についてはアースラの管轄にはない。

 事件の解決を担当した僕らだからこの情報が下りてきたが、僕らがその事故についての調査に関わる事は無いだろう。

 護送中の事故であれば完全に本局の管轄だ」

 

「そんな…」

 

「嘱託魔導士の身では関係者とはいえ、遠くで起こった事件に関わるのは無理がある。

 すまないが調査に参加するのは諦めてくれ」

 

 プレシアを探しに行けない事に落ち込むフェイトを、なのはたちが心配する。

 

「君が何らかの手掛かりになりそうなことを知っていれば話が変わるが、プレシアが行くところに心当たりはないか?」

 

「…ごめん、母さんのいる場所は時の庭園くらいしか私は知らない」

 

「そうか」

 

 フェイトの裏事情を知っているクロノは心当たりを期待してはいなかった。

 その時の庭園も虚数空間に崩壊しながら消えているので、残された手掛かりはプレシアの過去を調査した際の関連場所くらいだ。

 それもプレシアが何者かに連れ去られていたとしたら、未知の場所に連れていかれている可能性が高く役に立たない情報だ。

 

「何か新たな情報が入ったら教えるが、当てもなく探しに行くようなことはしないでくれ」

 

「…わかってる」

 

 既に無罪が確定しているが、フェイトもまだ保護観察中の身だ。

 監督役のとなるリンディのいるアースラをあまり離れて行動する事は出来ない。

 フェイトは自身の手でプレシアを探しに行けない事を悔しそうに我慢していた。

 

 

 

 話を終えて皆解散しようとしていた時だった。

 目の前にプレシアが立っており、突然の事にフェイトは呆然と立ち尽くす。

 

「………」

 

「…動かないわね。 ハジメ、これでいいのよね」

 

「ええ、それでちゃんと時間停止は解けてる筈ですよ」

 

「…え? 母さん!? どうして!?」

 

 ワンテンポ開けてようやく驚きに声を上げるフェイトに、プレシアも時間停止が解けていることに納得する。

 プレシアの手にはウルトラストップウォッチが握られており、彼女の手によってフェイトの時間停止は解除されていた。

 

「ボンヤリしてないでしっかりしなさい。

 本当に要領が悪いんだから」

 

「ご、ごめんなさい」

 

 つい咎めるように言ってしまうプレシアに、後ろから軽い蹴りが入れられる。

 

「ママ、フェイトをイジメないの!」

 

「あ、アリシア、別にそんなつもりじゃ」

 

「え、姉さん? 私また夢見てるのかな?」

 

 後ろから現れたアリシアにフェイトは夢を見ていると誤解する。

 夢見る機の夢で逢えるアリシアを、未だにただの夢だとフェイトは思っていた。

 

「ヤッホーフェイト。 夢以外で会うのは初めてだね。

 お姉ちゃんだよー!」

 

「落ち着いてください、アリシア。 フェイトが戸惑っています」

 

「え、現実? でも姉さんは夢で死んじゃってて、リニスもこの前会って、現実でみんな動かなくなってて…

 あれ、みんな動かなくて、どうなってるの?」

 

 プレシアたちの後ろには、ハジメと月夜を含む守護騎士達も様子を見ている。

 気安く抱き着いてくるアリシアを抱き止めながらフェイトは状況を整理しようと考え込むが、他の皆が止まっていて余計に混乱している。

 

「今の内に他の人を動けるようにしておきましょうか」

 

「本当にいいの? この時間停止の道具を管理局に知られることになるわよ」

 

「僕にとって魔法頼りの管理局は大したことないですから。 何かあっても元の世界に帰ればいいだけですし」

 

「まあ、そうよね」

 

 この世界とバードピアを繋ぐ門は虚数空間の時の庭園にある。

 虚数空間で活動出来ない管理局ではハジメの世界まで来ることが不可能であり、追われることになっても気にしない理由だ。

 

 

 

 フェイトをアリシア達が落ち着かせている間にアルフになのは、はやてとその守護騎士達、そして管理局組のクロノ、リンディ、エイミィの時間停止も解除された。

 ブリッジのスタッフがあと数名いるが、説明するのならこのメンバーで十分だろうとハジメが判断した。

 

「ダメ、クロノくん。 何もかも止まっちゃっててウンともスンとも言わないよ」

 

「そうか…。 時間を本当に止めるなんて滅茶苦茶なことをする。

 プレシア・テスタロッサの件にもお前が関わっていたとはな、中野ハジメ」

 

「正直本当に申し訳ないと思っている。

 あれ以上迷惑をかけるつもりはなかったんだが、プレシアさんとフェイトの件でどうしてもお邪魔する事になってしまって」

 

 ハジメとしては実際にとても正直な気持ちだ。

 プレシアが攫われてなければここに来る事は無かったのだから。

 

「白々しいな。 プレシア・テスタロッサを攫ったのはお前か?

 それと時間停止が出来る道具なんて確実に一級のロストロギア指定だぞ。

 こちらに渡す気は?」

 

「管理局から攫ったと言うなら違う。 僕は攫われたプレシアさんを攫い返したと言った方が正しい。

 時間停止の道具は当然渡さない」

 

「まったく…。 プレシアの件には答えるという事か?

 何があったというんだ」

 

 時間停止の道具、ウルトラストップウォッチを明け渡すとはクロノも思えなかったので、ひとまずそれは後回しと考えプレシアの件をはっきりさせることにした。

 

「管理局の人間が裏取引でプレシアさんを非合法な研究の為に売り渡したんだ。

 僕は連れていかれた先からプレシアさんを連れ戻しただけ」

 

「何!? ………証拠はあるのか?」

 

「証拠能力があるとは言えない盗聴記録だけど、ある程度関連のある会話記録を纏めて来てる。

 シャマル、執務官にデータを送ってあげて」

 

「わかったわ」

 

 データはすべてタイムテレビで映し出された映像を保存してきたものだ。

 シャマルが預かっていたデータをデバイス越しにクロノのデバイスに送る。

 共に時間停止を解除されているので、船の機械とは違ってクロノのデバイスはちゃんと動いていた。

 送られてきたデータをクロノは即座に確認する。

 

「………これは」

 

「どうなのクロノ」

 

「管理局高官の会話記録であることは間違いないようです。 何人か見覚えがあります」

 

「じゃあ本当に局のやばい裏取引があったってこと?」

 

 記録の確認をしているクロノの後ろから覗く様に、リンディとエイミィが様子を窺っている。

 

「それらしき会話も確認出来るが、ハッキリさせるのはちゃんと精査してからだ。

 奴の言ったように正式な記録でないなら明確な証拠にはならない」

 

「それは君らに事実を証明する参考資料くらいに思ってくれ。

 明確な証拠を見つけ出すのは執務官である君の仕事だろう?」

 

「…そうだな」

 

 ハジメを信用してはいないが直感的に偽物とは思えず、クロノは自身の組織で裏取引があったことに歯がゆく感じた。

 

「その辺りをはっきりさせるかはフェイトがどうするか決めてからにしてくれ。

 あの子がどうするかによって僕らの対応も変わるから」

 

「どういう事だ?」

 

「私?」

 

 疑問の声を上げるクロノに続いて、話題に挙げられたフェイトが反応する。

 

「フェイト、見ての通り私達はハジメの所で世話になってるわ」

 

「そういえば後ろの二人はまさか…」

 

 フェイトとよく似た容姿と事件の時の聴取から、クロノはアリシアとリニスが何者なのかを察する。

 必然的にいろいろ無茶苦茶をやっているハジメにクロノの視線が向かった。

 

「お前の仕業か!」

 

「いろいろあってね。 あんまり追求しない方がお互いの為だと思うよ」

 

「執務官として問わねばならない事だらけなんだが!」

 

「後にしてもらえるかしら」

 

 飄々とした様子のハジメに腹を立てたクロノは怒鳴るが、話を遮られたプレシアが注意する。

 

「…すまない」

 

「話を続けるわ。 ハジメの言った通り色々あってアリシアもリニスも、そして私も救われた。

 私は自分の罪の責任を取るために管理局に自首した訳だけど、非合法な裏取引によって私は局から連れ去られたわ」

 

「大丈夫だったの、母さん!?」

 

「この通りよ、そんなに騒ぎ立てないで頂戴」

 

「ご、ごめんなさい」

 

「ママ、フェイトが心配したのに怒らないの!」

 

「お、怒ってないわよ、アリシア。

 ………無事だったから、心配することないわフェイト」

 

「う、うん…」

 

 プレシアもフェイトもどこかぎこちない会話になってしまい、それをアリシアは呆れた様子を見せながらフォローしている。

 

「なあリニス………リニスなんだよな」

 

「ええ、アルフそうですよ。 どうしました?」

 

「リニスがどうして無事だったのかは聞かないけど、あれ何とかなんないかい?

 もどかしくてしょうがないよ」

 

「二人ともよく似てるんですよ。 不器用なところが」

 

「えぇー」

 

 大好きな主のフェイトと大嫌いなプレシアが似ているというリニスの言葉をアルフは納得がいかなかった。

 

「コホンッ。 けどこの通りハジメに助け出されて今に至るわ。

 このまま雲隠れするつもりだったけど、私と繋がりのあるフェイト、貴女がどうするか確認に来たの」

 

「私がどうするか…」

 

「私達と一緒に来るかという事よ」

 

「え!?」

 

 それは嘗てから望み、闇の書に取り込まれた夢の実現とも言えた。

 有無言わずに飛びつきたいフェイトの望みではあるが、ふと後ろを振り向いて親友のなのはの存在に気づく。

 なのはもフェイトの動向が気になってずっと見ていた。

 

「母さんたちと一緒にいったらなのはとは…」

 

「簡単に会えるとは言い切れないわ。 私達はハジメの世話になって遠い場所にいるから。

 それに私を売り渡した所から局の裏にいなくなったことが伝わってるでしょうから、私が脱走した扱いになって指名手配になるんじゃないかしら。

 自首しても正しく扱われないんじゃ自首する意味もない。

 だから管理局の手の届かない場所まで行くのよ」

 

 自首しても意味がないというプレシアに、管理局組はとても申し訳なさそうにする。

 その言い分が正しければ、真っ当な局員としてこの場でプレシアを捕らえる事の意味すらないのだから。

 

「そうなると唯一の繋がりのあるフェイト、貴女が私を誘き寄せる標的にされる可能性があるわ。

 だからどうするか決めなさい。 私達と来るか、ここに残るか」

 

「私は…」

 

 以前なら思い悩むこともなかった叶わぬ望みだったが、今はなのはの他にはやてや学校の友達であるアリサやすずかもいる。

 いなくなってしまった家族とは別に、大切な友達の存在がフェイトを悩ませていた。

 

「プレシアさん、それじゃあ彼女も困ってしまいますよ。

 別に今この場で決めなくてもいいんですから」

 

「…そうだったわね」

 

「え、今決めなくてもいいの?」

 

「攫われた私を簡単に連れ出すくらいなんだから、仮に貴女に何かあってもハジメなら探し出せるわ」

 

「今の君はここに自分の居場所を作っている。

 それをこっちの都合で無理矢理引き離すのは忍びないから、どうするかゆっくり考えてくれればいいよ」

 

「もっとも貴女が安全にここに居られないのであれば、直ぐにでも連れていくしかないわ。

 管理局の人間として、この子をちゃんと守ることが出来るのかしら」

 

 現在のフェイトの保護者になっているリンディにプレシアは向き直って尋ねる。

 

「自首をされた貴女が局の不正によって正しく扱われなかったことについては申し訳なく思います。

 ですがフェイトさんをここに残されるのであれば、局の意向に関係なく彼女を一人の子供として大切に守る事を約束します」

 

「あなた達が真っ当な人間であることは知ってるつもりよ、私とは違ってね。

 …フェイトの事は暫くお願いします」

 

 今は罪悪感からフェイトの親を名乗り難いプレシアは、それでも責任として預ける相手であるリンディに頭を下げて頼んだ。

 嘗てとは違い親として対応しているプレシアに、リンディはフェイトが望んだ幸せがそこにある事に喜ばしく思った。

 

「わかりました、フェイトさんの事は任せてください」

 

「ありがとう母さん」

 

「嘱託魔導士としても働いているのでしょう。

 しっかりやりなさいフェイト。 用があるなら夢でアリシアに会う時に言伝を入れれば、私も夢で逢いに来るわ」

 

「うんわかった。 じゃあまた夢で…え、あれってタダの夢じゃなかったの?」

 

 ようやくフェイトは夢で実際のアリシア達と会っていたことに気づく。

 

「気づいていなかったのね。 いくら夢だからって毎日の様にアリシアが現れる訳ないでしょう」

 

 もし望んで夢でアリシアに会えるのなら、嘗ての自分はずっと夢を見ていただろうとプレシアは思う。

 

「直接会うのは初めてだけど、夢では何度も会ってたんだからね。

 それなのに気づかないなんて酷いよフェイト」

 

「そ、そうだったんだ。 ごめんなさい姉さん」

 

「ちょっと待て! つまり君達は僕らの知らないうちに連絡を取り合ってたって事か」

 

「フェイトはタダの夢だと思ってたみたいだけどね」

 

「夢…」

 

 夢の中でという荒唐無稽な内容に、クロノはまたしてもお前かとハジメを睨むように目を向ける。

 ハジメもちょっとだけ申し訳ない仕草をしながら夢アンテナの存在を教える。

 

「フェイトにアルフ、額の辺りを良く触って確かめてみてくれ」

 

「うん………あれ、何かある?」

 

「アタシもだよフェイト」

 

「それが寝ている間の夢をアリシアの夢と繋いでたんだ。

 肌と一体化するようにくっついているから、ちゃんと触って取ろうとしないと気づかないんだ」

 

 ほどんど違和感なくくっついているので、顔を洗ったくらいでは不注意で取れる事も無い。

 

「…そんなもの、いつの間に二人に仕掛けたんだ」

 

「この通り、時間が止まってる間にだけど」

 

「そうだった…」

 

 時間が止まっているという異常事態を当たり前のように過ごしていたために忘れていたクロノ。

 時間が止められるならどんなところにも気づかれずに侵入出来ると理解させられる

 

「やはりこの場でお前を逮捕した方がいいかもしれないな」

 

「その時は逃げるだけだね。 相手の時間停止を解除しておいて対策を用意していない訳がないだろう」

 

「くっ…」

 

 捕らえるべきかとデバイスを構えるが、余裕綽々のハジメの様子に難しいと考えてデバイスを下ろす。

 

「まあ、感知出来ない所で連絡を取られるのは困るだろうから、フェイトには直通の通信機を代わりに預けておくよ。

 君らもフェイトの事情を考えれば、不用意に通信機を取り上げたりはしないだろう」

 

「………お前たちの言い分が正しいかどうか確認してからだ。

 少なくともフェイトを危険な目には合わせないとは約束する」

 

 プレシアとの連絡手段があると広めるのは、巡り巡ってその情報がスカリエッティに届く可能性がある。

 フェイトを守る為に連絡手段を不用意に報告する訳にはいかないとクロノは理解していた。

 

「それじゃあ用件は済みましたし、戻りましょうか」

 

「そうね」

 

「フェイト、またねー」

 

「フェイト、それにアルフも体に気をつけるんですよ」

 

「う、うん」

 

「フェイトはアタシがちゃんと守るから大丈夫だよ」

 

 夢アンテナを回収し代わりの通信機を渡すと、別れの言葉を言い残してハジメとプレシア、アリシア、リニス、あとは護衛役の守護騎士組は忽然と姿を消した。

 ハジメの超能力のテレポートで、時間停止中にアースラに隣接していたハジメの時空船ヴィディンテュアムに移動したのだ。

 そのままヴィディンテュアムは飛び去って行き、アースラからの認識が出来ない所まで行ってから時間停止は解除された。

 

「あ、クロノくん、船の機能が動くようになったよ。

 時間停止が解除されたみたいだね」

 

「母さん、彼らが最後に消えた時に魔法を使ったように見えましたか?」

 

「いいえ、レアスキルの可能性もあるけど、彼は引き出しが多そうだもの」

 

「執務官としてはまずいですが、あいつにはもう二度と会いたくない」

 

 その後クロノはハジメの残したデータを元に、プレシアが攫われたという事実確認を行ない、それらしき痕跡のいくつかを発見した。

 そこからプレシアが脱走したという事にされそうになっていた事実を覆し、裏取引に関わった幾人かを逮捕する事に成功する。

 しかしそこからスカリエッティに繋がるまでの道筋は既に切り離されており、全ての真相には至らずこの闇は深いとクロノは理解し、プレシアは攫われて事実上行方不明になったという形で決着が着くことになる。

 

 

 

 

 

 




 スカさんの出番、これだけでした。
 プレシアさんとの繋がりがあるような設定があったと思うのですが、正式な設定を知らないので話し方がこれでよかったのか心配です。

 プレシアさんを局に置き去りにしてはおけなかったので、このような形でアリシア達の元に帰還です。
 フェイトはプレシアたちが無事だとしたら、A’s終了時だと自身の居場所に悩んでしまうと思い、そのような葛藤を演出しました。
 ハジメ達との接点がフェイトを通じて出来たわけですが、クロノたちもプレシア誘拐の一件で迂闊に動けなくなってます。
 テスタロッサ家の問題はこれで一段落です。

 リリカル世界の話ももう一息です。


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第十二話 アリシアの夢幻三剣士 前編

 お久しぶりです、前回の投稿からだいぶ時間が経ってしまいました。
 ようやく書き上がったので投稿しました。

 前回、劇場版は簡潔と言っておきながら、劇場版ネタです。
 アリシアに夢幻三剣士をやらせたくなってしまったので、書いてしまいました。
 早くリリなの編終わらせたかったのですが、つい…

 長くなってしまったので三篇構成です。
 連投しますので、楽しんでください





 

 

 

 

 

 プレシアも無事に戻ってきて、バードピアでのテスタロッサ家は落ち着いた日常を取り戻していた。

 話には聞いていたがハジメによってアリシアが魔法を使えるようになったことをプレシアは喜び、リニスの魔法の授業に自身も率先して参加するようになった。

 しかしフェイトの教育経験の差からリニスの教え方の方がアリシアの評価が高く、それを指摘されてプレシアが落ち込むなどと言ったハプニングもあった。

 

 落ち着いた日常を取り戻したが、アリシアも魔法の勉強ばかりは退屈とハジメに話題を求め、その中で以前解決したドラえもんの映画事件を話題に挙げる事になった。

 詳しい説明は省いて、物語と同じ事件が実際に起こりそれを解決していたことを教えた所、ドラえもんの映画に興味を持ってアリシアが面白そうと見る事になる。

 その中の一つで【夢幻三剣士】がアリシアの興味を引いた。

 

「ハジメさん、この夢幻三剣士やってみたい!」

 

「それは別に構わないけど…」

 

 別に駄目だという理由もないのでハジメは許可するが、一緒に映画を見ていたプレシアは少し不安になる。

 

「大丈夫なの? 映画で見る限り少し特殊なゲームの様だけど」

 

「夢である事に変わりはないですよ。

 ただとてもよく出来た現実のように感じるだけで、ゲームの夢の中でたとえ死んでも目が覚めるだけで済みます」

 

 何せ映画の事件だ。 ハジメが夢幻三剣士そのものを調べなかったわけがない。

 夢幻三剣士のカセットは夢の中に疑似的な世界を作り出して、物語の要素を配置すれば後は自然に回り始める自立した世界となる。

 創世セットみたいに世界を作り出す事も秘密道具なら難しくないので今更驚かないが、夢幻三剣士のカセットは夢を始めなければ物語も始まらないと分かったので、ハジメも手を出す必要は一切なかった。

 アリシアがゲームを始めれば、夢の世界ユミルメ国が救われるか滅ぼされるまで自動で進むことになる。

 始めたら終わるまで辞めにくいと、ハジメは夢幻三剣士に手を出す事は無かった。

 

「死んだら目覚めるって、よく出来た夢なら現実でショック死もあり得るんじゃないかしら?」

 

「うーん…時々安全性が考えられてるのか不安になる秘密道具が多いですから、ありえないとは言い切れないかも」

 

「ダメじゃない、そんなゲームアリシアにはさせられないわ」

 

 アリシアを大事にしているプレシアは当然反対する。

 

「大丈夫だよママ。 びっくりして死ぬことなんかないよ。

 死ぬのは慣れてるしね」

 

「…アリシア、それは笑えない冗談よ」

 

「生き返った事のあるアリシアだから言えるセリフだね」

 

 その後、アリシアの夢幻三剣士の冒険への熱意からプレシアが折れて、ゲームを始める事になる。

 

「けれど隠しボタンを押すのは絶対ダメよ。

 タダでさえ危険かもしれないのに、本当の現実みたいなったら本当に死んでもしまうかもしれないわ。

 いい、絶対よ」

 

「私知ってるよ。 それって押すな押すなってフリだよね」

 

「違うわよ! どこでそんなこと憶えてきたの!?」

 

「暇潰しに日本のテレビを受信出来るようにしたのが拙かったかな」

 

 日々逞しく?成長しているアリシアだった。

 

 

 

 夢見る機にカセットをセットして夢幻三剣士を始めたアリシア。

 最初に舞台である自身の過ごす現実の風景、すなわち住み慣れてきたバードピアの光景が夢の中で広がっていた。

 これは夢幻三剣士の現実感のある物語への導入部分として、先ずは現実の見慣れた風景から始まるように設定されているからだ。

 

 さて、夢幻三剣士というだけあって主人公は一人とは限らず、初期で三人まで設定が可能だった。

 映画では三剣士という割に三人としての活躍が一切見られなかったが、アリシアは一緒にゲームに参加する者を募った。

 即座にプレシアが立候補したがアリシアに

 

「ママは魔女役でしょ」

 

 と、断言されて三剣士の候補から外された。

 魔女、もとい魔法使い役として確定はしたが、アリシアがどんなイメージを母に持っているかプレシアは尋ねるのが怖くなった。

 

 候補者としてアリシアが当然挙げたのが妹のフェイト。

 夢アンテナは一度外されていたが、もう一度つけるくらい朝飯前とハジメがフェイトの元まで届けてきた。

 

「姉さん、私も参加してよかったの?」

 

「もちろん! 一緒に夢の世界を救う冒険をしよう!」

 

「う、うん」

 

 これまで以上に現実感のある夢に、少し戸惑い気味のフェイトだった。

 

 最後の剣士役として家族のリニスやアルフが候補に挙がったが、剣を使うイメージじゃないのとどちらかを選ぶというのに気が引けて、あえて別の人を候補に挙げる事のした。

 

「しかし、私が参加してよかったのか?

 せっかくアリシアが家族と遊ぶというのに、関係のない私が参加してしまって」

 

「シグナムさんは剣士なんでしょ。 だったら三剣士にピッタリじゃない」

 

 最後の一人として、ハジメの傘下の方のシグナムがアリシアによって参加させられていた。

 理由はアリシアの言った通りで、ハジメも自分で判断していいと許可を出し、断る理由も無かったシグナムは誘いに乗った。

 

「主に許可をもらっているから、まあ構わんがな。

 剣士として腕を買ってくれたのならば力になろう」

 

「よろしくね、シグナムさん」

 

「ああ。 アリシアの妹のフェイトも先日以来だな。

 よろしく頼む」

 

「あ、うん。 えっと、よろしくシグナム」

 

 歯切れの悪い返事をするフェイト。

 

「? …ああ、そちらにはもう一人の私がいたのだったか」

 

「それもあるけど、はやての所にいるシグナムは私を『テスタロッサ』って呼ぶから、ちょっと違和感を感じて」

 

「そうなのか。 私の所にいるテスタロッサはアリシアとプレシアがいるから、名で呼ぶしか無くてな。

 気になるのであればもう一人の私と同じように呼ぶが?」

 

「ううん、知っているシグナムと違うんだから、そう呼んでくれるなら私も違いが判りやすいから」

 

「…もう一人私がいるというのはやはり難儀だな」

 

 そこへ空間にモニターが現れて、現実世界で夢見る機から様子を窺っていたハジメの姿が映る。

 

『ややこしい事にしてしまって申し訳ないね』

 

「あ、ハジメさん」「主ハジメ、お気になさらずに」

 

「こ、こんにちわ。 さっきはありがとうございます」

 

『ああ、アンテナの事か。 それくらいは気にしなくていい。

 それに今は君達は寝ている状態だからこんばんわが正しいかな』

 

「あ、はい、こんばんわ」

 

 ハジメに訂正されてフェイトは少し恥ずかしそうにする。

 

『プレシアさんがこのゲームでもしもの事があったらと危惧して、モニターしていてもらうように頼まれたんだ。

 僕がずっとついているわけにはいかないが、月夜か神姫の誰かがちゃんと見ている。

 ゲームオーバーになっても問題無い筈だが、夢の中で何か異常が起こったら強制覚醒させるから安心してくれ』

 

「ママったら心配性なんだから」

 

「それだけ姉さんが大事なんだよ」

 

「フェイトの事だって大事なんだからね!」

 

 自分にばかり甘い態度を取るがフェイトにはそっけない対応しか出来ないプレシアに、アリシアは普段からヤキモキしていた。

 以前の様に嫌っているわけじゃないのはアリシアも分かっているが、もうちょっとはっきりとフェイトに対する受け答えを柔軟にしてほしいと思っていた。

 

 そんなプレシアのフェイトへの素直になれない態度をアリシアが思い出していると、夢の中のバードピアの光景がボンヤリと歪み始めた。

 

『おっと、どうやら物語が進み始めたみたいだ。

 一度モニターを消すよ』

 

 邪魔しないように見守るために、ハジメは夢の世界側のモニターを消した。

 アリシア達の目の前にはボンヤリとしたピンク色の靄が現れていた。

 

「何が起こってるの?」

 

「物語が始まったんだよ!」

 

「ゲームの事はよくわからん。 共に行くがどうするかはアリシアとフェイトで決めてくれ」

 

 遊びに近い物と判断しているシグナムは、一歩引いた立ち位置を貫くようだった。

 靄が人を包み込むほど大きくなると、その向こうから声が聞こえてきた。

 

『ユミルメ国よりお迎えに挙がりました、夢幻三剣士達。

 さあ、来てください。 夢の世界が貴方たちの救いを待っています』

 

 アリシア達を誘う声が靄の向こうからしっかりと聞こえてくる。

 

「じゃあ行くよフェイト、シグナムさん!」

 

「ああ、私は何時でも構わない」

 

「私もいいよ姉さん。 だけど、この声どこかで…」

 

 フェイトが声の主に引っかかりを憶えるが、それを気にせずアリシアがまず靄の中に飛びこんだ。

 

「えいっ」

 

「………」

 

「あ、まって!」

 

 アリシアに続き靄に飛び込むシグナムを見てフェイトも慌てて靄に飛び込むと、靄の中を三人はゆっくりと落ちていった。

 慌てて飛行魔法を使おうとするが、その前に浮遊感が三人を包み落ちる事は無くなった。

 そんな彼女たちの前に、小さな人型に羽を生やした妖精が姿を現す。

 

「ようこそ、夢の世界へ。 ユミルメ国は貴方達が来るのを待っていました」

 

「えぇ!? リンディさん?」

 

 妖精はフェイトがお世話になっているアースラの艦長のリンディの姿をしていた。

 

「はい、私が夢幻三剣士を導く役目の妖精のリンディです。

 出来る限り皆さんのお手伝いをさせて頂きます」

 

「どうしてリンディさんが?」

 

「ハジメさん?」

 

 困惑するフェイトに、アリシアは答えを知っていると思われるハジメの名前を告げる。

 するとすぐにハジメがモニター越しに現れる。

 

『ある程度のキャラクターの姿を、君らの知り合いで補完しようと思った結果だね。

 妖精役に収まったのが、たまたまリンディさんだったってだけだよ』

 

「じゃあ本物のリンディさんじゃないんですね」

 

『そう、別に本人が夢を見ているわけでもない』

 

「私達の知り合いってことはなのはも?」

 

『配役は分からないけど、どこかにいるかもしれないね』

 

 とりあえず本物ではないと分かり、フェイトは少しホッとする。

 先日発覚してしまった夢によるアリシアとの接触を隠していたので、また夢でアリシアと遊んでいる事を知られたくなかったからだ。

 

「さあ、夢幻三剣士達、ユミルメ国はこの先です」

 

 妖精リンディの誘導で三人は靄の中を歩いていく。

 そして靄が途切れて外に出ると、そこは空のど真ん中だった。

 飛行魔法も使ってなかった三人は、靄が切れて足場が無くなったところで当然落ちた。

 

「そういえば、靄から出たら空だった!」

 

「姉さん!? ッ、バルディッシュ!」

 

「レヴァンティン!」

 

 夢の世界に各々のデバイスを持ち込むことが出来ていた。

 フェイトとシグナムが即座にデバイスを起動させ、アリシアもまだまだ使い慣れてないがゆえにワンテンポ遅れて練習用の簡易デバイスを起動させる。

 三人とも飛行魔法を使おうとしたところで、先に浮遊魔法が掛けられ落下が止まった。

 

「止まった~…」

 

「姉さん、大丈夫?」

 

「これは浮遊の補助魔法か? 一体誰が…」

 

「私よ」

 

 落ちてくる三人に浮遊魔法をかけたのは、事件の時から見る事の無かった黒いドレスのバリアジャケットに身を包んだプレシアだった。

 

「母さん、どうしてここに!?」

 

「アリシアから聞いてないの?

 私は魔法使い役としてこのゲームに参加してるのよ」

 

「フェイトが驚くと思って」

 

 アリシアの目論見は成功し、フェイトはプレシアの突然の登場にオドオドしている。

 

「…私は夢が始まったらここにいたわ。

 どうすればいいかと思っていたら、空から貴方達が降ってきたのよ」

 

『主役は三人までで、それ以上の参加者はそっちの国の住人扱いになるらしい。

 だから出発地点がアリシア達と一緒じゃなかったみたい』

 

 説明書の内容を読みながらにハジメが再びモニターで現れる。

 

「そういう事だったの。 まあアリシア達と直ぐ合流出来てよかったわ。

 それで、これからどうするのかしら」

 

「夢幻三剣士となる皆さんには、ヨラバタイジュの頂上にある剣と鎧をまず手に入れなければなりません」

 

 プレシアの質問にリンディが答える。

 

「あなたは…。 ハジメ、これはどういうこと?」

 

『かくかくしかじかで…』

 

 さっきと同じ質問をハジメはさらっと流す。

 現状把握に話し合っていたところを、飛来した矢が掠める。

 

「ひゃっ! な、なに!?」

 

「あれは、妖霊軍! あの砦は彼らに占拠されてしまったようね」

 

 眼下には石造りの砦があり、それらに浮いているアリシア達に向かって矢を放ってきたのだ。

 矢は一本だけでなく、続けて雨の様にアリシア達に向かって放ち始めた。

 

「きゃあ!」

 

「バルディッシュ!」

 

――ディフェンサー――

 

 即座にアリシアの前にフェイトが出て防御魔法で矢の雨を防ぐ。

 シグナムとプレシアも防御魔法で容易に矢を防ぎ、リンディも彼女たちの防御魔法の後ろに回って難を逃れている。

 

「うちの娘たちに何をするの!!」

 

――サンダーフォール――

 

 娘たちを攻撃された事に激高したプレシアが、砦の妖霊軍に向かって雷の雨を降らす。

 弱い妖霊軍の兵士にプレシアの魔法はオーバーキルで、あっという間に倒れ崩れ落ちていく。

 

「あっけないものね」

 

「すごいですね、これなら貴方だけで妖霊軍をすべて倒してしまうかも」

 

 敵を鎧袖一触したプレシアの魔法にリンディが称賛する。

 

「やりすぎだよ、ママ。 ママが敵を全部倒しちゃってどうするの。

 私達が冒険で倒していくんだから」

 

「あら、そうだったわね。 アリシアが攻撃されたからつい…」

 

「もう! 早く白銀の剣を取りに行こう」

 

「わかりました。 では、剣と鎧が納められているヨラバタイジュの元へ案内します」

 

 リンディが案内に先行して飛び、アリシア達もそれに続いた。

 

 

 

 飛行魔法の使えるアリシア達に歩いて苦労する程度の距離は大したことは無く、数時間でヨラバタイジュの元に到達した。

 

「ホントに大きな木だね、フェイト」

 

「うん」

 

「これを登るには人間には大変苦労する事になるのですが、皆さんには…」

 

「飛べばいいだけの話ね」

 

《フローター》

 

 プレシアが魔法陣を展開して、それを全員の足場にヨラバタイジュの頂上へと上がっていく。

 特に何の障害にぶつかることなく、アリシア達はタイジュの頂上へとたどり着いてしまった。

 頂上には映画とは違い三つの宝箱が並んで安置されていた。

 

『よくぞここまで辿り着きました、夢幻三剣士よ』

 

「空を飛べたから簡単に辿り着いちゃったんだけどね」

 

「ね、姉さん…」

 

 何処からともなく聞こえてきた声を相手に、アリシアの言葉でフェイトが気まずそうにする。

 

『………あなた方には白銀の剣、黒金の剣、真紅の剣を授けます』

 

 その声に従って、宝箱からそれぞれの色を特徴とした武具が飛び出してきた。

 

「やったぁ!」

 

「え、私達も?」

 

「私にはレヴァンティンがあるのだが…」

 

 専用の武器であるデバイスを持っているフェイトとシグナムは、得られた武具を使うのに躊躇する。

 

「二人もとりあえず着てみたらいいよ。 使い辛いならいつものデバイスでいいんだし」

 

『出来ればちゃんと使って頂きたいのですが…』

 

 素で強い武器を持っている事を想定していなかったゲーム設定ミスだろうか。

 謎の声も使ってほしいと嘆願する。

 

 ともかく専用のデバイスを持たないアリシアは、気にすることなく白銀の装備を身に着ける。

 原作の映画と使用者の条件が違うからか、白銀の武具はのび太が使ったものと違う形状をしており、アリシアに合わせたサイズで姫騎士をイメージするドレスアーマーにサークレットのような額当てと側面に羽を思わせる装飾がされたヘルムだった。

 剣は原作と変わらず両刃の剣だ。

 

「映画とだいぶ違うけどカッコいい!」

 

「素敵よアリシア!」

 

 アリシアの剣士姿にプレシアが絶賛する。

 

 真紅の武具を与えられたのはシグナムだった。

 アリシアの白銀の鎧よりも飾りっ気がなく、軽鎧に手甲脚甲と防御力を維持しつつ動きやすい姿をしている。

 兜に至ってはアリシアの白銀の兜よりも覆う面積が広いが、シグナムの髪型に合わせてポニーテールを出せるようになっている。

 

「ふむ、悪くはないな。 剣もレヴァンティンと似た形状で扱いやすい」

 

「私の白銀の兜も映画と形が変わってたから、多分ゲームをやる人に合わせた形になるんだと思うよ」

 

「レヴァンティンには悪いが、ゲームの間はこの真紅の剣を使うとしよう」

 

 真紅の鎧を着る事をシグナムも悪くは感じておらず、剣を素振りして具合を確かめている。

 最後にフェイトが与えられた黒金の武具だが…

 

「ど、どうかな?」

 

「「「………」」」

 

 先の二人と同じように黒が特色の手甲脚甲を身に着けて、マントに大剣ともいえる幅広の両刃の剣を背に背負っている。

 ここまでなら何も可笑しくないが、胴体を守る鎧と言える部分が胸部と腰部しかなく、いわゆるビキニアーマーだったので他の三人は絶句していた。

 なお、案内役のリンディはシステム側なので、この程度の事では驚かないようだ。

 

「ハジメ、どういう事なの説明しなさい」

 

『アリシアとシグナムも鎧が二人に合わせて調整されているから、黒金の鎧もフェイトに合わせて調整されたんじゃないとしか…』

 

 気まずそうに眼を逸らしながらハジメは答える

 

「ほとんど水着じゃない! このゲームは一体何を考えているの!?

 子供向けだったんじゃないの!?」

 

『ドラえもんの映画は子供向けだけど、夢幻三剣士は説明書を見る限り子供向けとは書かれてないみたい』

 

「…ともかくその格好は無いわ。

 いえ、そもそもそんな格好という事はここで着替えたの!?

 ハジメあなた!?」

 

『いやいやいやいや!!』

 

 フェイトが着替えるのを黙ってみていたのでないかとプレシアに疑われたハジメは、ワタワタしながら即座に否定する。

 

「か、母さん! 私はあの更衣室で着替えたんだよ!」

 

「『更衣室?』」

 

 フェイトの指を指す先に、更衣室と書かれた洋服店にあるカーテンの着いた箱型の敷居があった。

 アリシアとシグナムの鎧は服の上から着られるタイプで、その場で装着していた。

 そうでないちゃんと着替えを必要とする鎧には、着替えるための更衣室が用意されていた。

 

『…ちゃんと着替えるスペースが用意されてたみたいですね』

 

「このゲームは本当に何を考えているのかしら…」

 

 人によって着替えを必要とする鎧になるのであれば、更衣室が用意されるのは別におかしい事ではないが、フェイトのビキニアーマーを見ればふざけているとしかプレシアには思えなかった。

 

「ともかくフェイト、その恰好はやめなさい」

 

「え、でも動きやすいし」

 

「倫理と節度の問題よ。 いくら動きやすくたってそんな露出の激しい格好は駄目よ。

 そんな恰好をしても気にしないなんて一体何を学んで…」

 

 何を考えてそんな恰好をしているのかとフェイトに咎めるが、成育過程において自身が環境を悪くしていたことにたどり着き、自己嫌悪に陥るプレシア。

 咎められていた所でプレシアが突然頭を抱えてしまい、フェイトはどうすればいいかとオロオロしてしまう。

 

「フェイト、私もその恰好はちょっと恥ずかしいと思うよ」

 

「そうかな? ソニックフォームみたいで早く動けそうなんだけど」

 

「それでも女の子なんだから、肌はあんまり人に見せない方がいいんだよ」

 

「え? 確かに皆よりちょっと薄着だけど」

 

 薄着?

 薄いというレベルではないと全員が思う。

 

「アルフだってこの恰好とそんなに変わらないし」

 

 フェイトの使い魔のアルフの普段の格好を思い出し、確かに彼女と比べればちょっと少ない(・・・・・・・)とも言えなくもない。

 プレシアはあの駄犬が原因かと憤りを覚えるが…

 

「それに肌を出しちゃいけないって言われても、母さんだって…」

 

 フェイトが視線を向けると、アリシア達もプレシアに視線を向ける。

 視線を向けられたプレシアは自身の姿を見直してハッとする。

 

「あ~、確かにママも人の事は言えないかも」

 

「服装にどうこう言うほど私に服のセンスは無いが、子供相手に何かを言える服装とは私にも思えん」

 

『普通の子供から見ると、その恰好は親としては無いんじゃないかって思うね』

 

「グハッ!」

 

 全員から酷評もらって撃沈するプレシア。

 改めて言うが、現在のプレシアの格好は嘗て時の庭園で管理局を相手に悪役を演じきった時のバリアジャケット姿だ。

 今のフェイトに比べれば露出は少ないが、胸元とかお腹とか太ももとかが見事に露出している。

 二児の母がどうとか言う前に、歳を考えてゲフンゲフン!

 

「そういえばフェイトの黒いバリアジャケットって、もしかしてママの?」

 

「うん、母さんと同じ感じにしたいってリニスと相談して決めたの。

 だからあんまり気にならなかったんだけど、そんなにおかしなことだったかな?」

 

「うーん、とりあえずフェイトはちょっと限度を超えてるかな?」

 

 フェイトの再教育は後日アリシアにリニスが付き添って行う事になり、巡り巡って元凶となったプレシアはへこんでおり、シグナムはどうしていいか分からず沈黙するのだった。

 

 

 

 フェイトの装備はとりあえずバリアジャケット+黒金の剣という事になり(武器ポジを取られたバルディッシュは少々不機嫌になった)、アリシア達は次の目的地を目指す事にした。

 映画での次の目的地は竜の谷で竜退治だが、アリシアは映画を見ていて行くべきかどうか思い悩んでいた。

 

「竜の血を浴びれば不死身になれるっていうけど、血なんて私浴びたくないよ。

 映画みたいに竜のだし汁なら一回復活出来るけど必要かな?」

 

 アリシアの言うように普通は血なんて浴びたいものではなく、映画を見る限り竜は攻撃しなければ無害な存在で手に掛けたいとはとても思えなかった。

 のび太達の様に一回復活出来るようになるのは魅力はあるが、フェイトにシグナム、それにプレシアの力を考えると、そのまま妖霊軍に戦いを挑んでも勝てるのではないかとアリシアは思っていた。

 

「いえ、たとえ夢でもゲームでもアリシアが死ぬなんて許さないわ。

 不死身になって安全を確保出来るならやるべきよ。

 大丈夫。 トドメなら私がさすし、首を切り落とすのは得意そうなシグナムにやらせるから」

 

「いや…まあ、私は構わないのだが…」

 

 一方アリシアが死ぬことを一切許せないプレシアは、きっちり竜殺しをやる事を勧めていた。

 竜を殺してアリシアが死なないのなら一切躊躇の無いプレシアだった。

 

「もうママったら! 竜を殺しちゃダメなのは知ってるでしょ!

 ハジメさんからも何か言ってよ」

 

『あー、プレシアさん。 主人公側が死ななくなって無敵になるのは、ゲーム的には無いんじゃないかと思うんだ。

 たぶん映画通りの一回復活出来るというのが竜退治の正しい報酬なんだと思う。

 竜の血を実際に浴びたら何らかのデメリットがあるんじゃないかな』

 

「…そうね、それがないとは言えないわね」

 

 ハジメの言い分に一理あり、竜の血で変な悪影響をアリシア達に与えるのは良くないとプレシアも考え直す。

 こんな序盤で不死身になって死んでも復活するようになるのは物語としては可笑しいのではないかとハジメは考えるが、ゲーム的にはコンティニューだと思えばあり得ないとは言い切れないとふと思う。

 『おお、勇者よ。 死んでしまうとは情けない』と言われて復活するのもゲームの話だった。

 

 更にふとハジメはこのゲームの竜の効果について考える。

 竜の血で不死身になれるかは未確定だが、出し汁で一回復活出来るのは確定だ。

 映画では四次元ポケットをとりよせバックで夢の世界に呼び込んだりできていたので、逆に竜の温泉を現実世界に取り出すことが出来るかもしれない。

 現実で死んでも復活できるようになる手段があるというのは興味深いと思い、アリシア達がゲームを終わらせた後にでも試してみようかと思案する。

 

「ハジメ………ハジメ、聞いてるの?」

 

『あ、すいません、ちょっと考え込んでました』

 

「…まあいいわ。 それであなたはどうするべきだと思う」

 

 竜の谷に行くべきか、このまま妖霊軍に戦いを挑むべきか意見が分かれていた。

 

『そうですね…。 飛行魔法があるので移動が楽ですから、様子を見に行くだけでもいいんじゃないですか?

 血を貰うのは無理でも、一回復活出来るようにしてくださいって頼めば案外うまくいくかもしれません』

 

「そうね、よく考えたらアリシアにトカゲの血を浴びせるなんて死ななくなると言ってもやっぱり嫌だわ。

 トカゲの温泉なら幾分かマシだし、そっちで手を打ちましょう」

 

「話せばわかってもらえるかもしれないんだから、乱暴は駄目だよママ」

 

「うん、お話するのは大事なんだよね…なのは」

 

 アリシアのセリフに、なのはを思い浮かべてしまったフェイトは僅かな動揺を見せる。

 自分も姉と一緒に、話し合いで物事を解決出来るように努力しようと思ったフェイトだった。

 

「それじゃ、次は竜の谷に案内お願いね、リンディさん」

 

「ええ、わかったわ」

 

 しっかり案内役を果たして、次は竜の谷までアリシアを導くリンディ。

 映画の妖精とは大違いの立派な案内役を果たしていた。

 

 

 

 竜の谷にも何事もなくたどり着くことが出来た。

 谷の入り口まで着たアリシア達は、そこで自分達を出迎えるかのように立っている少女に出会う。

 

「貴女方が伝説の夢幻三剣士ですか?」

 

「うん、そうだけど、貴女は?」

 

「申し遅れました。 私はこの竜の谷の近くの村に住む巫女をしているキャロと申します」

 

 桃色髪の少女が礼儀正しくお辞儀をしてアリシア達に自己紹介をした。

 

「ハジメ、また見覚えのある子なのだけど…」

 

『イメージだけで入力しちゃってますから、もうこの世界の人々がどうなってるか僕も分かんないです』

 

 かなりフライング気味の登場人物に、ハジメも少し冷や汗をかいてしまう。

 

「伝説の通り、夢幻三剣士の方々はこの谷に住む竜ヴォルテールを討ち、不死身と成りに来たのですね」

 

「えっと…まあ、そうだね」

 

 竜の谷の竜はヴォルテールらしい。 弱点の髭は何処にいった?

 

「ヴォルテールは挑んでくる者を拒みません。

 不死身を求め多くの戦士がヴォルテールに挑みましたが、全て破れて息吹によって石となってしまいました。

 私は竜の谷にやってくる者にヴォルテールの強さを伝えて、引き返す様に諭す役目も担っています。

 それでも多くの人たちは耳を傾けずヴォルテールに挑んでいきましたが…」

 

「どうしようハジメさん。 竜がすごく強くなってそう」

 

『まあ、そのメンバーを考えれば妥当な相手と言えなくもないけど』

 

 アリシアに実戦経験は無いが、フェイト、シグナム、プレシアと一流の魔導師が揃っているのだ。

 映画の竜では力不足とゲームに判断されたのかもしれない。

 

「伝説の夢幻三剣士と言えど、ヴォルテールに打ち勝つのは容易ではない筈です。

 くれぐれも油断をしないでください」

 

「えっと、キャロさんは竜の巫女なんだよね。

 私達がそのヴォルテールを倒しちゃってもいいの?」

 

「そうですがヴォルテールは挑むのであれば何者をも拒みません。

 そして、夢幻三剣士が現れる事は定めとされていましたから…」

 

 キャロはそういうが、少し悲しそうな表情を見せている。

 倒せるかどうかはともかく、アリシアは映画の様に竜を倒す気を無くしていた。

 

「それなら竜を倒すのはいいよ。 私達の都合で殺しちゃうなんて出来ないもん」

 

「よろしいのですか?」

 

「うん。 あ、だけど竜の温泉には入れないかな?

 入れば一回だけ生き返れるって聞いたんだけど」

 

「それでしたら大丈夫です。 ヴォルテールは温泉好きで毎日入ってますので、その温泉に入れば蘇生の恩恵は誰でも受けられます。

 私の村の人々も自由に入っていますので全然かまいません。

 尤もどれだけ長く入っても、復活出来るのは一度だけですが」

 

「それならここに来た甲斐があったよ」

 

「ご案内します、ついてきてください」

 

 キャロの案内で竜の温泉に入れることになったアリシア達は、意気揚々とついていく。

 その中でプレシアがふと振り返り…

 

「覗くんじゃないわよ、ハジメ」

 

『ハハハ、わかってますよ。

 月夜、悪いけど僕は先に寝るから、後はお願い出来るかな』

 

『わかりました。 後は私が見ておりますので、お休みください』

 

 現実世界からモニターしていたハジメは、これ以上見る訳にはいかないと月夜に任せて寝る事にした。

 アリシア達も温泉に入った後は物語の一区切りとして、夢から覚めて現実世界に戻るのだった。

 

 

 

 

 




 とゆうわけで、映画のストーリーをリリなのキャラで再構成した感じになりました。

 題名が夢幻三剣士ですが、映画ではジャイトスとスネミスが三剣士としてあまり活躍してないんですよね。
 ですのでゲーム参加人数を最大三人として始めてみました。

 ただし魔法を使える三人ですので、ゲームバランスの調整として他のキャラも強くなっています。
 映画よりも難易度難くなる流れです。

 竜の血についても、本当に不死身になったらゲームが簡単になってしまうと思うので何かしらにデメリットがあったと思うんですよ。
 ですので竜の温泉で一回復活が正規ルートじゃないんですかね。

 温泉を現実に取り寄せる考えは、この話を書いてたら思いつきました。
 秘密道具の応用は考えるのが楽しいですね。


 次は翌日に投稿します
 




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第十三話 アリシアの夢幻三剣士 中編

 

 

 翌日の夜、再び夢幻三剣士の冒険を再開したアリシア達は、残機+1を得て妖霊軍と戦うためにユミルメ国の最前線の砦に向かう事にした。

 リンディの案内で移動も問題なく進み、あっという間に目的の砦に着いて夢幻三剣士として砦の代表と会うことが出来た。

 

「僕がこの砦を守る将軍のクロノだ」

 

「今度はクロノ…」

 

「初めまして、白銀の剣士のアリシアです」

 

「夢幻三剣士の予言は聞いているが、二人は小さな子供じゃないか。

 そちらの彼女や魔女殿は腕が立ちそうだが、大丈夫なのか?」

 

 子供のアリシアとフェイト、大人のシグナムとプレシアを見比べてクロノは第一印象を述べる。

 

「小さくたって弱いとは限らないよ。 フェイトは剣士じゃなくたって強いんだから!

 それにあなただって小さいじゃない!」

 

「小さっ!………そうだな、小さいのは強さと関係なかったな。 今の発言は撤回しよう」

 

 小さいと言われて即座に発言を撤回するクロノは成長期。

 

「現在妖霊軍はこの砦に繰り返し攻撃を仕掛けてきている。

 有能な魔法使いたちの活躍で何とか追い返しているが、疲れを知らぬ妖霊軍の兵士に我が軍の兵士は疲弊してきている。

 魔法使い達の使う砲弾も残り少なく、ここらで決着を着けなければ僕達は砦を放棄して撤退しなければならなくなる。

 戦力はいくらあっても困らない。 ぜひ戦線に参加してくれ」

 

「まかせて!」

 

 アリシアが返答をするとフェイト達も静かに頷いて戦闘への参加が決定した。

 

 

 

 参戦が決まってから数刻の内に、土の精を兵士として引き連れた蜘蛛の妖怪スパイドル将軍が砦に侵攻してきた。

 アリシア達は戦うために前線に出ようとしたが、将軍のクロノの作戦でまずは魔法使いの遠距離からの攻撃を行なうのだった。

 

「ユーノ君、ヴィータちゃん、準備はいい?」

 

「大丈夫だよ、なのは」

 

「あったりめーだ」

 

 用意された砲弾の前で砦の魔法使い達が攻撃の準備をしている。

 

「砦の魔法使いはなのは達なんだ」

 

「ヴィータもいるな」

 

 現実の彼女達もゲームに参加していないので、イメージ補正によって選ばれたNPCのようなものだ。

 

「いっくよー! シュート!」

 

 周囲の砲弾が光を纏って浮かび上がり、なのはの号令に従って一斉に敵の土の精に向かって飛び出していく。

 土の精に着弾すると爆発を起こし、残骸となった土くれが飛び散った。

 

「アタシも行くぜ! うりゃぁ!」

 

 ヴィータはなのはと違い一個ずつ砲弾を浮かべると、槌を振るって砲弾を打ち出す。

 一発ずつの威力では、なのはの飛ばした砲弾より威力は高い様だ。

 

「ユーノ君、次の砲弾の準備お願い」

 

「わかってる!」

 

 ユーノはなのはの補佐で砲弾運びの様だ。

 

「あの魔法のお陰で、これまで土の精の軍団を退ける事が出来ていた。

 彼女たちがいなければ既に僕らは敗走してこの砦を放棄していただろう」

 

「すごい…魔法だね」

 

「現実のなのは達とは全然違う魔法だけど」

 

「いや、ヴィータはあれと似たようなことはやっていた」

 

「ミッドやベルカの魔法は使えないようね」

 

『世界観が違い過ぎるからかな? 魔法がこの世界の住人に再現されていたら夢幻三剣士の活躍の場がなくなったかもしれないしね』

 

 ミッド世界の魔法はこの世界では強すぎる。

 

「私とシグナムさんは蜘蛛の将軍を倒しに行きます」

 

「土の精の兵士は我々で抑えておく。 頼んだぞ」

 

「アリシア、危ないと思ったら逃げなさい。

 シグナム、アリシアの事をちゃんと守りなさいよ」

 

「わかっている」

 

「ママ、夢なんだからあんまり心配しないでよ。

 フェイトもママと頑張ってね」

 

「うん、姉さんも気をつけて」

 

 アリシアはシグナムを伴って砦から飛び出し、迫りくる土の精を白銀の剣と真紅の剣で一閃で倒しながら敵軍の中心に向かっていく。

 土の精の軍団を潜り抜けた先に、六本腕にレイピアをつけたスパイドル将軍をアリシア達は見つけた。

 

「見つけた! 貴方がスパイドル将軍だね!」

 

「その兜にその剣…。 まさか伝説の夢幻三剣士、白銀と真紅の剣士か!」

 

「その通り! これ以上ユミルメ国を妖霊軍の好きにはさせない!」

 

 ついに戦いが始まったことで、アリシアもテンションが上がって伝説の剣士のロールプレイに入っている。

 

「小癪な! いかな伝説の剣士と言えどもこのスパイドル、子供に後れを取るものか。

 いざ、尋常に勝負!」

 

 スパイドルが六本の剣を構えてアリシアに襲い掛かる。

 

「シグナムさんは下がってて! まずは私一人で戦うから!」

 

「わかった、危ないと思ったらすぐ下がれ」

 

「うん! いくよスパイドル将軍!」

 

 アリシアも白銀の剣を手にスパイドルを迎え撃った。

 

 剣戟が始まり金属がぶつかり合う音が幾度となく響き渡る。

 アリシア自身は剣の使い方など当然素人だが、白銀の剣を手にしたことで達人並みの剣士の腕で戦うことが出来る。

 六本の剣を使うスパイドルに白銀の剣一本では圧倒的に手数が劣るが、その達人並みの腕でアリシアは互角に打ち合うことが出来ていた。

 

 だが互角(・・)にだ。

 達人並みの剣の腕を振るえたとしても、初めて戦うアリシアと将軍と呼ばれるスパイドルには大きな経験の差があった。

 

「クッ、なるほど。 伝説に違わぬ剣の威力よ。 我が剣が一本であればたちどころに剣ごと切られていただろう。

 だが!」

 

 スパイドルは六本の剣を巧みに使って、白銀の剣を受け流す事で威力を殺して遂には受け止めた。

 

「受け止められた!?」

 

「我が剣は蜘蛛の剣。 どれほど威力があろうと絡め取る様に相手の剣を封じる。

 白銀の剣士と言えど剣を止めてしまえば無防備だ!」

 

 アリシアの持つ白銀の剣は、スパイドルの六本の剣が絡み合う事によって力を分散させて止められていた。

 白銀の剣を止めるのに六本の剣を使っているので攻撃は出来ないが、スパイドルには別の攻撃手段があった。

 スパイドルは蜘蛛の妖怪として糸を吐き出して、アリシアの体に絡める事で動きを封じた。

 

「きゃあ! 粘々して動けない…」

 

「こうなれば剣も振るえんだろう!

 死ね、白銀の剣士!」

 

 白銀の剣に絡めた六本の剣を開放して、アリシアを貫こうとする。

 だがそれをシグナムが黙っているわけもなく、割って入り真紅の剣でスパイドルの剣を弾き飛ばした。

 

「大丈夫か、アリシア」

 

「大丈夫だけど、蜘蛛の糸で全然身動きが取れないよ」

 

「少し我慢しろ」

 

 シグナムは手から炎を出して、アリシアに巻き付いた蜘蛛の糸を焼き尽くす。

 魔力の炎熱変換で炎を出しただけの、魔法とは言えない唯の魔力操作だが、蜘蛛の糸を焼くには十分だった。

 

「ありがとう、シグナムさん」

 

「それより奴は思ったより手強い様だ。

 ここからは私も手を貸そう」

 

「…うん」

 

 シグナムと共に、再びアリシアも白銀の剣を構える。

 

「炎の使い手か、厄介な」

 

 蜘蛛の糸という切り札のスパイドルにとって、火の魔法が使えるシグナム相手では相性が悪かった。

 

「これは少々分が悪いか………ん?」

 

 降ってきた雨雫の当たったスパイドルが空を見上げると、いつの間にか黒い雲が集まっており、直ぐに強い雨となって砦周辺の降り注いだ。

 

「雨だと、これでは土の精達が!

 先ほどまで雨雲など影も形もなかったぞ!」

 

 土の精は水に弱かった。 雨に降られては泥になって溶けてしまう。

 強い雨に降られたことで、戦っていた土の精達は慌て出しているがどうしようもなく、だんだんと形を崩し始めていた。

 

「ママ達がやったんだ!」

 

「流石だな」

 

「なんだと!」

 

 スパイドルが砦へ視線を向けると、防壁の上でプレシアとフェイトが魔法を使っているのを見た。

 本来得意とする雷雲を呼び起こす天候操作魔法を応用して、雨雲を作り出す事で雨を降らして土の精を一網打尽にしたのだ。

 

「あの魔女の仕業か!」

 

 魔女然としているプレシアに、スパイドルは一目で彼女が原因と判断した。

 一緒にフェイトも魔法を使っているが、プレシアに比べれば圧倒的に印象が弱かった。

 

「しかもあの容姿はまさか雷の魔女! 天候を操り雨まで降らすか!」

 

「雷の魔女?」

 

「プレシアはそのような名で呼ばれているのか?」

 

 夢幻三剣士とは別にそのような伝説があるのかと、スパイドルの言葉に疑問符を浮かべるアリシア達。

 

『たぶんユミルメ国に来た時に、プレシアさんが妖霊軍に雷を落としたのが原因じゃないかな。

 それで敵軍にプレシアさんの事が噂になってるとか』

 

「なるほど、それでしたら納得です」

 

「もう、なんでママが私達よりも先に有名になってるの!」

 

 夢幻三剣士よりも活躍してしまっているプレシアに、アリシアは納得いかないといった様子で憤っている。

 

「仕方ない、ここは引かせてもらう!」

 

「あ、待て!」

 

「逃がすか!」

 

 アリシア達はスパイドルの逃亡を止めようとするが、再び放たれた蜘蛛の糸に動きを止められる。

 アリシアは今度は効かないと白銀の剣で糸を切り払い、シグナムは真紅の剣に炎を纏わせて焼き払った。

 その一瞬の隙に、スパイドルは蜘蛛の様の素早く跳ね飛びながら森の中に姿を消していった。

 

「逃げられちゃった」

 

「仕方ない、砦を守れたのであれば、我等の勝利だ」

 

 敵を撃退して目的を果たしたのでシグナムは納得しているが、アリシアは納得いかない様子で口をへの字に曲げている。

 

「シグナムさん、私って弱いのかな?」

 

「ん? …そんなことは無かった。 白銀の剣の力だが、あの剣の冴えは一流の剣士の物だった」

 

「だけど私一人じゃ負けそうになっちゃったし」

 

「あれは経験の差だ。 剣の腕がどんなに優れていても、隙を突かれてはどんな強者も致命傷になりかねん」

 

 白銀の剣の力は強力でアリシアも強気になっていたが、あっさり負けそうになってしまった事で落ち込んでいた。

 

「映画ではあんなに苦戦するようなことは無かったのに…」

 

『僕もそれがちょっと気になった』

 

「ハジメさん?」

 

『だから説明書を見直してみたんだけど、どうやら難易度調整があるみたいなんだ。

 ゲーム参加者の実力に合わせて、主要の敵キャラが強くなるみたい』

 

「ゲーム参加者ってことは…」

 

 参加者はアリシア、フェイト、シグナム、プレシアの四人。

 アリシア 魔法は使えるけど戦闘経験なし。 戦闘能力・下の中。

 フェイト ミッド式を自在に使えて戦闘経験もそれなりにあり。 戦闘能力・中の上。

 シグナム ベルカ式を自在に使い歴戦の猛者。 戦闘能力・上の中。

 プレシア 戦闘経験は少ない研究者タイプだが大魔導士と呼ばれる。 戦闘能力・上の下。

 

『…難度が高くなるのも無理はないね』

 

「私以外、皆強すぎだよ…」

 

 アリシアだけ他の三人より格段に能力が低いのが丸わかりだった。

 

「…シグナムさんは剣を使うのが得意なんだよね」

 

「ああ」

 

「じゃあ、剣の稽古をつけてくれないかな。

 次はちゃんと勝てるように!」

 

 自分が弱いのは仕方ないにしても、夢のゲームの世界でまで弱くて負けたままではいたくなかった。

 夢で負けても問題ないのなら、無謀でも挑戦する事にアリシアは躊躇しなかった。

 

「…白銀の剣のお陰で剣の扱いに問題はない。 付け焼刃でも全くの素人よりは幾分マシになるだろう。

 剣を使うというなら少々厳しくなるかもしれないが、かまわないか?」

 

「うん、お願いします」

 

「わかった、短期ではあるが手解きをしよう。

 ただし先にプレシアに了解をもらってくれ。

 怪我でもさせたら後が怖い」

 

「大丈夫、私が言えばママは何も言えないから!」

 

 だいぶ逞しくなってきたアリシアだった。

 

 

 

 撤退したスパイドルは、妖霊城で妖霊大帝オドロームの前で跪いて戦いの報告をしていた。

 

「スパイドルよ。 つまり貴様は軍を全滅させて逃げ帰ってきたというのだな」

 

「軍の敗北のついては弁解のしようもございません」

 

「私は失敗は許さん。 覚悟は出来ているのだろうな」

 

 オドロームは髑髏の乗った杖をスパイドルに向けて、失敗の処断をしようとする。

 大帝の怒りを感じたスパイドルは慌てて話を続けようとする

 

「恐れながら大帝様! 私は夢幻三剣士と交戦し力量を測りました!

 どうか処罰はご報告を済ませてからにして頂きたく!」

 

「…いいだろう。 聞かせてもらおうか、夢幻三剣士の実力とやらを…」

 

 スパイドルの意見を受け入れ、オドロームは今一度杖を下ろした。

 

「ははぁ! 私が見ましたのは白銀の剣士と真紅の剣士。

 そのうちの一人、白銀の剣士と一対一で戦いましたがなかなかの手練れで、追い込むのに苦労いたしました。

 私の蜘蛛の糸で捕らえあと一歩のところまで追い込んだのですが、真紅の剣士に助けに入られ仕留め損ないました」

 

「私はそのような言い訳を聞きたいわけではない」

 

「そうではございません! 私が言いたいのは夢幻三剣士の一人であれば十分勝機はありますが、二人以上では分が悪く、三人纏めて相手にするには将軍の私でも勝機は少ないのです。

 おそらく他の将軍でも夢幻三剣士を纏めて相手にするのはかなり厳しいかと」

 

「スパイドル将軍! この私が人間共に敵わぬというのか!」

 

 同じ将軍の象の妖怪ジャンボスが、スパイドルの言い分の文句を言う。

 

「ではジャンボス将軍。 貴様は私を圧倒して倒すことが出来るというのか?

 それくらい出来ねば、夢幻三剣士を相手にするのは厳しいと私は見るが…」

 

「ぐぬぅ…」

 

 同じ将軍の地位についているだけあり、二人の力量は戦い方の違いはあれどそんなに差はない。

 スパイドルが勝てないという相手に、ジャンボスは何の根拠もなく勝てるとは断言出来なかった

 

「大帝様。 夢幻三剣士を纏めて相手にするには将軍一人では厳しいと愚考します。

 複数の将軍が協力して戦わねば、夢幻三剣士に確実に勝つ事は出来ません。

 どうか私めに今一度チャンスをお与えください。 他の将軍と協力し夢幻三剣士の討伐を必ずや成功させて見せます」

 

「ふむ…」

 

 オドロームは少し考えて、スパイドルの提案に決断を下す。

 

「よかろう。 他の将軍と共同戦線を組み、夢幻三剣士を倒すことが出来たなら、此度の失態を見逃そう。

 だが夢幻三剣士を倒せず戻ってくるなら、貴様の命は無いと思え」

 

「ははぁ!」

 

 スパイドルは平伏し、様子を窺っていた他の将軍たちもそれに倣った。

 

 

 

 

 

 先の戦いから数日、再び妖霊軍がアリシア達の居る砦に進軍してきた。

 以前よりも敵兵の数は圧倒的に多く、砦の方も補給物資を受け取っていたが戦力は圧倒的に劣っていた。

 

「あれほどの大軍団が相手では、我々の戦力では長くは持たない」

 

「じゃあまた私と母さんで雨を降らせればいいね」

 

「ううん、フェイト。 今度は土の精だけじゃなくて水の精や鉄の精の兵士もいる。

 土の精と鉄の精はママ達の雨と雷でどうにかなると思うけど、水の精はどうやって倒そう?」

 

 映画ではドラえもんの秘密道具で倒していたが、アリシア達は秘密道具を持っていないので倒す手段が解らなかった。

 

『ゲームだから秘密道具に頼らなくても倒す手段はあるはずなんだ。

 どうしようもないと思ったら秘密道具をそっちに送ろうか?』

 

「うーん…どうしようもなかったら、ハジメさんにお願いするしかないかな」

 

 アリシアも秘密道具は使わずにゲームをクリアしたいと思っているので、秘密道具は最終手段にするつもりだった。

 

「では、水の精の相手は私が受け持とう」

 

「シグナムさんが? でも水に火って相性悪いんじゃ」

 

「あの程度の水なら、我が烈火で焼き尽くす事など難しくない」

 

 真紅の剣に炎の魔力を纏わせながら、シグナムは確かな自信で言い切った。

 

「それじゃあお願いします。 私はこの前のリベンジ!」

 

 無数の妖霊軍の兵士の向こうに、スパイドル将軍の姿をアリシアは見つけていた。

 

「どうやら作戦は決まったようだな。

 砦の兵士だけでは長期戦は不利だ。 この戦いの勝利は君達がいかに早く敵を倒すかに掛かっている。

 後は任せる事しか出来ないが、頼んだぞ」

 

「任せてください」

 

「よし! では戦闘開始だ!」

 

 クロノの号令に兵士たちが妖霊軍に攻撃を始め、アリシア達もそれぞれの役割を果たすために動き始めた。

 

 

 

 プレシアとフェイトは先日の様にデバイスを掲げて、天候操作魔法で雷を伴う雨雲を作り始めていた。

 今回は土の精だけでなく鉄の精も攻撃する為に、雨と雷を同時に起こさないといけないから、先日よりも魔法の扱いが難しいが、二人掛かりなら不可能ではなかった。

 雨乞いをする祈祷師に様にデバイスを掲げていると、空から二人に目掛けて何かが飛んできた。

 二人とも集中していて気付かなかったが、インテリジェントデバイスのバルデッシュが気付いて、防御魔法を発動させた。

 

 

――ディフェンサー――

 

 

「え、バルディッシュ?」

 

「気をつけなさいフェイト! 攻撃よ!」

 

 攻撃に気づいた二人が空を見上げると、赤い羽毛を纏った鳥の妖怪が空を飛んでいた。

 

「お前が雷の魔女だな。

 私は妖霊将軍の一人、妖鳥のオウムス!

 ここで始末させてもらおう!」

 

 オウムスが大きく羽ばたくと、羽が矢の雨の様になってプレシア達がいる場所に降り注いだ。

 プレシアとフェイトは魔法のバリアを張る事で身を守った。

 

「なるほど、流石魔女と呼ばれるだけの事はある。

 私の矢羽では歯が立たんか」

 

「どいつもこいつも私を魔女呼ばわりして。

 そんなに私が魔女にしか見えないっていうの!」

 

「えっと…母さん落ち着いて」

 

 魔女呼ばわりされる事に腹の立ったプレシアをフェイトが諫めようとするが、魔女には見えないとは口にはしなかった。

 

「ならばこの鋭い爪ならどうだ!」

 

 落ちるように急降下してきたオウムスは、フェイト達が張った魔法のバリアに鳥足の爪を蹴り込むように叩き込んだ。

 バリアを破られる事は無かったが、大きなひびが入って今にも壊れそうだと誰もが思った。

 オウムスは宙返りをしながら足を振って、回し蹴りのように追撃を放つ。

 

「これで終わりだ!」

 

「母さん!」

 

 追撃にバリアを破られてそのままプレシアに蹴りが当たろうとしたところで、フェイトがバルディッシュを戻して代わりに抜いた黒金の剣で割って入り、オウムスの鋭い蹴りを受け止めた。

 

「何!? その黒の大剣、まさかお前が黒金の剣士か!」

 

「母さんの邪魔はさせない!」

 

 黒金の剣を振り切って、フェイトはオウムスを空へと弾き返す。

 

「雷の魔女を守っていたか。 ならばまずお前からだ!」

 

「母さん」

 

 天候操作魔法の補佐をしていたフェイトはどうするべきかと考えて、プレシアの様子を窺う。

 

「こっちは一人でやるから、貴方はその鳥の相手をしなさい」

 

「でも…」

 

 雨と雷を同時に操作するのは大変なので、プレシアの負担をフェイトは心配する。

 

「貴女に心配されるほど魔法の腕は衰えてないわ。 ゲームの役割(ロール)位一人で果たせる。

 せっかく私がゲームに付き合ってあげてるのよ。 この夢の主人公なんだから、役割を果たしてゲームを楽しみなさい」

 

「…はい!」

 

 未だにアリシア相手のように優しく接することが出来ないが、プレシアに関しては敏感に意図を汲み取るフェイトにはちゃんとその気遣いを読み取って、嬉しそうにしながらオウムスの相手をするために飛翔魔法で飛び上がった。

 

 

 

 相性が悪いと思われた水の精を相手にシグナムは戦っていたが、彼女自身が思ってよりも簡単に倒すことが出来ていた。

 

「構造が簡単な疑似魔法生物のような物か。 魔力ダメージに弱いようだな」

 

 水が魔法で動いている様な水の精に対して、シグナム達の魔法の非殺傷設定による魔力ダメージを与える方が炎で焼き払うよりもずっと有効だという事に気づいた。

 そこからは魔力を込めた真紅の剣を振るうたびに水の精は弾け飛んでいく、シグナムの無双状態になっていた。

 

「そこまでだ、真紅の剣士!」

 

 しかし妖霊軍もそれを黙って見過ごすわけはなく、水の精を無造作に倒し続けるシグナムを止めるために新たな敵が現れた。

 

「貴様は?」

 

「俺は妖霊将軍、妖象のジャンボス!

 夢幻三剣士の一人、真紅の剣士だな。

 恐れぬならば俺と一騎打ちで勝負だ!」

 

「いいだろう。 私はヴォル…いや、夢幻三剣士、真紅の剣士のシグナムだ。

 一騎打ちとあらば騎士の本懐。 受けて立つ!」

 

 シグナムとジャンボスの戦いが始まる。

 

 

 

 アリシアは目的のスパイドル将軍目掛けて、敵の兵を切り払いながら進んでいた。

 魔法で身体能力を上げる事で、子供とは思えないほどの速さで敵陣を真っ直ぐ駆けていく。

 敵兵の壁を突き抜けるとスパイドルはもう目の前だった。

 

「スパイドル将軍、この前のリベンジだよ!」

 

「来たな白銀の剣士! 負けを恐れず再び挑んでくるとは見事と言っておこう。

 だが以前の様に助けてくれる仲間はおらんぞ」

 

「今度は私が勝つんだからいいの!」

 

「生意気な。 ならば今度こそ確実に私がお前の息の根を止めてくれる」

 

「絶対負けないんだから!」

 

 アリシアは白銀の剣を大きく振りかぶって飛び掛かり、スパイドルは柔軟に受け流すべく六本剣を軽やかに構えた。

 

 

 

 オウムスは鳥の妖怪である事を生かした、空中からの攻撃を得意としていた。

 羽の矢による相手の届かない所からの攻撃と、頑丈な敵には高高度からの鋭い爪を伴った蹴りが最大の武器だった。

 だから同じく空を飛ぶ相手には、オウムスの武器はあまり有効ではなった。

 

「はあっ!」

 

「くそっ!」

 

――ガキンッ――

 

 黒金の大剣を足の爪で弾く事で、何とか攻撃に耐えるオウムス。

 フェイトが飛行魔法で自身と同じように空を飛んで挑んでくるので、オウムスはめったにない空中接近戦を強いられて苦戦していた。

 

「おのれ! 人間の癖に空を飛んで私に挑んでくるとはどういうことだ!」

 

「え! えっと、ごめんなさい?」

 

「謝るな! バカにしておるのか!?

 黒金の剣士が空を飛べるなど聞いておらんぞ!」

 

 オウムスは悪態をつくのも仕方ない。 同じように空を飛んでいても、足の爪でしか攻撃出来ないオウムスの方が圧倒的に不利なのだ。

 両腕が翼になっているので羽ばたかねば飛び続けることが出来ず、自在に魔法で空を飛び回れるフェイトの方が有利だった。

 

「…あなたじゃ私に勝てません。 降参してください」

 

「妖怪が人間に降参できるか! 本気で馬鹿にしておるようだな、貴様!」

 

「あう、ごめんなさい」

 

 降伏勧告を怒って拒否されてフェイトは少し落ち込んでしまう。

 これが夢だと知っているが、非殺傷設定もなく本気でオウムスを黒金の剣で斬るのに躊躇があったため、フェイトは切り殺したくないと説得を試みたのだ。

 しかしこの夢は妖霊軍と完全に敵対しているので、降伏など出来るはずはなかった。

 

『何やってるのフェイト』

 

「母さん」

 

 天候魔法の制御をしながらも、様子を窺っていたプレシアが念話で声をかけてきた。

 

『敵なんだから説得出来るわけないでしょう。

 追い込んだならさっさと倒してしまいなさい』

 

「でも生きてるんだよ。 この剣で斬ったら死んじゃうよ」

 

『………そうね、この夢のゲームは本当に現実感があるもの。

 貴女が躊躇するのも無理ないわね』

 

 以前の自分であればさっさと殺せと何も考えず命じただろうが、娘として扱うと決めたからには躊躇しているフェイトにあまり残酷な真似をしろとプレシアは言えなかった。

 心配で様子を窺っていたもう一人の娘のアリシアは、躊躇なくスパイドルに白銀の剣を全力で振るって戦っているので、どちらの娘が正しく育っているのか母親として少し心配になってしまった。

 

『…仕方ないわね、そいつはバインドで捕らえてしまいなさい。

 そうしたら後は砦の兵士にでも預けておけばいいわ』

 

「うん、わかった」

 

 魔法への対処が出来ないオウムスは容易にバインドに捕らえられて、フェイトとの戦いは決着が着いた。

 

 

 

 シグナムとジャンボスとの戦いは剣と剣との激戦になっていた。

 フェイトのように空を飛んでいればシグナムは有利だったが、ジャンボスの正面から挑んでくる戦い方に水を差すような事はしなかった。

 しかし…

 

 

――バキャンッ!――

 

 

「くそう! 伝説の剣相手では俺の剣が持たなかったか」

 

 度重なる真紅の剣との打ち合いに、将軍が持つに相応しい名剣であっても耐えられずに折れてしまうのは仕方のない事だった。

 

「…このような形で決着が着くのは私も不本意だが、これは戦いだ。

 覚悟は出来ているな」

 

 フェイトの様に相手を倒す事に迷うことなく、シグナムはジャンボスを倒して戦いを終わらせようとする。

 

「まだだ! まだ俺は負けておらん!

 パオオォォォォォンン!!」

 

 壊れた剣の柄を投げ捨てて大きな雄たけびを上げると、ジャンボスの体がみるみる巨大化していった。

 

「これが俺の切り札だ! 剣で貴様を倒せなかったのは残念だが、俺は勝たねばならん。

 その命、大帝様への手土産となるがいい!」

 

 ジャンボスはその長い鼻をシグナムに向けて鼻息を噴出した。

 巨大化した体から放たれる鼻息の突風でシグナムは吹き飛ばされるが、即座に飛行魔法を使用する事で宙で体勢を立て直した。

 

「デカくなっただけでは私は倒せんぞ」

 

「空を飛べるとは、貴様もまだ本気ではなかったという事か。

 だが、勝つのは俺だ!」

 

 剣を失ったジャンボスはもはや武器は体だけと、拳と長い鼻を振るってシグナムを叩き潰そうとする。

 巨体から放たれる攻撃を受ける訳にはいかないと、シグナムは飛び回って回避し続ける。

 

「どうした、先ほど剣を振るっていた時より動きが鈍いぞ」

 

「おのれちょこまかと!」

 

 巨体となったことで動きが鈍くなったジャンボスの動きを回避しながら観察し、十分見切ったところで擦れ違い様に真紅の剣を振るわれた腕に走らせた。

 

「ぐっ…この程度、痛くも痒くもないわ!」

 

「動きは鈍ったがだいぶタフになったか。

 これは少々手間取るかもしれん」

 

 シグナムの攻撃は確かに当たったが、巨大化したことで与える傷が浅く、ジャンボスは傷を気にするとなく攻撃を続けることが出来た。

 ジャンボスを倒すには剣を振るうだけでは時間が掛かると、デバイスのレヴァンティンを出して魔法を使おうかと思った時だった。

 

「シグナムさーん!!」

 

「あれは…ヴィータとなのはという子か」

 

 砦からシグナムの名前をなのはが大声で呼んでいた。

 

「これから大きな攻撃をしますから避けてくださーい!」

 

「何かはわからんが、まあいいだろう」

 

 シグナムは了解したことを伝えるために、なのは達に向かって剣を掲げる。

 

「よそ見とは余裕だな。 あんなガキ共にこの俺が倒せると思っているのか」

 

「私がお前に梃子摺っているから懸念をさせたらしい。

 あの者達は私の知る者たち本人ではないが、侮れる相手ではない筈だぞ」

 

 何をするのかとシグナムは砦の方を見ていると、その上に一個の砲弾が浮かび上がりだんだんと目に見えて巨大化していくのが見えた。

 巨大化する砲弾は桜色の魔力を帯びており、なのはの魔法によって大きくなっているのがわかった。

 

「な、なにぃ!?」

 

「これは危なそうだな」

 

 自身にも負けないほど巨大化する砲弾にジャンボスは驚き、シグナムも巻き込まれたら危ないと退避する。

 

「特別おっきいのいきます! せーの…シュート!!」

 

 砲弾もまた巨大化したことで動きは遅いが、ジャンボスに向かって射出された。

 まるで風船のように放物線を描きながらゆっくり飛ぶ砲弾だが、同じく巨大になったジャンボスには素早い回避は無理だった。

 ジャンボスはその巨体で砲弾を受け止めるしかなかった。

 

「ヌオオオォォォォォ!! こ、こんなものおぉ!」

 

 受け止めた砲弾は射出された勢いがついており、踏ん張って受け止めるジャンボスをずるずると押し続けた。

 それでも体勢を崩さず砲弾の勢いが弱まり始めた所に、追撃のヴィータがあとから迫っていた。

 

「こいつはおまけだ! 食らってけ!」

 

 ヴィータも自身の武器の槌を魔法で巨大化させ、ジャンボスの受け止めている砲弾にまとめて潰すように叩き込んだ。

 

「グオオオォォォォォ!!!」

 

 その一撃によってジャンボスの膝は地に着き、槌との間に挟まれた砲弾はその衝撃で限界を迎えたかのように光を放つ。

 次の瞬間、砲弾に込められた魔力が限界を迎えたように解放され、ジャンボスを巻き込んで大爆発を起こした。

 

「やれやれ、手柄を取られてしまったか」

 

 ジャンボスの結末を空から見届けたシグナムは、眼下でハイタッチをして勝利を喜ぶヴィータとなのはの姿をみていた。

 

 

 

 先日の戦いを再現するように、アリシアとスパイドルは一対一で剣を交えていた。

 前は互角の戦いを繰り広げていたが、今はアリシアが前以上の力で剣を振るってスパイドルを押していた。

 

「どういう事だ!? わずか数日でこれほど強くなるなど!」

 

 完全に押されて防戦一方のスパイドルは、アリシアの急激なパワーアップに困惑していた。

 

「フェイトやシグナムさんとの訓練の成果って言いたいけど、補助魔法の効果だよ!」

 

 アリシアはスパイドルに勝つ為にフェイト達に戦いの手解きを受けたが、戦闘経験の不足を補えるほどではなく勝算に繋がるほどではなかった。

 そこでほかに何か方法は無いかとアリシアは考え、フェイトにもシグナムにもない自分だけの魔法があったことを思い出す。

 

 アリシアは低かった魔力量を増やすためにドラクエ世界の【ふしぎなきのみ】を食べて魔法の訓練をしていた。

 その効果が異世界の人間に作用するとは限らなかったので、ドラクエ世界の適性も同時に付与されていた。

 その際にアリシアがドラクエ世界の魔法にも興味を持ち、習得の難しくない下位の魔法をドラクエ世界で習得していたのだ。

 

 アリシアの言う補助魔法とはスカラ、ピオラ、バイキルトのことだ。

 これによって総合的に身体能力を高めていた。

 

「くっ! これならどうだ!」

 

「てやぁ!」

 

 蜘蛛の糸を吹きかけるが、警戒していたアリシアは白銀の剣を一閃して糸を斬り払った。

 

「なに!」

 

「隙ありだよ!」

 

 

――ブリッツアクション――

 

 

 フェイトに教えてもらった高速移動魔法で、アリシアは一瞬でスパイドルの後ろに回り込み白銀の剣を振るった。

 スパイドルもなんとか反応して剣を向けるが、威力の高い白銀の剣を受け流しきれず、左手三本のレイピアを纏めて叩き折られた。

 

「しまった!」

 

「あと三本!」

 

 残った右手側の三本の剣で応戦するも、戦闘能力の半減に白銀の剣を受け流しきれず、二本一本と数えるように剣が折られていく。

 

「これで…終わり!」

 

「グアアアァァァァアア!!」

 

 一瞬躊躇するもフェイトと違いアリシアは夢と割り切り、白銀の剣を振るって最後の一本の剣ごとスパイドルを叩き斬った。

 

「た、大帝様………申し訳…ありませ…」

 

 仰向けに倒れると、その言葉を残してスパイドルは力尽きた。

 

「はぁはぁはぁ…、勝った…」

 

『大丈夫か、アリシア?』

 

「うん、夢だから思いっきり剣で倒しちゃったけど、少し気分悪くなるかなと思ったけどそうでもなかった。

 グルメ世界の狩りした時に比べたら全然へっちゃら」

 

『…どうやら生き物を殺しても、気持ち悪くならない措置が施されてるみたい。

 あの時に比べれば夢見る機の緩和措置がある分、ずっと楽だろうね』

 

 あの世界の現代人だろうが未来人だろうが、リアルに血を見るようなゲームは受け入れ難いだろう。

 夢幻三剣士は少々特殊なゲームだが、それくらいの安全措置は取られていた。

 

 アリシアの戦いも決着が着き、ほぼ同時期に他の将軍も倒された。

 妖霊軍の精霊の兵士もプレシアの天候魔法で半壊しており、戦いが終わるのも時間の問題だった。

 

 

――この世に在るもの、皆我が前に等しく――

 

 

「あれ? なんだろ、この声?」

 

『この声は…』

 

 突然どこからともなく、重く響き渡るような声が周囲に広がる。

 聞こえたのはアリシアだけでなく、戦場にいた者の誰の耳にも届いた様子で、幾人もが辺りを見渡している。

 

 

――我が魔をもって、汝らに命ず――

 

 

「ハジメさん、この声ってもしかして…」

 

『気をつけてアリシア、上だ!』

 

 ハジメが示した上空をアリシアが見ると、雨雲の隙間から何かがいた。

 

 

――力よ、地に降り注ぎて、生きとし生けるもの、全て塵と成れ!――

 

 

 そこから赤黒い光が放たれて、雨雲を引き裂いて戦場一体に雨の様に降り注いだ。

 

 

 

 

 




 なのはは無理無理砦の砲撃手兼魔法使いになりました。
 砲弾のアクセルシューターがシュートされます。
 すごい殺傷設定です・

 妖霊軍の配役は変更なしになりました。
 鳥っぽい妖怪は名前が無かったので適当です。

 妖霊軍を強くしたつもりですが、アリシア達が結構優勢なままでしたね。
 次でオドロームとの決戦です。


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第十四話 アリシアの夢幻三剣士 後編

 さて、後編です。
 終始、オドロームとの決戦ですが、いろいろ設定を独自に盛っています。
 戦闘描写はやはり難しいですね


 

 

 

 

 

「うわっ!?」

 

 画面いっぱいに光が広がって、ハジメは目が眩んでいた。

 

「びっくりした…」

 

「大丈夫ですか、我が主」

 

「ああ、突然光っただけだしね。

 それよりアリシア達は?」

 

 ハジメと月夜が光が収まった夢見る機のモニターを確認すると、放たれた光によって起こった惨状が映し出された。

 砦と戦場になっていた土地の殆どが砂漠になっており、動く者は風によって巻き上がる砂煙くらいだった。

 

「この惨状は一体?」

 

「どうやら敵の親玉の仕業みたいだね」

 

 動く者の居なくなった大地に、空からゆっくりと降り立つ妖霊大帝オドロームの姿があった。

 

「土地全体を纏めて塵にするなんて、映画より相当パワーアップしてる」

 

 しかし大規模な攻撃を行なったことで、オドロームも疲弊した様子で肩で息をしている。

 

「アリシア達は…」

 

「完全に不意打ちだった。 どこを見ても逃げられた様子がないし、まとめてやられたみたいだ」

 

 モニターを動かして周囲を見渡すが、オドローム以外の人影はない。

 

「しかし、確かアリシア達は復活が出来るのでは」

 

「ああ、だからオドロームとの戦いは保険なしの戦いになる」

 

 直後、積もった砂の中から、立ち上がる四人の姿があった

 

 

 

 アリシアが気付いた時には砂の中に埋もれていた。

 閉じ込められたようにも感じたアリシアは慌てて動くと砂を巻き上げて立ち上がり、辺りが砂地になった現状に驚いていた。

 

「な、何が起こったの!?」

 

『アリシア、落ち着いて』

 

 混乱しているアリシアをハジメがなだめる。

 

「ハジメさん?」

 

『さっきのはオドロームの攻撃だ。 それで戦場一帯を攻撃されてアリシアを含めて全員やられた。

 竜の汗のお陰で復活できたけど、オドロームはまだ近くにいる。

 他の三人も復活したみたいだから、早く合流するんだ』

 

「う、うん…」

 

 突然の事で戸惑いながらも、アリシアはフェイト達と合流する為に移動した。

 他の三人も同様の判断をして、半分砂漠化してしまった事で遮蔽物もなくアリシア達は直ぐに合流できた。

 

「姉さん、よかった無事だった!」

 

「やられちゃったみたいだけどね」

 

「大丈夫アリシア! ケガはない!?」

 

「どうやら皆、一度はやられてしまったようだな」

 

 全員未だ状況の再確認も出来ていないが、既に四人の目の前まで来ているオドロームを無視する事は出来なかった。

 

「どうやら竜の汗の力で生き返ったようだな、夢幻三剣士よ」

 

「お前が妖霊大帝オドロームか」

 

 シグナムが真紅の剣を向けながらオドロームに問う。

 

「そうだ。 将軍たちがまとめて挑んでも勝てぬようだから、私が直々に出向いてやったのだ。

 だが塵となっても蘇ってくるとは、手古摺らせてくれる」

 

「味方ごと攻撃するなんて!」

 

 この地に生き残っているのは復活出来たアリシア達だけだ。

 砦のクロノ達も妖霊軍の生き残りも、先ほどのオドロームの攻撃で敵味方関係なく塵になっている。

 生け捕りにしたオウムスも塵と成っており、フェイトは憤りを隠せなかった。

 

「私の命を果たせぬ者は処罰せねばならぬ。

 たとえ生き残ろうと、失敗した者の末路は変わらぬ」

 

「すごく解り易い悪役だけど、やっぱり頭にくる!

 絶対倒すよ、皆!」

 

 アリシアの合図に全員が各々の武器を構える。

 

「よかろう。 私に歯向かう事の恐ろしさを教えてやろう」

 

 アリシア達夢幻三剣士と妖霊大帝オドロームの戦いが始まった。

 役割通り、アリシア達が前衛として剣を振るい、魔法使いのプレシアが隙を狙って魔法で攻撃する戦術でオドロームに挑んだ。

 だが、ハジメの言った様に、オドロームは映画とは比べ物にならないほど強くなっていた。

 それは将軍の時の比ではなく、アリシア達四人掛かりでも大規模な攻撃をして疲弊したオドロームは互角以上の戦いをした。

 

 剣士を相手に直接戦う事を避け、オドロームは自身の幻影を作り出して本体を隠すかく乱をした。

 しかも只の幻影ではなく、相手を塵にする魔法を撃ち出す事の出来る分身のようなものだった。

 アリシア達は魔法を避けてたり伝説の剣で防いでオドロームを切り裂くが、煙のように消えてしまう幻影ばかり。

 幻影を倒すよりも生み出される方が早く、アリシア達の方が囲まれ分断されそうになる。

 

「全員集まりなさい!!」

 

 それに気づいたプレシアが呼びかけ、アリシア達は一か所に集まるが、無数のオドロームに包囲される事となる。

 

「厄介な、攻撃の出来る幻影とは…」

 

「どれが本物なのか分からない」

 

「ハジメさん、オドロームが強くなりすぎだよ!」

 

『僕もここまでとは予想外だ』

 

 素直にハジメもオドロームの強化具合に驚いていた。

 それだけアリシア達の総合戦力が高いのだろうが、その全員が束になって掛かっても苦戦するのだから難易度が高い。

 

 

――さあ、食らうがいい――

 

 

 オドロームたちが一斉に髑髏の杖をアリシア達に向ける。

 魔法のバリアで耐えようとアリシア達は準備するが…

 

「…数が多いなら、まとめて吹き飛ばせばいいだけよ!!」

 

 魔力を貯めて準備していた魔法をプレシアは解放する。

 

 

――プラズマスマッシャー――

 

 

 雷の魔力が一方向に放たれその先にいたオドロームをかき消すが、プレシアはその放射を維持したまま360度に撃ち放ち、全ての幻影を消し去った。

 本来瞬間的な直射魔法を維持しそのまま周囲を薙ぎ払いのは、膨大な魔力とそれを操る制御能力があって出来る荒業だった。

 

「ママ凄い!」

 

「母さん、大丈夫!?」

 

「はぁはぁはぁ…これくらい、どうってことないわ」

 

「凄まじい魔力だ。 相性が良ければ夜天の主に選ばれていたかもしれん」

 

 周囲を力ずくで吹き飛ばし称賛されたプレシアだったが、その消耗もあまり無視出来るものではなかった。

 先の天候操作で疲労が溜まっており、そろそろ厳しいとプレシアは思っていた。

 

「…待て、本体のオドロームは何処だ?」

 

「そういえば…」

 

「ママが倒しちゃった? ってことは無いよね」

 

 アリシア達も簡単には倒せないと悟っており、幻影をすべて倒して姿が見えなくなってしまったオドロームに警戒をする。

 お互いに背中合わせになっても姿が見えない事に困惑するが、ふと気づいてバッと上を見上げたシグナムが声を上げる。

 

「上か!」

 

 オドロームは再び上空に位置し、魔力を貯めこんで生き物を塵に変える魔法を使おうとしていた。

 

「これで終わりだ。 塵と成るがいい!」

 

 放たれたオドロームの魔法にアリシア、フェイト、シグナムが即座にバリアを重ねて張るが、強力な塵化の魔法の威力に三人掛かりでようやく耐えていた。

 

「なんて魔力だ!」

 

「これじゃあ身動き出来ない!」

 

「どうすればいいの!?」

 

 オドロームの魔法に耐えるのに精一杯で、アリシア達はそこから一歩も動くことが出来なくなった。

 そんなことはお構いなしとばかりに、オドロームの魔法は照射が途切れない。

 

「…あなた達、もう少しだけ耐えなさい」

 

「ママ?」「母さん?」

 

「何か手があるのか?」

 

 消耗して蹲っていたプレシアが立ち上がり、三人に耐えるように命じる。

 

「手立てと言えるほどの事ではないわ。 今度はこっちから不意打ちを仕掛けるだけよ」

 

 プレシアは自身の足元にミッド式の魔法陣を展開する。

 

「横から攻撃を食らわせれば、少なくともこの攻撃は止められるわ」

 

「でも母さん、魔力が…」

 

 魔法の使い過ぎで大きく消耗しており、流石のプレシアの魔力も残り少なかった。

 

「このまま負ける訳にはいかないでしょう。

 …行ってくるわ」

 

 そういってプレシアは転移魔法を発動し、バリアの中から姿を消した。

 次に現れたのは上空のオドロームのすぐ後ろ。

 

「なに!?」

 

「食らいなさい!」

 

 

――サンダーレイジ――

 

 

 転移したプレシアは、即座にサンダーレイジを発動してオドロームに放った。

 

「おのれ! 転移までするか!」

 

 だがオドロームも妖怪達の親玉にして、強力な魔法を使う強大な魔法使い。

 プレシアの転移魔法を幾分早く察知してその存在に気付き、放たれるサンダーレイジに対してアリシア達に放っていた塵化の魔法を向ける事で迎え撃った。

 サンダーレイジと塵化の魔法が正面からぶつかり合い、お互いに負けるまいと魔力の押し合いになる。

 

「ハアァァァァァ!!」

 

「オオォォォォォ!!」

 

 ぶつかり合う魔法が圧力を生み、衝突点に否応無しに力が高まっていく。

 そして僅かな時間の拮抗が崩れ、高まった魔力の圧力が解放されプレシアとオドロームの至近距離で爆発した。

 

 

――ドオオォォォォンン!!――

 

 

「ママー!!」「母さんッ!!」

 

 強力な魔法使い同士の魔法の衝突はそれ相応の破壊力を生み、双方を魔力の爆発が一瞬で飲み込んだ。

 爆発の衝撃が過ぎ去ると空は煙が巻き起こって、どうなったのか結果見えない状態にあった。

 爆発に飲まれたプレシアに、アリシアとフェイトは呆然と煙を見上げている。

 その中から煙の尾を引いて落ちてくる何かがあった。

 

「あれは…母さん!?」

 

 それに気づいたフェイトが飛び上がり、アリシアとシグナムも続く。

 落ちてくるそれに黒いマントを見たフェイトがプレシアだと判断して、落ちてくる先に回り込んで受け止めた。

 

「え?」

 

 だが、受け止めたフェイトの腕に人の重みを感じさせるものがなく戸惑いを覚える。

 間近で確認して、それは確かにプレシアのマントを含めたバリアジャケットだった。

 しかし衣の中にプレシアはおらず、その隙間から零れ落ちる塵しか入っていなかった

 

「ママ…」

 

「姉さん、母さんは…」

 

「たぶん、オドロームの魔法で…」

 

 フェイトもアリシアもオドロームの魔法の効果で、プレシアは塵にされてしまったのだと察した。

 竜の汗の蘇生効果は一回だけでもう復活は出来ない。

 それを示すかのように、主を失ったバリアジャケットも編まれた魔力が解けて光になって消えていく。

 

「姉さん、これ、夢だよね…。 母さんホントに死んだりしてないよね」

 

「うん、その筈だけど…。 そうだよね、ハジメさん」

 

『たぶん家の方で目覚めてるとは思うけど…。

 気になるようだから、月夜ちょっと様子を見に行ってくれるか?』

 

『はい』

 

 月夜はプレシアの無事の確認にテスタロッサ家に向かう。

 

「………ママったらフェイトを心配させて! 起きたらちゃんと叱らなきゃ!」

 

「だ、大丈夫だよ姉さん! 母さんが無事ならそれで」

 

「ダメだよ! だってママだけでオドローム倒しちゃったんだよ!

 私達が主役なのに半分以上ママに活躍を取られちゃった。

 これで終わりなんて、なんか納得いかない!」

 

 アリシアの言い分ももっともなくらいに、確かにプレシアの活躍は大きかった。

 将軍をそれぞれ一人ずつ倒したのが、アリシア達唯一の活躍ではないだろうか?

 

「安心しろアリシア」

 

「シグナムさん?」

 

「どうやらまだ物語は終わってないらしい」

 

「「!!」

 

 シグナムの言葉の意味をアリシアもフェイトも直ぐに察し、爆発の煙が晴れた中から一つの影が浮かんでいる事に気づいた。

 

「ぐぅぅ、雷の魔女め。 三剣士を警戒しすぎて油断したわ。

 まさか私にここまでの傷を負わせるとは…」

 

 オドロームは双方の魔法の爆発に耐え、負傷はしたようだが健在だった。

 その姿を確認したアリシアとフェイトは剣を抜いて即座に飛び掛かった。

 

「ヤアァァァァ!!」

 

「オドローム!!」

 

 夢であってもプレシアがやられたことは二人にとって衝撃的で、沸き上がった感情に敵を討たんと攻撃を仕掛けた。

 

「見くびるな、その程度!」

 

 攻撃を仕掛けてくる二人に、オドロームは再び幻影を使って攪乱する。

 しかし感情に任せて飛び掛かった二人は幻影が現れても余計な事は考えず、手近な幻影に即座に切りかかる力任せの行動に出た。

 余計な判断をしなくなった二人の行動は早く、移動魔法のソニックムーブを多用して高速で動き回り、負傷で生成速度が遅くなった幻影が増えるより早く減らす事でオドローム本体を絞っていった。

 オドロームもあっという間に幻影が消されていく事に驚き、フェイトが自身に切りかかろうとしている事に気づいたのは目前だった。

 慌てて杖をかざして黒金の剣の一撃を受ける事で身を守るが、杖の木の部分は切断されて長さが半分になってしまう。

 

「!? こいつが本体!」

 

 同時に本体を見破られてしまうが、直情的に剣を振るうフェイトの動きは解り易く、オドロームも落ち着きを取り戻して回避することが出来た。

 フェイトが本体を暴いたことにアリシアもすぐに気づいて向かっていくが、オドロームも夢幻三剣士相手に接近戦をする気はなかった。

 斬られた杖の先の髑髏を外すと掴んでいた木の部分が手の様になって、向かってきていたフェイトに巨大化しながら伸びて掴み捕らえた。

 

「あっ!」

 

「その程度でこのオドロームが倒せると思うな」

 

 更に木の腕でフェイトを振り回し、同じく向かってきていたアリシアにぶつけた。

 

「フェイト!」

 

「ごめん、姉さん!」

 

 フェイトを避ける訳にもいかずアリシアが木の腕ごと受け止めるが、それはオドロームの狙いだった。

 

「隙だらけだ」

 

「あ、まず!」

 

「姉さん、逃げて!」

 

 杖から取り外した髑髏を向けられて、アリシア達は狙われている事に気づくが対処しきれない。

 

「塵と成れ!」

 

 アリシアとフェイトは避けられないと察して咄嗟に目を瞑るが…

 

「私を忘れてもらっては困る!」

 

 魔法の射線にシグナムが割り込んで、真紅の剣で塵化の魔法を受けた。

 

「シグナムさん!」「シグナム!」

 

「二人とも、プレシアがやられたから仕方ないが戦場で冷静さを失うな。

 落ち着きを無くせば安易に隙を突かれることになる。

 アリシア、フェイトを掴んでいる木を斬れ」

 

「うん」

 

 シグナムはオドロームの攻撃を警戒して二人の前で剣を構え、アリシアがフェイトを捕らえる木の腕を白銀の剣でバラバラにした。

 

「少々不利か…。 ここは一旦引くとしよう」

 

 状況が不利とみてオドロームは撤退を即座に決断した。

 魔力を大きく消耗しており、何も障害物の無い空中で三剣士相手に立ちまわるのは分が悪く、決着を着けるには仕切り直しが必要と判断した。

 オドロームがローブを靡かせて後方に飛ぶと、後ろの空間に穴が開いてそこに飛び込んでいく。

 

「逃げる気か!」

 

「姉さん、オドロームが!」

 

「こら! 逃げるなー!」

 

 アリシアが文句を言うが、その程度でオドロームが従うわけはない。

 

「ここは引かせてもらう。 私を倒したくば妖霊城まで来るがいい」

 

 そう言い残してオドロームは空いた空間に消えていき、その空間の穴も自然と閉じた。

 

「逃げられたか」

 

「そう…だね」

 

「あーもう! 悔しい! ママの敵討ち出来なかった!」

 

「しかたない。 決着は次の機会だ」

 

「むー!」

 

 プレシアがやられた事に腹を据えかねているアリシアは、まだ落ち着かない様子だった。

 フェイトもプレシアがやられた事に気持ちが昂っているが、アリシアより大人しい性格からかシグナムの言葉に自制出来ていた。

 

『我が主、今戻りました』

 

『ハジメ、あの後どうなったか教えて頂戴』

 

「ママ!」「母さん!」

 

 モニターの向こうからプレシアの声が聞こえた事で、二人はようやく落ち着きを取り戻し始めた。

 

 

 

『そう、やられたの私だけって事。

 相打ち覚悟だったとはいえ、一方的にやられたら立つ瀬がないわね』

 

 あの後どうなったのか説明を受けたプレシアは、オドロームが生き残った事を悔しがっていた。

 

「何言ってるのママ! あのままママがオドローム倒しちゃったら、私達の立場がないよ!」

 

「でも、母さんがちゃんと無事でよかった」

 

 プレシアの無事を確認してフェイトと文句を言っていてもアリシアも安心していた。

 

『ハジメ、夢の世界への復帰は出来ないの?』

 

『流石にリタイヤしたら新たにゲームを始めない限り、同じ人の参加は無理だよ』

 

『まあ、そうでしょうね。

 そういう訳だから、私はこの先一緒に戦う事は出来ないわ』

 

「いいよ、ママは十分活躍しすぎだもん。

 後は私達でオドロームを倒して、ゲームクリアするから」

 

「大丈夫、母さんがいなくても私達で何とかするから」

 

『そ、そう…』

 

 二人に悪意は無いのだろうが、必要無いと言われて内心気を落とすプレシア。

 

「それでオドロームの待ち構える妖霊城に向かえばいいのだろうが、どうやって向かえばいい?」

 

「それは私が説明するわ」

 

 どこからともなく現れたリンディがシグナムの問いに答えた。

 

「リンディさん、無事だったんだ」

 

「オドロームの大魔法に巻き込まれましたが、私も竜の温泉に入っていたお陰で助かりました」

 

 リンディも一度死んで復活したらしい。

 

「私もすぐに復活しましたが、皆さんとオドロームの戦いが始まったので巻き込まれないように隠れていました。

 プレシアさんの事は残念でしたが、私では大した力にはなれず申し訳ありません」

 

「え、でもママは…」

 

「アリシア、リンディはこの世界の住人だから…」

 

「あ、そっか」

 

 夢の世界の人物は現実世界を認識しないので、モニターから顔を見せているプレシア達の存在はスルー。

 雷の魔女プレシアは妖霊大帝オドロームとの戦いで死んだのだ。

 それを察したアリシアはとっさにアドリブで対応する。

 

「ママが死んじゃったのは残念だけど、落ち込んでばかりいられないよ。

 早くオドロームを倒して世界を平和にしないとね。

 そうだよねフェイト!」

 

「え? う、うん、姉さん…」

 

 フェイトは気まずそうにモニターの向こうのプレシアを見ながら相槌を打つ。

 

『私、死んだことに…』

 

『夢の世界での話ですからね』

 

『でも、アリシアが…アリシアが…』

 

『他意は無いですよ…きっと』

 

 アリシアに死んだことにされたプレシアがショックを受け、ハジメにフォローされる。

 それを認識出来ないリンディはアリシアの言葉に感動する。

 

「立派です、白銀の剣士アリシア!

 私も最後まで皆さんのサポートを務めさせていただきます!

 オドロームの居城である妖霊城は夢世界の奥の奥。 悪夢の領域と呼ばれるところにあります。

 これまで妖霊軍の守りが激しく攻め込むことも出来ませんでしたが、今回の戦いで妖霊軍も大きく疲弊したはず。

 今なら敵の数が減って容易に乗り込む事が出来ます」

 

「では今がチャンスなのだな」

 

「そうです。 悪夢の領域へは夢の回廊を通っていく必要があります。

 そして夢の回廊を通るには夢幻獣の力を借りる必要があります」

 

「オドロームの所まで行くのにすごく手間がかかるんだね」

 

 遠回りに感じる説明を聞いて、アリシアは少しやる気が削がれてしまう。

 

「そうでもありません。 皆さんを運ぶ夢幻獣は私が呼び寄せる事が出来ます。

 妖精も夢幻獣の一種ですので」

 

「じゃあ、早速お願いします!」

 

「任せてください」

 

 そういってリンディは夢幻獣を連れてくるために一旦姿を消した。

 

 少しすると夢幻獣を連れて戻ってくる。

 

「お待たせしました。 この子たちが皆さんを運んでくれる夢幻獣たちです」

 

 紹介された夢幻獣の一体は角と羽を生やした馬のような動物。

 ハジメには見覚えがあり、映画でのび太が妖霊城に向かうときにどこからともなく現れた動物だった。

 これにはのび太と同じ白銀の剣士のアリシアが乗る。

 

「あ、アルフ!?」

 

「ようやく会えたよフェイト…。

 一緒の夢にいるはずなのに、アタシはずっとなんだかよくわからない場所を彷徨ってたんだよ」

 

 フェイトの乗る夢幻獣はアルフだった。

 実はアルフも夢アンテナを貰ってゲームの参加していたが、これまで役割(ロール)が回ってこず出番待ちだった。

 

「夢幻獣とはお前か、ザフィーラ…」

 

「お前とは初対面の筈だが?」

 

「…そうか」

 

 アルフと対を成すように最後の夢幻獣に選ばれたのはザフィーラ。

 シグナムが騎乗する事になるが、現実のザフィーラはアンテナをつけていないのでリンディやなのは、ヴィータと同じ夢世界の住人という事になる。

 故に面識があるわけではなく、ザフィーラがシグナムの事をわかるはずは無かった。

 

 守護騎士最後のシャマルも実はいたのだが、砦の衛生兵をしておりアリシア達と会うことなく攻撃に巻き込まれて退場となった。

 その事実はハジメすらも知らない。

 

「では行きましょう。 夢幻獣に送ってもらえば妖霊城に直ぐに行けます」

 

「よし。 じゃあ、出っ発ぁーつ!」

 

 アリシアの号令で騎乗すると夢幻獣は飛び立ち、空中に開いたピンク色の光が渦巻く夢の回廊に突入した。

 

 

 

 夢の回廊を駆け抜けて、その先の黒い空間に引き込まれるようにして突き抜けると、妖霊城のある悪夢の領域にたどり着いた。

 アリシア達は妖霊城に忍び込もうと考えたが、オドロームが三人を待ち構えるために城の守りが厳戒態勢になっていた。

 各所に監視の兵が配置され、正門以外は結界によって封鎖されており潜り抜ければすぐに見つかる。

 容易に忍び込めそうなところがなく、協議の末に大火力の魔法で正門を吹き飛ばして道を作る正面突破となった。

 

「アタシも戦うよ! ずっと待ってるだけで退屈だったんだ」

 

「夢幻獣は空と夢を駆ける力は優秀ですが、悪夢から生まれた妖怪達とは相性が悪いのです。

 私もそうですが夢幻獣は彼らと戦う事は出来ません」

 

「え、じゃあアタシは留守番かい?

