暁美ほむらの受難 (tihiro)
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鋼鉄の巨人と舞台装置の魔女

最悪の気分。

 

瓦礫の上に横たわっているのは正直に言って酷く心地が悪い。

それに加えて相も変わらずアイツは耳障りな声で笑っている。

何がそんなに可笑しいというのか。

 

逆さまの姿勢で無秩序に浮遊しているアイツを睨み付ける。

わたしを認識しているのかさえも曖昧で、暴風と豪雨、そして厄災を撒き散らす存在。

 

ワルプルギスの夜は思い出したようにビルを自身の周りに漂わせた。

それから、その一つをわたしに向けて勢いよく射出した。

 

今のわたしにはそれを避ける術は無い。体力も気力も魔力も…全て尽きていた。

わたしの心に黒い穢れが静かに満ちていく。

 

ワルプルギスの夜には何度やっても勝てない。

戦っていくうちに分かったが、アレは物理的な攻撃に対して異常な耐性を持っている。

アレを倒すには、まどかレベルの魔力が必要になる。あるいは…核兵器なら倒せるかもしれない。

それらどちらも行使する方法が無い以上、わたしにはアレを倒せないということだ。

 

 

わたしにはワルプルギスの夜を倒せない。

 

 

絶対に。

 

 

まどかとその家族は隣町の風見野に避難させた。

後は佐倉杏子が上手くやってくれると信じたい。

 

 

 

結局のところ、わたしがしていたことはインキュベーターの手伝いをしただけだった。

そう思うと自嘲気味な笑いが込み上げてくる。

 

宝石と呼ぶには申し訳なく思うほど黒く淀んだソウルジェムを手の甲から抜き取り、胸の前に掲げた。

 

確実に潰して頂戴、と願いながら。

 

 

ビルが眼前に迫る。

 

ぎゅっと目をつぶる。

 

痛くないと…いいなぁ、と思うのは都合の良い考えか。

 

 

 

 

わたしは…わたしが……潰れる音………を…………。

 

 

 

 

わけがわからない。

一体何が起こったっていうの?

 

突然の爆発音、そして熱を伴った衝撃を感じた。

恐る恐る目を開けてみると…目の前に蒼い色をした巨人が居た。わたしを守るようにワルプルギスの夜に相対している。

 

ぼやけた視界で状況を把握しようと上体を起こしたとき、目の前に手のひらサイズの小さな木の箱が落ちてきた。

空を見上げると見慣れない形の飛行機が不安定にふらふらと飛んでいる。

小さな木の箱はぬかるんだ地面に突き刺さり、落下の衝撃で蓋が外れた。

中身がころころと足元へ転がってくる。

 

これは…グリーフシード…一体…あの航空機には誰が?

 

こんな嵐の中で航空機が飛んでいる…?

 

グリーフシード…?

 

…まさか。

 

 

 

「…まど…か…っ…!?」

 

 

 

きしむような身体の痛みをこらえながらグリーフシードを拾い、それを自分の穢れきったソウルジェムに近づける。

ソウルジェムの穢れが勢いよくグリーフシードに吸い込まれた。

これで魔力は回復した。気力も…多少は。

 

あれ…?

 

このグリーフシード…どこかで見た覚えが…。

 

どこだろう…?

 

 

深く記憶を辿ろうとしたが、空気を切り裂く音によって中断させられる。

わたしの後方からロケット弾がワルプルギスの夜に向かって飛んでいく。

 

後ろを振り返ると、2人の巨人が銃器を構えていた。

 

ワルプルギスの夜がそこかしこの瓦礫を舞い上げ、周囲に張り巡らせる。

ロケット弾は瓦礫に拒まれ、ワルプルギスの夜に到達することなく爆発した。

続けて2発、3発と打ち込まれるがワルプルギスの夜に着弾することはなかった。

 

ワルプルギスの夜の反撃。

浮遊させている瓦礫を散弾さながら無差別に撒き散らす。

巨人たちは手持ちの火器を使って、自分に当たる軌道の瓦礫のみを器用に撃ち落としていく。

そして、3人の巨人の内、白色と青色を基調とした巨人がワルプルギスの夜に向って走り出した。

 

巨人と言っても大きさはワルプルギスの夜と比べれば5分の1ほどの大きさだ。

それらは人ではなく…鋼鉄でできた巨人、機械人形…とでも呼べばいいのか。

 

向ってくる機械人形に対して、ワルプルギスの夜は人型の使い魔達を差し向ける。

対して機械人形は右手に持った銃器を進路上の使い魔に向け、走る速度そのままに引き金を引く。

ピンク色をした光線が使い魔に直撃し、その存在を貫いた。

 

ワルプルギスの夜は意に介すことなく、再びビルを自身の周囲に漂わせて射出しようとする。

しかし、それらは発射される前に全て撃ち落とされた。

全身を薄い赤色で塗装した機械人形の両手に持たれた大型のライフルの威力は、ビルを容易く破壊するほどだった。

 

残りの1機、わたしを守ってくれた機械人形は前衛と後衛のフォローを行っているようだ。

細目に位置取りを変え、他の機械人形が撃ち漏らした使い魔を処理している。

 

上手く連携出来ている。

 

機械人形共から少し距離を取り、わたしは見通しの良い場所に移動する。

座りやすそうに崩れた瓦礫の上に座り、雨に濡れて肌に張り付いた髪の毛をかきあげながら戦場を眺める。

 

完全に蚊帳の外ね。

 

 

 

…それにしても、なんでこの機械人形共は…こんなに目立つ色をしているのかしら。

 

 

状況に理解が追い付かない頭で戦場をぼんやりと眺めていると、不意にテレパシーによる通信が入った。

 

『聞こえますか~?』

この状況には似つかわしくない、のんびりとした女の人の声。

まどかじゃない…知らない声。

 

『聞こえてませんか? 魔力状況、通信状態は共に正常…変ですね?』

…魔力…やはり魔法少女?

 

 

『聞こえているわ』

『あっ、良かった~』

テレパシーで返答すると安心したような溜息が聞こえた。

 

『貴方達は何者なの?』

『こちらはSRT-ユニット1です。これより貴女を援護します』

…言葉通り答えられても困るのだけれども。

 

『ちょっとっ、ホア! そんなんで理解出来るわけないじゃない!!』

こちらは別の女性の声。

先程の…ホアと呼ばれた女性の声とは対照的にかしましい印象を受ける。

あの美樹さやかのような。

 

『え~、そうですか?』

『と…ともかく、ここは僕達に任せて』

これは若い男の人の声…少し頼りなさそう?

