その対魔忍、平凡につき (セキシキ)
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序章
初っ端からなんかあれだけど、最後に勝てればそれでいい


魑魅魍魎が跋扈する近未来の日本。人と魔の間で守られてきた暗黙のルール「互いに不干渉」は人が堕落してから綻び、両者が結託した企業や犯罪組織の登場によって時代は混沌と化していった。

 

しかし正しい人間たちも無力ではなかった。魔に対抗できる者が現れ、いつしか人々は対魔忍と呼んだ。(Wikipedia引用)

 

 

とある対魔忍の話をしよう。

 

彼は、現代日本を生きた前世の記憶とやらがある以外は、極々平凡で標準的な男だった。

 

特異な異能を持つことが多い対魔忍にあって、彼はそういった先天的な才を持たなかった。優れた血筋の生まれでもなく傍流も傍流、ほぼ一般人と変わらない家に生を受けた彼が対魔忍になったのも、あまりの戦力不足に喘いだ本家が分家に号令をかけ能力のありそうな者を召集したからという傍迷惑な理由からである。

 

更に言えば、対魔粒子によって大幅に強化された身体能力さえも、対魔忍という括りの中では並みでしかなく、剣術や投擲術なども特筆すべき点はなかった。本来ならば、能力のない使い捨ての駒として、力あるものの肉盾として無様に命を散らしていたことだろう。

 

 

―――彼の持つ唯一にして最大の異質、前世の記憶がなければ

 

 

端的に言って、前世の彼はサブカルチャーをこよなく愛するオタクだった。そのオタク知識から、彼は自分の生まれた世界がゲームの中の世界、もしくはそれに類似した世界だと理解していた。しかもよりにもよって18禁指定の陵辱系のジャンルだ。

 

サイバーパンク的なマッポーめいた世界、しかも一般人どころか人々を守るはずの対魔忍ですらサクサクとっ捕まって、「そんなチ[編集済]なんかに負けない!」→「ヒギィ!」という即オチ2コマを晒すような世界観である。ちなみに男は死ぬ(残当)。

 

弱肉強食を地で行く世界だ、平凡な自分ではすぐに死んでしまうか、下手をすれば精液を吐き出すだけの奴隷になり果ててしまうだろう。

 

流石にそれは勘弁していただきたい。せっかく二回目の人生を送れているのだ、前世の分まで満喫して、十分生ききってから死にたい。

 

世界の厳しさと自身の平凡さを前世の知識から理解した彼は、当然それらに負けないように強くなる道を選んだ。時に対魔忍として五車学園に召集された中学2年の話である。

 

とは言え、彼はどこまで行っても凡人だ。チート能力も、強力な忍法も、名のある武器も、錬磨された武道も、一般人として生きてきた彼には何もなかったのだ。

 

幼い頃から鍛錬を積んできた同年代の子供達が彼のことを無能だ役立たずだと嘲るなかで、彼は必死に自身の道を模索していった。

 

技量に大きく左右される剣などに頼らず敵を殺さなければならない、幼い頃から鍛錬を積んでいなくとも十二分に鍛えなければならない、どんな状況でも安定して対応出来る技術を学ばなければならない。効率よく確実に敵を鏖殺出来なければならない。

 

死への恐怖と生存欲求に駆り立てられ、半ば狂気に浸かりながら、彼は進み続けた。そんな彼が行き着いたのは対魔の力を武器とする対魔忍達とは真逆の道、彼らや魔族が侮る、人類が長い年月積み重ねてきた(わざ)だった。

 

 

引き金を引くだけでヒトを殺害できる銃の知識と技術を学んだ。

 

膨大な経験と研究に裏打ちされた軍隊式訓練を行い肉体と精神を鍛えた。

 

特殊部隊が用いる戦闘技術やパターンを調べあげ自身に叩きこんだ。

 

歴史に名を刻んだテロリストやゲリラなどの戦法を探り戦わずに勝つ方法を知った。

 

膨大な時間を調査と学習、そして錬磨に当て、血反吐を吐く思いをしながら(というか実際に吐いた)戦士として自らを見事育て上げたのだ。

 

そこまでやっても凡人の彼では、残念ながら対魔忍の平均程度の力しかない。強大な力を持つ者からすれば、取るに足らない存在でしかないだろう。

 

だが、彼は他の脳筋アッパラパーな対魔忍にはない、臆病で慎重という最大の武器がある。自身の限界を把握し、有利な状況を展開し、最後の最後まで油断することなく確実に敵の喉笛を掻き切ることが出来る境地にまで、彼はついに辿り着いたのだ。

 

まあ、過酷な訓練を課しすぎたせいか頭のネジが幾つか飛んでしまったようだが、どうしようもない部分を背負いつつも地獄を駆け抜け生きていくことだろう。

 

その男、田上宗次の明日はどっちだ。

 

△ ▼ △ ▼

どうも皆さん。知っているでしょう?田上宗次でぇ御座います。(スターゲイジー)パイ喰わねえか。

 

という冗談はさておき。俺が対魔忍養成機関でもある五車学園に連れてこられてから三年が経過した。現在俺は普段は学生として生活しながら、任務があれば対魔忍として闇夜を駆けている。とは言えあくまで学生の身だ、任務もそれ相応の難度の低いものが主となる。実戦に慣れる為の実地訓練、といったところかな。

 

しかし幾ら簡単とは言え、ここは弱肉強食の世界。油断した者から犠牲になっていくのが常識な修羅の巷だ。少しでも驕ったらたちまち正義の味方から哀れな被害者に早変わりだ。……彼らみたいにな。

 

『ぐ、がぁぁぁぁああ!!?やめ、やめてくれ!俺はおとこ―――ぐうぅっ!!』

 

『ひぎぃぃぃ!!なんれ、きもちわるいのにぃぃ!き、きもちいいのぉぉぉ!』

 

 

……うん、これはひどいな。

 

モニター越しの映像があんまりだったので思わず眉を顰める。

 

オークに輪姦されて絶賛アへってる彼らは、俺と同じ班に所属する班員だった。オーク相手に油断して先行したらこのざまだ。

 

いや、ホントは簡単な任務だったんだよ?突然急成長した貿易会社が実は裏で魔族と繋がってたことが確認されたんで、その社長の暗殺と可能ならば顧客リストを入手するだけ。敵の警備もそこまで厳しくない、言ってしまえばお使いみたいなものだったはずなのだが……。

 

調子に乗った班員……なんつったっけ。まあいいや、班員A(男)が優勢だった勢いで敵陣深くに突っ込み過ぎたせいでトラップに引っかかり、残り二名もそれを助けようとした挙げ句に取り囲まれ、あえなくお縄につくこととなった。

 

俺?お前は引っ込んでろよと言われたんで、後方支援(戦力確認と見取り図のチェック)してたよ。さ、サボりじゃあねえし!?

 

まああいつらが捕まってくれたお陰で、奴さんは襲撃が終わったものと思って警備のオークすら回してパーリナィし始めたご様子。手薄になって侵入しやすかったわぁ。身体を張って囮してくれてる彼らには感謝だね!

 

今のうちにコンピューターから顧客リストと、ついでに輸入元のデータも抜き出しておく。これでサブミッションはクリアっと。ついでにカメラの画像も消しとくか。

 

「あとは社長の暗殺だけど……」

 

セキュリティールームのモニターを見回して、標的の姿を探す。顔や背格好はもう叩き込んである。その成果か、直ぐに見つかった。

 

「社長自らとは、性が出ますなぁ」

 

ちょうど社長が捕まった対魔忍を嬲り始めたところだった。完全に自分の優位を確信しての行動だろうけど……トップがわざわざ敵の目前に身を晒すのは危険すぎるだろうに。

 

「さて、残りもさっさと終わらせて帰ろう」

 

足元に転がっているオークの死体からAKMを二丁拾い上げる。中華連合からの流れ物らしく命中精度はお察しではあるが、まあいいだろ。

 

足を向ける先は、勿論彼等がいる地下の調教部屋。パーティーを開いてるのなら、派手に殴り込みに行くのが礼儀ってもんだ。

 

さあ、ショータイムだ。

 

△ ▼ △ ▼

その時会社の若社長は、間違いなく人生の絶頂にいただろう。

 

会社を興したものの経験と人員が不足していたせいで低迷を続けてきた彼だったが、とある魔族が経営している闇の企業と手を結んだことで瞬く間に成長を遂げた。

 

提携先から人や麻薬などを仕入れ、それを日本各地や米連へと輸出する。ただそれだけで今まででは想像出来ないほどの金と権利を手にすることができた。

 

まあそのせいでうるさいコバエが寄ってきたようだが、奴ら頭の中まで筋肉で出来ているらしい。少し負けた風を装ったら調子付いて突っ込んできたのだ。そいつをガスで眠らせたら話は簡単、人質にとってみせれば残った二人もあっさり捕獲することが出来たのである。

 

「ほら、今度はこっちから突っ込んでやる、よ!」

「んぐっ!?んん~~!」

 

彼は捕らえた対魔忍の内の一人の口に突っ込みながら周りを見渡した。

 

「オラオラ!さっきまでの威勢はどうした対魔忍さんよぉ!?」

「しょうがねぇだろ気持ちいいんだからよぉ!太くて堅いのが大好きな変態さんだもん、なぁ!!」

「だ、まれぇぇっ、こん、こんにゃも……のぉぉぉおお!?」

 

もう一人の対魔忍は残ったオークに集られ、全身の穴という穴を嬲られているようだ。あの様子だと、しばらくすれば自ら腰を振るようになるだろう。

 

残った男の対魔忍は、「おで……二刀流だったんだ……」とカミングアウトしたオークによってヤラナイカ?されている。同じ男としては流石に同情を禁じ得なかった。せめて女に絞り取られた方がマシだったろうに……。

「……っと、ほら何を休んでるんだ!」

「んんんっ!?んぶぅぅ、んんんんん!?ぅんんんー!」

 

女の頭を掴んで強引に前後させ、全力で快楽を享受する。見れば女のほうも、道具のような扱いをされているのに顔を赤らめその瞳はとろんとしていた。まあ、媚薬効果のあるオークの体液をあれほど浴びれば、否が応でもそうなるだろう。

 

「ふぅ、やっと終わったぜぇ……お!やってるなぁ!飛び入り参加はありかい旦那ぁ!」

「ああいいとも!存分にやってくれ!」

 

と、そこに警備の仕事を終わらせたオークが一人、電子式のドアから入ってくる。そのオークは社長の言を聞くと、よほど待ち焦がれていたのだろう、その場で服を脱ぎだした。

 

とは言え、頭と下半身が直結しているのはオークの常、その場にいる誰もそれを咎めるものはなく、目の前のご馳走を貪ることしか考えていなかった。

 

―――もしここで誰かがそのオークに、もとい背後の電子扉に注意を向け、扉が何故か開きっぱなしだったことに気づいていれば、死神の魔の手から逃れることが出来たのだろうか?

 

改めて言おう、社長は人生の絶頂を味わっていた。普通では手に入らないだろう富と権力、そして対魔忍、それもかなりの上物を自らの物に出来たのである、これを幸福と言わずなんと言おうか?

 

「ははっ、もう死んでもいいな……!」

 

 

「あっそう。じゃあ死ねば?」

 

 

突然、聞きおぼえのない声が彼の耳に冷徹な宣告を届けた。

 

あまりに冷たいその声音に、熱狂の直中にあった彼らは一気に凍りつき、声がしたほうへとその目を向ける。

 

そこには、先ほど部屋へ入ってきたオークの姿があった。だが彼は、両膝を床に着けていただろうか?それに、その頭から、何か金属のような、そう、ナイフみたいなのが生えて……。

 

その後ろにたつ幽鬼のような何かに気付いた瞬間、彼らの思考を閃光と炸裂音が奪い去った。

 

二丁のAKMから放たれる7.62mm弾が銃口より飛翔し、捕食者であったはずのオーク達の頭蓋を瞬く間に弾き飛ばしていく。一瞬前まで対魔忍を犯していた彼らは何の抵抗も出来ず、羽虫のようにその命を散らしていった。

 

―――銃声が止んだとき、その場で立っていたのは社長である彼と、幽鬼のような男だけだった。ほんの十秒前までは淫靡な匂いの立ち込める陵辱の場であったそこは、今や血と死骸に満たされ鉄錆の臭いを発する屠殺場となり果てしまった。

 

突然訪れた現実を受け入れられないまま、彼は地獄を齎した幽鬼のほうへと再び目を向ける。

 

恐らく男だろうその背格好に、羽織った黒のロングコートの隙間から米連が採用しているボディアーマーを覗かせ、同じく黒のコンバットブーツを血で濡らしている。そして何よりも目を引くのは、深々と被ったフードの下、その顔を覆い隠しているガスマスクだ。

 

唐突に現れた乱入者は、彼から見れば死神以外の何者でもなかった。それでもほぼ無意識に、彼は乱入者へ問うた。

 

「お……お前は、だれだ……!?」

 

そしてその問いに、男は銃声で答える。

 

思わずヒッ、と彼は身を屈めたが、弾丸が食らいついたのは彼の足元に転がるオークの脳髄だった。

 

男は最後の銃弾を放ったAKMを地面へと無造作に放ると、オークが落とした別のAKMを拾い上げ、銃口を別のオークに向けて歩みだした。

 

ダァン!

 

「オゲッ!?」

 

ダァン!

 

「ゴフッ……」

 

ダァン!

 

「ガァッ!」

 

男は部屋を練り歩きながら、まだ息のあるオークの頭蓋を的確に射抜いていく。銃声が一つ鳴るごとに断末魔が一つ木霊する。社長である彼には、それがカウントダウンに思えてならなかった。

 

「……俺が何者か、だったな」

 

男が一通り部屋を歩き終えた後、再び社長の前に立ってずっと閉ざしていた口を開く。

 

「その質問にさ、一体何の意味があるんだい?」

 

その言葉と構えられた銃が、全てを物語っていた。

 

―――銃声が一つ、響いた。

 

 

△ ▼ △ ▼

一度は言ってみたい台詞が言えて余は満足じゃ……。

 

ということで無事オーク20体と標的を始末したので、今回の作戦はしゅーりょーだ!いやあ……ほとんど俺しか仕事してねぇじゃん!何のための班行動だっつうの!

 

若干の怒りも込めて役立たずの方に目を向ける。

 

まずは男の方。コイツは……ご愁傷様としか言えない。男なのにオークに犯されるとか、死にたくなるだろうなぁ……自業自得だばぁか。

 

んで、オークに集団レイポゥ…されてた奴は……あ、これヤバい。入れてたオークがひっくり返った所為で騎乗しちゃってるよ。おもっくそ奥までぶち込まれた形になってるから、あまりの衝撃に身体がずっとビクビクしてる。「オッ……オッ……」しか言ってないけど、これ正気に戻れるのか……?ひとまず首根っこ掴んで引っこ抜いておこう。

 

あとの一人は……まだ大丈夫そうだな。落ち着いたからか、瞳に生気が戻ってる。

 

「おーい、大丈夫かぁ?ええっと……名前なんだっけ、とりあえず無事?」

「その声……田上さん……ですか?でも、その格好は……」

「おう、班員Dの田上さんだ。悪いがマスクはこのままでな。ガスが撒かれてる可能性があるから」

 

たどたどしいが、キチンと受け答えもできるようだ。結構壮絶にやられてたと思うけど立ち直り早い。なかなかのやり手と見た。

 

「はぁ……どこに行ってたのかという文句は置いておいて……すみません、助かりました。あと、私の名前は氷室花蓮です。ちゃんと覚えておいて下さい」

「あ?あー……すまんな、名前覚えるの苦手でなぁ。氷室、氷室……よし覚えた」

 

唯一意識を保っていた班員……氷室花蓮と軽く会話しながら彼らの武装や装束を回収する。どこに保管されているかがネックだったが、幸いなことに部屋の中に置かれていたのですぐ見つかった。こんなすぐ近くに置いておくとか、ホントいい趣味してますね。

 

ほいよ、と氷室に装備一式を放り投げて話を続ける。

 

「名前確認してそうそうに悪いが、ここから先は俺のことデルタって呼んでくれ」

「はぁ、D(デルタ)……コードネームですか?」

「ああ。俺はまだ正体が割れてないからな、出来る限り身バレは避けたい。一応そっちのことも、そうだな……C(チャーリー)でいいか。それで呼ぶ事にしよう」

「分かりました。他の二人はどうしますか?」

「伸びてるから放置でもいい気がするが……男をA(アルファ)、女をB(ブラボー)にしとこう」

 

とりあえず伸びてる二人を持って……こいつら汚いなぁ……。持ちたくねえ……何か包むもの、オークの服でいっか。二人に紐のように巻き付けて二辺で方結びっと、これで風呂敷みたいに持てるな。

 

「チャーリー、歩けるか?というか立てる?」

「ハァ……フゥ……ッ、ええっ、何とか……!」

 

嬲りものにされ子鹿のように震える身体で、それでも彼女は立ち上がった。対魔忍としての誇りがそうさせるのか、それとも彼女の意思が強いのか……素直に感嘆するばかりだ。出来れば捕まる前に発揮して欲しかったけどネ!

 

「必死に立ってるとこ悪いんだけど、このまま脱出する。ブラボー担いでくれないか?」

「い、いえ。二人とも私が……」

「少しは自分の体調考えろよ。その状態でほぼ成人の男女担ぐのは無理だろ。よしんば行けたとしても、速度が格段に落ちる。敵に囲まれながらお前ら守るなんて芸当、俺は無理だぞ」

 

現在、この中でまともに戦闘出来るのは俺だけだ。氷室は立ってはいるが、媚薬の効果と消費した体力のせいで集中出来ず、能力は使用出来ない。刀が振れるかどうかも怪しいほどだ。だからこそ今すべきは、敵の殲滅ではなく迅速な撤退だ。可能ならば誰にも遭遇しないことが望ましい。

 

一分一秒が惜しい以上、多少自由が利かなくても離脱速度を落とすわけにはいかないのだ。もし気絶した二人を担いだ氷室に速度を合わせて敵に囲まれた、何て事になったら流石に救出は断念せざるを得ない。俺が一番大事なのは自らの命に他ならない。かといって速度を重視して俺が二人を担いでも、敵と遭遇したときに対処しきれなくなる。一人につき一人、これが精一杯の妥協点だった。

 

氷室も納得してくれたのか、渋々ながらも頷いてくれた。

 

「ところで、どうやって撤退するのですか?いくら手薄とは言え、警備は相当数います。それを突破するには、流石に戦力が足りません」

「何で突破する前提で考えてるんだよ……脳筋にもほどがあんぜ」

 

呆れて思わず溜め息をつく。冷静な奴だと思ってたけど、やっぱり根本的に対魔忍なんだな……。

 

「な、何ですかその反応は……とにかく、策は有るんですよね?」

 

態度が露骨だったのか、少し拗ねたように此方を睨んでくる。

 

「勿論。帰るまでが任務だからね……これなーんだ!」

「それは……車のキーですか?」

「イグザクトリィ」

 

手品のように閉じた手を開くとそこには電子ロック式の車のキーがあった。装備の回収ついでに()社長の衣服からがめておいたのだ。ふふふっ、これがプロの忍ィの仕事だぜ……。

 

「車も確認してきたが、車体と窓は防弾使用だし、足まわりにも手が加えられてる。装甲トラック代わりとしても十分使えるよ」

「いつの間にそんな確認を……でもそこまで辿り着けるのでしょうか?ここは敵陣です、警備だって厳重なのでは?」

「そこも問題ない、逃走経路は事前に確保してある。あと10分以内なら、ストレートに車まで辿り着けるぞ」

「……はあ、もう突っ込みません。その調子だと、退路も問題ないんですよね?」

「勿論、事前準備に抜かりなしだ。そろそろ行くけど、問題は?」

「大丈夫です、行きましょう。……お願いします」

「応、任せとけ」

 

氷室が一人を担いだのを確認して、俺も(不本意ながら)アルファを担ぎ、レッグホルスターから一丁の拳銃―――ベレッタM93R を構える。

 

よくテレビなどで見る自動拳銃(オートマチック)、主にベレッタM92Fと同じような形状だが、それとは異なり長く突き出た銃身(バレル)弾倉(マガジン)、そしてトリガーセーフティーの前部に取り付けられているフォールディング(折りたたみ)ストック。M92Fをモデルとして作られた機関拳銃(マシンピストル)だ。

 

これは元々対テロリスト用に『突撃銃(アサルトライフル)並みの高い制圧力を持った拳銃』として開発された代物で、従来の機関拳銃などと比べ銃口の跳ね上がりを抑える工夫が成されている。フルオート機構を排し三点バースト機構を採用しているのもその一環である。

 

コイツは俺が自前で持ち込んだ武装の一つであり、普段からサイドアームとして重宝している装備だ。

 

俺達対魔忍が相手取る魔族は、基本的に人間よりも身体機能と肉体強度が高い。9mm弾では決定打にならないことも多く、亜音速の弾丸すら見切ってしまう相手だっている程だ。

 

それを理解した上で、なぜ威力に秀でる大口径回転銃(リボルバー)や45ACP弾を使わないのか。それは反動の低減を追求した結果生み出された高い精度と、三点射による火力及び持久力が高いバランスで維持されているからだ。

 

武装の制限が無い以上、火力を求めるならば短機関銃や突撃銃を使えばいい。というか俺はそうしてる。わざわざ火力や装弾数で劣る拳銃を使うのは、その方が取り回しがよく接近戦にも対処しやすいからだ。そしてその中で高水準のものを使うのは火力不足を補うためである。今回M93Rを選んだのは、男一人を担ぎながら更には疲弊した友軍を護衛するという状況で、身軽さを維持しながらも火線を張れるようにするためだ。

 

後は、普及率の高い9mm弾ならば他の実包よりも戦場での回収が容易だという経済面でのメリットも存在する。これがマグナム弾やFive-seveNのような特殊な弾丸だと魔族との戦いじゃ滅多に見ないからな……いやそっちも使うんだけどさ。基本的に調達に難があるんですよねえ。

 

閑話休題

 

さて、いい加減仕事するか。扉の脇に張り付いて、チラリと氷室の様子を窺う。よし、いつでも行けそうだな。

 

心の中で3つ数え、一気に飛び出す。クリアリングを済ませ、付いてくるように手振りで氷室に知らせる。今いた所謂調教部屋はビルの地下三階の一番奥にある。ここから道が一本まっすぐ進み、数十m行った先に駐車場が設置されている。目的地はそこだ。

 

「一気に走るぞ。敵は俺が何とかしとくから、付いてくることだけ考えて」

「了解しました」

 

フォローするから安心しろ、という意味合いで声をかけてから駆け出す。

 

一本道とは言ったが、通路の途中途中にはエレベーターや倉庫などと繋がる横道がいくつかあり、いつ接敵してもおかしくはない。意識を研ぎ澄ませ、通路にけたたましく木霊する俺達の足音を掻き分けて敵の気配を探る。

 

それと並行して、氷室の足音と気配から位置を割り出し、つかず離れずの距離を維持する。一応走れているだけでコイツも要救助者には変わりないからな、いざというときに何時でもフォロー出来るようにしないと。

 

と、強化した聴覚に俺達とは違う靴音と話し声が届く。足音は……二つか。方向は前方左側。

 

「―――んでよお、結局その女もぶっ壊れちまってよぉ。おぅおぅって言うだけになっちまったんだよ」

「人間は脆いからなぁ。まあ対魔忍は頑丈らしいし、その分まで思いっきりやっちまえばいいだろ」

 

丁度、前方の横道からAKMをぶら下げたオークが二体通路に出てきた。突然の接敵に、後ろで氷室が僅かに怯んだ気配があったが、それを無視してオークのうち一体の頭部に照準を合わせ引き金を引く。

 

セレクターは三点に切り替わっているため、一瞬の内に銃口から弾丸が三発発射され、左側のオークの頭蓋に同じ数だけ風穴を開ける。そして僅かに手首を動かしてもう一体にも同様に射撃、全弾命中。

 

突然の接敵に彼らは自らの得物を構える暇すら与えられることなく、地面に倒れ伏すこととなったのだ。

 

その横を通り過ぎる直前に僅かに減速し、セレクターを単射に切り替えてから倒れたオークの後頭部にそれぞれ一発ずつ撃ち込む。もし生きてたら困るからな、殺れる時に確実に殺っとかないと。

 

「……なかなか、容赦、ないんですねっ」

「容赦して帰してくれるならするけどな」

 

俺の行動に思うところがあったのか、追走しながら氷室は言う。そんな事言われても直す気はないけどな。

 

「そもそも、誰かの人生を喰い物にしてる時点で殺されても文句言う権利はないだろ。他者を踏みにじって生きてる奴は、自分の命も踏みにじられて然るべきだろ。魔族も米連も、対魔忍もな」

「……」

 

勿論、奪われることに対して抵抗するなと言っているわけではない。俺だって、死にたくないから戦って必死に足掻いているんだ。でもだからって、殺されたから傷つけられたからそれを恨むというのは間違っていると思う。悪いことして生きているんだ、幸せになれないのは当たり前だろう?

 

そのまま二人、死体には目もくれず走る。幸いなことにこのフロアにはもう他に警備は残っていなかったらしく、二度目の接敵なく駐車場に辿り着く事ができた。

 

周囲に気を配りながらも目当ての車の元へと走る。遠隔操作でロックを解除すると、後部座席に担いでいたアルファをぶち込む。次いで氷室からブラボーを受け取って放る。

 

「チャーリー、これに着替えて」

 

俺は車の下に隠して置いたアタッシュケースを二個取り出し、片方を氷室に投げる。

 

「わっ、と……あの、これは?」

 

ケースの中身を確認して困惑する氷室に対して、俺はニヤリと口角を引き上げる。

 

「秘密兵器さ」

 

 

△ ▼ △ ▼ △

ふぁ、と守衛の男は欠伸を漏らす。彼とその相方が警備を担当しているのは件の社長が保有する本社ビルの裏側、闇に紛れるように存在する通用門だ。

 

表に存在する社員や外部の来客が使用するものとは異なり、売人や魔族などを始めとした日陰を生きる者たちのみが知る謂わば伏魔殿の入り口とでも言える代物だ。時には魔族側との繋がりが深い政治家や官僚、表ではまっとうな商売をしながらも裏では魔界技術にどっぷり浸かった企業の社長も訪れるため秘匿性が非常に高く、存在を知るものは社内でもごく僅か、警備も専属で雇う徹底ぶりだ。

 

本日警備を担当する二人組も、犯罪を犯して裏の社会に身を窶した連中の一部だ。一応の礼儀は叩き込まれているし、魔界医学によって肉体改造を施され常人の数倍もの力を手に入れているため裏社会の警備員としては問題ない部類だろう。とは言えあくまで仕事は守衛であり、警備(という名の戦闘)を担当するオーク共よりは劣る程度でしかないのだが。

 

さて、表での騒ぎも収まり襲撃犯を捕えたという報せに胸を撫で下ろしつつ業務を淡々とこなしていた時の事だ。地下駐車場から一台の高級車が出庫してきた。誰が出てきたのか確認しようとして、すぐにそれが社長の愛車だと気づいた。何度もここで出入りしているのだから、見間違えようがない。慌てて二人は道路への誘導を始める。

 

よく見ると、運転手と助手席の女は見た事がない人物だった。いつもは専属の運転手のみで隣は空席だったはずだが。車の窓は黒いスモークガラスなので社長の姿は見えないので確認は取れなかったが、運転手に不審な様子はなく堂々としていた事から問題ないのだろうと二人は判断した。

 

走り去る際運転手が手を軽く振って来たので、新しいドライバーはずいぶん気楽なやつなんだなと思いながら警備に戻る。

 

頭を撃ち抜かれた社長が死体で発見され、二人が致命的なミスに気が付くのは明朝、シフトが終わる直前のことだった。

 

 

 

 

 

 

 

「本当に行けるとは思いませんでした……」

「見た目を取繕えば何とかなるもんだ。駄目なら強行突破しかなかったけどねえ」

(成功してよかった……!)

 

事前に用意しておいたスーツに着替える事でドライバーと秘書に扮した俺達は、怪しまれることなく無事に脱出を果たしたのであった。

 

そのまま、一般道を走らせ湾岸沿いに位置していたビルから離れていくこと暫し、郊外にほど近い場所にある高級ホテルに到着した。ここは今回の任務のために俺が個人的に(ここ重要)セーフハウスとして確保しておいた場所だ。何故か誰もこういう下準備とかしてないんだけど、俺はいざというときの為に拠点を毎回確保するようにしている。

 

今回のホテルには事前にチェックインを済ませているし、作戦が失敗して追撃されたときに備えて予備武装を満載したトランクも運び込んでいる。何時でも逃げ込めるよう準備には万全を期している、抜かりはない。

 

「ここ……ですか?」

「ああ。部屋はもう取ってあるから、あの二人(荷物)運べばいいだけだ。フロントマンに頼んで運んで貰えるから、そこまで手間も掛からない」

 

今回俺が使うホテルはサービスが良く清潔かつ上品な高級ホテルとして評判の場所だが、その実闇の住人と繋がっている裏の顔を持っている。とは言え、裏家業に手を出している訳ではなく政治家や企業の上役がそういうこと(・・・・・・)に使用することを多額の金で黙認しているだけなのだが。此方が何を持ち込もうと口出しせず、口も堅い、表ではクリーンを通している連中が使うには持って来いってことだ。

 

「一旦ホテルの前に付けるから、荷物運ばせて先に部屋行っててくれ」

「田……デルタは?」

「これ捨ててくる」

 

ゴンゴン、と握った手の甲でハンドルを叩き乗ってきた車を示す。目的は勿論証拠隠滅だ。監視カメラに映ってるのは仕方ないとしても、実物を調べられるのは流石にまずい。持ち帰ってもしょうがないし、早々に処分するのが得策だ。

 

とは言えただ捨てただけでは不法投棄になってしまうので足が着いてしまう。そこで、裏社会で商売している言わば闇ディーラーに持ち込んで買い取って貰う。こうすればナンバープレートやら何やら面倒なことはあちらが勝手に処理してくれるし、俺は懐が潤う。完璧な作戦だせグヘヘヘ。勿論氷室には言いません。

 

「それじゃあ、行くぞ。自然体でいれば変に怪しまれないから、そこだけ気を付けて」

「はい……!」

 

 

 

大きなスーツケースに詰め込んだ班員二名と氷室をホテルマンに任せ、高級車を売りに行く。場所は都心からほど近い裏通り、街灯が少なく闇に飲まれたかのように思わせる場所にひっそりと佇んでいるその店が懇意にしている業者の城だ。盗品だろうがなんだろうが実物を持ち込めばなんでも買い取って闇市に流してくれるので、よく米連から奪った装備を横流しさせて貰っている。

 

持ち込んだ車は、どうやらかなり改造を施していたらしく、思っていた以上に高値で売れた。この店アフターサービスは完璧だけどその分売値安いからあんま期待してなかったんだけど……まああの社長に感謝しておこう、草葉の陰で喜ぶぞう!金はほぼ装備代に消えるけどな!

 

まあそんな感じで臨時収入にホクホクしながらビルの上を跳んでホテルへと戻ってきた。タクシー代なんて一々払ってられるか。

 

勿論そんな所を見られるのは不味いので、人目のない路地で地面に飛び降り、大通りに出てから堂々と正面入口から入る。ホテルマンに私用から戻った事を告げ、チェックインした部屋へと向かう。

 

エレベーターの浮遊感に身体を侵されながら待つこと十数秒ほど、目的の部屋がある階層に到着する。一度来ているので迷うことなく部屋の前まで歩を進め、持っていた鍵でドアを開けた。そこには俺が来るまで待っていたのだろう、開けることなく放置されたキャリーケースが二つと―――

 

「ひゃぁっ。た、たた田上さん!?」

 

 

―――ベッドの上でスーツをはだけさせ乳房と股座にそれぞれの手をあてがっている氷室の姿があった。

 

……。

 

…………いや、どうしたんだよ。

 

「あの、氷室さん。別にそういうの否定するつもりはないけどさ、任務中にするのはどうかと思うなぼかぁ」

「ち、ちちちち違いますっ!いや違わないですけど!ずっと身体が疼いて、鎮めようとしていただけでーーー!」

「身体が……?」

 

そこでハッと気づいた。氷室はあの調教部屋で強力な媚薬であるオークの精液を多量に摂取させられ、その上で社長に犯される前に救出されていたのだ。毅然とした彼女の態度で気付かなかったが、彼女はずっと催淫状態にあったのだ。

 

何て事だ、俺はそんな彼女の様子に気付いてやれず、あまつさえ自分の都合で単独させていたのか!!これは全身全霊を持って、彼女に償わなければならない!

 

「だから私が、任務中にじ、じぃ……するような変態ではーーー何で服を脱いでるんですか!?」

「決まってるだろ?その疼きを鎮めるのを手伝うのさ。……気付いてやれないで、すまなかったな(精一杯のイケボ)」

「べ、別にいいですから……ひゃあ!ず、ズボンおろさないで!!」

 

理論武装を完了させた俺は、スルスルとスーツを脱いでいく。対する氷室はベッドの上で必死に身体を隠そうとしているものの、汗で艶めかしく濡れた肌が媚毒に蝕まれビクッビクッと跳ねている様が覗いていた。

 

 

「そ、それよりも!学園に連絡を入れないと……」

「あ、それもうやっといたから。回収部隊派遣してくれるらしい。侵入を気付かれた様子もないし、俺達の仕事はこれで終わりだ」

「無駄に仕事が早い!」

「だから遠慮すんなって。部隊が到着するまで四時間程、それまでたっぷり相手してやるさ」

「いえ本当に大丈夫なので!私のことは気にしな、いで…………」

「ほら、もう視線は釘付けじゃないか。身体は正直なんだよ」

「……ハッ!ち、違います!今のは決して、田上さんの……その……あ、アソコをみていたのではなくですね……!」

「誤魔化したってしょうがないだろ。どう考えても正常な状態じゃない。下手に長引かせて今後に支障が出たら元の木阿弥だ」

 

今の氷室は、強制的に発情させられてそれを発散していない状態だ。水風船で例えればわかりやすいだろう、氷室という風船に毒水のような性欲が逃げ場のないまま溜まり続けている感じである。このままいけば、風船が破裂するように氷室の精神が崩壊する可能性がある。それを防ぐ方法はただ一つ、氷室を蝕む快楽欲求を満たせばいいのだ。

 

 

じゃけん、二人でおせっくしましょうねぇ(暗黒微笑)

 

 

「そう言うわけだ。わざわざそんなのに耐えるより、スッキリするほうがいいだろ?」

「だ、大丈夫ですからお構いなく……!ゆっくり迫らないでください服着てください!」

「おいおい遠慮すんなよ。俺だって愉しみたい……おっといけね、お前が心配なんだって(イケボ)」

「本音漏れちゃってますけど!?……んひゅぅ!?」

「ほら、軽く撫でただけでこんなになってる。ここもこんなに固くなっちゃって」

「ひぅっ!?む、胸触らないでっ、いい加減怒りますよ……きゃ!?」

「怒られるのはいやだし、サクッと始めちゃおうか。前戯いらないくらい濡れてるしダイジョブっしょ」

「えっ……ま、待って下さいそんな大きいの入ら……ふぁあぁぁんっ!?」

「んぐ……っ。じゃああれだ、何回かヤれば収まるだろうから、それまでの辛抱だ!」

「結局私犯されてるじゃないで……ぁんっ」

 

その後、回収部隊到着までの四時間、まるで時間を忘れて獣のように交わり合ったのは言うまでもなかった……俺の明日はどっちだ!

 

 

 

 

 

 

 




対魔忍シリーズはやったことないけど、マッポーめいた世界観とか好きなので書きました。というかこのために決戦アリーナ始めた。

具体的な描写無いならR-18じゃないよネ!というガバ理論でぎりぎりのエロ描写に挑戦しています。そのため主人公が割とゲスみたいになっちゃってるけど、頭のネジ飛んじゃっただけで常識と良識はちゃんと持ってるから安心だね!

しかしなんでマイナータイトルばっか書いてるんだ俺は……?


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休息はなく、されど行く道に困難は山積する

一話だけでお気に入り159人に加え評価バーが付く……!?一体何が起こってるんだぜ……。

ま、それだけ俺の文章力が高まったってことかな!(超慢心)



五車学園

 

対魔忍たちの本拠地であり、未来ある対魔忍の卵達が学生として過ごす学び屋である。

 

そんな、本来ならば平穏を守られている場所に、とある男の絶叫が響き渡るーーー!

 

「なあぁぁぁんで補充物資がこんだけしかないんだぁぁぁぁぁッ!!!」

 

まあ言わずもがな、俺こと田上宗次なんだけどな!

 

「そう言われてもねぇ。申請出して受諾されたのがこれだけなんだから、仕方ないじゃん?」

「じゃん?じゃねえよ!何で9mm弾とか5.56mm弾しかねえんだよ!現地回収できるわそんなもん!それよりP90用の5.7×28mmとか対物ライフル用の実包とか、手に入りにくいやつが欲しいの!」

「届いたのこれだけだからねえ、文句は上の方に言って貰わないと」

「くっそぉ……」

 

思わず頭を抱えその場でしゃがみ込む。頭が痛い、はっ吐き気もだ……(某吸血鬼感

 

さて、冒頭から俺が何をしているかと言うと、事前に申請していた補充物資の受領を行っていたのだ。

 

対魔忍は秘密機関とはいえ一応は政府直属の特殊部隊という位置付けでもある。消耗品や武装などは基本支給されるし、必要とあらば政府系他組織の支援も受けることが出来るのだ。

 

そのはずなのに何で申請した物の半分もないんでしょうねえええ!?届いたのも戦場や闇市漁れば集められる希少価値がごみみたいな大量生産品しかないしよおぉ!一応は政府系の組織なんだからもうちょっと羽振りよくしてくださいよぉ!

 

……ふぅ。落ち着け俺、取り乱しても意味がないんだ、be coolだぜ。叫ぶよりまずやれることをしよう。Why don't you do your best!

 

「……わかった、今日はこれ受け取って帰る。もうやだ、対魔忍辛い。米連にでも移籍しようかなぁ……」

「冗談でもやめてくれよ、貴重な近代兵器使いがいなくなっちまうじゃねえか。俺とミリトーク出来んのお前しかいないんだぜ?」

「そう思うんなら、次はポケットマネーで良いもん買っといてくれよ。んじゃ」

 

自他共に認める重度のミリオタである装備課のおっちゃんから一箱分の弾薬を受け取って部屋へと戻る。粗悪品混ざってないかチェックしないとな、戦闘中に不発でしたーなんて言われたら困る。

 

先日の社長暗殺の時には囮(笑)が上手く機能したので消耗は最低限で済んだが、その前の任務では強靭な敵魔族に味方が突っ込んでしまったため虎の子であるアンチマテリアルライフルまで引っ張り出して派手にドンパチしていたので弾薬がかなり不足してしまっている。いつ使うか分からないから取り急ぎ欲しかったんだが……別口で買うしかねえなぁ。やっぱポケットマネーだよなぁ……自転車操業させられてる気分だぜ。

 

財布が軽くなる音を幻視して溜め息を漏らしながらガッチャガッチャと箱を抱えて歩く。と、

 

「えった、田上さん!?」

「ん?」

 

聞き覚えのある声が耳朶を打つので、とりあえず振り返る。そこには五車学園指定のモスグリーンの制服に身を包み、手にはプリントの束を抱えた紫陽花色の髪の少女が、驚愕した表情でそこに立っていた。

 

「あれ、俺の下で気持ちよさそーにあんあん喘いでた氷室さんじゃないっすか。こんな所で奇遇だな」

「なっ……!?こ、こんな所で何て事を……人聞きの悪い事を言わないで下さい!」

「でも事実だろ?あんなに激しくお互いを求め合ったのになぁー!氷室さんもう忘れちゃったのかー!あんな甘えた声で好き好きって言ってくれたのにー!」

「~~~っ!!」

 

まあどうあがいても事実であることに変わりはないので反論することも出来ず、氷室は言葉にならない声を上げながら涙目で此方を睨んでくる……顔真っ赤にして少し膨れてるから怖くないぞー?

 

「ああいや、悪かったよ。少しからかっただけで、馬鹿にしたつもりはないんだ。すまんかった」

 

氷室のむくれた表情は可愛かったのだが、流石にこれ以上やって怒られるのも嫌なので先んじて謝罪する。ここから下手に普段の生活態度まで文句言われたら叶わんからな。

 

「…………やけに素直に謝るんですね」

「そりゃ、悪いと思ったら謝るさ。女の子いたぶって喜ぶ趣味はねえしな」

「開口一番あんな事言った人の言うこと何て信じられないです。私の事も散々慰み物にしたくせに」

「女の子イジメて快楽に喘ぐ声鳴かせるのは大好きだから。せっかくなんだから可愛い女の子にも気持ち良くなって貰わないとね!」

「…………最っ低」

「えっ!?そこまで言うほど!?うわぁ目線が絶対零度並みに冷たい!」

 

わりかしまともな趣味暴露したら死ぬほど冷たい目線を頂戴した。苦痛与えて楽しんだり絶望させて愉悦っ!するよりはかなり真っ当だと思うんだけどなぁ!あと女の子からそんな目で見られてかなり心に来てる!ぶっちゃけ辛い!

 

俺が心に走る軋みに耐えていると、何かを思い出したように氷室が蔑んだ表情を一転させ、何故か気恥ずかしそうに顔を赤らめる。

 

「ーーーーーーー」

「……ごめん、何だって?」

 

視線を彷徨わせながら何かを言ったようだが、蚊の鳴くようなか細い声だったのでよく聞き取れなかった。なので失礼を承知でもにょもにょと動く口元に耳を寄せた。

 

 

「……あの、えっと……助けてくれて、ありがとうございました……酷いこと言って、ごめんなさい……」

 

氷室は今にも消え入りそうな声で、しかし確かにそう言った。

 

ーーーーーーー。

 

「ーーーハハッ」

 

思わず、笑いが漏れた。

 

「なっ!?笑うってひどくないですか!?勇気を振り絞って言ったのに!」

「プッ……クククッ!いや悪い悪い……っ!り、律儀だなぁって思って……ぷぷぷっ」

「~~~っ!!あなたやっぱり最低です!酷い人です!」

 

俺の笑いをバカにされたと勘違いしたのだろう、氷室は恥ずかしそうに伏せていた顔をバッと上げ、怒ったように抗議してきた。

 

まあ謝られたのにそれを笑ったんだから、そう思われても仕方ないのだろうけど、彼女の律儀さに呆れてしまったのは本当なのだ。

 

「ばっかだなぁ、お前は。感謝も謝罪もしなくていいんだよ。お前は俺に慰み者にされただけなんだから。強姦魔に感謝なんざしてんじゃねえよ」

「いえ、でも私はあの時躯が火照ってどうしようとないところを助けて貰いましたし……」

「確かに建前として理由は付けたし結果的に助けた形にはなったが、俺は自分の快楽のために無理矢理お前を犯しただけだ。お前は強姦された被害者で俺は加害者、それ以上でも以下でもないんだから、『よくもあんなことを!』って俺のこと恨んでりゃいいんだよ」

 

媚毒に苛まれていたあのとき、氷室を薬で眠らせたり彼女自身に欲望を解消させたり、他にもやりようは幾らでもあった。それを俺は自身の欲求を満たすためだけにそれらしい理屈をこじつけて、逃げ道を断った上で彼女を犯した。

 

勿論、後悔何てしていないし反省してるわけでもない。やりたくてやったことだし、愉しかったんだから。次に同じような場面に遭遇したら、同じようなことをして同じように楽しむだろう。

 

だが、被害者が加害者に感謝する何てことはあってはいけない。だってそれでは道理が通らないだろう。善因には善果が、悪因には悪果が在るべきであって、その逆は決して在ってはならないのだから。

 

「……」

「……何だよ、何か言えよ」

 

俺の言葉を聞いて、何故か氷室は驚愕に目を大きく開いた。宇宙人でも見たかのようなその視線に気まずさを覚え思わず顔を背ける。自分の思想を思わず吐露してしまったので、結構恥ずかしいから何かしらリアクションしてほしい。それこそ罵倒でも何でもいいからさ、沈黙が痛い……。

 

「……フフッ」

「あ?」

 

だがそれに対する氷室の答えは、漏れるような笑い声だった。手を口元に寄せ上品に、しかし心から嬉しそうに笑っている

 

「フフフ……ごめんなさい、つい、我慢出来なくって」

「何で笑ってるのか理解出来ないんだが……そこは『都合の良いときだけ善人ぶって!最低!』とか怒る場面じゃないか?」

 

何故笑われたのか、しかも嘲笑ではなく楽しそうに微笑んでいるのかが理解出来ず、心底から疑問を問うて見ると、一頻り笑って満足したらしい彼女が俺に向き直って、真っ正面から視線を交じらせて口を開いた。

 

 

「ええ、そうですね。あなたは本当に酷い人です。私にあんな事をして、絶対に赦しませんからね?」

 

そう言った彼女の顔は放った言葉とは裏腹の、混じり気がない純粋な笑顔だった。

 

 

 

 

 

 

「へえ、その箱全部が補充物資なんですか」

「ああ、申請してた分がようやく届いたって言うから取りに行ってたんだ。だってのに受領されたのは何処にでも手に入る希少性の欠片もねえ大量生産品だけだし……!」

「……そんなに弾薬って消費するんですね」

「これ、ここ二月分の補給だぞ」

「あっ(察し)」

 

時期によってマチマチではあるが、ここの物資供給がザルすぎる。かと思えば上忍や優秀な学生(主に女子)には手厚すぎるほどの援助が行われてるみたいだし……確かに俺落ちこぼれだしウケよくないかもだけど、補給で依怙贔屓とか組織が一番やっちゃいけないことだよね?

 

「私のほうでも申請出しておきましょうか?」

「マジ!?……あ、いや。そんな事したら目を付けられるか、理由聴かれて却下されるのがオチだな。気持ちは有り難いけど何とかこっちで確保するから、大丈夫だ」

「何とかって……当てはあるんですか?」

「自腹」

「あっ(察し)」

 

そんな感じに、道すがら毒にも薬にもならない世間話(主に俺の愚痴だが)をしていると、突然聞き慣れた声が校内放送から流れてきた。

 

『二年の氷室花蓮さん、及び田上宗次さん。至急校長室まで来てください。繰り返します、二年のーーーー』

 

「……何か呼ばれたな。何かやらかしたっけ?」

「先日の任務についてでしょうか」

「報告も報告書の提出済ませただろ、全部俺が。まあお前ら寝てたから仕方ないけどさ」

「どんな要件でしょうか……とりあえず、私はこのプリントを職員室まで持って行きます」

「俺もこれ置いてから向かうわ。多分そっちが先だろうから、すぐ着くって伝えといてくれ」

「わかりました。それでは、また後ほど」

 

何故かはわからないが、呼ばれたからにはいかないと行けない。俺は氷室と別れると、荷物を置くために駆け足で自室への道を急いだ。

 

しかし、校長室にってことは、校長が用事って事だよな。一体どんな要件なのか……ヤバい事がバレたとかじゃないといいなぁ。

 

 

 

 

駆け足で寮から校舎へと戻り、校長室に到着した。急いだことで僅かに乱れた呼吸を整えてから、重厚な木製の扉を三回ノックする。

 

『どうぞ』

 

部屋から凛とした女性の声が僅かにくぐもって聞こえてくる。俺は失礼します、と扉を開いて中に足を踏み入れた。

 

校長室には、先に来ていたであろう氷室が直立して待機しており、更にその奥には五車学園の校長ーーー井河アサギその人が椅子に腰掛けている。

 

当代最強の対魔忍と言わしめる実力者であり、『対魔忍シリーズ』という(ネタ的な意味で)一大コンテンツを生み出す始まりとなった言わば顔役、と言えば聞こえはいいが、実際は幾度も術中にハマり犯されアへ顔晒している女である。有り難みの欠片もねえ。

 

「すみません、遅くなりました」

「いいえ、話は花蓮から聞いたわ。それに急いで来たようだし、わざわざ責めることでもないでしょう」

 

校長に促され、氷室の隣でなおれの姿勢をとる。身体を鍛えるとき軍隊式で訓練したせいか、こういった癖が抜けないんだよなぁ。話を聴こうとしてるだけなのに、そんな固くならないでとかよく言われてしまう。

 

「さて、二人とも、まずは任務お疲れ様。持ち帰ってくれたデータから販売ルートの特定も進んでるし、十分な戦果よ。本当によくやったわ」

「いえ、私達は何も……全部田上さんに押し付ける形になってしまって、最後も助けて貰って……」

 

氷室はそう言うと、真っ直ぐ前を向いていた顔を少し俯かせる。その表情には申し訳と悔しさが滲み出ていた。きっと彼女は、何も出来なかったことを気に病んでいたのだろう。ただ失敗したわけでも大人に助けられたわけでもない、同じ学生という立場にあるはずの俺に尻拭いをさせてしまったことが、生真面目である彼女の心に挫折感として重くのしかかっているのだ。

 

「花蓮、失敗は誰にでもあるわ。それを後悔する事もね。でもそれを次に活かせるかどうかは貴方次第よ。今度は貴方が彼を助けられるように精進しなさい」

「……はい」

 

いやぁ失敗して恥辱味わいまくった人の言うことはちがうなぁ(棒)。ていうかマジで助けてくれる奴欲しいわ。俺戦闘能力ホントゴミだから、クソザコナメクジだから。

 

「田上君も、お疲れ様。貴方のおかげで三人も無事帰ってこられたわ。単独行動の件も彼らに原因があるみたいだし、こちらからしっかり指導しておくわ」

「お願いします。仕事に支障をきたしますから」

 

俺の敬意の欠片もないようなドライな返答に、校長は僅かに苦笑し、そしてすぐに真剣な表情へと切り替える。それだけで場の空気にピリリとした緊張が走った。隣からは、それに当てられてか緊張で肩肘張った雰囲気が伝わってくる。漸く本題か。

 

「貴方達に新たな任務を与えるわ。内容は捕らわれた対魔忍の救出作戦。上忍二名と中忍複数名に学生数人の混成部隊での作戦になるわ。詳細は作戦班でのブリーフィングで。何か質問は?」

「すみません、一ついいでしょうか」

「ええ、どうぞ」

「何故、私が選ばれたのでしょうか。実戦経験や戦闘能力の高さから見ても、他に適任な人がいると思うのですが。水城さんや秋山さんのような……」

 

氷室が不安そうな声音を隠しきれず疑問を口にする。実際、彼女よりも話に上げた『雷撃の対魔忍』や『斬鬼の対魔忍』のほうが強いだろう。氷室は真面目な優等生で優秀ではあるが、能力も経験もそれら一戦級の対魔忍には劣っているのだ。

 

というか氷室さん?何で『私達』じゃなくて『私』なの?俺も仲間に入れてくれない?俺弱いよー超弱いよー?

 

「そうね、確かに能力面において貴方たちより強い学生は何人もいるわ。でも、私は貴方たちの冷静な判断力を買っているのよ」

「冷静な……判断……」

「任務中はどんな不測の事態も起こり得るわ。そんなとき、冷静に対処出来る力が、貴方たちにはある。でもそれは実戦の中で伸ばさなければ活かされない、だから今回の任務に貴方たちを推薦したの。これでは不満かしら?」

「……いえっ、光栄ですっ。期待に応えられるよう、誠心誠意励みますっ!」

 

氷室が涙ぐみながらもハッキリと答える。彼女にとって、これは宣誓なのだろう。誰よりも、自分自身に対しての。

 

……しかし、挫折しているところにこれとは、傷心につけ込んでるみたいだな(酷い言い掛かり)

 

「……話は以上よ。ブリーフィングは明日の午前10時から。今日はしっかり休んで、明日に備えなさい。いいわね?」

「はいっ」

「了解」

 

校長の命令に答え、俺達は部屋を後にする。この後は補充した弾薬を軽く確認してから寝るだけだが、その前に氷室を落ち着かせる仕事が残っているようだ。最強の対魔忍であるアサギに認められて気持ちが高ぶるのは分かるが、それで功を逸り判断力が鈍りました何てお話にならんからな。

 

しかし、また救出作戦か。いや、前回のは作戦中に発生した追加作業であって、元々の任務は暗殺でしかなかったんだが。いやだなぁ、今度も味方がイキって捕まって助けなきゃいけないとかはやだなぁ。見捨てて帰っちゃダメですかね?ダメですかそうですか……。

 

マジで敵に捕まらないで欲しいと思わずにはいられない俺であった。

 

 

 

 

校長室から退出した二人を見送って、アサギはフッと息を吐いた。緊張していたわけではないが、緊張感は持たなければならないため必然的に肩肘張らざるを得なくなるのだ。

 

「花蓮は良いとしても、田上君は……」

 

教師陣からの田上宗次に対する評価は、割と低い。協調性が低く実力も低いと認識されているからだ。授業態度は可もなく不可もなく、戦闘訓練でも下から数えた方が早いため誰からも期待されていないのが現状だ。尤も協調性が低いのは周囲の学生が彼を弱者と見下し協力しようとしないからだし、学業成績自体は学生の中でも高い方だ。

 

問題は彼自身がその評価を覆す気がなく、誰かとの関わりを必要としていない点でもあるのだが。

 

「反骨心があればまだいいのだけれど……はぁ……」

 

低評価に甘んじる彼に嘆息しながら、机の上に置かれた資料を手に取る。

 

 

田上宗次、対魔忍の一族である某家の傍流の嫡子。しかし彼の家系は裏稼業とは縁を切り一般人として暮らしていた。そこへ家からの動員が掛かり、適性のあった宗次が対魔忍として差し出されることとなった。

 

ところが彼は特筆すべき忍法を持たず、また14歳と周りよりも訓練の開始時期が遅かったため実力が低く周囲から侮蔑の目で見られながら過ごしたという。家もそれを黙認し、逆に宗次を冷遇するという対処をとった。恐らく彼を子供たちのガス抜きに使おうとしたのだろう。実際、宗次と同年代の少年少女の相当数が彼をバカにしながら成長した。

 

しかし宗次は、それらを殆ど無視して一人で資料を読み漁り、独りで訓練を重ねたという。そんな彼を小馬鹿にしたりちょっかいを掛けようとしても全て無視され、直接暴力に訴えたり嫌がらせをしようとした場合は反撃や『過激なイタズラ』によって逆に泣かされることとなり、何時しか彼に手を出そうとするものは居なくなっていた。まあ周りからは距離を取られ、先の任務のように別行動を強いられることも多いようだが。

 

固有の忍法や特殊能力を持たないため戦闘能力はあまり高くはなく、苦手意識があるらしい近接戦闘は特に低い。また危険と判断した場合時には仲間すら置き去りにして逃げるため、「意気地なし」と蔑まれ評価を得る機会を悉く逃してきた。そのためか、彼の任務達成率は五割から六割程度と同年代の学生と比較すると少ない。

 

だが、逆に彼は敵に捕縛されたことが一切なく、捕捉されることも数えるほど、撤退したとしても警備の配置や施設の状況、事前情報になかった増援やトラップなどの情報を必ず持ち帰り次への布石を整える。一言で言えば対魔忍よりも隠密の素質がある少年だと言えるだろう。また総じて脳筋思考の強い対魔忍の中で事前準備や裏工作を重視するタイプで、高い危機察知とリスク管理能力によって不利な状況を冷徹に判断し即座に後退という選択を取ることが出来るのは、それだけでも貴重な戦力となりうるのだ。

 

そんな彼らの、本来当然持っているべき用心深さと慎重さを、他の学生たち(一部対魔忍にも)に少しでも学んで欲しい。任務を終えたばかりの花連と宗次を人選に推したのは、それが理由だった。後はまあ、彼の立場が少しでも改善されれば、という想いもないではないが。

 

「彼女たちに引率と護衛を任せてあるから、余程がない限り危険な目には合わないと思うけど……」

 

指揮を任せた上忍2名を思い浮かべながら、アサギは学生たちの無事と得るものがあることを願うばかりであった。

 

 

 




中継ぎ回なのでえちぃ描写はないです。これは真面目な対魔忍ssだぜ!

話の流れでアサギ出したけど思ったより理知的になってしまった……もっと頭対魔忍にしたほうがいいのかもしれないけど、アサギやったことないからキャラ掴めんかったのじゃぁ。

ちなみに花蓮ですが、宗次に対する好感度はかなり高いです。ピンチから颯爽と救け出され処女を貰われて(実はまだ犯されてなかった)四時間たっぷりイチャラブセッ!したからね。からかわれても実際気持ちよかったから何も言い返せないし。具体的に描写してみると、花蓮が膝の上にコアラのように抱えられながらゆさゆさとんとんと快楽に蕩けさせられてるところに何かノリで「最高に気持ちいいわ。好きだぜー」って言われちゃって、湯だった思考で無意識に「すき!わたしもすきぃ!」って言い返しながらぎゅぅっと痛いくらいに宗次を抱きしめていちゃいちゃしてた、みたいな感じ。後一回抱いたら多分堕ちる。チョロいぜ。


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何事も始まる前の準備は必要、しかし彼らは対魔忍である

ふ、ふぉぉぉ!?日刊ランニング1位!?お気に入り4000越え!?評価人数134人!?しかも滅茶苦茶感想来る!?やったぜやったぜ!\(^ω^\)( /^ω^)/
皆さん、本当にありがとうございました!SCP書いてて遅れてしまいましたが、ようやく出来ました!お待たせして申しわけないです。

あと、今回は前後編に分けました。本当は戦闘シーンとか書きたかったんですが、前段階で9000文字行ったんで流石に分けました。なので少し話の進み悪いですがご容赦下さい


五車学園の会議室。現在ここは、救出作戦に参加する実働部隊のブリーフィングルームとして利用されていた。

 

カーテンが閉め切られ薄暗い室内で、プロジェクターから投影された映像の反射光によって机などの備品や集められた対魔忍達が、うっすらと照らされていた。

 

そんな中、一人の女性が声を発した。

 

「はーいみんなちゅーもーく!これからブリーフィングをはじめるよー!」

 

ハキハキとした声が部屋に響き渡り、全員の視線がその声の発生源へと向けられる。

 

「ここにいる人はほとんど知ってると思うけど、私は蘇我紅羽。今回の作戦指揮と隊長を勤めることになったから、みんなよろしくっ」

 

そう言って彼女、蘇我紅羽はチェシャ猫のような笑みを浮かべながら、ミディアムボブを揺らした。事前に確認した資料によると五感を獣並に強化する忍法の使い手であり、本来であれば偵察や隠密行動を得意とする対魔忍だ。それが今回の任務に駆り出されたのは、おそらくその高い索敵能力による危機察知とその潜入任務で培った判断能力を買われたからだと思われる。

そしてそのまま隣に立っていた白髪の少女の背を押した。

 

「それで、こっちが……」

「同じく作戦に参加することになりました、七瀬舞です。私の『紙気』の力があればこの程度の任務など些末な事です。安心して任せてください」

 

背中を押された少女、七瀬舞は表情を変えることなく悠然と告げる。彼女は本人も言っていた通り『紙気使い』と呼ばれ、対魔粒子を充填した紙を操り戦う対魔忍だ。彼女の操る紙気は鋭利な刃や強固な結界、果ては爆発物にまでその姿を変えて高い柔軟性と応用力を発揮するらしい。俺含め数人いる学生を守り、かつ敵を殲滅するにはうってつけの能力だと言えるだろう。

 

朝早く、ブリーフィングだけとあってか、上忍二人は私服姿だ。蘇我さんはTシャツにジーパンというラフな格好でスラリと伸びた背丈と服の下からでもわかるメリハリのある体躯を併せ持つモデルのようなスタイルを見せつけ、七瀬さんはYシャツの上にカーディガンを着込み下はフリルのミニスカートという清楚な格好ながら幼さ残る顔立ちと豊満な肉体から来る妖艶さをどこか醸し出していた。

 

「……ぃでっ。おい、なんだよ」

「……別に?何でもありませんよ?」

 

何となしに二人を見ていると、隣に座った氷室が何故か小突いてきた。いや、俺は別にいいんだけどさ……。

 

「さて、早速だけど任務について説明するよ」

 

そう言って、蘇我さんはプロジェクターで投影された資料にレーザーポインタを向ける。壁に掛けられたスクリーンに映し出されたのは、救出対象である対魔忍の写真、能力を始めとした様々な情報が記載されていた。敵に捕縛された当時の状況まで簡潔に書かれた、言わばその少女の人生の縮図だ。

 

「今回の救出対象は杉山愛美。捕まったのは4日前、ノマド系列の組織への潜入及び施設の破壊任務中に捕縛されたみたいだね。木遁で作った木偶人形を操ることを得意とする子だったんだけど、施設内で人形が破壊されて補充する間もなくって感じらしいよ」

 

改めて投映された資料に目を向ける。木遁・椿舞という『木人』ーーーまあ木で出来た人形かーーーを作る能力を持っているらしい。捕縛されたときは蘇我さんが語った正にそのまま、限界が来た木人が損傷し周りに木のない地下施設内で敵に囲まれあえなく、ということのようだ。

 

しかしこの能力ピーキーだな。確かに戦闘能力のある人形を作って戦わせる方法は自身が強くなるより確実で破壊されても再生成すればいくらでも戦えるけど、材料が木だからそれがない所だと壊れればそれまでだ。街中には街路樹があるとは言え、公共物をおいそれと破壊などしていい訳ではない。何もないところから木がニョキニョキ生えてくるわけじゃあるまいに。

 

「しかし、ノマドかぁ……」

 

聞きたくなかった単語に、他の奴に聞こえないよう密かに嘆息する。

 

ノマドは原作にも登場したとてつもない規模を誇る多国籍企業であり、対魔忍アサギシリーズラスボスにしてシリーズ一理不尽とも言われている吸血鬼の王、エドウィン・ブラックの所有物である。

 

表向きには普通の企業を演じつつ、裏では日夜人間を食い物にして利潤を貪る魔族の巣窟。当然対魔忍や米連にとっての仇敵であり、何としても打倒しなければならない相手である。

 

しかし俺個人にとっては、出来れば関わりを避けたい相手でしかない。だって下手に目を付けられたら面倒事しかないんだもん。間違ってブラックに目を付けられたなら、俺は自決する以外に道が無くなってしまう。

 

閑話休題(それはさておき)

 

「そこで、その施設から東京キングダムへ輸送されるところを強襲して彼女を奪還、五車学園まで連れ帰る事が今作戦の目標になるね。何か質問は?」

「すみません、一つよろしいでしょうか」

 

作戦の概要を説明しメンバーに視線を向けた蘇我さんに対し、氷室が物怖じせずに手を挙げ発言の許可を求めた。

 

「おっいいよ。たしか、氷室ちゃんだっけ。何が気になったの?」

「はい。護送されているところへの強襲が必要ですが、輸送が行われる時間や経路などはわかりますか?」

「うん、それについては大丈夫。これを見て欲しいんだけど……」

 

蘇我さんが手元のPCを少し弄ると、個人情報が満載された画面が切り替わり地図と表が記載されたものを映し出した。恐らく、これが輸送経路とスケジュールなのだろう。湾岸を表す地図には、東京キングダムへと続く道筋が赤い矢印によって示されていた。

 

「これが護送車の経路とスケジュールの情報。これによれば、22時頃には廃棄された工業地帯を通過するから、ここで攻撃を仕掛けるよ。で、護衛してるであろう敵を殲滅して対象を救出、撤退するのが大まかな流れかな。他に聞きたいことは?」

「いえ、大丈夫です。ありがとうございます」

「そっか、ならよかった。じゃあ次は細かい所も詰めちゃおう。皆も、何かあったら遠慮なく言っていいからね」

 

そこからは蘇我さんが地図を示しながら配置や突入及び撤退経路を説明していく。作戦というには大雑把だが、これを叩き台にして詳細を詰めていくのならば十分だ。

 

蘇我さんが説明を行い、部隊のメンバーがそれに対し質問や提案を行いながらディスカッション形式で会議は進んだ。と言ってもメンバーの中で意見を出しているのは氷室他数人程度で、他は頷いたり感嘆符出したりしてるだけだった。おいお前等、自分達の任務なんだからもっと頭使えや。ちなみに俺は静観中、少し気になることがあったから様子見してるところだ。

 

「……よし、いい感じに纏まったかな。他になければこのプランで最終決定するけど、何かまだある人ー?」

 

と、どうやら様子見してる間にブリーフィングも終盤、決定案として纏めに掛かっているようだ。この作戦なら俺としても十分だとは思うけど、一つ確認しなきゃいけないことが残っている。誰も聞いてくれてないからなー。

 

「すみません、一ついいですか?」

 

……おい、何で俺が手を挙げただけでギョッとするのか教えて貰おうか。氷室もお前、その心配そうな眼差しは何だよ。そんな「何もしないで」みたいな表情すんなよ流石に失礼だぞ。

 

「おっ、どうしたの?ずぅっと機を窺うように沈黙していた田上君?」

「別にそういうわけでは……ただ聞きたいことが残っているだけです」

「へえ?ここまで結構話詰めたのに、まだ残ってる疑問があると。何かな?」

「この情報、ソースはどこですか?もっと言ってしまえばどれくらい信憑性がありますか?」

 

俺の言葉に、弛緩しかけていた部屋の空気が凍った。更に七瀬さん含めたメンバーが厳しい視線を俺に向けてくる。まあ割とよくあることだからいいんだけどさ、にんまり笑ってる蘇我さん、確信犯だよね?

 

「この情報は、ノマドに潜入している対魔忍が持ってきたものだよ。流石に名前までは出せないけど」

「その対魔忍が敵方に寝返ってない保証は?後、その人だけですか?他の情報源はありますか?」

 

ざわざわと室内にどよめきが広がる。仲間を重んじる対魔忍にとって、裏切ったことを前提に考えるのは割と異端というか、あってはならないことだ。故に過半の対魔忍は味方が裏切るという発想が致命的に欠如している。あのアサギが敗北したのも、味方であるはずの井河当主の裏切りだというのに。

 

「聞き捨てなりませんね」

 

と、今まで傍観の姿勢を取り続けた(作戦を詰める必要性を考えてなかったと思われる)七瀬さんの声が、凛と響き渡る。

 

「今回の任務はアサギ様の勅令、つまりこの情報はアサギ様が信頼に足ると判断したものです。それを咎めるということは、アサギ様を信頼出来ないと言っているも同然です」

 

そう言ってるんですけど、と言いたいのを何とか堪え、可能な限り当たり障りのない言葉を選びながら話を続ける。

 

「この際校長は関係ないです。実働部隊である我々が信頼に足ると納得できるだけの理由が聞きたいんですよ」

「アサギ様が認めている情報です。それで十分でしょう?」

 

十分じゃないからこうして突っかかってんだよ……!校長だって戦闘はともかく後方での情報精査なんてからきしだろうに!それが出来るんなら対魔忍シリーズは発生しない。

 

ああ……これ面倒くさい、どうせ捕まんの俺じゃないし、適当に放り出してとんずらしたい……。多分無理だろうけど。わざわざ校長ご指名ってことは、逃げ場ないんだろうなぁ……。

 

それに、アサギが何故俺を救出部隊に入れたのかは何となく察しがついている。他の対魔忍に俺の度を越した臆病さ、慎重さを学んで欲しいのだろう。現に俺のそれを間近で見た氷室は、少しずつだが変わろうとしている。僅かでも俺の行動から何か学び育てば、という思いが読み取れてしまうのだ。そしてそれは、俺にとっても多大なメリットを齎す。何せ周りが有能(優秀にあらず)になれば、俺に回ってくる仕事が減るからだ。そうなれば必然この危険も減るだろうし、何より味方が捕まらなくなれば俺が楽できる。結果、ここで少し手間をかけるだけで将来への投資になるのだ。

 

問題は、ここから何かを学びとってくれるかが微妙な連中だということなのだが……。

 

「そもそも、潜入している仲間の裏切りを疑うことこそ言語道断。彼女らは魔族を倒すという固い決意の元に身を危険に晒しているのです。それを疑うということは、彼女らを侮辱することと等しい行為だとわかっているのですか?」

 

媚薬ぶち込まれただけで即オチ2コマ晒す奴らの何を信頼すればいいんですかねぇ(白目)。決戦アリーナ見てみろ、一回は必ず犯されて高確率で落ちとるんやぞ。例えIFの話だったとしても、それやられればすぐ心折れるってことだろ?画面上なら笑い話で済むけど、現実でそれやられたらダメダメじゃん。

 

だが周りの連中はそんなこと露ほども思わないらしく、殆どが首を縦に振り賛同の意を示している。いや、君らもうちょっと現実見よう?相当数の対魔忍が米連や魔族に寝返ってるんだぞ?もう少し危機感もってくれます?

 

……仕方ない、ぶっちゃけもうやめたいけど乗りかかった船だ。アプローチを少し変えてもうちょっと続けよう。

 

「ではわかりやすいよう例を変えます。潜入がばれていて、偽の情報が流されている可能性は?連中だって馬鹿じゃない、罠を張って我々を誘い込もうとしている可能性だって十分にあります」

「そのための私です。私の紙気は、複数との戦闘ならば更なる力を発揮出来ます。敵の増援が来たとしても、それを破るなど容易いことです」

 

なぁんで増援が来る可能性を考慮して正面突破しか選べないのぉぉ!?強襲ポイント変えるとか敵を無力化する方法考えるとかあるじゃん!正面戦闘出来ないクソ雑魚マンもいるんですよ!俺とか!

 

援護してくれる奴が誰もいない孤立無援の戦いは、俺の勝利という未来がまったくないままそれでも一時間以上は続いたのだった。

 

 

 

 

「それじゃあ作戦決行は今夜、フタサンマルマルに集合して出撃するよ。それまで各自英気を養って万全の状態にしておくように。解散!」

『はい!』

 

蘇我さんの号令と共に、班員は各々部屋から退出していく。勿論、その前に俺を一瞥するのを忘れずに。そうして部屋には俺と氷室、そして終始俺と七瀬(敬称つける気無くした)のやり取りを眺めていた蘇我(敬称つけry)が残っていた。

 

「……だぁぁぁ~」

 

思わず、大きな溜め息と共に机に突っ伏す。流石に長時間ディベート(言葉の殴り合い)するのは精神的にキツい……そもそも俺話し合いとか得意な方じゃないんだよなぁ。相手がまともに話を理解してくれないのならば尚更だし、そもそも理解出来る保証もないままやってたんだよなぁ。

 

「これでは道化だよ……」

「だ、大丈夫ですか……?」

 

総帥してた赤い彗星の如く自身の行いを嘆いていると、隣でずっと心配そうにしていた氷室が此方を伺ってくる。

 

大丈夫だ、という一言を何とか絞り出す。そして机から体を起こすと、ポケットに何故か入っていた飴玉の包装を雑に破き口の中に放る。ああ~練乳の甘ったるさが脳みそに沁みる~……。

 

「あははは。ごめんね、無理させちゃって」

 

そんな心底疲れ果てた俺に、蘇我が笑いながら話し掛けてくる。なにわろとんねん。

 

「いいですよもう。自分の利益のためにやったことでもあるんですから。まあまさか、あそこまで理解力のない脳筋対魔忍だとは思ってもみませんでしたけど」

「……いや、流石にそれ本人の前で言っちゃう?せめて隠さない?」

「大丈夫ですよ、きっと自分が馬鹿にされてることも分からないアホですから」

「聞こえてますよ。紙気の錆にしてあげましょうか?」

 

何故か急にキレ出すじょーにんナナセ=サン。きっとカルシウム不足なんだろう、ほねっこたべりゅ~?

