うちの鎮守府〜無能(自称)提督が着任してます〜 (無貌のハサン)
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うちの鎮守府〜無能(自称)提督が着任してます〜

2XXX年……人類は未曾有の危機に瀕していた。

深海棲艦。

突如海から出現した正体不明の敵の攻撃により、世界各国のシーレーンは崩壊。彼ら……否、彼女らが放つ特殊な航空機や対空兵装により、空輸すらままならなくなった。

退治しようにも現代兵器の効果は薄く、彼女らの物量の前に為すすべもなく、人類は衰退する一途を辿るかと思われた。

しかし希望はあった。

深海棲艦に(つい)になる存在にして唯一の対抗手段……「艦娘」が現れたからである。

彼女らの活躍により、人類は生きながらえる事が出来た。

これは、深海棲艦を相手に死闘を繰り返す艦娘と、彼女らを指揮する提督の戦いである!

 

(日常の話が多いとは言っていない)

 

 

 

 

 

提督とは一体何か?

人類を守護せし艦娘を操り、日々人類の為に戦う守護者である。

……というのが一般人における提督のイメージに当たるが実態は違う。

 

艦娘が十全に戦える様にする為の資材回収。

艦隊の備蓄と相談しながら艦娘の建造、装備の開発による戦力拡充。

任務終了後の艦娘たちへの修理(ケア)酒保(サービス)の提供etc. etc.……

 

とにかく艦娘のサポートをするだけで務まる仕事なのだ。

それだけでやっていれば人間性と自立心を持った艦娘達は勝手に行動してくれる。

そこにカリスマはいらない。

指揮能力も軍事知識も必要ない。

それ故に提督の人格も人種も問われない。

適性が最低限あれば、節度さえ守れれば誰でも良い。

だから。

だから……

 

「だから、提督辞めたいから誰かに代わって欲しい」

「しれーかーん、そのジョーク今日何回目ぴょん?」

 

とある鎮守府の提督室にて、後ろ向きな発言と、それに対してうんざりしている声が上がった。

部屋には二人。

一人は執務机に向かって両肘をつき指を組んで悩むポーズを取っている、海軍軍服に身を包んだ男。どこか老け込んだ雰囲気を持つこの男がこの鎮守府を『サポート』している提督であり、名は【アインハルト】という。

 

もう一人は執務机の対面のソファで寝そべっているややピンクがかった赤髪の艦娘。

睦月型4番艦【卯月】である。

 

 

「冗談じゃなくて俺は本気だ……そもそも俺は元会社員。軍事知識ほぼ皆無に等しいのになんで提督やっているんだ……その段階でおかしいんだよ……」

うな垂れた状態から更にうな垂れた状態になる提督。

そんな姿を尻目に、寝そべった状態で卯月が尋ねた。

「さっき、しれいかん『艦娘がやってくれるから軍事知識は必要ない』って言ってなかったぴょん?」

「それは最低限の知識があれば、の話だ。俺は全く知識がなかった」

提督はため息を吐くように否定した。

「上層部の提督たちに『君は何の為に提督になったのかね?女の尻を追っかけて居るだけで仕事が出来るとか考えているなら家に帰れ!』って怒られてな……」

「それは確かに怒られても仕方ないぴょん……」

はた、と卯月が気がつく。

「そう言えば、しれいかんはなんで提督になったんだぴょん?」

 

軍事経験もない、先ほどの辞めたい発言からモチベーションは皆無、使命感すら感じられない人間が何故提督になったのか?それは当然の疑問だった。

「今まで4年間勤めてて全く気づかなかったぴょん」

「以前言った様な……いや、話したのは龍田と大井だけだったか」

すまなかった、と謝るとつらつらと語り始めた。

 

 

「俺は、さっき言ったが会社員だった」

「ぴょん(←はい、の意)」

「何度も同じ仕事に失敗してな。信用を失った。仕事ってのは信用を失うと一気に拗れるんだ。人間関係も最悪の状態になって、仕事も回って来なくなった。仕事は取りに行くもんだって?斡旋してもらいに行ったら『無駄に仕事を増やすな』『話するのも苦痛だ』『今忙しいから他所へ行け』って取りつく島もなかった。いっそ辞めてくれとか言ってくれた方がどんなに楽かと……楽……かと」

「しれいかん?」

「オゲェええええ」

「しれいかん!?もうわかったぴょん、それ以上その事を話すのはやめるぴょん!!」

机の横に常備されていたバケツに向かって吐き始めた提督に危険を感じた卯月はそう諭すと、吐き続ける提督の背中をさすり始めた。

 

〜5分後〜

 

「ああ……助かった、礼を言うぞ卯月。吐くのを5分に縮められた。過去最短記録更新、これは快挙だ」

「どういたしましてって言いたいけど、話の後半のせいで有り難みが台無しぴょん……。そもそも吐いてる時点で快挙でもなんでもないし、何度も吐いてる経験があるって事自体がもうダメすぎるぴょん……」

「それで話の続きなんだが」

「もう話さなくても良いのに無理にしなくても……」

中途半端に話を終わらせるともっと気分が悪くなる、と卯月に言い聞かせると提督は話を続けた。

 

「まあそのなんだ。結局境遇に耐えられなくて3年後辞職してな。新しい職を探して彷徨ってた。ただ辞職した時のショックや働いてた時のトラウマで精神状態がボロボロ。身なりもボロボロだったような気もする。

まあそんな状態だったからを雇ってくれる所は当然なかった。で首でも括るしかないか、って考えてた時に声をかけられた」

割と重たい話や自殺を起こし掛けたという事実に、流石の卯月も『うわぁ……』と心の中でドン引きしていたが、何とか心を奮い立たせて先を促すことにした。

 

「声を掛けられたって誰にぴょん?」

「海軍関係者のスカウト」

「ああ、そこで提督に……」

「うん。まあ、その段階だと提督になるとは思いもしなかったんだが……」

「?どういう事ぴょん?」

言葉を濁した提督の態度に卯月は訝しんだ。

 

「その時言われた事が『女の子とお話しするだけでお給料が貰える仕事やりませんか?』だったんだよ」

「明らかにろくでもないキャッチセールスの謳い文句じゃないですか何考えてるんですか

ウチのスカウトとバカ提督は!?」

あまりの下らなさに卯月のガワが剥がれた。

はっとなった卯月は「ん、んっ……」と軽く咳払いをして取り直しを図る。

付き合いの長い提督は既に卯月の『キャラ作り』に関して知っているので、取り敢えず見なかった振りをして話を続けた。

 