 

『…貴方達の目的は?』

『後はお兄さんに任せて、お嬢ちゃんは安全なところへ避難してな』

また別の男の声。

誰でもいいから質問に答えてくれないかしら。

 

 

『リルっ、前に出過ぎだっ!!』

『うるさいっ!!』

 

 

気が付けば機械人形の一つがワルプルギスの夜にわずか数メートルのところまで接近していた。

リル、という女性が操縦しているのだろうか。

人の話を聞かないところも身勝手に突っ込みすぎるところも似ている…どこにでも居るのね、ああいうタイプって。

 

 

『ポイズンアップルは伊達じゃないのよっ!!』

 

 

ワルプルギスの夜が放つ歯車を踏み台にして、リルの機械人形がワルプルギスの夜に取りついた。

なかなか上手なものね。

 

 

『あの馬鹿娘っ!! デニス、援護を!!』

『アラン隊長は心配性だねぇ』

『ミデアは戦闘領域から退避します~』

 

 

残りの2機がバーナーを点火させて、魔法少女にも劣らないスピードでワルプルギスの夜へ向かっていく。

 

機械人形共は随分と高性能だけれども、もしかしたら…。

 

 

…まぁいいわ。

 

こいつらが誰であろうと…目的が何であろうと…ワルプルギスの夜は明けない。

 

 

「まどか…」

 

そう、まどかさえ無事であれば…なんでもいい。

 

 

…どうでも、いい。

 

 

 

 

『これでっ!!』

 

視線をワルプルギスの夜に戻すと、取り付いたリル機が両腕をワルプルギスの夜へと突き出していた。

腕部の外側の装甲が開き、その内部に隠されていたガトリングガンが露出したかと思うと、けたたましい音を奏で始めた。

発光、そして銃身の発熱が雨によって水蒸気へと変わり、景色を白く歪ませる。

 

振動を伴うかのような射撃音と癪に障る笑い声の不協和音。

不愉快極まりない。

 

 

音が止み、水蒸気の煙が晴れたとき、リル機はピンク色の剣をワルプルギスに突き刺していた。

深々と突き刺さる剣が激しく発光している。

 

笑い声が一段と高くなった。

 

 

その声に反応するように使い魔共がワルプルギスの夜の周囲に集まってくる。

危険を察知したリル機はピンク色の剣を抜き取り、素早くワルプルギスの夜から飛び降りた。

 

落下するリル機に向かってワルプルギスの夜は魔力を帯びた火炎を放射する。

しかし、そこへは既にアラン機がミサイルを差し込んでいた。

 

ミサイルが爆発し、火炎を相殺する。

 

邪魔をするなとばかりにワルプルギスの夜がアラン機にも火炎を浴びせる。

それを予想していたようにアラン機は跳躍して危なげなく回避した。

 

着地したリルとアランの機体に使い魔が群がろうとするが、アラン機のマシンガンによって一掃される。

 

 

攻撃が2機に集中しているのを見計らい、デニス機は少し離れたところで狙撃体制を取っていた。

 

片膝を立てて脚部を固定。

抱えるようにしてライフルを構え、備え付けられたスコープを覗き込む。

淀みない動作で目標を確実に捉え、引き金を…。

 

『頂くっ!!』

 

着弾の衝撃でワルプルギスの夜が大きくよろめいた。

 

 

 

気が付けば雨は止んでいた。

ワルプルギスの夜にダメージが通っているということだろうか?

相変らずアレは甲高い声で笑っているけれど。

 

『ねぇ』

リルからの通信が入る。

 

『…どうした』

少しだけ陰気を含んだアランの声。

 

『こいつ、もしかして実弾兵器…あまり効かないんじゃない?』

『かと言って、この湿度じゃビームも威力が…なぁ』

デニスの愚痴るような口調。

 

『ビームサーベルならいけるかも』

『接近戦か、どうする? 隊長』

全員がアランの返答を待つ。

 

 

『目標に高エネルギー反応です!!』

が、返答よりも先にホアからの通信が飛びこんだ。

 

『各機、回避行動っ!!』

アランの叫び声と同時に、ワルプルギスの夜を中心にして黒いエネルギーが勢いよく放射状に広がった。

 

 

徐々に、そして確実に迫り来る黒い壁。

耳を塞いでも聞こえてくる呪いの声。

息さえ出来ないほどの熱気。

目を背けたくなるほどの濁った絶望の色が辺り一体を覆う。

 

 

逃げる場所なんて、あるわけない。

 

 

身体がねじ切れるような衝撃の中で、かすかに震えるホアの声が聞こえた。

 

 

『デニス機、リル機の機体反応が消えました』



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EXAMシステム スタンバイ

また、か…。

 

何故、この機械人形はわたしを守るのだろう。

蒼い機械人形が再びわたしの盾になった。

膝を折り、わたしを包み込むように体を丸めている。

 

顔を上げて表情を見る。

 

ゴーグル状の目が優しく緑色に光っている。

 

『ミデアの損傷は軽微。これよりデニス機、リル機の回収に向かいます』

ホアからの入電。

どうやらあの航空機は無事だったらしい。

 

『任せた。こっちはやるだけやってみる』

 

 

…この男はまだ頑張るつもりなのか。

 

そんなにもボロボロで、あちらこちらから煙が出ているような身体で。

仲間も居ないのに、たった独りなのに。

 

 

 

(EXAMシステム、スタンバイ)

 

 

 

テレパシーではない無機質な電子音声が聞こえた。

どこかで聞いたことのある声。

 

 

「えぐざむ…?」

同時にゴーグルの色が赤色に変わる。

本能に訴える警告色へと。

 

 

『隊長っ!? その機体は…もう、持ちません…っ…!!』

ホアの悲痛な叫び声を無視してアラン機は立ち上がり、ワルプルギスの夜に向かって悠然と歩き出す。

歩行は徐々に速度を上げて、そのうちに疾走に変わる。

そして跳躍、バーナーを吹かせると一気に高度を上げて更に加速した。

 

先程と比べ物にならない運動性。

EXAMと呼ばれるシステムのせいだろうか。

 

『負けられない』

誰かに聞かせるふうでもない、呟くような声。

その声の中には頼りなさなどなく、力強さと…。

 

