極彩色のヒーローアカデミア (家葉 テイク)
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入学試験

能力バトルが書きたくて書いた短編です。
……が、いざ書いてみると能力バトルの尺が足りなかったような。


「思えば、遠くまで来たものだなぁ」

 

 灰色の空の下。

 冬らしさを感じる冷たい風に髪を靡かせながら、私は口の中でそんな呟きを転がしていた。

 短かった髪はもう腰ほどまで伸び、当然それ以外も──。この世界に転生したときは、まさかこんなことになるとは考えてもみなかった。

 本当は、もっと平穏に過ごしてみるつもりだった。

 一人称は私に変えたし、立ち居振る舞いもがさつなものから矯正した。言葉遣いもだいぶ穏やかなものになったと思う。それも全部、この世界に、この社会に、この自分に順応する為だった。

 せっかくお上品な両親のもとに生まれたわけだし、(アタシ)のことは忘れて人並みにオシャレをしてみたり恋を嗜んでみたり──。ともかく、割り切って()()()()を生きてみるつもりだった、んだけど。

 

 

 私は(アタシ)のまま──何故か、この『雄英高校』の入学試験にやってきていた。

 

 

「見ろよあれ、『ヘドロ』のときの……」

「……バクゴーだっけ? 試験なんて余裕だと思ってたが、手ごわいライバルだな……」

 

 雄英の入学試験と言えば──その年によって毎回変わるけど、毎年ヒーローとしての資質を見るためのとんでもないものが用意されているものだ。今年は市街地での模擬戦。

 というか、私は前世でこの世界を漫画として()()()いるから知ってるんだけども。この学園の入学試験には、それはもうとんでもない『実技試験』が存在してるって。

 ──()()()()()()()()()()()()ヒーローとしての資質を見るための試験だってことも、当然。

 

 ああ、恐ろしい話だ。此処にいる学生の殆どがそういった実技試験を覚悟して此処に来ているわけなので、全員が全員、私にとっては油断ならないライバルということになる。あっちの野次馬受験生が認識できてるライバルは、バクゴー君──爆豪勝己一人だけらしいけど。

 いやあ。とてもじゃないけど、『これから一緒に試験する仲間同士正々堂々頑張りましょうね!』と声を掛けられるような雰囲気じゃないね。最初からそんなことする気もないけど。

 

「おっおっ……おぉぉおおお」

 

 前の方にいるモッサモサした髪の男子も気合が入ったのか、雄叫びみたいなものをあげていることだし。私も改めて、気合を入れて頑張るとしよう。どうでもいいけどあんまり人通りの多いところのど真ん中で立ち止まるのは通行人の迷惑だよ少年。あ、この子あれか、緑谷出久君か。

 ──なーんてことを考えつつ、私は灰色の空模様の下、葉が落ちて黒っぽい色一色の木々の間を通り抜け、雄英の校舎へと入っていく。流石は雄英。校舎は全体的に白っぽくて現代的なつくりだね。

 

 ────私こと極細(ごくさい) 志希(しき)

 ヒーローが跋扈するこの()()()()社会に転生してより一五年──ヒーローの登竜門、その入り口にようやく立ちました。

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

極彩色の

ヒーローアカデミア

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 筆記試験は、華麗に切り抜けた。

 いくら雄英高校が難関とはいえ、こちとら人生二周目だからね。あと実技さえよければ筆記が理由で落とされるなんて馬鹿な話なかろうということで、あんまり緊張とかはせずささっと終わらせた。

 このへんは考えてみれば分かる話だと思う。たとえば実技が最強な受験生を落としたとして──その結果、落とされた最強な受験生がドロップアウトしたりしたら、どうなるか。

 そりゃあ、最強な受験生は最強なチカラを持て余す。これは統計的にも確実なデータで、ヴィランになる人間の大半は何らかの理由で『一般的な社会』から落ちこぼれたり、排斥された存在なのだそうだ。

 

 ヒーローを輩出する機関である雄英がその敵たるヴィランの発生の一助になるような構造を許容するはずもなく、実技試験優秀者かつ筆記試験の関係で不合格者となったりした『特殊な不合格者』は別の学園のヒーロー科への推薦入学資格を得られるのだ。だから、極論を言えば実技で結果さえ残せば筆記なんてゼロ点でもいいのである。

 ──『()()()()()()()()()私とは別に関係のない話だけど、筆記試験なんてあんまり気にしなくていいというのはそういう事情もある。

 

 で、今は待ちに待った『実技試験』なわけだけど──まぁいることいること。髪の色だけ見ても白黒灰色とカラフル極まりない個性的な受験生たち。

 筆記試験が終わった後は準備体操だの身支度だのをするためにこっち──試験会場であるレプリカ都市に移動した後三〇分ほどの時間が与えられていたんだけど、多くの学生は緊張して気が逸っているので全体的に手持無沙汰な子が多い気がする。

 今は遠くに見えるタワーのような場所で何やら準備している(目が良い個性の人・談)らしい試験監督のヒーロー待ちだ。やる気マックスだが何もやることがないというので、周りの浮足立ちようといったら、それだけで空を飛べそうなレベルだよ。

 かくいう私も、わくわくしてなんだか年甲斐もなく全体的に気が気じゃない。遠足の前日夜になかなか寝付けない子どものような気分だ。

 

「…………なあ。アイツ、中学の制服で挑むのか? 雄英の試験に?」

「よっぽど個性に自信があるのかね。油断してるようなヤツは足元掬われると思うが」

「つか、その前に俺らはバクゴーと一緒の会場だからな……。呑まれねぇようにしねぇと」

 