「俺は心の中で『そんな上手い話は無いだろう』と解ってはいた……だがそれ以上にどうでも良くなっていてな。所謂自暴自棄という奴だ。スカウトはそれを知っててそんな風に声を掛けたんだろう。

一応スカウトに関してフォローしておくが、当時は提督の数が少なかったし、スカウトにもノルマがあった。だからそんな詐欺じみた行為に走らざるを得なかったんだ。

俺を誘ったスカウトは責任とって辞めているし、今じゃもうそんな事はされてないぞ」

話すのに疲れたのか、提督は椅子の背もたれにもたれ込んだ。

ギギ、とやや錆びついた音が鳴る。それは疲れ切った提督自身の心情を表しているかの様だ、と卯月は益体も無い事を連想した。

 

「そうして俺は提督になった。知識もなく、誇りもない。取るに足らない無能の提督に」

どうだ滑稽で面白いだろう?と提督は自嘲した。

「だから俺は提督に向いてないんだ。だから誰かに……」

「しれいかん」

静かに、しかしどこか怒りを宿しているような雰囲気で卯月が言った。

「それ以上言ったら流石のうーちゃんも怒るぴょん」

「………………」

「今更何言っても聞かないぴょんが……」

卯月は提督の机を指差した。

理路整然としている何の変哲も無い机である。

 

「普通の提督なら処理しきれない案件で書類がうず高く積まれてる筈なのに、殆ど片付けられてるのはどういう事ぴょん?」

「何の話だ?」

提督は怪訝な顔をしながら、あっけらかんと答えた。

 

「書類を全て整理するのは提督の仕事だろう?普通のことじゃ無いのか?」

それに後回しにできる案件を後回しにしてるだけで全部片付けてるとは言い難いしな、と提督。

「(少なくとも3日は処理にかかる案件を1日で全部整理するとか人間業じゃ無いぴょん)……じゃあ二つ目の質問ぴょん。しれいかんはここに勤めて何年目ぴょん?」

「そう言えば5年目になるな」

「辞めたいって言ってる割には続いてるのは何でぴょん?」

 

「引き継ぎの提督探してるからだ。お前らを路頭に迷わせる訳にはいかん。

ああ、ただ……なんでかわからんが、断られる事が多くてな。少なくとも俺より有能で能力も有るはずなのに……」

「(5年前は深海棲艦との戦いが本格化した年、つまり提督は明らかなベテランって事ぴょん。処理能力が高くて経験も豊富、そんな有能な人間を軍が手放すはずはないし、後任なんて見つかるはず無いぴょん)……最後の質問ぴょん。しれいかんは今も知識がない状態で提督業をやっているのかぴょん?」

「ん?ないに決まっているだろう。何を言っている」

さも当然、と言った具合に提督は続けた。

 

「まだ軍務規定や提督として習得しないとならない項目1万あるうちの8千までしか覚えきれていないんだ。艦種・装備・艦隊の運用、それぞれの艦の癖や付き合い方、他提督の心理掌握くらいは網羅できたが、他にも覚えなければならん。この5年間でそれが出来てない以上、俺は提督の知識は皆無に等しく、また提督の資格はない」

 

「それだけ出来れば十分有能なのになんでそんな卑下しか出来ないのかぴょん!?」

流石の卯月も突っ込まざるを得なかった。

しかしだな……と提督は弁解する。

「今でも知識が覚えきれてないことに関して指摘されるんだ。それくらいやっておかないと認められないということだろう」

「それ明らかに難癖つけられるところが無くてどうでもいいことに難癖つけられてるだけだぴょん!?なんで気がつかないんだぴょん……」

「知っている」

「……は?」

「どうでもいい事に難癖付けられているのも知っている。陰口も叩かれているのも知ってる。本気にしているつもりはない」

「なら……!」

「だが、難癖にも陰口にも文句にも正しさがある」

卯月は言葉を詰まらせた。

 

「俺の能力が低いせいで彼らにそんなことを言わせてしまっている。俺の有り様を正して欲しいから彼らは正しい事を言ってるんだ。俺はそれを無視する事はできん、言われてしまっている以上、それは正すべきだ」

 

「(絶句)」

「まあただ悪口を言っているだけ、という見方がない訳じゃないから安心しろ。だからこそ俺は提督になるべきではないんだ。それだけ批難を受けているという事は嫌われているという事だからな」

ダメだこの提督、こじれ過ぎて何言っても聞かないというか理解してる分余計タチが悪い……卯月は頭を抱えた。

「ほら、休憩はそれくらいでいいだろう。大淀を呼んできてくれ……おっと」

PRRRRRR……と机の上にあった固定電話が鳴る。提督は受話器を取ると「はい、こちらアインハルト鎮守府、提督です」と応対し始めた。

 

「ん?ああ、イクト提督か。リヴァイア提督の腹肉を突きたいだって?はいはい腹肉乙。

本題は?……ああ、改二にする艦娘を迷っているのか。以前、北上・大井・夕立・時雨を改二にしたと言っていたな。オススメなら甲標的が積めるようになる阿武隈辺りが……戦艦の榛名を改二にしたいと。メリットは十分にあるからやっていいと思うぞ?……うん、わかった。宜しくやってくれ」

 

PRRRRRR……

 

「はい、こちらアインハルト鎮守……リヴァイア提督か。はい取り乱さない取り乱さない。イクト提督はジョークを言ってるだけだし誰も君を殺そうとも貶めようとしてないから大丈夫。

……続けざまに言われてもわからないから一つ一つ言って行こうか。大丈夫、ゆっくりでいい。

………………ああ、上位の元帥に無茶な仕事を寄越されたのか。あの元帥殿は相変わらず部下に対して配慮に欠ける事をやるな。わかった、メールでその元帥と関係者に発信しとくからしばらくその件は保留して他の業務に集中してくれ。また困った事があったら連絡を頼むよ。じゃあ失礼する」

 

PRRRRRR……

 

