一匹狼(ゴキブリ)は人類を救いたい (暗月警察24時)
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一匹狼(ゴキブリ)は人類を救いたい
鬼塚慶次、かっこいい。
ある日目が覚めたら、そこは火星だった。
更に俺はゴキブリだった。
何が何だか、分からない。
夢ではない、というのはなんとなくわかる。そしてここが恐らく、バカバカしいことに、『テラフォーマーズ』の世界の火星なのだということも。
辺りを見れば、黒く堅い、二足歩行のゴキブリがうじゃうじゃといた。嫌悪感を感じないのは、多分俺も同じゴキブリだから。
一体どうすれば帰れるのだろう。世界を救えばゲームセットか?否、世界が救われるということは、テラフォーマーである俺も死んでいるだろう。死ねば帰れるというのならば話は別だが、そうでないならば、俺は死にたくない。こんな姿になっても、死ぬのは怖いのだ。……やはり、死ぬことに拒否感を覚えるあたり、俺は周りのゴキブリとは違い、ヒトの感性を持っているのだろう。なんとなくだが、安心した。
取り敢えず、うっかりオオスズメバチなんかに刺されて死なないように、あるいはゴキブリ共に不審がられて殺されることのないように動かねばならない。
取り敢えず、頭の片隅で覚えているはずの、祖父のやっていた武道を思い起こし、自分なりに覚えていくのがいいかもしれない。地球人が来るのがいつかは分からない、もしかすると今既にいるのかもしれない……が、それまでに1mmでも強くなっておこう。あくまで殺す気は無いが、それとなく逃げられる程度の強さは必要だろうから。
俺はいるはずのない神に向けて、中指を立てた。
*
「…じょうじ」
ついにこの日が来てしまったらしい。俺は今、アネックス1号の堕ちる様を、遠くから眺めていた。出来れば来て欲しくなかった。それでも彼らがここに来たからには……きっと、俺にも何かやるべき事があるのだろう。
つまるところ、行くしかない。
ただ人間という害虫を殺すべしと、その一つだけを感じるゴキブリと共に、俺は翅を広げて六方向に散らばった高速脱出機を探す為に飛んだ。
*
小町小吉艦長率いる第1班は、脱出機にしがみついて追跡してきた1匹のテラフォーマーと対峙していた。いや、しようとしていた。
ゴキブリが、飛んだ。
「!?……チッ、飛んだ──!」
「シーラ!」
完璧に、不意をつかれた。
そのテラフォーマーは真っ先に脱出機を奪うべく動いたのだ。勿論その中にはマーズランキング下位の非戦闘員もいる。まずい、皆死ぬ。
そんな思考が小町小吉の脳内を駆け巡る。
しかし、
「捕獲!!!」
カチッという音、続いて勢い良く網が飛び出し、テラフォーマーを捕獲した。シーラという少女の功績であった。網に囚われ、もがき、やがて完璧に捕獲した────
しかし、ゴキブリが、不穏な動きを見せた。
その穴の小さく空いた両手をゆっくりと前に、シーラの方へ向ける。この動きに小町小吉は、この上ない不安感を覚えた。それは反撃の構え。神の与えた技術を振りかざし、今この女を殺すという敵意の現れ。
『ヘッピリムシ』、もしくは『ミイデラゴミムシ』。
その昆虫は"過酸化水素"と"ハイドロキノン"の2つの物質を体内で合成し、超高温のガス、"ベンゾキノン"を爆音と共に一気に、ブッ放す。人間大に直せばその威力はさながら火炎放射器。
そして、この能力はかつて火星で死んだ、ゴッド・リーのバグズ手術に用いられたもの。
技術を奪われている。
本来ならそれを、少なくともこの場では、ゴキブリがガスを放つ前に気付ける者などいるはずもなかった。ここでシーラは脱落となる……筈だった。
しかし、一匹のテラフォーマーがいた。増援に紛れ、ただ一匹。
人を殺すのではなく救う為に、今まさに掌を構えたゴキブリを駆除せんと勢い良く降り立ったテラフォーマーが────!!!
