不屈球児の再登板 (蒼海空河)
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幼少期
球児の最後


素人なので文才に優れません(汗)
勢いで書いているのでところどころ可笑しいところがあるかも……。
不定期更新なので気が向いたら見てやろうの気持ちで見ていただけると幸いです(^_^;)


 夏の茹だるような日差しの元、汗を滝のように流した球児達(せんしたち)は甲子園という戦場で己の全てを吐き出し戦う。

 その熱気は観衆達を巻き込んで巨大な渦となり会場を包み込む。

 

「白球はミットに吸い込まれる入り――ストライク! さあ、フルカウントフルベース。泣いても笑っても最後の一球!

 長い長い甲子園の舞台も大詰めだー!

 新潟の無名校、栖鳳高校(せいほうこうこう)対大阪の強豪校、大阪塔陰高校の世紀の一戦!

 新潟代表が初の夏の甲子園優勝そして栖鳳が初出場初優勝を飾るのか、それとも大阪塔陰が強豪としての意地を見せつけるのか!?

 解説の川岸さんどうみますか?」

「1対0で9回裏。栖鳳の優勢だが――対するバッターは大会前からプロのスカウトが注目していた4番の和泉。一発は十分に考えられるね」

「なるほど、確かに今大会でも毎試合毎ホームランを記録している和泉。栖鳳のエース、堂島闘矢(どうじまとうや)に抑えられてはいますが、いずれもヒット性のあたりばかりでした。

 ――おっとマウンド上の堂島君はしきりに首を振っている模様。どうもサインを決めかねているようです」

 

 堂島闘矢――生まれてから18の年月を経て夢の甲子園の舞台へとやってきた。3年の夏最後の甲子園は最高のフィナーレを迎えるべく闘志を前面に押しだしやってきた。

 何度も体力の限界まで一杯まで投げ切り、その闘志あふれるピッチングに観衆は『マウンドの闘志』と呼び、メディアももてはやし、一躍時の人となっている。

 しかし本人はそんな雑音に耳は貸さず、今日まで投げ抜いてきた。「テレビ? 知るかうなもん。今は栖鳳に優勝旗も持ち帰るだけです。練習の邪魔はしないでくれ!」 

 野球を愛し、白球を追い続けた毎日その一区切りがここにある。

 

(スライダー? カーブ? SFF? バカいっちゃいけねえよ。相手は伝統の強豪校で4番を任せられている男。飢えた獣みてーに目をギラギラさせてこっちの動きをロックオンしてる。

 曲がるへなちょこ球なんざ軽~くスタンドの観客にプレゼントってオチだ。

 ここはストレート一本! 魂の一球が勝負を決めるぜ!

 打たれたらそんときだ。

 男は黙って一直線! 最高の決め球でやられたら悔いも残らずいい思い出になんだろ――まあ勝つのは俺達だがなぁ!!)

 

 キャッチャーを任せられているメガネの小暮はそんな闘矢の固い意志に苦笑しながら、「やれやれ」と呟きストレートのサインを出しド真ん中にミットを構える。

 闘矢はそんな小暮に、

 

(おっ! キャプテンさっすが分かってる~。そうそうド真ん中で本日最大の絶好球を投げなきゃな!

 打てんもんなら――打ってみろ!!!)

 

 熱く滾る胸中の全てを球に込めるように握りしめ、セットポジションに入る闘矢。

 狙うはミット一直線。左足は天へと大きく蹴りあげ、弓なりにのけぞった体躯から全身の運動エネルギーを右手に集める。

 歯を食いしばり、右足をプレートに引っ掛けながら、右腕をビュオンと風切り音とともに振り下ろす。

 白球は唸りをあげてミットへ向かう。

 しかしとうせんぼをするかのように金属製のバットは行く手を阻み――

 

 カキィィン!!!

 虚空に響き渡る快音がベース上でかき鳴らされる。

 その先にあるのは歓喜かそれとも悔恨か。

 

「堂島君、独特のマサカリ投法から投げました!

 う、打った! 和泉センターへ大飛球――これは際どい、センター必死の形相で追っている。

 ああ~センター、フェンスギリギリで構えた!

 捕るか、入るかどっちだ――――!!??」

 

(くそっ頼むとってくれッ!!)

 

 一筋の白線は甲子園の空を翔け、そして――

 

 

 

 

 

 びりりりりりりりりりりりいん!!!

 

 

「うわあっ!?

 ってなんだよ夢か……ははは、んだよそりゃ……」

 

 気持ちの良い夢をいいところで台無しにしてくれた目覚まし時計を闘矢は恨めしそうに睨みつける。

 

「ああクソッ、未練タラタラだな俺は……。

 地方大会前に膝やっちまったせいで不完全燃焼なんだろうな……。もう冬だっていうのに女々しいな奴だよな」

 

 本日は12月24日。堂島闘矢は幼なじみ達に誘われて、カラオケ屋で騒ぐ予定だった。

 1人は悪友。野球部ではファーストをやっている橋口健一郎(はしぐちけんたろう)。浅黒い肌の坊主頭。

 もう1人は野球部マネージャーをやっている谷地真(やちまこと)。気の強いショートカット娘。

 どちらも怪我で野球が続けられなくなった闘矢を励まし続けた良友だ。

 

「もう起き――ッ!?」

 

 左手でふとんを払いながら右手を支えに起きがろうとする彼に走る鈍痛。

 悲鳴を上げたのは右腕の肘。

 顔を顰(しか)める闘矢。

 激痛という程ではない……しかしその痛みは彼にとっては身を切られるより痛かった。

 心が――痛かった。

 

 高校2年の夏の地方大会を前に突如、右肘に突如激痛が走り練習を中断。

 診断結果が尺骨神経麻痺。もう以前と同じように右腕で投げることは――出来なかった。

 それでも彼は諦めない。

 不屈の闘志という言葉は彼のためにある言葉だった。

 執念の想いで左腕の投球を目指す。

 連日連夜の猛特訓の成果もあり、3年には140k/m台を出せるようにまでなった。

 しかしそんな彼に野球の神様は残酷だった。

 左にも尺骨神経麻痺が発生。

 しかも遅れを取り戻そうと毎日20kmの走り込みを彼は自身に課す。

 雨の日も雪の日も風の強い日も。

 

 ――膝が壊れた。

 日常生活では支障はない。

 しかし全力で走ることは出来なくなった。

 走れない野球選手――もうスポーツ選手としての生命は尽きていた……。

 

「くっそ!! 後、もうちょっと――もうちょっと保ってくれりゃあ甲子園に行けたのに!

 俺の体はなんでこんなに脆いんだ!」

 

 彼の所属校――栖鳳高校は決して野球強豪校ではない。

 だが新潟県では絶対強者と言えるような強豪校もまた存在していないのも事実だった。

 公立なら新羽田農業。

 私立なら新潟鳴訓や日本文利あたりが強いが、スカウトの目端に付くような選手が数人集まるだけでも勝ちの目が見える。

 そして彼――堂島闘矢と橋口健一郎は共にスカウトの目に止まる程度には優秀な野球選手だった。

 

 闘矢のポジションは投手(ピッチャー)だ。150k/m前半の豪速球に100球投げても衰えない球威とタフな体。なによりピンチで三振を取るたびに「いぃぃよっしゃぁぁ!!」と上げる雄たけびはTV映りも良く、ドラフト1位ではなくとも2、3位あたりはキープしておきたいとスカウトの間では専ら評判だった。

 また打率4割とホームラン率10%超――1試合3打席立つとしたら3試合に一回はホームランを打つ強打者で典型的な4番ピッチャータイプだった。

 健一郎も負けていない。ファーストというポジションは『左利き・長身』が有利という通説がある。左利きならホームから来る打者をタッチしやすいし、2、3塁への送球も容易だ。背が高ければその分捕球範囲が広がるからだ。

 彼の背は190cmを超える上、左利きという正にベストポジション。また意外だが長打より巧打を得意とし50m走も5秒93とかなりの俊足選手。

 阪神の赤星選手が5秒79というのだからその速さは押して知るべしだろう。

 彼は栖鳳高校初となるプロ野球選手でもある。阪神でドラフト4位指名されてた。

 

 そんな彼を闘矢は純粋に祝福する傍らどこか遣る瀬無い気持ちも抱いていた。そうそれは嫉妬という暗い感情。

 「一緒に野球選手になろうぜ!」――昔そう誘ったのは闘矢の方からだった。

 

(なのにアイツがプロで俺が碌に野球できない体って――)

 

 醜い想いが彼を支配しようとし―― 

 

「ああ、やめだやめだ! とっとと行って騒ぐに限る!」

 

 相変わらずきしむ体。

 苛立ちを抑えつついそいそとパジャマから私服へと着替える。

 そして「いってきまーす」と声を上げながら家の扉を開けた。

 

 その時、誰も予想できなかっただろう。

 

 

 もう彼が生きてこの扉をくぐることは無かったのだから。

 

 

「やべーやべー遅れ気味だなおい。でもまあ走れねぇし仕方ないか……。

 いやあいつらなら遠慮無し文句言ってくるか。

 んー近道すっかな」

 

 予定より遅い時間に家を出たことで約束の時間より30分程遅れていた。

 自転車は脚の曲げ伸ばしがきつく使えない。

 かといって走るなど出来るわけもない。

 幼馴染2人は怪我をした闘矢に対して変な気の回し方はしなかった。

 それは彼自身救われた部分もありよかったのだが……。

 

 ここで彼は駅に行く近道――路地裏を通り細い線路を通る道を選んだ。

 これが彼の運命を決定付けることとなる。

 

「うっしゃ! 運よく列車が通ってねえな。とっとと渡るか」

 

 大人2人分しかない細い道を通った先にある線路。

 この線路は頻繁に列車が通るため遮断機が下りっぱなしの時も多い。

 なんとか珍百景にも選ばれた程だった。

 狭い道の上列車が通ってばかりのこの道は人通りが少なく今の時間も彼1人。

 トコトコと線路を渡っていたときソレは起こった。

 

「うわっと!? いっつつつつ……なっさけねぇ転んじまった……」

 

 先に先にと歩き、脚元をお留守にしていた彼は不意に線路の隙間に脚を引っ掛け転んでしまう。

 それに笑いつつ立ち上がろうとすると――

 

「ッ!? た、立てねぇ!?」

 

 びりッとした刺激とともにガクンと脚の膝が脳の命令に反し力無く落ちる。

 膝を壊した以降この現象は時折起こっており、車椅子を買った方がいいんじゃないかと親からは言われていた。

 だがそんな提案を彼は固辞した。

 病人みたいでいやだったのだ。

 だがそのツケはここに来てやってくる。

 そう――死神がやってくる。それは金属製で時速80k/mでやってきた。

 重量は軽く10トンは超えるであろうそれは急カーブを曲がりながら彼に迫る。

 

「おいおいおい!? 俺はここにいるんだぞ! 止まって……止まってくれぇぇぇぇ!!」

 

 不運なことに列車がきたこの場所はカーブで見通しが悪い。

 しかも今日は曇りでややうす暗かった。

 またしゃがんでいる彼の姿は位置的に見えづらかったこともある。

 そんな偶然から列車はブレーキを掛けるタイミングを逸した。

 車掌が気付く――しかし全てが遅かった……。

 

「やめ……やめろ! 来るな……こっちに来るなぁぁぁぁぁ!?」

 

 絶叫が閑静な住宅街に響く。

 情けなくわたわたと手をばたつかせる闘矢。

 しかし脚は動かず、肘も痛みが走りうまく動かせない。

 そして――

 

「――――あ」

 

 眼前ひ広がる死神(れっしゃ)。

 驚愕の表情を浮かべる車掌。

 ぐしゃりと耳聞こえる水音が彼が最後に聞いた音だった――

 

 

 

 

 

 



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知ってて知らぬ世界

お気に入り&感想ありがとうございます!

まだ拙い分ですが面白くなるよう頑張りますのでこれからもよろしくお願いします!


 ふわふわと揺られちゃぽちゃぽと水音が聞こえる。

 堂島闘矢の意識は定まらない。

 霧がかった思考の中――ただ声がどこからか響く。

 しまいに水気を帯び、ぼやける視界に一面の光が広がる。

 見えたのは一組の夫婦、そして白衣を着た人々。

 

『――もうすぐだ、頑張れ!』

『あ、あぁぁぁぁぁッッ!?』

『産まれました! 元気な女の子です!』

『15時間経過――かなりの長丁場でしたね』

『難産なのは予想の範囲内だ。母親はかなり消耗している。すぐさま次の準備を!』

 

 視界は闇色の幕が下ろされ場面は変わる。

 声と共に見えたのは真っ白な清潔感溢れる病院の一室。

 外には暖かい日差しと所々に雪化粧が施されていた。

 そこにいるのは穏やかな顔をした夫婦と小さな女の子。そして赤ん坊だった。

 

『名前はどうする?』

 

『雪那(せつな)って名前にするわ。春に雪が積もる日に産まれるなんてとてもロマンチックよ』

『そういえば昨日は春なのに大雪だったな。でも春だから今日にはあっという間に溶け消えるなんてな。

 刹那のような大雪ってわけか。でも心はあったかい子供でいて欲しいな』

『私とあなたの子よ。大丈夫に決まっているじゃない。ほら夏輝、あなたの妹よ』

『だぅ? きゃーきゃー♪』

『ははは! 夏輝も嬉しがっているようだね』

 

(誰――だ? ここ、は?)

 

 遠くのような近くのような――。

 聞き覚えのあるような無いような――。

 泥塗れで練習した後のように酷く疲れた彼はただただ眠気が誘うままに眠る。

 

 夢を見ていた。

 小さな女の子の赤ちゃんが暖かく見守られながら両親に育てられる様を。

 来る日も来る日も淡々と。

 それは何処にでもあるであろう幸せな一コマ。

 闘矢は何故自分がこの映像を見ているのか理解できないまま見続ける。

 何故か自分に呼びかけているような気がする声。

 

 ――雪那――セツナ――せつな――

 

(違う…………俺は闘矢……。どうじま、とうや、だ)

 

 ゆっくりと、しかし確実に霧が晴れ始めていた。

 そんな中彼の耳を捕らえて離さない音が届く。

 

(ッ!?)

 

 カンカンカン!

 脳裏に閃く光景は命を奪わんと近づく鉄の死神。

 

(や、やめ……!)

 

 ガタンゴトンガタンゴトン!

 その音は犯罪者を裁く13段の処刑台。

 絶対不可避の死。

 

(逃げ、ないと)

 

 必死にもがく。

 ただ心を支配するのは生存本能という原始的な欲求だった。

 

 カンカン!

 ガタンゴトン!

 

 カンカン!

 ガタンゴトン!

 

(イヤだ! 死にたく、無い! 早くここから逃げないと!

 だ、だれか助けてくれ……誰か――)

 

「あ、ああぁあぁぁぁあ!!?? イヤ、嫌、いやぁあぁぁぁ!!??」

「どうした雪那! 雪那!」

「あ、あなた病院に!」

「ああそうだ早く電話して――」

 

 その日ある街の一角で小さな事件が発生した。

 連日、芸能人のスキャンダルやスポーツの記事が紙面を賑わすなかで起きた当人達以外にとっては些末な出来事。

 特に報道されるわけでもなく、紙面に載るわけでもないその顛末はこうだった。

 

《ある日、両親に連れられ街を散歩していた少女が遮断機の前で列車が通り過ぎるのを待っていたところ、突如発狂したように叫び声を上げ昏倒した。

 両親は娘のただならない様子に即座に救急車を呼び搬送。

 身体に損傷はなく、脳波等各種機器も正常値を示しており、事実少女はよく日目を覚ました。ただし――》

 

「雪那、ほらにこーって笑ってみて!」

「うん」

「ほ~らお前の大好きな熊さんだぞー」

「うん」

 

「うん」「うん」「うん」「うん」「うん」――

 

 

 

 ――3歳の幼い少女は笑わなくなった。

 その少女は成長が早く、3歳児にしてはハキハキと喋ることができ、両親の自慢の娘だった。

 笑わない少女――しかし魂の無い人形というわけではない。

 話せば幼い子供特有の高い声で答えてくれる。

 リンゴやミカンなどの絵を見せてこれはなにかという質問にも、一語一語区切ってではあるが答えられる。

 ただ一般的な子供と違うのは声に抑揚が無く、感情を一切表に出さなくなった。

 精神科の医者に診ても貰っても『原因不明』と結果は芳しくなく、カウンセリングを受けても結局少女に笑顔が戻ることはなかった。

 

 いくつかの病院を周り、医者と両親は話しあった結果分かったこと。

 ある病院の医者、青島は両親にこう告げた。

 

「恐らくですが゛表出性言語障害゛の可能性が高いかと思われます」

 

 表出性言語障害――聞きなれない言葉に父、雲母誠二(きらら せいじ)は眉を顰める。

 

「表出性言語障害……? すみません寡聞にして聞いた事がないのですがそれはどういったものなんですか?

 多分、言語に関することとは分かるんですが」

「表出性言語障害とは主に生後~数歳までに起こる言語の遅延を差すもので、コミュニケーション障害といわれる精神疾患の1つです。

 症状としては知的障害と違い、こちらの質問にも普通に答えることができ理解もできます。

 ただ喋べろうとすると、1、2語程度しか話すことが出来なくなるものでして――」

「じゃあ! じゃあ娘はずっとこのままなんですか!?

 ねえ先生、ウチの娘はどうなんですか!?」

(みやこ)さん落ち着いて!

 ですが私もそこについてはお聞きしたいですね。娘はどうなんでしょうか?」

 

 医者はバツが悪そうに頭を掻く。

 

「すいません私の話し方が悪かったようで……。

 表出性言語障害は言語機能の成長が他の子より遅いだけで、小学校就学前にはみんなと同じように話せるかと思います。

 ただお子さんが線路の前で倒れたという状況が状況ですので断言はできないのですが。

 それより問題なのは感情に関しての面でしょう。

 状況から察して少女にとっては巨大な電車が恐怖の対象となり、極度の緊張感から昏倒したのではと思われます。

 こればかりは時間を掛けてゆっくり彼女の心をほぐさなければなりません。

 聞くところによると、御自宅は線路の近くだそうですが金銭面や仕事の事情で問題が無ければ、少し離れた場所に引っ越すことをおススメします。

 トラウマの原因が近くにいるとさらに悪化する可能性もあるので……」

「そう、ですか」

 

 肩を落とす両親。

 母、(みやこ)は顔を両手で覆い嗚咽している。

 この後遮断機の音や列車を酷く怖がるようになった幼い娘のために引っ越す事にする。

 

 そんな話をしている彼らの様子を1人の少女はただ無言で見つめていた。

 彼女は誰に気づかれる事もなく、スッとその場から離れトタトタと4階建の病院の屋上へと向かう。

 ガラリと少し錆びたドアを四苦八苦しながら開けるとそこには蒼空と干された白いシーツの海。

 それと一般開放されているのか日向ぼっこや談笑している人がいた。

 そこから人気のない場所までいくと見慣れない街を見下ろしながら少女は呟く。

 

「輪廻転生? 意味不明!」

 

 少女には記憶があった。

 産まれてから今日までの記憶。そしてそれ以前(・・)の記憶――前世の記憶が。

 

(俺は一体どうしたんだろう。これは夢か?

 野球ができなくて鬱屈がたまった末に気が狂ったのだろうか?)

 

 少女――闘矢の意識がはっきりとしたのは病院での事だった。

 最初は助かったのだとほっと息をしたのもつかの間、見も知らない大人2人に大丈夫かと連呼され良くわからないまま「うん」と返すしかなかった。

 でも彼が驚いたのはその後。

 

 まず体が小さい――明らかに子供、しかも男のアレが無いというおまけつき。

 転生などと非科学的なと笑い飛ばしたかった。

 これだけでも気が可笑しくなるほど動揺したのだが何故か笑えない。

 別に言葉の綾ではない。

 リアルに笑えなかった。表情筋が全て断裂していると錯覚するほど顔の筋肉は固かった。

 口周りの筋肉も常に硬直しており、話す言葉は日本語を覚えたての外人レベル。

 片言で単語を呟くようにしかできない。

 ポーカーフェイスを習得したと脳裏に浮かんだのは彼が野球バカだからだろう。

 

(なんだかんだで落ちつけられたのに1週間もかかったな……)

 

 次に変と思ったのは両親の髪色。

 父は赤で母が蒼なのだ。

 「真面目そうなのに髪染めてんのかよ」。

 最初彼は思ったが周囲を見ると普通に青、赤、緑の目に痛い原色を始めカラフルな光景が人々を覆っている。

 標識などは日本語なのにどこのゲームか、と別の意味で頭を抱えたくなった。

 自分の髪が蒼なのでそれもあるが。 

 

 別に異世界でもなく国名は日本。

 魔法があるわけでもなく。

 ただ髪がからふりーな世界だっただけ。

 西暦は2030年。

 覚えている限りでは2010年だったので20年後の日本、と言えなくはないが髪色が奇抜すぎてどう反応していいかわからなかった。

 

 でも其れさえも今の彼には些末な出来事といってもいい。

 彼は悩み続けた。

 野球の事なら1に2もなく優先させる彼は最初の一歩を踏み出せない。

 つまり――

 

(怖い……また野球が出来なくなる体になったら、嫌だ)

 

 野球がまた出来なくなるのが怖い。

 

 埃の積もったグローブは嘆く。

 冷たい感触しか返さないバットは喚く。

 袖を通さなくなったユニフォームは泣く。

 

 ――どうして私達を使わない?――

 

 ――使えねぇんだ! 俺の体じゃあ満足に使えねえんだよ……――

 

 ――右腕が駄目なら左。左が駄目なら脚。体が動くならいくらでも出来る――

 

 ――なんとかなるのは物語の世界だけだ! もう駄目なんだよ……全て駄目なんだよ――

 

 夢の中では死ぬまで一緒だと誓った道具達(なかまたち)から責められる。

 人生の全てだった野球を無くし生きるのさえ億劫な毎日。

 そしてここに来て女になるという奇想天外な事態。

 でも心に1つの光が燈る。どんな状況でもそれさえ可能なら歓喜に震えるだろう事実。

 

(野球が出来る。出来るんだ! なのに……震える。失うことが。やらなければ得る事も失うことも無いからと――)

 

 だが迷うということは野球がやりたいという事でもある。

 小さな胸の内には身を燃やしつくさんばかりの情火の炎。

 それは、野球が出来る、と思うたびに勢いをますばかりだった。

 

(にしても表情が表にでないし、声も碌にでねぇ。さっきの両親? と医者は障害がどーとか言ってたけど……)

 

 野球以外の事柄はあまり頭のよろしくない彼。

 彼らの言う言葉は的を射ていない――ストライクゾーンに近いが判定はボール、そう感じる。

 

(代償――って奴かもな……。思えば死んだっていいから野球がやりたいなんて考えていた時期もある。

 まさか文字通り死んで出来るようになるとは思わねえけど。

 でも神さんか誰か知らないが、その代わりに顔と声を持ってっちまったとしても納得しちまうよ。

 こんな姿になってたらさ……)

 

 見つめる自身の手。

 白魚のように穢れのない。

 マメだらけでガサガサだったかつての自分の手とは全てが違う。

 

(年をとれば戻る――そういう気がしねえな……。

 俺の勘がそう言ってる。表情も声も無くしたまんまな気が――)

 

 漫然とした中、不思議とそんな気がした。

 きっと新しい人生で野球が出来る――その代金として表情と声を支払った――そんな理屈もなにも無い想いが湧く。

 

 知らない街、知っているようで知らない日本。

 眼下には細い川が流れていて周囲には緑の木々が植えられている。

 木から落ちた若葉はただ流されているばかりだった――

 

 

 

 

 

 




【スカウト影道さんの評価コーナー】

「ここでは登場人物の能力を数字化して評価している。
 本編とはあまり関係ないのでさらっと流してもらっていい。
 ではさっそく今日の紹介に移ろう。
 本日は堂島闘矢くんだ」

【闘 矢】

球速:151k/m 評価A
制球:57 評価D
スタミナ:93 評価A
変化球:スライダー3、カーブ1、SFF2、フォーク4、カットボール7 評価A

ノビ○:手元で球が打者の予想以上に落ちず打ちづらい
根性:体力の限界を超えても球威がなかなか落ちない
尻上り:後半に行くほど手が調子がよくなっていく
ピンチ○:失点の危機に陥るとむしろ奮起する
闘志:闘志を前面に押し出したピッチングをする
重い球:球威があり打ち返しづらい

能力解説
H:0~19――論外だね
G:20~29――もう少し練習したほうがいい
F:30~39――なんとかならないだろうか
E:40~49――最低限のレベルではある
D:50~59――まあプロでは入られるレベルだね
C:60~69――これだけあればレギュラー確実だろう
B:70~79――一流の選手としていいレベルだ
A:80~99――素晴らしい! 日本球界を背負って立てるね!
S:100以上――これほどの選手は見たことがない! メジャーでも通用するレベルだ!

変化球
10段階評価


「某野球ゲームに似ているのはスルーして欲しい。
 それはさておき。
 素晴らしい才能だ! すぐにウチの球団に来てほしいレベルだ。
 これで2年というのだから末恐ろしい。
 それだけに怪我で失ったのが本当に残念だ。
 事故で亡くなったそうだが冥福を祈るよ。
 せめてあの世では野球を楽しんでいるといいのだが……」


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光の先には

少々文字数が少ないですがキリがよかったので(^_^;)



 一年後。

 

 駅から遠く――しかし静かな片田舎では逆に列車の音は街中に響くという事で、田園風景が広がりつつもさりとて田舎でもない――そんな街、緑川市に引っ越すこととした。

 

 笑わない少女が産まれて4年目に突入した出来事。

 少女の物語はそこから始まる。

 

 

 

 緑川市はスポーツ振興のために小さいながらも新しい野球場があった。

 笑わない少女には姉がいる。

 名前を夏輝(なつき)。

 年は5歳、来年には小学生。

 少し男の子っぽい名前と性格。

 この少女は夏の太陽のように明るくとても妹想いの良姉だった。

 彼女は少しでも妹に笑顔が戻って欲しいと引っ越したばかりの新天地で探検と称し妹を連れだす。

 その妹の様子がおかしくなったのは野球場の前での事だった――

 

(うじうじしたまま1年経っちまった……。女々しいにも程があるぜ――あ、今女だっけ)

 

 かつてはプロ入りを確実視されていた剛腕投手、堂島闘矢――が前世である少女。

 名前は雲母雪那(きらら せつな)

 初め雲母をうんもと読んでいたら違っていたという恥ずかしい過去を持つ。

 次いで雲母が名前だと勘違いしていた事もある。

 

 それは兎も角。 

 基本、お気楽者な彼も怪我で1年以上鬱屈した想いを抱いたせいか踏ん切りはつかなかった。

 しかし人間の3大欲求に野球欲をプラスする闘矢にとっては何もしないという選択肢も無理。

 軽く運動をしつつ、今度は怪我しにくい肉体に改造してやろうと密かに企んでいた。

 だがある事実に気付いた途端モチベーションが富士山からノーバンジーで落ちたくらい急降下した。

 その事実とは――

 

「高野連、頭固い。甲子園、絶望的……」

「どーしたのー?」

「なんでも、ない」

 

 表出性言語障害――のせいか分からないが日本語覚えたての外国人よろしく、片言しか喋れない雪那。

 彼――以降、彼女としよう――は気付いてしまった。

 女性は甲子園に出場出来ないと。

 それは彼女にとっては重大な問題だった。

 

 女子プロ野球は存在する。

 日本女子プロ野球機構(通称:JWBL)は2009年設立。

 2010年から開始された。

 以降の動きは知らないが確かに存在する。

 しかし、彼女にとって無念なのは甲子園。

 長い人生の中でたった3年間しか出場機会の無い甲子園の舞台に立つ――高校球児なら誰もが憧れるあの大舞台のマウンドに立つのが彼の夢だった。

 夢にでも出てくるくらいの熱い想い。

 それが叶えられないのが悔しくてたまらない。

 

 甲子園は医学上男子でないと出場は出来ない。

 野球部には所属できるし、過去数人の女性が野球部に所属していた事実もある。

 しかしかつて高知県の知事が女性を出場させて欲しいという願いを出したが高野連が拒否したとう過去があり、彼女も知っていた。

 ただの1個人である雪那にはどうしようもなかった。

 

(いっそ今から、出場させろーって運動でもしてみるか? 子供の戯言で済まされるかな、やっぱ。

 あー運動は少しずつしてるけど、野球……してえな)

 

 1年間ただ悩んだのではない。

 少しずつではあるが体を鍛え始めてはいる。

 とはいっても線路前絶叫事件以降、両親は雪那に対して過保護な面がある。

 室内でストレッチをしたり、鏡の前でフォームチェックをしたりなど高校時代に比べたら温いの一言。

 必ず外出する時は両親どちらか同伴。

 今日も母、都が付いて来ていたのだがやんちゃ盛りの夏輝が「大冒険」と称してこっそり雪那を伴って逃走していたのだった。

 父譲りの赤髪に八重歯を覗かせる夏輝は元気娘そのもの。

 母譲りの蒼髪と静かに落ち着いた雰囲気を持つ雪那とは姉妹とは思えない程対象的だった。

 

「ねーねー次はあっち行こう!」

「……うん」

 

 悩み中でぼーっとしている雪那を夏輝は手を引いて歩いている。

 細い路地裏を通り、塀の上の猫に強襲したり……。

 姉、夏輝は雪のように真っ白で静かに歩く妹を振り向かせようとあれこれと街を連れ歩く。

 すると、ピタッ雪那が立ち止る。

 手を繋いだままだった夏輝はたたらを踏みつつ愛妹を見やと、

 

「聞こえる」

「せーちゃんどーしたの?」

「金属音、グローブのキャッチ音、砂を滑る音」

「せーちゃん……?」

「こっちだ」

 

 いきなり手を振りほどく雪那。

 緑色の塀が長く続くこの場所は野球場だった。

 目を白黒させる夏輝を置いてきぼりにし彼女はひた走る。

 1年間我慢していたのだ。

 家ではTVをあまり見ていなかった。

 見たら野球がやりたいという想いが爆発しそうで――でもあとで甲子園に出場できないという事実に絶望しそうで――そんな葛藤から中途半端なスタンスを取る。

 つまりとりあえず体は鍛えておこう、と。

 

 でも駄目だった。

 雪那には確かに感じる。

 

 カキン!

