竜画狂斎伝物語 (朱鷺羽 緒形)
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1. はじまりの黒い彗星

どうも、朱鷺羽緒形という者です(^^)
楽しく読んでくれたらなと思います!


 

此処は神域と呼ばれる場所。

ギルドの定めた飛行禁止区域であり危険すぎるため調査研究の進まぬ、所謂未開拓地域である。

危険と称される理由の一つとして挙げられるのがそこに生息している古龍に分類されるモンスターの存在。

 

煌黒龍アルバトリオン。

存在自体が都市伝説の一つとして謳われている赤衣の男が言うには「神をも恐れさせる最強の古龍」

 

そんな危険地帯の一角に身を潜める女性の姿があった。

 

(.....ったく、あんな雷当たったらシャレになんないっすよ。 あ、今度は寒くなってきた!?)

 

悠々と大地を歩くアルバトリオンの姿を双眼鏡で覗き込み、素早く距離をとりながら記憶が飛ばないうちに行動へと移す。

ポーチから取り出したのは紙とペン。

女性は慣れた手つきで紙の上にペンを走らせ、アルバトリオンの姿を両の目で焼き付けたそのままの姿を描き写す。

 

(全体像は大体わかったっす、けど、細かな鱗とか角とかを描くには一旦近づかなきゃ–––)

 

「–––グルァァァァァァァャャャャャャャャャャ!!」

「ひゃ!?」

 

アルバトリオンが空を飛び叫ぶとさっきまで女性が腰を休めてた場所に稲妻が降り、陰にしていた岩が木っ端微塵に吹き飛んだ。 文字通り、木っ端微塵に。

 

「..........」

 

–––危険は覚悟してたっすけど、現役以上に危険なことしてるっすね。

 

女性がこんなことをしているそもそもの発端は三日前に遡る。

 

 

 

「–––ハル・リットナー! 主に煌黒龍の姿を記すことを任命する!」

「いや、何言ってんすか」

 

ここは古龍観測所。

ドンドルマの一角に存在する大規模な組織の一つであり、主に古龍に関する情報や古龍の出現を事前に察知することを取り扱っている。

紺髪の女性、ハルはやや困惑した様子である。 いきなり大老殿に呼び出され、大長老にそんなことを言われれば困るしかない。

座高推定600m以上の大長老はそんなハルに構うことなく続ける。

 

「出現は予測されていた、奴が神域に姿を現わすのは20年ぶりなのだ。 このチャンスを逃すわけにはいかぬ」

「.....でも、なんであたしなんっすか? 他にもあたしよりも優秀な人はいるっすよね?」

「可愛い子には旅をさせろ、まさに言葉通りだ」

「もしもーし? これあたしの声届いてるっすかー?」

 

ハルと大長老の体格差によるものか、はたまた大長老が高齢故の難聴になってきてるためなのか、ハルの言葉は大長老には届いてそうにない。

グビグビと酒を飲む大長老はもう話すことは話したと言わんばかりの態度である。

 

そんな大長老の様子を見かねて、大老殿と隣接しているG級クエスト受付から受付嬢の一人がハルの元へと駆け寄ってきた。

 

「申し訳ありませんハル様。 あのお方にも何か考えはあると思うのですが」

「あー、いいっすよ。 あの人は昔っからあんな感じだって知ってるっすから」

 

幼い頃、身寄りのないハルの育て親として大長老とは長い付き合いである。

 

「出発は明日、二日かけて神域へとこちらが選抜したハンター達と向かってもらいます」

 

なんとも締まらない形となったが、ハルは神域へ旅立つことになった。

 

–––古龍観測隊所属の先輩同僚を何人か巻き込んで。

 

 

 

 

 

そして今に至る。

 

(–––全く! なんでこんな危険な仕事引き受ける羽目になったんですかね、もー! アルバトリオンなんてレア中のレアっすけど、このままじゃ明日の我が身も危ないっす!)

 

–––雷が降り注いだと思えば雪が舞い、雪が舞ったと思えば業火が飛び交い、業火が飛び交ったと思えば嵐がやってくる。

その中心にいるのは決まって煌黒龍だ。 こんな状態で描き写せなどと上は中々無茶なことをおっしゃる。

 

王立古生物書士隊のギュスターヴ氏から直々の推薦もあったもんだからタチが悪い。

 

(それにしても、アルバトリオンの周りに炎があるせいで姿を確認することができないっすね、さっきのクロッキーで描いた全体図を微修正したかったんすけど、てか! あぁ、また体色変わってるし!!?)

 

ピキピキピキ、と周囲の空気が変わりながらアルバトリオンはその身を纏う鱗の色を変えていく。

辺りに稲妻が飛び交い、アルバトリオンと真正面から対峙している四人のハンター達にも襲いかかる。

 

–––その近くにいたハルの元にも流れ弾が飛んでくるのは当然といえよう。

 

「ちょ–––」

 

チュドォォォォォォン!!と大地を裂くかのごとく飛来した稲妻の剣はクロッキーに集中しているハルに襲いかかる。

 

咄嗟の判断でモドリ玉を使い、難は逃れることはできた。

ハルのいた場所には緑の煙がモクモクと揺らめいていた。

 

 

「–––この調子だと消耗戦になる。 一気に攻めようと思うんだが」

「待て、キース。 たしかに一理あるがまだ特攻するタイミングじゃねぇ、アルバトリオンはピンピンしてやがる」

「ですわね。 ここで向こう側の体力を削れたとしても大して効果は見られませんことよ」

「なら、閃光玉の回数をもう少し増やして、それから–––」

 

ハルがベースキャンプに戻った後、五分もしない内にアルバトリオンを引きつけていた四人のハンターも一時撤退という形で戻ってきていた。

たしか古龍観測所が出した依頼書には撃退、もしくは時間いっぱいまで引きつけるはずだったのにいつの間にか討伐する流れになってしまってる。

ハンターの目がガチだ。

 

「尾は斬り落とすの確定だから、頼むぜキース」

「おうよ! 角の破壊は任せたぞ!」

 

–––アルバトリオンの姿がそのままのうちに描き終わらなければ!

ハンター達にとってはそれでいいかもしれないが、ハルにとっては依頼達成できなくなってしまう。

 

これは一応協力体制の元での作戦、そのことをハンターに伝えたいのだがハルの苦手な人物がいるので話しかけたくないのも事実。

こういうときこそ頼れる同僚の出番だ!