 そう言われてみればこっちじゃ人型になれない!」

 

「それなら仕方ないよ。 アルフは隠れて待ってて」

 

「アタシの役目、たったこれだけ!?」 

 

 不服そうにアルフはアリシア達の戦いが終わるのを待つことになった。

 

 

――プラズマスマッシャー――

 

 

 正門をフェイトの砲撃魔法が吹き飛ばし、城の中へ三人が突入する。

 砲撃魔法に巻き込まれ倒れている者もいたが、城の中には多くの兵士が待ち構えていた。

 

「いくよ、二人とも!」

 

「うん!」「ああ!」

 

 敵の居城での最後の戦いが始まった。

 城の兵士と言えども伝説の剣を振るう三人を止められる者はおらず、ばっさばっさと敵の兵士を倒して進んでいく。

 しかしラスボスの本拠地だけあって兵士の数は多く、一人ずつ切り倒していて時間が掛かっていた。

 そこで今度はアリシアが魔法を使って兵士を纏めて倒そうとしていた。

 

「そこまでだ。 我こそは妖霊将軍最後の一人…」

 

 

――サンダースマッシャー――

 

 

 完成したアリシアの魔法が放たれ、正面にいた敵を纏めて吹き飛ばした。

 何か言おうとしていた敵の一人ごと。

 

「どうフェイト! 私もママ達と同じ魔法も使えるようになったんだから!」

 

「うん、でもあまり無理しないで。 オドロームが待ってるんだから魔力を温存しなきゃ。

 どうしたの、シグナム」

 

「………いや、なんでもない。

 一応敵だ。 倒してしまったのなら仕方ない」

 

 騎士として名乗りくらい聞いてやりたいと思ったシグナムだが、あっという間に倒れてしまってはその程度と割り切った。

 アリシアの砲撃魔法の音でよく聞こえなかったが、一撃で倒れたのなら大した相手ではないだろうと思った。

 ちなみのその敵は髭面に角を生やした小鬼のような姿をしていた。

 

 敵兵をアリシア達は無双しながら城の奥へと進んでいき、ついに玉座のある大広間に出た。

 広い部屋の先に妖霊大帝オドロームがおどろおどろしい形の木でできた玉座に座っていた。

 手には髑髏が乗った木の杖が元通りになっている。

 

「よくきたな。 やはり雑兵では夢幻三剣士を止める事も出来んか」

 

「覚悟してオドローム! ママの敵討ちも含めて貴方を倒す!」

 

「不用意に突っ込むなよアリシア。 わかってはいるだろうが一筋縄ではいかない相手だ」

 

「無理しないで姉さん。 母さんは生きてるんだから冷静に」

 

「大丈夫。 ママの敵討ちって言った方がカッコいいから言っただけ。

 ちゃんと落ち着いているよ」

 

『カッコいいわよ、アリシア』

 

「もう、雰囲気壊れるから死んじゃったママは口を挟まないで!」

 

『ハジメ、アリシアが何だか最近すごく辛辣なの。 これが反抗期なのかしら…』

 

『ご家庭でよく話し合ってください』

 

 現実のプレシアが口を挟んだ事で少しグダグダになったが、オドロームが動き始めた事で三人は気を引き締める。

 

「ここは私の居城にして我が領域。 ここでは私はこの領域に満ちる魔力を自由に使うことが出来る。

 すなわちここでは私は常に全力で戦うことが出来るという事だ。

 先ほどのようにはいかんぞ」

 

「来るぞ!」

 

 シグナムの言葉にオドロームは立ち上がると、分身を一斉に生み出して襲い掛かってきた。

 前の戦いよりも生成速度が速く、前と同じように戦っては倒しきれないだろう。

 だがアリシア達は前の戦いよりも素早く動いて、三人掛かりで分身の攻撃を掻い潜りながら一閃してあっという間に倒していく。

 

「何? 前よりも早くなってる?」

 

「ちゃんと作戦は練ってきたんだよ!」

 

 アリシア達も無策で正面から攻めてきたわけではなく、準備はちゃんとしていた。

 今度は補助魔法をアリシアがフェイトとシグナムにもかけて、能力にブーストを掛けてきている。

 効果の持続時間も考慮して、玉座の間の前で掛け直しており、オドロームとの戦いが終わるまで効果が切れないようにちゃんと考えている。

 能力の上がった三人に、オドロームの脆い分身では生成速度が上がっても抑える事は出来なかった。

 

「もはやこの程度では魔力の無駄にしかならんか。 ならば…」

 

 オドロームは分身を生み出す事をやめて、玉座に再び座りなおした。

 

「あれ、座った。 まさか諦めたの?」

 

「そう思うか?」

 

 三人を前に椅子に座って、無防備な態勢に見えても余裕のある声で問いかける。

 

「貴様、なんの真似だ」

 

「ここまで辿り着いた貴様達に敬意を表して、私も本気で戦おうをいうのだ。

 妖樹の玉座よ! 我が魔力を糧とし、その真の姿を現すがいい!」

 

 オドロームがそう命じると玉座が蠢き出して、ぞわぞわと木の枝や根をを伸ばして巨大化していく。

 座っていたオドロームはその蠢く樹に包み込まれるように取り込まれる。

 玉座はもともとの巨木となり、葉を生やさないまま形を人の様にも見える形に変え、最後にその幹からオドロームの形の顔が現れた。

 

「これぞ私の真の姿。 この姿になった以上、お前たちに勝ち目はない。

 ただ死に物狂いで足掻くだけの道化となるのだ」

 

「こんなの全然知らないんだけど、ハジメさん!」

 

『これは驚愕の展開だ』

 

 ハジメも原作の映画とあまりにかけ離れた展開にかなり驚いている。

 オドロームからの威圧感も高まっており、アリシアも啖呵を切ったのに尻込みをしてしまう。

 シグナムとフェイトもオドロームの魔力を感じて最大限に警戒をする。

 

「では行くぞ。 私をこの姿にさせたのだ。 簡単には死んでくれるな」

 

 巨大な樹の怪物と成ったオドロームは、多数の枝を触手のように動かして一斉にアリシア達に向かって突き出した。

 アリシア達は散開するように回避すると、枝は床を貫いて無数の穴を開けた。

 枝は更に蠢き、バラバラに動いてアリシア達に襲い掛かる。

 

「きゃあ! なにこれ!」

 

「姉さん、気をつけて!」

 

 三人は空も飛んで枝を回避するが、枝は伸縮も自在でオドロームから多少離れていても容易に攻撃は届き、間合いを見切れないアリシアとフェイトは回避に精一杯だった。

 戦闘経験の豊富なシグナムは些か余裕があり、真紅の剣で枝を斬るが僅かに傷つける事しかできない。

 

「ならば、レヴァンティン!」

 

 真紅の剣を鞘に納めて、使い慣れたレヴァンティンを起動させる。

 

「紫電一閃!」

 

 炎の魔力の籠った斬撃ならばとレヴァンティンを枝に振るうが、それでも僅かに傷つけるだけだった。

 

「なに!?」

 

「無駄な事を。 この樹の体には私の魔力が大量に流れている。

 生半可な魔力の一撃など私の強大な魔力が弾き返す。

 その程度の炎の魔力では、この樹を焼く事など出来ん」

 

「しまった!」

 

 自慢の一撃が通用しなかったことで不意を突かれ、シグナムはオドロームの枝に捕まってしまう。

 

「シグナムさん!」

 

「姉さん、危ない!」

 

 気を取られたアリシアの後ろに枝が迫る。 それを見たフェイトが咄嗟にアリシアを助ける為に突き飛ばし、代わりに迫って来ていた枝に捕らわれてしまった。

 

「フェイト!」

 

「さあ、あとはお前だけだ、白銀の剣士。

 この樹は捕らえた者の魔力と精気を奪う。

 一度捕らわれれば抜け出す事は出来ん」

 

「力が入らない…」「不覚…」

 

 捕らわれたシグナムとフェイトは抜け出そうとするが力が入らず、弱弱しくもがく事しかできない。

 

「待っててフェイト、シグナムさん! 今助けるから!」

 

 二人を助けるために捕らえた枝を斬ろうと飛び上がるが、それを阻もうと他の枝が立ち塞がる。

 

「邪魔ー!」

 

 アリシアは渾身の力を込めて白銀の剣で斬りつけるが、大きな傷をつけるだけで切断するまでには至らない。

 それでも先ほどのシグナムの攻撃よりも、アリシアの攻撃の方が大きな傷を枝に作っていた。

 

「流石、伝説の剣の中でも清らかな力を持つ白銀の剣。

 我が邪気の籠った魔力を弱めるか」

 

「効いてるの!?」

 

 オドロームの様子から白銀の剣が有効だと分かったアリシアは、再び剣を振りかぶって枝を今度こそ斬ろうとする。

 

「だが、力不足だ!」

 

「きゃあ!」

 

「姉さん!」「アリシア!」

 

 一本の枝に再び大きな切り傷を作ることが出来たが、オドロームの操る枝は他にもある。

 一斉に振るわれた枝の攻撃にアリシアは受けきれず、吹き飛ばされて床に転がった。

 痛みに耐えながらアリシアは白銀の剣を杖にして何とか立ち上がる。

 

「ううぅ、な、なんで白銀の剣なのにオドロームを倒せないの…」

 

 映画では無敵の剣を誇った白銀の剣が、オドロームにあまり効かない事にアリシアは愚痴をこぼす。

 

「無理しないで! 姉さんだけでも逃げて!」「くそ、何とか抜け出せれば…」

 

 フェイトは弱々しく立ち上がるアリシアに逃げるように促し、シグナムは捕らわれている自分を不甲斐なく思い、何とか抜け出せないかともがき続ける。

 

(『離しなさいハジメ! ゲームを強制終了させてアリシアとフェイトを助けるのよ!』『ダメですってば。 後でアリシアに怒られますよ!』)

 

 現実ではゲームを終わらせればピンチのアリシア達を助けられると、プレシアは夢見る機を強制終了させようとしており、それを止めようとハジメ達は奮闘していた。

 最終決戦の邪魔にならないように、現実世界からのモニターは映らないようにしてある。

 

「ではトドメだ、白銀の剣士よ。 お前は串刺しにしてから妖樹の養分にしてやろう」

 

「姉さん、逃げて!」「アリシア、逃げるんだ!」

 

 いくつもの枝の鋭い切っ先がアリシアに向けられる。

 

「伝説の剣なんだから、オドローム倒せるくらいの力をちゃんと出してよー!!」

 

 アリシアが大声で愚痴を吐き出すと同時に枝が一斉に襲い掛かる。

 

 

――キイィィィンンン!!!――

 

 

 その瞬間、白銀の剣が輝きを放ち、襲い掛かる枝をその光が跳ね除けた。

 

「なんだ、何をした白銀の剣士?」

 

「なにこれ?」

 

 突然輝きだした白銀の剣に皆が様子を窺う。

 白銀の剣はアリシアの手を離れて浮かび上がり、同じようにアリシアが魔法に使用するネックレス状の簡易デバイスが白銀の剣の光を浴びて浮かび上がる。

 デバイスは引かれる様に白銀の剣に向かい、二つが接触するとさらに眩しい光を放った。

 

「眩しい!」

 

「なんという忌まわしい輝き!」

 

 間近で見た輝きにアリシアは目が眩み、オドロームは己を蝕む清浄なる光にアリシアを取り囲んでいた枝を反射的に引かせてしまう。

 その強い光が収まると、アリシアの前には鍔の部分にデバイスであることを示す水晶体が収まった白く煌めく白銀の剣が浮かんでいた。

 

「白銀の剣とデバイスが合体した!?」

 

「一体どうして…」

 

「私にもわからんが、さっきまでの白銀の剣と違いアリシアの魔力が強く籠められているのを感じる。

 アリシア、その剣を手に取れ!」

 

「う、うん…」

 

 誰もが状況を飲み込めていないが、シグナムは剣の変化が悪いものではないと判断。

 シグナムの指示に従いアリシアが柄を握ると、白銀の剣はアリシアの魔力を取り込んで刀身に纏う様に魔力の刃を作り出した。

 

「死ねぇ!」

 

 白銀の剣とアリシアの魔力が一つになった力に嫌な感じを憶えたオドロームは、不意を突くように再び枝で串刺しにしようと襲い掛かる。

 

「え!?」

 

 

――キキキキキキン!!――

 

 

 それにアリシアは反応出来ずとも白銀の剣は反応し、持ち手が困惑したまま剣は振るわれて全ての枝を迎撃する。

 しかも今度は全て一太刀でオドロームの枝を切り落とす事が出来ていた。

 

「なんだと!」

 

「あれ、斬れちゃった…」

 

「姉さん、すごい!」

 

「白銀の剣の威力が上がっている。 デバイスと一つになった事でアリシアの魔力がそのまま剣の力になっているのか」

 

 剣の力が上がった理由をシグナムが考察する。

 

「もう、パワーアップ出来るなら最初からやってよ。

 これなら戦える!」

 

 

――ブリッツアクション――

 

 

 オドロームの枝を斬れると分かったアリシアは、未だ捕らわれている二人を助けるために移動魔法で急接近して拘束している枝を斬ろうと思った。

 それをデバイスと一体化した白銀の剣が応え、剣技の延長として自動で移動魔法を発動させ、高速で移動中に剣を振るって二人を拘束していた枝を切り裂いた。

 

「何ッ!!」

 

「枝が斬れてる!?」

 

「今の一瞬で切ったのか!」

 

「あれ? …ウソ、今私がやったの?」

 

 その動きに誰も反応が出来ず、アリシア自身も枝を斬ろうと思った直後にすべてが終わっていた。

 拘束していた枝がバラバラになり、フェイトとシグナムは自由を取り戻してアリシアの元に集まる。

 あまりの絶技に本人も含め、誰もが驚いている。

 

「すごい! それでこそ白銀の剣だよ!」

 

「ありがとう、姉さん」

 

「すまない、助かった」

 

「ううん、全部白銀の剣のお陰だし。

 そうだ! フェイトとシグナムさんも剣をデバイスと合体出来るんじゃない?」

 

「あ、そうかも」

 

「やってみる価値はあるな」

 

 二人もアリシアに倣い、剣とデバイスを合体させる様に重ね合わせる。

 するとアリシアの時よりは輝きは劣るが光を放って、剣とデバイスは一つになる。

 

 フェイトの黒金の剣は白銀の剣と同じようにデバイスコアは鍔に収まり、柄の部分はバルディッシュがベースの意匠に変わっている。

 逆に刀身の部分は元のままに近いが、魔力の刃が纏われて合計三メートルを超える子供のフェイトには巨大すぎる大剣になっている。

 それでもフェイトには一切の負担は無いようで軽々と振り回している。

 

「すごく大きくなったね」

 

「なんだかザンバーフォームみたい」

 

 シグナムの真紅の剣は合わさったことで形状のベースがレヴァンティンとなり、色だけが真紅になっているのが真紅の剣の名残だった。

 アリシア達の様に刀身に魔力の刃が重ねられているが、その面積は小さく剣としての形状の変化はほぼ無いと言えた。

 だが魔力の刃が小さい割に込められている魔力は白銀の剣と大差はなく、剣が振るわれた時にその威力が発揮されるとシグナムにはわかった。

 

「剣から魔力だけではない湧き上がるような力を感じる。

 これが夢なのが残念としか思えない高揚感だ」

 

「剣を見て笑ってるシグナムさん、何だかちょっと怖いような…」

 

「シグナム、オドロームが来る!」

 

 少し恍惚とした表情を見せていたシグナムをフェイトが正気に戻して、三人はオドロームの動きに注意して剣を構える。

 

「それが伝説の剣の真の力という訳か。

 伝説と呼ばれるに違わぬ凄まじい力だ。

 ならば一切手心を加える必要はあるまい」

 

 オドロームは自身の魔力を全開で引き出し妖樹に力を与える。

 妖樹はオドロームの魔力を溢れさせておどろおどろしいオーラを纏い、斬られた枝を一瞬で生やし先ほどよりも数を増やしてアリシア達に向ける。

 

「さあ、死ぬがいい!!」

 

 全ての枝の先から塵化の魔法が放たれ、放たれた魔法を追う様に鋭い枝がアリシア達に向かう。

 アリシア達は剣を翳して防御魔法で塵化の魔法の雨に耐え、追撃の枝の刺突も剣で切り裂き回避して逃れた。

 

「アリシア、フェイト、少し時間を作ってくれ」

 

「了解!」「わかった」

 

 アリシアとフェイトがシグナムの前に立ち、オドロームの魔法と枝攻撃を受けて壁となる。

 

「さあ、行くぞ、レヴァンティン」

 

 真紅の剣と呼ばず愛剣のレヴァンティンと呼び、同化した事で付属されたカードリッジシステムをロードする。

 

「二人とも下がれ!」

 

 準備の出来たシグナムはアリシア達に前から退く様に指示する。

 すぐに反応した二人は退避すると、壁となっていた二人がいなくなったことでシグナムに攻撃が殺到する。

 

「紫電一閃!!」

 

 波のように襲い掛かった無数の枝を、シグナムの一閃がまとめて両断し、炎の斬撃となって真っ直ぐオドローム本体までの道を文字通り切り開いた。

 妖樹の纏ったオーラが本体への炎の斬撃を防いだが、一斉に攻撃を仕掛けていた枝は殆どが焼き切られて、すぐに再生するが一時的に動かせる枝のほどんどを失った。

 

「なんだと!?」

 

「今度は私が!」

 

 フェイトが空中に留まり魔法陣を展開する。

 魔力が巨大な刀身に集まっていき、フェイトもまたカートリッジをロードして魔力を黒金の剣に注ぎ込んでオドロームに向ける。

 

「プラズマザンバーブレイカー!!」

 

 雷光の砲撃が黒金の剣から放たれ、オドロームを飲み込まんばかりの威力で向かっていく。

 オドロームは魔法を砲撃に放つことで迎え撃った。

 

「カアアァァァ!」

 

 全力で放った塵化の魔法はフェイトの砲撃魔法を受け止めて中間でぶつかり押し合いになる。

 

「この私に魔法で敵うと思うな!」

 

 魔法に更に魔力を注ぎ込むことで威力がさらに増し、フェイトの砲撃魔法がゆっくりと押され始める。

 

「グウゥゥぅ!!」

 

「フェイト、頑張って!」

 

「ゥゥウ、カートリッジ、ロード!」

 

 アリシアの応援を聞いて、フェイトは力を振り絞り更にカードリッジから魔力を追加する。

 押されていた砲撃魔法は勢いを取り戻い、オドロームの魔法を押し返し始める。

 

「私が押されている!?」

 

「ぁぁぁあああ!! これが私の全力全開! ハアアァァァァ!」

 

「グアアアァァァァァァ!!」

 

 嘗て戦った時のなのはを思い出し、それに倣って全てをぶつけるつもりで砲撃魔法に力を籠める。

 砲撃魔法は塵化の魔法を押し切り、オドロームの妖樹を飲み込んだ。

 魔法を撃ち終えるとフェイトは息を切らしており、直撃を食らったオドロームは原形を留めているが妖樹全体を雷の魔力に焼かれ、放たれていた魔力のオーラも攻撃に耐えるために減衰していた。

 

「はぁはぁはぁ…姉さん、あとはお願い…」

 

「まかせて!」

 

 攻撃が終えるのを待っていたアリシアがフェイトの後ろから飛び出す。

 

「よ、寄るなぁ!」

 

 魔法で迎撃する力も残ってないのか、焼かれているが形を留めている太い枝を動かして自身が収まっている幹を守るように身構える。

 それを気にせずアリシアは白銀の剣を振りかぶり、上から一気にオドロームに向かっていく。

 

「いっけええぇぇぇ!!」

 

 力一杯振り下ろした白銀の剣はその瞬間に再び強い輝きを放ち、オドロームを防御ごと縦一閃に光の斬撃が貫いた。

 斬撃の軌跡がオドロームの体の中心を走り、斬った後も光の残照を残している。

 

「馬鹿な…この私が消えていく」

 

 白銀の剣の一閃を受けたオドロームは身動きすることなく、斬撃の後から光の粒子が舞い上がっていく。

 それが全身に広がるようにして、オドロームの体はゆっくりと消えていった。

 アリシア達はそれを最後まで見届けてようやく勝った事を実感する。

 

「んんん、勝ったー!!」

 

「やったね、姉さん!」

 

「見事な一撃だった」

 

 オドロームを倒したことを和気藹々と喜ぶアリシアとフェイト。

 シグナムも激戦を制したことに満更でもない表情で笑みを浮かべている。

 

『お疲れさま。 ようやく終わったね』

 

「あ、ハジメさん。 もう大変だったよ。

 映画を見た時と全然違うんだもん」

 

『まあ、僕もいろいろ驚きっぱなしだったよ』

 

『お疲れさま、アリシア。 カッコよかったわよ』

 

「ママ」

 

『それからフェイト』

 

「え、はい」

 

『………あなたも頑張ったわね』

 

 口ごもった言い方ではあったがプレシアはフェイトを褒めた。

 どうしてもフェイトには素直になり切れないが、ちゃんと向き合うという気持ちがプレシアをそうさせた。

 

「っ! はい!」

 

 ちゃんと褒められたことにフェイトはとてもうれしそうに笑顔を見せる。

 それが気恥ずかしくなりプレシアは目を背けてしまうが、それでもフェイトは満面の笑みを見せていた。

 

「ママったら相変わらずなんだから。 途中でやられてリタイアしちゃった癖に」

 

『それは言わないで頂戴、アリシア』

 

 その後妖霊城の崩壊が始まり、迎えに来たリンディとアルフ達に乗ってアリシア達は城を脱出した。

 映画ではその後国を挙げてのパレードがあったが、アリシア達はそこまで興味はなくそのまま夢から覚める事を選んだ。

 ちなみにお姫様の配役にはやてが選ばれていた。

 

「お国の姫なんやから王国の為に結婚するのは仕方かもしれへんけど、顔も分からない相手やとなぁ。 え、伝説の夢幻三剣士が現れた? けど全員、女なんか。 そんならお嫁になんでもよさそうやな。 なんやて! 三剣士の一人がむっちゃ巨乳やと! そりゃあ見に行かへんと!」

 

 はやては王城から駆け出した。 しかし辿り着いた砦は壊滅して誰もいなかった。

 

 

 

 

 

「結構大変だったけど、夢幻三剣士面白かったね」

 

「夢とは思えないくらい、良い戦いが出来ました」

 

 戻ってきたアリシアとシグナムはハジメの前で感想を語る。

 フェイトはミッド世界から夢で繋がっていたので、この場にはいない。

 

「それは良かった。 いろいろ予想外の事ばかりだったが、楽しめたようで何よりだよ」

 

 アリシア達は満足していたが、ハジメは少しばかり自分がやらなくてよかったと思っている。

 プレイヤーの強さによって敵の強さが変わるなら、いろいろな世界でその特性と強さを得ているハジメがプレイしたら、敵がどれほどの強さになるか想像もつかない。

 やらなくてもよかった映画のストーリーとはいえ、興味本位で手を出していればどうなっていたか。

 なにせ、ゲームを終わらせないと、妖精が催促に来るくらいなのだから。

 

「そうだリニス、お願いがあるんだけど」

 

「なんですか?」

 

「私のデバイス、白銀の剣みたいなのがいい!」

 

「え!?」

 

 今は簡易デバイスを使っているアリシアだが、専用のデバイスをリニスが現在作っている。

 

「そ、そうですか。 そうなると完成にもう少し時間が掛かりますがよろしいですか?」

 

「うん、楽しみに待ってるね!」

 

「あはは…」

 

 苦笑いを漏らすリニスだが、その理由を知るハジメとプレシアは気の毒に思う。

 既にアリシアに用意されたデバイスは完成しており、お披露目間近だったことを。

 フェイトのバルディッシュに似通った形状に作られたデバイスは、流用出来る部品を除いてお蔵入りになるのだった。

 

 

 

 

 




 何とか書き上げましたが、最後は難産でした。

 手に汗握るような攻防というのはやっぱり難しいですね。
 お約束のラスボス第二段階とか、突然のパワーアップとかやってみましたが、パワーバランスに違和感を感じてしまいます。
 作者の書き方次第でキャラクターの強さをコントロールできますが、それでも話の流れに違和感を持たせないようにするのは大変です。
 パワーのインフレは嫌いじゃないですが、自分の主義として限度があると思っています。

 オドロームの設定についてはかなり盛りました。
 映画で木を身代わりにしたり杖を木の腕にしたりしていたので、オドロームは木の妖怪ではないかというイメージがあったので、そういう事にしました。
 それでも戦闘情報が元から少なかったので、魔法攻撃は全部塵化の魔法になってしまいました。
 星を落とす魔法もありましたが、無理に戦闘描写に差し込むことになりそうでしたので諦めました。
 もっとうまくやれないものかと未熟さを感じています。

 次回の更新はまだ未定です。
 あと数話ほどでリリカル編に区切りをつけたいと思っています。
 多重クロスなのにまだあまり世界観が広まっていませんからね。
 他の異世界修行編も考えないといけません。

 遅々として更新が進まないかもしれませんが、今後もよろしくお願いします


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第十五話 新たな事件

 GOD編始まりです。

 ゲーム版のストーリーですが、一作目の方のBOAの事件は起こっておらず、ある程度独自の設定で進めたいと思います。
 ゲームの敵の闇の欠片も記憶からの再現とかいろいろ無理があるので設定変更します。

 ゲームストーリーリメイクの新劇場版とは全く繋がりは無いです



 

 

 

 

 

 バードピアの研究所で、ハジメは四つの円柱型のカプセルを前にコンソールを操作している。

 カプセルの中には神姫達四人が寝かされており、ハジメは彼女たちの改良の最終チェックをしていた。

 それも終わりハジメは開閉ボタンを押すと、カプセルが開いて神姫達は直ぐに目を覚まし起き上がった。

 

「改良が終わったよ。 何か違和感はない?」

 

 各々がカプセルから出て自身達の体を動かして確認する。

 

「はい、なんともありません、マスター」

 

「私もです。 何も問題なく動作出来ます」

 

「ボクもなんともないと思うけど、前とあまり変わってない気がする」

 

「私も大丈夫なのです。 何か変わった感じがするのですが、それが何なのか分からないのです」

 

 神姫達に異常が起こっていない事にハジメは安堵して、どのような改良をしたのか説明する。

 

「あまり変化を感じていないというなら、問題の無い証拠だ。

 見た目の変化がないようにしたが、結構大きく改良を行なっている。

 例えばまず魔法を使えるようにした」

 

「魔法ですか!?」

 

「それってプレシアやアリシアみたいな?」

 

「魔力を生成する魔力炉を搭載し疑似的なリンカーコアにする事で、ミッド世界の魔法が使えるようにした。

 システムを起動すればどう使えばいいか分かるから、この後起動試験をしてみよう。

 たぶん他の魔法のある世界の理をパラレルエンチャンターで付与すれば、その世界の魔法も使えるようになる筈だ」

 

 疑似的なリンカーコアなどミッド世界の技術でもまだ開発されてないが、ハツメイカーでロボットが魔法を使えるようになる魔力炉をミッド世界の形式で要求したら、Cランクのリンカーコア位の低い性能だが作れるようになった。

 ただ少し性能が低いので、もう少し性能を上げるべくハジメは改良を重ねるつもりだった。

 

「で、その副次的なものとして、守護騎士プログラムを解析した技術を応用して皆に組み込んだ。

 体表スキンをプログラムで生み出す疑似魔法生体組織に置き換えてみたんだ。

 体の表面、つまり肌の質感が守護騎士達と同じ人間の体とまるで変わらない物になっている。

 これまでの人工皮膚も高性能だったけどこれで僅かな違和感もなくなって、外装は完全に人間と同じものだよ」

 

「あ、それなのです! 私の感じた違和感は。

 肌の感じが前と違っているのです!」

 

「気付きませんでした。 確かに以前の人工皮膚より人間と変わらない、普通の人の肌と同じです」

 

 肌触りに違和感を覚えていたレーナがすぐに気づき、エルも自分の体を確認して以前との違いに気づく。

 

「ではマスター、以前より体表の防御力が人間並みに落ちているという事ですか?

 人と同等の体表で一体どんな性能の向上効果が?」

 

「ハハハ、実直な性能を求めるリースらしいね…」

 

「リース、マスターは性能の事を考えてこういう改良をしたんじゃないと思うよ」

 

「そうなのか?」

 

 ハジメの意図からズレているリースにアイナが間違いを指摘する。

 

「より人間らしくあってほしいっていうのが、その改良の理由かな。

 防御面はFAのバリアがあるし、疑似魔導師化させたことでバリアジャケットも纏えるようになる。

 それにその体表は魔法プログラムで作り上げられているから、多少怪我をしても魔力があればリカバリー出来るから耐久性が下がったって訳でもない」

 

「なるほど、流石はマスター」

 

「実際に性能は向上してる訳か」

 

 ちゃんと性能も上がっていることに感心するリースとアイナ。

 

「と言っても体表だけが生体組織なだけで、内部構造は魔力炉と魔法システムを組み込んだ元の機械のままで大きな変化はない。

 内部構造まで損傷したらリカバリーが難しくなるから過信するほどの物でもない。

 魔法が使えるようになって外面(がいめん)がちょっとだけ良くなったというだけだ」

 

「では、グルメ世界で狩りをするにはまだ無理でしょうか?」

 

「そうだね、今回の改良はそれだけだけど、プランはあるから次の機会まで待っててくれ」

 

「はい…」

 

 期待が外れたようでリースは少し残念そうにする。

 以前行ったグルメ世界で、リース達神姫は火力不足でグルメモンスターをあまり狩ることが出来なかった。

 その時グルメ世界でも戦えるようにバージョンアップするとハジメが約束していたので、リースは今回の改良でそれを期待していた。

 

「リース、あんまり催促したらマスターが困っちゃうよ」

 

「ち、違う! 私はそんなつもりは!

 申し訳ありませんマスター! 決して私は催促した訳ではなく…!」

 

「そうだね。 皆とグルメ世界で狩りもしてみたいし、次の改造プランの準備をしておくよ」

 

 ハジメの中の神姫達の改造プランは、ドラゴンボール世界のロボット…人造人間たちの技術を持ってきて組み込むというものだ。

 グルメ世界のような超パワーバトル物の世界に通用するロボットとなると、人造人間たちくらいしか思いつかなかった。

 人造人間たちの技術を組み込めれば神姫達は大幅なパワーアップが出来るが、そうなるとドラゴンボール世界で鍛えたハジメの戦闘力を大幅に上回る事になる。

 元々護衛も兼ねた存在であり人格的に裏切るともハジメは思っていないが、神姫達に圧倒的に力が及ばなくなるのはマスターとして男として少し情けないと思い、その改造をちょっと躊躇していた。

 改造を行う前に人造人間と戦えるレベルまで強くならなきゃと、ハジメは再度ドラゴンボールの世界での修業を決めていた。

 

「すごいのですマスター! 良く触ってみたら人工皮膚とは別物の、モチモチしっとりの素敵な肌触りなのです!」

 

「そんなに良かったか。 それならしっかり調整した甲斐があった」

 

 女性の肌の設定なので、少し凝ってハジメは設定していた。

 

「はい! 胸も前よりハリと質感が良くなっているのです!」

 

「ブッ!」

 

「れ、レーナ! はしたないですよ!」

 

 大きな自分のおっぱいを持ち上げて見せつけるレーナに、ハジメは吹き出しエルが咎める。

 

「マスターの前でしたら何も問題は無いのです。

 それに男の人は大きな胸が好きだと情報にあったのです。

 それならマスターだって私の胸が好きなはずなのです」

 

「…そうなのですか、マスター?」

 

「答え辛い事を聞かないでくれるかな、二人とも」

 

 訝しむエルの眼を避けるようにハジメは目を逸らす。

 

「このボディを作ってくれたのはマスターなのです。

 それならこの胸にはマスターの愛情がたっぷり込められているのです」

 

「お願いだから黙って、レーナ。 そういう言い方はすごく恥ずかしい…」

 

 エル達みたいな美少女が好きではあるが、そこまで明け透けに女性の好みを言われては流石にハジメも羞恥心が溢れる。

 ハジメが戸惑っている横で、リースとアイナが自分の胸に手を当てながらレーナの胸と見比べる。

 

「マスターは胸が大きい方が好ましいのか?」

 

「………マスター! 僕のボディに異常がありました!

 胸が改造前よりちっちゃい気がする!」

 

「? スタンダードなサイズ設定のままだと思うけど?」

 

「いいや、絶対小さいと思う! マスターもおっきな方が好きなら、ボクの胸をおっきくしてもいいんだよ!」

 

「いや、僕は容姿を余計に弄ったりせず、標準通りの方が好きだから」

 

「なんでさぁ!」

 

 これ幸いと、胸を大きくしてもらおうと目論んだアイナが嘆き崩れる。

 

「マスター。 私は多少は胸が大きくなっても、戦闘に支障がなければマスターの好ましい胸に改造するのはいつでも構いません」

 

「お願いだから僕の嗜好を冷静に分析しないで」

 

 リースまで胸の大きさを語りだした事に、今回の改造を少しだけ後悔するハジメ。

 

「失礼するでござる、殿。 少しよいでござるか?」

 

「どうした、ドラ丸。 何かあったか?」

 

 そこへ研究室の扉からドラ丸が入ってきた。

 

「海鳴に設置していた観測機から情報が送られてきたでござる。

 殿が予想していた通り、何かが起こったようでござるよ」

 

「そうか、神姫達の調整が丁度終わった所だ。

 早速海鳴に向かおう」

 

「承知でござる」

 

「ボクのボディの調整がまだ!」

 

「だからしないってば」

 

 アイナと激しい論争を繰り広げる事になるが、ハジメの中でレーナ>エル>リース>アイナの個性を覆す事は無かった。

 

 

 

 

 

「フェイトちゃん、あとどれくらい!?」

 

「あと少し!」

 

「こっちも!」

 

 なのはとフェイトは海鳴の空で、地球の生物とは思えない巨大な鳥と戦っていた。

 

 事の始まりは普段通り友人達との学校からの帰り道に、彼女たちのデバイスが近くに魔力反応を感知したことから始まる。

 念の為に友人のアリサとすずかと別れて二人で調べに向かうと、巨大な謎の鳥の群れに遭遇した。

 

 なのは達は異常事態と判断して結界を張って応戦するが、鳥達は大した強さではなく二人の魔法で簡単に倒すことが出来た。

 しかしその鳥達は魔法で倒すと魔力となって散らされ実体を残さず消えてしまう。

 それを二人は疑問に思いながらも、街への被害が出ないようにすべての巨大な鳥を倒す事を優先した。

 

「これで最後!」

 

「はあぁぁ!」

 

 なのはのアクセルシューターとフェイトのサイズスラッシュが最後の鳥を倒し、遭遇した謎の生き物をすべて消えた。

 

「何とか終わったね。 でも何だったんだろう、今の鳥さん」

 

「地球の生き物じゃない、別の世界の魔法生物みたいだった。

 それに倒したら消えてしまったのも普通じゃない」

 

「クロノくん達に連絡した方がいいよね」

 

「うん、多分魔法と何か関わりがあると思う」

 

 全ての鳥には魔力反応があった。 なのは達は魔法に関わる案件だと判断して、管理局のクロノ達に連絡を取ろうとした時に声を掛けられた。

 

「お見事です。 大した事の無い相手とはいえ、貴方達の強さの片鱗を見ることが出来ました」

 

 二人が振り向きその姿を確認すると驚愕する。

 

「え、なのは!?」

 

「えええええ! 私にそっくり!?」

 

 戦いを終えた二人の前に現れたのは、色合いや声色は違えどなのはに瓜二つの少女だった。

 その手に持つデバイスもまた、なのはのレイジングハートと同じ形状をしていた。

 

「お初に目に掛かります。 私は『理』のマテリアル、星光の殲滅者、シュテル・ザ・デストラクター。

 そういう名を持つ存在の様です」

 

「えっと、コトワリの…?」

 

「セイコウ?」

 

 いろいろな意味の名前に少し混乱する二人。

 

「…シュテル。 そう呼ばれるのが正しいのだと思います」

 

「ご、ごめんなさい、なんだかとても珍しい名前で…」

 

「お気になさらずに。 私もそれが自分の名前なのか、よくわかってませんので」

 

「どういうこと? それになんでなのはと同じ姿を?」

 

 変身魔法の可能性をフェイトは頭に思い浮かぶが、本物の目の前に現れる事に何の意味がないのでそれは違うと判断する。

 

「それも私にはよくわかっていません。 気がついたら私はこの近くにいました。

 私が何者なのか、なぜここに居るのか? その答えを求めていた私は、貴方達が近くで戦っているのを感じて様子を窺っていました。

 必要があれば手を貸すべきかと思いましたが、杞憂だったようです」

 

「つまりシュテルちゃんは迷子って事なの?」

 

「迷子…。 ええ、その認識を間違いとは言い切れません。

 自分が何者なのか、名前以外何もわからないのです」

 

「それって、記憶喪失!?」

 

「…確かに、何かを思い出せなくなっている気がします。

 それも間違いないのでしょう」

 

「大変!!」

 

 シュテルが何もわからなくていて困っている事になのはは慌てるが、フェイトは別の意味で困惑していた。

 なのはそっくりであるシュテルの存在に、フェイトは自身とアリシアの関係を思い浮かべた。

 もし自分達と同じならシュテルはその存在が犯罪に関わってるのではないかと危惧する。

 

「あなたがなのはとそっくりな理由もやっぱり分からない?」

 

「ええ。 ですが彼女と同じ姿をしている事に何らかの因果関係を感じて、私はお二人に接触したのです。

 何か私について心当たりはありませんか?」

 

「ごめんね、シュテルちゃん。 私には全然…」

 

「…母さんならもしかしたら何かわかるかも」

 

「プレシアさん?」

 

 自身を生み出したプレシアならば、シュテルがなぜなのはと似てるのかわかるのではと名前をあげる。

 

「そうですか。 であればその方に会う事は出来ませんか?」

 

「母さんは向こうから連絡してくれないと会えないから…」

 

 夢幻三剣士の件で着けてもらった夢アンテナをフェイトはまだ持っており、夜には再びアリシアと夢の中で密会を時々行なっている。

 あるのはアンテナの受信側だけなので、フェイトの方から連絡する手段はなかった。

 

「では、連絡取れるまで同行させていただいてよろしいですか。

 他に何の当てもありませんので、僅かでも手掛かりがあるのでしたらお願いしたい」

 

「うん、私もなのはそっくりな貴女の事が気になるから構わない」

 

「よろしくね、シュテルちゃん」

 

「ええ、よろしくお願いします。 なのは? とフェイトでしたか?」

 

「あ、自己紹介がまだだった。 私、高町なのはです」

 

「管理局嘱託魔導士のフェイト・テスタロッサです」

 

「はい、改めてよろしくお願いします。 …ん?」

 

 自己紹介を終えた所で、シュテルが何かに気付いて彼方を眺める。

 それに釣られてなのはとフェイトもシュテルの視線の先の彼方に目を向ける。

 

「何かがこっちに来るようです」

 

「またさっきの鳥?」

 

「あ、あれってヴィータちゃんじゃ…」

 

 向かってくる見覚えのあるバリアジャケットの色に、なのははヴィータだと察する。

 

「ヴィータちゃーん、こっちー!」

 

 手を振って呼びかけるなのはにヴィータは一直線に向かってくる。

 デバイスであるグラーフアイゼンを構えて。

 

「!? なのは、避けて!」

 

「え、フェイトちゃん?」

 

「ラケーテンハンマー!!」

 

「きゃあ!」

 

 ロケット噴射で加速するハンマーの一撃を、なのはは間一髪で回避する。

 だが攻撃を外したことは気にせず、ヴィータはなのはに向かって続けて攻撃を仕掛ける。

 

「どうしたのヴィータちゃん!? やめて!」

 

「ダアァアァァァ!」

 

 呼び止めるなのはの声に、ヴィータは聞く耳を持たず攻撃を続ける。

 なのはは飛び回る事で攻撃を回避しているが、遠慮のないヴィータの攻撃に追い込まれていく。

 

「なのは! ッ!?」

 

 突然の攻撃で戸惑っていたフェイトがようやく助けに入ろうとした時に、横から砲撃魔法が通り抜けて攻撃を続けていたヴィータを吹き飛ばした。

 

「何も語らずに攻撃とは無粋ですね。 お二人の知人の様ですが、様子がおかしいようなので攻撃させてもらいました。

 構いませんでしたか?」

 

「良くはないけど、なのはを助けなきゃいけなかったし…

 なのは、大丈夫!?」

 

「私は平気。 シュテルちゃんもありがと。

 けど、ヴィータちゃん大丈夫かな?」

 

 シュテルの放った砲撃魔法に吹き飛ばされたヴィータが飛んでいった方向を、なのはは見つめる。

 

「加減はしました。 吹き飛ばすだけに留める威力に調整しましたので、大してケガも負っていないでしょう」

 

「それならよかった。 だけど、ヴィータどうしたんだろう?」

 

「まるでなのはの話が聞こえてないみたい」

 

「でしたら暴れられないよう、まずは叩きのめしましょう。

 話はそれからです」

 

「ふふ、なんだかなのはらしいやり方だね」

 

「待ってフェイトちゃん! シュテルちゃんが言ってるやり方が私らしいってどういう事!?

 シュテルちゃんも乱暴なやり方は駄目だよ」

 

 シュテルとフェイトの発言に憤慨しながら物申すなのは。

 

「ではどうするのですか? ほら、来ますよ」

 

「シュワルベフリーゲン」

 

「「!!」」

 

 ヴィータの鉄球型の誘導弾が飛んできて、なのは達は散開して攻撃を回避する。

 

「まどろっこしいです。 やはり一度動けなくなるまで叩きのめしましょう」

 

「シュテルちゃんって、丁重な喋り方の割になんだか物騒だよ」

 

「けど、なのは。 やっぱりまずはヴィータを止めないと」

 

「そ、そうだね。 やり過ぎないようにヴィータちゃんを止めよう」

 

 なのはとフェイトもデバイスを構えてヴィータと戦おうと決意した時。

 

「っ! また何かが来ます。 速い!」

 

「ええっ!」

 

「今度は何!?」

 

 彼方から甲高い風を切る音が聞こえ、シュテルが真っ先にその存在に気付く。

 そして音よりも早くなのは達の近くまで飛来したそれは、再び攻撃ハンマーで攻撃をしようとしていたヴィータと交錯。

 すれ違い様に黒くて大きな何かがとてつもない速度のままにヴィータにぶつかり、その体は凄まじい衝撃音と共に粉々に粉砕された。

 

「え、ええ…? ふぇ、フェイトちゃん…今、ヴィータちゃんが…」

 

「な、なのは…」

 

「今の何かの見間違いだよね…」

 

 一瞬の出来事に目を疑ったなのはは、震えながらフェイトに確認を取る。

 

「うん、私も何かが通り過ぎるのが速すぎてよく見えなかった」

 

「凄まじい速度の何かがあの方に当たって、見事に粉々に爆散しましたね」

 

「いやぁぁぁ! ヴィータちゃん! ヴィータちゃんが!?」

 

 シュテルのストレートな回答に、現実を直視したなのはが錯乱する。

 

「なのは落ち着いて!」

 

「うっせーぞ! 何度もアタシの名前を呼ぶんじゃねえ!」

 

「ヴィータちゃん!?」

 

 唐突に聞こえてきたヴィータの声に、なのはは無事だったのかと安堵して聞こえてきた方向を振り向く。

 そこにはロボットのような具足と機械の腕、背に繋がりもなく浮かんでるブースターに巨大な鉄球を宙に浮かせながら携えている、赤く長い髪を日本の三つ編みにした15歳(・・・)くらいの少女が飛んでいた。

 

「………どちら様ですか?」

 

「たった今、アタシの名前を呼んでただろうが!」

 

「えええええ! ヴィータちゃんなの!?

 なんでおっきくなってるの! それにその恰好は!?」

 

「ホントにヴィータ?」

 

 声は間違いないが、自分たちの知ってるヴィータとはまるで違う姿に驚くなのはとフェイト。

 シュテルはヴィータについてよく知らないため、警戒を怠らずにデバイスを構えながら様子を見ていた。

 

「本物の鉄槌の騎士ヴィータ様だっつーの。 今ぶっ飛ばした偽物と違ってな」

 

「え、ぶっ飛ばした偽物? じゃあさっきのヴィータちゃんは本物じゃなくて、すごく速かったのはヴィータちゃんだった?」

 

「まあな。 アタシの紛い物まで出てるってんで、近くにいたからかっ飛ばしてきてこいつでぶっ飛ばしたんだよ」

 

 ヴィータは宙に浮かぶ巨大な鉄球をパンパンと叩きながら答えた。

 

「でも偽物ってどういうこと? それにヴィータちゃん、なんでそんな格好してるの?」

 

「今、この町でさっきのアタシの偽物みたいな魔力体が次々湧き出て来てんだよ」

 

 なのは達が戦っていた鳥たちもその魔力体だ。

 

「んで、アタシらの主がそれに気づいて、対処する為にこっちの世界に来てんだよ」

 

「あれ、主? はやてちゃんじゃなくて?」

 

「気付いてなかったのかよ。 アタシはハジメの騎士のヴィータだ」

 

「にゃ! そうだったの!?」

 

「あ、やっぱり」

 

 なのははハジメの所のヴィータだとようやく気付き、フェイトは違和感を感じていたため察していた。

 

「フェイトちゃん、気づいてたの?」

 

「うん、なんとなく」

 

「八神はやてのところのアタシと今は姿が違うだろうが。

 そっちのアタシと仲がいいんじゃないのか、高町にゃの………なのは」

 

「あ、やっぱりヴィータちゃんだ」

 

「うっせぇ!」

 

 なのはの知るヴィータも、最初の頃はうまく名前を言えなかった。

 噛んでしまったヴィータは恥ずかしそうにそっぽを向く。

 

「にゃはは、もう一人のヴィータちゃんともちゃんとお話したかったんだ。

 私は高町なのはだよ。 な・の・は!」

 

「知ってるつーの。 言いにくいし高町でいいな」

 

「えー、なのはって名前で呼んでほしいな」

 

「めんどい。 そっちのアタシが名前で呼んでるからそれでいいだろ。

 話を戻すぞ。 あー、なんだったけ?」

 

「ヴィータの偽物とその姿の事。 あと町で何が起こってるのか教えてほしい」

 

「そうだったな」

 

 本題を忘れかけていたヴィータに、フェイトが答えて思い出させる。

 

「アタシの偽物は偽物だ。 アタシとももう一人のアタシとも違う別の何かだ。

 そいつがこの町周辺にいろんな姿で現れて意味もなく暴れ回ってる。

 正体はまだわかってねえが、ハジメが言うには闇の書と何らかの関係があるんじゃないかって話だ」

 

「ええ!?」

 

「どういう事?」

 

 闇の書の事件は数か月前に終わったと二人は思っていた事だ。

 当事者だったはやて達も、現在は管理局のクロノ達の眼に見える範囲ではあるが普通に生活出来ている。

 それがなぜ今更になってと、なのは達は思った。

 

「まだ調べ始めたばかりだから詳しい事はアタシにもわからねえよ。

 アタシらはとりあえず暴れ回ってる奴らを倒しながら原因を探してる訳だ」

 

「そうなんだ」

 

「じゃあ、ヴィータちゃんのその姿は?

 なんではやてちゃんのヴィータちゃんよりおっきくなってるの?

 デバイス?もなんだかすごくカッコ良くなってるし」

 

「おう! よく聞いてくれた!」

 

 姿について聞かれて、ヴィータは嬉しそうに説明を始める。

 

「この姿は変身魔法なんかじゃねえ。 アタシの主のハジメがこの体の魔法プログラムを改造して、成長した姿でいられるようにしてくれたんだ!

 だからこの姿のアタシが、今は本当のアタシって訳だ!」

 

 魔法プログラムであるが故にずっと子供の姿のヴィータは、成長した姿に成れたことを嬉しそうに語る。

 

「んでもってこの武装はデバイスじゃねえ。

 ハジメが開発したフリーアーマメントっつう武装で、シグナム達もそれぞれ専用機を貰ってる。

 アタシのはアイゼンに合わせて【アイゼンフリューゲル(鉄の翼)】って名付けられたけどな。

 デバイスと違って魔力を使った武器じゃねえから、兵器って言った方がいいかもしれねえな」

 

 兵器と言ったヴィータになのはとフェイトがビシッと固まる。

 

「そ、それって大丈夫なの?」

 

「クロノが言ってたけど質量兵器は禁止されてるって…」

 

「ん? 何言ってんだ? デバイスも兵器も武器は武器だろ。

 質量兵器禁止ってのもそっちの世界の話で、アタシたちのいる世界は関係ねえしな」

 

 ヴィータは驚いている二人に気にした様子もなくあっけらかんと答える。

 

「でも、危なくないの?」

 

「確かに魔法みたいに非殺傷設定がないから加減には気をつけろってハジメに言われたが、要は使う奴の腕次第って事だろ。

 こいつじゃ魔法は使えねえが、魔法に出来ない事がこいつには出来る。

 それにアイゼンも同時に使えるから、魔法が使えなくなるわけじゃねえ。

 アタシは騎士だからな。 主に下賜された武器なら使いこなせなきゃな」

 

 ヴィータが手に持つグラーフアイゼンを振るうと、それが指揮棒のように浮遊する巨大な鉄球【コメートアイゼン】が動きに従って素早く動いた。

 このコメートアイゼンは当然ただの鉄球では無く、その見た目の重量に関係なくヴィータの意志で素早く自在に動かすことが出来る。

 更に慣性制御や重力制御、ビッグライト等の大きさを変える秘密道具の機能も備わっており、巨大化し質量を増大させ重力で荷重を加えつつ動かす時は一切重みを感じさせない軽快さで振り回される。

 シンプルな機能だがその機能を僅かに使うだけでも先ほどの偽ヴィータの様に、当たれば粉微塵になる絶対的な物理破壊能力を持ったヴィータのFAの主力武装だ。

 

 更にIS由来の機能は当然備えており、神姫のアーマーの特徴である副碗にハジメはFAそれぞれの固有機能として秘密道具の力をつける事にした。

 アイゼンフリューゲルには重力と重量コントロール系秘密道具の機能が副碗の武装として埋め込まれ、重力波を放ったり対象の重さを自在に操って、動きを封じたり攻撃を弱めたり出来る。

 

 ここまでやってハジメは、これはスーパーロボットではなく魔法や特殊能力系の武装だなと、機動兵器から離れてしまった事に気付いた。

 秘密道具はやり過ぎたかと思ったが、デチューンするのももったいなかったのでハジメはそのままヴィータ達に渡した。

 相対的に従者の中で神姫組が弱くなってしまったが、人造人間のテクノロジーをその内追加するので、そうなればどちらが強くなるかハジメも想像がつかない。

 秘密道具の機能が十全に使われる戦いとなれば、おそらくとてつもない戦いになる事が予想出来るので、ハジメは自身の作ったFAが活躍するのを望むと同時に、全力運用されるような戦いに関わりたくないとも思った。

 

「アタシらとお前らはいろいろ違うんだ。

 あまり気にしたってしょうがねえだろ」

 

「そう、かな?」

 

「クロノがまた文句を言いそうだね」

 

 ハジメにいろいろ言い包められたクロノは、あれ以降愚痴を時々こぼしていたのをフェイトは聞いていた。

 

「で、こっちも質問いいか? そこの高町に似た奴は何だ?

 アタシの偽物みたいな奴かと思えば、話も聞かず襲ってくるって様子でもねえし」

 

「シュテルちゃんっていうの。

 さっき会ったばかりなんだけど、シュテルちゃんも自分が何者なのかよくわかんないんだって」

 

「シュテル・ザ・デストラクターと申します。

 貴方の考察ですがあながち間違いではないかもしれません。

 あなたとあなたの先ほどの偽物のように、私はなのはの偽物なのかもしれません」

 

「ちゃんと話せるみたいだが、そんだけ似てるんだしなんか関係があると見た方がいいだろうな」

 

『それは間違いないと思うわ、ヴィータちゃん』

 

「シャマルか」

 

 空中モニターが突然現れて、シャマルの姿が映し出され語りかけてきた。

 

「えっと、ハジメさんって人の所のシャマルさん?」

 

『ええ、そうよ。 そっちの様子をモニタしていたけど、そこのシュテルちゃんからなのはちゃんと似た魔力と同時に魔力体と同じ魔力反応を読み取れたわ。

 自意識は持っているようだけど、今海鳴で発生している魔力体と同じ存在と見ていいわ』

 

「じゃあ、シュテルちゃんは…」

 

「先ほど消えた鳥や彼女の偽物と同じ、私は仮初の存在という事ですか」

 

「………」

 

 フェイトはシュテルが予想していたクローンとは違った存在解ったが、先ほど消えた魔力体を思うと何時消えてもおかしくないのではと心配する。

 そのフェイトの様子にシュテルが気付く。

 

「? どうしました?」

 

「さっきの鳥やヴィータと同じって事は、貴方も何かあれば消えてしまうんじゃ」

 

「そうでしょうね」

 

「ええ!? 大丈夫なの、シュテルちゃん!」

 

「大丈夫でしょう。 要はやられなければいいのです。

 敗者が朽ちるのは自然の当然の摂理でしょう」

 

「そうじゃなくて。 …消えてしまう事は不安じゃないの?」

 

「不安が無いわけではありませんが、私は自身の正体が何なのか知りたいのです。

 消えるのを恐れて立ち止まるつもりはありません。

 その為にも私はこの町で何が起こっているのか知らねばなりません」

 

 なのはやヴィータ達の会話から、シュテルは自分の存在理由を知るために魔力体の発生原因を調べる事を決意する。

 

『そういう事なら、私達の所へ来てくれないかしら。

 私達は暴れる魔力体を排除しながら、発生原因を調べてそれを止めるつもりよ。

 魔力体の中でもあなたが特殊なのには何か理由があるはず。

 ハジメ君も手掛かりになりそうなものはすべて集めてくれって言われてるから、どうかしら?』

 

「いいでしょう。 当てもなく闇雲に行動しても仕方ありません。

 行動を共にさせてもらいます」

 

 シャマルの誘いにシュテルは即座に同意した。

 

「私も行きます。 シュテルちゃんが心配だし、街をこのままにしておけないもん」

 

「私もいいですか?」

 

『構わないわ。 ハジメ君も貴方達にあったら情報交換をして、あとは好きにしてもらっていいって言ってたもの。

 私達の所までなのはちゃん達を案内お願いできるかしら、ヴィータちゃん』

 

「しゃあねえな。 アタシも見回らなきゃいけねえから、さっさと行くぞ」

 

 ヴィータはなのは達三人を連れて、ハジメ達が拠点とした場所に向かった。

 

 

 

 

 

 




 敵の存在は以前闇の書で蒐集したリンカーコアの情報を基に再現された存在という事にしようと思います。
 なのは達ならまだしも、未来から来た者達まで偽物が現れるのはかなり無理がある設定だと自分思ってましたので。
 ゲームは実際にやってないのでうまくマテリアル達のキャラを出せていないかもしれませんがご了承ください。


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第十六話 未来からの来訪者

 お久しぶりです。
 漸くなのは編を最後まで書き上げられそうなので、投稿の決心がつき更新しました。

 あと数話程度ですが、GOD編をよろしくお願いします。


 

 

 

 

 

 ヴィータの案内でなのは・フェイト・シュテルはハジメの元へと向かっていた。

 なのは達が張った封時結界を抜けると、外側には更に広大な封時結界が張られていた。

 

「今この町と周辺の街一帯を結界が張ってある。

 さっきの魔力体みたいな魔力のある奴が現れたら、すぐに結界の中に引き込むようになってんだ」

 

「そんなに広い結界を?」

 

 なのは達も個人で結界を張れるが、複数の街を覆うほどの結界は個人では不可能だ。

 その事にフェイトは疑問に思った。

 

「この結界はハジメの作った魔導艦が魔力炉の魔力で維持してるんだ。

 そいつが街の中心にある。

 ほら、あそこだ」

 

 海鳴の都市中心部の上空に、小型の船とそれに並んで魔力を発する大きな船が二隻浮かんでいた。

 船の近くにはヴィータと同じようにFAを纏った人影が二つ浮かんでいた。

 ヴィータが戻ってきたことに気付き近寄ってくる。

 

「戻ったか」

 

「ああ、こっちは何もなかったか、ザフィーラ?」

 

 黒い装甲のFAを纏ったザフィーラがヴィータを出迎えた。

 

 ザフィーラのFAの名前は【エアロオー】。

 ハジメがロボットアニメのビッグオーをモデルにして、ザフィーラ用のFAとして形にした。

 脚部と副碗も太く重厚な装甲をしており、頭部には赤い水晶のようなヘルムが装着されている。

 

 主武装の大きな副碗は、ストライクパイルによって圧縮空気を打ち出すサドンインパクトと内蔵された機関銃が主な攻撃手段だが、守護騎士専用のそれぞれの機体には秘密道具の力を特殊機能として内蔵された。

 エアロオーにはその名が意味する通り、空気に関する秘密道具を取り入れている。

 撃ち出す圧縮空気は、【空気砲】の機能を兼ねる事で宇宙船を落とせる威力を持ちながら人に当たっても吹き飛ばすだけになる非殺傷的な機能を持ち、機関銃は実弾だけでなく【空気ピストル】によるの空気の弾丸を撃ち出すことが出来るようになっている。

 他にも水中でも撃ち出せる【水圧砲】に、空気を固めて自在に物体化出来る【空気ブロックせいぞう機】と【空気手ぶくろ】、空気の弾を強力な光線に変更出来る【超強力波動化アダプター】など、空気に関連する秘密道具の機能を盛り込まれた。

 

「空を飛ぶ魔法生物の魔力体が何体か飛んできた位だ。

 あとは魔導師の姿をした魔力体だ」

 

「アタシら守護騎士の誰かか?」

 

「いや、見覚えのない魔導師だった」

 

「魔導師の魔力体が出たんですか?」

 

「アタシやそいつみたいな高町の偽物がいるんだ。

 他にも色々いておかしくねえだろ」

 

 気になって訪ねたなのはに、ヴィータが不思議ではないと答える。

 

「どうやら魔力体は存在が不安定なのか、ある程度ダメージを与えれば容易に形が崩れてしまうようでござる。

 この付近にどんどん姿を現しているようでござるが、拙者らの力であれば敗れる事は無いでござろう」

 

「ござる?」

 

「わっ、すごい鎧。 もしかしてロボットですか?」

 

 全身金属装甲の人型にFAを装備したもう一人の姿に、なのははロボットではないかと思う。

 

「ご明察の通りロボットでござるよ。 お主らの事は知っておったでござるが顔を合わせるのは初めてでござるな。

 拙者、主君であるハジメの護衛を務めるドラ丸でござる」

 

「本当にロボットなの! ヴィータちゃん!?」

 

「そうらしいぞ。 アタシはあんまりそうとは思えねえけどな」

 

「なのは、私ござるって言う人初めて会った」

 

「ロボットだよ、フェイトちゃん!」

 

 ロボットだと聞いて興奮して喜ぶなのはに、そういった人間は初めてでドラ丸も少し戸惑いながらうれしくなる。

 フェイトも日本のドラマでしか聞いたことの無い語尾に興味を示していた。

 

 ドラ丸もまたハジメに改良され、従来の二頭身ではFAを装備するのにバランスが悪いため、全身装甲の七頭身のヒューマノイド型に変身出来るようになった。

 パーソナルカラーの青をそのままにブルーメタリックな装甲にして、胴体を侍の袴姿を思わせる形状に、顔はフルフェイスのヘルメットの様にツルンとしており、後頭部からは髷をイメージする紐飾りを垂れ流している。

 ついでに人前に出る時の為に、完全な人間の姿をした形態も用意されている。

 

 FAもドラ丸の戦い方である刀を使った近接戦に特化した物になっており、小宇宙戦争で使った専用MSアストレイレッドドラゴンの改造機であったブルードラゴンをモデルに、副腕がカレトヴルッフを融合させた形状になっている。

 ひみつ道具の機能ももちろんあるが、ドラ丸自身が元々秘密道具の機能を多数搭載しているので、FAは本来主目的の人サイズによる高速機動戦闘の為の物になっている。

 

「普段の姿を見てないからそう言えんだよ。

 無茶苦茶カッコ良くなってるじゃねえか」

 

「そういうヴィータ殿も殿に姿を変えてもらったではござらんか」

 

「姿まで変えてもらったのは我等の中でお前だけだ」

 

「うっせえ、アタシだけ小さいままは嫌だったんだよ」

 

 この数か月の間にハジメの部下達は何かしらの強化が施されていた。

 

「拙者らはこのまま船の守りを続けるでござる」

 

「主が待っている。 ヴィータは案内を任せる」

 

「あいよ」

 

 ドラ丸とザフィーラはそのまま外に残り、ヴィータの先導で船の中へ向かう。

 

「ヴィータちゃん、あっちのおっきい船の方じゃないの?」

 

「あっちの魔導艦は魔法を扱う為に作られた、小さい方の護衛艦みたいなもんらしい。

 こっちの小さい方がハジメの専用の船なんだと」

 

 小さい方の船が時空船ヴィディンテュアムで、秘密道具の機能も多数盛り込まれている事から見た目では測り切れないほどの性能を秘めている。

 ミッド世界の技術を取り込んで作られた大きい方の魔導艦だが、船に乗った状態で魔法技術を使いたい時にヴィディンテュアムの四次元空間から呼び出される事になる。

 もし艦隊戦闘が起こった時でも、ヴィディンテュアム一隻あるだけで魔導艦以外にも映画の事件で作った兵器軍がいつでも展開できるというわけだ。

 活躍の機会が今のところないので、ヴィータも四次元空間に収納された艦隊の存在までは知らない。

 

「あっちの魔導艦には今はシャマルが一人で動かしてる。

 結界の展開や周囲の調査の魔法なんかを魔導艦を使ってやってんだ」

 

「シャマルさん一人で? 大変そう」

 

『それがそうでもないのよ』

 

「シャマルさん」

 

「聞いてたのかよ」

 

 通信モニターが開いてシャマルの姿が現れる。

 

『この船はいわば巨大なインテリジェンスデバイスなの。

 だから魔法の制御は殆ど肩代わりしてくれるし、魔力炉があるから魔導師にもほとんど魔力の負担がかかってないわ。

 サーチャーで探索して集めた情報もコンピューターが解り易く処理してくれるから、私は簡単に指示を出すだけでこの船を運用することが出来ているの。

 お陰で話し声の中に私の名前が聞こえたのがすぐに分かったわ』

 

「そんなら何か騒動に関係する新しい情報はねえのか?」

 

 結界内の事が殆ど分かるというならと、ヴィータはシャマルを試すように言う。

 

『既にいくつか手掛かりを見つけてハジメ君に報告してるわ。

 そこのシュテルちゃんみたいに事件に関係ありそうな人たちがいて、エルちゃん達が連れて来ているところよ』

 

「こいつ以外にもいたって訳か。 人たちって事は一人じゃねえのか」

 

「シュテルちゃんのお友達かな?」

 

「私は生まれたばかりのようなので友達などいないでしょう。

 ですが私と同じと聞くと、何かを思い出しそうな気がします」

 

「その人たちに会えば何か解りそう?」

 

「…恐らくは」

 

 確信は持てないが、自身の正体を知るに手掛かりにシュテルは期待していた。

 

『こっちに着くまでももう少しかかるみたいだから、先に船の中に入って。

 ハジメ君も中で待ってるみたいだから』

 

「んじゃ、いくぞ、お前ら」

 

 ヴィータに続いてヴィディンテュアムの中に入っていく三人。

 内部は空間拡張をされ広くなっている部屋もあるが、通路は広くなりすぎないように簡素ですぐに艦橋にたどり着いた。

 

「ハジメ、連れてきたぞ」

 

「ありがとうヴィータ。 それとようこそ、僕の時空船ヴィディンテュアムへ」

 

 そこでは船の操作を任されているレーナと、船長席に座ったハジメがいた。

 

「お邪魔します」

 

「この間はありがとうございました」

 

 なのはが礼儀正しくお辞儀をし、フェイトは先日の夢幻三剣士の事でお礼をした。

 

「ん? ああ、夢幻三剣士のゲームの事かな?

 あれはアリシアがゲームをやってみたいと言ったから君を誘っただけだよ。

 確かに夢見る機は僕の物だけど、遊んだだけなんだから気にしなくていい」

 

「はい」

 

「フェイトちゃん、何のお話?」

 

「え、えっと…」

 

 なのはに問われたフェイトは、言い淀んでハジメの様子を窺う。

 

「無闇矢鱈に話を広めないなら、友達になら事情を話しても構わないよ」

 

「わかりました。 なのは、後で話すから今は事件の事を聞こう」

 

「うん、じゃあ後でね。

 あの、ハジメさんは街で何が起こっているのか知ってるんですか?」

 

 なのはがフェイトの話を一旦切り上げ、今海鳴で起こっていることについて尋ねた。

 

「僕もまだ確証があるわけじゃないんだけど、闇の書の事件と関連があるんじゃないかって思ってる。

 町で現れてる魔力体からは、事件の時に書から切り離された防衛プログラムと酷似した魔力が検出されてる」

 

「闇…」

 

 シュテルが闇と言う言葉に反応して小さく呟く。

 

「じゃあ、あの事件はまだ終わっていなかったって事ですか?

 あっ、闇の書が関わってるって事ははやてちゃん達は!?」

 

 嘗て闇の書だった夜天の書を持つはやてに何かあったのではないかと、なのはが気付く。

 

「彼女たちの所在も確認したけど、いつも通りアースラの方で過ごしてるみたいだよ。

 ただこの町周辺に巨大な結界を張ったから、あっちではちょっと騒ぎになってるみたいだけど」

 

「よかった。 アースラに連絡を取ってくれたんですか?」

 

「いや、こっそり様子見をね」

 

「え”…」

 

 勝手に見たというハジメに、なのははそれは不味いのではと困惑する。

 

「いいのいいの、 管理局みたいな治安維持組織はそういう事に自ら気付かないといけないんだから。

 気づかないってのは向こうの落ち度だよ」

 

「そ、それはちょっと…」

 

「あの、あまりクロノやリンディさんに迷惑は…」

 

 フェイトも気拙げにハジメを諫めようとする。

 ハジメも二人の様子にこういう悪戯話は向かないのだと気づき、話題を戻す事にする。

 

「ま、まあ冗談はこれくらいにしておこう。 現状はやてさんは何事もないのは保証する。

 だけど町では際限なく魔力体の存在が現れ続けてる。 うちの子たちが倒して回ってるけどキリがない。

 原因の大本を探しているのが僕達の現状だ」

 

「その手掛かりが…」

 

「私と言う訳ですか」

 

 話が進み、自身に関わる事だとシュテルが前に進み出る。

 

「なのはちゃんの姿をしたしっかりした自意識のある魔力体。 他の魔力体と違って何かあるのは確かだろう。

 これを持ってもらえるかな」

 

 ハジメは球体の機械をシュテルに差し出す。

 

「これは?」

 

「君の体を調べる事の出来る検査装置のセンサーだ。

 持っているだけで、後はこちらで調べることが出来る。

 体を調べられても構わないなら、調査に協力してほしい」

 

「…いいでしょう。 ただし調査の結果は私にも教えてください」

 

「もちろんだ。 解析にはそんなに時間は掛からない筈だから、なのはちゃんとフェイトちゃんは少し待っていてくれ。

 他に関わりがありそうな人達ももうすぐうちの子たちが連れて来てくるはずだから、それから解析結果を話そう」

 

 

 

 シュテルの検査は直ぐに終わり、解析に時空船のコンピューターと魔導艦のシャマルの科学と魔導の両面で行ない、そんなに掛からない内に結果が出ると見られた。

 解析の結果が出るまでに、ハジメの部下のアイナが一人を連れて戻ってきた。

 

「お! おお!!」

 

 突然聞こえた驚きを表す声に声の主を見ると、なのは達もまた驚く。

 

「今度は私に似てる?」

 

「髪が青いけどフェイトちゃんにそっくり!」

 

 アイナが戦況に連れて入ってきたフェイト似の青髪の少女は、声を挙げながらなのは達に近づいてくる。

 

「おおおおおっ!! 解る、ボクには解るぞ!」

 

 実に嬉しそうに少女は相手の手を両手で握った。

 

「シュテルン、シュテルンだろ! ボクには一目でわかったぞ!

 ボクだ、レヴィだ!」

 

「レヴィですか?」

 

「うん! これまですっかり忘れてたけど、シュテルンを見ていろいろ思い出してきたぞ。

 ボクには仲間がいたんだ!」

 

 ぶんぶんと両手を掴んで振り回すが、相手は困惑するばかり。

 

「どうしたんだ、シュテルン? ボクの事がわからないのか?」

 

「私もレヴィの事を見ていろいろ思い出してきました。

 ですが…」

 

「私、なのはです…」

 

 レヴィが両手を掴んだ相手はなのはだった。

 

「………あれ?」

 

「私はこちらです、レヴィ」

 

 レヴィはシュテルとなのはを数度見比べて考え込むと…

 

「おお、こっちがシュテルンだったのか! そっくりだからわからなかったぞ」

 

「そっくりなのは解りますが、あなたは何をもって今の姿の私をシュテルと判断したのですか?」

 

「んー…勘?」

 

「はぁ…」

 

 シュテルは額を押さえてため息を漏らす。

 

「シュテルちゃん、この子って…」

 

「ええ、なのは。 私と同じ存在です。

 レヴィ。 いい加減にその手を放してあげなさい」

 

「おお! すまなかった、シュテルンのそっくりさん!」

 

「あはは…」

 

 シュテルがなのはにそっくりなのである。

 

「私も今会って思い出しましたが、彼女はレヴィ。

 私と同じマテリアルで『力』を司る存在です」

 

「そう、『力』のマテリアル、雷刃の襲撃者(レヴィ・ザ・スラッシャー)とはボクの事さ!

 カッコいいだろ! 強いんだぞー!」

 

 レヴィは高らかに自分の名を名乗り上げた。

 

「す、すっごく元気な子だね」

 

「私とは全然違うね」

 

「無駄に元気が良すぎてあっちこっち興味本意で動くもんだから、連れて来るのに苦労したよ」

 

「お疲れさま、アイナ」

 

 連れて来るのに苦労した様子のアイナをハジメは労う。

 

「シュテルちゃん、その子と接触したことで何か思い出したようだけど大丈夫?」

 

「ええ、お気遣いなく。 確かに多々思い出したことはありますが、まだ何か引っかかりを感じています。

 おそらくまだ思い出せていない事があるのでしょう。

 ですが、私達がどういう存在なのかは思い出せました」

 

「是非、聞かせてほしい…と言いたいところだが、次のお客さんがついたみたいだ」

 

 艦橋の扉が開いて、エルの先導で四人の人間が案内されて入ってくる。

 

「ただ今戻りました、マスター」

 

「お疲れ、エル」

 

 一緒に入ってきた四人の中の一人が環境の様子を確認すると驚きの声が上がる。

 

「ええぇ! なのはママとフェイトママが二人いる!?」

 

「「ママ!?」」

 

 自分たちの名でママと呼ばれた二人も驚きの声を上げ、事情を察してしまったハジメが頭を抱えた。

 

 

 

 現れた四人はヴィヴィオ、アインハルト、トーマ、リリィといい、話された情報から未来から来た存在だと分かった。

 二人をママと呼んだヴィヴィオは大人になったなのは達の養子だと答え、なのは達は非常に困惑している。

 

「わ、私達がママって…。 どうしようフェイトちゃん!?」

 

「わ、私もどうすればいいのか… そうだ、母さんに相談すれば!」

 

 ここに居ないプレシアにヴィヴィオを紹介してお祖母ちゃんと呼ばせてみるかと悪戯心が沸くハジメだが、そんなことを考えている場合じゃないと気を引き締め直す。

 他の三人はよく分からないが、ヴィヴィオだけは原作の知識としてハジメの記憶にしっかり残っていた。

 第三期の物語の重要な存在であり、後になのは達の養子になるとちゃんと覚えていた。

 そのヴィヴィオが未来から現代に来たのだ。 魔力体の発生よりもそっちの方がハジメにとって大事件だ。

 

 時間移動の危険さを良く知るハジメには、未来から来る存在など厄介極まりない相手なのだ。

 幸い四人は敵ではない様だが、敵として未来から現れる刺客など、現代の自身以上に自身を知るという厄介な相手となるのだ。

 少なくともハジメは時間移動をよく理解しているが故に、未来からの敵など絶対に会いたくはない。

 

 何かが起こったのを察知して海鳴に到着して直ぐ、ハジメの物とは違う時間移動による時空震を検知した。

 時間移動を行なうような存在が現れたのではとハジメは直ぐに調査を始めたのだが、未来から来たヴィヴィオ達の存在によって、少なくともこの一件には時間移動も関わっていると確信した。

 思った以上に厄介な事になるかもしれないと、ハジメはこれまでにない危機感を覚える。

 昆虫人間の時とは違って完全に原因不明なのだから。

 

 ヴィヴィオ達がここに居るのが時間移動が出来るロストロギアによる事故か、或いは何者かによる意図した策略家は知らないが、とりあえずハジメは時間移動についての説明と忠告をしておく事にした。

 

「ともかく君らは何らかの理由でこの時代に来た、なのはちゃん達と関わりのある未来人という事は解った。

 君らが意図してここに来たわけじゃないのはいいが、経緯はどうあれ過去に来たことで何かしらの歴史改変が起こる可能性がある。

 厄介な事になりたくなければ、未来の情報は極力口にしないように」

 

「厄介な事ですか?」

 

 四人の中で唯一の男のトーマがハジメの言ったことを気に掛ける。

 

「例えば君らの知る大人のなのはちゃん達は、過去に君達と会ったと言っていたことはあるか?」

 

「いえ、聞いたことありません」

 

 他の三人にも様子を窺うが顔を振って否定する。

 

「それは会った事を隠しているのかもしれないし、実際には会っていないのかもしれない。

 もし会っていないのだとすればその大人のなのはちゃん達は、ここに居る子供のなのはちゃん達とは既に別人になってるという事になる」

 

「それって、どういう事ですか!?」

 

 何か拙い事なのではないかと、慌てた様子でヴィヴィオがハジメに尋ねる。

 

「僅かではあるが既に歴史が変わってしまったという事だ。

 今は小さなボタンの掛け違いでも、時間が流れるにつれて大きく歪んでいく。

 そうなると君達となのはちゃん達、双方の出会いその物が無かった事になってしまうかもしれない」

 

「ええぇ!?」

 

 驚きの声を上げたヴィヴィオだけでなく未来から来た三人、そしてなのは達も何か大変な事になっているのかもしれないと顔を強張らせる。

 

「人の出会いは一期一会という。

 その人との出会いは生涯に一回しかないと思えという意味だが、一度出会えば縁が結ばれてまた会うときはあるだろう。

 だが出会う切っ掛けが無くなってしまえば縁も結ばれず、そのまま関係を持つことなくお互いに別の生き方をしていた事になってしまうかもしれない。

 二人と出会っていなければ君達がどういう人生を送っていたか、想像が出来るかい?」

 

 なのは達はこの世界の物語の主人公であり、それ故に他者の人生に与える影響は大きい。

 もし出会わなければというイフは、出会っていた時と非常に大きな違いとなるだろう。

 出会わなければという可能性を想像をした彼らは、一部顔を青くして焦りの表情を見せている。

 

「ど、どうしよう。 なのはママと会ってなかったら私死んじゃってるかも」

 

「私はヴィヴィオさんと会わなければきっとここにはいません」

 

「俺もリリィもお世話になったし、あの時の助けが無かったらどうなってたか…」

 

「うん…」

 

 全員なのは達との関係が違った場合を考えて、あまり良くない結果を想像してしまう。

 そんな様子を真剣そうに見定めていたハジメは、ふと表情を緩めて口を開く。

 

「まあ君達がちゃんとここで無事に存在してるんだ。

 何か変化があるかもしれないけど、そんなに悪い事になってはいないと思うよ」

 

「「「「「「ええぇぇ!?」」」」」」

 

 これまでとは打って変わって、特に深刻そうな様子を見せずに軽口で前言を覆した。

 

「今、ものすごく大変な事みたいに言ってたじゃないですか!」

 

「確かに最悪の場合を想定したらね。

 だけど時間移動による過去との接触って結構曖昧でね。

 よほど歴史を歪めるようなことでなければ、大抵同じような道筋を辿る修正力のようなものがあるんだ。

 それに君達の現状すら危ぶまれるような歴史改元が起こっていれば、既に君達の存在に歪みが出始めてる筈だ」

 

「歪みとは一体?」

 

 文句を言うヴィヴィオにハジメはその根拠を答え、その理由をアインハルトが続いて問うた。

 

「君達は未来の存在だ。 故に現代の変化によって即座に影響を受ける立場にある。

 大きな変化が起きていないという事は、過程はどうあれ元の時代での君達の歴史に大きなズレは出ていないという事だ。

 致命的な事を起こさなければ過去に居ても問題は無いのだろう」

 

「致命的な事と言うと、例えば?」

 

「例えば君達を生む前の親を直接・間接的に関わらず、死なせてしまったら確実にまずいだろうね。

 君達が生まれてこなかった事になって、パッと存在が消えてしまう事になるかもしれない。

 会うだけでも結構影響があるはずだ」

 

 再びぞっとするようなことを言われて顔を青くする四人。

 

「ヴィ、ヴィヴィオさんは大丈夫なのでしょうか?」

 

「んー、まあ養子だって話だから、誕生に直接関わりは無いし大丈夫じゃないかな。

 出会う機会が変わってしまっても、修正力でヴィヴィオちゃんは今の年齢までちゃんと生きている事になるはずだ。

 多少人間関係が変わって、可能性として養母になる人が別の人になってるかもしれないけど」

 

「今のママがいい! なのはママがいいです!

 どうにかならないですか!?」

 

 未来に戻ったら別の人が親になっているなどヴィヴィオは当然嫌だった。

 

「それは未来のなのはちゃん次第かな。 ヴィヴィオちゃんを引き取る当時のなのはちゃんが判断する事だし」

 

「お願いなのはママ! 私、ママはなのはママとフェイトママがいいの!

 色々迷惑を掛けちゃうと思うけど、昔の私をお願い!」

 

「きゅ、急にそんな事言われても!?」

 

「どうしたらいいの母さん!? 私が母さんになるの!?」

 

「ヴィヴィオさん落ち着いて! 今のお二人に言っても仕方ありません」

 

 なのはとフェイトに母親になってくれと言われて非常に困惑し、アインハルトは慌てるヴィヴィオを宥める。

 見た目同年代のヴィヴィオに母親になってくれと言われれば、なのはもフェイトもどうすればいいか困ってしまうだろう。

 

「まあ、未来が変化したかどうかは戻ってみないと分からない。

 ここが過去だと認識したうえで、未来の自分に影響が出ないよう考えて行動してくれ」

 

「そもそも過去に来た原因がわかりませんので、未来に帰れるのかどうか…」

 

「未来に帰るだけなら、いくつか方法はあるよ」

 

「本当ですか!」

 

 アインハルトだけでなく他の三人も、帰る方法があると聞いて表情に期待が表れる。

 

「難しい事じゃないよ。 時間という物は常に未来に向かって進んでいるんだ。

 君達が元居た時代になるまで、過去の自分に関わらないようにしているだけでいい」

 

「…それって単に時間が経つのを待つだけじゃないですか」

 

「コロナとリオよりずっと年上になっちゃうよ」

 

「別に自分の寿命が尽きるほど未来じゃないんだから、最悪の場合はそれで元の時代にたどり着けるんだ。

 百年千年も昔だったら、帰る手段がなければ目も当てられないよ」

 

「確かにそうなのですが…」

 

 千年も昔と言われ、アインハルトは自身の中にある祖先の記憶からの過去への想念が思い浮かぶ。

 祖先イングヴァルトの無念を過去に戻る事が出来れば果たせるという思いが生まれるが、今はヴィヴィオと共に元の時代に戻る事が優先とそれを振り払う。

 

「まあそれは本当にどうしようもなかった場合で、第二案はコールドスリープのような手段を探して、元々の時代になるまで眠るって手段かな。

 ミッドチルダの技術なら老いずに眠り続ける方法位ならあるんじゃないかな」

 

「確かにそれなら可能かもしれません」

 

「それも原因を突き止めてもどうしようもなかった場合。

 そもそも突発的な時間漂流なんてよっぽどのことが無ければ起きない。

 何らかの原因があるはずだから、それが解れば元の時代に戻る手段もあるかもしれない。

 君達がこの時代に来たことと今起こってる事件に関係がないとは思えないから、先ずは事件を解決するしかないね」

 

「でしたら私も事件の解決に協力させてください」

 

「私も協力する。 未来が変な事になっちゃう前に早く戻らないと」

 

「俺達も元の時代に帰らなければいけませんから」

 

「私達がいなくなって心配してると思うし」

 

 四人とも未来に変えるための手段を探すために事件解決に協力するという。

 ハジメは彼らの協力をどうするかはともかく、子供が事件の解決の為に動くという事に、この世界が物語である事を思い出した。

 そういう物とはいえ、子供たちが事件の解決に動くことに少し複雑な思いを感じた。

 

「んー、まあ手が足りないと思ったら君達の協力を受けよう。

 今はまだ調査段階だからもう少し待っていてくれ。

 それまではこの船で過ごしてもらって構わないから」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 アインハルトが代表してお礼を告げると、他の三人も追従してお礼を言う。

 

「さて、後はシャマルから新たな報告を待つだけだが…」

 

『ハジメ君、いいかしら?』

 

「ああ、今ちょうど説明が終わったとこだよ」

 

 シャマルの姿が通信モニターで現れる。

 

『リースちゃんがさっき交戦して、事件に関わりのありそうな人を連れてきたのよ。

 ただ戦う前から体調が悪かったみたいで、直ぐに動けなくなってリースちゃんが抱えてきたの。

 簡易の検査を私も手伝ってやったんだけど、ちょっと…いえ、いろいろ気になる事が出てきたわ。

 出来れば連れてきた人をハジメ君に直接確認してもらえないかしら』

 

「わかった。 今何処にいる?」

 

 リースの連れてきた者に会う為にハジメは席を立った。

 

 

 

 

 

 




 ハジメの主人公組の呼称で、はやてが『はやてさん』でなのはとフェイトがちゃん付けなのは、ハジメがはやてに対して夜天の書を半分持ってった負い目からです。
 リインフォースの修復の時にもその呼び方で意識して書いてます。

 また、自分はViVidとForceをよく見ていないので、ハジメもアインハルトとトーマとリリィは良く知らないという事にしました。
 中途半端にゲーム知識があっても面倒なので、BOAもGODもハジメは知らないという事にします。
 夜天の書から出てきた書が、何かのフラグだといろいろ警戒していたということで。


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第十七話 砕け得ぬ闇の解放

 

 

 

 

 

「助けて頂きありがとうございました!

 改めまして、私アミティエ・フローリアンと申します」

 

 リースの連れてきた負傷していた人物を治療し、話を聞くためにハジメは皆のいる艦橋に連れてきた。

 

「いやいや、薬が無事に効いてよかったよ」

 

「私も正直、錠剤が効くとは到底思えなかったのですが、驚きました」

 

 シャマルが検査を行なった時に、彼女の体が機械で出来ている事に驚き、機械に詳しいハジメを呼んだ。

 ハジメも簡易的に内部構造を確認したが、流石に見た事もない機械の体では不調の原因がわからないので、【メカ救急箱】で治療を行ない、駄目だった場合はタイムふろしきに頼るつもりだった。

 原作鉄人兵団では異星のロボットのリルルも治療したメカ救急箱の薬は、アミティエの不調にも見事に効いた。

 

「しっかりとお礼を言いたいところなのですが、急がねばならない事情があります。

 終わったら必ず改めてお礼に参りますので、失礼させて頂きたい」

 

「まあ待ってくれ。 せめていくつか質問に答えてほしい。

 貴方の急ぎの事情は、現在この町で起こっている異変と関係あるのですか?」

 

「この町の異変ですか? すみません、私はここに来たばかりでよくわからないのです」

 

 アミティエは本当に分からないといった様子に、事情を知っているのではと睨んでいたハジメは当てを外す。

 

「現在この町では、魔力によって形作られる疑似生命体が無数に発生し続けている。

 それの原因を調査していた所で、部下が君を見つけたんだ」

 

「そうでしたか。 良く解りませんが、私の事情とこの町の騒動に関係がないとは言い切れません」

 

「他にもこの町の周辺に時空間振動が起こって、時間漂流者を幾人か保護する事になったのだが」

 

「ええぇ!?」

 

 様子を窺っているヴィヴィオ達未来組を視界に入れながらハジメがその話を漏らすと、アミティエは心当たりがあるのか驚いて反応した。

 未知の魔導を使うヒューマノイドと判って、もしやと思って時間移動に関する事をハジメは口にしてみたが、今度は当たりを引いたらしい。

 

「じ、時間漂流者というのは、ここでは珍しい事なのですか?」

 

「少なくとも時空管理局では、時間漂流者の存在が確認されたという記録は一切ないね」

 

 管理局のデータベースもこの世界の情報収集のために所得済みのハジメは、そういった記録が無いのは確認済みだった。

 

「すみません! おそらく私達が原因かもしれません!」

 

「詳しく話を聞かせてもらえるかな」

 

 アミティエは未来のエルトリアという惑星から来た、ギアーズという人型機械なのだという。

 彼女の星は星の病による環境の悪化で滅亡の危機に瀕しているそうだが、それを改善する為に生み出された存在なのだそうだ。

 そんなアミティエにはキリエという妹がいて、先にこの時代に来ておりアミティエはそれを追ってこの時代に来たのだという。

 

 妹のキリエがこの時代に来たのは、この時代にエルトリアを復興させる手段があると判断したかららしい。

 時間移動の方法はアミティエ達の生みの親のグランツ博士が見つけ、歴史改変の危険性を考慮して使ってはいけないとしていたが、キリエがその禁を破って過去に飛んだ事でアミティエも連れ戻すために追いかけてきた。

 一度追いついて止めようとしたが、ウィルスプログラムを打ち込まれて不調を起こしていたところを、リースに拾われてここに来たらしい。

 

「君の親が時間移動を危険視していたのは正解だね。

 移動の際に全く関係の無い他者を巻き込む様な手段なんて、歴史が変わってしまう可能性を助長してしまう。

 他に巻き込まれた者がいないか探してはおくけど、彼らを元の時代に送り返す事は出来るの?」

 

「誠に申し訳ありません。 私達が過去に来るのにエネルギーを二回使ってまして、帰る為の一回くらいしか残ってないんです。

 皆さんをそれぞれの時代に送り返すには、まずエネルギーを何とかしないと」

 

「じゃあ私たち、元の時代に帰れないんですか!?」

 

「では先ほどハジメさんがおっしゃったように、本当に時間が経つのを待つことになるかもしれませんか」

 

 ヴィヴィオとアインハルトは時間移動の手段が確かでないのに帰れないことを危惧し、トーマとリリィも不安そうな顔をする。

 

「それに帰る為の時間移動にも誰かを巻き込まないとは保証がないんじゃないか。

 元の時代に戻った時に、また関係の無い誰かを同じ時代に連れて来てしまうとか」

 

「………ないとは言い切れません。 時間移動の手段は確立していましたが、博士がすぐに封印したので検証を行なっていなかったんです。

 ギアーズの私達なら、事故で壊れたり戻れなくなったとしても支障は無いと思ったのですが…」

 

「そんなの駄目ですよ!」

 

 アミティアの言葉を聞いたなのはが口を開く。

 

「壊れても帰れなくてもいいなんて駄目です。

 アミティアさんがギアーズだとか機械だとかよくわからないですけど、全然人にしか見えません。

 大切な人がいるなら、ちゃんと無事におうちに帰るべきだと思うの!」

 

「確かになのはちゃんの言う通り、機械だとしても自分を大切にしないのはあまり気分が良くないね」

 

「それは………はい、すみません」

 

 なのはの言葉にハジメも同意すると、アミティエも失言だったと謝罪する。

 

 時間移動を行なう度にランダムに誰かを巻き込んでしまうなんて危険極まりないとハジメは思う。

 ここまで問題のある時間移動の話などハジメの知る物語でもそうは無いと思い、元の時代に戻る為だとしても再び同じ手段を使うのが危険だ。

 これは自分達で送り返した方がいいかもしれないと思案する。

 

「まあ、元の時代に戻る事については、貴方の妹を見つける事とここでの騒動を片付けてから考える事にしよう。

 貴女の妹が今の時代のこの場所に来たことと、今回の騒動には何らかの因果関係があると僕は思ってる。

 事件を追えば貴女の妹のキリエさんもそこにいるのではないですか?」

 

「はい、ですから一刻も早くキリエを見つけないと…」

 

「それは任せてほしい。 探索はうちの子たちがやってくれている。

 レーナ、シャマル、何か新しい情報は?」

 

「それでしたら、アースラの方からクロノ執務官とはやてちゃんと守護騎士達がこちらに向かってるのです。

 結界の侵入予測経路からシグナムさんが迎えに行っているのです」

 

『私の方もアミティエさんの妹さんらしき子を見つけたわ』

 

「本当ですか!?」

 

 妹の情報にアミティエがすぐさま反応する。

 

『ええ。 また外に出て探索していたリースちゃんが近くにいたから、今は距離を取って様子を窺ってくれてる。

 ただはやてちゃんと似た姿の子も一緒にいるわ。

 魔力反応から、たぶんシュテルちゃんやレヴィちゃんと同じ存在なんじゃないかしら』

 

「ボク達と?」

 

「………朧気にですが、私達と同じ存在があと一人いたように思えます」

 

 シュテルはまだ何か思い出そうと難しそうな顔で言う。

 

『それとその子達と管理局を待ってるシグナムの位置がかなり近いわ。

 結界に入ったら彼女たちの存在に向こうは直ぐ気づくと思う』

 

「色々事態が動きそうだな」

 

 

 

 

 クロノと守護騎士を連れリインフォースとユニゾンしたはやてが、海鳴の結界前まで来ていた。

 アースラで観測された海鳴に張られた巨大結界はかなり強力で、中の様子は一切伺えず一度入れば術者を止めるかかなりの結界破りの魔法で破らなければ出られないと判断され、実力のある魔導師のみを派遣する事になった。

 アースラの所属でその力があるのはクロノだけだったが、監視下にあり奉仕活動として管理局の仕事に協力している守護騎士達も参加し、はやてもまた一緒に行くと同行していた。

 

「まだリハビリ中の君まで無理してくることは無かったんじゃないか」

 

「リインが一緒なら私も大丈夫や。

 それに結界の中におるなのはちゃんとフェイトちゃんが私も心配やし」

 

『ですが無理をなさらないでください。

 主はやてのみは必ずお守りしますが絶対ではありません』

 

「ありがとな、リインフォース」

 

 足のリハビリを始めたばかりのはやてを心配してクロノは言うが、ユニゾンしていればはやても飛んで動けると調査に参加した。

 リインフォースも当然はやての力になると宣言するが、危険な場所に行くことに注意を呼び掛ける事を忘れない。

 

 結界は中からの様子を一切確認できず出る事も出来ないが、外からは容易に入れる仕様になっていた。

 突入前にクロノははやて達に確認を取る。

 

「これから結界に突入する。 一度入れば容易には出られないだろう。

 何が起こっているかわからないから十分に警戒をしてくれ」

 

 クロノの言葉にはやてと守護騎士達が頷いて応える。

 

「では突入するぞ」

 

 クロノが先行しはやて達が後に続いた。

 結界は外から来る者を一切拒まず容易にクロノ達を通り抜けさせた。

 

「待っていたぞ、クロノ執務官。

 そしてもう一人の夜天の主と守護騎士達」

 

「ンな!?」

 

 意を決して突入した先に、真っ赤なFAを纏ったシグナムが待ち構えていて、クロノ達は結界に飛び込んだ勢いを急停止させる事を余儀なくされる。

 厳つい武装を身に纏っているが攻撃の意志を感じない事にクロノはひとまず安心し、目の前のもう一人のシグナムの存在から状況を判断する。

 

「お前はもう一人のシグナムか。

 という事は、この巨大結界には中野ハジメが関わっているということか」

 

「この結界は主ハジメがこの町の異変の影響を外に出さない為に張ったものだ」

 

「異変だと? この町で何かが起こっているというのか?」

 

「主ハジメも核心に至ったわけではないが、何が起こっているのかぐらいは説明しよう」

 

 シグナムは今海鳴で発生している魔力体の存在について大まかに説明する。

 それに付随するように他にも特殊な事象が起こっていることも伝えた。

 

「つまり中野ハジメが何かを起こしたわけではなく、結界を張って被害を防ぎ調査をしているという事か?」

 

「その通りだ。 私達が主の手足となって魔力体を処理しながら原因を探ってくる」

 

「それならあっちの方から感じ強い魔力反応も、その魔力体という物かしら?」

 

 補佐を得意とするシャマルが、視認は出来ないが近くの強い魔力を感じ取った。

 

「シャマルであれば、やはり気付いたか。

 その反応の元はこの騒動に関係のありそうな者達の反応だ。

 今は仲間が距離をとって監視をしている」

 

「ならば僕等もそれを確認させてもらおう。

 この町で何らかの異変が起こっているというなら無視出来ない」

 

「主も執務官ならそういうだろうと言っていた。

 ついてこい」

 

 シグナムが先導しクロノ達もその後についていく。

 移動中に気になったはやてがシグナムに声をかける。

 

「えっと、ハジメさん所のシグナム…さん?」

 

「呼び捨てで構いません。 分かたれた事で主が代わった身成れど、貴女もまた夜天の書の主であり、私は夜天の守護騎士なのですから」

 

「やっぱり同じシグナムなんやな。 うちのシグナムと同じでちょっとお固い感じやわ。

 もうちょっと気楽に接してくれてええんやで」

 

「「性分ですので…む?」」

 

「ふふっ」

 

 声の重なった二人のシグナムにはやても少し笑ってしまう。

 

「ほんで少し気になったんやけど、その厳つい格好は何なんやろなと思うて。

 私と同じで騎士甲冑をハジメさんが決めたんかなと思うたけど、その鎧は騎士甲冑だけって訳やなさそうやし」

 

「確かに僕もそれは気になった」

 

 はやてやクロノだけでなく守護騎士達もシグナムの異様な武装が気になっていた。

 

「これは主に与えられた騎士甲冑とは別のFA(フリーアーマメント)という名の武装です。

 主ハジメに仕える者は形はそれぞれ違いますが、全員これを身に纏っています」

 

 シグナムの纏うFAは炎を使う彼女に合わせて赤い装甲をしており、名を【紅蓮炎竜式】という。

 コードギアスの紅蓮をモデルイメージに副碗には【あべこべクリーム】などの火や熱に関する秘密道具の機能が備わっている。

 ひみつ道具の機能により超高熱でも問題なく活動できるので、際限のない熱エネルギーを操って熱光線を放ったり熱エネルギーの剣を作り出して戦うことが出来る。

 更に熱量に関する機能なので逆に熱を奪って凍らせたりすることも可能だ。

 

「騎士甲冑はFAの下に纏っている部分がそうだ。

 デバイスではないので慣れるのに時間は掛かっているが、かなり強力な武装だ」

 

「デバイスではないのか? いや、あいつが作ったというのなら…」

 

「そもそも魔導技術によるものではないそうだ」

 

「やはりか。 質量兵器は僕等の世界では違法なんだが…」

 

「主はミッドチルダに行く気はないようだからな」

 

 話を聞いてクロノは諦めたように溜息をつく。

 

「クロノくん、あっちのシグナムの武装がどうかしたん?」

 

「聞いてたとは思うが、ミッドでは魔導技術以外の武器は使用を禁じられている。

 つまりそっちのシグナムの武装は魔法に由来しない武器、或いは兵器という事だ」

 

「それって危ないん?」

 

「さあな。 だが管理局の人間としてはああいったものは好きになれない。

 そう言ったものをミッドに持ち込もうとすれば、それだけで捕らえる理由になる」

 

 はやてへの説明に不服感はあるが、それ以上は追及しないといった様子を見せるクロノ。

 そう話をしている内に、進んだ先にシグナムと同じような武装を纏った人影が見えてくる。

 シグナムの紅蓮炎竜式に比べれば重火器をのような武骨さをイメージするFAだ。

 

「リース、様子はどうだ」

 

「シグナムか」

 

 よく剣による模擬戦をするリースはシグナムとは話がそれなりに合う。

 対象の監視をしていたリースは連れてきたクロノ達の事も聞いており、気にせずに状況を説明する。

 

「様子を見るに何らかの作業をしているようだ。

 私は魔法はよくわからんからシャマルに情報を転送して解析してもらっている」

 

「すまないがその対象は何処にいるんだ? 近くには見えないんだが?」

 

「ここから一キロほど先だ」

 

「私達の武装には望遠機能などの高度なセンサーがついている。

 このくらいの距離でも間近だと感じられるほどの高性能なものだ。

 観測映像でよければ見せよう」

 

 シグナムがクロノ達にも見えるように空中モニターを出して見せると、そこには二人の女の姿が映っていた。

 一人はコンソールを操作している髪も服装もピンクの女性。

 もう一人は騎士甲冑を纏ったはやてと同じ外見で色合いだけを変えた少女だった。

 

「あれ、もしかして私と同じ姿してへん?」

 

「どういう事だ」

 

 はやての守護騎士のシグナムが、もう一人のシグナムに問い質す。

 

「先ほども言ったが現れる魔力体には、私達の姿をした者達も現れている。

 その中で確かな自意識をもっている者も見つけたと、主から連絡を受けている。

 あのもう一人の夜天の主に似た姿をした者も、その自意識を持った魔力体の一人なのだろう」

 

「はやてと同じ姿をしてるってのは気に食わねーな」

 

「けどなんで私達の姿なんやろう?」

 

「それについては主から推測を聞いている。

 発生している魔力体には、闇の書の魔力に似た反応が出ている」

 

「なんだと?」

 

 クロノは聞き捨てならぬと聞き返してしまう。

 

「闇の書は夜天の書に戻る事で消滅したのではないのか?」

 

「正確にはあの時の戦いで、そちらの夜天の書から分離した防衛プログラムの事を主ハジメは闇の書の魔力と指している。

 その時の魔力反応と魔力体の波長に似た所があり、主ハジメは魔力体が以前蒐集されたリンカーコアの情報を基に構成されているのではないかと推測された。

 まだ断言は出来ないそうだが、私もその考えは間違っていないと思っている」

 

「なんてことだ。 漸くはやてと守護騎士達の事が落ち着いてきたのに、また闇の書が関わる事件が起こるだなんて」

 

 疲れを感じさせる愚痴をこぼすクロノに、シグナムは少し不憫そうな目て見ている。

 

「ごめんな、クロノくん、私たちのせいで…」

 

「いいんだ、これも仕事だ」

 

「けどあの時の事と繋がりがあるっていうんなら、私も尚の事放っておけんよ」

 

「そうだな」

 

 闇の書の事件は自分の責任とはやては思っている。

 まだ終わっていないのだとしたら、自分達で何とかしないといけないと。

 

「彼らが事件の参考人だとしたら、僕等としても放っておくわけにはいかない。

 今は目標の監視に留めているようだが、中野ハジメにはこの後どうしろと言われている?」

 

「主の船の方でも色々動きがあったらしく、多少立て込んでいるらしい。

 私達はまだ様子見だ。 大きな動きがあったら報告するように言われている」

 

「ならば僕等が向こうにいる彼女達に接触するというなら、君達はどうする?」

 

「執務官たちの動きを止める必要は無いとの事だ」

 

「(僕等の動きで様子を見ようと言う訳か?

 かといってシャマルが読み取った魔力反応を見る限り、何か危険な事をしようとしている可能性もある。

 放置しておくわけにもいかない)

 ならば僕はあの二人に接触を計る。

 はやて達はここで待っててくれてもいい」

 

「そういう訳にもいかんやろ。 なんで私と同じ姿しとるのか気になるし」

 

「わかった。 だが相手の目的もまだわからない。

 皆、気をつけてくれ」

 

 クロノははやて達と共に、何かの作業をしている二人の元へ向かった。

 

「それで私達はどうする」

 

「私達は手を出さずに様子を窺い、この騒動の原因と目的を探る。

 何か起こりそうであれば、独自の判断で動いて損害を最小限に抑えるように言われいる。

 主の命通りに管理局の出方で様子を見る」

 

「承知した」

 

 リースとシグナムはもうしばらく様子見に徹するのだった。

 

 

 

「失礼する。 管理局執務官のクロノ・ハラオウンだ。

 君達はここで何をしている?」

 

 開口一番にクロノは名を名乗り、何をしているのか問い質した。

 

「あらあら、この時代の治安維持組織かしら?

 私はもうすこーし手が離せないから、王様が応対してくれません?」

 

「なぜ我が塵芥共の相手をせねばならん。

 我は今忙しいのだ。 疾くと失せよ下郎共!」

 

「なんや、偉そうな喋り方の子やな」

 

 そう言葉を漏らしたはやてに、はやてそっくりの女の子はようやくその姿に気付いたといった様子で不敵に笑みを浮かべる。

 

「ほう、その姿。 貴様が我のこの姿のベースとなった者か。

 あまりに覇気の感じられんその有様、良く我のベースと成れたものだ」

 

 はやてを馬鹿にした物言いに守護騎士達は顔をしかめるが、何かを言う前にはやてが言い返す。

 

「私をモデルにしてなんて頼んどらんよ。

 なんで貴女は私と同じ姿をしとるんよ」

 

「ふん、我とて望んでこの姿になったわけではない。

 不本意だが我と相性が良かったのだろう」

 

「相性? ようわからんけど、それで貴女は一体誰なん?」

 

「我か? 貴様如きに名乗ってやる義理は無いが、我という存在が生まれる一助となった事は認め、我が尊名を聞かせてやろう」

 

 はやてそっくりの女の子はバッと片腕を広げてその存在を自身を見せる仕草をする。

 

「我こそは闇の化身にして絶対なる闇を支配すべく降臨した偉大なる王!

 『王』のマテリアル、闇統べる王、ロード・ディアーチェとは我の事だ!!

 ワァハッハッハッハッハッハーッ!」

 

 盛大な名乗りの後に高笑いを始めるディアーチェにクロノ達は唖然とする。

 

「………グハーッ!」

 

 その中ではやてがダメージを受けたかのように仰け反った後に両手を地に着く様にして蹲った。

 空中でではあるが…

 

「はやて! どうした!?」

 

「はやてちゃんしっかり!」

 

「主!? 貴様、一体何をした!?」

 

「なんの攻撃だ? まるで分らなかった」

 

『主はやて、お気を確かに!』

 

「いきなりはやてを攻撃とはやってくれる!」

 

 守護騎士達ははやてを心配しつつディアーチェを警戒し、クロノも警戒してデバイスを構えた。

 

「えええぇ!! わ、我、名乗っただけだぞ! 何もしておらん!

 その小娘が我の名乗りに感動のあまりにショックを受けたのであろう!

 ホントに攻撃なぞしておらんからな!」

 

 突然の事態に自分は本当に悪くないと慌てて弁明をするディアーチェ。

 全員が慌てた様子の中で、ショックを受けたはやてが復帰する。

 

「だ、大丈夫や皆。 その子のあまりの痛々しさにちょっと耐えきれんかっただけや。

 私と同じ姿をしとるからダメージも倍増や」

 

「い、痛々しいだと!? 何を言う! 闇を統べる王たる我に相応しき名乗りだったではないか!

 それに先ほどからその子とは何だ、子供みたいに!

 我は王だ! 王様又は陛下と呼べ!」

 

「ぐうぅぅ…、こんな胸の痛みは前に入院しとった時以来や」

 

「だ、大丈夫か、はやて!?」

 

「あ、ヴィータそんなに心配せんでも大丈夫よ。

 これは精神的な痛みや。 実際に胸が痛い訳やないから安心して」

 

 痛がっていたのははやての関西人としてのリアクションで、ヴィータの心配した様子にケロッとした様子で立ち直る。

 

「せやけど私と同じ姿でそんな痛々しい喋り方するのやめてくれへんかな?

 別の姿になれへんの?」

 

「痛々しくないし、好きでこの姿になった訳ではないと言ったであろうが!

 偉大なる王に相応しき名乗りが判らぬとは、所詮見た目相応の小娘よ!

 いや、その黒い翼に相応しきは子鴉と言ったところか!

 この姿は我の基本的な姿となっておる! 変身魔法を使えば姿くらいは変えられるが基本となる姿は変えられん!