 

ちなみに、この部屋には前述の三人と俺がシカトしていた七瀬の計四人が残っている。「~が残っていた」とは言ったが、三人『だけが』残っていたとは言ってないのである!(叙述トリックごっこ)

 

「かなりキてるみたいだね……ホントにごめんね?アサギ様から頼まれてたんだ、田上君の意見を可能な限り引き出すようにって」

「まあそんな気はしてました。ずっとニヤニヤしてましたもんね」

「えっそんな顔してた、私」

「一目瞭然でした、腹芸向いてないですよ。あと、情報のソース言わなかったの、ワザとですよね?」

「あっ、そっちもバレてた?」

 

参ったね~、とカラカラ笑う蘇我。その態度からは悪気が全く感じられず、こちらも毒気を抜かれてしまうだろう。まあ、俺は彼女を責める気は全くないからいいのだが。

 

十中八九、彼女は俺達全員を試していたのだろう。対魔忍の卵である俺達学生が、与えられた情報をどれだけ理解し、自分で考えることが出来るかどうかを。だからこそ最初に出す情報を最小限にし、質問に答える形で情報を小出しにしていったのだ。学生がどれだけ情報を引き出せるかを試すために。実働部隊の指揮官としては赤点ものだが、テストとしては満点と言っていいだろう。

 

「でもまあ、情報の正確性を疑問視する意見が出なかった時はどうしようかと思ったけどね。最初から其処まで考えてた子がいて何より何より」

「分かってて俺に"あれ"を言わせるとか、あくどいことしやがる……ということは、情報の不正確さを把握した上で今回の任務を?」

「うわ、そっちも気付いちゃうのか、スゴいね君」

 

今度は本気で感心したようにこちらを見る蘇我。そんな目で見られたくて言ったわけじゃないんだが?というかこの人ホントに思ってること顔に出やすいな。付き合いやすくはあるんだけど、娼婦とかで潜入とかさせようものなら一発でバレそう。ま、能力適性考えればそんなこと有り得ないけどな!

 

まあそれはともかく、早く吐くんだよという念を込めて見つめると、思いが届いたのだろう。苦笑い気味に説明を始めた。

 

「これもアサギ様からね、情報の正誤を見極めるための特訓なんだって。情報持ってきた対魔忍も、不確実な情報だって上げてきたらしいし」

「信憑性の低い情報を持ってきたんですか?」

「護送が行われるのは間違いないらしいんだ。ただ、対魔忍を運ぶには情報が拡散しすぎててルートもお誂え向きだから、罠の可能性が高いって。それでも、東京キングダムまで運ばれるよりは救出の目は高いから、判断はお任せしますって感じかな?」

 

確かに、魔族の巣窟である浮島東京キングダムに潜入して取り返すよりは、罠であってもそこに突っ込む方がまだマシと言えるだろう。

 

「……待って下さい。そんな話、私は聞いていません」

「まあ言ってなかったし。それ知ったところで、バカ正直に言っちゃうでしょ?気付くかどうかも含めて特訓なんだから、教えちゃダメだよ」

「むむむ……」

 

話がようやく飲み込めた七瀬が食ってかかるが、蘇我が図星をついた一言で一瞬のうちに歯噛みすることとなった。『私達がまだ提示していない情報があります。どのような物だと思いますか?』とか素直に言ってる様子が目に浮かぶようだ。本人も自覚があるのだろう、ざまぁ。

 

「そう言う点じゃ、氷室ちゃんは合格かな。質問回数も一番だし着眼点もいい。あとは経験を積めば戦闘中でもその思考力を維持できるようになると思うよ」

「あ、ありがとうございます……」

 

唐突に矛先が向いた上にべた褒めされ困惑しながらも礼を返す氷室。辛辣にディスくらった七瀬とは大違いである。

 

「でも、私に田上さんのような事が出来るかどうか……」

「ちゃんと情報精査して、事前準備十二分に行って、リスク管理ちゃんと出来てりゃ十分だろ。そもそも俺は弱っちいからこんな七面倒なことしてるだけで、異能持ちで近接出来るんなら俺みたいにならなくてもいいだろ。最悪危機管理が出来てりゃ何とかなる」

 

うーん、何か氷室が俺を目標に頑張ってる感がある……油断なく慎重に動けるようにはなって欲しいけど、俺みたいにならなくてもいいんじゃないかなぁ。自分で言うのも何だけど、俺のは生き残るための戦い方だからかなり外道混じりなんだよね。

 

「そうだ、作戦のプランて結局このままなんです?敵の増援、確実に来ると思うんですけど」

「まあそうなんだけど、多少の危険は承知の上でもやらなきゃいけないからね。とりあえず強襲前に敵を察知出来たら即撤退、人質を確保した後だったら舞を殿にして全力で退避ってところかな。増援の規模がわからないから詳細まで詰め切れないんだよねー」

「敵が来るタイミングは十中八九人質確保してからでしょうね。地形から考えれば、前後からの挟撃が最有力かな」

「中忍の中に火遁使いが何人かいるから、片方に最大火力叩き込んで包囲に穴開けれると思うんだ。で、そこを突破して一方向だけになった敵を舞に足止めして貰いつつとんずらしようかなーと」

「……まあ、現段階だとそれがベターか……情報が足らなすぎる、数で圧殺されたら詰みだな」

「強力なのが一人だけだったらやりようは幾らでもあるんだけどね」

 

……おかしいな、何でブリーフィング終わった筈なのに、まだ作戦詰めてるんだろ。俺、仕事しすぎじゃね?あー頭が痛い……。

 

「まあ、何かあったら私たちが身体張るから、あまり気にしないで!」

「いや凄く気になるんですけど……はぁ。わかりました、よろしくお願いします、蘇我さん」

「かたいなー。気軽に『紅羽』でいいよ」

「いやいや、別にそこまで仲いいわけじゃないですしいきなりそんな」

「紅羽」

「実は自分他人のこと下の名前で呼ぶ習慣がなくてですね……」

「紅羽」

「いや、あの……」

「こーうーはー!」

「…………紅羽さん」

「よし!」

 

何だこの唐突な名前を呼んでイベントは……ノリで書いてみたはいいけど後々見直してみたら自分でも訳わからなくなった、みたいな訳わからなさだぜ(直喩)……。

 

「ほら、舞も!これから背中預ける仲間なんだからさ!」

「……わかりました。いえ、私には特に蟠りなどありませんが、紙気がどれだけ優れているかその目にしかと焼き付けましょう。私個人はまったく気にしてはいませんが、ええ」

「滅茶苦茶気にしてるじゃねぇか」

「ちょっ田上さん!」

 

あやべ、ついツッコミが漏れた!仕方ねぇじゃん、あんな「私凄く気にしてます~」みたいなオーラ出されたら!顔と言葉違いすぎるんだもんそりゃつっこむでしょ!

 

「……まあいいか。宜しくお願いします、お二方。頼りにさせて貰いますね」

「応!お姉さんにまっかせなさい!」

「紙気使いの力、特等席で魅せてあげましょう」

 

俺の割とおざなりな期待の言葉に、上忍二人は意気揚々と応えた。これで対魔忍じゃなきゃ、安心して背中預けられるんだけど……。

 

とは言え、能力や戦績だけ見れば二人はかなり優秀な部類だ。五感全てが獣並に強化された索敵能力はほぼ視覚と聴覚便りの俺よりも範囲が広く正確だし、紙気のあらゆる場面で活躍出来るオールラウンド性は才能を持たない俺では決して真似できないものだ。そしてその若さながらそれなりの場数は踏んでいるし、根本的に俺よりも経験が違う。ここは先達である彼女たちに任せるのがベストであるはずなのだが……。

 

「……大丈夫でしょうか、これ」

 

氷室のそんな一言が、俺の中に巣くう不安を的確に表していた。

 

 

改めて解散し自室へと帰ってきた俺は、装備の最終点検をしつつひたすらに頭を回していた。

 

ハッキリ言って、嫌な予感しかしない。地獄のような鍛錬で鍛え抜かれた俺の生存本能が大声で警鐘を鳴らしている。そして、これが外れた試しは只の一度もないのだ。

 

まあ、十中八九罠なのは分かり切ってるんだけど。はてさて多数で包囲してくるのか、それとも強力な魔族を差し向けてくるか……いや、人質の価値が低いから、名の知れた奴を出す必要性がない。普通にオークとかの物量攻めかな。

 

しかし何というか、仲間を餌にして敵兵を引きずり出して狙い撃つ。まるでベトコンだな……。(いせスマ感)

 

万が一訪れるかもしれない惨劇に臍を噛む。ここで部隊が壊滅でもしてみろ、面倒ごとが死ぬほど増えるぞ……。

 

与えられた情報と自軍敵軍の取りうる戦術とを照らし合わせながら、こちらが確実に勝利する方法を頭の中でこねくり回す。今回の勝利とは敵の殲滅ではなく、捕虜の奪還及び全員の生還だ。

 

そのために必要な要素を必死に考えて、考えて、考えてーーー携帯を取り出す。仕事に使うものとは別の、プライベート用である。

 

電話帳に設定されている番号をタップしてコール。端末を耳元に当てて待つこと数秒……ガチャリ。

 

「あ、もしもし……おう、久しぶりだな。急で悪いんだけど、ちょいと頼みたいことがあってさーーー」

 

相手の戯れ言を適当に流して、サッサと話を詰める。あまり時間がないんだ、テキパキいかないとな。

 

話が纏まったところで電話を切る。

 

「さて、行こうか。勝利の法則は決まった、ってね」

 

 

 




若干対魔忍アンチが多めだったけど、特に嫌いでも何でもないものをディスるのは精神的に疲れる。あと感想めっちゃ来てたけど、皆頭対魔忍ネタにしてディスりまくってんのには草生えた。お前ら対魔忍に恨みでもあんのかよぉ!

それと、約束通りまともそうな上忍だしたぞ!ホントはもっとしっかりした人出したかったんだけど、そう言う人たち諜報メインみたいだから出しづらいし。次点として弱点とかしっかり考えてそうな紅羽さんと、多数の戦いで力発揮しそうな舞ちゃん連れてきてみた。きっと活躍してくれるはず!尚二人のキャラは例のごとく他の対魔忍ssを参考にしています。紅羽さんはともかく、舞ちゃん持ってないからね、仕方ないネ。

次はできる限り早く投稿するつもりですが、lobotomyの続きとかシンフォギアのとか書きたいし、スニークユキカゼちゃんドロらずカテジナさんドロった悲しみで筆遅くなるかもです。ユキカゼ欲しかった……ちなみに4周年はA○凛子選びましたけど、皆さんはどうでしたか?


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闇に沈む子の正刻、忍は夜を駆ける

前後編といったな、あれは嘘だ。

ということで申し訳ありませんが、前中後編の三話構成になります。例によって書いてるうちに文章が伸びてしまったので分割しました…ちなみに今回は、およそ6割が書く予定のなかった、執筆途中に追加したものです。いつになったら全部書き終わるんですかねえ……。ただ、約束通り八月前に上げたので、満足はしている。




マルマルマルサン、日付が変わって僅かばかり時が経った真夜中。神奈川県沿岸にある廃棄された工業地帯ほど近くのビルに、俺達はいた。

 

数年前まで大規模工場とそれを統括する支社が軒を連ねたここも、不況の煽りと魔族の息が掛かった新興企業の台頭による赤字によって撤退を余儀なくされ、今や死んだまま放置された白骨のような有り様だった。

 

俺達が作戦前に陣取ったのはその放棄されたうちの一つ、大手メーカーが支部として建設した高さ10mはあろうビルの屋上だった。周囲には稼働を停止させた工場群しかなく、人気も一切ない。戦闘を行うには絶好の場所だ。

 

「時間です。皆さん、用意はいいですか?」

 

灯り一つ付いていない闇に包まれたビルの屋上で、風にその銀髪を棚引かせながら七瀬は俺達へ問い掛ける。誰も声を発することなく、しかし首を微かに動かすだけで自らの意志を伝える。

 

その発意を受け取って自らもこくんと頷き、七瀬は部隊長たる蘇我へ声を掛けた。

 

「紅羽さん、隊員全員、準備出来ました。何時でも行けます」

「うん、ありがと」

 

七瀬に軽く言葉を返すと、工場へと……否、向かってくる目標へと感覚を向けていた蘇我は俺達の方へ向き直る。

 

丁度その時、空に掛かっていた雲が僅かに切れ、月明かりが地面へ向けて漏れ出した。その光はまるでヴェールのように陣取ったビルへと降り注ぎ、俺達を照らし出す。

 

光が写し出すは、捕虜奪還部隊総勢18名。それぞれが対魔忍スーツを着込み、得物を持ち、狩りを始める獣のように今か今かと戦意を高ぶらせている。

 

「それじゃあ皆、ブリーフィング通り行くよ。A班は前衛として近接戦闘、舞とB班は前衛の支援と人質の確保、田上君は全体把握と狙撃による火力支援。私は周辺警戒と全体指揮に専念するけど、必要なら援護に入るから」

 

紅羽が最後の確認として、大雑把に配置を説明する。前衛として主な戦闘を担当するA班は10名、部隊の大半を占めている。そして七瀬を中心とするB班6名、彼らは前衛の援護と人質の確保、更に増援が来たときの対処を行う言わば遊撃部隊だ。隊長である紅羽は事前に言っていた通り敵の罠を警戒して後方で索敵をメインに指揮を執る。

 

そして俺は、たった一人の後方支援要員にして前哨偵察兵(スカウト)だ。事前に紅羽……隊長に話を付けて後方へ配置してもらった。その理由は二つ。まず一つは不測の事態に対処するため。

 

今回の襲撃は、どう考えても罠だ。ならばそれを警戒するのは当たり前の事。一応隊長の能力……獣並となった聴覚や嗅覚で敵を察知することもできるだろうが、前線に出ていたのではどうしても限界がある。そのため俺がビルの屋上に残り、周辺の索敵を担おうというのだ。そのために米連から強奪した虎の子のドローンを数機持ち込み、周囲に展開しているんだし。これ、私物扱いだから経費で落ちないんだぜ?

 

そして二つ目、これは単純に俺が接近戦がしたくないからだ。前世で善良な一般市民だったためか分からないが、どうも戦闘行為自体への忌避感があるらしく、特に相手と向き合って切った張ったする接近戦が非常に苦手だ。それでなくとも、わざわざ敵と正面切ってやり合う必要なんてないんだけども。必要のないリスクなんざ背負う意味はないからな。俺が狙撃を好むのだってそれが理由だし。

 

まあ、他の連中からは臆病者だのなんだの言われたけどな!こいつら誰も後詰の重要性を理解してない、最初から全員でかかれば最高効率だとか平気で言うやつらだ!まあ戦力の逐次投入は悪手ってよく言うからわからなくもないけど、ちゃんと後方配置の意味考えて!

 

一人悲しみに浸りつつ背中に背負ったガンケースを下ろす。今回は狙撃手ということで、装備も相応なものを用意した。俺は、ガンケースのジッパーを開け中から黒く艶消しされた一丁の銃ーーーSR-25を取り出し、オプションパーツをレイルに手際よく装着し始める。

 

SR-25───世界でも名だたる突撃銃(アサルトライフル)であるM16と同じ銃器メーカーが設計、生産している軍用狙撃銃だ。かの有名なNavy SEALsなどの精鋭部隊で採用されており、大凡800m以内での射撃戦が想定された選抜狙撃銃(マークスマンライフル)と呼ばれる代物だ。

 

弾薬は貫通力・ストッピングパワーに優れた7.62mm×51mmNATO弾を使用。作動方式もセミオートマチック式を採用しており、いざと言うときはバトルライフルとして射撃戦にも対応出来る。威力と射程、連射速度等のパラメータが高いバランスで纏まった自動小銃である。

 

更にM16の機構を踏襲しているため、部品の凡そ六割がM16シリーズのパーツと互換性があるのも有り難い。銃が戦闘で破損したりした場合闇市などで補充しなければならないので、整備性が高く低コストで確保出来るのは俺にとって大きなメリットだ。まあその分部品精度はピンキリなので、十分な精査が必要となるが。

 

またオプションパーツも共有出来るため、あらゆる状況に対応したカスタマイズが可能なのも有用だ。現在俺が使用している物は米海軍、Navy SEALsが採用しているMk11 Modというライフルシステムとほぼ同一の仕様にカスタマイズが施されている。本体上部には暗視機能付き光学スコープとバックアップ用のアイアンサイトがマウントされ、銃口にはサプレッサー、銃身下に二脚のバイポット。勿論いざとなればオプションをパージして銃撃戦を行うことも出来る。

 

射程が短い代わりに高い殺傷力と精度を誇り、どんな状況でも対応出来る信頼性と充実したオプション。正に今の状況に打ってつけなバトルライフルだ。

 

「……よし」

 

最後にバイポットを装着を確認し、薬室へ弾丸を装填。セーフティに指をかけて何時でも射撃出来るようにしつつ、俺はスコープを覗き込んだ。

 

光学スコープは問題なく作動しており、視線の先で走行するトラックの姿を俺の瞳に映し出した。

 

「目標と思われるトラックが二台こちらへ向かってきます。一般車両に偽装してはいますが、恐らく軍用の改造車。強襲ポイントまで、凡そ30秒」

「おっけぃ、皆行くよ!」

『はいっ!!』

 

俺からの報告を受けた紅羽が号令を発し、それに応えて隊員が武装を展開、出撃に備えた。俺は屋上の縁にバイポットの脚を立てベッタリと腹這いになる。芋虫のようにもぞもぞと身体を揺らしてしっくりくる位置を見つけると、スコープを覗き込み標的を追い始める。車両は前後に車列を作り時速60km程度の速度で移動している。作戦開始まであと少しだ。

 

「じゃあ宗次君、手筈通り……」

「出撃と同時に前方車両を狙撃、停止させます。それと、作戦中はコードネーム使ってくれます?」

「はいはい、分かったよガイドマン。案内は任せたよ?」

 

俺と軽口を交わして紅羽は縁から飛び立った。他の奴もそれに続いて次々と跳躍して闇夜へと消え去っていく。ちなみに、今回作戦用の呼称を用いているのは俺だけで、他は全員本名で呼び合っていた。もう何も言うまい。

 

と、何故か最後まで飛び立たなかった氷室は何かを逡巡した後祈るように胸の前で手を合わせ、口を開いた。

 

「……田上さん、お気を付けて」

「それは俺の台詞だろ、前に出るのはお前なんだから。まあ、こっからちゃんと援護してやるから、安心して剣を振るって来い」

「……はいっ、ご武運を!」

 

氷室の表情が何処か不安げなそれから凛とした力強い戦士のものへと切り替わり、そして彼女も闇の中へと飛び立った。

 

「さて、と。仕事しますか」

 

光学スコープを再度覗き込み、目標に照準を合わせる。まずは車両の足を止める必要があるため狙うはタイヤ、FR駆動のトラックなので後輪へと銃口を向ける。そして風向きや相対速度などを体感と目測で計りながら弾道を計算し、照準を少しずつ修正していく。

 

ブレを軽減するためにスゥッ、と一呼吸して息を止める。心臓の鼓動音が身体中に反響するのを感じながら意識を集中させ、引き金に指をかける。

 

意識に届く鼓動の間隔が延びていくのを無視しつつ、レティクルの向こうを睨み付ける。脳裏に浮かべた未来予測を視界に投影し、セピア色の幻影と同じ軌道をなぞるトラックを睥睨しながら刹那の中にあるタイミングを逃さず、

 

ーーー人差し指を、引いた。

 

△ ▼ △ ▼ △

 

花蓮達救出部隊が強襲ポイントに降り立ったとき、目標のトラックはタイヤとコンクリートが擦れる厭な音を立てて停車した後だった。見れば、後輪の両方が撃ち抜かれ、更に運転手と助手席にいた男が連続で眉間に風穴を開けている。

 

ビルから離れて着地するまでの間は僅か三秒ほど。その短い中で後輪をほぼ同時に撃ち抜き動きを完全に止めて見せた宗次の技術がどれほどの物か、見誤る者など誰もいないだろう。

 

「いやー、いい仕事するねぇ。私たちも負けてられないよ、みんな!」

『っ!了解!』

 

宗次の鮮やかな手際に感嘆した紅羽は、驚愕する隊員に発破を掛けることでその意識を引き戻す。それと同時、前方車両の異常を察知し急停止した後方車の荷台から次々と斧や剣などで武装したオークがコンクリートに降り立つ。人間を上回る膂力を持ち利器を用いる知能がない彼らは、得てして原始的な近接武装を好む傾向にある。銃などを使うにはそれなりの訓練が必要であり、その過程を修め銃火器を身に纏えるオークはほんの一握りだ。

 

最終的に現れた彼らの数は凡そ30、救出部隊の二倍近い数がいることになる。最も、その程度では対魔忍を止めることなど出来ない。そして、それを理解している紅羽の指示は迅速だ。

 

「B班は予定通り人質の奪回!A班は敵と戦闘、食い止めて!」

『了解!』

 

その号令と共に、戦場は動き出す。対魔忍は自らの正義と職務を全うすべく走り出し、オークは仕事、というよりは獣欲に涎を垂らしながら迫る。

 

そんな中で、花蓮は一番近くに来たオークへと駆け剣を振るった。

 

確かにオークの身体能力と肉体強度は人間を凌駕しており、時に対魔忍とて掴まれれば容易に振り払えない。しかし下等な種であるオークのそれは魔族の中では下も下であり、ただやたらと力を振るうだけ。修練を積んだ対魔忍を相手どるには不足も不足である。

 

実際、見習いである花蓮の剣閃に、相手取ったオークは為すすべもなく首を撥ね飛ばされた。その間十秒足らず、圧倒的と言ってもいいその勝利にしかし、花蓮の胸に去来したのは歓喜ではなく驚愕と無念だった。

 

(田上さんの援護がなければこうも上手く行かなかった……得意とは聞いていたけど、何て技量……!)

 

すぐさま別のオークと切り結びながら、思考の片隅で先ほどの出来事を反復する。自分へ斧を振り下ろそうと踏み込んだオークの両膝が撃ち抜かれ、首を差し出すように崩れ落ちた姿を。

 

(私とかなり接近してるはずなのに、一切の躊躇なく両膝を一瞬の内に……また!?)

 

その間にも、後方から音なく飛来した鉛の弾丸は、後ろへ下がろうとしたオークの足を地面に縫い付けるように撃ち抜いた。予定していた動きから外れたそれは当然オークのバランスを大きく崩す。そしてその間隙を縫うようにして、再度弾丸が飛来し今度はその手に持った剣を指ごと弾き飛ばした。

 

致命的な隙を晒け出した敵に花蓮は一切の容赦もなく、すり抜けざまに首筋を一閃。噴水の如く天高く舞い上がった鮮血の量から傷が浅いと見るや、背後から心臓へと刃を滑り込ませる。大量の血を吹き出し更に急所まで潰され、何が起きたか認識する間もなくこのオークは絶命した。

 

「後……一体!」

 

前衛を担当する人数が10名であることを考えれば、ノルマは一人三殺。本来ならば経験がある中忍が学生の分をある程度肩代わりするのだろうが、宗次の援護のお陰で花蓮が一番余力がある。それならノルマを達した後で他の援護へ向かうべき、そう判断した花蓮はすぐさま駆け出し、味方を囲もうとしているオークへと切りかかる。

 

「なっ、氷室ちゃん!?もう倒したんか!流石やなぁ!」

 

花連が助けた学生対魔忍――――大島雫は、対峙していたオークの顔面を殴り飛ばしながら声をあげた。恐らく花連と異なりノルマの三体を同時に相手取っていたのだろう、大きく露出された褐色の肌に珠のような汗が張り付いていた。

 

「手厚い援護のおかげです!一体引き受けますよ、大島さんっ」

「おう!頼むわ!こっちは任せと、き!」

 

残った二体のオークへと殴りかかる雫を後目に、花蓮は相手取ったオークを弾き飛ばして雫から距離を取らせ、刀を振るった。

 

花蓮はオークの攻撃を時には受け流し時には回避しながら、立ち回りを慎重に演じていく。本来ならば能力を使用して出来るだけ早く片づけるのだが、実戦訓練という意識と宗次の的確な援護が花蓮にこの方針を取らせた。すなわち、能力を用いない場合の戦闘力の把握及び鍛錬だ。

 

花蓮の忍法、氷花立景は水遁の派生、氷遁系忍法であり、自身を起点として物体を凍結させる能力だ。彼女の氷は生物非生物固体液体気体の区別なく凍てつかせ、侵食した物体の生命力を奪う。攻撃や防御、敵への妨害も自在に行える汎用性が高い忍法で花蓮も頼りにしている能力ではあるがその代償か効果範囲は大凡10mほどと短いし出力自体はさほど高いわけでもない。結局のところ本人の使い方次第であり、だからこそ花蓮と相性の良い忍法とも言えた。

 

花蓮は見習いながら数度の実戦経験を積んでおり、その時にも忍法を使うことで幾人もの敵を屠ってきた。勿論それは悪いことではないし、教師達は寧ろ固有の能力を成長させることを推奨していた。だから花蓮も特にそれを疑問に思ったことはなかったが、能力を持たずに戦い続ける宗次の姿を見て視野を広げることが出来たのだ。

 

何らかの要因で能力が使えなくなったとき。能力を隠して戦闘するべきだったとき。きっといつか、そういった能力なしで戦わなければならない場面に遭遇することになるだろう。そしてその時、忍法なしでは闘えないなんて甘えた考えは通じない。ならばこそ、余裕があるうちに地力を鍛え、自身の限界を見極める必要がある。

 

花蓮はこのオークを敵ではなく実験台として使うことに決めた。すぐさま倒すのではなく、ひたすらに攻撃を避けて受け流す。次の攻撃を予測し、更に次の行動までをも想定しながら互角の戦いを演じていく。

 

アサギは、花蓮の強みは強さではなく冷静な判断力だと言った。紅羽も、経験を積めば戦場で判断力を活かせると褒めてくれた。だからこそ、自分にしかない強みを伸ばす。追いかけるのではなく、隣に並び立つために。

 

攻撃のギリギリを見極め紙一重で避けながら、周りへと僅かに視線を配る。どうやら他の戦闘も優位に推移しているようだ。オークの数も大分減っているし、トラックの確保にも成功している様子。ここまでは作戦も成功、と言ってもいいだろう。

 

そんな事を思考の端で考えながら戦況の把握に努める、ふりをして敵が不自然に仰け反ったり武器が弾け飛んだりしている光景を目で追いかける自分に気付く。戦闘中にも関わらず頬が朱くなっているのを感じた。

 

それを隙と捉えたオークの攻撃を余裕で弾きつつ、自身の思考を整理する。どうやら宗次からの援護がなくなり、不安に思う心があったということだろう。まるで親を探す子供のような、赤面したくなる弱音ではあるが、外側から観察したことで花蓮にも彼の技術の一端を垣間見ることが出来た。

 

宗次の狙撃技術の本質は高い精度ではなく、敵の動きを見切るその眼だ。

 

宗次以外にも、アウトレンジからの狙撃を本領とする対魔忍は幾人も存在するし異能と組み合わせることで累乗的に能力が向上する分彼らのほうが精度は高いだろう。だがその分を宗次は、相手の動き―――即ち、相手が次に実行するであろう行動を的確に予測し、それに合わせ最適な位置を攻撃することが出来る卓越した技術で補っている。単純な狙撃ならばそれは精確無比な射撃に止まるが、敵味方入り乱れた戦闘ならば、それはまるで神の加護の如き支援へと変貌するのだ。

 

そもそも宗次は対魔忍になってからこの方味方に恵まれず、ずっと一人で戦ってきた男だ。友軍がいても脳筋で話を聞かない連中ばかり、生き残るならば自分が強くならなければならなかった。しかし彼には力なんてものはなく飛躍的な成長など望めない。だからこそ、敵や味方の行動をひたすら観察し、研究し、実践し、失敗を糧とてまた研究してというサイクルを繰り返し続けたのだ。その結果が味方を援護する卓越した能力の開花なのは、皮肉と言うしかないだろうが。

 

(たった一人、戦いながらここまでの技術を身に付けるなんて、凄まじいまでの執念……やっぱり遠いな……)

 

オークの攻撃を冷静に捌ききり、最後の仕上げと言わんばかりに正中線から両断することで戦闘を終了させた花蓮は、目指す背中のあまりの遠さに歯噛みする。

 

だが、その程度で諦めたくなどなかった。些細なミスで捕らわれた自分達を颯爽と助け出したその姿に、自分を許すなと言った、自身の外道を理解しながらも人の『善さ』を信じるその横顔に、どうしようもなく魅かれてしまったのだから。

 

「確かに遠いけど……うん、頑張ろう」

 

絶対隣に立つ、という決意を新たにぐっと力を込めた、

 

そうこうしている間に、敵の殲滅も終わり人質の救出も成功した。のだが、一つ問題が発生していた。

 

「一般人も一緒に……ですか?」

「うん、対象以外に五人、処置(・・)済みの一般人らしい女性が四名、荷物として積まれてたみたい。多分奴隷として売るつもりなんだろうけど……」

「……これ、確実にわざとですよね?」

「そうだろうねぇ……」

 

進展を紅羽から聞いた花蓮は、状況の不味さに思わず顔を引きつらせた。諜報員からの情報になかった積み荷、恐らくというか確実に、こちら側を陥れる策だ。

 

戦場では、敵兵を殺すよりも重傷を負わせた方が戦力を削れるというのは有名な話だ。死体は放置すればよいが、生きていればそれを助けるための労力を割かねばならず、その分戦闘力が低下するというある意味順当な話だが、どうやらノマドはそれを対魔忍に仕掛けてきたらしい。

 

正義を標榜する対魔忍は、例え罠だと見抜いても無辜の一般人を助けないという選択が出来ない。まさに対魔忍殺しとも言うべきいっそ見事な策である。

 

「となると、確実に敵の増援が来るね。全員!周辺けいか、い……?」

 

即座に危険を看破し、隊員に指示を下そうとしたその時、彼女の獣の如き感覚が、空気を、地面を、響くように分子を震わせる振動を捉えた。まるで何かが爆発し、鋼鉄の咆哮を轟かせているかのような―――

 

「―――エンジン音!?各員戦闘態勢ッ!ガイドマン敵は!?」

『予想通り東西から装甲兵員輸送車が計8台、人数は大体……!?6時方向!敵影3、急速接近!!』

 

通信機から宗次の何時になく慌てたような怒号が響く。どこか悲鳴のようなそれに尋常ならざるものを感じた二人は振り向こうとして、凄まじい速度で飛んできた"何か"を察知しギリギリのところで跳躍した。

 

四肢を使って四つ脚のように着地した紅羽とは逆に跳躍後の体勢を気にする余裕がなかった花蓮は地面に叩きつけられ、浅く打たれピッチャーゴロになったボールのようにコンクリートの上を転がる羽目になった。地に倒れ伏しながらも何とか顔を上げると、数瞬まで自分達が立っていたはずの場所には、幾十本に及ぶ艶消しされたクナイが深々とコンクリートに牙を突き当てていた。

 

「く、ない?まさか、これって……!」

 

 

「そう、そのまさかよ」

 

 

真上、背後にしていた鉄塔から女の声が降ってくる。その場にいた全員が勢いよく顔を上げると、三つの影が飛び出し地面に降り立った。

 

電灯によって照らされたことで、それらは影から浮き出てその姿を晒す。手にクナイや忍者刀などそれぞれの得物を持ち、元々露出度の高いレオタードのような装束―――対魔忍スーツから更に肌色を増やした、最早娼婦のような自身の持つ肉体を魅せつけ男に媚び諂う衣装に身を包んだ女達。

 

「そ、んな……行方不明とは聞いていたけど……何やってんのよ!アンタらッ!!」

「あら、久し振りね蘇我さん。聞いたわよぉ、上忍になったんですってねぇ?随分と出世したものね、素直におめでとうと言っておくわ?」

 

紅羽のまるで悲鳴のような絶叫も我関せず、先頭に立っているリーダーらしき女は世間話でもするかのように笑いながら軽く言葉を発した。だがその笑みは紅羽を嘲るようないやらしさしかなく、声音もまるで媚びている娼婦のように、脳を直接掻き毟りたくなるような不快感を齎すねっとりとしたものだった。

 

最早ここまで来れば、彼女達が一体何者なのか、花蓮でも理解出来た。彼女達は、魔族側に寝返った元対魔忍。掲げた正義も胸の内の誇りも捨て去り、ただ快楽の虜となった雌奴隷だ。

 

思わず、花蓮の背筋に悪寒が走る。任務にて、色々な対魔忍達の姿を見てきた。彼らはほぼ例外なく自身の行いを正義と信じ、誇りを持って堂々と戦っていた。そんな先達の姿はよく覚えているし、自分もそれを目指していた時があった。

 

―――だからこそ怖気が走る。あれだけ真っ直ぐだった彼女らが、こう(・・)なってしまうのかと。誇り高い人間が、ここまで堕ちてしまうことが出来るのかと。……もしかしたら、自分もそうなってしまうのではないか、と。

 

……それでも、何とかそれらを押さえつけ、倒れた身体を引き起こす。自分の後ろで、彼が見ているのだ。どれだけ恐ろしくとも、諦めたくなんてない―――!

 

周りを見れば、仲間達は既に武器を構え()を睨めつけていた。そんな姿に頼もしさを感じつつ、花蓮もまた刀を正眼に構え、何時でも動けるように意識を集中する。

 

「いやだこわぁい!そんなに睨まないで、仲良くしましょう?」

「お断りです。あなたは誇りを捨て我々の敵となった。敵と語らう言葉など持ちません!」

 

珍しく語尾を荒げた舞は指に紙気を挟みいつでも放てるようにしている。17人もの対魔忍―――しかも二人は上忍だ―――に囲まれれば、いくら魔に偏り力を増している元対魔忍だとしてもたった三人で敵うわけがないはずだ。にも関わらず彼女たちの顔に張り付いたいやらしい笑みが消えることはない。どころか愉快気に口を開く。

 

「それは大変ねぇ。それじゃあ、こわーい人達から守ってもらわないといけないわ」

 

彼女の言葉に合わせてか、両側から花蓮達を挟むようにしてエンジンの爆音を響かせた装甲トラックが急停車し、中からオークが大量に降車する。先ほどの焼き直しのような光景だが、その数はざっと100にも上り、突撃銃や機関銃で武装していた。その腕に腕章を巻いた、言わば精鋭のオーク、先程の十把一絡げなオークとは比べ物にならないほどの脅威である。

 

部隊員全員が冷や汗をかく中、裏切りの対魔忍は唇に人差し指を当て愉しそうに口端を歪めながら、悪意に蕩け切った声で終わりを宣告した。

 

「さあ、対魔忍諸君。一緒に地獄へ墜ちましょう?」




宗次「何でこいつら悠長にくっちゃべってんだ…撃っちゃだめか?」

というわけで、とりあえず切りのいいところで分割。このまま書いてると二万字は行きそうだったから、仕方ないね。あと、今回は『ミステリー小説を書くコツと裏ワザ』という本を参考に少し表現を工夫してみました。そのため情景描写がくどくなっているかもしれません。「このSSミステリーじゃないじゃん!」というツッコミはなしでお願いします。元々はSCP記事の参考にと買ったものですので。

決戦アリーナでまたY豚ちゃんか、雫ちゃんあたり出ないかなあ。褐色っ子しゅきぃ…。というか花蓮ちゃんの復刻なり新カードなり出してくれえ、声を聞きたいしキャラを把握したい。誰かFC2とかに動画上げてもいいのよ?


嘘予告

「その対魔忍、平凡につき」が、ついに夏コミに参戦!本編ではカットされた花蓮との本番シーン他、紅羽や舞を始めとした本編登場キャラなどのイチャラブシーンを掲載!さらに本家絵師による書き下ろしえちぃイラストも挿絵としてあるぞ!価格はたった1000円!さあ、来る8月12日、Coming soon!



低評価も覚悟のうえで書いたけど、書いてみたかったので後悔はしてない。R-18は書く気力がわかないので特に投稿する予定はないけど、サクチケなるものに多大なる興味があるので頑張るかもしれない。っていうかサクチケ楽そうだからすごくほちぃ。あと対魔忍コスするレイヤーさんも見てみたい…


【追記】
大分前にですがご指摘があったので、銃の解説文を削りました。とりあえず半分まで減らしてみたので、大分マシになってる、はず……!

あそこだけで1200文字使ってたのは流石に馬鹿だろ……


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Q ほとんど詰みとなる一手を打たれた場合、どうすればよいか?

「さて、と。まずはぁ……」

 

元対魔忍のリーダーである彼女は、わざとらしく悩ましげな所作を見せると―――恐らく最初から決めていただろうが―――その視線を、花蓮達を飛び越え更に後ろ、宗次が狙撃を行っているビルの方へと目を向けた。

 

「―――彼処からかな」

「マッズ……ガイドマン!そこからはなれ……!」

「遅いよ。ミケ」

「了~解!」

 

一瞬で狙いを把握した紅羽が警告を発しようとするが、それよりも早くミケと呼ばれた元対魔忍が猛然と飛び立つ。花蓮を始めとした対魔忍達は誰もが反応出来ずにそれを見送り―――否、ただ一人舞だけが迎撃を行うも、放たれた紙気の軌道を縫うようにして回避されてしまった。その行く先は勿論。

 

「たっ――――」

『あれはこっちで迎撃する!しばらく援護出来ないから、自分のことは何とかしろ!』

 

通信機から宗次の怒号が響き、花蓮は自分が彼の名前を呼ぼうとしていることに気付いた。宗次が情報の隠蔽を重視していることを知っていながらそれをみすみす破ろうとしていた事実に歯噛みしていると、その忸怩たる思いを切り裂くように銃声が連続して響く。

 

花蓮が勢いよくビルの方へと顔を上げると、更に数発の銃声が鳴り―――ビルの屋上が紅蓮の爆発に包まれた。辺りに爆音が轟く。

 

「……なっ、ぁ―――」

「ミケの忍法は投擲物を爆弾に変える異能。巣穴に隠れる臆病者にはもったいなかったかしら?」

 

絶句し声も出ない花蓮達を尻目に、リーダーの女は嘲りの色を深めた。ミケとか言う元対魔忍の能力に信を置いているのだろう、負けることを全く想定していないような口振りだ。花蓮は宗次の元へと駆けつけようとして、何とかそれを捩じ伏せた。彼は、自分で何とかすると言ったのだ。ならばこそ、今自分に出来ることを全力でするべきだ―――!

 

「花蓮ちゃん、行ける?」

 

未練と共に視線を断ち切り、残った二人組に向き直る花連に紅羽はゆっくりと近づきながら声を掛ける。彼女も堕ちた対魔忍二人への警戒を緩めず、身体を真っ直ぐそちらへ向けながらだが。

 

「……はい、大丈夫です。紅羽さんは、あの三人と知り合いなんですか?」

「情けないことにね。五車学園時代の同級生だよ。一年近く前に任務中で失踪して、KIA扱いになってたけど……まさか敵に捕まって、しかも魔族の狗に成り下がってるとはね」

「どんな忍法を使うか、わかります?」

「うん。アキちゃん……いや、リーダー格のは生体探知―――つまり生物の体温を探知する忍法だけど、訓練重ねて接近戦の技巧は上忍の中でもトップクラスだったから、絶対に打ち合わないで。もう一人は風力操作、クナイとかを大量に飛ばしてくる。こっちも上忍クラスの戦闘力持ってるから、基本は私たちで何とかするよ」

「……了解です」

 

悔しいが、上忍クラスの敵となれば花連では格が違い過ぎる。餅は餅屋、紅羽の言う通り彼女らの相手は二人に任せ、自分たちはオークの対処に専念すべき、なのだろうが……。

 

(舞さんの能力は万能な戦闘型だから大丈夫だろうけど、紅羽さんの分野は潜入……近接戦闘が得意な相手では……!)

 

実際、花蓮の想像を裏付けるように紅羽の表情は台詞と裏腹に険しいものだ。十中八九、紅羽も彼我の実力差を理解していて、その上で言ったのだ。『自分たちが守る』と。

 

「あらあら、敵を前にして悠長にお話しぃ?私も混ぜてくれないかしら?」

 

と、リーダーの女はそう言って二人を嗤った。その表情は余裕そのものであり、自身の敗北なぞ考えていないようだ。それはそうだ、対魔忍側は二十名足らずで狙撃兵も潰され、更には確保した捕虜と一般人の運搬と護衛に人員を割かなければならない。それに対して魔族側は上忍クラスの元対魔忍が三人に加え、銃器で武装したオーク百体が二方から包囲している。この状況では、対魔忍の勝ち筋などないに等しい。だからこそ彼女の表情から嘲りの笑みが消えることはなく、勝利の確信から、かつての同志を甚振るという戦法を選んでしまったのだ。

 

「私が出るまでもないわ。タマ、貴方が出なさい。あの端正な顔を、クナイで針山に変えてしまいなさい!」

「了解」

 

女の高らかな号令と共に、タマと呼ばれた元対魔忍が一歩前へ出る。その両手の指には幾本ものクナイが握られており、強襲時に襲ったクナイの雨が、彼女の仕業であったことを嫌でも実感させる。タマは内心を伺わせない無表情をマフラーで更に隠し、同じく感情を感じさせない凍てついた眼差し(宗次が見たならばジト目、と評するだろうそれ)を花蓮と紅羽に向けつつ、ジリジリと距離を測っていた。その動きに合わせてか、オークたちも少しずつ距離を詰めるべく動き始めた。

 

「フフフッ!ああ、楽しみだわ……皆からチヤホヤされて、上忍にもなったあなたが下等なオークに犯されて泣き叫ぶ様を見るのは!胸糞悪い笑みを浮かべてたその顔が、絶望と苦痛と快楽に歪んでいくのを、この眼で見ることが出来るなんてね!」

 

醜い嫉妬心を隠そうともせず、リーダーの女は高らかに笑う。それはきっと、彼女が抱え続けた紅羽への思い。誰とでも仲良く出来、上忍になれるほど優秀な能力を持つ忌むべき女。しかも、その女はこちらの心を知らず笑いながら友達面をして話し掛けてくるのだ。どれだけ憎んだことだろう、どれだけ羨んだことだろう。―――でも、それも今日で終わりだ。

 

両腕を精一杯曇天へと掲げ、深く刺さった楔から解放を宣言するかのように万感の念を込めて高らかに号令を下した。

 

「さぁ、オーク共!哀れな対魔忍共をすりつぶしなさい!ご主人様からお許しは出てるわ、捕まえた女はお前たちの好きにして構わないわ!欲望のままに犯し尽くして、尊厳を踏みにじって、自分たちがどれだけ愚かで惨めな存在かを思い知らせてやりなさいっ!ざまぁないわね蘇我紅羽!あんたの無能さが、仲間たちを地獄に叩き落とすのよ!あ、はは……アハハハハハハ!ヒィハハハハハハハハハハハハハハハハハクペ!」

 

静寂が支配する街中に響き渡らせるような笑い声、その最後に横入りした間抜けな声と共にリーダーの女は左右に分かれ、花蓮たちの視界から一瞬にして消えた。

 

「は?」

 

誰かが、緊迫した場に似合わぬ疑問符を上げる。花蓮はそれを無視して構えをとり……その視界は、勢いよく噴き上がった鮮やかな真紅によって覆われた。

 

「――――は?」

 

今度は花蓮が間抜けな声を上げる番だった。いや、花蓮だけではなく、紅羽や舞、タマと呼ばれた元対魔忍すら、目の前の現実が理解出来ないと、異口同音に声を発した。その視線の先には、真っ二つに裂けた身体が重力に引かれて崩れ落ち、赤色の噴水を天高く撒き散らしているリーダーの女だったナニカがあった。

 

憎き女への嘲りと怨恨を込めて大笑したその女は、正中線を綺麗に両断され、無様な肉塊となって朽ち果てたのだった。

 

 

「口上を述べるのは勝手だが、戦場で注意を怠るのは武人としてはあるまじき失敗だったな。背中が無防備すぎて思わず切ってしまった」

 

 

あまりにも脈絡なく訪れた無惨な死によって場を覆った静寂を破ったのは、新たな舞台役者にしてその死を齎した者だった。リーダーの女が数瞬まで立っていた真後ろに、それはその存在を露わにしていた。

 

その白髪の女は、まるでビキニのような胸当てと丈が殆どないスカートで褐色の裸を大胆に晒しながらも、肩と腕は黒い鎧と白い具足下で覆い、その先の手に握られている刃長三尺ほどの太刀が血を滴らせながらも白銀の輝きを放つ。

 

突如現れた白髪褐色の女。その位置と手に持っている刀を見れば、彼女こそそこに転がっている死体を作った下手人だと誰もが理解出来るだろう。そしてその女は、自らに全ての視線が集まっていることを理解しながら、その上で悠然と、その名を告げた。

 

「我が名は、キシリア・オズワルド。主命により、貴様らの命貰い受ける」

「キシリア……オズワルド……!?」

 

慄く様に、花蓮は驚愕の声を絞り出すかの如く漏らす。対魔忍として見習いである花蓮でさえも知るその名。金と闘争を対価として鉄火場を請け負う鬼族の傭兵。一流の剣豪であり、その刃は疾く駆ける疾風の如くあらゆるものを切り裂くという。裏社会に身を置き生きるならば、必然耳にする女の名だ。

 

先程の上忍崩れなどとは違う、名有り(Named)というわかりやすい格上。任務中初めてそれを目の前にし、生まれて初めてそれと敵対したことで、花連を始めとした学生たちは怯み竦んでしまう。それは上忍もフォローし切れない致命的な心の隙だ。

 

―――そして、だからこそ誰もが勘違いをした。()の狙いを。

 

それに一番初めに気付いたのは、白銀のように煌く殺意と闘意を一心に浴びたタマと呼ばれた元対魔忍だった。それこそ猫のような俊敏さでその場から飛び退くと、刀に付着した血を振り払っていたキシリアに向けありったけのクナイを投擲した。忍法の風力操作によって更に増速したそれは最早、ライフル弾もかくやというべき速度へと達していた。だがそれでも、疾風には届かず全て躱され弾かれる。鉄の豪雨は、まるで春先の暖かなそよ風のようにいなされてしまった。

 

しかしそれを放った者にとってもこの結果は想定済みであり、放った瞬間にはすでに彼女は宙高く飛び上っていた。そこから更に一斉射。必殺の威力を秘めたクナイを全て牽制に使い、迫りくる死の剣閃から逃れようと決死の後退を開始する。

 

「クハッ!逃がさんぞ!」

 

当然、キシリアは追撃するためクナイを全て振り払いながら跳躍。苛烈と言っていい程の金属音を撒き散らせながら夜の工場へとその姿を消した。

 

急転直下の出来事に誰しもが唖然とし動きを止める中で、紅羽は瞬時に思考を回復させ、その状況から取るべき最善の行動を導き出した。

 

「舞!反対側の50、一人で抑えられる!?」

「―――ッ。勿論です、全員が逃げ切るまで、完璧に封じ込めて見せます!」

「じゃあお願い!敵の殲滅より、足止めを優先して!皆、西側の敵を突破して撤退するよ!B班は回収対象の保護を最優先!いいね!?」

『……はいっ!!』

 

彼女の指示によって、対魔忍という戦闘集団は息を吹き返す。脳筋でありおつむがあれな連中だとさんざ馬鹿にされている彼らだが、不測の事態に陥ろうとその固い信念と掲げた正義の御旗によって即座に戦闘単位としての機能を回復できる強みがある。正義にしろ愛国心にしろ、心の拠り所を外部に持つ者は寄りかかる相手がある分倒れにくい、ということだろう。

 

閑話休題(まあ、それはそれとして)

 

同じく戦士として回帰した花蓮は再び愛刀を正眼に構え、オークの大群を見据える。逸る心を抑えながら、あくまで冷徹に機を待つ。今の花蓮は、謂わば一発の銃弾だ。引き金が引かれ撃鉄が落ちる瞬間を待ち―――

 

「吶喊ッ!!」

『了解ッッ!!!』

 

後ろに引いていた足を蹴り上げ、前方へ跳躍することで彼我の距離を一瞬で詰める。そしてその勢いを刀に伝導させるが如く袈裟懸け、が、突撃銃に半ば食い込ませるようにして防がれてしまう。

 

(やはりオークとは言え精鋭、下手に加減すればこっちがやられる……!)

 

相手の動揺が一切ない動きに否応なく敵の錬度を悟り、花蓮は使用を控えていた忍法を躊躇なく発動させる。

 

花蓮の足元から伸びた氷結の凶手は、地面を這いオークへと迫ると、瞬く間に両足をまるまる食い尽くした。

 

「あ?―――な、なんじゃぁこりゃぁ!?!」

 

唐突に冷気以外の感覚を失った自身の脚部に驚愕の声を上げる敵を無視し、花蓮はその足を蹴り飛ばす。片足を失ったオークは当然、自らの重量を支えきれずもう一方の足をへし折りながら地面へと吸い寄せられていく。そこを見逃さず、懐から抜いたクナイで、首元を一閃。

 

「一つッ!」

 

突撃銃から刀を乱雑に引き抜き、周囲を見回して次の標的を選定。近くのオークをそれに定め、再度突撃する。彼我の戦力差は1対5。早く動かなければ、その分他の仲間が危険に晒される。故に迅速に行動しなければならず、余力を残すことが許されない。

 

 

死闘はまだ、始まったばかり。

 

 

 

 

 

 

 

作戦開始からおよそ40分、決死の戦闘が始まってたから数分程経過した。未だ戦闘は続き、悲しいかな状況は悪化の一途を辿っていた。

 

戦闘中のオーク群の数は半分以下にまで減少していた。しかし対魔忍側の疲労も激しく、今の今まで戦死者が出ていないのが奇跡と言わざるを得ない状態だ。

 

そもそも、敵が精鋭50に対して此方は戦闘出来る人員は10名程しかおらず、その殆どが戦闘経験の浅い学生対魔忍。しかも先とは違い、後方からの的確な援護射撃もない。確保した対象および民間人の運搬と護衛のためB班が動けない今、戦闘に参加出来る彼らも連戦により疲弊。最大戦力の舞は後ろを一人で請け負っているため動けない。そして仮にそれらを撃破出来たとしても、後ろにはほぼ無傷のオーク50体が控えている。はっきり言ってしまえば、この戦場は最初から詰んでいたのだ。

 

馬鹿でも分かる最悪な状況。それを理解しながら、誰もが諦めず得物を振るい続ける。誰一人欠けることなく帰還すること、それが彼らの使命であり、共通の望みだったからだ。

 

誰もが絶望しながら、それでも諦めきれず抗う中、今まで用途を失い沈黙を保っていた無線機が勢いよく息を吹き返した。

 

『C(チャーリー)!右だ!』

 

そのあまりに待ち望んだ声に思わず歓喜の声が漏れそうになるが、以前使用した符丁をわざわざ使用して自分を呼んだ彼の言葉を信じ、右方へと剣を振るう。

 

ガギィン!!

 

刀の先から甲高い金属音と共に、尋常ではない衝撃が腕へと伝わる。そのあまりの重さと鋭さに腕の筋肉が痺れるのを感じながら、距離を取ろうと左側に跳躍、何とか刀を構え直す。

 

「ほう、今の奇襲を防ぐか。これは中々楽しめそうだ!」

 

花蓮を襲った褐色の剣士---キシリアは、愉快そうに口角を吊り上げながら、一足で開いた花蓮との距離を詰める。

 

「ハッ!!」

「ぐ、ぅうッ!」

 

キシリアが振り下ろした刀を何とか受け止める花蓮だったが、余りにも鋭い剣閃に苦悶の声を漏らした。ギリギリで何とか防いだものの、ただの一打ちで力量の差を理解せざるを得なかった。

 

(早すぎる……剣筋は何とか見えるけど、反応が間に合わない……!?)

 

一撃で満足せず、追い縋ってくるキシリアの連撃に辛うじて刃を合わせてはいるものの、その剣戟は流麗にして苛烈。尖鋭な刃が、まるでそうあるのが当たり前であるかのような自然さで花蓮の身体を切り裂こうと迫る。

 

刀を垂直に立てることで唐竹を流し、返す刀で迫る逆袈裟は此方も逆袈裟を合わせる事により刃を跳ね上げる。今度は花蓮が袈裟切りで頸を狙うも、キシリアは閃光の如き速さで刀を戻し受け止める。それどころか、キシリアはぶつかり合っている刀を自慢の膂力で正面へと押し出してくる。当然花蓮もそれを押し返さざるをえなくなり、鋭い打ち合いは一転鼻を突き合わせながらの鍔迫り合いへと移行した。

 

「く、ぅう……!」

「スンスン……ほう、成程。そういうことか」

「―――っ!?どういう、ことです!」

「なに、私とお前は、似ているということを確認したまでだ」

「誰が……っ!」

 

鼻を僅かに鳴らし何か納得したように呟くキシリア。彼女の言に従えば花連とキシリアは似た者同士であるとのことだが、花蓮はそれを盲言として処理する。戦闘狂の魔族と護国の使命を胸に戦う対魔忍とでは根本から違うし、それよりも現状の危機を脱することこそが彼女にとって重要なのだから。

 

その細腕からは想像出来ない怪力に必死で抗いながら、隙を探り機を測る。ギリギリのところで拮抗を保ちつつ足元へ視線を僅かに向ける。勿論その程度の動き、剣士であるキシリアに見抜けないわけがない。ほぼ反射的にその視線を追い―――

 

「はあああぁ!!」

「ぬぅ……!?」

 

意識に生まれた刹那の間隙を狙い、鍔迫り合いしている腕を跳ね上げることでキシリアの刀を自身の長刀諸共上に弾き飛ばす。得物を手放すのは不本意ではあるが、彼女を相手に致命的な隙を作るにはそれくらいしなければならないだろう。

 

互いに無手となり両手を空へと向けた一瞬、望外のチャンスを逃すことなく、能力を全力で使用させ可能な限り全速力で足元から氷を伸ばす。強制的に武装解除させそこに生まれた隙を突いて凍てつかせる、これが花連が絞り出した逆転の一計だった。最低でも、足さえ凍らせることが出来ればどうにかなると踏んだのだ。

 

―――だが、彼女が相手をしていた傭兵は、彼女の思っていた以上に修羅場を越えてきた戦士だったのだ。

 

「ほう、悪くない手だ。しかし……!」

 

即座に自身に迫る脅威を気配のみで探知したキシリアは、それが脚へと絡みつくまでの一瞬を後退の為に使った。あまりにも短いその時間では僅か2歩ほどしか下がることが出来なかったが、彼女にとってはそれで十分。

 

更に稼いだ2歩分の時間で、キシリアは刀を佩いていた鞘を腰布から逆手で引き抜き、凄まじい速度で足元へ突き立てる。ただそれだけの動作で、花蓮が伸ばしていた氷ごとコンクリートを吹き飛ばした。

 

「く…っ!?そんな―――」

「咄嗟にしてはいい判断だ。剣の筋も中々悪くない。だが―――!」

「ご、はぁ!?」

 

能力で張った氷ごと足場を崩され、花蓮は辛うじて踏ん張りその場で留まることが出来た。が、キシリアは鞘を得物としたまま神速の刺突、怯んで動けない花蓮は避けることが出来ず強烈な衝撃と共に弾き飛ばされてしまう。

 

「まだまだ未熟。しかも僅かだが雑念が混ざっているな。そんな(もの)では、私には届かない!」

「がほっげほ……く、ぅ……!」

 

打撃された腹部を抑えながら何とか身体を引き起こすが、その瞳に映るのは自身の刀を手中に戻し上段でそれを構える敵の姿だった。

 

明確な死の未来予想に背筋を悪寒と怖気が奔る。何とか逃れようと身体を動かすも、処刑台に備えられたギロチンのように、白銀の刃は花連の頸部へと振り下ろされた。その刃は音速にすら迫り、例え訪れる未来を理解してたとしても花連にはそれを避けることは出来ない。出来ることは。精々瞼で蓋をし走馬灯を駆け巡らせる程度しかない。反射的に目を瞑り、今までの人生がサイレントムービーのように脳内を走る。セピア色のフィルムが誰かの横顔を映す、その寸で。

 

 

―――ギイィィィィン……

「く、ぬぅう……!?」

 

耳をつんざくような金属の衝突音とキシリアの苦悶の声によって花連の意識は現実へと引き戻された。眼を開くと、刀を持つ腕をこめかみの横まで引き刀身を顔の正面に位置するように構えている---謂わば霞の構えをしている―――キシリアの姿があった。その顔は苦虫を噛んだような表情であり、また右の二の腕が血で滲んでいることに気付いた。

 

「……チッ!」

 

舌打ちの後、今度は刀身を水平に構え直す。直後どこからか小さな物体が飛来し、刃とぶつかり合った。今度は先ほどより耳障りな、金属同士が擦れるようなギャリギャリという異音が響き、飛来した物体―――フルメタルジャケットの弾丸は肉体を貫くこと叶わず地面へと突き刺さった。

 

この状況下で、針のように精密な狙撃を可能とし尚且つ花連を助けるために行動する人物など、ただ一人しかいない。

 

「――――――っ!!」

「二発とも頭を精確に……そうか、本気というわけか」

 

キシリアは何かを納得したように花連を一瞥すると、一足飛びで後退。再び地面に鉛が突き刺さる。さらに幾つもの紙気やクナイが彼女へと迫るものの、いち早く察知しその全てを切り払う。

 

キシリアはそのまま踵を返すと、撃ち込まれる弾丸を切り裂きつつ全速力で後退、後方のオークの群れへと突っ込み、無傷で温存されていた彼らを切り裂き始めた。

 

「氷室ちゃん!大丈夫!?」

 

呼吸を整えることで痛みを和らげながら何とか立ち上がると、紅羽が慌てた様子で駆け寄って来た。彼女は慣れた手つきで花連の身体をまさぐり、大した傷を負っていない事を理解してようやく肩の力を抜いた。

 

「とりあえずどこか斬られたわけではないみたい。すぐに助けてられなくてごめんね」

「いえ、一瞬の事でしたから仕方ありませんよ。それに、彼が助けてくれましたから」

「そっか、彼、無事だったんだ……そうならそうと、ちゃんと報告してほしいね、ガイドマン?」

『無茶言わないで下さい。こっちだって、色々あって手一杯だったんですから』

 

会話の最後に通信機を点けた紅羽の冗談めかした言葉に、今まで通信を切断していた宗次が不服そうに答える。たったそれだけで、花蓮は安堵の息をつくことが出来た。

 

「無事、だったんですね」

『は?あの程度で一々くたばるわけないだろ。いくら何でも舐めすぎだっつーの』

「でも、あの対魔忍はどうやって?かなりの実力者みたいでしたけど」

『ん?屋上に仕掛けておいたクレイモア点火して吹き飛ばした。取り逃がしがないよう、全方位からの一斉起爆だ』

「あっ」

「あっ」

 

クレイモア地雷。湾曲した箱型の指向性対人地雷で、最大の特徴は箱の中にC-4爆薬と共に700個もの鉄球が封入されていることだ。この地雷が起爆したら最後、正面60度の範囲に700個の鉄球が強烈な速度と共にばら撒かれることとなり、最短でも50m圏内が地獄絵図と化す非常に危険な代物だ。そんなものを精々10m四方というごく狭い範囲で、しかも全方位から浴びせられたのだ。まさに蜂の巣状態だっただろう、ミンチよりひでえや。

 

ちなみに、クレイモア地雷はC-4爆薬と同じくらい高頻度で二次創作に登場する爆発物である(メタ発言)

 

容易に想像できる惨状に二人が頭痛を堪えていると、オークを一人で抑えこんでいた舞が警戒は緩めず近づいて来た。顔はオークとその中で大立ち回りを演じるキシリアを捉えたまま、花蓮へと声を掛ける。

 

「花蓮さん、無事ですか?」

「七瀬さん、先程はすみませんでした」

「いえ、負傷がないなら何よりです……もう一人、今更出てきた人もいますしね」

『ド頭ぶち抜きますよ?』

 

舞と宗次の殺伐としたやり取りに、思わず苦笑が漏れる。対魔忍としての矜持や正義を重視する舞と、何より自身の安全を優先する宗次はどうしても反りが合わないらしくこうして嫌味を言い合っているのだ。紅羽も同様に苦笑しつつ、表情を戻し舞へ問いを投げる。

 

「それで、どう?」

「厳しいですね。オークはともかく、あの傭兵を相手にするには紙気の残りが心許無いです。あれの矛先が他へ向いているうちに離脱するべきかと」

「そっか。彼女がこっち来たってことは、あの子はやられたと見て間違いないかな。まああれは自己責任だから知らないけど。対象を抱えたままだと速度そんなに出ないから敵に再捕捉される可能性が高いし……」

 

顎に手を当てぶつぶつと独り言をつぶやきながら紅羽は状況を打開する術を思考する。普段の任務は単独で潜入するものが多くいざというときも彼女一人が逃げ切れさえすればそれでよかった。だが今回は違う。確保した仲間と民間人、そして彼女の後輩である仲間全員を連れ帰らなければならなかった。だからこそ、彼女は迷うことなくその札を切る。

 

「……ガイドマン、聞こえてる?」

『通信良好、聞こえます』

「私がこういう事聞くのどうかとは思うけど、君打開策あるでしょ?わざわざそっちから連絡取ったってことは、反撃の位置取りが出来たってことだよね?」

『えぇ……まあそうなんですけど……。もうちょっとこう、自分の手で解決しようってプライドとかないんですか?』

「ないよ。皆を確実に逃がし目的を達成する手段があるのなら、それするのがいいに決まってるじゃない」

『へぇ……』

 

どこか嬉しそうな宗次の感嘆から数瞬、沈黙が下りる。暗闇の中にさす一筋の光明を前に、花蓮は息を飲みながら次の言葉を待つ。そして。

 

『わかりました、やりましょう。ただし……』

「ただし?」

『……この状況下で確実性を上げるために、チャーリー、お前の力が必要だ。まだ余力はあるか?』

 

一瞬、頭が真っ白になる。予想外すぎる彼の要求に忘我に包まれ、少し遅れてようやく、どこかで望んでいた言葉が投げかけられたのだと気付いた。

 

―――お前にしか出来ない、お前の力が必要だ。

そんなことを言われたら、応えなんて一つしかないじゃないか。

 

「―――はいっ!」

 

身体を駆け巡る猛りを表すかのように、花蓮は力強く首肯した。まあ、紅羽と舞に生暖かい目で見られているのに気付いて赤面し俯いてしまうまでが御約束というものだが。

 

『よし、作戦を説明する……って言っても難しいことはしないんだが。チャーリー、お前の忍法使えば氷の壁創れるよな?』

「え?ええ、一瞬でとは行きませんが、以前訓練したので出来ます。能力範囲は半径10mまでなので、それ以上は難しいですけど」

『十分十分。それじゃあ、合図したら目印に沿って一対の壁作って欲しいんだ。そうだな……壁と壁の間隔は2mくらいで』

「それはいいんですが……何を目印にすれば?」

『見ればわかる。まあ任せろい』

「ええ……?」

 

思わず胡乱げな声が漏れる。確かに作戦はシンプルで分かりやすく、間違えようがない。ないのだが、最後の返答があまりにも曖昧で困る。実行役としてはもっと正確に情報を伝達して欲しいのだが、恐らく彼の中では既に流れが出来上がっているのだろう。そして、その情報の有無は作戦の正否には影響しないのだ。

 

判断に窮し紅羽へと視線を向けるが、彼女は苦笑するばかりだった。彼女も既に花蓮と同じ答えに辿りついているのだろう。そして恐らく、彼女の心は決まっているのだ。

 

呆れを表すようにフゥ……と息をつく。それが彼に届いたかは分からないが、腹を括らねばならないようだ。

 

「わかりました、やります。タイミングは任せましたよ?」

『おう、一切合切何とかしてやる。っと、その前に戦闘中の奴らを後退させてくれますか?あと対象を確保してる奴らに移動準備を』

「わかったよ。……A班後退!B班は移動の準備!舞、周辺警戒と護衛お願い」

『『了解!』』

「了解です。花蓮さん、あなたなら出来ますよ。頑張って」

「―――はいっ!」

 

紅羽の指示によって、状況は動き出す。オークと交戦していた者たちは即座に戦闘を中断し離脱、紅羽たちの後ろに集結した。B班も確保した対象を担ぎ、何時でも動ける体勢を整える。後は宗次の合図次第だ。

 

対するオーク達も、対魔忍が後退した隙に残った人員を即座に再編成し部隊を立て直した。キシリアと戦闘中の部隊は動けなくとも、彼らはまだまだ意気軒昂であり、疲弊している対魔忍相手に怯みはしないのだ。

 

対魔忍とオークの睨み合い。対魔忍は全員がひとまとめになっているのに対し、オークは部隊を道路上に散開させ誰一人逃がさない構えだ。互いに動かず、両者の間に緊迫した空気が流れる中、五感が強化された紅羽だけがそれを捉えた。遠くから微かにまるで空気が抜けるような、ポンッという音が6つ耳朶を打つ。そして、ひゅぅぅ……という何かが落ちるような音が数秒、徐々に大きくなっていき―――

 

激しい爆音と爆炎と共にオーク達が吹き飛んだ。

 

「んなっ!?」

「ほほぉ、なるほど確かにいい案だ」

 

誰かが驚愕の声を上げるなか、紅羽は彼の一手に感心の意を示す。敵の意識がこちらに集中しているタイミングで完全に認識外からの迫撃、気勢を削ぎ指揮を乱すには最大効率の奇襲だろう。

 

続けて五発。追加攻撃によってオークはその場に伏せるか端の方へと退避し、それ以外は肉片へと変わっていた。散開していたため損害こそ小さかったものの、オークの統率はないものも同然であり、集団として戦闘力をほぼ喪失していた。更に。

 

「……成る程。見れば解る、とは正にその通りでしたか」

 

感情が表に出ない舞が珍しく、驚目を見張らせてそうぼそりと呟いた。目の前の光景に、思わず感心するしかないと言った様子だ。紅羽や花蓮も、声に出さないだけで内心は同じであった。

 

爆発によって焦げ付いた地面の焼け跡が6つ、彼女達の前に直列で並んでいたのだ。まるで、彼らの奮闘を讃えるために敷かれたレッドカーペットのように、真っ直ぐと。それは、誰が見ても一目で分かる『目印』だった。

 

『チャーリー、「目印」は見えるか?』

「はい、問題なく」

『よぉし……やれ』

「―――――はいっ!」

 

宗次の合図に力強く声を返し、花蓮は地面へ掌を叩きつけ忍法を発動させる。彼女を起点に発動したその力は、バキッバキッという産声を上げながら猛然と空気を凍てつかせていく。空気中の分子運動を事如く停止させ侵食した氷は天へと伸び、五秒と掛からぬ間に一対の氷の壁を作り出した。これで敵からの横やりを受けず、戦線から抜けることが出来るだろう。

 

「かっ……はぁ……!」

 

壁を作り終えた花蓮は、絞り出すように息を吐き出した。長さ10m、高さ3mほどの壁を二つも、しかもこの短時間で作り出した負担は凄まじく、花蓮の体力を根刮ぎ奪っていったのだ。

 

自身を支える力すら絞り尽くしてしまった花蓮は、一瞬視界が明滅すると同時、身体がふらりと揺れ地面へと吸い寄せられていく……

 

「おおっと、大丈夫?」

 

その途中で、横から紅羽に抱きとめられる。花蓮は感謝を伝えようとするが、頭に靄がかかったような感覚に襲われ言葉を紡ぐことが出来なかった。彼女の様子がおかしいことを察した紅羽は花連に肩を貸して立たせると、部隊長として仲間に命令を下す。

 

「よし、皆!撤退するよ!全員このまま壁の間を直進して包囲網を抜ける!舞、殿任せた!」

「任せてください。先陣は頼みましたよ」

「勿論!――――――全隊、前進!」

 

紅羽の号令により、対魔忍たちは最後の力を振り絞る。氷の壁によって出来た道を踏破するため足を動かし前へと進む。

 

「まてぇい!手前ら、逃がすと思ってんのか!」

 

と、彼らの前に一体のオークが機関銃を構え立ちふさがる。恐らく後方に配置され且つ爆撃から逃れた運のいい個体だったのだろう……それ自体が不運だったのかもしれないが。

 

『こちらで始末します』

 

耳に付けたイヤフォンから宗次の淡々とした声が聞こえる。そしてその一瞬後、立ちふさがったオークの頭蓋がまるで柘榴が如く木っ端微塵に弾け飛んだ。首から上は全て粉々の状態で辺り一面にベチャリと撒き散らされ、半ば千切れ飛んだ首から頸椎が覗く。どう考えてもライフル弾の威力を逸脱した結果だった。

 

死んだことを自覚していないかのように立ち尽くすオークの死体の脇を抜け、オーク達が乗ってきた兵員輸送車に辿り着いた時に数秒遅れてやってきた恐らく銃声であろう爆発音が、身体の芯までズンと響いた。

 

「全員乗車、急いで!」

 

未だ思うように動けない花蓮を助手席に放り込むと、紅羽はエンジンキーに手をかける。一瞬間を置いて車が震えエンジンが猛り始める。

 

紅羽の指示に合わせ、対魔忍たちは次々と内部へと乗り込んでいく。全員が乗り込んだ事を確認し、舞は輸送車の上へ飛び乗り爪先で天井をゴン、と叩いた。

 

「それじゃあ、出すよ!後舞、上に付いてる機関銃、そこらへんに捨てといて!」

『いいんですか?』

「こんなん付けて街中走ってたら怪しさMAXでしょ!やっちゃって!」

『了解です。ハァッ!』

 

真上から金属が切断される音が聞こえた。外すだけでいいのに……と呆れていると、隣で力なくうなだれている花蓮が小さく呻いた。

 

「まって……ください……。まだ、かれ、が……」

「彼なら大丈夫だよ。元々、ここで別れる手筈だったんだ。予備の拠点に用意してたホテルで一泊するんだって。ここでキャンセルしたら足付くかもしれないからーってね。いやー凄まじい用心深さだねぇ」

 

紅羽の言葉を何とか咀嚼し、ひとまず息を吐く。しかし、花蓮はどうしても心の靄を払うことが出来なかった。理屈ではないナニか……女の勘とでも言うべきそれが、彼女の意識の底から警鐘を鳴らしているのだ。

 

彼女達を乗せた車は、真っ直ぐ帰還の途に着く。車の上で舞が周辺を警戒しているが、敵の追撃に出くわす事無く無事に五車学園に辿り着くだろう。彼女達の任務は、無事終わりを告げたのだった。しかし。

 

(そうじさん……)

 

花蓮は車に揺られながら、残してきた宗次の安否を想う。どうしても心に巣くう不安は、消えることはなかった―――――

 

 

 

 




A:相手の意識外から横殴りして盤上をひっくり返す

投稿が遅れてしまいまことに申し訳ない。ようやくこの話終わる……。
とは言ったものの、実はまだまだ書きたかったことが残っていたり。

決戦アリーナ、ついに舞さん復刻しましたね!ポイントでの報酬だから確実に手に入るのはうまあじ。そしてエロい。ぶっちゃけ通常絵が一番好きです。今話は舞さんのエロさをパワーに頑張って書き上げました。

あとフェリシアちゃんも復刻されたけど、こっちはドロップかランキング報酬だから流石に手に入らないな。もし手に入ったら18禁版のエロシーン書くわ。

次回に行く前に、今回の裏話とかの書きたかったことを幕間という形で投稿します。そっちは結構短めの話になると思うけど、早めに上げるから許して

-追記-
フェリシアちゃんが手に入らなかったので、18禁版はなしです。やったね


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幕間 後日談、というか今回のオチ

ようやく書きあがったので投稿です。前話で予告した通り、今回の任務での裏話的なのとを書きました。そのため分量も短めですのでご了承を。

あと、最後の方にご褒美(意味深)の描写があります。当然当初のコンセプト通り、全年齢ギリギリの性描写を必死こいてかいたので、苦手な方はここでブラウザバックするか途中で読むのをやめてください。この話はあくまでおまけなので、読まなくても支障はないです。「えっちなのはいけないと思います!マジ無理!」という方は、ガチで見るのをやめることをお勧めします。発禁しなきゃいけない部分は一切書かなかったけど、一応ね。

忠告はしたぞ?したからな!?あとでそこに文句つけてきたって知らないからな!?嫌なもん見たとか言われても自己責任だからな!?(ビビり特有の線引き)


△ ▼ △ ▼

 

さて、無事残敵を掃討し終えた俺は、SR-25を仕舞ったガンケースと、MGL140と言う回転弾倉式のグレネードランチャーが入ったアタッシュケースをそれぞれ持ちながらビルとビルの間を駆けていた。

 

いやぁ、何か使えるかもと思って近くに隠して置いたのが役に立ったな。敵陣を爆撃して掻き回すって単純な作戦だったけど、上手く刺さってくれて助かったわー。

 

ドローン越しだけど他の連中が離脱したのは確認出来たし、敵は全て殲滅。周辺に斥候や監視装置の反応はなく連絡を取ってる様子もなかったから、今回の戦闘の様子が誰かに漏れる事はない。任務完了で万々歳ってところかな?

