死んだと思ったら、目の前に『赫眼』があった。
いきなり何を言ってるんだと思うだろうが、事実なんだからしょうがない。
事故か病気か、原因は覚えてないが体が冷たくなっていく感覚。『死』を自覚したのは覚えている。そして死んだと思ったら赫眼の男性に抱き上げられていた。
そう
そう、信じられないことに目の前の男性は『東京喰種トーキョーグール』に登場する架空の種族、
……あれ? てことはこれは二次創作によくある転生というやつか?
僕は高校生だったのに、目の前の喰種が巨人のように大きく見えるのや片手で抱えられているのは僕が赤ん坊になったと考えれば納得する。となるとこの男性は僕の今世の父親?
それってヤバくない? 『東京喰種トーキョーグール』は人肉を食べる喰種とその喰種を狩る喰種対策局——通称「CCG」との壮絶な殺し合いが起こる作品だ。
簡単に言って、人がよく死ぬ。滅茶苦茶よく死ぬ。一般人はいつ喰種に食われるかわからない。喰種はいつCCGに殺されるか、あるいは同種に共喰いされるかわからない。死亡フラグが乱立しているのだ。そして僕の父親が喰種ってことは子供の僕も喰種だ。これはどうあっても殺し合いから逃げられない。
誕生した瞬間から、殺し合いが運命付けられていることに絶望していると更に絶望することが起きた。
部屋に備え付けの鏡。そこに写っている白髪の赤ん坊。その赤ん坊は
人間と喰種の雑種!
別名『隻眼の喰種』。異種交雑は母体が妊娠する確率が低いが、その反面、雑種強勢によって純血の喰種より遥かに強力な喰種が誕生する。事実、原作に登場した半喰種『隻眼の梟』は凄まじい戦闘力を見せつけた。だが、それ以上に『隻眼の喰種』は作中でロクな目にあってない。主人公はあらゆる厄介事に巻き込まれるし、エトに至ってはこの世の全てを憎むようになる経験をしている。それだけ『隻眼の喰種』は悲惨だ。
このままだと僕も……いや、まだ諦めたら駄目だ! エトの両親だって彼女を守ろうとしていた! 今世の僕の両親だってきっと——。
「ははははははっ、大当たりだ! 半ば都市伝説となっていた『隻眼の喰種』が生まれたぞ! これはいい見世物になる!」
「お願い! 私はどうなってもいいから、どうかその子だけは!」
「黙れ、家畜が口答えするな‼︎」
「きゃぁっ!」
——あ、これ駄目なパターンだ。
あれから5年。僕の予想通り、喰種の父親は最低な奴だった。人間を見下し、単なる食料としか思っておらず、襲った人間をすぐには殺さず嬲ることに快楽を感じる残忍な性格をしている。人間の母親も、父さんとは夫婦ではなく『飼いビト』と呼ばれる文字通り喰種に飼われている女性だった。父さんの加虐心を満たすために無理矢理同居させられ、日常的に暴行を加えられ、摘み感覚で食われるのを見て吐き気がした。何より僕が後ろめたく感じるのは‘母親が人肉を食べさせられていることだ’。
喰種でもない母さんが何故、人肉を食べさせられているのか? 父さんの趣味? それもあるだろう。無理矢理、人肉を食べさせて苦しむ母さんを見て笑っているような奴だ。でも、最大の理由は違う。僕だ。僕を生かすために母さんは人肉を食べていた。
喰種が栄養を摂取できるのは人肉のみ、そして半喰種の僕もそれは変わらない。そして捕食器官が未発達の乳幼児は同種の母乳から栄養を摂取する。だけど母さんは人間。人間の母乳では喰種は栄養を摂取できない。だから、母さんは人肉を食べる。自分が人肉から得た栄養を捕食として僕に与えるために。
望んで生んだわけでもない僕のために人肉を必死に我慢して食べる姿に涙が止まらなかった。そしてようやく自分で食事ができるようになり、母さんを喰種の真似事をせずに済むと思った。なのに……。
「かあ…さん……」
眼前に倒れた血塗れの母さん。そして‘母さんに刺さる僕の尾骶骨から伸びた赫子’。
なんで。どうして。母さんが死んでるの? いや、わかってる。理解したくないだけだ。母さんは——
それが父さんの望みだったから。僕が母さんを殺す光景を高笑いしている男が命令したから。僕が一人で食事ができるようになったから、もう父さんにとって母さんは必要なかった。だから、殺した。実の息子を使って。