文字通りひとっ飛びにアラン機がワルプルギスの夜へ飛び掛かる。

背中のラックからビームサーベルを取り出し、すれ違いざまに一閃。

着地と同時に不自然な速度で旋回、頭部バルカンにて周囲の使い魔共を蹴散らしながら、再びワルプルギスの夜に向かって跳躍する。

 

袈裟切り、その勢いのまま回転して横薙ぎ、と同時に蹴りを入れて反動でバック宙。

空中でライフルに持ち替えてビーム、頭部と胸部からはバルカン砲、腹部に仕込まれたミサイルを一斉に発射した。

 

ワルプルギスの夜は地面に叩きつけられるが、叩きつけられながらも反撃を繰り出す。

おびただしい数の黒い触手のようなものがアラン機に向かっていく。

 

それを予想していたかのようにアラン機は平然と待ち構え、両手に持ったサーベルで全て切り落とした。

 

…EXAMというシステムは運動性の向上に加えて…未来予知の能力でもあるのかしら?

 

まさか、だわ。

 

そんなこと魔法少女でもない限り…いや、こいつらは確実に魔法少女と関わりがある。

ということは……ありえない話でもない?

 

いや、でも、まさか。

 

頭の中が二転三転する。

結論を見つけようと思考が沈む。

 

 

ぐるぐると、ぐるぐると、深く沈んでいく。

 

 

 

『目標より高エネルギー反応が!!』

ホアの通信により意識が現実に引き上げられる。

先ほどと同じような黒いエネルギーがワルプルギスの夜を包み込んでいた。

身の毛のよだつような感覚に身体が硬直する。

 

しかし、先ほどと違って、その絶望色の魔力は放出される前に爆散した。

 

アラン機の放ったビームが直撃し、溜め込まれたエネルギーの外殻に穴を開ける。

圧縮して溜め込まれた魔力が行き場を見つけて暴走する。

不均一な力が加わった結果、風船が割れるかのように魔力の塊が熱量を伴って爆ぜた。

 

 

ワルプルギスの夜の上半身が消し飛んだ。

ワルプルギスの夜の笑い声が聞こえなくなった。

雨に続き、風も止んだ。

 

 

ワルプルギスの夜の残った部分がボロボロと崩れ、やがて消滅した。

少し離れたところでは、蒼い機械人形が片膝をつくような体勢で機能を停止している。

 

 

まだ…空は晴れない。

 

見ているだけで陰鬱な気分になる雲が未だに頭上を覆い尽くしている。

通常の魔女であれば結界が崩壊することが指標になるのだけれども。

 

倒したと思い込みたい楽観。

倒していないと構える悲観。

その二つがごちゃごちゃと胸の中をかき回す。

 

 

『リル機とデニス機の回収が終わりました~』

間延びした声が脳に響く。

あの二人は生きていたということか。

 

『リルとデニスったら避難所を守ろうとして無茶を、って隊長聞いてます?』

アランからの返答がない。

 

『………………隊長?』

ホアの声が曇る。

 

『見てくる』

『…えっ?』

『まだ、危険があるのかもしれない』

『…っ…おっ、お願いします!!』

ころころと感情が変わる人ね。羨ましい。

 

 

手の甲からソウルジェムを取り外して確認する。

不思議なことに紫色に輝く宝石は穢れていなかった。

 

保有者が絶望することでソウルジェムは黒く穢れていくはずなのに…なぜ?

わたしの心はこんなにも絶望で真っ暗だというのに。

 

 

「仮説で良いなら答えてあげるよ」

盾の中から拳銃を取り出し、一瞥もせずに声がした方へ弾丸を数発くれてやる。

視界の端で白いものが転がっていくのを確認して拳銃をしまう。

 

そして、わたしの足元にもそれと同じものが。

 

「まどかは?」

「残念なことに契約はまだだよ、安心したかい?」

「そう。さっき転がっていったものを処理したら消えなさい」

 

インキュベーターが現れた。

それは奴らにとって不都合な出来事が起きたということ。

つまりワルプルギスの夜を撃破したということは、奴らにとって不都合だったわけだ。

 

「僕は君と話がしたいんだ」

機械人形のもとへ向かうわたしの前をインキュベーターが先導するようにトコトコと歩き出した。

 

 

勝手に話させてもらうよ、と前置きをしてから振り返りもせずに弁を振るいだした。

 

 

ほむら。

君は何故死のうとするんだい? 折角ワルプルギスの夜を止めたっていうのに。

この街は甚大な被害を受けたけど、多くの人の命は救われた。

そして守るべき人も無事だった、君と彼らのおかげでね。

結論から言うよ、僕は君に死んで欲しくないんだ。

君にだって幸せになる権利がある。

これから先、まどか達と買い物に行ったり、勉強したり、一緒に旅行へ行くことだって出来る。

そういう日常生活を送る権利が君にはあるんだ。

そういう暖かさを享受する権利が君にはあるんだよ。

分かるかい、ほむら。

何故、それを放棄するんだい?

君は何のために頑張ってきたんだ?

君は立派にまどかを守ったじゃないか。誇らしいことだと思う。誇っていいんだよ。

けれども君はそれを無駄しようとしている。

君の頑張りを君自身が否定しているんだ。

それこそ、その行動こそ僕には理解できないよ。

 

 

わざとらしくインキュベーターが頭を振って、それが演説の終わりとなった。

 

 

「どうしたの? やけに饒舌ね」

 

わたしの言葉にインキュベーターが立ち止まり、振り返って窺うように見上げた。

反射的に足が出る。

数メートルほどインキュベーターが転がった後、瓦礫にぶつかることでようやく止まった。

 

『せめて君に消費させられた分を返してもらうと思ったけど、それも叶わないようだ』

やれやれとでも言いたげにインキュベーターが起き上がり、距離が離れたためかテレパシーを使って話かけてくる。

 

口を開くことすら不愉快だ。

無視をしてわたしは再び歩き出す。

 

『ねぇ、ほむら』

気安く名前を呼ぶな。

 

『ワルプルギスの夜は僕が知っている限り最強の魔女だ』

知っている限り、ねぇ。

 

『知っていたのかい? そんな最強の魔女を倒すには、それを上回る魔力をぶつけるしかないってことを』

…そう。

 

『驚いたよ、ワルプルギスの夜自身の魔力を使う方法があったなんてね』

結構、古典的な手だけれども…狙ってやったのかしら。

 