 

「ザック君、ザック君」

「ん、ハル? どうしたの?」

 

彼の名はザック、古龍観測所支援部隊隊長だ。 主に支給品の管理やベースキャンプの守護神をしている。

人一倍多く荷物を持ってきているため道具の調合やら支給やらでハンター達にとても頼りにされてる。

ザックからクーラードリンクを受け取り、ハルは早速件の相談を持ちかける。

 

「いやぁ、実はあのハンターさん達アルバトリオンをやる気満々なんっすよね」

「みたいだね、武器もこれでもかというくらい研いでるしね」

「それであたしの作業が終わるまでは部位の破損なんかはできるだけ避けて欲しくてっすね」

「なるほど、言ってくればいいんじゃないの?」

「.....実は、ちょっと苦手な人がいるからザック君代わりに言ってきてくれないかなー、なんて」

 

我ながら都合のいいこと言ってるなぁ、とハルはザックから目を逸らしながら思う。

もし、自分がこんなこと頼まれれば即座にノーと言いそのくらい自分で行けと言い放つだろう。

 

「いいよ」

「あ、はい、知ってたっすよ、このテンプレ展開。 わかってたっすよ、いくらザック君でもそんな人のいいわけが、え?」

「え?」

 

–––訂正、ザック君チョーいい人!

 

「ハルには前僕の仕事手伝ってもらったからね、助けられっぱなしってのは癪だし困ったときはお互い様だよ」

「ザック君」

「それに人間誰しも関わりたくない人はいる、避けれるなら避けたほうがいいからね」

 

行ってくるよ、と思い腰を上げてザックはハンター達が世紀末のようにヒャッハー!と叫び声を上げている場所までゆっくりと歩いていく。

 

「お、補給の兄ちゃん! チーッス!」

「おい、挨拶くらいきちんとしたらどうだ品のない。 すみません、ザックさん」

「いえいえ、ここは僕もチーッスっと返すべきでしょうか?」

「ノリいいな兄ちゃん!」

 

端から見たらヤンキーに絡まれた優男にしか見えない。

コンガZの装備を身に纏ったハンターはザックの背中をこれでもかとバシバシ叩いてる。

 

「皆さんに少しご相談がありまして」

「何ですか?」

「実はうちの仲間の仕事が終わるまで討伐は少し待って欲しいんです。 記録を残すためにアルバトリオンの姿はしっかりと描き記しておきたいので」

「.....ハルの仕事か」

「えぇ」

 

キース、と呼ばれたシルバーソルシリーズを装備した太刀使いが僅かに苛立った様子で言葉を出す。

 

「言葉を返すようだが、こちらとしても命懸けだ。 長期戦は危険だと判断している、そちらの事情だけを聞き入れるわけにはいかない」

「.....では、我々は何をすればよろしいのでしょうか?」

「–––早急に仕事を済ませろ、ハルにそう伝えておけ」

 

かしこまりました、とザックの言葉を最後にキースを筆頭に立ち上がり、ベースキャンプを後にした。

 

「ハル」

「えぇ、わかってるっすよ」

 

本来、クロッキーというものはどれだけ早く正確に描くかを問われるものだ。

静物は待ってくれても生物は待ってくれない。 そんなことは百も承知、被写体は自分の都合のいいように動かない。

 

「–––伝説の古龍、しっかりとここに描き写してくるっすよ」

 

腰に手を当て、グイッとクーラードリンクを一気飲みしハルも急ぎ足で狩り場へと向かった。

 

 

 

神域での狩猟は佳境となっていた。

キース達が予想していたよりも遥かに丈夫なアルバトリオンの鱗には傷がつかない。 尻尾を切断なんて夢のまた夢のようにも思えていた。

 

「侮っていた、さすがは伝説の存在! だからこそぶった斬り甲斐がある!」

「もう一発閃光玉行くぞ!」

 

ドーベルXの装備をまとったガンナーが離れた位置から閃光玉を投げる。

 

ハルにとっては迷惑極まりなかった。

 

(ぎぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 目がぁ、目がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?)

 

現在ハルはアルバトリオンの簡単なクロッキーを終え、細かい鱗などを描くために動き回ってる姿を必死になって双眼鏡で追っている。

つまり周りの様子を確認することなんてできないわけで突然目の前が真っ白になった、ハルの視点ではそうなっている。 しかも双眼鏡のレンズ越し、失明してもおかしくない。

 

(うぅ、これじゃ作業に遅れが出ちまうっす!)

 

涙目になりながら、目が回復するのをゆっくりと待つ。

回復したとしても光の残像が残ってしまうので、作業に支障をきたしてしまうのは確かである。

 

目が徐々に慣れてきてアルバトリオンの姿を再度確認するとまた鱗の色が変わっていた。

 

「.....これ、色は諦めちゃダメっすかね」

 

本音が漏れてしまうも手は休めない。

ベースの色は黒に近いので細く削った木炭で影を入れていく。

鱗と鱗の間を縫うようにしてシャシャッと同方向に細かな線を入れることで影を再現する。 本来スケッチに影を入れてはいけないのだが、色を安定させるのが困難なため、せめて黒の一色だけは整えておこうというハルの考えだ。

 

現場に出る竜画家の判断はほぼ独断である。

作品を美しく見栄えの良いものにするための独断、それは実際に竜と巡り会わなければわからないものがある。

まさに一期一会、それが古龍となればもう一生会えないかもしれない。

 

だからこそ、ハルのような狩りの最前線で活動する竜画家は命を懸けている。

ハンターと何の変わりもない、雄大な自然の中で猛々しく生きるその姿を描き記し、人々に伝えていく必要がある。

 

少し視点を変えようとハルは双眼鏡と羊皮紙と画材をポーチに仕舞って、神域の隅を走り回る。

あちこちで火山が噴火し、気温は容赦なく上昇するが、クーラードリンクの効果が残っているため暑さは感じない。

羊皮紙が燃えてしまわないかが心配である。

 

–––飛翔したアルバトリオンは冷気を操り、氷柱のようなものを待機中に生成して大地へ落下させる。

その数は優に百を越えており、大小サイズ問わずの氷柱が落下してくる。

それはもちろんハルにも襲いかかる。

 

「おっとっと、さっきの稲妻に比べたら可愛いもんっす」

 

元ハンターの彼女にとってはこの程度お茶の子さいさいである。

 

