【完結】紳士的な異世界はスマートフォンとともに。 (味音ショユ)
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死亡、そして復活。フリージアは流れません

この話には変態紳士要素ありません。女の子が出てくるまでキャラが崩壊した冬夜君を見ながらお待ちください。


「と、いう訳でお前さんは死んでしまった」

 

 僕の目の前には、見たことの無い光景が広がっている。

 上を見上げれば雲一つ無い青い空。しかし前を見れば、果ての見えない雲海が広がっている。しかし今僕が立っているのは、ワン○ースの空島編よろしく固形化された雲の上では無く、四畳半の畳の上。畳の上にあるのは、ちゃぶ台に茶箪笥、レトロ調なテレビと実物を見るのは初めてな黒電話がある。

 そしてその持ち主であろう老人が、よく分からないことを言いながら僕に頭を下げている。

 

「はあ? 僕が死んだ? どういうことです?」

 

 というか死んだって何。異世界転生でもしろって言うの? 何、この○ば的な感じ? じゃあ僕目の前の老人と冒険することになるじゃん、嫌だよ。

 

「というかそもそも、まずあなたはどちら様ですか?」

「ワシは神じゃ」

 

 警察に通報すべきなのだろうか。でもこの現実ではありえない光景が、目の前の老人の言葉だと真実だと思わせる。

 もうちょっと荘厳な雰囲気でも出してくれれば、無条件で信じても良かったのに。

 

「まあ神様なのはいいとして、なぜ僕は死んだのでしょうか? 確かにそれほど善良と言える生活をしていたわけではありませんが、流石に神罰喰らわされるほどではないと思ってますよ僕は」

「いやすまん、わしの手違いじゃ」

 

 絞め殺されたいのかこのジジイ。

 

「手違いって、何ですか……?」

「その前に、お前さんはここに来る直前のことを覚えておるかの?」

 

 手違いで僕を殺した宣言の上に、質問に質問で返す神(自称)に苛立ち始める僕。ちなみにその神は僕と自分の分のお茶を入れていた。そのお茶を飲まずに、僕は死んだときのことを思い出していく。

 確か下校中に突然雨が降りだして、それで慌てて家に帰ろうとしたんだっけ。そして近くの公園を横切ろうとした所で、激しい光が襲ってきたんだった。

 

「その光はわしが落とした神雷じゃ」

「あれ雷だったんですね……」

 

 成程ね、あれ雷かー。それなら僕確かに死んでるようん。間違いなく。

 うわっ……僕の人生、短すぎ……?

 ――は?

 

「雷を落とした先に人がいるか確認を怠ったわしのミスじゃ。本当に申し訳ない。落雷で死ぬ人間も結構いるが、今回は想定外じゃった」

「このクソジジイィィィ!!!」

 

 クソジジイの言葉に僕は思わずジジイの襟を掴み、幾度もガクガクと揺らす。

 

「ふざけるな、ふざけるな馬鹿野郎!」

「うお、達観しとる子かと思ったら物凄く怒り狂っとる! 頼むから落ち着いてくれんか」

「出してくれ……、出してくれよ! 僕は帰らなくちゃいけないんだ僕の世界に!」

「お前さん実は余裕あるじゃろ」

「未来への水先案内人は、この望月冬夜が引き受けた!」

「生きとるじゃろそれ! というか生き返らせる、冬夜君はワシがすぐに生き返らせるから!」

 

 クソジジイの言葉に僕は手を止め、襟を正し正座で座る。

 そうだ、僕はお爺ちゃんから『やるときはやる』と『人の過ちを許せる人間になれ』という二つの教えを受けていたじゃないか。それを実行しなくてどうする。いや今思いっきり投げ捨ててたけど、是非もないよね!

 にしても生き返るといってもこの場合どうなるんだろ? 雷って事は僕焼死体だよね。ということは死んだという事実が無かった事になるのかな。

 そんなことを考えつつも、まあ生き返るからいいやみたいな気楽な気持ちでいた僕とは対照的に、目の前の神様は渋い顔をしつつ、やがて僕にこう言った。

 

「じゃが君の元居た世界に生き返らせるわけにはいかんのじゃ。そういうルールでな。別の世界で生き返ってもらいたい」

「このクソジジイィィィ!!!」

 

 僕はもう一度掴みかかった。

 

 

「ハァ……ハァ……。それで、僕は一体どんな世界に左遷されるんですか……?」

「左遷ではないのじゃが」

 

 その後10分弱思いつく限りの罵声を浴びせていたのだが、流石にこれ以上は意味がないと思いとりあえず未来の話をすることにした。そして喉が渇いたのでさっき神が入れてくれたお茶を飲む、ぬるい。

 

「まあ君が居た世界と比べるなら、発展途上じゃな。君に分かりやすく言うなら中世と言った所か、ただし魔法やモンスターがおるから全部が全部あの文化レベルではないがの」

「いわゆる剣と魔法のファンタジーって奴ですか」

 

 なんか本当になろう小説じみてきたな、と思っていると神が話しかけてきた。

 

「……これから君をその世界に送るのじゃが、その前に何かさせてくれんかの?」

「何か、と言われましても……」

 

 なんだか漠然としすぎて何を望めばいいのか分からない。モンスターがいるのなら武器を望むのが無難かな? でも絶対戦うとは限らないよな。あ、そうだ。

 

「それならこれを直してその世界で使えるようにしてもらえませんか」

 

 そう言って僕が制服の内ポケットから取り出したのはスマートフォン。神雷で壊れているみたいだけど、これを直してもらってネットに繋げれば現代知識で無双できるかも。それにアプリでゲームもできる、ア○レンやりたい。

 

「可能じゃが、いくつか制限がかかるぞ。見るだけなら問題は無いが通話やメール、サイトへの書き込みなど君からのは出来ん。とはいえ、ワシに電話位は出来るようにしておこうかの」

「ありがとうございます」

 

 思うところが無いわけではないが、とりあえず現代知識無双は出来そうで何よりだ。でもこれア○レン出来なくない? ボ○ムズコラボどうなるの?

 

「バッテリーに関しては君の魔力で充電できるようにしておくぞ。これなら電池切れは心配いらんじゃろ」

 

 僕の魔力は物凄くあるのか、それとも凄く少量の魔力で充電出来るのか。それ以前に僕魔法使えるの? ちょっと楽しみだ。

 

「それともう1つお願いがあるのですが」

「なんじゃ?」

「僕の家族と友人にメッセージを送りたいのですが、よろしいですか」

「構わんぞ、ほれ」

 

 神がそう言うとちゃぶ台の上に紙が2枚とペンが現れる。これで手紙を書けと言うことだろうか、なら遠慮なく書かせてもらおう。

 

「書けました」

 

 言いたいことは大体決まっていたのでさっさと書き、神に渡す。これ受け取った側死者からの手紙っていうホラー展開になるけど、まあいっか。

 

「そうか、これは後で届けて置こう」

「ありがとうございます」

「さて、そろそろ蘇ってもらうぞ」

「分かりました」

 

 神が手を僕にかざすと、暖かな光が僕を包む。雰囲気作りはばっちりだ。

 

「それと蘇ったのに即死では生き返らせた意味が無いからのう、基礎能力、身体能力など諸々上げておこう。これでそう簡単に死ぬことは無いぞ」

 

 え、そこまで至れり尽くせりなの? これスマホ使う機会なくない? 他のにした方が良かった? いやスマホは使える筈だ。女湯に侵入してスマホを動画撮影モードにして後で回収すれば入浴シーン見放題だ。他に使い道無いのかよ!

 

「一度送り出してしまうと、相談に乗る位しか出来んからの。これが最後のプレゼントじゃ」

「では、いってきます」

「うむ、またの」

 

 神がそう言うと、僕は意識を失った。



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目覚め、そして異世界。今のところ異世界要素ほぼなし。

早くボケ倒したい……


 穏やかな風が頬に触れ、僕は目を覚ます。

 その時に見えたのは綺麗な空、雲がゆっくりと流れ鳥のさえずりが聞こえてくる。とてものどかだ。

 起き上がり体の状態を確認、特に異常はない。周りを見渡せば遠くに山々、広大な草原、そして背中に大きな1本の木。

 どこか外国みたいなこの光景、とてもいい眺めだと思うが正直全然異世界感が無い。

 とりあえず道が見えるのでそれに沿って歩けば町に着くだろう。

 

「それにしても、マップも所持金もゼロスタートって、どこのレトロゲーだよ」

 

 しかもスタート地点は人気のない場所。町中にいきなり現れたら目立つだろうからそれはいいとして、せめて町の場所位知りたい。

 

「参ったなあ、こんな事ならスマホじゃなくてマップと資金を貰うべきだった」

 

 己の選択ミスを後悔しつつも、とりあえず道なりに歩きはじめる僕。

 やがてしばらく歩いていると、分かれ道に出くわした。

 

「どっちが町に近いんだろう……」

 

 右に行くか左に行くか僕は真剣に考える。人生は選択肢の連続だというがこういうのは御免だ、どうせなら美少女姉妹2人に迫られてどっちを選ぶの!? みたいなこと言われたい。

 とか考えているとといきなりスマホが鳴り出す。どうやら神からの電話らしい。登録名を自分で神様にするセンスはどうかと思うが。

 

「はいもしもし」

『おお、繋がった繋がった。どうやら無事着いた様じゃな』

 

 電話に出ると神の声。というか着かない可能性あるのか。

 

『言い忘れておったのじゃが、君のスマホのマップや方位をそっちの世界に対応させておいたぞ』

「そうなんですか? いや助かりしました。町の場所分からないんで仕方ないから野生化しようと思ってましたから」

『厄介すぎるじゃろお前さんが野生化したら』

「試練を乗り越えてこその人生です」

『そんなに乗り越えて無さそうなお前さんに言われてもな……』

 

 神の言葉は間違いなく正論だった。

 

『まあそれはともかく、マップを確認すれば問題なく町に着くじゃろう』

「マップを見るときはRボタンでいいですか?」

『何でマ○ー3?』

「いえ何となく」

『まあよい、ともかく頑張ってな』

「はい、では」

 

 電話を切り、マップのアプリを起動する。すろと自分を中心にして地図が表示された。縮尺を変えると道の先、西に町がある。名前は……、リフレットか。

 

「じゃあ出発っと」

 

 とりあえず、町に着いたら仕事を探さないとね。現状所持金も食糧も無いんだから。

 

「何か悩みが現実的だなあ……」

 

 いや、今この場は間違いなく現実なんだから、当たり前なんだけどさ。

 

 

 しばらく道なりに歩く僕。モンスターがいると聞いていたが、遭遇することも無くのんびりした気分で歩いていた。いっそこのまま道が永遠に続いていれば、僕の悩みも消え去るのだろうか。

 と考えていると、後ろから音が聞こえてくる。振り返ると、遠くから何かがこちらに向かってくる。あれは、馬車だろうか。

 

「さすが異世界、日常で馬車を使う機会を見るとは」

 

 まあ農業の機械化が進展していない地域では現代でも日常で使われるらしいけど。

 それはともかく、僕は向かって来る馬車に道を譲り、端の方に寄る。頼めば乗せてくれるかもしれないが、この世界の事は未だ何もわからないのだ。うかつな事をいって無駄に荒事を引き起こす気は僕には無い、つもりだ。

 そして馬車は僕を追い越し、過ぎ去っていくかと思うといきなり馬車が停車した。

 

「そこの君!」

 

 馬車の扉を開けて出てきたのは白髪の男性だった。洒落たスカーフとマントを着こみ、胸には薔薇のブローチを付けていて、それらの調度品はとても高級そうに見える。かなりの金持ちであることは明白だった。

 

「何でしょうか?」

 

 とりあえず無難に応対する僕。しかし内心はビクビクだった。実はこの人が王族か何かで、僕が知らない間に無礼を働いたとかだったらどうしよう。もし手打ちにされそうになったら僕はこの人を殺して、山に籠るしか道が無くなる。あれ? マジで野生化ルート?

 そうこう考えてると、僕は男性に肩を掴まれ舐めまわすかのように見られている。コワイ!

 

「こ、この服はどこで手に入れたのかね!?」

「ウェイ?」

 

 思わず僕はオンドゥル語で返していた。え、何、服? これただの学生服だよ?

 

「見たことの無いデザインだ。そしてこの縫製、一体どんな技術で……。まさか無属性魔法か!?」

 

 成程、僕にとってはなんてことない服だけどこの世界からすれば未知の技術で作られた物なんだ。なら精々高値で売りつけてやろう。これで生活の心配はなくなるよ! やったねたえちゃん!

 

「……よろしければお売り致したますが?」

「本当かね!?」

 

 僕の提案に男性は物凄く食いつく。何だこの人、服飾マニアか。とはいえ金策を逃す理由は無い、この服の事は適当に誤魔化そう。

 

「僕は旅人で、この服は旅の商人から買った物ですが、旅の資金が無くなってきたのでそちらがよろしければお売り致しますよ。ただし、代わりの衣服は最低限用意して欲しいのですが」

「よかろう! 馬車に乗りたまえ、次の町まで共にに行こう。そしてそこで代わりの服を用意させるから、その後その服を売ってくれればそれでいい」

「取引成立ですね」

 

 よっしゃ金ずるゲットォ! と薄汚い内心を隠しながら僕は取引相手となった男性と握手をする。っと、大事なことを聞くのを忘れていた。

 

「ところで、お名前を聞かせてもらえませんか。あ、僕は望月冬夜と言います。望月が家名で、冬夜が名前です」

「私はザナック、ファッションキングザナックという服飾店を経営している」

 

 服飾店なのにその名前は大丈夫なのか。そして僕の代わりの服のセンスは大丈夫なのか、たまらなく不安になった。



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着替え、そして金貨十枚。そんなことより制服だ!

やっとちょっと紳士らしいところ出てきた


「1つ聞きたいのだが、君はイーシェンの出身なのかね?」

「イーシェン?」

 

 ザナックさんと居る馬車の中、最初は雑談と言うかこの世界についてそれとなく聞いていたのだが、色々話しているうちに僕の出身地についての話になっていた。

 

「いえ、違いますが……」

「そうか。いや私も話でしか知らないが、イーシェンという所は家名が先に来る珍しい地域だと昔聞いたことがあってな。だから君もてっきりそうなのかと……」

 

 どうやらこの世界にも日本によく似た国があるらしい。ドラ○エ3でいうならジパングみたいなものだろうか。行く機会が出来たらそのうち行ってみよう。

 その後3時間ほど馬車に揺られているとリフレットの町に到着した。

 町の門番の兵士に挨拶された後軽い質問を受け、適当に答えると早々に中に入れてもらえた。どうやらザナックさんが有名人らしく、その恩恵を連れである僕も受けたらしい。

 そして馬車が町中を進んでいく。その町の風景は人が多く、活気づいていることからいい町だとすぐに分かった。

 やがて馬車が止まり、ザナックさんは馬車を下り僕もそれに続く。

 

「さあ、ここが私の店だ。ここで君の服を揃えよう」

 

 そう言ってザナックさんは僕を店の中に招き入れる。僕はその誘いに答え中に入る、前に何気なく店の看板を見た。針と糸という服屋だとわかりやすいロゴマークがあったが、その下の文字が読めない。

 

「そっか、文字が違うのか……」

 

 言葉が通じるからてっきり文字も日本語かと思たが、そこまで甘くは無いらしい。

 まあこの問題は後で考えるとして、僕は店の中に入った。

 

「お帰りなさいませ、オーナー」

 

 店内に入ると数人の店員がザナックさんを迎え入れる。

 正直センスを疑っていたが、店員の制服を見る限り杞憂だったらしい。緑色のワンピースにフリルの付いた白いエプロンを組み合わせたその服装は、正しくエプロンドレス。そして何よりスカートの長さが素晴らしい。黒のブーツを履いているが、スカートの長さ膝くらいであることとブーツの長さが膝下であることの兼ね合いで、膝裏がチラリと見えている、まさしく絶対領域。実にエロス。それでいて数人いる店員全員が綺麗な女性ときたもんだ、これは常連にならずにはいられないね!

 

「うむ。おい誰か、彼に見合う服を見繕ってくれ! では冬夜君も服を着替えたまえ」

 

 ザナックさんは当然だが僕の脳内批評など知る由も無いので、店員の1人に僕の着替えを用意させる。そして僕を急かすように試着室へと押し込んだ。その後、店員が何着かの服を持ってきてくれたので、着替える為にブレザーの上着の脱いでネクタイを外し、ワイシャツを脱ぐ。その下には黒のTシャツを着ているので、これは部屋着にでもしようか。

 

「!? き、君!」

 

 と思ってたら後ろからいきなりザナックさんの声がした。あれ、僕この試着室に1人だったよね?

 

「その服も売ってくれ! あとその靴もその下に着ている物も、それと下着も全てだ!!」

 

 全部かよ! 追い剥ぎもビックリだよ!!

 

 

 結局僕は身ぐるみ全部をザナックさんに売り飛ばした。いや使用済みの下着とかどうすんの? 需要あるの? あったらあったで嫌だなこれ、トランクスは売らなきゃ良かったかも。

 とはいえ代わりに用意してもらった服や靴は、動きやすくて丈夫そうで、それでいて黒を基調としたシックな感じがなかなか悪くない。

 

「それでいくらで君の服を売ってもらえるのかね。金に糸目は付けんが、君の希望を聞こう」

「希望と言われましても、相場が分からないので何とも言い難くて……。出来れば高めでお願いします、正直この町で宿にも泊まれそうにない位しか金銭を持っていなくて」

 

 実際は一文無しなのだが、ちょっと見栄を張る僕。まるで張れてないけど気にしない。

 

「そうかね、それならば金貨10枚にしよう。気の毒であるし、私の頼みを快く聞いてくれた礼だ」

 

 正直貨幣価値が分からないので何も言えないが、とりあえずザナックさんの善意を信じよう。

 

「ではそれで」

「うむ、これを」

 

 ザナックさんから金貨10枚を手渡された。大きさは500円玉位で何かライオンのようなレリーフが彫ってある。この世界の加工技術どうなってるんだろうか。

 

「ところで一ついいですか?」

「何かね」

「この町に宿屋の様な所はありませんか、早めに宿を確保したいので」

「ここから1番近い宿屋は前の道を右手に真っ直ぐ行けばあるぞ。看板に銀月と書いてあるからすぐに分かるはずだ」

 

 読めないよ、まあどうにでもなるだろう。人に聞くもよし、いざとなればスマホでマップを開けば多分分かるはずだ。前見たときに町の名前が日本語で表示されてたし。

 

「ありがとうございます、それではまた」

「ああ、珍しい服を見つけたら持ってきてくれたまえ。言い値で買わせてもらうよ」

「分かりました、覚えておきますよ」

 

 ザナックさんに別れの挨拶をして、外へ出る。日はまだ高いので宿の込み具合の心配は無いだろう、多分。

 

「よし、マップを開いてみよう」

 マップを開くと、町中の地図が現れる。現在地や店の名前も表示されている。これなら迷う心配は無い。

 そしてある確信をした。

 

「他の店の名前は別に僕目線でもダサくないのにね……」

 

 ザナックさんの店名だけ、なんか浮いていた。

 オーナー本人が良い人だから、言いにくいのかもしれないな。僕も言えないし。



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宿屋、そして初の食事。美人の手料理はそれだけで美味しい

 しばらく歩くと宿屋銀月に到着。スマホに出てるから場所は間違いない筈、多分。見た目は3階建ての建物、がっしりした造りで泊まるのに支障は無さそうだ。駄目そうだったら最悪馬小屋に泊まるつもりだったのは内緒だ。

 両開きの扉を開け、入ると1階は酒場みたいな感じになっている。右手にはカウンター、左手には階段がある。何だかゲームの宿屋にリアルで泊まるみたいで、何ともいえない高揚感がある。

 

「いらっしゃーい、食事ですか? それとも宿泊で?」

「あなたと一夜を共にしたいです」

 

 カウンターにいたお姉さんが声をかけてきた、赤髪のポニーテールがよく似合う活発そうな美人だ、歳は僕より上だろうか。そんな人に声を掛けられたら、反射で口説くのが男のサガである。これで失敗した経験は無数にあるが、懲りないのが僕だ。仕方ない、彼女が美人なのが悪い。

 

「あはは、面白いねあんた。でも私今お仕事中だからお客さん以外と話す気は無いよ?」

「すいません泊まりでお願いします。1泊いくらですか?」

 

 でも引き際はちゃんと見極めよう。それで骨折ったことあるから。

 

「ウチは1泊朝昼晩食事つきで銅貨2枚だよ。前払いね」

 

 銅貨と言われても、僕が持ってるのはザナックさんから貰った金貨しかない。なのでとりあえず金貨1枚を出してカウンターに置く。

 

「これで何泊できますかね?」

「50泊だけど、計算も出来ないの?」

「グハッ!」

 

 ダイレクトに馬鹿にされてちょっとよろめく僕、でもこの辺の貨幣価値が分からないなんて言えないししょうがないから黙って受け止める。

 でも同時に何とも言えないドキドキを感じる、これは恋だな。間違いない、僕はこの人と出会うためにこの世界に来た、気がする!

 

「じゃあ、とりあえず1月分お願いします」

「はいよー、1月ね。最近お客さん少ないから助かるわ。あ、ちょっと今銀貨切らしているから銅貨でお釣り出すけどいい?」

「むしろ助かりますよ、今ちょっと金貨しかなくて細かいの欲しかったんです」

「どういうことそれ」

「いや無一文の状態から持ってた服を下着まで含めて金貨10枚で売り飛ばしまして」

「ごめん、あんまり聞きたくないわ」

 

 金貨を受け取りながらそう言って露骨に目をそらすお姉さん。何か誤解されてない? 男娼か何かだと思われてない? その後、お釣りとして銅貨40枚を持ってきたがやっぱり目はそらされている。これはまずい、早く誤解を解かないと!

 

「いや違いますからね、ファッションキングザナックのオーナーに珍しい服を着ているから売ってくれって言われただけですからね!」

「あ、なんだそういうことか。ザナックさんが不埒なことするわけないし、誤解だったんだ」

 

 ありがとうザナックさん、あなたの人徳で僕への疑いが晴れました。

 

「まあそれはともかく、はいこれ」

 

 そう言ってお姉さんが出してきたのは宿帳らしきもの、羽ペンも一緒に出してることから名前でも書けばいいのかな。

 

「じゃあここにサイン書いて」

「あーすいません、僕字が書けないんで代筆してもらっていいですか」

「そうなの? じゃあ名前は?」

 

 僕の言葉に特に疑問を挟まないお姉さん、どうやらこの辺りの識字率はそこまで高くないらしい。

 

「僕の名前は望月冬夜です」

「モチヅキって、珍しい名前ね」

「いえ望月は家名です。苗字が先なんです」

「ああ、イーシェンの生まれなのね」

「いや違うんですけど……、まあいいか」

 

 イーシェンの知名度が若干気になる。

 

「はい、書けた。じゃあこれが部屋の鍵ね」

 

 そう言ってお姉さんはカウンターの下から鍵を出す。成程、異世界でも鍵の形状は変わらないみたいだ。カードキーとか出されたらどうしようかと思った。

 

「部屋の場所は3階の1番奥、日当たりのいい部屋よ。トイレと浴場は1階、食事はここね」

「あ、お昼お願いしていいですか。今日まだ何も食べてないんですよ」

「じゃあ何か簡単なもの作るから、その間に部屋の確認でもしてて」

「分かりましたー」

 

 鍵を受け取り階段を上り、3階の僕にあてがわれた部屋に入る。ベッドと机、椅子とクローゼットだけのシンプルな部屋だ。まあ安宿っぽいしこんなものかな、受付が美人なだけで僕にとっては高級ホテルの千倍価値があるけど。日当たりはいいし、窓を開けて外を見れば通りが見えてなかなかいい眺めだし。

 

「うん、いい部屋だ」

 

 一通りの確認を済ませ、僕は部屋を出て1階に降りる。

 どうやら食事が出来たようだ。

 

「はいよー、お待たせ」

 

 食堂の席に着くと、サンドイッチ、だと思うものとスープとサラダが出てきた。中世だから味の質は覚悟していたが、現代日本の味に慣れ親しんでいる僕でも十分美味しいと思った。いや文化を見下しているとかそういう訳じゃ無く、時代的にね。中世って食事あんまり美味しくないって前に見た事あったし。

 とにもかくにも完食。うん、美味い!

 さて、腹ごなしと観光でもかねて散歩にでも行こうか。せっかく知らない町に来たんだ、見たことの無い物を見ていこう。

 

「散歩にでも行ってきます」

「はいよー、行ってらっしゃい」

 

 お姉さんに見送られ、僕は宿を出る。とその前に、大事なことを聞いてなかった。

 

「そうだ、しばらくこの宿で泊まるんだし、お姉さんの名前聞かせてくださいよ」

「ん、私? 私はミカだよ」

「ミカさんですか、あなたによく似合う素敵な名前ですね」

「ははは、ありがと」

 

 僕の言葉を軽く流し、手を振って見送るミカさん。まあ振られるのはよくあるから別に気にもしないけどさ。

 

 

 町を散策する僕。異世界だけあって見るもの全てが珍しいが、あんまりキョロキョロしてると田舎者扱いされそうなので気を付ける。

 そして色々見て回って気付いたが、武器を持っている人が多い。流石剣と魔法のファンタジー、あれがいわゆる冒険者って奴だろうか。ならギルド的なのがあってもおかしくない。

 

「幸い神のおかげで戦闘力はあるらしいし、それ確かめたら冒険者で食って行こうかな」

 

 モンスターとの戦闘という今までは非現実なものにわくわくしながら歩いていると、ふと裏路地から言い争うような声が聞こえる。

 

「何だろ? 行ってみようか」

 

 半分くらい野次馬根性で、僕は裏路地へ向かった。



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双子、そして1日の終わり。文字にするなら1万字ちょっと。

やっとこの冬夜君の本領発揮が出来た気がする


 裏路地を進んでいくと、突き当たりで男2人少女2人で言い争っていた。

 男2人はいかにもガラが悪く、僕が昔おじいちゃんの力を借りてボコった不良にそっくりだ。

 そして少女2人はどちらも可愛い。顔が似ているから双子だろうか、片方はロングでもう一方はショートと髪の長さが違うから入れ替わりネタは出来なさそうだ。服は上半身が共通で黒を基調とした上着に白いブラウス、下半身はロングの子がキュロットに黒いニーソ、ショートの子がフレアスカートに黒のタイツ。性格の差があらわれているのだろうか。ちなみにこの服の知識が役立ったことは一度も無い。

 

「約束が違うじゃない! 代金は金貨1枚だったはずよ!」

 

 ロングの子が男2人に向かって声を荒げた。どうも報酬か何かでもめているらしい。

 一方、男2人は汚らしい薄笑いを浮かべている。この時点で僕が味方する方は決めていたのだが、まあ恩を押し売りする気はないので危なくなるまで様子を見よう。それにしても男の1人が持っているあの光る鹿の角みたいなのは何だろう、ドロップアイテム?

 

「何言ってやがる、確かにこの水晶鹿の角を金貨1枚で俺達が買うとは言ったさ。だがここに傷があるだろ、俺達は傷物を金貨で買うつもりなんざねえ。だが銀貨1枚くらいならくれてやる、受け取れよ」

 

 そう言って男は銀貨を少女たちの足元に投げる。

 

「そんな傷、傷物の内に入る訳無いでしょ!」

 

 悔しそうな目で男達をロングの子が睨み、後ろでショートの子も悔しそうに唇を噛んでいる。成程、難癖をつけて報酬をケチろうってハラか。

 

「……もういいわ。お金は要らないから、その角返してもらうわ。後そこで隠れてる奴も出てきなさい、あんたもそいつらの仲間?」

 

 おっと、ロングの子は僕に気付いていたらしい。まあ隠れてみてたとはいえ仲間扱いは心外だ。僕は4人の前に姿を現す。

 

「誤解だよ、僕はたまたま何か言い争ってる声が聞こえたから気になって様子を見に来ただけさ。いざとなったら助けに出るつもりだったけど、そっちのロングの子だけでどうとでも出来そうだから引っ込んでただけだよ」

「……そう」

「何だてめえ? 俺らがこの女1人にやられるってか」

 

 不信感を隠せないロングの子を尻目に、男2人がこっちに絡んでくる。

 

「そうそう、その水晶鹿だっけ? それ僕が買うよ、ほら金貨1枚」

 

 絡んできた男を無視して僕は金貨を1枚取り出し、親指ではじいてショートの子に渡す。本当はロングの子に渡したかったのだが、いつの間にか大きいガントレットを腕に付けていたので諦めた。

 

「売ったわ」

「んじゃそういうことで」

 

 ロングの子が僕に水晶鹿の角を売ったと同時に、僕は水晶鹿の角を持っている男の顔面を殴り飛ばす。そしてその隙に角を掏り取る、なかなか硬そうだ。

 

「これなら人を殴るのには丁度いいな」

「エグイ事考えるわねあんた……」

 

 ロングの子の呆れ混じりの声色に僕は苦笑いで返す。

 

「て、てめえらあんまり俺らを舐めるんじゃねえぞ!」

「そうだそうだ!」

 

 僕が殴り飛ばしていない方の男が、懐からナイフを抜き僕に襲い掛かってきた。

 

「女2人に会うのに光物なんか持ち歩いてるのか、女の扱いが僕よりなってないな」

「うるっせえ!」

 

 叫びながら切りかかって来るが、僕はそれをよく見た上で身をかわすことが出来た。なぜかナイフの軌道がよく見える、これが神の力か。

 その力の恩恵に遠慮なく与かりながら、僕は男の背後に回る。そして――

 

「この角は、天を突き未来へ進むドリルとなる!!」

 

 男の尻の穴に突き立てる! 更にそれを回転、角はどんどん男の中へ入っていく。

 

「アッ――――――――――――――――――!!」

「これが正義の力だ!」

「どの辺りが正義なんですか!?」

 

 汚い声をあげながら男は倒れ、僕の言葉にショートの子がツッコミを入れた。

 

「プッ、なにそれ! アハハハハハハハハ!!」

 

 一方、ロングの子は大爆笑だった。ちなみに相手していた男は既に倒れていた、まあ元々顔面に一発入ってたしね。

 

「あー、おっかしい……。でも助かったわ、あたしはエルゼ・シルエスカ。こっちは双子の妹のリンゼ・シルエスカよ」

「……あ、ありがとうございます」

 

 まだ笑っているロングの子と対照的に、ペコリと後ろにいたショートの子が頭を下げてくれるもののどこか引き気味だ。もうちょっとカッコよく倒せばよかった。

 にしてもやっぱり双子だったんだ、ロングの方がエルゼでショートがリンゼ。まあ分かってしまえば見分けはそう難しくないな。

 

「僕は望月冬夜。望月が家名で冬夜が名前だけど出身はイーシェンじゃないよ」

「へー、イーシェン以外にもそんな所あるんだ……」

「まあね」

 

 異世界にね、とは言えないな。

 

「それよりこれどうする?」

 

 そう言ってエルゼが指差すのは、男の尻に突き立った水晶鹿の角。正直触りたくない。

 

「どうって……、男の尻に突っ込まれた物なんか持ち歩きたくないし、こいつらにあげるよ」

「何だか癪な気もしますけど……」

「でもこんなの見せられちゃね……」

「「プッ、アハハハハハハ!」」

 

 もう1度笑い出す僕とエルゼ。

 

「2人とも、ちょっと笑いすぎです」

 

 なぜかリンゼに怒られた、解せぬ。

 

 

 その後、僕は彼女達を連れて宿屋銀月に戻っていた。彼女達が宿を探しているというので一緒に連れてきたのだ。その際にミカさんから

 

「ふーん、さっき私を口説いたと思ったらすぐに別の女の子連れて来るんだ」

「ちょ、やめてくださいよミカさん。僕は別にそんなつもりじゃ……」

「はいはい、分かってるって」

 

 と言われた。まあそう言いつつもほくほく顔だったので新しいお客さんが来て嬉しいのだろう、分かりやすい人だ。

 そしてそのまま3人で食事をする事になった。色々喋りながらミカさんの作った夕食を食べ終え、今は食後のお茶を楽しんでいる。

 

「私達はあいつらの依頼でここに水晶鹿の角を届けに来たんだけどさ」

「あれ、それなら僕を仲間だと思うのはおかしくない?」

「いや別に仲間位いてもおかしくないでしょ」

「あそっか」

 

 僕の疑問をさらりと論破するエルゼ。頭が良いと言うよりこれは僕が迂闊だった。

 

「まあ酷い目にあったわ、胡散臭いとは思ってたけどね……」

「だからやめそうって私は言ったのに……。お姉ちゃん聞いてくれないから……」

 

 リンゼが非難する様にエルゼを睨む。成程、エルゼはガンガンいこうぜなタイプで、リンゼはいのちだいじになタイプなんだな。

 

「というか何であんな奴らの依頼を受けたのさ?」

 

 疑問に思ったことを聞いてみた。あんなあからさまに自分チンピラですってアピールしてる奴と取引するなんて、肝が据わり過ぎだよ。

 

「ちょっとしたツテでね。あたし達が前に水晶鹿倒して手に入れてたから、それ欲しいって話来たから丁度いいかなって。でもやっぱアングラは駄目ね、ギルドみたいにちゃんとした所から依頼受けないとロクなことならないわ。この機会にギルドに登録しましょ、リンゼ」

「私、ずっと前からそれ言ってたのに……。安全第一にしようって」

「ごめん、反省してるから」

 

 おお、本当にギルドがあるなんて。乗るしかない、このビッグウェーブに。いや小さいけど。

 

「良かったら一緒に行っていいかな、僕もギルド登録したいんだ」

「いいわよ、一緒に行きましょ」

「いいですよ冬夜さん」

 

 2人とも了承してくれた、エルゼはともかくリンゼはちょっと距離を感じるから断られるかと思ったけどそんなことなくて良かった。

 それにしてもギルドで冒険者か、なんていうか、楽しくなってきた。

 まあこの日はこれで2人と別れ、自分の部屋に戻って寝るけど。

 とりあえず今日のことをスマホを日記にして書こう。異世界に来て、服売って、宿屋に泊まって女の子を助けた。盛りだくさんだ。

 ついでに少し気になったので友人のツイッターを見る。僕が死んだことについて何かいってるだろうか、と思ったらこんなツイートがあった。

 

『死んだ友人の名を借りて悪戯の手紙が届いた! しかも死んだあとの事を書いてやがる、ふざけるな!!』

 

 どうやら僕の手紙は悪戯だと思われたらしい。

 紛らわしいことして、本当に申し訳ない。

 でも迂闊な個人情報流出はよくないと思うよ、うん。



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ギルド、そして武器屋。おかしいのは僕か世界か

 朝起きて身支度を整え、食堂に行くとエルゼとリンゼの2人は既に来ていて朝食を食べていた。僕も席に付くとミカさんが朝食を運んできてくれた。朝食はパンにハムエッグ、野菜スープにトマトサラダ、野菜がふんだんに使われていてのは朝だからだろうか、野菜そんな好きじゃないんだけど。でもミカさんの料理だから食べる。あ、美味い。

 

「ごちそうさまでした」

「お粗末さま」

 

 ミカさんに挨拶して僕らはギルドに向かう。ギルドは町の中央にあり、そこそこの賑わいをみせている。

 ギルドの1階は飲食店になっていて、思ったより明るい雰囲気だった。もっと荒くれ者が一杯いるのかと思っていたのだが、そんなことはなさそうだ。いちいち絡まれたら面倒くさいしね。

 僕らはカウンターに向かい、受付のお姉さんに話しかける。

 

「あの、ギルドに登録をお願いしたいのですが」

「かしこまりました。そちらの方も含め、3名でよろしいですか」

「はい、3人です」

「3名様はギルド登録は初めてでしょうか? もうそうでしたら簡単に説明致しますが」

「お願いします」

 

 お姉さんの説明を聞く限り、基本的には依頼者の仕事を紹介してギルドが仲介料を取るシステムのようだ。派遣バイトみたいなものか。

 仕事は難易度によってランク分けされていて、下のランクの人が上のランクの仕事を受けることは出来ない。しかし、同行者の半数が依頼を受けるランクに達していれば下のランクの人がいても上のランクの仕事を受けることができる。

 依頼を完了すれば報酬がもらえるが、依頼に失敗すれば違約金が発生することもあるらしい。

 さらに数回依頼に失敗し、悪質だと判断された場合ギルドの登録自体を抹消されてしまうとのこと。そうなると、もうどこの町でもギルド登録はしてもらえないとのこと。

 他に、5年間依頼を受けていないと登録失効になる。まあ仕事しない存在をわざわざ手元に置く道理は無いね、確かに。

後は複数の依頼は受けられない、討伐以来は依頼書指定の地域以外で狩っても無効とのこと。どうやって判別してるんだ、同じモンスターでも他の地域に行けば性質が変わるのか、アローラの姿みたいなものなのか。疑問は尽きない。

そして最後に、冒険者同士の争いは原則不介入だがギルドに不利益をもらたす場合はその限りではないらしい。

 

「以上で説明を終了します。分からない点があれば、その都度係の者にお尋ねください」

「分かりました」

「ではこちらの用紙に必要事項を記入してください」

 

 受付のお姉さんが用紙を3枚僕らに渡す。やばい、何書いてるのかさっぱり分からない。エルゼかリンゼに聞こうにも2人は今書いている最中だ。仕方ないから待つか、と思っていたら受付のお姉さん助け舟を出してくれた。

 

「もしよろしければ代筆いたしますが」

「お願いします!」

 

 その後色々質問されつつ、とりあえず用紙を提出。僕は絶対文字覚えると決意した。

 お姉さんは用紙を受け取ると、真っ黒なカードをその上にかざし、呪文のような言葉を呟く。その後小さなピンを差し出し、それぞれ自分の血液をカードに閉めこませるよう言う。血判?

 とりえあえず言われたとおりピンを指で差し、カードに触れると白い文字が浮かんできた。やっぱり読めない。

 

「このギルドカードは、偽造防止の為に持ち主ご本人以外が触れて数十秒経つとカードが灰色になる魔法が付与されています。また、紛失した際は速やかにギルドに申し出ください。手数料はかかりますが、再発行いたします」

 

 なんでそこだけクレジットカードみたいになってんの?

 

「以上で登録は完了です。仕事依頼はあちらにあるボードに張り付けてありますので、そちらをご確認の上依頼受付に申請してください」

「分かりました。ありがとうございました」

 

 受付のお姉さんに挨拶をして、僕らは依頼が張り出されているボードの前に立つ。おお、色々な色の依頼が貼ってある、何か早口言葉みたいになってしまった。

 僕らのランクは黒、ようするに一番下のランクの依頼しか受けられないということだ。それ以前に依頼が読めない。ちなみにランクの分け方は下から黒、紫、緑、青、赤、銀で一番上が金だ。先は長い。

 

「ねえリンゼ、これなんかいいんじゃない。報酬もそこそこだし手始めには丁度いいわ」

「……、確かにいいと思う。冬夜さんはどう思いますか」

「文字が読めなくて依頼が分かりません」

 

 はしゃぎながらボードの張り紙を指差していたエルゼの指が、力なく曲がる。

 

「まあまあ、依頼が終わったらあたし達で読み書き教えてあげるから。リンゼ、読んであげて」

「えっと、東の森で魔獣の討伐。一角狼っていう魔獣を5匹、そんなに強くないから私達でも多分何とかなる、と思います……。あ、報酬は銅貨18枚です」

 

 読めない僕の為に、リンゼが説明してくれる。まあ、最初の依頼ならこんなもんじゃないだろうか。

 

「じゃあそれにしようか」

「オッケー。それじゃ受付に申請してくるわ」

 

 エルゼが依頼の張り紙を剥がし、依頼受付に申請しに行く。一角狼か、どうやら名前の通り角が生えた狼らしい。まあやるだけやってみよう。

 ……あ。

 

「しまった、忘れてた……」

「どうかしましたか?」

 

 リンゼが僕の言葉を聞き不思議そうに尋ねる。

 

「僕武器持ってない」

「え」

「あっちゃー、あの水晶鹿の角やっぱ持って来れば良かったかな……」

「私、あれを武器にしようと思う人と初めて会いました」

 

 いや、本気で武器にするつもりはないんだけどね。

 と言うかリンゼ、内気な子に見えて結構ガンガンツッコミ入れて来るな。

 

 

 討伐以来に丸腰は流石に話にならないので、僕らは武器屋に向かっていた。丸腰は僕1人だけど。

 通りを北に歩いていくと、剣と盾という分かりやすいロゴマークが見えてきた。入口の扉を開くと、扉に取り付けられた鐘が鳴り来客を知らせる。その音を聞いてか、店の奥からのっそりとした大柄な髭の男が現れた。

 

「らっしゃい、何をお探しで?」

 

 どうやらこの人は店主らしい。でかいなこの人、2mはあるぞ。店主より冒険者の方が似合ってるぞ多分。

 

「こいつに合う武器を買おうと思って。ちょっと見せてもらえるかしら?」

「どうぞ、手に取ってみてください」

 

 あ、手に取っていいんだ。いい人だなこの店主。

 僕が店内を見渡すと至る所に武器が展示してある、剣に槍、弓に斧、更には鞭など様々な武器が所狭しと並んでいる。防具は? いやいらないけどさ。

 

「冬夜、あんた得意な武器ってある?」

「うーん、強いて言うなら剣かな……。僕喧嘩は基本ステゴロだったし」

「ステゴロって……」

 

 剣と言っても学校の剣道の授業で位しか習ってないけど、しかも適当だし。やっぱり僕は素手が一番得意だ。

 

「じゃあ剣が良いと思います……。冬夜さんの場合、力押しよりも、手数を増やして戦う方があっている気がします、から。片手剣とかどうでしょう」

 

 リンゼが僕にアドバイスをしてくれたので。そこにあった鞘に収まった剣を1本手に取り、柄を片手で握り軽く振る。ちょっと軽すぎるな、もう少し重い方が良い。店主に聞いてみよう。

 

「すいません、これよりもうちょっと重い片手剣ってあります」

「そうですね……」

 

 そう言って店主は考え込む。僕は何気なく色々見ていると、壁に掛けている剣に目が留まった。

 

「へえ……」

 

 それは剣とってもさっきとは違うものだった。さっきのは両刃の西洋剣だがこっちは日本の剣、刀だ。鞘から刃を出してみると、反りの入った細身の刀身、細工が施された丸鍔。少々僕の知識と違う部分はあるけど、これは日本刀と言って差し支えは無いだろう。

 

「随分気にいったんですね」

「それはイーシェンの剣ね。冬夜、あんたやっぱりイーシェン生まれじゃないの?」

 

 僕が日本刀に見入っていると、リンゼとエルゼが声をかけてきた。

 いや、日本とイーシェンに共通項が多いだけで僕はイーシェンの出身じゃないんだよ、説明しにくいけど。

 まあとりあえず買う武器は決まった。

 

「すいません、これいくらですか?」

 

 僕に合いそうな武器を考えてくれた店主の人には悪いが、僕はこれを買うと決めたのだ。

 

「ああ、そいつですか。それは金貨2枚です。でもオススメしませんよ、それは使いこなすのが難しくて初心者向きじゃありませんし」

「金貨2枚って高くない……?」

「めったに入荷しないものだし、使い手も限られていますから、それくらいはしますよ」

 

 エルゼは価格に不満そうだが、店主は平然としている。おそらくこの価格設定は適正だと強く思っているのだろう。実際僕もそう思っている。

 

「これ貰いますよ。金貨2枚ですね」

 

 財布から金貨2枚を取り出し、店主に渡す。そして刀を鞘に納め腰に差す。

 

「毎度あり、防具はどうします?」

「今回は見送っておきます。稼いだらまた来ますよ」

「その刀でバンバン稼いでうちの物をバンバン買って下さいね」

 

 そう言って店主は豪快に笑った。

 僕の買い物はこれで終わり、似合うかどうか聞こうと思ったがエルゼはグリーブを、リンゼは銀のワンドを買っていた。彼女達の戦闘スタイルは、エルゼが前衛で打撃、リンゼが後衛で魔法らしい。なんか面白みがないな、逆だったら良かったのに。

 そして買い物を終え、次に向かうのは道具屋。その道中気になったので武器屋の名前をスマホのマップで確認する。

 

「武器屋熊八」

 

 何の勝算があってこの名前なんだ。というかよく見たらこの町の店、おかしいのと普通のとでそれぞれ半々位だ。おかしいのは僕か世界か、どっちだ。

 

 

 何でこんな答えの無い疑問を背負わなければならないのか、というイライラを胸に秘めながら道具屋で必要なものを買う。

 水稲や携帯食、ナイフやマッチなど便利なものがセットになっているツールボックス。それに薬草や毒消し草などを買った。エルゼたちは経験があるだけあってもう持ってるとのこと。

 よし、準備完了。

 

「ミッションスタートだ!」



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初戦闘、そして初報酬。狼に角はデザイン的にド○クエっぽくない?

 リフレットの町から歩いて2時間、僕らは目的地である東の森へ辿り着いた。僕としては馬車にでも乗りたかったが、残念ながら通ることは無くきっかり全部徒歩だった、

 鬱蒼とした森の中へ、注意をしながら僕らは一角狼を探して進む。僕は突然聞こえてくる動物の鳴き声や、小動物の気配にビクビクしながらだったが、段々慣れてきたのか気配が分かるようになってきた。まさかこれも神の力だろうか、だとしたら僕の存在意義って何だ。

 なんて疑問を思う隙も無く、右手前方から敵意を感じた。

 

「気を付けて、あっちから敵意を感じるから」

 

 僕の言葉に2人はすぐ立ち止まる。そして僕が敵意の感じる方向を指差すと、2人は戦闘態勢に入る。それと同時に草陰から黒い影が飛び出し、僕らに襲い掛かってきた。

 

「うおっ!?」

 

 慌てて体を捻り、攻撃を緊急回避。大丈夫、攻撃は見える。灰色の体毛に額から伸びる黒い角。大きさのは大型犬位だが、獰猛さは犬の比じゃない。これが一角狼、この角何のためにあるの? まさかファッションなのか、モンスター界のファッションリーダーなのか?

 と言う事を考えながら僕が飛び出して来た一角狼と対峙する。

 

「ゲヘヘ、今宵の刀は血に飢えておるぞ」

「今昼よ」

「何ですかそのキャラ……」

 

 僕の発言に姉妹でツッコんでいると、エルゼに向かって2匹目が飛び出して来た。

 エルゼは襲い掛かるそいつに真っ向から立ち向かい、渾身の一撃を一角狼の鼻っ面に叩きこんだ。エルゼの一撃をまともに喰らい、一角狼はその場に倒れた。

 

「凄い、一撃必殺だ!」

「ざっとこんなもんよ!」

 

 僕がエルゼを褒めていると、それを隙と見たのか僕と対峙していた方の一角狼が突撃してきた。

 僕は落ち着いて狼の動きを読み、それに合わせて鞘から刀を抜きだし振るう。これぞ抜刀術。

 

「ヒテンミツルギスタイル、支点を板に吊るしてギリギリ太るカレーセット!」

「何ですかその技名!?」

 

 抜刀では無い技名、しかもかなり懐かしいネタを叫びながら一閃。それにより狼の首が宙を舞い、そして地面に落ちる。

 初めて生き物、いやゴキブリとかは殺したけどそういうあれではなく刀で斬ったこの重みが少し気持ち悪い。だがそんなことは敵にとっては何の関係も無い、新手が4匹現れ、そのうち2匹がこっちに向かってきた。

 

「炎よ来たれ、赤の飛礫、イグニスファイア」

 

 リンゼのその声が聞こえたと同時に、僕に襲い掛かってきた狼の1匹が炎に包まれて火達磨になる。援護してくれたのか!

 

「ありがとうリンゼ!」

「お礼の前に残りを倒してください!」

 

 それもそうだ、僕は飛びかかってきたもう1匹に刀を振るう。

 

「切なさ乱れ討ち!」

 

 今度は3撃で狼を殺す。3度に分散させてもこの重みは変わりはしないな。

 エルゼの方を見ると、狼の腹に回し蹴りを叩きこみ、その横で最後の1匹がまた炎に焼かれている。

 

「ふう、片付いたわね」

「依頼は5匹だけど、1匹多くなっちゃったね」

「それは悪いことじゃありませんよ」

 

 そう言いながら僕たちは狼の角を切り取る。6匹分は分担すればそれほど大した作業では無いね。うん、初めての戦闘にしてはいい戦果だと思う。あ、初めては僕だけだった、戦闘童貞卒業したの僕だけだった。そして角をポーチに入れていき、森を出る。これをギルドに提出すればクエスト完了だ。

 森を抜けると帰りは運よく馬車が通りかかったので、乗せてもらえた。ありがたい。

 そしてギルドに角5本を提出、残り1本は僕が念のために武器としてもっておこう。使えるかもしれない。

 

「はい、確かに一角狼の角5本を受け取りました。ではギルドカードの提出をお願いします」

 

 僕らがカードを差し出すと受付の人はその上にハンコの様な物を押し付ける。すると一瞬だけ魔法陣のようなマークが浮かんだと思ったが消えた。なんじゃらほい。

 

「それではこちらが報酬の銅貨18枚です。これにて依頼完了です、お疲れ様でした」

 

 お姉さんから報酬を受け取ると、僕らは早速3等分で分ける。銅貨6枚、3日分の宿代か。まあまあかな。

 

「ねえねえ、初依頼成功を祝ってどこかで食事していきましょうよ」

 

 ギルドを出るとエルゼがそう言った。お昼抜きでお腹すいたから僕は賛成、リンゼも賛成した。

 僕らは町中の喫茶店に入る。僕はホットサンドとミルク、エルゼはミートパイとオレンジジュース、リンゼはパンケーキと紅茶を頼む。

 店員さんがそれらを持ってきて下がると、僕らは話し出した。

 

「それじゃ依頼も終わったことだし、宿に戻ったら冬夜に文字を教えてあげましょうか」

「あ、それなんだけどもう1つ頼んでいい?」

「何ですか?」

 

 僕の言葉に疑問を呈すリンゼ。僕はその問いに即答した。

 

「ついでと言ったらあれだけど、魔法も一緒に教えてくれないかな。僕も使いたいん

だ」

 

 魔法、それは勇気の証。魔法、それは未知への冒険。僕も使ってみたい!

 

「「え?」」

 

 何かハモってる!? また僕なんかやっちゃいました?

 



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魔法、そして適性。魔法剣士はなんか弱いイメージ

この話もみ、短い……。
ていうかネタ入れられない……。


「魔法を教えて欲しいって……。冬夜、あんた適性あったの?」

「適性? 何それ?」

「魔法は、生まれ持った適性によって大きく左右されます。適性の無い人はどれだけ頑張っても魔法を使うことはできません……」

 

 成程、特定の資質が無ければ使えないってわけか。まあ誰もが使えるならもっとその方向に文明をシフトさせるよね。

 

「適性なら大丈夫だと思う。うん、大丈夫大丈夫多分きっと大丈夫」

「そこはかとなく不安になりますね……」

「根拠何よ」

 

 神様が言ってた、とは言えない。僕言えないことばっかり。秘密を抱えて見栄えが増すのは女の方じゃないのか。

 

「適性を測る方法ってないの?」

 

 僕の質問に、リンゼは腰のポーチからいくつかの透明感のある石を取り出す。これでどうやって測るのだろうか。

 

「何これ?」

「これは魔石です。魔力を増幅、蓄積、放出出来る物で、これで適性を大雑把にですが調べることが出来ます」

 

 そう言うとリンゼは青みがかった魔石をつまみあげ、飲み終わった紅茶のカップの上に持っていく。

 

「水よ来たれ」

 

 リンゼが言葉を紡ぐと、魔石から少量の水が流れだし、カップに落ちていく。

 

「おおーっ」

「これが魔法が発動した状態です。魔石が私の魔力に反応して水を生み出したわけです」

「ちなみにあたしがやるとこうなるわ」

 

 隣のエルゼが魔石を受け取り、同じようにする。

 

「水よ来たれ」

 

 しかし、魔石は何の反応も示さず、水が流れることは無い。

 

「ふーん、適性が無ければ魔法は使えない、ってことか」

「そういうこと。じゃ、あんたも早速やってみて」

「オッケー」

 

 エルゼから青い魔石を受け取り、テーブルにこぼれないように皿の上につまんだ手を持ってくる。

 そして呪文を唱えた。

 

「水よ来たれ」

 

 すると次の瞬間、魔石から水が滝のように流れ出した。

 

「何だこれ!?」

 

 驚いて魔石から手を放すと、水はすぐに止まったがテーブルクロスがぐしょぐしょになってしまった。喫茶店でやることじゃ無かったな。

 

「どういうことなの!?」

 

 僕も適性があるならリンゼくらいの量の水が流れると思っていたのに、全然違うじゃん。という意思を篭めて歌い出しそうになりながら2人を見るも、肝心の2人も唖然としていた。

 

「……冬夜さんの魔力が桁違いに大きかったんだと思います。こんな小さな魔石と呪文の断片で水浸しになるなんて……。それと、魔力の質が有り得ない位澄んでいます。信じられません……」

「……あんた魔法使いの方がいいわよ、絶対。間違いなく」

「せっかく刀買ったのに……」

 

 これからは魔法剣士で行こうか、メラ○ーマ覚えたら転職するけど。

 にしても適性はあったか、しかもかなり規格外みたいだ。まあ大は小を兼ねるって言うし、神の心遣いに感謝しよう。

 その後、ずぶ濡れにしてしまったテーブルについて謝罪して、僕らは喫茶店を後にする。宿に帰ると夕方になっていたので、魔法については明日にすることにした。

 夕食を終えるとそのまま食堂でリンゼに読み書きを教えてもらった。まずは簡単な単語をリンゼに書いてもらい、その横に僕が日本語で意味を書いていく。

 

「……見たことの無い文字ですね。これはどこの文字ですか」

「僕の故郷の文字だよ、あまり広まっていない上に習得難易度が高いことで有名だから使われる範囲が狭いのが特徴かな」

 

 まあ嘘は言っていない。リンゼにもとくに突っ込まれなかった。

 その後、単語を地道に教えてもらいそれをどんどん日本語に変換していく。すると、どんどん頭で文字が理解できるようになっていく。まさか僕の左手にガンダー○ヴのルーンが!?

 まあ真面目に考えるなら神の力だ。何だろう、この微妙にかゆい所に手が届かない感じ。強力な魔力より読み書きがデフォルトで出来るようにして欲しかったよ、まあア○リアよろしく言葉から覚えなきゃいけないわけじゃないからいいや。

 ある程度出来るようになったところで勉強を終えて、リンゼと別れて自室に戻る。

 日記を書こうかと思ったが、何か飽きたので止め、ネットに繋ぐ。え、これが書籍化するの? マジで!?

 なんてことを思いつつも眠くなったので、さっさとベッドに入る。

 にしても魔法の適性か、まさか全属性の適性がありますなんて過剰搭載はしてないよね?

 ……してないと、いいなあ。



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属性、そして移動魔法。属性メガ盛り男望月冬夜。

「それじゃ、よろしくお願いしますよリンゼ先生」

 

 次の日、僕はリンゼに魔法の続きを教えてもらうために宿屋の裏庭、使われなくなったであろう机と椅子を使わせてもらっている。ちなみにエルゼはやることが無いからって1人で出来る採取の依頼を受けて出かけた。あれ? そう言えば僕エルゼに何も教わってないぞ!?

 

「せ、先生って……。そんなの……」

 

 僕の軽口に顔を真っ赤にして俯くリンゼ、挿絵が欲しくなるくらい可愛い。

 

「で、僕は何からすればいい?」

「まずは基本的なことからです。魔法には属性があります。火、水、土、風、闇、光、無の7つです」

 

 何かソシャゲみたいな属性だけど、1個だけ気になる物がある。無って何? 無を習得出来るの?

 

「少なくとも冬夜さんは水の属性を持っているのが昨日分かりました。なので、まずは他の属性がどうなのかを試そうかと思います」

「えっと、魔法には適性が必要で、いくら魔力があっても適性が無ければその属性の魔法は使えないんだよね?」

「そうです。ちなみに私は火、水、光の3つが使えますが他の4つの属性は初級魔法すら使えません。また、使える3つの属性も、火属性が得意で光属性が苦手です」

 

 素養は全部生まれつきか、まあ分かりやすいといえば分かりやすいな。

 

「ところで火や水は分かるけど、光と闇、あと無って何?」

 

 個人的に一番気になるのは無だけど、地味に光と闇も気になる。闇属性で主人公張れるのは遊○王くらいだし。

 

「光は別名を神聖魔法と言って、光を媒介した魔法です。あと回復魔法も含まれます」

 

 レーザーとか撃てそうだ。僕もかめ○め波が!?

 

「闇は召喚魔法です、契約した魔獣や魔物を召喚して使役が可能です」

 

 デュ○ルディスク作っとこうかな? 「○○召喚!」みたいなイメージで。

 

「無属性は他の6つに当てはまらない特殊な魔法が大半です。お姉ちゃんがこの属性の使い手で、身体強化することが出来ます」

 

 成程、随分攻撃力が高いと思ってたけど魔法によるものだったんだ。

 

「無属性魔法以外は魔力と属性、そして呪文が揃って魔法が発動します。まずは適性を調べましょう」

 

 とリンゼがポーチから魔石を取り出し、テーブルに並べる。赤、茶、緑、黄、紫、無色の6つだ。

 

「それぞれ火、土、風、光、闇、無の魔石です。まずは火からやってみてください」

「分かった」

 

 さて、火は主人公属性……。なんてのはちょっと古いかもだけど、何だかんだ少年漫画好きな僕としては押さえておきたい属性だ。はたしてどうなるかなっと。

 

「火よ来たれ」

 

 勢いよく魔石が燃えだした。すぐに手を放すと魔石の火が消えた。問題あるってこの調べ方!

 

「大丈夫です。魔力で生み出された火は他に燃え移らない限り出した本人は熱さを感じませんから」

「そ、それならいいんだけど……」

 

 もう1度同じことをし、火を出す。確かに熱くは無い、がでかすぎて他に燃え移りそうだ。やっぱ問題あるって。

 

「冬夜さんの魔力が大きすぎるんですね……。慣れればコントロールも出来る筈ですが、今はあまり集中せず、気を散らす感じでいけば抑えられるかもしれませんね」

「任せて、集中しないことは得意なんだ」

「……自慢できることではありませんね」

「うん」

 

 両親や先生にはよく怒られたなあ、それももう無いと思うとちょっと寂しい。でも僕は生きている、生きているなら前を向かなくちゃ。失ったものばっかり見るより新しく得る物を見よう、前世では縁遠かった可愛い女の子をジロジロ見よう。思い出は綺麗だから大事にしまっておくことにして。

 

「とりあえず次は土だ」

 

 変なタイミングで郷愁の念に駆られつつ、僕はそれをリンゼに悟らせないように次の魔石に手を伸ばす。

 

「土よ来たれ」

 

 今度は魔石から細かい砂が流れ出す、テーブルの上にあふれて掃除が面倒臭い。

 次は風。

 

「風よ来たれ」

 

 風がテーブルの上の砂を吹き飛ばし、更に魔石まで吹き飛ばす。

 次は光。

 

「光よ来たれ」

 

 激しい光が僕を襲う。目が~、目がぁ~! とムスカ大佐気分。楽しい。

 次は闇。

 

「闇よ来たれ」

 

 すると気味の悪い闇が魔石の周りに漂い始める。闇のゲームは出来ない。

 

「6つの属性を使える方なんて初めて見ました……。私は3つの属性を使えますがそれでも珍しいんですよ」

 

 リンゼが神妙な顔で僕に言う。どうやら神の加護は周りには少々盛り過ぎに見えるらしい。魔法属性特盛り男望月冬夜の誕生である。これで無属性まで使えたらどうなるのだろうか。

 ってあれ?

 

「無属性魔法って、どうやって発動するの?」

 

 無よ来たれとでも言うの? 終焉を呼ぶ感じ? ラスボス感全開だよ、もう正直自分のスペックはラスボスのそれだと思ってるのに。

 

「無属性は特殊で、これと言って呪文が決まっていないんです。魔力の集中と魔法名だけで発動できるので。例えばお姉ちゃんの身体強化だと、『ブースト』って唱えると発動します。他にも筋力を強化する『パワーライズ』、珍しいものだと遠くへ移動出来る『ゲート』なんてものもあります」

 

 へえ、本当に色々あるんだな。

 

「……でも、自分がどんな無属性の魔法を使えるかなんて分かんなくない?」

「お姉ちゃん曰く、突然何となく魔法名が分かるらしいです。そして無属性魔法は個人魔法とも呼ばれていて、同じ魔法を使える人は滅多に居ません」

「じゃあどうやって調べるのさ」

「魔石を手にして何か無属性魔法を使おうとすれば、発動しなくても魔石が何らかの反応を示すはずです」

 

 逆に言えば何も反応しなければ、僕に無属性魔法の適性は無いと。

 まあ、とりあえず使ってみよう。

 使うのはゲートにしよう。昨日みたいに歩かなくて済むなら便利そうだし、いや発動はしないのか。

 とりあえずやってみた。

 

「ゲート」

 

 突然、魔石から光が放たれ僕らのそばに、淡い光を持ったドア1枚ほどの大きさの半透明の板が現れた。魔力特性メガ盛り男望月冬夜がここに降臨した瞬間である。

 

「出来ちゃった……」

「……ですね」

 

 僕の言葉にリンゼが茫然としながら答える。

 僕がその板に躊躇なく顔を突っ込むと、次に視界に広がっていのは森と尻もちをついて目を見張るエルゼの姿だった。

 

「何してんのエルゼ?」

「な、何って……冬夜!? 何であんたがここに……!? ていうかそれ何!?」

「僕の無属性魔法」

「は!?」

 

 驚くエルゼをよそに僕は一旦戻り、今度はリンゼを連れてこの森にやって来た。

 

「リンゼまで!?」

 

 混乱するエルゼにリンゼが事情を説明する。どうやらここは昨日来た森らしい。エルゼが受けた採取依頼ってここでとれる物なのか。

 

「ゲートの魔法は一度術者が行った所ならどこにでも行けるそうです。恐らく冬夜さんはここを思い浮かべたのかと……」

 

 思ったよ、間違いなく。にしても、一度行った所ならどこにでも行ける、ね……。

 

「はー、全属性使えるって……。あんた本当に人間?」

「そうですね、ちょっと怖いです……」

「ニンゲンダヨー、コワクナイヨー」

 

 まあ神にいじられているから、ただの人間とは言えないけどさ。

 ともあれエルゼの採取は終わっていたようで、これぞとばかりに一緒になって宿屋の裏庭に帰ってきた。

 

「行くときは2時間かかったのに、帰りは一瞬。便利ねこれ」

 

 そう言うとエルゼは依頼を終わらせてくる、とギルドに行った。

 

 

 僕はこの隙にトイレに行く、と言ってリンゼと別れもう1度ゲートを発動した。

 目的地は、地球。だけど……

 

「帰れないか」

 

 まあ、そんな甘い話は無いと思ってた。やっぱり思い出は思い出としてしまっておくしかないか。

 戻るとエルゼが戻ってきたので、魔法を教えてもらうのも今日はここまでにして銀月でご飯を食べることにした。今日のメニューは何だろなっと。




冬夜「僕が魔法を発動、僕の反応は単調!(ラップ調)」


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攪拌、そしてアイス。おっぱいおっぱい!

何気に初めて元タイトルの方を改変した。
今まで後ろに付け加えているだけだったのに。


 僕らが食堂に戻るとミカさんと、もう1人知らない人がいた。年はミカさんと同じくらい、少しウェーブがかった黒髪の美人だ。エプロン姿をしているが、その様は家庭的というより職人的な様を見せる。仕事で料理しているのだろうか。

 2人はそれぞれ食事をしながら難しい顔をして話していたが、僕らに気付いて顔をこちらに向けて、声をかけてきた。

 

「ああ、ちょうどよかったよ」

「何ですかミカさん?」

 

 僕らの前にミカさんが彼女を連れてやって来る。ミカさんとはタイプの違う美人の登場に、僕は興奮を隠せない。隠したことも無い!

 

「何考えてるのか分かりやすいけどあえて無視するよ。この子の名前はアエル、町で『パレント』って喫茶店をやってるんだけど……」

「昨日行きましたよ、いい店ですよね」

 

 テーブルを水浸しにしたことは言わない。店長相手にそんなこと言いたくない。

 

「その店で新メニューを出そうと考えてるみたいなんだけど、あんたたち何かいいメニュー知らない? 別の国の人なら何かここじゃ食べられない物知ってるかなって」

「何かいい料理があれば教えて欲しいんです」

 

 アエルさんがそう言って頭を下げた。僕はすかさず彼女の手を取りこう言う。

 

「お任せください。この望月冬夜、美人の頼みを断ったことは無いと故郷では有名です。そして当然あなたの頼みも断りません! エルゼとリンゼもいいよね?」

 

 僕は1も2も無く引き受けたが、エルゼ達がどうするかは彼女達の問題なので確認を取る。

 

「私はかまいませんけど……」

「あたしもいいけど、冬夜って本当に女の人口説いてばっかりよね」

「美人を口説くのが僕のライフワークさ」

 

 僕の言葉にミカさんはケラケラと笑い、アエルさんは照れているのか俯いている。可愛いな畜生。美人が可愛い仕草するのはずるいよ。

 

「ところで、アエルさんはどんなメニューを出したいと思っているんですか?」

 

 質問するのはリンゼ、うんそうだよ僕ら肝心なこと聞いてなかったよ。

 

「そうですね……。やっぱり軽く食べられるものですかね。デザート、女性受けするものがいいんですが……」

「デザート、つまり甘いものね……」

 

 エルゼが神妙な顔で考えるのを見て僕も考える。甘いものか、アイスとかクレープとかそんなのしか思いつかないな……。作り方はまあスマホで調べれば出るからいいけど、材料あるのかな……。でも砂糖は僕の世界じゃ西暦以前からあるらしいし、生クリームも16世紀にはあったみたいだ。すごいなウィ○ペディア。でもこれなら案外アイスクリームなら何とかなるんじゃないか?

 

「そうだ、アイスクリームなんてどうですか?」

 

 とりあえず提案してみた。するとみんながキョトンとしている。

 

「あの、それはどのような料理でしょうか?」

 

 アエルさんが僕に聞く。どうやらアイスクリームはこの世界には無いのかもしれない。僕は簡単にアイスについて説明した。

 

「甘くて、冷たくて、美味しいですか……」

 

 ごめん簡単すぎた、僕の語彙力少なくて本当にすみません。

 

「あの、出来れば作り方を教えて欲しいのですが」

「分かりました」

 

 アエルさんの頼みを聞いて、僕はスマホでアイスの作り方を検索する。するとわらわら出てきたので、とりあえず適当にページを開く。

 

「冬夜、それ何?」

 

 するとエルゼがスマホに指を指して聞いてきた。

 

「えっと……、僕にしか使えない特別なマジカルアイテムかな……」

 

 それを僕ははぐらかしながらページを読む。

とりあえず材料を書きだそうとした所で僕は自分がまだ文字を書けないことに気付く。

 

「リンゼ、これから言うことを紙に書いてほしいんだけどいい?」

「はい」

「卵3個、生クリーム200ml、砂糖60~80g。それから――」

 

 材料をざっとあげて、分からないことが無いかリンゼに聞いてみる。

 

「ミリリットルとか、グラムって何ですか?」

 

 単位違うの!? 何か微妙なところで文化の差異を感じるな、もう!

 

「ミリリットルやグラムは僕の国の分量や重さの単位だよ。それは僕が目分量で測るよ。あ、あとリンゼって氷の魔法とかは使える?」

「使えますよ、氷の魔法は水の範疇ですから」

 

 へえ、何となく氷って水とは違うイメージだった。

 

「よし、じゃあ次は作り方を言うから……」

 

 こうして、僕は作り方を教えた。

 

 

 リンゼに書いてもらった作り方を見ながら、アエルさんが調理していく。僕がやるよりよっぽどいいだろう。流石に生クリームを泡立てるのは手伝ったが、ハンドミキサーって本当に凄いものだったんだね。

 最後にふたをした容器にリンゼが魔法をかけて凍らせて、しばらく放置。頃合いを見計らって氷を砕き、中の容器を取り出す。良かった、ちゃんと固まってる。

 とりあえず僕が味見、ちゃんとアイスになっている。大丈夫だ。

 このまま食べさせるのはアレなので皿に取り、アエルさんに差し出す。アエルさんは一口食べて

 

「美味しい……!」

 

 目を見開き笑顔を咲かせる。お気に召したようで何よりだ。

 

「何だいこれ! 冷たくて美味い!」

「美味しいです……!」

「こんなの食べたことない……!」

 

 どうやら他のみんなにも好評みたいだ。だが問題が1つある。

 

「ところでアエルさんは、氷の魔法って使えますかね? これが無いとちょっと拙いかも……」

「それなら、妹が使えますから心配いりませんよ」

 

 良かった、それなら大丈夫だ。

 

「これなら女性受けすると思いますし、新メニューにはいいんじゃないですかね」

「はい、ありがとうございます! アイスクリーム、使わせて頂きます!」

 

 アエルさんは早速自分で1から作ってみたいと言い、挨拶もそこそこに店に戻っていった。

 

「にしても、あんた一体何者よ。見たことの無いアイテムといい、このアイスといい……」

 

 エルゼが僕について聞きたいのか、こっちを見ている。まあ知らない物ばかり見せてるからもっともだとは思うけど……。

 

「秘密、ってことにしといて。ってあっ!?」

「ど、どうしたんですか?」

 

 僕の大声に驚くリンゼ。しまった、大事なことを忘れていた。

 

「しまった、アエルさんをデートに誘うの忘れた!」

「そんなことですか……」

「ていうか、あのアイス結構売れそうだししばらく忙しくなるんじゃない?」

 

 何てこったい!?

 

「ん、なら私がデートしてやろうか?」

 

 僕が嘆いていると、ミカさんが僕の腕に抱き着きながらデートのお誘い。

 

「マジですか!?」

「友達の悩みを解決してくれたし、そのお礼」

 

 ミカさんとデート、ていうかおっぱい当たってる! やっほい!!

 とテンションが上がっている僕とは裏腹に、やたら冷めた目でエルゼが僕に一言。

 

「この女たらし」

 

 生まれて初めて言われたよ、そんなこと。



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初旅、そしてサムライ。旅の恥はかき捨てだが空腹は捨てられない

 アイスの話から色々あった。ミカさんとデートしたり、アエラさんとも何とかデートにこぎつけたり、あとギルドの受付のお姉さんとも仲良くなった。

 そしてギルドの依頼も色々受けた。魔獣討伐、採取、調査、変わり種としては子守なんてものもあった。それらを受けて僕らのギルドランクが上がり、カードが紫になった。初心者を卒業したのだ、艦○れでいうなら3-4突破したくらいだろうか。

 

「北、廃墟、メガ……、スライム……?」

 

 新しく受けられる紫の依頼書のうち1枚を読んでみる。リンゼに教わったおかげで簡単な単語なら読めるようになったんだ。

 

「ねえ、2人ともこれ……」

「「ダメ」」

 

 一緒に来ていたエルゼとリンゼに見せたら秒でハモって否定された。そんなに嫌なの?

 2人ともブヨブヨしたものが生理的に嫌いらしい。

 

「それにあいつらって服とか溶かしてくるのよ、って――」

「え、何だって?」

 

 といいつつ僕はギルドから虫取り網を借り、メガスライムを取りに行く準備を整える。僕は、男性冒険者の希望になる!

 

「魔物を町に持ち込むような行為は禁止です」

 

 しかしギルドの受付のお姉さんに首を絞められながら止められる。

 

「僕の首がぁ―――っ! 首そのものがぁ―――っ!!」

「すっかり冬夜の馬鹿な真似もここの風物詩になったわね」

「私達、時たま周りからどういう目で見られてるのか気になりますけど……」

「別にどうでもいいわ」

 

 2人は首を絞められている僕を置いて、他の依頼を見に行ってしまった。え、置いてくの?

 そしてしばらくすると依頼書をとって戻ってきた。その頃には僕も首絞めから解放されていた。

 

「冬夜さん、これはどうですか?」

 

 リンゼが紫の依頼書を持ってきて僕に見せる。何々……。

 

「王都への手紙配送、交通費支給。報酬は銀貨7枚ね。いいじゃん」

「でもこれじゃ3人で割れないわね」

「残りは皆で何かに使いましょう」

 

 よし、それでいこう。と、そういえば依頼主の名前を見てなかった。ザナック・ゼンフィールド? あのザナックさんか?

 住所を確認すると、ファッションキングザナックとある。やっぱりだ、間違いない。

 

「王都ってここからどれくらい?」

「馬車で5日位かしら」

 

 結構掛かるな、となると初めての長旅か。でも帰りはゲートで一瞬だし、知らない所に行くのは楽しみだ。

 

「じゃあこの依頼を受けようか。実は依頼主知り合いなんだ」

「そうなんですか?」

「じゃあ決まりね」

 

 ということで受付に持って行き申請する。受付によると、細かい依頼内容は直接依頼人に聞くように、とのこと。

 早速会いに行ってみるか。

 

 

「久しぶりだね、元気だったかい?」

「その節はどうも」

 

 僕らが店に入るとザナックさんはすぐに僕に気付き、声をかけてきた。ギルドの依頼で来たことを告げると、ザナックさんは僕らを奥の部屋へと通した。

 

「仕事内容はこの手紙を王都に居るソードレック子爵に届けることだ。私の名前を出せば伝わるはずだ。それと子爵からの返事も貰って来てほしい」

「急ぎの手紙ですか?」

「急ぎではないが、あまりゆっくりされては困るな」

 

 ザナックさんは笑いながら、短い筒に入った手紙をテーブルの上に置いた。

 

「それとこっちが交通費だ。少し多めに入れといたから、余った分は君達の王都見物にでも使ってくれ。返す必要はないぞ」

「ありがとうございます」

 

 手紙と交通費を受け取った僕らは早速出発の準備に取り掛かる。僕は馬車の準備、リンゼは食糧の買い出し、エルゼは宿に戻って必要な道具の持ち出し。

 1時間後、全ての準備が整った僕らは王都へ向かって出発した。

 

 

 レンタルで借りた簡素な馬車に乗り、僕らは街道を進んでいく。僕は馬を扱うことが出来ないので、御者台にはエルゼとリンゼが交代で座って貰っている。そのうち馬の扱いも教えてもらおう。

 リフレットの町を出発して、次のノーランの町を素通りし、アマネスクの町に着いた時、ちょうど陽が暮れてきた。今日はここに泊まる事にしよう。

 完全に陽が暮れる前に宿は決まった。銀月より上等な宿を取ったが、受付はおっさんだった。残念。ちなみに部屋割りは僕が1人部屋、エルゼとリンゼが2人部屋だ。僕は絶対に入るなと厳命された、酷くない?

 宿が決まったので馬車を預け、皆で食事に出かける。宿の親父さんにがいうには、ここは麺類が美味いらしい。この世界の麺類って何、パスタとか?

 とりあえず手ごろな店に入ろうと町中を散策している、道端に人が集まっていた。何だろうと思って近づくと、数人の男に囲まれた着物を着た少女が居た、彼女がイーシェン人か。

 

「変わった格好をしていますね……」

「侍、いやハイカラさんって奴かな……」

 

 リンゼの言葉に僕は短く答える。

 薄紅色の着物に紺の袴、白い足袋に黒鼻緒の草草履。腰には大小の刀。流れる様な黒髪は後ろでポニーテールに結わえられていて、前は眉の上で切りそろえられていた。日本なら時代劇でしか見ることの無さそうな格好だ、

 着物の子を取り囲むように、10人近い男達が剣呑な目を向けており、中には剣やナイフを抜いている者も居た。

 

「昼間は世話になったな、姉ちゃん。お礼に来てやったぜ」

「……はて? 拙者、お主らの世話などした覚えはないでござるが?」

 

 やばい、拙者とかござるとか初めて聞いた! でもそれ以上に男の絡み方が三下過ぎて笑いそうになる。駄目だ、笑うな、こらえるんだ……!

 

「すっとぼけやがって……! 俺らの仲間をぶちのめしときながら、無事で帰れると思うなよ……!」

「……ああ、昼間警備兵に突きだした奴らの仲間でござるか。あれはあやつらが昼間から酒に酔い、乱暴狼藉を働くのが悪いでござる」

「やかましい! やっちまえ!」

 

 笑いをこらえて肩を震わせる僕を尻目に、男達は着物の子に襲い掛かる。着物の子はひらりひらりと躱し、男の1人の腕を取って見事な一本背負い。柔術でもやってるのか?

 続いて2、3人投げ飛ばしていったが、なぜか急に動きが悪くなった。その隙をついて背後から男が剣を構えて斬りかかる。

 

「危ない!」

 

 僕は咄嗟にポーチから前に取った一角狼の角を取り出し、男の顔に向かって投げる。

 

「おっと」

 

 しかし、男はそれを躱す。でもこれでこっちに気を引けた。と思った次の瞬間、投げた角が男の背後の壁に当たり跳ね返りそのまま

 

「アッ――――――――――――――――!!」

 

 男の尻に突っ込んで行った。

 

「……え?」

 

 何が起こったか理解できていなさそうな和服の子。一方、それを見たエルゼはこう言う。

 

「何、あんたは男の尻にモンスターの角を突っ込む趣味でもあるの?」

「無いよそんな趣味!」

「何だかよく分かんねえけど、こいつらもやっちまえ!」

 

 和服の子に絡んでいた男達がこっちに襲い掛かってくる。

 

「砂よ来たれ。盲目の砂塵、ブラインドサンド!」

 

 それに対し、僕は呪文を紡いで魔法を発動。男達の目を潰す。

 

「オラァ!」

 

 そして僕は蹴りで目の前の男の急所を的確に攻撃し、1撃で沈める。

 

「ああもう、厄介ごとに首を突っ込んで!」

 

 文句を言いながらも戦いの輪に飛び込み、心なしか楽しそうにガンガン男達を倒すエルゼ。やだ、物騒……!

 少しすると、僕達は男達を全員倒していた。ちなみに内訳は男達10人中和服の子が3人、僕が2人、残りはエルゼだ。大半倒してるってどういうこと。

 すると町の警備兵がやってきたので、面倒事にならないように僕らは逃げ出す。

 

「ほら君も、早く!」

「うぇ!?」

 

 和服の子が逃げようとしなかったので、僕はその子の手を引いて一緒に逃げだした。

 

 

「ご助勢かたじけない。拙者、九重八重と申す。ヤエが名前でココノエが家名でござる」

 

 そういうと和服の子、九重八重が頭を下げた。

 

「あんた、イーシェン生まれ?」

「いかにも、イーシェンのオエドから来たでござる」

 

 エルゼの疑問に答える八重。オエドって、イーシェンは今江戸時代なのか……?

 とりあえず僕らも自己紹介。

 

「僕は望月冬夜。冬夜が名前で望月が家名だよ」

「おお、冬夜殿もイーシェンの生まれでござるか!?」

「いや、似ているけど違うよ。それより聞きたいんだけど、さっきの戦いの最中急に動きが悪くなったけど、持病か何か?」

「体に問題は無いのでござるが……。その、実はここにくるまでに路銀を落としてしまいそれで……」

 

 その時、八重からお腹が鳴る音が響く。彼女は顔を真っ赤にしている。思わず僕はこう言った。

 

「ご飯、奢るよ……」

「必ず返すでござる……!」



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簪、そして引き寄せ。アポーツの使用方法がスリ以外思いつきません

正直連続更新きつくなってきた


 僕らも食事がしたかったので、八重を連れて4人で食事処に入った。僕ら3人は普通の量を頼んだが、八重はいつから食べてないのか、結構たくさん頼んでいた。まあ遠慮されてお腹鳴らされても気分が悪いし、後で返して貰うつもりだからいいけど。

 

「……へえ、八重さんは武者修行の旅をしているんですか」

「いかにも。我が家は代々武家の家柄でござる。実家は兄上が継ぎ、拙者は腕を磨くため、旅に出たのでござるよ」

「立派ねーあんた。どっかの冬夜にも見習わせたいわ」

 

 食事をしながら話す八重に、エルゼが感心している。というかどっかの冬夜って何? 望月冬夜はここにしか居ないよ?

 

「冬夜殿は立派な方だと思うでござるが……。拙者が危ない時には助けてくれたでござるし、食事を奢ってくれたし……」

「まあ悪い奴じゃないわよ。でもしばらく付き合えばあいつがどういう人間か分かるわ。どうせあんたお金返す為にしばらく一緒にいることになるでしょうし」

「それに異論はないでござるが……。冬夜殿たちはどこか目的地とかはあるでござるか?」

「僕たちはギルドの依頼で王都に手紙を届けに行くところだよ」

「それは奇遇でござるな、拙者も実は王都に昔父上が世話になった方が居るので、会いに行ってみようと思っていたでござる」

「へぇー」

 

 何と奇遇な! って感じだ。まさか偶然会った女の子と目的地を同じにするとは。はっ、これが運命!?

 

「冬夜さん、女の子に会ったら誰にでも運命って言ってません……?」

「いや言ってないよ、ミカさんにくらいしか言ってないよ。そんなワンパターンじゃないもん」

「もんって……」

 

 僕の言葉に呆れたような声を出すリンゼ。もんは確かに自分でもどうかと思った。

 そんなこんなで食事終了。1つ言えることは、八重はよく食べる子だった。

 

「じゃあ明日の朝、僕らは出発するから八重はこの宿の前に来てくれる?」

「了解したでござる」

「ちょっと待って下さい、八重さんはどこに泊まるんですか?」

 

 僕らが別れ、明日集まろうと話している所でリンゼが聞く。そういえば無一文だったはずだけど、宿はどうしたんだろう? 僕はもう取っていて、それから路銀を落としたのかと思っていたけど。

 

「えっと、野宿でござる……」

 

 宿取って無かったのかよ!

 

「野宿とか危ないわよ……。宿代はあたしとリンゼで出してあげるから一緒に泊まりましょ」

「1人で野宿は危険ですよ」

「いや、そこまで世話になっては申し訳これなく……」

 

 エルゼ達の発言に遠慮する八重。まあ空腹は我慢できなくても寝場所は我慢できてしまうのだろう。とはいえ確かに野宿は危ないし、どうしたものか……。

 

「そうだ、八重。私あんたの故郷の話とか聞きたいわ」

「故郷、でござるか?」

「そうですね、イーシェンってどんなところかよく知りませんし、1泊の宿代でそれが聞けるなら悪い取引じゃありません」

「そうでござるか……。そういうことなら……」

 

 どうやらエルゼ達が故郷の話を聞きたいからその対価に宿代を払う、と言うことに落ち着いたらしい。というか僕も聞きたいけど……。

 

「ま、ガールズトークに口出しするのは野暮かな」

 

 話がまとまった所で、僕らは宿屋に帰った。

 そして八重も旅の仲間に加わった。

 

 アマネスクの町を出て、さらに北へ。

 この国、ベルファスト王国とかいう軽巡洋艦みたいな名前の国はユーロパ大陸の西に位置し、西方でも2番目に大きい国らしい。その為か、一旦町から離れると急に人家がまばらになり、やがて山々や森ばかりになり、すれ違う馬車や人々も2時間に1人会うか会わないか位になる。王都に近づけば増えるらしいが、それまでは暇だ。

というか八重も馬の扱いバッチリなんだよな……。何か3人で交代することになったみたいだし……。すっごい肩身狭い、4畳1間だよこんなの……。

 それを払拭するために、僕は魔法の書で勉強をしている。

 リンゼに魔法を教えてもらって分かったけど、僕は無属性魔法をいくつも使えることが分かった。

 きっかけはエルゼのブーストを試しに使おうとしたら、あっさり発動できたからだ。

 どうやら僕は、無属性魔法なら魔法名と詳しい効果さえ分かればほぼ確実に使えるということが判明した。これが分かった時、エルゼとリンゼは驚きを通り越し呆れていた。でもエルゼはともかくリンゼがなんか怯えていた気がする。気のせいだと思いたい。

 しかし無属性魔法はほぼ個人魔法、つまり世間に余り広まっていない。そこで、過去の無属性魔法を記した本を読んで、使える魔法を習得しようと考えた。

 だがまた問題が発生。個人魔法ということは人の数だけ魔法がある、つまり数が多いのだ。本にまとめるとちょっとした電話帳並に。

 

「しかも使い道あるか分からないのばっかりだし……。というか何さ、線香の煙を長持ちさせるとかささくれだった木材を滑らかにするとか……」

 

 限定的すぎるとかより線香あるのかよこの世界、という感想が先立つ。

 正直使いどころの無さそうなものばかりで、覚えてもいいがわざわざ欲しいかと言われると答えに詰まるものばかりだ。と思っていたら1ついいのを見つけた。

 

「遠くにある小物を手元に引き寄せる魔法……か。スリに使えそうだな」

「最初に思いつくことはそれなんですね……」

 

 リンゼの呆れた様な声を聞き流しながら、僕は早速試してみる。

 

「アポーツ」

 

 しかし、なにもおこらなかった! とド○クエ風ナレーションを脳内でしつつどうして何も起きないのか考える。

 

「何を引き寄せようとしたのよ?」

「八重の刀」

「冬夜殿、今聞き捨てならぬことが聞こえた気がするのでござるが」

 

 僕が八重の刀、と言った瞬間八重が殺気を篭めてこっちを見てきた。はっ、武士にとって刀は魂! 迂闊なことをしてしまった。

 

「恩義のある冬夜殿でござる、1度は見逃すが次は無いと思ってくだされ」

「ほんとゴメン」

 

 素直に頭を下げる僕。人間謝らなければならない時にはきちんと謝るのが大事だ。

 まあそれはそれとして、もう一度使ってみるか。

 

「アポーツ」

「ふわっ!?」

 

 今度は八重の簪をターゲットにしてみたが、見事成功し簪を引き寄せることに成功した。

 

「だから何で拙者を対象にするでござるか!?」

「なんとなく!!」

「何でそんなに力強く宣言するのよ!?」

 

 僕の力強い宣言にツッコミを入れるエルゼ。

 それを見て八重は唖然としている一方、リンゼは慣れたのか特に気にしていない。

 

「……エルゼ殿。冬夜殿って、よく分からない方でござるな」

「まだこんなもんじゃないわよ」

 

 ボソボソ話す八重とエルゼ。あの、聞こえてるんですけど。



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召喚魔法、そして回復魔法。なぜか押し寄せるポ○モンの波。

 出発してから3日経ち、いくつかの町を越えた。

 その間に何か特筆すべきイベントが起こることも無く、僕は魔法が書かれた本とにらめっこを続けていた。その中で僕が修得した魔法は、極めて短い時間摩擦係数を0に出来るスリップと、広範囲に置ける感覚拡張魔法ロングセンスだ。

 ロングセンスは行く場所が危険な時に事前調査が出来るから便利なことと、女湯などを除くときに使えると思って習得した。が女性陣にはあっさり思惑を見破られ、覗きに使うなと釘を刺してきた。ばれない様に使おう。

 とりあえずロングセンスを使ってみて、1キロ先の状況を確認しているのだが……。

 

「これは血の臭いか?」

 

 鉄臭い臭いが僕の鼻を刺激する。臭いがした方に視覚を向けると、視界に飛び込んできたのは高級そうな馬車と鎧をまとった兵士らしき男達。そしてそれを取り囲む革鎧を着こんで大量のリザードマン。そのすぐ脇に黒いローブを着た誰かが居る。

 併進の大半は倒れ、残ったものは武器を持ったリザードマンと戦い、馬車を守っている。

 

「八重、前方で人が魔物に襲われている! 全速力で急いでくれ!」

「承知!」

 

 御者台の八重が馬に鞭を入れ、速度を上げる。その間も視界をつなぎ、状況を把握する。リザードマンは次々と兵士を倒し、馬車の中には怪我をした老人と子供がいるようだ。

 よし、ロングセンスを使わなくても見えてきた!