 あ、なんか私の話をされてる気がする。

 というのも、私の今の服装は中学の制服──長袖のセーラー服に同色のミニスカートなのだ。自前で(あつら)えた個性に合った恰好(ユニフォーム)がメインなほかの受験生とは全然違う。

 流石に足元が革靴(ローファ)だと厳しいのでそこはスポーツシューズだけど、よく見てない連中からすればかなり奇異な格好に映るかもしれない。ただ、正直私の個性って地味だし。何着てても大してパフォーマンスは変わらないんだよね。

 それに何より、私に特別『動きやすい服装』なんて存在しない。それなら、変な恰好するよりかわいいセーラー服着てる方が見る人にとっても目の保養になるってものだろう。

 

『はい、スタートー!』

 

 と、ぼんやりと自分の恰好を再確認して呑気していると、不意にマイク越しの声が聞こえた。試験監督の──なんて言ったか、確かボイスヒーローのプレゼント・マイクだっけ。あっさりしたスタートだなぁ。

 で、開始の合図があったので私はとりあえず通路脇に移動しておく。

 いやだって、試験開始直後ってみんな体力が有り余ってるわけじゃん。パワータイプいっぱいな人間集団弾丸ライナーに巻き込まれたら、テクニック派の私はどうしても埋没してしまうので……。

 それに私の『必勝法』に一〇秒や二〇秒の遅れは関係ないのだ。

 

『──どうしたぁ!? 実戦でカウントしてもらえると思ったら大間違い!! お前ら雄英に受かりたいんだろ!? それならなおさら──もっと向こうへ(Plus_Urtla)!! 試験はもう始まってるぞぉ!?』

 

 あ、しびれを切らした。

 そして我に返った受験生諸君が走り始めた。いよいよ試験も始まったって感じだなー……。

 

 …………ああ、楽しみだ。()()()()()()()()、この受験の結果で私の人生は大きく変わる。

 

 ただ、今はとりあえず『既定路線』の方が目標なんで──、

 

「私も、行こうか!」

 

 気合を入れる意味も込めてぐっと腹に力を込めて言うと、私は()()()()()()()()()()

 もちろん、ぱっと見て分かるような段差があったりするわけじゃない。精々、ちょっとした割れ目みたいなものがあるくらいだ。でも、

 

「よっ」

 

 そんなこと関係なしに、私は壁を駆け上がる。

 ──ちなみに、私の能力、もとい個性は『無重力』とか『重力操作』とかではない。もっと地味で、チャチで……それゆえに他者からしたらどうしようもないんだけど。

 

「ふうー……」

 

 無事に壁をさっさと駆け上がり、ビルの屋上まで三〇メートルの直上ダッシュを決めた私は、屋上の眺めを楽しみながら周囲を見渡す。

 

 この実技試験のルールは簡単、街中に登場する仮想ヴィランを退治するだけ。

 仮想ヴィランには四種類存在し、それぞれの攻略難易度に応じてポイントが設定されている。四種類のうち一つは『デカいくせにポイントは低い厄介お邪魔キャラ』という扱いになっていて、避けるのが定石。

 あと前世の知識によれば裏で救助活動(レスキュー)ポイントとかいうのも加算されてるらしいけど、私には関係ない話なのでスルー。

 

 ああ、楽しみだ。

 これから私は多分()()()()()()()……。

 

 生を実感できる。

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

「どういうことですか」

 

 旅人の纏うショールのようなものをコスチュームにした男が、静かにそう詰問した。

 彼の手には、一人の少女の履歴書がある。

 彼は粗雑に伸ばされた前髪の隙間から履歴書の顔写真に視線を落とした。その少女の()()を思い返しつつ、次の言葉を紡ぐ。

 

「なぜ彼女に──試験を受けさせたのですか」

 

 彼の持つ履歴書には、『極細志希』という名前が記されていた。

 

「なぜって──受験生だろう? どんな理由があれど、拒絶するなんてアンフェアな話はないじゃないか! どんな個性でも大歓迎!! それが雄英ってもんだろう!」

「ハァ──そうか。関連事件に疎いヒーローは知らないんですか」

 

 互いの顔すら見えない暗がりの中、別のヒーローに言い返された男──相澤 消太は、一度嘆息してからさらに続ける。

 

「率直に言って、彼女は危険ですよ」

「危険? そんなの個性によっては誰だって……」

「危険なのは個性の問題じゃない。個性自体は、むしろ平凡……問題は彼女の素行にあります」

 

 相澤が手に持った端末を操作すると、試験の現状を映し出すモニタの一つに極細の顔写真と過去の()()が映し出された。

 

「ビル最上階からの飛び降り一二回、車道への飛び込み八回、トラックとの事故一回。そのあと叩きこまれた精神病院の窓からも飛び降りを敢行した後、一年半の()()を経て退院。一連の騒動で両親は離婚し、母は体調を崩し──事件の特殊性を鑑みて、彼女は特例として両親健在でありながら孤児院に入れられました。──全て彼女が小学校に上がる前の話だ」

 

 その事実が示すのは、端的な事実。

 つまり──病的な自殺願望所持者(スーサイドドリーマー)。確かに、ある意味において彼女の来歴は異常と表現するほかないだろう。だが、雄英の講師陣はそれでもなお、彼女の『ヒーローになろうとする』意思を否定しようとはしなかった。

 

「そ、れは……確かにすさまじいが」

「でも、今は問題行動もないんでしょ? 治療を経て退院──つまり今は快癒してる。個性に目覚めた後は精神的にも不安定になるというし、その時期のことを以て受験すらシャットアウトするのは、」

「今挙げたあらゆる自殺未遂の結果、ただ一度の負傷もなかったとして──同じことが言えますか?」

 

 相澤の一言に、今度こそその場にいた講師陣の全てが絶句した。

 