 貴様がもっと我に相応しき姿をしておれば、このような矮小な姿に定まらなかったものを!」

 

「無茶苦茶言いおるね。 好きで私の姿になった訳やないのは解ったわ。

 やけど、その言動はやっぱり痛々しいと思うんよ。

 皆もそう思うやろ」

 

「え、はやて? アタシはカッコいいと思うぞ」

 

「はえ?」

 

 聞き違いかとはやてはヴィータの顔を見るが、ヴィータもまたはやてを不思議そうな顔をしている。

 

「はやてと同じ姿になってんのは気に食わねえけど、そんなに変な喋り方じゃねえと思うぞ。

 無駄に偉そうだとは思うけど、はやての言う痛々しいっていう感じはしないぜ」

 

「あの者がどれほどの物かはわかりませんが、尊大な上に立つ者であれば特におかしい言動ではありませんが…」

 

「自称王様って言うんだし、それならあんな喋り方もベルカでは普通だったわ。

 はやてちゃんも私達の主なんだから、あれくらい私達に強気の態度を取ってもおかしくないのよ。

 似合わないとは思うけど」

 

「古の時代であればあのようなものもいなかった訳ではありません」

 

『主もあのように応対するべきとは言いませんが、そうであっても何ら私達の忠義に変わりはありません』

 

「なん………やと………」

 

 ディアーチェの言動を可笑しいというばかりか理解を示す守護騎士達に、はやては感性の違いによる戦慄を憶える。

 

「そやった。 この子たち、ホンマモンの騎士やったわ。

 クロノくんはどう思うん?」

 

「人受けのよい喋り方ではないとは思うが、はやてが言うほどおかしなものではないと思うが?」

 

「そっか、クロノくんも魔法の世界の人やった。

 バリアジャケットの肩のイカしたトゲは伊達やなかったんや」

 

 全体的には地球でもおかしいとは思えないのに、肩のトゲだけ攻めた姿勢のクロノの服装が少し気になってたはやては、異文化交流の難しさを痛感していた。

 もしや守護騎士達は自身にディアーチェのような言動を求めているのではないかとはやては思ってしまい、同時刻に様子を窺っていた同じ守護騎士を持つハジメもまた、同じような期待を向けられていないかと不安を覚えた。

 地球人の感性でディアーチェの言動はネタとしては理解はあれど、実際に行うのは魔法文化に深く関わっていても一般的な感性を持つ日本人にはハードルが高かった。

 

 

 

「ようやく理解したか。 我の語りが王たるものに相応しい言葉であると」

 

「そやなあ。 私にはとても無理やけど、王様らしいちゅうんは認めなきゃいけないみたいや。

 けど地球の普通の人たちの前では絶対やめてえな。 見とるだけでこっちも痛うなってしまうから」

 

「まだ言うか!」

 

 往来の真ん中でディアーチェ風の喋り方をしていれば、周囲は痛々しい思いをするか生暖かい目で見る事になるだろう。

 それが自分と同じ姿をしていると思うと、とても他人事として割り切る事をはやては出来ない。

 とりあえずそんな事をされたらたまらないと注意だけはしていた。

 

「それでだいぶ話は逸れてまったけど、王様たちはここで何をしようとしてるんやったっけ」

 

「そうだった!

 この町で異変が起こっていると聞いている。 この異変はお前たちが起こしているのか?」

 

 はやてが改めてディアーチェに訊ねた事で、クロノも本題を思い出した。

 

「異変? …そうか、あの紛い物共の事か。

 あのような物など我の意図したところではない。

 だがあれらは全て、我が野望を成就する為の強大なる力から零れ落ちた片鱗よ」

 

「強大なる力だと?」

 

「そうだ。 あれらを生み出す力の根源こそ、闇の書の力の源たる砕け得ぬ闇、システムU-Dの復活の予兆よ」

 

 闇の書の名を聞いて、クロノもはやて達も眼を見開いて驚く。

 

「闇の書の力の源だと!」

 

「かつては夜天の書なぞに収まっていたことで、正しく力を使われることは無かったが今は違う!

 まもなく砕け得ぬ闇として復活を遂げ、闇の書の絶対的な力は我が手に収まり、全次元に我が名を轟かせるのだ!」

 

「闇の書が夜天の書とは完全な別物だったという事か!?」

 

「驚きの新事実やけど、そんでもまたよそ様に迷惑をかけるのはあかんよ」

 

「知った事か! 闇の書が復活し我が手に収まるのは宿命よ!」

 

「闇の書を復活させるわけにはいかない!」

 

 デバイスを構え、クロノ達は直ぐにでも取り押さえるために動こうとする。

 

「もう遅い! 復活の儀式はもう終わる!」

 

「王様。 お話してる間に準備は完了よ。

 後は王様の宣言だけ」

 

 儀式に準備を進めていたキリエは、すでに準備万端だった。

 

「よくやった。 さあ、姿を現すがいい!

 砕け得ぬ闇よ!」

 

「やめろ!」

 

 クロノの制止も空しく、ディアーチェの宣言に膨大な魔力が解放される。

 吹き荒れる魔力が起こす風にクロノ達が自身達のみを守り、風が過ぎ去った後には強力な魔力を発する存在を目前に感じていた。

 

「………あれが砕け得ぬ闇?」

 

「どうみても女の子にしか見えんなあ」

 

 クロノ達が目にしたのは長い金髪の幼い少女だった。

 

「ええっと、王様? システムU-Dが人型なんて聞いてないんですけど?」

 

「わ、我も知らん。 強力な闇の力を得られるはずだから、てっきり強力な武装の類なのだと…」

 

「ちょっと王様!? 王様もシステムU-Dの詳細を知らないんですの!?」

 

「我も目覚めたばかりで詳しい事はまだ思い出せておらんのだ!

 ただ漠然と砕け得ぬ闇を復活させねばならんという使命は確かなのだ。

 他の細事は復活させた後で考えればよい!」

 

「それで実際に復活してから困惑していたらどうしようもなくありません!?」

 

 後先考えていなかったディアーチェの様子に、クロノ達は呆れて少しばかり脱力する。

 しかし現れた砕け得ぬ闇の強い魔力は本物で、その強い威圧感に決して気は抜けていなかった。

 

「………ディアーチェ?」

 

「喋った!」

 

「そりゃあ人型なんですから、喋っても不思議ではありませんよね」

 

「そ、それもそうだな!

 予想とは違っていたが砕け得ぬ闇よ。 貴様の復活は成った。

 我が力と成りて全世界にその力を知らしめようぞ!

 まずはそ奴らにお前の力を見せつけてやれ!」

 

 矛先を向けられた事にクロノ達は身構える。

 

「………ダメ」

 

「な、なぬ? どうしたというのだ! 我の言う事が聞けぬのか!?」

 

「王様? システムU-Dは王様の言う事に従うんじゃありませんの?」

 

「いや、復活させた者の言う事を聞いてくれると思っておったのだが…」

 

「行き当たりばったりすぎー!?」

 

 思った以上に当てにならないディアーチェに、キリエはいろいろと不安を覚え始める。

 

「…どうやら彼女たちの思い通りに行く訳ではないようだな」

 

「痛い上に残念過ぎる子や…」

 

 双方予想通りに行かない展開に、緊張感だけが削がれていくクロノ達。

 

「痛くも残念でもないわ!」

 

「いえ、ちょっと残念過ぎですよ、王様」

 

「貴様まで言うか!」

 

「………私を起こしちゃダメなのに」

 

「なに?」

 

 語り始める砕け得ぬ闇に、ディアーチェだけでなく他の者達も注目する。

 

「誰も私を制御出来ない。 誰も私を止められなくなる。

 だから私を封じていたのに………ぅぁぁあああああ!!」

 

「ぐあぁぁぁ!」

 

「きゃああぁぁぁ!」

 

「ッ! 皆離れろぉ!」

 

 砕け得ぬ闇が叫び声をあげて暴れ出し、その背に出現した鋭い爪を備えた手のような翼で間近にいたディアーチェとキリエの体を貫いた。

 それを見たクロノは即座に距離を取ることを呼び掛け、最大限に警戒する。

 

 

 

 

 




 シグナムの武装は紅蓮モデルですが、副碗は両方同じ形をしています。
 左右非対称もありと言えばありですが、シグナムのキャラ的にバランスが悪いのはどうかと思って両方同じ形をしています。
 そんなの紅蓮じゃないというツッコミがご容赦を。

 実は紅蓮以外にニードレスの能力ネタも組み込んでます。


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第十八話 集結と決戦準備

 

 

 

 

 

 突然暴れ出しディアーチェとキリエを貫いた砕け得ぬ闇に、クロノも守護騎士達も臨戦態勢に入る。

 その中で実戦経験のないはやては、鋭い刃によって貫かれている二人を気に掛ける。

 

「クロノくん、あの子たち大丈夫なん!?」

 

「今は僕達自身の身の安全を優先するんだ!

 彼女はこっちを向いている!」

 

「………周囲の異分子を、排除します」

 

 爪の翼に貫かれ脱力している二人を振り落とし、砕け得ぬ闇はクロノ達を次の標的に向かってくる。

 

「来るぞ!」

 

「下がれ!」

 

「!?」

 

 

――キイィィィンン!――

 

 

 向かってくる砕け得ぬ闇を迎え撃とうと身構えるクロノ達の前に、FA・紅蓮炎竜式を纏ったハジメの守護騎士のシグナムが割り込む。

 爪の翼の矛先を向けて襲い掛かってくる砕け得ぬ闇に紅蓮炎竜式の副腕を向けて、FAの機能の一つAIC(アクティブイナーシャルキャンセラー)を発動させて動きを止めた。

 元々は原作のISの能力の一つだが、FAにはPICの応用機能として全ての機体に防御手段の一つとして搭載されている。

 

 砕け得ぬ闇はAICによって時が止まったかのように動きを止めたが、止めているシグナムの顔色は優れない。

 機体の紅蓮炎龍式がAICに多大な負荷がかかっていると、警告のアラームをシグナムに伝えていた。

 

「くっ、長くは持たんか!」

 

 慣性制御で相手の動こうとする力を封じるAICだがその力にも限界があり、自身より圧倒的に大きい物や強いエネルギーで動こうとする対象には、エネルギー出力の限界で長時間動きを抑えることが出来ない。

 

「シャマルが転送の準備をしている。 撤退するぞ!」

 

「わ、私ですか!?」

 

 何の準備もしていないシャマルは、突然の事に慌てる。

 

「違う、我等の仲間のシャマルだ」

 

「あ、そういうことですか」

 

「まて、動きを封じている今の内に倒せないのか?」

 

 クロノが攻撃のチャンスではないかとシグナムに問う。

 

「連続して動きを押さえ続ける事は出来ん。 それにこいつの魔力値はどんどん上がっている。

 何もわからない状況で戦うのは得策ではない。

 主もここで撤退するように言っている」

 

「クッ、仕方ないか…」

 

「待って、さっきの人たちはどうするん!?」

 

 先ほど砕け得ぬ闇にやられたディアーチェとキリエがはやてが気に掛かった。

 

「心配はいりません、あちらはリースが回収に動いてくれています」

 

 下を見下ろせば、振り落とされた二人をFAを纏ったリースがその副碗で抱えているのが見えた。

 ハジメのシグナムも、同じ夜天の主のはやて相手には丁重に受け答えをする。

 

「転送が始まります。 転移を拒絶して取り残されないようにしてください」

 

 直後、シグナムや離れた所にいるリースに転移の魔法陣が展開される。

 即座に全員が転送されて、その場にはAICが無くなったことで動けるようになった砕け得ぬ闇が、向けるべき穂先を失ってボンヤリと佇んでいた。

 

「敵性存在消失………周囲索敵、待機状態へ移行…」

 

 

 

 

 

 クロノ達と負傷したディアーチェ達を連れて転移で撤退したシグナム達は、ハジメの時空船ウィディンテュアムまで戻っていた。

 爪で貫かれたディアーチェとキリエも、ハジメの技術によって既に治療が行われている。

 

「いやあ、生身の人間だったら即死だったね!」

 

 大したことは無かったと言わんばかりに笑いながらハジメは言うが、無事だったのはディアーチェが魔法プログラムでキリエがギアーズという機械の体だったからこその結果だ。

 ハジメの言った通り、生身であれば即死と言えるほどの大穴を体に開けていた。

 

「あの二人の治療は問題ないのか?」

 

「ついこの間、ヴィータの調整に作った魔法プログラム専用のポッドが役にたったよ。

 キリエという子も機械は僕の専門分野の一つだから、修理出来ないなんて言えないからね。

 まあ、流石に構造を調べてからの修復じゃ機能停止してたかもしれないから、通常じゃない手段を使ったけど」

 

「…その手段については聞かない方がいいか?」

 

「執務官のお仕事が増えるだけだろうね」

 

「………」

 

 質問をしたクロノは、頭を振って余計な事を考えないようにしようと努めた。

 

 つまりハジメは秘密道具を使用してキリエの損傷を修復したと言う訳だ。

 キリエの状態はアミティエの時よりも緊急性が高く、メカ救急箱では間に合わないとタイムふろしきで損傷前に戻す事にした。

 キリエの看病でその様子を見ていたアミティエが目を丸くしていたが、あっという間に体に開いた傷が塞がったのを見て安堵の表情を見せていた。

 

 ディアーチェも体の構成がやはり守護騎士達と同じ魔法プログラムだったので、多少の違いはあれど調整をしたことのあるハジメには、素体を再構築する形での損傷部分の治療が可能だった。

 こちらにはディアーチェの存在を思い出したシュテルとレヴィが回復まで付き添っている。

 

 二人の治療の間に、学校帰りで事件に巻き込まれたなのは達とは別行動だったアルフとユーノも合流している。

 巨大な結界が張られ魔力体の発生に対応していたところにシャマルが補足して、その案内でこの船までたどり着いていた。

 ザフィーラとドラ丸は外で引き続き船の警護。 シャマルは魔導艦の方で砕け得ぬ闇の監視を続けている。

 

「………」

 

「おいおい、そんなに睨むなよ」

 

「睨んでねー。 初めっからこういう顔だ。

 テメーこそ、ニヤニヤしてんじゃねー」

 

「ワリいな。 オメーの姿を見たら改めてうれしくなっちまって」

 

「否定しろ! 喧嘩売ってんのか!?」

 

「ンな訳ねえだろ。 落ち着けよ」

 

「頭ポンポンすんな!」

 

「いやあ、丁度いい高さにあるからな」

 

「小せえって言いてえのか!?」

 

「おう」

 

「~~~~!! アイゼン!」

 

 ブチ切れたヴィータがデバイスを起動させて振り上げる。

 流石にそれを止めに入るシグナム。

 

「落ち着けヴィータ」

 

「放せシグナム! そいつをぶっ叩いて小さくしてやる」

 

「やれるもんならやってみな。 そん時はアタシらの主のハジメがまた大きくし直してくれるからな」

 

「お前も分かたれた半身とはいえ、同じ自分を挑発するな」

 

「へっへっへ、わりい、ついな」

 

 もう一人のシグナムに諫められる、はやてのヴィータより成長して大きくなっているハジメのヴィータ。

 はやてのヴィータが、姿が成長しているハジメのヴィータに気付いて突っかかったのが諍いの切っ掛けだ。

 ハジメのヴィータもまだ体が大きくなったことがうれしいらしく、元の姿のはやてのヴィータを揶揄いたくなってしまった。

 どちらも同僚のシグナムに止められている。

 

「そんなに羨ましければ、オメーんとこの主に頼めばいいじゃねえか。

 書のプログラムを弄れんのは主だけなんだしよ」

 

「はやてぇ!」

 

「流石に無理やよヴィータ。 私は主なんやろうけど、魔法のプログラムなんてまだ全然わからへんのに、皆の体の事なんてわかるわけあらへんて」

 

「うわあアァァァンン!!」

 

 ヴィータは悔しさのあまりはやてに泣きついた。

 はやても申し訳なさそうに、ヴィータの頭を撫でてあげるだけしか出来ない。

 

 その光景を見たハジメのヴィータは、勝ち誇ったように成長して女らしさがハッキリ解る様になった胸を反らせるのだった。

 

「ヴィータ。 あんまり向こうのヴィータを揶揄うようなら元の姿に戻すよ」

 

「ちょ、ちょっと待てハジメ! そりゃ卑怯だろ!」

 

「魔法プログラムを弄れるか興味があったからヴィータの要望に応えたけど、こんな下らない事で不和を起こされるのは困るからね」

 

「わ、悪かった! もう揶揄わねえから戻すのは勘弁!」

 

「謝るのは僕じゃないでしょ」

 

「ッ! 揶揄って悪かった!」

 

 ハジメのヴィータは、慌ててはやてに泣きついているヴィータに腰を全力で曲げて謝った。

 はやてのヴィータも不満そうな表情をしているが、泣いていた顔を上げてそちらを向いた。

 

「…テメーなんかアタシより小さくなればいいんだ」

 

「それも不可能ではないね。 魔法プログラムである以上実際の年齢なんて意味は無いし、もっと歳を取らせた姿にすることも若返らせることも可能だ」

 

「は、ハジメ、本当にやらねえよな?」

 

「悪い子の再教育に、赤ん坊からやり直してみるの面白いかもしれない」

 

「ヴィータの赤ちゃんなんて、凄くかわいいと思うのです」

 

『私もそれは気になるわ。 その時は是非お世話させてくれないかしら?』

 

「嫌だアァァァ!!」

 

 世話好きな性格のレーナと通信越しのシャマルが赤ちゃんになるヴィータという話題に反応し、ハジメのヴィータも危機感を覚えて叫びをあげる。

 

「…まあ、悪戯もほどほどにするように」

 

「わかった! もう悪戯なんてぜってーしねえから、赤ちゃんだけは勘弁!」

 

「そう言う訳で反省しているみたいだから、はやてさんもそっちのヴィータも許してやってくれ」

 

「すごく反省してるみたいやし、ヴィータももうええやろ」

 

「お、おう……」

 

 成長した姿になれたのに、逆に赤ちゃんにまで小さくされそうになっているもう一人の自分を見て、流石に文句も泣き言も言う気を薄れてしまったはやてのヴィータ。

 

「そやけど、私もヴィータの赤ちゃんにはちょっと興味あるなあ」

 

「はやて!?」

 

 今のところ出来ないとはいえ、プログラムを弄れる可能性のあるはやてに、ヴィータは危機感を感じてバッと距離を取った。

 

「冗談やヴィータ。 そんなに驚かんでも。

 でも、そっちのヴィータもこっちのヴィータも元は同じなんやし、ハジメさんがこっちのヴィータを大きくする事は出来へんの?」

 

「主としての権限が及ぶのはそれぞれの書と守護騎士に対してだけだが、許可という形で他者が干渉する事は可能だ。

 僕がそっちのヴィータを、調整で成長した姿に変えるのも出来ない事は無い」

 

「本当か!?」

 

 ハジメの言葉にはやてのヴィータが目を輝かせて訊ねる。

 

「ただ、はやてさんと君達は管理局の保護観察下にあるんだろう?

 その状況で魔法プログラムの干渉なんて管理局が許可するのかな?」

 

「クロノ頼む!」

 

「………話が脱線してしまっているようだが、駄目に決まっているだろう。

 夜天の書が闇の書として暴走していたのは、過去の主による書の改悪が原因というのが通説になっている。

 今回の件でその説も揺らいでいるが、再び暴走の切っ掛けになりかねない書のシステムへの干渉なんて許すわけがないだろう。

 それも守護騎士の一人が背を伸ばしたいだけなんて些末な事で…」

 

「アタシにとっちゃ重要な事なんだよ!

 わりぃか! 背を伸ばしたいと思う事が!

 クロノ。 オメーだって背が低いの気にしてるから、毎日牛乳飲んでんの知ってんだぞ!」

 

「き、気にしてない! なんでそんな事を知っている!?」

 

「エイミィが言ってたぞ」

 

「エイミィーー!!」

 

 クロノが今は通信の繋がらないアースラのオペレーターの名を叫ぶ。

 

「オメーは牛乳飲んでりゃ背が伸びるかもしれねえけどな、アタシは成長しない体なんだぞ。

 何とか手を加えねえと、ずっと子供の姿のまんまのアタシの気持ちがわかるのか、ああ!」

 

「………いや、すまなかった。 僕は別に身長の事は気にしていないが、君には重要な事なんだろう」

 

 あくまで自分は気にしていないと念を押すクロノ。

 

「だが、やはり今の夜天の書のシステムに干渉するのを許可する事は出来ない。

 現在は夜天の書に危険がないことを証明する為の、重要な監察期間だ。

 君が真剣に背を伸ばしたいのは理解したが、それでも局に疑念を抱かせるような真似をすればはやてにも迷惑が掛かる。

 いずれ許可することが出来るとは保証出来ないが、今は諦めてくれ」

 

「………わかった」

 

 はやての名を出されては引き下がらない訳にはいかず、ヴィータは渋々といった様子で諦めた。

 その後も暴走の危険性を危惧されて書のシステムへの干渉が許可されることは無く、はやてのヴィータはそのままの姿でいる事を余儀なくされる。

 そして数年後に急な成長を迎えて立派な大人になったクロノに、ヴィータがアイゼンを振り上げるのは仕方のない事だった。

 

 

 

 閑話休題。

 

「そろそろはっきりとしたことを聞かせてもらおう。

 今何が起こっているのか? あの闇の書と関係があるという砕け得ぬ闇という少女と、それを目覚めさせたあの二人。

 中野ハジメ、お前はこの事件の全容を知っているんじゃないのか?」

 

「大よそは推測が出来ているが、明確な確証はまだ持ってないよ。

 その確証を得るために、先ずはあの子たちの話を聞かせてもらうつもりだ」

 

 ハジメがクロノに視線で示すと、その先の扉が開いてアミティエとキリエ、シュテルとレヴィがディアーチェを連れて入ってくる。

 

「意識が戻ったようだね。

 どこか具合が悪い所は無い?」

 

「やられた時はもう駄目かと思ったけど、今は万全好調よ。

 アミタに聞いたけどあなたが直してくれたんですって?

 この時代で私達の体を治せるのは不思議だけど、一応お礼は言っておくわ」

 

「キリエ! もっとちゃんとお礼を言いなさい!

 本当にありがとうございました! 私だけでなくキリエの治療もしてくださって!」

 

「アミタの調子を悪くさせちゃってたのは、私なんだけどね」

 

「ちゃちゃ入れないの!」

 

 負傷していたキリエは特に問題はなさそうな様子で、気安く礼を述べている。

 アミティエは自分も妹も助けられて、ハジメにとても感謝してる様子だった。

 

「ディアーチェも不具合の無いようです。

 三人が揃ったおかげか、私達も思考のスッキリしなかった部分が今ははっきりしています」

 

「うん、今一調子が出なかったんだけど、今は絶好チョーって感じ」

 

「その子の治療ついでに、構成プログラムの不整合だった部分を調整したのがよかったのかな」

 

 ディアーチェを治療し調整したことで、シュテルとレヴィにも良い影響が現れたらしい。 

 

「貴様! 我が玉体に無断に触れたどころか、い、弄繰り回しただと!

 その行ない、極刑に値するぞ!」

 

「いや、弄繰り回したとか聞こえの悪いこと言わないでくれ」

 

「そや! 私と同じ姿なんやから、そんな事言うたら私まで恥ずかしいやんか!」

 

 ディアーチェの非難の言い方に、ハジメだけでなくはやても文句を言う。

 

「王、あのままでは貴女の体が危険だったのは事実です。

 治療を施して頂いたのですから、素直に感謝を述べるべきです。

 それに私達の調子が上がったのも、貴女を調整して頂いたことが切っ掛けに違いありません。

 私達の存在は偶然が起こした奇跡の産物なのですから、不整合な部分があってしかるべきなのです」

 

「チィッ! シュテルに免じて極刑だけは勘弁してやろう!

 我の寛大さに感謝するがいい!」

 

「お礼を言うのは助けてもらった王様の方だと、ボク思うんだけどな」

 

「我等の王は素直になれないツンデレという性格の様ですね」

 

「誰がツンデレか!」

 

 不遜な態度のディアーチェに、仲間意識からか気安い態度で二人は応対している。

 

「それで君達の事情を改めて話してほしい。

 記憶がはっきりしたことで、君達の目的やあの砕け得ぬ闇が何なのかとか明らかになったんじゃないかな」

 

「フン、なぜ我が貴様にそんな事を語らねばならぬ」

 

「…シュテルちゃん、お願い出来るかな」

 

「わかりました。 お話しましょう」

 

「シュテル! 貴様何を我の許可なく!」

 

 平然と説明しようとするシュテルに、ディアーチェが咎める。

 

「王。 既にシステムU-Dは暴走を始めてしまっています。

 今の我等にいくらかの力があると言っても、暴走を始めてしまった彼女を私達だけで止められる確証はありません。

 ここは全てを明かして、彼女を止める協力を彼らに仰ぐべきです」

 

「ぐぬぬ………好きにせよ!」

 

 みすみす暴走させてしまった事で些か後ろめたいディアーチェは、反論出来ずにソッポを向いてシュテルの行動を黙認すると示した。

 

「王の了解が得られましたのでお話いたします」

 

 シュテルが語ったのは、砕け得ぬ闇と自分達が何なのであるかとその関係。

 

 砕け得ぬ闇には様々な呼び名があるが、人としての名をユーリ・エーベルヴァインという。

 シュテル達の記憶でも定かではないが、守護騎士達のように元人間だったと思われる名残を感じさせるが、現在は永遠結晶エグザミアという無限の魔力を生み出す、いわば人の姿をした魔力炉のような存在だ。

 ユーリはエグザミアの使い手として一体化しているが、肝心の制御をユーリ自身だけで行なう事が出来なかった。

 無限に溢れ出す魔力に自己制御も出来なくなり、魔力をどんどん増大させながら暴走し周囲を破壊してしまう。

 それを止めるための存在が、シュテル達マテリアルの存在だった。

 

 『理』『力』『王』のマテリアルはユーリの力を制御する為に生み出され、ディアーチェの持つ紫天の書に宿っていた。

 しかし彼女達がなのは達の姿を借りて実体化している様に、本来は人の姿をしていない言わば未完成の存在だった。

 おそらくは夜天の書の防衛プログラムのような、システムとしては存在しているが自意識を持たない存在だったのではないかとハジメは推測する。

 それが嘗ての事件で夜天の書から強制分離したことで、再構築の際に守護騎士の人の形を持たせる魔法プログラムと、蒐集されていたなのは達のリンカーコアが奇跡的に絡み合って、シュテル達が生まれたのではないかとハジメは推測し、シュテル達も恐らくはと否定しなかった。

 

 ディアーチェは目覚めた当初闇の書の復活が目的と勘違いしていたが、本来のシュテル達の目的は生み出された理由であるユーリの力を制御し彼女を守る事。

 闇の書の暴走の根幹部分だった彼女を目的にしていたことは間違いではなかったが、シュテル達の存在が奇跡的な産物であっても正しく整合が取れていなかったが故に、マテリアルとしての行動理念に歪みが生じていた。

 ハジメにディアーチェが調整された事で、繋がりのある紫天の書を通してシュテルとレヴィも整合が取れるようになった。

 彼女達の今の目的は、ユーリの暴走を止める事と正しく認識している。

 

「それで、ユーリちゃんを止めるのに力を貸してほしいと言う訳だね」

 

「はい。 ユーリに有効な対抗プログラムを私達は持っていますが、戦闘力という面で暴走しているあの子の相手は、私達だけでは焼け石に水。

 暴走を止めるにはまずはエグザミアの力を削がなければなりません。

 その為には力あるものが一人でも多い方がいい」

 

「戦力として協力するのは、僕らは構わないよ。

 元々この騒動を納めるつもりだったんだし。

 管理局側の皆はどうする?」

 

「君と共闘するというのは些か思うところはあるが、闇の書に連なる事件なら僕等が元々の担当だ。

 後始末がまだ残っていたとして、問題を解決する事に異論はない」

 

「私も協力する。 何とかしないとヴィータちゃん達の偽物が何度も出てきちゃうんでしょ。

 それにユーリちゃんって子も放っておけないよ」

 

「うん。 自分で止まれないのなら、誰かが止めてあげないと」

 

「私らは他人事やあらへんし、もちろん協力するで」

 

 ハジメの問いにクロノ、なのは、フェイト、はやてが協力に賛同し、守護騎士達も頷いて了解を示した。

 

「私達も協力するよ!」

 

「ええ、放ってはおけません」

 

「もちろん俺達もです」

 

「困ってるなら助けないと」

 

 未来から来たなのは達の縁者であるヴィヴィオ達も力になるという。

 彼らを見てハジメはこちらも事もあったと思い返す。

 

「ユーリちゃんの事もあるが、君達の事も放ってはおけないな」

 

「彼らは君の仲間か?」

 

「いや、実はね…」

 

 彼らの事情を説明すると、クロノはまた苦い顔をして頭を抱える。

 

「未来から来たって、また厄介な一級ロストロギア並みの問題じゃないか。

 実は君が引き込んだ問題ごとじゃないだろうな」

 

「僕だって意味もなく問題を起こしたりはしないよ」

 

 いろいろ突き抜けた技術を持つハジメを、彼らが未来から来たことの元凶ではないかとクロノが疑うのも不思議ではない。

 夜天の書の複製や時間停止の結界などを見ており、現行の技術で出来ない事をやらかしてもおかしくないとクロノは思ったのだ。

 実際に時間移動は出来るのだから、不可能だとはハジメもあえて言わない。

 流石に出来ると素直に言う気は無いが…

 

「そちらの四人はただ巻き込まれただけみたいで、僕もどうにかしようと思っている。

 エルトリアという所から来た彼女達は、ユーリの力が元から目的だったみたいだけど」

 

「………エルトリアを救うには、永遠結晶エグザミアの力がどうしても必要なのよ」

 

「キリエ!」

 

 エグザミアの正体がユーリと判っても、まだ諦めていないキリエをアミティエが諫める。

 

「とはいえ、エグザミアとユーリは同一と言っていい。

 切り離すなんてことは不可能に近いよ」

 

「ユーリに手を出そうというなら、ただでは済まさんぞ」

 

 ディアーチェの言葉に賛同するようにシュテルとレヴィが並び立って、キリエに向かい合う。

 キリエも諦める訳にはいかないと言った様子で視線を逸らさないが、それ以上何も言えず沈黙を保つ。

 

「………まあ、先ずは最優先にユーリを止めよう。

 未来から来た子達の帰し方や、マテリアル達についても余裕が出来てからだ。

 シュテルちゃん、ユーリを止めるには具体的に何か策はあるの?」

 

「はい。 まずは第一段階として彼女を守る幾つもの防御障壁を破壊し、こちらの魔法攻撃が届くようにする必要があります。

 続いて第二段階としての魔法攻撃ですが、彼女への対抗プログラムを封入したカートリッジの魔力を上乗せした攻撃でため込んだ魔力を削ぎ、エグザミアの機能を低下させます。

 第三段階でエグザミアの機能が低下し、無防備になったユーリに制御プログラムを打ち込みます。

 これでユーリの暴走を止めることが出来るでしょう」

 

「つまり魔力ダメージを与えて弱らせる事で、ようやくユーリを止める準備が整う訳か」

 

「その解釈で間違いないかと」

 

 まるでポケモンのゲット方法みたいだと、ハジメは思ってしまう。

 

「第三段階の制御プログラムの打ち込みは私達にしか出来ませんので、必ずやり遂げます。

 ですが第一・第二段階はユーリも当然自衛を行ないますので激戦が予想されます。

 第一段階の防御障壁は、破壊しても膨大な魔力で短時間で修復されてしまいますので、第二段階に繋げる連携が重要となります。

 そして問題は、第二段階に必要な対抗プログラムを封入するカートリッジの生成に多少の時間が掛かるのです。

 ミッド式とベルカ式の物があり、更にそれを個々の魔力に合わせて調整する必要がありますので相応の時間が掛かり、あまり時間をかけてはユーリの魔力は更に増大し手が付けられなくなります」

 

「君達の想定でユーリが手に負えなくなるまでにいくつ用意出来る?」

 

「……私の想定では4つが限度でしょう」

 

「第二段階は、四人しか戦えないという事か」

 

 戦える人員に制限が掛かると聞き、クロノが唸る。

 

「対抗プログラムが無ければ戦えないと言う訳ではありません。

 ただ、あるのとないのでは効果が倍以上の差が出ると思われます」

 

「となると、対抗プログラムを使うのは攻撃役と割り切って、残りはその補佐と考えた方がいいか。

 カートリッジシステムに対応したデバイスを持っている者でなければいけないし」

 

「シュテルちゃん、ちょっといいかな」

 

 シュテルからの情報を参考にクロノがどう戦うべきか考えていると、ハジメが質問する。

 

「はい、なんでしょうか?」

 

「そのカートリッジの生成は対抗プログラムと魔力データさえあれば、技術さえあれば誰でも作れるのか?

 あと必要なのは時間だけ?」

 

「ええ、生成するのは私達でなくても可能でしょう」

 

「少し試してみたいから、対抗プログラムのデータを送ってもらえるかな」

 

「わかりました」

 

「あ、データはうちの月夜に送ってもらえる?

 魔力データも戦える人は月夜に渡してくれ」

 

 ハジメが魔法を使用するときは、月夜がデバイスとして補佐する事を主張している。

 自身がいるのに簡易であっても他のデバイスを使われるのを好ましく思わず、魔法を扱うときにちゃんと頼らないと後で少し拗ねるのだ。

 

 シュテルからは対抗プログラム、戦える者達からはデバイスからそれぞれの魔力データが送信されて月夜が受け取った。

 

「直ぐ戻ってくるから、ちょっと席を外すよ。

 月夜は一緒に来てくれ」

 

「はい」

 

 ハジメは月夜を連れて一旦艦橋を出ていく。

 

「あの人はどうするつもりなのでしょうか?」

 

「僕に聞かれても困る。 アイツの手の内は僕等にも底が知れない。

 仲間の君達なら、アイツが何をやろうとしてるか知ってるんじゃないか?」

 

 神姫組とハジメの守護騎士組に向かってクロノは問う。

 

「私達も何も聞いておりませんが、マスターなら何とかするのだと思いますよ」

 

「主ハジメはいろいろな手段をお持ちだ。 夜天の王としての力も、その一つに過ぎない。

 今回の事も原因が分かったのであれば、解決手段の一つや二つ用意があるのだろう」

 

 グループの代表としてエルとシグナムがハジメの考えについて答える。

 この船の主であるハジメが席を立ったことで言われた通り残された者は大人しく待ち、数分と経たずにハジメは月夜と共に戻ってきた。

 二人の手にはいくつかの道具を手にしている。

 

「おまたせ。 とりあえず全員分の対抗プログラム入りカートリッジを予備を含めて三つずつ。

 カートリッジに対応していないデバイスの子には、ロードカートリッジの為だけの簡易デバイスを用意したから試してみてくれ」

 

「そんな、こんな短時間で用意出来る訳がありません!」

 

 僅か数分で用意したというハジメに、シュテルは驚きを隠せずに声を荒げる。

 そんなシュテルにハジメは一つのカートリッジを手渡す。

 

「一応問題がないか、確認してくれるかな?」

 

「………問題、ありません。 確かに対抗プログラムが機能するカートリッジです…」

 

「ほ、本当なのか、シュテルよ?」

 

「おー、シュテルンがビックリしてる」

 

 シュテルが確認したことでディアーチェも少なからず驚き、レヴィはいまいち理解していない様子だ。

 

「一体どうやってこんな短時間に…

 実は用意していたとかではありませんか?」

 

「いや、急いで一から作ったよ。

 時間が無いっていうんなら、時間も作ってしまえばいいだけだからね」

 

「もしや、この前僕達に使った時間停止の結界を使ったのか?」

 

 以前見た外部と時間の流れも切り離す結界の事をクロノはハジメの言葉から思い出し、短時間でカートリッジを生成した絡繰りを解く。

 

「正解。 ちょっと船の空き部屋に結界を張って、その中で専用カートリッジを準備したんだ。

 結界の中じゃ三日も掛かったよ」

 

「改めて聞かされてもトンデモない結界だな…」

 

 時間停止の結界と聞いて、その存在を知らなかった未来組とマテリアル組は目を見開いて驚いている。

 

「驚きました。 今の魔法技術がそこまで進歩しているのですか」

 

「いや、こいつだけだ。 少なくとも管理局じゃとても見通しの立っていない技術だ」

 

「仕事の忙しい人にとっては、喉から手が出るほど欲しい技術だろうね」

 

「それは僕に今ここで君を捕らえてその技術を奪って見せろと喧嘩を売っているのか」

 

 腹立たし気にデバイスを突き付けながら言うクロノは、闇の書事件にハジメの存在も加わって今なお処理が済んでいない重積案件となっている。

 休息時間も削られ疲れも取れず、全く関連性もないが成長期への影響まで気にしだして非常に気が短くなっている。

 

「疲れてるの? 事件が終わったらこの結界で二・三日休んでいく?」

 

「………事件が終わってから考えさせてもらう」

 

 クロノは考える事を放棄する事を考えるほど疲れが溜まっていた。

 

「ともかくこれで準備に問題は無いね」

 

「はい。 ユーリは刻一刻と魔力を増大させているでしょう。

 直ぐにでも彼女の元に向かいたいと思いますが、よろしいですか?」

 

 シュテルが見渡すと、全員異論は無く頷いている。

 

「じゃあ早速向かおう。 第一段階の先陣はうちの子たちに任せてほしい」

 

「わかりました」

 

 闇の書の防衛プログラムとの戦い以上の総力戦が起ころうとしていた。

 

 

 

 

 




 数日間隔とはいえ、久々の連続更新はプレッシャーを感じています
 なのは編はもう少しだけなのですが、最後まで行くと決めたからには次も近いうちに更新します
 毎日更新をしている人にはホント脱帽です。

 見直しをしていて思いましたが、自分は日常のつまらない掛け合いの方が面白く書けてるなど自評しました。
 昔の更新停止した作品を読み直した時に、自分結構面白いと思える作品を書いていたのだと、書いた当時とは違った感覚で自分の作品を見直せたりします。

 この作品もまだ執筆途中ですが、後から見て面白いと思える作品にしたいです。


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第十九話 決着と後片付け

 遅くなりましたが、なのは編完結となります。

 決着があっさりしすぎなので、ちょっと物足りない気がしますがご了承ください。


 

 

 

 

 

 準備を整えたハジメ達はシャマルのみをバックアップに船に残し、魔力を増大させ続けるユーリの元へ向かい作戦を開始した。

 ユーリはハジメ達を認識した瞬間に迎撃態勢を取り、赤い爪の翼を向けて襲い掛かってきた。

 

「サドンインパクト!」

 

「きゃあああぁぁぁぁぁ!!」

 

 それをザフィーラのエアロオーの副腕から放たれた空気砲が撃ち抜く。

 ひみつ道具の空気砲の特性を与えられたサドンインパクトは、ビル数個或いは宇宙船も撃ち抜く威力ながら人に当たっても吹き飛ばすだけという非殺傷性を持っている。

 故にユーリの魔法障壁を圧倒的な威力で破壊しながら、ユーリ自身には大した怪我を負わせない魔法の非殺傷設定のような効果を示した。

 

炎神の閃光(アグニッシュ・アーカーシャ)!」

 

「ああああぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 続いてシグナムの紅蓮炎竜式の副腕から放たれた超高熱の熱線が、ユーリの爪の翼の片方を撃ち抜く。

 ひみつ道具による熱操作なので使う者の安全性は保証されており、シグナムと紅蓮炎竜式本体の熱耐性は相当なものだ。

 その熱耐性で扱える範囲で放たれた熱線もまた相当な威力であり、武装として生み出された爪の翼は一瞬で融解しながら貫通した。

 

「くらえ! ズゥーザメンボウシュラーク(崩壊の一撃)!!」

 

「きゃああああぁぁぁぁぁ!!」

 

 更にヴィータがグラーフアイゼンの延長線上に追従して動くコメートアイゼン(鉄球)で、もう片方の爪の翼に当てる。

 打ちつけられた爪の翼は破壊力のあまり、砕けるのではなく爆発するように四散した。

 

 コメートアイゼンはひみつ道具の機能によって、自身の重量と重力を瞬時に操作出来る。

 すなわち攻撃時に掛かる物理的な威力を自在に操作出来る武器であり、攻撃力だけならザフィーラやシグナムの機体の武装とは数段の格差がある。

 しかもヴィータは必殺技のように叫んでいるが、通常攻撃である。

 

 魔法障壁の守りも攻撃時の武器となる爪の翼も破壊された訳が、ユーリは無限に生み出すエグザミアの有り余る魔力によって破壊された障壁と爪の翼を修復する。

 攻撃を行なった守護騎士達三人は、あえて追撃せずにユーリが自己修復するのを見届ける。

 

『ハジメ君の狙い通り、自己修復でため込んでいた魔力が消費されるのを確認できたわ』

 

 シャマルからの観測結果で、ユーリの増大し続けていた魔力が減少したのを確認する。

 ユーリ本体は狙わず、魔法障壁や武器となる作られた爪の翼を狙ったのはそれが目的だ。 

 

「よし、シグナム達は予定通り自己修復する爪の翼や魔法障壁の破壊を続けて、エグザミアの魔力生成を上回る消費をさせてため込んだ魔力を削るんだ。

 隙があれば非殺傷設定の魔法も当てて魔力をどんどん消耗させろ」

 

「承知!」「ハッ!」「わかったぜ!」

 

 ハジメの指示に従って守護騎士達が向かっていく。

 ユーリの能力は無限に魔力を生み出すエグザミアを内包しているだけあり、あらゆる面で高い能力を持っている。

 だが半ば暴走している状態にあり、人型であるが故に規格外の魔力を持っていようと魔導師の範疇にあるユーリに対し、FA(フリーアーマメント)を纏った守護騎士達ならば攻撃力・防御力・機動力を補って余りあり、優位に戦うことが出来た。

 

 攻撃から逃れようとユーリが高速で回避すれば、シグナム達はIS由来のFAの高い機動力で先回りし、AIC(アクティブイナーシャルキャンセラー)で短時間であっても動きを封じた所で、爪の翼と魔法障壁を破壊して魔力消費を加速させる。

 一対一ではFAを纏っていてもユーリを傷つけないように手加減しながら立ち回る事は難しいが、三人で連携して戦えばその限りではない。

 更に神姫達も既存の装備ではあるがFAを纏っているので、攻撃が効かなくても通常武器による牽制やAIC(アクティブイナーシャルキャンセラー)で動きを封じて援護する。

 攻撃は当たらず防御は貫かれ速度で上回れては、如何に魔力が有り余っていようとユーリを完封するのは難しくなかった。

 

 

 

 

 

「いやぁ、無事にユーリちゃんを止めることが出来てよかったね」

 

「無事ではないわ! 見よ、ユーリがこんなに怯えておるではないか!」

 

「ッ!(プルプルプルプル)」

 

 ユーリの暴走は無事に止めることが出来、一同はハジメの船に戻ってきていた。

 誰もケガすることなく戦いを終えたが、ディアーチェの言う様にユーリは大人しくなってはいたが、少々正気と言った感じではない。

 怯えた表情でディアーチェの後ろに隠れ、体を震えさせていた。

 

 シグナム達がユーリを完全に封じ込め、そのまま魔力を削りきりシュテルの発案である作戦に第二段階に入った。

 ユーリに限界以上の魔力ダメージを与えてエグザミアに動作不良を起こさせる攻撃だが、対抗プログラムは人数分予備も含めて用意されている。

 つまりそれぞれ最大威力の魔法攻撃が、全員で一斉にユーリに向かって放たれた訳である。

 

 各々が高い実力を持った魔導師が10人以上も集まって一斉に放たれる最大攻撃に、エグザミアの魔力生成も当然追い付かず、限界を超えた事で機能不全を起こす。

 そこへ第三段階のシュテル達マテリアルによる制御プログラムの打ち込みは無事成功し、ユーリは力を制御した正常な状態に戻った訳である。

 

 ただし暴走時の記憶がなかったわけではなく、FAを纏った守護騎士によるフルボッコに始まり、上級魔導師の非殺傷設定だけが唯一の手加減という最大魔法の一斉攻撃というフルボッコを受けたのだ。

 正常な人間であればSLB一発だけでもオーバーキルだというのに、それと同等の威力の魔法をいくつも受けたのだ。

 トラウマになるどころか、むしろ怯えるだけでよく済んだと言える。

 

「際限なく魔力を生み出すエグザミアの存在を考えたら、余計な隙を与える訳にはいかなかったんだから手加減できないのは仕方ないだろ。

 まあ、あの一斉攻撃は少々やり過ぎとは思わないでなかったが…」

 

「だが貴様の騎士共にボコボコにされた上にあれでは、ユーリがあまりに不憫過ぎるではないか!」

 

「私もあれはちょっとユーリちゃんがかわいそうだと思ったの」

 

「仕方ありません、なのは。 可哀そうだからと手加減をしてエグザミアを止められなかったのでは、ユーリの暴走も止める事は出来なかったのです」

 

 いかに魔力が強くとも多勢に無勢の一方的な戦いに、なのは達も少し後ろめたい気持ちになっていた。

 シュテル達もユーリを止めるためには仕方ないと思ってはいるが、それはそれとユーリを心配していた。

 

「そもそも君達マテリアルも攻撃に参加していたじゃないか。

 ユーリちゃんを怯えさせてしまったのは申し訳ないと思うが、それで僕を責められるのは困る」

 

「我等はいいのだ、我等は!

 そもそもこんな一方的な戦いになるとは思っておらんかったのだ。

 これだけの人数であっても激戦となると思っておれば、貴様の所のパワードスーツを纏った騎士が一方的に暴走するユーリを抑え込めるだなどと、誰が想像出来るか!」

 

 ユーリの力を一番知っていたディアーチェは、それを完封したことを納得いかないと言った様子で慷慨(こうがい)しつつ文句を言う。

 

「そしてあのカッコいいパワードスーツを我に献上せよ!」

 

「あ、王様ずるい! 僕もあれ欲しい!」

 

「申し訳ありません。 どうやらディアーチェとレヴィは貴方の守護騎士達の持つ武装に興味があるようです」

 

 と、ディアーチェとレヴィがハジメにFAを要求するのを見て、シュテルがその理由を補足した。

 

「流石にそれは駄目。 FAは僕の傘下の子達に用意してる物だから流石にあげられないよ。

 僕の所に来てちゃんと言う事聞いてくれるなら、用意しない事もないけど」

 

「何、我等が貴様に降れだと。 戯言を抜かすな。

 貴様が王たる我に降り、我に相応しいパワードスーツを用意すればいいのだ」

 

「おー、名案だね王様。 仲間がたくさん増えるよ」

 

「フハハハハ! 今なら側近として扱ってやっても良いぞ」

 

 FA欲しさにハジメを部下にしようと王様全開で高笑いをするディアーチェに、シュテルは困った表情を見せユーリは目を白黒させているがマテリアル達から離れようとしない。

 

「…とりあえずユーリちゃんの事は解決したし、事件の後始末について話そうか」

 

「おい、貴様。 我が寛大にも臣下に加えてやろうというのに、何を話を変えようとしている!」

 

「正直僕としてはユーリちゃんの暴走よりも、未来から来た子達の方が問題が大きいと思っているんだ」

 

「貴様、我の話を聞かんか!」「ディアーチェ、その話はあとでゆっくりしましょう」「こら、シュテル!」

 

 あえて話をスルーするハジメに憤るディアーチェを、シュテルが気を利かせて諫める。

 その間にハジメは未来から来たアミティエとキリエ、そして時間移動に巻き込まれたヴィヴィオ達について話を進める事にする。

 

「時間移動による歴史への影響は、放置しておけば加速度的に歪みが大きくなる。

 未来から来た子達は、歴史に大きな変化が起きない内に何とかした方がいいと思う」

 

「それなのですが…」

 

 どうにかしないといけないと言ったハジメに続いてアミティエが発言する。

 

「先ほどユーリさんにキリエが相談を持ち掛けたんです」

 

「元々私の目的は、エルトリアを救うために永遠結晶エグザミアを持ち帰る事。

 エグザミアがユーリちゃんと一体の存在と判ったからどうすればいいかと思ったけど、ダメ元で提案してみたの。

 事情を説明して、私達と一緒にエルトリアに来てくれないかって」

 

 アミティエに続けてキリエが話を繋ぐ。

 

「そしたら私も拍子抜けしちゃったんだけど、一緒来てくれるって言ってくれたのよ」

 

「…本当なのかな?」

 

「は、はい…。 私なんかの力が、正しいことに役立てるのなら…」

 

 オドオドしながらもユーリは肯定する。

 

「そうか。 じゃあシュテルちゃん達は?」

 

「ユーリは我ら紫天の書のマテリアルの守る紫天の盟主。

 ユーリの行く所であれば、我等も行くのが当然であろう。

 エルトリアとやらに降臨し、我が領土としてくれようぞ」

 

「と、ディアーチェが言う様に、ユーリがいくのであれば私達も一緒です。

 ユーリが正常に戻った以上、他に目的があるわけではありませんので」

 

「未来って面白い所なのかな。 ヴォルケンズのパワードスーツみたいなロボットがたくさんあるのかも!」

 

「変な呼び方すんな」

 

 シュテル達も物言いは各々だがユーリと一緒に行くことを示し、レヴィの変なヴォルケンリッターの呼ばれ方にヴィータが口を挟んだ。

 

「君達を引き留める理由はないから僕は構わないんだけど、未来へ帰る方法はいろいろ問題があったんじゃ?」

 

「ユーリさんの協力で、私達だけでなく他の方たちも元の時代に送り返す為のエネルギーは何とかなりそうなんです。

 ただ…」

 

「時間移動の副作用は解決していない?」

 

「はい…」

 

 ヴィヴィオ達四人は、キリエとアミティエがそれぞれこの時代にやって来た時の影響で、巻き込まれる形でこの時代に来ている。

 同じ方法で時間移動を行なえば、同じように他の誰かを時間移動に巻き込むという可能性を捨てきれない。

 

「んー、時間移動の手段を教えてもらえる事は出来ないかな?

 解析出来れば問題を改善出来るかもしれない」

 

「すみません。 未来の技術を安易に過去の人たちに教える訳にはいかないんです。

 それに時間移動の方法は、特に危険と父が封印していたくらいですから…」

 

「まあ、それは仕方ないよね。 危険な技術だし、それくらいの警戒はしておいてくれないとこっちが逆に心配になる」

 

 ハジメも簡単には教えてもらえないと分かっており、アミティエの拒否を聞いて時間移動の危険性をよくわかっているだけに逆に安心したくらいだ。

 

「………じゃあ、仕方ないか。 未来から来た子達は僕が送り返そう。

 安定しない時間移動をさせる方が心配だし」

 

「「………え?」」

 

 僅かな沈黙の間の後に、アミティエとキリエが理解が追い付かずに疑問符を上げる。

 

「まさか、或いはとは思ったが中野ハジメ。 彼女達と同じように時間移動の手段まで持っているのか」

 

「あるいはと考えて驚かないあたり、クロノ執務官もだいぶ慣れてきましたね」

 

「いちいち驚くことに疲れただけさ」

 

「ま、待ってください! まさか時間移動の手段を持っているんですか!?」

 

 漸く言っている事を理解したアミティエが驚きに声をあげる。

 

「少なくとも碌に実験も行なっていないような安心できない手段じゃなくて、幾度も使用経験のある安定性のある時間移動の方法だ。

 問題なく元の時代に送り返すことが出来るよ」

 

「ええぇぇぇ!!」

 

「うわマジ?」

 

 ハジメも時間移動の手段を持っている事を、アミティエもキリエも信じられないと言った様子で声をこぼす。

 

「じゃあ、ちゃんと私達帰れるんですね!」

 

「時間移動の手段がいくつもあるというのも信じられない事ですが、ハジメさん。

 なぜ以前の説明の時に、送り返せるのにわざわざ遠回りな手段を教えたのです」

 

 帰れると聞いてヴィヴィオが喜ぶが、以前脅かす様な説明をされた事にアインハルトはハジメに問う。

 

「それはもちろん、僕も時間移動の手段がある事は秘匿しておきたかったからだ。

 原因を明らかにして、そこからちゃんと帰る手段があればそれでよかっただろうけど、不安定な時間移動ならまた同じことになりかねない。

 それが心配だから隠すのを諦めて、僕が帰る手段を用意しようって訳だ」

 

「そういう事でしたら、文句は言えませんね」

 

「レーナ、未来から来た子達が来た時の時空間波長の残留から逆算して、元いた時代を特定してくれ」

 

「了解なのです」

 

 レーナが船のコンソールを操作して、ヴィヴィオ達が時間移動してきた痕跡から元の時代を特定させる。

 日本誕生でドラえもんがククルが現代に来た経緯を探った方法と一緒だ。

 

「十数年程度未来の時間移動だったら、すぐに元の時代を割り出せるはずだ。

 アミティエさん達のいたエルトリアという場所になると、もっと未来で次元世界移動も挟むから割り出すとなると少し時間が掛かると思う。

 参考に時代と次元世界座標を教えてくれると助かるんだけど」

 

「わ、わかりました。 時代と世界座標は―――――」

 

「レーナ、今のを参考にアミティエさん達のいたエルトリアを割り出せる?」

 

「大丈夫なのです。 少しお待ちくださいなのです」

 

 アミティエに教えられた情報を基にレーナがコンピューターで調査する。

 元の時代のエルトリアを見つけ出すのは、それほど時間が掛からない様だ。

 

「これで未来から来た子達をどうするかは、目途は立ったわけだ」

 

「君は元からこうするつもりだったのか?」

 

「時間移動は歴史改変の危険を孕んでいる事は、時間移動の技術を持っているだけによく理解しているからね。

 戻る手段がないなら、僕が何とかしておかないといけないと思っていた。

 時間移動を無作為に行おうとしていたら相応の対処も必要だったけど、アミティエさん達も危険性は十分理解しているみたいだし大丈夫だろう」

 

 悪意ある時間移動手段を持つ相手だった場合、ハジメは徹底的に処理するつもりだった。

 それだけ時間移動の技術は、扱いを間違えれば非常に危険であるとハジメは認識しているのだ。

 

「エルトリアに戻ったら、時間移動の手段は悪用されないように封印を徹底してほしい。

 それが出来ないのなら完全に破棄する事をお勧めする」

 

「…わかりました。 エルトリアに戻ったら検討してみます」

 

 最後に改めてアミティエに忠告しておく。

 

「後は………管理局側がどうするかだ」

 

「どういう意味だ?」

 

 管理局側代表のクロノが問う。

 

「今回の事件をそのまま報告するんですか?

 終わったはずの闇の書事件の闇の書の闇が復活して、未来から来た人たちと共闘して、原因となったエグザミアを持つユーリちゃん達は未来に連れ帰ってしまったと?」

 

「それは…」

 

 事件を簡潔に説明されると、クロノもそう報告していいモノか口籠ってしまう。

 

「あの…。 私達が過去に来る事を決めた時に、出来る限り過去に記録が残らないように記憶を封じる手段を用意しています。

 色々助けて頂いて大変申し訳ないのですが、歴史への影響を抑えるために私達に関する事は無理のない程度に記憶を封じさせてもらいたいんです」

 

「そう言った技術もあるのか。 僕の所にもない事は無いが、少々使い勝手が悪いからな」

 

 【ワスレンボー】とか【わすれろ草】などの記憶を消すひみつ道具があるが、どれも調整が難しいものばかりで、特定の記憶をピンポイントで操作するようなものはなかった。

 ハジメ達の在り方を考えると、秘密裏に行動する為に目撃者の記憶を消す技術が必要になるかもしれない。

 未来のエルトリアに行ったら、その技術を開示してもらえないか頼んでみよう。

 過去の人間に教えるのは無理でも、時間移動して来れるなら関係ないよね

 

「ですので記録に関してもあまり残さないで頂きたいんです」

 

「…管理局執務官として事件について正確に上に報告する義務がある。

 だが歴史そのものへの影響が出るとあっては、僕達管理局でも手に負える問題じゃない。

 致し方ないが僕個人としては出来る限り配慮しようと思う」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「かまわない。 だが海鳴を中心とした広大な封時結界が張られた事は、アースラでも記録に残っている。

 僕達個人はともかく、アースラでの観測を誤魔化すのは簡単じゃないぞ」

 

「未来から来た子達の事は記録に残さない方がいいだろうね。

 だけど闇の書事件の残照として起こった、ユーリちゃんとシュテルちゃん達の存在は不自然でないように報告した方がいいかもしれない。

 まあ封時結界を張ったのは僕だし、訳の分からない奴がよくわからない理由で巨大な結界を張って、何かをやっていたと報告するならそれでもいいんだけど」

 

「そうしたらまた君に余計な嫌疑が掛かるぞ。

 君の事はいけ好かないが、被害を抑えるためにやった正しい事に冤罪を押し付けるつもりはない」

 

 管理局に捕まる気はないので事件の詳細を誤魔化す為に多少疑惑を増やすくらいハジメは構わなかったが、生真面目なクロノはそれを認めるつもりはなかった。

 

「そういう事ならやっぱりいろいろ誤魔化して報告するしかないよ?

 アミティエさん達の事を抜きにしても、ユーリちゃん達の存在は起こっていた事を報告するなら完全に隠す事は出来ない。

 一緒に未来へ行っていなくなってしまう以上、消滅したか野放しになったと報告する事になるんじゃない?」

 

「………それで通すしかないか」

 

 クロノも多少無理があるかもしれないが、ハジメの言った様に報告するしかないと考える。

 そこではハジメはある事を思い出し、四次元ポケットからある物を取り出しながら提案する。

 

「そういえば処分しようと思ってた物だが、手に負えると言うのならこれを代わりに持っていく?」

 

「今どうやってそんな大きなものを服のポケットから取り出した?

 明らかにポケットの中に納まるどころか、出し入れ出来るサイズじゃないぞ」

 

「デバイスの収納機能と似たようなものです」

 

 四次元ポケットほど大量に入るわけではないが、デバイスの収納機能でもそこそこ大きめの物を収納することくらいは出来る。

 ハジメの取り出したビーチボールサイズの透明な球体でも十分収めることくらいは出来る。

 そして透明な球体の中に入っている物に、真っ先に反応した者がいた。

 

「ちょっと待てい! なぜその球の中に我の持つ紫天の書が入っておる!?」

 

 自身の持つ紫天の書と完全に同じものが出てきた事で、ディアーチェが声を上げた。

 他の者達も驚いているが、紫天の書に関わっているユーリとマテリアルズ達が一番驚いている。

 

「ほら、以前僕が夜天の書を闇の書だった時に二つに増やしただろう?

 僕が持っていった闇の書を夜天の書に修復したら、その拍子にぽろっと夜天の書から飛び出してきたんだ」

 

「なるほど。 夜天の書を二つにしたときに、中にあった紫天の書まで増やしてしまったと言う訳か」

 

「クロノ執務官の言う通り。 突然出てきてどうしようかと思ったけど、闇の書が夜天の書に戻った時に出てきたという事は、最悪暴走原因じゃないかと思って、中にある物の時間を止めるこの玉に入れて封印したんだ」

 

 ハジメの持つ紫天の書の入った球は、時間停止系の秘密道具を参考に生み出した封印道具だ。

 時間を止めてしまえばどのような物であっても動く事は出来ないので、事実上完全な封印と言う訳だ。

 

「そっちの夜天の書とこちらの夜天の書が同一の物であるように、この紫天の書も同一の物。

 今回の事件の原因として、代わりにこれを管理局に持っていくのはどうだ?」

 

「確かに同一の物なら物証としては十分だが、それをこちらに渡しても本当にいいのか?

 というか、これの存在を知っていたって事は、今回の事件の原因が解っていたんじゃないか?」

 

「いや。 紫天の書の事は調べていたけど、あまり情報が無かったから、今回の事件と大きく関わっていたとはシュテルちゃん達に会うまで確信はなかった。

 ただ制御出来る物じゃないって事は解っていたから、夜天の書から出てきたときからこうしてずっと封印したままだ」

 

 調べた時に解った魔力の永久機関というのはハジメも興味深かったが、暴走の危険性が高い物を魔導知識の少ないうちから手を出す気にはなれなかった。

 魔力が必要というなら過去の事件で複製しておいたジュエルシードがあるので、魔力タンクとしてそのまま量産できるので不安定な永久機関の必要性が無かった。

 

「手を出す予定はないから持ってても仕方ないし、いい機会だから管理局の手に負えるっていうんなら僕は譲っても構わない。

 ただし時間停止の球は特殊な技術だから、封印しておくならそちらでやってもらう事になる。

 それと…」

 

 ハジメはもう片方の紫天の書を持つディアーチェ達の方を見る。

 

「彼女達がどう判断するかにもよるけど」

 

「させる訳が無かろう! 紫天の書が二つに増えているなど訳が分からんが、夜天の書と守護騎士共が二組いるのと同じという事であろう。

 なれば、その紫天の書の中には我等とユーリもおるという事ではないのか?」

 

「今の君達みたいに人型になってはいないだろうけど、それぞれのマテリアルとユーリは中にいるはずだ」

 

 なのは達の姿を模したのは闇の書事件の蒐集があったからこそだ。

 ハジメが封印していた方の紫天の書は事件が起こる前の状態の物だから、なのは達の姿を模る為の要素が欠けていて、人型になる事は出来ない。

 

「我等の複製かなにかは知らんが、我等と同じ紫天の書をどこぞの盆暗に委ねられる訳なかろう!

 それを渡せ! 断るというならタダでは済まさんぞ!」

 

 ディアーチェだけでなく他の三人も、同じ紫天の書を誰かに委ねる訳にはいかないと、少なからず臨戦態勢を取ろうとする。

 

「だそうだけど、クロノ執務官はどうします?

 管理局としては事件の収拾をつけるためには、あった方がいいでしょう?」

 

「君は彼女達がどう反応するか分かってて、それを出しただろう。

 確かにあった方がありがたいが、現状で彼女達と敵対してまで回収したいとは思わない。

 管理局としては間違いなくA級ロストロギアに匹敵する紫天の書は見過ごせないが、闇の書と同等なら封印し切れるか分からないものに現状では迂闊に手は出せない。

 彼女達と奪い合う事になったら、君がこちら側についてくれると言う訳じゃないんだろう?」

 

「まあ、その場合は中立という事になるでしょうね」

 

 奪い合いになった場合、ハジメは傍観の姿勢を取る事になるだろう。

 

「それだったら報告は大変になるだろうが、現状で手に負えるか分からないものを迂闊に持ち込むわけにはいかないな」

 

「ならば我等がそれを手にして問題あるまいな。 さっさとそれを渡すがいい」

 

 クロノが手を引いたことで、ディアーチェがもう片方の紫天の書を要求する。

 

「クロノ執務官がそれでいいなら、この紫天の書はシュテルちゃん達に渡そう。

 だけど同じ自分達を所持するというのはいろいろ問題があるだろう。

 よければ分かたれた二つの紫天の書を一つに戻そうと思うけどどうかな?」

 

「何、そんな事も出来るのか?」

 

「以前、夜天の書も一つに戻そうと思ってたけど、はやてさんと月夜の意志でこのままでいる事になったからね。

 二つになった物を一つに戻す方法は用意してあるんだよ」

 

 そこまでハジメが言ったことで、クロノはハジメが元からこうするつもりだったのだろうと悟る。

 管理局に渡すのも選択肢の一つではあるが、二つに分かれた紫天の書を一つに戻すのも手だとハジメは考えていた。

 

「なるほど、紫天の書が二つもあるなど我も違和感がある。

 それが再び一つとなるのであれば文句は………いや待てよ?」

 

 ハジメの提案に同意しようとしたところで、ディアーチェがふと思案する。

 

「紫天の書が二つになれば、同時に運用できればそのリソースは実質二倍。

 問題はもう一方の紫天の書の我等の意志だが、話を聞く限り人型になれなかった時の我等であり、現状の我らであれば支配下に置くことも不可能ではない。

 よし、一つにする必要はない! 二つの紫天の書を手にする事で我は更に強大な王として君臨してくれる!」

 

「ユーリのエグザミアも二つになるから、もしまた制御を失えば暴走の危険も二倍だよ」

 

「と思ったが、人型に成れずとも我等が二人いるのは居心地が悪い。

 王はやはり我一人でなくてはな!」

 

「王様は気まぐれだな」

 

「申し訳ありません。 考え事は理を司る私の役目で、ディアーチェもあまり考えるのは得意ではありませんので」

 

「やかましいわ! 我()、とはどういう意味だ! 我()とは!」

 

 紆余曲折はあったが紫天の書は無事に一つに統合する事となった。

 ハジメが封じていた紫天の書は、二つに分かれ夜天の書から分離した直後のままで止まっているので、ディアーチェ達の紫天の書の過去の姿と恐らく殆ど相違ない。

 ゆえに一つになっても殆ど差異の無い過去が二重になるだけで、パワーが二倍に成ったり上乗せされると言う訳ではなく、それを期待していたディアーチェとレヴィが残念そうだった。

 ちなみにこの二つの紫天の書の同一化は、ハジメがコピーと再同化する方法と殆ど同じものだ。

 

「僕の持ってた紫天の書も片づけられたし、そろそろ未来から来た子達を元の時代に送っていこうと思う」

 

「それはいいが、僕らはどうする?」

 

 未来に送る必要のない管理局組のクロノが問う

 

「アミティエさんに記憶を封じてもらったら、封時結界の外に転送するよ。

 彼女達はこの船で未来に送っていくから」

 

「この船で時間移動が出来るのか?」

 

「このヴィディンテュアムは時空船だって言わなかったっけ?

 次元世界間を行き来出来るけど、時空間移動が主流の機能だよ」

 

「僕の組織は時空(・・)管理局と名乗っているからな。

 言い方の違いで、ただの次元航行船舶だと思ってもおかしくないだろう」

 

次元(じげん)管理局に改名したら?」

 

「進言を検討してもいいが、無駄だろうな」

 

 管理局の正式名にややこしさをハジメ達が感じている間に、アミティエが記憶封印の準備を終え、先ずはなのは達を外へ送り出す準備を終える。

 元の時代へ戻るために船に残るヴィヴィオ達がなのは達を見送る。

 

「ちっちゃいなのはママとフェイトママに会えて少し嬉しかったです。

 未来の私に会ったら私の事よろしくお願いします!」

 

「えっと、記憶を封印しちゃうから覚えてないと思うけど分かった。

 ヴィヴィオちゃんも未来の私によろしくね」

 

「未来でもなのはと一緒って聞けて嬉しかった。

 覚えてなくてもあなたが困っていたら必ず助ける」

 

「お二方なら大丈夫だと思いますが、私からもヴィヴィオさんの事をお願いします。

 今の私がいるのは、ヴィヴィオさんのお陰ですから」

 

「アインハルトさん!」

 

 ヴィヴィオ、なのは、フェイト、アインハルトが未来の出会いを祈りながら別れを惜しむ。

 

「俺も未来の俺達の事をよろしくお願いします、八神司令。

 未来ではとても助けてもらったので」

 

「司令言われても困るんやけど。 未来の私って何しとるんかわからんし。

 記憶は封じられる言うても、あまり未来のこと話したらあかんのやなかったん?」

 

「そうだね。 トーマ、これ以上はあまりしゃべらない方がいいと思う」

 

「そ、そうだなリリィ」

 

「………ところでお願いされたからには代わりに教えてほしいんやけど、お二人はどないな関係なん?」

 

「お、俺とリリィは別に!」

 

「詳しくは聞かんけど、今の御関係だけでも聞きたいなぁ」

 

「(この舌なめずりする様な顔。 やっぱり八神司令だ!)」

 

 何やら苦手意識のあるように見えるはやてに追いつめられるトーマ。

 それを相方のリリィが少し困った様子ではあるが笑顔で見ている。

 

 

 

 別れの挨拶も終わり、アミティエによって記憶の封印が施された直後、なのは達現代組は封時結界の外へ転移された。

 記憶を封じられたクロノ達の認識では、結界に突入後暴走するロストロギアをその場にいたハジメ達と、マテリアル達、出自不明の次元渡航者のアミティエとキリエと共に鎮圧。

 その後、ロストロギアを求めるマテリアルとアミティエ達と対立し、ハジメの手引きでクロノ達は結界の外に追いやられた事になった。

 各々のデバイスの記録も消去済みで、クロノはなぜか釈然としないがまたハジメに振り回されたという事で締めくくった。

 

 ヴィヴィオとアインハルト、トーマとリリィも記憶を封印してからそれぞれ元いた時代に送り返し、最後に遥か未来のエルトリアに時空船ウィディンチュアムは向かった。

 無事にエルトリアにたどり着き、アミティエ達は本当に戻ってきた事に少し呆然としていた。

 

 アミティエ達が言っていたようにエルトリアは荒廃が進んでいる様子で、豊かな自然が減っていた。

 ユーリの力を借りる事で少しずつではあるが改善が出来るようだが、ハジメはエルトリアの技術を対価に秘密道具による荒廃した土地の緑化を提案した。

 半信半疑のアミティエ達だったが、試験的に一部の土地を短期間で自然を再生させたことで取引に応じた。

 緑化の手段は映画【竜の騎士】で恐竜たちの聖地を作った方法と同じだ。

 

 荒廃の原因である死蝕という現象は解決していないので、ハジメの行なった緑化も時間が経てば再び失われていく事になる。

 リリカルなのはの魔法世界の現象なので、ハジメも原因を直ぐには突き止める事が出来なかった。

 しかし、解決はアミティエ達がシュテル達と協力して自分達でするそうだ。

 ハジメはアミティエ達が問題を解決するまでにエルトリアが滅びないように、定期的に緑化を行なって環境の急激な悪化を防ぐことにした。

 遠くない未来で、エルトリアはアミティエ達の手によって救済される事となる。

 

 

 

 

 

 




 以上でなのは編は完結となります。
 STS以降の話は今のところ書く予定はありません。
 そろそろ別の世界の話に行ってみたいので。

 ユーリとの決戦は闇の書の闇との戦いの焼き増しとなりました。
 ゲームはやったこと無かったので動画で情報を集めたのですが、その中で全キャラのフルドライブシーンを集めてフルボッコのするものがあったので、そのイメージで簡潔に書かせて頂きました。
 ISの機動力と秘密道具を組み合わせたら、大した脅威にならない感じがしたのであっけなく終わりました。



 本当なら昨年のゲームリメイクの映画までに書き終えたかったんですが、無茶苦茶期限オーバーでした。
 なかなか筆が進まなくて申し訳ない。

 続編の構想もあり書き溜めもしていますので、今後もよろしくお願いします


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ナルト編
第一話


 この話はハジメがコピーを異世界に送った時の話です。
 基本的にコピーがその世界特有の能力を得るために行った先での出来事ですので、過去話に当たります。


 

 

 

 

 

 五大国の一つ、火の国の存在する忍びの里、木の葉隠れの里。

 里の傍にある岩壁に作られた彫刻、火影岩が特徴の里であり最大の隠れ里と言われている。

 その中に未来の忍びを育成する忍者アカデミーがあり、この日は新たな生徒を受け入れる入学式の日だった。

 

 新入生のクラスでは教師の挨拶から始まり、生徒が順番に自己紹介を行なっていた。

 そんな中でまた一人金色短髪の少年が席から立ち上がり自己紹介を始めた。

 

「波風ミナトです、夢は火影になることです」

 

 火影は木の葉隠れにおいて最強の忍びの称号であり、里の忍びの長の事を指す。

 そう簡単になれるモノではなく吹聴すれば笑われるだろうが、アカデミーという子供達のコミュニティーにおいて、火影という憧れの存在になりたいというのは珍しくない。

 ミナトの宣言を聞いた子供たちも”お前には無理だ””なるのは俺だ”などと否定しつつ自己主張する者がちらほらいる。

 本気かどうかはともかく忍びを目指す子供たちにとって、火影は憧れる存在には違いない。

 

 そんな和気藹々とした子供たちの喧騒の中で、他の生徒を眺めながらやる気のなさそうにだらけてる子供が一人いた。

 

「(四代目と同世代か…。 狙ってたわけじゃないけどあまり関わりたくはないな。

 関わらずにはいられないだろうけど、原作の流れをあまり変えるようなことはしたくはないし)」

 

 中野ハジメは波風ミナトを見ながら、今後の付き合いをどうしようか考えていた。

 

 ハジメはこの世界の忍術を学ぶために、年齢を秘密道具で調整して忍者アカデミーに入学していた。

 ひみつ道具を使って手当たり次第に情報を集めることは出来たが、ちゃんと学べる場所があるならそこで学びたいと思うのは自然だ。

 独学と教えてくれる教師がいるのとでは効率が違うし、納得がいくまで修学するには長期的な拠点も必要だった。

 

 そこで親と一緒に忍者アカデミーに入学に来た外来者として、木の葉隠れの里にやってきた。

 ちなみに親も中野ハジメのコピーで大人の姿に変えており、この場にいる子供の中野ハジメもコピーだ。

 オリジナルはこの世界におらず、元の世界でコピー達が技術を習得してくるのを待っている。

 

 この世界は戦争も頻繁にあり、特殊な忍術で予想だにしない方法で殺される可能性がある。

 戦闘能力を高めるためにもこの世界の忍術を学びに来たが、殺されてしまっては本末転倒なのでコピーだけがこの世界に来ている。

 十分に強くなってそう簡単に殺されないようになればオリジナル自身が異世界に飛ぶようになる予定だが、今はまだ力を集めてる段階なのでリカバリーが叶うコピーが出ているのだ。

 

「(そんなわけでアカデミーに潜入、って言い方はおかしいけど入学したわけだが、同級生の子供のテンションについていけそうにない)」

 

 ハジメは外見こそ子供になっているが、幾度ものコピーとの統合によって溜まった経験を纏めると精神年齢は当の昔に成熟している。

 合計で何歳なのかはハジメ自身も理解しておらず、老成しているわけではないのでまだまだ若いはずだと時々悩んでいる。

 気にしたらその分老けてしまいそうなので、自分は精神年齢二十代だという事にしている。

 

「(まあアカデミー時代はチャクラの練り方や印の組み方なんかの基礎だろうから、厄介ごとは起きないだろう。

 第二次忍界大戦も終わったばかりらしいし、当分は大きな戦いもないだろう)」

 

 今の木の葉は第二次忍界大戦が終わり、戦いの傷跡がだいぶ消えて復興を終えようとしている時代だ。

 この戦いにより名を広めた三忍や白い牙と呼ばれる忍び達が、火影の名に次いで里内に名を轟かせている。

 アカデミー生のくノ一達の間では、三忍の紅一点”綱手”が憧れの存在として人気を呼んでいたりする。

 

 こうやって子供たちが楽しそうにアカデミーに通えることも平和な時代の証だった。

 

 

 

 

 

 ハジメは未来の四代目火影の同世代としてアカデミーに入学し、無事に卒業の時を迎えた。

 卒業試験の忍術も、アカデミーでは素質があり真面目にやっていれば容易な物だったので問題無く試験に合格した。

 

 アカデミー時代に特記すべき事件はなかったので、授業内では可もなく不可もなく中堅辺りの成績を残すようにハジメは行動した。

 NARUTOの世界に来るまでにも幾つかの世界の技術を習得して、この世界では異質に見える力を有している。

 お陰でこの世界でおそらく上忍にも余裕で対抗出来る力も持っているので、普通のアカデミー生を演じるのに全力を出すことはなかった。

 

 試験の合格を確認すると里内に構えた家に帰ってきた。

 家にはハジメの父親役をしている同じコピーのハジメがおり、この里ではヒトシと名乗って鍛冶屋をやっていた。

 

「おお、おかえりハジメ」

 

「ただいま、父さん。

 …流石に何年も演じてれば、親子の会話も違和感を感じないな」

 

「ハハッ、まったくだ。

 父親らしく聞くが卒業試験に合格できたか?」

 

「当然だろ。 アカデミー生をやっていても、アカデミー以外では原作を元にいろいろ修行してたんだ。

 下忍になるための試験で失敗するはずがない」

 

「まあ、そうだな。

 俺は役割とはいえ、鍛冶屋の仕事ばかりだから結構退屈だ。

 合間に忍具開発もしてるとはいえ、最近は思っていたより繁盛してきて時間が取れん」

 

 キャラを変えるために父親役をやっているヒトシは一人称を”俺”にしちょっと強気な感じの喋り方をしている。

 木の葉での生活を維持するために不自然じゃないように仕事として鍛冶屋を選んだのは、ちょうどいい技術をこの世界に来る前に習得していたからだ。

 

―パンッ!―

 

 ヒトシが手を音を立てて合掌し、その手を目の前にまとめていた鉄くずの山に突き付ける。

 すると青白い稲光が放たれて鉄くずがみるみる形を変えて、生成された鉄のインゴットに成形された。

 

 NARUTOの世界に来る前にハジメは”鋼の錬金術師”の世界に行き、真理を見る事で出来るようになる錬成陣無しの錬金術を習得していた。

 これを木の葉の里では流れの秘伝忍術を持つ一族の技として通しており、この技を使って鍛冶屋として生計を立てていた。

 

 この世界では、里に属さずに放浪する独自の忍術を保有する一族というものが珍しくないらしい。

 放浪しているうちにだんだん数を減らして、一族で形を成さなくなったものが一般人に身を落とすこともよくある話なのだ。

 そんな忍びの一族を祖先に持つ秘伝忍術の使える一般人として、ハジメ達は木の葉の里に住み着いていた。

 

 特殊な術を持つことを来た当初から宣言していたので当然里の忍びにいろいろ聞かれはしたが、よく言えば優しく悪く言えば甘い木の葉の里はハジメ達を受けいれられた。

 秘伝忍術と称している錬金術も教えられるものではないので概要を正直に説明したら、それ以上は深く探られるようなことはなかった。

 見えない所から監視されている可能性もあったが、ヒトシは錬金術を使った鍛冶屋に専念しハジメはアカデミー生を普通にやっていただけなので、他里の間諜と疑われるようなこともなかった。

 

「鍛冶屋、繁盛してるんだ」

 

「この術のお陰で金属加工が早いからな。

 鍛造は出来なくても鍋とか包丁くらいなら手早く済むって近所に評判なんだぞ」

 

「確かに便利な術だからな」

 

「それで今後は下忍として活動するわけか。

 下忍がやることは雑用ばっかりなんだろうけどがんばれよ」

 

「そうだろうけど、その前に下忍の試験がある筈。

 うまくいくと思うけど、もしもの可能性があるからちょっと不安なんだよね」

 

「試験てのは本来そういうもんだろう。

 絶対受かるとは限らないから、試験としての心構えが成り立つんじゃないか」

 

「それもそうか」

 

 

 

 

 

 数日後、アカデミーで卒業生の下忍の班分けが行われた。

 後の四代目である波風ミナトと同じ班になるという事もなく、覚えの無い担当上忍と特に交流もなかった同級生と班を組むことになった。

 

 試験内容は原作でもあった鈴取りサバイバル。

 代々伝わってきた由緒ある試験内容だったらしい。

 

 この試験の内容は担当上忍が持っている二つの鈴を班を組む下忍三人が奪うというもの。

 鈴を取れた者が正式に下忍になれるが、一人は不合格となると担当上忍に言われるが、この試験の意図は別にある。

 三人のうち一人は合格出来ないという席を奪い合う形式の中で、上忍から鈴を奪うにはチームワークによって対抗するしかないという意地悪な試験内容だ。

 

 下忍三人がチームワークの大切さに気付くことが本来の試験の意図だが、ハジメはすでに知っているので他の二人のサポートに回ることにした。

 結果的には全員合格になったが、チームワークに気づいていたのは最後までハジメだけで、残り二人には担当上忍から最終的に教えられることになった。

 原作みたいに最適な結果になる方が少ないだろう。

 

 こうして下忍として活動を開始したハジメだが、しばらくの間は雑用ばかりのDランクの任務が続くので、終わった後は自主訓練を行なっていた。

 自主訓練はアカデミー時代から原作を参考に続けてきたので、螺旋丸なんかの練習方法がわかっている術は習得済みで熟練度を上げる事を続けている。

 四代目が開発する予定なので公表することは出来ないが、チャクラコントロールの訓練になるので自己流の応用技を編み出したりしている。

 

 そんな訓練を一人で続けていることは、任務後にいつも演習場に向かうので同じ班の下忍たちも知っていた。

 

「ハジメ君、今日も一人で特訓するのかな?」

 

 同じ班の下忍のくノ一、丘咲クルミは演習場に行こうとするハジメに声をかけた。

 

「山吹先生が任務後の打ち上げをしないかと言われた。

 先生の提案だから奢ってもらえる」

 

「ちょっと待てツミキ。

 俺給料日前だからそんなに余裕ないぞ」

 

「わかってる、だから先生の財布ギリギリの所を選ぶ」

 

「ギリギリかよ」

 

 先生に奢らせようとしているのは日向ツミキで、奢らされそうになっているのは山吹コガラシ上忍だ。

 ハジメは任務においてチームワークを考えて行動しているが、任務外になると班員との交流は無頓着だった。

 そこで三人は交流を深めるためにハジメを打ち上げに誘おうとしていた。

 

「打ち上げ?」

 

「ああ、一緒に行かないか?」

 

 ツミキの誘いにハジメは少し考えるそぶりを見せると、すぐに答えを出した。

 

「悪いけど今日は約束があってちょっと無理だ。

 また今度誘ってくれ」

 

「それなら仕方ない。 次は付き合ってくれ」

 

「ああ、それじゃあな」

 

 挨拶を残して三人と別れるハジメ。

 

「行っちゃったね。 何時も任務が終わると訓練って言っていなくなっちゃうけど、訓練するのが好きなのかな?」

 

「毎日のように訓練してるんだから嫌いなはずないだろう」

 

「何か急いで強くなりたい理由でもあるのかな?」

 

「俺もそう思って一度聞いてみたけど違うみたいだ。

 あいつはよくサポートに回って目立たないようにしてるが、俺はあいつは既にかなりの強さを持っていると思ってる。

 訓練を続けてるのはやりたい事があって、強くなるのはその為の手段だって。

 特に強さに執着してるって感じじゃないから、単にストイックなだけみたいだ」

 

「先生として、もうちょっと仲間との親睦を深めてほしかったんだけどな」

 

 コガラシは必要以上に仲間に溶け込もうとしないハジメの事を思っての打ち上げだったのだが、うまくいかなかったことを残念に思っている。

 

「親睦を深めることが出来なかったのは残念だが、四人から三人になればもっとグレードの高い店に行ける」

 

「っておい、ハジメが行かないんだから中止なんじゃ」

 

「本命も大事だけど建前を立てた以上中止はない。

 俺らだけでも親睦を深めることに意味はある。

 というわけで二人ともそろそろ行こう」

 

「私デザートのあるところがいいなー」

 

「結局財布が軽くなるのか…」

 

 若干一名気落ちしながらも、三人は里の繁華街に歩いていった。

 

 

 

 

 

 三人と別れたハジメは木の葉にある無数の演習場の中で、約束の相手が待つ演習場に向かっていた。

 約束があったのは本当だが、任務外の同僚との付き合いも大事だったんじゃないかと、ハジメは道中思い直していた。

 任務以外の付き合いが少ないのは自覚していたが、積極的に付き合おうとする気も起きなかった。

 誘われたのなら付き合う気はあったのだが、今回は本当に予定があったので断った。

 少し悪い気もしたので機会があったらこちらから誘ってみるかと、頭の片隅にでも留めておくことにした。

 

 そんなことを考えながら歩いていると、目的の演習場に到着した。

 演習場では一人の男がハジメが来るのを待っていた。

 

「ようハジメ君、今日も青春の熱い汗を流そうじゃないか!」

 

 全身緑のタイツに海苔のような太い眉毛口髭顎髭を持った暑苦しい人、マイト・ダイがいた。

 

「(相変わらず暑苦しいな)こんにちはダイさん。 今日も体術の相手でいいんですね」

 

「よろしく頼むぞハジメ少年。

 この年になっても下忍の落ちこぼれでは、なかなか相手してくれる人がいないのだ」

 

 ハジメは自主訓練中に出会った縁から、ダイの訓練相手を時々引き受けていた。

 

 彼は原作で登場する体術使いのマイト・ガイの父親で、ハジメもとても印象に残っているキャラクターだった。

 原作主流に近い人物ではあるが、話の流れにそれほど大きな影響を与える人物ではないので、気にせず交流を持っていた。

 彼は強い忍びではないが原作で描かれた内面の強さに好感を持っていたので、ハジメは彼が弱くても尊敬していた。

 

「(原作のガイ先生の最後の活躍はすごかったからな。

 あれで間違いなく人気キャラの順位の大変動が起こっただろう)」

 

 ダイに聞いた話では既に息子のガイは生まれているが、子育てに忙しいので最近はなかなか修行に時間が取れないらしい。

 相手をしてくれる人も少ないので、下忍になったばかりのハジメでも過剰に暑苦しい表現で感謝をされている。

 尤も隠してる力を含めなくても忍びとして鍛えた分の体術だけでハジメの方が強いので、ダイを相手に学ぶべきことはあまり無い。

 むしろ原作キャラを魔改造する気で、ダイに技をいろいろ教えたりしようとしていた。

 

 改めて言うが、ハジメはダイに好意的に訓練に付き合っているのだ。

 暑苦しいとは思っているが…

 

「それで水面歩行の行は終わったんですか?」

 

「なかなか苦労したが立つことまでは出来るようになった。

 あんな修行方法があったんだな」

 

「忍になったら教えてもらえるはずの特訓の筈なんですけどね」

 

 ハジメと会った当初は、木登りの行すら知らなかったという酷い有様だった。

 木に足を吸着して水平に立つ木登りの行も、水面の上に立つ水面歩行の行も、忍としては基本技術だと思っていたのだが、ダイはそんな基本的な事すら知らなかった。

 落ちこぼれというよりイジメにあってワザと教えられていなかったんじゃないかとハジメは思った。

 

 二つの修行法もアカデミーでは教わらなかったので下忍になったら先輩の忍びに教わるものなのだろうが、教わることが出来なかったからダイがこの年になっても下忍なのだろう。

 しっかり学べていればもう少しましな忍びになっていただろうに。

 

「何はともあれ俺の青春に新たな道が開けたのは良いことだ。

 もしかしたら中忍になることも夢ではないかもしれん。

 いや、今度の中忍試験は挑戦するぞ。

 中忍に受からなかったら里を逆立ちで百周する。

 自分ルールだ!」

 

「自分ルールはいいですけど、人に迷惑をかける罰はやめた方がいいですよ」

 

「ふむ、逆立ち百週は迷惑だろうか?」

 

 自分ルール。 目的と達成出来なかったら自分自身に罰を科す、原作でもガイと弟子のロック・リーがやっていた修行方法だ。

 自分に厳しいというのは立派だが、自分を鍛えるためには人目を一切気にしないところは彼らの大きな問題点だ。

 

「まあダイさんにその辺りの事を言っても無駄ですね」

 

「当然だ。 俺の青春はどんな壁にぶつかろうと乗り越えて見せる!

 今日の特訓もまたその為の第一歩! 己の限界に挑み新しい自分を迎えるのだ!

 ではハジメ君、よろしく頼むぞ!」

 

 話も終わりにして訓練を始めようと、ダイさんが半身を引いて拳を構える。

 ハジメも構えをとっていつでも対処出来る態勢にをする

 

「こちらは何時でも構いませんよ」

 

「では行くぞハジメ君!」

 

 ダイが足にチャクラを貯めると反発作用を利用して突進するようにハジメに向かって飛び出した。

 木登りの行が出来れば使えるチャクラコントロールによる忍びの基本的な移動術だが、ハジメに教えられるまで知らなかったダイにはこれまで使えなかった技だった。

 それすらできなかった最初の模擬戦では酷いもので、あまりの酷いチャクラ運用へツッコミの一撃でダイを倒し、チャクラ講習会になったのは微妙な思い出だ。

 その時に比べればダイとの模擬戦は様変わりして、ハジメが手加減しているとはいえまともな戦いの形になっていた。

 

 ダイの突撃からの正拳を余裕をもって避けると、すぐさまハイキックが飛んできてハジメの頭を狙う。

 この蹴りも首を傾けるだけで避けるとダイは飛び上がって反対の足で空中蹴りを放ってくるが、今度は腕でガードして受け止めた。

 蹴りを受け止められたことでダイはそれを支点に、空中で体勢を整え反対の足でさらに蹴りを打ち込んでいく。

 

 忍びとしてろくなチャクラの運用が出来なかったダイだが、基本的な体術の修行だけを続けてきただけあって運動能力は十分にあった。

 チャクラコントロールがしっかりと出来なければ普通の下忍にも勝てなかっただろうが、習得したことでこれまで続けてきた修行の成果が現れ、中忍クラスの体術はあるかもしれない。

 

「うおおぉぉぉ! 木の葉旋風ぅ!」

 

 ダイは一度着地すると再び勢いをつけて跳躍し、連続の回転蹴りを空中でハジメに打ち込んでいく。

 ハジメは数度蹴り捌いた後に蹴り足の一つをつかみ取り、遠心力を付けてダイを振り回し地面に振り下ろす。

 

「なんのぉ!」

 

 ダイは地面に両腕で着地する事でダメージを回避し、同時に掴んでいるハジメの手をもう片方の足で蹴りを入れる事で外す。

 そのまま地面につけた両手で逆立ちをし、腕に力だけで勢いをつけてドロップキックを放った。

 ハジメはドロップキックを両手でガードするが、蹴った反動を利用して宙返りをしてダイは地面に着地する。

 着地した後に息もつかずにダイはハジメに向かっていき拳のラッシュをかける。

 ハジメもそれに付き合うように捌き受け止め、時には反撃して連打の応酬を続いた。

 

「おおおぉぉおおぉぉl!」

 

「だいぶ模擬戦も様になってきましたね」

 

「ハジメ君のお陰だが、余裕はいけないぞ!

 今日こそ有効打を入れるのが俺の自分ルールなのだ!」

 

 雄叫びを上げなら連打を続けるダイだが、ハジメはまだまだ余裕といった様子で正確に攻撃を捌きながら隙があれば打ち込んでいる。

 それに対してダイは隙を突いた攻撃をいくつかはガードするが、出来なかったものはクリーンヒットしている。

 それでも連打を続けているのはダイのやせ我慢とハジメが威力のある打撃を打ってないから耐えられている。

 終始攻め続けているダイがダメージは一方的に溜まり続けていた。

 

 ダメージの限界に来たのか連打をやめて、ダイはハジメから離れるように飛び引いた。

 

「やはり連打ではハジメ君に勝つのはまだ無理か」

 

「ダイさんも最初に比べれば成長してるんですけどね」

 

「だが、まだ俺は諦めたわけではないぞ!

 俺の今持てる全力を君にぶつけよう!」

 

 ダイは両手を地面に着きクラウチングスタートのような構えをしてチャクラを高めた。

 その体勢にハジメはどこかで見たような既視感を覚える。

 

「(この体勢からの攻撃、どこかで…)」

 

「行くぞハジメ君! これが俺の全力という名の青春だー!」

 

 両手足のチャクラを弾かせることで推進力を生み出して、一気にハジメへと飛び上がって突進してくるダイ。

 飛び上がった空中で体勢を整えてチャクラを込めた全力の蹴りを放ってきたところで、ハジメは既視感の原因がわかった。

 

「(これ、ガイ先生の最後の技”夜ガイ”の体勢だったんだ)」

 

 単なる偶然なのだろうが、ダイがその技に似た蹴りを使ってきたを面白く思った。

 八門遁甲を使ってないので威力は比べるまでもないが、正面から受け止める気はなかったのでギリギリまで引き付けてから体をずらして避けた。

 更にカウンターで掌底をダイの顔に向けてはなった。

 

「ブベッ!」

 

 突進力がそのまま利用された掌底を顔面に食らった事でダイはそのままひっくり返り気絶した。

 決着が着き目を回しているダイをハジメは見下ろした。

 

「まさかこの人を鍛える事になるとは思わなかったけど、人の成長を見るというのも楽しいな」

 

 原作でダイは後の戦いでガイを守って死ぬ事になる。

 このまま鍛えればその未来をひっくり返せるかもしれないが、ハジメはどうなるかは流れに任せようと考えていた。

 

 この世界の変えたくない未来は、第四次忍界大戦後の五大国の和平を壊さない事だ。

 その為に原作の大筋を変えないようにしないといけないが、それ以外なら多少手を出しても問題ないと思っている。

 主人公のナルトや最後の戦いで活躍する七班に関わらなければいいだろうと考えていた。

 

 

 

 

 

 



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第二話

NARUTOのキャラは変な口癖がある人が多い。


 

 

 

 

 

「弟子入りしたいのですが」

 

「はあ?」

 

 ここは木の葉の医療忍者たちが詰めている木の葉忍者病院。

 近年の戦争で医療忍者の需要が高まった事で、その教育及び医療の研究目的で設立された病院である。

 当然普通の病院としても機能しており、木の葉の忍者でない住人も気軽に受診出来るように扉が開かれて自由に出入りできる。

 

 それ故に治療目的でない者も容易に入ることが出来るが、忍びにかかわる施設である以上最低限の防犯機能はある。

 だが同じ里の忍びであれば作用することはないし、特に悪意もなければなおさらである。

 ハジメは病院にいる人物に弟子入りできないか尋ねるためにここに来ていた。

 

 ハジメが弟子入りを尋ねたのは綱手。

 第二次忍界対戦において三忍という二つ名を貰った、くノ一の中でもっとも有名な忍者である。

 綱手は医療忍者であり医療忍者育成の政策を火影に進言し、この病院を設立させた張本人でもある。

 今現在はとある事情もあって忍びとしての前線を離れ、医療忍者育成の為の病院の仮の院長として仕事をしている。

 ある程度病院経営が軌道に乗れば後は後進に任せて退散するために(仮の)と院長の前につけているが、辞めさせまいと綱手を慕う後輩の医療忍者たちが抵抗を続けているのはこの場では特に関係はない。

 

 ともかくハジメは綱手の弟子入り目的で病院を訪ねていた。

 

「私は忙しいんだ。 そういうのは断ってるよ」

 

「じゃあ諦めます。 お邪魔しました」

 

「こら、ちょっと待て!」

 

 さっさと出て行こうとするハジメを綱手が叫んで止める。

 

「貴様いくらなんでも諦めるのが早過ぎるだろう!

 もう少し粘ろうとする気概はないのか!?」

 

「いえ、ダメ元だったのもあるけど書類に埋まってる綱手様を見たらさすがに悪いなと思って…」

 

 ハジメもサッサと諦めたのがばつが悪いのか困った様子で指で頬をかく。

 綱手は病院経営から教育の状況、研究の進行具合などの報告書の山を捌きながら対応していた。

 そんな忙しい光景を見たら誰でも引き下がろうとするのは不思議ではない。

 

「そもそもここは病院だが医療忍術を学ぶ場所でもある。

 見たところ下忍のようだが、医療忍術が学びたいなら書類を出して開催している講習会に行け」

 

「いえ、学びたいのは医療忍術じゃないんです。

 興味がないわけじゃないんですけど、医療忍術とは別に綱手様に教わりたい事があるんです」

 

「私に? 医療忍者の私に医療忍術以外の何を教わりたいというんだ?」

 

「綱手様の怪力です」

 

「はあ!?」

 

 予想外だったのか、綱手から驚きの声を上げる。

 これまで弟子入り希望の者はたくさんいたが、医療忍術でなく怪力を学びたいと言ってくるものは一人もいなかった。

 綱手は医療忍者として有名なので、そちらについて学びたいと正面から言ってくるものなどいなかったのだ。

 

「女性ながら驚異の腕力で地面を殴れば、せんべいのように容易に砕くことのできる怪力。

 それを学びたいと思うのは変でしょうか?」

 

「まあ、確かにそうだが…

 女の私に腕力の鍛え方を教えてくださいと正面から言うか?」

 

「そんなにおかしいことですか?」

 

「…デリカシーにかけると思うぞ」

 

 女性と見られてないと思える発言に綱手は少し落ち込む。

 自身の強みとは言え、女性が怪力を誇るというのは少しばかり気にはしていた。

 

「それはすいません。

 でしたらやっぱり諦めるしかないですね」

 

「だからちょっと待て。

 弟子にはしてやれんがヒントくらいやる。

 チャクラコントロールを鍛えてみろ」

 

「チャクラコントロールですか?」

 

 チャクラコントロールとはその名の通り練り上げたチャクラをどうしようするか操作する技術だ。

 体術はもちろん忍術の発動にも関わる忍の技術の基礎と言える。

 

「私の怪力は言わばチャクラコントロールを極める事で出来るモノだ。

 自身の体の構造を熟知し骨格、腱、筋肉、皮膚、その他もろもろに的確にチャクラを通して強化する。

 更に力のリミッターをチャクラコントロールで一時的に外す事で、人の体の限界を超えた身体能力を瞬間的に発揮できる」

 

「瞬間的にですか?」

 

「この力の制御は簡単に切れる糸をチャクラで強化して、その上で綱渡りをするようなぎりぎりで繊細なチャクラコントロールが必要だ。

 そんな状態を長時間維持するのは、いくらチャクラコントロールに自信があっても長くは持たない。

 その上本来人体では出せないような力を発揮するのだから、当然反動も大きく制御に失敗すれば自滅する。

 筋力を最適に動かし、骨格の強度を高め、反動を最小限に抑え、医療忍術で反動ダメージを治癒する。

 以上の事を全てチャクラコントロールで行なって、ようやく実用と言える力だ。

 よっぽど精密なチャクラコントロールを瞬時に出来なれば成立しない技術。

 これでも習得する気はあるか?」

 

 高難度の技術だという綱手は改めて習得したいかどうか尋ねる。

 

「チャクラコントロールは忍者の基本ですし。

 常に鍛えている事ですから、やれるところまではやりたいと思います」

 

「…まあチャクラコントロールにも素質がものをいう時がある。

 やれるだけやって無理だったとしても、覚えたチャクラコントロールが無駄になるわけではない。

 それに医療忍術も習得していないと出来ない技術だから、学びたいなら受講届を出しに来ることだな」

 

「わかりました、ありがとうございます綱手様」

 

「後はせいぜい頑張りな」

 

 気の無い激励を後にハジメは部屋から退出した。

 用が済んで病院を出ようと廊下を歩いていると顔見知りと鉢合わせる。

 

「あれ、ハジメ君? こんなところでどうしたのかな?」

 

「クルミちゃんか」

 

 鉢合わせたのはハジメと同じ班の下忍のくノ一、丘咲クルミであった。

 クルミは医療忍術の資料らしき本と筆記用具を持って部屋から出てきたところだった。

 

「私は医療忍術の講習を受けに来てたの。

 ハジメ君は何か病院に用事だったのかな?

 ケガしてるんだったら私が練習中の医療忍術で直してあげようかな」

 

「いや、ケガはしてないから大丈夫」

 

 クルミは少々おしゃべりな所があり、興味や疑問があれば迫るように聞いてくることがよくある。

 そんな積極的な様子に押され気味になることの多いハジメは、彼女を少し苦手としていた。

 

「僕は綱手様に弟子入り出来ないかって聞きに行ってたんだ」

 

「えっ! ハジメ君も綱手様に弟子入り頼みに行ったんだ!

 私もだよ、最初にこの病院に来た時に綱手様に会いに行って頼んだんだけど忙しいって断られちゃったの。

 綱手様から医療忍術を教わりたかったんだけど、代わりにこの病院でやってる医療忍術の講習会の受講届貰って、今日はここで講習会を受けてたの。

 もしかしてハジメ君も綱手様から受講届貰って今度から講習会に参加するのかな。

 同じ班の子が一緒だと私もうれしいかな!」

 

 高いテンションで嬉しそうに話してくるクルミに、ハジメはタジタジしながらも質問に答える。

 

「いや、講習会に出るかどうかはまだ決めてないよ」

 

「えー、綱手様に弟子入りしたかったのなら医療忍術を学ぼうと思ってたんでしょ。

 それならここの講習会に参加するのが一番手っ取り早いと思うよ。

 綱手様にここの講習会の事を紹介されなかったのかな?」

 

「紹介はされたけど、どうするかはもう少し考えてからにするよ。

 医療忍術は練習するつもりだから」

 

 実はハジメは医療忍術をある程度自力で既に習得している。

 多重影分身による修練でチャクラコントロールの向上のためにある程度の医療忍術を練習済みだった。

 それでもまだまだ訓練不足なので、綱手のように怪力を発揮するような技術を使えそうにない。

 

「(タイムテレビで盗み見た資料で独自に練習してきたけど、誰かに教わることも必要かもしれないな)」

 

「それなら一緒に練習しようよ!

 一人でやるより一緒にやった方が捗ると思うよ。 どうかな!?」

 

「えっと、少し考えさせてほしいかな…」

 

「今決めてほしいかな!」

 

 クルミの押しにハジメは困り気味に対応する。

 彼女のテンションに終始翻弄され、ハジメは容易に押し切られて一緒に講習会に参加することまで決めさせられてしまうのだった。

 

 

 

 

 

「とまあ、そんなことがあって」

 

 結局受講届を病院の事務から貰って帰ってきたハジメは、家で仕事をしていたヒトシにクルミの事を愚痴ることになった。

 

「聞く限りじゃ気になる年頃の女の子を前にして戸惑う小学生みたいだぞ」

 

「…言われてみれば確かに。

 好きとかそんなんじゃないけど、客観的に見れば否定出来ない」

 

「その否定の仕方がますます怪しく聞こえる」

 

「やめろよ父さん。 同じ自分からその手の弄りをされるのはいろいろ痛い」

 

 大人と子供の姿であるが二人は同じコピーの元々同一人物である。

 この世界に来てからの経験の違いはあれど本質に違いはないので、自分で自分の恋愛事情を弄るなど痛々しいにもほどがある。

 

「そんなつもりじゃないんだが、そんなに戸惑うような事なのか?」

 

「どうにも普通の女の子に気安く話しかけられるのが慣れなくて。

 これまでは私的だったり上下関係を意識して、礼節を忘れない対話をする関係がほとんどだった。

 本当に遠慮のない友人として話しかけてくる、それも女の子なんていなかったから少し対応に困ってる」

 

「アカデミーでもボッチだったからか」

 

「いや、社交性はあったはずだよ、僕達!

 ただ気安い友人関係を俺たちの事情で作ろうとしなかっただけで!」

 

 ひみつ道具を持つことで裏切りを恐れて必要以上の関係を持とうとしなかったハジメ達は、遠慮のない友人というものを作ることがなかった。

 この世界に来ても忍術を学ぶためだけに来ているのだと人間関係に頓着せず、秘密を抱えていることが無意識に気掛かりで友人を作ろうとしていなかった。

 遠慮せずに話しかけてくるクルミは、ハジメにとってはこれまでいなかった特異な人間と言えた。

 

「それでどうするんだ?」

 

「どうするも何も戸惑っていたとはいえ、約束した以上講習会には付き合うよ」

 

「いや、そうじゃなくて。 そのクルミちゃんと今後どう付き合っていくかってことだ」

 

「どうって、同じ班の下忍なんだから否応にも付き合わなきゃいけないだろ?」

 

「そういう意味じゃなくて、一人の人間としてどういう風に付き合うかだ。

 これまでのように戸惑いながら付き合うのか、もっと積極的な友人として付き合うのか、いっそ告白して付き合うのか。

 ………すまん、最後のは冗談だ」

 

「自分で色恋沙汰を弄るのは痛いって言っただろうに…」

 

 勢いで冗談を口にしたが、思った以上に自分自身に恋愛事情で弄るのは反動が大きくヒトシは最後に訂正する。

 

「とにかくどれくらいこっちの懐を許すかってことだ。

 俺らの事情を話さないにしても、もうちょっと気を許して仲良くなってもいいんじゃないか?

 こっちではあまりひみつ道具を使わず、忍術を習得するのが目的で活動してるんだ。

 終わりの時までなら気安い友人を演じるのも悪くないと思うぞ」

 

 ヒトシの言ったとおり、この世界では極力ひみつ道具の使用を控えて、里の住人と下忍として二人は行動している。

 かつてのように事件に備えて気の張った生活をする必要もないので、自分たちの事情を知られなければ里の人間の一人として付き合う事も悪くはなかった。

 忍術を十分習得すれば元の世界に帰る予定の二人だが、それまでは当分付き合いが続くことが確実だ。

 

「同じ自分のくせに他人事のように言いやがって」

 

「他人事のように言った方が客観的な視点が解って為になるだろ。

 相談くらいには乗れるし聞くだけなら悩みも聞ける。

 同じ自分でも別人なら客観的な考えから解決策が思いつくものだ」

 

 ヒトシに諭されてハジメは少し今後のこの世界の人間関係について考えてみる。

 

「………まあ、もう少し前向きに彼女達と向き合って話をしてみるよ。

 このままじゃ女の子とまともに話が出来ないコミュ障みたいだしな」

 

「コミュ障そのものじゃないか」

 

「言ったな! 同じ自分なんだから父さんだってそうだろ!」

 

「残念だったな。

 俺は仕事の関係上近所との付き合いがあって、これでも顔が広い。

 調理器具の修復を近所の奥さんから頼まれたときなんかに、旦那について相談されることもよくある。

 コミュ障とは無縁のご近所付き合いのいいナイスミドルとして評判の鍛冶屋さんなんだよ」

 

「何…だと…」

 

 自分と同じだと思っていたハジメは、驚愕の表情で某セリフをネタに愕然とする。

 下忍に忙しいハジメと違って暇なヒトシは、ご近所付き合いを暇つぶしに円満な人間関係を広めていたのだ。

 この事実に焦りを覚えたハジメは、本気で下忍としての人間関係を改めなければならないかと考えた。

 

 

 

 

 

 

 後日任務が終わると、いつもの予定通り自主訓練の予定だった。

 この日はダイとの約束もあったので、任務が終わり次第約束している演習場に向かうつもりだ。

 

 もう少し下忍としての付き合いを見直そうと考えたハジメは、任務でも積極的に発言をするように心がけて行動し、他の班員は今日はよく喋るなと驚かれることがあった。

 実力を隠すために遠慮してサポートに回ることで発言を控えていたつもりだったが、無口な人間だと思われていたようでハジメは自分が思ってた以上に消極的だったと再認識する。

 

「今日のハジメはよく喋る」

 

「うん、なんだか人が変わったみたいかな?」

 

「先生としては意見を出してくれることはいいことだと思うぞ」

 

「ちょっと心境の変化がありまして」

 

 各々に感想を言われてあまり変わったつもりが無くても、皆からはだいぶ違いを感じるようだ。

 遠慮していた自覚はあったがそこまで変化したという自覚はなかったので、ハジメも皆の反応に少し戸惑った。

 

 ハジメの変化にお互いの戸惑いもあったが、特に何事もなく任務は終わり解散して各々の自由に行動しようとする。

 担当上忍の山吹コガラシは既に去り、ダイとの約束もあって直ぐに演習場に向かおうと足を進めようとするが、クルミに声を掛けられて止められた。

 

「ハジメ君、この前の約束覚えてるかな。 一緒に医療忍術の練習しよう。

 今日も一人で演習場に行くなら私も一緒に行っていいかな」

 

「な、なに!? どういう事だ、クルミ!」

 

 クルミの誘いにハジメが答えるよりも先に、もう一人の班員日向ツミキが過剰な驚きで反応し問い掛ける。

 

「この間医療忍術の講習に行った時に、病院でばったりハジメ君に出会ったの。

 その時ハジメ君も医療忍術に興味があるからって、今度一緒に勉強しようって約束したの。

 数日任務無かったから会えなくて話の続きが出来なかったけど、一緒に勉強するのが少し楽しみだったかな」

 

「約束!? 会えなくて!? 楽しみ!?」

 

 オーバーリアクションで単語のみを復唱するツミキだが、クルミはにこにこしながらハジメとの勉強のこと考えている。

 改めてハジメにどうするか聞こうとするクルミだが、それより先にツミキがすごい剣幕で問い質した。

 

「おいハジメ、これはどういう事だ!