もちろん僕は抵抗した。嫌だと、母さんを殺したくないと、赫子さえ出して抵抗した。でも、勝てなかった。父さんは最低のクズだが実力は折り紙付き。CCGからSレートに設定される危険な喰種だ。
やはり親子だからだろう僕の尾赫によく似たイヌ科の尻尾のような形状をした赫子に散々叩きのめされ、無理矢理母さんを殺させた。
いや、言い訳はよそう。僕は、
冷たくなった母さんを見下ろす。僕と同じ白髪に日本人とはかけ離れた、しかし非常に整った容姿。ドイツ人だった母さんを物珍しさに父さんが手元に置いていたらしい。
僕は人間と喰種のハーフなだけではなく、日本人とドイツ人のハーフでもあったんだなぁと、母さんの死に顔を見ながら現実逃避していた。
でも、悲劇は終わらない。母さんの遺体を前に呆然とする僕に、父さんは言った「食べろ」と。
愉快そうに、悦楽そうに、お前は喰種だ。だから、人間を食べろ。例えそれが自分母親でも。僕が苦しむ様をもっと見たいから。その悪意をヒシヒシと感じた。
拒絶したかった。拒否したかった。でも、食べなければならまた攻撃される。また傷付けられる。恐怖に縛り付けられた僕は、母さんの遺体に噛み付いた。
——ピシッと心に亀裂が入る音がした。
10年が経った。僕は15歳になり、いまも父さんの虐待は続いている。特に好んでやらせるのが殺害した者を僕に無理矢理食べさせる行為だ。あの日、嗚咽を漏らしながらも母さんを食べたのが父さんを非常に喜ばしたらしい。
夜な夜な僕を連れ出し、老若男女問わず適当な人間を見つけては僕に殺させ、我慢して食べるのを嘲笑う。その行為はエスカレートしていき、人間だけでなく喰種まで、果ては小動物や昆虫などの喰種が食べても意味のないものまで殺して食べさせられた。その度に激しい嗚咽、酷い体調不調に襲われ、父さんはそれを見て笑う。それの繰り返しに僕の精神は崩壊していく。
なんで。どうして。僕がこんな目に遭わなければならないの? 僕はこんな罰を受けなければならないほど悪いことをしたの?
心が壊れていく中、自問自答を繰り返す。そしてある結論に至った。
——ああ、そうか。何も間違ったことじゃない。
無論、父さんにそんな思惑があるはずない。全ては僕の勘違いだ。それでも父さんが正しいと感じてしまうほどに僕の心は壊れ、精神は狂っていた。
だから、父さん。殴らないで、叩かないで。僕は父さんの言う通りにしてるから、誰かを殺せというなら、殺す。どんなものでも食べろというなら食べる。良い子にしてるから僕を
それでも父さんは虐待を止めなかった。当然だ。これは躾でなく、趣好。父さんが楽しくてやってるから、どれだけ言う通りにしても改善されるはずかない。
なんで僕に
そんなはずはない。母さんに抱かれても痛くなかった。前世の経験からも間違った認識だとわかっていた。
でも、長年父さんに
そしていま父さんが僕に
やめてよ、父さん。痛いのは嫌だよ。僕は良い子にしてるよ。だから——触ラナイデ。
気付けば僕は父さんを食べていた。防衛本能。自分を守るために僕を反射的に父さんを殺していた。
あはははははははっ、『東京喰種トーキョーグール』の中でも親喰いなんてやった奴は聞いたことがない。ここまで狂った行為をしたのは僕以外にはいないよね⁉︎
でも、不思議と罪悪感はなかった。だって、
前世の記憶から、自分が異常であることは理解できている。でも、それが間違っている自覚が欠如していた。もう僕は戻れない。壊れた心は元には戻らない。この異常性を理解しながらなんとも思わない僕がいまの
でも、父さんも母さんもいなくなった。いままで父さんの言う通りに生きてきた。だからどうしたらいいかわからない。それでもこのまま家にいても何もできない。だから外に出ようと思った。狭い家の中ではなく、外に出れば何か目的が見つかると思ったから。常時発現している赫眼を隠すために眼帯を付け、外に出ようとして鏡を見て気付いた。
鏡に写る少年。母親譲りの白髪に、夜にしか外に出してもえなかったせいで病的に白い肌。虐待による発達障害なのか160㎝に届かない低身長と細い体付き。そしてドイツ人の血を引く整った中世的な顔立ちと右眼の眼帯。
……この容姿って、Dies iraeに登場する『ヴォルフガング・シュライバー』じゃない?
