いんふぃにっと・亀仙流 (無題13.jpg)
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ぷろろーぐ

 ISと無印ドラゴンボールのクロスオーバーです。
 この世界にはサイヤ人とドラゴンボールはありませんが亀仙人とかは存在します。
 他にも小ネタレベルでクロスするかもしれません。



「おれ、強くなりたいんだ! 千冬ねえが、好きなことをできるように! おれを守らなくてもいいぐらいに!」

 

 小学6年生の織斑一夏が、亀の甲羅を背負ったハゲ頭の老人に熱く語る。

 

 春先の遠足で、一夏は山へハイキングにやってきた。

 そこで松茸狩りに来て遭難したウミガメに出会い、彼を背負って海まで連れていった。

 ウミガメは感動し、是非お礼がしたいから待っていてくれと言い残し、海の向こうへと帰っていった。

 それから一晩明けて翌朝。ウミガメが連れてきたのが、件の老人だった。

 

 老人はファンキーなサングラスの奥でキラリと眼を輝かせ、一夏に答えた。

 

「ワシの弟子になりたいのなら、ピチピチギャルを連れてくることだ」

 

 ピチピチギャル=きれいなお姉さんだと理解していた一夏は、さっそく電話で知り合いのお姉さんを呼び出だした。

 篠ノ之束は、呼び出しから10分もしないうちにジェットパックを背負って一夏の元へ文字通り飛んできた。

 

「ハロー、いっくん。束お姉ちゃんだよ~。突然どうしたのかな?」

 

 一夏は束にカクカクシカジカと説明した。すると束がなぜか頬を赤らめてくねくねしだした。

 

「えっと……いっくん、他にもきれいな女の人の知り合いっていたんじゃないの? その、ちーちゃんとか」

 

 一夏は首を振った。一番きれいだと思った相手が束だったと。

 真剣な目で見つめられ、束は柄にもなく身悶えた。

 

「若いもんはえ~の~」

 

 空気になりかけていたハゲの老人は、愉快そうに若者たちを見守っていた。

 

「連れてこいと言ったのに呼びつけたのは……ま、いいじゃろう。一夏よ、お主の弟子入りを認めよう」

「ありがとうございます!」

「ていうか、誰このおじいちゃん?」

 

 今更ながら疑問を抱いた束に、老人はわざとらしく咳払いをしてから答えた。

 

「ワシは亀仙人じゃ。世間では『武天老師』なんて呼ばれておるよ」

「ふ~ん。興味ない」

「あらら」

 

 束の素っ気ない態度にずっこける亀仙人だった。

 

 そして、数年の歳月が流れた。

 

 時代はまさに大IS時代!

 女性にしか扱えないパワードスーツ<インフィニット・ストラトス>の出現によって、世界の軍事バランスは変わるような気がした。

 しかしバトルジャケットという対抗馬がいたので世の中は思ったより女尊男卑にはならず、むしろ「高価だけど女にしか使えないISよりバトルジャケットのが優秀じゃね?」という意見もあり、軍隊での女性の発言力を高める程度の効果で落ち着いた。

 

 とはいうものの、ISが兵器として優秀であることには変わりなく、原作と似たような流れでIS学園は建設された。

 

「え~の~。一夏、ピチピチギャルに囲まれて、え~の~」

「またその話ですか? いい加減にしつこいですよ、武天老師さま」

 

 ここは南国の小さな島に建てられた一軒家。亀仙人の住居、カメハウスだ。

 一夏は荷物をまとめながら、同じ言葉を繰り返す師匠に呆れていた。

 

「こんなことなら、ワシもISに触れておけばよかった。そうすればワシも女子高に入学して――」

 

 でれでれと表情を崩す亀仙人。一夏はもう無視することにした。

 

「人の気も知らないで、いい気なものですね。俺が目指しているのは武術家なのに。天下一武道会の優勝も逃すし……はあ」

 

 一夏が思い出していたのは、つい先日出場した第21回天下一武道会だ。

 世界中から腕自慢の集まるこの大会。若干15歳にして決勝戦まで進んだ一夏だったが、謎の武術家・ジャッキー・チュンに惜しくも敗れてしまった。

 そのうえ、会場に飾ってあったISになんとな~く触れた結果、女性しか動かせないハズが起動してしまった。加えて一夏の歳の離れた姉は、IS業界における天下一武道会『モンド・グロッソ』のV2チャンピオンであった。さまざまな要素が合わさって、一夏の存在はあっという間に世界に広まってしまった。

 

 それからいろいろあって、一夏はISパイロットの養成機関『IS学園』へ入学することになってしまった。

 

 最初は武術家志望であることを理由に断った一夏だったが、亀仙人から「どのような経験も修行になる」との言葉に折れ、渋々了承したのだった。

 

「じゃあ、武天老師様。行って参ります」

「うむ。達者でな。仲良くなったピチピチギャルはちゃんと紹介するのだぞ」

「そればっかっすねぇ!?」

 

 一夏は荷物を頭の上に固定し、褌一丁で海へと入っていった。これから泳いで日本へ向かうのだ。

 

「俺も筋斗雲に乗れたらなぁ」

 

 心の清い者が乗れば自在に空が飛べる筋斗雲。残念ながら、一夏も亀仙人も乗ることが出来なかった。



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第1章 入学編
第一話 クロスオーバーでブーストされるのは主人公だけではない


 ストーリーはドラゴンボール寄りになるかなぁ。


 女性しか動かせない兵器の操縦者を育成する学校なのだから、IS学園には女子生徒しかいない。

 

 唯一の例外は、織斑一夏だけだ。

 

 そして、女子生徒の入学しか想定していないのだから男子の制服などない。原作では何故かあったが、この世界線には存在していない。

 なので一夏の服装は橙色の武道着だった。左胸と背中に『亀』の文字が入った、みなさんご存じのあの服だ。

 

 それもあって一夏は、新入生の中でもぶっちぎりで浮いていた。入学式で生徒会長からず~っと凝視されてしまうほどだ。

 それは1年1組の教室に移動しても同様だ。

 

「織斑一夏です。本当は武術の修行をするつもりでしたが、日本政府からどうしてもと頼まれたので入学しました。在学中の目標は、とりあえず生身でISよりも速く飛べるようになることを目指しています。以上、よろしくお願いします」

 

 自己紹介を終え、一夏は椅子から数ミリ腰を浮かした空気椅子状態で席に着く。副担任の山田教諭を始め、教室の誰一人としてツッコミが入らなかった。

 

(おかしいな。ここは『おいおい、お前生身で空飛べるのかよ』というツッコミに対して、舞空術を披露する流れじゃなかったのか?)

 

 気の操作で肉体を宙に浮かせる技・舞空術。本来は亀仙流の技ではないが、亀仙人は『ISの操縦に役立つだろう』と手解きをしてくれたのだ。もっとも一夏に出来るのは、せいぜい床から15センチ程度浮かび上がるだけだ。実戦にはとても対応しきれない。

 

(でも、それも修行次第だって武天老師様も仰っていた。何でも昔の達人は、舞空術で飛行機よりも速く移動したって話だし)

 

 また多少なりとも舞空術の訓練をしていたお陰で、入学試験で始めて乗ったIS打鉄で、対戦相手の教官に勝利することが出来た。

 なお、その教官とは副担任の山田教諭であった。妙な偶然もあるものだと、一夏はあちこち包帯まみれで松葉杖をついた山田教諭を見た。怪我の原因はだいたい一夏のパンチとキックだった。

 山田教諭は一夏にボコられたのが軽いトラウマになったようで、彼と目があった瞬間、真っ青な顔で視線を反らした。

 それを見た一夏も、隕石みたいな速度で地面に叩きつけたことを恨んでいるのだろう、と一方的に納得するのであった。

 

「すまない、会議が長引いた」

 

 全員の自己紹介が終わる頃、教室の前側のドアから長身の美人教師が入ってきた。

 その途端、教室がにわかに色めき立った。

 

 キャー千冬さまー、とかブリュンヒルデさまー、だとか。ISの世界大会モンド・グロッソV2チャンピオン織斑千冬の登場に、ミーハーな生徒が騒ぎだしたのだ。

 

 千冬は、はしゃぐ生徒を強烈な睨みで黙らせ、腰のベルトに差していた刀を鞘ごと引き抜いて足元を小尻で思いきり突いた。

 タイルが割れたが、千冬は気にした素振りもなく口を開いた。

 

「私がお前たちの担任、織斑千冬だ。私の仕事はお前たちを一人前のIS乗りにすることではない。卒業までにお前たちを即戦力として第一線に投入できるよう徹底的に鍛え上げることだ。そのためならばいくらでも辛きゅあた――当たるし、どんな些細な相談にだって乗ってやるつもりだ。だからお前たち、私に黙って着いてこい」

 

 一呼吸置いて、教室が先程よりも一層沸き立った。

 

「噛んだわ!」

「千冬さまが噛んだわ!」

「態度は凛々しいのに噛んでしまったわ!」

「可愛いぞ、千冬ねえ!」

 

 真っ赤になって俯いた千冬は、おもむろに刀をベルトに差し直し、強烈に踏み込んだ右足を軸に突然高速で一回転した。

 

「飛天御剣流、飛龍閃!」

 

 千冬が回転に合わせて鯉口を切ると、遠心力で刀が鞘から弾丸のような速度で射出された。

 

「危なっ!?」

 

 柄頭が額を直撃する寸前、一夏はギリギリのところで刀の柄を掴んで受け止めた。着弾まで1マイクロミリだった。

 

「学校では織斑先生だ!」

「それは悪かったけど、殺す気か!?」

「安心しろ。その刀は逆刃刀、刃が峰に付いているから人は斬れん」

「今の技には刃の位置関係ねえだろ!!」

 

 突然始まった姉弟漫才。

 

(飛天御剣流って、何!?)

 

 教室にいたほぼ全員が同じ疑問を持ったが、誰一人として口にはしなかった。

 

 そして、飛天御剣流について既知であったポニーテールの巨乳少女は、両手で顔を覆って机に突っ伏していた。

 

 

 

 昼休みになった。

 ここまで休み時間になるたびにクラスメイトの質問攻めに遭っていた一夏だったが、今回は自分から席を立った。

 そして真っ直ぐに、教室を出ようとしていたポニーテールの少女の元へと向かい、彼の見立てでクラス一巨乳の彼女に声を掛けた。

 

「ちょっといいか?」

 

 ポニーテールの少女は振り向いて、驚きと感動が混ざったような表情で一夏を見つめた。

 しかし次の一言で、少女は膝からガックリ崩れ落ちた。

 

「間違ってたらごめん、もしかして束の妹?」

「そっちで覚えてるんかい!!」

 

 ポニーテールの少女は篠ノ之箒。一夏が亀仙人の元へ弟子入りする前まで、ご近所さんだった少女だ。小学校もクラスメイトで、よく一緒に遊んでいた。

 

「やっぱりそうだったか! 束から写真は見せてもらってたけど、直接会うのっていつ以来だ?」

「春の遠足で山に行った日以来だ! というかお前! 姉さんとは会っているのか!? しかも最近!!」

 

 膝だけでなく、両手まで床に着いてしまった箒。何を隠そう、箒は小学校の頃から一夏に恋をしていた。だが一夏が山中で遭難していたウミガメを海に連れていったのを見送ったきり、今日まで二人が顔を会わせることはなかった。

 突然一夏が小学校を転校したことを聞き、千冬に訊いても「スケベジジイに弟子入りした」と要領を得ない答えしか帰ってこず、結局手紙の一通も送れないまま時間だけが過ぎてしまった。

 

 だというのに、一夏は箒の姉の束とは普通に会っていたようだ。しかも、口ぶりからして相当親しいらしい。

 

「ねえねえ。おりむーとしののんはお知り合いなの?」

 

 箒が問い詰めるより先に、横から布仏本音が質問した。

 

 一夏は頬を掻きながらわずかに言い淀むが、

 

「まあ、恋人の妹?」

 

 そう言って、スマホを取り出すと束との仲睦まじい2ショット写真を本音に見せた。

 

「えーっ!?」

「織斑くんって彼女持ちーっ!?」

 

 本日一番、教室が沸いた瞬間だった。

 一夏は一瞬にしてスマホを掠め取られ、束との関係はクラスで機知のものとなった。

 

「てか、織斑くんの彼女さんすっごい美人」

「年上だ~。胸も大きい」

「でもどっかで見たことあるような……」

「あら、存じませんの? この方こそISの開発者、篠ノ之束博士ですわ。そうですわよね、織斑さん?」

 

 スマホを返しにきた、上品な金髪ロールのクラスメイトの姿に、一夏は絶句した。

 いや。一夏だけでなく、箒を除いたクラス一同の視線が金髪ロールに集まっていた。

 

「あの、みなさん? どうかなさいましたか? わたくしの顔に何か付いているのでしょうか?」

 

「いや、付いてるっていうか――」

 

 意を決して、一夏はそこに切り込んだ。

 

「なんで鉄仮面被ってんすか!?」

「我が家の正装だからですわ。というか、自己紹介の時に申しましたはずですが」

「……すみません、覚えてません」

 

 一夏が素直に謝ると、鉄仮面はあっさり許してもう一度名乗ってくれた。

 

「わたくしはセシリアマスク・オルコット。イギリスの英雄ロビンマスクの娘にして、英国IS界の国家代表候補生ですわ」

 

 鉄仮面の隙間から金髪ロールをのぞかせるセシリアマスク。堂々とした態度で、外見通り面の皮の厚い娘らしかった。

 

「ちなみに、このマスクは我が家のシンボルであり、人前で素顔を晒してはいけない鉄の掟がありますの。ご理解いただけますか?」

 

(どんな家だよ……)

 

 またもや箒以外の全員が心の中で同じツッコミを入れていた。

 

 なお、話の切っ掛けだったのにすっかり空気になっていた箒はといえば、ショックから立ち直るべく親友の凰鈴音に国際電話で慰めてもらっていた。




 イギリス出身でパッと思い付いたのがロビンマスクだった。だってゆかなvoiceで師匠キャラだからってギアスのC.C.じゃ面白味に欠けますし。いや、そもそもC.C.師匠じゃないけど。

 ちなみにこの話の篠ノ之家は離散していません。何故なら父親が千冬ねえの師匠だからです。ほら、あの池田シャア一ボイスの。

 ところでのほほんさんが箒を呼ぶときのあだ名って原作にありましたっけ? あったとしても本作では「しののん」で行きたいと思います。セシリアマスクよりは原作ブレイクしていないでしょうから。


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第二話 戦士とはフェアなのだ

 束を恋人にした理由。
・基本学園にいない
・出番が少なくていい
・そのくせ一夏と接点が多い
・筆者がラブコメ苦手だから描写少なくて済む

 束以外のヒロイン候補は則巻アラレでした。でもそうなるとIS学園がペンギン村に来ちゃうから、無難に原作キャラにしました。

 はい、そこ。束が無難はねーよ、核地雷だよとか言わない。ああいうのって結婚したらダダ甘にしてくれるから、きっと。


 午後は授業ではなく、ホームルームだった。

 

 クラス委員長、もといクラスの代表を決めるとのことだ。自薦でも他薦でも構わないと千冬が言うが早いか、セシリアマスクが手を挙げた。

 

「わたくしが立候補しますわ」

 

 その途端、教室の空気が体感的に2度ほど冷え込んだ。謎の鉄仮面がクラスの顔になる状況を想像した数人が、慌てて手を挙げる。

 

「はいはーい! 私は織斑くんがいいと思いまーす!」

「わたしも織斑くんを推薦します! せっかく男子がいるんだし!」

「そっかな~? だって織斑くんってトーシロっしょ? その点、ミス・オルコットなら代表候補生で実力も充分だと思うけど」

「いや、一夏だって先日行われた第21回天下一武道会の準優勝者だ。実力という点では申し分ない」

「てんかいちぶどーかい? 何それ?」

 

 クラスは織斑推しとセシリアマスク推しとで二分された。数で言えば織斑派に部がある。

 

「とのことだが、織斑。さっきから黙っているが、当事者として一言ないのか?」

 

 千冬から呼び掛けられた一夏は、げんなりした表情だった。

 

「いや、俺はどっちでもいいんですけど。オルコットさんがやりたがってるなら俺は別に――」

 

「織斑さん?」

 

 辞退しようとした一夏の言葉を遮ったのは、なんとセシリアマスクだった。

 

「どのような形でも他者から推薦された以上、それを蔑ろにするような発言は慎むべきではないでしょうか。それに貴方も武術家――戦士なのでしょう。自らの背に掛かった期待に叫び返す気概はないのですか」

 

 セシリアマスク、その色モノ全開の外見からは想像もつかない熱のこもった言葉だった。

 一夏は思わず言葉を呑み込んだ。

 

「オルコットの言う通りだな。それに、一度推薦された者が辞退することを私は認めていない。他に立候補もいないようなら、あとは当人同士で決めてもらう」

「それって、つまり?」

「単純に実力が上の方がクラス代表となる、ということですね。織斑先生?」

 

 一夏の疑問には、千冬に代わってセシリアマスクが答えた。

 ここまでお膳立てされては、一夏も頷かないわけにはいかなかった。

 

「分かった。俺も武術家の端くれだ、その勝負受けて立つ」

「ありがとうございます。では織斑先生、さっそくアリーナの使用許可を頂きたいのですが」

 

 千冬は首を振った。

 

「そう簡単に許可は出せん。少なくとも一週間は掛かる。第一、織斑の専用機がまだ届いていないんだ。準備が整うまで待て」

「俺は別にこの教室でも構わないけど」

「生身で殴り合ってどうする!?」

「あら、わたくしが素手では戦えないとでも? 見くびってもらっては困りますわ、織斑先生」

「お前もその気になるんじゃない!」

 

 何故か立ち上がってストレッチを始めたセシリアマスク。一夏も準備体操をしだしたので、千冬が慌てて止めに入った。

 

「というか、俺に専用機なんてあったのか」

「それはそうだろう。唯一の男性適性者なんだ、取りたいデータは山ほどある」

「おりむーの専用機? どんな機体ですか、織斑せんせ~?」

「私も詳しくは知らん。だが、織斑のために一から設計したらしい」

 

「……一夏のために、『いちか』ら」

 

 山田教諭は下らない一言の代償として、教師の身にありながらバケツを持って廊下に立たされた。

 

 

 

 何はともあれ、一夏はセシリアマスクと試合をすることになった。

 日程は一週間後。それまでに一夏の専用機が間に合わうか分からないので、お互いにラファール・リヴァイヴで試合をすることになった。

 量産機での試合を提案したのはセシリアマスクだった。曰く、

 

「真の戦士とはフェアなのです。お互いに同じ条件で戦ってこその真剣勝負。ですわよね、織斑さん?」

 

 セシリアマスクから挑発的にそう言われ、一夏もニヤリと笑った。

 亀仙人も言っていた。武道とは勝つためにはげむのではない、おのれに負けぬために鍛えるのだと。

 セシリアマスクからも自分と同じファイティングスピリットを感じ、一夏は日課のトレーニングに一層力を入れていた。

 

 その一夏をじっと見つめていた箒は、一夏の鍛練が一段落したタイミングで声を掛けようと近づいた。

 

「待たせたな、箒」

 

 だが一夏の方はとっくに箒の気配に気付いており、先に箒の方へ振り返った。

 

「別に話しかけても良かったのに」

「い、いや、鍛練の邪魔をしてはいけないと思って……。私も剣道をやっているからな、少しは分かる」

「そうか? ……まあいいや。それで、何の用だ?」

 

 一夏の質問に、箒は言い淀む。正直、何から聞いたものかと迷っていた。

 

「あの遠足の日から、今まで何をしていたんだ?」

 

 いろいろ考え、箒はこう質問した。気になっていた事を一度に聞けるからだ。

 

「いや、何って言っても。武天老師さまに弟子入りして、武術の修行だよ。中学も武天老師さまのところから通ってたんだ」

「いや、誰だよ武天老師」

「!! 箒、知らないのか!?」

 

 箒を見つめる一夏の目は、信じられないもの――道に落ちてた巻きグソを指でツンツンする眼鏡っ子へ向けるような目だった。

 

「いくら剣道しかやってないからって、少し勉強が足りないんじゃないか? 文武両道って言ってな、武術を修めるには学問も必要なんだぞ」

「そこまで言うほどの相手か!?」

「当たり前だ。いいか、武天老師さまはな――」

 

 ――少年説明中

 

「分かったか?」

「ああ。すごく偉大なスケベジジイなんだな」

「よかった、ちゃんと伝わって。あ、ちなみにかめはめ波は俺も出来るようになった。今見せてやる」

「いや、別にやらなくても――」

「かめはめ波!」

「本当に出た!?」

 

 一夏の撃ったかめはめ波は、近くにあった大人の腰ぐらいの高さの岩を粉微塵に粉砕した。

 

「ギャアアアアアアアッ!!」

 

 岩が悲鳴を上げた。

 正しくは、岩に似せた被り物の中にいた人物が悲鳴を上げたのだ。

 

「って、あれ? この声ってまさか!?」

「さすがいっくんのかめはめ波……絶対防御があったお陰で丸焦げになるだけで済んだぜ……ガクッ」

「束ぇぇぇぇっ!!」

「姉さんんんん!?」

 

 幸いなことに、束は水をぶっかけて放置したら、ふらつきながらも立ち直ってきた。

 

「いや~、隠れて驚かそうとおもったのに、束さん痛恨のミスだよ」

「こんなところでどうやって? 束の気なんて全然感じなかったのに」

「束さん特製のシェードだよ~。レーダーだけじゃなくって、気配も完全に殺せるのさ。ま、発動中は身動きとれなくなっちゃうけど」

「へえ、やっぱり束の技術力はすごいんだな」

「えっへん! 褒めて褒めて~」

 

 一夏は、自分の腕の中で猫のように甘える束の頭をわしゃわしゃ撫でた。束の頭頂部でウサミミ型の何かが揺れる。

 

「で。何故お前たちは私の部屋にいるんだ? 特にそこのうさぎ」

 

 目の前でいちゃつくバカップルを、すっかり目が死んでしまった千冬が心底煩わしそうに睨み付けていた。

 

 一夏は気絶した束を、とりあえず千冬の私室へ運び込んだ。何故なら、まだ寮に自分の部屋が無かったからだ。保健室でもよかったが、どうせ頑丈な束なら適当に寝かせておけば充分だし、人見知りな彼女を不特定多数の人間が出入りする場所に置くのも気が引けた。

 

「そう邪険にしないでよ、お義姉ちゃん」

「誰がお義姉ちゃんだ!」

「だって、わたしがいっくんと結婚したら、ちーちゃんと束さんは姉妹になるんだよ? そして箒ちゃんもいっくんの妹になるのだ」

「くそっ! 冗談だと思っていたら本当に付き合っていたとはな! というか篠ノ之、お前さっきから大丈夫か!? 顔に生気が無いぞ!」

 

 部屋の隅で天井をボーッと見上げる箒の瞳からは、ハイライトは愚か黒目が消えていた。

 

「あ、あはは……えっとね、箒ちゃん――」

「姉さん」

 

 唐突にキリッとした凛々しい表情を取り戻す箒。束は妹相手に思わずドキリとさせられた。むろん、恐怖で。何しろ白眼を剥いたままなのだから。

 

「お幸せに」

 

 その言葉を最後に、箒は糸が切れたマリオネットのようにコロンと横に倒れ、動かなくなった。

 束がたいそう慌てたが、気を失っただけだったので千冬は箒を無造作にベッドへ放り込んで休ませた。

 

「で、いつから付き合ってたんだ、お前たち」

「この流れでそっちの話に行くんだ」

「いいから話せ。もうその話題を肴に呑んでやる」

 

 言う通り、千冬は一升瓶と一合枡を用意していた。

 

「あれってもう何年前だ? 三年ぐらい?」

「そうだね」

「おい束。お前まさか中学生に手を出したのか!」

「仕方ないでしょ。だってあの頃のいっくん、すっごく可愛かったんだよ? そりゃもう妖精のように! 今は悪魔的格好よさだけど」

「束は天使みたいに可愛いけどな」

「やだな~。束さんの業界じゃ天使は蔑称だよ~。でへへ~」

「たぎるな、バカップル」

 

 千冬が一合を一口で飲み干した。やってられねえ、とばかりに酒気を含んだ溜め息を吐き出す。

 

「で、どうして付き合い始めたか、だっけ。そりゃもうあのクソジジイのお陰だよ、忌々しいことに」

「武天老師のことか?」

「うん。あのジジイ、いっくんに国語の勉強だとか言って官能小説朗読させたり、エッチなビデオ視聴させたりしてたんだよ?」

「束、それは違うぞ。小説はともかく、ビデオはただのエアロビクスだ」

「でも、中学校に上がったばかりのいっくんには刺激が強すぎたでしょ」

 

 一夏は無言で抱えている束のお腹を撫でた。束が気持ち良さそうに喉を鳴らす。

 

「猫か、お前は」

「そして社会勉強とかいって、街で開かれた水着のお姉さんのショーに連れていったり」

「何事も無かったように話を進めるな。というか一夏、あの老人は本当に武天老師だったのか? 話を聞く限りただのスケベジジイじゃないのか?」

「いくら千冬ねえだからって失礼だぞ。ただのスケベジジイじゃなくて、筋金入りのスケベジジイだ」

「スケベは否定しないのか」

 

 いつの間にか、一夏と束まで一升瓶を空けていた。

 

「で、束さんは思ったのです。このままじゃいっくんにまでドスケベが伝染してしまう、道行く女性を鼻の下伸ばして視姦するムッツリになってしまうと。だから夜中にいっくんの部屋に忍び込んだよ」

「おい、雲行きが怪しくなってきたぞ」

「あれは本当に衝撃的だった。何しろ下着が透けて見えるネグリジェなんて、実物見るの始めてだったから」

「お前もなにしみじみと思い出している。というか束の太ももを擦るんじゃない」

「そして束さんは……んっ、いっくんにこう言ってやっ……も、もう。いっくん、ちーちゃんの前だよ?」

「お前も艶っぽい声を出すな。で、束は何と言って一夏を口説いたんだ?」

 

『ね~、いっくん。一緒に保健体育のお勉強しない?』

 

「その数分後、束さんは見事いっくんに貪られ、身も心も陥落したのでした」

「でした、じゃない。お前、武天老師のこと言えないからな。同じレベルのスケベだ」

「待ってくれ、千冬ねえ。考えてもみてくれ、エッチできれいなお姉さんって最高じゃないか! 据え膳食わない男がどこにいる! てか、ほとんど下着姿でベッドに入ってくる相手に何もしないとか失礼だろ!」

「力説するな、ドスケベ。技だけでなくスケベ心も伝授されたか、馬鹿弟」

 

 その後、何だかんだと朝まで猥談を続けた3人だった。

 

 そして、千冬のベッドで寝かされた箒は、布団を頭から被って凰鈴音と電話していた。

「と、言うことなんだ。酷い話だと思わないか、鈴」

『あの一夏がねえ。人も変われば変わるもんだ』

「一夏のことはもういい。鈴、私を慰めてくれ……」

『はいはい。初恋が破れて辛かったね』

「言葉だけじゃ足らない。そっと優しく抱き締めて、膝枕しながら頭を撫でてくれぇ……」

『電話越しでどうしろと!? てか箒、失恋のショックで変な趣味に目覚めてないわよね?』

「鈴、会いたい。ペロペロしたい、鈴ちゃんペロペロ」

『うわっ……』




 今回まで設定と原作との差異の説明はだいたい終わったかと思います。まだまだ多くの変更点はありますが。

 あと、一升瓶の中身は明言しておりませんので、あしからず。これは健全な二次創作です。

 それにしてもストーリーが進んでないな。
―――――――――――――

おまけ
DBとIS以外のネタについて解説します。


飛天御剣流
 明治に生きる剣客を描いた「るろうに剣心」の主人公、緋村剣心の使う流派。すごい強い。
 一話で千冬が使った飛龍閃は、刃が反っているものをどうやって鞘から飛ばすんだ? と空想科学読本でもテーマにされた。

セシリアマスク
 元ネタはキン肉マンに登場する正義超人・ロビンマスク。
 イギリス出身で長い連載の中でキャラが二転三転している。
 ウルフマンほどではないが、しょっちゅう死んでる。新シリーズでもお亡くなりになった。


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第三話 勝てばよかろうなのだ

 初の戦闘回となります。

 感想を書いてくださった方、ありがとうございます。この場を借りてお礼申し上げます。


 あっという間に一夏とセシリアマスクの試合の日になった。

 

「おりむーの専用機、間に合ったね」

「今日は使わないけどな」

 

 今日の試合は公平を期すため、互いに量産機のラファール・リヴァイヴで行われる。

 そのため、一夏の専用IS『白式』は展開状態のまま格納庫で待機となった。

 

「これが織斑さんの専用機、ですか。きれいな白ですね」

「あ、セッシー」

「よう」

 

 試合前だが、穏やかに挨拶を交わす一夏とセシリアマスク。

 

「……せっしー、その格好でIS乗るの?」

 

 本音が言う通り、セシリアマスクは体のラインが浮き上がるピッチリアンダースーツではなく、棘の付いた金属製の鎧を着ていた。西洋の騎士甲冑っぽいが、棘の分だけ凶悪そうだ。ちらりと見える脇腹がセクシーだ。

 

「我がオルコット家に伝わる伝統的な戦装束です。織斑さんだっていつもの武道着ですわ」

「おりむー、服ってこれしかないんだよ」

「勘違いするなよ、洗い替えに14着用意してる。同じのを着回しているわけじゃない」

「清潔感をアピールしてるつもりかな?」

『織斑さん、オルコットさん。会場の準備が出来ました。ピットへ移動してください』

 

 アナウンスが入り、二人は互いの定位置へ移動した。

 別れ際にセシリアマスクは、

 

「お互いに全力を尽くしましょう」

 と、一夏へ拳を突きだした。

 

「ああ」

 

 一夏も、セシリアマスクの拳に自分の拳を当てる。

 スポーツマンシップ溢れる光景に、本音もうんうんと頷いていた。

 

 

「どうだ、鈴。観えるか?」

『うん、バッチリ』

 

 アリーナの観客席では、階段席の中段で三脚を立て、テレビクルーが使うようなライブカメラのピントを調節している箒の姿があった。

 カメラにはノートパソコンが繋げられており、幼馴染みの凰鈴音にリアルタイムで画像が送信されている。

 キチンと撮影許可を取った上でのことだが、まさかの本格的機材の導入に、千冬も開いた口が塞がらなかった。

 なお、このカメラの出所は束だ。

 

「姉さんには後でビデオを送るから良いとして。やっぱり幼馴染みの初試合を一緒に観戦したいからな」

『気持ちはありがたいけどさ、箒。頬を染めながら画面越しに見つめるの止めて。さすがに気持ち悪い』

「きっ、気持ち悪……わ、私が……」

『ああっ! いや、違う! 箒が生理的にどうのじゃなくって!』

 

 箒は先日、かなりショッキングな失恋をして以来、情緒不安定で鈴に対して依存気味なのだ。

 先週の休日には、突然中国にいる鈴の元に押し掛けて来たほどだった。

 

(そのうえ、お風呂や布団の中でやったらベタベタしてくるし。断るとこの世の終わりみたいな顔するし)

 

 モニターの向こうで、鈴が箒に分からないようにため息を吐く。

 

(あたしも来週にはIS学園に転入するけど……やっていけるかな)

 

 不安の尽きない鈴であった。

 

 その時、周囲がにわかに騒がしくなった。一夏がピットから会場に姿を見せたのだ。

 

『ふうん。一夏、随分とイケメンになったわね』

「そうなんだ……ははっ」

『いちいち凹まない! 搭乗機はラファールのバニラ仕様ね』

「ああ。武装はヒートホークと40mmサブマシンガン。あとハンドグレネードだな」

『……ねえ、それ本当にIS? MS-06じゃなくて?』

「何を言っている。どこをどう見てもジオン公国製の名量産機、ラファール・リヴァイヴだろう。あのモノアイセンサーを見間違えるものか」

『ザクじゃん! ねえ、参考までに打鉄の武装って言える?』

「それぐらい勉強してるぞ。ビームサーベル1本と、ビームスプレーガン1丁だ」

『GMじゃねーか』

 

 会場のざわめきが大きくなった。セシリアマスクの入場だ。

 

『セシリアマスクって本当にマスクしてたの!?』

「一族の伝統らしい」

『どこの少数民族!?』

「英国貴族だ」

『嘘つけ! そこまでエキセントリックじゃないから、イギリス!』

 

 鈴は箒に頼み、カメラをセシリアマスクに寄せてもらった。

 鈴の表情が険しくなる。

 

『箒、あの鉄仮面ってどんな奴?』

「ああ。正々堂々とした気持ちの良い女だぞ。公平を期すために専用機ではなくラファールでの試合を提案したのも彼女だ」

『ふうん。……トンだ女狐ね』

 

 

 一夏とセシリアマスクは、空中である程度の距離を保って向かい合った。

 

「織斑さん。緊張してます?」

 セシリアマスクがプライベートチャンネルで一夏に尋ねた。

 会場のシグナルに赤いランプが灯る。これが緑になった時が開始の合図だ。

 

「まあな。天下一武道会でも思ったけど、大勢の前で戦うのは苦手だな」

「あら? 誰もいない所で戦う意味があります?」

「あるだろ、そりゃ。自分がどこまでやれるか、確かめるために戦ってるんだ。戦い自体に意味がある」

「強くなることが目的だと? ……なるほど」

 

 赤いランプが消えた。同時に、セシリアマスクは左腕を軽く上げる。

 

 手首と装甲の隙間から、ボールペンサイズのカプセルを放り投げた。

 

「じゃあ、セシリアマスクがISに乗ってる理由って何なんだ?」

「……決まっています。わたくしが――」

 

 カプセルがセシリアマスクと一夏の間、ちょうど真ん中辺りでひび割れた。

 

 緑のランプが灯る。

 

「勝利を獲るため、ですわ」

 

 その瞬間、アリーナ全体が光に包まれた。

 光は空中で割れたカプセルから放たれ、一夏から生身の視覚とハイパーセンサーをまとめて奪う。

 一夏は咄嗟に機体を急降下させた。

 直後に彼がいた場所を、合計19本のレーザーによる集中砲火が襲った。

 判断が遅ければ、シールドエネルギーを根こそぎにされていただろう。

 

 観客の視界もホワイトアウトしていた。箒も強烈な光で目が眩み、すぐ隣にいるはずの相手すら見えなくなっていた。

 

「な、なんだこれは!?」

 叫ぶ箒に、画面の向こうで鈴が答えた。

『閃光弾よ‼ あの鉄仮面、試合開始の直前に仕掛けてやがった!』

 鈴はカメラ越しにセシリアマスクを睨み付けた。

『上手く装甲に隠してたけど、あいつ相当な改造を機体に施しているわ! あんなのとバニラ仕様で戦ったりすれば‼』

「‼ 一夏!」

 

 

「うふ。うふふふふ」

 

 視界が戻らない一夏の耳に、セシリアマスクの声が通信機越しに届く。

 

「勘の鋭い方ですわ。不意打ちは完璧だと思ったのに」

「セシリアマスク!」

「まさか卑怯とは言いませんわよね。うふふ」

 

 一夏は全身の毛穴が開くほどの悪寒を覚え、最大加速でその場を離れた。

 

 ぼやけた視界でアリーナを逃げ続ける一夏を、四方八方から青色の荷電粒子ビームが襲った。

 直撃を避けるだけで精一杯の一夏は、確実にシールドエネルギーを削がれていく。

 

『どういうつもりだ、オルコット‼』

 

 会場のスピーカーから、千冬の怒号が飛んだ。

 並みの人間ならば竦み上がって動けなくなるであろうが、セシリアマスクは涼しい顔だ。

 

「閃光弾のことですか? キチンと試合開始と同時に起爆するようセットしました。フライングではありません。」

『そうではない! ラファール同士での試合を提案したのは貴様自身だろ! その貴様が自分専用機を持ち出すとは‼』

「専用機?」

 

 セシリアマスクは、千冬の言動をあろうことか鼻で笑った。

 

「お言葉ですが、この機体は紛れもなくラファールです。ただし! わたくしに合わせてギンギンにフルチューンしていますけどね!!」

 

 セシリアマスクのISは、その姿を一変させていた。

 

 緑の装甲は蒼に染まっている。

 腰にはスカートのような形状のスラスターが増設されていた。

 

 何より特異なのが、セシリアマスクを囲む合計16門の空中移動砲台だ。

 それぞれが独立した意思を持つかのように縦横無尽に飛び回り、逃げる一夏を猟犬のように追い詰めていた。

 

『攻撃を止めろ、オルコット!』

「黙ってろ、千冬先生」

 

 一夏がオープンチャンネルで割って入り、千冬の言葉を遮った。

 

「条件は『ラファール・リヴァイヴ同士での試合』だろ。何も間違っちゃいない」

『何を言っている!』

「外野は引っ込んでろって話だ! これは俺とセシリアマスクの試合なんだからな!」

 

 正論で一喝された千冬は、思わず言葉を詰まらせた。

 対戦相手が認めた以上、教員と言えど試合に口を挟む資格はない。

 試合は続行となった。

 

 最初こそ掠り当たりでシールドを削られていた一夏だったが、アリーナを高速で旋回飛行しながら逃げ回るうち、急速に被弾率を下げていった。

 死角からの射撃にすら対応し始め、同時に40mmサブマシンガンでの反撃を始めた。

 

 銃を撃つこと自体が始めての一夏は、動き回りながらとにかく弾丸をバラ撒いた。

 移動砲台が一夏の弾丸を避けて旋回する。そうして隊列が乱れた隙に急加速した一夏は、手近にあった移動砲台をすれ違い様にぶん殴った。

 殴り飛ばされた移動砲台は、別のもう1台と激突。2台まとめて大爆発を起こした。

 

「あらあら」

 

 砲台の爆発を隠れ蓑に、一夏は一瞬にしてセシリアマスクへ肉薄。鉄仮面に殴り掛かった。

 セシリアマスクは一夏の拳を、両手に持ったヒートホークを交差させて防御する。

 直後に一夏を背後から移動砲台が射撃。一夏は急降下して回避する。

 レーザーは予め角度が計算されており、一夏が避けてもセシリアマスクに当たることはなかった。

 

「それでこそ、ですわ!」

 

 鉄仮面の下でセシリアマスクが嗤う。

 

「それでこそです、織斑さん! なりふり構わず勝ちに行く甲斐が、あると言うもの‼」

「フェアプレイが聞いて呆れるぜ、セシリアマスク!」

「仕方ないでしょう。一目見て理解しました、貴方がとても強いということが。それに」

 

 手近な移動砲台をサブマシンガンで撃ち落とす一夏。

 攻撃がわずかに緩んだ隙に、すっかり気分が高揚しているセシリアマスクへ話し掛けた。

 

「それに、何だ?」

「お生憎様。これがわたくしの王道ですわ」

 

 セシリアマスクも銃を構えた。

 一夏の物より銃身が長く、口径も大きい、狙撃用のライフルだった。

 

「わたくしは武術家でもなければ、父のような正義超人でもない! 戦いにセンチメンタリズムを持ち込むことは致しません!」

 

 移動砲台を次々に撃墜する一夏。

 その肩装甲を、セシリアマスクの正確無比な射撃が撃ち抜いた。

 

「どんな手段を使おうと、最終的に! 勝てばよかろうなのだァーッ!!」

 

 突然、残っていた移動砲台が射撃を止め、全エネルギーを使って一夏に特攻を仕掛けた。

 それまで線の動きで動き回る相手を追っていた一夏は、突如点の動きに変わった標的に一瞬対処が遅れてしまった。

 近づく端から叩き潰していくが、3台の移動砲台に組み付かれた。

 

「弾けろ!」

 

 セシリアマスクの言葉をキーとして、一夏に取り付いた移動砲台が一斉に自爆した。

 観客席まで揺らすほどの猛烈な衝撃がアリーナを迸った。

 観客席は保護スクリーンで守られているはずだが、それを越えて衝撃が伝わるほどの爆発だった。

 

 

「くっ! オルコットの奴、移動砲台に何を仕込んでいたんだ!?」

 教員用の観戦室も衝撃で激しく揺れていた。

 それこそブリュンヒルデがバランスを崩すぐらいに。

「ほ、本来のオルコットさん専用機にも遠隔式の移動砲台――ファングが搭載されています。今使っているものが同じであれば、ジェネレーターを故意に誘爆させることで戦術級ミサイルに匹敵する爆発が起こせます!」

 体の一部がひときわ激しく揺れた山田教諭は、胸部に走った痛みに耐えながら千冬に解説した。

「戦術ミサイルだと!? 一夏はどうなった‼」

 黒煙に包まれたアリーナ。

 見えるのはセシリアマスクの姿だけだ。

 

 

 セシリアマスクは銃を構えたまま、アリーナの巨大スクリーンを横目で確認した。

 そこには対戦者二人の残存シールドエネルギーが表示されている。

 ほぼ無傷のセシリアマスクと、残り1割を切った一夏。

 

 セシリアマスクは一夏の拳とぶつけ合ったヒートホークに目をやった。

 1つはひび割れ、直接攻撃を受け止めたもう1つは刃の部分が欠けていた。

 僅かに減らされたシールドエネルギーの分のダメージであった。

 

「さすがは天下一武道会の準優勝者ですわね。直接殴られたらどうなっていたか」

 

 アリーナに立ち込めた爆炎を突き破り、高速で飛行する物体がセシリアマスクに迫る。

 ハイパーセンサーが動体反応を捉え、セシリアマスクはすぐさまライフルでそれを撃ち抜いた。

 

 破壊されたのは、高速で投擲された緑色のショルダーアーマーであった。

 

 セシリアマスクが気を取られた僅かな隙に、反対側に回り込んだ一夏が最高速度で突撃した。

 一夏のISは装甲がほとんど剥がれ落ち、生身に飛行ユニットだけ身に付けているような状態だった。

 その分だけ身軽になり、猛スピードでセシリアマスクへ接近する。

 

 振り向いたセシリアマスクは温存していた移動砲台を射出し、同時にライフルの銃身を折り畳んで連射モードに切り替えた。

 

 ライフルと移動砲台から放たれるフルオートの一斉射撃。

 おびただしい弾幕を、一夏は素手で片っ端から叩き落とした。

 そして、セシリアマスクへ肉弾となって猛突進する。

 

 セシリアマスクは嗤い、弾切れしたライフルを放り捨てた。

 ISの装備ではなく、鎧の両肩から新たにミニガンを展開。至近距離まで肉薄した一夏に照準を合わせた。

 次の瞬間。

 ミニガンの弾は、一夏の残像を貫いた。

 

「しまッ!?」

 

 気づけばセシリアマスクの周囲にはハンドグレネードが3つ、安全ピンが外れた状態で漂っていた。

 突撃すると見せ掛け、姿を消す寸前に一夏が投げたものだ。

 

 回避どころか防御も間に合わず、セシリアマスクは無防備のまま爆発を喰らった。

 

「ぐぅぅぅっ!?」

 

 セシリアマスクはシールドエネルギーを4割以下まで減らされた。

 しかし怯むことなく、移動砲台の最後の一つを手持ちの銃器のように両手で構え、銃口を空へ向けた。

 

「かー! めー!」

 

 太陽を背にして、腰元で両手首を合わせて気を溜める一夏がそこにいた。

 

 一夏は舞空術で機体に強引なブレーキを掛け、セシリアマスクと衝突する寸前に急速上昇していた。

 そのあまりの急加速により生じた残像をセシリアマスクは撃ち抜いたのだ。

 当然、慣性を制御できるISといえども、一夏の肉体には常人なら致命的なGが掛かったが、そこは鍛えぬかれた武術家。歯を食いしばって耐えた。

 

「はー! めー!」

 

 一夏の気が、手の中に集束して輝き出した。

 

「その技……知っていますわ‼」

 

 セシリアマスクが移動砲台のトリガーを引いた。

 移動砲台から放たれた荷電粒子ビームは、一直線に一夏へ向かう。

 

「波ァーッ‼」

 

 一夏も気を解放した。

 ビームとかめはめ波の弾速は同等だ。先に撃った方が有利となる。

 

 しかし一夏は、敢えてセシリアマスクを先に撃たせた。

 

 そして自らはかめはめ波を真後ろへ撃ち出した一夏は、気を推進力へ換えて射撃直後で棒立ちとなったセシリアマスクへ、自らを砲弾として撃ち出したのだ。

 

「がッはッ‼」

 

 荷電粒子ビームを避け、一夏はセシリアマスクの胴体に脳天からぶち当たった。

 

 ISの絶対防御を、刺付の西洋鎧もろとも粉砕する。

 

 薄れていく意識の中、セシリアマスクは3度嗤っていた。

 

(必殺のかめはめ波を攻撃ではなく、推進力にするとは……思いきったことをなさいますね。ですが、勝負は――)

 

 直後、セシリアマスクはアリーナの地面に叩きつけられて埋没。完全に意識を失った。

 

「はあ、はあ、はあ……」

 

 一夏は呼吸を整えながらスクリーンを見上げ、大きなため息を吐いた。

 

「間に合わなかったか。あ~」

 

 スクリーンには『Winner セシリアマスク』の文字。

 激突した際、残りわずかだった一夏のシールドエネルギーが先に尽きてしまったのだった。

 

「行けると思ったんだけどな」

 

 そうボヤきながら、一夏は完全に気を失っているセシリアマスクを肩に担いで、フラフラとピットへ飛んでいった。

 

 

「異議ありだ! どう見ても勝ったのは一夏だったぞ!」

 静まり返っていた観客席で、箒が声を荒げた。

『落ち着きなよ、箒。ルール的にはセシリアマスクの粘り勝ち』

 モニター越しの鈴は、冷静な態度で箒を宥めた。

「そんなの納得できるか! 誰が見たって一夏の――」

『ええ、そうね。代表候補生が素人相手に反則すれすれの行為に及び、挙げ句相手の奇策に引っ掛かり、最後はルールに救われる。下手に負けるよりみっともない結果よね』

「むう……それはまあ、確かにな」

『せっかく勝てたのに、セシリアマスクはそれを誇りに思えるのかな』

 いささか腑に落ちない部分はあるが、鈴の言葉に箒はひとまず落ち着いた。

 

 

 しかし、翌日の放課後。

 病室で意識を取り戻したセシリアマスクは、鈴の予想を裏切っておおいに勝ちを誇っていた。

「そう、やっぱりわたくしの勝ちでしたのね! 計算通りですわ、オーッホッホッホッホ!」

 

 担任の立場上、お見舞いに来ていた千冬と山田教諭は、あまりの面の皮の厚さに呆れるのを通り越して感心さえしていた。

 