頭上から全ての氷柱が落下しきったのを確認して、アルバトリオンの姿を確認できる岩陰に身を潜める。

双眼鏡を取り出して、さっきの閃光玉のこともあるので少し視野を広げて観察する。 本来ならば鱗の細部を描きたいところだが、全体を確認することも悪いことではない。

 

アルバトリオンは典型的な古龍の骨格をしている。

歩行するための四肢、胸から腕を経由して生える翼。 テオ・テスカトルやナナ・テスカトリ、クシャルダオラに近い身体構造である。

だからこそ全体像を捉えること自体はそこまで苦労することはなかったが、細部はそれぞれの個体の特徴があるので観察しないとわからない。

 

筋肉の動かし方、鱗の並び、尾の長さ、爪の長さ、翼の羽ばたかせ方、癖。

情報は一つでも多い方がイメージを描き記しやすい。

アルバトリオンの最たる特徴は角にあると言えるだろう。 冠に似た、まさに王者であるようなことを象徴する巨大な角。

それを支える首が長く太くなったのは必然的なことである。

 

スムーズな尾の動かし方から骨格構造を練っているとハンター達のうちの一人、太刀使いのキースが捕食されかけていた。

 

「–––––。」

 

ハルが持ってきていた生命の粉塵、それを咄嗟に飲んだのは当然のことだと言える。

 

『ハッ、俺がそんなヘマすっかよ。 いいから黙って見てろ』

 

『さすがにあれは届かねぇ、頼むわブレイカー』

 

『–––行くぜ相棒、次こそはカッケーとこ見せてやっからよ』

 

(.....癖、ってのは中々抜けないもんっすね)

 

過ぎ去りし思い出の日々、ハルは思い出したくなかった感情を思い出し、ぐっと堪えて双眼鏡に目を戻す。

 

–––アルバトリオンの尾がぶった斬られていた、件のキースがイキイキとしながら斬り落としたのだ。

 

「–––ギュラァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!?」

 

「よっし! さっすがキース!」

「この調子で行くぜ、俺に続けぇ!!」

 

キースの活躍で士気は上がった。

ハルはこれをチャンスだと捉えた。 これがもし全体像を捉える前だったら焦ってるところだったが、その作業は既に済んでいる。

尾が落ちたということは、鱗を直接触ることができる。

 

(–––ただ、アルバトリオンが近くにいるとまずいっす。 あたしの今の防御力はゼロに等しいっすからね)

 

今はハンターを引退した身である、必用最低限身を守る服装ではあるが、古龍クラスの攻撃に耐え切れる自信はない。

じっと待ちチャンスをうかがうしかない。 その間も可能な限り細部のスケッチは続ける。

身の安全を確保しつつ、ゆっくりと尻尾に近づいていくことも忘れずに。

 

–––そして、ついにその時がやってきた。

 

(–––今っす!)

 

剥ぎ取りナイフを携えて岩陰からダッシュする。 空を飛ぶアルバトリオンの真下を通り、高速剥ぎ取り術のごとく鱗だけを綺麗に剥ぎ取り、調合しておいたモドリ玉でベースキャンプへと帰還する。

 

ベースキャンプで剥ぎ取った鱗を直に触り、質感を確かめ、匂いを確かめ、色を確かめる。

肌触りは意外にもザラザラとしており、内側はツルツルしている。

 

「火山地帯で生きていくための進化、それとも周りを不安定にさせるエネルギーがそうさせてるんすかね」

「アルバトリオンについての文献は少ないからね。 僕も詳しいことはいえないけど、クシャルダオラに似ている気がするな」

「そうなんすか?」

「少しだけね、水分を弾くというか余計な成分を受け付けないようにも思えるよ。 だからアルバトリオンはあの自らで引き起こしてる不安定な環境下にも適応できてるんじゃないかな?」

「.....あたしに難しい話はわっかんねーっす!」

「そ、そうかい」

 

そういうややこしいことは古龍研究の専門家に頼むのが筋である。

竜画家であるハルは感覚派なのだ。

 

ザラザラとした鱗ならば少し点描の要素も取り入れて、そこから斜線を引いていけば近い感じに表現できそうだ。

手に入れた部位は尻尾のため身体にいけばいくほどザラザラは激しいに違いない。

本来ならば討伐したものを触れるのが筋なのだが、ギルドが討伐できないと判断し大長老を経由してハルが派遣されたのかもしれない。

 

「ザック君、どんな感じか確認いいっすか?」

「.....相変わらずあの中でよくここまで描けるよね」

「それ、褒めてる?」

「もちろんさ」

 

他人の意見も必要だ。

他に派遣された(というよりハルが巻き込んだ)同僚や先輩はまだ戦いを観察していることだろう。

ハルの仕事はあくまでもアルバトリオンの姿を描き写すことである。 それ以上のこともそれ以下のこともする必要はない。

 

「まぁ、最終的な判断は大長老様がする。 僕は感想しか言えないよ」

「いいっすよ、感想で。 どうせ大長老もオッケー出してくれるっす」

 

もし、これでもう一度行って来いと言われても困る。

 

「.....天才、まるで生きてるみたいだよ」

「光栄っす」

 

–––神域中心部から角笛の音が鳴り響く。

アルバトリオンがどこかへと飛び去ってしまった。 彼らの目的であった討伐は叶わなかったが、撃退に成功したようだ。

 

「さて、ハンター達を連れて帰りますか」

「そっすね。 ドンドルマに戻ったら一杯おごってほしいっす」

「.....ハイハイ」

 

ザックの溜息は噴火の音に掻き消された。




感想、評価、批評、罵倒、その他諸々お待ちしてます(^^)


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2. 熟れた恋の果実は腐るまでが新鮮

やはり私はギャグを挟まないと死んでしまうらしい()


 

ドンドルマの中心街から少し離れた場所に存在する小さな一等マイハウスにハルは住んでいる。

大長老から特等に住むようにと言われたことがあったが、特等は住むのに広すぎるという理由でやんわり断った。

 

ガリ、ガリ、ガリ、とわざわざユクモ村から取り寄せたユクモヒノキを削る音が響く。

ユクモヒノキはユクモ地方では武器や防具にも使われるくらい頑丈な素材となっている。 そのため木炭にも適しているのだ。

強い力で描いても折れにくい、長い間使っても廃れないがユクモヒノキ産の特製木炭、ハルはそれを自分の手で製作している。

 