「じょうじ」
爆音。しかしそれはガス噴射の音ではなく、隕石でも落ちてきたかのような衝突音だった。ゴキブリがガスを放つ、その一瞬前にそのテラフォーマーはシーラとゴキブリの間に立ち、その堅い甲皮と適応能力で見事、ガスを防いだのだ。
まずは一回、人類を救った。
彼は覚えていた。テラフォーマーズを初めて読んだ時のことを。悲しい記憶だった。漫画とはいえ実際にその火星へと来てしまった自分にはそれがとても悲しいことに思えた。だから、救うと決めていた。
そのまま躊躇うことなく、腕を絡めとり、ブチ折った。これでもう、ガスは撃てない。
しかし困ったことに、彼は他のゴキブリと見た目が同じで、人類にとっては親の仇。恐らく今の行動も、たまたま、もしくはただの不可解な行動で処理され、次に自分が処理される。
目的は達成した。ここから早く逃げなければならない。
彼は大きく踏み込み、翅を広げ────
「今、こいつ私を……助け、た?」
「ゴキブリが、まさか人間を……!?」
一瞬、止まって振り返り、一言「じょうじ」と言葉を残し飛び去った。
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変える覚悟
暫く脱出機を目指して飛んでいた俺は、偶然にもシーラがミイデラゴミムシの能力を得たゴキブリを捕獲するシーンに遭遇した。
ここからシーラをあのガス噴射から守れる確率は、極めて低いだろう。しかし、ここで守って見せなければ俺がここにいる意味が無い。
やるしか、ない。
近くの岩場に着地し、持ち前の初速320km/hのスタートダッシュ。
勢いを付けて────落ちる!!!
脱出機が少しめり込む程の衝撃、続いて肌を焼くような衝撃。しかし俺の身体に痛覚は無い、これは錯覚だろう。
無表情のゴキブリが何を思っているかは分からないが、してやったり、だ。
横目で小町小吉、そして生存したシーラの2名を見て安堵する。
運命は変えられる。
いやまあ、戦闘要員でもない彼女が、この先訪れるであろう数の暴力から生きて帰れるかと言われればそれはどうなんだろうかとは思う。今ここで変わっただけで、それは余命がほんの数日伸びただけなのかもしれない。
残酷なことを言うようだが、彼女の存在が戦闘要員の足枷になるかもしれない。特にスタミナ消費の激しいアシダカグモのマルコスは、人を守りながら戦うことは難しいだろう。
それでも、生きていてほしい。
そりゃあ、あんなに死亡フラグ立ちまくりで今にも死にそうだったけれども、あんな出落ちは悲しいじゃないか。
何もしないよりはずっといい。
そう自分に言い聞かせ、これからの不安を取っ払うようにしていると、もがいているゴキブリの存在を思い出した。
こいつはここで殺す。
思い切り腕を踏みつけ、関節を逆に曲げて折る。
まあこれでいいだろう。
そろそろここを離れなければ、うっかり殺されてしまう可能性大だ。俺が向こうの立場でもそうするだろう。
というわけで俺は逃げる。
翅を広げ、シーラを一瞥してからその場を飛んで後にした。
暫く火星をさまよってみたが、人に何故か会えないので適当な岩に座り込んで、これからの方針について考えてみることにした。
勿論、人間を救うというのは変わらない。
しかし、どう動いてどう手助けするかが問題になる。
下手に動けば賢いボスゴキブリは気付くだろうし、そうなれば俺は人間とゴキブリの両勢力に命を狙われるだろう。
つまり、目立ってはいけない。
ということは、カイコをモリモリ食べて力士型になるのも、今の時点でモザイクオーガン手術を施すことも、あまり得策ではないだろう。後半になってくるとテッポウウオ型のゴキブリとか結構いた気がするけれど、それでもまあ目立つだろう。見た目だけで考慮すると先程成敗したミイデラゴミムシ型のゴキブリや、ロシア班と戦闘しているであろうメダカハネカクシ型のゴキブリなんかは結構わかりにくい感じだとは思う。ただ、それは視覚的な問題であって他の方法で判断できるならそれはほぼ意味をなさない。
