雨が止むまで (シャール)
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一日目

これを開いてくれたあなたに最大級の感謝を、そしてこの作品があなたに楽しんでもらえるものでありますように

一月近く経ってから大幅に文章が抜けてたのに今更気づいて修正しました(遅い)
今後もこういうのがあるかもしれないので、気づいた方は教えてくれると嬉しいです


「ハァ、雨が降るのは夜中からじゃなかったのかよ」

 

俺は今大学の敷地内のコンビニに来ている

理由はこの豪雨だ、天気予報では23時以降と言っていたのだが今は19時

天気予報も100%ではないとはいえこれは流石に文句の一つも言いたくなる

愚痴っていても雨は止まないのでビニール傘を買って大学のキャンパスを後にする

 

「・・・・・そりゃいきなりこの雨ならみんなバスで帰ろうとするよ」

 

バス停には多くの人が集まっていた、いきなり降り始めたから傘を持ってない人が多かったのだろう。もしくは歩いて帰りたくないのか

──────────────十中八九後者だろうな

俺の家はバスで30分ほどの場所にある、歩くなら1時間ほどかかるのだが

ここで待っていてもそれ以上待ちそうなのは一目瞭然、ならば

 

「しょうがない、歩いて帰るか」

 

俺はバス停を背に家へと歩き始めた

 

 

 

傘をさしているせいかいつもより歩くのが遅くなって、1時間ほど歩いたがまだ家までは少しある

心の中で突然の雨に文句を言いつつ歩いていくと。家の近くの神社への石段が見えてきた

やっとここまで来たかと思うと同時に石段の場所に何かあるように見える

────────────あれは・・・・・人か?

少し近づいたところで確信を持つ

見たところ女の子のようだ、体育座りして膝に顔を埋めているため細かくは分からないが中学生ぐらいだろうか

黒髪を肩ぐらいまで伸ばしていて、白いワンピースを着ている

梅雨のまだ温度が上がりきってないこの時期、それにこの雨の中ではワンピースだけなのは流石に寒そうだ

それにこんな時間に女の子が一人でいるなんて不用心なことだが・・・・・

声をかける義理もない

そう思い声をかけることなく通り過ぎる

 

少し歩いてから振り返ってみるとあの子はまだあそこに座ったまま

──────────なぜだろう、街灯に照らされたあの子がとても儚げに見える。放っておくとそのまま街灯の光に溶けて消えてしまいそうなほど

あの子をあのまま置いて行ってはいけないと俺の勘が告げてくる。俺の勘はこういう時無駄に当たるのだが・・・・・

俺は大きくため息をつくと進路を変える

来た道を引き返すと少女の前に立って傘を差し出しながら

 

「お前、大丈夫か?」

 

声をかけると少女はゆっくりと顔を上げこちらを見る

彼女の黒い瞳はこちらを見ているようで、何も写してはいないのではないかと思わせるほど黒々としていた

 

「こんな時間に一人で雨の中にいるなんて、迷子か? それとも家出か?」

 

家出というフレーズのところで少女は曖昧に頷く

 

「なるほどな。でももう夜になるし、こんな時間に女の子が一人でいたら危ないだろ? 家まで送ってやるけど、案内できるか?」

 

だが少女は家という言葉を聞くとビクッと反応した後、怯えるように縮こまったあと震えだす

その反応を見た俺は先ほどの彼女の家出に対する曖昧な回答の意味にうっすらと当たりがつく

 

「・・・・・・家にいられない理由でもあるのか」

 

その問いに少女は弱々しく頷く。なるほど、どうやらこの子は家であまりいい待遇を受けてはいないようだ

最悪のパターンだと虐待、なんてこともあり得るだろう。どうすべきか決めかねた俺は深く考えずに、思ったことをそのまま口に出していた

 

「─────────────家に帰りたくないなら、俺の家に来るか」

 

その言葉に彼女は驚いたようにこちらを見る

正直俺も何故こんなことを言ったのか自分の行動が不思議だが、言ってしまったからには責任を持たねば

 

「あー、家には帰りたくないんだろ、俺もお前のことを今すぐ親のところに返そうとかは考えてないんだよ。でもだからといってお前をこんな雨の中置いてくことはさすがにできない。

だから、雨が止むまで。

その間だけでも俺の家に来ればいい。・・・・・と思うんだが、どうだ?」

 

彼女はこちらの目をじっと見てくる、まるで俺の心を読んでいるかのように

 

「・・・・・・・・・・わかった」

「────────そうか、なら早いところ帰ろう。お前も体が冷えてるだろうしな」

 

長い沈黙の後に少女は了承してくれた、内心ホッとしつつ立ち上がり手を差し出す

彼女は差し出された俺の手を少しの間見つめていたが、手を掴み返してくれた

 

「よっ」

 

掴んだ手は力を入れると折れてしまいそうなほど細く、か弱い印象を与えてきた

 

「手、離すなよ」

「・・・・・・・・・うん」

 

俺は彼女の手を引いて家に向かって歩き出した

 

 

 

 

 

 

お互い無言のまま歩くこと15分、自宅のあるのアパートに着く

このアパートは2階建てで俺の部屋は2階、1階には知り合いの先輩も住んでいるがこの時間はいつもバイトだ。出くわすことはないだろう

ちなみにこの先輩はロリコンなので会わなくて心の底から良かったと思える

鍵を開け中に入る、少女を玄関に待たせ自分はバスタオルを取りに行く

タオルを渡してよく水気をとってから中に入るように言っておき風呂の準備をする

戻って来ると彼女は床に座っていた、目の前にはきちんと畳まれたバスタオル

 

「そんなとこ座ってないで、こっちの椅子使っていいぞ」

 

そう言って指差すが少女は動かない、

 

「あー、まあ、それでもいいならいいんだが。とりあえず風呂沸いたら先入っていいぞ」

 

少女はまたこくこくと頷くとそれっきり黙ってしまう

 

 

 

しばらくの気まずい沈黙を破ったのは俺だった

 

「なあ、今更だけどお前名前なんて言うんだ?」

 

『雨が止むまで』な短い関係といえど名前を知らないと困ることも多い

 

「・・・・・・・・・・・楓」

「楓か、いい名前だな。苗字はなんていうんだ?」

 

その問いに楓はあまり答えたくなさそうな顔をしてこっちを見ている

 

「あーうん、あんまり詮索すんのは良くなかったな。悪かったよ」

 

そう返すと楓は

 

「・・・・・・・・別に・・・・・・・気にしてないから」

 

やや突き放すような返しをしてくる

────────まあそりゃ警戒もするよな

 

「あっ、俺の自己紹介がまだだったな。俺の名前は 三枝 雅紀 だ、よろしくな楓」

 

そう言いつつ握手のために手を差し出す

 

「・・・・・・・・・・」

 

が、返してはくれないようだ。いきなり呼び捨てはまずかっただろうか?

そもそもこの場面でよろしくと言うのもおかしい気もしてきた

そんな益体も無いことを考えていると風呂が沸いたことを知らせる電子音が響く

 

「おっ、沸いたみたいだな。ほら風邪引く前にさっさと入ってこいよ、服とかは洗っちまうから俺の服でも代わりに着てくれ、置いとくから」

 

「・・・・・・・・・わかった」

 

それだけいうと楓は脱衣所に入っていく

てっきり嫌な顔をされると思っていたが存外そんなことは気にしないようだ

─────────────楓の感覚は少々危ない気がする

そんなこと思いつつ風呂に入ったのを確認したのち脱衣所に入って服を洗濯機にかける

下着は見ないようにしたがワンピースはいいだろうと思い視線を戻すと

うっすらと血の跡があった

血というのは時間が経つと変色してこびりつき洗濯してもなかなか落ちなくなる

この血もその例に漏れず茶褐色になって服に染み付いている

────────虐待、という可能性が俺の中で高くなり複雑な気分になっていると

ガチャ と扉の開く音がする

驚いて振り向くとそこには風呂上がりの楓が立っている

もちろん彼女は風呂に入っていたのだから何か着ているわけもなく

 

「うおっ!わ、悪い!すぐに出るからちょっと待っ──────────」

「・・・・・・・・・・別に、気にしないから」

 

そう言うと彼女は本当に俺のことなど気にせず横のタオルを手にとって体を拭きだす

一瞬しか見てなかったからよくわからなかったが全身の、しかも普段は服に隠れているような場所に痣が多かった気がする

────────────やはり虐待を受けていたのか

薄々感づいていたが実際にそうだとわかると複雑な気持ちが渦巻く

 

 

 

 

 

「夕飯、カップ麺でもいいか?」

「・・・・・・・・うん」

 

楓は常に無表情なためイマイチ感情がつかめない、多少なりとも表情筋が動けばわかるのだが・・・・・

3分待ってればいい出来てしまう時代に感謝しつつ2人で食べる

相変わらず楓は無表情のままカップ麺を食べている

────────────昔はもっと笑う子だったのだろうか

・・・・・・・こういう詮索はやめたほうがいいな

早々に食べ終えると容器をゴミ箱に突っ込む

カップ麺を2人で食べたあと今度は俺が風呂に入る、風呂から上がってくると楓の姿がない

どこに行ったのかと目を走らせると部屋の隅っこで小さくなっている楓を見つける

 

「あー、別にそんな隅っこにいないでもっとくつろいでていいんだぞ?」

「・・・・・・・・・・居させてもらってるのに、そんなことできない」

 

それっきり膝に顔を埋めて黙ってしまう

困ったものだ、そう思いつつも強引に動かすわけにもいかないので明日の支度を済ませる

天気予報によるとここから一週間ほどは雨が止まないらしい

梅雨は過ぎて今は夏だというのにここまで長引くとは珍しい、のだが

約束では『雨が止むまで』

────────まさか、一週間も置いておくわけない。頃合いを見て返すさ

そう思う俺と

────────一週間、匿ってやるぐらいならいいじゃないか

真逆の考えの俺がいる

俺は、どちらに従うべきなのだろう。

 

 

そうこうしていると時刻はもう23時になっていた

明日は1コマ目から授業だ、そろそろ寝ないと遅刻しかねない。そう思い予備の布団を出し

敷き終えてから楓に声をかける

 

「俺はこっちの布団で寝るから、お前はあっちのベットで寝ろよ」

 

反応はない、ひょっとして寝てしまったのだろうか?

 

「おい、そんなとこで寝ると体に良くないぞ」

 

肩をゆすりながら声をかけると

 

「・・・・・・・・・・もう慣れたから、このままで大丈夫」

 

という返事が返ってくる、寝てはいなかったようだが────────

 

「お前、慣れたって・・・・・いつも床で寝てるのか?」

 

返事はないが聞くまでもないだろう、もはや彼女の親への怒りよりも楓に対しての哀れみの感情のが強くなっている

 

 

 

決めた、せめて俺の家にいるときくらいは、その間だけは彼女に苦しい思いをさせない生活をさせてやろう

そう決めた俺は無言のまま彼女を抱き上げるとベットまで連れて行く

見た目どうり重さを感じないほど軽い楓を持ち運ぶのは難しくない

目を丸くしてこちらを見る楓をベットの上に座らせてから肩を掴んで強引に寝かせる

乱暴されると思ったのかギュッと目を固く閉じ肩に力を入れる楓を見て悲しい気持ちになりながら毛布をかけてやる

そのまま横に座って頭を撫でてやると恐る恐る目を開いてこちらを見てくる

 

「何も・・・・・・・・・しないの?」

「アホ、お前みたいな女の子に手ぇあげるやつは男じゃねぇよ。お前の家ではどうだったかなんて知らねぇけど、ここではなにも心配しないで寝てろ。朝起きて床で寝てたらそれこそ怒るからな?」

「・・・・・・・わかった」

 

そういうと彼女は布団に潜り込む

心なしか顔が穏やかだったのは俺の見間違いだろうか

しばらくすると静かな寝息が聞こえてきたので俺も電気を消して布団に入る

 

「─────────────これから短い間だけど、よろしくな楓」

 

言ってから寝ている相手に何を言ってるんだと思い恥ずかしくなって布団を頭からかぶる

 

布団に包まれれば自然と眠気がやってくる、俺はそれに抗うことなく意識を手放した




ここまで読んでくださった方がいるかはわかりませんがいたらあなたの心は天使級にやさしいです。

うぷ主的には評価、感想をつけてくれると嬉しいです


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二日目

待っていてくれた方はいないと思いますが、いたとしたら感謝感激です。
この作品はすでに出来上がっているので毎日投稿となります




スマホのいつも通り騒がしいアラーム音で目を覚ます

時刻は朝7時半、全国の大学生が怠惰に過ごしているとすればそれなりに早起きな方だろう

外からはまだそれなりに大きな雨音がしている、それに風が窓をガタガタと揺らす音も

眠気を押し切りのそのそと布団から出てきてベットを確認する

楓はまだ眠っているようだ、こちらに背を向けたまま寝息を立てている

これで床の上で寝ていたらどうしようかと昨日は心配していたが杞憂だったようだ

 

 

俺はキッチンに行って起きる時間には炊きあがるように設定しておいた米を茶碗によそう

朝からおかずを作るのも面倒なので納豆のパックを開けて一緒に食べるだけで済ませる

昔は作ってくれる人がいて、その人がいなくなってからも少しの間は作っていたが

次第に面倒になっていき今ではきちんと作るのは夕食ぐらい

その夕食も昨日のように雑に済ませる日が最近は多いのだが・・・・・

 

朝食を食べ終えると昨日のうちに準備していたものをまとめ身支度を済ませる

 

 

家を出る時間になり寝室の楓を確認するとまだぐっすりと眠っている

 

「・・・・・書き置きぐらいしといた方がいいか」

 

ルーズリーフを一枚取り出し大学に行くこと、炊飯器の中の米や冷蔵庫の中のものを好きに食べていい旨をササっと書き終えると家を後にする

 

 

 

 

 

 

バスは雨のせいで混んでいたが乗れないほどではなかった、やはりこの雨の中では普段歩きのやつもバスを使いたくなるらしい

そのまま30分ほどバスに揺られ大学に着く

余裕を持って出たため講義の時間まで余裕がある

 

この大学はレベルで言えば中堅の最上位層でそれなりに人も多い、そのため大学の敷地もかなり広く時間を潰すための施設もチラホラとある

それらで講義までの時間を潰そうか考えていると後ろから聞き覚えのある声で呼ばれた

 

「センパ〜イ、久しぶりですね〜」

 

振り返るとピンクの傘が目に入る、そこからさらに視線を落とすと上目遣いでこちらを見ている女子がいる

 

「先輩とは講義の時間が被ってるせいであんまり会えなくて寂しかったんですよ〜?もちろん先輩も私に会いたかったですよね?」

 

彼女の名前は 岡崎 麻衣

身長は小柄で150程度しかないらしい

服はおしゃれに気を使うらしく毎日違う服を着ている印象だ

まあ服なんて毎回意識して見てないからもしかすると被っているかもしれないが

彼女とは大学の友人に数合わせとして合コンに付き合わされた時に知り合ったのだが、俺を見つけるたびにこうして声をかけてくる

ただ話しかけてくるなら問題ないのだがいつもこうしてからかうようなことを口にしてくるため話してるだけで疲れる

そのため俺はあまりこいつのことが好きではないのだが向こうが絡んでくるため毎回仕方なく話している

 