 鋭く響く快音、続くザリッと土を踏みしめる音――ああノックの練習だ。

 

 パン、パン、パン。

 軽いキャッチ音――ああキャッチボールの練習だ。

 

「ふぁいおーふぁいおー!」男にしては高い声だが掛け声がしている声――ああランニングだろうな。

 

「あった!」

 

 長く続く塀。太陽が西に傾き影を作るこの場所は薄暗い。

 また小さい自分では覗く事が出来ない。

 しかし中に入る入口はあるはずだと走り回ったところ発見したのは金網の扉。

 幸い鍵は掛かっておらず、キィ! という甲高い音を響かせつつ敷地内に侵入する。

 先の道は野球場より低い位置にあったせいか階段が上へと続く。

 雪那は逸る気持ちを落ちつけようとせず階段を一気に駆け上がる。

 

「野球! 野球!」

 

 急にダッシュしたせいもありバクバク心臓は高鳴っている。

 だがその心音には高揚感という音も混じっていた。

 とことん野球バカなんだな俺、などと思いつつ一段一段進む。

 うす暗い階段の先は光が溢れてよく見えない。

 そして最後の一段を踏みしめ光の中へと飛び込む。

 その先に広がっていた光景は――

 

 

 

(え? こいつらは――?)

 

 目の前には土のグラウンド。

 各々がノックやキャッチボールをしている。

 ボールは遠目からわかる白球――おそらく軟球だろう。

 だからこそ気づく違和感。

 それは、

 

「全員、女子?」

 

 ざっと30名。

 長い髪、膨らんだ胸。

 まさしく女性。

 

 そうグラウンドで統一された赤いユニフォームを着た全員が女性であり、使用しているボールからソフトボールではない事は容易に察せられた。

 

「女子、野球?」

 

 未だと止まらない胸の鼓動。

 ドクドクと全身に命の活力を送っている。

 雪那の息はすでに整っていた。

 



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山なりに描く希望

読んでくださる方々ありがとうございます。
ちょびちょびですが更新していくのでこれからも読んでくださると嬉しいです(^^ゞ


「せーちゃんいきなり走ったりしちゃメーだよー」

 

 はあはあと息を吐きながら、夏輝が雪那の後ろにやってきた。

 1歳年下とはいえ雪那の運動能力は高い。

 前世、堂島闘矢は野手としての練習もこなしており走塁技術――つまり早く走る技法も身につけている。

 鍛え抜かれた男子高校生の筋力こそ失われてもなおその魂には刻まれている。

 

 正しく野球技術の粋を凝らした結晶を。

 汗と涙と心血を注いだある男の人生を。

 

 そしてそれは走力だけに留まらない。

 彼女は無表情の裏に燃え上がる激情をもう止めるなどできない。

 自分から野球環境と離れおあずけ状態にした1年間。

 もう――その気持ちは決壊寸前だった。

 

「あれー? ねぇお嬢ちゃん達、どうしたのー?」

 

 1人の部員が雪那達の存在に気づいた。

 少し間延びしたどこかおっとりした花柄のカチューシャを付けた女の子――中学3年生の紫藤乃花(しどうのはな)は、市立緑川中学校女子野球部の部長。

 普段はのんびり屋で穏やかな少女だが何事にも動じないメンタルと捕球を初め、基本に忠実な技術を買われキャッチャーとしてチームを纏めている。

 その日彼女らはなかなか練習時間がとれない日曜日の緑川野球場でも使用許可を得ることができ熱心に野球の練習をしていた。

 

 小さいながらも新しい緑川野球場は設備が整っている。

 投手のフォームをチェックできるビデオカメラと映像機器。

 60k/m~140k/mに設定できるピッチングマシン。 

 夜間照明も完備している。

 

 普段学校に無い設備を使用できるという事もあり、部員全員が次の試合の為に練習に勤しんでいる中、センター横に設置されている外との出入り口に小学生かそれ以下の女の子2人が立っているのに気づき何人かがそちらの方向へと顔を向ける。

 乃花は素振りをしていた手を止め2人の少女に近づいていくと、赤髪の女の子が蒼髪の子を護るように前に立つ。

 

「あ、あの! 勝手に入ってごめんなさい!

 妹が敷地内に入ってしまって……ほらせーちゃんもあやまって」

「野球……」

 

 じっとある一点を見つめて離さない雪那。

 彼女の耳にはなにも入っていなかった。

 

「あーうんダイジョーブだよー。そろそろ休憩にしようかと思ってたしねー。

 てーわけでー、みんなきゅーけーい!」

 

 その言葉を聞いた部員達は「あー喉からからー」「きゃー♪ かわいい! ねぇ年はいくつ?」「蒼い方の子、まるで御人形さんみたーい!」と半数以上は練習場に来た珍客に興味津々だった。

 

「うーん、そのせーちゃんは何でここに来たのかな?」

「……?」

 

 怯えさせないようにしゃがんで目線を合わせる

 何処かを見つめていたその少女は乃花の存在に初めて気づき首を傾げた。

 後ろの方ではその愛らしい仕草にきゃあきゃあ騒ぐ部員達。

 乃花も可愛いねぇとほのぼのしつつ、じっと見つめた。

 するとその瑞々しいピンク色の唇からぼそっと声が聞こえた。

 

「野球! 野球! 野球!」

 

 ぶんぶんと両手を上下にぶんぶん振りつつ答えた。

 

「う~んと野球見学?」

 

 ぶんぶんと首を振る。

 

「迷子?」

 

 ぶんぶんぶんとさらに振る。

 

「ん~?」

 

 乃花は首を傾げる。少女も両手を組みながら首を傾げる。

 その時雪那はこう思っていた。

 

(ううー! 口があるのにうまく伝えられねぇ。出そうにも喉がつっかえて単語ばかりしか並べられない……。

 俺はただ野球がしたいだけなのに――はっ!?

 そうだ声で伝えようとするからいけないんだ! 

 野球の事は野球語で語ればいいのだ!)

 

 なにやら可笑しな事を考えだす。

 雪那はいつの間にか輪になって集まった部員達の隙間を潜り、トコトコとセンターからセカンドベース付近へと脚を向けた。

 

「せ、せーちゃんだから奥に入っちゃだめだって!」

「うーんあの子はどうしたいのかな?」

「うわ歩く姿もかっわいい! ねぇお持ち帰りしちゃだめかな?」

「やめなさい。身内から犯罪者を出したくない」

 

 外野の声もなんのその。

 ぴたっと白いセカンドベースの上に立つとバッ! と両手を天にかざし気持ち大きな声で宣言する。

 

「野球、ラブ!!」

 

 球場の中心で野球愛(あい)を叫ぶ少女雪那。

 

「「「え……?」」」

 

 ひゅうと風が吹く。

 雪那達の愛らしい容姿にざわつく周囲の女子部員&夏輝は理解できない。

 その言葉を聞いた者たちはある1名を除いて全員の頭上にクエッションマークが上る。

 それはそうだ、普通分かるわけがない。

 だが何事にも例外というものはつきもので……。

 例外の1名――乃花はポンと手を叩くと満面の笑みでわかったとばかりに結論を述べる。

 

「ああ~野球がしたいのね~!」

「えぇ部長!? なんでそういう結論に……」

「だって野球を愛しているからしたいんでしょ?」

 

 そう問いかけると少女は、

 

「こくこくこく!!(おお通じた! やはり野球は全世界共通語!)」※個人の意見です。

 

 と首を激しく縦に振る。

 

 

「私……せーちゃん言う事ぜんぜんわからないよ~」

「大丈夫。私達も理解不能だから」

「うちの部長は変わってるけどあの子も同類なんだね……」

 

 【変な女の子】という称号をいただいた雪那は特に気にしない。

 それよりも先ほど見つめていたある一点を指さし部長にアピールし始めた。

 

「マウンド! 投球!(久しぶりのマウンド……俺のいた世界)」

「もしかして投げたいの?」

「うん!(当然!)」

「そっかーでも軟球とはいえ大きいけど大丈夫? 持てる?」

「根性!(しがみ付いてでも!)」

「あはは根性で手は大きくならないけど……でもうん、そんなキラキラした目で見つめられたら断れないよねー。

 わかった。キャッチャーやってるこの乃花さんがせーちゃんの思いっきりを受け止めてあげるね♪」

「ぶ、部長いいんですか? 子供とはいえ部外者です。顧問がなんて言うか……」

 

 そういって周囲の部員たちから進みでたのは北村直美(きたむらなおみ)

 女子野球部の副部長を務め、学校では風紀委員に所属している真面目な生徒だ。

 ポシションは2番遊撃手(ショート)。打撃能力はそこそこだが滅多にエラーをしない真面目さがプレーにも現れている選手。

 そんな彼女にほわほわした笑みを浮かべながら乃花は大丈夫だよーと告げる。

 

「むしろ新山センセーはせーちゃんたちの事、率先して可愛がると思うな~。

 可愛いもの好きだし」

「あ、まあ確かに……」

 

 部室に可愛らしさが足らないとゲームセンターで取ってきた景品を並べる顧問を思い浮かべ、微妙な顔を浮かべる直美。

 軽く副部長を黙らせた乃花は、ふんふんと鼻息荒く気合十分といった感じの雪那に了解の意を伝える。

 

「じゃあ投げよっか? はいボール」

「おー!」

 

 ボールを渡され歩み出す。

 一歩――また一歩と。

 投げれる。

 そう投げれるのだ。

 なんちゃんら麻痺などという障害は今の彼――否。

 

 彼女には無い。

 

 幼く弱い体躯の体でも異常などないのだ。

 時は夕暮れ。オレンジ色の空。

 胸に宿るは紅蓮に燃える灼熱の想い。

 

 ドクン……ドクン。

 歩く度に高鳴るビート。

 踏みしめる砂の音すら愛おしい。

 蒼髪の少女は今マウンドに立つ。

 試合でもない、周囲はにこやかに見つめてくるそんな舞台。

 真剣勝負が常の戦場(しあい)とは緊張感は欠片も無い。

 でもいい。いまはただ投げる。

 それが彼女の意思。

 

 

 

 ここで前世、堂島闘矢とはどういう投手かを説明する。

 

 1つ――絶対にマウンドを譲りたがらない。「ここは俺の場所だ」と宣う。何度打たれても、100を超える投球回数を超えても、膝を屈しそうになっても、心も体も疲れ果てても自分からマウンドを降りようとしなかった男。

 2つ――目立ちたがり。普段の生活は至って普通。しかしマウンドに立つと豹変する。豪快な投球フォーム。三振を取るたびに上げる雄たけび。予告ストレートなどは地方でも有名だった(スカウトの印象に残ろうという意図を少なからずあったが)。

 そして3つ目。これが彼の性格を表している。

 野球大好き。

 彼の体格は180cmの日本人にしては恵まれた体格。また運動神経もいい。中学、高校と入学すると一斉に勧誘合戦にあった。そのなかでも高校で彼を特に惚れ込み執拗に勧誘した柔道部主将との一幕がある。

 主将は問う。

 

「堂島、確かに野球は素晴らしいスポーツだ。でも柔道も見学だけでいい、来てみないか?

 日本が誇る国技もまた別のよさがあると思うのだが」

「先輩。あんたの熱意はうれしいよ。でも駄目なんだよ。野球の無い人生なんてカレールーの無いカレーライスと一緒なんだ」

「いやそれただのライスじゃないか」

「そう――ただのライスだよ。

 だから俺にとっちゃそれは゛人生゛から゛生゛を取ったものと一緒なんだ。

 野球の無い俺は人なんだ。飯くって糞して寝る生き物。ソイツは生きちゃいねえ。

 俺はただ、生きるために――――

 

 

 

 野球をするんだ」 

 

 その言葉に主将はただ黙るしかなかった。

 闘矢自身すら忘れていた言葉。

 その言葉を今改めて感じることとなる。

 

 

 

「――ッ!?」

 

 ふわっ――マウンドに立った雪那はこの場であり得ない浮遊感を得る。

 周囲はまるで豆粒のように小さく、遥か眼下へと離れ雲より高い。

 真っ青な蒼空に日差しは暖かい。

 はっ!? と気付くと先ほどの世界は

霧散していた。広がる景色は普通の野球場。

でも確か瞼の裏には先ほどの不可思議な映像は焼き付いていた。

 

(これ……は。

 そう、そうか、そうだったんだ――)

 

 瞬間、彼女は理解した。

 今まで自分は転生などしていなかったのだと。

 この4年間自分は世界のどこにもいなかった。

 何故なら――

 

(俺は今、この瞬間生き返ったんだ。

 再び野球をするために――)

 

 どこかあやふやだった自分の姿が急に定まる。頭のてっぺんから四肢の先まで力が漲る。部長から渡された白雪の球体は自身を照らす光。

 ぐっと握り俯く。

 サラッと頬にかかるセミロングの青髪。

 

(自分の世界は球場の中。

 自分の生きる場所はマウンドの上。

 自分の人生に゛生゛を与えるもの――それは野球。9人の仲間と10人目の観衆が集う扇状の建物――それしかないんだ!)

 

 彼女の深海(ディープブルー)の瞳に力が宿る。

 不確かな世界はこの(とき)を境に動きだす。

 

 キッ!!!

 

「えッ!?」

 

 乃花はそのとき反射的にある姿勢を取ってしまった。

 ぐっと腰を降ろし左手のグローブに右手を添える。

 昔、彼女は速球に対し目を瞑ってしまう悪癖があった。

 それを克服するため、バッティングセンターで140k/mを超える速球をキャッチする特訓を行った。

 無茶な特訓――その末に会得した豪速球を受け止めるための姿勢。

 彼女の目の裏には強烈な一球が来るという未来を幻視した。

 構え直す乃花に雪那は感動する。

 

「ん!?(良いキャッチャーだなぁ! 軽く中腰の姿勢から本気取りの姿勢になった。

 子供な俺の貧弱球を全力で受け止めてくれるんだ……。

 なら今の俺の本気を投げるべきだよな!)」

 

 構える――ボールは左手(・・)に。

 流れるような動作だった。17年動かした利き手の右より、17年分を1年間で練習しつづけた左を選ぶ。

 無意識に選んだこの選択には、未だ彼女に右手を故障したトラウマが残っているのかもしれない。

 だがその顔に苦痛の色は無い。暗雲を取り払った晴れ晴れとした心。

 うきうきとしている様はまるで野球したての少年だ。

 

 右手はグローブで包まれていると思って。

 満席の観客席。耳をつんざく大歓声。

 フィールドには頼りになるかつての仲間達を幻視する。

 バッターボックスには自身最大の好敵手(ライバル)と決めていた大阪塔陰高校の4番和泉。

 ゴジラ松井の再来と言われた高校屈指のスラッガー。

 

(今の俺じゃあ100球投げても100発返礼されるのがオチだが……。

 いつか取り戻す――いや超えて見せる!

 いつだって変わらない。

 こいつに対して最大級のストレートを魅せるだけだ!!)

 

 ざっ! 足裏が真横からだと見えるくらい右足を高く上げる。

 だらんと下げた左手――しかし5指は手が真っ白になるくらい握り締めている。

 万を超える繰り返した投球動作。

 まず体が前に腰に力を、最後に左がやってくる。

 

(こ・れ・が――――俺の全力だぁぁぁ!!)

 

 その瞬間肘に違和感が貫く。

 

 ぐにゃり!

 

(え!? なんだ今の感覚は――)

 

 その時自身の故障した姿を思う。

 でも違う、と。

 痛みは感じない。

 むしろ絶好調といってもいい。

 

(いやそれとも違う違和感。腕がさらに伸長した気が――)

 

 それ以上は考えられなかった。

 手からボールを離すリリースの瞬間が訪れたから。

 

(リリースのタイミングが遅い――!)

 

 ひゅん!

 

 腕振り音は軽い音。

 いつか絶対、最高の舞台で最強の投球をしてみせる!

 

 そう決意を胸に抱きつつ、白い希望は太陽に届けとばかり空を舞う。

 鋭角を描く山なり軌道。

 非力な自分ではまっすぐの直球は必ずバウンドする。

 だからこそ山なりの軌道で投げた。

 折角の久しぶりのマウンドでの投球でボールに土を付けたくなかったから。

 投球後の流れ始めた体――でも目だけは白球を追う。

 重力に従い落ちたボールはあっさりと――

 

 ポス。

 

 違和感を覚えつつも予想通りの結果。

 ど真ん中の超スローボール。

 バッターなら御馳走様とばかりにバットで快音を鳴らせる絶好球。

 イメージの和泉はバッターボックスからかき消え――あるのはキャッチャーとミットに収まった白球。

 

 それを見届け誰に言うでもなく呟く。

 

「ストライク。バッターアウト(なんて、な。甲子園がとか、プロが、とか関係ない。野球をやる気さえあればどこにだって、どこの空の下でも白球は追っていける。

 もう俺は逃げない。

 怪我を理由に絶望する時間は終了(ゲームセット)

 これからは――――――

 

 

 俺の人生の開始(プレイボール)ってな!!)」

 

 空を見上げ雲母雪那は改めて痛感する。

 マウンドこそ俺の生きる場所――と。

 ピッチャー雪那は誕生したのだった――

 

 

 

 

 

 ――その時、乃花の声が耳に届く。

 

「かなり完成されたフォームだねー。これは将来、甲子園優勝も夢じゃないかもねー」

「え――?」

 

 不屈の球児、堂島闘矢――死を超えた先に得た新たな人生で運命のプレイボールをこの時確かに聞いた――

 

 

 

 

 

 

 



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それから――

「こうし、えん?」

「ああー知らない? 高校生になるとね出場できる大会なんだよー」

 

(いや、知っている。知らないわけない。

 高校球児なら一度は夢見る大舞台。

 夏の兵庫で40度近い熱砂の戦場で戦う野球バカ達のお祭りだ。

 その頂点の先に得られる優勝旗の輝きはダイヤモンドの光が電球程度にしか見えなくなる。

 俺にとってはプロ以上に野球をする上で求めてやまない目標だ……)

 

 甲子園――阪神甲子園球場で行われる。正式名称『全国高等学校野球選手権』(夏の甲子園)、『選抜高等学校野球大会』(春の甲子園)。

 甲子園には様々な逸話が残されている。

 

 例えば1945年8月、まだ太平洋戦争があった時代に空襲を受けた名残である鉄扉には弾痕が残っている(2007年撤去)。

 また甲子園はニューヨークにあったニューヨーク・ジャイアンツの本拠地、ポロ・グラウンズを参考に作られているなど。

 1934年の日米野球ではかの有名なベーブ・ルースは甲子園を見て「Too large(デカ過ぎる)!」という言葉を残している。

 

 数多の人々が訪れ数多の想いを刻み続けた日本有数の歴史ある球場。

 女の身である雪那にとっては手を伸ばしても届くことの無い高み――だったのだが。

 

「こ、甲子園! 何故? 出れる?」

「う~ん? ああ、昔はね~女の子は駄目だって頭の固い人達が言ってたんだけどー。

 女子野球の人気が高まったのと、甲子園の老朽化の影響で新しい甲子園の建設が提案されてね。

 それに便乗する形で、新甲子園が完成すると同時に全国高等学校女子野球選手権が開催されるようになったんだよー」

「っ!!!(つまり――出れる? いや出る!

 俺は……俺は……あの舞台に出れる可能性があるんだ……)」

 

 以前は高1の時はベンチで出場する間も無く2回戦負け。

 高2以降は怪我でろくに出れず。

 しかし闘矢の復活を信じたチームは少しでも治療帰還の時間を稼ぐため勝ち続けた。

 地方大会決勝まで勝ち上った健一郎を初めとした彼らは、甲子園という遥か彼方の星を掴まんとしたが……。

 

 

 脈動する熱い想い。

 栖鳳高校は野球弱小校だった。

 だが超高校級の闘矢と健一郎を初め、地方大会の枠に収まらない破天荒な|野球巧者(ばかやろうども)が奇跡的に集う。

 結局は2、3年とエース闘矢を欠いた上、県内の有力選手をかき集めた新潟鳴訓に後一歩という処で甲子園出場を果たせなかった。

 悔しさに涙し、地面を叩き嗚咽するナインとベンチ陣。

 それを闘矢は離れた場所で見つめるしかなかった。

 

 自分が入ればまた違う未来があったはず。

 地方の大会はおろか全国のまだ見ぬ強者達に劣るとは思わない栖鳳の勇者達の実力。

 しかし、投手陣は闘矢以外は普通レベルだったのが仇となった悔しさ。

 甲子園どころか野球というスポーツさえできなくなった体で闘矢は涙することさえできなかった。しかし今――

 

「甲子園、優勝……」

 

 もう一度、もう一度チャレンジできる。

 五体満足の体で。

 しかも子供の頃はがむしゃらに投げ込むことしか思いつかなかった練習も改めてやり直せる。

 効率よく野球選手の体に作り替えられる練習方法。

 昔は思いつかなかった直球や変化球を習得することさえ可能。

 壁を越えた――男子なら150k/mを超えた球速等は才能によるところも大きいがそれさえも幼少期から積み重ねれば更なる高みへと至れるかもしれない。

 

 雪那に諦めるという選択肢は存在しない。

 遠く彼方へと消えた甲子園の舞台。

 その階段が目の前にあるのだ。

 昇らない訳が無い。

 昇ってこその球児。

 純白の球体に希望を載せ追いかける者達。

 だから誓う。

 この聖地(マウンド)に。

 野球を愛する全てのものに。

 声を大にして。

 大空の向こうにいる野球の神様に届くくらい精一杯の声で。

 

「あぁあぁぁぁぁぁっっっ!!!」

「っ!? せーちゃんどうしたの!?」

「ちょちょっとー!? ダイジョーブー?」

「野球ガンバル! 諦めない!」

「せ、せーちゃんせーちゃん!? う、うう~おかーさんおかーさん!!

 せーちゃんが可笑しくなっちゃったよ~!?」

「甲子園! 優勝! ゆーしょー!!」

 

 周囲がおろおろとしだす中、雪那達が持っていたGPS携帯を辿り母、都がやってくるまで雪那は気炎を上げ続けた。

 夕暮れの中、蒼髪の少女はかつて仲間達と果たせなかった夢を目指しもう一度立ち上がる。

 

 この後、またなにかしらの精神的な異常でも起きたのかではないかと心配する両親に対し雪那は、

 

「過保護! 失礼! 野球!」

 

 と声を上げ、外出時に両親のどちらかが付きそうことを嫌った。

 また野球をしたいと願い、そちらの方は意外とすんなり通る。

 何故ならこの両親、実はどちらも高校球児だったのだ。

 また同じ高校で同級生。

 甲子園に関しては母、都がそれなりに出来るピッチャーでまた甲子園が開幕したばかりで女子野球の選手層が厚くない時代に運よく甲子園まで駒を進めたという過去があった(県内の参加校が4校しかなかった)。

 あくまで10年前の話で今ではどこの学校でも女子野球部があるくらい日本では女子が野球をする姿は当たり前となっている。

 つまりライバルが多い分甲子園の道は険しくもなっていた。

 しかし雪那は気にしない。

 「全ての試合で完封してやる!」などと心の内で猛るばかり。

 ぶんぶんと両親にジェスチャーで様々な要求をしつつ本格的に練習をする日々が明ける。

 とはいっても幼い時分に筋肉を付けると成長の妨げになるので体力強化のため、走り込みを中心とした日々を送る。

 

 余談だが雪那達は3姉妹(・・・)だ。

 明るく元気な長女、夏輝。

 霧氷女……ではなく無表情で最近突飛な行動が覆いミステリアス(笑)な雪那。

 そして無邪気でしかしインドア派な3女小春(こはる)

 雪那に触発されてか上と下の姉妹たちも雪那と一緒に練習をたまにではあるが行うようになる。

 

 雪那の胸の内を支配するのはただ1つ。

 

 【甲子園優勝】

 

 その想いを野球の神様が聞き届けたのか定かではないが、雲母雪那の野球人生は波乱に満ちたものとなっていく……。

 

 そして雪那の運命が動き出すのは小学校に入学する一ヶ月前。

 緑川野球場の出来事から1年近く経ったある日の事だった――

 

 

 

 

 

「98、99、100!」

 

 ぶん、ぶん! と家にある等身大の鏡の前で雪那はタオルを持って投球練習を行っていた。

 シャドーピッチングと呼ばれる自身の投球フォームを確認しながら行える練習法。

 雪那は幼稚園や保育園には通ってはいない。

 母が専業主婦で基本常に家にいるというのが理由の1つ。

 また雪那の表出性言語障害が同年代との交流で軋轢を生むのではという考えからというのが2つ。

 そして野球三昧の生活をしたいが故に行かないといったのが3つ目。

 

 しかし最近、雪那は同年代との交流を持たなかったことは失敗だったと思っていた。

 何故かというと――

 

「同年代……正妻……」

 

 またなにやら変を通り越して頭の湧いた呟きをするのは見た目幼女、中身高校生の未来の高校女子球児。

 その呟きに目ざとく反応したのは彼女のフォームを見ていた3女小春。

 今年で4歳のこの少女は上の姉2人をとても慕っており、何故かまともな夏輝より奇行の多い雪那の傍に居たがっていたりする。

 

「おねーたん、せいさいってなーに?」

 

 舌っ足らずの声でそう質問する。

 大人しくあまり外には出ないがその分、好奇心旺盛な小春は姉の行動の1つ1つに疑問を抱く。

 そのたびに質問するのだが雪那はあまりにも野球脳な人物なのでかなりの確率でとんちんかんな返答をしていたりする。

 小春――将来が少し心配な女の子かもしれない。

 そして今回も雪那はキリッと真面目な顔をしつつ答える。

 

「正妻、人生、必要」

「んー? 人生ってなーにー?

「人生、野球、すること」

「人生は野球をすることなんだー♪」

「うん」

 

 絶対違う――と異論を唱える者はおらず、うんうんと小春は蒼いおかっぱ頭を上下に振りつつ間違った知識を溜め込んでいくのだった。

 そうして小春と話していた雪那は1階の部屋から出て出口へと向かっていく。

 小春は尊敬する姉に「どこ行くのー?」と問うと、

 

「正妻、ゲット(キリリ!)」

 

 と答え外へ出ていくのだった。

 

「せいさい、げっとー♪」

 

 きゃっきゃっと笑いながら小春は姉を見送る。

 この子の将来が不安になる一幕であった。

 

 

 

 

 

 

 

 




【スカウト影道さんの評価コーナー】

「第2回だが今回は阪神にドラフト4位で入団する予定の橋口健一郎君を紹介しよう。
 ではこちらがその能力だ」

【健一郎】
左投左打
ポジション:ファースト

ミート:90   A評価
パワー:51   D評価
走力:95    A評価
肩力:67    C評価
守備:72    B評価
エラー回避:80 A評価

アベレージヒッター:ヒットを量産しやすい
内野安打:打ってからのスタートが早く内野安打が出やすい
盗塁○:盗塁がうまい
チームプレイ○:犠打などチームの事を考えたプレイをする
バント○:バントがうまい
暴走:少しでもチャンスと見るや次の塁に無理やりでも進塁しようとする

「典型的な1番バッターだね。阪神では赤星選手の後釜にと考えているようだ。
 4位なのはまあ地方大会止まりだったのが評価を下げているようだが、意外と掘り出しものかもしれないな。
 今後の活躍に期待が持てるルーキーだ」


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小学生~集えナイン! ピクシーリーグ奮闘編~
正妻求めて3m


ちょっと展開が急かも(^_^;)
とりあえずどうぞです。


 女房役という言葉がある。

 ピッチャーを支えるキャッチャーに対して差す言葉。

 他にも言葉があり、正捕手に正妻という言葉を使う者もいる。

 そして堂島闘矢はエースピッチャーであり、自然と彼を相手する捕手は正捕手。

 彼のいう正妻は常に自らがエースであるという自身の現れ――

 

「正妻、げっつ……」

 

 ――そういう自信の現れ……かも。

 

「ん……」

 

 がらがらと黒い鉄扉を引き開け、外へと出る雪那。

 冬の間は長く曇り空が続き日差しは無かった。

 もう春の兆しが見える3月の上旬、珍しく晴れた日。

 照らされる日はまだほのかに暖かいといった程度で風が吹くとまだ冷たさが肌に残る。

 雪那は長袖長ズボンの女の子らしくない出で立ちで外へと出た。

 

「公園」

 

 今の時刻は16時。

 保育園等に通っている子供たちも家へと帰り、今は公園に遊びに出かけている子もいるだろう。

 きゃっきゃっと甲高い声が少し離れた公園の方向から聞こえてくる。

 雪那は同年代の正妻――もといキャッチャー役の子供を拉致……ではなく探そうと企んでいた。

 

(やっぱりピッチャーにはキャッチャーが必要だな。

 というか受け手がいないから投球の練習がしづらい。

 いつまでも壁投げだけだと感覚が覚えづらいし、ケン(橋口健一郎の渾名)の時みたいに誰か探そうっと)

 

 実はこのおと――ではなくこの野球バカは幼い時、公園で遊んでいた橋口健一郎を半ば拉致り、一緒に野球道へと引きづり込んだ前科がある。

 ただ健一郎の場合、本人も野球が好きだったので自然と仲良くなっていた。

 だが彼の場合、肩があまり強くなく送球の精度や捕球能力が低かった(本人はこの事を酷く悔しく思っており、その後苦手分野を克服していたりする)のでファーストへと転向する羽目になり闘矢の計画は頓挫したが。

 それは兎も角。

 

 雪那はくいくいと足首を回し、ぐぐっ肩を伸ばしながら軽い準備運動を行う。

 目指すは公園、目的は獲物(みらいのほしゅ)

 公園に行くついでに道中は走り込みだといわんばかりに一息に向かおうと――

 

「れっつ、スター――」

 

 ――ト、といいつつ走り出しすぐ先の曲がり角へ差しかかったところで、

 

 ドン!