 

「炎よ来たれ、渦巻く螺旋、ファイアストーム!」

 

 荷台のリンゼが炎の魔法で先制攻撃。数十メートル先に居るリザードマン集団の中心から炎の竜巻が巻き上がる。

 それをきっかけに、まずエルゼが馬車から飛び降り、続く形で八重と僕がリザードマンたちの前に飛び降りた。馬車はリンゼに任せよう。

 

「グギュグバァッ!!!」

 

 何でディ○ルガなのリザードマンの鳴き声が!?

 とか言ってる場合じゃない。僕の方へ向かってきたリザードマンに反撃するため、覚えたての魔法を使う。

 

「スリップ」

 

 リザードマンの足元の摩擦係数が0になり、リザードマンは盛大に転ぶ。

 

「ぱるぱるぅ!!!」

 

 パル○アになった!? と思いながら僕は刀でリザードマンを兜割りで叩き斬る。

 僕の横ではエルゼが別のリザードマンの曲刀をガントレットで受け止め、その隙に八重の刀が相手の横腹を切り裂く。

 とよそ見をしていたら、目の前に氷の槍が飛んでいき、また別のリザードマンの胸を貫く。どうやらリンゼが馬を止めて参戦してくれたようだ。

 そのままの勢いで、僕らは無双ゲーばりのノリでリザードマンを倒すも数は一向に減らない。

 

「闇よ来たれ、我が求は蜥蜴の戦士、リザードマン」

 

 リザードマンの奥に居た黒いローブの男が呟くと、男の影から数匹のリザードマンが這い出してきた。そういえば闇属性は――

 

「あれが召喚魔法!?」

「そうです冬夜さん! あのローブの男がリザードマンを呼び出しています!」

 

 僕の想像が当たったってわけか。ならやることは簡単だ!

 

「スリップ」

「チョゲプリィィィ!!!」

 

 何でお前だけアニメ版なんだよ!? と叫ぶ間もなく男が転んだ瞬間、まさしく神速と言えるような速さで飛び込んだ八重が、男の首を斬りおとす。落ちた首は、そのまま地面を転がった。うえ……。

 とりあえず召喚主が死んだからか、残りのリザードマンは消えて行った。

 

「オエエエエエ……」

「大丈夫でござるか冬夜殿!?」

「い、いや人の死体って見るの初めてで……」

 

 男の死体を見て思わず吐いてしまった僕を、八重は心配し、背中をさすってくれる。

 一方、エルゼとリンゼは馬車の方へ行っていた。

 

「大丈夫ですか!?」

「ああ、おかげで助かった……」

「被害は?」

「護衛の兵士10人の内、7人がやられた……」

 

 悔しそうな兵士の震えながら握る拳を見て、僕はもう少し早く来ていれば全員助けられたかも、と思ってしまう。いや、意味の無い仮定だ。せめて良き来世を祈ろう。

 

「誰か! 誰かおらぬか!? 爺が! 爺が!!」

 

 不意に響いた女の子の叫びを聞き、僕は慌てて声の元にである馬車に向かう。馬車の扉が開けると、10歳位の長い金髪の女の子が、黒い礼服を着た白髪の老人の横で泣き叫んでいた。

 

「誰か爺を助けてやってくれ! 胸に、胸に矢が……!」

 

 涙を流しながら懇願する女の子。オッケー分かった、絶対助ける。

 

「リンゼ! 回復魔法!!」

「だ、駄目です……。刺さった矢が倒れた時に折れて、身体に入り込んでしまっています。この状態では回復魔法をかけても矢が体内に残ってしまいますし、それ以前に私の魔力ではこの人の怪我は……」

 

 クソ、どうしたらいいんだ。何とか矢さえ取り除ければ……。矢を取り除く? そうか!

 

「どいてくれ!」

 

 老人の周りにいた兵士たちをどけ、老人のそばに膝を突き、僕は魔法発動の為の呪文を唱える。

 

「アポーツ!」

 

 次の瞬間、僕の手の中には血にまみれた矢があった。

 よし、あとは回復魔法だけだ。リンゼが無理という以上僕がやるしかない。大回復魔法の呪文は本で読んだから分かる、ならぶっつけだけどやるしかない!

 

「光よ来たれ、安らかなる癒し、キュアヒール!」

 

 僕が呪文を唱えると、老人の胸の傷がゆっくりと消えていく。いや、これだとまるで巻き戻しだ。

 

「……? 私は、矢に撃たれたはずでは……?」

「爺っ!!」

 

 不思議そうな顔をしながら起き上った老人に、抱き着く女の子。生還の喜びに泣きじゃくる少女を老人は困ったように見つめる老人。それを見て僕は思わず呟いた。

 

「良かった……」

 

 上手くいって、本当に良かった。



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ご令嬢、そして護衛依頼。権力にはいさぎよく屈しとけ

 亡くなった兵士たちの遺体を近くの森に埋葬した。放置するなんて出来ないが、連れて行くこともできない以上ここに埋める以外の選択肢は無い。

 生き残った兵士の1人が黙々と墓を作っている。埋葬は僕らも手伝ったが墓を作るのは彼に任せよう。

 一方で爺と呼ばれたご老人が頭を下げる。

 

「おかげで助かりました。何とお礼を言えばよいのやら……」

「気にしないで下さい。それより怪我は治っても血や体力が戻った訳じゃないのですから安静にして下さい」

 

 頭を下げるご老人に慌てて声をかける僕。

 

「感謝するぞ、冬夜とやら! おぬしは爺の、いやわらわ達の恩人だ!」

 

 偉そうな言葉遣いでお礼の言葉を発する金髪の女の子。ひょっとして結構お偉方の子なんだろうか? まあ爺なんて執事がいる位だしきっと貴族だな。

 

「ご挨拶が遅れました。私はオルトリンデ公爵家家令を勤めております、レイムと申します。そしてこちらのお方が公爵家令嬢、スゥシィ・エルネア・オルトリンデ様にございます」

「スゥシィ・エルネア・オルトリンデだ! よろしく頼むぞ!」

 

 公爵ね、やっぱり貴族のお嬢様だったのか。

 と納得する僕の横で、エルゼとリンゼと八重が固まっていた。

 

「どうしたの?」

「どうしたって……、逆になんであんたそんな平然としてるのよ!?」

「……公爵は爵位の一番上。他の爵位と違って、与えられるのは基本的に王族のみですよ。冬夜さん」

 

 ……王族?

 

「マジで?」

 

 僕が問いかけているその刹那、僕以外の3人は両膝をついて頭を下げていた。あ、これ時代劇で見た事ある! やらないと手打ちにされる奴だ。

 慌てて僕も両膝をほぼ自由落下の速度で地面に付ける。

 

「いったあああ! 膝打ったあああああああ!!」

「あんた何やってんの!?」

 

 痛さの余りゴロゴロ転がりながらうめく僕。それにツッコミを入れるエルゼ。

 

「冬夜は面白いのう。よいよい、面を上げよ。ここは公式の場ではないし、それに冬夜はわらわの恩人じゃ。本来なら頭を下げるのはこちらの方じゃ。ほれ、お前達も顔を上げてくれ」

 

 オルトリンデ様がそう言うと僕以外の3人が顔を上げて立ち上がる。僕も痛みが引いていたので立ち上がる。

 

「それでえっと……、オルトリンデ様は何でこんな所に?」

「スゥでよいぞ冬夜。それで理由じゃが、お祖母様……、つまり母上の母上のところからの帰りじゃ。ちと調べものがあっての、ひと月ほど滞在しておって今は王都に戻る途中じゃった」

「そこを襲われたってことですか……。単なる盗賊じゃ、ないよね……」

 

 召喚魔法を使ってまで盗賊するメリットは無いだろうし、そもそもリザードマンを除けばあの召喚士しかいないのだ。盗賊と言うより暗殺者と考えた方が妥当だろう。

 

「襲撃者が死んでしまったからの、何者だったか、あやつ以外に誰かの意思があったのか、今となっては闇の中じゃ」

「それは、かたじけない……」

 

 落ち込む八重。首飛ばしたのは八重だしね。確かに生け捕りにすれば背後関係を吐かせるのはそう難しいことじゃ無かったかも。

 

「気にするでない。あの場ではああするしかなかったじゃろ」

「ありがたきお言葉……」

 

 八重は深々と頭を下げる。

 

「それで、スゥはこれからどうします?」

「呼び捨てなのに敬語は違和感があるの……、公式な場でない所なら敬語でなくてかまわんぞ」

「じゃ、これからは敬語は無しで」

 

 といってもそんなに気安く話す気は無いけど。あんまり。

 するとレイムさんが話しかけてきた。

 

「これからのことでございますが、冬夜さん達に護衛の依頼をしたいのです。勿論、報酬は王都に着き次第払わせて頂きますので、どうかお願いできないでしょうか?」

「僕らにですか?」

 

 まあ理由は分かる。護衛の兵士大半が亡くなり、また同じようなことがあれば次は無く皆死ぬだろう。そうなりたくなければ別の護衛が必要で、実力が分かっている僕らが欲しいのは必然だ。

 

「僕は構いませんが……」

 

 そう言ってエルゼ達を見る。

 

「いいんじゃない? ほっとけないし」

「私も構いません」

「そもそも拙者は冬夜殿に借りがある身、冬夜殿の意思にあわせるでござる」

 

 どうやら反対意見は無いようだ。

 

「分かりました、お引き受けいたします」

「うむ! よろしく頼むぞ!」

 

 そう言ってスゥは満面の笑みを浮かべていた。

 

 

 馬車が2台進んでいく。1台は公爵家の、もう1台は僕らが乗っていた馬車だ。更に公爵家の馬車の前には馬に乗った兵士たちが先導してくれている。

 僕は公爵家の馬車に乗り、スゥを直接護衛することになった。

 上等なシートに座る僕の正面にはスゥ、その隣にはレイムさんが座っている。

 

「……とそこで悟○が幼いころからの親友を殺された怒りでついに超サ○ヤ人に覚醒、悪い宇宙の帝王との決着が遂に付くんだ」

「おお、頑張れ悟○!」

 

 何か話をしてくれとスゥに言われたので、ドラ○ンボールのサ○ヤ人編とフ○ーザ編をこの世界でも伝わるように改変しながら話していた。ちなみに今は悟空がク○リン殺されて超サ○ヤ人に覚醒した所、長かった……。

 

「冬夜、続きはまだか!?」

「それで悟○はフ○ーザと……」

 

 女の子相手に話す内容じゃなかった気もするけど、まあ楽しそうで何よりだ。

 そんな僕らを乗せて、馬車は王都へ向けて進み続ける。



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王都、そして公爵邸。王族はいつものノリで口説かないってば!!

「おお、見えてきたぞ! 王都じゃ!」

 

 窓から身を乗り出し、王都に向かって指差しながら叫ぶスゥ。僕も窓から身を乗り出してみようとしたら、たまたま飛んでいた鳥に衝突されて顔にダメージ、痛い。

 王都アレフィス、このベルファスト王国の首都であり、滝から流れ込むパレット湖のほとりに位置することから湖の都とも呼ばれる。

 ユーロパ大陸の西方に位置するこの国は、善政を敷く国王と過ごしやすい気候のおかげで比較的平和な国だ。

 主要な産業は縫製業で、キルア(ゾルディックではない)地方で作られる絹織物はこの世界での最高級品だと言われるそうな。貴族や他国の王室までご用達の、大事な収入源らしい。

 その国の王都を見て、僕は城壁の長さに驚く。進○の巨人ばりの長い壁で守られるその様は、鉄壁を思わせる。死亡フラグにならないといいが。

 門の所で数人の兵士が都に入る人々を検問していたが、僕らはその横をスゥの顔パスで通り抜けた。さすが公爵。略してさす公。

 そのまま馬車は城の方へ真っ直ぐ進み、大きな川が流れる石造りの長い橋を渡った。橋にも検問があったが、当然の如くスルー。

 

「この橋を渡った先が、貴族たちの住居なのでございます」

 

 レイムさんの解説を聞いて、随分簡素な分け方だなと思う僕。クーデターとか起きたらどうすんだろ? ま、起きないように政治をするのがスゥ達の役目だろうけど。

 綺麗な屋敷が立ち並ぶ通りを抜けて、やがて馬車は大きな邸宅の前に出た。敷地の長い壁の前をしばらく通り過ぎ、やっと門前に着く。そして5,6人の門番たちが、重そうな扉を左右に開く。ここが公爵の屋敷か。

 庭も家も大きい、これが権威の象徴なのか。それとも公共事業の一環で作ったのか。

 やがて玄関前に辿り着くと馬車が止まり、スゥが扉を開け勢いよく出ていく。

 

「お帰りなさいませ、お嬢様!」

「うむ!」

 

 ずらりと並んだメイドさんたちが一斉に頭を下げる光景は、なかなか壮観である。がそんなことよりメイド美人ばっかりじゃん!? 何これどうなってんの、出会う女性が皆美人か美少女なんですけど、イエーイ!!

 そんなことを考えながらメイドを見つつ玄関をくぐると、この家の階段から1人の男性が駆け下りてきた。

 

「スゥ!」

「父上!」

 

 スゥは男性の元に駆け寄り、勢いよく抱き着き、男性もまた抱きしめた。

 

「良かった、本当に良かった……」

「大丈夫、わらわはなんともありません。早馬に持たせた手紙にそう書いたではないですか」

「手紙が着いたときには生きた心地がしなかったぞ……」

 

 スゥの父親。つまりこの人がこの国の王様の弟、オルトリンデ公爵。明るい金髪に強そうな身体は壮健さを醸し出している。その公爵は、しばらく抱きしめていたがやがて放し、僕の方へ向く。

 

「……君たちが娘を助けてくれた冒険者か。礼を言おう、本当に感謝する」

 

 そう言って公爵はボクたち4人に頭を下げた。

 

「あ、頭を上げてください! 王様がそんな簡単に頭を下げてはいけませんって!」

「いや、これは公爵としてではなく子を持つ親として頭を下げたのだ。ありがとう」

 

 そう言って公爵は僕の手を取り、握手をしてくれた。

 というか大丈夫なんだろうか、出自不明の人間に頭下げて。

 

「自己紹介をさせてもらおう。アルフレッド・エルネス・オルトリンデだ」

「望月冬夜です。望月が家名で冬夜が名前です」

「イーシェンの生まれかね?」

 

 ……もうイーシェンの生まれってことにしようかな。

 

 

「成程、君たちはギルドの手紙を届ける依頼で王都に来たのか」

 

 庭に面した2階のテラスで僕らはアルフレッド様と共にお茶を楽しんでいた。

 いや正確に言うなら楽しんでいたのはアルフレッド様だけだろう。僕以外の3人は外から見て分かる位ガチガチに緊張していた。ちなみに僕も緊張しているが、それは多分周りにはばれていない。緊張しすぎて飲んでいるお茶の味が分かんねえ……。

 

「その依頼を君達が受けなければ、スゥは誘拐されていたか殺されていたかもしれんな」

「襲撃者に心当たりの様な物はありませんか?」

「無い、と言いたいが王族だからな。思いつく心当たりがなくとも狙う理由ならいくらでもあるだろう」

 

 アルフレッド様は苦い顔で紅茶を口にする。あ、これ紅茶か! 緊張しすぎて飲んでるものすら分かってなかった。

 

「父上。お待たせしました」

 

 テラスにスゥがやって来た。フリルが付いたドレスに金髪を飾るカチューシャは、彼女によく似合っていた。

 

「エレンとは話せたかい?」

「はい。心配させてはいけないので、襲われた件は黙っていますが」

 

 スゥがアルフレッド様の隣に座ると、間を置かずレイムさんが紅茶を持ってきた。

 

「エレン?」

「私の妻だよ。すまないね、娘の恩人なのに姿も見せないのは……。だが妻は目が見えな

いのだよ」

「目が見えない、ですか?」

 

 アルフレッド様の言葉を聞いてリンゼが尋ねる。

 

「5年前に病気でね……。一命は取り留めたが視力を失ってしまった」

 

 辛そうにアルフレッド様が視線を下げる。それを見てリンゼも、悪いことを聞いてしまったと思ったのか頭を下げた。

 

「……魔法での治療は出来ないんですか?」

「国中の治癒魔法の使い手に声をかけたが、駄目だったよ。怪我は治せても病気は治せないそうだ」

 

 僕の質問に力なく答えるアルフレッド様。僕も悪いことを言わせてしまった、と頭を下げる。

 

「おじい様が生きておられたらのう……」

 

 スゥが呟く。どういうことだろう? と思っていたらアルフレッド様が答えてくれた。

 

「妻の父上は無属性魔法の使い手で、身体の異常を取り除く魔法が使えたんだ。今回スゥが旅に出たのも、養父の魔法を解明し、習得できないかと考えたからなのだよ」

「解明出来なくとも、使い手さえ見つかれば……」

 

 無属性魔法の使い手、ねえ……。

 ――僕いけるじゃん。

 

「あの、その体の異常を取り除く魔法について詳しく教えてもらえませんか?」

「……それはかまわないが、なぜだね?」

「僕が使えるかもしれません」

 

 僕の言葉に驚愕の表情を見せるアルフレッド様とスゥ。

 

「……それは、真かね?」

「本当か冬夜!?」

 

 ほんとにほんとにライオンだー、じゃなくて

 

「ひょっとしたら、ですが……」

 

 

「あら、お客様ですか?」

 

 ベッドに腰掛ける貴婦人はスゥが成長したらこうなるんだろうな、と思わせるほど似ていて、正直子持ちとは思えないほどの美人だった。町で見かけたら間違いなく口説き、僕は王族に無礼な口をきいたとして処刑されるだろう。

 

「初めまして、望月冬夜と申します」

「初めまして。あなた、この方は?」

「ああ、スゥが世話になった方で……、お前の目を治せるかもしれん方だ」

「目を……?」

 

 エレン様の目の前に手をかざし、意識を集中させる。そしてさっき習得した魔法を発動させた。

 

「リカバリー」

 

 柔らかい光が僕の手のひらからエレン様の目に流れていく。そして光が消えたのを見て、僕は手をどけた。

 さっきまで宙をさまよっていたエレン様の視線がだんだん落ち着いていき、やがて顔

をアルフレッド様とスゥの方へ向ける。

 

「見える……、見えます……。あなとと、スゥの姿が……」

 

 エレン様の目から涙が溢れる。良かった、ちゃんと効いたみたいだ。

 

「エレン……ッ!!」

「母上!!」

 

 3人は抱き合って泣き始めた。無理もない、5年ぶりに娘と夫の顔が見られるのだから。これで泣かない方が逆に変だ。

 傍で見守っていたレイムさんも、顔を上に向け涙が溢れないように泣いている。

 

「良かったです……」

「良かったでござる……」

「良かったわ……」

 

 リンゼ達も泣いていた。ただ、エルゼが僕の方にこっそり耳打ちしてくる。

 

「……冬夜」

「何?」

「一応言っておくけど、恩義があるからっていつものノリでエレン様口説かないでね」

「口説かないよ!?」

 

 僕の事なんだと思ってるの!?

 というかあの親子仲睦まじい状態見て妻NTRとか人間の所業じゃないよ!!

 そして僕泣きそうなのに涙引っ込んじゃったじゃん!

 

「……」

「……」

 

 ほらリンゼと八重がめっちゃ不審そうにこっち見てるし!!



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メダル、そして子爵邸。誰か僕の人格を肯定してください

異世界スマホのギャグを書き始めたということで、改めて異世界オルガを見直してみるとやっぱ凄いなーって思うな俺はやっぱ。
構成もさることながら、カットできる点は極力カットしてるのがいい。
この作品もそうすればよかった気もしますが、カットは多分しません。


「君達には本当に世話になった。感謝してもしきれないほどだが……」

「ゼェゼェ……」

「ハァハァ……」

「その、大丈夫かね?」

 

 応接間でアルフレッド様が深々と頭を下げる。その前では僕とエルゼが息を切らしている。

 なぜ切らしているかと言えば、王族をいつものノリで口説くと思われていたことに僕が怒って、エルゼとお互い魔法なしで一戦交えていたのだ。

 

「大丈夫です、ちょっとトイレの場所が分からなくて探していただけなので」

「ええ、何の問題もありません」

「そ、そうか……」

 

 とはいえそんなことを言えるわけがないので、とりあえずトイレの場所が分からなかったということにして誤魔化すことにした。まあ広いからそういうこともあるでしょ。

 

「まあそれはそれとして、君達には礼をしないといけないな。レイム、あれを持ってきてくれ」

「かしこまりました」

 

 アルフレッド様が一声かけると、レイムさんが銀の盆に何か色んなものを乗せてやって来た。

 

「まずはこれを。娘を守ってもらった礼として受け取って欲しい」

 

 と言って袋を差し出してくる。ジャラジャラと音がすることから、おそらくお金が入っているのが分かる。

 

「中に白金貨40枚が入っている」

「「「!?」」」

 

 僕以外は分かったようだが、白金貨の価値を知らない僕はとりあえず高そうだなと言う事しかわからない。

 横で唖然としているリンゼに聞いてみる。

 

「リンゼ、白金貨って何?」

「……金貨の上の貨幣です、1枚で金貨10枚分の価値があります……」

「マジで!?」

 

 確か金貨1枚は日本で言うなら10万円くらい……。つまり白金貨1枚で100万円……。40枚なら合計4000万円!?

 

「アババババババ!!」

「冬夜さんが物凄い困惑してます!」

「誰が殺した、クックロビン」

「歌いながら踊りだした!?」

「完全に錯乱してるでござるな」

 

 ちなみに元ネタはパタ○ロのEDである。でも歌ってるのは歌詞じゃないよ、マザーグースの詩だよ。だからジャ○ラックには引っ掛からないさ。

 にしても4000万円か……。

 

「4000万……。4000万……!」

「受け取ってくれるかね?」

「はい!」

「錯乱してるかと思ったら物凄い勢いで即答した!?」

 

 何を言っているんだエルゼは。これはアルフレッド様が僕らに用意したお礼、いわば心から誠意だ。受け取らないなんて無礼な真似は出来ないよ。

 

「金、金、金!!」

「多分本心と建前が入れ替わってるでござる!」

「ベタなギャグですね……」

「それとこれを君達に送ろう」

 

 諸々の大騒ぎをスルーして、アルフレッド様はそう言った後テーブルに4枚のメダルを並べる。メダルにはこの公爵家の紋章が刻まれていた。何、このメダルを2150枚集めてはぐれメ○ルヘルム107個と交換してもらえって?

 

「これは我が公爵家のメダルだ。これがあれば検問所を素通り出来るし、貴族しか利用できない施設も使える。つまり何かあったら公爵家が後ろ盾になるという証であると同時に、君達の身分証にもなってくれる」

 

 つ、つまり僕は公爵家の権力を手に入れたって事か。富、名声、地位、この世の全てを手に入れた男、冒険者望月冬夜。僕の死に際の一言は、多くの男達を森へと駆り立てる!

 そんなことを考えつつメダルを見ると、僕らの名前と単語が刻んである。どうやら紛失した場合悪用されるのを防ぐためらしい。

 エルゼのメダルには『情熱』、リンゼのには『博愛』、八重のには『誠実』の文字が刻まれている。

 そして僕のメダルに刻まれている文字は『好色』だった。

 

「僕のだけ文字おかしくありませんかね!?」

 

 思わずアルフレッド様に食って掛かってしまった。でもこれはちょっと文句言っていいよね?

 

「いやスゥが冬夜君は女好きだと言っていたから……」

「そんな場面見せましたっけ!?」

「あ、それあたしがスゥに話したわ」

「何で!?」

 

 何でわざわざ僕の印象を悪くするの!?

 

「いやひょっとしたら公爵令嬢があんたに惚れるかもしれないからその対策の為に……」

「その可能性考える必要ある!? というかそれはいいじゃん別に!」

「命の恩人ですからひょっとしたらあるかもしれませんよ。いいか悪いかは別として……」

 

 何で僕シルエスカ姉妹にいじめられてるの!?

 

「八重、僕なにかしたかな?」

「冬夜殿は人間的にはともかく、権力を持って欲しい性格ではないでござるからな」

「酷くない?」

「冬夜君」

 

 僕が仲間からの扱いを嘆いていると、アルフレッド様が僕に声をかけてきた。

 

「何ですか」

「私はそのメダルを返せとは言わないよ。言わないよ!」

 

 これ、暗に返せとは言えないけどメダルの力で好き勝手したら殺すって言ってません? いや周りの反応を見て言っているだけだろうけど。

 

「僕の人格面が一切信用されていない件について」

「そ、そんなことは無いぞ! わらわは冬夜を信頼しておるからな!」

 

 いつの間にか近くに居たスゥが僕の頭を抱きしめて慰めてくれる。何この感じ、甘えたい。これがバブみって奴か。

 

 

 その後、僕らは白金貨40枚を4等分してそれぞれ1枚を残し公爵経由でギルドに預けることにした。こうするとどこの町のギルドでもお金が下せるらしい。

 そして僕らは公爵の家を後にし、依頼の手紙を届ける為にソードレック子爵の家に向かった。

 

「依頼の手紙を渡す相手とは、ソードレック子爵でござったか」

 

 そう言えば八重には届け先の説明をしていなかった。というか

 

「知り合い?」

「知り合いというか、前に話した拙者の父上が世話になった方というのが子爵殿でござるよ」

 

 世間って狭い。

 馬車に揺られながら、僕らは豪勢な街並みを走り、公爵に教えてもらったソードレック子爵の屋敷に着いた。

 

「何か、公爵のお屋敷と比べるとちっちゃいね……」

「比べる対象が悪いだけよ」

 

 僕の呟きにエルゼが軽くツッコミを入れる。それを尻目にリンゼが門番に取り次ぎをお願いしていた。

 しばらくすると屋敷内に通され、執事らしき人が応接間に案内してくれた。部屋で待っていると、赤毛で壮年の偉丈夫が姿を現す。

 

「私がカルロッサ・ガルン・ソードレックだ。お前達がザナックの使いか?」

「はい。この手紙を渡し、子爵様から返事を受け取る様依頼されました」

「ほう」

 

 ザナックさんから渡された手紙を子爵に差し出す。それを子爵は受け取り、ナイフで封を切り、中身を取り出しさっと目を通す。

 

「少し待て、返事を書く」

 

 そう言って子爵は部屋を出ていき、入れ替わりにメイドさんがやってきてお茶を僕たちに振る舞う。今度はそれほど緊張してないから味が分かる、美味い。

 

「待たせたな」

 

 子爵が封をした手紙を手に戻ってきた。

 

「ではこれをザナックに渡してくれ。それと気になっていたのだが……」

 

 子爵は手紙を僕に差し出しながら、視線を八重の方へ向けていた。

 

「そこのお前、どこかで……。名前は何という」

「拙者の名は九重八重。九重重兵衛の娘にござる」

「ああ……、お前重兵衛殿の娘か!」

 

 そう言うと子爵は八重を嬉しそうにまじまじと見つめる。

 

「間違いない。若い頃の七重殿と瓜二つだ。母親似で何よりだ!!」

 

 豪快に笑う子爵と、微妙な笑顔を見せる八重。

 ここで僕は気になっていたことを聞いてみた。

 

「あの、八重とはどういう関係なんですか?」

「ん? ああ、この子の父親の重兵衛殿は、我がソードレック家の剣術指南役だったのだ。私がまだ若い頃にこっぴどくしごかれたもんだ。いやあれは厳しかった。もう20年も前になるか」

「父上は今まで育てた剣士の中で、子爵殿ほど才に満ち溢れ、腕が立つ者はいなかったと口にしていたでござる」

「ほほう、それは世辞でも嬉しいものだな」

 

 まんざらでもなさそうに笑う子爵。その子爵に真剣なまなざしを向けながら八重は言う。

 

「もし会うことがあれば、是非一手指南してもらえと、父上は申していたでござる」

「ほう……?」

 

 八重の言葉を聞いて子爵は面白そうに目を細める。まさかのバトル展開?

 一体どうなる!? 待て、次回!(サイボーグク○ちゃん風に)



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試合、そして録画再生。偉大なり文明利器

今回はネタ少なめなので、次回予告を入れました。


 ソードレック子爵家の庭には剣の修練所があり、それに思わず僕は目を見張った。いや、だってこれ思いっきり日本の剣術道場だよ。日本を思い出すよこれ。

 

「ここは重兵衛殿が設計して、私の父上が道場でな。イーシェン風になっている」

「実家の道場とよく似ているでござる。いや、懐かしい」

 

 何で僕はこんなタイミングで郷愁の念を覚えなければならないのか。

 

「好きな木刀を選ぶがいい。上から握りが太い順だ」

 

 同義に着替えた子爵は、帯を治しながら木刀を握る。

 一方の八重は、何本か手に取り、握って見たり数回素振りをしたりしながら木刀を選び、やがて1本を手に取って子爵と対峙した。

 

「お前達の中で回復魔法を使える者はいるか?」

「僕と彼女、リンゼが使えます」

 

 子爵の問いに僕が答える。

 

「ならば遠慮することはないな。全力でかかってこい!」

 

 そう言い放つ子爵と八重の邪魔にならないように僕らは道場の隅に座る。

 その際、ふと思い立って懐からスマホを取り出し動画を撮影する。

 

「……何をしているんですか?」

「後で教えるよ」

 

 リンゼが不思議そうな顔をして尋ねてきたのを、僕は軽く流す。

 その間に審判を買って出たエルゼが2人の間に立ち、準備が完了したのを見て、声を上げた。

 

「では――、始め!」

 

 エルゼの声の直後、弾丸のようなスピードで八重が子爵の元へ飛び込み斬りかかる。子爵は八重の一撃を正面から受け止める。次に八重は連撃で攻めるが、子爵はそれらをすべて受け流した。

 八重は一端に後ろに跳び、ゆっくりと呼吸を整える。子爵は攻めることはなく、八重をただ観察するのみ。

 じりじりと円を書くように互いが動き、回り込もうとする。互いに少しづつ距離を詰めていき、一線を越えると木刀同士が交差する。そしてまた八重が激しく撃ち込む。

 しかし一方的に撃ちこんでいる八重とは対照的に、子爵は流して躱して受け止める、攻撃は仕掛けない。

 

「成程、分かった」

 

 子爵は木刀を下段に構える。八重は正眼に構え、子爵を見据える。八重は肩で息をしているが、子爵は息1つ切らしていない。

 

「お前の剣は正しい剣だな。模範的で、動きに無駄が無い。重兵衛殿が教える剣のままだ」

「……それが悪いと?」

「悪くはないさ。だが、それではお前はそのままだ」

「なっ……!?」

 

 子爵の剣が上段に構えられ、今まで見せなかった闘気があふれ出す。ビリビリとした気迫がこっちにまで伝わってくる。

 

「いくぞ」

 

 子爵が大きく一歩を踏み出したかと思ったら、あっという間に八重の間合いまで飛び込み剣を振りかぶる。八重は木刀を受け止める為に防御を上方に向けた。

 しかし次の瞬間、子爵は八重の胴に撃ちこみ倒す。八重は脇腹を押さえ、呻いている。

 

「そ、そこまで!」

 

 決着がついたのを見てエルゼが慌てて試合終了の宣言。

 と言うか僕、ここまで何1つボケられてない。ギャグ時空の主人公としてこれでいいのか?

 

「うぐぅ」

「動かん方が良いぞ。手ごたえからしておそらく肋骨が何本か折れているから、下手すると肺に骨が刺さるぞ」

「じゃあ僕が治すよ」

 

 そう言って僕は八重の元に駆け寄り手をかざす。

 

「体は剣で出来てい――」

「早く治しなさい」

「うん」

 

 1回くらい、ふざけときたかったんだ。

 ということで今度はエルゼに脅されながら普通に回復魔法を使う。

 

「もう大丈夫でござる、冬夜殿」

 

 僕に礼を言うと八重は立ち上がり、子爵に向かって一礼する。

 

「御指南感謝いたしまする」

「うむ。お前の剣には影が無い。虚実織り交ぜ、退いては進み、緩やかにして激しくだ。正しいだけで剣術の域を出ぬ。それを悪いとは言わん。強さとはそれぞれ違うものなのだからな」

「成程、女の子を口説くのと一緒ですね」

「それは知らんが」

 

 僕の相槌を冷たくあしらう子爵。

 

「八重、お前は剣に何を求める?」

「酒と金、あとは女でしょうか」

「いやお前には聞いてない」

「というか凄まじいまでの俗物ね」

 

 僕の即答には総スカンを喰らう。一方で、八重は何も答えなかった。木刀を見つめるその様は、考えたことも無かったと言いたげだ。

 

「まずはそこからだな。されば道も見えてこよう。見えたなら、またここへ来るがいい」

 

 子爵はそう言い残し、道場から去った。

 

 

 リンゼの操る馬車に乗りながら、貴族たちの生活エリアから出る為に僕らは検問所へ向かっていた。

 

「まああれよ。あんまり気にしない方が良いわ。冬夜なんてしょっちゅう振られてるけどヘラヘラしてるし」

「それは参考にならぬでござるよ……」

 

 落ち込んでいる八重を慰めるエルゼ。それはいいけど僕をだしにするのはやめて欲しい。

 

「それで八重はこれからどうする? 僕らはリフレットの町に帰るけど。一緒に来る?」

「それもいいでござるな……。せっかく皆と仲良くなれたのに別れるのはさびしいでござるからな……」

 

 どこか気の抜けた表情で僕の問いに答える八重。とはいえそれでいいのかもしれない。今1人にしたら正直危ない気がする。

 

「一緒に来るなら大歓迎よ、冬夜へのツッコミ役はあたしとリンゼじゃ正直足りないもの」

「ツッコミでござるか……?」

「僕そんなにツッコミいらないでしょ」

 

 僕がそう言うと皆してこう言った。

 

「必要でしょ」

「必要ですよ」

「必要でござるな」

 

 まさか御者台のリンゼにまで言われるとは思わなかった、ちょっとショックー。

 

「それにしても世の中広いでござるな……。あのように強い御仁がいるとは、拙者はまだまだ未熟でござる……。特に最後の一撃は何が起こったのかさっぱり分からぬ……」

「凄かったわね。あたし横に居たのに全然見えなかったわ」

 

 八重は分析しながら、エルゼは興奮しつつその時のことを語っている。

 

「良かったらその時の映像を見せようか?」

「えいぞう?」

「何それ?」

 

 2人の問いに答えることなく、僕はスマホを取り出し撮っていた八重と子爵の立ち合いを見せる。

 

「こ、これは何でござるか!?」

「何これ!? 勝手に動いてる!?」

「これは僕の無属性魔法、のようなものさ。これで僕はさっきの出来事を記録してもう1度見れるようにしたのさ」

 

 僕のドヤ顔に感心する2人。実際は僕の力でも何でもないから、罪悪感が凄い。やらなきゃ良かった。

 いつの間にか映像の場面は進み、気付けば八重が打ち倒されたシーンに差し掛かっていた。

 

「ここでござる!」

 

 八重の正面から振り下ろされたはずの剣は、いつの間にか胴を撃たれていた。

 

「どゆこと?」

「さあ……?」

 

 僕はエルゼに聞いてみるも、エルゼも分からないらしい。

 

「冬夜殿、もう1度見せて欲しいでござる! 出来るでござるか!?」

「出来るよ。どこから見たい?」

「倒される前!」

 

 八重の要望通りにもう1度打ち倒される前に戻し、再生して八重にスマホを渡す。

 そして映像では、子爵が八重に迫り胴を振り抜いていた。

 

「振りかぶってないね」

「これは、影の剣でござる」

「ハゲの剣?」

「影!」

 

 僕の聞き違いに律儀にエルゼがツッコミを入れる。

 

「影の剣とは、高めた闘気を剣とする技でござる。幻故に実体は無いものの、気配はあるので思わず認識してしまうのでござる」

「つまりあの時は幻を振りかぶったふりをして、実体の剣は胴狙いだったってこと?」

「そういうことにござるな」

「なるほどなー」

 

 八重とエルゼの解説に感心する僕。そして八重は笑っていた。あれは諦めの笑顔じゃない、何かを見つけた笑顔だ。何かブツブツ言ってるのが怖い。

 

「拙者の剣には影が無い……。成程道理でござる。相手の隙は待つだけでなく、作りだすのも選択肢……」

「八重、独り言はほどほどにしないと気味悪いよ」

「冬夜殿は優しいのか容赦ないのかよく分からないでござるな」

 

 そう言いながら八重は僕にスマホを返す。

 

「ともかく修行! もっともっと強くなってやるでござるよ!」

「あたしも手伝うわよ!」

 

 八重とエルゼが握手し、絆を深めあう。

 

「私は無視ですか、そうですか……」

 

 御者台からリンゼの恨めしそうな声。ごめん、忘れてた。




その時、1つの星が何か消えた。
その時、変態紳士は普通にナンパしてた。
次回「紳士的な異世界はスマートフォンとともに。」第18話『魔術師、帰れず』
人身事故が、また1ページ。

「これ事故起きて電車止まって帰れなくなっただけだよね!?」


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お買い物、そして訳あり商品。変なものしか無いんだけど!?

独自設定のタグを追加すべきでしょうか……?


 せっかく王都に来たんだからこのまま帰ることは無い、ショッピングでもしましょう、ということになった。というか女性陣に決められた。まあ、ミカさん達にお土産も買ってないしついでに僕の防具も買って行こう。金ならある。

 僕以外は一緒に行動するみたいだが、僕は単独行動。さて防具屋はどこかな、とスマホで検索したら一番近いのは目の前にあった。検索ェ……。

 

「いらっしゃーい」

「すいません、ちょっと見ていいですか?」

「どうぞどうぞ、手に取ってご覧ください」

 

 店主に断りを入れて僕はじっくり防具を見る。うーん、しかし良し悪しが分からない。スマホで検索して出る問題じゃないだろうしな……。

 

「すいません、ここにあるもので金属製以外の一番いい鎧ってどれですか? 僕機動力を重視するタイプなんで軽いのがいいんですけど」

「それなら斑犀の鎧が一番かと」

「何ですそれ?」

「その名の通り斑模様の犀ですよ。その皮から作られているので丈夫ですよ」

「へぇー」

 

 軽く叩いてみると、確かに硬い。でもなあ……。

 

「これ金属よりは軟いですよね」

「お客さん、無茶言わないで下さいよ……。魔力付与の効果でもされてない限り無理ですよ」

 

 魔力付与。確か魔法の効果が付与された道具のことだ。そのままである。

 物凄く数が少なくて、古代遺跡からの発掘品とか、没落貴族が手放した家宝とかしかないらしい。

 

「魔力付与された防具ってあります?」

「うちにはありませんねえ。そういうのは東通りのベルクトって防具屋ならあると思いますけど、あそこは貴族御用達ですから、ちょっと入れないですよ」

 

 店の主人は困ったような顔で答える。貴族御用達か、なら入れるな。

 

「ありがとうございました、入るアテならあるんで大丈夫ですよ」

「ん、そうかい? 悪いね大したこと出来なくて」

「いえ助かりましたよ。あ、これチップです」

 

 そう言って僕は親指で銀貨を弾き、店主へ渡そうとする。

 

「痛っ」

 

 飛ばし過ぎて店主の額に銀貨が当たった。

 

「すいません、大丈夫ですか?」

「ハハハ、大丈夫さ」

 

 申し訳なくなったので、銀貨2枚をカウンターに置いて僕は外へ出た。そしてマップを見ながらベルクトへ向かう。

 王都を歩いて分かったことだが、この世界は人間以外にもいろんな人種がいる。亜人と呼ばれる彼らは様々な種族が居るが、一番驚いたのは獣人だ。リアル獣耳である、僕は犬耳派だ。

 リフレットではまったく見なかったが、ここではちらほら目につく。あ、そこにいる狐耳と尻尾が生えた子可愛い。エルゼ達よりは年下で、12歳位かな? 狐の獣人だ。というか耳が4つあるってどういう感じなんだろうか、メインとサブで使い分けができるって前リンゼが言ってたけどどうにもよく分からない。

 ジロジロ僕が見ていると、どうやらその子は何か困っているらしい。何だかキョロキョロしているような……。――助けてあげるとしよう。

 

「年下趣味は無いんだけどね……」

 

 そう言いながら僕は狐耳の子に話しかける。

 

「あの、どうかしました?」

「ひゃい! なんでしゅか!?」

 

 凄い噛み方だな。しかも涙目でこっちを見てる。アヤシクナイヨー。

 

「いえ、何か困ってる様子でしたので、どうしたのかなと……」

「あ、あの、あのわた、私、連れの者とはぐれてしまって……」

 

 何このラッパーみたいな迷子。

 

「は、はぐれた時の為に待ち合わせの場所も決めていたんですけど、場所がどこか分からなくて……」

 

 成程、つまりその場所まで一緒に行って連れの者が来るまでまてばミッションコンプリートか。

 

「待ち合わせの場所は?」

「えっと、ルカって名前の魔法屋です」

 

 魔法屋ルカね。スマホを取り出して場所を確認すると、どうやらベルクトへ行く途中にあるらしい。これならついでで送ってあげても支障はない。

 

「その店なら案内しますよ。僕も同じ方向へ行く途中ですから」

「本当ですか!? ありがとうございましゅっ!!」

 

 なぜ噛む。というか大丈夫かこの子。

 まあいいや、とりあえず連れてマップに従い歩いていくとあっさりとルカに辿り着いた。ここに入ればいらっしゃいませの代わりに『俺は俺の望むがまま邪悪であったぞ!』とか言ってくれないだろうか、ルカ違いだよ。

 

「アルマ!」

 

 すると店の前に女性でこの子と同じ狐の獣人が居た、美人だ。その美人はこっちを見ると駆け寄ってきた。

 

「アルマ?」

「私の名前です!」

 

 それだけ言うとアルマは駆け寄ってきた獣人に向かって走り、やがて抱き合った。

 あれは、声から察するにお母さんだろうか?

 

「お姉ちゃん!」

 

 違った! 危なっ、口に出すところだったよ!!

 

「心配したのよ! 急にはぐれるから……!」

「ごめんなさい……。でもあの人が連れてきてくれて……」

 

 そういや僕名乗ってないや、まあいいか。

 

「妹のアルマがお世話になりました、感謝します」

「いえいえ、会えてよかったです」

 

 アルマのお姉さんに感謝の言葉を受けた後、是非お礼をと言われたが断った。美人の誘いを断るタイプではないが、ここで受けると時間がかかりそうだし何より母親と間違えたせいで個人的にちょっと気まずい。

 と言うことで用事があると言って僕は別れた。しばらくするとベルクトが見えてきた。

 

「うわー、高そう……」

 

 格式ありそうな煉瓦造りの店構えに、僕は思わず怯みそうになる。が、すぐに思い直す。そうだ、僕には何もなくても僕のバックには公爵家の権力がある! 言ってて悲しい!!

 豪奢な扉を開けて中に入ると、すぐさま若い女店員が声をかけてきた。

 

「いらっしゃいませ、ベルクトへようこそ。お客様は当店のご利用は初めてでしょうか?」

「はい、初めてです。それよりもまずはあなたの名前――」

「それでは何か、お客様のご身分をどなたかが証明するもの、もしくはどちらかからの紹介状などをお持ちでしょうか?」

 

 く、喰い気味にスルーされた……。まあいいや、とりあえず言われたとおりに公爵家から貰ったメダルを見せる。店員のお姉さんはメダルを一瞥して一言、

 

「確認いたしました、ありがとうございます。それで本日はどのようなご用件でしょうか?」

「魔力付与された防具が欲しいのですが」

「かしこまりました。こちらへどうぞ」

 

 お姉さんに案内されて、店の奥のコーナーに辿り着くと、そこにはいかにも高そうな鎧から安そうな皮手袋まで様々な物が置いてあった。

 

「これ全部魔力付与されてるんですか?」

「はい。例えばこちらの銀豆の盾は攻撃魔法を豆にして反射する魔法の付与が、そちらのゴリラの籠手には見た目をゴリラにして筋力増加したりしなかったりする魔法の付与がされています」

「何かおかしいんですけど!?」

 

 意味分かんないよ!? 何、豆とかゴリラとかどういうアイテムなの!?

 

「それでお客様のご希望はどのような物を?」

「え、今のスルー?」

「それでお客様のご希望はどのような物を?」

「何、botなの?」

「それでお客様のご希望はどのような物を?」

 

 色々言いたいことはあるが、諸々スルーして僕も話を進めることにした。

 

「あの、重くなくて丈夫な防具が欲しいんですけど」

「そうですね……。でしたらこちらの革のジャケットはいかかでしょう。耐刃、耐炎、耐雷、耐豆の魔力付与がされております」

「耐豆!?」

 

 豆って何!? 豆で攻撃される状況がイメージ出来ないんだけど!?

 

「ちなみにデザインが恥ずかしいのは仕様です」

「そこまで見てなかったけど買う気なくすよ今の言葉で!!」

 

 よく見たらラメ入りだし、背中に竜の刺繍もある。本当に恥ずかしいな。

 何か違う物は無いかとキョロキョロ見回していると、店の隅に掛けられていた白いコートに目が留まる。襟と袖にファーが付いたロングコートだ、正直僕に似合うかは知らないが、少なくとも耐豆のジャケットよりはマシだろう。

 

「あの、これは?」

「こちらには耐刃、耐熱、耐寒、耐撃に加えて非常に高い攻撃魔法に対する耐魔と耐豆の付与が施されておりますが、少々問題がありまして……」

「問題?」

 

 というかこれにもあるのか、耐豆。

 

「耐魔の効果は、装備されたその方の適性にしか、発揮しないのでございます」

「適性外だったら?」

「倍化します……。ちなみに豆の心配は無用です」

「だろうね。豆なんて魔法属性無いもんね」

 

 とはいえ全属性適性持ちの僕なら問題ないな。何この示し合わせたかのようなアイテム、まさかこれを巡って壮絶な戦いが始まったりしないよね?

 

「あ、これ買います。いくらですか?」

 

 でも買う。いい防具だし。

 

「こちらは少々お安くなっておりまして、金貨8枚となっております」

「じゃあこの白金貨で」

「少々お待ちください」

 

 お姉さんがカウンターに戻り、銀盆の上に金貨2枚を置いてやってくる。僕は金貨2枚を受け取ると、財布に入れて店を出ていく。

 

「ありがとうございました。またのご来店をお待ちしております」

 

 いい買い物したな……。とは思うけど、この店あんな変な商品ばかりで大丈夫なんだろうか。



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転移、そして帰還。1話でフリージアは流れませんと言ってますがあれは冬夜死亡時に流れないと言っているだけでオルガネタをしないという意味ではないです

このサブタイトルはハーメルンにあるSSのサブタイトルの中で何番目くらいに長いのか。私、気になります!


 コートを買った後、近くの飲食店に入って軽く食事をし、引き返して魔法屋のルカに寄った。アルマたちはもういないと思ってきたが、その通りで良かった。名乗らずに別れたのにこんなすぐ鉢合わせは恰好悪すぎる。

 店の中を物色していると、ふと壁に張り紙があった。何があるんだと思ってみるとそこにはこうあった。

 

『3つの「U」。うそをつかない、うらまない、相手を敬う』

「いや涙目のルカじゃん!?」

 

 何で知ってるの!? 何で壁に張ってるの!? 疑問は尽きないが一々聞くのも面倒だったので流して、無属性魔法関連の本を買った。今まで世に出た珍しい魔法を網羅した、おもしろ魔法辞典みたいな本だが安い上に沢山魔法が書いてあってとってもありがたい。

 後はミカさんにお土産としてクッキーの詰め合わせを買って、皆との待ち合わせ場所に戻ることにした、もう陽が暮れる。

 

「やっと来た、おーそーいー!」

「あれ、皆早くない?」

 

 馬車の前で荷台にかなりの荷物を積んで3人が待っていた。買いすぎィ!

 

「あらー? 何よ冬夜、似合わないコートなんか着ちゃって?」

 

 からかうような口調でエルゼが僕を品定め……、してないなこれ、普通に罵られてる。

 

「これは魔力付与がかけられたコートなんだよ。全属性の攻撃魔法軽減、更に耐刃、耐熱、耐寒、耐撃、耐豆効果。あとこのコートは格好いいと思う」

「凄い効果ですね……。あ、コートは格好いいと思いますよ」

「いや耐豆って何でござるか」

「それ僕が格好良くないって言ってるよね」

「じゃああんた自分を格好いいって思ってるの?」

「別に思ってないけど……」

「じゃあいいじゃない」

「うん、……いやおかしくない?」

「だから耐豆って何でござるか」

 

 何だか丸め込まれた気分、後耐豆については僕が知りたい。

 

「それじゃ帰ろうか」

 

 皆揃ったので僕達は馬車に乗り込み、出発する。手綱は八重が握り、僕は女性陣の荷物で荷台が狭いので御者台の八重の隣に座る。

 そのままとりあえず王都に出てしばらく進み、ある程度離れたところで馬車を止める。

 

「こんな所に止めてどうするでござるか?」

 

 精神bゲフンゲフン、こんな所に止めてどうするのかって? そう言えば八重にはゲートの事言ってなかったな。ちょっと驚かしてやるのも面白いかな?

 

「町中に出るより少し前の街道の方がいいかな」

「そうね、その方がいいでしょ」

 

 エルゼの言葉を聞きつつ、僕は出現場所のイメージをしつつ魔法を発動させた。

 

「ゲート」

 

 目の前に馬車が通れるだけの光の門を出現させる。

 

「な、何でござるかこれは!?」

「ほら進んで進んで」

 

 狼狽する八重を急かして馬車を進めさせる。ゲートを潜ると夕日がリフレットの西側の山に沈んでいくところだった。

 

「やっぱり便利ね、この魔法」

「馬車で5日の距離が一瞬ですからね」

「一度行ったところじゃないと行けないのが難点よね」

「だから何が、どうなってるでござるか!?」

「後で説明するさ、リンゼが」

「私ですか!?」

 

 説明役をリンゼに押し付けて、僕らは帰ってきたという安堵感に包まれた。

 

 

 ザナックさんの報告は明日にしようということになり、僕らは銀月に向かった。

 銀月の前で馬車を停め、ミカさんに帰ってきたと挨拶しようと僕らは中に入る。当たり前だけど銀月は何も変わっていなかった。ように見えたが実際は1つの変化があった。

 

「いらっしゃい、お泊りで」

 

 カウンターにがっしりとした体つきの赤毛の髭男が出迎えたのである。

 ……な。

 

「何やってんのミカさぁぁぁん!!」

「いきなりどうしたでござるか!?」

 

 突如叫ぶ僕に驚く八重。しかしそんなことより――

 

「ミカさんがおっさんになってる!?」

「いやどう考えても別人でしょ!?」

 

 エルゼの言葉を聞いてカウンターにいる男を改めてよく見る。

 髪の毛の色は一緒だが、それ以外に共通点は見つからない。

 ……あ、別人だこの人。

 

「すいません、僕らはここに泊まっている者なんですけど」

「テンションの切り替えが凄いなお前さん……」

「あれ、皆帰ってきたの? 随分早かったね」

 

 厨房からエプロンをしたままのミカさんが現れた。

 

「ミカさん、エプロン姿も素敵ですね」

「口説いてないでこの方がどちら様か聞きましょうよ……」

 

 僕の言葉にリンゼがツッコミを入れる。口説くのは最早ライフワークだから仕方ない。

 

「ああ、会ったこと無かったっけ? うちの父さんだよ。あなた達と入れ替わりで遠方の仕入れから帰ってきたの」

「ドランだ。しかしミカから聞いてたがお前さんが望月冬夜か」

「僕の事知ってるんですか?」

 

 ミカさん僕の事どんなふうに言ってるんだろう?

 

「この町に来て数日で町の美人に片っ端から声かけて全敗した男として有名だぞ」

「嫌な方向に知名度あるなあ、僕!」

「でも事実じゃん」

「事実だから何言ってもいいわけじゃないと思うんですミカさん!」

 

 訴えてやる! と息巻いているといきなりミカさんが僕を抱きしめる。するとか、顔がおっぱいに埋もれる。こ、これはド○クエでおなじみのぱふぱふか!?

 

「これで許してくれない?」

「全部許します!!」

 

 因果は応報するもの。己の行いは己に返るのが道理。なら僕の評判も仕方ないね!

 

「現金でござるな……」

「毎度のことよ」

「それよりドランさん、この人の部屋をお願いしたいんですけど……」

「あいよ」

 

 リンゼが八重の分の部屋を頼んでいる間に、僕は部屋に荷物を運び、エルゼは馬車を返しに行く。

 

「あ、ミカさん。これお土産のクッキー」

「あいよー。ありがと、王都はどうだった」

「オオキイ。アト、ヒトオオイ」

「何で片言?」

 

 お土産のクッキーを渡しながらミカさんの質問に答える。でも正直1日も居なかったから大したことは言えない、今度はゆっくり観光しよう。

 無事の帰還を祝ってミカさんが夕食をごちそうしてくれた。僕らも結構食べたが、その数倍八重が1人で食べていた。あの時大量に食べてたのは飢えていたからじゃないのか。

 その後、八重だけは食事代を宿代に追加されたとさ。

 

「めでたしめでたし」

「めでたくないでござる!!」



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信頼、そして依頼完了。リンゼの運ヤバすぎワロタwww

本編で草は生やさないが、サブタイならいいかと思ったんです。


 翌日、依頼を完了させるべく僕らはザナックさんの元へ向かった。余りにも早い帰還にザナックさんは驚いていたが、僕がゲートを使って見せるとザナックさんは驚きながら納得していた。

 

「これ、返事の手紙です……」

 

 何となくVガン風に受け取った手紙を渡し、ザナックさんは手紙を開けて目を通す。

 

「確かに。よくやってくれた」

「それとこれを。使わなかった交通費の半分です」

 

 僕は袋に入れたまま使わなかったお金を差し出す。

 

「律儀だね君は。ゲートのこととか黙っていればそのお金は君達の物だろうに」

 

 それはちょっと思ったけどさ。

 

「……あれですよ。こういう仕事は信頼が大事ですからね」

「そうだね、信頼こそ大事なものだ。自らの行いは自らに返ってくる」

「ええ、身を持って知ってます」

「いや何が……。そういえば冬夜君は最近この町の女性に片っ端から声を」

「失礼します!」

 

 あまり聞きたくない噂を無理矢理断ち切って、僕らはザナックさんの家を飛び出す。広まり過ぎじゃない僕の噂!? あ、お金はちゃんと返したよ。

 そのままギルドに向かい、職員さんに依頼完了の報告をする。

 

「ギルドカードの提出をお願いします」

 

 差し出した僕ら3人のカードに、職員さんがPONPONPONと魔力の判子を押していく。好きだけどきゃりーぱみゅ○みゅじゃないよ。

 

「それではこちらが報酬の銀貨7枚です。依頼完了お疲れ様でした」

 

 カウンターに置かれた報酬を受け取りながら、僕は受付に違う用件を頼む。

 

「すいません、この子のギルド登録をお願いしたいんですけど」

「登録ですか? かしこまりもっこり」

「どういうことなの……」

 

 八重が登録の説明を受けている間、僕らは報酬をそれぞれ2枚ずつに分けたが、残り1枚をどうしようか話し合っていた。

 

「どうする?」

「そうね、皆で何か買ってもいいけど……」

「買い物はこの前済ませましたからね……」

「「「うーん……」」」

 

 そうして悩んだ挙句出した答えは、ポーカーで勝負して勝った人の総取りにすることにした。

 

「ぶっちゃけ、白金貨なんて持ってる時点で銀貨1枚くらいどうってこと無いわよね」

「それ、後々金銭感覚狂って破産したりしない?」

「多分しないわ」

「多分ってお姉ちゃん……」

 

 リンゼの呆れる声をBGMに僕はトランプをシャッフルし、カードを配る。勿論イカサマなんかしない。

 そしてそれぞれにカードを配り終えたところで、僕は自分の手札を見る。

 ハートの5、ハートの6、スペードの7、ハートの8、ハートの2だった。

 うわぁ……、微妙……。何でストレートフラッシュ揃いかけてるの……。

 僕以外の2人の顔を見ると、エルゼは「あっちゃー」って顔をしている。ポーカーフェイスは苦手らしい。一方のリンゼは恐ろしい程無表情だった。怖いよ。

 

「あたし1枚チェンジ」

「僕は2枚チェンジ」

 

 エルゼがチェンジしたのを見て僕も便乗、2枚換える。捨てたのはスペードの7とハートの2だ、他に選択肢なくない?

 恐る恐るカードを引く。まず1枚目、ドロー! ハートの7! よしよし、これで次にハートのカードか9のカードが出れば役が揃う。さあ2、2枚目はなんだ。そして引いた2枚目のカードは、

 

 

 ダイヤの3だった。

 

「ブタァ!!」

 

 僕は揃っていないカードをテーブルに叩きつける。畜生め!

 

「あたしスリーカード」

 

 続いてエルゼもカードを出す。エルゼの手札はクラブ、ハート、ダイヤの4とスペードの6、クラブのJだ。

 

「私はこれです」

 

 最後にリンゼがカードを出す。手札はダイヤの10、J、Q、K、A、――え?

 

「「ロ、ロイヤルストレートフラッシュ!?」」

 

 驚く僕とエルゼ。しかしリンゼはこんな凄い役を揃えたのになぜか悲しげだ。

 

「どうせなら、もっと大きい勝負の時に揃ってほしかったです……」

「「確かに!」」

 

 一瞬で納得した、そりゃこんな勝っても負けても良いような勝負で出してもねえ……。

 

「登録したでござるよ~」

 

 嬉しそうに八重がカードを振りながらやってくるが、僕らの表情を見て何かがあったらしいことを察して疑問を呈する。

 

「何かあったでござるか?」

「「リンゼの運が良すぎて僕(あたし)らの雑魚っぷりがマッハ」」

「何が起きたでござるか……」

 

 微妙な顔をする八重をする尻目に、僕らは約束通りリンゼに余った銀貨1枚を差し出す。

 

「そんなことより、拙者何か依頼を受けたいでござる!」

「ん、いいよ」

「いいわよ」

「分かりました」

 

 八重の頼みを聞いて、依頼が貼っているボードに向かう僕ら。

 皆で貼られた依頼書を読んでいく。……あ。

 

「北の廃墟、討伐、メガ……スライム? まだこれあったんだ、ねえ」

「「「ダメ」」」

 

 またユニゾンで拒否された。どうやら八重もヌルヌルが苦手らしい、成程……。

 

「じゃあもう一度夢を追いに」

「魔物を町に持ち込むような行為は禁止です」

 

 虫取り網を手に取った瞬間、受付のお姉さんに今度はバックドロップで沈められる僕。

 その間にタイガーベアとかいう虎なのか熊なのか分からない魔獣の討伐に決まった。ゲートで行ける距離なので、僕は諦めて向かった。

 

 

 結論から言うと、タイガーベアは虎縞の大きな熊だった。後牙がサーベルタイガーみたいだった。

 岩山に住んでいて、いきなり襲い掛かられたが八重がほとんど1人で倒した。僕に至ってはマジで送り迎えしかしてない。

 倒した証拠に牙を折り、ゲートでギルドに戻り提出して依頼終了。依頼を受けてから2時間で銀貨12枚を手に入れた、RTAかな?

 もう1つくらい何か受けてもいいかと思ったが、結局何も受けず食事することにした。

 パレントで依頼完了&八重のギルド登録&初討伐を祝う。

 それぞれ軽い食事と飲み物、あと全員アイスを頼んだ。初めて食べるアイスに八重は驚いていたが、すぐに美味しい美味しいと食べていた。

 帰り際にアエルさんにまたメニューを考えてくれと頼まれた、別に考えた訳じゃないんだけど……。まあそれより次のメニューはどうするか考えるか。



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雨、そして将棋盤。将棋とチェスの起源は共通して古代インドのチャトランガだと考えられています。

誤字報告ありがとうございます、修正しました。


 王都から帰ってきて2週間が経った。外は3日前から雨、降り止む気配はない。どうやらこの世界にも梅雨はあるらしい、忌まわしい限りである。

 雨が止むまではギルドで依頼を受けるのは無し、という事になり僕は王都で買った無属性魔法の本を読んで使えそうなのを探す。今の所500ページ位読み進め、使えそうなのは4つしかない。ちなみに1ページにつき50位の魔法が乗っている。25000分の4って……。

 ピックアップしたのは魔法の効果を物質に付与するエンチャント。魔法付与のアイテムってこの魔法で作ってんの?

 相手を麻痺させるパラライズ。M○THERで似たようなPSIあったよね。

 鉱物や木製品の形状を造り変えるモデリング、自分の求める物を捜索できるサーチの4つである。

 このうちモデリングとサーチはかなり便利だった。まあ不都合もあったが。

 モデリングは物質を思い浮かべた物に造り替える術だが結構時間がかかる上に、しっかりイメージしないと変なものが出来る。

 試しに美少女フィギュアを作ってみたが、顔や胸の大きさのバランスがおかしくなってしまった。

 

「こんなもの……! こんな、手作りフィギュアなんて!!」

 

 その時僕は思わず職人風にフィギュアを地面に叩きつけて壊していた。

 今度は将棋盤を作ってみたが、今度は盤のマス目が多くなってしまったり駒の大きさがマス目より大きくなってしまった。

 何か意地になっていた僕は、スマホで将棋盤の画像を検索して見ながら作る。今度はちゃんとしたものが出来たが、僕何やってたんだっけと思ってしまったのは余談だ。

 一方、サーチは結構大雑把な求める物でも検索できることが分かった。試しにバニラで検索したらココというプチトマトみたいなものが出てきた。しかしこれの味や香りはバニラそのものであった。何だこれと思ったが、要は僕がバニラだと思った物がサーチされたのだ、大雑把だけど便利だ。

 ただこれ、欠点として有効範囲が狭い。大体半径50メートルくらいが射程だ、いや射程じゃないか。

 

「お腹すいたな」

 

 気づけば昼の12時。

 本をしまい、食事にしようと宿の階段を降りていく。食堂にはドランさんとバラルさん、武器屋熊八の店主が対面して座っていた。2人の間にあるものは、僕がこの前作った将棋盤だ。

 

「また将棋ですか」

「おう」

 

 盤上に釘付けで、こちらを見ずに返事するドランさん。

 モデリングのテストというかただの意地で作った将棋盤にドランさんが興味を持ち、僕がルールを教えるとすっかりハマってしまった。まあルール説明はチェスと似ているから大して苦労しなかったことが幸いだった、説明が楽だ。

 しかも知り合いのバラルさんまで巻き込んでのハマりっぷりだ。いやそれはいいんだけど、バラルさんがルール覚えるまではほとんど僕が相手をしていた。一応イーシェンにも将棋はあるらしく、八重もルールは知っていたのだがどうにも弱かった。のであっさりドランさんは八重より強くなったのだった。

 

「将棋なんて、ルール位しか覚えていないでござるよ」

 

 とは八重の弁。まあ流石に始めたばっかりの相手に負けたのは悔しかったらしく、今では僕含めて4人は全員ほぼ互角の腕前になった。何だったら僕は1枚下手になっている。

 それはそれとして、厨房に居たミカさんに昼食を頼む。僕は2人の邪魔にならないように離れた席に座った。

 

「バラルさん、武器屋の方は良いんですか?」

「この雨じゃ客も対してこないしな、女房に任せた。それより冬夜さん、この将棋盤もう1セット貰えないか?」

「え? バラルさんにはもうあげましたよね?」

 

 家で練習したい、と言ったので僕が1セット作ってこの間渡したんだ。

 

「それが道具屋のシモンが興味持ったみたいでな、頼むよ」

 

 何そのドリル使いそうな道具屋。

 

「まあいいですけど」

「いやありがとう。これで」

「王手」

「ぬぇ!?」

 

 腕を組み、盤所を睨み続けていたドランさんの言葉に、今度はバラルさんが腕を組み、盤上を睨みだした。いつまでブームは続くんだろうか、まあその内飽きるだろうけど。

 

「はいよー、お待たせ。父さん達もいい加減にしなよー」

「わりい、これだけな」

 

 拝むような仕草でドランさんがミカさんに顔を向ける。まあ単に雨が降ってるから暇なだけかもしれないしね。

 ミカさんが持ってきた昼食は山菜パスタとトマトスープ。それとリンゴが二切れ。

 

「そういやミカさん、他の皆は?」

「リンゼちゃんは部屋だろうけど、エルゼちゃんと八重ちゃんは出かけたよ」

「この雨の中を?」

「パレント新作のお菓子を買いに行ったの」

 

 あれかー。バニラもどきを見つけたからバニラロールケーキを作ってみたんだった。まあ僕はレシピを教えただけで、作ったのはアエルさんだけど。調子に乗ってイチゴロールケーチも作って貰っちゃった。美味しかった。

 その話をエルゼ達にしたら、なぜ持って帰らないのかと首を絞められた、解せぬ。

 その新作が今日から売り出されることになっていたんだった。やっぱり女の子は甘いものが好きなんだね、僕も好きだけどさ。

 

「ただいまー。うあー、濡れた濡れたー」

「ただいまでござる」

 

 おっと、お2人の帰還だ。差していた傘を畳み、入口に立て掛ける。

 ちなみにこの世界にビニール傘なんてない。布に木の樹脂などを染み込ませて、防水効果を上げる等工夫を凝らした一品だ。折り畳み傘って地球だといつからあるんだろ? まあどうでもいいけど。

 

「お帰り、買えた?」

「ばっちりよ。雨で人少なかったから助かったわ」

 

 エルゼが良い笑顔を見せながら袋を持ち上げる。

 

「美味かったでござる」

 

 食べてきたのかよ。

 

「はいこれ、ミカさんの分」

「ありがとー。後でお金は払うから」

 

 エルゼは袋から4つの白い箱を出して、その内の1つをミカさんに手渡した。

 

「残り3つは?」

「1つはリンゼの、もう1つは私達のよ。残りの1つは公爵様へ届けて」

「僕が?」

 

 というか僕の分は?

 

「あんた以外にこの雨の中、誰が王都まで行けるのよ。お世話になった相手にお裾分けは常識でしょ?」

 

 いや、それは良いんだけど僕の分は? と言ったらあんたもう食べたじゃん、と返された。いやそうだけどさ。

 仕方ない、行こう。そういやこないだ王都へ行ったとき、公爵も将棋に興味持ってたっけ。ドランさんに断りを入れて裏庭の廃材を使って将棋盤と駒を2セット作る。何度も作ってると流石に慣れるな。一応駒の数を確認、前飛車の数が多かった事あるし。

 食堂に戻りバラルさんに1セット渡す。ロールケーキと将棋盤を携えて、いざ出発。

 

「おっと、傘忘れた」

 

 向こうも雨降ってるかも知んないのに。

 

 

「うまあ! これうまあ!!」

「はしたないですよスゥ。でも本当に美味しいわ。このロールケーキというものは」

 

 エレン様とスゥは大喜びでロールケーキを食べている。良かった、舌に合わなかったらどうしようかと思った。

 

「いや、これをいつでも食べられるとはリフレットの住人が羨ましいな。君みたいにゲートが使えれば毎日買いに行くのだが」

「よろしければ、レシピを屋敷の料理人に教えますが」

 

 アルマさんに何か言っとこうか、いやまあ大丈夫だろう。この世界に通販がある訳じゃないし。

 

「本当か冬夜! 母上、これで毎日食べられますぞ!」

「もうスゥったら。毎日食べたら太ってしまうわ。1日おきにしなさい」

 

 スゥの言葉にエレン様がツッコミを入れる。いや1日おきでも十分多いと思います。スゥが太らなきゃいいんだけど。

 

「それで、これが例の将棋かね?」

「はい。2人でやるゲームなのですが、やってみますか?」

 

 公爵が僕の持ってきた将棋盤と駒を眺める前で、僕は自陣に駒を並べる。

 

「父上! わらわも!」

「まあ待ちなさい。まずは私からだ」

 

 公爵が僕の真似をしながら駒を並べる。

 

「まずは駒の動かし方ですね。これは歩と言いまして、チェスで言うならボーンですが敵陣に入ると――」

「ふむ」

 

 駒の動かし方と公爵は次々覚えていく。まあチェスと近いし、多少はね?

 

 

「もう1回、もう1回だzzz……」

 

 や、やっと寝た……。しばらくすると公爵様はスゥに変わったのだが、スゥが猛ハマりしてしまい、結局夜になりスゥが眠気に負けるまでずっと打ってた……。流石にしんどい。

 

「いや、スゥは将棋より君と遊ぶのが楽しかったんじゃないかね?」

「それは、どうも」

 

 まあ、それが事実なら嬉しくは思う。

 

「それにしてもなかなか面白いな。今度兄上にも勧めてみるか」

 

 公爵様がとんでもないこと言っている気がする。まあいくら何でも国政は揺るがないだろ。

 あ、雨あがってら。



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首無し騎士、そして廃墟。デュラハンって妖精の一種だったの……?

ついにオリジナル無属性魔法が出てしまいました。が、冬夜君が強くなるとかはありませんので安心してください


「八重、そっち行ったぞ!」

「承知!」

 

 崩れかかった城壁に身を隠し、そいつは僕の視界から消える。

 壁越しに響く金属音。僕が城壁を回り込み、音の出所を見ると八重と切り結んでいた。

 漆黒の鎧に禍々しい大剣。それを持つにふさわしい巨大な体躯はその力強さを滲み出し、支える両足は大地を捉えて離さず、大剣を振るう両腕から慈悲は一分たりとも感じない。

 その騎士の名はデュラハン、首の無い騎士でおなじみのあのデュラハンである。まあ、この世界では断頭台で無念の死を遂げた騎士が、自らに合う首を探して彷徨い人の首を狩り続ける魔物、という何だかよく分からない伝承になっているが。

 八重と挟み撃ち(トラップカードじゃないよ)の形でデュラハンと対峙する、八重に目で合図し僕が経てた人差し指と中指に光の魔力を集めると、八重は素早くその場から離れた。

 

「光よ穿て、輝く聖槍、シャイニングジャベリン!」

 

 デュラハンに向けた指先から、眩い光を放つ槍が一直線に飛んでいく。その槍は左肩を貫き左腕を千切れ飛ばす。

 だがその傷口から血が出ることは無く、代わりに黒い正気を漂わせながら痛みを感じていないかのように残った右腕で大剣を構えてこっちに振り下ろしてきた。

 そのタイミングで横から飛び込んだ影が、デュラハンの脇腹を拳で抉る。そのままエルゼ、あ、エルゼって言っちゃった、は体勢を崩した相手に回し蹴りを叩きこんだ。

 

「エルゼ、一角狼の方は!?」

「片付けたわよ! ったく20匹近くいたわよもう!!」

「それはお疲れ様」

 

 遠くからリンゼも駆けてくる。ここからが本番だ!

 思いがけない攻撃に一瞬よろめくデュラハンだが、すぐに体勢を整え大剣を襲った相手であるエルゼの首目がけて横に薙ぐ。エルゼはそれをしゃがんで躱し、そのまま前転を繰り返し僕の元へ転がってきた。

 

「炎よ来たれ、煉獄の火球、ファイアボール!」

 

 リンゼの放った火球が、デュラハンの背中に命中する。その隙をついて、八重の剣戟が煌めくが、振りかざした大剣に阻まれてしまう。

 向こうと違ってこっちは攻撃を喰らうことが出来ない。持久戦になったらまずそうだ。

 デュラハンはアンデッド。RPGみたいなノリで光属性に弱いのだが……。リンゼも使えるけどそれほど得意じゃないから、僕がやるしかないな。

 

「リンゼ、氷の魔法であいつの足を止めてくれ。数秒でいい」

「分かりました!」

 

 その声が響いた瞬間に八重とエルゼが動き出す。デュラハンの気を引き、僕とリンゼから注意をそらしてくれる。

 

「氷よ絡め、表決の呪縛、アイスバインド」

 

 リンゼの魔法が発動し、デュラハンの足元を凍りつかせる。その氷から逃れようとデュハンがもがき、氷は少しずつ割れていく。黙って見ていればいずれ脱出できるだろう、だけどそんなつもりは毛頭ない。

 

「マルチプル」

 

 僕は無属性魔法を発動し、僕の周りに4つの魔法陣を浮かべる、次いで光属性の魔法を唱える、と同時にもう1つ無属性魔法を使おう。これに特定の呪文はない。

 

「天光満る処に我は在り、神の門開く処に汝在り、出でよ神の雷、シャイニングジャベリン!」

「呪文変わってる!?」

 

 僕が使った無属性魔法は2つ。マルチプルは連続詠唱を省略し、魔法を同時発動を可能とする無属性魔法だ。そしてもう1つはスペルカスタム、これは6属性の魔法の呪文を変更する無属性魔法だ。これには特定の呪文は無く、好きな詠唱をすれば勝手に発動するという特殊すぎる代物だ。ちなみに呪文の詠唱を変えた所で威力や効果は一切変わらない。しかも無駄に魔力を消費する価値の無いもの、だがネタに使えそうなので習得した。

 それはそれとしてエルゼのツッコミを背に、4つの魔法陣から光の槍が4本現れデュラハンを貫く。

 槍はそれぞれ右腕、脇腹、左足、そして胸を貫く。貫かれた箇所は消失し、デュラハンは地に倒れ伏す。

 そしてデュラハンが動くことは、もう無かった。

 

 

「片付いたわね」

「疲れたでござるー」

 

 エルゼが安堵の呟きを洩らし、八重が地べたに座る。無理もないか。

 リンゼも胸をなでおろしている様だ。

 僕らはここ数ヶ月でギルドランクが緑になった。このランクになると一人前として認められるようにある。

 早速緑の依頼を受けようとしたら、エルゼがたまには他の町のギルドで受けてみたい、というので王都で緑の依頼である廃墟のデュラハンを選んだのだ。

 元々この廃墟は1000年以上前の王都だったらしい。当時の王がこの土地を捨てて新たな王都を作ることを選んだらしい。

 当時は知らないが今はツタが蔓延る穴だらけの城壁と、町の形をかろうじて残す石田畳と建物、それと瓦礫だけだ。

 その廃墟に魔物がすみつくようになり、冒険者に依頼して討伐、しばらくするとまた魔物がすみついてまた討伐、というサイクルが出来上がっているらしい。根本的に何とかしたほうがいいんじゃないの? 収入になるから僕らはいいけどさ。

 

「しっかし、昔の王都って言っても何にもないな……」

 

 辺りを見渡してもあるのは崩れた壁ばかり。廃墟マニアなら喜びそうであるが僕にそんな趣味は無い。

 

「王の隠し財宝とかあったら面白いのにねー」

「いやそれはないでごあざろう。ただ遷都しただけでござるから、宝などすべて持って行くに決まっているでござる」

「分かってるわよ」

 

 八重の反論にエルゼが口をとがらせる。言い分は八重の方が正しいが気持ち的にはエルゼに同意する。

 そうだ、サーチでも使ってみよう。

 

「サーチ:財宝」

 

 使ってみたがやっぱり無かった、知ってたけど。

 

「サーチ使ったの? どうだった?」

「少なくともこの辺には無いね」

 

 エルゼが適当に聞いてきたので僕も適当に答える。

 

「ま、そうよね」

「でも冬夜さん、財宝じゃなくても歴史的遺物ならあるかもしれませんよ?」

「僕が財宝だと認識してないから?」

「そうです」

 

 確かに絵とか石板に凄い価値があっても僕には分からない、それならサーチをすり抜けるかもしれない。

 だったらこうかな。

 

「サーチ:歴史的遺物」

 

 歴史的に価値ある物なら引っ掛かるかな……、と。あれ?

 

「引っ掛かった」

「「「え!?」」」

 

 ウッソだろお前、歴史的に価値がある物あるのかよ。あるが続いちゃったよチャイナキャラか僕は。

 

「ど、どっちでござるか!?」

「こっちこっち、というかなんか大きいな。何だこれ」

「「「大きい?」」」

 

 廃墟の中を感じるがままに進み、皆が僕の後を着いてくる。やがて崩れ落ちた瓦礫の手前まで来た。

 どうやら、この瓦礫の下にあるらしい。

 

「この瓦礫の下みたい」

 とても素手では取り除け無さそうな瓦礫の山をどうするか、と考えているとリンゼがいきなり躍り出る。

 

「炎よ爆ぜよ、紅蓮の爆発、エクスプロージョン!」

 

 轟音を響かせて、瓦礫を吹き飛ばすリンゼ。怖いよ。僕は後何度リンゼに恐怖を覚えればいい? 答えろ、答えてみろ!

 

「片付きました」

 

 人知れず怯える僕を尻目に、リンゼはさっさと瓦礫があった場所を調べ始める。

 僕も手伝おうと瓦礫のある場所を見ると、石畳の一部が欠けて下に何か見える。皆を呼んで瓦礫をどかすと、やがて畳二畳くらいの鉄扉が現れた。

 その扉を力を合わせて開けると、地下へ続く石の階段が現れた。

 それを見て思わずこの世界の考古学って、どれくらい発達してるのかな……。とどうでもいいことを考える僕だった。



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地下遺跡、そして水晶の魔物。なぜかやたらとダイマ

毎日更新とかむぅ~りぃ~、になりそう。
やれるだけやりますが、19時に更新されていなかったら駄目だったんだな、と思ってください


「光ちょっち来てよー、ちっさい照明でいいからー、ライト」

「呪文ウザっ!」

 

 僕が宙に作りだした明かりを頼りに、僕達は石の階段にを進み地下へと降りていく。

 階段は緩やかな角度で螺旋を描き、ひたすら続いている。これはどこまでも続いている様な気さえしてくる。だがそれは錯覚だ、必ず終わりはある。その終わりが来た先に、広い石造りの通路が現れた。

 真っ直ぐ伸びるその通路は、先は闇で覆われ何があるかまるで見えない。何とも不気味な雰囲気だ。

 

「な、何か気味悪いわね……。幽霊でも出そう……」

「な、何を言っているでござるかエルゼ殿!? ゆ、幽霊など出るわけないでござろう!」

「はいはい出ません出ません」

 

 エルゼがボソッと呟いた言葉に八重が過剰反応する、それをリンゼが適当に宥めていた。というかリンゼ以外は僕のコートを引っ張らないで欲しい、歩きにくいんだけど。

 一方のリンゼは平然と石造りの通路をガンガン進んでいく、

 僕が明るくしてるとはいえあんまり行き過ぎるとライトが届かないんだけど……、そこまで自制心が無いわけないよね。

 そうこうしていると、通路の天井がどんどん高くなっていき、やがて大きな広間に出た。

 そこにあったのは正面の壁いっぱいに書かれた、これは文字だろうか? 高さは4メートル、長さ10メートルほどの壁に一面とびっしり書かれている。

 何と言うか、古代文字?

 

「リンゼ、この文字読める?」

「いえ、全く分かりません……。古代魔法言語とかでもなさそうです……」

 

 リンゼはこっちを向くことなく、壁に書かれた文字を茫然と眺めている。

 これは間違いなく歴史的遺物だろう。でもお金にはならなさそうだな。

 っと、そうだスマホで写真を撮っておこう。ひょっとしたら考古学者が高く買うかもしれない。印刷法は……、無属性魔法をあとで探せば多分ある、と思う。

 

「ウェイ!? 何でござる!?」

 

 僕のスマホのフラッシュに八重達が驚く、どうでもいいけど何でオンドゥル語? とにかく僕が安全だと言うと、彼女らは先に言って欲しいなど文句を言いながら何度目かのため息をついた、ごめんって。

 何枚かに分けて壁画を全て撮影。しかし何で地下深くにこんなものが……。

 

「ねえちょっと! 皆こっち来て!!」

 

 広間を探索していたエルゼが声を上げる。広間の右壁側、そこに居た彼女は壁の一部を指す。

 

「ここに、何か埋まってるわ」

 

 壁の一部、僕の目線の高さに茶色っぽい透明な菱形の石が1つ埋め込まれていた。大きさは2センチ位だ。

 

「これは……、魔石ですね。土属性の魔石です。おそらく魔力を流すと起動する仕掛けでしょう」

「へぇ……」

「じゃあ冬夜、魔力流してよ」

「え、いいけど……」

 

 リンゼの説明を聞いたエルゼが魔力を流すよう僕に言う。よし、じゃあ流そうか……。っておい。

 

「何で皆離れるの?」

「いや、罠だったら困るでござるから」

 

 そう答えたのは八重。残り2人は何も言わないが八重の言葉に頷いている。いやエルゼは頷かないで!

 

「大丈夫ですよ冬夜さん、こんな所に罠を仕掛ける理由はありませんよ。多分」

「大丈夫よ冬夜、きっと」

「さっきはつい不安になるようなこと言ってしまったでござるが、冬夜殿なら大丈夫でござるよ。おそらく」

「励ます気があるなら後ろの部分は取ってくれない!?」

 

 いやよく聞いたら八重は励ましてない! 罠に掛かったら脱出しろって言ってる!

 

「がんばれ、がんばれ」

「流せばいいんでしょもう!」

 

 半分やけくそになりながら魔石に魔力を流す。

 すると地鳴りが鳴り響きだした、と思ったら目の前の壁が全て砂になって流れ落ち、ぽっかり穴が開いた。

 

「これは……何だ?」

 

 開いた穴を覗き込むと、砂と埃にまみれた物体が部屋の中央に置かれていた。埃のつもり具合から長い間放置されていたのがよく分かる。廃墟だから当たり前か。

 その物体は、あえていうならコオロギに似ていた。頭部らしいアーモンド型の部分から、6つの細長い足の様な物が伸びている。何本か折れてはいたが。

 大きさは、軽自動車位か? しかしこのコオロギ(仮)は流線型のシンプルフォルムを見る限りどこか機械に見える。

 

「何なのこれ? 何かの像かしら?」

 

 エルゼが色んな角度からコオロギ(仮)を覗き込む。よく見ると頭部らしい部分の奥にうっすら野球ボール位の大きさの赤い物体が透けて見えた。

 表面の埃や砂を払うと、このコオロギ(仮)はどうやら半透明の物質で出来ていることが分かった。ガラスかな、薄暗くてよく見えない……って、え?

 

「リンゼ、ライトの魔法ってこんなに持続時間短かったっけ?」

「え? 光属性が苦手な私でも2時間は持ちますし、冬夜さんならもっと持つはずですけど……」

 

 リンゼはそう言うが、宙に浮かぶ僕のライトを見ると光が弱くなってるように見えるんだけど……。

 

「あれ? 弱くなってますね……」

「一体どういう……」

「冬夜殿!」

 

 八重の叫びに視線を戻すと、コオロギ(仮)の頭部の奥にある赤いボールが輝き始めていた。コオロギ(仮)、もうコオロギでいいや……、の体が細かく振動している。

 

「冬夜さん! ライトの魔力があの、アレに吸収されています!」

「仮名決めておこうか後で!」

 

 とか言ってる場合じゃないんだけど! 赤いボールの輝きはどんどん増し、コオロギは体を少しづつ動かし始め、折れていた足がいつの間にか再生している。まさか、魔力を取り込んで活動を再開したのか。

 

 キィィィィィィィン!

 キィィィィィィィン!