「『快癒』? それは間違った認識だ。彼女は、()()()などいませんよ。ただ『反省』しただけです。『人目につくやり方では()()()()する』、と。社会と折り合いをつけるだけの──精神的余裕を手に入れただけにすぎません。きっと裏では今日に至るまでもっと危険なことを──」

「待て! 待て待て待て。落ち着け落ち着け」

「相澤君。キミの言い分は分かったけど……どうしてそこまで? 入れ込みようといい、知識の量といい……」

「…………彼女とは、浅からぬ『縁』があったもので」

 

 相澤は苦々しい表情を浮かべて、暗がりから返ってきた言葉に返答する。

 その表情は、曲がりなりにもプロのヒーローが少女の幼少期の行動に対して浮かべる種類のものではなかった。

 

「彼女の住まいは、私の事務所の近くでしてね。当然彼女の自殺未遂──いや、『性能確認』の何度かは、私が救助に向かいました。……結局、止められたことは一度もありませんでしたが」

 

 相澤の表情に一瞬だけ悔恨の色が滲んだのは、それが彼の本音でもあるということなのだろう。畏怖しているような物言いだが、その根底にあるのは『止められなかった』ことに対する後悔。それが彼の優しさでもある。

 

「彼女の個性は──『精密機動』。自らの全身を、電子顕微鏡レベルの精密さで操作できる個性です。壁のわずかな切れ目や凹凸に重心をかけて壁歩きができるほどに、『精密さは天下一品』ですが──派手な現象は生み出せない」

 

 精密機動──それが、極細志希の生まれ持った個性だ。

 積み木をどれだけ高く積み上げられるかとか、舌でサクランボの枝を結べるかとか──そういう次元の話ではない。彼女がやろうと思えば、投げた後のダーツの後部に後からダーツを投げるだとか、人差し指で何個もお手玉をしたりだとか──そういう人間離れしたこともできる。

 ただ、それはあくまで『隠し芸』レベルの運用でしかない。

 常人であれば精々『物理的に可能な芸当であれば何でもこなせる』程度でしかないその個性で、彼女は明らかに異常な実績(トロフィー)を獲得していた。──そう。

 

「ビル──地上五〇メートルからの自由落下。トラック──重さ二トン時速四〇キロの物体との正面衝突。彼女はこの個性を使って、数々の危険な『自殺未遂』から生還しました。つまり、それだけの『応用力』を彼女が有しているということです。彼女に試験を受けさせるのは危険です。何をしでかすか分かったものじゃない」

「ううむ……。確かに異常な来歴だけど、入学を危険視するほどの個性じゃないんじゃないかな? 相澤君、キミの気持ちも尊重したいけど、それだけでは……」

「──ああ、違います。私が言いたいのは『彼女の受験資格を取り上げろ』という話ではありません」

 

 相澤は暗がりの言葉を聞いて、静かに首を振った。

 そんなことは問題ではない、とでも言うかのように。むしろそんなことは絶対してはいけない、とでも言いたげに。

 

「私は逆に──彼女を『推薦入学枠』に入れるべきだと進言したい。今からでも遅くありません。彼女の試験を中止し、すぐに合格扱いにすべきだ。でないと──試験の構造が根幹から崩されかねない」

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 試験時間残り五分。

 ビルの屋上から試験会場全体の様子を確認していた私がいい加減暇になってぼーっとしていると、突如目の前のビルが破壊され、中から巨大ロボットが出現した。

 ……来た来た、来た来た来た! これを待ってたんだ!

 漫画で読んだ『本来の流れ』的に、この会場に緑谷少年がいたら最悪だったけど……その点は受験生の証言でクリアしている。

 

『つか、その前に俺らはバクゴーと一緒の会場だからな……。呑まれねぇようにしねぇと』

 

 爆豪と緑谷は同じ中学校の出身。試験では同じ中学校の出身者は共闘防止の為別会場に割り振られる(と思う)から──此処に緑谷はいないことになる。

 一応、その危険性を万が一にも排除するため、今までビルの屋上から確認していたけど──ロボから逃げ惑う哀れな少年は見つからなかった。なので、よほど彼か私の運がないわけでもない限りブッキングについては大丈夫だろう。

 つまり、そう。

 これで私の『必勝法』は完璧になったということだ。

 

「よっ──さあようこそ、私の居場所っ!!」

 

 とん、とビルの屋上を蹴っ飛ばし、転落防止用の柵を飛び越えて、私はビルから飛び降りる。

 当然私の身体はスカートを派手に巻き上げながら自由落下を開始するけど──この程度は慣れたルーチンだ。手順を間違えることもない。

 

 私は落下しながら、懐に手を突っ込む。

 といっても、別にこの極限状態で身体をまさぐる趣味があるとか、そんな話ではない。私が懐に手を突っ込んだのは──これを取り出すため。

 鞭。

 別にそれ自体は特注品でもなんでもないただの鞭。長さはざっと三メートルとかなり長めではあるが、材質は何ら変わらない。私がこれを取り出した理由、それは──この場から『生還』するため。

 

「──しッッ」

 

 空中で、私は鞭を振るう。通常であればそれは無意味でしかないだろう。文字通り空を切り──それで終わり。

 しかし、今回はそうならなかった。

 バシィイン! と鞭が空気を叩く音が響き、同時に私の身体の落下速度が明らかに低下する。

 空力ブレーキ、という減速方法が存在する。

 主に高速で動く物体を適切に減速させるために、空気抵抗を利用して減速を行う手法だけど──別に、高速じゃなければ使えないというわけでもない。

 でもこれ自体には、特異な何かが関わっているわけではない。私はただ私の持つ個性を文字通り『振るった』のみ。これはごく単純に、振るった鞭が音速を大きく越え、空気の壁を叩いたことで衝撃波が発生し、その空気の波の抵抗で私の落下速度が落ちたという──それだけの話だ。