「はい、こちらアインハルト鎮守府、提督です……ふくろう提督か。用件は資材が底をつきかけていることか?……なんで解ったのかって?そりゃ君の鎮守府からACが最低3回出撃しているのを観測しているし、作戦予定海域の敵殲滅報告を受けてるから流石にわかる。

ただでさえコストのかかる物を運用すれば資材も尽きるだろう。

それに敵を殲滅してしまったら他の艦娘の経験にならん。

……でも、じゃない。それほど君の艦娘は信頼に欠ける部下なのか?ああ、すまん、失言だった。

とにかく暫くの間業務を縮小化するべきだ。それで資材は回復できる。

それと艦娘の経験がなさすぎて今の戦況について行けてないのも問題だ。どうせスナイピング技術と新連邦軍の戦術しか教えてないんだろう。

いい機会だから何人かこっちに寄越すといい。講習と訓練の斡旋くらいロハでやるさ。特に君が「ヤンデレ化」したとか言ってる時雨と榛名を連れてこい。見てくれがマシになるくらいにカウンセリングしておくから」

 

 

「フーーーッ……」

受話器を置くと、提督は大きく息を吐いて背もたれにもたれかかった。

そしてひとりごちる。

「なんで無能で嫌われまくっている俺に、みんなはアドバイスを求めるんだ……」

「いい加減にするぴょんこのクソ提督」

 

〜完〜




ミクシイで投稿して評判良かったので、試しに投稿しました。
連載するかどうかは未定です(´・ω・`)


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第二話〜無能(自称)提督の過去〜

約2年ぶりの投稿になりすみません。一年前にmixiにupした奴をペタリ。


2XXX年……人類は未曾有の危機に瀕していた。

深海棲艦。

突如海から出現した正体不明の敵により、世界は危機に瀕する。

深海棲艦らに現代兵器の効果は薄く、また圧倒的な物量の前に為すすべもなく、人類は滅びの一途を辿るかと思われた。

しかし希望はあった。

深海棲艦に(つい)になる存在にして唯一の対抗手段……「艦娘」が現れたからである。

彼女らの活躍により、人類は生きながらえる事が出来た。

これは、深海棲艦を相手に人類を守護する艦娘と、彼女らを指揮する提督の戦いである!

 

(艦娘に関係がない話が多いとは言っていない)

 

 

 

 

 

艦娘を指揮する提督に必要な物は何か?

艦娘や深海棲艦を相手に一歩も引くことなく圧倒できる強さを持った超人である。

……やや誇張はあるが一般人における提督のイメージはそんな感じだ。

だが実態は違う。

 

 

鎮守府運営のために必要な日々の書類作成。

次回大規模作戦の詳細内容打ち合わせ……で使用する資料の作成。

新式装備案や鎮守府内の改善提案書類の確認etc. etc.……

 

とにかく書類の整理や作成のみで済む仕事なのだ。

後は艦娘に普段愛想良く振る舞う事ができれば全て上手く行く。

そこにカリスマはいらない。

軍事知識や経歴も必要ない。

適性や能力が最低限あれば、誰でも良い。

その筈なんだが。

その筈なんだが……

 

 

 

「何で海軍全体で武術大会が開催されてるんだ……?」

「しれいかーん、何の話だぴょん?」

 

とある鎮守府の執務室にて、困惑の声と怪訝な声があがった。

 

部屋には二人。

一人は執務机の書類と格闘している海軍軍服の男。どこか老け込んだ雰囲気を持つ男がこの鎮守府の『書類整理』をしている提督であり、名は【アインハルト】という。

 

 

もう一人は執務室横すみの本棚でジャ◯プを立ち読みしていた赤髪の艦娘。

睦月型4番艦【卯月】である。

 

「いや、海軍本部発信の広告を今確認しているんだが……」

「うーちゃんにも見せて欲しいぴょん」と卯月が提督越しに広告を確認する。

 

 

『ツワモノ提督共よ集まれ!』『最強提督決定戦!強いのは俺だ!』などのキャッチコピーがデカデカと貼り付けられた武術大会開催のお知らせだった。

キャッチコピーの左右には無駄に筋肉をつけた男達が、無駄にむさ苦しく腕組みポーズを取っている。

 

「うーん、絵的にも内容的にも好みじゃないぴょん」思わずなんとも言えない表情になる卯月。

「こういったジャン○みたいな催し物好きじゃないのか?あとスポーツマンのイケメン」

 

「うーちゃん的に好きなのは友情努力勝利と燃える様なストーリーであって勢いとノリに任せたの話は好きじゃないぴょんそれにうーちゃんのタイプはそこそこ鍛えてる男でここまで鍛えてるのは論外こんなむさ苦しいのに抱かれたら一気に冷めるぴょん」

 

どうやら触れてはいけないスイッチに触れてしまったらしい。

卯月の突如生々しいマシンガントークの展開に話題の提供主である提督は「お、おう……?」と困惑。

 

 

動揺する提督を見て我に返った卯月は咳払い一つすると「まあうーちゃんの話は置いておくとして……」と話題を軌道修正した。

 

 

「しれいかんはこう言ったイベントに参加しないのかぴょん?」卯月は戸棚に飾られた日本刀を見やった。「艦娘相手に剣術や格闘術で圧倒できるくらい強いのに」

 

艦娘の基礎的な身体機能(せいのう)は人間の数倍とされる。しかしその艦娘を圧倒できる提督は一握りであり、この提督はその一握りの中に入っていた。

そんな提督は「いや、興味が無いわけじゃないんだが……」と言葉を濁す。

 

 

「俺、素人だし」

「え?」提督の矛盾した発言に疑問符をあげる卯月。

「え?」卯月のあげた疑問符に疑問符で返す提督。

 

 

双方共にフリーズ。先に再起動した卯月が「いやいやいや」と全力で否定。

「しれいかん無茶苦茶強いぴょんよね!?剣の扱いが得意なあきつ丸相手に真剣勝負で70回中1回しか負けて無いのにどういう事ぴょん?!」

「ん?ああー……なんで勝ててるのか俺にも分からんのだよなぁ」提督は軍帽を脱いで困った様に頭をぽりぽりと掻きながら言う。

 

 

 

「俺、生まれてから会社員時代まで格闘技とか一切やった事ないし」

「え?」提督の矛盾した発言に2回目の疑問符をあげる卯月。

「え?」卯月のあげた疑問符に2回目の疑問符を返す提督。

 