 

「うぐっ、これは……っ!」

 

 耳鳴りをしているような、甲高い音が辺りに響く。

 

 キィィィィィィィン! 条例。

 

「ウォッ○メン!?」

 

 ウォッチ○ンはアメコミ最高傑作と呼ばれるほどの傑作で、コミックで唯一ヒューゴ賞を取るほどの作品だ。実際面白い。原作コミックと実写映画版があるけど個人的には原作を読んでほしい。大きい書店なら置いてあるはずだ、4000円近くするけどそれだけの価値はあるぞ!!

 

「ってダイマしてる場合じゃない!」

 

 この音のせいで壁に亀裂が入っている。拙い、このままじゃ生き埋めになる!

 

「ゲート!」

 

 僕は目の前に光の門を出現させ、皆を次々と地上へと送る。最後に僕が門を潜ろうとしたとき、コオロギが立ち上がり足の一本を物凄い速さで僕の方へ伸ばしてきたのだ。僕は転がるようにゲートを抜け地上に出た。

 

「何だったの、あれ?」

「あんな魔物、見たことないでござるよ……」

 

 エルゼと八重が地下への入口を眺めながら緊張した面持ちで話していると、またしても地鳴りが響き渡った。

 廃墟の奥で轟音と共に土煙が上がる。恐らくさっきまでいたあの広間は埋まったのだろう。これでコオロギも……、フラグじゃないこれ?

 キィィィィィィィン!

 

 はいフラグ回収、早すぎるよ!

 

 キィィィィィィィン!

 

 早く来いよもう……!

 

 戦え……、戦え……。

 

「仮面ラ○ダー龍騎!?」

 

 平成仮面ラ○ダー3作目の龍騎は、仮面ライダー同士が願いを叶える権利を巡って殺し合いを繰り広げるいわゆるバトロワものだ。正真正銘の悪の仮面ラ○ダーが出る等して問題にもなったが、戦わなければ生き残れない! というキャッチコピー通りの殺し合いというシビアな現実、そして誰しもが願いの為に戦っていることを伝える名作だ。特に最終話の1個手前の展開は衝撃的だぞ、見た事の無い人は是非!!

 

 キィィィィィィィン!

 

「だからダイマしてる場合じゃないって!」

 

 轟音と共に地面を突き破り、コオロギは地上へと躍り出る。

 アーモンド型の頭部、そこから伸びた細長い6本の足。太陽の下では水晶の様な体が光り輝く。

 コオロギはまたも足を伸ばし横に薙ぐ。僕が咄嗟に屈んで躱し、躱された攻撃は背後にあった廃墟の壁が受ける。その攻撃を受けた壁は、まるで豆腐みたいに簡単に切り裂かれた。

 

「炎よ来たれ、赤き連弾、ファイアアロー!」

 

 リンゼが炎の矢を連続でコオロギに向けて撃ちだすが、コオロギは避けることも無く平然と受け止めた。炎の矢がコオロギに次々と吸い込まれるように消えていく。

 

「魔法が吸収された!?」

「ならば!」

 

 八重が抜刀してコオロギに斬りかかり、一撃を与える。だが与えられたのは、かすり傷1つだった。

 

「何て硬さでござる……!」

「だったら!」

 

 次いでエルゼがコオロギの側面から正拳突きを放つが、僅かにぐらつかせるだけでほとんどダメージを与えることは出来ない。

 次の瞬間、エルゼ目がけてコオロギの足が伸びた。それを彼女は串刺しになる寸前で身をかわした。

 

「どうしたらいいのよ……!」

 

 魔法は吸収、刃は通らない。でも間接的になら行けるんじゃね?

 

「スリップ!」

 

 僕がコオロギの足元の摩擦係数を0にした瞬間、奴は間抜けに転ぶ。

 

「リンゼ、魔法で直接攻撃せず間接的に使うんだ!」

「成程……、分かりました! 氷よ来たれ、大いなる氷塊、アイスロック!」

 

 リンゼが氷の魔法でコオロギの頭上に氷塊を作り出し、押しつぶして攻撃する。攻撃は出来る、だが……。

 

「ギィィ!」

 

 大して効いては無い、ダメージが無いわけじゃないと思うんだけど……。

 でも動きは止まった、その隙にエルゼが弾丸のようなスピードでコオロギに向かう。

 

「ブースト、全ッ開!」

 

 身体能力を高めるブーストを使い、コオロギの細長い足に全力の蹴りを放つ。

その刹那、ガラスが砕け散るような音と共に蹴られた足が1本砕けた。

 

「やった!」

 

 ダメージは確実に入る! これならいずれ倒せるはずだ!

 

「ギ……ギィィィィィィィ!!」

 

 突如、コオロギが唸り声をあげ、東部の赤いボールが輝く。それに反応したのか、砕けた足が再生されていく。

 

「再生した……」

「ピッ○ロさん……」

 

 茫然としたエルゼの呟きに僕も便乗。その隙をついて、コオロギが足を伸ばしエルゼの右肩に深々と突き刺す。

 

「ぐぅ……!」

 

 エルゼはなんとか後方に跳び、追撃をかわす。だが右肩から血が流れ、上半身の服を汚していく。彼女は脂汗を流し、膝を付く。

 

「八重、リンゼ! 足止めして!!」

 

 2人は声を聞いて即座に行動開始。八重は持ち前の素早さで攪乱、リンゼはもう1度氷塊を作り攻撃する。僕はエルゼに回復魔法を使い、傷をいやす。それにしても――

 

「僕達の魔力を奪って再生か。フッ……、まるで将棋だな」

「は?」

 

 僕の言葉にエルゼが凄く冷たい目で僕を見る。この状況で何言ってるの、と目が訴えている。

 いや待て、将棋……? それなら王を取れば……。試してみる価値はある!

 確かリンゼの魔法を吸収して、それから活動再開したんだ。その時あの赤いボールが輝いていたんだ。

 

「あの赤いボールが王だ!」

「は?」

 

 またエルゼが冷たい目で僕を見るが、僕はそれを無視して魔法を発動。直接の魔法攻撃に比べてライトは吸われるのが遅かったし、スリップは通じた。直接攻撃じゃないなら吸われにくいって事だ! だから――

 

「アポーツ!」

 

 無属性魔法で赤いボールをこっちに呼び寄せるのも、出来るって事だよ。

 

「エルゼ!」

「ブースト!」

 

 僕が放り投げた球目がけて、強化されたエルゼの拳が打ち下ろされる。拳と地面に挟まれ、その物体は粉々に砕け散った。

 

「これで、どうだ!?」

 

 ボールを抜かれたコオロギが動きを止める。やがて全身がヒビ割れていき、崩れ落ちた。やった、終わったんだ! ついにコオロギは僕のアポーツの下敗れ去った!

 

「ふぃ―――……」

 

 今まで張りつめていた緊張が解けて、僕は地面にへたり込む。エルゼと八重も同じだ。

 だがリンゼは砕けた魔物の破片を手に取り、何やら調べている。

 

「ひょっとしたら、これは魔石と似通った物質かもしれません」

「魔石と?」

「魔石の特徴は魔力の増幅、蓄積に放出。この魔物も似たように吸収し、再生や……、恐らく防御にも」

「それが魔石に似てるって?」

「はい」

 

 というか、王都が遷都した理由ってあの魔物のせいじゃないよね? 僕ら実はとんでもない封印の扉開いたとか無いよね?

 いや考えないようにしよう。

 

「それよりこれって、ギルドとかに報告したほうがいいの?」

「いえ、地下の遺跡とか場所的なことも考えると、国の機関に知らせたほうがいいかと。公爵様に話しましょう」

「成程、そういうことなら。ゲート」

 

 リンゼの話を聞いて僕はゲートを発動、いざ公爵家へ。

 これから僕のあだ名はモチえもんで、ドラえ○んも1話で餅食べてたしそれっぽいでしょ?

 

 

「そうか、あの場所にそんな遺跡が……」

 

 僕達の話を聞いてアルフレッド様が考え込むように腕を組む。

 

「分かった、これは王家に関わりのある事かもしれん。国の方で調べてみよう。無論、その魔物もな」

「いや、地下遺跡の方は崩壊してしまって……」

「そうか……、その壁画に何が書かれていたのか興味があったのだが……」

「それならこれを」

「どれ?」

 

 僕はスマホで撮っておいた壁画写真を公爵に見せる。

 

「こ、これは何だね!?」

「風景を保存できる僕の無属性魔法です」

「ほう……、相変わらず凄いな君は……。是非我が国に……」

 

 しれっと嘘をつく僕。まあ正しく説明すると長くなるしね……。

 というか僕を抱き込もうとしてません? アルフレッド様。

 

「時間さえ頂ければ書き写してお渡しします」

「頼む。ひょっとすれば1000年前の遷都の謎が分かるかもしれんのだ」

「記録とか、残ってないんですか?」

「ああ」

 

 意外だ。と思ったけど記録が残らないほどの大規模な被害が出たのかもしれない。

 でも言っちゃあ何だけど、あの魔物1匹でそこまでの被害が出るだろうか。確かに強いけど、対処自体は僕らじゃなくても出来る筈だ。まあ、あのコオロギが100や200も居れば話は変わるかも知れないけど。

 

「まさかね……」

 

 ふと思いついた可能性に僕は自ら蓋をして、公爵家を後にした。



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亜人の国、そして国王暗殺。僕の双肩にやたらと重荷を背負わせるのはやめてください

 数日後、僕は地下遺跡の壁画を書類に写し終わった。

 役に立ったのは新たなる無属性魔法ドローイング、見た物をそのまま紙に写し取る魔法だ、本当に無属性魔法でどうにかなっちゃったよ。

 この魔法により僕は外部プリンターを手に入れたと言っても過言ではない。ということで試しにお菓子のレシピを何種類かプリントアウトして、アエラさんにプレゼントすると凄く喜ばれた。材料に関しては僕がサーチで探し、分量に関しては僕が地球から持ってきた1円玉の重さから割り出した。もっと早く気付けば良かった……。

 さて王都に届けるか。一応皆にも一緒に行くか聞いたが、公爵様に合うのはやっぱり恐れ多いらしく、僕1人で行くことになった。というか、僕も正直行きたい訳じゃないんだけどさ。厄介事僕に押し付けようとしてない? いいけどさ。

 写し終わった書類を持ってゲートを開き、公爵家の正門前へ出た。

 

「うわあああああああああああ!!」

「あ、すいません」

 

 突然現れた僕に驚く門番さん。あの人いつも平成ラ○ダーネタキャラ四天王の1人ばりに驚くんだよな……。

 あれ? 正門が開き中から馬車が出てくる。お出かけか、タイミングがちょっと悪かったみたいだ。しょうがない、王都でナンパでもするか。

 

「冬夜殿!? ありがたい! 乗ってくれ!」

「え? ちょ、何ですか!?」

 

 と思ったら馬車の扉を開けてアルフレッド様が出てきた。そして瞬く間に腕を掴まれ、馬車の中に引っ張り込まれた。

 

「い、いきなり何ですか!?」

 

 怒りではなく困惑で思わず叫ぶ僕。

 

「いや、このタイミングで冬夜君が訪ねてくれるとは……! 恐らく神が君を遣わせてくれたのだろう、感謝せねばな」

 

 しかしアルフレッド様は僕の疑問に答えることなく神に感謝を捧げている。人を誤射で殺すけどね神って。許したけど忘れてはいないからね、僕。

 

「一体何があったんですか?」

 

 僕が尋ねると、アルフレッド様は額に汗を浮かべ切羽詰った様な声で言った。

 

「兄上が毒を盛られた」

 

 兄上って、アルフレッド様は公爵だからえっと……、国王様!? え、僕国王に会いに行くの!? しかも毒!? 暗殺!?

 

「幸い対処が早かったのでまだ持ちこたえているが……」

 

 両手を握り、俯きながら絞り出したその声は震えていた。国家の一大事で家族の一大事だ、心配だろう。

 

「他国からの刺客ですか?」

「いや、そんなに簡単な話ではない」

「と言いますと?」

 

 そこでアルフレッド様は顔を落としてため息をつくが、すぐに顔を上げる。そこには苦々しい顔を浮かべていた。

 

「我がベルファスト王国は3つの国に囲まれている。西にリーフリース皇国、東にメリシア山脈を挟んでレグレス帝国、南にガウの大河を挟んでミスミド王国だ。このうち、西のリーフリース王国とは長い付き合いがあり、友好を結んでいる」

「はい」

 

 いや合いの手入れたけど、これで合ってる? 失礼になってない?

 

「帝国とは20年前の戦争以来、一応不可侵条約を結んでいるが、正直友好的とは言い難い。いつこの国へ攻め込んでも違和感がない。そして南のミスミド王国、ここが問題なんだ」

「問題ですか?」

「ミスミドは20年前の帝国との戦争の最中、新たに建国された新興国だ。兄上はこの国と同盟を結び、帝国への牽制と、新たな交易を生み出そうと考えている。だがそれに反対する貴族たちが居るのだよ」

「なぜですか?」

 

 話を聞く限り反対する理由は無さそうだけど……。ひょっとして伝統ある我が国がなぜあんな新参者と、みたいな思考だろうか? やられ役の考えだよこれじゃ。

 

「ミスミド王国が亜人達の国だからさ。亜人が多く住み、獣人の王が治める国。それが気に食わないのさ、古い貴族たちは」

「……どういう意味ですか?」

 

 ひょっとして貴族と亜人には因縁があるのだろうか? 遥か昔に何か壮絶な戦いがあったとか、でもそれなら交易をしようとは思わないか。

 

「かつて亜人達は下等な生き物とされ、侮蔑の対象だった。だが私達の父の代になると、その認識を検める法を制定し、段々そういう風習は廃れさせた。でもそれを認めたがらない古い貴族が結構いるのさ」

「差別って奴ですか」

「そうだ、卑しい獣人共の国など攻め滅ぼして自分たちの属国にすべき。そう主張する貴族達にとって兄上は目の上のたんこぶなのさ」

「つまらない考えですね」

「全くだ」

 

 その古い貴族が国王様暗殺の黒幕かもしれない、っていうのは分かった。けど王を失えばその貴族も困るんじゃないの? この国の政治形態が今一つ分からないから何も言わないけど。

 

「兄上が亡くなれば、王位は1人娘の王女ユミナの物になる。その貴族達はおそらく、王女に自分の息子か一族の者を婿として迎えるよう迫る気だろう。こうなると、この前のスゥへの襲撃も誘拐し、ネタに兄上を脅迫しようとしていたのかもしれないな」

 

姪の命が惜しければ我らの言うとおりにしろ、って所か。何だか杜撰な悪巧みだ。

 

「それで、僕は何をすればよろしいのですか? 国王陛下の治療と、その古い貴族の暗殺ですか?」

「いや暗殺を頼むつもりは無いのだが……」

 

 何だ、違うのか。まあ人殺しなんてやりたくはないけど。

 そうこうしてる間に、公爵家の馬車は城門を抜け、跳ね橋を渡り、王城へたどり着いた。

 アルフレッド様に連れられ、城の中へ入る。真っ赤な絨毯が敷き詰められ、天井には豪華なシャンデリア。まるで御伽噺のお城の中だ。正しく城の中には居るけど。

 公爵と共に絨毯で敷き詰められた階段を駆け登ると、1人の男とすれ違う、

 

「これはこれは公爵殿下。お久しぶりでございます」

「バルサ、伯爵……!」

 

 睨むような目でアルフレッド様は伯爵を睨む。小太りで派手な服を着た頭の薄い男だ、どうみても主人公側の人間ではない。

 

「ご安心下さい。陛下の命を狙った不届きものは取り押さえました」

「何!? それで下手人は!?」

「ミスミドからの大使です。陛下はワインを飲んでお倒れになられました。そのワインがミスミドの大使が贈ったワインだったのです」

「なん……だと……!?」

 

 公爵がブ○ーチ風に驚く。それが事実なら国交など生まれるはずも無く、戦争のきっかけにもなるだろう。

 ただ、あまりにも茶番すぎる。三流の脚本だ。

 

「大使は別室にて拘束しております。獣人風情が大それたことをしたものです。首を刎ね、ミスミドに送り付けてやりましょうか」

「ならん! 全ては兄上が決めることだ! 大使は部屋に留めておくだけにしろ!」

「そうですか。獣人如きに随分な温情を……。ではそのように致します。しかし、陛下にもしもの事があらば、他の貴族の方々も同じことを言うでしょうな。その時は流石に私も止めることは出来ませんぞ」

 

 嫌な笑みを浮かべる伯爵。こいつが獣人を差別する古い貴族の筆頭って所か……。

 犯人こいつだろ。顔を見る限りアルフレッド様もそう思っているみたいだし。

 

「では私はこれで。これから忙しくなりそうですからな」

 

 そう言って伯爵は長い階段を降り始める。国王陛下の死が決まっているから忙しくなるって? それを決めるのはお前じゃない、僕だ。あれ? 国家の存亡が本気で掛かってる?

 伯爵を見送る公爵の手が、今にも血が出そうなほど握り締められて震えていた。

 

「早く国王陛下の元へ行きましょう」

「ああ……」

 

 今は見逃すしかないだろう、だけど国王を治した後は……。




感想欲しい(切実)


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解毒、そして毒物検索。サーチ便利すぎて話進むの超早い

再び階段を駆け上がり、長い回廊を抜ける。やがてその回廊が終わると扉が現れ、その前には警備兵がいる。兵がアルフレッド様に気づくと、恭しく頭を下げながら、扉を開いた。

 

「兄上!」

 

 部屋の中にアルフレッド様が飛び込むと、窓から差し込む陽の光の中、豪奢な天蓋がついたベッドの周りに何人かの人が集まっていた。そして寝ているのが王様だろう。

 ベッドにすがりつき、王様の手を握りしめる想所。その傍らで涙をこらえて座る女性、佇む灰色ローブの老人、黄金の錫杖を持った翡翠色の髪をした女性、軍服をまとった髭の人。

 

「兄上の容態は!?」

「色々と手は尽くしましたが、このような症状の毒は見たこともなく……。このままでは陛下の命は……」

 

 老人は首を静かに横に振る。その声を聞いてアルフレッド様は叫ぶ。

 

「冬夜君、リカバリーを!」

「かしこまりました! ルゥイクゥアブァ――――」

「早くやりたまえ」

「はい、リカバリー!」

 

 僕はただ、国王陛下の回復を劇的にしたかっただけなのに……。というかふざけてないとやってらんないんだよ。

 とはいえ、僕がリカバリーを発動した以上柔らかな光が手のひらから王様の元へ流れる。やがてそれが収まると王様の顔色が見る間によくなっていた。

 王様の眼には生気が戻り、上半身を勢いよく起こした。

 

「お父様!」

「あなた!」

 

 王様は自身に縋り付く少女と女性に目を向けながら、自分の手を握り体調を確かめる。

 

「……何ともない、先ほどまでの苦しみが嘘のようだ」

「陛下!」

 

 ローブを着た老人が王様の手を取り、脈を測ったり色々している。この人はお医者さんかな?

 

「ご健康そのものです。まさか、こんな事が……」

 

 茫然とするお医者さん。それをよそに王様は僕の方を向く。

 

「アルフレッド、この者は?」

「彼は我が妻の眼を治してくれた望月冬夜君です。偶然我が屋敷に来たので、お連れしました。彼なら兄上を救ってくれると思いまして」

「初めまして、望月冬夜と申します」

 

 無難な挨拶をしようと思ったら端的すぎて逆に失礼になっている気がする。

 

「そうか、エレン殿の……! 助かったぞ、礼を言う!」

 

 失礼は無かったみたいだが、こんなにフランクに話されるとどう返せばいいのか分からない。と思っていたら軍服を着ている人がバンバナン僕を叩いてきた。痛い!

 

「よくぞ陛下を救ってくれた! 冬夜殿と言ったか! 気に入ったぞ!」

 

 いや、気に入ったのはいいけど痛い! ちょ、やめて!!

 

「将軍、その辺りで。しかし、あれが無属性魔法ルゥイクゥアブァルゥイーですか、興味深いですわね」

「いえリカバリーです」

「あら?」

 

 黄金の錫杖を持った女性が、軍服の人を止めてくれて助かった。でも何で僕がやった巻き舌の方でリカバリーを言うのか。

 

「兄上、それでミスミド王国の大使についてですが……」

「大使がどうした?」

「兄上の暗殺首謀者としてバルサ伯爵に拘束されております」

「馬鹿な! ミスミドが私を殺して何になる!? これは別の者の犯行だ!!」

 

 王様が断言する。となると犯人はやっぱりあの伯爵だろう。

 

「しかし事実、大使から送られたワインを飲んで陛下はお倒れになった。その事実を多くの者が目撃しております。その事実をどうにかしない限りは……」

「ううむ……」

 

 軍服の人、将軍だっけ? の言葉に考え込む王様。まあ状況はそう言ってるか……。

 

「とりあえず大使に会おう。呼んでくれ、レオン将軍」

「はっ!」

 

 将軍が足早に部屋を出ていく。あの人レオンって言うのか。

 おそらく大使の罪は濡れ衣だろう。となるとさっさと冤罪を晴らしてあげなきゃだけど……。

 

「あの……」

 

 考えていた僕に、おずおずと声を掛けられる。声のした方向を見ると、そこにはユミナ王女であってるよね? が僕の方を見て立っていた。

 年はスゥより上の、12~3だろうか。スゥと同じ様な金髪で、瞳の色が右が碧、左が翠のオッドアイだ。初めて見た。白いドレスを着て、頭には銀の髪飾りを付けた姿はまさしくお姫様だ。

 

「お父様を助けていただきありがとうございました」

 

 そう言いながら深々と頭を下げる王女様。異国の姫に頭を下げられるとは、これも異世界転生の運命だろうか?

 

「いえ、気にしないでください。元気になられて良かったです」

 

 大したことはしてな……、いやしてるけどそんなにかしこまられるとこっちが緊張する。ただでさえ王城という空間で緊張してちょっとトイレ行きたいのに。

 平常運転に戻りたい……。城のメイドかあの錫杖持った女性口説きたい……。でもこの状況でそんなこと出来ない……。

 

「じ―――っ……」

 

 現実逃避をしていると王女様はなぜかずっとこっちを見ている。見られている事実を知らない限りスルー出来ないだろう位じっと見られている。え、何? ズボンのチャック空いてる?

 

「あの……、なんでしょうか?」

 

 とりあえずチャックは空いていないことを確認してから王女様に問う。あれだけ見られているんだから、見られている理由を尋ねる権利位あるだろう。

 すると王女様は僅かに頬を染めながら、小さい声で尋ねた

 

「……年下はお嫌いですか?」

「年上が趣味です」

 

 王女様の問いに正直に答えると、なぜか王女様は少し落ち込んだ様子を見せる。え、選択肢ミスった?

 すると扉が開き、レオン将軍が大使の人を連れてやって来た。ってあの人この前会った迷子の姉の人じゃん。

 

「オリガ・ストランド。参りましてございます」

 

 ベッドから上半身を起こした状態の王様の前で、片膝をつき頭を下げる獣人の大使。その頭には狐耳、腰からは狐の尻尾が生えている。正直獣耳は犬耳派だったが、狐耳に改宗しようかな。

 

「単刀直入に言う。そなたは余を殺す為にここに来たのか?」

「誓ってそのようなことはございません! 陛下を殺そうとするなど断じて!」

「だろうな。そなたはそのような事をする者では無いし、してもそなた達にメリットが無いからな。信じよう」

 

 その聞き方だと例え盛っていたとしても首を横に振りそうだけど……。まあ、実際オリガさんにメリットはないし。

 

「しかし、そなたから贈られたワインに毒が仕込まれたのは事実。これをどうなされますか?」

「それは……」

 

 錫杖を持ったお姉さんの言葉に、力なくオリガさんは項垂れる。身の潔白を示す証拠がない以上仕方ないかもしれない。

 よし、ここは僕が何とかしよう。どんなトリックが仕込まれていても、僕の無属性魔法が何とかする! 女性口説くのに神頼みとか、そんなしょうもない男にはなりたくなかった! でも冤罪を見過ごすのは人の道理に反するし、もう!!

 

「ちょっといいですか?」

「冬夜君?」

「貴方は……!」

 

 声をかけた僕を見て、驚くアルマさん。どうやら僕に気付いたらしい。あの時は一瞬だったし、今は大変な状況だから僕に気付かなくてもしょうがないけど。

 

「君は大使と知り合いだったのかね?」

「ええ、まあ」

 

 アルフレッド様の質問を適当に流し、さっきから気になっていた事をレオン将軍に尋ねる。

 

「王様が倒れた場所はどこでしょうか?」

「要人達と会食する為の大食堂だが、それがどうした?」

「現場保存……。いや現場って倒れた時のままですか?」

「ああ、ワインだけは持ち出して調べているが後はそのままだ」

 

 で、毒は検出されていない。もし僕が考えている通りなら何だかチャチなトリックだな。いやこれをトリックと呼んだら地獄の傀儡士ブチ切れ不可避。

 

「その部屋に連れて行ってください。オリガさんの潔白を証明します」

 

 皆顔を見合わせたが、王様の許可が下りたのでレオン将軍の案内で大食堂にやって来た。

 大きなホールになっていて、白いレンガの暖炉や紺色のカーテン、壁には高そうな絵、天井にはやっぱりシャンデリア。長テーブルに白いクロスが掛かっている。その上には銀の燭台と食器類。

 とりあえず、レオン将軍に頼んでワインを持ってきてもらった。ふむ……。

 

「サーチ:毒物」

 

 毒物があるかワインを調べる。その次にテーブルの上にある物を調べる。

 気合入れた僕が馬鹿みたいだ。トリックは大体想像通りだけど、何でこれに皆気付かないんだ?

 ま、今はいいか。

 

「大体分かりました。将軍、王様が使っていたワイングラスってどれですか?」

「ん、それだが?」

 

 レオン将軍が指差した落ちているグラスを手に取る僕。そして将軍に向かって言った。

 

「これ、ちょっとお借りしていいですか?」

「まあ、構わないが……」

「あといくつかお願いが……」

「お願い?」

 

 レオン将軍は不思議そうな顔をしていたが、素直に頼みを聞いてくれた。

 さあ、推理ショーの始まりだ。

 …………本当に茶番だな。



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謎解き、そして犯人確保。これが目的の為に手段を選ばない人間の狂気

日間ランキング見たらこのSSが入っててビックリした今日この頃。


 王様がお休みしている寝室に戻った僕は、その場にいた皆にこれから犯人を明らかにする、と言い誰なんだ、と迫る皆を押しとどめた。まだ小道具も役者も揃えてないのにショーを始めるわけにはいかない。

 やがてレオン将軍と共に、僕が将軍に頼んでおいた物がメイドさんの手でやってくる。オリガさんが贈ったワインと新品の別のワイン、それと新しいワイングラシ。そして僕の手には王様が使っていたグラス。これで小道具はバッチリ。後は役者だけだ。

 

「陛下、お身体の方はもうなんともないのですか!?」

「おう、バルサ伯爵。この通り何ともない。心配をかけたようだな」

 

 寝室にバルサ伯爵が飛び込んで、まるで王様を心配する様な言動を見せる。よし、これで役者もばっちりだ。

 

「そう……ですか……。ハハハ、それは何よりです……」

 

 冷や汗を流しながら、引きつった笑顔を見せるバルサ伯爵。もうちょっと演技力身に付けて、どうぞ。金田一の犯人見習ったら? あいつら自然に嘘吐くし、表情も自然だぞ。

 

「それで冬夜さん、バルサ伯爵がいらっしゃったら犯人を明らかにするとおっしゃいましたが、どうするつもりですか?」

 

 錫杖を持った女性、宮廷魔術師のシャルロッテさんが僕に尋ねる。

 

「もちろんこの場で明らかにします。とはいえ、いきなり犯人を言っても犯人が認めないでしょうから、順を追って1からお話しいたします」

 

 その言葉に分かりました、と言うシャルロッテさん。

 皆を前に、僕は語りだす。

 

「皆様もご存じの通り、国王陛下に毒が盛られました。さて、それについてですが――」

 

 たっぷり間を空けて、僕は口を開いた。

 

「犯人は、この中に居ます!」

 

 何気に言ってみたかった、この台詞。

 ざわ・・・ざわ・・・と雰囲気が変化し、オリガさんの顔色が変わる。違う、自分じゃないと訴えかけている。

 その隣に居たバルサ伯爵はオリガさんを見て口元を釣り上げている、しめしめとでも思っているのだろうか。

 そして他の皆はバルサ伯爵を見て、こいつだろ? と言いたげな目をしていた。

 ……何この空間。

 やめよう、さっさと推理パート終わらせよう。推理してないけど。

 

「まず、この毒の入ったとされるワインですが。これはオリガさんが贈ったもので間違いありませんね?」

「確かに私が贈ったものだが、毒など私は……!」

「黙れこの獣人風情が! まだシラを切るとは、恥知らずにもほどがあ――」

 

 バルサ伯爵の聞くに堪えない罵声を打ち切る為、僕はそのワインをラッパ飲みで一気にあおる。

 ワインなんて初めて飲んだけど、正直よく分からない。

 

「うん、美味い!」

 

 でも美味いと言いつつ、空になった瓶を置く。実に味わい深い、でいいのかな? ワインの品評なんて出来ない。

 周りを見渡すと、皆口を開けて僕の方を見ていた。

 

「冬夜君。その、ラッパ飲みはワインの飲み方としてふさわしくないと思うのだが……」

「言うべきなのはそこではないだろう、アルフレッド」

 

 アルフレッド様のずれた言動にツッコミを入れる王様。いやそこじゃなくて。

 

「と、冬夜殿!? 大丈夫なのか!?」

 

 レオン将軍が僕を見て驚きながら心配する。そうだよ、これが欲しかった反応だよ!

 

「大丈夫ですよ将軍。というより毒なんか入っていないんですよ、このワイン」

「何!?」

 

 僕の言葉に疑問を浮かべる一同、ただし伯爵は除く。というか、ここまで言えば分かりそうなものなんだが。

 それなら、最後までショーを続けようか。

 

「すいませんメイドさん、新しいワインを貰えますか」

 

 僕がレオン将軍に頼んで用意してもらっていたワインをメイドさんから受け取る。それを持ってきた王様のグラスに入れる。

 

「では今度はこれも僕が……、と言いたいですが少々酔ってしまいして、ちょっと飲めそうにないです。ですから代わりに、そうですね……」

 

 そこで僕はバルサ伯爵を指差して言う。

 

「バルサ伯爵、良かったら飲んでみてもらえますか?」

「い、いや私は……」

「このワインは遥か東方で作られた僕の知る限り最高級のワインだそうです。それを国王陛下のグラスで飲める機会などこの先二度とないと思いますよ」

「う、うむ……。しかし……」

 

 言いよどむバルサ伯爵、何とか断る糸口を探そうと必死だ。すると横からレオン将軍が話しかけてきた。ありがたい、こっちから言う手間が省けた。

 

「それほどの物なら私が是非欲しいのだが」

「そう思いますか? ではなぜバルサ伯爵は遠慮するのでしょうね」

「さて、私には分からんな」

「ではこちらを」

 

 そう言って僕は新しいグラスをメイドさんから貰い、ワインを入れてレオン将軍に渡す。

 

「どうです?」

「うむ、いい味だ!」

「それは何より。では改めて、伯爵。どうぞ」

「い、いやだから……」

「どうした伯爵。なぜ飲まない?」

 

 焦れたのか王様がバルサ伯爵に問いかける。一方の伯爵は押し黙るのみ。まあ当然だ。

 

「ははは、それは飲めませんよね。僕が今持っているワインには毒が入っているんですから」

「何!?」

 

 僕の言葉に驚くアルフレッド様、他の皆も声を出さないだけで同じ様子だ。

 

「どういうことだ!? 私が飲んだ時は何も起きていないぞ!」

「レオン将軍。毒はオリガさんが贈ったワインではなく、国王陛下のグラスの中に塗られていたんですよ」

「な、成程……」

 

 というかここまで来たら言わなくても分かると思っていた。

 

「僕は毒を検知する魔法が使えるので、それはすぐ分かりました。実行犯は、まあコックかそこらでしょう。そしてそれを命じたのは、言わなくても分かりますよね」

 

 犯人候補、1人しか居ないからなあ。

 

「くっ……!」

 

 犯人候補、もとい犯人であるバルサ伯爵は状況を見て逃げ出した。逃げてどうなる問題ではないと思うが、逃がす理由は無い。

 

「スリップ」

「うおわっ!?」

 

 僕が伯爵の足元の摩擦係数を0にした、これで伯爵は転び事件は終わり――

 

「舐めるな小僧!」

 にならず、なんと伯爵はその場で転ぶことなくまるでフィギュアスケートの様なスピンを見せ始めた。そのスピンには一片のよどみも無く、回っているのはバルサ伯爵なのに、なぜか神々しさすら感じられた。今僕は、間違いなく美の極致を目撃している!

 

「ぐわっ!」

 

 あ、スリップの効果時間が切れて普通にこけた。

 こけた伯爵は観念したのか、その場から起き上がることなく僕にこう問い始めた。

 

「なぜだ、なぜ分かった……」

 

 むしろなぜバレ無いと思ったのか。

 

「この城には今、知能を落とすアーティファクトを仕掛けているのだぞ。だから平常なら気付けて当然の仕掛けが誰にも解けない難問と化したのだ。それなのに、なぜ……」

「何かとんでもないこと言ってる!?」

 

 国家の中枢に何仕掛けてんの!?

 

「まさか貴様、人間ではないのか……」

「人間だよ!」

 

 思わず伯爵のお腹にパンチを一発叩きこむ。それにより伯爵は気絶した。色々思うところはあるけど、とりあえず。

 

「サーチ:アーティファクトォォォォォォ!!」

 

 この後滅茶苦茶捜索した。



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古代言語、そして爆弾発言。こんなに困惑するの人生でこれっきりだと思う。

サブタイが冬夜視点なのか第三者視点なのか分かりにくい、と気づいたのでこれからは冬夜視点で書きます


「将軍からの報告だと、実行犯は給仕係と毒見役の2人。バルサ伯爵の屋敷からグラスに塗られていた毒と同じ物が見つかった。加えて伯爵の部下がスゥを誘拐しようとした事を告発した。これで全て解決だ」

 

 アルフレッド様が王室の一室で椅子に腰かけ、嬉しそうに語る。

 部屋にはアルフレッド様の他に、国王様、ユミナ姫、ユエル様、シャルロッテさんが椅子に座り、テーブルを囲んでお茶していた。

 お茶会で聞くような内容じゃない気もするし、更にいうならユミナ姫を同席させる場でもない気がする。しない?

 

「伯爵って、どうなるんですか?」

「国王暗殺など反逆罪以外の何物でもないからな。本人は処刑、家は財産没収の上お取り潰し、領地は闕所となるな」

 

 まあ妥当な所だろう。その一因に僕が関わっていることに思う所は……、思う所は……。うん、あったとしても僕がどうした所であの伯爵の命が助かるとも思えないし、いいや別に。

 

「伯爵の家族は、やっぱり一族徒党処刑ですか?」

「ああ」

「うわ、すごい即答」

 

 嬉しそうにアルフレッド様が話す。そんなことを喜々として話さないでほしい。

 

「それはそれとして、そなたには大変世話になったな。余の命を救ってくれた恩人に報いたいのだが、何か希望はあるかね?」

 

 王様が僕にそう切り出してきたのだが、正直な所別に今は何も困っていない。

 

「えっと、今の所特に困っていないので保留ということになりませんかね……」

「ハハハ、冬夜君は欲があるのか無いのか分からないな」

「あ、そうだ。この王城に勤めるメイドのスカートの丈を下着が見えるか見えないかの瀬戸際の短さにしてもらうというのは――」

「それは流石に国の品位に関わるから断らせてもらう」

「ですよねー」

 

 望みを言えという言うから嘘偽りなく言ったら王様に断られた。まあ受け入れられたら逆に困るからそれは問題じゃない。

 

「何とも不思議というか、掴み所の無い方ですねあなたは。リカバリーとスリップ、無属性魔法を2つも使いこなす人なんて、なかなかいませんからね」

 

 シャルロッテさんが微笑みながら、僕に語りかけてくる。その笑顔に僕は一瞬見惚れてしまう。

てしまう。

 

「いや、冬夜殿は他にも無属性魔法を使えるぞ。ゲートも使うことが出来るし、毒を検知したのも、将棋を作ったのも無属性魔法と言っていたな」

「え?」

 

 アルフレッド様の言葉にシャルロッテさんが固まる。さぞ衝撃的だろう、僕もそう思う。

 

「無属性魔法を(多分)全部使える男、望月冬夜!」

 

 東映版スパイ○ーマンみたいに名乗ると、シャルロッテさんが慌てて部屋から出て行ってしまった。まさか宮廷魔術師のプライドを傷つけられたショックとか? どうしろと言うんだ僕に。

 

「将棋もそなたが作ったのか。アルに勧められてやったが、中々面白かったぞ。しかし、魔法で作ったとはどういうことだ」

 

 僕は王様に説明するため、テーブルにあったグラスを手に取りモデリングを発動する。ガラスの器が30秒で姿を変え、シャルロッテさんのフィギュアの出来上がりだ。ポーズと服装は本人より若干扇情的にしておきました。

 

「ま、こんな所です」

 

 王様に完成したフィギュアを渡す。自分で言うのもアレだが中々のものが出来たと思うが、王様はどう思うか。

 

「こ、これは凄いな……。似たような魔法を使える者が、皇国にもいたが……。何と細やかで、扇情的な……」

「そこは僕の趣味で改変しました」

「若いな」

「15歳ですから」

「なら仕方あるまい」

「「ハハハハハハハ」」

 

 どちらともなく笑い合う僕と王様。その時冷たい視線を感じたのでそっちを見ると、そこにはユエル様とユミナ様が居た。ユエル様は王様を睨んでいるが、ユミナ様が見ているのは、僕?

 

「これ、王様に差し上げます」

「いや、せっかくの献上品に悪いが断らせてもらおう。という訳でレオン将軍、受け取りたまえ」

「私ですか!?」

「どうぞ」

「あ、ありがたく頂こう……」

 

 シャルロッテさんのフィギュアをレオン将軍に押し付けた所で、シャルロッテさん本人が、色々な物を抱えて帰ってきた。

 鬼気迫る顔つきで彼女は僕に近づき、羊皮紙らしきものに書かれたものを目の前に広げる。

 

「これが読めますか!?」

 

 シャルロッテさんに迫られてちょっとドキドキするけど、それ以上に怖い!

 とりあえず羊皮紙に目を通すが、さっぱり分からない。

 

「……読めません。何ですかこれ?」

「読めないんですね? じゃあこっちの無属性魔法は使えますか?」

 

 今度は一緒に持ってきた、分厚い本のあるページを示してきた。今度は読める。なになに、無属性魔法リーディング? いくつかの言語を解読可能にする魔法、ね。ただし言語の指定する必要がある。

 

「多分使えますけど、この言語が何か分かりますか?」

「古代精霊言語です。ほとんど読み解ける人はいません」

 

 おし、いっちょやってみっか。

 

「リーディング/古代精霊言語」

 

 魔法を発動させる。羊皮紙を手に取り目を通す。

 

「よ、読めますか!?」

「えっと、『魔素における意味のある術式を持たないデゴメントは、魔力をぶつけたソーマ式においての――』とか書いているんですが、どういう意味ですか?」

 

 い、意味が分からない……。学術書とかなんだろうか?

 

「読めるんですね! 凄いです冬夜さん! これで研究が飛躍的に……! すいません、こっちのも読んでください!」

「ちょ、ちょっと待って下さいよ!」

 

 美人に迫られるのは嬉しいが、正直これは引く。

 

「シャルロッテ、少し落ち着かんか」

「はっ!? す、すみません、ついに夢中になってしまって!」

 

 王様の声で正気に戻ったシャルロッテさんは、顔を赤く染めて俯いた。

 

「ま、お前が古代精霊魔法をずっと研究していたのは知っておるから、気持ちは分からんでもないがな」

「そうなんです! 今までは単語を1つ1つ見つけて解読に当てるとか、長い年月をかけても間違った解釈だったりした状態だったのに、一瞬ですよ! 冬夜さん、是非解読にご協力ください!」

「まだ読めと!?」

 

 僕が思わず叫ぶと、シャルロッテさんは涙目になりながら上目使いで弱弱しく尋ねる。

 

「……駄目ですか!?」

「ちなみに量は?」

「……数えきれない位あります」

「何か解決策考えるので時間を下さい!!」

 

 美人の誘いは基本断りたくはないが、流石に数えきれない時間古文書解読に付き合うのは正直勘弁願いたい。

 考えろ、考えろマグガイバー。シャルロッテさんと僕の願いを両立させる方法を! はっ、そうだ!!

 

「すみません国王陛下。グラスをもう1つ頂けますか?」

「構わんが、また何か作るのかね?」

「ええ」

 

 えーと、ガラスの部分はこれでよし。金属の部分は銀貨を使おう。取り出した銀貨とガラスにモデリングを発動。銀貨でフレームを作り、ガラスをそれに嵌め込んで完成。伊達眼鏡の出来上がり。

 今度はこれにエンチャントを掛ける。

 

「エンチャント:リーディング/古代精霊言語」

 

 眼鏡がぼんやりとした光を放ち、すぐに消える。

 そして出来た眼鏡をシャルロッテさんに渡す。

 

「これを掛けてください」

「は、はあ……」

 

 言われるがまま伊達眼鏡を掛けるシャルロッテさん。おお、思ってた以上に眼鏡が似合うな。

 

「良く似合っていますよ、素敵ですね」

「あ、ありがとうございます……」

 

 僕の言葉に頬を赤らめるシャルロッテさん。褒められ慣れないのか?

 

「その状態でさっき僕に読ませた羊皮紙を読んでみてください」

「え……。『魔素における意味のある術式を持たないデゴメントは、魔力を――』……。読める、読めるぞ!!」

 

 何でム○カ大佐になってんの!?

 でも成功して良かった。名づけるなら翻訳眼鏡って所か。名前も効果もひみつ道具みたいだ。

 持ってきた他の羊皮紙にも目を通し、嬉しさの余り狂喜乱舞する様はどうみてもおもちゃを買ってもらった子供である。可愛い。

 

「効果は半永久的に続くはずですが、もし効果が切れたら教えてください。勿論それ以外の用事で呼んでもらっても構いませんよ」

「え、あ、あの? これって頂けるんですか!?」

「勿論です、貴女の為に作ったものですから」

「ありがとうございます!」

 

 シャルロッテさんはお礼の言葉の後、凄い勢いで去って行った。

 まあ、翻訳家にジョブチェンジするつもりはないからこれでいいか。

 ところで今思ったけど、硬貨変形させちゃったけど罪にならないよね? 日本だとなるんだけど。でも王族は何も言わないから大丈夫か。

 

「すまんな。あの子は夢中になると他の事が見えなくなるタイプなのだ……。魔法に関しては我が国随一の天才なのだが……」

「あら、そこがあの子の良い所ですわよ?」

「そうですよ、素敵な人じゃないですか」

 

 ああいう一本気な人は人間として嫌いじゃない。翻訳家として一生を終えるのは流石に断るが、それ以外の協力なら惜しまないつもりだ。僕の都合を優先させてもらうけど。

 とりあえず冷めているけど僕の分の紅茶を貰おう、冷めてても美味いな。いや、紅茶って冷めたら味変わるの? 僕日本に居る時はコーヒー派だったからよく知らないんだよね。

 

 じ―――っ……。

 

 何かまた見られてる……。何なの、何で僕王女にずっと見られてるの、まさか髪にゴミでもついてる?

 僕が頭を手で払っていると、王女の視線が消えた。ふとそっちを見ると、王女は王様と王妃様に向いていた。

 

「どうしたユミナ?」

「お父様、お母様。私、決めました」

 

 何を? と聞きたくなるが僕らは黙って待つ。

 やがて、顔を真っ赤にさせながら彼女はその言葉を口にした。

 

「こ、こちらの望月冬夜様と……、け、結婚させていただきたく思います!!」

 

 …………………………えっ?

 

「……なして?」

 

 何が何だか分からない……。



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婚約、そして押し掛け。どうしてこうなった

正直ユミナファンの方ごめんなさい、ユミナのキャラが大分変わっています。


 え、何だって?(難聴) 結婚? 結婚……。 結婚!?

 

「……すまんが、もう1度言ってもらえるかな、ユミナ」

「ですから、こちらの望月冬夜様と結婚させていただきたいのです。お父様」

「あらあら」

 

 王様の言葉に、もう1度同じことを言うユミナ王女。王妃様は目を大きく開いて、王女を見ていた。

 アルフレッド様も驚いたのか、視線が王様と王女様の間を行ったり来たりしている。

 

「理由は何だ?」

「はい、お父様を救って頂いたというのもありますが……。冬夜様は周りの人を笑顔にしてくれます。アルフレッド様やシャルロッテ様、みんなを幸せにしてくれます。そのお人柄もとても好ましく、私はこの人と一緒に人生を歩んでみたいと、初めてそう思えたのです」

「そうか……。そうか……? まあ、お前がそう言うのならそうなのだろうな……。なら反対はせん。幸せにおなり」

「お父様!」

「いや待ってぇぇぇ!!」

 

 手を上げて親子の会話をぶった切る。何でとんとん拍子に結婚が決まってるの!?

 

「あのですね、勝手に話を進められても困るんですけど!」

「おお、すまない。冬夜殿、そういう訳で娘をよろしく頼む」

「待って待ってウェイトウェイトストップぅぅぅ!!」

 

 おかしい……、話が早すぎる……。

 

「仮にも一国の姫を、どこの馬の骨とも分からん奴と結婚させては駄目でしょう!? というか僕、そんな人柄好ましいですかね!?」

「そこは私も疑問に思ったが、まあユミナが認めたのだから、最低でも君は悪人ではない。そういう質が分かるのだよ、この子はね」

 

 質? どういう意味だ?

 

「ユミナはね、魔眼持ちなんだよ。人の性質を見抜く力を持っているんだ。まあ、直感のようなものだがユミナは外したことが無い」

 

 アルフレッド様の説明を聞き、自分なりに咀嚼すると本能的にいい人か悪い人かを見極められるということだろうか。その能力があれば悪い男には引っ掛からないだろうけど……。

 そんなにいい人か、僕?

 

「……大体ユミナ姫っていくつですか?」

「12だな」

「結婚とか、早くないですかね?」

「いや、王家の者は大概15までには婚約して相手を見つけるぞ。私も妻と婚約した時は14だった」

 

 えー、14と婚約かー。婚約した以上子作りとかもするんだろうけど勃たないでしょー。

 とか思っているとコートの袖を掴まれる。

 

「冬夜様は私がお嫌いですか……?」

 

 王女様が悲しそうな瞳で見つめてくる。女の涙とかずっる! 断れないんだけど!!

 

「いや、嫌いじゃ、ない、んだけど……さ……」

「でしたら問題はありませんね!」

 

 コロっと笑顔を見せる王女様、悪女やでこの子……!

 どうしよう? 別にこの子は嫌いじゃないし、親も公認だし断る方法が思いつかない。でも結婚したら僕のライフワークであるナンパは出来ないんじゃないか、普通に考えて。

 よし、僕は独身貴族を貫くぞ! 平民だけど。

 

「……僕の国では男は18、女は16まで結婚出来ないんですよ。それに僕は姫様の事を何も知りませんし、結婚とか考えた事もありません」

「でも冬夜様はシャルロッテ様に随分声をかけていましたよね……?」

「いや、知らないからこそ分かりあおうという僕の気持ちで……」

「私の事は、知りたいと思いませんか?」

 

 上目使いで聞いてくる王女様、怖い!

 

「ところで冬夜さんは15歳でしたね?」

「あと2か月位で16になりますけど」

 

 王妃様の問いに答える僕。僕の体感で、と上に付くから誕生日が地球と日付が合っているかまでは知らない。

 

「という事は結婚は2年後ですね。それだけ時間があればユミナの事もよく分かりますよね。とりあえず婚約ということにして、冬夜さんにも考える時間を与えましょう」

 

 2年後って王女様14歳じゃないですかやだー、年上がいいー。

 

「冬夜殿」

「うはぁい!?」

 

 王様の呼びかけに思わず変な声を出す僕。どうしよう。ああ逃れられない。

 

「これだけは言っておく。私は妻を1人しか娶らなかったが、王族は一夫多妻が一般的だ」

 

 その言葉を聞いた直後、僕は王女様の手を問て傅き、こう言っていた。

 

「一目見た時から君の瞳にフォーリンラブ」

 

 しまった! 一夫多妻と聞いて思わず王女を口説いてしまった。最悪じゃん!!

 

「やりましたお母様!」

「良かったですねユミナ。言質さえ取ってしまえば後は勢いで何とかなる物です。私の時もそうでした」

 

 僕の言葉に喜ぶ王女様と王妃様。というか王妃様の言葉怖い! と思って王様を見ると、目をそらして口笛を吹いていた。あんた実は道連れが欲しかっただけだろ!

 

「冬夜様、コンゴトモヨロシク。あと私は妻が10人いようと20人いようと構いませんよ。それも男の甲斐性というものですから」

 

 メガ○ンの悪魔みたいに仲間になった!? というか凄いこと言ってない!?

 

「冬夜君」

 

 とここでアルフレッド様が話しかけてくる。

 

「君が結婚するかどうかは君の意思に任せよう。だがこれだけは言っておく、私の娘には手を出さないでくれよ」

「……出しませんよ」

 

 何だろう、選択肢ミスった気がする。どこでだろうか。

 

 

「という訳で着いてきた、ユミナ・エルネア・ベルファスト様です。新人だからって苛めたりしないように」

「ユミナ・エルネア・ベルファストです。皆様よろしくお願いします」

 

 銀月に戻った僕が、一連の事件を皆に話し、王女様を紹介する。何で着いてきちゃったんだろう、王女だよ王女。城の中で蝶よ花よ、って感じで暮らすのが王女って物じゃないの?

 

「冬夜殿が結婚でござるか……」

「正気ですかユミナ様……」

 

 八重もリンゼも驚きを隠せずにいる、というかリンゼが普通に酷い。

 

「ほんと、こんなののどこがいいのかしら……?」

 

 エルゼも酷い。が、それは驚きや呆れと言うより何だか苛立ってるように見える。僕なんかした?

 

「で? 何でお姫様がここにいるのでござるか?」

「はい、お父様の命で冬夜様と一緒に暮らす事になりました。花嫁修業というものです。何分世間知らずでご迷惑をおかけすると思いますが、何卒よろしくお願いいたします」

 

 そう言って頭を下げる王女様。そうなのだ、あの後王女様を王様は僕に押し付けた。どういうつもりだよ、娘可愛くないのかあの人。相手の事を知るためには近くにいるのが一番肝心って、そりゃそうかもしれないけどせめて護衛位つけろよ! それとも秘密裏に動いているとか、暗殺とかされないだろうな。

 そんなことを思い浮かべたら、天井から音がした。サーチで正体位分かるが、確かめたくない。

 

「一緒に暮らすってここで? お姫様なのに大丈夫な……んですか?」

 

 エルゼの言いたいことはよく分かる。今まで使用人に囲まれて生活していた者が、全て1人でやっていくなど無理じゃないか。

 正直、これでやっぱり婚約は無しと言うのなら僕はそれでもいいと思う。

 

「どうか敬語はやめてください、エルゼさん。とりあえず自分のやれる事から、冬夜様のお手伝いをしていきたいと思います。足手まといにならないように、頑張ります!」

 

 今日も1日がんばるぞい! なポーズをするユミナ。あらかわいい、じゃなくて。

 

「……具体的には?」

 

 リンゼから質問が出る。

 

「まずは皆さんと同じくギルドに登録して、依頼をこなせるようになりたいと思います」

「「「「え!?」」」」

 

 僕らの声がハモる。ギルドに登録って、これ以上僕の胃をどうする気だ!?

 

「姫様。ギルドで依頼を受けるって……。万が一のことがあったらこの国が――」

「分かっています。後、姫様はやめて下さい。ユミナ、と呼んでください、旦那様」

「旦那様はやめて」

「ではユミナ、と」

 

 にっこりと微笑む姫様……もといユミナ。分かってたけどしたたかだなおい。

 とりあえず旦那様はやめさせた、冬夜様もやめてもらった。ユミナ、冬夜さん、で。

 

「シャルロッテ様から魔法の手ほどきと、弓による射撃術を学んでおります。そこそこ強いつもりですよ、私」

「弓と魔法、遠距離攻撃は助かるでござるなあ。魔法の属性はなんでござる?」

「風と土と闇です。召喚獣はまだ3種類しか喚べませんが」

 

 風と土と闇。丁度リンゼが持ってない属性だ。

 

「うーん、どうする?」

 

 エルゼがリンゼと八重の方を向いて腕を組む。どうする、とはユミナをパーティに入れるかどうか、という事だろう。

 

「……とりあえず様子見で何か受けてみては?」

「成程。まずは実力を見てから、ということでござるな?」

「そうね。まあ、危なくなったら冬夜が守ってあげればいいのよ。じゃあ決まりね」

 

 何だか僕の意思を無視して話の流れが決定した。とりあえず明日ギルドに行って、ユミナの登録をするという事で決まったらしい。

 それからミカさんに彼女の部屋を取ってもらう。

 

「私は冬夜さんと同じ部屋でかまいませんよ」

「僕が拒否するよ」

「え、何? 冬夜あんた年下趣味だったの? 私は別にいいけどアエラ泣きそう」

「ちーがーいーまーすー、僕はずっと年上好きです!」

「酷いです冬夜さん、一目見た時から君の瞳にフォーリンラブとおっしゃっていたのに……」

 

 嘘じゃないのが性質悪い。

 

「というかミカさんは泣いてくれないんですか?」

「私も枕を濡らすかもね、涎で」

「快眠だよ!」

 

 微塵も泣く気配見せないな!

 

「とにかく部屋お願いします!」

「はいよー」

 

 こうして部屋を取り、皆で食事をとり、明日に備えて寝ることにした。

 その為に部屋に戻る直前、ユミナと2人きりになり話しかけた。

 

「……僕の人柄に惚れたとか言ってたけど、それ本気?」

「女性の告白を疑うなんて、冬夜さんは酷いです」

 

 ふて腐れた様な表情を見せるが、僕は何も言わない。

 そんな僕を見てユミナは話を続ける。

 

「……冬夜さんの周りの人が笑顔になっているのを見て素晴らしいと思ったのも、人柄が好ましいと思ったのも事実です。でもそれだけじゃ普通婚約なんて望みませんよね」

「でしょ?」

 

 一番引っ掛かっていたのはそこだ、ユミナもその両親も展開が早すぎた。

 

「私がこんな性急に行動したのは、冬夜さんの第1夫人になる為ともう1つ」

 

 そこでユミナは今日1番の満面の笑みを僕に向け

 

「冬夜さんにこの国の力になって欲しかったからです」

 

 そんな腹黒いことを言ってきた。

 

「全ての無属性魔法を使える、はっきり言って異常です。それを万が一にでも他の国に奪われるのは、ですね……」

「良くないだろうね」

 

 何か、納得した。僕じゃなくて僕の力が目当てって所に。それなら、まあ理解できる。

 

「とはいっても両親は何も知りません。察してはいるかもしれませんが、これは私の独断です」

「そっか……」

「冬夜さんは、腹黒い女の子は嫌いですか?」

 

 そう言って上目使いで僕を見つめるユミナ。本当にずるい子だ。

 

「別に。ただ明日からはもう少し気兼ねなく接せると思っただけだよ」

 

 全部許してくれると思って、僕に本音を話してる。

 

「……じゃあおやすみ、ユミナ」

「はい、おやすみなさいませ冬夜さん。ありがとうございました」

 

 それを聞きながら僕は部屋に入る、これでようやく1人きりだ。

 すっきりした気分で眠れると思ったら、いきなりスマホから着信音が聞こえてきた。

 スマホを取り出すと、着信神の文字が。

 

「……もしもし」

『おお、久しぶりじゃな冬夜君。婚約おめでとう』

「何ですか、ストーカーですか。いつもニコニコ這いよる神様ですか」

『機嫌悪いのうおぬし……。たまたまじゃよ。久しぶりに君の様子を見たら、何か面白いことになっておるのう』

 

 神の楽しげな声が聞こえる、腹立つ。

 

「面白くないですよ……。僕結婚願望とか無かったのに……」

『ちょっと腹黒いが王族としてなら必要な技量じゃろ、それを除いても十分いい子ではないか』

「まあ、将来は美人になると思いますし性格も嫌いじゃないですけど……。でもそれはそれですよ」

『固いのう。そっちの世界は一夫多妻が普通じゃし、気に入った娘がいたらどんどん嫁にしていけばいいのに』

「それに釣られて思わず告白しましたよ」

『あれは酷かったの』

「自分でもそう思います」

 

 あの時点でやっぱ無し、と言われると思ってよ僕。

 

『まあ、君がこれからどうなるか皆楽しみにしているんでな、頑張りたまえ』

「勝手だな本当……。ところで皆って何です?」

『この世界の神々じゃな。ワシが一番上の世界神で、他に下級の神として芸術神や恋愛神、剣神などいろいろおるぞ。特に恋愛神は君を見て興味津々じゃったぞ』

 

 何そのまんまなネーミング。

 

「とりあえず神々の間にプライバシーって言葉根付かせてくれません?」

『断る!!』

 

 僕の要望は力強く断られた。じゃあもういい、諦める。

 

『まあ、応援しとるよ。よく考えて後悔しない生き方をせい。君には幸せになって欲しいからの。では、またな』

「はあ……」

 

 曖昧に返事で電話を切る。後悔しない生き方か……。

 

「何をすれば後悔しないのかなんか、分かんないよ……」

 

 今日はもう寝よう。



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銀狼、そして大猿。ラノベのチョロインってどういう育ちしたらああなるんだろうか?

 翌日、僕らは連れ立ってギルドに向かった。

 町を歩くにはユミナの服はあまりにも目立つので、エルゼとリンゼから服を借りてきている。お古か。

 借りものの服なのにえらく似合っている。ちょっとサイズはあって無い気がするが。

 長い金髪は三つ編みで纏められ、動きやすい様にされていた。

 僕はオッドアイの方が目立つと思ったのだが、この世界ではそうでも無いらしい。

 これで見た目だけなら普通の美少女の出来上がりってわけだ。何かパワーワードが生まれた。

 

「ちょっと気になったんだけどさ、ユミナが冬夜と結婚したら、次の王様って冬夜になるの?」

「そうですね。そうなって頂けると嬉しいのですけど。その為には、貴族達や国民に冬夜さんの事を認めさせなければなりません。まあ、弟が生まれればその子が継ぐことになるでしょうけど」

 

 ギルドまでの道すがら、エルゼとユミナが話している。

 頑張れ王様、王妃美人だからいつだってヤる気になれば出来る筈だ。僕を王にしたら碌な事にならないぞ。

 

「僕は王様になる気は無いよ……」

「存じております。叔父様の所に男の子が生まれるとか、私達の間に生まれた子供が男の子なら、その子が継ぐという方法もありますし」

 

 この年で子持ちかぁ……、考えたくないな……。というかシレっと言うねユミナ。

 とりあえず、ギルドの前に武器屋熊八に寄って、ユミナの装備を整える事にする。お金はユミナが王様から選別を貰ったとのこと。中身は白金貨で50枚、過保護にも限度があると思う。

 バランさんに弓を見せてもらう。王都と比べると流石に品揃えは良くないが、それなりにここは物が揃っている。その中からユミナは何本か選び、弦を引いたりして感触を確かめ、丈の短い軽めのM字型合成弓、コンポジットボウを選んだ。

 飛距離よりも扱いやすい速射性を選んだそうだ。

 一緒に矢筒と矢をセットで100本購入。白い革鎧の胸当てと、おそろいでブーツも買った。これで準備OKだ。

 

 

 いつものように賑わうギルドにユミナを連れて入る。

 ギルドにいる男達がこれまたいつもの様に、こちらを一瞥すると舌打ちする。

 最初は理由が分からなかったが、今ならよく分かる。

 エルゼやリンゼ、八重もだけど贔屓目に見なくてもかなり可愛い。そして、そんな子に囲まれている僕に対して男達がやっかみを向けているのだ。

 事実、彼女達が居ない時に僕が絡まれた事もある。まあ、男のやっかみに付き合う趣味は無いので丁重に気絶させて路地裏に捨てさせてもらったけど。

 ま、気持ちは分かるので視線位なら甘んじて受けよう。

 僕がユミナを連れて受付のお姉さんに彼女の登録をお願いしている間に、エルゼ達は依頼書のボードをチェックする。

 登録が終わり、僕とユミナがボードの所へ行くと、1枚の依頼書をエルゼが持っていた。

 

「何かいいのあった?」

「んー、これならどうかなって」

 

 渡された依頼書は、キングエイプ5匹の討伐依頼、か。

 

「どんな魔獣だっけ?」

「大猿の魔獣です。数匹で群れを作り襲い掛かってきます。知能は余り無いので罠などが使えますが、パワーには要注意です。私達のレベルなら問題ありませんが」

 

 力押しのパワーモンスターか、マヌーサ効きそうだな。キングが複数いるのもRPGの雑魚敵っぽいし。と考えつつ、依頼書をユミナに手渡した。

 

「どう、いけそう?」

「大丈夫です、問題ありません」

 

 何かフラグっぽいな、その台詞。

 とりあえずキングエイプ討伐の依頼書を受付に持って行き受理してもらう。場所はここから南、アレーヌの川を渡った先の森だそうだ。

 南には行った事が無いからゲートは使えない。なので馬車を借りていくことにした。

 御者台にはエルゼとリンゼが座り、荷台に僕と八重、ユミナが座った。ちなみにユミナも馬を扱えるそうだ。僕の立場が増々低くなっていく気がする。

 

「いっそ馬車買っちゃおうかな……。一々借りるのも面倒くさくなってきたし……」

「馬車もピンキリでござるが、結構いい値段するでござるよ? 馬の世話も大変でござるし、銀月にずっと預けておく訳にもいかんでござるし」

 

 そっかー、そうだよな。馬の世話なんかやったことないしね、世話も出来ないのに生き物を飼うべきじゃないよね。

 そして3時間後、僕らは目的地に到着した。

 

 

 さて、キングエイプはどーこだっ? サーチで検索出来ればいいのだが50メートル圏内に居たら普通に気づくし、ロングセンスを使ってもあれ1人で森の中探すのと大して変わらないんだよな。

 スマホのマップを見る限りそれなりに大きな森だ。ここから特定の魔獣を探すのは面倒だな。マップの検索機能は生物を探してくれないし。

 面倒くさいけど地道に探すか、と僕らが森に入ろうとした所でユミナが呼び止める。

 

「すみません、森に入る前に召喚魔法を使ってもよろしいですか?」

「召喚魔法?」

「はい、キングエイプを探すのに役に立ちそうな子を呼びたいと思います」

 

 ユミナは僕らから少し離れて、呪文を唱える。

 

「闇よ来たれ、我が望むは誇り高き銀狼、シルバーウルフ!」

 

 魔法が発動されると、ユミナの影から次々銀色の狼が現れた。そのまんまである。全部で5匹、大きさは1メートル位。嬉しそうに尻尾を振りながら、ユミナの周りをまわっている。1匹だけ少し大きく、額に十字の模様がある狼が居た。

 

「この子達にも探してもらいます。離れていても私と意思の疎通が出来るので、発見したらすぐ分かります」

 

 物見の為に生まれたの、こいつら?

 

「じゃあ皆、お願いね」

 

 ユミナが命じると、ひと吠えして皆森の中へ駆けていく。これが召喚魔法か。前に見たリザードマンの時も思ったけど、使ってみたいな。便利そうだし。

 森の中を進みながら、ユミナに聞いてみる。

 

「基本的には呼び出した魔獣と契約さえ出来れば習得できます。あの子達の契約条件は難しくなかったので、楽に契約出来ました。中には戦って力を占めて、自分の問いに答えろと言ってくるものもいます。強さに比例して契約の難度は上がると思ってください」

 

 なるほどなー。何だかゲームみたいだ。

 とか考えてるとユミナが急に立ち止まる。

 

「……あの子達が見つけたようです。でもちょっと多いですね、7匹です」

「7匹ねえ……、ちょっと多いな」

 

 どうする、と僕が目で問うとエルゼは無言でガントレットを打ち鳴らす。やる気マンマンだ。

 

「一気に殲滅の方が良いと思います。1匹でも逃すと仲間を呼ばれるかもしれません」

 

 うわっ、RPGだと優先して倒さなきゃいけないタイプの雑魚だ。それなら僕も大賛成、さっさと叩くとしよう。

 

「ユミナ、キングエイプの群れをこっちにおびき寄せられないかな?」

「可能ですけど……、どうするんですか?」

「罠を張っておこう。落とし穴位なら魔法で作れる」

 

 土魔法で落とし穴を何個か作り、僕らは木の上で待つ。やがて雄叫びと共にユミナが呼び出した狼に釣られて、数匹の大猿が姿を見せる。

 ゴリラより少し大きく、牙が長く、耳が尖っていて目が真っ赤なその猿は、凶暴そうな顔で狼達を追いかける。

 地面に偽装してある落とし穴手前で狼はジャンプし罠を飛び越える。しかし大猿は真っ直ぐに突っ込み見事落とし穴に落ちた。

 

「今だ!」

 

 木の陰から僕、八重、エルゼが飛び出す。罠に嵌ったのは7匹のうち3匹、胸の高さまで埋まった猿が何とか出ようともがいていた。

 そのうち1匹の目に、矢が突き刺さる。ユミナの援護だ、その矢によって生まれた死角から八重が切りかかり、首の頚動脈を断ち切った。

 

「炎よ来たれ、渦巻く螺旋、ファイアストーム!」

 

 罠にかかった残り2匹に、リンゼが炎の竜巻を作り出し無慈悲に焼き殺す。

 そして竜巻が消えた瞬間、残り4匹が腕を振り回しながら、雄叫びと地響きを上げて僕らに向かってきた。

 

「スリップ!」

「オオウ、マッサラデス!」

 

 分かる人居ないだろそのネタ!? なんて言う暇も無くスリップで倒れた大猿に、大量の矢が突き刺さり、最後に猿目掛けて飛び込んだ八重が胸に刀を突き立て、猿は動きを止めた。

 

「ブースト!」

 

 その横ではエルゼが自身の無属性魔法を用いて身体能力を上げ、猿に連続で腹パンを叩き込んでいた。その攻撃に耐えられず、そのまま倒れた猿にユミナの狼達が数の暴力で沈める。

 

「雷よ来たれ、白蓮の雷槍、サンダースピア!」

「炎よ来たれ、紅蓮の炎槍、ファイアスピア!」

 

 残り2匹の猿に、ユミナとリンゼの魔法の槍が突き刺さる。刺された猿は断末魔を上げて地に倒れ伏した。

 おお、魔法の腕はリンゼ並か。ということは六属性魔法では僕より上だな。僕はどうにも魔力の調整が上手くいかないからか、上位魔法、特に攻撃魔法がなかなか習得できない。光属性は得意なんだけどね。これは僕の心が光属性であることを表しているに違いない。

 とりあえず戦闘終了、ユミナの影に5匹の狼が飛び込んでは消えていく。

 

「あの、私どうでしたか?」

 

 ユミナの聞きたいことは分かっている。足手まといなっていないかだろう、なってない所か大助かりだ。援護射撃ってありがたいんだなあ……。

 

「実力的には何の問題もないわ」

「魔法も中々のものです」

「後方支援は助かるでござる」

 

 次々とユミナの実力を認める肯定的な意見が出てくる。その意見は最もだと僕も思うので無言で頷いて賛同しておく。

 

「気持ちは、口に出さないと伝わりませんよ……」

 

 そんな僕を見てユミナが口を出してきた。はぁ……。

 

「これからもよろしく頼むよ、ユミナ」

「はい、お任せ下さい! 冬夜さん!」

 

 何だか外堀が埋められている気分だ。と思っていたらユミナが腕に抱きついてきた、スキンシップのつもりだろうか。

 それを引き剥がして、キングエイプの個体確認部位である牙を集めていく。

 

「しかし、ユミナが入ると女の子4人なのに男は僕1人か……」

 

 ラノベ主人公みたいだ、と小さく溜息をつく。

 

「男女比に何か問題でも?」

 

 リンゼが尋ねてくる。いや問題はあるんじゃない?

 

「3人とも気づいてないかもしれないけど、ギルドとかで目立つんだよ。そして僕に対する視線が冷たい、別にいいけど」

「? 何ででござる?」

「そりゃ傍から見てたらハーレム野郎だからだよ。エルゼにリンゼ、八重も皆可愛いんだからさ」

「「「え?」」」

 

 皆固まる。何だ? 変な事言ったかな僕? まさか可愛いと言われ慣れてないとか? いやいやそんなまさか、ラノベのチョロインじゃあるまいし。

 

「と、冬夜の事だしいつものあれでしょ!」

「そ、そうですよ! いつも誰かしらに可愛いだの美人だの言ってますし!」

「全くでござるな!」

 

 森の中を早足で進む3人。ゲートあるんだけどな。

 

「冬夜さん私は? 私は可愛いですか?」

「? 可愛いとは思うよ?」

「えへへ」

 

 ユミナは照れ笑いを浮かべながら、僕に抱き着いてきた。

 それから馬車にゲートで戻り、ゲートでリフレットに戻った。

 にしても召喚魔法か、今までは自分でやった方が手っ取り早かったけど何か契約するもの悪くないかもしれないな。



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召喚、そして白虎。ガチャ1回目でSSRとか廃人に殺されるんじゃないか僕

連続更新がここで途切れるとは……。
異世界スマホに疲れたのでちょっと更新を停止します、すぐ戻るかもしれませんが。


「闇属性の召喚魔法は、まず魔法陣を描き対象を召喚する事から始めます。何が召喚されるかはランダムで、魔力や術者本人の質などに左右されるとも言われていますが、本当かどうかは分かりません」

 

 銀月の裏側で、ユミナは地面に大きな魔法陣を複雑な紋様を本を片手に描いていく。

 

「そして召喚したものと契約出来れば成功なのですが、契約には相手の条件を飲む必要があります。簡単な物から、不可能としか思えない物まで相手によって違います。ちなみに、私がこの子達と契約した時の条件は、お腹一杯食べさせてくれることでした」

 

 安い条件だな。いや、術者が貧乏ならキツイか?

 と思っていたらいつの間にかユミナは魔法陣を描き終えており、呼び出されていた銀狼の1匹の頭を撫でていた。それは額に十字の模様がある固体だった。それがユミナと契約した銀狼らしい。こないだ呼び出した他の銀狼は契約した狼の配下だとか、やっぱお前ら物見の為に生まれただろ。ちなみに名前はシルバ、まんますぎる。

 上位の魔獣と契約すれば、その配下も使役する事が可能らしい。つまり強いのと契約すれば数の暴力が出来るって事か。

 

「条件が満たされなければ召喚したものは去っていきます。そして同じ人物の元へは二度度と現れません。契約のチャンスは一度だけです」

 

 何か随分リスキーだな、一期一会にも程がある。

 

「というか危険は無いの? 凄いの来たらヤバくない?」

「召喚されたものは契約するまで魔法陣の中から出る事は出来ません。遠距離攻撃も全て魔法陣の障壁が防ぎますし。ただ、召喚者が入る場合は別ですが」

 

 つまりどうあっても危険な目に遭うのは多くて僕1人。ならいいか。

 

「いっちょやってみっか」

 

 完成した魔法陣の前に立ち、闇属性の魔力を集中して魔法陣の中心に集めていく。少しずつ黒い霧が魔法陣内部に充満していく。邪教の儀式にしか見えない。

 すると突然、爆発的な魔力が生まれた。

 

『我を呼び出したのはお前か?』

 

 黒い霧が晴れ、魔法陣の中に1匹の大きな白い虎が現れていた。僕がコイツを召喚した、のか? なかなか鋭い眼光と威圧感だけど、海外旅行中にうっかりマフィアのボスの娘を口説いた時に向けられた殺気に比べればどうってことは無い。遊んでるなこいつ。

 鋭そうな牙と爪、ビリビリとした魔力の波動。ただの虎じゃなさそうだ。

 

「この威圧感、白い虎……。まさか、白帝……!!」

『ほう、我を知っているか』

 

 白帝? は僕の後ろで銀狼に抱きつき、しゃがみこんでいるユミナを睨む。シルバも尻尾を丸めて耳を伏せ、怯えているようだ。

 

「そんな怖い顔で睨むなよ、女の子の扱いを知らない奴だな」

『……お前は平然としているのだな。我の眼力と魔力を浴びて立っていられるとは……。面白い』

「本気でもないくせに……。まあ魔力はともかく眼力ならよく浴びてたからね。というかいい加減その威圧感やめて、僕は良いけどユミナが怖がっている」

『よかろう』

 

 僕が抗議するとユミナとシルバは立ち上がっていて、怯えた様子は見えない。威圧感が消えない所から、どうやら威圧を僕1人に向けているらしい。

 

「で、ユミナ。白帝って?」

「召喚出来るものの中で、最高クラスの4匹、その内の1匹です。西方と大道の守護者にして獣の王、魔獣ではなく神獣です」

 

 さっきまで怯えていたとは思えない程よどみなく答えるユミナ。どうやらメンタルは強いらしい。

 

「それで、どうすれば契約してくれるんだ?」

『……我と契約だと? 随分と舐められたものだな』

「いいからさっさと言ってみろよ」

『ふむ……。随分と機嫌が悪いな、そこの少女を怯えさせたのがそんなに気に食わないか』

「え?」

 

 白帝の言葉に驚くユミナ。しかしそれは一瞬、あっという間にこっちを向いて楽しそうな眼をしている。やめて、僕を安いツンデレキャラみたいにしないで。どうせならベ○ータ位にして。あいつは安くない。

 

「ああ、僕は紳士だからね。美少女と美人を怯えさせる奴は嫌いなんだ」

『その言動が既に紳士では無いと思うが……。まあいい、お前の魔力の質と量を見せてもらおう』

「魔力を?」

『そうだ、我に触れて魔力を注ぎ込め。魔力が枯渇する寸前までだ。最低限の質と量を持っているなら、契約を考えてやろう』

「考えるだけか」

『確約させたければ最低限以上の物を見せる事だな』

 

 フン、と鼻で笑う白帝。ちょっと腹立たしいが、力を見せろというのなら見せてやろう。僕の力じゃないけど。

 とりあえず魔法陣に歩み寄り、手の平で白帝の額に触れる。すると白帝が話しかけてきた。

 

『奇妙だな……。お前からは何か力を感じる。精霊の加護……。いやそれよりも高位の……、何だこれは?』

 

 精霊よりも高位の加護……、神か。

 

「心当たりはあるし、契約した後になら話してあげるよ」

『ふん』

 

 言いたいことを言い終えたらしい白帝が黙ったので、手の平から虎に向けて魔力を流す。

 

『む、何だこれは……。この澄んだ魔力の質は……』

 

 白帝が何か言っている。そういやリンゼもそんな事言ってたっけ。まあいい、大丈夫そうだし一気に流そう。白帝へ流す魔力を一気に増加させる。

 

『ぬうっ! な、何っ!?』

 

 魔力が減ってる感覚が分からない。もっと流す。

 

『ふぐっ、これは……、ちょ、ちょっとま……!』

 

 足りないのか、更に増加。

 

『ま、まって……、これ以上は……、あううっ……!』

 

 まだまだ増加! これが神の力だああああああ!!

 あ、何となく減ってる感じがする。

 

『もう、やめ……お願……!』

「冬夜さん!」

 

 ユミナの声にハッとなって白帝を見ると、身体を痙攣させながら、口から泡を吹いて白目をむいていた。足を震わせながらも何とか立っているが、酔っ払いがかろうじて立っているようにしか見えない。

 慌てて魔力を流すのを止め、手を離すと、白帝は地面に崩れ落ちた。

 

「あれ? また僕なんかやっちゃいました?」

「やりすぎです」

 

 ユミナのツッコミを背に受けながら、とりあえず白帝に回復魔法をかけてあげた。

 すると白帝はヨロヨロと立ち上がり、僕の方へ寄ってくる。

 

『一つ聞きたいのだが、先ほどの魔力量でまだ余裕があったのか?』

「余裕バリバリ、はっきり言って僕の全力はあんまもんじゃない。というかもう回復してる」

『なん……だと……!?』

 

 白帝が驚愕する。成程、魔力の消費を感じなかったのはそれ以上に回復しているからか。これで遠慮なくネタ無属性魔法が使えるね。

 

「それで契約は?」

『……お名前をうかがっても?』

「望月冬夜。冬夜が名前だよ」

 

 いきなり口調を変える白帝に不信感を覚える僕。しかし白帝は頭を下げる。

 

『望月冬夜様。我が主にふさわしきお方とお見受けいたしました。どうか私と主従の契約をお願いいたします』

 

 やったー! 白帝を捕まえたぞ!

 

「契約ってどうするの?」

『私に名前を。それが契約証となり、この世界に私が存在する楔となるでしょう』

 

 名前、ねえ……。これでいいか。

 

「コハク。琥珀でいい?」

『こはく?』

「こう書くんだ」

 

 地面に琥珀、と書いて見せる。

 

「これが虎、これが白。そして横にあるのが王という意味なんだ」

『王の隣に立つ白き虎。まさに私の為にある名前。ありがとうございます、これからは琥珀とお呼び下さい』

「冬夜さん、やっぱり王様に……!」

「なる気はないよ」

 

 危うく言質を取られかけるもとりあえず契約完了。琥珀が魔法陣から歩きだし、こっちにやって来た。

 

「……それにしても凄いです冬夜さん。白帝と契約してしまうなんて……」

『少女よ、もう私は白帝ではない。琥珀と呼んでくれぬか』

「はい、琥珀さん」

 

 茫然と呟くユミナに琥珀が声を掛ける。そのユミナの後ろでは、まだ銀狼のシルバが怯えていたが、琥珀の視線に気付くと逃げるようにユミナの影の中に去っていく。何か今後の出番が心配だ。

 

『主よ、お願いがございます』

「何?」

『私がこちら側に、常に存在することを許可して頂きたいのです』

「どういう意味?」

 

 居たきゃ勝手に居ればいいのに。あ、でもこんなでかい虎が跋扈するのは問題あるか。

 

『通常、術死が呼び出し存在を保つには術死の魔力が必要です。故に存在し続ければ魔力が切れて我らも消える。これが道理。しかし、主の魔力は先程からほとんど減っておりません。これならば、常にこちらに存在していても問題ないかと愚考いたしまして』

 

 まあ、それはいいけどさ……。

 

「それはいいけど、流石にこんな大きい虎が町中に居るのは問題あるなあ……」

「ならば姿を変えましょう」

「え?」

 

 その刹那、琥珀は姿を子供の虎に変化させた。

 大きさは小型犬位。手足が短く太く、尻尾も太い。琥珀ってマスコット枠だったの!?

 

『この姿なら目立たないと思いますが』

「いや目立つよ。でもまあ、いっか」

『ありがとうございます。ではこの姿でぐふっ!?』

「キャ―――っ! 可愛い―――――っ!!」

 

 琥珀に抱き上げ、そのまま抱きしめるユミナ。顔をぐりぐりと押し付け、ジタバタチチタプと琥珀がもがく。ユミナもこうしてみると普通の女の子だな。

 

『ちょ、放せ! 何なんだお主は!?』

「私はユミナ、冬夜さんの妻です」

『主の奥方!?』

「違うよ」

 

 勝手に既成事実を作らないで。

 しばらく琥珀はユミナに撫でられまくり、げんなりしていた。

 琥珀も僕の妻を名乗るユミナに逆らう気が無いのか、なすがままになっていた。

 やがてユミナがもふもふに満足したころ、今度はエルゼ達が現れさっきまでのユミナ状態になってしまった。赤くは無いが3倍である。

 

『あ、主! 何とかして下さい!』

「がんばれ、がんばれ」

『無性に腹立つ!』

 

 あ、敬語取れた。

 やっぱり僕のCVじゃ伊藤ラ○フは無理だったか。



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迷子、そして新機能。僕もマスコットになりたい

別所でSS投下したり、You○ubeで公式配信の仮面ラ○ダーを見たり、なろう勝利の理由を読んだりしてリフレッシュしたのでまた投稿します。

いや、4話くらいしか書き溜めてませんのでノンストップ更新は無理ですが。


 琥珀が呼び出されてから3日、長々と続いたモフモフ地獄。否、あれは地獄なのか。見麗しい美少女に密着され続ける事は地獄なのか。僕だったらミカさんに3日どころか1週間でもモフモフされたい。

 

〈ふざけるなよ琥珀ぅ!〉

〈それはこちらの台詞です主!〉

 

 何だか贅沢な悩みな気がして思わずキレる僕。それに逆ギレする琥珀。だがその声は他の人には聞こえない。なぜなら召喚者と召喚獣である僕らはある程度の意思疎通ができるからだ。

 そんな僕らは今、琥珀が町に出たいと言うので付き合っていた。

 宿の外へ出て大通りを歩く。とりあえず市場の方に行ってみた。

 市場には屋台やら色々物を地面に置いて並べ売っている人達がいた。

 

〈中々賑わっていますね〉

〈一応ここは町の中心だからね〉

 

 琥珀と雑談しながら歩いていると、やはり虎が珍しいのかチラチラとこちらを見る人が出てくる。だが遠巻きに眺める位の反応がほとんどだ。たまに子供や女の子達が頭を撫でに来る位である。

 他人の目があるところでは、ただの虎の子供のフリをしろと言っているので、琥珀がガウガウと返すと女の子達は喜んで更に頭を撫でてくる。チヤホヤされてるなあ……。

 

〈チッ〉

〈舌打ち!?〉

 

 しかし人が多いな……。小さくなった琥珀が蹴られでもしたら流石に少し可哀想なので、持ち上げて肩の上に乗せる。イメージ的にはサ○シとピ○チュウだ。

 

「重っ!?」

 

 あ、やっぱ駄目だ肩はキツイ。よくサ○シはピ○チュウ乗せてられるな。流石スーパーマサラ人は格が違った、あいつ転生者だろ実は。

 ということで抱きかかえる事にした。うん、これなら大丈夫だ。

 そのまましばらく歩いていたら、ふと琥珀が顔を上げ、右手の人混みの方へ顔を向ける。

 

〈主、あそこにおられるのは八重殿では?〉

〈え?〉

 

 唐突に言う琥珀に、合わせて僕も琥珀の視線を追う。すると通りの端、通行人の邪魔にならない所に八重がしゃがみこんでいた。八重の前には、泣きじゃくる4歳位の女の子がいて、彼女は一生懸命宥めようとしているみたいだ。

 

「何してんの、八重?」

「冬夜殿? 琥珀も一緒でござるか」

 

 僕らの顔を見るなり、どこかホッとした表情をする八重。あら珍しい。

 

「……この子は?」

「それが、どうも迷子らしいでござるよ」

 

 迷子ね。この人混みじゃ無理もないよな。これ親捜すの大変だぞ。

 

「ねえ君、名前は?」

「うぐぅ……、ふぇぇ……おかあさぁん……」

 

 駄目だ。まずは泣き止ませないと何も聞けない。

 

「拙者も先程から名前とか色々聞いたんでござるが、全く答えてくれないでござるよ」

 

 困った顔をして八重が溜息をつく。うーむ、どうするか。お、そうだ(唐突)

 

〈琥珀、君がこの子に聞いてみて〉

〈私が喋ってもよろしいのですか?〉

〈大丈夫だ、問題ない〉

 

 そんな会話を経て僕は抱きかかえていた琥珀を女の子の目の前に持ってきた。女の子は一瞬ビクッとしたが、また顔を歪め泣き出しそうになる

 

『お前の名前は何という?』

 

 琥珀が女の子に語りかけると、泣き出しそうだった女の子は驚いた表情を見せる。そりゃ虎が喋れば驚くよね。

 

『お前の名前は?』

「What your name?」

「何語でござるか」

 

 この世界英語ないのか? いや伝わらない気はしてたけど。

 

「…………リム……」

『そうか、リムと言うのだな』

 

 一方、女の子は琥珀の問いに素直に答える。呆気に取られて流されているだけともいう。今は良いけど将来は僕位確たる自意識を手に入れて欲しい。

 

「サーチ:リムの家族」

 

 サーチを発動させるも反応なし。どうやら半径50メートル以内にはいないらしい。シャレじゃなく。

 

「どうでござる」

「ダメ、反応なし」

 

 やばいどうしよう……。情報が足りないのか?

 

〈琥珀ぅ! もうちょっと情報仕入れて!〉

〈かしこまりました〉

『ここへは誰と来た?』

「おかあさん……」

『お前の母……、おかあさんはどんな色の服を着ていた』

「緑の服……」

 

 琥珀に質問させ、リムのお母さんの情報を次々引き出す。茶色の長髪、緑の服、銀の腕輪、青い眼、太ってない。これでもう一度サーチを使い近くに居ればば、今度こそ分かるはずだ。

 

「サーチ:リムのお母さん」

 

 ……反応なし、駄目か。

 

「どうでござるか?」

 

 八重の問いかけに首を振る。検索範囲が狭いのがこんな所でネックになるとは。マップアプリ位広けりゃ便利なものだが、贅沢かな?

 ……いや待て?

 マップアプリとサーチ、この2つを悪魔合体させれば……!