『…』

不意にインキュベーターが黙りこくる。

そうね、お喋りはおしまい。そろそろ急ぎましょうか。

 

先程とは別の拳銃を盾から取り出す。

シングルアクションアーミーと呼ばれる回転式の拳銃、年代もので一番のお気に入り。

 

足を肩幅に開き、瓦礫の側に転がっている目標に向かって真正面に構える。

右手で拳銃を優しく持ち、それを腰に添えて脇を締める。

 

距離は20メートルといったところかしら。

 

左手の人差し指で撃鉄を起こし、引き金を引く。

戻ってきた撃鉄を今度は中指で起こして、引き金を引く。

同じ要領で薬指を使って、もう一度。

 

小気味良い乾いた音が不規則に3回鳴って、インキュベーターの額に穴が一つ開く。

 

「難しいものね」

熟練者は銃声を完全に一つに出来ると言うけれど。

 

残りの弾丸を餞別代りにとインキュベーターへ撃ち込んで、拳銃を放り捨てた。

夜は未だ明けていない。

闇が押し寄せてくるような感覚から逃げ出したくて、わたしは走り出した。



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インキュベーターとグリーフシード

『だから、前の、そのもう一つ前の、パイロットさんが~っ!!』

ホアからひっきりなしにテレパシーが飛んでくる。

 

『EXAMシステムの負荷に耐え切れず、亡くなってるんですよ~っ』

とのことらしい。

…百キロだか二百キロだか走った馬の乗り手が極度の疲労で死んだという話は聞いたことがあるけれど。

 

『安全が確認され次第、こちらから連絡するわ』

返答を待たずテレパシーを強制的に遮断した。

 

騒がしいのは…嫌い。

 

瓦礫とぬかるみに気を付けながら、ようやく機械人形の元へ辿り着く。

機械人形の胸部に当たる部分が缶詰の蓋のように持ち上がっている。

 

その中から何か白いものが這い出して、機械人形の腕を伝って膝に飛び降り、つま先へと飛び移った。

わたしは盾の中から銃を取り出して、ゆっくりとそれに照準を合わせた。

 

 

「ごきげんよう? そんなに慌ててどこへ行こうというの」

「やぁほむら、ちょっと急いでるんだ。挨拶が済んだから失礼させてもらうよ」

待ちなさいという代わりにインキュベーターの足元へ銃弾を撃ち込む。

泥が跳ねあがって、インキュベーターが身をすくませる。

 

インキュベーターの口にはグリーフシードがくわえられていた。

 

「あの中で何をしていたの? 彼は生きているの? 貴方どこへ行こうとしているの? …その口にくわえているものは…何?」

「質問は一つずつにして欲しいなぁ」

「じゃあ…どうして口にものをくわえたまま喋れるか、を答えてもらおうかしら」

「そんなことでいいのかい? それはね」

律儀に答えようとしているが、構うことなく、そのくわえているものを狙い撃つ。

 

グリーフシードに弾丸は命中したが、インキュベーターの口から弾き飛ばすだけで破壊するには至らなかった。

 

「何故それを処理しないの? それが役目でしょう」

「勘違いしないでほしいけど、グリーフシードを処理するのはあくまでエネルギーの補填のためだ」

ころころと転がっていったグリーフシードを追いかけ、再び口にくわえた。

そして無機質な目でこちらをじっと見つめてくる。

それに対して自分でも少し意外なくらい、感情のこもっていない声が出た。

 

「答えになっていない」

「察しが悪いね、ほむら。このグリーフシードは特別なんだ」

特別、という言葉を元にインキュベーターの言葉の意味を考える。

 

グリーフシード。

ソウルジェムの穢れを取るもの。

それは魔女の卵であり…成れの果て。

穢れを取ったグリーフシードを放っておけば…やがて魔女となる。

処理をする方法はインキュベーターに食べさせてやること。

インキュベーターはグリーフシードを少量のエネルギーに変えることが出来る、らしい。

 

…エネルギー……少量の…。

魔女の卵…。

 

ああ、なるほど。

あのグリーフシードはワルプルギスの夜のものか。

 

ワルプルギスの夜を復活させようとしている。

 

ワルプルギスの夜をダシにして、まどかを…だから、そうまでして…まどかを契約させたいというのか。

 

「その顔は分かったようだね。じゃあ僕は失礼させてもらおうかと思うけど、いいかい?」

駄目に決まっているでしょう。

 

「それと、今の方法はあまりお勧めしないよ。最もそんなものでは傷すら付かないと思うけど」

「そう、なら…これならどうかしら?」

手に持った銃を盾に放りこみ、別の銃を取り出す。

先程とは違う、ずっしりとした重みが右手に伝わる。

 

左半身をインキュベーターに少し傾け、両手で銃を眼前に掲げる。

右手をまっすぐに伸ばし、左手は優しく曲げる。

ゆっくりと撃鉄を起こし、肩の力を抜いて精神を統一させる。

目標を撃ち抜くイメージを込め、ゆっくりと引き金を引いた。

 

空気が破裂したような銃声を伴って、銃口が文字通りに火を噴く。

 

 

ワルプルギスの夜を倒すのに必要なもの。

それを纏いながら、それによって薄い紫色の軌跡を描きながら、50口径の弾丸がグリーフシードに食い込んだ。

それにしてもグリーフシードの素材ってどうなっているのかしら。

さっきは弾かれたのに今回はめり込んでいる。

 

 

グリーフシードに突き刺さった弾丸を見て、インキュベーターがパチパチと目を瞬かせた。

 

「ほむら、君はこの地方一体に呪いを振り撒きたいのかい?」

「っう…どういうこと?」

…噛んだ。

 

恥かしさを紛らわせるように銃口を再びインキュベーターに向ける。

 

「そのままの意味だよ。早く処理をしないと孵化するよりも先に、呪いが振り撒かれることになる」

君は本当に察しが悪いね、と付け加えてインキュベーターが見せつけるようにグリーフシードを地面へ置いた。

 

「何故、先にそれを言わないの」

「聞かれなかったのもあるけど、何より言うよりも前に君が仕掛けてきたんじゃないか」

珍しいインキュベーターの恨み節に近い言葉。もう少し煽れば感情が芽生えるんじゃないかしら、この子。

 

最も…そんなことしている暇はなさそうだけれども。

 

早急にグリーフシードを処理しなければならない。

それも物理的な破壊以外の方法で。

 

 