「さすが鉄仮面、面の皮が厚い……。ていうか、入院中もそのままなんですね、オルコットさん」

「とはいえ、お前は全治三ヶ月の重体。それでは来月のクラス対抗戦どころか、次の学年選抜戦出場も危うい。クラス代表はいち――織斑にやってもらう」

「構いませんわ」

「……意外ですね。あそこまでして織斑くんに勝とうとしたのに」

「わたくしは、あの方に勝ちたかっただけですわ。クラスの代表に執着したわけではありません」

「お前、あいつを知っているのか?」

 

 セシリアマスクは千冬たちから視線を外し、天井へ顔を向けた。

 

「面識はありません。わたくしが一方的にあの方の戦う姿を観ただけですわ」

 

 第21回天下一武道会。セシリアマスクはその会場の観客席で、始めて織斑一夏を見た。

 

「驚きましたわ。あの方、とても楽しそうに戦っていたのです。

 

 家の伝統やら国の誇りなどという見えないものに縛り付けられていたわたくしには、彼の姿がとても眩しく見えました。

 

 まさか進学予定だったIS学園で会えるとは思っていませんでした。これも奇縁ですわ」

「それで、実際に戦ってみてどうだった、うちの弟は」

「そうですね……」

 

 セシリアマスクは少し考え、鉄仮面の下で嗤った。

 

「今度は全力のわたくしで戦いたいですわ。きっと楽しい試合になりますもの」

「ふっ。希望に沿えるかな。あいつはまだまだ強くなる」

「あら? それはわたくしもですわ。それに、どうやらわたくしには形振り構わないファイトスタイルが性に合っていますの。今後はますます、強くて悪い女になりますわ。オーッホッホッホ!」

 

 いっそ清々しいまでのセシリアマスクに、教師二人は「更生の余地なし」と首を振るのだった。

 

 

 こうして一夏は、1ー1のクラス代表となった。

 だが、セシリアマスクとの試合はIS学園での戦いの始まりに過ぎない。

 一夏の修行は、まだまだ続く。

 

 

 

 ところ変わって、ここは南米・ギアナ高地。

 大自然溢れる景観の中に、ウサミミを生やした平屋サイズの人工建造物が場違いに建っていた。

 篠ノ之束の移動式ラボラトリーだ。

 

「ん~。いっくん、負けちゃったかぁ。もう、わたしに言ってくれれば鉄仮面の機体なんか目じゃないぐらいに魔改造してあげたのに」

 

 口調は残念そうでも悔しそうでもない束。

 経験値も機体性能も格上のセシリアマスクを、一夏は実質ノックアウトしている。実力で劣っている訳ではないと捉え、そこまで気にしていなかった。

 

 何より、今の束にはそれ以上の気掛かりがあった。

 

「う~。これは、間違いないかな」

 

 セシリアマスクの本来の専用機。

 今後IS学園に編入予定の各国代表候補生たちの専用機。

 各国で開発が進められている新型機。

 

 非合法なものも含めた様々な方法で集めた情報を精査し、束は1つの結論に達した。

 

「わたし以外に、ISをコアから開発してる奴がいる」




 実はロビンではなくケビンでしたー、ってやりたかったんだ……。
 そして本編開始前からある意味で籠絡済。やっぱせっしーはチョロかった。

 キャラの変遷としては、
①色的にロビンじゃなくてケビンだよな
②じゃあラフファイトスタイルでいいか
③でもセシリアなんだからチョロくないと

 とか考えてたらこうなりました。

今回のネタ

MS-06
GM
 機動戦士ガンダムより。
 前者はミリオタの方からの人気も高いザクii。なお、ハンドグレネードはOVAの別作品から。
 後者は主人公機ガンダムの量産型。

勝てばよかろうなのだ
 ジョジョの奇妙な冒険より。
 第2部ラスボス、カーズの名台詞。

セシリアマスクの鎧
 さらっと流したが、青くて刺が付いているのはロビンマスクの息子、ケビンマスクの物。
 ケビンも脇腹をチラ見せさせていた。


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第四話 彗星はどこへいく

 なんだか亀仙流がどうのこうのじゃなくって、懐かしのネタ大集合になってきた。

 前回でガンダムネタ出たし、もう開き直り出した第4話です。


 セシリアマスクと一夏の試合から、一週間が経った。

 

 入院中のセシリアマスクに代わって、正式にクラス代表に選ばれた一夏だったが、今のところは授業の号令を掛けたりプリント配ったりする仕事が増えたぐらいだ。

 

「クラス代表ってつまりは学級委員だな。あと花に水やれば完璧だ」

「おりむー、発想が小学生だね」

 

 小学生みたいな本音に言われ、一夏は本気で凹んだ。

 

 今は昼休み。

 一夏は食堂で、箒や本音を含めたクラスメイト数人と昼食を摂っている。

 入学初日、年上巨乳美人の恋人がいることがクラス中に知れ渡ったことで、彼を攻略可能な異性として見る目は無くなった。

 むしろハイスペックな恋人持ちというのが安心感に繋がるからか、クラスメイトたちは一夏と普通の友人感覚で接するようになった。

 

 特にルームメイトでもある本音は整備士志望ということもあり、豊富な知識でISに不馴れな一夏を何かとサポートしてくれていた。

 

「ま、概ね織斑くんの言う通りだね。行事の時にクラスをまとめたり。あとはクラス対抗試合かな」

「そういや、来週に試合があるんだっけ」

「初の公式戦だね。おりむー専用機の初陣だ」

 

 本音が言う一夏の専用IS。

 白を基調とした西洋騎士のような出で立ちの、近距離戦闘タイプだ。

 

「1年生で専用機持ちだなんてね。やっぱレア物だから優遇されてる?」

「う~ん……」

 

 羨むクラスメイトに対して、一夏は渋い顔を浮かべた。

 

「正直、白式って剣戟主体だから、俺の戦い方と合わないんだよな」

「え、専用機なのに?」

「なんか開発者は千冬先生のイメージで剣を持たせちゃったらしいんだ。俺、剣道はほんのちょっぴりかじっただけなのに」

 

 テスト運用で一回試乗したきり、一夏は自分の専用機に乗っていない。

 現在白式は、一夏に合わせた大幅な改修のため、トーマス・ライト研究所へ送り返されていた。

 戻ってくるのは1週間後。対抗戦に間に合うかはギリギリだった。

 戻ってこなければ、一夏はまた学園から量産機を借りて戦うことになる。

 しかし先日の試合で一夏が使ったラファールはコアと飛行ユニットを残して大破し、セシリアマスクのもう一機も損傷が激しい上に独創的な改造が施されてしまって一般人には扱えなくなってしまった。

 それを理由に貸し出しを渋られ、不戦敗にされる可能性もありえる。

 

「剣道っていえば、しののんは中学時代、全国で優勝したんだよね」

「らしいな。大したもんだよ、俺なんて準優勝だったのに」

「いや、天下一武道会と剣道のインターハイじゃ比較にならんっしょ!?」

 

 すぐ隣にいたのにこれまで会話に入っていなかった箒が、自分の名前に反応して振り向いた。

 

「ん! ど、どうかしたのか、義兄さん!?」

「そりゃこっちのセリフだ。つうか義兄さんはよせって、気が早いな」

 

 満更でもない一夏だった。

 

「くそイケメンはほっといて。篠ノ之さん、そわそわしてない?」

「にゃにゃにゃにゃんのことかにゃ!?」

 

 クラスメイトから指摘され、箒は露骨に取り乱した。

 

「授業中も千冬先生に注意されて……龍巻閃だっけ? 技喰らってたし」

「もしかしてそのダメージが頭に!?」

「いや、あれぐらい慣れてるからどってこと……本当に何でも――あっ!」

 

 泳いでいた箒の目が、食堂の入り口で止まった。

 一夏たちクラスメイトもそちらへ顔を向けた。

 

「広いわね、さすが一流高校の食堂」

 

 腕を組み、食堂を見渡してぶつぶつと感想を口にする、ツインテールの小柄な少女の姿があった。

 

「あれ、あいつ――」

「鈴!」

 

 少女の顔に見覚えがあった一夏は、箒の声で記憶が一気に甦った。

 

「鈴って……凰鈴音か!」

「おりむーの知りあい?」

「小学校の時、俺と箒のクラスメイトだったんだ。なあ、箒――あれ?」

 

 気付けば箒の姿は席になく、食堂の天井近くまで跳躍して鈴へ飛び付いていた。

 

「鈴ーっ!」

「うぎゃあっ!?」

 

 突然抱き付かれた鈴が、乙女にあるまじき悲鳴を上げた。

 

「ああ、鈴! 会いたかった! 本当に君なんだな! 本物だ、すんすんハスハス」

「き、こら! 匂い嗅ぐな! むぎゅ!?」

 

 身長差により、鈴の顔が箒の巨乳に埋もれた。

 男でも同性愛者でもなく、まして自分の平たい胸にコンプレックスがある鈴にとって、物理的にも精神的にも耐え難い状態だ。

 

 しかし箒は、鈴の髪に顔を埋めて香りを堪能するのに夢中らしい。おまけに異様な怪力で、いくら鈴が力を込めてもビクともしなかった。

 

「鈴、このまま食べてもいいか?」

「ひぃぃっ!?」

 

 耳元で甘く囁くような箒の声色で、鈴の中で何かが弾けた。

 

「箒、その辺で――」

 

 一夏が止めに入ったが、すでに手遅れだった。

 鈴の拳が青白い光をまとって輝いた。

 

「なっ!?」

「へ?」

 

 一夏が驚愕し、箒も視線を落とす。

 

「れ、霊光弾‼」

 

 鈴は光を叩きつけるように箒の腹に全力のショートアッパーを打ち込んだ。

 

 腹で爆発でも起きたような衝撃で、箒の体はくの字に曲がり、食堂の天井を突き破って屋外まで吹っ飛んでいった。

 

「はあ、はあ、はあ……あ、あたし、ノーマルだから……」

 

 真っ青な顔で息を切らせながら、鈴は誰にともなく呟いた。

 その後、吹っ飛ばされた箒は学園の外れで発見され、保健室へ担ぎ込まれたのだった。

 

 

 放課後。

 

「お邪魔するわよ」

 

 帰りのHRが終わった1ー1の教室に、鈴がやって来た。

 当然のように駆け寄っていくのは、授業が終わってから復活してきた箒であった。

「鈴! そっちから来てくれたのか!?」

「ごめん箒、今は一夏と話をさせて」

「!?」

「いや、そんなこの世の終わりみたいな顔しないでよ……」

 

 鈴に制された箒はシュンと項垂れ、ジト目を向けながら引き下がった。もし箒に獣耳と尻尾が着いていたなら、おおいに垂れていたことだろう。

 以来、一部で箒のあだ名は「ワンコ」に決まった。

 

 一夏は席を立ち、鈴を出迎えた。

 

「久し振りだな、鈴」

「ええ。あんたが亀を背負って海まで走っていった日以来ね」

「連絡しなくて悪かったよ。箒にも言われた」

「本当にね‼」

 

 突然いなくなった一夏への恋慕が、回り回って今の箒が鈴に過度な好意を寄せる原因である。思わず鈴は、一夏を八つ当たり気味に怒鳴ってしまった。

 

「は、ははは……で、でも元気そうで何よりだよ、鈴」

 

 多少の自覚がある一夏は、苦笑いを浮かべて露骨に話題を逸らせた。

 

「もう元気も元気よ。中国の代表候補生なんてやってるし」

「そうなのか! すごいじゃないか!」

「そっちもね。かの武天老師の弟子で、天下一武道会でも準優勝」

「鈴もそれ知ってたのか!?」

「私が話した!」

 

 何故か箒が割り込んできた。

 

「あのさ、箒?」

「いいじゃないか、鈴。せっかく幼馴染みが3人揃ったんだし」

「幼馴染みって……まあ、そうか」

 

 幼馴染みと言っても、鈴と一夏が同じクラスだったのは1年程度だ。

 小学5年の時に一夏たちのクラスに転入してきた鈴は、なかなかクラスに馴染めなかったところを一夏に話し掛けられ、一緒に遊ぶようになった。

 一応、鈴にとっても一夏は初恋の相手だ。

 しかし自分以上に好意を寄せているのが丸分かりなのに、全く素直になれない箒を見ているうちに、気付けば応援する方に回っていた。

 なので、一夏のことは仲の良かった男友達以上の思い入れはなかった。

 

「なあ、鈴。一夏の用は済んだか? なら遊びに行こう! 二人で!」

「うん、分かったからもう少し待ってて。ね?」

 

 箒をなだめながら、鈴は思った。この積極性を一夏に向けたら、今の状態も少し違ったのかもしれない。

 

「一夏」

 

 不適な笑みを作った鈴は、右手で指鉄砲を作って一夏へ向けた。

 

「あたしは1ー2のクラス代表になった。つまり来週の試合、あんたと戦うことになるわ」

 

 鈴が一夏へ明確な敵意を浴びせたことで、教室に緊張が走った。

 

「宣戦布告ってことか?」

 

 一夏も鈴を真っ直ぐ見据える。

 

「そんなところよ。もしあんたとやり合うことになったら、あたしは全力で迎え撃つつもり」

 

 一夏を真っ直ぐに見据えた鈴。右手で作った指鉄砲をゆっくりと一夏へ向けた。

 

「師範から言われてるのよ。スケベジジイの弟子に負けたら承知しないって」

 

 鈴の指先がチカリと光った。

 

 その瞬間、全身の毛穴が開くのを感じた一夏は、その場で膝を折って思いきり仰け反った。

 

「霊丸!」

 

 鈴の腕が勢いよく跳ね上がった。

 指先から放たれた気弾の反動だ。

 

 鈴が撃った青白い気弾は教室中に突風を巻き起こし、開いていた窓から空の彼方へ飛んでいった。

 

「あっぶねえな! どういうつもりだ!?」

 

 上体を起こした一夏が抗議すると、鈴は得意気に両手を腰に当て、鼻を膨らませた。

 

「こっちだけ手の内が分かってるのはフェアじゃないからね。気を放出する技を持ってるのは、あんただけじゃないってこと」

 

 鈴は右手の指先に、硝煙を消すように息を吹き掛けた。

 

「改めて名乗るわ。中国の代表候補生、そして霊光波動拳継承者、幻海が門弟……凰鈴音よ」

 

 

 

 その日の夜。

 一夏は千冬とともに、トーマス・ライト研究所を訪れていた。

 

「やあ、千冬くんに一夏くん。いらっしゃい」

 もこもこした白い髭を蓄えた白衣の老人が二人を出迎えた。当研究所の主任、トーマス・ライトその人だ。

 

「急に尋ねてすみません」

「構わないよ。元々、君に合わせた調整を怠った、こちらの不手際なんだ。それに、やはり君からも改修に関する意見が欲しいからね」

 

 ありがとうございます、と一夏は頭を下げた。

 

「それで、相談事というのは――」

 

 一夏はライト博士に、自分の考える改造プランを伝えた。

 ライト博士にみるみる子供のような無邪気な笑顔が浮かぶ。

 一方、成り行きを見守っていた千冬は怪訝そうに眉を潜めた。

 

「面白い意見だ。早速取りかかろう!」

「待ってください、ライト博士。今のは完全な素人の意見だ。それに……」

「千冬ねえ、黙っててくれ。これは俺の機体の話だ」

「なんだと!?」

「まあまあ」

 

 剣呑な空気になりかけた姉弟を、ライト博士が穏やかに宥めた。

 

「千冬くん、確かに一夏くんはISに関してはまだ素人だ。しかし、武術家としては充分に達人の領域に達している。ならば彼専用のISは、彼の持ち味を活かしたものにするべきではないかな」

「それは……」

「第一、ISとしての性能だけを求めるなら、君たちの近くに適任者がいるだろう?」

 

 一夏の視線が照れ臭そうに泳ぎ、千冬がますます顔を渋くした。

 

「確かに束なら高性能なISを造れるけど、あんな『誰が乗っても強い機体』じゃ修行にならないし、何より。戦っててつまらないだろ」

「と、いうことだよ、千冬くん」

「はあ……」

 

 まだ腑に落ちない様子の千冬だが、一応の理解は示した。

 

「それにだ。鈴とまともに戦おうと思ったら、やっぱり準備は入念にしておかないとな」

「凰か……」

「千冬ねえも分かるだろ? 今のあいつは恐ろしく強い。あいつが撃った気弾がその証拠だ」

「どういうことかな?」

 

 質問したのはライト博士だ。機械工学の権威とはいえ、気の扱いについては門外漢だ。

 

「あいつが食堂で放った一撃。教室で撃った一発。どっちもあの場にいたほとんどの奴から見えていなかった。多分、カメラにも映っていないはずだ」

「……なるほどな」

 

 千冬が一夏の言いたいことを察して、ライト博士に説明した。

 

「気とは洗練することで、他者から限りなく見えにくい状態にすることが出来るのです」

「なんと!」

「かめはめ波みたいに全力で気を放出するタイプの技じゃそんなことする余地がありませんけど、鈴が使った技は俺以外じゃ箒にしか見えていなかった」

「そしてそれだけの技量があるなら、本気を出せばもっと強力な技も使え……そして代表候補生に選出されるだけのISの操縦技術がある」

「ああ。そして俺にはISの技術が圧倒的に足りない。不利を覆すなら、こっちも仕込みの3つや4つは必要なんだ」

 

 千冬がため息を吐く。今度は完全に折れたようだ。

 

「分かった。ライト博士、こいつの言うようにしてやってくれ」

「ああ。応えてみせるよ」

「お願いします」

 

 織斑姉弟が、そろって頭を下げた。




 前回と比べて大人しい今回。
 本格登場の鈴よりも箒も方がぶっ壊れてしまった……。今後もリンリンにはツッコミ役として頑張ってもらいます。


今回のネタ
※このコーナーも今後は続けますが、細かすぎるのはスルーしていきます。

霊光波動拳
 漫画「幽☆遊☆白書」の主人公が修得した、霊気を操る術。戦闘以外にも傷の治療だとか色々応用が幅広い。

トーマス・ライト
 CAPCOMの名作「ロックマン」シリーズの登場人物。主人公ロックマンの開発・改造を行っただけでなく、後のシリーズにも影響を残したキーパーソン。


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第五話 類は友を呼び、友達の友達は友達

 感想、メッセージ、誤字報告などなど、ありがとうございます。
 本当に励みになるもので驚きました。

 それと緒注意。
 今回のエピソードは百合要素が強いです。


 凰鈴音がその少女と出会ったのは、小学5年生の時だった。

 その年に中国から編入した鈴は、言葉にこそ不自由しなかったが、環境が激変したことへの戸惑いから周囲に馴染めず、孤立していた。

 クラスの男子から心無い言葉を浴びせられることもあり、学校へ行くこと事態が嫌になりだした頃。織斑一夏に声を掛けられた。

 他の男子と同様に自分をからかうつもりだと考えた鈴は無視を決め込んでいたが、やがて根負けして彼とつるむようになった。

 そして鈴は少女――篠ノ之箒と出会った。

 

 彼女はだいたい一夏と一緒にいた。登下校も、休日に遊ぶ時も一夏に着いて回り、時々手を引いてつれ回す箒。

 最初のうちは、鈴も一夏を「孤独を癒してくれた王子様」のように考えていたため、箒の存在を疎ましく思っていた。

 

 だが、一夏の気を引こうといつも一生懸命なくせに、いざ一夏から意識されると心にもないことを言ってしまう――そんな箒の幼い恋を間近で見ているうちに、気付けば鈴は箒を応援する側になっていた。

 

 さりげなく箒の想いを伝えたり、二人でいる時間が増えるように周りを遠ざけたり。

 

 鈍感な一夏とツンデレの箒という、ラブコメの面倒くさい組み合わせを地で行く二人は、鈴のサポートをいつもいつも不意にしてくれたが、それでも。

 気の置けない二人のやり取りを観るのが、鈴は好きだった。

 

 だというのに。

 

 全てが変わってしまったのは、小学校6年生の遠足の日だ。

 うっかりハイキングコースから外れた山道で、一夏と鈴と箒はウミガメに出会った。

 

「わたくし、カメなんです……」

 

 しかも喋った。

 鈴と箒は腰を抜かしたが、何故か一夏は平然とウミガメの話に耳を傾けていた。

 

「こいつ、松茸狩りに来て仲間とはぐれて、もう1年も山をさ迷ってるんだって。可哀想だから、ちょっと海まで行ってくる」

 

 一夏は二人に一方的にそう告げ、ウミガメを背負うと猛スピードで下山していった。

 

 それが、鈴と一夏との最後の会話だった。

 

 それから二日後。担任の先生から、一夏が転校したことを告げられた。

 

 鈴は箒と千冬の元へ向かったが、彼女にも一夏がどこへ行ったのか分からず、電話も通じなくなってしまい、手紙すら送ることが出来なかった。

 一応、近況報告は貰えるようだが……無責任が過ぎると、子供心に鈴も不満を抱いた。

 

 今になって思い出しても、それからの箒はひどい落ち込み様だったと思う。

 

 学校では一日中虚空を見つめ、何かの拍子に泣き出すことさえあった。

 あまりの情緒不安定っぷりに、鈴ともう一人の男子以外はまともに会話が成立しない有り様だった。

 

 一夏がそうしたように、鈴は根気強く箒を励まし、少し目を離すと部屋に引きこもってしまう彼女を外に連れ出した。

 

「上の馬鹿娘といい、箒も友達には恵まれているようだな」

 

 黒髪ロングで筋肉ムキムキ、性格も束以上に偉そうな篠ノ之家のお父さんは、鈴を見てそんなことを言っていた。

 ただ、鈴としては箒のための行動をしていたつもりはない。

 自分が一夏と箒が一緒にいるところを見るのが好きだっただけだ。

 一夏が戻ってきたとき、二人が以前のようにいられるように。そのために、箒には元気でいてほしい。

 それだけだった。

 

「なおさら結構だ。自分の欲が結果的に他人のための行動に繋がるならな。胸を張れ、小娘。そしてこれからも、

馬鹿娘をよろしく頼む」

 

 正直に気持ちを語った鈴に、篠ノ之家のお父さんは頭を下げた。

 千冬の剣の師匠で、束でさえ頭が上がらない篠ノ之のお父さんの予想外な態度には、思わず鈴も恐縮した。

 とりあえず、こちらこそよろしくお願いしますと返しておいた。

 

 そんなことを言われたからだろうか。

 一夏がいなくなって3ヶ月――夏休みになろうという時になっても、まだしょげている箒の部屋に押し掛けたときのことだ。

 

「君はどうして私を気に掛けてくれるんだ?」

 

 不意にそんなことを聞かれた。

 この頃、ようやく箒は自分から外に出るようになって、突然泣き出すことも無くなっていた。

 心に余裕が出来たことで、ふといつも傍にいてくれた少女の事が気になったのだろう。

 

「そんなの、友達だからに決まってんでしょ」

「そっか……。なら、一夏も私を友達と思っているのかな……」

 

 当たり前でしょ、と言おうとして、鈴は一旦口をつぐんだ。

 箒の聞きたい答えはそうではない。彼女が一夏に望んでいるのは、友情よりも「先」だ。

 この年頃の恋愛は、自分の感情が最優先だ。

「好き」という基準も曖昧で、一緒にいたい、一緒にいると楽しいと思えるから、その相手を好きだと思い込む。

 仮にこの時の気持ちを抱えたまま成長した場合、相手と両想いならば幸せなことだろう。しかしそうでなければ、辛いことになる。

 想いが伝わらない、自分以上に親しい異性が存在する、自分に自信が持てない。しかし好意の感情だけは人一倍強く、暴走して想いとは真逆の方向へ走ったりする。

 

 鈴にも、それぐらい分かった。だから――、

 

「仕方ないわ。一夏、お子さまだもん」

 

 鈴は箒に発破を掛けた。

 

「箒の気持ちにも気付かない、鈍感なお子さまだもん」

「き、気持ちって……!?」

「好きなんでしょ、一夏のこと」

 

 みるみる顔から首まで真っ赤に染めた箒は、俯きながら「どうして知ってる」と呟いた。

 

「いや、丸分かりだから。多分、気付いてないのって一夏だけだと思う。つーか、あんだけいっつも一夏のこと見てりゃねえ」

「そんなにか……」

「そんなによ。そんなに好きなら、次に会ったときにでも伝えちゃいなさい、その想い」

「で、でも……」

「でもじゃない」

 

 弱気になりそうな箒の手を握り、正面から目を見つめた。

 

「次に会うときまで女を磨いて、今度はあいつが目を離せなくなるぐらい綺麗になって。で、言ってやればいい。ずっとずっと好きでしたって」

「けど……」

「怖がらなくていい。それでもあいつがあんたの気持ちに気付かなかったり、その気持ちが叶わなかったら、その時は――」

 

 そして鈴は、親友を勇気づけるつもりで――、

 

「あたしがあんたを嫁にもらってやる。だから、もっとシャキっとしなさい!」

 

 

 

 

 ――鈴が目を覚ますと、カーテンの隙間から昇りだしたばかりの朝日が射し込んでいた。

 IS学園で迎えた最初の朝。懐かしい夢を見た。

 

(…………)

 

 ベッドから上体を起こし、夢で見た内容を反芻する。

 

 一夏がいなくなってしばらくの頃。

 

 箒と交わした約束。

 

(あれだぁぁぁーっ‼)

 

 思わず鈴は頭を抱えた。

 

(言ったよ! 言いましたよ、確かに‼ 一夏にフラれたら嫁にするって言っちゃってたよあたしー!?)

 

 あの日以来、箒は以前にも増して明るくなり、様々なことに対して積極的になった。

 それも一夏に振り向いてもらおうとする努力であったわけだが、それ以上に「鈴が一緒にいてくれる」という安心感が彼女に行動する勇気を与えていたのだと、鈴は今更ながらに気が付いた。

 

 思い返せば中2の年に中国へ帰る際、それを知った箒は絶望のあまり自殺しそうな雰囲気だった。

 週に2~3回、多いときには4~5回も電話を掛けてきたり、最近は鈴も箒を面倒くさい女と思い始めていたが、そもそもの原因は自分だった。

 おそらく一夏との再会は切っ掛けに過ぎず、本心では相当以前より箒は鈴に乗り換えていたのかもしれない。

 

(ていうかあいつ、一夏のことだけじゃなくて、あたしとの約束もず~っと覚えてたってこと!? どんだけ一途なの!? ちょっと怖いんですけど!?)

 

「どうかしたのか?」

 

 鈴の尋常でない様子に気付き、隣のベッドでルームメイトも目を覚ました。

 

「ごめんなさい、起こしちゃった?」

「いや、実は少し前から君の寝顔を見ていた」

「朝から飛ばすわね、箒――って箒!?」

 

 勢いよく隣へ振り向くと、そこで寝ていたのはルームメイトではなく、インナーシャツとショーツスタイルの箒だった。

 彼女の姉にも負けない抜群のスタイルは、男性であれば目が離せなくなるであろう色香が漂っているが、鈴は女であるしノンケだ。

 

「あ、あっ、あんた何でここにっ!?」

「君のルームメイトに頼んだら、快く部屋を替わってくれたぞ。寮監の千冬先生にも了承済みだ」

「はいぃぃぃっ!?」

 

 突然の事態に頭が追い付かず、鈴は奇声を上げることしか出来なかった。

 

「なあ、鈴……」

 

 気付くと箒が鈴のベッドの縁に座っていた。

 今にも飛び掛かって来そうな箒。

 鈴の冷たい汗が流れ落ちた。無意識に体一個分の間合いを空けて隣に座った。

 

「な、なにかな!?」

「その……約束のことなんだが」

「約束って、もしかして嫁にするって――」

「覚えていてくれたのか!?」

 

 花が咲いたような笑顔になった箒。

 今の今まで忘れていたとは言いづらい。

 

「箒、あれはその、何と言うか……」

「分かっている。私を勇気づけてくれたのだろう? 本気とは思っていないさ」

「そ、そっか……」

 

 鈴は露骨にホッとしてしまい、慌てて箒の顔色を窺った。

 箒は膝の上で組んだ自分の手に視線を落としており、鈴の様子に気付いていなかった。

 

「そうよね! 女同士じゃ結婚出来ないし」

「ああ。だから、せめて君の子供だけでも生ませてくれ」

「やっぱ何も分かってないじゃん!? 冗談にしてもタチ悪いわ!」

 

 箒はずずいっと鈴との距離を詰めた。

 

「私は本気だし、大真面目だ!」

「なお悪いっての!」

「何故だ!? やっぱあれか!? 筋肉質だからか!? 背と胸ばっか大きいからか!?」

「むしろ羨ましいけど、そこじゃない‼ 女同士で子作りが出来るかい‼」

「いや、きっと大丈夫だ! ISとか、生身でビーム出すことよりかは現実的な技術だと思わないか?」

「そういわれればそうだけど、あたしはノーマルだっつうの‼ 恋愛は普通に男の子とがいーの‼」

「いや、男なんてロクなもんじゃないぞ? こっちがどんなに想っていても、身近なところから誘われたらコロッとイッてしまうからな」

「同情はするけど、あんたの面倒くさい性格が招いた自業自得だから!」

「今は素直になったじゃないか!」

「あたしに素直になってどうする!?」

 

 鈴と箒は際限なくヒートアップしていく。

 その時、鈴のケータイが鳴った。

 言い争いを一旦止め、鈴はベッドの枕元で充電中のケータイを手に取った。

 

「誰よ、こんな時間に――え、一夏!?」

「なんだと!?」

『よう。お前ら、もう起きてたのか』

 

 電話口の一夏には、普段と変わらない様子の一夏が出た。

 

『防音構造だからって、こんな朝から騒ぐなよ。隣の部屋まで声が聞こえるんだよ』

「ご、ごめん! もう静かにするから! ……ていうか、一夏の部屋って隣だったんだ」

『俺も今気付いたけどな。聞き覚えのある声だなーって思ってたら、集中できなくて』

「集中?」

『あ、いや。というか、箒も一緒にいるんだな。箒の部屋って別の階だった気がするけど』

「そのはずなんだけどねぇ……。実は――」

 

 この面倒な状況を話そうとした瞬間。

 

『ひゃおうっ!?』

 

 一夏の奇声に遮られた。

 

「え、今の何!?」

『いや、なんでもな――ひっ! ちょっ! 止めろ、束! 今電話中!』

「は? 束?」

 

 電話の向こうから、一夏以外の女の声が聞こえてきた。

 

『いっく~ん? 恋人と迎える朝にいつまで他の女と話してるのかな~? ん~?』

『いや、のほほんさんと簪もいるだろ!?』

『わたしたちのことは気にしなくていいよ~。それより昨夜の続きシよ? まだ3回戦しかシてないよ』

『音を上げるのは早いぞ、織斑! どうせ今日は休日だ! 存分に楽しもうじゃないか‼』

「……いや、ナニしてんのあんた!?」

 

 電話口から一夏の声が遠ざかり、代わりに鈴には馴染みの無い女性に替わった。

 

『箒ちゃんに、興味があるなら交ざる? って言っといて』

「は、はあ……」

 

 女はそれだけ伝えて通話を切った。

 

「むしろあっちのが騒がしいぐらいじゃない……あはは~」

 

 恐る恐る隣を見ると。

 表情が消え、海底のクレバスを覗き込んだような一切の光が射さない瞳の箒がいた。

 電話での会話を全て聞いていたらしい。

 

「鈴……」

「いや、落ち着いて、箒。その顔でにじりよって来ないで」

「向こうもお楽しみのようだし、私たちも濡れないか?」

「カッコつけんな! 違うって、どうせ桃鉄かスマブラだから! どうせならあたしらも隣の部屋行く?」

「眼を逸らすな」

「逸らしたくもなるわよ、そんなドブ川みたいな目!」

 

 ジリジリと壁際まで追い詰められた鈴は、結局昨日に続いて2発目の霊光弾で箒をもう一度寝かし付けたのだった。

 その際、勢い余った箒は隣室との壁を突き破り、鈴の予想通り桃鉄に興じていた一夏・束・本音・ピエロメイクの少女の度肝を抜いた。

 

 これにより、鈴は千冬に罰を課せられ、続く土曜日曜を壁の修理に充てられることとなった。

 

 なお、箒は鈴からの強い要望により、元の部屋へと帰された。

 

 

 

 週明けの月曜日。

 教室に入った一夏は、異様に悪目立ちするクラスメイトに声を掛けた。

「どうしてしれっと教室にいる、セシリアマスク?」

「あらあら。ずいぶんなご挨拶ですこと」

 

 全治三ヶ月のセシリアマスクが普通に登校していた。

 相変わらずの鉄仮面、全身あちこち包帯まみれだが、松葉杖もなければ腕も吊っていなかった。

 

「入院なんて退屈なだけですわ」

「そうかよ。まあ、無理するな」

「言われるまでもありませんわ。ところで、もうご覧になりまして?」

 

 自分の席に向かおうとした一夏は、セシリアマスクの言葉に再び彼女へ振り返った。

 

「何の話だ?」

「今週末のクラス対抗試合ですわ。朝から廊下に貼り出されていましたの」

「まじか。気付かなかった」

「そんなことだと思いまして、わたくし、スマホで掲示板を撮影しておきましたの」

 

 そう言ってスマホの画面を一夏に見せた。

 

 第一試合

 1ー2 凰 鈴音 対 1ー4 更識 簪

 

 第二試合

 1ー1 織斑 一夏 対 1ー3 岸波白野




 幼い日に交わした約束、忘れられていても覚えられていても修羅場になっちゃう鈴ちゃんの明日はどっちだ!
 ぶっちゃけラブコメのヒロインがこれぐらい積極的になると、あっさり少年誌およびライトノベルのK点を越えてしまいます。後発キャラにも不利だし。

今回のネタ

篠ノ之のお父さん
 漫画「るろうに剣心」より、主人公の師匠・比古清十郎。
 この物語では千冬に飛天御剣流を教えた設定。また、束が原作と違って付き合いが良かったり、篠ノ之一家が離散していないのも、この方がくそ強いから。

桃鉄
 みんな大好きパーティ系モノポリー。古くはファミコン時代から存在する。

ピエロの格好の女子
 簪。どう魔改造されたかは次回。

岸波白野
 ゲーム「Fate/EXTRA」シリーズの主人公。名前は男女兼用で、この物語では女性。
 メディアミックスで貧乏くじ引いてたので、カッとなって出した。


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第六話 どどんぱ

※ネタバレ
 ツッコミキャラが増えます。
 ボケがもっと増えます。


「ハーッハッハッハッハ!」

 

 IS学園のアリーナ。

 その中央に、異様なテンションで馬鹿笑いする少女がいる。

 

 テンションだけでなく、風体も異様だ。

 

 赤くて丸い付け鼻と、右目の回りを覆った金属製の仮面。素肌は首まで白塗りで、その顔は誰がどう見ても道化師だ。

 

 装着したISも極彩色のパッチワークとでも言うべき悪趣味なカラーリングだ。着色が派手すぎてボディの形状がハッキリしないほどであった。

 

「私が1年4組のクラス代表、美しき戦闘妖精の更識簪! 美しき戦闘妖精の更識簪だ!」

 

「二回も言わなくたって聞こえてるよ、戦闘妖精の更識簪さん」

 

 道化師と対峙しているのは、呆れ返った鈴だ。試合前だというのに、すでに疲れているようにすら見える。

 

 せっかくのクラス対抗試合。

 IS学園入学後、初の公式試合だというのに、どうしてこんなのとやり合わねばならんのだと、鈴は自らのくじ運を呪っていた。

 

 

『貴様! 私を呼ぶときは頭に「美しき」を付けろ! 「美しき戦闘妖精の更識簪」だ! リピートアフタミー!』

『知るか‼ てか何なの、そのふざけた格好は!?』

『フザケてなどいない! 私は大真面目だ!』

『なお悪いわ!』

 

 対戦者二人による、オープンチャンネルでのコントのようなやり取りが続く。

 生徒会役員用の観戦室で会話を聞いていたIS学園の現生徒会長が、両手で顔を覆って俯く。

 隠していても分かるほど、生徒会長は耳から首から真っ赤だった。

 

「あ、あのバカ妹……!」

 

 吐き捨てるような生徒会長。

 肩が小刻みに震えており、極度の羞恥心によって身悶えしている。

 

「お嬢様、お気を確かに……くくっ!」

 

 三つ編みに眼鏡の会計が、同じように口許を右手で押さえながら会長を励ました。

 彼女の顔も耳まで真っ赤だが、こちらは笑いを堪えているようだ。

 

 会長の名は更識楯無。

 馬鹿笑いする道化師、簪の実の姉だ。

 また、会計の三つ編みは本音の姉・虚である。

 

「今回も飛ばしていますね、妹様は」

「飛ばしすぎよ! 何あのメイク!? あと機体の色!? それから自称!? 戦闘妖精ぇ!?」

「良いセンスですね」

「本気で言ってないわよね!?」

 

 一息にツッコミまくった楯無は、少し落ち着きを取り戻した。

 

「今回の試合、簪様はとても張り切っていましたからね。日本代表候補生から落ちた腹いせに大暴れしてやる、と本音に言っていたようです」

「いや、確かにはっちゃけてるけど……」

「言っちゃなんですが、技術と知能以外は大変残念な方ですから。パイロットとしても非才ではありませんが、今年の代表候補生と比べれば」

「それ以上言わないで、お願い」

 

 沈痛な面持ちで妹を見つめる楯無。

 一方の虚は、姉妹の双方を見てとても楽しそうにしていた。

 

(やっぱり更識って……オモシロ!)

 

 日本政府の諜報組織を統括する更識家。

 虚はそれに仕える立場である布仏家の人間だが、彼女が楯無の傍にいる最大の理由は、見ていて退屈しないからであった。

 

「はぁぁ……っ、また妙な噂が……実家からの嫌味が……」

「あ、試合が始まりますよ」

「別にいいわ。2組の子の勝ちよ」

 

『光栄に思うがいい、凰鈴音! 君との試合は私が創る、IS界の暗黒神話! その輝かしい1ページ目となるのだ!』

『暗黒神話ぁ? 黒歴史の間違いでしょ?』

『そう言っていられるのも今のうちだ!』

 

 試合開始。

 

『喰らうがいい‼ レインボーサイクロン!』

 

 開始の合図と同時に、簪のISは派手な動きと共に武装を展開。49本にも及ぶ色とりどりの偏光レーザーを一斉射撃した。

 

 全てのレーザーが試合開始位置で溜息吐いて浮かんでいた鈴を直撃。

 色とりどりの爆発を起こし、鈴をアリーナの地面へ叩きつけた。

 

『ハーッハッハッハッハ! 見たか! ホーミングレーザーによる上下左右からの一斉攻撃‼ 我がIS「ビューティフルドリーム」の中で、私が最も気に入っている技だ!』

 

「またド派手な武器を開発しましたね」

「ええ。技術者としては間違いなく天才なんだけどね……。あの馬鹿、モニターを見なさい。相手のシールドゲージが減っていないじゃない!」

 

 煙が晴れると、そこには全くの無傷の鈴が、半目になって簪を見上げていた。

 いや。

 鈴は確かに無傷だが、姿を現した彼女はISをブレスレットに戻していた。

 

『ハーッハッハッハッハ! 絶対防御に救われたな! 一撃でISが強制解除されてしまうとは!』

『んなわけないでしょ。自分で解いたのよ。生身で受ければシールド減らないし』

『なんだとぅ!?』

 

 心底自分をナメきった言い種に、簪が目を剥いた。

 

「生身でって……お嬢様じゃあるまいし」

「あなた、私を何だと……まあいいわ」

 楯無の視線はじっと鈴へと向いている。

 

『いいだろう! その余裕に満ちた顔を、苦痛と絶望に染めてやる! このビューティフルドリームには、他にも一千の機能と技が詰め込まれているのだ!』

『ISにそこまで拡張領域ないでしょ?』

『普通はな! だが、このビューティフルドリームはそんじょそこらのISとは物が違う! なにしろ、この私自らの手で1から設計・開発したのだ!』

 

 そう言うと、次々に武装を展開させる簪。

 両肩から多連装ミサイルランチャー、両腕から3連装ガトリングガン、両足からもランチャー、胸の中心からプラズマ熱線砲、背中から先程のレインボーサイクロンが同時に出現した。

 

『どうだぁ! この程度は序の口! これら全てを使い切ってもまだまだ兵器はあるのだぞ!』

『はあ。おめでたいのは見た目だけじゃないのね』

 

 何度目かの溜め息を吐く鈴。

 

『武器を出すのはいいけど、その前に自分の顔を確認したら?』

 

 鈴が右手の人差し指を立てた。

 赤いボールが吐いた細い輪っかを指先に引っ掛け、簪からよく見えるように振り回す。

 

 簪が自分の顔を触る。道化師の赤い鼻が無いことに気づき、固まった。

 鈴が指先で回しているのがそれだった。

 

「い、一体いつの間に!?」

「いや、見え見えだったでしょ」

 

 驚く虚に、楯無は何でもないかのように返した。

 

「簪がレーザーを撃った時にはもう、ISを解除して掠め取っていたわよ。そのままノックアウトも出来たでしょうけど」

「ナメられてますね、簪様」

「そりゃあの格好じゃあね……」

 

 鈴はつけ鼻を適当に放り投げると、まだ固まっていた簪に人差し指を突きつけた。

 

『あんたの機体、確かに強そうだけど全然使いこなせていないわね。殺気がダダ漏れだから、回避するのも簡単だし』

 

 挑発的な鈴に、簪が我に帰った。

 

『な、なんだと!?』

『機体を1から作ったってのは確かにすごいけど、それだけ。機体の性能を自分の実力と勘違いしたのが、あんたの敗因ね』

『言わせておけば! ならば受けてみろ!! この一斉――』

 

 会場から、鈴の姿が掻き消えた。

 虚が驚いていたが、楯無は鈴の動きをしっかり目で追っている。

 

 簪の目の前に現れた鈴が、彼女を豪快にぶん殴った。

 さらに追撃を仕掛けた鈴。飛行ユニットだけを展開すると、地面に落下する前に簪に追い付き、背後に回り込んで豪快に蹴り飛ばす。

 霊力の籠った攻撃をモロに受け、簪は仮面を砕かれながらアリーナの壁に激突した。

 

「うっわ、痛そ……」

 

 他人事のような楯無の感想。

 

 鈴の蹴りと、壁に激突したことで絶対防御が2回も作動し、簪のシールドエネルギーは尽きた。

 加えて簪本人も白目を剥いて気を失っている。

 

 対戦相手を文字通り一蹴した鈴が、高々と右拳を突き上げた。

 

 わずかに遅れて、会場が大歓声に沸いた。

 

 ピットに戻る鈴の、まるでキャットウォークを歩くモデルのような堂々とした歩き姿には、箒はもちろん観客席のそこかしこから黄色い悲鳴が上がった。

 

「残念でしたね」

「だから、結果見えてたって。それより、いよいよ次よ、本日のメーンエベント」

「ええ。織斑一夏に対して、我が生徒会が誇る雑用――もとい、書記がどこまで食らい付けるか。楽しみです」

「ふっふっふ。甘いわよ、虚」

 

 楯無が、それまで畳んだまま懐に忍ばせていた扇子を取り出した。

 

「はくのんは強いわよ。戦術レベルの読み合いは、私よりもずっと上。試合の運び次第じゃ、充分に勝てる見込みもあるわ」

 

 表面に書かれた『どどんぱ』の文字が虚に見えるように、扇子を開く。

 

「もっとも、一夏くんには是非とも勝って欲しいけどね。鶴仙流の門弟としては、ライバルが不甲斐ないと戦い甲斐がないもの」

 

 そう言った楯無の顔に、笑みはない。

 諜報員として、そして冷酷な殺し屋としての顔を覗かせる楯無に、虚は背筋をゾクゾクさせた。

 

 簪が担架で運び出されていく。

 一夏の試合まで、あとわずか。




 原作にフライングする形で登場の更識姉妹でした。
 なお、美しき戦闘妖精はただの出オチじゃありません。

 でも前振り回とはいえ話が進んでませんね。

今回の解説

美しき戦闘妖精
 漫画「幽☆遊☆白書」に登場した出オチ担当、美しい魔闘家鈴木。
 道具作りの才能とか、鍛えたら普通に強いとか、ただのネタ要員では終わらない美味しいキャラ。

 ちなみに戦闘妖精の部分は、小説とそれを原作にしたOVA作品「戦闘妖精 雪風」からなので幽白無関係です。語感以外には特に意味はありません。

虚のセリフ「オモシロ!」
 こちらは「DEATH NOTE」より。死神りュークの「人間ってオモシロ!」から。


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第七話 雲のマシンでふらいあうぇい

 一夏の戦闘回。
 原作における鈴との試合になります。

※対戦相手を別キャラにした理由
 →DB対幽白ならクライマックスに入れたいから。


 観客席の一画で陣取った箒が、セシリアマスクの試合の時と同じ、本格的な撮影機材を広げていた。

 

「う~ん……」

 

 カメラとケーブルで接続されたノートPCには、ついさっきまで行われていた鈴と簪の試合が映し出されており、それを見ながら箒が唸っていた。

 

「なにを渋い顔してますの、箒さん」

 

 隣の席からセシリアマスクが尋ねた。

 セシリアマスクは右手にLLサイズのバターポップコーン、左手にダイエットコーラを抱え、観戦を楽しんでいるようだ。

 包帯はとれていないが、行動に不自由している様子はない。

 なお、セシリアマスクは鉄仮面を着けたまま飲み食いしており、見慣れてしまった1ー1のクラスメイト以外からは不気味がられて遠巻きにされていた。

 

「いや、試合の時間が短くてな。もっと鈴の活躍が見たかったな、と」

「それは二回戦に持ち越しですわ。それより、ボチボチお義兄様の試合が始まりますわよ」

「そうだった。映りが悪いと姉さんにドやされる」

 

 そういって、箒はカメラとPCに繋げていたバッテリーを、新しいものと取り替えた。

 元のままでも充分だったが、撮影途中に電源が切れるリスクを少しでも減らすのは、クルーとしての基本的な心構えだ。

 

 箒の細やかな心遣いに、セシリアマスクも感心した。

 

「箒さん、お姉様と仲がよろしいのですわね」

「ん……良いのだろうか。歳も離れているし……よく話はするが……」

 

 箒の手が止まった。

 

「どうなさいまして?」

「よく話すのに、姉さんは一夏のことを何も教えてくれなかったな、と……」

 

 しかし思い返せば、束が箒に対して妙に余所余所しい時や、何かを言いかけて口を紡ぐ時があった。

 あれは自分と一夏のことを話そうとしていたのかもしれない、と今になって考える。

 

「鈴さんにお熱かと思いきや、織斑さんにも未練タラタラとは。面倒くさい女ですわ」

「う、うるさい! 仕方ないだろ、性格なんだから!」

「あ! しののんとセッシー、みっけ!」

 

 箒たちの元へトコトコと本音がやって来た。

 

「布仏さん? 生徒会役員には専用の観戦席があると伺いましたが、こちらに来てよろしいのでして?」

「いや~、向こうにいるとはくのんを応援しないといけないからね」

「はくのん……とは、対戦相手の岸波さんでしょうか?」

「うん。はくのんも生徒会役員なんだよ。雑用兼書記。けど、個人的にはおりむーを応援したくって。機体のセッティング、手伝ってきたし」

 