「・・・・・お前、誰にでもそんなことしてんのか?」

「まさか〜先輩だけですよ♡」

「やめろウインクすんな寒気がする」

「流石にひどいですよ〜私だって傷つくんですからね?こんな可愛い乙女な私を傷つけた先輩は私のお願いをなんでも1つ聞くべきだと思うんですけど〜」

「寝言は寝てから言ってくれ、あとお前のお願いとか怖すぎるから死んでもうけない」

 

出会い方もそうだがいちいち絡んできて毎回こうなのだ、俺のことが気になっているのかと思い、もしそうなら断ろうと思い聞いてみたら

 

『え〜? 私が先輩のことを好きなんじゃないかって? アハハ、そんなわけないじゃないですか〜先輩ってばおもしろ〜い』

 

若干目が泳いでいた気がしたが彼女がそうだというならばそうなんだろう

・・・・・しかし、女心は難しすぎるな

 

 

俺が昔のことを思い出していると麻衣は楽しそうに話し始める

 

「あっ! 先輩次の休日は空いてます? よかったら私とお出かけしましょうよ〜」

「たとえ空いていたとしてもお前と一緒に過ごす気はねぇよ」

「ひど〜い、せっかく先輩と可愛い服買いに行って最初に見せてあげようと思ったのに〜

でも気が変わったらいつでも電話してくださいね♡」

「・・・・・・・・」

「きゃ〜先輩怒ってて怖〜い」

 

彼女の懲りないウインクに盛大な渋面を返してやると笑いながら小走りで去って行った

 

 

ハァ 大きく溜息を吐いてから腕時計を見ると講義まではあと15分ほどだった

これなら移動する時間も考えればちょうどいい頃合いだろう

結果的に時間を潰すという目的があいつで果たされたことが何とも言えない気持ちにさせる

あいつが現れるときはいつも俺が手持ち無沙汰になった時だ、そして程よく時間が経つとあいつは帰っていく

ひょっとして俺のことを観察してるんじゃないか?そんな考えが頭をよぎったが寒気がして考えるのをやめる

あるわけがない、そう自分に言い聞かせつつ講義に向かった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では本日はここまでにします、次回は────────」

 

最初の一言とほぼ同時に多くのため息が響く

まだ前で話しているが最初の一言で完全に気が抜けた学生たちは聞いていない

かくいう俺もその一人なわけだがやめるつもりはない

一コマが長いが故の弊害だろう

今は昼頃、今日の大学での予定はもうないためさっさと帰ってもいいのだが・・・・・

 

 

 

 

 

食堂でカツ丼を頼んで端の方の席を取る、ちょうど講義の間ということもありかなり混んでいる

割り箸を手に取り食べようとしたら

 

「ここ、空いてますか〜?」

 

誰が来たのかを見るまでもなく声で判断した俺は即座に追い払いにかかる

 

「残念だったな、そこの席はすでに先客がいるぞ」

「いないんですね〜、じゃあ失礼しますよ〜」

「話を聞け」

 

追い払うことにいつも通り失敗した俺は彼女との昼食が確定する

朝に会っただけでも疲れが溜まったのに昼食までこいつと一緒なんて

 

今日は厄日か

 

「今先輩失礼なこと考えてませんか〜?」

「根拠のない言いがかりはやめろ」

 

彼女はエスパーの持ち主なのだろうか、考えを読まれた

 

「先輩カツ丼好きなんですか〜?」

「その日の気分で選んでるだけだ」

「つれないですね〜、でも今日はどうして学食にいるんですか〜? いつも午前中しかない日は早く帰っちゃうのに」

「なんでお前が俺の予定をそんなに知ってるのかは追求しないでおいてやるが、・・・・・・今は家にいると気まずいんだよ」

「気まずい? あれ〜でも先輩一人暮らしでしたよね?」

 

 

・・・・・・完全に墓穴を掘った

一人暮らしなのに気を使う相手がいるなんて不自然極まりない

俺だって変だと思うだろう

 

「あー、親戚の子が来てんだよ」

「なんのためにですか〜」

「なんでそんなに気にすんだよ、えーっと確か観光のためとか言ってたな」

「ふ〜ん、たしかに東京は観光名所多いですからね〜」

 

若干含みのある言い方をされたが納得してくれたようだ

これ以上追求されると面倒になる、そう思った俺はカツ丼を急いで食べ終えると

 

「じゃあ俺は行くから、ゆっくり食べてていいぞ」

 

ゆっくりの部分を強調していうと席を後にする

彼女は「また一緒に食べましょうね〜」と手を振っている

こちらとしてはもう遠慮したいものだ、また追求されるとボロが出かねない

 

 

その後はスーパーで夕飯の食材を買ってからバスに乗って帰る

家に帰ると人の気配がした、どうやら楓はまだここに居るようだ

勝手にいなくなるなんてことはないと思っていたがなぜかいることがわかると不思議と安心する自分がいる

テーブルの上に置いていった書き置きもそのままだった

食材を冷蔵庫にしまってから寝室に行くとベットの膨らみが一定の間隔で上下している

どうやら寝ているらしい、夕飯ができるまでは寝かせてあげよう

そう思い静かに戸を閉める

 

 

 

 

 

「おーい、夕飯できたぞー」

 

今夜はカレーだ、簡単に作れて味もいい一人暮らしの味方な料理

ほんとはもう少し量を作ったほうが美味しくなるのだが楓はそんなに食べないだろうからしかたない

自分の分を皿によそいつつ声をかけるが返事はない

 

「まだ寝てんのか?」

 

皿を机の上に置いて寝室の扉を開ける

案の定楓はまだベットの中だ

 

「おーい楓ー、夕飯出来てんぞ」

 

少し肩をゆするが起きない、というか若干呼吸が荒い気がする

心配になって少し大きめな声で声をかけつつこちらに顔を向けさせる

 

「おい楓、お前大丈夫か─────────って!」

「ハァ、ハァ」

 

楓は顔を赤くして汗をかきながら苦しそうにしている

慌てて額に手を当てると

 

「かなり熱いな・・・・・多分風邪だろうけど、風邪薬まだあったか?」

 

本来なら病院に連れて行った方がいいのかもしれないが俺は彼女の保護者じゃない

保険証なんかも持ってないのに病院は行かせられないだろう

幸いにも風邪薬はまだ余っていた、少し前に買ったものだが使用期限なども問題なかった

コップに水を汲んで薬と一緒に持っていく

 

「ゲホッゲホッ、ハァ、ハァ」

 

帰ってくると楓はさっきよりも苦しそうにしている、起こすのも気の毒な気がしてくるが薬を飲まなければ治るものも治らない

 

「おい楓、大丈夫か?薬持ってきたぞ」

 

そう言って少し強めに肩を揺する

 

「ん、んぅ・・・・・あれ・・・?」

「起きたか、とりあえず薬飲め。食欲はあるか?おかゆぐらいなら作るが」

 

楓はボーッとした目で薬と水を受け取りそのまま飲み込む

少し飲みにくそうだったがうちにゼリー状のものはないので我慢してもらうしかない

なんとかコップ一杯の水で飲み込めた楓はこっちを見て少し止まったが俺の質問に答える

 

「・・・・・食欲は・・・・無い」

「そうか、なら早く布団入っとけ。暑いと思うけど毛布はかけとけよ」

 

そう言うと楓を寝かせ毛布をかけてやる

濡れタオルなんかも必要だろう、それから押し入れに仕舞いっぱなしの加湿器なんかもあったほうがいいか

準備するものを頭で整理してから持ってくるために一度離れようとすると後ろから服を軽く引っ張られる

首を回して確認すると毛布から片手だけ出して服の裾をつまみこっちを見ている楓と目が合う

 

「・・・・・・・・」

「どうした? なんか欲しいもんがあんなら買ってくるぞ」

 

そう聞くと楓はゆるゆると首を振る

 

「じゃあやっぱりおかゆ食べるか?それとも────────────」

「ここに・・・・・・いて・・・・・・」

 

いつも通り無表情にそう言ってくるが楓の目の奥には寂しさが感じられた

 

 

─────────────ああ、俺も昔風邪ひいた時は無性に寂しかったっけ

楓も昔の俺と同じで人の温もりが近くにないと不安なのだろう、そう思うと楓のこんなわがままも可愛く思えている

 

 

「・・・・・わかったよ、お前か寝るまでここにいてやる」

 

そういってベットに寄りかかるように座る

少し体をひねって彼女の方を向くと目が合う

 

「・・・・・どうして・・・・・そこまで、してくれるの?」

「自分で言っといて変な奴だな。─────────昔の俺に、似てるからかもな」

 

そういって頭を撫でてやると楓はほんの少しだが嬉しそうに笑い目を閉じる

 

 

しばらく頭を撫でていると静かな寝息が聞こえてきた

無事に寝てくれたことに安心しつつ離れようとすると服が引っ張られる

 

「────────まったく、服掴んだまま寝てんじゃねぇよ」

 

そう言う俺の声色も、どこか嬉しげなものだった




うぷ主的には評価、感想をつけてくれると嬉しです


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三日目

今回は少しシリアス風味かもです

気づいたらお気に入りがついてました!お気に入りしてくれた方、ありがとうございます。


窓が揺れる音がする、それに雨の打ち付ける音も

目を開けると薄暗いいつもの寝室が目に入る窓の揺れはどうやら外の風が激しいからのようだ

ひとまず起きようとすると全身が凝り固まっていて違和感を感じた

なぜ?と思いあたりを見回してからようやく気づく

あの後楓が服を掴んだままだったため動くことが出来ずそのまま床に座って寝たのだ

ならばこの違和感も当然だろう

 

 

楓を見てみると昨日のように呼吸が荒い、なんてことは無い

額に手を当ててみると少し熱い気もするが微熱程度だろう、後で熱も測ろう

しかし

風呂に入る前だったため少々臭うのが自分でもわかる

楓も起きて目の前にいる男が臭いのは嫌だろう、幸いにも手はもう離れている

起きてくるまでに上がってきてしまおうと早足で着替えを揃え風呂に入る

 

 

十分ほどで上がってくると楓が起きていた

 

「起きてたのか、調子はどうだ? 食欲は?」

「・・・・・体調はもう・・・・・大丈夫、食欲は・・・・・あんまり無い」

「そうか、でもおかゆぐらいは食べろよ。なんも食わないとぶり返すかもしれないからな」

 

そう言って台所に向かう、お粥なんて作ったことはないが調べながらやれば問題ないだろう

 

 

 

お粥は問題なく作れた、味は塩のみだがそっちの方が食べやすいだろう

 

「ほら、お粥作ってきたぞ。熱いから食べるときはよく冷ませよ」

「・・・・ありがとう」

 

ベットの上で食べるのはあまりお行儀が良くないのだがこんなときくらいいいだろう

楓はスプーンで少しすくうとふー、ふーと息をかけ冷ましてから口に入れる

 

「・・・・おいしい」

「そうか、ならよかった」

 

笑って返すとなぜかそっぽを向かれた、耳が赤いが体調がまた悪くなったのだろうか

 

「やっぱりまだどっか悪いのか? それならまだ寝てた方が─────────」

「大丈夫・・・・・だから」

 

食い気味に答えるとこちらを向くことなくお粥を食べ続ける

 

「それならいいんだが・・・・・、なんかあったら言えよ?」

 

俺の言葉を聞いた楓は食べるのを止めてこっちを見つめてくる

 

「・・・・・・あなたは・・・・・・どうして」

 

そこまで言ってから一度言葉を切り、再度、今度は切らずに言葉を紡ぐ

 

「どうして、見ず知らずの私にここまで優しくするの?」

 

そう聞いてくる楓の瞳には様々な感情が渦巻いている

昨日、同じ質問をしたことは覚えてはいないらしい。まあ熱で意識が虚ろだったのだろう

 

「──────────────そうだな、お前には話してもいいかもしれない。

でもその前に飯食っちまえ、それからタオルと着替え持ってきてやるから汗拭いて着替えろ。話はそれからだ」

 

そう言うと楓はジッと俺を見たあと「わかった」と言って食べ始める

俺は立ち上がって着替えとお湯で温かくしたタオルを準備しにいく

戻ってくるのと楓が食べ終わるのはほとんど同時だった

入れ替わりで食器を受け取り着替えとタオルを渡す

そのまま寝室の扉を閉め、終わるまでに食器を洗っておく

 

 

洗い物を終え少し待ってから声をかけようか迷っていると

ガチャ と寝室のドアが開き出会った時のワンピース姿の楓が出てくる

 

「もう寝てなくてもいいのか?」

「・・・・・うん」

「そうか、じゃあそこらへんに座ってくれるか」

 

そう言って俺と対面になるように座らせる

 

「────────なんで俺がお前に優しくするのか、だったよな」

「・・・・・うん」

 

 

「────────────俺の両親は世界でも有数の学者でな、俺が小さい頃からあんまり家にいなっかたんだ。それでも送り迎えとか、休日にはできるだけいるようにしてくれてたし、お手伝いのおばあさんも雇って俺が一人になる時間を無くしてくれた。だからそこまで寂しいって感じたことはなったかな

 

俺が小学校に上がるときだったな、二人に言われたんだ

『入学式の日に大事な仕事があって行けない』って

そりゃもうぐずったさ、せっかくの入学式なのに親がいないなんてありえなかったからな

二人もなんとか納得させようとしたけど結局は諦めてその日の夜の便で行っちまった

 

結局入学式にはお手伝いさんが来てくれて、なんだかんだ俺も新しい友達作って二人が来てくれなかったことなんてもうほとんど忘れてた

 

 

 

学校が終わって帰るとお手伝いさんが泣いてた、

 

向かいには知らない男がいてこっちを見ると『息子さんかい?』って聞いてきたんだ。

そうだって答えると男は辛そうな顔をしながら『落ち着いて聞いてくれ』って言ってきた。

その言葉の続きは今でも鮮明に思い出せるよ

 

 

『ご両親の乗られてる飛行機が海に墜落した、まだご遺体は見つかっていない、だけどもう恐らく───────────亡くなってる』

 

 

この男は何を言ってるんだ、そう思ったさ。この男が嘘をついているんじゃないか、きっとそうに違いない。お父さんもお母さんもしばらくしたら帰ってきてくれる、いつもみたいにお土産片手に帰ってきて頭を撫でてくれるんだ。そうじゃなきゃいけないんだって思った

 

今思えばそうだって信じないと俺の心が壊れるって頭が判断したが故の結果だったんだろうな。俺はその男を嘘つきだと言って家から追い出した

その人も俺のことを思ってか抵抗せずに帰っていった

 

戻るとお手伝いさんが俺のことを抱きしめてきた

俺は、あの人が嘘をついてるだけで二人は帰ってくるんだよね?

そう聞いた、そうだって言って欲しかったんだ、でもお手伝いさんは辛そうな、本当に辛そうな顔をしながらも俺の目を見て言いきった

 

『いいえ、お二人はもう帰ってこないんです。もう────────亡くなられたんです。死んでしまった人はもう、帰ってこないんです』

 

その言葉を聞いた瞬間俺の心にひびが入る音が聞こえた気がしたよ

そのままお手伝いさんの胸の中で泣いた、泣きまくった。最後には泣き疲れてそのまま眠ってしまうぐらいには大泣きしてたと思う

 

次の日起きたときにも両親はいなかった、

リビングに行くと書き置きがあった

『役所に行ってきます、お留守番しててくださいね』

お手伝いさんの字で短く、役所に何をしに行くのかもわからないものだったが薄々は感づいていた。少し前に父さんが亡くなった身寄りのない友人の死亡届を出しに行ってるのを見ていたから

帰ってきたお手伝いさんに何をしに行ってたのか聞いてもやっぱり答えてはくれなかった

それでも俺は心のどこかでまだ二人は生きているんじゃないかって思ってた、いや、思っていたかったんだな

 

 

しばらくして二人の葬式が行われた、たくさんの人が来て空っぽの棺に頭を下げていったよ。俺はそんな光景を見て何故だか無性に腹が立ったんだ、それで勢いよく走って行って棺桶の蓋を開けて叫んだ

 

『お父さんもお母さんもこの中にはいない!まだどこかで生きてるんだ!