 

「んん……?んんんー……」卯月は唸りながら眉間に手を当て、提督の来歴や今までの雑談を思い出し解答を導こうとした。

 

確か『以前は会社員、ストレスに耐えられなくなり辞めた』と言っていたか。

会社員とは言っていた。

どこの職場に勤めていた、とは言っていない。つまり……

 

 

 

「しれいかんはPMC(民間軍事会社)に勤めてたぴょんね?もしくは『表経歴はリーマン、本当は戦闘訓練を受けたエージェント』ぴょん!」

「違う。もしそうなら『生まれてから会社員時代まで』じゃなくて『生まれてから会社に入るまで』っていう回答になるだろうが」

 

「じゃあ生まれてから純粋に強かったぴょん?」

「範馬勇次○くらいに強くなりたいとは思ってたけど、幼少期はいじめられるくらい弱かったぞ?」

 

「改造手術でも受けたのかぴょん?」

「残念ながら自白剤や毒を面白半分に打たれたり、倒れた後点滴打たれた程度で、そういった手術は受けた事ないな。仮面ラ○ダーみたく、人から怪物になってしまった悲しみを背負うような体験はしていない」

「むしろ別の悲しみ背負っちゃってるぴょんこの司令官」

 

 

早くも深い闇に脱線しそうな気配。

(はぁ……仕方ないぴょん)

卯月は心の中で嘆息すると、状況を打開すべく脳みそを少し使う事にした。

 

 

ーー先天的に強かった訳じゃないーーー

ーー改造手術(いんちき)もしていないーー

ーーだとすると純粋に後天的に強くなったと考えるべきーー

ーー『会社員時代までやった事がない』事を考えると、選択肢は実質二つーー

頭の中で情報を列挙、整理。

 

 

「提督になってから艦娘に対抗できるくらいに鍛えてたぴょん?……5年間ずっと勤務しながら?」

 

 

まあそうなるな、と提督は同意した。

「一応聞いておくが……会社辞めてから鍛え始めたの可能性は?」提督はどこか嬉しそうな声で問う。

 

「そっちは低いと考えるぴょん」卯月はその問いを否定する。「会社を辞めたあと自殺まで考えてた人間にそんなモチベーションがあるはずないぴょん」

まあ5年で異常な強さを身につける事もあり得るはずないぴょんが、と卯月は付け加えた。

 

「これで、合ってるぴょん?」

ああ、と提督はやや満足そうに頷いた。

「しかし俺が以前言った話も良く覚えていたな?ヒントはだいぶ与えていたとは言え、情報を整理して答えを出せたのは見事だ」

「?こんなの誰でもできるぴょん?そもそも答えなんて出てるようなものだったし」

 

 

「仕事をこなす上で重要なのは必要な情報の取捨選択と、到着点への筋道を考える事だ」

提督がおもむろに執務椅子から立ち上がる。

「軍人や兵器なら命令された通りこなせばいいが、俺が欲しいのは考える事が出来る人間だからな。偉いぞ、卯月」

そう言いながら卯月の頭をわしわし撫で始めた。

 

「や、止めるぴょんしれいかん……」褒められ慣れてない卯月は手を払いのけようとするが、されるがままにに撫でられる。撫でられ続ける頭の上ではトレードマークのアホ毛が、本人の心を表現するかの様に踊っていた。

 

 

このまま撫でられ続けて誰かに見られでもしたら弄られる噂が立ってしまう……とこの状態を脱する為の対策を考える卯月。やや思考が茹っていた為考え出すのに5秒要したが、なんとか思い付き実行する。

 

 

「むむむ……それだけ褒めるなら報酬が欲しいぴょん。偉くて出来るうーちゃんに」

「ほう?どんなだ?」

「執務室に保管してある紅茶一杯と間宮さん特製ショートケーキ、それとしれいかんの昔の話を要求するぴょん」

更に主に鍛える事になった経緯について知りたいぴょん!と付け加える。

「ふむ、そうだな……為にならん話だが、茶を用意するにも時間がかかる。待ち時間を潰しがてら話をするか」

卯月に背を向け、来客用お茶セットに向かう提督。最上級の戦果に、卯月はぐっ、とガッツポーズを取った。言ってみれば意外と上手くいくものである。

 

 

「俺が提督になった時代は……『提督は如何なる人間であっても軍人となるべし』って言う(うた)い文句があってな」

戸棚からティーセットを取り出しつつ、提督は昔話をし始めた。

「提督適性のある者は軍人だけではなく一般人が殆どだ。軍事知識も実践経験も皆無な一般人が兵器である『艦娘』を運用するのは危険である……ならば一から訓練と軍事教育を叩き込み軍人にしてしまえばいい。そんな思想があり、実際に行われていた」

 

 

「でも今じゃそんな話聞いたことがないぴょん」不思議そうな顔をして異議を唱える卯月。「提督に必要なのは適性と軍規・軍事知識くらいで……訓練なんてやる必要なんて無いはずぴょん」

 

「今じゃ艦娘関連の専門知識が広まり、運用方法も確立されて提督自身の訓練は不要である事は分かりきっているんだが……」提督は手慣れた手つきでティーバッグ入りのティーポットに湯を注いだ。

 

「その時代は艦娘が実装されて間もない頃だ。兵器であっても外見はか弱い少女……当時の上層部は艦娘の導入に懐疑的だった。否定的であったとも言っていい。その不安を解消する為の妥協案であり……」

今度はティーポットからカップに茶を注ぎながら言った。「そして妨害工作だった」

「妨害工作?」

 

ああ、と卯月の問いに頷く提督。

「艦娘は提督がいて初めて運用できる兵器。ではその提督が厳しい訓練に耐えきれず辞めてしまったら?」

「……艦娘は役に立たない兵器という事になる……」

まあそういう事だ、と提督が事もなげに肯定した。

 

「それで俺も提督着任直後に訓練を受けた訳だが……」提督はそう言いながら執務室に設置されている冷蔵庫から皿に盛られたショートケーキと、先程茶を入れたティーカップを卯月の座るテーブルに差し出した。

 

「海軍訓練で鍛えて強くなったのかぴょん?」目の前に出されたケーキをフォークで切り分け「うめ、うめ」と頬張り舌鼓(したつづみ)を打つ卯月。

「そう結論を急くな……そうはならなかった。寧ろ逆効果だったんだ、俺にとって」

「?どういうことぴょん?」恍惚とした表情から一変、訝しげな表情に切り替わる。

 