 いつの間にクルミと約束して仲良くなってる!?」

 

「いや、クルミちゃんが言った通り病院で約束しただけだけど…」

 

 猛烈なツミキの問いかけにハジメは戸惑いながらも冷静に答える。

 

「仲良くって言っても、クルミちゃんは大抵こんな感じで誰にも親しい感じで話すから普通じゃないか?」

 

「そうだよ、私普通だよツミキ君」

 

 ハジメの言葉にクルミが同意するが、それがツミキを余計に動揺させる。

 

「だけどとても仲良さそうに見える!

 病院で何かあったんじゃないか!?

 はっ! まさかハジメの心境の変化もそれに関係してるのか?」

 

「それは一応あるかな」

 

「えっ? ハジメ君が今日はよく話したの私が理由だったのかな?

 なんだかよくわかんないけど、ハジメ君がよくお喋りしてくれれば仲良くなれそうだからうれしいかな」

 

 他意の無いクルミの笑顔での発言にハジメは普段通りの人懐っこい発言と思ったが、ツミキはショックを受けて今度は落ち込み静かになる。

 

「…たった数日の間に何があった。

 ハジメはその気はないと思ってたのに…」

 

 声が一気に小さくなりツミキはブツブツと呟いている。

 クルミには聞こえていないようだったがハジメには聞き取ることが出来た。

 

 これまで何となく察してはいたが、ツミキはクルミの事が好きなのだとハジメは確信する。

 ハジメの方針転換がクルミと仲良くなったことだと誤解して、ツミキは動揺を隠せないようだった。

 とりあえず放っておくとややこしいことになると思ったハジメは、誤解を解くことにする。

 

「ツミキ君、確かに僕の心境の変化はクルミちゃんだけど、彼女のことは友人としてちゃんと向き合おうと思ったからの行動だ。

 君が思ったような関係になったわけじゃないから安心してくれ」

 

「本当か! ホントのに本当なんだろうな!?」

 

 ツミキは沈黙から直ぐに脱してハジメに聞き返す。

 その食いつき様に苦笑せざるを得なかった。

 

「ああ、さっきも言ったけど彼女は誰にでも親しい感じで話すだろう?

 僕は人付き合いが少し遠慮気味だったから、少し見直してみようと思っただけさ」

 

「そうか、それならいいさ」

 

 ツミキは漸く安心した様子で落ち着きを取り戻す。

 そんなツミキにハジメはクルミに聞こえないように耳打ちする。

 

「ツミキ君の気持ちは大体わかったから邪魔する気はないよ。

 ささやかながら応援しよう」

 

「え…な! なんでわかった!?」

 

「あれだけわかりやすいリアクションすれば大抵の人は気づく」

 

「まさかクルミも…」

 

「いや、気づいてないんじゃないかな」

 

 挙動不審なツミキの行動に不思議に思っているだけで、クルミは自身への好意に気にしていない様子だった。

 非常に分かりやすい行為を見せる男子と、それに気づかない鈍感な女子の構図だった。

 ハジメもこれまでツミキの態度に何となくそうじゃないかと予想していたが、クルミとの約束に刺激されて完全に馬脚を現した感じだった。

 

「二人で何話してるのかな?」

 

「いやなんでもない、クルミ。

 俺も二人が特訓するなら一緒にしたいなーって話してたのさ」

 

「それなら一緒に特訓しようよ!

 私もツミキ君が一緒ならうれしいな」

 

「本当かクルミ!」

 

「僕の意志も確認してほしいんだけど」

 

 最後に口をはさんだハジメの声は相手にされず、ツミキはクルミの言葉に一喜一憂して楽しそうにしている。

 ハジメはそれを温かい目で見守るしかなかった。

 

 

 

 

 

 ハジメは結局二人を連れて演習場に向かう事になった。

 ダイとの約束があったので遅れるわけにはいかなかったので、道すがら二人に相手がいる事を説明していた。

 

「ふーん、ハジメ君も一人で特訓してたわけじゃないんだ」

 

「俺も一人で独自に訓練しているものだと思っていたさ」

 

「確かに普段は大抵一人だけど、時々相手をする人がいるんだよ」

 

 こう何度も一人で特訓をしていると言われると。ボッチと思えてきてしまうハジメは少し傷ついていた。

 やはり交流を増やそうとしたのは正解だったかと思った。

 

「大人の人が相手なんだって?

 その人にハジメ君はいろいろ教えてもらってるのかな?」

 

「いや、その人は大人だけど下忍で大して強くないんだ」

 

「大人で下忍という事は忍びとして才能がないという事だろう。

 なんでそんな者と特訓をしてる?」

 

 ツミキは弱い者と特訓してることを不思議に思っている。

 

「確かに大したことないけど悪い人じゃないんだ。

 個人的には前向きな姿勢も尊敬できるから、時々訓練を一緒にしてるんだよ」

 

「そうか」

 

「それでどんな人なの?」

 

 ツミキはとりあえず納得したという表情を見せ、クルミはどんな人か好奇心でハジメに訊ねる。

 

「あー………とりあえず暑くて濃い人かな」

 

 ダイの容姿を思い出して言い辛そうにハジメは答える。

 

「暑くて濃い?」

 

「よくわかんないけど面白そうな人かな!」

 

 ツミキはいまいち予想できなかったが、クルミは面白そうという感想だけで気になったようだ。

 

 説明している内にダイが待っている演習場に到着した。

 演習場では既にダイが来ており、腕を組んで仁王立ちでハジメが来るのを待ち構えている様だった。

 

「よう! ハジメ君待っていたぞ!」

 

「お待たせしましたダイさん」

 

「(これは濃い)」

 

「(濃いかな)」

 

 ハジメが挨拶をしている間に、ツミキとクルミがダイの容姿を見て小声で感想を呟く。

 極太の眉毛口髭顎髭にぱっちりとしたタイツという飛びぬけた容姿に、二人は少しばかり呆然としていた。

 

「ふむ? 今日は一人ではないのだな」

 

「すいませんダイさん。 二人は僕と同じ班の下忍で一緒に訓練したいという事になって断れなくて。

 ダイさんさえ良ければ二人もここで訓練してもいいですか」

 

「なるほど、そういう事なら是非もない!

 ハジメ君の友人というのなら俺も大歓迎だ!

 俺はマイト・ダイ。 君たちも俺たちと一緒に熱い青春の汗を流そうじゃないか!」

 

 ダイは親指を立て笑顔で白い歯を輝かせながら快諾する。

 

「これは暑(苦し)いな」

 

「暑(苦し)いねー」

 

「いい人なんだけど、とっても暑(苦し)いんだ」

 

 あまりの熱血ぶりに三人は呆れながら満面の笑顔を見せるダイを見ていた。

 

 この日の特訓を共にした二人はダイを熱血過ぎるが確かに悪い人ではないと、その後も時々一緒に演習場で訓練を行う事になるのだった。

 

 

 

 

 



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第三話

 

 

 

 

 

 中野ハジメの朝は多重影分身から始まる。

 この世界に来る前に行った世界で得た力のお陰で膨大なチャクラを保有しており、朝一で寝ている間に回復したチャクラを修業の為の影分身に使って無駄にしないようにしている。

 均等にチャクラを分割する事の出来る影分身は効率のいい消費方法だからだ。

 

 ハジメがこの忍の世界に来たのはチャクラ運用と忍術を得るためで、オリジナルが異世界に渡った際の危険に対処する為の本人の戦闘力や技術力を収集することだ。

 ひみつ道具はあっても身体能力は一般人なハジメではいきなりこの世界のような危険な世界に来るのは危なっかしく、まず最初に行ったのは基礎的な能力が比較的安易に得られると思った【ドラゴンボール】の世界だった。

 

 力の収拾が主な目的だったのでその世界では原作に関わらないように活動し、原作の情報を基にした修行を行なって飛びぬけた身体能力を得た。

 向かった当初は当然只の地球人なのでサイヤ人のような成長速度はなかったが、それでもドラゴンボール世界の地球人という扱いになったことでクリリンやヤムチャと同等の条件で強くなる可能性を持っていた。

 満足のいくレベルの戦闘力を得るまでに年単位の時間を過ごし、最終的に登場初期のベジータなら素で勝てる戦闘力を得たが、インフレの激しいドラゴンボールの世界観では大したレベルとは言えない。

 それでもNARUTOの世界では、十分ずば抜けた身体能力を持つことには成功した。

 

 当然ドラゴンボール世界の気の力も習得しており、この世界では【気】=【チャクラ】として扱われることになる。

 気功波で星を吹き飛ばせるほどの力は、この世界では当然莫大なチャクラ量となり、通常の任務などでは使い切るどころか本気で練る事も出来ない。

 なので、チャクラが有り余っている早朝に影分身で消費量を増やして力をあまり余らせないようにしている。

 

 影分身は解いた時に経験をフィードバック出来る効果から修行に最適で、有り余るチャクラで作った影分身は外に出しても困るので、家の中に【壁紙秘密基地】を用意しての中で修業をさせている。

 もともと大量のチャクラで作った影分身は、一体でも普通の忍びを超える量を保有している。

 一日任務を終えて帰ってくるまで修行をしていても維持していられるほどで、チャクラ運用の効率が上がれば更に影分身の数を増やすことが出来、修行効率がさらに上がるという好循環が起きている。

 

 壁紙秘密基地という狭い空間なので場所を取らない基礎の修行がほとんどだが、出した影分身の数だけ良くなる修行効率でこれでもかというくらいの盤石な基礎能力を築いている。

 お陰で上忍など目ではない技の切れを発揮できるが、目立つのは望むところではないので、任務では基本的にサポートに回る様にしている。

 それでも常に落ち着いて安定した動きをする事が出来ることでかなりの力を持っていることは身近にいる者は察しており、力をひけらかさないタイプと皆に思われているらしい。

 故に班員の二人も実力が付いてきたところで、中忍試験の話が来ても可笑しくない事だった。

 

 

 

「中忍試験の願書ですか」

 

 担当上忍の山吹はハジメら三人に中忍試験の参加の願書を持ってきた。

 

「任務もだいぶこなしてきたし、そろそろ中忍試験に挑戦してもいいんじゃないかと思って持ってきた。

 今のお前たちなら中忍に昇格する実力はあるだろうからな」

 

 二人をダイに会わせて以降もたびたび訓練を一緒にしてきたので、ハジメは二人の実力も大よそ把握している。

 ツミキは日向だけあって柔拳による体術は目を瞠るものがあるし、クルミも医療忍術を学びながらも修行を続けて全体的な力も伸びてきている。

 一般の中忍の実力をハジメは詳しく知らないので合格ラインに届いているかわからないが、二人の実力はアカデミーを出た頃とは雲泥の差があった。

 

「中忍試験か。 俺達も受けられるほど力が着いたわけか」

 

「ハジメ君は中忍試験どうしようと思うかな?」

 

「なんで俺じゃなくてハジメから聞く、クルミ!」

 

「だって、ハジメ君の方が冷静に分析してくれそうだからかな」

 

 ハジメは別に冷静に分析するようなタイプではないが、彼らに比べれば人生経験豊富な為に落ち着きがあるように見えるのだろう。

 

「僕は受けたいと思うけど二人次第かな。

 中忍試験はスリーマンセルで申し込まないといけないみたいだし」

 

「確かにそうだが、このメンバーだけに拘る必要はないぞ。

 三人が受けて三人が受かる事の方が稀だから、一人が受かって中忍になり二人下忍のままのスリーマンセルもある。

 中忍試験の為にスリーマンセルを新たに組む者もいるから、メンバーを探すのは面倒だがこのメンバーに拘らず一人で受ける事も出来るぞ」

 

 チームで一緒に合格出来るわけではないので、数の偏りができるのは当然だ。

 任務でも別のチームと組むことがある以上、いつまでアカデミー卒業時のメンバーのままスリーマンセルというわけではない。

 

「でしたら僕は受けたいと思います」

 

「おや、ハジメは昇進とかあまり興味ないと思った」

 

「ないですが、忍術資料を読むのに上の階級は必要でしょう」

 

 忍術の知識は里の重要な情報であり、重要度が高いものほど上位の忍びでなければ見ることは出来ない。

 秘密道具で容易に調べることが出来ているが、なるべく正規の方法で情報を得たという体裁は持っていた方がいい。

 その為、全力は流石に振るう事は出来ないが、上忍には成っておきたいので本気で挑むつもりではある。

 

「それなら俺も受ける。

 同期に先を越されるのを見てるだけでいるつもりはないからな」

 

「私も受けます!

 私一人だけ見ているなんてやっぱり嫌かな」

 

「じゃあ、全員参加でいいな」

 

 ハジメ達は全員参加で中忍試験を受ける事となった。

 

 

 

 

 

 原作では他里の下忍も集めて行われた中忍試験だが、未だに第二次忍界対戦の影響が残っているのか、試験は木の葉の里の下忍のみで開催された。

 中忍試験は何かが起こるようなジンクスがあるため、不確定要素を招く他里の忍びが招かれていないのはありがたいとハジメは思った。

 

 そのお陰か前哨戦である予選は何の問題もなく進み、本戦が開始されるまでに至った。

 三人は予選を通過し本戦に進むことが出来たが、ここからは個人戦なので予選までのチーム戦ではなく個人の実力が試されることになる。

 

 なお、以前ダイが中忍試験に挑戦すると言っていた件だが、確かに受けていたのを試験会場で三人は目撃していた。

 山吹が言っていた即席のスリーマンセルで挑戦したようだが、残念ながら予選を突破することは出来ずに落ちてしまったようだ。

 その証拠に…

 

「ハジメ君! ツミキ君! クルミ君、ファイトだー!

 君達は今青春の真っ只中にいるぞー!」

 

 観客席でこれでもかってくらいに目立ちながら『青春』と書かれた旗を振って応援をしているのだから。

 

「ダイさん、もうちょっとおとなしく応援出来ないかな…」

 

「恥ずかしい…」

 

「あの人の行動、予測しておくべきだった」

 

 二人はもちろん、付き合いが長く慣れているハジメも恥ずかしい思いをしていた。

 見世物にされながら本選の開会式を終えて、抽選の結果一対一の戦いが始まる。

 

 

 

 

 

 試合は順調に進んで、ハジメは勝ち残っていた。

 クルミは残念ながら直接戦闘は得意ではないため、一回戦で敗れて敗退している。

 ツミキは一回戦に勝ち、今ハジメの目の前に対峙している。

 

「まさか二回戦で当たるなんてな。

 かっこよく決勝戦で雌雄を決したかった」

 

「僕等は別に雌雄を決するような関係じゃないだろ」

 

「いや、俺はお前のことを仲間だと思っているがライバルだとも思っている!」

 

 指をさしてライバル宣言をするツミキの意気込みにハジメは少し驚く。

 

「クルミちゃんの件をまだ誤解してるのか?」

 

「そっちじゃない! いやまあ、それもないわけじゃないが…

 とにかく俺はお前のことを同期の中ですごい奴だと思ってる。

 いつもはサポートに徹して目立とうとしないが、大抵のことは何でもこなして俺達の出来ない穴を埋める。

 同じ任務をこなしてればお前が何時も本気じゃないことくらい気づく」

 

 本気を出していないことくらいは気づかれていると察していたが、ハジメが思っていたより高く評価されていたようだ。

 

「ハジメとは一度思いっきり戦ってみたかった。

 お前の本気、見させてもらう」

 

 ツミキが日向の体術で構えるのを見て、ハジメも半身になり拳を握らずに受けの構えをとる。

 そして試合開始の合図が鳴ると、ツミキが一気に攻め込んだ。

 

「ふっ! やっ! はっ!」

 

「………」

 

 柔拳による連打をハジメは落ち着いて捌き対処する。

 日向の柔拳は通常の打撃と違い、チャクラを打ち込んで体内にダメージを与えることが特徴の体術だ。

 それは内臓にダメージを与える事と同じで、胴体に有効打を貰えば一撃でやられかねない体術である。

 まあ身体能力の高い忍者社会では、無防備な胴体への打撃はどちらにしろ致命傷に繋がる可能性があるので、基本的に受けないことが重要だ。

 

「どうしたハジメ! 受けてばかりじゃ勝てないさ!」

 

「じゃあそろそろ反撃しようか」

 

 ハジメは次の掌打を捌くのではなく正面から同じ掌打をぶつけて相殺する。

 正面からぶつかり合った掌打はお互いに弾かれて腕を引き戻される。

 

「グッ! はあぁ!」

 

 掌打の衝突の反動でうめき声をあげるツミキは再び掌打を打ち出してくる。

 それに対しても同じ掌打を打ち込んで攻撃を打ち消す。

 ツミキは更に掌打を連打し続けるが、ハジメは正確に同じ掌打で迎撃し続ける。

 

「分家出身とはいえ日向の柔拳を真正面から迎え撃つとはな!」

 

「医療忍術は繊細なチャクラコントロールが必要なんだ。

 繊細なチャクラを込める柔拳の打撃にも通じることくらいは解るだろう」

 

「それでも捌ききれるのは相応の体術も習得しているからだ。

 それも後手に回って正面から打ち消されてたら立つ瀬がない」

 

 掌打の迎撃はツミキのフェイントで中断となった。

 打ち込んできた掌打をハジメは打ち消そうとしたが、ツミキが絶妙な力加減で打ったことで弾かれることなく掌打を手で掴む事で腕の動きを封じ、反対の手で捕まえたハジメの腕を指で突く。

 ハジメは即座に蹴りを放つが、掴んでいた腕を直ぐに放してツミキは距離を取った。

 

「腕の点穴を突かせてもらった!

 これで腕にチャクラを回すのが難しくなる」

 

 点穴とは体内を走る経絡系に流れるチャクラを体外に放出する出口となる穴のことだ。

 日向の柔拳による点穴は、その穴に自身のチャクラを打ち込むことで流れを阻害する事であり、流れを阻害すればチャクラを放出できなくなり忍術の使用が出来なくなるなどの弊害が起こる。

 ハジメは腕に少し受けただけなのでまだ大きな弊害はないが、ツミキの言う通りに受けた腕は確かにチャクラを出しにくくなっている。

 

「ふむ、なるほど…」

 

 これまで任務で点穴を突くところをハジメは見てきたが、受けるようなことは当然なかった。

 突かれた所を観察しながらハジメはどのように突かれたを思い出し、もう片方の腕で同じ場所にチャクラを指で打ち込む。

 すると点穴を突かれた腕のチャクラが流れ出して正常に戻る。

 

「なに、点穴封じを再び点穴を突くことで解いただと!

 白眼も持っていないのに同じところを突いたって簡単に解けるようなものではないぞ!」

 

「医療忍術を学んでいれば点穴についてもある程度触ることがある。

 日向の点穴封じがどういうものか知っておきたいと思っていたんだ」

 

「ワザと受けたという事か?」

 

「半分はね」

 

 というが実はハジメは白眼と同じように経絡系と点穴が見えたりする。

 映画事件を対処していた頃にESP訓練ボックスで習得した超能力に透視能力がある。

 チャクラを意識して透視をしたら経絡系と点穴を目視出来るようになった。

 更に空間そのものを透視する事で距離を無視した望遠まで可能になっており、劣化白眼みたいなことになっている。

 白眼に出来てハジメに出来ないのはほぼ360度全方位の視界位だ。

 

 進化した透視能力によって点穴封じも出来るが、透視能力を披露する気はないので医療忍術の応用と誤魔化した。

 点穴封じは試行錯誤した我流なので日向の点穴封じがどういうものか体験しておきたかったからハジメは受けたのだが、特に違いはなく見える以上に特別な技術はいらない術と分析した。

 

「そういうわけで僕に点穴は効かないぞ」

 

「だが無数に打てば解除が追いつかないし、させる暇を与えないさ」

 

 再び接近戦を挑んでくるツミキにハジメは迎え撃つ。

 放ってきた掌打に今度は掌打で迎撃するのではなく腕でガードするように構える。

 ツミキは瞬間的に訝しむ顔を見せるが、すぐさま掌打から指の刺突に変えて腕の点穴を狙う。

 だがその攻撃はハジメの腕から溢れ出したチャクラの回転にいなされた。

 

「なに!」

 

「隙ありだ」

 

「グッ!」

 

 腕の周りを回転するチャクラの流れに掌打を流されて隙をついて、反対の腕にも纏った回転するチャクラと一緒に我流の柔拳の掌打をツミキの腹に叩き込んだ。

 柔拳の衝撃が体内に流れ込み、同時に回転しているチャクラがツミキの体を回転させながら吹き飛ばす。

 もちろん本気のチャクラをツミキの体内に叩きこんだら北斗神拳みたいに炸裂してしまうので、ハジメは最低限のダメージに抑える様に加減をした。

 伊達に基礎ばかり影分身で行っていないのでチャクラコントロールは完璧で、気絶はしないが有効打になる程度のダメージに抑えていた。

 

「けほっ! 何さ、その技は」

 

「僕の考えたチャクラコントロールによる攻防一体の技さ。

 腕に纏ったチャクラを回転させることで守れば攻撃を受け流し、打てば打撃と一緒に衝撃を与える。

 大した技じゃないから名前を付ける気はないけど、これで腕に点穴を打つことは出来ないし、この守りを超えなきゃ掌打も入らないぞ」

 

「なにが大した技じゃないだ。 俺を思いっきり吹き飛ばしておいて」

 

 この技は別の漫画をネタにしておりよくある技なので、自分で新たに名前付けるのは何か恥ずかしいとハジメは思っていた。

 ハジメのイメージに修羅旋風拳、電童、神砂嵐など、腕の周りを回転させる技が思い浮かんでいた。

 螺旋丸や回天など回転技は応用の利きやすい技だと、ハジメはその手の技も基礎の技と影分身に練習させていた。

 

 腕の回転のチャクラに力を込め過ぎていたのか、ハジメが思っていたより吹き飛んでしまったツミキ。

 今の一撃で終わらせたら目立つと思って加減してたつもりだったが、思ったよりダメージを与えてしまったかもしれないとハジメは横たわるツミキを見る。

 

「じゃあ、ギブアップするのか?」

 

「冗談、まだまだ戦えるさ!」

 

 挑発するようにギブアップを問われると、反発してすぐに立ち上がったツミキ。

 それでもふらついていてあまり長くは戦えるようには見えず、もう一撃当てれば決着が着きそうだ。

 

「なら今度はこちらから攻めさせてもらうぞ」

 

「来いさ!」

 

 足にチャクラを貯めて高速でツミキに迫り、ツミキは日向柔拳の構えで待ち構える。

 回転拳(仮)を纏った掌打を打ち込むとツミキは掌打でいなそうするが、チャクラの回転に流されてうまく捌くことが出来ない。

 仕方なく体勢を大きく崩してでも大振りに避けるが、ハジメは続けて回転拳を纏った掌打を打ちだす。

 やはり技に名前を付けていないと地の文で説明しにくい。

 

 ツミキは体勢を崩して大きな隙が出来るのを恐れ完璧に捌くのを諦め、受け止める時にチャクラの回転にあえて吹き飛ばされることで体をズラし直撃を避け、避けられるものは出来るだけ避けて対応する。

 だがチャクラの回転もなかなか威力があり、軽く接触するだけでもダメージを受けるしあえて吹き飛ばされても力を受け流しきれない。

 少しずつツミキは傷付いていき、このままハジメの勝ちは決まってしまうだろう。

 ジリ貧状態で何時折れるかと思った頃に、ツミキは新たな技を出してきた。

 

「俺を舐めるな!」

 

――八卦掌回天――

 

 ツミキの全身からチャクラが放出されると同時に体を回転させて、周りにチャクラの回転防壁を作る。

 間近にいたハジメは回天の発生に巻き込まれて吹き飛ばされるが、回転拳でガードすることで大したダメージもなく空中で姿勢を整えて着地する。

 少しすれば回天の防壁が消えて、中から息を少し切らしたツミキが現れる。

 

「はぁはぁはぁ、見たか、これが日向の体術さ」

 

「知ってる。 日向一族が使う防御技だろ。

 ツミキが使ってるところは見たことなかったけど」

 

「中忍試験の為に訓練していて、最近ようやく形になったばかりだからな。

 本来は宗家にしか教えられていない技だけど、俺は自力で習得した。

 これならお前の攻撃も逆に弾き返せるぞ」

 

「だけど、息が切れてるぞ。

 そんなに何度も使えないんじゃないのか?」

 

「し、仕方ないだろ! まだ完成したばかりで使い慣れてないだけだ!

 それでも次はこれでお前を吹き飛ばしてやる」

 

 回天は防御技だが相手の攻撃にカウンターをすればダメージを与える事も出来る攻撃力も持っている。

 

 再び攻勢に出て向かってくるツミキに、目的は解っているがあえて迎え撃たずにハジメは接近を受け入れる。

 お互いに打撃が届く範囲に入った所で、ツミキは再びチャクラを放出して回天の体勢に入る。

 それに対してハジメもチャクラを全身から発して回天を放つ。

 

「なぁっ!?」

 

 ツミキの驚く声が聞こえるが、チャクラの回天同士の衝突音でかき消される。

 同じ技がぶつかり合えばチャクラの量、精度、密度によって算出される威力の高い方が勝つ。

 柔拳を学んでいるだけあってチャクラコントロールが優れているツミキだが、医療忍術の他に基礎訓練を影分身で行なっているハジメよりは制御力は格段に劣っている。

 更に桁外れのチャクラ量を持っているハジメは、全力ではなくてもツミキのチャクラ放出量を容易に上回る。

 

 回天同士が拮抗していた時間は短く、あっという間にツミキは回天が破れて吹き飛ばされ地面に叩きつけられることになった。

 

「ガハッ! なんで、ハジメが日向の技を使えるんだ…」

 

「日向の八卦六十四掌は白眼で点穴を見なければ出来ない技だけど、回天は白眼と関係が無いだろ。

 だから僕も我流で練習して覚えてみた。

 無論、言うほど簡単な技じゃなかったけどね」

 

 やってみないとわからない物だが、螺旋丸とはまた別のベクトルのチャクラコントロールを必要とした。

 それでも血継限界に関係ない技に変わりはないので、誰にでも修得出来る可能性がある。

 試行錯誤の必要性があったので影分身に練習させていたが、自分の分身たちが皆くるくる回り続けるシュールな光景を見る事になった。

 

「自己流だから日向の技より勝っているとは思わないけど、完成したばかりで練度の低い技に負けるほど弱くはなかったみたいだな」

 

「お前、結構嫌味な奴だったんだな。

 今度、お前の回天のコツ教えろ」

 

「そんなつもりはないけど、ツミキ君も結構強さに貪欲だな」

 

 僕はツミキとの試合に勝ち残り次の試合にコマを進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ツミキとの戦いを終えてハジメは順当に決勝まで勝ち残った。

 途中で何者かに襲撃されるなどの中忍試験のジンクスも起こらず、極めて平和に試合は進んでいた。

 最後まで残った決勝の相手は、ハジメにも見覚えのある同期でアカデミーを卒業した忍びだった。

 

「久しぶりだねハジメ君。

 これまでの君の試合を見てきたけど、決勝の相手に不足はないよ」

 

「それはどうも、波風君」

 

「ミナトでいいよ。 あまり話した事はないけど、アカデミーの同期じゃないか」

 

 波風ミナト。 ハジメのアカデミーで同期だった下忍であり、後の四代目火影だ。

 原作に大きく関わる人物なのでハジメはあまり接触しなかったが、同期であり後の火影なら中忍試験の決勝に進出してきてもおかしくない。

 ハジメも彼の試合を見ていたが、既に複数の性質変化を巧みに操って相手を追い込む技巧派の忍びであり、後の火影の実力の片鱗を見せている。

 原作で彼の得意技である飛雷神の術をこれまでの試合では使ってはいなかったが、あれは使える者が少ない高等忍術の筈だからまだ修得していないのだろう。

 のちの火影でも今はまだ下忍には違いないのだから。

 

 この試合でハジメはどこまで戦えばいいのか少し悩んでいた。

 上忍を目指す気はあるがそれはあくまで忍術資料の閲覧権を得るためで、四代目のような原作に大きく関わるような人物と力比べをするのは気が向かなかった。

 今の波風ミナトなら大した強さではないので目立たず勝つことは出来るが、後の火影に勝ったというのは後々になって余計な注目を浴びる事になる気がする。

 かといって実力を示さずにワザと負けては相手に失礼だし、下手な戦い方をしては中忍昇格はお預けになりかねない。

 ハジメは演技は得意とは言えないので下手に負けようとするのは難しいと考え、どこまで力を見せるべきか思い悩んでいた。

 

「じゃあ始めようか」

 

「まあ、よろしく」

 

 試合開始の合図と同時にハジメはその場で構えを取り、ミナトは前に飛び出しながら手裏剣を複数取り出して連続で投げる。

 手裏剣は狙いを外さずにハジメに向かって飛んでいき、ハジメはチャクラを込めた掌打で全て叩き落していく。

 

「やはりこの程度じゃ怯みもしないか」

 

 手裏剣を投げながらも接近をやめて立ち止まり、忍具入れのポーチから玉を取り出すとハジメの足元に投げつける。

 手裏剣を迎撃していたハジメの手前に着弾した玉から煙が出て周囲の視界を遮る。

 煙玉だ。

 

 すぐさまハジメは煙を吹き散らすために回天で気流を起こし吹き散らす。

 同時に飛んできていた手裏剣も回天によって弾かれて届かない。

 

「やっぱり回天は便利だな」

 

「オレからしたらとても厄介だけどね」

 

 煙を吹き散らかすとハジメは回天を止めるが、そのタイミングを狙って手裏剣と声が上から飛んでくる。

 煙が広がりハジメの視界を遮ったタイミングで高く上がり上に位置を取っていた。

 再び手裏剣乱舞にハジメは掌打ですべて叩き落していく。

 

「これだけじゃ僕は倒せないぞ」

 

「もちろんそれだけじゃないさ」

 

 吹き散らかされても残っていた煙の中から、クナイを構えたもう一人のミナトが瞬身の速さで迫る。

 それをハジメは落ち着いて対処し、苦無の一閃を余裕をもって避ける。

 

「影分身か?」

 

 影分身は禁術に指定されているが、習得は容易な分身の術である。

 禁術に指定されているのは性能にもあるが、未熟なチャクラでは力不足で発動せず気絶してしまうほど消耗が大きい事が要因だ。

 原作ではポンポン使われていたが皆チャクラを十分持っていたからで、この時点のミナトが使えるのも十分なチャクラ量を保有している証拠だ。

 

 表では見せていないがハジメも影分身を多用するだけあって、使われたとしても驚く事はない。

 冷静に一閃を放ったミナトに掌打を一撃与えると、こちらが影分身だったらしく煙となって消える。

 それを見終えると本体である上空のミナトに視線を戻す。

 

 上空にいるミナトとハジメの視線が交差する。

 ミナトの顔には喜色の見える笑みが浮かんでいた。

 それに僅かな引っ掛かりを覚えたハジメは直後に足元で金属音が鳴った。

 

 

――カランッ!――

 

――ボフンッ――

 

 

 さらに続いて空気が小さく炸裂したような音と同時にハジメは振り向くが、それは既にミナトに足を苦無で斬りつけられる直前だった。

 

「クゥッ!」

 

「影分身は消えたと油断したね」

 

 両手にそれぞれ持った苦無によってそれぞれハジメの両足を一閃して機動力を奪った。

 ハジメの足を斬りつけたミナトは追撃は控えて即座にその場を離れる。

 突然のことにハジメも反応出来ず、攻撃してきたミナトに反撃も出来ずに追撃を警戒するだけに止まった。

 足を切り付けられたハジメはその場に手を着き、離脱したミナトと上から落ちてきて合流したミナトを見据える。

 

「…影分身に苦無に変化させた自分を持たせていたのか」

 

「気が付いたかい。 陽動は二重三重にしなきゃ機能しない。

 体術では君に勝てそうにないし、並の忍術では君の回天に防がれてしまうだろう。

 だからまずは動きを封じるために足を切らせてもらった。

 それでも医療忍術も使える君にあまり時間を上げることは出来ないな」

 

 しゃがみ込み掌仙術で切り傷を癒し始めているのを見抜き、ミナトはハジメが動けない内に印を組み術を発動する。

 

 

――雷遁・地走り――

 

 

 印を組み終えたミナトが手を地面に着くと、雷遁の電撃が走りハジメに向かっていく。

 ハジメは治療を中断せざるを得ずに、足のケガを無視して跳躍する。

 

「地面に雷遁が流れればそうするしかないよね」

 

 飛んだハジメに向かって影分身の方のミナトが印を組み術を発動する。

 

 

――雷遁・雷撃――

 

 

 空中で身動きの取れないことを予期して発動した雷撃の玉がハジメに飛んでいく。

 傷を無視して跳んだ事で体勢が悪いが、チャクラを纏った回転拳で雷撃をハジメはなんとかはじく。

 

「くっ…(完全に相手のペースだな)」

 

「これでもまだ耐えてくるか!」

 

 ハジメは相手に流れを完全に持っていかれてる事を悔しそうにするが、逆にミナトは自身の連続攻撃に耐えていることに嬉しそうにする。

 高い才能ゆえに同年代で競う相手のいなかったミナトは、術中に嵌っているのに耐え続ける事の出来るハジメにもっと力を見せる事が出来るのを喜んだ。

 

「なら、今度はもう少し強めにいくよ」

 

「なに!?」

 

 ペースを奪われている現状でさらに力を見せると言われ、ハジメも試合開始時の力の出し惜しみを忘れ始める。

 本気を見せられない事から全力でなくても勝てるという余裕がハジメにはあったが、それは個人の戦闘力に限っての事で、戦いの流れを操るセンスに関してはミナトはハジメの数段上を行っていた。

 その結果が受け身に始まり隙を突かれ先手で傷をつけられて、負けると思うほどではなくともペースを完全に奪われている現状に、ハジメは慢心していたことを実感する。

 ここに来てハジメは目立つ目立たないなどという事を忘れて、油断なくミナトを倒すつもりで戦う事を決心する。

 

 雷撃を弾いたハジメは空中にいる事から自然落下で地面に着地しようとするが、着地の寸前にミナトの新たな術が発動する。

 

 

――土遁・黄泉沼――

 

 

 着地点がミナトの術によって底なし沼になり、そこに飛び込んだ形になったハジメの太ももまで足を沈め身動きが取れなくなる。

 

「土遁まで使うか!」

 

「体術で勝てない以上、動きを封じて遠距離から倒すしかオレには出来そうにないからね」

 

 ミナトは語りながらも影分身とそれぞれ別の印を組み術を発動する。

 

 

――雷遁・雷流し――

 

 

 印を組んだミナトの手に雷遁の電気が集まる。

 続けてもう一人のミナトの術が完成する。

 

 

――風遁・旋風波――

 

 

 両手から発生した風が竜巻のように巻いて、その矛先をハジメに向けられる。

 その竜巻にもう一人のミナトが発動した雷遁を流すと、風は雷を帯びる事で劇的に威力を上げて放たれる。

 

 

――雷嵐(いかづちあらし)の術――

 

 

「合体忍術!?」

 

「オレが使える一番威力のある術だ!」

 

 火遁など性質のある忍術は複数の性質を複合することで威力を上げることが出来る。

 基本は複数の忍が共同で発動するものだが、複数の性質変化が行える忍が影分身などを併用することで一人で行う事も不可能ではない。

 一人で行う分かなりのチャクラを持っていなければならず、ミナトのチャクラは既に上忍の領域に到達しているだろう。

 

 先ほどの単発の雷遁とは比べ物にならない規模の忍術に、流石のハジメも回転拳だけで弾くことは到底できない規模と威力だ。

 回天でも耐えられるかどうかわからない威力だが、現在は黄泉沼で足を取られて身動きできず回天などとても使えない。

 ハジメは動くことも出来ず自由な上半身だけでこの合体忍術を防がねばない。

 忍術ではない禁じ手を使えばどうとでもなるが、それをするくらいならハジメは流石に負けを選ぶ。

 

「まさかこの技を披露することになるとは思わなかったよ!」

 

 ハジメは回転拳のチャクラの回転を全力で加速させ、さらに性質変化で風のチャクラに変換する。

 すると両腕からは膨大な風があふれ出してハジメの服をなびかせ黄泉沼に波を発生させる。

 

―風遁・神砂嵐―

 

 ハジメが回転拳のモデルにした技の一つを両腕から放つ。

 本来近接技で必殺の威力がある神砂嵐だが、発生した両腕の竜巻を前方に放射することで、そこらの風遁と変わらない威力を持つ。

 さらに二つの竜巻が相互作用によって捻じれ狂う空気の裁断機となり、威力をさらにミナトの合体忍術にも劣らない威力となる。

 

 

―ゴオォォォォォ!!!―

 

 

 ミナトの合体忍術と神砂嵐の衝突でその場に巨大な竜巻が発生し、両者を巻き込む試合場全体に突風が吹き乱れる。

 本来雷遁は風遁に弱い相克関係にあるが、ミナトが風遁を強化することに使われたために風遁の神砂嵐に打ち消される要素とならなかった。

 ミナトは術にさらにチャクラを込めて衝突を維持するが、チャクラにおいて圧倒的に余力のあるハジメは神砂嵐を維持しながらも衝突が拮抗するように威力を調整していた。

 手加減をしていることに違いないが慢心しているわけではなく、押し負ければ自身に確実に被害が及び、押し勝てばミナトに自身の忍術も巻き込んだ巨大竜巻をぶつけてしまう事になるので相殺に持ち込むしかなかった。

 

 お互いの術が放たれ終えると衝突点の巨大な竜巻も自然消滅して、試合場は竜巻によって荒れたこと以外は術を放たれる前までに戻った。

 ハジメを縛っていた黄泉沼も合体忍術に全力を注ぎこんだからか、術が解けて只の地面に戻っており土に足が埋まっている状態だった。

 只の土となれば脱出も簡単で、ハジメは足を力ずくで簡単に引っこ抜いて地面から抜け出す。

 

「はぁはぁ…まさか今の術を完全に防がれるとは思わなかったよ」

 

「僕も咄嗟だったとはいえ隠し技を披露することになるとは思わなかった」

 

「さっきの技凄いね。 印も組まずにあれほどの威力を出すなんて」

 

「自慢するものじゃないさ。 この技は本来の使い手がいて僕はそれを真似ただけ。

 練習していただけで実戦で使う予定の無かった技なのに、使わせるまで追い詰めてきたミナトの方がすごいよ」

 

「あれだけ威力があるのに使うつもりのなかった技ってことは、他にもなにかあるってことかな。

 褒めてくれるのは嬉しいけど、まだまだ余力を残しているように見える君に言われてもね」

 

 先ほどまで戦いの流れを保持しておりハジメを追い込んでいたミナトだが、現状では互角の筈なのに形勢は逆転しているように見える。

 術の連続発動に大技を使って息を切らしているミナトと、足を負傷して追い込まれ大技を受けても耐えぬいて落ち着いているハジメでは、体力の差が見え始めていた。

 かといっていまだ戦意を無くしていないミナトに戦術の扱いに劣るハジメは油断する気はなく、ここまで来たら勝つつもりで用意していた中忍試験披露用の術を準備する。

 

「確かに僕はチャクラが多いから余力があるけど、戦い方においてはミナトの方が圧倒的だ。

 多少疲労していてももう流石に油断出来ないよ。

 まあ油断して慢心していたことを教えてくれたお礼に、もう一つ隠し札を使う事にするよ」

 

 ハジメは上着の袖を引っ張ると手首にあるリストバンドを外す。

 そこには刺青のような黒色の文字が輪っかのように連なって手首に書かれていた。

 

「それは呪印かい?」

 

「これ自体は術の補助に使うもので、本来の術の要は僕自身さ。

 呪印術も学び始めたばかりだから大した効果はないけど機能はしている」

 

 説明しながらもう片方の手首の呪印をさらけ出し、ズボンの裾も上げるとそこにある布を外して足首にある呪印を晒す。

 これでハジメの両手首と両足首に呪印がさらけ出されたことになる。

 何かしようとするハジメに対処するために息を整えながら身構えるミナト。

 ハジメは両手を合唱してチャクラを練り上げて呪印を起動する。

 

「本邦初公開、これが僕が開発中の忍術、現身(げんしん)の術だ!」

 

 ハジメが全身からチャクラを放出すると、体外に広がるのに合わせて手足の呪印が体表から離れてチャクラの表面に浮かび上がる。

 陽炎のように浮かび上がっていたチャクラの波が穏やかになり、表面に浮かぶ呪印が広がって、チャクラと言う空気の入った風船のゴムのように力の拡散を抑えた。

 そして出来上がったのはハジメの体に纏われた半分質量を持ったチャクラで出来た体だった。

 

「それが君の開発した術かい…」

 

「実体化したチャクラを纏う事で新たな身体を現す術。

 本来チャクラは実体を持たないが、高密度化と特殊な性質変化によって半実体化させたのがこの術だ。

 これによって体に纏っているチャクラは僕の鎧であり、自在に操作する事の出来る手足の延長になる。

 まだ単独で維持出来ないから呪印によって安定させる補助を受けているが、これなしで維持出来るようになるのが僕の目標だ」

 

 予測出来ると思うが、この術はいずれナルトの使う人柱力の力をモデルにして開発した術であり、チャクラの衣を纏いそのチャクラを自在に操作して攻防に使う事を目的にした術だ。

 このチャクラの衣はチャクラ量によって大きさが変わり、最終的には尾獣や須佐能乎のような巨体にもなれるようハジメは術を開発している。

 今はまだ呪印の補助がいるのは事実で、実戦でも一応使えるレベルだがまだまだ改良の余地がある。

 

 高密度化によってチャクラの透明度が下がり、包まれているハジメの姿は少しボンヤリとしている。

 纏われたチャクラは現在は体表にほぼ均一に纏われており、足の裏にも実体化したチャクラがあることでハジメの足は地面から離れており実質浮いている状態だ。

 均一に覆われた事で纏っているチャクラの形は、角張った所のない丸みを帯びた人型の中にハジメが入っている状態だ。

 

「試合中じゃミナトは足の治療をする隙を許してくれると思えないが、自在に動くチャクラの体は傷付いた足の代わりを果たしてくれる」

 

「っ!」

 

 ハジメは実際の足ではなくチャクラによって出来た足を動かしてミナトに肉薄する。

 チャクラの足によって生み出された脚力は瞬身の術の様に一気に接近し、チャクラの腕で放たれた打撃によってミナトの片方が吹き飛ばされる。

 吹き飛ばされたミナトは影分身だったために地面に叩きつけられる前に音を立てて煙となって消えた。

 もう片方の本物のミナトは慌てて距離を取り、チャクラを纏ったハジメから離れる。

 

「そしてこのチャクラの体の身体能力は高いぞ」

 

「その様だね!」

 

 ミナトは素早く印を組み、三体の影分身を生み出す。

 更に影分身を合わせて四人のミナトが印を組み影分身とは違うただの分身を無数に生み出す。

 分身影分身乱れる無数に一斉に試合場に散り、本体のミナトがどれなのかはわからなかくなった。

 

「分身と影分身を使った撹乱か」

 

「その外装を纏ってますます接近戦が挑めそうにないからね」

 

 白眼などの特殊な目や感知系の術を持たない者には、普通の分身であっても本体と見分けることは出来ない。

 透視能力を駆使すれば見分けることが出来るだろうが、その手段は問われれば誤魔化しが難しいので今は使えない。

 ハジメは一本の呪印の刻まれたクナイを取り出して構えると、その呪印もチャクラの衣に浮かび上がってその形状を苦無の刃状に形態変化させる。

 

「チャクラの衣に決まった形はない。

 衣の状態を維持できれば形は自在に変化出来る。

 こんな風に!」

 

「なに!」

 

 苦無によって生まれたチャクラの刃を水平に振るうと同時に、刃を伸ばして試合場全体に届く一閃となる。

 かろうじて反応して回避出来たミナト達もいたが、半数近くが霞のように消えて一体ほど影分身が巻き込まれて煙となって消える。

 

「ほんとにとんでもないチャクラだな。

 これはいよいよ腹を括らないといけないか」

 

 ミナトは残った分身達で再度撹乱に走り回る。

 最初の大ぶりの一閃も警戒していて簡単には当たらず、ハジメは小刻みに近くにいるミナトの分身に刃を突き立てて消していく。

 

「いくら分身を作ってもチャクラの無駄になるだけだよ」

 

「それでも君の隙を突くにはこれくらいしないと通用しそうにないからね」

 

 

――風遁・砂煙――

 

 

 すかさずミナトは風遁で砂煙を巻き起こして目くらましをする。

 だがハジメも目隠しには散々慣れてきており、チャクラの刃を風に変化させて一閃させれば掻き消える。

 

「そろそろ目隠しも飽きてきたんだけど」

 

「わかってる、流石にこれで打ち止めさ」

 

 一瞬の煙に紛れて突貫してきたミナトにチャクラの刃を振るうが、両手で包むように生み出されたチャクラの球体によって受け止められる。

 それは衣と同じ高密度なチャクラで乱回転をして威力を上げている、ハジメに見覚えのある術だった。

 

「それは!」

 

「オレもまだ開発中の技だけどそこそこ威力があるよ」

 

 後に螺旋丸と呼ばれるミナトの開発中の技は両手で球体を維持しており、ハジメのチャクラの刃と拮抗したがそれも一瞬。

 螺旋丸を切り裂きそのままミナトを一閃するが、影分身だったために再び煙となって消える。

 螺旋丸を見せられたことで少しばかり驚いたハジメは、それを切り裂いたことで心の隙が生まれ次の行動に支障をきたす。

 

「口寄せの術!」

 

「!」

 

 声に反応して上を見上げれば迫ってくる巨大な影。

 一瞬の隙はハジメから完全に退避の機会を奪った。

 

 

――屋台崩しの術――

 

 

 巨大な影の正体はミナトによって呼び出された巨大な蝦蟇(ガマ)

 その巨体で押しつぶす質量攻撃は普通の人間が受ければ一撃でぺちゃんこになる致死性の攻撃だ。

 無論ハジメも何もせずに受ける気はなく腕を上に伸ばして、チャクラの衣の力でガマの体を押し上げて受け止める。

 ガマの柔らかい体は自身が潰れないように支えても変形してハジメの姿を覆い隠し身動きを取れなくした。

 

「さっきの術も思ったけど僕を殺す気か!!」

 

「君なら確実に生き残ると思ったから全力でやった結果だよ」

 

 致死性の高い攻撃ばかりに叫ぶハジメに、ミナトは意を関せず次の攻撃を仕掛けた。

 口寄せの術を空中で発動したのも影分身で、最後に攻撃を仕掛けてきたのは本体だった。

 蝦蟇にのし掛かられて閉じ込められていたハジメは、口寄せ解除と共に攻撃されると思って警戒していたが、解除されずに密閉空間にミナトが突然螺旋丸を携えて現れた。

 

「なっ!(この密閉空間にどうやって…飛雷神!?)」

 

「これで全部だー!」

 

 ハジメはミナトの攻撃の直前に、足元に起爆札とは違う文様が掛かれた呪符が落ちているのが目に入った。

 それがミナトの後の異名『黄色い閃光』の元となる飛雷神の術のマーキングの文様だと直感的に分かった。

 これまで使ってこなかったのは何か使用に問題があるのかもしれないが、使えはしたという事だろう。

 そんな一瞬の思考の後にハジメは避ける事も出来ず、チャクラの衣で螺旋丸を受け止める事になった。

 

「だああぁぁっぁぁぁ!!」

 

「ぐううぅぅぅ!!」

 

 ハジメはチャクラの衣を操作して体を支える力を最低限に、螺旋丸によって削られる部分に集中させて防御する。

 ミナトも既に体力が限界にきており、この螺旋丸を最後の攻撃として全てのチャクラをつぎ込んでいた。

 その威力は先ほど両断された螺旋丸の比ではなく、すべてを出し切る気でチャクラを両手から注ぎ込み続けた。

 

 ミナトがチャクラをすべて出し切った所で、チャクラの衣を突き抜けてハジメの胴体に接触する。

 チャクラが尽きた事で口寄せの蝦蟇も消えて、動きを封じていたと同時に体を押さえていた力が消えた事でハジメは螺旋丸の威力に吹き飛ばされた。

 チャクラの衣を突き破った螺旋丸は、確かにダメージを与えながら試合場の壁にハジメを叩きつけた。

 

 ダメージは受けたがハジメにはまだまだ余力が残っていた。

 保有するチャクラ量が膨大故に形態の制御を維持出来る限界までチャクラ送り込めば、より強大なチャクラの衣を生成できた。

 だがそれは他の世界で得た力の特性を使った力押しに過ぎず、最初に纏った以上のチャクラの衣を生成する気はなかった。

 攻撃を受けた時に更にチャクラを練って衣に回していれば螺旋丸を完全に防ぎきれただろうが、それをせずに展開していたチャクラの衣のみで突き破られたのなら負けを認めようと決めていた。

 

 ハジメは螺旋丸を受けた所を抑えながら、叩きつけられた壁を出てくる。

 螺旋丸もチャクラの衣で威力が減衰した事で大したダメージになってはいないが、ここでギブアップ宣言の為に大きなダメージを受けたと演出したかった。

 そしてハジメは自分でも納得のいく勝負に満足しながら宣言する。

 

「「ギブアップだ………え?」」

 

 ギプアップ宣言の声が重なる。

 ハジメが宣言すると同時にミナトもまたギブアップの宣言をして声を重ねていた。

 ミナトもまたチャクラをすべて使い切った事で実質戦闘不能で、立ち上がってきたハジメを見て負けを認めようとギブアップしたのだ。

 

「なんで君がギブアップするんだい?

 君はまだ戦えるだろう」

 

「確かに戦えない事もないがミナトの攻撃を受けてダメージを受けてる。

 それに未完成とはいえ隠し札の術を破られたんだ。

 負けを認めても可笑しくないだろ」

 

「オレはチャクラを全部使いきってもう戦えない。

 最後の攻撃を受けても立ち上がってきた君の方が勝者だろう」

 

「確かに残ってる体力で勝ってはいるけど、試合展開は殆どのミナトのペースだったじゃないか。

 体力で勝っている自覚はあっても押されっぱなしだったんだから、とても勝ってたとは思えないんだよ。

 この戦いは体力勝負じゃなくて忍としての力を比べる試合だろう。

 総合的に見て試合は完全にミナトのものだった」

 

「まだ戦えるんなら君の勝ちじゃないか。

 力不足で倒しきれなかったオレの負けでいい」

 

「それなら負けを認めた僕はどうすればいいんだ!

 もうギブアップ宣言しちゃったんだぞ」

 

「それはオレだって同じだよ!」

 

 決勝の試合で両者が立ちながらも同時にお互いにギブアップ宣言をしたことに会場が困惑に包まれる

 二人の言い争いは白熱して戦いが続いている様だが、最終的に両者のギブアップが同時だったことから引き分けと判断され奇妙な試合結果となった。

 そしてミナトは見事な試合運びから、ハジメは既に下忍の枠に収まらない身体能力から中忍試験に合格するのだった。

 

 

 

 

 



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第四話

 

 

 

 

 

 中忍試験を終えてハジメは中忍に昇格したが、下忍の頃と特に変わりなくこれまでのフォーマンセルで任務を続けていた。

 その合間に行っている自主練ではダイに始まり、ツミキとクルミが増えて、中忍試験で縁の出来たミナトも時々やってくるようになった。

 今もハジメはミナトを相手に模擬戦を行っていた。

 

「フッ!」

 

 

――飛雷神の術――

 

 

 急接近してハジメが打ち出した打撃を、ミナトが飛雷神の術で飛ぶことで姿を消して避ける。

 消えたミナトを探してハジメが辺りを見回すが、意識を逸らした絶妙なタイミングで同じ場所にミナトが再び現れて片手(・・)で螺旋丸を下段からハジメに放つ。

 すぐに反応したハジメだが迎撃するほどの時間は無く、回転拳の腕でガードするが螺旋丸の威力に押されて上に打ち上げられる。

 

 上空に打ち上げられたハジメの上を狙って飛雷神の術のマーキングが施された苦無を投げながら、ミナトはもう片方の手で螺旋丸の準備に入る。

 それを見ていたハジメは次の攻撃を予想するが、空中では態勢を整えるのがせいぜいであまり身動きが取れない。

 それを狙ってミナトはハジメを上空に打ち上げるように攻撃し、さらにハジメの更に上にめがけて苦無を投げて飛雷神の術で先回りし身動きが取れないハジメに螺旋丸を当てようとしていた。

 

 苦無がハジメを追い越して後ろに回った所で、飛雷神の術でミナトが現れて螺旋丸を当てる態勢に入っていた。

 身動きの取れないまま螺旋丸の直撃を無防備に受ける筈だったハジメだが、空中を蹴ることで更に飛び上がり螺旋丸の一撃を回避する。

 

「なにっ!」

 

 空中で跳躍することで回避されたミナトは驚き声を漏らすが、ハジメは既に上空で体勢を整えて攻撃の準備に入っていた。

 ハジメもまた螺旋丸を手に生成して攻撃の姿勢を見せる。

 攻撃が来るとわかったミナトは空振りした螺旋丸を戻して迎撃の準備をした。

 迎撃の準備が整ったのを見計らったハジメは、再び空を蹴って突撃する。

 

 

――螺旋丸――

 

 

 ハジメとミナトの螺旋丸が衝突し、球体に圧縮されていたチャクラが解放される。

 その破裂した衝撃にミナトは下方に吹き飛ばされたが、慌てることなく姿勢を整えて両手足を突いて地面に着地し威力を殺す。

 ハジメも再び上空に打ち上げられるが、落ち着いた様子で空中で弧を描きながら体勢を整えて着地した。

 お互いに模擬戦であることを忘れず螺旋丸の威力を調整したからか、二人とも大したダメージもなく吹き飛ばされても冷静に対処した。

 

 

 

 螺旋丸の衝突を最後に模擬戦の終了とした。

 こうして時々ハジメは、ミナトと模擬戦を行いながらお互いの技を披露して技術を高め合っている。

 時には自身の技を教え合ったりしており、ミナトに螺旋丸を使って見せたのも習得方法を直接聞いていたからだ。

 

「驚いたよ、まさかもう螺旋丸を習得しただなんて。

 オレがこれを完成させるまでどれくらいかかったと思ってるんだい」

 

「知っての通り僕はチャクラの回転技をいくつか考案してるんだ。

 コツと条件とチャクラコントロールが十分なら、後は練習すれば今の僕なら難しくない。

 手探りでゼロから開発するよりもずっと早いのは当然だろ」

 

「それはそうだけどなんだか納得いかないな。

 片手での生成だって最近になって出来る様になったっていうのに」

 

「そのコツの相談に乗ったのも僕だっただろう」

 

「そうだったね」

 

 ハジメは原作に関係の深いミナトに関わる事に最初は消極的だったが、もう今更かと諦めて中忍試験の時からそこそこな頻度で会っている。

 それによって螺旋丸の完成期間が短くなったり、試験では使いこなしていなかった飛雷神の術の練度が上がるなどの過程をハジメは見る事になったが、どうせ完成するなら特に影響はないだろうと割り切った。

 

「ところでさっきの空中で跳躍したのはどうやったんだい?」

 

「別に難しい理論じゃない。 木登りの行と水面歩行の行があるだろ」

 

「うん、忍者の基本的な修行法だね」

 

「固体にくっつき液体を足場に出来るなら、気体を足場に出来ない理由はない。

 つまり空中を足場に跳ぶことも不可能ではないんだよ」

 

「なるほど、確かに」

 

「確かに………、じゃねえ!」

 

 模擬戦の反省会に二人で語っていると、演習場の傍らでクルミと共に見学していたツミキが叫んだ。

 ツミキはハジメに教えてもらった回転拳の練習に、体術の構えをしながら腕に纏ったチャクラを回転させて維持する特訓をしていた。

 回転拳は攻防一体の技だが剛拳より守りに向いた柔拳向きで、柔拳を使うツミキなら有効に使えるとハジメに教えてもらい練習しているが未だに実践で使えるほど慣れてはいなかった。

 その為維持する練習をしながら模擬戦を見ていたが、模擬戦とはいえ自分に出来ない高等技術の応酬に少しばかり八つ当たり気味にキれていた。

 

「てめえら本当についこの間まで下忍だったのか、ああん!

 中忍試験の試合だってのに一気に上忍にするかどうかなんて話が上がってたそうじゃないか!

 追いかけるこっちの身にもなれ、この天才ども!」

 

 ツミキは日向一族だが血継限界を持っている以外は普通の忍だ。

 前々から実力があると思っていたハジメを少なからずライバル視して、中忍試験で負けてからそれを明確に自覚したと思ったら、決勝のミナトとの試合は次元が違っていた。

 同じ同期でアカデミーを出たはずなのにここまで差が出来ていたことに苛立ち、同時に二人の事をツミキが天才と呼ぶの無理はなかった。

 それでも追いかけるのは諦めずに技術を学ぼうと努力しているが、明確な差を見せつけられれば心が折れそうにもなるし、それに反発して苛立ってもまあ仕方ないかもしれない。

 

「ミナトと一緒にしないでくれ。

 僕はチャクラが多いことを除けば基本的に凡才だよ。

 チャクラ量があるから練習時間を多く取れて技量を伸ばすことが出来るだけだ」

 

「オレも普通に特訓をしているだけなんだけどな」

 

「普通の特訓で下忍のうちに性質変化を三つも使えて、二代目火影様の使った飛雷神の術を使える様になるのはおかしいぞ」

 

「そうかな?」

 

 ハジメはチャクラ量に任せて影分身修行を多用することで修業時間を大量に取れているが、それの無いミナトは本物の天才だった。

 中忍試験でも見せた戦闘での立ち回りは、センスのないハジメには経験を十分重ねなければ出来ない芸当で、もしかしたら火影となる頃の最盛期のミナトならドラゴンボール世界の力を持ったこの世界に来たばかりのハジメでは完封されてもおかしくないと思っていた。

 尤もハジメもこの世界の任務で戦闘経験を積んでおり、駆け引きを学んでいるので油断しなければそうそう負ける事はないだろう。

 

「どっちにしろ同期の中でお前ら二人が突出しているのは確かだ。

 お前ら二人が天才でなきゃ俺達は何なんだってんだ」

 

「ツミキ君、落ち着きないよ。

 私も二人が凄いとは思うけど、ちゃんと鍛えているからなのは解るよ。

 一緒に医療忍術の勉強もしているけど、ハジメ君は私よりずっと手際が良く治癒術をどんどん修得していくんだもん。

 ほとんど同時に勉強始めたのに今じゃ教えてもらう事の方が多いくらいかな」

 

「体術に忍術に医療忍術…この完璧超人が…」

 

「そういう言い方は好きじゃないな。

 いろいろ手を出しているけど特化したことはないから器用貧乏になりそうなんだよね」

 

「そんなことないよ。 ハジメ君、綱手様が手際がいいから本当に弟子にしようかって言ってたもの」

 

「ほんとに?」

 

「うん」

 

 影分身のお陰で多大な経験を積んでいるので、ハジメは自身の才能と言われても信じていない。

 実際にハジメの才能は可でもなく不可でもなく、戦闘センスに関しては平和な世界で生まれ育った意識が強いので性格的に低い方だ。

 この辺りは命のやり取りをしないと学べない物だが、影分身やコピーにドラゴンボール世界の戦闘力と、命の危険を極力離してきた事で危機感があまり働かないのだ。

 

「綱手様か」

 

「どうしたんだミナト」

 

「いや、オレの担当上忍が同じ三忍の自来也先生なんだけど、ある修行の提案があってね。

 今のままじゃ本気で戦ってもハジメには勝てそうにないから受けようと思うんだ」

 

「どんな修行?」

 

「口寄せ動物の蝦蟇の住む妙木山、そこで仙術の修行をしないかって言われている」

 

 仙術は原作でナルトの習得した、自然エネルギーをチャクラに混ぜて使用する忍術の上位のようなものだ。

 仙術の元となる仙術チャクラを使っている状態を仙人モードと呼び、身体強度が高くなり感知能力や術の威力が上がるなどの恩恵がある。

 ただし仙術チャクラを練るのは難しく、制御に失敗すると肉体が変異したり自然と同化して石になるなどのリスクがある。

 

「仙術かー…」

 

「ハジメも仙術に興味があるのかい?

 それなら一緒に修行できるように自来也先生に相談するよ」

 

「おいおいミナト。 お前ハジメに勝ちたいから仙術とやらを学びたいんじゃないのか?

 一緒に行ったんじゃ差は縮まらないだろ」

 

「確かにハジメには勝ちたいけど、それはオレがもっと強くなりたいからだよ。

 ハジメがもっと強くなるのなら、競い合うことでオレももっと強くなれると思ってね」

 

「ぐぅっ! なんて心持ちの余裕!

 これが天才と凡人の差なのか…」

 

 先ほどまで自分は才能の差を僻んでいたのに、ミナトはハジメより強くなれる機会を逃してでももっと強くなりたいという前向きな姿勢に、自身の嫉妬の醜さにツミキは胸を痛ませる。

 強くなるにはこんな前向きな姿勢が必要なのかと、悔しくも眩しそうにミナトを見た。

 

 ハジメは技術の収集を目的にしており、仙術もいずれは学んでみたいと思っていた為に興味はある。

 だが妙木山はナルトがいずれ修行に行く場所で、少々関わり過ぎかと気が掛かった。

 仙術を学べる場所は原作では二か所明かされており、ほかにも学べる場所があるかといずれ探してみようと思っていた。

 仙術は口寄せ動物と関係しているが、今の所ハジメは特定の動物との契約はしていない。

 これを機会に仙術を学ぶ事の出来る動物を探してみようと決める。

 

「仙術に興味はあるけど自来也様はミナトの先生だろう。

 いきなり僕が行っても迷惑だろうし、まずは僕等の担当上忍に仙術を学べる場所について聞いてみるよ。

 自力で調べて見つかりそうになかったら、その時お願いするよ」

 

「わかった、そういう事なら先に仙術の修行を始めさせてもらうよ」

 

 ハジメは次の任務の時に仙術に繋がる口寄せ動物について、山吹に聞いてみようと思った。

 

 仙術の話が終わって修行を続けようと思ったところで、演習場にダイの姿が現れた。

 

「よう皆、今日も青春の汗を流してるか!」

 

「どうもダイさん」

 

「「こんにちは(相変わらず暑苦しいなー)」」(ツミキ、クルミ)

 

「こんにちは、ダイさん。

 今日はずいぶん遅かったですけど何かありました?」

 

「うむ、実はうちの息子がもうすぐアカデミーに入る歳でな。

 そこで忍の修行風景を見せようと思ってその心構えを語っていたら遅くなってしまったのだ。

 紹介しよう、俺の息子のガイだ」

 

 ダイの後ろから現れたのは、父親によく似た顔つきとまるで同じ太い眉毛をした子供だった。

 

「初めまして、僕はマイト・ガイです!

 パパがいつもお世話になってます!」

 

「「パパ!?」」

 

 ダイの事をパパというガイにツミキとクルミが驚く。

 ダイの容姿はパパというイメージとはかけ離れており、親父といったごついイメージしかわかない。

 余りに容姿に似合わない呼び方にツミキとクルミは声を漏らしてしまった。

 

「? マイト・ダイが僕のパパなのは何かおかしいですか?」 

 

「いや、おかしいのはそこじゃなくて…」

 

「パパってイメージじゃないかな」

 

「ははは、特徴的な所はダイさんにそっくりだね」

 

「話には聞いていたけどよく似てるよ」

 

 驚いて声を上げた二人に対し、ミナトとハジメは落ち着いた様子で親子を見比べていた。

 マイペースなミナトは素で驚かなかったが、ハジメはどういう人物か最初から知っていたので驚かなかった。

 

「はっはっはっ! 似ているのは容姿だけではないぞ。

 俺に似て忍術や幻術の才能もからっきしで、体術一筋でやってく予定だ!

 この年から鍛えればきっとすごい体術使いになるぞ!」

 

「いや、笑い事じゃないだろ。

 忍術も幻術もダメなんてアカデミーに入学できるかどうかも怪しいぞ」

 

「大丈夫だツミキ君! 俺だって忍者になれたのだ。 なれないはずがない!

 それに俺もこの年になってからでも、ハジメ君達との修行で少しずつではあるが強くなったのだ。

 ガイもここで修業すればアカデミーなど一発合格だ!」

 

「本当パパ!」

 

「もちろんだとも息子よ!」

 

 嬉しそうに語り合う暑い親子の様子に、四人は苦笑いをしている。

 

「どうするハジメ。 アカデミー前の子供の修行に付き合う?」

 

「ダイさんは既にその気だけど、まあ別にいいんじゃないかな」

 

「後輩の育成も忍者の務めかな」

 

「アカデミー入学までならそんなに時間はないけど、オレも付き合うよ」

 

 こうして四人もガイの入学まで修行を付ける事になった。

 ダイがハジメとの修行で強くなった影響でガイもアカデミー前にしては体力があったが、忍術幻術の適性の無さを覆すものではなく、原作通りに補欠合格になるがその過程のドラマにハジメ達も少しばかり巻き込まれ、その後も時々ガイの修行を見る事になるのだった。

 

 

 

 

 

 数日後の任務が終わった後、ハジメは担当上忍の山吹に仙術の習得について尋ねてみた。

 仙術を使える忍はあまり聞かないので知っている可能性が低いとハジメは思っていたが、幸運なことに山吹の契約している口寄せ動物が仙術を伝える事の出来る種族だった。

 山吹自身も仙術の修行をしようとしたが、適正が低かったために諦めたそうだ。

 

 ハジメは山吹の紹介で口寄せ動物と契約し、任務の無い空いた日に逆口寄せをしてもらい仙術の修行が出来る口寄せ動物たちの住む場所に来た。

 その場所は竜宮島(りゅうぐうとう)と呼ばれ、口寄せ動物の亀たちが住む海上の島だった。

 そこで仙術を教えることが出来るという仙人亀に会う事になった。

 

「ワシが竜宮島仙術指南役の仙人アマタケじゃ。

 皆はワシの事を亀仙人と呼ぶが、好きに呼ぶがよい。

 お主が仙術を学びたいというコガラシ君の生徒じゃな」

 

「…ア、ハイ。 よろしくお願いします」

 

 アマタケという仙人亀はウミガメのヒレのような手足をしながら二足歩行で立っており、先が捻じれ丸まった木製の杖を持ち口元に白く長い髭を携えている。

 そこまでは普通の仙人のイメージなのだが、なぜか黒いサングラスをかけていてその姿はまるで本物の亀になっているドラゴンボールの亀仙人その人だった。

 ゴツゴツした肌が爬虫類である亀の証をしているが、それ以外はオリジナルの亀仙人そのままの姿なのでハジメは少し呆然としてしまった。

 

「む、どうかしたかの?」

 

「いえ、何でもないです」

 

「ふむ、まあよかろう。 それでお主は仙術についてどれほど知っておるかの。

 仙術を使うにはいろいろとリスクがあるときいておるか?」

 

「自然エネルギーを使う事と、制御が難しく肉体の変異のリスクがあることは知っています」

 

「なるほどなるほど、なかなか勉強熱心だの」

 

 大まかではあるが勉強してきたことにアマタケは嬉しそうに髭を弄っている。

 

「仙術を教えるのは構わぬ。 教えるのがワシの仕事じゃから習得出来るかはともかくしっかりと最後まで教えよう。

 ただ交換条件というわけではないのじゃが、一つ頼みごとを聞いてくれぬか?」

 

「僕が出来る事でしたら構いませんが」

 

「なに難しい事ではない。 お主は木の葉から来たんじゃろう。

 木の葉で売っているという本を、今度でいいので持ってきてほしいんじゃ」

 

「本ですか?」

 

「うむ、何でも大人気の品でワシの耳にも波の噂が聞こえてくるほど」

 

 ハジメは忍の修行に重視しているので世間の噂には疎い。

 大人気と言われても特に思い当たる本は思いつかなかった。

 

「それくらいでしたら構いませんが、題名が解らないと何を持ってくればいいかわかりませんよ」

 

「うむ、確か何と言ったかの…。

 妙木山で仙人修業した自来也と言う忍が書いた本なんじゃが」

 

 自来也の名前が出てきてハジメは本と亀仙人を繋がるイメージで思いついてしまった。

 そういえば三忍の自来也が新しく本を出したと噂になって、内容を聞いて呆れられたという話を小耳にはさんでいたのをハジメは思い出した。

 

「もしかしてイチャイチャパラダイスですか?」

 

「そうそれじゃ! ワシもう内容が気になって気になって。

 丁度木の葉のコガラシ君から連絡があったから、もうグッドタイミングじゃったんじゃ。

 買ってきてもらえんかの?」

 

「わ、解りました」

 

 仙人はエロいというのはあらゆる世界に定められている法則なのだろうか?

 いや、もしかしたらドラゴンボールの亀仙人が元祖エロ仙人だったのかもしれない。

 後日、イチャイチャパラダイスをハジメが買ってくることになるのだが…

 

「うっひょーーーー!」

 

 エロ本の味を占めたアマタケに、その後も何度かお使いを頼まれる事になるとはハジメは思っていなかった。

 あんた亀だろう、というツッコミは亀仙人そのままの姿でハジメは気にもならなかった。

 

 

 

 

 

 任務の合間を縫って仙術修行を受けに来る日々が続いたが、仙術の修行は捗ることはなかった。

 適性が無いわけではないが優れているわけでもなかったハジメの習得速度は普通で、原作のナルトのように短期間で習得出来るほどうまくはいかなかった。

 影分身による時間短縮も仙術修行では危険なため、自然エネルギーを感知するのに一か月仙術チャクラを練り始めるまでに三か月かかった。

 仙術チャクラを練ることが出来ても体の一部が亀に変異する不安定なもので、修行を終えるのは年単位の時間が必要になるのを覚悟した。

 

 ギリギリ仙人モードが使える様になった頃、亀仙人に連れられて場所が広げた海岸に来ていた。

 

「さて、ようやく仙人モードが使えるようなってきたところで、モチベーションを上げるためにワシ直伝の仙術奥義を教えよう」

 

「よろしくお願いします!」

 

「うむ、元気でよろしい」

 

 ハジメは誰かに師事するのはこれまで無かった事だが、亀仙人との師弟関係はうまくいっていた。

 エロ本買いに行かされるといった羞恥を代償としていたが、普段は修行に専念して極力忘れるようにした。

 忘れた頃に買いに行かされるので、これだけは修業とは別ベクトルの苦行を感じていた。

 

「まずは見ておるがいい。

 この技は仙人モードによる自然エネルギーと同調することで体外での操作性を上げた仙術チャクラでなければ扱うのが難しいからの。

 フンっ!!」

 

 亀仙人が常に持っている杖を砂浜に刺すと、海に向かって仁王立ちになり気合を入れて仙術チャクラを練る。

 すると体内のチャクラの増大で肉体が活性化し、甲羅から出た手足の筋肉がバンプアップする。

 甲羅から出るムキムキの手足とは非常にシュールな光景だった。

 

「これはっ!?」

 

 ムキムキになる亀仙人というシチュエーションに既視感を感じて、ドラゴンボールの漫画のシーンをハジメは思い出す。

 驚きを口に漏らしたがこの後の展開を予感してしまった。

 

「か~」

 

 海に向かって腕を伸ばし掌を広げて手首を上下に重ねる。

 

「め~」

 

 掌の中に玉を包み込むように開けながら、その両手を右後ろに下げて中腰に構える。

 

「は~」

 

 身体に溢れる仙術チャクラを掌の中に集中させていき、仙術チャクラの球体を作り出す。

 

「め~」

 

 チャクラの球体をどんどん集中させ圧縮していき、限界まで溜まった所でさらに腰を引く。

 

「波あぁぁぁーー!!」

 

 両手を海に向かって突き出すと、貯めこまれ解放された仙術チャクラが真っすぐ光の尾を描きながら放たれた。

 砲撃となったチャクラは海を割って海底を顕わにしながら突き進んで行き水平線の彼方に消えていった。

 後に残ったのは割られた海に流れ込む海水とそれによって生まれる余波だった。

 

「ふぅ、どうじゃ、膨大なチャクラを一点集中させ開放し撃ち出すかめはめ波じゃ」

 

「………いろいろ思う所はあるのですが、試してみてもいいですか?」

 

「構わんがお主は仙術チャクラの運用がまだまだじゃろう」

 

「いえ、普通のチャクラでやってみます」

 

 そう言ってハジメは海に向かって立ち中腰に構える。

 

「それは無理じゃて。 先ほども言ったがこの技には仙術チャクラによる自然との調和が必要なのじゃ。

 通常のチャクラでは体外での拡散性が増して非常に効率が悪く「かめはめ波ー」なるって、エエェェェェェ!……」

 

 ハジメの気の抜けた掛け声と一緒に一瞬で両手に集中させたチャクラを海に向かって開放し、先ほど亀仙人が海を割った光景を再現した。

 今度残ったのはぶり返しの波の音と亀仙人の開いた口から洩れる驚きの声の残照だけ。

 

「亀仙人様、これでいいんですか?」

 

「………お主、無茶苦茶じゃの。

 通常のチャクラ放出ではよほど力をつぎ込まねば仙術チャクラのかめはめ波と同等にはならんのじゃ」

 

 ドラゴンボール世界で修業したのなら、真っ先に習得に乗り出す必殺技だ。

 当然ハジメも修行で再現し、この世界であっても気を使う感覚でかめはめ波を撃てた。

 

「…って、なんで一発ワシの奥義模倣しちゃってるの。

 しかも仙術チャクラを使わずに普通のチャクラでなんて、ワシの師匠としてのメンツが立たないじゃないの!」

 

「すいません、ついやっちゃいました」

 

「つい!?」

 

 修行を始めた頃から亀仙人(・・・)似の亀仙人に思う所のあったハジメ。

 世界観が違うんじゃないのと突っ込みたかったが、エロ本の事はともかく教えてもらっている身なので何も言わず言われた通りの修行を受けてきた。

 此処で奥義としてかめはめ波まで披露されてしまっては悪戯心が沸いて、ドラゴンボール世界の我流かめはめ波を披露せずにはいられなかった。

 後に反省はしているが後悔はしていないと、ハジメは語ったとか語らなかったとか…

 

「ん、んんっ! 使えてしまった物は仕方ないの。

 (このままでは師匠の威厳が立たんから、)ここはワシの秘奥義を見せてやるしかないの!

 よーく見とれよ! 今度こそ度肝を抜くワシの必殺技を見せてやるからの!」

 

 亀仙人はハジメを驚かしながら凄い技に尊敬の眼差しを向けさせるつもりで披露したかめはめ波に、逆に簡単に真似をされ驚かされた事にムキになって別の技を披露しようとする。

 ムキになっている姿を見てハジメは流石に失礼だったかと思ったが、次の技の構えを見たらそれも忘れて亀仙人の行動を観察する。

 亀仙人は再び仙術チャクラを練りながら両腕を上に真っすぐ掲げた。

 その動きにハジメは元気玉の存在を思い出した。

 

 元気玉は世界中のあらゆる生命から少しずつ元気をもらってエネルギー球を作る技だ。

 仙術は大地や大気から自然エネルギーを取り込んで己の力にする術で符合するところはあるにはある。

 それに思い至ったハジメは自身も自然エネルギーを取り込み仙術チャクラを練る。

 自然エネルギーの流れを感知するために仙人モードになるのだ。

 

「ほう、察しがいいのう。

 この技を理解するには仙術による感知が出来ねばならんからの」

 

「…自然エネルギーが集まっていく」

 

 まだまだ不慣れ故に体の一部を自然エネルギーに引かれて亀化しているが、仙人モードになった事でハジメは周囲の自然エネルギーを感知出来る様になる。

 ハジメが感じ取ったのは周囲の自然エネルギーが吸い込まれるように亀仙人が掲げている両手の上に集まっていく流れだった。

 それはどんどん収束していき、本来目に見えないどこにでもある自然エネルギーが密度を上げた事で実体化し球体状に浮かんでいた。

 

「本来の仙術は自然エネルギーを一度仙術チャクラにして練り上げて使用するが、この技は仙術チャクラを呼び水に自然エネルギーを大量に呼び寄せ気弾を作り出す技じゃ。

 これほどの自然エネルギーを体内に取り込んだらあっという間に石になってしまうが、体外に集めるのであればその限りではない。

 自然エネルギーはどこにでもあり、その力は時間さえかければいくらでも集まり事実上無限じゃ

 ワシはこれを【仙気玉】と名付けた」

 

 こんなもんじゃろう、と掲げた手を下ろせば、亀仙人の手の上に野球ボールサイズの僅かに仙術チャクラの混ざった自然エネルギーが浮かんでいた。

 僅かな仙術チャクラが混ざっているのは自然エネルギーを纏めている起点であり、術者が仙気玉の制御に必要だから。

 球体は先ほどのかめはめ波で作った気弾より小さいが、集められた自然エネルギーは膨大な物だとハジメの仙人モードが感知していた。

 

「ほい」

 

 亀仙人が仙気玉を海に向かって投げる。

 軽く投げただけあってゆっくりと飛んでいくが、重力に引かれて落下することなくフワフワと沖に向かって飛んでいく。

 

「こんな所かの」

 

 50メートルくらいの沖まで球が離れたところで亀仙人が手を音を立てて合掌する。

 それを合図に沖の仙気玉の力が解放された。

 

 

――ドオオォォォォン!!!――

 

 

 解放された自然エネルギーは爆音を起こして周囲に広がり、周囲の海水を押し広げ波を起こし空気を押し出されて周囲に衝撃と突風を起こした。

 ハジメは爆音の直後に突風と衝撃に晒される。

 

「すごい衝撃!」

 

「わずかな間、自然エネルギーを集めただけでこの威力じゃ。

 その上この技は自身のチャクラをほとんど使わずに済む。

 時間が掛かるのが欠点ではあるが、どこまでも威力を上げる事の出来る技じゃ。

 どうじゃ、お主でもそう簡単に真似出来ないすごい技じゃろう」

 

「流石に僕も即座に今の技の真似は出来そうにないです」

 

 ドラゴンボールの元気玉は悟空が界王に教わる特殊技で、独学でマネ出来るものではない。

 ハジメも最初から独自での修得は諦めていた技の一つだ。

 この仙気玉が元気玉と同じとは思わないが、似た理論で出来ている事には違いない。

 

「そうじゃろ、そうじゃろ。

 どうじゃ、ワシってすごいじゃろう」

 

「ええ、流石は亀仙人様です」

 

 ハジメは素直に亀仙人を絶賛する。

 

「そうじゃろ、そうじゃろ。 お主もこの技を覚えたいか?」

 

「はい、もちろんです」

 

「よかろう、この技をワシの修行の最終課題として教えてしんぶぶぅっ!」

 

 ハジメの絶賛に鼻高々に有頂天になっていた、亀仙人が海から押し寄せた波に飲み込まれた。

 仙気玉の炸裂で起こった波が突風に遅れて浜まで押し寄せてきたのだ。

 ハジメは気づいておりちゃっかり跳躍して波を回避し、海水の上に飛び乗った。

 大して大きな波ではないので海水はすぐに引いて元の砂浜と波に倒されて甲羅がひっくり返った亀仙人が現れる。

 

「亀仙人様、今後も教授をよろしくお願いします」

 

「…うむ、よかろう。 じゃけど、もう少しワシを敬ってくれんかのう?」

 

「敬ってますよ?」

 

「ほんとに?」

 

「はい」

 

 亀仙人はどことなく釈然としなかった。

 

 

 

 

 



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第五話

 読んでくださる方々、ありがとうございます

 また誤字報告もしてくださる方々、感謝です


 

 

 

 

 

 仙術の修行が納得のいくレベルになるまで三年以上の月日を有した。

 ハジメに原作のナルトほどの素質が無かったのも理由だが、三年間付きっ切りで修業に明け暮れるという訳にもいかなかった。

 任務の合間の休日に逆口寄せで竜宮島に呼んでもらう、という僅かな期間ずつ修行を受けるので、時間を掛けてじっくり特訓を重ねるとはいかなかったからだ。

 中忍になったことで長期任務も増えて忙しくなり、影分身による効率アップも石化の危険性から多用出来なかった。

 

 体を変異させずに仙人モードを使える様になったが、ハジメはここからが仙術を使いこなす修行の始まりだと思っていた。

 仙術は不安定な場合肉体を変異させてしまうが、逆にそれを制御出来れば肉体を操作するあらゆる術の応用に繋がると考えていたからだ。

 原作において使われた大蛇丸の呪印による状態2は、自然エネルギーを取り込む体質の血継限界を持つ重吾を元として作られたもので、仙人モードの変異と同じ物と考えられる。

 重吾はこの変異を操作して肉体を強化したり、サスケの大怪我による肉体の欠損を補填したりした。

 逆にそれで失った体組織を他者から奪い自身の一部にするなどの、人間離れした体組織コントロールを行っていた。

 大蛇丸も物語終盤になって仙術を使える事が解り、首や舌が伸びたりする能力が蛇化の応用ではないかという可能性が出てくる。

 これに気づいた時、ハジメは大蛇丸の変態性に理由があったのかと目を丸くした。

 

 すなわち仙術の変異は肉体コントロールに応用の利く可能性を秘めており、医療忍術はもちろん自身の治癒や身体強化も出来るほど発展性が残っている。

 仙術チャクラを練って仙法を使える様になっただけでは、本当に使いこなせているわけではないとハジメは仙人モードの可能性を見た。

 ある意味大蛇丸の変態性が目標になってしまったわけだが、ハジメも人間性を捨てたい訳ではないとだけ言っておく。

 

 ともかくハジメは仙術を習得したことで新たなスタートラインに立ち、竜宮島に通うことが無くなっても任務の合間に仙術の研究を続けている。

 その頃には同じ班のツミキとクルミも中忍になり、班員を組み替えて別々に任務を受ける事も多くなった。

 班の中で真っ先に中忍になっただけあって、任務を受けて評価される機会も多く上忍になることも決まった。

 

 上忍ともなれば若くても十分一人前と評価され、次第にアカデミーから組んできた班での活動は減っていった。

 そしてハジメは上層部からの指示が出て、新たな部署に配属されることが決まった。

 

 

 

 

 

「それで、なんで僕が病院勤めになってるんですか。 綱手様」

 

「お前が有能な医療忍者だから、三代目に頼んでこっちに着けてもらったんだよ」

 

 ハジメは仙術の修行の合間にも医療忍術の講習を受け続けて、一端に医療忍者としての実力も付けていた。

 早いうちに自身の納得いくまで腕を上げたが、クルミとの付き合いで彼女が十分習得する時まで講習に参加していた。

 彼女が医療忍者として一人前になるまではハジメも必須ではないが学んでいない医療知識を探し、責任者の綱手に訊ねたりなどしていた。

 その時にハジメが既に他の医療忍者より抜きん出た技量を持っていることに、綱手は目を付けた。

 更にハジメは任務の時はサポートに回る様にしていることから、医療忍術で負傷した忍の治療に回ることも多くなり、班員とは別の任務で顔を合わせた忍から医療忍術の腕前も広まり、正式な医療忍者として病院に勤めさせられることになった。

 その際に綱手は以前の会話から、ハジメを弟子にするという話が通される。

 

「医療忍術を専門にするつもりはなかったんですけど」

 

「それだけの腕を持っていながら医療忍者でないと言い張れると思うな。

 医療忍者は常に人手不足なんだ。 お前ほどの腕を任務のみに消費するほどの余裕はない。

 以前言ってた私の弟子にしてやったんだ。 もう少し喜んだらどうなんだ」

 

「一体何年前の話をしてるんですか。

 医療忍術の応用による腕力の強化でしたら、僕も大体の目途は立ってたんですよ。

 体術使いには非常に手間で割に合わない技術でしたけど」

 

 綱手の怪力は医療忍術の応用から来ているチャクラコントロールによる瞬間的増強だ。

 習得には非常に高等なチャクラコントロールが要求されるために習得難易度に比べて割に合わず、通常の体術を極めたり忍術を勉強したほうがもっと早く強くなれる。

 無駄になるような技術ではないので、ハジメも習得を諦めてはいないが。

 

「だから弟子として私の開発した忍術を教えてやろうというんだ」

 

百豪(びゃくごう)の術と創造再生の術ですか。

 確かに強力な術ですけど、僕の好みではないというか…」

 

「私の医療忍術に文句あるのか」

 

「ありません」

 

 綱手の勢いに押されて黙るしかないハジメだが、教えてもらっている二つで一つのこの術は十分有用な忍術だと認めている。

 だがハジメは医療忍術は、医学知識として持っていて損はない程度の気持ちで習得したものだ。

 上の命令とはいえ、突然医療忍者として本格的に病院勤務する事になった事に少しばかり戸惑いがあったのだ。

 

「………不満があるかもしれないが、そう遠くないうちにまた外に出る事になるだろう。

 上の意向としては大きな戦いまでに、少しでも医学知識を蓄えておけという配慮だろうさ」

 

「大きな戦い…。 やっぱり忍界大戦が近いんですかね」

 

「他里との小競り合いで負傷して戻ってくる忍が増えている。

 近いうちに大きな戦いが起こるのは間違いないだろうな」

 

 上忍になって少し経ち病院勤務になったが、最近までの任務で他里の忍と接触する事が以前より増えていた。

 上忍になった事で更に難しい任務に就くようになったことも理由だが、それでも他里の忍を見かける事が増えてきていた。

 任務に支障がない限り他里の忍と出会わせても余計な戦闘をしないようにするのが普通だが、最近は接触する事があれば高い確率で戦闘になっている。

 他里間の緊張が高まってきており、何かの切っ掛けで近いうちに第三次忍界対戦が勃発する事が予想されていた。

 

 戦争になれば負傷者も増えて医療忍者の仕事も格段に増える。

 その為に病院では任務の負傷者が増加すると同時に、医療忍者の育成が急務となり講習を受けに来る忍も増えていた。

 焼け石に水かもしれないが、応急処置でも治療が出来る忍がいることが求められていた。

 

「平和な内に医療経験を積んで少しでも勉強しておけ。

 戦争が勃発すれば一気に負傷者が増えて、医療忍者は休む暇など無くなるぞ。

 私は諸事情で戦場に出ることが出来ないからな」

 

 綱手の諸事情とは過去の戦争で身内を失ったトラウマからくる血液恐怖症の事だ。

 それにより彼女は血を見ると体が震えだし、血飛沫が飛び交う戦場に立つことなどとても出来ない。

 そんな彼女が病院を取り仕切っているのも、医療忍術の第一人者であることには変わりないからだ。

 落ち着いた環境であればまだ医療忍術を使うことが出来るからであり、教育に関しても大きな支障はない。

 これを知っているのは病院関係者でも一部であり、ハジメの原作知識で知ってはいたが弟子入りした頃に聞かされている話でもある。

 

「私に言えることは戦争の医療現場は悲惨だってことだけだ。

 口ではいくらでも語れるが、実際に立ってみなければどのような物か真に知る事は出来ない。

 三忍と呼ばれる私でもこの様なのだ。

 いくらしてもし足りないだろうが、覚悟だけはしておけ」

 

「………わかりました」

 

 過去の事を思い返している綱手は物悲しそうに語った。

 ハジメはその様子にただ相槌を打つことしかできなかった。

 

「…どんな怪我をしてもいいから生きて帰って来い」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 綱手との会話から数か月後、第三次忍界対戦か勃発した。

 綱手の予想通り医療忍者として招集されて、戦場に近い後方支援の医療班としての任務に着く事になった。

 そこでハジメは医療忍者としてまさに八面六臂の活躍振りを見せる事になる。

 

 戦場から負傷して送られてくる忍は後を絶たず、医療忍者は負傷者の手当てに追われて人手が足りない状態だ。

 更に簡単な応急処置であればともかく医療忍術には当然チャクラを必要とし、戦場で戦うよりも長期的にチャクラの使用が求められる。

 ハジメは医療忍者のあまりの忙しさから初期段階からチャクラ量の自重をやめて、影分身を多用して負傷者の治療に同時に当たった。

 

 並の忍なら影分身をしては医療忍術を使うチャクラが足りなくなる所だが、ハジメは有り余るチャクラを使って影分身で医療班全体の仕事の半分を補うほどの役割を果たした。

 綱手に弟子入りさせられる医療忍術の腕を持っているだけあって、他の医療忍者では手に負えない重傷者も直伝の再生忍術で命を繋ぎ、生きて運び込まれたのであればほぼ生還させるという成果を見せた。

 

 また後方支援の舞台といえども戦場であることに変わりなく、襲撃を受けることは当然あった。

 医療テントに多くの負傷者を抱えた状況で、多数の敵の攻撃を受けて後退しなければならなくなった時だ。

 多重影分身に負傷者を背負わせて後退すると同時に、敵を足止めの為に迎撃に出てそのまま敵を全て返り討ちにしてしまうなど、医療忍者が大戦果を出すという奇妙な結果になったりもした。

 その活躍ぶりに【一人医療班】とも【最強の医療忍者】などと呼ばれるようになる。

 

 だが、ハジメがいくら活躍しようとも負傷者がいなくなることはなく、今日も影分身達が医療テントを走り回り治療に奮闘する日々が続いていた。

 

「包帯無くなったぞ、新しいの持ってこい!」

 

「こいつ、毒にやられてる! 解毒剤を頼む!」

 

「新しい患者が来た! 危篤状態で最優先でベットを開けてくれ!」

 

「この程度のケガなら応急処置で十分だ!」

 

「影分身二・三人こっちに回してくれ!」

 

 一人で医療班全体の半分以上の仕事をするハジメは、影分身達だけで構成される医療テントの中で負傷者の治療を事実上一人で回していた。

 いくら使っても尽きる事のないチャクラ量に不思議に思う者もいるが、しっかりと治療されている事から誰も文句をいうものはおらず、負傷者が運び込まれては治療されて出てくる。

 そして動けるようになった者は再び装備を整えて戦場に舞い戻る。

 戦場の医療現場とはその繰り返しで、治療した者が生きていれば再び負傷して戻ってくることもよくある事だった。

 ハジメも当然知っていたことだが、現実を目にして解っていたとは言い難い苦痛を味わっていた。

 

「………はぁ」

 

 戦場が小康状態になり現在いる負傷者の治療も終えて、ハジメは憂鬱な気持ちで溜息をつき小休止をしていた。

 治療中は忙し過ぎて考える余裕もなかったが、落ち着いたことで戦場から負傷して戻ってきた患者の忍び達の様子を思い出す。

 

 送られてきた負傷者で意識のある者は痛みに泣き言を漏らす者、仲間を失って悲しむか憎しみを顕わにする者がほとんどだった。

 戦争という状況において怨嗟が募るのは知識として知っていたし、少なからず覚悟はあったのでハジメは気にせずに暴れる患者には力ずくで黙らせて治療を済ませた。

 この程度なら戦場に来る前からの治療経験でよくあることだったので気にならなかったが、時間が経過するにつれて違う事を漏らす患者を見るようになってきた。

 

 以前治療した覚えのある忍が再び運ばれてきた時、一度目の時は痛みに泣き言を言っていたが二度目は仲間を殺され相手の里の忍に恨みを漏らしながら憤っていた。

 その忍は短期間の治療で再び戦えるようになり、敵を討とうと決意を固めて戦場に戻った。

 ハジメはそれを見て生き残れるといいのだがと思ったが、その忍は再び同じ医療テントに運ばれてくる。

 

 三度も戦場で負傷しながら生きて帰ってこれるのは幸運なのかもしれない。

 大抵の場合は負傷すれば動けなくなるのが普通であり、戦場に残されれば死ぬのが当たり前だ。

 特別扱いされているわけでもない一般の忍が、負傷しながら生きて戻ってこれるのは確かに幸運な筈なのだ。

 だが決して幸運でない事は、三度目に運ばれてきたその忍の口から直接語られる事になる。

 

 三度目に運ばれてきた時、彼が口から漏らしていたのは泣き言だった。

 ケガによる痛みでもなく、仲間を失った悲しみでもなく、”もう戦いたくない””里に帰してくれ”と、戦うことそのものに嫌気がさして治療を拒否する有様だった。

 その忍が戦場でどのような経験をしたのか聞く事はなかったが、戦場の凄惨さを目の当たりにしたのだろうと予想出来た。

 負傷していれば戦場に出なくて済む、とその忍が短絡的に考えて逃げようとしているのがわかった。

 だがハジメもそれに従うわけにいかず、嫌がるその忍に治療をして気づくことになる。

 自分が負傷した忍を治療して、【戦場に送り出している】という事に。

 

 治療を終えた忍が直に戦場に戻されるのは当然のことだ。

 負傷して戦えないのであれば足手纏いしかならず、後方に下げて医療班に治療を任せられる。

 この時負傷した忍が、憎しみや怒りから再び戦場に戻ろうと気力を見せているならまだいい。

 だが戦場で体だけでなく心に傷を負って戦う気力を無くしていた場合、それでも治療して再び戦場に送り出さねばならないのがハジメの役目だった。

 

 それに気づいてから負傷者の治療を行う事に気が引けるようになってしまった。

 自身の任務であるため治療しない訳にはいかないが、戦争が長引けば同じように嫌気がさして泣き言をいう患者もよく見かけるようになった。

 負傷して心が弱っているだけの一時的な者もいたが、どのような精神状態にせよ戦えるのであれば治療して送り出さなければいけなかった。

 結果的に戦いたくない者を送り出すという行為に、ハジメは戦場を直接見るよりも戦争の悲惨さを実感する事になり、少なからず精神的な疲弊をすることになった。

 

 それでもハジメに何かが出来る訳ではなく、モヤモヤした気持ちを抱えながらも毎日戦場から戻ってきた負傷者の治療を続けていた。

 原作も終盤では戦争と平和の在り方を主題に語られていたが、忍の世界に来たことで本当の意味で争いについて考える事になった。

 それに真っ直ぐ立ち向かう事の出来る主人公たちの強さに、やはりどんなに力を付けても自分には真似出来るモノではないとハジメは確認した。

 

 

 

 戦争を経験し色々な事を思い直していた時に、医療テントの周囲が慌ただしくなった。

 また戦闘の負傷者が運ばれてきたのかと、思い悩むことを切り上げ外の様子を確認しに行く。

 テントから顔を出すと、連絡役の忍が目の前まで来ていた。

 

「なにがあった?」

 

「中野上忍! どうやら第三部隊が岩隠れの爆遁使いの部隊に襲撃されたようです!

 被害が甚大で常駐していた医療班も戦闘に巻き込まれ治療どころではないと、こちらに急遽運ばれてくるようです。

 こちらからも既に救助部隊が出て、おそらく大量の負傷者が運ばれてくるかと」

 

「…わかった、患者の受け入れの準備をしておく」

 

 受け入れ準備の為に医療テントの中に戻るが、ハジメは被害を受けたという第三部隊の事を考える。

 

「第三部隊………ツミキ達がいる所だったと思うが、無事だといいが」

 

 第三部隊はハジメと同じ班のメンバーだったツミキと担当の山吹、そして医療班にはクルミと全員が揃っていた。

 全員下忍から昇格して班を解散して以降も付き合いがあり親しい友人と言える彼らを心配にはなるが、同時に精神的疲労から前向きな考えが思い浮かばず死んでいるかもしれないという考えが思い浮かぶ。

 そして戦場において生死不明の期待は当てになるものではなく、覚悟が無駄になる事はなかった。 

 

 

 

 

 

 少しして負傷した第三部隊を構成していた忍たちが一気に運び込まれてきた。

 負傷者の光景はこれまで以上に凄惨なもので四肢の一つや二つを失っている者がそこら中にいた。

 爆遁という忍術を使う部隊に攻撃された事で、高い威力の爆発で手足を失う者が多く出たのだ。

 直撃を受けて即死だった者は、それこそ体をバラバラに吹き飛ばされてしまったに違いない。

 

 ハジメも届けられた患者から直ぐに治療に入ったが、失った四肢を再生させることは流石に綱手直伝の医療忍術でも不可能で、死なないよう止血して損傷個所を塞ぐ事くらいしか出来なかった。

 四肢を失った程度で済むなら生きられるが、胴体の一部を爆発でえぐられれば治療は困難を極める。

 

 とにかく今にも死にそうな患者を優先して治療を行い、一人でも多くの者を救おうと走り回っていた。

 先ほどまで患者を治療する事に悩んでいたとしても、目の間で死にかかっている人間を放っておけないくらいにはハジメはまっとうな医者としての自覚があった。

 そんなところへ一人の忍が負傷者を連れてハジメの名を呼んだ。

 

「ハジメッ! クルミを助けてくれ!」

 

「!? ツミキか!」

 

 負傷者を連れてきた忍はツミキで、その負傷者はクルミだった。

 ツミキもボロボロで酷いケガをしているが、自分の足で立っており致命傷を負っているわけではない。

 だがクルミの様子は一目見ただけでもひどいもので、爆発を直に受けたのか片腕を失い半身が火傷で爛れていた

 

「クルミが重傷なんだ! 早く治療しないと死んじまう!」

 

「わかった、早く中のベットに運び込め!」

 

 急いで医療テントにクルミを抱えたツミキを入れて、治療の為のベットに寝かさせる。

 ハジメが直に治療を始めるが、クルミの状態を完全に把握して手が止まる。

 

「ハジメどうしたんだ! 早くクルミを治してやってくれ!」

 

「………ダメだ」

 

「何が駄目だ! 早くしないとクルミが!」

 

「もう手遅れだ」

 

「手遅れじゃない! クルミはまだ! まだ…」

 

 医療テントに運び込まれたとき既にクルミは死んでいた。

 死後直後であればハジメにも手の施しようがあっただろうが、肉体の損傷状況からほぼ即死で死後十分は経過している様だった。

 ツミキも忍の経験を経て、負傷者が完全に死んでいるか死んでいないかくらいの判断は一目でできる。

 だがクルミの事が好きだったツミキはその死を受け入れることが出来ず、死んでいても治療すれば大丈夫と信じて戦場からここまで運んできた。

 

 ハジメなら治療してくれると信じて運んできたが、流石にハジメも医療忍術だけでクルミを蘇生させることは不可能だ。

 実は蘇生術を異世界で習得しているがこのような場で使うわけにはいかず、忍術にも蘇生術があるのは知っているが全て禁術で使えるようなものではない。

 すなわちこの状況でクルミを救うことは出来なかった。

 

「さっきまで生きてたんだ! 負傷者の治療をしてたところを襲われて!

 俺が見つけた時には酷いケガで、うわ言に俺達の事を呼んでた!

 手を伸ばして助けてって言ってた!

 俺達に助けてって言ってたんだ!」

 

「………」

 

「なあ、クルミを助けてくれよ!

 クルミが助けてほしいって言ってたんだ!

 何のためにお前は医療忍術を習ってたんだ!」

 

 ハジメが医療忍術を習ったのに大した理由はない。

 だがそれを嗚咽しながら助けてくれと叫ぶツミキにハジメは何も言えずただ立ち竦むしかなった。

 

 医療現場にいてハジメもこれまで同じように助けてくれと助からない負傷者の前で嘆願されることあった。

 その時は手遅れだときっぱり言って相手にせず他の患者の治療に回ったが、今回ばかりは同じようにはいかなかった。

 死んでしまった負傷者は同じ班の同僚であり、治療を求める者も同じ同僚であり友人だった。

 それを放っておけるほど割り切れておらず、ハジメもクルミの死を受け入れながらも心穏やかではいられなかった。

 どうしようもない現実にただ立ち竦むしか、今のハジメには出来なかった

 

「なんで助けてくれねえんだよ!

 同じ班だろ、同僚だろ! 仲間だろ!」

 

「…クルミはもう死んでるんだ。

 医療忍術じゃ死んだ人間を生き返らせることは出来ない」

 

「ふざけんな!」

 

 冷静な答えに激情に駆られたツミキが、拳をハジメの顔面に打ち付けた。

 それをハジメは避ける事はせずに一歩退くが、すぐさまハジメもツミキの顔面を殴り返した。

 殴り返されたツミキは吹き飛ばされて床に転がる。

 ハジメもチャクラを纏わず普通に殴っただけで大した威力はないが、ツミキはその場から起き上がることが出来ずに目元を腕で隠して泣き叫ぶ。

 

「なんでだ! なんでそんなに冷静でいられるんだ!

 クルミが死んだんだぞ! 俺たちの仲間のクルミが死んだんだぞ!

 なんでクルミが死ななきゃならない!」

 

「…すまん」

 

「謝るなぁ!」

 

 ハジメもどうしていいかわからなかった。

 クルミが死んで冷静でいるわけではなかったが、ツミキのように素直に泣き叫ぶことも出来ないでいた。

 悲しんでいない訳ではないのだが、ツミキのように仲間が死んで泣き叫ぶ者達の姿を幾度も見てきたことでその雰囲気に慣れきってしまっていた。

 悲しんでいる間にも死にかけている患者がいるという事実が、そんな暇はないと体を動かし涙を流すことをいつの間にか無くしていた。

 そして多くの戦場での死を体感し医療行為は続けていても精神自体は不安定になっており、ハジメは仲間の死であっても悲しみを正しく実感出来ない状態になっていた。

 

 これまでの知らない人間の死であれば受け流す事の出来ていたハジメも、精神的に不安定な状態での仲間の死に混乱し、どうすればいいか分からなくなっていた。

 頭が正常に働かず棒立ちになっている間に、ツミキの中のクルミの死の悲しみは変化を起こしていた。

 仲間を殺されて泣き叫んだ忍が次に取る行動は二つで、一つは落ち着いて理性的に自身の役割を全うする為に任務に戻る。

 

「畜生、絶対許さねえ、岩隠れの爆遁使い!

 クルミの敵、絶対に取ってやる!」

 

 もう一つは泣き叫んだ激情のまま感情的に行動し、悲しみを憎しみに変えその矛先を敵に向けて行動する事だった。

 憎しみは戦いの原動力になるが、それは同時に滅びへの片道切符にもなりえる。

 ハジメは同じように復讐に駆られて戦場に向かい、戻ってこなかった者たちをたくさん見てきた。

 

「ツミキ、僕は…」

 

「何も言うなハジメ! これだけは絶対に邪魔させねえ!」

 

 ツミキは飛び出すように医療テントから出て行った。

 普段のハジメであればツミキを止めたのであろうが、自身の感情が解らなくなり混乱している状態が二の足を踏ませ口を開かせなかった。

 止めようとする意思は当然あったが、ツミキのクルミへの気持ちを知っているが故にその憤りを止められないと無意識に理解し、報復という感情も少なからずハジメの中に混在したことでそれ以上動くことが出来なかった。

 

 クルミの事を大事に思っていたツミキを知っているからこそ、凶行に走って死んでしまう可能性があるのだと解っていても、その激情からの行動を止める気にはなれずに見過ごしてしまった。

 追いかけたとしても何と言って止めればいいかわからないハジメは、ツミキが飛び出していったテントの出入り口を長々と見続けていた。

 掛ける言葉が思いつかず、結局追いかける事は出来ずハジメは日頃の習慣から仕事に戻り、亡くなったクルミの遺体の搬送準備に取り掛かった。

 

 

 

 数日後、岩隠れの爆遁部隊との戦闘が起こり、そこでの戦いでツミキの訃報を聞く事になった。

 その時のツミキは暴走しながらも幾人もの爆遁使いを倒して、差し違えながらも実質敵部隊壊滅に追い込む戦果を出したと聞いた。

 最終的には爆遁で両腕を失いながらも、回天で敵を地面に押し付け磨り潰して倒していく鬼気迫る行動に敵味方双方に慄かれたと。

 

 それを聞いてハジメはやはりかと納得し、死んだ事を悲しみ止めれば良かったとも敵を果たせてよかったとも、様々な思いが頭に過ぎっていた。

 止める事が正しいと解っているが、止めた後にどうすればいいのかという考えから先が思いつかなかった。

 力ずくで止めたとしてもツミキが忍である以上、戦場に出るのは確定事項でいずれ敵と当たっていただろう。

 

 あの時のツミキを止められるのはクルミしかいなかった。

 しかしクルミは死んでしまっており、クルミが死ななければツミキが凶行に走る事はなかった。

 そもそも自分達は戦いたい訳ではなく戦争が無ければ、という考えに至りハジメ自身も終わらない争いに嫌気がさし始めていた。

 

 ここ数日ハジメは医療班で仕事しながらも、クルミとツミキの死を考えてどうすればよかったと悩み続けていた。

 戦場に患者を再び送り出すという悩みに続いて、仲間の死に納得しきれない事にストレスが溜まってきていた。

 

 戦争が無ければと思い至ってからは、戦争の解決方法も時折考えるが、一人の忍が考えたところでどうしようもないと諦める。

 勝つにしろ負けるにしろ何かしらの決着が必要だと思うが、後方支援の医療忍者では戦場を動かすような役割を担うはずがなく、どうしようもないのだという考えに至る。

 だがそれでもこの状況を終わらせたいと考えては諦めることの繰り返しに、ストレスはどんどん溜まっていく。

 

 そしてもう自分が本気で暴れて戦争を終わらせてしまおうかと、いろいろ台無しにする危険な事を考え始めた頃に、岩隠れがハジメのいる本陣に切り札の投入をしてきた。

 本陣全体に地響きが響き渡り、何が起こったのかとハジメは悩み過ぎて気だるげにテントから顔を出す。

 近くを慌てるように走っていた忍に訊ねる。

 

「今回は何だ? 敵の襲撃か?」

 

「どうやらその様です!

 岩隠れの忍が近くをうろついているのを、少し前に目撃したとの情報がありました。

 今の地響きも奴らの仕業ではないかと、今感知班が調査を行っています」

 

「大変だ! すぐ後退するぞ!」

 

 事情を聞き出していた所に、別の忍が声を荒立てて撤退を訴えてきた。

 よく見ればその忍は日向一族で、白眼を発動して遠くを見ている事から感知班ようだ。

 

「なにがあった?」

 

「巨大な馬のような獣が突然付近に出現して、岩隠れの忍がこっちに誘導してきている!

 複数の尾を持っていたことから、おそらく尾獣を出してきた可能性が高い」

 

「なんだって!」

 

 感知班の叫びを聞いて周囲の忍び達も慌ただしく撤退の準備に入る。

 尾獣は大きな里が一体以上保有する、制御できない諸刃の兵器であり切り札だ。

 大抵の場合は出現すれば周囲を気にせず暴れまわるため、岩隠れは尾獣を誘導する事でこっちに被害を与えようとしているのだろう。

 

 原作では尾獣並みの戦闘力を持つ忍がポンポン出てきていたが、一般の忍であれば手も足も出ずにその巨体と尾獣特有のチャクラ砲【尾獣玉】で土地ごと消し飛ばされてしまうだろう。

 

「まずい! 尾獣がこっちに目を付けた!