勝手に殺すな!』

 

ってな、そのあと葬儀場から走って逃げ出して近くの公園の木の下で座ってたらお手伝いさんが見つけてくれた。そのまま無言で俺を抱きしめて頭を撫でてから

 

『もう、帰りましょうか。今夜は坊ちゃんの好きなものを作ってあげます。だから────────ね?』

 

そう言って手を差し出してくれた、俺は何も言わずに手をつないで帰ったよ

 

そのあとはいろんなことがあった、お手伝いさんが俺の後見人になってくれたり、そのお手伝いさんが高校入学と同時に倒れて余命一年もないって言われてたのに、俺が卒業して一人で生きていける歳になるまでは死ねないって言って本当に卒業するまで見守ってくれた。

 

そんな彼女の葬式をしたりね・・・・・

 

ああ、悪い。話が逸れたな、で、なんで優しくするのかだけど。

単に助けたいって心のどっかで思ってたんだろうな、二人が死んで親の愛なんて少しの間しか受けれなかった俺を助けてくれたあの人みたいに

俺も、同じように親の愛を受けれなかったお前の力になってやりたかったんだと思う」

 

そこまで一気に話し終えた俺は一息つき飲み物を手に取り喉を湿らす

話してる間ずっと黙っていた楓の方を見ると

──────────────泣いていた

声を出さず、いつもの無表情のままだったがたしかに目から涙が溢れていた

 

「楓、泣いてるけど・・・・どうしたんだ?」

「え?・・・・・あれ、私・・・・・どうしてだろう」

 

そう言って手の甲で涙を拭う、しかし涙は後から溢れてきて頬を伝う

 

「・・・・・あ、あれ?・・・・・どうして・・・・・止まんないの」

 

涙が止まらないことに戸惑いつつも顔を手で覆って涙を止めようとする、かすかにだが楓の肩が震えていた

俺は黙って席を立つと楓の横に立ち頭に手を置く

 

「ありがとな、俺なんかのために泣いてくれて」

 

そのまま撫でてやると楓が座ったまま抱きついてくる、それに合わせるように軽く抱きしめ返す

 

しばらく俺達はそのまま動かなかった

 

 

 

 

 

 

 

「───────────落ち着いたか?」

「・・・・・うん・・・・・・ありがとう」

 

離れた楓は少し寂しそうな顔をしていた気がしたがすぐにいつもの無表情に戻ってしまう

 

「─────────お茶、もう一回入れてくるな」

 

そう言って台所に戻って冷蔵庫からペットボトルを取り出しコップに注ぐ

戻って椅子に座ると楓が口が開く

 

「・・・・・・・お父さんも、昔は優しかったの

 

お母さんがいる頃は、どこにでもいる普通の家族だったと思う。

毎日が楽しくて、幸せ・・・・・だったんだと思う

・・・・・でも、私が6年生に上がった時に二人が離婚して私はお父さんに引き取られた。

 

しだいにお父さんはお酒をよく飲むようになって、仕事には行ってたけど何か仕事で嫌なことがあった日にはお酒をたくさん飲んで、私にあたるようになった。

 

休日は昼間から飲んで機嫌が悪いと暴力を振るう、そんな日々だった

 

それでも・・・・・いつかお父さんも立ち直って前みたいな、優しかった頃のお父さんに戻ってくれる。そう信じてたの

 

でも、あなたと出会った日、

 

『子供なんて押し付けやがってあのクソアマ、自分の嫌なことは昔から俺に押し付けやがる。・・・・・あ? 何見てんだよ、テメェは俺に生かしてもらってんだ、黙ってサンドバックになってればいいんだよ!』

 

そう言って殴られた、その時に気づいたの

私はお母さんからもお父さんからもいらない存在だったんだって

お父さんはもう昔みたいには戻らないって

 

そのあとお父さんが酔って寝たのを確認して家から逃げ出した、あの家には居られないし、何より私がもう逃げ出したかった

 

 

そのあと貴方に拾ってもらって、一人で家にいた日。

・・・・・・不安で仕方なかった、もしかしたら追いかけてくるんじゃないか、もう居場所がバレてて今こっちに来てるかもしれない。そう思うと震えが止まらなかった

 

しばらくしたら熱が出て頭がぼーっとして、風邪だって思ってすぐに寝てたの、寂しさと不安で心がいっぱいだったけどなんとか眠れた

 

・・・・・起きると貴方がいた、心配してくれて、優しくしてくれて、私のわがままにも付き合ってくれた

・・・・・・・すごく、嬉しかった。

人に優しくされるのがこんなにも心を暖かくしてくれるものだって思い出せた

だから、私はもう十分貴方に救われてる。───────────────ありがとう」

 

そう言って笑う楓の笑顔は今までのどんな表情よりも輝いていて、眩しかった

 

「─────────ありがとな、そう言ってくれるなら俺も救われるってもんだよ」

 

俺のしたことは無駄じゃなかった、そう言われたことの嬉しさからか年甲斐もなく泣いてしまいそうになった俺は慌てて顔を背ける

 

「ど、どうしたの? 私何かよくないこと言っちゃった?」

「・・・・・いや、逆だよ。そう言ってもらえたことが嬉しくってな、つい」

 

いつまでも情けないところを見せたくはないのでゴシゴシと目を擦ってもう涙が出てきてないことを確認すると楓の方に向き直る

楓は俺と目が合うと安心したような穏やかな笑みを浮かべて

 

「・・・・・そう、ならよかった」

 

ドキッ

 

いやドキッってなんだよ、相手は楓だぞ?

というかこの感じはマズイ。何がとは言えないがとにかく良くない気がする

そう思った俺は話題をそらしにかかる

 

「い、いやそれにしても。楓が今日はよく笑ってくれて俺はよかったよ」

「え。・・・・・そうだったかな?」

 

そう言って自分のほっぺをムニムニと触って難しい顔をする楓

 

「どうかしたのか?」

「・・・・・私、変な顔してなかった?」

「いや、年頃の女の子らしい可愛さのあるやつだったけど」

「か、可愛い!?」

「ああ、そうだったと思うが・・・・・」

 

そう言うと楓は顔を真っ赤にして俯いてしまう

 

「・・・・・おーい、大丈夫か?」

 

呼びかけても応答はない、熱がぶり返したのかと思い額に手を当てても反応がないし俺の手もそれなりに温かいせいかイマイチわからない

 

コツン

 

「う〜ん、熱はそんなにないみたいだけど。やっぱり体調悪いか?」

 

楓の額に俺のを合わせるやり方で熱を測ってみてもそこまで高くないようだが───────

 

「!!!! なな、何して!」

「いや、熱でもあるのかと・・・・・」

「っ〜〜〜〜!! バカッッ!!」

 

それだけ言うと楓は寝室に駆け込み荒っぽく戸を閉める

1人残された俺は楓の唐突な行動に完全に固まってしまい、側から見れば随分間抜けに見えるだろう

少しして落ち着いた俺の最初の言葉に返してくれる人は、当然ながらいなかった

 

「────────俺、なんかしたか?」




はい、大体の方が気づいてたと思いますが主人公君は割と鈍いです

うぷ主的には評価、感想をつけてくれると嬉しいです


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四日目

今回はあんまり話としては進まないです、でも楓ちゃんは可愛いく書けた・・・・・と思います。

お気に入り登録してくれた方には感謝の気持ちを


トン トン トン

 

 

少し前までよく聞いていた懐かしい音がする

この音・・・・・どこで聞いたんだっけ

眠気から覚めきってない頭で記憶を掘り返す

確か・・・・・ああ、お手伝いさんや母さんが料理をしてるときだ

そこまで思い出してようやく少しだが頭が回り始める、と同時に当然の疑問が湧き上がる

いったい誰が料理をしてるんだ?

それを確かめるために俺は眠気を振り切って布団から這い出る

欠伸を噛み殺しつつ寝室を出てキッチンを見ると

 

──────────────母がいた

 

「・・・・・母・・・・・さん?」

 

そう呼びかけると母は料理の手を止めてこちらに振り返る

 

「・・・・・どうしたの?」

 

俺の記憶に残る母の声が耳に響く、思わず駆け寄ろうとしたところで気づく

俺は夢から覚めていないんじゃないか

そう思った俺はゴシゴシと目をこすり頬を思いっきり両手でつねってからもう一度キッチンの母を見る

 

 

「・・・・・雅紀、大丈夫?」

 

そこには貸した寝間着のままで料理をしている楓がいた

こちらを少し心配したような目で見ている

 

「───────────あ、ああ。悪い、寝ぼけてたみたいだ」

 

まさか楓と母さんを見間違えるとは、久しぶりに昔を思い出したからかもしれない

 

「─────────あれ? 楓いま俺のこと雅紀って」

「・・・・・雅紀は私のこと楓って呼ぶのに、私がいつまでも『あなた』じゃ変だと思ったから」

「あー、確かに? いやでも急に呼ばれるとなんだか照れくさいな」

 

そう返すと「・・・・・雅紀は最初から私のこと名前で呼んだのに」と言われた

妙に視線が恨めしさを含んでいる気がするのは俺の気のせいだろうか

 

「あー、えーっと、そういえば! 楓は台所で何してたんだ? こんな朝っぱらから」

 

話題をそらしたのがバレバレだったが幸いここで終わりにしてもらえるようだ

楓は少し呆れたような顔をして

 

「・・・・・朝に台所ですることなんて一つしかないと思うんだけど」

 

そう言って少し横にずれる

後ろには火にかけられてる鍋や均等に切られた食材たち、すでに焼き終えて皿に乗った鮭なんかがあった

 

「まさか、朝飯作ってくれたのか?」

「・・・・・泊めてもらってるんだから、これくらいはする」

 

少し照れくさそうに言う楓

その姿が微笑ましくて思わず口元が緩む

 

「そっか、ありがとな。あったかい朝食なんて久しぶりだよ」

 

そう感謝の気持ちを伝えると楓は嬉し恥ずかしといった感じで「・・・・そう」とだけ言うと目をそらす

本人は隠してるつもりかもしれないが頬が少し赤いし髪の毛をいじっている手が先程から落ち着きを欠いている

 

出会った頃は無表情で感情の機微がわからないと思ったが一緒にいると次第にわかるようになってきた、

所々ではあるが喜怒哀楽の表情だって顔に出てる

出会った頃はほとんど表に出てこなかったが最近は少しずつ感情が表情に出始めていることに嬉しさを抱いていると

 

「・・・・・何ニヤニヤしてるの、まだご飯できるまで少しかかるから椅子にでも座って待ってて」

 

冷えた目でそういうとまた包丁を手に持ち料理を再開する、俺、ニヤニヤしてたか?

・・・・・いや、していた気がするな

特に反論することなく椅子に座って待つ

 

キッチンに目を向ければ朝食を作っている楓

料理の音と人のいる暖かさを感じていると眠気が再び戻ってくる

そういえば今日はいつもより少し起きたのが早かったな、楓もまだ時間がかかると言っていたし

────────少しぐらいなら、寝てしまってもいいだろう

 

 

 

 

 

 

「んぁ・・・・・・寝すぎたか?」

 

大して長い時間は寝てなかったと思うが、待たせてしまっただろうか

そう思って机から顔を上げると

────────────目の前に楓の顔があった

 

「へ?」

 

思わず変な声が出てしまったが楓の方はそれどころでは無いらしい

 

「! っ〜〜〜〜〜! ここ、これは、その、違くてっ!」

「違うって、何がだ?」

「〜〜〜〜〜〜〜!!!」

 

こちらが見ていて心配になるほど楓の顔が赤くなっていく、色的にはトマトやリンゴレベルに真っ赤だ

───────────ってそうじゃなくて

 

「お、おい。なんだか知らんがとりあえず落ち着けって顔真っ赤だぞ」

「・・・・・・・・・・分かってるから・・・・・・とりあえず離れて」

「お、おう」

 

恐ろしく冷めた声に若干ビビりつつ距離を取る、顔を手で覆っていて表情が見えないため余計怖い

少しするといつもの無表情な楓で立ち上がって

 

「・・・・・ご飯もう出来てるから、運ぶの手伝って」

 

それだけ言うとスタスタとキッチンの方へと歩いて行ってしまう

 

「あ、ああ。分かったよ」

 

なんだか今日は朝から楓の感情が荒ぶっている気がするが、何にせよ元に戻ってくれてよかった

 

 

───────────────頰がまだ少し赤かったのは、指摘しないほうが身のためだろうな

 

 

 

 

 

 

「しかし、楓が料理上手だったとはな」

「・・・・別に、そんなに上手くないよ。・・・・お母さんがいなくなって必要だったから覚えただけ」

「それにしてはずいぶん上手だよ。そういえば、楓って何歳なんだ?」

「・・・・・・・14」

「ってことは中学二年生か、懐かしいなぁ俺もあの頃は─────────」

「・・・・雅紀?」

 

急に話すのをやめた俺を不審に思った楓が声をかけてくる

 

「なあ楓。お前、学校って大丈夫なのか?」

「・・・・・・・・・・」

「黙って目をそらすな、まあ気づかなかった俺も大概だが。これからどうしたもんか」

「・・・・・でも私、何も持ってきてない」

「そうなんだよなぁ、まさか取りに行くわけにもいかねぇしな」

 

もう4日も学校を休んでいることになる、流石に誰かが怪しいと思ってきてもおかしくはない

 

「・・・・・今考えたってしょうがないな、この問題はまた今度にしよう」

「・・・・・うん」

 

問題の先延ばしは好きではないが現状どうすることもできないことを悩んでるのも意味がない

なら今は考えないのが一番だろう

 

「おっ、これ美味いな。どうやって作ったんだ?」

「それは─────────」

 

それに久しぶりの誰かと食べる朝食だ、考え事をするのは野暮だろう

 

 

 

 

 

 

時刻は昼前、今日は午後から講義があるためそろそろ家を出なければ

準備をしていると楓が声をかけてくる

 

「・・・・いつ頃帰ってくる?」

「ん? ああ、そうだな。だいたい19時半ぐらいだと思うが、どうかしたか?」

「・・・・・そう、わかった。帰りに食べたい夕飯に必要な食材を買って帰ってきてね」

 

それだけ言うと寝室に戻ってしまう

なんだか不思議な気分だがとりあえず忘れずに買って帰ることにしよう

 

「それじゃ、行ってきます」

「─────────行ってらっしゃい」

 

慌てて扉をあけて返してくれた楓がなんだか面白くて少し笑ってしまったが幸い気づかれなかったようだ

バレるとまた拗ねてしまうので急いで行くことにしよう

 

 

 

外は相変わらず雨が降っている、昨日に比べればいくらか弱くなっているものの止む気配はなく相変わらず人の多いバスは少し蒸し暑い

最寄りのバス停で降りると後ろから声をかけられる

 

「あれ〜? 先輩じゃないですか、一昨日ぶりですね〜」

 