 本音がセシリアマスクの隣にちょこんと座る。

 セシリアマスクは本音にポップコーンの容器を差し出した。

 本音はありがたくいただいた。

 

「一夏の専用機か。どんな機体なんだ?」

 箒が尋ねると、本音は得意気に腕組をした。

 

「色々とすごいよ。人間が乗るって前提じゃ、あの仕様にはしない、絶対」

「さらっと化け物扱いされてますわね、織斑さん」

「だけどすごいって意味じゃはくのんもだよ。はくのんのIS、他じゃ見ない特性があるから」

「その特性とは?」

 

 セシリアマスクの質問に、含み笑いを返す本音。試合を見てのお楽しみ、というつもりらしいが。

 

「実は来賓用のパンフレットがここにありますの」

 

 セシリアマスクは鞄から小冊子を取り出した。

 

「じ、準備がいいな、セシリアマスク」

「とは言いましても、大まかなスペックぐらいしかわかりませんけど。名前は『セブンスフィール』、特性……サーヴァントモデル?」

「サーヴァント……従者? セシリアマスクの移動砲台のようなものか?」

「ど~だろ~ね~」

 

 本音はイタズラの行方を見守る子供のような含み笑いを浮かべていた。

 

 

 

 ISを身に纏った一夏は、カタパルトで目を閉じ、出撃の時を待っていた。

 

 この一週間、放課後はライト博士の元で機体の調整に費やしてきた。

 ISを用いた戦い方も考案し、千冬を練習相手に試せるだけ試した。

 何度も千冬を本気にさせ、ISを解除してのガチバトルに発展した。

 ライト博士は何故か、生身の二人の戦闘データを熱心に採取していた。

 

『一夏』

 

 千冬から通信が入った。

 一夏は目を開き、回線を開く。

 

「学校では教師として振る舞うんじゃなかったのか、千冬先生?」

『これはプライベートチャンネルだ。我々以外には聞いていない』

「そっか」

『……お前は強くなったな』

「千冬ねえもな。まさか一度に9ヶ所同時攻撃されるとは思わなかった」

『それを捌ききったお前もお前だ。……私の後ろに付いて回っていた頃とは別人だ』

「別人ってことないだろ。俺は今でも織斑一夏だよ」

『ふっ。そういう意味ではない』

「けど、そのうち『篠ノ之一夏』にはなるかもしれない」

『ちょっと待て、今その話するんじゃない! いまだにあれが妹になるというのが受け止めきれていないんだ! というか婿養子なのか!?』

「ひょっとすると、千冬ねえが伯母ちゃんになる方が先かも」

『真面目にやめろ‼ ダメだぞ、せめて卒業まで待て‼』

『織斑選手、入場してください』

 

 カタパルトのハッチが開いた。

 一夏はゆっくりと機体を上昇させる。

 

『……最後に一つ言っておく。上手くやれよ』

「全力は尽くすさ。半端したら、ライト博士やのほほんさんに申し訳ない」

 

 一夏は徐々に速度を上げながら、アリーナへ飛び込んだ。

 

 

 

 本邦初公開となる、世界初の男性IS操縦者・織斑一夏の専用機。

 それはISと呼ぶにはかなり特異だった。

 

 なんと言っても装甲が無いのだ。

 軽量化という次元ではない。

 一夏は腰と両足に姿勢制御ユニットを装着しただけで、その他はいつもの武道着だった。

 武器らしいものといえば、右手に持った飾り気の無い赤い棒切れだけだ。

 

 もう一つの特徴が、一夏が乗った飛行ユニットだ。

 実態の無い雲や霞の集合体のようにふわふわしていながら、一夏は地上にいるのと遜色無い安定感で立つことが出来た。

 飛行ユニットは一夏の意識とリンクしており、考えた通り自由自在に操ることが出来た。

 

 機体名、セイテンタイセイ。

 飛行ユニットはキントウン。

 

 一夏たっての希望により、トーマス・ライト研究所が総力を結集して開発した逸品であった。

 

 

 

「ぶっちゃけ、本体はキントウンなんだけどね」

 

 身も蓋もない本音の本音であった。

 

「整備手伝ったりしたから知ってるんだけど、姿勢制御ユニットってほぼオマケなんだ。おりむーが生身でもちょっぴり飛べるから、空中で制止していられるだけ。普通の人だとカッコつけながら墜ちるだけだもん」

「布仏さん、もしかして墜ちましたの?」

「ノーコメント」

 

 

 

 アリーナの中央まで来た一夏は、相手コーナーのピットを見据えた。

 雲に乗って空中を滑るように移動する姿は、さながら仙人である。

 

 対戦相手の岸波も、静かにこちらへ向かってくる。

 

 岸波の機体は、打鉄のメインフレームをそのまま、茶色の装甲とスカート状のスラスターが増設されたカスタム機だ。

 見方によってはブレザーの学生服にも見える。

 

 搭乗者の岸波は、試合開始位置まで来ると、一夏に対して軽く会釈した。

 

 顔立ちは、例えるなら小動物系――リスのような小型のげっ歯目を彷彿とさせる。美形だが愛想がなく、地味な印象の少女だった。

 

「こんなときになんだけど、織斑一夏だ。よろしく、岸波」

 

 一夏が名乗ると、途端に岸波の眼が無表情のままキラリと光った。

 

 下半身を半身に捻り、左腕を胸の前で水平に保つと、左手首に右肘を乗せた。

 右手で顔を覆い隠すように軽く広げる。

 

「我が名は……フランシスコ・ザビエル!」

 

 最後にオープンチャンネルで、戦国時代に来日した宣教師の名を高らかに謳った。

 

 

 

 静まり返ったアリーナ。

 観客中が絶句した中で、セシリアマスクだけが大爆笑していた。

 

「あっはははは! なんですのあれ! なんなんですのあれぇ!? 持ちネタですの!? なんでザビエル!? あはははははっ‼」

 

 腹を抱えて悶えるセシリアマスクは、普段の淑女然とした態度が完全に剥がれていた。

 

「せっしー、人が見てる見てる!」

「足を上げるな! スカート捲れてるぞ!」

「へあ? ああ、これは失敬。お見苦しいところをぶっふぉっ‼」

 

 笑いの第2波が来たセシリアマスク。

 本音と箒は「ダメだ、こりゃ」と肩を竦めた。

 

 

 

 岸波の奇行に呆気にとられていた一夏は、ブザーの音で我に返った。

 気付けば赤いシグナルが点灯している。試合開始は十数秒まで迫っていた。

 

「…………」

 

 岸波は心なしかやりきったような面持ちだ。無表情にもどことなく充足感が見てとれる気がする。

 

(束と同レベルのマイペースだな……)

 

 赤いシグナルが消えた。

 

 岸波は軽く握った左手を一夏へ差し向けた。

 見る限り武装は無さそうだが、油断は出来ない。量子化させている武器を瞬時に展開できるのが、ISが持つ他の兵器にはない強みだ。

 

 しかしこの技術、世間に公表した時には「ホイポイカプセルのパクりじゃん」と酷評され、束はおおいに荒れていた。

 

 一夏は手持ちの棒――セイテンタイセイ唯一の武装であるキンコボウを、手先で器用に高速回転させる。マシンガン程度の弾速ならば苦もなく叩き落とせる防御技だ。

 なお、この技に必要なのはテクニックのみ。ISの機能はまったく関係ない。

 

 緑のシグナルが灯り、試合開始のブザーが鳴った。

 

 先制攻撃を仕掛けたのは一夏だ。

 初速からほぼ音速に達したキントウンで、岸波へ突撃した。

 

 対する岸波は、一夏の動きを読んでいたかのように開幕バックダッシュで間合いを離す。

 

 回転させたキンコボウによる牽制の初撃をかわされたものの、一夏はすぐさま次に来るであろう反撃に備える。

 

 しかし岸波は一夏から離れるばかりで、攻撃してこなかった。

 左手を差し向けたままアリーナの外周まで逃れると、そのまま観客席のシールドに沿って空中をスライド移動している。

 

 ふと、一夏は岸波の左手が微かに紅く発光していることに気付く。

 

 岸波がすでに何か仕掛けていたと察した一夏は、次の瞬間。

 背後から恐ろしい太刀筋の斬撃に襲われた。

 

 咄嗟にキントウンから飛び降りて奇襲をかわした。

 

 前方へ逃れた勢いで天地逆となり、岸波へ背中を向ける形となったが、不意討ちの一発でシールドをゼロにされるよりマシだ。

 

 続けざまに放たれた二撃目の剣をキンコボウで受け止め、一夏はようやく相手の姿を確認した。

 

 真紅のドレスを来た少女を思わせる、華やかなISだ。

 五指を備えたその手には、焼けた鉄の色をした実体剣が握られている。

 

 サイズは一般的なISよりも一回りほど小さい。

 上半身は金色が縁取られた、古代ローマの舞踏着を彷彿とさせるデザイン。下半身は裾が大きく広がったスカート状だ。

 人間と遜色無い機能性の両手と比べ、両足は先端が細く、鋭いトゲのようだ。

 頭部は紅いバイザーが浮かんでいるだけのがらんどう(・・・・・)であった。

 

 

 

「乱入!?」

「違うよ」

 

 本音が上空の闘技者二人を見つめたまま、箒に教授する。

「あれが、はくのんのサーヴァント。本体と独立した自律型戦闘ビットだよ」

 

「自律……戦闘……」

 

 セシリアマスクもコーラのストローをくわえたまま、飲むことも忘れて3体のISを見上げていた。

 

 

 

 赤と金に彩られたIS、サーヴァント。その猛攻は続く。

 次から次に放たれる剣戟を、一夏は空中で逆さまになったまま受け止めた。

 

 間髪入れずに次々繰り出される超音速の剣技。

 

 一夏はその全てを迎え撃つ。

 

 キントウンが無くても、一夏は持ち前の舞空術と姿勢制御ユニットによって空中浮遊が可能だ。

 しかし、それはただ浮かんでいるだけである。

 

 嵐のようなサーヴァントの猛攻を凌ぐうち、一夏は徐々にアリーナの外周近くまで追いやられていた。

 

(これは……まずいか!)

 

 頭で理解しながら、戦況を変えられない。

 

 その時、岸波が左手を自分へ向ける姿が視界の隅を掠めた。

 

「hack(16)」

 

 岸波が呟き、彼女の左手がチカリと光る。

 一夏の体に衝撃が走った。

 

「ちぃっ‼」

 

 痛みを伴うものではなかった(一夏基準)が、電送系統がほんの僅かの間寸断させられた。

 つまり、姿勢制御が崩れる。

 

 サーヴァントがその隙を見逃すはずもなく。

 袈裟懸けに一夏を斬りつけた。

 

 その刹那。

 

 横合いから割り込んだキントウンがサーヴァントを撥ね飛ばす。

 

 一夏はキントウンに足を引っ掻けるように掴まり、逆さ吊りで引きずられるようにサーヴァントから距離を取った。

 

 必殺の一撃を空振りさせた赤いISは、今度は自らが隙をさらす。

 

「かめはめ!」

 

 無論、見逃すつもりはない。

 逆さまの格好で構えを取る。

 

「波ーッ‼」

 

 特大の気功波がサーヴァントを捉えた。

 

 直撃すればISをシールドごと粉砕するエネルギー。

 それを前にして。

 

 サーヴァントの姿が変わった。

 

 真紅の舞踏着のようだったボディは、青と黒を基調とした和服のような形状へ。

 スカートも太股の中間程度の長さとなり、トゲのような両足が完全に露出した。

 後腰部からはアクチュエーターが展開し、動物の尾のようにひと纏めとなる。一見するとモフモフしてそうだが、細い金属の塊だ。

 最後にバイザーの位置と構造が変化し、人間でいえばキツネミミのカチューシャを着けたような格好となった。

 

 変形完了まで0.05秒。

 一夏や一部の人間以外には、瞬時に変身したように見えたことだろう。

 

 姿を変えたサーヴァントは、迫るかめはめ波へ両手をかざしていた。

 

 実体剣は量子化され、代わりに太陽を象った円盤が、掌の前で滞空している。

 

 円盤が、かめはめ波を受け止め、軌道を逸らす。

 流れ弾がアリーナのシールドを貫き、天井の一部が消滅した。

 

 

 

 

「……とんでもないですね、二人とも」

 

 教員用の観戦席で、山田教諭が息を呑む。

 

 かつては日本代表候補生に選ばれた山田教諭だが、あの二人とまともに戦える気がしない。

 

 アリーナでは、かめはめ波を防ぎきったサーヴァントが岸波を守る位置につき、一定の距離を保って一夏と睨み合っていた。

 

 互いの残りシールドエネルギーは、一夏が9割以上、岸波が7割といったところだ。円盤での防御したさいにごっそり削れたところを見ると、攻撃を無効化できるものではないらしい。

 

 山田教諭の隣では、千冬もポーカーフェイスを装いながら試合に見いっていた。

 

 千冬が見る限り、ダメージに反して戦況は岸波がやや優勢であった。

 

 セイテンタイセイの性能は一夏に依存しており、武装などついていない。キンコボウにしても本来の役割は、敵の攻撃を防ぐ楯代りである。

 つまり、今見えているのがセイテンタイセイの全てだ。

 

 対して岸波も、本体がほぼ非武装という点では一夏と大差ない。

 だが彼女はまだ、複数形態持つサーヴァントのうち、2つの姿しか披露していない。

 持っている手札の数が違うのだ。

 

「この試合、お前が勝つには地力で凌ぐしかないぞ」

 

 岸波のサーヴァントが動いた。




 長くなったので一旦割ります。
 一夏のISは初期の悟空のイメージにしたくてこうなりました。のほほんさんがいう通り、本体はキントウンです。白式ぇ……。

 あと岸波さん、こっちの予定よりも強キャラに仕上がってしまいました。
 え、簪? いや、彼女は技術力にブースト掛かってるじゃないっすか。やだなー、もう。


今回のネタ

セイテンタイセイ
 ドラゴンボールの原点『西遊記』より、孫悟空の渾名。


フランシスコ・ザビエル
 ゲーム『Fate/EXTRA』で主人公が放った迷言。
 元のセリフでは「ザビ……」で正気に戻っており、最後まで発言していない。


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岸波のISについて
 セブンスフィール。
 本体には電子戦用装備と護身用のナイフ一本しか搭載されておらず、戦闘力は皆無。その代わり随伴する無人IS型戦闘支援ビット『サーヴァント』が戦闘を行う。
 サーヴァントは近接、遠距離、防御、広域殲滅用の四形態に変形することができ、状況を選ばずに戦える。ある程度の自律思考能力も持つが、岸波の卓越した指揮能力によってカタログスペック以上の能力を発揮する。


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第八話 激戦、脅威のサーヴァント!

 感想、誤字報告、しおりを挟んでくれた方々。
 ありがとうございます。

 今回は一夏VS岸波の後半です。

 そういや単一能力とか瞬時加速とか、IS側の特殊能力全然出してませんね。絶対防御ぐらいでしょうか。

※6/9 終盤を変更
 ゴーレムが複数体登場するのはもっと後の話だったので、ちょっぴり修正しました。


 サーヴァントが再び形を変えた。

 

 ヘッドセットが眼鏡に変形。

 上半身の装甲は赤と黒を基調とした、外套のような形状となった。長い裾が風にたなびいている。

 脚部が剥き出しだったスカートのような装甲が、シャッター状のズボンに変わった。

 これまでの2形態が女性的な印象だったのに対し、今度の姿は男性的だ。

 

 円盤が量子化され、代わりに展開されたのは――。

 

「弓!?」

 

 黒い(なり)にビームの弦が張られた、サーヴァントの身長ほどもある和弓であった。

 

 サーヴァントが弦を引くと、ビームが集束して矢を形成する。

 

 つがえられた矢が放たれる。

 

 初速から超音速に達した矢が弓から離れた瞬間、すでに次の矢が装填されていた。

 

 この間、0.1秒。

 

「うぉぉぉぉっ‼」

 

 次々と連射されたサーヴァントのビーム矢が、雨となって一夏へ降り注ぐ。

 

 一夏はアリーナを逃げ回りながら、高速回転させたキンコボウで迎撃する。

 一発一発はドレス姿の時の剣戟よりは軽い。

 しかし、矢は空中で軌道を変えて、一夏の正面と死角の両方から襲いかかってくるのだ。

 

 そう何度も受け止めていられず、何発かがキントウンを直撃した。

 

 シールドゲージがゴッソリ削られた。

 

 何を隠そう、一夏のISはキントウンが本体なのだ。当然、キントウンが被弾すればシールドが消費される。

 逆に一夏自身にはシールドが無いため、普通のISと戦う感覚で一夏を攻撃しても無意味だ。

 

 岸波はすでにセイテンタイセイの特性を見切っているらしく、サーヴァントは攻撃をキントウンへ集中させている。

 

 反撃に出ようにも、岸波に接近するにはビーム矢の弾幕を潜り抜けねばならない。

 だが、嵐のようなサーヴァントの猛攻をキントウンが無傷で突き抜けるのは不可能だ。先にシールドが尽きてしまう。

 

「厄介な相手だな!」

 

 一夏の表情は自然と笑顔になっていた。

 

 サーヴァントからキントウンを守りつつ、岸波に攻撃するにはどうするべきか。

 

 サーヴァントは常に一夏と岸波に間に陣取っている。一夏と岸波は、サーヴァントを中心にして点対象の位置にいた。

 

(となると、やっぱ直線に突っ込むしかない!)

 

 それにはキントウンが邪魔だ。

 セシリアマスクとの試合で使ったかめはめ波を推進力にする方法を考えたが。

 

 先程のサーヴァントの剣技が相手では、すれ違い様に一刀両断される気がしてならない。

 

 覚悟を決めた一夏は、キントウンを飛び降りた。

 

『!?』

 

 サーヴァントがわずかに戸惑いを見せた。

 

 それも束の間、すぐにキントウンへ向けてビーム矢を連射する。

 

 しかし、キントウンは一夏が降りたことで身軽になったのか、弾幕の隙間をすいすいと軽快にかわしてみせる。

 

 ……実際のところ、微妙にビーム矢が掠ってジリジリとシールドが削れているのだが……。

 

 その間にも、一夏は並のISの最高速度を凌駕する勢いで地上を駆け抜け、岸波に迫っている。

 

 岸波はサーヴァントへ一度視線を送り、自分のブースターに点火した。

 本体唯一の装備である近接戦闘用のダガーナイフを手に、キントウンへ突撃する。

 

 同時に、再びドレス姿に変身したサーヴァントが、アリーナの壁を垂直に駈け登っていた一夏に突っ込んできた。

 

「大胆だな、岸波!」

 

 一夏の予想では、岸波はサーヴァントにキントウンを追撃させて逃げ回ると考えていた。

 

 その隙を突くつもりだったが、そう簡単には思い通りに動いてくれないらしい。

 

 むしろ、岸波には一夏の行動も予想の範囲だったようにも思われる。

 

 その証拠に、キントウンへ向かった岸波の動きに迷いがなかった。

 

「読みの深さじゃ、お前のご主人サマが上手みたいだな!」

 

 迫るサーヴァントに、不敵に笑ってみせる一夏。

 

 サーヴァントの赤いバイザーが、得意気に煌めいた気がした。

 

 一夏はアリーナの壁、さらに防護フィールドを垂直に駈けながら、サーヴァントの剣と拳をぶつける。

 音速を超えた攻撃の応酬がフィールドを突き抜け、アリーナ全体を震わせた。

 

 百回近いぶつかり合いの末。

 一夏がわずかに攻め損ねた隙を逃さず、サーヴァントの剣が一夏の拳を弾き飛ばす。

 そうして無防備になった一夏の首筋を狙い、サーヴァントは一刀を振り下ろした。

 

 その威力、まさに断頭台。

 

 ISの絶対防御もろとも切り裂かんとする気迫のこもった一撃を、

 

 織斑一夏は噛んで受け止めた。

 

『!?』

 

 サーヴァントに動揺が走る――より、さらに速く。

 一夏の拳が胸部の中心を捉え、サーヴァントの機体を豪快にぶっ飛ばした。

 

 観客席の一部――主にセシリアマスクから歓声が上がる。

 

「伸びろ、キンコボウ!!」

 

 一夏の命令に応え、キンコボウの先端から高密度のシールドエネルギーが飛び出す。言葉通り、棒自体が猛スピードで伸長したかのようだ。

 

 しかしサーヴァントもさるもの。

 バランスを崩した状態にも関わらず、超音速で向かってきたキンコボウの先端を正確に剣先で弾いて防御した。

 と思われた、次の瞬間。

 

 突如グニャリと曲がったシールドエネルギーが、サーヴァントの体に巻き付いて絡めとった。

 

「知らねえの? 延び縮みするだけが如意棒じゃないんだぜ!」

 

 腕力で強引にサーヴァントを引き寄せ、赤いバイザーに頭突きをかます。

 続けて地面へ向けて殴り飛ばし、吹っ飛んだサーヴァントを追って一夏も防護フィールドを蹴った。

 

 地面にクレーターを作って叩きつけられたサーヴァント。

 刹那の時間差で、一夏が頭からサーヴァントの胴体に突っ込んだ。

 サーヴァントの胸部装甲に亀裂が走り、岸波のシールドエネルギーが大きく削れた。

 

 一夏はサーヴァントに馬乗りになり、さらなる追撃を加えようと拳を振り上げ、

 

「shock(64)!!」

 

 岸波の叫び声と同時に襲ってきた衝撃に阻まれた。

 物理的な衝撃はない。だが、まるでIS自体が軋んだような痛みが走る。

 

 キントウンと取っ組み合っていた岸波は、サーヴァントを押さえつけた一夏へ左手を向けている。

 

「shock(64)! shock(64)!」

 

 全身にまとわりついたキントウンによってシールドエネルギーをジワジワと奪われるのも構わず、寸分の狂いもなく攻撃を加え続ける岸波。

 どうやらあの位置からセイテンタイセイをクッキングしているらしい。

 

「くっ! うおぉぉぉっ!!」

 

 全身が痺れるような衝撃を食いしばって堪え、一夏は拳を振り下ろした。

 

 しかし、岸波の攻撃はセイテンタイセイのシステムにも及ぶ。

 姿勢制御ユニットと共にキンコボウの機能も一時ダウンし、サーヴァントの拘束を解いてしまった。

 

 サーヴァントは姿が青と黒の和装風に変貌させ、一夏の拳を円盤で受け止めた。

 同時に強引にブースターを吹かし、一夏の元から無理矢理離脱しようとする。

 

「逃がすかァ!!」

 

「shock(64)!」

 

 サーヴァントを逃がすまいと組み付こうとした一夏を、岸波がなおも妨害した。

 キントウンが岸波の体を防護フィールドに叩きつけ、彼女のシールドエネルギーは残り2割を切っていた。

 

「shock(64)!」

 

 岸波の狙いは正確無比だ。ブレることがない。

 一夏はとうとう、サーヴァントの離脱を許してしまった。

 

 サーヴァントはすぐさま外套形態に変形。

 岸波に取り付いたキントウンに狙いを定めて弓を引く。

 

「かめはめ波っ!!」

 

 それに先んじて、一夏はかめはめ波で岸波を狙った。

 

『!?』

 

 無表情の岸波に代わり、サーヴァントが動揺を見せた。

 攻撃を中断し、すぐさま岸波の元へ最高速度で向かう。

 

 キントウンがダメ押しに岸波もう一発叩きつけ、かめはめ波の射線から退避。

 

 離脱が出来ない岸波を庇って、サーヴァントはかめはめ波にその身をさらした。

 サーヴァントは外套姿のままで、先ほど攻撃を防いだ円盤を持っていない。

 その身を主の盾にした。

 

「add_invalid()」

 

 岸波の呟き。彼女の左手が光る。

 

 直後。かめはめ波はサーヴァントを覆った大出力のバリヤーに阻まれた。

 

「おいおい……」

 

 一夏も思わず苦笑を漏らす。

 

 バリヤーの出現はサーヴァントにとっても予想外らしく、何事かと岸波へ視線を向けた。

 それも刹那の間。

 岸波の、残り僅かだったシールドエネルギーが急速に消耗しているのに気付いたサーヴァントは、一夏に向けて矢をつがえた。

 

 これまで放ったビーム矢よりも、明らかに大きい。

 例えるならそれは、先端がドリルになった剣だ。

 

 つがえてから射るまで0.1秒。

 

 放たれたドリル剣は、かめはめ波のエネルギーの中を一直線に一夏へ突き進む。

 

「うらぁっ‼」

 

 一夏がキンコボウを、サーヴァント背後の岸波目掛けて全力で投擲した。

 

 ドリル剣を射った直後のサーヴァントは対処が間に合わなかった。

 

「でりゃあっ‼」

 

 続けて、一夏は迫り来るドリル剣が自身に直撃する寸前、力任せに裏拳を叩きつけてその軌道を強引にねじ曲げた。

 

 瞬間――。

 

 ドリル剣が爆発し、一夏は閃光と爆炎に包まれた。吹き飛ばされたコンマ数秒だが意識を失い、ダウンを取られる。

 

 一方の岸波は、投擲されたキンコボウを紙一重で回避に成功していた。

 かわされたキンコボウは防護フィールドに突き刺さり、空中で固定されている。

 

 岸波はまだ立ち直っていない一夏から、キントウンへ狙いを変えた。

 

 ドリル剣の爆風に煽られていたキントウンへ、サーヴァントが弓矢の照準を合わせ――。

 

「伸びろ、キンコボウ‼」

 

 岸波が、一夏の叫びにはっとなって頭上に突き刺さったキンコボウを見上げた。

 

 キンコボウから伸びたシールドエネルギーが、攻撃動作に入ったサーヴァントへと伸長する。

 

「‼」

 

 終始無表情だった岸波が、始めて目を見開いた。

 

 まさに必殺のタイミングだ。キンコボウはサーヴァントが気付くより前に装甲を貫く。

 

 そう判断した岸波は、サーヴァントを背中に庇って身を投げ出した。

 

 数秒後。

 

 アリーナに響いたブザーが、試合の決着を告げた。

 

 

 

 セシリアマスクは空になったポップコーンの容器を潰しながら、モニタースクリーンへ目を向けた。

 

 残存シールドエネルギー、織斑一夏19%――。

 岸波白野、0%――。

 

「うふふっ、それでこそクラス代表を譲った甲斐があるというものですわ」

「すっごい上から目線だね、せっしー」

「伊達に鉄仮面してませんもの」

 

 観客席のあちこちからは、二人の健闘を讃える拍手が沸き上がっていた。

 10分にも満たない試合時間で、一夏と岸波は観客の心をガッチリ掴んだようだ。

 

 試合場の地面で大の字でぶっ倒れている一夏の元へキントウンがやってくる。

 キントウンにはぐったりした岸波がうつ伏せに寝ており、ドレス姿でサーヴァントが横に付き添っていた。

 

 箒はライブカメラを最大望遠で二人に向けた。

 

 一夏の顔には、幼い頃と変わらない無邪気な笑顔が浮かんでいた。

 一方の岸波も、無表情ながら一夏に対してサムズアップしてみせる。

 試合を通じて、お互いの間に芽生えたものがあったらしい。

 

 箒の胸の奥で、無視できない何かがチリチリと痛んだ。

 

「しののん?」

 

 雰囲気が変わった箒に、本音が気遣うように声を掛けた。

 

 本音に振り向いた箒は、何でもないと答えようとして――。

 視界の遥か遠く。

 アリーナの上空数千メートルから落下してくる物体に気付いた。

 

「あら?」

 

 セシリアマスクも迫り来る殺気に気付き、上空へ顔を向けた。

 

 風を切る甲高い音がみるみる大きくなる。

 一般生徒が異常に気付いたときには、謎の物体はアリーナの防護フィールドを突き破って試合場に着弾していた。

 

 凄まじい衝撃にアリーナ全体が揺れた。

 

「……なんですの、あれ?」

 

 平然とコーラをすすりながら、セシリアマスクが誰にともなく訊ねた。

 

 天空から試合場に現れたのは黒いロボットだった。

 

 全長3メートル、なだらかな曲線を描く装甲に、頭部に二本の角を持った漆黒のボディ。

 その姿は、さながら黒い鬼である。

 

 会場で、古今東西のロボットに詳しいとある少女が、全身全霊のツッコミを入れた。

 

「ブラックオックスじゃねーかっ‼」




 次回、VS謎のロボット・ブラックオックスです。
 強さ的には人造人間8号ぐらいでしょう。
 一体、どこの束の差し金なんだ……。
※ネタバレ:束は無関係です。

 
―――――――――――――――――――――――――
今回のネタ

ブラックオックス
 出典は「鉄人28号」から。
 鉄人のライバルで、鉄人同様に良いも悪いもリモコン次第。


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第9話 炸裂! 必殺剣‼

 どうしてゴーレムをブラックオックスにしたのか、自分にも分からない9話です。


 アリーナと隣接した、IS学園の医療区画。

 大病院にも匹敵する設備を揃え、学校の保健室というには大袈裟すぎる規模を持つ。

 むしろ学内に病院がある規模だ。

 

 医務室を強引に抜け出した鈴は、アリーナに向かって校庭を走っていた。

 

「まったく。こっちは無傷だってのに。分からない奴ら!」

 

 試合の後、鈴は生身でISの攻撃を受けたということで医務室へ担ぎ込まれた。

 当然のように異常がない鈴を不審に思った医者から精密検査をするように言われたが、軽く脅しつけて切り上げてきた。

 人体に精通した医者も、アイアンクローで自分の頭蓋骨が軋む音には馴れていないらしい。

 

「急がないと、一夏の試合終わっちゃう! 多分、次の対戦相手だし」

 

 箒が録画しているだろうが、やはり生で観た方が得られるものが大きい。

 

 しかし、急いでいるはずの鈴は、見晴らしのよい拓けた高台で立ち止まった。ここから階段を降りれば、アリーナはすぐだ。

 景観が良かったから、ではない。

 近くの茂みに隠れた複数の気配に気付いたのだ。

 

「凰鈴音だな」

 

 階段の下から、赤い髪の厳つい男が話しかけてきた。

 素肌に厚手のコートを着ており、左胸に傷のある威圧的な男だ。

 

「俺はレッドリボン軍のシルバー大佐だ。俺たちと一緒に来てもらおうか、お嬢ちゃん」

 

 シルバー大佐が一方的に用件だけ言うと、隠れていた4人の男も姿を現した。

 全員、手に手に機関銃で武装しており、鈴に対していつでも発砲できるよう構えていた。

 

 鈴はレッドリボンという言葉に眉を潜める。中国軍にいたころ、その名前を聞き齧った気がする。

 

 鈴はちらり、とはるか700メートル先にあるビルの屋上へ目を向ける。ライフルを構えた男がいた。

 

「大人しくしていれば、痛い思いをしなくて済む」

「そのセリフ、そのまま返すわ」

 

 ため息混じりに言い捨てた鈴の姿が、男たちの前から突然消失した。

 実際はものすごい速さで動いただけなのだが、シルバー大佐が我に返ったときには4人の男は意識を失って倒れ、鈴はスナイパーに指鉄砲を向けていた。

 

「霊丸!」

 

 スナイパーが慌ててトリガーを引くも、それと同時に霊気の弾が直撃した。

 放たれた弾丸も、鈴はあっさりと指先で摘まんで受け止めた。

 

 シルバー大佐は青ざめたが、すぐに平静を取り戻してニヤリと笑う。

 

「それが噂の霊光波動拳か。非常識なガキだ」

「殺気にまみれてレディに銃を向ける奴に非常識とか言われたくないわ。あんたもくらってみる?」

 

 鈴はあえて、シルバー大佐にも見えるように霊丸をチャージしてみせた。

 

「……レッドリボンをなめるなよ、くそガキ」

 

 そういってシルバー大佐はホイポイカプセルを投げた。

 

 現れたのは、角の生えた黒いロボット――。

 

「ブラックオックスじゃねーか‼」

 

 鈴は思わずツッコミを入れてしまった。

 

 

 

 試合場のほぼ中央に落下した黒い物体。

 地面が捲れ、巨大なクレーターが形成されていたが、黒い物体は何事もなかったかのように平然と立ち上がった(・・・・・・)

 

『生徒は誘導に従い、速やかに避難してください! 繰り返します‼』

 

 スピーカーから山田教諭の声がした。

 観客席では上級生や教員が、一般生徒や来賓を出口へ向かわせている。

 

 そんな中で、一夏は黒い物体と睨み合っていた。

 

 一夏と岸波を乗せたキントウンは、物体が落下してきた寸前で空中に逃れていた。

 サーヴァントが二人を庇うように前衛にいる。

 

 岸波もキントウンにうつ伏せで寝たまま、黒い物体を無表情で睨んでいる。

 

「ISなのか、あれ……?」

 

 一夏は、静かに佇む黒い物体に疑念を抱く。

 黒い装甲に2本角を持つ重厚な雰囲気は、パワードスーツであるISとは大きく異なっている。

 どことなくノスタルジーなデザインでさえある。

 

「ブラックオックス」

 

 呟いたのは岸波だった。

 

「知ってるのか!?」

「大平洋戦争の末期、旧日本軍が進めていた鉄人計画。その完成型である『鉄人28号』に対抗するため、不乱拳博士が開発した自律思考型のロボット。本来なら18メートルはあったはずだけど、かなりダウンサイジングされてる」

「大平洋戦争!? そんな昔にあんなロボットいた!?」

「ロボットはおろか、ISの原型とも呼べる空戦型パワードスーツを開発したのは大戦期のナチスドイツだ」

「うそだろぉ!?」

 

 無表情で坦々と語る岸波は真面目そのものだ。そして、話している間もサーヴァントがブラックオックスを警戒し続けていた。

 

 ブラックオックスは、地上から一夏と岸波を見上げたまま、微動だにしない。

 

「オリジナルのオックスは空が飛べなかった」

「そうなのか?」

「しかし基本性能で鉄人を上回っていて、当時の鉄人操縦者は直接戦闘を避け、オックスを操る敵の相手に終始したらしい」

「詳しすぎない、お前!?」

「! キャスター‼」

 

 ブラックオックスが伸ばした五指から熱線砲を撃ち、一夏を狙った。

 だが、すでに着物姿に変じたサーヴァントが、熱線砲を円盤で受け止めた。

 

 攻撃を防がれたオックスは、続けざまに熱線を放つが、全てサーヴァントが受け止めた。

 

「岸波、エネルギーは持つのか!?」

「受けたダメージのいくらかはサーヴァントのエネルギーに変換される。敵の攻撃も君の技と比べれば、そよ風みたいなものだ」

「そ、そうか……」

 

 改めて、サーヴァントの能力に思わず唸る一夏だった。

 とはいっても無尽蔵に防げる訳ではないだろう。

 

「こっちから打って出る。岸波、援護頼めるか?」

「任せて。キャスター、織斑が出たら、アーチャーに代わって」

 

 攻撃を受け止めながら、サーヴァントが頷いた。

 

「それじゃ、行くぜ!」

「あ!」

 

 岸波がまだ何か言いかけていたが、一夏は気付かずキントウンを飛び降りた。

 着地するまでに熱線砲をわんさか受けたが、一夏は素手で受け止める。

 

 足が地面に着くと同時に、一夏は弾丸のような速度で突進した。

 

 

 

 観客席で売り子をしていた、トウマ・カノウは困惑していた。

 

 ISの試合で凄まじい格闘戦を行い、生まれて初めて気功波を目にしたことも驚きだ。

 試合終了直後、空から降ってきたノスタルジックなロボットにも度肝を抜かれた。

 だが――。

 

「バターポップコーン1つ、ホットドッグ2つ、それとダイエットコーラ2つお願いしますわ」

 

 避難勧告が出ているのに平然と買い物をしようとする鉄仮面の女子高生ほどシュールな絵面には、この先一生出くわしそうもないと、トウマは思った。

 

「ま、毎度あり……」

 

 キチンとお金も払ってもらったので、商品を渡すのは問題ないが……さっきから、一夏と殴り合うブラックオックスの熱線砲が、アリーナのあちこちに飛び火しているのだ。さっさと逃げ出したい。

 

「ねえ、せっしー。さすがに空気読めてないよね」

 

 2つ買ったコーラのうちの1つを手渡され、本音が呆れた様子で言った。

 

「あら、炭酸苦手でした?」

「そこじゃない。もう試合どころじゃないよ、早く逃げようよ」

「まあ!」

 

 本音の言い分は至極真っ当だったが、セシリアマスクは「その発想はなかった」とばかりに目を見開いた……と思われるが、鉄仮面のため表情がうかがい知れない。

 

「こんな面白い見せ物なんて、そうそう観られるものではありませんのよ? 何より――」

 

 その時だった。

 セシリアマスクたちの方へ向いたオックスの指先がチカリと光った。その刹那。

 

 セシリアマスクは飛んできた熱線を、ISを部分展開させた拳で無造作に打ち払った。

 軌道が変わった熱線は、人のいなくなった観客席を破壊したが、セシリアマスクの手は無傷だった。

 

「うふふ。観る側にも、この程度のリスクはありませんと。あ、安心してくださいね、本音さんに流れ弾が来てもKITTIRI守りますので」

 

 本音はもう何も言わず、トウマも黙ってその場を走り去るのだった。

 

 

 

 教員用観戦室から、千冬は一夏を止めようとマイクに叫んでいた。

 

「止めろ、織斑‼ 岸波を連れて離脱しろ‼ ……くそ、駄目か!」

 

 一夏はスピーカーから響いた千冬の声を意に介すことなく、ブラックオックスへ立ち向かっていく。

 

「私を無視するとはいい度胸だ‼ 山田先生! 避難誘導は任せるぞ‼」

「織斑先生!?」

 

 山田教諭が止める間も無く、千冬が観戦室の出口へ向かった。

 だが、自動ドアであるはずの出口は開かず、勢い余った千冬はドアを体当たりで破壊するはめになった。

 

「どうなってる、この安普請が!」

「ち、違いますよ織斑先生! 今、アリーナ中のドアがロックされているんです‼ 隔壁も閉じられていて、出るも入るも出来ないんですよ!」

「何だと!? 誰だ、そんなことしたのは!」

「外部からのハッキングです! 無線通信も、緊急時の有線通信も遮断されています! アリーナは外部と完全に隔絶されました!」

「八方塞がりじゃないか! ハイテクにばかり頼るからこうなる――いや、言ってる場合じゃないな」

 

 少しばかり頭が冷えたようで、千冬は山田教諭へ顔を向けた。

 

「外の人間が異常に気付く可能性は?」

「さっきの爆音と、通信が繋がらないことを不審に思えば」

「そうか。出来ればすぐにでもISで――」

 

 二人の会話はそこで途切れた。

 観戦室の窓を突き破り、ブラックオックスが飛び込んで来たのだ。

 

「ぬおぉぉぉっ!?」

 

 乙女らしからぬ野太い悲鳴を上げた千冬。さすがの彼女も驚いたらしい。

 山田教諭に至っては悲鳴すら出せず、腰を抜かして千冬にすがり付いていた。

 

 オックスは装甲のあちこちが壊れて内部回路が剥き出しになり、そこかしこから火花が散っている。

 

「よっと! ――あれ、千冬先生?」

 

 続いて一夏も窓から上がり込んできた。

 

「い、一夏ぁ‼ お、驚かせるな……っ‼」

「んなこと言っても、岸波がこっちに投げ飛ばせって――」

「織斑! 千冬先生も‼」

 

 外套姿のサーヴァントにお姫様抱っこされながら、岸波が声を張り上げた。

 

「まだ生きてる‼ トドメを!」

「え、あ!」

 

 血のようにオイルを滴らせ、オックスが床に手を付いて体を持ち上げようとしている。

 回路から黒煙が上がり、火花が一層激しくなった。

 

「こんにゃろ‼」

 

 一夏がパンチでオックスの背中から正面まで貫く。

 

「せいっ!」

 

 同時に、千冬が頭部を逆刃刀で串刺しにした。

 これがトドメとなり、オックスは完全に機能停止した。

 

「ふう、手強い奴だった」

「瞬殺だった気がしますけど」

「それは違う、山田先生。オックスはその名前と外見に恥じない強敵だった。岸波の指示と援護が無かったらどうなっていたか」

「わたしの知ってる機能と性能だったからだ、なんとかなった」

 

 岸波も窓から観戦室に上がってきた。

 オックスから腕を引き抜こうともがく一夏の隣に、岸波は降り立った。

 

「かなり高度な格闘技がインプットされていた。あの技は鶴仙流だ」

「鶴仙流だって!?」

「知ってるのか、一夏――いつまで遊んでいる?」

「いや、変なとこ引っ掛かって腕が抜けない……そ、それより鶴仙流って本当なのか岸波!」

「間違いないわ。この私も保証する」

 

 前触れもなく会話に入ってきた人物は、壊れたドアの影からぬっと姿を見せた。

 口許を「気功砲」と書かれた扇子で覆った、水色掛かった髪の、スタイルも抜群な美女だった。

 

「誰?」

「生徒会長、更識楯無よ。よろしく、織斑一夏くん」

 

 この場で唯一自分を知らない相手に、楯無が自己紹介した。

 

「更識? ……ひょっとして、簪のお姉さん?」

「ごめんなさい、今はその話は止めて。ほんっと勘弁して!」

 

 扇子の裏に口許どころか顔中覆い隠す楯無。隠れきれていない首元などが真っ赤であった。

 

「彼女は会長の妹だ」

「そっか……苦労してるんだな」

「同情しないで‼ はくのんも余計なこと言うな! そんなことより、気にするべき事があるでしょう‼」

 

 すっかり余裕のない楯無は、強引に話題を変えてきた。

 眉目秀麗で実力もIS学園最強と名高い更識楯無。彼女にとって妹は、大き過ぎる弱点のようだ。

 

「ブラックオックスが鶴仙流の格闘技を使ったことか」

「だから、何なんだそれは。亀仙流と関係があるのか?」

「簡単に言えば、亀仙人と鶴仙人様は、かつて同じ師の元で拳法を学んだ兄弟弟子なんです、千冬先生」

「とはいっても、亀仙流と違って鶴仙流は暗殺拳だからな。俺も見たのは今日が初めてだ――あ~、腕が抜けねえ! 誰か石鹸水持って来て!」

「あら、鶴仙流が邪拳みたいな言い方ね。……ねえ、拳握ったままだから手が抜けないんじゃない?」

「猿じゃねえんだけど! うおらっ‼」

 

 話の腰とともにオックスの背骨をへし折って、ようやく一夏の腕が抜けた。

 

 

 

 同じ頃。アリーナの入り口近くでは。

 

「れ、霊光だーん‼」

 

 鈴が放った渾身の一撃が、ブラックオックスの上半身を粉々にした。

 

 派手に巻き上がった残骸が降ってくる。

 

「はあ、はあ、はあ……」

 

 制服は焼け焦げだらけでズタボロ。

 左腕が折れているようで感覚が無い。

 出血も酷いが、鈴は気丈にも二本足でしっかり大地を踏みしめ、シルバー大佐を睨み付けた。

 

「ば、化け物め……!」

「はあ、はあ、残りはあんただけね」

 

 戦慄するシルバー大佐へ、不敵な笑みと指鉄砲を向ける鈴。

 正直なところ、収束できるほど霊気が残っていない。脅しを掛けて帰ってもらうつもりだった。

 

 しかし、シルバー大佐はおもむろに、もう一つホイポイカプセルを取り出した。

 

 今度は自分が戦慄することとなった鈴だが、かろうじて表情には出さなかった。

 

「どうやらナメていたのはこちらだったな。だがもう立っているのも辛いだろう。楽になりな」

「……冗談! まだまだやれるっての‼」

 

 残り少ない霊気をみなぎらせる鈴。奥歯を噛み締めながら笑ってみせた。

 

 現れた二機目のブラックオックスが、戦闘態勢に移行する。

 

 迫るブラックオックスを、鈴は重傷の身で真っ正面から迎え撃つ。

 

 その両者の間に、颯爽と何者かが割って入った。

 

「へっ!?」

 

 箒はオックスのパンチをIS用の両刃剣で受け止め、そのまま一文字に払い除ける形で力任せにオックスを吹っ飛ばした。

 

「ぐわあああああっ‼」

 

 オックスが飛ばされた先には運悪くシルバー大佐がいた。

 高速で飛来したオックスの背中に押し潰されたシルバー大佐は、一般人が車に跳ねられるより酷いダメージを受け、お亡くなりになった。

 

「えぇっ!? ほ、箒!?」

「その通り! 篠ノ之箒、参上‼ 助けに来たぞ、ダーリン!」

「あたしダーリンなんだ……って、そうでなくって!」

「話は後だ! こいつは私に任せろ‼」

 

 仰向けに倒れたオックスは、箒に熱線砲を撃ちながら起き上がろうとしている。

 

 放たれた熱線を剣で払い除け、箒は勢いよく大地を蹴った。

 地面が爆発したような踏み込み跡を残し、熱線を掻い潜ってオックスとの間合いを一息に詰めた。

 

(速いっ!?)

 

 箒の瞬発力に舌を巻く鈴。

 

 だが、箒の剣戟はオックスの両腕に受け止められた。

 刃が微かに装甲に食い込んだが、それ以上剣が動かせない。

 

 その間にオックスは片膝立ちから瞬時に直立し、立ち上がった勢いのまま箒を体当たりで吹き飛ばした。

 

「つうっ! や、やるな!」

「ダメ! そいつ、恐ろしく強いわ‼」

「だからどうした! 君を見捨てて逃げろと言うのか!? 出来るわけがない‼」

 

 猛ダッシュで迫り来るオックスに、鈴を背中に庇った箒は、剣を逆手に持ち替え、腰を軽く捻るように身構えた。

 

「君を守るためなら、私は大地も、海も、空も切り裂く‼ そうだ!」

 

 箒が再び地を駆ける。

 一度目よりも素早く、力強く。

 

「全てを切り裂く! これぞ奥義‼」

 

 オックスが振り上げた拳と、箒の剣閃が真っ向から交錯する。

 

 その瞬間、箒の剣が耀いた。

 

「アバンストラーッシュ‼」

(えぇぇぇぇーっ!?)

 

 闘気をまとった箒の剣は、オックスの拳ごと胴体を両断した。

 さらに、斬撃と同時に叩き込まれた膨大な闘気が誘爆を起こし、オックスは爆散。跡形もなく消滅した。

 

「……ついに出来た! アバン流刀殺法奥義……アバン先生、ありがとうございます……。箒は、大切な人を守れました……」

 

 大きな胸に手を置いて、遥かな空を見つめる箒。

 

「いや、実家の飛天御剣流はどうした!?」

「あっちは千冬さんが持っていった。私は父さんの親友のアバン先生の弟子なんだ」

「今明かされた衝撃の事実!?」

 

 堪えきれずにツッコミを入れる鈴だった。

 しかし箒は自分の世界に陶酔しており、鈴の声すら聞こえていない様子だ。

 やれやれ、と思わず鈴はかぶりを振る。

 

(それにしても……こいつら、何の目的であたしを?)