 

「卯月がさっき言った答えだ。精神的にも肉体的にも不調になっている人間に軍人の訓練がこなせると思うか?」

ああー……と卯月は納得した様な、何とも言い難い微妙な相槌を打つ。「その時はまだ復調仕切れて無かったぴょんね……」

提督はその時の様を思い出したのだろう、なんとも言い難い表情で話し始めた。

 

 

「走り込み訓練中に何回も倒れる、初めの数回はバケツ水掛けられて起こされるんだけど面倒になって一日中放置されるのはザラになった。

訓練に失敗するとその日の飯抜きの罰則が追加される、最大三日飲まず食わずで過ごして栄養失調で倒れるまで放置されてた。よく倒れてたもんだからその時はただの気絶だと思われてたっけか。ちなみに俺も軍医に叱られるまでそう思ってた。

飯抜きの罰則が出来なくなると今度は「拷問訓練の一環」って名目で鉄棒や鞭の殴打罰則に変更された。打撲や打ち身は触れ無ければ痛みはなかったが、鞭で打たれた擦り傷は一晩中ヒリヒリ痛むんでそれが一番辛かった」

 

「う わ ぁ」

「俺の状況が明るみにでてようやく保護されたところまで良かったんだが……保護された直後に『衰弱するまで我慢しやがって……自分の命が惜しくないのか!』って怒られてなぁ」

「救出されても怒られるとかマジ理不尽ぴょん」

「『ぶっちゃけ、このまま死んでもいいかと思ってた』って返答したら殴られて、三日三晩生死の境を彷徨った。真面目に答えただけなのに何が悪かったんだろうな?」

「………色々突っ込みどころがあり過ぎて何処から突っ込めばいいかうーちゃんわからないぴょん……」

 

思わず卯月は額を押さえ呻く。余りの衝撃に自身のアイデンティティすら崩壊しかけていた。「……おかしいぴょん、ボケはうーちゃんの担当のハズなのに、どうしてツッコミの方に回ってるぴょん……?」これほどアレな価値観と体験を持ってる提督の下で働く自分とは一体……?

 

「まあ今に始まった事でもないし、そこまで悩む様な事じゃないと思うがな」話を続けるぞ、と悩む卯月を尻目に提督は話を再開する。

 

「そうして俺は、下手すると死ぬ可能性があるって言う事で訓練を免除された。ただ同期の提督からやっかまれてな……『俺らが苦労してるのにお前だけ仮病で逃げやがって、卑怯者め!』って言われたよ」

「明らかに死にかけているのに仮病に見えるとか、その司令官の方が病気に罹ってるぴょん」

「俺もなんか自分が悪い気がしてなぁ」

「司令官もお人好しの病気に罹ってるぴょん……」

 

「そこで俺は自分で鍛える事にした」

提督は渇いた口を潤すため、自分用に入れた紅茶をあおり、一呼吸入れる。

 

「海軍のスパルタ方式では俺の身体が付いていかない。だから適度に、徐々に軽いランニングなどで身体を馴らした。

体力が人並みになった所で、漸く技術の習得だ。ただ、何を習得すれば良いか分からん。軍人から教えを請うには問題を起こし過ぎた所為で腫れ物扱いだったし、当時の海軍も手探り状態な部分もあったから何を教えればいいか分からない。

とりあえず手当たり次第に空手や中国拳法、道場見学をして武術の習得をする事にした」

 

「なるほど……」ここで漸く卯月は納得した。「それで剣術や中国拳法が使えるぴょんね司令官は」

ただし、ここで別の疑問も挙がった。

「そういえば司令官は弱いとか素人って言っていたけど、一通り技をマスターしているのに素人はおかしいぴょん……どう言う事ぴょん?」

 

「ん?ああ……それはだな」提督は生返事をしながら回答した。

「道場見学がてら技とか教えて貰ってたんだが……なんでか知らんが、修練の途中でよく追い返される事があってな。『教えがいが無い』とかなんとか。

完全に習得し切る前に終わらせられるもんだから、半端にしか覚えてないんだ」

「?何かやらかしたぴょん?」

「いや、特に何もしてないはずなんだが……?」そういえば……と当時の事を朧げながら思い出す。

 

「『もう教える事ありませんから!教えを請われても斬撃を飛ばすなんて事出来ません!』なんて言われた様な気がする」

「斜め下どころか明後日の方向だったぴょん!?」

「『そもそもあなた瞬間移動出来るのにこれ以上鍛えてどうするんですか!?』とも言われた。()り足を早くして移動しただけなんだけど」

「常人の理解を超えた技術を既に習得してるぴょん!?」

「自称『道場一強い人』とか『師範代』に勝負を挑まれたけど、自称だったし弱かったから多分違うだろ」

「それ単に弱いんじゃなくて司令官が強すぎるだけだぴょん!」

「う〜ん……そうかぁ?」

 

提督は卯月の指摘に疑問符を浮かべ、確認するように指折り数え始める。

「マスターアジア提督やゼンガー提督相手だと勝てないしなぁ……」

「比較対象が明らかに人外勢!」

 

 

改めて卯月は頭を抱えた。

この司令官、理想が高すぎて自分の強さが理解出来てないアホだった……!

「そもそも軍隊形式じゃダメダメだったのに、武術習いだしたら尋常じゃなく強くなるっておかしくないかぴょん!?」

「いやどうも俺、強制的に鍛えさせられるとストレスで身体がボロボロのなるらしくて」

「繊細か!」思わず素で突っ込む卯月。

 

けふんけふん……と咳払いをして先ほどの失態を誤魔化した卯月は、気をとり直して指摘した。

「まあ軍隊形式の鍛え方と普通のトレーニングに差異が出るのは……百歩譲って良いとして……」百歩譲って、の所で苦虫を噛んだ様な面持ちになりながらも話を続ける卯月。

「それだけの技を習得してなお、素人って言うのはやっぱりおかしいって思うぴょん」

 

 

本人曰く『凄い摺り足をしているだけ』と言っていた摺り足の極限技【縮地法】。

視線誘導や相手のリズムを崩す事で、自身の有利な状況を作り出す【拍子崩し】。

踏み込みの極地にして基礎の【震脚】。

 