芯まで炭化させねば木炭は完成しない。 一瞬の超火力で朽ちない程度に、それでいて弱すぎないように調整をする必要がある。

そこで知り合いの鍛冶屋が譲ってくれた携帯マグマというものを使う。 本来は加工用に使われるもので火山地帯のマグマをそのまま持ってきたものだ。

マグマの温度を保温する特殊な容器の中に小さく切断したユクモヒノキを投入し、じっくりと熱した後に取り出す。 ジュワァ、という音と共に凄まじい熱蒸気がハルの顔をモクモクと覆い尽くす。

 

「.....ふぅ」

 

汗を拭い、炭化したユクモヒノキ、名を改め【ユクモクタン】を火山地帯の熱に耐え抜く爆狼の毛皮を素材としたタオルの上に置く。

鉄や鎧竜を素材にしたものでは、熱伝導で床が焼け焦げてしまう可能性がある。 それに対して爆狼の毛皮は熱を逃がす作りとなっているので木炭を干しておくには最適なのだ。

 

仕事のない日はこの作業を午前に済ませてしまい、午後からは買い出しと趣味の絵描きをする。

古龍観測所は基本的に古龍が現れるのを予知する竜人族の占い師が忙しいだけの機関になってる。 古龍が現れてからは観測隊が動くこととなっており、ハルは後者だ。

で、あるからして今日のハルはほぼオフの状態なのである。

 

「ニャ、先生! 昼食ができましたニャ!」

「あ、ありがとうっす! 地味に待ってたっすよ!」

 

綺麗なレモン色の毛並みをした板前姿のアイルーが部屋の奥から肉料理を両手に持ちながらトテトテとハルの近くまでやってくる。

 

「今日は何の肉使ったんすか、スプリー」

「今日はガーグァのモモ肉ですニャ! ちょうど市場で安く取り揃えられていましたので、買えるだけ買ってきましたニャ!」

「.....ありがたいっすけど、肉ばっかだと体重増えちゃう気がして仕方ないんすよね。 次は野菜料理とかどうっすか?」

「検討しときますニャ」

 

オトモアイルーからキッチンアイルーに転職し、修行は続けてるものの肉料理以外の腕が中々上達していない。

スプリーが肉好きだということも大きく影響してると思われるが、こうも肉料理が続くとハルの体重が増えてしまう。

ハルだって年頃の女の子である、気になるものは仕方ない。

 

「いただきます」

「ニャ!」

 

それでも生きていれば腹は減る。

マグマの熱に比べればこんなの熱くもなんともないとハルは一気にがっつく。

 

「あふい!?」

「そりゃ、焼きたてだからニャぁ」

 

ガーグァのモモ肉を使ったローストビーフのようなもの、これが今回のメニューだった。 というか、5日前にも食べた気がする。

 

「それで先生、また無茶をしたニャ?」

 

先日、神域にてアルバトリオンが出現して現地に赴いたことに関してスプリーはまだ怒ってるようにも見える。

仕事に行くとだけ告げて、内容を言わなかったのだから心配するのは当然のことであった。

 

「そ、そんなことないっすよ、竜画家の仕事として現場に赴いただけっす!」

「それが無茶だと言ってるニャ! 竜画家さんは現場で描かないニャ!」

 

そう、本来竜画家とは狩りの現場に向かうことはない。

モンスターの死体や捕獲してきたモンスターを細部まで描くことが外的資料を作る竜画家の仕事である。

 

ハルのように実際にフィールドに行き、モンスターの姿を描くという者の方が珍しい。

 

「それでもね、スプリー」

「ニャ?」

 

「–––これだけはあたしの譲れないところなんすよ。 モンスターの生きた姿をありのままに描く、そのためにはあたし自身がモンスター達と向き合う必要があるんす」

 

それこそが竜画家ハル・リットナーの信条。

たとえ天地がひっくり返ようと、ドンドルマにダマ・アマデュラの群れが攻めてきたとしても曲がることはない。

 

「.....それで先生が死んじゃったら意味ないニャ、ボクの目の届かないところでどうか無茶だけはしないでほしいニャ」

「大丈夫っすよ、心配しすぎっす」

「で、でも」

「スプリーがうちで待っててくれるだけであたしは死ぬわけにはいかないっす、大事な相棒を置いていくなんてごめんっすからね! あの時約束したっすよね、あたし約束は守る方っす」

 

にっこりと笑いながらハルはスプリーを抱き締める。

 

「先生.....」

「ごちそうさまでした、と! さて、明日のためにも今日は早めに作業を終わらせるっすよ! スプリーにも手伝ってもらいたいっす!」

「まずは食器と部屋の片付けからニャ」

 

この猫中々痛いところ突いてくる。

渋々と皿洗いを手伝うことにした、こうでもしないとスプリーの機嫌は中々治らない。

 

「そういえば先生、明日はなにかお仕事かニャ?」

 

スプリーはハルのスケジュールは把握してない、というかできてない。

お互いにお互いの仕事が忙しいということもあるし、古龍観測所に所属している故にいつどこで古龍が出現するかわからないためハルの仕事は不規則になることが多い。

つまり、収入が安定しないのだ。

 

「明日は仕事じゃないんすよ、ちょっと友達に会いに行くんす」

 

ふふふ、と嬉しそうに笑うハルは鼻歌を歌いながら皿洗いを進めた。

つられてスプリーも鼻歌を歌い始める。

 

「ソフィアちゃん、元気してるっすかねぇ」

「.....あの女まだ生きてたニャか」

 

スプリーの態度が辛辣である。

 

 

 

「ハルちゃーん! 久しぶりー!」

「ソフィアちゃーん! おひさっすー!」

 

ガシィ、と出会って早々熱い抱擁を交わす。 ソフィアの所属してる『我らの団』がしばらくドンドルマに滞在するとの文通のやり取りで知り、会おうと約束したのが一週間前。

いいよ!と返事がきたのがハルが神域から帰ってきたときであった。

 

ドンドルマの中心部にある『我らの団』の簡易拠点で待ち合わせていたのだ。

場所もわかりやすいし、地の利に詳しいハルが動くだけで済むため出会えないというアクシデントも起こらない。

お互いにとって都合がよかった。

 

「聞いたよー、アルバトリオンと会ってきたんだって? 羨ましいわ、このこの!」

「相変わらず情報早いっすね、裏ルートでも使ったんすか?」

「ふふふ、それはアルセルタスとゲネルセルタスの仲であるハルちゃんにも教えられないなぁ」

「.....その諺の使い方合ってんですかねぇ」

 