 

 情報を聞き出そうにも、シルバー大佐はそこで死んでいる。

 鈴は無意識にため息を吐いていた。

 

(レッドリボン、ね)




 この物語のメインテーマは『出オチ』です。
 オチが付いたら出番もおしまいなのです。

 岸波は『EXTELLA LINK』で喋ったのでセリフつけました。


今回のネタ

鉄人28号
 言わずと知れた巨大ロボットアニメの元祖。
 岸波が語った設定は、漫画版とアニメの一期二期などから組み合わせています。
 ちなみに、ブラックオックスの開発者である不乱拳博士も、作品によっては転倒したオックスに潰されて死亡している。

トウマ・カノウ
「第3次スーパーロボット大戦α」主人公の一人。熱血スポコンロボットとも呼べるシナリオを展開し、宇宙の絶対悪を蹴り砕いた「最強の一般人」。

アバンストラッシュ
「ダイの大冒険」より。当時の小学生が一度は真似した必殺剣。箒が使ったのは完全版なので、彼女には大地斬、海波斬、空裂斬の全てが使える。


 ……実は箒がアバンストラーッシュするのは最初から決まっていました。紅椿に「空裂」って武器があったので。


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第10話 無断で

 ひとまずの区切りである10話目です。

 気づけば結構な数のお気に入り登録がありまして……ありがとうございます。


 IS学園、地下ドッグ。

 一般生徒の立ち入りが禁じられた区画で、数多くの研究設備が軒を連ねている。

 

 現在、ここではブラックオックスの解析が急ピッチで進められていた。

 

 研究主任として招かれたドクター・ライトは、助手の持ってきたデータを読んで眉を潜めた。

 

「その情報、間違いないのか?」

「はい。回収されたブラックオックスのISコア……これがISだということがまず驚きですが、ともかく。どの国でも登録されていない未知のものです」

「そうですか……」

 

 傍らで報告を聞いていた千冬も渋い顔をした。

 助手が話を続ける。

 

「知っての通り、作製したISコアは必ず申告しなければならないと国際条約で定められています。これは国家も民間も同様です。登録の際、コアにはIDが振られるのですが……」

「このコアにはそれが無い、と」

「構造も現在の主流とは異なります。後発のISコアは、篠ノ之博士が最初に開発したオリジナルを(無断で)解析し、複製したものが使われています」

 

 束はISコアの構造を秘匿しようと、特許申請をしなかった。セキュリティに絶対の自信があったからなのだが、その結果あちこちでコアは解体・解析されてしまい、束は物凄い額の特許料を棒に振ったのだ。

 彼女に匹敵する天才が、世界中にゴロゴロいたわけである。ライト博士もその一人だ。

 

「ですが、オックスに使われていたコアは違いました」

 

 助手の話の続きを、ライト博士が促した。

 

「ブラックオックスのコアは、束博士のオリジナル……ということか」

「はい」

 

 それを聞き、千冬は押し黙った。

 

 アリーナにブラックオックスが現れた同じ頃、鈴を誘拐しようとレッドリボン軍を名乗る者たちが学園に侵入していた。

 さらに、レッドリボンはブラックオックスを二機保有していた。状況からみて、アリーナに現れた機体も彼らの手先であろう。

 

(まさか、君なのか……)

 

 無軌道で常識はずれな親友の顔が脳裏に浮かぶ。

 

 

 

「単刀直入に訊くぞ。お前が犯人か?」

 

 居ても立ってもいられなくなった千冬は一夏の部屋へ押し掛け、束とのホットラインを繋がせた。

 世界中をフラフラして居場所も定かではない束だが、恋人の一夏とは頻繁に連絡を取り合っているのだ。というより、たまに遊びに来ることさえある。

 部屋には織斑姉弟だけが残り、ライブモニター越しの束に険しい表情を向ける千冬を、一夏が心配そうに見守っていた。

 

『ん~? 何のことかな~?』

「真面目に答えないと、師匠に『娘さんが会いたがってた』と伝える」

『待って‼ それだけは勘弁して‼』

 

 束が激しく狼狽える。

 いつでもおどけて飄々とした束が、心の底から恐れているのが父親であった。

 

 かつて束は、ISの有用性を実証するため、日本を攻撃可能な世界中の軍事基地にハッキングを仕掛けてミサイルを誤射させ、それを千冬にISで処理させるというマッチポンプを計画した事があった。

 

 だが、いざ実行に移そうとした段階で、父親がラボを訪ねてきたのだ。

 

 自分以外に誰も場所を知らない、海外の僻地に(無断で)建設したラボに顔を出した父は、大層ご立腹の様子で抜き身の刀を携えていた。

 

『楽しそうなことをしているな、束。お父さんも仲間に入れてくれないか』

 

 完膚なきまでにラボを破壊された束は、そろそろ大人と呼んでいい年齢で、父親に尻を泣くまでひっぱたかれることとなった。

 

 以来、束は「超人を倒せるのは超人だけ」と痛感し、多少の良識と謙虚さを身に付けたのだった。

 

『あの人にそんなこと言ったら、月の裏側にいても酒と肴持って遊びに来るから‼』

「いいお父さんじゃないか」

『いい迷惑だよ‼』

「そんなに清十郎さんって怖いかな。確かに厳しい人だけど」

『そうだよね、お父さんといっくんは気が合うからね! わーい、お姑さんと仲良しだ~!』

「ヤケクソになってないで、質問に答えろ」

 

 冷たい態度の千冬に、束は口を尖らせながらも話を始めた。

 

『まず、私は今回の事件には関わっていないし、あんな武骨なISも造っていない。ここまではオーケイ?』

「ああ」

『次にレッドリボン軍は、IS開発のパトロンのひとつだよ。完成した技術を欲しがって、その後もちょっかい出してきてた。まあ、ほとんどお父さんが撃退したけどね』

 

 そういえば、と千冬も、篠ノ之家を見張っていた怪しい連中が、篠ノ之家の父親に張り倒された光景を思い出した。

 

『でもある日、レッドリボンにお母さんと箒ちゃんが誘拐されたんだ』

「何だって!?」

『それで、お父さんが完全にぶちギレちゃった。友達のアバン先生と二人で、レッドリボンの基地に乗り込んでったんだ』

「馬鹿な‼」

 

 さすがの千冬も戦慄した。

 

「ひ、ひでえ……いくら悪党が相手だからって……」

 

 一夏も顔を青くして震えている。

 

『うん。核ミサイルで絨毯爆撃する方がまだ常識的な戦力差だと思う。レッドリボンはもちろん消滅、お母さんも箒ちゃんも無事に救出されました、ちゃんちゃん』

 

 篠ノ之家のお父さんとアバン=デ=ジニュアールⅢ世のコンビを前に、地球上で対抗できる軍事力など存在しない。

 なお、この時の縁で箒はアバンに師事するようになったのだが、この場にいる三人には預かり知らぬことであった。

 

「ちょっと待て。レッドリボンは師匠が壊滅させたんだろう? なら、ブラックオックスや侵入者はどこの誰の差し金なんだ?」

 

 束は、彼女にしては珍しく神妙な面持ちで続けた。

 

『三つ目。オックスに使われていたコアはコピーじゃなくて、オリジナルだったんだよね。それも未登録の』

「ああ。そしてそれを造れるのはお前だけだ」

『……私じゃないよ。いっくんとの愛に誓ってもいい。けど、造れる人に心当たりはある』

「本当か!?」

 

 束は千冬に頷く。

 

『私は自分で言うだけの天才だけど、世界一ってわけじゃない。オリジナルのコアと同じものを、誰かが独自に造るのだって可能だよ』

 

 千冬に代わり、一夏が疑問を投げた。

 

「オリジナルと複製って、やっぱり違うのか?」

『機能としては同じだよ。でも、中枢回路に使ってるフォトニック結晶の構造が違うんだ。束さん印のオリジナルはね、ある特殊な鉱石を元に精製しているから』

 

 そう言って、束は二人に大粒のルビーに似た宝石の画像を見せた。

 

「それが、特殊な鉱石?」

『そう。内部で何億回と光を反射増幅させる、地上でも非常に珍しい鉱石――エイジャの赤石だよ』

 

 そうして束は、IS誕生にまつわる話を始めた。

 

 

 

 それはまだ、束が学生だった頃。

 当時、学会で発表したISの基礎理論を一笑に伏され、柄にもなく荒れた日のことだった。

 

『素晴らしい理論だ。軍事にも応用が効く。これを自力で実証したのか? 若いのに大したものだ』

 

 その老人は、さまざまな負の感情でざわめく心を必死に落ち着けていた束の前に現れた。

 

『君のような若い才能が、学会(こんなところ)で燻ることはない。どうだね? ワシの元でこの技術を活かさないか? そうすれば、君は星の海をその身ひとつで旅立つことも出来る。どうだね?』

 

 束がその話に乗ったのは、老人が束の理論を完璧に理解していた――という理由と、もう一つ。

 老人は、ISの目指す先を言い当てていた。

 宇宙へ出ること、束の目標(ゆめ)――。

 

 そして何より、

 

『なに、頭の固い老害どもに、若い才能が潰されることが我慢ならない。それだけじゃよ』

 

 老人が、その時の束と同じ怒りを抱えていたからだ。

 

 その後、束は老人との共同研究でIS開発に着手した。

 もっとも老人は資金繰りや設備投資以上のことはせず、束が新たな発見を語るのを嬉しそうに聴くぐらいであった。

 

『君に必要なのは、理解者だ。友達の一人ぐらいいないのかね?』

 

 いらない、と言い切ると、老人は珍しく険しい表情をしてみせた。

 

『いかんな。友達はいいぞ。どんなに仲違いしようと、いけすかない奴だろうと、そいつにだけは負けたくないと思わせてくれる。挫けそうなときでも奮起出来るのだ』

 

 それは本当に友達なのか、思わず束は聞き返した。

 

『もちろんだとも! 強敵と書いて「とも」と読むのだ』

 

 なんのこっちゃ、と束は呆れた。

 

 しかし、それからすぐに束は千冬という生涯の親友と、さらに後の恋人との出会いを果たすこととなる。

 

 

 ある日のことだ。

 千冬というテストパイロットを手に入れ、開発も軌道に乗っていた束だったが、大型化する一方の中枢回路の構造でひどく悩んでいた。

 

 中枢回路を掌サイズまで小型化する理論は完成している。

 しかし、それを活かすための素材がない。

 

 束は世界中の研究機関へ(無断で)アクセスし、使えそうな情報を片っ端から読み漁った。

 

 意外にも、求めていた回答は歴史学の研究所からみつかった。

 

 

 

「それで、たどり着いたのが赤石ってわけか」

『実際にはもうちょっといろいろあったけど、だいたいその通り。第二次世界大戦で、旧ドイツ軍が総統親衛隊「聖槍騎士団」用に開発したパワードスーツに使われていたんだ』

「つい最近も聞いたな、その話。世界最初のパワードスーツだっけ、それ」

『いっくん、よく知ってたね。ともかく、私は赤石の現物を求めて、世界中を旅したんだ。色々な場所に行ったよ、現存が定かじゃないものを探したんだから。文献も古すぎてデジタル化されてなくって、世界中の図書館を(無断で)漁ったり。中でもミスカトニック大学の図書館は――』

「話が逸れてるぞ」

『おっと』

 

 束はSAN値が下がりそうな話題から話を戻した。

 

 

 

 純度の高い赤石は、古代において権威の象徴とされていた。

 様々な時代と場所を巡り、束がたどり着いたのはチベットの山奥にある集落だった。

 そのとき、束は険しい山を登る途中で足を怪我しており、素人目でも分かるほど酷い状態だった。

 

『君、どうかしたのかね?』

 

 そんな束に声を掛けたのは、キリストチックな服装をした、若い男だった。

 その男の奇妙だったのは、見た目にもそう見えないのに自分は医者だ、と名乗ったことだ。

 

 男は束の患部を(無断で)診察すると、掌を押し当てて意識を集中した。

 すると、男の手がにわかに輝き出した。

『あだだだだだっ‼ ちょっ、ストップストップぅ‼』

『がまんしろぉ! この治療が成功すれば、お前の脚力は二倍になる!』

『私現状でも常人よりずっと強いから遠慮しまギャアアアアアッ‼ 死ぬシヌシヌしぬぅ!?』

『ん? まちがったかな?』

 

 

 

『後にも先にも、お父さん以外の人間から死を覚悟するような激痛を受けたのはあれだけだよ……』

 

 トラウマが甦ったらしい束は、真っ青な顔で遠い目をしていた。

 

「また話が逸れたぞ」

『実は逸れてないんだな~、いっくん。なんと、その手が光った人が修行していた寺院こそ、束さんが求めていた赤石のありかだったのです!』

 

 

 

 束は弟子の不手際を盾に、大僧正に謁見した。

 大僧正は50歳過ぎに見えたが、実年齢は90歳を越えているとのことだった。

 

 束はエイジャの赤石を探していること、赤石をISコアのパーツに使いたいことを伝えた。

 しかし、赤石は旧ドイツ軍の手によってあらかた堀尽くされてしまい、寺院に現存するものも束の要求を満たさない欠片ばかりだった。

 

 だが、ご本尊の即身仏が明らかにそれっぽい首飾りをしてることに束は気付いていた。

 

 大僧正に「あれなに?」と訊いても「大粒のルビーだ」とはぐらかされたが、めげずに根気強く頼み込んだところ――。

 

『しつこいぞ! 波紋疾走(オーバードライブ)ッ‼』

 

 

 

『って、おもっくそぶん殴られてビリって来た』

「お前の頼み方が図々しかったんじゃないか?」

「俺もそう思う。束が謙虚に他人に頭下げるとは考えられない」

『二人とも酷いよ!? まあ、そのあとどうにか首飾りを貸してもらって、構造を解析することでISコアの中枢回路に使える、フォトニック結晶を創ることが出来たんだ。各国の研究機関が造った複製コアは、いわば赤石のコピーのコピーだね』

 

 自信満々に、妹以上に大きな胸を張った束。

 しかし、親友と恋人の反応は冷やかだ。

 

「よく貸してくれたな」

『誠心誠意頼んだからね~♪』

「きちんとお願いしたのか?」

『当然だよ』

「即身仏にか?」

 

 束の表情が固まった。

 千冬がさらに畳み掛ける。

「即身仏にだけ『貸してください』と頼み、寺の人間には一言も伝えずに持ち出したのか?」

『あ、あははは……』

「束?」

 

 一夏も声が冷たい。

 

「そういうのをな、世間じゃ『盗んだ』って言うんだ」

『だってだってだって~‼ あいつら、いくらお金積んでも首を縦に振らないし、機材を持ち込んでその場で解析するって言っても駄目だし!』

「束?」

『私は一刻も早くISを完成させたかったんだよ! それをしきたりだとか因習だとか、そんなくだらない理由で邪魔されたくなかったんだよ‼』

「た・ば・ね?」

『うわぁぁぁ~‼ そうだよ、盗んだよ! 無断で持ち出したよ! 黙ってくすねたよ~‼ 認めるからそんな目でみないでぇぇぇっ‼』

 

 とうとう束は、画面の向こうで大泣きしはじめた。

 千冬と一夏が同時に大きなため息を吐いた。

 

「……やってしまったことはいいとして、赤石はちゃんと返したのか?」

 

 千冬の言葉に、束がピタリと泣き止んだ。

 顔を白黒させた束は、おびただしい量の脂汗を掻き始める。

 

 まさか……と、顔を見合わせる織斑姉弟。

 

「失くした?」

 

 顔を伏せたまま首を振る束。

 

「壊した?」

 

 首を振る束。

 

『盗まれた……』

 

 絞り出すように束は言った。

 

『一緒に研究してたおじいちゃん、レッドリボンの科学者――ドクター・ワイリーに。ブラックオックスも、その人が関わってると思う……』




 たまに「きれいな束」が出てくるSSはあるけど、うちの場合はどうなんだ? セシリアマスクと並ぶキャラ崩壊具合だと思いますけど。

 束が単独でISを開発できなかった理由を補足すると、この物語中のISに求めた性能が、原作より遥かに高かったからです。
 そりゃあ、個人で宇宙船造れるカプセルコーポレーションとか則巻千兵衛、初期の悟空より強そうな比古清十郎とかアバン先生とかワイリーマシンとかに対抗しようと思ったら、ねえ……。
 他にも展開上の都合として、完全な味方サイドである束がチートスペック過ぎると話の展開が制限される、という理由もあります。

 そして次回予告。
 全国のシャルロッ党の皆様、ごめんなさい!
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今回のネタ。結構多いっすねえ

ドクター・ワイリー
 ロックマンシリーズの名物ラスボス。フルネームはアルバート・W・ワイリー。
 世界征服を企む悪の天才科学者で、この物語ではドクター・ゲロのポジションも兼任している。
 ライト博士とはかつての友人、今はライバルといった間柄。

アバン先生
 前回、箒がちらっと使った「アバン流刀殺法」の創始者。出展は「ダイの大冒険」より。
 控えめに表現して完璧超人で、人格的にも優れた指導者。茶目っ気も分かり、胸には熱い心を秘めた愛すべき眼鏡。
 ……はい、私、アバン先生大好きです。

エイジャの赤石
 読み方は「せきせき」。出展は「ジョジョの奇妙な冒険」より。究極生物に進化するべく闇の生物が狙っていた。
 原作漫画にも小石サイズのものが回想シーンに登場している。

フォトニック結晶
 現実でも研究されている、光を閉じ込める結晶……らしい。
 記憶媒体とか集積回路として優れた素材となる……らしい。
 エイジャの赤石がフォトニック結晶として使える、というのはオリジナル設定。

ミスカトニック大学
 出展はクトゥルー神話のいくつかのストーリーより。
 悪名高い図書館には、様々な魔術書が【禁側事項】。

聖槍騎士団
 ゲーム「ペルソナ2罪」より。
 原作では噂によって出現した混沌の化身。この物語では実在していた設定。

ん? まちがったかな?
 アミバの名台詞の一つ。束を治療したのはこの世界のアミバ。
 きっとここでもアミバは奥義を教えてもらえないのだろうな~。


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2章 選抜トーナメント編
第11話 六月の転校生。今何月だっけ?


 プラウザゲー、のほほんさんに専用機が出てるんですね。
 モチーフが岸波のサーヴァントと被るので、この物語では整備士志望で貴重な一般人のメインキャラなので戦いませんが。

※11月15
 数ヵ月ぶりなので、展開を丸っと修正。


 IS学園の校門前。

 今日から1ー1に加わる予定の転入生は、コンパクトを取り出して身だしなみを確認していた。

 

「大丈夫、だよね……」

 

 鏡に向かって顔を左右に傾け、最後にニコリと笑顔を作った。

 

「……うん。今日も僕は可愛い! ……可愛い……」

 

 笑顔はすぐにため息に変わった。

 

 

 

 クラス対抗戦から半月後。

 学園は表面上の落ち着きを取り戻していたが、水面下でのごたごたはむしろ広まりつつあった。

 

 学校全体の空気がどこかヒリヒリとし、落ち着きがないようだ。

 

「おはようございます、箒さん」

 

 そんな中でも、セシリアマスクは普段通りだった。

 

 教室に入ると同時に、箒はセシリアマスクにすごい勢いで接近された。

 

「か、顔が近いんだが、セシリアマスク……」

「これはしたり。怪我はありませんか、箒さん?」

「ぶつかってはいないが……確かに君と頭突きなんかした日には惨いことになりそうだけど……」

「鉄面皮ですから。うふふ♪」

「……鉄仮面の間違いだろう……」

 

 呆れながら席へ向かう箒に、ピッタリと追従するセシリアマスク。

 箒はかなり警戒しながら席に着いた。

 

「な、何か用なのか?」

「風の便りに聞きましたの。箒さん、かのアバン流に師事してらしたんですって? てっきりご実家の飛天御剣流かと思っておりました」

「……地獄耳だな」

 

 鉄仮面の冷たい目が、ギラリと光った気がした。

 

「この学園に来て、本当に良かったと思います。織斑さんといい、鈴さんといい、倒し甲斐のある強敵たちばかりですもの。ああ、怪我の完治が待ち遠しい!」

「だったら素直に入院してろ。そも……私は専用機を持っていないぞ?」

「いやですわ! 箒さん、戦おうと思えばIS(あんなもの)があろうがなかろうが、関係ありませんわ」

「ISをあんなもの呼ばわりとはさすがだな~、せっしー……」

 

 セシリアマスクの背後からひょっこり顔を出した本音は、呆れているのか感心しているのか、微妙な表情で鉄仮面を見上げた。

 

「おはようございます、本音さん。……あら? 一夏さんはご一緒ではありませんの?」

「おりむーなら千冬せんせーのとこに泊まったらしいよ」

「そうなのか?」

 

 箒に頷く本音。

 

「昨夜も遅くまで帰ってこなかったし。クラス対抗戦から、ちょくちょく千冬先生とかふぁんふぁん(凰鈴音)と遅くまで戻らないことがあったけど、帰ってこないのは初めてだったよ」

「ナニしているのでしょう。気になりますわ」

「物言いが不穏だぞ、セシリアマスク……」

 

 ちょうどそこへ、一夏を連れだって千冬が入ってきた。

 一夏は箒達へ軽く挨拶し、自分の席へ着く。

 

「ホームルームまで少し間があるが、込み入った話がいくつかあるので、始めさせてもらう」

 

 千冬が一声掛けると、クラス全員はいそいそと席へ戻っていった。

 

「まず、我がクラスに転入生が入る。デュノア」

 

 千冬に促され、金髪の少女が入室した。

 

「しゃ、シャルロット・デュノアです。よろしくお願いします……」

 

 不安そうにお辞儀をする中性的な美少女に、教室の一部が沸き立った。

 

「彼女はジオン公国の代表候補生で、専用機ヅダのパイロットだ。セシリアマスクはまだ怪我が完治していない。まともな(・・・・)専用機持ちとして、指導員としても活動してもらう」

 

 一歩前へ出るシャルロット。

 

「その、新参ものの私ですが、精一杯勤めるつもりです。至らない部分もありますが、そのときはみなさん、協力をお願いします」

 

 もう一度、シャルロットは頭を深く下げた。

 

「まともだ!」

「普通だ!」

「いい子じゃないか!」

「うふふ。それにお顔もチャーミング、気に入りましたわぁ♪」

 

 1ー1のクラスは、シャルロットを好意的に受け入れたようだ。

 シャルロットは安堵したように肩の力を抜いた。

 

 ただ一人、本音だけは――、

 

(あの人……なんだろう、なんだか……)

 

 シャルロットに一方ならない違和感を覚え、一人首を傾げていた。

 

「それともうひとつ。先日の乱入事件で中断されたクラス対抗戦の二回戦は正式に中止となった。理由は凰の怪我が思ったより深く、しばらくISを動かせないからだ。本人は登校しているが、無理はさせないように」

 

 千冬の視線は箒に真っ直ぐに注がれていた。

 

 

 

「うまく潜り込めたのはいいけど……こうも警戒されないのってどうなんだ……」

 

 一時限目が終わった休み時間。

 シャルロットはトイレの個室で一人、ため息を吐いた。

 

 コンパクトを取り出すと、口紅のパレットに偽装したスイッチを押す。

 

「定期報告。こちら、シャルル・ツェペリ。IS学園に潜入した」

 

 コンパクトの鏡部分がちらつき、サングラスを掛けた妙齢の女性が映し出された。

 

『ご苦労様、シャルル。けど、今後は定期報告の必要はないわ。進展があったときに随時、連絡をちょうだい』

「よろしいのですか?」

『ええ。通信網に抜け穴は多いとはいえ、あまり敵地で頻繁に通信するものではないわ』

「敵地、ですか」

『心構えの問題よ。それにしても――』

 

 女性は少し考え込む素振りを見せて、表情を綻ばせた。

 

『よく似合ってるわね。本当に女の子みたいよ』

「勘弁してください……。結構、いっぱいいっぱいなんですよ、こっちは」

『今からそれで大丈夫? 今日から女子寮で暮らすのだし』

「うぅ……や、やっぱり僕が行く必要ありました?」

『仕方ないじゃない。ISを使えるのも、デュノア社の協力を得られるのも貴方だけだったのだから』

「協力っていうか……まあ、分かっています。篠ノ之束と、奪われた赤石の捜索。必ず遂げて見せます、リサリサ先生」

『期待しているわ。けど、無理はしないようにね』

 

 通信を終え、コンパクトがただの鏡に戻った。

 

「無理っていうか、女装して女子高に潜入って時点で相当な無茶ですよね、先生……」

 

 シャルルは一つ大きなため息を吐き――。

 

「まあ、せっかく任された大役だ。女装だろうとなんだろうと、やってやる!」

 

 自身の頬を叩いて気合いを入れたシャルルは、シャルロットの仮面を被り直した。

 

 

 そんなこんなで昼休み。

 

「いっくん、お昼にしよう!」

「何故当たり前のように学園にいる、姉さん」

「箒ちゃん!? 待って、剣しまって!?」

「落ち着け、篠ノ乃。あまりお姉さんを脅すものではない」

 

 青髪のショートヘアに眼鏡を掛けた女生徒の執り成しで、箒は剣を鞘にしまった。

 

「あ、あはは……誰だか知らないけどありがとう」

「連れないな。一緒に桃鉄やスマブラで張り合った仲間ではないか」

「……その口調にその声、まさか美しい戦闘妖精?」

 

 包帯だらけな鈴の言葉に、青髪の女生徒は首を振った。

 

「その名前は捨てた。あのような無様を晒した以上、恥ずかしくて戦闘妖精などと名乗る気にはなれない。ただの更識簪で充分だ」

「あの格好そのものは恥ずかしくないんだね、カンちゃん……」

 

 本音のツッコミが聞こえていない簪は、鈴へ振り返った。

 

「君が言った通り、私にはパイロットとしての才覚は無かったようだ。だが武器開発の技術力は束さんにも劣らないと自負している。もし新装備が欲しくなったらいつでも声を掛けてくれ」

「あ、ありがとう……」

 

 苦笑いで答える鈴であった。

 

「な、なんだこの女は……私の鈴に馴れ馴れしい!」

「全くだ! この束さんに匹敵する天才なんて……意外と、結構いるけど……IS関連ではわたしが世界一だよ。ねえ、いっくん?」

 

 だが、振り向いた先に一夏の姿はなく、一人で教室を出ようとしていたシャルロットを呼び止めて何か話していた。

 

「えぇー……」

 

 

「学食に行くなら案内するぞ」

「えっ?」

 

 一夏に呼び掛けられたシャルロットは、ギョッとしたように身を強張らせて振り返った。

 

「いや、食堂にしろ売店にしろ、一人で平気かな~って思って」

 

 人の良さそうな一夏だが、彼の顔を見上げていたシャルロットは不意に寒気に襲われた。

 視線を彼の背後へ向けると、ウサミミっぽいヘアバンドを付けた年上美人が、鬼瓦のような表情でこちらを睨んでいた。

 

(あいつは!)

 

 一見するとあどけないが、その実コールタールのような腹黒さが滲んで見える。篠ノ之束だ。

 

「ん? あ、こら束!」

 

 シャルロットの表情を見て振り返った一夏が、束を叱りつけた。

 

「無闇に人を威嚇するなって」

「ふーんだ」

「なに拗ねてるんだよ……」

 

 妙に気安い二人のやり取りを見て、シャルロットはピンと閃いた。

(……これ、使えるかも。人の親切心に漬け込むようで気が引けるけど)

 

 シャルロットは内心で一夏に謝罪しつつ呼び掛けた。

 

「えっと、織斑君、だったよね。せっかくだから、案内してもらおうかな」

「おう、いいぞ」

「おいこら、気安くいっくんに話し掛けるな、メス犬」

 

 一夏に向けては媚びるような上目遣い、束には苦笑いを使い分け、シャルロットことシャルルはターゲットの懐へ踏み込んでいった。




 ついに登場のシャルロット嬢……改め、シャルル・ツェペリでした。

 あ、石を投げないで!
 パイルバンカーこっち向けないで!
 みんなも男の娘好きでしょう!?

 なお、彼は本来イタリア人なので、シャルルではなく「カルロ」が正しい発音になると思われますが、セシリアマスク以上に原型がなくなるのでシャルルで通します。

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今回のネタ

ヅダ
 一年戦争時代に旧ザクと正式採用の座を争ったが、コンペ中に(物理的に)空中分解して採用されなかった。その後、改良されたという触れ込みで試験運用がされたが……。
 出展はCGアニメ「ガンダムIGLOO」から。涙なしには観られない作品。

ツェペリ
 ジョジョの奇妙な冒険に登場する一族。波紋の才能と勇気に溢れ、仲間や家族のために命を燃やせる誇り高き血筋。

リサリサ先生
 ジョジョの奇妙な冒険より、50歳にして20代の美貌を持つ人。ちなみに息子も当時19歳。
 養豚場の豚を見るような目で有名。


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第12話 仮面美少女シャルロット

第一話を投稿から一年以上経ってました。


「胴ぉぉぉーっ‼」

 

 放課後の運動場に怒号が轟く。

 竹刀を逆手に持った箒が、剣道部主将をド派手にぶっ飛ばした。

 

「……剣道に場外負けなんてあったっけ?」

「無いから。普通に1本勝ち」

 

 歓声は特にない。

 むしろ細身の女子高生といえど人間一人を片手で数十メートル吹っ飛ばした箒に、剣道部一同はドン引きすらしていた。

 箒もやり合いう前から勝敗が分かっていた、とばかりに何の情緒のなく一礼して戻っていく。

 

「おつかれ~、箒ちゃん」

「いつまでいる気だ、姉上」

「うわ~ん! 妹が辛辣過ぎるー‼」

 

 泣きわめく姉を放置して、箒は作法に乗っ取って防具を外していった。

 

 

(う~ん、こうやって見てると愉快な人なのに、いざ話し掛けると辛辣なんだよな、大体の人に対して)

 

 篠ノ之姉妹のやり取りを真横で観察するシャルロットことシャルルは、どうにか束からエイジャの赤石について聞き出せないものかと思案する。

 幸いにも、一夏がシャルロットを「新しい環境で勝手が分からない転校生」として気に掛けてくれる。束について自然に近付ける立ち位置を労せずして手に入れられたのは、彼にとって望外であった。

 もっとも、その束からは『恋人との逢瀬を邪魔する嫌な奴』と思われているが、それも計算の内だ。

 

 潜入してからまだ一週間。ロクな情報は掴めていないが、焦って警戒されると返ってやりにくくなる。

 

(女装なんてさっさと止めたいけど、焦ってしくじったら元も子もない! 頑張れ、僕!)

 

 人知れず気合いを入れるシャルル。

 そもそも男性である彼がISを操縦し、女装姿でIS学園に潜入しているのは、とある重大な任務を帯びているからだ。

 

 

 シャルルは歴史の影で人知れず技を継承してきた、波紋仙道の一派に身を置く修行僧であった。

 ローマの寺院で修行を積んでいたシャルルの元にある日、チベットの総本山から密命が届く。数年前に即身仏より奪われた至宝、エイジャの赤石の行方が掴めたのだ。

 総本山を襲撃したISを破壊した際、取り出したコアが赤石と同じ反応を示した。

 ISコアと赤石の関連性、そしてIS開発者である篠ノ之束が赤石紛失の少し前にやって来たことも合わせ、調査の為に波紋戦士を秘密裏にIS学園へ潜入させる事が決まった。

 

『いや、あの僕、男なんですけど、リサリサ先生!?』

『大丈夫よ。IS学園は日本にあるんでしょう? あそこには「見目麗しい美少年が女生徒に粉して女学院に潜入する」っていう文化があるらしいから』

『それマンガ!』

『第一、あなた以外に女学生に化けられる波紋戦士もいないし』

 

 リサリサの言うとおり、波紋戦士の男性はいずれも筋肉モリモリ、女性も実年齢より若くとも最低でも二十代後半。花盛りの女子高に違和感なく溶け込めるのは、シャルル一人だった。

 

『まあ、百歩譲って僕が女装するのは仕方ないとしてですよ。どうやって潜り込めっていうんです? 僕に整備の知識なんてありませんよ?』

 

 そもそもIS学園は一応、世界屈指のエリート育成学校だ。外見は誤魔化せても、男である以上は操縦者にはなれないし、整備科にしても生半可な知識量では入試に受かる見込みがない。

 

 ところが、この点についての突破口も見つかっていた。

 

 波紋戦士と協力関係にあるスピードワゴン財団が回収したISを調査するうちに判明したことだが、なんとISコアに波紋を流すことで機能を狂わせ、誰でも扱えるように出来るのだ。

 コアに用いられているのが赤石故のことだろうと考えられ、実際にシャルルもこの方法でISを操っている。

 

 当然、適正の無いところを強引に動かしている以上、問題点も多い。だが背に腹は変えられず、本来であればコアが機械的に処理しているハイパーセンサーや姿勢制御まで手動で行わねばならなかった。

 

『これも修行だと思って、引き受けてくれる?』

『あ~もう! 分かりましたよ!!』

 

 その後、スピードワゴン財団が買収したイタリアのIS開発企業デュノア社でシャルル専用機『ヅダ』を開発。さらにヅダのテスター『シャルロット・デュノア』の存在を偽造し、晴れてシャルルはIS学園の一生徒として潜り込めたのであった。

 

 

(だけど、織斑君がいるなら僕も男性操縦者ってことで良かったんじゃないかな~。いや、潜入任務なのにメチャクチャ目立つっていうのは大問題だろうけど)

「どうかしましたか? 何やら悶々としているようですが」

 

 色々と考えを巡らせていたところに、涼しげな声が降ってきた。見上げればそこにいたのは鉄仮面の淑女、セシリアマスクだった。

 

「ははっ、ちょっと、ここに来る前のことを思い出していて」

「そうですか。てっきり篠ノ之博士から織斑さんをどうやって寝取ろうか、とでも考えているのかと思いました」

「なんで?」

 

 心底意外そうなセシリアマスクに、シャルルの方がむしろ困惑させられる。仮面がどうのこうの以前に、こいつの考えは全く読めないな、と内心で一人呟くシャルルだ。

 

 セシリアマスクは、妹の気を引こうと必死になっている束へ顔を向けた。なお、妹は妹で愛しの鈴にアプローチを仕掛け、かなり本気で逃げられている。

 

「いえ、シャルロットさんって転校初日からやけに織斑さんに絡みまくるし、かと思えば篠ノ之博士に向けてビームでも出しかねないぐらい睨み利かせてますから。てっきり略奪愛目的なのかと」

「あ~、確かに言われてみれば」

 

 自分の行動を振り返ると、そんな風に見えなくもないなと思えてくる。

 むしろそういう方向でキャラを作るのもありかなと一瞬考えたが、やはり男に恋慕するのは演技といえども御免被りたい。だからセシリアマスクの質問をキッパリ否定した。

 

「そういうんじゃないよ。ただ、私って人付き合いとか苦手だから、最初に声を掛けてくれた相手にどうしても頼ってしまって」

「左様ですか。では、別にクラスメイトと交流を持ちたくない訳ではありませんのね」

「まあね」

「なら一安心ですわ。これからちょっと付き合ってくださいません?」

[……え?」

 

 予想外の提案にますます困惑するシャルルであったが、

 

「……構わないよ。どこへ行くの?」

 

 敢えて断る理由も、四六時中束を見張る必要も無いと考え、むしろクラスに味方を作るのもいざというときに重要だと判断したシャルルは、セシリアマスクに快諾した。

 

 勿論、シャルルにしてみれば、セシリアマスクが仮面の下で口許を歪に歪めたことなど知る由もなかった。




ここからはシャルロットことシャルル君が第二の主人公となります。


今回のネタ枠
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波紋戦士
「ジョジョの奇妙な冒険」より。
 特殊な呼吸によって肉体に波紋を起こし、そのエネルギーで戦ったり傷を癒したりする。
 波紋を流すことで生物の肉体を操る技術は劇中にも登場している。

スピードワゴン財団
 同じく「ジョジョの奇妙な冒険」より。ジョースター一族と長きに渡って共闘し、悪と戦ってきた一団。創設者はロバート・E・O・スピードワゴン。
 世界的なすげえ金持ち集団でいろんな箇所に影響力を与えられるのに、劇中には組織が腐敗している様子が出ていない、素晴らしくクリーンな組織。


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第13話 狼さんと兎さん

駆け足ぎみになりますが、せっかくなので完結させます。


「助かりましたわ。千冬先生から突然、寮部屋の片付けなんて頼まれてしまって」

 

 そう言ってセシリアマスクがシャルロットを連れてやって来たのは、学生寮の空き部屋だった。

 なんでも週明けに急遽転入生が来るらしく、清掃業者に頼む暇が無くて寮監督の千冬が掃除することになったそうだ。

 

 だが、キビキビしているようでズボラ、天然ボケ、大雑把で気が利かない千冬は典型的な「片付けられない人」であった。掃除をすればするほど逆に散らかしてしまうらしい。

 なので山田教諭の提案で暇そうな学生に手伝いを頼もうということになったのだった。

 

「それにしても、千冬先生? せめてカーテンの付け替えとベッドメイクぐらいは出来ませんの?」

 

 取り替えたばかりのカーペットに掃除機を掛けながら、セシリアマスクは作業の邪魔になるからと廊下に放り出しておいた千冬に対して、これ見よがしにため息を吐いた。

 

 千冬も最初こそ手伝っていたのだが、壁紙に穴を開ける、窓枠のサッシを外そうとして破壊する、ペンキ塗りが雑でダマになる、水拭きした側から踏んで汚す、等が重なり、とうとうセシリアマスクに退場させられてしまったのだった。

 

「し、仕方ないだろう! 昔から家の事は一夏に任せきりだったんだ……」

「そんなことでどうしますの。織斑さんが結婚して家を出てしまったら、ゴミ屋敷にでも住むおつもりですの? ハウスキーパーだって安くはありませんのよ?」

「うぐっ……いや、分かってはいるのだが、そんな暇が……」

「暇だから家事をする人などいませんわ。言い訳は結構です」

 

 ピシャリと言い切られてしまい、千冬はぐうの音も出せずに口をつぐむ。

 

(うっわ、先輩が素で凹んでいますよ! 珍しい)

 

 シャワー室の排水溝を丹念に擦り洗いしながら、山田教諭が声を潜めつつも感嘆する。

 シャルルもユニットバスの便器を磨きながら、山田教諭に答えた。

 

(セシリアマスクもきっついなあ。さっき髪にペンキを付けられたの、相当怒ってるみたいですね)

(結構身だしなみとかファッションを気にする方みたいですよ。日頃から爪とかすごい綺麗にお手入れしていますから)

(化粧とは無縁そうなのにね)

(鉄仮面だけに?)

 

 二人で声を押し殺し笑っていると、不意に背中に視線を感じた。振り向けば、表情の窺えないセシリアマスクがじーっとこちらを見ていた。

 軽口が聞こえていたのかと焦ったものの、どうやら違うらしい。

 

「シャルロットさん、それ」

 

 軽口を咎めてくると思えば、セシリアマスクはシャルルの背中を指差していた。

 

「あっ、デュノアさん、制服が……」

「えっ……ああ!」

 

 いつの間にやら、背中にはベッタリオレンジのペンキが塗りたくられ、稲妻のような模様を描いていた。

 

「気付かなかった……千冬先生ぇ?」

「私のせいか!? 私のせいか、そうか……」

 

シャルルがジト目でにらむと、千冬は案外素直に謝った。

 

「すぐに洗いませんと、再起不能ですわよ。水性ペンキですから、急げば落とせますわ! ハリーハリー、ですわ!」

 

言いながらセシリアマスクはシャルルに飛び付くと、強引に制服を脱がそうとホックに手を掛けてきた。

 

「うわっ! ダメだってセシリアマスクさん、こんなところで!」

「何を仰いますの? ここはバスルーム、本来服を着て入る方が不自然ですわ」

「だからってこんなの、まずいってば!」

 

 強引なセシリアマスクの魔の手は恐ろしく正確、かつ執拗にシャルルが逃げる方へ先回りしてくる。だがシャルルも人前で脱ぐわけにはいかない。波紋の肉体操作で女性的なラインに擬態しているとはいえ、シャルル・ツェペリはオトコノコなのだ。

 

「よいではありませんか、減るものでもなしに」

 

 仮面の下で鼻息を荒くするセシリアマスク。

 

「減っちゃうのー!」

 

 その魔の手を涙ながらに捌くシャルル。

 

「いい加減にしろ!」

 

 だが意外な伏兵--千冬によってシャルルの衣服はあっさり剥ぎ取られてしまった。

 

「はわっ!?」

 

 背後から一瞬、テーブルクロス引きの隠し芸さながらの早業だ。ブリュンヒルデはやはり格が違った。

 ランジェリーが透けるような肌着だけにされたシャルルは、慌てて空っぽのバスタブに飛び込んで体を隠した。

 

「何もそこまで嫌がらなくてもいいだろう。ここには女しかいないんだ」

「はいはい、お決まりのセリフ吐いてないで、それを渡してくださいまし。あと、山田先生とどっかから中性洗剤と使ってない歯ブラシか何か探してきてください」

「くっ、私だって少しは役に立ったじゃないか……」

「ま、まあまあ……」

 

 有無を言わせぬ雰囲気のセシリアマスクに押し切られた教師二人は、逃げるように寮部屋から出ていった。

 

「さて……安心してくださいな。千冬先生も山田先生も、背中しか見ておりませんわ、シャルロット・デュノア()?」

 

 普段通りの声色であることが、シャルルを一層不安にさせる。

 

「な、何のことかなぁ、セシリアマスクさん?」

「この期に及んでとぼけるのなら、出るところに出ても構いませんが」

「……いつから気付いてたの?」

 

 観念して、シャルルはバスタブから立ち上がった。

 腰のラインこそ変形させているが、根本的な筋肉の付き方はどうしようもない。下着姿を正面から見られては、もはや言い訳など不可能だった。

 

「確証が有ったわけではありませんの。ただ」

 

 一旦言葉を切ったセシリアマスクは、鉄仮面越しにシャルルの瞳をじっと見つめる。ふいに鉄仮面の奥で笑ったような気配がした。

 

「更衣室とかで、箒さんとか仏さんとかをいつもジーッと見ていらしたでしょう? なんでかなーっと思いまして」

「ぐはっ」

 

 思春期の柔らかいところを攻められ、シャルルはもう一度バスタブで蹲るのだった。

 

 

 

「あ、織斑せんせー! ちょうどよかった」

 

 台所用洗剤を探して奔走していた千冬は、同僚の教師に呼び止められて渋々立ち止まった。

 

「そんな嫌そうな顔しないでくださいよ。来週、1組に入る転入生の書類が届いたんです。はいこれ」

「今更か。何をやっていたのだ、先方は。入寮はもう週明けだろう」

 

 文句を垂れつつ、手渡された茶封筒 を開いた。

 一枚目に件の転入生……眼帯をした銀髪の少女の写真が出てくる。

 

「ドイツ軍が日本政府に多額の金を握らせて、強引にねじ込んできたんですよね。それがどんなエリートかと思いきや、鼻摘みものの特殊部隊出身だそうですよ。何でも……織斑先生?」

 

 女生徒の写真を強張った顔で見つめる千冬に、同僚の教師も眉を潜める。

 

「もしかして、千冬先生の知っている顔でしたか?」

「ああ。ラウラ・ボーデヴィッヒ……以前にドイツ軍の演習に参加したときに……」

 

 千冬は言葉を区切ると共に瞼を閉じた。

 

(そう。あの演習で私は、このラウラ・ボーデヴィッヒに殺されるところだった(・・・・・・・・・・)。この狂犬のような女に)

 

 黙りこくった千冬に、同僚の教師も写真を不安げに見つめるしかなかった。




 何かもう、セシリアマスクのキャラが分からなくなってきた。これもうオリキャラと変わらんね。

 また千冬は第二回モンド・グロッソを普通に優勝している為、ドイツ軍で教官をしていません。

ーーーーーーーーーーーーーーーー
水性ペンキの落とし方
乾く前であれば、暖かいお湯につけて台所用の中性洗剤で叩けば落とせます。
ペンキが乾いてしまったら諦めてクリーニングに出しましょう。
なお、劇中のセシリアマスクのように熱湯にしてしまうと布地が傷みますので、ぬるま湯程度で留めましょう。


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第14話 月を見て犬は吠え猛る

 一応、ラウラ登場回です。

 何かもうISじゃねーよな、これ。


 朝からシャルロットの元気がない、というより世を儚んで自決しかねない様子で自分の机に突っ伏していた。

 

「ど、どうしたんだ、デュノア? 何だか入学当初の箒みたいになってるぞ?」

 

 一夏がデリカシー皆無に声を掛けたが、シャルロットからは「大丈夫だ、問題ない」と返ってくるばかりで、全然大丈夫そうではない。

 むしろ深淵の虚の如く濁りきった瞳を見ていると、一夏の方の精神も不安定になりかねない。

 

「そ、それならいいんだ。うん……」

 

 それだけ言い残して、その場から離れる一夏だった。

 

「ヤバいって、今のデュノア。マジヤバい。どれくらいヤバいって、ホントもう超ヤバいって」

「落ち着け、義兄上。今の義兄上の語彙力の方がさらにヤバいから」

 

 最近、すっかり一夏を義兄と呼ぶようになった箒が、冷静にツッコミを入れつつも遠目にシャルロットの様子を窺っている。

 

「デュッチー、転校してからこっちいつも貼り付いたような笑顔だったから、とうとうストレスが天元突破しちゃったのかな?」

 

 本音もシャルロットを心配しているようだが、まだ対応を決めかねているようだ。

 

「ともかく、放っておくわけにもいかないだろ。次の休み時間にでも--」

「おはようございますわ」

 

 そこに青の鉄仮面令嬢が現れた瞬間、突っ伏していたシャルロットがビクンッと飛び上がった。

 セシリアマスクはゆったり堂々とした足取りで自分の席を通り過ぎ、シャルロットの隣に立った。

 

「シャルロットさん」

 

 名前を呼ばれたシャルロットの首が、油の切れた機械のようなぎこちなさでセシリアマスクへ向いた。

 

「な、何かな……」

「おはようございますわ」

「……おはよう」

 

 シャルロットが挨拶を返したので満足したのか、セシリアマスクは自分の席に戻ってファッション雑誌を読み始めた。

 

 残されたシャルロットは、溶けたスライムのように天板に広がっていた。

 

「……何だ、あれ?」

「……ふ~ん」

 

 何がなんだか分からない一夏と箒とは異なり、本音はどこか興味を引かれたようにシャルロットとセシリアマスクを交互に見比べていた。

 

 

 一夏達は知る由も無いが、シャルロットことシャルルの変調とセシリアマスクは、直接的に関わっていた。

 