・・・・・・最初に会ったのがこいつとは、今日は厄日か

 

「ちょっと〜無視しないでくださいよ〜」

 

いつのまにか俺の前にいた麻衣がピンクの傘を手に下から俺を覗き込んでいる

 

「────────ああ、悪いな。今日はどうにも良くないことが起こりそうな気がしてな、だからお前も俺に近づかないほうがいいぞ」

「へ〜そうなんですか。先輩に超能力があったなんて驚きですね〜」

「せっかくの俺の忠告を無下にするんじゃねえよ」

「だって先輩の勘って外れそうじゃないですか〜」

 

サラッとひどいことを言ってくる後輩を連れたまま大学へと向かう

 

「そう言えば〜先輩昨日はどうして大学に来なかったんですか〜? 講義入ってましたよね」

「だからなんでお前が俺の予定を知ってんだよ。・・・・・親戚の子が来てるって言っただろ、その子が風邪引いたから看病してたんだよ」

「へ〜、じゃあ今先輩が来てるってことはその子はもう良くなったんですか?」

「ああ、もう大丈夫だろ」

「それは良かったですね〜。

・・・・・・・・・先輩の看病、いいなぁ」

「ん? なんか言ったか?」

「なんでも無いですよ〜。そういえば先輩、行く気になってくれました〜?」

「・・・・・なんの話だ?」

「も〜覚えててくださいよ〜、明日の休みに一緒に出かけましょうって誘ったじゃないですか〜」

「・・・・・ああ、そんな話もあったな」

「それで、行く気になってくれましたか〜?」

 

・・・・・正直な話、めんどくさい。それにこいつと出かけるのは中々疲れそうだ。そう思い断ろうと口を開きかけた時、家にいる楓のこと思い出す

 

「───────そうだな、悪くない」

「え?」

 

俺が了承するとなぜか誘ってきた麻衣の方が驚いた表情をしている

 

「なんでお前が誘ってきたくせに驚いてんだよ」

「え、いやだって先輩いつもこういうのは断ってましたし。今回もてっきっり断られるものだって思ってて・・・・・・」

「・・・・・・口調がブレてるぞ」

「え? ・・・・・あ、も〜先輩気づいてたなら教えてくださいよ〜」

 

慌てて口調を戻す麻衣を置いといて俺は話を続ける

 

「それで、出かけるって話だが俺の他にもう一人連れてくからな」

「もう一人ですか〜?」

「ああ、さっきも話に出た親戚の子だ。服を買いたいらしいんだが女物は俺にはサッパリでな、だからこの際お前に選んでもらおうと思ったんだよ」

「・・・・・しょうがないですね〜、まあいいですよ」

 

なぜか少し不満げな麻衣

 

「なんか都合悪かったか?」

「いえいえ、都合は悪くないんですけどね〜」

 

なら何が問題なのだろうか、もしかして他に行きたいところでもあったのか?

 

「そうですね〜それじゃあ明日の朝9時に××駅前に集合にしましょうか」

「ん、わかった。よろしくな」

「は〜い、先輩も遅れないでくださいね〜♡」

 

お得意のウインクを残すと彼女は走って行ってしまう、どうしてこう俺に向けてウインクしたがるんだあいつは

 

 

彼女のピンクの傘が見えなくなった頃、つい思っていたことが口から出ていた

 

「・・・・・・あいつ、さっきの口調のがいいと思うんだがな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日、俺は言われたとうり好きな食べ物

───────オムライスに必要なものを買ってから家に帰った

オムライスと言ったら楓に「・・・・・子供っぽい」と笑われたのは地味にショックだったが・・・・・そんなに子供っぽいだろうか?

 

「それで、どうして急に俺の好きなものを作る気になったんだ?」

「・・・・・別に、あんまり考えてなかった。・・・・強いて言うなら夕飯を考えるのが面倒だったから、かな?」

「そこは嘘でも俺が喜ぶようなことを言って欲しかったな」

「・・・・・例えば?」

「む、例えば───────」

 

自分で言っておきながらいい例えが思いつかない

・・・・・ここはネタで誤魔化しておくか

 

「そうだな『べ、べつにあんたの喜ぶ顔が見たかったわけじゃないんだからね!!』とか」

「・・・・・・・・・・・そう」

「いや待て今のはネタだぞ?だからそんな目で見るな、その目は流石にメンタルにくる」

 

まさかちょっとした冗談でこんなに引かれるとは思わなかった、まるで変質者を見るかのような目で見られて正直泣きそうだ。次からはこういうネタは控えよう・・・・・

 

「・・・・・そんなこと言ってないで、もう出来たから持ってって」

 

俺と話してる間もテキパキと作っていたらしい、皿の上にできたてのオムライスがのっている

 

「はいよ、しかし相変わらず料理が上手いな楓は。俺が作るとこんなに上手く卵で包めないからな」

「・・・・・コツさえつかめば誰だってできるよ」

「そんなもんかねぇ」

 

食卓に二人分のオムライスを置いて向かい合うように座る

 

「「いただきます」」

 

お互いを待って一緒に言うとさっそくスプーンですくって口に入れる

 

「───────うん、美味い」

 

素直な感想を言うと楓は少し照れながら「・・・・そう、ならよかった」とだけ言うと自分の分を食べ進める

 

「───────────あ、そうだ楓。明日は少し出かけるぞ」

「・・・・出かけるって、どこに?」

「お前の洋服を買いにな、今は楓も俺の服とか着てるけどほんとだったらちゃんと女子用の服を着た方がいいだろ?」

「・・・・・でも私、お金払えないし・・・・・それに外に行くとお父さんに会うかもしれないから」

 

そう言うと楓は少し悲しそうな目をして俯いてしまう

 

「あーっと、まず金のことだが。俺が払うから楓は気にすんな、二人の遺産が俺一人じゃ使いきれないくらいあってな。少し使ったぐらいじゃ減った気にもならないさ。

それとお前の親と会った時には───────」

 

そこまで言って言葉に詰まってしまう、自然と視線が下に落ちて考える姿勢になっていく

──────────俺は楓の親に会って何を言えばいいのだろうか

もちろん言いたいことは腐る程あるが、頭の片隅で

 

『他人のお前が口を出す資格があるのか?』

 

そう問いかけてくる自分も確かにいる

ここまで関わっているが俺は所詮他人だ、楓の家庭内のことにまで干渉する権利はない

そんな俺に何か言う資格があるわけ────────────

 

「・・・・・・雅紀」

 

名前を呼ばれ顔をあげると少し困ったような顔をした楓がいる

 

「・・・・・・・私のことを真剣に考えてくれるのはすごく嬉しい、でもそれが雅紀の重荷になってるなら、それは私にとってとても悲しいことなの。

・・・・・・・だから、私のことは気にしないで。服を選べないのは少し残念だったけど、私のワガママであなたが困るなら私は───────」

 

その時の楓の顔を見て俺の中で歯車が噛み合う感覚がする

───────ああ、なんだ。簡単なことじゃないか、どうして今まで気づかなかったんだろうか

 

「おら」

「キャ!」

 

俺は話を遮って楓の頭をグシャグシャと乱暴に撫でる

撫でている手の隙間から楓が驚いた表情で聞いてくる

 

「ど、どうしたの急に」

「お前はもっとワガママなくらいでちょうどいいんだよ、変に遠慮するくらいならワガママ言ってくれた方が俺だってやりやすい」

「で、でも」

「遠慮すんなって言ったろ? 子供はワガママでいいんだよ」

 

俺は楓に普通の幸せを知ってほしい、そう思ったから今までこうしてきたんだ

ならこれからもそうすればいい、楓が幸せになれる道を探してやればいいんだ。

 

「子供って、私はそんな歳じゃ・・・・・」

「──────────楓の親と会った時には俺がなんとかしてやる」

「・・・・・なんとかって、どうするの?」

「なんとかはなんとかだよ。大丈夫だ、俺がお前が幸せでいられる道を探してやる。だから心配すんな」

 

おお、我ながら恥ずかしいことを言っている気がする

人生でこんなこと言う機会はもう二度とないだろうな、そんな気の抜けたことを考えていると

 

「っ〜〜〜〜!! そ、そそそれってプっプロ、プロポ」

 

楓が真っ赤になってオーバーヒートしそうになっている

 

「うおっ!大丈夫か楓、一旦落ち着け」

「〜〜〜〜〜! 〜〜〜〜〜!! 〜〜〜〜〜!」

 

落ち着かせようとしても楓は完全にテンパっていてこちらの話がまるで聞こえていない

 

「一回落ち着け、な? 頼むから落ち着いてくれ、このままじゃ話もできないし何より夕飯だって────────────」

 

 

 

 

 

 

その日はテンパった楓を落ち着けようとしてビンタされるわ夕飯を食べるタイミングを逃してオムライスがお預けになるわ、案の定楓は口を利いてくれなくなるわと散々な目にあった

 

 

──────────────これからは楓のテンパりそうな言葉は控えた方が良さそうだ




この話も残り三話、投稿となると一瞬で終わってしまいますね。
主人公の最後の部分のセリフは書いてて初めてうぷ主も恥ずかしいと気づきました(私は鈍くないです)

うぷ主的には評価、感想をつけてくれると嬉しいです


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五日目

今回のラストからお話が動いていく・・・と思います




「楓ー、準備できたかー?」

「・・・・うん、大丈夫だと思う」

「よし、なら行くか」

 

楓の準備ができたのを確認して二人で家を出る

相変わらず天気は雨だが降り出した時よりもだいぶ雨脚は弱まっている

天気予報によると明日の昼過ぎには止む可能性があるとのこと

 

───────────雨が止んだとき、俺たちの関係はどうなるのだろうか

 

ふとそんな考えが頭をよぎる

最初の頃は深く考えなかったがその時が近いとなると嫌でも考えてしまう

俺は楓が幸せに暮らしていけるようにしてやりたい

その考えにいまでも変わりはないが─────────────

 

「・・・・雅紀、行かないの?」

 

楓に声をかけられ現実に意識が引き戻される

 

「───────あ、ああ。悪いな少し考え事してて、それじゃあ行くか」

「・・・・うん」

 

雨の中を二人で並んで歩く

楓には昔買って今は使っていなかった折り畳み傘を渡してある

俺には少し小さいが小柄な楓にはむしろ少し大きいぐらいだろう

 

「・・・・・・・・・」

 

その楓は親に会わないかどうかが気になっているのか不安げな表情で周囲を常に見回している

それにさっきから俺の方に寄っては傘に阻まれて離れるという行為を繰り返していて正直怪しい人にしか見えない

 

「・・・・・あー、楓? 不安なのはわかるからもう少し落ち着けって。見ててなんか怪しい人みたいだぞ」

「・・・・・そんなこと言われても」

「それなら前みたいに手繋ぐか?ってこれだと傘が邪魔なのか、それじゃあ────────」

 

言いきるよりも早く楓は自分のさしていた傘を畳むと俺の傘の中に入ってくる

 

「・・・・・これなら、いいでしょ」

「お、おう。確かにこれで問題ないな、でもこれって」

「いいから・・・・・ほら」

「あー、まあいいか」

 

結局諦めて楓の手を握る、手を繋いで歩くのは楓を家に連れて行った時以来だ

楓は手を繋いだ状態で俺の方に寄体を寄せている

・・・・・まあ雨に濡れないようにするにはこうするのが一番楽だし当然と言えば当然か

 

そのままバス停まで行くといつもとは違う路線のバスで駅へと向かう

流石に乗るときには手を離していたがなぜか楓が少し不満げだった

俺は人前では恥ずかしいのでまた手を繋いで歩くつもりはないが

────────────帰りぐらいならいいかもしれない

そのまま駅に着くと今度は電車を何本か乗り継いでいく

 

しばらく電車に揺られてようやく××駅に着いた

ここは大きなショッピングセンターや飲食店などが多く集まっていて買い物をするには困らない

 

「少し早かったか・・・・・?」

 

時刻は8時半、約束の時間よりも30分ほど早く着いてしまった

遅れるよりはいいと思ったんだが早すぎるのも考えものだな

 

 

 

「あ、センパ〜イ!早いですね〜」

「あいにく人を待たせるのは嫌いな性格でな」

 

いつもどうり彼女は初めて見る服を着ていた

膝下ぐらいの丈の黒のスカートで裾のところには白で花や模様が入っている、上はストライプ模様の白のシャツ、胸元には小さくリボンをつけていて頭には少し小さめなベレー帽がのっている

 

「相変わらず服のレパートリーが多いな」

「む~そこは『可愛いな、似合ってるよ』って褒めるところですよ」

「ハハ、死んでも言わん」

「そんな〜ひどいですよ~」

 

しかし、どうやら彼女も早く来るタイプだったらしい

これは家を早くでて正解だったな、あまり人を待たせるのは好きじゃない

 

「でも~、てっきり先輩は遅れて来るものだと思ってました〜」

「お前の中の俺の印象はどうなってんだよ」

「ふふふ、秘密ですよ〜。それで、その先輩の後ろにいる子がこの前話してた親戚の子なんですか〜?」

「ああ、そうなんだが──────って何後ろに隠れてんだよ楓」

 

気づくと俺の後ろで服にしがみついて隠れていた

 

「お前って意外と人見知りするタイプだったんだな」

「・・・・・・・・・そんなことない」

「その間は気になるが。なら平気だよな、ほら挨拶しろ」

 

そう言って楓を麻衣の前に立たせる

が、そこまでしてようやく思い出した。楓に口裏合わせをするのを忘れていた

素直に話してしまうと非常にややこしくなるのが目に見えているが・・・・・

上手く合わせてくれるだろうか

 

「はじめまして〜、私は岡崎 麻衣って言うの。よろしくね〜」

「・・・・・・・・三枝 楓って言います。・・・・・今は雅紀お兄ちゃんのところに居候してます、今日は・・・・・よろしくです」

「へ〜そうなんだ。私は先輩とは大学の先輩後輩でね〜毎日ラブラブなキャンパスライフを───────」

 

おかしなことを言いはじめた麻衣に軽くげんこつを落とす

 

「キャッ!も〜痛いじゃないですか、何するんですか〜」

「ありもしない事を楓に吹き込んだお前が悪い」

「は〜い」

「悪いな、こういうヤツなんだ。悪いヤツだけど仲良くしてやってくれ」

「・・・・・・さっきの話って」

「ん?ああ、嘘に決まってるだろ。てか、こいつの言うことは基本的に信じなくていいぞ」

「ひど〜い、私そんなに嘘つきじゃないですよ〜」

「どの口がそれを言うんだ? ん?」

「いひゃいいひゃい、ひゃめへふふぁふぁい~」

「ったく、ほらさっさと楓の服買いに行くぞ」

「む〜、わかってますよ。ほら楓ちゃんも行きましょ〜」

「・・・・・わかったから、手を引っ張らないで。それからもう少しゆっくり歩いて」

 

先を歩きつつこっそりと楓の表情を盗み見ると、口では文句を言いつつもその表情はどこか楽しげだ。麻衣の性格に助けられているのはなんとも言えないが、ここは感謝すべきだろう

・・・・・・口では言いたくないので心の中で感謝しておくことにしたが

 

「今先輩に感謝された気がします」

「んなわけないだろ」

 

───────どうしてこう女は勘が鋭いのだろうか

 

 

 

 

 

 

「楓ちゃん、こっちとかどう?」

「・・・・よくわかんない」

「も〜女の子なんだからもっとおしゃれには気を使わないとダメだよ〜」

 