 巨大なチャクラを貯めこみ始めてる!」

 

「急いでここを離れろ!」

 

 感知班の忍の言葉に尾獣が何をしようとしてるか原作の知識から察して、ハジメは尾獣と思われる強いチャクラのある方に向かって走り出す。

 

「中野上忍、そちらは敵のいる方です!」

 

「時間を稼ぐからその間に撤退しろ!」

 

「無茶です!」

 

 制止する忍を振り切り、ハジメは近くの高い木に登って尾獣の存在を確認する。

 予想通りこちらに向かって口元に黒いチャクラの球体【尾獣玉】を溜めて発射しようとしていた。

 発射までのわずかな間に初めて見た尾獣のチャクラを推し量り、自身の力で勝てるかどうか見比べた。

 

「…負けることはなさそうだな」

 

 ドラゴンボール式の気の感知で自身のチャクラと比較した。

 負ける事が無いと解れば、ハジメは印を結び特殊なチャクラを練ってオリジナルの術を発動する。

 

「現身の術、発動!」

 

 術を発動させると放たれるチャクラが密度を増大させ、実体を持った流体のチャクラがハジメの体に纏わり着く。

 かつての中忍試験で披露した頃に比べて完成度を高め、呪印を必要とせずに実体のあるチャクラを体の外側に展開した。

 そこまでしたところで尾獣、尾の数と姿から五尾がチャクラのチャージを終えて尾獣玉を発射した。

 

「流石にそれをやらせるわけにはいかない」

 

 後ろではまだ撤退の最中で、尾獣玉の直撃を受ければ本陣は確実に消し飛ばされる。

 ハジメはチャクラを更に練り上げて現身の術の纏うチャクラ量を増やすと、両腕を左右に大きく広げる。

 両腕に纏わせたチャクラも左右に延びて、巨大なチャクラの腕を形成する。

 ハジメは向かってきた尾獣玉をチャクラの両手で受け止め、更に隙間なく自身のチャクラで玉を完全に包み込んだ。

 

『なんですって!』

 

 自身の攻撃を防ぐでもなく弾くのでもなく完全に受け止められたことに五尾の驚きの声が聞こえた。

 尾獣玉は炸裂しようとチャクラの掌の中で暴れるが、ハジメは自身のチャクラで無理矢理抑える事で爆発を無理矢理止める。

 そして尾獣玉そのものを現身の術のチャクラで閉じ込め、その更に外側で新たなチャクラの掌を形成し直し、尾獣玉を包んだチャクラ玉を現身の術の手で持っているという状態にした。

 

「お返しだ!」

 

 完全に抑え込んだ尾獣玉プラス自身のチャクラ玉を現身の術の腕で振りかぶり、五尾に投げ返した。

 伊達に忍者をしておらず手裏剣や苦無の投擲は基本技能として修得しており、投擲能力は完璧で五尾の直撃コースに乗っていた。

 五尾は防御態勢を取り、五本の尻尾を前方に回して盾にした。

 

『グッ、ガァアァァアア!!』

 

 投げ返した尾獣玉はその爆発を抑えるハジメのチャクラに覆われており、その分炸裂すればその威力は元の尾獣玉より格段に威力が上がる。

 炸裂したハジメのチャクラをプラスした尾獣玉は五尾を吹き飛ばしながら周囲に巨大なクレータを作り出した。

 余波の突風に本陣も巻き込まれるが、直撃を受けるよりマシである。

 

「今のうちにさっさと後退しろ!

 尾獣と本格的な交戦になれば被害がもっと大きくなる!」

 

「…はっ、はい!」

 

 誰が返事をしたかわからないが、尾獣玉の衝撃に危険を感じて誰もが陣を畳んで急いで後退していく。

 治療にあたっていた影分身達も負傷者を担がせて急いでここから避難させる。

 

 本体であるハジメはクレーターの向こう側に吹き飛ばされた五尾に向かって駆けていく。

 五尾も流石尾獣と呼ばれるだけあってあの攻撃に耐えきり、再び立ち上がってハジメを睨んでいるのが見えた。

 ハジメは本陣が撤退する時間を稼ぐために、現身の術で真正面から尾獣とぶつかろうとしていた。

 

「だが、倒してしまっても構わんだろう、って奴かな。 くっくっくっ…」

 

 既に周囲に誰がいる訳でもないが、お決まりのセリフが思いついたので口にしてみた。

 だが実際には足止めのつもりもなく本当に五尾を倒すつもりで、現身の術の出力をさらに上げる。

 

 

―現身の術・巨人形態―

 

 

 更にチャクラを現身の術に流し込んで纏ったチャクラ体から出た腕だけでなく、手足胴体を形成して巨大な人型を作り出す。

 巨人の姿にまで膨れ上がったチャクラ体の頭部の中にハジメは浮かんでおり、巨人の足で立ち上がった五尾の元まで歩む。

 その大きさは五尾と比べても大差なく正面から向かい合った。

 

『何なのです、あなたは…』

 

 獣の姿からは想像も出来ない丁重な言葉でハジメの姿を訝しむ五尾。

 チャクラの質から尾獣を宿しているわけではないのが一目でわかるが、それでも尾獣に匹敵するチャクラ量に五尾は驚いていた。

 

「岩隠れと戦っている木の葉の忍だ。

 お前が自分の意思で暴れているのか、岩隠れの思惑に乗っているのか知らないが後ろの仲間を襲わせるわけにはいかない」

 

『ほざかないでください! 誰が人間の思惑通りに動くものですか!

 私は人間の良い様に使われる気などありません!』

 

「だったらこっちに襲い掛かってこないでくれないか。

 それはお前を抑えている岩隠れの思惑だ」

 

『確かに奴らの思惑になど乗りたくないですが、あなたの言葉に従う気もないのですよ。

 長い間封印されてきてイライラしていたというのに、少しでもそれを晴らすつもりで人間を吹き飛ばそうとすれば、あなたは私の攻撃を腹立たしいことに撃ち返してきた。

 やられたままで済ませるほど私は温厚ではありませんよ!』

 

 そこで話し合いは終わりというように再び戦闘状態に入り、ハジメに向かって突進してくる。

 ハジメは両腕を苦無の刃状に変形させて戦闘形態をとる。

 

「封印されて苛立たしいというのは解った。

 だが素直にやられてやる気はないし、運の悪いことにこっちも少し鬱憤が溜まっていたんだ。

 お前を倒せば戦争の決着が早まるかもしれない。

 ついでにこっちも八つ当たりさせてもらう!」

 

 ハジメはきっぱり八つ当たりと宣言して五尾に躍りかかった。

 尾獣は里のパワーバランスを担っていて、それが倒されれば少なからず影響が出るだろうと暴れる理由として自分を納得させ、ハジメはチャクラとしてではなく気を解放し現身の術の力に変えて暴れる事にした。

 尾獣相手なら少しばかり本気を出しても大丈夫だろうとドラゴンボールの気を解放した。

 

 

 

 最終的にハジメは巨人の姿で大暴れし、周囲は巨体同士が暴れた事でクレーターだらけになった。

 いくら強くてもパワーのスケールが違うドラゴンボールの気を開放しては、戦いはハジメの方が終始圧倒する事となり、五尾は鬱憤を晴らすどころか逆にズタボロにされる事になった。

 尾獣を真正面から撃退したことでハジメの名は敵側に『木の葉の尾の無い尾獣』とどこかで聞いたような二つ名が広まるようになった。

 医療忍者としての名は味方内でだけ広がっていたので、こちらの方が忍界で大きく名を轟かせることになるのだった。

 

 

 

 

 

 



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第六話

練習の為に一人称で書き始めています
三人称に戻ったりして読みにくいかもしれませんがご容赦ください


 

 

 

 

 

「お断りします」

 

 木の葉の里の長、火影の執務室に僕は呼び出されていた。

 第三次忍界大戦は少し前にようやく終結し、戦後の傷跡を癒すために復興が各地で行われている。

 戦場で多くの者が死んだが僕は当然生き残り、ミナトと共にこの場に呼び出されていた。

 

 第三次忍界大戦は数年にも及んだが忍の特性上大規模な集団戦というものは少なく、各地で長々と小競り合いが続き各里がこれ以上の消耗を避けたいという段階に至って終戦となった。

 五尾との戦闘後、尾獣を相手取れると見られた僕は医療班の役目の時折、他里が尾獣を出してきた際のカウンターとして起用された。

 砂隠れが一尾を投入してきた際にも緊急で呼び出されて戦い、現身の術・巨人形態で怪獣戦争を行い、一尾を僕が抑えている間に他の忍が砂隠れ側を攻めるという戦術で勝利をもぎ取った。

 

 五尾を使った岩隠れが保有する別の尾獣四尾を投入された際にも僕が出張る羽目になったが、四尾を抑えているところに土影の塵遁が飛んできた時は流石に焦った。

 塵遁は三つの性質を統合して使う血継限界の上の血継淘汰で、その性質は触れればあらゆる物質を分子レベルに分解する当たれば必殺というもので、流石に僕も現身の術を纏っていても当たれば消滅は免れなかっただろう。

 危険を察知してすぐさま回避したから無事だったが、塵遁を警戒しながら四尾を抑えるのは難しく撤退を決め、制御されていない四尾は纏めて攻撃された事で土影に標的を変えたので僕が抑える必要をなくしその場での戦闘は終結した。

 後でわかった事だが、五尾を返り討ちにしたことで岩隠れが僕を警戒して土影が出張ってきたのだろうという事だ。

 

 僕の主な戦場は岩隠れ砂隠れ方面を担当していたが、ミナトの方は雲隠れ側を担当し八尾の人柱力を相手取ったと後に本人から直接聞くことになった。

 原作でもそういうシーンがあったなと思いだしながら、ミナトが対処しきった事で僕がそちらに呼ばれる事はなかった。

 流石は(のち)の火影であると思ったが、その時は僕も他人事ではないと気づいていなかった。

 

 各里が消耗しきった事で停戦協定が行われ、忍界大戦は終結となった。

 クルミやツミキと共に一緒の部隊にいた山吹先生もその時の戦いで亡くなっており、かつての班員は僕を残して全員亡くなっていた。

 他にも友人と呼べる者ではないが、アカデミーの同期や顔見知りの忍の多くが戦場から帰ってくることはなかった。

 ダイさんも原作通り息子のガイを庇って亡くなったのを里に戻ってから知る事になった。

 

 元の世界でドラえもんの映画の戦争に関わった事があるが、当時は戦力差から一方的なものになり被害も全て無人兵器だったので痛くもかゆくもなかった。

 だが人と人の命をかけた戦争には、確かに痛みを伴うものだと実感する事になった。

 今後も続くだろう長い人生を思えばいい経験をしたと思う反面、同時に戦争はもう嫌だと思いその痛みに抗おうとする原作キャラのメンタルに改めて脱帽した。

 やはり僕は原作キャラのように強くなりたいとは思えないし、成れるとも思えないと改めて実感する。

 どんなに強い力が持てても、僕の本質は凡人なのだろう。

 

 戦争の回想はこのくらいにして、現在僕とミナトが火影室に呼び出され、たった今三代目に対しお断りの言葉を返した理由を思い返す。

 戦争が終わりようやく里も落ち着いてきて、平和な姿を取り戻しつつある木の葉隠れ。

 第三次忍界大戦が終わった先にあるイベントは四代目火影の選出。 つまりミナトがついに火影になるわけだ。

 ミナトは火影室に呼び出されて四代目火影として三代目から推薦の話が来ている事が語られた。

 僕も一緒に呼び出されて同じように四代目に推薦されている事も語られた。

 

 

 ……………なぜだ!?

 

 

 いやいやいや、テンパったが落ち着いて考えれば理由は何となく予想がついた。

 つまり僕も第三次忍界大戦で活躍し過ぎてしまったのだ。

 戦時中も名前が売れた事で木の葉の忍からは憧れの目で見られ、敵からは慄かれるという事が少なからずあった。

 戦争が終わっても木の葉の尾の無い尾獣の名は知れ渡って、若い忍に声を掛けられることが何度かあった。(僕もまだまだ若い)

 そんなことがあってやはり尾獣相手に大立ち回りはやり過ぎたかと反省していた所に、四代目推薦の話。

 

 やり過ぎだった! もしかしなくも無いかもしれないが、ミナトより戦争で活躍し過ぎているかもしれん。

 ミナトに代わって四代目に就任なんて、どんな原作ブレイクだよ。

 火影に成り替わるような二次なんてそうそう見たことないぞ!

 

 内心かなり焦っているが表面上落ち着きを見せながら、断固として火影に成る事を拒否しなければならない。

 僕が火影に成るなどいろいろな意味であっちゃいけないので、全力で拒否だ。

 最悪此処で逃げ出して元の世界に帰還することも吝かではない。

 

「ふむ、もう少し考えてはどうだハジメよ。 お前の活躍は大戦で忍界中に広まっている。

 立候補すれば里の者達の多くがお前を推すだろう」

 

「そうだよハジメ。 君の事は戦時中にもしょっちゅう耳にしたし、オレも君なら火影に成っても可笑しくないと思っている。

 一緒に推薦されたんだし、いつかの中忍試験の決着をこれで着けないかい?」

 

「一体いつの話をしてるんだ。 今更そんな勝ち負けなんてどうでもいいだろう。

 そもそも僕は火影になんてなりたくないし、それに対してお前は昔から火影を目指してきたんだろう?

 こんな時まで競争相手を応援する奴があるか」

 

 ミナトが火影を目指していたのは周知の事実であり、同時に史実の事実だ。

 此処で僕が火影に成る可能性が出てくるなんて、僕自身予想していなかった。

 中忍試験と違って今回ばかりは間違っても勝っても引き分けてもいけないのだから、絶対に土俵に立つ訳にいかない。

 

 大蛇丸? 此処には居ないし、僕が居てもなる事はないだろう。

 

「たしかに火影に成る事はオレの夢だけど、良いライバルがいるなら競い合う事で良い火影を目指せるよ。

 オレが成れなくても君が火影に成ってくれるなら、きっと良い里にしてくれると安心出来る」

 

 安心しないでくれぇ!

 なんでコイツこんなにポジティブというか、あらゆることに前向きに考えられるんだ。

 僕ってスパイではないけど忍術を求めてやってきたよそ者で、木の葉に全面的に帰属してるってわけじゃないんだよ。

 裏切る気ももちろんないけど、積極的に木の葉を良くしていこうなんて考えてもいないよ。

 そんな奴が火影に成ろうなんてありえないだろう。

 

 火影に成った人達はそれぞれ里の事を大切にしており、そのために心血を削ってきた事はよくわかっている。

 そんな人達を僕は尊敬しているが、それを継ぐのが中途半端な僕なんて許せるはずがない。

 僕が成るくらいなら、原作で悪役全開でも木の葉の事を考えていたダンゾウの方がマシだろう。

 今のグレて里抜けしていない大蛇丸が里の事をちゃんと考えているというのなら、そっちの方がもう少しマシかもしれない。

 

 結論から言うと、里を愛しているとは言えず信念の無い僕がいくら強くても、火影の席になど着くわけにはいかないのだ。

 火影というものを尊敬できるからこそ、僕のような存在が成る事で汚されるのが許せない。

 原作ブレイクを今更ではあるが気にしてもいるが、どちらにせよ僕が火影に成る事はあってはいけないのだ。

 

「勘弁してくれ、僕が安心出来ないんだよ。 火影が僕に務まる訳がないし、何より相応しいと思えない」

 

「自分を貶すようなことは言うもんじゃないよ。

 火影にふさわしいかどうかは自身が決めるんじゃない、里の皆が決めるんだ。

 オレ達は推薦されてこの場所に立っているのだから、ちゃんと火影にふさわしい資格がある筈さ」

 

「たとえそうでも僕は火影に成る気はない。

 ですので推薦による立候補については辞退させていただきます、火影様」

 

「んむ、そこまで頑なでは仕方ないの。

 だがハジメとミナト、お前たちは先の大戦で名を上げ力を他里に見せつけた。

 その戦いぶりは一介の忍ではない事を示し、間違いなくこの木の葉でトップクラスの実力を持っている事を証明している。

 尤も強い忍が火影の名を背負うが、例え火影でなくてもお前達が既に一介の忍に収まらぬ影響力を持っている事を自覚してほしい」

 

「わかりました」

 

「了解です。 正直一介の忍でいたかったんですけど、なぜ火影にまで推薦されることに。

 忍者病院の院長だって手に余っているっていうのに」

 

 戦争から戻ってきたら、いつの間にか忍者病院の院長の座を押し付けられていた。

 前院長の綱手様は手続きが終わってすぐに里を離れて旅に出たと、後になって報告を受けた。

 戦争前は綱手様の補佐として副院長を押し付けられていたが、まさか院長まで押し付けられるとは思わなかった。

 正直拒否したかったが僕は既に綱手様を除けば名実ともに医療忍者のトップになっていて、代わりになる人物が一人もいなかった。

 副院長をやっていた手前、顔見知りの医療関係者を見捨てる訳にもいかず、しぶしぶ院長を務める事になってしまった。

 

 綱手様もそれが解っていて僕に押し付けたのだろう。

 原作では綱手様は里を出て放浪していたのだし、結局この時期に出ていくはずだったんだろう。

 しわ寄せが僕に来てしまったのは不満だが、今後は後任の務まる医療忍者の育成に努めるしかなくなった。

 後任が見つかるのは当分先になるだろう。

 

「そういえば忍者病院の院長に就任したんだってね。 おめでとう」

 

「それは嫌味か?」

 

「え、何かまずいこと言ったかい?」

 

 本気で祝ってくれたのは分かったが、僕が嫌がっているのに気づかないあたりがミナトの天然な所だ。

 

「…いや何でもない。 ともかく火影の候補については辞退しますので、これで失礼します」

 

「ああ、わかった。 辞退についてはしっかり聞き届けた」

 

 そうして僕は火影室を退室する。

 ミナトは火影を目指している以上推薦を受け入れるだろうし、それならば話がまだあるのだろうと部屋に残った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 火影室を出た後仕事場の病院に戻らず、とある場所に向かっていた。

 その場所は戦争が終わった時から、人が多く集まっていて混雑していたのでなかなか行くに行けない場所だった。

 だが戦後の落ち着きを取り戻してきたことで人の集まりも減り、せっかくなので帰りに寄っていこうと向かっていた。

 

 その場所に近づき後は一本道と差し掛かったところで、前方から歩いてくる人物がいた。

 そのままお互いに歩き続けて、すれ違い、振り向きもせず歩いていく。

 この先は一本道なので、今の人物も僕が向かっている先から帰っていくところなのだろう。

 

(はたけカカシか…)

 

 すれ違ったのは口元を布で覆い隠し左目を額当てで覆い隠していた。

 知っているよりずっと若い姿だが、そんな特徴的な服装をしている人物はミナトの教え子のはたけカカシしかいないだろう。

 

 僕が向かっている場所は戦死者を祭る慰霊碑が建っている場所。

 おそらく彼も忍界大戦で死んだ班の仲間の事を考え、忘れないように彼らの事を思い返す為にその場所に行っていたのだろう。

 

 僕も死んでしまったクルミや山吹先生、そして死ぬのを止められたツミキの事をもう一度思い返す為に名前の刻まれた慰霊碑の場所へ向かう。

 死者の冥福を祈る、なんてことをする為ではない。

 彼らは仲間だったが、そんな彼らが死んでも泣く事すら出来ず、一度は生き残ったツミキが死ぬと解っていても止めることが出来なかった自分を、見つめ直すためにその場所に行く。

 気持ちの整理が着いた時、初めて僕は彼らに対して祈ることが出来るだろう。

 その為に僕は慰霊碑の前に立つ。

 

 慰霊碑が見えるとその前に一人座り込んでいるのが見えた。

 最近まで多くの人が訪れていたが、さっきすれ違ったカカシを除いても一人しか残ってないのは里が落ち着いてきた証拠だろう。

 戦死者が忘れられつつあるように見えるのは寂しいものだが、生き残った皆が前を向いて歩きだしている証でもある。

 それでも全ての者が亡くなった者の事を、過去として受け入れることが出来ず歩き出せない者がいる。

 今慰霊碑の前に座り込み涙を流している者の様に。

 

「やっぱりガイか」

 

「ッ! …ハジメさんですか」

 

 特徴的なタイツを着ているので、後ろ姿だけで誰か分かった。

 アカデミー入学前にダイさんに紹介されて、幾度か修行に付き合った事のあるマイト・ガイだった。

 ダイさんが亡くなった話は耳にしており、原作でも死ぬと知っていただけに泣いているガイには後ろめたい思いが沸く。

 だからといってどうにかできる問題ではなかったのは、当の昔から解り切っている事だ。

 

「ずいぶん久しぶりだね。 最後に会ったのは君がまだアカデミーにいた頃だったか。

 戦争で忙しくなってからは訓練も皆と都合が付かなかったから、ダイさんと最後に会ったのもだいぶ前だ。

 …ダイさんが亡くなった事も聞いている」

 

「は゛い゛、パパば僕を゛庇っで死ん゛だんでず。 ズズッ! 僕がもっと強かったら!」

 

 涙を堪えながらガイは力の無さを悔しそうにその時の状況を思い出す。

 

 ダイさんは万年下忍で本来は亡くなっても話題にも上がらない筈なのだが、その死に様から噂として大きく広がった。

 ガイを庇ったという話は噂話には聞かなかったが、原作通りダイさんは霧の忍刀七人衆に追い詰められたガイを逃がすために戦い、敵の半数を返り討ちにして亡くなったという。

 

 下忍にあるまじき戦果に話題となったのだが、死因は八門遁甲を全て開いたことによる死だ。

 八門遁甲は凄まじい力を発揮できるが、全開にすればその代償に命を使い果たす禁術だ。

 ガイを守るために使った時点で、ダイさんの死は戦いの結果に関わらず確定している事だった。

 

「強かったらか…。 いくら強くても守れないものはある。

 何かを守るのに必要なのは本当に強さなのかな?」

 

「ハジメさん?」

 

 彼のもっと強かったらという言葉に思う事があり、ガイに強さの意義を問い掛ける。

 話をする為に僕は慰霊碑の前に立ち、ガイの横に座り込んだ。

 

「なあガイ。 僕は強いと思うか?」

 

「え? …はい、ハジメさんは戦争で多くの人を守って最も活躍した人だって皆話してます。

 次期火影候補だって話も出てますよ」

 

 僕の戦績はだいぶ噂になっていると思い、ガイに訊ねれば案の定知っている様だった。

 修行に付き合った事はあったが僕の強さを見せた事はなかったので、強いかと聞けば噂を参考にしたものしかガイは知らない。

 

「ははは、やっぱりそんな噂が立っているのか。

 ついさっき火影様に呼ばれて、四代目の推薦の話を聞いてきたところだよ」

 

「そうなんですか!? おめでとうございます!」

 

「断ったけどね」

 

「ええ!?」

 

 断った事に驚くガイだが、火影は木の葉の全ての忍の憧れであり、若い忍であれば断る事はあり得ない事なんだろう。

 

「どうして断ったんですか!?」

 

「火影室でも同じように推薦を受けたミナトに聞かれたけど、相応しくないと思ったからかな」

 

「そうなんですか? 僕はハジメさんがどれくらい強いのかパパから聞いたことしか知りませんけど、皆すごいって噂してますよ」

 

「強さは火影に必要な物かもしれないが、もっと大切なものが僕には全然に足りないんだ」

 

 それは僕には決して手に入らない物だろう。

 

「もっと大切なもの?」

 

「何だと思う? ちなみにダイさんは間違いなく持っていたものだ」

 

「パパが!? 考えてみます!」

 

 ダイさんの名前を出すと、ガイは真剣に頭をひねって考えだす。

 難しい事ではないし考える必要があるほどの物でも無いが、真剣に考えるその姿を眺めゆっくり答えを待つ。

 ダイさんとガイは普段から暑苦しいほどポジティブに青春を語っているが、何事にも常に一生懸命に取り組み、失敗も笑われる事も恐れないその姿勢は僕には非常に眩しく見える。

 

 考え込むガイがふと僕の顔を見た後に、何かを思いついて目を見開く。

 

「やっぱり青春でしょうか!?」

 

「君等らしい答えありがとう。 そんなに僕が青春を無駄にしているように見えるかな?」

 

「あ! いえ、そのすいません!」

 

 意地悪な返事をするとガイは頭を下げて謝られるが、聞きようによっては非常に失礼な答えに違いない。

 彼等らしい答えだが、熱血とは無縁の僕には彼らからすれば青春を無駄にしているように見えていたのだろうか?

 まあ否定出来ない所ではあるので、意地悪以上の反論は出来ないのだが。

 

「冗談だよ。 君達親子からすれば僕は青春とは程遠い生き方をしていると思うからね。

 まあ君達が人より青春に生き過ぎていると言えなくもないが…。

 それで答えだけど、それは決して間違いじゃないと思う」

 

「そうなんですか!? やっぱり青春ってすごいよパパ!」

 

 嬉しそうに青春の素晴らしさを感じてダイさんの名前を上げるガイ。

 彼の青春へのこだわりはまさしくダイさん譲りだ。

 

「すごいのは青春に生きようとする君であり、生き抜いたダイさんだよ。

 その生き方は僕には真似出来ない物だ。

 そして火影に…いや何かを成そうとする者に必要な物で僕が持ってない物だ」

 

「何かを成そうとする者ですか?」

 

 ガイがいまいち理解出来ないといった様子で首を傾げる。

 

「つまりは信念、或いは強い意思だよ。

 人は”何かをしたい””何かに成りたい”と思う時、強い望みから確固たる意志が生まれる。

 その意思の元に行動して何かを成そうとする過程こそ君等の言う青春であり、生き様とも人は呼ぶ。

 僕にも成したい事が無いわけではないが、それを成そうとする意志は君等よりもずっと弱い物だ。

 必死さというものが足りないんだよ」

 

 僕は自身の意志が強いなどととても言えない。

 今世の人生は四次元ポケットのお陰でヌルゲーに近く、望めばほぼ何でも叶えることが出来るという恵まれた状況にある。

 それが悪いわけではないが、普通の人間であれば困難に立ち向かってようやく達成出来る目的を、僕はひみつ道具で容易に達成出来てしまうのだ。

 それはとても幸運なことなのだろうが、どんな事でも容易に出来てしまうなら困難というものはあり得る筈がなく、それに立ち向かうような強い意思は育まれない。

 本当に何でも出来てしまうという事は、困難を乗り越えた先にある達成感を無くしてしまうのだ。

 

 だからこそこの世界での忍としての活動にはひみつ道具を極力使っていないが、もし強い望みが出来たのならば、僕はなりふりなど構わず最終的にひみつ道具に頼ってしまうだろ。

 本当に強い望みなら安易な道と困難な道があれば安易な道を選ぶのは当然なのだから。

 だが僕と違って、強い力を持たずとも困難な道しかなくても物語の中の彼等は諦めずに立ち向かい、最後にはその壁を乗り越える心の強さというものを持っている。

 それは僕が憧れるものであり、決して手に入らない物だと確信している。

 

「必死さを持てない理由はいろいろあるが、それではとても火影を務めることは出来ない。

 そして僕自身が火影を務めてきた人達を尊敬しているから、信念を持てない僕が火影に成る事でその名を貶めたくはないんだ。

 どんなに力があっても中身の強さが無いのでは相応しくない。

 それならどんなに力及ばなくても、確固たる信念を持っていたダイさんの方が僕なんかよりずっと火影に相応しい。

 命を捨ててでも君を守ると決めてやり通したダイさんを、僕は火影と同じくらい尊敬しているよ」

 

 あり得ない話だが、もし僕が火影に成って困難にぶつかった時、ひみつ道具に頼る事など当然する訳にはいかない。

 歴代の火影であれば困難をその意思で乗り切って見せるだろうが、ひみつ道具という保険を持っている僕には使わずに乗り切ることは出来ないだろう。

 原作の事情というものもあるが、どうあれ火影など僕には務まらない事に変わりないのだ。

 

「僕は嬉しいです。 ハジメさんがパパを尊敬していると言ってくれて。

 だけど自分の事を嘲らないでください! パパがここに居たらきっと怒りますし僕も怒ります!」

 

「そうだね、ダイさんならこんな後ろ向きな考えを言ったらもっとやる気を出せ!と言いそうだね」

 

 自分を貶めるような言い方は、まっすぐな彼らにとっては誰であっても許せない事なんだろう。

 ガイの怒気を感じるが、僕にとっては正しい自己評価だと思っているので大して揺るがない。

 変な言い方だが、内面が弱い事は確信しているのだから。

 

「そうです、パパならきっとそう言います!

 だからハジメさんも自分に自信を持ってください。

 パパは昔ハジメさんにいろいろ教わって強くなることが出来たって言ってました。

 パパもハジメさんの事を自分の師匠だと尊敬してたんです」

 

「大したことを教えた訳じゃないけど、ダイさんがそう言ってくれてたのなら光栄だ」

 

 初めて会った頃のダイさんは、体力はあってもアカデミー生ですら知っている技術を知らないほど忍の技術に疎かった。

 正直なんで下忍に成れたのか不思議なくらいだが、おそらく彼が幼い頃はまだアカデミーの形式がしっかりしていない頃だったんだろう。

 忍者になるのもチャクラが使えればいいくらいで、その他の適性を判別するほど余裕のない時代だったのではないだろうか。

 教育も行き届いていなかったから実践教育主義で、能力の低かったダイさんは学べなかったのではないかと僕は思っていた。

 

「だけどダイさんが僕より強いって思うのは本気だ。

 本当の強さは、どんな困難にぶつかっても諦めずに前を進み続けられる人だと僕は思う。

 僕は確かに人より強いのかもしれないが、他の人が困難だと思う事を困難と思わずこなしてきただけで、そこに諦めない意志の強さなどなかった。

 それに比べて体術にのみに頼らざるを得なかったダイさんやガイは、大きなハンデを背負っていても諦めず壁にぶつかっても乗り越えてきたんだろう。

 そんな君達が弱いはずがない」

 

「…けどどんなに心が強くて諦めなくても、僕には力が足りなくて何も出来なかったんです。

 僕がもっと強かったらパパを死なせずに済んだのに」

 

「そうかもしれないけど、戦いの場で無い物強請りをしたってしょうがない。

 今は弱くても諦めなければ、いずれ君は望む強さを手に入れることが出来る。

 少なくともダイさんは君を守るという強さを手に入れていた。 そして守り通した。

 死んでしまった事は悲しいが、ダイさんの生き様は…青春は成し遂げられた」

 

「パパぁ…」

 

 ガイを守り通す事がダイさんの青春だと言った時、再びガイは滂沱の涙を流してダイさんの事を思い出す。

 それは悲しんでいるだけでなく、どこか嬉しそうな表情を涙ながらに見せていた。

 ツミキ達が死んだとき、素直に泣く事の出来なかった僕には少し羨ましく感じた。

 

「ガイはこれからもダイさんの様に青春を追いかける生き方をするんだろう?」

 

「ぐすっ…はい。 僕はパパの教えてくれた青春の素晴らしさを証明する為に立派な忍になるんです!」

 

「ダイさんの青春は十分証明されただろう。

 忍刀七人衆を返り討ちにし、君を守り抜いた。

 ガイの青春はガイ自身の物だ。 これから先は君自身の青春を証明していけばいい」 

 

「っ! はい!」

 

 嬉しそうに返事をするガイに、僕らしくもなく青春を語り過ぎて少しかゆくなりソッポを向く。

 青春青春と言葉にすると青臭くしか聞こえないが、ダイさんたちの語る青春は素直に尊敬できるせいか、自分らしくもなく青春について語ってしまった。

 彼らの様に青春に生きられるわけでもないのに、青春のエキスパート?に青春を語るとは。

 さっきから青春という単語を使い過ぎてゲシュタルト崩壊起こしそうだ。

 

「…ハジメさん。 ハジメさんは僕が強くなると言ってくれましたよね」

 

「ああ、君なら最後まであきらめず立派な忍者になれるだろう」

 

 言っては何だが原作でそれは証明されているし。

 

「だけど僕はまだ弱い。 だからおねがいがあります。

 少しでも早く強くなるために僕を鍛えてくれませんか?」

 

「ん? それは僕に君の先生をやれってことかい?」

 

「パパはハジメさんに教わって強くなったように、僕も何かハジメさんから教わりたいんです」

 

 突然の申し出に僕は戸惑い、少し考え込む。

 僕は大戦前に上忍になったが、直に病院に配属されたので担当上忍を勤めた事はない。

 病院の医療忍者志望の後輩には今も医療忍術を教えているが、通常の忍者としての教育はしたことが無い。

 ダイさんに教えたと言っても、基本知識と訓練法だけで肉体的な下地自体はちゃんとあったのだ。

 正しい技術を学んで実力を発揮できるようになったに過ぎない。

 

「…ダイさんに教えたのは当時知らなかった基本的な忍びの知識で、あの人の力を発揮出来るようにしただけだよ。

 誰かの教育なんて医療忍術以外したことないから、ガイの期待に応えられるとは限らないよ」

 

「かまいません! 僕、今は少しでも早く強くなりたいんです。

 僕よりずっと強いハジメさんが教えてくれるなら、きっと強くなれます」

 

 ダイさんに教えたという事実が、ガイに異常な期待を持たせているらしい。

 だけど僕も彼の成長を見守りたいと思っていた所だし、原作に劣る様にならないなら少し手を貸してみたいとも思う。

 ガイとその生徒になるリーは、主人公のナルトに負けないど根性キャラだ。

 自分が教えるなど烏滸がましいと自虐しないでもないが、僕の模索した修行法や技術を教えたらどうなるだろう。

 だいぶ興味がわいてきた。

 

「…あまり期待されても修行の成果を約束することは出来ないが、ガイが望むのであれば君の修行に協力しよう。

 ただし僕も病院の勤務があるから、付きっ切りという訳にもいかないけどいいかな」

 

「はい! よろしくお願いします、ハジメ先生!」

 

「ああ、よろしく」

 

 僕がこの世界で忍術の習得以外に、少しだけやりたいことが出来た瞬間だった。

 

 

 

 

 

 




無茶苦茶難産でした。
それでも会話形式がいまいちだし、納得いかなくても無理矢理仕上げた作品です

戦争の物悲しさを自分なりに表現してみたのですが、感じ取れたでしょうか?
どのような感情であれ、作品で人の心を揺さぶることが出来るのがいい作品だと思っています。
喜びも悲しみも怒りも、作品を見て共感し文字通り感情を動かせたのなら感動する作品なのでしょう。

そういう作品を自分はもっと書いてみたいですね。

でも鬱になる展開を書くのは自分も苦手なので、やはりほのぼのとした愉快な表現が出来る展開が、自分はやっぱり好きです


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第七話

 

 

 

 

 

 

「これからガイ、君の修行を始める」

 

「はい! よろしくお願いします、ハジメ先生!」

 

 いつものように元気、いや青春溢れる力強い返事をするガイ。

 

「とはいえ君の場合はこれまで通り体術を高めることに終始するわけだが、僕は君ほど体術を重きに置いているわけじゃない。

 もしかしたら技術という点においては、既に上回っているかもしれないぞ」

 

「そ、そんなはずありません! ハジメ先生は大戦の英雄じゃないですか!

 僕…じゃなかった、俺なんか足元にも及びません」

 

 父の死をきっかけに強くなろうと決意したガイは、心機一転にと一人称を俺に変えた。

 

「確かに総合的な力であれば大きな差があるが、体術の技量という意味では僕はそれほど高い方ではない。

 チャクラ量と身体能力で僕の体術は成り立っているから、はっきりいって力任せなんだ」

 

「それでも十分すごいです」

 

「まあ、僕とガイの差は、純粋な意味での力の差だということだ。

 つまり僕に出来る事はガイの身体能力を高める事だ」

 

「つまり筋トレということですか?」

 

「それはこれまで通りガイの自主的なものでいいだろう」

 

 ガイやダイの特訓模様を知っているので、通常の筋トレは問題ないだろうと判断する。

 

「僕がやるのはガイがこれまでやってこなかった分野だ。

 とりあえず、まずは組手をやるぞ。 ガイは八門遁甲を使えるところまで使って全力でな」

 

「!?」

 

 

 

 

 

 今開けられる体内門を全て開放し、組手を終えたガイは疲労困憊で倒れている。

 

「三十分程か。 全開で戦ってこれならもった方だな、流石だ」

 

「ぜぇぜぇ……あれだけ動いてピンピンしてる先生の方がすごいですよ…」

 

「まあ体力でそこらの忍に負ける気はないよ。

 それでガイ、八門遁甲を全力で使って戦って体の状態はどうだ」

 

「全身が痛くて動けません」

 

 動けなくなるまで使った八門遁甲の反動でガイの体の筋肉はボロボロだった。

 

「じゃあ治療するからジッとしていろ」

 

 医療忍術で治療を施し、数分で筋肉の裂傷を治癒し動ける状態にまで戻す。

 

「これで動けるようにはなっただろう」

 

「はい、ありがとうございます」

 

「知っての通り八門遁甲は強力だが、その分肉体への反動が非常に大きい。

 体術使いのガイにとっては最高の切り札だが、自分の体を破壊する諸刃の剣だ。

 まずはその欠点を克服することを目標にしよう」

 

「わかりました! それで俺はどんな特訓を?」

 

「とりあえず毎日八門遁甲で組手かな」

 

「えぇ!?」

 

「習うより慣れろ。 毎日使ってれば自然と耐えられるようになる。

 動けなくなるなら僕が治療するから」

 

 

 

「………」

 

「………」

 

「………あの、先生」

 

「どうした、何かわからないところがあったか」

 

「いえ、なぜ俺は医療忍術の本を読んでいるのでしょう」

 

「医療忍術の基礎を憶え込ませるためだが」

 

 何を当たり前なことを、といった様子でハジメも合間にと医療関係の書類を片付けている。

 体は動けるようになってもチャクラが回復していないからと、次は座学で医療忍術の初歩の教科書を読ませていた。

 

「あの、俺は体術以外は全然ダメで…」

 

「知っている、別に一流の医療忍者になれと言ってるわけじゃない。

 それでも簡単な医療術、掌仙術くらい覚えて自分の怪我くらい自力で治せるようになれ。

 修行の間は付き合うが八門遁甲の反動をいつも治してやれるわけじゃないからな」

 

「お、俺に医療忍術が使えるのでしょうか!?」

 

「簡単なものなら使えないことはないだろう。

 医療忍術に重要なのは知識とチャクラコントロールだ。

 それさえ出来ていれば掌仙術くらい使えるようになる」

 

「そうなんですか!」

 

「ああ、印なんて結ばなくても使える術は結構ある。

 それとガイは綱手様の事を知っているか?」

 

「ええと、三忍の一人ですごい医療忍者だってことくらいは」

 

「まあ、あの人も医療関係以外にあまり顔を出さなかったからな。

 綱手様は医療忍者でくノ一だが、怪力無双の腕力の持ち主だ。

 その怪力の秘密は卓越したチャクラコントロールによるものだ」

 

「チャクラコントロールをするだけでそんなことが出来るのですか!?

 ではチャクラコントロールを憶えれば俺も!」

 

「僕も昔はそう思って医療忍術を学んだが、必要技量の高さに体術に活かすにはあまり割に合わない結果だった。

 ガイがそこまで出来るようになるのなら、医療忍者として大成出来るな」

 

 才能の無さからか体術一本に絞ったガイには暗に無理だという。

 

「そうですか…」

 

「だが忍者としてチャクラを扱うならコントロールは重要だ。

 ガイは体ばかり鍛えてチャクラの運用を疎かにしてるようだから、扱いがかなり雑だ。

 医療忍術を憶えるためにもそこも改善していかないと」

 

 

 

 ガイの体力がある程度回復したところで、次の修行に移った。

 

「次はこの術の練習をガイにしてもらう」

 

「ハジメ先生、この技は一体?」

 

「知らないか? ミナトの作った術だからそこそこ有名だと思ったんだが。

 これは螺旋丸という、先ほど言ったチャクラコントロールのみで出来る術だ。

 お前にはこれをチャクラコントロールの練習として覚えてもらう」

 

「これが! これなら俺にも習得出来るんですね!」

 

「ああ、まずは第一段階の水風船割りからな」

 

 原作通りの習得法をガイに伝えて実践させた。

 

「全然割れません」

 

「まあいきなり出来るとは僕も思っていない。

 ほかの特訓と一緒に毎日続けていこう」

 

 

 

 

 

 八門遁甲、医療忍術の勉強と一緒に螺旋丸の練習を続けて二か月。

 

「ハジメ先生、どうですか!」

 

「両手ではあるが一応完成しているな」

 

「やったー!」

 

「まずは木にでもぶつけて試してみろ」

 

「はい、いきます! 螺旋丸!」

 

 ガイが螺旋丸をぶつけると木は削り取られるように抉れて渦巻いた傷跡を作った。

 まだまだ未熟だが螺旋丸として形になっている。

 

「うおおぉぉぉぉ! これで俺もすごい術が使えるようになったんだぁ!」

 

 忍術を碌に使えないと言われていたガイは、初めて忍術らしい術を使えたことに感動していた。

 

「喜ぶのはいいが、これはガイにとってチャクラコントロールを鍛えるための術だ。

 実践ではたぶんガイには使いこなせないぞ」

 

「えっ!? ………な、なぜですか。 確かにまだ片手で作る事は出来ないけどこんなにすごい威力なんですよ!」

 

「確かに威力はあるし印を結ぶ必要がないという利点があるが、作るのに溜めがいるし持ったままでは動きが大振りになる。

 本来は分身などで相手の動きを制限してからでないと、単独では当てにいくのが難しい。

 よほど瞬時に生成出来るようにならないと、純粋な体術での戦法に組み込むのは無理がある。

 ガイなら無理に相手を追い込んで螺旋丸を当てるより、近づいて殴った方が早いだろう」

 

「そんなぁ。 どうしてそれを先に言ってくれなかったんです」

 

「チャクラコントロールの練習用だと言っただろう。

 一人じゃ使いづらいだろうが覚えておいて損もない。

 医療忍術も成果が出てきてるんだから、なにも文句はないだろう」

 

「そうですけど、せっかくの必殺技が…」

 

「ともかく片手で使えるようになるまでは練習を続けておけ。

 それで一応合格だ」

 

「はい…」

 

 

 

 影分身を何とか習得させられないかと、ハジメはガイに印を教えていた。

 

「ハジメ先生、自慢ではないのですが分身もちゃんとしたのを出すことが出来ません。

 それなのに影分身なんて高等忍術、流石に…」

 

「まあ物は試しだ。 分身も発動しないのではなく失敗するだけなら芽が無いわけではない」

 

 原作でもナルトは分身が使えずとも影分身に成功しているので、可能性はあるだろうと試すことにしたのだ。

 

「それに影分身は高等忍術というが、チャクラの消費量に問題があるというだけだ。

 体内門をいくつか開放して使えばチャクラは十分に足りるだろう」

 

「先生のお陰で毎日使ってますけど、八門遁甲って一応禁術なんですよ」

 

「影分身も禁術と言われている。 今更気にするな。

 ともかく全力でチャクラを込めてやってみろ」

 

「わかりました。 開!」

 

 言われた通りにガイは体内門を開放しチャクラ放出量を増やす。

 

「いきます! 影分身の術!」

 

 

―-ボフンッ――

 

 

 術の発動の証に煙が立ち上る。

 

「どうだ、成功したか」

 

「わかりません、でも手ごたえはありました」

 

 煙が晴れるとそこにはガイとまるで同じ姿が分身が立っていた。

 

「姿に違和感はないな」

 

「やった、初めて分身が成功した!」

 

 特に違和感のない影分身にガイは成功を喜ぶが、

 

 

――………シュー――

 

 

「ん? この音は何だ」

 

「あっ」

 

 空気の抜けるような音がするとガイの影分身の耳や鼻から煙が立ち上り、次の瞬間…

 

 

――ボーン!――

 

 

 影分身が爆発して近くにいたハジメとガイは吹き飛ばされる。

 大した破壊力を伴う爆発でなかったので、二人とも怪我をすることはなかった。

 

「すいません、やっぱり失敗でした」

 

「まあ惜しかったんじゃないか」

 

 その後、何とか一体だけではあるが影分身を作ることに成功するようになる。

 ただしそれでもガイの宿業なのか、どんなに練習しても時々失敗してしまうのだった。

 

 

 

「ガイ、仙術というものを知っているか?」

 

「いえ、知らないです」

 

「忍者の必須技能であるチャクラの練りに、さらに自然エネルギーを混ぜる事で仙術チャクラとなる、忍術の上位互換のようなものだ。

 仙術チャクラは練るだけで肉体の強度を格段に上げる効果もある。

 習得には資質が大きく左右されるが試してみるか?」

 

「強くなれるのなら、なんだってやります!」

 

 ハジメも仙術修行をやっていた竜宮島に来たガイは、早速仙術修行を開始する。

 

 

――バシッ!――

 

 

「あいたっ!」

 

 仙術チャクラを制御出来ずに、肉体を変異させたガイの体から自然エネルギーを直接叩き出される。

 自然エネルギーの抜けたガイの体はすぐに元に戻った。

 

「これまでいろんな奴の修行を見てきたが、ここまで才能の無いやつも珍しい。

 僅かな自然エネルギーを取り込んだだけで、体内チャクラのバランスを崩し変異するとは。

 ここまでチャクラの体内バランスを崩しやすいと、逆に才能ともいえるぞ」

 

 仙術の扱いに失敗すると肉体が変異し、最終的に石になってしまうリスクがある。

 亀仙人が呆れるくらいにガイには仙術の才能がなかった。

 

「それは少し興味深いですが、仙術を扱うのは危険すぎますね」

「そういうわけだからガイ、流石に危険すぎるから修業は切り上げるぞ」

 

「…わかりました」

 

 修行の中にはやはり才能の壁に阻まれることもしばしば。

 

 

 

「先生、流石にここでの組手は無理があるのでは!」

 

「修行に多少の危険は付き物だし、チャクラコントロールも一緒に鍛えられて一石二鳥だ」

 

 時には高い崖の壁面にチャクラで垂直に立ち、その状態で組手をする。

 

「ですがこんな高いところから落ちたら、ただじゃすみませんよ!」

 

「そういう状況でこそ、実力というものが試される。

 避けてばかりいないでかかってこい」

 

「わ、わかりました、では、はあぁぁ!」

 

 壁に立ったままガイは走り出して殴り掛かるが、ハジメに容易に回避される。

 

「腰が引けて普段より動きが鈍いぞ」

 

「仕方ないじゃないですか」

 

「それで攻撃してるつもりか!」

 

「先生!? ぶべっ!」

 

 ハジメがジャンプして回避するが共に崖に垂直に立っている状態。

 跳べば空中に放り出される事は明白でガイはその行動に驚くが、直後に飛んできた蹴撃で吹き飛ばされる。

 宙に飛んだハジメは空を蹴って崖側に戻り、ガイを蹴り飛ばしたのだ。

 蹴られたことに驚くが崖の側面であることを思い出し、慌てて壁にへばりついた。

 

「な、何ですか今の! 空中でジャンプしませんでした!?」

 

「そうだが、どうした」

 

「そんなこと出来るんですか!?」

 

「忍者は壁や水面を足場に出来るんだ。 空中を足場に出来ない道理はないだろう」

 

「な、なるほど?」

 

「下忍で木登り、中忍で水面、上忍で空中を足場にする。

 上忍クラスの体術使いなら空中戦闘もこなせなければならない。

 当然上忍の技術になる以上相当難しいが、体術で上を目指すのであれば避けては通れない。

 ここでの修業で覚えてもらうぞ」

 

「はい、絶対に習得して見せます!」

 

「ではさっそく試してみろ!」

 

「わかりました! うおぉぉぉぉああああぁぁぁぁぁ………」

 

 勢いよく飛び出し空中を蹴ってみるが空振るだけで落ちていくガイ

 

「勢いでやれと言ったが、まあいきなりは無理だろうな。 下に影分身を配置しておいたから大丈夫だろう」

 

 空中跳躍のウソにガイが気付くのは上忍になってからだった。

 その時には気合と根性でしっかり習得しているのだから流石(バカ)である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 当初は興味本位であったが修行の相手も、遅々としながらもしっかりとこなし着実に強くなっていくガイに熱が入り、ハジメも本気で強くしてやろうと様々な修行を施した。

 誰かを育てるという初めてのことに充実した日々を送るが、楽しい時間はあっという間に過ぎ去るもの。

 ハジメ達はこの世界で学ぶ予定の期限が近い事を知った。

 

「ミナトに子供が生まれる。 そう言われた」

 

「そうか、もうそんな時期なのか」

 

 ミナトの子供、すなわちナルトの誕生であり九尾襲撃事件がもうすぐ起こるという事だった。

 

 この世界に来た時にハジメ達は原作に深く関わることなく、ある程度技術を習得したら物語が始まらないうちに元の世界に帰還する事を決めていた。

 それが物語の根底となる始まりの事件、九尾襲来の時までだった。

 

「それでどうするんだ」

 

「この世界に残るよ」

 

「やっぱりそうか」

 

「わかってたのか」

 

「わからないわけがないだろう。

 俺はお前で、お前は俺だ」

 

 ハジメがこの世界に残るだろうと察していた父親役のヒトシ(ハジメのコピー)。

 

「俺だってこの世界で暮らして長い。

 メインのお前ほど濃厚な付き合いをしていないが、この里にも愛着が出来てる。

 俺も残りたいという気持ちが無いでも無い。

 だが当初の役目があるからな。 元の世界に俺は戻る」

 

「そうか。 オリジナルにはよろしく言っておいてくれ」

 

「ああ」

 

 ハジメは卵を取り出しヒトシに渡す。

 

「僕のコピーの卵だ。 それを孵して統合すれば僕の忍びの技量が継承される」

 

「まあこれが目的だったからな。 持ち帰らなければこの世界に来た意味がない」

 

「秘密道具も全部持って帰ってくれ」

 

「いいのか?」

 

 秘密道具はオリジナルを含めたハジメ達にとっての武器だ。

 それを手放すということはいくら力を得ようと最大の武器を失うに等しい。

 

「ああ、この世界で暮らすのに秘密道具は必要ない。

 この世界でいろんなことを経験しすぎた。 仲間や平和が戦争が生き死にが、僕がここで生きてるんだと訴えている。

 ならもう原作なんて関係ない。 今をより良いものにするために精一杯生きる。

 そのために秘密道具というこの世界では異物過ぎる力にはもう頼れない」

 

「そこまで言うんならいいんだがな」

 

 この世界における忍びの命は軽い。

 どんなに強い力を持っていても死ぬときは死ぬと、ハジメが死ぬ可能性をヒトシもわかっていた。

 

「心配ない。 秘密道具が無くても他の世界で得た力は残ってるんだ。

 あまり派手に使うつもりはないが、この世界の人たちよりはずっと恵まれてるんだ。

 この世界で生きていくと言ったけど、十分贅沢できるさ」

 

「そうか、それならいい。

 ある意味ここからが本当の原作介入なんだ。 しっかり最後まで生き残れよ。

 お前がどうなるか気になるから、多分すべてが終わったころに一度見に来るよ」

 

「オリジナルの俺ならそうするだろうしな」

 

「じゃあ達者でな」

 

「ああ、みんなによろしく」

 

 そしてヒトシはこの世界で得たものを携えて、この世界を去っていった。

 残ったハジメはこの世界で生きていくことを新たに決意する。

 

「原作以上のハッピーエンドとは言わない。

 僕の存在する事で良くなることも悪くなることもあるだろう。

 だけどどのような結果になるにしても、原作より悪いことが起きたとしても後悔しない。

 それがこの世界で生きていくという事なんだ」

 

 

 

 

 

 



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第八話

 

 

 

 

 

 九尾襲撃事件。

 それは木の葉隠れに訪れた災いであり、物語の主人公ナルトの誕生の時でもある。

 

 この世界で生きることを決めたハジメは原作の話の流れへの干渉を決めていたが、事態の悪化を望んでいるわけではないのでこの事件に対しても自然と慎重になっていた。

 ナルトの誕生は重要ではあるが、それは同時に両親である波風ミナトとうずまきクシナの死でもあったからだ。

 

 事件そのものを未然に防げば、おそらくナルトは人柱力ではなく普通の忍びとして生きていくだろう。

 物語の主人公という過酷な運命を背負うことなく生きられるのは本人にとって幸福な事なのだろうが、そうなるともはや原作の流れから外れて先がまるで見えなくなる。

 この世界で生きるというのならそれもまたいいのかもしれないと思うが、原作のハッピーエンドを前提から覆すことには流石に二の足を踏んでいた。

 

 この事はハジメも相当悩んでいたが、最終的に無用な対策をせずその場で最善を尽くそうと決めた。

 ハジメも戦場で活躍した忍びとして相応の権限を持っていたが、原作の情報を話せない以上里の皆に対策をさせる訳にもいかない。

 裏で計画的な策謀があったとしても、事件が起こるのはいつも突発的だ。

 それなら事件が起こったその場で臨機応変に対処する。

 それが本来の対処の形なのだから、この世界の人たちと同じ生き方として過剰な対処をすることはなかった。

 そして…

 

 

 

「くそっ! ミナトは一体何をしているんだ!」

 

 ミナトの妻、クシナの出産が近いと聞き九尾事件を警戒していた。

 そしてついに九尾が突如出現し、里への被害を最小限に抑えるために迎撃に出た。

 里の間近に出現したことで里人も付近にたくさんおり、多重影分身を出して手当たり次第に避難させる。

 同時に本体の僕は暴れる九尾を相手に時間稼ぎをしている。

 

 

―仙法・現身の術・巨獣亀形態―

 

 

 かつて戦時に尾獣と取っ組み合いをした巨人形態を仙術で昇華し、その影響で亀の特徴を持った現身の術で九尾相手に格闘戦をしている。

 その二本の足で立って戦う姿は怪獣映画のガメラの様。

 火遁で火も吹けるし、チャクラ自体で自重を浮かせ舞空術の様に空も飛べるので完全再現も不可能ではない。

 

 その亀の巨体で時々撃ってくる尾獣玉を仙術か姿故かの影響で高まった防御力で被害が出ないように弾き飛ばし、どこかにいるはずのミナトが来るのを待っている。

 

 原作で九尾の相手をし、最終的にナルトに封印したのはミナトのはずだ。

 そのミナトはこの場におらず、おそらくこの事件の黒幕と戦っていてまだ来れないのだろうと、戻ってくるまで九尾が里に被害を与えないように相手をして時間を稼いでいる。

 

「ハジメ、大丈夫か!?」

 

「大丈夫です、まだ持ちます! 三代目は戦闘の余波が里へ及ばないようにお願いします!」

 

「わかっておる!」

 

 ドラゴンボール世界の力を持つ僕は尾獣相手でも長期戦が出来る気力を持つが、それを(おおやけ)には出来ないので何とか耐えているという体裁を見せる。

 尾獣とまともにやりあえる忍など一握りだ。

 その攻撃に耐えられる結界忍術を張れる僅かな者達で、攻撃の余波から里を守っている。

 

 僕はまだまだ持つが他の忍たちはそうはいかない。

 これ以上の長期戦になると、ミナトが来る前に他の者たちが力尽きる。

 余波だけでも着実に犠牲が出ているというのに。

 

「(どうする、もうそんなに長くミナトを待つ事は出来ないぞ)」

 

 流石にこれ以上時間稼ぎをすれば犠牲が増えすぎると焦り始めた時に、九尾が再び尾獣玉を射出する態勢に入った。

 口を開き黒い膨大なチャクラが収束していく。

 これまで何度も撃たれたので慣れてきたと現身の術の亀の巨体を身構えさせて、被害が出ない上空へ弾き飛ばそうとする。

 

 だが九尾はこれまでとは違い打ち出すことなく、口元に溜めていた尾獣玉を飲み込んだ。

 

「なっ! これはまずい!」

 

 その動作に次に来る攻撃を思い出した僕は巨獣亀の体を走らせる。

 九尾の次の攻撃に出来るだけ接近し、後方への影響を減らすためだ。

 

『ガアァァァァァ!!』

 

 咆哮と共に九尾の口から放たれる光線状のチャクラ砲、虚狗砲が巨獣亀の体に直撃する。

 直撃の寸前僕は甲羅で受け止めるように体を反転させ、頭と両腕を収納し足で踏ん張らせる。

 砲弾状ではなく放射状に打ち出されたことで、全ての威力を巨獣亀単体で受けきることが出来ない。

 

 亀の姿だけあって背中の甲羅が一番硬度が高く、虚狗砲の直撃に耐えながら受け流し、エネルギーを出来るだけ拡散させて里への影響を抑える。

 エネルギーの放射が終わり里の方を確認するが、結界班が何とか余波を抑えて大きな被害が出ていないようだ。

 

「三代目!」

 

「儂は大丈夫じゃが、結界がもう持たん。

 もう一度今のが来たら破られるぞ」

 

「くそっ!」

 

 時間稼ぎももう限界だと悟る。

 飛雷神の術もミナトに教わっていたがアイツほど使いこなせず、準備していないので遠くへ飛ばすこともできない。

 もういっそテレポートを飛雷神の術を偽って使うか?

 

「あれ、別に悪くない考えかもしれない。

 これまでなんで使わなかったと聞かれても、尾獣ほどの巨体を飛ばせる確証がなかったと言えばいいし」

 

 名案かもしれないと超能力のテレポートを使うかと考えた時、三代目が巨獣亀の体を駆け上がってきて頭部に収まっている僕の傍まで駆け寄ってくる。

 

「ハジメよ、よいか?」

 

「なんです、三代目」

 

「儂が九尾を封印する。 その間、何とか奴の動きを抑えてくれんか」

 

「封印ってどうするつもりです。 まさか三代目自身の体に封じるつもりですか」

 

「いや、儂では体が持たんじゃろうが、やることは変わらん。

 おいぼれの最後の大仕事じゃ」

 

 まずい。 屍鬼封尽を使うのか、或いは他の何かかは知らないが、覚悟完了していらっしゃる。

 三代目の死ぬ場所はここじゃないとツッコミたいが、状況が切羽詰まって余裕がないのも確かだ。

 どうしようと焦りが極まったとき、巨大な蝦蟇が九尾の上に口寄せされて押し潰した。

 

「あの蝦蟇はミナトか」

 

「ようやく来たか!」

 

 遅すぎる登場に流石主人公格、出番を引っ張りすぎだと物申したくなる。

 流石にそれを直接言うつもりはないが、文句の一つも言ってやろうと九尾と押しつぶした蝦蟇の傍にいるだろうミナトの下へ近づくが…

 

「………おい」

 

「飛雷神の術で共に飛んだか!」

 

 直後に押しつぶされていた九尾が、蝦蟇を残して忽然と姿を消す。

 口寄せの術の煙を立てて消える現象が発生しておらず、忽然とその場からいなくなるのは飛雷神の術の特徴だ。

 三代目は冷静に飛雷神の術で里から距離を取ったと判断するが、突然現れて何も言うことなく九尾を連れて行方をくらませたので、これまで結構必死に時間を稼いでいた僕に何か言うことないのかという気分になる。

 

 かといってグダグダと腹を立てている時間もあまりない。

 九尾をミナトが相手にするという事は、ナルトへの封印が直ぐにでも始まるのかもしれない。

 九尾の相手はミナトに任せるつもりだったが、すべて一人でやらせるつもりはなかった。

 僕が出来る限り使える力で手を貸して、それで迎える結果を受け入れるつもりだった。

 

 それなのにずっと九尾を抑えていた僕を無視して、ささっと九尾だけを連れ去るとは思わなかった。

 

「遅れてきたと思ったら、さっさと消えやがって」

 

「だがとりあえず里は大丈夫じゃろう。

 後はミナトを追って九尾をどうにかせねば」

 

「わかってます、僕らもミナトのところへ行きましょう」

 

 バカでかい九尾のチャクラなら、感知しなくてもその存在感からどっちの方角にいるのかすぐわかった。

 巨獣亀の体を浮かせて、九尾のチャクラを目印に空を飛んで向かう。

 

「ミナトの奴、だいぶ遠くに飛んだみたいですね」

 

「無茶をしとらんと良いが…。

 しかしこのお主の術、空まで飛べるのか。

 まるで若い頃に見た、うちはマダラの須佐能乎の様じゃ」

 

「この術の参考にしたものの一つですね。

 チャクラを半実体化させて手足のように操ることを目的にしてますので、特殊なチャクラをいろいろ参考にしてるんです。

 そして本来重量の無いチャクラに実体を持たせられるなら、発生起点である術者を持ち上げる事で空を飛ぶことくらい出来るでしょう」

 

「言うは容易いが、普通は無理じゃぞ。

 その上この風貌にチャクラ量、まるで人柱力と尾獣ではないか」

 

「それも参考にしてますね。

 元は不定形の人型をベースにしてたんでしたが、仙術チャクラを組み込んだら亀の姿を模るようになって形がより安定したんですよ。

 お陰で形体の自在性をそのままに、しっかりした実体を持たせやすくなりました」

 

「正直儂はこのまま九尾に力押しで勝ってしまうかと思ったぞ」

 

 たぶん勝てたと思います、流石三代目火影。

 

 三代目に現身の術の概要を説明している間に、遠くへ飛ばされた九尾の姿を確認する。

 九尾は何らかの術の鎖に縛られて動きを封じられており、接近すると現身の術の体に結界が接触する。

 

「九尾を閉じ込めるように結界が張られていますね」

 

「ミナト、それにクシナも中におる。 む、あの術は!」

 

 三代目の驚嘆に目を向けると、ミナトが印を組んで何らかの術を発動しようとしていた。

 

「あの印、屍鬼封尽か!」

 

「………」

 

 ついにミナトが命を引き換えにする術を使おうとしている事を察し、屍鬼封尽についてボロを出さないように気を落ち着かせる。

 この世界ではまだ初めて聞く術の名前なのだから。

 

「三代目。 状況から何となく察しますが屍鬼封尽とは?」

 

「お主の想像通り、命を代償とする禁術じゃ。

 相手の魂を術者の魂と共に死神に食わせ封じる術と聞いている」

 

「………」

 

 僕は沈黙を持ってミナトが何をしようとしているのか察したことを示す。

 わかっていたことだが、この術を発動させてしまった以上ミナトの命は幾何もない。

 だがそれでもこれでほんとによかったのかと、僕はいまだに悩んでいる。

 

 主人公ナルトの誕生とミナトとクシナの死は同じだ。

 ナルトは物語通りなら様々な運命を背負い、忍界に平和をもたらす英雄となる。

 だがその運命を、生まれたばかりの赤ん坊に両親の死をもって背負わせようとしている事に、僕自身憤りを感じている。

 そして全力を出せば九尾を倒しミナトを助けられたのに、原作の流れを意識して迷っていることに腹を立てる。

 

「くそっ!」

 

「ハジメよ…」

 

 様々な思いが混同する苛立ちで悪態をつき、三代目はそれを結界によって遮られ手を出せないことによる苛立ちと勘違いしてくれる。

 そうしている内にミナトの屍鬼封尽が発動し、鎖によって動きを封じられた九尾から魂とチャクラの半分を奪い取る。

 

「九尾が小さく…」

 

「屍鬼封尽でも九尾を全て封じきる事は叶わぬか」

 

 三代目は九尾の半分をナルトに封じるとは気づいていないので、封印しきれなかったと勘違いしている。

 僕はミナトがやろうとしている事を大まかに知っているが、このまま見ているだけいいのか?と僕の中の何かが訴え続けるのを拳を強く握りしめて誤魔化していた。

 

 だがその時、小さくなったことで鎖が緩み九尾の自由が僅かに戻る。

 それに気づいた九尾が封印しようとしている赤子ナルトを殺そうと爪を振り上げた。

 

「もう見てられるか!?」

 

 禁術の発動と九尾を抜かれた事で満身創痍の二人がナルトを庇おうとしたところで、僕の我慢の限界が来た。

 後の事など知ったことかと超能力のテレポートで結界の中に単身で入り込み、振り下ろされる九尾の腕を横から怪力で殴って攻撃を逸らした。

 その隙にクシナが緩んだ鎖を締め上げる。

 

「ハジメ、どうやってこの結界の中に!?」

 

「僕にだって隠し玉の一つや二つあるんだよ!

 それよりなんでだミナト!」

 

 なんで死のうとする。 なんでナルトに九尾を封印しようとする。 なんで一人で解決しようとする。

 なんで僕はミナトを全力で助けようとしない。 なんでナルトに過酷な運命を押しつけようとするのを良しとする。

 

 なんで、なんて、なんで…

 ミナトへの、そして僕自身への憤りの全てを吐き出すようにただなんでと叫んだ。

 それをミナトは死ぬ寸前だというのに、いつもの穏やかな表情でわかったように答える。

 

「これが最善だと思ったからだ」

 

「そんなわけない! 出来る事はいくらでもあった!

 この場で九尾を封印しなくたって、戦うことだって遠くへ追いやることだって出来たはずだ!

 お前らが犠牲になる必要なんかこれっぽっちもないはずだ!」

 

「ああ、そうかもしれない。 けどこうするべきだってこの子を見たとき思ったんだ。

 この子が、ナルトがオレ達がここで死ぬ意味を持たせてくれるって感じたんだ。

 九尾の力もいつかきっと使いこなしてくれる」

 

「…その子には過酷な運命を背負わせることになるんだぞ。

 父親としてそれでいいのか」

 

「よくはない。 この子が困ってる時に傍にいてあげられない事が辛い。

 だからハジメ、オレの代わりにこの子の力になってあげてくれ」

 

「はぁ!?」

 

 真剣な目でナルトを託そうとするミナトに僕は驚く。

 

「君ならナルトのことを安心して任せられる」

 

「私もミナトももうすぐ死ぬ。 ナルトのことお願いするってばね」

 

「な………う……」

 

 あまりの事に言葉を失う。

 どんなに強くたって後の英雄となるナルトを預かるなんて自分の器ではない。

 考えただけで気が重くなり、そんな大役を押し付けられるくらいならと観念して禁じ手を解禁することを覚悟する。

 そんな逃げの選択に、やはり自分は主人公どころか脇役も重荷だと確信して。

 

「………もういい観念した。 どうにでもなれだ。

 その子の事は出来る限りするが、親代わりなんて僕には荷が重すぎる。

 だから使うつもりのなかった禁じ手を使ってやる」

 

「ハジメ、何をする気だ」

 

「僕だけが使える蘇生術だ。

 それを使えば九尾を抜かれて死にかけているクシナさんを生かすことが出来る。

 ミナトも時間をかけて相当無茶をすれば生き返れるだろう」

 

「ホントだってばね!?」

 

 その蘇生術は僕がこの世界に来る前に得た能力、シャーマンキングの世界の蘇生術呪禁存思(じゅごんぞんし)

 必要な力にチャクラではなく巫力を使うので、この世界で使えるのは僕だけになる。

 

「ええ、この術は十全な肉体と魂が揃っていれば、肉体寿命で死んでもいない限り蘇生できる。

 死んでなくても肉体欠損の補完も可能な治癒術です」

 

「魂…」

 

 クシナは屍鬼封尽の詳細を思い出したようでミナトを見る。

 魂が封印されてしまう以上、ミナトの蘇生は出来なくなる。

 

「屍鬼封尽の概要は三代目に聞いている。 お前を蘇生させるには屍鬼封尽で封印される魂を開放する必要があるな」

 

 そういって僕はミナトの背に浮かぶ鬼の形相の死神を見た(・・)

 シャーマンの力を持っているおかげか、本来術者と死が近い人間にしか見えない死神が僕には見えている。

 僕の視線が自身の後ろに行っていることにミナトは気づく。

 

「………ハジメ、もしかしてこの死神が見えているのかい」

 

「ああ、本来は見えないような存在だが、僕にはその手のモノが見えてね」

 

「ははは、君はホントに不思議だね。

 それじゃあナルトとクシナの事を頼むよ。

 オレの蘇生はしなくていい」

 

「ミナト、何言ってるってばね!!」

 

 せっかく生き返ることが出来るのを断るミナトにクシナが声を上げる。

 

「ハジメ、その術のリスクは何だい」

 

「あっ、そうだってばね。 蘇生術ほどの禁忌、何のリスクもないはずないってばね」

 

「条件さえ整えばリスクも代償もない。 せいぜい僕が疲れるだけだ」

 

「なっ!?」

 

 クシナが驚くのも無理はない。

 この世界の忍術による蘇生術は、すべて何かしらの代償が必要なのだから。

 

「そうか、それはすごい術だね。 だから君も使いたくなかったんだろう?」

 

「まあな」

 

 この世界の力でないという理由もあるが、リスクのない蘇生術というのも問題だ。

 噂が広まれば術の詳細を知ろうと禄でもないやつらが集まってくるのが目に見えている。

 

「クシナが生き残ってくれるだけでも十分だ。 屍鬼封尽は封印の解除にもリスクが大きい。

 九尾のチャクラも共に封印する以上、下手に開放するわけにもいかないからね」

 

「ミナト…」

 

「それでいいんだな」

 

「すまないけど後の事は頼んだよ」

 

 死神に魂を掴まれた事で死相を浮かべているが、それでもミナトはいつもの穏やかな顔で僕に微笑んだ。

 これから死ぬと分かっているとは思えない、覚悟を決めた本物の英雄の器をミナトに感じた。

 こんな人の生き様を間近で見れただけで、この世界に残ったかいがあった。

 正しく物語の中にいる僕が憧れたヒーローの姿を見れたのだから。

 

「ああ、後は僕やお前が信じたナルトに任せておけ」

 

「うん」

 

 ミナトの命が尽きるのを見守るように別れの言葉を交わしていると、死神が咥えていたドスを手に取る。

 ついにミナトと九尾の魂を刈り取ろうというのだ。

 

「って、あ」

 

「ん? ………って拙い! 九尾のナルトへの封印がまだ!」

 

 死神が動いたことに僕が気付いたことでミナトも気づき、話し込み過ぎて屍鬼封尽の術が完了してしまいそうだった。

 

「くそっ! ミナト、今のうちにナルトの封印を!」

 

「死神を抑えるってどうなってるんだい!?」

 

 とっさに死神に掴み掛り羽交い絞めにすることで、ミナトの魂を刈り取るのを止める。

 シャーマンなので霊に近い存在に干渉することも可能だ。

 

「そういえば…こっちももう限界だったってばね…」

 

「ああもう、そっちもか!」

 

「がんばれクシナ、もう少しだから!」

 

 術の鎖で九尾を封じていたクシナも限界に達し、慌てて僕が影分身を出して彼女にチャクラを供給する。

 最後にグダグダになってしまったが、九尾はナルトに封印する事に成功しミナトは死にクシナはシャーマンの蘇生術によって生き延びた。

 

 

 

 

 

 12年後。

 

 四代目波風ミナトの死により三代目火影が現役復帰。

 それに伴い僕が三代目の側近として抜擢されることになった。

 

 どうしてこうなったと思ったが、九尾事件の時僕は里の人々の目につくところで活躍しすぎてしまったからだ。

 時間稼ぎだったとはいえ九尾相手に実質一人で戦う大立ち回りを多くの人が目撃し、封印したミナトより僕が里の英雄として扱われることになってしまった。

 そして死んだ四代目に変わり僕が五代目火影にと多くの声が寄せられるようになった。

 

 当然僕はこれを拒否したが、声を無視するには事が大きすぎると妥協案として火影の側近として収まった。

 しかし三代目も高齢なので衰えを感じ火影の仕事に僅かに支障が出ていることから、仕事の半分以上を僕が請け負う事になっている。

 事実上半分火影にされてしまったようなものだ。

 

 どうしてこうなった。

 

 今は立て込んでいた書類仕事を片付けて、徹夜明けで久しぶりに帰宅中だ。

 火影の仕事、本当に忙しい。 三代目もミナトもよく一人でこなしていたものだと思う。

 

 自宅へ向かう道中、一軒家から元気よく子供が飛び出してくる。

 

「じゃあ、アカデミー行ってくるってばよ」

 

「待つってばねナルト! お弁当!」

 

「あ、いっけねー!」

 

 飛び出してきた子供、ナルトは慌てて家に戻り弁当を取りに戻った。

 

 見た通りナルトは父親のミナトは死んでしまったが、生き残ったクシナがいる事で原作よりは幸福な家族環境で暮らしている。

 それでも九尾が封印されているのを里の大人たちに少なからず知られており、ナルトは子供の感性で自身が煙たがられている事を察しているようだ。

 最もミナトが信じクシナの支えがあるナルトなら、それを跳ね除けるだろう。

 原作のようによく周りにいたずらをし、火影になると既に公言してるみたいだし。

 

 ナルトに弁当を渡しているクシナの後ろの玄関から、もう一人子供が出てくる。

 

「朝から騒いでクシナさんに迷惑をかけるな、ナルト」

 

「うっせー、サスケ。 大きなお世話だってばよ」

 

 うちはサスケは今、うずまき家で世話になっている。

 うちは一族の壊滅は残念ながら原作通り起こってしまい、イタチは里抜けしサスケ一人だけが生き残った。

 当時も何とかできないかと僕は動き回ったが実を結ばず、事件が起こる直前に接触したイタチにまでサスケを頼まれてしまい、僕が身元引受人になった。

 だが僕に親代わりなど出来る筈もなく傷心のサスケとの関係をうまく作れず、一人にしてしまっていたところを、見かねたクシナが強引に自分の家に連れて帰った。

 クシナはサスケの母と友人関係だったことから放っておけなかったらしい。

 

 強引なクシナに最初は反発していたサスケだが、時間が経つにつれて心を解きほぐしていった。

 今ではナルトも一緒に良い家族関係が出来ている。

 原作を知る身としては、いろいろ人間関係ぶっ飛ばし過ぎ何やってんのクシナさんとツッコミを入れたい。

 流石ナルト母と、生かした影響力強すぎとびっくりした。

 

「あら、おはようハジメ。 これから仕事?」

 

「ああ、おはようクシナ。 仕事はさっき終わって久しぶりに家に帰るところだ」

 

「やっぱり火影の仕事は大変だってばね」

 

「火影補佐(・・)だ。 勝手に火影にしないでくれ」

 

「さっさとなればいいのに、強情だってばね」

 

「僕には務まらないよ」

 

 最近でも多くの人たちが火影にならないかと言ってくる。

 三代目が高齢なのも理由だが、勘弁してほしい。

 クシナも会うたびに、僕が嫌がるのを知ってて火影にならないかと推すのだ。

 

「おはよーだってばよ、ハジメのおっちゃん。

 やっぱり火影の仕事って大変なんだな」

 

「側近だがな。 ナルトも火影を目指すんだったら書類仕事が出来るように勉強もしっかりするんだぞ」

 

「ウエー、勉強は苦手だってばよ」

 

 嫌そうに顔をしかめるが、火影の書類仕事は本当に大変だ。

 将来ナルトが火影になったときに本当にできるとかと思ったくらいだ。

 

「サスケもおはよう。 うまくやってるようで何よりだ」

 

「………ああ」

 

 そっけない返事をするサスケ。

 身元引受人になる時いろいろ話したのだが、僕が保護者になるという事で死んだ両親を思い起こし当時は反発されたものだ。

 返事をするだけだいぶマシになったと言える。

 

 そんなサスケにクシナの拳骨が落ちる。

 

「っ!」

 

「朝の挨拶ぐらいちゃんとするってばねサスケ!」

 

「むっ………、おはよう…」

 

 僕に挨拶するのはナニか癪だといった様子全開で、クシナに怒られたサスケが渋々挨拶する。

 

「ぷっ」

 

「っ! なにがおかしい!?」

 

 しおらしいサスケの様子に思わず吹き出してしまう。

 

「悪い悪い、だが本当にうまくやってるようで何よりだ。

 ちょっと前のお前は相当不貞腐れてたからな」

 

「………ふん」

 

「それよりアカデミーはいいのか? そろそろ始業時間だったと思うが」

 

「あ、やばいってばよ! 母ちゃん行ってくるってばよ!」

 

「待てナルト! 置いて行くな!」

 

 慌てて駆け出していく二人を僕とクシナは見送る。

 

「慌ただしいな」

 

「毎日こんな感じだってばね」

 

「そうか」

 

 いずれ二人には過酷な運命が待ち受けているのだろうが、こんな平和な時があるのなら僕も選択した甲斐があった。

 

「(お前もこんな光景を夢見て後を託したのか、ミナト)」

 

 僕は彼方に見えるミナトの火影岩を見ながらそう思った。

 

 

 

 

 




どうしてこうなった。 と言えばここのサイトの名作タイトルですが、新たな続編が楽しみです。

あちらよりだいぶ劣る執筆力ですが、自分もいい作品をしたいです


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第九話

 感想及び誤字報告ありがとうございます。

 感想での指摘で気付きましたが、前話をよく見たら確かにあのまま終わっても切りのいい最終回っぽかったです。
 勘違いされた方も何人かいるようです。

 こういう時が、もうちょっとだけ続くんじゃ、の使い時ですかね。
 原作終了まではいきます



 原作展開は巻いていこうと思います。
 みっちり原作を流れを書く力が無いので、ご勘弁ください


 

 

 

 

 

 サスケがナルトとクシナと共に暮らしていることを除けば大きな変化もなく、二人はアカデミーを卒業し原作通りサクラ、カカシと共に第七班として下忍になった。

 そして僕は相も変わらず火影代理、もとい三代目補佐として忙しい事務仕事と戦っていた。

 今日も久しぶりに帰宅して、身支度を整えてから仕事場へ向かうところだ。

 

「それじゃあ、仕事に行ってくる」

 

『あなたも大変ですね。 影分身で仕事を終わらせられないのですか』

 

「分身に任せられない仕事もあるから、そういうわけにはいかないんだよ」

 

 重要書類は特殊な処理が施され分身などでは扱えないようになっているので、影分身に任せて仕事の効率を上げられないのだ。

 仕事に出かける僕を見送るのは、床に座り込んでくつろいだ様子の馬。

 この世界の口寄せ動物は大抵喋る事が多いので馬がしゃべってもなにもおかしくないが、この馬は口寄せで呼び出される忍馬と呼ばれるような者ではない。

 

 この馬の名は穆王(こくおう)。 先の忍界大戦で僕が五尾の尾獣と戦った時に切り取った一部を尾獣のチャクラの研究目的で封印し、こねくり回して最終的に普通の動物サイズで自立行動できるようになった存在だ。

 つまり五尾のチャクラの欠片から作り出した分身みたいなものだ。

 

 本来はイルカと馬が合わさったような姿なのだが、それでは不自然なので変化の術で普通の馬の姿にしている。

 動けるようにしたのはいいが野に放つわけにもいかず、当初は戦った間柄なので険悪であったが今では家の留守を任せるようになっている。

 周囲には忍馬として通している。

 

『なかなか帰ってこないから、すっかりここが私の住処になってしまってますよ』

 

「ご近所さんともうまくやってるみたいじゃないか」

 

『家の家事まで任せられるとは思いませんでしたよ』

 

 普通に喋れるので、買い出しにも自由に出かけている。

 

「そこそこ人との生活を満喫してるみたいじゃないか」

 

『封じられていた時よりは自由に出来ますからね。

 まさか私が人里で暮らす日が来るとは、夢にも思っていませんでしたよ』

 

「そこも不思議なんだよな。 尾獣の力は確かに強いが、大きさだけなら口寄せ動物でも匹敵するのがいる。

 人柱力に出来るという点もあるけど、会話能力があるんだから口寄せ動物みたいにうまく友好関係を作れないことはないと思うんだが…」

 

『そんな事言えるのは私たちと互角に戦える、あなたのようなおかしな人間だけですよ』

 

 穆王は呆れたように言うが、尾獣の中でも一体くらいどこかの忍一族と契約しててもおかしくないと思うんだ。

 まあ尾獣という括りで見られているからかもしれないが。

 

「おかしな人間とは酷いな」

 

『おかしいでしょう。 尾獣である私を断片とはいえ野放しにしているのですから。

 そうだ、出かける前に影分身を一人置いていってください。

 私では家の掃除が行き届かないところがあるのですよ』

 

 穆王は人の家での生活に結構順応していた。

 

 

 

 

 

 少ししてナルト達が関わった波の国の事件を耳にし、その後に里で行なわれる中忍試験の話題が上がった。

 お陰で書類仕事が増えたが、処理した書類の中にナルト達の参加証明書も確認できた。

 そして中忍試験が開始し、さなか大蛇丸の存在が確認されたと報告が上がった。

 

「どうします三代目。 大蛇丸は試験を中止にするなと言ったそうですが…」

 

「受験者の安全を考えれば中止すべきなのだろうが、他里の受験者もいる手前簡単に中止にするわけにもいくまい。

 だが奴が試験中に何か事を起こす気なのは間違いないだろう。

 その時は儂が大蛇丸を止める」

 

 大蛇丸は三代目の元弟子で、今は罪を犯して里を出た抜け忍。

 師匠として大蛇丸に決着をつけねばならないと考えているのだろう。

 

「今の三代目では返り討ちに合いかねませんよ。

 僕か里に戻ってきているらしい自来也様に任せませんか?」

 

 自来也は大蛇丸と同期の三代目の弟子だ。

 必ず勝てるとは言わないが、三代目自身が戦うよりは可能性は高い。

 

「大蛇丸が道を踏み外し里から逃がしてしまったのは儂の失態じゃ

 火影として師として儂に決着をつけさせてくれんか」

 

「………死ぬかもしれませんよ」

 

「もう年だ、いつでも覚悟は出来ておるよ」

 

「………」

 

 ミナトが死んだときと同じ覚悟を決めた英雄の気配を感じた。

 ここまで言われてはこれ以上説得しづらく、黙って三代目の決めたことを見守るしかなかった。

 

 

 

 中忍試験は予選と本戦に分かれ、その間を一か月の準備期間が設けられた。

 木の葉出身の忍ならともかく、他里の忍がここで一か月の準備期間は長いと思うんだけどね。

 

 予選の方も覚えている限り原作と大きな違いはなく進行した。

 明らかに変化があったのはロック・リー対我愛羅の戦いだ。

 結果は原作通りだったが、先生であるガイを僕が鍛えたことで間接的にリーが原作以上の力を発揮して我愛羅を追い込み一尾・守鶴を暴走させることになり、一時期騒然となった。

 試合後暴走は収まったが、人柱力としての力を知られたことで我愛羅は各所から警戒されることとなった。

 

 ひと月の準備期間後、何事もなく本戦が始まり順調に試合が消化されていく。

 そしてサスケ対我愛羅の試合の最中に試合会場全体に幻術が行使され、砂と音による騒乱が始まった。

 

 里内各所で砂と音隠れの忍びによる襲撃が起こり、口寄せされた大蛇が暴れまわっている。

 三代目は大蛇丸との決着に向かい、僕はそれを邪魔しない為に里内で暴れている者達を鎮圧しようと動こうとしたとき、横合いから突如振り下ろされた大鎌を避けた。

 

「お前らは?」

 

 砂とも音とも思えない風貌の二人が現れた。

 黒地に赤い雲が描かれた装束は…

 

「大蛇丸からの依頼でな。 テメーをジャシン様の下に送ってくれってよ」

 

「高額の賞金首だ。 取り逃がすなよ飛段」

 

 暁のメンバー。

 そうか、大蛇丸が僕に差し向けたのか。

 不本意だが今では僕も名の売れた木の葉の忍だからな。

 

 大蛇丸は暁の元メンバーだったらしい。

 抜けた後は暁とどのようなつながりが残っているのかは不明だが、依頼を出せるくらいには繋がりが残ってたという事か。

 

「暁か」

 

「知ってたか」

 

「まあな」

 

 実際に原作知識でなくても火影側近として情報を得ているし、イタチからの内偵報告もある。

 こいつらは共に不死身と呼ばれるほど死ににくい、不死身コンビと呼ばれる飛段と角都。

 

「なるほど、大蛇丸の依頼で僕の足止めに差し向けられたのか」

 

 暁の本来の活動は尾獣を集める事だが、現在はその目的のための準備段階。

 里に集められた情報では戦争屋として各地で傭兵紛いの事をしているらしい。

 

「足止めぇ? いいや、ジャシン教の布教だ」

 

「大蛇丸には足止めでいいと言われたが、貴様の首は高い金になる。

 逃す手はないのでな」

 

「…足止めではないのか。 ならさっさと行かせてもらおう」

 

 侮られるのは別に構わないんだが、簡単に倒せるほど弱いと思われるのも癪に障る。

 それに僕はこれでも今少し機嫌が悪い。 三代目の覚悟と約束があるから大蛇丸との決着に手出しできないが、ほぼ間違いなく原作通りになる事から三代目の死を見過ごすことになる。

 いくら三代目の望みとはいえ、死を容認するのは気分がいいはずはない。

 

「ああ、逝かせてやるよ。 ジャシン様の元へなぁ!」

 

「代金は勝手にもらっていく」

 

 挑みかかってきた飛段と角都に僕は力を開放した。

 

 

 

 飛段は不死身であるが故に死んではいないが体はバラバラになり、角都は不死の源である五つの心臓のうち四つを失ったことで倒れていた。

 周囲には誰もいなかったのでドラゴンボールの戦闘力を瞬間的に発揮して、一分と経たず戦闘は終わった。

 飛段は現身の術で作った刃によってメタルフリーザのように一瞬でバラバラにし、角都はフリーザのデスビームを真似て透視で五つの心臓を見抜いて的確に撃ち抜いた。

 

「なんじゃこりゃあ! こんなに強いなんて聞いてねえぞ!」

 

「馬鹿な、俺の心臓を一瞬で見抜いて土矛(ドム)(土遁)の守りを貫いただと…」

 

 飛段は首だけになっての平然としゃべって動いているが、角都は心臓を一気に失ったことで動きを止めている。

 その間も僕の指先は角都の最後の心臓を指している。

 

「じゃあ、さっさと止めを刺して行かせてもらうよ」

 

 

――ビッ!――

 

 

 指先から放たれる光速の気功波の閃光が、角都の最後の心臓を貫く。

 これで角都は完全に死んだ。

 

「ぐうっ………」

 

「角都!」

 

「次はお前だ」

 

 飛段の頭部を掴んで持ち上げる。

 

「ハッ! 悪いが俺には角都と違って弱点はねえ。 心臓を貫かれようと死なねえぜ」

 

「バラバラの体で身動きが取れずよく言う」

 

 確かに死なない様だが、バラバラにされてしまえば抵抗出来ず死んだも同然だ。

 飛段にかかっている不死身の術に興味がないこともないが、再生能力もないようだしゾンビみたいになるだけの不完全な不死だ。

 さっさと処理しよう。

 

「確かにバラバラになっても死なないようだが、火遁なんかで火葬されたらどうするんだ。

 まあせっかくだからこの術を試してやろう」

 

「なんだと、……う…ぐ、ああぁぁぁぁぁ!!

 なんだこれはぁ!」

 

「魂を肉体から引き剝がす術だ。 これなら不死身でも関係ないだろ」

 

「なぁ!?」

 

 超・占事略決、禁人呪殺。

 魂を強制的に引きはがす、屍鬼封尽と似たような術なのは今大蛇丸と戦っているだろう三代目の事を考えていたからか。

 原作通りなら、おそらく三代目が屍鬼封尽を使っているはずだからだ。

 

「や、やめ!」

 

「不死身なら死んでから自力で復活して見せろ」

 

 そういって飛段の魂を肉体から完全に切り離した。

 残ったのは完全に動かなくなった飛段のバラバラ死体だけ。

 うん、完全に猟奇殺人事件の現場だな。

 

 

 

 

 

 大蛇丸の寄こした暁二人は足止めにすらならなかったが、僕は三代目の救援ではなく里内で暴れる敵勢力鎮圧に尽力した。

 それにより被害をいくらか減らす事は出来たが、大まかな事は原作と変わらず砂と音の忍を撃退し木の葉が事実上勝利するが、三代目は大蛇丸との一騎打ちで討ち死にした。

 葬式は厳かに執り行われたが、三代目が亡くなったことで火影が不在。

 結果、以前から五代目にと推薦されていた僕が就任しないかという話が再浮上した。

 

 当然僕はそれを拒否し、巡り巡って綱手様を五代目にしようと自来也がナルトを連れて探しに出かけた。

 そして僕は火影側近から火影代理としてデスクワークに励むことになる。

 書類と格闘を続けていた最中に、里の近くまで意識して気配を探っていた人物の気を感知した。

 任せられる書類仕事を影分身に任せ、僕は里外れに来ているその気の持ち主の元へ向かう。

 

「………」

 

「おや、いきなりこんな大物がかかるとは思いませんでしたね」

 

「久しぶりだな、イタチ」

 

 うちはイタチ。 そして相方の干柿鬼鮫の暁のメンバー。

 そろそろ来る頃だと思っていたが、僕がいる事で来ないかもしれないと思っていた。

 原作ではサスケを預けた三代目が死んだことが理由だった気がするが、今は名目上僕がサスケの保護者になっている。

 

「………」

 

「どうしますイタチさん。 こんなに早く見つかるとは思いませんでしたが、一戦交えますか」

 

「待て鬼鮫、この人を相手に不用意に戦うのは得策ではない。

 久しぶりです、ハジメさん。 我々は少し気になる事があってここまで来ました。

 少し前に俺達と同じ外装の者が来ませんでしたか」

 

「ああ来たぞ。 大蛇丸の依頼とかで僕を襲ってきたが返り討ちにした」

 

「不死身コンビがやられましたか。 あの二人は殺すのがかなり面倒なはずなんですが…」

 

「不死身というには口ほどにもなかったな」

 

「ほう、それは恐ろしいですね」

 

 厄介な二人を倒したと聞いて、干柿鬼鮫は戦意を高ぶらせて背負った武器の柄に手をかける。

 

「この人と戦うのは俺達の予定にない。 それに他が来た」

 

「む」

 

 干柿鬼鮫が僕の後ろから来た者たちに気を向けた一瞬、イタチと視線(・・)を交わす。

 

「突然執務室を飛び出したと聞いたから、何があったのかと追ってきましたがこれは」

 

「あの装束は噂の暁か」

 

「それにあれはうちはイタチね」

 

 はたけカカシ、猿飛アスマ、夕日紅が僕を追って現れた。

 

「………」

 

「………引くぞ鬼鮫。 これ以上は分が悪い」

 

「あなたにそこまで言わせるとは、ますます彼と戦ってみたくなります。

 ですが楽しみは取っておくことにしましょう」

 

「待て、簡単に逃げられると思うな」

 

 引こうとした二人を捕らえようとカカシが一歩踏み出すが、同時にイタチの右目にチャクラが集中するのがわかる。

 とっさに僕はカカシの前に出て現身の術の鎧をまとうと、黒い炎が表面に灯った。

 イタチの万華鏡写輪眼の瞳術、天照だ。

 

「ハジメさん!?」

 

「大丈夫だカカシ。 ちゃんとガードした」

 

 現身の術のチャクラを操作し、燃えている黒い炎の部分を一纏めにする。

 黒い炎によって視界を遮られた一瞬で、イタチと干柿鬼鮫は既にいなくなっていた。

 

「逃げられたようだな」

 

「すいません、ハジメさん」

 

「謝るなカカシ。 簡単に捕らえられる奴らじゃない。

 大きな被害が出なかっただけマシだ。

 (とはいえ、逃げる為にいきなり天照とは無茶してくれるよ、イタチも)」

 

 スパイであると知っている僕はイタチを捕らえるつもりはないが、あえて逃がすには干柿鬼鮫とカカシ、アスマ、紅にバレないようにしないといけない。

 それを考えてたところをイタチがアドリブで、天照を目隠しにするという無茶をしてきた。

 この黒い炎は延焼し難い様だが、対象が燃え尽きるまで消える事はないという厄介な特性がある。

 現身の術のような切り離せるガードをしないと体が燃え尽きるまで焼かれ続ける事になる。

 

 結果として傍から見ればイタチは顔合わせをしてさっさとこの場を去っていっただけだが、本命は僕と視線を合わせたことに意味がある。

 イタチの万華鏡写輪眼のもう一つの瞳術は【月読】という、相手を自身の支配する精神世界に引きずり込む幻術だ。

 その術をイタチは掛け、僕はあえて掛かりに行くことで誰にも邪魔されない情報交換の場にしたのだ。

 

『改めて、久しぶりだなイタチ』

 

『お久しぶりですハジメさん』

 

 幻術の世界では穏やかな会話からお互いの情報交換が始まった。

 暁の情報や先の里での被害と現状などあらかた必要な情報を交換し終えてから、サスケの事を聞いてみた。

 やはり三代目の死が、サスケにどのような影響が出るか確認しにきたようだった。

 

『サスケは今、クシナのところで一緒に暮らしてるよ』

 

『あの人のところですか。 それなら安心です』

 

『すまないな、僕では親代わりなど到底無理だからな』

 

『それなら俺は当の昔に兄失格ですよ』

 

『………すまん』

 

『いえ、こちらこそ。 冗句のつもりだったんですが…』

 

 サスケとイタチの家庭事情を、冗句にするのはブラック過ぎやしないか。

 そもそもイタチが冗句を言うようなキャラではないと思うのだが…

 

『ンンッ。 それでイタチ、サスケの事はどうするんだ。

 このままでいいのか?』

 

『…俺は木の葉の忍として最後までやるべきことを成すまでです。

 ですがサスケには俺なりに残せるものを残してやりたいと思っています』

 

 黄昏た雰囲気を見せながらサスケを思う様は、ミナトや先の三代目を思い浮かばせる。

 まったくどいつもこいつも死を受け入れて進もうとする奴らは、どうしてこうも物悲しくもカッコいいのだろうか。

 

『イタチ、お前死にそうな顔をしているぞ』

 

『まだ死にませんよ。 やるべきことを終わらせていませんから』

 

 そしてイタチは立ち去るように消えていき、僕は幻術の世界から解放されて現実世界のやり取りに繋がった。

 透視での確認が出来なかったが、既に病を患っているのかもしれない。

 僕なら治せるかもしれないが、イタチはおそらく治療を受け入れないだろう。

 

 

 

 逃亡したイタチと鬼鮫は、その後ナルトと自来也に接敵。

 その際イタチの事を知ったサスケが現れて、攻撃を仕掛けるが月読により昏倒。

 原作では綱手様に治療されて目覚めたが、ここでは僕が治療を施した。(リーも既に治療済み)

 無事に目覚めたはいいが、イタチに返り討ちに合ったサスケは相当思いつめた表情で塞ぎ込んでいた。

 里抜けすると知っているが、このサスケを見ていると相当危ういというのがよく分かった。

 

 少しして自来也とナルトが綱手様を連れて帰還。

 綱手様が正式に五代目に就任して、ようやく僕も火影代理という重い肩書きを下ろせた。

 

「全くこの私が火影とはな。

 ハジメ、お前がしっかり代理を務めていたのだから、そのまま火影になればいいではないか」

 

「昔から言っているでしょう。 僕に火影は務まらないと」

 

「だが里では外にいた私より、お前を火影にという声が多いではないか。

 突然帰ってきて火影についた私の肩身が狭いんだが」

 

「そこは諦めてもらうしか。 里の者に納得してもらうために、僕も今後も火影側近を続けますので」

 

「それは助かるが、そこまで火影になるのを頑なに拒む理由は何だ。

 私も一度は断った身だが、ここまで要望の声があれば簡単には断りきれるものではない」

 

 僕が火影になるのを拒む理由が気になるのか、綱手様は真剣な表情で尋ねてくる。

 火影になろうとしないのは原作を意識しての事だが、今の僕には他にも理由があった。

 

「綱手様、僕はこの里が好きですよ」

 

「ん、そうか。 ならば火影になって里を守ってもいいのではないか」

 

「僕にとって火影は英雄のような、憧れの存在なんですよ。

 そんな役割に僕がなるなんて烏滸がましい」

 

「お前も里の者達からは、英雄と呼ばれてるではないか」

 

「僕なんか多少力を持っているだけの紛い物ですよ。

 本当の英雄は、もっと尊い眩しい物を持っているんです」

 

 思い出すのはミナト、三代目、イタチの覚悟を決めて、大事なものを捨ててでも何かを成そうとする姿。

 僕なんかには絶対真似出来ない本物の英雄の生き様だ。

 

「ミナトも三代目も、僕が決して持つ事の出来ない憧れられるものを持っていました。

 彼らだからこそ火影を務めたのだと僕は思っています。

 そんな彼らに憧れるからこそ、そんな風に成れない僕が同じ様に火影の席に着くのが嫌なんです」

 

 憧れるからこそ、相応しくない自分が同じ席に着くことに耐えられない。

 英雄の姿を見る観客席が僕にはふさわしい。

 

「憧れるが故か。 まあ、わからんでもない。

 だが私も腐って里の外をウロウロしていた身だぞ。

 その私がお前の憧れの火影の席についてよかったのか」

 

「綱手様は三代目の弟子じゃないですか。

 こうしてちゃんと里に戻ってきて火影の席に着いたんですから、三代目の言う火の意志ってのをしっかり受け継いでいるんですよ」

 

「そうだといいがな。

 お前にもちゃんと火の意志があるんじゃないか」

 

「さあ、どうでしょうね」

 

 里の事は長い間暮らしてきて好きだと言い切れる。

 英雄でなくとも火の意志というものが僕にも宿ってるといいのだけど。

 

 

 

 

 

 綱手様が五代目に就任し諸所の手続きに奔走していた時に、サスケが音の四人衆と接触した。

 こうなると分かってサスケに影分身をつけていたのだが、里に先の騒動で暴れた音隠れの忍が容易に侵入出来たのは不可解だ。

 のちの調べで大蛇丸とダンゾウの密約で、サスケを引き渡すために誘い入れたと分かり腸が煮えくり返った。

 

 うちは一族の時も僕はいろいろと動き回ったのだが、ダンゾウに手を回されイタチの凶行を食い止めることが出来なかった。

 何かと暗躍するダンゾウとサスケやイタチの関係で動き回っていた僕は、お互いに邪魔となる目の上のたん瘤になっている。

 里の闇として公に出来ないことを処理してきた功績は認めるが、近年は手段を選ばな過ぎる悪辣な手法ばかり取っていて、すべてが公になればその恨みだけで里が潰されるんじゃないかと思うほどだ。

 里の為という免罪符でも誤魔化しきれないレベルで、いずれ時が来たら必ずこの手でこれまでの借りを返してやろうと思っていた。

 

 ダンゾウの思惑はさておき、サスケは音の四人衆の誘いで里抜けを決意したようだ。

 説得しようとしたサクラを振り切って、音の四人衆を通じて大蛇丸の元へ向かおうとしている。

 そんなサスケの前に僕は姿を見せた。

 

「ッ!? あんたか!」

 

「………」

 

 里抜けしようとしているサスケは苦無を構えて警戒するが、それを止める気のない僕はどう話を切り出すかと頭をかきながら戸惑っていた。

 里の忍として、里抜けを見逃す事に肯定的と言うのは如何なものかと思ったからだ。

 まあイタチの時点でどうこう言っても仕方ない訳だが。

 

「…少しお前と話をしに来た。

 サスケ、お前は自分が何をしようとしているのかわかっているんだな」

 

「…ああ、俺は大蛇丸のところへ行く」

 

「よく考えて自分で決めた事か?」

 

「そうだ」

 

「本当にそうだというのなら、僕はお前を止めん」

 

「なに?」

 

 てっきり力ずくで止められると思っていたのだろう。

 怪訝な顔をして僕の言葉に戸惑いを見せている。

 

「僕は誰かの生き方に指図が出来るほど立派な人間じゃない。

 いち忍としてはお前を止めなきゃいけないが、本当に覚悟を決めた決断なら僕には止められない」

 

「俺を見逃すってのか」

 

「それを口にするな。 自分が間違ったことをやってるってわかってるんだ」

 

「俺が言うのなんだが、あんた何考えてるんだ」

 

「言うな、こっちの都合だ!」

 

 腹立たしいことに僕を含めて、どいつもこいつも自分の都合のいい思惑でサスケを動かしている。

 イタチは復讐の誘導、大蛇丸はサスケの肉体、ダンゾウはサスケの排除、そして僕はイタチへの義理と原作の都合。

 様々な思惑でサスケが振り回されていて、それを教えてやれない自分が腹立たしかった。

 

「……サスケ、その道が間違ってるという自覚はあるな」

 

「ああ、イタチへ近づけるならなんだってやってやる」

 

「間違った道を進んだからと言って、目標に早くたどり着けるとは限らない。

 正しい道でも正しい結果を得られるとは限らない」

 

「何が言いたい?」

 

「どの道を選んだところで、望みが叶うとは限らないという事だ。

 復讐を望み続ける限り、お前に幸福は訪れないかもしれない」

 

「幸福など望んでいない! 俺の望みは一族を滅ぼしたイタチに復讐を果たすことだ!!」

 

 真実を知る手前、イタチの思惑とは言え兄を憎み続けるサスケの姿が痛ましかった。

 

「その道を諦めるのも一つの道だ」

 

「諦められるものか」

 

「ナルトやクシナとの生活はどうだった」

 

「!………」

 

「すべてを忘れて、一緒に暮らし続けるのはお前の幸福じゃないのか?」

 

「…あいつらは俺の本当の家族じゃない。

 イタチに復讐を果たすためなら切り捨てるだけだ」

 

 苦々しく切り捨てると口にするサスケの言葉に多くに未練を感じる。

 この辺りは原作と違い、クシナがサスケに接したことで生まれた功績だ。

 

「その割には割り切れてない様子だな」

 

「そんなことはない」

 

「じゃあクシナをここに連れてこようか?」

 

「馬鹿やめろ!」

 

「ぶふっ」

 

 クシナを連れてくると言っただけで、大慌てするサスケに吹き出してしまう。

 

「テメェ、ふざけてるのか!!」

 

「すまんすまん。 だがすっかりクシナに頭が上がらないようだな。

 お前はそんな生活が好きになれなかったか?」

 

「………いや、悪くはなかった。

 だが俺はうちは一族として、イタチに決着をつけなきゃなんねえんだ」

 

「いいんじゃないか。 復讐を果たすだのなんだのと言うより、ずっといい顔をしている」

 

「ふん」

 

 先ほどより緩んだ雰囲気で、不貞腐れたようにサスケは顔を背けた。

 

「サスケ、お前がちゃんと決めた事ならどの道を選ぼうが僕は止めない。

 ただ、常に考え続ける事を忘れるな。

 正しい道か間違ってる道かだけじゃない。

 これまで本当に正しかったのか間違っていたのか、考え続けて自分で決めるんだ」

 

「自分で決める…」

 

「そうだ、自分で決めたという事実が重要だ。

 自分で決めた道なら、誰にも言い訳は出来ない。

 正しいと思ったら進めばいいし、間違えたと思ったら引き返せばいい。

 もちろん引き返せないことも多いだろうが、立ち止まり別の道を行くという選択肢もあるんだと、頭の片隅にでも入れておけ」

 

「里抜けして簡単に戻れるわけないだろう」

 

「恥と汚名を晒すだけだ。 本当に戻りたいと思えばそれくらい耐えられるだろう。

 なんなら今から戻って、サクラにやっぱ行くのやめると謝ってもいいんだぞ」

 

「謝れるか! っていうか何時から見ていやがった!」

 

「音隠れの忍とお前が接触した時からだな」

 

「止めろよ! お前、木の葉の忍だろ!」

 

 里抜けを決めた奴に言われるとは思わなかった。

 

「まあいろいろあって僕は止めないが、ナルト達は違うだろう。

 お前が里抜けしたことが発覚すれば、すぐに追いかけてくる筈だ。

 僕も止めはしないが報告しないわけにはいかない」

 

「あいつが俺を止めようというなら、倒してでも進むだけだ」

 

「今のナルトじゃ簡単にはいかないぞ」

 

「それは俺が一番よく知っている。

 ………じゃあな」

 

 もはや僕が本当に止める気がないと分かり、振り向くことなく一目散に里の外に出ていった。

 

「行ったか。 見逃したとはいえ、流石に綱手様に報告しない訳にもいかないからな。

 クシナにも相当どやされそうだ」

 

 綱手様に事の次第を報告に行き、その後クシナにもサスケが里抜けしたことを説明しに行った。

 そしてサスケが出ていくのを見逃した事に、僕は甘んじてクシナの鉄拳を受ける事になるのだった。

 

 

 




 見返してサスケとのやり取りがほのぼのした。
 クシナと絡ませたのは大正解でしたね


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第十話

 

 

 

 

 

 サスケの里抜け事件から数年が経った。

 ナルトを含めた小隊の奪還任務は本来の歴史通り失敗に終わり、サスケは大蛇丸の下へ行った。

 その後、ナルトは自来也と旅立ち、サクラが綱手様に弟子入りし、兄弟子として僕も彼女の修行に少しばかり付き合う事になった。

 そして綱手様の火影補佐として大きな事件もなく過ごし、数年を経てナルトが里に帰ってきた。

 

「里に戻ってきてさっそく任務、それも風影の誘拐事件とはな」

 

「件の暁が動き出したようですね」

 

「自来也と二年も修行の旅をしたとはいえ、相手は風影を里から攫った強者だ。

 今のナルトがどこまでやれるか」

 

「カカシとサクラも一緒ですし、たとえ無理でも引き際を間違える事はないでしょう」

 

「だがナルトだぞ」

 

「そうでしたね」

 

 おそらく危機的状況でもあの性格なら無茶をするだろうと、綱手様と僕は簡単に予測できた。

 それでもちゃんと帰ってくるだろうと確信し、後に風影奪還の報告を受け取った。 

 

 その際に敵から大蛇丸に繋がる情報を得たナルトは、ヤマトとサイと班を結成してサスケを連れ戻す任務に就いた。

 ダンゾウの傘下にあるサイは気になったが、本来の歴史通りなら大丈夫だろうと送り出し、連れ戻す事は叶わなかったがサスケと接触しその無事を確認した。

 僕としても大蛇丸の下で無事でいるかは、原作情報があったとしても何の保証もない事柄だったので、生存報告を聞けて安心した。

 

 その再会の時にサスケとの力の差を感じたナルトは、新たな力を求めて螺旋丸に性質変化を加えた、後の風遁・螺旋手裏剣の開発に乗り出す。

 カカシの提案で多重影分身を使った修行法を行ない、ナルトは比較的短期間で風遁・螺旋手裏剣を形にしたが、使用の際の体への反動が大きいという欠陥から未完成となる。

 本来の歴史なら角都に対しての実戦使用で発覚する欠陥だが、数年前に倒してしまったので僕の方から欠点の指摘をした。

 

 螺旋手裏剣は未完成に終わったが性質変化を習得したナルトは、空いた時間を他の風遁を憶える修行に充てていた時に一つの噂が流れてきた。

 サスケが大蛇丸を殺して出奔したと。

 

 それを知ったナルト達は再びサスケを探そうと動き出す。

 僕も時期が来たと独自に動くべく、火影補佐としての仕事を整理し始める。

 

「ハジメ、お前も動く気か」

 

「ええ。 直ぐにとは言いませんが、時期が迫ってきてるようなので」

 

「うちはイタチの事だな」

 

「はい」

 

 綱手様には五代目火影として知っていてもらう為に、うちは一族滅亡の事情を包み隠さず話してある。

 僕がイタチと、それに伴いサスケの事を気にかけている事情も伝えてある。

 

「以前から言っていたことだからな。 出来るだけ早く戻ってこい」

 

「わかりました」

 

「それと出るのはここの仕事を終わらせてからにしろ」

 

「かまいませんが、ここからそちらは五代目のお仕事ですよ」

 

「………」

 

 火影室には今日も書類の山が積もり積もって、仕事の終わりが見えることはない。

 

「頼む! 私だけでは期日までに処理しきれんのだ!」

 

「だから息抜きと言って、賭博場に行ってる暇なんかなかったんですよ!