 

 鞭を振るうのに、力は要らない。

 

 必要なものは、鞭が(たわ)まないように正確無比な動きで腕を動かす精密さ。必要なものを必要なタイミングで必要なだけ振るえば、遠心力というどこにでも存在する力は、空気の壁を叩くことすらできるくらいに積みあがる。

 不可能だと思うだろうか? 確かに常人には不可能だろう。

 落下しながら三メートルもある鞭を撓ませずに振るうのも。その鞭が音速を越えるのも。よしんば超えたとしてきちんと減速に寄与できるようなタイミングで音速を越えさせるのも。そしてそれを何度も繰り返すのも。でもそれを可能にするのが、私の個性。

 『精密機動』と、私はこの個性をそう呼んでいる。

 そしてその能力は文字通り、『精密な機動』だ。電子顕微鏡レベルの精密さで、全身の動きを任意に動かすことができる。随意運動だろうと不随意運動だろうとこれは同じで、やろうと思えば私は心臓の鼓動すら自分でコントロールできる。やる意味があまりにもないからやらないけど。

 そしてこの能力を適切に使えば──三メートルの鞭を撓ませずに振るうことも、力の伝達をスムーズに行い音速を越えさせるのも、そのタイミングを微調整するのも、全てが可能になる。

 で、その衝撃の反動を上手く使って落下速度を緩めることも、当然可能というわけだ。

 

「……おっと、しまった。パンツ全開だったねこりゃ」

 

 上手く着地し終えた、そのあとで。

 思わぬサービスシーンにちょっと焦りつつスカートを整えていると、ちょうど近くにいた受験生たちが目を丸くした。

 

「うわっ!? アイツ今ビルの屋上から……」

「なんかの個性だろ、風か重力でも操ったか?」

「んなこと気にしてる場合かよ! いいから逃げろ逃げろ! あんなのと戦っても得なんか一個もねぇよ!」

 

 残念、大外れ。

 ちなみに、私の個性は『増強型』だ。ただし増強するのは膂力や頑丈さではなく『精密さ』だけどな。

 

「うんうん、それでいいそれでいい。此処から先は私のお楽しみだしね」

 

 言いながら適当に鞭を振るい、それから私は、巨大ロボットを見上げる。

 いやあ、本当にデカい。それこそビルよりデカいぞ。どうやって隠れてたんだお前は。

 

「何してんだお前!? 早くしねェと圧し潰されっぞ!?」

「手出しは無用だよ。これからがいいところなんだ。萎えることしないでね」

 

 後ろから威勢のいい声が聞こえてきたので適当に牽制しつつ、私は山でも見上げるみたいに巨大ロボットを見る。

 さて──さてさてさて。ここから先はただ迫ってくるだけのトラックや自由落下とは違う。頭の悪い木っ端犯罪者やチンピラとも違う。失敗すれば最悪、死だ。

 分かってるのかい、極細志希。此処は生きるか死ぬかの瀬戸際なんだぞ?

 

 灰色の色彩の街並みの中、真っ黒な巨大ロボットと向き合いながら、私は静かに自問する。

 そしてその問に自答する前に、相手の方が動いた。

 

 腕を振るときの風切り音。

 

 それ自体が暴風となり、騒音となるようなスケールの一撃が、私に振り下ろされる。然る後、地面をも破壊するような衝撃が私を貫────、

 

 ()()()()()

 

 私はその瞬間、あらかじめ道路脇にあるイミテーションの標識に巻き付けておいた鞭を引っ張り、ロボットの一撃を間一髪のところで回避していた。さっき牽制を入れた少年に話しかけられる直前、鞭を振るったときに巻き付けておいたのだ。

 このやり口も、トラック相手に何度もやっていたから慣れたものだった。精密に鞭を振るえるということは、鞭の扱いも計算したとおりに行えるということ。既に私にとって、鞭は自分の腕のような感覚で自在に操れるのだった。

 

 ただし。

 

 敵の攻撃力は私の想像以上に高く──回避したとしても、その余波だけで殺人的な威力だった。結果として、飛び散った瓦礫の一部が私の腕を掠め──セーラー服の袖がえぐり取られるように一気に破ける。それだけでなく、その下にある私の腕にも何本もの切り傷が生じた。

 もしも少しでも回避が遅れていれば、瓦礫は私の腕を完璧にもぎ取っていただろう。いや、悪くすれば胴体にあたって……そうなれば、死んでいたかもしれない。

 

「──あはっ」

 

 そのとき、私は見ていた。

 自らの肌に残る、毒々しい赤のラインを。

 真っ黒いロボットに、灰色の街並み、真っ白い私の肌──その中で燦然と輝く、真っ赤な祝福の証を。

 私の身体にうっすらと浮かび上がった、このいとおしい痛みの痕を。

 

 ──目の前に確かに残された、死という終わりの足跡を!

 

「あぁああぁぁあああ…………アハハハハハハハハハハ!!!! 失敗したァ!! やっぱダメかァ! そこらにいるチンピラや犯罪者とは脅威の規模が違うもんなァ!!!! あはは……死にかけたね、今(アタシ)、死にかけたね!?!?」

 

 ああ。間違いなく私は、(アタシ)は今、死の淵にいた。少しでも能力の加減を間違えば、叩き潰されたカエルよりも悲惨な末路を辿っていた。

 危ないなぁ怖いなぁ痛いなぁ泣きたいなぁ死にたくないなぁ生きたいなぁ。楽しいなぁ。素晴らしいなぁ。────生きてるって、最高だなぁ!!!!