麻衣が服を持ってきて確認して、それに楓が曖昧に答える

その作業を繰り返してはや30分、しかもこれは三件目だ

もうじき昼時になろうとしているが服選びが終わりそうな気配はない

 

「おーい二人とも、そろそろ昼になるがどうするんだ」

「え、もうそんな時間なんですか〜?」

「・・・・・疲れた」

 

麻衣はまだ選びたそうだが楓の方は久しぶりの外出のせいか少し疲れているようだ

 

「店が混む前に先に入っておいたほうがいいんじゃないか?」

 

俺の言葉に仕切りに頷く楓、そんなに休みたかったのか・・・・・

 

「そうですね〜、じゃあそうしましょうか」

 

麻衣の賛同も得られたことで目的が昼食を食べる場所探しに変わる

 

「楓ちゃんは何か食べたいものありますか〜?」

「・・・・・特にない」

「う〜ん、それじゃあ先輩のほうはどうですか?」

「ん?そうだな、ゆっくり食える場所がいいと思うが」

「む〜、あっ!それじゃあそこの喫茶店なんてどうです?」

 

そう言って指をさした店はあまり人がいないためゆっくりできそうではあった

それにランチメニューがあるらしく軽いものだがそれなりに食べるものもありそうだ

 

「そうだな、いいと思うぞ。楓はあそこでいいか?」

「・・・・うん」

「それじゃあ早速行きましょうか」

 

麻衣を先頭に歩き出す

ある程度距離が開いたのを確認してから今更だが楓に話をふる

 

「さっきは話し合わせてくれてありがとな、でもいきなりでよく合わせられたな」

「・・・・・別に、大したことじゃないよ」

「そうか?いやでも呼び方まで変えなくても良かったんだぞ?この歳になって『お兄ちゃん』って呼ばれるのは流石に恥ずかしいからな」

「・・・・・ふーん」

「え、なんでそんな含みのある笑い方した?」

「・・・・べつになんでもないよ『おにいちゃん』」

 

いたずらっぽく笑いながらそう言ってきた楓は先に歩いて行ってしまう

まさか楓からそんなことを言われるとは思ってもいなかった俺はしばらく固まってしまった

ようやく硬直がとけると、空を仰ぎつつ

 

「・・・・・・楓までアイツみたいになったら手に負えないぞ」

 

そう愚痴をこぼしてから後を追いかけた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え〜これもですか〜?」

「・・・・・やっぱり服はよくわかんない」

「む〜楓ちゃんの好きな服とかが無いと決まりそうに無いですね〜」

 

昼食を食べ終えて服選び再開、したはいいものの相変わらず苦戦しているようだ

 

「そうだ! センパ〜イ、ちょっと来てくださいよ〜」

 

少し離れたところにいた俺に麻衣が呼びかけてくる

 

「俺の意見は当てにはならないと思うが?」

「そうじゃなくて、先輩は楓ちゃんにどんな服が似合うと思いますか〜?」

「うーん、正直わからんからお前に頼ってるんだが・・・・・白い服とかが良いんじゃないか?あとは、普段見ないスカートとか」

「ふむふむ、わかりました。それじゃあ私が先輩の要望にそってコーディネイトしますね〜」

「いや、俺じゃなくて楓の要望を聞けよ」

「・・・・・私はそれでいい」

「本人の許可も取れましたし、早速行ってきますね〜」

 

そう言うと楓の手を握って歩き出す、付いて行こうとすると

 

「あ、先輩は来ちゃダメですよ〜。あとのお楽しみです♡」

 

お得意のウインクをかましてスタスタと歩いて行ってしまう

 

「だからなんでウインクしてくるんだよ。・・・・・・まあ待ってろって言われたし、大人しく待っててやるか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2時間近く待っていると麻衣から電話がかかってきた

 

『もしもし〜先輩ですか〜?』

「他に誰が出るんだよ、あとまだ終わりそうにないのか?いい加減待ちくたびれたんだが」

『待てない男は嫌われますよ〜。それと、もう先輩の後ろにいますよ〜」

 

すぐ後ろから聞こえた声に振り返ると先程別れた麻衣が携帯片手に立っていた

手にはいくつか俺でも知っている服の店の袋を持っている、一着だけでは足りないと思ったのだろう、冷静な目を向けられた麻衣は少し不満そうな顔をする

 

「少しぐらいビックリしてくださいよ〜、つまんないじゃないですか〜」

「知り合いの声で驚くかよ、というか楓はどうした?」

「え?・・・・・あ、も〜そんなところに隠れてないで。はやく見せてあげよう?」

 

そう言って近くの角から楓を引っ張ってくる

引っ張られて来た楓は白いストライプ柄の袖の短いシャツを着ていて

お腹のあたりのウエスト調節用の紐は前でリボン結びされている

下は膝上丈の同じ白のスカート、裾の部分には白のレースが縫い付けてあって可愛いというよりも綺麗な印象を与えている

着ている楓は恥ずかしそうにモジモジとしてしきりに髪の毛をいじっていてこちらの感想を待っているようだ

 

「ほらほら先輩、どうですか〜?可愛いでしょ〜───────って、先輩?」

「・・・・・・雅紀、お兄ちゃん?」

 

何も反応を返さない俺を不思議に思って二人が声をかけてくる

声をかけられて意識が復帰した俺は慌てて反応を返す

 

「あ、ああ。悪いな、ちょっと驚いたから」

「驚いたって、何にですか〜?」

「あー、なんだ、その、あまりにも印象が変わっててな」

「・・・・・・やっぱり、似合ってなかった?」

 

そう言って楓は自分の服を少し悲しそうに見下ろす

 

「あーいや、そうじゃなくて。───────き、綺麗だって意味だよ」

「・・・・・え?」

「だから、いつもよりも綺麗になったって言ってんだよ。恥ずかしいからもう言わないぞ」

 

そう言うと俺は恥ずかしさから目をそらす

 

「・・・・・・うん、ありがと」

 

そう返してくれた楓の声色はとても嬉しそうだった

 

「あれれ〜先輩照れちゃってます〜? 可愛いとこもあるじゃないですか〜」

 

そう言って麻衣は下から悪戯っ子のような笑みで俺を見てくる

 

「そんなにからかいたいならなら好きにしろ、そのかわり服を選んでくれたことへの感謝はしないぞ」

「え〜、しょうがないですね。今は我慢してあげますよ」

「今後も我慢してもらいたいがな───────助かったよ、ありがとな」

「ふふふ、また頼ってくれてもいいんですよ〜」

「それは遠慮する、楓までお前みたいになったら困るからな」

「仲間が増えて私は嬉しいですけどね〜、っとそういえば楓ちゃんが渡したいものがあるんでした」

「ん? そうなのか?」

 

そういえば楓はさっきから左手を後ろに回して隠していた

 

「うん、えっと、これは私からのいつものお礼」

 

そう言って楓は紙袋を手渡してくる

 

「そんな礼なんて気にしなくても良かったんだが、いったい何を買ってきてくれたんだ?」

 

そう言って紙袋の中を覗くとそこには数本の花がまとめられて入っている

 

「この花、なんて言うんだ?」

「・・・・リナリアって言うんだって」

「ほー、確かにあんまり見ない花だとは思ったがやっぱり知らないな。

どうしてこの花を?」

「・・・・・最初に花を送りたいって言ったのは私・・・・それならリナリアって花がいいよって教えてくれたのが、麻衣さん」

「そうなのか?」

 

今度は麻衣を見てそう問いかける

だが、彼女は呼ばれたことに気づかずに渡されたリナリアと楓のことをどこか眩しそうに見ている

 

「・・・・・大丈夫か?」

 

体調でも悪いのかと思い額に手を当てて声をかけてようやく気付いたのかこちらを見てくる

 

「───────へ? ・・・・・ふえええええ!?」

「うわっ!どうしたんだ急に!?」

 

突然おかしな悲鳴をあげて飛び退く麻衣にさすがに驚いてしまった俺をよそに彼女は顔を真っ赤にしてこっちを見ている

 

「ど、どうしたんだってそれはこっちのセリフですよ! なんで私のおでこに手を当ててるんですか!?」

「・・・・・いや、呼びかけても答えないし。様子が変だったから体調でも悪いのかと思ったんだが」

「───────あ、ああ、そういうことでしたか。ならすみません、急に叫んだりして」

 

そう言って申し訳なさそうにする麻衣

 

「いやまあ、なんともないならいいんだよ。気にすんな」

 

そう慰めるも相変わらずシュンとしている麻衣、どうしたものかと悩んでいると楓がポツリと呟く

 

「・・・・・麻衣さん、そっちの喋り方のがいいと思うよ」

 

その言葉にしまったと言わんばかりに口に手を当てるがもう遅いと悟ったのか大きなため息をつく麻衣

 

「ハァ〜、やっぱり慣れない口調はボロが出ちゃってダメですね」

「───────そっちが素の口調ってわけか」

「そうですね。あーあ、慣れないことなんてするもんじゃないですよ」

 

そう言ってバツが悪そうに笑う麻衣

 

「それで、なんであんな話し方してたんだ?」

「あーっとそれはですね───────」

 

なんでも合コンの時にはキャラを作って参加していたらしいのだが

そこで会った俺と仲良くなりたいと思い探すとあっさりと見つけ、深く考えずに話しかけると俺の印象が合コンの時のものにかなり寄っていると気づき

とっさにその時の喋り方をしてしまったためそれ以来戻すタイミングが見つからず今までそのままにしていたらしい

 

「───────というわけなんです」

「・・・・ハァ、そんなこと気にしないで普通に話しかけてくれば良かっただろうに」

「うう、そう言われればそうなんですけど。

・・・・・・・ あの時は先輩に少しでも近づきたかったんですよ」

「ん?最後の方なんて言ったんだ?」

「なな、なんでもないです!!」

 

そう言って手をブンブンと振りながら麻衣は否定してきた、楓には聞こえていたのかジッと麻衣のことを見ている

 

「楓は聞こえたのか?」

「・・・・・うん、でも・・・・教えない」

「 ・・・・・まあいいか、ほら、やることも終わったし帰るぞ」

 

そう言って先に歩き出す、少ししてついてきているか後ろを振り返ると

 

「───────────」

「───────────」

 

麻衣が楓に何か内緒話をしている、またおかしなことでも吹き込んでいるのかと見ていると

突然楓の顔が赤くなって麻衣のことを恨めしそうに見ている

・・・・・・いったい何を教えたんだあいつ

二、三謝るような仕草をした麻衣は今度は逆に真剣な表情で楓に何か話している、楓も麻衣の目をジッと見つめてその話を聞いていて、旗からみれば睨み合っているようにも見える硬直が続き

 

「──────────」

 

その硬直は楓の言葉によって終わりを告げたようだ、麻衣を置いて一人小走りでこっちに来る楓

こっそりと麻衣の表情を見てみるとなぜか苦笑している

横に着いた楓に何を話していたのか聞いてみると

 

「・・・・・秘密」

 

とだけ言って教えてはくれなかった、まあ女同士の話をあまり詳しく聞くのも野暮か

 

「ほら、お前も早くこないと置いてくぞー」

「あっ、ちょっとー少しぐらい待ってくれてもいいじゃないですかー」

「よし、帰るか楓」

「・・・・うん」

「あー! 楓ちゃんまで、ヒドイよー」

 

その日は後から走ってきた麻衣を待ってからお開きとなった

途中帰りの電車が違う麻衣が楓のことを羨ましそうに、楓は勝ち誇ったかのような笑みを浮かべていたのだが。俺が服の代金を渡していないことに気づいて渡しに行くと二人の表情が逆になったいたのは謎だった

──────────────まあ仲が悪いようではないから気にするまでもないな

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日は楽しめたか?」

「・・・・・うん」

「そうか、それならいいんだ」

 

いつもの街並みを横に楓と傘をさしながら並んで歩く、どうやら手は繋がなくてもいいらしい

そのまま歩いて行くと俺たちの出会った神社が見えてくる、楓は何か見つけたのか鳥居の横で止まった

 

「・・・・・これって」

「ん? 何かあったか」

 

そう言ってて楓の横に戻って指差しているものを見る

 

「ああ、これか」

「・・・・知ってるの?」

 

楓が指差していたのは『雨神祭り』と書かれたポスターだった

 

「ここの神社は毎年この日にやってるんだよ、なんでも昔梅雨なのに雨が降らなくてこの日に雨乞いをしたら雨が降り始めたからそれを祝ってのことなんだとか。1日しかやらないし雨が降れば中止になるから俺も忘れてたな」

 

俺のおぼろげな知識を披露しているあいだも楓はポスターを見ている

 

「───────行きたいのか?」

「・・・・うん」

「じゃあ行ってみるか、えーっと日付は明後日か」

 

日付と開始時刻を覚えている俺をよそに楓はどこか浮かない顔をしている

───────無理もないか、天気予報では早ければ明日には雨が上がる。つまり俺たちの約束の期限が来るということだ

いまだに俺の中でどうすべきなのかは決まっていない、決めなければいけないとわかっていてもどこかで思考が堂々巡りになってしまい一向に決まらないのだ

 

「───────祭り、楽しみだな」

「・・・・・うん」

 

思考を遮るように出した言葉に楓は少し無理をして笑い返してくれる

 

──────────────いったい、俺は

 

 

 

 

「・・・・・お前、楓か?」

 

後ろから楓のことを呼ぶ知らない声、振り返るとそこには四十代前後のスーツを着た男が立っていた

知り合いかと尋ねようと楓を見ると目を見開いて傘の持ち手をギュッと握りしめている

 

 

そして、絞り出すような声で、男のことを呼んだ

 

 

 

 

 

 

 

 

「─────────────────────お父さん?」




ついに楓父登場です、主人公君はいったいどうするのか・・・

うぷ主的には評価、感想をつけてくれると嬉しいです


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六日目

ホントはここで終わってもよかったんですがどうしても次を書きたかったのであと一話残ってます。それからこの話がおそらく最も長いです、読みにくかったらすみません

UA100!お気に入りも4件と初めてなのにこんなに多くの方に読んでいただけてとても嬉しいです


「・・・・・・・雨、止むんじゃなかったのかよ」

 

雨風が窓を揺らす音で目が覚めた俺は思わずそう呟いた

天気予報は昼過ぎと言っていたがこの雨で本当に止むのかは少し疑問だ

スマホで時間を確認すると朝七時過ぎ、少し早いがもう起きてしまおう

起きる際に楓を起こしてしまわないように静かに部屋を出る、幸い楓はまだ眠ったままだった

 

朝食は静かに作れるカップ麺で済ませる、本当なら楓の作ったものが食べたいが今はあまり起こしたくない

きっかり3分待ってゆっくりと食べる、時間はまだあるから急いで食べなくてもいいだろう

その後あらかじめ出して置いた着替えに着替え出かける準備をする

準備を終えもう一度寝室の楓を確認する

 

「・・・・・・まだ寝てるな」

 

そっと扉を閉めると机の上に書き置きを残すために紙とペンを用意する

 

『話をしてくる、家で待っててくれ』

 

そう短く書くとそれを残し玄関へと向かう、家を出る時の言葉は「行ってきます」ではなく自嘲の言葉だった

 

「────────これじゃあ、あの時の彼女と一緒だな」

 

 

 

 

傘を手に待ち合わせ場所へと向かう

雨の中進むとあの神社が見えて来くる、相変わらずの雨のせいで人の姿はない

横を通り過ぎるとき、昨日楓が見ていたポスターが目に入る

 