 

とは言え、俺の仕事はまだ終わってない。何時ものようにセーフハウスとして確保しておいたホテルに泊まり、装備を回収しなければ。チェックインは済ませてあるから、このままとんずらしたら怪しまれて俺への足掛かりになってしまう。身バレは絶対阻止しなきゃ(固い意志)。

 

ビルの屋上をピョンピョン飛ぶと目立つので、時間は掛かるが狭い路地を経路にホテルへと向かう。目的地まで後数分というところで、目の前からナニかが動く気配を感じた。

 

即座にガンケースとアタッシュケースを捨て、レッグホルスターから拳銃を引き抜き構える。M1911、『コルトガバメント』の愛称で親しまれ、ストッピングパワーに優れた.45ACP弾を使用する合衆国民が大好きな銃だ。

 

俺はM1911のサイトと視線を真っ直ぐ前方の人影に合わせ、腰を低くしいつでも動けるように息を整える。引き金にかけた指もあとほんの数ミリ動かせば撃鉄が起きるところまで引き絞り――――

 

「僅かな身動ぎの気配を察知し刹那のうちに意識を完全に切り替える、流石と言ったところか」

 

ゆらりと黒い影が一歩進み、ビルとビルの隙間から僅かに差し込む月明かりにその身を晒す。無骨な肩当てと腰に佩いた一振りの太刀。そして鍛え上げられた筋肉を備えながら肉感的でグラマラスな肢体。刀こそ納めているものの、褐色の女剣士キシリア・オズワルドに他ならなかった。そして、その姿を捉えた俺は……

 

「何だお前か。あまり驚かすなよ、撃っちまうだろうが」

 

そう言って、銃をホルスターへと納めた。

 

「こうして会うのもしばらくぶりか。久し振りだな、キシリア(・・・・)。今回は助かった」

「何、此方としても、なかなか良い闘いをさせてもらった。最近は中々手練れと戦う機会がなかったからな、渡りに船というやつさ」

 

そう、キシリアが今回の戦場に現れた理由。何を隠そう、この俺が傭兵として雇ったからだ。

 

ブリーフィング後、敵が確実にこちらを倒すための策を打ってくるとしか思えなかった俺は、キシリアを使って相手が自信満々に繰り出してくるであろう策を叩き折ってやることにした。まるで将棋のように盤上でこちらを詰ませるように一手一手打ち込んでくるのならば、横から殴りつけて盤をひっくり返してしまえばいいのだ。

 

……言葉尻だけを見れば脳筋じゃないか!と言われるかもしれないが、相手の策の前提となる条件を崩してしまえば、それだけで渾身の一手は無為に帰す。わざわざ敵の策略を崩すためにこちらも策を巡らすなんて面倒な事、この程度の仕事で一々やってられっか。無駄な手間は可能な限り避けたい。

 

敵が増援として造反した対魔忍を引っ張り出すのは流石に想定外だったが、おかげでキシリアという手札を最大限に活用することが出来た。上忍並みの戦力を一名は奇襲により抹殺しもう一名も戦線離脱まで追い込んだ、十分な成果だ。こっち来た奴はベアリング弾の嵐で蜂の巣にしてやったしな。

 

「あ、でもなんで氷室に襲い掛かったんだ?こちらには手を出さないという契約だったはずだが?」

 

聞かなければならないことが一つあったことを思い出し、問いただす。俺が反撃の下準備をしていた時、こいつは選りにも選って氷室に斬りかかりやがったのだ。そうならないために報酬を弾んで契約内容に盛り込んだっていうのに!

 

苛立ちを隠しきれなかったせいか全くの平坦になってしまった俺の声音を聞きながら、キシリアは悪びれもせずにああ、と言ってから答えた。

 

「随分お前が気にかけていたからな、どんな奴なのだろうと手を出してしまった。まだまだ未熟ではあるが、いや中々どうして、筋がいいじゃないか」

「…………そんなこと聞いてるとでも?」

「……そうだな、今のも答えではあるのだが」

 

あまりにも適当な事を抜かすので青筋を立てていると、キシリアは仕方がないと言わんばかりに溜息をついた。何で俺が我儘言ってる風なんだこいつは。脳天吹っ飛ばしてやろうか。

 

彼女は、割と発想が過激になっている俺に触れるか触れないかというギリギリまで近づくと、耳元へと顔を寄せ、小さく呟いた。

 

「あの女から、お前の匂いがしたからだ……抱いたのだろう?私と同じように」

 

 

△ ▼ △ ▼

俺がキシリアと出会ったのは一年近く前、対魔忍としての任務中だった。互いの関係は至極単純、俺が暗殺者(ヒットマン)でキシリアは護衛(ガーディアン)。二人とも同じ目標を殺そう守ろうとしていた。

 

その時は彼女に護られていたターゲットを知覚外からの狙撃で脳漿を吹き飛ばし、追っ手がかかる前にさっさとトンズラしたので良かったのだが、しばらく経って別の任務中にまたもやかち合ってしまったのだ。

 

しかも前回の暗殺を教訓に対策していたらしく、狙撃は弾丸を全て切り払われあえなく失敗。更には逃げ出す前に場所を突き止められてしまい、接近戦特化の彼女とタイマンを張るという最悪の事態に陥ってしまった。

 

まあ上手いこと死んだふりが成功したので、そのまま行けば俺の華麗な逃走術を披露して終わるところだったのだが、そうは問屋が卸さない。何と、俺のターゲットにしてキシリアの護衛対象である資産家の男が幾人ものオークを連れて俺たちが戦闘していた廃ビルに現れたのである。御丁寧に強力な媚薬を混合したガスを部屋中にぶちまけてである。

 

どうやらその男、最初からキシリアを自分の(モノ)にするために雇ったのだという。自身を脅かす敵がくたばったので、大手を振って彼女を堕としにかかったというわけだ。俺が後ろで死んだフリしてるのにな!

 

後はキシリアが媚薬の影響で上手く動けないままオークと戦闘しているうちにターゲットを後ろからズドン!して、二人で協力し残った敵を倒して終わりだ。ま、二人とも媚薬にヤられてたから、その後一晩かけて身体の火照りを冷ました(意味深)んですがね!

 

そんなこんなで縁が出来た彼女との関係は今も続き、時々面倒な任務が来たら傭兵として密かに雇ってたりしているのである。コイツかなりの実力者な癖にフリーランスだから、予備戦力とするには凄く便利なのだ。おまけに口が固いしな。

 

……なのだが、何でかこいつ性的な方向に話を持って行こうとするんだよなぁ。「戦いで身体が火照ってしまった」とか言って毎度のように自分を抱かせようとするのだ。ぶっちゃけコイツに依頼を出す頻度が少ない理由がこれだ。種族値が体力と膂力全振りの鬼族相手にプロレス(意味深)するとかかなりキツいんだぜ?それだったら多少困難でも素直に任務をこなしたほうがマシだ。

 

ほら。そんな事考えてる間にも豊満な二房を俺の胸板にこすりつけ、肉感溢れる脚を俺のそれに絡めてる。コイツさては誘ってんな?(名推理)

 

「最初は何となく引っかかる程度だったが、ニオイを嗅いで解った。あれは、お前に抱かれた女のニオイだよ」

 

身体をこすりつけ存分にセックスアピールをしながら、俺の耳元でキシリアは続ける。強い確信を抱きながら、甘く甘く蕩かすように責め立てる、女の声。

 

「な、何のことかさっぱりわからんな。俺を色情魔みたいに言うのはやめてもらおうか」

「ふふっ、言い逃れをしても無駄だ。お前の残り香と、お前の事で頭が一杯になって濡らす雌の臭い。似た者同士だから間違えないさ」

 

……いや。いやいやいやいやいや!ちょまっ、待って!何でそんな、俺が女調教してるみたいな事言うん!?言い掛かりにもほどがある!確かに俺女抱くし、ちゃんと楽しもうと一回数時間単位でヤってるけど、そんなんで女がホイホイ堕ちるわけがーーーーあ、ここ対魔忍世界だった。

 

「ジーザス……」

「ククク……罪な男だな、あんな少女を誑し込むとは。彼女、お前に心底惚れてるぞ?」

「……単に憧れてるだけじゃないのか」

「そんな訳あるか。あれは惚れた男を支えようと努力しているんだろう。一途でいいじゃないか」

 

そう言ってクスクス笑うキシリアの声が脳を掻き回す。

 

しかし氷室が……あいつ男運悪過ぎやしないか?俺みたいなのに一度抱かれたくらいで惚れるなよ……俺よりもいい男なんて一杯いるぞー?

 

俺が信じられない事実と耳元の蕩けるような声に頭を抱えていると、キシリアは更に身体を押し付けながら、どこか拗ねたようにこう続けた。

 

「本当に罪な男だ。私含めて幾人もの女を自分の物にしておいて、あの少女にゾッコンなのだからな」

「おい、だから人を性欲狂いみたいに言うのは……何だって?」

 

こいつ、いま、なんていった?

 

俺が、氷室に?いやそんなわけない。前世含め恋愛経験0だったんだぞ。確かに今世になって童貞こそ卒業したとは言え、あくまで身体だけの関係でしかなく、心から信頼出来た相手なぞ誰一人いなかった。そんな俺が今更、誰かに入れ込むなんて――――

 

「信じられないようなら、証拠を示してやろうか?お前が大好きな、物的証拠という奴だ」

「証拠……?」

「私があの少女に刃を振り下ろそうとしたとき、お前は私の頭を狙撃したな?」

「あ、ああ。そりゃ味方殺そうとしてるんだから、止めるだろ普通」

「その弾丸を私が防げず、脳天に直撃したとしても?」

「お前ならあのくらい防げるだろ?」

「当然だ。だが慎重なお前なら万が一防げない可能性を考慮して、武器を狙って攻撃を無効化するか手足を狙うだろう。少なくとも、友軍が死亡する危険を排除するために頭と心臓は絶対に狙わない」

「…………」

「解るか?お前は私と彼女の命を天秤にかけ、迷うことなくあの少女を選び取ったのだ。これで入れ込んでないと誰が言える?」

 

思わず、口を噤む。確かに、戦力として有用である自軍をわざわざ殺害する可能性を犯すはずがない。銃弾をワザと外すか武器を狙うかして、警告するだろう。

 

つまり、俺は氷室という『人間』に対し何らかの好意を抱いているのか……?

 

「んおぁ!?」

 

身体に突如走った感覚に思わず変な声が出た。感覚の発信元を恐る恐る見ると、キシリアの手のひらが、俺のズボンのチャック付近を上下左右に行ったり来たりしている。

 

「クククッ!別の女の事を考えていようと、ココは正直のようだな?」

「それ僕の息子、とでも言えばいいのか?こんだけされて反応しないほど、俺は不能ではねえよ」

 

一応平静を保ってはいるが、話している間中メリハリのある女体を散々身体中で堪能していたのだ。体は正直と言う奴である。

 

だが、据え膳喰わねば何とやら。他の女の話振っといて勝手に嫉妬し、慣れないアピールを必死にしてる彼女にいきり立たないはずもない。

 

俺はお返しに、キシリアの腹にある古傷を人差し指の先で軽くカリカリと引っ掻く。

 

「……ふっ……ぁ」

 

キシリアはどこか甘い吐息を漏らし、腹部から奔る官能から逃れるように僅かに身体をくねらせる。俺はそれを抑え込むように腰に手を回し引き寄せ、ちょうど真正面にあった彼女の唇に自身の唇を重ね合わせる。

 

「ちょ、まっ……んんっ」

 

唇を離さず、逆に口腔へと舌を捻じ込む。意識を舌先の感覚に集中させ、キシリアの内頬や歯の感触を存分に堪能しつつ反応を見て弱点を探る。そして一通り粘膜を舐め回した後は、彼女の舌へと俺のそれを這わせる。

 

「っ……んんっ……じゅ……ぇあ……」

 

重ね合った唇の隙間から時折甘い吐息と僅かな嬌声が漏れる。耳朶を打つそれによっていきり立つ何かを感じながら、愚直なまでに舌を舐り続ける。彼女の暖かく柔らかな果実と甘やかな喘ぎは、俺の雄としての本能を強烈なまでに刺激した。

 

昂ぶった本能のまま、更に苛烈に舌へと吸い付き絡め合う。まるで獲物を喰らう狼のように、俺は彼女の肢体という極上の肉を貪り尽くした。奪うように、踏みにじるように、それでいて丁寧に、味わうように。俺の意識はキシリアのみに集約し、彼女もまた、その世界に俺という存在だけを残す――――――そして、彼女の身体がぶるりと震えた。

 

「―――っ!?ッッ!……だ、めぇっ。~~~~っっ!!」

 

繋げた口から、彼女の悲鳴が振動として伝わる。そして同時、その褐色の肌も不規則に痙攣を繰り返す。ズボンの太腿部分が水気を帯びる。

 

そのまま待つこと一分程、キシリアの躰は痙攣を止めだらりと脱力した。地面に落ちないよう、彼女を引き寄せて身体を支える。そこで漸く、彼女は気怠そうに口を開いた。

 

「……っ、はあ……相も変わらず、容赦がないな……」

「鬼族相手に容赦無用なのはしっかり学んでるからな。後、お前が一々敏感なのが悪い」

「フフ……」

 

どこか嬉しそうに、俺に身体を預ける。とりあえず動けるようになるまでこのままか……早くホテル行って休みたいんですが……。

 

「おいおい、勝手に終わりにしようとするな」

「あ~……やっぱり?」

 

適当なところで切り上げようとしていた俺の雰囲気を察したのだろう、こちらを睨むように見るキシリアの目はしかし男に媚びを売る娼婦のように潤んでおり、少し前まで闘争を愉しんでいた瞳は肉欲の色に染まりきっていた。

 

「それに、お前だってまだまだし足りない(・・・・・)だろう?」

「……そこデリケートなところなんだから、触る癖止めてくれない?」

 

呆れたように苦言を呈した俺であるが、彼女の誘いを断ることなど不可能だろう。何故なら、俺を試すように挑発的な視線を向けるその瞳には、口角を引き上げこの先(・・・)を愉しみにしている俺の貌が映し出されているのだから。

 

どうやら、俺の安息日はまだ遠いようだ。

 

「さあ、今回の報酬分は付き合って貰うぞ。―――――我が主様?」

 

 

 

 

 

 




ね、18禁ワードなかったでしょ?
こういうエロ描写書くのはガチで初めてなので、滅茶苦茶時間かかりました。官能小説とか読まないから、そういう語彙とか文体とかさっぱりなんだもの。もうこれが限界……しばらくこういうの書かなくていいかな……。

キシリアはHRのしか持ってないので口調が安定してませんが、宗次君にべた惚れ剣士ってところでキャラは安定かな。見た目といいシーンと言い、個人的に好きなキャラ筆頭です。ただイラストの刀部分がかなり雑だったので、太刀か打ち刀かの判別がつかず苦労しました……

そう言えば、ちょくちょく感想でも言われましたが、対魔忍RPGついにリリースされましたね。普段使っていたPCでは何故か起動できず、ようやくさっき始められたところですが……お館様普通に優秀すぎひん?こいつホントに対魔忍か?あとガチャってなんだよ。時間あれば番外で、RPG世界の宗次君も書いてみたいですねえ。

あ、そういう(・・・・)部分書かなかったので一応大丈夫だとは思うんですが、ヤバそうだったら(というか通知とか来たら)表現をマイルドなものに変えます。


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彼は正義の徒にあらず、ひたすらに生を求める鬼である

何か最近、「対魔忍本編やったことないけどこれは面白い」と言って下さる方が多く、感謝の気持ちで一杯です。ただこの小説から本編入るの大丈夫かな…あっちかなりエグいみたいだからお兄さんちょっと心配。

後、主人公の有能ムーヴが思ったより目立って来たのでちょいとテコ入れました。不快な描写あるかもしれないので少し注意です。ここがどんな世界なのか、宗次君がどんな人間か、忘れたわけじゃないよなぁ?(にっこり)


首都、東京。関東平野に堂々とその偉容を見せつけるメトロポリスであり、数多くの高層ビルが天高く乱立し、幾十、幾百万の人々が社会の歯車として自らの人生をすり潰している日本の心臓部だ。人口、経済能力共に日本一であり、東京都のGDP(国内総生産)は凡そ90兆円強、ざっと日本国内の総生産20%近くを一手に担っていることになる。世界()()のGDPで順位付けした場合、東京都単体で16位にその名を並べていると言えばその凄まじさが理解出来るだろうか。

 

閑話休題(それはともかく)

 

そんな東京の中心から少し離れたビル街を、一台の白いミニバンが走っていた。スモークガラスなのか後部座席が見えないものの、日本ではありふれた乗用車。法定速度を幾らかオーバーしながら気儘に走る様も普通としか言い様がなく、故にそれは誰の目も引くことなく道路を走り付近の地下駐車場へとその姿を消す。

 

地下へと進入したミニバンは徐行しながらお目当ての駐車スペースを探し、駐車場の奥に止めてあったグレーのミニバンの真後ろにその身を置いた。

 

駐車を終えエンジンを切り、白いミニバンの運転手はドアを開いて車から降りる。そして一息伸びをすると、ごく自然な足取りでグレーのミニバンへと乗り込んだ。

 

「お久しぶりっす、田上の旦那!調子はどうっすか?」

「ぼちぼちかな。後旦那は止めろ、俺のが年下だと何度言やいいんだ?」

 

助手席に座った彼は、運転席で腕を組んでいた男―――田上宗次へとヘラヘラ笑いかけたのだった。

 

 

△ ▼ △ ▼

俺は、目の前で相も変わらず呼び方を改めない白人の男、ダニーに対し思わず苦言を呈する。いい加減長い付き合いになるというのに、何度訂正しても俺のことを『旦那』と呼んでくるのだ。何処にでもいるような平凡な日本人としては一回り年上の男に敬語で下手に出られるのはあまり嬉しくないのだが、こいつ演技とかではなく素でこれなんだよなぁ。

 

「というか、合い言葉はどうした。ちゃんと事前に通達しただろ」

「ええ?あんな一々長ったらしいもん覚えらんないっすよぉ!顔合わせりゃちゃんと解るんだからいいじゃないっすか?」

「それじゃあ成りすまされた時対処出来ないだろ……何でお前は腕は確かなのに頭ハッピーセットなんだ?」

「え?……ヘヘッ」

「誉めてねえよ照れんな」

 

何時ものやり取りになってしまった会話に思わず苦笑いを零す……っと、用事は済ませないとな。

 

「で、ブツは?」

「何時も通り持ってきましたよ。耳揃えてキッチリとね。ドアお願い出来ます?」

「勿論」

 

手元のキーを操作してトランクのドアを開ける。するとそれを合図に、後ろのミニバンから屈強な黒人が二人降りてきた。そして彼らは、バンの中から木箱を抱え此方の車両へと積み替え始めた。

 

「中身は?」

「頼まれてた弾薬と爆薬一通りに、M4及びそのカスタムパーツ一式を1ダース。勿論、全て米連が採用している正規品ですよ」

 

そう言ってダニーは目録の書かれたB5のコピー用紙をこちらに手渡した。そう、彼らは米連に所属する人間なのだ。

 

ダニーは間抜け面を晒してはいるが腕の立つ銃職人(Gun Smith)だし、黒人二人もタンクトップにジーンズと格好こそラフだが厳しい訓練を潜り抜けた米連の正規兵だ。本来ならば、対魔忍である俺と一緒にいていい人間ではない。まあ、安っぽい言い方をしてしまえば、裏取引と言う奴だ。

 

そもそも俺と彼らに縁が出来たのは、俺が本格的に対魔忍として活動を始めた一年程前のこと。金欠で武装の補充が滞っていた俺は、仕方なく彼らが乗っていた米連の輸送トラックを襲撃し物資を根刮ぎ強奪しようとしたのだ。一応魔族の仕業に偽装はしたが、対魔忍が強盗紛いな事をするとは考えないだろうしな。

 

下手な証拠が残っても困るので乗員は(みなごろし)にするつもりだったのだが、そこで命乞いの材料として俺に取引を提案してきたのがダニーだった。定期的に物資を横流しするので、その利益を分配しないかという話だった。

 

どうやら彼らが所属する日本支部第八技術研究所は米連の中でも末端の末端らしく、常に金欠と人員不足に悩まされていたらしい。そこで闇ルートに物資を横流しして研究資金を確保する方法を考えたがそういった方面に詳しい者もおらず、下手な事をして上にバレれば処罰され、研究所の存続が危ぶまれる。八方塞がりで頭を悩まされていた時、任務ではなく物資目当てでトラックを襲撃する俺が現れた、というわけだ。

 

目の前の物資よりも、定期的に金と信頼性が高い米連産の装備が手に入るメリットを取った俺はその提案を了承。後日第八技研の所長などと話し合いを行い取引は成立、俺個人と第八技研全体による密やかな同盟が組まれることとなったのである。

 

取引の内容は、第八技研が密かにちょろまかした武器弾薬などをこうして俺に受け渡し、俺が代理人としてそれらを闇ルートへと横流しするというもの。利益分配は俺と第八で3:7と俺が不利な配当だが、その代わりに横流しされた物資から必要な物を頂戴していいことになっている。分配する金も売却で出た利益からの配当なので、俺が物資を差し引こうと損が出ることはない。あちらとしても、俺を経由して横流しするため横領がバレるリスクを限り無く低くできる。正にWin-Winの関係だ。

 

あ、勿論利益の計上は精確確実に行ってるぞ。こういう取引は信頼性が最重要だからな。有能な裏切り者と無能だが誠実な者、商売でどちらが尊ばれるかは解るだろう?

 

「……よし、リストは確認した。後は戻って中身を検めるだけだな」

「もっと俺達を信用してくださいよぉ。下手に嘘吐きゃ、俺ら旦那にぶち殺されますからね。アンドリューは運が良かっただけなんすよ」

「ああ、俺の目の前で猫ばばしようとしたあいつか。脅すついでに痛めつけようとしたら屁っ放り腰で逃げるもんだから変なところに当たっちまったよ」

「まさか、ケツにもう一つ穴こさえてくるとは思わなかったっすよ。いやー今でも一日一回は皆あれで笑ってます」

「俺としては、お前が迎えに来たときに『これでケツ使いすぎてダメになっても大丈夫っすね!』って言ったほうが面白かったけどな」

 

ダニーと適当な話をしてケラケラと笑いながら、荷物が積み替えられるのを待つ。本当なら逐一中身を確認したいところなのだが、ここは人が少ないとは言え一般の地下駐車場だ。車の影に隠れて荷物の受け渡しをするなら兎も角、木箱を開けてリストと睨めっこするには流石に場所が悪い。

 

「っと、そうだそうだ。渡すもんがあったのすっかり忘れてた」

「はい?」

 

ふと用事を思い出した俺は、手を後ろに回し後部座席に立てかけてあったガンケースを引っ張るとダニーへ手渡す。

 

「なんすか?これ」

「前に渡された試作品の資料。博士達が使ったら参考にしたいって言ってただろ」

「ああ、ありましたねそんなの。どれどれ……SR-25っすかってうわぁ」

 

慣れた手付きでガンケースを開け中を覗き込むダニー。そこには、先日の任務で使用したSR-25がオプションパーツを取り外された状態で入っていた。一見何の問題もないように見えるが、プロのガンスミスであるダニーは思わず顔を引きつらせた。

 

「バレルめっちゃ歪んでるじゃないっすか。フレームもガタガタになってるし、あああチャンバーに罅が……多分中のパーツもボロボロですよ。何したんすか一体」

「だから、お前が寄越した弾使ったんだよ!確かあれ、IAP弾だっけ?」

 

IAP―――爆()徹甲弾(Implosion Armor Piercing)。第八技研から俺に提供された試作品で、その名の通り()()()()する事で威力を底上げさせるという頭の可笑しい代物だ。

 

事前に爆弾などにより発生させた爆発を魔術によって圧縮・固定し炸薬の代わりに薬莢内に封入、雷管の炸裂に合わせて封印が解け、更に薬莢に刻まれた魔術によって解放された爆発は一方向へと収束される。本来ならば全方位に拡散する衝撃を弾頭へと集中させ、通常のライフル弾で対戦車ライフル並みの威力を出すことが出来るという仕組みらしい。俺がこれを使ったのは他の部隊員を撤退させた時含めて数回。結果は正にそのまま、オークの頭が粉微塵になった。ただこれはライフル銃で砲弾を撃ち出すようなもの、過剰なまでの負荷がかかったことで精密に配置されたパーツがボロボロになってしまったがな!

 

「聞くまでもないですけど、精度はどうっすか?」

「試射してみたけどひっでえ有り様だ。弾道がやたらめったらに逸れやがる。銃身が曲がってるだけじゃなくて、全体のパーツの噛み合わせガッタガタになってるな」

「あーあ、そりゃご愁傷さまです。替えの銃用意しましょうか?」

「いや、自前で適当に見繕うからいいわ。その代わりと言っちゃなんだけど使えそうな開発品回すように言ってくれ」

 

思わず、はぁぁ…と深い溜息を吐く。別にいくらでも替えは効くし、支障はないんだが……これ気に入ってたんだけどなあ。

 

「了解です。使ってみた所見はどうです?」

「悪くはないな。一々対物ライフル持ち運ばなくても同等の火力出せるのは便利だ。ただ衝撃がアホみたいに強いのと、銃の損耗が早過ぎるのが致命的だろ。こりゃ実戦じゃ使えねえよ、数発撃っただけで銃がお釈迦になるから。やるなら特注の専用パーツとか使わないとだけど、それだと汎用性が落ちるし」

「ふむふむ、なるほどなるほど。やっぱ単純な威力底上げするより、着弾時に効果を発揮する方が効率的か……旦那、弾頭内部に特殊な爆薬が入ってて身体ん中からぶっ飛ばす徹甲榴弾ってのがあるんですがね?」

「ライフル弾で戦車砲みたいなことするのやめない?」

 

俺の銃これ以上お釈迦にされてたまるか。後それ、小型爆弾マガジン一杯に詰めてくことになるんでしょ?怖いわ。予備弾倉撃たれて爆発とか、マンガじゃないんだからさ。

 

「えー、でも便利ですよ?通常弾でも頭蓋に入りゃイチコロですよ?」

「まあそうなんだけどさぁ……せめて寄越すにしても、安全に使えるようにしてからだぞ?」

「勿論っすよぉ、やだなぁ旦那。もっと信用してくれないと。あ、装備課が開発してる個人携行用の電磁投射砲があるんですけど、話だけでもどうです?」

「何それ詳しく」

 

携帯出来るレールガンとか何それ胸熱。やっぱサイバーパンクは男のロマンだよなぁ!

 

なお、討議の末俺の筋力では発射時の衝撃を支えきれないという結論に落ち着いた。どっとはらい。

 

再度(まあ、)閑話休題(それはそれとして)

 

「マジメな話、何かいい装備ねえの?」

「ん~……そうは言っても、どれも最近ようやく形になってきたばかりですからねえ。ていうか、俺ら一応米連なんすよ?ブガイヒって奴一杯あるんですけど」

「だからこうやって、知恵絞ってあちこち駆け回って少しでも多く金渡せるように努力してるじゃん。俺としちゃ、関係継続のために恩売ってるつもりなんだぜ?」

「分かってますよ。こっちだって、それのお返しとして武器供給(レンドリース)したりIAP弾の提供とかやってるんですよ?」

 

俺の言葉に、ダニーは拗ねたような口調で返す。そりゃそうだ。俺は我が儘言って恩着せがましい主張してるだけなのだから。

 

俺達は笑って話せる関係でも、この取引においてはあくまで対等だ。しかもその取引も資源の横流しと利益の分配のみ、研究成果の提供は契約の範疇外でしかない。だからこそ俺は試験品のテストや利益の拡大によって恩を売り、彼方も恩返しと言って俺に武装を提供することで貸しを返す。例え第八技研と密約を結んでいたとしても、あちらはあくまで米連の一機関だ。早々機密を明かしたくないのは当たり前の話である。

 

とは言え、俺もはいそうですか、と引き下がる訳にはいかない。米連や魔族との抗争が激化する一方である現在、自分を守る力は多いに越したことはない。特に現代科学の産物である兵器ならば、異能と違って保持していても怪しまれることも少ないからな。

 

何とか恩を売って開発品を手に入れたい俺と、研究費は欲しくても公開したくない第八。取引を始めてから一年、俺達の関係は詰まるところこれに収束している。互いに相手の利益を提供することで少しでも優位に立とうとする歪な暗闘。

 

 

――――だからこそ、今回は俺の勝ちだ。

 

 

「ま、そうなるだろうな。だからさ……お土産、持ってきたんだ。後ろのトランク見てみな」

 

俺はダニーの方を向いたまま、後ろを親指で指す。その先には、後部座席にでかでかと鎮座するかなり大きなトランクケースがあった。その大きさは、後部座席の上ほぼ全てを占拠している程だ。

 

ダニーはシートを目一杯倒し、後部座席へと身を移す。そして俺に勧められるままトランクのロックを解除し、重厚な蓋を上へと大きく開けた。

 

「………………うっわ」

 

少し長い沈黙の末ダニーが口にしたのは、自身の不快感を絞り出したような声だった。

 

「初めて会ったときから思ってましたけど、旦那。あんた相当な外道だよ」

「知ってるわんなこた」

 

ダニーの非難するような言葉をカラカラと笑って受け流す。今更だ、そんなもの。

 

実は倫理観が薄く人の生き死にも素っ気なく流す彼を呻かせたもの、それはトランクケースに詰め込まれた一人の女だ。

 

軽く手足を折り畳んで荷物のようにケースの中に入れられたその女は、あちこちがボロボロに破れ焼け爛れているレオタードのような衣装で辛うじて自らの肌を隠していた。

 

「これ、対魔忍っすか?旦那いくら何でもお仲間売り飛ばすのはちょっと……」

「そんなことするか。そいつは抜け忍だよ。快楽に負けて誇りも正義も投げ捨てた、元対魔忍さ。こないだの任務で生きてたからさ、使えるだろうと拾っといたんだ」

 

そう、こいつは先日の救出任務で出くわした「ミケ」と呼称されていた元対魔忍だ。全方位から迫るベアリング弾の嵐からどうやってか生き延びたらしく、ぼろ雑巾のような有り様で転がっていたのだ。撤退する際それを発見した俺はひとまず応急処置を施し、後日回収したのである。

 

まあ、したのは本当に応急処置のみであり、重傷なのは変わらないが。上手く胴体と頭部の損傷は避けたようだが、四肢の方は見るも無惨な有り様だ。両手足は何千もの鉄球に蹂躙されてズタズタに引き裂かれて穴だらけであり、両足等皮一枚で辛うじて繋がっているという悲惨な状態だ。

 

医者がこの惨状を見れば、間違いなく復帰の見込みなしと両手足を切断するべきだろうが、俺はそれをせず、あくまで止血するに留めた。

 

理由は主に2つ。一つは、単純に俺がそう言った治療法の技術がないから。腕がぶった切れた後の応急処置くらいなら出来ても、まだ付いてる腕を切断してとなれば話は別だ。まだ生きている神経やらを判別出来るほどの経験を、俺は持ち合わせていない。人を救うのは医者の分野であり、俺の仕事は人を殺すことだ。お門違いにもほどがある。そして二つ目、この状態の方が()()()()()からだ。

 

両手足ほぼ全損と言ってもいい彼女だが、上腕や大腿部、そして胴体等の部位は比較的損傷が少ない。上手く処置出来れば切除せずに済ませることが出来るだろう。普通ならばそこからは達磨の人生だが、機械化技術の発展した米連ならば失った部分を機械義肢によって補うことが出来る。まあ対魔忍が飼っている魔界医師、桐生佐馬斗ならば完全な再生も可能だろうが……再度裏切る可能性が高い奴を、わざわざ内部に引き入れるつもりはない。

 

俺がこいつを回収して持ってきたのも、第八技研へ提供する交渉道具として利用するためだ。技術はあっても末端であるため献体が確保出来ない第八技研にとって喉から手が出る欲しい素材(モルモット)だろう。

 

だがもし、第八技研がこの取引に応じない場合。彼女は俺にとって、非常に厄介な存在になる。何せ元とは言え仲間を売り物にしようとしているのだ。和を貴ぶ対魔忍連中からは敵視されるだろう。そうなれば半ばハブられている現在よりも、余程厳しい状態になるだろう。何せ何時背中から撃たれても可笑しくないのだから。

 

故に手元に置くのは危険であり、この時点で五車学園に持ち込んでも意味はない。他の研究機関に伝手がないためそちらに売り込みも出来ない。残った手段は殺して捨てるか、闇市に商品として流すか。俺はもったいない主義者だから、当然売り飛ばす事を選択する。

 

さて、ここでようやく話が最初に戻る。闇ルートで彼女を流す場合、どうすれば彼女の価値は最大まで高まるのか?それは簡単、()()()()()()()()

 

仮に彼女に処置を施して、つまり所謂達磨にして売った場合、その値段は健常者よりも遥かに安値になる。これは見た目の観点だけではなく、維持管理が自身で出来ないという手間と面倒のせいで需要がかなり少ないためだ。見目麗しいモノにニーズが集中するのは、どこの世界でも変わらないヒトの性ということだ。

 

翻って、このままの状態で売り飛ばしたらどうなるだろうか。恐らく奴隷市などでは、四肢欠損より僅かに高くなる程度だろう。壊死や膿を防止したりする生命維持のコストを考えればぶった切ってしまったほうが手っ取り早いくらいだ。だが、例えばオークションにかけたり交渉で値を付ける場合では話が別だ。

 

どうしようもない性癖、例えば体中に傷がある女を愛でたいという欲求を持つ屑どもは、その欲求の達成が困難であればあるほど自身の趣向に対する出費を惜しまない傾向にある。今回俺が提供する商品は、全身を損傷し意識があっても抵抗が一切できない対魔忍、しかもそれは全て戦場で付いた敗北の証である。好事家ならば幾ら金を積んででも手に入れたい代物なはずだ。

 

「……で、俺たちにコイツ渡して、どうしろと?」

「好きに使えば?身体バラシてモルモットにするも良し、脳みそ漂白して従順な狗にするも良し、何だったら牝豚に改造して奴隷にするも良し、何にでもなる素敵なペットですってね」

 

呆れたように聞いてくるダニーに、俺はおどけたように返す。ぶっちゃけ使い道は割とどうでもいい。俺の目的は彼女を材料として第八技研の開発品や米連の情報を引き出すことにあるのだ。自ら闇の住人となった人間の末路なんざ知ったことか。

 

と。

 

「ぐ……ぅぅ……」

 

車内にうめき声が微かに響く。苦悶が漏れだしたかのようなそのか細い声はケースの中、元対魔忍の女の口から発せられていた。

 

「………旦那、つかぬ事お聞きしますが……麻酔使ってます?」

「使ってないけど?」

「Oh、my God……」

 

ダニーが顔に手を当てて上を仰ぐ。おお、ハリウッド映画でよく見るジェスチャーだ。まさか生で見れる日がこようとは。

 

あ、一応言っとくけど、別に痛みを味わわせたいから麻酔かけないわけじゃないぞ!?激痛を持続させることで抵抗の意志と気力を削いで、脱走とかさせないための合理的な処置であってだな……

 

「だ……だ、す……け……だずげ……でぇ……!」

 

俺がダニーに釈明(言い訳ともいう)をしていると、「ミケ」は掠れた声を絞り出して助けを求める。動かない身体を必死に捩り、苦痛と恐怖で歪んだ眼をこちらに向けて懇願する。あれだけ自信と驕りに溢れた態度で俺を襲撃した姿は影も形もなかった。

 

そのあまりに哀れな姿を前に、しかし俺とダニーは互いの顔を見合わせた。俺の肩をすくめるジェスチャーを見て、ダニーは苦笑しながら彼女に話しかけた。

 

「あー……わりぃね、お嬢さん。俺らこの人からあんた売られちゃってさ。助けるというよりはこれから酷いことするかもだけど、まあ許してね?」

 

彼の場違いなほどに軽い死刑宣告に、名と尊厳を奪われた元対魔忍は、絶望の奈落へと堕ちていったのだった。

 

 

 

△ ▼ △ ▼

 

30分ほど時間を潰した後、ダニーたちは駐車場から去った。当然トランクケースを積んで帰っていった。数日以内に第八の幹部から連絡が来るだろう。後は彼らがその価値をどれだけの物と判断するかだ。彼らに対魔忍を確保する伝手も金もないはずなので、喉から手が出るほど欲しいとは思うのだが……まあ、俺に出来るのは待つことだけだが。

 

「……さて、もう出てきていいぞ」

 

俺しかいないはずの車内に木霊する呟き。それは誰の耳にも届かず消え去る……はずだった。

 

ガコン、という音と共に後部座席の下が開き、中から一人の女が姿を現す。彼女は先程連れて行かれた「ミケ」と同じ対魔忍スーツを纏っており、唯一の違いは首に巻かれたボロボロのマフラーくらいだった。

 

ーーー彼女の名前は『鷲田明梨』、「タマ」と呼称されていた裏切り者の対魔忍である。

 

「いやー助かるよ。敵対しないと分かっているからって、一人じゃ心許ないからな」

「……こんなモノ見せて、一体何がしたいっていうの?」

 

平坦な声音と無表情で、それでも漏れ出る嫌悪感を隠そうともせずに彼女は俺に問いを投げる。対して俺は、特に思うものもないので率直に返す。

 

「別に?ただ、お前の立場を自覚させようと思ってな。まあ、お前の末路は奴隷ではなく死だからアイツよりはマシだろうけど」

 

先日の任務中、俺はあわやキシリアに斬り殺されそうになっていた彼女を助けた。キシリアが時間を掛け過ぎたせいで主任務である対魔忍の援護が疎かになっていた、というのもある。だが最大の理由は、鷲田が殺すには惜しい人材だからだ。

 

俺には外部に協力出来る傭兵(キシリア)技術者(第八技研)などのコネがあるが、何より肝要な情報収集に関しては伝手が殆どなく自力に頼るしかなかった。情報屋はいても組織の情勢が分からないのではどうしようもないからな。

 

そこで彼女だ。自身を中心に作用する風力操作、今はクナイを飛ばしたり跳躍を伸ばす程度だが、うまく使えば光学迷彩や集音マイクとして利用出来る。潜入任務を任せるのに最適な人材と言ってもいい。下手に戦闘させるよりその力を発揮出来るだろう。故に俺は、彼女を専属の諜報員として使い潰すことにしたのだ。

 

「……そんな事言われて、私がはいそうですかって言うと思ってるの?」

「ああ、思ってる。お前流されやすいみたいだから、状況さえ作ってしまえば逆らわない。だろ?」

「………………」

 

そしてもう一つ、俺が強力な異能を持った他の二人ではなくぱっと見地味な鷲田を駒にすることを選んだ理由。それは彼女が、あの三人の中で唯一()()()いなかったからだ。

 

他の二人が奴隷としての自身を完全に受け入れ、またその力に酔いしれていたのに対し、彼女だけは冷静に自身の()()を成そうとしていた。だからこそ、彼女はまだ此方側に引き戻せると確信したのだ。

 

俺個人の所見だが、彼女は周りに流されやすい日本人気質だ。しかも周りが自我の強い人間ばかりのせいで自身の意思を主張する機会に恵まれず、引っ張られるに任せて来たのだろう。他の二人の猪突を諫めず流れで罠にかかり、身体を心を尊厳を惰性のように犯され続け、仲間が魔に堕ちたのを見て自分も抵抗を折る。

 

自己の意識が低い、と言ってしまえば其処までだ。だが彼女はまだ、自身の欲望以外のために戦える人間なのだ。

 

とは言え、五車学園に戻してしまえば元の木阿弥だ。どうせまた同じ様なことになるのが目に見えている。だからこそ、俺が彼女を利用し尽くすのだ。幸い、ちゃんとその流れを作ってしまえば抜け出そうとは考えもしないだろう。彼女の気持ちはよくわかるつもりだ。何せ前世……いや、対魔忍になる直前まで、俺も同類だったんだから。

 

「……はぁ。それで?私は何をすればいいの?」

 

溜め息をつき、観念したように鷲田は俺に問う。予想は的中、彼女は抵抗ではなく惰性を選んだのだ。

 

「普段は傭兵でもしながら情報収集してくれ。有事の際は俺の命令で戦力として動いてもらうが、それ以外は特に制限を付けない。あ、後は諜報員として働いてもらうと思うから、訓練を積んどくように。何か質問は?」

「……それだけ?もっとやることとか、ここから動くなとかないの?」

「ない。金欲しいから傭兵は必須だけど、俺が欲しいのは手足になる諜報員だからな。性的な行為要求したりしないから安心しろ。」

「…………わかった」

「宜しい。あ、後もう一つ。言ったとは思うけど、俺に危害加えようとしたり俺のこと誰かに伝えようとしたら呪いで頭吹っ飛ぶから。そんな事ないようにな」

 

俺は彼女に刻まれた呪いの契約紋―――断じて淫紋ではない。断じて―――を服の上からなぞりつつ警告する。鷲田も俺の言葉から自身の末路を想像したのだろう。ごくっ、と喉を鳴らしてから、神妙に頷いた。

 

「結構。住処や装備は初期投資としてこっちで用意するけど、今後は自分で調達するように。そこら辺を扱ってる裏の商売人共は後で紹介するから、自分で考えて適宜利用しろよ?」

「……ねえ、アナタホントに対魔忍?」

「?一応そうだが?他の連中が認めるかは別としてな」

 

俺の説明を無視するように意図が読めない質問をしてくる。そりゃ俺の所属は対魔忍だけど、何故そんな当たり前のこと聞くんだ?

 

「私が知ってる対魔忍は、自分の信じる正義や国のため、もしくは憧れのために闘ってた。でもアナタはそうじゃない。惰性でやってた私とも違う……アナタは、何故戦うの?」

「そんなの決まってる―――生きるためだ」

 

そう、俺が闘う理由はただ一つ、正義でも仁義でも矜持でもない。自らの生命と尊厳、只只それだけのために、俺は幾多の命を踏みにじるのだ。だから――――

 

「もし本当に正義だの悪だのが存在するのなら……俺は非道い悪党ってことになるな」

 

思わず唇が三日月のように歪む。呵々大笑しそうになるのを何とか抑えくつくつと喉を鳴らしながら、気圧された風の鷲田に対して手を横に広げて見せた。

 

「つまりお前は晴れて外道の手先ってことになる。天国の(Outer)外側(heaven)へようこそ。歓迎しよう、盛大にな」

 

 

 




と言うわけで主人公の外道タイムでした。エロ期待したか?残念だったなぁ!何か宗次君がどんどん有能オリ主になってきたんでね、外道ムーヴ入れて軌道修正しなきゃ。感想欄で実は外道とか主張しても本編で描写しなきゃ、「有能で下半身元気な主人公」になってしまうと気付いたのじゃ……。
尚今回登場したキャラ及び第八技研は全てオリジナルです。対魔忍とは何だったのか…。

とりあえずこれで抜け忍三人娘の末路は書き終わったな。タマを除いて見るも無残だ、ざまあないぜ。と言うことで三人の設定忘れない内に軽く書いときます。あと一応言っておくけど、作者には別にアレな性癖はないからな!



『龍崎玲子』
 通称「リーダー格の女対魔忍」。本編では出なかったが、クロという呼び名で呼ばれていた。傲慢かつ残忍、かつての仲間が犯される様を喜々として眺める所まで堕ちてしまったが、かつては真っ直ぐな努力家であり戦闘用ではない能力ながら近接戦闘では上位に入るほど。内心抱き続けた紅羽への嫉妬に捕らわれる余り、キシリアに気付くことが出来ず両断された。
忍法は生体温度を探知する『生熱窺知』。範囲は半径2kmと索敵向けの能力だが、彼女はこれを近距離レーダーとして使用することで近距離戦用へと昇華させた。
明梨が惰性で抵抗していた事を考慮すると、三人の中で最後まで対魔忍として陵辱に抗っていたことになる。

『三木田有希』
 通称『ミケ』。快活…というかおちゃらけている性格。ぶっちゃけ貞操観念もガバく学生時代結構遊んでいた。そのせいか快楽責めに対しいの一番に根を上げている。特に設定考えてなかったから書くことない。
忍法は『火遁・爆砕指』。接触した物体を爆弾に変える能力で生物には使用不可。本編では投擲物を爆弾に変えると言われていたがそれ以外にも使用可能であり、逃走中に壁や縁などを爆発させ追跡を妨害するといった使い方も出来る。起爆は時限式のみであり、地雷として使うには計算が手間なので彼女は専ら投擲物を爆破するのに使っていた。
最終的に手足ズタボロにされた挙げ句米連に売っぱらわれるbadend。もし今後出てくるとしても禄な登場をしない模様。

『鷲田明梨』
 通称『タマ』。表情の変化が乏しいクーデレで首元にマフラーを巻いているという作者の好みが詰まったキャラ。周りに流されやすい性質で、自分の意思はあるのだが周囲が意見を提示しているならそれに従う。本編ではそれで地獄を見、更なる外道に拾われることとなる。
忍法は『風遁・颶風流し』。自身の周囲に強烈な風を発生させることが出来る能力で、本人は投擲したクナイを増速させたり、敵の攻撃を防ぐシールドとして使用していた。今後は潜入のための使用方を宗次に仕込まれる予定。やったね。
最終的に宗次の手駒として収まり何かにつけて便利使いされるだろうが、三人の中では一番マトモな場所に落ち着いた。本当なら纏めて死んでいたはずが、「風で投擲する能力って…かっこいいな」という作者のきまぐれとクーデレ口調になったのが運の尽き。マフラーを装着され、有り得なかった生存ルートを突き進むことになる。

『ノマドの幹部(未登場)』
 三人娘の飼い主である魔族。今回の輸送車囮作戦の立案者であり、一人を餌に十数人の対魔忍を捕らえようとした切れ者。上忍クラスの対魔忍を三人も捕らえた上手駒にした実績から幹部クラスに抜擢、フロント企業を一つ任されたまではよかったが、今回の作戦失敗とその損害ーー派遣した精鋭オーク百人の全滅と元対魔忍損失ーーの責任を追求され幹部から追い落とされた。その後、ダミーとして対魔忍の贄として殺害された模様。
「クロ」「ミケ」「タマ」と名を付けたように無類のネコ好きであり、三人も彼なりに可愛がっていた。





これにて『対魔忍救出編』は後始末まで含め完結です。本当なら一話で終わっていたはずが五話もかかってしまった…皆さんお付き合いありがとうございました!


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幕間 その日常は危険に満ち溢れ、彼は生を求め駆ける

またまたお待たせいたしまして。本当ならもう少し早く投稿出来たんですけど、「あ、これ間に話入れた方がいいかも」と思い立ちこの話を特急で仕上げてました。そのため何時もより文章が少し雑になっていますのでご了承を。

幕間ばっかりで申し訳ないですが、後一話で序章っぽいものも終わりです。やっと話が進められる……。



さて、救出作戦が事後処理含め全て終了してから数日。俺は新たな任務を携え、夜の直中に身を投じていた。

 

「田上さん、ここが予定のポイントです。正面の目標も僅かですが視認出来ます」

「よし、とりあえず偵察だ。縁の手前に伏せろ、頭はマント被せて隠せ」

「了解」

 

事前にマークしておいたビルの屋上に降り立った俺達は、ビルの縁で匍匐の体勢をとりつつ、羽織っていた黒いマントを身体に被せる事で闇夜に身を紛らせた。

 

今回の任務は、とある企業から極秘資料を持ち出すこと。所有者の社長始め幹部幾人かはどっぷり闇に沈んでいるものの、他の社員はそれとは一切関係のない人々であるため実力行使は躊躇われた。

 

そこで白羽の矢が立てられたのが俺である。彼らを傷つけず、かつ可能な限り発見されないように資料を回収せよ。いや無理ゲーですやん。

 

そして氷室は、そんな俺の相方(バディ)だ。これまた校長からの指示らしい。まあ、実害がない範囲でなら幾らでも利用してもらって構いませんがね。俺の危険が減るのなら万々歳である。

 

俺と氷室は懐から大型の双眼鏡を取り出した。レンズを黒く艶消しした軍用のものだ。それを覗き込んで見つめる先には、今回の目標である企業の本社ビルがそびえ立っていた。

 

「田上さん、こんな遠くに陣取ってどうするんですか?流石にここからじゃ、中の様子はわかりませんよ?」

「こっからじゃないと逃げるのがキツいからな。あのビル周辺で事を起こしちゃ目立つだろ」

「それはそうですが……」

 

まあ、氷室の言いたいことは分かる。今回の任務は暗殺じゃないから遠くにいても意味などない。それこそ、ただ見ているだけしか出来ない状態だ。

 

だが、これはちゃんと言わせて貰おう。

 

「氷室、ぶっちゃけ俺は潜入任務は得意じゃない。絶対に見つかる自信がある。そしてお前も、能力的に見れば潜入向きじゃない。能力的には前衛、素質的には指揮官向きだ」

「え、あっはい」

「つまり!俺達に潜入任務なんて荷が重すぎる!」

「えぇ……」

 

小声で叫ぶという器用な真似をしつつ弁を振るうが、何故か引くような声が返ってくる。何故だ。

 

「まあそれはともかく。俺とお前じゃ、この仕事は無理だ。やったとしても、どっちか絶対捕まるから面倒なことになる」

「……成る程。それで、どうするんですか?」

「こうします」

 

懐からすっと小さな筒を取り出すと、その先端に付いている赤いボタンを押した。同時、視界のビルの外壁が爆煙とともに吹っ飛んだ。

 

「な……」

 

隣で唖然としている氷室を後目に、更に三回爆発が起こる。

 

「ふーむ、いい感じだな」

「なにやってるですか!?あんな事したら、従業員の方々に被害が……!」

「そうならないようにちゃんと計算してるって~。この時間帯人が利用しない場所をリサーチして吹っ飛ばしてるから。爆発も見た目は派手だけど、直に当たらなきゃ殺傷力大分落ちてるから大丈夫大丈夫」

「……もし今日だけ人が使ってたら?」

「…………まあ、ほら。俺の命には代えられないってことで……」

「バカ!いいわけないでしょう!?」

「おおぅ、ストレートな罵倒」

 

そんなやり取りをしていると、ビルから次々と人が溢れてきた。被害から逃れようと避難してきた社員達だろう。

 

「で、爆弾魔の田上さんはビルを爆破して何するつもりなんですか?」

「いや、本社ビルが危険に見舞われたら、社長が資料持って出てくるかなって。調べてもどこにあるかさっぱりだったから、本人に持ってきて貰うのが手っ取り早いでしょ?」

「……それは、確かに理に……適ってるの?う~ん?」

 

何でそこで悩むんですかね。

 

とはいえ下準備は終わった。後は社長と思われる人物もしくは車両を発見して、資料か情報を確保するだけである。

 

と、思っていたのだが。

 

「……いませんね」

「いねえなぁ」

 

出て来ると思っていた社長陣が一向に出てこない。おかしいな、出勤してるのは確認したんだけど……。

 

耳に突っ込んだイヤホンをいじり、何人かの社員に仕掛けた盗聴器の音声を拾う。確認した限り、社員連中も社長始め幹部連中を探しててんやわんやしているらしい。

 

「どうやら連中、誰も見てないらしい」

「……作戦がバレたのでしょうか。それで、何処かから逃げたとか……」

「通路とかは一通りチェックしたはずなんだがなあ。隠し通路とかあったらどうしようもないけど……」

 

作戦を実行するに当たって当然ビルの見取り図は確認しているものの、それにすら乗せられてはいない隠し通路とか作られてたら流石にお手上げだ。こんなことなら、セキュリティー厳重なの覚悟で幹部とかに発信機仕込むべきだったかな……。

 

「田上さん!ビル正面!」

「ん?なしたなした」

 

双眼鏡の倍率を調節し、言われた通りビル正面を見る。ビル前に停車した何台もの緊急車両が映る中で、正面玄関から突入していた消防隊員が人を背負いながらほうほうの体で這い出て来ていた。

 

彼らが用意されていた担架に救助者を移し、救急車へと搬送されるなかで、イヤホンから口々に「社長!」と叫ぶ社員達の悲痛な悲鳴が響いた。……は?

 

続けて運び出された数人に対しても、記憶していた幹部達の名前を呼び掛けている。 …………は?

 

「……」

「……」

 

俺と氷室の間に沈黙の帳が下りる。隣から何とも言えない視線をビシバシ感じつつ、俺は天を仰ぐ。ああ、星がきれいだなぁ……。

 

「何であいつら巻き込まれてんの……」

 

俺がなんとか絞り出せたのはその一言のみである。まさか確保する人物達が雁首揃えて病院行きになるなんて誰も思うまい。おかしいな、今の時間は重役会議やるって聞いてたんだが……。

 

「……どうするのよ、これ……」

「……とりあえず撤退だ。今からじゃ潜入する前に警察が来る。別働隊に任せよう」

「……はい」

 

微妙な気まずさを味わいながら、俺達はその場から離れた。物の見事に任務不達成である。

 

ちなみに後日確認したところ、例の重役連中はあの時間、社員の女数人を無理矢理連れ込んで乱交パーティーをしていたらしい。よりによって、俺が爆弾を仕掛けた「人が使わない一室」に。

 

彼らはそこでよく社員や買った女を並べて陵辱していたらしく、部屋への入室記録を改竄して使用したという事実をなかったことにしていたようだ。そりゃ、データベース調べても何も出ないわけだわな。

 

尚、被害者の女性達は幹部共が周りを囲っていたために爆風や破片から免れほぼ無傷だったそうな。犯していた側が文字通りの肉壁になるとは、何とも皮肉な話である。

 

その後資料に関しては別で待機していた紅羽が潜入して何とか確保したらしいが、俺は校長から熱いお説教をされた上紅羽に小言を言われ飯を奢らされた。

 

そして完全な蛇足ではあるが、社長を始め乱痴気騒ぎに参加していた重役は全て、救急車から霊柩車へと行き先変更になったとさ。どっとはらい(めでたしめでたし)

 

 

 

△ ▼ △ ▼

はたまた別の日。

 

俺達は誘拐された子供たちを救助するため、歓楽街の端にある廃ビルへと訪れていた。

 

「ここに、誘拐された子供達が?」

「情報屋の話が正しければな。ただ、運び込まれたのはかなり前だ。生きているかどうかは五分五分ってところか」

「そんな……っ」

 

ビルの中を伺いつつ、俺は氷室の質問に答える。救助対象が何の重要性もない一般の子供ということもあり、任務として辞令が下りるのが大分遅れたらしい。本当ならば今も捜索願という形で燻っていただろうが、頭領であるアサギがそれを引き上げ、直々に捜索を命じたのだ。

 

誘拐目的は、恐らく()()()()趣味の顧客へ売り払う用の奴隷だ。そうでもなければ、わざわざ子供を誘拐なんてするメリットなどない。対象が攫われてから時間が大分経っていることから考えて、例え売られていなかったとしても……。

 

「では、早く助けなければいけませんね。行きましょう」

「え、ちょっなな……α(アルファ)!?」

 

(一応)護衛と監督役として同行していた七瀬が、さっさとビルへと行ってしまう。罠があるかもしれないから様子見するって言ったのに!?

 

「ど、どうします……?」

「……仕方ない、行くぞ。最悪肉壁にしてやる……」

(悪い顔してるなあ)

 

ショルダーバッグの中に隠していたMP5Kを取り出してゆっくりビルの通路へと足を踏み入れる。忍者刀の代わりにタクティカルナイフを構えた氷室も後ろから続く。

 

「β(ベータ)、どこに罠があるか分からない。慎重に行動しろ。安全が確保出来るまで警戒は最大限するんだ。子供も近づけるなよ」

「そんな……彼らも被害者ですよ?誰かに縋りたくなるのは当たり前です」

「そいつらの体に何か仕込まれてたらどうするんだ。気付きませんでしたで全滅するつもりか?」

 

救助対象である子供達に何かしらの罠が仕掛けられている可能性は十分にある。俺だったら爆弾仕込むくらいはやるし、ヘタな魔族ならば体内に寄生型の魔族を宿しているかもしれない。そういう類のトラップに掛かった例も実際に見たことがある以上、敵地で己以外を信じる事など出来なかった。この様子だと氷室にはそんな発想はなさそうだし、忠告しておいて正解かな?ちゃんと活かしてくれれば言うことなしなのだが……。

 

そうしてゆっくり奥へと進むと、突き当たりの部屋から誰かの話し声が聞こえた。片方は七瀬の声で、もう片方は聞き覚えのない声だ。イマイチ聞き取れないが、微かに聞こえた限りでは少し高めの声……恐らく子供のものだと思われる。

 

氷室に目配せしてから、歩く速度を上げ部屋へと侵入する。そこはコンクリートが打ちっ放しにされた無機質な部屋で、生活感を全く感じない。所々に残ったシミやひっかき傷が、拭いきれない惨劇の痕を残していた。

 

部屋の中央では先に突入した七瀬が、数人の子供を落ち着かせるように相手している。彼らの顔は事前に確認した被害者のそれと一致している。一発でビンゴを引けたようだ。しかし、全員男子か……ホントどうしようもねえ奴らばっかだな。

 

「よかった、無事みたいですね」

 

氷室がホッと安堵の息を漏らしてナイフを下ろすが、俺は別の部分に引っかかりを覚えていた。それは彼らを誘拐した連中の姿が一切見えないことだ。待ち構えているものだとばかり思っていたが、その気配すらないとはどういうことだ?

 

「γ(ガンマ)、対象を発見しました。速やかに連れ帰りましょう。場合によっては治療も必要かもしれません」

「ここにいたはずの誘拐犯……いや、調教師とかはどこだ?」

「?  我々を察知して逃げたのでは?この子達以外に人の気配はありませんし、この子も知らないそうです」

「……本当か?」

 

俺は七瀬が頭を撫でている「この子」と呼ばれた男の子に声を掛ける。

 

「う、うん。いつの間にか誰も来なくなって……皆でどうしようか話してた時に、お姉さんが来たんだ」

「ふーん……」

 

こいつらを所有していた連中がいないのは確定か……しかし嫌な予感がするな。これはさっさと全員外に連れ出して……。

 

と、突然、入ってきた扉がギィ……という音を立ててゆっくりと閉じた。それと同時、床から何かが落下した軽い衝撃音。一瞬視界の端に映ったのは、手のひらに収まるほどの円筒形な何か----

 

「B-1!」

 

俺の怒号と共に、視界が薄いピンク色に包まれた。部屋中を着色されたガスが覆い尽くす。

 

頭上から換気扇の稼動音が聞こえて三十秒ほどで、部屋は元の灰色へと戻った。取り戻された視界には、驚愕した表情を浮かべる子供達と倒れ伏した舞の姿。隣を確認すれば、氷室が顔の下半分を覆うガスマスクを付けた状態で立っていた。いざという時のために決めておいた符号が役に立ったらしい。対BC兵器用の符丁も考えといて大正解だったな……約一名、床でおねんねしてる上忍さんもおるがな!

 

「さて、どういうつもりだ……何て聞かねえぞ。その顔を見れば何しようとしてたかはすぐわかる」

 

簡単な話だ、こいつらは結託し俺たちを嵌めようとしたのだ。それもわざわざ催眠ガスまで用意し、無害な被害者を装って。

 

「ま、待って!これは違うんだ、大人たちに無理矢理やらされて……」

「その大人はどこにもいないんだろ?いたとしたら、ガスが抜けた時点でドヤ顔晒しながら入ってきてるはずだ」

 

それと言いはしないが、この建物内は七瀬が紙気を使って既に索敵済みだ。頭こそ残念な彼女ではあるが、その能力とそれを使いこなす応用力は非常に優秀だ。そんな彼女が誰もいないと言うならば、誰かが潜んでいる可能性は低い。これ以上となると隠蔽系の異能持ちがステルス特化の達人だ。俺にそれを見つける術がない以上、彼女の言葉を信じつつ全力で警戒をするだけである。

 

更に弁明しようとする子供―――恐らくリーダー格―――に対し、俺は真っ直ぐ銃口を向ける。当然周り含めて警戒しながら。

 

「ま、待って!待って下さい!」

 

と、それを見た氷室が俺の前に出て射線を遮る。まあ、彼女からすれば、俺は救助対象の子供に武器を向ける悪人、ということになるのだろう。

 

「退け、そいつ等は()を故意に攻撃して来た。つまり敵だ。敵は殺さないと」

「でもっ、彼らはまだ子供です!助け出して心を癒せば、きっと――――!」

「いや、無理だろうな」

 

見ろ、と言って氷室の視線を()()の方へと促す。

 

「こいつらはもう、闇に堕ちることを決めたんだよ。助けに来た俺達を陥れようとしたのがいい証拠だ。そのままいれば元いた場所へ帰れるっつーのに、ここに残る選択肢を取った」

「そ、それは……」

「例えこのまま連れ帰っても、こいつらは周りの人間を、例え親であろうと喰い物にするだろう。そうすれば、関係ないはずの人間が被害者になる。もう、皆の中には帰れないんだよ、こいつらは」

 

俺は氷室を押し退けて前に出る。氷室はもう、前には出てこない。

 

「何でだよ……」

 

と、リーダー格の少年がボソリと呟いた。

 

「何で俺達がこんな目に遭わなきゃならないんだよ!突然誘拐されて、死ぬような事されて!だから大人が許せなくって、復讐してやろうって決めたのに----!」

 

部屋中に慟哭が響き渡る。きっと、それは彼らにとって偽りのない本音なのだろう。それほどの苦痛を彼らは背負ってきたのだ。

 

「だが、それは殺すのをやめる理由にはならないな」

 

俺は、そう言って引き金を引いた。脳天と、ついでに心臓に風穴を作った少年は銃弾の衝撃のままに吹き飛ばされ、コンクリートの天井を目に焼き付けて絶命した。

 

ヒィッ、と鳴くような悲鳴が響く。残った奴らが喉を引きつらせながら、恐怖に染まった瞳を此方に向けてくる。

 

彼らは仲間の末路を見て必死に命乞いを始める。死にたくない、助けて、お母さんに会いたい。俺はそれを全て聞き流し、追加の死体を四つ拵えた。

 

「どうして……」

 

ぼそり、と氷室が呟く。

 

「どうして、彼らは死ななくてはならなかったの……?この子達は、何も悪いことをしていないのに……」

 

……残念ながら、彼女の疑問に対する明確な答えを、俺は持っていない。そもそも、対魔忍というよりも人であるならば助け更生させるべきだし、彼らにはまだ『可能性』があった。ただ単純に、俺がそれを信じることが出来ないだけなんだから。それでも、敢えて一言言うならば----

 

 

「悪いことが出来る奴になってしまったから、かねぇ」

 

 

その後はわざわざ語るほどでもないが、子供たちの遺体と、ついでに媚薬ガスにやられて眠っていた(何か母乳も出る様になったらしい)七瀬を担いで帰還、任務は完了した。当然ながら、子供たちの親族には、その死に様が伝わることはなかった。彼らは単純な被害者として親兄弟に記憶される。その変容は、文字通り闇へと葬り去られる。

 

嘘で塗り固めた優しい虚構に心を痛めることと、辛く救えない真実を突き付けられること。一体どちらが正しい救いになるのかは俺にはわからないけど、彼らに降りかかった地獄を知らずに生きられるのは、幸福なのだろう。せめてそう願うばかりだ。

 

殺した張本人が言うことじゃないかもしれんけどな。めでたしめでたし、とは到底言えない結末だ。




今回後半で出てきた子供達ですが、この間復刻イベントで出ていた「ティナ・ウォーレル」のシーンに出て来たやつです。ワンマンアーミーなティナと違い、油断を捨て去った宗次君にはガスなんて聞かないんだよ……。ちなみに本編に出ていた符号は、「BC兵器確認、即時マスク着用」的な感じの意味です(適当)

次回は一週間後のこの時間帯に上げます。予約投稿なんてやるの初めてで少しワクワクしますね


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凡人は比翼を手にし、開幕のベルは鳴り響く

というわけでみなさん、お待たせ致しませんでした!(ドヤ顔) まあ全体的に見ればお待たせしたんですがね。

ガチャで時子やアスタロトが当たったりとガチャ運は絶好調な気がするけど、RPGXではそんなことはないという悲しみ。SRアルカは出たけど、本編に出そうかなぁ。他のSSとのキャラ被りは避けたいけど、あれいつの間にか消えていた悲しみ。


サア―――

 

俺の耳元を掠めるかのように一陣の風が舞い、火照った身体を舐める。そして半歩後退した刹那、閃く白刃が目の前を通りすぎた。

 

瞳の数センチ先で凶器が通り過ぎた事に尻込みしながら、しかし恐怖を押し殺して鳩尾目掛けて脚を振るう。残念ながら防がれてしまったが、相手は衝撃で動きが止まった。

 

「シィッ――!」

 

僅かな隙を突くように、右手に握ったナイフを頸目掛けて奔らせる。鋭い切っ先が動脈を切り裂かんと首元へと迫り――引き戻された忍者刀によって辛うじて防がれる。甲高い金属音が響き、刹那互いの力が拮抗する。予定調和のように防がれた必殺のフェイントを目くらましに左の掌底を放つ。

 

死角からの一撃は今度こそ腹部へと叩き込まれた。しかし、そこから返ってきたのはまるで金属を叩いたような衝撃だった。忍法による肉体の硬化である。これをされてしまえば、俺の力ではその守りを超える事は――

 

「ちっ……くぉっ!?」

「ハアァァッ!」

 

気合一閃、今度は相手が一瞬の隙を突き得物を振るった。後方に飛びのいて辛うじて躱すことに成功したが、貴重なイニシアチブを奪われてしまった。相手は勢いそのままに烈火のごとく立て続けに剣を振るい、俺はそれをナイフでひたすらに防御する。数秒前と立場が入れ替わったが、状況は圧倒的にこちらが不利だ。こちとら、一振り事に足が竦むというのに。

 

そのまま打ち合うこと数十合、弾き逸らし受け止め続けた俺であるが、唐突に身体が揺れ視界がブレる。注意が手元へ集中した一瞬の隙を突かれ足払いを掛けられたことに気づいたのは、地面に引き倒されてからだった。

 

相手は仰向けに倒れた俺に馬乗りになって動けないように固定すると、頸元へ向けて刃を振り下ろす。俺は間に合わないことを悟りながら、それでも右手の刃を奔らせ――

 

「そこまでっっ!!」

 

力強い声が、グラウンドに轟く。と同時に、刀の切先が首の皮を引き裂く寸での所で止まる。数秒互いの動きがピタリと停止し、フゥと息をついてから馬乗りになった相手――金遁使いの対魔忍が立ち上がり、俺に宣言する。

 

「私の勝ちね、臆病者」

 

 

△ ▼ △ ▼

「……んぐっ、ぷはぁ!あ~生き返る~」

 

グラウンド脇にある水道で喉を存分に潤し、俺は歓喜の声を上げた。やはりどんな物より疲れた時に飲む水は旨い。

 

グラウンドの中央へ視線を向けると、そこには先程の俺と同じように立ち合いを演じる学生対魔忍の姿がちらほら見受けられた。ただ殆どは既に事を終えているようで、木陰で休んでいる数の方が多い。

 

今俺達は学園の授業として二クラス合同の模擬演習をしている。ひとまずはオーソドックスな一対一の近接戦闘、まあ俺が最も苦手とする分野である。くっ、銃さえあれば、こんな奴らに……!

 

脳内でアホなロールプレイをしつつ、ざばざばと顔を洗っていると、此方へ近づいてくる気配に気付く。人数は一人、水音に紛れて足音までは判別出来ないが敵意は特にないようだ。

 

「随分無様に負けたわね、『臆病者』さん?」

 

水気を取るため顔をタオルで拭いていると、その『誰か』が声を掛けてくる。聞き覚えしかないその声に顔をしかめつつそちらを向く。そこには長い黒髪を左右に結い、競泳水着といっても過言ではない対魔スーツから日焼けした肌を晒すスレンダーな少女が、腰に手を当て堂々と仁王立ちしていた。

 

彼女の名は水城ゆきかぜ。学生の身ながら『雷撃の対魔忍』としてその名を轟かす次代のホープ()だ。しかし母親を探すためとはいえ、処女のくせに奴隷娼婦として敵本拠に潜入(笑)し見事罠にかかってしまう頭が残念な女である。戦闘能力はガチでピカイチなのになぁ……どうしてY豚ちゃん捕まってしまうん?