 

卯月が把握している技のレパートリーである。

それは素人目の卯月でもわかる程の完成度。明らかに素人が扱えるレベルのものではなく、常軌を逸していた。

 

「ふむ………………」

卯月の混じり気のない真摯な瞳に、提督は考える為沈黙した。

時間にして10秒だろうか20秒だろうか?それは5分の様にも思える。

やがて提督は、「理由は二つある」と(おごそ)かに口を開いた。

 

 

 

「一つは俺が武術に向かない、と指摘された事だ」

「武術に向かない?」

「刀の爺提督に一度指南を頼んだことがあってな。その時ボコボコにされて断られた後に言われたよ」提督は当時の事を懐かしみ目を細めた。

 

「『貴様は戦いも武も向いておらん。その様に疲れ切った[体]では武を体現できぬ、[技]は身についておるようだが半端にしか習得出来ておらんし流派すら極めておらん、何よりも[心]が死んでおる!武をやめよ!提督業もやめろ!』ってな」

「酷い言われようぴょん」

「酷いのは俺の方だ」提督は自嘲した。「やめろ、言われて結局やめることが出来なかった。つまり人間の屑、と言うことだからな」

「………………」

 

「二つ目の理由は、任務に失敗したことだ」

「任務に失敗?提督の職務でぴょん?」

「いや、そっちじゃない」提督は否定する。

「軍人の真似事をやらされてな。とある軍需施設に侵入ないし制圧する任務だ。確か受けたのは4年前の丁度この時期だった筈だが……」

「侵入制圧任務?」何故?と首を傾げる卯月。

「どうも俺が生半可に武術を嗜んでるのが噂になっていてな。それが軍のお偉方に変な感じに伝わったらしい。勝手に任務に抜擢された」

「色々言いたい事があるぴょんが……」いや道場練り歩いてトラブル起こしてればそりゃ噂になるし魔法じみた武術を生半可って評するのもどうかと思う……という言葉を呑み込んで卯月は尋ねる。

「司令官は海軍提督……つまり艦娘を指揮する事が本業で、そんな任務を行う必要も無いし、命令される事もないハズぴょん。どういう事ぴょん?」

「俺にもわからん」提督は首を横に振る。

「ただ、書類は何処からどう見ても正式の物だったし、『任務に失敗した場合、貴殿には提督を辞職して貰う。また任務を全うしなかった場合も失敗とみなす』って言われてな。拒否権は無かったんだよ」

「………………」

「まあ辞めたら無職で首くくらなきゃならんかったし、やらないで辞めるよりはマシか……って考えて受けたんだが」

ただでさえ老け込んで渋面に見える提督の顔が更に渋くなった。

「俺の侵入でいきなり警備に引っかかって侵入していることがばれた。制圧対象の敵がワラワラ出て来るわ、最悪な事に他に侵入してる部隊と連携が取れなくなってな。一人で逃げ回りながら対処してたらいつのまにか作戦がおわってて、参加してたメンバーから白い目で見られてキツかったよ」

よほどトラウマじみた経験だったらしい、提督の顔は相当量の苦虫を嚙み潰した物になっていた。

卯月はうーん……と唸りながらもフォローした。

「まあ、本職でも無いし、慣れない仕事で成功させろって言うのが土台無理な話ぴょん」そう言ってカップに口を付ける。

「敵味方からヤジが飛んでた事を今でも思い出す……」

提督は瞑目して当時の事を思い出す。

 

 

「『トンファーなのにキックかよ!?』」

ブーーーーーーーーーーッ!

口に含み始めた紅茶をカップに噴いた。

「エホッエホッ…………自分の人生が進退極まった状況で何持って来てるんですか貴方は!?」思わず素に戻る卯月。

「いやだって刀だと殺しちゃうし」

「繊細か!?」本日二回目。

「普通アサルトライフルとか拳銃ですよね?!選りにもよって近接の打撃武器何ですか!?死ぬ気ですか!!??」

「いや銃火器はどうしても慣れなくて……下手すると味方撃っちゃいそうだし、どうせ誤射で撃つなら撃たれた方がまだマシかと思って」

「変な方向で優しすぎる!」

「その後味方から『お前とはもう関わりたくもない』なんて言われたよ」

「残念でも無く当然!」

本格的に気管支に入ったらしい。激しくむせ始めたので「ああ、背中さすってやるから落ち着け」と言いながら提督は卯月の背中をさすり始めた。

 

 

 

「という事で、だ」

咳き込んだり突っ込んだりして疲弊した卯月がようやく調子を取り戻した頃合いを見計らい話の纏めに入った。

「一つの流派も極めていない半端者、過去にやらかした赤っ恥で一介の武芸者を名乗る事が出来ない。いや、名乗ってはならない。他の武芸をやってる人間に対して失礼に当たるからな」

素人と言ったのはそう言う事だ、と独り言ちる(ひとりごちる)様に言う提督。

「うーん、まあ……そんなギャグみたいな事してたら確かに名乗れないぴょん」

うむむ……悩む様に返答した卯月ははた、と何かに気付いた。

「そう言えばぴょん司令官」

「ん?なんだ?」

 

「任務で失敗したって言ってたぴょんね司令官。失敗してたならどうして提督を続けてるぴょん?まさか作戦自体は成功したからとか?」

「それがわからんのだよな」提督は遠い目をしながら言った。

「作戦と任務は別物だ。『貴殿の任務は敵に見つからず侵入する事、そして制圧部隊の援護をする事だ。作戦が成功したからと言っても任務が失敗したら意味がない』って確認は取ってたし、そこは間違いないはずなんだ。ただ……」

「ただ?」

「作戦終了後、上層部が一週間ゴタついてたのを覚えてる。作戦と任務の成否に関して打診したんだけど『忙しいからもう少し待て』の一点張りで答えて貰えなくてな。結局正式な辞令すら下りずにそのままだ」

「どう言う事ぴょん?」

「分からん、と言っただろう……噂だと『伝説の暗殺者、(シャドウ)が現れた』だの『上層部にいた過激派が提督職の誰かを殺そうとしていた』っていう話はあったが、どれも眉唾もの、情報も錯綜し過ぎてどれが本当の事か分からん。まあ何にせよだ」