「・・・・・・あの男、一体どういうつもりなんだ」

昨日のことを思い出していた俺の口から出た言葉は、誰に返されるわけもなく消えていった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────────────お父さん?」

 

楓の消えそうなほど小さな声、しかしそれは俺の耳にしっかり届いていた

 

「楓、今お父さんって────────」

「お前、今までどこほっつき歩いてたんだ。ったく面倒かけさせやがって、ほらさっさと帰るぞ」

 

面倒臭そうにそう言うと男はこちらに近づいて来る

突然のことに動揺する俺をよそに楓を連れて帰ろうとする

 

「っ! い、イヤ!」

 

楓はその手を振り払うと俺の後ろに逃げる、その声で動揺から立ち直った俺は楓をかばうように手を伸ばす

 

「あ? なんだお前」

「・・・・・この子を預かっている、ただの大学生だよ」

 

手を払われたことか、見ず知らずの男が出しゃばってきたことか

────────────おそらく両方だろうが。若干苛立った様子の男に軽く返す

 

「預かっていただ? ・・・・・・ああ、なるほど。そういうわけか」

 

俺と楓を交互に見て一人納得した楓の父親は薄気味悪い笑みを浮かべると

 

「明日の朝は暇だろ」

 

そう切り出してきた

 

「なに?」

「だから、明日の朝は暇だろって言ってんだよ」

「・・・・・たしかに用事はないが」

「なら明日の朝8時半に駅前の喫茶店で話そうじゃないか。もちろん、そいつのことで」

 

自分の娘のことを『そいつ』呼ばわりすることに若干の苛立ちを感じつつ平静を装って承諾する

 

「オーケー、なら明日の8時半だ。遅れてくんじゃねえぞ」

 

そう言うと父親はさっさと帰っていった、彼の行動の意図がつかめず去っていった方向をジッと見ていると

腕をギュッと強く掴む感覚が後ろからしてくる

腕の方を見れば楓が俺の腕に抱きついていた、後ろにはさしていた折り畳み傘が転がっている

『大丈夫か?』そう聞こうとして気づく、小刻みに楓の体が震えている

俺はもう片方の手で楓に触れようとしたが傘を持っているせいでうまくいかない

 

「楓、一回離れてくれるか?」

 

楓はピクッと肩を震わせたがゆっくりと腕から離れてくれる

俯いているため表情はわからないが悲壮的な雰囲気がにじみ出ている

俺は離れた楓の頭を抱え込むように腕を回すとそのままゆっくりと頭を撫でてやる

 

「大丈夫、大丈夫だ。だから、心配すんな」

 

そう声をかけると徐々に体の震えが収まっっていくのがわかる、しばらくそうしていると小さな声で「もう大丈夫」と聞こえてくる

俺が手を離すと少し落ち着いた表情の楓と目が合う

 

「・・・・・楓、明日は俺一人で行ってくる。お前は家で待ってくれないか?」

「で、でも・・・・・」

「ごめん、でもいざって時に────────情けないけど俺でお前を守ってやれるかわからないんだ。だから」

「・・・・・わかった」

「・・・・・ありがとう」

「でも、ひとつだけ約束して。必ず帰ってくるって」

 

そう言って俺の目を見つめる、その目には希望と不安が入り混じっていた

 

「────────ああ、約束する。絶対に帰ってくる」

 

俺がそう返すと楓は安心したような笑みを浮かべてくれた─────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────昨日はあの後家に帰ると楓はすぐに眠ってしまった

1日の疲れがたまっていたのだろう、だから今朝も俺が起きても起きなかった。

今日ばかりは起きていないことが幸いだった、正直、なんて言って、どんな顔して別れればいいのかわからなかったからな

 

そうこうしていると目的の喫茶店の目の前まで来ていた

中に入って店内を見渡すと朝ということもあってあまり人の姿はない

あの男の姿も見えないからまだきていないのだろう 、先に二人分の席を確保しておくことにする

店員に案内された後コーヒーを頼み席に座って待つ

しばらくして店員がトレーにコーヒーを乗せてやってきて俺の前に置くと頭を下げて去っていく、時間を確認すると約束の五分前。そろそろ来てもいい頃だが────────

 

カランカラン

 

店の扉につけられた鐘がなる、扉の方に視線を向けるとあの男が立っていた

店の中を見回す仕草をした後俺と目が合う、そのままこちらに歩いてくると乱暴に椅子に座る

 

「遅れずに来てるとはえらいじゃねえか」

「あいにく時間は守る主義なんだ」

 

一言目から小馬鹿にするようなことを言われムッとする感情を抑えこちらもかえす

 

「ハッ、そいつはいい心がけだ。せいぜい忘れないことだな」

 

そう言うとそいつは注文をすべく店員に声をかける、「紅茶をもらえるか」そう短く済ませるとこちらに向き直って口を開く

 

「さて、俺も暇じゃない。話を始めようか、まずはお前がどこで楓と会ったのかを聞かせてもらおう」

 

上からな発言に辟易としつつも俺と楓の出会ったときのことや楓の家のことを話してもらったことなどをかいつまんで話していく

俺が話し終えると男は短く「なるほどな」とだけ言うとすでにテーブル置かれていた紅茶に口をつける

 

「・・・・・それで、あんたは楓を連れ戻しに来たんだろ」

「ん? ああ、最初はそうだったんだがな。────────気が変わった」

「どういうことだ?」

「そのまんまの意味だよ、気が変わったから連れ戻す気は無いってことだ。むしろ今のままお前に預けっぱなしにしておきたいまであるな」

 

冗談を言っているのか?そう思ったが男の目は嘘を言っていない、つまり

 

「本気で言っているのか」

「本気さ、それに俺は近々海外に転勤することが決まっていてな。あいつだって見ず知らずの土地よりもここに残った方がいいだろう?」

 

そう言って笑いかけてくる男は側から見れば娘のことを考える父親だろう

────────側から見れば、だが

 

「・・・・・本心を言えよ、そんな御託を聞きにきたんじゃない」

 

睨みつけるように視線を送ると男はこちらを嘲笑うようにこちらを見返してくる

 

「そう睨むなって、お互い悪い話じゃないだろ? お前は俺にあいつを渡したくない、俺はあいつを手放したい。ほら、利害は一致しているじゃないか」

 

そう言いきる男には悪いと思っている様子はない

その姿を見た俺は言いきれない憤りを感じ椅子を蹴る勢いで立ち上がると男の襟首を掴む

 

「お前はッ! あの子の父親だろ、どうしてそんなことが言える!」

 

掴みかかってきた俺を怪訝な目で見ていた男は1人納得したように声を出す

 

「────────ああ、なるほどな。お前は知らないんだったか」

「・・・・・なんのことだ」

「いやなに、あいつが知らないことをお前に話せるわけがないよな」

「だから、何の話をして────────」

「俺はな、あいつの“本当の父親”じゃないんだよ」

「────────は?」

 

唐突に明かされた話に固まった俺の腕を引き剥がすと、男は椅子に座りなおし

紅茶を一口飲んでから語り始めた

 

「あいつの本当の父親はあいつがまだあの女の腹のなかにいる頃に雲隠れしてな、以来行方不明だ。あの女も最初は1人で育てて行くつもりだったらしいが結局は不安に負けて俺に父親になってくれないかって言ってきた。あの女は今で言う元カノ、元カレって関係でな、頼るにはうってつけだったんだろうよ。

 

もちろん断ろうと思ったさ、だがあいつが高校を卒業したら離婚してくれて構わない、お金も払うって言ってきてな。悪くない話だ、そう思ったさ。

その条件で俺はあいつの父親代わりになったんだ

 

それなのにあの女は、あいつが中学に上がる間近になって急に

 

『もう辛いから分かれてほしい、子供もあなたが引き取って』

 

なんて言い出しやがった、俺が約束の事を口にしたら

 

『あなたのそう言うところが嫌なの、子育てだって私が今までやってきたんだからこれからはあなたがやるべきよ』

 

そんな意味のわからない理由で納得できるわけないのにな、その後はもうただの怒鳴り合い

裁判を起こすってとこまで話をされて結局俺があいつを引き取った

結局金ももらえずお荷物だけを背負わされた結果だよ、ったくついてねえ

 

もうわかっただろ、さっきお前は俺に父親なのにとか言ってたが。

俺はあいつの父親でもなんでもないんだよ、だからお前の意見は的外れだってことだ」

 

そこまで話すと男はもう一度紅茶に口をつける

 

「────────だいたいお前もなんだ、お前は俺にあいつのことを渡したくなかったんだろ?

それなのに俺に父親としての役割は求めてくる。まるで気持ちが定まっていない、そんなんで一体俺に何を言うつもりだったんだ」

 

俺は反論しようとして口を開くが、言葉は出てこなかった。あの男の言っていることは事実だとわかっているからだろう

そんな俺の姿を見た男はフッと短く、嘲るように笑うと1人で話を続ける

 

「おれは明後日にはこの国を発つ、楓の荷物なんかは必要最低限のもの以外は捨てるがそれ以外はこの喫茶店に預けて行く。会いたくないなら明後日以降にでも取りに来い、学費なんかは俺から出すつもりはない、そのつもりだったと思うがお前1人でなんとかしろ」

 

それだけ言うと男は小銭をテーブルに置くと店を後にしようとする

何か言わなければ、そう思っても言葉は何も出てこない。そうしているうちに男は店を後にしていた

 

────────────────俺は、最後まで、あいつに何も言い返せなかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どうやって帰ってきたのかはいまいち覚えていない、気がつけば住んでいるアパートに着いていた

周りを見てみれば雨脚は小雨にまで弱まっている

考えることを拒否していた頭が稼働し始め、そして一番の問題を俺の目の前につき出してくる

 

────────俺は、楓にどんな顔をして会えばいいんだろうか

 

あれほど憤りを感じていたのにあの男の言うことに何も言い返せなかった

楓の悲しみを知っていたのにそれを理解させることができなかった

結果的に楓を守れただけで、俺は何もできていなかった

そんな俺が今更楓にどんな顔をして会いに行けばいい、なんて言えばいいんだ

 

そんなことを今更考えても答えは出ない、わかっていても止められなかった

そして階段を上がり通路に出ると

 

「────────雅紀!」

 

名前を呼ばれ反射的に顔を上げるとこちらに走ってくる楓の姿が目に入る

楓は走ってきた勢いを殺さずそのまま抱きついてくる

 

「・・・・・よかった・・・・・ちゃんと帰ってきてくれた」

 

そう言う楓の声は少し鼻声だった、泣かせてしまっただろうか

反射的に伸ばしかけていた手を止め、ゆっくりと楓の肩に置くと少し力を入れて引き離す

 

「・・・・・どうか、したの?」

 

楓は不思議そうな、その奥に少しの不安を孕んだ顔をしてこちらを覗き込んでくる

その顔を見たとき、俺の中で感情を抑えていた理性の壁が崩れ落ちる音が聞こえる気がした

 

「────────っ! ・・・・・ごめん、ごめんな楓」

「・・・・・え?」

 

膝から崩れ落ち、謝罪の言葉を口にする俺に楓は戸惑いを隠せないでいる

 

「・・・・・俺は、お前が幸せに暮らしていけるようにしてやりたかった。その気持ちに偽りはないし今も変わってない。・・・・・でも、俺は無力だ。今回はお前を守ってやれた、でもそれは結果論だ、過程に俺の力なんかは微塵も含まれちゃいない

 

あの男は飄々としていた、楓がこんなに悩んで悲しんでいたのに

アイツは簡単に楓のことを手放した、理由があるとはいえ、形上だけだったとはいえ自分の娘であるお前のことを

そのことに俺は、間違いなく怒っていたんだ。間違ってるって言わなきゃダメだったんだ、

──────────────でも俺にはできなかった

アイツのしてきたことは間違いなく悪なのに、俺にはそれを正せなかった

 

正直、もう今となっては自信がないんだ

これからお前と一緒に暮らしていってもお前を幸せにできるのか

お前を守ってやることができるのか、って

 

なぁ、楓。お前は俺と過ごした毎日は楽しかったか、嫌じゃなかったか、辛くなかったか

─────────────家に帰りたいと、思ったことはないか。

もしそう思ったことがあるなら、・・・・・ここを出て行っても構わない。代わりに育ててくれる人は俺が探すから心配しなくていい、家に帰りたいなら俺が話をつけてみる、だから──────────」

 

ふわりと俺の頭を抱きしめる感覚がして俺の言葉が止められる

頭上から楓の諭すような、落ち着いた声で話しかけられる

 

「・・・・・ねえ、雅紀。一緒に出かけた日の前の夜、夕ご飯一緒に食べてる時に私が雅紀に言ったこと、覚えてる? 

あの時私は、『私のことを真剣に考えてくれるのはすごく嬉しい、でもそれが雅紀の重荷になってるなら、それは私にとってすごく悲しいことなの』って言ったんだよ。

 

だから今雅紀がこんなに私のことを思っていてくれたって知れてとっても嬉しい

でも同時に、そのことで雅紀が苦しんでるってわかってすごく悲しいって感じてる私もいる

私にできるならその悲しみを取り除いてあげたいって思う、だから言わせて

 

『私は今まで雅紀と一緒にいて、嫌だったことも、辛かったことも、家に帰りたいと思ったことも一度もない。毎日が楽しくて幸せに満ちてた。

────────だから、これからも私といてください。これからも、私に幸せをください』

 

・・・・・ちょっとワガママだったかな、でもそれでいいって雅紀は言ってくれたし、

これくらいなら許してくれるよね?」

 

そう言って少し意地悪そうな笑みを浮かべる楓、その表情の裏にはどれだけの感情が渦巻いているんだろうか

 

「・・・・・俺なんかでいいのか、こんな情けない俺でもそばにいてほしいって、そう言ってくれるのか」

 

俺の言葉に楓は困ったような、少し悲しいような表情をする

 

「雅紀は情けなくなんかないよ、だって私のためにこんなに悩んで、傷ついて、ボロボロになっても私との約束を守って帰ってきてくれた、とっても強くて優しい人だもの。

だからそんな悲しいこと言わないで?」

 

楓は俺の目を見てそう言いきる、その目には強い意志が宿っていた

 

「っ! ・・・・・ごめんな、もうそんなこと言わない。いや、言わなくてもいいようにする。

お前を守って、幸せにできるだけの力をつけて。もうこんなことが起きないようにする

────────────ありがとな、楓。お前には助けられてばっかりだ」

「それはお互い様だよ、雅紀」

 

楓から離れて立ち上がり、感謝の言葉を言う俺に彼女も笑って返してくれる

 

─────────────女の子にここまで言わせたんだ、もう後には引けないな。

 

「────────それじゃあ。これからもよろしくな、楓」

「うん。これからもよろしくね、雅紀」

 

俺の差し出した手に楓の小さな手が合わさる

 

 

 

雨はもう上がっていて、雲の隙間から太陽が顔をのぞかせていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう・・・・・なんだ。あの人は私の本当のお父さんじゃ・・・・・」

 

部屋に帰った俺は悩んだ結果、楓に本当のことを伝えた。楓にはいずれ言わなければいけないことだと思ったからだが、やはりショックは大きいだろう

 

「楓、大丈夫か?」

「うん、ちょっとビックリしたけど。そんなにショックではなかったかな」

 

そう返してきた楓に俺は少なからず驚きを感じる、俺だったらそんなことは言えない

 