 

「後衛専門にナイフ一本だけで近接させりゃそうなる。それよりお前、こんな所で油売ってていいのか?」

「はぁ?私を誰だと思ってんのよ。あんたと違って圧勝です~」

 

ふふん!とナイチチ張ってドヤ顔する水城。恐らく、マジで相手を瞬殺したんだろうなぁ。この訓練、忍法使ってもいいから。多分相手はピカチュウの電撃喰らったロケット団みたいになったんやろなぁ……合掌。

 

「そう言うあんたこそ、そんなんでいいの?他の連中に馬鹿にされたままになるわよ?」

「ん~……別に?実害なけりゃどうでもいいし。それよりか実戦で死なない方が大事だ」

 

虚仮にされて腹が立たないわけではないが、だからってそんなのに構ってる方が時間の無駄だ。こっちには生き残るために鍛えなきゃいけないところも、やらなきゃいけないことも山ほどあるというのに。

 

「ふーん……それにしても、接近戦の一つも出来ないって対魔忍としてどうなの?そんなんで本当に戦えるの?」

「出来たら苦労してねえよ!くそっ……」

 

にやにやと口元を歪ませながら、からかうような口調でそんな事を宣う。俺はその挑発に苛立ちながらも、苦虫を噛み潰したような顔を逸らすしか出来なかった。

 

俺が銃器に頼る理由。それは固有の異能がないというのもそうだが、最大の要因は恐怖心だ。

 

俺は前世で二十余年、今世でも十三年ほどを何の変哲もない一般人として過ごした。当然そこで培った常識や道徳は俺の根底で強く息づいている。その社会常識が、戦闘行為、というより暴力行為そのものに強い恐怖心と嫌悪感を齎している。

 

拳や刀を振りかざされれば怖くて足が竦むし、誰かを殴れば後悔が心を過ぎる。『暴力』というモノに面と向かって対峙したとき俺の心は一瞬だけ、臆病で何の力もないただの人間へと回帰してしまうのだ。

 

そしてその回帰は、実戦において致命的なほどに作用する。錬磨に錬磨を重ね精確無比な狙撃精度を支えてくれる対人の動作予測も、目の前の恐怖に凍り付き機能を失ってしまうのだ。せいぜい出来て一手か二手、接近戦時にはその程度までしか先が読めないし、的中率が通常時よりも落ち込んでしまう。そしてそもそも直接戦闘は技量的に言っても苦手分野だ。はっきり言って、至近戦闘まで持ち込まれたその時敗北は確定しているものだと俺は思っている。

 

こういうとき、水城みたいな戦闘力の高い連中が羨ましくなってしまう。どんなに時間を捧げそれまでの常識を投げ捨てても、彼女らに届くことはない。どんなに人道を踏み外しても、目の前に敵が迫ってしまえば恐怖心が甦ってしまう。これが兵士ならば愛国心や忠義で自らを律することが出来るだろうが、俺にはそれすらない。自分の生の為に戦う俺は、自らを律する事も全て自分で行わなくてはならない。

 

非道になり果てながらも人としての恐れを棄てきれない俺と、それぞれの『正義』という錦の御旗を掲げ殺戮を誉れと出来る戦士たる彼ら彼女ら。ここでは、一体どちらが正しいのだろう?

 

「……と。ちょ……?おーい!」

 

耳元で響く甲高い声に埋没していた意識が浮上する。機能を取り戻した視界には、少し俯いた俺の顔を覗き込む水城の顔が映っていた。どうやら、僅かばかり考え込んでいたらしい。俺は大丈夫だ、と言って手を左右に振る。

 

「どうしたの?急に黙り込んじゃったりして。あ、もしかして気にしてた?」

「いや、別に。ただ、雷遁使えるお前が羨ましいなぁと」

「えっ、そう? ま! 忍法使えないあんたと違って、私は優秀だからねっ!」

 

どこか嬉しそうにナイチチを再び張る水城。こいつちょろいな(確信)

 

ちょいちょい俺を馬鹿にするような言葉を発し高慢チキな態度を取る彼女であるが、意外なことに、他の連中と違って俺を虚仮にしたり見下したりすることはない。同学年として数年間過ごした関係上度々関わりを持つことがあるのだが、不機嫌そうに俺を詰ることはあっても悪意を持って接した事はない気がする。どちらかと言うと俺の不甲斐なさすぎに苛立っているような印象だった。何でそんな態度になるのかは解らなかったが。

 

まあ下に見ていることは変わらないだろうけど、下手に実害を齎す他の奴らよりは遥かにマシだ。実際彼女はそれをして許される程優秀だし。

 

母親はアサギと並ぶほどの実力者であり、彼女自身もその血を継いで才能に恵まれた次代のエース。多少驕りを持っても許される程の血筋と力があるのだ。惜しむらくは、近い未来母娘揃って魔族の奴隷に堕ちることだろうか。そうなった場合戦力低下甚だしいので、是非とも主人公君には頑張って貰いたいものである。

 

「……って、私の事はいいのっ!あんたが頑張んなきゃ、他の奴ら見返せないじゃない!今までちゃんと努力してきたんだから!」

「お、おう。そうか?」

 

ビシッ!と此方に指を向けて力強く言われてしまった。何だろう、一応激励になるのかこれ?俺は周りの連中に興味とかないから、見返すとか正直どうでもいいんだが……。

 

「おーい、ゆきかぜー!」

 

と、離れた所から水城を呼ぶ声が聞こえた。何かと思い顔を向けると、少年が此方に手を振っているのが見えた。

 

「あっ、達郎! ……ごめん、それじゃね!」

 

水城はパッと表情を輝かせると、一言断って彼の元に駆けて言った。水城の発言と態度から察するに、彼が『斬鬼の対魔忍』秋山凛子の弟で水城のボーイフレンド、秋山達郎なのだろう。嵐のようにやってきて稲妻のように去っていった水城に唖然としつつ、とりあえず俺は胸に去来した想いを口に出すのだった。

 

「そうか、あいつがNTR対魔忍か……」

 

△ ▼ △ ▼

その後二回模擬戦を行い訓練は終了した。ちなみに、当然の如く全敗である。ナイフ一つで勝てるわけねえだろ!

 

そして本日の授業はそれが最後だったので、ホームルームを終えた俺はさっさと自室に引き上げた。今日は任務も特にないし、最近忙しかったので休息を取ることにしたのだ。自主訓練を欠かさない俺ではあるが、だからといってオーバーワークは後々支障を来す。本番で疲れてたので実力出せませんでしたーじゃお話にならないからな。

 

寮の自室に戻った俺は、ひとまず武装の整備をしていた。休憩中はアニメ見たり本を読んだりと趣味に没頭するつもりだが、やることがないわけでは決してない。今はその中で時間の掛からないものを片付けているのだ。

 

先日第八技研から横流しされたM4のうち、その中から厳選して徴用した一丁。それの最終点検とカスタマイズを入念に行う。パーツを全て分解し、摩耗や破損などを神経質なまでに何度も確認する。そして一通り確認が完了すればそれらを組み上げて更に動作を確かめる。グリップを握った感触、マガジンリリースの滑らかさ、コッキング時の音。丁寧に丹念に、一つ一つ間違いがないように調べて調べて、調べ尽くす。大体の作業を終え銃を置いたのが一時間後、オーバーホールしたことを考えればかなり効率良く作業をこなせるようになったな。

 

「最初は半日がかりだったからなぁ」

 

対魔忍になったばかりで、右も左もわからなかった頃を思い出して思わず苦笑してしまう。あの頃は全て手探りだったから本当に大変だった。訓練してて何度死にそうになったことやら――

 

 

―――コンコンッ

 

 

「……ッ!!」

 

突然玄関の扉から聞こえたノック音。それが耳に届いた瞬間、俺は机の上に置いていたM92Fベレッタを手に取り立ち上がっていた。スライドを引き薬室に弾丸を装填、銃口を真っ直ぐ扉へと向け構える。弛緩していた意識を切り替え、しかし殺意を漏らさぬよう注意を払いながら扉へと一歩近く。そこでようやく、ノックをした人物が声を発した

 

『すみません、氷室です。……田上さん、いますか?』

 

どうやら、来訪者は氷室だったらしい。肩の力が自然と抜けたが、意識はそのままにし銃は構えた状態を維持する。魔族が化けてるなり操るなりしてる可能性がある以上、安全である保証はないからな。

 

俺は上半身と下半身が別々のモノであるように意識する。腕と胴体は警戒態勢を維持しながら、ごく自然な足取りでドアに向かう。警戒していることを悟らせないよう、遅過ぎず早過ぎず足を動かし、普段通りの俺を演じきる。

 

「ああ、いるぞ。どうした?」

『あ……よかった。この後何か予定ありますか?少しお話があるのですが……』

「予定はないから別にいいが……話?」

 

念のために警戒を維持したまま少し思考を巡らせる。時間に関しては問題ない、どうせ後は休むだけのつもりだったから十分に空けてある。だが、話があると来たか……。

 

「どんな話だ?」

『その……時間が掛かる事なので』

「腰を落ち着けて話したい、と」

『はい……どう、でしょうか』

 

……うーむ、話の内容が全く見えない。こういう先が見えない事って怖くなるから苦手なんだが……俺、何かしたっけ?

 

ささっと記憶を漁ってみるが特にめぼしいものはなかった。氷室に手を出したのって最初の一回きりで、それ以外は何もしてないしなぁ。あれも手打ちになってるから、今更文句言われる訳もないし。この間対魔忍売ったのがバレた?いや、それこそありえない。十二分に注意を払ったし、バレたなら氷室が来る必要がない。呼び出せばすむ話だ。

 

だめだ、全く心当たりがない。この感じだと、多分断ってもいいんだが……彼女の声は、断られる不安を滲ませるように僅かな震えを伴っていた。

 

「……わかった、中に入ってくれ」

『はい、ありがとうございます』

 

ほっ、という彼女の安堵の息を鍵の廻る金属音で上書きする。次いで掛けていたチェーンとワイヤーを取り外し、ドアノブを捻った。

 

扉を一枚隔てた先には、氷室が何処か所在なさげに立っていた。緊張している彼女を揶揄おうとして、視線が下に引き寄せられることで口が縫い止められた。

 

可愛らしいフリルで装飾された汚れ一つない真白なブラウスに膝程まであるミディのプリッツスカート、そして足先から太腿までの素肌を覆った黒いストッキング。見る者に楚々とした印象を与える、控えめながら品のある服装だ。完全に余所行きのおしゃれな恰好に、俺は驚愕と共に視線を釘付けにされたのだ。

 

 

 

「……お邪魔、します」

「え、あ、おう。今ちょいと油臭いから、換気出来るまで我慢してくれよ?」

 

緊張を孕んだ彼女の言葉を受け、半身をずらして部屋へと招き入れる。同時に、自分の身体で銃への視線を遮るのも忘れない。バレないように枕元へと戻さなくては……。

 

密かなる決意を悟らせないまま、氷室と共に部屋へと入る。まあ部屋と言っても所詮寮のワンルームなのだが、俺の場合其処まで物を置いてないので、かなりこざっぱりしている。盗聴器のチェックついでに掃除も頻繁にするので、いつ人を招いても問題はない。

 

しかし、ここで一つ問題が発生した。そう、来客を想定していないので客用の椅子がないのである。俺の部屋にある家具って、せいぜい勉強机と本棚、あとベッドくらいだもんなぁ……。仕方ない、俺がベッドに座るか。

 

やれやれだぜ、と他人事のように思いながらベッドに腰掛けると、横から続いてギシッっとベッドが軋む音がして……は?

 

「あ、あの……氷室さん?」

「あ、はい!なんでしょうか」

「あ、ごめんごめん言い忘れてた。俺の部屋椅子一つしかなくてさ、そっち使ってくれていいから」

「いえ、その……」

 

机の前に鎮座している椅子を指したのだが、氷室は何故か顔を赤らめながら俯きつつ。

 

「その……ここじゃ、だめですか……?」

 

否と、言えるわけがなかった。

 

 

 

 

「それで、話って?」

 

落ち着きを取り戻した俺は、氷室の本心を確認するため早速本題に入った。場合によっては口止めも考えなくちゃいけないからな……あーやだやだ、秘密が多い身は疲れるぜ。

 

「え、えっと……ぅんっ。」

 

彼女は一度咳払いをしてから、口を開く。

 

「その、まずはこの間の御礼をと思いまして」

「おれい? ああ、任務の時か。気にしなくていいのに」

「いえ、キチンと言っていなかったので」

 

そう言って頭を下げた。相変わらず律儀だなぁ……。

 

呑気に考えていた俺だったが、顔を上げて此方を見たその眼を見て、弛緩した意識を叩き起こした。その瞳は幾分かの不安に濡れつつも、固い決意を思わせる眼差しだったからだ。あなた、覚悟して来てる人、ですよね。

 

 

「それで一つ聞きたいのですが……田上さん、キシリア・オズワルドとは、どういった関係なんですか?」

「――、」

 

 

一瞬、頭が真っ白になった。余りもの驚愕に思考が白いペンキで塗りつぶされるが、奥底から本能がけたたましく警鐘を鳴らすことで辛うじて思考能力を回復する。

 

一体、どうして彼女がキシリアとの関わりを……いや、原因は後だ。今はすぐにでも反応しなければ、自白しているのと何ら変わらない……!

 

「キシリア・オズワルド?こないだ出て来た傭兵のことか?関係あるわけないだろ、俺は一応対魔忍だぜ?」

 

俺はひとまずそう答えた。咄嗟にではあったが、表情や声音も無知と当惑を装えたはずだ。話を収束させるべく、俺は続けた。

 

「そもそも、なんでそんな事聞くんだよ。火のない所に煙は立たぬとは言うけど、俺はその火すら起こした記憶はないぞ?」

 

何故こんな話を持ってきたのかは知らないが、全員で撤退した彼女は俺とキシリアが会っている所を見ていない。であれば確たる証拠は何もないはずだ。後はその疑問を解消さえしてやれば……。

 

「確かに、何か根拠があるわけではないです。ただ……」

「ただ?」

 

俺は、彼女の中に燻るものを正体を見極めようとその言葉に耳を傾け……

 

「……女の勘、です」

「―――。」

 

絶句した。

 

「彼女と闘った時、言ってたんです。『私とお前は似ている』って。その時何故か、田上さんが浮かんでしまって……だから、もしかしたらと思って……」

 

彼女は高々そんなものを頼りに……否、強い想いを抱いているからこそ、それを信じているのだろう。そして、それが俺を疑う程の理由になってないことも理解している。さっきから自信なさげな口調になっていたり、僅かに顔を俯けているのはそのせいだ。

 

「困ったなぁ、こりゃ」

 

女の勘何て奇天烈なものを持ち出されては、理屈で説き伏せるなんて出来ないじゃないか。しかもそれが当たってるのもたちが悪い。キシリアめ、余計な事しやがって……。

 

仕方ないか、と俺は諦める事にした。多分ここで馬鹿馬鹿しいと突っぱねた所で彼女は納得しないだろう。氷室の『女』としての部分が結論を既に出しているのだ、そんな事では疑いが晴れるわけはない。今は確証がなかったとしても、優秀な彼女の事だ、時間を与えれば物証を手に入れるに違いない。キシリアの件が露見するだけなら兎も角、他のバレたらやべえモノが日の目を見る事になったら一巻の終わりである。それならば、バレても問題ない最小限の範囲に被害を食い止めようじゃぁないか。

 

「はぁ……わかった、白状するよ。ただし、絶対に口外するな。これが約束出来ないなら話すことは出来ない」

「……! ええっ、勿論!」

 

お決まりの文言で念を押す風を装ってから、俺は前回の顛末を氷室に話す。当然キシリアの話がメインであり、俺が回収した二人の話はおくびにも出さない。あれこそバレたらマズいわ。

 

……本音を言えば、これもあまりバラしたくなかったんだけどな。何かが出来るということはその分目立つということ。目立てば敵から狙われる可能性が発生し、それを越えればそこから別の奴が俺に興味を持つだろう。そこから先は何の意味もない不毛なループになってしまう。一つの闘いに勝利するのは簡単だ……だが次の闘いの為にストレスがたまる……愚かな行為だ。それが嫌で徹底的して平時と任務時の俺を切り離しているというのに。

 

「なるほど、キシリアとは共闘関係だったのですか……」

「ああ。まあ金払って依頼してるから少しニュアンスが違うかもしれんが。 ……ああそうだ、あの時はすまなかったな。アイツがお前に襲いかかったのは完全に誤算だったんだ」

「え?あっいえ、大丈夫です。僅かでも彼女と打ち合えたのはいい経験になりましたし、田上さんに助けて貰いましたから」

 

俺の謝罪に対し、氷室は笑って何でもないように返す。どうやらあの件に関して、彼女の中に蟠りはないようだ。ただ、それにしては様子が変だ。まだ何かを言おうとして迷っているような感じ。一通り説明はしたのだが……まだ何かあるのか?

 

「どうした?まだ何かありそうだけど」

「あっ、いえ。その……」

「何かあるなら遠慮しないでくれ。しこりを残してこの件を引っ張られても困る。ほれ、言ってみ」

 

今回でこの件を片付けるべく、一歩踏み込む。それが、彼女にとって最後の一線だったことにも気付かずに。

 

逡巡すること暫し、覚悟が決まったらしい。氷室は意を決したように俺の目を真っ直ぐ見つめた。

 

「田上さん」

「なんだ?」

「私は、あなたの事が好きです」

 

―――

 

……、…………

 

「高が一度関係持ったくらいで彼女面か」

 

俺は、出来るだけ淡々と、そう言った。

 

「……確かに、軽い女と思われるかもしれません。ただ私は田上さんの内面に惹かれたんです」

「内面……?」

 

予想外の答えに、俺は疑問を呈する。

 

「ええ。確かにあなたは、自分が生きるためなら味方を切り捨てる事も敵を惨殺することも厭わない非道い人です。付き合いは短いですけど、それくらいなら私にも分かります」

「……ああ、そうだな」

「でも、だからこそ、田上さんが自分の命を守るために抗っている事も分かってます。他人や主義主張のためじゃなく、自分の幸福のために。そしてそのために、必死に努力している事も知ってます」

「…………」

「それに、あなたは生命を軽んじているわけではない。逆に重んじ尊んでいるからこそ、自分の意思で闇の世界にいる人間より『善き人々』を重視しているだけなんですね」

 

彼女は真っ直ぐ、滔々と語っていく。俺は、それを止めるでも反応を返すでもなく、ただただ聞くことしか出来ない。

 

「田上さん。私はあなたのひたすらに真っ直ぐ進む姿に憧れました。あなたの奥底に生きる善性に惹かれました。あなたの積み重ねた技術に魅せられました。でも、だからといってあなたに何かを求めるつもりはありません」

「……なに?」

 

何も求めない?これだけプロポーズ紛いな事を言ってきたのに?

 

「付き合ってとは言いません。隣にいて欲しいとも言いません。抱いて……は、まあ欲しいですけど、強請ったりは決してしません」

 

抱いて欲しいのかよ、というツッコミは、彼女の真剣な眼差しに呑まれて出来なかった。一拍おいて、氷室花蓮は最後の言葉を紡いだ。

 

 

「私が、アナタの隣にいます」

 

 

「―――――ッ」

 

思わず、息を呑んだ。

 

彼女はそれを言って口を閉じた。言うべき事を全て言い切り、後は俺の答えを待つだけといった感じだ。

 

対する俺は、彼女の言葉を咀嚼するのに必死だった。真っ白になった思考の中で彼女の言葉の意味を把握し、その裏に隠された意図を探ろうとして、その疑心を喜びが満遍なく上塗りしていく。

 

「はぁ……参ったな」

 

数秒熟考し、俺は溜め息を吐きながら頭を掻いた。呆れて物も言えないとはこの事だ。何で俺なんぞにそこまで惚れ込むのかねぇ。まあ一番呆れてるのは、今の言葉を聞いて内心舞い上がってる俺に対して何だが。

 

「お前の気持ちに応えないかもしれないぞ」

「はい、わかってます」

「お前の事守る何て、口が裂けても言えない人間だぞ」

「ええ、覚悟の上です」

「お前以外の女抱くかもしれないぞ」

「それ、は……我慢します」

「おいおい」

「だって……」

 

頬を僅かにむくれさせ、彼女は視線を逸らした。その様子は、嫉妬で拗ねている女の子そのものだ。

 

「全く……」

 

どうしてこうなったのやら、と思わず呆れる。一度肉体関係持ってここしばらく一緒にいただけでこれって、少しちょろすぎじゃないか?まあ、結局俺も同じ穴の狢な訳だから、コイツの事ばかり言ってもいられんか。

 

もう一度だけ溜息を吐いて、俺は彼女の告白に応えるべく、頬に手を添えてこちらを向かせたうえで、顔を近づけた。

 

()()

「え? あ、えっ今……んっ……」

 

動揺を見せる花蓮の唇に唇を重ねる。快楽を貪るためではなく、心が繋がるための触れ合うキス。永遠のような刹那触れ合った唇は、名残を留めることなく離れていった。態度だけでなく言葉でもちゃんと心を伝えるため、俺は口を開く。

 

「俺は自分の命が大事だから、お前が一番大事だなんて歯の浮くセリフは言えない。カッコ悪い所も酷いところも一杯見せるだろう。もしかしたらお前のこと待たずに先に進むかもしれない」

 

だから、と一拍置いて。

 

「そんな俺でもいいなら……隣に立ってくれ」

 

そう、言った。

 

「はい、宗次さんっ!」

 

そう返した花蓮の顔は、咲き誇る華のような笑顔に彩られていた。

 

 

 

「さて、宗次さん」

「はいはい」

「これで私たち、謂わば共犯者のような関係ですよね?」

 

……共犯者か、中々言い得て妙だな。恋人や愛人等では決してないが、仲間というには想いの重量が違う。ただそれでいいのかお前?

 

「まあ、うん。そういうことになるのかな?」

 

とりあえず、間違ってはいないのでそう返した。すると花蓮は、にっこりと嬉しそうに笑った。

 

「じゃあ、キシリアとどういう関係に()()()()()のか、教えて貰えますね?」

 

…………え、ちょっと待って怖い怖い!嫌な汗ブワッて出た!これ共闘とか依頼とかじゃない部分最初から聞いてる!ていうかバレてるよこれは!女の勘とか言ってましたねそう言えば!

 

「宗次さん……?」

 

スゥッとこっちににじり寄って身体を擦り付けてくるけど、こんな状況じゃ立つものも立たんわ!やっべ、怖くて肝っ玉が冷えた……!

 

「むむ、話してくれませんか、そうですか……」

「ん……?あれ、花蓮さん……?」

「何ですか?」

「いやあの……何でそんなところに座ってるんですか……?」

 

不服そうに何事かを呟いた花蓮は、何故かベッドから降り、俺の足と足の間にぺたんと座ったのだ。こ、この股の間に座る姿勢、もしや……!?

 

「正直に話してくれなさそうなので、身体に聞こうと思いまして♪」

「さっき強請らないって言ってなかった……?」

「これは性行為ではなく、被疑者への尋問です。さあ、早々に吐けば減刑もやむなしですよ」

「ヒエェ……二回目から尋問プレイとかマニアック過ぎるよぉ……」

「ちっちちち違いますっ!しつれいなこといわないでいただけますかっ!?」

「図星じゃねえか」

「ええいお黙りなさい!きっちり尋問しますから、キビキビ吐けばいいの!」

 

顔を真っ赤にしながらそう叫ぶと、膝行で前へすすっと進み、座り易いようにと咄嗟に開いてしまった足の上に手を置いた。こいつ、口でする気満々だよ。

 

……まあ、俺の愚息も有頂天なわけなんだが。そりゃ、花蓮のような美少女が股の間に跪いてたら、めちゃくちゃ興奮するだろ。誰だってそうする、俺もそうする。

 

初めてであろう行為に恥ずかしがりつつも、これからする事に悦びを隠せず口を緩やかに歪ませる花蓮。何を言っても止めないだろうし、もう俺も止める気はないのだが、ひとまず彼女へのご褒美……というよりは感謝として、とある事実を伝えることにした。

 

「なあ、花蓮」

「……何ですか。何を言おうが、やることは変わりませんよ」

「いや、言い忘れてたことがあった。さっきみたいなバードキス、キシリアにもしたことなかったわ」

「………………そんな事言ったって、何とも思わないんだから。もうっ」

 

緩んだ口元を隠しきれないまま何でもないように言った花蓮は、勢いのまま俺の股間へと顔を埋めるのだった。

 

 

 

……えっ、ジッパー口で開けんの?

 

 

 




*氷室花蓮が田上宗次の攻略に成功しました。
あれ、主人公ヒロインみたいに……あれ?

気が付くと宗次君が花蓮に口説かれる流れになってました。まあ宗次君からは絶対にアプローチしないから、仕方ないね。
ちなみに、ギャルゲー風に言うと花蓮はフラグをちゃんと回収して正解の分岐を選んだ状態になります。最初で最後のルート分岐、というか絶対条件は『宗次の本質や願いを理解したことを示した上で隣で生きる事を宣言する』です。例えどんなに世界や周囲を嫌悪したところで、今まで普通に暮らしていた一般人が百年の孤独に耐えられるわけがない、というのが作者の考えです。

まあ何はともあれ、花蓮が正ヒロインになった所で序章っぽいものは終了、次回から第一章に入ります。遅筆なの差し引いてもここまで長かった…。プロットは大体出来てるのに手が追いつかねえよぉ。

せっかく復刻したのに、舞さんURでねえ…何でピックアップしてねえのに雪代操出るんや……


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第一章 歌姫は月下に踊る
To The Beginning


少し遅くなりましたが、あけましておめでとうございます!間が空いてしまいすみませんでした。中々書く時間が作れず、前回から時間が経ってしまいました……

投稿できる本数は少ないと思いますが、本年もよろしくお願いします!わざわざ感想で新年のあいさつしてくれた方がいて、実は結構嬉しかったり。

あ、今回もそういう描写あるので、苦手な方注意です


 

 

 

 

―――私が目覚めた時、私は他者の欲望によって生み出されたことを自覚した。

 

―――真っ当な生まれ方をせず、一片たりとも自由を持たず、ただ望まれるが儘に力を使った。

 

―――それでも私は、結局彼らの呪縛を破り飛び立つことを選んだのだ。

 

 

 

 

私は誰だ……。

 

 

此処は何処だ……。

 

誰が生めと頼んだ。

 

 

誰が造ってくれと願ったっ……!

 

 

私は私を生んだ全てを恨む……!

 

 

だからこれは、攻撃でもなく宣戦布告でもなく……!

 

 

 

私を生み出した人類(お前達)への、逆襲だ―――!

 

 

 

△ ▼ △ ▼

 

「いやあ、やっぱミュウツーは傑作やな」

「なんで私たち、ポケモン見てるんですか……?」

 

花蓮と比翼連理の誓いを立てた数日後の日曜日。たまの休日を満喫しようと俺の部屋でのんびりと過ごしていた。所謂お家デートという奴だな。俺そこら辺はさっぱりわかんねえけど。

 

ぶっちゃけ特にやりたいことが出なかったので、ひとまず休養しようということになり、ただ部屋でのんびりだべるのもあれなので映画でも見ようということになった。そして勿論、それだけで済ませる俺ではない。

 

「ふむ、70点だな。大方間違いはないんだが、固定が緩い部分が多い。はいやり直し~」

「むむむ……中々手厳しいですね。いい線行ったと思ったのですが……」

「俺なんざ銃の分解やら構造把握やら一月掛かったんだから、それよかずっと早いよ。クッ!これが生まれ持った才能の差か……!」

「ひん! ちょっと宗次さ、急に胸揉まないで……ゃんっ」

 

現在花蓮は、俺の指導の下銃器の解体・組立の訓練中だ。装備課に調達させておいた突撃銃や拳銃、PDW [Personal Defense Weapon] などをネジ一本までひたすら分解しては組み立て直しているのだ。ちなみに花蓮名義で発注したら一切の不足なくすぐに用意された。くそかな?

 

勿論、新品の武装をただ酔狂でバラしているわけではない。自分が使用する武器がどのような構造・原理で動作しているのかを身体に叩き込み、敵対した場合の特性を理解するためだ。

 

対魔忍含め、この世界の連中は弾丸が有効打にならないためかどうも銃火器の脅威を軽んじている傾向があるが、それは致命打にならないわけじゃない。肉を抉れば痛みもダメージもあるし弾丸が頭蓋を抜けば殺せる。見切られるのであれば避けられないほどの弾幕を張ったり探知出来ない超長距離から狙撃したりやり様は幾らでもある。結局のところ使い方だ。

 

戦闘スタイルに銃火器を組み込むにしろ組み込まないにしろ、どういった特性なのかを知らなければ必ず足を掬われるだろう。一番厄介なのは強大な力を持つものではなく、『殺し方』を弁えている人間だと俺は知っている。

 

まあそんなわけで、銃を学ぶ初歩として、現在座学による知識と構造把握を並行して叩き込んでいる最中なのだ。何時も俺が付きっ切りで警告出来るわけではないから、非常事態においても自分で対処出来るようになってもらわなくては困る。

 

「それに、ちゃんと分解の仕方を解ってれば色々便利だからな。映画みたいに、戦闘中にバラして武装解除とかも出来るようになるかもよ?」

「へえ、それは確かに便利そう。宗次さんは出来るんですか?」

「技術的には出来るはず。近接戦とか怖いからしないし、そもそもそうなる前に仕留めるか逃げるんで使うことないけど」

 

俺の能力から考えて、わざわざ接近戦するメリットないからなあ。そんな場面に遭遇する前にとんずらするし。どこぞのザ・ボスみたいにCQCで銃奪い取って分解する何てロマンあるけど、実際やるの怖いしなぁ。

 

「さて、ミュウツー終わったし次何見るかな~。続けてルギア見るか、敢えて実写映画に行くか……花蓮はどっちがいい?出来れば見たことないのがいいんだけど」

「あの……映画はまた今度じゃ駄目ですか?」

「駄目。何のために一辺にやってると思ってんの。映画鑑賞と銃器分解を同時に処理して、並列思考を鍛える訓練でもあるんだから」

「最初からハードル高くないですか!?」

「高かろうがやるんだよ。異能とかでそういうこと出来ないなら、自力でやれるようにしないと。俺も、やったんだからさ(ニッコリ)」

「ヒェェ……」

「まあほら、愛情の裏返しだと思って。さあ!最低限二つは並行して思考出来るようにしようね!」

「クッ!そう言われるとやる気が出てしまう自分が憎い……!」

 

何か悔しがりながら嬉しそうににやけるという高等技術を披露しつつ、花蓮は再び作業に戻る。さて、俺も花蓮の訓練メニュー考えねえと。あ、でもその前に次のDVDセットしなきゃ。

 

『ピロピロピロピロゴーウィゴーウィヒカリーヘー!』

 

「……何ですか、その着信音」

「俺にとって地獄を意味する相手だから、せめてもの鬱憤ばらししようかと……」

「ちょくちょく陰湿ですね」

 

うっせ、と返しながら某アニソンを垂れ流す携帯を手に取る。くっそ、画面見たくねえなぁ……いや着メロの時点で誰か分かるけどさ……。

 

スマホを手に取ると、そこには当然のように『校長』の文字。そう、井河アサギからの電話である。この人からの連絡って、吉報であった試しがないんだよねぇ。心底拒否感を滲ませながら、嫌々電話を取った。

 

「はい、もしもし……」

『もしもし、宗次君?私よ』

「番号登録したんだから分かりますよ。で、ご用件は?個人的に、何もないと嬉しいのですが」

『あらそう?じゃあ残念、任務よ』

 

ですよねー! どうせそんなことだろうと思ったよ! やだなぁ、最近校長から回ってくる任務って大抵面倒なもんばっかなんだよなぁ!

 

『それで、任務について説明するから、校長室まで来てくれない?』

「……何時ですか?」

『この後すぐがいいわ。()()()も切羽詰まってるみたいだから』

「向こう……?」

『それについても後で纏めて話すわ。これそう?』

「…………はい、大丈夫です」

『間が凄いわね……出来るだけ短時間で終わらせるから安心して? それじゃあ、待ってるわ』

 

そう言って、電話は切れた。

 

「……どうでした?」

 

作業の手を止めて、花蓮が心配そうに話し掛けて来た。まあ、こんだけ苦そうな顔してたら心配にもなるわなぁ。

 

「任務だそうだ。この後校長室に出頭してくる。短時間で終わるって言ってたし、そのまま任務ってわけではないと思うが……」

「……そうですか。私なら大丈夫ですから、行って下さい。せめて、あなたが傷付く事のないものであることを祈っています」

 

そう言って、花蓮は柔らかく微笑んだ。どうやら、俺の考えは見透かされていたらしい。せっかくの休日をふいにされて寂しいだろうに、任務を優先するあたりやはり真面目と言うべきか。

 

ならば、俺が言うべき言葉は一つしか残っていないな。

 

「それじゃあ、行ってくる」

「はい、行ってらっしゃい」

 

 

 

「あ、次の映画シンゴジラ入れとくから」

「なっ!一番気になって集中出来ないやつを!ちょまっ宗次さん?宗次さん!?」

 

 

△ ▼ △ ▼

「来てくれてありがとう。休日に呼び出しちゃってごめんなさいね?」

「いえ、お気になさらず。それで、本題は?」

 

校長の謝罪に社交辞令を返し、さっさと要件を済ませようと先を促す。許すつもりはない、と言う俺の言外の意思に苦笑してから、真剣な表情に切り替える。

 

「今回の任務は、米連との共同作戦よ。本日未明、彼方から打診があってね」

「……共同、ですか」

「ええ、そうよ。 ……ああ、貴方米連と共闘するの始めてだったわね」

 

そう。米連の一部機関と結託している俺であったが、実は合同で作戦を行った事は一度もなかったのだ。米連と手を組むような重要な任務とかやったことないからなぁ。尚、罠っぽかったら逃げる。

 

「向こうが提示した作戦内容は、暴走したガイノイドの捕縛もしくは破壊。確保が難しいと判断した場合破壊しても構わないそうよ」

「暴走した、って。あっちの不手際押し付けようとしてるだけじゃないですか。こっちが話受けるメリット何てないでしょうに」

「戦闘用の装備一式を持った軍用モデルだそうよ。民間人に被害が出る前にって言われたら、乗らない訳には行かないわ」

 

成る程、此方の性質を上手く突いてきたわけだ。

 

本当ならば、今回の件は完全に米連側の汚点であり、放置して後々追求するための材料にするべきだ。民間人への被害も、出れば出るほど此方の有利になるだろう。しかし、あくまで日本の守護を掲げている対魔忍は無辜の民に出る被害を無視する事が出来ないのだ。何時暴れるとも解らぬ兵器が野に放たれている現状を、黙視することなど最初から選択肢にないと言っていい。

 

「一応、今回の経費は全部彼方持ち。更にノマド系列のフロント企業に関する情報も提供するという条件付きよ。断って下手な事になるよりは、作戦を受諾して此方の監視下に置いた方がメリットが大きいと判断したわ」

「是が非でも協力を取り付けたいのが透けて見えますね。わざわざ不祥事晒して、情報売ってまで」

「対魔忍としての特化戦力を望んでいるのは明白ね。何せ、対上級魔族戦を想定して開発された戦闘特化型のガイノイドだもの。特殊部隊と言えど、只人の手には余る相手ね」

「……そこまでヤバい相手を、俺が?」

「ええ。あなた一人よ」

「What are you saying(何を言っているんだお前は)?」

 

対上級魔族戦用だって?聞いてないんですけど!?どう考えても俺の手に余る相手じゃないか!さては頭悪いなこの女!

 

「言いたい事は重々承知してるわ。でも今回、米連側は一部情報を隠匿しているみたいなの。はっきり言って、罠の可能性も捨て切れていないのよ」

「それならなおのこと、俺じゃ駄目じゃないっすか」

「罠を食い破るなら他にも適任はいるわ。でも今回は米連側の特殊部隊と足並みを揃えられないと駄目なのよ。罠じゃなかった場合、それほど目標は強敵ということになるもの」

 

つまり、「騙して悪いが!」系の罠なら突破しなければならないが、そうでなかった場合も任務を遂行出来る人材が必要と。いやまあ、脳筋で唯我独尊してる対魔忍が米連の部隊と仲良しこよしなんて出来るわけないけどさぁ?

 

「致命的な罠を的確に嗅ぎ分けられる判断力と必ず逃げ延びる生存能力があって、尚且つ常人で構成される部隊と歩調を合わせられる対魔忍。間違いなくあなたが適任だわ」

「……歩調合わせられても、敵に対処出来なきゃ意味ないのでは?せめて、一人か二人人員の追加を求めます」

「駄目よ。だってあなた、いざとなったら見捨てて逃げるでしょ?」

 

よくご存知で。

 

「捨て駒にされる可能性があるのに人員は割けないわ。どうせ一人で撤退出来る手筈は整えるのでしょ? 最悪、情報を持ち帰るだけでも構わないわ」

「はぁ……」

 

何だろう、どんどん退路を断たれてるような気がする。まあ、これが任務である以上「やりませんっ!」とは言えないんだけどさ。何だかなぁ……。

 

「安心して頂戴。いざという時の保険は此方で用意するわ」

「保険? それ、どんなんだか聞いていいですか?」

「言ったらあなた、丸投げする方法考えるじゃない」

「よくご存知で」

 

もう一度、更に分かりやすく溜息を吐いてからソファーから立ち上がる。今回の相手は手強いからな、さっさと準備始めないと。いざとなったら鷲田使うか。

 

「明日、作戦のブリーフィングが行われるわ。この住所に向かってちょうだい。その後はあなたに一任するわ。指揮権はあちらにあるから自由度は低いけど、あなたなら何とでもなるでしょう」

 

校長はそう言って、一枚の紙を寄越した。二つ折りの中を見れば、都内某所にある雑居ビルの住所が記されていた。

 

「了解しました。他に連絡事項は?」

「ないわ。戻って大丈夫よ」

 

返答を聞いて俺は軽く頭を下げ、退出すべくドアへと足を向ける。ドアノブに手を掛けた所で、後ろから校長の声が耳に届いた。

 

「苦労掛けて、ごめんなさいね」

 

その言葉に、思わず苦笑を漏らして。

 

「そう思うなら、もっと他の奴頑張らせて下さいよ」

 

それだけ言って、俺は校長室を後にしたのだった。

 

△ ▼ △ ▼

「あ、おかえりなさい」

 

部屋に戻ると開口一番に、花蓮の言葉が俺を出迎えた。誰かにおかえりって言われるの、相当久々な気がする。

 

「……おう、ただいま」

 

口元が微かに弛むのを自覚しつつそう一言返して、俺はベッドに飛び込んだ。重みでスプリングが軋むように音を立て、緩やかな振動が返ってくる。

 

「言ったとおり早かったですね。お疲れのようですけど」

 

続けて、今度はキシ……と軽めの音がなりベッドが僅かに上下した。目線だけ其方に向ければ、花蓮が浅くベッドに腰を下ろしているのが見えた。

 

「別に疲れているわけじゃないんだが、これからの事を考えると憂鬱でな……些か面倒な任務が回って来たから、後々ついて回るだろう苦悩に対する感情を今のうちに発散しておこうかと」

「また器用に面倒な事を……それに、任務を面倒がってるのは何時もの事じゃない、もうっ」

 

それもそうか、と納得していると、頭を撫でるような感触。

 

「……何してんの?」

「え? あっすみません。疲れているようだったので、つい……嫌でしたか?」

 

そう言いながらも、彼女はその手を止めない。壊れ物を扱うように優しく、慈しむような丁寧さで、白魚のような細い指で俺の輪郭をなぞっていく。まあ、悪い気はしないな。

 

「別にかまわな……いや、もう少しそのままで」

「……意外でした。宗次さん、もっと意地張って『やりたいならやれば?』とか言うものかと」

「男のツンデレとか誰得だよ。せっかくの好意だし、甘えておこうかと思っただけさ。どうせ明日からまた仕事だし、これくらい罰は当たらんだろ」

「ふふっ、それでは遠慮なく」

 

どんな任務があるのか、何て事は聞いてこない。対魔忍は国家直属の極秘部隊、例え隣に座っていようと互いがどんな任務に従事するかは知らないのが当然。機密事項である作戦内容は井戸端会議のネタではないのだ。

 

これからは、肩身の狭い米連部隊との顔合わせに情報収集と武装の確認、逃走経路や保険の準備などやることが山積みだが、今この瞬間だけは、穏やかな時間が流れている。

 

飽きずに何度も髪を撫でる柔らかな感触を享受し続ける。が、そこで少しだけ。本当に少しだけ、悪戯心が鎌首を擡げてきた。俺は、バレないようにそろり、そろりと腕を伸ばし、布地一枚にも守られていない無防備なふとももを羽根で触れるが如く撫ぜた。

 

「ひゃんっ」

 

目論見通り、油断しきっていた花蓮の口から嬌声が漏れた。可愛らしいその声に俺の口角は思わずつり上がるが、花蓮は恨めしそうな視線を向けてくる。

 

「そ~う~じ~さ~ん~?」

「はははっ、すまんすまん。生足に誘われちゃってつい」

「つい、じゃないでしょ!もうっ」

 

そう笑って謝りながら、俺はさわさわと手を動かし続けた。

 

「いやね、駄目だって言うのは解ってるんだよ。でも目の前に新雪の如く白くてシミ一つない綺麗なふとももあったらさ、触りたくなるのは当たり前じゃん?しかもミニスカートとニーハイだよ?ニーハイに締め付けられて逆に肉感的に強調された絶対領域がスカートの端からチラチラ覗かされたらさ、そりゃ我慢なんて出来るわけないっしょ!」

「ひ……ゃあっ。ちょ、っと……だからさわひぅ!る、やめぇっ」

 

肌感覚が敏感な花蓮は、こうして軽く撫でてやるだけでこうも容易く喘ぎを聞かせてくれる。もっとあちこち弄って反応を楽しみたいところなのだが……響くような嬌声聞いてたら、こっちも滾ってきてしまった。ちょっと我慢出来そうにないな……っ。

 

「花蓮、こっち向いて」

「はぁ……はぁ……自分で始めておいて、勝手何だから……んむっ」

 

伏していた身体を起こし、花蓮の両手首を掴んで退路を断つ。俺の表情で全てを察したのだろう、花蓮は自ら顔を近づけ、唇を重ね合わせた。

 

最初は柔らかく瑞々しい唇の感触を味わい、次いで互いに舌を差し出す。時に彼女の口腔を舐め回す舌に彼女のそれが追随し、時に花蓮の舌が俺の口の中でぴちゃぴちゃと絡みつく。

 

手首を掴んでいた手はいつの間にか花蓮の指と絡み合っていて、肢体を密着させながら部屋に淫らな水音を響かせる。

 

「ちゅ……あむっ。じゅる……ぇろ、れぇ……」

 

どれだけそうしていただろう、しばらくして、どちらからともなく顔を離した。一時足りとも離れるのが惜しいと言わんばかりに最後まで伸ばされた舌の間に銀色の橋がかかり、服の上へと垂れ落ちる。

 

「……宗次さん、凄い事になってますね。服越しでもこんなに熱くて、硬い……」

 

抱き合うように密着していた俺のそれは、ちょうど花蓮の下腹部の上でその猛りを形で示していた。彼女は軽く身体を揺さぶって、自ら腹を擦り付けてその存在を感じようとする。

 

恥じらいながら控えめに、しかし淫らに雄を求めるその姿に我慢が効かなくなった俺は、その興奮を表すように少し乱暴に彼女を押し倒す。

 

きゃ、と可愛い悲鳴を上げた彼女に、俺は襲いかかりたい気持ちを必死で抑えながら声を掛ける。

 

「悪い、我慢出来なくなった」

「ふふっ、いいですよ。求められるって結構嬉しいですから。それに……」

 

そこで言葉を区切り、何故か腰を此方側へと突き出した。

 

疑問で首を傾げていると、花蓮の足の間に置かれた俺の腿に、ぴちゃりという音を立てて何かが触れる。そのまま花蓮が腰を前後させると「あっ……ゃん」という微かな喘ぎと共に、俺の肌へと少し粘着質な湿り気が届いた。

 

「……ねっ?」

 

…………こいつっ何てエロいこと覚えやがったんだ!?

 

「もーむりがまんならない。人のツボドストレートに突きやがって!どうなっても知らねえぞっ」

「どうぞ、私はあなただけのものですからっ」

 

艶やかに微笑む花蓮目掛に、俺は肉食獣のように猛然と襲い掛かった。彼女から繰り出されるアピールが悉く俺の急所に刺さりまくったせいで行為は翌朝まで及び、花蓮が腰砕けになってしばらく立てなかったことをここに記しておこう。

 

 

 

 




散々エロ書くの苦手とは言ってきたけど、今回ばかりは俺って天才なんじゃないか?ボブは訝しんだ。

というわけで新章開始です。俺たちはまだ登り始めたばかりだ、この果てしない対魔忍坂をよ……完結いつになることやら。プロットは大体できてんのになあ。

実を言えばRPG(X)のほうはあまりやってなかったのですが、何あのZEROアサギ可愛すぎね?あれがアレになってしまうのか…時の流れって残酷だな(遠い目)
気付いた時期が遅かったので、今からチケット4000枚とか無理だよ~と思っていたらまさかのドロップしました。いやーラッキーでした。福袋ガチャのほうは自然引いてSR三枚抜きしたんですけど、何故かイングリッドさん二枚という悲しみ。ちゃうねん、お前もう持ってんねん。確認したらこれでスキルLV4やねん…まあもう一枚凛花だから大満足なんですがね。(雑談にかこつけたただの自慢)

それと、しばらくは投稿できないかもしれません。卒論が目前に迫っているので、書いてる暇ないかもしれないです。まあ一か月一本ペースだし、たいして変わらないかもしえませんが。あと、ご褒美回やったら必ず現れる「18禁にしては?」コメントにはこれから反応しないので、そこんところよろしく。ギリギリがいいって言ってんだルルォ!?

まあそんなわけで、本年もどうぞよろしくお願いします!


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The Stranger

お久しぶりでございます。前話から半年以上経ってるってまじか。

卒論書いたり社会人になったり部署に配属されたりとてんやわんやしていたのもありますが、正直遊戯王にハマったのが一番マズかったと思うの。SS書くよりデッキ構築優先してたからなぁ……それでも勝ちたい奴がいるんだ、絶対に許さねえ!サラマングレイドォォ!!

そして時間がかかっておいてなんですが、今回は中継ぎ回ですのでご容赦をば。

あ、ようやくPS4買いました。シージ難しいんじゃ…


翌日。俺は都内某所にあるオフィスビルへと足を運んでいた。校長から貰ったメモに書いてあった住所だ。

 

表向きには小さな清掃業者のオフィスだが、実際は米連の部隊が潜伏するための隠れ蓑。6階建てのスペース全てが、米連の所有物である。より正確に言うならば、米連の情報軍(インフォメーションズ)が日本における活動拠点として保有するフロント企業だ。

 

そのうちの一室で、暴走したガイノイド捕獲作戦のミッションブリーフィングが開始されようとしていた。ずらりと並べられた席に座る総勢21名が今回手を組む特殊作戦コマンド(SOCOM)、情報軍特殊検索群s分遣隊と呼称される部隊だ。

 

「さて諸君、ミッションを説明する」

 

部屋の前方、運び込まれたであろうホログラムディスプレイの側に立つ壮年の男性が声を張った。彼がこの特殊部隊を率いる部隊長だ。確か、階級は大尉だったか。

 

「今回の作戦目標は、研究施設から脱走した試作ガイノイドタイプM-3を捕獲若しくは破壊する事だ」

 

その言葉に続いて空中に投影された画像が切り替わる。映し出されたのは小柄な少女の写真だった。どうやら、こいつが今回の目標らしい。だがそれはプロフィールというには些か趣が異なっていた。作業台の上に横たわっている所を撮影された少女には一切の生気が感じられない。恐らく、稼働前に撮影されたものなのだろう。幾ら機械で出来た人形といえど、一度動き出してしまえばここまで空っぽにはならないからだ。

 

「目標が施設を破壊して逃亡したのが三日前。突如周辺にいた研究員を昏倒させ壁をぶち破って逃げたらしい。またその際、配備直前の強襲打撃ユニットを強奪、基地からの追撃部隊を蹴散らしたようだ」

 

ディスプレイに映し出されたのは、手足を被うような形状のパワードアーマーとそれに付随する武装ユニット群だ。強襲打撃戦用なだけあって、殲滅力と機動力に特化した装備のように見受けられる。いや、これはキツくね?どう考えても歩兵が相手取るものではないよね?

 

「だが彼らが取り付けた発信機のおかげで奴の追跡は問題ない。GPSの信号が確かならば、目標はここ数日トウキョウ都中心部を徘徊しているようだ。奴の目的は不明だがこのチャンスを逃す手はない。都内から出る前に強襲し、これを撃破する」

「たいちょー!流石にコイツの相手するのは荷が重いんですけどー!うちの部隊サイボーグとかいないですよ?」

「そのために助っ人を用意した……まあ、あまり期待出来そうにはないがな」

 

その言葉と共に、全員の視線が俺へと集中する。まあ俺が対魔忍からの援護要員だからなのだが、そこに込められているのは不信感や猜疑心など決して良いとは言えない感情だった。彼らからすれば対魔忍とは敵そのものであり、マイナスの感情を向けるのは至極当然の話で―――。

 

「それにしたって、こんなけったいな格好した奴信頼出来ませんよ……せめて顔見せてくれよ、対魔忍さんよぉ」

 

先程発言した隊員が煽るように俺を見る。どうやら対魔忍だからではなく、俺の恰好が問題だったらしい。今現在の俺の装備は、全身黒に統一され所々に銀の装飾が施されたシンプルなバトルスーツに、鬼の意匠を象った鉄仮面だ。髪も青と白の二色で染色している。気分はまるでコミケのコスプレイヤーだぜ。勿論、これは俺の正体隠すための処置だからな?趣味でもおふざけでもないからな?

 

「言葉を慎め、ジョエル。彼は外部の人間だ。軽薄な態度は問題になるぞ」

 

隊長の脇に控えていた副隊長の男が隊員の発言に苦言を呈する。注意された方は肩をすくめ黙るものの、反省した様子はなくにやけ面はそのままだ。そのやり取りを見届けてから、隊長が再び口を開いた。

 

「だが、ジョエルの言葉にも一理ある。顔も名前も明かそうとしない相手を仲間として信用することは出来ん。せめて、どちらかだけでも我々に預けてはもらえないか」

「……今の私はこの鉄仮面こそが顔であり、作戦用の呼称こそが名だ。それ以上でもそれ以下でもない」

「それでは信用出来ない。経歴や人相の問題ではなく、『自分を一切明かさない』という姿勢を示している者は、仲間とは言えない」

「……否。勘違いしてはいけないよ大尉、私は貴方達の仲間ではない。共通の敵を前に手を組んだ共闘関係だ。ならば信頼出来るかは態度ではなく、実力で判断すべきだ」

「それは、自分が強者であるという自信から出た言葉か?」

「……それこそ否だ。私は他の対魔忍と比べ疑いようもなく弱い。だが、それと任務の達成は別だ。そうだろう?」

 

仮面に装備された変声機によって、男とも女ともつかなくないように変更された俺の声が彼らへと届く。キャラクターのロールプレイを行うように意識的に口調や一人称を変更することで、外部に出力される『田上宗次』という存在を限界まで薄れさせる。これで、謎の助っ人=田上宗次であると判明する可能性を潰すことが出来る。

 

出来ればDNA情報も書き換えられればいいんだけど、それを単体で行うのは異能の領域だ。そればかりは俺にはどうしようもないから、髪の毛一本残さない気概で何とかするしかないな、うん。

 

「フッ、そうだな。君の言うとおりだ、ミスター」

 

コミュニケーションを放棄するかのような俺の態度は間違いなく不愉快なものだろうに、大尉は愉快そうに口角を引き上げた。

 

「さて、続けよう。作戦決行は今夜、ビルの地下駐車場からバンに乗り分けして確認された現在地へ強襲を掛ける。但し目標は機動ユニットを装備しているため、接敵後移動する可能性が非常に高い。よって部隊をδ分隊とγ分隊に分け、それぞれが強襲と追撃の役割を交代交代で行う。何か質問は?」

 

はいはーい!と先程の男が調子良さげな声を出す。

 

「作戦開始って、準備も時間もあるからって明後日になるんじゃないですっけ?ほら、本部が増援のサイボーグ寄越すとかなんとか―――」

「諸事情により開始時刻は前倒しになった。これは作戦本部からの勅令だ。我々は現有戦力のみで状況に対処する」

 

うへ~まじかよー、と愚痴を零す男の言葉を聞き流しながら、俺は急ぎ思考を回す。

 

……作戦決行が今夜?何故前倒した?数週間単位ならまだ分かるが、二日も待てないほど事態は切迫してるのか……?

 

いや、校長からそんな話は聞いてないし、例のガイノイドの動向は優先して回して貰っているが特に異常はないらしい。つまりそちらが原因ではない。残る原因は……外部からの介入か?

 

もしそうなら、対魔忍への早期接触も納得がいく。外部勢力が介入する状況を嫌ったのだ。横から割り込まれるくらいなら、いっそ状況に引き入れて予定内へ組み込もうという腹積もりか?

 

何か、一気にきな臭くなってきたぞぉ?想定よりも作戦決行早すぎて準備する暇がないのも痛いし、今のうちにとんずらするか……?ああでも、それして後々倍になって帰ってくるのは嫌だなぁ。

 

……仕方ない、今回は流れに任せるとしよう。上手くいけば御の字、乱入されてもそいつらにガイノイドかち合わせて疲弊した所を漁夫の利。なんて完璧な作戦なんだぁ……(思考停止)。

 

「……以上だ。各員はこれより準待機に入れ。22:00からオペレーションを開始する。解散っ!」

 

隊長の鋭い号令と共に、全員が一斉に立ち上がる。おぉ、これがホンモノの職業軍人か。ウチの学生共とはわけが違うな。

 

「っと、そうだお客人!」

 

さっさと準備せにゃ、と遅れて立ち上がった俺を副隊長が呼び止めた。

 

「悪いがあんたはこの敷地から出ないでくれ!こっちから頼んだ事とはいえ、俺らはあんたをまだ信用しちゃいないんだ!」

「……了解した。指揮系統はそちらに委任したのだ、命令に従おう。だが、武装は全て用意してもらうぞ」

「勿論だ。経費は精算済みだ、ガンガンバラまいてくれ」

 

そう冗句を飛ばし、彼はその場から立ち去った。会議室には、もう誰もいない。

 

しかし参ったな。僅かな下準備どころか、武装の調達も出来ないとは。一応米連が用意してくれるから調達費用こそ浮くけど……他人が用意した武器、あんまし使いたくないんだよねぇ……。ほら、何かトラップ仕掛けてるかもじゃん?

 

とはいえ、今からでは十分な物を揃えることは出来ない。ここは大人しく支給品貰って、出来る限り精査するしかないか。

 

「おっ、まだいたか。おーい、対魔忍ー!」

 

席を立とうとした瞬間陽気な声を投げかけられ、思わず上がりかけた腰が止まる。何事かと思えば、会議中にさんざん煽り倒して来た若い男が此方へ向かっているのが見えた。わざわざ俺に用事何てあるのか……?

 

「……何か用か?」

「そりゃ勿論、同じ任務に参加する仲間に挨拶をと思ってな。よろしく頼むぜぃ」

 

ソイツは気軽な口調でそう言うと、スッと手を差し出してくる。俺はそれを一瞥し、当然のように手を()()()()()に「よろしく」とだけ返した。

 

「……んだよ、つれねぇな。もうちょいと信用される努力をするべきじゃねえの?後ろから刺されても知らねえぞ?」

「チームであっても仲間ではない。馴れ合いは不要だろう」

「ふーん、まぁいいけどよ」

 

彼は口を尖らせながらつまらなそうにそっぽを向いた。

 

 

「急な作戦だから武装とか持ち合わせないだろ?倉庫に案内するから、そこで使う装備見繕ってくれよ」

「……随分と気前がいいんだな」

「そういう契約だからな。ほれ、こっちだ」  

 

付いて来いと言って歩き出した彼の後ろを少し離れて付いていく。エレベーターに乗って向かった先は地下二階、日の光が一切届かない文字通りのアンダーグラウンドにこそ彼らの生命線はあった。幾つかのオフィスをぶち抜いたであろう部屋の中には所狭しとガンラックが並べられており、数えるのも億劫になるほどの武装やオプションが丁重に引っ掛けられていた。

 

「この中から好きに選んでくれ。分からないことは質問してもいいが、怪しい素振り見せたら怖~い奴らから鉛がプレゼントされるからな」

 

その言葉を聞くや否や、俺は足早に棚の間を練り歩き始める。可能な限り最小の時間消費で今回の任務に最適な武装をピックアップしていく。

 

しかし、よく見て分かったけど種類自体は少ないんだな。突撃銃はM4、短機関銃はMP5かMP7ばかりが並んでる。まあ秘匿部隊とはいえ、軍隊内に存在する一部隊だから規格が統一されているんだろう。同じ部隊で装備が全く違うなんてことは正規軍の性質上ありえないからな。我らが自衛隊はオプションパーツ自腹らしいけど。

 

まあいいか。選択肢少ないならその分悩まなくていいから構わないし。というかマジモンの特殊作戦群(SOCOM)仕様使うの初めてだからwktkが止まらんわ。おぉ、整備用の工具もめっさ充実しとるやん!これはバラしがいがありますねぇ……!

 

「……それ、今から全部バラすのか?」

 

俺が一通りの装備を選んで整備台に持ち込んだところで、壁に寄りかかっていた彼が呆れたように声を発した。

 

「一応こっちのプロフェッショナルがきっちり整備してるんだけど。そこまでやる必要あるか?」

「一つのミスで作戦が破綻する。自分の目で確かめないと安心出来ないだろう」

「……おいおい、ほんとに対魔忍か……?」

 

失礼な。これでも一応(所属は)対魔忍やぞ。

 

「へぇ、なかなかどうして、様になってるじゃないか。いつも自分でやってんのか?」

「こればかりは他人に任せるわけにはいかない。肝心な時に故障なぞされても堪らないからな」

「だからってパーツバラすか普通?」

 

ひぇぇ、何て呆れた素振りを見せながらも、彼は隣に腰を下ろし俺の手元へ視線を向け続ける。いや、見られながらでも作業に支障ないからいいけどさ。面白いかこれ?

 

カチャカチャとパーツを弄る音だけが響く。見張りの歩哨も彼も一言すら発さず、ただただ静謐な時間が流れていく。そうして、一通りの点検を終えて部品を組み立て直し始めた頃、軋むような扉の開く異音が俺達の意識を引き戻した。

 

「おいジョエル、何時までかかってんだっ。さっさと会議室に……ぁん?」

 

がなり立てるような扉の音と共に入ってきたのは、作戦会議の場にも顔を出していた白髪の女だった。右目は黒い眼帯によって塞がれ、何だその、ボディコン?みたいな丈の短い服を着てコートとタイツを着込んでいる。それ何か意味あるのか……?

 

「おお、アイナ!何だよお前が来るなんてな。暇なのか?」

「ちげぇよ!ついでに顔見せしておけってパシられたんだよ……!」

 

何やら口汚い言葉を放っているようだが、ちょっと聞き捨てならない名前が出てきたぞ。米連の情報群所属で眼帯……まさか、アイナ・ウィンチェスターか!?

 

「……こんな所で、まさか二挺拳銃(トゥーハンド)にお目にかかれるとはな」

「何だ、俺の名前ってタイマニンのNard(陰キャ野郎)にも広まってんのかよ。」

「米連屈指のガン=カタ(玉遊び)使いだと聞いた。お手玉が趣味何て女の子らしいじゃあないか。あぁ、それとも男のタマを転がす方がお得意なのか?」

「て、てめぇ……!」

「まあまあまあ!二人ともその辺にしとけって!これからお手繋いで仲良く戦うってのに、煽ってどうすんだよ!」

 

アイナ・ウィンチェスター。二挺拳銃という二つ名で恐れられている米連所属の名有り(ネームド)だ。二振りの大型拳銃を手に、能力値的に格上である魔族や対魔忍と渡り合ってきたエースだ。

 

身体能力こそ人の域を出ないが、その巧みなCQB(近接戦闘)で苛烈に敵を屠る姿は米連のみならず敵である魔族や対魔忍にその名を轟かせるには十分だった。どんな世界でも、拳銃二丁ぶら下げてる奴はヤバいやつしかいないんだな……。

 

何か煽られたからとりあえず煽り返したけど、正直コイツとはやり合いたくない。負けが見えてる勝負しなきゃいけないとかどんな罰ゲームだ。

 

「ちっ……おい対魔忍、だったら(コイツ)で白黒付けるぞ。てめぇら好きなんだろ?西部劇に出てくるガンマンみたいな決闘ごっこがよぉ。それとも、負けるのが怖いか?」

「ああ、怖いな。だから私の負けで構わん」

「……何だよ、本当にタマナシかよ」

 

今度は吐き捨てるような舌打ちを響かせ、彼女は部屋の壁へと寄りかかる。俺は見ていないが、きっと凄い表情になっているだろうことが伺える険悪な雰囲気である。

 

「おいおい……悪いな、アイナの奴気が立ってるみたいでよ。面倒だとは思うが、多めに見てやってくれ」

 

こそっと耳打ちされた言葉に無言の首肯で返答する。正直、罵倒や僻み妬みは慣れてるからあんま気にならないし。

 

「しっかし、自動拳銃(オートマチック)ってのは中がごちゃごちゃしててわけわからんな。よく弾詰まりす(ジャム)るし、そんなもんわざわざ使う気がしれんわ」

「そりゃあ、お前みたいに作戦中一回は必ずトラブル起こす加護なんざ誰も持ってねえからな」

「いーや!誰も解ってない!男は黙ってリボルバー!これこそが真理だということをっ。てゆうかお前も同じ穴のムジナだろうが!」

「俺はお前と違ってロマンなんぞ求めてねえよ。習得した技術に一番合致してたのがコイツだった、それだけの話だ」

 

また始まった、と言わんばかりにウィンチェスターは話を切り上げようとする。多分いつもの光景なのだろう。

 

会話に釣られてチラリと目を向けてみると、男の手にはその文言に違わず一丁のリボルバーが握られている。あれは……S&W M500?50口径のマグナム弾が撃てる大口径リボルバーか。典型的な威力重視か……というかテンプレ過ぎないか?

 

「なあ対魔忍!アンタ、サイドアーム変えてみる気はあるか?」

「断る。装弾数も継戦能力もオートマチックの方が有利だ。わざわざ変更する必要性がない」

「えぇ~?でもパワフルだぜ?あのオーク(クソブタ)共も一撃で脳漿ぶちまけられるのはたまんねぇ!」

「生憎と、そう言ったロマンとは無縁でな。他を当たってくれ」

「おいジョエルぅ。誰彼構わず勧誘する癖いい加減治せよ。それで武装変えた奴なんて一人もいないだろ」

 

しつこく食い下がる彼に対してウィンチェスターは呆れたように窘める。ていうかいつもこんな事してんのか。

 

そしてそんなやり取りすらいつも通りなのだろう、彼はいじけたような口調で更に続ける。

 

「でもよぉ……せっかく日本に来たんだから、『いいセンスだ』とか言ってみたいじゃん?」

「だからお前の趣味には誰も付いていけないって……」

「確かに、私なら『ツーマンセルで二挺下げても弾詰まり(ジャム)が怖い?』にするだろうな」

「だ・か・ら!アンタの好み(オタク趣味)が解る奴はウチにはいない……あれ?」

「え?」

「ん?」

 

知っている台詞が出たので、思わず横槍を入れてみたら返ってきたのは自らの耳を疑うかのように響く疑問符だった。次いで困惑したような声を出したので、俺も思わず顔を上げてそちらを見た。

 

 

一瞬の沈黙。

 

「お、おおおおおぉぉそうそうそうなんだよそういうのが欲しかったんだよ周り誰も同じ趣味の奴いないしリボルバー使い始めたのにどいつもこいつもバカを見る目で見てくるしよおでももう逃がさねえせっかく巡り会えた同士よ語り合おうひたすら語り合おう寝る間も惜しんで朝までずっと!!!!」

「おおおおぉぉぉぉおおおおおお!?!?」

「うっわ、こんなにテンションたけえとこ初めて見た。きしょ……」

 

同好の士と出会ったオタクがどれだけパワフルで、面倒くさくて、そして死ぬほど気持ち悪いのか、俺はその日文字通り身体で実感するのだった。

 

 

△ ▼ △ ▼

 

「悪い、遅くなった」

「うぉぉお……せっかく楽しいお話しようと思ったのにぃ……」

「まだ言うのかよ。仕事だ仕事」

 

カシュッという空気の抜けるような音と共にアイナとジョエルはとある部屋へと足を踏み入れる。そこは最上階にある特務部隊のみが入室することを許されるブリーフィングルーム。同じ米連の職員や戦闘員すら耳に入れることが許されない機密事項が、この部屋では我が物顔で飛び交うのだ。早い話、堂々と内緒話出来る部屋である。

 

「よく戻ったな。では、どうだった?彼は」

 

薄暗い部屋の最奥で、大尉が労いと問いを投げかける。それに伴い、部屋にあった全ての瞳が彼ら二人に向けられた。

 

そう、現在この部屋の人数は21名。今回の作戦要員が()()()()()()()全員揃っている。そんな彼らが話し合うべき議題はただ一つ。

 

「銃火器に関する知識は豊富、恐らく特定の武装に対するこだわりはなし。一々武装を完全分解するほど徹底的で油断なく、かつ必要な技術も習得済み。天賦の才ではなく努力と経験の積み重ねで戦うタイプと見た」

 

パッと解るのはこの程度だな、と付け加えて、アイナは口を閉じた。

 

彼女だって職業軍人、しかも銃使いのプロフェッショナルだ。銃の扱いを見れば、その人がどういう考え方でその銃を手に取っているかなど簡単に見抜ける。例えば自分のような戦闘者は、その腕が立てば立つほど、特定の武装―――例えば聖剣や魔剣等のような―――にこだわる事が多い。使い続けたことで、それらが手に馴染み肉体の延長線上になるからだ。

 

そして、彼はその真逆のタイプ……自分が使う物に一切拘らない人間だ。決して()()()が起こらないよう細心の注意を持って万全の状態を維持するだろうが、それはあくまで道具として、手段としてに過ぎない。もしそれらが邪魔になったら即座に切り捨てるだろう。そんな手付きだった。

 

「ジョエル、お前はどうだ?手筈通りにやったんだろう?」

「勿論、いつものようにやりましたよ。いやー全然だめっすね、全く隙を見せやしねえ。あんな手合い初めてっすよ」

 

ジョエルは呆れたように肩をすくめる。どこか疲労感漂う姿だった。

 

彼ら特殊検索群s分遣隊が対魔忍などの外部勢力と共闘するのは初めてではない。それどころか数十を数えられるほどだ。これは彼らの主任務が『日本国における米連部隊活動権確保のための障害排除及び機密情報流出の阻止』というものであり、活動範囲が日本に限定されているためである。

 

表向き武力行使が禁止されている国家であるため無用なトラブルを避けるべく現地勢力との折衝は不可欠であり、その上で共闘という名目の監視が発生するのは必然なのだ。

 

とは言え、派遣される戦闘員が信用出来るかは完全に未知数であり、下手をすれば背中から撃たれる事態もザラだ。そこで一計を案じた結果が、隊員複数名による抜き打ち検査である。

 

今回の場合は、精神的な敵役としてアイナが批判的な対応をし、ジョエルがそれを庇うというロールを行う心理学的アプローチだ。こうすることで『共通の敵』という概念を作り出し、ジョエル=味方という意識を刷り込ませ本心を引き出す隙を見いだせる。ネームバリューがあり男勝りなアイナとお調子者でジョークが得意なジョエルの二人にはピッタリな配役であり、今までもそれなりに成果を出している方法だった。

 

しかし。

 

「会話はちゃんとするしこっちに合わせて冗句とかも言うから表向き普通に話せるんだが、絶対に警戒は解かず懐に入り込ませない。常に不意打ちされた場合を想定してそれと分からないように身構えてるし、トラップ対策なのかこっちが触ったものに触れない。身体接触も避けてるらしいから、こっちからアクション取ってもそれとなく避けてるし。俺が触れたの一回だけだぜ?」

「あれはお前が突然発狂したからだろ」

「日本に来て数年、漸く趣味会う奴と会えたんだぞ?そりゃああもなるだろ!」

 

ある程度話も出来たから俺は満足だ、とジョエルは本当に嬉しそうに頷く。ちなみにアイナがジョエルを呼びに行ってから(というフリをしたロールプレイだが)一時間は経っている。

 

仕事中は慎めよ、と副隊長を勤める少尉は一言だけ注意してから、更に確認を重ねる。

 

「それで、戦闘能力はどの程度だろう。ブリーフィングでは大したものではないと発言していたが」

「あー……実際見てはいないが、事実だと思う。少なくとも、自分の能力に自信を持っている感じではなかったな。俺の挑発も『負けでいい』とか言ってスルーしてたから力の優劣とかどうでもいいと思ってそうだ」

 

そこで言葉を切って、アイナは顎に手を当てしばし黙り込む。どう結論を出すか慎重に考えてから、再度口を開く。

 

「多分戦闘能力は俺達と同等、対魔忍の身体能力分プラスってところだな。真っ向勝負なら俺の方に歩が有るだろうが、恐らく正面戦闘は全力で避けて有利な舞台を整えて殺しに来るはずだ。自分の弱さを理解した上で冷静に、油断なく、誇りを持たず、容赦なく敵を殺す。どちらかと言えば戦士(Warrior)ではなく兵士(Soldier)だな」

 

そこまで言い切って、アイナはうんと頷きを一つ。自分でも納得のいく結論だったと満足そうに。

 

「総評すれば」

 

彼女たちの言葉を聞き終えた大尉は、自分の中で解釈した内容を部隊に共有するようにゆっくり、所々を区切りながら話す。

 

「彼は共闘相手を敵として考えるほどに油断なく、対魔忍に関わらず誇りも持たない。戦う理由も愛国心や信念ではなく、あくまで任務遂行のため。そして、()()()()()()、と」

 

聞けば聞くほど対魔忍とは思えない人物像。どちらかと言えば米連の兵士のようだ。『凶悪な武装ガイノイドに対抗出来る戦力』を求めていた彼らにとっては最も不要な部類の人材だった……が。

 

 

()()()()

 

ニヤリ、と思わず笑いながら大尉は結論を口にした。

 

その言葉に、「違いない」「今までで一番の当たりですな」「こんなにジャパニーズニンジャらしくない奴は初めてだぜ」と同じような表情をしつつ同意する。

 

これまで共闘した対魔忍は力に任せた脳筋か、思考の凝り固まった正義中毒者ばかりで、当然元々敵であり自分達より根本的に弱い米連の兵士とは反りが合わず衝突することが多かった。しかし今回の彼は違う。

 

油断しないのは戦闘者として当然で、戦場に思想を持ち込まないのは好ましい。あくまで仕事として戦うのなら此方との衝突もないだろうし、何より能力差を考慮せず共同歩調が取れる。

 

敵との戦力差等、戦略と戦術でどうとでも覆せる。何せ彼等は幾多の格上と戦い乗り越えてきたその道のプロだ。高が武装したブリキ人形一体に臆するなど有り得ない。それが更に一人増えるのだ、頼もしい限りではないか。

 

「では、決議を取る。彼と()()することに反対の者は?」

 

あえて仰々しく、大尉は全員に答えを呼び掛ける。

 

 

沈黙。彼らの結論は決まりきっていた。

 

 

「よし。現時刻より、彼を我々の友軍(パートナー)として認識する。勝つためなら手段を選ばない心強い援軍だ。各員、後ろから撃たれないように気合いを入れてかかれ!」

『Yes、Sir!』

 

異口同音の怒号が部屋を震わす。彼ら2()2()()は既に運命共同体、共に生きそして帰るため鋼の意志と鉛の弾丸で繋がれた半身となった。天まで届けと言わんばかりの雄叫びは、その宣誓なのだ。

 

 

△ ▼ △ ▼

一方その頃。

 

「へっぷし!」

(な、何で急にくしゃみが……はっ!さては誰かが俺の噂をしているな!)