 

「どぶ」

「きゃあ!?」

 

 黒い影が目の前に現れすぐ走り込みは中止されるに至った。

 相手の方が背が高かったせいか、黒い影――相手は尻もちをつき、雪那はころころとボールのように転がる。

 

「いたた~なに一体?」

「痛ひ」

 

 まったく痛そうじゃない雪那と若干涙目の黒髪の少女。

 

(ん……? こいつは)

 

 まじまじと尻もちを付いている少女を見やる。

 黒髪のショートカット、オシャレのつもりなのかモミアゲだけ長くペケマークのアクセサリーを付けている。

 顔はそばかすがついていて純朴――良くも悪く普通といった具合。

 拳1つ分雪那より背が高い。

 ぱんぱんとお尻に付いた砂を払いつつ、じっと自分に尻もちをつかせた雪那を見つめる。

 

「あなた誰よ(うわ外人! どうしよ言葉通じる?)」

「雪那……(ん、ん~これは……)」

「私は咲夜よ。で、いきなり走ってぶつかってきたんだから言う事があるんじゃないかな?(よかった、言葉通じた)」

「ごめん(言いづらいこともハッキリ指摘する性格。なんかきょろきょろとこちらを観察してる。観察する癖があるのか?

 うん捕手には必要な癖だな……。それに体格も良いから走者のタックルに当たり負けしない……)」

「うんそれでよし。じゃあアタシは公園に行かなくちゃいけないから」

 

 そういって地面に落ちていたグローブを拾う少女。

 明らかに野球用のグローブだった。

 その瞬間ピコン! と雪那の頭上には電球が燈る。

 

「野球、する?(野球をするのか! 捕手を探そうって時にこんなおあつらえ向きの人材と出会う――これはもう俺にこの子を捕手にしろって言っているようなもんじゃないか?

 いやむしろ捕手にする!)」

「え、まぁ、やるけど――」

 

 若干表情を翳らす少女に雪那は気付かずむんずと手を掴むと、

 

「え、ええ、ナニ?」

「正妻、げっと」

「えええ正妻ってなに!?」

「捕獲、捕手、練習!」

「ちょちょとぉぉぉぉぉ!?!?!?」

 

 意外と強い雪那の力に抵抗出来ずズルズルと公園へと連れて往かれる少女。

 暴走野球バカ、雲母雪那とそれに付き合わされる憐れな女の子、此華咲夜(こばなさくや)――運命の出会い? だった。

 もし今日、雪那と出会わなかったらこの少女は平凡な日々を送っていたのかもしれない。

 しかし雪那にロックオンされたこの少女にもう戻る術は無い。

 ずるずると引きずられていく。

 その道の先にある未来は野球三昧の日々。

 せめて少女の未来に幸あれ――

 

「ちょ!? アタシこれからどうなるのぉぉぉぉ!?!?!?」

 

 ――――南無。

 

 

 

 

 

「ぜーっぜーっ……いいかげん、はぁ……訳をいいなさい、よ……」

「ん、いい運動」

 

 途中から手を離そうと抵抗したが雪那は決して手を離すことをしなかった。

 むしろこれも練習とばかりに嬉々として引っ張るばかり。

 今も無表情ながら汗をぬぐう仕草をしつつ明後日の方向を見ている。

 一方咲夜は白い息を吐きながらへばっていた。

 何せ文句を言っても「げっと」「来る」と日本語やっぱり通じてない? と思う位、馬耳東風な状態。

 無理やりなら引きはがせなくは無いが、初対面という事もありそれも気が引けていた。

 結局流されるまま公園の一角へと連れていかれるハメになったのだった。

 

 ちなみに雪那はよく外人と間違われる。

 髪色はともかく顔立ちは基本元の世界とそう違いは無い。

 つまり日本は黄色人種なので肌色もそれに準じている。

 だが雪那は家族の中で唯一肌がやたらと白い。

 雪那の名が表すように新雪の白を彷彿される穢れ無き肌。

 顔は日本人離れしたまるでビスクドールを思わせる幼くして完成された顔立ち。

 常に無表情という姿も不思議と容姿の良さに独特のアクセントを加え、片言の言葉遣いが言葉に不自由な外国人を連想してしまい度々勘違いされる事が多かった。

 しかも本人はその突き抜けた美少女っぷりを理解していないので周囲はハラハラするばかりだったりする。

 いつか不届き者にお持ち帰りされないか心配になる子供だった。

 

 そんなこんなで雪那と相対した黒髪のザ・日本人代表といった咲夜は彼女に圧倒されていた。

 住む世界が違う。

 明らかにテレビとかの中に居そうな女の子。

 なんで自分と話しているのだろう、と。

 そんな自身の心の内など気にした風も無く青髪ポーカーフェイス少女は手を差し出す。

 咲夜はそんな彼女に訝しむ。

 

「――なに?」

「野球、しよう」

「野球を?」

「うん」

「嫌。だって野球、嫌いだから」

「?」

 

 雪那は疑問に思う。

 野球嫌いなら何故グローブを持っているのかと。

 そんな彼女の視線に気づいたのか咲夜はため息をつきながら、

 

「無理やり突き合わさせれてんの。毎日毎日、球拾い要員。

 ロクにバットも触れやしない。

 無駄に高ビーな女でやってられないんだけどね……。

 断りたいけど女同士の付き合いって奴よ」

「――む」

「何、怒った? どっちにしてもアンタと嫌いな野球はしてらんないのよ。他を当たって――」

「野球!」

「な、なに!? だからやらないって――」

「野球、楽しく、一緒!」

「はぁ!? なにいって――」

 

 雪那は憤っていた。

 野球の醍醐味とはなにか?

 それは抑える楽しみか打つ楽しみ、またはファインプレーのどれかだろう。

 もちろんそれ以外にもある。

 巧みなリードで投手を導く捕手の楽しみ。

 投手のアクションを盗み、盗塁する楽しみ等々。

 しかし球拾いはあくまで雑用だ。

 必要ではあるがそれは仲間内で平等に行えばいいだけのこと。

 それは野球では無い。

 なのに彼女は一方的にやらされているのだと言う。

 野球はみんなで楽しくやってこそ素晴らしいスポーツだと信じる彼女からすればそれはふざけていると感じた。だから、

 

「ソイツ、どこ!」

「なにが……?」

「ソイツ、会わせろ!」

「なに言って――まあ、いまから行かないと向こうも煩いし、いいけどさ……」

 

 短い間だが雪那がこっちの言い分を聞かない頑固者だと感じた咲夜はやれやれといった感じで承諾した。

 どのみちあの高ビーだろうがこの外人だろうがどうでもいい――そんな考えがあったからだ。

 咲夜は珍客を連れ幾らか広い公園内で呼び出されている場所へと向かう。

 歩いて5分。

 緑のアーチを抜けた先にソイツは居た。

 

「おーほっほっほっほ! 咲夜さん遅いですわよ。さあ野球をしようではありませんか」

「そうですね音猫様、早くやりましょう」

「ほら咲夜さん早く位置についてください。球拾いするために、ね♪ くすくす」

「ほほほ、ではさっそく――ん? そちらの方は?」

「お前!」

「な、なんです、の?」

 

 雪那の背後には般若の姿を幻視したかもしれない。

 それくらい怒っていた。

 こんなくだらないことで未来ある1人の少女が野球嫌いになるかもしれない事に。

 そして野球を楽しむために一方的な犠牲を強いるこの愚かな金髪縦ロールに。

 だから宣戦布告する。

 野球を理解していない莫迦共から自分の捕手(予定)を手に入れるために。

 それはそれで自分本位だろという突っ込みはさくっとスルーしつつ――

 

「勝負、一打席!」

「よく分かりませんが……このパーフェクト野球ガール獅堂音猫(しどうねねこ)に勝負を挑むとはいい度胸ですわ!

 蒼じゃりさん、かかってくるがいいですわ♪」

「上等! 完封! 完勝!」

「あら完封ということは投手の方ですか。ならわたくしはバッターでいきますわ。せいぜいあがくことですわね!」

 

 いつか夕日で投げた少女はまた同じようにオレンジ色に彩られる公園で気炎を上げた。

 今度は野球をする覚悟ではなく、野球を真に理解しない者たちに対する怒りによって――

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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彼女達の始球式

「それでは勝負の確認なんですけど……」

「ん」

「そもそもなんで勝負するんでしたっけ?」

「……野球、だから?」

「ああ! 野球勝負ですものね!」

「うん」

「違うでしょ2人とも!

 ああもう、なんで2人ともキョトンとしてるのよ!

 そこ『何こいつ言ってるんだろう?』って顔しないでよ!」

 

 雪那と音猫が何故か勝負する理由を忘れそれを指摘する咲夜。

 すでに3人の関係性が透けて見える一幕だった。

 

「思いだした」

「もう!」

「咲夜、欲しい」

「ぶっ!? え、ちょ――」

「正妻、げっつ」

「まあ♪ セイベツをこえた愛、という奴ですのね!」

「音猫もちょっとまってよ!

 アタシは普通にかっこいい旦那さんと幸せな家庭を――」

「(野球)愛、一生、一緒」

「重い! 愛が重いから! アタシにそっちの気はないから!」

 

 黒髪を振りみだしながら咲夜は絶賛否定中。

 マイペースが服を着て歩く人達に突っ込み役が足らないと音猫の取り巻き(双子、河岸輝(かわぎしてる)芽留(める))を巻き込もうと思った処、

 

「っていないし!」

「あら、輝と芽留なら先ほど急用があって帰りましたわよ?」

「逃げたわね……(あんのクソ姉妹~! めんどくなったから適当な理由でっち上げていなくなるとか……!)」

 

 ギリギリと歯ぎしりをしながら、この混沌とした状況から逃げたい、なんで好きでも無い野球でこんな悩まなくてはいけないのか、と激しく疑問に思いながらも咲夜はただ状況に流されるばかりだった。

 

「勝負、一打席」

「良いでしょう! この獅堂家の4女、音猫に敗北の文字はありませんわ!

 勝負はヒット性の当たりを打てばワタクシの勝ち。

 抑えれば貴女の勝ちですわ!」

「承知」

「ええ、全力でやりますわよ! キャッチャーよろしくですわ咲夜さん」

「ああ、はいはい精々やらせていただくよー……」

「ですが審判はどうしましょうかね――」

「――でしたらこの冥土が一人、忍が審判を務めましょう」

「わっ!? なになに!?」

 

 突然現れたメイド服に身を包んだ女性。

 白と黒のコントラストで彩られたオーソドックスタイプの衣装。

 ニコニコとした笑顔で3人の背後に立っていた彼女が審判をすると告げるがそれより気になるのはその素性。

 気になることは突っ込みを入れたくなる咲夜が口火を切る。

 

「ってかあんた誰よ!?」

「ですから冥土と」

「漢字、違う」

「あらあら失敬」

「ウチのメイドの忍ですわ。野球にも詳しいですの」 

「えー……こすぷれじゃないのこれ……」

「どうでもいい、早く、勝負」

「分かりましたわ! さあ配置についてくださいな!」

「なんでスルーできんのよあんたらは……」

 

 獅堂家――元は京都に居を構えていた名門の一族。戦国時代、信長の台頭に危機感を抱き、義に厚いと評判の上杉謙信(旧名、長尾影虎)の元に身を寄せる。

 以降現在まで新潟県にある旧家である。

 音猫はその獅堂家の息女であり、忍は彼女専門のメイドだった。

 野球に関しては元々男子野球部でマネージャーをやっており、部内での紅白戦等で目の悪い監督の代わりに審判を務めていたからであった。

 雪那はそんな彼女に1つだけ難色を示す。

 

「1つ、苦言」

「なんだやっぱり可笑しいわよね、このめいどっての」

「なんでしょうか?」

 

 じとっとした目で忍を見つめると、

 

「野球、ユニフォーム、駄目」

「ん……どういうことですか?」

「メイド服、運動、向かない」

「ええっと――メイド服で野球は駄目って事ですか?」

「こくっ」

「それは大丈夫ですよ。私のユニフォームはメイド服ですから♪」

「ん、納得」

「はい、ありがとうございます」

「って違うでしょうがあんたらー! どう見てもユニフォームじゃないとか、この人誰とかあるでしょう!?」

 

 うがー! と暴れる咲夜だが周りのマイペース軍団は気にしない。

 

「あら、別にいいではありませんか」

「ええ、お嬢様に同意です」

「どうでもいい」

「え、何? アタシだけなの疑問に思うのって」

 

 結局、咲夜の疑問はさくっとスルーされ一打席勝負が始まる。

 この勝負で決められたのは――

 

・使用ボールはビニールボール(軟球は重すぎるため)。バットはプラスチックバット使用。

・3ストライクで三振、またはゴロで雪那の勝利。ピッチャーより後ろまで飛ばせば音猫の勝ち(ただし雪那がキャッチした場合はアウト)

 

 ――というルールで決められた。

 そして今、雪那は咲夜と作戦会議を行っていた。

 

「お願い」

「何よ……」

 

 すでに気力がガリガリと削られた咲夜はぐったりとしつつ、雪那の話しを聞く。

 

「サイン」

「サインってキャッチャーがやってる奴?

 私難しい事分かんないんだけど……」

「簡単――」

 

 雪那が淡々と告げたサインは実に簡単なものだった。

 マウンドにいる雪那が投げる前に右足を動かせばインコースに、左足ならアウトコースにといったもの。

 通常の試合ならすぐ様見破られかねないこのサインも1打席なら読まれないという考えで雪那は提案した。

 咲夜もどこに構えれば分からなかった処もあるので渡りに船と承諾する。

 そして始まる。

 雲母雪那が投手として始動する日が――

 

「プレイボール!」

 

 忍が開始を宣言し、音猫は右バッターボックスに入る。

 細かい砂利が敷き詰められた公園の一角。

 足で引いただけの簡易フィールド。

 音猫は目を爛々とさせ、自信満々の表情で雪那の一挙手一投足を観察する。

 

「左投げですの……(まあ左だろうが右だろうがかっ飛ばすだけですけどね!)」

 

 対する雪那も頭の中で音猫というバッターを冷静に分析していた。

 

(バットを空に真っすぐ立てる構え――神主打法か。でも小刻みに揺らして打つ気満々だな。

 話した限りでも性格は相当な自信家だろう。

 初球から打つ気なら一度ボール球でもいいから際どいところを狙って空振りを狙うのがセオリーだが――)

 

 にやっと心の中で笑う。

 野球が心底好きな彼女は、それじゃあお互い(・・・)つまらんよな、と思いながら右足を動かす。

 

「っ!(右足、インコースね……)」

 

 咲夜は内角低めに構える。

 左手にボールを握りしめ腕を上げるワイルドアップから、いつもの足を大きく上げる豪快なフォームを取った。

 それに対し過剰な反応を示した者がいた。

 審判をしていた忍だった。

 

「えっ……!?(あれって村田兆治選手のマサカリ投法!? しかも下半身が凄く安定してる!!)」

 

 忍が驚くの無理は無い。

 マサカリ投法や野茂秀雄投手が使うトルネード投法等、体をかなり捻るタイプの投法は体を壊しやすいといわれている。

 体幹やバランス感覚に優れてないとフォームがぐちゃぐちゃになりやすい。

 なのに彼女――雪那はまるでそのフォームが当然とばかりに投げようとしている。

 その姿は美しくブレが一切ない。そして――

 

 スパァン!

 

 抉り込むようにインコース低めにボールが突き刺さる。

 音猫は一切動けなかった。

 早い――とはいってもバッティングセンターのボールと比べれば遅い。

 しかしバットは一ミリも動けなかった。ただただそのボールの軌道を目で追うのが精いっぱいだった。

 

「し、忍さん……入ってます?」

「ストライク。入ってますね。

 お手本みたいなインコース低めの際どいところです」

「ん(偶然きわどいところにいったか……)」

 

 少し口元をひくつかせる音猫。

 彼女はそこらの少年少女と違いキチンと練習している。

 真正のお嬢様たる彼女は本来、野球などの練習は眉を顰められるのが普通だが4女ということもあり家族公認だった。

 故に堂々と敷地内に練習機器を使った練習をしていた。

 そこらの子供より段違いに強い。しかし――

 

「お嬢様。次きますよ」

「わ、わかってますわよ!」

「はい(使用人にピッチャー経験者はいません。

 つまりお嬢様は産まれて初めて『生きた球』と接していることになるんですね……)」

 

 機械から投じられる球はあくまで機械。

 実際の投手から投げられるものとは全然違う。

 そして雪那から投じられる第2球目も――

 

 スパァン!

 

「――な」

 

 外角高め、しかしやや真ん中よりの甘い球も空振りする。

 早すぎて振った後に悠々と球はミットに吸い込まれていた。

 独特のリズムで投じられた球にタイミングを逸した音猫に忍はようやく理解する。

 雪那の球の本質に。

 

「なるほど……(腕を振った後、球が投じられるのがかなり遅い。

 間接がかなり柔らかいんですね……。

 あれほど遅いと球の出所がわかりにくい上にバットを振るタイミングを取るのは難しいでしょう。

 私ですら初見では見極めるのがきつかもしれない。

 彼女はそれを理解して投げているのでしょうか?)」

 

 そんな疑問を抱く忍。

 そして雪那はその事を理解した上で投げていた。

 

 気付いたのは1年前。

 あの夕陽の野球場にて甲子園を目指すと決心した日の少し後。

 彼女は怪我に敏感だ。

 当然、肘に違和感を感じた事を放っておけなかった。

 数日間シャドーピッチングで具合を確かめた処、男であった時より肘が曲がりやすいことに気づいたのだ。

 その分長く球を持っていることが出来ると理解する。

 

 野球用語で言う『球持ちが良い』というもの。

 過去の投手ならソフトバンクの和田投手などがいい例だった。

 

 雪那はその後、鏡でフォームを微調整しつつ正面から見て手元――つまり球を持っている部分が極力見えないようにした。

 それが今生きているのだった。

 

「ふん! 機械より遅い球ですわ!

 最後はかっきんと打って差し上げますわっ」

「ラスト、一球」

「あれ?(雪那! 足! 足動かしてないよ!)」

 

 

 雪那は3球目を投じるため、三度構える。

 しかし右足も左足も動かしていない。

 咲夜は内か外かわからず真ん中に構えたままだった。

 しかしそれこそが雪那の狙う場所。

 ど真ん中ストレートだった。

 

「――しっ!!」

「ど真ん中イタダキですわっ」

 

 緑色のボールはミットに向かって真っすぐ直進する。

 黄色のバットは通すまいと風を切り裂きながら阻む。

 そして――

 

 パアァン!!

 

「ストライクバッターアウト!」

「……そんな、このワタクシが……」

「ホントに抑えちゃったし……」

「うし」

 

 燃える夕日の中、冷たい顔つきの少女は小さくガッツポーズする。

 バットを取り落とす音猫。

 茫然とそれを見つめる咲夜。

 そしてこれが彼女達の最初の思い出。

 

 雲母雪那、此華咲夜、獅堂音猫――マイペース、突っ込み屋、お嬢様。

 バラバラのピースが織りなす野球漬けの狂想曲。

 野球場を舞台に大暴れする彼女達の始球式(ものがたり)は今始まったのだった――

 

 

 

 

 



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現実は理想の礎

マイペース雪那さん(*^_^*)


「勝負は勝負ですわ……どうぞズズイと咲夜さんを貰ってくださいませ」

「アタシはモノかっ!?」

「三つ指、立てる?」

「するか! はあ~……。とにかく野球やんでしょ?

 とっととやろうじゃない。んで、さっさと帰ろうよ」

 

 野球を嫌いと言いながら、雪那と音猫にやろうと促す。

 嫌いな物はさっさと食べるタイプだった。

 

「あ、あら? ワタクシも参加していいのですか?」

「あれ、違うの雪那? てっきりアタシはそういうもんだと思ってたんだけど」

「野球、9人、必要」

「そ、そうですわね! ならサッソクやりましょうやりましょう!」

 

 テンションが高くなる音猫。

 口調こそ大人びているがそこは5歳。

 雪那という新たな友人――そして好敵手(ライバル)とも言える実力のある子と知り合った。

 同年代で彼女は自分と立場が同等の子供は居なかった。

 彼女とよく遊ぶ双子は元々使用人の子供で2人は話し言葉こそ自由だが、必ずある一定のラインで一歩引く子供。

 咲夜は適当に返事しながら流していて対等で居ようともしなかった。

 だからこそ嬉しかったのだ。

 問答無用の勝負宣言。

 まるで漫画のような熱い展開を経て一緒に練習をする――音猫の中で雪那という少女はすでに大きい存在となりつつあった。

 

 そんな彼女の内心を分かっているのかメイドの忍はその光景をにこにこしながら眩しそうに見つめ続けるのだった。

 

「そういえば雪那さー本当に甲子園優勝を目指してるの?

 言っちゃなんだけど、難しいを通り越して無謀じゃないかな。

 夏とか春の甲子園はお父さんがよく見えるけど、新潟なんていっつも1、2回戦負けじゃん」

 

 ある事実がある。

 2030年現在で男女合わせて夏の甲子園優勝を経験したことがない県――それは新潟だけ(・・)だった。

 20年以上前に一度だけ決勝に駒を進んだ事がある。

 プロ入りできるような逸材が存在しない彼らは、1人1人が協力し合い他県の強敵校を次々下しついに決勝へと駒を進めた。

 まさに奇跡。

 序盤に5点を取られる絶望的な状況から8回に4点を取り返す執念を見せつけ、9回2アウトながらランナー2、3塁の一打逆転サヨナラのチャンスを掴み取る。

 しかしドラマは最後まで終わらない。

 フルカウントから3塁線に絶妙な打撃をした1番の打球を相手校が新潟勢の奇跡を跳ね返すファインプレーで止め彼らの夏は終わった。

 それ以降、新潟勢は決勝どころか準々決勝すら勝ち進んでいない。

 

 その現実に終止符を打つと宣言する少女がいた。

 それこそが雪那。

 知っているのかいないのか、淡々とした口調で夢物語を口にした彼女に咲夜は無理だという。

 当然と言えば当然の事。

 だがこの場に居たある人物はその言葉に感動する。それは、

 

「なんて――なんて素晴らしい!

 雪那さんっ!

 新潟勢、悲願の夏の甲子園優勝!!

 この音猫も協力いたしますわあっっっ!!!」

 

 音猫だった。

 

「えええーーー……無理じゃないかなーと思うんだけど……」

「なに言ってますの咲夜さんっ。

 ワタクシのお父様はよく言ってました!

 『現実は理想が打ち砕くために存在する』――と!

 新潟勢がいままで勝てなかった現実など、優勝する! という理想の踏み台に過ぎませんわ!」

「感動しましたお嬢様!

 この忍も及ばずながらお手伝いします」

 

 ぱちぱちと手を叩くメイド。

 やれやれという顔の咲夜。

 その中でマイペース少女雪那はちょっと待てとばかりに手を上げる。

 

「待った」

「どうしましたの雪那さん?」

「どうしたのさー(なーんかまた凄い事言いそうな気が……)」

「甲子園優勝、手始め」

「「え……?」」

「次、日本一」

「まあっ♪」

「さらに、アジア一」

「えええー……」

「ラスト、MLB――」

 

 そこで一呼吸置き。

 

「ワールドシリーズ優勝」

 

 ピン! と人さし指を天に突き立てる。

 自らが一番だといわんばかりに。

 

 雪那の自信満々の言葉に正反対の反応を2人はした。

 

「まぁ!! そうですわね!

 夢はでっかく世界一ですわ!」

「でかすぎて無理過ぎる気がー……」

 

 燃え上がる音猫にゲンナリな咲夜。

 だが雪那は無謀とは思わない。

 

(野球の神様が俺にチャンスをくれたんだ……。

 なら俺はいけるところまでトコトン行ってやるまでさ!!

 そう世界の頂点に!)

 

 怪我でプロの舞台はおろか、甲子園すらいけなかった。

 だから雪那は切望する。

 野球人としての道を極めたいと。

 自分の体でいける限界の先まで生きたいと。

 大言壮語ならそう言え。

 嗤われたって行ってみせる!

 

 そういう決意が彼女に誇大とも言える言葉を紡がせたのだった――

 

 

 

 

 

 そこから時は4年の歳月を経る。

 その間にもいくつかの出来事はあった。

 体がある程度出来る小学4年からでないと女子野球部には入部できなかった。

 リトルリーグはあったが、雪那達は学校の部活にこだわった。

 理由は複数ある。

 1つ――咲夜の家があまり裕福ではなかった事。

 野球の道具はお金がかかる。

 リトルリーグは将来プロを目指す子供も多くレベルが高い。

 その経験は絶対的に甲子園優勝の夢に役立つのだがどうしても先立つものは必要だ。

 子供が5人もいる(咲夜は長女)。

 咲夜の家は余裕がなかった。

 音猫は自らの家で肩代わりすると言ったがそれを咲夜は厳として利かない。

 

「一方的に施される関係は仲間じゃ――ないでしょ?」

 

 その言葉に音猫は否やとは言えなかった。

 いつも野球は嫌いだと言って憚らない彼女だが練習では雪那や音猫よりいつも早く来る。

 それは何の気兼ねなく野球をすることが出来ない彼女の複雑な心境の裏返しだったのだ。

 

 2つ――雪那が学校の部活にこだわった事。優秀な仲間は確かにリトルリーグの方が良い。

 しかし複数の学校から集まった人たちというのが雪那は気に入らなかった。

 過去、堂島闘矢として練習試合や県内の強豪校と戦った強敵達は越境組が多い。

 つまり他県の優秀生が大半を占めていたりする。

 「そりゃあ優秀な奴らを日本中から集めれば強いだろうさ! でもそれだけが野球の全てじゃないんじゃねえか?」

 かつて仲間達に言い放った言葉。

 雪那は複数県――この場合複数の学校からかき集めた優秀生より、おんなじ学校の奴らで構成された無頼者たちと野球道を突き進みたい――そう願い実行した。

 

 3つ――音猫の実家の方が設備に優れていた。さすが金持ちというのか獅堂家は敷地が東京ドーム1個分程度の敷地がある。

 大半は庭なのだが音猫のおねだりで一部敷地に屋内練習場が建てられていた。

 そこらの地方練習場より金のかかった設備があるのだから金持ちさまさまである。

 雪那は初めて来た時は「お~、お~~、おおお~!!!」と口をまんまるにしながらキラキラした瞳で練習機器を見つめていたりする程なのでその規模は推してしるべしだ。

 

 それ以外でも雪那はちょっとした計画を実行していた。

 それはある晴れた日。

 まだ咲夜たちと知り合って1ヵ月程度の小学一年生の日のことだった。

 

「魔球、投手、夢」

「ふ~ん(雪那はま~た可笑しなことを思いついたわね……)」

 

 雪那が言いだした魔球とは誰もが知る魔球の代名詞ナックル――そしてストレート系の魔球、ジャイロボールの事であった。

 練習を始めた雪那だったが、その練習成果は思わぬ結果を産む事となる。

 それが芽吹くのはずっと後のこと。

 幼い彼女らはまだ知る由も無い事――

 

 

 

 

 

 




【スカウト影道さんの評価コーナー】
「3回目なのだが――今回はすごい逸材を3人も見つけた。
 この興奮を誰かに伝えたい。
 その一心で書いたものだ、ぜひ見てくれ!」
 本日はその1人だ。

 PS
 子供では細かい数値は分からない。
 評価は大まかだと思ってくれ。

 小学4年生時点

 【雲母雪那】
 左投右打、オーバースロー(マサカリ投法亜種)

 球速101k/m S評価
 制球 D評価
 スタミナ B評価
 変化球 ナックル?1 F評価
(小学生基準の評価 S、A~H評価)

 ポーカーフェイス:常に無表情で相手から動揺を見定められない
 球持ち◎:ボールをリリースする時間がかなり遅くタイミングが非常に取りづらい
 軽い球:ナックル練習のため無回転投球を心掛けたら回転の少ないうたれると飛ばされる投球となっていた。
 ノビ×:球があまりノビず浮き上がらない

「球速がすでに中学生レベルだとは末恐ろしい才能だ!
 しかしなぜだろうな、あの姿はかつてどこかで見たような……。
 どうも老いた僕では思い出せないな。
 ただこれだけは断言できるだろう。
 彼女は将来プロ入りすら可能であると。容姿も将来性を感じるものがあるし、マスコミも黙ってはいないだろうね。
 さてどうなることやら」

※球速の設定が高すぎたので少し落しました



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魔球とモチモチ

時系列がアレだったかも(^_^;)


 ――もしもう一度人生をやり直せるなら――

 

 こういう事を思う人は多いだろう。

 例えば青春の学生時代をもう一度謳歌したい。

 モテる努力をして今の自分より、よりよい人生を送りたい。

 中には競馬などギャンブルの結果を知っているから確定された結果を利用して一発逆転勝負がしたい人もいるかも知れない。

 

 そして彼女、雪那にもそんな1つの想いがあった――

 

 

 

『それでは朝バリ! サンダースポーツのお時間です。

 昨日の女子プロ野球、ス・リーグ【正式名称:スノーホワイトリーグ】ではなんといっても、ナックルボーラー松坂美恵選手の三振ショーが一際輝きました。

 変幻自在のナックルに為す術もなかったレッドキャップ。

 首位奪還のための1、2位の天王山決戦はこれで3タテ【意:同一チームに3連勝する】を果たしたジャンヌライダーズが首位に返り咲き――――』

 

 小学校入学当日。

 自身の家族から、

 

「あら制服にあってるわねぇ~♪」

「うんうん僕の見立てに間違いは無いね。

 蒼い髪と茶色の制服。それに幻想的な新雪の肌が母なる大地と蒼い大空を連想するよ」

「せーちゃんかわいい!」

「おねーたまきれーきれー」

「ん(思いついてしまった。そうアレを習得するという偉大な挑戦を!)」

 

 家族が茶色を基調とした制服に身を包んだ雪那を褒めそやしている中、まったく別のことを考えていた。

 切っ掛けはアナウンサーの話したナックルと松坂という単語から。

 

 雪那は正しく野球脳な女の子だった。

 前世では仲間から「アイツの脳の9割はバットとグローブとボールで出来ている」などと言われていたくらいに。

 そして一点集中タイプでもあった。

 大好きな野球の事が絡むと途端にそれ関連の単語をスルーする悪癖がある。

 

 大概の被害は咲夜が被る。

 たまに姉の夏輝も被る。

 両親や音猫は野球好きなので被害はない。

 妹は姉雪那に教えられた間違った知識を溜めこんでいるのでむしろ一緒に暴走するかもしれない。

 それはさて置き。

 

 結局、家族からの賛辞を全スルーした雪那。

 最後、ぽふっと緑色のベレー帽風の帽子をかぶり家を出発する。

 しかし彼女は学校とは逆方向へと向かう。

 夏輝はそれを止めるわけでもなく「先行ってるねー」と妹を置いて行ってしまった。

 入学式の準備があるからだ。

 また途中から女の勘ともいうべき感知力から、雪那の様子に気づき、

 

(あ、ま~た野球のこと考えてるなー。

 これはアレだね。

 しゃわらぬ神はタタリ神って奴。

 うん! 後は咲ちゃん【咲夜のこと】に任せよう!)