けれども、わたしが知っている処理の方法は一つ。

それはインキュベーターによる処理。

しかし、それはインキュベーター自身が拒否している。

どうにかしてインキュベーターを説得出来れば…奴らの狙いはまどかの契約。

それを逆手に…。

 

 

 

…あーもーめんどくさい、わ。

 

持っていた銃を上空へ放り投げる。

インキュベーターの視線が上空へ向いたのを確認して、勢いよく走り出す。

それから膝を曲げて姿勢を低く、インキュベーターの足元を目がけて飛んだ。

左手を目いっぱい伸ばして地面に置かれているグリーフシードを出来るだけ優しく掴む。

 

ナイスキャッチ出来たのはいいが、このままでは顔から泥水へダイブすることになる。

それはご免被るので、空いている右手で地面に楔を打ち、それを軸に身体を地面と平行に半回転させる。

つま先を地面にこすり当てて止まると、うまい具合にインキュベーターの背後へ回り込めた。

ほくそ笑んだところで、先ほど放り投げた銃がわたしの背後に落ち、盛大に泥しぶきを撒き散らした。

 

泥にまみれた右手でインキュベーターの後頭部を鷲掴みにして持ち上げる。

 

赤いペイントで、まぁるい円形を描いたような模様が視界に入る。

こいつらのここが口のように開いてグリーフシードを摂取する。

 

ばたばたとインキュベーターがもがいているが、躊躇うことなく、その白い背中に、左手を突き入れる。

グリーフシードごと、ずぶずぶと。

 

「あら?」

身体を突き破ってしまったわ。

ごめんなさい、本当に。

 

左手を引き抜き、グリーフシードを眺めながらインキュベーターは放り捨てる。

無理やりは良くなかったかしら。

 

「でもね」

貴方のお蔭で良いことを思いついたわ。

ありがとう、本当に。

 

要は完全に隔離された場所で壊してしまえばいい。

そうすればワルプルギスの夜を復活させることも、呪いがばら撒かれることもなくなる。

 

でも、そんな場所はどこに?

 

完全に隔離された場所。

 

隔離された。

 

隔離。

 

 

 

ほら、あった。

 

わたしだけの場所。

 

ここに、ね。



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受難者

泥の中から銃を拾い上げて、目詰まりが無いことを確認する。

銃弾が突き刺さっているグリーフシードを優しく盾の中に収納し、泥に汚れていない瓦礫を探して座った。

撃鉄を起こし銃口をこちらに向けた後、銃を上下逆さにしながらグリップを包み込むように両手で持つ。

それから引き金に両手の親指を掛けて、自分の喉へ突き上げるようにして銃口を当てた。

 

ワルプルギスの夜のグリーフシードごと、わたしの盾が消滅すれば全て終わる。

わたしが死ぬことでもソウルジェムを破壊することでも同じだけど、綺麗なままでは…というのが一番の理由。

 

ぐっと引き金に掛けた親指に力を入れる。

次の瞬間、衝撃でわたしの頭が身体ごと跳ね上がった。

 

 

 

ただ…その衝撃は50口径の弾丸によるものではなく、殴られたような痛みを伴っていた。

右の頬から顎の辺りに熱い痛みが走る。

 

吹き飛ぶ最中、見えたものは一人の魔法少女。

 

 

邪魔が入った。

 

 

その事実が頭の中を一瞬で真っ白にする。

手の平から零れ落ちそうになっている銃をしっかりと掴みなおす。

空中で強引に上半身を捻って右目の端になんとか目標を捉える。

肩の関節から軋む音が聞こえるのも構わず、右手を伸ばして目標の頭部へ照準を合わせるのと同時に引き金を引いた。

射撃の反動で右手がちぎれるかと思うぐらいに後方へ引っ張られる。

受け身を取ることもままならず、わたしはそのまま地面へと叩きつけられて転がった。

 

 

泥の冷たさが、わたしの頭を冷やす。

口の中がじゃりじゃりとして非常に不愉快だ。

 

 

今の魔法少女は見覚えがあった。

 

切り揃えられた青い髪。

無駄に露出の多い服装。

手に持つのは真っ白な刀剣。

 

おそるおそる顔を上げる…。

 

視界の先には頭部を破壊された美樹さやかが横たわっていた。

という予想に反して、そこに彼女は居なかった。

 

「グリーフシードを返して貰うよ」

代わりに居たのは…インキュベーター。

ワルプルギスの夜のグリーフードを取り出そうと、触手のような耳をわたしの盾に突っ込んでいる。

転倒した拍子に盾を手放してしまったようだ。

 

 

…考えることが多すぎて纏まらない。

 

 

分かっているのは、わたしが美樹さやかの頭部を撃ち抜いた…ということ。

美樹さやかの形をしたものに、殺意を持って引き金を引いたという事実は変わりない。

 

殺そうとした。

 

幻覚?

 

私が美樹さやかを。

 

何度目だっけ?

 

そして、その事実から…もっと良いことを思いついた。

死ぬよりも、もっと良いこと。

 

 

 

「契約をしましょう、インキュベーター」

膝に手を付きながら立ち上がる。

 

「契約?」

インキュベーターが盾をまさぐるのを止めて、こちらを見た。

感情を持たない不気味な赤い目が、こちらを真っ直ぐに見つめる。

 

「わたしは金輪際、貴方の邪魔をしないと誓う。だから、代わりにグリーフシードを処理しなさい」

「断れば?」

「全ての魔法少女を消し去ってやるわ、この手で」

手の平を掲げるように突き出す。

薄い紫に光るソウルジェムがとても綺麗。

 

「まどかが契約したとしても?」

「無論、殺してあげる」

即答できた自分に少し戸惑う。

 

 

「ひとつ、聞いてもいいかい」

インキュベーターが少し間を置いてから遠慮がちに言葉を発した。

わたしは沈黙で肯定する。

 

「君は僕達を嫌っているはずだ。君が契約を違わないという確証が欲しい」

「…あなたのことは嫌いではないわ」

恨んではいるけれど、と前置きをして率直に答える。

わたしの答えを咀嚼するようにインキュベーターが目を瞑って俯いた。

 

 

たっぷりの沈黙。

 

 

「さぁ、契約してよ、キュゥべぇ」

子供がお菓子をねだるように、急かすように、右手の手の平をインキュベーターに向かって差し出す。

 