提督は冷めきった紅茶を(あお)り一息つくと、断言した。

「俺という大馬鹿がやらかした事実に変わりはない」

「…………」

 

 

 

「さて、話は終わりだ。そろそろ会議の時間だし出てくる。食器は後で片付けておくからそのままで良いぞ」

やや気まずくなった雰囲気を払拭するように、軽い調子の声で話を切り上げた提督。

ソファから重い腰をあげそそくさと執務室から退出しようとした。

 

 

「司令官、一つ言っておく事があるぴょん」

退出間際引き止める形で提督に卯月の声が掛かる。

「何だ?」

 

「過去を悔いるのは仕方ありませんが……ご自身をいたぶり、否定して良い理由にはなりません。私達が尊敬している提督像まで否定するのはやめて下さい」

「…………」

「どうか……どうかご自愛なさって下さい」

「……善処しよう」

そう言い残すと、提督は執務室を退出した。

 

 

「……まあ、前よりはマシになったぴょんか……」

いつもの態度に切り替えた卯月は嘆息した。

提督に就いて1・2年目なら「向いてないからやめる」「上層部に辞職願い出してくる」と返答していた所だろう。大分成長はしている、と思う。

ケーキを一口二口含みながら提督の話を思い返す。

 

唐突に命じられた侵入制圧任務。

一介の提督が行うには不相応、拒否権もなし。謎の暗殺者(シャドウ)の存在、提督の誰かを殺そうとしていた。

もしかして司令官は……偽の任務で上層部に殺されかけた?もしくは伝説の暗殺者に……

 

 

「………………」

考えれば考えるほど興味が湧く。

湧いて出てきた物はしょうがない……卯月は執務机にあったPCを秘書艦権限で立ち上げ操作する。

「ええと……4年前のこの時期で……それらしい任務記録は……」

検索結果は秘書艦権限では見られない機密事項のものばかり。となると……

「任務じゃなくて事件で検索……」

あった。二件ヒット。

一つは上層部の一部過激派が暴走。任務途中の『事故』によって提督を暗殺しようとしたが未遂に終わった、という物。

もう一件は……

(シャドウ)……」

とある艦娘の研究施設で違法な研究がある、もしくは違法な兵器を有している、というタレコミがあった。海軍はこれを黒と判断。

部隊を派遣し調査ないし施設の制圧に向かった。しかし……

「内部の施設の8割が既に制圧されていた……?」

突入する頃には兵器並びに武装した兵士が全て無力化されていたという。重軽傷者は多数、しかし死者数ゼロ。

施設敷地内にて、実行犯と思しき黒ずくめの人物に接触。捕縛を試み掛けた時には遅く、まるで影に溶け込む様に闇に消え去った。

 

「悪夢の様な手際の良さと尋常ではない強さから、対象のコードネームを『シャドウ』と呼称……」

 

以後、多数の事件にてその存在が目撃されており、海軍社会の闇を暗躍しているのだろう……と情報はそう締めくくられていた。

 

「正に漫画やアニメの様な話ぴょん。それにしても……」

暗殺疑惑は置いておくとして、提督が制圧任務に参加していた話と事件が符合する。

となると制圧任務に強制的に参加させられた、という話は本当の様だ。

後はどういった理由で上層部が提督を任務に選んだのか?しかし情報が足りなくてこれ以上はわからない……

 

「謀略が立ち込み過ぎてうーちゃんの頭おかしくなりそうぴょん……うん?」

ふと、一文が目に留まった。

内容はシャドウの出で立ちに関して。

 

『スウェット型の防刃スーツに防弾チョッキ、頭は黒色の簡易ヘルメットと簡易マスク。武装は日本刀、針、時には無手と多岐に渡るが、この時は肘丈長さの棒を二本使用していた』

 

 

 

肘丈長さの棒→トンファー。

『他の部隊と連携が取れない』『一人で逃げ回りながら対処した』

→手違いで先に侵入、一人で制圧。

 

 

 

答え……

×提督が暗殺者に狙われていた

〇提督自身が暗殺者

 

 

 

「本当に頭がおかしくなりそうだぴょん……」

しかも殺していないのに暗殺者とはこれいかに。

卯月は残りのケーキを平らげ全て忘れる事にした。

 

 

 

 

 

時は4年前、とある夏の夜。

 

上層部から命令があった。

内容は二つ。

一つはとある施設の制圧任務。

もう一つは作戦に参加している提督を事故に見せかけ殺すことだった。

 

 

上層部が頭のおかしくきな臭い命令を出すのはいつもの事。勿論拒否権はない。

命令を受けた作戦指揮官はプランを考え実行に移した。

 

 

まずターゲットは作戦前日のブリーフィング不参加。「内容は作戦当日に伝える」とでも言っておけば怪しまれない。

 

 

作戦当日に『他の部隊が陽動を行い、貴官は単身で破壊工作を行って欲しい』と嘘の情報を吹き込む。これで『警備の厚いルートに突入する囮』の出来上がり。

捕まった所で偽の情報しか教えていないのだから情報漏洩の心配はない。拷問の過程で死んでしまえば儲け物。正に一石二鳥。

 

 

当日初めて顔を合わせたターゲットは、こちらの思った通りの間抜けだった。

暗色の防弾チョッキと防刃スーツ、マスクの備えはしているが、武装している様に見えない。

「下手すると誤射したり殺してしまうかもしれないから」

理由を聞いた瞬間堪えきれず笑ってしまった。本当に悠長な奴だ……自分自身がこれから死ぬと言うのに。

とんだ笑い話だ。

……笑い話になるはずだった。

 

 

指揮官は後悔する事になる。

作戦が始まる前に殺しておくべきだったと。

 

 

 

先にターゲットを突入させ、10分後に最初の部隊が突入。後は5分間隔で各部隊が順次突入する作戦だった……しかし作戦開始直後、監視部隊から立て続けに連絡が入り事態が一変した。

 

『ターゲット、敷地内へ侵入を確……ちょっと待って下さい、敷地内のサーチライトが消えて……暗視スコープに切り替えます!』『敷地内の歩哨が全員倒れ……!?施設内の銃声を確認!もう部隊を突入させたんですか?!』

「まだ俺は命令を出していないぞ!?一体誰が……」言い出し掛けた言葉を呑み込む。一人だけ突入したのがいる。

これでは俺が間抜けの様ではないか……!