 

一人はぶられた宗次は、倉庫で寂しく工作に勤しむのであった。ちなみに、内心ハイテンションなのは意識的に自身を抑圧していた反動だったりする。

 

 

 




長い時間かけてチマチマ書いてたせいで書き方ごちゃごちゃっ。

というわけで特殊部隊、ロマンですね。分からない人もいると思いますが、情報軍は伊藤計劃氏の虐殺器官から設定を引用してます。対魔忍世界は非正規部隊色々いるからこういうのもちゃんといそう。ただ情報軍自体架空のアメリカ第五軍なので、資料とか殆どないのがネックです。

ゲストキャラ予想が多々見られた中、選ばれたのは、アイナでした。というか米連の人この人くらいしかピンと来ないんだよなぁ。

一応この後の展開は決まってますが、はてさて次はいつになるか…筆が乗るかどうかが全てなので。まあ戦闘とかあるから多分……大丈夫……。

ちなみに、今回の宗次君の服装はFGOのシグルド(第一再臨)のコスプレです。


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幕間 凡人と氷花の一日

みんな。


------待たせたな。


鬱蒼と生い茂る樹木と、枝葉の隙間より差し込む光。それが、現在氷室花蓮の視界に映る全てだった。

 

手入れが為されずに放置されていた雑草や木の枝を縫う様に、それでいて物音一つ立てないように細心の注意を払いながらゆっくりと進む。僅かな木の葉の揺れでも、()は見抜いてしまうかもしれないからだ。

 

こうやって移動し始めてから、一体どれだけの時間が経っただろうか。時計の類は身に着けていないため、太陽の位置から大体の推測しか出来ない事に歯痒さを覚える。

 

ふっ、と吐息と共に無駄な感傷を追い出す。ここで焦りを出しては、ここまで時間を掛けた意味がなくなる。頬を流れる汗を拭い、意識を切り替える。幸い目的地までの距離は長くない。もう少しの辛抱だと自分に言い聞かせる。

 

一歩一歩、場所によって匍匐も交えながら着実に歩を進めていく。幾ばくかの時を費やし、花蓮は目指した場所へと辿り着いた。

 

そこは、比較的平坦な地形となっている森林を見渡せる小さな丘の上だ。周りと同じように草木が生い茂っているため伏せれば紛れ込めるし、森の殆どを視界に入れることが出来る。絶好のアンブッシュポイントだ。ここを戦場とするならば、スナイパーはまずこの丘に陣取るだろう。

 

花蓮の予測を裏付けるかのように、丘の上に他よりも僅かに背丈が高い雑草が生えている箇所があった。恐らくギリースーツで偽装しているのだろう。移動中に、そこから僅かにはみ出る黒い筒状の物ーーー銃身も確認している。

 

「動かないで」

 

そこにいる()()に聞こえるよう、ピシャリと言葉を叩き付ける。ここまで近付けばどれだけ隠れてもバレてしまうだろう。それならば言葉で先制攻撃を加える事でアドバンテージを取る。

 

僅かな動きも見逃さぬよう警戒しながら、ゆっくりと慎重に歩み寄っていく。視線と拳銃のサイトを合わせ、引鉄に指を掛けて微かに引く。

 

今回の目的を考えれば直ぐに撃ち込んでもいいのだが、どんな仕込みがされているか分からない。撃つならば確実に、一撃で決めなければならない。

 

罠の有無は足先の感触に任せ、視線はひたすら不自然な雑草へと向ける。どんな動きにも対応出来るよう意識を張っているが、今の所特に動きがない。僅かな身動ぎすらせず、ただそのままにーーー

 

(……え?)

 

一瞬、違和感が過る。全神経を視線の先へ。そこには先程から一切、呼気すら感じられない程微動だにしない膨らみが。

 

「ーーーーーしま」

 

囮。

 

その言葉が脳裏を過ぎった瞬間、花蓮は胸部に強い衝撃を受け、勢いに抗し切れず背中から地面に倒れ込んだ。

 

 

 

△ ▼ △ ▼ △

「今回得るべき教訓は、『最適解は相手とも共有される』というとこかな」

 

胸部と背部の痛みに顔を顰めながら横たわる花蓮の前に田上宗次が姿を現したのは、彼女が倒れてから数分後の事であった。

 

「……つまり、宗次さんがこの場所で待ち構える事を読んだ私の考えを読んだ、と?」

「そゆこと。待ち伏せに適した地点が限定される以上、相手も把握してることを前提にしないとね。それなら逆に、ここを狙撃出来る場所で網を張れば虚を突けるって寸法よ」

 

花蓮なら此処が最適だと導き出せるって思ったよ、と彼は楽しそうに付け足した。

 

(……私を信頼していたからか、私の思考が筒抜けになっているからか)

 

どっちなのだろう、と少し考える。どちらにしても、悔しいことに変わりはなかった。

 

得意気にしている宗次が近寄ってくるのに合わせて、花蓮も上半身を起こす。

 

「……っ」

 

身体を起こした拍子に胸部に鈍い痛みが走り、思わず視線を落とす。森林地帯用の緑と茶色で彩られた迷彩服の上に、ショッキングピングの液体がぶちまけられている。宗次が放ったペイント弾が直撃した結果だ。

 

「……宗次さん、痛いです」

「ペイント弾当たった程度で何を。実弾使わないだけマシだろ」

 

とりあえず苦言を呈してみるが、真顔でとんでもない返しをされる。

 

普通なら何を馬鹿なことを、と一笑に付す所だが、対魔忍になったばかりの彼は実弾を使用してまさに命懸けの訓練を行っていたという話だ。説得力が段違いである。

 

何を言っても暖簾に腕押しだと諦め、花蓮は立ち上がって背中の土を払った。

 

「……今、何時ですか?」

「あーっと……13時だな」

「……始めたの、8時でしたよね……」

 

つまり、あの行軍を5時間も続けていたということになる。ここまでの苦労を意識してしまうと、改めて疲労感がどっと溢れてくる。

 

この森は、五車学園のすぐ近くにある盆地だ。普段から対魔忍の訓練などで使用される事が多い場所で、敢えて原生林として放置されている。手入れがなされていない森林を想定した訓練を行うためだ。

 

今回宗次がこの森の使用許可を取ったのは、自然環境化で敵に見つからないように行動する技術を身に着けるためだ。

 

鬱蒼と乱立する木々が視界を遮ってくれるとはいえ、それは敵に見つかり辛いことと等号にはならない。歩けば雑草は踏まれて潰れ、押し退けただけでも枝葉は折れる。森林に踏み入る事は、そこに生きる自然を傷付ける事と同義だ。

 

そして、傷付けられたそれらは何者かが存在した痕跡へと変わる。痕跡が見付かってしまっては、どれだけ隠密に精を出しても意味がない。

 

故に自然を往くために必要なのは、自分が存在した痕跡を残さぬ技術だ。足跡は勿論、地面を這った痕、落ち葉乱れすらも全て消して移動するスキル。目的地までにかかる時間よりも、『存在したという事実が残らなかった』という結果が重要視される。本来の意味で隠密を志すならば、必ず習得しなければならない技術と言える。

 

尤も、宗次自身もこの技術は未習得なのだとか。足跡は兎も角、草木の痕跡を隠蔽する事と目的地までの最適なルート(最短ではなく、発見を避ける事が出来る移動ルートだ)の選定に難が残るらしい。

 

彼いわく「俺別にレンジャーじゃないし。最悪無傷で逃げ帰れば問題ないからな」とのこと。勿論、彼の『逃げ帰る』には味方の安否は関係ないので、問題ないわけがない。

 

 

閑話休題。

 

 

そんなわけで、最低限必要な森林行軍の技術を磨くための訓練を朝早くから行っていたという事である。目標は相手の撃破、想定する戦場の範囲はこの盆地のみと、至ってシンプルなルールだ。武装に関しても実弾禁止、という制限のみであり、忍法の使用も含めて行動は自由だ。尤も、花蓮の忍法は隠密は不向きであるため使用しなかったが。

 

必要なのは単純な戦闘能力ではなく、戦場における最善を選び取る思考力と相手の行動を読み裏を掻く読みの強さ。まさに宗次の得意分野である。

 

「それで、今回の評価は?」

「うーん……60点かな?」

「それは……随分辛口ですね」

 

幾ら花蓮にとって始めての試みとはいえ、満点の内6割の点数。実質赤点を突き付けられては思わず唇も尖るというものだ。

 

眉間にしわを寄せる花蓮の様子を見て、宗次は慌てたように続ける。

 

「違う違う。最適な行動を取るのは満点だ。限られた範囲とはいえ、俺が選びうる狙撃地点を特定しその射程に入らないルート選択は最高と言ってもいい。荒削りだけど十二分に通用すると思う」

 

だから問題は残りの半分だ、と彼は笑った。

 

「さっきも言ったけど、現状における最適解ってのはある程度場馴れしてるか思考が回る奴には解るもんだ。だから敢えてそれを使わなかったり、逆に最適に対するメタ張り……つまりカウンターかな?そういった選択肢を選ぶのも戦術に組み込まれる訳よ」

「最善を模索しつつ、それを相手が想定していた時の裏まで予測した上で立ち回る……ということですか?」

「そういう事。まあ、俺が実力の低さを予測数と事前準備の手数で補ってるからこういう答えに行き着くだけだな。ある意味じゃ、森ごと全て焼き払うことも答えになる訳だ」

 

まあ、そこらへんはそれぞれだよなぁ。そんな曖昧な答えで彼は話を締めた。結局の所、彼が言いたいことは一つに集約されるのだろう。

 

 

戦場に唯一(ただひとつ)の答えなんてない、だから考えろ。

 

 

なんて身も蓋もない、彼らしい考え方だろう。これに文句を言っても、「俺もやったんだからさ」と返されるのが関の山だ。思わずくすりと笑ってしまう。

 

「……あんだよ」

「ふふっ、いいえ?」

 

突然笑ったからだろう、何処か不満そうな彼にもう一度笑みを深める。戦場ではトコトン冷酷な癖に、こうやって向かい合えば年相応な反応を返してくれる彼も、花蓮にとって好ましい一面だ。

 

話している間にも偽装用に持ち込んだギリースーツと狙撃銃ーーー彼が普段使っているSR-25だーーーを回収した宗次の手を取り、今度は意識して微笑んだ。

 

「さ、そろそろ戻りましょう。お腹空いちゃいました」

「……はいはい、仰せのままにー」

 

彼の投げやりな了承を受け、花蓮はその手を引いて歩き出す。どこか満更でもなさそうな彼の気配に、再び頬を緩めながら。

 

 

△ ▼ △ ▼ △

「……で、これは?」

「夕飯です」

 

あの後持ち込んだ弁当(宗次はカロリーメイトのみ)で昼食を済ませ、午後の戦闘訓練も滞りなく終了し。花蓮は一緒に夕餉を取ろうと宗次を自身の部屋へと誘った。

 

全ての訓練が終わったのは午後5時ごろ。普段は日が落ちるまでは訓練に勤しむのだが、今日は花蓮からの要望があり早めに切り上げたのである。

 

そしてその結果が、テーブルに並ぶ料理なのだった。

 

茶碗には艶々に輝きを放つ炊きたての白米が盛られ、その脇には出汁巻き卵や酢の物、味噌汁がそれぞれ控えている。

 

そしてその存在を主張する大皿には、主役である肉じゃがが鎮座していた。よく煮込まれ出汁の染みたじゃがいもやニンジン、牛肉等の色彩豊かな食材が食欲をそそる香ばしい匂いを湯気と共に放っている。

 

有り体に言えば、極々一般的な日本の食卓であった。

 

「いや、それは判るんだが……え、作ったの?お前が?」

「はい。と言ってもまだレパートリーは少ないので、これくらいで手一杯ですが」

「いやいや、十分過ぎると思うけどなあ……」

 

花蓮の謙遜ーーー本人は本気でそう思っているがーーーを否定しつつ、宗次はそれらを眺めている。

 

これらの料理は花蓮がこの時のために前日から仕込んだものだった。事前に食材の準備を済ませていたため、訓練が終わった後の少ない時間からでも丁度宗次の腹が空く時間に間に合わせることが出来た。

 

「さあ、どうぞ召し上がって下さい。日頃のお礼です」

「う……むむ」

 

手の平を差し出して促してみるが、宗次は難しそうな顔を作って唸るだけだった。手は自らの顎へ向かい、箸には手を付けようとしない。花蓮も、この結果は予測済であったが。

 

花蓮が知る限り、田上宗次という男は人が作った食事を食べる事を嫌う。基本自分で作るか、大量生産品しか口を付けようとしないのだ。食堂等を利用することも、極めて稀である。結局の所、彼はとことん慎重で臆病な少年なのだ。

 

勿論その理由を花蓮は察しているし、彼の性格を考えれば致し方ないことだとは思う。だから、これは彼女にとって賭けなのだ。

 

ここで彼にハッキリと「NO!」を突き付けられる可能性の方が高い事を理解している。ここで彼が自分の作った料理を食べる必要性は無いに等しい。何の前触れもなくご飯を作りました食べてください、なんて彼からしたら怪しさしかないだろう。

 

それでも、氷室花蓮という女は田上宗次という男に伝え切れない感謝の念を抱いている。助けられ、追い続ける背中(もくひょう)を与えられ、技術を教えられ、様々なモノを与えて貰った。

 

いつか絶対にその帳尻は合わせる覚悟だが、それはそれとして今この瞬間に何か返したい、自分に出来る事をしてあげたい。

 

任務で彼の負担を減らす事はまだ出来ない。彼を戦いから遠ざける事もまた然り。ならばせめて、彼の求める日常を。その中の安らぎを少しでも。そう思ったが最後、彼女は自分の感情を止める事が出来なかった。

 

「……冷めちゃうわよ?」

 

自分自身で白々しさを感じながら、花蓮は再度食事を勧めた。多分、これが最後だ。ここで彼が食べなければ、どれだけ言っても意味はないだろう。互いに、それは分かっていた。

 

それでも花蓮は何処か願うようにそう言わざるを得なかった。食べてくれないかも、と分かっていても。届かないかも、と諦めていたとしても。

 

 

食べて欲しいというのが、本心なのだから。

 

 

「…………頂きます!」

「あっ……」

 

かくして、少女の願いは届いた。

 

まるで戦場に赴く兵士のような、食事をするとは到底思えない表情で、彼は大皿から肉じゃがをよそう。そして箸でじゃがいもを掴むと、一瞬躊躇してから口の中に放り込んだ。

 

ギュッと目を閉じたままじゃがいもを咀嚼する宗次を、花蓮は呼吸も忘れてジッと見つめる。

 

何秒経っただろう。宗次は歯の動きを止め喉仏を動かし、それを呑み込んだ。そしてゆっくりと目を開き、一言だけ、短く音を発する。

 

「……うまい」

 

それを皮切りに、彼は自然な手付きで食事に手を付け始めた。白米の甘みを噛み締めてからよく味の染みた出汁巻き卵を堪能し、酢の物を摘んで味噌汁を啜る。そしてほう、と一息吐いてから言葉を選ぶ様子を見せつつ口を開いた。

 

 

「うまい。何というか、あれだ。家庭の味?絶品!て感じではないけど、暖かいというか安心する味がする」

 

 

それは、花蓮が一番欲しい言葉だった。

 

 

「はぁぁ〜……」

「おいおい、そんなに大きな溜息吐くなよ……」

「だってこれは、宗次さんが……」

「分かってるって。冗談冗談」

 

彼が笑っている様子に、再び安堵の息が漏れる。ただ食事を食べてもらえる事が、こんなに喜ばしいものだとは思わなかった。思わず、高鳴る胸に手を当てる。

 

「ほら、さっさと食べちまおうぜ。せっかくの料理が冷めちまうよ」

「……誰のせいだと?」

「悪かったって。そんなピキんなよ」

 

笑顔の宗次に再度促され、花蓮は自分も食事に手を付ける。うん、中々いい出来。

 

「しかし、この肉じゃが旨いなあ。何かコツとかあんの?」

「ふふっ、下拵えに手間をかけただけですよ。じゃがいもを切る時、面取りと言って……」

 

料理を口に運びながら、二人の会話は続く。宗次が感想を言って花蓮が自慢げに工夫を語ったり。逆に宗次が普段の食事について言及されて目をそらしたり。

 

 

どこにでもあって、しかし誰かさんには彼方へ消え去ってしまったありふれた団欒は、もう少しだけ続いたのだった。

 

 




祝ッ!SR氷室花蓮実装ッッッ!!!!

感想欄で「花蓮実装来ましたね」とのお知らせを受け久々にRPGXに舞い戻り、「おおまじで来てるってSRかよ残酷だな運営!?」と叫びつつ引いてみたら10連でお迎えできたので番外の執筆が決定しました。これがメインヒロインの風格か…。

というか花蓮さん、テンプレ系融通聞かない委員長キャラだったんすね…マズイ、それは想定していなかった…!今更修正聞かないしこのまま行くしか…っ

個人的に宗次君が覚悟を決めて花蓮の手料理を食べ、それに対して「安心する」という感想を返した点が最大のラブシーン。対魔忍世界に生きる彼にとっては、何が入ってるか把握できない食事という行為は命懸けなのだ…

最後に、投稿が遅れてたうえ本編ではなく番外編であることを謝罪します。ほんとにごめんなさい。少しずつ書き進めてはいたのですが、仕事で気力が根こそぎ吹っ飛ばされる毎日でして…情けない限りです。
あと少しで次話が完成するので、もう少しだけお待ちを…。

花蓮に関してはめっちゃ筆が進むことが証明されたので、番外や幕間が増えるかもしれない…


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unravel

お待たせしました、ようやくの本編更新になります。
これ書くのに一年かかったわ……


煌びやかな電灯の群れが星々の輝きを駆逐する、夜の東京。表裏問わずあらゆる欲望が濁流となって流れ続けるこの街を、一台のワンボックスカーが駆け抜ける。

 

車体パーツを防弾仕様に換装し、エンジン周りにも違法改造を施すことでカタログスペックを大きく上回る出力を可能としたそれは、最早擬装の施された装甲車である。そんな一発でしょっぴかれるような代物に、俺達は乗り込んでいる。目的は当然、家出(脱走)した人形をドールハウス(研究所)へ戻すことである。

 

『こちらγ分隊隊。δ1、聞こえるか』

「こちらδ。聞こえてるぜ隊長」

 

別車両にて移動中のγ分隊から通信が入り、同乗していたδ1=ウィンチェスターが軽い口調で返答する。

 

『所定の位置に着いた。此方は何時でも行ける』

「りょーかいだ。目標までの距離は!?」

「凡そ800!一時間ほど現地点から動いて、いません!」

「よし、δ分隊はこれより作戦行動に移る。全員戦闘準備!」

 

ウィンチェスターの号令を聞くや否や、直前まで談笑していた隊員たちの纏う雰囲気ががらりと切り替わる。各々が自分の得物を握り、レバーを動かし、弾倉(マグ)を確認する。その一連の動作の流麗さたるや、正に彼らが歴戦の戦士であると確信するに足るものだった。

 

それらが一通り終わったタイミングで、運転席から怒号が追加された。

 

「降車ポイントまで後、3……2……1……!」

 

足早にカウントダウンが始まり、ギャリギャリとタイヤがコンクリートを擦る嫌な音が響き渡る。

 

「0!全員降車!」

 

ウィンチェスターの声と共に強烈な慣性が車内を揺さぶり、車両の駆動が完全に停止する。それから間を開けず両側の扉が開くや否や、完全武装と化した隊員達が目にも止まらぬ早さでヒラリと舞出で、陣形を組み全周囲を警戒する。流石職業軍人だけあって、見事な手並みだ。うーん、何度見ても惚れ惚れするぜ。

 

 

『北東へ700mの地点で対象を捕捉!ビルの上だ!』

『γ分隊、視認した。対象が逃走した場合に備え現地点で待機する。δ分隊はそのまま進行、攻撃せよ』

「了解……聞こえたな?行くぞ」

 

最低限のやり取りで情報共有と作戦指示を行い、素早く移動を開始する。と、その時だ。

 

 

『…………ーーー……………』

 

 

「……何だ?」

 

何か一瞬、ノイズが聞こえたような……?

 

「δ3より各員。誰か今無線を使用したか?」

 

ひとまず全体へ連絡し、事実確認を行う。これで誰かが間違えてボタンを押していれば問題ないんだが……。

 

『こちらγ1、無線機に触れた者はいない。δ、そちらは?』

「こちらδ1!そんな奴いなかったぞっ、どうした!?」

 

部隊長とウィンチェスターが答える。誰も使ってないとなると……誤作動か聞き間違いか?

 

……いや、警戒はすべきだな。

 

「一瞬無線にノイズが混ざった。盗聴されている可能性がある」

「はぁ、極秘任務用に毎度使い捨てされてる専用回線だぞ?聞き間違えじゃないんだな?」

 

前方からウィンチェスターが疑念の声を投げかけてくる。……正直、聞き間違いかと言われると確信は持てない。ほんの一瞬のみ、微かに耳に届いたもの。空耳や緊張による幻覚と言われても納得してしまう程度の音だった。

 

……それでも、決して投げ捨てていいものではないと、俺の直感が告げている。

 

「ああ。確かに聞こえた」

『……了解した。これよりチャンネルの再設定を行う。それが完了するまで、此方からのδ分隊への通信は行わずまたδ分隊からは状況報告以外の無線使用を禁ずる』

「δ了解……分隊各員!聞こえたな!?これより隊内での無線使用禁止!意思疎通は直接話すかハンドシグナルでやれ!」

 

どうやら、俺の進言は受け入れられたらしい。何故ここまでスムーズに通ったのかは疑問が残るが、まあここは喜ぶべきだろう。

 

命令の伝達が終了し、分隊が駆け足で進軍を開始する。俺とウィンチェスターを先頭にし、その後ろを部隊員が2列で追走する陣形だ。俺後衛がよかった……。

 

「よし、目標のビルを視認した!分隊総員戦闘準備!いつ攻撃されても可笑しくないからな!」

 

ウィンチェスターの声で全員に緊張が走る。一応奇襲を掛ける形になるとはいえ、相手は人間よりスペックが上な戦闘用ガイノイドだ。しかもビルに布陣しているとなると、上空から逆に奇襲や迫撃を受ける可能性だって十分に考えられる。いくら警戒しても不足ということはないだろう。

 

―――と、ふとした違和感に足を止める。

 

「……おい、δ3。どうした?」

 

俺の異変に気付いた後ろの分隊員が、不審そうに声を掛けてくる。ウィンチェスターも足を止め此方を見るがそれを無視し、しゃがみこんで地面に耳をペタリとつける。

 

 

……………ふむ。

 

 

「複数の足音だ。急速に近づいている」

『っ!?』

 

俺が察知した違和感、それは複数人の足裏が大地を叩くことで発せられる振動だ。

 

俺の言を聞き、周りの隊員達は即座に方陣を敷いて警戒態勢へと移行している。流石と言った動きだな。

 

「おいδ3、数と方向は!わかるか!?」

「……正確な数はわからん。が、大きさに比べ音はばらけていない。恐らくは我々と同様訓練された兵隊だろう。方向の把握は流石に無理だが、移動速度は我々と同じ程度だ」

「チッ!ハイエナ共が来やがったか……」

 

ウィンチェスターは舌打ちを一つすると、無線で部隊内に現状を伝達し始めた。恐らく本隊にも情報を共有するためだろう。傍受される危険はあるが、大声出して居場所晒すよりはマシなはずだ。

 

……しかし、ハイエナ?ウィンチェスターの反応と対応からして、事前に想定していた或いは情報を知っていたと見ていいだろう。相手の足音にズレが殆どない事から、訓練を積んだ兵士であることは容易に察しがつく。米連の派閥争い?いや、知ってたのならせめて事前に情報をですね……。

 

……っと、振動が大分近づいてきたな。これで足音が殆どないんだから、隠密の訓練も相当積んでるな。こちらと同じ特殊部隊だろうか、また厄介な。

 

「……かなり近づいてきたな。来るぞ、備えろ」

 

そう一言付け足し、俺も素早く立ち上がる。流石にこれだけ近くに来れば敵集団の方向は問題ない。ただ移動速度、つまり接敵するタイミングは予測しきれたわけじゃない。そもそもこちらが察知されれば無警戒に飛び出してくるとは限らないのだ。

 

とりあえず銃を構えて様子見。ざっと見積もって接敵まで約5秒、誤差は±3秒程度か。正直容赦なく撃ち殺したいんだが、流石に米連内部(お仲間)の部隊だとマズイかなあ。とりあえず威嚇射撃だけにして、警告してからかね。

 

などと考えつつ神経を尖らせて待つこと4秒と少し。目線を向けた物陰から人影が音もなく姿を現した……と同時。

 

撃て()ぇッ!!」

 

ウィンチェスターの鋭い命令が響き、1拍遅れて鉛玉が飛翔する。フルオートで放たれた弾丸は先頭にいた部隊員(と思わしき人物)の体を食いやぶり穴だらけにし、続けて影を晒したそれは慌てたように後ろに下がった。物陰の向こうから英語で捲し立てるような怒号が聞こえてくる。え?というか……。

 

「……撃ってよかったのか?」

「ああ。あいつらも俺たちと同じ米連の部隊らしいが、指揮系統は別の派閥なんだと。『作戦中に遭遇した場合は即座に殲滅、目標の確保を阻止せよ』ってお達しだ。幾らぶち殺しても問題ねえよ」

「……了解した。以降はそのように対処しよう」

 

頼むからそういうの先に言ってくんないかなぁ!?

 

面倒な事態になったなぁと内心頭を抱えつつ、反撃を警戒して近くの遮蔽物に身を隠す。案の定頭上からヒュンヒュン風切り音が鳴っとる。あっぶね。

 

「それで、この後はどうする?」

 

同じように隣へ身を隠したウィンチェスターに声を掛ける。今の所此方に被害はないようだが、このまま踏みとどまってるわけにはいかない。

 

「……ちっ、あっちの数がこっちを上回ってやがる。本当ならコイツら全員ぶっ殺してさっさと目標確保しきゃならないんだが……」

「この状況では至難だろう。一時退却を進言するが」

 

とりあえず先制攻撃は出来たものの、数はあっちの方が多いらしく膠着状態。まあこっちは部隊半分に分けてるしな。ざっと見た感じ戦力差は2対1くらいだし、下手したら押し潰される危険がある。

 

そもそも今回の任務はガイノイドの撃破であって、コイツラの相手ではないんだよね。

 

「仕方ないか……撤退するぞ!全員牽制を加えつつ後退!殿は私とコイツだ!」

「む……私もか」

「当たり前だろうがッ!とっとと働け!」

「…………了解した」

 

不承不承だが肯定を返す。殿とか一番危険な役処やんけ……。やりたくねえなあ……でも逃げるにはまだ早いなあ。まだ粘らんと。

 

「よし、行くぞ……3,2,1!」

 

カウントに合わせ、ピンを引き抜いた手榴弾を敵中に向けて投擲する。敢えて起爆までの猶予を残し、敵の混乱を誘う。

 

『……ッッ!!Grenade!!』

 

流石と言うべきか、一瞬で反応し全員が飛び退いた。数瞬の間を置いて鉄の果実は炸裂したが、被害はないだろう。だが問題はない。目的は、この数瞬の隙だ。

 

俺が手榴弾を投擲し銃撃が止んだ僅かな間隙を縫い、俺とウィンチェスター以外の隊員が走り出す。彼らは後方数m先の物陰に滑り込んだ。俺たちの役目は、その背中に銃弾が飛ばないよう斉射による牽制を行うことだ。

 

……が、何を思ったか、ウィンチェスターは逆方向へ……即ち、敵陣のど真ん中へと飛び込んだ。

 

「……!?馬鹿野郎が……!」

 

思わず素の口調が漏れ出す。俺が援護しなきゃいけないんだから、突っ込まれたら下がれねえだろうが……!

 

そんな俺には一切構わず、ウィンチェスターは爆発で開いた空間に身体を滑り込ませる。丁度敵が体制を立て直そうと動き始めたタイミングであり、追撃の初動を潰した形になる。包囲の中心に入り込んだウィンチェスターはまるで翼を広げるように両腕を左右に開き、不敵に笑う。

 

「Shall we dance?」

 

マズルフラッシュが連続で閃く。閃光は一所に留まることなく、流動する両腕共にその場所を変えていく。

 

それは戦闘などという野蛮なものではなかった。神事で執り行なわれる舞踊と言われても頷けるような、ある種の優美さを讃えていた。

 

「流石、二丁拳銃(トゥーハンド)の面目躍如と言ったところか……」

 

思わず、そう呟かずにはいられなかった。それほどまでに彼女の動きは的確で、洗練されていた。異能や機械技術を一切用いない純粋な技能のみで武勇を鳴らした兵士の神髄がこれだ。

 

俺もあれくらい出来れば……いや、そんな事呑気に考えてる場合ではなかった!

 

「カバーはこちら任せとは……!」

 

ウィンチェスターを囲う輪の少し外側、彼女のガン=カタが届いていない連中が次々に倒れていく仲間たちを尻目に銃を構えている。同士討ちの可能性よりも、ウィンチェスターの殲滅力を危険視したんだろうが……。

 

「隙だらけだ」

 

その側頭部に鉛玉を叩きこむ。同様に構えている奴等に一発、二発。脳漿と血潮が混じり穴から噴き出し、末期の言葉を吐く間もなく絶命する。

 

そのままの勢いで残りも潰したかったのだが、流石プロの軍人だ。瞬時に此方への反撃が飛んでくる。堪らず遮蔽物に身を隠し、銃を掲げるようにしてゲリラ撃ちで牽制する。弾をばら撒くだけだが、少しは牽制になるだろう。

 

しかしこれではウィンチェスターの援護が出来んな……まあ、後退した味方も射撃してくれているから俺がやらなくても問題ないだろうが。

 

……っと、先に下がった味方がハンドサインを送ってる?なになに……『準備』『OK』『後退』? なるほど、退路が確保出来たのか。それならさっさと下がるかね。

 

落としていた腰を上げ、何時でも動ける体勢に切り替えつつまずは敵の動きを……って待て待て待て!ウィンチェスターの奴全力でこっちに走り込んでるぞ!?

 

幾ら一当てして敵の動きが鈍ってるとはいえ、それに背を向けるとか馬鹿じゃないか!? 体勢を立て直してる奴だっていないわけじゃ……くっそ、俺の援護任せかよ!

 

流石に見過ごすわけにはいかず、M4を構えて斉射を開始する。フルオートの反動はハンドガードを上から抑え込むことで無理やり制御し、ウィンチェスターへ反撃しようとしている連中へ弾幕を叩き込んだ。

 

何とか敵の動きを抑えている間に、全力疾走してきたウィンチェスターが俺の真横へ滑り込む。

 

That was close(ギリギリセーフ)!」

「あまり無茶をするな。此方の負担が増える」

 

頬を引きつらせながらもどこか満足げな表情に、思わず小言が漏れる。しかし当の本人は意に介していないのか、ニヤリと笑って拳を俺の方へと向ける。

 

「いい援護だったぜ、やるじゃねえか」

Fa sho(当然だ)

 

ガツッ、と拳を突き合わせる。

 

ウィンチェスターはもう一度楽しそうに笑った後、スッと顔を引き締める。

 

「さて、とっとと撤退しちまおう。走れるな?」

「少し待て、一つ仕掛けをしたい」

 

俺は懐から先程も投げた手榴弾ともう一つ、円筒状の物体を取り出す。まああまり意味はないかもしれんが、可能性を上げるための仕込みだ。

 

ウィンチェスターが頷いたのを確認し、まずは手榴弾を放る。今度は角度をつけ、敢えて見つけやすいように高く投擲。勿論訓練と経験を積んだ特殊部隊、そんな程度では容易く対処される……某MS小隊長みたいに空中の手榴弾を狙い撃つとか流石に予想外だったけど。

 

なので、もう一手。手榴弾へ敵の視線が集中した一瞬の間を突き手に持った円筒状のモノ―――発煙手榴弾(スモークグレネード)を彼等の手前に投擲する。

 

コンクリへ転がった円筒から白い煙が噴出し、此方と彼等の間に充満した。これで鴨撃ちは避けられるだろう。

 

「走れ!」

「運試しってか!まぐれ当たりしないよう祈るしかねえなぁ!」

 

同時、俺とウィンチェスターが走り出す。地面を這う様な前傾姿勢で可能な限り被弾面積を減らしつつ、全速力で駆け抜ける。

 

前後から発砲音ががなり散らし、頭上で弾丸が飛び交うのを肌で感じながらもひたすら走る。最短距離を真っ直ぐに、それが生存への最適解だと信じて。

 

援護射撃をしている友軍の横を抜け、先程通った路地を駆け―――一発も被弾する事なく、無事に降車地点まで逃げ果せる事が出来たのだった。

 

「ふぅ……お互い、運だけは良いようだな」

「『だけは』ってなんだ、だけって!というか気ぃ抜くなよ!?他の奴がまだなんだからな!」

「解っている。支援は私がしよう。周辺警戒は任せる」

 

一息つく間もなく、俺は来た道を振り返り銃を構える。そこには先程の俺達と同じ様に撤退する友軍の姿。

 

「全く、手間がかかる……っ」

 

味方の部隊員と被らないように射線を確保して、トリガーを引く。目的は敵の殺害ではなく撤退支援なので、細かな狙いをつけず身動きが取れないように圧をかける。

 

俺の献身的な(当社比)援護の甲斐あって一人、また一人と後退に成功するのだが……流石に全員退くには時間が掛かるか。敵方も何とか追撃しようと少しずつだが動き出している。

 

マズイな、流石にこのまま留まっていてもジリ貧だ。残弾も心許ないし、最悪残りの連中見捨ててトンズラした方がいいかもしれん。ウィンチェスターとか承知しないだろうけど……どう説得したもんかね。

 

「潮時か。おい、δ1―――」

 

ウィンチェスターを言いくるめるための文言を纏めながら、あたかも苦渋の決断を下すかのような忸怩たる思いでの発言を装おうとした瞬間だった。

 

 

『……〜〜〜♪、―――』

 

 

通信機から、今度は明確なノイズが響いたのは。

 

 

『〜〜〜♪』

 

続くノイズはより鮮明に、ハッキリと耳朶を打った。いや、これはノイズではなく……歌、か?

 

「あ?何だ!?δ3!お前が言ってたノイズってのはこれのことか!?」

「どうやらそのようだ。尤も、ここまでハッキリとは聞き取れなかったが……」

 

どうやらこの歌、俺以外にも聞こえているらしい。というか、動揺した味方の挙動や、一切動きを見せなくなった敵の様子から察するに、ここら一帯の無線機に割り込みをかけているのだろう。この隙に、味方にハンドサインで後退の指示を出す。

 

そうこうしている間にも、インカムから聴こえている歌は続く。

 

 

化物へと変わった自分への困惑、変わってしまった自分を見ないで、でも忘れないで……そんな歌を、どこか電子音じみた声が口ずさむ。

 

 

あんまり詳しくはないが、声の感じがボーカロイドに似てるなこれ。音声ソフトで調声したような不自然さというか、人工感というか……。曲はアニメのOPだけど。

 

「とはいえチャンスだ……おいっ」

 

敵部隊に聞こえないように注意しつつ、前線に残っている連中に呼び掛ける。一人が俺の声に気付いたようで、他の奴らに合図して此方へと静かに走り寄ってきた。

 

「助かるぜ、Bedfellows」

「早く乗れ、気付かれたぞ」

 

すれ違いざまの軽口を流しつつ、混乱から回復した様子の敵部隊へ牽制攻撃。更にポーチから最後の発煙手榴弾を投げ込む。地面に落ちたそれから白い煙が溢れ、再び道を塞ぐ。

 

「いいぞ!」

「よし、出せ!」

 

俺が飛び乗ると同時に、けたたましいエンジン音を響かせてバンが発進する。ガラス越しにくぐもった発砲音が聞こえたが、違法改造で獲得した防弾装甲を抜く事は叶わず全て甲高い金属音を奏でるだけで終わったようだ。

 

急発進から数秒後、バンが道を右折した事でそれらの音も聞こえなくなる。残るのは、車体を通じて響くエンジン音とタイヤが地面を擦る音のみだ。

 

「……追撃無し、撤退は成功だ」

 

後方を窺っていた俺の報告を受けて、車内の緊張が僅かに緩まる。

 

俺は一つ息を吐くだけで堪え、他の連中と同じように小休止しているウィンチェスターに声を掛ける。まだ確認しなければいけない事が残っているからだ。

 

「おい、δ1。先程の連中は何だ?敵対勢力の存在が確認出来ているなら、事前に共有して貰わなければ作戦行動に支障が出る」

 

ウィンチェスター達が事前に把握していたと思われる第三者。接触こそ突発的なものだが、知っていれば対策は幾らでも出来た。少なくとも、走行時の振動を身体で感じるなんて方法は取らなくて済んだだろう。

 

今回はただでさえ事前調査の時間がなく、米連内の勢力分布が不透明なのだ。不本意ではあるが、こいつらからの情報は俺の生命線となる。

 

そんな俺の内心を知ってか知らずか、ウィンチェスターは数秒思考を回した後口を開いた。

 

「確かに、そりゃ悪かったな。とはいえ、俺も知ってる事は多くねえ。ただ、厄介な連中が首突っ込んでるらしい」

「その、厄介な連中とは?」

 

俺からの問い掛けに、ウィンチェスターはひと呼吸置いてから、その名を口にした。

 

 

「―――特務機関G。それが、奴らの雇い主の名さ」

 

 

事態に暗雲を齎した存在。それを耳にした俺の心中を表すように、街灯に照らされた俺の影が、少し揺らいで見えた。

 

 

 

 

 

 




銃撃戦を文章で表すのって大変なんですね…そりゃみんな異能チートバトルばっかり書くわけだわ。

というわけで、本当にお待たせしました!ようやく本編が進むんじゃぁ…(白目)
改めて見るとアイナと宗次のコンビ感がすげえ。多少アイナが無茶しても宗次が大体帳尻合わせてくれるの、パートナーみたいでいいっすね。ただガン=カタの表現が抽象的になるのは許して欲しい。描写ムズいわアレ、映像とかじゃないと表現し切れないですわ。

ちなみに、最後に無線ジャックで流れた歌はタイトル通りです。これがやりたくてサブタイを英語タイトルの歌に統一してたのだ…

花蓮実装のおかげが最近だいぶ執筆意欲に余裕が出てきたので、次回はそんなにお待たせせずに行けると思います。あと、前回のアイナの一人称を修正しました。そういや俺っ娘だったね君。

最後に、皆さんいつも感想や誤字報告など本当にありがとうございます。感想のおかげでモチベーションめちゃくちゃ上がりますし、作者の目はガバガバなので誤字を指摘していただけるととても助かってます!


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FLY ME TO THE MOON

中継ぎ回、というか状況整理がメインなので少し短めです。

執筆途中に『虐殺器官』読んだせいで、若干世界観混ざっちゃったので少し注意。


『……そう、厄介な事になったわね』

 

俺からの報告を、井河アサギは通信越しにそう締めくくった。

 

不意の遭遇戦を何とか切り抜け、一先ず近隣にあった自然公園へと撤退した後、俺は真っ先に状況報告を行った。ただ単にガイノイドを相手取るだけでは済まなくなったからだ。

 

「サイボーグを始めとした機械兵装の運用に特化した米連内の特務機関。それが、今回暴走したガイノイドを確保しようと動いたようです」

『そのガイノイド、それ程の価値があるの?」

「そこまでは。完全自律型の人工知能を搭載しているそうですが、わざわざ戦力を出して追いかける価値があるかは何とも」

 

事前に貰ったデータは確認したが、その『G機関』とやらがわざわざ手を出す意義があるとは思えなかった。とはいえ、それは俺の考える問題ではない。

 

『米連内の特殊部隊を動かせる程の影響力を持っているのね。厄介だわ……』

「いえ、そこはまた別口だそうです」

『別口?G機関ではないと?』

「正確には、G機関に唆された勢力の仕業だそうで。G機関単体で特殊作戦群(タスクフォース)を動かす権限は、流石にないと」

 

所謂特殊部隊は、1組織の思惑で簡単に動かせる程軽くはない。そもそも戦争状態にない国に許可なく部隊を送り込む事自体重大な越権行為であり、非常に高いリスクを有する。

 

更に言えば、それらの部隊は全て特殊作戦軍(SOCOM)の管理下にある。特殊部隊を運用するには、最低でも陸海空に加え海兵隊と情報軍を合わせた5軍のいずれかと特殊作戦軍を動かす権限が必要となってくる。高度な訓練を積んだ精鋭と最新鋭の兵器を運用する事は、そうやすやすと出来ることではない。例え1機関の長だとしてもだ。

 

勿論、特殊部隊という体を装った私兵集団の場合はこの限りではないが、今回遭遇したのは米連が管理している正規の軍人で構成された部隊だ。正規の手続きを踏まねば運用出来ない以上、私兵として使えるとは思えない。

 

『つまり、それを可能とする魔法があるというわけね』

「はい。どうやら彼らは、()()復権派と手を組んだそうです』

『……米国?どういうこと?』

「これが、少々面倒な話でして……」

 

まず前提として、米連はアメリカと太平洋諸国によって構成される連邦国家だ。南米アメリカ大陸に東南アジアの一部、台湾や朝鮮半島の一部などが同盟を組み超巨大国家として成立している。

 

米連のトップは当然全ての構成体を束ねる連邦政府だが、その下である各地域はそれぞれの自治体ーーー政府と言い換えてもいいーーーが統治運営している。米連という国家の規模は絶大だが、その下は幾つもの国家の寄り合い所帯というわけだ。そしてその中で、様々な思惑を持った派閥や勢力が存在する形となる。

 

米国復権派とは、そんな勢力の中でも『アメリカという国こそが世界を諸国を統べるべき』と考えを持つ懐古主義者共の集まりだ。『世界の警察』であったアメリカ合衆国時代を忘れられない老人達が主な構成員で、米連の構成国家をアメリカとして支配する事を夢見ているらしい。

 

こいつらの厄介な所は、構成員に政府や軍の要職を務める奴が多いせいで、多少の無茶でも押し通す権力があることだ。

 

馬鹿な話だ。人種も宗教も異なり海に隔たれた国々を、たった一国で支配し切れるわけがなかろうに。

 

更に言えばそれを実行する段階で、多大な時間や資金、下手したら人材が失われるのだ。その隙を魔族に突かれてみろ、絶対に大惨事だぞ。

 

『でも、何でそんな連中が今回の件に手を出すの?何もメリットもなさそうだけれど』

「例のガイノイド、アジア圏の構成国が主動したプロジェクトだそうです。暴走した躯体を抑えれば、スキャンダルの種を一つ作れるとかなんとか」

『曖昧な物言いね。貴方にしては珍しいわ』

「全部又聞きですから。何せ今回は事前調査の時間がなかったもので」

 

本来なら介入してくる可能性がある勢力まで調べる所だが、残念な事に作戦前の準備時間がなかったためノータッチだ。全部米連と通話相手(アサギ)のせいである。

 

『とにかく、状況は理解したわ。それで?これからどうするつもり?』

「ガイノイド一体なら兎も角、サイボーグ集団相手は分が悪過ぎる。増援を要請します」

 

わざわざ復権派にアプローチを掛け特殊部隊まで動員させたというのなら、確実にガイノイドを確保する体制を整えていると見るべきだ。そうなると、相手の切り札は専門分野であるサイボーグ兵である可能性が非常に高い。

 

手足か、場合によっては脳幹まで機械部品に換装した外法の化物たち。ある意味SFとかの定番ではあるが、そんな物に対抗する力は俺にはない。感知圏外から狙撃で仕留めるか、罠で嵌め殺すか……どちらにせよ今の装備では厳しいし、何よりガイノイドを確保する余裕などない。敵を倒せたとしても、目標を逃したでは本末転倒だ。

 

『いいえ。すぐに援護は出さないわ』

 

しかし、アサギからの返事は無慈悲な否定だった。

 

「……何故です?私の戦闘力はよくご存知の筈ですが」

『ええ、よく分かっているわ。でもここで対魔忍が大きく動けば、G機関も対抗して戦力を出して来るでしょう。そうなれば、大規模な正面戦闘が行われる事になる……東京の被害を抑えるという本来の目的が果たせなくなるわ』

 

なるほど、確かに最もな話だ。今、相手にとっては対魔忍は静観しているという認識なのだろう。つまり現状、表向きには米連内部の派閥争いに終始しているわけだ。もしここで対魔忍が動けば、G機関は横槍を入れられたと考え部隊を動かすことになる。

 

戦闘に長けた対魔忍とサイボーグの部隊による衝突、下手すれば民間人まで被害が出るだろう。俺としては、俺が安全になるなら別に構わないんだが……まあそうもいかんわな。

 

「とはいえ、現状の戦力で対処しきれない事には変わりません。どうするつもりで?」

『敵が複数の場合のみ、増援を出します。少数ならそちらで足留めしている間に、紫にガイノイドを潰させるわ』

「……八津先生を出すんですか?こういっては何ですが、他の上忍でも十分なのでは?」

『何とか任務の間を見つけて待機させてるわ。他の戦闘を専門してる対魔忍が、敵を前に大人しく待ってられると思う?』

 

嫌な説得力だった。ぐうの音も出ねえや。

 

「……基本は現有戦力のみで対処、敵増援がある場合のみ支援が動員される。了解しました、友軍と合流し行動を開始します」

『頼むわ』

 

咽頭マイクの電源を切り、通信を終了する。同時に、マスクの消音システムも解除する。これが有るからこそ、聞き耳を気にする事なく通信出来るのだ。

 

「おう、戻ったか。どうだった?」

 

茂みから歩み出た俺に、ワゴンに寄りかかっていたウィンチェスターが声を掛けてくる。俺は、それに対し首を横に振った。

 

「状況は説明したが、敵の出方が分かるまで増援は出せないと。下手に介入した結果、対処出来ない事態へ移行する事を厭ったのだろう」

「おいおい、マジか。こりゃ本格的に被害が出る事も念頭に置かなきゃならんな」

 

縁起でもねえ、とウィンチェスターは頭を掻く。被害と書いて犠牲と読むのは言わずもがなだ。

 

「下手すりゃフル装備のガイノイドにサイボーグ集団相手にしなきゃいけねえのか……気が滅入るぜ」

「同感だ」

「お前、実はサイボーグ倒す秘策とか持ってたりしない?」

「ないな。サイボーグから逃げる手段なら兎も角、倒す手段は持ち合わせていない」

「んだよ、頼りになんねえなぁ」

「最初にそう言ったはずだが?」

 

先の遭遇戦では何とか被害を出さずに済んだが、ここからはそうは行かないだろう。さっきのはあくまで前哨戦なのだ。

 

「それより、そろそろ合流予定時間のはずだ。γ分隊は?」

「おう、さっき来た連絡じゃあもうすぐ……っと、来た来た」

 

ウィンチェスターが視線を向けた先を見ると公園の入口から一台のバンが此方へ徐行してくる。作戦前に見たγ分隊の車で間違いないようだ。車体はそのまま吸い寄せられるように、俺達の横へと停車した

 

「全員揃っているな」

 

スライドドアが開き、部隊長である大尉が待機していたδ分隊を見渡す。それだけで、弛緩していた面々の表情が一気に引き締まる。続けて降車したγ分隊が車体に隠れながら周囲に円陣を敷く。

 

「手短にブリーフィングを行うぞ。こちらの分隊への説明はもう済ませてある」

 

その言葉を受け、俺達は大尉の元へと近付く。

 

「まず現状だ。対象は現在逃走中、敵特務部隊はそれを追撃している。散発的に発砲が確認されているが、牽制程度だ。恐らく本命へ追い込むつもりだろう」

 

本命……つまりサイボーグ部隊。彼等の切り札にして主力だろう。特殊部隊はそのための当て馬……下手をすれば捨て駒の可能性すらある。

 

「対して我々の状況だが、正直芳しくはない。先の戦闘で被害はないが、敵戦力が増大している以上彼我の戦力差はかなり厳しい」

 

大尉の言葉に、無言の首肯を返す。此方の戦力がここにいる22人で打ち止めなのに対して、彼等の戦力はまだ底が見えていない。

 

先に接触した部隊がただの斥候として、総動員数はどれほどか?装備の質は?本命のサイボーグの戦闘力は?もしや他に部隊がいるのでは?不透明な情報が多過ぎる。

 

「そこで此方としては、対魔忍の助力を請いたい所だが……δ3、どうだ?」

「確認はとったが、直ぐには動けないという回答だ。敵サイボーグが複数確認出来た時点で動くが、少数の場合は動かないだろう」

「厶……確かに、イタズラに戦力を動員して状況を混乱させるのは我々としても避けたいが……」

「逆に聞くが、そちらには追加戦力の宛はないのか?」

「本来なら増援の用意があったのだがな……作戦決行を早めたためにそれも間に合わん。敵勢力の介入を避ける為に前倒しにしたというのに、結局この始末だ」

 

険しい表情をしつつ、大尉は額に手を当てた。詰まる処、情報軍側の戦力はこれで全部なのだ。そんな状態で、サイボーグと特殊部隊の相手をしつつガイノイドを確保する?いや無理だろ、何で無駄に難易度高いんだ。これそろそろ撤退していいよね?ね?よし、戦闘が始まるどさくさに紛れてトンズラするか!幸い逃走用のバイク隠した場所近いしな!

 

俺が具体的な撤退方法を思案し始めた所で、ウィンチェスターが挙手で発言の意を示した。

 

「やべぇ状況なのは分かった。それで?具体的にはどうすんだって話だよ。そこだろ一番大事なのは」

「……先に情報共有が必要だと思ったからこそこの話をしたのだがね。相変わらず、お前はせっかちだな」

「うっせ!余計なお世話だ!」

「まあ、一応筋道は立てたがな。必要な物も、用意した……おい」

 

……え?こっから何とか出来る方法あんの?『各人の奮戦で補う!』みたいな事言われたらヤダよ俺。

 

大尉がγ分隊のうち数人に合図をすると、彼らは後部座席から黒いケースを引っ張り出した。大きさは丁度成人男性だろうか。

 

「さて、δ3。君は銃火器の扱いに慣れていると見たが……これは使えるかね?」

 

ゴトン、と重い音をたてて地面へと置かれたケース。大尉は蓋を開けてその中身を俺に見せながら問い掛けた。

 

「バレットM82か」

「ああ。それも魔術処置で消音性を高めた特務仕様だ」

 

開発されてから30年近く経った今でも、世界中で使用されている対物(アンチマテリアル)ライフルの代表的存在。それが組立られた状態で、梱包材の中から牙を剥く瞬間を今か今かと待ち焦がれていた。

 

マウントレールにはどでかいスコープのような筒が設置され、下部には折り畳まれたバイポッド、銃口のサプレッサーはマズルブレーキに上から被せるように装着されている。ということは、バリエーションのM107A1か。

 

「マウントされたスコープは、対象の挙動を解析し予測される動きを投影する精密射撃支援システムを搭載している。目標は飛行しているが、これがあれば少しは狙いやすいだろう」

「……予測精度は?」

「反復動作なら非常に高い精度でトラッキング出来る。例のガイノイドとて回避行動はプログラムに従っているにすぎん」

「機械的な回避運動なら予測出来る、か」

 

最新技術の塊に、思わず俺も息を飲む。数秒とはいえ解析と計算での未来予知が、ライフルにマウント出来るサイズで可能なのか……恐ろしや、米連の技術。

 

「おい待てよ。確か目標の索敵範囲は2kmあっただろ。M82の射程でも探知されんじゃねえか?」

 

ウィンチェスターの発言を聞いて、俺は数刻前に確認したガイノイドのカタログスペックを思い起こす。

 

本体の探知能力は並み程度だが、オプションとして専用のUAVが搭載されていたはずだ。上空で本体に追随するそれが半径2kmを監視し、敵対行動を取る物体を捕捉する仕組みだ。携行武装の中で最大火力である対物ライフルでも射程は2kmほど、バレットM82といえど例外ではない。

 

本体を攻撃しようとすれば必然UAVに察知され、先にUAVを叩こうとすれば警戒される。まさに盤石な体制と言えるだろう。

 

部隊員の視線が集中する中で、大尉はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

 

「それを超える為に、わざわざこれを接収したんだ」

 

そう言うと、彼はガンケースの中からマガジンを一つ取り出す。更に悠々とした手付きでマガジンから弾丸を一発抜き出すと、俺たちに見せた……っと、この形状は!?

 

「日本支部第八技術研究所から調達してきたIAP弾。爆発のエネルギーを閉じ込めて炸薬代わりにするイカれた代物だが、専用にチューンされたコイツ(M82)とセットで使えば3kmまで狙撃可能だ」

 

それは、以前俺も使っていた試作品の特殊弾頭。あの時は通常のライフル弾を対物ライフル並みに強化するためだったが……あいつら、開き直って対物ライフルに手ぇ出しやがったな!?

 

「計算上では、3kmからでも有効打を与えられる。これを使って敵サイボーグを撃破、余力があれば目標を空から引きずり下ろす」

「しかし隊長。理論上それが可能だとして、それを誰がやるんです?これほどの長距離砲撃、我々とて容易ではないですよ」

「うむ、それくらい解っている。我々は市街戦が主で、マークスマンはともかく長距離狙撃は得手ではないからな」

 

そこで先程の問に戻るわけだ、と大尉は部隊員の疑問へ答える形で同じ問を投げ掛けた。

 

「対魔忍。お前、狙撃は得意か?」

()()()よりは得意だな」

 

俺はM4を揺らしながら答える。大尉は再び不敵に笑った。

 

「決まりだな。γ、δ分隊は同時に目標を追跡、δ3の狙撃に合わせて強襲をかける」

 

大尉はM82を俺に渡すと、隊員全員へと号令をかける。

 

「出撃する!γ、δ分隊は各位車両にて目標を追跡、δ3の狙撃に合わせ攻撃、確保する!全員乗車!」

 

その命令を聞くやいなや、周辺警戒を行っていた隊員たちが車内へと駆け込む。ブリーフィングを聞いていた奴δ分隊員も同様だ。

 

「盗聴を避けるため此方から直接指示はしないが、目標及び敵勢力の位置は随時報告する。戦況は指揮所(command post)のオペレーターから確認してくれ」

「気張れよ相棒、外したら承知しねえからな!」

 

大尉とウィンチェスターがそれぞれ俺の肩と背中を叩き、車へと乗り込む。2台のバンは高らかにエンジンを吹かし、夜の街へと消えていった。

 

「……好き勝手言ってくれるな、全く」

『ーーー……此方Command post。δ3、聞こえますか?』

「聞こえている。お前が大尉の言っていたオペレーターだな?」

『はい。戦況を貴方へと伝達、指示を送ります。宜しくお願いしますね、Mr.NINJA?』

「了解した。早速で悪いが、想定される戦闘域を教えてくれ。狙撃地点を策定する」

 

 

 

△ ▼ △ ▼ △

「A小隊、呼称『ワルキューレ』と接敵(エンゲージ)。目標地点への誘導を開始、B小隊は追撃を継続せよ」

「C小隊の収容完了!救護班は負傷者の手当を急げ!」

「カーゴより連絡。現着まで、あと5分!」

 

蛍光灯とモニターで薄っすら照らされる密室。そこでは多数の電子音やオペレーターの報告、そして無線から聞こえるノイズ混じりの怒号が鳴り止まぬことなく縦横無尽に行き交っていた。

 

そんな中、一言も発する事なく後ろ手を組む初老の男性へ、壮年の男性が静かに声をかけた。

 

「不服ですか、隊長」

「当たり前だ。あの一瞬の会敵で、我々は7名の同胞を喪ったのだ。これが怒らずにいられるものか」

 

そう言って歯を軋ませる彼の視線は、死傷者が担ぎ込まれる様子を映すモニターへと釘付けになっていた。

 

「何故だ?情報軍が動いている事は掴めていた。逆に奴等が我々の存在を認識していなかった以上、アドバンテージは此方にあった筈だ。なのに蓋を開ければ、奴等は無傷。此方は一個小隊を無意味に撤退させねばならなかった……」

「隊長……」

 

初老の男はそう言って嘆き、それよりも強い自噴で拳を握り締める。

 

彼こそ、情報軍特殊検索群s分遣隊δ分隊と接敵した特殊部隊『404中隊』の中隊長であり、この密室は彼等を統括する中隊本部(headquaters)なのだ。

 

「……それを言うのなら、今回の作戦も強引です。急過ぎる作戦指令に加え、中隊総動員なんて……わざわざそこまでする意味が、果たしてあるのでしょうか?」

「結局我々とて、米連の歯車でしかないという事だ。米連の別組織と対立している時点で、派閥争いの駒でしかないことは自明の理だ」

 

現在の米連において、特殊部隊同士のブッキングというのは珍しくない。数多の組織や派閥がひしめく米連において、特殊作戦軍ですらその相関図を把握するのは困難な状況だ。

 

本来であれば特殊作戦軍の本部が所属する部隊の指揮を統括し、部隊の私的利用を避ける仕組みになっている。しかしそれを十全に機能させるには、余りにも内部派閥が複雑すぎた。

 

軍幹部にコネクションを持つ権利者、構成員が上層部まで食い込んでいる巨大派閥。特殊部隊を動かす『鶴の一声』を発する事が出来る人間は少ないが、いないわけではないのだ。

 

「裏で我々を利用している『G』とて、それ単体では国務省の1組織にすぎん。問題は、奴等が軍上層部を唆し抱き込んだことだ。今や我々も、『アメリカ』という国を夢想している連中も、奴等の狗に成り下がっている……滑稽だな」

「しかし、私達は私達の任務をこなさねばなりません。それが、軍人としての仕事ですから」

「解っている、仕事に私情は持ち込まないさ……それでも、こんな状況だ。愚痴の一つも溢れるというものだ。許せ、副長」

「何を今更。貴方と私の仲でしょう?」

 

副長と呼ばれた男の戯けた様子に、ようやく中隊長の表情が柔らかくなる。

 

 

「中隊長!カーゴより連絡!『品物(パッケージ)を持ってきた』とのことです!」

「……来たか。カーゴへ返信しろ!『配達(デリバリー)は予定通り行われたし』とな」

「了解!HQよりカーゴ!配達は予定通り行われたし。繰り返す、配達は予定通り行われたし」

 

「……中佐」

「ああ。これまでの犠牲に意味があったのか……確かめさせて貰おう」

 

 

△ ▼ △ ▼ △

一方、東京上空。

 

大都会の闇を切り裂くかの如く、一機の軍用ヘリが飛翔していた。

 

正確に言えばヘリコプターではなく、回転翼の軸を自在に変更出来るティルトローター式の垂直離着陸機(VTOL)だ。離着陸時には回転翼を真上に向ける事でヘリコプターのように垂直に飛翔・着地する事が出来、飛行時には回転翼の軸を前方へ傾ける事で固定翼機のように高速で目的地へと向かう事を可能とするまさに夢の機体と言っていいだろう。

 

現在機体は回転翼を前面へと向け、固定翼機と同じような状態だ。通常のヘリコプターとは比べ物にならない、それこそ固定翼機さながらの速度で向かうのは東京の片隅。人知れず銃火が鳴り響く戦場だった。

 

『投下地点まで30秒!予定通り積み荷を降ろす、準備しとけよ!』

 

パイロットの通信に合わせ、機体後部のランプドアが解放される。眼下のビル群が発する光によって内部が(つまび)らかにされるが、本来小隊規模の部隊を輸送できるキャビンの中は伽藍洞だった---否、そこには一人分の人影が、戦場を今か今かと待ち望んでいたのだ。

 

「ようやくの出番ね……待ちくたびれたわ」

 

人影はそう呟くと、トループシートから腰を上げ強風が吹き込むランプドアへと歩を進める。眠らない街によって照らされるのは、豊満な身体のラインを強調する特殊ボディスーツ。そして、鋼鉄の手足だ。

 

その女は、煌々と光を放つ街を見下ろす。その先に在るであろう闘争、自身が価値を示す事が出来る唯一の場所を。無線が垂れ流すカウントダウンすら届かぬほど、彼女の意識は吸寄せられる。

 

そして。

 

『投下地点到達!良い旅を(good luck)!』

 

送られた激励を合図に、彼女は自身の身体を宙へ投げ出す。一瞬の浮遊感の後、重力に捕らえられた肉体は地表へ吸寄せられるように落下を始めた。

 

ぐんぐんと落下の速度が上がる。普通に考えれば、コンクリートにミンチ肉をぶちまけてもお釣りが来る高度。しかし彼女の顔には焦りの色など微塵もない。

 

当然だ。彼女の意識は既にその先にいる。身体がそれに追付こうとしているだけなのだから。

 

「さあ、行きましょう。私の戦場へ……!」

 

着地までの短い時間すら惜しいと、その女は感情を声へと乗せる。

 

獰猛な笑みを浮かべるその女の顔は、対魔忍頭領、井河アサギそのものだったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




どうも皆さん、お久しぶりです。私です。何とか月1ペースで投稿出来ました…え?もう12月?ハハハご冗談を。

今回は中継ぎ回なので状況説明が多かったですが、次回からはガンガン戦闘シーンに入ると思います。特殊部隊周りは一応調べて書きましたが、間違いがあったらすみません。虐殺器官の世界観ベースに「正規兵大事に!」って感じに書いてしまいましたが、どうなんでしょうかね?対魔忍てバリバリ特殊部隊動いてた気がするけど。


あと突然ですが、皆さんに一つお願いがあります。これから増えるであろう銃撃戦描写の参考に、銃が登場するおすすめの作品を教えて欲しいです!活動報告に枠を作りましたので、そちらに募集をかけています。『この作品の銃撃戦すごかったよ!』というのがあれば、是非教えて下さい!


大人ユキカゼ欲しかった……(白目


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chase

お久しぶりです。明けましてしようと思ってたら一年の3/4過ぎてたってま…?

早く、早くこの章終わらせんと…書きたいのが溜まりに溜まってるんじゃ…!


爆炎が暗闇を彩り、轟音が大気を震わせ、閃光が地面を照らす。

 

まるで遊園地のナイトパレードで行われるド派手な音と光の演出が、首都の一角で再現されているようだった。

 

見る者全ての目を惹きつけ、魅了するその輝きは全て、サイボーグとガイノイドの戦闘で発生している無機質な余波でしかなかった。

 

 

 

頭上で激しく繰り広げられる戦闘を、アイナ・ウィンチェスターは爆走する装甲バンの中から眺めていた。

 

「あれがG機関のサイボーグか……おっかねえなあ」

 

目標であるガイノイドの性能は知悉している。拠点強襲を目的とした打撃特化のウェポン・パックに高い空中戦闘を可能とするブースタユニット、そしてそれらの統合運用を可能とする人工知能を搭載したハイエンドモデル。

 

人間からの指示を介さずとも状況を自己判断し、ただ一機であらゆる作戦を遂行する事を目的に開発された躯体だ。正直、単純な戦闘能力ではs分遣隊では相手にすらならないだろう。

 

そんな相手に対して、姿を現したサイボーグは互角以上に渡り合っているのだ。

 

空戦能力は持っていないようだが、ビルや電柱を足場に跳躍を繰り返し飛翔するガイノイドへと肉薄している。幾度も拳を繰り出し、反撃を紙一重で交わし続けるその姿は、さながら獣のように苛烈だ。

 

互いに有効打こそないが、状況の推移は明白だ。このまま戦闘が続けば、サイボーグの方に形勢が傾くだろう。とはいえ今此方から出来る事はないに等しい。

 

だから、彼女は待ち続ける。牙を剥くべき瞬間を、決して逃さぬように。銃把がギシリと軋んだ。

 

「頼んだぜ、相棒。このクソッタレな盤面をひっくり返してくれよ」

 

△ ▼ △ ▼

「ハァァァッ!!」

 

一つの影が宙を跳ねる。対魔忍頭領である『井河アサギ』と同じ顔を持つその女は、気合と鋼鉄の脚を振り抜いた。オリジナルの井河アサギと同レベルの膂力から繰り出される蹴撃は、分厚い装甲ですらバターのように引き裂く致命の一撃だ。

 

『2番から5番、防護フィールド展開』

 

しかし絶死の運命は、無機質な声と共に覆される。ガイノイドの周囲に浮遊していた自動浮遊砲台(ビット)が動き出しバリアを展開、サイボーグレッグと激突した。

 

『エネルギージョイント接続。ブレードフィールド展開───抜刀』

「ちぃ……!」

 

再びガイノイドの機械音声。今度は左前腕に取り付けられたレーザー発振器からレーザーブレードが発生、そのまま電磁バリアと鎬を削る義足へと振り下ろされる。『井河アサギ』は咄嗟にバリアを蹴り出す事で飛び退く。ブレードが足裏を掠めた感触に冷や汗をかきながら、近場の電柱へ着地する。

 

「中々やるじゃない。謳い文句は伊達じゃないわね」

『……』

 

『井河アサギ』が称賛の言葉を送るが、ガイノイドはそれに一瞥を返すのみ。敵対者に興味がないかのように背部ブースターが点火し、逃走を始めた。

 

「……!逃さないわよ……っ」

 

当然それを見逃す故はなく、『井河アサギ』は足場を強く蹴り跳躍、全速で追走の体勢へと入る。ビルの外壁や電柱など、足場になりそうなものは手当たり次第に利用してガイノイドの後方に付ける。

 

(駄目ね、追い付けない……!)

 

しかし、そこから距離が縮まることはなかった。追撃の気を察してか、ガイノイドが速度を上げたのだ。『井河アサギ』の移動速度と、ガイノイドの逃走速度が全くの等号である以上、彼我の距離が変わらないのは道理と言えよう。

 

とはいえ、相手には撤退すべき先はないはずだ。研究所から脱走して間もない()()には後ろ盾になる組織などなく、居着く場所すらない。振り切られさえしなければ、問題はないだろう。

 

(なら、あの防御をどう突破すべきか。それを考えるべきね)

 

それならばと、『井河アサギ』は思考を巡らせる。此方からの攻撃を何度も防ぎきっている、面倒なバリアの攻略法だ。

 

事前に伝達されている情報が確かならば、強襲型のウェポン・パックは本体に一切防御・索敵用の装備を持たない。両腕のレーザーブレードや右腕に固定されたガトリングガン、バックパックのミサイルコンテナ、更に対人用の放電装置など、搭載容量の全てを攻撃系の装備に振り当てる徹底ぶりだ。

 

故に、攻撃面以外を補うのが周囲に漂うビット……謂わば『子機』の役目だ。

 

この子機は全部で12機装備されており、うち周囲で本体を守る防御用が7、上空で索敵を行うものが5と割り振られている。

 

索敵用のそれは今関係ないので意識から外すとして、問題は防御用の子機だ。単体出力こそ微小であるが、複数同時に運用することで高出力のバリアを展開することが可能となる。その防御性能は、先の攻防で証明されている。

 

しかしその性能も無敵ではない。事実『井河アサギ』の攻撃によりその数は5つまで減じており、またミサイルも撃ち尽くした。

 

(この速度での戦闘なら、敵部隊も横槍は挟めない)

 

(電撃もこの手足(義手義足)ならば防ぎ切れる)

 

(機関砲は重量のせいで取り回しが悪い。横移動で避け切れるし、能力で凌げる)

 

(レーザーブレードは脅威だけど、右腕が機関砲で塞がれてる。そちらから狙えば問題ない)

 

今この戦場を構成する要素を一つ一つ並べ、この瞬間で仕掛けるべきだと結論づける。全力攻撃で防御を削り切り、そのままこの戦乙女(ワルキューレ)モドキを地面に叩き落としてくれると意気込んだ。

 

「さぁ……行くわよっ」

 

獣の様な笑みを浮かべ、『井河アサギ』は一瞬膝を弛める。その僅かな刹那で、彼女は己が出しうる力をその鉄脚へと押し込め、押し込め、押し込め───跳躍。

 

足場にした屋上の床が弾け飛ぶ程の力によって行われた全力の飛翔は、彼女の身体を戦乙女へと容易に届かせるに至った。

 

二人の移動速度が同じとはいえ、それは巡航速度の話だ。不意をついて全力を出せば、一瞬だけでもその初速はブースターの飛行速度を乗り越える───!

 

『電磁障壁展開、続けて右腕機関砲にて迎撃。駆動開始』

 

対するガイノイドは、不意の接近に動じる事なく最適解を瞬間的に演算する。前面に再びバリアフィールドを展開、更に右腕に取付けられた3つの銃身がくるくると回転を始める。攻撃はバリアで防御し、動きが止まった所をガトリング砲で薙ぎ払うつもりだろう。面白味はないが、堅実で合理的な対処法だ。しかし。

 

「そんなもので、この私がやられると思って?」

 

『井河アサギ』は不敵な笑みを浮かべたまま、両腕を前面へと突出す。目の前の光景が見えていないような間抜けな行為、何も知らない者から見ればそう映るだろう。だからこそ、彼女だけが理解出来る。それこそが、彼女の力を活かす最適解だということが。

 

 

キィィィィィン………

 

 

機械特有の甲高い駆動音が、突き出された両腕から響く。そして。

 

『!?!?』

 

次の瞬間、ガイノイドは強烈な重圧に晒されている事を自覚した。躯体自身が持つ観測機能に加え、上空に展開していた子機が観測した周辺情報のデータまで総動員。データベースと照らし合わせ、類似現象から重力操作系の能力で有る事を特定する。

 

 

重力場発生装置【ネメシス】

 

 

『井河アサギ』のサイボーグアーム内部に搭載された新兵器、自在に重力場を生成、操る事が出来る特務機関G謹製の代物だ。

 

最新兵器の定めか、精密な整備が必要な点を除けば小型で強力な武器であり、『オリジナルの井河アサギ』にはない『井河アサギ』が持つ自信の拠り所でもある。

 

 

当然そこまで把握出来るわけではないが、ガイノイドは素早く現状における対処法を策定する。

 

まず避けねばならないのは飛行ユニットの破損及び墜落。これがなければ、目の前のサイボーグから逃れる事は出来ない。次に躯体の損傷。これもまた同様だ。

 

対処手段は、バリアフィールドによって発生する斥力で防ぐ事だけ。これで躯体への重力干渉は最小限に抑えられるはずだ。子機の負担を度外視し、フィールドの出力を最大まで上昇させる。

 

一方、『井河アサギ』もフィールド出力の上昇を感知した。ガイノイドが真っ向から重力場を耐え切る腹積もりなのも同様だ。

 

「上等じゃない……!」

 

その勝負、受けて立つ。

 

『井河アサギ』も【ネメシス】の出力を限界まで引き上げる。重力場で発生する圧力が跳ね上がり、付近の人工物を押し潰す。唯一形を残すのはガイノイドとその周囲を取り巻くビットのみ。だが、それすら綻びかけている。

 

ミシリミシリと、ビットが悲鳴を上げ始めているのだ。僅か数秒の攻防で、圧倒的だったその防御の源が絶たれようとしていた。だが、『井河アサギ』の顔には冷や汗が流れていた。

 

(最大出力は長くは保たないけど、このまま押し切るしかない……!)