 自業自得でしょう!」

 

「年から年中、火影室で書類整理ばかりしていてはストレスが溜まるんだ。

 これくらいは大目に見るといったではないか!」

 

「仕事が間に合わなくなるほど、息抜きを許したつもりはありません。

 一週間くらい火影室にこもり続ければ終わるでしょう」

 

「一週間寝ずにやれというのか!」

 

「綱手様なら眠気や疲れくらい医療忍術で誤魔化す事わけないでしょう」

 

「いや、私もこう見えてそこそこいい歳でな。

 お前や若い奴らのように、徹夜を続けられるほど無理は出来なくてだな」

 

「こういうときだけ年寄りにならないでください」

 

 自分の仕事をきっちりこなしつつ、少しでも仕事を減らそうとごねる綱手様をしっかり働かせ、僕はイタチの元へ向かう準備を済ませる。

 サスケが大蛇丸を倒して動いた以上、イタチのとの決着の時は近い。

 原作の知識も細かいところまでは覚えていないが、サスケが動いたのなら確実にイタチの元へ行く。

 それがわかっているからこそ、決着の時に間に合うようにイタチの元へ向かわないといけない。

 イタチに里抜けを許した時から、結末の時にあいつを看取ろうと決めていた。

 

 仕事をようやく切り上げイタチの元へ向かおうとした時に、自来也が暁のリーダーを調べるために雨隠れの里に向かうという話を聞く。

 本来の歴史通りなら情報を得る事の代償に、自来也は暁のリーダーペインに敗れて死ぬことになる。

 同行する訳にはいかないが、一つ保険をかけて自来也が出発すると同時に、僕もイタチの元へ行くために里を出た。

 

 

 

 イタチの所在はその気になれば気を探る事で居場所を探ることは出来た。

 むろん忍者なので気配を消されていたらその限りではないが、いくらイタチでも普段から気配を殺してるわけではないので、すぐに気を捕らえることが出来た。

 イタチの気は隠すどころかなぜか自己主張するように高ぶっており、何かをおびき寄せようという気配を感じる。

 まさかもうサスケを待ってるのだろうか?

 

 気を捕らえた僕は最短距離でイタチの元へ駆けた。

 もうすぐというところで、道を遮るように相方の干柿鬼鮫が立ちはだかった。

 

「おや、あなたは木の葉の…。 なぜあなたのような方がこんなところにいるのですか」

 

「イタチに用があってきた。 この先にいるんだろう」

 

「ええ。 ですがいずれここに来る弟さん以外通さないでくれと、イタチさんたっての願いでしてね。

 お通しする訳にはいかないんですよ」

 

「…意外だな。 イタチの願いは完全に私情のようだが、相方とはいえ暁のメンバーがそれに付き合うのか」

 

 イタチが任務として暁に潜入していると気づいているかどうか知らないが、どちらにしても干柿鬼鮫がこの件に手を貸すような人間ではないと思ったのだが…。

 

「ええ、今回は暁の仕事に関係ありません。

 イタチさんとはそこそこ長い付き合いなのですが、あの人が私に頼み事をするなんて初めての事でしてね。

 気まぐれに少しだけ付き合う事にしたんですよ。

 おそらく最初で最後になると思いましたからね」

 

 干柿鬼鮫は察しているのか察していないのか知らないが、この件がイタチにとって重要だと分かった上での行動らしい。

 少なくとも上からイタチの横槍を入れる様な指示がない限り、邪魔をすることはないだろう。

 

「あんたの噂は知っているが、そこそこ義理堅い人間らしいな」

 

「…そんなこと言われるとは思いませんでした。

 今回の私の行動は言った通りただの気まぐれ。 イタチさんがどのような事情で弟さんを待ってるのか知りませんが、組織の不利益となるなら場合によってはあの人を切らないといけないと思ってるんですがね」

 

「だがイタチの私情に、個人的にであれば付き合っているのも事実だろう。

 里を出たとはいえ、悪くない仲間を持ったんじゃないか」

 

「………あまり変な事を言わないで頂きたいですね。

 私にとって仲間とは、必要があれば真っ先に殺す相手の事なんですよ。

 当然イタチさんも私の経歴は知っているでしょうし、そんな私に仲間などと薄ら寒い。

 変な事を言って私を惑わし、ここを通り抜ける作戦でしょうか?」

 

「純粋に思ったことを口にしただけだが」

 

「これ以上下らない事を言うようでしたら、その減らず口を削り取りますよ」

 

 機嫌を損ねた干柿鬼鮫が大刀・鮫肌を隠していた包帯をあっという間に外して構える。

 少しばかり腹を立てている様であり、余計な事を言い過ぎたかと反省する。

 

「すまない、言い過ぎたようだ。 ともかく僕はイタチに用があるだけで、お前と戦うつもりはない」

 

「謝罪は受け取りましょう。 ですがあなたを通す気は一切無くなりましたがね」

 

 全然謝罪を受け入れた様に見えない鬼鮫に、僕は仕方なく力で押し通る事にする。

 気を瞬間的に開放してドラゴンボールの戦闘力を発揮し、術でもなんでもない反応できない純粋な速さで鬼鮫の横に移動し肩に手を乗せる。

 瞬身の術に慣れている上位の忍者でも、この速度には反応できない。

 

「ッ!!」

 

「まあ待て。 僕はイタチの邪魔をするつもりはないし、話をしに来ただけだ。

 イタチとその弟の事情も把握している。 それでも止めるというなら僕も少し本気にならないといけないがどうする?」

 

「………」

 

 気を僅かに開放して鬼鮫を威圧するように気当りを仕掛ける。

 気は実力が拮抗していれば威圧を跳ね除けられるが、鬼鮫が上位の忍とは言えドラゴンボールの戦闘力に比べれば格差がある。

 おそらく鬼鮫には気による威圧で、全身がビリビリ痺れるような感覚に襲われているだろう。

 

「…なるほど、あなたを相手するのは私情だけで動くには安すぎますね。

 イタチさんの邪魔をするようではないみたいですし、あなたの力の片鱗を見れただけで良しとしておきましょう」

 

 結構強めに威圧していたのだが、鬼鮫は平然とした様子で表情を変えようともせず、鮫肌を下ろして臨戦態勢を解いた。

 多少は動揺を見せるかと思ったが、抜け忍の集まりとはいえ実力は一流ばかりの暁だ。

 どれほど堪えたかはわからないが、引かせられたのなら目標達成問題ない。

 

「では行かせてもらうぞ」

 

 そう告げてからこの先にいるイタチの元へ向かう。

 僕が過ぎ去った後に鬼鮫は…

 

「あれは化け物ですね。 戦う事になるなら尾獣を数体纏めて相手にした方がまだマシかもしれません」

 

 

 

 

 

 少し進むと建物があり、中に入るとイタチが椅子に座って待っていた。

 暁の装束でいつも通り感情を見せない落ち着いた表情で、僕が来たことに驚く様子はなかった。

 

「あなたが来てしまいましたか、ハジメさん」

 

「イタチ………」

 

 一切狼狽えない様子のイタチだが、その姿を見た時から僕は超能力の透視でその体を診断する。

 医療忍術を専門としてきたおかげで、健康な人かそうでないかくらい今では一目で大体解る。

 透視能力とこれまでの医療忍術の経験から体調を診断し、内臓がかなり良くない状態であることがすぐに分かった。

 

「そんな状態の体でよく平然としていられるな」

 

「わかりますか」

 

「これでも医療忍者だからな。 それで、サスケを待ってるんだってな」

 

「ええ。 そろそろ限界に近いので、最後くらいはこの命をサスケの為に使おうと思いまして」

 

「万華鏡写輪眼か」

 

「はい」

 

 写輪眼の発展形、万華鏡写輪眼の開眼条件は術者の非常に激しい感情の発露がトリガーとなる。

 それも当事者と親しい関係にある者の、死による悲しみや喪失感などの激情による衝撃がきっかけとなる。

 自身がサスケの手によって死に、その後のうちは壊滅の真相を知れば開眼するのではないかというのがイタチの思惑だろう。

 こればかりは感情という人の心が混ざる以上、うまくいくとは限らない。

 万華鏡写輪眼は確実に開眼するとは言い切れない、めぐり合わせ次第の能力と言える。

 

「お前も本当に酷い、そして不器用な奴だな」

 

「今更です」

 

「今からでも治療をすれば生きられるかもしれないぞ」

 

 かなり酷い状態だが、今の僕なら全力で治療をすれば完治は無理でも五分五分くらいで十分生きられる可能性はある。

 

「そうですか。 ですが必要ありません。 あの日から決めていたことですから。

 最後はサスケの手にかかって死ぬと」

 

「そうか………お前はホントに酷いな」

 

「すみません」

 

 少しでも多くの物を残そうとしているのだろうが、サスケにとっては不憫を通り越して悲惨な結末でしかない。

 これがイタチなりの愛情だというのだから、事情があるとはいえあまりに酷すぎる不器用さだ。

 

「ハジメさんなら既に知っているかもしれませんが、万華鏡写輪眼は開眼しただけでは完全とは言えません。

 不完全な万華鏡写輪眼のままでは瞳術を使うたび視力を落とし、最後には失明します。

 それを克服するには同じく万華鏡写輪眼に開眼した者の目を移植する事で、劣化する事の無い永遠の万華鏡写輪眼となるのです。

 サスケが開眼したら俺の目を移植してやってください」

 

「簡単に言ってくれる」

 

「こんなことを頼めるのは貴方くらいしかいませんから」

 

「だが、僕ではサスケをちゃんと導いてやることは出来なかった」

 

「ですが、どのような経緯であれ、サスケはうちはとして大罪人の俺を殺しに来ようとしている。

 それで俺の望みは叶います」

 

「お前は本当に不器用で馬鹿な奴だよ」

 

 イタチの意志はやはり固いと、長ったらしい問答はそこまでだった。

 サスケがすぐそこまで来た事を察した僕は距離を取って身を隠し、イタチとの行く末を見守った。

 

 

 

 二人の戦いが始まる。

 里を出たサスケは確かに強くなり、イタチと正面からぶつかり合えるほどの実力を見せた。

 しかし戦況はイタチにいささか傾いており、サスケはあらゆる手段で攻めるが決定打にならない。

 お互いに大きく消耗したところで、サスケが雨雲から雷を誘導して相手に落とす雷遁・麒麟をイタチに放った。

 チャクラの雷ではなく自然現象を利用した攻撃は通常の術と桁外れの威力だったが、イタチは万華鏡写輪眼第三の術・須佐能乎を纏う事で身を守り切った。

 

 その直後消耗しきったサスケに異変が起こり、内に封じていた大蛇丸が呪印を核として復活した。

 そしてかつて求めたイタチの体を得ようと襲い掛かるが、イタチは須佐能乎の力で大蛇丸を容易に返り討ちにした。

 しかしイタチはそれで消耗と病で限界を迎え、最後の力でサスケの前に立ってそのまま力尽き息絶えた。

 サスケも体力の消耗と大蛇丸の出現で限界を迎え倒れるが、命の危機はなくいずれ目を覚ます眠りだった。

 

 僕は彼らの戦いを終始見逃さず見届け、悲しみしか生まない戦いに涙を流すしかなかった。

 サスケの憎しみは誘導されたとはいえ荒々しく猛っているのだろうが、イタチにはどのような思いが渦巻いていたのだろうか。

 サスケへの愛情か、憎悪を向けられる痛みか、罪悪感からの解放か、役目を終える安堵か。

 イタチの心情はそんな簡単に察し切れるようなものではないのだろうが、僕はイタチの死を悲しみと共に安息を願った。

 

「イタチ、お前は十分戦った。 もうゆっくり休んでくれ」

 

 そして、この戦いの結末を利用しようとするものを僕は許すつもりはなかった。

 

 倒れ伏すイタチとサスケの傍の空間がゆがみ、仮面をつけた男が現れる。

 同時に僕も瞬身で二人の傍に降り立ちそいつと対峙する。

 

「二人に手は出させん」

 

「解せんな。 見ていただけのお前がなぜ今になって動く」

 

「イタチの望み。 それを見届ける以外に理由はない」

 

「その二人は、理由はどうあれ木の葉の里を捨てた身だぞ」

 

「関係ない」

 

 お前がそれを言うか。

 九尾を暴れさせ木の葉とうちは一族の不和を生みクーデターの切っ掛けを作り、更にうちは一族を滅ぼすイタチに手を貸していたお前、うちはオビトが…。

 こいつにも道を踏み外した理由があるとはいえ、正しく誰かの為にと願って道を自ら外れたイタチとは天と地ほどの差がある。

 憎む気にはなれないが、敬意を払う気も一切ない。

 二人を連れて行かせはしない。

 

 先ほどイタチが使った須佐能乎をモデルとして生み出した現身の術を発動し、チャクラの大剣を作り出してオビトに振るう。

 チャクラの大剣ゆえにリーチも自在で、遠い間合いからの斬撃も刀身を伸ばす事でオビトに届くが、当たっても一切ダメージを与えることなくすり抜けた。

 構わず続けて斬撃を当てるが、すべてすり抜けて何の効果も見せない。

 

「無駄だ。 お前の攻撃は俺には効かない」

 

「だろうな。 九尾の事件の時と同じだ」

 

「…見ていたか。 あるいは死に際の四代目から聞いたか」

 

「まあな」

 

 実際には九尾の時にミナトが戦ったところを見ても聞いてもいないが、こいつの能力を知っている理由の説明にはちょうど良い。

 こいつの万華鏡写輪眼の能力・神威は、物体と接触した時自身の体を部分的に異空間に送る事で攻撃を回避する絶対防御。

 この能力に対して唯一有効だと解っている手段は、対となるカカシの持つ万華鏡写輪眼の神威だけだ。

 当然ここにはそれはないが、今こいつを倒す必要があるわけでもない。

 

 いずれ闘うのがわかっていたのでこの術に有効そうな(すべ)もいくつか考えているが、それをここで実践して倒す必要はない。

 ならばこの能力の欠点を突いて、二人を守りお茶を濁すだけだ。

 

「その能力についてはいろいろ対抗策を考えていた。

 通常の攻撃は効かないようだが、これならどうだ」

 

 現身の術の大剣の形を変えて、太く巨大な剛腕を作り出してオビトの上半身を撃ち抜いた。

 攻撃は当然すり抜けるが、オビトの上半身は剛腕によってほとんど覆い隠される。

 

「(無駄だ、神威の守りに弱点などない)」

 

 オビトが攻撃が突き抜けた状態で横に動き、剛腕の中から平然と出ようとするのを足の動き(・・・・)で確認すると、僕はそれに合わせて現身の術を動かしてオビトの体を覆い隠し続ける。

 オビトの体は攻撃された部分だけ異空間に行くという事は、頭部を攻撃し続けていれば視覚嗅覚聴覚を封じるのも同然だ。

 更に、

 

 

――土遁・黄泉沼――

 

 

 オビトの足元に術を発動すると、唯一見えている両足が黄泉沼に沈んだ。

 神威の守りは自動で攻撃を透過し、何かに触れようとした瞬間だけ自動透過が解除される。

 だが唯一自動防御しながらも物体に触れていられる面がある。

 それが地面に接している足元だ。

 

 もし足元まで物体を透過する状態であれば、地面を突き抜けて地中の底まで落ちて行ってしまう。

 ならば唯一地面に接している部分だけは、自動防御をしていても歩いて行動するために地面との相互干渉を無効化出来ないはずだ。

 つまり足元への攻撃は神威でも無視出来ない。

 

 黄泉沼は沼で足の動きを封じる事を目的とした忍術であり、当然水面歩行が可能な忍にも有効で沼に立つことが出来ないようになっている。

 神威による転移を行なえば容易に脱出出来るだろうが、絶対防御を発動している間は能力運用を切り替える必要があり、事実上封じられるような物なのでそれも使用できない。

 他にも何らかの術で沼から抜け出す方法があるかもしれないが、絶対防御によってオビト自身は今は何も触れられない状態にある。

 つまりこれでオビトは詰みだ。

 

「動けないか? ………どうやらこれでお前の動きは完全に封じられるようだな。

 目と耳がこっちにないから何もわからないだろうが、二人は連れて行かせてもらう」

 

―影分身の術―

 

 影分身を三体作って、一体は本体の僕に変わって現身の術を引き継いでオビトの足止めをし、もう一体はこちらの様子を窺っているだろう黒ゼツの足止めに向かわせ、最後の一体は本体と共にイタチとサスケを背負う。

 さっさとサスケを治療するためにその場を離れ、オビトの足止めをする影分身には絶対防御の制限時間ぎりぎりまで現身の術で抑えるようにした。

 この場でオビトを倒す事も出来そうだが、そうはしない。 倒せば今後どうなるかわからないからだ。

 神威の絶対防御を一度攻略したことで、次からは何らかの対策をされる可能性はあるが気にしてもしょうがない。

 

 

 

 

 

 オビトと黒ゼツから距離を取ったところで飛雷神の術で移動し、治療の出来るセーフハウスに飛んだ。

 イタチの遺体は保存しサスケの治療をするが、消耗が激しいこと以外は酷すぎるケガはなく放っておいても死ぬことはなさそうだった。

 

 サスケが起きた後の事を考えると気が重い。

 イタチとうちは壊滅の真実を伝えなければいけないからだ。

 だがオビトからその役目を奪った以上、教えないという選択肢はない。

 沈痛な面持ちで目覚めるのを待っていると、サスケが身じろぎし意識を取り戻した。

 

「………ここは?」

 

「僕の用意したセーフハウスだ」

 

「なに、お前は! なぜここに!?」

 

「お前たちの戦いを見ていたからだ。 イタチの最期を看取るためにな」

 

「…どういうことだ? 何を言っている」

 

「イタチは病に侵されていた。 お前も気を失う前に目の前で力尽きる様を見たはずだ」

 

「………そうだ、イタチは俺の目の前で。 だがなんで…」

 

 イタチの最後に多くの腑に落ちない点がある事に混乱した様子のサスケ。

 

「僕はお前に真実を教えるためにもここにいる。

 よく聞け、イタチが歩んできた愚かで救いようのない、間違いだらけでも尊い生き様を…」

 

 

 

 僕は簡潔に事件の真相と、イタチが何を残そうとしてきたのかサスケに伝えた。

 

「嘘だ………出鱈目だ、ありえない…」

 

「いきなり全て飲み込めとは言わない。

 だがすべて本当の事だ。 お前も思い返せばいくつか思い当たる節があるじゃないか」

 

「だが!」

 

 サスケは伝えた真実を必死に否定しようと思いつく限りの反論を述べるが、僕はすべて論破していく。

 そのたびにサスケの勢いは下火になっていき、最後には沈黙する。

 

「………」

 

「お前にはとても酷な話だが伝えなければならなかった。

 イタチの遺言のようなものだからな」

 

「…あんたはなんで」

 

「イタチの事は事件当時から関わっていた」

 

「なに、じゃああんたがうちはを!」

 

「止められなかった…という意味では反論の余地はない。

 最悪僕がクーデターを起こそうとしたうちはを処理するべきかと考えたほどだ」

 

「なんだと!」

 

 怒りを顕わにしたサスケが、拳を握りしめ殴り掛かってくる。

 本来のサスケなら千鳥を発動させて襲い掛かって来るのだろうが、まだ回復していないからか怒りに我を忘れてるからか、愚直に殴り掛かるだけだった。

 当然、消耗していたサスケの動きは鈍重で簡単に受け止められた。

 

「こんな力のないパンチしか打てないのに動き回るな。 横になってろ。

 今の話はイタチにも提案したが、自分の手でやるとあいつは決断した」

 

「なんでだ…」

 

「うちはのクーデターが成功するにしろ失敗するにしろ、新たな戦乱の引き金になる可能性が大いにあった。

 それがわかっていたイタチは、うちはとして他の誰かではなく自分の手で幕を引く事にした。

 結局里を抜けるなら、お前や両親だけでも連れて逃げればいいとも言ったんだがな」

 

「イタチはなぜそうしようとしなかった」

 

「お前ならわかるだろう」

 

「………」

 

 サスケは少し考え込むがわからないといった様子を見せる。

 

「お前も間違っていると分かっていながら里抜けをした身だろう。

 己の譲れない物の為に逃げ道を提示しても、その道を選ばなかっただけだ」

 

「っ!!」

 

「お前が里を抜ける時、うちはとして決着を着けると言ったように、イタチも木の葉の忍としてうちはとして己の一族に自身で決着を着けることにしたんだ」

 

「…馬鹿が」

 

「ああ、馬鹿だ。 おまけにお前の為と言ってこんな手の込んだ置き土産を残していくくらいだ」

 

「ふざけ…やがって…」

 

「お前にとって振り回されっぱなしで迷惑でしかなかっただろうが、これがイタチの選んだ道だ。

 木の葉の為に生き、お前の為に死んだ。 それがあいつの生き様だ」

 

「っ……う、くっ……」

 

 サスケはこみ上げる感情を抑えるように顔を覆うが嗚咽が漏れだし、落ち着くのを黙って待った。

 顔を上げた時にサスケの両目は万華鏡写輪眼になっていたが、今は指摘しなかった。

 

「………お前は俺にどうしろというんだ。

 俺は今木の葉の里が憎くて仕方がない。

 うちはを滅ぼしその罪をイタチに背負わせた木の葉が!」

 

「そうか」

 

「俺が木の葉に復讐すると言ったら、木の葉の忍のあんたはどうする気だ!」

 

「無論止める」

 

 サスケの緊張感が高まり臨戦態勢の雰囲気に包まれるが、気にせずにそれを受け流す。

 

「だが今はまだそうじゃない。 お前はまだ決めかねているようだ」

 

「………」

 

「それでいい、よく考えて自分で決めろ」

 

「…あの時言ってたやつか」

 

 サスケが里抜けしたときに送った言葉だが、憶えていたらしい。

 

「そうだ、自分で決めて起こした行動は誰のせいにも出来ない。

 たとえ誘導されてたとは言え、イタチに復讐する事を選んだのはどこまで行ってもお前自身の決めたことだ」

 

「………」

 

「言ってしまえば、お前はこれまで誰かに示された道を選んで進んできただけだ。

 両親、イタチ、僕、クシナそして大蛇丸に守られて生きてきた」

 

「待て。 大蛇丸は違うだろう」

 

「当人の思惑なんかどうでもいい。

 重要なのはお前自らの糧となり、生きる場所となっていたことだ」

 

「…そうだな」

 

 サスケは二年以上大蛇丸の下で生き強くなってきた。

 たとえ大蛇丸が悪意を持って育てていたのだとしても、サスケがそれを利用して己の糧にしていたことには違いない。

 

「だがこれからはそうもいかない。 お前に隠してきた真実はすべて明らかになった。

 自分の目で全てを見極めて、本当の意味で自分の進む道を見定めていかなきゃいけない。

 お前はもう子供ではいられない」

 

「子供ではいられない…か。

 イタチは最後まで俺を子ども扱いしてたってわけか、くそっ」

 

 悔しそうにしながら、それでもどこか嬉しそうな感情を見せる。

 

「これからどうするかはゆっくり考えればいい。

 そろそろ動けるだろう。 行くぞ」

 

「どこへだ」

 

「まずお前の仲間の元へだ」

 

 

 

 飛雷神の術で先の二人が戦った場所からそう遠くない場所に、サスケの仲間鬼灯水月、香燐、重吾がいた。

 彼らの事は、影分身に所在を把握させていたのですぐに飛んでこれた。

 

「サスケ、無事だったか!」

 

「やれやれ。 ようやく戻ってきたみたいだね」

 

「………」

 

 香燐が大層心配した様子でサスケに駆け寄り、水月が待ちくたびれたといった仕草を見せ、重吾は寡黙を貫いた。

 

「心配したんぞぉ、それにボロボロじゃないか。

 ほら、回復するか?」

 

「いや、今はいい。 あまりベタベタくっつくな」

 

「いいじゃないか、私らを散々待たせといたんだから」

 

「…すまん」

 

 香燐がサスケに好意を寄せているのは知っていたので不思議ではないが、サスケがそれほど嫌がるわけでもなくそっけない態度をとるわけでもないことに驚いた。

 びっくりしてサスケを見返したほどだ。

 

「………」

 

「…なんだ」

 

「いや…」

 

 再確認するように二人を見返していると、香燐の姿からある事に改めて気づく。

 そして見返していたことに気づいた香燐が、僕に初めて目を向けてメンチを切ってくる。

 

「あぁん! なんだ手前は!?」

 

「あー、なるほど。 その赤い髪はうずまき一族か」

 

「だったらなんだってんだ!」

 

 威嚇してくる香燐を僕は気にせず、赤い髪はナルトの母のクシナを思い出した。

 そこからサスケの柔らかい態度に納得がいった。

 僕は少し面白くなり自然とニマニマとした笑い顔になる。

 

「なんだその顔は」

 

「いや、そういう事かと思ってね」

 

「はっきり言え」

 

「クシナに頭が上がらないのはそういう事だったか」

 

「!?」

 

 サスケも香燐が傍にいる事から邪推されたと分かり慌てだす。

 

「勘違いするな! 香燐はイタチを探すために必要だっただけだ!」

 

「女性にそういう言い方するとクシナに怒られるよ」

 

「くっ」

 

 否定的な意見に対しクシナの名前を出すと、直ぐにしおらしくなって言葉を詰まらせた。

 こんなに簡単に反論を止めてしまう事に、僕も些か驚く。

 

「本当に頭が上がらないんだな」

 

「うるせえ。 あの人には感謝してるだけだ」

 

 クシナ、サスケへの影響が強すぎ―。

 

「さ、サスケ、クシナって誰なんだ! まさかおまえの彼女か!?」

 

「ちがう、あの人はそんなんじゃない」

 

「クシナはサスケが世話になってたずっと年上の女性だよ。

 そのサスケの様子から、いわゆる初恋って奴だったんじゃないか」

 

「なにーーーー!?」

 

「なっなに寝ぼけた事言ってやがる!」

 

「なんか面白いことになってきたねえ。

 サスケの初恋の話は気になるけど、ところであんた誰」

 

「木の葉の中野ハジメだ」

 

「んげ! 木の葉の巨獣じゃん。 サスケ、なんでこんなのがここにいるわけ?」

 

「いろいろあっただけだ」

 

 木の葉の巨獣とは僕の現在の異名である。

 現身の術で操る巨体で、尾獣とも真正面からやりあえる戦いぶりからその名が定着した。

 一時期は木の葉の尾の無い尾獣とも呼ばれたが、呼ぶには長ったらしかったので廃れていき、また巨人であれば秋山一族がいたのでそのように呼ばれることもなかった。

 

「それでこれからどうするんだい」

 

「木の葉の里に行く」

 

「なんだい、里帰りって奴かい」

 

「そんなんじゃない、こいつの提案に乗っただけだ。

 用を済ませたら出てくる。 お前たちは里の外で待ってればいい」

 

「はいはい」

 

 提案とはイタチの遺体を、木の葉の里にある両親と同じ墓に埋葬しないかというものだ。

 名を墓に刻むことはうちはの真実を隠すうえで出来ないが、せめて遺骨くらいはイタチを両親の元へ帰らせてやりたいと思った。

 サスケはまだイタチの真実を受け止めきれていないが、両親と同じ墓に入れるのを否と言えるほど拒絶しなかった。

 サスケ一行を連れて、木の葉の里へ向かう。

 

 

 

 

 



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第十一話

 

 

 

 

 

 木の葉の里の近くまで来ると、サスケが三人に里の近くで待っているように命じた。

 

「わかった」

 

「また待ちぼうけか。 早くしてくれよ」

 

「サスケ、やっぱりアタシも行っていいか?

 お墓の前でご両親にご挨拶を!」

 

 香燐だけはついてくる気満々のようだ。

 

「悪いが遠慮してくれ。 ただ墓があるだけだ。

 前ほど時間は掛けない」

 

「いや、だけどさあ」

 

「はいはい、香燐は抑えておくから、さっさと行ってきなよ」

 

「水月! テメェ離しやがれ!」

 

 水月が気を利かせて香燐の襟首を掴んで捕らえている。

 

「行くか、サスケ」

 

「ああ」

 

「サスケぇ!」

 

 香燐を押さえながら水月は手を振り、重吾と共に見送っている。

 

「なかなかいい仲間じゃないか」

 

「………そうだな」

 

 半分からかい調子に言ったのだが、しぶしぶでも答えた事に改めてサスケを見返す。

 原作では大蛇丸の元で過ごしたサスケは、前以上に冷徹な雰囲気を纏うようになったはずだったが、ここに居るサスケはそこまで感情を閉ざしている様に思えない。

 少なくとも良い変化と言えるだろう。

 

「…なんだ」

 

「いや、なんでもない」

 

 僕という存在の行動の影響だろうが、第四次忍界大戦というこの世界の物語の決戦も近い。

 サスケのこの変化が、この世界にとって良い方向に向かっているのだと思いたい。

 

 

 

 里の者に見つかりたくないサスケを気遣って、少し遠回りをしながらうちは一族の墓地に向かう。

 

「…話を聞かせろ」

 

「イタチに関する事か?」

 

「ああ。 まだ俺の知らない事があるんだろう」

 

 確かにさっき話した事は、要点を絞ったごく一部に過ぎない。

 事件に関わる情報は、原作に描かれていなかったことすら今の僕は知っている。

 

「全部は長くなりすぎるから、簡潔になるがいいな」

 

「それでいい」

 

 そうだな。 それなら事の始まりから話すか。

 

「そもそもうちはがクーデターを起こそうとするようになったのは、木の葉の九尾襲撃事件が切っ掛けだ」

 

「なぜ九尾が関わる?」

 

「里で暴れた九尾は写輪眼に操られていたからだ」

 

「!?」

 

 九尾の封印を解いて暴れさせたのはマダラに扮したオビト。

 当時それを見た者は原作では全員死んでいるが、ここではクシナが生き残っている。

 その証言から襲撃犯がうちは一族であることは明白となった。

 里にいるうちはの忍が犯人ではないが、それを証明するすべは無く木の葉上層部に疑いの目が向けられた。

 その結果うちはの信用は下がり、それを不当に思った一族の者達がクーデター計画を企てたのが事件の発端だ。

 

「…九尾を暴れさせた犯人はどうなった?」

 

「未だ捕まっていない。 …が、イタチのクーデター阻止の時にもそいつは動いている」

 

「なんだと。 どういう事だ?」

 

「ところでサスケ。 イタチに勝ったお前はイタチに準ずる強さを持っていると言える」

 

「話を逸らすな。 …俺はイタチに勝っただなんて思っていない」

 

 戦いの決着を受け入れていないサスケは、自身の勝利を否定する。

 

「それはどちらでもいい。 では、今のお前が当時のうちは一族全てを皆殺しにしようとするなら、出来ると思うか?」

 

「それは…」

 

 黙り込んだサスケは、その問いの意味に気付いたようだ。

 

「そう、限りなく難しいとしか思えない。 うちは一族がエリートと言われているのは伊達じゃない。

 いくらイタチが天才で万華鏡写輪眼を開眼していたとしても、一族全てを相手取って殺しきるなど不可能だ」

 

「じゃあ…」

 

「他にも共犯者がいた。 そしてその全ての罪をイタチ一人が背負ったに過ぎない」

 

「そいつは誰だ」

 

 冷え切った表情でサスケは聞いてくる。

 

「一方はうちはマダラを名乗る男。 そいつは九尾事件の襲撃犯でもある。

 イタチが事件を起こす前に接触し、協力を取り付けたらしい」

 

「どういう事だ。 そいつはうちはに恨みでもあるのか?」

 

 うちは滅亡の切っ掛けを作り、それに協力したことからサスケがそう考えるのは不思議ではない。

 だが僕が知る限り、オビトがうちは一族に恨みを持つ理由は無い。

 一族を襲撃した際に奪ったと思われる写輪眼が目的の可能性があるが、実際には僕もよくわからない。

 うろ覚えの漫画のコマに、大量に保管された写輪眼を管理するオビトの姿があったが、あれは何の意味があったんだろう?

 

「そこまでは僕も分からない。 それを調べるためにもイタチは暁に所属していた」

 

「なに? じゃあイタチが暁に所属していたのは…」

 

「そいつを追う為の任務だ」

 

「なぜイタチはそこまで木の葉の為に尽くす!?」

 

 激情に駆られたサスケは憤りを隠すことなく問いかけてくる。

 一族を切り捨てられ汚名を着せられながらも、木の葉の為に尽くそうとしたイタチの考えが解らないのだ。

 

「…それは今のお前にはわからないだろう。 僕もその理由をうまく答えることは出来ない」

 

「どういう意味だ」

 

「戦う理由というものは人それぞれだ。 その理由を他人が真に理解する事は出来ない。

 ただイタチにはどんなに傷付こうともやり通す信念があった。 それに僕は敬意を持っている」

 

「………」

 

 納得がいかないといった様子のサスケだが、イタチの心の内は僕にも本当に分からない。

 だがイタチとすれ違い続けてきたサスケは、イタチを知ろうとしなければならない。

 イタチが既に死んでしまっていても、その機会はある。

 

「話を少し戻すぞ。 うちは滅亡の協力者だが、もう一方が本命だ。

 うちはの者達が大勢殺されるような事態が起きていながら、他の里の人間に悟られずに事を成し得たのはどうしてだと思う」

 

「…情報規制をされていた。 そんなことは組織的な人員の動員が必要になる。

 それも木の葉で活動していても、何ら違和感の無い組織が…」

 

「随分冴えてきたな。 冷静に物事を考えることが出来るようになってきた証拠だ」

 

「くそったれ。 こんな事にもずっと気付かなかったとはな!」

 

 腹立たしそうに悪態をつくサスケの怒りの矛先は自分自身。

 少し考えれば思いつく事でも、イタチへの復讐心が思考を鈍らせていた。

 イタチの思惑通りと言えばサスケに責任は無いが、それで納得するはずがないだろう。

 

「それはおそらく志村ダンゾウの傘下の暗部【根】と呼ばれる集団だ。

 そして志村ダンゾウはイタチにうちは一族の全滅を提案した張本人でもある」

 

「そいつが黒幕って訳か」

 

「そうと言っても過言ではない。

 志村ダンゾウは暗部の深い部分、木の葉の闇と言える決して表沙汰に出来ない部分を指揮している立場にある。

 奴の言い分では、全ては木の葉の為の行いだそうだ」

 

「そいつにとってうちはは木の葉の邪魔だったって事か」

 

「どうだろうな。 だがダンゾウのやり方は木の葉の為と言っても悪辣すぎる物ばかりだ。

 全てが白日の下に晒されれば、それだけで木の葉が多くの敵を作ってしまうほどに敵意に満ち溢れている。

 恨みを買い過ぎて奴自身が木の葉の害悪になりかねない存在だ」

 

 原作の知識と木の葉で生きて知った情報を照らし合わせても、ダンゾウの行動は木の葉の敵を生み出す事に助力してばかりだ。

 主人公のナルト側の味方になるばかりが正しいとは言えないが、敵側の行動を助長する結果ばかりで本物のマダラや黒ゼツ以上の黒幕的活躍をしている。

 うちはのクーデターを止めるために皆殺しにするのも、木の葉の為と言えば大きく間違った結果とは言えないのかもしれないが、その全ての罪をイタチに押し付けたのはやはり気に食わない。

 

 もうすぐ退場の時期だが、今のサスケと対決するかは分からない。

 僕自身も奴に鬱憤が溜まっていたので、この手で決着を着けようかとすら考えている。

 

「そいつについて教えろ」

 

 憎しみの感情を表すかのように、サスケの眼が万華鏡写輪眼に変わっている。

 

「次の復讐の対象はダンゾウか?」

 

「………」

 

 憎しみを溢れさせてダンゾウを復讐の対象に定めたのかと尋ねたが、サスケはなぜか水を掛けられたかのようにあふれ出した憎悪が萎ませる。

 てっきり噛みついてくるくらい追及してくると思ったのだが…

 疑問に思った僕は立ち止まり、サスケの方に向き直る。

 

「どうした?」

 

「…そいつへの復讐は間違っていると思うか?」

 

「…いや。 お前からすれば、ダンゾウはうちは一族の仇であることに間違いない。

 イタチも理由があったとはいえ、一族を手に掛けた事も間違いではない。

 サスケの復讐に正当性があったことは認める」

 

「…俺はイタチに復讐を果たした。 それを今更正しいと認められることがこんなに腹立たしいとは思わなかった」

 

「お前は他者に振り回された側の人間だ。 その感情のぶつけ先を求める事は間違いではない」

 

「…ああ、そうだ。 俺はこの溢れ上がる憎悪のぶつけ先を求めていただけだ。

 それをイタチにぶつけるのが絶対に正しいと疑わなかった。 その結末がこれだ。

 イタチを憎んでいながらイタチの言葉を疑わなかった俺自身を心底憎んでいる。

 例えイタチを陥れた奴だと分かっても、それが正しいのかと疑わずにはいられないくらい、俺は今自分が信用出来ない。

 俺は…俺は、この憎悪の矛先を何処にぶつけたらいい!」

 

 サスケは悩んでいたのか。

 イタチを手に掛け、その真実を知り、間違いだったと認め、本当はどうすればよかったのかと悩んでいたのか。

 ダンゾウの存在を話せば次の復讐の対象になるのは明白だったが、サスケは一度立ち止まって考えた。

 それは僕がサスケに考えて決めてほしいと望んでいた事だった。

 

 その憤りは今にも爆発しそうだが、サスケは思い止まりそれが正しいのか考えている。

 いずれサスケは答えを出すのだろうが、それがサスケにとって他の者達にとっていい方向に向くかはわからない。

 ただ、憎悪の感情のままに突き進むはずだった運命よりはずっといい変化だと僕は思う。

 その結果が原作より事態が悪化する事に繋がるかもしれないが、思い悩むサスケを見れたのなら僕の行動は間違いではなかったと思える。

 

 後はサスケが考えて決める事。

 これから僕に出来るのは、サスケの疑問に答えられることに答えるだけだ。

 原作の流れの歪みは大きくなってしまったが、それを僕はもう恐ろしいとは感じなかった。

 

「サスケ。 お前は今、僕が言った様に考えているんだな。

 何が自分にとって正しいのか思い悩んで、イタチの様に決断しようとしてるんだな」

 

「もう子供ではいられない。 そう言ったのはお前だ。

 俺はこの目で真実を見つけ出す。 今度こそだ」

 

 最後までイタチに欺かれたからこそ、サスケは真実を見抜こうとしている訳か。

 現実は何も変わってはいないが、サスケは原作とは違った決断をするように思える。

 サスケが何を決断するのか少しだけ楽しみだ。

 

「わかった、聞きたい事には可能な限り答える。

 だがもうすぐ墓地に着く。 話の続きはまたにしよう」

 

 

 うちはの共同墓地は木の葉の里のはずれにある。

 うちは一族が壊滅し、最後の一人のサスケも里抜けしたことで墓参りに来る者は殆どいなくなったが、墓の管理はちゃんとされていた。

 僕がたまに来て掃除をやっていたわけだが。

 

「お前が掃除をしていたのか? なんで…」

 

「イタチの事もあったが、お前の後見人になったのは僕だぞ。

 子供のお前に出来そうもない、事件で亡くなったうちは一族の葬儀やら墓への埋葬やらをやったのは誰だと思っている。

 墓の管理もうちは一族の残した資産管理の一つだ」

 

「…すまん」

 

「だったら早く資産管理を引き継いでくれ。

 全てお前が引き継ぐべき物だ」

 

 墓の前に立ったことでいったん落ち着きを取り戻したサスケは、一族の遺産がどうなっているのかすら覚えてなかったらしい。

 イタチへの義理でもあったが、受け継ぐべき人間がこうでは僕の苦労が浮かばれない。

 うちはの遺産を狙ったダンゾウから守るのにだいぶ苦労したんだぞ。

 

「…俺に木の葉に戻れって事か」

 

「受け継ぐにはそういう事になるだろうな。

 別に今じゃなくていい。 お前自身に何かしらの決着を着けてからどうするか決めてくれればいい。

 必要なものだけ回収して、あとは処分するのもお前の自由だ」

 

「…助かる」

 

 多少は成長したとはいえ、今の状況で遺産管理なんか言ってられないからな。

 

「頭の片隅にでも入れておいてくれればいい。

 本命はこの墓にイタチの遺骨を納める事だからな」

 

 目の前の墓にはイタチとサスケの両親である、うちはフガクとミコトの名が刻まれている。

 ここにイタチの名を連ねる事は出来ないが、同じ墓に入れてやることが望ましいだろう。

 

 僕は口寄せの巻物を取り出して、保管していたイタチの遺体を口寄せする。

 

「…おい、イタチの眼をどうした」

 

 イタチの遺体に目がない事に気づいたサスケが、底冷えするような声で僕に問う。

 

「僕が保管している。 死んだ後に自分の万華鏡写輪眼をサスケに移植してほしいというイタチの遺言だ」

 

「そんなものはいらない」

 

「まあ、お前には気に食わない置き土産だろうからな。

 だが遺言は遺言だ。 お前の意思は尊重するが、イタチの遺言も無為には出来ない。

 お前が受け入れるまでは保管しておく」

 

「チッ…」

 

 不服そうにサスケはそっぽを向く。

 これも今後どうなるか分からないが、サスケはいずれイタチの眼を受け継ぐと思う。

 落ち着けばサスケもイタチの残したものを無為に出来ないだろうからだ。

 

「ここで火葬してイタチの遺骨を納めようと思うが、少し提案がある。

 サスケ、穢土転生の術を知っているか」

 

「ああ。 大蛇丸が研究していた術だからな」

 

「あの術は死者を疑似的に蘇らせて戦力として運用する術だが、その真価は死者を呼び出せることにあると思っている。

 生前強かった忍を戦力に出来るのは凄まじいが、そもそも死者と対話出来るだけでもその術の価値は十分にある」

 

「まさかイタチを穢土転生で呼び出す気か。

 あの術は人一人の生贄が必要だぞ」

 

「確かにそれが禁術たる所以だが、その代償は生者の器と運用の為の命という燃料を必要としているからだ。

 死者の魂を口寄せする。 その部分だけなら対価は術者のチャクラだけで賄える」

 

 穢土転生の術は後の忍界大戦で多用されることから、対策も兼ねて研究をしていた。

 研究結果は精々解術が容易になったくらいで、再び口寄せされたら意味がない事から、対策はやはり封印するくらいしか見つからなかった。

 しかし穢土転生の術を解体して、死者を呼び寄せるだけの下位互換の術を作ることが出来た。

 まんまシャーマンキングの口寄せの術そのものだが…

 ちなみに口寄せという言葉も、本来は死者を呼び寄せる事を言う。

 

 僕は新たに別の巻物を開いてチャクラを流し込むと、そこに描かれていた文様が動き出して地面に広がり専用の結界を作り出す。

 

「これは口寄せする死者を現世に留めておくための結界だ。

 代償を削った事で結界の中でなければ存在できないが、話をするだけなら何も問題は無い」

 

「まさか本当に…」

 

口寄せ・夢幻転生の術!

 

 イタチの遺体に触れて、そのDNAを呼び水にイタチの魂を口寄せする。 その点は穢土転生と変わらない。

 僕の体からチャクラが抜け出し、イタチの遺体の上に人の輪郭を作っていく。

 燃えるように波打つチャクラが形を定めると、そこには下にある遺体と同じイタチの姿となっていた。

 閉じていた眼が開かれると、僕とサスケの姿を見て驚き目を大きく見開いた。

 

『これはどういうことだ。 ハジメさん、貴方は俺を生かしたのか』

 

「いや、今のお前は確かに死んでるよ。 真下にあるのがお前の遺体だ」

 

『………どうやらその様だ。 まさか自分の死体を見る事になるとは思わなかった』

 

「穢土転生を簡略化した術で、お前の魂を呼び出させてもらった。

 この結界より外に出る事は出来ないが、チャクラが尽きるまではじっくり話が出来るだろう」

 

『………』

 

 イタチはサスケを見て、今更ながらに申し訳なさそうな顔をする。

 何せ少し前に殺し合ったばかりなのだから。

 

「サスケにはお前の事情はおおよそ話してある」

 

『そうですか…』

 

「答えろ、イタチ。 こいつの言ったことは本当なのか」

 

『…ああ、そうだ』

 

「ッ!!」

 

 イタチ本人からも真相を肯定されて、サスケは改めて衝撃を受けたように顔をしかめる。

 

「僕からもお前にはいろいろ言ってやりたいが、この意趣返しだけで十分だ。

 後はお前たちでちゃんと話し合って決着を着けろ。 今度は殺し合うんじゃ無くてな」

 

 そういって僕は立ち上がり、結界の中から出ていく。

 夢幻転生の術で呼び出した死者の存在を安定させるための結界なので、その出入りは自由だ。

 

「お、おい…」

 

「サスケ、僕は席を外す。 夢幻転生は何もしなければ半日くらいは持つ。

 ただしイタチの今の体は影分身のような物だから、脆いから暴れるんじゃないぞ」

 

『ハジメさん…』

 

「礼も文句も受け付けんぞ、イタチ。

 貧乏くじを引き続けたとはいえ、好きなようにやってきたのもお前だ。

 最後…いや、終わった後くらい思い通りにならない事に苦心しろ」

 

『…ありがとうございます』

 

「礼はいらんと言っただろう。

 僕は墓地の外で待ってる。

 聞きたい事を聞いておけ。 これで最後だ」

 

「…ああ」

 

 第四次忍界大戦で呼び出されるかもしれないが、そう何度も呼び出されるはずがないからそう言っておく。

 ここでイタチと再会させるのは完全な物語の乖離だが、既にいろいろ変わってしまっている。

 あとはどうとでもなるだろう。

 

 僕は二人に背を向けて、話が終わるまで墓地の外で待つことにした。

 

 

 

 術の効果時間の半日と経たず、サスケは墓地の外に出てきた。

 思っていたより早く外に出てきたが満足に話が出来たらしく、サスケは何処か憑き物の落ちたすっきりした表情をしていた。

 

「ちゃんと話が出来たようだな」

 

「まあな」

 

 声からも憂いの無さを感じられた。

 

「イタチは消えて、遺体は俺が焼いておいた」

 

「そういえば遺体を墓に入れてやるのが目的だったな。

 そっちの事をすっかり忘れていた」

 

「…ったく」

 

 悪態はつくがそれすらも気にならないといった様に、どこか上機嫌なところをサスケは見せる。

 

「それで、お前はこれからどうする?

 何か答えは出たか?」

 

「…いや。 まだ何も俺は答えを出しちゃいない

 だがお前の言うように、自分で考えなきゃいけないと思っただけだ」

 

「そうか。 僕のお節介もこれくらいが限度だろうからな。

 後は本当にお前の好きにするといい。

 ただクシナには顔を出しに行けよ。 行ってくれんと僕が八つ当たりされる」

 

「…その内な」

 

 期待の出来ない返事だが、否定的な返事じゃないだけマシだ。

 僕だけサスケに会ったと知られれば、何を言われるかと恐ろしくなる。

 この世界の女性は…この世界とは限らないんだろうが逞しいからな。

 

 

――ドオォオオオンンンン!!――

 

 

「「!?」」

 

 イタチとサスケに関する事は一区切りついたと思った時に、里の方から大きな爆音が聞こえた。

 

「なんだ、今の衝撃は?」

 

「里の方からだが…!」

 

 今の巨大な音の正体に僕は心当たりがあった。 もしかしてペインの襲撃ではないかと。

 

「里で何かあったらしい。 僕は直ぐ向かうがお前はどうする」

 

「………」

 

 サスケは直ぐに答えが出ないらしく、肯定も否定もしない。

 行かないと直ぐに答えないのは気になってる証拠だが、今里帰りする気にはなれないのだろう。

 

「わかった、里の事は気にしなくていい。 お前はまずは待ってるだろう仲間のところに行け。

 向こうも気になってるだろうからな」

 

「…ああ」

 

「いずれ決心がついたらちゃんと里に来ればいい。

 じゃあな」

 

 急がねばならないと思い、僕はサスケの返事も聞かずに里に向かって駆けだした。

 

 あの巨大な音はペインの術、神羅天征の可能性が高い。

 そうだとすれば里は…

 

「!! やっぱりか…」

 

 里を見渡せるところまでたどり着いた僕は、予想通りの光景に目を見張る。

 里は巨大な隕石でも衝突したかのように、中心部に巨大なクレーターが出来ており、里の半分以上が吹き飛んでいた。

 知っていた光景とはいえ、長年暮らした里が吹き飛ばされている光景に憤りを感じている。

 だがまずやらねばならない事は解っている。

 

「まずは里全体の被害者の救助と綱手様に合流しないと!」

 

 大よその流れが変わっていないなら綱手様が動いているはず。

 影分身を大量に出してけが人の救助に向かわせ、僕自身は綱手様に合流する為に火影の屋敷に向かった。

 

 

 

 

 

 そこから大して原作の流れと変わる事は無かった。

 僕が救援に向かった時にはナルトとペインの戦いが始まっており、僕は様子を見ながら綱手様の治療に専念する事となった。

 綱手様は里の皆を守る為に、口寄せ動物・大蛞蝓のカツユを通じて治療と保護を行なっていた。

 里全体の民を守った結果、綱手様はチャクラの大量消費によって昏睡状態に陥った。

 僕が即座に処置を施したので命に別状はないが、しばらく起きられないことが予想された。

 

 チャクラが枯渇したことで若さを維持している術がきれて綱手様の年相応の姿を見る事になったのだが、ここではノーコメントとしておく。

 目覚めた時に、その姿を見られたことを綱手様に知られる事になるだろうから、余計な事は言えない。

 ただ後日、素敵なおばあちゃんでしたよと答えたら、即座に殴られたとだけ言っておく。

 

 僕本体は綱手様の治療に専念して、影分身は救助とナルトの援護をしていた。

 その影響で乱入したヒナタや蝦蟇のフカサクが死ななかったので、ナルトが九尾を暴走させなかったり、苦戦するもそのままペイン六道を全員倒した事で、ペイン本体の元に向かう際にフカサクとシマが同行する事となった。

 ナルトは一人で行きたいと難色を示したが、二人の意図も分かるので僕も同行するように進言した。

 

 二人が同行する理由は、自来也を逆口寄せしてペインに会わせる為だろう。

 僕がペインと戦う前の自来也に、逃走手段として逆口寄せをアドバイスしておいたことで生き残ったのだ。

 最も逆口寄せで逃げ出せたときには致命傷の上に心肺停止状態だったので、事前に僕も契約しておいたフカサク達に呼び出された時には蘇生出来るかどうかは医療忍術だけでは五分五分だったと言っておく。

 ちなみに呼び出されたのは、サスケの治療が終わってちょうど手が空いた時だった。

 

 致命傷の状態から生還したのでまだ安静にしていなければいけないのだが、己の弟子であるペインこと長門と最後に話がしたかったのだろう。

 仙術の修行をしていたナルトにも生きている事は秘密にしていたようだし、対話の場で生きていたと驚かすつもりだろう。

 

 ナルト達が長門の元に向かって少し経つと、戦いで死んだ里の者達が生き返り始めた。

 長門が輪廻眼の輪廻転生の術を原作通り使ったらしい。

 僕もこの世界の術ではないとはいえ蘇生術を使えるが、自身の命を代償にするとはいえこれだけの数の人間を一度に生き返らせるのは、やはり規格外の瞳術だ。

 忍界大戦が始まれば再び相対する事になるので今の内に処理できればと思ってしまうが、それをやったら今後本当にどうなるかまるで予想が出来なくなるので流石に手は出せない。

 

 まずは決着を着け戻ってくるナルトの出迎えと、里の復興を倒れた綱手様に代わって考えておかなければいけない。

 伊達の火影補佐ではないからな。

 

 

 

 

 

 里にはナルトだけが戻ってきて、自来也はカエル達の住む妙木山で静養すると戻っていった。

 自身が死んでる事になっているのが有利になるかもしれないので、綱手様にも隠しておいてくれとナルトを通じて伝えてきた。

 綱手様も今は倒れているが、あとで再会した時に殴られて今度こそ死ぬかもしれない。

 が、そこは僕が気にしても仕方ないだろう。

 倒れた綱手様に代わって僕が一時的に火影の代理を務めて、里の復興やら今後についていろいろ指示出しをする事になった。

 

 木の葉の里の壊滅と火影不在は大きな問題となり、火の国の大名も心配して里までやってきた。

 そこで行われた会議で志村ダンゾウが六代目火影に名乗りを挙げた。

 

「火影候補でしたら、もっと若いハジメさんがいるじゃありませんか。

 御歳を召されているダンゾウ様より相応しいのでは?」

 

 ダンゾウが火影になる事を望まない、会議に参加していたカカシが僕を推薦する。

 

「中野は常に火影になる事を拒んでいたであろう。

 よもや、今頃になって火影に名乗りを挙げるか?」

 

「いえ。 僕の信条は変わりませんよ。

 これまで通り火影になるつもりはありません」

 

「ハジメさん…」

 

 カカシは困った様子で僕を見るが、心配する事は無いと意味を込めて強く見返す。

 僕もダンゾウが火影になる事は望んでいないのだから。

 

「ですが五代目綱手様は意識不明とはいえまだ健在です。

 それなのに次の火影を選出するなど早計では?」

 

「なにを悠長な事を言っておる!

 木の葉の一大事に火影不在などあってはならん。

 早急に対処すべき案件だ!」

 

 火影に成る事を強行する姿勢のダンゾウに、否定要素の無い会議の参加者たちは口を噤む。

 

「まあ、落ち着きなされダンゾウ殿。 だがダンゾウ殿の考えも一理ある。

 それに五影会議の開催が決まったと他里からの連絡があったのであろう。

 であれば、火影の存在は必要不可欠。 ここは暫定でダンゾウ殿に六代目を任せてみてはどうか?」

 

『………』

 

 木の葉の大名の提案に誰も代案を挙げる事が出来ず、暫定でダンゾウが六代目として五影会議に参加する事となった。

 余計な口出しはせず原作通りの結果となったが、この後予定ではダンゾウは木の葉に帰り着くことなくサスケに殺される事になる。

 サスケの在り方はだいぶ原作から乖離しているから手に掛けるかどうかわからない。

 

 だが、ダンゾウの存在は今後は百害あって一利無しと僕も考えている。

 どちらにせよ、これを機にダンゾウには予定通り退場してもらうつもりだった。

 

 

 

 

 

 




 サスケが暁に行かなかったことでキラービーとの戦いが無くなる。
 代わりに鬼鮫さんが一人で八尾捕獲に向かう事になったんじゃないかな?


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第十二話

 

 

 

 

 

 ダンゾウが間もなく五影会議に出発する頃に、僕は綱手様の病室に来ていた。

 

「というわけで、ダンゾウが暫定六代目となりました」

 

「私を病室に押し込めておいて何をやっているのかと思えば、ダンゾウが火影とは大丈夫なのか?」

 

 昏睡状態だった綱手様は既に目を覚ましていたが、医療忍者としての権限で未だ昏睡状態という事で押し通させてもらっていた。

 原作よりも僕の処置が効果を成したことですぐに目を覚ましたが、ダンゾウを予定通り暫定六代目として五影会議に向かわせるために、綱手様には目が覚めていないという事にさせてもらった。

 

「上忍達の信任決議もやる暇がないので、まだ暫定です。

 恐らく五影会議に参加する事で外堀を埋める形で、火影の座に収まろうとしてるんじゃないんですかね」

 

「ダンゾウが今更火影に成ろうと考えるのも理解出来んが、奴を泳がせてお前は一体何をする気だ」

 

「………いい加減、あの人には退場してもらおうと思いましてね」

 

「ッ!?」

 

 綱手様はとても驚いた様子で目を見開く。

 

「…お前がそのような事を言うとは思わなかったが、本気か?」

 

「僕にも堪忍袋というものがありますからね。 そろそろ限界だったんですよ。

 正直あの人の行いは、木の葉の為とはいえ見るに堪えません。

 イタチの件もそうですが、木の葉の為とはいえダンゾウは敵を作り過ぎている。

 その上、あの年ですからね。 綱手様の言う通り、今更火影として脚光を浴びるべき人間ではありません」

 

 忍として戦場に幾度も出ているが、僕自身荒事を好む性格ではないので、ダンゾウを処断するといったことに綱手様が驚くのも無理はない。

 原作の予定通りではあるが、それ以上にダンゾウの事で長年ヤキモキしてきたのは本当の事だ。

 

 イタチの事件の時には、僕がうちはを壊滅させるついでにダンゾウも一緒に殺そうかと考えてもいた。

 結局原作通りにイタチが事を成したが、その時からダンゾウにはいずれ借りを返してやりたいと思っていた。

 僕がここまで本気で殺意を抱いた相手はそうはいない。

 

「そこまでは言ってないが…。 どう始末する気だ」

 

「火影に成る事がどこまで本気か分かりませんが、最近はいろいろボロを出してきています。

 そこを突けば芋づる式に罪を洗い出して処断することが出来ます」

 

 先の会議で大名は妙にダンゾウを擁護する姿勢を見せていた。

 恐らくうちはシスイの写輪眼による幻術を使ったのだろうが、外から見ていくら不自然さが無くても、術を掛けられていると分かった上で調べればその痕跡は発見できる。

 そうすればダンゾウの正当性は後からでも容易に崩せる。

 

「………どうやら本気のようだな。

 お前がそこまで言うのなら、きっちり始末をつけろよ」

 

「ありがとうございます」

 

 綱手様の許可が出た事で正式にダンゾウを始末する算段がついた。

 

「それでは事が済むまで綱手様はこのまま静養を続けてください。

 シズネにだけは綱手様の事を伝えておきますので」

 

「里の大事な時に寝ている訳にはいかないのだが…」

 

「少し前まで危険な状態だったのは間違いないんですから、本当に静養していてくださいよ」

 

「…仕方あるまい」

 

 

 

 綱手様を付き人のシズネに任せ、僕は身を隠しながら五影会談に向かうダンゾウの後を追った。

 極力原作通りの流れにするのなら、五影会談でダンゾウが逃げ出した時に仕留めるべきだ。

 右手に隠し持つ柱間細胞とそこに埋め込まれた写輪眼による【イザナギ】は脅威だが、種が解っていれば僕の力なら持久戦で時間切れを狙える。

 

 ダンゾウの存在を気と仙術の感知で把握しながら、こちらの存在が気取られない距離で追跡する。

 その途中で予想していなかったが、ある意味予定通りの者達に遭遇する。

 

「こんなところで何をやっているんだ、サスケ」

 

「あんたこそ」

 

 サスケとそれに率いられた鷹のメンバーだった。

 先日別れた後、サスケはダンゾウの調査を始め、暫定六代目として五影会談に参加する事を知って後を追っていたらしい。

 香燐が感知タイプの忍らしく、遠距離からの追跡を行なっていて、同じく追っていた僕と接触したというわけだ。

 

 彼らは現在背後関係の無いフリーな立場にあり、因縁のあるサスケであれば向こうに与する事もないだろうと、僕がダンゾウを始末する為に動いている事を教えた。

 

「木の葉は平和な里だって聞いてたけど、やっぱり黒い所もあるんだねえ」

 

「お前たちの出先の大蛇丸も木の葉出身だぞ。 他里よりは温厚なところが多いが黒い所が無いわけじゃない」

 

 物語的に考えれば、木の葉が騒動の中心と言える。

 ナルトの迫害しかり、黒い所はそこら中にある。

 光が強い分、影もまた濃いって事だろうか。

 

「そういやそうだったね。 サスケの事情も聞いちゃったし、案外木の葉は怖い所なのかね」

 

「水月、安易にその話を口にするな」

 

「わかってるよ」

 

 サスケはうちはの事情を仲間に説明したらしい。

 口止めはしてるようだが仲間として同行している以上、自身の事情を話す筋を通したといったところか。

 本来のサスケであれば話していなかっただろうな。

 

「それでサスケ。 ダンゾウは近いうちに僕が処理する。

 お前はどうしたいんだ。 うちはの仇として復讐したいのか?」

 

「…殺してやりたい気持ちが無いわけじゃない。 だがその前に聞いておきたい事がある。

 なぜうちはを滅ぼしたのか?

 理由は分かっているが、奴自身の口からそれを聞かなければならない。

 奴をどうしたいかは、それを聞いてから決めるつもりだ」

 

「そうか…。 だが奴の口からは胸糞悪くなるか腸が煮えくり返る様な答えしか聞けないだろう。

 ダンゾウはそういう人間だ」

 

「それでも、イタチに一族を殺させたのか聞かなければならない。

 俺自身が答えを出す為に…」

 

 以前のサスケであればこの話をすれば憎悪をにじみ出させていたが、イタチと会話を果たしたことで穏やかさを保っている。

 おそらく今のサスケなら、ダンゾウを前にしても冷静な判断を下せるだろう。

 

「それなら僕もこれ以上言う事は無い」

 

「ならダンゾウについて、お前の知っている事を教えろ。

 前は話が途中で終わったからな」

 

「わかった」

 

 僕はダンゾウについてわかっている事を、噂程度の事も含めてサスケに教えた。

 いくつもの悪辣な策謀が過去に行われてきたことを伝えて、サスケだけでなく水月や香燐も眉を顰める。

 

「僕等も真っ当な訳じゃないけど。 ろくでもないね、その爺さん」

 

「胸糞わりぃ。 そんな奴のせいでサスケは…」

 

「俺はどうでもいい。 だが噂以上の奴のようだな」

 

「これでも僕が知っている限りだ。 その業の深さは悪名高い大蛇丸をも超えているかもしれん」

 

「そこまでかぁ…」

 

 大蛇丸の行いは外道だが、それでも私利私欲という自身の範疇だけに収まっている。

 だがダンゾウは木の葉の為という大義の元に組織的に動いており、影響力を考えればワンマンだった大蛇丸以上の闇を抱えているともいえる。

 実際にはどちらがどうと比べても仕方がないが、ダンゾウの方が年季がある分罪深いかもしれない。

 

「近年のダンゾウの行いは目に余る。

 故に処断する事に迷いは一切無いが、奴の在り方については一定の敬意がない事もない」

 

「どういう意味だ? 随分と毛嫌いをしていた様子だったが」

 

「ダンゾウの役割はいわば汚れ仕事だ。

 正しいだけでは対処出来ない事に、秘密裏に処理する役割は必要だ。

 サスケもそれは解るだろう」

 

「………」

 

「それはイタチが罪を背負って、うちはのクーデターを止めて木の葉を守った事と同じことだ。

 決して日の目を見ることなく、名誉も得られず汚名と嫌悪で見られる役割と言える。

 ダンゾウはそれを自らの意志で担い、三代目火影の時代から長年勤めてきた。

 そこに対しては木の葉の者として、先人に対する敬意がある。

 恐らく日の目を見ることなかった数々の功績があるのだろうからな」

 

 そうでなければダンゾウは木の葉に長年巣食ってきただけの害虫でしかないからな。

 相応の功績はあってしかるべきだ。

 

「随分と評価が裏返ったな」

 

「いいや、何も変わっていない。

 そんな人間だからこそ、今更木の葉の顔である火影に名乗りを挙げるなど、年老いて耄碌したとしか思えん。

 日陰道を進むと決めたはずなのに今更脚光を浴びようなんて、敬意があるからこそ失望したとしか言えない。

 お前に例えれば、イタチが一族を殺して悪かったなとお前に謝るようなものだ。

 あいつが言うはずないが、それは腹立たしいだろう」

 

「確かにそれはいろいろ台無しだ」

 

 イメージの中でイタチがサスケとの戦いのときに、手を合わせてスマンと謝る姿は只のコメディだ。

 失笑物だが実際にやられれば怒りが沸くだろう。

 

「イタチは身内を殺してでも木の葉を守る道を選んだ。

 だがイタチは木の葉を守る事を免罪符として、うちはを滅ぼしたことに罪の意識を持たなかった訳じゃない

 イタチは多くの苦悩をして、サスケに殺される事で少しでも罪滅ぼしをしようとしたんじゃないかと思っている」

 

「…かもな」

 

 イタチと話をしたサスケにもそんな思いを感じ取っていたらしい。

 

「罪は罪だ。 僕は彼らの様に率先して罪を犯して何かを成そうとしてきた事は無いが、どんなに正しい事の為、木の葉の為だと言おうと、それを免罪符として正当化しちゃいけないと思っている。

 長年里の闇として過ちを犯して木の葉を守ってきたダンゾウは、罪の意識というものを無くしてしまったんだろうな。

 イタチですら数年で多くの苦悩を抱えてはやく楽になりたいと考えてたんじゃないかと思えば、長年その世界で生きてきたダンゾウが真っ当な感性を失っていても仕方が無いのかもしれないがな」

 

「イタチがなったかもしれない成れの果てという事か」

 

「わからん、これは僕の勝手な妄想だ。 

 ダンゾウが何を思って今の道を選んだのか、知る者は長い付き合いのある相談役くらいだろう。

 だが、今のダンゾウが暴走しているのは間違いない。

 決定的な何かをやらかしたら、それを切っ掛けに処断する。

 お前に話が出来る時間を作ってやるつもりだが、暇がなければ諦めてもらう事になる」

 

 サスケもいろいろ変わってきているし、原作通りオビトが会談に現れるとも限らない。

 最悪でもダンゾウの排除だけは成功させておきたい。

 排除出来なければ不和を生むダンゾウの存在で、忍連合も出来ず五里の同盟も成り立たなくなるかもしれない。

 

「…わかった」

 

 サスケは何か考え込みながらも了承した。

 ダンゾウと話す機会があっても、いい傾向にあるサスケが再び悪い方向に向かわなければいいのだが…

 

 

 

 見つからないように追跡して、五影会談が行われる鉄の国に入った。

 五影会談が始まるまで、僕らは遠くから会談が行われている建物の様子を窺っていた。

 

「これからどうする気だ。 会談の後に木の葉に戻るところで仕掛ける気か?」

 

「いや待て、今会議の様子を窺っている」

 

「わかるのか?」

 

「僕固有の術でな」

 

 会談の場所はここから数キロ離れているが、僕は忍術ではなく超能力の透視を使って五影達の会談の様子を見ていた。

 僕の透視は超能力を過度に鍛えた事で、千里眼のような遠視も出来るようになっている。

 白眼のような能力になっているが、流石に何を喋っているかまではわからないので、動きで会議の雰囲気を読み取りチャンスを待つ。

 

 原作通りなら、ダンゾウは司会役のミフネに幻術を掛けて操り、それが発覚して追いつめられる事態に陥る。

 そこへ僕が現れば他の影の前でその罪を白日の下に晒し、責任を取らせる形で処断できるのだが…

 

 そういえば、会談にはマダラを名乗るオビトも現れるんだった。

 そこでふとサスケの存在を確認する。

 

「…どうした」

 

「…ちょっといい方法を思いついた。

 うまくいけば復讐とまではいかないが、サスケがうちは一族としてダンゾウを弾劾する事が出来るかもしれないぞ」

 

「俺がか?」

 

「ああ、その権利はお前には十分にあるだろう。

 だがそれにはイタチの汚名を蒸し返す事になるが、どうだ?」

 

「まずは聞かせろ。 どうするかはそれからだ」

 

 

 

 サスケは僕の策を多少悩みながら承諾し、僕らは正面から会談を行なっている建物に足を運んでいた。

 他の三人には隠れて待っていてもらい、水月には『僕ら待たされてばっかだね』と愚痴を貰った。

 透視で様子を見た限り、どうやら会議に動きがあったようで足を速める。

 

「止まれ、この場に何用だ」

 

 警備をしていた鉄の国の鎧姿の侍が僕らを呼び止めた。

 

「木の葉の火影補佐、中野ハジメだ。 火影代理で会談に来た志村ダンゾウを追ってきた。

 ダンゾウは既に会談の場にいるのか?」

 

「はい、五影会談は既に中で行なわれています」

 

「遅かったか。 …ダンゾウに火影代理として相応しくない重大な疑惑が浮上した。

 真偽を確かめ、場合によっては捕縛も余儀無しと追いかけてきた。

 ダンゾウの元まで案内してほしい」

 

「しかし、今は会談の最中ですので…」

 

「ダンゾウは火影の代理を務める資格に疑惑があるのだ。

 資格の無い者をこのまま会談に参加させ続ける訳にはいかないだろう。

 木の葉の恥であるが火急の事態だ。 案内してくれ」

 

「しょ、承知しました」

 

 その侍の案内で会談が行われている部屋に早足で向かう。

 サスケも何も言わず僕の後についてくる。

 会議室にたどり着いて中に入ると、ダンゾウは五影全員から鋭い視線を向けられており、護衛のフーとトルネが守りを固めていた。

 

 ここに着くまでの時間を調整していたが、絶好のタイミングだ。

 

「なんじゃ?」

 

「会談中失礼します。 木の葉の方をお連れしました」

 

「お前は木の葉の巨獣か!」

 

「中野ハジメです。 出来れば異名ではなく名前で呼んでほしいですが」

 

 雷影が僕が誰なのかに気付いて異名で呼ぶ。

 異名が着くというのは僕も男なのでそれなりに嬉しいのだが、実際に呼ばれるとこそばゆく恥ずかしい。

 

「随分と物々しい雰囲気ですが、何かありましたか?」

 

「どうしたもこうしたもないわ! 貴様ら木の葉の火影が幻術を使って進行役を操ったのだ!」

 

「ああ、やっぱりですか」

 

 ちょうどいいタイミングに来れた事に、僕は演技も兼ねながら納得いったといった感じにほくそ笑む。

 

「どういう事じゃ。 木の葉の巨獣はそいつを助けに来たのかと思うたが、その様子では違うようじゃな」

 

 土影が僕に訊ねてくる。

 

「そこの志村ダンゾウを追ってきたんですよ。 暫定火影である事にいろいろ疑惑が浮上したので確認する為に来ました」

 

「中野、貴様何のつもりだ?」

 

「ご自身の行いからお考え下さい。

 すみませんがここで何があったか、もう少し詳しくお聞かせください」

 

 話を聞くと原作通り、ダンゾウが進行役のミフネを操って、忍連合の総大将の座に着こうとしたらしい。

 火影に成ったばかりな上暫定の文字も取れていないのに、そんな大役を任されようなんて無理がありすぎると思うのだが、急いで地位を得たい理由でもあって焦っているのかと思える。

 しかしダンゾウの策謀は水影の護衛である青が目に移植していた白眼で見抜かれて、糾弾しているところだったというわけだ。

 

「なるほど、ここでも同じ事をやらかしたわけですか」

 

「同じ事とは?」

 

「暫定とはいえ火影を選出する会議で、大名が幻術に操られた形跡があったんですよ。

 それで疑惑のあるダンゾウを追ってきたわけですが、それが明確になりましたね」

 

「中野、貴様…」

 

 僕の思惑に乗せられていると悟ったダンゾウが睨むが、他の影がいる状況では戦う事も逃げる事もうかつには出来ない。

 

「それに火影として相応しいかという疑惑はこれだけじゃありません。

 彼が貴方についていろいろ情報を持ってきてくれました」

 

「お前は、うちはサスケか」

 

 ここでサスケの存在が光り、五影達も視線が集まる。

 サスケには今は余計な事は喋らないように言ってるので黙っており、ダンゾウをじっと見つめている。

 

「サスケは先日うちは一族を壊滅させたうちはイタチを討ち取りました。

 その際にイタチから一族を滅ぼした際に、ダンゾウが協力したと証言を得たそうです」

 

「出鱈目だ。 犯罪者の証言など何の根拠もない」

 

 イタチに一族を殺すように命じておきながらよく言う。

 サスケも腹立たしかったのか、歯を軋ませる音が僅かに聞こえた。

 

「ではその写輪眼はどうやって手に入れたのか説明頂きたい」

 

「………」

 

 ダンゾウの右目に埋め込まれた写輪眼はうちはシスイの物と青が明言している。

 力ずくで奪い取ったものだなどと答える事は出来まい。

 

「それだけではありません。 そいつの右腕にはいくつもの写輪眼が埋め込まれているのが見えます」

 

「本当なの、青?」

 

「はい、間違いありません」

 

 青が白眼で右腕の中身も見抜いたことで、写輪眼をどこから奪ってきたという疑惑が浮上し、うちは一族の壊滅に関わったという説は濃厚になる。

 実際に本当の事だし、こちらが隠すべきはうちはがクーデターを起こそうとしてイタチが止めたという真実だけだ。

 例えダンゾウがそれを明らかにしたところで、写輪眼で操ろうとした事実もうちは壊滅に協力して写輪眼をせしめた事実も変わらない。

 

 他の影が目撃してる状況で、うちはを壊滅させた罪を晒した。

 ここまでやれば火影など名乗る事は出来ず、里に戻っても他里の信用を失わない為に処断は免れず、更にサスケにとっては正しく報復を果たしたと言える。

 ダンゾウは原作以上に詰みに追い込まれたと言えるだろう。

 

 ここまでやればダンゾウを排除するという目的はほぼ達成だが、サスケに話をするチャンスを作る事がまだ出来ていない。

 ダンゾウもこのまま大人しくするとは思えないので、原作通りの展開に近づける。

 流れに任せる出たとこ勝負になるが、次の仕掛けに移る。

 

「うちはイタチから聞き出したという情報はそれだけじゃない。

 事件の協力者は他にもいたそうだ。 それはこの会談の発端となった暁とも繋がる」

 

「確かうちはイタチは暁に所属していると聞いた。 里抜けする前から繋がりがあったという事?」

 

「そうと見ていますが、暁のリーダーと言われていたペインは先日木の葉で討ち取っています。

 繋がりがあったのはその暁を裏から手を引いていた存在とです」

 

「そいつは一体何者だ?」

 

 水影と風影の問いに答えてその正体を明らかにしていく。

 

「正体はまだはっきりしていません。 仮面で顔を隠しうちは一族の証である写輪眼を持つ男。

 そいつはうちはマダラと名乗っていました」

 

「マダラじゃと!」

 

 もっとも因縁のある土影がいち早く驚きの声を上げる。

 

「奴は初代火影との戦いで死んだはず! 生きておったのか!?」

 

「だとしてもかなりの高齢の筈では?」

 

「本人とは断言出来ませんが、万華鏡写輪眼を使ううちは一族の者であることは間違いありません。

 僕も先日それらしき人物に遭遇しましたので。

 そうだろう、うちはマダラを名乗る男よ」

 

『!!』

 

 僕が上を見ながらその名を呼ぶと、この場にいた者達も驚いたようにバッと上を見た。

 透視能力と気の感知によって、マダラを名乗るオビトが上に潜んでいることを察知していた。

 存在が明らかにされた事で隠れていた場所から姿を現す。

 

「気づかなかったの、青」

 

「確かにあそこには誰もいなかったはずです」

 

「奴は時空間忍術で移動が出来ます。 誰にも見つからず忍び込むことは容易です」

 

 

――ボンッ!――

 

 

 全員の意識がマダラに向いたときに、煙が広がって全員の視界を覆いつくす。

 ダンゾウがチャンスと見て煙玉を炸裂させたのだ。

 

「サスケ、追え!」

 

「ああ!」

 

 ダンゾウが逃げようとするのは解っていたので、僕は警戒を怠らずに感知能力で動きに対応して、護衛の二人を即座に作り出した現身の術の腕で掴み捕らえた。

 先にこの展開を予想して説明しておいたサスケも対応し、写輪眼でダンゾウを補足し後追わせた。

 後はダンゾウとどうなるかはサスケ次第だが、水月たちとも合流するだろう。

 イザナギについても説明しておいたので、原作よりもかなり有利に戦えるはずだ。

 それでも簡単にはいかないだろうが、負けて死ぬことは無いだろう。

 

 サスケが追いかけて行ってすぐに会議室に風が巻き起こり、視界を遮っていた煙が吹き飛ばされた。

 見れば風影我愛羅の護衛であるテマリが巨大センスを振り切っており、風遁で風を起こしたのだと分かった。

 

「しまった! ダンゾウは何処へ行った!」

 

「あやつめ、逃げおったか!」

 

 僕が護衛の二人をチャクラの腕で押さえつけており、ダンゾウの姿が見えない事に状況を理解した雷影と土影がいきり立つ。

 

「…それが木の葉の巨獣の所以たる現身の術という奴か」

 

「ええ、この手の不定形の物体干渉手段は便利なんですよね。

 風影様も似たような手段をお持ちですからわかりますよね」

 

「俺でも砂を介しての方法だ。 チャクラその物をそのように扱っては、いくらチャクラ量があっても足りんだろう」

 

「ええ、まあ。 何時も僕のチャクラ量に驚かれる方ばかりです」

 

 この術は実際に効率がかなり悪いのだ。 術として安定して効率がある程度改善するまでは僕でもチャクラがたびたび枯渇していた。

 今の効率であれば仮に一般的な上忍が使うのなら、須佐能乎の第一段階くらいの大きさであれば作り出すことが出来るだろう。

 

「フーとトルネだったな。 今はそのまま大人しくしてろ。

 まだ敵がいる」

 

「「………」」

 

「ダンゾウは火影の名誉を傷つける失態を犯した。 言い逃れは出来ない。

 これ以上木の葉に不利益を出させるわけにはいかない。

 木の葉の忍であるならば、それは解るな」

 

「…わかりました」

 

「…はい」

 

 護衛の二人はこれで片付いた。 後は現れたうちはオビトだが…

 

「木の葉の巨獣! 奴がそうか!?」

 

「ええ、うちはマダラを名乗っている暁の黒幕です」

 

「そうか!」

 

 僕の答えを聞いて即座に飛び上がってオビトに殴りかかる。

 雷影様、知ってたけど手を出すのが早すぎ!

 

 だがオビトの神威によって物理攻撃はすり抜けて一切効かない。

 雷影の攻撃は建物の一部を盛大に吹き飛ばすだけに終わった。

 

「なに? これはどういうことだ、巨獣!」

 

「出来れば巨獣って呼ばないでほしいのですが…

 そいつには全ての攻撃がすり抜けてしまうんです」

 

「なんだと!」

 

「そういうわけだ。 分かったら、無駄な攻撃はやめるんだな、雷影」

 

「巨獣、どうすればこいつを殴れる!」

 

 巨獣呼び、やめてくれないなぁ…

 

「…すり抜けている間はこちらからの攻撃は一切効きませんが、向こうも攻撃は出来ません。

 そいつの攻撃の瞬間にカウンターを入れるくらいしか、殴る方法は無いでしょう」

 

「そうか、ならば攻撃してくるがいい!

 殴り返してくれる!」

 

「………」

 

 攻撃しろと言われてするわけがないよな。

 オビトも雷影の強引さについていけなくなっている。

 

「後は罠に嵌めて動きを封じるくらいですね」

 

「どうするのだ?」

 

 風影が罠の手段を聞くが、残念ながらすでに晒した手札だ。

 

「先日罠に嵌めたばかりですので警戒されてます。

 同じ手は食わないでしょう」

 

「そうだ。 あのような手が二度も通用すると思うな」

 

 少し怒気の籠ったオビトの言いように、それなりに罠に嵌められたことに腹を立てているようだ。

 自慢の絶対防御を破られた事が気に障ったらしい。

 

「そもそも俺は戦いに来たわけじゃない」

 

「ならば何用だ!」

 

「宣戦布告だ。 第四次忍界大戦のな」

 

 その後は原作と同じようにオビトは無限月読の存在を開示し、八尾と九尾の引き渡しを要求した。

 当然それは拒否され、宣言通り五里の連合が組まれる事になり、総大将に雷影が収まる事となった。

 そして宣戦布告が終わってオビトが去った後に、ダンゾウの護衛の二人に変化があった。

 山中フーが僕に話しかける

 

「ハジメ殿、お伝えしたい事があります」

 

「なんだ?」

 

「ダンゾウ様が亡くなられました」

 

「何、どういう事じゃ」

 

 話を聞いていた土影が問いかけてくる。

 ダンゾウの部下である彼らには呪印が施されており、ダンゾウに関わる情報を話せないようにされている。

 その呪印が消えた事を感じた二人は、術者であるダンゾウが死んだと分かったのだ。

 

「なるほど、ずいぶんあっけない最期じゃわい」

 

「奴に雲隠れは散々引っかき回されてきたからな。

 出来るならこの手で止めを刺したかった」

 

 土影と雷影はダンゾウを嫌う事を隠す様子もなく、水影と風影も幻術で騙そうとしていたことから何も言わないが快く思っていないようだ。

 

「五代目綱手様も直に復帰するでしょう。

 忍連合軍の詳しい話は、後日改めて話し合わせてください」

 

「まあ、いいだろう」

 

 

 

 後はいなくなったダンゾウに変わって、木の葉に持ち帰らなければならない会議の内容を話し合っていたら、ダンゾウを追っていたサスケが戻ってきた。

 それも逃げだしたダンゾウの首を持ってだ。

 確かダンゾウは死に際に敵を巻き込んで死ぬ自爆のような術を用意していて、原作では遺体は残らなかったはず。

 どのような経緯があってダンゾウの首を持ち帰ったのか尋ねると、サスケとの戦いの死に際に自身の首を持ち帰って自身の犯した罪を木の葉の忍が贖ったと証明せよと自ら差し出したらしい。

 そうだとしたら自爆の術は自ら解除していたのだとしても不思議ではない。

 

「俄かには信じられん。 あ奴が自らの首を差し出すなど」

 

「偽物ではないのか?」

 

 土影と雷影はサスケの証言がとても信じられないようだ。

 僕だってあのダンゾウが潔く自らの首を差し出すとは信じきれない。

 サスケが別天神に目覚めていて、ダンゾウを操ったとか?

 

「本物の様です。 右目の写輪眼も間違いありません」

 

「青が言うならそうなのでしょ」

 

「少なくとも木の葉がダンゾウの先の過ちを贖ったことは認めよう」

 

 風影の我愛羅はサスケの方を見ながらそう言う。

 厳密にはまだサスケは里を抜けたままだが、僕にダンゾウの首を譲ったことで木の葉は責任を果たしたと言える。

 この手で取りたいと憎んだことはあるが、本当に首を貰ってもうれしくは無いがな。

 

「巨獣、次はダンゾウと違ってまともな奴を寄こせよ。

 なんだったら貴様でも構わん」

 

「ははは、綱手様がもう目を覚ましていると思いますので今度は大丈夫ですよ。

 では、次は忍連合軍結成の時に」

 

 そうして波乱の五影会談は解散となった。

 

 

 

 サスケとは木の葉に戻る途中で別れることになるが、仲間たちと再度合流した時にダンゾウがなぜ自らの首を差し出したかおしゃべりな水月の口から語られた。

 

「いやあ、あんたにも聞かせたかったよ。

 まさかサスケがあんな熱くなってダンゾウに語り出すんだからさ」

 

「おい、やめろ水月」

 

「いやいや、ダメだろサスケ。 報告はちゃんとしなきゃ」

 

 驚いたことにダンゾウがあのような行動に出たのは、サスケが話をした影響らしい。

 僕が教えた情報通り、写輪眼を使い潰してイザナギを使ってきたダンゾウに怒りを感じながらサスケは戦った。

 原作と違い仲間との連携で戦ったことでイザナギを容易とは言わないが乗り切り、ダンゾウを追い詰めたらしい。

 そこでサスケはうちは壊滅の真相を改めてダンゾウに問い詰め、僕の話した事とほぼ違わなかったことを確認した後にイタチの忍の在り方について語り出した。

 

 

 汚名を背負って切り捨てられたのだとしても、イタチが木の葉の為に生きた事は納得はしないが理解はしている。

 だが汚名を受けてでも木の葉を守るという道に引きずり込んだお前が、火影を名乗って日の当たる道を歩き、挙句の果てに火影の名を傷つけておきながら生き永らえる為に逃げようとする事は許せない。

 そう非難したサスケに、ダンゾウは言葉を詰まらせ顔を歪めたらしい。

 

 しばしの沈黙の後にダンゾウは口を開き、木の葉のために戦っているのかと尋ねた。

 サスケは否と答え、自分はイタチのようには生きられないと答えた。

 ダンゾウはまた僅かに考えた後に突然胸を貫いて自刃し、息絶える前に自身の首を僕に渡せと言い残したそうだ。

 

 

 ダンゾウが真に何を思いそのような行動に出たのかは分からないが、帰路を共にしているフーとトルネは何かしら納得した表情をしていた。

 僕としてはサスケの行動もダンゾウの行動も驚きでしかないが、結果的には原作とそう変わらないものとなっている。

 やっぱり何かしらの修正力が働いているのかと思ったくらいだ。

 

 サスケにも心境の変化があり、別れる前にイタチの眼の移植を申し出た。

 頼まれていた事だったのですぐさま承諾し、チャチャっと万華鏡写輪眼の移植を行なった。

 この世界って繊細な筈の眼球の移植を容易に出来るから、技術レベル的にいろいろ不思議だ。

 

 サスケはうちは壊滅の真相と自身の答えを見つけるために、マダラを名乗ったオビトを追うらしい。

 九尾事件の切っ掛けでありうちは壊滅に直接関わっていた事もあり、イタチも調べていたであろう奴の正体を調べるつもりだそうだ。

 第四次忍界大戦が起こっても自分達は独自に行動すると言って別れた。

 

 今後サスケがどのような選択をするのかわからないが、イタチから始まったこの一件は一区切りがついた。

 ついにこの世界の転換期である第四次忍界大戦が目前に迫っている。

 その中で僕はどのように行動するべきか未だ悩むところがあるが、今はこの世界に生きる者として平和な未来を作るために尽力したい。

 

 

 

 

 



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第十三話

 

 

 

 

 

 第四次忍界大戦がついに始まった。

 綱手様も火影として復帰し五影と改めて会談した後、戦場では本陣に腰を据えている。

 ナルトは保護対象として匿われ、今頃は雲隠れの人柱力キラービーと尾獣の力を使う特訓をしてる筈だ。

 サスケの動向は不明だが、オビトを追っているならこの戦場の近くにいるだろう。

 

 そして僕だが、嘗ての大戦の時と同じように医療忍者として医療班に所属し、影分身を駆使して一人医療班の異名を再び知らしめていた。

 僕一人で他の医療忍者達と同等の医療体制を構築するものだから、他里の医療忍者達にもいろいろと慄かれる事となった。

 

 敵は無数の白ゼツと穢土転生された過去の忍ばかりだが、嘗て名をはせた忍を除けばそれほど苦戦する事無く善戦していた。

 だが日が暮れて戦場が一時的に静まったころに、連合の忍に化けた白ゼツが陣地内で暗躍し始めた。

 白ゼツの変化は相手のチャクラを奪いそれを纏って化けるので、白眼を持つ日向一族でも見分けることが困難だった。

 だが僕は…

 

「セイッ!」

 

「がぁ!!」

 

 幸い見破ることが出来たので、負傷者のフリして現れた白ゼツを一撃で叩きのめした。

 

「な、なぜわかった…」

 

「んー…勘? あー、あとよく見れば奪ったチャクラが薄っぺらいからかな」

 

 よく見ればチャクラが薄いのが何となくわかるが、見抜けたのは僕にはシャーマンの力と透視の力で魂が見抜けたからだ。

 白ゼツ達は群体のような差異の少ない全てが同一個体のような物なのか、単体での魂が普通の人間よりも明らかに薄っぺらく、個体差がないのでどれも同じ魂の形をしている。

 なので魂の見える僕には白ゼツの変化は丸わかりなのだが、他の者には実行できないのでチャクラが薄っぺらいと曖昧な判断方法を上に報告した。

 感知タイプの忍の何人かが実践して集中すれば何とかという結果だったため、僕の影分身を白ゼツ発見の為に陣地の巡回に回される事となった。

 

 その時気付いたが、これナルト役目を取ったんじゃないかと少し慌てたが、暫く経たない内にナルトが戦場に向かっていると報告があったので特に問題は無かったようだ。

 

 ナルトが戦場に現れて少し経った頃に、戦場にマダラが現れたと情報が入った。

 ナルト達の前に人柱力達の穢土転生を引き連れた仮面のマダラが、穢土転生の先代五影がいる戦場に穢土転生のマダラがと、二つの戦場で現れたと報告があった。

 そして将として腰を据えていた五影達も穢土転生のマダラの元へ向かったと聞き、僕も前線に行くことにした。

 

「と言う訳でシズネさん、サクラ。 後の事は任せた」

 

「任せた、じゃありませんよ! ハジメさんがいなくなったら医療部隊、事実上半減ですよ!」

 

「そうですよ! 今の状態でハジメさんに抜けられたら回らなくなります!」

 

 当然シズネさんとサクラは反対するが、マダラとの戦いで綱手様たち五影は負傷する事となる。

 それをどうにかしたいし、何よりマダラとは一度戦ってみたいと思っていた。

 

「大丈夫。 二人とも僕と同じ綱手様の弟子じゃないか。

 僕がいなくても二人だったら十分乗り切れるって。

 影分身は最低限残しておくから頑張って」

 

 そう話を切りあげて、僕は本物のマダラのいる戦場へ向かった。

 

「何言ってるんですか! 治療効率は綱手様よりも圧倒的に上じゃないですか!」

 

「影分身数人だけって、これじゃあ私達の負担が!」

 

 遠ざかる二人の泣き言を聞き流しながら僕は駆け出す。

 後で怒られるかもしれないが、五影を守る為だったと言えばある程度情状酌量の余地はあるかな?

 

 

 

 全速力で戦場を駆け抜け目的地までたどり着くと、五影達が木遁によって乱立した巨大な木々の中でチャクラによって作られた巨人達と乱戦状態になっていた。

 巨人達はマダラが木遁分身に使わせた須佐能乎だ。

 完全体ではないがその戦闘力は一体一体でもかなりの物の筈だ。

 

 近づくにつれて交戦状況も読み取れて、一体の須佐能乎の攻撃が対処出来ない体勢の水影に迫っていた。

 僕は少しばかり【気】を出して高速移動し、水影をかっさらう様にすくい上げながら須佐能乎の攻撃を潜り抜けた。

 

「え? え!?」

 

「すいません水影様。 危ないと思ったので抱えさせてもらいました」

 

「い、いいえ、かまわないわ! もう全然!」

 

 水影を抱えたまま須佐能乎の攻撃範囲から逃れ、他の五影達に合流する。

 

「ハジメ、なぜお前がここに居る!?」

 

「綱手様を心配して駆けつけたという理由じゃダメですかね」

 

「冗談を言っておる場合か。 お前がここに居るという事は医療部隊の方はどうした?」

 

「シズネさんとサクラに任せてきました」

 

「全く…」

 

 綱手様は呆れた様子で額に手を当てる。

 そんな綱手様に水影が質問する。

 

「火影様、ハジメ様とはどのようなご関係で!?

 ずいぶんと親しいご様子ですが!」

 

「こいつは火影補佐で私の弟子でもある。

 付き合いもそこそこ長いからな」

 

「では、あくまで弟子と師という関係だけなのですね」

 

「だからどうしたというのだ。

 それよりハジメ、そろそろ水影を降ろしたらどうなんだ」

 

「あ、そうですね」

 

「あぁん…」

 

 抱えられた状態で話始めるものだから、タイミングを逃してなかなか下ろす機会がつかめなかったので。

 綱手様の忠告は渡りに船で水影を下ろすが、残念そうな声が聞こえたのは気のせいだと思いたい。

 

「貴様ら、ふざけておる場合か! 喋ってる暇があったら戦え!」

 

「そうじゃぜよ。 マダラはまだワシ等を舐めておるが、かといってワシ等は油断できん」

 

「ここに来たからには戦力として期待出来るのだろうな。 木の葉の巨獣」

 

 雷影、土影、風影が文句を言いながら集結し戦闘態勢を整える。

 

「俺は何人でも構わんぞ。 貴様ら如きが何人居ようと、力の及ばぬ存在がいる事を教えてやる」

 

「及ばぬ存在があんたかどうか、試させてもらいますよ」

 

 マダラを前にそこそこ挑発的な啖呵を切る。

 この世界において僕の力がかなりの物とはいえ、この世界においてラスボス的な存在のマダラに圧倒的に優位な立場にあるとは思っていない。

 強い力を持っていても戦い方次第で劣っている者が勝つことは十分あり、戦闘経験やセンスといった点では歴戦の忍であるマダラに僕は確実に劣るだろう。

 故に勝算はあっても絶対に勝てる確信は無く、油断する気は一切なかった。

 

 

――多重影分身の術――

 

 

「影分身程度で何が出来る」

 

「いや、ここからだ」

 

 影分身を二人一組に配置して一斉に印を組む。

 

 

――仙法・現身の術・巨獣亀形態――

 

 

 一方の分身が仙術チャクラを練りながら現身の術を維持し、もう一方の分身が現身の術の体を操作する。

 マダラの木遁分身の須佐能乎の軍勢と、同数の現身の術で出来た両腕を剣状にした人型亀の巨人達が向かい合った。

 見た目だけなら同等の兵力が向かい合っているように見える。

 

「…なんだそれは。 須佐能乎の真似事か?」

 

「ああ。 この術は尾獣や須佐能乎の様な、チャクラによる成形術を目標にして編み出した術だ。

 本物の須佐能乎を相手に一度戦ってみたかった」

 

「お前、まさかその為に…」

 

 僕の目的を聞いて呆れた様子の綱手様の声を聞き流し、仙術チャクラによって強度の上がっている現身の術が両手の刃の切っ先を須佐能乎の軍勢に向ける。

 

「紛い物に俺の須佐能乎が負けるとは思えんが、面白い。

 ならば望み通り須佐能乎の相手になるか試してやる!」

 

 須佐能乎の軍勢と亀の巨人たちが一斉に駆け出しぶつかりあった。

 

 

 

 

 

 一方その頃、ナルトと八尾の人柱力が穢土転生の人柱力達と戦う戦場に、カカシとガイが応援として参戦していた。

 しかし敵の人柱力が尾獣化し始めたことで、力の大きさに苦戦し始めるカカシとガイ。

 

「流石にこれはちょっと不味いね。 ナルト達も苦戦してるようだし、誰か応援に来てくれないかね」

 

「弱音を吐くなカカシ。 これほどの相手、やはり切り札を使うしかないな」

 

 ガイの何か決意した表情で言った切り札という言葉に、カカシはまさかと思う。

 

「まさか八門を開くつもりか? あれを使ったら後で死んじゃうでしょ」

 

「安心しろカカシ、別の切り札だ!

 ピンチの時の為に先生が伝授してくれた秘術だ」

 

「ハジメさんが?」

 

 ガイは上着をめくって腹を曝け出すと、そこの術式の文様が浮かび上がる。

 

「っ! それは四象封印!? なぜお前の腹に刻まれている!」

 

「先生は尾獣のチャクラを研究していたそうだ。

 人柱力への尾獣の封印の応用で他者のチャクラを封印する形で溜め込み、戦闘時に開放する事で戦力向上に役立てないかと考えた。

 この封印には先生のチャクラが籠められる限界まで籠められている」

 

「あの人のチャクラが…」

 

 ハジメのチャクラの莫大さは、カカシもよく知っている。

 ナルトよりも多いんじゃないかというチャクラが、ガイに籠められているならかなり期待が持てる。

 

「今こそ、この封印を解く。 四象封印・解!」

 

 チャクラを籠めた手で腹を回すように封印を解く。

 すると本人とは別のチャクラがガイからあふれ出す。

 

「確かにこれはガイ自身のチャクラじゃない」

 

「先生!」

 

 突然ガイが虚空を向いて師であるハジメの事を呼び、カカシは訝しむ。

 

「どうしたガイ? ハジメさんは近くにいないぞ」

 

「聞こえなかったのかカカシ。 今先生の声がしたんだが」

 

「いや…」

 

 自分にはハジメの声は聞こえなかったというカカシは、封印を解いたとたんに起こった事に何か術に問題があったのではと思う。

 

「………なるほど、そういう事ですか先生」

 

「何、どうしたの? まさかガイ、ついにお前…」

 

 日頃の行動が常人と逸脱していたガイに、カカシはもしやと口にしてしまう。

 

「何を言っているカカシ。 先生の声は俺の中に封じられていたチャクラから聞こえてたんだが」

 

「あー、なーるほど…」

 

 ガイに封じられたチャクラにはハジメの意志も一緒に封印されていた。

 原作でミナトやクシナが九尾の封印と一緒にナルトに自身のチャクラを封じて、後に封印の中で話をしたり再封印を施せたり出来た事から、影分身のように意思を一緒に封印に籠められると、ガイの中にチャクラと共に込めたのだ。

 目的は籠めたチャクラをガイが使い易い様に制御を補佐する為である。

 

「………助かります、先生。 ……はい!」

 

「ガイ、一人で会話してちゃ何言ってんのかわかんないよ」

 

「………それじゃあまさか! おおおおお!!」

 

「何、今度はどうしたの」

 

 ガイの一人芝居に呆れてたカカシは、突然叫び出したことにあまり驚かずに様子を見る、

 するとガイの顔に文様が浮かび上がり、それが何なのかカカシは察する。

 

「それはまさか仙術か!」

 

「ああ、俺も修行はしたんだが碌に使えなかった。

 だが俺の中で先生が仙術チャクラを練ってくれる事で、今の俺にならその恩恵に(あずか)れる」

 

 仙人モードはチャクラの増大、感知能力の強化だけでなく身体強度も上がる。

 体術使いのガイとしては習得したかった術だが、素質がなく実戦で使いこなせるほどではなかった。

 

「これなら尾獣相手でも存分にやれる。

 八門遁甲・第七・驚門、解!」

 

 更にガイの得意技の八門遁甲を七門まで開き、爆発的に吹き荒れるチャクラを纏って尾獣に向かっていった。

 驚門を開いたガイは圧倒的身体能力を誇るが、その強さから使い過ぎると筋断裂や極度の疲労を起こしてしまう。

 ハジメから医療忍術も学んでいたガイは、使用後の治療をある程度自身で出来るが戦闘中では大きな隙になってしまう。

 だが現在はハジメの影分身が内部から治癒も出来るので、より連続して使用し続けることが出来る。

 

 身体能力も持久力も強化されたガイは、八門遁甲・七門にして八門目に近い戦闘能力を誇った。

 素の状態でも空を駆けられるようになっていたガイはその足で空を駆け回り、八門まで開かなければ使えない筈の【夕象】で尾獣の巨体を殴り飛ばして八面六臂の戦いぶりを見せる。

 

 完全に置いて行かれた形のカカシは…

 

「…もうあいつとは勝負したくないかな」

 

 そう愚痴をこぼすが、ライバルと呼んでくれていた相手に置いて行かれた事は少し悔しかった。

 

 

 

 

 

 須佐能乎達と巨獣亀達のぶつかり合いは一進一退だった。

 本家本元の須佐能乎だけあって現身の術の巨獣亀とは術の安定度が違い、物理攻撃力と耐久力で劣っており正面からの衝突では不利だった。

 しかし現身の術はチャクラの形態変化の極みの一つであり、更に性質変化を加えて五遁を乗せた攻撃が可能だ。

 雷遁の刃に火遁の圧縮弾、水遁と風遁の飛刃に土遁の岩を伴なった一撃なども出来る。

 やられて消えてしまう巨獣亀を操る影分身もいるが、多様な手段で須佐能乎ごと木遁分身を倒す影分身達もおり、今の段階では戦況は互角と言えた。

 

「なるほど。 須佐能乎を正面から相手に出来るとは、それなりの術だとは認めてやろう」

 

「本物のうちはマダラに認めてもらえるとは光栄だな」

 

 まだ全力では無いが、チャクラに限った力では影分身たちはけっこう本気で戦っている。

 それでも何とか互角という事は、やはり現身の術では現段階の須佐能乎に迫るのが精一杯という事だ。

 何せ須佐能乎は万華鏡写輪眼によって開眼するうちはの血継限界であり、術というより一種の固有能力と言える。

 対し僕の現身の術は、形態変化に加えて実体を持たせやすいチャクラ性質に変化させただけの泥人形のような物。

 自在に形を変えられる便利な術ではあるが、その分形状の安定性や強度が劣るのは仕方がない。

 研鑽を繰り返してきたが、僕固有の資質だけではチャクラを割り増しする以外に現身の術を強化できず、これ以上完成度は上がらないだろう。

 

「お前の相手は木の葉の巨獣だけではないぞ!」

 

「儂らがいる事も忘れるでない!」

 

 雷影と土影が筆頭に、五影達が観戦していた本体のマダラに攻撃を仕掛けた。

 マダラ本体も須佐能乎を出して応戦するが、五影と呼ばれるだけあって即席の共闘だというのにうまい連携でマダラを攻め立てる。

 

 そして追い込んだマダラに対し、土影が必殺の塵遁を発動させる。

 

「巨獣よ、巻き込まれるなよ!」

 

 土影の呼びかけに、塵遁の狙いがマダラを含めて須佐能乎達を巻き込む照準をしている事に気付く。

 その先でぶつかりあっている影分身たちの巨獣亀も当然含まれており、僕は影分身達の退避を諦めて巻き込まれないように離脱した。

 

 

――塵遁・原界剥離の術――

 

 

 ぎりぎり僕が巻き込まれない所に塵遁の光が照射され、マダラ本体を含めて須佐能乎の軍勢も巨獣亀達もまとめてが消し飛ばされた。

 どんなに強力な術があっても、このように強さに関係ない破壊力を持つ術もあるので、絶対無敵の術などこの世界に存在しない。

 

 それ故に塵遁も絶対ではなく、光に飲み込まれたマダラ本体は輪廻眼の餓鬼道で無効化吸収しており消滅してはいなかった。

 五影達はそれも想定の内で、塵遁からの連携の術に繋いで追撃し、無効化出来ない風影我愛羅の砂の封印術に嵌める事に成功した。

 だがそれで終わるマダラではなく…

 

「遂に出てきたか」

 

 五影達の術を纏めてぶち破って、これまでとは比べ物にならないサイズの須佐能乎が姿を現す。

 四本の腕を持った天狗の姿をした完成体須佐能乎だ。

 完全な形となった須佐能乎が不意に明後日の方向に刀を振るうと、その先の山が斬り飛ばされる。

 

 知ってはいた。 わかってはいたつもりだが、その威力に流石の僕も度肝を抜かれた。

 山を吹き飛ばした一撃の余波がこちらに向かってきて、僕は吹き飛ばされる瓦礫に巻き込まれないように跳びあがって、同じく余波を受けていた五影達の元に合流した。

 

「大丈夫ですか、皆さん」

 

「ハジメか。 一応はな」

 

「ハジメ様もご無事で!」

 

「気遣い無用だ! それよりも奴を見ていろ!」

 

「なんて威力だ」

 

「まさか須佐能乎がまだ本気ではなかったというのか」

 

 全員無事ではあったが、完成体須佐能乎の異様さに飲まれいるようだった。

 そんな僕等の前に完成体須佐能乎の巨体が足音を唸らせながら歩み寄り、額に収まったマダラが語ってくる。

 

「これが須佐能乎の真の姿。 完成体須佐能乎だ。

 この術を俺に使わせたのは誉めてやろう。

 だがこれを出した以上、先ほどの紛い物の術も貴様ら五影でも相手にはならん。

 この須佐能乎と戦うことが出来たのは柱間だけだ」

 

 圧倒的な自信が窺えるマダラの言葉に、五影達は言葉も出ずに見上げるばかりだ。

 僕も完成体の須佐能乎相手では厳しいと分かっているが、再び影分身を出して現身の術の準備にかかる。

 

「ハジメ、どうする気だ」

 

「通じないかどうか、一度試してみますよ。 ハアァァァ!」

 

 影分身五体を補佐に僕を中心に新たな現身の術を発動する。

 一体にチャクラを集中させて影分身の補助を増やしたことで先ほどよりもより大きなものを作り出し、サイズだけは完成体須佐能乎と同等でより重厚な甲羅と外被を纏った巨獣亀が出来上がる。

 

「この須佐能乎と同等の大きさにも出来るか。

 だがデカくなっただけでこの完成体須佐能乎の攻撃に耐えられるか?」

 

 マダラの須佐能乎の様子に大きな変化は見られない。

 原作では完全体須佐能乎が出た直後に穢土転生が解除されるのだが、未だにマダラの様子に変化は現れず穢土転生が解除される様子はない。

 確か穢土転生を解除をしたのは穢土転生の支配から脱したイタチだったので、これまでの行動がいろいろ予定を狂わせて、解除されるまで時間が掛かっているのかもしれない。

 あるいは僕の参戦でマダラが完成体須佐能乎出したのが早まったか。

 

 もしかしたら完全に予定が狂っていて、このまま穢土転生がずっと解除されないという事になったらどうしよう。

 いかん、マダラより穢土転生がちゃんと解除されるか確認しておくべきだった。

 マダラと交戦中のこの状態で、穢土転生を操っているカブトを影分身に探しに行かせるのは難しい。

 最悪完全に予定が狂ったとしたら、五影を連れて撤退する事も視野に入れないと。

 

「来るぞ、ハジメ!」

 

「は、はい! 巨獣亀硬度最大、防御形態!」

 

 綱手様の警告に、須佐能乎が再び力を溜めて巨獣亀に刀を振り下ろそうとしている事に気付く。

 僕は巨獣亀を頭と手を引っ込ませた姿に変えて、亀の甲羅の厚みを更に高めた攻撃を受け止める防御形態に変えて守りに入る。

 

「五影の方々! 巻き込まれぬように気をつけてください!」

 

 巨獣亀の後ろには五影達がおり、マダラは纏めて叩き潰すつもりで須佐能乎の刀を振るった。

 攻撃が巨獣亀に当たり、凄まじい衝撃が再び周囲に響き渡る。

 

「ほう、これも凌いだか」

 

 正直僕本人も須佐能乎の攻撃が直撃すれば危ないと思ったが、巨獣亀の守りを貫いて直接受ける事は無かった。

 だが凄まじい衝撃で内部にいた影分身は消し飛び、巨獣亀の仙術チャクラの体は半分以上が消し飛んでいた。

 後方にいた五影達も余波だけで済み無事だったが、現身の術は完全に討ち破られた。

 形が自在なのでチャクラを再度籠めて形状を修復すれば元に戻るが、完成体須佐能乎に巨獣亀では勝てないと術を解いて地面に降り立つ。

 

「ハジメ、大丈夫か!」

 

「ハジメ様、お怪我は!?」

 

「大丈夫です。 ですが現身の術じゃ、何とか一撃に耐えるのが限界ですね」

 

「一撃耐えられただけでも凄まじい」

 

「じゃがそれだけでは勝てぬ。 儂等がこれほど力を合わせてもマダラに届かんか」

 

「何を言う土影! 儂はまだ諦めとらんぞ!」

 

 雷影だけは己を鼓舞するようにいきり立つか、劣勢の状況にいつもの覇気がない。

 

「僕だって別に諦めたわけじゃありませんよ。

 現身の術では勝てない。 なら別の手を使うだけです」

 

「何、まだ何か別の切り札を用意していたのか?」

 

「研鑽を重ねたとはいえ、現身の術を完成させてからだいぶ経っていますからね。

 新たな切り札の一つや二つ考案してますよ」

 

「あれ以上の術があるのか」

 

「だったらさっさと使わんか!」

 

「勿体ぶっとる場合じゃなかろう!」

 

 いろいろ文句を言われるが、使おうとしている手段が僕固有の物ではなく、今更ながら掟破りでもあるから少し躊躇があったのだ。

 現身の術だけで勝てないのなら仕方ないが、【気】を開放して直接マダラに殴り掛かるよりはまだこの世界の常識の範疇にある。

 

「もったいぶってた訳じゃありませんよ。 ただこいつの力を借りる事になるので使い辛かっただけです」

 

 僕は親指を少し切って血を出し印を組んで地面に手を着く。

 

 

――口寄せの術――

 

 

 口寄せの煙の中から僕が呼び出したのは、一見何の変哲もない馬の姿の穆王だ。

 

「馬、ですか?」

 

「そいつは確かお前が飼っている忍獣ではなかったか」

 

 水影は呼び足されたただの馬に疑問符を浮かべ、綱手様は長い付き合いなので一緒に暮らしていた穆王の存在は知っていたがその正体までは知ってはいなかった。

 

『貴方が私を呼び出すとは珍しいですね』

 

「少々苦戦する事になってな。 お前の力を借りたい」

 

『…なるほど、奴ですか。 人間ならとっくに死んでいると思っていたのですが』

 

「あいつは穢土転生という術で呼び出された死者だ。 だが知っているのか、マダラを?」

 

『昔、初代火影と呼ばれた者に封印された折に戦ったことがあるのですよ。

 奴も初代火影も、人間でありながらあなたと同じような化け物染みた強さでした』

 

 そういえば各国が持つ尾獣は、初代火影によって封印され分配されたという歴史があったな。

 

「何の話をしている。 そんな口寄せ動物が何の役に立つというのだ、巨獣!」

 

 話をしている事に痺れを切らした雷影が穆王の意義を問うてくる。

 

「すいません雷影様。 色々切迫してる状況なので説明を省くが、奴と戦うのに前に実験したあの術を使うから力を貸してほしい」

 

『なるほど。 この身の私ではあのマダラに及ぶべくもありませんが、あの術を使うのであれば私の力が必要と言う訳ですか。

 いいでしょう。 嘗て封印された時の借りを返すというのも面白い。

 私が力を貸すのですから、絶対に負ける事は許しませんよ』

 

「もちろんだ。 では変化を解くぞ。 解!」

 

 穆王はただの馬の姿から、角を生やしたイルカのような顔にその存在を証明する五本の尾が生えた五尾本来の姿に戻った。

 ただし大きさはこれまでと同じサイズのままで、チャクラの断片故に本体ほどの巨体とはならない。

 

「その姿。 小さいが五尾だと?」

 

 マダラも尾獣を集める計画を立てただけに、穆王の姿は当然知っていた。

 

「確かに小さいが五尾の尾獣じゃぜよ。

 これはどういう事じゃ、木の葉の巨獣?」

 

「そういえば穆王は岩隠れの人柱力に封じられてたんでしたっけ。

 前の大戦で戦った時に、切り落とした穆王本体の一部を回収して尾獣のチャクラ研究に使ったんですよ。

 その過程で断片にも意識が残っていることがわかって、いろいろ弄った結果このサイズで自立行動できるようになったんです。

 それからは普通の馬のフリをさせて一緒に暮らしてました」

 

『貴方はなかなか家に帰ってこないので、私が一人で家にいる事の方が多かったですがね』

 

「僕は忙しいんだからしょうがないだろう」

 

 お陰で家の事は、半分以上穆王に任せっきりになってしまっている。

 

「おい、私はそんな話聞いたこともないぞ。

 尾獣のチャクラを隠し持っていたなど」

 

「本体ではなく断片を使った個人の研究なので大目に見てくださいよ、綱手様。

 それにこいつ単体ではチャクラが少ないので、普通の馬とそんなに変わりません」

 

「その様だな。 そのような本体ですらない削りカスで一体何をしようというのだ」

 

 マダラが本来よりも小さな穆王の姿を侮蔑し、穆王はそれに顔を歪めて苛立つのを感じ取った。

 

「僕の現身の術の限界は、術としての型が存在しない事ゆえの不安定さが強度不足の原因となっている。

 仙術チャクラにする事で亀仙の型を加えることが出来たが、それでもチャクラのみで実体化する尾獣や須佐能乎には及ばなかった。

 ならば足りない型となる物を取り込めばいい」

 

「ハジメ、その五尾を体に封印して人柱力となる気か?」

 

「いいえ、綱手様。 始めから尾獣が協力してくれるなら力を併せるのに封印はいりません。

 そしてこの術は現身の術を土台とした力。

 いくぞ、穆王!!」

 

『きなさい!!』

 

 僕は穆王の体に手を当てると、チャクラに溶ける様に実体化が解けて掌に収束して穆王の顔をデフォルメしたような球に近い形となる。

 それは穆王の本質が剥き出しになったチャクラの根源と呼べるものでもあり、シャーマンキングの世界において霊魂と呼ばれる姿でもある。

 

 尾獣とは不死に近い存在だ。 その肉体はチャクラによって構築され、例え死んだとしても時間をかければ復活する。

 チャクラは身体エネルギーと精神エネルギーを練る事によって生じると言われるが、尾獣はチャクラによって肉体を生み出しているので、その法則が成り立たない。

 では尾獣達は何処からチャクラを生み出しているのかと言えば、本来肉体の内にある存在の根幹。

 すなわち霊体、或いは魂と呼ばれるものから生じていると考えられる。

 断片のこの穆王はいわば分霊と言ったところか。

 

 尾獣の人柱力への封印が一種の憑依のようなものだとしたら、尾獣達は魂だけで生きている存在だ。

 ならばチャクラによる実体化を解いた状態は、幽霊となっていると言っても間違いではない。

 すなわちこの状況において、シャーマンキングの世界の力を持つ僕はこれを使うことが出来る。

 

「『O.S.(オーバーソウル)』、穆王! IN現身の術!」

 

 穆王の魂を現身の術に併せる。

 穆王のチャクラと僕のチャクラが併せるだけで、ここまでは本来のO.S.とは言えない。

 だがO.S.には二つの物に憑依させる二段媒介という物がある。

 

「IN水蒸気!」

 

 更なる媒介として大気中の水分を憑依先に指定した。

 穆王の能力は沸遁であり、気化している水分と相性がいい。

 シャーマンキングのハオはS.O.Fの媒介に大気中の酸素を使っていたので、同じように大気中の水蒸気を媒介にする事は可能だった。

 

 大気中の水蒸気と現身の術のチャクラ、そしてシャーマンの力である巫力を受けて穆王の魂がO.S.として実体化する。

 現身の術を媒体としたことで形は自在のまま、尾獣としての穆王の型を持った新たな形態へと変化を遂げる。

 完成したのは須佐能乎と同等の大きさの人型。

 体は和装の衣を纏い、頭部の口から下は人だが鼻から上は穆王の頭が被り物の様になった形をしている。

 そして頭の後ろから髪の毛の様に穆王の五本の尻尾が揺らめいていた。

 

 O.S.は霊によるものなので霊能者以外には見えないのだが、チャクラと水蒸気を媒介にしているので、霊能者以外に見えている。

 

「特に名前も決めていないが、この術を【現身・穆王】とでも呼ぶか」

 

『名前など何でも構いません。 私の力、使いこなして見せなさい』

 

「穆王もチャクラの変換を頼む」

 

 穆王にはチャクラの綱引きによって僕のチャクラを受け取り、沸遁を宿した尾獣チャクラに変換してもらっている。

 それを僕に再び還元する事で、現身の術と尾獣化が複合された状態になっているのだ。

 

「確かに先ほどよりも実体化が定まっているようだな。

 どれ…」

 

 不意にマダラの須佐能乎が動き刀を振るわれる。

 

 

――ギャイィィンン!!――

 

 

 僕はそれに対応して現身・穆王の片腕を瞬時に剣状に変化させて受け止めた。

 

「ほう、先ほどよりは丈夫の様だ」

 

「沸遁…」

 

 もう片方の腕を円柱状に変形させて、マダラのいる須佐能乎の額に向かって突きを放つ。

 だがそれをマダラも無防備に受けるはずもなく、額に当たる直前に須佐能乎の手で受け止めた。

 

「【蒸気崩拳】!!」

 

 円柱状の腕の前面から噴き出す様に気化爆発が炸裂し、蒸気熱の奔流が須佐能乎の腕ごと頭部のマダラを飲み込んだ。

 須佐能乎は力が抜けるように膝をつくが、崩れ落ちる事は無かった。

 須佐能乎の頭部は半壊した状態だが、マダラがまだその場に健在だった。

 

「グウウウゥゥゥゥ! 何だこの熱さは!!