 僕はスマホを取り出す。

 

「エンチャント:サーチ」

 

 サーチの魔法をスマホのマップアプリにエンチャントする。僕の指先から放たれた光がスマホの画面へ消えていく。

 マップアプリを起動させ、自分周辺の地図を映し出す。市場どころかリフレット全部を画面範囲に収め、リムのお母さんと入力すると、画面上に1本のピンが落ち、それの場所を指し示す。

 

「やった、成功だ!」

 

 突然叫んだ僕に、琥珀を抱きしめたリムがまた一瞬ビクっとしたが泣き出す様子は無い。

 僕はリムの手を取り、こう言った。

 

「お母さんの所へ、僕が、君を、連れていってやるよ!」

「何でござるかそのテンション」

 

 

「おかぁさぁん!」

「リム!」

 

 数時間ぶりに再会した親子が抱き合う光景を見ながら、何とも言えない気分になる僕。リムの母親がいたのは町の警備隊の詰所だった。交番のようなものだ。初めから迷子をそこに連れていけばあっさりと済んだ話だったということである。まあ、思いがけない収穫があったから良しとしよう。

 僕と八重は頭を下げる母親と、手を振るリムに別れを告げて後を去った。

 

「八重、ちょっと試してみたい事があるんだけどいいかな?」

「構わんでござるが……?」

 

 そのまま八重を連れて、パレントに入り注文してから色々尋ねた。

 尋ねたのは八重の家の事。外観やら部屋の作りやら、道場の内装など色々聞きまくった。

 一通り聞き終わった僕は、マップアプリで八重の家と検索をかける。すると大陸の東、イーシェンの一部に1本のピンが落ちた。

 拡大してみる。イーシェンのオエド、その東のハシバか。

 

「八重の実家がある所ってオエドのハシバってとこ? 近くに神社がある」

「そうでござるが……、一体いつ調べたでござるか……」

 

 どうやら成功したらしいが、完全に扱いがストーカーのそれになりつつある。もうちょっと信頼が欲しいな僕への。

 とりあえずこのサーチアプリは世界規模で物を探せる、検索対象を詳しく知らなければ絞り込めないけど。

 僕が八重にそう言うと、八重は安心した表情を見せて、試しに兄を検索して欲しいと言われた。八重の兄の特徴を聞いたが、額に傷跡があるらしく、検索は楽だった。

 

「道場にいるね。細かく動き回ってるから試合か何かしてるんじゃない?」

「兄上らしいでござるな」

 

 僕が手渡したスマホを眺めながら、八重が微笑む。

 

「兄上は普段は穏やかでござるが、こと剣の事となるともう夢中になって仕方ないのでござる。本当に剣が好きで、食事を忘れるほどでござった」

 

 楽しそうに兄の事を語る八重。懐かしいのかブラコンなのか。

 

「八重はお兄さんが大好きなんだね。ブラコン?」

「冬夜殿はさらっとデリカシーが無いでござるな」

「あああああああああああああああああ!!!」

 

 ブ○リーに踏みつぶされた悟空みたいな声を上げながら、八重にアイアンクローされる億。

 

「大丈夫大丈夫ブラコンは黙っておくから!」

「パワー2倍でござる!」

「馬鹿な、この僕が……。望月冬夜が、たった1回のアイアンクローでこれほどのダメージを……!」

 

 ヤバいヤバイ、痛い痛い、超痛い! 僕が悪いの? 僕が悪いのこれ!?

 

「お待たせしましたー」

 

 そこにほとんど八重が頼んだ沢山の軽食がこの状況を無視して運ばれてくる。確かに、僕が制裁されてる光景なんてこの町じゃ最早日常だししょうがないか。

 

「助けてー!」

「冬夜殿が奢ってくれるなら許すでござる」

「分かった分かった、奢るから!」

 

 この後滅茶苦茶奢った。別に懐は痛まないから良いけどさ。



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後ろめたさ、そして古代魔法。わっふるわっふる!

ジョジョ5部に禁書3期にゴールデンカムイの2期とか秋アニメ豪華すぎませんか。
いや、夏アニメのぐらんぶるにオバロ3期も楽しみですけどね


 八重と銀月に戻ってきてから、自分の部屋で色々試してみる事にした。

 アプリに魔法を付与できるのなら、他にもやってみるのも悪くないと思ったんだ。

 例えば離れた場所に五感を飛ばす事が出来るロングセンス、これをカメラアプリに付与すればどうなる。

 

「エンチャント:ロングセンス」

 

 実際にやってみた。すると、僕の視界に映った物がカメラアプリの画面に映し出されていた。何だか無限にスマホの画面が映る光景は合わせ鏡みたいで気味が悪い。慌ててロングセンスを使う感覚で視覚を飛ばす。部屋の壁を突き抜けて、2部屋先のリンゼの部屋の中が見えた。リンゼはいない、そういえばエルゼと買い物に行くとか言ってたっけ。

 スマホの画面を見ると同じくリンゼの部屋の中が映っている。頭の中での視界がニン○ンドーDSみたいに上画面と下画面に分けて見える。リアルの目の視界と、ロングセンスの視界だ。

 この状態でスマホのシャッターを押す。撮れた、成功だ。写真にはリンゼの部屋が写っている。

 これで長距離、それも望遠なんて目じゃない撮影が出来るようになったわけだ。恐らく動画も同じように出来る筈だ、多分。

 ドアが開く音が聞こえたので目線を上げると、リンゼがいつの間にか居た。どうやら帰って来たらしい。

 と考えていると、リンゼが上着を脱ぎ、ブラウスのボタンを外しはじめた。なんという僥倖……、これほど自分が乙女座であることを嬉しく思ったことは無い。

 とりあえず3枚位写真を撮る。そして動画撮影の用意だ! カメラをビデオ撮影に切り替えて撮影開始だ。気が高まる、溢れる……! ひゃあ、オラもう我慢できねえ!

しかし、いつの間にかリンゼは着替え終わり部屋から消えていた。

 

「あれ、どこ行った?」

 

 慌ててロングセンスを使い別の場所を探そうとする。だがその前に

 

「冬夜さん、いいですか?」

「どわっひゃい!? 何じゃらびぃ!?」

 

 不意打ち気味にノックの音と、リンゼの声が聞こえた。僕は慌ててロングセンスを解除し、スマホを懐に仕舞う。

 とりあえずリンゼを部屋に招き入れた。着替えた後に男の部屋に来るなんて、破廉恥だぞガン○ム!

 

「……どうかしました? いつもの1.5倍位様子がおかしいですよ」

「何でもないんだな! 僕はいつもの通りなんだな!」

 

 いかん動揺しすぎて語尾がおかしくなってる。というかこの状態なのに5割増ししかおかしくないの!?

 

「今日、骨董屋でこれを見つけて買ってきたんですけど……」

 

 リンゼは語尾がおかしい僕をスルーして巻物のような物を差し出してきた。木製の筒に羊皮紙の様な物が巻かれている。うっ、頭が……。何か嫌な事思い出しそう。

 

「これは? まさか古代精霊言語で書かれた物だったりする?」

「それ多分骨董屋に置いてないと思いますけど……」

 

 そうなの? 僕分かんない。

 

「これは多分魔法のスクロールです。ただ描いてある文字が古代魔法言語なので一部しか読めなくて……」

 

 成程、ようは僕に翻訳眼鏡を作って欲しいって事か。まあそう言う事ならと、サクッとモデリングとエンチャントで古代魔法言語が読める翻訳眼鏡を作ってあげた。気分は完全に便利屋。

 完成したそれをリンゼに渡す。受け取ったリンゼが眼鏡を掛けると、文学少女みたいでなかなか似合っていた。

 

「似合ってるね、可愛いよ」

「ありがとうございます」

 

 僕の褒め言葉を適当に流しながら、リンゼはスクロールを読み始める。

 

「凄いですね。話には聞いていましたけど、スラスラ読めます」

「それで、何が書いてあるの?」

「古代魔法が1つ。水属性の魔法みたいです。バブルボム……、攻撃系の魔法でしょうか」

 

 バブルボム、直訳するなら泡の爆弾だろうか?

 リンゼはすぐにでも試してみたいと言っていたが、これからでは時間もないし、明日またにして今日は諦めさせた。

 リンゼが出て行ってから、スマホを取り出しさっき撮ったリンゼの着替え写真を見る。消した方が良い、とは思う。証拠隠滅しておくに越したことは無い。だけど

 

「消したくないなあ……」

 

 ま、多分大丈夫だろう。見つかんないってきっと。

 

 

 翌日、リンゼと一緒に東の森へやって来た。ここはゲートで簡単に来れるし、森の中に開けた場所があるから魔法の練習にはうってつけだ。ただし火属性は除く。

 さっそくリンゼは昨日のスクロールを取り出し、翻訳眼鏡をかけて何度か読むと、銀の杖を構えて魔力を集中し始めた。

 

「水よ来たれ、衝撃の泡沫、バブルボム」

 

 リンゼの構えている銀の杖の周りに、小さな水の塊が集まりだすが、すぐに弾けて地面に落ちた。これは失敗だな。

 彼女はもう1度杖を構えて、魔力を集中させる。

 

「水よ来たれ、衝撃の泡沫、バブルボム」

 

 また杖の周りに水の塊が集まり、そしてさっきのように弾けて落ちる。古代魔法って習得難しいのかな?

 リンゼはスクロールをもう一度読み直して、また杖を構える。そしてまた失敗。

 それを何度も繰り返していたが、全て失敗。水の塊が出来ても、杖から少し離れると弾けて落ちてしまう。

 10回を超えたあたりで、リンゼはよろめいて倒れてしまった。慌てて駆け寄り彼女を抱き起こす。

 

「リンゼ大丈夫!?」

「だい、丈夫です。ただの魔力切れ、ですから……。しばらく安静にしてれば、治ります……」

 

 目をぼーっとさせて、力なくリンゼが答える。これが魔力切れか、初めて見るな。っと、このまま放っておくわけにはいかないな。

 意識が朦朧としているリンゼをお姫様抱っこしてゲートを開く。銀月の裏庭に出て中に入り、リンゼの部屋まで一直線に進む。そしてリンゼの部屋の角にあるベッドに寝かせた。一応熱が無いか額に手を当てる。

 

「熱は無いね。待ってて、今装備を脱がすから」

「お姉ちゃんを、呼んでください……」

 

 ですよねー。という事で隣の部屋のエルゼを呼び出し、リンゼの装備を外してもらった。

 とりあえず後はエルゼに任せよう。

 

 

 翌日、リンゼの調子はすっかり良くなっていた。魔力切れは安静にして休息を取れば1日ほどで回復するらしい。RPGかよ。

 

「……昨日は、ご迷惑をかけて申し訳ありませんでした」

 

 昨日の事をリンゼに平謝りされた。何も謝る事は無いと言っておいたけどリンゼは聞くだろうか。

 今日もまた東の森へ行き、昨日と同じ様に練習する。

 そしてまた昨日の様に失敗してはやり直しの繰り返しだ。僕はそれを横で眺めていたが、失敗が9回目を記録した時に練習を止めさせた。これ以上まで昨日と同じにするつもりはない。

 

「ちょっと休憩しよう、リンゼ」

「……はい」

 

 持ってきていたお茶の入った水稲をリンゼに渡す。

 

「どう、いけそう?」

「……いえ、正直難しいです。魔法の発動にはその魔法の知識が大きく左右されますから。やっぱり見た事もない魔法は難しいです……」

 

 成程、明確なイメージが掴めないのか。それで出来ないんだな。泡の爆弾ってどんなだろ。幽○白書?

 その後1時間程休憩したが、魔力はそれほど回復せず、2回失敗した所でリンゼがふらついたのでその日は切り上げた。

 

 

 その翌日もまた翌日もリンゼは練習を続けた。毎日魔力が切れる寸前まで。1時間もすればリンゼの魔力が尽きてしまうので、あとはずっと休憩になってしまう。効率悪いな。

 

「にしてもリンゼは頑張るね。何回も失敗してるのに、諦めようとしないし」

「私は不器用ですから……、同じ事を何度も繰り返して……、やっと魔法を覚える事が出来るんです。今までもそうでしたから、なんてことありません」

 

 そう言ってリンゼは笑う。強いな、僕にはそんな強さ今も昔も無かったよ。

 何とかしてあげたいな、この効率の悪さ。シャルロッテさんに相談してみるか、この国1の魔法使いらしいし。

 魔力が切れる前に練習を終えリンゼと宿に戻った後、僕は1人でお城のシャルロッテさんの元へ跳んだ。1人だけど多分大丈夫だろ、顔パスで行けるでしょ僕なら。

 何とかなった。城の中にある研究塔にシャルロッテさんがおり、僕が頼むと

 

「分かりました、この大魔法使いシャルロッテがしっかりご教授いたしますわ!」

 

 と言ってリンゼの魔力回復に役立つ無属性魔法を教えてくれた。こんなキャラだっけこの人?

 

 

 次の日、またリンゼと共に東の森に来た。今日も同じ事を繰り返し、またリンゼの魔力が尽きそうになる。ここからが僕の出番だ。

 

「リンゼ、こっち来て」

「……なんですか?」

 

 目の前に来たリンゼの両手を握り、シャルロッテさんに教わった無属性魔法を発動させる。

 

「トランスファー」

「えっ!?」

 

 僕の手からぼんやりとした光がリンゼに向かい、それを受け取ったリンゼが驚きの声を上げる。

 

「魔力が、回復しています!? そんな、一瞬で?」

 

 これが無属性魔法トランスファー。他人に自らの魔力を譲渡する魔法だ。この無属性魔法は使い手が何人かいるらしく、シャルロッテさんに魔法を教えた師匠もこの魔法を使えたらしい。

 ぶっ倒れるまで魔法を使わせてから、魔力を回復させられ、またぶっ倒れるまで魔法を使うという修行をしたそうな。ドラ○ンボールもビックリだよ。僕も同じ事してるけど、まあ僕は強要してないからセーフで。

 今初めて気づいたけど、リンゼが全回復する量の魔力を譲渡したけど、それでも琥珀の存在維持に使う魔力量より少ない。つまり全く問題ない。僕の魔力量どうなってんの?

 

「水よ来たれ、衝撃の泡沫、バブルボム」

 

 それから何時間もぶっ通しでリンゼは魔法を練習する。……凄い集中力だ。しかし、今度は体力が持たなかった。

 とりあえず休ませる。

 

「やっぱり難しいです……。どうしても、この魔法の概要が掴めなくて……」

「そっか……」

 

 やっぱり難しいんだな、古代魔法ってのは。見本でもあれば話は違うのかもしれないけど……。

 

「せめて、バブルボムって言葉の意味が分かれば少しは……」

「…………はい?」

 

 リンゼの言葉に魔の抜けた声を出してしまった。どゆこと?

 

「バブルボムの意味?」

「はい。魔法の固有名には、意味があるそうです。例えばファイアストームのファイアは火を――」

「いやそっちじゃなしに」

 

 この世界の言語どうなってんの!? ファイアが火ってのは経験で分かってるだけで言語形態として成り立っていないって事なのか!? でもアイス=氷って認識してたよね!? 前デリカシーって言葉も聞いたぞ!?

 いやよく考えると謎が多いぞこの世界。中世的な世界なのに料理美味いし清潔だし、出会う女性皆美人だし! これは僕にこの世界の謎を解けという暗示か。何、本格冒険ロマンに路線変更しちゃう?

 

「どうしました?」

「いや色々世界に疑問が湧き出ただけ……。それよりバブルは泡、ボムってのは爆弾の事だよ」

「爆弾?」

「えっと、爆発する物体かな。エクスプロージョンみたいにボーン、って感じで」

 

 僕が雑な説明をすると、リンゼは無言で考え込む。やがて顔を上げると、杖を構えて魔法を発動させた。

 

「水よ来たれ、衝撃の泡沫、バブルボム」

 

 杖の周りに1個のシャボン玉みたいなものが現れ、ふわふわと漂い始めた。

 玉の大きさは直径20センチ程。リンゼの意思で動くらしく、しばらく宙を舞わせていたが、やがてリンゼはその玉を1本の木にぶつけた。

 その刹那、とてつもない衝撃音が響き渡り、ぶつけた木は粉々に吹き飛んだ。

 その光景を見ていたリンゼは唖然としていたが、やがてリンゼが小さく呟いた。

 

「出来た……」

 

 これが古代魔法バブルボムか、僕もこんな高火力魔法欲しいな。現状ほとんどサポート特化みたいな所あるし僕。

 続けてリンゼはもう1度バブルボムの魔法を使う。今度は5、6個の玉に一斉に現れ、一直線に林へ向かって飛んで行った。玉が木に触れるとたちまち爆発が連鎖的に起こり、木々がなぎ倒されていく。

 とんでもない威力だな……。すると、リンゼが僕の方へ駆けてきて頭を下げる。

 

「冬夜さんのおかげで完成させる事が出来ました。ありがとうございます」

「いや、リンゼの努力が実を結んだんだよ。僕は少し手伝っただけさ」

 

 実際、僕大した事してないしね。それに何度も諦めずに挑戦し続けたリンゼの方が凄い。出来る事から1つずつ、着実に成長してく努力家。それがこの子の本質なんだな。

 それに気付いて思ったことは、リンゼは努力もクソも無く膨大な魔力と便利な無属性魔法を振りかざす僕をどう思っているのか、という疑問だった。

 そんな事、流石に聞けないな……。



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ガントレット、そしてゴスロリ。照れ顔の女の子ひゃっほーい!

もしも今までROM専で、自分でもSSやってみたいって人がいるならとりあえずイセスマはおすすめしません。書きやすそうで書きにくいんです。


「うーん、まいったわね……」

 

 エルゼが難しい顔をして悩んでいる。銀月の食堂のテーブルに座る彼女の目の前には、鈍く銀色に光輝く愛用のガントレット。しかし、それは拳の部分が破損してしまっていた。

 昨日戦った魔物のせいだ。石の体を持つガーゴイル。正確には盗賊の一味に召喚魔法を使う奴がいて、呼び出したのがガーゴイルだった。

 何体ものガーゴイルに囲まれ僕らは苦戦した。堅い体のせいで剣が効かない。魔法も効果が薄く、矢も通らない。ダメージがまともに入ったのは打撃系のエルゼとエクスプロージョンやバブルボムを使えるリンゼだった。

 2人がガーゴイルを倒している隙に、僕は術師をパラライズで麻痺させ事なきを得て、捕まえた盗賊たちは王国警備兵に突きだした。

 ギルドの依頼は完了したが、エルゼ愛用のガントレットはこの通りである。

 

「買い替えるしかないわね……」

「その方が良いんじゃない? 僕のモデリングで直せなくはないけど、経年劣化までは直らないし、すぐ壊れると思うよ」

「これが今までで一番しっくりきてた奴だったのに……」

 

 残念そうにエルゼが言う。使い慣れた物が壊れるのは嫌だよね。

 

「どうする? 武器屋熊八に新しいの買いに行く?」

「もう行ってきた。同じタイプのガントレットの仕入れは5日後だって」

 

 結構先だな。まあ、ガントレットと言ってもエルゼが使う重装甲のガントレットは需要が少ないから仕入れも少ないんだよな。

 エルゼみたいに拳や体術を使って戦う、この世界で武闘士と呼ばれる人達は、この国では少数派らしい。一方、亜人の王国ミスミドには結構いるとか。獣人は身体能力が高いらしいから、納得はいく。

 

「冬夜、王都に連れてってよ。5日も待ってられないわ」

「今から?」

「当然!」

 

 せっかちだな、別にいいけど。何というかエルゼは思いついたら即行動タイプだ。リンゼとは真逆だ。

 

「王都なら魔力付与された物が売っているベルクトだな……。そういや何か魔力付与された籠手売ってたような……」

「え、そんなのあるの?」

「確か、ゴリラの籠手だったかな」

「何それ」

「さあ?」

 

 本当に何なんだろうか、ゴリラの籠手。

 

「まあいいわ、それ気になるし早速出発よ」

「ゴリラの籠手買うの?」

「多分買わないわ」

 

 ですよねー。

 

 

「いらっしゃいませ、ベルクトへようこそ」

 

 以前と同じ店員のお姉さんがまた出迎えてくれた。というか身分証の提示はいいのだろうか? ひょっとして僕の事覚えてる?

 エルゼも連れだと判断されたのか、身分証の提示を求められなかった。

 

「本日はどのようなご用件でしょうか?」

「えっと、依然ここで見たゴリラの籠手ってありますか?」

「申し訳ございません。その商品は既に売れました」

「売れたのあれ!?」

「世の中奇特な方はどこにでもいらっしゃいますので」

 

 それ売る側のセリフじゃないよね!? いや欲しかったわけじゃないけど!

 

「代わりと言っては何ですが、猿の膝というアイテムならございますが」

「いえ別にいりませんけど!?」

「何なのこの店……」

 

 店員の対応を見てエルゼが小さく呟く。それは僕も聞きたい。

 とはいえいつまでもコントやる気はないので、さっさと用件を言って終わらせよう。

 

「あの、戦闘打撃用のガントレットを探しているんですけど」

 

 これ、防具じゃなくて武器な気もするけど、ガントレットは普通に考えたら防具だよな。

 

「打撃用のガントレットですか。魔法効果が付与された物が何点かございますが」

「それ見せてもらえますか?」

「かしこまりました。ではこちらへどうぞ」

 

 そう言ってお姉さんは店の奥のコーナーへ僕らを連れて行く。そういえばここ僕のコートが置いてあった場所だ。

 お姉さんはそこに飾ってあった3つのガントレットを手に取り、カウンターに並べた。

 1つはメタリックグリーンのカラーリングを施された、流れる様な流線型のフォルムが美しいガントレット。

 もう1つは金と赤のカラーリングがされた、鋭角的なデザインのガントレット。

 最後の1つは、イカの形をしたガントレットだった。

 

「いや、このイカ……」

「これはイカの臭いが漂うガントレットでございます」

「何の意味が……」

「さあ? 私には分かりかねますが」

 

 分からない物を売るな、と僕は思ったが一応隣に居るエルゼの顔色を伺う。まあ予想通り何これ? と言いたげな表情をしていた。

 

「あの、このイカは多分選ばないので下げてもらえますか?」

「かしこまりました」

 

 そう言ってお姉さんはイカを元の場所に戻した。あれが売れる日は来るのだろうか。

 そして戻ってきたお姉さんは何事も無かったかのように、メタリックグリーンのガントレットを取り上げ説明を始めた。

 

「こちらは飛来する矢などをそらす、風属性の魔法付与がかけられています。残念ながら遠距離の魔法攻撃をそらす効果までは在りませんが、高い魔法防御を兼ね備えています」

 

 物理的な遠距離攻撃を逸らすのか。F○te風に言うなら矢避けの加護、って所か。

 

「そしてこちらは魔力を蓄積する事により、一撃の破壊力が増す効果が付与されております。魔力を蓄積するのに多少時間がかかりますが、同時に硬化も付与される為、ガントレット自体が破壊されてしまうような事はありません」

 

 今度はもう1つの金と赤のガントレットを手にしてお姉さんが説明する。今度はさっきのとは反対で、ゲームで言うならチャージ攻撃が出来るって事かな。

 防御か攻撃か、完全に好みの問題になるけどエルゼはどっちを選ぶのかな?

 

「両方貰うわ」

「え!?」

 

 まさかの両方買いに驚く僕。そっか、その手があったか。

 

「両方買うの? 使いこなせる?」

「どっちも使えそうだし、右と左で片手ずつ、別々に装備すればいいじゃない」

「余りは?」

「予備として置いておくわ。今回みたいに壊れても困るし」

 

 まあ、エルゼは左右どっちか片方だけで戦うタイプじゃないのは今まで一緒に戦ってきたから分かる。ボクシングでいうならスイッチヒッターだ。それなら予備の方が左右逆でも問題は無いか。

 

「かしこまりました。装備して違和感がございましたらお申しつけ下さい。調整いたします」

「んー、大丈夫」

 

 エルゼは両方のガントレットを順番に装備して、感触を確かめながらそう言った。

 

「それではこちら緑の方が金貨14枚、金と赤の方が金貨17枚となります」

 

 合計金貨31枚。日本円で310万円。相変わらず高いな……。いや、こんなもんか?

 

「……冬夜」

「何?」

「金貨1枚貸して。持ち合わせが足りない」

「確認しとこうよそこは……」

 

 僕は財布から金貨1枚を取り出してエルゼに渡す。

 お姉さんに白金貨3枚と金貨1枚を支払って会計を済ませる。袋にガントレット2セットを入れてもらい、僕が持つ。男が荷物持ち扱いはどの世界も変わらないな……、これちょっと重い。

 

「ありがとうございました。次は磯の香りが漂う盾を用意してお待ちしております」

「いらない」

 

 お姉さんに見送られながらベルクトを出る。

 

「やっぱり王都はいいわね。良いもの揃ってるわ、訳分かんないのもあるけど」

 

 隣を歩くエルゼはご機嫌だ。目的の物があっさり手に入ったんだから当たり前といえば当たり前だ。

 それはそれとして、やっぱりガントレット重いな。さっさとゲートで銀月に帰りたい。

 

「エルゼ、そこの路地から――」

 

 隣のエルゼに話しかけようとすると、そこには誰も居なかった。

 

「あれ?」

 

 辺りを探すと、後方の店の前にエルゼが立っていた。窓越しに何かをじっと見ている、ショーウィンドとかあるんだこの世界。取られたりしないのかな?

 僕はエルゼの見ている物を背中越しに確認する。

 白いフリルがついた黒の上着、胸元には大きなリボンタイ。そしてレースをあしらった黒の3段フリルのミニスカート。

 いわゆるゴスロリ衣装、という奴だろうか? よく分からん。

 窓越しにそれを眺め続けるエルゼ。

 

「……欲しいの?」

「へ? はうあ!? と、冬夜!?」

 

 声を掛けた僕から後ずらし、顔を赤くしたエルゼが叫ぶ。何この反応。

 

「あ、あの、こ、これはねっ!? そう、リンゼ! リンゼに似合うと思って! あの子こういう服似合いそうじゃない!? 私と違って!」

 

 まくしたてるようにエルゼが口を開くが、僕には自分が着たがっているようにしか見えない。

 

「リンゼに似合うなら、エルゼにも似合うんじゃない?」

「な……!」

 

 エルゼが顔を真っ赤にして、口をパクパクさせる。ツンデレヒロインみたいだ。

 

「何言ってるのよ、あたしとリンゼじゃ比べ物にならないわよ……」

「そんな事ないと思うけど。エルゼだって可愛いよ」

「……あんたに言われると途端に信用できないわ。誰彼構わず可愛い可愛い言ってるし」

「酷いなもう」

 

 僕は真実しか口にしないって言うのに。

 

「ねえ冬夜。……あんた本気であの服があたしに似合うって思ってる?」

「勿論」

 

 エルゼの質問に僕が即答すると、なぜかエルゼは只でさえ赤い顔を更に赤くして俯いてしまった。

 何なのかよく分からないけど、そんなに言うなら実際に着せてリンゼ達に見せてやろう。

 

「ほら、行くよ」

「ちょ、冬夜!?」

 

 僕はエルゼの手を引いて、強引にその店に入った。店員のお姉さんに僕が尋ねる。

 

「すみません、あの店の前に展示してあった服って試着出来ますか?」

「はい、かまいませんよ。そちらの彼女さんにプレゼントですか?」

「ええ、似合うと思いまして」

「私もそう思いますよ」

 

 そう言って店員さんは服を取りに行く。店員さんが僕らから見えなくなったと同時に、僕はリンゼに殴られた。

 

「……何で?」

「……うっさい馬鹿」

 

 僕の問いに答えることなくそのままそっぽ向くエルゼ。

 すると店員さんが服を持ってきたので、僕はそれをエルゼに渡して試着室に押し込めた。

 しばらくすると、試着室のカーテンがおずおずと開く。

 

「おおー」

 

 そこにはいつもと違ったエルゼが居た。

 ゴスロリ風の服装が、長い銀髪のエルゼによく似合っていた。

 

「いーじゃんいーじゃんすげーじゃん、よく似合ってるよ!」

「な、何言ってんのよ……!」

 

 自信無さげに俯いていたエルゼも、僕が褒めると照れているのか顔が赤い。何かずっと赤いな。

 

「店員さんすいません、この服もらえますか?」

「え?」

 

 驚くエルゼをよそに店員さんに代金を払う。銀貨3枚か、安い出費だ。

 

「ちょ、ちょっと冬夜!? あたし買う気無いわよ!?」

「僕が買う。僕が買ってエルゼにプレゼントする」

 

 こんなに似合っているんだ、買わずに戻すなんて真似できるわけないだろ。

 代金を払った後、店員さんから紙袋を貰う。エルゼが元から着ていた服を入れるためだ。

 店を出ると、照れて俯いていたエルゼが顔を上げてお礼を言ってきた。

 

「ありがと……」

「よし、早く帰って皆に見せよう」

「え!? ちょ、それは恥ずかしいかも……」

「いや、元々そのつもりだったし」

「それあんただけでしょ! あたし知らないし!」

 

 恥ずかしがるエルゼを引っ張り、僕は走り出した。

 

 

 皆に新しい服を着たエルゼを見せると、全員似合っていると褒めていた。僕のファッションセンスは確かなようだ。

 ただ、その服を僕が買ってあげた物だと分かると、ユミナが複雑そうな顔になってしまい、しかもなぜかユミナの分の服まで買う事になってしまった。

 ……どうしてこうなった。

 

「冬夜さんって、女好きの割に女心を理解していませんよね」

「鈍感は罪でござるな」

 

 え、僕が悪いのこれ?



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爵位授与、そして王宮の人々。権力より責任のない自由が現代日本人の欲しいもの

「お父様からです。これを読んだら王宮の方へ来ていただきたいとの事です」

 

 さっき銀月へ早馬で届いた手紙。それを見るなりユミナは僕にそう言ってきた。

 

「何でまた?」

「例の事件解決の謝礼として、冬夜さんに爵位を授与したいと」

「「「爵位!?」」」

 

 エルゼ達が驚きの声を上げる。爵位、僕に爵位……。

 一応、一国の姫であるユミナの結婚相手には、それなりの身分が必要になってくる。婚約者(仮)の僕を公式発表する気は今の所無いらしいが、それまでにどうにか体裁を整えたい、とかそんな感じかな。

 

「正気でござるか王様は!?」

「そうですよ! 爵位持って領地手にいれてしまったら、女性領民のスカートの長さを下着が見える短さに規制したりしますよ冬夜さんは!」

「そんな事しないよ!?」

 

 僕がするなら見えるか見えないかギリギリの長さにする。チラリズムの無いパンチラはただ下品なだけだからね。

 というか八重とリンゼが酷い、凄く酷い。

 

「それで一応聞くけど、断ってもいいの?」

「断ってもいいそうですが、その場合きちんと公式の場で理由を挙げて辞退して頂きたいとの事です」

「「辞退!?」」

 

 またも驚きの声を上げる3人、ではなく2人。驚いていないのはエルゼだ。

 

「辞退するんですか冬夜さん!?」

「嬉々として受けると思っていたでござる……」

「いや、僕どっちかっていうとアウトロー側だし……」

 

 というか君達は僕にどうなって欲しいんだ。

 

「第一貴族になるって事は、国に仕えるわけじゃん。領地を治めなきゃいけないわけじゃん。僕には無理だって」

「ま、あんたならそう言うでしょうね」

 

 僕の言葉に同意してくれるエルゼ、分かってるう。

 

「それで、なんと言って断るつもりでござるか?」

「うーんと、自分には冒険者稼業があっていますので、とか? 嘘くさいけど」

「あながち嘘ではないと思いますが……」

 

 リンゼの呟きはさておき、それ位しか思いつかない。両親の仇! をやってもいいけどややこしい事この上なくなる。

 

「それで構わないと思います。お父様も無理強いはしてこないでしょうから」

「いいんだ……」

 

 まあ、それでいいなら僕もいいけど。それとエルゼ達にも王宮に来て欲しいらしい。流石に授与式に出席しろという事ではなく、単に娘が世話になっている相手に会いたいとの事。最初は恐れ多いと拒否していた3人だが、王様と知り合いになっておけば何かと便利なので最終的には折れた。

 

「琥珀はどうする?」

『私ですか? 正直どちらでも――』

「何言ってるのよ冬夜、琥珀を置いていく事なんて出来ないわ」

「可哀想です」

「この子も仲間でござろう?」

「琥珀ちゃんの面倒は私が見ますから、お願いです、冬夜さん」

 

 琥珀を擁護しているようで実際は自分の意思を優先させる女性陣。というかユミナ、別に琥珀は面倒見なくても大丈夫だと思う。そうまで言うなら連れていこう、別に連れて行きたくない訳じゃない。

 早速ゲートを開き、王宮のユミナの部屋へ出る。

 ユミナの部屋と言ったが、寝室とかではなく、何個かあるお客を迎えるための部屋だ。前もってゲートを使う時は、この部屋を使うよう王様から言われている。

 部屋を出ると、警備の騎士達が怪訝そうな顔で僕らを見るが、先導するユミナを見て騎士達は態度を改める。

 しばらく歩いて回廊の奥にある部屋の扉をユミナが開けると、そこには国王陛下とレオン将軍、それとミスミド大使であるオリガさんがお茶を楽しんでいた。

 

「お父様!」

「おお、ユミナか」

 

 ユミナの姿を見た王様が椅子から立ち上がり、駆け寄ってきた娘をしっかりと抱きしめる。

 

「元気そうで何よりだ」

「冬夜さんの傍にいるのですから、元気がないなんてことはありません」

 

 恥ずかしいこと言うな……。ユミナの発言に1人赤面していると、王様に声を掛けられた。

 

「久しぶりだな、冬夜殿」

「お久しぶりです」

「後ろの方々はお仲間かな? そう固くなんでいい、顔を上げてくれ」

 

 王様の声に振り返ると、既に3人とも土下座状態だった。ちなみに僕は今更する気は無い、というかしたら向こうが怪しみそうだ。

 

「冬夜殿」

 

 いつの間にかオリガさんが傍に来ていた。今日も狐と耳と尻尾が眩しい。琥珀なんかよりよっぽどモフモフしたい。

 

「今回の件は本当に感謝しています。あなたはこの国の国王陛下の恩人であると同時に、我がミスミド王国の恩人であります。いつか我が国に来られることがあれば、国を挙げて歓迎いたします」

 

 深々と頭を下げるオリガさん。いや、国交断裂を阻止した訳だからそれだけ歓迎されるのも分かる。分かるけど僕の心が縮み上がりそうだ。

 

「僕としては、国を挙げてよりあなたと2人きりになって歓迎される方がうれ――」

 

 僕の言葉が終わるより早く、いつの間にかエルゼが肘を僕の脇腹に叩きこんでいた。

 僕は思わず崩れ落ちる。

 

「ぐ、ぐおお……」

「だ、大丈夫ですか冬夜殿!?」

 

 僕を心配してくれるオリガさん。

 

「大丈夫、いつものことよ」

「いつもの事です」

「いつもの事でござる」

 

 しかし女性陣3人は当然の様にスルー。

 

「ユミナ、あれがいつもの事なのかね?」

「いつもの事ですわ、お父様」

 

 そしてユミナは王様にこれが日常だと説明していた。いや、確かにこれは僕に非がある。隣国の使者をいきなり口説くのは問題しかないだろう。

 

「大丈夫ですオリガさん、よくある事ですから」

「そ、そうですか……」

 

 少々引き気味に僕を見ていたオリガさんの表情が一瞬固まる。どうしたのかと目線を追うと、その先には僕らの後をついてきた琥珀がいた。

 

「……冬夜殿、その子は?」

「ああ、僕が飼っている虎の子で琥珀といいます。ほら琥珀、ご挨拶」

『がががーが・がーががう』

 

 予め打ち合わせた通り、琥珀に虎の子供の振りをさせる。でもそんな鳴き声は指示していない。

 その琥珀を眺めながら、オリガさんは怪訝そうに首を傾げた。そりゃこんな鳴き方する虎見たらそう思うよね。

 

「どうかしました?」

「あ、いや、我がミスミド王国では白い虎は神の使いとされ、神聖視されているもので。白虎は神獣白帝の眷属とも言われていますから」

 

 本人、いや本体だよ! と内心で思ったが流石に言う訳にはいかない。というか琥珀連れてミスミド王国行って大丈夫か?

 といきなり背中に衝撃が走る。レオン将軍だ、あんまり叩かないでほしい……。

 

「久しぶりだな冬夜殿! まさか姫様の婿に収まるとは予想外だったぞ! 中々お前さんは見所がある! どうだ、儂が鍛えてやるぞ?」

「いや、まだ婿じゃないんで」

 

 この人に鍛えられたら、強くなる前に身体を壊しそうだ。僕はそこまで体育系じゃない……おや?

 将軍の腰に、赤銅色のガントレットが吊るされている。武骨で飾り気のないそれは、まるで歴戦の勇者の様な雰囲気を醸し出していた。

 

「将軍、それって……」

「ん? ああ、この後軍部での訓練があるのでな。儂は武闘士だからガントレットくらい……って知らんのか? 火焔拳レオンの名を?」

 

 すみません、全く知りません。ところが将軍に対し無反応の僕と違い、過剰に反応した者が横にいた。

 

「あ、あたし知ってます! 炎を纏うその拳で、メリシア山脈に巣食う大盗賊団をたった1人で壊滅させた火焔拳の使い手! 他にもストーンゴーレムとの死闘とか色々!」

「おう、よく知っているじゃないか! お前さんも武闘士か。女で武闘士ってのは珍しいな!」

 

 興奮するエルゼの腰に下げられた、流線形の左と鋭角な右。左右非対称のガントレットを見て、将軍は嬉しそうに笑った。

 

「どうだ? お前さん、この後の訓練に参加せんか?」

「参加させて頂けるのですか!?」

 

 満面の笑みで頷くエルゼ。同じ武闘士のレオン将軍に師事出来るのが嬉しいのだろう。そんなエルゼ達を眺めていた僕に王様が声をかけてきた。

 

「ところで冬夜君、爵位授与の件だが……」

「御厚意は大変ありがたいのですが……」

 

 王様には悪いが断りの言葉を返す。権力に心惹かれる部分はあるが、やっぱり僕向きではない。これを受けないからと言って果たすべき責任を放棄する訳じゃないし、わがままを言わせてもらおう。

 

「まあ、そう言うと思っていたのだがね。国王が命の恩人に対して、何も報いないというのもイメージが悪いのでな。一応爵位を授与しようとしたという形が欲しかったのだよ。無論、本当に受けてくれるのならそれに越した事は無いが」

 

 国王ともなると体裁とかを取り繕わなければならないのか、大変なんだな。そんな王様に一方的な同情を向けて居ると、突然大きな音と共に扉が開かれ、誰かが部屋に飛び込んで来た。

 

「ここに冬夜さんが来ていると聞いたのですが!」

 

 誰かと思ったらシャルロッテさんだった。以前と様子が違いすぎて分からなかった。せっかくの美しい翡翠色の髪はボサボサになり、目の下には大きな隈が出来ていた。足早にこちらの方に歩いてくるが、僕があげた眼鏡越しに見える目は赤く充血している。怖い怖いって!

 逃がさないとばかりに僕のコートを片手で掴み、もう片方の手で数枚の銀貨が入ったいくつかのグラスを差し出してきた。

 

「あの、この眼鏡! あと2つ3つ頂けませんか!? こないだトランスファーの事教えてあげましたよね!? ねえ!!」

「そ、そうですね! ありがとうございました! でも、何で眼鏡いるんですか!?」

 

 鬼気迫るシャルロッテさんに引きながらも、僕は疑問に思った事を尋ねる。

 

「何で? 解読が全然追いつかないからに決まっているでしょう! 1人でやるにも限界があります! 無理、もう無理! いくら解読しても終わらないし! どれだけある思ってるんですか!? どれだけあると思ってるんですか!?」

「あなたそれを僕にやらせようとしてましたよね!?」

 

 というか何で2回!? 逆切れで僕にまくしたててくるシャルロッテさんにツッコミを入れるも、逆らうのが怖いので素直にグラスと銀貨を受け取り、モデリングとエンチャントを発動させ、翻訳眼鏡をさらに3個作った。

 

「ありがとうございます!」

 

 もう用はないとばかりに眼鏡をひったくり、来た時と同じ速さで部屋を出て行こうとするシャルロッテさん。

 

「一応それの管理はきちんとしておけよ、シャルロッテ。もし帝国にでも流れたら面倒な事になりかねんからな」

「了解です!」

 

 王様に元気よく返事をしながら風の様に去っていく。なんて騒がしい人なんだ……。

 

「全くシャルロッテにも困ったものだ。あの眼鏡を手に入れてから、研究室に籠りっきりだしそのうち本当に体を壊すぞ。このままでは冬夜君にリカバリーをかけてもらう事になりかねん」

 

 どうやら僕は意図せず1人の引きこもりを生み出してしまったようだ。夢中になると本当に一直線な人だな。

 

「……今の、宮廷魔術師のシャルロッテ様?」

 

 リンゼが扉の方を見ながら呟く。あれを王国1の魔法使いと見るのは無理があるだろう。

 

「魔法の話とかしたかったです……。残念」

「やめとけやめとけ。今のシャルロッテ殿にそんな事言ったら、半日は古代精霊魔法の話を聞かされて、実験に付き合わされるぞ。落ち着くまで待つんだな」

 

 将軍が首を横に振る。確かにあの状態で話が通じたら逆に怖い。

 

「さて、後日の授与式の用意をせねばな。冬夜君には当日着替える服を選んで合わせてもらおう」

 

 王様が手を叩くと、奥の扉から2人のメイドが現れた。メイドさんに着替えを見られるとか新手のプレイにしか思えないんだけど。

 

「リンゼと八重はどうする? ここで待ってる?」

「私はお姉ちゃんの訓練を見学に行きます」

「拙者もそうさせてもらうでござる」

 

 ユミナ以外は訓練行きか。琥珀はユミナに預けたし、さっさと服を選ぼう。

 いや待て、メイドさん2人を口説く隙はあるのでは……!?



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新居、そして引っ越し。デカァァァァァいッ説明不要!!

完結予定の半分まで到達。こっからが長い……。


 あ、ありのまま起こった事を話すぜ! 『気が付いたら王様に家を貰っていた』。何を言ってるのか分からないと思うけど僕にもさっぱり分からなかった……。頭がどうにかなりそうだった、催眠術とかそんなチャチなものじゃ断じてない。

 もっと恐ろしい物の片鱗を味わったぜ……。

 

 

 爵位授与式の日、謁見の間では台本通りに事は進む。

 

「余の命の恩人であるそなたに爵位を授けよう」

「もったいないお言葉。しかし自分には冒険者稼業が合っていますので」

「そうか、ならば無理強いすまい」

 

 とここまでは予定通り。

 

「だが、このまま帰すのは余の命の恩人に対して失礼であろう。そこで、謝礼金と冒険の拠点となる屋敷を用意した。爵位の代わりに受け取ってくれ」

「え?」

 

 王様の言葉と共に、僕の方に銀の盆を持った初老の男が歩み寄って、お金の入った袋と家やその他の目録を渡してきた。王様の言葉に木を取られた僕はそのまま受け取ってしまった。

 気付けば時既に遅し、返すタイミングを失ったところで。

 

「この度は真に大儀であった。そなたのますますの活躍を期待している」

 

 そう締められた。

 

 

「西区、パララン通り21A……。外周区でも裕福な層が済む区域ですね」

 

 目録を見ながらユミナが呟く。

 王都は城を中心として、内周区と外周区に分かれている。内周区には王族や貴族、大商人が済み、川を挟んでその外側に外周区が存在する。この前来た時にそういえば川を渡ったっけ。

 外周区には色んな人々が住み、更に東区、南区、西区と分かれている。北にはパレット湖があるから北区は無い。その西区は富裕層が多く住むエリア。そこにある屋敷を1軒王様から貰ったのだ。

 

「で、どうするの?」

 

 今日も将軍に参加させてもらった訓練を終えて、水場で汗を流してきたエルゼが興味津々に尋ねてくる。訓練シーン、ないよそんなの僕見てないし。

 城にある訓練所の隅で草むらに転がる。抜ける様な大空に雲が流れていて何だかとても綺麗だ。

 

「どうするもなにも、受け取った以上はそこに住むよ。それに家だけじゃなくお金も受け取ったし」

「いくら貰ったのでござるか?」

 

 寝転んだ僕に八重が尋ねてくる。

 

「王金貨20枚」

「「「王金貨20枚!?」」」

 

 エルゼ、リンゼ、八重の驚く声が見事にハモる。

 王金貨は白金貨の更に上の貨幣で、王金貨1枚が白金貨10枚だとうだ。大きすぎてあまり普通の市場では使われない貨幣らしいが。なんであるんだそんな貨幣。

 現代日本で言うなら王金貨1枚は約1000万円。つまり僕は2億円を王様から貰ったことになる。最早意味分からん。しかもこのお金、全部王様のポケットマネーらしい。どうやって稼いだんだ。

 ひょっとしてこれはあれか、こんだけあげたんだからこれからも我が国の為によろしくね、的な感じだろうか。金で抱き込もうとしてるのか。

 とりあえず持ち歩くのは怖いので、お金は公爵に預けた。

 

「家を貰ったんだし、もう隠居とかして暮らしてもいいんじゃない?」

「それも悪くないけど、何かつまんないな……」

 

 溜息交じりのエルゼに僕は体を起こして答える。遊んで暮らすのも悪くは無いけど、貰い物の金任せなのもな……。女口説くときに金にあかせてってのも主義に反するし。

 

「とりあえず見に行きませんか冬夜さん。私達の愛の巣を」

「その愛の巣君の父親から貰ってんだけど」

 

 ユミナの言葉を適当にあしらいながら、とりあえず皆でその家を見に行くことにした。

 

 

「え、ここ……?」

 

 思わず僕は言葉を零していた。

 外周区の西区、見晴らしのいい高台に貰った家は建っていた。白塗りの壁に赤い屋根。瀟洒な造りの3階建ての洋館だ。デザインンは素晴らしいし、場所的にも悪くは無い。けど……

 

「デカすぎィ!」

 

 いや、公爵家やソードレック子爵家と比べたら小さいけど。それでも豪邸だよこれ。

 貰った鍵を使って門開けて敷地に入る。芝生が植えられた広い庭と、色々な花が咲き乱れる花壇、そして小さな噴水月の池が見える。庭の向こうには離れと馬小屋まである。馬いないんだけど。

 両開きの扉を開けて玄関ホールに入ると、真っ赤な絨毯と2階に続く階段が僕らをお出迎え。

 

「中々良い家ですね、気に入りました」

 

 僕らの中で唯一こういうのに慣れているユミナが、琥珀を抱えながらホールの中を平然と歩いていく。僕もそれについて行きながら思わず正直な思いが口から漏れた。

 

「こんな大きい家、掃除するだけでも大変だぞ……」

「最初に気にするのそこなのね……」

「メイドとか雇えばいいじゃないですか」

「あ、そうか」

 

 リンゼの言葉に思わず頷く僕。メイド、メイドかあ……。

 

「スカートの長さはどこまで短く出来るかな?」

「絶対人来ないでござるよこれ」

 

 八重の懸念もなんのその。僕のテンションは高くなる一方だ。とそこで僕はある事に気付く。

 

「メイドとか、雇った事ないからどこに連絡すればいいか分からない……」

「「「ああ……」」」

 

 僕の言葉にそう言えば、みたいな顔をするユミナ以外の3人。

 

「ユミナが知ってるんじゃない?」

「そうでござるよ」

 

 エルゼと八重の言葉に思わず納得する僕。それもそうか。とそこで僕は天丼芸みたいにまたもあることに気付く。

 

「というか今思ったんだけど、この家僕とユミナの為の物だよね」

「それはそうでしょ」

「じゃあ皆どうするの? 王都の宿屋?」

「いや今まで通り銀月のつもりだけど……」

 

 ちょっと待って、それ送迎をゲート使える僕がやる事になるよね?

 

「正直面倒臭いんだけど……」

「なら皆さん一緒に暮らしませんか?」

 

 いつの間にかユミナが僕の隣に立って、そんな事を言う。

 

「僕はいいけど、ユミナはいいの?」

「勿論です。せっかく皆さんと仲良くなれたのですから、今まで通りにいきましょう。それに……」

 

 そこでユミナは他の女性陣を呼んで僕から離れる。

 

「冬夜さん――――――――――――なる―――――――から。それ―――――に皆さん―――――――です」

「―――――ですね――」

「で――――」

「――――けど――」

 

 遠くにいるから断片的にしか聞こえないな……。あ、帰ってきた。

 

「あんた、結構黒い子に好かれてるのね……」

「いやそれは知ってるけど……」

 

 それだけ言ってエルゼは僕の肩を叩き、2階へ上がっていく。なんだなんだ?

 

「私、屋根裏部屋を見てきますね」

「拙者はキッチンが気になるでござる」

 

 リンゼも八重も行ってしまった。何で皆単独行動するんだ。

 

「冬夜さんもリビングを見てきてはいかがですか。私も見て回りたいので」

「そうさせてもらうよ」

 

 という事で僕はリビングへ向かう事にした。

 途中お風呂場や、応接室、食糧庫、ワインセラーなんてものも見たが、見事に何もない。棚すらない。当たり前と言えば当たり前か。

 そして1階の最奥よる少し手前にある扉を開くと、そこがリビングだった。リビング広いな……。ここも暖炉とカーテン位しかないから猶更広く見える。家具とか買わなくちゃな、それを見越して王様も謝礼金渡したのか。

 壁一面の窓からはテラス越しに、広い庭と高台からの西区を眺望する事が出来る。

 窓からテラスを抜けて庭に出ると、気持ちのいい風が吹いてきた。

 

『いい庭ですね。ここで昼寝をしたら気持ちよさそうです』

「いいねー」

 

 琥珀が芝生に寝転がり、僕もそれに続く。

 

「僕は気に入った。琥珀は?」

『はい、とても』

 

 琥珀もこう言ってるし、ここに住む事に異論を挟む気は起きないな。起こす気もなかったけど。

 

「冬夜さん」

 

 呼びかけられて振り向くと、ユミナに連れられて皆が立っていた。

 

「いやー、いい屋敷ねここ。こんな所に住めるなんてあたし思わなかったわ」

「私もです」

「流石は王様が用意した屋敷でござる」

 

 皆も口々に屋敷を褒める。どうやら気に入ったようだ。

 

「それでは各自、自分の部屋を決めましょうか」

「あたし、2階の角部屋がいいな」

「私は3階奥の書斎の隣が良いです」

「拙者は1階の庭に面した部屋を」

 

 ワイワイと話を始める女性陣。何か疎外感を感じるけど、部屋ならたくさんあるしまあいいか。

 

「ところでユミナ、この家僕らだけじゃ管理無理だと思うし、メイドさん雇いたいんだけど心当たりとかある?」

「何人かありますよ。私に任せてください」

 

 ユミナがそう言うなら任せよう。

 僕らも引っ越しの準備をしなきゃね。と言っても荷物をゲートでこっちに運ぶだけの簡単なお仕事だけど。あと、家具とかも買わなくちゃな、

 それにリフレットで世話になった人達へ挨拶しないと。

 雇用人の募集とか都合を合わせて、3日後に引っ越す事に決まった。忙しくなりそうだ。



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家令、そして使用人雇用。面白いように凄い人が屋敷に集まってるこの状況が凄い

 僕らが王都へ引っ越す日がやってきた。銀月のミカさんやドランさん、パレントのアエルさん、ファッションキングのザナックさん、武器屋熊八のバラルさん、その他にも御世話になった人達に別れの挨拶をしてリフレットの町を旅立つ。

 初めてこの世界に来て住んだ町。思い入れは色々あるけど少々悪評が広まり過ぎた。離れるにはいい機会だったのかもしれない。

 

「いやそれあんたの自業自得」

 

 聞こえない。エルゼの言葉なんて聞こえない。

 ドランさんはこの町を将棋の町にしてやると意気込んでいた。名物があるのはいいと思うけど、一過性にならないだろうか……。

 ザナックさんには別れの餞別として、色んな服のデザインをプリントした紙を渡した。ナース服やセーラー服に食いついていたので全力でPRしておいた。その内置くかもしれないそうだ。置いたら絶対に買いに行こう。

 アエルさんにはお菓子レシピと、それらを作る為の道具をモデリングで造りいくつかあげた。アイスサーバー、丸やハートや星形の型抜き、トルテカッターなどだ。

 

「ありがとうございます冬夜さん」

「いえ、あなたの為ですから」

「新作が出来たらまた食べに来てくださいね」

「ええ、勿論」

 

 アエルさんが僕の手を強く握りながら言う。あの、何か痛いんですけど……。

 

「でもお別れは寂しいですね……。何か思い出の様な物を残したいです……」

「ミカさん! 部屋貸して!!」

「ウチ連れ込み宿じゃないから」

 

 僕の懇願はミカさんにあっさり却下される。

 

「冬夜? 流石にそれは冗談の域を超えてるわ」

「痛い痛い! 決まってるこれ決まってる!」

 

 そして僕はエルゼに関節技を掛けられていた。リンゼと八重も冷たい眼で僕を見る。やめて、アエルさんが握っていた僕の手を振りほどいて関節技を掛けないで。痛い!

 

「…………」

 

 アエルさんが何か言ってる気がしたが、痛さのせいであいにく聞こえなかった。

 しばらくすると解放されたので、ミカさんには穴あき包丁、ピーラー、果汁絞り、おろし金、そして色々な料理レシピをあげた。これで銀月の食事はさらに破壊力を増すだろう。

 

「ん、ありがと。たまには食べに来てね」

「週1で来ますよ」

「そんなには来なくていい」

 

 ミカさんににべもなくフラれながら、皆と別れ僕らは王都へ戻る。すると家の前に数台の馬車が停まっていて、いくつかの家具を運び込んでいた。家具の搬入を指示していたユミナが家の前に現れた僕らに気が付くと足早にかけてくる。

 

「冬夜さん丁度良かった。この家の家令に雇って頂きたい者が今来ているのですが、在って頂けますか?」

「今?」

 

 僕が驚いていると屋敷のテラスから全身黒の礼服で固めた、白髪と髭の老人が歩み寄ってきた。この人確か、僕に王様の謝礼金と目録を持ってきた人だ。

 

「お初、いや二度目でございましたな。ライムと申します、お見知りおきを」

 

 深々と頭を下げるライムさん。歳は60代後半といった所か。その割には動きが若々しい。

 

「じいやはお父様の世話係を長年務めてきた者です。彼には申し分ないですよ」

「何か凄い人来ちゃった!?」

 

 それって王様の元世話係だったって事だよね? とんでもない人引っ張って来たなユミナ。

 

「何でまたうちなんかに……」

「いえ、寄る年波には勝てずこの度お役を息子に譲りまして。そこへ姫様がお誘いくださったのです。残りの人生、弟の命の恩人に仕えるのも悪くないと思いまして」

「……弟?」

「レイムと申します。オルトリンデ公爵殿下に仕えております」

「ああ、スゥの所の」

 

 誰かに似てるなー、とちょっと思ってたんだけどレイムさんか! 執事兄弟だったんだ、執事兄弟ってBL漫画のタイトルにありそう。

 

「いかがでしょう。雇って頂けるでしょうか?」

「いや、正直こっちから頼みに行くレベルなんですけど……。いいんですか? もっと待遇のいい所ありますよ?」

「いえ、こちらでお世話になりたいのです。よろしくお願いいたします」

 

 再び頭を下げるライムさん。そこまで言われて断る理由は無いので、家の管理や雇い人の監督をお願いする事にした。この家の管理業務を一手に任せることになる。

 

「それでは早速ですが旦那様」

「旦那様って……、僕そんな大層な人間じゃありませんよ」

「いえ、あなたは2つの国を救った人。それに雇われている以上主従の関係はきちんとせねばなりません。それで旦那様、何名か雇用したい人材がいるのですが、会って頂けますでしょうか?」

「そりゃ、会いますけど……」

 

 僕の言葉と同時に、その人たちを連れてくるという事で屋敷を出て行った。行動速いな。

 

「いい執事が見つかったじゃない」

「全くだよ」

 

 エルゼが手荷物を持って屋敷の中へ入っていく。リンゼと八重も続き、ユミナは再び家事の搬入の指示に戻る。

 僕も自分の部屋に向かい、荷物を降ろして搬入を手伝うことにした。

 一応僕の部屋は2階の1番広い部屋であるが、取付であるベッドとクローゼット以外、まだ何もない。何ならベッドはるけど布団が無い。タンスに机と椅子、後本棚が今日搬入される予定だ。勿論布団も。

 どれ、荷卸しを手伝いに行くか。重い家具ばかりで困って……なさそうだな。まあいいや、手伝ってこよう。

 予想通り、エルゼがブーストを使って、思い家具を難なく運んでいた。僕も同じくブーストを使い家具を運び始めた。

 

 

 家具の搬入が終わると、一休みとばかりにテラスに集まりお茶にすることにした。

 とりあえず自分達の部屋とリビング、キッチン、応接室などの主要な部屋には家具類を運び終えた。後は持ってきた服やら本などを整理するだけだ。

 エルゼとブーストを使って争うように家具を運んだが、軍配はエルゼに上がった。身体能力を数倍に跳ね上げるブーストだが、同じ魔法を使っている以上結局は元々の能力がものをいう。

 女子に負けるのか、僕。

 考えてみたら、身体能力ではエルゼに及ばず、魔法の知識と修練度ではリンゼに及ばず、剣術では八重に及ばず、弓術と礼儀作法ではユミナに及ばない。僕のとりえって魔力量と無属性魔法しかない……!?

 

「やっと落ち着いたわね」

「まだ色々と買わねばいけない細かい物があるでござる」

「それは少しずつ買って揃えましょう」

「そうですね、今日はここまでで」

 

 確かにまだまだ細かい物が不足している。食器とかの日用雑貨。後は洗剤か、この世界の洗剤ってどんなだ。あと風呂桶に、掃除道具とゴミ箱とかも足りないな。

 何が必要か皆で話し合い、リストにしていく。後で纏めて買ってこよう。そんな風に皆が意見を出し合っていると、門の方からライムさんが数人の男女を連れてやってきた。

 

「旦那様、こちらが先程話した者達でございます。身元も確かな者たちですので、どうか雇って頂けないでしょうか」

「メイドギルドから派遣されました、ラピスと申します。どうぞよろしくお願いします」

「同じくメイドギルドから参りましたぁ、セシルと申しますぅ。よろしくお願いしま~す」

 

 メイドの服を着た2人が僕に頭を下げる。黒髪のボブカットで真面目そうなふいんき(←なぜか変換できない)の人がラピスさん、明るい茶髪で柔らかな笑顔をした人がセシルさん。どっちも20歳前後といった所だろうか。

 にしてもメイドギルドなんてあるのか。と思いライムさんに聞くと、メイドによる犯罪がある為、厳しい身元調査と教育を施すのがメイドギルドらしい。ギルド公認のメイドは重宝されているとか。

 彼女達は家の掃除や管理をライムさんの下、やってくれるという。

 

「庭師のフリオと申します。こっちは妻のクレアです」

「調理師のクレアです」

 

 次に挨拶してきたのは20代後半位の夫婦だった。

 人のよさそうなくすんだ金髪の青年と、同じく人のよさそうな赤毛の女性。のんびりとした夫婦なんろうか。

 フリオさんはライムさんの友人の息子なんだそうだ。花の手入れから家庭菜園まで庭の管理業務をしてもらう。奥さんにはこの家の食事を一手に引き受けてもらう。

 何でも今までは王都のある貴族に仕えるコックの下で、見習いとして修行をしていたそうだ。今度ミカさんにも渡したレシピを渡してみようかな。

 

「トマスです。元・王国重装歩兵をしとりました」

「ハックです。元・王国軽騎兵で」

 

 なんと分かりやすい重と軽。体型もそのまんまだ。どちらも50代くらいか。2人とも最近王国騎士団を引退したそうで、そこにライムさんが声をかけたらしい。屋敷の門番と警備を交代でしてくれるそうだ。大丈夫? 軽騎兵って門番向いて無くない? 後2人って辛い様な、いやそこはライムさんを信じよう。場合によっては追加の人員を雇うようにライムさんに言っておこう。ブラック企業になられても困るし。

 

「トマスとハックは王都に自宅がありますので通いとなります。他の4人と私はここに住み込みをしたいのですが、よろしいでしょうか?」

「かまいませんよ」

 

 ライムさんの申し入れを僕は受け入れた。部屋は沢山あるし、何も問題は無い。

 フリオさんとクレアさんは夫婦なので、ひとつの部屋でいいとの事だったが、それならいっその事、と離れに住んでもらう事にした。これで子供を作っても大丈夫ですね、と僕がいったらクレアさんは顔を赤くした。そして僕はエルゼに殴られた。なぜだ!?

 

「夫婦気兼ねなくと思って純粋に配慮したのに!」

「その配慮を口に出すのが悪いのよ」

 

 成程、これもセクハラの範疇なのかもしれない。反省、と僕は壁に手を付ける。反省猿って読者知ってるの?

 

「あの、驚くかもしれませんが割と日常の光景ですから……」

「ちょっとデリカシーが足りなくて、美人を見るや直に口説くのがこの家の主でござるが悪人ではござらん。親しみやすくて付き合いやすい、見てて気持ちのいい御仁でござるよ」

 

 その横では、いきなり殴られた僕を見て驚く屋敷で働く一同にリンゼと八重がフォローしていた。ありがたいけど、何かフォローの方向性がおかしい。

 ともかくそれぞれに支度金を渡し、必要な物を買い揃えるようにお願いする。それとは別のお金をラピスさんとクレアさんに改めて渡し、ラピスさんにはさっきリストアップした雑貨を、クレアさんには食料や調理器具の買い出しを頼んだ。

 ライムさん以外の皆はすぐに買い物に出たが、ライムさんは屋敷の点検をしたいと言って家の中に入って行った。ここで働く以上、細かいところまで自分で確認しておきたいそうだ。頭が下がる。

 

「何かどんどん決まっていくなあ」

 

 まだ家にも慣れてないのに、使用人が7人に増えた。お金ならしばらく大丈夫だろうけど、いつまで雇っていられるだろうか。

 まあ、気にしても仕方ない。

 

「じいやに任せておけば問題ありませんよ。伊達にお父様が子供の頃から仕えているわけじゃありませんから」

「何だか偉いことになったなあ」

「それだけ冬夜さんを見込んだという事でしょう」

「僕そこまで見込まれることしたっけ?」

 

 当然、という顔で紅茶を飲むユミナ。何だかプレッシャーが重い。

 

「……でも私達だけではどのみち管理できませんし、有能な執事さんがいてくれるのは正直ありがたいです」

 

 テーブルの上に並べられたクッキーを、膝の上で寝転ぶ琥珀に与えながらリンゼが呟く。確かにその通りだ、これからも頼りにさせてもらおう。

 ん? 門の方で馬車が停まった男がした。メイドのラピスさん達が帰って来たのかな? 荷物は多くなるのは分かっているし、馬車を頼むようには指示していたな。ライムさんが。

 そんな事を考えていたら、屋敷の奥からライムさんがこっちにやって来た。

 

「旦那様、オルトリンデ公爵殿下とスゥシィお嬢様がいらっしゃいました」

「え、オルトリンデ様とスゥが?」

 

 引っ越し当日に公爵様のお越しとは。一体何の用だろうか?



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公爵来訪、そして直接依頼。断じて僕はロリコンではないんだと声高々にはっきり宣言したい

異世界オルガの続編に祝福オルガの2期の制作がされるっていうし、俺も頑張らないと。


 ライムさんが来客を告げてしばらくすると、庭の方からオルトリンデ様とスゥがテラスにやってきた。

 

「やあ、引っ越しお疲れ様。これからはご近所だからよろしくな」

 

 オルトリンデ様は朗らかに笑う。王都とリフレットに比べれば近所だろうけど、王都の内周区と外周区は結構離れていると思う。

 

「久しぶりですね、スゥ」

「こんにちわじゃ、ユミナ姉様」

 

 ユミナがスゥに挨拶をする。そう言えばこの2人従姉妹だった。

 

「……ユミナ姉様が冬夜と婚約するとはのう。びっくりしたぞ」

「僕が一番びっくりしたんだけど……」

 

 なぜが僕に腕を絡ませながら呟くスゥに返答する。ぶっちゃけあの急展開はおかしい。

 と思っているとライムさんが2人分のお茶を持ってやって来る。そしてオルトリンデ様の座っている席にお茶を置き、その隣にもまた置く。それを見たスゥは僕に絡むのを止め大人しく座る。

 

「しかし、冬夜君がユミナの婚約者か……。その、大丈夫なのか?」

「何がとは聞きませんが、多分大丈夫でしょう」

 

 少なくとも反乱起こされても鎮圧出来る自信はある。他は知らない、政治ならユミナがやってくれるでしょ。

 

「そうじゃ、わらわが冬夜の婚約者になるのはどうじゃ? 困った時には力になるぞ?」

「流石にそれは無理だスゥ」

 

 スゥの提案をやんわりと拒絶するオルトリンデ様、流石に王族2人を1人の人間が抱き込んだら問題だよね。

 

「では冬夜がユミナ姉様の婚約者を辞めて、わらわの婚約者になればよいじゃろ」

「ちょっと待って下さい!?」

 

 スゥの言葉に思わずツッコミを入れるユミナ。僕? 僕は黙って紅茶を飲みながら見てるだけ。こわいなー、とずまりしとこ。

 

「私は、冬夜さんが好きだから婚約しようと思ったんですよ!?」

「冬夜。ユミナ姉様の事じゃ、冬夜のあらゆる無属性魔法を使える事に目を付けたに決まっておる」

「いや、それは知ってるけど……」

 

 ユミナの叫びを無視してスゥは僕に語りかける。その内容は僕にとって既知の物だった。

 

「知っておるのか!?」

「それがユミナの個性でいい所だよ、うん」

 

 ちょっと打算的でもいいじゃない、王族だもの。

 

「……成程、冬夜は腹黒女子が好きなのじゃな」

 

 何か誤解が生まれてる。僕の好みは年上のお姉さんなんだけど。

 

「スゥ、それ位で引き下がりなさい」

「……はい、父上」

 

 しかし誤解を解く間もなく、オルトリンデ様がスゥを引っ込めてしまった。

 

「さて冬夜君。実はこの度、ミスミド王国と同盟を結ぶ事が決定した。ついては、国王同士の会談の席を設けられればと思っているのだが……」

 

 亜人達の国、獣人の王が治める南の王国ミスミド。オリガさんとアルマ姉妹の国だ。同盟決まったのか、それは良かった。

 

「会談にはどちらかの王が、どちらかの王都へ出向くのが一番なのだが、それには必ず危険が付き纏う。反対勢力の妨害や、旅の途中で魔獣に襲われないとも限らない。そこで、だ」

「……冬夜さんのゲート、ですね?」

「流石リンゼ嬢、話が早い」

 

 オルトリンデ様は笑ってお茶を飲み干した。ゲートを使えば確かに安全だ、だけどあの魔法は一度行った場所にしか使えない。つまり――

 

「僕に、ミスミドへ行けと?」

「そうだ」

 

 やっぱりか、予想通りの言葉だ。実査便利だしね、場所限定でもなければ宅配業でも始めているところだ。

 

「ミスミドって、ここから行くのにどれくらいかかるんですか?」

「そうだな、馬車で6日――」

 

 あ、思ったより短い?

 

「でガウの大河に着くから、そこから川を渡ってミスミド王都まで更に4日と言った所か。順調にいけば、だが」

 

 結構遠いなあ……。というか家貰ったばっかりなのに住めないってどういう事? 僕まだ来たメイド口説いてないのに。

 

「この依頼はギルドを通して君達に直接依頼という形で頼むことになる。当然報酬も出るし、ギルドランクも上がる。悪い話ではないと思うが」

 

 手回し早いなあ。というより何が何でも行ってほしい、と訴えているのだろうか。いや訴えてるわ。まあ行くけど、そんなに難しい仕事じゃないし、ミスミド王国がどんなところか見てみたいし。

 

「分かりました、お引き受けします。皆も良いよね?」

 

 僕が聞くと、皆も頷いてくれた。反対意見は無いようだ。

 

「ありがたい。丁度帰国するのでミスミドの王都までは大使が案内してくれるそうだ」

「オリガさんが帰国? じゃあ妹のアルマも一緒に帰るんですか?」

「ああ。君達には大使とその妹、それに警護の騎士の一団に加わり、ミスミドへ行ってもらう事になる」

 

 それは心強い。聞いた話だと、ミスミドはベルファストより自然が多く、密林地帯とかもあり、魔獣も多いらしい。南米とか東南アジアみたいな所なのだろうか。

 一体どんな所なんだ……?

 

「しかし、大丈夫でござるかな……?」

「何が?」

「向こうにゲートを使える事を知られるのが、でござる。自分の所に誰にも知られずに侵入出来る魔法でござるよ? 警戒どころか、危険人物として暗殺される恐れも……」

「ついに僕が国を落とす時が!?」

「何で勝つ前提でござるか……」

 

 いや勝つんじゃない? だって僕TUEE系の主人公だし。

 

「いや、それは大丈夫じゃないのかな? シャルロッテに確認したが、ゲートには跳べない場所があって、魔力防御、いわゆる結界と呼ばれるエリアには跳べないのだろう?

 だったらそこまで警戒はされないと思うが」

 

 オルトリンデ様が八重の不安をあっさり打ち消す。ついでに一国の平穏も守られる。

 

「そうなの、冬夜?」

「……初めて知りました」

 

 僕の答えにエルゼは呆れた様な目を向ける。しょうがないじゃーん、ゲートを覚えた時は本で詳しく効果を知ってたわけじゃないしさー。

 

「どんな小さい魔力の結界でもそれで防げるらしいぞ。例えば、この王都を弱い結界で囲むだけで、君は王都から飛ぶことは出来ても王都へは飛んで来られなくなる。ちなみに、城のユミナの部屋以外には既にシャルロッテによる結界が張られているよ?」

 

 流石宮廷魔術師、抜け目がない。

 

「……でもどこかの国に冬夜さんを送り込み、奇襲をもって大軍をゲートで送ることも出来るから、やはり知られないようにした方が良いと思います」

「うむ、確かにな。ではシャルロッテに冬夜君が渡した眼鏡の様に、ゲートの魔法を何か付与してもらおうか」

 

 成程、姿見か何かに付与して会談でそれを使い、その後それを壊してもらえば相手の不安も消えるか。

 Aという鏡にBという鏡を行き来出来る魔法が付与されている、とそれっぽい理由を言えば大丈夫かもしれない。片方は現地に着いた後に作らないといけないだろうが。

 

「ではそれで行きましょうか。出発はいつになりますか?」

「そうだな、3日後ということにしておこう」

「分かりました」

 

 ん、しておこう?

 ま、いいか。長旅の準備もしなくちゃいけないし。

 

「いいのう、わらわもミスミドの王都に行ってみたいのう」

 

 スゥが羨ましそうに指をくわえる。ついて行きたいとか言わないでくれよ。

 

「そうじゃ。八重かリンゼ、どちらかわらわと代わらぬか?」

「うわっ、こっちに飛び火したでござる!?」

「何で、私達に言うんですか……」

 

 とか僕が思っていたらスゥがとんでもない提案をしていた。

 にしても、スゥは何でエルゼやユミナを入れないんだろうか。

 

「おぬしらは冬夜の事好きではないじゃろ?」

「え、嫌われてるの僕?」

 

 ショックー、ずっと旅してたのにー。

 

「いや嫌ってはいないでござるよ!?」

「そうですよ、人間としては好きですよ!」

 

 2人で必死でフォローしてくる。いいの? 信じるよ僕?

 

「普段は確かに塩対応してるでござるが、一緒にいて面白いと思っているでござるよ」

「すぐ女の人をナンパしたりするのはどうかと思いますが、人間として信頼できますし好きですよ」

「でなければとっくにパーティから離れているでござる」

「そうですよ」

「「ただちょっと恋愛対象としては見れないかなって」」

 

 最後のハモリが地味に心に来るんだけど。

 

「むぅ……」

 

 少し不満気にしているスゥ。そんなにミスミドの王都に行きたいのなら、僕が連れて行ってあげるか。

 

「旅から帰ってきたらいつでも行けるようになるから、その時デートでもしようか」

「本当か!? 約束じゃぞ!」

 

 テーブルに身を乗り出し、満面の笑顔を僕に向けてくるスゥ。こんなに喜ぶとは、そんなに行きたかったのか。

 と思っていたらエルゼが僕に一言。

 

「このロリコン」

「断じて違う」

 

 何でそんな扱いなんだ。



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獣人の国へ、そして襲撃。女盗賊って何かエロいよね

今更ですがこのSSはなろう版を基調にしつつアニメ版の要素を加え、そこに性格改変と設定改変と独自設定を加えています。
その為書籍版要素は入っていません、というか書籍版持っていません。
買えよ、という声が多かった場合アニメ版の範囲まで購入を検討します。


 出発当日の日、僕らは荷物をもって出発地点である王都の門前を目指して歩いていた。

 皆はそれぞれ自分の荷物を持っているが、僕はそれに追加してある物を持っている。

 

「冬夜殿、そのわきに抱えている物は何でござるか?」

 

 気になったのか八重が聞いてきた。

 

「これは姿見だよ」

「姿見でござるか、何でまたそんなものを?」

 

 僕が疑問に答えると、八重はまた違う質問をぶつけてくる。そういえば、説明していなかったっけ?

 

「いや、あの後オルトリンデ様と話し合ってさ、僕があらゆる無属性魔法を使える事もそうだけど、それ以上に僕が魔力付与されたアイテムを作れることを知られる方が問題になるんじゃないかって事になって」

「ふむふむ」

「最終的にあらかじめこっちで作った姿見を向こうへ持って行く体になった」

 

 実際は向こうに着いてから僕が作るんだけどね。

 

「色々と面倒でござるな……」

「ま、しょうがないさ。それにオルトリンデ様だって意地悪で言ってるわけじゃないんだし」

 

 人の忠告は、割と素直に受け入れる方だよ僕は。

 とか言っていたら目的地に着いた。どうやらオリガさんやアルマ含め、ミスミドに行くメンバーは僕らを除いて全員集まっているみたいだ。

 

「お待たせしてすみません」

「いえ、冬夜殿達と旅が出来てうれしく思います」

 

 僕が謝ると、オリガさんは気にしていないのか笑顔でそんなことを言っていた。微妙に会話が成立していない気がする。

 

「それで、こちらが私達を護衛して下さる――」

「ミスミド兵士隊長、ガルンです」

「ベルファスト王国第一騎士団所属、リオン・ブリッツです」

「リオン・マグナス?」

「リオン・ブリッツです」

「エミリオ・カトレット?」

「誰よそれ」

 

 オリガさんの紹介で、2人の兵士が挨拶をする。

 ガルンさんは、背が高くいかついと言われそうな外見だが優しそうな顔をし、頭には獣人だけあって獣耳が生えている。見る限りでは犬耳だろうか? 正直似合わない。

 一方、リオンさんは何というか正統派なイケメン騎士だった。少々はねた前髪が特徴的だが、それ以外は誰もが思い描く騎士の姿がそこにはあった。チッ、イケメンかよ。

 

「ミスミドの王都まで、両国の兵士が私達を共同で護衛してくださいます」

「よろしくお願いします」

 

 オリガさんの紹介が終わったので、僕はガルンさんとリオンさんにそれぞれ頭を下げる。

 それからオリガさんに向き直って言う。

 

「オリガさんとご一緒させてもらって、助かりました」

「いえ、私達も丁度帰国する時期でしたから」

「私も冬夜さん達と旅が出来て嬉しいです」

 

 オリガさんのありがたい言葉とアルマの嬉しい言葉。いや嬉しいけど、僕そんなアルマの好感度稼ぐような事したっけ? 姉の恩人だから?

 

「まずはベルファスト領内のカナンの町に向かい、ガウの大河を渡ってミスミドの領内に入ります」

 

 ガルンさんが方針を説明する。地理に明るいとは言えない僕らからすればありがたい。いや、ユミナは別か。

 

「道中、我々がしっかりと護衛いたしますので!」

「頼りにしてますね、リオン殿」

「はっ、はいっ!」

 

 一方、オリガさんとリオンさんは何かラブコメやってた。

 

「イケメンと美人、まさにお似合いねー」

「まだだ、まだ僕の入る隙が……」

「微塵もないと思いますけど……」

 

 今日もリンゼのツッコミは冷たい。安心感すら覚えてきた。

 

 

 かなり広い屋根つきの、ワゴンタイプと呼ばれる二頭馬車が3台連なって街道を進んで行く。

 1代目はベルファストの、3台目にはミスミドの護衛兵士が5人ずつ。そして真ん中の2台目には僕らとオリガさん、そしてその妹のアルマが乗っている。

 御者台にはリンゼとエルゼが座り、残りの僕らは馬車の中で白熱した戦いを繰り広げていた。

 

「よし、ストレートでござる!」

「「フォーカードです」」

「また負けたでござるううう!!」

 

 八重とユミナとアルマは3人でポーカーをしていた。なぜかユミナとアルマは結構強いらしく、八重は全然勝てずにいた。

 あまりにも馬車で揺られるだけの旅が暇で、しかも遊び道具を持ってくるのを忘れるというミスをしてしまったので、ドローイングとモデリングでトランプを作ったのだ。

 ポーカーのルールは全員が知っていたのでしばらくやっていたが、僕がちっとも役が揃わないので一抜けて、その後にオリガさんも抜けてきた。どうやら勝てなかったらしい。

 なので八重にサンドバッグ役を押し付け、僕とオリガさんは同じくモデリングで作った将棋をやっていた。

 

「はい王手」

「あっ……!」

 

 オリガさんが盤面を激しく睨む。もう詰んでます。

 

「こっちは負けですか……。冬夜殿とは実力の差があり過ぎます」

 

 オリガさんが口をとがらせて不満を漏らす。僕も弱い方なんですけどね、流石に初心者には勝つよ。これで負けてたら立つ瀬が無さすぎる。でも何回かこなしたらすぐに追い越されそうだな……。八重と交代して別のゲームを提案しよう。サンドバッグ扱いもいい加減可哀想だし。

 

「八重、僕と代わろう。オリガさんと対戦してみたら?」

「そうでござるな。将棋なら銀月でさんざんやったでござるし」

 

 主にドランさんとね。

 

「じゃあ今度はポーカーじゃなくて、ババ抜きをやろうか」

「ババ抜き、何ですかそれ?」

 

 僕の提案にアルマが質問をしてくる。この世界にババ抜きは無いのか、それともこの辺りには伝わってないのかどっちだろうか? ま、どうでもいいか。とりあえず僕はアルマにルール説明をする。

 そして理解してもらったところでババ抜き開始。カードを配り終え、ペアになっているのを捨てる。これで僕の手札は8枚、ジョーカーもある。それはいい。いいんだけど……。

 

「何で2人とも、手札4枚位しかないの?」

「さあ……?」

 

 理不尽すぎる。というか別に僕、ゲーム弱いキャラじゃないはずなのに……。

 ちなみに結果は僕の敗北だった。勝利を知りたい。

 

 

「と、いうわけでジョ○ョは宿敵であり奇妙な友人であるディ○を連れて、船の爆発と共に沈みましたとさ」

 

 放し終ると焚火を囲んでいた皆から拍手が送られた。寝る前のちょっとしたお話のつもりで始めたんだけど、ついノッてしまった。

 

「面白かったです、冬夜さん!」

 

 アルマが頭の上の耳をピコピコさせて、興奮しながら僕に感想を述べてくる。それ僕じゃなくて荒木先生に言ってあげて。

 

「素晴らしいお話でした、冬夜殿。しかしこの話はどこで?」

「あーっと、以前住んでいた所で吟遊詩人が教えてくれたんですよ」

 

 オリガさんのツッコミを適当に流す。焚火の周りにいたミスミド、ベルファスト両国の兵士達にも好評だったようだ。ジョ○ョ1部ならこの世界でもそのまま話しても大丈夫だろうと思ったけど通じてよかった。

 

「他にも冬夜さんは、色々なお話を知っているんですよ」

「本当に!? 聞かせて下さい、冬夜さん!」

 

 隣り合って座っていたユミナの言葉に、目を輝かせて身を乗り出すアルマ。そんなに迫られても困る、いや知ってるけどこの世界で通じる様にアレンジするの結構面倒なのよ。

 

「今日はもうここまで、また明日」

 

 アルマのお願いをやんわりと断る。その時焚火の周りにいた1人の小柄なミスミド兵士が立ち上がり、自らの口の前に指を立てて皆に黙るように頼んだ。

 その兵士の頭の上の耳が動く、兎耳だ。バニーか、バニーなのか? 嬉しくない!

 

「何者かが複数近づいてきます……。気配を消して少しづつ、明らかに我々を狙っています」

 

 その声に周りの兵士たちが静かに剣を抜き、辺りを警戒しながら動き出す。オリガさんとアルマを中心にして、護衛するためのフォーメーションに移行していく。

 

「何者だろ?」

「恐らく街道の盗賊団でしょう。数が多いと厄介ですな」

 

 僕の疑問にガルンさんが答えてくれた。

 

〈主よ、確かに何者かがこちらへ向かっています。友好的な者とはとても思えません。彼らの言う通り、十中八九盗賊の類でしょう〉

 

 傍にいた琥珀が僕だけに聞こえる声で語りかけてきた。スマホでちょっと調べてみるか。

 マップアプリを起動。盗賊、で検索すると地図上にピンが次々と落ちてきた。

 

「北に8人、東に5人、南に8人、西に7人。合計28人だな」

「分かるのですか!?」

 

 ガルンさんが驚いて僕の方を振り返る。数多いなあ、勝てるとは思うけど結構きつい戦いになるかもしれない。

 

「……ちょっと試してみるか」

 

 僕はこの間思いついた魔法の使い方を試してみる事にした。多分いけるはず……。

 

「エンチャント:マルチプル」

 

 マルチプルをマップアプリに付与し、画面上の盗賊達を指でタッチしてロックしていく。えーと、北に8人東に5人……。

 

「多いな!」

「どうかしましたか!?」

 

 指でタッチするのが面倒にキレて声をあげると、ガルンさんに心配をかけてしまった。僕は謝ってから盗賊全員をロックした。

 

「パラライズ!」

 

 麻痺させる無属性魔法をマップ上のターゲットに向けて発動させる。次の瞬間、周り森の中から重なるように呻きが聞こえてきた。

 

「ああああああああああ!!」

「ヴァアアアアアアア!!」

「アシクビヲクジキマシター!」

「はう!」

「ああん!」

 

 様々な声が聞こえ、続けてバタバタと倒れる音が聞こえてきた。今女盗賊いたよね、絶対いたよね!? 早く麻痺してる女盗賊というエロい絵面を見ないと!

 

「早速盗賊の捕縛を――」

「それは兵士の皆様に任せましょう」

 

 女盗賊の声がした方に向かおうとする僕をユミナが止める。一体どういうつもりなんだ!

 

「ガルンさん、今冬夜さんが何らかの方法で盗賊を無力化しました。恐らく動けないはずです」

「全員ですか!?」

「28人が全員なら、今頃盗賊団はパラライズの餌食だよ」

 

 ターゲットになったのは、あくまでこの状況で僕が盗賊だと判断した奴らだけだ。逆に言えば、盗賊っぽいだけの普通の人がいたら巻き添えを食った可能性もある。多分ないと思うけど、もしあったら金銭をいくらか包んで謝罪するのでそれで勘弁してもらおう。

 護衛の兵士達が森に入り、倒れている奴らを引きずってきた。合計で28人。全員が盗賊団の証なのか、手の甲に蜥蜴の入れ墨をしていた。もっと分かりにくい所に証付けろよ。

 

「凄いですね……。これだけの数を一瞬で……」

「誰1人、魔法防御の護符とかを持っていなかったのは幸いでしたね。パラライズは小さな魔法防御でも弾かれますから」

 

 オリガさんが唖然とした表情でぼそりと呟く。パラライズそんな弱点遭ったのか……。というかこのやり方問題多いな。移動速度が速いとロック出来ないかもしれないし、一々ロックするの面倒くさい。

 

「いや助かりました。全く驚きましたな」

「いえ、最初にあの人が気づいてくれたからですよ」

「ああ、レインですか。あいつはウサギの獣人ですからね。地獄耳ですよ」

 

 ガルンさんが盗賊達を引きずっている兎耳の少年を見て笑う。小柄でサラサラの赤毛、年齢は僕と同じくらいかな。レインって言うのか……。

 

「人間なら麻痺は半日位続くと思いますけど、盗賊達どうします?」

「そうですな、ここがミスミドなら面倒にならないように殺してしまうのが1番楽ですが、そうもいきませんな」

 

 物騒なんだけどミスミド。本当に国交結んで大丈夫ベルファスト?