まあ、色々グダグダと考えてはみたが、結局今はまだこのままの状態で暗躍するのが一番だろう。
それと、助けたことによってその後の話が大きくブレる可能性のある人物。一番は、ドイツのアドルフ・ラインハルトだろう。彼が死に、イヴと混ざることで切り抜けられた窮地も存在するだろうし、とても難しい判断だろう。まさか俺がずっとついて回って守るわけにもいかない。ボスゴキブリの一匹がアドルフに埋め込まれた爆弾で死んだことも事実。
少なくともあのシーンは、軽い気持ちで介入してはならないことは確かだ。
ただ、個人的にはとても助けたい。強欲だと言われるかもしれないが、あんなもの見せられたらそりゃあ助けたいとも思うだろう。地球に帰っても不倫のこととか、問題はまだあるだろうが……生きていることが一番大切なんじゃないか。
きっと今の俺はすごい顔をしているだろう。アドルフの体内の爆弾に気付いた時のボスゴキブリ並にすごい顔をしている自信がある。
でも、正直俺に黙って見ていることは出来ない。
俺だけがこの火星での戦争の結末を知っている。俺だけが闇に潜む悪意を知っている。ここで黙っていては男……いや、ゴキブリがすたる。
気合を入れ直すように両頬をバチンと叩き、こっそり人間を手助けするべく俺は再度立ち上がった。
*
暫く時が経ち、ドイツ班。
雨が降る中走行していた脱出機は、突如として飛び込んできたゴキブリが操る第四班の脱出機に追突し、そのまま窪んだ地形の中へ落とされる。
ここはマズいと判断し、すぐさま上に戻ろうとハンドルを握る────しかし、車輪を撃ち抜かれる。
辺りを見渡すと、これでもかと言うほどにゴキブリが蠢いていた。
アドルフは上からこちらを見下ろす、通常よりガタイのいいゴキブリを一瞥し、戦闘員でありMARSランキング上位でもあるイザベラに1つの仕事を任せた。
「やることは一つだイザベラ。四班の脱出機を奪え、あの無灯火運転のデブからな」
「ウス」
「向こうのどう見ても300匹近くいるのは、オレが相手しよう」
そう言ってアドルフは薬を使い、ゴキブリの群れに電気を纏い、一人突っ込んだ。
数多く存在する昆虫の中でも最強の一角として知られる虫がいる。
インドネシア原産コロギス上科超大型昆虫
『リオック』
肉食であり、その脚力は非常に強力。
気性は非常に獰猛である。
そのリオックのM.O.手術を施されたイザベラは、強く踏み込み、一瞬にして飛び上がった。
相対するは力士型テラフォーマー。
ゴキブリはじっとして動かない。焦らない。
瞬間、イザベラの脚が相手を千切り殺さんとばかりに唸る。
────本来なら、イザベラはここで死ぬ。
最強の昆虫の力を得て油断していたのか、気性の荒さ故に何も考えずただ突っ込んでしまったからなのかはわからないが、彼女はここで、呆気なく死ぬ運命であった。
……が、この星にはイレギュラーがいる。
彼は知っていた。情報とは何にも勝る力である。
しかしそれ故に彼は歴史を変えることを恐れ、迷い、立ち止まっていた。
しかし、迷いは既に捨て去った。
力士型テラフォーマーが腕を振り上げたその瞬間、黒い影が過ぎる。
その影が過ぎた時、力士型テラフォーマーの腕はそこには無かった。
ゴキブリには痛みが存在しない。だから、すぐには気付かない、気付けない。
イザベラの脚が、ゴキブリの首を捉えた。
感想欄がテラフォーマーだらけでビビった。
精密機械の操作も出来るんだし二次創作読んでいてもおかしくないな!