 

「まだまだ、まだまだまだまだまだまだまだ終わるなよ! ここからが一番、楽しいところなんだからさァァあああ!!」

 

 狂喜に暴れたい衝動を必死に抑えながら、(アタシ)は明確な笑みを浮かべ、鞭を振るう。

 

 

 ────そうして、モノクロだった(アタシ)の世界が、極彩色に染まった。

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

「──ふぅ、さあて」

 

 ひとしきり哄笑した極細は、そう言うとスイッチを切り替えたように冷静な表情を取り戻した。

 勘違いしてはいけないが──極細は狂人ではあっても、愚か者ではない。目の前の存在が自分に対して明確な『死』を齎すと分かっていて、自分の力量を見誤るようなことはしない。彼女の目的は死のスリルを楽しむことではないのだ。

 

 それに、存外現状は、彼女にとって有利というわけではない。

 むしろ極細は今、どちらかというと不利な状況にあった。

 『精密機動』は確かに便利な能力だ。だが、破壊力の限界はあくまで『人間並み』に過ぎない。彼女が鞭を操るのも『丁寧ささえあれば人力で速度が音速を越えるから』──即ち、スピードを補うため。

 しかし鞭にはパワーを補うための手段がない。根本的に、彼女の個性はこの巨大ロボットとは相性が悪いのである。

 

 だが。

 そんな圧倒的不利である状況にもかかわらず、極細は余裕を崩していなかった。

 ちなみに彼女は余裕がなくなるとよく笑う。彼女にとって『余裕がない』とは死が間近にあるということなので、即ち生の実感を得られているからだ。

 そんな彼女が落ち着きはらっているということは──彼女が『確実に死から遠ざかることができる算段』を有しているということに他ならない。

 

「流石に長丁場になりそうだな……っと!」

 

 ロボットの方も、ただひたすら棒立ちし続けるわけではない。

 かの機体は()()()()受験者にとっては回避すべきもの。つまりそう定義されるだけの凶悪さを備えているということだ。

 そしてこの場合──その凶悪さは、単純な『破壊規模』という形で極細に振り下ろされた。

 

 ズズ、ゥウウン──!! と。

 ロボットが極細の至近距離、撒き散らされた瓦礫が彼女を強かに打ち付けるような位置にその腕を振り下ろす。

 その瓦礫の散弾をモロに浴びる場所にいた極細はしかし、その直前に障害物に巻きつけておいた鞭を引っ張って緊急回避を行い、今度は無傷でその攻撃を潜り抜ける。

 余波と共に瓦礫が飛び交い、彼女の鞭が自分にぶつかりそうな瓦礫をどこかへ弾き飛ばし──しかし、ロボットに対する有効打にはならない。

 

 その後一分。

 

 ロボットと極細の攻防は、ロボットが腕を振り下ろし極細が回避するというやり取りに終始した。

 傍目から見れば、そのやりとりは攻め手に欠ける極細がロボットに対して攻めあぐね、じり貧になっている様子のように見えたかもしれないが──。その考察が間違いであることを、監視ロボットを通じて戦況を見ていた雄英の教師陣は知ることになる。

 

「はい、準備完了」

 

 そう言って、ロボットの攻めの合間に極細が鞭を振るう。

 彼女の振るう鞭は彼女の力でも弾けそうなサイズの石を吹っ飛ばし、その石が器用なことにロボットの進行方向脇にある瓦礫の山の石の一部に衝突した。

 変化は、それだけにとどまらない。衝突した石がごろりと動いた瞬間──まるでドミノが倒れるみたいに連鎖的に、岩山が崩れだしたのだ。

 

 そしてその岩山だった瓦礫たちは、ロボットの足元へと転がり込んでいく。当然、ロボットは警戒対象としてターゲットされた極細本人とは全く関係のない所で発生した事態を即座に感知することはできず──。

 ゴリッ、と。

 体重をかけた足の真下に無数の石が入り込んだことで、面白いくらい簡単にバランスを崩した。

 

「いやあ、ロボットって言ってもプログラムが単純で助かるね」

 

 ロボットが傾いだのを見て、極細は楽しそうに笑う。

 

「回避さえ完璧なら、私の『精密さ』で下準備をし続けることだってできる。この場合、逃げつつ瓦礫を弾き飛ばして『瓦礫の山』を作らせてもらったよ。キミが足を取られるような形で崩すためにね」

 

 そう。極細が崩した瓦礫の山は──そもそも戦闘中に彼女によって作られたものだったのだ。

 戦闘中に幾度も極細が瓦礫を弾き飛ばしていたのは、自衛のためだけではない。そうした瓦礫を弾くことで、自分のねらった位置に瓦礫の山を作ることこそ、彼女の本当の目的だった。

 全ては、瓦礫の山を崩すことで『警戒対象外』にプログラミングされた対象から行動を妨害させるため。この一分の硬直は、その糸口を作るための準備期間だったというわけだ。

 鞭で石を弾き飛ばす。そんな曲芸じみた技を以て、意思の通りに結果を齎す。──これが、『精密機動』の真骨頂。彼女に『余裕』を与えるということは、即ちそれだけ『攻め手』を与えるということでもある。

 

「まあ、これだけだとまだ作戦としては半分なんだけどねー」

 

 適当に言いながら、極細は完全に倒れ込んでビルにめり込んだロボットへ再接近を開始する。三分の一ほどが破壊されたビルに半ば埋もれる形になったロボットだったが、それでも足元に極細が接近したのを感知すると、ロボットとしての本能に従い行動を再開する。

 即ち、敵対対象への攻撃だ。

 だが、それは諸刃の剣でもある。ビルの質量と頑強さは、流石にロボットに対しても効果をもたらす。ビルに半ばめり込んだ状態で、足元にいる極細に攻撃を行おうとすれば──当然、さらにビルは崩壊する。そして無茶な体勢でビルの崩壊の余波をゼロ距離で受けることは、ロボットに対してもダメージを与えるのである。