 とか考えているとガルンさんがリオンさんを呼ぶ。ガルンさんから事情を聞いたリオンさんは、少し考え込んだ後口を開く。

 

「とりあえず縛り上げて、この先の町へ引き取りの警備兵をよこすように馬で使いをやりましょう。朝には警備兵を連れて戻って来るでしょうから、盗賊達を引き渡してから出発というのはいかかでしょう?」

 

 ガルンさんも異論は無い様なので、その方向で決まった。猿轡をかまし、全員後ろでに縛り上げる。その後念の為に、僕が土魔法で穴を掘り、首だけ地面に出して埋めた。なんか北○で見たなこんなの。

 ちなみに、女盗賊も埋めてしまった。僕は埋めることなく見張りと称して朝まで見ていたかったのだが、安全を重視して欲しいとリオンさんから懇願された。何か断るのも感じ悪いから泣く泣く埋めた。畜生め、体が見えなきゃエロさ9割カットだよ。

 

「こいつらの見張りは我々が、外敵の警備はミスミド側にしてもらいます。冬夜殿は姫様をお願いします」

 

 こっそりとリオンさんが僕に伝えてくる。

 ユミナがベルファストの姫だと知っているのは僕ら以外にオリガさんとリオンさんだけだ。他のメンバーは姫と会ったことが無いそうだ。おいベルファスト兵士。更にユミナの婚約者(仮)という僕の立場を知っているのはリオンさんだけになる。ひょっとしてユミナの護衛とかだろうか。

 

「リオン殿、お手数を掛けます」

 

 オリガさんが近寄ってきて微笑みながら礼を言う。と、リオンさんが急にあたふたと焦りだした。

 

「あ、いやっ、これ、これが私の任務ですから! どうか、お気になさらず!」

 

 さっきまでの冷静さはどこへやら、リオンさんはオリガさんに言葉をまくし立てる。その様子を見ながら狐の美女はおかしそうに笑っていた。

 任務中にいちゃついてるんじゃない。

 とはいえ邪魔するほど野暮じゃない僕は2人に気付かれないようにこっそりその場を離れた。馬車の陰から、焚火の前で笑い合う2人をこっそり観察する。

 

「青春ねー」

「青春でござるなー」

「……青春です」

「青春ですわね」

 

 君達いつ来たんだ。

 僕のパーティメンバーが同じように見守っていた。

 

「全くさー、盗賊が他にも居るかもしれないんだからもうちょっと気張るべきじゃないリオンさんさー」

「嫉妬は醜いでござるよ冬夜殿」

 

 僕のボヤキに八重が一言。僕よりモテる奴は全員敵だ。

 

「大丈夫ですよ、私は冬夜さんが好きですから」

「そりゃどうも」

 

 ユミナの言葉を僕は適当に流す。正直眠い、もう夜だしそろそろ寝よう。



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ガウの大河、そしてアクセサリー。何で僕こんなラブコメに付き合ってるんだろ?

おかしい、ギャグ改変として始めたSSなのに再構成SSになってるじゃねぇか……。

多分私ハーメルンユーザーの中で上から10番目くらいにイセスマについて考えてる気がする。


「これが、河? 海じゃんこんなの……」

 

 水平線の彼方にやっと陸地が見えるレベルの河が、僕の眼前に広がっている。子供の頃に見た青森の大間岬から北海道が見えた時の感じに似てる。海峡レベルに広いって事か……。

 旅立ってから6日、ベルファスト王国最南端の町カナンに到着した。ここから船に乗り、対岸のミスミド王国の町、ラングレーを目指すのだ。

 しかし、流石にベルファストとミスミドを結ぶ町だけあって、亜人が多い。犬猫の獣人を始め、背中に鳥の羽を生やした有翼人、額に角が生えている有角人、身体の一部にうろこがあり、太い尻尾を持つ竜人なども居る。

 港、じゃなくて河岸に着くと様々な船が浮かんでいた。しかしどれもこれも小型船、大きくても中型船だ。大型船は無いようだ

 帆船だが、テレビで見る様ないくつも帆が張ってあるような奴ではなく、簡素な帆船、ナイル河の走るファールカみたいなものをイメージして欲しい。ファールカ知らないから出来ない? ファールカは帆が1枚の小型帆船だよ、大きさはヨットよりちょっと大きい位の。いや、ここにある船はファールカより大きいかな?

 どうも聞いたところによると風属性の魔法を使える者が乗り込むので2時間もすれば対岸に着くらしい。なのでそんなに大きい船は必要ないとか。それ風属性魔法の使い手に不調起きたらヤバくないですか?

 その懸念を一々伝える義理はない、最悪僕が使えば問題ない。なので特に何も言うことなく、船の手続きをオリガさんやガルンさん達に任せる。今まで乗ってきた馬車がはここで預け、船に乗りミスミド側に渡る。そして向こう側にも用意された同じような馬車に乗って行くのだ。

 それを任せて僕はいつものように見知らぬ美人を口説きに行くつもりだったんだけど

 

「あ、あっちに細工物が売っています!」

「こちらには絹織物、色んな物が売られているんですね」

 

 いつの間にか横にアルマとユミナが居て、売られている商品を見ている。いつ来たんだ。

 とはいえ、流石にアルマ連れでナンパする気は起きないのでおとなしく観光する。たまにはこんなのもいいか。

 

「あら? 冬夜さん、あそこ……」

「ん?」

 

 ユミナの視線の先にはブローチや指輪、ネックレスなどのアクセサリーを並べている露天商の前で、難しい顔で唸るリオンさんの姿があった。確か王宮への手紙を出しに行ったって聞いてたんだけど。

 リオンさんはどのアクセサリーを買うか悩んでいるらしい。オリガさんへのプレゼントだな。

 ちょっとだけからかってみよう。

 

「リオンさん、ご家族にお土産ですか?」

「え? と、冬夜殿!? いや、なに、その……。は、母上に。そう! 母上にお土産をと思いましてね!」

「へえー」

 

 見事な狼狽えっぷりに、この人はいくつなんだとツッコミをいれたくなった。僕なら迷うことなくオリガさんの為と即答するぞ。そして親にはアクセサリーとか絶対買わない。適当にお菓子でも買ってる。

 

「色んなアクセサリーが売ってますね。そうだアルマ、1つ選んでよ。ベルファストの思い出にプレゼントするよ。ユミナも」

「いいの!?」

「私はついでですか……?」

 

 アルマは喜んで、ユミナは少しジト目で並べられたアクセサリーの中から1つ選びだす。アルマは葡萄の形をしたブローチだ。実の所に紫水晶が嵌め込まれた一品だ。ユミナは葉の形をした細工で、基本を木で作り葉脈以外には翠の水晶を埋め込み、首駆ける部分は普通の紐のネックレスだ。

 

「よく似合うよ、アルマ」

「えへへ、ありがとうございます」

 

 嬉しそうに笑うアルマを見ながら、露天商に2つ分の代金を払う。

 

「はいユミナ」

 

 ユミナのネックレスを手に取った僕はユミナに掛けてあげる。センスに自信が無いからこれでいいのかはよく分からないが、まあ似合っていると思う。

 

「似合っているよユミナ、翠の色が君にピッタリだ」

「あ、ありがとうございます……」

 

 恥ずかしいのか僕に顔を埋めながらお礼を言うユミナ。正直ユミナはそんなキャラじゃないと思ってた。と、ここでリオンさんが知りたいであろう情報をアルマから聞き出す事にする。

 

「オリガさんもアルマが選んだ様なブローチが好きなのかな?」

「んー、お姉ちゃんは花とかの意匠の方が好きです。特にこのエリウスの花が大好きでよく買っています」

 

 と言いながら、アルマは露店に並ぶ1つの髪飾りを指差す。それは桜の様な花が彩られた、地味だけど美しい髪飾りだった。あれは確かにオリガさんによく似合いそうだ。

 その言葉にリオンさんが嬉しそうな表情になる。分かりやすいなこの人。

 

「それじゃあ、僕らはこれで。リオンさんもお早めに。そろそろ出発ですから」

「あ、はい。すぐに戻りますので。ってユミナ、動けないからそろそろ離れてよ」

「はい、分かりました冬夜さん」

 

 ユミナは嬉しそうな声色で僕に顔を埋めるのを止めた後、今度は腕を組んでくる。動けるから問題はないんだけどね。と思いながらその場を離れて、しばらくしてから振り返ると、リオンさんがエリウスの髪飾りを買って、包んでもらっているのが遠目に見えた。

 

「何かじれったいから、僕がリオンさんに女性の口説き方でも教えた方が良いかな」

「やめた方がよろしいかと」

 

 僕の呟きにユミナが返答する。駄目かな?

 

「冬夜さんには冬夜さんの、リオンさんにはリオンさんのいい所があります。そう易々と他人の真似をさせてはいけないと思います」

「そうかなあ?」

「それにリオンさんが急に冬夜さんみたいになったら、オリガさんビックリしてしまいますよ」

「あー、それは確かにそうかも」

 

 残念、1歩前進させられると思ったのに。

 

 

「あっという間に着いたわね」

「片道2時間でござるからな」

 

 エルゼと八重がそう言いながら、姿見を入れた箱を持ち船を降りた。それに続いて荷物を持ったアルマとユミナ、そして琥珀が降り、最後に僕がリンゼを背負って船を降りる。

 

「……すみません冬夜さん」

「いいよいいよ、気にしなくて」

 

 リンゼは船に乗って1時間ほどで船酔いになった。試しにリカバリーをかけたが効果は無いようだ。やっぱり船酔いは状態異常にカウントされなかったか……。MOT○ERシリーズならカウントされたかもしれないけど。

 船を降りてラングレーの町を見渡す。亜人達の国ミスミドらしく、カナンより亜人の数が多い。露店の商人もほとんど亜人だ。色んな人種がいるんだな。

 

「思ったより大きい町なんだなあ」

「……ここはまだ、ベルファストよりだからじゃないでしょうか」

 

 僕の呟きにリンゼが小さく答える。町を見ながらオリガさんの案内で歩いていくと、カナンの町に置いてきたのと同じような馬車が3台停まっていた。

 

「どうします冬夜さん? リンゼさんの体調がすぐれないようでしたら、今日は休んで明日出発という事に致しましょうか?」

 

 オリガさんが心配そうに声をかけてきた。

 

「あ、もう、大丈夫です。船から降りたら楽になりましたから」

 

 リンゼが僕の背中から降りる。するとエルゼが近寄ってきて、僕に小さくこう聞いてきた。

 

「もうちょっとおんぶしたかったんじゃないの、冬夜?」

「そうだね、背中に感じる柔らかい感触をあと2時間くらいは――」

 

 思わず僕が本音で話すと、オリガさんとアルマ含めた皆が白い眼でこっちを見てくる。

 

「ちょっとエルゼ、今の誘導尋問は卑怯だよ!?」

「ゴメン、そんなに素直に誘導されるとは思ってなくて」

「僕はいつだって素直じゃん!」

「いやそれは無いと思うけど」

 

 僕はいつだって、僕の心に素直だよ!

 

「では1時間後に出発致しましょう。私は獣王陛下に手紙を出してまいりますので」

「あ、で、では私もついて行きましょう。何があるか分かりませんから!」

「はい、ではリオン殿も」

 

 オリガさんが小さく笑い、2人連れ立って歩き出す。段々微笑ましさすら感じてきた。

 

「冬夜殿、ここからはしばらく大きな町もない。必要な物を買っておいた方が良いと思いますよ」

「ありがとうございます」

 

 ガルンさんの言葉に素直に従い、僕らも1時間後に待ち合わせをしてそれぞれの買いもをすることにした。

 僕はユミナと琥珀を連れて、一緒に非常食やお茶の葉など細々したものを露店で買ったんだけど……。

 視線を感じて僕は思わず感覚を研ぎ澄ます。……気のせいか?

 

「どうしました?」

 

 僕の行動を見てユミナが声をかけてきた。

 

「いや、誰かに見られているような気がしたんだけど……」

「琥珀ちゃんが珍しくて見ていた人では?」

 

 ミスミド王国では白い虎は神聖視される。殺してはいけないし、捕えてもいけない。僕が琥珀に首輪と付けて鎖で連れていたら、僕は吊るし上げを喰らうだろう。あくまで琥珀は自分の意思で僕らについてくる、というスタンスでなければならない。分かりやすく言うなら奈良の鹿と同じ様なもの、と思えばいい。

 

〈いえ、主。確かに何者かがこちらの様子を伺っておりました。私ではなく、主たちの方に。今は完全に気配を消しているようですが〉

 

 琥珀の念話を聞いてもう一度辺りを見回す。監視者、一体何者なんだ……!?

 それから形は洋梨、色はオレンジ、匂いはリンゴというよく分からない果物を10個ほど買って皆の所へ戻った。

 馬車には皆揃っていて、僕らが最後らしかった。

 

「これで皆揃いましたね。では出発致しましょう」

 

 オリガさんがそう言うと、護衛の兵士達が1番前と1番後ろの馬車に乗りこみ始めた。僕らはベルファストの時と同じく真ん中だ。エルゼと八重が御者台に座り、残りの皆が客車乗り込もうとしたとき、オリガさんの髪に、カナンで見たエリウスの花の髪飾りが光っているのを見つけた。

 

「あら、素敵な髪飾りですね。よくお似合いです」

「え? そ、そうですか。ありがとうございます」

 

 ユミナが目ざとく髪飾りを褒めると、どこか照れたような感じでオリガさんが小さく笑う。どうやらちゃんとリオンさんがプレゼントようで何よりだ。

 ……なんで僕は他人の恋路なんか応援してるんだろうね、本当。



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ジャングル、そして脅威襲来。ファンタジーといえばやっぱりこれだよね

活動報告で気が早い次回作についての話、という名の思いついたネタを晒しています。
良かったら見てください。
見なくても本編には何一つ影響しません。


 ラングレーの町を離れると、すぐに景色が変化する。ジャングルと言えるほど木々が鬱蒼とした森になったのだ。アフリカの都市計画ってこんな感じだよね。そんな森の中を3台の馬車が進んで行く。

 ベルファストよりミスミドの方が魔獣が多いらしいが、そりゃこんな森があって魔獣が少なかったら逆に詐欺な気さえしてくる。時折何の動物か分からない遠吠えも聞こえてくるけど、どうやらこの国ではチャメシ・インシデントらしい。

 魔獣は多いがそれほど人里に被害はないらしい。それは森の中に餌が豊富で、人里の人間が狩りに行くでもしない限り魔獣に遭遇する事はまずないとか。狩人の道は死狂いなり。

 

「日暮れまでにエルドの村に着くのは無理そうですね」

 

 オリガさんの言葉に、僕がマップアプリで確認してみると、ラングレーの町から王都に到街道の途中、森を抜けた先にエルドの村があった。遠っ! これはついても真夜中になっちゃうな。

 

「ミスミドはいくつもの種族が集まってできた、いわば群体のような物です。今でも種族ごとに村や町を形成していて、互いに友好的な種族もあれば、互いに相手を毛嫌いしている種族もいます。それをまとめ上げているのが国王陛下を含めた七族長なのです」

 

 多民族国家で合議制なんだろうか、ミスミドって。それはさておきオリガさんの説明によれば七族長とは獣人族、有翼族、有角族、竜人族、樹人族、彗星族、妖精族の主要七種族の長なんだそうだ。で、今現在は獣人族の長、獣王がこの国の王となっているらしい。そんな事より樹人族すっごい気になる、どういう見た目してるんだろ。風のタ○トに出てきたコログ族みたいな感じだろうか。

 話を戻して、一応王位は世襲制らしいが、他の六族長も強い権限を持つ。株式会社と大株主みたいな関係だろうか。まだまだ新興国らしく、問題を抱えていそうだ。

 やがてだんだんと陽が暮れてきた、暗くなる前に野営に入るとの事だ。今日はここまでだな。

 少し道が開けた場所で馬車を停め、野営の準備に取り掛かった。薪を集め、石でキャンプみたいに小さなかまどを作り、食事の用意を始める。僕も手伝い、大皿にミネストローネを作った。

 完全に夜になると、森の中のざわめきが結構聞こえてくる。夜行性の動物が多いのだろう。煩い。

 

「結構、怖いですね……」

 

 ユミナが僕のミネストローネを飲みながら、身体を寄せてくる。

 

「普通の獣なら琥珀がいれば近寄ってこないってさ。魔獣でもすぐ分かるから安心してくれって」

 

 琥珀が念話で伝えてきたことをユミナに話す。すると彼女は横にいた琥珀を抱き上げ、ぎゅっと抱きしめた。

 

「ありがとう琥珀ちゃん」

『安心してください、奥方。私が居れば大丈夫です』

 

 他の人に聞こえないように、小さく琥珀は呟く。その言葉にユミナは微笑んで、琥珀の頭を撫でた。

 食事をするときも数人が交代で見張りをしていたが、ベルファスト側の護衛兵士達の方が、見知らぬ土地の為かいささか緊張していた。

 

「そろそろ八重とエルゼを迎えに行ってくるよ。琥珀、ユミナとリンゼを頼む」

〈御意〉

 

 僕はたき火を囲む皆から離れて、客車の中へ入り、ゲートを使ってベルファスト王都にある自宅に戻った。

 僕が出現したリビングではエルゼと八重がすっかりくつろいでいた。傍にはうちの執事、ライムさんが控えている。主がいきなり帰ってきて世話させられるとか執事ってブラックな仕事なんだな。ごめんなさい。

 

「あ、もう時間?」

「忙しないでござるな……。まだ髪が乾いていないでござるよ」

 

 この2人は風呂に入りに戻っていたのだ。他の人達にゲートがバレないように、30分と時間を決めて。

 魔法で水は出せるので、たらいに貯めた水に焼いた石によるお湯を作り、湯浴みをするという偽装工作をして。ここまでして戻る意味とは。

 

「ほら、怪しまれない内に戻るよ。ライムさん、今日は何かありましたか?」

「いえ、これといって。ああ、フリオが庭の隅に家庭菜園を作ってはどうかと申しておりましたが、いかがいたしましょう?」

 

 家庭菜園か、面白い。取れたて野菜を食べられるのもいいな。

 

「いいですね、是非やって下さい。好きにしていいって言っておいてください」

「かしこまりました」

 

 それにしてもメイドのラピスさんとセシルさんがいないな、彼氏でも出来たのかな? 僕が2人の事をライムさんに尋ねると、ラピスさんは明日朝早く市場に用があるので既に寝ていて、セシルさんは王都に来ている知り合いに会いに行ったそうだ。

 

「何か御用があれば伝えておきますが」

「いや、ちょっと気になっただけなんで。ほら行くよ2人とも」

「「はーい」」

 

 僕は引率の先生かよ、と思いながらゲートで馬車に戻る。すると何だか外の様子がおかしい。森が騒がしく、色んな動物たちの鳴き声が辺りを包んでいた。明らかにおかしい。まさか琥珀に怯えているのか!? いや違う!

 馬車を飛び出し皆の元へ走る。護衛兵士達が剣を構え、辺りを警戒している。一体何が起きているんだ!?

 

「冬夜さん!」

「何があったの!?」

「分かりません、急に森の動物達が騒ぎ出して……」

「まさか、発情期!?」

「絶対違います」

 

 ユミナ困惑した表情で駆けてきた、と思ったらいきなりテンションが下がった。その時、僕の側に居た兎の獣人レインが、顔をあげた。

 

「何か大きなものが来ます……、空だ!」

 

 レインの叫びに皆が空を見上げる。突風に木々がざわめく中、頭上の空に何か大きなものがゆっくり飛んでいくのが見えた。なんだァ? アレェ……。

 僕には黒い影としか捉えられなかったが、夜目がきく獣人達にはしっかりと見えたようだ。

 

「竜だ……。まさか、こんなところに!?」

 

 ガルンさんが空を見上げたまま呆然と声を洩らす。その瞳は信じられない物を見た、とばかりに見開かれている。

 

「何で、こんな所に竜が……!?」

「どういう事です? 普通はここまで来ないって事ですか?」

 

 震えた声で呟くオリガさんに尋ねると、彼女は怯えたアルマを抱きしめながら口を開く。

 

「竜……、ドラゴンは普通、この国の中央にある聖域で暮らしています。そこは竜のテリトリーとして誰も立ち入ることは無く、また竜たちも侵入者が無ければ、そこから出て暴れるようなことは無いのです。そうやって我々は住み分けてきたのに……」

「誰かが聖域に踏み込んだのですか!?」

 

 オリガさんの言葉にガルンさんが声を荒げる。これが聖域に誰かが侵入して、住居不法侵入罪の過激な懲罰だとするなら正直僕ら何もすることがない。嵐が過ぎ去るのを待つように、侵入者が報いを受けるまで留まるしかない。

 しかし、そんな考えをオリガさんは首を横に振って否定する。

 

「いえ、そうとは限りません。何年かに一度、若い竜が人里に現れ、暴れる事があるからです。聖域を離れた竜は我々が撃退しても、他の竜から報復される事はありません。この場合は向こうが侵入者だからです。ですが……」

「竜って、どれくらいの強さなんですか?」

 

 そう聞いた僕の質問に答えたのはガルンさんだった。

 

「我々の王宮戦士中隊、戦士100人もいればなんとか。しかし、中途半端な攻撃はかえって怒りを買う事になりかねません」

 

 うわ超強い。今回のこれは若い竜による暴走だろう、多分。迷惑極まりないな全く。

 僕はスマホを取り出して、マップアプリを起動しドラゴンを検索。

 ミスミドの中央辺りにいくつかの反応がある。ここが聖域だな。そして僕らの側にある1つの反応がゆっくりと移動しているその先には……。

 

「おい……。あいつ、エルドの村に真っ直ぐ向かっているぞ……!」

「なんだって!?」

 

 僕の呟きに皆が驚きの声をあげる。

 

「なんだってエルドの村に!」

「あそこは牧草地帯が南に広がっている。家畜を狙っているんじゃないか!?」

 

 何かは知らないが、家畜を襲って満足すれば村は大丈夫なんじゃない? という僕の考えはガルンさんにそげぶされた。

 

「味を占めた竜はまた同じ所を襲いますよ。それにあいつらにとっちゃ我々も家畜も大して変わらないでしょうな。好みの差はあるかもしれませんがね」

 

 マジもんの獣害だよ! 申し訳ないが三毛別羆事件の再来はNG。どうにかするにしても今の僕じゃ攻撃が届かない。

 

「どうします? 我々の任務は大使の護衛だ。大使を危険な目に遭わせるわけにはいかない……」

「くっ……」

 

 リオンさんの言葉に、ガルンさんが歯を食いしばる。兵士にとって上官の命令は絶対。ここで迂闊に村に向かう訳にはいかない、という理論はよく分かる。かといって護衛の兵士を半分だけ残してもう半分は救出、って訳にもいかないし……。僕のゲートじゃエルドの村へは行けない、どうすれば……。

 

「何とかならないでござるか、冬夜殿……」

「そりゃ何とかはしたいけどさ……」

 

 八重の言葉を聞いて、僕は考える。確かに僕らだけなら問題なく動ける、国の命令ではなくギルドを通して依頼を受けただけだから。しかも別にオリガさんの護衛じゃない移動魔法が付与されていることになっている姿見を運ぶのが――

 

「あっ……!」

 

 降りて来たっ……、僕の中に天啓がっ……!

 僕は馬車の客室から持ってきた姿見を出してきて、馬車の車体に立て掛けた。

 

「冬夜殿、これは?」

 

 リオンさんが訝しげに姿見を指差す。他の皆も同様だ。

 

「えっと、これは転移の鏡と言いまして、2枚で1セットの魔力付与アイテムです。もう片方はベスファスト王宮に置いてあり、この鏡を使えば一瞬にして王宮に転移できます。これを使ってとりあえずオリガさんとアルマは王宮に非難して頂くというのはどうでしょうか?」

「そんな物を持ち込まれていたのですか……」

「これをミスミド国王の元へ届けるのが僕らの仕事です」

 

 咄嗟に考えた大嘘をペラペラ話す。1日に往復1回しか使えない事、大勢は移動出来ない事など、主にミスミドの兵士たちに安全さを出まかせでアピール。将来は俳優でも目指すか……。

 

「分かりました。それを使って私達は一旦王宮の方へ避難しましょう。そして皆さんはエルドの村の人をどうか……」

「分かりました。冬夜殿、頼みます」

 

 オリガさんの決断にガルンさんが頷く。

 

「分かりました。ではオリガさんとアルマ、そして説明役にユミナと、向こうの確認の為ガルンさんに来てもらえますか?」

「私ですか?」

 

 ガルンさんが不安げな声を洩らすのを聞きながら、僕は鏡に手を当てた。

 

「ゲート」

 

 誰にも聞こえない位小さな声で魔法を発動させる。鏡の1センチ手前に光の門を作り上げた。ミスミドについてない今エンチャントで付与する訳にはいかない。

 まずユミナが入り、次にガルンさん、アルマ、オリガさん、最後に僕が通り抜けると光の門は静かに閉じた。振り返ると王宮のユミナの部屋に1枚の鏡が取り付けられている。何が幸いするか分からない物だ。

 

「ここは……」

「ベルファストの王宮です。それじゃユミナ、王様に説明を頼む」

「はい。冬夜さん、お気をつけて……」

「そんなに心配そうな顔しなくても、僕なら大丈夫さ」

 

 不安そうな顔をするユミナの頭を撫でて安心させた後、驚きの余り開いた口がふさがらないガルンさんに声をかけて、再びゲートを発動させ元の場所へ戻る。後の事はユミナに任せていれば大丈夫だろう。

 戻ってくると、出発の準備は整えられていた。

 

「よし皆、これで大使は安全だ! 我々は竜から村の人達を避難させる為に、エルドへ向かう!」

 

 帰ってきたガルンさんの命令におう! と答えるミスミドの兵士達。それを見ながら僕はリオンさんに尋ねる。

 

「リオンさんはどうします? ベルファスト王国は関わる必要はないと思いますが……」

「こんな状況で我関せずを貫いたら父上に炎の拳で殴られますよ。私達も行きます、恐らく陛下もおそうおっしゃると思います」

 

 リオンさんはきっぱりとそう言い切った。どうやら意思統一はされているらしい。なら問題は無い。

 マップを見る限り、竜が村へ辿り着くまでまだしばらくかかる。幸い全力で馬車を走らせれば、1時間遅れ位で村に着く。

 その1時間が命取りにならないように、と祈りつつ僕は馬車に乗りこんだ。



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エルドの村、そして黒竜。しかし盛り上がらないったらありゃしない

本SSのお気に入りが100になりました。
遅筆ですがこれからもよろしくお願いします


 村が炎に包まれている。人々は逃げ惑い、炎弾を放つ黒い竜が我が物顔で空を舞う。力強い四肢と長い尾、背中から広がる大きな翼。そして夜の闇に赤く輝くその双眸は、この状況を楽しんでいるようだ。

 

「村人の救出を優先させろ! 動けない者を運び出せ!」

 

 ガルンさんが叫ぶ。ミスミドの護衛兵士達は、すぐさま倒れた柱の下敷きになった人や、怪我をして歩けなくなった者を助けるべく、行動を開始した。

 

「我々も救出を手伝うぞ! 1人残らず助け出すんだ!」

 

 リオンさんが号令をかけると、ベルファストの護衛兵士達も村人達の救出に加わった。

 

「さて、僕らは僕らのやるべき事をしなくっちゃな」

 

 悠々と空を飛びまわる竜の気を引き、村から引き離す。その間にガルンさんやリオンさん達が村人を救出する。ここに来るまでに立てた作戦はそんなものだった。シンプルになったが、彼らにはオリガさんの護衛という任務がある。ここで倒れるわけにはいかないから仕方ない。

 それに相手は空を飛んでいるから、こちらの武器では攻撃が届かない。魔法が使える僕とリンゼで何としなくちゃいけない。

 

「光よ穿て、輝く聖槍、シャイニングジャベリン!」

 

 詠唱にネタ挟めるほど馬鹿やれる場面じゃないので真面目に発動。しかし黒い竜は僕の魔法を躱し、口腔から炎弾を放ってきた。

 

「やばっ、ブースト!」

 

 ブーストを遣いその場から避難する。炎弾の着弾地点で爆発が起こり、辺りに火の粉が降り注ぐ。

やばいやばい、攻撃以外の方法で気を引かないと村が危ない。

 

「琥珀!」

『御意』

 

 僕の呼びかけに応じて、琥珀が本来の姿に戻る。

 

「リンゼ乗って!」

「はい……!」

 

 僕は琥珀の背に乗ると、さらにリンゼを引き寄せ、僕の前に座らせる。そして一気に村の南へ駆けだした。

 後ろを見ると、竜が僕ら目がけて次々炎弾を放ってくる。琥珀は僕らを乗せたまま、炎弾を右へ左へ見事に回避する。さすこは! もっとひきつけてくれ。

 そして林を抜けると広い牧草地帯に出た。見晴らしがよく、遮る物が無い。ここなら被害はさほど出ないだろう。

 

 ゴガアァァアァ!!

 

 竜が咆哮する。その声を聞いた琥珀が喉をうならせて威嚇する。

 

『貴様、我が主を侮辱するか……! されて当然な部分もあるが、たかが空飛ぶトカゲ如きが見下してよい存在ではないぞ!』

「かばうか貶すかどっちかにしてくれない?」

 

 というか言ってることわかるの? と僕が尋ねると、琥珀が竜の言葉を通訳してくれた。

 

『「我が享楽を邪魔した小さき虫よ。その身体を八つ裂きにして喰らってくれる」だと? 人の言葉も話せぬ鼻垂れ小僧が……! これだから蒼帝の眷属は気に食わんのだ!』

 

 人の言葉を話せるほうが偉いのか魔獣業界は。というか不愉快な事言ってくれるなこの竜は。

 

「享楽、享楽ねえ……」

 

 生きるための糧を得るとか、聖域不法侵入者への過剰報復とかではなくただの遊びか。

 

「なら僕らがあの大きなトカゲを縊り殺す事に、何の躊躇もいらないって訳だ」

『そうなりますね、我が主』

「という訳だから僕がアイツを叩き落す。そしたらリンゼは翼をぶった斬れ」

「了解です」

 

 リンゼが小さく頷くのを見てから、僕は無属性魔法を展開した。

 

「マルチプル!」

 

 僕の周りに小さな魔法陣が竜に向けて銃口の様に展開される。1つが2つ、2つが4つ、4つが8つと次々増えていき、やがて128になった所で僕は次の魔法を発動させた。

 

「とりあえず光、シャイニングジャベリン!」

 

 次の瞬間、竜へ向かって一斉に光の槍を発射する。僕は高位呪文はまだ使えないが、魔力による手数なら誰にも負けない。塵も集めれば山になる、そして僕が集めるのは塵じゃない。

 流派迫りくる光の弾幕を回避しようとしたみたいだが、128本の槍からは逃れられない。何発か体に受け、血を流しながら無様に地面に落下した。

 竜はすぐさま体を起こし、翼を広げ再び空へ舞いあがろうとする。僕がスリップで阻止しようと思ったが、その前にリンゼが空へ逃げる事を許さなかった。

 

「水よ来たれ、清冽なる刀刃、アクアカッター!」

 

 圧縮された水の刃が竜の翼目がけて飛んでいく。水の刃は見事命中し、右の翼が半分ほど切り落とされた。

 次の瞬間、痛みによるものなのか一際大きな叫び声をあげるが竜がまた飛び立とうとした。しかしバランスを崩し、少し浮かび上がっただけですぐさま落下する。これでやっと対等だ、多分。

 竜は憎しみを篭めえた赤い眼をギラつかせ、口を大きく開いた。今まで炎弾を放っていたモーションとは異なる動き、さっきまで普通に連射してたし。という事はこれって……。

 僕は横にいたリンゼを抱き寄せ、ブーストで強化された脚力で竜から離れる。

 離れた直後、竜の口から火炎放射器さながらの炎が吐かれ、辺りを紅に染める。ドド○ゴかあいつは。やってて良かったゼ○ダの伝説。

 リンゼがもう一度アクアカッターで切りつけようとするが、炎のブレスで作られた火の壁がバリアとなって威力を削ぎ、ダメージを与えるまでに至らない。

 と、その時竜の頭上に1つの影が落ちてくる。

 

「やあッ!!」

 

 落ちてきた八重の剣閃が竜の右目を切り裂く。

 

「ブーストォッ!!」

 

 続けて林から飛び出して来た身体強化済みのエルゼ渾身の一撃が、竜の脇腹に炸裂する。

 

「痛ったぁー! 硬すぎるわよアイツ!」

「前に戦った水晶の魔物よりは、再生しないだけましでござるよ」

 

 八重とエルゼが文句を言いながら、竜から距離を取る。

 片目を潰された竜は怒りに任せ、2人へ向けて炎弾と火炎を吐こうとするが――

 

「スリップ!」

 

 僕がその前にスリップで竜の足元の摩擦を奪い、転ばせる。

 

「ヒャッハー! 袋にしてやる!!」

「セリフが完全に悪役!」

「つくづく正義の味方になれないでござるな拙者達は……」

 

 エルゼのツッコミを受けながら、僕らは竜との距離を詰め再び攻撃する。

 八重は竜のもう片方の目を斬り、エルゼは脇腹を殴りつける。

 ブーストをかけて、僕も続いて斬りかかる。がしかし

 

 カン ポキッ プス

 

 斬りかかった僕の刀が折れ、折れた刃が僕の足に刺さる。

 

「イイッ(↑)タイ(↓)アシガァァァ(↑)!!」

「何してんのあんた!?」

 

 僕が痛みに呻いている隙に、竜が尾を振るい僕は吹き飛ばされる。

 

「ああああああああああああああああああああ!!」

「ああもう!」

「一旦離脱でござる!」

 吹き飛ばされた僕に合わせてエルゼと八重が離脱する。

「水よ来たれ、清冽なる刀刃、アクアカッター!」

 

 離れた直後にリンゼが水の刃を放つ。火の壁が無い今なら刃の切れ味はそのままで、見事に竜の首を斬りおとす。

 斬れた首から上は落ちて地面を揺らす。それは僕らに竜の死を実感させるには十分な衝撃だった。

 

「た、倒した……?」

「そうね……」

「でござるな」

 

 でも何だろうこの気持ち。そう、なんというか……。

 

「「「「盛り上がらない……」」」」

 

 あ、皆も同じ事考えてた。

 微妙な気分を味わっていると、地面に黒い影が前触れなく落ちる。何かと思って頭をあげると、そこには月を背にして空に浮かぶ、2匹目の竜がいた。

 

「もう1匹……!?」

 

 しかも倒れた竜よりも一回り大きく、赤いうろこに後頭部から尻尾に掛けて白い体毛が生えていた。角は長く太く、尻尾も長い。以下この竜は赤竜と呼称する。

 突然の2匹目の来襲に、僕らはそれぞれ構える。リンゼなんか既に詠唱を始めている。殺意高っ。

 しかし、赤竜は僕らの予想に反し声を発した。

 

『こちらに戦う意思は無い。我が同胞が迷惑をかけてすまない、謝罪する』

「話せるのか!?」

『我は聖域を統べる赤竜。暴走した者を連れ戻しに来たのだが、どうやら遅かったようだ』

 

 赤竜はどこか悲しみを浮かべた金色の瞳を静かに閉じる。連れ戻しに来たのか……。もっと早く来いよ、と毒づきたくなるがそれは言っても仕方ないか。

 何とも言い難い雰囲気の中、琥珀が赤竜の前に出る。

 

『赤竜よ。蒼帝に言っておけ、自らの眷属くらいちゃんと教育しておけとな』

『何……? この気配、まさか……。貴方は白帝様か!? なぜこのような所に……!?』

 

 赤竜が驚きの声を上げる。そういえば随分大層な存在だとユミナが言ってたっけ?

 

『成程、黒竜を倒したのは白帝様であられましたか……。通りで黒竜ごときでは相手にも……』

『勘違いするでない。そやつを倒したのは我が主冬夜様とその仲間だ。恐れ多くもこの小僧は我が主を侮辱し追ったのでな、当然の報いよ』

『なんとっ……!? 白帝様の主ですと!? 人間が、ですか!?』

 

 再び驚愕した声を上げ、金の双眸が僕を見つめる。やがて静かに赤竜は地面に降り立つと、身をかがめて頭を下げた。

 

『重ね重ねのご無礼、平にご容赦を願いたく……。此度の事はこの黒竜1匹が起こした事。何卒温情をもって……』

「まあ、当の竜はもう死んだしどうこう言わないけど……。今後こんな事が無い様に若い奴らに躾けておいてよ」

「はっ、必ず。ただちに聖域へ戻り皆に伝えましょう。それでは失礼いたします」

 

 赤竜は立ち上がり、もう1度頭を下げると翼をはためかせゆっくりと上昇していき、頭上を一回りすると南に向かって去って行った。

 

『まったく迷惑な。これだから蒼帝は……』

 

 文句を言いながら琥珀がまたマスコット枠に戻る。蒼帝と何やら仲が悪そうだ……。何があったんだか。

 ん? と思って周りを見渡すと3人が地面に座り込んでいた。

 

「どうしたの皆して?」

「どうしたのって、動けなかったのよ……」

 

 エルゼがかすれた声を出す。そういえば琥珀を召喚した時にユミナも同じ状態になってったっけ? あの赤竜結構上位の存在だったのかもしれない。

 

「冬夜さんは、大丈夫だったんですか?」

「ぜーんぜん平気」

「何か理不尽でござるな……」

 

 とか言われてもね……。恐らく神様のせいだし、どうしようもない。何だか単なる鈍感なのか恐怖心が欠落してるのか若干気になるけど……。いや世界中の美人が僕に見向きもしない事を考えると恐ろしくて仕方ないから恐怖心が消えた訳じゃないな、単なる鈍感野郎じゃないこれ?

 そんな事を考えながら、僕は皆に回復魔法をかけて回った。




実は前書きで異世界オルガ1周年を祝おうと思っていたのは内緒


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竜の角、そして膝枕。油断するとオルガが出てくるのが僕の悪い癖

最近暑すぎィ、な中皆さんいかがお過ごしでしょうか。
とりあえず私は気温が後10度くらい下がってくれると嬉しく思います。


「ぬわあああああん疲れたもおおおおおおん」

 

 僕は草むらに身体を投げ出し、大の字に寝転がった。東の空から昇る太陽が眩しい。世界が変わろうと太陽の光がもたらす意味は変わらない、もう朝か。

 竜を倒した後、僕らは村の中を奔走した。リンゼは火災を水の魔法で消して回り、エルゼと八重は怪我人が残っていないか村中を探し、僕はその怪我人を回復魔法で治癒し続けた。

 幸い死者は出なかったが、村は壊滅状態に近い。

 

「冬夜殿、ここにいましたか」

「リオンさん、お疲れ様です」

 

 寝転がる僕の元へリオンさんが歩いてきたので、僕は体を起こす。どうやら大体収束したらしい。どこからか炊き出しのいい匂いが僕の鼻孔を通り抜ける。

 

「しかし、たった4人で竜を仕留めてしまうとは……。驚きを通り越して呆れてしまいます」

「あれはそんなに強い竜じゃなかったらしいですから、運が良かったんでしょう」

 

 リオンさんの言葉に僕は赤竜から聞いたことをぼかして話す。とそこへガルンさんもやってきた。

 

「おお、冬夜殿。あの竜の事なんだがどうする?」

「どうする、とは?」

「いや、あれだけの素材だ。売れば物凄い金になるだろう。しかし、どうやって運ぶか……」

「竜の死体が売れるんですか?」

 

 ガルンさんによると、竜は鱗や爪、角、牙、骨などは加工して武器や防具の素材に、肉は美味なので食料として、余す所なくかなりの高値で売れるそうだ。

 で、その権利は倒した僕らにあるんだけど……。ほとんどリンゼの手柄みたいな所あるからリンゼに一任するって僕が言ったら、リンゼが僕に一任するって言った。なぜだ。とはいえ皆もそれで依存が無い以上僕が決めるか。うーん……。

 

「じゃあ、竜はこの村の人達に差し上げます。村の復興に役立てて下さい」

「竜を全部か!?」

「冬夜殿、分かっていますか? 物凄く価値がある素材ですよ? 金額で行ったら王金貨10枚は下らないんですよ!?」

 

 王金貨10枚って……。え? 1億円以上するの!? マジで……!?

 

「いや、えっと……」

 

 正直撤回したい。だけど価値を知った途端手のひら返しとか人間として最低じゃないか! と悩んでいると僕の視界に村人たちの姿が映る。聞かれちゃったよこれ絶対……。

 

「ああそうだよ! あげるよ! どうせ王金貨なら既に10枚以上持ってるんだ、あげればいいんでしょ! 竜にどんな価値があろうと、村に……、村人達に僕があげてやるよ!!」

 

 今更やっぱり下さい、とも言えずやけくそで2人にそう言った。

 

「……ミスミドを代表して感謝する。ありがとう、冬夜殿」

「私にはやけっぱちにしか見えませんが……」

 

 リオンさん、穿り返さないでお願いだから。

 その後、インチキ転移鏡を使ってオリガさん、アルマさん、ユミナをここに連れて帰る。

 

「冬夜さん、大丈夫でしたか!?」

「うおっ!?」

 

 戻った途端ユミナが僕に抱き着く。そんなに心配だったのか、と思うと申し訳ないんだけど正直……。

 

「竜、なんか地味だった」

「地味!?」

 

 ユミナは僕の言葉に驚きを隠せないみたいだけど、僕としてはこうとしか言えない。村は壊滅したけどほとんどリンゼの2撃で倒しちゃったし。

 驚くユミナを引きはがすと、今度はオリガさんにお礼を言われた。竜を倒し、村を救ってくれたことに対してらしいが、死者が出なかったのは僕らじゃなくて護衛兵士のおかげだから、礼を言うならそっちに言うよう言っておいた。

 その彼らも力尽き、馬車の周りで仮眠を取っている。正直僕もとっとと寝たい。そんな気持ちを遮るように、僕らの所に杖を突いた獣人の老人がやって来た。

 

「村長のソルムと申します。この度は村を襲った竜を倒して頂き、その上村の復興に多大なる援助まで……、真にありがとうございます」

 

 援助って竜だよなー。いいもん、人助けだもん……。

 村長は村の人に何かを持ってこさせた。長さ1m位の円錐状の黒い物体だ。あ、これって。

 

「これはあの竜から採った角の1本です。これだけでもお持ちください」

「なんでも武器を損傷したとか。この角があれば、新しい武器の素材にする事も、売って新しい武器を買うことも出来ましょう」

「いやあげるって言いましたし……」

「お願いです。これを受け取って頂けないと我らは村の恩人に何も報いることが出来なくなってしまうのです。だからどうか……」

 

 そうか、この人にも誇りみたいのがあるんだ。ここでしつこく拒絶したらこの人を傷つけてしまうんだろうな、なら受け取ろう。単にやけだった僕を憐れんだとかじゃないだろうな。

 

「分かりました、有難く受け取ります」

 

 村長から角を受け取ると、そのあまりの軽さに驚いてしまう。これで鋼鉄より遥かに硬いとか質量保存の法則はどうなってるんだ、どうでもいいけど。これより硬いものとなるとヒヒイロカネ、ミスリル、オリハルコン位しかないとか。伝説級か……。

 角を受け取った僕は村長さんから離れ、自分の馬車まで戻る。正直眠くて仕方ない。

 馬車の中を除くと、エルゼとリンゼ、八重が眠っていた。

 僕も一緒に寝ようかと思ったが、途中でたたき起こされるのも嫌なので馬車の横に草むらに寝転がる。

 

「冬夜さん、毛布をどうぞ」

 

 そこに1枚の毛布を持ってユミナがやってきた。助かりー。僕はユミナな礼を述べると、毛布を受け取ってそれに包まり意識を闇の中へ沈めて行った。

 

 

 目を覚ますと、空をバックにエルゼの顔が見えた。あれ、何だこれ? どういう状況?

 

「起きた?」

 

 頭の下に柔らかな感触。あ、僕膝枕されてるのか。

 僕は体を起こして伸びをしながら欠伸をする。

 

「……ん、あれ? エルゼって寝てなかったっけ。何で僕に膝枕なんかやってるの?」

「あんたが起きるより前に目が覚めたのよ。そしたらユミナがあんたの枕やってて足辛そうだったから代わったのよ」

「なるほど」

 

 それはなんか、悪いことしたかな。

 すると、なぜかユミナがこっちを恨めしそうに見つめていた。

 

「どうかしたの、ユミナ?」

「別に、何でもありません」

「あんまり拗ねないのユミナ。これは公正な勝負、じゃんけんで決まったことよ」

「むう……」

 

 なにやってたかは分かるけど、何でそんな事したんだか。

 

「冬夜殿、そろそろ出発の準備をお願いします。王都に村の事を報告しなければなりませんので」

 

 オリガさんとガルンさんがやってきて、僕らに出発を促す。それを受けて僕らは馬車へと向かう。

 と、その前に……。ちょっとした事を思いついた僕は、村長さんの家に向かい、交渉してある物を手に入れた。

 

 

 揺られる馬車の中で、僕は竜の死骸をほぼ全部村にあげた事実をうやむやにする為、ユミナ以外の仲間に村長さんから買った銀製品をモデリングして作った、銀のブレスレットをプレゼントしたのだ。ちなみにユミナには既にアクセサリーをプレゼントしたのであげなかった。

 皆初めはビックリしていたが、何だかんだ喜んで受け取ってくれた。

 

「オリガさん、王都までは後どれくらいですか?」

「王都ベルジュまではあと2日ちょっとでしょうか。途中の町で冬夜さんは何か武器を調達した方が良いかもしれませんね」

調達した方が良いかもしれませんね」

 うーん、ぶっちゃけそんなに武器使わないしなあ……。ガルンさんも竜の角で何か武器を作ってもらうなら王都の方が良いって言ってたし2日位丸腰でも大丈夫でしょ。

 

「まあ、2日位ですから魔法で何とかしますよ」

 

 たった2日の為に一時しのぎの武器買うのも馬鹿馬鹿しいしいいや。

 そして馬車は王都ベルジュに向け進む。何にもありませんように。



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ミスミド王都、そして対獣王戦。全然紳士的に振る舞えないぞ僕ゥ!

すげえよ読者は。
こんな原作なぞってるだけのSSを読んでくれて、時には感想まで。
その読者が聞いてくる気がするんだ
『次はどう来る? 次はどんなパロを仕込んでくる? 次はどんなネタで笑わせてくれるんだ?』
――ってな、それは裏切れねえ。
俺はいつだって、最高に三枚目で決まらない望月冬夜を書かなきゃいけないんだ。


ネタ切れに追い詰められたギャグSS作家はみんな割とマジでこんな思考になる、かもしれない。


「はえー、すっごい大きい」

 

 王都ベルジュに到着してその真っ白な宮殿を見た時、思わずこう漏らしていた。

 インドのタージ・マハルに似た白亜の建物だった。いやよく見ると結構違うな。

 日干し煉瓦で造られた街並みや城壁と、白い宮殿がどこか噛みあわない。があらゆる種族が暮らす国なのだから色々入り混じるのは必然かもしれないが、悪くは見えない。こういうのは僕は好きだ。

 馬車が通る街並みは、様々な種族が行き交い賑わいを見せている。ベルファストに比べるとまだまだ未開発な感じはするが、その辺りは新興国だからあまり気にならない。

 高い建物が立ち並ぶ通りを抜け、宮殿への長い橋を渡る。都に巡らされた水路の上を走り抜けると、宮殿の敷地に入った。

 馬車を降り、オリガさんと僕ら5人。そしてガルンさんとリオンさんの計8人が、宮殿の庭を横目に歩道を歩いていく。美しい庭園だなあ(小並感)。

 長い階段を上り、宮殿の中に入る。明るい陽射しが天井の明かり窓から降り注ぎ、それが大理石の色と相まって眩しく輝いている。

 僕らは中庭の中央を進み、装飾が施された大きな扉の前に来た。その扉が軽く軋んだ音を上げながら、門番の兵士たちが扉を開く。

 広がる赤い絨毯に、天窓から光が差し込む謁見の間には、左右に様々な亜人が並んでいた。誰も彼も立派な身なりで、この国の重臣達のようだが角があったり、翼があったり様々な人種がいるようだ。

 そして謁見の間の奥、少し高くなった玉座にこの国の王が座っていた。

 獣王ジャムカ・ブラウ・ミスミド。雪豹の獣人だそうだ。歳は50代前半くらいかな。白い髪と髭を生やしたその顔からは、王としての力強さが感じられる。鋭い眼光は迫力と共に悪戯めいた光を感じる。

 獣王様の前で僕らは全員片膝をつき、頭を垂れた。

 

「国王陛下。オリガ・ストランド、ベルファスト王国より帰還してございます」

「うむ、大儀であった」

 

 獣王様が静かに頷く。

 

「ガルン、そしてベルファストの騎士殿。そなた達もオリガの護衛を無事果たしてくれたことを嬉しく思う」

「「ははっ」」

 

 そして獣王様はこちらを眺め、目を細めながら小さな笑みを浮かべる。

 

「そなた達がベルファスト王からの使いの者達だな? なんでも旅の途中、そなた達だけでエルドの村を襲った竜を倒したとか。それは事実かな?」

「はい、その通りです。ここにいる私以外の4名で、村を襲った黒竜を退治いたしました」

 

 獣王様の質問に毅然とした態度で答えたのは、静かに立ち上がったユミナだった。

 

「……そなたは?」

 

 謁見の間で少しも緊張せず話す少女を訝しく思ったのか、怪訝な面持ちを見せて獣王様が問いただす。

 

「僕は、チームサティスファクションリーダー望月冬--」

「あんたじゃない!」

「ディ・モールトォ!!」

 

 流れるような僕の割り込みに、流れるようなエルゼの腹パンが決まる。そこに追い打ちをかけるかのように

 

 チーン

 

 とリンゼがトライアングルを鳴らす。どっから持ってきたのそれ。

 

「な、何じゃこれは……」

「お気になさらず」

「いえ気になりますが!?」

 

 それを受け止めきれない獣王様とガルンさん。そしてこの程度では気にも止めないユミナ。

 

「まあそれはそれとして、申し遅れました。私はベルファスト王国国王、トリストウィン・エルネス・ベルファストが娘、ユミナ・エルネア・ベルファストでございます」

 

 謁見の間に衝撃が走る。そら(一国の姫が何の知らせも無く来たら)そう(なる)よ。いやこれユミナのスルー具合に驚いてるのかな? どっちだこれ。

 とりあえず、ガルンさんは目をむくほど驚いていた。

 

「ベルファストの姫君がなぜ我が国に?」

「ミスミドとの同盟は我が国にとってそれほど重要ということですわ。これは父上からの書状でございます、どうかご確認を」

 

 そう言ってユミナは懐から1通の手紙を取り出す。そんなの持ってたっけ? と思ったけどそういえば1回ベルファストに戻ったし、その時かな。

 側近の1人が恭しく書状を受け取り、獣王様に手渡す。封を開け中に目を通すと、獣王様はユミナの方を見て笑みを浮かべる。

 

「成程、あい分かった。ここに書かれている内容を最大限善処したうえで、近いうちに返答しよう。それまでは姫もそちらの方々とごゆるりと我が宮殿でお過ごしくだされ」

 

 書状を側近に手渡し、獣王様は僕らに向けて静かに声をかけた。

 

「さて、堅苦しい話はここまでにして……。1つ先程から気になっている事があるのだが……」

 

 獣王様の目が僕の傍らにいる琥珀に向けられる。この国では神聖視されている白い虎連れてばそりゃあねえ。

 

「そこの白虎はそなた達の連れか?」

「はい、ここにいる冬夜殿の従者のようなものですね」

『がうがー、がうがー、がうがうがうがー』

 

 ユミナの言葉を肯定する様に琥珀がリズム良く鳴く。何でアストロガ○ガーのリズムなんだ、僕教えてないぞ。

 獣王様は琥珀をしばらく見つめていたが、やがて僕を見る。

 

「……成程、白虎を従える竜を討った勇者か。久しぶりに血がたぎるのう。どうだ冬夜とやら、一つ儂と立ち合わんか?」

「は?」

 

 何言ってるのこの王様、と思う僕をよそに周りの重臣達は一斉に諦めたかのような溜息を吐き出す。何だよこの展開……。

 

 

 白亜の宮殿の裏手には広い闘技場があった。フッ……、まるでコロッセオだな。僕はここに連れてこられ、なぜか獣王様と立ち合う事になった。どういうことなの……。

 

「申し訳ない冬夜殿。獣王陛下は強い者を見ると立ち合わずにはいられない気性でな、正直我らも困っている」

 

 そう言って僕に謝ったのはこの国の宰相であるグラーツさん。灰色の翼を持つ有翼人である。歳は40代後半くらいか、灰色のローブを着こみ、口髭を生やしている。

 

「ここは1つ、ガツンと痛い目に遭わせていただきたい。全力でやってくだされ」

「貴方達の王様ですよね? いいんですか?」

 

 グラーツさんのあんまりな言動に思わずツッコミを入れる僕。するとグラーツさんの横に控えていた他の重臣達も口々に文句を言い出した。

 

「かまわん、思いっきりやってくれ。大体陛下は国務を何だと思っているのか! 居なくなったと思えば千師団の訓練に参加して、全員ぶちのめしているし!」

「この間も新しい武器を思いついた! とか言って鍛冶屋へすっ飛んで行きました! その後の予定が全部ずれて、どれだけ私が苦労したか!」

「私には国を挙げて武闘大会を開こう、とか言ってましたよ。どこにそんな予算があるってんですか! ねえ!?」

 

 大丈夫、革命する? と言いたくなりそうな勢いで愚痴をする重臣達。というか僕に言われても困る様な話も多い、どうしろと。

 とりあえず木剣を持って闘技場の中央へ向かう。観客席には僕の仲間達とミスミドの重臣達、そしてミスミド戦士団の隊長達が陣取っていた。

 獣王様も片手に木剣、もう片方には木の盾を持って待ち構えていた。僕は盾を使った防御なんてゼ○ダでしかやった事が無いので遠慮した。

 

「勝負はどちらかが真剣ならば致命傷になる打撃を受けるか、あるいは自ら負けを認めるまで。魔法使用可、ただし本体への直接的な攻撃魔法は禁止。双方よろしいか?」

 

 審判役の説明を聞きながら、真剣なら致命傷って木剣でも危なくないですかねと思った。まあ僕もリンゼも居るし回復魔法使えばいい、のか? さて、重臣達からガツンとやってくれとは言われたけど……。いいのかな? いいや。

 しかし花無いな。重臣達は僕を応援しているけど、どうせならもっと美人連れて来るとかさ!

 

「手加減は無用だぞ冬夜。実戦だと思いあらゆる手を使い、儂に勝って見せるがいい」

 

 獣王様の許可も出た事だし、遠慮なく本気で行かせてもらおう。にしても凄い筋肉だな、あんなの見たことなーい。

 審判の人が右手を大きく上げて僕と獣王様を交互に見た後、勢いよくその手を振り下ろした。

 

「では、始め!」

「スリップ」

「どわっ!?」

 

 僕の無属性魔法で獣王様が盛大に転ぶ。その隙に距離を詰め木剣を獣王様ののど元に突き付けた。

 

「僕の勝ちですね」

「ちょ、ちょ、ちょっと待った! これは無いだろう!? 何だ今のは!?」

「僕の無属性魔法スリップです。攻撃魔法じゃありませんよ」

「いやいやいや! あれは駄目だ! 勝負とかそれ以前の問題だろう!」

「実戦だと思えとおっしゃるからその通りにしたのですが」

「そなた達の実戦はいつもそうなのか!?」

「転ばせて囲んで叩いて魔法で止め、これが僕達チームサティスファクションのやり方です」

 

 僕の言葉に唖然とする王様。そんなにおかしいだろうか。

 

「竜との戦いはそれで大体合ってるけど聞こえ悪いわよ!」

「というか拙者達そんなチーム名つけてないでござるよ!!」

 

 後ろからエルゼと八重のツッコミが聞こえるが、僕は気にしない。

 

「とにかくもう1回だ! 今度はその魔法なしで!」

「小学生みたいな事言いだした……」

 

 僕としては正直もういいんじゃないか、と思うのだが一応グラーツさんの方を見る。グラーツさんに止めて欲しかったんだ。でもグラーツさんは凄く嫌な笑みを浮かべていた。

 

「そうですなあ。これ以上は政務に支障をきたすので困りますなあ」

「グラーツ! そう言うな、少しだけだ。少しだけだから、な!?」

「そうは申しましてもねえ」

 

 獣王様がグラーツさんの下へ駆け寄り、ああだこうだと話し合う。「ちゃんとやるから!」とか「もうサボらないから!」とか聞こえてくる。それに対して重臣達が色々と条件を出しているみたいだ。凄いだろ、ここまで僕の意思何一つ反映されてないんだよ? 内心でちょっと憤っていると、獣王様が小さく肩を落としながら帰ってきた。グラーツさん達が出した色々な条件を飲んだようだ。

 

「冬夜どのー、申し訳ないが陛下ともう1戦お願いします―!」

「えぇ……」

 

 グラーツさんの嬉しそうな声に思わず疲弊する僕。一方、グラーツさんはこう続ける。

 

「それと陛下のお戯れに付き合って頂けるお礼として、後で城のメイドに歓待させますのでー!」

 

 城の、メイドに……?

 その言葉を聞いた僕は、木剣を構え獣王様に言い放った。

 

「さあ始めましょうか、第2ラウンドを」

「清々しい程の変わり身だなそなた……。まあいい、今度はあの魔法は禁止だからな!」

「了解です」

 

 もう1回仕切り直し。審判さんが再び右手を上げて、振り下ろした。

 

「始め!」




なんだよ、異世界魔王と召喚少女の奴隷魔術結構おもしれえじゃねえか……。
ということで紳士的にしたSS書こうとしたけどやっぱり無理でした。
誰か書きませんかね。


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加速魔法、そしてパーティー。明らかに竜と戦っているときより戦闘描写が多い

感想欲しい(切実)


 試合開始と共に獣王様が撃ちこんできた。僕は正面からそれを受け止め、身体を捻って受け流す。そして一旦後ろに飛び退き、今度はこちらから仕掛ける。

 

「ブースト!」

 

 身体能力をブーストで上げ、切りかかる。しかし獣王様の盾に防がれ、受け止められる。そして盾に押され、僕の体勢が崩れたと同時に獣王様の突きが飛んでくる。

 それをしゃがんで躱した僕は、そのまま足払い。

 これは躱せない、そう思ったのだが

 

「アクセル」

 

 獣王様がそう呟いたと同時に、捉えたと思ったその姿が消え失せ、僕の足払いはむなしく空振る。

 

「……後ろっ!?」

 

 姿を消した相手がする事など背後を取る以外有り得ない。咄嗟にその場からジャンプで逃げると、跳んだ直後に獣王様の木剣が水平に振り抜かれた。そのまま転がりながらその場を脱し、体制を整える。あっぶな! 何今の!?

 

「今のを避けるか! やるな、冬夜とやら」

「今のは、無属性魔法ですか」

「左様、儂の無属性魔法アクセルだ」

 

 怪しい時はとりあえず無属性魔法理論(命名僕)を振りかざしたがどうやら正解らしい。加速魔法だろうか? これがクロッ○アップ……。仮面ラ○ダーカブトはYouT○beにて絶賛公式配信中!

 

「どういった魔法なんですか?」

「何、身体の素早さを上げるだけの魔法だ。動いているときは身体に魔法障壁も発動するので、馬鹿みたいに魔力を食うから常時発動は出来ないがな。その速さに普通の人間は反応出来ない筈なんだが、よく避けられたな」

「たまたまですよ」

 

 実際ほぼ適当だし。ともかく純粋な加速魔法らしい。超スピードとは言っても、ソニックブームが発生しない程度なら体当たり喰らってもちょっと痛い程度で済むな。

 

「成程、よく分かりました。良い魔法をお持ちですね」

「だろ?」

「なので使わせて頂きます。――――――アクセル」

 

 クロッ○アップ、みたいなノリで発動したけど実際はただ加速しているだけなので実際はメイド・イン・ヘ○ンだ。一瞬で獣王様の横を通り抜け、、自分の足にひっかけて、盛大にこけた。

 

「ヴァァァァアアア!!」

「「こけた!?」」

 

 そのままゴロゴロと闘技場の端まで転がり、背中を壁に思いっきりぶつける。マジで痛い。

 

「あいたたた……」

 

 それでも何とか余裕を保ったまま、背中を払いながら立ち上がる。

 

「なっ……!? おま、今の……!?」

「使うのが難しい魔法ですね。でも次は当てますよ」

「いや余裕保ててないから! 鼻血出てるから!!」

 

 エルゼのツッコミを聞いて、思わず鼻を手で拭う。するとそこには真っ赤な液体が。

 

「――アクセル!」

「無視!?」

 

 僕は超速のスピードで獣王様に迫るが、相手もアクセルを発動し同じ速さで打ち合おうとする。が、僕はまたも体の操作を誤りそのまま獣王様の顎に頭突きをしてしまった。

 

「ぬおおおおおおおおおおおお!!」

「あああああああああああああ!!」

「大丈夫ですかねあれ……」

 

 リンゼの不安げな声を聞きながら僕らは立ち上がり、アクセルを同時に使う。

そして躱し、頭突きを決め合い、剣で打ち合う。恐ろしい速さだが、僕もやっと何とか剣を合わせられるようになり、懸命に撃ち落としていく。何度も打ち合っているとスピードに慣れたのか、段々普通に見えてきた。

 獣王様が迫ってくる。また打ち合うのを望んでいるのかは知らないけど、思い通りにはさせない。

 

「砂の目潰しは王者の鼓動、ブラインドサンド」

 

 今まで使っていない地属性魔法を使えないと思っていたのか、獣王様は不意を突かれた表情を見せながら目潰しの砂塵に身を投じる。

 すると獣王様の動きが止まる。僕はその隙にアクセルで一気に迫り、獣王様の喉元に木剣を押し当てる。

 

「チェックメイド。あ、間違えた。チェックメイト」

「どんな間違いだそれは……。とはいえ儂の負けのようだな」

 

 木剣を捨て、両手を上げて獣王様が負けを認める。それを見て審判が大きく右手を上げて叫ぶ。

 

「勝者、望月冬夜殿!」

 

 その声をきっかけにして、闘技場の観客席から一斉に拍手が放たれる。勝敗関係なく良い戦いをしたら互いの健闘を讃えるといった感じだろうか。何だか獣王様への私怨も混じっている気がしないでもないけど。

 

「まさかお前もアクセルの使い手だとは驚きだ。儂はどこか自分の魔法に絶対の自信を持ち、思い上がっていたようだ。戒めなければならんな」

「まあ、ははは……」

 

 笑ってごまかす僕。言えない、全ての無属性魔法が使えるイレギュラーだとはとても……。でも予想できない事が起こるのが実戦ですし、しょうがないよねうん。よし言い訳終わり、早速獣王様の重臣達が用意しているメイドさんの歓待を受けなければ。という事で僕は一目散にグラーフさんの下へ駆けだした。

 この部分が映像化したら、絶対止まらないスマホ太郎GBが使われるだろう。

 

 

 最高だった……。何がって? 冷静に考えてよ、獣耳でメイド服の美人が自分を歓待する所を。これを最高以外の言葉でどう示せって言うんだ、むしろ余計な言葉が陳腐になる。

 

「冬夜様、これ美味しいですよ」

「本当? それあーんしてよあーんって」

 

 その後、夜に軽いミスミドの重臣や、有力貴族に主要な大商人を迎えたオリガさん帰還のお祝いと、ベルファスト王女ユミナの歓迎パーティを開くという事で、僕は着替えさせられた。軽くないよこのパーティ!?

 白のたっぷりとした上下に黒のベスト。幅広の紺の帯に幾重にも体に巻かれた白く長い布。例えるならターバンを付けてないアラジンみたいな感じだ。ドラビ○ンナイト大好きです。

 立食形式のパーティー会場では、皆が思い思いに会話を楽しみ、食事に舌鼓を打っていた。僕もまた、メイドさんにあーんしてもらって楽しんでいる。

 

「ところで、主賓のユミナやオリガさんはまだ?」

「おそらく今は、お着替えの真っ最中かと」

 

 メイドさんにそれを聞いた僕はふーん、と適当に相槌を打つ。それだけ言うとメイドさんは誰かに呼ばれ、去ってしまった。すると

 

「冬夜殿、その……。凄いですね……」

「何がですか?」

 

 シャンパン片手に、燕尾服に身を包んだリオンさんが話しかけてきた。こういったパーティーには慣れてそうな立ち振る舞いが正直ちょっと羨ましい。

 そんなリオンさんが僕を凄いと評する、一体何がだ。

 

「さっきのメイドは、今日会ったばかりですよね?」

「ええ、少し前に歓待してもらいましてね。その時に仲良くなりました」

「いや、私も冬夜殿みたいにスラスラ女性と話せるようになれればいいなと思ったので……」

「ならなくていいと思いますよ」

 

 そんな褒められる事じゃない。

 

「女の子口説くなんてのは結局数こなすのが1番上達するものですし」

「数って……」

 

 少し引き気味のリオンさん、だから褒められたもんじゃないんだよ。

 

「それはそれとして、その、オリガ殿はどこですかね?」

「僕は見てませんが……」

 

 話を変えたいのか、それとも本題がこっちなのかリオンさんが尋ねてくる。そわそわと落ち着きがない騎士様に、苦笑いしながら会場を見渡す。

 

「冬夜さん!」

 

 そんな声と共に、急に後ろから腰の辺りに抱き着かれた。その辺りを見るとピコピコ動く小さな狐耳が。

 

「アルマか」

 

 可愛らしいドレスに身を包んだアルマの頭を撫でる僕。ん? と思ってアルマの後ろを見ると、恰幅のいい白い髭を蓄えたにこやかな紳士が立っていた。頭は白髪交じりで、狐耳が伸びていて太くて長い尻尾もある。もしかして

 

「初めまして、アルマの父のオルバと申します」

 

 えらく名前似てるな、オリガさんとそのお父さんのオルバさん。アルマも。

 オリガ、アルマ、オルバ。名前並べると凄いそっくり、お母さんの名前が気になる。

 っと、挨拶されたんだしちゃんと返さなきゃ。

 

「どうも初めまして、望月冬夜です。冬夜が名前で望月が家名です」

「ほう、イーシェンのお生まれで?」

 

 久しぶりに聞いたなそのフレーズ。

 

「ベっ、ベズヴァズドゥ王国第一騎士団所属、ディオン・ムディッヅディア゛ディバズ!」

「リオンさんオンドゥル語になってるから落ち着いて。ベルファストの騎士として堂々と立ち振る舞おう」

 

 まあ意中の相手の父親にいきなり挨拶する事になったら緊張……、するのか? 駄目だ、ヤクザと付き合いあったりマフィアに殺されかけたりしてるから、今一つ普通の価値観が分からない。僕多分平然としてると思う。

 

「娘達を護衛して頂き、誠に有難うございます」

「い、いえっ、しょれぎゃ我々にょ任務どぇしゅきゃりゃ!」

「最早呂律回ってないんですけど」

 

 テンパるにも限度あるだろ。とりあえず助けよう、流石にこのままじゃベルファストのイメージにも関わりかねない気がする。何で僕がベルファストのフォローしてるのさ。いや立場的にはおかしくないのか?

 

「オルバさんは何のお仕事を?」

「私は交易商をしております。ベルファストからも色々と良い物を仕入れさせて頂いていますよ」

 

 交易商人か。色々扱ってるみたいだし僕が世話になる事もあるかもしれないな。

 

「最近では将棋という物を何とか手に入れて、こちらでも売ってみようかと思っています。なんでもベルファスト国王陛下も気に入って嗜んでいる物だとか」

「え、何だって?(難聴)」

 

 いつの間にか将棋広まり過ぎでしょ、ちょっとした恐怖すら感じるんだけど。どうやらオリガさんに送ってもらった手紙に書いてあったらしい。そんな事書く余裕あったのか。

 

「将棋なら1セット持っていますからお譲りしましょうか?」

「おお、本当ですか! それは有難い、1度本物を見てみたかったのですよ」

 

 旅の途中に作った暇つぶし用の将棋盤と駒がまだあるはずだ。無かったら作る。

 

「では明日にでも届けますよ。僕はちょっと用事があるのでリオンさん、オルバさんの所へ届けてもらえますか? ルールはオリガさんが知っているので、教えてもらえるでしょう」

「え!? 私がですか!?」

 

 急に振られて、リオンさんが慌てふためく。

 

「リオンさんのお父上はあのレオン将軍でして、将棋の開いてもよく勤めているそうですよ」

「ほう、あのレオン将軍ですか! それはそれは、是非我が家に来ていただいてお話を伺いたいものですな」

 

 オルバさんはにこやかに笑みを浮かべて、リオンさんへ語りかける。娘の婚約相手にふさわしい地位を持った相手だとアピール出来ただろう。自分でして欲しい。

 

「は! それでは後日伺わせて頂きます!」

 

 直立不動の姿勢で仰々しくオルバさんの言葉を受け取るリオンさん。大丈夫かなこの人、とちょっと心配していると急に会場がざわめきだした。

 おや、どうしたんだろう?(無能)




止まらないスマホ太郎GBってなんだよ、という方はニ○ニ○で検索してください。


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ポラロイド、そして妖精師匠。合法ロリってもっと序盤に出るものじゃないの?

 ざわついた方に行ってみると、主賓であるユミナ達が居た。

 ユミナ達の格好を褒めて、写真を撮ったら獣王様に騒がれた。

 それを無属性魔法でごまかして、獣王様もとったら他の人が我も我もよって大変だったので逃げてきた。

 3行でおわっちゃったよ……。

 

「なんでダイジェスト?」

「ハーメルンの規約に引っ掛かっちゃって……」

 

 

 お偉方のリクエストを追え、一息つこうと会場の外に出た。廊下の角に設置してあるソファに腰掛ける。会場に比べて随分静かだな、向こうの戦力は軒並み火星に――駄目だこれ死ぬ。

 何気なく廊下を眺めていると、奥の方に奇妙なものが横切った。

 

「え?」

 

 思わず変な声が出た。

 遠くの廊下を歩く変なもの。簡単に言えばそれはぬいぐるみの熊だった。

 背の高さは50センチ位、また無属性魔法なのか? 正直見飽きてきたんだけどな……。

 すると、歩いていた熊が立ち止り、こっちを見た。目が合っちゃったよ。

 

 じ――――っ……。

 

 前もあったなこんなの。

 何だか、熊が手招きしている。……ついて来いって? 嫌だよ今は休みたいんだ、という意思表示のつもりで僕は首を横に振る。

 すると熊は腕をパンッと叩き、指で空中に2と書き、腕で丸を作り、最後に手を目の上に置き遠くを見る仕草を見せる。

 これはおそらくパン、ツー、マル、ミエだな。成程、パンチラスポットに誘ってくれたのかこの熊。そうならそうとさっさと言ってくれよ! いや無理か。とにもかくにもついて行こう!!

 歩く熊について行くと、会場から少し離れた部屋の前に来た。ドアノブに届かない熊が、器用にジャンプしてノブを上手く回しドアを開ける。中に入ると、来いよ相棒とばかりに手招きされた。分かってるよ。

 部屋に入ると、窓から差し込む月明かりで中がよく見える。そこそこ広い部屋で、家具などもしっかり揃えられている。

 

「……あら? 奇妙なお客さんを連れてきたわね、ポーラ」

 

 不意に聞こえた声に、僕は思わず構えて声のした方を見る。すると、窓の前、赤いソファに1人の少女が腰かけていた。

 見た所歳はユミナやアルマと同じくらいだろうか。ツインテールに白い髪に黄金色の瞳。フリルが付いた黒いドレスに黒い靴、そして黒のヘッドドレスとまるでいつかエルゼに買ったゴスロリ衣装だ。だけど1番目を引くのは、彼女の後ろにある薄く半透明の羽根。友人族が持っている羽根じゃなく、おとぎ話で聞く妖精が持ちそうなものだった。彼女が妖精族か。

 

「それで? あなたはどなたかしら?」

「僕は望月冬夜。冬夜が名前ね」

「……あなたが、今日のパーティーに来ているっていう竜殺し?」

「そうだよ。で、君は?」

「あら、ごめんなさい。自己紹介が遅れたわね。私は妖精族の長、リーンよ。こっちの子はポーラ」

 

 妖精族の長だって!? 子供でも務まるのか!? というか敬語使った方がいい!? と驚きで声も出ない僕を見て、可笑しそうにリーンは笑う。

 

「こう見えてもあなたよりずっと年上よ? 妖精族は長寿の一族だから」

「長寿って言われましても……」

 

 ファンタジーお約束のロリババアって奴なのは分かるんだけど、実感わかないなあ。

 

「これでも600は超えてるのよ。……面倒だし612歳って事にしといて」

「しといてって……。適当なババアだな……」

 

 僕が思わず呆れて呟くと、リーンは初動をほぼ見せることなく僕に接近し、腹にパンチを叩きこむ。思わず僕が膝を崩すと、リーンは僕の頭を掴みそのまま膝蹴りを顔面に叩きこんだ。

 

「ぐあっ!」

 

 吹き飛ばされて呻く僕。でも流石にこれは僕が悪いな。

 

「いたた……。年齢を揶揄してごめんなさい」

「こっちもごめんなさい。思わず妖精族秘伝の格闘技を叩きこんでしまったわ」

 

 妖精らしさの欠片もないな。

 

「後敬語は使わなくていいわ。あなたとは対等で話した方が楽しそうだもの」

「それじゃあ遠慮なく。タメ口で話させてもらうよ。ところで1つ聞きたいんだけど」

「何かしら?」

「パンチラスポットはどこ?」

「は?」

 

 リーンが何言ってるのこいつ、と言わんばかりに僕を睨む。その視線を受けて僕はポーラに掴みかかる。

 

「どういう事だポーラァァァ!!」

 

 ポーラは嘘ついてすみませんでしたこの腕切って詫びます、とばかりにどこからかナイフを取り出し腕を切ろうとしていた。

 

「あなたぬいぐるみだから切っても意味無いでしょうに」

「ぬいぐるみなの? 召喚獣だと思ってたんだけど」

「違うわよ。正真正銘熊のぬいぐるみ。動いているのは私の無属性魔法プログラムが働いているからよ」

「プログラム?」

 

 何かそのままな名前だなあ。

 

「プログラムは、無機質な物にある程度の命令を入力して動かす事が出来る魔法よ。そうね、例えば……」

 

 リーンは部屋の端に置いてあった椅子を僕の前に持ってきて、手をかざし魔力を集中させると椅子の下に魔法陣が浮かび上がった。

 

「プログラム開始

/移動:前方へ2メートル

/発動条件:人が腰掛けた時

/プログラム終了」

 

 椅子の下の魔法陣が消えていく。そしてリーンがその椅子に腰掛けると、ゆっくりと前へ進んで行き、2メートル程進むと動きを止めた。

 

「速度の指定を忘れたわね。まあ、こうやって魔法による命令を組み込む事が出来るのよ」

 

 成程、確かにプログラムだ。物体に入力した事を自動でさせるなんて、凄く使える無属性魔法だぞこれ。

 

「それって、ポーラに飛べって命令を組み込めば飛ぶ事が出来るの?」

「そこまでの力は無いわ。プログラムで出来るのは簡単な動きまでだから。でも鳥の模型の羽を動かして、飛ばすとかは出来るわよ」

「へぇ……」

 

 制限はある、と。でも十分便利だな、この魔法は。

 

「ちょっと使わせてもらうよ」

「え?」

 

 椅子に魔力を集中。さっきリーンがやったみたいに床に魔法陣が現れ、プログラムの準備が完了する。

 

「プログラム開始

/移動:ポーラに向かって人の走る速さでポーラに命中するまで

/発動条件:僕が腰掛けたら

/プログラム終了」

 

 椅子の下の魔法陣が消えてから、腰掛ける。すると、椅子がポーラ目がけて飛んでいく。ポーラは少し逃げたが、椅子の方が圧倒的に早くポーラを跳ね飛ばして停止した。

 

「これでパンチラで僕を釣った事はチャラだ」

「言う事もやる事も小さいわね……。じゃなくてあなた今プログラムを……」

「使ったよ?」

「何で疑問形なのよ……。というかあなたも使えるの?」

「えっと、あー、うん。そうみたい」

 

 リーンが訝しげな視線を向けてくる。

 

「じ――――っ……」

 

 またこれか……。

 やがて、リーンは軽く息を吐き、腕を組んだ。

 

「色々聞きたい事はあるけれど、今は止めときましょう。……ポーラに気に入った人間がいたら、連れてきてとプログラムしておいたけど、また面白いのを連れてきたわね。シャルロッテ以来の掘り出し物かもしれないわ、あなた」

「シャルロッテ?」

 

 聞き覚えのある名前に思わず反応する。あの宮廷魔術師のシャルロッテさんか?

 

「私の弟子の1人よ。今はベルファストで宮廷魔術師をしていたわね、確か」

 

 やっぱりあのシャルロッテさんか……。え、じゃあ……。

 

「ああ! ぶっ倒れるまで魔法使わせてトランスファーで魔力回復させてまたぶっ倒れるまで魔法使わせるっていう、地獄の修行をさせたあの鬼師匠か!!」

「あ“!?」

 

 やだ、超怖い。というか僕が言ったわけじゃないのに……。

 

「……まあいいわ、シャルロッテはいずれ引っ叩くとして。冬夜、あなたの魔法の才能は素晴らしいわよ。無属性以外ではどの属性を使えるの?」

「全属性使えるけど」

「……もう驚かないわ」

 

 しばらく溜息をついて考え込んでいたリーンだったが、ゆっくりと金色の目をこちらに向けると、自らの目の前で両手を叩いた。

 

「――――決めたわ。あなた、私の弟子になりなさい」

「お断りします」

 

 僕の言葉に、ツインテールのゴスロリ少女は、それはそれは不満そうな顔をした。



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銃制作、そして新型武器。僕のセンスは悪くないと何が何でも言い張ってやる。

おかげさまでUAが10000を突破しました。
これを記念して何か番外編でも書こうと思いましたが、内容が思いつかず淡々と本編を書いた方がいいのかと若干考えている最中です。


オルガ、次は俺どうすればいい?(思考放棄)


 リーンに弟子になる誘いを断った僕だったがその後がしつこかった。時に甘言、時に色仕掛けで僕を弟子入りさせようとしたのだ。まあリーンの色仕掛けなんて鼻で笑ったけど。誰が好き好んで地球―ナメック星間の悟空みたいな修行したいと思うんだ。僕はサ○ヤ人じゃないんだよ。

 パーティはつつがなく終了し、割り当てられた部屋に戻った僕はすぐにバタンキュー。

 今日はやりたい事があるので、必要そうなサイトをかたっぱしから紙にドローイング。

 その後朝食を食べた後、紙の束を持って琥珀を連れてグラーツさんに外出したい旨を使える。

 ついでにリオンさんの所に行って、将棋盤と駒を渡してリフレットの町おこしについて宣伝頼んでおこう。

 

「あら、お出かけですか」

 

 城内での用事を済ませた僕らが城下町に出ようとすると、偶然にもユミナとリンゼに出会った。2人とも朝食を終え、中庭へ朝の散歩に出ようとしたらしい。

 

「ちょっと城下町に買い物にね」

「よろしければ私達もついて行ってよろしいですか?」

「そりゃいいけど……。結構手続き面倒くさいよ」

「冬夜さんが手続きしていますから、私達はそれに付き添う形で一緒に出られますわ」

「セキュリティガバガバじゃないか……。というかリンゼも来るの?」

「……暇ですから」

「そっか……」

 

 この状況でエルゼと八重を誘わないのもアレかと思ったけど、リンゼ曰く今日は2人ともミスミドの戦士長達とあの闘技場で合同訓練するそうだ。……獣王様参加してそうだな。

 3人と1匹で連れ立ち、城門を抜けて城下町へ出る。

 そこで僕はある事に気付く。

 

「……金属って、どこで売ってるの?」

「金属、ですか?」

「うん、鉄とか鋼とか真鍮とかなんだけど」

「鍛冶屋へ行けば譲ってくれるのでは?」

 

 成程、リンゼの言う通りだ。という事でスマホで鍛冶屋を検索検索ゥ。何軒かあるし、一番近い所へ行こう。

 東の通りを真っ直ぐ進むと、十字路の角にその鍛冶屋はあった。槌を打つ音が店の奥から響いてくる。

 

「へいらっしゃい。研ぎかい? 打ち直しかい?」

 

 店の前に居た有角人の店員が話しかけてきた。その店員と交渉すると快く譲ってくれると言うので、鉄、真鍮、鉛を文庫本二冊ほどの板状で売ってもらった。ちょうど真向かいにあった道具屋で小さい木材と、靴底に使うゴム板も買っておく。

 

「さて、後は火薬だな」

 

 火薬で検索してみると、魔法道具取扱店がヒットした。エクスプロージョンを起こす道具、という認識なんだろうか?

 何はともあれ、そこで火薬を中瓶3つ分購入。これで材料は揃った、はず。

 

「……これで何をするんですか?」

 

 リンゼが買った物を見て、不思議そうに尋ねてきた。

 

「新しい武器を作ろうと思ってね」

「武器、ですか?」

 

 首を傾げる2人を連れて路地裏に入り、ゲートで一旦城の部屋に戻ろうとする。しかし、なぜか戻れない。あ、これって前オルトリンデ様が言ってた結界って奴か。しょうがない、歩いて戻ろう。城の部屋に戻って置いていた1m程の竜の角を持って、ゲートでミスミド王都に来る際に通った近くの森の中に出た。ここなら人目につかない。

 近くにあった切り株の上に持ってきた紙の束を置いて、風で飛ばないよう買ってきた金属で押さえる。

 

「よし、じゃあこの竜の角をリンゼ切って」

「いいですよ」

 

 角の先端から範囲を指定してリンゼに頼む。

 

「水よ来たれ、清冽なる刀刃、アクアカッター」

 

 水の刃が音を立て竜の角を切断する。やっぱ僕らの中で一番攻撃力高いのリンゼだよな……。

 さて、始めますか。転写した紙の束とにらめっこしながら、パーツを1個ずつ記憶していく。ま、昔実物を見た事あるからそこまで必死に睨む必要はないし、変になったら後で調整すればいい。

 

「モデリング」

 

 角の形をゆっくりと変形させていく。バレル、シリンダー、ハンマー、トリガーなどパーツを作り出し、同時に木材でグリップを作り、それも含めて組み上げていく。

 10分後、僕の手の中には黒光りする一丁のリボルバーがあった。

 一応レミントン・ニューモデルアーミーという銃を参考にしているが、若干寸詰まりになったかもしれない。ま、いいか。

 連射性が欲しかったので、シングルじゃなくてダブルアクションに変えていたり、シリンダーもいじってるから、中身は全く別物だしね。デザインだけトレースしたみたいなもんだ。

 銃を握って感触を確かめる。前持った物よりはちょっと軽いけど悪くは無いだろ。おじいちゃんがヤクザとつながりあるから、その縁で僕も1回実銃持たせてもらった事あるんだよな。あの時持ったのはオートマチックだったけどさ。

 

「次は弾丸だな」

 

 買ってきた金属と火薬を使って、何種類かの弾丸を50発ずつ作ってみる。つくってワク○クだなこりゃ。

 弾倉に弾丸を込めて、とその前に。

 

「エンチャント:アポーツ」

 

 銃にアポーツの魔法を付与する。更に、

 

「プログラム開始

/発動条件:所有者によりリロードの宣言

/発動内容:高速で空薬莢を排出。その後アポーツによる半径1メートル以内からの弾丸引き寄せにより空いている弾倉に再装填

/プログラム終了」

 

 これでロシアンルーレットやる時以外オートで装填できる。ならオートマチック作れって? リボルバーの方がカッコイイだろ? カッコイイだろぉ!? 実際の所オートマチックの弾倉作れる気しなかったんだよ。あれ換え作るの面倒くさそうだし。

 

「ユミナ、リンゼ。結構大きい音するから耳塞いでた方が良いよ」

 

 2人に忠告してから改めて弾を込め、目の前の木に向けて右手で銃を構え、引き金を引く。

 爆発音を立てて、弾丸が発射された。おおう、撃ったのは初めてだけど凄い衝撃来るな……。神に身体能力上げて貰わなかったら肩外れたんじゃない?

 弾は当たった。ライフリングがちゃんと出来たみたいでなによりだ。

 そのまま残弾が無くなるまで撃つ。

 

「リロード」

 

 再装填の確認のための僕の言葉と同時に、空薬莢が排出され地面に落ちる。そして切り株の上に置いていた弾丸六発が消え、シリンダーに再装填された。引き金を引く、弾丸が発射される。問題なしッ!

 

「完成ですか?」

「まあね。これは銃って言ってね、遠距離攻撃の武器なんだ。リーチは弓矢より短いけど、当たる範囲なら弓矢より強力なんだ」

「……凄いですね、大砲の小型化ですか」

 

 リンゼが僕の手にある銃を眺めながら小さく呟く。大雑把な大砲ならこの世界にもあるらしいけど、正直エクスプロージョンが使える魔法使いが居れば事足りてしまうのでさほど活用されてないっぽい。まあ必要とされなきゃ物は生まれないから、納得っぽい。

 

「銃はこれで完成だけど、ちょっと思いついたことがあるんだよ」

 

 僕はそう言って、シリンダーから弾丸を全て抜き取り、1発だけ手に取った。

 

「エンチャント:エクスプロージョン」

 

 弾丸に爆発の魔法を付与する。

 

「プログラム開始

/発動条件:銃口から発射された弾丸が着弾した時

/発動内容:弾丸を中心にエクスプロージョンを発動

/プログラム終了」

 

 魔法を付与した弾丸を込めて、さっきの試射で穴だらけになった木に向けて撃つ。

 さっきよりも大きな爆音を響かせて、撃った木が木端微塵に砕け散る。まさしく炸裂弾ってね。

 

「な……!」

「はわわ……」

 

 リンゼとユミナが腰を抜かしている。はわわとか恋○無双かな? じゃなくてこれで攻撃魔法を無詠唱で使えるぞ。これで使いたい時にエンチャントすれば自由自在っぽい。まとめてエンチャントやプログラムすればいいからそんなに面倒じゃないし。

 属性を無視して魔法を使えるってのが良いよね、これマジで大革命起こしてない?