セルタス夫婦やレウス夫婦という諺は聞いたことある。

しかし、どちらかというと悪い意味に使われるような気がする。 少なくともセルタス夫婦はそういった意味合いで使われる。

 

「まぁ、お互い積もる話もあるし、料理長の料理でも食べながら飲みましょうぜ」

「昼間から飲む気っすか」

「もち! ぐいっといっちゃおー!」

 

飲む前から酔っ払いのテンションとなってしまったソフィアに対して面倒くさいと本気でハルは思ってしまった。

 

「注文はお決まりニャルか?」

「黄金芋酒二つ!」

「.....仕方ないっすねぇ」

 

ここまで来てしまえば諦めるしかない。 こうなってしまえばソフィアはヤマツカミの吸い込みでも動くことはないだろう。

 

「お待たせニャル!」

「早!?」

「ソフィアはともかく、お客様をお待たせするわけにはいかないニャル」

「ちょっと〜、それどういう意味〜?」

 

料理長が逃げるようにして厨房へと走り去って行ってしまう。

ソフィアは黄金芋酒の片方をハルに手渡すと、乾杯を促してくる。

ハルはソフィアの乾杯に応えるため、容器を天に掲げる。 お淑やかな女子会には程遠い豪快な乾杯となった。

 

「それで、あんたまだキースの野郎のこと好きなの?」

「ま、まだってなんなんすか!? あいつのこと、そんな風に想ったことなんて一度もねぇっすよ!!」

「ふーん」

「そ、そういうソフィアちゃんはどうなんすか!? 初恋の彼とは出会えそうなんすか!?」

「そう! それ、私がソフィアちゃんに会おうと決めた理由の一つ!」

「ふぇ!?」

 

もう既に酔っているのか、それともただ単にテンションが上がっているのかわからない。

ソフィアはハルを押し倒す。

 

「ちょ、ちょソフィアちゃん!?」

「ふふふ、そうよ! 実はあなたに頼みたいことがあったのよ!」

「え、えっちぃことはダメっすよ! あたしら親友っすよ!?」

「わかってるわよ、実はね–––」

 

ハルの耳元でソフィアは"頼みごと"を周りに聞こえないくらい小さく囁いた。

 

 

 

「まったく、ソフィアちゃんの頼みとはいえ火山に来ることになるんならマグマの容器空けとけばよかったっす」

「いやぁ、さすが火山! 暑いっすね、サクッと終わらせてソフィアさんに惚れ直してもらうッス!」

「紛らわしい語尾っすね、あまり喋らないでいてもらえますか?」

「それはあんまりッス!!?」

 

絶え間なく流れ続ける溶岩のせいで地形までもが変わってしまった火山地帯。

人間が歩けるような場所は少なく、自然に負けて住処を奪われた場所と言っても良い。

 

そんな場所にハルは仕事として足を運ぶことになった。 もちろん竜画家としての仕事である。 依頼主は友人であるソフィアだが、金が発生したため依頼となった。

そして、護衛役として筆頭ルーキーを名乗る青年が名乗り出た。

 

『そういうわけで、私としてもスチルを永久保存したいわけよ〜』

『.....まったく、緊張して損した気分っすよ』

『怒らないでよ〜、ごめんってば! 護衛も付けるからさ、お願い! ね?』

『し、仕方ないっすね。 そ、それで護衛というのは?』

『–––実はね、最近私の書いたものにファンができたのよ。 ハンターさんなんだけどね』

 

そして現れたのがこの男であった。

名前は直接聞いてないのでわからないが、周りが「筆頭ルーキー」と呼んでいたのでハルもそこに乗っかる感じで呼ばせてもらってる。

着慣れたハンターSシリーズに加え、片手剣を装備している。

 

「それ[封龍剣]っすか?」

「お、ハルさんわかるんスか? ご名答ッス! あのゴア・マガラと戦ったときの–––」

「ルーキーさん、静かに!」

「ど、どうしたんスか!?」

「–––ターゲット発見っす、予定通り様子を見て暴れるようなら牽制をお願いするっす」

 

ブラキディオス。

ソフィアの初恋の相手にして、今回のターゲットである。

ハルの仕事はブラキディオスのスケッチ、筆頭ルーキーの仕事はブラキディオスの狩猟。

それぞれの仕事が重なったということもあって今回二人で行動することになった。

 

ハルと筆頭ルーキーは岩陰に身を潜めながらブラキディオスの様子を窺う。

 

「.....まだ気づいてる様子はないッスね」

「なら好都合っす、あたしの仕事は少し時間が掛かっちゃうからルーキーさんは退屈しちゃうかもしれないっすね」

「気にしないでいいッスよ! 俺もこんな間近で竜画家の仕事を見れること滅多にないッスから! 勉強にさせてもらうッス!」

「とりあえず、声のボリュームは下げてもらえると嬉しいっす」

 

獣竜種は音に敏感な個体が多い。

まだブラキディオスに気づかれてないからいいが、気づかれてしまえば逃げ切れる自信はない。 意外にもブラキディオスは俊敏なのだ。

もう少し高い位置に行きたかったのだが、あいにくこの辺りにそういった場所は見当たらない。

 

ハルは既にセットされま羊皮紙と画板を鞄の中から取り出す。

膝の上に画板を固定し、双眼鏡でブラキディオスの身体の構成を大まかに確認する。

 

「.....この距離で大丈夫なんスか?」

「本当ならもう少し近づきたいんすが、万一気がつかれたときにブラキディオスの素早さじゃすぐにやられちゃうっすからね」

「なるほど、てかハルさんなんでそんなにモンスターに詳しいんスか?」

「教養の範囲内っす」

 

一般的な獣竜種と比べて、首から背骨にかけて真っ直ぐと筋が伸びているのが大きな特徴と言えるだろう。 ボルボロスは頭が中心線より少し上であり、ドボルベルクはその反対である。

対してブラキディオスはその二匹の中間にあたるといってもよい。

 

長さ10cm程、太さ1.2cmの【ユクモクタン】で羊皮紙に外観の線を描いていく。 ハル特製の【ユクモクタン】は筆圧や硬さ、持ちやすさといったあらゆる面でハルが一番使いやすいと判断した作りとなっており、作り方自身も本人が一番心得ている。

芯が少し固めになっており、中心から外側に向かうにつれて柔らかくなっているのが特徴的である。

 

(.....あの腕についた粘液みたいなやつ、見た感じあまりネバネバしてなさそうなんすよね)

 