 時間は先週末、寮部屋の片付けが終わった直後まで遡る。

 

「では、わたくし達は失礼します。千冬先生、中性洗剤と中性子燃料を混同してお持ちいただき、ありがとうございます。山田先生も、歯ブラシ一本探すのに三時間も奔走頂いて、お疲れ様です。いずれもその辺の寮生から借りるという発想は無かったのか、と問い詰めたいところですが、そこはシャルロットさんの新しい制服をご用意するということで手打ちと致しましょう」

 

 恐ろしい切り口の嫌みをずけずけと吐き出すセシリアマスクだが、そもそもシャルルを裸にしようと制服をペンキで汚したのは彼女である。

 シャルルもその事には気付いていたが、それを言ったら自分の正体まで露見しかねないので、疲れきった顔で縮こまっている教員二人に心の中で謝っておいた。

 

 それからシャルロットは、セシリアマスクに彼女の部屋まで連行された。道中何も言わないセシリアマスクだったが、逃げたらどうなるか想像できない以上、シャルルは従うしかない。

 

「本当は相部屋なのですが、オルコット家の者は素顔をおいそれと他人に見せてはいけない習わしでして。さすがに寝るときは仮面を外しますから、一人で使わせて頂いております」

 

 つまり、ここでなら腹を割って話せる、ということなのだろう。シャルルも覚悟を決めた。

 最悪の場合、口を封じさせてもらう覚悟(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)を。

 

 二つあるベッドのうち、使われていない方に腰掛けるシャルル。その対面にセシリアマスクが座る。

 シャルルはいつでもセシリアマスクへ必殺の先制打を叩き込めるよう身構えていたが、相手の行動は彼の予想の斜め上であった。

 

「ふう」

 

 突如、セシリアマスクは鉄仮面を外し、今しがた見せてはいけないと言った素顔を晒したのだ。

 

「あら、どうしましたか、シャルル君(・・・・・)? 仮面の下が意外にも美少女で驚きました?」

「そ、そういうんじゃなくって……えっ!?」

 

 自分で言うだけあって、確かにセシリアマスクの素顔は美人だ。金髪碧眼、かつナイスバディ。顔立ちには育ちの良さと知性が滲む。

 正直、男としてはいつも素顔でいて欲しいところだが、驚くあまりに攻撃する気勢を削がれてしまった。わざとやっているとしたら、セシリアマスクはやはりどこまでも食えない女だと再認識するシャルルだった。

 

「素顔を見せた理由は、まあ好奇心で貴方の秘密を暴いてしまった贖罪ですわ。それに顔が見える方が話しやすいでしょう」

「それはそうかもだけど、でも……」

「別に顔を見せたら自決せねばならない掟でもありません。まあ仮にそうだとしても、バレなければ問題なし、ということで。ね、シャルル君?」

 

 そう言って、可愛らしくウインクされたシャルルは、その時点で自分の敗北を悟った。どうやらセシリアマスクという女は、自分より一枚も二枚も上手らしい。こうも容易く自分の心に踏み込まれるとは。

 

(こんな時だっていうのに、彼女を一瞬でも『綺麗だ』と思ってしまった時点で……逃げようがなくなっちゃった)

 

 そしてシャルルは改めて腹を括り、学園に潜入した経緯を話して聞かせた。

 

 

(いや、まあ、その結果セシリアマスクさんが僕の任務に協力してくれることになったんだけど……その代償が……)

 

 先週末の事を一通り思い返したシャルルは、ようやく天板から体を引き起こしたが、今度は休日中の事を回想してしまい、再び頭を抱えた。

 

(早朝から街に駆り出されるわ、女装をより完璧にするとかで一日中着せ替え人形にされるわ……しかも、逆らったらバラすとか脅してくるならともかく、むしろ一切触れてこないのが不気味だ。でも、そんなことより問題なのが……)

 

 さりげなく、セシリアマスクを盗み見る。雑誌に集中しているかと思いきや、視線に気づいた彼女は小さく手を振り替えしてきた。

 

 それだけで、シャルルの心臓は倍近く高鳴り、ふわふわと落ち着かない気分になってしまった。

 

(これ、もう完全にあれだ……イカれてる……)

 

 初めての感覚だが、間違いないと確信できる。

 シャルルはすっかり、セシリアマスクにのぼせ上がっていたのだった。

 

 

「少し早いが、ホームルームを始める」

 

 いきなり教室に入ってきた千冬に、談笑していた生徒達は一斉に席へ戻っていった。

 

「実は、デュノアに続いてもう一人、このクラスに転入生が来た。……ボーデヴィッヒ、入れ」

「は~い、せんせ」

 

 緩い返事とともに入ってきたのは長い銀髪に、赤い右目と眼帯で覆った左目、という時点でも目を引くが、何よりも上半身裸に蛇革のジャケットという年頃の少女としては異様すぎる風体の美少女だった。

 

「ぼ、ボーデヴィッヒ!? お前、今の今まで普通の制服だっただろ!!」

「いや、やっぱ転校生としちゃ最初の挨拶が重要やろ? せやから一張羅に着替えたんや。どうせ女子しかおらへんのやし、構わんやろ?」

 

 わざとらしいほどコテコテの大阪訛りで、ラウラと呼ばれた少女は得意気に言い放った。

 教師に、というより織斑千冬に対してあまりにも不遜すぎる口の聞き方に、クラス一同開いた口が塞がらない。

 ラウラはそんなクラスの空気など素知らぬ顔で、ホワイトボードに大きく『らうら』と書いた。

 

「ご紹介に預かりました、ドイツから来たラウラ・ボーデヴィッヒ・真島や。みんな仲良くしたってや。……ん?」

 

 教室をグルリと見渡したラウラは、クラス唯一の男子生徒の存在に気付いたようだ。

 

「って、男子おるやないか。どういうこっちゃ、千冬ちゃん」

「学校では織斑先生だ! その男が現在唯一の男性IS操縦者、織斑一夏だ。ニュースになっただろ」

「そーいや、クラリッサの奴がそんなようなこと言っとったな。……って、ちょい待ち、千冬ちゃん。今織斑言うたか?」

「だから織斑先生だと--おい!」

 

 訂正させようとする千冬を無視し、ラウラは大股で教室を横切って一夏の元までやってきた。

 一夏はジャケットの隙間からチラチラ見えるピンク色の突起を意識しないように注意しつつ、ラウラを見上げる。

 

「お前が千冬ちゃんの弟か。なんや、聞いてたよりずっと男前やないか」

「そりゃどうも。千冬姉……じゃなくて、先生の知り合いなのか?」

「ま、ちょっとした縁や。ラウラでええで、ウチも一夏ちゃんて呼ぶから」

「そ……そうか。よろしく」

 

 一夏はひとまず握手でもしようと手を差し出したが、ラウラはその手を取ることなく背中側に腕を回し、ジャケットの襟に隠されていた何かを取り出す。

 

 それが金属バッドだと分かった時には、すでにラウラはバッドを一夏の脳天に振り下ろしていた。

 

 金属質の重低音が教室中に響く。教室は水を打ったように静まり返った。

 

「何しやがる」

 

 静寂を引き裂いたのは、ドスを効かせた一夏の声だった。

 金属バッドを右腕で受け止め、ギロリと強い怒りを込めてラウラを睨む。

 戦闘訓練を受けるISパイロット候補達ですら竦み上がるような一夏の気迫を真っ正面から受けて、ラウラは口許を思い切り歪めた。

 

「やるやん、一夏ちゃん」

「お前……今本気で殴ってきたな」

「そりゃ本気でやらな相手の強さ分からんからな。合格や、一夏ちゃん」

「ふざけるな!」

 

 立ち上がった一夏は怒りに任せて殴り付けたが、今度はラウラが一夏の拳を掌で受け止めた。

 

「ええパンチや」

「お前、今のは俺じゃなければ怪我じゃ済まなかったぞ!」

「お互い様や。こんなゴッツイパンチ、そこらのおなごが食ろうたら一発で嫁に行けん顔になるで?」

「安心しろ、殴る相手ぐらい選んでる!」

「ウチも同じや。千冬ちゃんの弟やからこんぐらい軽いと思うたが」

 

 ラウラは掴んでいた一夏の拳を押し返す。二人の間に一歩分の距離が出来た。身長はラウラの方が20センチ近く低いが、金属バットも含めれば間合いはラウラが広い。

 

「一夏ちゃん、ひょっとして千冬ちゃんより強ないか?」

「当たり前だろ。あの人はIS乗りだ、生身で喧嘩すれば俺のが強い」

「ちょっと待て! それは聞き捨てならないぞ!」

 

 直前までラウラを止めに来ていたというのに、一夏の一言で標的を変える千冬だった。

 

「セイテンタイセイのテストでお前と何度か試合したが、私の勝ち越しだったじゃないか!!」

「そりゃ……千冬姉ぇだって嫁入り前なんだし、傷物にするわけにはいかないだろ」

「んなっ!? 加減していたのか、お前!!」

 

 よほどショックだったのか、眩暈すら覚えて千冬は倒れそうなところをかろうじて踏み留まっていた。

 

「ちょいちょい。その言い種やと、ウチは傷物にしてもええっちゅうんか?」

「言っただろ、殴る相手は選ぶってな。お前に遠慮はいらないだろ」

「くぅ~! ますますええやん、一夏ちゃん! ほんなら今から一緒に体育館裏行かへん? 二人でしっぽりしようやないか!」

「いいぜ。殴り倒して桜の木の下にでも埋めてやる」

 

 そして、二人は本当に窓から外へ飛び出していったのだった。

 

「……はっ! 待たんか、馬鹿共!! セシリアマスク、あいつらを止めるから着いてこい! あと誰か、2組から凰を呼んでこい! それから篠ノ之は姉に『旦那が寝取られそうだ』とでも伝えておけ、そうすりゃ飛んでくるだろ!」

 

 一息に指示を飛ばし終えた千冬も、二人を追いかけて窓から外へ出ていった。

 

「千冬先生、なんという冷静で的確な判断力なんでしょう!」

「感心したフリしてないで追いかけてあげたら?」

「面倒ですわ。シャルロットさ~ん、代わりに頼みましたわ~」

「私ぃ!?」

 

 その後、シャルロットと鈴、そして般若のような形相の束が乱入したことで、一夏とラウラのファーストコンタクトは体育館一棟の倒壊という犠牲を出しつつも収束したのだった。




 タグにあるガールズラブは箒と鈴のことなので、変なのに惚れちゃったシャルルは無関係です。

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ラウラ・ボーデヴィッヒ・真島
 SEGAの大人気ゲームシリーズ『龍が如く』より、真島吾朗ナイズドされたラウラ。好きなキャラと好きなキャラを融合させたらクリーチャーになったよ!
 元は「ジャングルの王者ターちゃん」だったのが、岸谷五朗氏繋がりで真島の兄さんになっていた。眼帯とか共通点あるし。

大丈夫だ、問題ない。
 イグニッション・エンターテイメントより発売のPS3用ゲーム「エルシャダイ」のプロモーション映像で、主人公イーノックが自信満々に言い放ったセリフ。
 この直後、イーノックは敵集団からリンチされて死ぬ。

冷静で的確な判断力
 キン肉マンより。強盗を刺激しないように牧師に化けたキン肉マンソルジャーへ向けられた賛辞。
 実は該当シーンはゆで先生曰く普通にギャグシーンだったらしい。なお、諸説あり。


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第15話 対立、修羅場、戦争

 漫画を読み直したら、ラウラって初登場からVTシステムまでの間って結構なメンヘラ女子でしたね。
 そして一夏の鈴ちゃんへの態度を改めて読むと……。

 よし(邪悪な笑い)。


 ラウラ・ボーデヴィッヒ・真島は、ドイツ軍が誇る鼻摘み物の特殊部隊シュヴァルツェ・ハーゼの一員だった。

 

 だった、と表現したが、今でも彼女は形式上は同部隊に所属したままになっている。

 

 シュヴァルツェ・ハーゼ、日本語で『黒い兎』という愛嬌のある名前に反してこの部隊の主任務は『ゴミ処理』、いわば反社会的存在を暴力によって抹殺することであった。

 

 隊員のほとんどが重犯罪者や戦闘中毒の傭兵、人外の怪物によって構成された鉄砲玉同然の消耗品部隊。だが、ラウラはその中でも取り分けて異常であった。

 

 気に食わない命令を下した上官を再起不能にした協調性の無さと反し、玉砕前提の任務を平然と生還する戦闘能力が合わさり、ドイツ軍はいつ爆発するかも分からない爆弾を抱えている状態であったのだ。

 もはや任務とは呼べないような死地に送り込んでも鼻唄混じりに舞い戻り、挙げ句の果てに日本との合同演習に乱入したラウラは、あろうことか生身でブリュンヒルデにケンカを売り、撃墜寸前まで追い詰めたのだ。

 

 この一件がドイツ軍に最後の決定を下させ、ラウラは仲間であるシュヴァルツェ・ハーゼから抹殺指令を下されたのだ。

 結果、黒兎はラウラ一人を残して壊滅することとなったのだった。

 

 

 

「じゃあラウラは自分を殺しに来た仲間を逆に?」

「ああ。その後、壊滅した黒兎は名前だけ残してIS乗りの特殊部隊として再編成されたらしい。今でもラウラは書類の上ではそこのメンバーだが、事実上部隊を放逐されている状態だ」

 

 放課後、一夏は千冬の自室に呼び出され、ラウラの来歴を聞かされた。彼の膝の上では束が猫のように丸まっているが、普段の甘えっぷりはどこへやら、ギラついた眼で毛を逆立てている。

 束もまた、アタッシュケースぐらいの大きさのモバイルPCで集められるだけのラウラの情報を集めているようだ。当然、非合法な手段も含めて。

 

「チッ。ドイツ軍の奴ら、日本政府に相当な金を掴ませてあの核廃棄物を引き取らせたみたいだね。ドイツ軍が新開発したISの技術交流って名目だけど、事実上の国外追放だ、これ」

「向こうとしても手元に置いておきたくはない、かといって軍をクビにしたらそれこそ何を仕出かすか分かったものじゃない。首輪だけつけて遠くへやってしまうのが一番だったのだろう」

「よくよく自国の恥部を曝せるもんだ。あんな生ゴミ、宇宙にでもバラ撒いてしまえ」

 

 束の中でのラウラの評価は散々なようだ。基本的に身近な極一部の相手への愛情、父親への絶対的恐怖心を別として、他人に対して無関心な彼女は、プラスにしろマイナスにしろ誰かに極端な評価を下すというのも珍しい。

 昼間の乱闘で自分のISを撃墜されたのが、よほど腹に据えかねているようだ。

 

「それで、こいつの処分はどうするの、ちーちゃん? 仕止めるなら反射衛星砲でもBC兵器でも何だって用意するよ。核ミサイルはちょっと難しいけど」

「そんなので死ぬ奴じゃないぞ、多分。それに……なんというか所感だけどさ、ラウラは確かに凶悪だけど、心から腐った奴じゃないと思うんだ」

「はぁぁっ!? 何を言ってるの、いっくん!!」

 

 一夏の言葉が完全に理解の範疇外だった束が、勢いよく上体を起こした。顎に彼女の頭頂部が当たりそうになるのをひょいと避けて、一夏は続ける。

 

「ラウラはなんというか、純粋に戦いを楽しんでる。強い奴と喧嘩するのが何よりも好きなだけだ。だからきちんと最低限の分別は持っていると思うんだ」

「いや、純粋なら善良ってもんじゃないよね!! いっくん金属バットとかヌンチャクとかカリスティックとか日本刀でボコボコにされてたよね!? 普通に殺意MAXだったじゃん、あのイカれポンチ!」

「こっちもグーで殴ってんだから、お相子だろ」

「どこがだー! いっくん素手、あっち凶器持ち! 完全にアンフェアでしょ、常識的に考えて!! 特に日本刀!!」

「束が常識って……」

「はいはい、ごめんなさいねー、束さんは社会常識に欠如した放蕩者ですよって馬鹿ー!」

 

 一夏の胸板を叩く束の拳は、駄々っ子のような動作でいて一発一発が大の男を昏倒させるぐらいには重い。モーションは「ポカポカ」だが、実際の音は「ドカドカ」だ。

 一夏はそれを、困ったような笑顔で受け止める。最近馴れてきたと思っていたさすがの千冬も引き気味だ。

 

「まったく、鉄仮面といい狂犬といい、束さんの一頭独走状態だったいっくんの周りが途端に色気付いてきた」

「いや、色気は無いだろう。なんだ、やけにラウラに突っ掛かるかと思ったら、妬いてたのか」

「妬~い~て~ま~せ~ん~! 完璧超人の束さんは嫉妬なんて感情は知らないし、いっくんが世界一愛しているのは束さんなんだから、妬く必要なんてないのだよ」

 

 一夏の胸へ至近距離から激突していった束は、そのまま背中に腕を回して抱き付き、グリグリと頭を押し付けた。甘え方が完全に猫だ。一夏が、そうした束の頭をわしゃわしゃと撫でる。

 見ているだけで千冬は胸焼けしそうになった。

 

「も~。どうして私というものがありながら、他の女のこと気に掛けるかな~」

「そんなんじゃないって、俺はただ──」

「そうだよね~。これはもう入れ込んでるってレベルだよね~、この女たらしは。ちーちゃん知ってる? いっくんってば鈍感なくせに女の子の心を掴むのが上手くって。天性のタラシっていうか~、天然のナンパ野郎って言うか~」

「……やっぱ妬いてるだろ、お前」

「妬~い~て~ま~せ~ん~!」

 

 亀仙人も一夏に対して『ナンパの腕は若い頃のワシ以上じゃワイ。束ちゃんも苦労するな~』と感心していたぐらいだった。兄弟子の牛魔王の娘を初め、ひょんなことから求婚してきた相手は一人二人ではない。

 その度に束が火消しに走り回っていたのだが、彼女の苦労を知ってか知らずか、一夏の事あるごとに厄介な女を助けたり関わったりして無作為にフラグを乱立させる体質は年々悪化の一途を辿っていた。

 

「いっそのこと予定を前倒して子供作っちゃおっかな~」

「束と俺の子供か……」

「おい、駄目だぞ。結婚も出産も卒業してからだ」

「だけどね~。父親の自覚が出来れば他の女にうつつを抜かしたりしなくなると思うんだよ、流石に」

 

 束は一夏の顔をじっと見上げる。その目は一夏に向けるものとしては珍しい、周囲から『天災』と呼ばれる時のものだ。

 

「誰でも彼でも受け入れようとする癖は、いい加減に直してほしいかな。あの狂犬女に関してはもう、同情の余地だってないよ」

「どういうことだ?」

「鈍感」

 

 聞き返した一夏に、束は口を尖らせた。すでに恋人に甘える時の、リラックスした束に戻っている。

 

「ほんっと女の子の気持ちに鈍いよね。もしも束さんがいっくんのハートを射止めてなかったらさ、きっと何人もの女の子から言い寄られてるのに、相手の好意にまったく気付かないでヤキモキさせてたんだろーな~」

「何言ってんだよ?」

「ああ、珍しく同感だな」

「千冬姉まで!」

 

 束と千冬は愉快そうに笑うが、意味が分からない一夏は一人で困惑するしかなかった。

 

 

 

 場所は移って、ここは学園の外れ。第三体育館の裏手である。

 今日の乱闘騒ぎの最中、一夏が放ったかめはめ波の流れ弾によって体育館が一棟全壊したものの、むやみに広いIS学園にはまだまだ複数の屋内運動場が残っている。

 この第三体育館は学舎からもっとも遠くて人気がなく、その裏手ともなればもう誰も寄り付かないような辺境であった。

 

 それを幸いとセシリアマスクはここにプロレス用のリングを持ち込み、人知れず自主連に励んでいた。一応、学園側の許可は取っているらしい。

 今日は珍しく、箒からの隠れ場所を探していた鈴を匿っており、二人でスパーリングの真っ最中った。

 

「シュッ」

 

 セシリアマスクが強烈な踏み込みから、プロボクサーも裸足で逃げ出す超速のマシンガンジャブを放つ。並の人間であれば前に立つだけで衝撃波にぶっ飛ばされる威力だが、鈴はその隙間を縫うように相手の懐へ飛び込む。

 間合いのない密着状態で放たれる寸勁は、一見地味だが人間一人ぐらい容易く昏倒させる。

 

「くっ……!!」

 

 直撃を受けたセシリアマスクは、よろけながらロープまで後退させられた。

 倒れないよう踏ん張るのが精一杯だった。

 

「ふぅー……参りましたわ。小さな体躯で凄いパワーですのね」

 

 セシリアマスクは両手を上げて降参の意を示す。が、鈴は構えを解かずにセシリアマスクへにじり寄っていく。

 

「……あの、鈴さん? わたくし、もう参りましたのだけれども」

「いや、でもあんたヒールじゃない? 降参した振りして不意打ちとかするかもって思って」

「練習でそこまでしません、試合ならともかく」

「いや、試合でこそするなよ」

 

 その後も数分の説得の末、そこでようやく構えを解いた鈴であった。

 

「案外と疑り深いですわ。鈴ちゃんはもっと竹を割ったような女の子だと思ってましたのに」

「誰が鈴ちゃんよ。そりゃ、一夏とのあんな試合を観てれば警戒もしたくなるわ」

「そういう割には、怪我の具合を確かめたいというわたくしの頼みは聞き届けてくださいましたわね」

 

 セシリアマスクは一夏との試合で負った全治三ヶ月の怪我を三週間あまりで完治させ、今は鈍った体の感覚を取り戻そうとしている。本人いわく、体調はともかく戦闘力はまだ五割程度らしい。

 勘を取り戻すには誰かと試合するのが一番と適当な相手を探していたところ、鈴の方からたまたまこの場所に逃げ込んで来たのだった。

 セシリアマスクの頼みを、鈴は少し考えつつも引き受けた。

 

「何か思うところでも? まあ、どうせラウラさん絡みでしょうけど」

「いっ!? な、なんで……!?」

「他にありませんでしょう? 風の噂によれば、後頭部にいいの喰らってノックダウンさせられたそうですわね」

「うっ……く、うるさいわね……! あんなの事故よ、事故!」

 

 正確にはラウラの攻撃ではなく、ラウラにISを破壊された束が勢いよく後頭部にぶつ当たったのだ。

 それでも気を失ったことは事実なので、鈴は食べられない草でも噛み潰したような表情でセシリアマスクから顔を背けた。

 

「そしてリベンジを果たすべく、同じようにラフファイトスタイルの私から対策を見出だそうとした。あわよくば月末のタッグマッチトーナメントのパートナーにでも勧誘するつもりだったとか、そのようなところでしょうか」

「エスパーか、あんたは!?」

「初歩的な推理ですわ」

 

 えっへん、と胸を張るセシリアマスク。篠ノ之姉妹や本音まではいかないが、立派なおむねがたゆんと揺れる。鈴の眉毛が僅かにつり上がった。

 

「と、とにかく理解しているなら話は早いわ。セシリアマスク、あたしのパートナーになって」

「おっけーですわ」

「そうよね、簡単に頷いてくれるとは思っていなかったわ。だけど、今は腕ずくでもYESと言わせて何ですって!?」

 

 もうちょっと渋られると思っていたのだが、セシリアマスクは意外にもあっさりと鈴の提案を了承してしまった。

 

「くっそ、色々と条件出してくるかもって身構えてたのに」

「こうして練習に付き合ってくれているだけでも感謝していますわ。……あの人は自分の目的が最優先のようですし」

「え?」

「何でもありませんわ~。さ、ぼちぼち続きを始めましょう」

 

 一瞬、ほんの僅かにセシリアマスクが憂いを帯びたように見えた鈴だったが、すぐいつもの飄々とした雰囲気に戻ったので気のせいだと思うことにした。

 二人はある程度の間合いを置いて向き合い、鈴は軽く一礼してから、セシリアマスクは無礼のまま四つに構えた。

 

「なんや、おもろそうなことやっとるやないけ。ウチも混ぜて~」

 

 しかし組み合おうとする直前、横合いから不意打ちに聞こえたコテコテの大阪訛りに、二人同時にその場から大きく飛び退いた。

 

「なんやねん、そんなビビらんでもええやろ。傷付くのう」

 

 コーナーポストに座り、スカートなのも気にせず大股開いた制服姿のラウラは、口許に亀裂が走ったような顔で楽しそうに笑っていた。




 ちょっと長めの会話パート。セシリアマスクが元のケビン並みに便利なキャラとなりつつある。

※一応、束と付き合って三年以上なのである程度は恋愛やら女心も実感として理解しているここでの一夏ですが、根っからのお人好し+フラグ体質はそのままなようです。


今回のネタ枠
---------------------------
初歩的な事ですわ
 シャーロック・ホームズの決め台詞。主に助手のワトソンぐらいにしか言っていなかった気がする。
 某スマホゲーでもホームズは活躍中なので、知ってる人も多いのでは?
 


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第16話 ワルキューレの奇行

 山田先生ってほぼ無改造だな。
 のほほんさんも一般人だな。


「甘いの~、セシリアちゃん。あまあまや~」

「くっ……」

 

 挑発的なラウラの言葉に、セシリアマスクは鉄仮面の下で声を詰まらせた。

 

「お言葉ですが、わたくしは『セシリアマスク』までが名前です。お間違えなく」

「いや、長いやん」

「でしたらもう『せっしー』でも『せっちゃん』でも結構です。ですが『セシリア』で切られるのはどうしても我慢なりません。吐き気がします」

「じゃあ、せっちゃん?」

「はい、何でしょうか?」

 

 前置きが長くなったものの、ラウラは若干視線を落としつつ、

 

「そっちのチョコレートパフェと交換してくれへん? これ、めっちゃ甘いねん」

 

 と、一口だけ食べたフルーツてんこ盛りカスタードパイを、申し訳なさそうに差し出した。

 

「仕方ないですわねぇ。良いでしょう、今日はラウラさんの歓迎会も兼ねていますから。ねえ、鈴さん?」

「……これ、どういう状況だっけ?」

 

 おもむろに話を振られた鈴は、テーブルに頬杖を突いた態勢で面倒くさそうに聞き返した。

 状況だけ言えば、学院から少し離れたちょっと高めのファミレスで、セシリアマスク、鈴、ラウラ、箒の四人が窓際の奥まった席で座っているだけだが、何故こうなったのかが当事者なハズの鈴にもイマイチ分かっていなかった。

 

「どういう状況って……昨日言った通り『打倒織斑一夏淑女同盟』の結成祝い、とついでにラウラさんの歓迎会ですわ」

 

 何故か偉そうにふんぞり返ったセシリアマスクに、ラウラが小声で「ウチはついでかいな」と不満を漏らしたが、セシリアマスクは華麗にスルーした。

 

 昨日の放課後、セシリアマスクと鈴のスパーリング中にやって来たラウラは、意外と真面目に練習に参加してきた。その後、休憩中に三人とも一夏を当面の敵として見据えていた事が分かったことから、セシリアマスクの発案で『打倒織斑一夏淑女同盟』は結成された。

 

 鈴は内心ラウラにも敵対心を抱いているものの、先のクラス対向試合で一夏と戦えなかったこと、そして天性の苦労人気質も合わさり、流されるままにここにいる。

 

 なお、箒については誰も呼んでないのにいつの間にか鈴の隣に現れていた。

 

「ラウラは甘いものが苦手なのか?」

「コッテコテのもんは性に合わん。スイーツより肉のが好きやわ」

「奇遇だな。ならば食堂のステーキランチセットはお勧めだ。肉も分厚くて美味い」

「ほー。さっすが金持ちやな、IS学園」

「すっかり打ち解けてんな、こいつら」

 

 鈴は箒とラウラのやり取りを見守りながら、この状況に居心地の良さと楽しさを覚えるのであった。

 

 

 そうして他のヒロインがワイワイやっている最中、さりげなくタッグマッチトーナメントのペアを組んでいた一夏とシャルルは、アリーナで普通に訓練していた。

 

 がむしゃらに突進してくる一夏を、シャルルはヅダの滅茶苦茶な加速性能に物を言わせて振り払う。

 後ろ向きに飛行しながら弾幕を張り続けるヅダ。一夏は弾丸を素手で叩き落としながら喰らい付こうとするが、お互いの間合いは離されるばかりだ。

 

「必殺技はどうしたの、一夏!」

 

 挑発してくるシャルルだが、この状態でかめはめ波を撃っても当たらないのは目に見えている。だが、打開策が無くもない。セシリアマスク戦のようにかめはめ波を推進力にすれば追い付くことは可能だろう。

 

 しかし、避けられてしまえば致命的な隙を曝すことにも繋がる。

 

(やっぱりこのままだと(・・・・・・)接近戦に持ち込むこと自体が難しいな。加速力が決定的に足りない)

 

 新たな戦法を必死に考えるが妙案はまるで浮かばず、一夏はすでに三十分以上も弾幕を防ぎ続けていた。

 アリーナの使用時間一杯までこれが続くかと思われたが、

 

『織斑! ちょっ、止まれ一夏!!』

 

 スピーカーからテンパったような怒声が響き、一夏とシャルロットは動きを止めて管制室を見上げた。

 

 そこには、顔を白黒させた千冬が、マイクスタンドを握り潰さんばかりにわなわなと肩を震わせていた。

 

「急に大声出すなよ、千冬先生……」

『お、お前ら、一体何をしている?』

「見ての通り、シャルロットと訓練だよ」

『だったらISはどうしたァ!!』

「ライト博士と束が調整中だよ」

 

 あっけらかんと答えた一夏は、今や飛行ユニットすら身に付けておらず、生身一つで空中浮遊を実現していた。ISの訓練やセシリアマスク達との試合で空を飛ぶ感覚を掴んだ一夏は、急速に舞空術を進歩させたのだった。

 

「だけどまだまだだ。ISどころか飛行機にも追い付けそうにない」

「でも、今日一日でずいぶんと飛べるようになったよね。私も教えてもらおうかな」

「ああ。ちょっとした気の操作だけだから、すぐに覚えられるはずだ」

『そんなすぐ人が空飛べるようになって堪るか!!』

 

 などと吠えていた千冬だが、アリーナの閉会時間に差し掛かる頃には、

 

「ハハハハハハッ! どうだ見たか!! これがブリュンヒルデと呼ばれた女の実力だ!」

 

 と思いっきりハイになってアリーナ中を飛び回っていたのだった。

 

「思いの外愉快なお姉さんだね」

「実は調子に乗りやすいんだよな~。性格とか結構ポンコツだし」

 

「ハハハハッ! ハーハッハッハッハ!!」

 

 心底楽しそうな千冬の高笑いは、いつまでもいつまでもアリーナに響き渡り、施錠担当の教員は千冬が正気に戻る午後十一時過ぎまで帰宅できなかった。

 

 

「で、本当に千冬先生を置いてきちゃってよかったの?」

「平気平気。むしろ付き合ってたら身が持たないぞ、熱中すると周りが見えなくなるタイプだから。ああなったら飽きるまでほったらかしておけばいいさ」

「……意外とドライだよね、一夏って」

 

 アリーナを後にし、更衣室へ向かう道中に一夏とシャルルは何の気なしに雑談する。その口振りは親しげだが、名前で呼び合うようになったのはタッグを組んでからのことだ。

 シャルルは昔に千冬がやらかした面白エピソードを紐解く一夏に話を合わせながら、どうにかエイジャの赤石について探りを入れるタイミングを計っていた。

 

 転校してからシャルルは基本的に一夏と行動するようにしている。時々、セシリアマスクと一緒に出掛けたりするが、束が近くにいる時は張りつきだった。

 束からは「一夏に気がある泥棒猫」程度に警戒されている。

 今のところ、シャルルが掴んだ赤石の情報はゼロだ。そもそも現物が束の手元に無いのだが、当然ながら彼に知る由はない。

 

(何度か束に話し掛けてはみたけど、あの社交性ゼロ女とはまともに会話が成立しない。となれば、アレ(・・)と親しい一夏か千冬先生か、あと箒さん辺りから情報を引き出すしかないけど……そもそもこいつらが赤石について知ってるのか怪しいんだよな)

 

 転入してきて半月以上経ち、最近は少女らしい振る舞いが自然に出来るようになってきた。が、そんなことばかり上手になっても嬉しくないし、男に戻ってからが心配だ。

 幸い、セシリアマスクの発案で一夏のタッグパートナーになる作戦は成功した。しかし捜査にまるで進展がないことに、シャルルも焦りを覚え始めてきたところだった。

 

(何かもう、直接質問した方が早い気がしてきた。一夏(こいつ)ならあれが盗まれた物だって知ったら協力してくれそうだし)

「……シャルロット?」

「なに?」

「こっちは男子更衣室だ」

 

 指摘された通り、シャルルはうっかり男子更衣室(元用具入れ)に踏み入っていた。

 

「え……あ、そっか。ぼ、ボーッとしてた」

 

 一夏に言われ、慌てて女子更衣室へ入り直したものの、やはりこれだけはどうしても慣れない。むしろ慣れてはいけない領域だとシャルルは考えている。

 時間的に誰もいないタイミングだが、それでも無駄なく一瞬で着替え、一秒でも早く部屋を出ようとした。

 

(……あれ?)

 

 ドアが開かない。電子ロックの解除ボタンを押しても、鍵が掛かったままなのだ。学園のドアは極一部を除いて電子制御タイプなのだが、たまに接触不良が原因で閉じ込められる生徒がいるらしい。

 

(安普請だな、何でもかんでもハイテクにするから)

 

 内心で毒吐きつつ、シャルルは深く深呼吸した。

 特別な呼吸によって肉体に波紋を起こし、生じたエネルギーを操る波紋仙道。今回は生体磁気を強化し、電子ロックを強引に外そうと試みる。

 

 だが、シャルルは溜めたエネルギーを拳に乗せ、背後から迫った殺気に向けて叩きつけた。

 

「チッ」

 

 謎の襲撃者は舌打ちしつつ、シャルルの拳を踏み台に跳躍。天井を足場に再度殴り掛かってくる。対してシャルルは、相手の勢いを逆利用するように頭突きで反撃。

 

「ぐわっ!?」

 

 襲撃者は鼻血を吹き出しながら、床面へ投げ出された。

 

「お前は……篠ノ之束?」

「ううっ、こいつ……データよりも数段強いじゃん!」

 

 血が滴る鼻を擦りながら、束は大きく飛び退きながら構え直した。頭に付けたウサミミ状の物体がピンと上を向き、背中のバックパックから二本の腕型マニピュレーターが挑発するようにシャドーボクシングをする。

 

「いきなり襲ってくるなんて、どういう用件ですか、博士?」

「ふん。分かってるだろ、この天才がお前の目的に気付いていないとでも思ってたのか?」

「……質問に質問で返すんじゃあない。それじゃあテストで点が貰えませんよ」

「生憎とこちとら学校の試験なんて馬鹿らしすぎて受けたことないんだよ。無記名白紙の解答でいつも0点だ」

「ああ、そうですか」

 

 軽口を叩き合う最中にも、シャルルは束との間合いを詰めていく。マジックハンドの拳が届く、ギリギリ一歩手前で一旦止まった。

 

「ところで話は変わりますが、今日はライト博士のところじゃあなかったんですかね」

「あ? この天才・束さんをナメんなよ。いっくんのISならこれ以上ないぐらいに完璧だっつうの。お前が気にする要素なんて1ピコグラムだってねーんだよ」

「そりゃあなにより。一夏も一安心だね」

 

 一夏、の名前を出した途端、束のこめかみが目に見えて引きつった。

 

「気安く人の男を呼んでるんじゃあないぞ、このジオニックがァー!」

 

 プッツン、とはこういう事を指すのだろう。束はドスの利いた雄叫びと共に、シャルルの間合いまで自分から飛び込んできた。普段の冷静さや飄々とした余裕などまるで消え失せ、ひたすら殺意と敵意を剥き出しにして殴り掛かった。

 

「ノラァ!!」

 

 怒号を乗せた最初の一撃を、シャルルはスウェーバックで難なくかわす。とばっちりを受けたロッカーが一つ、ハンマーで叩き潰されたようにひしゃげた。

 束はさらに、自分の拳とマジックハンド、合わせて四本の腕を駆使して追撃を仕掛けた。

 

「ノラ、ノラ! ノラァ!!」

 

 一発ごとにドスの利いた掛け声が、ロッカーやベンチを破壊する音に重なる。

 シャルルは束の攻撃をギリギリの間合いで避けつつ、狭い更衣室を動き回る。

 

「ノLaLaLaLaLaァー!!」

 

 ラッシュはさらに速度と鋭さを増し、同時にシャルルの逃げ道を塞ぐよう的確な位置に飛んでくる。威力にしても、常人ならば当たらなくとも風圧だけで重傷を負うであろう。

 

(おっと)

 

 気付けばシャルルは、部屋の隅っこまで追い詰められていた。

 

「取った! ノラァァッ!!」

 

 袋のネズミに必殺の一撃、束はマジックハンドの稼働領域をフルに使い、渾身の力を込めて振り下ろした。

 受け止めれば肉体が四散する。かといって左右は壁、正面には束、上からはマジックハンド。逃げ道は一見すると(・・・・・)無い。

 

「よっと」

 

 しかし、シャルルはその場で自分から仰向けに倒れると、床面をカサカサと滑るようにして束の股下を潜り抜けた(・・・・・・・・・・)のだ。

 

「なにっ!?」

 

 さすがの天才も人類がこんなゴキブリ染みた動きをするとは想像できず、シャルルは翻った束のワンピースの中──ド派手な黒のランジェリーを拝みつつ背後に回り込めたのだった。

 間髪入れず、右膝に込めた波紋を蹴りと共に束のバックパックにぶち込んだ。

 

波紋(オーバー)──疾走(ドライブ)!!」

 

 分厚い鉄の扉に鉄球でも叩き付けたような音が響く。

 衝撃波は束もろとも吹き飛ばして壁に叩き付け、バックパックが電流火花を散らしながら小爆発を起こす。同時にマジックハンドも機能を停止した。

 

「が、はっ……い、今の……は……」

 

 束がよろよろと立ち上がり、バックパックを脱ぎ捨てた。多少ふらついてはいたが、肉体のダメージは軽微なようだ。

 完全に逆上し、血走った三白眼でシャルルを見据えていた。

 

「完全に波紋が入らなかったか。バックパックに救われたな」

 

 シャルルは隙なく構え、束の殺気を受け止める。

 

「お、お前、今ぁ……」

「波紋だよ。覚えがあるだろ、お前は過去に一度か二度、受けたことがあるハズだ」

「お前ッ!! 今ぁッ!」

「……あれ?」

 

 何故だか会話が噛み合わない。むしろ頭に血が上りすぎてこっちの声が聞こえていないようだ。

 

「私のパンツ見やがったな!! これはいっくんの為に卸したばっかりなんだよ!! 他人が見て良いものじゃあないッ!!」

「えぇ~、そっちぃ~」

 

 そして、シャルルはこの発言でようやく、束の目的を察した。どうやら彼女は「自分の周囲を嗅ぎ回る目障りな邪魔者」の始末ではなく、もっと単純な「恋人にたかるお邪魔虫」を追い払いに来たのだ、と。

 ついでに言えば、束が世間に知られる『天災』という以上に、ただの一人の『女』であることに、シャルルは奇妙な可笑しさすら覚えていた。

 

「ニヤついてんじゃねえよ、このダボが! 男だって証拠バラ撒いて世間的に抹殺するだけにしようと思ってたけど、もう遠慮しない! 心身ともに再起不能にしてやる!」

「あ、男だってことは気づいてたのか」

「死ねぇぇぇぇーっ!!」

 

 完全なる狂戦士と化した束はそのまま飛び掛かって来るかと思いきや、どこからか銀色のベルトのような装飾品を引っ張り出す。ISによって量子化させていたものだ。

 赤い風車状の機関を中央に、向かって右側に緑と紫、左に赤と青のボタンのような物が付いている。

 ベルトを腰に巻いた束は、右手を腰だめに、左手を前方に突き出した態勢で精神統一する。

 

「……変身!」

 

 掛け声と共に左手をベルトの右側へ下ろし、そこにあったスイッチを押した。

 

 風車のような機関が高速で回転し始めると、篠ノ之束の姿がみるみる変わっていく。

 

 黒のアンダースーツに、分厚い筋肉のような白いプロテクター、額に短い二本角を持つ赤いバイザー付きのヘルメット。

 ある種の強化戦闘服のようだが、ISとは規格からして異なる代物のようだ。

 

「このスーツはISの本来の用途から戦闘能力だけを抽出した、謂わば完全戦闘用IS!! 名付けて『空牙』だ! まだ試作品だけどな」

 

 試作品と言いつつ、高らかに告げる束には空牙に対する絶対的な自信が見てとれる。

 

「それが切り札ってことか。面白いじゃん、あんた」

 

 シャルルもまた、束に対して不敵に笑い掛けながら、サイドポーチに忍ばせていた秘密道具――特製のシャボン玉溶液を取り出す。

 

「じゃあ、こっちも切り札の一つぐらい見せないとね」

「余裕こいてんじゃねえよ、ジャリが! いっくんには指一本触らせねえぞ、オカマ野郎!」

「……とりあえず、その誤解を解くためにも大人しくなってもらうよ」

「出来るものかよ!!」

 

 互いに戦う理由が噛み合わないまま、第2ラウンドの火蓋が切って落とされたのであった。




 束さん、まさかの本気モード。ガラの悪さは微妙にジョジョの悪役に侵食されているかも。
 こちらで先に解説しますが、空牙の元ネタは日曜朝に帰ってきた平成最初のテレビシリーズ、仮面ライダークウガです。試作品なのでグローウィングフォームの白。
 束の変身ポーズの腕の動きが左右逆なのは、束のキャラクター的にショッカーライダーのような偽物・悪役感を出させる為。また仮面ではなくヘルメットなのは生身の人間が武装を装着しているだけなライダーマンをイメージしました。

 あとラウラの言動はいつもの兄さんっぽいけども、付き合いの良さは0の兄さんだったりします。微妙に西谷っぽくもあり?
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今回のネタ

淑女同盟
 特定の元ネタがあるわけではなく、セシリアマスクが適当に付けた名前。しいて上げるなら「ハロー・レディ」だろうか。


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第17話 天才VS天才

 前回のあらすじ。
 束がキレた。


 先に仕掛けたのは束だった。

 戦闘特化型ISというのは伊達ではないようで、空牙を身に纏った束のスピードは生物としての限界点を容易に上回っている。

 

 対するシャルルは、シャボン玉溶液の袋を両手で押し潰していた。両手から溢れた溶液が袖から襟から上着全体をベトベトにし、その状態で待ち構える。

 同時に特殊な呼吸によって、全身に漲る波紋の力を急速に高めていった。

 

「シャボンガード!」

 

 波紋によって開いた両手からビーチボール台の巨大なシャボン玉が発生、束のパンチを真っ正面から受け止めた。

 波紋の流れたシャボン膜は強度と弾力を併せ持つ緩衝材となり、攻撃を無効化した。

 

「味な真似をっ!」

 

 束は怯まず、さらなるパンチとキックをくりだした。ラッシュの速度はどんどん増すが、じわじわと巨大化するシャボン玉が攻撃をことごとく跳ね返す。

 

「だったLaaaaaaaaaa!」

 

 束は一度壁際まで飛び退くと、両手を開いて腰を落とす。右足首のアンクレットに嵌まったクリスタルが、白から赤へ変じる。

 

(この気迫、危ないな!)

 

 警戒を強めるシャルルに向かい、束は力強く走り出した。

 

「ノラァァァァァッ!!」

 

 雄叫びを上げて跳躍した束は、空中で前方へ一回転した勢いを加えて必殺のキックを放つ。

 シャボン玉がキックを正面から受け止めた。

 シャボン玉の直径は、今やシャルルの身長よりも大きい。だが、推定15トンは下らない束のキックを受け止めるには至らず、常人なら気絶必至の破裂音を炸裂させ砕け散った。

 

「がァっ!?」

 

 多少は威力を減退させたというのに、キックの衝撃はシャルルを壁に叩きつけるに留まらず、突き破って部屋の外まで吹き飛ばした。

 瓦礫と共に廊下に投げ出されたシャルルに、束は一足飛びに近付いて拳を振り下ろす。狙いは顔面だ。

 

「ふっ!」

 

 が、当たる直前に頭を左へずらしてギリギリ回避し、シャルルは束の手首と肘を抑えた。さらに両足を振り上げて相手の首に引っ掛け、腕と首を同時に極める。

 そのまま相手を倒せれば、腕ひしぎ逆十字固めが完全に決まる。

 

 はずだった。

 

「しゃらくせえ!」

 

 束は逆にシャルルの顔面を鷲掴みにすると、力任せに床へ叩き付けた。

 アリーナ全体が打ち震える衝撃に地下の土台まで粉砕され、周りの壁にまで亀裂が走る。

 シャルルの体は床を何度もバウンドさせられながら廊下の端まで到達、突き当たりの壁も破壊して屋外に飛び出してようやく止まった。

 

「っっっっったいじゃないかッ! あのアマ!!」

 

 背中を強か打ち付けたシャルルだが、すぐさま起き上がって突進してくる白の戦士を待ち構える。肋骨やら内蔵が軋むように痛むが、気にしている余裕などない。

 

(地上を走ってる……ISだけど空は飛ばないのか。けど近距離での動作性能やパワーは超人レベルだ。これもう、様子見とかしている場合じゃないな! こうなりゃもう、ぶちのめして赤石について直接聞き出してやる!!)

 

 第二世代型IS程度ならいくらでも処理できるが、束の空牙はもはやISと呼べる範疇にない兵器のようだ。稀代の天才の本気度が伺い知れる。

 シャルルの目の前まで迫った束が、大振りながら鋭いナックルアローを放つ。

 対してシャルルも拳を振るうが、踏み込みも拳を突き出す速度も束が圧倒的に上だ。

 

(でも、迂闊なんだよっ!!)