 

「冬夜さん、その銃って私にも頂けないでしょうか?」

「……私も欲しいです」

「え、いる?」

 

 ユミナとリンゼの申し出に思わず驚く僕。だって火力ならリンゼが、リーチならユミナが現状で勝ってるんだよ? と言ったらユミナは引っ込んだけどリンゼは欲しがった。曰く、近づかれた時の対策の為だとか。

 

「まあ、そうまで言うならこれあげるよ」

 

 そう言って僕はリンゼに今持っている銃を渡す。

 

「え、いいんですか?」

「まあね。というか、実の所次作るのが本番なんだ。それテスト用に作ったものだし」

 

 それだけ言って僕はまたモデリングを使い、竜の角を銃の形にしていく。しかし、今までと違い銃口の下部とトリガーガードの全面から伸びる刃、グリップっは緩やかにカーブを描き、全体的に直線に近いフォルムを作りだしていた。どっちかというと短剣である。

 銃とナイフの合体って所かな、まあナイフと違って刃渡り30センチ位あるしかなり分厚めだ。まさしくバヨネット。

 

「プログラム開始

/発動条件:所有者のブレードモード、ガンモードの発言

/発動内容:モデリングによる刀身部分の短剣から長剣、長剣から短剣への高速変形

/プログラム終了」

 

 更にさっきと同じようにリロード機能もプログラムする。弾をリロードし、銃を構えて引き金を引く。銃声と共に弾丸が木の枝をあっさりと破壊した。銃は良し。

 

「ブレードモード」

 

 僕の言葉に反応し、一瞬で刃渡り30センチのナイフから、80センチの剣へ変形する。分厚い刀身が3分の2程に薄くなり、その分伸びたのだ。

 長剣になった状態で振り回す。軽すぎてちょっと気持ち悪いが、重いよりはいいや。

 

「ガンモード」

 

 もう1回銃にする、変形も問題ないな。

 

「凄いですね、銃にも剣にもなるのですか?」

「僕は前衛後衛どっちも出来るからね、それ用だよ」

「それならわざわざ変形させなくても、銃と剣2つ持てばいいんじゃないですか?」

 

 リンゼの質問に若干心が折れそうになる僕。いやだってこっちの方がカッコイイじゃん? それに武器切り替える暇ないかもしれないし、RPGじゃないんだからさ。TRPGだったら武器切り替えに1ターン使うよ?

 

「……ところで、この銃の名前は何にしますか?」

「え? ……そうだな、ブリュンヒルド……。とかにしとこうかな」

 

 ユミナの質問に詰まりながら答える僕。だって銃に名前とか全く考えて無かったし。咄嗟に好きだったレトロゲームの最強武器の名前にしちゃったよ。

 するとユミナが僕を憐れんだ目で見てこう言った。

 

「冬夜さん、子供の名前は私が決めますね」

「ちょっと待って! それって僕のネーミングセンスが悪いって事!?」

 

 あれは考える時間が無かっただけだからね、ちゃんと考えたらもっとカッコイイ名前にしたからね。北欧神話そのままじゃなくてもっと凝った名前にしたからね!!

 と主張したけど、結局ユミナとリンゼの中で僕はネーミングセンスが悪い人になってしまった。

 凄い不本意だ……。



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激辛、そして白仮面。信じて下さいこれは尋問です!

 一通りの試し打ちとプログラムによる起動実験を終えた後、ブレードモードでの耐久性を確認した。

 適当に振り回し、思いっきり木に向かって振ると木は一刀両断で斬れた。切れ味は前の刀の比じゃない。

 それから僕らは再び城下町に戻り、ナイフ用の皮鞘3つと、更に大き目の皮鞘1つを購入。それをモデリングで変形させて、銃を収納するホルスターを作った。西部劇でよく見る、ヒップホルスターって奴。

 それと弾丸を入れておく専用のウエストポーチを2つ購入した。とりあえずリンゼにはパラライズを付与したゴム弾を渡しておいた。ぶっちゃけパラライズを付与する必要性がないかもしれないけど、獣人ならゴム弾だけじゃ倒れないかもしれないし。

 あ、今気づいたけど僕がリロードって言ったらリンゼの弾がリロードされるかもしれないな、その逆も然り。という事で改めて2つの銃をプログラムし直した。発言者が所有し、望む弾丸をリロードするようにする。まあ、プログラムの出来る範囲結構広いみたいだしこれでも大丈夫だろう、多分。

 

「せっかく城下町に来たんだから、何か食べていこうか?」

「いいですね。この国の郷土料理を食べてみたいです」

「……確か、カラエという料理が有名です」

 

 カラエか、どんな料理か今一つ分からんな。近くにあった屋台で売っているみたいなので行ってみた。立看板にビーフカラエ、チキンカラエ、カツカラエと色々なメニューが描いている。ん、なんだか知ってる匂いが……。

 ユミナはビーフカラエ、リンゼはチキンカラエ、僕はカツカラエを注文した。

 

〈琥珀は食べる?〉

〈私は遠慮させていただきます〉

 

 という風に琥珀は拒絶。

 屋台横のテーブルに着くと、すぐに注文したメニューが運ばれてきた。

 この見た目、この匂い……。やっぱりカレーじゃないか、これ。え、ご飯なし? 単体で食べるの?

 

「あのさ、これ……」

 

 辛いよ、と伝える間もなく2人はスプーンで掬って口に運んでいた。

 

「「ッ!?」」

 

 2人は口を押さえて立ち上がり、涙目になりながらテーブルにある水差しからコップに水を注ぎ一気に呷る。結構辛かったんだな……。

 僕も一口食べてみるが、予想通り結構辛い。まあ昔食べたキーマカレーよりは辛くなかった。本当に辛い物は最早味じゃなくて痛さしか感じさせないからね。それに比べればなんてことは無い。というか、普通に美味しい。辛ウマだ。

 というか何でカレーが半端に伝わっているんだ。やっぱりこの世界大きな謎があるだろ絶対。

 

「しゅごい味でしゅた……」

「みゃだ、舌がピリピリしまふ……」

 

 呂律が回らなくなる程辛かったかな、あれ。でもベルファストだと甘い物は結構見たけど辛い物って全然なかった気がするな。ホコ○テ星人かな? ……ってあれ?

 そんな事を考えていたら、何か視線を感じたので辺りを見回す。この感じ、前にもあったような……。

 

〈主、何者かがこちらを監視しております。おそらく以前の奴らと同じかと〉

 

 琥珀が念話で僕に話しかけてくる。やっぱりそうか。

 

〈ラングレーの町で僕らを見ていた奴らか……。よし、ちょっと質問してくるよ。どこにいる?〉

〈主から見て右手、一番高い建物の上です〉

 

 気づかれないようにこっそり琥珀の言った場所を見る。3階建ての屋上みたいな所に確かにいるな。結構遠いけど。

 

「リロード」

 

 腰に差した銃剣ブリュンヒルドにゴム弾をセット。

 

「冬夜さん?」

 

 突然リロードした僕に、2人が不思議そうな目で見てくるが、この場じゃ説明は出来ないな。

 

〈琥珀は2人を守ってて〉

〈御意〉

 

 よし行くか。

 

「アクセル」

 

 加速して一気に移動。屋根に跳び、そこから違う屋根へ一気に突き進む。そして謎の監視者が居る建物の上に辿り着く。

 

「オッス、オラ冬夜」

「「!」」

 

 軽く挨拶した僕の来訪に、2人の監視者は多分驚いていた。

 多分というのは、2人とも同じような黒いローブを纏い、僅かに見えたローブの下も黒い服で、なおかつ顔を白い仮面で隠していたからだ。額に奇妙な紋様が描かれており、1人は六角形、もう1人は楕円形の紋様が描かれていた。

 

「さて、何で僕らを監視しているのか聞かせてもらおうかな……っと」

 

 僕が近づくと、突然六角形の方が小さな試験管のような物を取り出し、それを足元に叩きつけた。瞬間、物凄い閃光が辺りを襲う。スタングレネードかよ!?

 

「くそっ……!」

 

 眩しさから回復した眼を開けるとそこにはもう誰も居ない。逃げられたか。でも大丈夫、スマホがあれば追いかけられる。……何て検索すればいいんだ? 仮面の不審者か? あ、引っ掛かった。北の裏路地を逃げているな、まだ追いつける。

 

「アクセルブースト!」

 

 魔法による超加速で屋根の上を駆け抜けて、あっという間に裏路地を逃げていく2人の姿を屋根の上から捉えることが出来た。

 そのまま屋根の上で見張りながら、スマホに手をかざし魔法発動。

 

「エンチャント:マルチプル。パラライズ」

 

 こうして、僕は2人を麻痺させた。

 

 

「さて、どうするかな」

 

 麻痺している2人を、モデリングで変形させたワイヤーで縛り上げて路地裏の壁にもたれかけさせる。仮面を外せば手っ取り早いんだろうけど、顔を見られた瞬間舌噛まれて自殺されても寝覚めが悪いからなあ……。麻痺治したらこのまま尋問しよう。

 

「リカバリー」

 

 柔らかな光が仮面の2人を包む。これで麻痺は消えた事だし、話してくれると楽なんだけど。

 

「さて、君達は何者? 何で僕らを監視していた?」

「「…………」」

 

 黙秘権を行使するとは……。

 と、ワイヤーが食い込んで痛いのか、それとも何かを取り出そうとしているのか六角形の方が身じろぎをした。これ以上抵抗されても面倒だし、用心の為に身体検査しておくか。

 僕は六角形の懐に手を入れた。

 

「ひゃうっ!?」

 

 六角形が可愛らしい声を上げ、僕の手には柔らかな感触が伝わる。これはもしや……、おっぱいか!?

 僕はその感触が本当におっぱいなのか確かめる為、もう1度揉む。間違いないおっぱいだ。しかもこの張りと柔らかさ、ただ者じゃない。

 

「んっ……、やぁ……! あぁん!!」

 

 そして聞こえる喘ぎ声。こんな時になんだけど、下品なんですが思わず勃起しちゃいまして……。ってこの声まさか!? もしそうならこれ以上は拙い!

 僕は慌てて胸から手を離し、六角形の仮面に手をかけ剥ぎ取る。

 するとそこには、顔を赤らめ瞳を少し濡らしながら荒く息をする、ベルファスト王都に居る筈のうちのメイド、ラピスさんの姿があった。

 

「やっば……」

 

 どうしよう、ノリノリでセクハラしちゃったよ……。




R-15のタグを追加しました(憤怒)
いらないという意見があったら外します


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メイドの事情、そして首脳会談。僕の株が面白いようにフォールダウンしていくスタイル

「すいませんでしたあああああああああああ!!!」

 

 今僕は土下座をしている。

 何でラピスさんがここにいるのとか、何で仮面被って監視しているのとか、いろんな疑問があるけどとりあえずそれを無視して土下座している。だっておっぱい揉みしだいちゃったし。

 でも仕方ないじゃん! 僕らの周りを怪しい仮面被った2人組がうろついているんだよ。どう考えても敵国の暗殺者か何かだと思うじゃん。その人が女だったらエロい尋問するのはお約束じゃん! あれこれ僕だけの責任じゃなくない!?

 

「い、いえ……。自分達の周りを何者か分からない監視者がいれば怪しむのは当然ですから、旦那様を責めるつもりは……」

「でもそれって~、胸を揉みしだく理由にはなりませんよね~」

 

 ラピスさんは許してくれそうだったが、さっきまで楕円形の紋章を付けた仮面をかぶっていたもう1人のウチのメイドさん、セシルさんが的確に僕を責める。

 

「違うんです! おっぱいに手が当たった時、余りの柔らかさと張りに揉みしだけと万物の意思が僕の魂に語りかけてきたのでつい……」

「何も弁明していませんね~」

「王女様から好色だとは聞いていましたが、これほどとは……」

「馬鹿な!?」

 

 僕こんなに謝っているのに!? というか仮にも主なのに扱いが酷い! いやこれは妥当か。

 

「しかし、私達の事がばれてしまった以上旦那様にも説明しなければなりませんね」

「黙っていてもらわないと困りますが~、そこはお互い様という事で~」

 

 脅迫してきたよこのメイド2人!? あ、でもメイド2人に手玉に取られるって何か新しい扉開きそう。

 

「という事で旦那様、そろそろ土下座は止めて下さい」

「あ、もういいんですか?」

 

 ラピスさんの許可を得て立ち上がった僕は、立ち上がって土がついた部分を手で払う。これ洗濯に出した方がいいかなあ……。

 

「まず我々はベルファスト国王陛下直属の諜報員、エスピオンです。今は王女様の身辺警護を任じられています」

「はあ……」

 

 ラピスさんの説明に気の無い返事をする僕。女の諜報員ならハニートラップの1つでもするだろうに、こんなに耐性無くて大丈夫なんだろうか。というかエスピオンってフランス語でスパイって意味の言葉だったような、そのまますぎない?

 でも同時に納得した。仮にも王女を護衛も無しに僕に預けるなんておかしいと思っていたけど、陰に隠れていた訳か。

 

「警護はラピスさん達2人だけ?」

「いえ~、あと数人いますよ~。皆女の子ですけど~」

「紹介してください」

「駄目です~」

 

 セシルさんのばっさりした断り方にちょっと落ち込む僕。残当と言えばそうだけど、やっぱちょっと傷つく。

 

「ってか、ベルファストからずっとついて来たの?」

「それが任務ですので」

「そういや一度ゲートで家に戻ったけど、その時2人とも家にいなかったっけ。となると執事のライムさんもグル?」

「そうですよ~」

 

 まんまと騙された。更に詳しく聞くと、メイドギルドに所属しているのは本当なんだそうだ。潜入捜査の為に必要なスキルなんだそうで、エスピオンの女性メンバーはほぼ所属しているらしい。

 

「それでこれからどうするんですか?」

「今まで通り影から王女様をお守りしますが……、旦那様にはこの事を王女様には内密にして頂きたいのです」

「何でまた……」

 

 気づいてなくても、護衛が居る事くらいあのユミナなら感付いてそうだけど。

 

「姫様に護衛が付いている事が明確になると~、国王様が姫様に怒られてしまうんですよ~」

「確証を得なきゃいいのか」

 

 まあ、娘からすれば護衛は不本意かもしれないけどさ。でも黙っていても意味無いと思うんだけどなあ……。

 でも僕に選択肢は無いので、大人しく黙っておくとしよう。その代りラピスさんの胸を僕が揉みしだいた事も内緒にしてもらった。

 とりあえず今まで通りという事にして、2人と別れユミナ達の元に戻る。

 ユミナとリンゼには逃げられちゃったと嘘の報告をしてごまかし、琥珀には念話で事情を話しておく。これでまた琥珀が悩む心配はない。

 でも念話で説明した時に琥珀が言った

 

〈死んだ方がよろしいのでは?〉

 

 という言葉だけは絶対に忘れない。

 

 

 翌日、ベルファストとミスミドの同盟内容を話し合う為国王同士が会談する事となった。

 首脳会議なのだが、どちらがどちらに来るのかで揉めた。万が一の事を考えると仕方ないね。結局、ベルファスト国王がミスミドにやって来る事となり、転移する為という事になっている姿見を会議室にセットする。ちなみに魔力防御は今日の段階で解かれたらしい。

 会議室の中にはリオンさんをはじめ僕らと一緒にやって来たベルファストの騎士達。ミスミド側は獣王様と宰相のグラーツさん、ガルンさんを隊長にした騎士団何人かが控えている。

 鏡の上でゲートを開き、その中から国王様と弟のオルトリンデ様が現れる。

 ジョ○ョかドラ○もんを思い出しそうな光景に、皆驚きを隠せないようだがそれも一瞬の事。現れた王族2人をこの場にいた皆が恭しく出迎えた。

 

「ようこそミスミドへ、ベルファスト王よ」

「お招き感謝する、ミスミド王」

 

 互いに握手を交わす。さて、ここまで来たら僕はしばらくやる事なしだ。席を外そう。

 会議室の扉を開けて廊下に出る。

 すると、廊下の向こうからポーラをお供にしてリーンがやってきた。

 

「ベルファスト国王がやって来たみたいね」

「さっきね。今中で会議してる」

 

 警備の兵士が左右に立つ扉を指差しながら、リーンに答える。

 

「で、弟子になる気にはなった?」

「その気は無いって何度も言ったじゃん……」

 

 あれからしつこく僕を弟子にしようとするリーン。流石に弟子になったらシャルロッテさんの胸揉んでいいって言ってきた時は正気を疑った。

 

「でも心惹かれたでしょ?」

「まあね。でも不可抗力や敵の暗殺者やスパイでもない限り、その状況には自分の力で持ち込むつもりだよ。人頼みだの権力だので美人好きにして何が楽しいんだ」

「フフッ、言っておいてなんだけど確かにこの誘いに素直に乗ったらあなたを見限っていたかもしれないわね」

「受けとけば良かったかな……」

「……1人の女として、そこまで袖にされるとちょっと悔しいわね。私だってあなた好みの年上で、自分で言うのはあれだけど容姿だって整っているつもりよ」

 

 あれ? 僕リーンに好みのタイプ言ったっけ? まあどうでもいいけど。

 

「その、リーンの体型が……。ね?」

「ぶっ殺すわ」

 

 妖精族の長怖い。

 しょうがない、無理矢理話を変えよう。

 

「しかしポーラはぬいぐるみなのに生き生きとしてるな……。まるで生きてるみたいだ」

「そういう風にプログラムを重ねてきたからよ。もう200年近く、色んな反応、状況から自分の行動を起こせる様にしてあるのよ。人間だって叩かれて痛ければ泣くし、馬鹿にされたら怒るでしょう?」

 

 200年もそんな事してるのか。何だか、昔どこかで見た中国語の部屋っていう思考実験を思い出すんだけど……。

 

「ところでポーラって200年も経ってるのに全然古い感じが無いよね。作り直したりしてるの?」

「いいえ、私の無属性魔法プロテクションがかかってるの。保護魔法の1つでね、色々な対象からある程度保護できるのよ。ポーラには汚れや劣化、虫喰いなどから影響を受けないように保護してるわ」

 

 また無属性魔法か。でもこれが無属性じゃなかったら、世の商売がいくつか消滅しそうだ、うん。悪い文明じゃないのに破壊されてしまう。

 

「っていうか、リーンっていくつ無属性魔法使えるのさ。プロテクションにプログラム、あと確かトランスファーも使えるってシャルロッテさんに前聞いたよ?」

「妖精族は無属性魔法の適性が高いのよ。逆に無属性魔法を1個も使えない妖精族なんて余りいないわ。と言っても私でさえ4つだけど」

 

 1つでも使えればいい方だと言われている無属性魔法を4つもか。凄いんだろうけど僕が言える立場じゃない。これが魔法特化種族妖精族か、その割に肉弾攻撃しか喰らってない気もするけど。

 

「冬夜殿、ベルファスト国王陛下がお呼びです。こちらへ」

 

 会議室の扉が開かれて、中からグラーツさんが顔を出した。呼ばれるまま会議室に入ると、2人の王がこちらを向く。

 

「やあ冬夜君。話は滞りなく済んだよ。ありがとう」

「それはなによりです」

 

 ベルファストの国王様の言葉に胸をなでおろす。これで僕の仕事はほぼおしまいだ。

 

「では我々はベルファストへ戻らせてもらおう。後の事を頼む、ミスミド王。これにて失礼」

 

 別れの挨拶を済ませると、僕がこっそり開いたゲートを使って再び鏡の中へ2人は消えて行った。2人が居なくなってから、僕は打ち合せしていた通りに行動を起こす。皆の目の前で取り出したハンマーを使い、鏡を粉々に砕いた。

 

「と、冬夜殿!? 一体何を……!?」

「大丈夫です、見ていてください」

 

 慌てふためくグラーツさんに背を向けて、僕は鏡の破片と木枠を前に魔法発動。

 

「モデリング」

 

 割れた鏡と木枠が変形し、いくつかの小さな横長の鏡になる。縦2センチ、横の15センチ程の鏡に木枠が嵌められた物だ。そしてその1つにばれない様にゲートをエンチャントする。

 

「これらの鏡はベルファストにつながっています。これから何か重要な連絡をする時は、ここに手紙を差し入れて連絡するとよいでしょう」

 

 勿論、向こうもこちらも本物だと公的な書類を使ってもらう事になるだろう。だけどそんな事は一々僕が言うまでもない事だ。

 

「成程、往復20日掛かる連絡が一瞬で出来るわけか。これはまさしく革命だな、両国の交友に大いに活用させてもらおう」

 

 僕から渡された鏡を受け取ると、獣王様は笑顔を浮かべた。これで僕の仕事は完全にしまいだ。

 さて我が家に帰るかね。ラピスさん特に気にせず接してくれると嬉しいんだけど……。




このサイトのSSの影響で、最近ありふれた職業で世界最強に興味わいてきました。
改変物書こうかとちょっとだけ思いましたが、もし本格的に連載すると私なろう小説の主人公を改変する人で固定されませんかね?
いやまず、なろう版と書籍版で差があるのか調べるのが先ですけど。


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帰宅、そしてハプニング。サラシ推奨派の皆様には今回の話をおすすめできません。

特殊タグを初めて使いました。


 リオンさん含む護衛の騎士達はしばらくミスミドに駐留するらしい。なんでも、この後色々な手続きにベルファスト側の人間がいないと作業に支障をきたすそうだ。

 姫であるユミナの護衛をしながらベルファストに戻ると言い出す人もいたが、ユミナが断った。曰く

 

「自分の仕事をしてください」

 

 だそうだ。

 本音を言うなら、僕らはゲートで帰るから着いてこられると困るんだよ。

 別れ際にリオンさんにも手紙用ミラー・ゲート―何か遊○王の罠カードみたいな名前になっちゃった―を2つセットで渡しておいた。これでオリガさんと毎日文通できるよ、やったねリオンさん! と言ったらすさまじいテンションで喜んでいたので正直ちょっと引いた。

 獣王様やグラーツさん、オリガさんにガルンさんにも別れの挨拶を済ませる。リーンとポーラにも一応挨拶しようと思ったけど留守だった。じゃあしょうがない。

 城を出て城下町で屋敷の使用人達とスゥへのお土産を買って、荷物を纏める。あとはゲートでベルファストに帰るだけだけど、その前に……。

 

「ごめん、ちょっとお土産の忘れ物」

 

 皆に断りを入れて街中の人混みに紛れながら、マップアプリでラピスさんとセシルさんを探す。すぐに見つけ、ブーストで飛び上がり目的地に移動する。

 

「っ!?」

「ふわっ!? ああ、旦那様ですか~。驚かさないで下さいよ~」

 

 驚く2人を見てちょっと和む僕。だけど別に和みに来たわけじゃない。

 

「僕らはこれからゲートでベルファストに帰ります。それよりも先に2人を家の方に送ろうかと思いまして」

 

 国王様からゲートというか、僕の無属性魔法の事は聞いているだろうし言ってもいいだろう。というか僕が監視に気付かなかったら一体どうやって帰るつもりだったんだ……? まさかそのままノコノコ徒歩で帰るつもりだったのか?

 

「旦那様が送って下さるんですか~?」

「ありがとうございます。だ、旦那様……」

「あんまりどもらないで欲しいんですけど」

 

 ラピスさんの態度を見て苦笑いしつつゲートを開き、ベルファストにある我が家、そのリビングだ。

 

「お帰りなさいませ」

 

 その場にいたライムさんが、いきなり現れた僕らを見ても取り乱すことなく言葉をかけてくる。

 

「ライムさんただいま」

「ただいまです~」

「すみません、旦那様に知られてしまいました……」

「でしょうな」

 

 この状況では一目瞭然である事実を口にするラピスさんい、ライムさんは苦笑い。

 とりあえず2人にはメイド服に着替えてもらい、ずっとここで仕事してましたアピールをしてもらおう。2人が着替えに部屋に向かうと、ライムさんが頭を下げてきた。

 

「申し訳ございません。あの2人に関しては国王陛下から命じられていたものですから……」

「いえ、そんな……。特に何か言うつもりはありませんよ」

 

 僕と国王様、優先順位が高いのは必然国王様なのは当然だし別に気にしない。もしそのせいで命の危機に陥ったり、大きな損害を被ったとしても僕が文句を言いに行くのは国王様であってライムさん達じゃない。

 

「まあ、ユミナや皆には内緒にしておきます。後、この後みんなを連れてもう1回帰ってきますけど、初めての帰宅って感じで迎えておいてくださいね」

「かしこまりました」

 

 それだけ言ってゲートを開き元の場所に戻り、皆のいる場所へ急ぐ。

 

「おーそーい。何してたのよ」

「ちょ、ちょっと野暮用でね」

 

 戻ってきたのと同時にエルゼにむくれながら文句を言われた。適当に言い訳して、皆で誰もいない裏路地の方へ行き再びゲートを開く。

 自宅のリビングに現れた皆に、待ち構えていたライムさんが頭を下げる。

 

「お帰りなさいませ」

 

 何だかシュールな状況だなあ、とライムさんの2度目の挨拶を聞いているとリビングのドアが開き、メイド服に身を包んだラピスさんとセシルさんが現れた。

 

「皆様、お帰りなさいませ」

「お帰りなさいませ~。旦那様に会えなくて寂しかったです~」

「あはは……。ただいま、ラピスさんにセシルさん」

 

 そんな台詞よく言えるなセシルさん。ほわほわした雰囲気見せてても諜報員なだけあるな。

 それより知らない内に、皆は自室の方へと戻りお風呂に入って旅の疲れを癒すらしい。僕も後で入ろう。

 その前に皆にお土産を渡しておこう。

 ライムさんにはネクタイピンとカフスボタン。ラピスさんとセシルさんには色違いのティーカップ。2人は受け取れないと言ったが、昨日のお詫びとあなた達にだけ渡さないのも不自然だからといって、無理矢理渡した。

 フリオさんとクレアさん夫婦には麦藁帽子とミスミド料理の本に、夫婦茶碗。トムさんとハックさんの警備員コンビには装飾が飾られたナイフをそれぞれ渡した。スゥのお土産は……、どうしよう? 勿論買ったけどよく考えたらデートの約束してたし、その時買っても良かったか……。ま、いいさ。上手くやろう。

 その後自室に行き、ベッドに倒れこむ。しっかし疲れたなー。肉体的な疲労より、見知らぬ土地での精神的疲労がきつい。このベルファストを見知らぬ土地だと思わないのは、それだけ里心が付いたって事かな?

 しかし、今回の旅で色々思いついた事がある。例えばゲートを付与した姿見をどこかに送って向こうに行くとか、プログラムを施した自動馬車や自動車を作ってみるとか。馬車はあるから出来たら意外と普及するかもしれないな。その前に自転車から作ってみよう、いきなり自動車とか出来るしないし、目立つし。後はマップアプリにプログラムして自動ターゲット機能を追加したり、色々出来る幅が増えたと思う。また万能になっちゃうな僕。

 後は自動人形のポーラみたくプログラムを使って、モデリングでオリエント工業も真っ青な人間大美少女フィギュアを作れば究極のガイノイド作れるんじゃ……。やば、眠い……。

 

 

 ……あれ? いかん、少し寝てたか。自分が思っているより疲れているんだなあ。寝間着に着替えないで寝たから身体がだるい。一旦風呂に入ろう。

 タンスから着替えの下着とバスタオルを持って1階の浴室へ向かう。

 ウチのお風呂は大人5、6人が入れるほどの湯船がある、ちょっとした大浴場だ。女性陣は一緒に入ったりするらしいけど、僕の場合は1人で使える。このお風呂使う男は僕とライムさんだけだから必然的にそうなる。ライムさんと一緒に入りたくは無い。

 

「風呂が広いのはいいよね。文化の極みだ」

 

 上機嫌でお風呂場の手前、脱衣所の扉を開ける。

 

「「「「……え?」」」」

「…………ん?」

 

 えっと、状況を整理しよう。目の前にはエルゼ、リンゼ、八重、ユミナがいて全員下着姿だ。エルゼとリンゼは上下おそろいの、小さなリボンが付いたパステルカラーの色違い。エルゼはピンク、リンゼはブルー。下の方はサイドが紐で結ばれているタイプだ。その隣の八重は、サラシにふんどし……!?

 

「何やってんの八重ぇぇぇ!!」

「えぇ!?」

 

 ミカさんがおっさんになったと思った時ですら出なかった大声が、僕の口から飛び出した。なんか八重が驚いているけど、そんな事はどうでもいい。

 

「八重ぇぇ! 駄目じゃないか、サラシなんかつけちゃ! おっぱいが崩れるんだぞ! おっぱいの形がが崩れるんだぞ!! コノバカヤロウッ!!」

「い、いや……。サラシを巻いてないと刀を振るには邪魔でござるから……」

「僕は付けてない!」

「それはそうでしょうね」

 

 リンゼのツッコミを背に受けながらも、僕の思いは留まる事無く溢れてくる。

 

「ねぇ……」

 

 しかし次の瞬間、エルゼの底冷えする声を聞いて僕は一気に冷静になった。

 そういえば僕って今、ラッキースケベに遭遇した状態なんじゃ……。

 

「あんたは、いつまで……」

 

 エルゼは何かを呟きながら、僕に走って向かって来る。そして

 

「人の下着を堂々と見て、その上で品評してるのよ!!」

 

 全霊で出されたエルゼの拳は、僕の腹にクリティカルヒット。壁に叩きつけられた僕はそのまま意識を失った。

 

 

「確かに脱衣所に鍵をかけ忘れたのは、私達が悪かったかもしれないけど!」

「もうちょっと注意してほしかったです」

 

 4人に囲まれ正座状態の僕。さっきから説教され続けていて、足が痺れてきた。

 

「てっきり皆もうあがっていると思って……」

「いやそこはこの際いいです」

 

 え、そうなのユミナ? じゃあ正座解除していい? と聞くとにべもなく全員が断った。

 どうも話を聞く限り、皆も自室に辿り着くなり軽く眠ってしまったらしい。目覚めてから慌ててお風呂に入ろうと皆が集まり、脱衣所で下着になったタイミングで僕が入ったそうな。僕すげぇ……。

 

「反省しているでござるか?」

「いや本当にサラシは止めた方が――」

「まだ言うの!?」

 

 なぜかエルゼが驚く。僕としては本気で言ってるんだけど。この世界ブラジャーあるんだしそっち付けた方が絶対良いって。

 

「分かった、分かったでござるから! 今度買いにいくでござるから!!」

 

 やがて僕の説得が通じたのか、単に根負けしたのか八重からサラシ止める宣言を聞けた。でもブラ選びに僕は参加できなかった。

 

「……当たり前です」

 

 ですよねー、とリンゼの言葉が僕に突き刺さった。



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称号獲得、そして自転車。自転車製造って実際どれくらいで出来るんだ?

色々見たけどリーンにぶっ殺すとか言わせたイセスマSSって多分これだけだと思う


 ミスミドから帰ってきた次の日、依頼の報酬を受け取りに僕らは王都のギルドへ向かった。

 リフレットのギルドと同じく騒がしい依頼ボードの辺りを横目に、受付にカードを提出する。個人への直接依頼の為、既に依頼完了の知らせは王宮から伝わっているはずだ。

受付のお姉さんは僕らのカードと依頼書を確認すると、魔法のハンコを押した。

 

「お疲れ様でした、そしておめでとうございます。今回の依頼で全員ギルドランクが上がりました」

 

 渡されたカードを見ると、ユミナは緑、ユミナ以外の僕らは青にランクアップしていた。一流と称される赤ランクまであと1つだ。

 

「そしてこちらが報酬の白金貨10枚でございます」

 

 受付のお姉さんがカウンターの上に10枚の白金貨を並べる。2つの国の国交を結びつけるのに大きく尽力した人間に対して妥当な報酬だとは思うけど、それが僕の手に収まるのは不思議な感覚だ。今更と言えば今更だけど。

 僕らはそれを2枚ずつ財布に入れて、ギルドを後にしようとした。

 

「少々お待ちください。王宮から連絡があったのですが、貴方がたが黒竜を討伐したという望月冬夜様のパーティで間違いないでしょうか?」

「間違いなく僕らですけど……。それが何か?」

 

 証拠でも出せと言うのか? 出すにも竜の殆どは村に寄付したし、残りはブリュンヒルドと化している。どうしよう。

 

「いえ、ご本人かどうか確認したかっただけです。竜討伐の方は王宮の方で保障されましたので問題ございません。ついては竜討伐の証、ドラゴンスレイヤーの称号をギルドから贈らせていただきます」

 

 そう言ってユミナ以外の僕らのカードを受け取ると、別の判子をまた押していく。するとカードの右隅に丸いシンボルが浮かび上がっていた。丸くなった竜に突き刺さる剣、これがドラゴンスレイヤーの証。

 しかし1回受け取ってまた渡してって完全に二度手間じゃん。

 

「最初から一括で押せばいいのに……」

「申し訳ございません」

 

 僕のボヤキに律儀に謝罪するお姉さん。そう素直に謝られるとこっちが申し訳ない。

 

「それはそれとして、そのシンボルが付いたギルドカードを提示して頂ければギルド提携の武器屋、防具屋、道具屋、宿屋などにて料金が4割引きとなります。ご活用ください」

 

 へえ、特典が付くんだ。実力者は優遇しておくってスタンスか、こりゃありがたい。ちなみにドラゴンスレイヤーの称号は5人以内のパーティで討伐すると貰えるらしい。まあネトゲのレイドボスよろしく集団でボコって、皆でドラゴンスレイヤーですとか言われても嫌だしね。

 ギルドを出ると、皆は洋服やらなんやら買い物があるらしいので僕だけ先に帰る事にした。って、その前に僕も買う物あったよ。

 

 

 荷物が多くなってしまったのでゲートを使って家の庭に帰還すると、花壇を手入れしていた庭師のフリオさんを驚かせてしまった。

 

「旦那様、それは何ですか?」

 

 僕が抱えている物が不思議なのか、花壇の手入れを途中で止めてフリオさんが尋ねてくる。

 

「銅とゴム、それと革が少し。これで自転車を作ろうかと思いまして」

「じてんしゃ?」

「まあ、乗り物ですよ」

「はあ……?」

 

 特に意味は無いけど何となくはぐらかす僕。

 とりあえずタイヤ部分から作ろう……って、まずは空気入れ作らなきゃダメじゃない?流石に肺活量で自転車のタイヤを膨らませるのは無理、ていうか嫌だし。

モデリングで簡単な空気入れを作り、ちゃんと動くかどうかを確認しているとライムさんとオルトリンデ様がやって来た。

 

「旦那様、オルトリンデ公爵殿下がいらっしゃいましたが……。何をされてますので?」

「やあ冬夜君。何だいそれは?」

 

 フリオさんと同じ反応をする2人。それに対し僕はフリオさんに言ったのと同じ内容を話しておく。

 

「ところでオルトリンデ様はどのような用件でこちらへ?」

「いや、今回の依頼のお礼を言おうと思ってね。それとあの手紙を送れる鏡。アレを1つ貰えないかと」

「ゲートミラーを? 何でです?」

「いや妻にね。遠方の母親と手紙で頻繁にやり取り出来れば喜ぶかな、と」

 

 若干照れながら公爵はそう語る。どうにも僕には真似できそうにないな、お熱い事で。とりあえずライムさんに僕の部屋の机の引き出しからミスミドで作ったゲートミラーを1セット持ってきてもらい、エンチャントでゲートを付与する。一応確認はしたが、特に問題は無さそうだ。

 

「わざわざ言うまでもないかもしれませんけど、内緒にしておいてくださいよ?」

「ああ、分かっているとも」

 

 ついでにミスミドで買ったスゥへのお土産も渡そうかと思ったが、直接渡す方が良いかと思い直し仕舞う。いやこれ、どのタイミングで渡そうか本当に。

 

「ところでこの……、自転車? はどれくらいで出来るのかね?」

「うーん、初めて作るので何とも言えませんね」

「そうか。まあ完成まで見せてもらおうか」

「……暇なんですか?」

「まあな」

 

 おい公爵、と思わずツッコミを入れようとしたけどよく考えたらこの人どんな仕事してるのかよく知らないな。……まあいいか、当人がいいって言ってるんだし。とりあえずタイヤを完成させよう。僕はタイヤチューブを作る為、ゴムをモデリングで変形させ始めた。

 

 

「よし、これで完成だ」

「ほう、これが自転車かね」

 

 出来上がった自転車をオルトリンデ様とライムさん、そしてフリオさんが興味深そうに眺める。

 作ったのは一般的に流通しているママチャリって奴だ。簡単な造りだけどちゃんと前カゴもあるし、リアキャリアもある。夜間用のライトは面倒だったから付けてないけど。

 早速革製のサドルに跨り、ペダルを漕いで走り出す。見ていた皆が感嘆の声を上げる、やっぱりこの世界自転車無いんだな。まあ地球でも正確な発祥は不明らしいけど。

 庭を一周してブレーキをかけて停車。よし、車体にもブレーキも何の問題もないな。

 

「冬夜君、それは私にも乗れるものかね!?」

「誰でも乗れるものですよ。ただ、初めて乗るには結構練習が必要ですけど……、やる気ですか?」

「勿論!」

 

 なんて力強い返事だ、わざわざ聞いたこっちが間違っているみたいじゃん。オルトリンデ様は勢い込んで僕から自転車を受け取ると、サドルに跨り僕を真似してペダルを漕ぎだしたが見事にすっ転んだ。慌ててライムさんが助け起こすが、再びペダルを漕ぎだしまた転ぶ。

 僕も子供の頃ああやって転んで覚えたっけ。どれくらいで乗れたかは正直覚えてないけど、結構掛かったしその分乗れた時は嬉しかったなあ。

 流石にこれ以上転ばせるのもなんなので、ネットで調べてみると自転車を1日で乗れる方法みたいなサイトが出てきたのでそれを参考にアドバイス。

 何度も何度も転んではノリを繰り返すオルトリンデ様をライムさんとフリオさんに任せて、僕は2台目を作り始める。乗れるようになったら欲しがるし、乗れなくても練習の為に欲しがるのは火よ見るより明らかだ。

 やがて2台目の自転車も完成し、よく考えればスゥも欲しがるんじゃないかという懸念から、子供用のを作り始めた。補助輪を付けようかと思ったけど、スゥは10歳だし無くてもいいだろう。

 やがてそれも完成し、オルトリンデ様はどうなったのかなと様子を見ようとしたタイミングで、当のオルトリンデ様が僕の前を自転車に乗って走り抜けた。お、乗れた乗れた。

 

「やった、やったぞ! はははははは!!」

 

 笑いながら自転車を自由自在に操るオルトリンデ様。立派な服や顔が泥だらけだが、いい笑顔でぐるぐると庭を走り続けていた。自分でも性格悪いと思うけど、いい年こいた大人が子供みたいにはしゃぐ光景を僕はどんな思いで見ればいいんだろうという疑問が頭から離れない。

 

「え、何それ?」

「何でござる!?」

「……乗り物?」

「叔父様!?」

 

 買い物から帰ってきた4人が、笑いながら自転車で庭を回り続けるオルトリンデ様を奇妙な物を見る目で見ていた。確かにちょっと引く。

 やがてオルトリンデ様が停車すると、開口一番予想通りの事を言ってきた。

 

「冬夜君、この自転車を譲ってくれ!」

「そう言うと思って作っておきましたよ。スゥの分もどうぞ」

 

 流石に材料費よこせなんてケチ臭い事は言わない。

 後ろに置いてあった2台の自転車を見ながら

 

「さすが冬夜君だ!」

 

 と言ってから自分の物になった自転車に嬉々として跨る。嬉しくない褒められ方だな。

 スゥの分は公爵家の庭にゲートで送っておいたが、オルトリンデ様は自転車に乗って帰ると言い出した。

 一応周りに気を付けるように言っておいたけど大丈夫なんだろうか。大丈夫だよね、いい大人なんだし。

 オルトリンデ様は上機嫌で馬車を伴いながら自転車に乗って帰って行った。オルトリンデ様この分だと王様に自慢しそうだな……。王様の分をもう1台……。いや他にも要望が来るかもしれないから何台か作っておくか。

 オルトリンデ様を見送り振り返ると、自転車に跨り盛大に転んでいるエルゼの姿があった。

 

「いたた……。意外と難しいわね」

「では次は拙者が」

「その次は私が」

「冬夜さん、もう1台作れませんか?」

「……君らも乗るの?」

「「「「当然」」」」

 

 だから何で強く返事するの? 僕が間違っているのこれ? というかユミナとリンゼはスカートだし着替えた方がいいんじゃないの?

 ずっとオルトリンデ様のサポートをしていたライムさんとフリオさんがエルゼ達を手伝うのも横目に、結局みんなの分と使用人さん用の1台を作る羽目になった。途中で材料が足りなくなり、もう1回買いに行かなきゃいけなくなったけど。自転車屋なんてはじめないぞ僕は。

 これがあればラピスさんにセシルさん、後フリオさん達の買い出しが楽になると思って作ったのに……。まあ、乗りこなすのはちょっと手間だけど。

 その日、風呂場でしみるという悲鳴が何度も響いた。あ、回復魔法でも掛ければ良かったのか。ま、リンゼが居るんだし自分でするでしょ。



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収納魔法、そして盗難。こんなことなら覚えたばっかりの収納魔法使っとけば良かった

今回は、このSSの冬夜は原作冬夜の面影を残さないほどキャラをぶっ壊しているわけじゃない、という事を示してくれると思う話です。
実際示しているかは私にもよく分かりません。


「ストレージ:イン」

 

 覚えた無属性魔法を展開。魔法陣が床に現れ、その上に置いてあった椅子が一瞬にして床に沈んで消える。完全に見た目はホラーだけどこれ収納だから。

 

「ストレージ:アウト」

 

 今度は椅子を思い浮かべ魔法を発動。魔法陣が浮かび上がり椅子が床から飛び出してくる。

 

「うおっと」

 

 飛び上がって落下してきた椅子を受け止める。力加減ミスすると出すだけで飛んでくるとか結構怖いんだけど。

 ストレージは物をしまっておける無属性魔法だ。動物や魔物の様な生き物は収納できないが、植物は例外なのか収納できる。その収納は魔力に比例するらしく、僕の場合おそらく家1軒以上は収納できる気がする。

 収納されている間は時間が凍結しているのか、温かいスープを収納しておく実に取り出しても冷める事は無いらしい。なんかドラ○もんの道具に似たような物があったような……。

 旅をしていて一番面倒なのは、荷物の運搬だと僕は思う。ミスミドに持っていた姿見とか、手に入れた竜の角とか。持ち歩くのは面倒極まりなかった。この間の自転車もだけど。

 そこでこの魔法だ。これでまるでRPGの主人公よろしく荷物に悩まされる心配は無い。思い返すとドラ○エの主人公が持ってたふくろもこの魔法みたいなものかもしれない。

 さて、今日も買い物をしてこよう。この魔法があればいくら買っても問題ないからな。

 財布を持って上機嫌で自室を出て1階へと降りた。リビングに入ると隅のソファで琥珀が体を伸ばして気持ち良さそうに寝ていた。お前虎じゃなくて猫だろ。

 そのままテラスを通り庭に出る。庭の隅ではフリオさんとクレアさん夫妻が家庭菜園の野菜の様子を見ていた。

 

「どうです、ちゃんと育ってます?」

「あ、旦那様」

「ええ、順調ですよ。とりあえずキュウリとトマトを植えたのですが、この分ならその内収穫できますよ」

 

 フリオさんが嬉しそうに語る。もぎたて野菜サラダを食べられるって訳か。そうなると果物も欲しくなるな、栗とか柿とか。……栗って果物か?

 

「旦那様、今日のお昼は何か要望がございますか?」

 

 思考の迷路に陥りかけていた僕にクレアさんがランチのメニューを尋ねてくる。大体お任せにしているが、どれも美味しい。流石ライムさんが連れてきただけはある。

 

「この前あげたミスミドの料理の本に書いてあったメニューはもう打ち止めですか?」

「いえ、エルゼ様や八重様がそろそろミスミド料理は飽きたと申しまして……」

 

 確かに、ベルファストに帰ってきてからミスミド料理ばかりを僕が希望してたしずっと食べてたような気がするな。

 

「それで旦那様の郷土料理を何かお聞かせ願えればと思いまして……」

「そうですね、それなら――」

 

 クレアさんの言葉を聞いて僕は考える。今日は暑いからさっぱりしたものがいいな、そうだ。

 

「冷やし中華がいいです」

「ひやしちゅうか? 聞いた事がありませんね」

 

 クレアさんが嬉しそうに目を輝かせる。おおっと、見た事の無い表情だ。ひょっとして未知が嬉しいんだろうか。とりあえずレシピを調べて、ドローイングで転写してクレアさんに渡す。はてさてどうなるやら。

 とはいえそれはそれとして、そろそろ出かけよう。

 

 

 ゲートを使って王都の外周部、南区へ向かう。この辺りは商業区で、色んな店が軒を並べている。西区に近い方には色物多めの高級防具店ベルクトの様な店が、東区に近い方には安い酒場や劇場がある歓楽街が広がっていた。ちなみにストリップもやってるらしく、僕は何度か行ってるんだけど、それが皆に知られるとユミナとエルゼ、後ラピスさんになぜか睨まれた。解せぬ。

 僕らの家がある西区は富裕層が住む住宅街となっているが、反対に東区は普通の人達が住む住宅街になっていた。

 しかし、東区は西区に比べると治安が悪くスラム街の様な場所もあるらしい。働き口を失った者や、親を亡くした子供たちなんかが等々を組み窃盗などをしている噂だ。ま、どこにも暗部はあるって事かな。日本でもちょこちょこそういうのは見た、特に何もしなかったけど。

 南区の裏路地に出た僕は賑わう表通りに出た。まるずはギルドに行ってお金を少し下ろさないとな。

 路上では旅の行商人や大道芸人などがいる。おお、ナイフのジャグリングをしているぞ。お婆ちゃんに習ったお手玉すら満足にできない僕からすれば、あれこそチートにしか見えない。

 そんな事をよそ見しながら考えていたら人にぶつかってしまった。ぶつかった相手は10歳位の男……、いや女の子だ。薄汚れたキャスケットを目深に被り、ヨレヨレのジャケットとズボンを着ている。

 

「っと悪いね、前を見てなかった」

「ボケっとしてんなよ兄ちゃん。気を付けな」

 

 そう言い放って女の子はさっさと人ごみに消えてしまった。スゥより年下だろうにちょっとガラ悪いな……。

 ギルドに着くと相変わらず今日も賑わいを見せていた。色んな冒険者が依頼ボードの前で依頼書を睨んでいる。僕はそれを軽くスルーして、受付のカウンターで預けているお金の引きおろしを頼んだ。

 

「ではギルドカードの提示をお願いいたします」

「はいはいっと」

 

 ……あれ?

 懐、胸ポケット、尻ポケットその他諸々。……あれれ~おかしいぞ~?

 財布が無い。確かに持って出てきたぞ僕!? 落とした? いやあいつだ!!

 やられた、多分さっきの子供だ。見事にスラれたって訳だ。やるじゃん、許さないけど。

 中身は大した事無いけど、ギルドカード掏られたのは非常に拙い。

 僕はギルドを足早に出ると、幸いな事にスラれて無かったスマホを取り出し僕の財布で検索する。ヒット、まだこの地区になるな。

 なんだ? 走っているのか凄いスピードで財布が移動しているな。あ、裏路地の袋小路に入った所で動きが止まった。まあ、そうなれば僕のギルドカードで検索すればいい。

 とりあえず急いで検索地点に辿り着くと、そこにはガラの悪い男が2人で地面に蹲るスリの女の子を何度も足蹴にする姿があった。

 

「また俺達の縄張りで仕事しやがったなこのクソガキ! てめえのせいで佳らが厳しくなっちまったじゃねえか!」

「好き勝手にやられるとこっちが迷惑なんだよ。覚悟は出来てるだろうな」

 

 1人がナイフを取り出し、女の子の腕を押さえる。それを見て女の子の顔が恐怖に染まった。

 

「やめて、やめてよ! 謝る、謝るからぁ!!」

 

 女の子が涙を流し懇願するが、2人の男はせせら笑うだけで押さえる手をどかそうとはしない。なんかエロ同人の冒頭みたいだな。

 ……ま、僕の財布をスリ取った代償はあれくらいでいいだろう。

 

「もうおせえんだよ。同業者のよしみで指1本で目をつぶってやる。2度と俺達の縄張りで仕事するんじゃねえぞ。次は殺すからな?」

「いや……、いやあぁぁ!!」

「スリ如きが随分偉そうな口きくね」

 

 チンピラっぽい女の子を押さえている男2人が、声をかけた僕の方を睨む。押さえられた女の子も涙を流しながら目を見開いていた。

 

「なんだてめえは? 邪魔すんじゃねえよ、殺すぞ?」

「そんな安い脅し文句聞いたのは久しぶりだよ。……それより、一応聞くけどあんたらもスリだよね?」

「だったらどうだってんだ!」

「撃つのに躊躇いが無くなるだけだよ」

 

 それだけ言って僕は腰からブリュンヒルドを引き抜き、2人のチンピラを撃つ。スリに、ましてや食指の動かない子供とはいえ、女を足蹴にして指切り落とそうとする奴に容赦する理由は無い。

 

「ゴゥッ!?」

「ガハッ!?」

 

 パラライズをエンチャントしたゴム弾を食らいその場に崩れ落ちる2人。それを見て唖然としている女の子。僕は銃をホルスターに仕舞うと、そのまま女の子に話しかけた。

 

「さてと、それじゃ僕の財布を返してもらおうかな」

「あ……」

 

 そう小さく呟くと、女の子は懐から僕の財布を取り出し僕に投げる。それを僕が受け取ると中身を確認する。大丈夫だ、問題ない。

 

「ま、中身抜かれてないし通報は勘弁してあげるよ。それとこれもサービス」

 

 僕は女の子に近づき様子を見る。当たり前だが女の子の身体には痣や傷痕があった。

 

「癒えよ、なんかいい感じに、キュアヒール」

 

 回復魔法をかけてあげると、たちまち小さな傷や痣が消えていく。女の子は自分の身体に起こったことを驚きの目で見ていた。

 

「それじゃあね」

「あ、あの!」

 

 立ち去ろうとした僕を女の子が呼び止める、何だよもう。

 

「助けてくれて、有難う……」

「そう思うならもうスリはやめといた方が良いよ。腕前は認めるけど次は捕ま」

 

 ぐぅぅぅうぅうぅ……。

 

 るぞ、と後ろに付けるより前に物凄いお腹の音が鳴った。辺りに沈黙が流れる。

 

「……何、お腹空かせてるの?」

「もう3日食べてない……」

 

 そう言って女の子は俯いた……、と思ったらこっちをチラチラ見てくる。図々しいなこの子。

 でもまあ、いいか。ここで僕が見逃してもこの子の空腹は収まらないし、別の人相手にスリして捕まるのもなんだし。

 

「いいよ、何かの縁だし食べ物買ってあげるよ」

「本当!?」

 

 セリフだけ聞くと誘拐犯みたいだな、と思っていると女の子が駆け寄ってくる。すると、走った弾みでキャスケットがずれ、帽子の中から一房の髪が零れ落ちてきた。へえ、ロングだったんだ。

 肩口を超える位まで伸びた明るい亜麻色の髪。なんだかさっきまでのイメージとガラリと変わってしまった。

 

「……キャスケットで髪隠さない方が可愛いんじゃない?」

「い、いきなり何言ってんだよ……。えっと――」

 

 そこで言いよどむ女の子を見て、そう言えば自分の名前を名乗っていない事に気付く。

 

「僕は望月冬夜。望月が家名で冬夜が名前だよ」

「あたしはレネ。よろしくな、冬夜兄ちゃん!」

 

 自己紹介の後、スリの加害者でおまけに被害者にご飯買ってもらう立場とは思えない程いい笑顔を見せるレネ。女の子ってのはメンタルが強いなあ。

 ……いやこの子が特別製なだけかな?



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新雇用人、そして投げナイフ。垣間見える王都の風俗事情

今回はR-15を付けてよかったと思えるほど下世話な話が飛び交います。


 汚れた顔を吹いてやると、レネは中々可愛らしい顔立ちをしていた。

 

「なあなあ冬夜兄ちゃん、何食わせてくれるんだ?」

 

 言葉遣いは多少荒いけど。まあレネの味だと思えば悪いものじゃない。

 とりあえずいきなりがっつりした物を食べさせても、空腹で弱った胃が受け付けないだろうから、ギルド近くの屋台で魚介スープを買ってカップに入れてもらって渡した。

 おずおずとレネはそれを受け取ると、少しずつ飲み始める。魚が苦手なのかと思ったけど、必死で息を吹き覚まそうとしている所を見ると単なる猫舌らしい。

 

「それ飲みながらちょっと待ってて」

 

 レネをそこで待たせてギルドに入る。取り戻した財布からギルドカードを提出して、いくらかのお金を下ろす。本当に少ししか入ってなかったからね。どこかでお金の入っていない財布はボロ切れと変わらないと聞いたけど、これほとんどボロ切れだったからね。

 しかし預けている金額はともかく、電子マネーのない世界で財布の中身も見抜けなかったんだなレネは。おそらくそんなにスリをやってたってわけじゃなさそうだ。

 とりあえずある程度のお金を下ろしてギルドから戻り、レネを連れて歩き出す。どこかお店に入ろうかと思ったけど、レネの身なりだと入店拒否されかねない。

 結局、別の屋台で串焼きを何本か買って広場のベンチで食べる事にした。

 

「ゆっくり食べなよ。喉に詰まるから」

「ん」

 

 よっぽどお腹がすいていたのか、ガツガツと串焼きを咀嚼し胃の中に流し込んでいく。八重といい勝負だな……。

 

「レネって普段どうやって暮らしているんだ? スリのテクニックは大したものだけど、金の有無も見分けられないみたいだし、普段からやってる訳じゃないんでしょ?」

「普段は……、路地裏で捨ててある物探して食べたり、子供でもさせてくれる簡単な仕事して食ってるよ。スリはどうしてもって時だけしてる」

「宿は?」

「前は父ちゃんと宿屋に泊ってたんだけど、1年前に魔獣討伐に行ったまま帰ってこなくなってからは公園やら路地裏で寝てる」

「お父さん、冒険者だったの?」

「ああ」

「……ごめん、踏み込み過ぎた」

「冬夜兄ちゃんは悪くないよ。あたしが勝手に話しただけだし」

 

 そうか、魔獣にやられたんだろうな。討伐依頼は当然だけど冒険者が返り討ちに遭う事だってある。その際ソロだと、そのまま行方不明扱いになる事も多いって前ギルドの受付のお姉さんが言ってた。

 しかもこのレネの今の暮らしから考えるに、お母さんとか親戚とかも居ないんだろうな。何だよ、レネ完全に1人ぼっちじゃないか……。

 話変えよう。

 

「スリはどこで覚えたの?」

「父ちゃんが居なくなってから、街で仲良くなった旅の婆ちゃんがスリのやり方を教えてくれたんだ。悪い事だってのは分かってたけど、お腹がすいて仕方なかったから……」

 

 何教えてんのさその婆さん。それだったら手品でも教えれば大道芸位には……、ってだめだ、魔法と思われるのがオチか。

 うーん、この子どうしよう。親もなければ親戚もいない。孤児院に連れて行くにしても、既に犯罪者だからな……。よっぽど困った時しか盗んだりはしてないと思うけど、子供だから大目に見てもらえるほど甘い世界じゃない。

 ここいらにそうした子供が結構いるらしい。盗みでもしなけりゃ野垂れ死にするだけの子供が。生きるのに必死なのは分かるし、僕個人はそこまで潔癖な人間じゃないからネチネチ言うつもりはない。だけど認めない人を悪いとは言えない。

 どこかで雇って、くれるわけないよなあ。このまま放置したらまたスリに戻るだろうし、そうしたらいつ捕まるか分かった物じゃない。

 しょうがない、多少グレーゾーンだけど仕事を斡旋してあげよう。

 

「……レネ、君がやる気ならちょっと違法に擦れかけてるけどいい職場を紹介するよ」

「本当か冬夜兄ちゃん!? どこなんだ!?」

 

 驚いた顔で僕を見つめるレネ。いきなりそんな事を言い出した僕に戸惑いつつも、期待を込めた目に光が宿る。

 

「うん、知り合いがやってるストリップなんだけど」

「ちょっと待ってくれ」

 

 しかし目に宿った光は一瞬にして掻き消えた。何さ、まだ話の途中だよ。

 

「ストリップって何だよ」

「えっと、舞台の上で女の子が音楽に合わせて服を脱いでいくいかがわしいお店なんだけど……」

「いやそれは知ってる。じゃなくて何であたしを働かせようとしてるんだ」

「スリやってるよりはいい暮らし出来ると思うし、それに僕には理解できないけど世の中にはロリコンという人種がいるんだ」

「そ、それってあたしをそういう目で見る奴がいるって事か?」

 

 体を手で隠し、僕を見るレネ。何だそういう事か。

 

「心配しなくていいよ。僕は君をそんな目で見る気は全くないから」

「それはそれでなんか腹立つな……」

 

 不満そうに僕を見るレネ。僕にどうして欲しいんだこの子。

 

「ストリップを紹介したのは、単に知り合いから良さげな子を紹介してくれって頼まれただけだよ。元スリでも気にしない人だし、本番とかは絶対させないから大丈夫だって」

「そう言う問題か!?」

「ぶっちゃけ知り合い紹介してくれって頼まれたけど、ストリップに紹介できる知り合いとかいなかったから渡りに船かと思って」

「ぶっちゃけすぎじゃない!?」

 

 僕の言葉に的確なツッコミを矢継ぎ早に入れてくるレネ。なんだこの子、正直ウチに欲しいぞ……。よし誘おう。

 

「そんなにストリップが嫌なら、ウチで働く? ああ大丈夫いかがわしいお店じゃないから」

「えっ?」

「僕はこれでも西区の屋敷に住んでいてね、1人位なら新しいメイドを入れてもいいかと思ってたんだ」

「えっ? えっ? ホントか兄ちゃん? そんないい所で働かせてくれるのか!?」

 

 レネの消えかけてた目の光が再び戻るのが僕の目に見える。

 

「ただし、スリの技術は使わない事が条件だ。まあ場合によっては必要になるかもしれないけど、基本的には使用禁止だ。守れるね?」

「う、うん! 約束する!」

 

 勢い込んで頷くレネの頭を軽く撫でる。一応ユミナの魔眼で性質を判断してもらうつもりだけど、よっぽどの悪人じゃない限りは雇うよ。いいツッコミするしレネは。

 よし、そうと決まれば帰るか。ゲートで帰ってもいいけど、場所を覚えてもらう為にここは歩いて帰るか。

 

「じゃあ行こうか、こっちだよ」

「うん」

 

 レネを連れて出発し、南区を抜け西区に入る。段々と広がる住宅街を通り高台へ向かう緩い坂を上る。この坂地味にきついんだよなあ。

 

「ひょっとして冬夜兄ちゃん、まさかと思うけど貴族様なのか?」

「貴族ではないなあ。されかけた事はあったけど」

 

 場違い、というか来たことのない場所に不安になって来たのか、レネがそんな事を尋ねてくる。貴族なら普通は内周区に住むだろうけど、地位が低かったり没落すれば外周区であるこっちに移って来る事もある。ちょっとした金持ちの商人もこっちに住んでいるしね。

 高台を登りきると赤い屋根の我が家が見える。それを見上げると唖然とした顔でレネが僕を見つめる。

 

「こ、ここが冬夜兄ちゃんの家!?」

「そだよー。屋敷に住んでるって言ったじゃん。あ、トムさんお疲れ様です」

「おや、旦那様が門から帰宅とは珍しいですな」

 

 笑いながら門番のトムさんがそんな事を言う。ま、いっつもゲートで移動してるから仕方ないね。

 門の横にある通用口から敷地に入る。そのまま庭の歩道を歩き玄関の扉を開くと、丁度玄関ホールをラピスさんとセシルさんが掃除をしている所だった。

 

「あら旦那様、お帰りなさいませ。玄関から帰って来るなんて珍しいですね?」

「お帰りなさいませ~。あらあ、その子はどこで口説き落として来たんですか~?」

 

 まじまじとレネを見つめるセリスさん。いやそれより発言がおかしい、それだと僕がロリコンみたいじゃないか。

 

「この子はレネ。今日からここで働かせるからよろしく。ほらレネ、ちゃんと挨拶して」

「うぁ……。レネ、です。よろしく、です……」

 

 なんだ、借りてきた猫みたいになってるな。緊張してるのか?

 

「さっきみたいなノリでいいのに。むしろさっきのノリのツッコミを買って連れてきたのに」

「ツッコミ!?」

 

 僕の言葉に驚くレネ、そうそうその感じ。

 

「ライムさんはどこに?」

「リビングにユミナ様へお茶を持って行きましたよ」

 

 それを聞いて、僕はレネを連れてリビングに入る。彼女を椅子に座らせて、ライムさんに事情を説明した。

 ユミナは黙ってそれを聞きながら、レネをじっと見つめている。魔眼で見ているのだろう。やがてユミナは小さく微笑む。どうやらユミナの眼鏡に適ったらしい。

 それを横目で確認すると、ライムさんが口を開いた。

 

「成程、事情は分かりました。ですが、中途半端な考えで仕事をされては迷惑です。レネと言いましたね?」

「う、うん」

「本当にここで働きたいと思いますか? 失敗したり、私達使用人や旦那様に迷惑をかける事、それ自体は構いません」

「ちょっと待って何で僕も入ってるの」

 

 ライムさんの言葉に思わずツッコミを入れる僕。何で執事が主を蔑にするのさ。

 

「すみません、旦那様ならいいとおっしゃると思っていましたから」

「いやいいんだけどね? いいんだけどね!?」

「これが、あたしの職場か……」

「ほらレネが変なものを見る目で僕らを見てるじゃん!」

 

 ライムさんこんなキャラだったっけ!?

 

「失敗から学び、逃げ出さないと約束できますか?」

 

 さっきまでとうってかわって、射抜くような目つきでライムさんはレネに尋ねる。10歳以下の子に対して厳しすぎる気もするが、王女様のいる家で働く厳しさを伝えているのかもしれない。

 

「……うん。あたし、ここで働きたい。というかここで拒絶したらストリップに売り飛ばされそう」

「売り飛ばさないって! ちゃんと合意得ようとしたじゃん!?」

 

 レネのあんまりな言い分に思わず口を出す僕。あれおかしいな、ツッコミを見込んで連れてきたのに僕がツッコんでばっかりだぞ?

 一方、ライムさんはレネの言葉を聞いて表情を緩め、微笑みながら立ち上がった。

 

「セシル、レネを浴場へ。隅々まで洗ってやりなさい」

「は~い、レネちゃんおいで~。お風呂入ろうね~」

「え? えっ?」

 

 セシルさんが引っ張って、お風呂場へとレネを連れて行く。

 

「ラピスはあの子に合う服を何着か買ってきなさい。ああ、出かける前にメイド服なら合うのがあるのでそれを用意する様に」

「はい。旦那様、自転車をお借りしますね」

「待ってなんで10歳向けのメイド服があるの!?」

 

 まさかライムさんにロリメイド趣味が!? という疑問に答えることなくラピスさんはそそくさと出て行ってしまう。

 

「いえ実は、スゥ様が『冬夜はメイドばかり見ておるのう。もしや冬夜はああいう服が好きなのか?』とおっしゃっていたのでスゥ様用に用意しました」

「スゥぅぅぅうううう!!」

 

 いや確かに公爵家のメイドさんをそう言う目で見てたし、ウチのメイドさんも多少はそう言う目で見てるけど!

 乾いた叫びが家の中を響かせないよう自制しながら、リビングにある椅子に座りこむ。

 すると横にユミナがいつの間にか座って僕に腕を絡ませながら、底冷えするような声で僕に問いかける。

 

「まあ色々と言いたいことはありますが1つ質問です」

「……何?」

「ストリップとは、一体どういう事でしょうか?」

 

 あー、それかー……。

 

「えっと、舞台の上で女の子が――」

 

 ユミナの追及を適当にあしらい、やがて彼女が諦めた所でライムさんが僕の前に紅茶を持ってくる。

 

「ライムさん。レネなんですけど、やっぱ孤児院とかに預けた方が良かったですかね?」

「それを決めるのはレネでございます。今は旦那様が1人の少女を貧困から救った事実だけを受け止めればよいかと」

「……ありがとうございます」

 

 そうだな、考え過ぎは良くない。僕は僕の選択に後悔していない。やりたいからやった、それだけだ。口が上手いな。

 僕がそう思っていると、いきなりリビングのドアが開く。

 そこには、風呂に入りメイド服に身を包んだレネの姿があった。

 

「よく似合ってるよ、レネ」

「そ、そうかな?」

 

 着慣れないメイド服に恥ずかしいのか、少々顔を赤くするレネ。

 

「レネ~、早速メイドとして必要な事を教えますよ~」

「ん、分かった、です……」

 

 リビングの外にいるセシルさんがレネを呼ぶ。その呼びかけに答えたレネに僕は一言声を掛ける。

 

「頑張ってね」

「ああ、行って来るよ旦那様!」

 

 その言葉と共にかけていくレネを見て、こいつはいずれ大物になるかもなと思う僕。

 

「ではレネ~。まずはメイドの基本として投げナイフの講義をしますね~」

「投げナイフ!?」

 

 ただ聞こえてくる声で不安も感じてしまうけど。




レネは別に内心で親の顔が見たいと思われるほど口の悪い子では無いと思う。
お淑やかではないだろうけども。


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デート、そして出歯亀。有耶無耶にすることだって選択肢の1つ

何気にアニメでやってなろう版ではやっていない話というのは、このSSでは初めてですね。
アニメ見ながら書くのすげえキツかったゾ~。


……普段読みながらやってるせいか、今回全然イセスマの文章じゃないかもしれません。
イセスマの文章だったら、私の文章力はそれくらいという事になります。


「ここがミスミドか、賑やかじゃのう!」

 

 レネをメイドに雇った翌日、僕はスゥを連れてミスミドに来ていた。ミスミドに来る前にした約束、デートの為に。

 ミスミドの街は相変わらず賑やかで、様々な獣人達で一杯だ。

 

「冬夜が作ってくれた自転車で、街を走ってみたいのう」

「目立つから駄目だって」

 

 スゥの言葉をたしなめる僕。自転車なんてない状況で乗り回していたら、さながらピエロの如く目立つだろう。

 

「それじゃスゥ、とりあえずデートプランは作ってるから行こうか……、ん?」

「どうしたのじゃ?」

 

 僕が目的地の方向に向くと、そこには狐耳を持った見覚えのある少女の姿が。間違いない、アルマだ。初めて会った時と同じ服装をしている。

 

「知り合いかの?」

「うん、そんな所」

「……まさか現地妻という奴ではないじゃろうな?」

「どこで覚えたのその言葉」

 

 そもそも僕に妻が居ない以上、現地妻って言葉は成り立たないと思うんだけど。

 いや、それよりも知っている顔に出会ったんだし挨拶位はしておこうか。

 

「おーい、アルマー!」

 

 僕が声を掛けると、向こうもすぐに気づいてこちらに駆け寄ってくる。

 

「冬夜さん」

「やあ偶然だね」

「はい。冬夜さんもミスミドに来てたんですね」

「アルマは買い物?」

「はい。冬夜さんも?」

「まあそんな所。っと」

 

 僕とアルマが2人だけで会話しているからかスゥが少し拗ねてる。ちゃんと紹介しなきゃな。

 

「スゥ、この子はアルマ。アルマ、こっちはスゥシィだ」

「うむ、スゥでよいぞ」

「はい、よろしくお願いします」

 

 こうして自己紹介を終え、それじゃあ別れようと言う時になってアルマの目にあるものが入る。

 

「あれは……、お姉ちゃんにリオンさん?」

「えっ?」

 

 僕もつられてアルマと同じ方向を見ると、そこには確かにオリガさんとリオンさんの姿が。デートかよ。というかリオンさん、何でデート中まで鎧着てるの? ベルファストの騎士はいかなる時も身に付けなければならないみたいな決まりがあるの?

 

「追いかけないと!」

 

 すると、次の瞬間アルマはそう言って2人を追いかけだしてしまった。

 

「え、尾行するの!?」

「勿論!」

 

 僕は思わず問いかけるが、アルマは堂々とした態度で返答しそのまま走り去る。え、これ僕が間違ってるの?

 ……大丈夫かなあ?

 

「心配なのじゃな? 冬夜は知り合いを極端に心配するようじゃ」

 

 そんな僕の心を見透かしているのか、スゥが問いかけてくる。……知り合いを心配する部分はあると思うけど、そんなに露骨かな?

 

「……まあ、少し」

「なら追いかけるかのう、それにちょっと面白そうじゃしな」

 

 そう言ってスゥは僕の手を取ってアルマは走り出した。

 気を遣われてしまった。これじゃどっちが年上か分かった物じゃないな。

 

「ところで質問なのじゃが」

「何?」

「アルマが追いかけて行ったあやつら2人って、誰じゃ?」

 

 ……そうだね、説明しなきゃね。

 

 

 幸いな事にアルマ、そしてデート中のオリガさんとリオンさんにはすぐに追いつく事が出来た。

 2人の方を見ると、オリガさんが何かを話していて、リオンさんはそれに相槌を打ちながら手を繋ごうとしているものの、その度に手を引っ込めるという謎の行動を繰り返していた。

 

「……あれは、何をしておるのじゃ?」

「手を繋ぎたいけど、繋いでいいものかどうか悩んでいるんじゃない?」

 

 スゥの疑問に僕が答えると、彼女はそのまま不思議そうにこう呟く。

 

「手ぐらい好きに繋げばいいのにのう、こんな風に」

 

 そう言って僕の手を取り、えへへと笑うスゥ。何これ可愛い。

 

「あ、お店に入りますよ!」

 

 アルマが言うと同時に、オリガさんとリオンさんはレストラン、でいいのかな? とにかく食事をする所に入って行った。あ、ここスゥとのデートコースにしてた所だ。

 僕らはそのままレストランの前まで行き、そこで止まる。流石に店に入ると向こうもこっちに気付くだろうしね。

 

「冬夜、何とかならんか?」

 

 状況を察しているスゥが僕に問いかける。何とか、何とかねえ……。

 

「そりゃ何とかならない事もないけど……。これ以上覗き見するのは流石にちょっと……」

 

 流石の僕もこれ以上デートを尾行するのに抵抗を感じてきたので、それとなく止める方向に持って行こうとする。

 

「お姉ちゃんの人生における一大事かもしれません。ここは妹として、知っておくべきかと」

 

 しかしアルマは頑として譲らない。一体オリガさんどれだけ男と縁が無かったんだろう。そしてそこまで言われると、僕としても止めにくい。

 

「はぁ……。ロングセンス」

 

 仕方ないのでロングセンスを発動し、スマホのカメラアプリにエンチャントする。前にリンゼの下着姿を撮ったあれだ。それでオリガさんとリオンさんの会話をリアルタイム中継する。

 

「「おおっ」」

 

 それを見て感嘆するアルマとスゥの2人。

 一方、そんな事を知るはずも無いオリガさんの言葉がスマホから聞こえてきた。

 

『後数日で、リオンさんもベルファストに帰られてしまうのですね』

『あ、でも……、これからベルファストとミスミドは友好的な関係を結ぶわけですから……。こちらに来る機会も多くなりますよ』

『ふふふ、その時は教えて下さいね』

 

 2人の会話を聞く限り、十分脈は在りそうだ。というかいつまでもアオハルめいた事してないで、さっさとくっついて欲しい。

 

「お姉ちゃん、嬉しそう」

 

 そんな2人を見て嬉しそうに笑うアルマ。そういう表情をされると出歯亀も強く咎めにくい。

 そうこうしていると、オリガさんとリオンさんがレストランから出てきた。

 それを見て慌てて追いかけるアルマ、しかし路地裏から出てきた薄茶色のローブを纏った男にぶつかって転んでしまう。

 

「すまんな、大丈夫か?」

 

 そう言ってローブの男はアルマに手を差し伸べる。

 

「すいません、急いでいて……」

「アルマ、大丈夫か?」

 

 アルマが差しのべた手を取る前に、僕が追いつく。そしてローブの男の顔を見るとそこには

 

「あ」

「お?」

 

 ミスミド王国の王、獣王陛下がそこにいた。

 

 

 そのまま僕、スゥ、アルマ、獣王様の4人で尾行を続行。今は屋台が立ち並ぶ公園へ移動した。公園の屋台には、様々な野菜やお土産の仮面が売られていて、小さいながらも立派に商店通りの様だった。その公園のベンチでオリガさんとリオンさんは話していて、それを僕らは生い茂る木々の中で隠れて覗いていた。

 というか何でついて来たの獣王様、僕何にも事情説明とかしてないのに。

 

「あれは……、オリガとベルファストの若い騎士か」

 

 そこで獣王様は合点がいったかのように小さく笑う。

 

「ハハハ。成程、そういう事か」

「そういう事です。ていうか、何でこんな所にいるんですか?」

 

 僕が聞くと、獣王様は得意気にこう答えた。

 

「気晴らしに城下をぶらつくのは、儂の趣味だ」

「また大臣さん達にどやされますよ」

 

 とんだ趣味だ、と思いながらオリガさん達の方を見る。すると、オリガさんの肩を抱こうとするも気恥ずかしいのか引っ込めてしまうリオンさんの姿が。

 

「情けねえなあ……。儂が若いころはもっと男がグイグイと……」

 

 獣王様の言葉に僕が何か返そうとすると、その前にいきなり何かを蹴飛ばした音が辺りに響いた。

 なんだなんだと思って音のした方を見ると、そこには数人のチンピラが屋台の商品を蹴飛ばしている姿が。

 

「……治安悪いなあ、この世界」

「こんなものでしょう?」

「こんなものだろ?」

「こんなものじゃろ?」

 

 僕が思わず行った言葉に、律儀に返してくれる僕以外の3人。というかこんなものなの? おかしいのは僕か世界かどっちだ。

 その間にリオンさんは走って止めに行っていた。流石騎士。

 

「止めろ!」

「何だテメエは?」

「その人を放せ! 1人に対してよってたかって、恥ずかしくは無いのか?」

 

 リオンさんの毅然とした態度。それに対しスゥとアルマは

 

「かっこいいのう!」

「さっきまでヘタレていたとは思えませんね!」

 

 絶賛していた。というか姉の恋人候補に厳しいなアルマ。

 しかし僕らからは格好良く見えても、チンピラ達からすれば不愉快なだけである。

 

「この野郎……!」

 

 チンピラの1人がナイフを取り出すと、仲間もそれに続いて同じくナイフを取り出す。流石にあれは危ないな。

 

「拙い!」

「行こう」

 

 加勢を促す獣王様、それに僕も賛同し飛び出そうとするがここである事に気付く。

 このまま行ったら、僕らが出歯亀してたってばれるんじゃ……。そうだ!

 僕はアルマが買っていた物から仮面を2つ借り、僕と獣王様それぞれで付ける。僕はゼ○伝のキータンのお面みたいな黄色い狐のお面。獣王様は黒猫の仮面だ。いやアルマこれ何に使うの?

 そして僕はコートを脱ぎ捨て、ナイフに振り上げているチンピラの腕を掴んで捻る。

 

「うっ!」

 

 ナイフを落とすチンピラ。その光景を見ていた別のチンピラが後ろに下がりながら僕に叫ぶ。

 

「だ、誰だテメエは!?」

 

 しかしそれに答える事は無く、獣王様が殴り飛ばした。

 

「こっちの若者も助太刀だ」

 

 若くは無いだろ。

 それはともかく、僕らはそのまま残りのチンピラを叩きのめした。

 

 

「ちょっとやりすぎましたかね?」

「いやあ、構わんだろう」

 

 死屍累々のチンピラを見て思わず呟く僕だったが、この国の王様から許可を貰えたのでほっと一安心。

 その様をリオンさんがまじまじと見ているので、さっさと退散したい。

 

「あの……、冬夜殿、ですよね?」

「えっ!?」

 

 しかし気付かれてしまった。ばれない様にと思ってコート脱いだのに。

 

「その……、声が冬夜殿ですし……」

「しまった……」

 

 そっかー、声かー。そこまで気が回らなかったなー。

 

「リオンさん、大丈夫でしたか!?」

 

 ここでオリガさんがこっちに向かって走ってくる。

 

「獣王陛下!?」

 

 そしてあっさり正体を見破る。そりゃ気づくよ、僕と違って見た目からしてキャラ濃いんだから。

 

「……アクセル」

「えっ!? ちょ、ずるっ!?」

 

 獣王様はアクセルを唱えるとこの場から姿を消した。嘘でしょ僕置いてくの!? とか言ってる場合じゃない、僕もアクセルを……。

 

「ちょっとお話があるんですがねえ……!」

 

 しかしその前にリオンさんが僕の肩を叩きながら震える声で僕を止める。そりゃ怒るよ普通、デートの出歯亀なんてされてたらさ。

 でも元はと言えばそっちにも非があるんだよ、いつまでも年上の癖にラブコメめいた事ばっかやってるからさあ! 周りがいらない気を利かせる羽目になるんだよ!? という仮面を外してはっきり伝えてやる。

 ……冷静に考えるなら、逆切れだけど僕は知らない。

 

「大体リオンさんがはっきりしないのがいけないんです! オリガさんの事、本気で好きじゃないんですね!?」

「そ、そんな訳ないでしょう! 本気ですとも!!」

 

 リオンさんが話に乗ってきた、よしこのまま流れで押し切れる。僕らの出歯亀を有耶無耶に出来る。ついでにはっきり伝えさせてやる。

 

「本気でお付き合いしたいんですよね?」

「勿論です!」

「……と、彼はこう申しておりますが?」

 

 僕が後ろに指を指し、リオンさんが振り向くとそこには顔を赤らめるオリガさんの姿が。それが何を意味するかは、言う方が野暮という物だ。

 

「アクセル!」

 

 この隙に僕はアクセルを使用し、一気にスゥの元へ駆け寄る。

 

「アルマ、結果は後日聞きに来るからこの場はよろしく!」

「え?」

 

 それだけ言って僕は仮面を返し、コートを拾ってスゥを連れてこの場を脱出。

 今日の所は、これ以上デートする場合じゃないだろうなあ。

 

 

 

 ちなみに後日、僕が結果を聞きに来ると無事付き合えたとか。

 良かった良かった。



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来訪者、そしてイーシェンへ。僕をこれ以上万能にしてどうするつもりだ

「ただいまー」

 

 オリガさんとリオンさんのデートを尾行したせいで、僕とスゥのデートが有耶無耶になってしまったので別の日に改めてデートに行ってきた。今度は特に何かが起こる訳でもなく、スゥも1日楽しそうにしていた。

 その帰り、スゥを公爵家に送りゲートを抜けて家の玄関先に帰り、玄関ホールに入るとライムさんが出迎えてくれた。

 

「お帰りなさいませ、旦那様。お客様がお見えになっています」

「客?」

 

 帰ってきたばっかりなんだけどなあ、と思いながらライムさん越しに廊下を見ると、ひょこひょこと何かがこっちに歩いてくる。

 隊長50センチ、灰色の毛並みに首には赤いリボンを付けた熊のぬいぐるみ。

 

「ポーラ!?」

 

 名前を呼ばれたポーラは、よう相棒と言わんばかりに右手を上げて挨拶をする。いや僕は君の相棒になった覚えは無いんだけど。

 それにしても何でポーラがここに……?

 

「まさかポーラ、君には飛行能力があるのか!?」

「そんな訳無いでしょう。私のお供でついて来たのよ」

 

 応接間の扉が開き、ツインテールの白髪と黒いゴスロリ衣装を身に纏った少女、リーンが顔を出した。

 その瞬間、特殊能力持ちポーラの夢は完全に消えた。

 

「……なんだ、リーンが連れてきたのか」

「何で落ち込んでるのよ」

「いや別に落ち込んでないし、それより何でベルファストに?」

「どう見ても落ち込んでるけど、まあいいわ。ちょっと調べ物にね。後シャルロッテにお仕置きをしに来たって所かしら、もう引っ叩いて来たけど」

「器ちっさ」

 

 随分根に持つなあ、と呆れを篭めて小さく呟いたらリーンが軽く僕にローキックを入れてくる。

 それを適当にあしらっていると、たまたま通りかかったのかユミナがいつの間にか近くにいて僕に声をかけてきた。

 

「お帰りなさい冬夜さん。あら、その方はどなたですか? 冬夜さんが新しく口説いた人でしょうか?」

「さらっと僕をロリコンにしないで欲しい……。この人はミスミドの妖精族の長で名前はリーン。こう見えても600歳越えのババアだからちゃんと敬意を」

「フンッッッ!!」

 

 僕がユミナにリーンの紹介をしている最中、リーンはいきなり飛び上がり、回し蹴りの要領で足を回し、膝の裏側を僕の側頭部に喰らわせる。プロレスのシャイニング・ウィザードだ、これ。

 

「いったあああああああ!! 何するのさいきなり!!!」

「女の子にババアとか言うからよ」

「あの……、妖精族、ですよね?」

 

 ユミナは訝し気な目でリーンを見る、そりゃ魔法特化の種族がプロレス技を使って攻撃すればそんな目で見てもおかしくない。

 更に言うなら、リーンの背中には前あった筈の妖精の羽根が無くなっている。

 

「何、毟ったの背中の羽根?」

「毟ってないわよ。背中の羽根は光魔法で見えないようにしているのよ、こっちの国じゃ目立つから」

 

 魔法を解除したのか、段々と背中に半透明の羽根がある事が分かる。その羽根は窓から差し込む太陽の光でキラキラと輝いている。

 

「でも何でウチに? どこで住所知ったの? 個人情報保護は?」

「貴方の家の場所はシャルロッテから聞いたのよ。そしてここに来たのは貴方に聞きたいことがあったから。今から数ヶ月前、貴方が倒したっていう水晶の魔物について」

「……何でまた?」

 

 水晶の魔物、といったら僕にまるで将棋だなと言わせたあいつしかいない。旧王都の地下遺跡にいた剣も通じず、魔法も吸収し、再生能力を持つあの怪物。

 

「ミスミドにも出たのよ。その水晶の魔物がね」

「……マジで?」

 

 リーンの発した言葉に、僕は驚きと共に何とも言えない寒気を覚えた。

 

 

「貴方達が帰る前の日にね、ミスミドの西側にあるレレスのという町から急使が来たの。数日前から奇妙な現象が起こっているってね」

「奇妙な現象?」

 

 リーンから詳しい話を聞くため、僕らは場所を変えリビングに居る。椅子に腰掛けたリーンが紅茶のカップを手に取って口にする。対面には僕とユミナ、左右にはリンゼと八重が座っていた。ポーラはリーンの横でフラダンスを踊っていたが、リーンに殴られてその後は黙って座っている

 ちなみにエルゼはいない、。ここ最近エルゼとレオン将軍は何度も手合わせしており、今じゃ師弟の様な関係になりつつある。その為一緒に訓練しているらしい。今もしているんだろうか?

 

「それを発見したのはレレスの村の子供達だった。森の中の何もない空間に小さな亀裂が浮かんでいるのを発見したのよ。触ることは出来ない、でも確かにそこに存在する奇妙な亀裂をね」

 

 空間に亀裂か……、ゴル○ムの仕業だな。違うか。

 

「やがて子供達は、日ごとに段々とその亀裂が大きくなっていくことに気付いた。それで慌てて大人達に知らせ、村の長老が王都へと使いを出したのよ」

 

 その使いが辿り着いたのが、僕らがベルファストに帰る前の日って事か。

 

「話を聞いて興味を持った私は、戦士団1小隊と共にその村に向かったわ。だけど、そこで見たのは壊滅に追い込まれた村だった。水晶の魔物が村人達を殺し、蹂躙の限りを尽くしている現場だったのよ。私と共にいた戦士小隊戦ったのだけれど、剣も魔法も通じず更には再生する相手には歯が立たなかった。まさに悪夢だったわ。戦士達は半数が再起不能、村は完全に滅んだわ」

「僕らが戦ったのと同じだ……。それで、その水晶は?」

「魔物を付けなさいよ。まあ、物理的なダメージを与える魔法なら効くと分かって、そいつの頭を重さ数トンの岩をぶつけたのよ。そしたら頭が砕け散って、二度と再生しなかったわ」

 

 おそらく僕がアポーツで取り除いた赤いボールを破壊したんだ。だから活動を停止したんだろう。あのコオロギと一緒だ。

 

「このモンスターを調べようと思ってシャルロッテに引っ叩きながら協力を求めたら、ベルファストでも似たようなモンスターが現れたっていうじゃない。しかも倒したのが貴方だっていうから、驚いたわよ」

「本当に?」

「ごめんなさい嘘。似たようなモンスターが現れたのには驚いたけど、倒したのがあなたと聞いた時はなんか納得したわ」

 

 リーンは意味もなく嘘を吐きながら、人の悪い笑みを浮かべて僕の方を真っ直ぐ見てくる。何この状況、昔おじいちゃんにヤクザとのつながりを周りに自慢したのがばれて怒られた時みたいな嫌な感じは……。

 

「聞いたわよ? 貴方、無属性魔法なら全て使えるらしいわね? 道理でプログラムも使えるわけだわ」

「ヒ・ミ・ツ、にしてくれると嬉しいなーって」

 

 シャルロッテさん喋っちゃったのかー。まあこの妖精族相手に本気の隠し事は、結構きつそうではあるけども。

 

「まあそれはそれとして。生き残った村人の話では、空間に広がっていった亀裂が破壊されて、その中から水晶の魔物が出てきたという事だったわ」

 

 破壊された空間から……? そんな事が出来るのはやはりクラ○シスか……?