 これが、破壊力に乏しい極細の作戦。自分がロボットに傷をつけられないならば、ロボット自身に墓穴を掘ってもらえばいいのだ。

 

 もっとも──。

 

「アッハハハハハハハ!! 崩れてきた崩れてきたァ!!」

 

 その崩壊を『真下』という最悪の危険地帯で受けるリスクを、極細本人も受けることになるのだが。

 

「楽しいねぇ、楽しいなぁ!! ああ、私ばっかりがこんなに楽しんじゃって、本当にいいのかなァあ!!」

 

 極細の哄笑が、青々とした空の下で響き渡る。

 無論、狂人はこの後、最悪の危険地帯から当たり前のように生還し、愉悦の笑みを表情いっぱいに浮かべたのだった。

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

「そもそも精神病院に入れられた程度で、治るわけがないんです。何故なら、彼女は自殺志願者ではないのだから」

「……どういうことだい、相澤君」

 

 暗がりからの声には、先ほどとは段違いの深刻さが籠っていた。

 その驚きの理由はモニタに映し出された少女が巨大ロボットを真っ向から倒しかけているから──だけではなく。

 一点の得にもならないのに下手をしたら──もっとも、リカバリーガールがいるので本当に『下手をしたら』でしかないが──死ぬ危険すらある狂行を繰り返し、あまつさえその状況で『楽しくて仕方がありません』とばかりに哄笑している姿を見ているからだ。

 あの様子を見れば、まともな感性を持つヒーローならば誰でも分かる。

 

 こいつは、まともな精神ではない、と。

 

 事ここに至って、暗がりにいる雄英講師陣は相澤の言葉を真剣に聞く気になっていた。

 

「彼女は──誰よりも『生を実感したい』んですよ。つまり、生きたいんです」

「……? 生きたいから、死の危険に突っ込むっていうの?」

「そうです。以前本人から聞きましたが、彼女は言っていました。『普通にしていては、生きた心地がしない』と」

 

 普通にしていては、生きた心地がしない。

 だから死に瀕する状況を構築し──そこから生きて帰ることで、『命拾いした』という感覚を得る。言い換えれば、『生きているという実感』を得る。

 彼女の自殺未遂は全て、そこに起因しているのだ。

 

「なぜ、そうなったのかは分かりません。事件記録にも残っていないくらい些細な事件で、臨死体験かそれに近しい体験をしたのか……。なんにせよ、彼女はおそらく『死』というものを身近に感じてしまった。そしてその後の『生の実感』に魅入られてしまったんです。だからそれを繰り返そうとしている」

「…………、」

 

 もはや、暗がりからはなんの返事も帰ってこなかった。

 モニタの中ではついに巨大ロボットがダメージを受けすぎて自壊し、攻撃の途中で腕パーツが吹っ飛んでいた。

 吹っ飛んだ腕パーツはそのまま試験中の生徒たちがいる近くのビルを派手に破壊し、遠く離れた箇所で阿鼻叫喚の地獄絵図が発生する。

 

「……普段は、彼女も自制している。少なくとも表向きは。社会生活に適応しないと、最終的に自分が損をすると『学習』したからです。ですが、こういった場では……暴れても咎められない場では……タガが外れる」

 

 それは事実だった。

 実際に彼女は、ボロボロになった巨大ロボットが機械的に動けばどんな被害が発生するか──それを理解しておきながら、一切合切を無視して自分が楽しむことだけを考えている。ヒーロー志望者を選別する場であれば、そのくらいの無茶は許されると理解しているからだ。

 そこに『誰かを思いやる』という、誰しもが持つはずの社会性は存在しない。

 

「確かに彼女の個性は応用性が高い。たとえば、電子顕微鏡レベルの精密さで鞭を振るうことで、任意の場所でソニックブームを発生させたり、鞭をまるで腕か何かのように扱ったり」

 

 単なる『精密さ』だけではない応用力。

 それを目の当たりにしながら、それでも相澤は次に否定を紡ぐ言葉を口にした。

 

「ですが、それは万能ということにはなりません」

「そうだね。対人戦ではあれでも十分だと思うけど……。相性の問題だね。あの仮想ヴィランを破壊できるような攻撃力はない」

 

 対する暗がりの声は、あっさりとその言葉を認めた。

 これは道理でもある。

 精密な動きによる『万能性』は、確かに凄まじい。しかしその原動力となるパワーやスピードは、あくまで通常の人間相応のものしかないのだ。

 人間程度であれば『壊す』のはわけないかもしれない。だが、相手が巨大ロボットとなれば、当然ながらその頑丈性に攻撃が阻まれる。結果として、極細の攻撃は決定打に欠け、いくら策を弄したとしても、わずかな傷を蓄積させるに留まっている。そのわずかな傷を『精密に調整』しているから勝負になっているにすぎない。

 なおかつ、破損が発生しても巨大ロボットは機械的に攻撃を繰り返すものだから、少しずつ機体が自壊し、結果飛び散ったパーツが周囲に被害を生み出している。

 さらに悪いことに、極細はそれを織り込んだうえで()()()黙認しているのだ。

 

「…………明らかに、ヒーローとしては不適格」

 

 筆記試験の結果はよかったようだが、実技試験ではあの巨大ロボット以外に全くロボットと戦わず、そして救助活動(レスキュー)ポイントも当然ゼロ。これでは万に一つも合格はありえない。

 当然、補欠合格めいた『他の高校の推薦入学』も不可能だろう。そもそもあんな人間をほかの高校に編入させたりすれば、それこそどうなるか分かったものではない。

 だが。

 