 

 だが、先に相手の顔面を捉えたのはシャルルだった。

 

「なにっ!!」

 

 錯覚でなければ、シャルルの腕が伸びて一瞬早く束に届いた。関節を外し、その分だけ腕のリーチを強引に伸ばしたのだ。

 そして、シャルルはシャボン溶液で濡れた(・・・・・・・・・・)空牙の白い装甲に波紋を流す。

 まるで高圧電流を流し込まれたようなショックを受け、束──いや、空牙の動きが僅かの間停止した。

 

「な、なに──!?」

 

 システムが完全にダウンし、あらゆる入力を受け付けない。一秒もあれば復旧可能な障害、しかしシャルル相手に一秒というのは充分すぎるほどの隙となる。

 

 シャルルは相手の懐まで潜り込み、渾身のジョルトブローに波紋を乗せてぶち込んだ。

 ヅダを操る時と同様、波紋がISコアを狂わせ、空牙が強制解除されていく。無防備の生身を晒した束が呆然と立ち尽くす。

 そんな束の顎をシャルルは容赦なく掌底で殴り、地面に組伏せてから両腕の間接を極めて自由を奪った。

 

「ぐっ……ド畜生がっ……」

「天才って言っても、頭に血が上ってるとこんなもんか。シャボン玉を割られるのも予想の内だったんだ。装甲に付着した液に気付かなかったのもそうだけど、ISにとって波紋が天敵だってことも忘れてただろ」

「いや、そんな設定は初耳なんだけど……って、波紋!?」

「だから、さっきそう言ったじゃあないか。聞いてなかった?」

「えっと……あ~……つまり、そういうことか……だからスピードワゴンが……納得」

「いや、一人で納得するなよ」

 

 ようやく自分の迂闊さと、現在の状況にまで考えの及んだ束は、抵抗するのも馬鹿らしくなって全身の力を抜いた。

 束は押さえ付けられたまま普段の、どうでもいい相手に向ける非人間的な視線でシャルルを見上げた。

 

「エイジャの赤石なら私の手元に無いよ。ワイリーってジジイに盗まれた。で、女装してIS学園(こんなとこ)まで来て、知りたかった情報ってこれだろ。回りくどいな、最初に訊きに来いよ」

「…………」

 

 頭が冷えると話が早い。しかも図星まで一緒に突いてくる。

 しかし物言いがムカついたので、意味もなく波紋を流してやった。

 

「あだだだだだっ!? い、言っとくけど、その件についてはついこの間いっくんとちーちゃんからもこっぴどく怒られてんだ! 今さら嘘なんて吐くかよ!!」

 

 そこまで言う以上は事実なのだろう、とは思うのだが、女装(こんな格好)までして「はい、分かりました」と引き下がれないシャルルである。

 

「……そのワイリーってのはどこに?」

「だから今探してんだよ! いっくん達と、あとワイリーと知り合いだっていうライト博士にも協力してもらって──だからもう波紋は止めろ!」

「……はあ。なら、僕も一枚噛ませろ。嫌とは言わないよな」

 

 大きな溜め息を吐いて、シャルルは渋々と束を解放した。

 

 立ち上がった束は外されていた肩関節を自力で治すと、舌打ち混じりに首を竦めた。

 

「噛むのは良いけど、このあともお前、その格好で学園に通うつもりか?」

「えっと、それは……」

「忠告するけど、学園にいる間はシャルロットで通した方が身の為だ。お前、現状何回女子更衣室で着替えしたか覚えてるか?」

「不可抗力だよ!」

「どうだか。さる情報筋によれば、うちの妹をじーっと見てたって……ちょっと待て、落ち着け、拳を構えるな!」

 

「おーい、お前ら! これはどういう状況だ?」

 

 騒ぎに気付いた一夏がちょうどそこへ駆け付けたものの、開口一番に「またうちの束がやらかしたのか」とシャルルに尋ねた為、束は恋人からの信用度の低さに精神的にも大打撃を喰らったのだった。

 

 

 ここは成層圏よりさらに上、制止衛星軌道上に建設された、どこの国にも属していない宇宙ステーションである。

 表面はエネルギーフィールドを鏡のように張り巡らすことで視覚的にもレーダー上でも極めてステルス性の高い構造をしており、各国の情報網は愚か束を初めとする天才連中からも存在を隠し続けている。

 

 この宇宙ステーションを拠点とする老人は、手の中に赤く輝く大粒のルビーのような宝石をもてあそび、巨大モニターに映されたウサミミ着けた女を観ていた。

 

 老人の名はアルバート・W・ワイリー。

 

「君があのくそったれライトと手を組むとはな。これも運命か」

「運命、か。ずいぶんとセンチな発言をするな、ダディ」

 

 ワイリーの傍らの人影が、鼻で笑うように言う。人の形こそしているが、それは人間ではない。ワイリーによって作られたロボットの一体だ。

 

「ククク。あの子もワシにとっては孫娘のようなものだからかな。それよりもジュニアよ、例の連中から次の依頼があったぞ。アメリカに仕掛けるらしい」

「私も出撃するか?」

「それはまたの機会だ。今回も我らは高みの見物といこうじゃないか」

「ふん」

 

 ジュニアと呼ばれた長身の白人男性型アンドロイドは、詰まらなそうに鼻を鳴らす。ふと、サングラスの奥の赤い瞳が、モニターに現れた少年の姿を捉える。

 

「……ただ待っているのも退屈だね。少し出てくる」

「あの少年が気になるか?」

「少なくとも、今の私とであればいい試合が出来そうだ」

 

 アンドロイドは後ろ手に手を振り、部屋から出ていった。

 

「さて。ワシのジュニアは凶悪だぞ、束君。君のボーイフレンドは果たして生き延びられるかな?」

 

 エイジャの赤石を握りしめるワイリーは、一見好好爺を思わせる無邪気な笑顔で、モニターの向こうで恋人の首に抱き付く束を見守っていた。




 ストーリーを進める為だけの17話。

 シャルルが「シーザー+ジョセフ」みたいになってきたかな、口の悪さとか。原作も策略家っぽいキャラだし、腹黒いイメージはあるけど、なんだこれ?

 ちなみに、この物語中におけるISが持つ最大の利点とは「高速で飛行できる」ことと「非常に高性能な宇宙服である」という部分だと思われます。ただ「戦闘機より強いISよりもっと強い生身の超人」がいるだけで、兵器としても非常に有用であるのは原作と同じです。

 余談ですが、原作のワイリーに息子はいませんが、この「ジュニア」はオリジナルキャラではありません。ISのキャラではありませんが。


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第18話 強い雑魚

 話が徐々にシリアスに……なるような、ならないような。
 でも大丈夫、セシリアマスクと真島ラウラがいれば笑いには事欠かないハズ!


 シャルルと束が殴り合った翌日の放課後。

 一夏、千冬、シャルルはトーマス・ライト研究所にて、波紋戦士の総大師・リサリサとモニター越しの会談を行っていた。

 なお、肝心の束は前日のうちにチベットに飛んで誠心誠意謝罪しており、今はモニターの向こうでリサリサの後ろに控えている。

 

(だって、そうしないとお父さんに言いつけるっていうんだもん……)

 

 という内心の不満をおくびにも出さず、束は大人しく座っているのだ。

 

『初めまして、千冬さん、一夏さん、ライト博士。私が波紋戦士の長、リサリサと申します。以後、お見知りおきを』

 

 リサリサは一見すると二十代後半の女性だ。だがシャルルによれば実年齢は五十代を越えているらしい。若さの秘訣が波紋だと知り、一夏も含めた全員が修得できないものかと虎視眈々狙っているが、今のところは大人しくしている。

 

『昨日のうちにシャルルと篠ノ之氏から事のあらましは伺いました』

「はい。この度はうちの束が本当にご迷惑をお掛けしました」

『いいえ、こちらもシャルルを送り込んだので。……むしろ世間的にはこちらの方が問題行動でもありますから』

 

 頭を下げる織斑姉弟に、リサリサもばつが悪そうに首を振る。

 すでにこの会談の出席者全員にとって、シャルルの性別は既知の事だ。が、飽くまで『シャルロット・デュノア』として学園に在籍し、ジオン公国の代表候補生の肩書きで来日している以上はおいそれと女装を解くわけにもいかず、未だにスカートを履いたままなのだが。

 

『当面はワイリーについて情報を集めつつ、敵の出方を待つ。そういった方針でよろしいですね』

「はい。現在、束のネットワークやライト博士のコネクションを広く使ってワイリーの身元を捜索しています」

『分かりました。今後はスピードワゴン財団の情報網も使いましょう』

「ありがとうございます。……束」

 

 呼び掛けられた束は、画面の向こうで手をヒラヒラと振る。

 

『ブラックオックスから回収できたデータは、全部財団に渡したよ。それと、長距離通信用に新型のISもいくつか提供しておいた』

『目に見える誠意、というやつですね』

「リサリサ先生、そういうことは言わぬが花です」

 

 慣れた様子でツッコミを入れるシャルルに一夏は苦笑するが、千冬とライト博士の反応は微妙だ。一応の和解は成立しているとはいえ、まだそこまで気安くなれる関係ではない。

 

『それじゃ、束さんはもう少しこっちでやることがあるから。いっくん、寂しくても我慢するんだよ?』

「そっちもな、辛かったら言えよ? すぐ清十郎さんに伝えるから」

『いっくんっ!?』

「それには及ばない。束が悪さした時ように師匠直通電話が向こうに常設されているからな」

『ちーちゃんんんんっ!?』

 

 束に対して身内からの信頼が著しく低いことが再確認されたところで、今回の会談はお開きとなった。

 

 

 

「それにしても……」

 

 会談が終わった後、千冬がライト博士と一緒にスピードワゴン財団の使者を向かい入れる準備があるので研究所に残り、一夏はシャルルと二人で学園への帰途に着いた。

 その最中、一夏はシャルルの顔を見つめながら首を捻っていた。

 

「何だよ、気持ち悪いな」

「悪い。でも、何度見ても『シャルロット』だなって」

 

 一夏も少しは気を使い、男だ女だという部分は一応ぼかして伝えた。

 

「……スカート履いてるからね」

「そういう問題か? 骨格レベルでシャルロットじゃないか? てか、シャルロットが実はシャルロットじゃないって聞かされても、やっぱり俺にはシャルロットにしか見えない」

「シャルロットシャルロットうるせえよ、クソイケメン」

 

 シャルルは眉間にシワを寄せた。ようは遠回しに男に見えないと言われているのだ。慣れてはいても気分の良いものではない。

 

「しかしなあ。普段のお前を見ててもシャルロットにしか見えなかったし、クラスでもお前をシャルロットじゃないって思ってる奴なんていないと思うぞ。シャルロットがシャルロットとして更衣室とかトイレとかにいてもみんな『なんだ、シャルロットか』って気にしないぐらいにお前は完璧なシャルロットだった」

「だーかーら! もうシャルロットって単語がゲシュタルト崩壊しそうだから! 何なの、さっきから? しつこいよ、お前!?」

「……もしかして、それが素のキャラクターなのか?」

「え……あ、ち、ちょっと待って!」

 

 シャルルは一夏に背を向けて、上着の内ポケットから手帳を取り出す。

 

「えーっと……あ~、そうそう。シャルロットって確か……」

 

 何事か確認し終えたシャルルは、学園で見せる『シャルロット』の表情で一夏を見上げた。

 

「も、もうイヤだな~、一夏ってば。私はれっきとしたシャルロットだよ? それにシャルロットはシャルロットであってシャルロット以外の何者でもないんだから」

「え、もしかして今のってキャラの設定表か何か!? シャルロットのキャラを確認してたの、今!?」

「も~、一夏? シャルロットの秘密を覗こうとしちゃ駄目なんだからね」

 

 手帳への興味をやんわりと制してくるシャルルだが、その手が波紋のエネルギーでバチバチ光っていた。見たら殴る、という意思表示である。

 

「……悪かった。お前はお前だよ、その……」

「シャルルでいいよ、今は二人だし。こんなときぐらいは力を抜いていたい──」

「おー、一夏ちゃん! みぃつけたぁ~!」

 

 言った側からシャルルは速攻で『シャルロット』に擬態するのであった。

 その直後、近くのビルの屋上から小柄な人影が二人の前にストンと降り立つ。

 コテコテの大阪訛りで予想がついていたが、ラウラ・真島だ。

 

「おいっす、一夏チャァ~ン! あとシャルちゃんも」

「よお、どうしたんだ、ラウラ」

「聞いたで、一夏ちゃん。昨日、アリーナで千冬センセに空の飛び方教えたそうやないの。それ、ウチにも教えて~な」

 

 妙なしな(・・)を作ってみせるラウラ。小柄なせいで何もしていなくても上目遣いになる彼女である。赤い瞳を潤ませて甘えてくる仕草の破壊力は凄まじい。

 

「おう、いいぞ」

 

 が、ハニートラップなど無関係に一夏は快諾するのだった。

 なお、その後ろで相手にされていないシャルルが物欲しそうにラウラを見ていたが、気付くものはいなかった。

 

「話が早い男は好きやで。ほな、アリーナ行くで。もうみんな待っとるからな」

「……え、みんな?」

 

 

 赴いた第4アリーナ。ラウラの言う『みんな』というのを『最近仲良いし、箒達かな』などと軽く考えていた一夏の予想を裏切り、待っていたのは優に一学年分に迫る女生徒だった。

 IS用のピッチリアンダースーツに着替え、一夏が現れると一斉に色めき立つ。

 

「みんな~、一夏ちゃん連れてきたで~」

「よっ、待ってました!」

「織斑く~ん!」

「……アイドルの追っかけかよ、こいつら」

 

 黄色い声援にうんざりした表情のシャルルであるが、当の一夏は満更でもなさそうに手を振り替えしている。思わず後ろから張り倒してやろうかと思ったが、それではまるで『モテモテな主人公にヤキモチ焼くあまり暴力を振るうヒロイン』のようなので、グッと堪えた。

 

(代わりに今の一夏の様子を録画して、篠ノ之束に送りつけてやろう)

 

 微妙に卑屈な嫌がらせを思い付いて、ISのカメラを起動させるシャルルであった。

 

「で、ここにいるみんな、舞空術の希望者?」

「ほとんどはあんたに構ってもらいたいっていう、ミーハーな連中よ」

「鈴! ……何か久し振りだな」

「いや、今日も教室で会ったでしょうが」

「だけどお前、思ってたより出番が少ないから」

「はあ?」

 

 酢豚(アイデンティティー)を失った鈴ちゃんに要らぬ気遣いを回す一夏だった。

 

「ちなみに、鈴がいるのだからもちろん私もいるぞ」

「箒」

「私もだ」

「簪」

「私も」

「岸波まで……」

「やはり舞空術か。私も練習しよう」

「花京院。……えっ、花京院!?」

 

 何故か一夏と箒、鈴の幼馴染みである花京院典明が当たり前のように混ざっていた。

 一夏にとって小六の春以来の再会だ。

 

「実はついさっき街中でバッタリ出会してね。あんたに会いたがってたから連れてきた」

「鈴に無理を言ってしまったが、ちゃんと学園の許可も取ってある。それより、水臭いじゃあないか。日本に戻っていたなら教えてくれてもよかっただろう?」

「悪い悪い、つい」

 

 突然だが、花京院典明は超能力者である。

 幼い頃から親にすら理解されない秘密を抱え、孤独感を抱えていた花京院だったが、何故か一夏には彼の能力が漠然と理解できた。

 花京院は初めて、自分を本当に理解出来る相手と出会えたと思い、以来一夏を一方的に親友と呼んで慕っているのだ。

 また、友人を得てから花京院は自分以外の誰かも他人には理解しがたい孤独感を抱えていることを知り、徐々に明るい性格へと変わっていった。今ではゲーム好きのイケメン『ゲーセンの貴公子』として、近所の子供になつかれている。同学年の女子には「顔はいいけど超にドが付くオタクじゃん」と敬遠されているが、本人は気にしていない。

 なお、その後に転校してきた鈴も花京院の守護霊的な存在に気付いたことから仲良くなり、一夏がいなくなって塞ぎ込んだ箒を共に励ましたのであった。

 

「積もる話もあるが、今は女の子達が待ってるだろ。また今度、ゆっくり話そう」

 

 そう言って、花京院は連絡先だけ交換して去っていった。

 

「あれ、飛ぶ練習するんじゃないのか?」

「知らない人ばっかで緊張したんでしょ。次の休みにでも声かけてあげなさいよ。それはそれとして、ボチボチ始めましょ」

「そ、そうだな」

 

 鈴に促され、一夏による舞空術講座が始まったのだった。

 

 

 その頃。舞空術講座に参加していなかったセシリアマスクは、生活備品を買う本音に付き合って街に出ていた。

 

「せっしーは何も買わないけど、いいの?」

「暇だったのでご一緒しただけですもの。今日はシャルロットさんも鈴さん達も用事があるとか無いとかで、誰も捕まりませんでしたから」

「用事が無いのに捕まらなかったんだ……」

 

 本音はちょくちょくセシリアマスクと遊びに出掛けたり、暇そうにしているセシリアマスクと世間話をする程度に交流がある。最初は得たいの知れない不気味な相手のように思えたが、最近は他に得難い個性的な友人のように思えてきた。

 

「買うものはこれで全部ですの?」

「後は薬局かな。新しい歯ブラシと、トイレに置くだけで掃除できるやつに……? どうしたの、せっしー?」

 

 ふと立ち止まったセシリアマスクが、通りの向こうを睨んでいた。鉄仮面で表情が窺えないが、全身に殺気がみなぎっているので睨んでいるのだろう。

 本音もセシリアマスクの視線を追う。

 

 通りの向こうにいたのは、背の高い白人男性だった。体格も非常に良く、金髪のオールバックにサングラス、季節外れの黒いロングコートと威圧感の塊のような男だ。

 そのサングラスの下で、赤い瞳が文字通りに発光した。

 

「ひっ……」

 

 思わず悲鳴を上げそうになった本音を庇うように、セシリアマスクが前に出た。

 男がガードレールを跨いで、行き交う車の隙間を縫うように車道を横切ってくる。

 

「本音さん、急いで誰か……出来れば織斑姉弟のどちらかを呼んできて頂けますか?」

「えっ、え?」

「お願いしますわ。わたくしが生き残っている間に」

 

 セシリアマスクが本音の背中を強く押し出す。戸惑いながらも本音は、最後に一度だけ振りむいてから全速力で駆け出した。

 サングラスの男はもう、すぐ目の前まで迫っている。

 

「聞いていた話と違ってお友達思いだな。イギリスIS界の代表候補生、セシリアマスク・オルコット」

「その代表候補生に殺気まみれで近づく無作法ものはどなたかしら? 名前ぐらい名乗ってもよろしくてよ」

「これから死ぬ君に名乗っても仕方あるまい」

 

 次の瞬間、周囲にいた人間には男の姿が消失したように見えただろう。

 男は常人では黙視不可能な速度でセシリアマスクの背後に回り込み、空気との摩擦で手袋が赤熱するほどのパンチを繰り出した。

 しかし、そこは超人セシリアマスク。男の動きに追従し、振り向き様に拳を拳で迎え撃つ。

 

 ぶつかり合ったパンチが衝撃波を生み、周囲のショーウィンドウが一斉に割れた。

 二人を中心とした地面に亀裂が走り、陥没する。巻き起こった突風に煽られた通行人が転倒し、ハンドルを取られた車がガードレールに衝突した。

 

 爆心地の二人は、お互いに拳を突きつけ合ったままにらみ合う。その間にも辺りに悲鳴が木霊し、通行人が我先にと逃げ出していく。

 

「く……!? なんですの、このパワー!?」

「ククク、こんなものは序の口だ」

 

 男は質問に答えることなく、今度は鋭い爪先でセシリアマスクの顎を狙って蹴り上げてきた。

 セシリアマスクは自ら跳躍して蹴りを避ける。だが、掠めた風圧だけで髪や制服の一部が切り裂かれた。素顔であれば面を割られていただろう。

 男の猛攻は続く。またもや瞬間移動めいた速度から掌底打を繰り出し、防御したセシリアマスクは上腕骨に亀裂を入れられた。

 続く下段、中段、上段の三連キックも、ガードした手足にダメージを負う程に強烈だ。

 動きが鈍ったセシリアマスクを、男は大降りのテンプルフックで仕留めに掛かる。直撃すれば鉄仮面ごと頭蓋骨を砕かれるのは目に見えている。

 

「死ね」

 

 男が冷酷に告げた、その刹那。

 セシリアマスクの全身が白く輝いた。

 構わず放たれる男のフックは、高い強度を持つ物体によって阻止された。

 

「……久し振りに、貴女に頼らせて頂きますわね、ブルー」

 

 セシリアマスクは、蒼き装甲を纏った右腕で男を無造作に殴り付け、勢いのまま対面の店舗までぶっ飛ばす。

 しかし男は空中で身を翻してあっさり着地を決め、姿を変えたセシリアマスクを静かに見据えた。

 

 ISを展開したセシリアマスクは、急速上昇しながら口径が本人のウェストぐらいはある二丁のライフルを構え、男に狙いをつけている。

 

「それが噂の専用機、ブルーティッシュティアーズか。こんな街中でフル装備など出して良いのかね」

「ふん。貴方を排除するべき敵と判断したまで、ですわ。第一……」

 

 今しがた、男のフックを受けたISの頭部装甲は、無惨にひしゃげていている。

 

「シールドを貫く打撃力、それと不自然に重いウェイト……貴方、サイボーグか完全なアンドロイドですわね。生身でやり合うほど酔狂ではありませんの」

 

 セシリアマスクは挑発的にニヤリと笑ってみせた。

 男もまた、意外だとばかりに眉を吊り上げる。

 

「ご明察の通りだ。ただ高飛車な小娘というわけでもないのか」

「お生憎様ですわ! これでも殿方を見る目はあるつもりですので!!」

 

 セシリアマスクは躊躇なく、上空から引き金を引いた。

 

 競技用ではない、完全な破壊を目的とした出力の荷電粒子光が、夕方の街を蒼白く染める。男がいた場所から数メートルの路面が蒸発した。

 

 黒煙を噴き上げる地面を見つめながら、セシリアマスクは油断なく構える。直後、ハイパーセンサーが上空から接近する物体を捉えた。

 セシリアマスクは視認する前に再度引き金を引く。

 荷電粒子のレーザーは、空中で自在に軌道を変えるサングラスの男に回避され、成層圏へと消えていった。

 

「空まで飛びますのね!」

 

 セシリアマスクはその場からブーストを吹かして離脱し、男目掛けてビームを撃ち続けた。

 しかし、男はレーザーの弾幕を軽々と避け、セシリアマスクとの間合いを徐々に詰めてくる。

 

「ブースト掛けても機動性は向こうが上……運動性能も負けている、となれば」

 

 ライフルをストレージにしまい、スカート状に装着していた移動砲台を起動させた。一夏との試合で使ったものよりも、一回り以上大きい。

 さらに大振りの実体剣を両手に出現させる。刀身にビームを纏わせることで切れ味を増すタイプの武器だ。

 

 セシリアマスクは無数の移動砲台で弾幕を作り、サングラスの男へ真っ向から斬りかかった。

 ビームの射線をマニュアルによる精密操作で調整して相手の逃げる隙間を奪い、真正面からぶつかりにいく。

 

「切り捨て!!」

 

 二刀を交差させて、加速しながら振り下ろす。

 

「ごめんあそばせっ!!」

 

 すれ違い様、音速を遥かに超えた斬撃が、Xの形に閃いた。




 試合前の一夏とラウラの因縁付けがしたかったのに、転入初日の乱闘以降のラウラが大人しすぎる。というかどのキャラもひょうひょうとし過ぎて雰囲気が全然ギスギスしてくれない。

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今回の小ネタ

花京院典明
 ジョジョの奇妙な冒険より。第三部『スターダストクルセイダー』の主要キャラクター。花形満みたいな髪型した伊達男で、仲間想いだが敵には容赦しないタイプ。最終決戦における彼の献身は、涙なしには観られない。
 今回登場した花京院はまだ高校一年生。この世界にもDIOがいるとしたら、この約一年後にエジプトを目指して旅立つことになる。 
 ちなみに『スタンドはスタンド使いにしか見えない』と原作では言われていますが、ジャンプオールスターズゲームでは普通にみんな見えているようなので『ジャンプナイズドされているキャラにはスタンドが理解出来る』という、設定です。

ブルーティッシュティアーズ
 セシリアマスクの専用機。概要は「ティアーズ」と同じだが、あちらと比べて砲身の口径と出力が大幅に増している他、主武装がビーム発信器搭載の実体剣になっている。どこぞのニュータイプよろしくビットで牽制→剣でトドメというのが必殺殺法。
 名前を直訳すれば『獰猛な雫』になる。決して『青いちり紙』ではない。


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第19話 W

 前回までのあらすじ。
 セシリアマスクが大ピンチ。


 大気そのものが弾け飛ぶような衝撃だった。

 

 セシリアマスクが放つ渾身の二刀X斬り、ISを絶対防御もろとも両断する為、試合では使えない必殺技だ。

 

 それが片手一本で無造作に受け止められ、セシリアマスクは仮面の下で表情を凍りつかせた。

 

「手緩いな」

 

 男は二本のブレードを交差点でまとめて掴んで受け止めており、そのままクッキーでも砕くように握り潰してしまった。

 セシリアマスクは破壊されるブレードを手放して距離を取り、銃身を畳んだ連射モードのライフル二丁を両手に呼び出す。さらに、移動砲台で自分の周囲を取り囲んだ。

 

「守りを固めればどうにかなるとでも?」

「うふふ、確かにわたくし一人では勝ち目がありませんわ。けれどもすでに助けは呼んでありますので、到着まで粘れば良いだけです」

 

 半分は救援が来ることを知った敵が撤退してくれる事を期待して、セシリアマスクは挑発的に嗤う。もう半分はやせ我慢だ。

 

「それと、もう一つ分かった事がありますわ。貴方、その見た目ですけれど中身はISですわね。むしろアンドロイドにISの機能を持たせた、といったところでしょうか」

「フン。それが分かったところで何だというのだ?」

「重要ですわ。だってわたくしの仲間は、普段の言動はともかくお人好しばかりですもの。けれど人形と知れていれば遠慮は不要ですわ」

 

 不敵な笑みのセシリアマスクに、男はオールバックを両手で撫で付けながら、つまらなそうに鼻を鳴らした。

 

「苦しいときは仲間頼りか。英国貴族の誇りはどうした?」

「一人でいくら意地を張っても仕方ありませんもの。それに、誰かに助けられたらその分まで誰かの助けになればよろしいのではなくて? まあ、わたくし、あまり人に頼られる事が無いのですけれども」

「食えないお嬢さんだ」

 

 話している最中に、セシリアマスクは三基の移動砲台のジェネレーターを暴走させて射出させていた。同時に、最高速で後ろ向きに飛びながら手持ちのライフルと残りの砲台で一斉に弾幕を張る。

 特攻をさせた移動砲台は男の手刀であっさり切り払われ、四散する。

 

(動かない?)

 

 そのまま追い掛けてくるかと思われた男は、襲い来る荷電粒子のシャワーを前に空中で棒立ちのままであった。

 ところが直撃コースだったビームは男の体をすり抜け、いくら銃撃しても傷一つ負わせられない。

 特殊な防御フィールドを疑ったが、すぐに違うと気付く。何てことはない、ただビームを最小限の動きで避けているだけだった。

 

(なるほど、あまりに動きが素早く精密なせいで、止まっているように見えているだけですわ! そしてこちらをわざわざ追わないのは──)

 

 さらに六基の砲台を特攻させたセシリアマスクは、体を反転させると同時に全身のブースターを背面へ集約させ、IS学園へ向かって自らを射ち出した。

 あまりの急加速に骨が軋み、食道から鉄錆た臭いが込み上げる。だが気にしてはいる余裕などない。こちらはまだ敵の射程内(・・・・・・・・・・・)なのだ。

 

(鈴さん……っ)

 

 ふと、小さくても元気いっぱいな少女の姿が掠めていった。

 

(ごめんなさい、せっかくパートナーになってくださったのに……)

 

 ハイパーセンサーが背後の様子を映し出す。

 サングラスの男がセシリアマスクへ向ける人差し指の先端が、微かに光るのが見えた。

 

(わたくし、試合には出られそうにありませんわ……)

 

「うぐっ……!?」

 

 背中から左胸に掛けて、針で刺されたような鋭い痛みが走る。それはすぐに胸全体を内側から焼き尽くすような激痛に変わった。

 ブースターの半分が爆発し、残りの半分からも火花が散る。急激に失速した機体がバランスを失い、きりもみ回転しながら目前まで迫った学園の校舎へ墜落していく。

 

 口から血の塊を吐き出しながら、セシリアマスクは機首の向きをどうにか無人のグラウンドへ変えた。

 が、そこが限界だった。

 

(墜落の衝撃でブルーはバラバラ、胸に受けた一撃のせいで受け身も取れず、このまま地面に叩き付けられるでしょうね……うふふ、でもまあ……)

 

 ハイパーセンサー越しに、再度自分を指差す男が見える。

 最後の力を振り絞り、セシリアマスクはISのアームを動かす。握り混んだ拳から、中指一本を中天へ衝き出した。

 

(このセシリアマスク、タダではやられませんわ!)

 

 直後、男の直上にステルス状態で待機させていた移動砲台が射出された。

 臨界に達したジェネレーター出力による機体耐久力を遥かに上回る速度での特攻、攻撃直後の隙を突いた奇襲、しかし男は即座に反応してみせた。

 

「くだらんな」

 

 左腕一本で砲台を受け止め、爆発する前に放り捨てた。

 地上で窓ガラスが割れるぐらいの爆発に曝されながら、男は墜ちていくセシリアマスクへトドメの一撃を放つ。

 

「何やってんだ、お前」

 

 が、指先から放たれたエネルギービームはシャボン玉(・・・・・)に阻まれ、玉の内部で幾度となく乱反射して男の方へ撃ち返された。

 

「むっ!?」

 

 男は反射してきた自分のビームを拳で弾く。

 その背後、砲台の爆炎の中から飛び出したシャルルが殴り掛かった。

 

 

 

 時間は少し遡る。

 

 第一回織斑一夏の舞空術講座(命名者・簪)は、参加者の九割以上が第一段階である体の内に眠るエネルギー……すなわち『気』を感じる段階で挫折していた。

 

 そもそもISの操縦技術と『気』の操作とは一切無関係だ。普段から『霊気』の扱いに精通している鈴、剣に闘気を乗せるアバン流を習得した箒が人類の範疇から見ても例外なのだった。学内で本格的に武術の修練を積んでいる者すら珍しい。

 結局、今日一日で多少なりとも舞空術の基礎まで辿り着けたのは、鈴と箒を除くとシャルルだけであった。

 

「くっ……なんでや! なんで飛ばれへんのや!」

 

 が、飛べないだけでラウラは本能的な部分で『闘気』の扱いを心得ており、精神を統一する彼女の全身からは毒々しい紫の炎のような(ヴィジョン)が浮かび上がっていた。

 

「そう慌てるなって、ラウラ。俺だって一朝一夕に飛べるようになってないんだ」

「そうは言うてもな。あれ見てると悔しくならへん?」

 

 ラウラが指差す先には、アリーナの天井の吹き抜けから大空へ飛び出し、激しい空中戦を繰り広げる箒と千冬がいた。二人とも、当然生身だ。

 

「ウォォォォォッ!!」

「ハァァァァァッ!!」

 

 お互いに一進一退の攻防を繰り広げ、一見すると互角に見える。

 

「手数も威力も千冬先生が勝っているわ。あれだと篠ノ之はどうしても防御に回らざるを得ないから、仮にISの試合だったらシールドを削り取られているところね」

「そうなんだ。篠ノ之さん、結構頑張ってると思ってたけど、やっぱりブリュンヒルドには敵わないか~」

「そうとも限らないわ。あの剣を逆手に持ってから放つ技。あれが決まればISどころか千冬先生の身だって危うい。何よりも篠ノ之の闘志は打ち合うたびにどんどん激しくなってる。勝負はまだ続くわ」

 

 脱落した生徒たちは、岸波による上空の戦いの解説に聞き入っていた。

 

「ところで一夏? どうしてあの二人が戦ってるの? それもかなり真面目に」

「いや、実は俺にも分からないんだ。ちょっと余所見してたら、いつの間にか切り結んでた」

「あ、ウチ知っとるで。箒ちゃん、千冬ちゃんに何やら『私も混ぜろ』やら『姉さんと何を企んでる』やら『未練タラタラなのはお互い様だ、ブラコン』やら喚いとったんや。で、そのうち千冬ちゃんがキレた」

「そこまで見ていたなら止めなさいよ、あんた!」

「嫌や、メンドクサ。どっちも体育会系みたいなノリやのに、メッチャ粘着しいなんやもん。触らぬ神になんとやら、っちゅうこっちゃ」

「転入早々に大暴れした奴が言うことか!?」

 

 鈴のツッコミも何処吹く風と言わんばかりに、ラウラは上空の喧嘩を囃し立てていた。

 

「はあ。今日はここまでか……ん?」

 

 不意に、携帯電話と連動させているISに着信が入った。相手は本音だ。

 

「はい、もしも──」

『おりむー!? お願い、すぐに来て! せっしーが!!』

「お、落ち着いて、のほほんさん! セシリアマスクが何だって!?」

 

 普段ののんびりした本音とはうって変わり、切羽詰まったような声色だ。一夏はすぐにただ事でないと悟る。

 

『せっしーがグラサンの変な男に襲われて、でもそいつ凄い強くて……今もISで戦ってるの!』

「一夏ッ!!」

 

 今度はシャルルが血相変えて掴み掛かってきた。

 

「せ、セシリアマスクから救援信号が……あと、ライブ映像で!!」

「おおお落ち着け! 頭を揺らすな~っ!」

「ご、ごめん!! とにかく、これ観て!」

 

 シャルルはヅダのモニターを外部展開し、送られてきた映像をエアスクリーンに投影した。

 映像は二振りの大型ブレードを構えてサングラスの男へ突進するセシリアマスクを、俯瞰視点で撮られている。

 男はセシリアマスク渾身の一撃を、涼しい顔で受け止めた。

 

「!! ……一夏、僕先に行くから!」

「シャル!?」

 

 言うが早いか、ヅダを完全展開させてシャルルは飛び去っていった。途中で箒と千冬の間を通りすぎたので、二人も非常事態に気付いたようだ。

 一夏も慌ててシャルルを追おうとしたが、さすがに飛行速度ではISに敵わない。

 

『おりむー!』

「分かってる、のほほんさん! すぐに向かう!」

『じゃなくってね、せっしーからメッセージが届いてた。読むよ?』

 

 メッセージは短く一言。

 

『花火に紛れろ』

 

 

 

 メッセージの通り、花火と言うには派手過ぎる砲台の爆発に紛れて、シャルルは拳に波紋を込めて男に殴り掛かった。

 

銀色の波紋疾走(メタルシルバーオーバードライブ)ッ!!」

「むぐおっ!? あの女、爆発は目眩ましか……ッ!」

 

 男はガードこそ間に合ったものの、防いだ拳から波紋を流されて苦痛に顔を歪めた。

 怯んだ隙を見逃すハズもなく、シャルルはISを解除して──というより自分のISが強制解除されるぐらいの波紋エネルギーで追撃を喰らわす。

 

 攻撃を加える度に男の動きから精細さが消えていくので、シャルルはさらに調子に乗って波紋疾走を叩き込み続ける。

 その傍ら、ハイパーセンサーでセシリアマスクを確認する。地面に激突する寸前に鈴が優しくキャッチし、霊波動による治療を受けているようだ。

 

「貴様、何だこの力は!? 私の機能を狂わせるな!」

「ここでぶっ壊れる奴が知る必要ないよなァ~! 妙チクリンなISがよォ!!」

「……そうか貴様、波紋使いか!」

「ついでによォ! お前をぶっ壊したがってるのは!」

「シャルだけじゃないぜ!!」

 

 生身で男の真後ろに回り込んでいた一夏が、振り下ろした手刀で男の右肩から左の腰部までを切り裂く。

 

「アンドロイドとISのハイブリッドか。恐ろしく趣味が悪いな」

 

 同じく生身で飛んできた千冬が、IS用の大型ブレードで男首を刎ねた。

 

「成る程。セシリアマスクからの情報だから半信半疑だったが、本当にただの人形か」

 

 首の切断面やら裂けた人工皮膚の隙間から金属部品が覗き、水銀のような液体金属が滴ってくる。

 千冬は切り落とした男の頭部を掴み取り、そのあまりに精巧な造りに眉を潜めた。

 

「……随分と遠慮のない攻撃だな」

 

 首だけになっても会話に支障はないようだが、男の声にはややノイズの乗っている。

 

「セシリアマスクが俺達にリアルタイムで情報を送信してたんだよ。砲台を自爆させるタイミングも含めて、な」

「我が教え子ながら根性の据わった娘だ。勝てないとみるやこちらに丸投げしてくるとは恐れ入った」

「そうじゃないよ、千冬姉」

 

 一夏は突き刺していた手刀が抜けないので、面倒になって男のボディをバラバラに解体してしまった。人工皮膚と金属部品、銀色の液体が飛散し、学園の敷地内にバラ撒かれる。

 

「セシリアマスクは俺達を信頼して託したんだ。救援養成と一緒に戦闘状況を送信してたのもその為だろうぜ」

「良いこと言っているつもりだが、そんなのの破片をバラ撒くんじゃない。回収するのも一苦労だろうが」

「わ、悪い! で、でもコアはほら、ちゃんと抜き出したから!」

「ねえ、そいつもう再起不能だったら、僕もセシリアマスクのところに行っていいかな?」

 

 先程からシャルルがハイパーセンサーを確認しながらそわそわしている。頭とコアだけになったアンドロイドの事など、もはやどうでもいいようだ。

 

「……君達、もう終わった気でいるのか。呑気なものだな」

 

 首だけの身で大きな溜め息を吐く男。負け惜しみを、と切って捨てようとしたところで、シャルルのハイパーセンサーが上方向から高速で飛来する物体を複数キャッチした。

 

「!! 一夏、先生!」

 

 シャルルの声に姉弟は空を降り仰ぐ。

 飛来物から次々とエネルギー波が放たれ、三人を襲った。

 回避が間に合わないと判断したシャルルは姉弟を突き飛ばし、ISを解除して波紋防御。当たる面積を最小にして受け止めた。

 

「うわああああっ!!」

「シャル!!」

「余所見をしている場合か、来るぞ!」

 

 千冬の一喝に、一夏は墜ちていくシャルルを追い掛けるのをぐっと堪えて襲撃者を鋭く見据えた。

 

(シャルも相当頑丈なタイプだから、あれぐらい大丈夫だろうけど……こいつらは!!)

 

 一目で人外と分かるシルエットが三つ、冷たい瞳で一夏達を見下ろしていた。

 内二体は同型のロボットで、頭部がドクロ、重厚なボディアーマー、背面や各部位には一目で分かる程過剰な武器を搭載している。特撮やロボットアニメにおける、分かりやすい悪役のようなデザインだ。

 もう一体は常人の四、五倍もの体格だが、頭部がなく、大きな球体の胴体に巨大な単眼という完全な異形だ。一応手足は持っているので、かろうじて人型ではある。

 

「最後に二つ教えよう」

 

 男の声が、一夏と千冬が持つ頭部とISコアの両方から同時にした。

 

「私の名は『アルバート・ウェスカー・ワイリー・ジュニア』。Dr.ワイリーによって造られた自立稼働式のISだ。そして彼らは『ドクロボットK-176』と『イエローデビル』。私と同様にワイリーが開発した新機軸のISだ」

「あれがISだと!?」

「そうだ。同時に篠ノ之束の目指した理想系でもある」

「どういうことだ!」

「彼女本人に尋ねるがいい。さて、次までに波紋対策をしておくか」

 

 ワイリージュニアを名乗った男は機密保持プログラムでも起動させたのか、頭部もろとも一瞬のうちに燃え尽きる。

 

「千冬姉!」

「……分かってる!」

 

 疑問は尽きないところだが、姉弟はいまだ沈黙している異形のロボットを鋭く見据えた。




 もうトーナメントどころじゃない気がする。

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今回のネタ解説

アルバート・ウェスカー・ワイリー・ジュニア
 CAPCOMの大人気ホラーゲームシリーズ『バイオハザード』の主要キャラクター。続編を考えていなかった一作目では普通に死んだが、その後に超人と化して復活。決着となる5では銃弾を避けたりロケット弾を受け止めたりと人間を完全に辞めていた。
 ちなみに原作ゲームではウイルスで肉体を強化していただけでサイボーグ手術などはしていない。
 ワイリーのフルネームを調べたら、字面からピンと来て出したキャラ。

ドクロボット
 ロックマン3に登場したボスキャラ。最初の8ボスを撃破後に出現するさらなる強敵っぽいボス。前作『2』のボスの動きをトレースして襲ってくる。
 クイックマンモードのドクロボットに勝てなくて泣いた当時の子供は私だけではないと思う。

イエローデビル
 初代ロックマンの鬼畜ボス。8ボス撃破後の最終ステージ、ワイリーステージ1のボスなのだが、ぶっちゃけラスボスよりも苦労した。ネットで検索するとたまに出てくる「あんなのパターンじゃねえか」という意見を書いてるやつは多分プレイしてない。

機密保持プログラム
 元ネタはいくつかあるが、一番有名なのは1966年から放送されていたアメリカのテレビドラマ『スパイ大作戦』より。
 謎の人物(当局の人間と呼ばれており、一切顔出しされない。たまに登場人物と同じ声だったりするけど無関係)が主人公チームに指令を下す音声テープが「なお、このテープは自動的に消滅する」のセリフと共に爆発するシーンは世代じゃなくても知ってる人は多いと思う。


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第20話 Dr.ワイリー、驚異の技術力!

 ISの二次創作なのに全然ISで戦ってませんねえ。
 それ以前に最近は『インフェニット・ロックマン』とか『闘え! セシリアマスク!!』になりつつあって、ドラゴンボールすら関係ないし。

 そんな危機感を抱く20話目です。


「箒ちゃん、せっちゃんは大丈夫なんか? めっちゃ血ぃ出とるけど!?」

 

 ラウラは鈴の胸に抱かれるセシリアマスクの顔を覗き見るが、鉄仮面のせいで顔色すら窺い知れない。試しに仮面を剥がそうとしても、溶接でもされたように顔の皮に密着していて外せそうになかった。

 

「鈴ちゃん、なんや傷口に手ぇ当ててるだけのようにしか見えんけど、医者に看せる方がええんとちゃうか?」

「落ち着くんだ、ラウラ。心配するな、あれは霊波動を用いた、れっきとした治療だ。目を凝らせば鈴の手が光って視えるだろう?」

「えぇ~……!?」

 

 箒はそう言うのだが、ラウラにはちっとも光っているようには見えない。シャルルの波紋と違い、霊波動の光とは物理的な光源ではないため、例えば幽霊が視認出来るタイプの人間にしか理解できないのだ。

 なお、各言う箒も本当に視えているのか怪しく、一夏や千冬が「光っている」と言うので何だかそんな気がしているだけだった。

 

 やがて、鈴はセシリアマスクの患部から手を離し、大きく息を吐いた。

 顔色が優れず、暗く沈んだ表情に、鈴とラウラの胸を不安がよぎる。

 

「鈴、セシリアマスクは!?」

 

 鈴は項垂れたまま首を振った。

 

「背面から心臓を撃ち抜かれてる。いくら霊気による治療でも、本人の生命力が尽きていたらどうしようもない……」

「そんな!! それじゃあセシリアマスクは……」

「なのに、治療したら普通に治った。何なの、こいつ。本当に人間?」

 

 確かに、注意して観察するとセシリアマスクは穏やかな寝息を立てていた。

 

「……さ、さすが超人セシリアマスクやな……」

「あ、ああ。超人は条件さえ揃えば死んでも生き返れるって話だし」

「腑に落ちない……いいえ、助かって嬉しいのは本当よ? そこは誤解しないで」

「誰に言い訳してんのや、鈴ちゃん。ま、ええわ。そんじゃま、心配事が無くなったところでぇ~──」

 

 ラウラと箒はすっと立ち上がり、揃って直上を睨んだ。

 一夏達が戦っているのとは別に、二体のドクロボットがこちらに向かってくる。

 

「ウチらもお客さんの相手したろやないか」

「鈴、悪いがこいつらは私とラウラで貰う。君はセシリアマスクを安全なところへ」

「しゃーないか」

「デュフフ……──君ったら、もう……zzz」

 

 セシリアマスクの幸せそうな寝言に顔をしかめながら、鈴は彼女を抱えてその場から跳び去った。

 

 ラウラはドスを、箒は両刃の剣を構え、地面に降り立ったドクロボット二体とそれぞれ対峙する。

 

「う~ん……箒ちゃん、どっちと殺り合いたい?」

「見た目は大差ないが……そうだな」

 

 箒は二体を見比べ、日本刀のようなブレードを構える一体に向き合った。

 

「こっちだ」

「チャンバラかいな。ほなら、ウチはそっちの二丁拳銃で」

 

 ラウラが前に立つと、短銃型のバイオネットを両手に装備したドクロボットもラウラに一歩近付いた。

 日本刀装備も箒に向かって歩いてくる。

 

「ヤル気満々やないけ~。ほな行くで、お人形チャン!」

「行くぞ!」

 

 ラウラと箒は、同時にドクロボット達に襲い掛かった。

 

 

 

 イエローデビルが沈黙を守る中、日本刀装備のドクロボットが一夏と千冬へそれぞれ襲い掛かる。

 ドクロボットはいずれも日本刀装備だが、流派(モード)が違う。

 千冬を狙ったドクロボットは、水平に保つ刃を猛突進と同時に突き放った。

 

「この技……牙突か!」

 

 千冬はドクロボットの強烈な一突きを、刀を盾にかろうじて防いだ。しかしISの補助なしの慣れない空中戦故に踏ん張りが効かず、数十メートルも水平に弾き飛ばされた。

 

「千冬姉──くっ!!」

 

 姉の援護に行こうとしたが、一夏はすぐに思い直してもう一体のドクロボットを迎撃に出た。

 

『龍昇閃』

 

 急降下したドクロボットが次の瞬間、刃の背を拳でかち上げながら切り上げてきた。

 

「ぐうっ!?」

 

 反撃どころか防ぐことすらままならず、防御した右前腕が骨の半ばまで切り裂かれた。あとほんの僅かにでも後退が遅れていれば、腕もろとも胴体を両断されていた。

 

「飛天……御剣流……」

 

 筋肉で強引に止血しながら、一夏は次の攻撃に備えて身構えた。全身の毛穴が開ききっており、背中を冷たい汗が伝う。

 

(ブラックオックスの時と同じだ。高度な格闘戦術がインプットされた無人IS……とんでもないな!!)

 

 ドクロボットが再度、一夏へ突撃してくる。

 

『九頭龍閃』

 

 突進撃から繰り出される、人体九ヶ所への超神速ほぼ同時攻撃。剣術の基本である唐竹、袈裟斬り、右薙、右斬上、 逆風、左斬上、左薙、逆袈裟、刺突の全てを一息に叩き込むことで、相手に防御も回避も許さない。

 

 ならば、と一夏は最初の一発目を急所を外しながら生身で受け止め、刀を掴んで受け止めた。

 

「うぐううううっ!!」

 

 肩から鎖骨に刃がザックリ断ち斬られ、当たり前だがメチャクチャ痛い。しかもパワーで相手が上回っているので、せっかく掴んだ刃がジリジリと容赦なく体に食い込んで来るのだ。

 

「だりゃあああっ!!」

 

 痛みを雄叫びでかき消し、一夏はドクロボットの手首を力の限り蹴り上げた。

 絶対防御と同程度のシールドを粉砕するが、装甲とフレームには傷一つ付けられない。辛うじて押し返しただけだ。

 その刃に掛かる力が微かに減退した隙に、一夏は握っていた刀身を捻り壊した。

 

「ど、どうだぁーっ!!」

 

 新たに刀を出される前に、今度こそ一夏は反撃に出る。無防備を晒したドクロの顔面に左ストレートを打ち込んだ。

 ところが、素手になったドクロボットは一夏のパンチを受け止めて殴り返してくる。

 それをガードして、一夏はもう一発ブン殴った。そのままパンチの打ち合いが始まる。

 しかし、先制で肩と前腕を割られた一夏は動きに精彩さが欠け、思うように攻撃が捌けずに押し込まれていった。

 

(こいつ、一撃一撃が恐ろしく重い! 狙いも正確で、何より速い!!)