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蹴撃
力士型テラフォーマーの首をへし折り、トドメを刺したイザベラは先の戦闘、蹴りを放つ直前に違和感を感じていた。
何かが通り過ぎたような……。
そしてその違和感は足元に転がる死体を見て、すぐに確信へと変わる。
「腕が一本……ない?」
そう、明らかに自分の蹴りではこうはならなかったであろうちぎれ方をしていた。
何者かの、介入。
何処から敵が来てもいいように構え、辺りを素早く見渡す。しかし気配は感じない。
改めてこの死体を見て、先程のことを思い返すと、この力士型テラフォーマーは確か、腕を振り上げていたような気がする。それは恐らく、自分を迎撃するため。微塵も焦る様子が無く、ただそうしたのはきっと、自分を殺せる自信と確信があったからなのではないか。そう考えると、イザベラはただ「恐ろしい」と、そう感じた。
油断か、驕りか。
あの乱雑で不用意な攻撃でも仕留められるとタカをくくっていたのは大間違いだったらしい。
しかし、そうなるとあの黒い影は自分を助けたことになる。
「……うちの班員にあそこまで速く動けるやつはいないし、そもそも戦闘員じゃない。なら一体誰が……?」
しかし、考えても考えてもわからない。
生きているのだから今はそのことは置いておこう、班長を、皆を助けるのが先だとイザベラは脱出機を操作し、ゴキブリに取られないよう移動させ、最速でアドルフの元へ向かうことにした。
近くの岩陰で、黒い何かが動いた。
*
一方アドルフは、流石はMARSランキング2位といったところか、瞬時に数十のゴキブリを殲滅していた。
とはいえ、消耗が激しい。
こんな時に思い出すのは、一年前のこと。
愛する女のこと……自分の力が、引き継がれなかった子供のこと……。
────『より頑丈な子孫を』
────『より多く残す』、つまり『適応する』
人間としての尊厳を捨てれば答えは簡単だった。
優秀な精子を選び、その子供は優秀な夫に育てさせればいい。
自然界では、これが多く見られる。
いかにも合理的、動物的である。
勿論人間の暮らす社会にも、『浮気』や『不倫』などからこれは生じるのである。
アドルフは、彼女と出会って人間を知り、人間になった。
(なぁ……)
(オレさ……オレはさ……オレは、おまえみたいになりたかった。ヒトになりたかったから)
(なあ……どうしてだよ)
(そんな動物みたいなこと、するなよ……)
アドルフは、人間は、弱かった。
そんな悲しい過去を思い出し、アドルフの戦い方は荒く、自分をも傷つけるものへと変わっていった。
力士型テラフォーマーに組みつかれ、その筋力で鯖折りで押しつぶされそうになる。
それでもアドルフはテラフォーマーの目を突き刺し、電流を浴びせ続ける。自暴自棄だった。
アドルフ・ラインハルトにツノゼミ類による身体強化の手術は施されておらず、ダメージはそのまま通る。
やがてアドルフが勝ったが、それでもギリギリであった。
「どうした……もっと来い……!!殺してやる」
その時、1台の車が現れる。
数匹のテラフォーマーに、布を纏った他とは違う風貌のテラフォーマー、リーダー格のテラフォーマーであった。
取り巻きと思われる力士型テラフォーマーが旗を掲げ、テラフォーマー達はまるで軍隊のように統率力のとれた動きを見せる。
「…じょうじ」
アドルフは限界だった。
立つ気力すらない。
……ああ、利用されるだけの人生だったなぁ
アドルフが全てを諦め、目を閉じたその時────
網の開く音。
そこに居たのは、置いてきた非戦闘員だった。
「エヴァ!班長を連れて逃げろ!ここはオレらが死ん……っ」
「死んでも……っ」
やはり、ゴキブリには勝てない。
どんどん数が減り、更には逆に彼らが網で捕えられていく。
心臓の動きも弱く、身体も冷たくなっていく。
……エヴァが泣いていた。
走馬灯が脳裏に流れる。
思い出すのは、彼女のこと。今の仲間たちのこと。
それと同時に一つの感情がふつふつと蘇ってくる。
そう、この感情は────
バコン!!!!と音が鳴り、アドルフの身体が跳ねる。
AED(電気ショック除細動器)、その使用目的は不整脈を起こした心臓を、『停止させる』ことにある。
そして止まったヒトの心臓は、まだ生きたいと、そう思う意志さえあれば再び熱く規しく、鼓動を刻み始める。
────"悔しい"──!!!