 リーンがポケットから1枚の紙を取り出し、それをテーブルの上に広げる。そこに描かれていたのは、僕達の倒した魔物ではなく、別の形をした魔物だった。

 僕らが倒した魔物は、アーモンド型の頭部に細長い足が6本付いた、一言でいえばコオロギみたいな形をしていた。だけどリーンの紙に描かれていたのは、アーモンド型の頭部という共通点はあるけれど、そこから伸びる足は無く長い胴体があるだけだった。さながら蛇だ。自然界に居る丸みを帯びた姿ではなく、さながら荒いドット絵みたいにカクカクとした蛇。

 

「僕らが倒した奴とは形が違うね。こっちのはコオロギみたいだったし、足を伸ばして攻撃してきたんだ」

「こちらのは尻尾の部分伸ばして刺し殺したり、薙ぎ払ってきたわね。まるで槍だったわ」

 

 おそらく形は違えど、本質は同じものだろう。ポ○モンでいうなら種類は違うけど同じウルトラビーストみたいな感じ。あってる?

 

「……昔、私がまだ小さかった頃に妖精族の長老から聞いたお話があってね、どこからともなく現れたフレイズという悪魔がこの世界を滅ぼしかけたとか……。その悪魔は半透明の身体を持ち、ふじみだったとかという話よ。結局、その悪魔は消えて世界は何事も無かったかのように元に戻ったらしいけど」

「……えぐい昔話だね。そのブレイヴって奴が水晶の魔物って事?」

「昔話なんてそんなものよ、後フレイズね。まあ、フレイズかどうか分からないわ。既に長老は亡くなっているし、長老も子供の頃聞いたお伽噺だって言ってたもの。それに妖精族が外部と付き合うようになったのはここ150年の事だから」

「鎖国してたんだ……」

 

 もしあの怪物がフレイズだとして、どこから来たのかとか何故人を襲うのかとか疑問は山ほどある。が、考えても分かる訳無いし倒せない訳じゃない。その上で黒幕がいるなら引きずり出してぶっ倒す。

 

「僕らが考えても分かる問題じゃないよ。現れたら倒す、位しか言えないや」

「そうね。ところで私、オリガの代わりに今度ミスミド大使としてこの国に滞在する事になったのよ」

「シャルロッテさん可哀想……」

 

 リーンの言葉に思わず呟く僕。本当に可哀想。

 

「これからちょくちょく遊びに来るからよろしくね」

「勘弁してよ……」

「それと冬夜、貴方ゲートが使えるわね?」

 

 あ、ばれてた。わざわざ面倒な子芝居を打ってまで秘密にしてたのに。これではせっかく結んだ国交が台無しになっちゃう。

 

「始末……」

「しなくていいわよ。獣王や他の一族の長に言ったりはしないから安心なさい。私は身内には優しいのよ」

「身内?」

「弟子入りしてくれるんでしょう?」

「脅迫って言わない、それ?」

 

 にやにやと嫌な笑みを浮かべながらこちらを見てくるリーン。僕が脅迫と断言しても彼女は表情を揺るがさない。

 

「ふふ、冗談よ。いつか貴方が言ったように、無理矢理なんて趣味じゃないわ」

「嘘くさ……」

 

 半分位は本気だったでしょ、と僕がリーンに言っても彼女は余裕綽々のままだった。そのまま僕が彼女を睨んでいると、リビングの扉が開き、紅茶のポットとお菓子を乗せた盆を持ってセシルさんとレネが入ってきた。

 

「お茶の、おかわりを、お持ちしましたっ」

 

 レネがガチガチに固まって緊張しながら言葉を紡ぐ。ぎくしゃくとまるで立てつけの悪い絡繰り細工みたいな動きで、テーブルの中央にお菓子の入った皿を置き、空になったティーカップにお茶を注いでいく。それを後ろで笑顔で見守るセシルさん。

 

「失礼いたしましゅた」

 

 噛んだ。一礼して部屋から2人が退出する。まあよくやったんじゃない、とは思うけどフォローしてあげなよセシルさん。

 

「随分と小さな子を雇っているのね。趣味変えたの?」

「僕の年上趣味は永遠に不変だよ」

 

 そう言いながらカップに注がれたお茶を飲む。少し熱いし味が濃いけど、まあ新人だ。温かく見守ろう。そう、さながら老師の様に……。温かいかなこれ?

 

「ところでさっきの話だけど、ゲートは使えるのね?」

「使えるよ。1回行った所にしか行けないってのが欠点だけど」

「無属性魔法リコールって知ってる? 他人の心を読み取って記憶を回収する魔法なんだけど、これを併用すれば読み取った他人の記憶からその場所へ跳べるはずよ」

「そんな魔法あったの!?」

 

 何だよ、もっと早く知ってたらわざわざ長々とミスミドまで旅する必要もなかったのに……。

 しかも聞く限り別に妖精族の秘伝って訳でも無いし、一方的に僕の知識不足が明らかになってる気が……。

 

「その魔法とゲートを使って、貴方に連れて行って貰いたい所があるのよ。そこにある古代遺跡から、手に入れたい物があってね」

「よく分かんないんだけど、どこに連れて行けばいいのさ?」

「東の果て、神国イーシェンへ」

「イーシェン?」

 

 思わず視線を八重の方へ向けてしまう。向けられた八重もびっくりしていた。

 元世界の日本によく似た国らしいイーシェン。正直ずっと気になっていたけど遂に行けると気が来たのか。

 

「こっちの子はイーシェンの生まれでしょう? この子の心を読み取ればゲートでイーシェンに行けるわ」

「ちょ、待つでござる! 心を読み取るって、拙者のでござるか!?」

「心配しないで。リコールは渡す方が許可した記憶しか回収できないから、お風呂シーン流出の心配は無いわ」

「それはいいでござるが……」

 

 八重が何とも言えない顔で悩んでいる。何でそんなプライバシー保護に熱心なんだこの無属性魔法。

 

「リコールは相手に接触して心に触れ、その記憶を自分の中に回収する魔法よ。接触にはなんてったって口付けが一番ね」

「よし八重、早速使おう! これはいやらしい気持ちじゃなくリーンの為だから、ね!?」

「必死過ぎて正直引くでござる」

「というか冗談ですよね、そうだと言って下さい」

「じょ、冗談よ」

 

 恐ろしい殺気を見せるユミナに、流石のリーンも少々たじたじになっていた。というか冗談なのか……。

 

「よくもだましたアアアア!! だましてくれたなアアアアア!!」

「悪かったわよ……。とにかく貴方達はこっちで対面に立って、そして両手を握る」

 

 リーンに引かれるままに八重と向かい合って立ち、八重と両手を握らされる。や、柔らかい……。剣握ってるんだから手にタコとかないのか、どういう事だ!?

 

「はい2人とも目をつぶって。八重の方は頭にイーシェンの風剣を思い浮かべる。なるべく鮮明な場所をね。曖昧な場所だと似たような場所にゲートが開くかもしれないから。そしたら冬夜は八重とおでこを合わせてリコールを発動させて」

 

 リーンに言われるがままに魔力を集中し、八重と自分のおでこを合わせる。ふわっといい匂いがしてきて、思わず集中を乱しそうになるが何とかこらえて魔法を発動した。

 

「リコール」

 

 頭の中にぼんやりと何かが流れ込んでくる。大きな木……、その木の根元に何か、鳥居かこれ。小さな祠に左右には狛犬らしきもの。ここが八重の中にあるイーシェンの記憶なのか。

 

「見えた!」

 

 目を開いて正面の八重と見つめ合う。他人の記憶を共有するって変な気分だな、パー○ンのコピーロボットってこんな感じなのかな?

 

「もういいでござるか?」

「え、うん」

 

 僕が答えると八重はあっさり僕の手を離す、なんか悔しい。

 ま、いいや。とっととゲートを使おう。

 

「ゲート」

 

 さっき脳裏に浮かんだ光景を再び思い浮かべゲートを発動。

 浮かび上がった門をくぐると、そのは森の中であり、大きな木と狛犬に守られた鳥居と祠が見えた。ここが、イーシェン……。

 

「間違いござらん。ここは拙者の生まれ故郷、イーシェンでござる。実家のあるハシバの外れ、鎮守の森の中でござる」

 

 同じようにゲートを抜けてきた八重が断言する。

 東の果て、極東の国、神国イーシェン。僕らはそこに足を踏み入れた。

 

 

 ところでリンゼ、あの場に居たのに一言も喋らなかったな。




アニメ8話終了。
残り4話、キツイ。


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オエド、そして武田勢進軍。このパチモン感半端無いって!

やばい……、先月9回しか更新してない……。
頑張らないと。


 一旦家に戻り、エルゼの帰宅を待ってから準備してもう1度イーシェンへと渡る。さっきのはあれだよ、ルーラ出来るようにするためにとりあえず一旦町に入るみたいな感じ。

 メンバーは僕と八重、エルゼ・リンゼ姉妹にユミナと琥珀、それとリーンにポーラだ。

 八重の案内で鬱蒼とした森の中を抜け、段々と木洩れ日が差してくるようになったかと思うと、急に視界が開けた。

 

「おぉー」

 

 思わず声が漏れる。小高い丘の上から見えたその景色には、街と水田が広がっていた。その向こうに立っているのは日本で見た事のある城だ。ジャパニーズキャッスルだ、僕が知っているものと比べると若干小さく見える。

 

「あれが拙者の故郷、オエドでござる」

 

 おお、お江戸ならぬオエド。何そのパロディAVみたいな雑な違い。どうせならT○Aばりに頑張ってよ。

 よく見ると町の作りが単純に日本の江戸時代のままじゃない。町は城砦都市で周りを堀で囲み、白く高い壁が町への侵入を拒む。城壁の上には保証が性質、所々に立つ櫓には弓兵がいるらしい。

 イーシェンは決して大きな国では無い。一応国王がいるらしいのだが、今では名ばかりで地方の領主が好き勝手幅を利かせているらしい。日本との違いが見えてなによりだ。

 主だった9人の領主が地方を治め、小競り合いしながらも何とか形の上では国王をトップにして、国として成り立っている様だ。それ成り立ってるって言う? まあ僕はいいけど。

 9人の領主とは、島津、毛利、長宗我部、羽柴、織田、武田、徳川、上杉、伊達……っておい。日本に寄せるのか寄せないのかどっちかにしてくれ。

 何、イーシェンって戦国時代なの? 天下統一目指してるの? と八重に確認してみるとそんな事は無く、大規模な戦などここ数十年無いそうだ。まあ、そうじゃなきゃベルファストに剣を教える人が行くわけないか。

 八重の実家があるオエドはイーシェンの東、徳川家の治める領地だ。そこそこ豊かで、領民にやさしい領主であるらしい。

 

「で、リーンが行きたい古代遺跡ってどこにあるの?」

 

 小さいと言っても国だし、やみくもに探したくは無い。

 

「場所は分からないわ。ただ、ニルヤの遺跡としか」

「えぇ……、そんな適当な話に付き合わされるの僕ら……」

「遺跡探索なんてある程度は当て水量になるものでしょ」

「場所のアタリぐらいは付けて欲しいんだけど……。八重は知ってる?」

「ニルヤ……、でござるか? 聞いた事がある様な無い様な……。父上なら知っているかもしれませぬ」

 

 とりあえず八重の先導で町へと歩いていく。大きな堀に掛かる木製の橋を渡り、街中に入る。

 町に入ってみると、限りなく和風に近い世界であった。建物は殆ど木製の平屋建てで屋根には瓦、障子の張られた戸に、店には暖簾が掛かっている。ん、今プラスチックの雨どい無かった? ちなみに暖簾に描かれている文字は当たり前だけど日本語じゃない。落ちつかないなあ……。

 行き交う人々も侍姿に着物姿、町人らしき人も居れば着流しの浪人までいた。でも侍はちょんまげにしていないな、皆ポニーテールのように結いているだけだ。

 

「うわあ、何アレ? 人がなんか担いでるわよ?」

 

 エルゼが道の向こうから、鳶籠を担いででやって来る2人組に目を奪われていた。僕も実物見るのは初めてだ。

 

「あれは鳶籠屋でござる。イーシェンの辻馬車の様なものでござるよ」

 

 八重が答えると、エルゼ達は目を丸くしていた。そりゃ馬車があるのにわざわざ人が運ぶなんて理解不能だよね。

 

「……何でわざわざ人が運ぶんですか? 馬車の方が楽だし早いのに……」

「イーシェンはベルファスト程道が整備されないでござるからな。それに起伏が激しい土地が多くて、その道を馬車で上り下りするのは大変でござる。それと、こちらでは馬はかなり貴重な物でござるからな」

 

 へえ、そんな理由があったんだ。土地柄って事か。

 

「冬夜さん、あそこの人木の靴を履いてますよ」

「あ、あれは下駄だよ」

「あっちの塔には何であんな鐘がぶら下がってるの?」

「あれは火の見櫓に半鐘って言って……」

「綺麗な音が……、あれは何を打っているんですか?」

「風鈴だね。風で鳴る音で風情を感じる物で……」

「……えらく詳しいでござるな、冬夜殿は」

 

 ちょこちょこ解説してたら八重に凄く疑念を抱かれてる。だっておじいちゃんの影響で時代劇とか結構見てたから知ってるものばっかり出て来るんだもん。まさかこの世界って未来の地球なんじゃ……。現代→滅亡→今ここ、みたいな感じで。流石にそれは無いか。

 八重の案内で神社の鳥居を横切り、竹林を抜けると開けた場所に堀で囲まれた大きな屋敷が現れた。

 九重真鳴流剣術道場 九曜館と書かれた看板が下がる立派な門をくぐり、その家の玄関に着くと八重は声を張り上げた。

 

「誰かいるか!」

 

 しばらくすると、奥から足音を立てて20歳を超えた位の黒髪を後ろで1つに纏めた女中さんがやって来た。

 

「はいはい只今……。まあ、八重様!」

「綾音! 久しいな!」

 

 綾音と呼ばれた女中は驚きながらも笑顔で駆け寄り、八重の手を取った。何あの人美人じゃーん。

 

「お帰りなさいまし八重様! 七重様、八重様がお戻りに!」

 

 綾音さんが奥に向けて声をかけている隙に、僕は八重の脇腹を肘でつつく。

 

「何でござるか冬夜殿?」

「綾音さんだっけ? 紹介してよ」

「え、嫌でござるが」

「そんなにべもなく断らなくてもいいじゃん……」

 

 そうこうしている内に、再び足音が響き渡り、30代後半位の薄紫の着物を着たどことなく八重に似た優しそうな女性が姿を現した。

 

「母上、只今帰りました!」

「八重、よくぞ無事で……。お帰りなさい」

 

 母上若っ!? 似てるから血縁だとは分かるけど姉妹でも違和感ないぞこれ! とい僕の思いを置いて母は娘を抱き寄せる。仲睦まじくて何よりで。

 

「八重、こちらの方たちは?」

「拙者の仲間達でござる。大変世話になっている人達でござるよ。あ、綾音はこの冬夜殿に近づかない方が良いでござるよ、口説かれるでござるから」

「は、はぁ……」

「名指し!?」

 

 名指しで綾音さんに対し僕に注意するよう呼びかける八重。ひ、酷い!

 

「何でそこまで頑なに口説かせないのさ!? 僕のライフワークを邪魔しないでよ!!」

「改めて聞くと酷いライフワークね……」

 

 エルゼが何か言ってるけど僕には聞こえない。

 

「あ、あの……。私は初対面の殿方とその様な不埒な行いは致しませんので……」

「不埒なんかじゃない! これは、前を往き、未来を切り開くための行い! そして明日に残る確かなものを作る為の行為だ!!」

「格好良く言ってますけど、要するに床に誘っているだけですよね」

「そうでもある!」

「何て力強い断言でござるか!?」

 

 ユミナと八重のツッコミに怯む事の無い僕。でもこれ口説くのもう無理じゃないかな? いや、まだだ!

 

「ともかく綾音さん。僕は別に最初からそこまでの関係になろうと思うほど性急な事は言いません」

「でも最終目標は?」

「当然ベッドイン」

 

 しまった、思わずリンゼの問いかけに普通に答えちゃった!?

 

「すみません、やっぱりなしで」

 

 そう言って綾音さんは去って行ってしまった。ちくしょう!

 

「八重のせいで……!」

「いやこれあんたの責任でもあると思うけど」

「でも流石にちょっとだけ冬夜さんが可愛そうですよ」

 

 僕の恨めしい目線とユミナの言葉に、八重は怯み素直な謝罪を口にする。

 

「うう……、申し訳ないでござる。綾音は少々殿方が苦手なふしがあるものでつい……!」

「確かに冬夜は積極的に行くタイプだから、苦手な人はいるかもしれないわね」

 

 八重の言葉にリーンが同意する。いや、そうならそうと言ってくれれば僕だってちゃんと配慮するよ。男性が苦手ならそれを克服するまで僕は付き合うよ、勿論克服してからも付き合うけど。

 

「ときに母上、父上はどちらでござるか? 城の方にでも?」

 

 八重の言葉に七重さんは少々視線を逸らし、その表情を曇らせる。やがて七重さんは八重の方に顔を向け、ゆっくりと口を開いた。

 

「父上はこちらにはいません。殿、家泰様と共に合戦場へ向かいました」

「合戦ですと!?」

 

 八重が驚きの余り声を荒げ母親を凝視する。戦いなんてここ数十年無かったんじゃないのか?

 

「一体どこと!?」

「武田です。数日前、北西のカツヌマに奇襲をかけて落とし、今はその先のカワゴエに向かって進軍しつつあるようです。それを食い止める為に、旦那様と重太郎様がカワゴエの砦へ向かいました」

 

 八重の問いに七重さんは言葉を続ける。どうやら隣接地の領主が突然攻めてきたらしい。戦争なんて突然と言えばそれまでだけど、宣戦布告とか無かったのか……?

 

「兄上も戦場へ向かわれたのか……。しかし分からぬ、武田はなぜそんな侵略を始めたのか……。武田領主の信玄殿が、そのような愚を犯すとは思えぬが……」

「最近、武田の領主に妙な軍師が付いたそうです。山本某と言う者だそうで。色黒隻眼で不思議な魔法を使う人物だとか……。その者に妙な事を吹きこまれたの矢もしれませぬ」

 

 七重さんが語る話を聞きながら、僕はちょっと頭がこんがらがっていた。えっと、武田の軍師で山本って確か……、武田二十四将の1人の山本勘助だよな? 分かるのかな、今の子供に。僕は時代劇見てるから何とか分かるけど。

 

「それで戦況はどうなの?」

 

 シリアスパートに入った途端無言だったリーンがそう切り出す。足元のポーラは誰が相手でも関係ないとばかりにファイティングポーズを取り、琥珀に跨っていた。何してんだ。

 

「何分急な事だったので、十分な戦力を集められず、このままではカワゴエの砦が落とされるのも時間の問題だという噂です」

「それでは父上や兄上は……!」

 

 八重のその言葉に七重さんは無言で首を振る。八重は愕然とするが、すぐにその目からは不安や怯えの色は消え、燃える様な決意の色が現れた。それはそうだ、八重はこの状況で黙って見過ごすような女の子じゃない。

 

「冬夜殿! カワゴエ砦の近くの峠なら拙者、行った事があるでござる! どうか……!」

「ああ分かったよ! 行ってやるよ、行けばいいんでしょ! 途中にどんな地獄が待っていようと、お前を、お前らを……。僕が連れて行ってやるよ!!」

「冬夜殿……!」

「でもその代わり、綾音さんに僕のいい所たっぷりアピールしてもらうからね」

「了解でござる!」

 

 僕は八重の手を握り、はっきりと自分の考えを告げる。皆の方を見ると、エルゼもリンゼもユミナも、小さく頷いてくれた。正直ユミナは置いて行った方が良い気もするけど、そんな事言える空気じゃない。……優先的に守ろう。

 

「まさか戦場に行くことになるなんてね。ま、気持ちは分かるから私も付き合うわ」

 

 肩を竦めてリーンが小さく笑う。相方のポーラハやる気満々で、琥珀に跨りながら槍のおもちゃを振り回していた。それどっから出したの。

 

「八重、その峠の事を思い浮かべてくれ」

「分かったでござる」

 

 八重の両手を握り、目を閉じた彼女の額に自分の額を軽く当てた。

 

「リコール」

 

 イーシェンに行く時と同じように頭の中に風景が浮かんでくる。大きな一本杉に遠くには砦。あれがカワゴエの砦か。和名なのにカタカナだと何かファミコンチックだよね。

 八重の手を離しゲートを開く。真っ先に八重が飛び込み、エルゼ達も次々とゲートに入り消えていく。

 その光景を茫然と眺めている七重さんに、最後に残った僕が声を掛ける。

 

「必ずご主人と八重のお兄さんを連れて帰ってきます。皆無事に戻ってきますから、心配しないで下さい」

「貴方は一体……」

 

 七重さんの問いかけに何と答えたらいいのか困ったが、すぐに決めてこう返答した。

 

「僕は望月冬夜。全ての美人の味方です」

 

 それだけ言って僕もゲートを潜り抜けた。



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鬼仮面、そして全体回復魔法。派手に癒すぜ!

私は大丈夫ですが皆様台風での被害は遭わなかったでしょうか?
このところ自然災害が猛威を振るっていますね、不安です。
そしてこのSSに対するモチベもどんどん下がっていますが、完結まで後20話もないので頑張ります。


 ゲートを抜けた峠の先から見えたのは黒煙を上げ、責められている砦の姿だった。一応言っておくけどBL的な意味じゃないよ。

 ロングセンスを使い資格を砦の方へ飛ばす。

 小高い山の上に聳え立つその砦は、何とか敵兵を防いでいるものの至る所から火の手が上がり、消火と迫り来る敵の撃退で精一杯に見える。

 絶える事無く火矢が飛び交い、その隙をついて砦の防壁を敵の兵士たちが登ろうと群がっている。

 僕は懐からスマホを取り出し、八重のお兄さんと検索。前にやったから情報は出る筈だけど……。居た、砦の中、城壁の手前で左右に動いている。無事らしい。

 

「お兄さんは無事だよ。お父さんの方はちょっと分かんないけど……」

「っ! 早く砦に向かわないと……!」

「待ちなさい。貴方あの中に飛び込んで無事でいられると思うの?」

 

 すぐにでも砦へ向けて駆け出そうとする八重をリーンが止める。実際砦は敵兵で囲まれ、近寄るのは容易じゃなさそうだ。

 

「ならリーン殿、背中の羽根で飛んでいけないでござるか!?」

「無理よ。背中の羽根は退化してしまって、ちょっと浮く程度しか出来ないわ」

「というか、この状況で空を飛んでいたら完全にいい的ですよ」

 

 八重は自分の出したアイデアがリーンの不可能発言と、ユミナの言葉によって否定されて項垂れてしまう。

 

「大丈夫だよ八重。僕がロングセンスで1キロ先を確認してゲートで跳ぶ。これを繰り返せば砦の中に入れるから。目立つと拙いから、まずは僕1人で砦まで行って改めてここにゲートを開くから、皆は待ってて」

「あの……」

 

 僕が砦へ行く方法を提示すると、八重は安心した素振りを見せたが代わりにリンゼがおずおずと手を上げる。

 

「何、リンゼ?」

「その方法だと、砦には不法侵入しますよね」

「するね」

「……怪しまれますよね」

「怪しいよね」

 

 そう、この方法たった1つの欠点。それは単に向こうが誤解で襲い掛かってこないかという問題だ。

 

「ねえリーン、僕はどうすればいい?」

「八重を連れて行けばいいじゃない」

「それだ」

 

 という事で八重を連れて2人でカワゴエの砦を目指す事になった。とその前に

 

「琥珀、皆の事を頼む。何かあったら連絡を」

『分かりました』

「この子、喋るの!?」

 

 リーンが僕に返事をした琥珀に驚い目を丸くしていた。あ、思わず普通に喋っちゃった。黙っててくれるといいなあ……。ま、何とかなるでしょ。何とかなるよね……?

 ともかく今はロングセンスを展開し1キロ先を視認し、砦の手前の林の中にゲートを開いて八重と共に転移。戦場特有の雄たけびや怒号が飛び交い、焦げ臭さと血の臭いが漂っていた。

 目の前の砦を見上げ、ここからどう跳ぶか考える。後2回位で入れると思うけど、敵兵に見つかりたくは無い。スニーキングミッションだ。

 ロングセンスで視界を再び飛ばすが、どこもかしこも敵だらけだ。仕方ない。敵の少ない場所へ行き、その辺りを制圧してからゲートを繋ごう。

 しばらく視点を切り替えながら、比較的敵兵が少ない場所を探す。すると、砦の側面から少し離れた所に丁度いい場所を見つけた。ここなら目の前にいる弓兵を2人倒せばしばらく時間を稼げそうだな。

 

「ブレードモード。八重も刀を抜いて、これから2人敵兵が居る所に行くから」

「承知した」

 

 ブリュンヒルドを長剣に変えながら八重にも戦闘準備を促す。そしてゲートを使い2人の敵兵の後ろ、死角になる所へ転移。そのまま狙いを定め、八重と同じタイミングでそれぞれ敵兵を斬る。ん、何か感触がおかしいような……。

 2人の敵兵は背中を斬られてそのまま倒れこんだが、何事も無いかのようにゆっくりと立ち上がり腰から刀を抜いた。なん……だと……。

 僕が驚いたのは斬られてすぐに立ち上がってきたのもあったが、それ以上に相手の異様な姿にある。

 日本風の鎧兜に身を包み手には刀。それはいいとしても、その顔にかぶせられた仮面が異様さを醸し出していた。

 鬼の仮面だ。角を伸ばし、憤怒の表情を浮かべる赤い鬼。範馬勇○郎かな?

 更に異様な点として、鎧兜の覆われていない部分や敗れた服の隙間から覗く皮膚が、仮面の様に赤い事だった。まるで赤鬼そのものが仮面を被っている様だ。

 相手の異常さを僕より先に察したのか、すぐさま八重が刀で敵兵の首を刈り取る。恐ろしく迷いの無い速攻、僕じゃなきゃ見逃しちゃうね。

 

「スリップ」

 

 僕も負けじと、もう1人の敵兵をスリップで転ばせてから兜割で相手の頭を仮面諸共叩き割る。すると仮面が粉々に砕け、それきり動かなくなった。

 ……とりあえず、頭が弱点だな。

 そう言えばと思い八重の方を見ると、そこには頭だけで動き周り八重を追い詰めようとする敵の姿があった。

 

「ひぃっ、お化けでござる!」

 

 怯える八重を尻目に僕はブリュンヒルドでゆっくりと化した敵兵の仮面を砕く。すると、ゆっくり敵兵は動かなくなった。よし、これで無力化完了だな。仮面が弱点だったのか……。

 

「何でござるか、こやつらは……」

 

 それは僕が聞きたい、と思いながら何気なく倒れた敵兵に近寄る。この臭い、死臭か!? まさか、あの仮面で死体を操って兵士に仕立て上げている? 便利な世の中になったなあクソが!

 そういえばさっき斬った時に返り血を浴びなかった。死んでいるから心臓が動いて無いから、と考えれば納得できる。……出来るか?

 

「死体を操る、ネクロマンサーって所かな」

 

 ゾンビ兵って言うにはちょっと機敏すぎる。こんな奴らが襲ってきているのなら、八重のお兄さんは沼に挑戦しに来たカ○ジを迎え撃つ一条みたいな気持ちでいるのだろう。

 ロングセンスで砦の中に視覚を飛ばす。八重のお兄さんを探して直接会った方が良いだろう、八重いるんだし。

 えーっと、この人かな? 黒髪黒目、右頬に刀の傷跡。黒い鎧を着こみ、穏やかそうだが身のこなしは只者では無い。身体中返り血に濡れ、檄を飛ばしていた。

 一応八重にも確認する。八重も間違いないと言ってくれた。

 

「ゲート」

 

 いきなり目の前に現れると問答無用で斬られそうだから、ゲートを開いた状態を保ち間を空ける。向こうでは光の扉が突然現れた状態になっているはず。あれ、余計警戒されない? とはいえやっちゃったものしょうがない、ゆっくりと扉を潜り、八重のお兄さんの前に転移する。八重が。

 

「何で拙者が!?」

「いや、僕がいきなり現れても普通に怪しいし。八重が説明してくれれば話がスムーズに進むから」

「冬夜殿も来て下され、細かい説目には冬夜殿が必須でござる!」

「その言い回し何かおかしくない?」

 

 微妙に納得いかない気持ちを抑えつつ、僕も一緒に転移する。

 

「八重……? 本当に八重なのか?」

「はい!」

「……本当に八重のようだな。いきなりで悪いが、説明してくれ」

「勿論でござる!」

 

 そうして八重は、自分達が八重のお兄さんの危機を知り助けに来た事。僕はベルファスト王国で知り合った仲間で、さっきいきなり現れたのは僕の無属性魔法だという事を説明した。纏めると超あっさり。

 

「ゲート」

 

 何となくもういいかと思い、残りの仲間を呼ぶためにゲートを発動。僕は一旦ゲートを潜り、仲間を連れて砦に戻ってきた。

 

「いきなりぞろぞろ何人も連れ込んですみませんね」

「いや、今は人手が足りない。助かる」

 

 僕はひょっとしたら邪魔になるのでは、と思い軽く謝罪したがどうもその心配はいらなかったみたいだ。

 

「それよりも兄上、父上はご無事なのですか?」

「ああ、無事だから安心しなさい。父上は家泰様の警護をしている。後で会うといい」

 

 父親を心配する妹に優しく語りかける兄。絵になるなあこの人。僕もああなりたい。

 しかし、この状況は酷いな。そこらに怪我人がうずくまって動けなくなっている。丁度いいしアレを試してみるか。駄目だったら僕が1人1人回復魔法を掛ければいいし。

 スマホを取り出してマップアアプリを開く。マルチプルはエンチャントしてあるから、後はプログラムだけだ。

 

「プログラム開始

/発動条件:画面でターゲットをタッチ

/対象補足:マルチプルにて同じターゲットを全て

/プログラム終了」

 

 これで1つずつロックする必要はなくなる。あれかったるかったんだよねー。

 徳川郡の気が人で検索すると、画面上に対象を示すピンが次々と落ちていく。結構いるなあ。画面マップを引いて、砦全体を範囲内に入れる。

 ターゲットを1人タッチしてロックすると、画面上で次々と他の人もロックされていく。横を見ると、怪我をして蹲っている兵士の上に小さな魔法陣が浮いていた。マルチプルの魔法陣だ、準備完了。

 

「癒えよ、雄々しく、そして激しく! キュアヒール」

「どう聞いても回復魔法の詠唱じゃないわ」

 

 エルゼのツッコミを尻目に、魔法陣から柔らかな光の粒が降りてくる。やがてそれが怪我人を包むと、対象になった者達の傷がみるみる塞がり回復していった。

 しばらくすると砦の至る所から歓声が上がり、目の前にいた怪我人の兵士も不思議そうに立ち上がって身体を動かしていた。

 

「ちょっと、何したの? 回復魔法をかけたのは分かったけど、まさか……」

「砦の怪我人を全員治した。上手くいったよ」

 

 僕の言葉にリーンが呆れた様な顔を向けてきた。まあ、何となく言いたいことは分かる。散々言われてきたし。

 

「怪我人が……、これは一体……?」

「冬夜殿の回復魔法でござる」

 

 目を丸くして辺りを見渡す重太郎(八重の兄の名前、どこで知ったとか言わないで)さんに、八重はそう言って僕の方へ視線を向ける。

 

「あくまで傷をふさいだだけですから、あまり無理はさせないようにして下さい。失った血は戻ってませんので」

「あ、ああ分かったよ。ちゃんと通達しておこう」

 

 重太郎さんはまだ驚きから回復していない感じで、僕に返事をする。とりあえずこれでけが人はどうにかなった。後は砦に群がる死体兵団を何とかするだけだな。

 

「いっちょ、派手に行きますか!」

「もう十分派手な事はしましたけどね」

 

 リンゼは相変わらずツッコミが鋭いなあ。



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雷、そして密書。それよりもくノ一!

「ところで敵兵に混じっている鬼の仮面を被った奴らはなんなんですか?」

「分からない。あの仮面を壊すまでは、槍で刺されようが腕を斬られようが動きを止めない。まるで生きる屍だ」

 

 かぶりを振って重太郎さんが答える。機敏だから一度は否定したけどやっぱりゾンビなんだろうか。考えてみればリアルでゾンビなんて見た事無いし、実際は機敏でも変じゃないよね。

 すると、城壁から身を乗り出し、リーンが仮面の兵士達を睨みつけていた。

 

「ふうん……。何かの無属性魔法か、でなければアーティファクトかしらね」

「アーティファクト? 何か聞いた事がある様な……」

「古代文明の遺産、強力な魔法の道具の事よ。あなた前にベルファストの王城で破壊したって、シャルロッテが言ってたから知っているものと思っていたけど」

 

 あー、そういえばそんな事あったなー。バルサ伯爵とユミナとの婚約の印象が濃くて忘れた。

 にしてもアーティファクトか。死体を操るコントローラー的な物があるとして、あの仮面は受信機みたいな物かもしれないな。ラジコンみたいなものか。

 

「まあ、何にしろ仮面の奴らは厄介だ。一気に殲滅した方がよさそうだな」

「……何だって?」

 

 不思議そうに重太郎さんが僕を見ているのを尻目に、スマホのマップアプリで仮面の武田兵と検索する。画面上の砦の周りにピンが凄い勢いで落ちまくり、その内の1つをタッチすると全てのターゲットがロックオンされた。

 

「な、何だあれは……?」

 

 誰かの呟きに目を向けると、空に光を放つ小さな魔法陣が無数に浮いていた。

 マルチプルによるロックオンは完了。

 さあ、発動だ。

 

「ものみな眠る小夜中に

 水底を離るることぞ嬉しけれ

 水のおもてを頭もて

 波立て遊ぶぞ楽しけれ

 澄める大気をふるわせて

 互いに高く呼びかわし

 緑なす濡れ髪うちふるい

 乾かし遊ぶぞ楽しけれ

 Briah――

 シャイニングジャベリン」

 

 呪文が終わると、全ての魔法陣から光の槍がそれぞれのターゲットを目指して降り注ぐ。まるで天から落ちる雷の様に。

 轟音の様な地響きが鳴り響き、土煙と光の粒が火花の様に弾け飛ぶ。

 やがて雷は消え去り、武田勢の半数以上が倒れ動けなくなっていた。

 そのまま武田兵を検索し、ロックし直す。

 

「パラライズっと」

 

 残りの一般兵達も突然身体が痺れ、その場に崩れ落ちる。一部は護符を持っていたのか痺れなかったようだが、自陣の壊滅状態を目の当たりにして一目散に逃げ出した。

 

「ま、ざっとこんなもんさ」

 

 しばらく呆然としていた砦の徳川軍だが、状況が把握できると皆一斉に勝鬨の雄たけびを上げた。助けた僕が言うのもなんだけど、こんな人頼みでそこまで叫ぶのか……。いや、戦国なんだから結果だけが正義か。

 

「今のは……、君がやったのか……?」

 

 重太郎さんが掠れた声で尋ねてくる。信じられないものを見る目で砦の周囲で倒れる武田兵を眺めていた。

 

「ま、そうですけど。あ、あんまり騒がしくしないで下さいね。お礼なら最高級の遊廓で構いませイタタタタタ」

 

 右手が強烈な痛みの信号を発しているので右を見ると、そこには手を抓ってくるユミナの姿があった。

 

「な、何するのさ!?」

「いえ、冬夜さんはいずれ王族になる方なのに子種をあちこちに振りまかれるのは都合が悪いのでつい」

「あ、そう言う心配? それなら大丈夫、避妊が出来る無属性魔法を最近見つけたかrアアアアアア!?」

 

 今度は左腕にダメージを受けたので左を見ると、今度はエルゼが左腕にアームロックを仕掛けていた。

 

「ちょ、痛いんだけどエルゼ!?」

「だって、初対面の相手にいきなりお礼の強要とかするから」

「いやこういうのは最初に言った方が良いって! ほら重太郎さんからすれば僕は八重が連れてきた人ってだけだしさ! 圧倒的な力持っている奴がどんな奴か分からなかったら怖いじゃん? だからこうやって――」

「もうちょっと他に示し方あるでしょうが!!」

「アアアアアアアアアア! やめようエルゼにユミナ、今時暴力ヒロインとか流行らないって! 今は従順デレデレが一世を風靡する時代だよ多分!!」

「それただの都合のいい女じゃないですか!!」

「確かにぃぃいいいい!!」

 

 右と左でまるで違う痛みを味わう僕を尻目に、リーンが呆れたように僕らを見る。

 

「あなた達っていっつもこんな感じなの?」

「はい。大体そうです」

 

 リンゼがリーンの質問に律儀に答えていた。というかそろそろ止めて!!

 

 

「まずは此度の助太刀、心から御礼申し上げる」

 

 砦の天守閣、いや砦なのに天守閣ってあってるのかな? ともかく天辺の15畳ほどの板の間で、上座に座る恰幅のいい40代前半のちょび髭男が深々と頭を下げた。徳川家泰。この砦がある領主の主であり、9人いる諸侯の1人だ。

 

「いえ、こちらに出向いたのは偶々の事です。どうかお気になさらぬように」

 

 僕らの前に座り、家泰と話しているのはユミナだ。ベルファストの王女という立場を取り、あくまで僕らはその護衛という事になった。その方が向こうにも分かりやすいかと思ったからだが、おかげで助かった。

 八重はユミナの護衛の1人という事にした。そのつながりでここに助太刀に来たという形にしたわけだ。実際その通りだしね。

 

「それにしても八重がユミナ姫の護衛とは……、全く驚いたぞ」

 

 家泰の横に座るがっしりとした40代後半の偉丈夫が九重重兵衛。八重の父親にして、かつてソードレック子爵家で指南役をしていた人だ。今は徳川家の剣術指南役を務めているらしい。こんな所で話だけ聞く人に出会えるとは、センチメンタリズムな運命を感じずにはいられない。

 

「して、そちらの……。我が砦を救って下さった彼は……?」

 

 家泰さんがユミナの後ろに控える僕に視線を向ける。その目は何だろう、僕の力に対する興味か恐怖か。僕にはよく分からなかった。

 

「この方は望月冬夜さんと申しまして、私の護衛であり、未来の旦那様です!」

 

 きゃっ、と頬を染めながらまるで牽制するかのように僕に抱き着くユミナ。え、何? 今の家泰さんの視線の意味は僕を値踏みしてたって事?

 ほぉ~、と感心とも驚きとも取れる声を洩らす領主と指南役。なんだその反応。

 

「いや成程。ベルファスト王女の許婚ともなれば、あの偉業も納得できますね。もしただの護衛であれば、とびきりの美女を用意して我ら徳川は歓迎したのですが」

「ほう……、とびきりの美女ですか……。興味があるので是非紹介して頂けませんかね? いやこれはいやらしい意味ではなく、ベルファストとイーシェンの将来の為に」

「ハッッッ!!」

 

 僕の言葉を途中で遮り、的確に膵臓に肘を叩きこむユミナ。家泰さんは明らかに引いているが、ユミナはどこ吹く風だ。というかどこで覚えたのこんな技術。

 

「私が育てたわ」

「何してくれてるのさリーン」

 

 僕がリーンに非難の目を向けているが、誰も気にすることなく話は進む。

 

「ところで1つお聞きしたいのですが、ニルヤの遺跡なる場所をご存じないでしょうか? 我々はそこを目指してイーシェンへ来たのですが……」

「ニルヤ……?」

 

 ユミナの問いかけにしばし考え込んでいた家泰さんだったが、やがて何かに思い当たったのか膝を叩いた。

 

「ああ、ニライカナイの遺産があるという遺跡の事ですな。私は詳しくは存じませぬが……。重兵衛はどうだ?」

「確か……、ニルヤの遺跡は島津の領地にあったかと。しかしあそこは海の底ですぞ。入る事さえままならないと思いますが……」

「海の底!?」

 

 まさかの海底遺跡!? どうしよう、ゾー○の服なんて持ってないよ。

 まあ行ってみないと何も言えないな。とにかく場所は分かったんだから早速出発――しないよ?

 

「武田軍ですが、あれで引き下がると思いますか?」

 

 僕が家泰さんに尋ねると、彼は腕を組み唸り始めた。

 

「確かにまた態勢を整えて攻めて来るやもしれぬ。鬼面の兵士を更に増やし、大砲を持ち出してくるかも……」

 

 いくら兵士達を増やしても殲滅出来るけどね。でも兵士の補充の為に他を虐殺、なんてことされたら流石に夢見が悪すぎる。

 

「しかし、此度の鬼面兵といい突然の侵略といい訳が分からぬ。武田の領主、真玄殿は武田四天王と呼ばれる4人を武将を率いる猛者ではあるが、今回の戦いは真玄殿らしくないように思える。やはりあの噂は本当なのだろうか……」

「噂?」

 

 家泰さんの呟きに思わず尋ねてしまう。それに対して返答したのは重兵衛さんの方だった。

 

「既に真玄殿は亡くなっているという噂だ。そしてその死体を操り、武田軍を意のままにしているのが、闇の軍師・山本完助だと」

「山本完助……」

「あの鬼面兵を見る限り、有り得ない事じゃないわね。死体を操る事に特化した魔法、もしくはアーティファクト使いなのかもしれない」

 

 重兵衛さんの話を聞いて、リーンが自らの考えを述べる。確かに有り得る話だ。武田を乗っ取って、最終的にはイーシェンの王になろうというのか。

 これじゃ武田軍を何とかしないと、遺跡どころじゃないな。

 

「その山本完助を何とかすれば、丸く収まりますかね?」

「それはそうかもしれんが……。あくまで真玄殿が亡くなっているというのは噂に過ぎないからな。それに完助は武田の本陣、ツツジガサキの館に籠って出てこないらしい」

「スニーキングミッションの始まりか」

「忍び込むつもりでござるか!?」

 

 八重が驚きの声をあげるが、ぶっちゃけ他に方法無くない? ロングセンスとゲートで十分できると思うけど、見つからないためには姿を消す魔法なんかあると便利なんだけど……、あ。

 

「リーン、確か背中の羽根を光魔法で見えないようにしてるんだよね? それって身体全体を見えないようにする事も出来るの?」

「出来るけど……、いいの?」

「何が?」

「いや、内政干渉にならないかしら?」

 

 ……ああ、そう言われるとそうかもしれない。

 ……どうしよう。

 

「大丈夫ですよ冬夜さん、リーンさん。これはあくまでアーティファクトを悪用している者の討伐、という体にすれば何とかなります」

 

 僕とリーンが困り顔なのを見てユミナが手助けをしてくれた。成程、事はイーシェンだけじゃ済まないかもしれないもんね。

 

「……多分大丈夫です」

 

 一気に不安になった。

 

「まあ、それはさておき問題はそのツツジガサキにまでどうやって行く方法ね。八重は行った事があるのかしら?」

「いや、拙者はござらん。父上は?」

「ワシも無いが……、それがどうかしたのか?」

「ツツジガサキに行った事がある者がいれば、冬夜殿の魔法で一瞬で転移出来るのでござるよ」

「何と……!」

 

 驚いた様子の十兵衛さんと家泰さんが再び僕を見る。僕はどうしていいかよく分からないので曖昧な笑みで誤魔化した。何言えっていうんだ。

 

「ツツジガサキへの案内、私が務めましょう」

 

 どこからともなく天守閣の間に声に響き渡る。ここにいる誰の声でも無い。僕は咄嗟にブリュンヒルドを抜き放ち、天守閣を周回する高欄付きの周り廊下に銃口を向けた。

 

「誰d」

「誰だ!」

「あ、台詞取られた」

「言ってる場合ですか」

 

 重兵衛さんに台詞を取られたが、とりあえず銃はそのまま構える僕。

 すると、高欄付きの廻縁の陰から1人の人物が姿を現す。ところで高欄付きの廻縁って分かる? 天守閣の外側の回廊部分の事なんだけど。知名度どれくらいあるのこれ?

 っと、それより出てきた人物に注目だ。うわお、忍者じゃん。しかもくノ一。見てそれとすぐに分かる黒装束だけど、真昼に着けるものじゃないだろ。でも鎖帷子と下半身の絶対領域のコンボで服装がなんかエロく、胸も大きくて顔も凄い好みなので何の問題も無いです。

 

「私は武田四天王がひとり、高坂政信配下、椿と申します。徳川家泰様宛の密書をお持ちいたしました」

「何、高坂殿の!?」

 

 床に膝をつき、懐から密書を取り出してその場に置くと、くノ一はそこから1歩下がった。仮にもさっき戦った敵だから、油断は出来ない。のでユミナにそれとなく魔眼で見てもらった。

 

「どう?」

「悪人ではありませんが、戦争は別に正義と悪のぶつかり合いではありませんから……」

 

 成程、それもそうだ。ならいつでもパラライズ出来るように構えておこう。

 その間に家泰さんはくノ一から目を離さず密書を読んでいく。すると家泰さんの顔が、驚きから厳しい物へと変化していく。一体何が書かれているんだ。

 

「殿、密書にはなんと?」

「どうやら噂は本当だったらしい。武田軍は今や傀儡の軍と化しているようだ」




高欄付きの廻縁って言葉イセスマで初めて見ましたよ私。
皆さんはどうですか?


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武田の事情、そして潜入。ロクでもないのはだーれだ?

「なんですと……!?」

 

 重兵衛さんが絶句する。噂通り、武田軍は既に山本完助によって支配されているらしい。

 

「真玄殿は既に亡くなり、武田四天王も高坂殿以外全て地下牢へ投獄されているらしい。なんとか完助を止めて武田を救ってくれとある」

「高坂様は完助に従う振りをして、武田奪還を考えております」

 

 椿と名乗ったくノ一が言葉を添える。完助は亡くなった真玄を傀儡に武田を市中に治め、それに気付いた四天王を投獄し、完助の考えに追従した振りをした高坂のみがその配下として動いている、という感じかな。

 

「正直に言えば、徳川は武田の為にそこまでする義理は無い。だが、このままでは完助が操る鬼面兵に徳川がやられてしまうだろう。情報の信憑性もあるのでその話を聞き届けたいが……。恥ずかしながら我らに武田を救う力は無い。徳川を救うのも武田を救うのも、全ての決定権はベルファストから来た客人達にあるようだ」

「ちょっと待って下さい。情報の信憑性って何ですか」

 

 余りにも話がとんとん拍子に進むので思わず口を挟む僕。信憑性って何の事?

 

「ああ、我等徳川と武田は代々仲が悪くてな。我等に助けを乞うなど本来なら異常事態なのだよ」

「はあ……」

「それに冬夜殿なら、相手が罠に掛けるつもりでも何とかなるだろう?」

「図々しいなおい」

 

 思わず敬語すら忘れてツッコミを入れてしまう僕。おまけに根拠も弱いし。まあ確かに、大抵の事なら何とかなると思うけど。

 それによくよく考えればここで搦め手を使う意味は武田には無い。なぜなら鬼面兵を使い続ければ普通に徳川を制圧出来るからだ。正攻法で沈められるのにわざわざ搦め手を使う理由が無い。家泰さんもその辺りを考慮して言っているんだろう。

 

「お願いします、冬夜さん」

 

 ユミナも同じ考えなのか、僕に武田を救うよう指示を出してくる。しょうがない、今はユミナの護衛だしリアルくノ一の頼みを断る選択はしたくない。

 

「やるよ、ツツジガサキへ潜入する。安心してニルヤの遺跡に行きたいからね」

「感謝します」

 

 くノ一、椿さんが頭を下げた。

 

「となると、あまり大人数で潜入する訳にはいかないし、僕と椿さん、リーンの3人で潜入しよう」

 

 武田内部に詳しい椿さんと、打撃と魔法に長けたリーンがいれば何とかなるでしょ。あ、ポーラは悪いけどお留守番ね。その事を伝えたらふざけるな、とばかりに飛びかかってきたのでデコピンで迎撃した。

 

「よし、じゃあ早速――」

「待って待って! こんな真昼間から忍び込むの!? 夜になるのを待ってからの方が良いんじゃない?」

「拙者は一旦に家に帰りたいでござる。兄上と父上の無事を伝えねば」

「ライムさんにも、帰れないって伝えた方がよいのでは……」

「今は砦の皆さんに、食料を届けることを優先しましょう」

 

 僕が勢い込んで立ち上がると、皆が静止しもっともな意見を言ってきた。確かにそうだし、これは僕の考えなしだった。

 

「……皆さんのおっしゃる通りです」

 

 すると、その様子を見ていたリーンが面白そうに僕に言う。

 

「とても無数の敵を殲滅した強者とは思えないわね」

「……古来より男は女に勝てない様出来てるものなんだよ」

「あらそう」

 

 僕が軽く反論するも、リーンはどこ吹く風だ。

 ……とりあえず、まずはベルファストの家に帰ってライムさんに一泊する事を伝えるとするか。

 

 

「それじゃ椿さん、ツツジガサキの館が見える場所を思い浮かべて下さい。なるべく人のいない所をお願いします」

「分かりました」

 

 目を瞑っている椿さんの両手を握る。あれこれ実はキス待ちだったりしない? 何か顔赤くない? 気のせい? ともかくまずはやる事やっちゃおう。

 

「リコール」

 

 魔力を集中させて額を合わせる。椿さんは背が僕と同じくらいなので、八重の時の様に少し屈む必要は無かった。ぼんやりと複数の堀に囲まれた大きな平屋の館と、それを取り巻く城下町が脳裏に見えてきた。あれが武田領地の本陣、ツツジガサキか。

 

「ゲート」

 

 椿さんから離れ、ツツジガサキへ向かうゲートを天守閣の中で生み出す。

 

「じゃあ行ってくる」

〈琥珀、何かあったら連絡よろしく〉

〈分かりました〉

 

 琥珀と僕はかなり離れていても念話で話す事が出来る。これならもし、こっちで何かあってもすぐに駆けつけることが出来る、だろう。

 開いたゲートにまずリーン、次に椿さん、最後に僕が飛び込んだ。

 ゲートを抜けると、真上には月の無い夜空に星だけが瞬いていた。辺りは鬱蒼とした森で、遠くに松明の明かりが見える。あれがツツジガサキの館だろう。

 

「あそこに潜入するのか……」

 

 とりあえず様子を見ようと、ロングセンスを展開し視覚を飛ばす。堀に囲まれた中でいくつかの橋があり、当然ながら城門は閉ざされていた。

 門の前には鎧兜で武装した屈強な男達が槍を持ち、門番として立ちはだかっている。

 更にその門の先を見ると、迷路のように城堀が続き、その横手には井戸があった。その場所から少し離れた所には隠れるにはうってつけの庭木がある。ならまずはここに転移しよう。

 

「ゲート」

 

 早速ゲートを発動し、それを潜り抜けようとするもなぜか突き抜けてしまい、門の前から一歩進んだだけだった。

 

「これって……」

「護符による結界ね。おそらくそれがゲートの転移を阻んでいるんだわ」

「やっぱりそれか」

 

 前にオルトリンデ様が言ってたし、ミスミドでも1回これと同じ事があったな。

 

「おそらく完助の手によるものでしょう。私だけなら適当な理由で中へ入る事が可能ですから、その護符とやらを破壊します」

 

 そう言って館の方へ歩き出す椿さんを、リーンがスライディングで制止した。

 

「何でスライディングしたの?」

「やめときなさい。結界を壊せばそれを仕掛けた本人、完助にもばれる可能性が高いわ。誰が壊したまでは分からなくても、警戒されるのは得策じゃないわに」

「わに?」

「ではどうするので?」

 

 椿さんがリーンに問いかける。ここはやっぱりあれしか有り得ない。

 

「リーン、透明化の魔法で潜入しよう。僕とリーンが透明になって、椿さんに先導してもらって門を通り抜ける。これなら大丈夫でしょ?」

「透明化じゃなくて視覚の……、まあいいわ。それじゃそこに立ちなさい」

 

 言われるがままにリーンの正面に立つ。僕に手をかざし、彼女が魔力を練り始めると僕とリーンが立っている地面に魔法陣が浮かんできた。

 

「光よゆがめ、屈曲の先導、インビジブル」

「魔法名はどう聞いても透明化なんだよなあ……」

 

 リーンが呪文を唱えると、足元の魔法陣が上昇し僕らの身体を通過していく。頭の天辺まで通り抜けると魔法陣は静かに消えた。

 

「消えた……」

 

 椿さんが驚きの声を上げる。え、もう消えてるの? でも自分の姿もリーンの姿も見えるんだけど?

 

「リーン、僕らにはこの魔法の効果は無いの?」

「当たり前でしょう? 自分の体まで見えなくなってしまったら、不便で仕方ないわ」

「あ、声は聞こえるんですね」

 

 椿さんはどこか安心したような声でそう呟いた。消えているのは確かみたいだけど、どうにも実感が湧かないな……。

 と思っていたらリーンがいきなり笑い、椿さんの背後に回ったかと思うといきなり両手で彼女の胸を揉みしだいた。

 うわ下衆い顔してるよリーン、あれじゃスケベ親父と大差ないな。

 

「ふひゃあぁあぁああっ!?」

「ちょっと冬夜―、見えないからって何してるのよー」

「と、冬夜さん!?」

「違う違う僕じゃない! リーンだから! 僕一歩も動いてないから!!」

 

 私はここにいるよアピールの為に近くの木を揺らして見せる。というか声の聞こえる方向とかで分かるでしょ!?

 

「やっ……、ああっ、ちょ、そんなに……。あうんっ!」

「見た通りかなりあるわね……。しかも予想より柔らかい……」

「ま、マジで!?」

 

 気になる。椿さんの胸の柔らかさもだけど、それ以上に彼女の揉まれている時の表情が。涙目で頬を赤らめ羞恥に悶えながらも体の反応には逆らえない。エロい、エロ過ぎる。明らか感じてるじゃーん、これはR-15ですわ。

 

「えー冬夜、直に行けって? 仕方ないわねこのスケベ」

「言ってないから!」

 

 しかし直か……、直!? 直接揉むって事!? え、どうしよう!? 止める!? 止めた方が良いよね!? でも止めたくない! 年上美人くノ一がロリババアにおっぱい揉まれて喘ぐ光景見たくない男って居る!? 居たらホモかロリコンかブス專だよ!? そして僕はそのどれでもない!!

 

「ほらほら冬夜、もっと近くで見なさいな」

「う、うぅ……」

 

 リーンの言葉に僕は少しずつ吸い寄せられるかのように椿さんの下へ向かう。

 重力とは本来どんなものにもある。大きい程それが持つ重力も大きくなるんだ。つまり地球と同じ大きさのものがあれば、その物は地球と同じ重力を持つ。つまり僕が巨乳に目を向けてしまうのも同じ理屈なんだ。だから――

 

「さあ揉め、リーン!」

「ごめんなさい、そんな本気で叫ばれると私引くわ」

 

 何か凄い勢いでリーンに梯子を外された。

 一方、椿さんはその隙にリーンの拘束(?)を外し

 

「いい加減にして下さい!」

「「グハァ!!」」

 

 僕らにラリアットを叩きこんだ。リーンは顔面に、僕は首にダメージを受け悶え苦しむ。ちょっと待って本気で息できなかった一瞬。

 

「い、痛いじゃない……。何でよ、私美少女なのよ? 普通ちょっと胸揉んだ位で顔面にラリアット叩きこむ?」

「セクハラは同性でも成立するんだよ……。それより僕何にもしてなのに攻撃されたんだけど、そっちの方が問題でしょ」

 

 僕とリーンが互いに自己弁護する。その姿がどう見えるかは知らないが、それを見た椿さんは一喝した。

 

「お2人とも破廉恥です!!」

 

 どこの委員長だよ。

 

 

「高坂様からの使いだ。通して頂きたい」

「確かに。しばしお待ちを」

 

 椿さんが手にした鑑札を見て、門番の2人は重々しい扉をゆっくりと開いた。通用口が無いんだなここ。不便じゃない?

 開かれた扉の間から、素早く姿を消した僕とリーンが中へと滑り込む。その後から椿さんが門を抜けると再び音を立てて門が仕舞った。潜入成功だ。

 

「ところでリーン。1つ聞きたいんだけど、この魔法って解除される条件とかってあるの?」

「そう言えば言ってなかったわね。この魔法は人に触れられるとバレるわよ、光を迂回させて対象物を見えなくしているだけだから」

 

 そういう事は先に言ってほしいな。

 ともかく、まずは地下牢に捕らわれている武田四天王のうち3人助けに行くとしよう。もし戦えるのなら味方になってくれると有難い。と椿さんに言うとすぐに賛同してくれた。

 

「地下牢はこっちです」

 

 椿さんの後ろを追いかけて、月の無い闇夜を僕らは駆けていく。

 それにしても彼女、尻もエロい。

 

「それ私も思ったわ」

「やっぱり?」



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四天王、そして救出。水着回の伏線貼っとくか

 館の西、曲輪の端に建つ家屋の中に地下牢はあった。流石に鑑札を持った椿さんもこの中には入れなかったらしく、仕方ないので彼女もリーンのインビジブルで透明になってもらった。

 

「だから透明化じゃないってば」

「だって名前が……」

 

 透明化じゃないと言い張るリーンを適当に躱しながら中へと潜入する僕ら。中で待機している番人の部屋を通り抜け、石で組まれた地下へ向かう階段を降りていく。

 牢屋は石と木で作られた座敷牢であった。その中で1人の老人が目を閉じ、座禅を組んでいる。老人は白髪交じりの長い髭の巨漢で、顔には深い皺がいくつも浮かんでいる。

 

「誰だ」

 

 座禅をしたまま突然発した声に僕らは驚いて足を止めた。姿を消しているのにこの人は気配だけで僕らを察したというのか。え、そんなのあり?

 

「何だかんだと言われたら」

「答えてあげるが世の情k」

「馬場様、椿です。高坂様の命にて助けに参りました。内藤様と山県様はどちらに?」

「高坂の……? ふん、やはりあやつが完助の軍者に下ったというのは偽りであったか。全く食えぬ奴よ」

「あれれー、僕らスルー?」

「椿ったらまだ怒ってるのー?」

 

 僕らをスルーして、武田の四天王が1人馬場信晴が笑う。というか馬場さんは僕らについて疑問に思ってよ。

 

「内藤と山県は奥の牢に居る。というかさっきから知らぬ声がするな、姿を見せよ」

 

 リーンが魔法を解くと馬場さんは片眉を上げて、僕らを眺めている。

 

「さっきのふざけた言葉の主はこの2人か。何者だ?」

「こちらは徳川殿の客人である望月冬夜殿とリーン殿です。望月殿は徳川に攻め込んだ鬼面兵15000を1人で打ち倒したほどの実力者です」

「何だと!?」

 

 馬場さんの目が見開かれる。あれ15000も居たんだ、エンドレスエイトみたいな数だな。

 馬場さんが信じられないと言った感じで僕を見てくるけど、だからと言って僕にどうしろというんだ。とりあえずさっさと脱獄させるか。まさか魔法で吹っ飛ばす訳にもいかないし……、そうだ。

 

「モデリング」

 

 座敷牢の講師になっている角材を変形させて、人1人通れる出口を作る。すぐにそれは完成し、易々と馬場さんは牢から出てきた。

 

「随分と不思議な事が出来るんだな、小僧」

「小僧って……」

 

 いや確かにあなたよりは年下ですけど小僧って。

 

「言われてるわね最年少」

「うるさいよ最年長」

 

 リーンのからかいに僕が真っ向勝負で応えると、リーンは音もなく僕の腹に拳を叩きこみ、僕は声どころか息も出来ずに倒れこむ。

 

「ちょ、リーン……!?」

「女性に年齢の話はタブーでしょう?」

「え、これその代償?」

「そうよ」

「うん、それならしょうがないね。後で絶対やり返す」

「はいはい」

「何だこの狂人どもは……」

 

 僕らの会話を聞いて馬場さんはなぜか慄いていた。いやおかしいのはリーンだけだから、僕は違うから。

 ともかく僕は回復したので、奥へ進み別の座敷牢へと移動する。そこには左右に座敷牢が造られていた。

 右手の座敷牢には穏やかな顔をした、退職間際のサラリーマンみたいな男性。左手の座敷牢には、全身傷だらけでいかにも歴戦の勇士と言った目つきの鋭いおっさんが座っていた。

 

「おお、馬場殿。お元気そうで何より」

 

 サラリーマン風の男がにこやかに声をかけてくる。

 

「なんか面白そうな事になってるみたいだな馬場殿。暴れんなら俺も混ぜてくれよ」

 

 こっちの傷の人は楽しそうな笑みを浮かべ、立ち上がって格子の方へ寄ってくる。その2人を見て、馬場さんは呆れたように溜息を漏らす。

 

「内藤、お前はもうちょっと緊張感を持て。いつもにこにこ緩んだ顔しやがって。逆に山県、お前はもうちょっと考えろ。なんでもかんでも戦えばいいってもんじゃねえぞ」

 

 サラリーマン風の人が内藤正豊で、傷だらけの人が山県政景か。

 

「小僧、悪いがこいつらも出してやってくれや」

「いやいいんですけど、小僧って止めてもらえません?」

 

 流石にいい加減嫌になってきたので訂正を求めると、リーンが馬場さんに向かって口を開いた。

 

「一応その子ベルファストの次期国王候補だから、口のきき方には気を付けた方が良いわよ」

「権力で脅しにかかるのは予想外だった」

 

 というかリーンも子ども扱いだし。あ、でも椿さん以外の3人は絶句している。効果覿面だな。でも僕容認してないよ次期国王候補の部分。

 

「そうなのか? うーむ、しかし今更変えるのもみっともない気もするしな……。ま、小僧でいいだろ」

「……もういいです」

 

 馬場さんの台詞を僕は肩を落としながら受け入れ、リーンは笑って肩を竦める。駄目だこれ、言っても聞かないタイプだ。

 

「私は冬夜さんと呼ばせてもらいますよ」

「んじゃ、俺は冬夜で」

 

 内藤さんも山県さんも好き勝手な事言いだした。名前呼びはいいけど、何このフリーダムな四天王、一体どうやって真玄って人は従わせてたんだ。

 でもしょうがないからモデリングを使い、馬場さんと同じように2人を座敷牢から解放する。その後、リーンに再びインビジブルを掛けてもらい、全員で番人をやり過ごし地下牢から脱出した。

 

「というか脱出してから聞くのもアレですけど、捕らわれの姫とか居ないんですか? 男ばっかり助けてもテンション上がらないんですけど」

「あいにくといねえな」

「椿の胸揺れで我慢しなさい」

「うん分かったよリーン。という事で椿さん、1分くらいスクワットしてもらえませんか?」

「嫌です」

 

 うわっ、露骨に拒否された……。凄い傷つくんだけど。

 

「しょうがないわね。ならニルヤの遺跡の調査の前に少し遊ぶ時間を用意するわ。その時に私のセクシーな水着姿を見せてあげるから頑張りなさい」

「……リーンの水着とかどうでもいいけどやる気は出た! せっかくだしセシルさんとか誘おうっと!!」

「ぶち殺すわ」

「はいはい、お遊びはその辺りで終わらせて下さい。それよりこれからどうする気ですか、スケベな次期国王陛下」

 

 明らかに面白がりながら内藤さんが話しかけてきた。いやその形容詞は要らないよね? 絶対いらないよね!? それは一旦置いといて、一応考えていた事を伝える。

 

「貴方達を館の外へ逃がした後、僕らで山本完助を捕まえるつもりですが」

「おいおいそりゃねえぞ。俺も連れてけよ冬夜。あの野郎にゃ俺達は貸しがたんまりあるんだからよ」

 

 山県さんが指の骨を鳴らしながら不敵な笑みを浮かべる。完全に悪役面である。

 

「だが完助の周りは鬼面兵で固められ、奴自身も奇妙な魔法を使うぞ。あいつは人間じゃない、倒せるのか?」

 

 馬場さんが妙な事を言ってくる。え、人間じゃないって何? アンデッドなの?

 

「かつて山本完助は軍師として真玄様に使えていました。優れた人物で頭も良く、軍師として申し分のない男でした。しかしある時、彼は悪魔の力を宿した宝玉を手に入れたのです」

「それから様子が変わっていったんですか?」

「はい、何かを試すように犬猫を殺し、やがてそれが人間になるまで時間はかかりませんでした。そして死んだ肉体を操る鬼面を生み出し強大な力を手に入れたのです。私達には止められませんでした……」

 

 その宝玉のせいで山本完助はおかしくなったのか……。状況から考えて、悪魔の力を宿したそれがアーティファクトだろう。

 

「どう思う、リーン?」

「その宝玉が山本完助の人格を変えたのは間違いなさそうね。強すぎるアーティファクトは、時として意思を持つ事もあると言うわ。製作者の怨念か執念か、そういったものが宿る事があるのかもしれない」

「完璧に呪いのアイテムじゃん」

 

 シャナクで解除とか出来ないかなあ……。誰が使えるんだシャナク。

 でも分かりやすいな、完助は宝玉のせいでおかしくなった。つまりその宝玉を壊せば何とかなるんじゃないか?

 行動方針を決めた所で、横にいた椿さんに尋ねてみる。

 

「椿さん、それで完助は今どこに?」

「おそらく中曲輪の屋敷にいると思われますが……」

 

 椿さんの話を聞いた後、スマホを取り出し山本完助を検索してみたがヒットしない。あれ、ここにいないのか? いや違うか。確認の為にリーンを検索してみたけど、こっちもヒットしない。

 結界のせいでサーチも使えないのかよ。

 

「椿さん、中曲輪ってどっちですか?」

「あちらですが」

 

 そう言って椿さんが指し示す方向にロングセンスで視覚を飛ばした。これも結界の影響を受けるかと思ったがなんともない、今一つ影響を受ける魔法と受けない魔法の区別がよく分からない。

 広い庭を抜け、屋敷の中を見回そうとした瞬間、その庭に1人の男が屋敷から出てきた。

 黒い着物に袴、色黒の肌に左目に眼帯。こいつが完助か。

 視覚を戻しリーンに結界を壊すにはどうしたらいいか尋ねる。四天王も助け出したし、バレた瞬間完助の所へ転移するから問題は無い。

 

「おそらくこの館の四隅に魔力を篭めた護符が配置してあるのよ。それを1つ破壊するだけでいいわ」

「その場所なら分かるぜ、こっちだ」

「え、場所知ってるんですか?」

「ん? ああ、完助がああなってから館の四隅に地蔵が出来たからな。多分それだろ」

 

 山県さんの先導に僕らはついて行く。インビジブルの効果で途中誰かに気付かれる事も無くその場所に着いた。

 壁の隅、小さくスペースが取られた所に石で出来た地蔵が置いていた。高さはポーラと同じくらいか。

 

「間違いないわね。この地蔵自体が護符の1つよ」

 

 護符というからにはてっきりお札的な物を想像していたんだけど、違った。ここでいう護符ってのはお守りの意味合いらしいので、決まった形は無いらしい。

 

「じゃあこれを壊したら、すぐ完助の所へ転移するって事でいいですか?」

「いやちょっと待て小僧。流石に丸腰では儂らでもきつい。何か武器は無いか?」

 

 武器とか言われてもなあ、今あるの僕のブリュンヒルドだけだし。しょうがない。

 

「じゃ、何か作りますけど希望とかありますか?」

「あ、ああそうだな……。儂は槍、内藤は短剣2つ、山形には大剣があるとありがたいな」

「かしこまりっ!」

 

 注文を聞いた僕はストレージから自転車を作った時に余った鋼を取り出し、モデリングで変形させていく。まずは簡単な短剣2つ、それから大剣、最後に槍を作った。

 

「あっという間にこんな物を作ってしまうとは……。凄いですね冬夜さんは」

「柄の部分まで鋼じゃ重いだろうと思ったが、予想より軽いなこの槍。バランスがちょっとおかしいけどな」

「突貫で作った物なんで出来の悪さは勘弁してください」

 

 軽くするために柄の部分中身空だからなあ。まあ1つの鋼の塊だし耐久性はあるでしょ、斬れ味は分かんないけど。

 

「それじゃあ準備はいいですか?」

「セーブはした? 回復は大丈夫?」

「何でゲームになってるの」

 

 リーンの戯言を無視して皆頷く。腰からブリュンヒルドを抜け、ウエストポーチからエクスプロージョン(小)が付与された弾丸をリロードした。

 目の前の地蔵に銃を構える。罰当たりな気もするけど、文句の方はこれを護符にした山本完助にお願いしておこう。そんな事を考えながらトリガーを引き、命中と同時に地蔵は粉微塵になった。



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不死の宝玉、そして合掌。これっていわゆる誰得シリアス?

 地蔵型の護符を破壊した僕は、スマホのマップ画面で鬼面兵を検索した。大丈夫だ、問題なく使える。そしてそのまま館の鬼面兵を全てロックした。

 

「お、おい、何だありゃあ……!?」

 

 夜空一面に浮かぶマルチプルによる小さな魔法陣に、山県さん達が目を見張る。その下り徳川の方で既にやったからもういいですって言っちゃ駄目かな、駄目だよなあ。

 

「またアレをやるの?」

 

 とか考えていたらリーンが僕に尋ねてきた。

 

「邪魔な奴は始末するにこした事はないでしょ。向こうに転移したら囲まれましたなんて間抜けな話は御免だしね」

 

 こちとらチート与えられただけの高校生、英雄壇やる気はないんだから。

 とは流石に言わないけどとにかく空に手をかざし、魔力を集中して魔法陣全てを発動させる。

 

「とりあえず穿て、光る槍、シャイニングジャベリン」

 

 カワゴエの砦の時と同じように、空から光の槍が落ちてくる。まるで雷撃の如く。しかし、落ちる現場にいるとこんなにも衝撃音と振動があるとは思わなかった。煩いな。そして館の至る所に光の槍が落ち、そこにいた鬼面兵が崩れ落ちる。それは屋外だろうと屋内だろうとお構いなしだったので、当然の如く館にも被害が出た。やっべ、そこら辺考えてなかった。大丈夫かな……、と不安になって武田の人達の顔色を見るが、皆僕の魔法に唖然としていたので特に何か言われることは無かった。

 やがて槍が降り終わると、「敵襲! 敵襲だーッ!」という兵士達の叫びが聞こえてきたが、同じように敵対する武田兵をロックしてパラライズをかましたら、あっという間に静かになった。これぞまさしく流れ作業。

 

「よし、じゃあ行きますか」

「おい……。今の全部お前の仕業か?」

「イエース、ザッツライト」

 

 ゆっくりと首を回し、目を瞬かせながら馬場さんが口を開く。他の2人も開いた口が塞がらない様だったが、やがて何とか声を出した。

 

「こりゃまた……、とんでもないですね……」

「オイオイ、こりゃもう完助もやっちまったんじゃねえか?」

「多分無いわね。山本完助は無事よ」

 

 一応敵対する武田兵の中には完助も混じっているから、パラライズの対象にはなっているけど、多分無事だろうと僕は思っている。護符でパラライズが無効化出来るように、魔力が高い物には効果が薄いのだ。

 でもそれを分かっているとはいえリーンに先こされるのは何か嫌。

 

「僕もリーンと同意見です。さあ、決着付けに行きましょうか!」

 

 中曲輪にいる完助の所へゲートを開き、潜る。潜った先は、大きな屋敷の広い庭の前に左目を眼帯で覆った隻眼の肌黒い男が立っていた。こいつが、山本完助……。ロングセンスで1回見ているから知ってるけど。

周りには倒れたまま動かない武田兵が転がっている。辺りは篝火で照らされ、それで揺らめく影の中、完助は突然現れた僕らを真っ直ぐ見据えていた。

 

「成程、誰の仕業かと思えば四天王の皆さんでしたか。いや、これは驚いた。一体どうやったのです?」

「テメエに教える義理はねえよ。さっさとくたばりな!」

 

 大剣を構えて、いきなり山県が完助目がけて斬りかかっていく。行動早いなあの人。

 

「駄目だ山県さん! いきなり斬りかかっても効きません! そんなの匹夫の勇です、いやもうHIPのYOUです! つまり匹夫の勇ってます!!」

「何で繰り返すんですか冬夜殿!?」

「しかも匹夫の勇の使い方間違っているわよ」

「マジで?」

 

 あれ? こんなのじゃなかったっけ?

 と疑問を抱く暇もなく山県さんの一撃は完助の首を取るかと思われたが、横から割って入った鎧武者に止められてしまった。

 

「なっ!?」

 

 赤い鎧に身を包んだ武者は獅噛、獅子の頭を模様とした装飾の兜から伸びる真っ白な毛を振り乱し、受け止めた山県さんの大剣を払いのける。

 顔には赤い鬼の面、2m近い身長とはちきれんばかりに盛り上がった肉体。何者だ……?

 

「御屋形様……」

 

 馬場さんが発した絞り出すような声を聞き、僕は赤い鎧武者に視線を戻す。

 あれが武田真玄、かつての武田領主か。最も、今となってはただの操り人形だ。

 

「完助テメエ! 御屋形様を盾にする気か!」

「盾だなどと。これは御屋形様が私をお護りくださっただけの事。しかし、御屋形様の手を煩わせるのは申し訳ありませんね。代わりの者を呼びましょう」

 

 そういうと完助の周りに魔力が集まり、庭の中央に大きな魔法陣が出現した。これは、召喚術!

 

「闇よ来たれ、我が求むは骸骨の戦士、スケルトンウォーリアー」

 

 魔法陣から右に湾曲した剣、左に丸いラウンドシールドを装備した骸骨がウジャウジャ何匹も這い出してくる。

 えっと、アンデッドは確か光属性に弱いんだっけ。テンプレだな。

 

「光よ来たれ、輝く連弾、ライトアロー」

 

 どこからかリーンの呪文が聞こえ、光の矢が骸骨の1匹に刺さる。その瞬間、骸骨は粉々になって二度と再生する事は無かった。

 

「こっちも負けてられないな」

 

 僕はブリュンヒルドに光属性が付与された弾丸をリロードし、寄ってくる骸骨の頭蓋骨目がけて引き金を引く。銃声と共に閃光が辺りを照らし、頭部が粉微塵となった骸骨はそのまま動きを止めて塵となる。

 横を見ると椿さんをはじめ、武田の皆さんも骸骨共を次々なぎ倒していたが、いくらやっても再生する相手には時間稼ぎ以上の意味が無かった。

 

「面倒ね、一気に終わらせるわ」

 

 リーンが魔力を解き放つと、足元に魔法陣が浮かび上がる。やがてそれは庭全体を包み込むほどの大きさになった。

 

「光よ来たれ、輝きの追放、バニッシュ」

 

 リーンの詠唱が終わると同時に、庭にいた全ての骸骨が光の粒となって消滅した。流石魔法に長けた妖精族。それらしい所初めて見た気がする。

 

「光の浄化魔法ですか。やりますね、ですが」

 

 完助の前には彼を守るように真玄が立ちふさがる。目の前にいた山県さんに刀を向けて、彼を牽制していた。

 

「どいてくれ御屋形様!!」

「フフフ、無駄ですよ。御屋形様は私を護って下さる。貴方達が大恩ある御屋形様に刃を向けられないのは分かっているのですよ。つまり私には無敵の守護者が常に傍にいるという事です!」

 

 成程ね。攻撃を決して向けられない相手が守護者になっている。それは確かに無敵だろう。

 

 バキィンッ!

 

 だけど僕には通じない、だから僕が撃つ。

 僕が真玄の仮面を打ち、仮面が壊れた鎧武者は糸が切れたかのように崩れ落ちうつ伏せに倒れる。

 

「な!?」

 

 完助が驚きの表情で、視線を倒れたままの真玄と僕に向けてきた。

 それは四天王達も一緒なのか、唖然とした表情で僕を見ている。いやそうでもないか。椿さんは僕を一瞬だけ憎々し気な目で僕を見た後、すぐにそれを恥じたのか目を逸らした。

 

「別に、貴方達の大将を殺したんですから憎んでくれて構いませんよ。男に見られるならともかく、椿さんみたいな美人の熱烈な視線なら大歓迎だ」

「そんな事……」

 

 一応気を遣ったつもりだったけど、どうやらいらなかったらしい。

 

「フ、フフフ、中々やるじゃないですか。しかし、私にはまだ不死の宝玉がある!」

 

 そう言って完助は大袈裟に両腕を広げ叫ぶ。余りにも隙だらけだが、攻撃は無意味だという宣言だろうか。

 

「不死の宝玉がある限り、私が死ぬことは無い! たとえ首を刎ねられたとしても、瞬く間に再生してみせましょう!」

「その宝玉の力で鬼面の兵士に不死の力を与えていたのね」

「その通りです。遠くに離れてしまうと単純な命令しか受け付けなくなるのが欠点ですが、持ち主に絶大な魔力と不死の力を与えてくれる素晴らしいアーティファクトですよ!」

 

 リーンの問いかけに自慢するかのように答える完助。そんなに素晴らしいならその不死性試してやる。

 僕はエクスプロージョン(小)が付与された弾丸をリロードし、完助に撃つ。

 

「うわっ、エグ……」

 

 リーンのドン引きの声の通り、完助は着弾と同時に弾け飛び首と両腕両足だけになった。リアルゆっくりの誕生だ。

 

「無駄ですよ! 宝玉がある限りこの状態からでも再生は可能なんですよ!」

 

 しかし完助は未だ生きていて、完助の首から身体が少しづつ生えてくる。つまり宝玉はまだあると。壊すつもりで撃ったんだけどな……。というかどこにあるんだ? ……いや分かったぞ、宝玉の居場所が!

 

「ブレードモード」

 

 ブリュンヒルドを長剣に変え、完助に斬りかかる。勿論攻撃なんて無駄な真似はしない、狙うのは眼帯だ。

 

「やっぱりね」

 

 眼帯を斬り見えた物は、左目の部分に埋め込まれた赤く妖しく禍々しい光を放つ不気味な玉。これが不死の宝玉か。

 

「アポーツ」

 

 そこで僕の無属性魔法で、手の中に宝玉を引き寄せる。それをリーンに投げて渡す。さっきは壊すつもりで撃ったけど、壊れず手に入れた以上勝手に壊すのもどうかと思うし。え? 1回壊す気だった以上駄目? 僕もそう思う。

 

「だめねこれは。周りの負のエネルギーを取り込んで、持ち主の心を濁らせる呪いが掛かっているわ。そいつがおかしくなったのもこれが原因でしょうよ。アンデッドを操るには澄んだ心は邪魔だから、合理的と言えば合理的だけど」

「よく分かるね」

「妖精族の目を舐めないでよね」

 

 ふふん、と自慢げに無い胸を張るリーン。そう言うなら妖精らしいところをもっと見せて欲しいものだ。

 

「アーティファクトは古代文明の魔法具。とても貴重な物だけど、これは長い間悪意を吸って災いを呼ぶ類の物に変化しているわ。破壊した方がいいわね」

 

 そう言うと彼女は、宝玉を馬場さんに向かって投げた。

 

「決着は貴方が付けなさい」

「ああ」

「何をする!? やめろ!!」

 

 槍を振りかぶる馬場さん。それを必死に止める完助。だが槍は止まらない。槍は振るわれ宝玉は粉々に砕け散った。

 椿さんの話からするに、元々人格者だった完助がここまで狂ったのは間違いなく宝玉のせい。これでどうなるのか。

 

「うがぁあぁあああああああッ!!!」

 

 血を吐くほどの絶叫を上げ完助がその場に崩れ落ちる。しばらく悶え苦しんでいたが、やがて動かなくなり倒れたその身体が徐々にミイラのように干からびていく。

 

「あり、が……とう……ござ……」

 

 そんな声と共に、最後には塵となって風に吹かれ空へと消えて行った。元の完助に戻る、なんて甘いオチはなしか。

 まあ仮に戻っても、主を手に掛けここまでの凶行を行った相手に居場所があるとは思えない。これでよかったのかもしれないな。

 

「こりゃあ……、どういう事だ?」

「元々山本完助という人間の体は既に死んでいたのよ。魔力、気力、体力。色んな物をあの宝玉に吸い上げられていたのよ、きっと」

 

 完助が消え、残された服を見た山県の呟きにリーンがさらりと答える。既にアンデッド化していた完助は、宝玉を破壊されて身体を維持出来なくなったって事か。

 

「あ、御屋形様が……!」

 

 椿さんの小さな声に振り返ると、真玄や他の鬼面兵たちの身体も完助と同じように塵とかし、風に吹かれて消えていく所だった。

 四天王と椿さんが手を合わせて死者へ祈りを捧げる。僕も祈っておくとするか、あの宝玉で狂わされた全ての命に。

 こんなの、僕のガラじゃ無いなあ。




ギャグさせろ(切実)


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海、そしてバカンス。やっぱ水着回は必須だよね

 あれから3日が過ぎた。

 色々ゴタゴタしたものの、なんとか武田の領地は落ち着きを取り戻し新しい領主も決まった。武田四天王の1人、僕らに救出を依頼した高坂さんが真玄公の遺児を完助から匿っていたらしい。

 真玄に息子がいたことは完助も知っていたらしいが、領主である本人を操っていた為さして問題にしなかっただろうか? 単に殺そうとしたけど見つからなかっただけかもしれない。

 ともかく、真玄の息子武田克頼が領主となり四天王達がその補佐をする事になった。

 地球の歴史を参考に、織田に喧嘩を売らない様言っておいたけど大丈夫だろうか? 数年後武田滅亡の報せを聞きたくは無い。

 ともかく徳川と武田の争いは決着がついたので、僕らは本来の目的地であるニルヤの遺跡に向かう事にした。

 ニルヤの遺跡は島津領の外れ、イーシェンの最南端にある。運よく馬場さんが若い頃に立ち寄った事があるらしく、記憶を回収させてもらった。

 

「……爺さんと手を繋いで額を合わせるとか、どんな罰ゲームだよ」

「ごめんなさい……。本当に、ごめんなさい……!」

 

 僕の言葉に、涙を懸命にこらえながら謝罪を口にするリーン。やめて、余計嫌だから。

 

「では父上母上、それに兄上と綾音も。行って参ります」

「ああ、気を付けてな」

「冬夜さん、娘をよろしくお願いしますね」

「はい、分かりました」

 

 オエドの八重の実家から遺跡へ旅立つ別れの挨拶の際に七重さんに頭を下げられしまい、思わず適当な返事をしてしまう僕。あの状況どうすれば正解だったんだよ。

 

「今度またゆっくり遊びに来ますよ。その時はベルファストに招待しますね」

「楽しみにしているよ」

 

 重太郎さんと握手を交わし、遺跡へのゲートを開く。

 八重の家族に手を振りながら光の門をくぐると、そこは砂浜だった。しかし風情の無い別れ方だな。いやでもゲートで移動できるの知ってる人の前で見えなくなるまで歩くのもそれはそれで無様な気も……。

 ともかく目の前を見ると、どこまでも広がる海と白い砂浜。遠くにはいわばと小さな森が見えるだけで、後は何もない。こんな所に馬場さん何の用で来た事あるんだ?

 マップアプリで確認してみると、どうやらここは完全に小さな孤島らしい。200mも泳げば本土に着く陸地を孤島と呼んでいいかは疑問だが。

 エメラルドグリーンの海が太陽に輝き、眩しい光を放っている。真っ白な砂浜は確か、珊瑚礁やら石灰岩が小さく砕けた物が含まれているんだっけ? この辺に活火山とかあるのかな?

 

「わああ、綺麗ですねえー」

 

 ユミナが白い砂浜を歩きながら、目の前に広がる海に目を奪われている。彼女の足元に居る琥珀は可哀想なくらい歩きづらそうにしているのに、その横をはしゃぎながらかけていくのはポーラだ。どうなってんのあいつ。

 そのご主人様は、どこから取り出したのか黒い日傘を差して優雅に砂浜を歩いている。正直似合わない。

 

「フッッ!!」

 

 そう思った瞬間リーンから鋭い突きが飛んでくる。どうなってんのこれ。

 とはいえ何度も喰らう僕じゃない。その拳を受け止めて、即座に足払いをしかけて転ばせる。そして倒れそうになった所を受け止めた。

 

「……やるわね」

「でしょ?」

「何やってんのよアンタらは」

 

 リーンが僕の成長を実感している横で、エルゼは呆れた様な表情をして僕らを見る。何って……、何だろう? 僕らは何をしているんだろう?

 

「海なんて久しぶりですー」

 

 一方、リンゼは僕らを完全無視して1人潮風を受けながら砂浜を歩いていた。酷くない?

 八重がその後に続こうとして、途中で草履と足袋を脱いで素足になった。砂が入るから鬱陶しかったんだろうな。

 

「熱っ! あちっ! あちちち!」

 

 そりゃ熱いだろうよ。だって日差しキツイよこれ、今昼じゃないのに。まさしく真夏、今夏だったんだ……。

 奇妙な踊りを踊るように、暑さから逃げる為に片方ずつ足を上げながら八重は海へと走っていく。

 とりあえず、マップで遺跡を検索。聞いていた通り場所は本当に海の底。この先100mほど沖にあるみたいだけど、何にも見えないな……。潜れと?