 

 あっさり1つ年下の知り合いを見捨てることにした。

 ちなみに夏輝も雪那と一緒に野球をする事があるので、その縁で知り合った。

 

 雪那は姉と別れ此華家へと向かう。

 とは行っても距離は100mにも満たない御近所。

 子供の小さい体ではそれでもちょっと遠いかもだが。

 4月の朝。

 朝霧のヴェールが辺りを薄く包みこむ。

 肌に付くひんやりとした感触に雪那は気にせず、ただただ一点を目指して進む。

 目的地に付くとピンポンを押したのも束の間すぐドアを開けて入る。

 何度か訪れているので勝手知ったるなんとやら。

 玄関には丁度よく咲夜が制服姿でリビングに向かうところだった。

 

「咲夜、おはよう」

「ああ、おはよう雪那。

 迎えに来たの? 珍しいわね入学式なんてどうでもいいって感じだったのに可愛いとこあるじゃん。

 ねえこの制服カワイイと思わない?

 これならアタシも可愛くみえて――」

「魔球、覚える!」

「ってアンタはなんで入学式よりそっちの方なのよ……。

 ああ、はいはいキョトンしなくていいわアタシが勘違いしただけだからさ。

 で、ちょっと待っててくれる?

 鞄とってくるから」

「かばん……魔球カバン……重たい球?」

「違うから」

 

 はぁ~とため息をつきながら鞄を取りに戻る。

 雪那がいつも突然なのにも慣れてきた自分が少し悲しかった。

 心無しか黒髪がくすんで見えていた。

 

 

 

「んで今日もやるの?」

「やる!」

「わかったわよ。でも朝はこれから時間なくなるから軽めにね」

 

 朝一番のキャッチボール。

 雪那が咲夜にお願いし心良く了承され毎朝やっている。

(ただし無表情で壊れたテープのように「お願い」コールを嫌という程したという背景があるが)

 

 

 雪那はナックルの握り――手の両端の指、親指と小指でボールを挟み込み真ん中3本は折り曲げて握る。

 そして爪で弾くようにボールを投げた。

 弧を描く緩いボール。

 

 ナックルとはほぼ(・・)無回転で投げることで不規則な変化を起こす魔球。

 右にいったと思ったら左に変化するなど当たり前。

 ただしこの変化球は投手が投げてから塁に到達するまでに4分の1から1回転という極少量の回転をしないと変化しない。無回転ではただの落ちる球なのだ。

 その微調整は困難を極め、ナックルの難しさをものがたる。

 

 ナックルボーラーは選手としての寿命が長いと言われている。

 ナックルという球が非常に打ちづらく、老いとはあまり関係ない(例えば速球はどうしても老化とともに威力を失う)のも理由の1つだか別の理由も存在する。

 それは投げ方。

 メジャーリーガーのあるナックル使い曰く「キャッチボールをするように投げる」と発言していた。

 本気で投げない分肘の負担が少なく結果寿命が延びるのだ。

 

 ならナックルも本気で投げればいいじゃないか、速いナックルならその分威力も高いだろうに――という人がいるかもしれない。

 だがナックルは100k/m前後が一番変化しやすい。

 それ以上速い球速は変化量が落ちるため実際にはあまり扱われないのだった。

 

 余談だがナックルはキャッチャーも専用の捕球訓練を積んだ人で無いと捕れないため、ナックル使いが登板すると捕手も変わるのはよくある光景だ。 

 使いづらく、習得の難しい変化球。

 それでも魔球という響きは全投手にとって浪漫であることに変わりはない。

 雪那もまた魔球という言葉に魅了された一人だった。

 

 パン

 

「んー? まあちょっと回転が緩いのかな。

 というか何でボールに線が書いてあるの?」

「回転、分かりやすい」

「ああ、なるほどね」

 

 緑のビニールボールには赤い縦線ば4本引いてあった。

 変化球の回転をわかりやすくするために引いたものでネットでも専用のボールが存在する。

 なんでもかんでも親におねだりするのもいけない――そう思った雪那のお手製回転チェックボール。

 

 ヒュッ――パシ

 

「ん、ミット、真ん中」

「あれ、うまくいったんだ。ちょっとコツ掴んできたかも」

 

 対する咲夜は真っすぐ投げ込む。

 キャッチャー必須能力の1つ正確な送球。

 それを身に付けるためのキャッチボールでもある。

 実は音猫が咲夜に球拾いをさせていた理由は、咲夜が捕手に向いていると忍から言われたからだった。

 遠くからボールを投げる事で肩が鍛えられるに違いない、と。

 だからといって、そればっかりさせたのでは余りにあんまりだと後で真相を知った忍に怒られていたりする。

 音猫は割と単細ぼ――ではなく素直なお子さんなのでこのことはキチンと咲夜に謝っていた。

 

 咲夜が捕手に向いているのは単純に地肩の強さ。

 そして同年代より頭1つ高い背は投手の暴投にも手が届きやすい上、体格の良さは走者とのクロスプレーにも強い。

 投げられたボールに即反応できる反射神経も良い。

 彼女は雪那の中では、基本能力が全て捕手のためにある子供、と考えているくらい彼女は優れていた。

 

 ぽす

 

「ちょっと球軽いわね」

「ナックル、そういうもの」

「う~ん、なんか雪那には似合わない気もするけどなぁ」

「でも、覚えたい、ろまん」

「はいはい。

 そう言いだしたらアンタはてこでも動かないのはよく分かってるから付き合うわよ」

 

 ぱし!

 

「んん? ストレートじゃない」

「違う、ジャイロボール」

「じゃいろ?

 なによ、ナックルだけじゃないんだ」

「ストレート、魔球」

「良くわからないけど、まあ頑張んなさいね」

 

 ジャイロボール――球に螺旋の軌道を描かせるもう1つの魔球。

 所謂、弾丸のような回転を与えるそれは、空気抵抗が極端に少なくなるため初速(手から離れた瞬間)と終速(ミットに収まる瞬間)のスピードが極端に少なくなり、凄まじくキレのあるストレートが出来上がる。

 しかも通常のストレートと違い回転方向の違いからノビる球ではないので最終的に落ちる。

 打者は通常のストレートの感覚でバットを振ると、振り遅れボールより高めに振ってしまうという。

 まさしく現代の魔球と言えるだろう。

 過去、西部ライオンズの松坂選手が投げる事で一躍話題となる。

 本人いわく「スライダーの投げ損ないがジャイロボールになっていた」というように意図せずしてジャイロボールになっている場合もある。

 ナックルと同様に非常に習得難度が高く、遅い球なら投げられない事はないが威力が激減してしまうため球速を維持しつつ投げるにはセンスが必要。

 

 雪那はナックルとジャイロボール――この2大魔球を習得するため今日から練習するのだった。

 

 10数球程投げその日はお開きとなった。

 2人は家を出て小学校へと向かう。

 茶色と緑の集団が見え始めるなか、唐突に雪那は咲夜に言う。

 

「そうだ、咲夜」

「あによ」

「可愛い、びしょうじょ」

「い、いきなりなによ!? 

 ふ、ふん! 美少女なのはアンタでしょ。

 来る人みんな振り向いてるわよ。

 で、でででも、まあ――――ありがと。

 ちょっと自信ついた、かも」

 

 咲夜は自分の容姿に自信が無い。

 高身長は女の子らしくなく、顔も至って普通。

 むしろそばかすが邪魔だと思っている。

 見る人によっては純朴そうと思う印象は強気な口調が台無しにしていた。

 

「咲夜、綺麗、美人」

「ほ、褒めすぎよ。

 恥ずかしいわよ……」

「咲夜、びしょうじょ、微少女!」

「ん……? なんか不穏な言葉を感じたんだけど」

「な、なんでも、ない」

「ホントォにィ~?

 ほれ、うりうり吐け吐くのだー」

「う、にゃ、にゃ~」

「よーく伸びるほっぺたねぇ~ちょっと気持ちいいかも。

 日ごろの恨みー」

「にゃん、ごろ、ふにー」

 

 しばし頬を引っ張られ続ける雪那。

 この後、音猫がやってきて2人してもちもち白肌雪那を両方から引っ張るという暴挙に出る。

 気持ちいい~と言いながら引っ張った後雪那は――

 

「ぶすー……」

「ごめんごめんあまりに良い感触で……」

「ワタクシもちょっとあの肌触りが心地よくて……」

 

 焼けた餅のように頬を膨らませる雪那。でも無表情。

 

「ぶすー……弄ばれた……散々」

「だからごめんって――」

「条件、鉄下駄、ランニング」

「「えええぇぇ!?」」

 

 雲母雪那――――野球好き。関係者から「脳はバット、グローブ、ボールで出来ている」と言われる。

 それ以外にも特徴があった。

 

「3人分、ネット、購入済み」

「やらせる気満々じゃない!」

「全時代的――でもいいかもしれませんわ♪」

「アンタはちょっと黙っててね」

「熱血、鉄下駄ラン、素敵」

 

 変な特訓が大好き。

 特訓魔人と言われる最初の一歩だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




【続・影道スカウトコーナー】
「前回に続いて2人目だ」

此華咲夜(こばなさくや)
右投右打 打法――オープンスタンス

ミート:E (バットにボールを当てる技術)
パワー:D (純粋な力の強さ)
走力:F (足の速さ)
肩力:B (肩の強さ)
守備:C (守備のうまさ。主にすばやい動作など)
エラー回避:B (エラーのしにくさ。捕球能力)

送球○:送球が正確でブレない
お祭り女:特別な試合になると俄然張り切り打力アップ
キャッチャー×:リードが苦手で投手の能力をうまく引き出せない
チャンス×:チャンスの場面で緊張し、打力ダウン
走塁×:塁を駆けるのが苦手

「うむ華やかではないが確実に守る玄人好みの野球をするようだ。
 投手にとっては頼りになるキャッチャーだ。
 しかしリード面ではまだまだ投手に頼っているようだな。
 バッティングはまだまだだがこれからの成長に期待と言ったところだろうか」









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野球は友を呼び寄せる

 時は戻り小学4年生の春。

 

 早朝――まだ日が昇り初め、辺りは薄闇に包まれている。

 雲母家の2階は1部屋しかない。

 ただ20畳の広々としたスペースがあるので、3姉妹は部屋をタンスや勉強机などで仕切り使用していた。

 入り口から遠い順に夏輝、雪那、小春の順番。

 外と動揺に墨色の帳が下りた部屋内でムクリと起き上がる者がいた。

 

「ふゅ、朝……」

 

 雲母雪那である。

 いつもぼんやりした顔が更に増して、三白眼な目つきでしばし布団の上で静止する。

 少し意識がはっきりしてきたのか彼女は立ち上がり、未だ寝息を立てる姉妹達を起こさないよう階下へと降りていった。

 

「ん……」

 

 トイレで用を足し台所へと向かう。

 ある程度女の体に慣れたせいか()はトイレに戸惑うことも少なくなった。

 最初はさすがにじーっと女のアレな部分に凝視してしまったりしたが、そもそも野球の方が優先順位が遥かに上なので以降無視するようになった。

 

 そんな彼女は台所で卵と納豆を取り出し、かちゃかちゃとかき混ぜ御飯の上へとのせる。

 納豆卵かけご飯。

 人によってはおぞましく感じる組み合わせだが、彼女はいたくこの組み合わせが好きである。

 曰く「お手軽、栄養、ばっちり」とのこと。

 卵の総合バランスに優れた栄養素に動物性タンパク質。

 納豆の食物繊維、カルシウム、植物性タンパク質。

 御飯の炭水化物。

 朝、運動する前に軽く食べるならバッチリといつも朝食している。

 そう――いつも朝食べている。

 

「はぐはぐ、ごち」

 

 一人両手を合わせ食べ終わるとストレッチを開始する。

 もう小学4年生となり、徐々にではあるが体に力がついてきたと最近感じていた。

 軟球も軽く投げられるようになった。

 時間を掛けて寝起きの固まった筋肉をほぐし、運動が出来る状態へと帰る。

 首、手首、腕、肩。

 胸、背中、腰。

 太もも、膝、太もも、足首。

 入念に解す。

 丹念に解す。

 それは怪我をした後悔から決して欠かすことのない儀式。

 もう野球と別れたくない故のストレッチ。

 30分ほど掛けて行い次の運動に移る。

 1世紀近い日本球界の歴史でも1、2位を争う程の天才バッター、鈴木一郎(イチロー)はストレッチに1時間掛けるという。

 さすがに朝の時間でそこまで出来ない彼女は半分の時間で済まし次に移る。

 

「ふう……次、にぎにぎ」

 

 ストレッチも立派な運動。

 火照った体を少し冷ますついでに、彼女は軟球をにぎにぎし始める。

 名付けて【にぎにぎボール特訓】。

 彼女の熱血特訓シリーズの1つ。

 ボールの感覚をひたすら手に覚えさせる練習。

 何故こんなことをしているかと言えば、彼女が知っているかつての軟球と違っていたからだ。

 かつての軟球はとにかく飛ばない事で有名だった。変化球もかかりにくい。

 それは過去、少年野球で問題になった出来事があったからだ。

 

 このボールはとにかく点が入りにくい。しかも少年野球に引きわけという概念が無かった為、最大で延長46回というふざけた試合もあった。

 そのためもあり、従来の表面の丸い凹凸(ディンプル)を少なくすることで空気抵抗をなくし飛びやすく。

 また縫い目を左右対称にし変化球を掛けやすくした。

 つまり飛びやすく、変化球を扱いやすくしたのだ。

 彼女はその球の感触を覚える為、数年前から毎日欠かさずボールを触り感触を覚えてきた。

 次に彼女はリュックと取りだす。

 中身をチェックし背負う。

 

「怪我予防、OK」

 

 重し代わりでもあるこの中身。

 それはまんま救急箱だった。

 念には念をという考えから、怪我をしてもいいように一通りの道具を取り揃えてある。

 それだけ彼女は怪我――特に重大な怪我に敏感になっていた。

 

「よし、行こう」

「おはよう雪那」

「ん、お早う、お母さん」

 

 玄関に向かおうとした彼女に声を掛けたのは母、都。

 時刻は6時。

 都はいつもこの時間に起き家族の朝食を作っている。

 雪那が毎日、朝練をしているのを知っているので彼女は特に咎めたりしない。

 

「怪我には気を付けなさいね」

「うん、行って、きます」

「行ってらっしゃい」

 

 外へと出ていく雪那を見送り彼女はひとつため息をつく。

 その顔には憂いの感情が出ていた。

 

「雪那は3歳のときからずっと表情が表に出ず、声も片言のまま……。

 お医者さんもこんな事例は初めてだっていうし、大丈夫なのかしら」

 

 それは家族共通の悩みだった。

 雪那はずっと表情と声というコミュニケーションで大切な2つを欠いたまま生きてきた。

 電車に対するトラウマも未だある。

 でもその所為だろうか――彼女は人を惹きつける独特の魅力も備わっている。

 学校ではあまりいい噂を聞かないが、野球を通して友人達と楽しくやっていると獅堂家のメイドと名乗る女性から聞かされていた。

 

「いやね年を取ると悩みごとばっかり。

 でも娘が楽しく生活しているならそれにとやかく言うととじゃない、か。

 とりあえず、おいしい御飯でも作って迎えてやりましょうか!」

 

 悩んでもしょうがない。

 そう結論づけた彼女は腕まくりをしつつ今日も朝ご飯づくりに勤しむのだった。

 

 

 

 緑川市はその名の通り、木々と川が多い。

 昔の人々は木々を切り倒して家を作り、周囲に広がる川は上流から栄養豊富な土を運んできた。

 今も市内には幾重に亘る川が流れており、橋がそこら中に架かっている。

 そんな市内を走る雪那。

 彼女は朝毎日、30分のストレッチ、にぎにぎ特訓、5kmのランニングを欠かさず行う。

 放課後もシャドーピッチングや投げ込み、キャッチボール、肩肘を鍛えるチューブトレーニング、タイヤ引きランニング等様々な練習を主なってきた。

 それも今日という日の為。

 

「とうとう、入部、ぐれいと」

 

 そう今日から始まる野球部の仮入部。

 仮といっても初日から入部するまで参加する気満々である。

 やはり仲間達と部活を通しても練習は自主錬とも違う趣がある。

 心がどこか沸き立つ感情をもてあましながら走ると途中渡った橋の下、珍しい光景を目にする。

 

「……子供?」

 

 そう朝6時過ぎとはいえ小学生くらいの少女2人が川側にいた。

 だが雪那が興味引かれたのはそこではない。

 

「野球!」

 

 野球をしていた。

 正確には1人は投手、1人は捕手役のようだ。

 雪那はこれ幸いと彼女達の元へ向かう。

 やはり走るより投げる方が好きだった。

 

 だが近づくと少し様子が可笑しいことに気づく。

 片方のライトブラウンの髪を兎みたいにたてたツインテールの子供が蹲っており、薄緑の髪をしたショートカットの少女はおろおろしていた。

 

「痛い……痛いよぉぉ……」

「らびちゃ~ん! らびちゃ~ん! 大丈夫!? 大丈夫!?

 お医者さん呼ぶ~!?」

 

 只ならぬ気配を感じた雪那はすぐさま近寄る。

 怪我に敏感な彼女は他者の怪我にも敏感だった。

 

「ちょっと、診せて」

「ええ!? ちょ、なにあなたワタシのらびちゃんに触ったら――」

「怪我、診せて!」

「あ、はい……」

 

 雪那の剣幕に押され黙るショートカットの少女。

 背中のリュックから救急箱を出す様に一瞬びっくりする2人だが雪那は気にしない。

 怪我の箇所と思われる場所を見て、触り、ツインテールの少女からいくつか質問したのち――

 

「よかった、大した事、ない」

「ほんとですか!」

「うん、打ち身」

「あ、ボールにぶつかったからですね……」

「湿布、張れば、問題ない」

「ありがとう、らびちゃん助けて」

「ん」

 

 2人の少女に御礼を言われ短く挨拶する。

 ふと時計を見ると、

 

「いけない、時間、もういく」

「あ、ちょ、ちょっと何処いくんですか。まだ御礼が――」

「ぼ、ぼく宇佐 兎(うさらび)

 あのきみは――」

「じゃあ、行く」

「あ……」

「結局なんだったのあの子は――」

 

 想像以上にすばやい動作でその場を去っていった雪那に2人は茫然と見送るしかなかった。

 

 

 ○  ○  ○  ○

 

 

「雪那、野球好き、以上」

「アンタはもちっと説明しろォォォ!!!」

 

 スパァン!

 

「あら、毎年飽きないですわねー。もう1つのイベントではなにかしら?」

 

 四年生になったばかりの雪那達。

 今は恒例の自己紹介なのだが……。

 

「痛ひ」

「アンタねぇもう今年で4年生よ? もっと言う事無いの?」

「ビバ、野球(ひやっほォォォ、野球の時代が来たぜぇぇぇぇ!! 泥塗れの青春の開幕だあ!!)」

 

 ぶんぶんぶんぶん!

 言葉では意思が伝わらないので動作で自身の気持ちをアピールする。

 両手を上下に振る雪那に咲夜も若干たじろいだ。

 

「う……なんか変な熱気を感じるわね。

 テンションが高めなのは認めるけど、自己紹介くらいシャンとしなさいよ」

「野球、イコール、自分」

「だからね――――」

「ちょっといいかしら~」

「あによ――げ」

 

 にっこにこで咲夜に話しかけたのは井川恵子先生(27・独身)。

 きらりと光るメガネの上には若干、青筋を浮かべている。

 そう今この時間は、

 

「今は6時間目でロングホームルーム。

 時間は確かにありますけど、30人の自己紹介をしてるんですよ?

 貴女の時間は終わりました。

 早く席に戻りなさい」

「は、はい……すいませんでした」

「すまぬ」

「だからアンタは――」

 

 ギロ!!

 

「すんませんでしたー!」

 

 雲母雪那と此華咲夜。

 『き』と『こ』で雪那の次が咲夜の順番だったのでスタンバっていた咲夜が、突っ込みどころ満載の雪那の自己紹介に耐えられなくなり突撃したのが真相。

 今は怒られてしゅんとしている咲夜。

 1~3年生でも同じクラスで毎年突っ込みを入れて周囲を驚かしている。

 自己紹介が進む中、席が前後の2人はこそこそ話す。

 

「……野球、ラブ」

「ブレないわねアンタは。ホント何でこんなのに捕まっちゃったのかしら……」

「嫌?」

「別に……。野球嫌いだけど、やりたくない程じゃないし。

 お父さんもお母さんも喜んでくれるし。

 トコトンやってやろうじゃない」

「うむ、それは、きゅうじょう」

「ソレ、重畳(ちょうじょう)の間違いよね」

「……失敗」

「ふ、ぷぷ! ホント野球以外はからっきしなんだから。

 テスト大丈夫? お姉さんが教えてあげましょうかー?」

「ム、大丈夫……歴家国以外」

「3教科も駄目じゃない……」

 

 雪那――算数や今はないが物理などは100点を取るくらい優秀だがそれは野球にも関係するため。

 特に物理でよく問題に使われるボールの放物線は、変化球のフォークボールに通じる。

 興味のある事なら即覚えられる彼女だが……。

 野球とまったく関係ない歴史や家庭科や国語などは苦手だった。

 というより体育と理数系以外は全般的にアウトだったりする。

 

 そんな話を続けている内に自己紹介タイムが終わり、どの委員会やクラス委員を決める時間になっていた。

 

「あーあ、必ず委員会かクラス係になるみたいね。

 男女1名ずつだから面倒だなー」

「女子16、男子14」

「ん~? まあ女子同士が一組あるだろうけど、それより楽なのはないかしらね」

 

 雑談しながら頼むから面倒なのは勘弁と思う咲夜となにを考えているか分からない雪那。

 音猫は席が少し離れているので話には加われない。

 教師はとりあえず一通り挙手で委員会&係を決め、希望者がいないまたは人が多いものは後で決める方針にしたようだ。

 

「では次、クラス委員長を決め――」

「はい立候補ですわ!」

「あー、いいんですか獅堂さん?

 毎年、誰もやりたがらないクラス委員長をやってくれるのは助かりますが」

「獅堂家の息女として当然の事ですわ!」

「なるほど立派ですね。皆さんも獅堂さんを見習うように。

 特に先ほど壇上で暴れていた子は特にね」

「う……」

「ぽーっ(放課後は野球。放課後は野球)」

 

 じろりと睨む女教師に目を逸らす咲夜とそもそも耳に入っていない雪那。

 でもだからなに、という訳でもなくそのまま何事も無く係決めは進む。

 若干居心地が悪い咲夜は再度雪那に話しかける。

 

「――で放課後は野球部の仮入部、でいいのよね?」

「練習、早い方、いい」

「んーそれはいいんだけど、ちょっと気になる噂を聞いたんだよね……」

「噂?」

「ああ、いや多分根も葉もない噂だろうし気にしないで」

「ん、信用、信頼」

「まったくアンタの相棒は楽できないわね……」

 

 そう話している内に残り係は2つ。

 資料室管理係という資料室を整理&先生に言われた備品を取りに行く係と保健係が残っていた。

 女子2人組み枠は同じクラスに居た音猫の取り巻き、輝と芽留がさりげに収まっている。

 そもそも姉妹なら別々の教室に行くのが普通なのだがある理由から音猫が両親に頼み、同じクラスに在籍していた。

 獅堂家は街の名士なうえ、学校に少なくない寄付金を送っているのである程度なら学校に働きかけができる。

 

「あーどっちがいいかなー。アタシ保健係でいい?

 資料の整理とかめんどくさそうだし」

「どっちでもいい」

「んじゃそれで――はーいアタシ保健係に立候補しまーす!」

 

 そう咲夜が手を挙げて先生に伝えるのまごまごしていた男子の内、片方が即座に、

 

「ぼ、ぼく保健係に立候補します!」

「あ、まこずっけ!」

「はいじゃあ決まりね。

 残りは雄二君と雪那ちゃんが資料室管理係に決定、と」

「マジかよ~! 雪女と一緒とかー」

「頑張れー」

 

 男子生徒が言った雪女――それは雪那に付けられた渾名だ。

 常に無表情の彼女は一年と時から有名で男子はからかい、女子はガラス細工のような美しさに嫉妬や恐れから感じ遠ざかっていた。

 喜怒哀楽がまったく見えない相手。

 幼い子供たちに彼女は不気味でしかなかった。

 普通ならイジメにも発展しかねない状況だったが彼女は1人じゃない。

 

 ガタン!

 

「うっさいわよ男子ども!! 

 ちみちみちみちみ!

 文句あんなら言ってみなさいよっ!」

「あ、う」

「んだよ……」

「ふん!」

 

 荒々しく席に座り直す咲夜。

 彼女は正義感が強い。

 昔からの友人がこそこそ言われるのがどうしても我慢ならないのだ。

 彼女は知っている。

 雪女と言われ、何考えているか分からないと言われる彼女。

 だが逆だ。

 純粋なまでに野球が好きでジェスチャー等を駆使してちょこちょこ動きながら自分の意思を伝えようとしてくる。

 そのコミカルな動きはむしろ可愛らしい。

 他の人とてその姿は見ているはずなのに、雪女という評判の先入観から不気味さしか伝わって無かった。

 

 ポフポフ 

 

「あによー」

「だいじょぶ、ありがと(この程度、野球が出来ない絶望感に比べたら月とスッポンだし)」

「ふん……」

 

 頭を撫でる雪那の手を軽く払いつつ明後日の方向に目を向ける。

 教師も咲夜が間違った事をしている訳ではないので指摘しづらい。

 

 キーンコーンカーンコーン

 

 静かになった教室に鳴り響くチャイム。

 

「あ、それではこれでロングホームルームは終わります。では掃除の前に明日の連絡を――――」

 

 口早に教師は連絡事項を伝え教室を出ていった。

 この後は掃除。

 教室の担当は咲夜、雪那、音猫と男子3人。

 誰がいうまでもなく掃除は静かに開始された。

 んしょんしょと机を運ぶ雪那に1人の男子が立ちはだかった。

 

「お前!」

「ん?」

 

 ツンツン頭の少年。

 睨み付ける顔は強気でやんちゃな小僧といったところ。

 腕や顔に細かな傷があるのもきっと動きまわっているからだろう。

 本人が思った以上に声を張り上げたせいもあり、教室内に木霊した怒声に周囲の視線が集中する。

 異常に気付いた咲夜と音猫は雪那に近づこうする前に、

 

「俺はお前を認めねぇ!!

 野球で勝負しやがれ」

「!! もち、勝負!」

「ええーなんでそうなるのー……」

「雪那さんといるといつも退屈しませんわね♪」

 

 よく分からない状況でいきなりの勝負宣言。

 野球と勝負という単語を聞いた途端、光の速さで了承する雪那にため息をつく咲夜とわくわく顔の音猫。

 流されるまま勝負は開幕することとなる。

 

 

 




【続×2 影道スカウトコーナー】

「さらに引き続いて3人目だ。これもまた癖のあるいい選手だ」

 獅堂音猫 
 右投右打 打法――神主打法

ミート:A
パワー:F
走力:C
肩力:E
守備:B
エラー回避:F

流し打ち○:流し方向へファールにならないギリギリのラインに打球を打てる
ファインプレー:際どい打球に対する捕球がうまくいきやすい
タイムリーエラー:打者が得点圏にいるときエラーをしやすい
ムラッ気:調子が乱高下しやすい

「どうにもムラのある選手だね。
 バティングセンスは天賦の才を持っているがパワーがないせいか調子に影響されやすい。
 守備も目立ちだがりやのようだ。
 華麗な守備は目を惹くが、よく見るとつまらないエラーをしでかす時もある。
 しかし同年代からすればトータル的にはできる選手だろう。
 ムラさえなくなればさらにいい選手になるだろうな。」



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輪が繋ぐかつての思い出

「あ、でも無理じゃないかしら雪那さん?」

「音猫、何故?」

「掃除、終わったらあるものはなんですの」

「えと……?」

 

 目の前の人参(やきゅうしょうぶ)に目が眩んで本当に分からないようだ。

 きょとんと空色の髪をゆっくり揺らし、顎に手を当てながら悩む。

 

「ああ、もうぉ!

 雪那さんはホントに可愛らしいですわ!!」

「わぷ」

 

 かいぐりかいぐり。

 音猫がやや暴走気味にハグして撫でまわしている。

 きょとーんとされるがままの雪那に、

 

「はあ……音猫も雪那が好きなのはわかるけど、もう少し時と場所を選んで欲しいよ」

「うはは! 音猫様はお人形好きだからにゃー」

「ふはは! ゆっきーはいつもの調子だわん」

「あんたらはそのふざけた口調をどうにかしてくんない?

 聞いててイライラしてくるんだけど」

「「いっやだー♪」」

 

 笑いながら咲夜の周囲をぐるぐる回るこの女の子達。

 顔が瓜2つ。

 いたずらっ娘の笑みを浮かべながら八重歯が光る。

 活発そうな赤い髪はよく似合う。

 この2人は河岸輝とその妹、河岸芽留。

 獅堂家に仕える執事の娘で一卵性双生児。

 見た目の印象にたがわぬ、いたずらっ娘な性格で真面目な咲夜とは水と油。

 今も彼女らはぶ~んと言いながら周囲を回って咲夜の神経を逆撫でしている。

 

「相変わらずふざけた奴ら……ッ!」

「「きゃははは♪」」

 

 めきめきと拳を鳴らす。

 殴りはしないが額に血管が浮き出ている。

 そんなやり取りを咲夜たちがしていたところ、男の子――雄二の声が響く。

 

「んだよそれ!?

 俺はこの雪女に勝負を――」

「そもそも何で勝負するのかが不明なのですけど」

「そりゃあ――」

 

 ちらっと雪那を見る雄二。

 ぎりっと歯を食いしばる。

 

「女の癖に――――だからだよ……」

「は? 声が小さくてわかりませんわ」

「知るか! もうやってらんねえ!