皮肉にもDies irae最狂の殺人鬼の容姿はいまの僕にはお似合いだと思ってしまった。
どうして、こうなった?
「ガアアアアアアアアアアアアアアッッ‼︎」
目の前に広がる屍山血河。人間も喰種も関係ない。その場に動くものはなく等しく死を与えられた。その日、17区は地獄と化した。その地獄に轟く咆哮。
鮮血と死体の海に君臨するのは巨大な銀狼。右眼のみ赫眼の巨狼は人間など一口で飲み込める巨大な顎で殺したものを貪る。一人も残してはいけない。まるで強迫観念に囚われたように全ての死体を食べていた。
ようやく自由になれたはすだった。誰に強要されるわけでもなく囚われないはすだった。なのになんで僕はこんな地獄を作り出してるの。なんでこんな化物の姿に変貌しているの。
始まりはなんだったか。街中を歩いていると子供がぶつかってきたんだっけ。僕に
そしたら、周囲がパニックになった。悲鳴を上げる者、罵声を上げる者、逃げる者、子供を助けようとする者。いろんな人がいた。そこからは混乱の一途を辿る。
そしたらCCGの捜査官、通称「白鳩」が来て僕に
結果、僕と喰種と白鳩の三つ巴の争いになり、僕は
『隻眼の喰種』である僕は強かった。通常の喰種を遥かに逸脱するほど身体能力・反射神経・動体視力が高く、喰種の赫子も白鳩もクインケも僕には当たらない。相性の悪い羽赫でさえまるで停止しているように遅過ぎて擦りもしない。逆に僕の攻撃には誰も反応できず、殺した者を戦闘中に捕食さえできた。
そうしている内に僕に変化が起きた。全身に毛皮のような赫子が異常発達し、理性が薄れ、本能が剥き出しなっていく。原作知識から、これは共喰いによるRc細胞の大量摂取が赫者化を始めていると他人事のように自覚した。そこから先は覚えていない。
ただ
——僕は、ただ誰にも
死者18万5731人にもなる史上最悪の大虐殺事件『17区の災厄』。
区内人口の半分以上が死亡したその大虐殺を行ったのがたった一人の喰種であることにCCGは騒然とした。
その日、始めて確認された喰種を無差別殺害を起こす危険性と凄まじい戦闘能力をこうりょして初期設定から最高レートであるSSS級駆逐対象に認定。その狼と形容できる姿と片目のみ赫眼であることから『隻眼の狼』と称された。
そして10年後。原作が始まる時、『隻眼の狼』も動き出す。
プロフィール
名前:犲狼 闇哭(さいろう あんな)
誕生日:2月27日
年齢:25歳(外見15歳)
正座:双子座
血液型:A型
身長:158㎝
体重:50㎏
赫子:尾赫
レート:SSS
通称:隻眼の狼
人間と喰種のハーフである『隻眼の喰種』。前世の記憶を持った転生者であり、そのおかげで教育を受けなくても一般的な読み書きや計算、喰種がどういう存在か把握している。
しかし、幼少期に父親からの虐待によって歪んだ性格になってしまい、前世の記憶からそれが間違っていると理解していながら、何がいけないことなのか自覚できなくなっている。
触ろうとする者は自分を殺そうとする者と認識し、反射的に殺害してしまう。更に殺した生き物はどんなものでも食べなければならないという強迫観念を持っており、触れようとしたら殺す、殺したら食べてしまう、という悪循環を抱えている。
名前の元ネタは、苗字は神咒神威神楽の『修羅曼荼羅・犲狼』から。名前はシュライバーの本名アンナを当て字にしました。
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