「……かといって、不合格にするわけにもいかない」

 

 そんな極細が雄英を志望した理由を考えれば、彼女を放逐するわけにもいかなくなる。

 彼女は、『生を実感』したいのだ。

 雄英に志願した理由は、そこに繋がる道筋として最短だと彼女が判断したからだろう。雄英を卒業しトップヒーローとなれば、凶悪なヴィランと命がけの戦闘を行い続けることになる。そこに魅力を感じたからこそ、彼女は雄英(ヒーロー)を選んだ。

 逆に言えば、ここで彼女が不合格になるようなことがあれば──彼女はいとも容易く別の道(ヴィラン)を選ぶだろう。

 実技が最強な受験生を落としたとして──その結果、落とされた最強な受験生がドロップアウトしたりしたら、どうなるか。

 答えは簡単、悪魔が誕生するのだ。

 

 そしてそうなれば、雄英は悪魔の誕生をみすみす見逃したということになる。

 

 今回の試験において極細は不合格になる要素しかない。だが不合格にすれば極細は間違いなく凶悪なヴィランになり、己の快楽のために社会に深い深い傷を残すだろう。

 つまり──この時点で雄英の講師たちが取れるのは、『試験の構造』を捻じ曲げてでも彼女を合格させるという手段のみ。

 この状況、彼女は自分自身の将来と社会の平和を人質にとって、『自分は最大限に楽しみつつ学園に要求を通す』という一手を打ってきているのだ。そんなことを遂行できる人間が、まともな受験生のはずがない。──狂人と呼んでも差し支えないだろう。

 

 ここで非合法でもなんでも、合格も不合格もさせず極細を捕獲し、施設に放り込んでしまえばそれが一番いいのだろう。しかし、いくらなんでも彼女は目立ちすぎた。

 受験生を通じて彼女の行動は校外にも知れ渡るし、そんな少女を捕獲して何の波風も立たせないようにできるほど、雄英高校の組織力は高くない。それに何より──彼らのヒーローとしての矜持がその暴挙を許さない。

 

「試験の構造が根幹から崩されかねない……か。なるほど、相澤君の言う通りだったね」

 

 暗がりに響く声は、ひどい沈痛さを帯びていた。

 そうして、極細志希の『必勝法』はひとまず実を結んだ。

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

『極細サン、極細サン。攻撃行動を終了してクダサイ! ()()()()デス!』

 

 楽しいひと時というのは、早く過ぎ去ってしまう。

 (アタシ)──もとい私の場合、その楽しいひと時は無粋な電子音によって中断させられた。不服げに振り返った私は、自分の周りを飛ぶガイドロボットの存在を見て早くも学園側の対応を悟る。

 ──なるほど。学園側はそう来たか。

 

「あー、はいはい。分かった分かった。じゃあそういうことでね」

 

 つまり雄英は──私を『試験官側』に抱き込むことにしたのだろう。

 いち受験者として暴れすぎた私は、スルーするにも排斥するにも目立ちすぎている。だから今の暴れ具合を『既定路線』にすることで事態の収束を図ろうというわけだ。

 私も別にその誘いを蹴ってまで暴れたいわけではない──というか久々に感じた本気の『身の危険』に大変満足したので、今日のところは我慢してもいいかなという気分。

 いやあ、やっぱり飛び降りや飛び込みはタイミングを自分で調整できるし、チンピラや犯罪者みたいな生っちょろい対人戦はあっさりしすぎるしで、なんかこう──自作自演感があって楽しめないんだよね。相手は機械だし私を殺すことは(よっぽど私が無防備じゃなければ)ない程度に手加減されていたとはいえ、やっぱり私を殺しかねない脅威というのは得難い経験だ。

 

「……随分と派手に暴れたな」

 

 今の体験を反芻して悦に浸りつつ会場を後にしていると──ビルの暗がりに、見知った顔を見つけた。彼は──、

 

「相澤さん!」

「イレイザーヘッドと呼べ。俺はお前の親戚のおじさんじゃないんだ」

 

 名前を呼ぶと、相澤さんは心底嫌そうに答えた。

 彼は──相澤消太さん。前世で漫画として読んだときから知ってはいたけど、今世ではかなり恩のある人だ。何せやんごとなき事情で孤児院暮らしをすることになってしまった私の生活の面倒をしばらく見てくれたのは、ほかならぬこの人だからね。

 この人は度重なる自殺未遂の上にトラックの運転手のオッサンの人生を危うくダメにするところだった私の精神性にドン引きしているようだけど、それでも面倒見てくれてるんだからいい人だよやっぱ。

 

 ──うん、流石にあの一件は反省してる。いくら家庭の事情で色々フラストレーションが溜まってたからって、人様に迷惑かかるようなやり方で『死にかける』のはよくない。結局あのオッサンの人生は無事で済んだらしいのでよかったけど。

 一年半の精神病院暮らしも、その罰だと思って甘んじて受け入れたし。途中でちょっと自棄になって飛び降りたりしたのは生理で気分が落ちてただけだからノーカン。その時まだ初潮すら来てなかったけどな!