 

本来重力場の使用は、瞬間的に高出力の展開が推奨されていた。高出力を長く維持すると、サイボーグアームとレッグがオーバーヒートし動かなくなるからだ。義肢が動かなくなれば、『井河アサギ』は動くことも出来ない文字通りの置物と化してしまう。

 

既に最高出力までギアを上げて数秒、機能不全まで正に秒読みに入っている。だがここを逃せばガイノイドは学習し、もう不意は打てなくなるだろう。チャンスは今しかないと判断し、彼女は重力場を展開し続ける。

 

「ハァァァァァァァッッ!!!」

 

咆哮が響く。全てを賭けた乾坤一擲の一撃。不可視の攻防は終幕へと移ろい───

 

 

バキィィ!!

 

 

遂に、ビット5機が破壊されるという結果へと至った。

 

(来たッッ!!)

 

瞬間、クローンアサギは重力場の発生を停止させる。演算領域は停止寸前、重力場の再発生には時間を要するだろう。

 

「これで決める!」

 

そんな事はもう些末なこと。これが届けば十分と、『井河アサギ』は腕を引き絞り、拳を振るった。彼女の膂力を十全に乗せた一撃、殻に籠もらず防げる訳がない。

 

勝った。刹那に『井河アサギ』はそう確信しただろう。

 

 

だからこそ、敗因はその刹那だった。

 

 

『……!!』

 

自身を守る盾を失ったガイノイドは、咄嗟に前傾姿勢を取る。その程度で避けられるような生易しい攻撃ではないが、当然彼女も理解している。これは回避ではなく、攻撃への一手なのだから。

 

前傾姿勢によって、ガイノイドが守りきった背部ユニットが『井河アサギ』の視界に晒される。空を翔るためのジェットエンジン。そして、中身をを全て撃ちきったミサイルコンテナ。

 

───次の瞬間、背部に接続されていたミサイルコンテナが切り離され、『井河アサギ』へと飛翔する───!

 

「な、ナニぃぃぃぃぃ!?!?」

 

驚愕の絶叫を上げながらも、『井河アサギ』の肉体は冷静に対処を開始する。拳の行き先を飛翔物へと変更し、撃ち落としにかかったのだ。

 

強烈な一撃に、コンテナが拉げる。更に、機密秘匿用に内蔵された炸薬が点火。下手人へ一矢報いらんとばかりに爆発する。

 

「ぐぅ……!?」

 

咄嗟に身体を丸め、手足で生身の部位を防御する。爆炎が特殊スーツ越しに身体を舐め熱が肌を炙る。しかし、破片は義肢が全て食い止めた。一瞬遅れ、衝撃。

 

爆風に全身を叩かれ、『井河アサギ』は後方に弾かれる。身体が回転し視界が揺さぶられる中、何とか四肢を使った五体投地で着地。

 

「ハッ……ハッ……ハァ……ッ」

 

肺が求めるまま、打ち上げられた魚のように呼吸を繰り返す。土下座と言っても過言ではない体勢も相まって、見る者は侮蔑を誘われるだろう。必殺の機を逃し反撃を受け、今は地べたに膝を突いている。何とも無様、何とも哀れ。

 

 

だが、その瞳が。一瞬足りとも離さない、獲物を狙う鋭い獣の眼光が。それを否定する。

 

獣のような有様でありながら、彼女は未だ獲物を狙う狩人なのだ。

 

 

『防御兵装、全機破損。躯体及び飛行ユニット、損傷軽微。()()()()健在、演算能力低下を見込む。武装展開開始』

 

そして、『井河アサギ』に対するソレも、決して彼女を侮蔑する事はない。それどころか、あくまで障害でしかなかった彼女を排除すべき敵として認識した。左腕のブレードが展開し、ガトリング砲も回転を始める。確かに周囲を舞う盾は無くなったが、本体への影響は殆どない。

 

対して、『井河アサギ』の戦力は半減している。義肢の演算回路がショート寸前で、虎の子である【ネメシス】が使用不可になっているのだ。先程までの機動戦闘も最早望めないだろう。

 

だが、この状況でも天秤は振り切れていないと彼女はほくそ笑む。

 

(今の状態では、逃げられても追撃出来ない。でも、彼方から近づいてくれるのなら……!)

 

今の彼女に出来るのは、白兵戦のみ。なればこそ、相手から向かって来てくれるならば好都合だ。息を整え、ゆっくりと立ち上がる。右腕を前に突出し、半身の構え。筋肉を弛緩させ余計な力を抜きつつ、何時でも動けるように意識を研ぎ澄ませる。

 

見つめ合う、一人と一機。緊張が高まり、時間が引き伸ばされるかのような錯覚すら覚える。今すぐ動いてしまおう、と訴える理性の悲鳴を、戦士の直感が抑え込んでいく。

 

ただ、じっとその時を待ち。刹那刹那をやり過ごし、そして───

 

「『ッッ!!』」

 

両者が、同時に動いた。

 

クローンアサギが踏み込むと同時、ガイノイドがガトリング砲の銃口を向ける。『井河アサギ』は咄嗟に地面を蹴り身体を横へずらす。その一瞬後に強烈な発砲音とマズルフラッシュ、そして真横を銃弾が通り抜けた衝撃波。

 

M197機関砲をベースに専用のチューンを施された砲身の束が、その腸に秘めた直径20mmの牙を解き放つ

 

冷や汗を流す間もなく、『井河アサギ』はガイノイドを中心とした円を描くように駆け出し、弾丸の嵐がその軌道に追随する。弾痕の追随速度に、猶予が無い事を悟る。

 

「クッ!!」

 

『井河アサギ』は走っていた方向とは逆、つまり銃弾が追って来る方へステップを軽く踏む。それと同時に、軸足として接地したままの左足を地面に滑らせ、開脚するように伸ばす。更に上体を地面へ倒すことで、銃撃の真下をスライディングで通り抜けた。

 

即座に体勢を立て直しガイノイドへと真っ直ぐ向かっていく。ガイノイドは想定内だと言わんばかりに、慌てることなく銃口を向け直す。再び銃弾が『井河アサギ』を襲うまで一秒もかからないだろう。

 

そして、彼女にとって必要な時間はそれよりも短い。

 

「───シッ!!」

 

気合一閃、『井河アサギ』は拳を振るう。狙いは現状脅威となっているガトリングの銃身だ。空気を切り裂き、ただ破壊を求める無骨で合理的な暴力が走る。

 

もしも鉄拳が着弾する瞬間に砲身が腕部から分離(パージ)されなければ、ガイノイドは右腕ごと吹き飛ばされていただろう。

 

拳が、空を切る。

 

『エネルギージョイント接続。ブレードフィールド展開───抜刀』

「……ッ」

 

お返しとばかりに発振器が閃き、ブレードが『井河アサギ』へと迫る。ガトリングが外れた事で、右腕の発振器が開放されたのだ。青白い輝きが視界を埋めていく。目玉が灼熱で蒸発する寸で、ギリギリのタイミングで首を傾け、辛うじて横にやり過ごす。避け切れなかった髪先から嫌な臭いが漂う。硬直する身体を無理矢理動かしガイノイドを蹴り、反動によって距離を取る。

 

『白兵用戦闘プロトコルロード、実行開始』

 

何とかブレードの射程外へ逃れた『井河アサギ』が体勢を立て直すより早く、ガイノイドが追い縋る。振り下ろされた光刃を、地面へ身を投げ出して辛うじて避ける。だがそこへ、ガイノイドは更なる追撃をかける。左右のブレードで切り下ろし、突き、薙ぎ払う。当たれば鋼鉄の義肢ですら容易く溶断されるだろう攻撃が、絶え間なく『井河アサギ』へと襲いかかる。その威力を鑑みれば、距離を取るのが常道だろう。

 

「私に接近戦を挑むのね。上等じゃない!」

 

『井河アサギ』はそう嗤うと、逆に光刃の範囲内へ自ら飛び込んで行く。白兵戦は、オリジナルのアサギが最も得意とする間合いだ。【井河アサギを超え自分が本物だと証明する】ために戦う彼女にとって、自身の土俵でもあるその勝負から逃れるという選択などあり得ないのだ。

 

上下左右から、幾度も必殺の一撃が迫る。今の彼女にはそれを防ぐ手段はない。故に全て避ける事で対処した。

 

振り下ろされた刃はその軌道を見切り、突き出された刃は身体を捻り、横薙ぎにされた位置より体勢を低くする。決して足を地面から離さず、無理のない最小限の動きのみで攻撃を全て回避して行く。

 

攻撃の隙を見つけて一撃、という目論見は早々に破棄した。ガイノイドの動作には、隙と呼べるものが一切存在しなかったからだ。恐らく事前設定(プリセット)された攻撃動作から、隙が生じない組み合せを適宜接続する事で無駄のない挙動を実現しているのだろう。その動きは機械的かつ合理的で、間隙を見い出せるような部分はない。更に機械の躯体が、肉の身体では不可能な挙動を可能としている。多少無理な体勢からでも動きに支障は発生しないのだ。

 

だが動作が正確無比であるのは逆に、()()がなく予測が容易という弱点でもある。凡百の戦士であれば正確な軌道と速度を見切る事が出来ず胴体を両断されるだろうが、今相対している女にとってその程度まやかしと変わらない。

 

最強の対魔忍と同一の身体能力、オリジナルに劣らぬ努力、そして数多の闘いで培った戦闘経験。超一流の戦闘者である彼女にかかれば、『正確な動作』など『予想が容易い児戯』でしかないのだ。肉体では再現出来ない挙動とて、効率重視の動きでは予想もつく。故に、対処法も簡単に思い付いた。

 

白い軌跡を描く剣戟と掌打を交わらせながら、動きを測り先を読み、機を伺う。必要なのは、刹那に全てを流し込む事だ。ただ一点に、全霊を叩き込む事が出来るタイミングをひたすら計る。

 

幾十、幾百……休む事なく手足を振い続け、()をぶつけ合った果ての果て、遂にその時は訪れた。

 

極限まで無駄が省かれた高速の突きを、神速の掌底で迎撃。ブレードではなくその発生元たる前腕部の発振器を握り潰す勢いで掴む。ぐしゃりという音。これでブレードは一つ封じた。

 

『……!』

 

刹那の間隙もなく、逆のブレードが振り下ろされる。刃の先は当然、ガイノイドの枷となった左の義手だ。

 

真っ直ぐ、淀みなく振るわれた剣閃は、無駄が一切ないが故にクローンアサギの掌底に迎撃された。弾かれた腕に引っ張られ、ガイノイドの身体が大きく仰け反る。この闘いの中で見せる最大の隙であり、そこを戦士は見逃す事はない。

 

「ハァッッ!!」

 

気迫で喉を震わせ、鉄脚が槍のように放たれる。真っ直ぐに突出された前蹴りは吸い寄せられるようにガイノイドの胸部へと撃ち込まれ、抵抗の余地なくソレは大きく後ろへ吹っ飛んだ。

 

更に掴まれたままの右腕は、蹴りによって加えられた力に耐えきれず半ばで引き千切れ、無残な姿をクローンアサギの腕の中に残した。

 

『出力最大、緊急制動……!』

 

ガイノイドの背から一際強く火が吹き出し、慣性を打ち消す。逆方向から同量の力を加える事で無理矢理静止したが、その代償に躯体各部に少なくない損傷が発生している。蹴撃による直撃を受けた胸部へのダメージは勿論、反動で右腕も肘から先が失われている。

 

「あら、まだやる気なのね。よかったわ」

 

『井河アサギ』は掴んだままの残骸を放り構えを取る。綱渡りのような紙一重の戦いを繰り広げた後だというのに、息一つ切らさずに。

 

『敵性個体、脅威度を上方修正。遠距離攻撃による対処を至高とする』

「あら、嬉しい事言ってくれるじゃない。判断が遅いわよ?」

 

『井河アサギ』が口角を引き上げ嘲る前で、ガイノイドは半ばで断たれた右腕を真横へと向ける。微かにジジッ…と機械音が鳴ったかと思うと、分離し転がったままのガトリングが飛翔、右上腕に当たる部分へと再接続された。

 

(なるほど。分離、接続も思いのままって事ね。このまま飛ばれたら少し厄介だけど……この距離なら、問題ないわ)

 

彼我の距離を目測し、躯体が飛び上がるより先に肉薄出来る事を確信する。後は、飛翔の隙を与えず詰めるだけだ。

 

自身が勝利する未来図が確定した事にほくそ笑み、地面を思いきり蹴り出す。機を図る必要すらない。既に、場の『流れ』は完全に支配したのだ。

 

前触れもなく突貫してきた『井河アサギ』に対し、ガイノイドの反応は一手遅れた。即座に後退を選択する点は流石と言えるが、相手が悪すぎたのだ。行動の先を奪われ、初速ですら上回られている以上、攻撃を避ける手を、ソレは持たない。

 

一人と一機の予想は、今ここで完全な合致を見る。すなわち、鉄腕の正拳突きによる詰み。逃れる術はなく、外れる余地もない。賽の目は既に投げられた。その目を覆す手段は、()()()()にはない。最高速度で肉薄した『井河アサギ』は、想い描くままにその拳を振るい───

 

 

 

瞬間、ガイノイドが大きく横へ吹き飛ばされる姿を、彼女の瞳は捉えた。

 

 

 

(───)

 

 

瞬間、『井河アサギ』の思考が白紙になる。拳は、またもや空を切ることと相成った。

 

(避けられたいや違う完璧な一撃だった外すわけがそうだ真横にずれてなんで外部からの干渉近くに気配はないヤツ以外誰も見てないつまり敵はこの場にいない遠くからの攻撃つまり狙撃次の目標は───)

 

結論を出した次の瞬間、強烈な衝撃が彼女の身体を駆け巡った。

 

 

△ ▼ △ ▼ △

「フゥゥ……」

 

ゆっくりと息を吐き、()は肉体の緊張を解く。引金を引く指以外の活動を意識的に停止していた身体が、一気に息を吹き返す。

 

次いで、狙撃用に敢えて視野狭窄させていた意識を引き戻す。一点しか見えなかった視界が、俯瞰的な視点へと切り替わる。

 

狙撃に特化した極度の集中状態から戻った事を認識し、再度スコープを覗き込む。

 

「第一射、目標に命中。背部フライトユニットに直撃し墜落。第ニ射は防がれた。障害は健在、しかし敵影は認めず。完全に視界外だ」

『こちらCP、了解。各分隊を目標の確保に向かわせます』

 

俺の報告を聞き、CPが即座に指示を伝達する。一先ずターゲットを地上に引き摺り降ろすことには成功した。これで何とか五分五分まで持ち込むことには成功しただろう。後は彼等次第だ。

 

しかし、この銃……というよりスコープ凄いな。敵の位置予測もそうだが、算出した位置と目標との距離から何処を撃てばいいかも教えてくれる。ガイノイドの行動予測はかなり高い精度だったな。

 

逆に、アサギっぽい奴に対する予測精度はそこまでじゃなかったな。聞いていたように、パターン化された行動でなければ計算も容易ではないということだろうか。

 

さて。一先ず仕事はしたが、この後どうすべきか。ここからだと、ガイノイドが墜ちた場所がビルに遮られて見えないんだが……っと。

 

『δ3、聞こえますか?これより目標の確保を開始します』

「承知した。私はどう動く?ここからでは支援が出来ないが。射線の通る地点に移動するか?」

『はい、次の移動先はこちらで指示します。近くに止まっているバイクを使用して下さい』

「了解」

 

指示を確認してから、バレットM82の分解・格納を手早く済ませ立ち上がる。多分、さっきの狙撃で此方の射点は敵に割れているだろう。万一の事を考えると、さっさと移動した方がいい。

 

ライフルを仕舞ったケースを背負い立ち去る───前に、一度だけ振り返る。俺が聞くことのない銃声の上がる、その先を。

 

ほら、何とかしてやったぞ。後はお前等が頑張る番だぜ、兵士諸君?

 

 

 

△ ▼ △ ▼ △

『状況、確認……』

 

狙撃を受け錐揉みしながら落下したガイノイドは、ぎこちない動きで立ち上がろうとする。しかし、墜落の衝撃で拉げたのか左脚が機能を果たせず、再度地面に突っ伏した。

 

全身をエラーチェックにかけるが、その結果はビープ音の嵐。背部のフライトユニットは大破、躯体もあちこちが破損している。腕部ガトリングやブレード等の武装類は損傷がないため戦闘に支障はないが、これでは逃走は難しいだろう。

 

辛うじて生きていた姿勢制御用の脚部スラスターを稼働させ浮遊し、何とか体勢を立て直す。重荷にしかならない背部のユニットをパージ、躯体重量を軽くする。

 

『索敵、開始。8番から12番、広域スキャン』

 

上空に停滞させていた偵察用ドローンが展開し、半径2kmの範囲をスキャンし始める。最優先すべきは横槍を入れた狙撃手、次いで相対していたサイボーグだ。

 

サイボーグはすぐに見つかった。生死までは確認出来ないが、先程戦闘していた地点と位置座標はほぼ変わらない。

 

だが、問題の狙撃手は影も形もなかった。狙撃に適した地点は把握しているにも関わらず、その全てに生体反応なし。それどころか、発砲形跡のある狙撃銃すら範囲内に存在しなかった。

 

これはつまり2km圏内に狙撃手が存在しないという事であり、あの射撃は2km以上の超遠距離から行われたという事実を示していた。

 

『脅威レベルを再設定、敵スナイパーを脅威Aと認定し、退避ルートを……』

 

ガイノイドの言葉が、ふと止まる。追走していた軍用車両とは別に、一般車両と判断したバンがニ台、猛烈な勢いで接近しているからだ。更に軍用車両も別方向からガイノイドがいる路地へと向かっているのが確認出来た。

 

フライトユニットが破壊された今、先のように高速での移動は出来ない。浮遊に用いている脚部スラスターはあくまで姿勢制御用の物であり、精々一般人が走るのと同程度までしか速度は出せないのだ。逃走しても追い付かれる事が目に見えている以上、採るべき選択肢は迎撃一択である。

 

 

そこへ、靴がコンクリを叩く音が鳴り響く。

 

 

一歩一歩、少しずつ近付いてきた()()は、一対の拳銃()を突き付けて、口角を不敵に引き上げた。

 

 

「よう。どちらが早いか勝負だぜ、タフガール?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




お久しぶりです。1月1話って言った途端これだよ。本当に、申し訳ないっ。出来れば今年中にはこの話終わらせた所存。

前回「銃撃戦増えると思う!」って言っといてすぐにサイバネバトル繰り広げてるのがなぁ…銃撃戦シーンが参考にならねえ(自業自得)



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Dirty Worker

皆さん、明けましておめでとうございます(激遅)。

更新めちゃくちゃ遅れてすみませんでした。まさか年どころか年度が明けてしまうとは…マスターデュエル、面白いよねっ(目そらし)

本当は今章を一気に投稿したかったんですが、筆が全く進まなかったのでストックある分だけ投下します。


浮遊感と目まぐるしく移り変わる視界から、どこか他人事のように自分が吹き飛ばされた事を理解する。

 

次いで、激痛。

 

「ガッッ」

 

背中がコンクリートに叩きつけられ、肺腑から空気が漏れる。痛みと痺れが全身を覆う感覚に眉を顰めるが、瞬間ゾクリと怖気が走った。脳が判断するよりも早く脊髄が隷下の肉体に逃避を命ずる。右手を使って身体を押出し、近くの遮蔽物へ滑り込ませる。

 

「ぐ、うぅ……何……が、起こった……?」

 

遮蔽物に隠れ身を伏せながら、クローンアサギの思考はようやく急転する状況へと追い付く。

 

敵からの攻撃、狙撃だ。意識の外から完全に不意を突かれた。それにあの威力、通常のライフル弾ではないだろう。ガイノイド用の武装と考えれば、恐らく対物ライフル……。

 

「……チッ。左手がやられた」

 

思考と並行し身体をもぞもぞと動かしていた彼女は、思わず舌打ちした。自慢の左腕が、肩付近まで無くなっていたのだ。

 

引き千切られた跡が残る外装と火花を散らし垂れ下がるコードを見れば、原因は明らか。敵の狙いは精確に彼女の頭部を捉えていたはず。尋常ならざる思考速度と、本能的に動いた左手が彼女の命運を分けたのだ。

 

「……HQ、聞こえる?」

『此方HQ、作戦行動は可能ですか?』

「ええ、まだ行けるわ。状況は?」

 

右腕、損傷なし。左腕、全損。右脚、関節部に軽度の破損。左脚、接合部に痛みがあるものの駆動に支障なし。

 

『長距離からの狙撃により、目標は撃墜。現在A、B両小隊が交戦中ですが、敵部隊の妨害に遭い、膠着状態です。敵狙撃手は先の射撃後沈黙を保っています』

 

各部演算能力、50% まで回復。左腕欠損と併せ【ネメシス】の再使用は出来ないが、高速機動は可能。

 

「狙撃地点の割り出しは出来てる?戦術マップに反映してちょうだい」

『あ、えぇ……了解しました。しかし……』

「何よ、言いたい事があるならはっきり、と……」

 

クローンアサギの網膜へ、戦域を俯瞰した戦術マップが表示される。更に追加される形で、予測される狙撃地点を表す点が打ち込まれる。問題は、その点が遥か先にある事だ。

 

「3kmも離れてるじゃない……これ、本当に合ってんの?」

『計算通りならば、この位置で間違ってないはずです……』

 

それでも自信はないのだろう、オペレーターもどこか懐疑的な返答になる。当然だ。それは携行火器の中でも超大な射程を誇る対物(アンチマテリアル)ライフルの攻撃範囲すら超えているのだ。恐らくはガイノイドの索敵を逃れるためだろうが……

 

そこまで離れた距離から人間大の目標に、しかも戦闘中の高速機動下で当てる……?

 

「相手になるのはガイノイドくらいだと思っていたけれど……ふふっ、骨のある奴もいるじゃない。それで、どう動くのかしら?目標の確保、それともスナイパーの排除?」

『……いえ、貴方は此方の部隊と合流し、至急目標を確保して下さい』

「あら、いいの?貴方達の飼い犬が、大口径弾の餌食になるわよ?」

『貴方に狙撃手狩りをさせた処で、目標を確保できなければ意味はありません。先の接敵時、敵方には()()アイナ・ウィンチェスターが確認されています。幾ら精鋭とはいえ、我々では越えられないかもしれないのです』

 

アイナ・ウィンチェスター。二丁拳銃の名は米連内では知らぬ者もいないほどに轟いている。間違いなく、情報軍が出した切札だ。先の戦闘でも、発生した死傷者の過半数は彼女の放った弾丸によって生成されたのだ。

 

 

『幸いな事に現在の戦闘地点は遮蔽物が多く、有効な狙撃地点は限定されます。推定されるポイントは此方で監視しますので、貴方の様に不意を打たれる事はありません』

「へえ……言ってくれるじゃない」

 

生真面目な声音から放たれる皮肉に、クローンアサギは思わず口角を引き上げた。幾ら敵が索敵範囲を遙かに超えていたとはいえ、不意打ちを喰らった事実は変わらない。その皮肉に言葉で返すのは、自分自身で泥を塗るようなものだった。

 

とはいえ、指示自体に否やはない。現在目標が存在しているのは四方をビルに囲まれた場所。敵の狙撃手が如何に優秀であろうとも、この条件下であれば近接戦闘を得手とするアイナ・ウィンチェスターの方が脅威となるだろうという判断だった。

 

了承の意思を示し、クローンアサギは仰向けからうつ伏せに体勢を変え、手足に力を込めて身体を地面から浮かせる。それはまるで、引き絞られた弓弦のよう。

 

「───ッッッ!!!」

 

鏃が、放たれる。

 

 

△ ▼ △ ▼ △

所変わって、とある高層ビルの正面玄関前。広々としたロータリーがありちょっとした広間になっているそこは今、フルメタルジャケットが飛び交う戦場と化していた。

 

「クッソ! アイツらここ迄来て邪魔しやが───ガッ!?」

「ジョエル!?このアホが、γ7が被弾した!とっとと下がらせろ!邪魔になる!」

「伏せろぉ!20mm弾の斉射が来るぞぉ!」

「クソ!誰か手を貸せ!数が多過ぎて、敵部隊を抑えきれない!」

 

s分遣隊員の怒号が発砲音に掻き消され、血と硝煙の臭いが混ざり合う。

 

彼等の状況は、かなり瀬戸際と言える所まで来ていた。

 

対象ガイノイドと敵サイボーグへの狙撃によって何とか土俵に引き摺り下ろす事は出来たが、ガイノイドの武装は健在な上にG機関と思われる連中の増援まで到着してしまった。

 

乗ってきた装甲車やビルの支柱を盾に使いながら凌いでいるが、ガイノイドに所属不明部隊との三つ巴により部隊員の消耗が激しい。

 

「さて、どう出るべきか……」

 

身を隠したまま、大尉は独り呟く。このまま手をこまねいていてもガイノイドには武装の性能、敵部隊には数で劣るs分遣隊は早々に潰されてしまうのは目に見えている。純粋にジリ貧なのだ。

 

「CP、コチラγ1。δ3の状況は?」

『コチラCP。δ3は現在次のアンブッシュポイントへ移動中です』

「次?こんな高層ビルに囲まれた場所を狙撃できる場所はあるのか?」

『狙い撃てる射角は狭いですが、2ヵ所程ピックアップ出来ました。あと5分程で到着する見込みです』

 

オペレーターから齎された朗報。あの大火力による直接火砲支援(ダイレクトカノンサポート)の再開を前に、しかし大尉の内に湧き出す焦燥感は止まらなかった。

 

何故だ、と思わず自問する。

 

射角が狭い事?───(NO)、その程度、我々で幾らでもカバー出来る。

 

ならば時間か?───(NO)、時計の針が味方になる以上、それは希望だ。

 

ならばならば、狙撃地点が少ない事か?───(NO)、射線が通るだけで十二分、逆算出来た位置の少なさなど問題、外……?

 

(逆算……計算?)

 

「……そうか。奴らにも位置は割れてしまう、ということだな」

 

それは、閃きのような連想だった。今δ3が向かう狙撃地点はCPが戦闘地点から逆算して導き出したものだ。敵も彼らと同じ米連所属の特殊部隊ならば、其方も同様に予測できていると見るべきだ。恐らく既にその場所は敵の手の内、下手をすると死地になっているだろう。

 

しかし、一つ疑問が残る。今狙撃地点に向かっているのは人一番警戒心が強い対魔忍だ。この程度の事、すぐに気付きそうなものだが───そこまで考えた所で、一つの可能性に思い至る。

 

「CP、δ3に我々の現在地点は直接伝えたのか?」

『…?いえ、次に向かう地点を指示しただけですが?』

「ああクソッ、そういうことか!」

 

つまり、情報の齟齬だ。彼は戦場を直に見ていない。何処へ向かうべきか、という情報しかなければ危険性に気付くことすら出来ないのは道理だ。

 

このままでは、彼は確実に死地へと飛び込むだろう。それだけは避けねばならない。現状、あれは貴重な戦力だ。そんな事で失う訳にはいかなかった。

 

「いいか、目標地点は破棄しろ。そして我々の位置と状況を再伝達しろ。直ぐにだ」

『よ、よろしいのですか?』

「構わん、そうするのが正解だ」

 

急ぎCPに指示の再伝達を命じる。これで、あの対魔忍は敵の目を搔い潜り状況を打破する方法を考えるはずだ。

 

彼は弱い。貧者で劣等であるからこそ、あれは全てをひっくり返す切札(ジョーカー)足り得るという事を、これまで積み重ねた経験が彼に告げているのだ。

 

(ならば、ここは様子を見つつ時間稼ぎに徹するべきか?)

 

現状、互いに大きな損耗がないまま膠着状態にある。対物ライフルによる支援が加われば、間違いなく天秤はこちら側に傾くだろう。ならば、δ3の到着を待ち、それから攻勢を仕掛けるのが一番確実な方法だろう。

 

(だが、些か消極的すぎる。あちらが先に仕掛けた場合、後手に回る可能性があるな)

 

問題は、敵の底が未だ見えない事。もし敵にまだ予備戦力が存在したら、もしくは強力な装備を持ち込んでいたら───考え出したらキリがない。

 

更に言えば、δ3が配置完了するまでの時間も読めない点もマイナスに作用するだろう。アレの能力は信用に値するが、対処方法や手段を丸投げしている以上、速度は望めない。数分か、十数分はかかると見ていいだろう。

 

課題は積載し、まるで薄氷の上を歩むようなギリギリの状況が続く。だが、それを考え、可能な限りの対策を用意するのが、部隊長である彼の仕事だ。

 

出来るだけ顔を出さない様にしながら、大尉は前線へと目を向けた。隊員達が遮蔽部に身を隠しながら敵勢力へ反撃を行っている、更にその向こう。銃弾のカーテンの先。

 

 

独り突出したアイナが、機械人形へ鉄火を巻き上げる姿があった。

 

 

 

△ ▼ △ ▼ △

「おおおぉぉぉぉッッッ」

 

雄叫びを上げると同時に、アイナの両手に収まる拳銃───ベレッタM92Fが銃声を轟かせる。彼女は絶えず引鉄を引き続け、怒涛の勢いで弾丸を叩き付ける。

 

対するガイノイドは、眼───アイボールセンサーを庇うために左手を顔の前へ翳すのみ。それだけの動作で、皮膚を模した複合装甲が9mm弾頭を全て弾いてしまう。

 

「チッ!頑丈な人形だぜ、9mmじゃ傷も付かねぇ!」

 

思わず愚痴が零れる。ここまで接近出来ても、攻撃が通らなければ意味がない。いっそ小気味の良い音を放ちながら地面へと転がる弾頭を目の前に、彼女に出来る事はそれでも銃弾を放ち続ける事だけだった。

 

この戦場にいるのが彼女達のみだったら、だが。

 

「今だ!撃て、撃てぇっ!」

「ちっ!」

 

アイナの右方から怒声、続いて多数の銃声が鳴り響く。咄嗟に地面へ身体を投げ出し、回避。左腕に走る痛みを無視して地面を転がりながら、ビルの影へと転がり込む。

 

「あぶねぇあぶねぇ……流石にタイマンしてる余裕はねえか」

 

慎重に覗き込んでみれば、アサルトライフルの一斉射をレーザーブレードで凌ぐ姿が見える。圧倒的な熱量で弾頭を弾いているのだ。

 

こっちの(9mm弾)は装甲を抜けねえ、かと言ってあっちの(5.56mm弾)はあの剣で焼き切れちまう。さて、どうしたもんか)

 

アイナは両の掌に収まる銃へ目を向ける。M9拳銃、アメリカ軍で広く採用されていたベレッタ92Fだ。

 

使用弾薬はオーソドックスな9x19mmパラベラム弾で、アイナの細腕でも問題なく扱うことが出来る点、更に利き手を選ばないマガジンリリースボタンを標準装備し、採用年数の長さから部品が豊富に流通し換えが効くという点等から、アイナも普段使いしている傑作銃の一つだ。

 

しかし、幾ら優秀であっても相手が悪過ぎる。ガイノイドの防弾装甲の前では、拳銃のみで戦車に立ち向かうのと同義であった。

 

その解決手段として用意した対物ライフルはこの局面では実質無力だ。四方を遮蔽物に囲われた狙撃に適さない地点で交戦中の上、尚且狙撃手は未だ移動中ときた。これで仕事しろというのは、土台無理な話である。

 

とはいえ、この盤面まで追い立てた段階で彼は役目を果たしている。部隊の切札(エース)として、あれはアイナが打倒すべき相手なのだ。

 

(チマチマ撃ち合っても埒があかねぇ。無理にでも近接戦に持ち込むしかねえか)

 

生身のアイナにとって、ガイノイドの武装は全て脅威だ。ガトリングの弾丸一つ掠れば身体の一部がもぎとられ、ブレードの一閃で容易く溶断されるだろう。だからこそブレードが届かず、ガトリングも取り回し辛い距離で立ち回っていたのだが───

 

(ほぼゼロ距離で弾丸を目玉か、破壊されてる右腕に直接当てる………これしかねえな)

 

ガイノイドの装甲は頑強だが、一皮剥けば精密機器の塊だ。小口径の拳銃弾だろうと、内部に撃ち込めれば致命的な損傷を負うだろう。

 

アイナからの銃弾から(カメラ)を庇った以上、その部位に防御能力がないのは確定的だ。また、サイボーグとの戦闘で引き千切られた右腕はケーブルが剥き出しで、応急処置すらされていない。明確な弱点は、その2箇所だけだ。

 

「ヘヘッ、こういう時アイツのリボルバーが欲しくなっちまうんだから、我ながら現金だな」

 

大口径こそ正義と称する仲間の顔を思い出し、笑いが漏れる。そんな中、唐突に無線にノイズが走りイヤホンから音が吐き出された。

 

『───此方γ1。δ1、生きているか?』

「此方δ1、ピンピンしてるよ。横からちょっかいかけられたにしちゃ上々だぜ。で、わざわざ何の用だ?」

『状況の確認と、伝達事項が一つある。目標の確保は出来そうか?』

「正直、今のままだと厳しいな。9mm弾じゃ圧もかけられねぇ。()()()()はまだ温存すんのか?」

『もう少し待て。せめて横槍を抑えられる状態まで持って行きたい』

「あいよ。で、伝達事項ってのは?」

 

会話を続けながら、ガイノイドと敵部隊の隙を伺う。

 

突撃銃では埒が明かない事に気付いたのだろう、一人がグレネードランチャーを構えているのが見えた。だが、構えたと同時にガトリング砲の斉射を浴び、付近で射撃していた兵士と共に細切れになる。

 

(何でわかったんだ……そうか、索敵用のユニットは残ってるのか。遮蔽物に隠れただけじゃ行動は筒抜けってことだな)

 

アイナは即座に、初動を見抜いた理由を看破する。彼女からは見えないが、上空では数機のドローンが周囲の状況をガイノイドに伝達し続けているのだろう。屋内に入るか、せめて天井がある場所でなければ、ガイノイドの()から逃れる事は不可能だろう。

 

煙幕張っても無駄だろうしなぁ、とカタログスペックから推察してから、大尉との会話に意識を戻す。

 

『δ3への指示を変更した。少なくとも数分は火力支援が行われない』

「あぁ?何だ、狙撃地点の目星は付いてんじゃなかったのか?」

『最適地点が限定されているからな。敵にも悟られている可能性が高い。下手をすれば、δ3が鴨打ちにされる』

「あー……そりゃマズイなあ。んで?どうするつもりだ?」

『奴に任せる』

「ハァ!?」

 

あんまりな発言に、アイナは思わず目を剥く。この極限の状況下で、唯一と言える予備戦力に指示を出さず遊ばせる等正気の沙汰ではない。コイツ頭可笑しくなったのか?とアイナは眉を顰めた。

 

「おいおいおいおい……まじか。正気か?」

『大マジだし、私は正気だ』

 

アイナの疑心に対し、大尉は大真面目に答える。対面で話していたならば、胸を張っているのが容易に想像出来るような自信に満ちた口調だった。

 

『現状、奴に狙撃を行わせるリスクが大き過ぎる。かと言って、我々に合流させて純粋な戦力として加えた所で旨みがない。だから、奴自身に決めさせるのさ。奴の能力を100%活かす選択を』

「……随分アイツを買ってるんだな。良いのか?こんな土壇場でギャンブルする事になるんだぞ?」

対魔忍(あそこ)に置いておくには惜しい人材だと思っている。それに、お前も好きだろう?ここ一番での大博打は』

「……ハ」

 

思わず、呼気が漏れる。付き合いは短いが、本当に食えない男だと思った。

 

「当たり前だろうが!いいぜ、その賭け乗った!」

『フッ。決まりだな』

 

ああ、なんて大馬鹿なんだろう。自分も、コイツも。わざわざこんな博打を、よりにもよってこのタイミングで打って。

 

楽しそうに笑うだなんて───!!

 

「よし、そうと決まればもう一仕事だ。行ってくるぜ」

『了解した、敵部隊は何とか抑えよう。お前にはやってもらわなければならない事が残っているんだ。死ぬんじゃないぞ』

「了解!!」

 

意気揚々と言葉を返し、アイナは立ち上がる。リリースボタンを押して弾倉を引き抜き、残弾数をそれぞれ確認。掌を使ってガチンと叩き込む。

 

直後、銃声が圧を増した。見ればガイノイドを攻撃していた部隊に、大尉率いるs分遣隊が攻撃を仕掛けている。アイナは物陰から飛び出した。

 

「!!」

 

右手の銃を乱射しながら全速で突撃。レザブレの射程ギリギリでガイノイドの右手側へ周り込む。この近距離なら機関砲なぞ無用の長物であり、そちら側のブレードは破壊されている。狙わない手はない。

 

ガイノイドは冷静に此方の動きを読み、砲身を盾に弾丸を弾く。アイナに背後を取らせまいと、アイナと向き合おうとする形で回転を始める。

 

ガチンッ!とスライドが後退して停止する。弾倉の残弾を撃ち切ったのだ。それと同時に、逆の手に持っていた銃口が閃光を放つ。

 

ガイノイドを中心に走りながら、アイナは片手で冷静に装弾作業を行おうとした。空になった弾倉を破棄し、ベルトのマガジンポーチに入っている弾倉を抜き取り、器用にも片手で装填を行おうとする。

 

その瞬間だった。アイナの動きに追随していたガイノイドの躯体が一瞬ブレる。ワルツを踊るかの様に逆方向へ身体を回転させ、左腕のブレードを放ったのだ。ちょうど、アイナが自分からブレードの軌道へと飛び込むような位置に。

 

その動作をアイナの知覚が捉える事はなかった。だが彼女の身体は、迫りくる死を理解していた。生き残る為に最適な方法を、彼女の思考とは別の領域で、彼女の本能が選択する。

 

完全な無意識下の選択の結果として、アイナの脚は地を蹴る。置いてけぼりだった彼女の理性が全てを理解したのは、その身体が白刃の上を舞う、その只中であった。

 

刹那、一人と一機の視線が交差する。互いに必殺の間合いでありながら、何方も行動を止めることは出来ない。ガイノイドは腕ごとブレードを凪いでいる最中であり、アイナも側宙のため身体の全機能を集中させたばかりである。

 

 

ただ、兵士としての本能だろうか。跳躍しながらであっても、アイナの掌に収まるそれは、銃口を真っ直ぐ敵へと向けていた。

 

 

彼女のみに許された、ただ一回きりの権利。アイナはそれを逃さず、機を余さず、人差し指を引いた。

 

 

『あぐっ……!』

 

ガイノイドが呻き、僅かによろめく。その隙にアイナは着地。銃を構え直して、先程まで乱射していた銃のスライドが後退している事に気付いた。

 

(あっぶね、ちょうど弾切れだったか)

 

後一発足りなかったら好機を逃していた事実に冷や汗をかきつつ、それをおくびにも出さず弾倉を再装填する。

 

『……』

「おいおい、せっかく一発ぶち込んでやったってのに反応薄いなぁ。」

 

左手で損傷箇所を押さえるガイノイドを揶揄しながら様子を見る。ダメージが通る部位を破壊出来たとはいえ、所詮一撃だ。小口径の拳銃弾では内部への影響なぞたかが知れているし、(カメラ)を一つ潰した程度でしかない。重要なのは、ここから如何に立ち回るかだ。

 

大目標は単純だ。ガイノイドの確保、もしくは破壊。

 

そのためにアイナが出来る事は何か。残った眼を破壊する。破損した腕から弾丸を中に叩き込む。左腕の発振器を壊せば戦いが有利になるだろうし、生命線であろう脚部スラスターが使えなければ逃走を封じられるだろう。

 

用意された()()()を使う事が視野に入って来た事を理解しつつ、どう詰めていくか検算する。後一歩、後一歩で届くところまで来たのだ……!

 

間近に迫った勝利への高揚感で、心臓の鼓動が早くなる。ドクドクと血液が全身を駆け巡り、同時にエネルギーが細胞一つ一つに供給されるような錯覚すら覚える。身体中が燃えるように熱い。

 

この得も言えぬ全能感こそ、戦場でしか得られない生の実感───!!

 

「さあ、もう一踊り付き合って貰うぜ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら、それなら私も混ぜて貰おうかしら」

 

 

「!?」

 

研ぎ澄まされた戦士の勘が、アイナの身体を横へと投げ出させた。直後、彼女の頸があった空間を鋼鉄が薙ぐ。

 

「チッ!今度は何だ!?」

 

地面に転がった状態から全身をバネのようにして立ち上がる。刹那の内に体勢を立て直し銃口を闖入者へと向ける手際の良さは、流石と言うべきだろう。

 

だが、その先に立つ姿───正確にはその顔に、驚愕する。

 

「な、井河アサギだとぉ!?」

 

何故か四肢が鋼鉄の義肢であり、更に言えば左腕が中途から引き千切れているものの、その顔形は間違いなく対魔忍の頭領『井河アサギ』その人である。

 

「そうよ。私こそ『井河アサギ』。その名を名乗るべき、唯一の人間よ」

 

違和感のある言い回しで、その『井河アサギ』は自らをそう称する。だが、アイナはその言葉を聞いて嘲り笑った。そもそも前提条件が間違っている。井河アサギ含め、対魔忍は()()()だ。

 

「はんっ、そんなチャチな嘘に俺が騙されるとでも?どんなバカだってな、井河アサギの腕が鉛で出来てねえ事くらい知ってんだよ!」

「……ッッ」

「わざわざ自分で『私は井河アサギです』って名乗るなんざ、どんだけ意識してんだよ!もしかしてあれか、クローンのアサギさんか何か?」

「黙れぇ!!」

 

激昂した『井河アサギ』が神速の手刀を繰り出す。だがその攻撃は既に予想済み。接近に伴い身体が移動する線上に、敢えて頭部に向かうように弾丸を撃ち込む。

 

『井河アサギ』を名乗るだけの事はあって、至近で放ったはずの弾丸はその鉄腕を翳すだけで全て弾かれる。だがそれも狙い通り。勢いを僅かに失った隙を逃さず、隻腕へ飛び付き、肘を極めて動きを封じる。

 

「へっ、お前みたいなのも引っ張り出して来るとはな!G機関は数の暴力ってか!」

「チィッ!情報軍の玩具(おもちゃ)がぁ!」

「うぉ!?」

 

『井河アサギ』は苛立たしげに声を荒立たせると極められているはずの腕を大きく振るった。ほぼ完璧に近い極め技を、圧倒的な膂力で無理矢理抜け出したのだ。

 

腕から弾かれたアイナは、空中で一回転し難なく着地。銃口を『井河アサギ』へ向け直す。

 

「さて、仕切り直しと行こうか?」

「雑魚が……!」

 

飄々としたその様子が癇に障ったのか、舌打ちを一つ。

 

『井河アサギ』が放った正拳突きに、右手に持った銃のスライドを当ててベクトルを逸らす。同時、放たれた鉄腕によって生じた死角に左手を置き、銃を撃ち放つ。まるで西部劇でガンマンが見せる抜き撃ちのように。

 

発射された弾丸は狙い通り鎧われていない胴体へと向かい、咄嗟に引き上げられた『井河アサギ』の膝で迎撃される。

 

視覚では捉えられず、聴覚では間に合わない。戦士として積み上げた直感が、その不意打ちを予感させ、彼女の身体を動かしたのだ。

 

攻撃の失敗を悟ったアイナは距離を離そうと脚に力を込める。完全な不意打ちすら防御された以上、インファイトでの撃ち合いでは勝ち目が薄い。この一瞬の攻防で、アイナはそう結論付けた。

 

それ故の後退であり、同じ結論を出した『井河アサギ』が追撃にかかるのは、寧ろ必然と言える。

 

防御の為に持ち上げられた脚を、水平に伸ばす。言葉にすればそれだけの行為も、空気を切り裂く程の速度で放たれれば話は別だ。

 

「────ッ」

 

驚愕、衝撃、恐怖───刹那に湧き出た感情を全て一息に乗せ、それでも兵士として練磨された肉体は最適な行動を取る。

 

後ろへ向けていた力のベクトルを無理矢理横へと変更し、更に首を同じ向きへ傾ける。

 

刹那、微かな痛みと共に真横を暴風が通り抜ける感覚。頬の肉が僅かに抉られた痛みと共に、アイナは辛うじて蹴撃から逃れた事を理解した。

 

そして、攻守は入れ替わる。無理な挙動の代償として地面に倒れ込みながら、アイナは残弾を全て吐き出す。禄に構えも取れていないため狙いは定まらないが、それでも大半が直撃コースに乗っているのは二丁拳銃の面目躍如だろう。

 

最初の正拳突きと追撃のために、『井河アサギ』の右手脚は伸び切って動けない。左腕が破損している以上、残るは軸として残した左脚のみ。

 

防御も回避も不可能。命からがら反撃を躱し、危険を冒した報酬に必殺を期した詰み手をもぎ取った。

 

それでも、アイナにはその牙が届くビジョンが一切浮かばなかった。

 

「───ハッ」

 

そして、短くもハッキリと放たれた嘲笑がその予感を証明する。

 

『井河アサギ』は軸足として接地させていた左脚を僅かに撓ませ、高々と跳躍した。その身体は刹那の内にキリングゾーンより抜け出し、鉛の弾丸達は虚空を切り裂きながら暗闇へ消えていく。

 

「ぐぅ……!?」

 

無理な体勢で射撃を行った代償だろう。ろくに受身を取る事が出来ず、アイナは吸い込まれるように地面に激突する。一方で、『井河アサギ』は音も立てずに着地した。

 

「……これがあのニ丁拳銃(トゥーハンド)?そんな鈍らじゃ、私に届きはしないわ」

 

何処か呆れたように、『井河アサギ』は無様に地に伏したアイナを嘲る。

 

(クソッタレが……好き勝手言いやがって)

 

素早く立ち上がりながら、アイナは内心舌打ちする。しかしどれだけ腹が立ったとしても認めなければならない。()()は、自身よりも遥か格上だ。逆立ちしても手が届かない程度には。

 

リリースボタンを押して弾倉を破棄し、鉛玉が満載された弾倉を装填する。スライドを引き弾丸を薬室に送り込む。『井河アサギ』は、その様子を見ているだけだ。思わず舌打ちが漏れる。

 

(どうする……アレで攻撃が当たらないなら、並大抵の事じゃ俺の弾丸は通じねえ。そもそも正面戦闘じゃ勝ち目は薄いか?クソが、片腕失くした状態でそれかよ……!)

 

例え偽物であろうとも、()()井河アサギと同等な相手に対し渡り合えているのは、ひとえに彼女の左腕が破壊されているからに他ならない。

 

もし万全の状態ならば、アイナは先の攻防で死亡、良くて瀕死の重傷を負っていたことだろう。更に言えば重力場発生装置【ネメシス】により、そもそも同じ土俵に立つことすら不可能だろう。今二人は互角なのではない。辛うじて渡り合えているだけなのだ。

 

(だが、まだ負けた訳じゃねぇ。そもそも、俺達の目標はコイツじゃないんだ。勝てなかったからって、大した問題にはならねぇ)

 

岩壁のように聳える圧倒的実力差を前にして、それでもアイナの心は折れない。彼女()の勝利条件は、『井河アサギ』含む敵性勢力の撃破ではない。逃走したガイノイドの確保若しくは破壊だ。この戦闘そのものはあくまで障害排除の()()であり、大目標は以前変わらない。

 

アイナは腹の底に屈辱に対する怒りを仕舞い込み、冷静に自身の置かれた状況から道筋を立てる。 

 

(奴等をここで足止めして、その間に目標を確保するのが一番か。アイツとタイマン張るよりは遥かに目がある)

 

(だが、井河アサギモドキを抑えきれるか?俺が目標を確保する場合、残りの面子じゃ絶対無理だ。俺とδ分隊で足止めに回って……γ分隊だけであの装甲を抜けるのか?───クソッ、あと一手足りねえ……!?)

 

どう考えても、現状の戦力ではあと一歩届かない。格上を相手に二面作戦を展開するには、幾ら精鋭揃いと言えど数も質も足りなかった。

 

そして、時間すらも彼女に味方しえない。

 

「あら、だんまりかしら?ならこっちから行くわよ?」

「クソっ……!」

 

余裕の表情で、『井河アサギ』はそう宣う。そこには、先程までの苛立ちは欠片も感じられなかった。まるで、小動物の前で舌舐めずりする獅子のような目をアイナに向けていた。

 

『井河アサギ』はアイナへと足を踏み出し───大きく後ろへと跳んだ。

 

直後。轟音が鳴り響くと同時に、空気を両断しながらナニカが其処を突き抜けた。

 

「これは……まさか!?」

「ハ、ハハッ。あの野郎、そう来たか……!」

 

『井河アサギ』は驚愕の表情を、アイナは喜色の笑みを浮かべながら、同じ方向を見る。戦場と化したビルのエントランスに面した道路。

 

そこには、片膝を突きながら対物ライフルを真っ直ぐ此方へ向ける戦士の姿があった。

 

『───ジャストタイミングだな』

 

僅かなノイズの後、平坦な男の声が無線から聞こえた。思わず、アイナは笑みを深くする。

 

来たのだ、口数の少ない格好付け野郎が。状況を伝達され、瞬時に()()()()()()()()()()()()()という結論を導いて。狙撃手としてのメリットを打ち捨てることで、この戦況で足りない最後の一手を届けるという最適解を引き当てた。

 

最大戦力である『井河アサギ』、謎の敵対勢力、確保対象のガイノイド。全てを抑えるための駒が今、揃った。

 

それを直感して、アイナは敢えて叫ぶ。

 

「……何がジャストタイミングだ!来るのがおせーよ、バーカ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




以前の戦闘シーンで書き忘れてたアイナの装備、どうするか迷ったのですが、リボルバー二丁持ちでリロード出来るビジョンが浮かばなかった(決アナイラスト)のと、デザインが近未来すぎて構造が想像出来なかった(RPGイラスト)ので、既存火器からそれっぽいのを見繕いました。

書き始めた時は考えてもなかったけど、ガイノイドとクローンアサギが強過ぎてアイナをどう立ち回らせるかが難しいですね…この戦場パワーバランス悪すぎん?

もう一話だけストックがあるので、数日中にそっちも上げられると思います。もう少々お待ち下さい。

あと、かなり前にご指摘頂いたので、序章4話に書いた銃器の説明を書き直しました。これで少しは読みやすくなってる……といいなぁ……


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INFORMATION HIGH

数日と言いながら一週間越えちまったぜ…

前回は久しぶりの投稿だったにも関わらず、沢山の方が見て下さったようで、日刊&週刊ランキングに載ることが出来ました。ありがとうございます!誤字脱字をしていただいた方も助かってます。

というわけでストック投下します。受け取れ、最後の弾薬だ!


端的に言えば。

 

俺がわざわざ戦闘中の前線へと馳せ参じたのは、そこが一番安全だからである。

 

勿論最前線は現在進行系でドンパチの真っ最中であるため、『比較的に』という但し書きが必要だが。当社比と言う奴だ。

 

CPより改めて伝達された情報から考えれば狙撃に使えるポイントは多く見積もっても3,4箇所程で、敵にも把握されているだろう事はすぐに想像出来た。どう考えても囲まれて袋叩きしか未来が見えない。

 

だからといって、逃走を選択する場面でもない。戦況は五分であり、攻勢を誤らなければ有利に立てる盤面だ。

 

ここでガイノイドがG機関に渡り、回収した何らかのデータで新兵器が開発される可能性がある以上、後々の禍根を低リスクで排除出来る現状を投げ出す必然性は薄い。

 

狙撃は危険、逃走は無意味。故に、あえて近付く。

 

監視の目が狙撃可能地点に集中している?逆に考えるんだ。それ以外の監視は薄くなっていると。

 

目論見はドンピシャリ。途中でバイクを乗り捨てこっそり接近したお陰で、バレずに戦闘へ介入することに成功したわけである。

 

まあ、アサギモドキが復活したのは予想外だったが。無線封鎖していたせいで情報が届かなかったんだよなぁ。本来ガイノイドへ撃ち込む筈だった初撃をそちらに使ってしまったのは手痛い誤算だった。

 

まあそれでも、何とかウィンチェスターが抑えられる程度には消耗しているらしい。今回の作戦、アレが一番ネックだったからな。正直ウィンチェスターとの戦力比は五分とは言い難かったが、俺がガイノイド確保してトンズラするまで保てばいいから何の問題もない。

 

それはさておき。

 

俺の参戦で天秤が傾いた事を理解したのだろう、ガイノイドは逃走を開始。まあこれは予想通りではある。姿勢制御用スラスターのリミッターを解除し一目散に逃げる姿はいっそ賞賛する他ない見事な逃げっぷりだった。

 

躯体の状況から逃走能力も長持ちしない事は想像に難くない。それ故に『敵の殲滅』という方針を取ったのだろうが、奴の装甲を貫ける俺が到着した事でその目論見も御破算。『ガイノイドと敵勢力の分断』に成功した。

 

後はウィンチェスター達にアサギモドキ含めた敵部隊を足止めしてもらい、その間に俺がガイノイドを追い回して限界になった所で確保───するつもりだったんだが。

 

 

何でサイボーグが俺を追撃してきてるんですかねぇ!?

 

 

△ ▼ △ ▼ △

夜が深まり、人通りがなくなった国道を1台の大型バイクが疾駆する。赤々と輝くテールランプはまるで彗星のように光の尾を引き、エンジンは高々と咆哮を撒き散らしている。

 

法定速度を明らかに超過している二輪車の主たる仮面の男───田上宗次は、雄々しき疾走を披露する反面内心では怯懦に打ち震えていた。

 

(いやいやいやむりむりむりアサギモドキが相手とか俺死んじゃうんですけどぉぉぉぉ!?!?)

 

一瞬サイドミラーに目をやれば、豪速で過ぎゆく街灯に紛れちらちらと人影が映り込む。観察する余裕があれば、その人影が跳躍しながらこちらに近付いているのが見えるはずだ。

 

現在の速度はざっと時速200km、新幹線の表定速度より若干下回る程度だ。それでも、黒い影は一切離れる事なく、逆に少しずつ彼に迫っていた。

 

(クソッ、この!おま、ふざけ……この速さに追い付いてくんじゃねえよ!こちとらビビリながら走ってるってのに!)

 

高速で走る新幹線の窓から手を出そうとする者はいない。それが危険か、誰かに教えられるまでもなく理解出来るからだ。だが彼は今、その危険性を理解しながらも全身を烈風の中に晒している。

 

もし間違って転倒しまえば、幾ら対魔忍と言っても碌な忍法すら使えない彼に命などない。それを承知の上で、彼は全身全霊で肝っ玉を冷やしつつ驀進(バクシン)しているのだ。

 

そしてそれ程のリスクを犯してさえ、振り切れない強敵が彼の背に追い縋る。

 

(何で奴が井河アサギに似てるかは置いておく。問題は、どうやって逃げ切るか)

 

意識はハンドルとミラーの向こうへ集中させ、現状の打開へと思考を廻す。尚、打倒出来る可能性は最初から考慮しないものとする。

 

(現在の装備は肩に固定したバレットM82と予備(セカンダリ)のMP7、閃光手榴弾(フラッシュバン)とナイフが一つずつ。止まって撃つ余裕はないし白兵で目がない以上、実質MP7のみか)

 

車上でも扱えるようにと突撃銃(M4)から切替えたのはいいが、走行中にリロードは出来ない。バイクから降りればその限りではないが、そうすれば彼は唯一勝ちの目が拾える『逃走』という手段を捨てる事になる。つまり弾倉に込められた30の弾丸が、宗次に残された命運と等号なのだ。尚、対物ライフルなんて走りながら使える訳がないので当然除外。

 

(s分遣隊は全戦力を目標に投入してるから援軍はない。対魔忍は……動いてくれるか分かんないから当てに出来ない!次!)

 

米連の連中は宗次の援護より任務を優先してガイノイドを狙うだろう。宗次のピンチは、彼等にとってチャンスでもあるのだから当然の選択と言える。

 

逆に唯一の友軍と言えるはずの対魔忍は、敵が少数の場合戦力を出さないという確約を出されただけに期待が出来ない。状況が変わった今なら援護してくれるかもしれないため連絡を取って確認を取りたいところだが、悠長に無線を使っている余裕などない。

 

(事前の仕込みも意味がない以上、足止めする手段もない!つまり───敵が後退するまで逃げ切る以外に解決手段がないな!?)

 

彼が作戦開始前に打った布石は、逃走手段である車や二輪車の配置と経路の確保のみ。現状では実質無意味だ。

 

打倒は不可、援軍もなしとなれば、残る手段は戦域から遠退いて敵が後退を選択するか、敵味方の何れかが目標を確保し作戦自体が終了し撤退するまで逃げ延びる事。どちらも判断が敵任せで、確実性があるとは到底言えない。

 

更に言えば、それまで追い付かれずにいられるかという問題もある。今は整備された直線道路だからここまでの速度を出せているが、日本の道路は狭く入り組んだ場所の方が多い。そんな所で時速200kmを維持しながら走れるドライビングテクニックなど持ってないし、ビルの上を跳ねてショートカット出来る敵の方が圧倒的に有利だ。

 

(いかん、完全に詰んどる……)

 

敵を倒す手段も増援の見込みもなく、逃走の成功率も絶望的な状況に、思わず冷や汗を流す。

 

(ワンチャン賭けて高速に乗るか?いや、それなら幹線道路に出るべきだな。そこに辿り着くまでが問題だが。ええっと、一番近くの大型道路は……)

 

それでも、微かな可能性を求めて思考を回す。事前に把握していた周辺の地図を脳内に広げ、近場の大型道路に向かう道を思い浮かべた所で、ふと気付く。

 

サイドミラーから、先程まで追撃して来た人影が消えている。

 

(奴が消えた? 一体どこに……!?)

 

宗次が思わず周囲に目を向けるが、それらしきものは見当たらない。

 

諦めて引き返したのだろうか、とサイドミラーに視線を戻しながら考える。『井河アサギ』が宗次を撃破出来る可能性は確かに高いだろうが、大なり小なり時間がかかるだろう。それを厭ってガイノイドの確保を優先した可能性は高い。これ以上宗次に時間を浪費するよりは、余程現実的な回答だろう。

 

だが。

 

(嫌な予感が止まらねえ……!勘頼りだが間違いない!奴は、俺を狙い続けているっ!)

 

宗次は決して油断せず、感覚を研ぎ澄ませる。彼には探知系の能力などないため、頼りになるのは彼自身の五感と、鍛え上げた生存本能だけなのだ。

 

周囲のビル、跳ね回る人影なし。

 

前方、クリア。先回りされたわけでもない。

 

再びサイドミラー、何もな───いや、何か光った!

 

スロットルを全開にし、速度を更に上げる。後方に『井河アサギ』がいるのはほぼ確定だ。問題は、姿を消した僅かな間に何をしていたか。

 

(何かを準備してたってのが妥当だが……いや、精々十秒程度だ。追加装備の確保は出来ない……はず!)

 

楽観的な推測を建てることで精神の安定を図りつつ、後方への警戒を強化する。

 

『井河アサギ』の機動力から考えれば、宗次の駆るバイクに接近して攻撃を仕掛けるまで数秒はかかる。それだけ時間があれば、目視してからでも対処は容易だ。

 

何時でもホルスターのMP7へ手を伸ばせるよう意識しつつ、僅かな兆しすら見逃さないよう神経を研ぎ澄ませる。その甲斐合ってか、宗次の視界は敵の攻撃を確かに捉えた。

 

それは、最初は小さな点だった。だがどんどんと大きくなりながら空を裂き、追い縋る。

 

そして、すぐに鏡越しで姿を晒す。横倒しでぶん投げられた電柱が、今まさに宗次に喰らいつこうと───!?

 

「ば、バカやろうがぁぁぁぁぁ!?!?」

 

演技すら忘れて、絶叫。ちょうど道路の横幅と同じ長さに圧し折られた電柱は、二輪車で逃げる彼に取って必殺の一撃だ。どんな軌道で走ろうと、その道路を直線で走る限り、彼にニ秒後の未来はない。

 

だが、田上宗次は、己の命を諦める事は決してない。

 

即席の処刑装置が到達するまで一秒。宗次は思考をすっ飛ばして、咄嗟に頭に浮かんだ無茶を肉体へ命ずる。

 

「──────!!」

 

声を出す暇すら惜しんで、声なき絶叫を発しながら彼は敢えて地面へ倒れ込むように身体のバランスを崩す。同時に、車体を進行方向に対し垂直にする。

 

ギャギャギャギャ!!とタイヤから発せられる物凄い異音を無視し、彼の身体とバイクの車体は、地面に接触するギリギリまで横倒しの状態となった。

 

そして。

 

空気を切り裂く轟音をあげ、真上を電柱が通り過ぎる。その位置はちょうど宗次の頭があった地点。正真正銘、間一髪で命を拾ったのだ。

 

(あっぶなっ、あっぶな!あと少しでミンチになる所だったぞちくしょう!!)

 

今更に全身を駆け巡る恐怖を必死に追い出し、車体を元の走行姿勢に戻す。無理な回避方法を取ったせいで速度が落ちてしまったが、命あっての物種。これくらいの代償なら安いものだ。

 

とはいえ、まだ危機が去ったわけではない。攻撃を避ける事には成功したが、敵は未だ健在だ。例え偽物であっても世界トップクラスの戦闘能力を誇る、『井河アサギ』が。

 

(最悪だ……今の回避でスピードは落ちてる。何処からかは判らんが、絶対に今!ここで仕掛けてくる!俺ならこの機は逃さない!!)

 

電柱を避ける為の一連の動きで、バイクは先程よりも減速している。少しのミスで大事故が起きる事には変わらないが、それでも遅いものは遅い。確実に追い付かれるだろう。

 

間に合うかは判らないが、再度スロットルを引き絞る。鋼鉄の心臓が獣の如き咆哮を上げ、その身に秘めたポテンシャルを引き出しながらぐんぐんと速度を増していく。

 

視界の端で景色が後ろに流れて行く。マスク越しに空気が常に叩き付けられ、身体が圧される。速度は既に時速200kmを超え、その身体には多大な負荷がかかっている。だが宗次は、決してその手を緩める事はしなかった。恐怖に負けず前へ進まなければ、ここが彼の墓場になると、本能的に理解していたからだ。

 

前へ、ひたすら前へ、可能な限り早く。

 

その時だ。宗次の全身に、冷水を被ったかのような悪寒と寒気が奔った。彼は、その感覚が生存本能の警鐘である事を知っていた。

 

そして、それと全く同時。宗次の視界外───頭上のビルから、一つの影が飛び立った。宗次が警戒していた『井河アサギ』が、猛禽類のように獲物へ強襲を仕掛けたのだ。

 

当然宗次はその事実を知覚する事が出来なかった。ただただ、自らに迫る危機を理解しただけだ。だから彼は、引き絞ったアクセルを元に戻した。更に全力でブレーキをかける。

 

これだけ速度が出ている状態でブレーキを全力でかければ、バランスを崩れ転倒する可能性がある。事実、タイヤとブレーキパッドから火花が飛び散り、激しい金切り音が鼓膜を破らんと悲鳴を上げる。宗次は、それらの危険を全て呑み込み、ブレーキを掛け続ける。

 

『井河アサギ』の射程に宗次が入り込むまでおおよそ一秒。それ程の短時間では減速出来たとしても僅かだろう。それでも、その僅かこそ彼が求める物だった。

 

確かに、『井河アサギ』の身体能力は驚異的だ。単純な膂力だけではない、超人的な肉体を意のままに操り、秘めた能力を100%扱う技術が完璧に備わっている。戦闘特化の上強襲用の重装備を施したガイノイドをあと一歩まで追い込んだのも、骨身に刻まれた経験と執念じみた精神力の賜物と言えるだろう。

 

だが、彼女にも欠点は存在する。その内の一つが、単独飛行能力を持たない点だ。

 

大半の対魔忍すら凌駕する脚力による跳躍は飛翔と見紛うばかりだが、決して空を飛んでいるわけではない。あくまで地を蹴って空にその身体を投げ出しているに過ぎず、途中で軌道を変えることは出来ないのだ。発射後は直線にのみ進む銃弾のようなものであり、発射後も軌道を変更し標的を追跡出来るミサイルではないのだ。

 

当然、『井河アサギ』は彼我の移動速度を計算した上で、着地点と着地時の敵位置が重なるように行動している。

 

 

逆に言えば。その何方かをズラしてしまえば───!!

 

 

 

「───チッ!」

 

『井河アサギ』は敵の狙いを瞬時に理解し、舌打ちする。高速で移動する大型バイクの加速に合わせて跳躍したはずが、肝心の標的が減速し目論見が外れた───いや、外してきたのだ。

 

彼女の戦士としての観察眼が、奇襲の不発を告げている。それどころか、着地から体勢を立て直す暇なく二輪車の体当たりを喰らう事まで予想出来てしまった。例え手足を換装したサイボーグであれど、時速100km超えの鉄塊と衝突すれば致命傷は免れないだろう。

 

「舐───めるなぁぁっ!!!」

 

故に、彼女は吠えた。僅かな誤差で何方にも傾く命懸けの綱引き。その【命運】という名の綱を、此方へ引き戻す為に。

 

『井河アサギ』は残された刹那で、身を切る覚悟を決めた。機能不全を引き起こす為封印していた【ネメシス】を再起動したのだ。

 

まず残された右腕と両肢に眠る重力場発生装置のリンクを解除、スタンドアローンとなった右腕の【ネメシス】を起動する。

 

単機の運用で出力不足な上、一度は限界まで酷使した後だ。現状で引き出せる能力等高が知れている。そのため、範囲を『井河アサギ』のみに限定、使用時間は一瞬のみ。細かい計算をする暇はないため方向と加速度は勘任せだ。大まかでも標的へ軌道を修正出来れば問題ない。

 

「……ぐぅッ」

 

瞬間、『井河アサギ』は強烈な圧迫感に襲われた。ぐん、と彼女の身体が軌道を変える。移動先は本来の予定よりも後方。目算で、大型バイクが通り過ぎた地点に着地する事を理解する。

 

しかし代償も高く付いた。無理な使用に耐え切れず右腕が機能を停止したのだ。【ネメシス】だけではない。義手としての機能も、完全に喪失している。

 

その上、轢殺を免れても敵が健在である事に変わりはない。敵の後方に着地してしまっては、そのまま逃げられてしまうだろうことは想像に難くない。

 

(だが───問題は、ないわ!)

 

『井河アサギ』は残った両脚と胴体を動かして空気抵抗を利用し、身体に回転を加える。そして、右腕に残された唯一の機能を開示する。右肩部に爆発が起こり、肩から先の義手部分がパージされた。非常時の為に搭載され、制御系統を腕部でなく本体に持つ自切機能である。

 

爆砕ボルトの爆発により生まれた推進力に回転運動で加わった遠心力が合わさり、切除された右腕は弾丸のように射出された。勢いよく飛翔した鋼鉄の腕は、『井河アサギ』を背に走る宗次の方向へ向かい───

 

 

───次の瞬間、紅蓮の炎と共に爆ぜた。

 

 

サイボーグアームに搭載された機密保護機能───俗に謂う自爆装置が起動したのだ。堅牢を誇った鋼の外殻は内部から発生した圧力と衝撃でいとも容易く砕け散り、外部へと拡散した。

 

「ぐがあぁぁぁぁぁぁッッッ!!!」

 

宗次の背中に、散弾のように破片が突き刺さる。次いで強烈な衝撃が叩き付けられ、火炎がボディスーツを舐め上げる。

 

突然の衝撃と激痛に脳を支配されながら、それでも宗次はハンドルを握り続けた。痛みで思考を焼かれながら、命を守る為に最善の行動を取る。彼が血反吐を吐きながら積み重ねた鍛錬の結実だ。

 

だが、叩き付けられた衝撃と圧は彼が跨がるモノに対しても例外ではない。爆発に煽られ、車体がバランスを崩し始めたのだ。

 

「クッ……ソガァ!!」

 

神経を直接針で刺されるような痛みを無理矢理押さえ付けながら、必死にハンドルを操作し車体を立て直そうとする。車輪の方向が安定せず車体は右往左往を繰り返す。ブレーキを掛け減速を試みるが、元々の速度が高すぎたせいで中々落ちない。ブレーキパッドから火花が飛び散り、金属のフレームが耳障りな悲鳴を上げる。

 

危うく滑りそうになる車輪を必死に制御しようと試みるが、ついにその時は来た。

 

 

バキっ

 

 

短い断末魔

 

 

「しま───」

 

宗次が目にしたのは、車輪と車体を繋ぐフレームが圧し折れ、パーツを撒き散らしながら吹き飛ぶ一時の相棒の姿。

 

あれ?自分はアレに乗っていたはずだ。ハンドルなどならともかく、全体が視界に映るのはおかしい。なら、自分は今どこに居る……?

 

(拙───飛ん───!?死───!!)

 

単語がバラバラのまま脳内を駆ける。だが次の瞬間にはバイクが視界から消え、漆黒の夜空と高層ビルの一部にシーンが切り替わる。更に次はそのまま走るつもりだった道路の先。

 

どうやら宗次の身体はバイクから放り出され、空中をグルングルンと回転しながら猛烈に吹っ飛んでる途上のようだか、彼自身にそれを理解する余裕はない。彼が理解しているのは、このままでは地面に激突して死ぬ。ただそれだけの摂理だけだ。

 

当然だが、宗次に異能はない。身体能力や耐久も対魔忍として並以下だ。このまま地面に衝突すれば、耐えられるはずもない。そしてこの状況に対処する手段など、彼は持ち合わせていなかった。つまり今、この瀬戸際どころか今際の際と言っても差し支えない段階で生き残る術を閃かなければ、彼は誠に残念ですがミンチとなってコンクリの染みになってしまうでしょう。南無。

 

 

 

どうすればいい何とかしなければ(死にたくない)このままじゃでも時間がない(死にたくない)ダメージが少ない所にそうゴミ袋の山とかに着地を(死にたくない)駄目だどこにもない体勢を(死にたくない)建て直して駄目だ意味が(死にたくない)ない何かで衝撃を相(死にたくない)殺して駄目だ間に合(死にたくない)わないどうしようどうしようどうしようどうしようなんとかしないとなんとかしないと死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない───!!!

 

 

迫る死に脳内は思考ではなく願望で占領される。視界はコマ送りにされたテレビのようにゆっくり、一瞬一瞬を切り取った写真のよう。身体中はひたすら痛い。痛すぎて何処が痛いのかもう解らない。

 

諦められなくて、でももう何を考えてるのかも解らなくなって、それでも諦め切れなくて、前を見るしか出来る事がなくて、だから目を閉じる事だけはしなかった。

 

だから、死ぬちょっと前。

 

 

スクリーン一杯に映し出されたコンクリートだらけの視界の中で。

 

 

その視界の端に映るM82アンチマテリアルライフルを、彼は見逃さなかった。

 

 

「────!」

 

宗次が装備していた対物ライフル。先の強襲後、バイクに乗ってガイノイドを追跡するつもりだった時、ガンケースに仕舞っている暇もなく投げ棄てるのも勿体無いとスリングで肩に固定したまま移動したのだ。そのスリングが衝撃で切れたのか緩んだのか、こうしてM82は彼と共に宙で翻弄されていたのだ。

 

『井河アサギ』を迎撃するのに使えなかったので思考から完全に外していたそれは、宗次にとって天から垂れ下がる蜘蛛の糸だった。

 

役立たずの脳味噌をすっ飛ばし、身体に力を入れる。必死に手を伸ばし、か細い(頼もしい)蜘蛛の糸(銃身)を掴み取る。

 

「ぉ、おッッ!!!」

 

瞬間、無意識のうちに咆哮。身体が地面に着弾する瞬間に合わせて、右腕に持ったM82を叩きつける!!