 

 一夏の攻撃もカウンターヒットを数発決めているのだが、ドクロ面相手ではダメージの蓄積が計りずらいのも精神的に辛いところだ。

 勝機があるとすれば、もう一度腕を掴んで動きを止め、内部構造に直接衝撃を与えるのが最も効果的な戦法だろう。

 

(それが出来ればの話だけどな!)

 

 ガードを弾かれて胴体に直撃を喰らい、ふらついたところをショルダータックルで追撃された。踏ん張ろうにもISの推進力と加速性能に不馴れな舞空術では対抗しきれず、一夏は猛スピードで吹っ飛ばされた。

 そして、同時に牙突を喰らってぶっ飛んだ千冬と空中で衝突する。

 

「ぐっ……ち、千冬姉……!」

 

 千冬もすでにあちこち斬られ、血塗れだ。手にしたIS用のブレードも刃こぼれが酷い有り様だった。

 

「はあ、はあ、一夏か……っ!? こいつらの強さは何なんだ!? デュノアのヤツ、不意打ちとはいえよく一体倒せたな!」

「波紋があったからだろうな。弱点を突ければ無敵ではないってことだろう」

「突ければ、な。ええい、生きて帰れたら是が非でも波紋を教えてもらうぞ、デュノア!!」

 

 傷付いた体に一層の闘志を奮い立たせ、千冬は牙突のドクロボットへ再度立ち向かっていく。

 一夏もまた、御剣流のドクロボットへ向かい合うが……そこで違和感に気付く。

 佇んでいたイエローデビルの姿が消えているのだ。

 

(まさかっ!!)

 

 千冬の方へ視線だけ送るも、やはりイエローデビルはいない。だが、その疑問を解消する間もなくドクロボットが襲ってきた。

 

 

 

 空中で激戦が繰り広げられている最中、砲撃で地面に叩き落とされていたシャルルが意識を取り戻していた。

 

「うぅ……不甲斐ないな、気絶していたなんて……」

 

 すぐに空を見上げたシャルルは、追い詰められる織斑姉弟を見て顔をしかめた。

 

「あの二人を……化け物かよ」

 

 正直このまま逃げ出したいところだが、戦闘を放棄して逃げたりなんかした日にはセシリアマスクから養豚場の豚を見るような目で蔑まれるかもしれない。

 

(そこまではいかないかもだけど、彼女に幻滅されるのは嫌だな。……あぁ~、恋ってメンドクサイ!)

 

 頬をパシパシ叩いて気合いを入れ直したシャルルは、ISを展開しようとした刹那、真上から巨大な質量に襲撃された。

 

「うおあっ!?」

 

 あやうく煎餅にされるところを、抜群の飛び込み前転で回避した。

 何事かと身構えたシャルルの前で、黄色い巨人がゆっくりと立ち上がった。イエローデビルである。

 イエローデビルの胴体で煌々と輝く赤い瞳が、シャルルをギロリと見下ろしてくる。

 

「……こいつもISなのかな、本当に……」

 

 イエローデビルは大きく腕を振りかぶり、シャルルに平手を振り下ろした。

 見るからにとんでもないパワーの相手なので受け止めようなど考えもせず、シャルルは全力で後方へ跳ぶ。

 だがイエローデビルの余りあるパワーは風圧だけでシャルルを吹き飛ばし、辺りの家屋を倒壊させた。

 

「うわあああああっ!?」

 

 バランスを崩したシャルルに、イエローデビルが単眼からエネルギー弾を撃ち込む。直撃を受けた全身を、高圧電流でも流されたような衝撃が襲った。

 

「ぐへっ!? ……んの、ナメんな!」

 

 波紋の防御でダメージを最小限に抑えたシャルルはすぐに立ち直り、イエローデビルに反撃するべく地を蹴った。

 もう一発振り下ろされた掌をかわし、前腕に飛び乗って胴体まで駆け抜ける。

 

山吹色の波紋疾走(サンライトイエローオーバードライブ)!!」

 

 イエローデビルは防御する素振りも見せずに、単眼を閉じた胴体で真正面からシャルルの技を受け止めた。

 

「……あれっ!?」

 

 殴った手応えに違和感を覚える。波紋がイエローデビルの内部まで伝わらず、表面を伝わって地面に拡散してしまうのだ。

 

「こいつの体、何だ!? 粘土みたいに気持ち悪い!」

 

 装甲の表面を波立たせながら、イエローデビルの巨碗がシャルルを無造作に払い除けた。

 

「ちぃぃっ! ヅダ!!」

 

 距離を取るべくISを展開し、シャルルは急速上昇した。それをイエローデビルが単眼を閉じたままで見上げている。

 

「生っちょろい動きしてやがる! ここまで来られるものなら来てみやがれ、ウスノロめ!!」

 

 その時だった。シャルルの挑発に応えるかのように、イエローデビルの体に無数の切れ込みが走った。

 そして、何事かと戸惑うシャルルを目掛け、イエローデビルは無数のブロックに別れて高速で飛散した。

 

「はいぃぃぃーっ!?」

 

 大質量の散弾銃がごとく、黄色いブロックが瞬く間にシャルルを取り囲む。そのまま元の一塊に戻り、シャルルの体をISもろとも圧し潰しに掛かった。

 加えて、ヅダのシールドエネルギーまでもが急速に消耗させられ、装甲を食い破り、液状になったイエローデビルが生身のシャルルまで直接締め上げてくる。

 

「がっ……そ、そういうこと、か!! こいつの体は液体金属なんだ……だ、だから波紋が拡散して……ち、チクショウ……!!」

 

 シャルルをISごと完全に体内へ取り込むと、イエローデビルは体を人型へ戻し、ゆっくりと移動を開始した。

 見開かれた単眼の先には、学園でドクロボットと戦う箒とラウラがいた。




 VTシステムっぽい要素かつ、ロックマンの強いボスとなったらドクロボットでしょう。コピーロボットだとちょっとニュアンス違うし。


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第21話 反撃開始

 以前の展開を作者が忘れかけてる21話です。
 ちなみにもっと忘れてるのが各キャラの個性。
 特に真島ぁ!!

 幸い、これ以上新キャラが出ないのが救いか。


「どっせい!」

 

 鈴はニヤニヤと締まりのない寝顔を浮かべていそうなセシリアマスクを保健室──という名を借りた学園専属病院のベッドに叩き込んだ。

 ぐへっ、とカエルの潰れたような声を上げたセシリアマスクだが、すぐに「グヘヘ」とだらしない笑い声が戻ってくる。

 

「もう、シャルル君ってば……もっと優しくしてくださいまし~……zzz」

「このアマ……誰よ、シャルルって?」

「せっしーの彼氏じゃない? この鉄仮面がいいって男がいるか知らんけど」

「……意外と辛辣よね、あんた」

 

 途中で合流した本音は、むにゃむにゃと寝息を立てるセシリアマスクに苦笑いであった。最初にぐったりしたセシリアマスクを見たときこそ、呼吸が止まるぐらいに驚いたものの、呑気な寝言を聞いてすっかり落ち着いたらしい。

 本音の小さな手が、セシリアマスクの鉄仮面から出ている美しい金髪を優しく鋤く……が、どうしても鉄仮面に手が当たってしまうのだった。

 シュールな情景に口許が弛むのを感じた鈴は、手で無理矢理表情を押さえて出入り口へと視線を逸らす。

 

「ふぁんふぁん、外が気になるなら戻っていいよ」

 

 向き直ると、本音の上目使いと視線がかち合った。

 

「せっしーはわたしが看てるし、ここになら先生もいるから」

「そうはいかないわ。セシリアマスクを頼む、って言われちゃったし。それにあいつらなら──」

「認識が甘いぞ、鈴!」

 

 今度は病室の入り口から、病院で出してはいけないような張りのある声がした。

 青い髪に赤褐色の瞳に眼鏡を掛けた、小柄なのにやたら態度の大きな少女……更織さんちの簪ちゃん(元ピエロ)である。

 

「戦況はすでに劣勢に傾いている! 敵の戦力はあまりに強大! あの織斑姉弟すら防戦一方、シャルロットは敵の機体に取り込まれ、ラウラと箒も倒されるのは時間の問題!! あのドクロのロボットは人間が相手に出来る代物ではない!」

「なんですって!」

「かんちゃんは助太刀しないの?」

「私が出ていっても秒殺されるだけだ。ビューティフルドリームも解体してしまったからな。その代わり、鈴! 君にこれを託そう!」

 

 簪は、日本刀の柄のようなものを鈴に投げて寄越す。

 ような、ではなく本当に日本刀の柄だった。しかしその重量はIS用装備にも匹敵し、鈴でなければ片手で持つなど不可能だっただろう。さりげなく簪も人間を越えているようだった。

 

「それは『試しの剣』。名前の通り試作品のIS、生身両用のエネルギーソードだ」

「両用?」

「そうだ。先日の試合の後、お前やうちの姉が操る『気』というものに興味が沸いてな。オカルトだと思って今までは無視していたが、調べてみるとなかなかどうして」

「言っとくけど、あんたとの試合じゃ霊撃なんて使ってないからね」

「……まあ、それはいい。とにかくだ! これは持ち主の気を取り込み、武装として出力することが出来るのだ。もっともさっきも言ったが試作品だからな、形状は剣かそれに準ずるものに固定される」

「……地味にすごくない?」

 

 簪から使い方を聞き、言われた通りに剣を腕の延長と考えて霊気を籠める。

 すると、空っぽの鍔の部分から濃緑のエネルギーソードが飛び出し、天井の建材を苦もなく蒸発させた。

 

「おおっ!」

 

 鈴の口から驚嘆の声が漏れ、霊気が視えない本音も腰を抜かし、簪は首を傾げた。

 

「あ、リミッター掛けるの忘れてた。このままでは無尽蔵に持ち主の気を抽出してしまうな」

「……確かにこのペースで気を吸われたら、普通の人間じゃ十秒も持たずにミイラになるわね」

「ふぁんふぁんは普通じゃないんだ……」

「まあ、お前なら大丈夫だろう。あと分かっていると思うが試合では使うなよ、それ。相手機の搭乗者を絶対防御もろとも両断してしまう」

「使わないって! でも、今はその威力が頼もしいわ! ありがと、カンザシ!」

 

 お礼の言葉とウインクを残し、鈴は窓から元気よく飛び出していった。

 ここは八階だが、今さらそんなことにツッコミを入れる二人ではない。

 

「頑張ってくださいな、鈴さん……」

 

 本音は背後からポツリと何か聞こえた気がして振り向いたが、セシリアマスクは静かな寝息を立てるだけだった。

 

 

「アバンストラッシュッ!」

 

 箒が逆手で振り抜いたIS用のブレードから射出した闘気の刃を、ドクロボットは青竜刀を風車のように回転させ、弾き飛ばしてしまう。

 

「くっ……!」

 

 ドクロボットが反撃に出る。青龍刀の持ち手を伸ばして薙刀に変形させ、ブースターを噴かして箒との間合いを一気に詰めた。

 

『鬼牙百裂撃』

「ぐわぁぁぁーっ!!」

 

 秒間百発にも及ぶ斬撃が箒を圧倒する。

 防御すらままならない箒は、かろうじて急所だけは守り通したものの、両腕と右足に深手を負って吹き飛ばされてしまった。

 意地でも武器は手放さなかったが、仰向けに倒れたまま手足に力が入らない。

 間髪入れずに飛び掛かったドクロボットは、満身創痍の相手に油断すること無く箒の両肩を踏みつけて抑え、顔めがけて再び柄を畳んだ剣先を突き下ろす。

 

「んがっ!!」

 

 位置が良かったおかげで上手いこと噛んで受け止めた。

 が、当然そんな無茶が長続きする訳もなく、ジリジリと刃が喉の奥に迫ってくる。

 

(くっ……まずいぞ、これはまずい!)

 

 うまいこと逆転の秘策が出てこなければ、あと数秒でゲームオーバーだ。

 つまり、箒の命運は次の三つに絞られる。

 

 ①可愛いモッピーは突如反撃のアイデアが閃く!

 ②愛しの鈴が助けに来てくれる。

 ③かわせない。現実は非情である。

 

(って、考えてる間に剣が喉に届きそう!! こ、こんなところで死ねるか! まだ鈴に╳╳╳も╳╳╳もしてもらってないし、╳╳╳╳だってしてないというのに!!)

 

 最後のど根性で歯を食いしばって刃を押しとどめるのだが、余命が一、二秒延びたに過ぎない。

 万事休す、答えは③。現実は非情である。

 

「アルトローーーーン!!」

 

 それを切り崩したのは、真横から超高速で突っ込んできた、龍の頭を模した大型のクローアンカーであった。

 クローはドクロボットを空中へ突き上げ、さらに地面へと叩きつける。地面を大きく陥没させるほどの衝撃で押さえ込み、トドメとばかりに先端から火炎放射までお見舞いした。

 なんと、正解は②だった。

 

「箒!!」

 

 愛しい相手の呼び声に、箒の死にかけていた体に力が戻る。

 激痛を意識の外へ吹き飛ばして元気よく立ち上がって振り返った箒は、

 

「パスっ!! て、あ」

 

 鈴がぶん投げた試しの剣が鼻柱に直撃し、今度こそ失神するところだった。

 後頭部が地面に着きそうな格好から、下半身の力と根性で再び立ち直ったところに、専用IS『アルトロン』をまとった鈴が地面スレスレを滑走してくる。

 その両腕には、龍の頭を模した多重間接構造をした伸縮自在の大型クローが装備されている。うち右手の一本が獲物に飛びつく蛇のように、強烈なパワーでドクロボットを押さえつけていた。

 

「ご、ごめん、力入れすぎた……鼻、大丈夫?」

「どうということはない……なんだ、これ?」

「それは──!!」

 

 右腕を伝わってきた衝撃に、鈴が顔色を変えた。

 見れば青竜刀から小太刀に持ち変えたドクロボットが、クローの根本から蛇腹状に伸びた腕を切り落としたのだ。

 

「こいつ!」

 

 鈴は両柄に刃の付いた長柄の武器、ツインビームトライデントを実体化させて身構えたが、そこへ箒の背中が割り込んだ。

 

「鈴、助けてくれたのは嬉しいが、これは私の戦いだ!」

「血まみれで言ってもカッコつかないわよ?」

「これは君が変なもの投げつけたからだ」

「いや、鼻血だけの出血じゃないでしょ、それ!?」

 

 鈴の言葉を無視して、箒は試しの剣を両手でしっかり握り締めて身構えた。

 

「それで、これはどう使えばいいんだ? ビームサーベルのようだが、スイッチが見当たらないぞ」

「あ~も~、この子は!! 柄を手の延長だと思って気を込めて! アンタなら出来るでしょ!」

「よっしゃあ!」

 

 普段よりも数倍気合の篭った雄叫びとともに、箒の闘気が試しの剣に収束していく。

 柄全体から稲光がほとばしり、緋色の閃光が刀剣となって固定される。

 

「おおっ! これはすごい……けど、無尽蔵に力が吸い出されるぞ!?」

 

 試しの剣を通して、全身の闘気が底の抜けた容器のごとく放出されていく感覚に戸惑った箒だが、すぐに倒れる前に叩き斬ればいいやと開き直り、ドクロボットヘと突進した。

 

 再び薙刀へ変形させた青竜刀で攻撃を受けたドクロボット。試しの剣はそれを、熱したナイフでバターでも切るように切断した。

 

「よしっ!」

 

 武器を失ったドクロボットは格闘技に切り替えて箒に鋭い正拳を放つ。

 それを頭突きで受けて相手の拳を破壊し、箒は逆袈裟懸けに試しの剣を振り抜いた。

 

「とどめだ!」

 

 ダメ押しとばかりに正眼からの幹竹割りで機体ごとコアを両断し、ドクロボットの機能を完全に停止させた。

 

「……ふっ、こんなもの……か?」

 

 残心を決めようとして、出血と疲労で体力の限界に差し掛かっていた箒の体は膝から崩れ落ち、アルトロンが伸ばしたドラゴンハングに受けとめられたのだった。

 

 

「しゃおらッ!!」

 

 超振動ドス、通称ジャックナイフを手に突進、すれ違い様に切り裂くラウラ・真島必殺のヒット&アウェイ戦法。これまで多くの敵を一方的に倒してきたスタイルが、二丁拳銃のドクロボットには通用しなかった。

 

 敵はラウラの動きを完全に読み切っており、すれ違う刹那にナイフの間合いギリギリ一歩外に後退し、そこからラウラの急所に発砲する。

 

 それを間一髪で回避できるのは、ラウラの誇る獣じみた直感力あってのことだ。それもあと何回も出来る芸当ではない。

 むしろ戦いが長引くほどにドクロボットはラウラの動きに追従してくるのだ。

 

「ちぃぃっ!! 細っこいナリしてゴッツイやんけ、われ! どこの組のもんじゃ!!」

『…………』

「ダンマリかいな。……くっ」

 

 対峙するドクロボットへの警戒を緩めることなく、周囲の様子を探る。

 一番近い箒は消耗が激しく、防御に回ってどうにか持ちこたえている状態だ。

 遠くの空の一夏と千冬も敵に翻弄されている。あの二人ですら追い詰める相手、という現実に、ラウラは覚悟を決めた。

 ジャックナイフを片手で構えながら、左目の眼帯を引き剥がした。

 人工的な金色に輝く、黒目のない瞳が姿を現す。

 

「こうなったらもう、出し惜しみはせんでぇ。こっち(・・・)の専用機で相手したる!! コール・ゲシュペンストぉーっ!!」

 

 ラウラの声紋、及びキーワードを読み取った義眼が激しく発光。その瞬間、相手のドクロボットのセンサーに強力なジャミングが掛かり、ラウラの姿を完全に見失う。

 時間にしてコンマ一秒にも満たない。だが、その間にラウラの姿は劇的に変化していた。

 

 全身を覆う黒い装甲、ドッシリとした下半身と重厚な。半月型の厳つい肩から伸びる両腕もマッシブで、右腕の手甲部分に生えた三本の白い杭は、どう見てもぶん殴るときに拳より先に突き刺さるヤバイ武装である。

 頭部はフルフェイスの赤いバイザーだが、左右にピンと張った幅広いアンテナがラウラの所属部隊『黒兎』を彷彿とさせる気がする。

 これぞ、ラウラ・真島専用IS『ゲシュペンスト』であった。

 

「ほな行くで!」

 

 装着完了前から再度突進していたラウラのゲシュペンストは、反応が僅かに遅れたドクロボットにジャックナイフを突き立てる。

 敵もさるもの、ジャックナイフの刀身に銃口を押し付けて発砲し、刃筋をずらす。そこへ間髪入れず、ゲシュペンストの右拳が飛んでくる。

 

「ジェットマグナム!!」

 

 手甲の三本杭がプラズマにより激しく発光、ゲシュペンストの強烈な拳と合わさった一撃がドクロボットのフレームを真芯で捉えた。

 衝撃と同時に高密度のプラズマの塊が叩き込まれたドクロボットは、たった一撃で内部の電送系にまで深刻なダメージを負う。

 

『!!!!!!』

「逃がさへんで!」

 

 たたらを踏んだドクロボットに、ゲシュペンストが正面から突進──するかと思いきや、寸前で軌道を真横にずらし、側転しながら蹴りあげた。

 牽制の攻撃にすぎないが、ドクロボットにフレームが歪むほどのダメージを与える。

 さらにゲシュペンストは相手の死角へ回り込むように高速移動しながら、エネルギーをまとって威力の増したジャックナイフで敵を切り刻んでいく。ただでさえ少ないドクロボットの装甲が削れていく。

 

 しかし敵の性能もさるもの、ゲシュペンストの速度に徐々に順応し、ジャックナイフを銃身で受け止めた。

 

「しゃらくさいんじゃ、ボケ!!」

 

 だがゲシュペンストは、受け止められたジャックナイフを馬鹿力で強引に押し切った。

 ドクロボットを殴り飛ばし、さらに前蹴り、回し蹴りと流れるように追撃。挙げ句に逆立ちからブレイクダンス染みた連続回転蹴りと続ける。

 

「もろたで!!」

 

 怯んだ相手の頭部を鷲掴みにしたゲシュペンストは、背負い投げのような形で豪快に地面へ叩きつけた。

 地響きと共に巨大なクレーターが形成され、ドクロボットがその反動で上空へと舞い上がる。

 空中で無防備をさらした敵へ向き直ったゲシュペンスト、その胸部装甲が左右にスライドして展開し、すでに赤熱するほどエネルギーを蓄えた重力砲身が姿を現す。

 

「ブラスターキャノン!! 発射ァ!!」

 

 ラウラの叫びと同時に、空間を歪ませた仮想砲身に蓄えられた莫大なエネルギーが極太の破壊光線となって射出された。

 

『ギギギッ』

 

 回避はもはや不可能と悟ったのか、ドクロボットはシールドを正面に集中させ、なんと破壊光線を正面から受け止めた。

 が、それも一瞬。

 

「甘いで!! ゲシュペンスト、全開やぁぁぁーっ!」

 

 リミッターを解除したことで破壊光線の出力が増し、ゲシュペンスト自身が反動で後退するほどのエネルギーがドクロボットを完全に呑み込んだ。

 

『デ……転……』

 

 ノイズ混じりの音声を最後に、ドクロボットはついに内部から爆発、コアすら残さず地上から完全消滅した。

 

「……ぐっ」

 

 敵の撃破を確認し、踵を返そうとしたゲシュペンストがその場に膝をついた。

 アーマーが量子変換されて義眼に収納され、生身に戻ったラウラは地面に手をついて激しく肩を上下させる。

 消耗しきった体は、指一本動かせそうにない。

 

「かっ……きっついわ~。このウチがここまで追い込まれるなんて……くぁぁ~」

 

 とうとう地面へ大の字になって倒れると、逆さまになった視界の先には──。

 

「おいおい、堪忍しいや……」

 

 悠然と大地に降り立ち、ラウラに向かって迫り来るイエローデビルの巨体があった。




 臨海学校で話を終わらせるつもりなので、ぼちぼち三分の二といったところです。


ゲシュペンスト
 スーパーロボット大戦より。パーソナルトルーパーという規格の巨大ロボット兵器の第一号。でも初登場はコンパチシリーズの名作RPG『ヒーロー戦記』のパワードスーツ。
 ちなみに、ラウラが使っているジャックナイフは長ドスっぽくてドイツ軍が持ってそうなアイテムから連想しただけで、特に意味のあるギミックではない。

アルトロン
 双頭龍、または二頭龍。元ネタは機動新世紀ガンダムWのアルトロンガンダム。火炎放射器があるのはTV番のみらしい。
 両腕に伸縮自在の大型クローとツインビームトライデント、背面にビームキャノンを装備している。龍砲をオプションとして接続可能だが、弾速が遅いせいで自爆する危険性(撃った弾丸に自分から追突してしまう)ので取り付けていない。
 なお、アルトロンもゲシュペンストもパイロットがISを「無い方が速い」「拘束具」「飛行ユニット」と馬鹿にしたことに腹を立てた技術部が、情熱に任せて造り上げたワンオフの機体、という設定。いわばモビルファイターのようなもので、少なくとも達人レベルの技量がなければ扱いきれないが、戦闘力は現状の鈴やラウラでも十傑衆レベルにまで達する。

試しの剣
 幽々白書で鈴木が桑原に渡したアイテム。本来なら持ち主の気を吸って、その性質に合わせた剣になる。戸愚呂兄をラケットのように変形してぶっ潰した。
 簪がリミッターを付けるのを忘れたせいで光魔の杖みたいになってしまった。

例の三択
 ジョジョの奇妙な冒険、第三部で強敵と戦うポルナレフのモノローグに登場。
 ちなみに原作における答えも実質②。

╳╳╳の伏せ字
 ご想像にお任せします。


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第22話 大いなる『X』

 前から間が空きましたが、生きてます、私です。


 一夏とドクロボットの殴り合いは続く。

 ようやく空中で(生身で)の姿勢制御に慣れてきたことで、踏ん張りの効いた強烈なパンチを叩き込めるようになった一夏である。

 

「ちぇりあ!」

 

 風圧だけでバイソンぐらいなら挽肉に出来そうな一夏のパンチ。ドクロボットはそれを紙一重で回避し、腕を掴んで地面めがけて一本背負い形式にブン投げた。

 慣れていたのは相手も同じだった。一夏の動きは、もはやドクロボットの手の内だ。

 

「しまっ――」

 

 だが、落着を悠長に待っているドクロボットではない。

 指先の銃口から無数のプラズマ火球を放ち、墜ちていく一夏を狙い撃つ。

 

「かめはめ波!」

 

 落下姿勢のまま上空へ放ち、火球を迎撃するものの、一夏は反動によって落下速度を増し、地面に叩き付けられド派手に跳ね上がった。

 

 そこへ、もう一体のドクロボットの牙突が襲い掛かった。

 

 咄嗟に身を捻ろうとするが、集中がブレて空中での慣性制御が効かない。

 切っ先が一夏の心臓を捉えた。

 

「させるかああああっ!!」

 

 寸前、割り込んだ千冬が大上段からの振り下ろしで剣閃をわずかに反らせた。

 狙いの狂ったドクロボットの刀は千冬の左肩に深々と突き刺さり、彼女の表情が苦痛で歪む。

 

「かめはめ波ァ!!」

 

 瞬間、千冬の真上を飛び越えた一夏のかめはめ波が炸裂。

 エネルギーの奔流がドクロボットを飲み込んだ。

 

「くそ!」

 

 中途半端な手応えに吐き捨てながら、一夏は姉を抱えて敵から大きく距離を離した。

 

 吹き飛ばされたドクロボットには損傷こそ見られるが、構わず立ち上がる。まだまだ元気なようだ。

 どうやら通常のISと異なり、シールドにエネルギーを割かない分、完全に破壊せねば止まらないらしい。

 

「悪い、千冬ねえ。大丈夫か?」

「大丈夫に見えるなら眼科へ行ったほうがいいな。……悔しいが決め手がない、負けはしないがジリ貧だろう」

 

 言葉とは裏腹に、千冬の目には闘志がギラギラ燃え盛っていた。

 ただ、客観的に分析した事実を口にしたまでだ。

 

 もうドクロボットが、重厚な金属音とともに降り立った。

 牙突を使う方の機体は攻撃の要であった左腕を失い、得物も千冬の肩に刺さったまま。それでも残る一本の腕で格闘の構えを取った。

 

 千冬は突き刺さっていた刀を引き抜くと立ち上がる。傷口は筋力で引き締めて止血する。

 

「無茶するなよ、千冬ねえ」

「この程度が無理のうちに入るか。お前こそ油断したんじゃないのか?」

『ふっふーん! ちーちゃんの痩せ我慢は相変わらずだね~』

 

 唐突に、戦場には似つかわしくない能天気な声が割り込んできた。

 出処は一夏のブレスレットだ。

 

「束!?」

『ハロー、いっくん。束さんに会えなくって寂しかった?』

「ごめん、立て込んでるから後にしてくれ」

『うわーい! 予想通りとは言え素っ気なーい! だけども心配ご無用! ただいま束さんは成層圏からフリーフォール真っ最中♪ あと29秒で着弾するよ、ダーリン(≧∇≦)』

「は?」

 

 千冬とともに思わず空を見上げれば、昼間だというのにオレンジ色の星が満天に広がっていた。

 

「なっ!?」

「なぁぁぁっ!!」

 

 思わず声をあげた織斑姉弟である。

 無数の光はドクロボットへと収束するように落下していく。そして次々と小規模な爆発を起こした。

 小型ミサイルとプラズマ光弾の波状攻撃だ。

 直撃こそしないものの、ドクロボットはあまりの弾幕密度に回避に徹せざるを得なくなり、一夏たちへのマークが外れた。

 

 直後、ウサミミリボンとジェットパックを装着した束が、一夏の頑丈な胸板へ超音速でダイブしてきた。

 普段ならどうということないが、負傷した体には堪える。が、そこは男の甲斐性でグッと耐える一夏であった。

 

「た、束!?」

「一週間ぶりの生いっくんキター(゚∀゚ 三 ゚∀゚)!! って、やってる場合じゃない! 二人とも、はいこれ!」

 

 いつになく真面目な顔になった束は、腰のホルスターから取り出した青のブレスレットを一夏に、赤のブレスレットを千冬へ寄越した。

 

「すぐにそれ着けて!」

「これは……待機状態のISか!?」

「そうだよ。ライト博士とスピードワゴン財団の協力のもとに完成した、いっくんとちーちゃんの専用機! その名も──」

 

 と、悠長に名前を告げようとした束だったが、そこへドクロボットのプラズマ火球が襲い掛かった。

 束を抱えた一夏が右に、千冬は左へ大きく跳躍して攻撃を避けたが、すでに敵は二人に向かって突撃してきていた。

 

「説明してる時間はないか。急いで!」

 

 束の言葉に頷き、姉弟はブレスレットを左手首に装着した。

 

「起きて、『エックス』と『ゼロ』!!」

 

 叫ぶ束に答えるように、二つのブレスレットから放たれた白い閃光が辺りを呑み込む。

 ジャミングの効果もあったようで、センサー上からもターゲットを見失ったドクロボットたちはド派手に地面にぶつかった。

 その間に織斑姉弟は装着を完了させ、全身装甲タイプのISを着込んでいた。

 

 体に密着した青の基礎フレームの上に、縁が空色の白い装甲をまとい、額にルビーのようなクリスタルが埋め込まれたヘルメットという一夏の機体。

 対する千冬は黒のフレームに赤い装甲、額には青いクリスタルと対称的なデザインだった。他には後頭部に金髪のテールにも似た機関が設置されている。

 

 束は空中投影型のコンソールを高速でタップしながら、高らかに歌い上げるように宣った。

 

「さあ! これこそ本邦初公開!! 篠ノ之束プレゼンツ、Drライト開発の織斑姉弟専用インフィニット・ストラトスだーっ!!」

 

 最後に、勢いをつけてEnterキーをタップし、同時に二人のISは一次移行を完了させた。

 

「こ、こいつは……っ!!」

 

 エックスの秘められた力を即座に感じ取った一夏。千冬も同じくゼロのポテンシャルに驚愕すると同時に、専用のビームサーベル『ゼットセイバー』を抜刀し、ドクロボットを鋭く睨み付けた。

 

「なるほどな。白騎士の時に感じていた、あの拘束される感覚がない。まるで装甲の隅々までが自分の体になったかのようだ」

「ああ! すごいぞ、束!! これなら!!」

 

『絶対に負けない!』

 

 沸き上がる闘志に身を委ね、二人はドクロボットへ突貫する。

 

 迎え撃つドクロボットの左拳と、一夏の右拳が衝突した。

 

「うりゃあーっ!!」

 

 一夏が気合いを入れて拳を振り抜けば、ドクロボットの腕が根元から吹き飛んだ。

 勢いは止まらず、一夏はそのまま相手の土手っ腹をぶち抜き、たまたま拳が触れた機関を力任せに引きずり出した。

 どうやらそれがコアだったらしく、ドクロボットは機能を停止して崩れ落ちる。

 

『!?!?!?』

「余所見をしている場合か?」

 

 傷の痛みも感じさせない速度で隻腕のドクロボットへ踏み込んだ千冬は、ゼットセイバーのメチャクチャな高出力を馬鹿力で抑え込み、真一文字に振り抜いた。

 ドクロボットが後方へ跳躍して回避を試みたが、一歩遅く。着地と同時に胸から上がズレ落ち、ワンテンポ置いて爆発した。

 

「……え、あれ? もうおしまい?」

 

 呆気ない決着に、束がポカンと口を開ける。装着から撃破まで十秒と掛かっていない。

 

「だって、ここまで互いにボロボロだったし」

「あとクリーンヒットが一、二回入れば倒せていた。試合で言えばシールドゲージがレッドゾーンに入ったぐらいだった」

「えぇー……」

 

 一夏のピンチを知って即チベットを発ち、移動中に突貫作業でフィッティングヲ済ませたというのに。

 形容しがたい徒労感に陥りそうになった束だったが、エックスを待機状態に戻した一夏が彼女の手を引いた。

 

「ほえっ?」

 

 バランスを崩した束は、一夏の腕の中にすっぽり収まってしまった。

 

「でも助かった。来てくれてありがとうな、束。それと、顔が見られて嬉しいぜ」

「…………うんっ」

 

 にへら~と表情が崩れた束と、同じく満面の笑顔で彼女の髪を撫でる一夏。

 勝手にしろとばかりにバカップルに背を向けた千冬は、その直後。

 

 IS学園から天へ向かって噴き上がった光の柱に驚き、柄にもなく腰を抜かしたのであった。




 言い分けのしようもないほどにインフィニット・ロックマン。
 作者自身、もうドラゴンボール要素が息してないし、うっかり一夏が「波動拳」と言い出して作り直したりしました。

 ネタコーナーが地味に疲れるので、そのうち追記します。


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第23話 乾坤一擲

最近、この世界はスパロボ時空で、
本筋と一切関係の無い一地方の小競り合いがIS学園で起きている、
という設定にしました。

この世界での亡国企業ってどうなってんすかね?


「ガッ……く、クソッタレが……ッ!!」

 

 イエローデビルの巨大な足は疲弊したラウラを踏みつけ、さらに液体金属がラウラの体を侵食、半身を飲み込んでしまっていた。

 

「その子を離せぇ!!」

 

 そこへツインビームトライデントを振りかぶった鈴が、瞬時加速(イグニッションブースト)とともに斬りかかった。

 切っ先はイエローデビルの丸い胴体、その正中線を捉えるが、刃は液体金属の体をすり抜けてしまい手応えがなかった。

 

「なら、こいつならどうだ!」

 

 箒も試しの剣を手に、形なきものを斬る海鳴斬を仕掛けるも、裂けたそばから元通りになってしまう。

 ならば! と次は見えないものを斬る空裂斬で相手のコアを狙い打つ。が、アンデッドでも魔法生物でもない純粋な機械であるイエローデビルには効果がなかった。

 

「くっそ、こいつ!! 服の下にまで入り込みよって、ヤラしいわ!」

「ちょっと、ラウラ! しゃべる余裕があるなら何か反撃しなさいよ!」

「そない言われても、ガチガチに固められて──あ、あかん!?」

 

 そうこうするうち、ラウラを足の裏から体内へ完全に取り込んでしまった。

 イエローデビルは胴体に赤い眼球を出現させ、鈴と箒を静かに見据えた。

 

「鈴、私達も取り込むつもりのようだぞ」

「対人用の捕獲機能ってところかしら。厄介な」

 

 物理的な打撃にも気による衝撃にも強いイエローデビルに、これまで目立った外傷はない。機械なのだから痛がる素振りを見せなくても不思議でないが、斬っても突いてもすぐに元に戻ってしまうのはいかがなものか。

 唯一、攻撃が効きそうなのが赤い眼球部分だが、基本的に体内に隠れている上に不用意に近付けばビームで迎撃されてしまうのであった。

 

 イエローデビルの体に切れ込みが現れ、ブロック状に分裂していく。

 分裂したイエローデビルは並みのISの戦闘速度を遥かに上回る速度で鈴と箒、それそれに体を射出した。

 

 一度回避しても、今度は後方からさらに速度を上げて突っ込んでくるイエローデビルに、二人は反撃の糸口すら掴めない。

 

「すっトロそうな外見のクセに!」

 

 鈴は指先に霊気を高めつつ、鈴はひたすら回避に専念し、反撃の機会をうかがう。

 一方の箒は果敢にもブロックに正面から飛び込み、手応えはないけど当たるを幸いとばかりにやったらめったら斬りまくっていた。

 

「何してんの、あんた!?」

「どこかにコアがあるはずだ! 見つけ出してたたっ斬る!」

 

 あまりの蛮行に鈴も戸惑い、制止するのが一手遅れてしまった。

 

「そこだぁぁぁっ!!」

 

 一際大きなブロックを一刀の元に斬り伏せた箒……だったが、エネルギーの刃は塊の中腹辺りでガッチリと止まってしまう。

 確かな手応えにコアを見つけたと思ったが、切れ込みを内側から掻き分けて這い出してきたものを見て、さすがの箒も青ざめた。

 

 それは、顔を土気色にしながらも血走った瞳に燃えるような闘志を灯し、試しの剣の刃をへし折らんばかりに握りしめて押し返す、シャルル・ツェペリであった。

 

「し、シャルロット!?」

「殺す気か!! 頭が割れるところだったじゃないか!!」

「す、すまない!」

「シェリーちゃん、お話はええから先出てってもらえる? 後ろつかえとるんや」

 

 シャルルの背後には、同じく取り込まれたラウラがいた。

 異変に気づいたらしいイエローデビルは、分裂させていた体をシャルルたちのパーツへと集結させ始めた。

 

「あー、もう!! 箒、あんたは二人を引っ張り出して!」

 

 鈴は霊丸のチャージを続けつつ、箒の元まで一足で飛び込んだ。

 集まってくるブロックを片っ端から弾き飛ばし、その間に箒がシャルルの腕を掴んで力任せに引っ張った。

 

「あだだだだだっ!? ストップ、篠ノ之さん!! 腕から変な音したぁ!?」

「我慢しろ! くそっ、引っかかって取れない!」

「だったらなおのこと引っ張るなぁぁぁあだだだだって、篠ノ之さん、後ろぉ!」

「えっ!?」

 

 シャルルの叫びに、箒は咄嗟に彼の手を放して地面を転がった。

 直後、背後に迫っていたブロックに浮いた赤い目玉から、プラズマ火球が射ち出される。

 ISもなくその場から動けないシャルルは無防備のまま高熱源体にさらされてしまった。

 

「あかん!? 引っ込むで、シェリーちゃん!」

「あわわわわわっ!!」

 

 二人は慌てて液体金属の奥へと引きこもり、かろうじて九死に一生を拾ったシャルルであるが、またもイエローデビルの体内に逆戻りである。

 

「そこぉ!」

 

 目玉を目掛けて鈴が霊丸を放つが僅かに遅く、目玉は液体金属の中に隠れてしまった。

 目玉を内包したブロックはシャルルのいるブロックと融合し、さらに周囲のブロックもかき集め、巨人の姿を再構成した。

 今度は分裂せず、地響きを立てながら鈴と箒へ向かってくる。

 

「ええい! どうしろってのよ、こんなの!!」

 

 毒づきながらも、鈴はトライデントを構え、イエローデビルに斬り掛かった。

 

 

「で、どないするん、シェリーちゃん」

 

 イエローデビルの体内、捕獲が目的だからか呼吸こそ可能だが圧迫感がすさまじく、身動きが取れない状況のラウラが、同じく自分の薄い胸に顔を押し付けたシャルルにため息とともに訊ねた。

 

「ど、どうするっていうか……まあ、手立てはあるんだけど」

 

 ラウラの肌の匂いと感触に理性が飛びそうになるのをグッと堪えながら、シャルルは波紋の呼吸を続けている。

 

「どしら、酸欠か? しっかりせい、寝たら死ぬで」

「違うから! う~ん……ねえ、ラウラ? 今ってIS出せる?」

「できん。このブヨブヨ、なんや量子からの実体化を邪魔しとるみたいや」

「やっぱな~」

 

 シャルルの含みのある憂い顔に、ラウラが眉を吊り上げた。

 

「なんやの?」

「ラウラ」

 

 突然に表情を引き締めたシャルルに真っ直ぐ見つめられたラウラは、急に頬が熱くなる感覚に襲われた。

 

(あ、あれ? なんやこの子、急にキリッとして……あ、あれ!? なんでウチ、こないドキドキしとるん?)

 

 シャルルをシャルロットと思っているラウラにとって、イタリア系美少年の本性を全面に押し出した真面目モードのシャルルは酷い不意討ちだった。

 細いけど人を殴りすぎてゴツゴツなラウラの手を、強くも弱くもない絶妙な力加減で握った。

 ラウラの毛の生えた心臓が、ドクドクと早鐘を打ち始める。

 

「先に謝っておくね。ごめん、ラウラ」

「えっ、ちょ待って!? どゆこと、シェリーちゃん!?」

「今からすごい無茶するんだ。それに巻き込むから」

「はい?」

 

 シャルルは目を瞑り、深く大きく息を吸い込んだ。

 まるで洞窟を風が吹き抜けていくような力強い呼吸に、ラウラも息を飲む。と同時に、彼女の野生の勘が最大級の警鐘と、その危険から逃れるすべが無い絶望を同時に察知した。

 

「本来の使い方とは違うけど!」

 

 その時、ラウラにはシャルルの体が黄金色に輝いたように見えた。

 黄金色に輝き、激しい熱と、全身を駆け巡る電流のような刺激に、ラウラは思わず声を荒げた。

 

「ちょちょちょっ、シェリーちゃんストップぅぅぅぅっ!!」

「もう無理。深仙脈疾走(ディーパスオーバードライブ)っ!!」

 

 シャルルの体がまるで真夏の太陽のような輝き、まさしく太陽そのものと呼んでもいいぐらいの熱さを放つ。

 

「あんぎゃあああああああああああああああああーっ!!」

 

 そして、密着状態のラウラにはドライヤーと混浴するよりも酷い電流地獄を味わわせ、

 

『グォオオオオオオオオオオオオーッ!!』

 

 イエローデビルに対しては、液体金属の防御を突き破ってコアに直接波紋を叩き込んだ。




亡国企業の現状について。

①アマルガムとか黒い幽霊とかブルーコスモス(ロゴス)に併合されている
②弱小組織として細々と活動している
③壊滅済み。現実は非情である

どうせ出てこないので答え合わせは不要です。


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第24話 一難去って艱難辛苦

 今回でラウラ編までが終わりです。
 関係ないけど、もっとRTA小説増えろ。


 謎のロボット軍団によるIS学園襲撃のニュースは、世界にそこそこの衝撃を走らせた。

 戦闘機よりも素早くて高火力のISが多数配備された学園で、所属不明の戦闘ロボットが多数暴れまわったのだ。

 以前からセキュリティがゆるゆるだと一部から突っつかれており、鎮圧したのがタダ者ではないとはいえ学生だったこともあって世間からの風当たりも強まりつつある。

 という背景もあり、学園の顔である千冬は怪我を押してメディアへの対応を引き受けていた。

 

(一夏、お姉ちゃんは頑張ってるぞ!)