 なぜ穢土転生のこの体に焼ける痛みを感じる!?」

 

 僕の攻撃を受けてマダラが苦しんでいるのが、この現身・穆王がO.S.だからだ。

 霊体にも痛みを与えることが出来るため、穢土転生の体であってもダメージを感じるはずだ。

 

「この術は肉体だけでなく魂へも干渉する力がある。

 穢土転生と言えど魂にダメージが蓄積すればどうなるかな」

 

「グッ! やってくれる!」

 

 破損した部分を即座に再生させて、須佐能乎が立ち上がる。

 今度は小手調べではないと両手にそれぞれ刀をもって連続攻撃を放ってくる。

 僕もそれに対応して、現身・穆王の両腕を剣状にして応戦する。

 巨体同士による一撃一撃で衝撃が起こる剣のぶつかり合いが始まった。

 

「なんて戦いだ。 お祖父様はこんな奴と戦って勝ったのか」

 

「もう私達が手を出せる戦いではありません」

 

「伝説の忍、うちはマダラ。

 それと互角に戦う中野ハジメ。 あれほどの忍だったとは」

 

「ただ突っ立って見ておる場合か!

 土影、お前の塵遁でマダラを狙えるか」

 

「あの巨体であれほど早くぶつかり合っていては、マダラのみを狙うのは一苦労じゃぜ。

 それにマダラには輪廻眼もある。 無効化されかねん。

 チャクラも残り少ない。 迂闊に使えんぜよ」

 

「ぐぬぅ」

 

 五影達は僕とマダラとの戦いに巻き込まれないように、距離を置いて様子を見ている。

 このぶつかり合いに介入できるのは、尾獣化できる人柱力か須佐能乎を持つうちは位だ。

 

「須佐能乎で剣戟が出来るとは思わなかったぞ!

 だが気付いているか? 完成体須佐能乎には腕は四本あるという事を」

 

 現身・穆王の剣腕を鍔迫り合いで押さえ、翼と一体化している残り二本の腕が差し向けられる。

 ぼくもこの攻撃は予想していなかったが、対処は十分間に合う。

 差し向けられた腕に対して現身・穆王から新たに二本の腕を生やして、差し向けられた腕を掴み押さえる。

 

「そっちも忘れてないか。 こっちは形が自由自在だってことを。

 まだいけるぞ」

 

 更に腹部から腕ではなく剣の刃を直接生やして、須佐能乎の胴体に突き刺す。

 作りながら突き刺したことであまり威力が出ず貫くことは無かったが、突き刺さった切っ先の部分を須佐能乎の内部で沸遁で気化爆発を起こさせる。

 

 

――バアァン!!――

 

 

 沸遁による内部爆発が起こった事で、須佐能乎の胴体に大きな穴を開ける。

 それにより須佐能乎が体勢を崩し、僕は一気に押し込もうとするが現身・穆王の顔面に衝撃が走り数歩後退する。

 見ればマダラが手をこちらに向けており、何が起こったか悟る。

 

「やってくれる」

 

『なんです、今の衝撃は?』

 

「おそらく輪廻眼・天道の斥力だ」

 

 あれがあった事をすっかり忘れていた。

 ナルトがペインを倒すのに最も苦労した術であり、実体のない術を無効化する餓鬼道よりも攻撃性ではやっかいだ。

 

「何度須佐能乎を破壊しようと無駄だ。 チャクラがある限りいくらでも修復出来る」

 

 マダラが言った通り須佐能乎に出来た穴は直ぐに塞がった。

 

「そして穢土転生はチャクラ切れを起こさん。

 いくらお前が尾獣並みのチャクラを持とうと、この戦いで先に力尽きるのは貴様…っ!」

 

 再び立ち上がり向かってこよう歩き出した時に、須佐能乎の形が崩れマダラが外の放り出される。

 マダラの体が光り始め、破損していないのに穢土転生の体から塵がこぼれだす。

 

「どうやら穢土転生の術が解除されたようだ」

 

『つまりこれで終わりですか。 ようやく温まってきたところだというのに…』

 

 穆王が残念そうに言い、五影達もマダラの様子に穢土転生が解除された事に気付き浮足立つ。

 しかし、これで終わりでないのは僕は知っていた。

 ここから先、マダラはより厄介になる。

 

 

 

 

 

 



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第十四話

 

 

 

 

 

 穢土転生を解かれ消えるかに思われたマダラだが、口寄せ契約そのものを解除する印を結んだことで穢土転生の術の解除を無効化した。

 術者の縛りすらなくなった穢土転生のマダラは、輪廻眼の力を備えた上に無限のチャクラを持つ不死身の存在となった。

 このマダラを倒すには封印するか、穢土転生の不死体を破壊する為の術が必要になる。

 僕の現身・穆王であるO.S.なら霊体に直接ダメージを与えられるが、所詮副次効果なので穢土転生体を破壊できると言う訳ではない。

 

 この穢土転生のマダラ、この世界の中で最も厄介な敵かもしれない。

 いくら僕の力がこの世界で強力なのだとしても、不死の敵というのは非常に厄介だ。

 以前戦った不死身コンビなんて目じゃない不死身っぷりだ。

 僕が本気になっても、もしかしたら倒せないかもしれない。

 

「どうやらまだまだやれそうだな!」

 

 

――木遁・木龍の術――

 

 

 マダラは木人の術で巨大な樹の人型を作っており、それを内部に取り込ませて須佐能乎を更に強化させていた。

 更に木製の龍が須佐能乎の周りの地面から飛び出してくる。

 

「そっちこそまだまだ本気でもないくせに!」

 

 完成体須佐能乎に加えて木遁の併用も始めたが、それでもまだ強力な術をマダラは残している。

 輪廻眼もさっき少し使っただけで未だ本気を出さず、こっちの戦力を楽しみながら図っているといった様子だ。

 

「行け!」

 

 マダラの合図に木龍が蛇の様に蠢きながらこちらに迫ってくる。

 僕は印を組んで対抗する術を発動する。

 

 

――沸遁・熱水龍弾――

 

 

 現身・穆王の体から木龍と同数の熱湯の龍を作り出して撃ちだす。

 水遁・水龍弾を沸遁で行なった物であり、激流に加えて熱で対象を煮えたぎらせる。

 生き物ではないので効果は半減するが、その熱で木龍にも確かに影響が出て動きを鈍らせている。

 

「それだけではないぞ」

 

 マダラの忠告と同時に、足元の地面から更にもう一体木龍が現れる。

 気づくのに遅れた事で現身・穆王の体に木龍が巻き付き、その性質からチャクラを奪おうとしてくる。

 

『この術は厄介ですよ』

 

「わかってる! はぁ!!」

 

 

――我流・回天――

 

 

 現身・穆王の体で日向の回天を行ない、巻き付いていた木龍を一瞬で弾き飛ばす。

 

「日向の回天をその巨体で再現とはやってくれる!」

 

「形だけの出来損ないだ。 古い友人が見たら雑だって言われる」

 

 この巨体で再現する為に体術ではなくチャクラその物を回転させながら放ったので、正しい回天よりもだいぶ形が違っている。

 だが木龍を吹き飛ばせれば十分であり、次はこちらと攻撃の準備をする。

 

 現身の手にチャクラを集中させると、白と黒の光が集まりながら黒の球体になっていく。

 更に乱回転と沸遁のチャクラを込める事で、須佐能乎の防御も砕くことが出来る威力の術が完成する。

 

 

――仙法・沸遁・尾獣螺旋丸――

 

 

 いろいろな属性のごちゃ混ぜになったが、強力な術が出来上がった。

 巨体の身で作っているので螺旋丸と言っているが大玉も同然であり、ナルトと違って手裏剣になっていないが仙法でもあるので当然投げられる。

 

 そして、完成した螺旋丸をマダラの木遁須佐能乎に向かって撃ち出した。

 

「ハアッ!!」

 

 マダラはそれを木人須佐能乎の木の腕で抱え込むように受け止める。

 尾獣螺旋丸の威力に押されてその巨体が後退していくが、翼と一体化した腕がそれぞれ刀を振るって四分割にする。

 当然螺旋丸は爆発するが、斬られた事で威力が殺され須佐能乎の鎧を砕けぬまでに減衰していた。

 

「ハッ! なかなかの威力ではないか。

 だがこの俺に攻撃を届かせるには足りんぞ。

 ンッ!?」

 

 僅かに押したが健在な木人須佐能乎に追加で攻撃を加えるべく、僕は更に術を加えた螺旋丸を準備した。

 腰だめに引いた両腕に力を集中させるかめはめ波の態勢に、周囲の自然エネルギーを仙術チャクラにせずダイレクトに集めて力の塊にする、嘗て仙術の修行で亀仙人に教わった仙気玉を作っていく。

 その集まる力にマダラも気が付いたようだ。

 

「短時間で大して集まらないが、威力の上乗せになるなら十分だ!」

 

 更に仙気玉に乱回転、沸遁、尾獣玉のチャクラを加えて力をため込む。

 流石に僕もこれだけ並行して別の術を一つに組み込めないので、影分身で制御を増やしている。

 

「さあ、今度は受けられるか? 仙法・沸遁・尾獣螺旋仙気玉かめはめ波!!」

 

 自分で言っててごちゃまぜで可笑し過ぎると思ったが、その名の通りの完成した技が木人須佐能乎に放たれる。

 ごちゃ混ぜ螺旋丸を撃ち出した後には、それを押し出す推進力であるかめはめ波の奔流が続いている。

 その流星の如き一撃を木人須佐能乎がその巨体で受け止めるが、先ほどとは比べ物にならない速度で押されていく。

 

「ウオオオオォォォォ!」

 

 木人の腕だけでなく翼と一体の腕を含めた四腕で受け止めているが、全く抑えきれずにどんどん後ろへ通されていくばかり。

 僕は駄目押しとばかりに放出するチャクラに更に力を入れた。

 

「ハアッ!」

 

 その押し込みで受け止めていた螺旋丸が木人須佐能乎の鎧を引き剥がし、内部の木人を削りだしたところで様々な術を複合した螺旋丸が割れて爆発するようにエネルギーが解放される。

 それを放出していたチャクラが押し出すような形になり、着弾点の木人須佐能乎のあった場所から扇状に爆発するエネルギーが広がった。

 後に残ったのは地面を削り取った扇状に窪みと、巨体を消し飛ばされたことを物語らせるひざ下だけを残した木人の足だけだった。

 

 勝ったかと一瞬思ってしまったが、マダラは穢土転生の不死身の体。

 粉々に吹き飛ばしても直ぐに復活すると思いだし、どこに現れるのかと僕はあたりを見渡す。

 

 結構本気の尾獣玉螺旋丸を受け止められたことで、つい更に力を上乗せしたごちゃ混ぜ技で吹き飛ばしてしまった。

 それでも吹き飛んだ地面のクレーターの中で塵が集まり、マダラの体が再生しようとしていた。

 

「あれでも復活するとは、やっぱり穢土転生はとんでもない術だな」

 

 霊体へのダメージもあるのでマダラ自身は疲弊しているかもしれないが、穢土転生を倒すには封印するか六道仙術のような術その物を破壊出来る力が必要になる。

 僕も穢土転生をどうにか出来そうな封印術を習得はしているが、マダラはまだカグヤが出現するまで倒すわけにはいかない。

 暗躍する黒ゼツとカグヤの存在を明らかにしておかなければ、後の大筒木一族の襲来を警告することが出来ないからだ。

 

 それ故にマダラの体の再生をただ眺めているだけだったが、集まる塵の周りに津波の様に砂が集まっていく。

 一目で我愛羅の砂と判り、復活途中のマダラの体を飲み込みピラミッドのような四角錐の形になって、封印札によって呪印模様が砂に浮き上がる。

 まさか封印に成功してしまったかと思ったが、直後須佐能乎の剣が砂を突き破って現れて、即座に完成体へと復活を遂げた。

 

「これは封印もダメかもな」

 

『いくら倒しても復活するのでは、ハジメでもチャクラに限界が来てしまうでしょうね』

 

 穆王が言うよりもまだまだ僕には余力は残っているが、それでもマダラの強さにこの不死身さは流石に僕も少々お手上げかもしれない。

 魂に造詣の深いシャーマンキングの世界の力ならどうとでもなる気はするが、僕の手にあるこの世界の力だけではいくら頑張っても倒せない気がする。

 

「この程度の封印で俺をどうにか出来ると思うな!

 だがやってくれたな。 今のは確実に俺を殺した痛みだった。

 餓鬼道でも無効化しきれんとはな」

 

「こっちも少し困ってるよ。 まさか封印も効かないんじゃね」

 

 当分時間を稼ぐつもりだったが、マダラが相手では僕でもそれは難易度がかなり高い。

 正直このままカグヤ復活までもっていけるか賭けの要素が多すぎるのだ。

 いっそマダラをこのまま倒して、黒ゼツを捕らえて山中一族にカグヤと大筒木一族の情報を引き出してもらった方が手っ取り早いかも、と考えていると…

 

「「!?」」

 

 遠くの方で巨大なチャクラの出現を感じ取り、僕とマダラは同時にそちらの方向を向いた。

 

「まさか十尾が復活したか?」

 

「オビトめ。 先走ったか」

 

 尾獣よりも大きなチャクラは間違いなく十尾だと確信し、思った以上の規模に少しばかり驚く。

 ドラゴンボールの世界で修業した時にどれくらいの力かと興味を持って遠くから感じ取ってみたフリーザのように巨大で、シャーマンキングの世界のグレートスピリッツの様に存在その物の強大さを感じた。

 

 マダラはマダラに扮しているオビトの名を言って悪態をつくが、おそらく十尾の近くにまだ八尾と九尾の存在を感じるから、まだ不完全な復活に不満に思っているのあろう。

 

「ちっ! お前との戦い、この生きている痛みを感じられて面白いと思っていた所だったが、そうも言ってられない様だな。

 ここは一度ケリをつけさせてもらう」

 

「そう簡単にいくか!」

 

 十尾の所へ向かいたいマダラにそうはいくかと僕は言うが、こちらとしては展開を進めるために好都合だ。

 殺されるつもりはさらさらないが、隙を見てマダラを逃すとしよう。

 

 再び須佐能乎で向かってくると思いきや、その翼を羽ばたかせて上空へを一気に舞い上がる。

 このまま逃げる気かと思い、そう簡単に逃がしては不自然とこちらも飛び上がって後を追うが、マダラとてそれを分かって次の手を打ってきた。

 

 

――天碍震星(てんがいしんせい)――

 

 

「ンな!」

 

 須佐能乎が手を翳した天の上空に、突如巨大な大岩が出現してこちらに向かって降ってくる。

 そういえばこんな術も使っていたなと思い出しながら、僕は現身・穆王のチャクラ刀の斬撃を飛ばし一撃で斬り砕く。

 この現身・穆王なら完成体須佐能乎の真似事くらい当然出来る。

 

「二手目も想定内だ!」

 

 大岩を砕いた先には次の大岩が迫っており、それももう片方の手のチャクラ刀から斬撃を飛ばして再び切り砕く。

 大岩の二連撃は土影様に使って重傷を負わせたことは覚えている。

 

 マダラの攻撃がこれだけで終わるわけは無いと思っていると、案の定二発目の大岩の向こう側に須佐能乎が迫っており刀を振り下ろそうとしている。

 僕は現身・穆王の体を形態変化させ、体の上に巨獣亀の時の亀の甲羅のような鎧を作って、須佐能乎の剣の一撃に耐えた。

 相応の衝撃は受けたが、防御力は巨獣亀だった時よりも数段上がっており現身・穆王は健在だ。

 

 攻撃に耐えた隙を突いて両腕の刀で反撃に出ようとしたが、須佐能乎の額のマダラに違和感を覚えて一瞬疑念を憶える。

 その一瞬のスキを見逃さず、次の瞬間には現身・穆王の体越しではあるが目前にマダラが現れていた。

 

「なっ!?」

 

「もらったぞ!」

 

 

――天道・地爆天星――

 

 

 マダラから黒い球体が僕の最も近くに放たれた瞬間に、何が起こったのか全て理解する。

 須佐能乎の中にいるマダラに感じた違和感はそこにチャクラはあっても魂を感じ取れなかったことによるものだ。

 一瞥すれば須佐能乎の中のマダラの眼は万華鏡写輪眼になっており、木遁分身に須佐能乎を引き継がせて本体は大岩に紛れていたのだと悟る。

 

 それを悟っても隙を突かれて受けたマダラの術は流石にどうしようもなかった。

 黒い球体の正体は強力な引力を持った輪廻眼・天道の地爆天星。

 ナルトもペインによって同じ術を受けて、九尾の封印が解けかける事によって抜け出す事に成功した封印術だ。

 その上位版がカグヤすら封印する、六道・地爆天星と呼ばれる位の強力な封印術だ。

 

「くっ! このおおぉぉぉ!!」

 

 黒の核に引き寄せられて地面から岩石が無数に向かってくる。

 それを両手の刀を振るいまくって斬り払おうとするが、引き寄せられる無数の岩石に現身・穆王の体が覆われていく。

 

「ならこれで!!」

 

 

――我流・回天――

 

 

 現身・穆王の体の体から沸遁の蒸気を発するチャクラが放出され、回転する事で纏わり着く岩石を吹き飛ばし始めた。

 回天は幾分か有効で、集まってくる岩石に対処出来た。

 

「やはり一個では足りんか。

 ならば追加だ!」

 

 

――天道・地爆天星――

 

――天道・地爆天星――

 

 

 追加で放たれた地爆天星の黒球を、寄ってくる岩石に抵抗していた僕には対応出来ずくらってしまう。

 結果、引力の力が三倍となって回天でも岩石を弾き飛ばせなくなり、現身・穆王の体を覆いつくして僕はその内側に閉じ込められることになった。

 体を覆いつくしてなお岩石は集まってきており、その外圧に耐えるために現身・穆王の強度を上げて耐えるしかなかった。

 

「ぐうぅぅぅ!」

 

「そのまま押し潰されてくれるなよ。

 お前とは十尾の力を手にしてから続きをしたいからな」

 

 そのマダラの言葉を最後に視界は岩石に塞がれ、僕は地爆天星の封印に閉じ込められた。

 

 

 

 

 

 一切光の無い暗闇の中に一筋の光が差し込み、そこへ更なる一押しをする事で光は一気に広がる。

 

「だああぁぁぁ!! 漸く出られた!」

 

 地爆天星の封印を打ち砕き、ようやく外に出る事に成功した。

 強力な封印だけあって容易に外に出られないのは解っていたが、飛雷神の術だけでなく超能力のテレポートまで封じられるとは思わなかった。

 透視まで効かないので外の様子も分からず、だいぶ長い時間封じられてしまった。

 外に抜け出したことで、僕の体から放たれている赤いオーラを納める。

 

『あなた…一体どれだけの力を秘めているのですか。

 一瞬でしたが十尾とも思えるような巨大な力を感じましたよ』

 

「…正直、使うつもりの無かった、使っちゃいけない力なんだよ。

 ここまで封印が強力だとは思わなかったから使う事になったけど、これ以上時間をかける訳にもいかなかったから仕方なかった」

 

『その力ならマダラにも容易に勝てるのではないのですか』

 

「いや、もうこの力を戦いで使うつもりはない」

 

 まさか地爆天星の封印を抜けるために、界王拳を一瞬とはいえ使う羽目になるとは思わなかった。

 流石は輪廻眼、六道の封印術と言ったところだ。

 

 それよりも封印を破るのに結構な時間をかけてしまった。

 何とか忍の力のみで脱出するつもりだったので、界王拳を使う事に踏ん切りがつかなかったのが時間が掛かった原因だが、本気で時間をかけすぎた。

 一時間は流石に経ってないと思うが、戦場では致命的なレベルの時間ロスだ。

 

 僕は直ぐに感知能力と遠視で状況確認を行うと、直ぐ近くで五影全員が倒れている事を察知する。

 口寄せ動物で蛞蝓のカツユによって治療が行われているが、綱手様自身も上半身と下半身が切り離されている重症だ。

 見覚えのある光景! 僕が封印された後にマダラにやられたか!

 

 慌てて僕はオーバーソウルを消し穆王を自身の体に憑依させながら、倒れている綱手様の元に駆け付ける。

 憑依させることで人柱力のような状態になると思ったが、これなら分離しても死ぬという事はなさそうだ。

 封印していないというのもあるが、本体ほど大きく無い断片だからというのもあるのだろう。

 

 とりあえず穆王は憑依してても問題無いとして、すぐさま綱手様の治療とチャクラの供給を行なう。

 創造再生の術もチャクラ切れでほとんど機能しておらず、すっかりおばあちゃんになってしまっている。

 

「綱手様、大丈夫ですか!」

 

「…ハジメか。 あの岩から…抜け出せたか」

 

 弱々しい声で何とか意識を保っていた綱手様。

 意識が途切れては口寄せのカツユも消えて、五影達の命も維持する事は出来なかっただろう。

 知った光景ではあるが、医療忍者として流石の信念だ。

 

「私はいいから……他の影達を…」

 

「全員治療しますよ! 後は任せてください!」

 

 綱手様の治療を引き継いで全員の治療を開始する。

 カツユを僕が新たに口寄せして治癒を引き継ぎ、影分身で全員同時に処置を施す。

 一番重症というか致命傷の綱手様には、胴体を繋ぎながらチャクラを送って創造再生の術を機能させる事で回復を促進させる。

 細胞の寿命とか気にしているレベルの傷ではない。

 

 伊達に綱手様の弟子を名乗っておらず、五影達の治療に問題は無かった。

 マダラの事も気になるので、これならもう少し治療をすれば奴の後を追える。

 

 そう思っていた時に、こちらに近づく者達の気配を感じた。

 敵意は感じなかったのであまり警戒せずその気配の主が向かってくる方向を見ると、現れたのはサスケの仲間の水月と香燐、そして死んだと噂されていた大蛇丸だった。

 

「久しいわねハジメ君。 貴方と直接会うのは何時以来かしら」

 

「僕が最後に見たのは、サスケの呪印から飛び出して来た時ですかね。

 それ以前は貴方が里抜けをする前かと思いますが?」

 

「あら、あの時見ていたの? 恥ずかしい所を見られたわね」

 

 口だけではあるが恥じらいを語る大蛇丸に、僕だけでなく水月と香燐も微妙な表情を見せる。

 蛇に属するあらゆる姿に変態する大蛇丸が、今更どのような姿だと恥ずかしいのか甚だ疑問だ。

 

「大蛇丸…、貴様生きていたのか…」

 

「起きていたのね綱手。 サスケ君が私を復活させてくれたのよ。

 今は彼に協力する事にしているの」

 

「一体何が目的だ」

 

「サスケ君の行く末、それが今の私の興味よ。

 その為にはうちはマダラの望みは邪魔なの。

 だからこの戦争にテコ入れをしようと、死にかけてるみたいだったアナタを助けに来たのだけれど…、もう必要ないみたいね」

 

 大蛇丸から見ても問題無いというところまで治療が終わり、綱手様は自分の足で立ち上がった。

 先ほどまでの状態を考えれば、創造再生の術は改めてとんでもないモノだと思う。

 何せ、高難度だが血継限界ではなく、誰にでも習得可能で僕も習得出来たというところが素晴らしい。

 

「大蛇丸、変わったな」

 

「変わらない物などないわ」

 

「もっと早くそうなっていれば、自来也ももしかしたら…」

 

「そしたらそしたらで、彼も変わっていたかもしれないわね」

 

 今この場に、妙木山で静養している自来也を口寄せしたい衝動に駆られる。

 ペインとの戦いで生き残ったが、片腕を失い怪我の後遺症で碌に戦えないと半ば隠居の様に引きこもったのだ。

 綱手様に生き残ったことを伝えるタイミングを失って、僕やナルトにも口止めをして未だ隠れ潜んでいる。

 知られれば綱手様に殴り殺されかねないというのは同意できるが、大戦開始前に有意義そうに新たなエロ本を書きながら見送られたのはなかなか腹立たしかった。

 

 呼び出しても混乱しか起こらないので自重しようとその葛藤に耐えていると、綱手様が大蛇丸からこちらに意識を向ける。

 

「他の影達の治療は後は私がやっておく。 お前はマダラを追ってくれ。

 火影として情けない話だが、奴と戦えるのはお前くらいしかいない。

 マダラを好きにさせておけば、奴だけで忍連合が壊滅しかねん」

 

「わかりました」

 

 綱手様に後を任せて、現身の術を纏って翼を作り出し飛び上がる準備をする。

 そして戦場の様子を確認しようと、十尾の巨大な仙術チャクラを感じる方を感知した時だった。

 

「!?」

 

「どうした、何があった?」

 

「すいません綱手様! 向こうが拙いようなので急ぎます!」

 

 返事を待たずに飛び上がり、戦場に向けて真っ直ぐ飛んだ。

 同時に感知だけでなく遠視も行い、戦場の状況を直接確認すると予想以上に状況が切迫していた。

 

「なんでマダラがもう十尾の人柱力になってる!?」

 

 見えた戦場ではマダラが既に生き返っており、十尾を取り込み六道仙術を得た姿になっている。

 輪廻眼も片目に収めており、もう片方も半身を真っ黒に染めて動きを封じられているオビトから取り出した所だった。

 

 戦場をチャクラ感知しながら見渡してみれば、巨大な樹の神樹が樹界降誕のように暴れて連合を蹴散らしている。

 穢土転生された歴代火影達も確かにいるが、動きを封じられたり破損しても再生できなかったりと既にやられている。

 そして何より真っ先に感知した、ナルトとサスケのチャクラがとても小さく弱っているのが窮地の証だった。

 

 原作にも覚えのある展開に思えるが、進行が予想していたよりもかなり早い!

 一体何があった!?

 

 一刻の猶予も無いと時間をかけて飛んでいくのを諦め、テレポートで戦場の近くまで転移し一気に距離を短縮する。

 ナルトは九尾を奪われて死にかけているが、クシナが傍に居てミナトが既に九尾の半身のチャクラを入れたのか持ち直そうとしている。

 倒れているサスケにはサクラが駆け付けていたが、治療が思わしくないらしく手を貸した方がいいかもしれない。

 近くにカブトの姿も見えたので、輪廻眼に覚醒させるために柱間細胞をサスケに植え付ける為だろうが、サクラとひと悶着起こしそうなので、フォローの為にも影分身を一体送っておくことにする。

 他にも救援が間に合ってない場所に影分身を落としながら、僕自身はマダラの元へ真っ直ぐ向かう。

 

 だんだんと近付いて来る遠視の先では、輪廻眼を奪われたオビトが放り捨てられ目を納める事で両目を揃えたマダラの姿が見えた。

 十尾も取り込んで正に最強の状態となったと言っていい。

 そんなマダラに対峙しているのは、放り棄てられたオビトを受け止めたカカシにガイとミナトの三人だった。

 そこへ降り立ち、僕もまたマダラと対峙する。

 

「先生!」「ハジメさん!」「ハジメか!」

 

「どうやら遅くなってしまったようだな。

 空から見渡したが、かなり旗色が悪くなってるらしい」

 

 三人を背に睨みつけるが、十尾と両方の輪廻眼を手にしたマダラの圧を強く感じた。

 穢土転生だった時とは比べ物にならない威圧感だ。

 

「来たか中野ハジメ。 封印を破ったのには気づいていたが、ずいぶん遅かったではないか」

 

「お前が暴れ回ったせいでな。 これでも急いできた方だ」

 

「五影共の手当てか。 奴らなど放っておけば、俺が十尾の人柱力になる前に間に合ったかもしれんぞ」

 

「そう言う訳にもいかないからな」

 

 そもそも封印されて時間を稼がれたのは僕の油断からだ。

 

「ガイ、手を出してくれ。 お前の封印にチャクラを補給する」

 

「ですが先生。 マダラを前に余計な消耗をするべきではないのでは?」

 

「余力はまだ十分残っている。 お前という戦力の期待もあるが、それよりも何があったのかお前の中の僕のチャクラと繋いで情報の共有がしたい」

 

「わかりました」

 

 手を繋いでガイの中に封印した僕のチャクラと繋ぐ。

 ガイの中に封印した僕のチャクラは影分身の様に意思を残しているが、通常の影分身と違い独立しており、封印された分のチャクラを使い切れば消えてしまう存在だ。

 だがこのようにチャクラを繋げば供給も出来るし、同時に影分身の様に蓄積した経験も還元することが出来る。

 ガイの中の僕のチャクラが見聞きした情報を共有し、頭を抱えたくなった。

 

 

 

 ガイの中からの視点だけでは憶測もあったが、知りたかった大よその事態は把握出来ていた。

 

 事態は十尾の封印が解かれたところからだ。

 原作通りナルトが九尾化し尾獣達のチャクラを受け取って、穢土転生の人柱力を倒した事でオビトが十尾の復活に踏み切った。

 ガイは尾獣との戦闘で、僕のチャクラを使う事で完全な八門遁甲の陣の様な戦いぶりを見せ、かなり優位に進んでいた。

 十尾復活の過程でオビトの正体が明かされたが、それはまあどうでもいい。

 

 そこから十尾の猛威を八尾と九尾がメインに掻い潜り、忍連合の応援と歴代火影を連れたサスケが参戦した。

 同時期にマダラも到着し、初代火影柱間が応戦する事で、残りが十尾を総力で倒そうと奮闘した。

 十尾の力は強大だが、皆が力を併せて戦う事で優位に進んでいたところで、突如戦っている最中の十尾が消えて事態が急変した。

 

 十尾は消滅した訳ではなく煙を起こして姿を消し、ガイたちが戦っていた場所とは少し離れた場所へ姿を現した。

 現れた場所はマダラと柱間が戦っている場所で、それを察知した主力組は直ぐにミナトと二代目扉間の飛雷神の術で十尾の後を追った。

 カカシは丁度オビトと共に神威の異空間に消えていたのでそこで別れている。

 

 十尾を追った先でガイ達が最初に見たのは、柱間を六道の黒棒で封じ込めている蘇生して片目に輪廻眼を納めたマダラの姿だった。

 それにはガイの中の分身の僕も驚いていた。 原作では輪廻眼の蘇生術でマダラを復活させるのは体を黒ゼツに操られたオビトだったはずだからだ。

 だがマダラが復活しているのはどうしてかと、分身は状況を把握する事で答えを導き出した。

 

 復活したマダラの傍には動けない柱間だけでなく、木人を操る白ゼツ・グルグルと干乾びた白ゼツを持った黒ゼツの姿があった。

 直後放り捨てられた白ゼツの眼は片目が無くなっており、分身はこの白ゼツがもう片方の輪廻眼を使って蘇生術を使ったのだと判断した。

 蘇生したマダラは輪廻眼までは再生出来ず一時的に両目を失う事になるが、白ゼツから輪廻眼を移し替える隙を補うためにグルグルが時間稼ぎの為に現れた。

 そして輪廻眼を片目でも取り戻したマダラは柱間でも止められず無力化され、外道魔像が口寄せ出来たように輪廻眼の力で十尾は口寄せされる事で戦場を移動した。

 

 そこからはマダラの独壇場だった。

 

 十尾の配置が代わったことで、忍連合は再度陣形を組み直さなければ力を発揮出来ず直ぐには動けなかった。

 故にナルト達やガイなどの実力のある忍と歴代火影のみでマダラと十尾に攻撃を仕掛けるが、マダラの操る十尾が外道魔像だった時の尾獣を縛る鎖を出したことでナルトとビーは動きを封じられる。

 残りがマダラを狙うが、白ゼツ・グルグルも立ちはだかり攻め切れない。

 蘇生したことで真の輪廻眼の力を使うマダラに忍術は効かず、近付いても神羅天征や目に見えない謎の攻撃で吹き飛ばされまともに近づけない。

 恐らく見えない攻撃はマダラのみが使える輪廻眼の瞳術、輪墓・辺獄だろうと当たりをつける。

 

 白ゼツ・グルグルも柱間には劣るが同様に木遁の木人で攻撃を仕掛けてくるために、マダラだけを警戒してばかりもいられない。

 そうしている間に尾獣を縛る鎖が、ナルトとビーから九尾と八尾を引き抜いてしまった。

 

 ガイの中のチャクラの僕はナルトを救うために、クシナと共にミナトを呼び戻して戦線を離脱することにした。

 ミナトの中の九尾をナルトに入れる際に黒ゼツの横槍を警戒して、ガイに護衛するように言った。

 そこから先は一時戦線を離脱したのでわからないが、マダラは十尾を取り込み歴代火影も敗れ残ったサスケも返り討ちにあったらしい。

 更に神樹も出現して忍連合がその猛威に晒されているのを、ガイが遠目で捉えていた。

 

 九尾の半身は無事にナルトに入れる事に成功したが目を覚まさず、十尾から一尾と八尾のチャクラを手に入れなければならない事を分身の僕も思い出す。

 その為にはやはり先ずはマダラをどうにかしなければと、ナルトの事をクシナに任せてガイとミナトは戦場に戻った。

 そこではオビトが半身を黒く染められマダラに拘束されており、更に満身創痍のカカシも神威でその場に姿を現した。

 

 半身を黒く染められた事で物体透過の力を持つ神威を封じられているようだが、オビトはそれでも拘束を逃れようと抵抗していた。

 マダラはカカシに貫かせたのだろう胸の風穴を見て、オビトがマダラに協力して無限月読を行なう事を決めたリンの死の真相を語った。

 全てはオビトをマダラ側に引き込むために絶望させる為の策謀だと語られ、オビトはショックで抵抗する気力を失い、同じチームだったカカシとミナトもマダラに憤りを覚える。

 直情的なガイが非難するが、マダラは気にすることなく抵抗をやめたオビトから輪廻眼を奪った。

 

 

 

 ここでようやく僕が到着し、状況整理が終了する。

 原作よりもいろいろ数段飛ばしに展開が進んでしまっている。

 ナルトとサスケが復帰するのにもまだ時間が掛かりそうだし、この展開だとガイが八門遁甲を使う直前だったんじゃないか?

 マンガだと一番の見せ場だが、実際に使わせる気はなかったのでそれはぎりぎり間に合ったと言える。

 

 おそらく原作の中で最も強い存在。

 輪廻眼を両目に宿し六道仙術を得たマダラを前に、主人公たちの登場を待たなければならない。

 

「全く厄介な…」

 

 そう言いながら最強となったマダラと戦う覚悟を決めた。

 

 

 

 

 

 

 




 ナルトとサスケを瀕死にしながらマダラを最終形態に持っていく展開の再構成は大変でした。
 マンガを見直せばわかると思いますが、オビトに一度十尾を封印してから引っこ抜いて蘇生して再度十尾を封印するなんて、マダラの立場なら行き当たりばったりで舐めプにも見える隙だらけの展開戦略。
 故にハジメの存在がマダラの余裕を奪って、さっさと蘇生して十尾の人柱力化を行なうと言う展開にした場合の再構成が大変でした
 原作に近い展開に行きつくための戦闘の流れを不自然でないように組み立てるのは一苦労です。

 うまくナルトとサスケを六道仙術と輪廻写輪眼に覚醒させないといけないので、原作を維持したままの二次創作というのは難しいですね


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第十五話

 

 

 

 

 

 マダラと改めて戦う訳だが、後ろの三人の援護を迂闊には受ける事が出来ない。

 ガイは僕のチャクラを上乗せすれば、体術なら十分通用するので無理ではない。

 ミナトの飛雷神の術は頼りになるが、穢土転生は六道仙術に無力化されるので今のマダラと直接戦うのは相性が悪い。

 カカシは致命傷は受けていないが傷だらけの満身創痍で、その上…

 

「ハジメさん…」

 

 僕の名を呼ぶカカシは、無理矢理動きを封じられ輪廻眼を奪われた事で息絶え絶えのオビトを抱えている。

 一目で死にかけているのが解るが、カカシもマダラに利用されていたとはいえ敵だったので治療してほしいとは言いだせないといった様子。

 僕は影分身を一体出して二人の元に送る。

 

「カカシ、そいつを連れて下がれ」

 

「ハジメさん。 しかし…」

 

「お前もその傷じゃ碌に戦える状態じゃないだろう。

 影分身に治療させるから、一旦ここを離れろ」

 

「…ありがとうございます」

 

 影分身を出す負担を思ってお礼を言ったんだろうが、一体くらいならまだ誤差だ。

 オビトも原作では最終的には味方側に立ってくれていた。

 どうなるかは分からないが、助けられるならそれに越したことは無い。

 

 カカシがオビトを連れて影分身一体と離れた所で、再びマダラを見据える。

 二人が下がるのを見過ごしたあたり、十尾を取り込み輪廻眼を取り戻したことで余裕綽々と言った様子が見て取れる。

 マダラにとってオビトはもう用済みという事だろう。

 

「気をつけてくれハジメ。 奴は…」

 

「ああ、わかってる。 ガイの中の僕のチャクラと繋いだことで大体状況は解ってる。

 ただでさえ輪廻眼だけでも厄介なのに、十尾の人柱力になってしまったって事だ」

 

 ミナトに状況は理解出来ていると答える。

 

「そうだ。 俺は今、忍の祖である六道仙人と同じ力を手にしている。

 前の時の様に俺の相手が容易に務まるとは思わない事だ」

 

「だが、戦わない訳にはいかないだろう」

 

 少し跳躍して前に飛び、ガイ達から距離を開けて宙に浮かんでいるマダラと相対する。

 

「ハジメ! 一人じゃ無理だ!」

 

「まずは小手調べだ。 二人は見ていてくれ。

 それからガイ。 しっかり見ていろ(・・・・・・・・)

 

「!? 解りました先生!」

 

 ガイ達にもマダラの力を分析するよう様子見に徹させる。

 僕は多重影分身の術を使い、百体近い分身を生み出してマダラを包囲するように向かわせる。

 

「影分身を使って小手調べとは、舐めているのか?」

 

 マダラがそう言った直後、影分身が先頭から次々と見えない攻撃を受けて吹き飛ばされ、その衝撃で消えていく。

 それは神羅天征の様に斥力でまとめて一気に吹き飛ばすようなものではなく、見えない攻撃が順番に影分身を打倒しているのが解った。

 間違いなくマダラの輪廻眼の能力、輪墓・辺獄によるものだが、どんなに凝らしてみてもその姿を僕に確認することは出来ない。

 そうしている内に影分身はほとんどやられて、本体の僕にも突然の衝撃が襲い掛かり吹き飛ばされる。

 攻撃されてようやくマダラの分身がこちらにも来ていたことを悟った。

 

「先生!」「大丈夫かハジメ!?」

 

「あ、ああ。 仙術を使って体の強度を上げてなかったら不味い威力の攻撃だった。

 だがやっぱり神羅天征とは違う、見えないが明確な物理攻撃だ。

 攻撃されるまで何も感知することが出来なかった」

 

 超能力の透視やシャーマンキングの霊視が出来る僕ならもしかしたら見えるかと思ったが、影一つ見ることが出来ない。

 知ってはいたが相当厄介な術だ。

 

「どうやらお前でも俺の輪廻眼の瞳術には手も足も出ない様だな。

 教えておいてやる。 この術の名は輪墓・辺獄。

 長門やオビトが輪廻眼を手にしようと、この瞳術だけは本来の持ち主である俺にしか引き出す事の出来ない力だ。

 柱間をも超えるチャクラを持つお前であっても、真の輪廻眼の力までは手に負えまい」

 

「それはどうかな」

 

 新たに印を組んで術を発動させる。

 

 

――忍法・創造再生――

 

 

 本来この術は百毫の術とセットだが、僕にはもともと膨大なチャクラを持っている事でなくても発動が可能だ。

 先ほど受けた攻撃も重症ではなくとも結構なダメージがあったが、それも創造再生により瞬時に回復する。

 そしてこの術は常時発動型で、ダメージを受ければ自動で回復する。

 攻撃が見えず避けられないなら、ダメージを受けても耐えて回復するしかない。

 

 更に現身の術を身に纏う大きさで発動し、再び多重影分身をしてマダラに向かわせる。

 今度は本体の僕も一緒にだ。

 

「同じ手を繰り返したところでこの術は破れんぞ。

 いくら膨大なチャクラを持つ貴様でも、今の俺に持久戦は無意味だ。

 むっ………」

 

 影分身達と共にマダラに仕掛けるが、今度は闇雲に一直線に向かってはいかせない。

 マダラの周囲を無作為に動き回って、どこから来るか分からない攻撃が少しでも当たらないように攪乱する。

 更に半数の影分身は宙に跳びあがって、空を足場にして方向転換を繰り返し空中でも攪乱する。

 

 昔、ガイを騙して上忍体術の技だと言って習得させた技術だ。

 当然原作で八門遁甲の陣を完成させ宙を力ずくで駆けたガイほど早く飛び回れるわけではないが、空を蹴る事による方向転換は本来空中では出来ない多角的な動きを可能にしている。

 マダラでもこんな動きをされれば攻撃を狙い辛いはずだ。

 

「空中を蹴って飛ぶとは多才な奴だ」

 

 マダラが求道玉を射出して一体の影分身を狙うが、その影分身は空を蹴って回避する。

 しかし回避した影分身は直後に輪墓の攻撃を受けて吹き飛び消えてしまう。

 求道玉は塵遁の如く触れた物を消し去ってしまうが、影分身でも回避出来たように射出速度はそれほどでもない。

 

「行け!」

 

 

――螺旋丸――

 

――仙法・沸遁・熱波弾――

 

――雷遁・雷球――

 

――仙法・火遁・大炎弾――

 

――風遁・風刃――

 

――仙法・螺旋丸――

 

 

 影分身と共に動き回りながら多種多様な忍術を放ち、忍術を放たない者も手裏剣や苦無を投げてマダラを攻撃する。

 マダラは求道玉の一つを変化させて、自身の周囲を包み込む球体状に変化させ攻撃を防いだ。

 苦無や通常の忍術はあっという間に打ち消させるが、仙術を使った攻撃にだけ求道玉の守りを僅かに歪ませるのを確認する。

 

「この程度の攻撃、小賢しいわ!」

 

 そう言い放った直後、マダラから全方位に神羅天征が放たれ、本体の僕を含めた影分身全員が吹き飛ばされる。

 吹き飛ばされた衝撃で影分身はすべて消え、僕は空中で体勢を立て直そうとしたところで更なる衝撃に襲われる。

 

「うっ、ぐっ、あっ、がっ!」

 

 輪墓の攻撃を連続で受け、僕はダメージを受けながら吹き飛ばされ地面に叩きつけられた。

 現身の術の守りを纏っていたが、それを破られたり貫かれたりする感覚もなく直接体にダメージが入った。

 この事から輪墓に対して、通常の守りでは透過されて無意味だと分かった。

 

「大丈夫ですか先生!」

 

「ああ、大丈夫だ」

 

「ハジメ、やはりオレ達も一緒に戦う」

 

 倒れていた所にガイとミナトが傍までやってくる。

 輪墓の攻撃力はかなり高いが仙術で強化されている僕なら耐えられないほどではなく、創造再生で即座に回復して起き上がる。

 

「この程度で終わりか? 前に使った術はどうした。

 輪廻眼と六道仙術の前には無意味と悟ったから使わないのか?」

 

「あの術を今のお前に使ってもあまり効果はないだろう」

 

 O.S.(オーバーソウル)現身・穆王はマダラの完成体須佐能乎に対抗する為に出したもの。

 今のマダラに巨体で動き回ったらいい的にしかならない。

 

「それにお前に勝つには手の内を探る必要があった。

 ガイ、答え合わせだ。 今の攻防、何が見えた?」

 

「はい、先生を攻撃する幾人かの人影が見えました!」

 

「なに!?」

 

 ガイの答えに、マダラが目を見開いて驚きの声を上げる。

 写輪眼すら持たぬガイに、輪墓を見抜く事など出来るはずがないのだから。

 

「奴の輪墓という術は見えない人型、おそらく分身による直接攻撃です。

 攻撃を受けた先生の影分身のダメージの受け方から、人の打撃による攻撃の受け方だと朧気に見えました。

 見えない人による攻撃なのではと気づけば、それからの攻撃の全てが俺の眼には人の打撃によるものにしか見えませんでした。

 見えない分身の数は三人から四人。 奴自身は宙に浮いていますが、見えない分身は地面を走るのみで飛ぶ様子はありません。

 打撃による攻撃しか行なっていない事から、おそらく分身は術が使えないのかと」

 

「…流石だなガイ。 体術のスペシャリストは伊達じゃないな」

 

 そう見抜ける様に解り易く動き回ったとはいえ、ガイは輪墓の正体を見事に見破った。

 影分身の倒される様を見て、どのように攻撃されたのかを逆算し、そこから見えない実像を認識した。

 輪墓が見えないだけで術の使えないマダラの分身である事を予測できるように、空を駆け回って攻撃を当て難くすることで、本体と違い空を飛べない事も分かりやすくさせる。

 

 肉弾戦に特化したガイならば、見えない肉弾戦を仕掛けてくるマダラの分身を見抜けるのではないかと試してみたが、見事に見抜いて見せた。

 見抜けなかったとしても、僕が今の戦いの中で見抜いたことにすればいいから何も問題ない。

 カカシとの勝負で写輪眼を警戒して、足元を見るだけで動きを予測したガイならばと思った結果だ。

 

「輪墓が見えておらんというのに、その正体を見抜くとは。

 なかなか面白い男ではないか」

 

「すごいじゃないか、ガイ!」

 

 ミナトだけでなく、この時ばかりはマダラも素直に称賛した。

 

「いえ、先生が見ていろと言って戦ってくれたからです」

 

「だが術の正体を見抜こうと、未だ見えぬ事に変わりはないだろう。

 傷を治し痩せ我慢しながら俺と戦うつもりか?」

 

「ああ、そのつもりだ!」

 

 輪墓が見えないのは、輪廻眼も六道仙術も無いのだからどうしようもない。

 ならば攻撃に耐えてダメージを回復しつつマダラを直接狙うごり押しの手段しかない。

 だが脳筋戦法はここからが本番だ。

 

「仙法……創造再生……沸遁・怪力無双……」

 

 体内にいる穆王から送られてくる沸遁チャクラで怪力無双を発動し、体から蒸気を発する。

 

「そして最後に!」

 

 

――八門遁甲・第七・驚門――

 

 

「開!」

 

 八門遁甲を発動し、蒸気に驚門を開いた証の碧い汗の蒸気が上乗せされる。

 これが輪墓に耐えながらマダラと戦う脳筋戦法の仕上げだ。

 

「行くぞ、マダラ!」

 

 

――ダダダダダダダダダン!!!――

 

 

 上乗せに上乗せした身体強化の術で先ほどとは比べ物にならない速度で空を蹴って、動きが補足されないように縦横無尽に空中を駆け回る。

 

「速い!?」

 

「ガイ、お前の技を使わせてもらうぞ!」

 

「ッ!?」

 

 

――夕象――

 

 

「壱足!」

 

 高速で目の前まで迫り、驚くマダラに本来ガイの技である夕象を打ち込んだ。

 拳圧による空気砲に飲み込まれ、マダラはその圧力に吹き飛ばされる。

 

 本来は原作でガイが八門遁甲の陣を完成させる事でようやく使える体術だが、第七・驚門に仙術と沸遁・怪力無双を重ねる事によって無理矢理使用可能にした。

 更に創造再生によって負荷による体へのダメージを回復させることで、死ぬリスクの無い八門遁甲の陣に近い力を発揮しているという訳だ。

 

 夕象の攻撃は、拳圧による空気砲の一撃では終わらない。

 吹き飛ばされるマダラに先回りして、別方向から続けて攻撃を行なう。

 

「弐足!」

 

 二撃目の夕象が一撃目の夕象と交錯する事で、マダラの体が空中に固定される。

 体が強化されている事で、反動による痛みも大したことは無く即座に回復する。

 

「参足! 肆足!」

 

 三撃目四撃目と更に別方向から拳圧砲が交錯する事で、マダラの体を空中に縫い止め動きを封じ込める。

 

「伍足!」

 

 動きを止めたマダラに五撃目に直接の打撃を打ち込むべく接近する。

 だがマダラも動きは封じられても無抵抗の筈はなく、複数の求道玉をこちらに打ち出し、更に残した求道玉で球体の幕を張って全身を覆い隠す。

 撃ち出された求道玉が僕に向かってきて、何の抵抗もなく突き抜けると僕の姿は幻影の様に歪んで消えていく。

 

「幻術!?」

 

「いえ、あれは残像拳! 先生の歴とした体術です」

 

 残像拳はドラゴンボール初期の頃に使われていた技で、僕も一応習得していた。

 術をあまり使えないガイに何かいい技はないかと思い出し、相手を翻弄出来る体術として伝授もした。

 その場に残像を残して、僕は既に別方向からマダラに接近している。

 

「ハアァァッ!!」

 

 マダラは求道玉で自身を包み込んで守りを固めたが、求道玉も絶対ではない。

 仙術チャクラであれば他の術や物体の様に即座に消されることは無く、威力があれば求道玉を砕けない事は無い。

 現身の術で腕にチャクラを纏い、更に回転拳を行なったうえで求道玉の幕に五撃目の打撃を叩きこんだ。

 

 拮抗は一瞬で、求道玉の幕に罅が入ると回転拳が穴を押し広げて中のマダラの姿を顕わにする。

 

「求道玉を砕くだと!?」

 

「おまけだ! 陸足!」

 

 本来夕象に六撃目は無いが、求道玉の幕を貫くのに五撃目の威力を殺された。

 創造再生で本来の夕象の反動を減らせているので余力があり、マダラの目前で空を踏み込んで打撃の威力を捻出。

 回転拳も載せた打撃を叩きこみ、マダラごと反対側の求道玉の幕をぶち抜いて突き抜けた。

 

 更に叩き込んだ打撃に捩じりを加え、マダラの体を上空へ打ち上げる。

 地上に降りられては輪墓の攻撃を受けやすいので、マダラには上空に居てもらった方が好ましい。

 吹き飛ばしたマダラを空を駆けて再び追い抜き、先回りして回転させているチャクラを腕から切り離し、螺旋丸のように球体にせず円盤状にして更に高速回転させる。

 投げる必要はなくチェーンソーの様に高速回転の刃で、マダラの胴体を横に一閃する。

 

 

――気円斬――

 

 

 忍術ですらないが、この際マダラの体を真っ二つに出来ればどうでもよかった。

 強力な切断技として真っ先に思いついたのがこの技だったので、つい使ってしまっただけだ。

 

 マダラの体は上半身と下半身に分かれたが、これくらいで死ぬはずもない。

 原作でも真っ二つになっていたし、今も吐血しつつもこちらを認識して睨んできている。

 フリーザでも真っ二つにされた時は、力尽きて地に伏したんだが。

 

 上半身だけになってもマダラは健在で、腕をこちらに向けて術を発動してきた。

 

 

――天道・神羅天征――

 

 

 僕の体に不可視の衝撃が走るが、空を蹴る事で踏ん張りバランスを取るために空を受け身をする様に叩いて衝撃の威力を殺しその場に留まった。

 その場に無理矢理留まった事で神羅天征の力が逆流し、マダラの方が反対に吹き飛ばされていく。

 それを好機とみて、僕はその場に残されたマダラの下半身を、飛んでいったマダラの上半身とは別の方向に蹴り飛ばす。

 

 六道の力を得たマダラなら、斬られた上半身と下半身を即座にくっつける事など不可能ではないだろう。

 実際に綱手様が不本意だろうが先ほど実演していたし、創造再生を使っている今の僕も同じ事は出来そうだ。

 だが距離をとって引き離しておけばマダラは直接下半身を再生させるだろうし、実際に原作でもそうだった。

 僕の狙いは切り離したことで残るマダラの下半身だ。

 

 原作では切り離された下半身から六道仙人が顕現出来たように、下半身にも六道仙術のチャクラである尾獣達のチャクラは残っている。

 そこからナルトの不足している一尾と八尾のチャクラを回収するのが僕の狙いだ。

 先ほど大量の影分身を出した時に、マダラの下半身をナルトに届けるための運搬要員を近くに潜ませておいた。

 いくら六道仙術のマダラの体と言っても下半身で自立して襲ってくることは無いだろうが、重要な役割なので下半身に簡易の封印をかけて運ばせるように指示を出している。

 後は下半身がナルトの所まで運ばれるのを気付かれないように、僕はマダラに追い打ちをかけ続ける。

 

 

 神羅天征で逆に吹き飛んでいった上半身だけのマダラを、空を蹴って追いかける。

 見れば気円斬で斬られた断面から再生が始まっており、肉が盛り上がってきている。

 十尾の力とはいえ呆れた再生力だが、上半身だけではマダラも流石に動き辛い筈。

 神羅天征も使ったばかりでインターバルに入っており、今がチャンスと真っ直ぐに追いかけた。

 

 だが途中の空中で顔に衝撃を受け、動きを止められた事で追撃を中断させられる。

 まるで見えない物理攻撃に、それが輪墓によるものだと直ぐに分かった。

 輪墓は飛べないがマダラ自身から分離するように現れる。

 出した輪墓を空中でその場に残し、追っていた僕がすれ違ったところを攻撃されたのだと悟る。

 

 攻撃には耐えられるが空中で体勢を崩した。

 再び追いかけようとした所に求道玉を打ち込まれ、回避したところに広範囲の雷遁らしき術(仙法・陰遁雷派)が放たれた事で大きく回避する為にマダラから距離をとった。

 その間にマダラは地上近くに降りて、その場で下半身をゆっくりと再生させていく。

 その場から動かずじっとしている様子に、おそらくマダラの周囲には輪墓が守りを固めているはずと、追撃を諦めた。

 

「やってくれるではないか。 タダの体術と仙術のみで求道玉の守りを破り、俺にここまでの深手を負わせるとは。

 十尾を取り込んでいなかったら終わっていたぞ」

 

「平然と下半身を再生させている奴が、それを深手と言えるのか?

 どうやら頭か心臓を叩き潰さないと死なないらしいな」

 

「その通りだ。 だがもう油断はせんぞ。

 貴様は今の俺をも殺しうる存在だ。 もはや手は抜かん」

 

 マダラが油断していたのは真実だろう。

 その間にマダラの頭に拳を叩きこんで、輪廻眼ごと叩き潰していれば終わっていたかもしれない。

 だがナルトの復活の為に、今のマダラの体の一部を奪うのが先決だった。

 

 ナルトとサスケには六道仙術と輪廻眼に目覚めてもらい、六道仙人の力を受け継いでもらう必要がある。

 カグヤが復活する事で大筒木一族の存在を明らかにしておきたいが、その為の無限月読は世界を滅ぼしかねない事に変わりないので、大きなリスクを伴う。

 なのでカグヤが復活するにしろマダラをこの場で倒すにしろ、対抗手段となるナルトとサスケの力の継承だけは必要不可欠だ。

 

 条件は既にクリアしている。

 ナルトにはマダラの下半身がすぐに届くだろうし、サスケの方も影分身からの情報でカブトによって柱間細胞を植え付けることが出来た。

 その時サクラと一悶着があり、更に香燐達も辿り着いたことでややこしくなった。

 具体的にはサクラと香燐の視線が交錯した瞬間、二人の間に見えないチャクラのオーラがぶつかり合い、近くにいたカブトを含めた大蛇丸組も全員僅かに慄き、影分身の僕ももういいかなと術を解いてそのまま撤退してしまうほどのややこしさだった。

 

 分身を解く直前に、水月がずるいと言っていた気がするが気のせいだろう。

 サスケは………周りがあの状況でちゃんと起きれるか少し心配になった。

 

 

 ともかく後は二人が目覚めるのを待つだけだが、マダラ相手に時間を稼ぐ必要がある。

 だが…

 

「こちらも準備は整った。 この仙術と体術なら今のお前にも十分通用するのが証明できた。

 今度は全員で行かせてもらう。 ガイ! ミナト!」

 

「はい、先生!」

 

「出番があってよかったよ。 いや、本来は喜ぶところじゃないんだろうけどね。

 ハジメが一人で倒してしまうんじゃないかと思ったよ」

 

 飛び回った僕等を追いついてきて、ガイとミナトが現れる。

 更に今さっき影分身からの情報で知った援軍も駆け付ける。

 

「おまたせしました」

 

「来たか、カカシ」

 

「カカシ、その目は!?」

 

 近くの空間が渦巻き、神威によってそこからカカシが姿を現す。

 その両目には万華鏡写輪眼を宿し、戦場に戻ってきた。

 

 

 

 時は少し遡って…

 

 弱り切ったオビトを抱えたカカシと共に、戦場から少し遠ざかって影分身の僕は二人の治療をしようとしていた。

 だが治療を始めようと手を翳したところで、オビトが手を跳ね除けた。

 

「………やめろ。 治療などいらない」

 

「何を言ってるオビト! そのままじゃ死ぬぞ!」

 

「俺とお前たちは敵同士だ。 敵を助けるんじゃない」

 

 治療を拒むオビトを説得するカカシ。

 僕は治療を強行しても仕方ないと、手を出さずに様子を見る。

 

「奴が言っていただろう! リンのこともすべてはマダラの仕組んだことだって。

 お前は利用されていたんだ!」

 

「…ああ、そうだ。 俺は利用されて裏切られた。

 だからどうした。 俺がお前たちの敵になったことに変わりはない。

 俺は五里全てを敵に回して忍界大戦を引き起こした!」

 

「ッ!………」

 

 そう、第四次忍界大戦を引き起こしたのは、間違いなくオビトだ。

 今は復活したとはいえ、マダラはつい先ほどまで死んでいた死者だった。

 マダラの死んでいる間、暗躍していたのは間違いなくオビト自身だ。

 それをカカシも否定する事は出来ない。

 

「マダラに利用されていることくらいわかっていた。

 だが分かっていても、リンのいないこの世界が憎くて仕方なかった。

 リンを助けられなかった先生が、リンを殺したカカシが、間に合わなかった俺自身が憎くして仕方ない。

 だから誰もが幸福な夢を見る事で世界を救って(おわらせて)やろうとした」

 

 溢れる憎しみからオビトは満身創痍でもなお強く拳を握り締める。

 

「…何となく察していた。 リンが死んだのはマダラが仕組んだ事なんじゃないかって」

 

「何? だったらどうして…」

 

「リンが死んだとき、俺もあそこにいた。 リンが危ないと白ゼツに聞かされて、マダラのアジトから抜け出す手助けもされた。

 何もかもが憎くて全てがどうでもよくなって俺は目を背けていた。

 あの時あの光景を見て俺が憎しみを抱いたのは都合が良すぎるんだって。

 リンはマダラが俺を利用する為に殺されたんだと!

 リンは俺のせいで死んだ!」

 

「違う! 悪いのはマダラだ!」

 

「違わない! だが、そんなことはどうだっていい!

 元から俺自身も憎くて仕方ないんだ。 今更俺自身への憎悪が増したところで何も変わらない」

 

 万華鏡写輪眼が開眼する条件の宿業を表すかのように、オビトの残った片方の目から血の涙が流れる。

 

「だが、それを認めてしまったから、今はマダラが一番憎くて仕方ない。

 奴も奴のやろうとしている事も、何もかもをぶっ壊してやりたくて仕方ない!

 だから、カカシ!」

 

 憎しみのあまり爪が掌に食い込んで血を流していたその手を、オビトはカカシに伸ばす。

 

「無限月読ももうどうでもいい。 今度こそお前の勝ちを認めてやる。

 戦利品だ。 俺の全てを持っていけ」

 

「オビト、何を…」

 

 カカシはオビトの伸ばした手を握り、真意を測ろうとする。

 

「この残った目もくれてやるって言ってるんだ。 写輪眼は左右揃って本来の力を発揮する。

 マダラと戦うなら多少は役に立つはずだ」

 

「馬鹿を言うな! そんな事出来るか!」

 

「やれ! 俺に勝ったんだったら、マダラにも勝って世界を救って見せろ!

 倒した敵の事なんか、気に掛けてる暇はないだろ」

 

 オビトの手からチャクラが流れ出し、その手を握るカカシに流れていく。

 それは弱々しいが命その物が流れ出しているような濃密なチャクラだ。

 

「やめろオビト! そんな体でチャクラを出せば死ぬぞ!」

 

「くれてやるって言ってるんだ。 この目もこの命も。

 どうせもうすぐ死ぬんだ。 有効利用しろ」

 

 弱々しくもオビトはカカシの手を強く握って放そうとはしない。

 オビトの最後の気迫に、黙ってみている僕も止めようがなかった。

 

「マダラを倒してリンの無念を………。

 いや、これは俺の無念だ。 俺の無念なんざ晴らさなくていい」

 

「オビト……」

 

 対となる写輪眼として共鳴したのか、カカシの万華鏡写輪眼からも血の涙が流れ落ちる。

 

「俺はリンの所へ行く。 お前はせいぜい木の葉のために戦って長生きしてろ…。

 こんな真似をしたんだ…。 きっとリンも怒ってるだろうな……。

 じゃあな…カカシ……」

 

 オビトの荒げていた息吹が止まり、手から流れ出ていたチャクラが止まる。

 だがそのチャクラはカカシが確かに受け取っており、繋いでいた手に宿っていた。

 

「………ハジメさん、オビトの眼を俺に入れてください」

 

「いいのか?」

 

「はい」

 

「おい、なにを!」

 

 カカシは写輪眼ではない普通の右目に指を指し込み、自分で無理矢理抜き取ってしまう。

 オビトの眼を入れる為とはいえ、自分の眼を抉るなんてかなりエグイ。

 医療忍者としてそういう物は見てきたが、自分でそういう事をするのはやはり痛々しい。

 

「今のお前の心情は察するが、無理やり自分の眼を引っこ抜くな。

 眼球以外も傷つけて、目の移植どころじゃなくなるかもしれないぞ」

 

「…すみません、気が逸ってしまって」

 

 オビトの写輪眼の移植の前に、カカシの眼窩の止血を行ない問題がないか確認する。

 その後、オビトからカカシの右目に写輪眼の移植を行なう。

 毎度思うが、眼球の移植がその場で容易に出来るあたり、この世界の医療忍術はいろいろ可笑しい。

 

「オビト。 お前の無念は俺も同じだ。

 俺もマダラのやったことに腹を立てている。

 必ず勝つよ。 その光景をお前の眼でしっかり見届けてやる」

 

「カカシ、移植の最中なんだから目に力を入れないで」

 

「あ、すいません」

 

 

 

 

 

 




 展開の都合でオビトの退場が早まったことにより、カカシが両目に写輪眼を宿す事となりました。
 その関係でオビトに救いのない無念の退場が余儀なくされましたが、オビトも間違いなく主犯格の一人なので、この結末も順当な結果ともいえるのではないでしょう。
 オビトが特別嫌いなわけではないのですが、前に本編で書いたように九尾事件もうちは事件にも関わってるので、騒動の原因を作った主犯である事には違いないのです。

 カカシが両目に写輪眼を得ましたが、実は原作の終盤の期限付き写輪眼より弱いです。
 オビトが十尾の人柱力になる前にカカシに受け継がれたので、原作のセリフで『六道の力を得た事で瞳力が上がっている』というパワーアップが無いです。
 それでもオビト自身が柱間細胞で半身を補強していたので、通常の万華鏡写輪眼よりは力を持っているのではないでしょうか


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第十六話

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 これから全員でマダラに挑むというところで、カカシが両目に写輪眼を宿して戻ってきた。

 カカシの状況は影分身からの情報ですべて把握出来ている。

 両目の神威がカカシにあるのなら、求道玉に対してもかなり有効な手段となる。

 

「マダラの下半身の再生も直ぐに終わる。

 それまでに作戦を立てて全員で攻めるぞ」

 

「十尾の人柱力だからって、いったいどういう体をしてるんだ奴は?」

 

 下半身がうにょうにょと生えてくるマダラを見て、呟いたガイだけでなくミナトとカカシも少し慄いている。

 

「気にしても仕方ない。 ガイ、お前は僕と一緒にオフェンスだ。

 戦い方は見ていたからわかるな」

 

「奴の見えない分身を攪乱しながら耐えて夕象で攻撃ですね」

 

「それとこのチャクラも受け取っておけ」

 

 ガイに拳を突き出して示すと、ガイも理解して拳を合わせる。

 合わせた拳から穆王に練り上げてもらった沸遁チャクラがガイに流れ込み、その中の僕の意志がしっかりと受け取った。

 

「これでガイも沸遁・怪力無双が使えるはずだ。

 体内発動の術だからそれだけのチャクラでも長持ちする筈だ」

 

「しかし、先生のチャクラは…」

 

「まだ大丈夫だ」

 

「…流石です先生」

 

 先ほどもチャクラの受け渡しをしているので、まだ尽きない事にガイも少し呆れているみたいだ。

 

「ガイは僕と連携してオフェンスだ。 ガイもほぼ同じ術を使える状態だが、創造再生までは僕の分身の補佐があっても使うのは難しい。

 体内からの治癒活性が限界だから、治癒の追い付かない体の限界を見極めながら戦え」

 

「わかりました」

 

 ガイは貸し与えた術ゆえに性能は僕に劣るが、体術のキレなら確実に僕より上だ。

 輪墓が見えなくても二人掛かりならさらに優位に運べる。

 

「ミナトとカカシはサポートだ。 飛雷神と神威の時空間忍術なら今のマダラにも十分有効だ」

 

「わかった。 だがさっきの空中の高速戦闘にはオレも流石についていけない」

 

「だから少し工夫がいる」

 

 僕は飛雷神の応用方法を提案し、ミナトが出来ると聞いて準備を整えた。

 

 

 

 作戦の相談を終えて、僕とガイが並んで前に出る。

 相談の間にマダラは下半身を完全に再生させて万端で待ち構えていた。

 

「待っているとはずいぶん余裕だな」

 

「俺も体が不完全な状態で貴様と十全に戦えると思ってはいない。 こちらから攻撃すれば貴様は即座に対応しただろう。

 まさか輪廻眼と六道仙術を揃えた今の俺に警戒させるなど、このワクワクは生前の柱間以来だ」

 

「その余裕もそこまでだ。 今度は俺と先生の二人掛かりで行かせてもらう」

 

「行くぞガイ!」

 

 僕とガイは沸遁の混ざった八門遁甲・第七門の青い蒸気を噴出させて駆け出す。

 真正面から突っ込んでも輪墓のマダラが確実にいるので、マダラの周囲を残像拳を残しながら駆け回る。

 マダラは輪廻眼を凝らして僕等の動きを追っているが、その場からは動かない。

 

「「夕象!」」

 

 僕とガイの空気砲が別方向からマダラに向かうが、マダラは即座に反応して求道玉を変形させて壁にし空気砲から防御する。

 更に防御した直後に飛び上がって空気砲の射線から退避する。

 その場に居れば先ほどのように空気砲で動きを封じられると分かっているからだろう。

 

 僕等は続けて夕象の空気砲を放つが、求道玉で防御し或いは回避して動き回り動きを封じられないように徹底している。

 先ほどと同じでは通用しないと次の手に移る。

 

「ガイ、残像拳で行くぞ!」

 

「はい!」

 

 夕象の空気砲を飛ばさず、僕はマダラに真っ直ぐ突っ込んでいく。

 当然マダラは直線的な動きなど容易に対応、求道玉の錫杖を振るうが、消えるのは僕の残像だけ。

 僕自身はマダラの攻撃範囲に入る前に別方向に軌道を変えている。

 

「ッ! さっきの技か!?」

 

 続いてガイが向かっていきマダラは反応して攻撃するが、それもまた残像。

 残像に気付けばすぐに本体僕等にマダラは視線を戻すが、残像拳を使った直後であれば僅かな間僕等を見失っている。

 それは致命的な隙となる。

 

 

――夕象――

 

 

「ガハッ!」

 

 マダラが錫杖を振りぬいて残像を消す隙を突いて懐に入り込み、空気砲ではない直接の打撃を叩き込む。

 

「はぁっ!」

 

「ゴハッ!」

 

 一撃で吹き飛んだマダラの飛ぶ先にガイが先回りし、無防備になったその体に追撃の一撃を食らわせた。

 再び吹き飛んだ先に僕が回り込み殴り飛ばし、その先でガイが回り込んで殴り飛ばすのを繰り返す。

 マダラはピンボールの球のように飛び回り翻弄されている。

 

 夕象の攻撃は段階的に速度を上げて威力を高めていく連続攻撃。

 マダラは殴り飛ばされるたびに威力は上がっていく。

 僕とガイの二人掛かりの夕象で普通の人間ならとっくにミンチになってる攻撃を、マダラは耐えている。

 まさかこのまま翻弄されるだけかと頭に過った所で、マダラを殴り飛ばした直後に僕の体が急に動かなくなる。

 

「これは、輪墓か!」

 

「俺がやられるばかりと思うな!」

 

 吹き飛びながらマダラは僕に向かって求道玉を三つ射出してくる。

 飛ばす程度の速度なら容易に避けられるが、先ほど殴った輪墓マダラが押さえているのか体を動かせない。

 今の身体能力ならマダラの輪墓であっても力ずくで拘束を破れるが、その僅かな間に求道玉が到達する。

 ピンチではあるが、マダラから離れた求道玉は同時にチャンスでもあった。

 

「ミナト!」

 

「わかった!」

 

 ミナトが僕にされたマーキングを目印に飛雷神で飛んでくる。

 

「無駄だ! 求道玉は穢土転生だろうと破壊する!」

 

「それは百も承知だよ」

 

 狙いは僕の壁になる事じゃない。 ミナトは飛雷神の苦無を両手に構えて、求道玉に対して斬り払った。

 飛雷神の苦無は触れた所を僅かに削り取られるが、その一瞬でミナトは求道玉をどこかへと飛ばした。

 

「求道玉を時空間忍術で飛ばしただと!? ガッ!」

 

「四代目とカカシの時空間忍術なら、その黒い球にも有効という事だ!」

 

 マダラの反撃している間も夕象の攻撃は続いており、ガイが再び殴り飛ばす。

 飛ばされた先に先回りしたいが、僕はまだ拘束されたままなので動けないのだ。

 

「ガイ、夕象でマダラを縛れ! ミナト、飛んでくれ!」

 

 こっちがまだ動けないのでマダラを抑えるようにガイに指示し、飛雷神でこの拘束を抜ける様にミナトに言う。

 目の前で求道玉を飛ばしたミナトが答えるより前に僕は飛雷神で飛ばされ、マーキングされたガイの傍へと移動していた。

 ガイは僕の指示に従って移動しており、直ぐに傍から離れていく。

 

「助かった、ミナト」

 

 僕は懐の飛雷神の苦無に向かってそう言い、マダラと戦っているガイの後をすぐに追う。

 

 懐の飛雷神の苦無はミナトの影分身が変化したものだ。

 飛雷神の術の条件はマーキングした場所へであれば、ミナトは意志一つで発動して何時でも飛べる。

 他者が同行する場合は、ミナトとチャクラで接触している必要がある。

 ならば武具などに変化したミナトの影分身を所持していれば、何時でも飛雷神で飛ばしてもらえるのではないかと緊急回避手段としてミナトに提案していた。

 

 ガイとカカシにもミナトの影分身が変化した苦無を持っており、いつでもミナトの意志でお互いの場所に飛ぶことが出来る。

 この手段なら連携にも緊急回避にも応用が出来る。

 僕もミナトに飛雷神を習っているが、戦闘時に自在に使えるほど使いこなせなかった。

 より使い慣れているテレポートなら戦闘でも使えるが、そう言う訳にもいかない。

 

 ガイの夕象によるマダラの拘束に参戦し、空気砲をいくつもの方向から放って動きを封じる。

 

「今だ、カカシ!」

 

「はい!」

 

 

――神威――

 

 

 ミナトの飛雷神で僕の傍に飛んできて、オビトから譲り受けた神威を発動する。

 両目に万華鏡写輪眼が揃った頃で神威の発動速度は格段に上がり、カカシの視線の先がゆがんで対象を異空間へ飛ばす。

 対象はマダラ――――ではなくその周囲に浮かぶ求道玉。

 

「求道玉が狙いかぁ!!」

 

「その球は厄介だ。 先に無力化させてもらう!」

 

 神威の空間の歪みは求道玉を二つ巻き込んで異空間へと飛ばした。

 これにマダラ自身を巻き込むわけにはいかない。

 神威はあくまで異空間に対象を飛ばすだけ。

 マダラ自身が生きたまま神威の空間に飛べば、おそらくその空間を破壊しようとするだろう。

 

 十尾の力を持つマダラが暴れれば神威の空間でも耐えられるとは思えない。

 どのような影響が出るか分からないので、カカシにはマダラ本人を飛ばさないように注意してある。

 

 先ほどの飛雷神と合わせて、マダラの持つ求道玉の数はさらに減る。

 数を直ぐに元に戻そうとしないあたり、やはり容易には求道玉を新たに作り出せないらしい。

 時間をかければ生み出せるかもしれないが、一度無力化することが出来れば何とかなりそうだ。

 

 カカシは更に続けて求道玉を飛ばそうと別の求道玉に狙いを定め、僕とガイはマダラを押さえ続けるために夕象の空気砲を続けて打ちにいく。

 

「このマダラを舐めるな!」

 

 

――天道・神羅天征――

 

 

 マダラが両腕を広げると神羅天征を発動し、強力な斥力が発生する。

 それも一方向ではなく、ペインが木の葉隠れを吹き飛ばした時の様な全方位に放つ強力な斥力だ。

 木の葉隠れを吹き飛ばした時の様な威力ではないが、それでもマダラを押さえていた空気砲は吹き飛び、近くにいた僕らも全員吹き飛ばされる。

 

 僕は空中で体勢を立て直し確認すると、ガイも態勢を整えて着地しており、ミナトは地に打ちつけられたようだが穢土転生の体ゆえに問題無い。

 カカシはなんと須佐能乎の第一段階の骸骨を纏って身を守っていた。

 原作と条件は違って実際に写輪眼を両目に収めているが、オビトのチャクラを貰って須佐能乎にも覚醒していたらしい。

 

「みんな無事か?」

 

「俺は大丈夫です、先生」

 

「俺も大丈夫です。 カカシ、それは須佐能乎という奴か」

 

「ああ、オビトが残してくれたものだ」

 

「全員問題無いな」

 

 一端態勢を整えるために一か所に集まる。

 マダラも夕象のダメージと強力な神羅天征を使ったことで息を切らしているが、十尾の無尽蔵な力なら直ぐに回復するだろう。

 堪えた様子の無いこちらを見て忌々しそうに睨んでいる。

 

「やってくれる! まさか六道の力である求道玉を無効化するとはな」

 

「形ある塵遁のようなそれは、体術で戦う上では一番厄介だからな。

 ミナトとカカシがいてくれて助かったよ」

 

 二人のサポートを称賛し、この世界で最強の忍術は六道の術じゃなくて時空間忍術だと本気で思う。

 

「マダラ、これまでの攻防でわかったことがある。

 その輪廻眼は写輪眼の進化系の様だが、写輪眼としての力は失われてるな」

 

「そうなのか、ガイ?」

 

 ガイがマダラの輪廻眼の在りように気付き、カカシがそれを問う。

 

「ああ。 お前とのこれまでの対決で、写輪眼の事は俺もよく知っている。

 基本となる写輪眼は幻術と洞察力に特化した瞳術だ。

 万華鏡写輪眼になれば千差万別な瞳術が目覚めるようだが、本来は体術使いの天敵のような能力だ」

 

「あのね、体術使いのお前に負け越している俺の前で言っちゃう、それ?」

 

「そういうな。 天才な上に写輪眼まで手にしたお前に勝てるようになるのはだいぶかかった。

 写輪眼に体術で勝つことに関しては、俺が誰よりも知っているつもりだ」

 

「何せうちは最強と言われたマダラを殴り飛ばせるくらいだからねぇ」

 

 自身が勝てないほど強くなったガイに、面白くないように言いつつも認めている様子のカカシ。

 

「だからこそ、その輪廻眼の動きが写輪眼の相手を見る目と違っているのはよくわかる。

 その輪廻眼も並の眼よりは見切る力はあるのだろうが、うちは最強と言われたマダラの写輪眼としては明らかに洞察力が低い。

 もし本来の写輪眼ならもう少し攻めるのが梃子摺っている筈だ」

 

 写輪眼を持つ相手に体術を仕掛けた事は無かったからわからなかったが、カカシと対決してきたガイが言うならそうなのだろう。

 マダラの輪廻眼が写輪眼としての力を失っているなら、いくつか納得いくこともある。

 

「なるほど。 だからマダラ、お前は万華鏡写輪眼の瞳術を使ってこなかったのか」

 

「どういう事だ、ハジメ? あの見えない分身がマダラの固有瞳術じゃないのか?」

 

「あれはおそらく輪廻眼としての固有瞳術だ。

 マダラの輪廻眼は奴が死んでる間オビトやペインの眼に収まっていたが、あの能力を使っているところはなかった。

 万華鏡写輪眼の瞳術は他者の眼に移植しても使える事はカカシが証明済みだ。

 ならば輪廻眼は写輪眼から進化したのではなく、異なるものに変異したと考えるのが正しいだろう」

 

 サスケが開眼する輪廻写輪眼という物があるからには、輪廻眼と写輪眼は区別されていると見るべきだ。

 輪廻写輪眼に至ってようやく両方の瞳術が使えるのだろう。

 そういう意味では輪廻眼でもまだ不完全なものだと言えるかもしれない。

 

「なるほど、最強の瞳術と言われた輪廻眼にも欠点があった訳だ」

 

「…確かに輪廻眼となったことで写輪眼だった時の力は失われている。

 だがこの輪廻眼は写輪眼をはるかに超えた瞳力を宿している。

 写輪眼の力を失っても余りある力だ!」

 

「確かに強い力だが、それも絶対じゃない。

 現にオレ達四人を相手に劣勢に立たされている」

 

「粋がるなよ、若造共が…」

 

 ミナトの言ったことにマダラは腹立たしそうに悪態をつく。

 生き返って若々しい姿をしているが、実際には長い年月を生き老成しており、僕等を若造と言っても仕方ない年齢差がある。

 経験値で言えば、僕は実際に何年生きてるか分からないんだけどね。

 

「欠点は輪廻眼だけじゃないだろう?

 十尾の人柱力になったデメリットがあるんじゃないか?」

 

「なに?」

 

「須佐能乎はどうした。 なぜあの攻防一体の強力な術を使ってこない」

 

「………」

 

 前の戦いであれほど猛威を振るった須佐能乎を、マダラは夕象で幾度となく殴られていながら全く展開しようとしない。

 求道玉の守りと六道仙術の回復力があると言っても、急所にダメージを受ければ致命傷になる事に変わりない。

 それでも身を守ろうと展開しないのは、おそらく展開出来なくなっているのだ。

 

「ハジメさん、須佐能乎も万華鏡写輪眼の瞳術では?」

 

 逆に須佐能乎を使えるようになったカカシが聞いてくる。

 

「そうとも言い切れない。 開眼すれば千差万別の瞳術が得られる万華鏡写輪眼だが、須佐能乎だけは共通して両目を開眼した者に発現する。

 その力は尾獣にも匹敵し、瞳術と呼ぶには少々異質な力だ。

 関連性はあるだろうが、実際には瞳術とは別物なんじゃないかと僕は思ってる」

 

 何せ原作でマダラが両目を失った状態で須佐能乎を使った時は、なんで使えるんだと驚いた記憶がある。

 ここではそういう事実はなかったから説明のしようが無いが、須佐能乎は万華鏡写輪眼の開眼の際に覚醒する別の能力と考えるべきだ。

 

 そもそも写輪眼は大本を辿ればインドラ、六道仙人、大筒木カグヤ、そして十尾にたどり着く。

 写輪眼が本来十尾の物という事は、須佐能乎は写輪眼の系譜に残った十尾の名残、影のようなものではないかと僕は思っている。

 姿はまるで違うが元が尾獣の名残だとすれば、呼び起されたその力が尾獣に匹敵するのは何も可笑しくない。

 

 そして今マダラの中にあるのは名残ではなく本物の十尾。

 名残は実像に上書きされ、須佐能乎は十尾と重なり合って別の術として使うことが出来なくなったのではないか。

 

 十尾を操れているなら須佐能乎の時の様にと思うが、輪廻眼で完全に十尾を操り切れるかというのも疑問だ。

 輪廻眼も本来は十尾の物なのに、分かたれた力の断片であるマダラの輪廻眼だけで、どうして完全に操れると言い切れよう。

 マダラの輪廻眼で十尾を封印前からある程度操れているのは、おそらく十尾が意思のない本能だけの存在だからこそ、同じ輪廻眼の繋がりから操ることが出来ているのだろう。

 他の尾獣のように明確な意思があれば容易にはいかない筈だ。

 

 十尾の人柱力化は力をある程度制御できる輪廻眼も必要ではあるが、ナルト達のような他の人柱力と変わらないリスクもおそらく持っている。

 断片的にであればリスクも少なく尾獣の力を引き出せるが、全ての力を使うには尾獣自身の協力を得る必要がある。

 しかし十尾には意思がないゆえに輪廻眼での制御は出来るが、意思がないゆえに人柱力と尾獣の共闘も出来ない。

 

 すなわちマダラでも十尾の力を完全に引き出す事は出来ず、おそらく尾獣化をすれば操り切れなくなる。

 須佐能乎を使えば尾獣化の引き金になりかねず、そうなればマダラは十尾の巨大な力に激流に流されるかのように飲み込まれるだろう。

 もしかしたらカグヤの覚醒に繋がるのかもしれない。

 

 

 そう考察しているがまだ明らかになっていない事も多いので説明は出来ない。

 しかしマダラの反応から須佐能乎が使えないのは確信出来るので、説明出来ずとも今は問題ない。

 須佐能乎が無くても求道玉は厄介だが、僕等の体術とミナト達のサポートがあれば今のマダラの方が相性がいい。

 

「…その通りだ。 確かに今の俺は十尾を宿したことで須佐能乎が使えなくなっている。

 六道仙人と同じ力を得られるならば惜しくないと思っていたがうまくいかんものだ。

 これほど強大な力を得てなお、食い下がるどころか俺を追い詰めようとしている。

 認めてやる! 貴様らは柱間を超える俺の最大の障害となった!

 もはや出し惜しみはせん! この俺の全ての力を持って貴様らを葬ってくれる!」

 

 そう啖呵を切ったマダラは印を組み術を発動する。

 

 

――木遁・花樹界降臨――

 

 

 周囲の木遁の巨大な木々がうねりながら押し寄せ、更に巨大な花も咲き乱れる。

 

「ッ! 気をつけろ! 花の花粉を吸うなよ!

 あれは麻痺性の毒がある!」

 

 樹の波を回避しながら散開し、息を止める。

 穢土転生の体のミナトはともかく、僕達三人は花粉を警戒しないといけない。

 夕象の拳圧で花粉を吹き飛ばし、息をつきながら声を上げる。

 

「ガイ、花粉を出す花を潰しながら戦え!

 カカシ、お前は神威で異空間に退避しながら息継ぎをして戦え!

 ミナトは穢土転生なら大丈夫だろうからサポートを続行!」

 

「わかりました!」

 

「了解」

 

「わかった!」

 

 指示を出した直後にマダラが攻撃を仕掛けてきたので、動きを見切り反撃の一撃を加える。

 あっさり決まったことに呆気にとられた直後、マダラは木に代わり木分身であったことに気付く。

 

「マダラが木分身を放った! 注意しろ!」

 

 警戒を促した直後、複数のマダラが囲い込むように攻撃を仕掛けてくる。

 霊視から魂が見えずすべて木分身と判り、最小威力の夕象を連打してすべて迎撃するが、混ざっていた輪墓の攻撃を受けて吹き飛ばされる。

 

 体勢を立て直しつつダメージを回復していると、再び木分身が囲い込むように再び襲い掛かってくる。

 異空間に退避したカカシはともかく、ガイとミナトの方にも木分身が向かっていってる。

 

「なりふり構わなくなってきたな! それだけ追い詰めたという事か。

 だが、こっちも簡単にやられる訳にはいかないんだよ!」

 

 影分身を出して周りやガイとミナトを狙う木分身の迎撃に出す。

 反動のある八門遁甲等は影分身には使えないので未強化の状態だが、木分身相手なら多少は持つ。

 僕自身も木分身を倒しながら、本体のマダラを狙う。

 ガイも僕の分身のサポートでマダラの本体が解るはずだ。

 

 輪廻眼や六道の術だけでなく持ちうる数多の術を使い始めた事で、マダラとの戦いはより激しい乱戦状態になった。

 

 

 

 

 

 こちらを攪乱するように分身や広範囲の術を使う事によってこちらは攻め辛くなったが、僕等の体術の速度と時空間忍術によるサポートを封じ込められるものではなった。

 求道玉や強力な仙術を使うマダラの攻撃に防御手段の無い僕とガイは一切油断は出来なかったが、それを掻い潜り夕象の攻撃に神威と飛雷神でマダラに肉薄し続けた。

 

 カカシの須佐能乎が完成体となって花樹界降臨を斬り飛ばし、ミナトがマーキングを各所に設置しマダラの不意を突く形で僕達を近くに飛ばして攻撃のサポートを行なう。

 マダラは時空間忍術を警戒して求道玉を自身の近くから離す事はなくなったが、攻撃するふりをして求道玉を仙術チャクラを纏った足で蹴り飛ばした隙にミナトが飛ばしたり、カカシの神威を込めた雷切でマダラの腕ごと錫杖を消し飛ばすなどして求道玉を減らしていった。

 

「お、おのれぇ………」

 

 そして現在、マダラの背に浮かぶ求道玉は一つもなくなり、手に持つ錫杖だけが最後の求道玉だった。

 十尾を宿す故にその力はまだまだ健在だが、追い込まれている状況からマダラは確かに息を切らせていた。

 

「あの厄介な球もあと一つだ」

 

「もう一息だけど俺も限界が近いですよ。 もう須佐能乎を維持する余力はあまり残ってません」

 

「もう少し耐えろカカシ。 最後の一つを消せば俺と先生の夕象に耐える手段はなくなる」

 

「心臓にも夕象の一撃を叩き込んだが死ぬことは無かった。

 マダラに止めを刺すには、致命傷だけは避けているあの頭をかち割ればいいみたいだな」

 

 ミナト、カカシ、ガイ、僕は消耗しながらも、求道玉もあと一つという状況に余裕はあった。

 

 幾度も夕象の一撃を直接与えているが、マダラは頭部だけは直撃を回避していた。

 やはり頭までは回復出来ないみたいでマダラを完全に追い詰めつつあり、このまま倒してしまいそうになっていた。

 それに気づいて僕は逆に焦り始めている。

 このままカグヤが出てこずに倒してしまっていいのかと。

 

 戦いは長引いているがナルトもサスケもまだ戦場に戻ってこない。

 カグヤが復活したら彼らに任せるつもりだったが、それは一種の賭けになる。

 状況は原作と違い、万一に負ける可能性があるならここでマダラを倒してカグヤ復活を阻止するのもいいのではないか。

 

 大筒木一族の存在が明らかにされないのは不安要素だが、サスケの輪廻眼の開眼条件は既に満たしているから、それを切っ掛けに対策はとれない事もない。

 遠視で確認してみるとナルトとサスケがようやく目覚めたのを確認できた。

 せっかく力に目覚めた所で悪い気がするが、ここは別に僕達で倒してしまっても構わんだろうという事だろうか?

 

「よし、もう一息だ。 全員最後まで気を抜くな」

 

 僕がこの場で決着を着けると言い、三人が頷いたところで再度仕掛けようとした時だ。

 

 

――ドドドドドド!――

 

 

 背後で音が鳴り振り向くと、見覚えのある木遁の木々の津波が押し寄せて来ていた。

 既に見慣れたもので全員余裕で回避するが、前方にいたマダラを見逃していないのに後方から木遁・樹界降誕が押し寄せてきた事を疑問に思う。

 更に樹界降誕の中から巨大な木人が立ち上がりこちらに攻撃を仕掛けてくる。

 その木人の肩には渦を巻いた仮面をした白ゼツ・グルグルが立っている。

 

「これ以上はやらせないよぉ」

 

「マダラの援護か」

 

 マダラの方に視線を戻すと傍に黒ゼツが現れて何かを話している。

 

「何をする気だ?」

 

「ハジメ!」

 

 ミナトの声で振り向くと木人のチャクラが高まって、その背から無数の手が出現しこちらに攻撃を仕掛けてくる。

 それを僕とガイは、夕象の空気砲で纏めて破壊し吹き飛ばしていく。

 

「ガイ、速攻で片づけるぞ!」

 

「はい!」

 

 降り注ぐ木人の掌底を回避し迎撃しながら駆け上がり、木人の首元までたどり着く。

 木人の仏像の顔から五遁の攻撃が一斉に飛んでくるが、夕象の一撃で纏めて吹き飛ばす。

 僕が障害を排除したところをガイが滑り込み、肩に居たグルグルの顔に拳を叩き込んだ。

 

「ブベッ」

 

「お、お前はヤマト!」

 

 渦を巻いていた仮面が砕けて、その顔を見たガイがグルグルの中身に気付く。

 そういえばヤマトが憑りつかれて操られてたんだと思い出す。

 

 ヤマトに取り付いたグルグルは健在の様で、殴られて吹き飛ばされながらも体を操って印を組み、代わりに木人の肩に立ったガイに木遁を這わして拘束した。

 すぐに抜け出すだろうが動けないガイの代わりにヤマトを追い、ミナトを呼ぶ。

 

「ミナト! ヤマトは操られてる!

 取り押さえる暇はないから、遠くに飛ばせ!」

 

「わかった!」

 

 ヤマトに接近していた僕の傍にミナトは現れ、グルグルは抵抗する間もなく飛雷神の術で飛ばされた。

 

「マダラは!?」

 

「あっちに行きました!」

 

 カカシが示した先には確かにマダラの隠しきれない十尾のチャクラを感じる。

 だがマダラの向かった方角には………まさか!

 

「カカシ、あっちは確か!」

 

「忍連合があの巨大な樹と戦っているはずです。

 忍連合を巻き込んで乱戦に持ち込む気でしょうか?」

 

 違う! おそらくマダラの狙いは呼び出していた神樹そのものだ!

 原作で追い詰められた時と同じように、神樹を取り込んで無限月読を強行する気か!

 

「ミナト、あっちにマーキングは!?」

 

「すまない、あっちには残してなかった」

 

「ガイ、直ぐに追いかけるぞ! 二人は後から僕等を目印に飛んで来てくれ!」

 

 返事も効かず、急いで宙を駆けてマダラを追いかける。

 グルグルに僅かに時間を取られた間に、マダラにはだいぶ距離を取られ神樹の近くまでいっている。

 僕とガイの空を駆ける速さは脚力のおかげでマダラが空を飛ぶより早いが、それでも神樹にマダラが到達するまでには追い付かなかった。

 

 マダラが神樹に触れた瞬間、十尾がマダラに取り込まれた時の様にその体に吸い込まれるように消えた。

 巨大な樹がマダラの体に取り込まれた事で、戦っていた忍連合は呆然としている。

 

「先生、あの巨大な樹がマダラに!」

 

「何かやらかす気だ。 とりあえず止めるぞ!」

 

 マダラに近づき再び夕象で動きを封じようとする。

 

「口惜しいがこれ以上貴様らの相手は出来ん。

 我が悲願を果たさせてもらうぞ」

 

 

――天碍震星――

 

 

 マダラの頭上に巨石が突如出現し、重力に従って真っすぐ降ってくる。

 

「拙い! 下には忍連合の皆が!」

 

「くそっ! 粉砕するぞ、ガイ!」

 

 明らかに時間稼ぎだが見捨てる訳にもいかず、夕象で巨石を打ち砕く。

 輪廻眼の術で生み出した物とはいえただの岩に過ぎず、巨石は簡単に砕け拳圧によって吹き飛んだ。

 だが巨石の向こうでは無数のマダラの木分身が控えていた。

 

「木分身は空を飛べたか。 本体はどいつだ?」

 

「本体は更に上だ。 …っておい」

 

 たった今粉砕して落ちていった巨石の残骸が逆戻りするかのように、今度は下から岩石や土が空へ向かって浮かび上がっていく。

 それが上空で新たな巨石の塊をいくつも作り出し、先ほどよりも数を増やしより厄介になって降ってくる様に思えた。

 

 木分身の妨害を掻い潜り降り注ぐ複数の巨石を排除して、無限月読を発動させる前にマダラに追いつかねばならない。

 

「これはちょっと無理かなー」

 

「何を言ってるんです先生!? これを何とかしないと下の皆が危険です!」

 

「わかってる! 時間が無い、一秒でも早く全部吹き飛ばすぞ!」

 

 どのみち、巨石は排除しない訳にはいかないのだ。

 上空の遥か彼方に真ん丸とした月が見えてしまっているのが危機感をより際立たせているが、愚痴を言っている暇もない。

 空中で足を踏みしめ、木分身を蹴散らしながら複数の巨石に夕象を大急ぎでたたき込み続けた。

 

 ガイと二人掛かりであっても巨石をすべて排除するには僅かに時間を取られ、全てが片付いた頃には、月に輪廻写輪眼の文様が浮かび上がり始めた。

 頭上に見える月の傍にマダラの浮かんでいる姿も見えた。

 

「間に合わなかったか!」

 

「なんだあれは…」

 

 ガイも月の異様な姿に呆然としているが、説明している暇はない。

 

「下に降りるぞ! ミナト、僕等を全員同じ場所へ!」

 

 飛雷神の苦無となっているミナトに呼びかけ、飛雷神の術で僕とガイをミナトたちのいる場所に飛ばしてもらう。

 空中で巨石を破壊する作業にはミナトとカカシも参戦は出来ず、地上で様子を窺っていたらしく、飛んできた僕達に直ぐに気付いた。

 

「ハジメ、マダラは!?」

 

「説明してる時間が無い! カカシ、僕ら全員を異空間へ入れてくれ!」

 

「え?」

 

「早く! 無限月読が発動する!」

 

 突然の要求にカカシは一瞬困惑したが、次の催促で即座に神威を発動し僕ら四人を異空間へと取り込んだ。

 異空間に飲み込まれる前に遠視を使って周囲を見渡して状況を確認しておく。

 そして僕等が神威の空間の歪みに飲み込まれた直後に、月からの光が世界の全てを照らした。

 

 

 

 

 




 マダラの欠点は独自解釈したものです。
 実際には使えた可能性もありますが、原作ではなぜか六道マダラになった後は須佐能乎を使う様子が無かったのでそういう事にしました。
 強くなったのに逆に弱くなったように見える不思議。


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第十七話

 お待たせしました。 決戦分の投稿です。


 

 

 

 

 

「つまり世界中を幻術に掛ける無限月読が発動してしまったと言う訳か!」

 

「おそらくな」

 

 神威空間の中で僕はミナト達に無限月読が発動してしまった事を告げる。

 

「世界中に掛ける幻術と聞いていたから、もし発動した時の対処手段として異空間に逃げ込むという対策を用意していたが、カカシが幸いその類いの術を得ていてくれたのは幸運だった」

 

 運が良かったというのは本当だ。

 カカシが無限月読が発動した時に神威を使えるとも限らず、近くにいない可能性も十分あった。

 その為に時空間忍術を使った封印術で、自身を封印する事で無限月読を回避しようと準備していた。

 カカシのおかげで無駄にはなったが、神威の方が上等かつ異空間に逃げ込みやすい。

 

「それでどうしますか先生。 このまま引き籠ってるって訳にもいかないでしょう」

 

「もちろんだ。 だが外に出るには慎重にならないといけない。

 無限月読が発動したのは間違いないが、今外がどのようになってるか見当もつかない」

 

「どういう事です?」

 

 疑問に思うガイに、僕の懸念を伝える。

 

「術が発動した後、どのように世界中を幻術に掛けるのか。

 その発動時間がどれくらいなのか全く予測がつかない」

 

「確かに。 世界中を幻術に掛けるなら、長い時間幻術の力が世界中に広がっていってる可能性もある。

 迂闊に外に出れば幻術の餌食になりかねない」

 

 ミナトが真っ先に僕の言いたかったことを理解する。

 無限月読がどんなものか僕は知っているが、それを教える訳にはいかないのでこの事を警戒しない訳にはいかないのだ。

 

「では、どうします? 外の様子でしたら俺の眼で確認できます」

 

「待て、カカシ。 無限月読が写輪眼の発展系である輪廻眼の幻術なら、視覚から作用する幻術の可能性が高い。

 外を見た途端お前が幻術に落ちたら、この空間にいる僕達も無事では済まないかもしれない」

 

 実際、無限月読がどれくらいで終わるのか僕にもわからないのだ。

 終わるまで時間の余裕を見るつもりだが、もし幻術をかけている最中に外に出たら大変だ。

 

「しかしこのまま引き籠っている訳にも行きません。

 無限月読が発動してしまったのなら、何としてもマダラを倒して術を解かないと」

 

 迂闊に外の確認が出来ないが、カカシの言う通り引き籠っている訳にもいかない。

 外に出なければマダラを倒せない以上、安全が確認出来ずとも危険を承知で出てみるしかなくなる。

 

 外を直接確認出来るのは、この空間の主であるカカシだけだ。

 だが出入りにカカシの力が必要である以上、カカシを率先して危険を冒すという事は同時に全員を危険に晒す。

 なにか別の手段で確認出来ればいいのだが…

 

 幾分かマシな確認手段を思いつく。

 

「…ミナト、この空間から飛雷神で外に出る事は出来ないか?