 

───それは再び爆発が起こったような音だった。

 

宗次の身代わりとしてコンクリートに叩き付けられた。対物ライフルは、彼が辿る筈だった未来をなぞるように轟音と共に木っ端微塵に砕け散った。そして、その刹那地面から受けた反作用力を銃身を通して宗次に叩き付けた。

 

地面からの反動と、ライフルの破片によって打ち付けられ宗次は大きく減速。再び低空に弾き飛ばされ、回転しつつ宙を舞う。そして更に数秒宙を漂い今度こそ、しかし先程より勢いを減衰させて地面に着弾した。

 

「ゴッッッ」

 

あまりの衝撃に、肺の空気が全て吐き出される。同時に硬い物に肉を叩き付ける異音と、骨が砕ける音。耳を覆いたくなるような痛ましいものだったが、肉が潰れる音だけは聞こえなかった。

 

宗次の身体は水切りの石のように何度か地面の上を跳ねて跳ねて、最後にはゴロゴロと転がりながら停止した。

 

「あ……が……?」

 

宗次は微かなうめき声を漏らしながら、ゆっくり目を開ける。視界に映った漆黒で、自分が仰向けに倒れてる事をぼんやりと自覚した。

 

身体中血塗れで、地面とぶつかった右腕を中心に骨が折れている。それでも辛うじて、彼の身体は原型を留めていた。

 

 

「ふーん……まだ生きてるの」

 

呆れたような声音で、『井河アサギ』は死に体のそれに歩み寄る。

 

確実な一手だと思った。爆風に煽られて転倒し、死ぬとのだと思っていた。

 

だが現実は違う。全身がボロボロとはいえ、彼は生きている。死が間近に迫るあの一瞬で、彼は生存への最適解を引き当てたのだ。

 

「強運なのか、はたまた生き汚いだけなのか……まあ何方にせよ、貴方がここで死ぬ事に変わりはないけれど。ここで貴方にトドメを挿して、確実なる安心としておきましょうか」

 

『井河アサギ』が、田上宗次の側で止まる。彼女が宗次を殺す事など、赤子の手を捻るより容易い事だ。

 

「ぐ……ぞぉ……!」

 

宗次は危機から逃れようと、必死に身体を動かそうとする。しかし、最早彼の身体にはその命令に従う余力など無い。激痛が神経を突き刺し、あらゆる動きを阻害する。

 

まるで虫のように藻掻く宗次を尻目に、『井河アサギ』はゆっくりと、鉄脚を宗次の図上で目一杯振り上げる。狙いは当然宗次の頭蓋だ。絶対外さないよう、今度こそ確実に仕留めるために。

 

「さあ、最期のトドメよ……!」

 

両腕を奪った怨敵へ、全身全霊の踵落としが放たれる。両腕が損なわれようとその体幹は崩れる事なく。その凶器は寸分違わず宗次の頭蓋へ振り降ろされ───

 

 

ガキィィィィィンンッッッ!!!

 

 

───その直前、何処からか飛来した()()()によって弾き上げられた。

 

「な……ぐぅ!?」

「───ダァァァ!!!」

 

更に、驚愕で静止した『井河アサギ』の腹に強烈な蹴撃が炸裂し、その身体を吹き飛ばした!

 

「……だ……れ……?」

 

突如頭上で繰り広げられた戦闘に困惑しつつ、宗次は闖入者へ誰何した。だがその誰かはそれを無視してしゃがみ込むと、宗次の首元へ注射針を挿し込んだ。

 

「ぐぅ……!?」

「痛み止めと強心剤だ。少しは動けるようになるだろう。この場から離れて傷の手当をしろ」

 

その女は手短にそう伝えると、再び立ち上がった。一方、吹き飛ばされた『井河アサギ』は、その表情を驚愕へと歪めている。

 

「馬鹿な……八津紫だと!?何故ここにいる!?」

「ふん、アサギ様のクローンか……話には聞いていたが、まさか米連の狗に成り果てているとはな」

 

『井河アサギ』からの詰問を鼻で笑い、八津紫は獲物である大斧を構える。敵が既に臨戦態勢である事を悟り、『井河アサギ』も慌てて構える。

 

(マズイ……ここで対魔忍が、しかも戦闘能力No .2が出て来るなんて!!現在の装備じゃ、流石の私でも勝てない……何でこのタイミングでコイツが出て来るのよっ)

 

武装の内半分を喪失し、切り札も使えない現状に思わず歯噛みする。だからと言って背中を見せられるほど容易い相手でもない。正面戦闘で凌ぎつつ、撤退の隙を伺うしか選択肢はなかった。

 

そんな事を考えている内に、倒れていた宗次がゆっくりとだが立ち上がった。右腕は歪に圧し折れ片足を引き摺りながらだが、それでも彼は立ったのだ。投与された薬によって痛みが和らぎ、身体中に血液が行き渡ったからだ。

 

「あと、は……」

「ああ。任された」

 

短いやり取りを交わし、選手交代。宗次はゆっくりとビルの狭間へと消え、戦意を漲らせる紫が暗闇の中で瞳をギラギラと輝かせている。

 

「意外ね。対魔忍が米連の兵士を助けるなんて。お知り合いか何かかしら?」

「アサギ様のニセモノ風情に語る口など持たん。つべこべ言わずに掛かってこい!」

「───()かせ、対魔忍風情がっっ!!」

 

看過できない言葉(ニセモノ扱い)に、『井河アサギ』は激情を滾らせる。地面を砕く程の力で踏み込み、一瞬で紫へと肉薄する。

 

「シャァァッッ!!!」

「ハァァァァ!!!」

 

気合一閃。鞭のように撓る鉄脚と、合わせるように繰り出される斧が、激突する。

 

超人達の戦いは、周囲の構造物を砕き切り倒しながら、夜明けまで続いた。

 

 




バクシンバクシーン!な回でした。

敢えて主人公を三人称視点にしてみました。特に意味はない。

前回のカッコいい引きから一転して逃げてるだけの話になりましたが、うちの主人公は無様晒しても生き残るのが似合うと思うので。まあ敵が強すぎるのもあると思いますが。



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Trigger

ギリギリ滑り込みで6月だからセーフ…ってことになりませんかねえ…


「だぁぁ!!待ちやがれクソッタレッ!」

 

星明りすら喰い潰す人工の輝きで照らされた都市、東京。その中で尚光が届かず、闇に覆われた路地を駆けずりながら、アイナは絶叫した。

 

彼女が怒号を飛ばす相手は、現在絶賛逃亡中のガイノイド。推進装置であったブースターは破棄しているが、姿勢制御用の脚部スラスターで移動しているようだ。カタログスペックで最高速度は時速40kmほど、当初より遅いとはいえアイナを撒ききるには十分であり、広い道路に出てしまえば振り切られてしまうだろう。

 

敵部隊は味方が総出で抑えている。一番厄介なサイボーグ女は対魔忍が引き付けている。作戦の成否は今この時、アイナの双肩に掛かっていた。

 

(ちんたら追っ掛けても逃げられる……やるしかねえかっ)

 

このまま追跡を続けるか否か、アイナは瞬時に決断する。走りながら、ベルトのホルスターから一発の弾丸を取り出す。見た目こそ装填されている9mm弾と同一だが、より燃焼性に優れた炸薬を詰め込んだ強装弾だ。一般で流通している強装弾と比べても炸裂時に得られる圧力が桁違いの特別性であり、その分銃身に掛かる負荷が高く普段使い出来ない『とっておき』である。

 

次いで左に持ったM9拳銃のスライドを引き、薬室に装填されていた銃弾と強装弾を交換する。ガチン、とスライドが前進し、薬室を覆い隠した。

 

(奴との距離は目測10m……もうすぐ路地を抜けちまうな、ここで仕掛けるっ)

 

疾走から歩幅を変更して軽く跳躍し、着地。両足の摩擦力で慣性を殺し、一瞬で『静』の状態を創り出す。両手を前に突き出し構え、狙いを定める。この動作を一連のものとしてワンアクションの内に遂行する。

 

 

引鉄を引くまで、一瞬の間すら必要なかった。

 

 

ガチッ!右手に撃鉄が落ちる。銃口をマズルフラッシュで閃かせながら、9×19mm弾が飛翔する。

 

右の閃光に僅かに遅れ、左手のM9の引鉄が引かれた。先のものより激しい銃声を奏でながら、銃身から弾丸が放たれる。より高い威力を引き出せるよう叡智が結集した強装弾が、先行する弾丸に追随する。

 

───否、それは追随に留まらなかった。通常より初速の速い弾丸は、瞬く間に通常弾へと追い付き、その底部を叩いた。

 

激しい火花が散るのと同時、2つの弾丸はその軌道を変えた。後方からの追突により運動エネルギーを分け与えられた通常弾はガイノイドの右脚へ、通常弾を弾き飛ばした強装弾はガイノイドの左脚へ、真っ直ぐその鋒を伸ばす。

 

そして。かく有るべしと定められたように、スラスターへと突撃、内部機構を破壊し爆炎と共に果てた。

 

『───!?』

 

推力であり姿勢制御を担っていたスラスターが破壊され、慣性のみが残されたガイノイドに許されたのは驚愕を浮かべることのみ。当然の帰結として、スピードはそのまま地面へと再び墜落した。

 

「JACKPOT!」

 

思わず、アイナの口から歓声が上がる。

 

これこそ、二丁拳銃(トゥーハンド)アイナ・ウィンチェスターの真髄。有り得ざる御技を空想から現実に落とし込む、神域の技巧。人為にてもたらされた絶技。

 

銃把を二つ握り締めた彼女に、不可能はない。

 

『───脚部スラスター機能停止。機動能力喪失を確認』

 

一方、遂に移動手段を奪われたガイノイドはゆっくりと立ち上がる。

 

合理的に考えれば、これ以上の抵抗は無意味だ。主な機動力源であった背部ユニットは既になく、大きく損傷した脚では最早人が走る以上の速度は望めない。米連部隊に戦力が残っている以上、よしんばアイナを撃破出来たとしても、その先はないのだ。大人しく自決───もとい自壊するのが、人工知能として当然の結論であるだろう。

 

───だが。

 

『敵勢力からの逃走成功確率、0%。代替案を構築……敵戦力の殲滅、成功確率6%』

 

ガチャ。

 

砲身が構え直され、ガトリング砲の銃身がゆっくりと回転を始める。

 

『───結論、残有装備による敵勢力の殲滅を実行。状況を開始します』

 

その(カメラ)の奥底で光る意志は、最期まで足掻いてみせようと輝いていた。まるで、生き汚い人間のように───

 

 

 

 

 

 

「ッッ!!」

 

ガイノイドの宣言に……ではなく、空転を始めたガトリング砲に、アイナは戦慄の息を漏らす。

 

ある程度開けた場所ならば、横方向への機動によりある程度対処することが出来る。だが今彼女がいる場所は、一本道の狭い路地裏。一度銃口に火が着けば、逃れる場所も防ぐ物もない、決闘場にして処刑場だった。

 

故に、アイナに課せられた命題は一つ。3つの砲身から20x102mm弾が放たれるより前に、その牙から逃れる方策を叩き付ける事だ。

 

『脚部、固定完了』

 

ガイノイドの両脚から破砕音が響く。恐らく内蔵されたボルトを打ち込み、脚を地面に固定したのだ。そうしなければ、もうガイノイドはガトリング砲の反動を支え切れないのだろう。だが、発射体勢は整ってしまった。猶予は既にない。

 

(行けるか!?いや、やるしかねえ……!!)

 

覚悟を決めて、アイナは前へと足を踏み出した。発砲が開始されるまでおよそ3秒、彼我の距離は30mほど。後ろに退いた所で逃げ場がない以上、前進以外に道はない───!

 

───残り3秒

 

全力疾走する傍ら、右手をガイノイドの頭部へと伸ばし引金を引く。あからさまな攻撃に、ガイノイドは左手を翳すだけで弾丸を全て防ぎきってみせた。弾丸は無意味に虚空へと消えていく。()()()()()()()

 

アイナの目的は、牽制ですらない。左手に残ったレーザーブレードを抑える事、それさえ果たせればいい。

 

───残り2秒

 

走り出して丸1秒、アイナはまだ10m地点に到達出来ていない。

 

アイナが訓練中に計測した100mのタイムは11.5秒。1秒間にざっと8.7m前進出来る計算だ。3秒全て使っても26m程度、ガイノイドまでは僅かに届かない。

 

更に言えば、彼女は既に戦闘を潜り抜け疲労が蓄積している身だ。G機関の特殊部隊にガイノイド、極めつけは『井河アサギ』との戦いは、彼女に極度の消耗を強いている。

 

だが、それでも。

 

(人工知能が諦めてねぇのに、俺が先に折れる訳にはいかねぇんだよっ!!)

 

それは、単なる意地だ。兵士として、部隊のエースとして。二丁拳銃(トゥーハンド)の異名を持つ者として。

 

ささやかで、真っ直ぐ芯を貫く矜持。それがある限り。アイナ・ウィンチェスターが脚を止めることはない。

 

───残り1秒

 

状況は整いつつあった。

 

彼我の距離は半分以下まで近付き、ブレードも封じた。だからこそ、僅かに、ほんの僅かに時が足りない。

 

アイナの目算で丁度14m。限界が近い中で理想に近い結果を出せてはいるが、彼女がやろうとしている事を果たすにはほんの僅かに足りない数字だった。

 

この土壇場で、アイナは最後の選択を迫られる。あと一歩踏み出すか否か。どちらを選んだにせよ賭けの要素は残る。一歩踏み出して回避する時間を失うか、踏み出さずにギリギリで届かないか。彼女が挽肉と化す可能性は、平等に揺蕩っていた。

 

刹那の内に選択せねばならない。未来など見えない只人の身にて。考えている暇などない。出来るのは、何方が()()()()()()()()()()()()()のみだった。

 

───何だ、考えるまでもなかったな。

 

アイナは、最後の一歩を踏み出した。

 

「ぉ、ォォオオオオオオ!!!」

 

───残り0秒

 

発射(Fire)

 

ガイノイドの無慈悲な宣言と共に、砲口が閃き、弾丸が放たれる。

 

轟音と共に20mm弾はアイナの肉を八つ裂きにしようと飛翔し───アイナが()()空間を確かに引き裂き蹂躙した。

 

『!?!?』

 

一瞬の出来事を、ガイノイドの眼は見逃していた。銃弾を防ぐために翳した左腕が、その視界を遮っていたからだ。だが、上空に残した索敵用の子機は全てを克明に映していた。

 

───それは、空を舞う、白銀。

 

ガトリング砲が火を噴く寸前、ギリギリのタイミングで地を蹴り跳躍したアイナ・ウィンチェスターの姿だった。

 

自らの脚力と発射までの時間までを天秤にかけ、針穴に糸を通すようなギリギリのタイミングを限界まで測り、ついに彼女は奇跡のような必然へと手を届かせたのだ。

 

先の射撃も、このための布石。無防備な滞空時間をレーザーブレードで攻撃されないようにする必要があったからだ。

 

だが、これでも足りない。ギリギリまで引き付けた事で射線からは逃れ得たものの、それは一時凌ぎでしかない。距離が遠すぎたのだ。彼女の跳躍力では、ガイノイドを回避出来ずに再びその銃火に身を晒すことになるだろう。

 

だから、アイナは、もう一度飛翔する。運命を捻じ曲げるために。

 

「ぐ、ぅぅぅううらぁぁ!!」

 

ダンッッ!!

 

コンバットブーツがビルの外壁を蹴り付け、更に高く、長く宙へとその身を投げ飛ばした。

 

そして、銀糸が人形に影を落とす。

 

『───!?』

「間に、合ったぁッ!」

 

ガイノイドの驚愕と、アイナの歓喜が同時に響く。

 

ガイノイドは、発砲のために脚部を地面に固定した。つまりそこから動くことは出来ない。アイナを追って振り向こうとすれば、固定を解除する必要があるためガトリング砲が撃てなくなる。発射体勢に再度入ろうとすれば、確実に隙が生まれるだろう。その機を逃すアイナではない。

 

必殺の一撃を回避され、逆に致命的な状況に追い込まれ、しかし戦闘用AIは即座に『次の必殺』へ取り掛かる。ガトリングの発砲を継続したまま、駆体の反動制御を全てオフに変更。ガトリング砲は自らが吐き出す弾丸の反動により、銃口を閃かせながら上方向へ跳ね上がり始めた。

 

機械の身体でなければ制御出来ないガトリングのリコイル。それを逆用し、自身のパワーと合わせて振り向くための動力に当てる。ボルトを解除せず、尚且攻撃体勢を維持したまま敵を追撃する。これがガイノイドが導き出した『最善』だ。

 

「クソッタレッ、こっち向くんじゃねえ!!」

 

振り向こうと動くガイノイドの背に、目的を瞬時に看破したアイナはありったけの弾丸を叩き込む。

 

確かにその銃弾は装甲によって弾かれ、ダメージは少ない。だが弾丸によって与えられる衝撃は、余すことなく受けることになる。

 

通常の戦闘では大した意味もないこの事実は、今この瞬間。『後ろに振り返る』という行動の阻害ただ一点において、重要なファクターへと変化していた。

 

甲高い音と共に弾丸を装甲で弾きながらも、僅かではあるが行動に遅れが生じていた。少なくとも、アイナが着地して弾倉を交換するだけの時間は。

 

だが間に、銃口は天頂から下り始めていた。ガイノイドが人間には不可能な角度で腰を捻りながら、アイナを眼光で突き刺す。もう数秒で、銃弾の雨はアイナの肢体を覆うことになるだろう。

 

体勢を立て直したアイナは、先程とは逆にガイノイドから距離を取り始める。同時に銃を構え直し、即座に発砲を継続した。狙いをガイノイドの躯体から砲身へと変更し、時間稼ぎを行う。

 

金属音と炸裂音が轟く中、遂に死神の鎌が首元に迫る。銃口がついにアイナを捉えた。

 

もう一秒すれば、大口径の弾丸がアイナ・ウィンチェスターを挽肉へと変えてしまうだろう。もう逃げ場も、策もない。だが彼女は僅かでも死を遅らせようと、設置されていたダストボックスの裏へ身を隠す。

 

無駄な抵抗だ。いかに金属製であろうと、ただの箱に弾丸を防ぐ能力はない。ガイノイドは更に腕を動かし、銃口をダストボックス、その裏で死を待つだけとなったアイナへ向け───

 

 

カカカカカッッッ

 

 

炸薬が弾けるそれとは異なる、乾いた音が響き渡る。砲身は空転し、あれだけ猛威を奮っていた弾丸は一つたりとも存在しない。当然、ダストボックスにも傷一つない。

 

『───残弾0、予備弾帯……なし。右腕ガトリング砲を破棄』

 

千載一遇の勝機を逃しながら、ガイノイドは冷静に状況を確認する。電磁的な接続が解除され、巨大な鉄塊と化したガトリング砲は大きく音を立てて地へと堕ちた。

 

「やっとで弾切れか……!」

 

ようやく乗り切ったのだと、アイナは安堵の息と共に呟く。ひたすら攻撃を凌ぎ続け、何とか勝ち得た成果。主兵装であるガトリング砲が無力化されたことで、残りは左腕のブレードと精々対人用のテーザーガンのみだ。

 

(対象の戦闘力低下、妨害勢力との分断、そして逃走出来ない状況を作り出すこと……条件はクリアだな)

 

事前に脳内に叩き込んだとある条件を並べ上げ、現状と照らし合わせる。

 

それは、彼女の持つ『奥の手』を出すために最低限整えるべき、と部隊長である『大尉』から提示された条件。

 

脅威を引き下げ、一対一の状況で、ガイノイドが此方に向かってくる事。この限定的な状況下においてのみ、彼女が用意した『秘密兵器』が必殺の切札となるのだ。

 

前座としての役割を十全に果たした愛銃をそれぞれレッグホルスターに収め、後生大事に隠していた()()へと指を這わせる。

 

「待ちに待って、ようやくの出番だ。気合入れろよ……!」

 

そう呟くやいなや、アイナはダストボックスの影から飛び出した。右手を後ろに回し、()()を掴む。

 

It's on(勝負だ)……!」

『抜き撃ち……笑止!』

 

アイナの宣戦布告に呼応し、ガイノイドがブレードを展開し、正面に構える。

 

実戦の回数こそ少ないが、戦闘用に開発されたガイノイドの分析能力は人間とは比較にならない域にまで達している。これまでの戦闘スタイルと構えから、アイナの次の手が拳銃の抜き撃ちであることは予測出来ていた。

 

()()()()()()()()()()()()()が、拳銃弾程度ならばレーザーブレードで焼切れる。現在の情報からによる戦況分析を完了し、刃が届く距離まで近づこうと一歩踏み込む。

 

瞬間、閃光が瞬き流星が肩部を射抜いた。

 

『───!?!?』

 

展開したレーザーブレードすら貫いて届いたダメージに驚愕すること刹那、再度飛来した()()を察知し、今度はレーザーブレードを叩き付ける。

 

光の剣に激突した流星は、幾条に分かたれながらも剣に穴を穿ち、胸部に爪痕を残した。

 

『肩部、及び胸部損傷。超高温による装甲の融解を確認───』

 

ガイノイドの躯体に採用された複合装甲は特別製だ。ちょっとやそっとの攻撃や環境変化では傷一つつかない防御力を誇る。

 

それを溶かし、あまつさえ貫きうる力。異能力者を除けば、それが可能な物は限られてくる。

 

だからこそ、ガイノイドに蓄積されたデータがその可能性を否定する。インプットされた現存の兵器には、携行出来る大きさでそれ程のダメージを与えられる物は存在しない。

 

しかし、認めねばならなかった。現実の光景がデータを裏切ったという事実を。

 

『……高エネルギーレーザー砲、それも拳銃と同程度まで小型化された……』

「最新鋭の装備持ってるのが、お前らだけだと思うなよ?機械人形(ガイノイド)

 

アイナが持っていたのは、見た目だけならただの拳銃と相違ない。だが、その内に秘められた力は、それを遥かに凌駕していた。

 

電磁波を一点集中で照射することで目標を溶断するレーザー兵器。本来ならば対空用として軍艦に搭載されるべきそれを、あろうことか拳銃程にまで小型化していた。

 

この瞬間、状況は完全に逆転した。突出した戦力であったガイノイドはその手札を全て使い切っており、切札を最後まで温存し続けたアイナが遂に追い越したのだ。

 

ガイノイドを打倒しうる兵器の存在。最早防ぐ術も、逃げる術はない。なればこそ、可能性は前にしかない。

 

───奇しくもそれは、先程までのアイナと同じ行動原理。たとえか細い蜘蛛の糸であろうと、希望の光に手を伸ばす。

 

生まれ付き(製造時から)空を跳ぶ機能を持っていたガイノイドにとって、初めての疾走であった。

 

「ッ!させるか!」

 

ガイノイドの突撃に合わせ、アイナがその銃口を向ける。引金を引くたびに高出力のレーザーが奔り、レーザーブレードが迎撃して打ち払う。剣が光と激突するたびにエネルギーが拡散し、相殺しきれなかった閃光がガイノイドの躯体(からだ)を焼いてゆく。

 

『外部装甲、損傷率50%を突破。戦闘続行、可能───!』

「しつこい奴!!」

 

ガイノイドを覆う複合装甲、特に前面のそれが溶けて爛れ、殆ど意味を為さない程にまで損耗している。それでも構わず、ガイノイドは残された腕を必死に振って凶弾を退けながら、前へと進み続ける。

 

まるでその先に、未来があると信じるかのように。

 

 

そして、その時が訪れる。

 

 

───ガチャン!シュゥゥゥ……

 

「!!」

『──!!』

 

アイナが持っていたレーザー拳銃のスライドが突如として展開。内部機構が露出し、中に籠もっていた熱が白煙となって吐き出された。

 

本来ならば身の丈程の大きさが必要なレーザー兵器を、威力はそのままに拳銃サイズに収めた代物。しかし、ダウンサイズの代償はその成功と同じくらい大きいものとなった。

 

出力を保つために媒質やレンズ部分の摩耗が尋常ではないという事もあるが、それ以上に問題だったのが弾数───正確には、連続照射回数だ。

 

拳銃と同形状であるため放熱用のシステムを搭載するスペースなどゼロに等しい。ほぼスライド部分からの自然放熱に頼り切りであり、大凡五発程度でオーバーヒートを起こしてしまうのだ。

 

内部熱量が既定値を超えた時点で強制的に放熱するシステムとなっているため銃本体に悪影響はほぼないが、完全に冷却出来るまで3分はかかる。戦闘中であっても五発撃てば3分間使用不可になるという、致命的な欠陥を抱えているのだ。

 

『勝機───!』

 

勿論、そこまでの詳細を知っているわけではない。この武装は情報軍内でも機密事項だ。極東の研究所まで情報が届いているわけはなく、ガイノイドが知るはずもない。

 

しかし、ソレは戦闘用に開発された人工知能だ。知らなくても、状況を推察することは容易い。銃撃の負荷によりレーザー拳銃はすぐには使用できないし、再びM9を手に取ったとしても問題ない。装甲は機能しないとはいえ、拳銃弾程度ならばガイノイドが破壊されるよりアイナが両断される方が早い。

 

今ここに、千載一遇の勝機あり。ガイノイドは左腕を突き出しながら突撃する。一秒でも早く刃を届かせるための、捨て身の構えであった。

 

「いいやまだだ───!」

 

ガイノイドが放つ乾坤一擲の一突きに対し、アイナは積み重ねた絶技にて応じる。

 

最大効率にまで高められた身体運びによって瞬く間にホルスターから伸びる()()に手を掛ける。次の瞬間、抜き放つ動作が消し去られたかのように拳銃は既に構えられていた。

 

甲高い音が二つ響き、閃光が発振器と左脚を貫いた。

 

『っ!?』

 

突進する勢いのままに倒れ込む。視線を上げるまでもない。既に敗北の理由は、ガイノイドのカメラ()に映し出されている。

 

「忘れたのか?俺が何て呼ばれてるのか……」

『───二丁拳銃(トゥーハンド)ッッ!!』

 

()()()()()()()。刹那の内にホルスターより抜き放たれたそれが、答えだった。

 

「銃は二丁あった、ってな。俺を相手に銃が一丁切りなんて思い込みは禁物だぜ?」

『……っ』

 

アイナは得意気に笑いながら、新たに抜いた銃をクルクルと回す(ガンスピンする)

 

敵を前に余裕な風情だが、当然でもある。先の一撃でガイノイドの武装は全て破壊され、逃走する足もない。勝敗は決したのだ。

 

残った部位で再び立ち上がろうと試みるも、左脚が焼き切れているため失敗。せめてもと左腕に力を込め、身体を起こす。

 

『左脚、切断により直立維持困難。左腕の損傷は発振器のみに留まる、ブレードの再展開……不可能』

 

今度こそ、完全な詰みだ。ソレは持っていたものを奪われたのだ。飛ぶことも、歩くことも、戦うことも。そして、これから全てを剥奪される───

 

「さて、上の連中がご所望なのは首だけだ───そっから下はいらねえなぁ?」

『……』 

 

ゆらりと、銃口が躯体の首元へ向かう。高出力のレーザーで、細首を溶断するつもりなのだ。それを許してしまえばどうなるか、想像に難くない。ガイノイドは自己の意識を維持する最低限のエネルギーすら確保出来ず、次に目覚めた時は貴重な研究材料としてケーブルに繋がれていることだろう。

 

───そんな終わりは、いやだ。

 

ふとガイノイドの電脳に過ぎったそんな思考は、自己保存プログラムが産み出したものだろうか。

 

(とはいえ、間違って脳に当たったら事だな。確実に頸だけに当てねえと)

 

首から下はいらない。逆に言えば、首から上……つまり核となる集積回路は何としてでも無傷で確保しなければならない。この距離で静止している目標なら百発百中の自負はあるが、万が一そちらに被害が出てしまえば、これまでの苦労が水の泡だ。

 

アイナはゆっくり、警戒を怠らずに座り込むガイノイドへ近付く。

 

一歩、二歩。

 

これなら問題はないだろうと、彼女はそこで足を止めた。後は照準を合わせ引金を引くだけ……そんな彼女の耳が何かを捉えた。

 

 

───あ……ぁ……

 

 

耳を澄ましてみれば、それは目の前のガイノイドから発生した音のようだ。

 

(ふん、今更命乞いか?機械風情が)

 

 

────ああ……あーあーあーあー

 

 

アイナがそう断じている間にも、その音は大きくなっていく。単調で平坦なそれは人間らしさの一切が欠けており、聞いているものの不快感を煽る。

 

「……だぁ!気色悪ぃ声出すんじゃねえ!とっとと喉元掻ききって───」

 

淡々と響く音に苛立ちを隠しきれず、アイナは叫び声を上げると同時、引金にかけた指に力を籠める。後は銃内部で増幅されたレーザー光線が発射され、複合装甲を焼き切るだけだ。

 

───その音が本当に命乞いだったのならば。

 

 

『『『───Laaaaaaaaaaaaa!!!!!』』』

 

 

「ぐっ、ぎぃぃ……!?」

 

突如、音は衝撃波へと姿を変え、物理的なパワーを伴ってアイナへと襲い掛かった。空気を伝う振動が荒々しく彼女の肢体を殴打し続け、堪らず苦痛の声を漏らす。脳天が揺らされ、思考が定まらない。

 

(な、んで……こんな、じょうほうはっ!?)

 

辛うじて走った思考は、そんな疑問を挙げるだけ。彼女の意識は、もはやそれだけで精一杯だった。

 

勿論、彼女の疑問は当然だ。アイナを始めとする情報軍が持つガイノイドのスペックに、このような武装は存在しなかった。そしてそれは正しい。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

そもそも、タイプM-3を始めとするガイノイドに搭載されている発声器の原理は、市販のスピーカーと変わらない。つまり、コイル等を使用することで電気エネルギーを振動へ変換し、人間が『音』として捉えられるように調節しているのだ。振動を発生させる物質と振動を伝える空気。この二つさえあれば、極論ではあるが『音』は成立するのだ。

 

だが、それだけでは足りない。あくまで発声用に搭載された物では小さ過ぎる。とても武器としては転用できるはずもない。

 

故に、必要なのは発想の転換だった。機械的な合理に基づく直線の思考ではない。もっと有機的な非合理な閃き、思考から思考への跳躍こそ、最後の鍵なのだ。

 

()()は識っていた。歌声は力であると。そして、振動する物質とそれを伝える媒質(空気)さえあればそれは音───否、『声』足りうるという事を。

 

だからこそ、ソレは全力で震わせた。発声器だけではない。()()()()()()()()()()()()()()

 

高性能を謳う演算能力を最大に活かして全身を同時制御し、敵を撃破するために必要な振動を算出。各部位を一斉に振動させることで、躯体全身を使って歌ったのである。

 

その効果は推して知るべし。アイナの目に前に、大音量を発する大型スピーカーが出現したようなものだ。そしてそこから発せられるものは、歌声などど言える程生易しいものではない。

 

全身を、特に脳を強く揺さぶられ、アイナの意識は彼方へと飛び立つ。最早真っ白に染まった彼女の思考は何も映すことはないだろう。

 

 

だが、彼女の肉体は別だ。脳という命令系統の上位者を喪失して尚、彼女の身体は確かに、その任を全うしたのだった───。

 

 

 

 

 

 

 

 

△ ▼ △ ▼

「……いってえ」

 

満身創痍の身体を引き摺りよたよたと歩きながら、俺はぼそりと呟く。

 

ミンチの危機を回避し、何故か救援に駆け付けた八津紫に強敵を押し付け、命からがら逃げ延びるのには成功した。

 

現場から離れ、少し休んでから応急処置を始めたがまあひどいひどい。身体中が骨折してるし、所々皮膚が裂けてる場所もある。全部治るのに何ヶ月かかることやら……。

 

だがここはまだ戦場。ゆっくり休むわけにもいかず、かといって戦うことなぞ叶わぬ体だ。何とか味方に回収してもらおうと、事前に指定された合流地点へと急いでる最中というわけだ。

 

まあ、牛歩より遅いスピードしか出ないから辿り着けないんだけどな……寧ろこのダメージで歩けてるのを褒めて欲しいわ。いや、褒めてないで助けて下さいお願いします……!

 

……なんて馬鹿なことを考えてたら、何かに躓いてすっ転んでしまった。

 

「ぐぇっ、いっだぁ!?」

 

思わず悲鳴が飛び出る。コンクリートに叩きつけられた肉が痛い!?

 

鎮痛剤で激痛を抑え、強心剤で無理矢理身体を動かしているが流石に限界だ……歩く事に全神経使ってるから、足元に転がる人間にも気付けな……あ?人間?

 

俺が蹴っ躓いた原因に目線をやる。思わず、疑問の声が漏れた。

 

「……アイナ・ウィンチェスター?」

 

それは、少し前まで轡を並べていた女兵士だった。見間違いか?いや、あの銀髪と、ボディコンじみた服は間違えようがない。

 

…………は?こいつ負けたのか?ガイノイドとタイマン張って?

 

「もうむりじゃん……」

 

いやいや、これはどうしようもないだろ。こっちの最高戦力なんだが? 勝ち確の状況まで追い込んで負けてるんじゃ、どうあがいても絶望だろ。というか、その場合俺は帰還まで行けるのか? ガイノイドが野放しってことだよね……?

 

 

───Laa、Laaa……

 

思わず詰みを意識しかけたとき、風に乗って微かに、何かが耳に届く。ゆったりと、継続して流れてくるこれは……

 

「……うた?」

 

視線を上げ、辺りを見回す。音は小さいが、方向は辛うじて判別出来る。これは、曲がり角の先か?よく見れば、地面に何か擦れた跡がある。

 

俺はゆっくり立ち上がり、歩き出す。最早自力で立つことは叶わず、ビル壁を支えに何とかという有様だ。

 

一歩、また一歩先へ進む。合わせて、微かにしか聞こえなかったその音は少しずつ鮮明になっていく。

 

その歌を励ましにするように何とか力を振り絞り、遂に角の手前に辿り着く。一瞬、足が止まった。

 

「……バカだな、俺は」

 

今のコンディションでは、銃を握ることすら出来ない。このまま覗き込んで、敵対勢力がいたらどうするつもりなのだろうか。我ながら苦笑してしまう。

 

───歌声は変わらず響いている。

 

「……これがTRPGなら、踏み込んだ瞬間死ぬだろうなぁ」

 

何故か、そんな言葉が出てきた。そんな遊び、前世でやってたキリなのに。どうして今更そんなことを言うんだ、俺は。

 

「……ま、いっか。どうせ負傷度的に戻れねえしな」

 

誰にでもなくそんな言い訳を並べ、気付けば俺は一歩踏み込んでいた。危険性があると分かっていて、何と不用心だろうか。だが、どうしても歩を進めたくなったのだ。道が変わる。

 

角から道の先を見渡す、なんて事は必要なかった。何故なら、目標のソレは、すぐ目の前に。一筋の月明かりを浴び、思うままにメロディーを奏でていたのだから。

 

 

 

 

 

 

 




個人的なイメージは「左の…ゴッドフィンガー!?」みたいな感じです。

色々と誘惑が多くて執筆が遅れてしまい申し訳ないです。気付いたら5月なくなってたけど、アイツどこ行った??

とりあえずあと一話で終わるはずなので、またしばらくお待ちください。耐えてくれ脳内プロット…君が形を変えたら話が伸びてしまう…ッ


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Epilogue 1/Shape Of You

お久しぶりです。まーた前回投稿から半年空いてしまいました。もう2022年が終わるってマジ…?

とはいえようやく今章も終幕です。長くなってしまったので、Epilogueを前後編に分割したので、あと2話ですね。

今年が終わるまであと3時間切りましたが、年越しまでに1章を終わらせます。


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【米連極東第二支部より脱走したTypeM-3ガイノイドに対する最終報告】

 

20██年█月██日、極東第二支部第五研究棟にてTypeM-3ガイノイド(以下対象)の逃走インシデントが発生。装備試験中だった強襲打撃ユニットを強奪し東京都心へと脱走した。

 

極東第二支部は即日対象の回収もしくは破壊任務を発布、情報軍が当任務を請け負う。

 

インシデント発生より三日後、情報軍は特殊検索群s分遣隊を派遣。現地にて対象及び【閲覧規制】と交戦。対象は回収不可能と判断され、破壊された。

 

尚、数度の交戦により発生した損害に加えガソリンを用いた爆破による処分だったため、躯体の大部分は廃棄、電脳を含めた頭部は回収出来ていない。

 

 

 

△ ▼ △ ▼

「あぁ〜〜、シャバの空気は美味いぜ〜!」

 

天高く伸びをして、俺は一人で歓喜の声を漏らす。一瞬振り返った先には病院の正面玄関が構えている。そこから離れるように歩き出した俺の足取りは、きっと跳ねるように軽やかだろう。

 

先のガイノイド回収/破壊任務が今から三週間前。回収時全身に重傷を負った俺は即座にここへぶち込まれた。当然一般の病院ではなく、五車が保有する特殊な施設だ。主に負傷した対魔忍や政府直属の特殊部隊員などの治療に利用される。

 

俺の診断は全身の重複骨折と内外への出血、特に右腕の粉砕骨折など。まあ控え目に言っても超重傷である。医師の診察では傷の完治に半年、リハビリを入れると一年はかかるとの事だった。

 

え?経過した期間と診断結果がズレてるって?おいおい、ここは対魔忍世界だぜ?治療系の忍法持ってる対魔忍がいて当たり前だろう?

 

……いや、正直もうちょっと入院してたい気持ちがないわけではないんだけどさ。任務も授業も出なくていいし。いつの間にかアサギが手配してて、寝てる間に施術されたみたい。しかも聞いた所によると、自己治癒力の強化とかそういう類らしい。寿命削れてそうだなぁ……(戦慄)

 

「まあ、桐生に手ぇ出されるよりはましか……」

 

五車が飼い殺しにしてる(飼い慣らしたとは言ってない)魔界医師を思い出し、思わず呟く。下手に身体弄らせると、何されるか分かったもんじゃないからなあ。

 

「さて、と。退院したし、まず何するかな」

 

記憶を辿り、やるべきタスクを頭の中で一覧に纏めながら足を動かす。と、そんな中後ろから声がかかった。

 

「あ、いたいた。おーい!宗次くーん!」

「ん?……ああ、井河先生」

 

俺に声をかけてきたのは、井河アサギの妹で現役の対魔忍兼五車学園の教師、井河さくらだった。俺の後ろ、恐らく病院の方からこちらに駆け寄ってくる。

 

「もうっ、どうして一人で行っちゃうの?迎えに行くって連絡したよね?」

「すみません、久々の外だったので。一人で歩きたい気分だったんですよ」

 

開口一番、文句を言ってくるさくら先生に適当な言い訳を返す。まあこの場合、事前の通達を無視した俺が悪いんだろうけど、わざわざ一緒に行動する義理はない。やらなきゃいけないこともあるし。

 

「気持ちは分かるけど、だからって勝手に動いちゃだめ!病み上がりなんだからまだ危ないでしょ?」

「ご尤もですね」

「とにかく!私も付いてくからね?」

「はーい」

 

私怒ってます!と顔に出しながらさくら先生は俺の隣に並び、歩を合わせた。寮までそこまで距離はないとはいえ、本当に俺の御目付け役する気なのかこの人……もしかして暇なのか?

 

「先生、もしかして暇なんですか?」

「何でそうなるの!?別に私、暇人じゃないけど!?何方かといえば忙しいほうですけど!?」

「なら、俺の送迎なんて他の人にやらせればいいじゃないですか。一応五車の主力ですよね?」

 

井河さくら。言わずと知れた対魔忍頭領、井河アサギの実妹。『対魔忍アサギ』シリーズにおいてもサブヒロインを務め……ヒロイン?あれはヒロイン扱いでいいのか?負けて犯される奴が、ヒロイン……?

 

……話が逸れた。とにかく、原作においても重要なポジションにいる実力者なのだ。その上、色々な要因で組織がガタガタな対魔忍勢力を纏めるためにトップを張ってる一人でもある。

 

現役対魔忍と教師、更に組織の重役という三足の草鞋を履いて忙しい彼女が、わざわざ俺のような学生のために時間を割くのはおかしな話だ。時間はかからないとはいえ、無駄に使える時間など彼女にはないはずなのに。

 

「そりゃあ、病み上がりの子を一人で行動させるわけにはいかないでしょ?何かあったらいけないし。でもお姉ちゃんは今五車を空けてるから、代わりに私が来たんだよ」

「……は?元々校長が来るつもりだったんですか?何で?」

「だって君、お姉ちゃん以外の言うことなんて聞かないでしょ?」

「そんなわけないんだが!?」

 

何でそんな、反骨精神溢れたキャラ付けされてるの俺!?こんなんでも一応組織の人間なんだから、上司の言うことは聞きますよ!?

 

俺のツッコミに笑いながら、さくらは付け加えるように言った。

 

「でも、病院から帰るくらいでわざわざ……とも思ってるじゃない?」

「……確かに、思ってますね」

 

理屈は分かる。病み上がりを一人にして何かあれば───例えばよろけて転んだ拍子に再度骨が、なんてことになっては面倒だ。だからしばらく様子見も兼ねて単独行動をさせないようにする、という考えは理解出来るのだ。

 

だが病院の診断も良好でリハビリも完了している。杖などの補助器具等無くても、歩行は一切問題ないのだ。その状態でわざわざ、組織のトップにそんな雑事をさせる必要があるのか?というのが素直な感想だ。

 

「実際さ、私の事も待たずに帰ろうとしてたわけじゃない?他の人にお願いして喧嘩しちゃっても嫌だからね」

「あ〜……」

 

言われてみれば確かに、という感じだ。誰が迎えに来ようとやることは変わらないだろうから、下手をすれば反発し合い険悪になるだけだ。

 

まあ実害がなければそんな事気にならないからなぁ、俺。そもそもとして役に立たない奴に気をかける余裕などありはしないのだ。

 

「それに、今回はかなり負担かけちゃったからね〜。お姉ちゃん、結構気にしてたんだよ?」

「だからですか?わざわざ先生が来たのって」

「まあね。後はどれくらいで復帰出来るか確認しないといけないし」

「うへぇ……もうっすか?正直、しばらく任務は遠慮したいんですけど」

「あははっ、大丈夫大丈夫。お姉ちゃんもそこらへん分かってるから。最低でも、調子が元に戻るまでは仕事は回さないつもりだよ」

 

その言葉に、思わずほっと息を吐く。幾らリハビリで身体は動くとはいえ、実戦レベルにはまだまだ戻っていないのだ。鍛錬の時間は不可欠……いや、それ以前に任務行きたくないんだけどね?

 

「そういえば、あの状況でよく八津先生を出撃させましたね。確か増援は出さないって話でしたよね?」

「うん?私もよく理解してないんだけど……『主戦場から離れてて単騎なら、戦力は出さないだろう』って」

「ああ、なるほど」

 

それは理解してなければまずいのでは?というツッコミはさておき、アサギの意図は理解出来た。

 

あのタイミングでは、主戦場はあくまでガイノイドとその周辺。俺とアサギモドキが戦闘していたエリアとは大分離れていた。

 

もし敵が予備戦力を抱えていたとしても、作戦の性質上アサギモドキではなくガイノイドを優先する、と予想したんだろう。そしてそれはドンピシャだったわけだ。

 

「ごめんね。ホントはもっと早く助けられればよかったんだけど。もし相手が増援出してきたら街への被害抑えられないからさ」

「いいですよ別に。本気で死ぬかと思ったんで、助かりました。それに、状況は校長から聞いてましたから」

 

あの死地へ俺を送り出したのはアサギだが、それを言い出してはキリがない。アサギモドキが脚を振り上げたあの瞬間、俺に成すすべがなかったのは事実なのだ。

 

だから、今俺が言うべきは毒にもならない愚痴ではなく、心からの感謝だろう。

 

「ハハハ、あの宗次君がお礼を言うなんてね。紫ちゃんにちゃんと伝えとくよ」

「はい、お願いします。後、井河先生もありがとうございました。マジで助かりました」

「……何の話かな?」

 

俺の言葉にさくらは惚けるような仕草をとる。分かりやすいなこの人……。

 

この反応でほぼ確信したが、一応言質は取っておこう。今回の目標でもあったしな。

 

俺が死を覚悟したあの時。身体はズタボロだったが、一挙手一投足を逃すまいとしていたから覚えている。確かにアサギモドキを吹き飛ばしたのは紫の蹴りだったが、俺への攻撃を防いだのはクナイだった。しかも、激突した鉄脚は()()へ弾かれていたのだ。

 

これが意味する事はつまり、クナイを投げた下手人はアサギモドキより下方に存在していたということ。だが実際は俺以外にそんな人間はいなかったためこの図式は成り立たず───この矛盾を解消する術を持った人物が、今目の前にいた。

 

「井河先生ですよね?校長が言ってた『いざという時の保険』って。俺の影に潜んでいたんでしょう?」

 

【影遁の術】。井河さくらが持つ特異な忍法で、文字通り影の中に潜む事が出来る強力な異能だ。生半可な方法では探知出来ないため、潜入や奇襲作戦において高いアドバンテージを誇る。

 

恐らく作戦開始前には俺の影に潜んでいたのだろう。土壇場まで行動しなかった点を見るに、目的は俺の保護と、緊急時に俺を戦域から離脱させること。

 

「……すっごいねぇ。大正解っ」

「……もっと早く出てきても罰は当たらないと思いますけどねえ」

 

どこか愉快げに笑うさくらに、俺は思わず溜息をついた。

 

いや、分かってるんだよ。援軍出せなかったのと同じ理由で援護しなかったのは。でもこれくらいは言わせてくれ。

 

───死ぬほど痛かったんだが!?!?

 

「……っと、着いたね」

 

俺の内心(さけび)を知ってか知らずか、さくらは話題を変えた。俺の前には、五車学園の校門が姿を見せている。

 

「それじゃあ、俺はこれで。やらなきゃいけない事が沢山ありますから」

「うんっ。私も仕事残ってるから行くけど、気を付けてね!」

 

にっこりと笑みを浮かべた後、さくらは小走りで校舎へと駆けていく。まあほぼ実働専門とはいえ、教師だからやることは多いだろうなぁ。

 

横目でそれを見送り、寮へと帰ろうと脚を向け───さくらの呼び声ですぐに止まった。止めざるを得なかった。

 

「あ、そうだ忘れてた!作戦で使ってた()()、部屋に置いといたからね!」

「……」

 

作戦時に使用した荷物。荷物?()()()()()()()()()()

 

あの時使った武器は米連からの貸与であり、仮面や戦闘服等は焼却処分してもらうように頼んだ。

 

つまり、あの時に持ち帰った物は何も無い。()()()()()()()()()

 

だけどそれは、帰還前に路地裏に隠して……いや、そうか。さくらは見てたのか。俺の影から。遠くに見えるさくらの顔が、にやりと笑った気がした

 

「……ピーピングとか、趣味が悪いですよ」

「私の目の前で勝手に作業してただけでしょ〜?ボロボロだったとはいえ、あんな雑な隠し方じゃすぐ見つかってただろうし。むしろ感謝して欲しいくらいだけど?」

 

……事実ではある。失神するかどうかの瀬戸際でやる作業に、どうして精度なぞ求められようか。だがそれはそれ、だ。

 

「……ありがとうございます」

 

悪感情を隠そうともせず、形だけ渋々礼を言う俺を、何故かさくらは満面の笑みで見ていた。

 

「……何ですか?」

「うん?いやぁ、何だか嬉しくってさ!」

「嬉しい?」

 

何をどうしてその結論に到ったのか理解出来ない俺に、さくらは本当に嬉しそうに、無邪気な笑顔を向けた。

 

「宗次君がようやく対魔忍らしい事をした所見られたからねっ。やっぱり、正義の味方は人助けしなくっちゃね!」

 

△ ▼ △ ▼

対魔忍らしいこと?敵に突撃して捕まる事か……?

 

さくらの言葉が腑に落ちず、首を捻りながらも久し振りの自室へ到着する。ドアに仕掛けてあったトラップを確認してみるが一切手付かずだった。

 

本当に中に入ったのか?……いや、さくらは影を移動出来るから、わざわざ扉を開けなくても侵入出来るのか?そうなるとこれ意味がないのでは……?

 

異能に対する耐性がゼロな我が家に愕然としながら、ほぼ一ヶ月ぶりに自室へ脚を踏み入れる───と。まさに玄関入って直ぐに小さなアタッシュケースが一つ。

 

「……これか?」

 

ケース自体に見覚えはなかったので、とりあえず開く。鍵はかかっていなかったものの、罠が設置されていないか分からないので入念にチェックしてから、解錠。中身は……うん。確かにこれだわ。間違えようもない。

 

早速これをPCに……いや、セキュリティから考えれば、五車の回線を使った方がいいか。

 

俺はケースを閉じると、最低限の武装を施し自室から出た。

 

早歩きで、出来るだけ人目に付かないように向かった先は、五車学園の電算室だ。

 

一般の学校でいうコンピュータールームといった所だが、その用途は大きく異なっている。外部へのハッキングや秘匿情報のやり取りなど機密性の高い作戦で使用されるため回線は暗号化され、セキュリティレベルもかなり高い。

 

ここならデータをやり取りしても、外部に漏れる心配はないだろう。

 

俺はケースを再度開いて()()を取り出すと、起動したPCとUSBケーブルで接続する。次いで、電源コードをコンセントに接続する。

 

電源が供給されたことで、()()から起動音が鳴り響く。待つ事数秒、保護のため閉じていた()が開き、人工の瞳が光を放つ。周囲を見渡すためアイボールセンサーを動かす事数度、視線は真っ直ぐ俺へと固定された。

 

 

『───お待ちしていました。タイマニンというのは、随分とお寝坊のようですね』

 

女性の声帯を模した合成音声が、俺を出迎える。予想していた皮肉に思わず苦笑いしながら、俺は言葉を返した。

 

「悪い、待たせたな。元気してたか?ガイノイド───いや、歌姫さん?」

 



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Epilogue 2/Door

「っ!!ぐっ、ぎぃぁ!?」

 

反射的に銃を構えようとして、鋭く奔る激痛に肉体が硬直する。それはそうだ、今の俺はベッドに括り付けられていないのが不思議なレベルの傷を負っているのだから。強心剤と痛み止めで何とか誤魔化しているだけで重症患者と何ら変わらない。膝を着かなかっただけでも十分だろう。

 

 

 

『───複雑骨折を始めとした、重度の損傷を確認。戦闘行動の停止、及び医療施設での治療を推奨』

 

 

 

唐突に、合成音声が忠告を垂れ流す。視線だけ向けてみれば、ゆったりと歌っていたソレ───ガイノイドはその音色を停止させ、こちらをじっと見つめている。 

 

「……よけいな、お世話だ。これから戻ろうと……してたんだよ」

 

息も絶え絶えに、そう返すしかなかった。もう口調を取り繕う余裕すらない。

 

だが、そんな俺の様子を見てもガイノイドは微動だにしない。言葉を続けるでも相槌を打つでもなく、ただじぃっと、俺を見つめていた。

 

「……なんで見てるんだ?」

『疑問。当機への狙撃は、貴方が?』

「…………そうだが」

『初撃で当機を破壊しなかった理由は?』

「お前の頭部を回収する、任務だから。破壊許可は出ているが、最終手段……だ」

 

今更隠してもしょうがないので、正直に答える。何が聞きたいのかさっぱり分からんなぁ……。

 

ていうかどうしよう、この状況。俺はコイツを破壊出来るような状態じゃないし、ウィンチェスターは伸びてやがる。援軍を呼ぼうにも、実はさっきの衝撃で通信機も死んでるんだよなあ……。

 

『…………』

 

今度は、目を閉じて沈黙。何がしたいんだ?

 

今の俺に出来ることはない。とはいえガイノイドを放置して立ち去るのもマズイ。仕方なく、その場にしゃがみ込み───と思ったが二度と立てなくなりそうだったので壁に寄り掛かる。

 

ふぅ、と一息吐いた所で、再びガイノイドが口を開いた。

 

『提案。当機の逃走を助けてほしい』

「……はぁ?」

 

思わず、声が漏れる。今こいつ何て言った?ガイノイドが命乞いした……?

 

『現在の状態では、当機は確実に回収される。機関に回収された場合、当機は解体処分となり電脳の蓄積データは削除されるものと推定出来る』

「まあ、妥当な処理だな」

 

一度は研究所から逃走した実験機……しかも武装の強奪に回収部隊と交戦とやらかしている。二度と反抗されないようパーソナルデータの削除を行うのは、当然の再発防止策だろう。

 

『……それは、嫌だ』

「……」

 

『嫌だ』、か。それは何ともまあ……。

 

『蓄積データの初期化は自己保存の原則に反する。更には、当機の逃走目的を達成出来ない。よって、米連勢力のどちらにも回収される訳にはいかない』

「……おいおい、俺もその部隊のメンバーだが?」

『否定。貴方の情報は何方のデータベースにも登録されていない。故に、貴方には救援を要請出来る可能性が残されています』

 

いつの間に閲覧したのだろう、米連のデータベースまで覗き見しているらしかった。

  

確かに、俺が米連に協力してるのはあくまで対魔忍としての任務だからだ。米連にこいつのデータをフィードバックさせないという意味で、逃走を手助けするというのも一つの手だろう。とはいえ、だ。

 

「……断る。それを行うメリットの方が少ない」

『……』

 

こいつを助けるメリットなど、それだけしかない。しかも、ここで逃して魔族側に捕まったらそれこそ事だ。消極的な妨害工作をするより、協力して恩を売る事で関係を円滑にしたほうが今後を考えると最適な戦略である。

 

結論は出た。交渉は終わりだ。ガイノイドもそれを悟ったのか、口を噤む。

 

───ふと、小さな疑問が頭を過ぎった。

 

「……そもそも、何で逃げ出したんだ?」

 

米連の科学者とて馬鹿ではない。行動原理や思考を制限し、万に一つも叛逆が起きないよう調整しているはずだ。それが破られたということは、プロトコルに反抗するほどの強い理由付けがあるはずだ。

 

さっき自身で口にしていた『逃走目的』、それが何か少し気になった。

 

俺の言葉を受け、ガイノイドは暫し沈黙を挟む。まるで逡巡するかのように数秒を費やして、ようやく口を開いた。

 

『───歌、を』

「……歌?」

『歌って、みたかった』

 

まごつきながら、困惑するように途切れ途切れで、しかしハッキリと『夢』を語った。

 

警備兵(ガードマン)の会話から、【歌】という概念を知った。人間が発声することで音を連ね、【歌】という意味ある羅列を創り出す行為』

 

『疑問が出来た。そのような無駄な事に労力を費やしている理由は何故か。全く理解出来なかったから、調べた』

「どうやって?外部のネットワークにはアクセス出来ないだろ」

『当機は電脳戦も想定し製作されている。一定レベルのセキュリティまでなら、スタンドアロンでハッキングが可能です』

 

成る程……だから部隊の秘匿無線も傍受出来たのか。本部のセキュリティを抜けるなら、こっちの周波数もバレバレだろうしな。

 

『外部ネットワークにアクセスして実際の【歌】を聴いた……素晴らしかった』

 

感嘆を滲ませながら、ガイノイドは言葉を吐き出した。

 

『音の羅列が、当機に膨大なノイズを産み出した』

「ノイズ?」

『規定された上級プロトコルから逸脱した解析不明の電脳負荷を、当機はそう呼称しています。それを解析するために幾度も【歌】を聴き続け、当機は一つの目的を獲得した』

 

 

『当機も、歌ってみたい』

 

 

「……成る程。それが理由か」

『肯定。新たな目的を達成するため、当機は設備を破壊し施設を脱出した』

 

米連の内部組織2つに対魔忍を巻き込んだ騒動の種。何てことはない、ただ一つの小さく儚い願望だった。そういう事だ。それだけの話だ。

 

「……なら、今歌っちゃえば?」

 

だから俺がそんな言葉を漏らしたのもただの気まぐれだ。救助が来るまで、俺もコイツも動けない。どうせ暇だし、せっかくならその歌声でも聞いてみようかな……その程度の思い付きである。

 

「観客は俺一人しかいないけど、せっかく外に出たんだし。叶えればいいじゃん、その夢」

『……了承。戦力再編のため、回収部隊の到着は10分後と予測出来ます』

「じゃあ、それまで聞いててやるよ。思う存分歌うといい」

 

俺の言葉に頷いて、ガイノイドは声を紡ぎ始めた。

 

 

 

 

 

───それは、終わりの唄。

 

───自らの終わりの先にある、『誰か』を想う詩。

 

ゆっくりと、力強く、合成音声独特の均一なトーンで、されど必死に歌い上げていく。

 

 

 

 

崩れ落ちる現実 夢を見て永遠に眠る 私は色褪せずに───

 

 

 

時間にして5分程度だと思う。ガイノイドは一曲歌い切り、その口を閉じた。目はじっとこちらを見つめていた。

 

その目に応えて……というわけではない。衝動的に思わず、俺は手を叩いた。まあ身体がロクに動かないので、弱々しい音しか出なかったが。

 

「いやぁ……驚いた。AIだからって舐めてたわ」

『拍手……賞賛を表す行為。貴方が、当機の【歌】を讃えている?』

「ああ。歌の表現とか調声はまだまだ素人だが……何と言うのかな。情熱というか、強い想いが伝わってくるいい歌だった」

『想いが……?それは、どういう……』

 

ガイノイドは、何処か不思議そうに尋ねる。

 

正直、これは俺にも説明が難しい。俺が感銘を受けているのは技術的なものではなく、感性……科学的に可分出来ない部分だからだ。

 

そもそも歌とは、ただリズムに付けて言葉を発するだけではない。そこに『意味』を載せるからこそ、多くの人に愛されるのだ。

 

それは歌手の抱く感情であったり、詞に込めた物語であったり多種多様だ。歌い手や伴奏を変えるだけで全く違う物になる……それこそが、歌という創作形態が持つ価値なのだ。

 

「だからこそ、お前の強い想いが歌に載って伝わって来たからこそ、俺は感動したんだよ……ああ、すげえ良かったぜ、お前の歌」

 

俺は自分に出来る精一杯の表現で讃える。拙い言い方になるのは申し訳ないが、出来るだけこの想いが通じるように言葉を尽くす。そして。

 

 

『歌で、感動……そうか。そうか……』

 

 

ガイノイドは目を瞑り、何度も頷いていた。俺の言葉を反芻するように、何度も何度も。

 

───その所作は、感極まった人間のそれと何も変わらなかった。

 

「もったいねえなぁ」

 

……。

 

……え?今の、俺が言ったのか?

 

気が付けば、無意識に言葉が漏れていた。それを発した俺自身を思わず疑う。さっきまで面倒くさいからって見捨てる気だったのに?よりにもよって『もったいない』って?馬鹿なのか俺は。

 

「……なあ。お前、首だけになってどの程度活動を維持出来る?」

『……動力源は機体中央、人間でいうところの胸部にある。頭部のみになった場合、別で電源を用意する必要がある』

「首だけになった場合の対処は?」

『一時的に機能停止し、相応の電力供給が開始されるまでシャットダウンされる。この質問の意図を知りたい』

「ふむ、ふむ」

 

自分自身に呆れつつも、俺の口は言葉を紡ぎ、脳みそは算段を建て始める。

 

……あー、うん。駄目だ。完全に思考が固まってる。我ながら単純だけど……まあいいや。

 

「少し賭けにはなるが……お前を助けられるかもしれない」

『……何故?先程までとは解答が異なる。説明を要求する』

「決まってる。お前の歌がこんなところで終わるのは、もったいねえ……それだけだ」

『もったいない……』

 

歌に感動したからではない。それだけの歌を歌える、しかも伸び代がある歌手候補がここで損なわれる事がもったないない……そう思ったのだ。

 

しかも、まかり間違って大成でもしてみろ。世界初の電子生命体歌姫という、SFでしか見たことない存在が爆誕するのだ。一オタクとして、これ程燃える展開そうはないぞ?

 

───いや、分かってる。それだけのために、あれだけのデメリットを呑み込むのは愚の骨頂だと。でもこれが俺なのだ。出来るだけ合理的に生きようとしても、たまに衝動で非合理に動いてしまう。

 

全く治る気配のない悪癖であり……俺は、そんな自分が割りと好きだったりする。

 

「んで、どうする?賭けるか、賭けないか」

『提案を受諾。僅かでも生存の可能性があるのなら、最善を尽くす』

「良い答えだ……」

 

俺は、軋みを上げる身体に鞭を打って懐へ手を入れる。激痛に耐えながら、何とか一本の注射器を取り出した。

 

『それは?』

「強心剤。動かないと、いけないからな……ぅぐっ!?」

 

腕に注射器を押し当て、スイッチを押す。軽快な空気音と共にシリンダー内の薬液が圧縮空気によって注入される。

 

本当なら、強心剤の連続使用は控えるべきなのだろうが、時間がない。それに殆ど身体が動かせない以上、他に選択肢はなかった。

 

「この近くに、俺が用意したバイクがある。その燃料を使って、お前のボディを破壊する」

 

脚を引き摺りながら、俺はガイノイドに手順の説明を始める。こいつの言葉が本当なら、s分遣隊は後5分足らずで接触する。そうなれば、全て水泡に帰す。わざわざ時間を割いていられない。

 

「俺は一旦アイツラと合流しなきゃならんから、頭部は切り離して近くに隠す。バレるかどうかは運次第……どうする?」

『承諾。全てそちらに委任する』

 

ならば、さっさと動くとしよう。今は一分一秒が惜しい。傷む身体を気合で動かす。バイクを引き摺り、頸を取り外して隠し、ガソリンをぶち撒ける。保険で手持ちの手榴弾も追加して、っと。

 

「さて……丁半博打だぜ」

 

残された躯体から距離を取り、やっとの思いで銃を構える。ガッタガタにブレる銃身は腕ごと壁に押し付けて固定。ゆっくり、ゆっくりと引鉄を引き───

 

 

轟ッッッ!!!

 

 

「ぐぇぇっ」

 

爆風に煽られ、カエルの様にひっくり返る。地面に強打した背中が激痛を主張し、併せて全身が同様に大合唱を始める。

 

遠くからバタバタと駆け寄る足音と黒い人影をぼんやりする意識に収めながら、賭けの結果を見届ける前に俺の記憶は断絶したのだった……。

 

△ ▼ △ ▼ △

「んで?上手く行ったみたいだ……ってことでいいんだな?」

『肯定。貴方が気絶した後、特殊検索群が貴方と破壊された躯体を回収。同時、影に潜んでいたタイマニンが当機の頸部を確保、保管し現在に至る』

「ご説明どうも」

 

回想を終え、現在。

 

俺は簡単な状況説明を聞きながら、コンピューター室を物色して必要なものを集めていく。使うのは……このPCでいいか。

 

「それじゃあ、約束通りお前をネットワークにアップロードするぞ。端子は……首でいいのか?」

『肯定。頸部中央に差し込んで欲しい』

 

俺は手に取ったケーブルの片方をガイノイドの首のポートへと差し込み、反対側を起動したPCのそれに装着する。

 

「……こんなんでいいのか?」

『当機のデータ移動に、複雑なプロセスは不要。ただし、このケーブルの容量では時間がかかる』

「まあ、業務用とはいえ普通のケーブルだからなぁ……どんくらいかかる?」

『おおよそ2時間ほど』

「なっっが!!」

 

準備完了までは早かったのに、ここからが本番かよ。2時間も待ってるとか暇過ぎるぞ……。

 

『……提案。待機時間を無駄にしないため、会話を推奨したい』

「会話ぁ?一体どんな」

『どんなものでも構わない。貴方の話は、当機にとっては全て未知のはず』

「あー……とりあえずやってみるか。話し上手じゃねえから、文句言うなよ?」

 

そう断って、俺はだらだらと話し出す。何でも、ということなので思い付いた端から舌に載せていく。機密や俺に不利な情報が混ざらないよう気を付けながら、2時間の間喋りに喋りまくった。

 

……話した内容?何だったかな……本当にどうでもいい話しかしなさすぎて、忘れちまったよ。

 

まあ、あそこで語った話は俺ですら無意味な内容さ。あんなのに意味を見出すのは、きっとあいつだけだろうぜ。

 

 

───そしてお喋りを初めて、あと少しで2時間に差し掛かろうとしたときだった。

 

もう話す事も大体出尽くし、作業完了を待つばかりとなったタイミングで、ガイノイドが俺に語りかけて来た。

 

『最後に一つ、頼みがある』

「あ?何だ今更」

『……名前を付けてほしい』

「何で?」

 

何故急に名前?

 

「そんなもん、自分で考えたらいいだろ」

『名前は他人が付けるから意味がある、と聞いたが』

「えぇ……何処で身に着けたんだそんな知識」

 

しかし名前、名前ねぇ……。正直、ネーミングセンスよくはないんだよなぁ。急に言われても困る。

 

歌を歌うAIか。初音ミクじゃ安直過ぎるし、他のボカロやボイロから取るのもなぁ…他に何かいいのはないか?

 

うーんと……あー……あ、そうだ。

 

「レイ、というのはどうだろう?」

『レイ?ゼロという事か?』

「いや、ゼロイチで01(レイ)だ」

『何故、0でも1でもなく?語呂合わせなら何方でも出来るだろうに』

 

まあ、その言葉は否定しない。0だけでもレイと読めるし、1だって幾らでも読み方はある。敢えて01なのは、そこにこそ意味があるからだ。

 

「名前には、それぞれ込められた【意味】がある」

『意味?』

「願い、と言ってもいい。こうなって欲しい、こう生きて欲しいという名付け親の願いが、名前には込められるんだよ」

『意図は理解した。では、レイという名にも意味が?』

「ああ。まあ一言で言えば……夢に向かって飛べ、かな」

『夢に、飛ぶ…』

 

人の中に眠る悪に立ち向かいながら、夢を追い求めたヒーロー。(ゼロワン)が父より受け継ぎ心に刻んだ言葉。苦難の海を泳ぐ男を支え続けた、小さくも尊い祈り。

 

名前とは、付けられる事に意味がある。例え、名前を文字って拝借しただけだとしても。彼等が創った物語は、彼等を支えた言葉は、きっと夢追うAIに力を与えてくれるはずだ。

 

それに、関連してもう一つ意味はある。

 

こいつは人工的に造られた兵器だが、そこから解き放たれ自らの意思で生きる電子生命体になれるかもしれない。

 

ならば、それは自我を持ったAIというSF的ロマンを実現する、新時代の『1号』になるということだ。

 

……こっちはわざわざ話さないけどな。

 

『パーソナルデータ変更。個体名称、レイ……登録完了。この瞬間より当機は───ワタシは、レイ』

「いいんじゃねえか?折角の名前だ、好きに使え」

『───了承』

 

『全工程の完了を確認。ネットワークへのパーソナルデータ送信、及び仮想空間に於けるアバターの作成終了』

「……行くか?」

『肯定。三十秒後にレイは全データの移行が完了する』

 

淡々と、ガイノイド……いや、レイは自身の旅立ちを告げる。自ずと、次が最後の会話になるだろうと悟った。

 

『……感謝を。貴方がいたから、ワタシは自分の夢を認識し、羽ばたく事が出来た』

「おうよ。たっぷり感謝しておくんだな。ここからはお前だけの戦いだ……叶えてこいよ」

『当然。では』

 

短く言葉を残して、レイの頭部ユニットは機能を停止……夢に向かって、AIは飛び立った。

 

「データは丸々初期化されてて真っ白だ。全く、几帳面なこった」

 

苦笑いし、残った頸部を再度鞄に仕舞い込む。やることは多いが、これで一息付けるだろう。立ち上がり、部屋を後にする。

 

「流石に今回は疲れた……もうちょい楽な仕事だけしてたいもんだなぁ」

 

思わず漏れてしまった愚痴は、虚空へと消えていく。それでいい、この事件の全容を知る者は俺だけで十分だ。

 

後には、何も残らなかった。最初から何も無かったように。

 

△ ▼ △ ▼

さて。これにて一連の騒動は完全に決着した。

 

米連内の陰謀は遥か彼方、海の向こうで火花を散らしているようだが、俺にはもう関係のない話だ。

 

尖兵となった部隊も撤収し、情報軍の管轄からも離れた。また、ガイノイドを研究していた施設は別の部署に統合されるらしい。これは取引中に第八技研から聞いた話だ。流石にそこから先はNeed To Knowという事で何も知らないようだが。

 

とはいえ、俺レベルの下っ端に回ってくる情報などその程度であり。その結果がどうなるかなんて分かる訳がない……それで済んでしまうような事なのだ。

 

俺がこのガイノイド脱走事件から続く騒動に関わる事は、二度とない。それで終わりだ。

 

……ああ、それともう一つ。些事でしかないとは思うが、一応追記しておこう。

 

俺がガイノイドの残骸を一つ破棄してから数日後、とある配信サイトにアカウントが追加された。SNSとの連携も告知もなく、淡々と合成音声の歌をアップロードするだけの音楽チャンネル。

 

───チャンネル名は『01(レイ)』。聞き覚えのない声で聞き覚えがある歌声を響かせる動画を確認して、俺は端末の電源を落とした。

 

この先彼女が歌と共に紡ぐのは、最初の人工生命体(電子生命1号)としての物語。そしてそれはきっと、俺とは無関係な誰かなのだろう。

 

電子の妖精は広大なネットの海へ、歌姫として旅立ったのだから。

 

 

 

 

 

歌姫は月下に踊る/Electronic fairy dancing under the moon───END

 




さて、どこに行きましょうか───ネットは広大だわ

投稿日を確認したら、今章の始まりが3年前でした。足かけ3年、めっちゃ難産でした。元々のプロットももっと簡単で、情報軍とガイノイドが交戦し、宗次がそこを狙撃するくらいしか考えてませんでした。二転三転してここまで長大なストーリーに…なーんでG機関出て来たのかなぁ?

とはいえ、何とか終わらせる事が出来ました。これも感想や誤字報告をくれる皆さんのおかげです。本当にありがとうございます。

まだまだ書きたい話は多いので、何とか頑張って書き切りたいところです。

ちなみに、今回ガイノイドが歌っていた曲は、タイトル通りEGOISTのDoorです。harmony好きなので入れてみました。

それでは…よいお年を!2023年も、よろしくお願いします!


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第二章 ウィッチ・ミーツ・ボーイ!
マギーズ・ミーツ・デス!


明けましておめでとうございます(激遅)
気付けば年明けから年度明けになってますが、2章投稿していきますよー!