 

 などと張り切っている千冬だが、実際のところは全身包帯まみれの千冬が日本刀片手に睨みを効かせた状態でずけずけとインタビュー出来る記者なんていないという、束や一夏からのアドバイスを真に受けた学園によって人柱にされただけなのだった。

 

「あやや。世界最強のIS乗りである、かのブリュンヒリデですら重傷を負うほどの相手とは。いやはや恐ろしいですな」

 

 それでも個人レベルで体当たり取材を敢行してくる命知らずの記者が相当数いるので、そういった輩はくじ引きで選別した上で時間を区切って、やっぱり千冬が相対していた。

 今回は業界でも有名な悪質パパラッチこと、鴉天狗の新聞記者・射命丸文である。

 ISの出現以降、世界最速の座を返上した天狗一族はやたらとIS界隈を敵視しており、その執念から学園のセキュリティを突破してきたことが何度かあった。

 そんな相手なので、千冬も普段の三割増しに気合いを入れた化粧(学園が手配したメイク班によるもの)で臨んでいる。

 人外の異形を相手にして生身のまま渡り合える人材が千冬しかいないとはいえ、そろそろまとまった休みが欲しくなる千冬であった。

 

「して、敵の正体は一切が謎。背後関係も洗い出し中で何もかもが不透明、と日本政府からの発表ですが、実際のところはどこまで分かってるんです?」

「残念ですが、我々からも答えられることがありません。学園も独自に専門機関への調査を依頼しているところですが、これといった進展もまだありません」

「むう」

 

 ペン尻で頭を掻く射命丸は、千冬の返答に納得していない様子だ。嘘ではないが、本当の事を隠している。それ事態は予想の内だが、これではせっかくブリュンヒルデと一対一で対談した意味がない。

 だが、ここにきて射命丸はまだ、自分の犯した失態に気付いていない。そのことに思い至るのは、取材時間が残り五分に差し迫った頃になる。

 

 

「良かったのか、束。千冬ねえに何も伝えなくて」

「いーのいーの。ちーちゃんは馬鹿じゃないけど単純だから、下手に情報伝えるぐらいなら何も知らない方が腹芸が出来るってね」

「あ~……嘘吐くと丸分かりだもんな~、千冬ねえ」

 

 学園に増設したラボラトリで一夏と束がそんな会話を交わしているとは露知らず、射命丸は何も知らない千冬から情報を聞き出すため躍起になっているのだった。

 

 その間に、束は各国の重要機関などへハッキングを繰り返し、ワイリーの居場所を探っている。

 残念ながら破壊した無人ISからはこれといった情報は得られなかった。パーツの製造表記がことごとく消され、自壊したコアの修復も束やライト博士ですら不可能なのだ。

 今出来ることといえば、持ちえる情報をフルに使った草の根作戦ぐらいしかない。

 

 なお、一夏は怪我を理由にトレーニングを禁止され、することが無いので束の隣にいるだけで捜査の役には立っていない。代わりに衣食住の世話を一手に引き受けている。

 

「束様、Dr.ライトより連絡が入っております」

「いっくん、出といて」

「あ、うん。クロエ、いいか?」

 

 束の専属メイド、この世界にもちゃんといたクロエは、古式ゆかしい黒電話風の受話器を一夏へ手渡す。

 クロエは一歩引き下がると、電話に出る一夏と50近いモニターに向かった束の背中をじっと見つめていた。

 

 コスプレめいたゴスロリ調のメイド服に身を包むクロエだが、家事の腕前に褒められる要素がまったくない。料理にいたっては食材を炭化させたりゲル化させたりと散々で、一夏直々に指導しても全く改善しなかった。

 それでも普段ならクロエの壊滅料理を美味しそうに食べてくれるのが束なのだが、一夏がいるとなると彼女の世話を全て先回りしてやられてしまい、手持ち無沙汰になってしまうのだ。

 二人に悪気がない、というか二人の世界に入ってしまって周りが見えていないというのは分かるのだが、やはり寂しいと思ってしまう。

 

 また学園内の散歩でもしていようか。そう考えていると、ドカドカとやかましい足音が近づいてきた。

 一人二人ではなく、結構な人数だ。それらはドアの前で止まることなく、体当たりで突き破って内部に雪崩れ込んできた。

 無表情が常のクロエだが、真っ先に乗り込んできた銀髪の狂犬に思わず目を見開いた。

 

「いちかちゃん、み~っけ!」

「ちょっと、ラウラ! 勢いつけすぎ、ドア壊してどうするの!?」

「さすが姉さんのラボ。校庭に勝手に作ったにしては本格的だ」

「お邪魔いたします、篠ノ之博士。あ、キッチンもありますのね。お茶飲んでいいですか?」

「帰れ、箒ちゃん以外」

 

 騒がしく入場してきたラウラ、鈴、箒、セシリアマスクに、束の冷たい視線が突き刺さる。

 しかしそんなことを気にする情緒の持ち主などこの場にはおらず、鈴がほんのちょっぴり「悪いかな~」という表情になっただけだった。

 わざわざモニターから振り返った束は、額に青筋を浮かべて闖入者たちを睨みつける。

 

「何しに来たんだよ、ここは部外者立ち入り禁止だ。つー金髪マスク、勝手に茶箪笥開けるな。狂犬も冷蔵庫漁るな。チビ、当たり前のように座布団出してんじゃない。箒ちゃんはくつろいでていいけど、近い!! なんでそんなに寄ってくるのかな、嬉しいけど怖い!」

 

 ずんずんと鼻先が擦れるぐらいに箒が束に詰め寄っていた。

 妹のあまりの迫力に束は助けを求めて一夏を見るが、残念なことに一夏はライト博士と「波動~」やら「昇竜~」やらで議論を白熱させており、恋人のSOSを全く気に留めていないのだった。

 

「姉さん、実は折り入って頼みがあるんだ」

「箒ちゃんがお姉ちゃんに? 珍しい……てか初めてじゃない?」

 

 妹からの意外な提案に、嬉しさよりも戸惑いが勝る束であった。

 何しろ過去を振り返っても、箒の方から束に歩み寄ってくる事など数えるほどしか記憶にないのだ。年齢の離れた姉妹などそんなものなのだろうが、特に近年では一夏との交際を言い出せなくて自分から距離を置いていたため、むしろ嫌われているとまで思っていた。

 

「うんうん♪ いいよいいよ、何でも言ってよ! お姉ちゃん、箒ちゃんのお願いだったら何でも叶えちゃう♪」

 

 これを機会に姉妹の溝を埋めようと、内容も聞かずに快諾する束だったが、

 

「そうか。じゃあ来週の臨海学校までに私と鈴、あとセシリアマスク用に戦闘用のISを組み上げておいてくれ。これ要望書な」

「え””””」

 

 ある意味予想通りでありながら遥かに斜め上の提案に、天災は言葉を詰まらせた。

 箒から手渡されたIS設計における要望書も何の冗談かと訊ねたくなる数十センチにも上る紙の山だが、箒の目は真剣そのものだ。

 

「ああ、パイロットの保護とか考えなくていい。乗るのは私たちだからな。あのドクロのロボットや黄色い一つ目と真正面から渡り合える機体でなければ意味がない」

「いや~、悪いっすね、束さん。競技用のアルトロンだとどうしても動きに限界があって」

「武装については簪さんが張り切って図面を引いていますから、お二人で力を合わせて頑張ってくださいまし。わたくしたちのために」

「ちょっと待てこら! 勝手に話を進めるな!」

 

 すでに自分が承諾する前提で盛り上がる三人娘に、束の語気も強まった。

 

「一万歩譲って箒ちゃんの機体は構わないけど、チビと金髪の分までどうして私が用意しなきゃいけないのさ! つーか要望多すぎだルォ!?」

「そう固いこと言わないでくださいよ~、束さん。あたしだって篠ノ之家とは浅くない付き合いなんですし」

「うぐっ……そ、そりゃそうなんだけど……」

 

 鈴にそう言われては否定できない。一夏がいなくなった直後の情緒不安定だった箒を立ち直らせてくれた恩人なのだ。箒の中の変な扉を開きはしたが、そもそも自分が一夏の近況を知っていながら後ろめたくて話せなかったのも箒が塞ぎ混んだ一因だったのだ。束から文句など言えるはずもない。

 

「じゃ、ついでにわたくしの機体もお願いしますわ」

「何でだよ! お前に至っては縁もゆかりも無いじゃないか! 自国に帰れ金髪マスク!」

「本国でISの軍事利用は禁止されてますから、戦闘用のISは造れませんの。そうでなくても、この間壊されたブルーの修復だけで手一杯ですので。このままではわたくし、見せ場のないまま出番が終わってしまいますわ」

「知るか!」

 

 こっちの鉄仮面は100パーセントわがままだった。

 

「あ、うちのことは気にせんといてええよ。ゲッシーはまだ使いこなせてへんだけで天下無敵の機体やし」

「誰も聞いてねーよ、真島ぁ!? クーちゃんから離れろ、産業廃棄物! クーちゃんもそんなのにお茶なんか出さなくていいから!」

「え、ええ。でもこの方、何だが他人のような気がしなくて。顔もどことなく似てるし、もしかして生き別れた姉妹なんじゃないかなって?」

「似てないよ!? 全っ然似てない! クーちゃんはこんなSAN値ゼロな笑顔なんてしてないから!!」

「電話、終わったぞ~。ずいぶん楽しそうだな、束。せっかくだし、みんなで昼にするか」

「いっくんんんんんんんんーっ!?」

 

 全方面への見事なツッコミで、天災と呼ばれる所以を存分に発揮した束であった。

 なお、結局ISの開発は一夏の口添えもあって渋々了承するハメになった。

 束は「もしかして私って妹にも恋人にも便利に使われてるだけなんじゃないかな」と疑念を抱いたが、一夏の自分にだけ昼食のデザートを付けてくれたのですぐに疑念を捨てた。

 

 

「そや。忘れるとこやった」

 

 昼食後もクロエが淹れたお茶(薄い)を飲みつつ、無造作に散乱していた漫画雑誌を読み漁っていたラウラが、突然立ち上がった。

 一夏は「用なんてあったんだ」と思いながらも、三人娘を連れて学園の工業区画へ行ってしまった束に代わって応対することにした。

 

「シェリーちゃん、男の子やったんやな。びっくらこいたわ」

「あぁ~、それね」

 

 先日の事件の際、イエローデビルを破壊するために限界近い波紋を放出したシャルルは、今も意識不明で学園の病院で入院中だ。

 そしてラウラもシャルルの波紋疾走に巻き込まれて死にかけた。その日の夜には目を覚ましたが、同じ部屋で寝かせていたせいでシャルルの秘密に気が付いたのだった。

 

「あの立派なお胸は詰め物かいな~って思ったら、まさかな~」

「そうだな。世間では『男の娘』っていうらしい」

「ほ~ん」

 

 へ~そうなの、とラウラは自分から振っておいて興味を失ったのか、そのまま漫画雑誌に視線を戻すのだった。

 

「え、そんだけ?」

 

 あまりにも淡白なラウラに、一夏の方から聞き返してしまう。

 ラウラは雑誌に目を落としたまま、

 

「ま、趣味や事情は人それぞれにあるやろ。ウチも脛に傷ある身やし」

「着替えとかシャワーとかメチャクチャ覗きまくってるぞ、あいつ」

「ウチは構へんよ? 他の子は知らんけど、わざわざ教えな誰も傷つかん。千冬センセからも口止めされたけど、ウチはそもそもとやかく言うつもり無いわ」

「う~ん、器が大きいと言うか何と言うか」

 

 一夏は苦笑しながらクロエに見ると、クロエも苦笑で答えたのだった。

 

 

 こうしてIS学園では事件の処理を進め、その裏で新たな脅威に対する準備が行われていた。

 決戦の日は刻一刻と近づいている。

 

「わたくしたちの戦いはこれからですわ!」

「と、突然どうしたのよ、セシリアマスク!?」




 ラウラとのやり取りをどうにか原作に近づけようと思ったけど、無理。
 私に真島の扱いは十年早かったかもしれない……!


射命丸文
 東方Projectより。清く正しい射命丸、を標語に掲げた幻想郷最速のパパラッチ。
 シリーズでの人気も高く、彼女を主人公とした外伝作品も存在するぐらい。
 実は彼女ではなくフランク・ウェストを登場させる予定でしたが、もうCAPCOMはお腹一杯な気がして彼女にしました。

波動、昇竜
 ストリートファイターシリーズにて代表的な必殺技。
 波動拳は飛び道具、昇竜拳は対空技、これに正面への突進技である「竜巻旋風脚」が加わって、格闘ゲーム三種の神器などと呼ばれている。
 竜巻~以外はロックマンXシリーズの隠し武器として登場している。


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第25話 最終回

 やりたかったネタがほぼ終わって放置してました、すみません。
 というわけで、今回で唐突に最終回です。


「平和だなー」

「そーだねー」

 

 夏休みに突入してからというもの、ラボで一日中イチャイチャしてばかりの一夏と束であった。

 あまりのラブラブっぷりにクロエは学園近辺に一人で引っ越し、最近仲良くなったラウラと一緒にブラブラしている。何でも、お互いに他人のような気がしないらしい。

 

「って、何を和んでるんだーっ!!」

 

 そこへ空気も読まずに飛び込めるのは、世界広しと言えども篠ノ之箒だけだろう。

 

「よう。どうした?」

「どうした、ではないぞ義兄上! 一体いつになったら私の専用機が完成するのだ! お陰でワイリーとの決戦に私だけ参加出来なかったんだぞ!!」

「ま、まだそこにこだわってたの、箒ちゃん!?」

 

 ものすごい剣幕の箒が言っているのは、ひと月前の臨海学校の出来事である。

 突如として海底から浮上した軍事要塞に陣取ったDr.ワイリーと、配下の戦闘ロボット軍団との戦いが勃発したのだ。

 一夏を初めとする一年生の専用機持ち(ばけもの)が立ち向かい、激しいぶつかり合いの末にセシリアマスクがワイリーマシンを撃破したのだった。

 ワイリーは逮捕され、彼が盗んだエイジャの赤石を取り戻したシャルルはチベットへ帰ったが、何故か数日後に再び女装姿で戻ってきている。

 だが専用機が無かった箒は、原作ヒロインであるにも関わらずその戦いに参戦できないのであった。正確には生身で飛び出して対空砲火で撃墜され、そのまま退場している。さすがの束といえど、既存機体のカスタムならともかく一週間で0から専用機を開発するのは無理だったらしい。

 

「勘違いしないでほしいのは、エックスやゼロ級の機体を造るのは無理ってだけで、原作の紅椿級だったら造れたんだからね!」

「どこ向いて誰に話してるんだ、姉さん! こっちを見ろ!」

 

 箒としては鈴と一緒に戦えなかったのが相当堪えたらしく、こうして日夜催促しにやってくるのだが、残念なことに無い袖は触れないのである。

 

「そうカリカリするなよ、箒。何だったら簪とかに相談したらどうだ?」

「もう行ったぞ。でも、今は18メートル級の搭乗型マシンに掛かりきりで手が離せないんだそうだ」

 

 なお、箒がその搭乗型マシンのテストパイロットになるのは、ほんの二日後のことである。

 ぷりぷり怒りながら箒が帰って行ったので、また二人でまったりする一夏と束――、

 

「お邪魔します」

 

 が、数分と経たずに今度はシャルルがこそこそと潜り込んで来た。

 

「お前かよ、オカマ野郎」

「どうして束さんは僕への当たりだけやたら強いのかな」

「違うぞ、シャルル。束は基本的に誰にでもこうだ」

「そっちの方が大問題じゃないかな」

 

 シャルルは靴下まで脱いで、自宅のような気安さで寛ぎだす。

 今も女生徒として通学しているシャルルにとって、まったり気を抜いていられる場所は多くない。寮の自室にいてもルームメイトが()()ラウラなので違った意味でも落ち着けず、気付けばシャルルは束のラボに入り浸るようになっていった。

 

「シャルルは帰省しないのか?」

「うん。リサリサ先生にも言われたけど、当分はこっちでの仕事が優先だって」

「今度は何だっけ? 弓と矢?」

「うん。といっても、IS学園は本命じゃないから、何かあったときに出動するぐらいじゃないかな。だから基本は一学生として――」

「そうはいきませんわ!」

 

 今度は鉄仮面の淑女が我が物顔で入ってきた。

 

「セシリアマスクじゃないか。休みの間はイギリスじゃなかったのか?」

「そのつもりでしたが、お父様にシャルルくんの事を話したら、是非会ってみたいと仰せられまして。一緒に帰ってきましたわ」

「デジマ?」

 

 束がコンソールを操作して校庭の様子を映すと、セシリアマスクの父・ロビンマスクがプロレスリングを用意して待ち構えていた!

 セコンドには母のアリサの姿もある。なお、アリサは超人ではないので素顔だった。

 

「これって、娘が欲しければ私に勝ってみせろっていう、あれ?」

「その通りですわ。というわけでシャルルくん。わたくしに格好良いとこ見せてくださいまし?」

女装(このカッコ)で!?」

 

 気まずいなんてもんじゃない、せめて着替えさせてくれとゴネるシャルルだったが、結局ISのアンダースーツ姿でリングインさせられ、ロビンマスクと60分を超える死闘を演じることとなった。

 一夏もシャルルのセコンドとして共に戦い、最後は現役を退いて久しいロビンマスクのスタミナ切れにより、辛くもシャルルは勝利をもぎ取った。

 試合後には互いにガッチリ握手を交わし、シャルルはロビンマスクから正式に交際を認められたのだった。

 それを遠巻きに観戦していた鈴は、

 

「やっぱり最後のオチまでセシリアマスクかい!」

 

 そう誰もいない空に向かって、人知れずツッコんでいた。




 ……え、これじゃ打ち切り?
 えっと……気が向いたら短編書くかも……いや、もう書かないか。

 感想など書いてくださった皆様、ありがとうございました。


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幕間
【幕間】ラウラ・真島の平穏な日常


 拾い忘れたイベントの消化です。


 襲撃事件から丸三日以上も昏睡していたシャルルだったが、ついに意識を取り戻した。

 眠っている間も波紋の呼吸を続けていたため、そのお肌はつやつやである。いつもの可愛いシェリーちゃんであった。

 

「お。シェリーちゃん、おはよ」

 

 目覚めたシャルルのすぐ隣には、なぜだかラウラがいた。湯気が出ているタオルを手に、目の焦点が定まっていないシャルルを見下ろしている。

 

「三日ぶりのお目覚めやな。気分はどー?」

「……思ったより悪くない、かも」

 

 とはいうものの、深仙脈疾走は本来、肉体に蓄えた波紋エネルギーを全て他者に譲渡する技だ。イエローデビルが先に自壊したので助かったが、シャルルは危うく生命力を使い果たして死ぬところだった。

 目が覚めただけでも運が良かったと胸を撫で下ろすシャルル。

 だがそんなシャルルを、ラウラは何故かニマニマしながら眺めていた。そして意味深いな仕草でこう告げた。

 

「せやろ。ウチが丹精込めてお手入れしたんや。サッパリしてんのと違う?」

「え?」

 

 困惑するシャルルを余所に、ラウラは温かいタオルで彼の胸から腹に掛けてを丁寧にタオルで拭いていた。

 その手付きは意外も繊細で優しく、タオルの温かい感触が素肌を柔らかく撫でていた。

 

「こうすると血行も良うなるんやて」

「えっ! 待って待ってちょっとタンマ!!」

 

 しかし、待てと言われて待つラウラではない。彼女は見ていて腹が立つぐらい眩しい笑顔で、全裸のシャルルの体を温かいおしぼりで拭き続けた。

 気持ちいいのは確かだが、全裸というのはパンツすら履いていないということだ。隠したい男の子な部分が、一応はうら若き美少女であるラウラの前にさらされている。

 そもそも自分はいつから全裸なのか。もしも目の前の彼女に脱がされたとしたら、シャルルは相当なショックを受けるであろう。

 気づいた途端、シャルルの顔が真っ青になった。

 

「うわああああああああああっ!!」

 

 悲鳴を上げてベッドを転がり降り、ラウラの手から逃れた。

 体を隠す物を必死に探すが、ベッドを囲むカーテンは透明素材、シーツの上掛けはラウラの体の下である。苦し紛れにベッドの下へ隠れるのが精一杯だった。

 もちろん、その程度でラウラの魔手から逃れられるはずもなく、いたずらっ子の表情のラウラは蜘蛛のような動きでシャルルへ這い寄っていく。

 泣く泣くベッドの上へ追いたてられたシャルルだが、幸いなことに体を包むシーツを手に入れることは出来たのであった。

 

「暴れるんやない。まだ痛くしとらんやろ」

「ハートが痛いのっ!! ていうか、僕の服はどこ!? まさか、君!!」

「ちゃうちゃう、最初っからスッポンポンで寝かされとったわ。そこらのクローゼットにでもしまわれてるんやないかな、知らんけど」

 

 ラウラが顎で指した先、壁には備え付けのクローゼットがある。だが、調べに行くには無防備な背面をさらさねばならない。シャルルの気分がますます重くなった。

 

「辛気くさい顔。せっかくの美少年が台無しや」

「……ていうか……その様子だとラウラは見たんだよね。僕の秘密……」

「うん。大層ご立派なオトコノコやったね」

 

 ラウラはちょっぴり照れながら「やらしいことはしてへんよ?」と付け加える。確かに体を拭く手つきに他意は感じられず、純粋にシャルルの世話を焼いていたのだろう。

 なんでそんなことをしているのかという疑問も沸いたが、それについては一言「暇だったから」で済まされた。

 

「と、とにかく着替えるから、出ていってくれる?」

「え~、なんで? まだ全部拭き終わってないやん」

「全部拭かれてたまるか! いいから出ていけー――え、ええっ!?」

 

 タオルを手に近寄ってくるラウラに恩知らずにも波紋を打ち込もうと、勢い良く立ち上がったその瞬間。シャルルの視界がグワンと回転した。

 足の力が抜けて、危うくベッドから落ちそうになる。

 

「シェリーちゃん!?」

 

 ラウラが咄嗟に抱き止めてくれたので転倒せずには済んだが、眩暈は治まってくれない。手足にも軽い痺れが出ていた。

 

「無理すんなや。ウチもふざけすぎた。もうせんから、大人しゅう寝とき」

「う、うん……」

 

 シャルルをお姫様抱きで持ち上げたラウラは、彼をベッドに寝かせてシーツを被せた。

 そして流れるように自分も横になり、シーツの間に体を滑り込ませる。

 

「って、何でだよ!?」

「いや、一緒に寝たろうかと思て」

「いらないよ! チェンジ、チェンジ!!」

「誰にチェンジ? のほほんちゃん? 山田センセ?」

「なんでそのチョイス!?」

 

 フラフラなシャルルはラウラを強引に押し退けることも出来ず、頭を撫でられたりされるがままだ。

 真島のクセに彼女の体からは年頃の生娘独特の良い香りがする。あやされるうちにシャルルはだんだん夢心地になってしまった。

 いけないと思いながらもうとうとと意識を手放しそうになった、そのときだった。

 

「まあ」

 

 そんなシャルルの背中にぶっ刺さる、セシリアマスクの冷たく固い感嘆符。とろけていた意識が瞬時に凍りついて固まった。

 

「知りませんでしたわ。お二人がそんな仲良しだっただなんて。うふ、うふふ」

 

 背中越しに聞こえた笑い声は、口調はいつも通りなのにビックリするほど感情が籠っていない。鉄仮面の下ではどんな表情をしているのか。

 

「お、せっしーやないか。どしたん?」

 

 シャルルが振り向けないでいるが、ラウラは構うことなく上体を起こし、そして何てことないように挨拶する。

 その際にシーツが捲れてしまい、シャルルが全裸であることがセシリアマスクからも丸分かりになった。

 

 何故だか背中に感じるセシリアマスクの圧力が激増した。比喩ではなくて本当に大気が震え、窓ガラスやカーテンレールが微かに振動している。いわゆる凄味というやつだ。

 ふと、ラウラはセシリアマスクが持っているものに気付く。1リットルぐらいのポットと洗面器、そしてタオルが数枚。奇しくもついさっき、ラウラも同じものを持って入室したばかりだ。

 

「シャルルくんのお見舞いだったのですが、お邪魔してしまって申し訳ありません。これは馬に蹴られる前に退散した方がよろしいですわね」

「……いや、構わへんやろ。一緒にシェリーちゃんの世話ぁしたろうや」

 

 セシリアマスクの様子から何事か感づいたらしいラウラは、大変に可愛らしい満面の笑顔でセシリアマスクを手招きする。その手には濡れタオルがあった。

 チラリとシャルルへ落ちた視線は、新しい遊びを思い付いた子供のようにキラキラしていた。

 

「ほらほら。シェリーちゃんからも言うたれや。せっしー()()気持ち良くしてもらいたーいって」

「おまっ!? ――ひっ!!」

 

 反論しようとした、その時だった。

 シャルルの耳にあるはずのない空気がひび割れる音が聞こえ、思わず振り返ればセシリアマスクの両目が紅く激しく輝いていた。

 鉄仮面が光ってるのか、その下で本人の両目から光が漏れているのか。夕焼け空も真っ青な美しくも恐ろしい輝きは仮面の裾からも溢れだし、彼女の全身から蒸気のように噴き出していた。

 

「へえ。ふーん、そうなんですの。わたくし()()、ねえ」

 

 オーラに反して口調が冷淡なのが逆に怖い。

 咄嗟に誤解だ! と叫びそうになるシャルルだが、そもそもラウラは嘘を言っていない。ちょっぴり印象を操作しているだけだった。

 そもそも、お互い明確に意識してはいるものの交際している分けでも何でもないのがセシリアマスクとシャルルである。万が一シャルルがどこの誰と()に及ぼうが、セシリアマスクが文句を付ける筋合いがない。

 

「うふふ。さぞやラウラさんにサービスしてもらったのでしょうね。羨ましいかぎりですわ~、シャルルくん」

 

 セシリアマスクもそれが分かっているからか、飽くまでも平静を装い続けていた。

 そして小さく会釈すると、無言のまま病室を出ていこうとする。

 さすがにいじめすぎたかと、ラウラがフォローに入ろうとしたその時だった。

 

「セシリアマスク!」

 

 裸の美少年がベッドを飛び出し、仮面の淑女の手を取った。

 驚くセシリアマスクを強引に振り返らしたシャルルは、噛み付くような勢いで口づけした。もちろん、鉄仮面越しに。

 

(えぇ~……)

 

 シュール過ぎる光景に、さすがのラウラも真顔である。

 だが当人たちからしてみれば、ラウラの方こそ蚊帳の外である。

 セシリアマスクの表情はうかがい知れないが、両目の光と吹き荒れる圧力が収まっているので、おそらく放心しているのではなかろうか。

 

「セシリアマスク、君に話したいことがあった。聞いてくれる?」

「は、はい……」

(アカン! ウチは聞きたくないで、そういうの!)

 

 さすがに空気を読んで、というよりむしろ空気に耐えきれなくなって、ラウラは気配を殺しながら窓からこっそり退散しようとした。

 ところがである。

 

(あ! この窓嵌め殺しやないかい!!)

「君がサングラスの男に撃たれたとき、その場で君を守れない自分に心底腹が立った」

(ああ、始まってもうた……)

 

 うっかり水を差したら最後、二人から猛烈に恨まれることを察したラウラは、開き直って傍観に徹することにした。

 

「僕は、君が好きだ」

「……ふぇ?」

「君の、イギリス代表候補って立場は理解してる。それでも、どうか僕と一緒にヴェネツィアに来てほしい。駄目かな」

「ふぇっ……!?」

(って、モロにプロポーズやんか! イタリアの男は情熱的やな~……あれ、シェリーちゃんってフランスの代表候補やなかったっけ?)

 

 実はシャルルがイタリアの波紋使いということまでは知らないラウラだが、細かい疑問は後で確かめればいいと、事の成り行きを固唾を飲んで見守ることにした。なかばやけっぱちである。

 セシリアマスクは小さく肩を震わせてシャルルを見上げたまま、何か言葉を発しようとしている。それがなかなか形にならないようだ。

 一分が一時間にも感じる緊張の中、セシリアマスクからの答えをじっと待ち続けるシャルル。彼の体にも震えが見えるのは緊張からか、それとも裸で寒いからなのか。

 ふと、セシリアマスクの雰囲気が変わった。

 

「ふぇ、ふぇ……フェイスオープン!」

 

 叫び声と同時に、セシリアマスクのマスクが輝きだした。

 顔の部分とヘルメット部分が分解し、カランと床に落ちる。現れたのは緩やかにウェーブしたブロンド髪で蒼い瞳の美少女である。意外な素顔にラウラも目を剥いた。

 

「その、シャルルくん。素顔のわたしくしは……ただ『セシリア』と、呼んでくださいまし?」

「う、うん……せ、セシリア?」

「はい。セシリア、です。大切な、あなただけのわたくしですわ」

(あ~あ~! だから『セシリアマスク』って長ったらしく呼ばせとったんか)

 

 ふとラウラは、先日のファミレスでセシリアマスクが『セシリア』と呼ばれることを嫌がっていたのを思い出し、ついでにその理由にも思い至った。

 おそらく彼女にとって素顔と名前は特別なものなのだろう。それこそ、将来を誓うような相手にだけ捧げるぐらいの。

 

(あれ、そうなるとウチがせっしーの素顔見てまうのってかなりヤバイ──)

「あ」

「ん? あ!」

 

 ふと、我に返ったらしい二人が、気まずそうに自分を見ていた。

 

「あ~……その、おめっとさん」

 

 それぐらいしか言葉が浮かばず、その後も沈黙と凍りついた空気が続き、真っ先に耐えきれなくなったシャルルによってセシリアマスクともども病室を追い出された。

 

「あ、あの、ラウラさん?」

 

 いつの間にか鉄仮面を再装着していたセシリアマスクは、普段の余裕が消えた様子で、しかし普段よりも柔らかい物腰でラウラに向き合う。

 

「わたくし、幸せになりますわ」

「はあ、そか」

「それと、別に素顔のことは気になさらないでくださいね。どうやら近いうちにオルコット家を出ることになりそうですので」

「そうか。ごっそさん」

 

 帰り際のセシリアマスクは弾むような足取りで。

 対するラウラは、首を傾げながら気だるそうに歩き去っていった。




・起きたら全裸で布団の中に。
・お前を私の嫁にする!

 ラウラ関連で必須と思われるイベントでした。


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番外編
【番外編】もしも、セシリアだけセシリアマスクだったら


一発ネタ及び番外編シリーズ。
基本、出オチです。


 ここは本来の世界観に近い「インフィニット・ストラトス」の世界。

 織斑一夏は亀仙流を習っていないし、シャルロットも女装した波紋戦士でもない。

 

 しかしセシリアはセシリアマスクだったのです。

 

【新入生】

 その年のIS学園1年1組は注目の的だった。

 世界初の男性ISパイロット、織斑一夏がいるからだ。

 

 が、在籍する生徒の注目は全然別のところにあった。

 

(鉄仮面だ)

(鉄仮面がいる……)

(鉄仮面がネイルアートしてる……)

 

 教室の後ろの方の席で、両足を机の上で組むという非常に行儀の悪い態勢で、青い鉄仮面に金髪縦ロールという異形の女子生徒が、鼻唄混じりに爪の手入れをしていた。

 

「フフン、出来ましたわ。どうです、そこの貴女。可愛らしいと思いません?」

 

 鉄仮面の少女は隣の席の女子に、完成したホワイトベースにトリコロールで仕上げた左手の爪を披露した。

 

「あ、本当に可愛い」

 

 ゴツい鉄仮面と反して器用らしい。鉄仮面は満足そうに逆側の手の作業を始めた。

 

(よく分からないけど、悪い奴じゃないみたいだな。それに、お陰で誰も俺の方なんて見てないし)

 

 唯一の男子生徒ながら、それ以上のインパクトを持ったクラスメイトにより、織斑君は原作のような針の筵に晒されることはなかった。

 

 

【ファーストコンタクト】

 

「ちょっとよろしいですの」

 

 休み時間。織斑君は鉄仮面縦ロールに声を掛けられた。

 

「な、何か用か?」

「そんなにぶっきらぼうにしなくてもよろしいではありませんの。ただの挨拶ですわ。セシリアマスク・オルコットです」

 

 外見に反した常識的な態度に面食らいながら、一夏も自己紹介する。

 

「まあ、朝のホームルームで名前は知っていましたけど。そこはそれ、やはり初対面の印象というのは重要でしょう?」

「はあ……で、俺に何の用なんだ、セシリアさん」

「セシリアマスクです、織斑さん。マスクまでが名前です。まあ、織斑さんがどうしてもと仰るなら? そのハンサムマスクに免じて『せっしー』とお呼びくださってもよろしいのですよ?」

「いえ、結構です」

 

 結局、セシリアマスクは織斑君からのつっけんどんな返答に「そうですか」と一言返し、トボトボと自分の席へ戻っていった。

 

 織斑君は「本当に何のようだったんだろう」と、次の授業まで首を捻っていた。

 

 

【クラス代表】

 

 真っ先に立候補するセシリアマスク!

 

 クラスメイトに推薦される織斑君!

 

 どちらがクラス代表に相応しいかを巡り、一触即発になるかと思いきや?

 

「どうせなら、わたくしもイケメンが活躍するところが観たいですわ。というわけで、セシリアマスクはクールに辞退します」

 

 が、無情な千冬先生は立候補の取り下げを認めず、結局二人は対戦する流れとなった。

 

 なお、試合内容は開始一秒でセシリアマスクが織斑君にタワーブリッヂを決めたものの、時間一杯まで織斑君がギブアップせず、逆にセシリアマスクが、

 

「いつまでも耐えるから、私の背筋が逆に音を上げてしまいましたわ。腰痛が酷いので、やはりクラス代表は辞退します」

 

 と言い張って棄権した。

 代表には決まったが、原作以上にやるせない気分を味わった織斑君なのであった。

 

 

【ちょっと飛ばしてゴーレム戦】

 

 乱入した謎の黒いIS!

 立ち向かう織斑君と鈴ちゃんだったが、敵は強大で追い詰められてしまった。

 

 そこに颯爽と現れるセシリアマスク(生身)!

 

「タワーブリッヂですわー!」

 

 セシリアマスクの必殺技が黒いISの装甲を、フレームを、コアを粉砕する!

 

「リングにおいて飛び道具など無粋! 身に付けた力と技こそ全てですわ!」

 

 

「……何あれ、バイオゴリラ?」

「うちのクラスのセシリアマスクさんだ」

「いや、だから何者よ、セシリアマスク!? 人間!?」

 

 織斑君と鈴ちゃん、出番なし。

 

 なお、この様子をモニター越しに見ていた束は、せっかくクロエが入れてくれたココアを盛大に吹き出したのであった。

 

 

【夏到来】

 

 サマーシーズン到来!

 

 IS学園は臨海学校!! 海ではしゃいで水着だワッショイ!

 

 だがセシリアマスクの気分はとっくに水平線に沈んでいた。

 

「仮面が重くて泳げませんの」

「脱いだら?」

「!! シャルロットさん、破廉恥ですわ! マスク超人に素顔を晒せだなんて、このエッチ! スケベ! 変態! ネプチューンマン!!」

「待って待って!! えっ、そこまで一大事だったの!? てかネプチューンマンって誰!?」

「そんなことより織斑さんはまだですの? あの方の水着だけが楽しみでしたのに」

「流したよ、この人! しかもヒロインにあるまじき俗物っぷり!」

「あら? 織斑さんの意外と逞しい裸体を更衣室やらシャワー室でさんざん鑑賞した挙げ句、一緒に寝た女のセリフでしょうか、それは」

「さりげなく虚実折り合わせてこないで!」

「背中とかセクシーですわよね、彼」

「うん。意外と筋肉盛り上がってて──はっ!?」

「あらやだ、とんだムッツリスケベですこと──むっ!」

 

 その時だった!

 セシリアマスクの超人センサーが、大気圏から突入し、接近する物体を捉えた。

 

「だから、一夏みたいはイケメンが上半身裸だったら、誰だって目がいっちゃうでしょ!? ……あ、あれ、どうしたのセシリアマスク?」

「直感しました。箒さんが危ない!」

 

 砂浜を蹴って走り出したセシリアマスクは、シャルロットを残してあっという間に見えなくなった。

 

 

 セシリアマスクが切り立った崖を垂直に登っていく。その先には、織斑君に水着を見せるのが恥ずかしくって隠れていた箒がいた。

 突然現れた鉄仮面縦ロールに、剣道少女は肝を潰した。

 

「せ、セシリアマスク!?」

「箒さん、伏せて!」

 

 勢いよく跳躍したセシリアマスクは、今まさに落下してきた謎の物体をオーバーヘッドキックで水平線の彼方へぶっ飛ばした。

 

「ぶべらばっ!?」

 

 物体からくぐもった悲鳴が上がった気がしたが、もはや遠くの海へ潮流に乗って流されていくだけの物体よりも、腰を抜かした箒の方がセシリアマスクには気掛かりだった。

 

「お怪我はありませんか?」

「だ、大丈夫だが……な、何だったんだ、今の?」

「知りません。それより、こんなところにいないで、ビーチへ行きませんか? その素敵な水着姿で織斑さんを悩・殺・ですわ♪」

 

 箒に手を差し出し、セシリアマスクは(多分)柔らかな笑顔を浮かべた。

 

 

 なお、蹴り飛ばされた物体に乗っていた篠ノ之束は、ハッチが変形して出られなくなり、操縦系統も壊れたため五日間海上を漂流した挙げ句、フィリピン沖で漁船に救助された。

 

 よって福音事件も起きず、箒も夏休みに入るまで専用機が貰えなかった。

 




復活記念の番外編です。
またの名をボツネタ供養のコーナー。


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【番外編】女装男子と仮面淑女

13話と14話の間のストーリーです。


 みなさん、おはようございま~す。時刻は間もなく朝の五時をまわります。

 最近はもう作者にも行動が読めなくなっているセシリアマスクでございます。

 

 え、どうして声を潜めているかって?

 実はわたくし、ただ今シャルルさんの寝室に忍び込んでいるからのです。

 

 あ、別にいやらしい事なんて考えていませんわよ?

 昨夜ネットで観ました昭和のTV番組で「寝起きドッキリ」というものを知りまして、さっそく試しに来たのですわ。

 といっても、学園に友達がおりませんので、試しても怒らなそうなシャルルさんの元にお邪魔しました。

 織斑さんでもよかったのですが、ルームメイトの布仏さんはともかく、万が一にも篠ノ之博士と×××な場面に遭遇したら嫌なので、こっちにしました。

 

 さてさて、それではシャルルさんの寝顔を拝見、ですわ。

 

「くか~zzz」

 

 おっと、こっちはルームメイトの方でしたわ。

 大口開いてよく寝ています。口が渇きましてよ?

 

 と、いうわけで反対のベッドに。

 

「zzz……」

 

 ………………………ハッ!?

 

 いけないいけない、うっかり見惚れてしまいましたわ。これだから美少年は……危うくわたくしの中の野獣が目覚めるところでした、ふう。

 

 それにしても、こうして見ると本当に男性なんでしょうかという疑問が尽きませんわ。まつ毛とかめっちゃ長いですし。

 

 これはもう、確かめるしかありませんわね。

 布団を捲って、ズボンとパンツ(ひみつのベール)に手を伸ばし……。

 

「何やってるのかな、セシリアマスク?」

 

 おっと。シャルルさんがわたくしの腕を万力のような力で押さえ付けていますわ。

 バズーカ撃つ前に起こしてしまうだなんて。

 

「もう、あと少しのところでしたのに」

「何があと少しだよ、変態淑女。そこは色々とデリケートなんだから、妙な真似しようとしないで」

「し、シャルロットさん? なんだか掴まれた腕が痺れるのですけれど?」

 

 あ、これまずいですわ。この方、本気で怒ってらっしゃいます! 波紋がビリビリと伝わっていますもの!

 ここは禁じ手のフェイスオープン!

 

「ごめんなさい、つい出来心でしたの。許してくださいまし?」

 

 と、素顔の上目遣いで甘えるように懇願します。こういうとき、美少女は得ですわ。

 

「……まったく」

 

 シャルルさんが手を放してくださいましたわ。プイと横を向いたお顔がほんのり赤くなっておいでです。

 ……案外チョロいですわね、この方。ワルい女に騙されたりしないかしら。心配ですわ。

 

「それで、こんな朝早くから何しに来たの? それ以前に部屋の鍵は?」

「あれぐらいの鍵ならISコアを通してちょちょいとハック出来ますわ。ご用の方は特に」

「無いの!?」

「はい。強いて言うなら叩き起こしに来た、ぐらいでしょうか。もう起きてしまいましたので無駄足でした」

「……たまの休みに何やってるの?」

 

 ぼっちだから暇なのです。

 

「あ、そ」

「というわけで、朝食を摂ったら出掛けましょう」

「何が『というわけ』なのかな?」

「ご心配なく。篠ノ之博士と織斑さんなら今日明日はトーマス・ライト研究所で泊まり込みですわ。あそこ、関係者以外は立ち入り禁止ですから着いて行けませんし」

「それは知ってるけど……ま、いいか」

「うふふ、シャルルさんとデートですわ♪」

 

 そう言うと、シャルル君は満更でもなさそうに頷いてくれました。

 

 うふふふ、では今日一日付き合っていただきましょう。

 ブティックとコスメとランジェリーショップに、回るべきお店はいくらでもありますもの。

 ……実のところ、柄にもなく緊張しているのです。男の子とデートなんてしたことありませんもの。……それ以前に同年代の友達自体が初めてなのですけど、それはそれ。

 

 ただ、この後寮を出る間際に鈴さんと箒さんに鉢合わせし、デートのはずが四人でのショッピングになってしまったのは業腹でしたわ。

 それはそれで楽しかったのですが、シャルルさんったら水着を試着した箒さんに鼻の下を伸ばしたりして。悔しかったので、シャルル君にもドギツイビキニをお勧めしておきましたわ。



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【番外編】もしも転生主人公だったら

 今回は「もしも一夏が第四の壁を越えた転生者」だったら。


【のっけから違うんだけど】

 

 突然だが俺、織斑一夏には前世の記憶がある。それも別の世界で生きていた記憶だ。

 以前の俺は死ぬ直前までとあるライトノベルを読んでいたのだが、最後まで読めなかった事が未練になったのか、なんとそのノベルの主人公に転生しちまった。

 

 まあ、ノベルは飽くまでもフィクションだから、ここは『ラノベの世界観に限りなく近い別世界』なんだろうな、と俺は勝手にそう解釈している。なにしろ、ここは大筋はともかくかなりの部分が原作世界と乖離しているのだから。

 

「飛天御剣流、龍昇閃!」

 

 近所の道場で竹刀を振り、人間の身長より三倍以上も高くジャンプしているのは、この世界での俺の姉、千冬だ。うん、まず一言言わせてくれ。作品違うだろ、おい。

 

「こら、一夏。俺の道場で剣を振る以上、中途半端は許さんぞ。集中しろ」

「す、すみません!」

 

 そしてこちらは、千冬姉の師匠の篠ノ之清十郎さん。長髪にマッチョの渋い美中年だ。この人に至ってはもう、原作からして別の漫画のキャラである。

 

「ふふふ。一夏君は剣を振るより、掃除や料理の方が好きなようですからね。良かったら、私が家事の先生になりましょうか?」

 

 こっちの巻き髪眼鏡の外国人はアバン=デ=ジュニアールⅢ世さん。長いのでアバン先生。この人も清十郎さんとはまた別の世界の住人だと思う。少なくとも、日本の地方都市をフラフラしているようなキャラじゃない。

 

 ちなみに、清十郎さんには千冬姉と同い年の娘と、俺と同い年の娘がいる。

 上の束は頭がメチャクチャ良いんだけどかなりサイコで、色々やらかしてはしょっちゅう清十郎さんに殴られてる。

 そして妹の方は原作で主人公に対して好意を寄せるヒロインの一人だ。箒という名前で可愛い娘なのだが、アバン先生に師事した結果、西洋風の両刃剣で岩とかぶった斬る人間凶器と化している。

 

『お願いだからいっくんは! いっくんだけは人外魔境に入らないで! 別に戦闘能力だけが人間の価値じゃないよ!?』

 

 束は、周囲が化け物揃いの中で唯一の一般人である俺に対して、事あるごとにこう訴えてくる。小説の中だともっとこう、いっつもヘラヘラしてて他人の心なんて分からない人だと思ってたけど、環境でここまで変わるものだろうか。

 ちなみにこの数年後、俺は束と清十郎さんも公認で付き合うことになるのだが、それについてはまあ、ここで話すようなことではないか。

 

 

【本編開始】

 

 そんなこんなで、IS学園の入学式である。

 この文を読んでいる諸兄には説明不要だと思うので、ISと学園については割愛する。

 

 ただ、世界には清十郎さんに匹敵する超人が結構ゴロゴロいるらしく、ISが軍事力的に絶対有利ということがないようで、原作のような女尊男卑にはなっていない。

 あと、篠ノ之一家も別に証人保護プログラムだかで離散しておらず、今日に至るまで俺と箒との幼馴染み関係は続いている。変化点といえば箒が俺を『義兄上』と呼ぶことと、中国に引っ越した凰鈴音に熱烈LOVEなことぐらいか。

 

 ところで、だ。

 ISの原作序盤、一夏はクラス代表の座を争ってセシリア・オルコットと対立するというのは知っての通りだ。

 で、だな。俺のすぐ後ろの席に座る、鉄仮面被った金髪縦ロールなんだけど……あれがこの世界のセシリアらしい。先の展開を知っていたので英国の代表候補生について事前に調べたのだが、正直にいって肝が潰れた。

 インタビューによると、父は英国が誇る正義超人ロビンマスク・オルコット。……また違う作品のキャラじゃねえか。おまけにセシリアもセシリアじゃなくて『セシリアマスク』だし。どうなってんだ?

 けど、どうやら戦闘能力は原作の比ではないようだ。だってセシリアマスク、ビットを十本以上も飛ばして自分で自分を援護射撃させながら、でっかい剣で斬りかかるというどこぞのガンダムみたいな戦法で今のイギリス国家代表を撃墜しているのだ。

 仮にこの後の展開が原作通りなら、俺はそんな怪物とIS歴一ヶ月未満の腕前で試合をせにゃならなくなる。

 いくら俺の専用ISが、他でもないマイステディ束が丹精込めて造ってくれた高性能機だとしても、機体の性能差ぐらい平然と埋めてくる化け物っているからな、うちの姉とか。

 あ、千冬姉はちゃんと学園で教師やってる。でも世界大会で二連覇してたり、ドイツ軍に行ってなかったりとやっぱりちょこちょこ原作と違う。それといつも帯刀してる。

 

 まあ、ある程度は成り行きに任せよう。幸い、箒は百パーセント俺の味方で、かつ学園での生活をサポートしてくれる手筈になっている。

 ……いや、でもあの鉄仮面とは戦いたくないな、やっぱ!

 

 

 結論から言えば、原作の通りにはならなかった。

 

「はい、織斑さんを推薦しますわ!」

 

 クラス代表を決めるホームルーム、弾むような声で俺を推薦したのは、他でもないセシリアマスクだった。ってお前が俺を推すのかよ!

 

「いいの? オルコットさんって代表候補生だし、実力的に順当だと思うけど」

「いえ、せっかくのクラス代表なのですし、皆さんも応援するならイケメンのがよろしくありません?」

 

 だから、お前がそういうこと言うのかよ!? 原作のエリート風吹かせた勘違いお嬢様キャラはどこ行ったの、ねえ?

 

「……よし、他に誰もいないなら、クラス代表は織斑に決定だな」

 

 あ、決まっちゃった。……まあいいか。

 

「うふふ。期待してますわ、織斑さん?」

 

 セシリアマスクが後ろから小声で耳打ちしてきた。畜生、鉄仮面のくせに一丁前に女の子の良い香りさせていやがる、束ほどじゃないけど。

 

 

【帰ってきたリンリン】

 

 鈴がIS学園に転入してくる、と箒が嬉しそうに話していた。何でも、向こうでゴタゴタがあって入学式に間に合わなかったらしい。

 あ、原作と違って鈴とは中国に帰った後もしょっちゅう連絡を取ったり、一時帰国した鈴が篠ノ之家に泊まったりしているぐらいの交流がある。

 そして前にも言ったが箒は鈴にベタ惚れしている。でも鈴はノーマルらしく、一線を越えないように逃げ回っているのだ。

 もう一つ付け加えると、鈴も中国で霊光波動拳を学び、継承者候補の一人になったらしい。……お前もか、鈴よ。

 

 てなもんで、鈴との再会もせいぜい数ヶ月振りなのであった。

 

「そっか、一夏が1組の代表なんだ。意外だわ」

「そんなにか?」

「うん。だってアンタって一般人じゃない? IS界隈だってトップランカーは揃って超人揃いだもん。千冬さんとか」

「さりげなくウチの姉を化け物扱いするなよ」

 

 俺と世間話を交わす鈴だが、その間にも隙あらば抱きつこう……もとい、人目も憚らず押し倒そうと迫ってくる箒を撃退している。俺達にとっては日常茶飯事だが、食堂はちょっとした騒ぎになっていた。

 

「うぅ~! 鈴、義兄上とだけ話してないで、私にも構ってくれ!」

「そうね。アンタが席についてじっとしているっていうならやぶさかじゃないわよ」

「そんな! 鈴を目の前にして何もするなフゴッ!?」

 

 あ、いいパンチ。しかもあれ、霊気が乗った強力なヤツだ、きっと。

 

「はぁぁ~……年々酷くなるわね。そろそろこっちも限界かも」

「理性のか?」

 

 冗談のつもりで言ったのだが、気絶した箒を居眠りしているように偽装していた鈴の手が止まった。

 

「……え、マジで?」

「いやその、友達としては好きだし、たまにこれでカッコいいことするから……その、時々グラッてしちゃうことがあったりなかったり……」

 

 いつも快活な鈴がしどろもどろなところを見ると、どうやら箒の努力は実を結びつつあるらしい。

 まあ、なんだ。頑張れ。

 

 あ、クラス対抗試合は開始七十秒で俺のKO負け。気を失っている間に乱入した無人IS(どうみてもブラックオックス)も鈴と3組のクラス代表の子が排除したらしい。

 

 続く!




 番外編のもしもシリーズを他にも考えてみたのですが……。

箒 → 一夏との関係性が本編と変わらないのに、殺傷力だけ上がってる
鈴 → ただの友達なので一夏争奪戦に参加しない、他のキャラのストッパーと大活躍
    でもヒロインというより主役を食ってるサブキャラに
シャルル → ジョセフ寄りかシーザー寄りかにもよるけど、普通に親友ポジ
ラウラ → デフォルト千冬姉だと真島の兄さんに勝てなさそう
簪 → 出落ち

 鈴とシャルルは作れそうでした。


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