 飛雷神で外に出られるなら、外を確認する手段を一つから二つに増やせる」

 

「! ちょっと待ってくれ………いけそうだ。 外のマーキングを感じ取れる」

 

「じゃあもう少し時間をおいて、外の確認をミナトに頼む。

 世界中に掛ける幻術と言うなら、一瞬でかける物ではなく多少時間のかかる物の筈だ。

 僕の勘だが出るのは多少の間をおいてからにして、念のため影分身の方を飛ばせ。

 問題ないならこっちに戻ってくるか、影分身の解除で情報を伝えてくれ」

 

「わかった」

 

「待ってください。 先生が危険を冒すなら俺が」

 

「いや、幻術に掛かった場合のリスクを考えると僕が外を確認すべきだ。

 カカシが幻術に掛かればこの空間がどうなるか分からない。

 それに僕は穢土転生だ。 幻術に掛かっても多少強引な手段で対処出来る」

 

「暴れたらぶん殴って止めろって事だな」

 

「そういう事」

 

 ミナトとおどける様に会話を交わす。

 これでもミナトが死ぬまでは付き合いは長かったのだ。

 軽い会話をして場を和ませるくらいの事はあった。

 

 僅かな時間だが、再び戦闘に出るために準備を整えておく。

 そしてそろそろいいかと思い、ミナトに指示を出す。

 

「ミナト、そろそろ頼む」

 

「わかった」

 

 

――影分身の術――

 

 

――飛雷神の術――

 

 

 ミナトの影分身が現れ、直後飛雷神の術で外の空間へ飛び姿を消した。

 残った本体のミナトの様子を窺い、その反応次第で外でまだ幻術が猛威を奮っているのかが解る。

 

「……………ッ! 皆、外に出るよ! カカシ!」

 

「はい!」

 

 カカシの神威で空間が渦を巻き、外へ全員を送り出す。

 ミナトがすぐに外へ出るように言った以上、無限月読は既に治まっているようだ。

 

 外に出ると遠目に巨大な木々が見える。 幻術に掛けた人々を捕らえている神・樹界降誕の木々だろう。

 そして目の前に浮かんでいるのは真っ白な姿に長い髪、両目に白眼、額に輪廻眼を備えた大筒木カグヤ。

 既にマダラは黒ゼツの裏切りでカグヤに取り込まれたらしい。

 この後はカグヤの空間での戦いになるはずだから、結構ギリギリだったかもしれない。

 

「ナルト! サスケ! サクラ!」

 

「カカシ先生、無事だったのか!」

 

 ナルト達も無事に無限月読から逃れることが出来たらしい。

 

「ミナト! 無事だったってばね!」

 

「クシナ、良かった」

 

 三人だけでなく、ナルトを診ていたクシナもいた。

 更にサスケの治療をしていたサクラとカブトに大蛇丸、そしてサスケの仲間の三人まで残っていて、予想外の事に僕も少し戸惑った。

 

 後々の状況確認でわかる事だが、無限月読が起こった時にサスケは目を覚ましたばかりで、まだ治療していた面々が傍に居た。

 大筒木カグヤの封印と無限月読解除に必要なナルトと即座に合流しなければならなくなり、彼らを巻き込んで須佐能乎を出してナルトと合流した。

 ナルトの元にもクシナがいたので、一緒に輪廻眼の力を纏った須佐能乎で無限月読の光から全員を守った。

 その結果、原作より多くの人間が無限月読から逃れられたらしい。

 

 そのことを僕は詳しく聞きたかったが、その時間はなかった。

 カグヤが眼前にいる状況で、どういう過程で生き残ったのか確認している暇はない。

 

「お前ら、安心してる暇はないぞ!」

 

「その様子ならまだ戦いは終わってないと言う訳だな。

 サスケ、簡潔に状況を説明してくれ」

 

「それなら簡単だ。 アイツをどうにかしないと無限月読の幻術は解けん」

 

「了解した」

 

 状況整理も出来ていない中でカグヤが敵であると確認し、僕達も警戒を強める。

 

「…戦うのはやめよう……ここではな」

 

 そうカグヤがつぶやいた瞬間、周囲の風景が一転する。

 下が溶岩に満たされた洞窟の空中に、その場にいた全員が時空間忍術で飛ばされた。

 

 僕は即座に現身の術を発動して、空を飛べない面々にチャクラの腕を伸ばして掴み取り、岩の天井にも腕を伸ばしてぶら下がり全員を支えた。

 ミナトとカカシはガイが抱えて空中を蹴って岩壁に辿り着き、ナルトはサスケの口寄せした大鷹が捕まえ、残りは僕が支えた。

 

 と言うか、この空間で口寄せできるという事は飛雷神でも脱出出来るんじゃないか?

 ここからの脱出手段に希望が持てた所で、この場で戦える者達を確認しないと。

 

「大蛇丸、この場で戦える手段はあるか?」

 

「残念だけどこういう状況を想定なんてしてないから準備不足よ。

 壁に立って術で援護するのが関の山ね」

 

 研究者として手数の多い大蛇丸に聞いてみたがやはり無理らしい。

 

「カカシ、須佐能乎で空を飛ぶ事は出来るか?」

 

「すみません。 あれはオビトのチャクラの御蔭で使えただけで、そのチャクラももうほとんど残ってません。

 神威は問題無く使えますが、須佐能乎はもう使えないと思ってください」

 

「そうか。 飛べない奴は下に落ちないようにここから援護。

 飛べる奴は攻撃だ!」

 

「空なんて早々飛べないって」

 

「先生! 俺も行きます!」

 

 ガイが空中を足踏みするように跳ねて待機しながら言う。

 

「…大蛇丸様。 この人どういった忍術で空を飛んでるんです」

 

「水月、彼が使ってるのは忍術ではなく体術よ。

 空気を蹴って力づくで空中を跳んでいるのよ」

 

「うへぇ。 頭おかしいんじゃないですか」

 

 空を蹴って浮いているガイを見て、水月が大蛇丸に質問して呆れていた。

 

「違う、根性だ! 根性で積み重ねた努力が今の俺の力となっているのだ。

 誰だって頑張ればこれくらいの事は出来る!」

 

「才能の欠片もなかった貴方が言うと、とてつもない説得力があるわね。

 ハジメ君が鍛えてたから頭の片隅に覚えてたけれど、これほどまでになるとは私も予想出来なかったわ」

 

「応援ありがとう!」

 

 才能や資質を重視する大蛇丸の言葉としては、確かに最高の称賛と言えよう。

 

「ハジメのおっちゃん、俺達も行くってばよ!」

 

「奴を封印する為の術を俺達は持ってる」

 

 ナルトとサスケに、六道仙人からもらった陰と陽のチャクラがあると聞く。

 

「それで十尾の力、引いてはマダラと入れ替わったカグヤの封印が出来ると言う訳だな」

 

「ああ。 俺とナルトが奴に同時に触れれば封印出来る」

 

「なら僕とガイで奴を牽制して、お前たち二人をアイツの元まで連れていく」

 

 ナルトとサスケをカグヤの元までたどり着かせる作戦方針が固まった。

 いくつか準備を整え、影分身に皆を支えている現身の術を受け継がせて、本体の僕はフリーになる。

 

「ハジメのおっちゃん。 そういえば、なんでおっちゃんから穆王のチャクラの気配がするんだ」

 

「昔穆王と戦った時にそのチャクラを一部保管してたんだよ。

 今は一時的に体に宿してチャクラを交換する事で、尾獣化は出来ないが沸遁の使える穆王のチャクラを使えるようになってる」

 

『里でも普通に会った事がありますよ。 ハジメの家に住んでいる馬が私です』

 

「あれ、穆王だったのか! 気づかなかったってばよ」

 

 近くにいるからか僕の中とナルトの中の穆王のチャクラが呼応して、どちらにも声が聞こえるようになっているみたいだ。

 

「無駄話もそこまでだ。 そろそろ奴が動くぞ」

 

 サスケの指摘にカグヤを見ると、感情をまるで感じさせない表情でその白眼の視線がこちらを射抜いている。

 いや、見ているのは六道のチャクラを持つナルトとサスケの様だ。

 まるでいないかのように、僕を含め他の面々を気にしてもいない。

 

「気にしているのはナルトとサスケだけみたいだ。

 それなら精々足元を掬ってやろう。 行くぞ、ガイ!」

 

「はい、先生!」

 

「俺達も行くぞサスケ!」

 

「命令するな」

 

 僕とガイは空を駆けてカグヤに向かっていき、鷹に乗るサスケとナルトも後に続く。

 忍界大戦最後の戦いとなるカグヤとの決戦が始まった。

 

 

 

 結論から言おう。 カグヤは強敵だった。

 その身に十尾を内包し、更に人々のチャクラも吸収したカグヤが弱い筈がなかった。

 その膨大なチャクラを惜しみなく使う術の全てが、この世界の上級忍術を上回る威力を持っている。

 確かに最強の敵だ。

 

 しかし強敵ではあったが、最大の脅威とは言い難かった。

 神樹の実を口にし十尾と一体化したと言われるカグヤは、六道仙人の言葉ではその力を対価に人間らしさを失っていったと言う。

 原作での戦いでも戦術は黒ゼツの意見を主に行動しており、自我や感情が無いわけではないが表情をほとんど変えることなく人間味が希薄に見える。

 戦い方もその強大なチャクラに任せた力任せの物ばかりで、駆け引きや先読みと言った戦闘経験から得られる研鑽が無い様に見えた。

 

 正しくカグヤは人の形をした十尾の様に思える。

 尾獣達の力は強大で戦えば甚大な被害をもたらすが、それでも最終的には人の手によって抑え込むことに成功している。

 それが出来るのは火影などの飛びぬけた忍だからでもあるだろうが、尾獣は強大な力を持っていても個の力であり人の数の力や研鑽されてきた戦う術を持っていない。

 ゆえに最終的には策により力を発揮出来ず敗れる事になる。

 

 言ってしまえばカグヤより力は弱くとも、戦の時代を戦い抜いてきた百戦錬磨の経験を持つマダラの方が何倍も手強かった。

 六道の封印術という攻略法もあったし、原作で尾獣達のチャクラの螺旋丸でカグヤの中の尾獣達が不安定になったように、チャクラの綱引きで尾獣達を引き抜き弱体化を狙えたかもしれない。

 力はあっても戦う者ではないカグヤに、原作以上に人数のいる僕等が勝てない道理はなかった。

 

 溶岩の世界で、先ずは僕とガイが前に出ると、カグヤは腕からチャクラによる砲撃の連打―――八十神空撃(やそかみくうげき)を放ってくる。

 迎撃に僕等は連撃の為に威力を押さえた夕象を放ち、二人掛かりで八十神空撃を迎え撃つ。

 

「なんて威力だ! 先生と二人掛かりでも押されてる!」

 

「まともに力比べなんかしてられん。 回り込むぞ!」

 

 正面からぶつかっては今の僕等でも分が悪いと、夕象を撃つのをやめて二手に分かれる。

 空中を駆けて左右に回り込み、動き回りながら牽制に威力を押さえ連射性を高めた夕象を何発撃つ。

 同時攻撃には八十神空撃での対処が間に合わなかったのか、数発がカグヤに当たり体勢を崩させる。

 

「よし、マダラと同じ戦術が効く。 ガイ、動きを封じるぞ!」

 

「わかりました!」

 

 

――夕象――

 

 

「「壱足! 弐足! 参足! 肆足」」

 

 ガイと二人掛かりの本気の夕象で、カグヤの動きを拳圧による空気の激流で封じる。

 さっきまでの弱い夕象の拳圧は八十神空撃で相殺されていたが、本気の夕象なら相殺しきれない。

 伍足目の打撃を直接打ち込むために、空中に縫い付けたカグヤに挟み撃ちで迫る。

 

 カグヤは夕象の攻撃に迎撃が追い付いてなかったが、その白眼では確かに僕等を捉えていた。

 接近する僕達を流石に見逃さず、両の手をそれぞれ僕達に向ける。

 

「クッ! ガイ!」

 

「はい! 「伍足!」」

 

 僕の呼ぶ声だけで即座に反応し、カグヤから放たれた高威力の八十神空撃を伍足目の夕象で迎え撃った。

 攻撃の衝突で爆発がしたかのような衝撃が広がり、カグヤを拘束する夕象の気流が吹き飛んだが、かまわず僕とガイは前に進みカグヤに接近する。

 

 全力の夕象と高威力の八十神空撃では、僅かに夕象の方が勝ってカグヤの方に衝撃が流れる。

 それで倒せるとはとても思わないが、ひるませることくらいは出来た。

 後は僕等がカグヤに接近すればいい。

 

「チャンスだ、ナルト! サスケ君!」

 

「おう!」

 

「ああ」

 

 遠くでミナトがナルトとサスケに手を当てて飛雷神の術を発動すると、二人が僕達の近くにそれぞれ現れた。

 僕達の持つ避雷針のマーキングを目印に飛んできたナルトとサスケは、僕達を足場にカグヤの元まで跳躍する。

 二人が六道のチャクラを宿した利き手を伸ばし、カグヤまであと僅かとなった所で世界が切り替わる。

 

 

 

 灼熱の溶岩が流れる世界から、極寒の雪景色に染まった世界に一瞬で変わった。

 知っていたとはいえ、一体どういう能力なんだ?

 ガマの食道のみを口寄せする術を自来也が使っていたが、それの類か?

 

 世界が切り替わり僕たちのいた場所は巨大な氷の中になっており閉じ込められていた。

 動きを封じられている間にカグヤは空間に穴を開ける時空間忍術で氷の中から脱出し、サスケは加具土命で天照の黒炎を刃状にして自身とナルトの周りの氷を切り裂いた。

 

「ぶはぁ、助かった! サスケ、ハジメのおっちゃんとゲキマユ先生も!」

 

「必要無いみたいだぞ」

 

 僕とガイは沸遁の怪力で氷を内側から砕いて脱出した。

 

「この程度の氷で俺の熱い青春を冷ます事など出来ん!」

 

「まあ、この程度の氷なら沸遁のチャクラが無くてもガイなら力づくで砕けただろうな」

 

「…二人ともパワフル過ぎだってばよ」

 

「(俺とナルトが負ければ終わりかと思ったが、気負い過ぎだったか?)」

 

 頼むからガイと一緒の扱いで呆れないでくれ。

 僕の強さは青春とか一切関係ないから。

 

 世界を変えられたことで躱されてしまったが、先ほどの作戦は有効だったのでもう一度僕達二人がカグヤを夕象で追い込む戦術で行く。

 再び躱される可能性だが、サスケが世界が変わる瞬間膨大なチャクラが額の輪廻眼に集まるのを見ており、おそらく連続で使用は出来ないだろうと見た。

 たとえ使われても消耗を強いられるならばと挑むが、流石に同じ手はそうそう通用しなかった。

 

 僕たち二人が近付くと、カグヤは時空間忍術で逃げる様になった。

 さっきのぶつかり合いでカグヤも正面から相手をするのは不利と警戒されたか、黒ゼツのアドバイスがあったのかは分からない。

 別の場所に現れるカグヤを追いかけ続け、何度か逃げられた後に現れたのはナルトとサスケを含む他のメンバーのいる場所の真上だった。

 僕等を後回しにナルトとサスケを先に狙ったのだ。

 

「上だ!」

 

 時空間忍術を宿す目を持つからか、上に出現したカグヤに真っ先に気付いたのはカカシだった。

 カカシの声に反応しナルトがすぐさま飛び上がる。

 

 仲間を攻撃に巻き込まないように八十神空撃をナルトは尾獣チャクラの腕で迎撃し、サスケも狙われては待ちの態勢ではいられないと須佐能乎を纏った。

 いくら六道仙術と輪廻眼があってもカグヤ相手では正面からでは不利で、ナルトは攻撃を押し込まれサスケの須佐能乎も攻撃に耐えられず砕かれた。

 ナルトが迎撃している間に他の仲間達は距離をとって巻き込まれなかったが、ナルトとサスケが吹き飛ばされその先にカグヤの時空間忍術が開いた。

 開いた空間からカグヤの手が伸びナルトとサスケが捕らえられそうになるが、僕とガイが二人を受け止める事で逃れる。

 

「大丈夫かサスケ?」

 

「っち! 須佐能乎がああも簡単に砕かれるとは…」

 

「力の差は歴然だからな。 それより気をつけろ。

 カグヤは異空間に移動出来る時空間忍術の使い手だ。

 捕まって別空間に放り出されたら普通の手段じゃ戻ってこれん」

 

「! なるほど、さっきのはそれが狙いか。

 作戦を変えるぞ。 ゆっくり待っていたら俺達が先に狙われる」

 

 知っていたから対処も出来たが、原作と同じように空間を隔てて分断されたらかなりやっかいだ。

 対策でミナトに飛雷神のマーキングを二人に施してもらってはいる。

 先ほどサスケが口寄せで鷹を呼び寄せていたし、ミナトもマーキングがあればここから別空間に飛べると言っている。

 カカシに神威で空間に穴を開けて探してもらう必要は無い筈だが、分断されない事に越したことは無い。

 

 カグヤの時空間忍術での分断を警戒しながら、僕達は戦術を変えて闘いを続ける。

 ナルトは影分身の物量で挑みながら本体の場所を隠し、僕はナルトの影分身を巻き込まないように拳圧の夕象を使わず直接殴りに行く。

 ガイは体の限界が近く温存のために奇襲に備えて仲間の元に下げ、サスケは輪廻眼に開眼したことで得た天手力(アメノテジカラ)の互いの場所を入れ替える飛雷神にも似た瞬間移動でカグヤの隙を狙って攻撃を仕掛ける。

 カカシも空間の歪みで相手をねじ切る攻性神威を当てられそうと判断したら容赦なく狙い、ミナトは攻撃力は無いが飛雷神による高速移動でいつでも援護が出来るようにチャクラを練りながら苦無を構えている。

 

 希少な筈の時空間忍術の使い手が集まり過ぎている。

 残りのメンバーも大蛇丸を筆頭に、水月・重吾・香燐・カブト・サクラ・クシナと高い資質を持った忍ばかりだが戦いについてこれていない。

 やはり時空間忍術は最強の忍術なのではないかと思ってしまう。

 

 戦いはこちらが優勢だ。

 カグヤは八十神空撃に加え共殺の灰骨と言う刺されば人体を灰にする杭を撃ち出してくるが、ナルトは影分身が盾となり僕は現身の術の纏うチャクラで受けるか避ける事で対処出来ている。

 世界を切り替えるという時空間忍術は強力だが攻撃性は低く、単体の移動手段の方はサスケ・ミナト・カカシの方が即時性に優れており、後ろの取り合いや奇襲なら決して負けない。

 ガイを除いて他のメンバーは、空中戦や時空間忍術の飛び交う中では手の出しようが無いが、逆に余力を残していると言っていい。

 カグヤは封印術を持つナルトとサスケだけでなく、僕達全員を相手に不利な状況に追い込まれていた。

 

「拙イ、母サンガ押サレテイル。

 陰ト陽ノチャクラヲ持ツナルトトサスケダケデナク、他ノ奴ラモココマデ厄介ダトハ」

 

「………」

 

「母サン。 コイツ等ノチャクラヲ回収シヨウナンテ考エテル場合ジャナイヨ」

 

「…わかった」

 

 こちらの攻撃を潜り抜け僕達から距離をとって空間の穴から出てきたカグヤは、こちらの様子を伺いながら何かを話している。

 

「あれは! 気をつけろ、また空間が変わるぞ!」

 

 カグヤのチャクラの流れを見ていたサスケが忠告した直後、周囲の風景が一瞬で切り替わる。

 これまでの過酷な自然環境とは違い、そこは僅かに隆起した四角錐の石畳が無数に敷き詰められた地面が広がっているだけの世界だ。

 それだけなら何でもないが、この空間に変わった瞬間に体重が何倍にもなったような重さが加わり全員が地面に倒れ伏した。

 空を飛んでいた僕とナルトも重さで宙に浮いていられず下に引きずり落とされ、地面に落ちる衝撃でナルトの分身は全て消えた。

 

「クソッ! 体が重てぇってばよ」

 

「超重力の世界か。 …ろくに動けないが、それは奴自身も同じらしい」

 

 皆が自身の体の重さで動けなくなっているが、この世界の主であるカグヤ自身も地面から動けなくなっているのをサスケが確認する。

 だが動けずとも術は使えるとカグヤはナルトとサスケに両手を向け、共殺の灰骨を射出しようと二人を狙う。

 

「拙いってばよ。 避けろサスケ!」

 

「わかっている! だが体が!」

 

 カグヤの攻撃に気付いて回避する為に動こうとするが、その動きは鈍くろくに歩く事も出来ない。

 その間に狙いを定めたカグヤが灰骨を射出し、二人は何とか転がって回避する。

 ………が、二人に届く前に放たれた二本の苦無によって撃ち落された。

 

 ぶっちゃけ僕が普通に投げた苦無だ。

 

「何! 貴様、ナゼコノ超重力ノ中デ立ッテイラレル!?」

 

「鍛えていたからな」

 

「フザケルナ!」

 

 本当にそれだけなんだ。

 超重力はドラゴンボールの世界で修業の時に経験済みだ。

 ここの重力はおそらく10倍前後といったところ。

 100倍を克服したことがある僕なら、これくらいの重力下でなら日常生活を送ることだって出来る。

 

 更に【気】は使ってはいないが、身体強化をする術を僕等は使っているので余裕がある。

 

「ガイ。 お前もこれくらいの体の重さで動けない事は無いだろう」

 

「すみません先生。 流石に重りがきつかったので外すのに手間取ってました」

 

 僕に続いてガイも立ち上がって普通に歩いて来る。

 同じく身体強化をしているガイなら動けると思っていたが、普段から修行で使ってる重りを手足に着けたままですぐに動けなかったらしい。

 

「ガイ、お前なんでこんな時まで重りを着けっぱなしなの」

 

「カカシよ。 俺は別に本気で戦ってなかったと言う訳ではないぞ。

 重りは己を鍛える枷ではあるが、己の重さを増やして打撃の威力を高める武器でもあるのだ。

 より速く動きたい時なら重りを外すが、必要が無ければ打撃力を下げない為に外す事は無い。

 何よりこの重りは長きに渡る鍛錬と言う青春を共にしてきた、ある意味お前以上の友、いや俺の一部と言っていい。

 よきライバルであるお前と同じように、俺を常に鍛えてくれる重りを邪険になど出来ん」

 

「え、俺ってその重りと同類?」

 

 ガイの中でカカシと重りがどのような関係なのか非常に気になるところだが、今はそれどころではないので後にする。

 

「流石にこの状態じゃ空中を駆ける事は出来ないが、奴が地面に張り付いているなら飛ぶ必要はないな」

 

「動けぬ相手を攻撃するのはあれだが、容赦はせん」

 

 カグヤが身動き取れずにいる絶好の機会を逃さず、僕とガイは普段と変わらないかのように走り向かっていく。

 

「母サン、コノ空間ハ不利ダ! 別ノ空間ニ切リ替エルンダ!」

 

「…すぐには無理だ」

 

「クッ!」

 

 カグヤはその場から動かずこちらに灰骨を撃ち出してくるが、直線的な攻撃であれば僕は苦無で、ガイはヌンチャクで容易に弾き飛ばせる。

 

「空間を切り替えず動けないままという事は、やはりあの術にもインターバルがあるみたいだな」

 

「あれほどの強力な術ですからな。 奴も使い放題と言う訳にはいかないのでしょう」

 

「だがそれも長くは無い筈だ。 一気に追い込むぞ!」

 

「はい!」

 

 飛んでくる灰骨を触れないように、避けたり武器で叩き落しながらカグヤに急接近する。

 止められぬと解ったら空間に穴を開ける術で逃げようとするが、判断が遅い。

 

「させん!」

 

 ガイが夕象を放ち、カグヤが空間の穴に逃げ込むのを妨害する

 超重力下で動きが鈍り威力が落ちていたので僅かに吹き飛ばすだけだったが、その間に僕が間合いを詰め切った。

 

「まずはお前を切り離す!」

 

「グッ!」

 

「マズイッ!」

 

 苦無を起点に纏わせた現身の術の刃で、黒ゼツの潜むカグヤの左腕を切り飛ばした。

 黒ゼツに力は無いが、長い年月を闇に潜み暗躍してきた経験がある。

 力は強いが戦闘経験の少ないカグヤに的確なアドバイスをしているので、切り離しておいた方がいい。

 

「ナルト、こいつを求道玉で封じておけ!」

 

「わかったってばよ」

 

 切り飛ばした左腕をナルトの方に蹴り飛ばす。

 ナルトは求道玉を棒状にして、飛んできた黒ゼツの潜む左腕ごと地面に縫い付けた。

 

「ウオオォォォォ!」

 

「カハッ!」

 

 その間にガイが左腕を失ったカグヤに攻撃を仕掛ける。

 倒れ伏していたカグヤを蹴り上げる事で浮かし、その体に拳を連続でたたき込む。

 夕象を打ち込んだ時ほどの威力は無いが、過剰な身体強化をされているガイの連打に、強靭な体のカグヤでも内臓をいくつも破裂させて大量の血を吐いている。

 

「おのれ!」

 

 カグヤが痛みに耐えて右腕の掌から出ている灰骨を刺そうとするが、徒に振るう攻撃ではそれを警戒しているガイにあたる事は無い。

 灰骨の刺突を躱し、カグヤの右腕を肘と膝で挟むことで腕の骨を折った。

 奴の治癒力なら直ぐに治るだろうが、僅かな間でも腕を使えないのは近接での体術使い相手には致命的だ。

 

「チェチャアァァァッァアア!」

 

 ガイは見事な体術でカグヤを吹き飛ばさず、その場に立たせたまま打撃の衝撃を余すことなくその全身に伝えダメージを与えて続けている。

 それでもなお原形を留め治癒しようとしているのだから始末に負えない。

 

「ガイ!」

 

「はい!」

 

 ガイはその場に留め続けたカグヤを、僕の方に殴り飛ばす。

 殴り飛ばされてきたカグヤを回し蹴りで上空に打ち上げ、その先にガイが先回りし踵落としを叩き込む。

 落ちてくるカグヤの背に向かって足を掲げて受け止めるように蹴りを叩き込むと、超重力により加算された自重も加わってカグヤの体は背中側に折り畳まれた。

 マダラも体を真っ二つにしても死ななかったのでここまでやっても死んでいない様だが、人体を均等に破壊した事で今のカグヤはまともに動ける体ではない。

 このまま封印出来るか。

 

「ナルト! サスケ! このまま封印するぞ! いけるか?」

 

「お、おう! いつでもOKだってばよ!」

 

「こっちは何時でもいける!」

 

 パワーのあるナルトと違って、輪廻眼を得ても身体能力が向上した訳ではないサスケは立ってるだけでも辛そうだ。

 近付いて来るのは無理そうだが、こちらからカグヤを近づければいい。

 

「いくぞ!」

 

 カグヤの体を支えている足を振り回し、二人の方にそのまま蹴り出した。

 二人は六道の陰と陽のチャクラを授かった利き腕を、飛んでくるカグヤの方に向ける。

 そのままカグヤに触れることが出来れば決着だが―――身動きが取れずズタボロになってもカグヤは意識を失ってはいなかった。

 

 そのままカグヤの体が二人の所に飛んでいく途中で、再び世界が切り替わってしまう。

 近付いていた二人の手がカグヤの体に触れるより先に、長い髪が蠢いて二人を捕らえるのが先だった。

 捕らえられたことで手が届く距離まで近づけず、体に触れることが出来ていない。

 

「髪も動かせるのか、奴は!」

 

「さっきまでの世界では重くて動かせなかったと言う訳か。

 二人を助けるぞ!」

 

 二人が捕らわれチャンスが一転してピンチに変わったかと思ったが、ナルトが力づくで髪の拘束を引きちぎりサスケの拘束も解いて自力で脱出したことで安心する。

 すぐに二人の元に駆け寄る。

 

「大丈夫か二人とも!?」

 

「ちょっとチャクラを吸われただけだってばよ」

 

「おい、奴を見ろ!」

 

 サスケの指摘にカグヤの方を見ると、地面からチャクラが噴出しカグヤに取り込まれていく。

 

「一体何が起こっているのだ」

 

「教エテヤル。 母サンガ本気ニナッタノサ」

 

 ガイの疑問に求道玉で縫い付けられている黒ゼツが答えた。

 

「ココハ母サンノ持ツ全テノ空間ト繋ガッテイル始球空間。

 ココデハ夢幻月読ニカカッタ忍共カラ、チャクラヲ吸収スルコトガ出来ル」

 

「じゃああれは!?」

 

「チャクラヲ吸収シチカラヲ取り戻シテイルノサ。

 コノ空間デ母サンノチカラガ尽キル事ハ絶対ニナイ」

 

 チャクラを取り込むカグヤの体に異変が起きる。

 まるで餅を焼いたかのように白いナニカがあふれ出し、ボロボロだった体を飲み込んで膨れ上がっていく。

 それはあっという間に見上げるほど大きくなっていき、危ないと感じた僕達は距離をとって様子を窺う。

 やがてそれは形を成し始め、額に輪廻写輪眼を持った白くて巨大な獣の姿となった。

 

 

 

 

 

 



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第十八話

 

 

 

 

 

「あれは十尾なのか?」

 

「恐らくな。 取り込まれる前とは姿が違うが、尾獣化した姿なんだろう」

 

 マダラが取り込む前の十尾は辛うじて人型をしていたように思えるが、あれは完全に獣の風貌をしている。

 前の十尾は他の尾獣達よりも大きかったが、獣の十尾はチャクラを取り込んだからか更に大きくなっている様に思える。

 

「だがこれで封印はしやすくなった。

 デカいなら俺達が触れるのは容易だ」

 

 ナルトと同時に触れるだけで封印出来るなら好都合だとサスケは言うが、あの状態は厄介なのだ。

 十尾化したカグヤが動き出し、獣の形など全く関係なく体中のいたるところから手を生やしてこちらに伸ばし襲い掛かってきた。

 ナルトが迎撃しようとチャクラの腕を伸ばすが、

 

「触れるなナルト!」

 

「え! な!? 吸収される!」

 

 僅かに抵抗を見せた後、ナルトのチャクラの腕は飲み込まれるかのように白い腕に吸収されていく。

 即座にナルトはチャクラの腕を切り離して全て吸収されるのを回避するが、抑えの無くなった白い腕がこちらに襲い掛かってくる。

 

「「夕象!」」

 

 即座にチャクラで触れなければいいと夕象の一撃をガイと放ち、迫っていた白い腕を弾き飛ばした。

 だが後ろから何本もの白い腕が迫ってきており、連打できるほど威力を押さえた夕象では尾獣サイズの腕を全て迎撃しきれない。

 

「離れるぞ!」

 

 白い腕から距離をとるが、空を走れる僕達と違いナルトとサスケの速度では追いつかれそうだ。

 仕方なく二人を抱えて逃げようかと思ったところで、ミナトが二人の元に現れ、二人を連れて姿を消す。

 次に僕とガイの元に再度飛んできて、僕達と共に飛雷神で移動した。

 

「危ないみたいだったから移動させたよ。

 あの巨体なら直ぐにこっちに来るだろうが、僅かでも時間が稼げる」

 

「助かったミナト」

 

 直接触れる事の出来ない、あの形態は一番厄介だ。

 あの状態のままでは、触れても封印されるか取り込まれるかのイチかバチかになってしまう。

 すぐに元に戻るならいいのだが、巨大な兎らしき姿のまま空に浮いて白い腕を伸ばして元に戻る様子が無い。

 あのままでは封印をすることが出来ない。

 

「どうやら今の奴に直接触れるのは不味いみたいだね。

 ハジメ、何か手はあるかい」

 

「直接触れない夕象の空気砲なら迎撃は出来るが、全ての攻撃に全力で撃っていたら僕もガイも体が持たない。

 それにあの巨体では有効打にはなっても決定打にはならないだろう」

 

 本当は僕なら夕象を撃ち続けても大丈夫だが、ガイは確実に力尽きる。

 

「一瞬だがナルトのチャクラの腕で押さえることが出来たから、吸収されるまで僅かな間がある。

 吸収されるよりも早くダメージを与える強力な攻撃か、吸収も出来ないような特殊な攻撃。

 後は吸収出来ないような大きな質量による攻撃なら、あの十尾にも有効だろう」

 

「あの大きさにダメージを与えられる術はオレは持ってない。

 特殊な攻撃と言うと…」

 

「俺の神威ですか。

 両目の神威が揃ったことで威力が増していますが、十尾に効くような威力となると何度も撃てません」

 

 原作で神威手裏剣で攻撃していたカカシだが、ここでは神威の時間制限がない代わりに須佐能乎はもう使えない。

 直接の神威による攻撃は、本来のうちは一族ではないカカシにはどうしても負担が大きいからな。

 

「ナルトの持つ求道玉なら吸収されないかもしれないが、武器として使うなら奴の巨体には小さすぎる」

 

「全部一纏めにして細長くすりゃいけるかもしんねえけど、それでも大した攻撃にはならないってばよ」

 

「吸収出来ない様な質量の攻撃と言うと、君の現身の術とナルトの尾獣化、サスケ君の須佐能乎くらいか?

 直接攻撃するよりはましだが、それでもチャクラをどんどん奪われてしまうよ」

 

「いい物がある。 尾獣のような大きな奴を相手にするために作った巨大な剣がある。

 あれなら相手に触れずに白い腕位なら十分切り飛ばせる」

 

 ガマブン太の持つドスみたいな武器だ。

 チャクラを剣にするのもいいが、媒体となるものがあった方が僅かに丈夫だ。

 

「そんなもんどうやって用意したんだってばよ」

 

「ナルトは知らなかったか? 僕の家は以前鍛冶屋をやってたんだ。

 物を作り替える程度の秘伝忍術が使えて、それで父親が………そうか、これなら」

 

「何か閃いたのかい」

 

「ああ、これなら多少は十尾を抑え込めるだろう」

 

 空に浮かびながら次第に近付いて来る十尾を見据える。

 

「そろそろ決着を着けないとな」

 

 

 

 

 

「おらぁ!」

 

「はっ!」

 

 僕の作った巨大な刀を尾獣化したナルトが振るって白い腕を切り飛ばす。

 サスケも完成体須佐能乎で直接触れずに斬撃の衝撃を飛ばす事で白い腕を切り飛ばしている。

 念の為、六道仙術に有効な仙術チャクラを使うために重吾が中に入り呪印を纏わせているが、今の十尾相手にどこまで有効かは定かではない。

 カカシの神威も有効だろうが、二人の様に攻撃に多用しては目の負担が持たないので取りこぼしが来た時の為に待機してもらっている。

 

 二人に守ってもらっている間に僕は多重影分身を出して作戦の準備をしている。

 まずは僕本体と影分身を含めた四人をそこそこ距離をとって四方に配置する。

 

 

――パンッ――

 

 

 そして四人同時に合掌し地面に手を着くと紫電が走り、四方に散った僕達を起点に線が繋がるように地面に深い裂け目が出来ていく。

 彼らには忍術と言ったが、以前僕の父親役をしていた僕が鍛冶屋と称す為に使っていた【鋼の錬金術師】の世界の錬金術だ。

 本来は素材の組成まで組み替えて錬金出来るが、戦いで使うとなるとこの世界では直接相手を錬成破壊でもしない限り大した攻撃も出来ない土遁紛いの術にしかならない。

 だが忍術が通じない相手なら、作り替えるだけで物理で干渉する錬金術なら忍術も何も関係ない。

 

()は出来たぞ! ガイはどうだ?」

 

「大丈夫、いい位置にいる。 いくよ!」

 

 錬金術でキューブ状に地面から切り離した岩を、ミナトが飛雷神で飛ばす。

 送り先は十尾の真上に待機しているガイの元だ。

 

「よし、これでもくらえ!」

 

 ただ時空間忍術で送り出したキューブ状の岩石はそのまま空中に浮いているはずもなく、重力に引かれて真下に落ちる。

 落ちていく先は当然真下に浮いている巨大な十尾。

 更にガイは巨石が少しでも加速するように十尾に向かって蹴り出す。

 

 十尾に叩き落す目的で切り出した岩石は、当然それ相応の大きさだ。

 それが重力とガイの蹴りで加速した状態で落ちてくれば、十尾がどうなるかも明白だ。

 突然の上からの質量攻撃に対処出来ず、十尾に岩石は直撃し、その重みで地面に墜落した。

 

「やった、成功だ!」

 

「だが、ただ落としただけだ。 直ぐに起き上がる。

 押さえるのは向こうは影分身に任せて、こっちも次弾を打ち込むぞ」

 

 ただの巨大な岩を真上から叩きつけただけだ。 それで倒せるわけがない。

 すぐさま次の球になる巨石を錬金術で切り出し、それをミナトがガイの元に送り出す。

 それを続ける事で十尾を地面に押し付けるのだ。

 

 もちろんそれだけでは十尾を抑えきれない。

 不意打ちは当てられたが、回避や対処も出来ない事は無いだろう。

 だから落下先には既に僕の影分身を大量に配置しており、落ちた所で一斉に錬金術を発動して地面を操作し十尾の拘束に掛かった。

 

 

――バチバチバチバチバチバチッ――

 

 

 錬金術が発動する紫電が十尾の周囲に一斉に広がる。

 十尾の下の地面が沈み、更に一瞬液体の様に変化してその巨体が地面に沈み込む。

 それを確認した影分身達は、即座に地面を硬化させて沈んだ十尾の半身を固めて埋めた。

 

 当然十尾は抵抗し白い手を伸ばして影分身を襲うが、影分身達は広大な大地を錬成し続ける事で同じような巨大な腕を作り出して対抗する。

 形を変え続ける必要があるが、錬金術によってゴーレムの真似事をする事も不可能ではない。

 錬金術に使うエネルギーも生命力に由来するところがあるので接触部分から奪われてしまうが、その後には無機質な材料の地面が残るので、それが壁となりその先のエネルギーまでは奪いきれず練成を全て止める事も出来ない。

 

 白い手を十尾は体から幾つも生やすが、こちらは影分身が一人ずつ錬金術を使用可能だ。

 手数も負けておらず、白い手の迎撃以外は十尾の地面から出ている半身を押さえにかかる。

 材料は所詮土なので、練成して強度を増しても十尾が振り払おうとするだけで破損する。

 それでもわずかでも動きを押さえていられるなら問題無いと、壊されようと即座に修復し、更にその上に地面を錬成して拘束を重ねる。

 

 ミナトとガイによって上から降ってくる巨石が、浮かび上がろうとする十尾に落ちる事で地面に押し戻す。

 落ちてきた巨石も影分身が練成して十尾の拘束に利用する。

 

 抵抗も激しいので長くは続かないだろうが、十尾を地面に抑え込むことには成功した。

 

「ハジメ。 大したことない秘伝忍術なんて冗談だろう。

 十分凄い忍術だよ」

 

「たまたまチャクラを吸収してしまう相手と相性が良かっただけだ。

 本来なら術として使う土遁の方が効率がいいに決まっている。

 上から落とすというのもマダラの使った術を参考に、ミナトの協力があって成功する作戦だ」

 

「確かに、こんな無茶苦茶な事もオレ達が協力してこその術だね。

 術名は飛雷紫電昇巌天墜壱式と言ったところかな」

 

「お前のネーミングセンスも相変わらずだな」

 

 よく螺旋丸がシンプルかつベストな名前で落ち着いたものだ。

 …いや、この世界で珍妙な名前になりそうだったのを僕が訂正したんだった。

 たぶん僕がやらなくても誰かが止めたんだろうが、それ以来時々技名の相談を受ける事になって頭を痛める事になったんだ。

 

「あの、先生。 今は術の名前なんて考えている場合じゃありませんよ」

 

「術の名前は大事だと思うんだけど、カカシの言う通りだ。

 ハジメの術も使い続ける事で無理矢理十尾を押さえこんでるから、長くは持たないよ」

 

「そう言う訳だ、ナルト、サスケ! 頼んだぞ!」

 

「任せるってばよ!」

 

「ナルトのフォローはしてやる」

 

「俺一人でも大丈夫だってばよ!」

 

 こんな時でも対抗意識を持っている二人に、僕とミナトは笑みを漏らし担当上忍のカカシは呆れのため息を漏らした。

 

 攻撃の狙いは重要器官と思える十尾の顔の額にある赤い輪廻眼。

 それに向かって進むと当然十尾も反応し、顔の近くから白い手を新たに生やして二人に襲い掛かる。

 影分身達が錬金術で妨害しても全ては抑えきれないが、数を減らせばナルトの前を跳んで白い手を切り飛ばすサスケの負担は減る。

 十尾の抵抗も及ばず、力を溜めながらナルトが十尾の額までたどり着く。

 

「いくってばよ、みんな!」

 

 尾獣化した九尾の尾一本一本に影分身が収まり、全員が尾獣達の力で作った螺旋丸を完成させていた。

 それを巨大な輪廻眼に向けて九本全ての尾を叩き込む。

 

 

――仙法・超尾獣螺旋手裏剣――

 

 

 僕を除けば最大威力の攻撃が出来るのがナルトだ。

 あの攻撃が十尾の状態のカグヤにどこまで効いた?

 

「どうだ?」

 

「やったか?」

 

 ミナトとカカシの呟きに不安を覚えたが、あれだけで十尾を倒せるとは始めから思っていない。

 せめてあの状態に変化があればとナルトに任せたが…

 

 攻撃によって巻き起こった煙が晴れると、十尾の顔と輪廻眼には確かにダメージはあった。

 だが形は保っており健在の様に見えたが、直後十尾の顔が泡立つかの様に膨張して変形する。

 その変化は伝染するかのように全身に広がり、十尾の姿を元の状態から更に歪にさせる。

 

 そして凸凹に変形した十尾の体の膨らんだ部分から、取り込まれていた尾獣達の顔が浮かび上がる。

 

「あれは何が起こってるんだ」

 

「おそらくナルトが尾獣のチャクラを使った攻撃で、十尾の中に封じられた尾獣達が呼応したんだ。

 チャクラのバランスが崩れて尾獣達が十尾から抜け出そうとしてるのかもしれない」

 

 嘗てカグヤが健在だった頃の十尾は、尾獣という部類はなくただの十本の尾を持つ怪物だったはずだ。

 六道仙人に封印された後にそのチャクラを九つに分散して、陰陽遁で生み出したのが尾獣達であり、元は個のない力の塊だったはずだ。

 元は自分の力とは言え、今は個々の尾獣として自分の意志を持っており、再度取り込むことも尾獣達の意志を抑え込むことも本来十尾が想定していた訳じゃない。

 取り込んだ力がそれぞれの意志で抵抗すれば、いくら本来の力の持ち主であっても制御しきれなくてもおかしくない。

 

「尾獣達のチャクラが出てきた!

 チャンスだってばよ!」

 

「おい、ナルト!」

 

 呼びかけたサスケを気にせず、ナルトは九尾の尾を伸ばして表面化した尾獣達のチャクラと繋ぐ。

 そのまま地面に降り立ち、両手足を地面に着いて踏ん張りながら引っ張った。

 

「このまま引っこ抜いてやるってばよ!」

 

 尾獣達を十尾の中から引き摺り出すつもりらしい。

 原作で十尾の人柱力と化したオビトからそれをやったが、それとは状況が違い過ぎる。

 その時は忍連合全員が協力して綱引きをするという、文字にすると珍妙な感じではあるが、その時とは人数が圧倒的に今は仲間が少ない。

 更に輪廻眼も片方だけで十尾の復活も不完全だったオビトと違い、完全だったマダラも超えて十尾と同一化しているカグヤでは引き抜くための難度が違い過ぎる。

 

 今はカグヤの力が不安定になっているのでチャンスではあるが、うまくいく可能性は原作のオビトの時より期待できない。

 ナルトも六道仙人の力を得た状態だが、うまくいくか?

 

「うおおおオォォォォォ!」

 

 ナルトが叫びながら地面を踏ん張って引っ張ると、十尾の体から盛り上がっていた尾獣達の顔がさらに盛り上がり、体の輪郭を作り出していく。

 その半身が引き出されたあたりで、十尾の体と同化していた事で白くなっていた体色に変化が起きる。

 白かった状態から尾獣達それぞれの体色に変化し、十尾から分離し始めたのが解る。

 

「(まさか、このまま引き抜けるのか?)」

 

 そう思ったが、やはりそう簡単にも行くはずがない。

 ダメージを与えた十尾の顔の部分に変化が起こり、顔が形を崩しながら小さくなっていく。

 小さくなった顔の先が変化し、背面部が十尾の体と繋がったまま人型のカグヤの姿となる。

 あれほどボコボコのメタメタにしたのに、十尾化して体を再構成したからか五体満足の完全な状態に戻っている。

 

 人間離れしているのわかっているのでそこまで気にしないが、人の姿のカグヤが現れた事で十尾の体にも変化が起こる。

 十尾の体がカグヤの背面部に引きずり込まれていく。

 引き摺り出そうとしていた尾獣達もまだ十尾と繋がっており、同じように引きずり込まれ始めた。

 そしてこれまで順調に引っ張っていたナルトの動きも止まり、逆にカグヤの方へと引っ張られ始めた。

 

「何やってるナルト! 逆に引っ張られてるぞ」

 

「わかってるってばよ! けどやっぱアイツの方が引っ張る力がつえぇ!」

 

 サスケがナルトの傍に降り立ち、須佐能乎で九尾の体を掴んで同じように引っ張るが、引きずられるのが遅くしかならない。

 その間にも十尾の体はどんどんカグヤの体に吸い込まれ、尾獣達の体色も再び十尾の白に染まってしまった。

 

「拙い。 あのままじゃ逆にナルトが取り込まれてしまう」

 

「尾獣たちを抜き出せる可能性もあったが、そうもうまくいかないか。

 僕もナルトの援護に向かう」

 

「頼んだよ、ハジメ」

 

 巨石落としは十尾を納め始めたカグヤにはもう意味はない。

 近くにナルト達もいるので安易に落とす事も出来ない。

 

 

―O.S.(オーバーソウル) 現身・穆王――

 

 

 この場をミナトに任せ、体内の穆王を現身の術と大気中の水を媒体にオーバーソウルする。

 人型になったような穆王の姿を作り出し、引きずられるナルトとサスケの元に飛んで僕も引っ張るが、それでもカグヤが十尾を納める力の方が強い。

 オーバーソウルの姿は結構本気なので流石に少し焦る。

 

「ハジメのおっちゃん!」

 

「ナルト、このまま尾獣達を引きずり出すのは無理だ。

 十尾の方が尾獣達を抑える力が強い」

 

「チャクラを切り離せナルト。 このままじゃ逆にお前のチャクラが奪われる。

 そうなったら六道の封印術も使えなくなる」

 

「くっそー!!」

 

 ナルトは悔しそうに叫ぶが、抜け出ていた尾獣達の胴体部分は十尾に再び取り込まれ、更に十尾の体もどんどんカグヤに取り込まれていっている。

 サスケの言う通り、チャクラを繋げたままではナルトが危ない。

 

 だんだんと引っ張られていく先にいるカグヤの姿を見据えているとある事に気付く。

 

「いや待て、ナルト! もう少しだけ堪えろ!」

 

「え?」

 

「どうする気だ」

 

「全員聞け!」

 

 仲間全員に聞こえるようにはり叫ぶ。

 

「何でもいい、カグヤの気を逸らしてナルトが尾獣を引っ張り出す援護をしろ!

 今ならカグヤも引っ張られてその場から動くことが出来ない!

 後の事は考えず全力でやれ!」

 

 この膠着状態ならカグヤは無防備だ。

 ナルトがこっちで引っ張っているので封印は出来ないが、他の皆は動けないカグヤを好きなだけ攻撃できる。

 

「わかりました先生! 動けない相手と言えど手加減はせん!」

 

 

――夕象――

 

 

 上空に待機していたガイがカグヤの上から空気砲の夕象を放つ。

 カグヤを中心に着弾した夕象は地面を穿ち大穴を開ける。

 

「ウオオオォォォォ!! 先生は全力でやれと言った!

 お前を倒すまで止まらんぞ! 夕象! 夕象! 夕象!」

 

 一発で止まらずガイは連続で夕象を撃ち続ける。

 連打出来るように抑えた低威力の夕象ではなく、本気の夕象をだ。

 長くは持たないだろうがそれでいい。

 ダメージで十尾を取り込む力が弱まり、ナルトがカグヤの方に引きずられなくなる。

 

 天津飯の気功法で足止めを食らうセルみたいになってるカグヤだが、ガイの攻撃に無抵抗のままではなかった。

 両手を上にあげて八十神空撃で夕象の攻撃を迎撃し始める。

 チャクラを取り込んでパワーアップしたからか、八十神空撃の威力が前より高くなっており、ガイ一人の夕象では逆に押され始めていた。

 

 八十神空撃が夕象のを押しのけてガイに迫ろうとしたところで、カグヤの左腕が空間の歪みで消し飛ぶ。

 

「カカシか!」

 

「ガイにばかり活躍させられないからね。

 夕象を邪魔出来ないようもう片方の腕ももらう」

 

 カカシの神威が八十神空撃を放つカグヤの片腕を消し飛ばしたのだ。

 もう片方の腕もカカシは神威で消し飛ばそうと睨みつけ、カグヤの右腕の周りの空間が歪み始めるが直ぐに収まってしまう。

 

「ダメか」

 

「どうしたカカシ」

 

 落胆した様子を見せるカカシにミナトが問うた。

 

「神威を無力化されました。 おそらく奴の時空間忍術で神威を中和したんだと思います。

 恐らく不意打ちでなければもう効かないでしょう」

 

「流石にそう容易くはやられてくれないよね」

 

 神威が無力化されるとは驚きだが、カグヤの時空間忍術も瞳術だ。

 自身の周りの空間を支配下に置くことで別の空間干渉を無力化したのか?

 万華鏡写輪眼と輪廻眼では神威の方が力負けするのは確かに仕方がない。

 

 片腕になったことで八十神空撃は半減したが、夕象の攻撃はカグヤに届かないままだ。

 消し飛んだ左腕もマダラの時と同じように再生を始めている。

 左腕が復活するのも時間の問題だ。

 

 ちなみに神威の攻撃は不味いと見て、カグヤの腕と共に切り離され封印されていた黒ゼツがカグヤの力を使ってカカシを攻撃しようとしていたが、あらかじめ警戒していたハジメの影分身が妨害し失敗している。

 今も影分身が見張っており、黒ゼツのカグヤへの援護はもう出来ないだろう

 

「今度は僕の番だよ」

 

 

――水遁・水鉄砲の術・二丁――

 

 

 水月の放った水鉄砲の術がカグヤの顔に命中する。

 正に水を掛けられたことでカグヤは怯むが、仙術ではない攻撃ではダメージを与える事は出来ない。

 

「ありゃりゃ、これじゃ本当に只の水鉄砲だよ。

 まあ少しでも気を散らせるなら、嫌がらせに水を掛けるだけでも十分でしょ」

 

 ダメージは与えられないが顔に水を掛けられれば気が散る。

 例え効かなくても意識を分散させればカグヤの隙は大きくなる。

 

 更に左右から複数の鎖がカグヤに伸びて絡みつく。

 

 

――金剛封鎖――

 

 

「うずまき一族の力、みせてやるってばね!」

 

「ウチだけ見てるだけにはいかねえだろ!」

 

 クシナと香燐がうずまき一族固有の鎖を出す封印術でカグヤを縛った。

 八十神空撃を放っていた右腕も絡み取り、腕を挙げさせない事で夕象の攻撃を防げないようにした。

 

「グッ! こいつ、鎖のチャクラを吸収してる!」

 

「気張るってばね! 吸収されるより多くチャクラを送って鎖を維持するってばね」

 

 接触している事でカグヤが鎖のチャクラを吸収しているようだが、クシナ達は鎖につぎ込むチャクラを増やす事で対抗するみたいだ。

 焼け石に水だが、僅かなら持つだろう。

 

「シャアアンンナロオオォォォ!!!」

 

 盛大な掛け声と共にサクラがカグヤの上から強襲する。

 自慢の怪力を発揮して、先ほどまでナルトが使っていた巨大な剣を持ったままカグヤに向かっていく。

 振り下ろす先はカグヤ、が取り込んでいる十尾の体との繋ぎ目。

 

 十尾の体をカグヤから切り離せれば、尾獣達の力の全てを取り戻す事は出来ないだろうが減らす事は出来る。

 切り取った分がナルトの中に収まればナルトの力になると、サクラは切り離す目的でそこを狙った様だ。

 

 夕象とうずまき一族の鎖で完全に動きを封じられたカグヤに、サクラの振るう剣を避ける事は出来ない。

 だが十尾を一部とはいえ切り離される事を避けるために、カグヤは取り込んで減っていた十尾の体から白い手を生やして剣を受けた。

 当たるギリギリだったことで生やした手は脆く剣で切り離されたが、威力が減衰し十尾の胴体にあたっても完全に断ち切るまではいかなかった。

 

「チッ!」

 

 十尾の体から別の白い手が出てきて、剣を持っていたサクラを狙って伸びていく。

 剣を振り下ろせはしたが自在に振り回し続ける事は大きさ的に出来ず、サクラに二の太刀はなく剣を手放し離脱した。

 追撃はガイが夕象で援護した事でサクラには届かずに済む。

 だがこの一瞬、カグヤの十尾を取り込むために引っ張る力が弱まった。

 

「力が弱まった? チャンスだ、全力で引け!」

 

「おりゃああぁぁぁ!!」

 

「ハアアァァァァ!!」

 

 

 恐らく取り込みかけの十尾から手を出す(・・)という行為をしたことで、取り込むための力が逆転し引っ張る力が弱まったのだ。

 その隙を突いて全力で引っ張った事で僕達の方が力が上回り、綱引きのように十尾の胴体と尾獣達の体を再び引き摺り出した。

 力がこちらに傾いたことでいけるかと思ったが、サクラが離脱して白い手を出す必要が無くなるとカグヤの引く力が再び増した。

 再び膠着状態に戻る。

 

 もう少しだったがここまでしてもやはり尾獣達を縛る十尾の力は強い。

 やはり力づくではなく六道の封印術しかないか。

 

 カグヤはガイの夕象とクシナ達の鎖で動けないが、封印の要のナルト達も尾獣達のチャクラを引くことで動けない。

 ゆえに膠着状態だが、長引けば余力が有り余っているカグヤが有利。

 カグヤが動けない内に仕掛けなければいけない。

 

 動けないカグヤの前にまだ動いていなかった大蛇丸とカブトの二人が立つ。

 

「あなたと一緒に戦うのはこれで最後になるでしょうね」

 

「ええ、大蛇丸様。 僕はイタチが思い出させてくれた帰る場所に帰ります。

 ですが帰る場所を取り戻す為にコイツを何とかしなければなりません」

 

「そうね。 世界があのままなんて流石に私も放ってはおけないわ。

 忍の祖と言われた六道仙人。 その母と戦う事になるなんて夢にも思っていなかったわ。

 輪廻眼の上に白眼まで持ってるなんて、さぞ世界が良く見えるんでしょうね」

 

 仙術による感知で、大蛇丸とカブトに自然エネルギーが集まり仙人モードになったのが解る。

 

「なら、この術はとてもよく効くでしょう」

 

 

――仙法・白激の術――

 

 

 二人の術で強い光と音が発生する。

 結構距離のあるここまで光と音は届いており、目前で放たれたカグヤにはたまったものじゃないだろう。

 恐らくサスケとイタチにカブトが使っただろう術であり、瞳術使いには非常に有効な術だ。

 太陽拳に音まで加えた術なので、僕も習得したい。

 

「ナルト、サスケ!」

 

 二人の名を呼んで合図を送る。

 作戦は既に伝えてある。 カグヤの眼を晦ませている今がチャンスだ。

 

 

 

 白激の術の光と音が途切れる。

 術の間は視力と聴力が完全に奪われていたが、その間に他の攻撃は行われなかった。

 治癒力の高いカグヤなら強い光を受けたとしても、光が途切れれば直ぐに視力が回復する。

 回復した視界で最初にカグヤが目にしたのは、自身に触れる瞬間のナルトとサスケの手だった。

 

「(馬鹿な! なぜアシュラとインドラの転生体がここに!?)」

 

 二人が触れた瞬間には封印術が発動しており、声を荒立たせることも出来なくなっていた。

 六道の封印術を使うには、カグヤにナルトとサスケの二人が直接触れる必要がある。

 ナルトの影分身でも意味はない。

 

 ならば今の役割を影分身に引き継げばよかった。

 

「やったな、ミナト」

 

「僕だけじゃない、皆のサポートがあったからさ」

 

「そうだな」

 

 そういって二人を送り出したミナトの影分身が消えた。

 残ったのは僕と、九尾と須佐能乎の存在を支えていたナルトとサスケの影分身だ。

 

 大蛇丸達が白激の術を使った直後に全員が動いた。

 ナルトとサスケはそれぞれ影分身を一体出して、綱引きをしている九尾の体と須佐能乎のコントロールを預けた。

 サスケもナルトほどではないが数体の影分身をやろうと思えばできる。

 

 影分身は本体と同じ能力を持っているが、耐久力が低い以外に高度な力の運用には耐えられない。

 故に影分身だけで尾獣化も完成体須佐能乎を出す事も出来ないが、本体からの引継ぎであれば短時間なら持つと考えた。

 目論見は成功し、十尾との綱引きをしている九尾と須佐能乎の維持を影分身に預けて僕の元に集合した。

 

 本体のミナトは白激の術を受けているカグヤの前に飛雷神の苦無を投擲し、飛ぶ先を定めていた。

 僕の持っていた苦無に変化していたミナトが元に戻り、準備は完了。

 白激の術が消えるのと同時に二人を飛ばし、カグヤの視界が回復する前に封印に成功した。

 

 封印が成功した事でカグヤが十尾の体のコントロールを失う。

 取り込もうとしていた十尾を引く力を失い、影分身のナルトが支える九尾によって一気に引き出された。

 十尾の体が再び姿を現し、カグヤの姿は逆に飲み込まれるように消えていく。

 尾獣達の体もどんどん抜け出してきて、抜け出た分十尾の体が力を失いやせ細っていく。

 

 尾獣達が完全に十尾から抜け出すと、十尾は抜け殻の外道魔像の姿に変わりながら宙に浮かび上がり始めた。

 同時に地面が広い範囲で地割れを起こし、その破片が宙に浮かぶ十尾に吸い寄せられるように集まり出した。

 

「六道仙人の地爆天星も発動した。 これでようやく終わったな」 

 

 面倒なカグヤの封印の成功に安堵しつつ、地爆天星によって浮かび上がる岩石に巻き込まれないようにその場を退避した。

 

 

 

 

 

 



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第十九話

 

 

 

 

 

 地爆天星によって浮き上がる地面を回避しながら、巻き込まれない範囲まで出て皆と合流した。

 最後にナルトが合流して、尾獣達も含めて全員無事に揃った。

 

 ナルトが最後になったのは、黒ゼツを地爆天星の中に処理してきたからだ。

 動けない黒ゼツを監視していた僕の影分身が、それを確認して先に情報を送ってきていた。

 

「あ、そういえば、この後どうやってここから出ればいいの!?」

 

「あー! そういえばどうするんだってばよ!?」

 

 サクラがそのことに気付き、ナルトが慌てる。

 特殊な手段で連れてこられたので、帰る手段など想定出来るものではない。

 この後、六道仙人が口寄せで脱出させてくれるはずだが、自力で脱出する方法を模索しておくべきだろう。

 

「ミナト、お前の飛雷神で元の空間まで飛べるか?」

 

「ちょっと待ってくれ。 やってみる」

 

 ミナトは飛雷神の苦無を構えてチャクラを練って集中する。

 ここに時空間忍術の使い手は三人いるが、目的の座標に飛ぶなら飛雷神が一番早い。

 カカシの神威でも空間を開けられるだろうし、サスケも将来的にはカグヤの空間の調査を行なう事から不可能ではない筈だ。

 だが適正としては飛雷神を多用できるミナトが一番高いだろう。

 

「………元の空間にあるマーキングに飛ぼうと思うと、ずいぶん遠くに飛ばないといけない感覚がある。

 何とかオレ一人だけなら飛べない事は無いだろうけど、ここに居る全員が一緒に飛ぶとなるとチャクラが相当必要だ」

 

「だったら俺のチャクラを使えばいいってばよ。

 そんで足りねえんなら尾獣の皆だって力を貸してくれるってばよ」

 

『まあこんなところに置き去りにされるのは敵わんからな。

 出る為ならワシらも力を貸してやる』

 

 尾獣達も流石に自分達を取り込んでいた者の近くには居たくないと、この場から離れる事を望んでいるみたいだ。

 九尾を筆頭に足りない分のチャクラを貸す事に反対する尾獣はいない。

 

『ナルト、先ずはお前がワシ等のチャクラを受け取ってミナトに渡せ。

 ワシ等のチャクラをバラバラに受け取っても普通は使いこなせん

 一度はワシの半身のチャクラを使いこなしたミナトなら、お前の様に六道仙術に昇華できるかもしれんが、お前がチャクラを調整して渡した方が効率がいい』

 

「いや、流石にナルトのようにはいかないよ。

 オレは仙術が苦手だからね」

 

 そういえばミナトは意外にも仙術が苦手だったな。

 自来也の弟子として妙木山で修業したらしいが、あまり向いていなかったと言っていた。

 

「そんじゃ、みんな頼むってばよ」

 

 ナルトがミナトに背に手を当て、ナルトの傍に尾獣達が各々の爪先や尾などの部位を近づけてチャクラを渡そうとする。

 

 

――ボンッ――

 

 

 その時、口寄せでよく聞く乾いた破裂音が響き、同時に景色が変わった。

 

『ナルト、サスケ。 皆よくやってくれた。 ………どうした?』

 

 目の前には六道マダラと特徴を同じにした六道仙人が浮いており、夢幻転生で呼び出したイタチの様に実体なく存在していた。

 周りを見れば実体のない歴代の影達がおり、穢土転生の三代目までの火影も体の一部を崩しながら居た。

 自力で脱出する前に、口寄せで通常空間に呼び戻されたらしいな。

 

 原作通りで問題無いのだが、自力で脱出出来そうなところだったので肩透かしを食らい、みんな少し微妙な顔をしてしまった。

 

 

 

 ともあれ脱出は出来たのは良かったが、呼び戻された事で初代火影柱間が気付いた。

 

「マダラ!」

 

 僕等とは離れた場所に呼び戻され現れたマダラに気付き、柱間が駆け寄っていく。

 僕もマダラの事はすっかり忘れていたが、その名を聞いて皆が警戒する。

 

『警戒する必要はない。 マダラは一度人柱力となり尾獣達が抜け出た。

 直ぐに死ぬだろう』

 

 六道仙人の言う通り、マダラは倒れたまま動かない。

 柱間だけがマダラの傍により、皆は二人の最後の語らいを見守った。

 

 しかし突然柱間がこちらの方を向いた。

 

「中野ハジメよ。 こっちに来てくれぬか。

 マダラが言いたい事があるそうだ」

 

「僕ですか?」

 

 何故と疑問に思いつつ、倒れているマダラの傍に近寄る。

 ピクリとも動かぬ弱々しい姿だが、これまでの激戦で死ぬ寸前と判っていても警戒心が無くならなかった。

 

「………中野ハジメか?」

 

「ええ、僕に何の用です?」

 

 弱々しい声でこちらの姿も既に見えていない様子だ。

 

「…お前…たちの…勝ちだ」

 

「え?」

 

「お前とは…決着が…着かなかった…

 だから、一言…言っておきたかった」

 

 確かにマダラとの戦いは、無限月読が発動している間にカグヤに取り込まれてしまった事で決着が着かなかった。

 穢土転生の時も僕が封印される事で時間稼ぎにされ、明確な決着とは確かに言えないかもしれない。

 この後無限月読は解除されるが、それを止められないからこそ僕等の勝ちだと言いたいのか?

 

「なぜ、そんな事を僕に?」

 

「お前との戦いは…心躍った…。

 まるで生前の柱間と…争っていた時のように…

 それが決着のつかない…ままではな…」

 

「…仮にも平和を求めていたんだろう。

 それなのに戦いに喜びを見出すのはどうなんだ」

 

「…そうだな。 その通りだ…

 柱間…俺はお前より先に…世界を平和にす…ことで勝ちた…たのかもしれ…ん…」

 

 マダラの命の火が消え、柱間はそれを寂しそうに見届ける。

 平和にしたいという思い。 それが間違っているとは思わない。

 だがそうだとしても人が戦うのは、人としてあるための切り離せない性だ。

 

 望みがあるから、それを求めて争う。

 マダラと柱間の求める完全に平和な世界が、真に訪れるとは僕も思っていない。

 結局の所、何かを求めて争い続けるのが人の歴史だ。

 マダラの望んだ無限月読による争いのない世界も、それでは人が滅んでしまう事が決まっている世界になる。

 

 人が生きるにはその為に争い続けるしかないのは皮肉だが、それでも平穏に過ごせる人々がいる事に変わりはない。

 それが二人の作った木の葉の里なのだろう。

 余所者だった僕だが、そんな二人の思いを見て純粋に木の葉の為にこの世界で生きたいと思えた気がした。

 

 

 

 マダラを看取った後に、六道仙人は力を借りた歴代五影と穢土転生の火影達を解術すると言った。

 歴代火影を呼び出した大蛇丸がこの場に居るので解くのは奴にやらせればいいのだが、呼び出した死者を送り返すついでらしい。

 

「ハジメ、どうやらこれでお別れみたいだ。

 君には本当に感謝してる」

 

「なんだ、急に。 一緒に戦った事にか?」

 

 そういう意味ではミナトの飛雷神には一番助けられたんだが…。

 

「そうじゃない。 クシナとナルトの事さ。

 君が二人を守ってくれていたから、オレは今の二人に会えた。

 クシナの生きている姿を、そしてナルトの成長した姿を見れて安心したよ」

 

「まあお前からしたら、あの時から時間が進んでいないんだよな」

 

 死んだ上に封印されていたミナトからしたら、ナルトが生まれた日からずっと時間が止まったままだったはずだ。

 

「クシナをあの時助けた以外は、僕はたいして何もしちゃいないさ。

 手は貸したがクシナは一人でナルトを育てたし、ナルトも自分の力で強くなった。

 二人の姿が見れたのも、封印を解いて呼び出した大蛇丸の都合だしな」

 

 穢土転生として呼び出されたのは、ご都合主義とは言え偶然の巡り合わせだ。

 本当ならあの時ミナトも生かしてやりたかったが、そうすれば完全に未来が見えなくなるという理由で諦めた僕の不甲斐なさを思い出す。

 

 その呼び出した大蛇丸は、殺した師である三代目に何やら小言を言われているみたいだ。

 今更悔い改めるような奴ではないが、煩わしそうにしながらも三代目の言葉を聞いており、三代目も自身を殺した相手なのだとしてもそれを恨んでいる雰囲気ではない。

 むしろ別れの間際だからと伝えたい事を言っている様子がうかがえ、道を別ったとしても師弟として理解し合っている様に思えた。

 

「それでも君がいてくれたからこそだとオレは思う」

 

「わかったわかった。 それよりもクシナとナルトと話したらどうなんだ」

 

 二人はミナトが僕との話を終わるのを待っている様でこっちを見ている。

 

「もちろんそのつもりだ。 先にハジメにはお礼を言っておきたかったからね。

 今度こそ最後の別れになるだろうからね」

 

「そうとも限らないぞ。 穢土転生の術の存在が今回の戦争で大きく広まった。

 流石に命のリスクのある禁術の多用は許されないだろうが、死者を呼び戻せることが証明された以上、死んでしまった者と会いたいという理由で似たような術を開発しようと考える奴は必ずいる。

 実際僕も、戦わせる力は無いが死者の魂を呼び出す穢土転生の劣化版の術を開発したしね」

 

 話し込んでた大蛇丸と三代目、そして穢土転生の術を最初に考案した二代目扉間の視線がこっちに向いたのを感じる。

 

「そうなのかい!? 術のリスクは?」

 

「そこそこチャクラを消費するだけで、命を代償にする必要は全くない。

 呼び出すのに必要な条件は穢土転生と同じだが、戦わせる力を与えようとしなければ命みたいな大きな代償は必要無くなるんだ。

 そもそも無理に戦わせなくても死者から情報を聞き出せるだけで、十分なアドバンテージになるんだからな」

 

 それは盲点だったわと大蛇丸が呟いており、二代目も気づいていなかったのか唸っている。

 忍は戦う事に重点を少し置き過ぎているのだ。

 

 クシナとナルトは当然この事に反応する。

 

「ハジメ、本当だってばね?」

 

「ハジメのおっちゃん! じゃあまた何時でも父ちゃんと話が出来るのか?」

 

「確かに話をしようと思えばいつでも会わせられるが、頻繁に呼び出すつもりはないぞ。

 ミナトが既に死んでいることに変わりはない。 安易に死者を呼び起こすもんじゃない」

 

 倫理的な感覚で安易に使うつもりはなかったが、その在りようを六道仙人が補正してくれる。

 

『その者の言う通りじゃナルト。

 歴代の影達の力を借りるために呼んだワシが言うのもなんだが、本来生者と死者は交わるべきではない。

 生者は現世に生きるからこそ世界を動かし、死者は永遠の別れを迎えるからこそ尊ばれる。

 本来交わらぬ生者と死者が近付き過ぎれば、世の理の一つが乱れるかもしれん』

 

「六道のじいちゃんの話は小難しくてわけわかんねえけど、死んじまってる父ちゃんはあまり会わない方がいいってことだよな」

 

『その認識でよい』

 

 そういう意味では開発しちゃった夢幻転生の術も、確かに世の中に混乱を起こしかねない禁術だな。

 あの術は本当に穢土転生の下位互換だから、禁術と言っても大して難しい術じゃない。

 

「言われてみればリスクがない分、ある意味穢土転生よりも危険な術かもしれません。

 死者を安易に呼び戻せるのは、確かに世の中の混乱に繋がりかねない。

 死んだ人間に純粋に会いたいだけならいいですが、口封じなどで隠された事実が明らかになる可能性はいろいろ厄介ごとを生みかねないですね」

 

『それが解っておるならワシも言う事は無い。

 その術をどう使うかは、生み出したお前が決めるといい。

 危険な術など既に世に溢れかえっておるからの』

 

 危険な術のつもりはなかったが、今更世に混乱を生む可能性を気付かされるとは思わなかった。

 世の理を乱す術。 確かにそういう認識なら、簡単に使えてしまうほど恐ろしい術と思える。

 

「わかりました。 改めて多用しないことを誓います。

 そう言う訳だからミナトも、そう何度も呼び出す事は無いと思ってくれ」

 

「もちろんだよ。 もう会えなくなる筈だったんだ。

 また会える可能性があるだけでもありがたいよ」

 

 一度また呼び戻すと言った以上、ミナトは何らかの形でまたクシナとナルトに会わせたいからな。

 

「なら次はそうだな…。 ナルトの結婚式にでも呼び出そうか」

 

「おや、もうその予定があるのかい?」

 

「ハジメのおっちゃん、なに言ってるんだ! そんな予定無いってばよ!

 俺が結婚なんて想像出来ないってばよ」

 

 原作通りなら二年後の事件をきっかけに結婚する予定なんだけどね。

 まあ結婚式が何時になるかは分からないから、未定である事に変わりはない。

 

 クシナもヒナタの事は知っており、戸惑っているナルトを見ながら楽しそうに笑みを浮かべており、それを見たミナトも何かを察した様子を見せていた。

 気づいていないのは当のナルトだけ。

 

 

 

 六道仙人の解術で穢土転生も解かれ、ミナトはクシナを抱きしめてナルトに誕生日を祝ってから消えた。

 歴代五影達も術が解かれて現世から消え、後は無限月読の解術にナルトとサスケが子の印を組めば解けると六道仙人が教える。

 ここでサスケがどう出るか…。

 

「じゃあやるぞ、サスケ」

 

「ああ、無限月読は解く。 だがその前に…」

 

 何かしらの企みがある様子のサスケ。

 やはり原作と同じことになるか。

 

「俺と戦えナルト。 お前の六道仙術と俺の輪廻眼を賭けて」

 

「…本気でいってるのかサスケ?」

 

「無限月読の解除に必要なのはその二つだ。 その二つを手にした方が術を解く。

 簡単な話だ」

 

 ナルトと戦おうとするのは原作通りだが、少し文言が違う気がする。

 

「サスケ、なぜその結論に至った。 二人で術を解けばいいだけの話だろう。

 お前は今何を考えている」

 

「…俺がこれまでの戦いで出した結論だ。

 ハジメ、お前が言った様に自分自身で決めたな」

 

「…聞かせてもらえるか。 お前の決断を」

 

 以前僕が言った事が、ここでの決断に繋がった訳か。

 ここでの選択に影響が出るように言っていたつもりだったが、それがいい結果に向かうかはサスケの考え方次第だった。

 五影を殺すと言わないあたり、少しでもマシな考えだといいのだが。

 

「いいだろう。 ナルト、忍界大戦はこれで終わった。 マダラは倒され十尾は封印され戦いは終わった。

 お前はこの先、忍界はどうなると思う」

 

「どうって、平和になんじゃねえのか?」

 

「一時的にはそうなるだろう。 だがそれも戦争の傷が癒えるまでだ。

 その後はまた他里同士の小競り合いが起こり、何時かは再び忍界大戦が起こる」

 

「そんな事ねえ! 木の葉も他の里の皆も一緒に戦って勝ったんだ。

 もうこんな戦争を起こさねえように、皆で一緒に世界を平和にしていけるってばよ」

 

「それを楽観的と言うんだ。 俺にはとてもそうは思えん。

 マダラの十尾を使った無限月読は失敗だったが、五里に対し戦争を仕掛けたのは正解だった。

 強大な敵に勝つ為に五里は同盟を結んだ。 それを維持するにはこれからも強大な敵がいる。

 俺は次のマダラになる。 五里の脅威として力を振るい、手を組まねば抗えない存在として君臨する。

 それが俺の火影の道だ」

 

 サスケの考えはそれに至ったか。

 原作では五影を殺すと言って革命を謳ったが、それだけでは忍界の混乱を生み出すだけ。

 五影になれる者は限られるが、代わりになる者はいる。

 次の影が決まるだけで体制まで大きな変化は起きないだろう。

 

 原作のサスケにどのようなプランがあったかは知らないが、このサスケは力を持つことでペインに近い考えの抑止力になろうとしている。

 輪廻眼をフルに活用すれば不可能ではないプランだろう。

 

「そんなことしたら皆を敵にしちまうぞ!」

 

「それが目的だ」

 

「バッきゃろう! そんなのうまくいくはず無いってばよ!

 お前が一人になって全部背負い込むなんて俺が許さねえ!」

 

 ナルトならそういうだろう。

 クシナが生きていたからナルトは孤独ではなかったが、それでも昔は里の皆から距離を置かれていた。

 幼心には堪えたようで、結局関心を持たれるためにいたずらをするようになった。

 更にうちはが滅んだ後はサスケとは一緒に暮らしていたのだ。

 原作よりも距離が近い分、余計にサスケの望みを受け入れる筈がない。

 

「一人じゃないならいいのかい?

 僕はサスケに着くよ」

 

 ナルトの言葉を否定したのは水月だった。

 

「水月、いいのか?」

 

「君の目的を聞いた時からそれに付き合うって言っただろ。

 まさかこんなに早くそのチャンスが来るとは思っていなかったけど」

 

 サスケ。 仲間に自分の目的を話していたのか。

 思っていたよりもサスケは水月たちに心を許していたみたいだ

 

「…俺はお前の行く末を見届けるだけだ」

 

「アタシも当然サスケに協力するよ」

 

 重吾と香燐もサスケに協力する事を表明した。

 その上香燐は、サクラの方を見て鼻で笑う仕草をする。

 挑発されたサクラは怒りで顔を歪めていたが、流石に木の葉の忍としてサスケのプランに恋心だけで賛同はしなかったか。

 

「あら貴方達、面白い話をしていたのね。

 それならサスケ君。 うまくいきそうなら私も協力してあげる。

 今更私が敵を増やしたってあまり気にならないし」

 

「この輪廻眼が望みか」

 

「確かに輪廻眼はとても興味深いけど、手にしても私に扱いきれる気がしないわ。

 今更あなたの体を得ようとも思わないし、見返りは研究に少し協力してくれるだけでいいわ。

 カブト、あなたはどうするの」

 

「…サスケ君、君への協力はイタチへの借りを返す為だ。

 それも済んだ以上、君が何をしようと僕には関係ない。

 僕には帰るべき場所がある。 この無限月読を解くのなら後は好きにすればいい」

 

 カブトがサスケを助けたのは、イタチがイザナミを使って大事な事を思い出させたからだったな。

 その辺りは確認出来てなかったが、原作通りにイタチがうまくやったようだ。

 

「サスケ、馬鹿な事はやめろって言ってもやめないんだね」

 

「ああ。 クシナさんの言葉でも俺はやめる気はない。

 貴女には世話になったが、それは聞けない話だ」

 

 クシナには殊勝な態度で応対するサスケに、威嚇し合っていた香燐とサクラがグルンと顔をそちらに向ける。

 香燐は警戒心を顕わにし、サクラはサスケの態度に目を丸くしている。

 サクラはサスケがクシナに対して他の人とだいぶ態度が違う事を知らなかったようだ。

 

「…わかったってばね。 その顔は意地張って覚悟を決めた男の子の顔だってばね。

 ミナトもそんな顔の時はいくら殴っても考えを変えなかったから、何言っても無駄だってわかるってばね」

 

 ミナトを思い起こしながらクシナが拳を握り締めると、同時にサスケがブルりと一瞬体を震わせたように見えたのは気のせいか。

 過去を思い起こしていたからクシナは気づかなかったが、サスケをしっかり見ていた香燐とサクラはなぜか慄いているように見えた。

 

「だからってそれを認める理由は無いってばね。 なら私はそれを止められるナルトを信じる。

 ナルト、絶対勝ってサスケを止めるってばね!」

 

「もちろんだってばよ!」

 

「決まりだな。 他の奴らは手を出すな。

 ナルトとは一対一で決着を着ける」

 

 カカシとガイがこちらを見てどうするかと視線で訴えてくるが、二人での決着は仕方ないと思っている僕は目を瞑ってその意向を伝える。

 それに納得いかない様子ではあるが、それ以上何も言わなかった。

 

『待て、勝手に決めてんじゃねえ。

 今のナルトの力にはワシ等の力も含まれている。

 その力を奪ったところで、ワシ等がお前に力を貸すと思っているのか』

 

 そう言ったのは九尾だった。

 他の尾獣達も概ね賛同する様子で、サスケが力を奪ったのならナルトと違って協力する義理はないだろう。

 

「ああ、尾獣達がナルトと同じように俺に力を貸すとは思っていない。

 だが…」

 

 

――ギンッ!――

 

 

 サスケが見回す様に首を振ると、尾獣達全員に輪廻写輪眼によって幻術を掛け動きを封じた。

 

「サスケ、何やってんだ!?」

 

「俺の輪廻眼の力には逆らえまい。 邪魔をすると分かっているなら封じさせてもらう。

 五里の戦力として再び人柱力に使われるのも厄介だ。

 お前との決着が着いたら、尾獣達は処理させてもらう」

 

 尾獣達を幻術で封じるのは、僕も想定していた。

 だが…

 

「サス…ケ、お前…僕まで…」

 

「先生!?」

 

 尾獣達の幻術をかけるタイミングで、僕にまで掛けてくることは思ってもみなかった。

 幻術対策の修行もしていたが、流石に輪廻写輪眼の瞳力は容易には破れない。

 

「サスケ、なぜ先生まで幻術を!?」

 

「尾獣よりもずっと厄介なのがあんただからな。

 例え尾獣に幻術をかけ損ねても、あんただけは確実に封じるつもりだった」

 

 うん。 考えなくても、僕結構やり過ぎたからね。

 サスケがやらかすなら警戒されて当然か。

 

「先生はお前とナルトの戦いを邪魔する気はなかった!」

 

「だろうな。 コイツはそういう奴だとはわかっている。 

 だがそれは警戒しないという理由にはならない。

 マイト・ガイ。 あんたにも幻術を掛けようとしたが躱された」

 

「写輪眼の幻術はカカシで慣れていたからな。

 咄嗟だったが視線を外した」

 

 流石だよガイ。 仮にも先生として生徒に追い抜かれた気分だ。

 

「まあ、ハジメを封じられたのなら問題ない。

 アンタも十分厄介だが、一人くらいならどうにかなるだろう」

 

「俺は無視か、サスケ?」

 

「カカシ。 あんたのチャクラが枯渇寸前なことを見抜けないと思ったか?

 既に戦力外のあんたは数にいれてない」

 

 現在のカカシは両目が切り替えの出来ない写輪眼状態で、目を開けているだけでチャクラを消耗する。

 日常的に何かしらの対処をしなければいけない問題だが、今の状況で戦うならチャクラの回復役が必要になるという欠陥をカカシは抱えていると言える。

 

「サスケ君! 私は!…」

 

「お前も余計な事はするな、サクラ。

 お前じゃ俺の脅威にはならない」

 

「クッ………」

 

 相手にならないと言われ悔しそうにするサクラ。

 戦えるのに幻術を掛けられなかったのはその証拠だと、サスケが言っているように思える。

 

「ナルトを除いて、俺の邪魔になる相手はあんただけだ、マイト・ガイ。

 あんた一人だけなら、ナルトと決着を着けるまで水月たちで足止めは出来るか?」

 

「ちょっとサスケ! いきなりそれはかなりの無茶ぶりだよ!」

 

 ガイもカグヤ戦でかなり大暴れしている。

 そんなガイを足止めなど水月も無茶だと言い、サスケ自身も出来るのか疑問符を浮かべている。

 

「サスケ! これ以上皆に手出しをすんな!

 俺とお前だけで決着を着ければいい話だろう」

 

「邪魔が入らない様に厄介な奴らを封じているだけだ。

 こいつらを見ていると輪廻眼もお前の六道仙術も大した力に思えなくなってくる」

 

 邪魔をする気はなかったが、例えサスケが勝っても本当に世界を敵に回せるか不安になるセリフだな。

 

「わかったってばよ! 俺とお前だけで決着を着けてやる。

 ゲキマユ先生、だから俺に任せてくれってばよ!」

 

「ナルト…。 わかった、お前の青春を思いっきりぶつけて勝って来い!」

 

「ハハッ、こんな時でもゲキマユ先生は変わんねえってばよ」

 

「サスケの考えには賛同出来んが、ライバルとの決着に燃えるのは当然だからな!」

 

 展開的には確かにガイが好む状況だ。

 

「決まったな。 なら…」

 

 

――天道・地爆天星――

 

 

 サスケが地爆天星を発動して尾獣達を岩石の中に封じ込める。

 幻術を掛けられたからか、ついでに僕まで!?

 

「尾獣達とハジメを助けたければ俺を倒す事だ。

 あの場所で待つ…」

 

 そう言い残し、岩に閉じ込められ始めている僕の方を一瞥してから、決戦の場所に向かっていった。

 岩によって封じ込められるところでガイに呼びかけられる。

 

「先生!」

 

「大丈夫だ…ナルトに…任せろ…」

 

 そう言い残して地爆天星の岩石の中に僕は封じ込まれた。

 マダラにもこの戦争で一度封じ込まれたので、この術と相性が良くないのかもしれない。

 

 

 

 地爆天星に封じられて幾分か時間が経った。

 幻術は自力で既に破っている。 方法はこの世界で培った忍者としての経験ではなく、シャーマンキングの世界で巫力を増やす為に鍛えた精神力で力づくで破った。

 輪廻写輪眼による幻術だったし、忍者としての力量ではいくらチャクラが多くても破れなかっただろう。

 僕の中には穆王もいたので人柱力と同じ方法で内部から解いてもらう手段もあったが、本体ではないからか幻術を解く事は出来なかった。

 

 幻術は解いたが二人の戦いを邪魔する気はなかったので、決着が着くまで地爆天星を破らず待っているつもりだったが、僕と尾獣達を封じている岩石が動き出した事で状況が変わった。

 恐らくサスケが尾獣達のチャクラを利用する為に呼び寄せたのだろうが、僕まで呼び寄せているのはまずい。

 流石に僕のチャクラを利用させるわけにはいかないので、地爆天星から脱出する事にする。

 

 

――甲縛式O.S. 穆王の鎧――

 

 

 O.S.現身・穆王を甲縛式に凝縮させた力を振るい、地爆天星の封印を破る。

 穆王の鎧は僕自身が穆王の頭を模った兜を着け、後頭部から五本の尾が伸びて肩当てを着けたような姿だ。

 五本の尾を強めに振るっただけで地爆天星の岩石を内側からぶち抜き、外へ脱出する。

 

「先生!」「「ハジメさん!」」「ハジメ!」

 

 脱出して地面に降り立つとガイにカカシ、サクラ、クシナがサスケの仲間と相対する形で向き合っていた。

 透視で見ていたので状況は分かっている。 ナルト側とサスケ側に分かれてたので一応お互いを警戒していたのだ。

 カブトは関与せずに距離をとって様子見に徹しており、六道仙人はマダラの下半身のチャクラが尽きてすでに消えてしまっていた。

 一尾と八尾のチャクラをナルトに供給したから、姿を現していられる時間が減っていたのだろう。

 

 後は…

 

「大蛇丸。 本気で狙っていたわけじゃないみたいだが、マダラの輪廻眼を渡すわけにはいかんぞ」

 

「残念ね。 貴方が出てきたら流石に諦めるしかないわ」

 

 マダラの遺体に残った輪廻眼を大蛇丸が狙い、カカシ達を牽制していたのだ。

 二人の決着次第で状況が変わるのでまだ本気で手に入れようとしていたわけではないが、サスケが勝ったらそれを口実に持ち去る気だっただろう。

 

 流石にそれは見過ごせないので阻止する。

 戦後のマダラの輪廻眼の扱いも考えておかないといけない。

 そう言った事を考えなきゃいけないあたり、僕も木の葉の重役として板が付いているな。

 

「ハジメさん、ナルトとサスケの戦いはどうします」

 

「こうして脱出はしたが、手を出すつもりはない」

 

「しかしサスケが勝ったら…」

 

「カカシ、お前が心配するのも分かる。 僕もサスケにそんな道を歩んでほしいとは思ってない。

 だがサスケを引き留めて、こっちに呼び戻せるのはナルトだけだ。

 ナルト以外じゃ、おそらく殺さなければ今のサスケを止める事は出来ない。

 それくらい今のアイツの意志は固い。 カカシも分かってるんじゃないか?」

 

「それは……」

 

「ナルトを信じろ。 お前たちはそれが出来るはずだ」

 

 二人の決着は本当に分からない。 ここは原作とは僅かに状況が違うからだ。

 ナルトに託す以上、サスケが勝つようなら僕もそれを見送るつもりだ。

 だから僕自身も、ナルトが勝つことを信じるしかない。

 

 幾度となく思う。 僕の力を全力で奮うだけで解決出来るならと。

 だが、この戦いは必要な事なんだ。

 心の底からナルトが勝って、サスケを止めてくれることを祈る。

 

 

――ドオオオオオォォォォォォォンンンン!!!――

 

 

 大きなチャクラのぶつかり合いを感知し、だいぶ遅れて大きな音と凄い衝撃波がこちらまで到達した。

 双方が十尾の攻撃に匹敵するかのような威力が正面からぶつかったみたいだ。

 

「これは! これが今のナルトとサスケの戦いなのか」

 

「おそらく最大威力の術同士がぶつかりあったんだろう。

 どちらのチャクラも感知できるから死んではいないみたいだが、二人とも大きく消耗してるみたいだ」

 

「ナルト、サスケ。 頼むからどっちかが死ぬようなことになるんじゃないよ」

 

 二人の親であるクシナが、やはりもっとも二人の無事を祈っている。

 これで原作と違いどちらかが死ぬような結果になるなら、僕としてはかなり気が重い事になる。

 そうなったら、今度こそシャーマンキングの蘇生術呪禁存思を使う事を躊躇わないぞ。

 

「そう遠くない内に決着は着く筈だ。

 ゆっくりでいいから二人の元に向かおう。

 カカシ、悪いがマダラの遺体は神威で保管していてくれるか」

 

「あ、その手がありましたね」

 

 大蛇丸に狙われていた時に、そうすれば確実に奪われずに済むと気づいたみたいだ。

 ただしチャクラ切れだったので、僕がチャクラを供給して神威を使ってもらう。

 大蛇丸が残念そうにずっと見ていたが、相手にしていられん。

 

 ナルトとサスケが戦っているだろう終末の谷に、全員で向かう。

 辿り着く頃には恐らく決着は着いているはずだ。

 

 

 

 

 

 ナルトとサスケの戦いは決着を迎え、無事に無限月読も解除して第四次忍界大戦は無事に終結となる。

 原作の様に全力でぶつかり合い、共に力を使い果たした後にナルトがサスケを説得する形で決着を迎えたようだ。

 違う点は僕達が辿り着いた時、二人はボロボロでお互いの利き腕は特に酷かったが、形は残しており再生忍術で治療出来る範囲だった。

 サスケの心境の変化が、共に片腕を無くすという結果を変えたのだろう。

 

 倒れていたナルトの治療を僕とクシナが行ない、サスケの方はサクラと香燐が積極的に治療しようとしていた。

 口では争わずとも互いに威圧し合いながら行われる治療に、治癒するどころか死に掛けの状態にプレッシャーでトドメを差されそうな様子で、『シヌ…』と言葉を漏らし見かねてクシナが二人を押しのけて治療を代わった。

 その様子を見ていたナルトは…

 

『なんでサスケばっかって昔はよく思ったけど、あれは羨ましくねえってばよ』

 

 と、勝ったはずの立場から微妙な表情でサスケを見ていた。

 そんな表情でナルトに見られている事に気付いたサスケも、なんとも言えない表情になっていて、二人にとって重要な戦いの決着を僅かに微妙なものにした。

 

 

 互いの六道の力を賭け合っていたがナルトがサスケの輪廻眼を望むはずもなく、そのままでお互いが動けるようになってから無限月読は解除された。

 二人の戦いはナルトがサスケを咎めさせない為に、この場に居た者達だけが知る秘密とされた。

 つまり里抜けをしたサスケの罪はそれのみに留められ、大戦後にサスケは木の葉に帰還する事となった。

 

 戦後の処理が一段落着くころまでは木の葉に留まり、今度は里に認められたうえでサスケは再び里の外に出た。

 原作の様に大筒木カグヤの謎を追うためだ。

 

 戦後の処理が一段落着いても、神・樹界降誕で世界中に生えた樹木による被害が大きく、復興のための仕事はたくさんあった。

 綱手様は戦争の終結を機に火影の引退を表明して、僕も長らく続けていた火影補佐を辞そうと思っていた。

 

「やめるはずだったんだけど、なんでまだ僕は火影補佐を続けているんだ?」

 

「なんでって、いなくなったら俺が困るからですよ、ハジメさん」

 

「六代目…」

 

 六代目には原作通り、カカシが就任した。

 綱手様もあれでそれなりに高齢だからと引継ぎの話は以前からしており、カカシが六代目に名を上げて恙無く引き継がれた。

 オビトに六代目に成れと言われていなかったのにこうなったのは、嘗てのオビトが火影岩に己の写輪眼を刻みたいと語っていたかららしい。

 

 カカシには今も両目にオビトの写輪眼が収まっている。

 両目とも切り替えの出来ない写輪眼になってしまったので、今は額当てで目を隠すのではなく瞳術を封印する術式が刻まれたバイザーを着けている。

 未来の油女シノに似た感じだが、普段から両目も口も覆い隠す事になり一見では不審者にしか見えなくなる。

 火影岩は目を晒した状態にするらしいが、やはりマスクは外さないらしい。

 

「いい加減やめたかったんですけど…」

 

「勘弁してくださいよ。 就任したばかりで戦後処理も忙しいのに、ハジメさんまでいなくなったら火影の仕事が回らなくなりますよ」

 

「案外何とかなるんじゃないですか?」

 

 元々僕はいなかったのだから、戦後に綱手様から引き継いでも何とかなっただろう。

 火影となり部下の立ち位置になったので、カカシを六代目と呼び敬語も使うようにもしている。

 

「いやいや、ハジメさんの役割は大きいですよ。

 新任で一人でこの状況を回すなんて無理ですってば」

 

「…やっぱり綱手様をもう少し引き留めておくべきだったか」

 

 あの人、火影をやめたらさっさと里を出てどこかへ行ってしまった。

 火影になる以前と変わらないが、責任のあった立場を離れたばかりだと言うのにフットワークが軽い。

 

 そういえば戦後処理と引継ぎをしていた時に、静養していた自来也がひょっこり現れて、ブチ切れた綱手様の拳の一撃で完全に成仏させられた。

 蘇生術とまではいかない綱手様の治療で再び現世に呼び戻され、再びボコボコにされペインにやられた時よりも酷い有様となった。

 仕置きが終わった後は綱手様は治療せずに叩き出し、自来也はこちらに治療を求めてきたが自業自得なので僕も治療しなかった。

 仕方なく自来也は妙木山での療養生活をやり直しになったらしい。

 後、ペインとの戦いで片腕を失っているので、忍としても引退するそうだ。

 

「ところでよかったんですか? サスケの見送りをしなくて」

 

「うちは一族の資産の引継ぎでさんざん顔を合わせてたからな。 また出ていくのも分かっていたし、先に済ませておいた。

 今度は定期的に帰ってくるようだし、あまり気を使わなくてもいいだろう」

 

 後見人になった時から管理していたうちはの遺産。

 それをようやくサスケに引き継がせられたので、うちはに関するすべての肩の荷が下りた。

 うちはの資産は木の葉にすべて残っているので、それの管理の為にサスケは定期的に帰ってこなければならなくなる。

 長々と風来坊ではいられないだろう。

 

「ま、あいつももうガキじゃないって言ってましたからね。

 昔っから可愛くない所は変わってませんが、ちょっとは大人らしい対応も出来るようになったみたいですからね。

 ただサクラが直前になって、無理矢理ついていっちゃったのは予想していませんでしたよ」

 

「は? サクラがついていったのか?」

 

 今度は一人で旅をするんじゃなかったっけ?

 

「ええ、サスケを迎えに来てたカリンって子が原因みたいですがね。

 直前になってついていくと言い出すもんだから、里を出るための手続きを全部俺に押し付けてっちゃったんですよ」

 

 それならそうなるわな。

 サスケの行動が原作よりマイルドになったせいで、恋愛関係の戦いが激化している気がする。

 

「お陰でまた仕事が増えちゃって。 あ、これ、サクラの外出手続きの申請です。

 事後処理だと面倒なんで、事前に終わらせてたって事で何とかなりませんかね」

 

「無理です。 自分の生徒なんですから責任持ってやってください」

 

「あ、やっぱり? けど、貴女の妹弟子でもありますよね」

 

「その師匠が真っ先に飛び出してるんですよ。

 やっぱり師匠に似たんだろうな…」

 

 僕やシズネさんを筆頭に綱手様の医療忍術を学んだ者は多いが、一番似たのはサクラだからな。

 

「まっ、成長したと言ってもまだ10代ですからね。

 色恋にも真剣になる年頃なんでしょう。

 ハジメさんはそろそろどうなんです?」

 

「なんですか、いきなり…」

 

「また来てますよ。 水影様からのラブレター」

 

 また来たのか…。

 戦後、五里の影同士の繋がりが強くなったおかげで書状を届けやすくなったが、そのせいで頻繁に水影様から届くようになったのだ。

 既に何通も来ているが、その内容の全てに僕を霧隠れに招待したいという物が含まれているのだ

 

「…一応正式な霧隠れからの書簡でしょうに」

 

「始めの方は格式を守っていましたが、後の方になると毎回ハジメさんへのラブコール一色ですよ。

 毎度毎度、ぜひ霧隠れに来てほしいと締めくくられてます。

 最初に読むの俺なんですけどねー」

 

「火影として抗議の返事をしてはどうです?」

 

「あなたが直接水影様と連絡を取り合ってくれれば解決するでしょう」

 

「そう言う訳にもいかんだろう。 思慕の念を持たれてるのは分かるが、立場が問題だ。

 これで僕が一介の忍なら友好のために派遣される可能性はあるが、これでも火影補佐として長くやってる。

 相手は水影様だ。 別々の里に深く関わってる者同士が容易に縁を結ぶのは些か不味いだろう」

 

「まあ、そうですね。 ですがハジメさん?

 ラブコールその物には悪い気はしていないと」

 

「…色々事が片付いたからな。 身を固める機会があるなら考えないでもない」

 

 僕自身はこの世界に骨を埋める気でいるからな。

 家庭を持って子を持ちたいという思いも無い事は無いのだ。

 

 僕の返事を聞いたカカシが、目を見開いて驚いた雰囲気を見せる。

 バイザーで両目は見えてないがな。

 

「え、マジですか? そういったことに興味はない人だと思ってました」

 

「…これまで忙しかったからな。 そんな事を考える余裕がなかっただけだ。

 アイツらも立派になってきたし、少し寂しいと思ってな」

 

 なんだかんだと、ナルトとサスケの成長を自身の子供の様に見ていた所があったらしい。

 所帯を持って子を持ちたいという気持ちが無いでもないのだ。

 

「そういえばハジメさんは、ナルトが生まれた時から気に掛けてましたからね」

 

「それはお前も同じだろう。 ミナトに近しい者は皆ナルトを気に掛けていた」

 

「ハジメさんは特にでしょう」

 

「ミナトに頼まれていたからな」

 

「そのせいでクシナさんとの再婚の話が上がってませんでしたっけ?

 あれって今話があったらどうなんです」

 

「ないわ! というか、つい先日またミナトと別れたばかりだぞ。

 死人が戻ってくる可能性がある世の中で、友人の妻の再婚相手になんぞなれるか!」

 

「…確かにそれは気まずいですね」

 

 穢土転生は忍界の一つの常識をぶち壊していた。

 

「それにクシナとも十分付き合いの長い友人だ。

 アイツのミナトへの思いも知っている。 よき友人であることはもう一生変わらんだろう。

 っと、喋り方が戻ってしまっていました。

 やはりまだ慣れませんね」

 

 つい以前のカカシの立場と同じように話してしまっていた。

 三代目も五代目も目上だったので普通に接していられたが、カカシは目下の立場からの火影就任だ。

 普段の会話であれば問題無いが、執務の時は立場を弁えなければならない

 

「俺もハジメさんの上に立つのは慣れませんからね。

 気にしませんから、普通に話してくださいよ」

 

「これでも火影補佐をやってきた自負がありますからね。

 形式は守らせて頂きます」

 

「やっぱ火影ってのは堅苦しいねぇ」

 

 なると決めたのはカカシなのだ。 これまでのようにはいかないのでそこは我慢してもらうしかない。

 特に火影としての仕事中にイチャイチャパラダイスを読むのは絶対にダメだ。

 息抜きと言って堂々と読もうとするから困る。

 自来也が生きているので、もし続編が出たらどうなる事か。

 

 そんな面倒な未来を想像していたら、書簡を読んでいたカカシが何かに反応する。

 

「あっ」

 

「どうしました?」

 

「いえ。 とりあえずこれでも最後まで読まなきゃいけないだろうと、ハジメさんへのラブレターを読んでいたんですけどね」

 

「普通に書簡と言ってください」

 

「どう読んでも甘ったるい恋愛小説の一片を読まされてる気分になるんで、とても書簡とは思えないんだけど。

 あーそれでですね、水影様が里に来た綱手様を客として持て成したと書いてあります」

 

「綱手様が今霧隠れに?」

 

「どうやらそうらしいですね」

 

 数少ない女性で影になった者同士だ。

 水影様は綱手様に敬意を持っていたようにも見えたし、決して相性は悪くはないだろう。

 だが綱手様が水影様と接触したと聞いて、何か嫌な予感を感じないでもない。

 本人は結婚していないくせに、五代目を務めていた頃に見合いの話を何度か持ち掛けられたことがある。

 あれはお節介なオバチャンの雰囲気をぷんぷんに匂わせていた。

 

 嫌な予感の通りに、水影様に共謀した綱手様が本気になって、僕の外堀を埋めに来るのを知るのは数年後の事だった。

 

 

 

 

 

 仕事を終えて一段落して一人でいる時に、元の世界の本体側からの接触があった。

 連絡役のコピーが来て、今後どうするかの確認に来たようだ。

 

「原作も終わったが、お前自身はやっぱりこの世界で生きるんだな」

 

「既に愛着がわいてしまってるからな。 この世界にいる友人を残して本体に統合されるのは心残りがある。

 この世界で死ぬまでは過ごす事にするよ」

 

「コピーの独立は元から想定はしていたことだ。 他の世界の力を乱用しなければ、問題無いだろう。

 だが随分第四次忍界大戦で活躍したみたいだな」

 

「あれでも一番強いドラゴンボールの力は極力控えていたぞ。

 だがやっぱり本体側はこっちの様子を確認してたんだな」

 

「原作に関わる場面に限ってだがな。 マダラとカグヤとの戦いは随分暴れていたな」

 

「…なんか異世界転生させた神様に見られてる転生者になった気分だ」

 

「…まあ本体とはいえ、見えない所から見ていたと言われるのは気分は良くないだろうな。

 そっちのプライベートまでは見てないから安心してくれ」

 

「こっちも本体から分岐した存在だ。 本体側の考えは分かってるつもりだよ」

 

 元は同じ思考をしていた存在だ。 コピーの反乱を恐れて配慮する事を心掛けているのはちゃんと覚えている。

 影分身みたいに消えないので、扱いに気を使うのは当然だからだ。

 影分身と同じように安易に危険に飛び込ませるように扱ったら、確実に反乱を起こすだろう。

 

「そういえば未来の外伝に大蛇丸がクローン技術を作って、それを流用した奴が騒動を起こす話があったな」

 

「確かにあれは正に僕等が失敗した場合の解り易い例だな」

 

「今後大人しくなった大蛇丸の研究は止めるつもりはないから、僕の行動で歪みが起こってなければ同じような研究は行われるだろうな。

 問題として発覚するまでは手を出すつもりはないけど、未来の大蛇丸は何か騒動を起こしてないか?

 タイムテレビでこの世界の歴史はいろいろ確認してるんだろう」

 

 僕の行動の確認もタイムテレビを使っていた筈だ。

 

「本体のスタンスは変わってないよ。 必要がなければ未来は知ろうとしない。

 この世界の僕のこれからの事は確認してないから、気にせずにこの世界で生きればいい」

 

「助かる。 もし何か手に負えない事が起こったら、連絡を取るかもしれないからよろしく頼む」

 

 秘密道具などは全部手放したが、唯一本体側にこちらから連絡を取れる手段は残している。

 ボタン一つを押せば、その時代の僕に本体側から即座に接触を図ってくれるようになっている。

 まあ、この世界の問題に収まらない様な事でもなければ頼る事は無いので、よほどのことがなければ一生使う事は無いだろう。

 

「この世界の忍術の研究は今後も続けるから、時代の節目にでもコピーの卵の回収にきてくれ。

 本来の目的だった技能の収集くらいは、今後も本体に還元させておきたい」

 

「必要な技能は既に回収出来ているから、既に必須と言う訳じゃ無いぞ」

 

「原作本編を終えて後は蛇足の様な人生を送るつもりなんだ。

 趣味程度の研鑽に留めておくつもりだよ」

 

 忍界大戦を終えていろいろやりきった感がある。

 火影補佐の仕事はまだ当分続きそうだが、気持ちだけは既に隠居に向かっている。

 

「続編のBORUTOもあるだろう?」

 

「それこそネクストジェネレーションに任せるさ。

 僕はミナトと同世代の人間だからな」

 

 その頃には僕も本当に引退しているだろう。

 

「そうか。 まあ寿命で死ねるように頑張ってくれ。

 大体十年ごとくらいに確認に来るよ」

 

「わかった。 そっちからすればすぐなんだろうが未来の僕によろしく」

 

「ああ、元気でな」

 

 パラレルマシンを使って、連絡役の僕は元の世界に帰っていった。

 

 時間を越えられる本体側なら、この後すぐに10年後の僕を確認しに行くだろう。

 僕にとっては10年でも、本体側ではすぐの事だ。

 十年後までに何か本体に役立つ研究成果を用意しておきたい所だ。

 

「さて家に帰るか。 穆王も待ってる」

 

 終戦後、僕と共にいた穆王の断片は解放された本体に戻らず、これからも僕の家に居座る事にした。

 僕から分離するときは、やはり本体じゃなかったからか人柱力の様に死ぬことも無かった。

 今は元通り僕の家の留守を預けているが、馬サイズではあるが元の姿で暮らしている。

 尾獣本来の姿で物珍しがられてはいるが、ご近所とは変わりなく付き合えているらしい。

 

 留守を任せているだけだが、ここでの生活は思いの外気に入ってくれていたらしい。

 せっかくの同居人に何か土産でも買っていこうと、市街地を回ってから家に帰る事にした。

 

 

 

 

 




 これにてナルト編、終了です。

 数話だけでしたが、前の投稿から二か月経ってしまいました。
 もうちょっと早く投稿したかったです。

 カグヤとの決着はいろいろ流れを考えましたが、何とか纏まりました。
 ただナルト編終了となる終わりと判りやすい今回の話は、どうにも迷走した感じがあります。
 物語を考えるのは楽しいですが、終わらせ方というのは結構難しいと今回の話で経験しました。
 原作の漫画だったらタイトルとそれらしいイラストでOKって感じでしたが、それを文章だけでやるのは難しいですからね。

 ナルト世界に来たコピーのハジメはこの世界に残って過ごします。
 ボルト時代のハジメもイメージしていますが、原作もまだまだ途中ですので、今のところ書く予定はありません。
 サスケが誰とくっつくのかまだ決めていませんので(笑)

 今回の話は長くなってしまいましたので、もうちょっとテンポよく話が進む書き方をするのが今後の課題です。

 では、また次の投稿をお待ちください


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