どういう原理で分泌されてるかは謎だが、粘菌の触り心地はしつこい感じではなくプルプルとしたゼリーのようにも思える。

ハンターとして活動してた頃の経験だ、もちろん個体差はあった。

 

緑色の粘菌が分泌される両腕の細部まで描くのは難しい。 狩猟に成功した際に細かく観察することにしよう。

 

「ルーキーさん、あの粘液糊に使えないっすかね?」

「.....ちょっと無理があると思うッス」

「そだねー」

 

ブラキディオスは周囲を警戒するようにして歩いている。 鼻先を地面に近づけていることから、食糧を探しているようにも見える。

 

「やっぱり足腰も柔軟っすね、あんなに曲がるなんて」

「素早い要因の一つかもしれないッスね、俺一回ブラキディオスに飛びかかられたときあったんスけど、結構痛かったッス」

「そう考えると、あの前傾姿勢は走るためのものみたいなもんなんすかね」

 

ほどよく発達したブラキディオスの脚筋を描きながら考察も進める。

尾はそこまで長くないが、形が独特なものとなっている。

 

–––ザッ、ザッ、ザッとブラキディオスを観察する二人の前に足音が近づいてくる。

 

「グルルルル」

「イーオス!」

「俺が追い払うッス! ハルさんはそのまま続けといてください!」

 

そう言うと筆頭ルーキーは[封龍剣]を抜き、イーオスに斬りかかる。

複数で攻めてきたイーオスは筆頭ルーキーを翻弄するように動き回り、リーチの短い片手剣では中々攻撃が当たらない。

 

「この、クソ!」

「わ、ちょ! 毒液飛んできてるっすよ、もう少し離れて戦ってもらえませんか!?」

「んな器用なこと、俺にはできねぇッス! ハルさんはブラキディオスの様子を頼むッス!」

「ルーキーさんあたしの護衛っすよね!? なんで自衛する羽目になってんすか、あたし!?」

 

やはり人選を間違えたのか、このままでは仕事にならない。

 

「–––ギュォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!」

「ちょ、ブラキディオスこっちに気づいちゃいましたよ!? ルーキーさん、ここは一旦徹底するっす!」

「何言ってんスか、ここで俺が華麗にブラキディオスを倒してやるッスよ! ソフィアさんからはなるべく捕獲にしろと言われてるッスけど!」

「その前にイーオスを追い払ってくれないっすかねぇ!?」

 

ハルの制止の声も聞かずに走り出す筆頭ルーキー、余程の自信があるのか目に輝きがある。 否、輝きが溢れすぎて全身燃え滾っているように見える。

 

 

「–––俺の魂の一撃! 恋敵への一身一刀! くらうッス!」

 

 

力尽きました。

ベースキャンプへ戻ります。

 

 

「.....なーにやってんすか」

「む、無念ッス」

 

その場に留まっては危ないと判断したハルは一足先にモドリ玉でベースキャンプへ戻っていた。

案の定、一分も経たぬうちに筆頭ルーキーはアイルー達の猫車によって粗雑に扱われる羽目になった。

 

「ブ、ブラキディオスがあんなにも強かったなんて!」

「ブラキディオスはギルドでもかなり危険な部類に指定されてるモンスターっすよ、あんな正面突破じゃぜってー勝てないっす」

「ぐぬぬぬ!」

 

やはり人選を間違えたかもしれない。

 

「それでハルさん、スケッチの方は!?」

「まだ途中っす、ブラキディオスも刺激してしまったから、このまま生きたまま描くのは少し難しいかもしれないっすね」

「.....そ、そッスか」

 

ハルの絵の拘りは実際の自然に生きて動いている姿をそのまま描くことにある。

イーオス達の邪魔が入らなければ、とは思うがあれもまた一種の自然だ。 ハルにとっては脅威さえも描く対象として捉えれる。

 

「しかし、やはり侮れないっすね、あんな予想不能の事態、ふふふ、心揺さぶられるっす」

「ハ、ハルさーん?」

 

「とにかく! もう一度アタックを仕掛けたいところっすけど、ブラキディオスはあたし達の匂いを覚えてしまってるはずっす。 時間が経てばいいっすけど、クエストの時間的にも火山の滞在時間的にも厳しいところっす」

「それは、そうッスね...」

「ルーキーさんはどうするべきだと思うっすか?」

「.....危険を承知でも行くッス」

「その心は?」

 

「–––リベンジするなら早いに越したことはないッス!!」

 

ドーン!と筆頭ルーキーの背中が爆発のエフェクトが出現しそうな勢いだった。

 

「は、はぁ」

「あいつも俺の顔を覚えてるってことッスよね、つまり! 覚えてるうちにあいつと戦わなきゃ、リベンジの意味がないッス!」

「そういうもんなん、すか?」

「そうッス! 行くッスよ!」

「ちょ、待っ!?」

 

–––その後、クエストはなんとかブラキディオスを捕獲することができたため、成功となった。

しかし、筆頭ルーキーはさらにもう一度力尽きた上に捕獲用麻酔玉を持っておらず、素材集めに奔走したことを記載しておく。

 

 

 

「.....たしかに、これは糊としては使えそうにないっす」

 

こっそりと回収したブラキディオスの粘菌を使えないものかと試してみるも、糊としての実用性は皆無だった。

ビン二本分も詰め込んで持って帰ってきてしまったため、何か使えるものはないかと思索する予定である。

 

粘菌を入れたビンを置き、依頼の品をソフィアの元へと届ける。

捕獲した後でギルドの職員さんに頼んで鱗や腕の細部を描くのに剝ぎ取りを遅らせてもらったのだ。

実際に動いていたブラキディオス、しかも筆頭ルーキーのお陰で互いに殴り合うような絵もできたのだ。

今回描けたのは合計三枚、上々といったところである。

 

「ソフィアちゃーん! お待たせっす!」

「あ、ハルちゃん! お疲れ〜、それとありがとうね〜!」

「ハルさん! お疲れ様です!」

 

何故か筆頭ルーキーさんもその場にいた。

 

「.....ルーキーさん、怪我はもういいんすか?」

「回復薬と酒飲んだら治ったッス!」

「そ、そうっすか」

 

なんという圧倒的回復力。

回復速度スキル涙目である。

 

「そんなことより、早く早く! 私のフィアンセの勇姿を見せて!」

「落ち着くっすよ、焦らなくても絵は逃げないっすから」

 

ハルは笑いながらソフィアに今回の依頼であるブラキディオスの絵を手渡す。

金は事前に受け取っているため、ハルが渡すだけとなった。 ちなみにこの後飲みに行く約束をしている。

 

