MONSTER HUNTER -迅雷のクオリア- (紅丸)
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プロローグ

「これが、緊急クエストの内容ですか」

 

 肩口まで伸びた金色の髪を持つ女性狩人(ハンター)が、不満を零すようにそう呟いた。

 その内容は"渓流(けいりゅう)に現れる謎の少年を捕獲すること"。久し振りの緊急クエストということで大いに期待を膨らませていた女性狩人(ハンター)にとって、それは肩を落とさずにはいられず、また首を(かし)げる内容であった。

 自身が所属するギルドは村近辺に現れる危険モンスターを捕獲や討伐(とうばつ)、あるいは撃退することが目的の狩猟(しゅりょう)ギルドの筈だ。人間を捕獲するクエストなどこれまでの経験で一度もない。だがそのクエスト内容から見て、女性狩人は村長が遂に痺れを切らしたということがわかった。

 半年前くらいから現れた、その渓流(けいりゅう)に現れる謎の少年の話はギルドの仲間から聞いている。時々モンスターを討伐中に現れるというその少年は乱暴に拳を振るい、狩人を痛めつけてキャンプ場に返すと言われる、まさにモンスター顔負けの猛獣のような少年らしい。半年間でその被害総数は三十件以上。どれも死にまでは至らないが、一ヶ月以上の治療期間を要する重症であることは間違いない。ただでさえ最近は村の近くで凶悪なモンスターが現れるようになったのだ。いざと言う時に「狩人がいません」などと言ったら、それこそ冗談では済まされない。

 村長は一刻も早く、この事態を脱却したいのであろう。

 その表情に懸念(けねん)が浮かび上がっているのが、何よりの証拠だった。

 

「報酬はそれなりに与えます。このままでは観光客の足も衰えて……」

 

「わかってるわよ。だから私に頼んだんでしょ?」

 

 女性狩人(ハンター)はそう返答すると、(かかと)を返して桟橋に向かい歩を進めた。

 村長は女性が背負う数多のモンスターを仕留めてきた、そのライトボウガンを目にすると自然と安心の笑みが浮かんだ。

 彼女はユクモ村の狩猟ギルドで一番の討伐数を持つ凄腕の狩人(ハンター)。例え勝てる見込みも無く弾丸も切れ血だらけになろうと必ず敵モンスターを倒して村に帰ってくるその女性に、村長は今回のクエストを任せたのだ。胸に宿る安心感に、村長は微笑みせざるを得ないのだろう。

 必ず彼女なら、このユクモ村を救ってくれる。信頼してるからこそ、信用しているからこそ、私はあなたにこのクエストを直々に申し出たのです。宜しく頼みますよ――

 

「リリィ・ガンバスター……」



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渓流の少年

 渓流のキャンプ場に到着したリリィは荷車を引っ張るガーグァを見送ると、片手に持った携帯食料を喉に運んだ。

 携帯食料とはスタミナを増強する食べ物である。ハンターが駈ける地はどこも足場が悪く、環境が厳しい。並みのスタミナではすぐに尽きてしまうのだ。ギルドから必ず支給されるこの携帯食料は、クエストに行く際には欠かせない代物なのだが……如何(いかん)せん、その味は誰もが口を揃えて言うほどの不味さ。スナック菓子のような何とも言えないパサパサ感が不快でしかない。キャンプ場にある水を一口含んで、リリィは辺りを見渡した。

 高地に設置されたキャンプ場からは、美しい渓流が流れる谷を挟んで向かい側の山地までが見渡せた。眼下に広がる川や林の辺りには、かつての集落があり現在は誰も住んでいない住居跡や(やしろ)がある。透き通るような空気が肺を満たし、ほのかに香る緑がとても心地良い。

 

「さてと、探しに行きますか」

 

 リリィは改めて今回のクエストの内容を思い出していた。

 この渓流でハンターがモンスターを討伐していると時々現れ、乱暴に拳を振るった後キャンプ場に帰すという少年の捕獲。人間を捕獲するのには何も問題は無いのだが、如何(いかん)せん探すあてが無かった。

 一番手っ取り早い方法はモンスターを狩り続けること。そうすればいずれ現れるのだろうが、それだけのために罪の無いモンスターを傷つけることは出来ない。リリィはかぶりを振ってその考えを頭から消した。

 しかしこのままだと手当たり次第に歩き回って探すしか方法は無い。だがそれでは日が暮れてしまうことだろう。

 リリィは大きなため息を吐くと、途方に暮れたままE-(エリア)4に向かい歩を進め始めた。

 

 *

 

 E-4は小さな草原と中央にある今は誰もいない、古い民家が特徴的なエリアである。

 ここは多くのモンスター達が集まる場所ではあるが、他のエリアと比べると出現するモンスターは比較的、攻撃しなければ何も害は無い平和な場所である。それに加えて見晴らしもよく、特定の物を探すにはある意味持って来いのエリアなのかも知れない。

 だが、そう楽々と少年が見つかる筈も無くリリィは民家の階段に座って途方に暮れていた。

 

「待てど待てど時間が経つばっか……いくつかエリアも回ったけど全然居やしないわ……」

 

 その時、ふと近くでモンスターの鳴き声が聞こえた気がした。

 リリィは立ち上がって辺りを見渡すと、このエリア唯一の探鉱場所である岩肌の前にいるガーグァが目に入った。それを囲むようにハンターが二人並んでいる。全身に纏うその装備から見て新人のハンターであろう。素材を取るがために二人も寄って集って、とリリィは何気ない目で見ていたが、やがてそれは怒りへと変わっていく。

 

「いま何発目だっけ」

 

「軽くても二十回はいったんじゃないか?」

 

 その会話を聞いて、リリィは改めてガーグァの姿を着目した。

 砕けたクチバシにひしゃげた右翼、よく見ればガーグァは瀕死の状態で血みどろではないか。そこでリリィは気づいた。あいつらがやっていることは素材のためではない、ただの虐待行為だということを。胸を焦がすような怒りが込みあがってくる。ハンターになる際に上官から「罪の無いモンスターには出来るだけ危害は加えない」という話があった筈だ。それは全ハンターに共通するマナーであり、また彼らも人間と同じ自然の一部、いわば担い手なのだ。奴らがやっていることは村人たちが憧れる職業を、大勢のハンターたちを愚弄(ぐろう)する行為だ。

 

「あんたたち、いい加減に……!」

 

 その時。リリィの視線は宙に向けられた。正確にはガーグァが二人のハンターに追い詰められた岩肌、その側面にだ。一人の小柄な男の子が颯爽と、まるで貼りついたように岩肌を駆け降りていく。

 腰まで伸びた黒い長髪に、小柄な体系には不釣合いな逞しい身体つき。その容姿はクエストの詳細に書かれていたものと一寸違わずすべてが一致している。リリィは確信した。考えるまでもない、この少年が今回のクエストのクリア条件(ターゲット)だ。

 

「罪のないモンスターを、ガーグァを……虐めんなァ!!」

 

 急降下の勢いを使用して岩肌から飛び降りる少年の一撃が、ハンターたちの頭防具(ヘルム)を破壊した。




本作に第一話、第二話などの話分けはありません。
すべての話が一つに纏まったのが、迅雷のクオリアです。


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