「うおおおおおおおおおおお!!!!!!!!」
落雷。アドルフの怒りに呼応するように落ちたそれが、ゴキブリを尽く破壊する。
「悔しい……悔しいよなあ、お前ら……待ってろ、今助けるッッ!!」
偉そうにこちらを見下すゴキブリ達を皆殺しにして、道を拓く。
「そこを……退け!!」
マーズ・ランキング2位、アドルフ・ラインハルト
対するは無数のゴキブリ。
「エヴァ、ワック、エンリケ、サンドラ、フリッツ、アントニオ、レイシェル、ジョハン、ミラピクス……。」
「必ず助ける……!!」
薬の多量摂取。
それは自分の命を削る行為であり、二度とヒトに戻れない可能性すら出てくる禁忌。
「ダメだ、班長ォオオオオオ!!!!」
────もう、逃げないと決めた。
*
一方、火星における全くのイレギュラーである1匹のテラフォーマーは、その拳が砕けてしまいそうなほどに握りしめ、決して動くまいと耐えていた。
もう、助からないかもしれない班員がいる。
アドルフ・ラインハルトは薬の多量摂取で二度とヒトには戻れないかもしれない。
それでも、今動けば全てが終わる。
そもそもが無理に等しいチャレンジであった。
人間から見れば自分は周りのゴキブリと同じであり、加えてアドルフ・ラインハルトの攻撃は限界を超えた薬の投与により出力が増した電撃の範囲攻撃だ。
一方テラフォーマーサイドは、近過ぎる距離にボスがいる。賢いボスは自分という異分子を見抜き、即座に処理しようとするだろう。
故に、ギリギリまで動けない。
『側撃雷の直後』、ボスと力士型テラフォーマーの2体が行動不能になった瞬間を狙う。
そして命懸けで掴み取ったJOKERのカードはリオック。
彼女も恐らくこちらへ駆けつけ、出るタイミングを伺っていることだろう。
俺が思い切り場を荒らし、そこをリオックが更に食い荒らす。
意思疎通も出来ない。俺が死なない保証もない。でも、やるしかない。
イレギュラーは大きく息を吐き、こちらに来てから米に変わる主食となった──というかこれしか食べ物はないが──ちょろまかしたカイコガを食べた。
ゴキブリの数が目に見えて減っていく。
依然としてボスゴキブリは下を、アドルフを見ている。
「退いてもらうぞ、この軍を」
投擲。
専用武器である手裏剣のような避雷針はボスとその側近へと迫り────旗の布に阻まれる。
知識は力。
テラフォーマーには圧倒的な力があり、知能もあった。
しかし、雷の全てを識ることは無かった。
火星には師も書も樹も無く、『側撃雷』と呼ばれるその衝撃を彼らは知らない。
旗への落雷。
そしてその半径4メートル以内に立つ2匹に走る、6億ボルトの衝撃。
それこそ、神憑り的な運の強さが無ければ────即死。
戦場に、静寂が訪れた。
しかし、終わらない。ここで終わらせない。
更に識っている者はいる。
岩陰から飛び出す初速320キロメートルの黒い影。
心臓マッサージの方法を知っていたゴキブリのことを、知っていた。
このまま放っておけば、ボスはまた動き出す。
だからここで殺す。
「じっ……じじじじじょおおおおおおッッ!!!!!!」
繰り出された蹴り。反応できた者は、勿論いない。
その一撃は頭部を捉え、勢い良くカッ飛ばした。
ブレーキをかけるように首なし死体の胸を踏み砕き、隣の力士型テラフォーマーにもトドメを刺す。
やった。まずはここまでいけた。不意打ち万歳だ。
心の中でそう歓喜し、しかし次の手を打つべく、頭が死んで動きを止めたゴキブリを警戒しつつも駆けた。
「……何だ今のは」
その場にいたドイツ班の全員が、今の光景を理解することが出来なかった。落雷による攻撃の直後、ダメ押しと言わんばかりに攻撃を加えた者がいた。初めはイザベラかと思ったが、それはまず、人間ですらない。紛れも無いゴキブリ、テラフォーマーだった。
しかし、何故?それを知る者は誰もいない。
テラフォーマー達は群れであり、基本的に個が存在しない。人間とはかけ離れた如何にも合理的な存在である。
それ故に謀反や裏切りなど、ありえないはずなのだ。
だというのにあのテラフォーマーはあろうことか自らのリーダーの頭部を躊躇無く蹴り飛ばし、胸も踏み砕いていた。
しかし、これはアドルフやその他の班員にとってチャンスだ。
最早立つことすらままならない状態だが、まだ生きている。幸いにもゴキブリ共はその動きを止めている。
あの瞬間は、ゴキブリにも予想外だということなのだろうか?
そんな疑問を抱えたまま、アドルフは重たい身体に鞭打ち、仲間を救うべく立ち上がった。
「班長は、休んでいてください。ここはアタシが行く」
「イザベラ……良かった、ありがとう……でも、オレも行く。正直限界だが、オレは班長だ。それにお前よりオレの方が雑魚を散らすのに向いてる」
動ける時間も残り少ないが、1匹でも減らせる事が出来たならそれがいいだろう。
と、その時だった。
窪みの上から岩が落ち、一部のゴキブリが潰された。
更に投石。
班員達を捕らえたゴキブリと、その周りのゴキブリを尖った石が穿つ。
それを行ったのは、どこの班でもなく、恐らく先程の個体と同じものだと思われるテラフォーマーだった。
「…じょうじ」
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