「うーん」

「どうしたんっすか?」

「いや、もう少しここをさ、ちょっとペン借りるわね。 ここを、こう」

 

ソフィアはブラキディオスの絵にペンで何かを描き始める。

そう、ハルの描いたブラキディオスの絵にペンで何かを描き始める。

もう一度言おう、ハルが描いたブラキディオスの絵にソフィアがペンで何かを描き足すように羽ペンを走らせる。

 

「.....は?」

「こう、ね。 もう少しこういう感でもいいかなぁ、なんて! 素敵!」

 

そこにはキラキラに美化されたブラキディオス、もといハルの描いた野生的なブラキディオスの原型はほとんど留めてなかった。

 

「–––おんどりゃ、なにしとんじゃボケー!!」

「ちょ、えぇ!?」

「いくらソフィアちゃんといえどやっていいこととアカンことくらい区別つくでしょうが! ちょ、ないわー、ソフィアちゃんまじないっす!」

「いやいやいや、私としてはこうだから、私のブラキディオス像はこうだから何の問題もないのー!」

「てめぇの解釈押し付けてんじゃねぇよ!」

「なによー!」

「このー!」

 

ポカポカポカと殴り合いに発展してしまった。

ハルのあまりの気迫に筆頭ルーキーは動けずにいた。 そこを通りかかった筆頭ガンナーが筆頭ルーキーの肩にポンと手を置く。

 

「–––恋はね盲目なのよ、周りに迷惑をかけても気づかないものなの」

「は、はぁ」

 

恋する乙女、ことソフィアの暴走は止まることを知らなかった。

その中心である今回捕獲した砕竜ブラキディオスのギルドの指定した金冠サイズの大物であったというのはまた別の話。




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3. 空飛ぶブロッコリーと樹海の塔

 

音のない時間は好きだ。

ドンドルマの街中にある古龍観測所という建物の屋上、そこでは夜に星を見ることができる場所として職員の間でも密かに人気の場所だったりする。

 

少女、ハル・リットナーは星を見るためでなく、ただただ黄昏るために屋上の隅っこに座っていた。 古龍観測所の職員制服を身に纏っており、普段の作業用の装いではない。

あまり汚すこともできない代物なので画業はお勧めできない。

 

夕間暮れの空を眺めながら、ただただボーッと空を見つめている。

 

「ハル、ここにいたのか」

「ここにいたっすよ」

 

ハルに話しかけた竜人族、リーの頭は夕間暮れの沈む陽の光を集め全反射させている。 沈もうとしている太陽があるというのに新たな太陽が現れてしまった、これにはかのテオ・テスカトルもびっくりである。

 

「何かご用っすか? リーさんがわざわざこんなところにやってくるなんて珍しいっす」

「いやぁ、実は少し厄介な調査依頼が入ってしまってね。 ハンター経験のあるハルならって名前が上がったんだ。 あと、この頭のことはもう諦めたけどゴーグル付けられるとさすがに俺でも傷つくよ?」

「竜画家は目が命っす、万一のことがあったらあたしの稼ぎと趣味がなくなって路頭に迷っちゃうっす。 リーさんが責任取ってあたしを養ってくれるってなら話は別ですけどね」

「ははは、それは遠慮したいね。 俺にも家庭がある」

 

他愛の無い会話をしながらハルとリーは階段を下っていく。 大長老が可愛がってるハルは古龍観測所の面々にも可愛がられている。

仕事をする仲間でもあるが、どちらかというと娘、妹、マスコットの様な扱いを受ける事の方が多い。

 

リーも古龍観測所に勤めて長い。 ハルの事を幼い頃から知っている人物の一人である。

特にこの二人が並ぶと身長差による親子のような雰囲気となる。

 

「そういえば、アルバトリオンの画いい感じにできてたよ。 躍動感はまさに自然のものだと感じられたし、資料用のスケッチも細部まで描き上げられていて今後とも役に立ちそうだよ」

「それはよかったっす、苦労した甲斐があったってもんですよ」

 

実際に苦労した。

ハルが元ハンターでなければ死んでたのではないかという場面に何度も遭遇したし、相手は伝説級の古龍。

少しの油断が命取りになってしまう。

 

「ということは、リーさんまた資料の編纂してるんっすか?」

「そうだね、残業が続いてるよ」

「ど、どんまいっす!」

 

アルバトリオンは文献こそ多いが、信憑性のある資料というものが少ない。

ほとんどが二次資料と呼ばれるものであり、当時の研究者達の編纂した一次資料の類は文字そのものが読めないか戦争により焼けてしまったものがほとんどである。

大長老ならば何か知ることもあるかもしれないが、近頃ボケが始まってる可能性があるため期待できない。

 

「それでリーさん、あたしへの仕事ってなんなんっすか?」

「そうだった、その件をすっかり忘れていた。 俺も歳だなぁ」

 

タッハッハッハ、とリーは愉快に笑い声を上げる。 ハルはこの笑い声が好きだった。

ギルドの酒場で聞く汚い笑い声ではなく、リーの透き通るような純粋無垢な笑い声が。

一通り笑い、リーがハルの頭を撫でながら本題も本題、詳細をすっ飛ばして口にする。

 

「─ヤマツカミが発見された」

 

ハルはリーの腹にボディブローを叩き込んだ。 いわゆる溝内である。

 

「な、なんで.....?」

「すみません、嬉しさのあまりつい」

 

てへ、と可愛らしく舌を出すもあまり可愛くないとリーは後に語る。

 

「浮岳龍、っすか」

「そう! 太古の密林から古塔のルートを通ると予測されている。 それで我々の出番ってわけ」

「なるほどなるほど」

 

浮岳龍ヤマツカミ。

とてもではないが、龍と呼ぶには異形の形をしている古龍種だ。 まさに空を飛ぶ森ともいうべきか、従来の古龍の常識を覆すような体躯をしている。

その大きさも規格外で老山龍や峯山龍とも引けを取らない巨大さを誇っている。

 

到着した会議室には既に何人かの人物が集まっていた。 いずれもハルの顔見知りである。

 

「お、来たかハル」

「お待たせしました、っと言ってもあたしさっき初めて聞いたんすけど?」

「まぁ、突然な招集だったからな。 まだいてくれて助かったよ、とりあえず座れよ」

「お言葉に甘えるっす」

 