 おい雪女」

「ん」

「いつか決着つけてやっからな」

「いつでも、歓迎」

「けっ!!」

 

 そう言って雄二は去っていった。

 しかし雪那には何故ここまで敵視されるのかいまいち分からない。

 その後音猫と咲夜にも質問されたが分かるわけもなく。

 それより雄二が公然と掃除をサボったと気づいた彼女らは若干憤りつつさっさと掃除を終え仮入部の場所であるグラウンドへと向かう。

 しかし体操着を着て運動する気満々の一同に伝えられた言葉は、

 

「あーゴメンねぇ、女子野球部の仮入部って来週からなんだよー」

「まいが……世界、終わった」

「いや落ち込み過ぎよアンタ」

「おるつな雪那さんも可愛いですわ!」

 

 6年生の野球部員にそう伝えられた。

 無情にも仮入部は来週だという。

 今週から始まるのは男子野球部の方。

 何故女子野球部はやらないかというと――

 

「練習試合が突如決まってね。

 しかも強豪の新潟鳴訓小等部と新興だけど最近力を付けてきた佐渡南。

 うちらの様な弱小校とマッチングできる機会はそう無いんだよ。

 時期的にみて先方からすれば、仮入部員に自分らの強さを見せつけたいのかもしんないけど。

 まあ強い処とやれればこっちとしては経験積めるから否とはいえないし、さ。

 まあそんな自己都合で悪いんだけど、顧問の先生も相手との打ち合わせで忙しい関係で来週からなんだ。

 ごめんね」

「残念……」

「ま、今日は音猫ん家で練習しよ。少し伸びただけだしさ」

「そうですわ。輝、芽留、良いですわね?」

「「りょっかーい」」

 

 とぼとぼと力なく歩く。

 他のみんなはわいわいと今日はどうするなどいろいろ相談するなか、雪那はテンションが落ちた感情で適当に他を見回す。

 そして偶然目したのは男子野球部。

 グラウンドの反対側は男子野球部が練習していたのだ。

 

「よーしじゃあランニングからいくぞー!

 走りながら声出してくぞ!

 はい、ファイオー! ファイオー!」

「ファイオー! ファイオー! ファイオー!」

 

 皆楽しそうに走る男の子達。

 雪那はその姿にかつての自分の姿を幻視する。

 

 

 

『よっしゃー!

 ランニングいっくぜー!』

『どうせならなんか賭けねぇ?』

『いよーし!

 ならビリ穴はみんなにジュース奢りなっ』

『待てや闘矢、俺脚遅いんだぜ不平等だ!』

『努力、友情、勝利で頑張れ』

『そんな230円の雑誌でどうにもなんねぇよ!

 友情だったらお前負けろや!』

『正々堂々も大切だよな。

 ってわけでおっ先ー♪』

『てめぇ、この○○○○に誓った中じゃねぇか――』

 

 

 

 莫迦みたいに白球を追いかけた毎日。

 ふざけて土塗れ泥塗れになりながら笑顔に彩られた思い出。

 そこに何の疑問も抱かなかった。

 きっと何年経ってもこの関係は変わらない。

 数十年後にはあんなこともあったのだと、思っていた。

 いつまでも続くであろう毎日は闘矢が負った怪我とともに歯車が狂う。

 絶望が胸を締め付け、腕は軋みあげ、脚は悲鳴を上げる。

 這ってでもマウンドに立ちたいと願った日々は、神の奇跡か悪魔の悪戯か、再び叶うこととなる。

 

 女の身を持って。

 

 それに恨みを持ったことはない。

 もう一度できるだけで幸運だと雪那は心の底から思う。

 でも――

 

(できればあの中で野球をしたかった。つっても仕様が無い、か。

 に、しても――)

 

 偶然思いだす。

 彼女はかつて親友の健一郎と共に甲子園に行くと誓った。

 その時ある物を持っていた。

 

(願掛け――ってわけでもないが、もう一度アレを作るのもいいか……)

 

 その日から雪那は密かにある物を制作し始めた。

 それはかつての思い出を繰り返すもの。

 夕焼けのグラウンドでセンチメンタルな気分からふと思いついた些細なもの。

 でも、

 

(俺の野球仲間はケンや栖鳳の奴らじゃねぇ。今目の前にいるこいつらなんだ。

 だったら仲間の証を作ってもおかしく、ねえよな?

 だから――)

 

 

 だからもう一度。

 夢を見よう。

 掌からこぼれた夢を再び掬えた奇跡に感謝しながら新たな友とともに。

 雪那の表情は変わらない。

 でもその姿は少し寂しそうな印象を見る者与えたことだろう。

 しかし誰も気づかないまま、彼女は歩こうとし――

 

「雪那ー! なにちんたら歩いてんのよー。

 さっさといくわよ」

「さあ時間は有限ですわ。今日こそ貴女の球を完全攻略してみましょう!」

「「きゃははは♪ ゆっきーおそいぞー!」」

「うん、今行く!(やめやめ! 今はこんな良い奴らがいんだ! センチな気分はとっととしまいにして、野球をすっか!!)」

 

 振りきる。

 かつての友たちの顔は夕日とともに消え、今目の前の友とともに野球をやりにいく。

 野球をし続けていれば繋がっていられる。

 野球語は世界を超えて旧友達に繋がると信じて。

 

 

 ○  ○  ○

 

 

 一週間後。

 今か今かと放課後になるのを掃除しながら待つ雪那。

 そして終えたとき、

 

「野球! 野球! 野球!」

「はいはい、さあ今日からアタシ達の野球が始まる訳ね」

「本日は晴天ですわ。まるで今日という日を天が祝福しているかのよう!」

「うははー♪ いいですにゃー気分上々やる気十分」

「ふははー♪ 良いですわーん天気上々環境充分」

 

 5人ともるんるん気分でグラウンドに向かう。

 なんだかんだで全員初部活にわくわくしていた。

 いつもはさっさと帰っていた学校がちょっと違う日常になる。

 学校という世界で起きた変化に高ぶる感情を幼い彼女らが抑えれるわけない。

 どんな練習をするのか、最初は地味な練習だろう、でもバットやグローブを使って実戦的な事をするかも――そんな事を話しながら向かう途中雪那が足を止めみんなに声を掛ける。

 

「そうだ、みんな、聞いて」

「どうしたの?」

 

 普段から野球の事ばかりの雪那の事。

 きっと野球関連の話しだろうと思っていたみんなに雪那はふところから取り出したソレを全員に配る。

 それは――

 

「ミサンガ……?」

「ん、初部活、記念」

「まあ! 手作りですのね!」

「下手、だけど」

 

 ところどころ縫い間違えや布の分量を間違えた赤とオレンジのミサンガ。

 ただそれには作り手の必死さがひしひしと伝わる一品。

 かつて雪那は仲間たちに送った品がミサンガだった。

 ある外国のサッカー選手が作っていたことで有名になったミサンガ。

 彼女はこれから苦楽を友にする仲間たちに送った一品として作った事がある。

 キャラでない事は百も承知。ただなにか共通のアイテムというのに憧れがあった当時の彼は慣れない裁縫の本を見ながら仲間たちに送ったのだ。

 これから頑張ろう、甲子園でカメラにコレを見せつけてやろうぜ、なら指を天に指さして合図すっか――等々笑いながら甲子園に出場した事を夢見て話しあった思い出の品。

 

 もう一度頑張ろうという雪那の想いも密かに込めての一品だった。

 もちろんそんなことを咲夜や音猫たちは知らない。

 ただ不格好ながら、いつもの雪那らしくない――良くも悪くも野球人な彼女が送ってきたものに笑顔で、

 

「「「ありがとう!」」」

 

 そう返す仲間たち。

 赤とオレンジのミサンガ――それは2つの意味が込められている。

 赤は勇気――オレンジは友情。

 どんな苦難も勇気を持って立ち向かおう、俺達の友情は決して終わらない。

 弱小の栖鳳高校でそんな願いを込めて作った一品。

 雪那は「キャラじゃないな」と心の中で苦笑しながら、笑顔で答えてくれた彼女たちに一言答える。

 

「一緒、頑張る」

 

 これからの野球人生で長くいるであろう友たちに送る拙い言葉。

 ある者は素直に嬉しがり、ある者は少し顔を赤らめながら明後日の方向を向きながらその言葉を受け取る。

 グラウンドへ向かう彼女達はきっとこれかも友達でいるだろう。

 そんな中別方向から声がかかる。

 

「あ、あれ君はこの前の――」

「あーっ!? 湿布くれた女の子!」

「あらあら~ここが仮入部の場所でいいのかしら~」

「んだー? この場所でいいんかねぇ野球部の仮入部は。

 前みてぇに延期とかふざけた理由じゃねぇだろうな」

 

 5人の元にさらに集まる4人の少女たち。

 偶然にも野球をするための最低人数である9人がここに集まっていたのだった――

 

 

 

 

 

 

 




【影道のスカウトコーナー】

「今回は双子の紹介をしようと思う」

 河岸輝
 外野
 右投右打 打法――オープンスタンス

ミート:E
パワー:F
走力:B
肩力:E
守備:E
エラー回避:D

内野安打:打ってからのスタートが早く内野安打になりやすい

 河岸芽留
 外野
 右投右打 打法――オープンスタンス

ミート:F
パワー:E
走力:B
肩力:E
守備:E
エラー回避:D

走塁○:塁を走り上がるのうまい

「双子というが実力もに偏っているな。
 能力はEがほとんどだが小学4年生なら平均値だ。
 前の3人は明らかに強豪校のレギュラーレベルだから彼女らの能力がむしろ普通だろう。
 とにかく足が自慢のようだな」


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投手の義務

「もしかしなくても、みんな女子野球部の仮入部なの?」

 

 咲夜がそう問うと4人とも口ぐちに、「う、うん」「そうだよ」「はいー」「当然!」とばらばらに返事を返す。

 その様子を見ていた雪那の感想は、

 

(凄く個性的なメンツが集まったなぁ……)

 

 などと思っていた。

 

 まず1人目は気の弱そうなツインテールの少女。

 名前は宇佐兎(うさらび)

 兎でらびと読む親がシャレ過ぎる名前を付けたようだ。

 今朝、偶然会って湿布をあげた少女だった。

 雪那の身長は女子小学生の平均値である133cmと丁度同じ133cm。

 だがこの少女は頭1つ分低い。よくて110cm前後。

 俯き気味の姿勢がさらに低い身長に拍車を掛けて小柄に見せていた。

 

 2人は薄緑のショートカット娘。

 名前が亀田夕陽(かめだゆうひ)

 宇佐とは保育園時代からの友達で親友。

 咲夜に通じる気の強そうな目つきで兎を守るように立っていた。 

 

 3人目はおっとりした長髪の眼鏡の少女。

 練習中は髪をひとまとめにしている。

 名前は龍宮乙姫(たつみやおとめ)

 夕陽とは逆にタレ目でいかにもみんなのお姉さんといった雰囲気を醸し出している。

 

 4人目――雪那はとくに最後の少女に目を見張った。

 

(でかい、これで小学4年かよ……。

 いいなぁー、背が高いとその分高い場所から角度のついた球を投げ下ろせるから威力が増すんだよなー)

 

 少し羨ましがった。

 

 少女の名は大鳳(おおとり)

 何故か名前を言わなかった。

 浅黒い肌で体は表面から見ても分かる筋肉。

 身長は140cm前半の咲夜を超える150cmという恵まれた体格。

 いかにもスポーツをやっていると分かる体つきだった。

 目をギラギラとさせ、鳥というより、野生のトラをイメージさせるその目つきはやたらと雪那の方に向けられてる。

 そしてそのまま雪那に話しかけてきた。

 

「おい、アンタ」

「何?」

「4年1組の『雪女』ってテメエの事だよな」

「なにあんた、雪那にいちゃもんつけようっての――」

「外野はすっ込んでろ!」

「な――」

 

 また雪那を嫌がる輩かと思い咲夜が出ていこうとした矢先に、出鼻を挫くような一言。

 そのまま彼女は絶句し、しばし止まる。

 大鳳は雪那を見続けたまま会話を続ける。

 

「別に雪女がどうって話じゃねぇよ。

 ただ――――

 

 アンタ相当、できる(・・・)だろ」

「……? なにが?」

「しらばっくれんなよ。ピッチングに決まってんだろ。

 偶然、公園でアンタが投げてんのを目にした事があるんだよ。

 明らかにそこらの凡人共の球と違うって分かったね。

 そう――バッティングの天才であるオレが言うんだ、間違いねぇ!!

 つーわけで――――

 

 勝負だ!」

「乗った!!」

「乗んな!」

 

 勝負と聞いて、もはや恒例となった雪那の高速返答に咲夜も負けじと高速突っ込みを入れる。

 すると案の定2人はぶーぶーと文句を言う。

 

「えー」

「んだよ、いいじゃねえかよ」

「仮入部前に体力使ってんじゃないわよ。

 やるならせめて部活の後にしなさい。

 こっちは疲れたくないの」

 

 咲夜が言う疲れるとは、雪那が投げるとなると当然のごとく自分が動員されるからだ。

 キャッチャーは受けるだけだが、なにかと神経を使う。

 しかもこの大鳳はかなり大柄でパワーは計り知れない。

 咲夜は文句を言ったり、嫌がったりと素直じゃないが基本真面目な性分だった。雪那とバッテリー組むなら以上全力で勝ちを狙う。

 だが今、全力で勝負すると折角の初部活前から疲れ果ててしまう。

 戦略としての意味以外で、手加減という言葉は彼女の辞書にはない。

 だから否といったのだった。

 

「正妻、こういってる、部活後で」

「正妻……?

 まあいいや。んじゃあ部活後で必ずだからな。

 にしてもホントに片言で無表情なんだなテメエ。

 ほれ頬動かしてみろって」

「ふにー!?」

 

 突然引っ張られた頬に雪那がびっくりしつつすぐさま離れる。

 若干ジト目になりながら、

 

「ひっぱるのダメ! 謝罪!」

「なんだよちょっと引っ張っただけじゃねえか」

 

 悪びれた風でもなくさらっと流す。

 そんな彼女らがワイワイと騒いでいると5年生らしき女子の集団がやってくる。

 どうやら部活が始まるようで。

 しかし雪那達に告げられたのは予想外の言葉だった。

 

「ごっめーん! 今日は6年生と顧問のセンセが緑川練習場で他校と合同練習にいってていないんだよー」

「ええー」

「あのすいません、じゃあ仮入部は――」

「ああ、大丈夫大丈夫。今日から開始だからそれは問題ないんだ。でも――」

「でも?」

 

 5年生はそこで一度言葉を止めくすっと笑う。

 そして言ってきた内容に4年生一同は軽く驚く。

 

「ただ練習するより紅白戦しない? 地道に腕立てとか腹筋するのは本入部した後でたっぷりするしさ!」

 

 部内での紅白戦のお誘いだった――

 

 

  ○  ○  ○  ○

 

 

「んじゃあ、打順とか守備位置とか決めておいてねー!」

 

 そう告げられ一同は顔を並べて相談する。

 今日仮入部に来たのは結局9人だった。

 DH制(指名打者制)無しの試合で丁度野球が出来る人数。

 試合は7イニングの公式女子野球のイニング数と一緒。

 細かいルールはある程度は大目に見るとのこと。

 皆個人または少人数で野球をやるメンツばかりだったので喜んで5年生の提案に乗った。

 そして現在ポジション決めの最中であった。

 しかしここで困った事になる。

 それはどうしても起こる問題だった。

 

 投手希望――雪那、兎

 捕手希望――咲夜、夕陽

 外野手希望――輝、芽留

 セカンド希望――乙姫

 サード希望――大鳳

 ショート希望――音猫

 

 ファースト&外野手1人不在。

 つまり希望ポジションが被ってしまったのだ。

 投手と捕手が。

 

「兎とワタシのバッテリーはサイキョーなんだ。

 引く気はないよッ」

「んー……でもこっちとしても雪那とバッテリー組みたいしさ……」

「ゆ、ゆーちゃあん!?

 べ、別にボクはそこまで無理いうつもりは」

「なーにいってんのさ!

 これは兎が強くなる第一歩なんだよー!

 ここで引いちゃあだめだめ!」

 

 夕陽は断固引かない姿勢の中、なんとか穏便に自分達に譲ってくれないかと頼む咲夜。

 兎はそこまで拘らないのかオロオロしながら抑えにもならない言葉を夕陽に掛ける。

 

「強ぇ奴がマウンドに居座るのが投手ってもんだろ。

 雪那の方が明らかに強ぇだーろうが。

 雑魚は引っ込んでろよ」

「なんだって!? 兎はね、毎日毎日投げ込みしてるし、苦手な走り込みだってしてるんだよ。

 見た目だけで判断しないで!」

「違ぇって。オーラが違うんだっつーの。

 オレねゃあ解る。

 こいつァ化けもんだぜ。

 岩みたいに硬い掌。鍛え上げた四肢。闘志を秘めた瞳。

 そんじょそこらの鼻たれ小僧どもとは()が違うんだよ」

「ただの無表情っ子でしょ!

 兎の方が100倍強い!」

「まあまあ御二人ともひとまず冷静になさってはいかがかしら~」

 

 ガルルと噛みつく夕陽に大鳳は独自の感性で雪那を推す。

 ワイルドな大鳳だが意外と雪那に対して高評価だった。

 最後は穏やかな表情を崩さない乙姫が真ん中に入って宥める。

 長期戦になりそうなポジション決めだったが、意外な人物によって問題は解決する。

 

「いい、ファースト、行く」

「ええ!? 雪那いいのアンタ。あれほど楽しみにしてたじゃない!」

「紅白戦、だけが、試合じゃない」

「まあそうだけど……」

「あ、あの雲母さんいいんですか?

 ボ、ボクそこまで無理に投手じゃなくても――」

「ストップ」

 

 雪那が遠慮して投手をやらないのだと思った兎は、おどおごしながら辞退しようと言葉を紡ごうとする。

 しかし雪那は止める。

 彼女は遠慮したのではない。それを伝えるために。

 

「マウンド、頂点(ちっ……舌が回らねぇからうまく伝えられっかな……)」

「はい?」

「譲る、違う」

 

 一呼吸置く。

 

「打たれれば、自分、上る」

「はい……」

「上がりたいなら、上がれ、でも――」

 

 もう一度一呼吸置く。

 痺れて回らない舌にやきもきしつつ、短い言葉で最大限の気持ちを送る彼女。

 

「護る、それが、義務」

「う、うん!! ガンバルから!」

 

 雪那が伝えたかった事。

 それはある意味至極当然の要求。

 投手の仕事を果たせ――護れ――それが言いたかった事だった。

 プロ野球のバッターはレギュラーになれば、毎日試合をすることになる。

 

 しかし、投手は違う。

 先発なら数日間に一度。

 中継ぎや抑えなら出る機会は増えるが、それも先発投手の結果や調子、また試合経過によっては登板しない日だって当然存在する。

 何人もの投手が居てもそのマウンド(せいいき)に存在できる投手は1人だけ。

 それだけマウンドに居られる時間は貴重なのだ。

 攻撃は9人のバッターが請け負うが、守備はある意味孤独な世界。

 もちろん頼りになる守備陣は存在するが、投手が際立っていれば守備は寝ていてもイニングを終えることだってできる。

 守備の重要度はどうしても投手に偏る。

 だからこそ護れ。

 貴重なマウンドをお前に渡すのだからキッチリ仕事をしろ。

 そんな言葉を雪那は込めている。

 伝わったのかは解らない。

 ただ兎の表情には真剣味が増した。

 それを見た雪那はなら良しと引き下がる。

 

 これで一応の守備は決まることとなる。

 4年生チームのメンバーはこうなった。

 

 

【1番・右投右打】輝  レフト(左)

【2番・右投右打】芽留 ライト(右)

【3番・右投右打】夕陽 キャッチャー(捕)

【4番・右投右打】大鳳 サード(三)

【5番・左投左打】乙姫 セカンド(二)

【6番・右投右打】咲夜 センター(中)

【7番・右投右打】音猫 ショート(遊)

【8番・左投右打】雪那 ファースト(一)

【9番・右投右打】兎  ピッチャー(投)

 

 この打順には雪那の意見が多いに反映されている。

 打撃力なら音猫、そして雪那が優れている。

 しかし3~5番のクリーンナップに自身を入れなかった。

 それにはある理由があった。

 

 1つは兎ら4人の実力が解らない事。

 雪那達は一緒に練習してきた事もあり、ある程度の実力を把握している。

 故にバッティングセンスが光る音猫を最初に。

 パワーがある程度ある咲夜を次に。

 真打ちの雪那ををラストに添えるという布陣にした。

 

 2つ目に雪那の体力温存がある。

 長年走り込みをしてきた雪那は自分なら1~7イニングまで余裕で投げ切る自身があると断言する。

 しかし勝負の世界で絶対はない。

 上位打線で打席を多くこなしたせいで登板するまでに疲れてましたなどとお笑い草だ。

 故に投手の次に打席が回る回数の少ない8番入ったのだった。

 

「よし、勝負」

「おーコウハイちゃんたち準備いいねー。

 それじゃあお願いしまぁす!!」

「「「お願いします!!!」」」

 

 いざ勝負の幕は切って落とされた。

 4年生チーム対5年生チームの戦い。

 咲夜は浮かない表情で相手チームを見やる。

 

(さて噂で聞くような人たちでなければいいけど……)

 

 人気部活である野球部の仮入部に初日9人しかいない事実。

 やたらニタニタしている相手チーム。

 波乱を予期させる雪那たちの初戦は今始まった――

 

 

 

 

 




【影道のスカウトコーナー】

「(かちゃ)影道だ。何、雲母雪那の新しい資料?
 なにを言っているんだ、彼女の投手能力はちゃんと調べ済みで――。
 野手能力だと?」

 【雲母雪那】
 投手 左投右打 打法――一本足打法

ミート:B
パワー:C
走力:C
肩力:B
守備:A
エラー回避:A

チャンス◎:得点圏にランナーがいるとき打力大幅アップ
打球反応:ピッチャー強襲の打球でも瞬時に反応できる
牽制○:牽制球がうまい
逆境:後半戦で負けまたは同点の場合打力アップ

「ちょっと待ってくれないか……。
 これは見間違えではいのかね?
 え、本当だと?
 だとしたらこの娘はどれだけ怪物なんだ!?
 投手も野手でも優れた能力を持つなどと――」






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身内の常識、世間の非常識

「じゃあ先攻後攻決めをします」

 

 審判役の5年生はコインを取り出し、親指でピンと宙に弾く。

 

「じゃあ裏っで」

「表を」

 

 代表として立った音猫。

 表を選択する。

 審判の手の甲に落ちるメダル。

 陽に反射した銀のコインが表したのは――

 

「裏――5年生チーム先攻です」

「はいはーい。じゃあコウハイちゃんたち準備してよ」

「わかりましたわ。皆さん、後攻なので守備についてくださいまし!」

 

 裏。

 雪那達一同は軽くアップしていたのでそのまま守備につく。

 その中で雪那は周囲を観察する。

 1つは5年生チーム。

 もう1つは4年生チーム。

 

(あまり……よくねぇ連中かもしれない、な)

 

 男子と女子の違いなのだろうか。

 雪那は心の中でため息を吐く。

 彼女が眉をひそめたくなる理由。

 それは5年生チームの座っている物にある。

 土のグラウンドでベンチは限られている。

 そこで彼女たちはあろうことがグローブを下敷きにし座っていた。

 野球に限らず、自分が命を預ける道具は普通大切にするもの。

 全員が全員ではないだろうが、雪那はキチンと手入れを欠かさない。

 小学校から高校まで自主錬に使っていたグローブもバットもボールも一度だって買い代えた事がない程物持ちがいい。

 それだけ熱い想いを野球に託し道具。

 古くなってもそこに宿る思い出は自分を強くしてくれる。

 

 ここぞというチャンスで三振して試合が終わった時。

 抑えるべき場面でホームランを打たれ降板した時。

 簡単なフライをエラーして失点した時。

 

 辛い思い出があった。でもそれ以上に楽しい思い出がある。

 

 4番を三振に打ち取った時。

 満塁のピンチを切りぬけた時。

 ヒット性の当たりを飛びついてとった時。

 

 苦楽を共にした友は大切にすべき――それは彼女の信条だ。

 それを他人に押し付けるは間違っているかもしれない。

 しかし――

 

 

 部活のものとはいえ、軽々しく尻の下に置くものではない、と雪那は心で叫ぶ。

 それだけではない。

 

「ねぇ、この後どこ行く?」

「じゃあマックいこー」

「これどう? 今年の新作なんだけど」

「うっわこれ1万するファンデじゃーん! いいなー」

 

 ケラケラと話す姿。

 この後の予定を話すのはまだいい。

 しかし、野球をしているなかで鏡を取り出し化粧するもの。

 ファンション雑誌を手に談笑している奴らはなんなのだと。

 

 試合中で一応の先輩なので黙るがなんともいえない気持ちが心に湧き出ていた。

 

(いや今は試合中だ。まずは自チームを見よう)

 

 頭を振りながら周囲を見渡す。

 どのくらいできる人なのかは重要だ。

 紅白戦とはいえやはり勝った方が気持ちいい。

 だからこそ観察する。

 どの程度の実力があるのかを。

 

(宇佐が若干おろおろしているけど、亀田がうまく先導しているな……。

 でも宇佐の性格からするとマウンドに立つような人間でもないけど、それくらい投手に思い入れがあるってことなのか?

 ピッチング練習してるが……球は遅い。でも構えたところに投げ込んでいるあたりコントロールはなかなかってところか)

 

 ホームベースでマスクをかぶっている夕陽は終始落ち着いた様子で何言か兎に声を掛けていた。

 長く付き合いがあるおかげなのだろう、言葉を掛けられて宇佐は落ち着きを取り戻していた。

 まあ大丈夫かと残りの2人に雪那は目を向ける。

 

(セカンドの龍宮は――土の具合を確かめてるな……。

 顔は終始落ち着いてるし守備に問題は無さそうか?

 大鳳は――アイツは余裕で大丈夫だな。

 むしろこっちにボール来いとか思ってそうだ。

 なんつーかアイツとは気が合いそうだ。一緒の部活なら勝負しほうだいだし楽しくなりそうだな!)

 

 大鳳が雪那を化けもんと評したように――雪那もまた大鳳はただ者じゃないと感じていた。

 見た目からして鍛え上げた肉体もそうだが、強打者特有の空気――どんな球でも打って見せるといった雰囲気を感じ取っていた。

 それは生前、野球に18年間触れてきたが故の直感。

 様々なチームの4番やそれ以外でも出来る(・・・)奴らと戦ってきたからこそ解る。

 コイツはできる、と。

 根っからの野球人だ、と。

 世界はこのダイヤモンド型のフィールドだと声高らかに宣言しそうな人間だ、と。

 

(敵なら楽しめるし、味方ならこれ以上無い頼りがいのある奴だ。

 これりゃあ思った以上に同年代は豊作だな。

 これだから野球はやめられねぇんだ!

 早く開始してくんないかなー。かなー)

 

 先ほどの気持ちに水を差された先輩らの愚行。

 でもやはり雪那は野球が大好きだ。

 それも長らく離れていた試合にやっと出れる。

 今は投手ではないが、もう一人の実力が知りたいのと、何より揉めて試合が遅くなるのが嫌だったからだ。

 雪那は目を閉じ感じる。

 フィールドの鼓動を。

 風が吹き、細かな砂粒が舞う。

 午後の空気には寒風がいまだ残るが寒いほどではない。

 逆に熱い。

 熱くて燃え上がりそうだ。

 早く開始しないとこの感情が爆発してしまいそうでただただあの言葉を待つ。

 そして響く審判の声。

 

「プレイボール!!」

 

(いよっしゃぁぁぁ!! 10年越しの試合開幕じゃあああ!!)

 

 

 ただ無表情を絵に描いた少女、雪那は心の中で雄たけびを上げたのだった。

 

 

 ○  ○  ○  ○

 

 ~~1回表 5年生チーム攻撃~~

 

 

「よっろしねー」

「はい」

 

 夕陽は静かにバッターを見据える。

 やっとここまできた。

 

 

 

 

 

(らび、最初は様子見からだよ。ワタシたちの力、キッチリ見てもらおうね!)

(が、外角低め、ギリギリストライクコース。際どいところ要求するなぁ……。

 で、でもガンバル! 雲母さんにもそう言っちゃったし、いつまでもびくびくしてられないもん!)

 

 セットポジションに入る。

 初球すら投げてないのにボールを持った手はじわりと汗が浮かぶ。

 緊張しつつも頼りになる親友が信頼して待ってくれている。

 ならばと兎は腕をゆっくりと振り上げる。

 そこからボールとグローブごと抱え込むようにまるまり腰を捻った。

 低姿勢から放たれるそれは――

 

「へーアンダースローか!」

 

 ボーリングの球を放るとはではいかなくても、地面すれすれから放たれるボール。

 ふわっと浮き上がる独特の軌道を描きながら外角へと向かう。

 

「あまちゃんだねぇ! 様子見だってばーればれ!

 外角なのはわかって……!?」

 

 ――ククッ!

 

 5年生チームの1番も解っていたのかバットを振り上げ流し打ちを狙うが不自然にボールは曲がる。

 カーブ。右手なら左斜めに滑るように落ちる。

 意表を突かれたバッターは己のバットを止めるにはすでに機会を逸していた。

 

 カン!

 

 バット先にボールは当たり軽い音を奏でる。

 ゆっくり上がったボールを雪那がキャッチし、

 

「アウト!」

 

 兎はこの後も制球に優れた直球とカーブを駆使し、後続の2人もゴロに打ち取り1回表は終了する。

 上々の立ち上がりに喜ぶ兎達だったが、雪那は別の感想を持っていた。

 

(おかしい。真剣味が無いっつーか。最初は流す気満々に見えたな……)

 

 あくまでこれは紅白戦であって公式試合じゃない。

 だから適当に流すのも可笑しくはない、だが。

 

(打ってから走ろうともしないし――それにあの目)

 

 どこか野球人として勘故か警鐘が鳴っている。

 明後日の方向に視線を向けている5年生チームが何故か兎が投げる瞬間だけ目をギラリと輝かす。

 まるで獲物を狙う狼のように。

 その瞬間を目ざとく見ていた雪那は軽く寒気がした。

 だが――

 

(はッ! これりゃあおもしれー!