 でも、だからこそあれから、私は人様に極力迷惑のかからない形で欲求を発散しようと色々頑張ったのである。飛び込みはやめたし、飛び降りも慎重になった。被害届を出される心配のない犯罪者を相手にするようにしたし。

 お陰であれから今に至るまで警察やヒーローのお世話になったことはない。そういう意味では、私を精神病院にぶち込む決断をしてくれた相澤さんに感謝したいくらいだ。

 

「すみません、イレイザーヘッドさん。でもどうしてここに? イレイザーヘッドさんも此処の講師なんです?」

「……そんなところだ」

 

 知ってたけども。

 

「そうだったんですね。私もどうやら合格みたいですし、入学したらよろしくお願いします」

「……………………計算通り、といった感じだな」

 

 愛想よく笑ってみるけど──相澤さんはにこりとも笑わずに私のことを睨みつけた。

 うわー怒ってる。──それもそうか。今回は派手に巨大ロボットぶっ壊したしね。受験生にもそこそこ被害が出てそうだし、相澤さんが怒るのも無理はない。

 いや、私もそのへんのリスクヘッジはしてたけどね? 仮にも雄英に入学しようって挑んでくる受験生だ。『鉄の塊がビルに突き刺さって瓦礫が降ってきました』みたいなレベルの危機を回避できないわけがない。混乱は生まれるだろうと思ってたけど。

 ただ、試験をめちゃくちゃにしてしまったのは事実なので、私も変にはぐらかすことなく殊勝に答えることにした。というか、完全に確信犯(誤用)だから今更ごまかせないからね。

 

「……そんなことないですよ。考えてはいましたけど確実にこうなるとは思ってませんでした。穏当に済んでよかったです。……私が言えた義理ではないですけど」

「まったくだな」

 

 あら、無慈悲な全肯定。でも事実だからしょうがない。

 

「既に察していると思うが、お前は推薦入学枠として扱われることになる。試験での役回りは、『想定外の事態を発生させるイレギュラー』。周囲にあえて被害をまき散らす戦い方をしたのは、その役割に則ったロールプレイングだ、と」

「承知しました」

 

 予想通りの落としどころ。基本に忠実という感じで非常に有難い。

 どうやら相澤さんの話はそこの口裏合わせが主目的だったようなので、私はそのまま相澤さんの横を通り過ぎて会場を後にしようとする。と、

 

「それと、お前の担任は俺になる」

 

 そんな私の背中に、相澤さんの言葉が投げかけられた。

 ほー、相澤さんが私の担任か。あれ、担任になるなら結局イレイザーヘッドじゃなくて『相澤先生』って呼んだ方がいいよな。

 

「俺が担任になる以上──お前の好き勝手はさせないからな。覚悟しておけよ」

「はい。気を付けます」

 

 続けて投げかけられた相澤さんの言葉に殊勝な態度を装って答えつつ、私は今度こそ、会場を後にする。

 ただ、相澤さんには悪いが──アナタは私とは相性悪いと思うんだよなあ。基本的に根が真面目だし。

 

 だってあの人、結局最後まで()()()()()()()()()()()()ことに気付けてなかったしな。

 

 もちろん『既定路線』を作る合格ルートが当面の目標だったのは間違いない。それが一番『社会に適応してる目標』だし、みんなハッピーになれるからね。

 ただ──別に私にとって、『社会に適応すること』って達成しなくてもいい努力目標でしかないんだよね。

 だから別に、不合格になってヴィランになるルートでもよかった。その場合私の試験での行動を世間に公表して『こんな分かり切った地雷を放逐した不手際』を全国公開して世論の批判を誘導するのもセットでやるつもりだったけど。

 

 で、これはあり得ない可能性だけど──万が一学園が搦め手を使って私のことを捕まえようとしても、それはそれでよかった。

 だって──プロのヒーローが徒党を組んで私を襲って来るとか、あまりにも楽しすぎるでしょ。プロの本気だ。今日戦った巨大ロボットの比じゃない『身の危険』を感じるに違いない。それはそれで私にとってはハッピーな展開だ。

 

 つまり、ぶっちゃけ結果なんてどうでもよかったのだ。

 私が雄英高校を受験した目的は、『私の未来を動かす材料を得ること』と『巨大ロボットに思う存分襲われること』。合格しようが失格しようが始末されそうになろうが、私の目的とは関係なかった。

 

 『必勝法』というのは、『勝利と敗北から必ず勝利を掴み取れる方法』じゃない。

 この世の流れに『絶対』なんてものは存在しないから、そういう意味での『必勝法』は何であれ存在しない。

 

 現実的な『必勝法』というのは、『勝ち』も『負け』も──あらゆる結果が()()()()()()()ようにすることだ。そもそもこっちはどう転んでも勝てるように盤面を整えてるわけだから、私が負けるわけがないのである。

 唯一、緑谷少年が同じ会場にいた場合だけは『私が動く前にロボットを破壊される』という不完全燃焼なまま勝ってしまう悲しい結末だったけど、それも無事回避できたし。

 

「……ううっ」

 

 そこまで考えて、私は思わず武者震いをしてしまう。

 可能性に思いを巡らせただけでこんなにも楽しいなんて。これからはこんな楽しさが、毎日のように続くのだと思うと──。なんて、私は幸せ者なんだろう。

 これから、どうしようか。確か入学したら、すぐにヴィラン連合とかなんとかいうヤツらが来たはずだし、そいつらに喧嘩売るのも楽しそうだし。あの時点では敵も弱かったからなぁ。私でも殺せそう。

 ボス格殺したら、向こうの黒幕はどう出るかな? さっさと全員殺して、そのあとの混沌とした世界を楽しむのもアリかもなぁ。

 

 ──前世の最期。

 車に撥ねられたときは、なんでこんなことに──と思ったものだ。

 新たに生を受けたものの、死んだときの後遺症なのか何をしても生きた心地がしなかったときは、神を呪ったものだ。

 世界がまるでモノクロみたいに、無機質な色彩に見えたものだ。

 でも、今私はこうして生を謳歌できている。

 この感覚の為の『溜め』だったのなら、あの時の苦しさも受け入れられる気がする。

 

 今、(アタシ)の世界は、こんなにも鮮やかだ。

 

 これからよろしく────この素晴らしき、極彩色のヒーローアカデミア!




多分コイツはろくな死に方しないと思います。


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