隈を作った長身の竜人がニッコリと笑みを浮かべる。 ハルは促されるまま席の前にまで素早く移動する。

後ろに立っていたリーも部屋の扉を閉めて席に座る。

ハルの隣に座るショートヘアの少女が嬉しそうにハルのことを見つめる。 彼女も竜人である。

 

「ハルちーん! 会いたかったよ、結婚して!」

「一時間ぶりっすね、ミョル。 お友達で」

 

ハルとミョルの逢瀬に向かいに座る口元を器用に隠している大柄の男、ガレットが止めに入る。

 

「二人とも、そこまでだ。 全員揃ったし会議を始めたい」

「うっせー惚気野郎! 前狩りに行く竜車の中でテメーの嫁話散々聞かされたこと忘れてねーからな!!」

「.....それを言われると痛いが、それはそれ、これはこれだ」

「チッ」

 

ガレットに飛びかかりそうだったミョルは周りの雰囲気に呑まれて渋々納得する。 ハルが宥めたのもあって効果は上がったようだ。

 

「─挨拶は済みましたかな? では、此度発見された浮岳龍の進行ルートの確認、狩猟調査の作戦会議を始めさせてもらいますぞ」

 

 

 

「で、あたしらは気球担当っすか。 いつも通りっすね」

「仕方ないよ、さすがに危険な現場に足を踏み入れるわけにはいかない。 ハルだって、いや、なんでもない」

「ザックくーん? 思ったことはハッキリ言ってくれるとハルちゃんとっても嬉しいっすー」

「ハハハハ、痛い痛い! お腹抓らないで!!」

 

─浮岳龍の狩猟決行日。

ハルとザックは気球に乗って古塔の近くを見渡している。 ザックは操縦と見回りを行ってるので負担がかなり多いが、本人は笑ってやってのけてる。

 

ガレットを筆頭にしたG級ハンター四名のチームでヤマツカミを討伐、または撃退するのが今回のハンター側の勝利条件。

そして、竜画家であるハル・リットナーの勝利条件はガレット達がヤマツカミを足止めしてる間にその姿をスケッチすること。 生きたヤマツカミのスケッチなど、一生に一度できるかできないかの千偶一財のチャンス。

そして、今回はハルの私情も混じってる。

 

「─浮岳龍の体液?」

「そうっす! 伝説のあれっす! あれは是非とも手に入れておきたいところなんすよ!!」

 

ハルが興奮し、ザックが疑問符を浮かべるのも無理もない。

何せ、竜画家の間でしか広まっていない話なのだから。

本来、浮岳龍の体液は植物の成長を助けたり、武具に塗りこむことによって強度を何倍にも上げる作用が一般的である。 そもそも入手難度が高いため、伝説であることに間違いではないのだが、竜画家に売ることによってその価値はさらに跳ね上がる。

 

顔料と混ぜることで絵の具として滑らかな品になり、完成した画の上に塗り込むことで百年は絵の具が剥げ落ちることがないという。

古龍の成分には謎が多い、何故このような作用がもたらされるかは未だに謎のままである。 太古の竜人族の紙資料が綺麗に保たれてるのは浮岳龍の体液による加工が施されているためである。

 

「─他にもヤマツカミの身体に生える神龍木で作ったキャンバスは顔料を上手いこと染み込み染み込まないレベルで調整されるから色が褪せることもなく、長持ちしたりするって噂っす!」

「.....おかしいな、本来なら武具として使われてる素材が画家の画材に変わるなんて聞いたことない」

「他にもあるっすよ!」

「まだあんの!?」

 

ハルの興奮は止まらない。

それは爆砕竜に恋した少女の如く燃えており、その少女を口説くために己の武勇伝を豪話する狩人のように饒舌だと後にザックは語る。

そんなハルの話を半分ほど聞き流しながらザックは操縦に専念する。 といっても風はそこまで強く吹いていない。 周りに山脈もあるわけでもない森林に近い場所のためそこまで警戒する必要もない。

この高度ではガブラスも飛んでこない高さである。

 

─チカッ、チカッ、チカッ。

別気球から光の点滅による信号が飛んできた。 三泊おきの点滅、警戒せよ。

 

─チカチカ。

ザックはそれに対して二泊、了承の合図だ。

 

「ザック君?」

「どうやら警戒域に突入したみたいだ。 ここはもうヤマツカミの進路みたいだね」

 

古塔に向けて事前に誘導したヤマツカミの進路、どうやら別働隊が発見したようだ。

双眼鏡を持ったハルが辺りを見渡す。 進路より西の方向に目を向けた時、件の古龍の影が映った。

 

「─ザック君! 九時の方向、浮岳龍と思われる巨影がこっちに向かってきてるっす!」

「まっすぐ?」

「まっすぐっす!」

「ちょっと上昇!」

 

ハルが気球隊に選ばれた理由、元ガンナーの確かな目である。

それに加えて竜画家としての観察眼、ある程度距離はあってもハルには動きを予測することはできる。

ザックが気球を上昇させる。 雲海の中へ気球を突入させる手前で上昇を止める。 あまり上昇させすぎては浮岳龍の姿を捉えられなくなる。

それでは、ハルが乗っている本来の役割を果たすことができない。

 

「ハル、どう!?」

「ピンポイントっす!」

 

─ゴウッ!と風が吹く。

雲は吹き飛び、空は大きな大陸に埋め尽くされたような錯覚に陥る。

全身を捉えきれないほどの巨体が気球の真下を通る。 とても速いとは言えない速度だが、その巨体ゆえに空気が震えるのがわかる。

 

─まるで小さな山のある森林、ザックが真下を見た素直な感想である。

 

「─これが、浮岳龍!」

 

雲を飲み込みながらヤマツカミは古塔に向けて進路を変えることなく動き続ける。 気球が動いているのか、ヤマツカミが動いているのかがわからない。

風の抵抗を受けながら気球はその場に留まろうと踏ん張る。 否、ザックの巧みな手繰りでその場に留めようとしているのだ。

 

ヤマツカミが進めば風を生む。

空飛ぶ島は頭上の気球を気にとめることなく進む。 少し離れたところでようやく全貌を確認することができた。

とても龍とは言えない異形の形をした古龍が古塔へと向かう。

 

この時、竜画家ハル・リットナーはかの古龍の姿を見て、一言呟いた。

 

「─空飛ぶブロッコリーだ」

 

数分後、浮岳龍とハンター達が古塔を舞台に激突する。

─作戦は始まったばかりである。




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