 だから野球は止められない!)

 

 それ以上の熱が彼女を支配する。

 一筋縄で行かなそうな相手に人知れず雪那は闘志を静かに燃やす。

 

 

 ~~1回裏 4年生チーム攻撃~~

 

 

「お姉ちゃんワンばってー」

「うははーまあ軽くいってみるよー」

 

 応援されながら一番輝がバッターボックスに入る。

 それを見ていた5年生のキャッチャー松見は、

 

(ふん……乳臭そうなガキ。

 愛子! いっちょ先輩の球って奴を見せてやれ!)

 

 ど真ん中にミットを構える。

 

(オーケーまっつー。いくぞおらぁ!!)

 

 相手ピッチャーはオーバースローから豪快に腕を振り――ミットに収まる。

 

「ストライク!」

「へっへーどう? 私、そっきゅー派なんだよねー。

 これでも85k/mは出せるよー♪」

 

 得意げにそんな事言う5年生の琴山愛子。

 女子野球が人気が出始め能力の高い選手も現れ始めた昨今。

 それでもプロでは139k/mが最高球速で、高校なら110~120、中学なら100前後。

 小学生では50~90と言ったレベルだった。

 その中で言えば確かに彼女のストレートは速いレベルではあった。

 

 それを見て4年生達は同時に口を併せていう。

 

「「「遅い」」」

「「「速い」」」

 

「「「え?」」」

 

 顔を見合わせる一同。

 最初に口火を切ったのは大鳳。

 

「おいおい女子で80台ってかなり速いレベルだぞ」

「ワタシも同感。らびの球速は60k/mだし、比べるとかなり速いよ」

 

 対して反論したのは音猫。

 それはおかしいと眉を顰める。

 

「なに言ってますの? アレで速いって……。

 80なんて温すぎますわよ」

「アタシも同感ね。あんなの小学生低学年レベルじゃない」

「いえいえー、獅堂さんに此華さん私もあれは速いレベルと感じますけど~」

「それこそ違うよ(たっつー)

 何あの投手のドヤ顔。

 速いだろーって笑っちゃうね!

 ゆっきーあの恥ずかしいのになんとか言ってよ」

「……輝、がんば」

「あ、応援に集中して聞いてないし」

 

 皆がワイワイとしている中でもプレーは続く。

 琴山はニヤケている。

 

「ごっめんねぇーわたしィ手加減するの苦手なんだよねー」

 

 そう言いながらセットポジションに付き振りかぶる。

 どうやら力の差を見せつけながら自信を喪失させようという魂胆が見え隠れしていた。

 投げようとする投手に対して、輝はぼそっと呟く。

 

「気が合うねーお姉さん。輝もね――」

 

 投じられる球。

 輝は冷静に球を見据え腰を捻る。

 足を踏ん張り、腰を回しながら連動してパワーを腕に最後にバットへと伝える。

 そして――

 

 カキンッ!

 

「なぁ――!?」

 

 左中間を真っ二つに割る長打コース。

 足の速い輝はゆうゆうと2塁に進みながら言う。

 

「手加減って苦手にゃんだよねー♪ 

 くすくす♪」

 

 片手を口に当てながら、いじわるっ子の表情でそう告げた。

 

 

 

 

 

 




咲夜や音猫の基準は誰でしょうー(棒)

ドヤ顔乙な5年生でした。


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飛べ飛べ白球(笑)

今更ですが試合の描写ってどれくらいにやればいいのか悩み中。
あっさり終わるのもなんですし。
そんな悩みながらの投稿です(^_^;)


 ~~1回裏 4年生チーム攻撃継続中~~

 2塁輝、ノーアウト。

 

 1番バッター輝が左中間を真っ二つに割るツーベースヒットを打ったことで調子づく4年生チーム。

 続く2番は輝の双子の妹、芽留。

 音猫はバッターボックスに立つ芽留に大きな声で指示を出す。

 

「芽留ーー! いつも通り(・・・・・)手堅くいきなさいッ!」

「わんわんさー♪」

「わんわんさって何よ……」

 

 サインも無しに声で伝える音猫に5年生のキャッチャーは舌打ちする。

 

「ちっ(舐めやがって。公然とバント指示かよ。

 ここはバントシフトに……。

 いや、ノーアウトでバントシフトはリスクが高いか?

 あの輝ってのも芽留ってのも、顔が瓜2つだし双子か。

 ならアイツも打撃力はある程度あるとみた方がいい……。

 右打者だから外野は左寄りに、内野はバントシフトを採らず警告だけでいくか)」

 

 キャッチャーはさりげなく立ちながらサインを出す。

 それを見た守備陣は静かに動く。

 そっとスリ足で相手に悟られないように。

 動いた距離はたかが2、3m。

 近くで観察すれば分かるが一面茶色の土グラウンドでは判別しにくい。

 

「動いた」

「え? どうしましたか、雪那さん」

「外野、守備位置、レフト寄り」

「ん、ん、ん~?

 確かにそう言われればそうかも知れません、わね」

 

 だが雪那は見抜く。

 前世も含めれば野球歴は20年を遥かに超える彼女なら造作も無い小細工。

 よく観察していれば看破するのは造作もない。

 雪那は5年生チームのタイプを見抜く。

 所謂、実力で相手を凌駕し勝利しようとする正統派ではなく、ラフプレーや小細工で相手チームの実力を出しきらないようにするチームだと。

 この手合いは様々な手段を講じて相手チームのリズムを崩す。

 だが逆に言えば実力面ではあまり自信の無いタイプが行う作戦とも言える。

 冷静に見続け、見抜いた雪那。

 音猫は感心しつつ、これからの作戦を言う。

 

「さすが雪那さんですわね。

 ワタクシでも分からなかったのに。

 まあ、芽留さんに関しては手堅く(・・・)いってもらいますしそこら辺は大丈夫でしょう」

「ん、わかった」

「あのー」

「なんでしょう、亀田さん」

「手堅くっていうと河岸さん……芽留さんがバントで進塁させて、ワタシがフライ打てばいいって話なのかな。

 またはスクイズ狙いとか。

 バントは練習してないし、打撃もうまく外野に飛ばせる自信なくてさ」

 

 ネクストバッターズサークル【本塁付近のダートサークルとベンチの中間に作られる5フィートの円。次のバッターがいなくてはいけないルールはないが、試合を円滑に進めるため控えているのがマナー】――

 ――を模した円の中でしゃがんでいた夕陽が音猫に聞く。

 序盤1回裏でノーアウト2塁。

 この場面ならバントで進塁させればワンアウト3塁。

 バントで3塁ランナーをホームに返すスクイズや犠牲フライで容易に1点を得られる場面。

 監督がいたならまずそのように指示を出すだろう。

 

「そうですわね……芽留が巧く成功させるかによりますわね」

「成功?」

「まあ見ていればわかりますわ」

 

 音猫は少し意地の悪い顔でバッターボックスに立つ芽留を見ていた。

 

 

 

「あーあマグレ当たりって怖いねー。まさかジャストミートされるとは思わなかったな」

 

 琴山は特に一番に打たれたことを気にしてはいない。

 ピッチャーが投げ、バッターが打つ。

 その過程ではどうしても当たる時は当たるのだ。

 球が消えない限り、バットをタイミングよく振れ当たる可能性は存在する。

 プロでも偶然の一撃がホームランになってしまったことなどゴマンとある。

 投手ならその程度でガックリしないようにする。

 琴山は案外メンタルが強いのかもしれない。

 

「わっふっふー♪

 一度あるなら二度あるかもしれないよ~おねーさん方♪」

「そりゃ怖いねー。

 なら先輩の意地って奴を見せないとねー」

「それで打たれたら薄らべったい先輩のプライドがコナゴナだねー♪」

「大層な自信だねー(コイツ潰す……ッ! )」

「……(愛子――ココ狙え)」

「じゃあいくかねー(りょーかい。ちーっとビビれぇや、くそじゃり!!)」

 

 ランナーがいるので盗塁させないようにクイックモーションから第一球を投げる。

 速いボールは風を切りながら真っすぐ向かう。

 

 芽留の頭めがけて。

 

「うわっとッ!!??」

 

 素早くしゃがみ込んだ芽留の数センチ上を白球が通り過ぎキャッチャーのミットに収まる。

 軟球(・・)とはいえ、球がそこまで柔らかいわけではない。

 時速80k/mオーバーのそれは打ちどころが悪ければ、頭蓋骨にヒビの1つも付きかねない。

 

「ボール!」

 

「とんでもない、危険球(ビーンボール)」

「な――ッ。危ないじゃありませんの!?」

「悪い悪い。ちょっとー手ぇ滑っちゃってー」

「なるほどなるほど。それは仕方ないですねー」

 

 白々しい言葉。

 そもそもキャッチャーは初めから立っていた。

 誰が見ても狙ってやっているのは明白だった。

 

「ほらほら続き続き」

「音猫様、芽留は大ジョブなんでドンと構えて欲しいわん♪」

「……わかりましたわ」

 

 

 

「へっ(これでガチガチになってバットも振りづれぇだろ)」

 

 琴山とキャッチャー三山が狙ったのはワザと狙った事で相手バッターを委縮させようというもの。

 本来の試合なら審判に厳重注意を受けるところだが、今のところ5年生の審判は顔をしかめているだけ。

 

「でも指示は守らなくちゃねー」

「ちっ(バントの姿勢か……)」

 

 そっとバットを水平にし、右手を添える。

 芽留はじっと窺う。

 三山は高めストレートの指示を出す。

 高めならランナーがスタートした時立ったままボールを捕球し、即座に返せるからだ。

 またバントも当てずらい、また当てたとしてもバウンドして1、3塁線を超えてファールになりやすい。

 指示通り琴山はキャッチャーが構えた外角高目を狙い投げる――がしかし。

 芽留は投げたとみるや即座に通常の構えと移行する。

 つまり、

 

「エンドランか!?」

「わっふっふ~狙い球ゴチソウサマッ!!」

 

 カキン!

 

 ヒットエンドラン――投手がモーションに入ると同時にスタート(ここで投球をやめるとボークという反則になる)し、バッターはゴロでもいいので必ず打つ。

 そうすることでランナーは先の塁に進塁しやすくなる戦法。

 ヒットなら得点の大チャンス。

 無論、空振りすればただの無茶な盗塁なのでアウトになりやすいが。

 

 だが先ほどは高めで頭狙いをした。

 なので同じく高め球を投げることで相手の脳裏に先のイメージを連想させ、手を出しにくくする――ということで少なくとも2球目は手を出さないだろう、とみたバッテリーの裏をかくようにライト方向へ流し打つ。

 ライト守備の前へと巧く打球が落ち、芽留は1塁に。

 輝は本塁へ走ろうとしたが存外、芽留の打球が早くライトの捕球が早かったため2、3歩進んだがホームは無理と判断し3塁に留まる。

 連続ヒットで大チャンスの中、大鳳は少し疑問を抱く。

 

「あのチビたちゃあ何で苦も無く当ててんだ?

 俺は天才だから当てられっけど、速いに代わりねぇ。

 見た目からしてスピードタイプにしか見えねぇし……」

「あら……貴女なら分かるのではなくて?」

 

 呟き声を拾った音猫は言う。

 

「あ?」

「輝や芽留、ワタクシに咲夜――そして雪那は幼馴染でしてよ。

 ならつまり――」

「あ、あーっと……。

 ああ、そういう事か!

 あの雪女の所為だなッ」

「……?」

「ああ雪那さんは御気にせずに(ああ、くりっと頭を傾げる仕草がかあいいですわぁ!)」

「うん」

「まあつまりそういう事ですわ」

「なるほどな」

 

 大鳳は雪那の投球を見たことがある。 

 だからこそ気づいた。

 

「慣れか(雪女の球は軽く……90k/mは超えてるだろ。バッティングセンターの90k/mコースより明らかに球の風切り音が違ぇし。

 普段から一緒に練習して、球速の基準があの雪女の球速とイコールになってるってわけか。

 まあ、だからこそアイツとは勝負してぇんだよな。機械じゃねえ生きた球に慣れるためにもよ)」

 

 納得した大鳳は4番であるためネクストバッターズサークルで静かに集中する。

 今打席に立っているのは3番、亀田夕陽。

 彼女は投手を睨み付けながら、捕手である事を生かし相手捕手の思考を読み取ろうとする。

 

「……ふぅ(ノーアウト1、3塁の大ピンチ。

 捕手ならどう考える……。

 1失点すると前提でダブルプレー狙いのゴロか、それとも抑える気満々で迎えるのか。

 どちらにせよ安全策で低め狙い、かな?)」

「……(ってぇこの捕手は考えてんな……。

 そんな読みで打てる程野球舐めんなよ――)」

 

 三山は夕陽が深く考え込んでいるのに気付きその心理を読む。

 普通、5年生で心理的なモノを読むなど到底不可能なはずなのだが、三山は元来相手の顔を窺う癖があった。

 普段はそれで女子グループから付かず離れずの距離感を維持し学校生活を送っている。

 そんな彼女のサインは――

 

 びゅッ!

 

 投じられる球。

 狙い球に低めに絞った夕陽だったが、

 

「ッ!? (真ん中!? この場面で……)」

「ストライク!」

 

 低めと当たりを採っていたためバットは動かなかった。

 そして2球目は外高めを外してボール。

 3球目は外角狙いを選択したが、嘲笑うかのように内角を鋭く付く直球でストライク。

 2ストライク1ボール。

 投手有利のカウントに追い詰められた。

 

 そして4球目。

 

 琴山が投じた球は投げ損ねたのか気持ち遅かった。

 球に勢いが無い。

 好機とみた夕陽はぎゅっと金属製のバットを握りしめ振りかぶる。

 

 迫る球。

 拙いながらも腰を回しパワーと伝えたバットは、

 

 スッ――。

 

「あ……」

「ストライクバッターアウト!」

 

 球は伸びず落ちる。

 チェンジアップ。

 ストレートとの使い分けで効力を発揮するタイミングをずらす球で三振となった。

 

「ごめん……」

「ドンマイドンマイ次もありますわ!」

「向き、不向き、ある」

「うん」

「ま! 俺としちゃあ序盤から最高の見せ場がきて嬉しいからな。

 いっちょ見てろよ!」

 

 打席に向かうは4番大鳳。

 身長150cm

 丸太――とまではいかなくても到底女子とは思えない腕の太さ。

 肉食獣を思わせる獰猛な笑み。

 バッターボックスでは内側にポジションをとり、打つ気満々だった。

 ブオンブオンと振るバットは腰が入っていてみるからに打ちそうだ。

 

「おっしゃぁこいやぁ!」

「……ん(うるせぇなこいつ! 愛子、ここはこれでいっちまいな)」

「いくよ(再度の攻めね。みやまんエグイねー)」

 

 ザッと足を振り上げ投げられた球を見た夕陽は目を見張る。

 

「あいつらまた――!」

 

 顔面狙い。

 とはいってもキャッチャー三山の身長は140cm前後。

 大鳳は150cmオーバー。

 下手するとそれを顔面狙いにすると、高すぎて最悪捕り損ね――捕逸の可能性がある。

 実際には高めのインハイでストライクゾーンから球一個分外れた場所。

 それを見た大鳳はニヤッと笑う。

 

「それ待ってたぜぇ!! 莫迦の1つ覚えに感謝ってなぁ!!」

「あ――(しまった、コイツワザとバッターボックスの内側にいやがったのか!?)」

 

 インハイのボール球

 しかし大鳳がバッターボックス内で少し位置をずらせはそれは真ん中よりの高めボール球と変わらない。

 ボール球といってもボール一個分程度なら打ち返せなくは無い。

 ブオンと大質量のトラックが目の前を通り過ぎる錯覚を三山は感じた。そして――

 

 カキィィィン!!!

 

 甲高い音センター方向へボールは飛ぶ。

 高い高い大飛球。

 傾き始めた日差しの中、白球は翔ける

 大鳳は手でひさしと作りながら「おー高いたかーい」と余裕の表情。

 そして――――

 

 

 

 

 

 

 

「アウト!」

「「ってえぇぇーー!?」」

 

 センターフライ。

 高すぎて飛距離が足りて無かった。

 

「……あー今日はいい天気だなー」

 

 手をかざしたまま帰ってきた大鳳。

 下手な口笛を吹いている。

 

「……アンタ明らかにホームランと思ってたでしょ?」

「いやー日差しが眩しくてさー」

「いえーい! 輝ちゃんはちゃっかりタッチアップで帰ってきましたとさ♪」

 

 大鳳の大飛球は犠牲フライとしては申し分なかったので、輝は隙をみてさり気にタッチアップ。

 この後、芽留が一塁にいた状態――――ランナー一塁ワンナウトで5番乙姫。

 

「ちょっと守備以外は苦手なんですが……。とりあえすいってみましょーか~」

 

 おっとりとした口調で打席に入る彼女だったが。

 

「シィッ!」

「きゃ!?」

 

 相手の気迫に驚いたのか、思わずバットを振ってしまう。

 しかし腰の入っていないバットでは、飛ぶはずもなく鈍い音とともにショートに転がる。

 

「セカンド!」

「うわっ!? さすがに芽留ちゃんも間に合わないよ~っ!」

 

 ショートはセカンドに送球。

 2塁ベースをしっかり踏んで一塁へと送球した。

 二塁コースアウトでセカンドに走っていた芽留がアウトに。

 一塁を走っていた乙姫も当然間に合わずショート併殺打となり、1回裏は終了した。

 

 守備に付き始める4年生チームを見た琴山達はその様子を見ながら呟く。

 

「じゃぁそろそろ仕掛けよっかー。先輩がどれだけエライか体に教えてあげないとねー♪」

 

 4年生対5年生。

 1回終了1-0。

 勝負はまだ始まったばかり――

 

 

 




【影道さんのスカウトコーナー】

「前回はめぼしい人材が見当たらなかったので御休みした。
 さて今回は逸材たちのそばにいる子たちにスポットを当ててみた。
 まだまだな部分はあるが育ち盛りの少女たちだ。
 将来、甲子園を沸かせる人材になってほしいものだ」

 宇佐 兎(うさ らび)
 投手
 右投右打 アンダースロー

 球速:60k/m E評価
 制球:C評価
 スタミナ:F評価
 変化球:カーブ3 E評価

 信頼○:捕手が夕陽の場合、信じて投げ込める
 逃げ玉:投げ損ねた球がうまく枠ギリギリに入りやすい
 弱気:時折不安にかられ調子を落とす
 乱調:たまに制球が乱れる回がある
 ピンチ×:得点圏(2、3塁)にランナーが出ると緊張して投球能力ダウン
 強打者×:4番などの強打者が相手だと委縮して能力ダウン 
 
「ふーむ……コントロールはいいがそれ以外、特質する部分がないな。
 どちらかというと抑え向きといったところか。
 メンタル面がかなり弱いな。
 投手というのは割と我の強いタイプが多いのだが、この子はおとなしすぎる。
 雪那君――彼女、見た目では分かりづらいが相当マウンドに固執するタイプだし、いい部分を見習えれば更なる成長も見込めるかもしれんな」





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雪の名を冠する者は動く

咲夜、音猫、雪那の打撃シーンを追加 10/21。


 ~~2回表 5年生チーム攻撃~~

 

「さあ、やろうか」

 

 4番、久永文(ひさながふみ)は悠然と打席に立つ。

 落ち付いた雰囲気で投手を見やる。

 それに対し、(らび)はびくっと体を震わせた。

 

「うぅ……(なんかこの人、凄く打ちそうな空気……怖い)」

 

 怖いので極力目を合わさないように信頼する捕手のサインに注目する。

 夕陽は最初、1本指を立て、次に4本指を立てた。

 彼女たちのサインは単純に足し算。

 立てた指の合計が4ならストレート。5ならカーブ。

 今は合計で5なのでカーブの指示だった。

 兎は心の中で落ちつけー落ちつけーとおまじないを掛ける。

 昔から人と接するのが怖かった。

 いつも夕陽の背中でびくびくしてばかり。

 そんな自分に嫌気が差す毎日。

 

 でも彼女はある野球選手の言葉を聞き野球を好きになった。

 それはテレビで女子プロのヒーローインタビューでの事。

 早く終わって9時からのドラマが始まってくれないかと思いながら聞き流していた兎の耳にスッと入る言葉。

 

『いやー今日は堂々としたピッチングでしたね! 向島選手!』

『ありがとうございます。今日は調子がよくて完投できました。

 これも最後まで応援してくださったファンの声援のおかげだと思います』

『なるほど。ピンチになっても乱れない投球内容は素晴らしいかったと思います。

 それもファンの後押しがあったおかげということでしょうか?』

『はい。

 ただ私は昔怖がりでして、よくびくびく人の影に隠れていたりしたんですけどね』

『ほお! それは意外ですね。

 ですが向島選手というと得点圏にランナーを置いての投球は防御率1点台の球界屈指のピンチに強い投手として知れ渡っているわけですが』

『そんな記録あるんですか。

 まあ簡単な事ですよ。投手は1人じゃないって思うようになりまして』

『1人じゃない?』

『はい。至極当然ですが野球は9人でやってますからね。私の野球人生は仲間を信じ信じられて来ました。

 ピンチの時も打たれたって周りの頼もしい仲間たちがいるんだって思うと不思議と心が落ち着くんです。

 そうしていたら、何時の間にかどんな時でも最高のピッチングをできるようになったんです。

 野球――そして仲間達が私の怖がりを無くしてくれたんですよ』

 

 

 

 兎はこのインタビューを聞いて野球が好きになった。

 自分の怖がりも野球ならきっと直してくれる。

 仲間達がいればもっと安心できる。

 素直な兎はそう信じてマウンドに立つ。

 とはいえ――

 

「うぅ……(やっぱり怖いィィィ!)」

 

 そう簡単に人は変われない。

 夕陽はそんな兎の心中を知ってか知らずか低めにミットをずらす。

 一度、一球打たれそうにない球を投げて気分を落ちつけようとしたものだった。

 

 投げる兎。しかし緊張した体は指先に僅かな硬直をもたらしていた。

 投げた瞬間兎は察知した。

 

(しまった!? 投げ損ねた!)

 

 何処かに力が入り過ぎたのか指先は球を表面を滑りふわっとしたボールがミットを目指す。

 幸いボールは外角へ向かう。

 内角は引っ張られるとホームランの可能性があったが外角なら――

 

 そんな兎は次の瞬間驚愕する。

 

「ふぅッ!!」

 

 ガ、キィィィン!!!

 鳴る金属音。

 ボールは高く飛ぶ――

 

 ここで緑川小学校のグランドについて説明する。

 スポーツを振興しているこの市は半田舎という事もあり土地が多い。

 それを生かし、市内には野球のみならずサッカーやバスケ、テニスなといくつかの施設も存在する。

 そして緑川小学校には3つのグラウンドが存在する。

 

 第一グラウンドは200mのトラックが存在し普段の体育を行っている。

 遊具も多数あるので昼休みには子供たちの声が絶えない場所だ。

 第二グラウンドはなにもない土のグラウンド。

 普段はサッカー部などが使用している。

 そして第三グラウンド。

 ここが今雪那達がいる場所。

 野球部がメインに使い、男女で2つに分けている。

 2つの扇を反対から重ねたようにして使っており、ホームベースからセンターまで約100m弱。左右は90m程。

 

 そんな球場で右打者の久永が打った打球はライト線ギリギリを飛び――――

 

 

 高さ1mのフェンスを越えた。

 

「軽いな」

「あ――――」

 

 タイミングドンピシャ。

 真芯を捕らえた打球はホームランとなった。

 あっさりとバッターたちが手に入れた1点を返し、試合は振り出しに戻った。

 だが問題なのは――

 

「あ、あ、あ、あ……ご、ごめんみんなボクのせいで…………」

「ん、気にしない」

「そうですわ。打たれるのは投手の宿命。

 出会い頭の一発なんてよくある事ですわ」

「でも……。ごめんなさい、ごめんさない、ごめ――!」

「らびちゃん慌てないでッ。大丈夫、大丈夫だから……」

 

 タイムを掛けて兎に集まる。

 ブルブルと肩を震わせる兎。

 青ざめている彼女には他の人の言葉は届いていない。

 辛うじて夕陽の言葉に頷くだけだった。

 それを雪那は思案下に見つめる。

 

(メンタルが脆い……。

 不味いな……経験上この手の奴はほっとくと崩れるから声を掛けるのは間違いじゃないんだが。

 俺、打たれてもじゃあ次ーって感じで流すから、こういうタイプに掛ける言葉が思いつかねぇ。

 でもダンマリは状況が悪化するだけだ)

 

 「気にしない」や「ドンマイ」なんて気休めにもならない。

 投手という人種は多かれ少なかれ完璧を求めたがる。

 何故なら投手とは壁だからだ。

 城に例えるなら城壁が投手であり、兵士は守備陣だ。

 どんなに兵士が優秀でも壁が破られればそれまで。

 逆に誰も通さない堅牢な壁は少数の兵士でも守りきれるもの。

 それだけ投手の出来不出来は失点に大きく響く。

 守備陣が優秀であればもちろん失点は少なくなるが、やはり失点の責任の多くは投手――または捕手にどっしりのしかかる。

 それを理解している投手なら可能な限りの最高を求めるのは普通だった。

 

 とはいっても雪那にとっては1、2点程度どうということは無い。

 それは打撃陣の仲間を信頼しているとも若干違う。

 自分の失点(ケツ)は自分で拭く――そういう事が彼女は出来てしまうのだ。

 ただ野球が好きで、野球に全てを捧げ、野球が己の人生と心の底から想い生きてきた前世の自分。

 その行動が自らの能力を限りなく高めてきた。才能があるか分からない自分を際限なく鍛え上げた。

 野手としても高い能力を有する彼女はホームランの1、2発程度自分で生産出来てしまう。

 文字通り自分のバットで失点を帳消しにする。

 スカウトの間では投手か野手かで論議が起こったほどだ。

 

 しかし兎は違う。

 その細い腕、小柄な体格ではバットで返すことは非常に困難だ。

 だからこそピッチングで守らなければならないのだが――

 

「すいません……次は打たれないようにします……」

 

 なんとか絞りだした言葉で終わりにし、ナインは守備位置に戻る。

 しかし兎にとって相手チームとの相性は最悪だった。

 

「ほらほらー! さっさと投げなよ!

 こっちゃあつかえてんだよ!」

「す、すいません!」

 

 タイムを掛けてやっているから問題は無いのだが、それを指摘する5年生。

 幼い心。ただでさえ人を気にしすぎる大人しい兎は慌てて投げる。だが、それはただの力ない球。

 絶好の獲物。

 

 カキィン!

 

「あ――!?」

 

「おりゃあ!」

 

 キィン!

 

「そいや」

 

 ガキィン!!――

 

 

 

 動揺した兎を狙い打つ5年生達(にくしょくじゅう)

 ただ打つだけではない。

 

「うわぁ!!??」

「おっとぉ! ごめん手が滑ってんだよ」

 

 空振りしたバットをそのまま投手に投げつける。

 当たりこそしなかったが金属製のバットを遠心力をプラスした物体を投げるのだ。

 怖くない訳がない。

 

 兎が1塁のカバーに入ると――

 

「ッ~~~!?」

「つー! 悪いなあ後輩、勢いついちまってさー」

 

 1塁へ走者がヘッドスライディングをかまし、兎ごと倒れる。

 ボールを受け取っていた彼女は、この体当たりまがいのプレーで吹き飛ばされる。

 

「痛い……いたいよぉ……えぐっえぐっ」

「ちょちょっとらびちゃん大丈夫!?

 あんたらふざけてませんか!!

 いくらなんでもこれじゃあ――――」

「あ? なーに言ってんだよぉチビどもはよー。

 これぐれー野球じゃ日常茶飯事だぜ?

 それを公式試合じゃない場面で教えてるんだから感謝して欲しいくらいだ。

 オラとっとと守備戻れや!

 プレーとめてんじゃねぇよ!」

「く~~~!!」

「うう……いたい」

 

 限りなく黒に近いダーティープレーに兎は調子を崩し、さらにそれを狙い打たれる。

 もちろんただやられていたわけではない。

 

 ~~2回裏 4年生チーム攻撃~~

 

 二回表で大乱調の5失点を喫した状態。

 現在1-5。

 5年生のラフプレーで一際ムカついていた人。

 それは、

 

「こっちもやられっぱなしじゃ気が治まらないのよぉ!!」

「な……」

 

 カキン!

 1塁線を鋭く破るツーベースヒット。

 

 此華咲夜。

 外野なので内野でのもめごとに介入しづらいが、彼女は微妙にキレかけていた。

 正義感が強い上に普段は、幼馴染がクラス内で不遇を囲っているのに怒り、ストレスは溜まる一方。

 顔を怒りに歪ませて打つ姿に5年生たちも一瞬ひるむほど気迫に満ちていた。

 

((アイツだけは手を出さないでおこう……))

 

 ひそかに危ない人認定されていた。

 

 7番、獅堂音猫。

 

「ワタクシ、打撃は芸術だと思ってますの」

「はあ? なにいって――」

「それは――――こーいうことですわあ!!」

 

 キン!

 

 外角低めの球を掬うように撃ち返し、ポテンとセンター前に打球を落とす。

 

「ホームベースで鳴り響く打楽器(バット)は世界最高のすとらとばりうすですわ!!」

「それギターじゃねえの……?(こいつは頭沸いてんのか? おかしな奴は置いておこう。なんか怖いし)」

 

 音猫――おかしい人認定。 

 

 そして8番、雲母雪那。

 ノーアウトランナー1、3塁。

 奇しくも1回と同じ場面で打席に立つのは、白磁の肌を持つ雪姫。

 同じ日本人と疑いたくなる生きたビスクドールが静かに佇んでいた。

 息をのむ相手陣。

 それほどの存在感を放つ。

 守備でも1塁を守っているのだから見ているはずなのだが、打席に入った途端寒気がし始める投手。

 誰にでも分かる――――コイツは危険だ、と。

 

「……あんたバットより楽器持ってたほうがいいんじゃない?」

 

 それでもキャッチャーは口火を切る。

 相手のペースに飲まれてはだめだ、こっちのペースに持っていかないと。

 そう考えての言葉だった。

 

「……」

「もう4点差だ、返すのは無理だろう。無駄な努力なんだよ」

 

 相手を揺さぶろうとする三山だったが反応はない。

 ただあるがままに。

 風に揺られれば消えてしまう粉雪の精霊。

 人の言葉など意に介さないと態度で物語るかのようだった。

 

「ちっ(ダメだ……全然、反応しねぇなコイツ。

 愛子、気をつけろよ)」

「ああ(フミーも別格と言ってたし真面目にやった方がよさそうね)」

 

 5年生チームの久永文――155cmの高身長ながら態度は落ち着いており、このチームにとっての稼ぎ頭。反則まがいの行為も彼女だけは行わない。仲間のしていることも事情(・・)を知っている彼女は特に気にしない。

 そんな彼女は雪那にだけは反応した。

「あいつは危険だ」と。

 バッテリーは頼りになる4番の言もあり、細心の注意を払い対応する。

 そんな雪那はというと、

 

「にへ……(ひゃっほぉぉぉ♪ 打席じゃ打席じゃあ! 投げるのはおあずけ状態な分バットでお返しだあぁぁぁぁぁ!