「・・・・驚いたよ、やっぱり楓は強いな」

「アハハ、そんなんじゃないよ。・・・・・なんて言うのかな、女の勘? って言うのかなやっぱり。それでなんとなくだけどそんな気がしてたのかもしれないね」

「・・・・・毎回思うが女の勘ってのは侮れないな」

 

麻衣の時もそう思った記憶があるし、やはり男にはわからない何か特別な力があるんじゃないかと疑ってしまう

 

「────────そういえば、楓も喋り方が前とは変わったな」

 

前まではポツポツと喋っていく感じであまりテンポよく会話はしなかった

 

「うん、こっちが私の素の話し方・・・・なのかな?」

「どうしてそこで疑問形なんだ?」

「もう長いことあっちだったから、どっちか本当かわからなくなっちゃった」

「そんなもんか」

「────────でも、多分あの話し方だったのは私の心が凍ってたから。それを雅紀が溶かしてくれたから戻れたんだと思う、やっぱり、雅紀には感謝してもしたりないね」

「なんだか改まって言われると照れくさいな」

「ふふ、照れなくてもいいのに」

 

そう言って笑う楓は本当に変わったと思う

以前はこんなに笑うことはなかったし話し方だって楽しそうに話す

表情も豊かになって全体的に雰囲気が明るくなった気がする

これが昔の楓だったのだろう、俺は昔の楓を知っているわけではないがそう言える

本当なら俺の力だけで成し遂げたかったが、素直に嬉しいと感じる

 

「? どうしたの雅紀」

「いや、なんでもないよ。ただ、幸せだなって」

「? いきなり何言うのかと思えば、変な雅紀」

 

そう言ってクスクスと笑う楓、本当に変わってよかったと思える光景だ

 

「────────おっと、もうこんな時間か。楓、昼飯はどうする?って言っても今うちの冷蔵庫にはろくなもんがない気がするけど」

「うーん、せっかくだから何か豪華なものにしたいけど。それは夕ご飯にしよっか」

「じゃあ昼はカップ麺だな」

「・・・・・私あれあんまり好きじゃないんだよね」

「そうは言ってもそれしかないんだから我慢しろよ、夕飯は・・・・・すき焼きにでもするか」

「本当!?」

「あ、ああ。せっかくだしな」

 

目を輝かせてこちらに身を乗り出してくる楓から若干離れつつ答える

 

─────────────なんか子供っぽくなってないか?確かに歳は俺から見たらまだ子供と言えるからいいのかもしれないが・・・・・

 

「今雅紀失礼なこと考えなかった?」

「・・・・・女の勘ってのも案外外れるもんだな」

 

・・・・・こんなに勘が鋭い女子は俺の周りだけだと信じたい

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの後楓からの追求を逃れた俺は家を出てバスに揺られながら目的地に向かっている

雨が上がって少ししたが傘を手に持っている人が目立つ、相変わらず中は混んでいた

目的地の大学前に着くとバスを降りキャンパス内へと向かう

敷地の真ん中あたりまで来てから一旦立ち止まり辺りを見回す

 

「さて、いつものあいつならすぐに来ると思うんだが────────」

「あれー? 先輩何してるんですか、しかも手ぶらで」

「────────やっぱりお前はいつもタイミングがいいな」

「え? そうですかね?」

 

自覚がなかったことに苦笑いしつつ早速話を切り出す

 

「お前、次講義入ってるか?」

「えーっとそうですね、でもどうしてそんなこと?」

「ふむ、お前単位の方は問題ないよな」

「え、ええ」

「なら俺に少し付き合ってくれないか、次の講義はサボって」

「うーん、それはいいんですけど。いったい何を?」

「お前には話しといた方が後々良さそうだと思ってな、楓のことなんだ」

「楓ちゃんがどうかしたんですか?」

「それを話そうと思ってるんだよ、とりあえず場所を変えよう」

 

俺は麻衣を連れてキャンパス内の食堂を目指した

 

 

 

 

 

 

「楓ちゃんにそんな過去があったなんて・・・・・」

「ああ、でもだからって接し方を変えたりはしないでもらえるか。そっちの方が楓も気が楽だろうし」

「ええ、わかりました」

 

あの後食堂に着くと端の席を確保して俺と楓の出会った頃の話や、楓の家のことなどを簡単にまとめて話した

流石に父親が違うことなんかは伏せたがそれ以外のことは話しておいた

 

「・・・・それで、どうしてこのことを私に?」

「お前は楓と仲がいいし俺ともそれなりに関係が深いからな、いざって時に、そうじゃなくても手を貸してもらいたかったんだ。それにお前はこういうことには口が硬いだろ?」

「・・・・・わかりました。それに、ここで断れるほど私も人でなしではないですからね」

「お前ならそう言ってくれると思ってたよ。それじゃ、これからもよろしくな」

「ええ、よろしくです。───────────ところで先輩、秘密はお互いの中をより深くするって話は知ってますか?」

「? いや、初めて聞いたが」

「さっき先輩は『俺ともそれなりに関係が深いからな』と言っていましたが、秘密を共有した私たちの関係は今どの程度のものなんでしょうか?参考までに是非教えてくださいよ」

 

そう言ってくる麻衣の顔は完全に俺をからかっている時のそれだった

 

「・・・・・お前、その口調になっても俺をからかう癖は無くならないんだな」

「当たり前ですよ、だって楽しいですもん。で、私の問いへの答えはもらえないんですか?」

「・・・・・・・・・ノーコメントだ」

「ふふふ、先輩照れてるんですか〜?可愛いとこあるじゃないですか」

 

完全に遊ばれていると分かっていても、どうしようもない現状に俺は大きなため息をついたのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

あの後しばらく麻衣と話していたが彼女の次の講義の時間ということでお開きになった

麻衣と別れた後大学をあとにした俺は夕飯の材料を買うべくスーパーに寄ってから家に帰った

 

「ただいま」

「──────おかえりなさい!」

 

俺の言葉に少し遅れて楓の声が帰ってくる

 

「すき焼きの材料ちゃんと買ってきた?」

「おう、当たり前だろ」

 

俺は買ってきた食材を台所に持っていくと材料を並べる

牛肉、ネギ、シラタキ、豆腐、白菜、春菊、卵、牛脂

 

「うん、材料はバッチリだね」

 

材料の確認をしていた楓は満足げに頷くとこちらを向いて

 

「どうする? ちょっと早いけどもう作っちゃう?」

「うーん、そうだな。ちょっと早い気もするけど遅いよりかはいいだろうし、作り始めるか」

「わかった、でも私すき焼きなんて作ったことないよ」

「んー、まあ調べてから作れば失敗はしないだろ。それに料理は直感だぞ」

「・・・・・すごい失敗しそうな人の意見だね」

 

なんだろう、今さりげなく言葉に棘があった気がする

だが実際それでわりかし上手くいくし失敗することも少ないのだが・・・・・

 

「まあいいや、レシピはネットで調べて。それを見ながら作ろっか」

「あ、ああ。そうだな」

 

───────────やっぱりレシピは見た方がいいのか?

 

 

 

 

 

 

 

1時間後

 

「・・・・・・ねえ、雅紀。私の言いたいこと、わかるよね?」

「・・・・・・」

「私言ったよね?『レシピを見ながら作ろう』って」

「・・・・・・」

「なのにどうしてレシピを見ないで作って、結果的に失敗してるの?」

「い、いやでも。見た目は確かにあれだが味は問題なかったぞ? ほら」

「そういうことは言ってないの! 結果的に良くなっただけよかったと思いなさい!」

「・・・・・すみませんでした」

 

現在俺は床に正座させられ楓からお叱りを受けている、原因は食卓に置かれているすき焼き(仮称)だ

俺たちは役割を分担して作っていたのだが、途中から俺がレシピを見るのが面倒になって大雑把な記憶と直感を頼りに作った結果

・・・・・その、なんだ、色が少し、ほんの少しだけだが黒くなってしまったというわけだ

味はさっきも言ったとおり問題はなかったのだが

 

「はあ、どうしたらすき焼きが“真っ黒”になるの・・・・」

「あーいや、その、なんだ。・・・・・冷める前に食べないか?」

 

結局俺は逃げに走った、正直この状況はひっくり返せる気がしない

楓は俺のことを少し睨むと

 

「・・・・・次からはきちんと“レシピ通りに”作ってね」

 

とだけいうと席についてくれた

 

「お、おう。勿論だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

結局そのすき焼きを一番食べたのは文句を言っていた楓だったのは言っておくべきだろう




すき焼きがどうやったら真っ黒になるのかはうぷ主にもわかりません(笑)

早いものでもう残すところあと一話になってしまいましたね。ここまで読んでくださっている方には感謝の言葉をどれだけ並べても足りないくらいです。

うぷ主的には評価、感想をつけてくれると嬉しいです


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七日目

いよいよ最終話です、ここまでお付き合いしてくださった方には今一度最大級の感謝を。最終話が一つ前より短いのは突っ込んではいけない

初めて感想評価をいただけました!
つけてくださった方には最大級の感謝を、そして今これを読んでくれているあなたにも同じぐらいの感謝の気持ちを伝えたいです


「それじゃ、行ってきます」

「行ってらっしゃい、ちゃんと間に合うように帰ってきてね」

「わかってるよ」

 

朝、楓に見送られて家を出る。今日は一日大学にいる日なのだが同時に楓と行く約束をした

『雨神祭り』が催される日でもある

今日の天気は快晴、この前までの雨が嘘のように空は晴れわたっている

天気予報でも今日一日晴れが続くと言っていたから中止の心配はしなくてもいいだろう

 

───────────楓が楽しみにしていたのだから雨が降ったら天を恨んでいたが

 

 

 

 

 

 

 

「────────────つまり、これは全ての事象の説明として成り立っていると書かれているわけです。・・・・・・少し早いですが本日はここまでとします」

 

その声と同時に室内に喧騒が戻ってくる

早々に席を立ってどこかへ行くものや隣の席の人と話をするものなど様々だ

俺は時計を確認すると席を立ち食堂に向かうことにした

 

 

 

 

 

 

「やっぱり混んでるな・・・・・」

 

先に席を確保しておくべきだったかと後悔しながら歩き回り、入り口からは柱で見えにくい場所に空いている席を見つけそこに座る

今日はキツネうどんだ、タヌキも好きだが個人的には汁を吸った油揚げが好きだからキツネを頼む時の方が多い気がする

 

「あ、先輩こんにちは。今日はキツネうどんなんですね」

「──────────お前ひょっとして俺のこと見張ってたりするのか?」

 

ここは入り口からは見えにくいからたまたま見かけたなんてことはないはずだが・・・・・

そんな俺の疑いの言葉を聞いた麻衣は

 

「見張る? 先輩何かしたんですか?」

「・・・・・いや、なんでもない。お前も席探してたんだろ、そこ空いてるぞ」

「本当ですか? ──────でも先輩が私を誘ってくれるなんてどういう風の吹き回しで?」

「・・・・・・前のお前だったら誘わなかったよ」

「なら戻して大正解でしたね」

 

何が正解なのかと聞こうと思ったが本人は嬉しそうに笑っているのでやめておくことにした

麻衣の前にはミートスパゲッティとサラダが置かれている

なにかとソースが跳ねて服を汚しがちだが麻衣はフォークとスプーンを使ってうまく食べていく

じっと見ているとまた何か言われそうなので、視線を自分のうどんに戻し少し冷めたうどんを口に運んでから油揚げを一口かじる

───────────うん、うまい

そのまましばらく無言でお互い食べ進めていく

その沈黙を破ったのは麻衣の方だった

 

「そういえば先輩、今楓ちゃんと一緒に暮らしてるんですよね」

「・・・・・今も何も一週間前からそうだが」

「そうですけど、でも先輩のお家ってそんなに大きいんですか?」

「?どうしてそう思った」

「だって楓ちゃん女の子なんですから、1人の部屋ぐらいあるんですよね? それを用意できるぐらい大きいのかなって」

「・・・・・・・」

 

俺は思わず固まってしまう、今麻衣に言われて始めて問題点に気づいた

今はまだ意識するほどではないが楓はこれから第二次性徴期にはいるだろう

知らないかもしれない奴のためにわかりやすくいうと、主に体において変化が生じ、男子は男子らしく、女子は女子らしくなっていく時期だ

それに思春期だってもうすぐのはず、つまり────────────

 

「まさか先輩、一緒の部屋なんてこと。ないですよね?」

「・・・・・・そのまさかだよ」

「・・・・・・・・先輩」

「わかってる、何も言うな」

 

引っ越し、しないとダメだな───────────

俺の中で引っ越しは重要事項として保存された瞬間だった

 

 

 

 

 

 

 

「先輩、私、気づいちゃったんです」

「おう、なんだ急に」

 

あの後麻衣から小言を長々と言われながらうどんを食べきった俺は食後の休憩がてらお茶を飲んでいた、ちなみに小言を言っていた彼女はまだ食べきっていない

 

「先輩、今まで私が挨拶してもちゃんと返してくれたことありませんよね」

「いやいや、そんなわけ──────────」

 

そう言いながら俺は過去に麻衣と会ったときのことを思い出していく

 

 

『先輩とは講義の時間が被ってるせいであんまり会えなくて寂しかったんですよ〜? もちろん先輩も私に会いたかったですよね?』

『・・・・・・お前、誰にでもそんなことしてんのか?」

 

『あれ〜? 先輩じゃないですか、一昨日ぶりですね〜』

『・・・・・』

『ちょっと〜無視しないでくださいよ〜』

 

『あ、センパ〜イ! 早いですね〜』

『あいにく人を待たせるのは嫌いな性格でな』

 

『あれー? 先輩何してるんですか、しかも手ぶらで』

『────────やっぱりお前はいつもタイミングがいいな』

 

『あ、先輩こんにちは。今日はキツネうどんなんですね』

『──────────お前ひょっとして俺のこと見張ってたりするのか?』

 

 

いや、うん。確かに言ってないかもしれない

 

「─────────────そんなわけないだろ。気のせいだ」

 

何故だか急に後ろめたい気分にかられて思わず目をそらしてしまう

 

「・・・・・先輩、それ私の目を見てもう一回言ってくれませんか?」

「・・・・・・」

「どうしたんですか? 先輩」

 

何故だろう、見えていないのに今の彼女は末恐ろしい顔をしているのがわかる

 

「・・・・・・・・・わかった、悪かったよ」

 

俺は両手を上にあげ降参のポーズをとると麻衣の方に向き直る

一瞬だけ見た顔は驚くほど無表情だった、怒ってるより遥かに怖いからやめてもらいたい

そんな顔も一瞬で笑顔に変えた麻衣の表情筋の柔らかさに驚きつつ話に耳を傾ける

 

「いえいえ、別に挨拶を返して欲しかったわけではないんですよ。それなりにあの挨拶も楽しかったですし。でも先輩が謝ってくれるなんて意外でしたねー、それに『悪かった』まで言ってくれるなんて。これはもう謝罪のために私のお願いを聞いてくれるって事で問題ないんですよね?」

 

麻衣はそう早口でまくしたてると期待の目でこちらを覗き込んでくる

 

「いや待て、その理屈はおかし─────────」

「そうですか聞いてくれるんですね!? やっぱり先輩は優しいですね〜」

「──────────────ハァ、わかったよ。で? そのお願いってのは?」

 

結局は彼女の圧に負けて了承した俺を見て小さくガッツポーズをする麻衣を横目にお願いの内容を訪ねておく

 