 

「リーン、水の中で動ける魔法ってないの?」

「水の上を渡る魔法とかならあるけれど。……そういえば無属性魔法で水中でも呼吸できる魔法ってのがあったはずだけど、興味無かったので覚えてないわ」

「よし分かった。じゃあ僕がミスミドにリーンを送るから調べてきてよ。それまで僕らは遊んでいるから」

「冗談じゃないわ」

 

 これで解決だな、と思ったらリーンが食って掛かってきた。えー、元々リーンの要望じゃん、と僕が言うとリーンがこう言ってきた。

 

「せっかく海に来たんだし、シャルロッテも呼ぼうと思っていたのだけど。私が居ないんじゃ無しね」

「むしろあの人、リーンが来ない方が来そうなんだけど……」

「何言ってるの冬夜。私が来いと言えば来るし、来るなと言われれば来ないわよあの子」

「横暴極まりないな」

 

 と抗議してもリーンは結局その主張は曲げなかった。まあ、いいか。別にリーンにいて欲しくない訳じゃないし。

 

「じゃあ早速」

「水着買いに行こうか、皆!」

 

 僕の言葉にえ? みたいな顔をした皆。そう言えば僕とリーンだけで決めて誰にも言ってなかったっけ?

 なので、昨日リーンが調査の前に遊ぶ時間を用意してくれたことを話す。勿論、椿さんの胸揺れの下りはカットして。

 

「まあそういう事なら……」

「行きましょうか」

 

 シルエスカ姉妹が了承し、ユミナと八重もそれに追随した。

 水着は衣類、だったらあそこしかないので僕らはリフレットのファッションキングザナックへ転移した。久しぶりだなここ来るの。

 再開もそこそこに話を持ちかけると、丁度これから暑くなる時期で水着の需要が増えるらしく、大量に入荷したらしい。やだ、タイミング良すぎ……。

 とりあえず女性陣の水着選びに時間がかかりそうなので、後で迎えに行くことを告げて一旦家に帰る。皆で楽しもうってのに、仲間外れは可哀想だ。

 

「あ、私も連れていきなさい冬夜」

「え、なんで?」

「……シャルロッテは、私が誘わないと来ないって言ったでしょ」

 

 何かシャルロッテさん誘うの申し訳なくなっていくんだけど。

 

 

「海、ですか?」

「わあ~、いいですねえ~」

「セシル姉ちゃん、海ってなんだ?」

 

 ウチのメイドさん達に僕が話を切りだすと、三者三様の反応が返ってきた。ラピスさんとセシルさんの水着楽しみ~、なのでゲートでラピスさん、セシルさん、レネをザナックさんの店へ放り込む。

 それから厨房にいたクレアさんと、庭にいたフリオさんも放り込む。ハブにはしない。

 流石に家の警備を朴り出すわけにはいかないので、トムさんとハックんには悪いけど家に居てもらおう。埋め合わせは……、女性陣の水着写真でも持って行くか。

 ライムさんは泳がないとの事なので、そのまま彼を連れてオルトリンデ様の家へと転移する。誘わないと後で面倒臭そうだし。

 

 

「イーシェンの海か! いいな、行くとしよう!」

「父上! 誘われたのはわらわじゃぞ!」

 

 誘っといてなんだけど、この国の王族は暇なんだろうか? 何で公爵様が一番に海に行きたがるんだよ……。はしゃぎ出すその横で奥さんのエレン様が優しく笑っている。

 とりあえずこの3人と、公爵家の執事レイムさんをゲートでザナックさんの店へ送る時、オルトリンデ様がとんでもない事を言い出した。

 

「兄上達も誘おう」

 

 いや、王城には行くつもりでしたけどね?

 

 

「ほほう、イーシェンの海か。アルの奴、気が利くじゃないか」

「久しぶりに潮風に当たってみたいですわね」

「政務とか大丈夫なんですか?」

 

 ベルファストの未来に不安を覚えつつ、やたらノリノリの国王陛下とユミル王妃に一応尋ねてみる。

 

「今日は午後からの予定が空いていてな。久しぶりにアルを呼んで将棋でも指そうと思っていたのだ。だから問題は無いぞ」

 

 タイミングがいいんだか悪いんだか、若干悩むがとりあえずそのままの格好だと目立つので着替えさせた。明らかに王様が店に来たらザナックさんは流石にビックリするだろう。

 その間にレオン将軍の所へ行き、王様の警護をしてくれる人を付けてもらおうと思ったら将軍本人が行くと言い出した。

 

「マジですか?」

「陛下のバカンスに儂がついて行かんでどうする! ついでに儂も楽しむがな!」

 

 警護しろよ、とツッコむ暇もなく大声を出しながら背中を叩いてくる。この人のこれ何とかならない?

 そしてシャルロッテさんも誘った。というかリーンに命令されて来ることになった。

 

「師匠のお誘いは断れない……」

 

 あまりにも嫌そうな顔でブツブツと呟いているから、正直断っても文句を言うつもりは無かった。リーンが何か言ったら僕が黙らせればいいし。

 しかしリーンが何事かをシャルロッテさんにの耳元で呟くと、さっきまでの鬱屈した顔が一変。頬を赤らめながら一気に乗り気な表情へと変化した。

 

「何言ったのリーン?」

「内緒よ」

 

 気になるなあ、と思うけど女性の秘密を一々穿り出す趣味は無い。DV男じゃないんだからさ。

 さっきよりは地味な服に着替えた陛下達を連れて、ザナックさんの店へ戻る。

 あれ? 何でミカさんとアエルさんがいるんだ? まだ誘ってないのに。

 

「久しぶりー、元気だった?」

「エルゼちゃんに誘われたんです。海に行くから一緒にどうだって」

 

 エルゼが誘ったのか。僕が誘いたかったのに、気が利かない男だと思われたらどうしよう。ま、いいや。とりあえず水着を買った人達からビーチへと転移してもらおう。もう面倒だしゲートは固定で。

 僕は自分用の水着、フリーサイズのトランクス型のを購入して砂浜に転移。そしてストレージから取りだした鉄と敷布を使い、モデリングを使用して簡易な着替え用のテントを作る。女性陣のは大きく、男性陣のは小さくていいや。早速エルゼ達が水着に着替えようと入っていって、僕はしっしっと追いやられた。

 

「僕が近くにいると覗きでもしそうって言うの?」

「言いますけど……」

 

 僕が抗議すると、リンゼの容赦ないが正論の言葉のナイフが僕を切り裂く。傷つく。

 傷つきながらもパラソルやビーチテェアを何点か、それと大き目のサンシェードを作っておく。知ってるサンシェードって? 要は日除けなんだけど。後はゴムを使ってビーチボールと浮き輪でも作っておくか。

 水着を買い終えた人達が次々ビーチヘやって来る。多いなあ……。って考えたら22人+2匹なんだから多いに決まってる。

 とりあえずザナックさんに礼を言って、ベルファストの自宅のリビングへとゲートを繋ぎ直し固定しておく。トイレとか困るしね。

 後は飲み物でも適当に用意しておくか……。ってあれ?

 さっきから僕だけ働いているような気がする。いや、僕しか働いてない。間違いない。

 ……絶対許さないぞ、ドン・サウ○ンドォォォオオオオオ!!



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浜辺の楽園、そして海底遺跡。もう僕ここで死んでもいい

自分でもなぜか分かりませんが凄く難産な話でした。


とりあえず水着に着替えて砂浜で準備体操をする。とりあえず学校のプールの授業でやった体操をうろ覚えで適当にやってればいいでしょ、多分。

そうやって適当に体操していると、唐突に後ろから声をかけられた。

 

「何やってんのよ?」

 

 振り向くと水着に着替えたエルゼが立っていた。その後ろにはリンゼもいる。

 2人ともお揃いのビキニであったが、エルゼの方は赤の上下に白のボーダーが入ったもので、リンゼは青の上下に白のボーダーが入ったものと対照的な色違いだった。

 リンゼの方は恥ずかしいのか、上にパステルブルーの長めのパーカーを羽織っている。

 

「何って……。海に入る前の準備体操だよ。いきなり海に入って足でもつったら大変でしょ?」

「あー、成程ね。じゃああたしも軽くやっとくわ」

 

 そう言ってエルゼは軽く手首足首を回し、足の腱を伸ばし腰を回している。っと、エルゼが海に入る前にこれだけは言っておくか。

 

「エルゼにリンゼ、2人ともその水着似合っているよ。同じビキニでも色合いの違いで2人の違う魅力がよく引き出されてる」

「……あんたのそう言う所は、素直に凄いと思うわ」

「ありがとうございます、冬夜さん。じゃあ私はあまり泳ぎは得意ではないので、日陰で休んでいますね」

「うん分かった。水分補給を忘れないようにね」

 

 エルゼは海に向かって走っていき、リンゼはサンシェードの下へと入って行った。

 

「お、エルゼ殿が一番乗りでござるか。では拙者も」

 

 いつの間にか横に来ていた八重が楽しそうに笑う。八重はホルターネックとサイドをひもで結んだ薄紫のビキニを着ていた。

 しかしなんというか、知ってはいたけどやっぱり……。

 

「でけぇよ八重は……」

「……いきなりどうしたでござるか?」

「やっぱサラシ止めさせて良かった」

「あ、セクハラでござるな! 拙者知っているでござるよ!?」

 

 そう言って八重は僕に昇竜拳を叩きこみ、海へと向かって走って行った。

 

「冬夜!」

「冬夜兄ちゃん!」

 

 今度はスゥとレネか。色気の欠片も感じないけど、単純に可愛らしいな。和む。

 スゥは胸にフリルの付いた黄色のワンピースに浮き輪、レネは赤地に白ドット模様のワンピースの水着にビーチボール、腰にフリルが付いている。

 

「あんまり沖に行かないようにね。ここは遠浅っぽいけど皆から離れないように」

「分かっておるぞ、大丈夫じゃ。それよりも……」

 

 僕の注意を素直に聞くスゥ、でもなぜか上目使いで僕を見つめるのは何でだ? ――ああ、そういう事か。

 

「水着、可愛らしくていいと思うよ」

「おお、そうか!」

「良かったなスゥ姉ちゃん!」

 

 僕に水着を褒められて喜ぶスゥと、それを見てはしゃぐレネ。いつの間に仲良くなったんだろ? とか思っていたらいつの間にか波打ち際へ駆けて行った。

 

「仲がいいですねえ~」

「ウェイ!?」

 

 突然掛けられたセシルさんの声に、思わずオンドゥル語で対応してしまう僕。気配を殺して後ろから近づかないで欲しいなあ! 怖いよ!!

 セシルさんはエメラルドグリーンのビキニに、腰には同じ色のパレオを巻いていた。それ自体は普通の水着だ。

 だけど問題は八重をも超えるボリュームを持ったおっぱいだ、前から大きいとは思っていたけどこれほどとは……。

 

「スゥ様~、レネちゃん~。私も混ぜて~」

 

 僕が圧倒されていると、水着を褒める間もなくセシルさんがかけていく。すっげえ揺れてる、はっきりわかんだね。

 

「大きいと、浮くって本当かなあ……」

「何がですか?」

「エ“ァアアアアアア!?」

 

 思わずリ○クの回転斬りみたいな声を出しながら振り向くと、ラピスさんが不思議そうな顔で立っていた。何でこの人達気配消して僕の後ろに立ちたがるの!?

 

「何が浮くのですか?」

「え、いやその」

「セシルの胸よ」

 

 言いよどむ僕の心を読んで正確な答えを出す声が。声がした方を見ると、そこにはアダルティな黒に白のレースをあしらったビキニに身を包み、黒い日傘を差しているリーンがいた。

 

「その幼児体型で大胆なローライズの水着ってどうなの?」

「私はアダルト枠だもの。それよりもラピスを見たら?」

 

 言われたとおりにラピスさんを見ると、それはそれは冷たい眼で僕を見ていた。凍える、凍える!

 

「いやラピスさん、誤解がある。僕はいやらしい気持ちでセシルさんの胸が海に浮くか見たい訳じゃない。ただ純粋に気になるだけなんだ、好奇心なんだ!」

「じゃあ私が見ておくから冬夜は目を背けなさい」

「リィイイイイイイイイン!!」

 

 なんて奴だ! リーンは僕の心を分かっている筈なのに!! セシルさんの目とかもう正直気にしない!

 

「あら皆さん、どうかしましたか?」

 

 そこにユミナがやって来た。胸と腰にフリルのついた、可愛い白ビキニがよく似合っている。

 

「いえ、旦那様が今日も旦那様しているだけです」

「旦那様してるって何!? 動詞!?」

 

 どういう意味!?

 

「そうですか。では冬夜さん、向こうで泳ぎませんか?」

「え? スルー!?」

「ごめんなさいユミナ。冬夜には遺跡の調査に付き合ってもらわなきゃいけないの。すぐ終わるからちょっと待っててくれないかしら」

「……分かりました。終わったら必ず来て下さいね」

 

 リーンの言葉に不承不承とばかりに頷くユミナ。凄い、僕に関しての話なのに僕が入りこむ隙間が無かった。どういう事なの……。

 

「じゃ、行くわよ冬夜」

「はいはい」

 

 そうして僕らは皆から少し離れた所に行き、そこから僕は沖に向かって歩き始める。

 

「とりあえず、潜ってみるか」

 

 そして遺跡の辺りまで平泳ぎで泳ぎ、大きく息を吸い一気に潜る。

 透明度の高い海はその眼下に広がる物を、はっきり僕に見せてくれた。

 様々な巨石群がストーンサークルの様に並び、その中央には神殿らしき小さな建物がある。更に潜り、その建物の入り口を見ると地下へと続く石の階段があった。

 ってヤバイ、息が! 僕は慌てて海上に戻る。

 そして砂浜に戻り、リーンに見てきた事を伝えて横になろうとすると

 

「あの、よろしければ膝をお貸ししましょうか?」

 

 シャルロッテさんが声をかけてきた。内容は、膝枕のお誘い!?

 

「よろしくお願いします」

 

 その誘いに僕は1も2も無く乗り、即座に横になる。シャルロッテさんの太もも、柔らかいナリ……。

 寝転がり、シャルロッテさんの水着を見る。それは、一言で言うなら白のハイグレだった。飾り気は無いが、リンゼと同じくらいの胸でその恰好は破壊力が高すぎます。

 

「あ、冬夜さん寝転んでどうしたんですか?」

 

 シャルロッテさんの太ももを嗜んでいると、今度はアエルさんが声をかけてきた。その手に果物を切ったらしき物を持ってこっちに向かって来る。

 

「いえ、ちょっと素潜りして疲れただけです」

 

 適当に応対しながら、アエルさんの水着を見る。アエルさんは葉ながらのワンピースか、実に素晴らしい。

 

「アエルさん、素敵な水着ですね。アエルさんの落ち着いた雰囲気を引き出していて、よく似合っていますよ」

「あ、ありがとうございます」

「と、冬夜さん! 私の水着はどうですか!?」

 

 アエルさんの水着を褒めると、なぜかシャルロッテさんが食い気味に聞いてきた。えっと――

 

「とってもエロいですね!」

「ええ!?」

 

 しまった、素直に答えすぎた。

 でもシャルロッテさんはあわあわしているものの、膝枕している僕を振り払う気配は無い。流石シャルロッテさん、優しい。師匠とは大違いだ。ていうか赤面しているシャルロッテさん可愛いなもう。

 

「と、冬夜さん。あーん」

 

 とか考えていたらアエルさんが持っていた果物をあーんと言いながら付きだしている。

 

「あーん」

 

 と言いながら僕は迷うことなく口に入れる。美味い、美味すぎる。風が語りかけます。

 というかこれってモテ期って奴じゃない? 僕の時代遂に来ちゃった!? ここが全て遠き理想郷(アヴァロン)!?

 

「リーン、僕もうここで生涯を終えたい」

「冬風邪ひくわよ。あなたじゃなくてあの2人が」

「それじゃしょうがないな」

 

 僕の人生設計が一瞬で崩壊した所で、ミカさんがこっちに走ってきた。ミカさんはオレンジのビキニにエプロンを着ている。

 

「水着エプロンとか、一体どれだけ僕のツボを突くんだミカさんは……!」

「どしたのー、冬夜?」

「僕はもう、辿り着いていた……!」

「どこによ」

「あはは、冬夜っていっつも全開で馬鹿だよね」

「全開で馬鹿なのはミカと話している時だけだと思うけど……」

 

 周りが何か言ってるけど、僕は今水着エプロンというエロさ半端ないコスのミカさんを見るのに忙しいんだ。スマホを取り出して写真を撮る事も勿論忘れない。まだだ、1枚じゃ足りないんだ……っ!!

 

「で、何か用でしょうか?」

「えっと、シャルロッテだっけ? いや何、皆がそろそろご飯にしようって言うから呼びに来たんだよ」

「そう、なら行きましょうか。ほら冬夜、さっさと正気に戻りなさい」

 

 僕がミカさんの姿を見ている間に話が進み、気付けば僕はリーンに腹パンを叩きこまれていた。

 

「な、何するの……」

「正気に戻しただけよ」

 

 それだけ言ってリーンはさっさと皆の元へ向かい、アエルさんとシャルロッテさんもそれ続く。僕も同じようにしようとしたが、その前になぜか後ろからミカさんに抱き着かれた。

 

「ミ、ミカさん!?」

「ねえ冬夜。冬夜ってモテるよね」

「そ、そうですかね!?」

 

 駄目だ、何か真面目な話なんだろうけどミカさんの息と胸の感触が堪らなさすぎて全然集中できない! どうしようこれ!?

 

「うん、冬夜は自分が思っているよりモテるよ。しかも皆いい子でいい奴だよ。だからもしさ、その中の誰かを泣かせたら」

 

 そこでミカさんは1回間をおいてから、僕にこう言った。

 

「謝っても、許さない」

 

 それだけ言って、ミカさんは背中から離れる。

 離れたミカさんに僕は慌てて問いかける。

 

「その中の誰かに、ミカさんは入ってますか?」

「さあねー」

 

 僕の質問を素気無く流し、ミカさんは皆の元へ歩いていく。

 僕もその後を追いながら思う。

 ミカさんが何を思ってあんな事を言ったのかは分からない。ただ一つ確かな事は、僕はミカさんの胸の感触だけは絶対に忘れないという事だ。




どうしてこうなった(疑問)


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玄武、そして無限ループ。まあ抜け出すなんて十分可能な事だけど

今回の話はかなりあっさり書けました。


 昨日は皆ではしゃぎ過ぎた為、今日はちゃんと遺跡の調査をしようということになったのだが

 

「さて、どうしたものかね」

「そうね……。とりあえずロングセンスとライトでちょっと遺跡の中を見てくれないかしら」

「それ根本的な解決にならないんじゃ……」

「遺跡の仕掛けで排水出来るものが」

「そんなのが?」

「あったらいいわね」

「願望なの!?」

 

 エルゼのツッコミが響く中、とりあえず僕は言われた通りロングセンスとライトを飛ばして遺跡の入口から中へと進む。

 昨日見た石の階段をしばらく下っていくと、大きな広間に出た。中央に魔法陣が描かれた段があり、それを取り囲むように6つの台が並んでいる。台にはそれぞれ魔石が埋め込まれており、無属性を除く魔法の6属性の色が輝いていた。

 それ以外は何もなく、変わった所も見当たらない。これだけとは思いたくないし、この魔法陣が仕掛けだろう、多分。

 視覚を戻して見たままをリーンに伝える。彼女はしばらく腕を組んで考えていたが、やがて口を開いた。

 

「それはおそらく転送陣ね」

「転送陣?」

「多分6つの属性を起動させると、中央の魔法陣がどこかへと転送させるのよ。貴方のゲートのようにね」

 

 成程、RPGでよく見るテレポートさせる魔法陣って所か。ひょっとしたら昔は水位がもっと低かったのかもしれないな。それが時の流れと共に水没し、使えなくなったと。

 

「なんとか起動させたいところだけれど……、そこに行くにはやっぱり水中でも呼吸できる無属性魔法を見つけるしか……」

『主よ』

 

 更に考え込んでしまったリーンをよそに、ユミナに抱え上げられた琥珀が声をかけてきた。

 

「何?」

『あらゆる水を操り、主達の悩みを解決できるものにひとつ心当たりが』

 

 

 砂浜から離れ、岩場の近くの地面にリーンが魔法で大きな魔法陣を描いた。

 

「通常、召喚魔法は特定の相手を呼び出すなんて事は出来ないのよ?」

『主の魔力に私の霊力を混ぜます。その状態で呼びかければ、奴らは必ず反応し呼び出しに応じるでしょう』

 

 琥珀はリーンの言葉を受け流した。どうやら琥珀の提示する手段は酷く常識外れらしい。

 

「それにしても、玄帝を呼び出すって……。その子が白帝ってだけでも驚いたのだけれど、更にもう1匹増えるなんてありえないわよ」

「まあまあ、冬夜殿のそういった事を気にしたら負けでござるよ」

 

 まだぶつぶつ言っているリーンを八重が宥める。酷い宥め方もあったものだ。

 

『呼び出す事は出来ると思いますが、奴らが何を契約の条件に求めて来るか分かりません。気性の荒い奴らでは無いのですが、ちょっと変わった奴らですから……』

「あのさ、さっきから奴らって言ってるけど1匹じゃないの?」

『なんと言いますか、奴らは2匹で玄帝なのです。まあ、呼び出してみれば分かります』

 

 何だろう、スマ○ラのアイスクラ○マー的存在なんだろうか。というか何で焦らす。

 ま、単に言葉では説明しにくいだけか。ともかく魔法陣の前に立ち、闇属性の魔力を集中させていく。魔法陣の中心に黒い霧が漂い始め、だんだんその霧が濃くなっていく。そこへ傍らにいた琥珀が自分の霊力を霧に混ぜていく。

 

「冬と水、北方と高山を司る者よ。我が声に応えよ。我の求めに応じ、その姿をここに現せ」

 

 実はここでサーヴァント召喚してやろうかと思ったのは内緒だ。と思っていると充満していた霧から突如、莫大な魔力が生まれた。いや、霊力なのか? ともかく琥珀が召喚された時の様な魔力の波動を感じる。

 霧が晴れると、そこには巨大な亀が居た。大きさは4メートル近くもある4本足のリクガメだ。まるで怪獣みたいだな。

 そしてその亀には黒い大蛇が巻きついていた。こっちも大きい、アナコンダくらいだろうか。黒真珠の様に輝く。その眼が僕と琥珀へ向けられた。

 

『あっらぁ? やっぱり白帝じゃないのよぅ。久しぶりぃ、元気してた?』

『久しぶりだな、玄帝』

『んもう、玄ちゃんでいいって言ってるのにぃ、い・け・ず』

「軽っ」

 

 蛇の喋り方が軽い。あの荘厳な呪文から呼ばれたとは思えない程軽い。でも喋り方の割に声が野太い、オカマか……。

 

『それでそちらのお兄さんはぁ?』

『我が主、望月冬夜様だ』

『主じゃと?』

 

 亀の方がまるで値踏みするかのようにこっちを見た。しかし、容貌の割に声が女性的だ。お前女かよぉ!?

 

『このような人間が主とは……。落ちたものだな、白帝よ』

『ふっ、否定はせぬ』

「なに恰好つけてるの!? 唐突な主ディスはNG!」

『だがそれはそれとして、お前達の主にもなられるお方だぞ』

『戯れ言を!』

 

 涼しい顔で亀の長髪を受け流す琥珀。いや僕の扱い……。

 しかしそんなことはどうでもいいとばかりに、亀は怒りの眼で、蛇は好奇の眼で僕を見る。なんか亀の方は出会った直後の琥珀を思い出すなあ。

 

『よかろう、冬夜とやら。お前が我等と契約するに値するか試させてもらう』

「いいけど、何するのさ?」

『我らと戦え。日没までお前が五体満足で立っていられたのなら、力を認め契約しようではないか。しかし魔法陣から出たり、気を失ったり、我らを攻撃する事が出来なくなれば契約は無しじゃ』

 

 倒せたら僕の勝ち、とは言わないのか。つくづく神獣ってのは僕を舐めてくれるな。いいさ。琥珀みたいに即堕ち2コマにしてやるよ。神の力でね!

 

「日没まで立っていられたらいいんだね?」

『そうだ。逃げ続けても良い。日没まで逃げ続ける事が出来ればのう』

 

 馬鹿にしたような嗤いを乗せて亀がそう返す。

 魔法陣の大きさは直径20メートル位。逃げ続けることは出来ると思う。そして今が大体お昼前位だから、日没まで6,7時間位かな? 逃げ続けるのも限界があるだろう。

 僕は逃げたりしないけどね。

 

「分かった、さっさと始めよう」

「と、冬夜、大丈夫なの?」

 

 エルゼが心配してるのか、不安そうな声を出して僕を見上げる。ちなみに他の皆は、僕なら大丈夫だろみたいな目で見ている。もうちょっと心配してくれてもバチは当たらないんじゃない?

 

「大丈夫、勝つのは僕さ」

 

 そう言い残し、魔法陣の中へと入る。亀は嗤っているけど、どうでもいい。

 

『意外と落ち着いているのねぇ』

『その度胸だけは褒めてやろうかの。では参るぞ!』

 

 亀が戦いのゴングを鳴らすかのように、咆哮を上げる。完璧怪獣じゃないか……。

 ま、戦いは先手必勝。

 

「スリップ」

『『ふぎゃっ!?』』

 

 地響きを鳴らして蛇と亀が転倒する。あ、亀に蛇が押しつぶされて痛そう。

 僕はスリップの効果が効いているうちに、ウエストポーチから弾丸を1発取り出し、それに魔法をかけ始めた。

 

「エンチャント:スリップ」

 

 そのまま今度は別の魔法を発動、弾丸に仕掛けを施していく。

 

「プログラム開始

/発動条件:スリップの効果が消滅時

/発動魔法:スリップ

/停止条件:術士の解除命令

/プログラム終了」

 

 これで細工は流々、後は仕上げを御覧じろってね。

 

『くっ!』

 

 立ち上がろうとする亀の足元の地面に、出来上がったその弾丸をブリュンヒルドで撃ち込む。

 

『『うぎょっ!?』』

 

 また地響きを立てて亀が転倒する。亀が立ち上がろうとする度に、盛大にその音が響きなり、辺りの地面が幾度も揺れた。

 

「鬼ですね……」

 

 ドン引きしたかのようにリンゼが僕にジト目を向けてくる。ちなみに隣のエルゼは呆れた顔で「そうよね、あんたはそんな奴よね」と言っていた。納得いかなーい。

 

「スリップの効果が切れるのをスイッチとして、別のスリップが発動。これが魔力が切れない限り続くなんて、まさに無限ループじゃないの。普通ならすぐ魔力が切れておしまいの筈よ」

 

 バルサ伯爵がスリップに抗っている光景を思い出して考えたんだけど、上手くいって良かった。正直エラーになってもおかしくないと思ってました。

 ちなみに魔力の方は回復率が消費率を上回っているから何も問題は無い。

 

「後は日没までここで待っていれば――」

『舐めるな小僧!!』

 

 もう勝ったと思い、お昼でも食べようかと思うといきなり亀の叫びが聞こえた。亀の方を見ると、そこには右足1本でグルグルと回っている亀と蛇の姿が。

 そして亀と蛇は回りながら飛び上がり、スリップが無限ループしている地面から少し離れた所に着地する。これで僕の無限スリップは無効化されたので、解除命令を出しておく。下手したら今度は僕が引っかかりかねないし。

 

『中々やるようだな。もう侮りは無しだ、ここからは全力で行くぞ』

「ああ」

 

 どうやら即堕ち2コマとはいかないらしい、手強いな。でも

 

「勝つのは僕だ! 行くぞおおおおお!!」

『来い!』

 

 ブリュンヒルドをブレードモードに変え、僕は亀と蛇に斬りかかった。さあ、ここからが本当の勝負だ。

 

「スリップ」

『『うぐうっ!』』

「使うのでござるかスリップ!?」

 

 だって便利だし。




次回作ありふれを検討していたので、とりあえずアフターは残っていますが本編は読了。
絶対イセスマよりSS書きやすいわアレ……。


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魔法陣、そしてバビロン。これ絶対痴女だよ!

なろう版の1話だと短かったので2話分書いたら過去最長に。
でも5000字ちょっとってどういう事でしょうか。


「『『ハァ……ハァ……』』」

 

 僕、蛇、亀は示し合わせた様に同じタイミングで息切れする。

 時は日没、太陽は海の向こうへ消えて、闇に月と星が浮かぶ夜が始まる。そう、僕は玄帝の出した試練を乗り越えたのだ。

 え、戦闘シーン? 悪いけどカットで。ほらアレだよ、SA○アニメ1期で75層のボス戦開始だと思ったら次の話で既にやられてたじゃん、それと一緒。

 

『見事です望月冬夜様、貴方は我らの試練を真っ向から乗り越えました。貴方は我が主にふさわしい。どうか我らと主従の契約を』

「スリップはいいのでござるか」

『大丈夫だ、問題ない』

「無いんだ……」

 

 今一つ神獣の価値観が分からない。が、そんなことはどうでもいいや。次は確か……。

 

「名前を付ければいいんだっけ?」

『そうよぉ。素敵な名前をくださいな、ご主人様』

『こやつらなど蛇と亀で十分です』

『おめぇは黙ってろや! やんのか、ああ!?』

 

 クレ○んのオカマみたいな変貌するな、この蛇。

 というか僕も心の中では蛇だの亀だの言ってたけど、ばれなきゃ問題ないか。

 玄武……、黒とか水ね……。

 

「じゃあ黒曜とサンゴでいいか」

『コクヨウ?』

『サンゴ?』

 

 琥珀も宝石の名前だし、統一感があっていいでしょ。黒とか水とか連想できるし。蛇が黒曜で亀が珊瑚ね。

 

「どう? 適当に決めた割にはいい感じだと思うけど」

『喜んで黒曜の名前を頂きますわぁ』

『ではわらわもこれからは珊瑚と名乗らせて頂きます。よしなに』

 

 どうやら気に入って貰えたらしい。満足気な珊瑚はのっそりと魔法陣の結界から出てきた。

 

『ちょっと待て、珊瑚。我らは主の魔力にて常に顕現することが出来る。だがその姿では主に迷惑が掛かるのだ。姿を変えろ』

『……そうなのか?』

『琥珀ちゃんみたいに小さくなればいいのかしらん? それならすぐに……、ねっ!』

 

 ポンッ、と珊瑚と黒曜は一瞬にして小さくデフォルメされた姿に変わっていた。

 対象30センチ位の黒い亀に、普通サイズの黒蛇が巻きついている。その状態で宙にふわふわと浮いて、泳いでいるからシュールこの上ない。

 

「よろしくね。珊瑚、黒曜」

 

 僕は肩に乗っている珊瑚と黒曜の頭を撫でた。ナデポ狙いでは無い。

 

『この珊瑚、お役に立ってみせましょう』

『アタシも役に立つわよぅー』

 

 それじゃあ早速、仕事を与えるか。

 

 

『海に入っても呼吸が出来るようにすればいいのですね?』

「お願いできる?」

『楽勝よぅ。まもりに関してはアタシ達に並ぶ者は居ないんだからぁ』

 

 とは言っても危険があるかもしれない。まずは僕だけで行ってみて、全ての魔石を起動させよう。それから魔法陣でどこかに転移したら皆をゲートで連れてくればいい。

 

「何かあったらゲートですぐに戻ってきなさいよ」

 

 エルゼ達の心配を受けながら、僕は肩に珊瑚と黒曜を乗せ服のまま海へと入る。おお、本当に濡れない。体から1センチ程離れた所に魔法障壁が張られているみたいだ。

 更に海の中へと入り、やがて首より水位が上になると視界は一面の海の中。ライトで明かりをつけて見える光景は、昔見たチューブ型の水族館みたいだ。綺麗だなあ。

 海底の景色を眺めながら歩き続ける。最初は楽しかったが、段々飽きてきた。水族館ってやっぱり工夫されてたんだな、と思っていたらやっと目の前に巨石群が現れた。ストーンサークルを抜けて遺跡中央の階段から中へと入る。

 地下へと下っていくと大きな広間、魔法陣のある部屋へと辿り着いた。

 早速赤い魔石がある台に近寄り、取り付けてあった魔石に火属性の魔力を流す。途端に、魔石を取り付けている台自体がぼんやりと赤く輝き始めた。

 これで起動したと思った僕は残りの魔石にも次々魔力を流していく。そして最後に水の魔石に魔力を流すと、中央にあった魔法陣が静かに輝き始めた。

 

「これで魔法陣が起動したって事で、いいのか?」

 

 ボヤキながら恐る恐る魔法陣の上に乗ってみる。……何にも起こんないじゃん。

 何で? ってああそうか、無属性か。この魔法陣に無属性の魔力を流し込まなきゃいけないのか……?

 物は試しとばかりに魔法陣の中央に立ち、無属性の魔力を送り込む。足元の魔法陣から爆発的な輝きが襲い掛かり、僕はその場から転送された。

 

 

 あまりの眩しさに閉じた瞳をゆっくりと開くと、そこは庭園だった。花々が咲き乱れ、小鳥が飛び回り、細い水路には水が流れている。

 僕の足元には遺跡と同じような魔法陣があったが、起動させる魔石台は無かった。一方通行らしい。

 

『ご主人様ぁ……、ここどこかしら?』

「さて、ね」

 

 とりあえず魔法陣から降り、庭園を見回していると遠くから誰かがこちらへ歩いてくる。女の子、だな。

 段々とその姿がはっきりと見えてくる。そしてはっきりと見えてきたが故に、僕は思わず死んだ目になるしかなかった。

 翡翠色の短く切り揃えられたサラサラの髪、白磁の様な肌に金の双眸。ミステリアスな雰囲気を醸し出す少女だった。歳はエルゼとそんなに変わらないだろう。それはいい。

 ノースリーブの黒い上着に薄桃色の大きなリボン、白いニーソックスに黒いエナメルの靴。そこもいい。

 

「初めましテ。私はこのバビロンの空中庭園を管理する端末のフランシェスカと申しまス」

 

 空中庭園とか端末とか、疑問はいくらでも浮かぶけど、それ以上に疑問な事が目の前にある。

 

「あのさぁ……」

「はイ、なんでしょウ?」

「スカートもズボンも穿かずにパンツモロ出しなのって、君の趣味?」

 

 少女の下半身は、パンツ一枚だけ穿いたモロ出し状態だった。

 痴女なんだろうか……。とりあえず僕はこう思う。

 ないわー。

 

「趣味ではありませンが……、義務?」

 

 フランシェスクカと名乗った彼女は可愛く小首を傾げる。なんなの、ここはスカートやズボンを穿いちゃいけないルールでもあるの? 責任者呼んで来い。

 

「えーと、フランシェスカだっけ?」

「はイ。シェスカとお呼び下さイ」

 

 フランシェスカなら愛称フランじゃないのか? と思ったけどこの際それはどうでもいい。

 

「とりあえずなんか下に穿いてくれない? 痴女は趣味じゃないんだ」

「ぱんつは穿いてまスが?」

「ズボンかスカート穿けって言ってるんだけど」

「……まア、そこまで言うのなら穿きまスが」

 

 何でちょっと不満そうなんだよ。とか思っていたらどこから出したのか、シェスカは白いフリルの付いた黒いスカートを穿き始めた。持ってるなら最初から着ろよ。

 

「しかシ、モロ出しのパンツに無反応とハ……。もしや貴方は同性愛者でスか?」

「違う」

 

 一応LGBTに配慮する気は在れど、僕は異性愛者だ。というかモロパンなんて萎える物見せられた挙句、同性愛者疑惑は流石に酷くない?

 そうまで言うならなんで無反応だったか、はっきり教えてやる。

 

「いいかシェスカ。エロとは過程だ」

「……はイ?」

「隠されている物が白日に晒される、そこに価値があるんだ。だからパンチラは尊いし覗きはいつまでたっても無くならない。なのに君は、それを汚した! 最初から見えるパンツに意味なんか無い! パンモロなんて邪道なんだ! チラリズムこそが、男のロマンでエロスの極限だ!! それを、お前は……!!」

 

 僕は血を吐くように叫ぶ。それは正しい怒り。許しがたい邪を駆逐する聖の一撃。

 

「……貴方のお名前ハ?」

「え? ああ。望月冬夜」

 

 いきなりシェスカに名前を問われて、思わず答えてしまう僕。しかし、次の瞬間さらなる怒涛の展開が僕を襲う。

 なぜか、シェスカがこっちに跪いているのだ。

 

「何、何なの!?」

「まずハ言い訳をさせて下さイ。あのパンモロは私ではなく私達の創造主、レジーナ・バビロン博士の意思で行われていたものでス」

「創造主?」

 

 創造主って、妙な言い回しをするなあ。まるで自分達が造られたみたいな……。ってまさか。

 

『ご主人様、この者は人間ではありません。命の流れが感じられません』

「なっ……!」

 

 考えていた事を珊瑚に言われて、思わず声が漏れる。まさか、リアルガイノイドを見る日が来るなんて……!

 

「私はこの庭園の管理端末として博士に造られましタ。今から5092年前の事でス」

「ごっ……!」

 

 リーンですらBBA扱いなのに、それより4480歳も年上なのか!

 しかしなぜその話を今するのか。一体シェスカは何が言いたいんだ。

 

「そしてまあ色々ありましテ、私達を造った博士は自身が亡くなる前に残される私達を、あの魔法陣を抜けてキた適合者に譲渡する事を決めましタ」

「適合者?」

 

 何だろう、あの魔法陣を発動するには何らかの資格が必要だったんだろうか?

 

「適合者とハ、他者を思いやる優しさを持つものでス。具体的にハ、パンモロしている私に襲い掛かってクる者ではなく、何もせず放置する訳でもなく、チラ見しながラも自制し、興味が無い様な振りをスるムッツリの事でス」

「頭おかしいだろその博士」

 

 何そのギャグ漫画のボケキャラみたいな博士、天才と馬鹿は紙一重とはまさにこの事なの!?

 

「頭がおかしイのは否定しませン」

「しないのかよ」

「しかし、冬夜様の叫びが私の何かを響かせまシた。なので博士の命令はうっちゃらかして、私の意思で貴方に仕えようと思いまス」

「うっちゃらかすの!?」

 

 というか何で千葉県の方言で言うの!? 普通に放っておくでいいじゃん!

 

「という事デ冬夜様。貴方は適合者としテふさわしいと認めまシた。これヨり機体ナンバー23、個体名フランシェスカは貴方に譲渡されまス。末長クよろしくお願いいタしまス」

「えぇー……」

 

 正直いらない、こんなファンキーなガイノイド。なんとか隙を見てクーリングオフするとして、まずは聞きたいことを聞くとしよう。

 

「あのさ、質問していい?」

「ええ、どウぞ。マスター」

「ここって一体どこなの?」

「バビロンの空中庭園でス。ニライカナイと言ウ人もいまス」

 

 空中庭園? 辺りを見回してみると確かに庭園だけど……。上を見るとガラスのドーム越しに空が見える。シェスカが端に案内すると言うのでついて行くと庭園の終わり、ガラス張りの壁が現れた。

 その先には雲海が広がっていて、間違いなくここは空に浮かんでいることが分かる。本当に空中庭園なんだな。

 

「ここって一体何の為にある施設なの?」

「ここは博士が趣味で造った庭園でス」

「趣味なのか……」

「はイ」

 

 何だろう、重要度低そうだなこの施設。

 ま、いいや。とりあえず皆をここに呼ぶか。1回話し合った方が良い。シェスカに事情を説明し、地上へとゲートを開いた。

 

 

「空中庭園、ね。古代文明パルテノの遺産と言った所かしら」

 

 辺りを見回しながらリーンは感慨にふけっていた。

 古代文明パルテノ。様々な魔法を生み出し、それによるアーティファクトを作り出した超文明らしい。ひょっとして凄いアダルトグッズとかあったりして。

 バビロンもその文明が作りだした遺産の1つであり、それ自体がアーティファクトともいえる。つまりシェスカもアーティファクトだったんだよ!(迫真)

 皆は庭園を見て回っている。庭園らしいかは知らないけどとにかく草木が植えられている植物園みたいなエリアもあれば、噴水や飛び石、花壇や池などがあるガーデニング好きなら浮かれそうな庭のエリアもある。今度フリオさんを連れてこようか。

 その一角、池のほとりに設置された休憩場になる東屋で、僕とリーン、そしてシェスカが寛いでいた。

 

「それでリーンの手に入れようとしていた物はここにあるの?」

「そもそも私は古代魔法をいくつか発見出来たらいいなと思っていただけなのよ。なのにそれ以上の物が見つかってしまったから、どうしましょう?」

「どうしましょうって言われても……」

 

 このバビロンが古代魔法の結晶みたいなもんだしなあ。5000年稼働している庭に、萎れる事の無い草花などアーティファクトのオンパレードだ。

 ここを造ったレジーナ・バビロン博士は間違いなく天才ではあったんだろう。パンモロを人に強要する時点で僕と話は合いそうにないが。

 

「シェスカ、ここは庭園として以外に何か機能があるの?」

「いえなにも。他と違って、単なる空に漂う個人庭園でございまス。財宝も無ければ、これといった兵器もございませン。空飛ぶ素敵なお庭でございまス」

「謙遜してるのか自慢してるのかどっちなんだ」

「謙遜していますマスター。そして、このバビロンの空中庭園は既にマスターのモノでございまス」

「え?」

 

 どういう……、事だ……!?

 

「このバビロンを制御、管理しているのは私にございまス。そして私はマスターの物。私のバビロンもマスターの物」

「何その三段論法」

 

 僕がシェスカをあしらっていると、いきなりリーンがシェスカに鋭い目を向けて問いかける。

 

「ねえシェスカ。ちょっと気になったのだけれど、貴女さっき他のと違って単なる空に漂う個人庭園、と言ってたわよね。それってどういう事?」

 

 そう言えばそうだ、他のと違ってって要は他があるって宣言してるよね。

 

「バビロンはいくつかのエリアに分散して空を漂っていまス。私の管理する庭園の他に、研究所や格納庫、図書館などが私の姉妹によって制御、管理されておりまス。すべて合わせてバビロンなのでス」

「勘弁してくれよ……」

 

 まだ居るのか、こんなファンキーなのが……。



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デリカシー、そしてキス。僕にデリカシーがあるかどうかは見た人の主観にお任せします

 その後、レジーナ・バビロン博士が作り出したバビロンが魔法障壁で視認できない事が明かされたり。

 9つの浮き島がある事が明かされたり。

 他の浮き島とは、シェスカが他の姉妹とリンク出来ないので更新できない事が明かされた。

 3行で終わっちゃったよ……。

 

「なんでまたダイジェスト?」

「ハーメルンの規約に引っ掛かっちゃって……」

「また!?」

 

 

 

「リンク……? それに、マスターってなんですか?」

 

 ユミナが首を傾げてシェスカに尋ねる。リンクとかの言葉は通じないのか。そういや前にバブルとボムの意味をリンゼも知らなかったっけ。ある程度の日常会話での横文字は通じるのに、どうして専門用語的な物は世間に広まっていないのか。いやそもそもリンクもマスターもバブルもボムも、専門用語ではないよね!?

 

「リンクとは繋がり、連結という意味でス。マスターとは未来永劫に仕える主という意味でス」

「そんな重い意味だったのシェスカにとってのマスターって!?」

 

 え、僕シェスカにそんな忠誠誓われてたの? パンチラ語っただけで!?

 

「冗談でス。本当はただの主という意味でス」

「ただの主ってワードも若干よく分からないな……」

「TDNは主だったの……?」

「やめてリーン」

 

 変なタイミングで合いの手を入れないで欲しい。というかこのガイノイドやたらふざけてくる。これもレジーナ・バビロン博士のせいなんだろうか。

 そういや、レジーナって女性名だよな……。レズなの?

 

「冬夜さんみたいな人でしょうか」

「ごめん、僕シェスカから連想できるレベルの変態と同じとは流石に思われたくない」

 

 リンゼのいつも通りの辛辣な言葉も、今日に限っては本当に効く。というか僕はパンツ丸出しを強要するような奴だと思われてたのか……。見えるか見えないかの境目くらいが1番エロいのに。

 いやでもリンゼはモロパンの下り知らないから一概に言えないな……。

 

「というか、主人ってどういう事よ?」

 

 すると突然、エルゼが眉根を寄せて詰問してくる。あれ、なんか怖いよ?

 

「冬夜様に萎えるパンツを見せたお詫びとして、身も心も捧げる事にしました。故に私のご主人様、マスターでス」

「萎えるパンツって何!?」

 

 エルゼのツッコミが庭園に響く。確かにそこだけ切り出すと意味不明だな。しょうがない、補足してあげようか。

 

「萎えるパンツは萎えるパンツさ。具体的には目の前に何の恥じらいも無く、目の前で見せつけられるパンモロだ」

「パンモロ見ての感想それ!?」

「その時のマスターの叫びに私は思わズ……。ポッ」

 

 ポッ、じゃないよ。何一つ顔色変える事無く言われても戸惑うだけだから。

 その会話を聞いていたエルゼは呆れたように僕に喋りかける。

 

「冬夜、あんたはもうちょっとデリカシーって物を覚えた方が良いんじゃない?」

「え、僕デリカシーバリバリあるでしょ」

「どこによ」

「そりゃもう見たままだよ」

「じゃあどこにも無いわよ」

「えぇ……」

 

 嘘、僕デリカシー無いの? そこにリーンが追い打ちを仕掛けてくる。

 

「確かに、初対面の美少女の下着を見て萎える宣言はデリカシーが足りないわね」

「じゃあどうすりゃ良かったのさ?」

「な、なんて恰好してるのよ馬鹿っ! は、早く下に何か着なさいよ!! ――みたいな?」

「そんな初心な僕見たい?」

「欠片も見たくないわね」

「……私も、正直そんな冬夜さんはちょっと嫌です」

 

 リーンとユミナが初心な僕は見たくないと言ってくれた。

 しかしエルゼは「いやそうかもしれないけど、でも……」などとブツブツ言いながらも納得してないらしい。

 するとリーンが僕に耳打ちしてきた。

 

「何で怒っているのか分からないって顔ね?」

「……まあね」

「大した事は無いわ。エルゼは冬夜が下着に萎えるとか言うから、いざとなったら反応してもらえないんじゃないかって心配――」

「ちょ、ちょちょちょっとちょっと待ちなさい!」

 

 何かを言いかけていたリーンをエルゼは慌ててせき止める。その表情はまるでトマトの様に真っ赤だ。でも聞いている限り僕が言うべき言葉は分かった。

 

「心配しなくてもいいよエルゼ。シェスカならともかく、エルゼの下着姿なら僕も萎えるなんて言わないよ、むしろ興――」

 

 僕の言葉は、エルゼに殴り飛ばされた事により最後まで紡ぐ事は出来なかった。というか痛い。

 そして地面に倒れ伏した僕を見て、今までの流れを見ていた八重が一言。

 

「やっぱり冬夜殿はデリカシー無いでござるよ」

「うん、そうかも」

 

 確かに本人に向かって興奮する発言は無いな。

 

「まあ、それはともかく。通信を阻害している障壁のレベルを下げるには、マスターである冬夜の命令が必要。でも冬夜はここ、空中庭園のマスターでしかない。向こうが何かの弾みで下げでもしない限り、他の施設は見つからないって事ね」

「おっしゃる通りでス」

 

 話を戻すようにリーンが発した言葉に、シェスカが答えた。

 マップアプリでバビロンと検索して見たけど、ヒットしなかった。今いる庭園ですらヒットしないって事は、阻害されてるだろう。

 

「それだけ長い間漂流しているなら、他の方達に遭遇した事は無かったのですか?」

「2度ばかりありまス。3028年前と985年前に。1度目の遭遇は図書館で、2度目の遭遇は蔵でした」

 

 どうやらユミナの指摘通り、何回か遭遇はした事があるようだ。でも千年単位だからそれを当てにするのは無理だろうな。

 

「結局、他のバビロンを見つけるにはそれぞれの転送陣を探すしかないのね」

「え、探すの?」

 

 溜息をつきながら呟くリーンに思わず反応する僕。正直気乗りがしない。

 

「探すわよ当然。古代のロマンが詰まっているのよ?」

「正直僕はもう、レジーナ・バビロン博士っていう人間に不安しか覚えてないんだけど」

「そう……(無関心)」

「え、スルー?」

「ちなみに他の所へ転送する魔法陣は何処にあるか分かる?」

「分かりませン。そもそもマスター達がどこカラやって来たのかも知りませんのデ。ちなみにこノ庭園への魔法陣は何処に?」

「イーシェンの南、海の中だよ」

「イーシェン……? 記憶にない土地の名でス」

 

そりゃ5000年も前だからなあ。イーシェンが建国自体されてないだろう。

 どのみちシェスカは他の魔方陣を知らないみたいだ。これ探すの無理じゃない?

 今回は海の中ってだけだったけど、他のが残ってる保証すら無い。遺跡という形で残されていれば可能性はあるかもしれないけど。

 

「そもそも何でこんな形に分散してのでござろうな…。世界中に散らばっているとすれば、1つに集めるのは不可能に近いのでは……」

「なぜ博士がバビロンを分割したのかは分かりませン。嫌がらせではないと思いまスが、多分」

 

 多分て。そこは嘘でもいいから何らかの理由があったのでしょうとか言ってよ。

 博士の人物像がもはや予測不能になってきた。どんな女なんだ。

 

「それで冬夜、この子どうするの?」

「どうするって……」

 

 正直置いていきたい。けど5000年ここで1人ぼっちだった女の子を放っておくものなあ……。

 

「シェスカはどうしたい?」

「私はマスターの傍にいたいと思いまス。おはよウからおやすみまデ。お風呂からベッドの中まデ」

「それストーカーって言うんだよ」

 

 いくらなんでも御免被るよそんな生活。1人の時間をよこせ。お、そうだ(唐突)

 

「いやほら……、あれだ。この空中庭園から離れるのは拙いんじゃない? 管理人が不在じゃ何かあったら困るし」

「ご心配なク。空中庭園に何かあったラすぐ分かりますシ、私には庭園へと転送能力があります。庭園の管理はオートで十分ですカラ、何も問題はありません」

「いいよもう、一緒に来なよ」

 

 諦めの境地に経った僕は引き取ることを選ぶ。何この無駄な周到さ。

 

「つきまシては空中庭園へのマスター登録を済ませテ頂きタク。私は既にマスターの物ですが、庭園もマスターの物とシなければなりません」

「登録? どうするのさ?」

「ちょっと失礼しまスね」

 

 そう言ってシェスカは、実は今まで寝転びっぱなしだった僕の頭を両手を添える。そして、なんてことのない様にそのまま唇を合わせてきた。

 

「ふむッ!!??」

「「うわぁ……」」

「「ああぁああ――――――――ッ!!!!」」

 

 デュオでそれぞれドン引きの声と叫び声が聞こえる。が、そんな事はおかまいなしに、にゅるんとシェスカの舌が僕の口内に侵入してきた。

 ワッツ!? 何故!? 何で僕キスされてるの!? ファーストキスなんですけど!?

 僕のファーストを奪った当人は、なにか味見でもするように唇を舌で舐め、目を閉じている。

 

「登録完了。マスターの遺伝子を記憶しまシた。これより空中庭園の所有者は、私のマスターである望月冬夜に移譲されまス」

「ちょっと何してるんですかぁ!!」

 

 ユミナがシェスカに迫り寄る。小さな腕を振り上げて、全身で怒りを表していた。あ、ちょっと可愛い。

 

「いきなりキスするとかどういうつもりですか!? 私がまだなのに、私はまだしたことないのに!!」

 

 そこかよ。後何で2回言ったの。顔を真っ赤にして、明らかに怒っていた。いやさっきから怒りはアピールしてるけど。

 

「遺伝子採取に1番効率が良いと思いましたのデ。私に子供はできませンが、そちらの方法は色々と問題がありそうでシたカラ」

「子供ができないなら問題ありませんよ!!」

「いや問題はあるでしょ!?」

 

 ユミナの暴走発言にエルゼのツッコミが入る。意外とパニクってるなあ、ユミナ。エルゼの静止を受けたユミナは1回深呼吸をし、僕に向き直ってこう言った。

 

「冬夜さん。ちょっと作戦会議をしてきますのでここで待っていて下さい!」

 

 それだけ言ってユミナはエルゼの手を引き走り去ってしまった。それにリンゼと八重も続く。

 

「リーンは行かないの?」

「行ってもいいけど……。でも別にキスでギャーギャー言う程子供でもないしねえ」

「成程。つまり自分はラブコメを微笑ましく見るおばさんだト」

「やっぱり向こう行くわ」

 

 シェスカは言葉巧み、でもないけどともかくリーンをわざわざ向こうへ追いやった。

 

「何でわざわざ……」

「いえ、実はレジーナ・バビロン博士からマスター宛てにメッセージを受け取っていタのを思い出しましテ」

「それ、今聞かなきゃダメ? というかそれリーン追い出す理由になる?」

「時間つぶしとデモ思って下さイ」

 

 僕の諸々の発言を無視してシェスカは左の手首を開き、なにかコネクタの様な物が付いたケーブルを引き出した。

 

「なんというか、初めてシェスカの機械っぽい所見た気がする」

「厳密には私は機械でハありませン。あえて言うなラ、魔法生命体と機械の融合体でス」

 

 知らないよ。



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作戦会議、そしてメッセージ。シリアスやるのかギャグやるのかはっきりしろって話。

今回は前半がエルゼ視点で、後半が冬夜視点です。


 あたしはユミナに手を引かれて空中庭園を走っていた。というか痛い、ユミナちょっと強く握り過ぎ!

 

「ちょっとユミナ、離して! 痛いから!!」

「あ、ごめんなさい」

 

 そう言ってユミナはあっさり手を離す。それと同時に後ろからリンゼと八重もやって来た。

 

「それで、作戦会議って何するのよ?」

 

 あたしはずっと聞こうとしてた事を質問した。冬夜とシェスカのキスを見たら、いきなりユミナに手を取られて走ってたから何も分かってない。

 

「当然、私達も冬夜さんとキスする為の作戦会議です!」

「うえぇ!?」

 

 キス!? あたしが冬夜と!?

 

「な、何であたしが冬夜なんかとキスを……!?」

「いえ、もうそういうの結構ですから」

「そうでござるよエルゼ殿」

「お姉ちゃんが冬夜さん好きなの気付いていないの、多分冬夜さんだけだよ」

 

 なんか皆冷たい。というか……。

 

「そんなに、あたし分かりやすかった?」

「ええ、それはもう」

「ユミナ殿が仲間になった時は凄かったでござるな」

「何でアレに気付かないの冬夜さん、って思ったもん」

 

 やめて、凄く恥ずかしい! 何であたし辱められてるの!?

 というかもう認めるしかないわね、これ。

 

「そうよ、あたしは冬夜が好きよ! 悪い!?」

「正直男の趣味は悪いと思うでござるが」

「それはあたしも若干思ってるわよ!!」

 

 確かにしょっちゅう女の人口説いてるし、なんか知り合いは女性ばっかりで美人多いし、今日も海で水着見せたのに他の人にデレデレしてばっかりだったし!

 

「まあ、それはさて置きまして」

「置くの!?」

「私はエルゼさんに聞かなければならない事があります」

「……何?」

 

 聞かなければならない事がある、そう言ったユミナの顔は真剣そのもの。なのであたしもそれに合わせて必然声が低くなる。

 

「ズバリ、エルゼさんは冬夜さんのどこを好きになったんですか!?」

「それ今聞く事!?」

「ええ、打算まみれの私と違ってエルゼさんは純粋に冬夜さんが好きみたいですし」

「打算まみれ?」

 

 あたしが疑問を呈すとユミナはハッ、とした表情になってこう言った。

 

「そういえば冬夜さんには言いましたけど、皆さんには言ってませんでしたね。私、実は冬夜さんに一目惚れした訳では無く、全ての無属性魔法が使える冬夜さんをベルファスト王国に縛り付けたかったんです!」

「凄い告白した!?」

「そうだったんでござるか……」

「納得ですね……」

「そして2人ともあっさり受け入れた!?」

「それほどの人材という事よ」

 

 納得する2人に続いて、いつの間にかリーンまで話に入ってきた。というか、いきなり全肯定するのね。

 

「全ての属性魔法に適性があって、全ての無属性魔法の行使が可能で、さらには白帝と玄帝まで従えている。冬夜のキャラが愉快過ぎて忘れてるかもしれないけど、はっきりいって化物よ」

「化物って……」

 

 確かにそうかもしれない。あたしは1周回って呆れてたけど、思えばリンゼは怯えていたような気がするわ。

 八重は最初から遠慮無かった気もするけど。

 

「私も、最初は正直ちょっと怖いと思ってんだよお姉ちゃん。しばらく一緒にいると、怯えるのが馬鹿馬鹿しく思えてきたから遠慮しなくなったけど」

「でしょうね」

 

 女の人口説くのも力づくなんて真似はしなかったし、もっと阿漕になればいくらでも欲しい物なんて手に入ったでしょうに。

 ……現状でも割と手に入れてない? 金も名誉も女の人も。

 

「で、話を戻しますがエルゼさん。何で冬夜さんが好きなんですか?」

「……それ、どうしても聞きたい?」

「はい。冬夜さんは私の婚約者で、冬夜さんも口では色々言うでしょうがいずれは受け入れて結婚するでしょう。そして私は王族、王族と結婚すれば冬夜さんも王族になり、側室を娶る事が出来ます。色んな人が冬夜さんの妻になりたがるかもしれませんが、正直冬夜さんを純粋に慕う人は少ないでしょう。だからこそ、1人位はエルゼさんみたいな素直な好意を示す人がいて欲しいと思うんです」

「分かったわ」

 

 ユミナに答えると返事してから考える。あたしが冬夜を好きな理由を。

 そんなに大きい理由がある訳じゃない。助けられたけどあれは自分でも切り抜けられた。じゃあ何でだろう、何であたしは冬夜が好きなんだろう。

 顔? 悪くは無いけどイケメンかと言われると違う気がする。

 性格? それはないわね。

 なら何だろう。

 ――そうね、あえて言うなら

 

「あたしは、冬夜といるのが楽しいのよ」

「はぁ……?」

 

 あたしの言葉にユミナは気の無い返しをする。まあ、自分で言っててもよく分からないししょうがないわね。

 

「あたしは冬夜と出会うまであんな馬鹿に出会ったことが無かった。リンゼはいい子だからあんまり予想外な事とか起こさないけど、あいつは違う。馬鹿みたいにはしゃいでて、いっつも楽しそう。それで女の人に袖にされてもヘラヘラ笑ってるあいつが、なんだかんだで周りにいる人を笑顔にしてくれるあいつが、気付いたら好きになってたのよ」

「つまり、気付いたら好きになっていたという事ですか」

「そういう事。我ながらとんでもない奴に、つまらない引っ掛かり方したわね」

「いいじゃないですか」

「え?」

 

 ユミナの言葉にあたしは思わず間の抜けた返事をする。

 

「物語じゃあるまいし、人を好きになるのに劇的な理由がなくたっていいじゃないですか。私だって一目惚れみたいなものですしね。打算ありきの」

「打算と一目惚れって両立するの?」

 

 どう考えても水と油でしょ、その2つ。

 しかしユミナは自信満々にこう答える。

 

「しますよ。冬夜さんにはベルファストの力になって欲しいというのと、私のお婿さんになって欲しいという気持ちは私の中で何も矛盾しません」

「……確かに矛盾はしてませんね」

「まあ、打算だけならスゥ殿に婚約してもらえばいいでござるからな」

 

 呆れたようにリンゼと八重が思い思いの事を言っている。というか、ユミナの言い分が凄い。リンゼの言うように矛盾は無いけど。

 

「でも側室は絶対増えるでござるよ」

「新しい人にガンガン声掛けそうですし」

 

 そしてあたしが1番懸念している事を2人は容赦なく言った。

 あたしは諦めてるけど、ユミナはどう思うのか。

 

「え、構いませんよ? 私が正妻であるなら、側室が10人だろうと20人だろうと一向に構いません。私は器の大きい女ですから」

「ああ、そう……」

 

 この返答は王族なら一般的なのか、それともユミナ個人の考えなのかが凄く気になる。

 

「なら私も側室に入れてもらおうかしら。ベルファストの王族と夫婦になるのは、ミスミドにとっても悪い話ではないしね」

 

 するとここでなぜかリーンが側室宣言をしてきた。いや、でも……。

 

「冬夜さんに欠片も相手にされてない人が側室は無理だと思いますけど……」

「くっ、流石リンゼね……。ツッコミが手厳しいわ」

「というか、リーン殿も冬夜殿が好きだったんでござるか?」

 

 八重が聞きたい事を聞いてくれた。正直冬夜と息はあってるみたいだけど、あんまりそんな風に見てるとは思えないし。

 

「まあ、愛してるってわけじゃないけど。でも結婚するなら他の詰まらない奴よりは冬夜みたいな方が面白そうじゃない」

「でも袖にされてますよね」

「……シャルロッテを、シャルロッテを投入すればあるいは」

「あるいはではないでござるよ!?」

「というかシャルロッテさんはベルファスト王国の人ですからね!? いくら師弟でもうかつにミスミド有利にはさせませんからね!?」

 

 リーンの無茶苦茶な発言を、3人がかりで止めようとしてるのをあたしは黙って見ている。そういえば作戦会議はどうなったのかしら?

 ま、いいわ。まずは自分の想いを伝えなきゃ始まらないし。

 じゃ、戻りましょうか。

 

 

 

「ねえ、このコードどうするの?」

「さア? 新しくマスターになった者に渡せば分かル、と博士が」

 

 シェスカの左手首から出てきたコネクタ付きのコードについて僕が聞いても、シェスカの答えは適当だった。というかちゃんと言えよ博士。

 ん? でもコネクタの形状、見た事あるぞ。あ、これスマホに接続できるじゃん。僕は懐からスマホを取り出し、シェスカの差し出してきたコネクタに接続する。ピッタリだ。

 独特な電子音が響き、半透明なゲージが画面に表示され少しづつ緑色に変わっていく。やがてすべてが緑のゲージに変わった所で、スマホの画面が輝き始めた。

 

「なんだなんだ?」

 

 やがて光が収まると、なんと画面の上に15センチ程の人間が立っていた。

 あれか、最近流行のARか? でも僕のスマホにそんな機能は無い。

 15センチ程の映像として現れているその人間は、白衣を着た20歳前後の女性で、丸い眼鏡をかけて口には煙草の様な物を咥えていた。髪は長くボサボサで、せっかくのブロンドも台無しといった感がある。白衣の中に上着とスカートもだらしなく着こんでいて、その無頓着さに拍車をかけていた。

 

「レジーナ・バビロン博士でス」

「この人が……?」

 

 気怠そうにしていた博士の顔が、こっちを見上げにたっと笑った。ん?

 

『やあやあ初めまして。ボクはレジーナ・バビロン。まずは空中庭園及び、フランシェスカを引き取ってくれた礼を述べよう。ありがとう、望月冬夜君』

「……え?」

 

 その年でボクっ娘かよとか、引き取るって正直産廃だと思ってるだろとか言いたいことはあったけど、全部吹っ飛んだ。

 何で、5000年以上前の人間が、僕の名前を知っているんだ!?

 よくよく考えれば、なぜこのコネクタは僕のスマホに合うんだ? まるで最初から知っていたかのような……。

 

『分かるよ。君の疑問はもっともだ。まず、なぜボクが君の事を知っているのかだね? それはボクが未来の出来事を覗く事が出来る道具を持っているからだ』

 

 未来を覗く道具? タイムテ○ビ? そんなものまで造れるなんて……。この年で一人称ボクが痛々しすぎて全然天才感が無い。大人の女性で一人称ボクが許されるの香月し○れ位だからな、本当に。

 

『時空魔法と光魔法を組み合わせて、そこに無属性魔法をいい感じに――。まあ、細かい事は省略するけどその道具は未来を映し出す事が出来る。しかし、あいにくとこの道具は断片的な物事しか覗く事が出来ない上に、覗く時代を決められてしまう欠点があるんだ。使用者と同じ生体波動を持つ者を時代を超えて捉え、映し出すシステムでね。ボクの場合、全属性持ちなんて事が災いして遠すぎる君の時代しか覗けない訳だが』

 

 この人と生体波動が同じって、何か嫌なんだけど。同類扱いじゃないよね、絶対認めないからな。僕はモロパンや見せパンを嫌う紳士なんだからな。

 

『ま、それを使って君の事を見つけた。初めはちょっとした興味からだったんだけど、楽しくなってきてね。君と仲間の冒険を楽しく眺めていたのさ。特に君の行動は面白い』

「勝手に芸人扱いするな」

『だけどある時、それが見えなくなってしまった。なぜかって? 未来が変わってしまったのさ。いや、変わったというか、不確定になってしまったという方が正しいか』

 

 人を芸人扱いした事を流すのはともかく、気になる言葉が出てきた。

 不確定? 未来が?

 話を聞く限り時間軸は1本しか無さそうだし、未来が変わるなんてことはなさそうだが。

 

『パルテノの滅亡……。いや、それは決まっていたのだろうな。実際、君達の時代ではボクらの文明は滅んでいるのだし。ともかく人類の敵、フレイズ共の侵略によるパルテノの滅亡には、既にボクが見ていた未来に織り込まれていたんだ』

 

 フレイズ……、フレイズ!? あの水晶の魔物が、5000年前の古代文明滅亡を引き起こしたのか!

 

『ボクラも戦ったが、幾万ものフレイズによるパルテノ滅亡は止められなかった。そしてそいつらが世界中に拡散する事による、世界の滅亡は目前に迫っていたんだ。おそらくその先に未来は無い。だからボクは未来が見えなくなった』

 

 でも僕らはここにいる。世界はフレイズに滅ぼされてなんかいない。

 

『そう。君も気付いている通り、なぜか世界は滅亡しなかった。ある時を境にフレイズ達が世界から消えてしまったんだ。理由は分からない。でもおかげでまた君達の未来が見える事になった』

 

 世界は滅ばなかったって事か。ま、そりゃそうだ。

 だけど何でフレイズ達は急に消えてしまったんだ……? 宇宙戦争みたいにフレイズのみを害するウイルスが発生したのか?

 

『つまり、そういう訳でボクは君の事を知っていたという訳さ。無論、ボクの遺産バビロンは君の為に遺した物だ。好きに使ってくれたまえ。君好みの娘達も造っておいたから好きに使ってくれたまえ』

「使えるか」

 

 にまにまと腹立たしい笑みを浮かべる立体映像に吐き捨てる僕。ただの高性能ダッチワイフだろそれ!

 

『一応君以外にバビロンが渡ってしまうのはよろしくないので、分散させておいたがまあ残りは見つけなくても構わない。気が向いたら探せばいいさ。あまり、強すぎる力はその時代には必要ないらしいしね』

 

 適当過ぎるぞこの博士。

 

『では長くなったがこれでメッセージを終える。ちなみにこのメッセージが終わったと同時に、フランシェスカは半裸になる』

「マジで!?」

『冗談だ。ではまた』

 

 何なんだよこの博士。シリアスしたいのかギャグしたいのかはっきりしてくれ!! というか考える事が多すぎる!!

 おそらくだけど、博士はフレイズが未来に居る事を見ていない。見てたら多分強大な力が必要になる場面もあると思うだろし、バビロンは分散してなかっただろう。

 あのコオロギ型のフレイズは地下にまるで封印されているみたいな感じだったから、5000年前の遺物か、1000年前にも侵攻があってそれを捕えたものだったのかもしれない。

 でもリーンが言うには空間が割れて出てきたんだよな、ヘビ型のフレイズ。……これ再びフレイズが侵攻してくるって事じゃないの?

 え、探すの? バビロン捜索必須!? というか

 

「こんな重大な話、時間つぶし感覚で聞きたくなかった……」

「すみまセんマスター。まさかこんな重い話だとは思っていませんでしタ」

 

 未来見えてるなら有効に使えよその力! と内心で僕がツッコミを入れていると

 

「ちょっと、話があるんだけど」

 

 僕とシェスカ以外の声が聞こえた。

 声の主は分かってる、エルゼだ。さて、何を言って来るんだ?




次回、最終回。


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恋愛神、そしてスマートフォンとともに。ようやっと流れたフリージア

やっと最終話完成しました。
こんだけの文章にどんだけかかってるんだよ、と思うかもしれません。私は思っています。


「話って、何?」

 

 真剣な顔をして話しかけてきたエルゼに、とりあえず応答する僕。

 しかし、エルゼは顔を赤らめながらモジモジとしつつ横目でシェスカを見る。――ああ、そういう事ね。

 

「シェスカ、ちょっとどこか行ってて」

「分かりましタ。ではドコカ村へ行ってきまス」

「どこそれ」

「バビロンが浮上するより前、チキン南蛮で町おこししようとしたモノの、失敗して廃れた悲しい村デス」

「いやそういうのいいから。今シェスカのボケに乗る空気じゃないじゃん」

「チッ、分かりましタ。3時間位してかラ戻りマスので」

「そんな生々しい時間設定しないで」

 

 はっきり舌打ちしたシェスカを適当に追い出して、僕はエルゼと2人きりになる。にしてもエルゼツッコミしてくれないな。

 しばらくエルゼは何かを言おうとして、言いよどむを繰り返していたが、やがて言葉が口から出てきた。

 

「と、冬夜……。あたしね、あんたが――」

 

 その次にエルゼからあふれ出る言葉を、僕は絶対に忘れない。

 

「あ、あんたが好きなの!!」

 

 僕は今、人生で初めて女の子に告白された。

 ―――え?

 

「な、何か言いなさいよ!」

 

 気づけばしばらく呆けていたのか、反応が無い僕に向かってエルゼが叫ぶ。

 

「あ、ありがとう?」

「そうじゃない!!」

 

 殴られた。

 そりゃ殴るよ。僕も自分で何言ってんだって思ったし。

 あぁ、分かってる。こうでしょ?

 

「その、ごめん。いきなりすぎて全く心の準備をして無かったんだ。だから……、少しだけ待って欲しい。必ず返事はするから」

「……そう。じゃ、待ってるわ。あんたがあたしを第2夫人にするかどうかの答えをね」

「え?」

 

 第2夫人?

 

「いや、え? 第2夫人?」

 

 僕が心底困惑した声を出すと、エルゼはきょとんとした顔を見せながら言う。

 

「だって、あんたユミナと結婚するでしょ」

「まあ、むこうが取り消さない限りは2年後に」

「で、あんたを好きなあたしも当然嫁になりたいわ」

「うん。……うん?」

 

 凄い話が飛躍してる、よね? どうなのこれ?

 

「だからこその第2夫人よ。ちなみにユミナはオッケーしてくれたわ」

「まあ、側室云々は初対面の時に聞いてるし」

 

 それ目当てでうっかり婚約申し込んだとは言えない。

 

「……返事、待ってるから」

「明日の夕方までには、答えを出すよ」

 

 僕の言葉に驚くエルゼ。正直、期限を自分で付けないといつまでも逃げそうだし。

 

 

 その後、とりあえず夜も遅いからという事でシェスカを含む皆でベルファストの家に僕らは戻る。

 晩御飯を食べ、シェスカをライムさんに押し付けた僕はそそくさと自分の部屋に戻り、頭を抱えてベッドへと倒れこむ。

 エルゼに告白されるなんて正直、想定してなかった……。

 好感は在れど打算まみれで恋愛感情はない僕とユミナ。きっと側室が出来るとしてもそんな打算だらけの関係性になると思っていたのに。

 それなのにエルゼは純粋な好意を向けてきた。

 どう返事すればいいんだ、って分かってるけどさ……。

 好きか嫌いか、それをはっきりするしかないのは分かってるんだけど――。

 

「慣れてないんだよなあ、こういうの」

「意外ですね」

「どわっ!?」

 

 急に聞こえた声に驚き、変な声を上げながら声の主、ユミナを見る。

 

「ノックくらいしてよ」

「ごめんなさい、つい」

 

 まあいいんだけどさ。それよりも聞きたいことがある。

 

「意外って、何が?」

「冬夜さんがエルゼさんをすぐに受け入れなかった事ですよ。エルゼさん、可愛いですよ?」

「それは知ってる」

 

 エルゼは可愛い。強気な面が目立つものの、本当は可愛いもの好きな所とか。妹に胸の大きさで負けてるのを気にして、この世界にあるバストアップ体操を試している所とか。

 

「覗きですか」

「いや偶然見ただけだから」

 

 お風呂シーンならともかく、そんな所を好き好んで見たくないよ。

 

「で、話を戻しますが何でエルゼさんの告白を受け止めなかったのですか?」

「……あんな風に純粋な好意で好かれるって経験が、僕には無くてね。ちょっと戸惑ってるだけさ。明日の夕方には答えを出すつもりだよ」

「意外ですね。冬夜さんは女性関係なら百戦錬磨かと思ってました」

「百戦錬磨だよ? 負け戦ばっかりなだけで」

 

 そう、ナンパはすれど成功した経験は無し。これは僕の過去に関係がある。

 僕は、ヤクザと関わりがある。少なくとも本物の銃を見せてもらえる程度の関係がある。正確には僕のおじいちゃんと関わりがあって、その繋がりで僕も仲良くさせてもらった。

 そして僕はその事を、中学時代学校で自慢していた。所謂中二病である。

 その所為で僕の友達の大半がヤクザを怖がり僕と関わらなくなり、更に自慢していることを知ったお爺ちゃんに殴られた。

 2針縫ったからなあ、あの時。

 それ以来、僕の周りには僕の人脈を当てにする奴らが殆どになった。それに嫌気がさしながらも、自業自得と諦める日々だった。

 そこに神の誤爆で、晴れて異世界転生を果たすのは実の所救いだったのかもしれない。

 人間関係全リセット、それをちょっと喜んだから僕は怒りながらも転生を受けられたのかもしれない。

 友達と家族には、悪い事したと思わないでもないけど。でも僕の責任じゃないしね。

 そして僕は望んでいたかもしれない、純粋な好意を今向けられている。

 

「嬉しいとは思ってるんだけどねえ……」

「――冬夜さんにも色々あるみたいですね」

 

 そう言ってユミナは僕の部屋を出て行こうとする。がその前に一言。

 

「私は、どんな決断をしても冬夜さんの味方ですよ」

 

 それだけ言ってユミナは部屋から出て行く。

 

「ユミナも、僕にはもったいない位の女の子だよ……」

 

 これで打算ありきじゃなかったら、僕は案外チョロい男になってたかもしれない。

 

 

 翌日、流石にエルゼと顔合わせしたくない僕は朝食と昼食を外で食べるとクレアさんに告げて外に出る。

 適当な店で朝食を済ませた僕は、これからどうするかを考える。誰かに相談したいが、オルトリンデ様や国王様には相談しづらいな……。じゃあ獣王様? 抱いてしまえとしか言わなさそうだ。そうだな――

 

「神の所にでも行くか……」

 

 あの神なら、案外いい事言ってくれるかもしれない。

……本来なら自分で考えなきゃいけないのは分かってるけど、こういう時は誰かの言葉を聞いた方が良い、気がする。悩みは1人で抱え込むとロクな事ならないって相場が決まっているし。

 とりあえず行く所を決めた僕は、手土産としてリフレットのパレントでロールケーキを購入。

 

「ゲート」

 

 生み出した光の門を潜り抜けると、懐かしいと思える畳敷きの狭い四畳半が敷かれている雲海の上に辿り着く。

 その畳の上には古びた卓袱台。そして卓袱台には煎餅を咥えて固まっている老人が1人。

 

「お、おー、君か。来るなら来ると連絡してくれんかの。というより来れるとは思わんかったが」

「お久しぶりです、神様」

 

 1度行った所ならここにも来れるんじゃないかとは思ったが、本当に来れるかは正直疑問だった。いや本当に行けるとは思わなかったわ。

 

「ここにも魔力は十分に存在しとるからのう。だから来れたのかもしれん」

「あ、これお土産のロールケーキです」

「や、すまんね。じゃあお茶でも出そうかの」

 

 そう言って神は急須でお茶を注いでくれる。って緑茶かあ、ロールケーキに合うんだろうか。まあ抹茶ケーキとかもあるし大丈夫か、いや全然違うな。

 

「それでどうしたのかね?」

「まあ、ちょっと相談みたいな感じで」

「ふむ? まあ、話してみなさい」

 

 僕は神にエルゼに告白された事、純粋な好意にどう返せばいいのか分からないと話した。そもそも自分はエルゼにふさわしいのか、なんて事も付け加えて。

 

「ふーむ、君はもう少し無敵感漂うキャラじゃと思っておったがの」

「皆僕の事どんなイメージで見てるんだ」

 

 無敵感漂うキャラって何。

 

「まあ、そんなに深く考えんでも良いと思うがのう。君に求婚した女子とて君の性格など百も承知じゃろうし」

「エルゼ、なんで僕なんかを好きになったんだろう」

「わしが知るわけないじゃろ」

「ですよねー」

 

 でもそのバッサリ感は酷い気がする。

 

「まあ、あれじゃ。結婚というものは2人、いやこの場合は3人じゃが、一緒に歩んでいくものじゃ。君が1人で背負い込むのは間違いというものじゃろう」

「良い事言ってるとは思いますけど、そのアドバイス最初に欲しかったです」

 

 でも1人で背負うのではなく、一緒に歩くものか……。

 ユミナもエルゼも、その覚悟はしてるんだ。後は僕の覚悟の問題だ。

 ――あんなに可愛い子の本気の想いに、目を背けるのは僕の生き方じゃないよなあ。

 別に断る理由も無いし、なんだったらこっちからお願いしたいくらいだ。

 なんだ、嫌なわけでもなんでもなく、ただ怖気づいていただけじゃないか。それさえなければ気持ちなんかとうの昔に定まってたわけね。

 

「腹は決まったようじゃの」

 

 僕の心を見透かしたかのように、神が話しかけてくる。

 

「まあ、一応」

 

 適当に返事をして、ゲートを使ってベルファストに帰ろうとした僕だがその前に神が僕を呼び止める。

 

「お、そうじゃ(唐突)。ついでじゃからちょっと君を気にしておる神の一柱に会っていかんかの?」

「人の腹が決まった段階で呼び止めないで欲しいんですけど」

 

 とはいうものの、相談に乗って貰ったのは事実なのでそのお礼替わりにと大人しくゲートを消して座る。

 そして神は傍らに置いてある黒電話に手を伸ばし、ダイヤルを回してどこかへ駆けはじめた。

 しばらくすると、雲海の中から1人の女性が浮かび上がる。歳の頃は20代前半、ふわふわ桃色の髪に、これまたふわふわの白衣を白い衣装に上に纏って、宙を漂いながらこっちへやってくる。手足や首には黄金の環がジャラジャラとついていた。あ、裸足だ。

 なんだろう、目の前の神よりもよほど神っぽい。服装が女神のイメージそのままだ。パル○ナ様みたい。

 

「お待たせなのよ」

 

 軽い挨拶を交わし、卓袱台の前に座る。

 

「えっと、この方は?」

「恋愛神じゃよ」

 

 そう言えば前、僕に興味津々な神が恋愛神とか言ってたような……。この人かよ。いや、この神かよ。

 

「初めましてなのよ。貴方の事は前々から気になって、時々覗いてたのよ」

 

 どうでもいいけどのよのよ煩い。のは我慢して僕は1つ質問してみた。

 

「恋愛神って恋愛の神様って事ですよね?」

「そうなのよ。でも別に人の気持ちを操ったりはしてないのよ? ちょっと雰囲気を盛り上げたり、恋愛にお決まりのお約束事をしたり、そんなものなのよ」

「お約束?」

 

 あ、恋愛でのお約束って事か。ベタだけど登校前に出会った奴が印象悪いと、教室についた後転校生として紹介されて席を隣にさせられる、とかそういうのか。

 

「そうなのよ。『俺、この戦いが終わったら結婚するんだ……』とか言う奴は結婚出来なくするのよ」

「いつも思うんじゃが、それ恋愛というより死亡フラグじゃろ」

 

 呑気な神のツッコミが響くが、恋愛神の言葉を聞いたその瞬間僕の心に宿ったのは怒りだった。

 

『協力して対抗策を見つけましょう!』

『ドイツへ帰ったら結婚するんですよ僕達』

『車の用意できました!』

 

 思い起こされるマルクの記憶。

 

「マルクは……。国を愛し、恋人を愛した、ただの若者だった!」

 

 僕は怒りのままに飛び上がり、恋愛神に向かって魔法を発動させようとする。

 

「必殺、シャイニングジャベ――」

「遅い」

 

 しかし、僕が魔法を発動させるよりも前に恋愛神は僕の目の前に移動する。

 

「なのなのなのなのなのなのなのなのなのなのなのなの」

 

 そして叩きこまれる拳の連打。僕は抵抗することも出来ずただ打ちのめされるしかできない。

 

「冬夜君? 何やっとるんじゃ!? 冬夜君!!」

「なのですっ!」

 

 とどめとばかりに僕は畳に叩きつけられる。だが、まだ僕は死んでない!

 

「うおおおおお!!」

 

 懐からブリュンヒルドを抜き、恋愛神に向けて3回引き金を引く。放たれた弾丸の1発が、恋愛神の服の肩紐を撃ち抜き、おっぱいがこぼれそうになる。が、恋愛神はすぐに片手で服を押さえ事なきを得てしまう。

 

「ハァ……ハァ……ハァ……。なんだよ、結構あたるじゃないか……。フヘッ」

「と、冬夜君……。あ、あぁ……」

 

 一方、神は僕を見て茫然とした表情で呟いている。全く――

 

「なんて声、出してるのさ……。神ィ」

 

 ここで僕は懐に入れているスマホで、フリージアを流し始めた。

 

「じゃが……、じゃが!」

 

 ついには涙を見せ始める神の為、僕は立ち上がって安心させようとした。

 

「僕は……、Z団団長望月冬夜だぞ……。これくらいなんてことは無い!」

「そんな……。君の主張はそこまで間違っては無いのに!」

「死亡フラグを許さないのは僕の仕事だ!」

「じゃが!」

「いいから行くぞぉ! 皆が、待ってるんだ……!」

 

 神の言葉を区切って僕は歩き出す。ちなみに前に進み続けられるほどの広さは無いので、基本卓袱台の周りを歩く形になる。

 それに……。ミカさん、やっと分かったんだ。僕達に辿り着く場所なんていらない。ただふざけ続けるだけでいい。ボケが止まない限り、道は、続く!

 

『謝っても、許さない』

 

 ああ、分かってる。

 その時、希望の花が咲いた。

 

「僕は止まらないからさ……。お前達が止まらない限り、その先に僕は居るぞぉ!」

 

 ここで僕は倒れる。だが僕の左手は、前を指し示す。そう、最後の最後まで止まらない事の証明のように。

 

「だからさ、止まるんじゃないぞ……」

 

 

「僕はなにをやってたんだろう……」

 

 止まるんじゃねえぞをやった後、僕はベルファストの王都に戻ってきた。

 時間は夕方、丁度約束の時間だ。家に帰ろう。

 そして帰宅し、エルゼを呼び出して2人きりになる。

 

「……冬夜。返事、聞かせてくれる」

 

 エルゼの消え入りそうな声。僕の返事が不安らしい。なら安心させなきゃね。

 僕は無言でエルゼの傍により、僕がいきなり近寄って驚いている彼女に――

 

「なっ!?」

 

 キスをした。

 

「これが僕の返事のつもりだけど、どうかな?」

「な、な……、なっ……!」

 

 余裕の表情を見せているつもりの僕とは対照的に、エルゼは完熟したトマトみたいに顔を真っ赤にしている。

 

「いきなりなにしてんのよあんたは!!」

「ごふぁっ!?」

 

 そして僕に向かって全力のボディーブロー。間違いなく全力、今までで一番痛いもん。悶絶しそうなんだけど。

 

「いきなり殴ることないじゃんこの場面で!」

「う、うるさいわよこのスケコマシ! 女誑し!! いきなりキスとかなに考えてるのよ!?」

「勿論君の事だけど」

「~~~~ッ!!」

 

 ついに言葉も出なくなったエルゼは、恥ずかしいのか俯いてなんとか表情を隠そうとしている。可愛い。

 

「もう手遅れだと思いますけどね」

 

 そこにユミナが乱入してきた。後ろにはリンゼに八重、リーンがいる。

 

「おめでとうお姉ちゃん」

「おめでとうでござる」

「おめでとう」

 

 そして口々に祝いの言葉を投げかける。ひょっとしてだけど

 

「覗いてた?」

「悪いわね」

 

 言葉とは裏腹に、全く悪びれもせずそのままこの場を去ろうとするリーン。

 それを見たエルゼは、我を忘れてリーンを追いかけ始めた。

 

「待ちなさいリーン!」

「捕まえて御覧なさーい」

 

 逃げるリーンに追いかけるエルゼ。そしてその2人を止めようとするリンゼと八重。

 やれやれ、僕もとっととリーンを捕まえるのを手伝おうとした所でユミナに袖を引かれる。

 

「な――」

 

 返事をしようとした所で、僕は不意打ちを喰らった。

 ユミナに、キスされた。

 

「えへへ……」

 

 頬を赤らめながらはにかんだ笑顔を見せて、ユミナはリーン達の方へ走って行った。

 そう、この場面を見ている者は誰もいない。

 

「ちゃっかりしてるなあ、本当」

 

 感心しながら僕も走り出す。

 そう、こんな騒がしい日々はこれからも続いていくのだ。

 僕を好きだと言ってくれた女の子達と、仲間達。そしてこのスマートフォンとともに。




読者の皆様、ここまで読んでいただきありがとうございました。
紳士的な異世界はスマートフォンはここで完結です。
ですが、イセスマアニメ2期が決定すれば続編を執筆するかもしれません。
ちゃんとしたあとがきは後日、活動報告にて書こうかと思います。

追記、あとがき書けました。
下のurlからどうぞ。

https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=198295&uid=229601


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