 いやー打席ってなんでこう立つだけで、心が震えるんだろう?

 野球してるって感覚がビンビンに来るぜえ……。

 さあ故意よ恋よ鯉よーーー楽しくいこうぜー!!!)」

 

 静かな態度はただ脳内で興奮物質が大量に分泌されていただけだった。

 元々表情が表に出ないだけという理由もあるが。

 漢字変換する暴走している彼女は、ただ心から求めてやまない白球をひたすら待つ。

 そしてその瞬間は訪れる。

 投手がモーションに入る

 

「いただきます」

「は?」

 

 捕手の耳に入ったのはそんな言葉。

 

 異音がホームベースで響く。

 ヒュッ――キィィィィィンンンン!!!

 それはバットの風切り音とボールとのインパクト音が一緒に鳴った音。

 

 からんころん。

 バットを転がす音とともに雪那はゆっくり歩きだす。

 ボールの行く末は知っているとばかりに。

 

「ゴチ」

 

 引っ張った打球はポンポンと遠くで落下音を鳴らす。

 レフトフェンスを越えた先で。

 

「はは、化け物かよ……」

 

 外角低めの引っ張りにくい球を簡単に飛ばした彼女に対する評価だった。

 白い肌で静かな彼女は誤解されやすい。

 力が無さそうと。

 しかし真相は真逆。

 3歳から鍛え上げた体。

 授業中では握力を鍛えるためにカチャカチャとグリップを握っていたりもする(先生に見つかり取り上げられていたが)。

 食事にも気をつける。

 母にリクエストして大豆など植物性たんぱく質重視で栄養を取っている。

 肉類などの動物性たんぱく質もいいが、無駄に筋肉がつくと動きが鈍くなると判断してだった。

 その成果か、スラリとした見た目は力の無さそうな細身だが、実際は無駄なく全身に筋肉がついている。

 その身体で繰り出す段違いの威力を発揮するのは当然だった。

 

 3ランホームラン。

 咲夜――音猫――雪那が繋げる必勝の打撃ライン。

 5年生はやっと分かる。

 6~8番は第2のクリーンナップだと。

 この後雪那はさりげに「いい天気」と、どこぞの勘違いホームランやろうのまねをして、当の本人からヘッドロックをかけられ悶絶するのは割愛して。

 

 

 

 仲間達の手助けで踏ん張った兎だが、時に罵倒で、時に反則まがいのプレーの五年生チームの猛攻は続く。

 だが順調過ぎたが故に彼女たちはとんでもない虎の尾を踏む。

 ぐりぐりと地面と靴がミリ単位の差しか無くなるくらい踏んだせいで。

 それは8番雪那を危険視したバッテリーが引き起こす。

 野球を愛する者同士、多少のラフプレーは見逃し続けた雪那は5年生達に大激怒する。

 

 熱血精神を宿す雪那は……雪女を他称される彼女は激怒のプレーを披露する。

 彼女はただの野球バカではない――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回は主人公無双です


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手作りの『絆』

すいません雪那さん無双は次回になりそうです(>_<)

気づいたらお気に入りが一気に増えてびっくり。
ありがとうございます!

次回もがんばります!


 男子野球部員、斎藤雄二はその日練習に身が入っていなかった。

 それは遠くでチラつく邪魔な奴がいたからだ。

 

「……あいつ」

「よーう雄二ィ! どったの? さっきからちらちらと女子野球部の方見てよぉ。

 ――あ、もしかして好きな奴でもいんのか?」

「ばっ……っちっげーよ! 何で、んな話しになんだよ!

 好きとかバカバカしい!」

 

 腕を組みながら鼻息荒くそう断じた雄二。

 この年頃の男子は女子と好きやらの話しにすぐ繋げたがる。

 下手すれば相合傘で黒板に名前を書き連ねかねない。

 それが分かっているので即座に否定したのだった。

 

「じゃぁなんで気にしてんだよ! 練習中だぜ?」

「球拾いなんて練習じゃねえよ」

「まあ、そうだけどよ」

 

 準備運動も終わり、ランニングや筋トレもした。

 今は顧問が5、6年生に対して守備練習――ノックをしており、捕り損ねて外野に転がってきた球を拾っていた。

 ちなみに仮入部期間とはいえ、部員同様に扱うと顧問は宣言している。

 それが球拾いなのだから嬉しくて泣けてくると、雄二は皮肉る。あくまで心の中でだが。

 男子野球部と女子野球部の敷地は扇を反対にして合わせたもの。

 つまり、男子野球部の外野は女子野球部の内野近辺と接している。

 正確には1塁線側がすぐ傍なのだ。

 そしてファーストを守るのが――

 

「雪女……」

「あ、なに雪女好きなのお前? なぁみんなー聞いてくれーコイツ――あで!?」

「いいかげんにしろよや(たかし)!!

 俺が言いたいのは野球の事だよっ!!」

「野球?」

「ここから見てもアイツうま過ぎねぇか?

 例えば――ほら今の見ただろ!!」

「あーーーなんだっけアレ。

 えっとテレビでよく見る――」

「グラブトスだよ。意外とムズイんだよあれ」

 

 体操着の長ズボンに付いた砂を払っている雪那。

 彼女が先ほどしていたプレーの内容は、

 

 1――兎の球が打たれ1、2塁間を抜けようとした。

 2――すばやく雪那が周り込み。滑り込みながら右手のグラブでキャッチ。

 3――セカンドの乙姫にグラブトスし、乙姫が1塁へ送球

 4――1塁のカバーに入っていた兎がキャッチしてアウト

 

 というもの。

 その流れるような一連のプレーに思わず見惚れてしまった雄二は、同時に嫉妬心が湧く。

 そもそも今日、女子野球部は仮入部を開始したというのにあんなプレーがうまくいくのか。

 打撃なら分かる。

 雄二もバッティングセンター打ちまくっていたからだ。

 数年前に出来たばかりなのに、100円で30球という格安設定。変化球も設定できる

 近辺の相場が200円30球なので 半額という値段。

 スポーツを振興する緑川市の役所からスポーツ振興金と称して補助金が出ているのが理由。

 水泳やテニスなどいくつかの施設も同様で、軒並み相場より半額という設定が多い。

 他の市からわざわざ自転車でやってくる学生もいるほどだ。

 

 なので野球部に入部した生徒の半数以上は打撃だけなら意外とうまい。

 雄二は3時のおやつと言われて、親から貰っている100円を毎日バッティングセンターに注ぎ込んでいた。

 打つだけなら相当の自信がある。

 だからこそ雄二は納得ができない。

 フラリと来たアイツ(・・・)の事を――

 

「全弾ホームランとか納得いかねぇ……っ!」

 

 ギリッ! と歯ぎしりをして、女子と男子を隔てる金網の向こうを睨む。

 そこには何時かの時と同様にぼーっと立つ白い少女がいた――――

 

 

 ○  ○  ○

 

 

 ~~3回裏 4年生チーム攻撃~~

 

 4-7。

 5年生優勢。

 

 2回裏は雪那の3ランで4-5に迫るも後続の9、1、2番はゴロや三振でアウト。

 3回、ノーアウト2ストライクの状況から夕陽の執念のライト前ヒット――転がる球を外野手がまさかのトンネルというエラーで一気に3塁まで駆け上がる。

 ここで登場の大鳳だったが打つ前に、

 

「俺ぁ見えてるぜ……この球が大空を翔ける姿がな――」

 

 わかりづらいが恐らく予告ホームランのつもりだったのだろう。

 しかしフラグにしか見えない。

 そんな彼女が動いたのはボールが2球先行した3球目。

 

「見えたぜぇオラアァァァァぶっ飛べやァァ!!!」

 

 1塁側の4年生達が控えている場所にいても耳を塞ぎたくなる程の大声量。

 咲夜は煩いと耳を塞ぐ。

 気迫十分な勢いで放った一撃。

 火花散らす程の衝撃と共にまたしても球はセンターへ向かう。

 悠然とファーストベースへと向かう彼女の歩みは止められる。

 その大鳳を地面に縫いとめた言葉はもちろん、

 

「アウト!」

「ああ……鳥が飛んでるなぁ……きっとカラスだろうなぁ」

「何当たり前の事言ってんのよバカ。それとあれは蝙蝠よ」

「…………田舎だなぁ」

「ふっとタッチアップ成功! ってアレなにしてんの?」

「バカがホームランと勘違いしただけよ」

 

 突っ込みどころ満載の大鳳の言葉に突っ込みハンター咲夜がばっさりと一刀両断する。

 

 自然が多い緑川市は夕方になると蝙蝠が空を飛ぶ。

 日本でそんなのいるのかといえば、蝙蝠達が住まう洞窟が近辺に存在すればいるところにはいる。

 都会ではあまり見ない光景だが。

 それは兎も角。

 

 バカと言われて引き下がる大鳳ではない。

 咲夜をガンつけて言う。 

 

「んだとぉオラやるか!? いつでも準備できてんぜぇ俺ァよぉ!!」

「やるんだったらバットで返しなさいよ!

 天才バッターは拳でやるの!?

 野球でやるの!?」

「ぐぐぐぐ……せいろんだぜぇ……っ!

 オウ、なら次はきっちりやってやらァァ!

 目ぇかっぽじって良くみてけよ!」

「ふん、まずはアタシのバッティングを見てからいいなさいよね!」

 

 乙姫の打席。

 

「これは――とボールですね♪」

「ボール――フォアボール!」 

 

 5年生が審判役なので時折判定は怪しくなるが、その中でなかなかの選球眼を示した乙姫。

 四球で1塁へと進む。

 そして6番咲夜の番。

 

「お手本を見せてあげるわ!」

 

 キン!

 

「アウト――アウト!」

 

 初球から振っていったがサード正面のゴロであえなくダブルプレー。

 三併殺。

 

「ぎゃははははははは!!

 いや~~お手本見せてもらいましたぜ先生!

 ワ・ル・イお手本をなぁ!」

「あによ!? ヒット打って無い癖に!」

「んだと!? ダブルプレーかました癖に!」

 

 睨みつける両者。

 背が近い事もありガツッと額を押し付け合いながら、

 

「「やるかァ!?」」

 

 周囲も止められない2人のいがみ合い。

 背後には虎と龍を幻視してしまう程だった。

 この瞬間、2人の関係は定まった。

 

 気にくわねぇ奴、と。

 

 ポンポン

 

「んあ?」

「うん?」

 

 2人の腕を叩くのは真っ白な肌を持つ稀代の野球好き雪那。

 

「ケンカ、駄目」

「イヤけどよぉこの短髪野郎が――」

「このデカバカが――」

「大鳳、2打点、凄い」

「お、おう! だろだろ? 天才だよな?」

「咲夜、守備、最高」

「ふ、ふん! とーぜんの事をしただけだわ」

「2人共、凄い、ケンカ駄目」

「あーまあ確かに、な」

「試合中だし、ね」

 

 落ち着いて周りを見ると周囲は委縮したのか離れている。

 熱くなり過ぎたとこの時初めて2人は気付いた。

 バツが悪そうにする2人。

 なんとか収まったかと安堵の息を吐く人達だがそれをぶち壊しにした人物がいた。

 

 それは賛辞という言葉を借りた、その実煽り言葉だった。

 犯人は音猫。

 両手を合わせながらまったく邪気のない笑みでこうのたまった。

 

「さすが雪那さん! ご自身が一番活躍されているのに御二人を推す寛大な心。

 ワタクシ感動致しました!」

 

「そーいや雪女が一番活躍してたなぁ~」

「上から目線って奴なの? 随分偉そうねぇ~」

「……あれ?」

「「お前ぇ(アンタ)には負けないからな!!」」

「???」

「ああ~~疑問げな雪那さんはくぁわいらしいですわ~♪」

 

 いろいろ台無しにした音猫は何故かくねくねと体を捻り。

 雪那はただハテナマークを浮かべるだけだった――

 

 

 

~~4回裏 4年生チーム攻撃~~

 

 5-9。

 5年生チーム優勢。

 

「はぁっ……はぁっ……はぁ……」

「大丈夫、らびちゃん? 投げれる?」

「も、もう……はぁ……キツイ……はぁ……かも」

 

 ただでさえ初の実戦登板。

 しかも体当たりを始めとしたのラフプレーを受け続けた兎は等に体力の限界にきていた。

 むしろ4回も投げられたのだから、かなり健闘した方とも言える。

 兎を気遣う夕陽はきょろきょろと雪那と咲夜を探す。

 今はこちらの攻撃なのだが、相手投手の琴山が花摘み(トイレの事)に行っているので一時休憩となっていた。

 夕陽は今の内に2人に次回代わってもらおうという話しをしようと思い探すが―― 

 

「あれいない? トイレかな?」

 

 2人が見当たらない。

 夕陽たちと雪那&咲夜ペアを除いた5人は少し離れたところで騒いでいる。

 休憩中なのになぜか大鳳が双子を追いかけるという展開だった。

 

「てんめぇー! 待ちやがれやぁゴラぁー!

 だーれが犠打の神様じゃぁぁああぁぁ!!」

「待てと言われて待つ奴いないにゃん♪」

「てめぇじゃなくて輝と芽留だわん♪」

 

 大鳳が般若の表情で双子を追いかけているのは3回裏での犠打に関する事。

 大口叩いて犠打をかます大鳳を新たな獲物とみた双子が囃したてキレた大鳳が追っかけるという流れ。

 オロオロとするばかりの乙姫と呆れ顔の音猫。

 

 さてその時雪那たちはというと――

 

「ふっ、ふっ!」

「調子良さそうね雪那」

「もち、歓喜」

「まあ次は投げれそうだもんね」

 

 誰も見えないところで投げ込みをしていた。

 咲夜の方からの提案だった。

 次は5回。

 兎は疲れ気味だし、丁度半分以上兎&夕陽ペアは投げている。

 バランス的にも次は交代だろうと予測しての事。

 リード面はまだまだな咲夜だが、なんだかんだ野球に熱心な彼女は予測や推論など捕手に必要な頭の使う能力を有していた。

 成績も学年10番台と頭の良さが生かされている面もある。

 そんな彼女は無表情ながら明らかに喜んでいる幼馴染を見る。

 

(嬉しそうね……まあ、そりゃそうか。

 あんだけ普段から野球野球してる奴がやっと実戦のマウンドに立てるんだし。

 本来、投手であるアイツからすれば、投手の仕事が一番好きなのは当然。

 やっと投げれそうなのだから。

 …………勝ちたいな、やっぱり。

 勝てたら笑顔になれるのかな、コイツ)

 

 咲夜は雪那の両親から雪那の表情の事について聞いている。

 理由もわからず理不尽に表情と声を失った少女。

 以来、誰もその少女の笑顔を見た者はいない。

 人が持っていて当然の表情を持たない雪那に咲夜は悲しく思っていた

 

 ――コイツはただ野球が好きなだけの女の子じゃない! 純粋なだけのコイツは表情が無いだけで他は普通の人とおんなじなのに分かってくれる奴が少ないのは何故?――

 

 疑問は尽きない。

 でもいつからか咲夜はこう思うようになった。

 なら私がコイツの笑顔を取り戻して見せる、と。

 頑張り屋でちょっとおバカな幼馴染の笑顔を取り戻したい――そんな想いを胸にしまい咲夜は彼女の球を受ける。

 

(勝利すれば誰だって嬉しいはず。そうすればコイツだって――)

 

 咲夜は雪のように白い少女――その実誰より熱い野球魂を持つ女の子を穏やかに見続けるのだった――

 

 

 

 4回裏。

 最初のバッターである音猫はゴロに打ち取られ次のバッターは雪那。

 先ほどのホームランもありバッテリーは警戒を強めていた。

 

「……(どこ投げても打たれそうだな……。こいつ守備もいいし、どうにかして調子をみだせないかなー)」

 

 琴山は基本相手を怒らせる方法をとる。

 怒れば繊細さを要求される守備はもちろん打撃にだって影響する。

 怒りは力ませ球を見えづらくするものだと考えていた。

 だからこそ雪那を怒らせる材料を探していた。

 

 そんな考えの中投げた1球目。

 

「ふっ」

 

 キィン!

 

 右打席に立っていた雪那の打球は1、2塁間を深く貫く打球となったが。

 

「くっ!?」

 

 バシィ!

 

 1塁守がファインプレーを見せ見事キャッチする。

 しかし雪那は脅威の走力で1塁を目指し全力ダッシュ。

 内野安打の可能性は高かった。

 それでも諦めまいと一塁へと送球する。

 受け取った琴山はここで、厳しくブロックすることを選択した。

 

 ガンッッッ!!!

 

「つッ!?」

「いった~~~!?」

 

 激しくぶつかり合う両者。

 しかし弾丸のように突っ込んできた雪那に琴山の方が吹き飛ばされた。

 雪那は勢い余ってごろごろと前方へ転がっていったがセーフではある。

 

 頭をかきながら琴山は立つとふと足元に変なアクセサリーを見つける。

 不格好につぎはぎした布――それはミサンガ。

 雪那の手作りミサンガだった。

 

「変なミサンガ(あれこれって使えるんじゃない?)」

 

 琴山はカラフルなミサンガは雪那の白い肌と相まって目立つ。

 不格好なのは手作りだと察した彼女はお得意の挑発戦法を行う。

 雪那が首を振りながらこっちを見た時、これ見よがしに琴山は言い放った。

 

「な~~~に、これ。

 不格好できったなーい。

 ゴミは燃やすごみってわからないのかなー♪」

 

 ぐりぐりと靴で踏みつけながら彼女はそう言った。

 

 雪那が仲間との絆の証として必死に作ったミサンガを踏みつけながら――

 

 

 

 




【影道さんのスカウトコーナー】

「今回は捕手の子だ」

 亀田夕陽(かめだゆうひ)

 右投右打
 捕手 打法――オープンスタンス

 ミート:E
 パワー:E
 走力:G
 肩力:D
 守備:C
 エラー回避:C

 信頼○:投手が兎だと捕手として真価を発揮する
 鎮静:投手が動揺してもうまく落ちつけられる
 粘り打ち:2ストライクに追い込まれると粘る
 チーム○:チームの事を考えたバッティングができる 
 走塁×:走塁が苦手で1塁を過ぎた以降のスピードが乗らない
 鈍足:打った直後のスタートが遅い
 


「ふぅむ……守備はうまいな。しかしバッティングが弱い。
 足はまあ捕手なら遅い者が多いし、いいのだが……。
 此華選手の劣化バージョンだな。
 宇佐選手とのバッテリーは秀逸だがプロでは多数の選手とバッテリーを組む。
 もう少し他の人間と組むことを覚えなければ彼女に未来はないな」
 」












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燃える怒りは氷に還る

またまたすいません……(>_<)
無双は次回……。


 ~紅白戦より1週間前~

 

 雪那は家庭科が苦手だ。

 裁縫、料理、栄養素関連の勉強――全てにおいて駄目だ。

 理由は至極単純、興味ないから。

 野球に関係があれば逆に優秀な生徒へと化けるが、あくまで野球に限る。

 

 そんな彼女だがミサンガを作るときだけは真剣だった。

 1週間チクチクと慣れない針仕事で作った5つのミサンガ。

 ミシンは高速で動く針が手を縫いそうなので無理と判断。

 自室の隅で静かに縫う。

 淡々と縫う。

 針と糸で少しずつ作り上げる彼女の目は、どこか寂しく郷愁に満ちたものがあった。

 

「ただ~いま~」

 

 階下で幼い声が響く。

 甘く口足らずなその声の主は軽い足音と共に近づいてくる。

 扉を開け入ってきた当人は、雪那の隣で物音を立てた。

 ランドセルや体操着を床に置いたのだろう。

 そんな彼女はひょいっと雪那がいる部屋に顔を出す。

 

「あれぇ? 雪ねぇね、それなぁに?」

「ん」

 

 雪那たち2階の部屋は大部屋で壁がない。

 タンスなどで各部屋を区切っているが2、3歩進めば姉妹の区画を覗くことは簡単だった。

 隣の姉のいる場所から音がしたので様子を見にきた小春の目に映ったのは、

 

「おさいほぅ?」

「うん」

 

 珍しく野球以外の事をしていたのを見た小春は目を輝かせる。

 自身が慕う姉の事を小春は知りたいと常々思っている。

 行動や思考、好みなど細やかなことも。

 そんな姉が普段と違う事をしている。

 小春は興味津々で雪那に近づいた。

 

「これはなに~?」

「ミサンガ」

「みさんが? ってなにぃ?」

「お守り、みたいなの」

「ふぇ、ねぇねはお守りほしぃの?

 小春、神社で買ってこようかな?」

「これは、絆、証」

「絆? 証?」

「うん、大切な、証」

 

 ふっと窓の外を見る雪那。

 夕暮れ時の空に浮かぶのは誰かの影。

 もう遠くなってしまった友たち(げんえい)

 哀しみを目に宿しながらも雪那はミサンガを紡ぐ。

 

『甲子園! 行こうなっ闘矢!』

 

「ッ!?」

 

 つぷ。

 針が雪那の人さし指を刺す。

 チクリと指に赤い点が浮かぶ

 雪那ははむと人差し指を口に含みつつ目をつぶる。

 耳に残る言葉は親友が笑顔と共に放った約束の言葉。

 

「だいじょぶ? ねぇね?」

「うん……」

 

 今も残る瞼の裏に残る思い出。

 女々しくもいまだ残る幻影を雪那は忘れない。忘れられない。

 何故なら誓ったからだ。

 この世界で甲子園で優勝すると決めたのだから――

 

 

 ○  ○  ○

 

 

 ぐりぐり。

 下品な嘲笑は雪那の耳に酷く障った。

 工事現場の騒音より。

 ガラスに爪を立てるより。

 面白くもないバラエティの会話より。

 

 雪那の心を揺さぶる。

 琴山は感情らしい感情を見せなかった雪那が動揺した様を見て内心嗤う。

 これでコイツも普段の調子を出せなくなる、と。

 しかしまだ幼き少女は知らない。

 

 怒りも一定のラインを越えれば力になると。

 怒髪天を衝くという言葉がある。

 怒り狂う様を表す諺だが、正に雪那はその状態に限りなく近づいていた。

 その怒りは天を衝き限りなく高まっていた。

 際限なく、ただひたすらに。

 そして放つ。

 限界を突破する一言を。

 

「そ~いえばぁ、後生大事に何人か手首に付けてる奴いたよねぇ~不細工(・・・)なアクセつけたの。

 ショージキ美的感覚狂ってんじゃない?

 手作りは大事にする人っているけど、それにしたって限度ってあるよねぇ~。

 こんなの燃えるゴミの日に出した方がいいって。

 じゃないと呪われるかも? きゃははははははっは――♪」

「どけ」

「え?」

 

 運動靴で踏みつけていた琴山の足首を雪那は掴み払う。

 突然の事にされるがままの琴山は尻もちをつくがお構いなし。

 パンパンとミサンガに付いた土払った彼女は静かに1塁へ戻る。

 無論、こけさせられた琴山は黙っちゃいない。

 

「~~~った!? ちょっとアンタ!!

 先輩にナニ手ぇ出してんのよっ!!

 謝りなさいよ!」

「………………(ぎろ)」

「――ッヒ!?」

 

 まるでゴミでも見るかのように見下ろす雪那。

 ガラス球の瞳はただそこにある()を見るだけ。

 深海の瞳は深く深く相手を見据える。

 能面の表情は絶対零度の感情を琴山に叩きつけた。

 怯む相手に雪那は塁に戻る。

 誰も彼女に声を掛けれなかった。

 

「え、えっと再開します!」

 

 審判役の女の子がプレー再開を促す。

 本来、琴山は雪那に対して悪質な妨害をしていた。

 ボールを受け取った彼女は1塁ベースを踏めばいいところを雪那に対して必要の無い体当たりを凶行していたのだ。

 しかし審判は流してしまう。

 あくまで審判は小学5年生。

 詳細なルールを覚えていない彼女らでは正しい判断を下せなかった。

 この後、9番兎は体力の消耗を抑えるためバットは出さず三振に。

 1番輝もパワーの無さが影響し、内野ゴロを打ってしまい併殺打となった。

 そして5回表。

 その前に守備変更を審判に申し出た。

 

 【守備変更】

 

 3塁・大鳳→1塁

 投手・兎→3塁

 捕手・夕陽→センター

 センター・咲夜→捕手

 1塁・雪那→投手

 

 兎は外野は出来ないという事と、1塁では5年生チームが激しい当たりをしてくる可能性があったので、ランナーが来にくい3塁へと変更。

 大柄な大鳳は体当たりに強いだろうと1塁へ。

 後は雪那&咲夜のバッテリーを投手と捕手に添えた。

 そしてプレーを始める前に雪那の周りに咲夜たちが集まった。

 内容は先のミサンガによる件。

 いきなりの事で間に入る機会を逸した彼女はは雪那を気遣う。

 

「雪那さん大丈夫ですか? まったく!

 ワタクシ、ラフプレーばかりの先輩方を見てただでさえ苛立っておりましたが、先ほどの言葉はあんまりですわッ!

 人としての品性を疑います!」

「「輝(芽留)もどうかーん!! ムカつく!!」」

「…………」

「あら? 咲夜さんどうかなさいまして?

 いきなり素振りなんて初めて……」

「ふふふ……ねぇ人の頭って、ドノクライカタイノカナ?

 タメシテモイイカナ?

 イイヨネ?」

「ちょ――!?

 咲夜さん落ち着いてくださいまし!!

 暴力はいけませんわ!!

 例え品性が獣レベルの相手でもッ!」

「は~な~し~な~さ~い~よ!!!

 あのコトだかタテだか、わからない莫迦をベーコンにでもしないと気が収まらないわッッッ!!」

「人肉はアウトですわ!!??」

 

 沸点の低い咲夜が牙を剥きながら暴れる中、雪那はポンポンと彼女の肩を叩く。

 

「あによっ!?

 ねぇ雪那、アンタだってムカついてんでしょ!

 アレはアンタの気持ちを踏みにじったのよ。

 出来不出来が何!?

 他人のあいつが人様のモンを笑いながら踏みにじる理由になってないでしょ!!!

 あーいうバカは一度痛い目みないと理解できないのよ。

 動物と一緒だからッ!!」

「わかってる」

「わかってるなら――」

「だから――――氷漬けに、する」

「氷漬け……?」

 

 俯きながら淡々と話す雪那に顔を向ける咲夜。

 その表情は窺いしれない。

 

「凍てつく程、固まる程、黙らせる」

「雪那……?」

「完膚なき、まで……つぶす」

 

 雲母雪那、小学4年生。

 今の人生で初めて――――

 

 腸が煮えくりかえる程の激情を胸にマウンドに立つ。

 彼女が力強く握るボール。

 その手は雪のように真っ白に染まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ~~おまけ~~

 

 雪那と小春の会話。

 

「ねぇねぇ、見てみて通販で買った御本がきたんだぁ!」

「どんなの?」

「歴代名捕手解説・捕手新理論って奴なんだぁ♪」

「運動、大切」

 

 小春にはキチンと脳内で変換されている。

 「本を読むのもいいけど運動するのも野球だよ?」と。

 愛しの姉検定1級保持者の小春には簡単な事。

 

「わかってるよぉ。でも野球は人生なんだよね?」

「うん」

「野球をしないのは人生の9割損してるんだよね?」

「1割、しか、残らない」

「野球のない人生はかれーのないカレーライスなんだよね?」

「ライスだけ」

「じゃあ、小春は野球の御本読まないと死んじゃうんだよぉ。

 野球は人生だから。人生はご飯食べないと生きれないよ。

 小春のご飯は野球本なのです」

「納得」

 

 2人の会話はキチンとキャッチボールがなされている。

 他人が聞いたら暴投だらけで付いてこれないレベルでも。

 

「あ! 運動するなら、ねぇねのボール受けたいなぁ~~」

「うん、いいよ」

「やった♪ じゃあ準備してくるね!!」

 

 たたたっと走る小春。

 その顔は満面の笑みだった。

 しかし、降りてから少女は呟く。

 

「……小春が一番、雪ねぇねの事理解してるもん……。

 だから咲夜おねぇちゃん。

 必ずねぇねの隣…………貰うから、ね♪

 そこは小春のしてーせきだから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




【影道さんのスカウトコーナー】

「ふと見かけた子供がいたのだが……不思議と惹かれるものがあったのでまとめた」

 雲母小春

 捕手? 打法――一本足

 ミート:D
 パワー:H
 走力:H
 肩力:F
 守備:E
 エラー回避:D

 キャッチャー◎:投手の能力を最大限に引き出せる
 ささやき戦術:相手バッターを動揺させるような発言をして幻惑し打力をダウンさせる
 応援:味方バッターを必死に応援し、ランダムで調子または打力をアップさせる。ベンチにいる時限定。
 慎重打法:ボールを見極め、バットを積極的には振らない
 慎重走塁:無理な走塁はしない

「能力に見るべきところがない……はずなのだが、不思議と目を向けてしまう……。
 もしかしたらとてつもない才能を秘めているかもしれないな……。
 雪那君の妹というし、メモに入れておこうか」






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積み重ねてきたものはなにか

やっと雪那さん登板!
先生お願いします。


「――――でアンタ何投げるつもり?」

 

 なんとか興奮が収まってきた咲夜は、相手に口元を読まれないようグローブで口を隠し、マウンドに立つ雪那に問う。

 内容は球種。

 現在はその打ち合わせ中だった。 

 

 約20年前に発足した女子野球において投手の求められる技能はいかに『変化球を扱えるか』という事を主眼に置かれていた。

 元々男性より、しなやかな筋肉を持つ彼女たちから放たれる変化球は独特の変化をもたらす。

 観客席(外野はさすがに分からないが)からでも分かりやすい程曲がるのだ。

 力強い、速い球を持つ男子野球とはまた味の違う野球が女子野球の魅力であった。

 

 咲夜が聞いたのも変化球をいくつ使うかというもの。

 雪那は「魔球は浪漫」と称してジャイロボールとナックルを練習していた。

 とはいってもプロですら使い手が皆無の超高難度の直球と変化球。

 

 螺旋軌道のジャイロボールは失敗して遅い直球やスライダーになることが多く。

 マウンドからホームまで、ほほ0回転~1回転という極少量の回転を球に加えるという繊細な作業に四苦八苦していた。

 

 ゲームのように経験値を溜めて覚えました――などとできるわけがない。

 コツを掴んだかもしれない、といったレベルだった。

 それでも並大抵の練習で至れる境地では無い。

 雪那が5年間、不断の努力を重ねてきた成果。

 

 ただ実戦レベルではまだまだ使えるわけもなく、甲子園に行くその日までに修得しようと磨いている最中だった。

 

 

「確かTVで言ってたのが……小1中2高3変化球論だっけ?

