おお! 同士! (ちょーほー)
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おお! 同士!
何もない、真っ白な空間。気付けば男はそこに佇んでいた。
男の眼下にはひたすら頭を下げる初老の男がいる。彼は地に頭をつける勢いで謝罪を繰り返していた。
「すまない、本当にすまない。誤って殺してまった……」
「……え」
初老の男は申し訳なさそうに首を上げる。
「お詫びに転生させる。……それで許してはくれないだろうか」
初老の男の言葉に、若干たじろぎながら男は答えた。
「……ま、まあ。うん、いいけどさ……」
男には状況を理解出来ていなかった。
初老の男が言うには死んだらしいのだが意識はここにあったからだ。
最後に見た光景は突っ込んで来るトラック。子供を腕に抱き、自分も一緒に転がりながら、最後は電柱にぶつかり事なきを得たはずだ。
「あ……」
……思い出した。晴天なのにも関わらず雷が空から落ちてきたのだ。そこから記憶がないことを垣間見るに感電死が男の最期だろう。
「雷で死んだわけね……」
ゼウスの怒りでも買ったのかもしれない。
「と言うわけだ。何か希望する世界はないか?」
そう言われても一朝一夕で出せるものではない。何せ次の人生が懸かっているのだから。
「少し考える時間が」
そんな男の考えを見越していたのか、初老の男はすぐに口を開いた。
「すまない。タイムリミットはあと五分だ」
「えぇ……」
男は必死に無い頭を働かせる。
───出来れば女性がいっぱいいる世界がいい。それこそ様々な属性の女性がいる世界だ。
ついに出た答えは───。
「……すいません。思いつかないです」
「……すまない。そうなるとランダムになるが良いか?」
「大丈夫です。あと可能なら女の子がいっぱいいる世界にしてください」
「了解した。では───恋姫の世界におくろう」
〇〇〇
大賢良師張角。後世に語り継がれる黄巾の乱を引き起こした張本人である。
彼は太平要術と呼ばれる書を用い、民を巧みに操り、蒼天を穿つべく蜂起したのだった。その数───三十六万。
中華大陸全土を震わし、英傑入り乱れる戦乱の時代の先駆けとなった。
あるものは己のが覇道を歩み。あるものは戦乱に憂いて。あるものは悲願成就のために。
各々が熱い志を抱き、立ち上がった。
〇〇〇
ある人物から譲り受けた『太平要術』と言う書本に書かれた檄文。
『蒼天既に死す。黄天まさに立つべし』
『太平要術』によると願いが叶う摩訶不思議な言葉らしい。
俺の願いと言えばただ一つ。毎日の食に困窮する民たちを、役人に奪われるばかりの民たちをどうにかして助けたい。その一心で俺はその檄文を発布した。
────と言うのは建前。
俺はそこまで人間が出来ていない。本音を言うと助けを求めて集った女の子の心を利用し、あんなことやこんなことをしたかったその一心で檄文を放っただけ。
だが誤算だった。まさかこんな結果を生むとは思わなかった。
いつの間にか俺の元に集う者は女性ではなく男ばかりとなっていた。
規模は数十万にものぼり、黄巾党とか言う集団を組織していたのだ。
その頭目はもちろん俺こと張角なっていた。目的である女性とのイチャイチャとは大分かけ離れてしまっていた。
「よっしゃー! 漢の奴等ぶったぎってやったぜ!」
俺の眼下において彼───波才は喜ぶように叫ぶ。
いつも暑苦しく熱血漢な波才。人情を慮る心を持ちながら武もある。そんな彼に呼応するように彼の率いる兵や他の部将に率いられた民たちも喜びを分かち合うように勝鬨を上げていた。
だが民たちが喜びの声を上げるのは無理のないことだ。どうにも俺が転生を果たした漢と言う国は腐っていたらしい。食に困り、税に困り、ほとほと生きる目的のないまま過ごす民たち。
そんなとき現れたのが俺が発布した檄文。これが民たちを目覚めさせたらしく黄天の天下を作ろうと一気に広がってしまったのだ。
だからだろう。こうして民たちが自分たちの力を持ってして倒した漢の兵に感慨深くならない筈がなかった。
そして俺は女性が来ると信じ続けた挙げ句、太平要術に記されたモテる男の代名詞と題打たれた『大賢良師』とまで自ら名乗ってしまったのだ。
求められるがままに『あの山から攻めよ』『ここに兵を伏せて挟撃だ』なんて軍師の真似事をしたせいで自称『大賢良師』は通称から二つ名に格上げされてしまった。
───本当はただモテたかっただけだったのに。
……だが今さら『間違いです』など言える筈がなかった。
全ては自業自得だ。俺のけつは俺が拭かなければならない。