「……分かった、契約は成立だ。グリーフシードを渡してくれ」

投げつけられた盾を受け取り、そこからグリーフシードを2つ取り出して投げ返す。

インキュベーターは器用に耳を使ってグリーフシードを上空へ弾き飛ばした後、落下してきたそれらを背中の口で飲み込んだ。

 

 

瞬く間に空が本来の青さを取り戻す。

長い長い夜がようやく明けた。

思わず空を仰ぐ。

ずっと夢を見ていた光景。

 

 

 

「転校生」と呼ぶ声がした。

よく知っている声。

わたしを転校生と称するのは一人しかいない。

けれど、その子は…死んだはずだ。

わたしが先ほど殺したはずだ。

わたしが何度も殺したはずだ。

 

でも。

 

魔法少女なんてものが居るぐらいだもの、幽霊だって居ても不思議ではない。

 

空を見上げるのを止めて、声がした方に振り向く。

美樹さやかが何でもない様子で立っていた。

 

「あら、随分と元気そうで安心したわ」

「あんたも相変らずだね」

 

インキュベーターが居なくなっていることに気が付く。

「都合が悪くなったから逃げたんじゃない?」

という美樹さやかの指摘は的確だ。

 

「それにしてもさ、あんな約束して大丈夫なの?」

「約束ではないわ、契約よ」

「何が違うのよ」

「説明しても貴女には理解できないから、しない」

「なにそれ酷い!」

 

キーキー喚く美樹さやかを放っておいて、再び空を見上げる。

空の青さが眩しくて目を細めてしまう。

 

「あんたさ、不思議に思わないの? あたしのこととか!!」

空を見上げたまま、視線だけを美樹さやかに送る。

 

そうね、貴女には聞きたいことも言いたいことも沢山あるけれど。

「いざ本人を目の前にすると、どうでもよくなってきたわ」

「…そうですか」

わざとらしく美樹さやかが大げさに肩を落とす。

 

「貴女、ずいぶんと馴れ馴れしいけど…わたしを嫌っていたはずでしょ?」

「そりゃそうだけどさ」

そう言う美樹さやかの目の奥に、僅かながら好意的な感情を見つける。

わたしの目には何が宿っているのだろうか。

見透かされるのが嫌でわたしは視線を外す。

 

不意に美樹さやかの真面目な声。

「ねぇ、転校生。もし行くとこないんならさ…」

そこまで言って、「やっぱり何でもない」と彼女は頭を振った。

 

 

魔法少女は生きている限り戦わなければならない。

魔法少女は死ぬ、その瞬間まで戦わなければならない。

 

 

申し出は有難いけど。と前置きをしてから、わたしは答える。

「罰を受けなければ…わたしはどこへも行けないわ」

「そっか」

「約束を破ろうとした罪への…罰」

「まどかは怒らないと思うけどな」

約束の相手を言い当てられて心臓が跳ねる。

この存外に聡い部分をもっと上手く活用すればいいのに。

 

「そんなの分かってる」

「あんたって、ほんと面倒くさい性格よね。ちょっとは周りの人を頼りなさいよ」

「貴女にだけは言われたく」

「ですよねっ!! 自分で言っててそう思ったよ…」

わたしの言葉を遮って、美樹さやかが頭を抱えてしゃがみこんだ。

 

 

かと思うと次の瞬間、勢いよく立ち上がり、空の彼方へ視線を向けた。

本当に落ち着きがないわ、この子。

 

「ホアさんだ」

 

美樹さやかの視線を追うと、小さくミデア(だったかしら)が見えた。

徐々に大きくなるホバリング音。

 

わたしの口から「あっ」と声が漏れた。

美樹さやかが怪訝そうな顔をしてこちらを向く。

 

彼女との約束…忘れていたわ。

ああいうタイプは根に持ちそうだから…面倒なのよね。

さっさと終わらせましょう。

 

「彼は無事?」

「えっ?」

「あの青い機械人形のパイロット」

「アランさんのこと? うん、コックピットの中で気絶してるだけだけど」

「そう、それは良かった。それじゃ、彼らによろしく」

「会っていかないの!?」

「あまりイレギュラーなことはしたくないから」

嘘だけど、ね。

 

「それと…ありがとう、と」

「……うーん、まぁいっか。分かった伝えとくよ。じゃあね、転校生」

美樹さやかが軽く手を上げた。

わたしもそれに右手を小さく上げて応える。

それを契機に美樹さやかが青白い光となって霧散した。

 

 

「ええ、また」

と、誰に聞かせるわけでもなく呟いた。

 

それからすぐに足に力が入らなくなって、手の震えが止まらなくなった。

今からのことを思うと、怖くて堪らなくて、叫びだしてしまいそう。

 

けれど、

さようなら、

優しさと勇気と希望で溢れた世界。

 

 

座り込んで目を瞑り…盾に手をかけながら…まどかとの約束を想う。

 

 

そして、

こんにちは、

血と硝煙と絶望で塗れた世界。



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諦めた約束

多分、ここは夢の世界。

 

見渡す限り、真っ白な何もない空間が続く場所。

目の前にはテーブルが寂しそうに置かれている。

突っ立っているのも何なので、わたしはテーブルの前に腰を下ろした。

地面はふかふかとしていて、気持ちいい。

テーブルはガラス製で実用的でない三角形…って、これ巴さん家にあったやつじゃない?

 

だからここは夢の世界。

夢が覚めれば、わたしはまた戦場へと向かう。

 

それまでは少しだけ休んでもいいかな。

ね、まどか。

 

 

 

「お邪魔するよ」

暫くするとキュゥべえがやってきて、テーブルの上で猫みたいに丸まった。

 

それからもう一人。知っているけど知らない人。

猫みたいに丸まっているキュゥべえを、ホアさんが猫を摘まみ上げるように持ち上げる。

 

「お行儀が悪いですねぇ」

そう言って、キュゥべえをぽいっと投げ捨てた。

放り投げられる途中のキュゥべえと目が合って、なんとも言えない感覚を覚える。

着地したキュゥべえは何事もなかったかのようにトコトコと戻ってきて、今度はテーブルの下で丸まった。

テーブルを挟んでわたしの反対側にホアさんも座る。

 

しばらくの沈黙。

ホアさんはニコニコしてこっちをじーっと見てる。

キュゥべえは目を瞑って尻尾をぱたぱた。

んー、気まずい。

 

「け、結局、『えぐざむ』とはなんだったんですか?」

沈黙を破ろうと絞り出した言葉がそれだった。

もっと他に言うべきことがあるでしょう、わたし。

 

「EXAMシステムとは、簡単に言うとニュータイプに対抗するためのシステムですね」

ホアさんの返答の中に聞きなれない言葉があった。

 

「ニュータイプ?」

「新人類、と言った方が分かりやすいかな。宇宙という新しい住環境に適応した人類のことだよ」

今度はキュゥべえが答える。

 

「人類が宇宙に住む…!?」

「はい、宇宙コロニーという大きな建造物の中で生活しています」

「ホアさんも宇宙に行ったことあるんですか?」

「ええ、何度か」

はぇー、すごい世界があるもんだ。

 

あれ?