「アルファ、ベータのチームは作戦通り突入!ガンマチームは俺に続け!」

 

動揺を怒りで塗りつぶし、各部隊に命令を叫ぶ。

「ムーブ!」

指揮官とガンマチームはガラ空きになった正面玄関から突入。

鳴り続ける銃声を頼りに施設を疾走。

銃撃でリノリウムに散乱したガラスを踏みつけ、穴だらけになったドアを蹴破った先にーーーーー

 

いた。

施設の間取りでいう所の真ん中あたり、そこは庭園になっている。

軍の研究施設にしては不釣り合いな花畑があり、奴はその中にひっそりと佇んでいた。

ここまでくるのに無傷、とはいかなかったらしい。スーツの至る所が出血している。

その様相は幻想的だった……故に反応が遅れた。

 

 

「総員構え!」

「しまっ……!?」

奴に気を取られ、その奥にいた敵部隊に気づけなかった。

 

「撃てぇ!」「伏せろおおおお!」

 

命令はほぼ同時。

吹き荒れる銃声と銃弾、硝煙と何かの破片が散らばり霧散する。

 

何という失態だ。作戦に危険は付き物だが、これは酷すぎる。ターゲットに気を取られ、自ら隊員を危険に晒してしまった。

田中は無事だろうか?戸塚は?渋谷は?全員が無事である事を祈り、同時にこの状況を作った元凶を呪う。

硝煙と銃声が止んだ。顔を上げ、その元凶を確認する。

 

 

いない。

肉片だけになってバラバラにでもなったか?それとも花畑に倒れ死体になっているのかもしれない。

いやそんな事はどうでも良い。早く部隊を立て直し迎撃しなければ。

この悪夢の様な状況は一刻も早く終わりにしたい。

いや、悪夢だろう。悪夢でなければおかしい。

 

 

 

敵部隊が化物を倒した、と快哉の声を上げている。

 

気を抜くな、と敵の指揮官が叱咤している。

 

その敵部隊の中に。

 

 

 

元凶(ばけもの)が自然に紛れている事に誰も気付いていないのは、悪夢と呼ばずなんと呼べばいい?

 

 

 

バコン、と軽い音が発せられ敵の一人がうつ伏せに倒れる。

何かの拍子に転んだか、と敵の一人が駆け寄った瞬間、その背後でもう一人が倒れる。

後ろだ!と敵指揮官が銃を構えた真横でまた一人。

恐慌状態に陥った敵の1人が銃を乱射する。

その真横にいた敵兵士が急に態勢を崩し、銃弾の餌食になった。

 

 

指揮官は目の前で起こる非現実的な光景に混乱しながらも疑問を抱いた。

敵部隊が恐慌と混乱状態に陥った事にではない。

殴ったり足を引っ掛け転ばせ、同士討ちを誘発させ続けている化物に、誰も気づけていないことにだ。

 

まるで、その姿を視界に入れない様にしている様な……いや待て。

 

「そんなバカな……奴は視線を誘導し、常に死角に移動して姿を消しているとでも言うのか!?」

 

十数人分の視線を音や反応で誘導・操作。音もなく死角に移動し攻撃を加え、次の死角へ。

現実的ではない。しかし夜闇と硝煙、暗色の装備と尋常ではない動きがそれを可能にした。

その動きは影のよう。敵兵士の背後へ横へ、現れては消えていく。

 

敵の1人がようやく化物の姿を捉えたらしい。「そこだ!」と裂帛の気合いとともにナイフを振るう。

化物の手が不自然なほど伸び、ナイフを打ち払う。その勢いのまま敵兵士を蹴り倒した。

トンファーなのにキックかよ……という声が聞こえた気がした。トンファー?

 

 

指揮官の疑念を余所に、敵部隊の数は減っていく。

最終的に弾を撃ち尽くしたのだろう、最後の1人がナイフを振り回し応戦しようとしていた。

いや、それはお世辞にも応戦とは呼べない。顔は恐怖に強張り、口を泡だらけにしている人間の応戦……もとい抵抗は、化物の掌底によって幕を閉じた。

 

 

 

「何が起こったんですか隊長……俺、頭がおかしくなりそうです」

「……おかしいのは元からだから気にするな」

軽いジョークで平常心を取り戻す。他の隊員は軽症で済んだ様だ。無事を確認して視線を戻し……奴がいなくなっている事に気づく。

いや、いた。

丁度指揮官の死角に。初めからいたかのように、影の様に立っていた。

 

ここで指揮官の思考が加速する。

勿論、目の前のコイツを殺せるかどうか、だ。

 

ライフルの早打ちで殺す?

無理だ……絶妙な間合いにいる。よくよく見てみれば暗色スーツと同色のトンファーを持っていた。構えた瞬間打ち落とされるのが目に見えてわかる。

 

友好的な態度をとりながら拘束、そのまま部下に殺させる?

これも無理だ。自然体で有りながら隙がない。不審な行動を少しでも取ればすぐに対応されてしまう。何より、部下達はこの化け物の気を呑まれてしまっている。確実に失敗するだろう。

 

なら、俺自身が相打ち覚悟で行けば……

いや……

「割に合わなすぎる……」

「…………?」

ここで化け物が首を傾げる仕草を見せた。

なんだ、化け物かと思えば人らしい部分もあるじゃないか。妙な安堵を覚えた。

 

 

「貴官の任務はここまでだ。別働隊が破壊工作を完了させている事だろう。結果は追って伝える」

そう言いながらアサルトライフル肩に担ぐ。

急に風が吹き、目を(ねぶ)った。

たまらず瞬きすると、奴は消え去っていた。

風に乗って消えてしまったか、それとも闇夜の影へ消え去ったか。

「化け物め」

指揮官吐き捨てる様に言った。

 

「貴様とは、もう関わり合いたくも無い」

 

 

           完




補足

卯月の好み……そこそこ鍛えている筋肉の持ち主は今のところ提督だけです。

縮地法について……本来の縮地法は膝抜きという特殊な動作から派生する技術なのですが、提督は便宜的にそう名付けています。


なんで本人がシャドウだと認識してないの?……アインハルト提督は自身の事を「凄くない」と思い込んでおり、伝聞で「凄い暗殺者シャドウ」の事を聞いても、自分の事だと思えないからです。


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