黄巾党の長として、最後まで民たちを導かなければならないのだ。
だから俺はやるからには張角としてやり通すと決めた。
そんな俺の決意を汲んだかのように部将の一人が俺の背に声をかける。
「大賢良師さま。お言葉をお願い致します。どうか迷える私たちに御言葉を承りたく存じます」
相変わらずのびしっとした態度で俺を壇上まで導いた。
「うむ」
俺は頷くと眼下に広がる、頭部に黄巾を巻いた男たちを眺望した。
同時にたちまちに静まる喧騒。彼等の視線が一身に集まる。
(ええと確か……太平要術には───)
俺は唯一の武器である杖を空にかざす。
「黄天の子らよ! 邪悪なる蒼天の権化、漢の打倒は目の前ぞ! 後に訪れる黄天に蒼天の姿はあらず! 」
そう言い切った瞬間、俺の周りから何本も火柱が立った。
どういうわけか俺がこうして言葉を紡ぐとたまに不思議な現象が起こるのだ。
民たちからどよめきの声や驚きの声が上がる。
切羽詰まる声を上げた部将が駆け寄ろうとする。
「大賢良師さまっ!」
「来るでない!」
彼は俺の声にすぐさま立ち止まり、口を固く結んだ。
火柱が徐々にに小さくなっていくのを確認すると再び、民たちを見る。
「同志たちよ!これは罰ではない! 黄天が、我らに蒼天を打倒せよと、祝福をくれているのだ!」
「おお! そういうことだったのですね! 」
「流石大賢良師さまだ!」
「大賢良師さま! ずっとついていきますだ!」
部将の言葉を皮切りに、民たちからは称賛の声が相次いで届いた。
なんと言うか恥ずかしいような、むず痒い心地だ。
───最後までやりきるのも悪くないかもしれないな。
「黄巾の子らよ! 天命は我らにあり! 奮起せよ!」
その刹那、地を震わすほどの大歓声が轟いた。
『『『おおーっ!!!』』』
(ええ……)
思わず気圧される。
数十万の雄叫びは今生において、初めて見たが圧倒的だ。
俺がここまで熱狂させてしまった。そう考えると『もう逃げ道はないぞ』と言われている気がする。私利私欲がここまでの結果を作り出したことが改めて認識させられた。
俺は近くにいる兵に話し掛ける。
「……余は身体を休める。あとは任せたぞ」
だがそれと同時に俺を戦慄させる情報も届けられる。
「大賢良師さまっ!! 兵糧が……」
〇〇〇
陣幕の中に一人の女性が入る。
彼女は陣幕内で悠然と腰掛ける金色の髪を持つ女性の前で臣下の礼を取った。
「華琳さま」
「……結果は? 」
「あの男の言通り大量の兵糧が城内に備蓄されていました……」
華琳が言うあの男。それは純白の服を身に纏った奇っ怪な服装をした男のことだ。
おそらくは天の御遣い。名は北郷。真名は一刀。
とある一件から華琳は彼の持ち得る知識が真実か試したのだがまさかこうして『天の知識』どうりになるとは思いもしなかった。
いや実際には信じてはいたのだが心からと言うわけではなかったのだ。
だが今回の件でそれが変わった。
「あの男は危険です! もしかしたらあの男の策かもしれませぬ! おこがましく華琳さまのこと操ろうとしているのです!即刻追い出すべきです!」
だか天の知識は覇道の助けになると華琳は確信している。
「心配は無用よ春蘭。我が覇道に───」
あの男の力が必要だ。
〇〇〇
「ええい! 漢の奴等め!」
俺は捻れた錫杖で地面を叩き、悪態をついた。
先ほど俺の元に届いた情報が苛立たせていた。その情報と言うのは───。
「なぜ兵糧の隠し場所がわかったのだ!」
誰にも分かりっこない場所に隠しておいたはずだった。どうしてそれが分かったのか甚だ腹立たしい。
「───っと落ち着け、落ち着け……」
俺は深呼吸を始める。何度か繰り返し、苛立ちが徐々におさまっていくを感じる。
温まっていた頭が冷静になった所で思考を再開した。
(まずは漢のどいつが兵糧を奪ったかだな)
候補が皇甫嵩と朱雋たち。一度は撃退したのだが勢力を回復させ、襲撃してきたと考えるのが妥当だろう。
(まぁそれが一番濃厚かなぁ。あ、でも義勇軍ってのもあるらしいし……)
一概に皇甫嵩たちだと決め付けることが出来なかった。
それに義勇軍と呼ばれる勢力はあちこちに点在しているらしいのだ。
中でも警戒している人物は諸葛亮。全く歴史を知らない俺でも名前は耳に挟んだことのある人物だ。何でも天下三分の計を描いたらしい。
(諸葛亮は確か劉備陣営だったよな……)
ちなみに劉備も知っている。……名前だけだが。
(とりあえず、早く兵糧を奪取しないと……)
兵糧の備蓄は少ししかない。もって二日。いや二日も怪しい。
目下、兵糧奪取を目標に俺は指示を出そうと近くに控えている護衛兵に声をかける。