「…なんでキュゥべえがそれを知っているの?」

テーブルの下を覗き込んで質問する。

 

「観測するぐらいなら僕達の科学力ででも出来るさ」

なるほど。

 

「説明を続けるよ。彼らは物理レイヤーではなく精神レイヤーでコミュニケ―ションを取れるんだ」

レイヤー…?

また、聞きなれない言葉が出てきた。

 

「簡単に言うとテレパシーで会話が可能だってことさ」

わたしの表情を察してキュゥべえが補足をいれてくれた。

 

テレパシーで会話が可能ってことは…

「それならキュゥべえ達もニュータイプなの?」

「僕達は違うよ」

首を振って否定される。

 

「他にニュータイプの特徴としては、未来予知に似た勘の鋭さなどが挙げられますね」

顔を上げると、いつのまにかテーブルの上にはティーポットがあって、ホアさんが紅茶を入れながら教えてくれた。

いい匂いがする。

紅茶の匂いにつられたのかキュゥべえがテーブルの下から這い出てきて、わたしの隣に座った。

 

「そんなニュータイプに人類…便宜上、旧人類としておくよ。その旧人類が恐怖を感じたんだ。ニュータイプによって淘汰されるんじゃないかって」

「いじめられっ子の発想ね」

って巴さんが言ってた。

 

「それは僕には良く分からないよ」

「でも、それでニュータイプに対抗するために作ったのがEXAMシステムなんです」

目の前に紅茶の入ったカップが置かれる。

手を合わせて、頂きます。

 

「…EXAMシステムの具体的な特徴と言えば、やはり機体性能の向上だろう。それもとびきりの」

ちらっとホアさんの顔を見てからキュゥべえが話を続ける。

 

「一体どういう仕組みなんでしょうねぇ」

「興味深いことには間違いないけれど、調べようがないからどうしようもないね」

ホアさんとキュゥべえの、のんびりとした会話。

なんか不思議な感じがする。

 

「あ、そういえばあの機械人形のパイロットの人は無事ですか? 助けて頂いたのにお礼もできなくて」

「3人とも元気ですよ。ほむらさんに会いたがってましたけど、他に用事があって」

「しかし機械人形って呼称は随分と古めかしいね。素直にロボットって言えばいいのに」

「機械人形だよ、あんな大きなロボットがあるわけないじゃない」

「君の基準は良く分からないよ」

やれやれと言った感じでキュゥべえが項垂れて首をふる。

 

「ホアさん達は何者なんですか?」

紅茶を一口すすってから別の質問をする。

美味しい。けど、少し濃いからか甘いものが欲しくなってきた。

 

「私達は地球連邦軍広域特殊対応MS部隊第1小隊。通称『SRT-ユニット1』です」

「軍人…なんですか?」

「もっともユニット1自体は既に解体されているので軍属ってわけではないのですが…愛着がありますから」

「なんで見滝原に?」

「気がついたら、この辺りに居たんです。まぁ私達の世界では、別世界に移動することなんてよくあることですから〜」

えぇ…よくあるんだ…。

 

「一番可能性が高いとしたら契約による願いだろうね、実際にそのような願いは過去に確認されている」

「それって、どういう願い…?」

「簡単じゃないか。『ワルプルギスの夜をやっつけてください』という願いさ」

「随分と回りくどい実現方法ですねぇ」

ホアさんがちょっと意地悪そうに口角を上げて、わたしの気持ちを代弁してくれた。

 

「それは君たちの願いが曖昧過ぎるせいだ。せめて時と場所ぐらいは指定してくれないと困るよ」

「インキュベーターの言いそうなことね」

美樹さんが突然現れて、テーブルの空いているところにどかっと座った。

それから、キュゥべえを詰め込んだら丁度良さそうな大きさの白い箱をテーブルの上に置いた。

 

「あれ、美樹さんって死んでたはずじゃ?」

油断していたせいか、頭に浮かんだことがそのまま口から出てしまっていた。

白い箱から赤くてまぁるいケーキを取り出していた美樹さんの手が止まる。

それから不思議そうな顔をしてホアさんの方を見た。

ホアさんは何も言わずただ優しく頷くだけ。

 

「僕からも質問させてもらうけど、君の姿は一体どういう原理なんだい?」

キュゥべえが質問を重ねる。

困惑気味の美樹さんがキュゥべえの方に顔を向けて答える。

ケーキはホアさんの手に渡り、人数分に切り分けられて、各人の目の前に配られる。

ベリー系のとっても美味しそうなケーキ。

頂きます。

 

「んーと、この姿は思念体みたいなもんなの」

「本体は別にあるということかい?」

「身体なら何処にも居なくなっちゃった。けど、心ならEXAMシステムの中にあるよ」

「システムの中?」

「なんかマリオンって子が『行くところないなら、ここに代わりに住んで』って」

「…システムの中に人間の魂か、ますます興味深い」

表情は変わらないけど、なんとなく悪巧みな雰囲気をキュゥべえから感じる。

ホアさんが何気なくキュゥべえの側までやってきて膝を曲げてしゃがんだ。

それからキュゥべえを摘み上げて、自分の顔と向かい合わせになるように持ち上げる。

そして暫く静止。

私からの角度では、キュゥべえが邪魔になってホアさんの表情は読み取れない。

何となくキュゥべえの毛が逆立って、ガタガタと震え始めた気がするけど?