「言っとくけど無理なもんだったら断るからな」

「そんな大した事じゃないですよ。・・・・えっと・・・・その」

「・・・・・」

「こ、今度の日曜日。私と出かけませんか!」

「・・・・・出かけるだけでいいのか?」

「はい! ・・・・・・ダメ、ですか?」

「いや、そんな事でいいなら付き合うさ。どこに行きたいとかあるのか?」

「あ、えっと。最近近くにできた新しい遊園地があるんですけど」

「なるほどな、じゃあそこにするか」

「はい!」

 

麻衣はなにがそんなに嬉しかったのかと思うほど顔を綻ばせている

しかし遊園地か、もう長いこと行ってないな。最後は確か中学の卒業旅行だったか

あの時のことはもうほとんど記憶の彼方に行ってしまって思い出せる方が少ないかもしれない

誰かが言っていたな、『大人になるというのは様々なものを忘れ、捨てていくことだ』と

俺だっていろんなものを手放してきたが未だに大人になれたかはわからない

つい昨日に力のなさを思い知った身としてはまだまだなのだろう

───────────この歳になって、大人になりたいと思うとはな

 

「────────っていうのがこの遊園地の特徴なんですけど。・・・・・先輩ちゃんと聞いてくれてますか?」

「え?ああ、すまん聞いてなかった」

「もー、せっかく説明してあげてるんですからちゃんと聞いてくださいよー」

「悪い悪い、今度はちゃんと聞くから」

 

物思いにふけっている間に麻衣から遊園地についてのレクチャーが始まっていたらしい

俺は今までの思考を頭の隅に追いやり、麻衣の話を聞くことに集中することにした

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────────────────少し時間を超えてしまいましたが、本日はこれで終わろうと思います。お疲れ様でした」

 

教授の終了の言葉を聞くと同時に俺は席から立ち上がり講義室を早足であとにする

時計の針はすでに七時半を指そうとしている、このままでは約束の時間に遅れかねない

 

 

 

発車寸前のバスに駆け込み運転手から注意されるもなんとか間に合うかもしれない時間のバスには乗れた

空いている席に座って乱れた息を整えておく

 

息も落ち着き、あたりを確認すると降りるバス停のすぐ近くなことに気づいて慌てて降車ボタンに手を伸ばす

ポーン 聞き慣れた電子音の後停車アナウンスが流れる

バスがゆっくりと止まりドアが開く、降りるのは俺だけだったようですぐにドアは閉まると

またゆっくりと発進していく

 

「今の時間は・・・・・あー、これはちょっと遅れるな」

 

時計の長針はすでに11と12の間、どんなに急いでも間に合いそうにない

それでも小走りで家に向かう、道中神社の前の道ではすでに屋台が開いておりそれなりに人が集まり始めている

 

「これは楓に文句言われそうだな」

 

人混みを抜けながら1人呟く、思わず怒っている楓を想像して苦笑いが漏れた

 

 

 

 

 

 

家の前は祭りの喧騒など関係なくいつもの静けさを保っていた

階段を登り廊下を進んで部屋の前に着くと鍵を取り出して扉を開ける

 

「おーそーいー!!」

 

扉を開けるや否や聞こえてくる楓の声に苦笑いしつつ軽く謝っておく

 

「ハハ、悪かったよ。少し講義が長引いてたんだ」

「もー、お祭り始まっちゃってるじゃん」

「始まったばっかりだから今から行っても十分だと思うんだが」

「わかってないなー、こういうのは始まった時にはそこにいるのが普通なんだよ」

 

そんなもんだっただろうか?少なくとも俺は違ったが・・・・・

 

「ほらほら、そこで立ってないで早く行こ?」

「ああ悪いけどちょっと待っててくれ、荷物置いてくるから」

 

俺は部屋に教材のつまったバックを下ろすと中からスマホと財布を取り出す

財布の中を確認して現金が十分なのを確認してからポッケに入れ戸締りを確認してから

外で待っていた楓のところに行く

 

「もういいの?」

「ああ、多分大丈夫だろ」

「じゃあ早く行こ!」

 

俺の手を握って走り出す楓に引っ張られながら神社へと向かう

楓はこの前麻衣に選んでもらった服を着ている、意外と気に入っているのだろう

 

「あんまり走ってると転ぶぞ」

「大丈夫ー」

 

 

 

 

 

 

 

「わぁ、結構大きいんだね」

「そうだな、俺もこんなに大きいとは思ってなかったよ。もしかしたらここら辺で一番かもしれないな」

 

神社へと続く道路の端には数多くの屋台が軒を連ねている、始まりの部分には警察官が立っていて車両通行禁止を知らせている、俗にいう歩行者天国だ

道には多くの人が集まっていて気を抜くとはぐれてしまいそうになるぐらいだ

 

「────────じゃあ行くか。楓、手出してくれるか」

「?いいけど」

 

不思議そうにしつつも差し出された小さな手を優しく、しっかりと握る

 

「この人混みだと、はぐれたりしたら探すの大変だろ?」

「う、うん。そうだね」

 

そう頷く楓の頰はほんのりと赤い

人混みとはいえ多少は手を繋ぐことが恥ずかしいのだろう、俺も少しはそう思うがはぐれないようにする方が大切だ

今度は俺が楓を引っ張る形で祭りへと加わっていった

 

 

 

 

 

「あ! あれ食べたい!」

「ん? どれだ」

「あれあれ、あのりんご飴って名前の」

「おお、ここにはりんご飴あるのか。最近見かけなくなってたのにな」

 

そう言いつつ店主にお金を渡してりんご飴を二つ頼む

 

「はいおまちどうさん。兄妹仲が良くていいねぇ」

 

りんご飴を渡しながらそう話しかけてくる店主の言葉に曖昧な笑いを返しつつ楓に手渡す

 

「ほら、これ楓の分」

「ん、ありがとう。・・・・・・兄妹かぁ」

「・・・・・どうかしたか?」

「ううん、なんでもないよ。────────あっ! あれも見たい」

 

楓の歩き出した先にあったのは射的の屋台だった

的にはエアガンやぬいぐるみ、お菓子に小物など雑多な印象を感じさせる品揃えだ

 

「何か欲しいものあったのか?」

「・・・・・あのヘアピン、可愛い」

 

楓の先には水色のピンに白の花飾りが付いている髪留めがあった

確かに可愛いデザインだし今きている服にも似合いそうだ

 

「欲しいのか?」

「うん、でも私こういうのやったことないからきっと取れないし。いいよ」

「────────────おじさん、一回分な」

「え?」

「おう! 一回分なら弾は五発だぞ、しっかり狙えよな!」

 

元気のいいおじさんから弾と銃を受け取り、しっかりと弾を込めてから狙いをつける

最初はまっすぐ飛ぶことを想定して狙って撃つ、弾は当然勢いが足りずやや左下のとことに落ちる

今度はそれを考慮して少し右上を狙って撃ってみる、今度は上すぎたのか的の上を通ってしまう

少しだけ狙いを下にずらしてもう一度、すると────────

 

パスン

 

と軽い音とともに的に弾が当たり倒れる、俺が心の中で小さくガッツポーズをしていると

 

「おぉ! 兄ちゃんやるなぁ! ・・・・・ほら、もう一個はオマケだ!受け取ってくれや」

 

店主が商品ともう一つ、同じデザインの黒に赤の花飾りが付いているものもくれる

 

「いいんですか?」

「おう、久しぶりにいいもん見れたしな。あと二発残ってるけどどうするよ?」

「そうですね、せっかくだから大きいのでも狙ってみることにします」

「兄ちゃんにでかいの持ってかれたらこっちは困っちまいそうだな」

 

そう言って笑う店主の気前の良さに感謝しつつ俺は大物、クマのぬいぐるみに狙いを定めた

 

 

 

 

 

「また来てくれよな!」

「ええ、また来年にでも」

 

結局クマは取れなかったがお目当てのものは取れた、楓に渡そうとすると

 

「雅紀、射的上手だったんだね」

 

驚いた表情でそう言われた、そんな楓に髪留めを渡しつつ話に乗る

 

「別にそこまででもないがな、今回はたまたまだよ」

「────────これ」

「ん? ああ、それ、欲しかったんだろ」

「・・・・・うん、大事にするね」

 

嬉しそうに笑った楓は水色のピンを使って前髪をとめてみせる

 

「どう・・・・かな?」

「・・・・・うん、よく似合ってるな」

「えへへ、ありがと」

 

褒められたことが嬉しかったのか照れくさそうに笑う楓、俺はその手を掴んで

 

「まだ回るんだろ?」

「もちろん、まだまだ楽しまないと」

 

そういって張り切る楓を見ていると、自然と俺の口元には笑みが浮かんでいた

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー楽しかった」

「それなら俺も良かったよ」

 

あのあと2人で多くの屋台を回った。食べ物の屋台はもちろん輪投げ、クジ引きなんかの遊びメインの屋台なんかも多く行った

 

「でも楓がクジで三等を引き当てたときは驚いたよ、あれって当たるもんなんだな」

「ふふん、結構私って運がいいのかもしれないね」

 

そう、あのあと楓はクジで三等の『花火セット』を引いていた

俺たちはそれをするために、コンビニでライターと小さいバケツを買って近くの公園を目指しているところというわけだ

 

「─────────あっ、ここが雅紀の言ってた公園?」

「そうだな、俺は水汲んでくるから楓は花火の準備しといてくれるか」

「うん、わかった」

 

俺はバケツに水を多めに入れてから蛇口をひねって止める

ズッシリとくる重さを感じながら楓のところに戻ると、袋を開けて準備万端と言った表情だ

 

「───────────それじゃ、始めるか」

 

俺は楓の持っている花火に火をつける

紙の中の火薬に火がつき赤い光と火花を散らしながら周囲をぼんやりと明るくする

俺もすぐに袋から別の花火を取り出して楓のから火を分けてもらう

俺のは緑の光を放ちながら輝いている

 

「・・・・・きれい」

 

そう呟いた楓の顔は花火の光に照らされてどこか幻想的な雰囲気を醸し出していた

 

それからは片方の花火が力つきると新しいのを出して、まだ火がついている花火に分けてもらう

それを繰り返して順調に本数を消化していった

打ち上げ花火もあったがこれは近所迷惑になったりするからまた今度ということになっている

 

 

 

 

 

 

そしてやはり最後に残る花火といえば線香花火だろう

俺たちはゆっくりとそれを眺めていた

 

「・・・・・やっぱり線香花火はきれいだね」

「・・・・・そうだな、他にはない味がある気がする」

 

お互いこれが最後の一本ということもあって線香花火の火を落とさないように手元をじっと見つめている

 

「あっ、・・・・・落ちちゃった」

「俺のはまだもちそうだな」

 

手元が震えないように慎重に持っているせいか少し手が痛くなってきたがここで落としたくはない

そんな意地で保っていると

 

「・・・・・ねえ、雅紀。私がプレゼントした花の名前、覚えてる?」

「えーっと確か『リナリア』だっけか。それがどうかしたのか?」

「・・・・・そのリナリアの花言葉は、知ってる?」

「あーいや、花言葉はほとんど知らないからな。どんな意味なんだ?」

 

 

「・・・・・リナリアの花言葉は 『私の恋に気づいて』」

 

「・・・・・え」

 

楓の言葉に手が震えポトリと線香花火の火は落ちてしまう

だがそんなことは俺の意識にはなく、ただこちらを見つめる楓の目にのみ意識は向いていた

楓はゆっくりと口を開くと、決定的な言葉を口にする

 

「・・・・・私は、雅紀のことが好き。・・・・・家族や友達に抱くような好きじゃなくて、私は恋人として、雅紀のことが好き」

 

楓の目には強い気持ちが宿っている、しっかりと俺の目を見て俺の答えを望んでいる

 

「────────────雅紀は、私のこと、好き?」

「・・・・・・・」

 

──────────正直なことを言えば、素直に嬉しい

女の子から好意を向けられて嫌な男はいないだろう

・・・・・・でも、今回はそんな気持ちで決めていいものじゃない。────────それに俺の答えはもう決まっている

 

「────────────楓、お前はまだ中学2年だ。これから中学、高校、大学、全部でまだ9年も人と出会う機会がある。その中できっと俺よりも好きなやつはできる、でもその時に俺と付き合ってたら楓はどうするんだ? ・・・・・だから今のいっときの感情に流されるな、もっと長い、これから先のことを考えて────────────────」

「私のっ、好きな人は雅紀だけ。これからだってそれが変わることなんてない」

 

食い気味にそう返す楓、引く気はないと目が訴えている

 

「・・・・・・・わかった、そこまで言うなら一つ約束をしよう」

「・・・・・約束?」

「お前が大学を卒業するまでに、俺以外に好きなやつや気になるやつが1人もできなかったなら。─────────────その時は俺がお前をもらってやる」

「そんなことしなくても─────────」

「悪いが、こればっかりは譲れない。俺はお前を幸せにしたいんだ、その俺がお前の枷になりたくはないんだよ。わかってくれ」

「・・・・・・・・・・」

 

楓は俯いて黙ってしまう、だがこちらも引くわけにはいかない大げさかもしれないがこれは楓の人生を左右することなのだから

 

「・・・・・・・雅紀と付き合うことが、私の幸せだって言っても?」

「ああ、お前がそう言っても俺は意見を変えるつもりはない」

「・・・・・約束、忘れないでね」

「ああ」

「・・・・・約束、ちゃんと守ってね」

「勿論だ」

「・・・・・なら、今はまだ我慢する」

「・・・・・ありがとう」

「でも、今我慢する代わりに。このくらいはいいよね」

「え────────」

 

俺の唇に柔らかい感触が触れすぐ目の前には瞳を閉じた楓の顔がある

互いの息がかかるほど近く、それでいて不思議と嫌な気分じゃなかった

 

「・・・・・・ふぅ」

 

一体どれくらいそうしていたのかわからなかったが気がつけば楓は俺から離れていた

 

「ふふ、これ私のファーストキスだったんだよ」

 

いたずらな笑みを浮かべる楓に思わずため息が出てくる

 

「ハァ。お前なぁ。まったく、これからお前がどうなるのか楽しみだけど不安だよ」

「楽しみに待ってていいよ、絶対に可愛くなって私のことふったの後悔させるんだから」

「別にふったわけじゃないだろ、先延ばしにしたんだよ」

「女からしたらそんなの一緒だよ、───────────女は執念深いんだから」

「女の執念深さなんてもう知ってるよ、・・・・・・頑張って俺を後悔させてみろよ」

「もちろん、雅紀も私以外に浮気しないでね」

「浮気も何も、そもそも付き合ってないだろ」

 

花火をバケツに入れ持ち上げる、さっきよりも重い気がするのは気苦労が増えたからだろう

 

「花火も終わったし、早く帰るぞ」

「うん・・・・・ね、手繋いでもいい?」

 

上目遣いで楓がそう尋ねてくる

 

「・・・・・・毎回こんなに甘えられるとは、思わないでくれよ」

 

そう言って左手を伸ばすと小さな楓の手が握りしめてくる

 

 

 

いつもより繋いだ手が熱い気がしたのは、きっと気のせいだろう

 

 

──────────────俺の心臓がこんなにうるさいのも、きっと気のせいに違いない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                    終




というわけでこの作品はここで完結になります。ここまでお付き合いくださった方には本当に心からの感謝を差し上げます。活動報告にあとがきのようなものをの載せるのでよかったら見てください。




それでは、最後になりますが。うぷ主的には評価、感想をつけてくれると嬉しいです!


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