「そこのもの、全軍に伝えよ。迅速に兵糧奪取せよ。狙うは盗られた兵糧である、と」
「は!」
兵は駆け足で俺の陣幕を出ていった。
そして入れ替わるように一人の兵が入ってきた。
「大賢良師さま。怪しいもの捕らえました。どうなさいますか?」
誰だろうか。今までこういうことがなかったため少し気になった。
すかさず俺は指示を出した。
「連れて参れ」
「は。分かりました」
少し待つと入り口の陣幕が翻り黄巾兵が入ってくる。片手には輪になった縄が握られ、彼の後方へと続いていた。すると腕を縄で拘束された二人の少女───いや下手するとさらに幼い幼女が現れる。余程の恐怖らしく、今にでも泣き出しそうに両目の端々に涙を溜めていた。
(……子供じゃん)
とんがり帽子を被る少女が不安げな声を上げる。
「しゅ、朱里ちゃん……」
「だ、大丈夫だよ雛里ちゃん……」
「……少しこの者たちと話がしたい。外してくれるか」
「え、ですが……」
「余には黄天がついている。案ずるな」
「……は。了解しました」
俺は護衛の兵もろとも陣幕から追い出した。一度、陣幕の外に出て近くに兵がいないか確認する。
(……いないな)
陣幕内には俺をふくめた三人だけになった。改めて少女たちに視線を向ける。
「して童たちよ」
「「ひぃ!」」
「そう怯えるな。今縄をとこう」
俺は二人を拘束していた縄を解きはじめた。
「どうして……」
ベレー帽を被る少女が不思議そうに尋ねる。
「童は先の時代を作る原石だ。命を奪う必要はなぞないだろう」
〇〇〇
「さて、そなたらの名を聞こうか」
俺が尋ねると彼女はびくびくと震えながら、機嫌を窺うように答えてくれた。
「……え、えと。しょ、諸葛公明と申しましゅ……あ」
「しゅ、朱里ちゃん、正直に答えなくても……」
「そ、そうだった、はわわ」
狼狽する彼女を尻目に俺は思う。
(諸葛亮って女の子だったんだ……)
だが初めての邂逅だ。印象は良くしていきたい。何せ将来は劉備に仕える将だ。これを機に良い印象を植え付けるのも悪くない。
(まあ捕らえた立場にいる俺が言うのもなんだけどね……)
そんなことを思いながら俺は懐から『太平要術』を取り出し、適当にページを開く。
(ええと、何々……)
見開きの貢には『伏龍』。水湖に身を潜める龍が描かれている。片貢には『鳳雛』。巣にいる豪華絢爛な大鳥と雛が描かれていた。
伏龍は天に昇らんと機会を窺う龍。鳳雛は鳳の雛。謂わば、天を目指さんとする大鳥。総じて"将来大成する者"だ。
確かに諸葛亮ほどの者なら後世に名が残るほど。言い得て妙だろう。
「なるほど。伏龍、鳳雛、か……」
呟くように言った俺の言葉に二人は目を丸くした。
「ど、どうしてそれを……!」
「水鏡先生しか知らないはずなのに……」
(んなこといわれても太平要術に書いてあるし。てか誰だよ水鏡先生って)
そんなことを思いながらページを送る。
「……我は黄天に魅入られているのだ。分からないはずがない」
かなり恥ずかしいことを言っている自信がある。一気に顔面が熱く火照っていくのが分かった。だがこれも『太平要術』のせいだ。俺は貢に書かれていることを言ったに過ぎないのだから。
「黄天って……」
「朱里ちゃん、それは……」
二人が小声で談話しているのを尻目に俺は両腕を大きく広げ、空を仰いだ。
「黄天が我に語りかけるのだ。伏龍、鳳雛を迎えいれろ、と。どうだろうか童たちよ。我らと共に民を苦しめる蒼天を穿とうではないか」
俺は貢に書いてある一文を読み終え、彼女たちを見る。
すぐさま返答が帰ってきた。
「私たちは黄巾に入ったりはしません!」
キッと敵意の籠る瞳で睨み俺を睨み付ける。隣にいる少女はとんがり帽子を深く被り、決して俺を見ようとはしなかった。
「寧ろ民を苦しめるのは貴方たちの方です。むやみやたらに民を死に追いやっているだけです。」
「なるほど。見方によってはそうとれる。……だがそなたたちには聞こえまい」
変わらず俺を睨み付けながら少女は言った。
「……何が、ですか」
「この地鳴り。この慟哭。そして蒼天の崩御する音。……良く心を研ぎ澄ませてみよ。聞こえるであろう。言っているのだ、漢の終焉は近い、と……」
そのときだった。
陣幕から転がり込むように入ってきた一人の兵。すぐさま態勢を整え、俺に向き合った。
「い、一大事にございます! 」
焦燥感を漂わせ、その兵は驚くべきことを告げた。
「我が城が漢の軍勢より猛攻を受けております! 」
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