 

それを見た美樹さんが慌てた様子で話を続ける。

「そっ、それからミノフスキー? ミノスフキー? とかいう粒子っていうのが有ってね、それと魔力を混ぜると…ほら、この通り! 美樹さやかちゃんが出来るのだっ!!」

なんと美樹さんの手のひらには小さい美樹さんが。

そして美樹さんが息を吹きかけると、小さい美樹さんはふぅっと消えていった。

 

「ソウルジェムが無くても魔力は使えるのか」

視線を美樹さんから戻すと、ホアさんが元の位置に戻って紅茶を飲んでいた。

キュゥべえもわたしの隣でいつも通りの様子。

 

「本来の用途は通信妨害らしいけど、ビーム兵器とか空を飛ぶのとかにも応用されているんだって」

「素晴らしい素材だね」

「実際、ミノフスキー粒子が実用化してからは戦闘方法が一変しましたしねぇ」

それがあれば、そのうちに魔法なんてものは要らなくなりそう。

 

「…って、ほむらっ!! ケーキばっかり食べてないで会話に参加しなさいよ!!」

美樹さんに怒られた。

キュゥべえは相変わらず無表情。

ホアさんは朗らかに笑っている。

なんかデジャヴ。

 

咀嚼中のケーキを急いで飲み込んで口の中を空っぽする。

そうしてから、引っかかっていたことをホアさんに尋ねてみた。

 

「ホアさん達がワルプルギスの夜を倒すためにやってきた、というのは理解出来たんですけど」

「まだ何か?」

「わたしとか避難所を守る必要があったんですか…? 負担になるだけなのに」

「それはユニット1が正義の味方だからだよ。ね、ホアさん」

美樹さんに同意を求められたホアさんが笑顔で応える。

 

「今度はこっちから聞くけど、ほむら。なんでアイツにまどかのことを任せたの?」

「あの時点で信頼できる魔法少女って言ったら、佐倉さんしかいなくて…」

そこまで言って、一旦区切る。

息を吸って、呼吸を整える。

 

「美樹さん、意地張ってグリーフシード受け取らないし…統計上、あの後に佐倉さんは美樹さんと共倒れになっちゃうから…」

残りのケーキをぱくりと一口で食べて、紅茶で流し込む。

 

「だったら美樹さんを…」

そこから先はあまり喋りたくない。

 

「…なんというか、その、すみませんでした…」

「僕とまどかの接触を防ぐという意味では良い選択肢だったと思うよ」

「それってフォローしているつもり?」

「別に僕は思ったことを言っているだけだからね」

なんとなくちょっと重たい雰囲気。

 

「まどかとの約束がそんなに大事なんだ」

にしてもさー、と前置きしてから美樹さんが重苦しい空気を振り払うように明るく喋り出した。

だからわたしも出来るだけ明るく返事をする。

 

「はいっ」

「うわ、めっちゃ良い笑顔…そんなんだから、あんたの『まどコン』っぷりがこっちの世界にも響いてくるのよ」

その言葉を聞いて、反射的に体が動いていた。

懐からハンドガンを取り出し、美樹さんの額に押し付ける。

セーフティーを外した後、今にも引き金を引きそうになっているのを理性で押しとどめる。

わたしってこんなに短気だったっけ。

 

「それは詳しく聞きたいですね」

「銃を向けずに話をしよう、ほむら」

無言のまま、美樹さんの目を見つめる。

 

「その前にさ、確認させてよ」

「…何を?」

「ほむらってガチなの?」

 

 

…ガチ?

あまり使わない言葉に、美樹さんの発言の意味がしばらく分からなかった、けど。

 

 

「……ああ、わたしのこの感情がそういうことと言うのでしたら」

美樹さんの喉がごくりとなった気がした。

ホアさんは何となく期待しているような目。

 

「貴女とまどかや志筑さんとの関係も、そうであると言うのですね?」

「インキュベーター!!」

キュゥべえを掴んで勢いよく美樹さんが立ち上がった。

そして、そのままの勢いでキュゥべえをわたしの頭に叩きつけるように押し付ける。

非常に不愉快。

 

「魔法少女の語るサイコレズ的な精神波の流れを解析したところ、嘘は付いてないみたいだ」

「…マジ…で!?」

「美樹さんは本当に失礼です」

「いやいや、だって」

「わたしとまどかは友達です。それ以上でもそれ以下でもないです」

わたしの言葉に美樹さんは納得がいっていないようだった。

でも、ホアさんに促されて、しぶしぶといった様子でキュゥべえを床に置いて座る。

失礼しました。と言葉を添えてわたしも銃を放り捨てた。

 

「でさ、そうならほむらの幸せってなんなの?」

「まどかと…」

「まどか以外で!」

いつになく真剣な顔の美樹さんに少し気圧される。

 

まどか以外…考えたこともなかった…

 

「ほむらさんとまどかさん、二人が幸せになれるものを探してみたらどうでしょう?」

「…忠告、として受け取っておきます」

「約束だよ」

美樹さんが念を押す。

 

約束、という言葉を聞いて胸の奥が疼いた。

 

「さて、と。隊長からも連絡がありましたし、そろそろ失礼しましょう」

「ほらインキュベーター、あんたも行くよ」

と美樹さんが言ってキュゥべえを乱暴に掴んで立ち上がる。

キュゥべえは抗議するように身をよじって逃れようとするけど、なすすべなく美樹さんの小脇に抱えられた。

 

まどかの幸せって、

わたしの幸せって、

なんだろう。

 

「約束、忘れないでくださいね」

にっこり笑顔のホアさんが小首を傾げて、顔の横で両手をパチンと合わせた。

 

 

 

…今のは本当に夢だったんだろうか。

なんとなく心に棘が刺さっているような感覚。

 

でも早くしないと…もうすぐ、まどかが来ちゃうから。

 

さぁ、眼鏡を外して、

お下げを解いて、

ほら、ね。

まどかがやってきて。

 

 

 

やっと、捕まえた。

 

 

 

でも、なぜかしら。

このまま貴女の手を離すことの方が、貴女とわたしの幸せだと思えるのは。

 

ずっと気が付いていたけど無視していた。

本当は分かっていたけど胸の奥に蓋をして仕舞っておいた。

蓋をしていたのは「諦め」で、仕舞っていたのは「約束」。

そして、その蓋を開けたのも…「約束」。

 

わたしはまどかとの約束を守ろうとしていたけど、そうじゃなかった。

わたしの勝手な願いをまどかとの約束だと思い込もうとしていた。

勝手に約束して、勝手に諦めていた。

それに気が付いたら、なんだか無性に可笑しくって笑ってしまった。

 

だからわたしは手を離して、まどかを優しく抱きしめた。

やっと、まどかとの約束を果たせた気がした。



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