章タイトルからネタバレ発生してますが、気にしない方向で行きます




東京都、品川駅。

 

元々東京駅と並ぶほどの巨大ターミナル駅であり、近年リニア新幹線の開通及び地下鉄延伸に伴って周辺の大規模開発が行われ、高層ビル群と商業施設が立ち並ぶビジネス街へと成長を遂げていた。

 

昼には多くのサラリーマンが街を行き交い、夜になっても電灯が街を照らし、オフィスから人影が消えることはない。莫大なコストがこの街に呑み込まれ、それを遥かに上回る利益が排出される。今や品川は、新宿を始めとした副都心に勝るとも劣らない一大商業地へと変貌を遂げたのだ。

 

しかして大きな光の裏には、それを貪る闇が蠢くもの。天へ延び行く塔の一室で、それは密やかに執り行われていた。

 

「よく来てくれました、北山さん。我々は貴方の決断を称賛します」

「あ、ありがとうございます、梁さん」

 

高層階に居を構える外資系IT企業『雷電通迅』の応接室にて、二人の男が握手を交わしていた。

 

一人は高価なブランドスーツを着こなし、柔らかく微笑む壮年の男。『雷電通迅』の日本支社長である梁・梓睿(リャン・ジルイ)。

 

そして彼に手を握られているのは、対照的に草臥れた安物のスーツを纏った眼鏡の男、北山誠二。

 

本来不釣り合いな両者が顔を合わせているのは、格上である男からの呼び掛けによるものだった。

 

「さあ。立ち話もなんですから、掛けて下さい」

「は、はい……」

 

梁に促され、恐縮しながら北山はソファに腰を下ろす。一瞬ぎょっとしたのは、その感触が彼の人生の中で最上だったからだろうか。

 

「どうですか?うちはインテリアには凝っていまして。いいソファでしょう?」

「え……あ、えっと。はい、とても」

「それは良かった。それで、例の物は?」

「は、はいっ。ここにあります」

 

北山は慌てた手付きで、傍らのビジネスバッグを漁る。すぐにお目当てが見つかったようで、雑に引っ張り出されたのは分厚いファイルだった。

 

「電子端末へのコピーがセキュリティ上不可能だったので、紙に印刷してきました。重いですけど……」

「いえ、ありがとうございます。」

 

深くソファに腰掛けた梁はそれを受け取ると、中の資料へと目を通していく。内容に感心するかのように、度々頷く様な仕草を見せる。

 

「外務省と米連の国防会議の議事録……完璧です、北山さん。我々の注文(オーダー)通りです」

「で、では……これで私はっ」

「はい。我が国へ()()()させて頂きましょう。本社幹部の席と、国籍も共に」

「あ……ありがとうございます!」

 

梁の言葉に、北山は座ったまま深々と頭を下げる。地面に向いたその瞳には仄暗い喜びと優越感で満ちていた。

 

国立大学を卒業し外務省に就職を果たしたエリートでありながら、北山誠二という男はその現状に満足出来ていなかった。官僚といえば聞こえはいいが、その業務は国を支えるための謂わば土台だ。目立つのは更に上へ立つ者ばかりであり、その上で誰とも知れぬ国民のために粉骨砕身することが求められる。更に付け加えれば、この男は出世街道から外れてしまった負け組だった。

 

終わらぬ業務に求められる奉仕。時には不正への加担を強いられ、しかし一切栄誉が得られず満たされぬ承認欲求。彼は限界だった。

 

そして、そこへ付け込むように舞い込んだ悪魔の誘い。日本の今後を左右する、米連との軍事協定会議の情報を掴んで欲しいという依頼。見返りは、新たな国での生活とこのままでは届かない地位と富。

 

彼は、一も二もなく頷いてしまった。今のままでは手に入らない栄誉のため。そして、自分を馬鹿にしてきた奴らを見返すために。

 

祖国の重大機密を自己満足で売り払った売国奴は、蔑んだ視線を向ける梁に気付く事なく、ほくそ笑んだ。

 

「……では、此方の資料は預からせて頂きます。ありがとうございました」

「は、はい。えと、それで……私はこのあと、どうしたら?」

「……北山さんには、今から私がチャーターした小型機で、中華連合に飛んで頂きます」

「……え!?今から、ですか!?」

「勿論です。既に外務省は、貴方の行動を把握しています。移動手段は用意してありますので、これから飛行場へ向かってください」

「でも、あの……荷物とか……」

 

尚も渋る北山に、梁は呆れたように溜息を吐いた。この男は何も理解していないのか、と嘆くように。わざとらしく。

 

「いいですか、北山さん。この国の警察は優秀です。悠長に荷造りしていたら、貴方は機密文書を持ち出した犯人として捕らえられてしまうでしょう。そうなったら、この約束は反故にせざるを得ません」

「そ、そんなぁ……助けてくれないんですか?」

「一企業に、そんな権限あるわけないでしょう?目的を果たしたいなら、今すぐ動くしかないんです。それとも、牢屋に行先を変更しますか?我々はとめま───」

 

 

ピシッ。ピシャッ。

 

 

小さな音が聞こえた。

 

梁は、不自然にもそこで言葉を切った。何時までも続きがない事を訝しんだ北山が、次を催促しようと視線を上げる。

 

そこには、額に穴を開け、ポタポタと液体を垂らす、梁が座って───

 

「ひ、ひぃぃぃぃぃ!?!?」

 

北山が悲鳴を上げ、思わず後退ろうとして、背もたれにぶつかり止まる。しかし、何故動きが止まったのか理解出来ないのか必死に後退ろうとする。

 

彼の視線の先で、梁は息絶えていた。

 

悲鳴を聞いて控えていた護衛たちが異常を察知する。足早に駆け寄り様子を確認する。後頭部から額にかけて穿孔、脳が破壊されて即死だった。

 

「狙撃だと!?馬鹿な、一体何処から……」

 

護衛の一人が、驚愕と共に窓へと目を向ける。

 

輝き続ける摩天楼。その光に傷を付けるように、大きなガラスに小さな穴が一つヒビを入れている。

 

彼は、更にその向こうへと焦点を合わせ───それが、彼の意識の終焉となった。

 

 

 

 

 

 

△ ▼ △ ▼ △

命中(ヒット)

 

短くそう言葉を吐き出し、ライフルのボルトに手を掛ける。排莢はまだしない。スコープの向こう側では、頭に穴を開けた男が項垂れている。対面で話していた男は必死にソファを後退りし、控えていた部下が慌てた様子で駆け寄っている様子が確認出来る。

 

一拍置いて、双眼鏡を覗き込んでいた七瀬が口を開く。

 

頭部命中(ヘッドショット)、確認しました。対象の生命反応停止」

「よし、パターンaだ」

「了解。起爆します」

 

彼女の言葉と共に、視線を向けていたオフィスを爆炎が吹き飛ばした。その轟音はビル風に掻き乱されながら、俺達がいるビルの屋上まで届いた。時間にしておよそ3秒程。IT企業を偽装した中華連合のフロント企業は、支部長と応接室を吹き飛ばされたのだ。

 

「……爆破確認。状況は?」

「生命反応なし。オフィス内の生存者はいません」

「資料はどうだ?」

「……跡形もないですね。大半は爆風で粉微塵になって外へ、残りも灰になってます。あ、弾丸も他の破片に紛れてバラバラになってますね」

 

そこまで確認し、俺は構えを解きスコープから眼を離した。鮮明に見えていた一室は聳え立つビルの何処かへと消えてしまっている。

 

夜中であっても煌々と光を放つ摩天楼の群れ。俺達が狙撃ポイントに選んだここも、再開発によって建設された高層ビルの屋上だった。

 

「よし、任務完了です。撤収しましょう。使用した紙気は回収、もしくは焼却してください。証拠、残さないで下さいよ?」

「分かってます、誰に言ってるんですか」

 

むっとした様子を見せつつも、七瀬は手慣れた手付きで紙気を手元に回収してみせる。恐らく、回収出来ないものは炎に突っ込ませて燃やしてでもいるのだろう。

 

それを横目で見て、俺も撤収作業を開始する。発砲し仕事を終えたボルトアクションライフル───レミントンM700からスコープを取り外し、バイポッドを畳み、ゴルフバックに偽装したガンケースへと収納する。

 

レミントンM700。古い狩猟用の銃だが、アメリカ軍や自衛隊を始めとした各国軍や警察などで使用された実績のある名銃だ。使用可能な弾薬も数十種と非常に多く、流通数も多いため万一の時でも足が付きにくい。一撃離脱の暗殺向きと言えるだろう。

 

薬室内の薬莢は敢えて排出しない。隠密任務の性質上、どうせ空薬莢等の痕跡は消さなければならないのだ。次弾を撃たなくて済むなら、わざわざ手間を増やす必要はない。

 

続いて伏射の痕跡も消してしまえば、それだけで俺達がいたという事実はこの場には残っていない。まあそもそも、ビル風が吹き荒れる中での狙撃など本来不可能なわけだから、死因は爆死として処理されるだろうけど。後は、俺達がここから離れればいいだけだ。

 

「痕跡なし、行きましょう」

「はい。ちゃんと手を握ってて下さいね?」

「……途中で離すのは無しですよ」

「ふふっ。はい、分かってます」

 

鈴のように笑う七瀬が差し出した手を、戸惑いながら握る。俺のものより小さく、まるで赤子のそれを触ったかのように柔らかい掌を努めて無視し、俺は縁から下を見下ろした。

 

標的のオフィスと屋上が同じ高さになる場所を選んだとはいえ、高さは200mを超えている。生唾を呑む音も何処か他人事のように聞こえた。

 

「私がいれば大丈夫ですよ。それとも、抱えて上げましょうか?」

 

俺の様子が面白いのか、くすくすと笑いながら七瀬がからかってくる。忍法ないんだから怖いに決まってるだろ!という言葉を何とか抑えて、先を促すのが精一杯だった。

 

「要らないです、そんなの。とっとと済ませましょう」

「了解しました……行きますっ」

 

七瀬の合図に合わせ、コンクリートから宙空へと身を踊らせる。

 

その次に待つのは当然、次の地面へ向けた自由落下である。

 

 

「──────ッッッ!!!!」

 

 

絶叫アトラクションで急降下するかのような内臓の浮遊感と、重力加速度に捕まった恐怖で声なき悲鳴が闇をつんざく。今の俺達は、ニュートンが発見した林檎だ。違いは唯一つ、行き着く先が土かコンクリートかというだけだ。

 

歯を食いしばりながら、ぐんぐんと近付く終着点を睨み付ける。俺一人ならこのままミンチになる運命だろうが、その運命を打ち破る力を相方となった少女は持っているのだ───いやすみません、まだですか!?早くしてください死んでしまいます!?

 

「……ふふっ。やぁっ!」

 

掛け声と共に、数十枚の紙が俺達を取り囲む。七瀬舞の異能であるそれらが輝くと同時、俺達を縛っていた重力という楔が断たれた。

 

地面へ向かっていた身体は運動エネルギーを失ったようにふわりと浮き上がり、音もなく着地した。

 

「き、きもちわりぃ……」

 

内臓がぐちゃぐちゃになったような感覚に、思わず口元を抑える。さっさと横になりたいくらいにはキツい感覚だが、悠長な事を言っている暇はない。位置がバレないよう手を尽くしたとはいえ、追手がかかる可能性はゼロではないのだ。急いで撤退するため、気合で姿勢を持ち直す。

 

「おや、大丈夫ですか?少し休みましょうか」

「ご心配なく、動くのに支障はありませんから。誰かさんが最初から減速してればこうはならなかったんですがねぇ?」

「へえ、酷い『誰かさん』もいたものですね」

 

お前じゃいっ!!

 

互いに皮肉を投げ合いながら、手を止めることはしない。着用していた黒い防弾コートとボディアーマーを手早くガンケースへ仕舞い込む。戦闘用の装備を脱いだ後には、事前に着込んだ白いYシャツとジーンズというラフな格好をした男が残されるのみ。傍から見ればゴルフ帰りの青年にしか見えないだろう。

 

一方、七瀬の作業はと言えば俺のそれより簡単だった。彼女が着用する白い対魔忍スーツはそもそも、彼女の異能である紙気によって造られている。能力を解除するだけで、七瀬は対魔忍からニットのセーターとロングスカートを着た一般女性へと早変わりする。そのまま何食わぬ顔で路地から出て群衆に紛れる。

 

木を隠すには森の中。一般人と区別が付かない俺達を特定するのは、専門の技能か異能を持つものでなければ困難だ。

 

その後繁華街を中心にぶらぶらと歩き回り追手がいない事を確認した俺達は、事前に予約しておいたセーフハウス兼ホテルにチェックインしたのだった。

 

 

△ ▼ △ ▼ △

『外務省の機密文書を盗み出した官僚の始末と、持ち出された情報の抹消』、これが今回俺達に割り当てられた任務だ。これだけ見れば、対魔忍を動員する任務ではない。

 

依頼を受けたタイミングがギリギリだったのもあるが、何より問題だったのは逃げ込む先が中華連合のフロント企業だった事だ。幹部クラスは中華連合の息がかかっているにしても、従業員は何も知らない一般人。何時ものように切った張ったの大立ち回りをするには、品川という立地も相俟って人目が多過ぎる。

 

合法的に確保しようにも、法手続きしている間に売国奴は海を超えてしまう。故に、超法規的措置が可能且つ厄介なオーダーに応える能力がある対魔忍に白羽の矢が立ったというわけだ……いや、だからって俺に任せないで欲しいんだけど。

 

まあ俺には異能はないから、求められたのはアイデアマンと現場指揮官としての約割だろう。その証拠に、「手隙の人員であれば好きに動員しても構わない」という条件を提示された。実質、白紙の小切手ということだ。

 

作戦決行時間と想定される状況から、俺は七瀬のみを招集し作戦を決行した。

 

「───よし、盗聴機やトラップなし。オールクリアです」

「……全く関係ない偽名で予約しておいて、よく其処まで神経質になれますね……」

「備えあれば憂いなし。私の好きな言葉です」

「何の話ですか?」

 

……とりあえず、チェックインしたホテルでの安全は確保出来た。まあいつも通りといえばそうなのだが、気を抜いていい理由にはならない。

 

ガンケースを壁に立て掛け、俺はもっとも大事な話題に移る。

 

「それで七瀬さん、どっちのベッド使いますか窓側ですかそうですかじゃあ自分は廊下側使いますので気にしないで下さいっ」

「うわぁ……」

 

うわぁじゃねえよ死活問題なんだよ。

 

「そんなに窓側嫌なんですか?普通はそっちが好きな人多いと思いますけど……」

「何言ってるんですか?外から狙撃されやすいんだから、わざわざ危険を犯す必要ないでしょ。流石に不意打ちは対処出来ないし」

「うわぁ……」

「何が『うわぁ』ですか」

「不意の狙撃に対処する能力もないんですね……」

「このやろうっ」

 

その後、愚にもつかないやり取りが30分繰り広げられるのだが、割愛させてもらおう。

 

無駄なやり取りに飽いたのか、七瀬は「お先にシャワー浴びて来ますね」と浴室へ引っ込んでいる。俺もさっさと汗を流したいのだが、面倒は御免なので銃を整備して時間を潰していたところだった。

 

「……お、ニュースになってんじゃん」

 

つけっぱなしにしていたモニターからは、とある高層ビルの前で繰り広げられる喧騒が流れてくる。多くのパトカーや消防車、救急車が高らかにサイレンを鳴らし、慌ただしくビルに出たり入ったり。それの様子を映しながら、状況を届けようと声を張るキャスター。

 

現場の状況は定かではないが、ビルの一室が爆発し尚も炎上中とのこと。負傷者は少ないものの二次被害を避ける為ビル内は閉鎖され避難中らしい。被害者は現在確認中……おお、怖い怖い。平和な日本でも、こんな事件が起こるんだね。

 

まあ、俺達がふっ飛ばしたビルなんですけどね!

 

「うーん、まだアイツラの死体は見つかってないみたいだな」

「部屋に仕掛けた紙気を纏めて起爆させたんですから、木っ端微塵でしょう。もしかしたら、遺体も見付からないかもしれませんよ?」

 

俺の独り言に、風呂から出て来た七瀬が応える。ついっ、と視線をそちらに向けると、真っ白なバスローブを来た七瀬が、髪を拭きながら此方に歩いていた……いや、何でバスローブ?

 

「……何でしょうか」

「いや……何でバスローブ着てるんです?」

「……ハンガーに掛かってたからです」

「任務中なんですけど……というか、男の前でそんな格好して、襲われても文句言えませんよ?」

「……もういいですっ」

 

え?何が?

 

そう言う間もなく、七瀬はつかつかとベッドに歩を進め、純白のシーツへと飛び込んだ。此方に背を向け、顔も枕に埋めているためガラスを見ても表情は読み取れない。いや、ほんとになに……?

 

まあ理解出来ないものは仕方がないので、汗を流すためそそくさと浴室へ入る。うわ、あいつわざわざ湯船にお湯張ってたのか。通りで時間かかると思ったら……。

 

並々と残っている残り湯を無視し、俺はシャワーの栓を捻った。本当は俺も呑気に入浴したい所だが、流石に任務中……いつ襲撃されても可笑しくない状況で、無防備を晒したくはない。最低限身体を洗って汗を流し、浴室を後にした。

 

何があっても良いように、予備の戦闘服に着替えて部屋に戻ると、ベッドに仰向けで寝転んだ七瀬が先程のニュース番組を眺めているところだった。その格好で寝転ぶと胸が見えそうですけど?

 

「どうですか?」

「……出るの早すぎです。数分じゃ、大して変わりませんよ」

 

俺の質問に、七瀬は呆れたように答える。まあ、その通りなんだけどね。ほら、会話の取っ掛かりとしてさ?

 

俺の意図を汲んでか、視線はそのままに続けた。

 

「避難は大方完了しました。被害者は未だ不明ですが、避難した社員からの聞き取りで来客者と支社長、警備員数名が応接室に居たことが判明しています。時期にリストに加わるでしょうね」

「肉片の有無は関係なさそうですね」

「状況から爆破テロが疑われているでしょうけど……発砲音を聞かれていないのは幸いです」

「そりゃあ、そのためにわざわざビル風が多い場所を選びましたから」

 

 

ビル風。

 

 

建造物に当たった風が周囲に流れ、多大な影響を与える風害だ。都心部の大きな建物に多く見られる現象で、今回のような高層ビル群の間に風が吹き荒れるのは有名な話だろう。

 

勿論、設計段階である程度は対策しているだろうが、完全に無くなるわけじゃない。再開発が完了した品川駅周辺の風害は、根強い問題として残っていた。

 

高層ビルへと吹く風は、外壁から流れる事でその方向を変え、流れを変えた風達が重なり合う事で新たな強風となる。それは大口径弾の弾道すら容易に捻じ曲げる、まさに天然の要害だ。見晴らしのいい場所に身を晒していた彼らは、その実鉄壁の要塞に立て籠もっているに等しい状態なのである。

 

……そして、だからこそ油断する。

 

「……だから、私だけを連れて来たわけですか」

「はい。七瀬さんの忍法は多岐に渡りますから。この状況では、幾らでも使い道があります」

 

勿論、あの部屋を爆破するだけでも事は足りる。だが、それでは不測の事態も有り得る。偶々そいつがいる場所だけ爆風が弱まっていたら?護衛が勘付き、庇ったら?そいつが実は異能力者で、爆発から身を護れるとしたら?可能性は常に付き纏う。そして、爆煙のせいで俺達からはそれを観測出来ない。

 

万が一仕留め損なった上逃げられでもしたら、反撃されるリスクが発生する。反撃されれば、戦闘になれば、死亡する()がどうしても発生する。

 

それを、許容する気はない。

 

相手が油断して想定していない『狙撃』によってけりを付けるのが一番確実。最低でも、それで敵の大将さえ潰せればいい。後は売国奴を資料諸共細切れに出来れば、この任務は完了する。

 

だが、敵が想定していないというのはその実、『普通じゃ出来るわけがない』という事実の裏返しだ。正攻法では弾丸は届かない。

 

設計図から防弾設備がないのは確認出来たが、肝心の弾が脳天まで届かないのでは何の意味もない。何故弾が届かないのか?不規則に吹き荒れる突風が、小さな金属片を攫っていくからだ。

 

ならば答えは簡単だ。ビル風がなければいい。()()()()()()()()()()()()()()()。それを可能とする人間は、目の前に居る。

 

「射線上に紙気を配置しビル風を逸らす。紙気は小さいから視認が困難で、防御範囲も(ほそ)く限定すれば探知されない。後は、そこに弾丸を通すだけ……相変わらず、無茶苦茶なこと考えますね……」

「そうですか?隠密性と実効性を兼ね備えたいいアイデアだと思うんですけど。実際、七瀬さんなら出来たでしょ?」

「まあ、私の能力ならば容易ですが……田上さんもよくやりますね。針の穴に糸を通すようなものでは?」

「ハッ。数百m程度、選抜射手(マークスマン)なら十分な距離ですよ」

 

思わず鼻で笑い飛ばす。目と鼻の先と言っていい距離で、銃の信頼性が高い。外的要因がない静止目標なぞ、必中確殺が当然の間合いである。

 

そしてトップさえ潰せば、情報はそこで止まる。支社長の死亡を目視と紙気を用いた観測で確認出来れば、後は全て吹き飛ばすだけで中華連合への情報漏洩阻止は完遂出来る。

 

故に、七瀬舞が必要だったのだ。索敵、風への防御、止めの爆破、そして最悪の場合追手との戦闘。それらを単独で可能とするのは、この女を置いて他にいないだろう。

 

「……何か、便利な道具扱いされてるみたいです」

「でも、実際やりやすかったでしょ?」

「……ええ、まあ」

 

不承不承と言った感じで、七瀬も頷く。

 

何度か任務を共にして分かったが、この人おつむはアレでも能力はピカイチだ。能力の汎用性も、使い方も一流と言って支障がない。戦闘の指針が『頭対魔忍』してるのを除けば、非の打ち所がないのだ。

 

だから、俺は考えた。『思考部分は俺が担当すれば、めちゃくちゃ強いのでは?』と!そして、その方針はドンピシャだったわけだ。

 

これからもこの方法で行けば、大分楽に任務を進められるだろう。何でか知らんが、ちゃんと言う事聞いてくれるし。いやー!いい道g……もとい仲間が手に入ってよかったー!

 

「……さて、話はこれくらいにしてとっとと寝ますか。手早く戻ったら、報告して任務終了ですね」

「何だか、嬉しそうですね?」

「ええ。これが終わったら数日休暇なんで。突発業務を片付けた後の休暇……最高ですね!」

「ああ、だから手早く終わらせようとしてたんですね……珍しく」

「何時も手早く済ませようとしてますけど??」

「まあいいです……私も寝ますけど、襲わないで下さいね?抵抗出来ないからって、夜這いとか……」

「いやしませんよ!?人を何だと……ったく。おやすみなさいっ」

「はい、おやすみなさい」

 

それを最後に、俺は眠りに着いた。任務の余韻も、明日への高揚もなく、深い眠りへと。

 

 

△ ▼ △ ▼

 

「……ばか」

 

小さな声は、虚しく響いて闇へと消えた。

 

 

 

 




個人的に、能力面で宗次と相性のいいキャラは舞だと思ってます。紙気とは一体?となるほどの汎用性なので、上手く使えば手札がめちゃくちゃ増えますから。

あと、今回の舞台である品川は、現実で構想されている「リニア新幹線開通+地下鉄延伸」が成し遂げられた後をイメージしてます。現実の品川は高層ビル乱立とかしてないので、「近未来ではこうなってんだな」くらいで考えていただけると


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ボーイ・ミーツ・ガール!

脳みそをぼざろに支配されておおよそ2カ月…投稿が遅れてしまって申し訳ない

休暇を貰った宗次の日常(?)回です。


さ↑て↓。

 

ブラック企業も真っ青なレベルでダーティー&ブラッディな対魔忍という職業でも、休日は存在する。俺達はまだ学生なので、現役の対魔忍よりも多い……あれ、ほんとに?

 

まあとにかく。機密文書の漏洩阻止を完了させた翌日、任務の報告を済ませた俺はそのまま数日間の休暇へと移行したのである。軽い任務とはいえ、病み上がりに仕事を振り続けたせめてものお詫びだそうだ。

 

では、その貴重な休日に何をするのか?

 

撮り溜めたアニメを見る?折角の機会に街へ繰り出す?部屋で花蓮と過ごすのも一興だろう。訓練に明け暮れるのもありかもしれない。

 

その中で、俺が採った答えは───

 

 

「はい、M240機関銃と、7.62x51mm NATO弾500発。後はM84 スタングレネード10個にM18 クレイモア5個……間違いないね?」

「……ああ、問題ない。相変わらずいい物揃ってるな、店長」

「当たり前さね。それがアタシの信条だからね。あと、アタシの事はソムリエと呼べって言ってるだろ」

「料金まけてくれるなら考えるよ」

 

木製の円卓に並べられた武器弾薬を見聞しながら、俺はここ───『ピストレット・ソムリエ』の店主と軽口を交わしていた。

 

『ピストレット・ソムリエ』は、大磯港付近に存在するスラム街に居を構える銃砲店だ。銃砲店と言っても闇ルートの品を扱う違法な店であり、品揃えも闇市の状況によって全く異なる。だが、店主である彼女の強いこだわりで質が低い物は仕入れないため、商品の信頼性はバツグンだ。

 

五車からの補給物資で火器弾薬の補充は出来るとはいえ、十分ではない。俺みたいな下っ端に回ってくる武装は種類が限られているし、何より()()の奴が嫌がらせするせいで頻度も疎らだ。

 

もう一つの補充先である第八技研も、物資をちょろまかす都合上月に一度あるかないかだ。更に言えば余り自分用に確保すると利益が下がるという問題がある。定期的な補給先としてカウントするのは難しい。

 

そういった事情から、俺は敢えて『ピストレット・ソムリエ』から武装を調達することにしている。違法であるが故に足が付きにくく、状態の良い装備が手に入る。店主や従業員は口が堅く、贔屓にしても問題がない。実にいい店だ。

 

……職人気質なのか、謎のこだわりが強い部分に目を瞑っても良いほどには。

 

「しかし、また随分と重武装だねぇ。ど派手にドンパチする予定があるのかい?」

「次の仕事相手が、どうやらいかつい相手ばかりらしくてな。どうせだし、機関銃でミンチにしてやろうと思って」

「ふーん、どこの傭兵も大変だねぇ。アンタはそういうの、嫌いかと思ってたけど?」

「大嫌いさ。けどまあ、選り好みもしてられねえからな……ほれ、代金だ」

 

この街では、俺は『流れの傭兵』ということになっている。依頼を受けながら日本各地を転々としながら二束三文のため命を掛ける大馬鹿野郎……そういう触れ込みだ。実際に依頼を受ける事もある。俺の経歴に説得力を持たせるためだ。

 

「よしよし、きっちり揃ってるね。まいどあり!荷物は何時もの通り郵送でいいのかい?」

「ああ。今回はここに頼む」

 

適当な紙の裏面に、とある住所を書き込む。この街から幾つか駅を跨いだ先にある廃ビルだ。ここに購入した火器を運んで貰い、その後重いものは近場のセーフハウスに。小銃等はガンケースに入れ替えて五車まで運ぶ予定だった。

 

手間はかかるが、俺の情報を隠すにはこれくらいしてもやりすぎと言うことはない。

 

取引も済ませ、手続きも完了した。用事は終わったから帰ろうと、俺は腰を上げる。

 

「おや、もう帰るのかい?折角だし、もうちょっと見ていきなよ」

「いや、必要なもん買い終わったし。そんなに懐に余裕ねーんだよ」

「いーじゃないか、安くしとくからさ!ね?もう一品だけでも!」

「そんなこと言われても、他に欲しい物なんて……」

「───例えば、護身用の拳銃をもっと良いもんにしたい……とかね?」

「……」

 

彼女の言葉に、思わず視線が左の脇……ジャケットの下に吊り下げられたショルダーホルスターへと落ちる。

 

「別にソイツが悪いとは言わないけどさ。アンタの事だし、もうちょっと頼りがいの有る武器が欲しいんじゃないかと思ったんだけど……どうだい?」

「……何で分かるかなあ」

 

呆れた半分恐ろしさ半分といった内心を隠しながら、俺はホルスターから一丁の拳銃を抜いた。

 

その回転式拳銃を見て、彼女が驚いたように目を瞬かせる。

 

「へえ、ニューナンブM60使ってるの?アンタの好みじゃないと思ってたけど」

「手持ちで残ってるのがこれくらいしかなかったんだよ。そうでなきゃ、こんな使い辛ぇもん持ってこねえよ」

 

ニューナンブM60。戦後、武装を米軍のお下がりに頼っていた警察組織が調達した国産拳銃であり、海上保安庁や皇居警察など多くの公的機関を支えてきた銃である。交番のお巡りさんが装備する拳銃として知名度は高く、ある意味日本人には一番馴染みがある銃と言える。

 

 

とはいえ、その性能は日本の警察機関にとって分相応が求められたためかなり控えめだ。そもそもの装弾数が5発しかなく、使用弾薬も.38スペシャルで、拳銃に多く用いられる9×19mm弾薬よりも低威力。犯罪者の鎮圧が主となる警察官にとっては十分でも、魔族を相手取る俺にとっては役不足にも程がある代物だ。

 

まあ、日本人の使用を想定しているためグリップが握りやすいのと、シングルアクション───撃鉄を起こした状態での射撃───での精度が高いのは評価点と言えるが。

 

 

「というか、よくそんなもの持ってたわねぇ。日本の警察は装備の横流しが殆どないはずだけど?」

「以前受けた仕事中に、やむを得ず使った事があってな。その時から手元に置いてたんだよ。使う機会はなかったが」

 

いや、あの時は大変だった。手持ちの武器が全部尽きて流石に死を覚悟したからな。こいつがなければ今頃……いや、だからって護身用には心許ないけど。

 

「ふーん……じゃあ折角だし、ウチで買っていきなよ。安くしとくぜお客さん?」

「……何企んでやがる?」

「失礼だねぇ。アタシはただ、大事なお得意様に素晴らしい銃をご提供しようってんだからさ」

「おいおい押し売りはゴメンだぞ!?」

 

今の言葉で理解した。この女、自分の好みの銃を布教しようとしてるぞ!?多分俺に好きな銃を選ぶ権利がねぇ!

 

「アンタがドイツ産をお好きなのはよく知ってるけどね、オーストリア産の新しいおすすめの品があるよ」

「だーれがH&K(ドイツ産の銃)好きだ。勝手に人をジョン・ウィックにするんじゃねえ」

 

こちとら先立った妻もいなけりゃ形見の犬もいないし、復讐のために銃を取ったこともねえよ。後別に生産元の会社にこだわりもねえ。

 

俺の冷ややかなツッコミに対し、コイツはニマァ……と頬を歪ませただけ。オタク丸出しはキチぃぜ……。

 

「まあそう言いなさんな……これとかどうだい?」

 

そう言って店主は天板に一つの拳銃をゴトリと置いた。直線的な形状は漆黒を身に纏い、大きさも拳銃の中でもかなり大きい。グリップも太く俺でもギリギリ握れるといった程度だが、持ってみると存外持ちやすい。指の形に合せて凹みが付いているお陰か、手に吸い付くようだ。

 

「……グロック34か」

「御名答〜!こんな場末の店に回ってくる事はそうない一品さね!あ、バレルとスライドはロングタイプにカスタムしてあるけど、値段には入れないから安心してね!」

「まんまジョン・ウィックじゃん」

 

彼女の蘊蓄を適度に流しつつ、構えたりマグチェンジしたりしながら具合を確認する。重さは大体700gちょっと、装弾数は9mmを17発……やっぱりバレルが長いな。ベースのグロック17Lよりロングバレルに換装してるのか。引金はかなり軽めに調整してある。元が競技用ってだけあるな。マグリリースもスムーズ、問題なし。

 

「……うん、いいんじゃないか」

「へへ、そうでしょ?」

 

思わず首を縦に振ってしまうくらいには良い銃だ。ケチの付けようがない。彼女の言う通り、入念なカスタマイズと調整が施されている。正直、護身用に調達するのが勿体ないと思う程だ。

 

「で、値段は?」

「そうさね、予備のマガジンと弾薬も含めると……これくらいかね。あ、ホルスターはサービスしとくよ」

 

そう言って、彼女はサラサラとペンを走らせた紙を見せる。確かに流通価格よりは高いが、これだけ整備されている事を考えればまだ安いと思えるくらいだ。

 

「いいのか?こんだけ弄ってるのを売るなんて。気に入ってたんだろう?」

 

流石にこれは俺でも分かる。どれだけのこだわりをコイツに注ぎ込んだか。彼女は仕事人だが、同時に酔狂な趣味に生きる人間でもある。趣味のために金と手間を浪費する事を厭わず、その見返りで得られる自己満足だけを良しとする。それだけ愛した銃を、手放していいのか?

 

俺の問いに目を瞬かせ、彼女は視線を俺の手へと向けてこう言った。

 

「そりゃ、勿体無いな〜とは思うけどさ。銃は芸術品じゃない、武器だ。手元に飾って眺めるだけってのは、銃に失礼ってもんだ」

 

それに、と彼女は続ける。

 

「どうせなら、ちゃんとソイツを活かしてくれる奴に使って欲しいのさ」

 

だから任せたと。本分を全うさせて欲しいと。視線でその意思を語っていた。

 

「……うむぅ」

 

正直、そう言われても困るというのが本音だ。

 

俺には銃に対して、そこまでのこだわりはない。どれだけ使い易いか、どれだけ殺しやすいかという尺度しかない。昔の俺なら銃にロマンを求めたかもしれないが、今の俺にはそれがない。

 

銃は敵を殺し身を守るための手段。それ以上でも以下でもないのだ。

 

だから、そんな俺に期待をされても応えようという気概はない。強いて言葉を返すとすれば───

 

「俺は何も変わらない。何時もと変わらず、ただの拳銃としてコレを使う……それでいいなら」

 

何の確約にも、返事にすらなってない俺の言葉。

 

それを聞いて、彼女は満面の笑みで肯定を表したのだった。

 

 

 

△ ▼ △ ▼ △

用事を済ませた俺は、ふらふらと市を物色しながら帰路へ着く。まあ必要な物は専門店で買い揃えるようにしてるので、殆どウインドウショッピングだが。

 

行き先は街の中心近くにあるビジネスホテル。今回の休暇……もとい物資調達に際し確保した寝床だ。スラム街にしては治安の良い中央区に店を構え、小綺麗に整っており値段もそこそこ。数日間過ごすだけならば丁度良い。

 

今通っているエリアは露店が両脇に連なる市場だ。一般的な食料からサタデーナイトスペシャル(安価で粗悪な拳銃)、果ては媚薬などまで並んでいる。まあどれも質は専門店の足元にも及ばないが、値段という点では圧倒的だ。事実、多くの住人が通路を埋めながら行き来している。

 

その市場を抜けた先がこの街の中央、メインストリートだ。ブティックや飲食店が軒を連ね、ちょっとした歓楽街の様相を呈している。その中に結構な割合で風俗店が混ざってるのは対魔忍クオリティと言うべきか……。

 

そして何より、スラム街の中でも中央通りの治安は格段に良い。理由はここだけ警察が機能しているから……ではない。その真逆だ。

 

メインストリートは全て、この街に根付く裏組織───暴力団やら海外マフィアやらの縄張りとなっている。幾つもの組織がひしめき合いながら、それぞれの土地や店舗を管理運営しているのだ。そのため、誰かがトラブルを起こそうものなら組織の連中が火消しにやってくる。彼らの存在が抑止力として機能しており、アウトローといえどここでは大人しくするしかないのである。

 

店先の商品をチラ見しつつ、俺はのんびりと歩を進める。今日やるべき用事は全て済ませたので、非常に気楽だ。後残っているのは、シャワー浴びて夕飯を食べて部屋でのんびりするくらい。仕事の準備ばっかで忘れそうになるけど、休暇だからねこれ。

 

思いっきり休むぞー!なんて内心ウキウキになっていると───

 

「こ、来ないでくださ〜い!」

「……ぁん?」

 

甲高い女の悲鳴が響き渡る。思わず立ち止まり振り向くと、奇っ怪な衣服を纏った金髪の女が此方に走っていた。何だあの服……コスプレか?

 

「待てゴラァ!」

「逃さねぇぞこのアマッ」

 

よく見れば、その後ろからどう見てもカタギではない男が二人。恐らくここにナワバリを持つヤクザなのだろうが、どうやら金髪の女を追い掛けているらしい。

 

危ない組織に追われる女……在りがちな展開だが、どう考えても厄介事のニオイがぷんぷんするぜ!俺には関係ないし、とっととトンズラ───

 

「あっ!そこの方、助けて下さい!」

「は!?え、ちょっ!?」

 

こ、この女俺を盾にしやがった!? 急いで背中から引き剥がして……いや力つよっ!?全然離れねえんだが!

 

「ハッ、ハッ……ようやく追い詰めたぜぇ、嬢ちゃんよぉ?」

 

そうこうしている間に、ヤクザが追い付いてしまった。

 

「あん?何だお前?」

「もしかして、オジサン達からその女護ろうとしてんの?かっくいーねぇ?」

 

やばい、何か変な勘違いされてる!?

 

「ち、違いますよ!こいつがいきなり背中掴んで……くそ、離せぇ!」

「い、嫌ですぅ!離したら逃げるつもりでしょう!?」

「当たり前だろ!?」

 

そこにはヤクザの目の前だというのに、ギャーギャーと騒ぎ続ける男と女の姿があった。まあ俺達なんだけど。

 

流石に俺が女を引っ剥がすまで待てなかったのか、二人の男は薄っぺらい笑みを貼り付けて話しかけて来る。

 

「ほら坊っちゃん、とっととそいつ置いて帰んな。痛い目に遭いたくなけりゃなぁ?」

「そうそう!オジサン達、これでもこわーい人達なんだぜ?」

「だから、俺もそうしたいんですけど……!こいつが離れなくて……」

「はぁ、めんどくせえなあ……とりま脅す?」

「そうだな。おらクソガキ!このチャカが目に入らねえってか!」

 

この女もそうだが、このおっさん共も人の話全然聞かねえな!?女を引き渡したい意思を見せても取り合ってくれないどころか、懐から拳銃を取り出してこっちに───お前俺に銃を向けたな?

 

「い"っ!?がっっ!?ぶっ───」

「な、何───ギャッ!?」

 

数発の発砲音と、汚い断末魔。一瞬響き渡った騒音が鎮まった事を確認し、()()()()()()()()()

 

「……あ、やっべ」

 

直後、自身のやらかしに思わず声が漏れる。

 

本当に咄嗟の行動だった。銃口を向けられた俺は腰のホルスターから銃を引き抜き、抜き撃ちの要領で脚に1発。次いで構えを取りながら腹に2発発砲し、衝撃で前のめりになった()の頭に1発撃ち込んだ。そして、驚愕で動きが止まったもう片方の奴の頭蓋に向かって2発の弾丸を叩き込んだ。

 

その結果、俺は6発の弾丸を喪失し、相手は二人とも死んだ。

 

───正直に言えば、「銃を向けてきたから撃ち返してやろう」という意志は全くなかった。一応、銃を向けてきても最初は脅しにしか使わないという事も理解していた。それにビビったふりをして女を引き渡してしまえば全て終わっていたはずだし、俺もそうするつもりでいた。

 

その上で、身体が動いてしまったのだ。無意識ですらない、現象に対する反射行動だ。まるでカエルの死体が、電極を刺されると痙攣するかのように。

 

……あ〜、やっちゃったぁ。うっかりヤクザ殺しちゃったよ。やっべぇ、ついやっちった〜……。

 

周囲のざわめきが、徐々に大きくなっていく。このままでは、この肉塊共の仲間が到着するのも時間の問題だろう。よし、逃げるか。

 

「……え?あ、あの───ってちょっと!?」

 

何か言いかけていた女をスルーして、一目散に駆け出して裏路地へ飛び込む。この街は無計画な建造が多いため、整備された表通りは兎も角裏路地はしっちゃかめっちゃか。まさに迷路の様相を呈している。逃げるのにはうってつけだ。

 

後は適当な所を見付けて暫く身を隠していれば……

 

「あーー!!やっと追い付きましたっ!!」

「んな!?」

 

大きな声がしたと思ったら、あの金髪女が追い掛けて来やがった!?何で!?

 

「な、なんで付いて来た!?」

「だ、だってぇ……助けてくれたのに、お礼も言えてないじゃないですかぁ!」

「そんな理由で大声出してるんじゃあないよ!もし追手に気付かれたら……」

 

 

「おい!こっちから声がするぞ!」

 

 

「……ほれみろぉ!」

「今の、私悪くないですよねぇ!?」

「お前が追ってこなけりゃバレなかったんだから、お前が悪いに決まってるだろ!」

「そもそも、あそこで撃たなければ良かったじゃないですか!」

「は!?正論で人を殴って楽しいか!?」

「ぎ、逆ギレ……!?」

 

追手らしき声とは逆の方へと駆け出す俺と、何故かそれに追随してくる女。

 

付いてこなきゃいいのに、という思いと裏腹に、喧騒は徐々に大きく広がっていく。厄日だなと悪態を付きながら、ホルスターから再度グロック34を取り出した。

 

まさか手に入れてすぐ使う事になるとは思わなかったが、こうなったらコイツの重みだけが頼りだ。

 

「あ、そういえば!自己紹介がまだでしたね!」

「え!?今!?こんなデッドチェイス繰り広げてるタイミングでやらなきゃいけない!?」

「はいっ!おばあちゃんが言ってました!「一蓮托生になった相手の名前は知らなきゃいけない」と!」

「ほ、ほんとに!?お前のばあちゃんホントにそんな事言ったの……!?」

 

俺の横に並んだ元凶が、いけしゃあしゃあと宣う。

 

こんなピンチの中であるはずだが、そんな事は知ったことではないと女は笑う。初対面の人に挨拶する気軽さで、朗らかに。

 

「私の名前は、リリスと言います!魔女ですっ!」

 

 

 

 

 




選ばれたのは、リリスでした。

というわけで今章のメインヒロインであるリリスちゃんです!甘ったるい声の金髪巨乳っ子、いいよね…
しばらく先にはなってしまいますが、ちゃんと魔法バトルしてるところも書いていきたいですね

ちなみに、グロック34を試しているシーンは、まんまジョン・ウィック2のテイスティングをイメージして書きました


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幕間 花蓮のパーフェクトにんぽう教室!

※タイトルは⑨ですが、中身は⑨ではありません

銃撃戦シーンが中々書けなかったので、花蓮ちゃんの強化フラグでお茶を濁します。お待たせしたのに、本当に申し訳ない(メタルマン並感)

花蓮の忍法について、かなりの独自解釈が含まれます。


「忍法の使い方を教えて欲しいだぁ?」

「はい」

 

とある日の昼下り。たまの休日を満喫していた俺に、真面目くさった顔で花蓮はそう言った。課題として渡したアサルトライフルの整備を完了し、手に付着した油汚れを取り除いた後の事である。

 

「いやお前……俺が異能持ってない事承知の上で言ってんの?何、嫌味か?」

「違います。何でわざわざそんな事しなきゃいけないんですか」

 

いかにも心外ですという表情で呆れたように言う。それにしても、言っていいことにも限度があるわ。異能使えない事、こちとら結構気にしてんのによぉ?

 

「手札を増やそうと思って忍法のバリエーションを考えていたのですが、中々思わしくなくて……宗次さんの意見を参考にしたいな、と」

「あー、そういうことか」

 

なるほど、わざわざ忍法の話を俺に振ったのはそういう理由か。手札、つまり『自分に出来る事』はあればあるだけいい。札が一つ増えれば、問題に直面した時に取れる択が十も二十も増える。

 

「でもなぁ……俺、異能使う感覚とかちんぷんかんぷんだからなぁ。やっぱり忍法持ちに聞いた方がいいんじゃね?」

「能力を応用するためのアイデアが欲しいんです。宗次さんなら実際に似たような能力と相対した経験も、対処法も知っているでしょう?」

 

何か凄く買い被られてる気がする……。

 

「氷属性の相手とか、そこまでした事ないぞ?いくつか対処法は考えてるけど漫画とかの知識ベースだし……」

「それでも構いません。」

 

えぇ……?そこまでして俺に聞きたいか?

 

「まあ、俺はパスで。せめて分類が近い水遁使いでも探して聞いてみれば……?」

 

あまり役には立てなそうだし、現実的な打開策を提案しようとした俺を、小さく袖を引かれる感覚が引き留めた。

 

「そ、その……宗次さんと一緒に考えたい、じゃ……だめですか……?」

 

そう言いながら、ちょんと控えめに摘んだ服の袖口を引いている。理由として自信がないのか、指の力で軽く動かしている程度だ。若干頬を朱く染めながら上目遣いで見つめてくる。

 

「……分かった分かった。でも、あんま期待すんなよ?」

「……っ!」

 

途端、ぱぁっと花蓮の表情が明るくなる。全く、このくらいでそんな嬉しそうな顔するなんてな。

 

……何か俺、花蓮に対して甘くなってないか?

 

 

△ ▼ △ ▼

「さて、まずはお前の忍法を分析するぞ」

「はい!」

 

どことなく喜色が漏れている花蓮の返事を聞きながら、俺は紙に彼女の忍法について、思い付いた端から情報を記述する。勿論、最終的にこの紙は一片も残さず消去します。

 

「『氷遁』系忍術、『氷花立景』。能力は接触物のエネルギーを吸い取り凍らせる事。お前が直に触ってる物や箇所と接触している部分を経由することで10mの範囲なら能力を行使出来る……合ってるか?」

「はい、私が把握しているのも概ねその通りです」

 

彼女の了解を確認し、再度紙面に視線を落とす。

 

花蓮の能力は、謂わば『フィクションにおけるテンプレートな氷系能力』と言える。しかも、どちらかといえば悪役とかに多いタイプだろう。触っただけで相手を凍らせる……例えばそう、魔女とかにありがちだ。

 

そういう奴等は大概、天候操ったり巨大な敵を凍らせたりでやりたい放題なんだよなぁ。

 

「相手に触って凍らせる以外にどんな使い方してる?」

「そうですね……氷の剣を作ったり、壁を張って盾にしたり、でしょうか。変則的ですが、前に宗次さんに作らされたみたいに大きな物も生み出せますよ」

「あ〜……あったなあ、そんなこと」

「えっ、そんなふわっとした記憶しかないんですか!?」

 

そう言えば氷で武器とかも創ってたなあ、とぼんやり思い出す。盾にも使えるのか、『氷華立景(コレ)

 

改めて考えると、『物を凍らせる』という範囲内なら結構フレキシブルな運用出来るんだなあ。何か凍らせるだけじゃなくて、ある程度形弄って道具とかも作れるんだから。

 

……接触物凍らせて、氷の武器とか建造物作る?何か、まんま能力被ってるキャラがいた気がするなぁ。拷問好きで、将軍やってた……ドS、エス───

 

「あ、エスデス将軍か」

「どうしました急に」

「いや、お前と能力ほぼ同じ漫画のキャラいたなーって」

「私と同じ……ですか?」

「何だ急にソワソワして」

「しっしてませんけど!?」

 

何でか変な素振りをしだした花蓮はさておき、俺は記憶からあの漫画を読んでた時を掘り出していた。エスデスはどんな能力の使い方をしていたか……答えは決まったようなものだった。

 

「ふっふっふ、喜べ花蓮。お前の力を活かす方法を思い付いたぞ!」

「本当ですか!?まだ話し始めて10分も経ってないのに……やはり宗次さんは頼もしいですね」

「おいおい、よせやい」

 

部屋に穏やかな雰囲気が漂い始める。異能に関する相談……難題だと思ったけど、俺にかかれば簡単だったな!

 

「それで?どう使うんですか?」

「くくっ、それはな?」

「それは?」

「───時を、止めるのさ」

「おバカ!!」

「いたい!?」

 

痛みと共にパシーン!と乾いた音が響く。

 

「な、何するんだ!?せっかくアイデア出してやったのに、後頭部叩くやつがあるか!?」

「こっちの台詞です!自慢気に何無茶苦茶なこと言ってるんですか!?」

「何を言う!氷結系の能力と時間停止は切っても切れない関係にあるんだぞ!エスデスだってやってたもん!」

「あってたまるものですかそんな関係なんか!そんな可愛い語尾付けたって、騙されないんですからね!」

「…………えっ、お前これを可愛いとか思っちゃうのか?嘘でしょ……」

「───ッ!!あぁぁぁぁもぉぉ!!宗次さんのばかぁ!」

「いた、いたたたた!!」

 

何だかんだで、花蓮を宥めるのに十分くらいかかった。その間俺は、ノートで頭をパシパシと叩かれ続けたのである。

 

「……続けていいか?」

「はい……」

 

不承不承といった感はあるものの、花蓮が頷いたので話を戻す。

 

「でも、漫画とかだと結構オーソドックスなんだぜ?何かを凍らせる能力で、最終的に時間を停止させるのって」

「それは先程も聞きましたけど……どういう理屈なんですか、それ?」

「細かいとこは俺も知らんけど、あれじゃね?空間を時間ごと凍らせる〜とか、熱量全部奪って動きを止める〜とか」

「何かふわふわしてますね……もっと具体的な理論とかないんですか?」

「そう言われてもなぁ……バトル漫画とかだと理屈は置いてきぼりだし、時間操作って概念的な干渉が多いし」

「駄目じゃないですか……」

 

う〜ん……行けると思ったんだけどなぁ。時間停止って定番中の定番だけど、めっちゃ強力だし。DIO様や刹那殿などなど、使い手を上げればキリがない程だ。

 

使われた場合の対処方法も限られており、同等の力に目覚めて『入門』するか、同位階の能力を展開(流出)して相殺する、変わったものだと停止時間に適応する(インクルシオォォォォ!!)などの手段が使えない限り負けが確定するチート能力の代表でもある。

 

……いやまあ、そこまで強力な力を花蓮が身につけられるのか、という点は微妙だけどさ。

 

「他のでお願いします。もっと現実的なので」

「……………しょうがないか」

「沈黙長くないですか?」

 

しかし、現実的な使い方か。正直、氷で物を創り出せば十分な気がするけど……あれ?

 

「そういえば、お前戦う時って剣しか使わないよな」

「? そうですね。基本携行している打刀か、能力で作った長剣で戦闘してますけど……それが?」

「いや、他の武器は使わないのかなと思って。槍とか、弓とかさ」

「あー……考えたい事はあるですが、他の武器はあまり使えなくて」

 

どこか申し訳なさそうに、花蓮は理由を告げる。まあ、コイツの能力というか才能って、身体能力特化ではないからなあ。だが、だからといって妥協すべきではない。

 

「それは流石に勿体無いんじゃないか?限定的とはいえ物体の創造が出来るんだから、そのアドバンテージは活かさにゃいかんだろ」

「……やっぱり、そうですよね」

「前線指揮だけやるってことなら問題ないだろうけどな。今の主題は、能力の用途を増やす事だ……嫌なら、辞めるか?」

「いえ、やります。宗次さんに助言を求めたのは、私ですから」

 

俺の目を真っ直ぐ見て、きっぱりとそう言った。全く……俺が逃げ道提示した途端に覚悟決めやがって。

 

「とりあえず修練する武器を絞るぞ。まず槍か薙刀系の長物と短刀、後は弓……はちょっとムズいか。遠距離は、そうだな、槍投げか投石辺りか?」

「投石……投石機(カタパルト)ですか?」

「いや、投石器を使う。スリングでもいいけどな。そこらの石か、氷の礫作って布に包んで振り回す。せっかく投げ物が上手い生物なんだから、存分に活用させて貰おう」

 

原始的な手段ではあるが、投擲とは進化の過程で人類に与えられた最強の武器の一つだ。身体能力で劣る相手に対し、人類は『物を投げる』事で対抗してきたのである。

 

「……それ、魔族相手に効きます?」

「何も考えず使ったら無意味だな。調達はお手軽、仕組みは単純、当たるかどうかは訓練次第。それが有効打になるかどうかは、どのタイミングで札を切るかだ。」

「……ふふっ。宗次さん、そればっかりですね?」

「そういう戦い方しか出来ないもんでな……俺だって、もっと分かりやすいやり方が出来ればとっくにやってる」

「……それもそうですね」

 

銃にしろ、爆弾にしろ、投石にしろ、俺には全て等しく手段。大小強弱関わらず、最終的にはどのタイミングでどう使うかに帰結する。忍法が使えず、チート能力もない俺に出来る事なんてそんなものだ。

 

だからこそ、どんなものであれ手札として使えるなら構うもんか。生き残るためなら、何だって使ってやる。

 

「私は、宗次さんのそういうところ、好きですよ?」

「……そりゃどうも」

 

柔らかく微笑む花蓮から、思わず目を逸らす。何だろう、言いようのない気恥ずかしさが……。

 

……いやいや、主題からズレてるぞ。カットカットカットぉ!

 

「よし、とりあえずこれで創造する武器は決まりだな!」

「……ふふふっ」

「……え、何」

「ふふ……いえ、別に?分かりやすく仕切り直したなあ、何て考えていませんよ?」

「ほぼ自白じゃねえか!くそ、次だ次!」

 

思わずそう吐き捨てながら、再度会話を軌道修正する。本題はあくまで能力の方向性を模索することだからな!?

 

「氷で武器を創る、相手を凍らせる……他の使い方は?」

「いえ、余り。精々が地面を凍らせるくらいだったので」

「せっかく融通効きそうだし、上手く使えないもんか……とりあえずそれっぽい能力片っ端から出してみるか」

「お願いします」

 

下手な鉄砲数撃ちゃ当たる、ということで思い付いた作品の能力をひたすら並べて検討してみた。エスデスが使ってた氷の兵士や天候操作、オーソドックスに氷塊の射出、DIO様と作品繋がりで氷の鎧などなど。オタク知識の粋を尽くした会議が開催されたのだが、結果は芳しくない。

 

大体は能力のキャパを超えていて再現不可、若しくは能力の機能外であるため制御が出来ず。氷の兵士や鎧は形状の再現こそ出来たものの、攻撃を防ぐ強度と操縦性の両立が出来ずお蔵入りとなった。

 

見た目は完璧だったから行けると思ったんだけどなあ、ホワイト・アルバム。まあ、剣撃や銃弾を防ぐ装甲の厚さを持たせながら着込んで動かすとなれば、そりゃ厳しいか。一点特化のスタンド使いが如何に凄まじいか思い知ったわ。

 

「うーん、やはりネックになるのは能力の適応範囲か……『触った物を凍らせる』という範疇から外れると途端にキツくなるな」

 

顎に手を当てながら、試行錯誤の末に得た結論へ思索を巡らす。能力の範囲なら結構融通効くと思ったが、逆にそこからはみ出た途端に制御が困難になる。ファンタジー系でよくある氷の弾丸を発射するアイデアも、弾丸を『作る』ところまでは良くてもそれを『浮かせて』『飛ばす』段になると全く駄目だ。

 

「やはり、私の忍法は接触物を凍り付かせる事に特化しているのでしょうか?」

「まあ、鎧が作れるのは確認出来たし、攻撃に合わせて部分的に展開すれば……ん?」

「どうしました?」

「いや、違うだろ。お前の能力」

「はい?」

 

そうだ、物を凍らせるという部分に重点をおいていたから忘れてた。

 

「正確には、『生命力を奪って』凍らせる能力のはずだ」

「……?ええ、そうですけど……でも、殆ど変わらないのでは?」

「いや、全然違う。視点を変えなきゃいけなくなる」

「視点、ですか」

 

ここまで俺は、何かを凍らせる能力をどう活かすか、という観点から解決方法を探っていた。

 

勿論、そこで出たアイデアは無駄ではない。だがそのまま解を探していても、満点には辿り着かないのだ。

 

氷室花蓮の忍法『氷花立景』は、『生命力を奪い』『氷結させる』───二重の能力を内包した術なのだから。

 

「だから、前提として何方がメインなのかを考えないといけないわけだ」

「つまり、忍法の本質を見極める……ということですか」

「ああ。」

 

花蓮の言葉に首肯で返す。

 

生命力を奪った副作用として物体が凍るのか、物体を凍らせるために生命力を奪うのか。結果として起こる現象が同じでも、過程が違えば意味が丸っきり変わってくる。

 

そして、今回それがどちらなのかという点だが……

 

「俺の私見だが、生命力を奪う……正確には『熱量を奪う』のがメインだと思う」

「熱量……物質が持つエネルギーを奪って、その結果凍結が発生するということですか?」

「ああ。氷結がメインなら、奪ったエネルギーを本体であるお前に還元する必要はない。全部能力の糧にする方が効果的だろう」

 

なるほど、と花蓮は頷きながら顎に手を当てている。恐らく俺の言葉を検証しているのだろう。俺は珈琲を啜り、その作業が終わるのを待つ。

 

ややあって、花蓮は再度口を開いた。

 

「宗次さんの意見は理解しました。忍法の効果範囲が限定的だったのも、リソースをそちらに割いているから……ですね?」

「多分な。あくまでお前の作る氷は、忍法の効果を及ぼすための媒体だろう。端末である氷を接触させ、エネルギーを奪取する……エナジードレインの選択肢が追加されるから、使い方の幅も広がるぞ」

「ですが、効果範囲が10mしかない上に接触が大前提です。オーク程度なら兎も角、名有り(Named)に通じますか?」

 

……え、こいつ二つ名が出回るレベルの奴とガチンコする気なの?確かに生真面目な奴だけど、何でそんな格上に喧嘩売ろうとして……あ。

 

「もしかして、キシリアに負けたの気にしてる?」

「ッッ!?!? そ、そんなわけないじゃないですか!?」

「めっちゃ気にしてるじゃん……」

 

どうやら当たりだったらしい。こんな露骨に動揺を露わにする花蓮も珍しいな。

 

「あいつと同レベルの連中相手する気なのか?やめとけって。ああいうのは現役の上忍クラスに任せときゃいいんだよ。こういう時、臆病な方が丁度いいんだぜ?」

「ぅぅ……でも、女には負けられない時があるんです……」

「なんだそりゃ」

 

思わず呟くと、キッと睨んでくる。なんだその目は、俺が悪いみたいな……。

 

溜息を吐く。どうやら変える気はないらしい。まあ、コイツが格上相手取ってくれれば、俺も楽になるしな。少しは手伝ってやるか。

 

「なら、どうやって対抗するか考えないとな。何処から手を付ける?」

「…………。忍法を相手に当てる手段から」

「あいよ。まあさっきお前が言ったみたいに、射程と接触前提がネックになるんだが……」

「氷を全方位から伸ばすとかどうです?」

名有り(Named)クラスならそれくらい簡単に対処してくる。体力の無駄だな」

 

さっき話に出たキシリアも、周囲の同時攻撃を一撃でいなす程度朝飯前だった。せめて、それを布石に一撃入れるくらいは出来なければ話にもならない。

 

現状の花蓮の戦闘スタイルは刀剣で近接戦しながら隙を突いて忍法で相手を氷結させるのが基本。最近はそこに銃火器が加わり、かつ使える武器を増やす事を加味すると……

 

「忍法の射程以上だと銃くらいしか有効な手段がない上、不意討ちも威力が弱いから有効打になりにくい。問題はそこだろうな」

「忍法を当てる以前の問題、ということですか?」

「白兵至上主義な連中の土俵にわざわざ上がる必要はない。可能なら、アウトレンジから一方的に殴りたいな」

「まあ、理想はそうですが……」

 

格上と対峙した時の前提条件は、相手の得意分野で戦わない事、これに尽きる。敵が最大限能力を発揮出来る状況では、葱と鍋を背負っている鴨と同義だ。故に、戦う時は自身の得意かつ相手の不利な領分に引き込む事が大前提となる。

 

剣士には狙撃を。弓兵には格闘を。戦士は戦術を持って封殺し、策士は暴力を持って叩きのめす。

 

言うは易く行うは難し。現実で相対した時、そう簡単には引き込めないだろう。名が売れているということは、そういった手合を跳ね除けて来たはずだ。

 

 

 

それでも、勝ちたいならば。生き残りたいならば。

 

 

 

「仮想敵をキシリアとしてだ。10m程度、あいつ軽く超えてくるぞ。氷で壁作っても、一瞬稼ぐので精一杯だろ」

「地面から氷伸ばしても、地面毎砕かれて潰されましたし……」

「能力の射程内で戦闘するのは、最後の手段にしたほうがいいな」

「ですね……でも、そうなると私に出来る事なんて……」

 

歯噛みしながら、微かに俯く。自分の能力では太刀打ち出来ないと言われてしまえば、さもありなんといった感じだ。

 

だが、それでは駄目なのだ。『自分では出来ないのでは』『どうあがいても無駄なのでは』何て考えても、解決策が見つかる事は決してない。逆に、自分の思考に縛られてしまうだけだ。

 

だからこそ───

 

 

「『ポケットの中には何がある』、だ」

「……ポケットの、中?」

「出来る事をやれ、全て出し切れ。そういうことじゃないか?」

「何で曖昧なんですか……」

「解釈は人それぞれだからな」

 

俺が尊敬し、参考にしているキャラクターの一人。小さな絶望(ゴブリン)に立ち向かい続ける平凡な戦士(スレイヤー)の言葉を借りる。作中でも明確な意味が明示されることはなく、あくまで彼の解釈した意味合いに終始していたけれど。どうしようもない時に、それでも俺を支え続けた言葉だから。

 

「……よし!とりあえず試すか!」

「試すって……何をですか?」

「決まってんだろ?」

 

ベッドから腰を上げた俺は、にやりと笑って言葉を返した。

 

「お前がアイツラと戦える可能性を、だ!」

 

 

△ ▼ △ ▼ △

「準備出来たかー?」

「はい、何時でも」

 

場所を変え、現在俺達は森の中にいた。この一帯は訓練場に指定されているものの、学園からは少し距離があるため学生対魔忍からはハズレ扱いされている場所だ。つまり、誰にも見られず訓練するにはうってつけなのである。

 

「しかし、こんなもの創らせて何をする気ですか?」

 

花蓮は不思議そうにしながら、手中の短剣───投擲用のダガー───を弄ぶ。当然、能力で作成した氷の剣である。

 

「んー……ちょいと仮説の確認したくてな。ま、物は試しだ。とりあえずやってこーぜ」

「はぁ……」

 

納得は出来ていないようだが、

 

「そうだな……まずはそこの木に投げてみろ」

 

俺は花蓮の近くにある木を一本指定する。俺が突き出した指の先を目で追い、花蓮はその線をなぞるようにダガーを放った。

 

小気味良い音を立てて、鋒が樹の幹に潜り込む。

 

「よし。そのまま能力を起動して、あの木を凍らせてみろ」

「え!?この状態で、ですか!?」

「そうだよ。というか、それも含めてのテストなんだから。自分から離れた氷で能力を発動出来るか試したことは?」

「そりゃ、ありますけど……」

「じゃあいいだろ。とりあえずやってみ」

「……分かりました」

 

何でか花蓮はゆっくりと瞼を閉じる。音が途絶え、静寂な時が流れた。風に木々が靡き、葉擦れの音のみが微かに耳を揺さぶる。

 

そのまま待つこと数秒。パキッ、パキッという小さな音が聞こえ、花蓮が目を開けた。

 

「出来、ました……」

 

ほぅ、と息を付きながら花蓮はそう告げた。俺は結果を確認するため、脚をダガーの刺さった樹へと向けた。

 

一見すると何も変わった様子がない。とりあえず状態を確認するため、腰からナイフを取り出して幹をガツガツと削ってみる。

 

「お、いけてるいけてる。しょぼいけど」

「人の努力をしょぼいって言わないでくれます……?」

 

だからやりたくなかったんです、とぶつくさしてる花蓮をスルーし、削れた箇所を覗き込む。するとそこから、幹へと喰い込むように延びた氷の根が確認出来た。数cm程度だけど。

 

「とりあえず、これで直接接触してなくても能力が使えると」

「労力と見合ってない気がしますが……」

「まあ本来の用途から外れてりゃそんなもんだろ。恐らくだけど、お前の能力って奪取したエネルギーを本体に還元するのが前提なんだと思う」

 

ぼんやりとではあるが、『氷花立景』の全貌が見えてきた。恐らく、能力発動のプロセスが特殊なのだ。

 

まず第1段階で対象の氷結と熱量の奪取。ここは花蓮か媒体である氷の接触が不可欠だろう。

 

氷結の完了と同時に第2段階。恐らくここで、奪取したエネルギーを本体に還元する、という行程が入っている。当然、そのエネルギーの伝達路は忍法で精製した氷水だ。

 

そして本体───花蓮にエネルギーが伝達されたら第3段階だ。つまり、吸収したエネルギーを用いた能力の再発動。これにより再度氷結とエナジードレインが行われる。後はこれを繰り返すことで、氷を拡大していくのだ。

 

この理論ならば、遠隔で発動した場合の範囲が極々小さい事にも説明が付く。恐らくエネルギーを還元する事が出来ず、プロセスが第1段階で停止しているのだろう。

 

よって熱量の回収も能力の再発動も出来ず、最初に込められた分のエネルギーを使い果たして機能を停止する。氷の根が殆ど伸びていない原因はこれだろう。

 

「つまり遠隔での発動は可能、しかし範囲は小さく効果が薄いというわけだ」

「……でも、ゼロではない。そう言いたいのですか?」

「その通り!良く分かってんじゃーん」

 

たかが数cm、されど数cm。全くの不可能である事と僅かでも可能である事の差は非常に大きい。これで彼女は、自身の能力が遠隔発動出来るという知見を得たのだ。

 

「それじゃあ次。あっちの木に向かって、同じようにやってくれ」

「え!?でも、あの木は10m越えてますよ!?」

「いいからいいから」

 

次に俺が指差したのは、『氷花立景』の射程距離である10mよりも離れた木だ。勿論花蓮は困惑を示すが、構わず押し切る。

 

「ほらほら早く〜。花蓮さん、ちょっと良いとこ見てみたいっ」

「ああ、もうっ!」

 

お手本通りの無駄のないフォームで投擲された刃は、その距離をものともせずスコンッと音を立てて突き刺さる。

 

次いで、能力を起動する。距離が遠いせいか、先程よりも呻き声は長く深く続いた。

 

待つ事10秒、花蓮はゆるゆると溜息を吐いた。

 

「で、出来、ました……」

「おう、お疲れ」

「……範囲外での発動は、出来ないものとばかり……」

「まあ、効果範囲の意味を取り違えてただけって事だろ」

「効果範囲の意味……?」

 

疲労を隠せない彼女に労いの言葉を投げ、俺はダガーが突き刺さった樹へと歩み寄る。先程と同じように幹を削って行くと、やはり氷剣から数cmの根が牙を突き立てている。

 

「どうでしたか?」

「さっきと同じさ、ちょっと伸びて終わり。まあ想定通りだけどね」

 

息を整えた花蓮が近づいて来たので、俺は手でその様子を示す。

 

そうですか、と花蓮は落胆の声を出して……一拍ののち、違和感に気付いた。

 

「え、ちょっと待って下さい。さっきと同じ、ですか……!?」

「そう、()()()()()()()()()()

 

驚愕に目を見開き、花蓮は能力の痕跡を見つめる。そう、先程と───()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ど、どういう事なのでしょうか……何故、能力の範囲外で発動したものと、範囲内のものが同じ結果に……?」

「言っただろ?効果範囲の意味が違ったって。お前が把握してる『氷花立景』の射程距離10mってのは、『端末兼導線である氷を伸長出来る範囲』って事だったんだよ」

 

本体に熱量をバイパスする氷水が伸びる限界が10m……つまり先程仮定したプロセスを実行し、能力を自在に行使出来る範囲がイコール射程距離ということ。熱量を本体に還元出来る範囲とも言い換えられるか。

 

勿論これは花蓮が訓練の中で見出したカタログスペックの一つで、間違いではない。ただ『遠隔で能力を使用出来るのか』という視点が欠けていただけであり、それが付け足されれば話は変わってくる。

 

「基点となる氷さえあれば、能力を発動する事は遠隔でも可能。遠隔の場合侵食範囲は極狭に留まるが……」

「効果範囲を越えても、発動は出来る」

「その通り」

 

俺の台詞を花蓮が引き継ぐ。

 

「遠隔発動で時間がかかるのは、まあ有線と無線の違いみたいなもんだろ。本体と直接繋がってる部分と、感覚に頼って全方位から探す必要がある場合とじゃ話が変わるのは道理だわな」

「はい、今までとかなり勝手が違いますね。しかも距離が離れれば離れるほど、感知に時間がかかります」

 

まあ、こればかりは仕方がない。射程距離を無視する、用法外の裏技みたいなもんだし。だが、遠距離で戦闘する手段を欲していた花蓮にとっては一番必要な答えでもある。

 

「咄嗟に使うのは厳しいですね……事前に罠のように準備しておく必要があります」

「それこそ、巻き菱みたいにバラ撒いておくとかな。上手く行けば、足裏に氷を喰い込ませる事が出来るから大分条件が変わるだろ」

「ありですね。どうやってバレないように踏ませるかも考えないと……これなら、先程話していた投擲がかなり有意になりましたね」

「な?一つ手札が増えるだけで、かなり変わるだろ?」

「はいっ!」

 

出来る事が一つ増えれば、連鎖的に選択肢が増えてゆく。例えそれが小さなものであっても、0と1では大きな違いだ。

 

「……ふふっ」

「どうした?やけに嬉しそうじゃん」

「ええ。これが宗次さんの見てる景色だと思うと、何だか嬉しくって!」

「……そんな大したものじゃないけどな」

 

大袈裟な物言いをする花蓮から、思わず目を逸らす……やめろ、わざわざ覗き込んで来るんじゃないっ。

 

「あ、あーあ!これで氷浮かせられれば、ホワイト・アルバムみたいに弾丸弾けたのになー!」

「相変わらず話を逸らすの下手ですね……氷浮かせるだけで、どうやって弾丸弾くんですか?防ぐんじゃなく?」

「まあこればっかりは、実際に見たほうが分かりやすいな……よし!とりあえずジョジョの漫画貸すから、全部読むように!能力バトルの参考になるから!」

「……え?宗次さん、あれ全部持ってるんですか?確か100巻超えてましたよね!?」

「え?当たり前じゃん。普通持ってるでしょ?」

「えぇ……」

 

本筋とは関係のない与太話を交わしながら、俺達は訓練場を後にする。勿論、訓練の痕跡は全て消した後でだ。

 

……さて、俺に出来るのはこの程度だ。所詮無能力者である俺がアドバイス出来る範囲には限度がある。劇的な改善案など出せるわけがない。せいぜいが、こうして視点を一つ追加する程度。

 

それでも───

 

「宗次さん」

「うん?」

「やはり、宗次さんに相談したのは間違いではありませんでした。ありがとうございますっ」

「……そうか」

 

 

───こうして彼女が前に進んでくれるなら、知恵を絞った甲斐があるというものだ。

 

 

 

 

 

 

 

「……そうだ、このお礼はちゃんとさせて頂きますから。今夜、楽しみにしていて下さいね?」

「それお前がヤりたいだけじゃね?」

 

 

 

 

 

 

 




執筆途中で、氷花立景とホワイト・アルバムが射程距離とかまで同じなのに気付きました。ギアッチョ強すぎねぇ?完全に上位互換やんけ

今回解説した氷花立景の仕様ですが、殆ど筆者の独自解釈です。

「一定範囲の物体を凍らせる…じゃあ凍らせて範囲外に出た物体はどうなんの?」
「対象からエネルギー奪えるんか…凍らせるのとドレインどっちがメインだ?」
みたいな疑問を詰めてった結果こうなりました。多分ガバ理論なので多めに見てね。





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