 小学生なら1球種は覚えた方がいいって言ってたしアンタもいくつか使えるんでしょ?」

 

 小1中2高3変化球論――小学生で1球種、中学生で2球種、高校生で3球種は変化球を使えた方がいいという一昔前なら考えられない理論。

 ただし小学生は1球種まで――小さい内は肘や肩の負担が大きいのであまり投げさせないようにという注意が付くが。

 兎や琴山も1球種まで。そしてあまり投げてはいない。彼女たちも負担が大きいだろうというのは理解していたからだ。

 

 女子野球では長く投低打高【投手の実力と比較して打者の実力が強い】の時代が続いている。

 140k/m以上を投げる投手も存在せず、投げてもレベルの高い打者にはことごとく打たれる。

 そんな状況から、柔よく剛を制すという諺のから至った。

 豪の速球では限界がある――なら柔の軟投派や技巧派で勝負するしかない、

 

 そうして変化球&制球重視が現在の女子野球。

 速球派はプロでは皆無。

 学年が上がるごとに消えていく。

 

「使える、けど、使わない(アイツらにはグーの音も出ない程の実力差を見せつけないと気が収まらねぇ……ッ!)」

「ってやっぱ使えんのね……ちなみにいくつ?」

 

 咲夜は雪那が変化球を投げたところを見たことがない。

 肘に負担がかかる練習はまだ駄目だと本人が言っていたからだ。

 しかしこの野球バカ――同時に天才的なセンスを持つ雪那なら、いくつか実戦レベルの球種を使えるに違いないとカマを掛けた。

 そして案の定、

 

「5、6個?」

「どんだけよアンタ……まさかこっそり練習してたとか?」

「数回、投げて、できた(まさか前世で野球やってましたとか言えんしな。あ、使えないって言えばそれで済んだんじゃ。

 ……チッ! 頭に血が昇り過ぎてんな……どうも)」

「…………投手じゃないから分からないけど、相変わらず規格外だというのはよっく伝わったわ」

 

 スライダー、カーブ、SFF、フォーク、カットボール――雪那が以前(・・)使っていた変化球。

 調整がてら投げてみたら、指先がキチンと覚えていたらしく幾分変化した。

 キレ等は見るも無残な出来でコントロールも定まらず、肘も突っ張る感触を感じすぐに封印したというオチもついたが。

 今は雌伏の時。

 元来のメイン武器である直球を極限まで鍛えようというのが現在の方針。

 雪那はそのため、走り込みで土台となる足まわりを鍛え上げ、球速にも多大な影響を及ぼすフォームのチェックも欠かさない。

 その成果が今、試される。

 

「サイン、大丈夫?」

「これでもアンタより成績上よ? 覚えたわ。

 じゃあ、ストレートだけで勝負するのね?」

「4シーム、2シーム、使う」

 

 シームとはボールの縫い目の事。

 投げた時、ボールの縫い目がいくつ来るかで4シーム、2シームと呼称が違う。

 

 4シームなら縫い目が多い分、ボールの揚力が増し球が伸びやすくなり、制球も安定する。通常日本の投手は4シームをメインに使っている。

 2シームだと縫い目が少ない分、ボールは揚力が減り、球は伸びない。4シームより若干ボールが沈むように見えるので打者は打ち損ねる可能性が高くなる。

 またボールの縫い目に沿って握り投げるとその分さらに球速が落ち、変化が大きくなる。雪那も縫い目に沿ってボールを投げるタイプだ。

 ただ雪那は別の問題もあって4シームと2シームを使い分ける必要性があったので使っている。

 それはもう少し後の事。

 

「オッケー、じゃあサインも加えって……。

 いよっし!

 じゃあ雪那、あのムカつく顔面ジョーク共の顔をピカソにしちゃいなさい!!」

「ん、絵具」

「いやそこはボケなくていいから」

「残念」

「ふふふ♪ 少し落ち着いてきたみたいね」

「――あ」

「アンタの相方やって5年よ?

 冷静に振舞ってても見え見えなのよ。

 ぐつぐつに腹が煮えてるのは私も同じ……けどそれじゃあ、うまく投げれないんじゃない?

 怒りつつもそれは頭じゃなく球に込めてやりなさいな。

 アタシが全部……受け止めてやるからさ」

「うん、わかった(まいったな……小4に諭される俺ってもしかして、バカなのだろうか?

 いや野球バカではあるからいいか、うんうん問題無し。

 にしても女は早熟っていうけど、凄ぇな咲夜は。

 マジでおっきくなったら惚れるかもな――いや捕手としては、もう惚れそうだ……最高だよお前。

 だから、俺の全力――

 

 受け取ってくれよ!!!)」

 

 表層は咲夜の言葉で冷えた。

 しかし内心に燃え滾る情熱を胸に彼女は振りかぶる。

 渾身のストレートをミットに叩きこむために。

 

 

 ~~5年生チーム 5回表攻撃~~

 

 

「ちっ、落ちつきやがったか」

 

 琴山は雪那の様子を見て吐き捨てるように言う。

 咲夜と会話した後いつもの雰囲気に戻ったと彼女は感じた。

 実際には少し違う。

 その程度で収まる程、彼女の怒りは小さくない。

 見た目は変わらなくともその内心は噴火直前の活火山。

 そして噴出したいその思いは全て左手の白球に込めていた――

 

 

 

「左か……」

 

 5年生チーム最初のバッターは一番杉浦。

 守備は苦手だが打撃には自信がある。

 兎に対しても4番の久永に次いで2打点を挙げていた。

 グリップを長めに持ち、雪那の動きを注視する。

 そして振りかぶった。

 相手は右足を高く振り上げYの字を描くようにフォームを繰り出す。

 その姿に若干気遅れしたものの、

 

「ふ……(派手なフォーム時代遅れなんだよ)」

 

 即座に否定する。

 走者のいない時はまだしも、クイックモーションではできない投球スタイル。

 なら最初からクイックに対応したフォームで投げろよ、というのが彼女の主張だった。

 琴山も同様でクイックモーションのように動作を開始してから投げるまでの時間が短いフォームで投げるタイプだ。

 ただし野球規則にある反則『打者の隙をついて意図的に投げる行為はクイックピッチとされボールを宣告される』――という反則スレスレを衝こうという意図が彼女にはあるが(現実に何度かボールを宣告されたことがある)。

 それは兎も角。

 

 雪那は動作を開始した。

 大地に根を張るように足を踏みしめ。

 流れるように腰を捻り、同時に足を天に掲げる。

 睨みつける瞳はミットをただ見据え。

 体を前に、肩と肘と続く。

 引絞られた全身はギリギリまで弓を引くように体を曲げ――

 

 

 

 杉浦はバットを握りしめタイミングを見計らった。

 コンマ数秒の空間。

 まだかまだかと杉浦は待つ――ただ待つ。

 しかし来ない。

 振りかぶっているのに球が何故か投じられない。

 

「……(遅い! ボークじ――――)」

 

 じゃないか――そう言おうとした時。

 

 

 

 ――放たれた。

 

 スパァン!

 

「……は?」

「ストライク!!」

 

 ギリギリまで引絞られた雪那の腕(ゆみ)は放たれたと同時にミットに収まった。

 コースは真ん中よりややインコース。

 絶好の甘い球を見逃した。

 杉浦は動けなかった。

 まるで全身が凍りついたかのように(・・・・・・・・・・・・・)

 

 周囲もまた驚いていた。

 5年生は一同に「は、はや……」と口を漏らすのみ。

 速球派を自称していた琴山は口をアホのようにポカンと開けたまま固まっていた。

 

 

 守備についていた4年生チームの反応はいくつかに分かれていた。

 兎は、

 

「ふぁ……!? 球が光になっちゃった。

 凄いや……とても、綺麗」

 

 尊敬の眼差しで雪那を見つめる。

 投手をやっている兎には分かる。

 どこぞの芸術作品のように完成されていると感じる綺麗なフォーム。

 彼女が目指す境地にすでに至っている雪那の姿。

 嫉妬など感じるまでも無いほど圧倒的な力には尊敬の念しか湧かなかった。

 

 夕陽は逆。

 

「なんで同年代なのに……打撃も守備も出来まくって、投球も……?

 認めない……兎とワタシのペアが一番だもん……っ!」

 

 野球部に入って一緒に大活躍してみんなに認められて――

 そんな夢想をしていた夕陽は否定する。

 アレは出鱈目だと。インチキだと。

 存在自体が可笑し過ぎると。

 

 大鳳は純粋に喜んでいた。

 

「かかかかかっっ♪ やっぱぁてめぇはそうだ。

 俺様と同じ天才だ。

 ギフトを産まれついて持ちうる輩。

 いいぜぇ~だからこそ面白れぇ。

 そんな奴を喰い破ってこそ俺様は強くなれるんだからな」

 

 獲物を狙う目で雪那を見る。

 

 音猫、輝、芽留は同じ様な反応。

 

「まぁまぁ、いつも通りの雪那さんなのに皆さん何故そこまで驚かれているのでしょう?

 あの程度、まだ本調子でもないのに」

「にゃは♪ 驚いてるなー驚いてるなー、おもしろーい!」

「わふわふ♪ びっくりーびっくりー変なのー!!」

 

 そして咲夜は――

 

「ふん……莫迦らしい」

 

 マスクの下で吐き捨てる。

 特に5年生の反応に対して。

 

「当然なのよ、この結果は。

 (そう――至極簡単な結果よ。1足す1は2より決まり切ったもの。

 あんたらが、せっせと反則ワザを磨いて、ファッションやアクセサリーに興じるなか、コイツは全てを捧げてきたの。

 野球というスポーツと真正面から向き合ってきた。

 ひたむきに。ひたすらに。初恋に一途な乙女のように。

 雪那は自分理解しないバカ低能共の矮小さに目もくれず、己の技能を磨いてきた。

 純粋で真っ白な心で。名前の通り新雪の心で。

 

 1年も多く練習時間があったのに無駄にしてきた、アンタらじゃ敵う道理は無い。

 天才なんかじゃない――ただ積み重ねてきた結果。

 努力という紙を重ねて壁のように積み上げた結果なのだから――)」

 

 阿呆のように惚けた打者をほっとき咲夜は簡単なサインを出す。

 そして構えた。

 ド真ん中に。

 

「いつでもこっちはオーケーよ。

 (コントロールなんていらない。

 必要なのは真っすぐ。

 真っすぐなアイツは心のどこかで燃え盛ってるだろう。

 だったらその気の向くままにすればいい。

 だって――アタシもムカついてるんだからね!!)」

 

 パンパンとグローブは叩く。

 さっさと打つ体制に戻れを暗に告げる。

 杉浦もはっと気づいたのか構え直すが動揺しているのは手に取るように分かる。

 雪那と咲夜の相手では無かった。

 

 ズバン!

 

「ストライク!」

 

 スパン!

 

「ストライッバッターアウッ!!」

 

 2番。

 

「え、え、え?」

「ストライク! バッターアウト!」

 

 3番。

 

「ちょっとまってよ……どうやって打つのこれ?」

「バッターアウト!」

 

 投げるまでが異様に遅く、投げた後は凄まじく速いキレのあるストレート。

 だがただ速いだけの球では無い。

 もう一つ雪那には凶悪な球の性質がある。

 それが現れるのは次のイニングでの事だった。

 今はただ雪那の球に翻弄される5年生たち。

 上位打線にボールを掠らせもせず三球三振。

 凍りついた彼女らにバットが動くことは一度もなかった。

 

「次は、攻撃」

 

 スタスタと歩きマウンドを去る。

 咲夜、音猫、双子と続き、他の4名も慌てて守備からベンチへと戻る。

 

 5-9。

 4点差。

 残り攻撃は3イニング分。

 

 全員がもう一度打席に立つ機会が巡る。

 当然雪那も――

 

 

 

 




【影道さんのスカウトコーナー】

「今日はなかなか有望そうな子を見つけたので紹介しよう。
 少々調べるのにトラブルはあったが……」

 大鳳 ひ(本人が激しく載せるなと抗議したので名前不明、苗字はおおとり)

 守備内野全般
 メイン 三塁
 右投右打 打法――クラウチング

 ミート:F
 パワー:A
 走力:E
 肩力:C
 守備:D
 エラー回避:F

 花火職人:打球の弾道が高すぎてフライになりやすい。しかし天候が味方すると……?
 ブルヒッター:引っ張り方向の打球が飛びやすい
 4番○:4番になるとやる気を出し打力アップ。それ以外の打順だとやる気をなくし、打力ダウン
 三振女:2ストライクに追いつめられると三振しやすい
 積極打法:積極的にバットを振る
 強振多用:ミートバッティングよりホームラン狙いの強振を多用する
 チーム×:チームの事を考えたバッティングをしない
 
「うーむ……パワーが凄いなパワーが。肩も良い。
 しかし一発狙いの性格がいかんともしがたいな……。
 スイングがぶれているのかミートも苦手のようだ。
 典型的な筋力で飛ばす外国人タイプのバッターだ。
 スイングが安定すれば凶悪な4番打者に変身するだろう」






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反撃と執念

たくさんのお気に入りと感想ありがとうございます!

少しリアルで忙しかったので遅れました……(^_^;)


 ~~5回裏 4年生チーム攻撃~~

 

 5回表を雪那がキッチリ抑え終了した。

 4年生チームの反撃といきたいところ。

 しかし4点差というのは地味に大きい。

 満塁ホームランなら一打同点だが満塁に持ち込むのも難しい。当然だが。

 また問題は別にある。

 雪那への警戒だ。

 これまでラフプレーを駆使してきた5年生チームからすれば雪那がどれだけ危険は選手かはとうに知れているところ。

 

 第1打席――3ランHR。

 第2打席――ヒット。

 

 一打席のホームランですでに警戒していたバッテリーが厳しいところに投げてもヒットを打ってくる。

 守備もファインプレーを出しているし、投手能力も見せつけた。

 4年生チームにとっての得点源は、犠牲フライではあるが2打点を挙げている大鳳と、ホームランを打っている雪那だ。

 しかし強打者なら絶対打てない球を投げればいい。

 即ち敬遠。

 四球で歩かされたら、この世のどの強打者だって打てはしない(某虎のチームでは過去、敬遠球をサヨナラヒットにした超人もいるが)。

  

 

 芽留は足首を解しながら打席へと向かう

 

「ふぅ~~~どうしようかな……」

 

 息を吐きながら芽留は気分を落ち着ける。

 イタズラばかりで享楽的な双子の彼女達だが、雲母雪那という友人は素直に尊敬している。

 ただし野球ではなく、そのぶっ飛んだ行動に対してだが。

 

 ある時はグローブを手に馴染ませるといって、学校の登下校時にグローブを付けて登校する。

 ある時は腰を鍛えるといって、タイヤを引きながら登校する。

 ある時は握力を強くするといってハンドグリップを授業中永遠と握りしめ続ける。

 全部教師に咎められ注意されたが疑問そうに小首を傾げながら「何故?」と本気で言い返す始末。

 端から見ていた双子は心の底から笑うばかり。

 

(さすがゆっきー半端ない♪)

 

 見ていて面白いの一言では表し切れない。

 奇想天外、摩訶不思議。

 開けてみなければわからないびっくり箱レベルの行動をする人物というのが、双子から見た雪那という女の子。

 

 学校の教師陣の見解は総じて問題児という評価だ。

 しかし輝達からすれば、むしろ凄ぇ! と高評価だった。

 家庭の問題などでうじうじ悩んでいたのが莫迦らしくなるほど雪那は一本気で面白い。

 そんな彼女から貰ったミサンガは彼女のキャラじゃないと意外に思いながらも嬉しかった。

 それを莫迦にした――あまつさえ踏みつけたり、ゴミだと(さえず)った相手投手に少なからず苛立つ。

 

(負けるのは癪だし勝ちたいけど、パワー無いんだよなぁ芽留は。

 あの犠打の神様かゆっきー辺りじゃないと確実に遠くに飛ばせない。

 なら芽留がする行動は――

 

 やっぱり引っ掻きまわさないとね!)

 

 芽留はバットを短く持ち深呼吸しながら待つ。

 相手の球を。

 

 

 

「ふぅ……っちーなぁー(全力投球は抑え気味にやっても5回がギリギリかぁ……)」

 

 5回裏、琴山は体操着の袖で汗を拭く。

 まだ投げられはするがさすがに1試合を完投できる程の体力は彼女には無い。

 夕方の肌寒い風が心地いい。

 幸い投手はまだ2人いる。

 5回を抑えれば彼女の仕事は終了だと自分に言い聞かせ構える。

 

 体はホームに正対せず3塁ベースを向く。

 左手のグローブと右手の軟球は胸に抱える。

 ランナーはいないがクイックモーションで球を投じた。

 

 キン!

 

「ファール!」

 

 ノーボール、ワンストライク。

 

 カン!

 

「ファール!」

 

 ノーボール、ツ―ストライク。

 投手有利のカウント。

 

「さてさて芽留ちゃんピンチだお(でも慣れてきた……ゆっきーと比べて遅いし、クセ球でもない。タイミングもグッド。

 だからセンパイ、しばし付き合ってね~子犬の散歩にさ!!)」

「……(何考えてるか知らんが付き合う必要もない。くさいところ投げて手仕舞いだ)」

 

 三山は内角高めに構える。

 外れても入っていいギリギリのライン。

 カウント有利なのだから当然の選択だった。

 琴山の球が来る。芽留は、

 

「ほいさ!」

 

 キン!

 

「ファール!」

 

 3球目はストライクと思いカット。

 あからさまな外れ球の4球目、5球目は連続でボール。

 

「ファール!」

 

 6球目をファールにして、7球目もボール。

 ノーアウト、3ボール2ストライク。

 そして8球目も――

 

 キン!

 

「ファール!」

 

 そこで三山はやっと気づく。

 芽留の狙いに。

 

「ちっ(コイツ、愛子の体力を削る気か! やたら短くバットを持ってスイングスピードを上げてやがる)」

「ばうばう♪」

 

 鼻歌でも唄いそうな表情の芽留はにっこりと笑う。

 三山に対して言外に自分の行動を教えるかのように。

 芽留の目的は三山の想像通り。

 カット――ファールで粘り、相手投手の四球や絶好球(あまいたま)を狙う。

 とはいってもかつて甲子園で禁止となったバントかどうか曖昧な打ち方ではなく、キチンとスイングしている。

 技術的には球をヒットにするのと同等かそれ以上の技巧を要求される高難度なバッティング。

 何故、芽留が出来ているのは雪那にある。

 彼女の球は速い上にかなりのクセ(・・)球なのだ。

 それに比べたら遅いうえに素直な球を投げる琴山の速球はどうということはない。

 バットを短くもって喰らいついていけば充分可能なレベルだった。

 

 結局9球目でボールで四球。

 なにやら音猫はサインを出して芽留に伝える。

 夕陽にはバッターボックスに入る前、咲夜が耳打ちしていた。

 

 ランナー一塁で3番夕陽はバントの構え。

 それを見た三山は悪手だと考える。

 

(やっぱり試合慣れしてない野球初心者だね。4点差はかなり大きい。

 確実に1点をもぎ取るならそれもいいだろうが、こっちだって守ればいいのだから。

 1塁が進塁しても、危なそうな4番は敬遠して打ち慣れてない5番にゲッツー狙いそれで攻撃は終わりだ)

 

 三山の指摘は確かだった。

 4番の大鳳の打撃力は確かに強力だ。スイングが大ぶりだが芯に当たれば長打確実の威力を秘めている。

 しかし打たせなければいい。いかな天才でも球がこない敬遠球で長打を打つことは不可能。

 

 また5番乙姫の打撃能力は低いのも4番と避ける理由だ。

 守備力は非常に高い。自前のグローブはあちこち補修した跡が見られ傷だらけながらも使いこまれているのは一目瞭然。

 ライト方向の長打に対して自然と中継位置に付いたり、雪那のグラブトスもよどみなく受け取る技術は並の選手では無い。

 しかしながら、卓越した守備に反比例して、打撃は体育の授業で初めて野球をした生徒のようにへただ。

 一目見て誰にでもわかるレベルなので彼女は投手にとって与し易しとみるのは当然。

 

 本来なら4番が敬遠で避けられないように、雪那のような強打者を5番に配置する事で敬遠を躊躇わせればよかったのだが……。。

 今日初対面でお互いの実力を知らない。

 乙姫が野球経験者と言った事と、雪那達がお互い実力を知っているため打順を固めたが故できた打順の穴。

 当然、三山は敵の4年生チームにそれを指摘するわけなく……。

 一応バント失敗を狙い高めの直球を要求する。

 そうして球は投げられたのだが――

 

 スイッ――。

 

 夕陽はバットを引いて構える。

 しかし打たない。

 エンドランではないしバスターでもない。

 バントが難しいと判断し戻したのか? 

 一瞬その動作に目を見やった三山は視界の隅で動きだす影に反応し立ちあがった!

 

「セカンドッ、ベース! 盗塁だ!!(バントはブラフかッ!? 変なところで仕掛ける奴らだなっ)」

 

 バットに意識を傾け過ぎて反応が遅れた三山。

 取り落とさないようにしっかりと受けとった球をセカンドへ投げるが――

 

「セーフ!」

「セカンド盗ったりー♪」

「やってくれるじゃぁないか……っ!

 小細工たーよ」

「だって、先輩方が教えてくれたんですから。

 後輩が真似するのは当然じゃないですか?」

 

 三山に対ししれっと答える夕陽。

 小細工とはいっても反則でもなんでもない、普通のプレーだが彼女らからすると小細工になってしまうらしい。

 バントの構えで視界と意識の一部と持っていかれ、その間に1塁走者が盗塁を敢行。

 捕手である三山の送球動作も遅れ気味。

 例えバントの構えをしたからといってバントするとは限らない。

 それは2回裏でも芽留がバントからヒッティングしていたのだから警戒するべきだったのだ。

 気を付けているつもりでも動作が鈍ったのは、まだ体が覚える程練習をしていない証拠。

 反則まがいのプレーはミスなくやっているのだから笑える話だ。

 

「っし! 絶対でるから!」

 

 夕陽は親友の兎を散々痛めつけられた意趣返しも兼ねて気合を入れ直す。

 相手が反則ならこっちは正々堂々(小細工はあるけど)やってやる! とバットは強く握り構える。

 夕陽は考える。相手の配球を。

 

(四球はない……次の大鳳さんで塁が溜まっているのは避けたいだろうし、ノーアウトもいやだろう。

 敬遠して龍宮さんのダブルプレー狙いで1失点覚悟で大チャンスを潰すのもありだけど、咲夜や獅堂さんは打撃に自信があるみたい。

 …………悔しいけど雲母さんも凄く強いし、そこまで回せれば逆転の目もある!

 だからこそ私はアウトにしたいはず。

 狙うならサードやショートゴロで2塁を足止めしつつアウト。

 1塁線方向だと2塁走者は3塁に行って犠牲フライの大チャンス――敬遠するかもだけど――あるから私が捕手なら嫌だ。

 ワタシならインサイドの臭いところで球を引っ掛けさせてアウト! これ狙いにする。

 だったらあえて内側直球狙いにする!

 強打で引っ張ってサードの頭の超える!)

 

(こいつは配球でもベターなところに指示する傾向があった。

 だからこそ狙い打ちできたし打撃も同じだろう。

 堅実に1塁線方向のヒットを狙いつつ、アウトでも進塁打――これだな。

 まず外角は警戒し、まずは直球――いやチェンジアップで意表を衝こう)

 

 内側直球狙いの夕陽に対し、内側変化球を指示した三山。

 互いに読みつつも、しかし夕陽の狙い球ではないチェンジアップが内角にやってきた。

 狙い球かと思い夕陽はバットを振るう。

 しかし思ったより球は速くない。

 

(チェンジアップの方!? でもバットが――)

 

 直球と同じ動作で振るうチェンジアップは打者タイミングをずらす球だ。

 すでに振ろうとしているバットは戻せない。

 不味い――そう思った夕陽。

 ギリッと歯を食いしばり悔しさが胸の内に浮かぶ。

 

(また駄目なの? ワタシの拙い配球で兎はボロボロ。打撃でも全然。

 約束したのに……兎と2人で認められてアイツ(・・・)を見返そうって決めたのに!!)

 

 たかが紅白戦。されど紅白戦。

 負けたくない夕陽は一瞬別の誰かを見る。

 傲慢そうな女のニヤついた口角から吐かれる見下した言葉の数々。

 俯き震える兎と自分。

 瞬時に燃え上がる激情。

 なぜか最後に雪那の姿も映る。

 

 ――ぶっとばしたい――

 

「こんにゃ――ろぉぉぉーー!!!」

 

 体勢を崩して無理やりバットはボールに襲いかかる。

 

 キン!

  

 軽く手元にかかる負担。

 耳元には響く金属音とともに白球は飛んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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からかいと応援

すいませんまた凄く投稿が遅れました……(>_<)
年末は殺人的に忙しくなるので最悪年明けまで更新が遅れるかもしれないです。
更新を楽しみにしている方には本当に申し訳ない……<(_ _)>


 腕をたたみゴルフスイングでボールを振り上げたバットは、低めのチェンジアップを捉え、掬いあげた。

 

「サード!」 

「くぅぅっっ! 届けえっ!」

 

 誰かが叫ぶ。

 サードは条件反射で腕を伸ばし飛ぶが――――

 

 

 

 ――届かない。

 

「ファールだ!」 

「いや入るっ! 入ってっ!」

 

 重力に従い落ちる打球。

 夕陽はフェアだと信じて1塁へとダッシュする。

 5回裏の大チャンス。

 4点差ビハインドのこの状況で夕陽が塁に出ることは重要な意味がある。

 次の4番大鳳が打席に入ることもそうだが、打撃の苦手な乙姫の後続は咲夜、音猫、そして本日大活躍中の雪那。

 夕陽が出ればノーアウトバッター大鳳。

 150cmの小学生には見えない恵まれた体格から繰り出すパワーは計り知れない。

 雪那まで繋がれば試合は一気にひっくり返すことも可能。

 だからこそ塁に出たい。

 夕陽は走る。

 そして執念の打球は3塁線を――

 

「フェア!」

 

 ――切らないッ!!

 球は3塁線を切らず抉るように白線を走る。

 

「くっ!? 中継頼む!」

 

 レフトはフェンスに直撃した球を急いで拾い送球する。

 2塁ランナーの走力が高いのはすでに察している。

 5年生の彼女(・・)たちとは段違いに。

 それを理解しているからこそ、ある意味信頼しているからこそ彼女は即送球油断せず送球を行う。

 

「急いで送球?

 そんなんで――――

 

 追い……つけるかぁぁぁ!!」

 

 芽留は夕陽が吠えながら打球に喰らいつく瞬間――すでに2塁ベースをスタートを開始していた。

 数年間野球をし続けた彼女は、この打球は入る! と半ば見切り発車で走り出していたのだ。

 

 秘めた想いを胸に芽留は爆走する。いつも背中ばかり見続けた。

 蒼い髪のスカした少女が瞼に映る。

 ぎゅっと力強く拳を握り芽留は3塁ベースを超えて走り続ける。

 

「ちょ!? 芽留っストップですわっ。レフトはもう送球態勢に入ってますわっ」

 

 3塁ベース横で音猫は芽留に止まるよう指示する。

 しかし止まらない。

 芽留は突き進む。

 

(暴走? 上等! 自分は走ることしかできないッ)

 

 小柄な自分。非力な自分。野球の才能など元々ない。

 中学に入ったら陸上でもやった方がいいのではないか?

 そう思えるくらい……足の速さしか武器がない。

 

(届けェェェっ!!)

 

 ヘッドスライディングでホームベースに突っ込む。

 キャッチャーもボールを受け取ったのかグラブを突きだし芽留襲いかかる。

 

 ドンっっ!!

 

 土煙りが辺りを打だよう。

 審判の判定はゆっくり両手を広げ、

 

「セーフセーフ!!」

「いよっしゃあぁぁ!!」

「やった、やった(ぶんぶんぶんぶん!!)」

「うわ!? アンタ腕振りまわさないでよっ」

 

 雪那はいつもの無表情顔で腕を振り回しながら歓喜する。

 喜びは一緒に味わう、だって仲間だから。

 彼女なりのコミュニケーションのとりかたと言ってもいい。

 そんな雪那に芽留も笑いながら、

 

「いえーい!!」

「いえーい」

 

 パンッ!

 

 ハイタッチで掌を交わす。

 それが彼女たちのやり方。

 そして次のバッターボックスに入るのはノーヒットながらも、2回の犠飛で2打点を挙げている――

 

「そしてようやく俺様の出番ってわけだ……」

 

 ――大鳳。

 

 力強く地面を踏みしめ歩く。

 3点差の場面――ノーアウトランナー2塁。

 彼女はただぎらつく目つきでバッターボックスに入る。

 ここまできたら連打連打! の勢いで仲間達の声援にも熱が入る。

 

「犠飛の神様~~~どうか打点お願いにゃー♪」

「かっとばせー犠牲フライ♪」

「輝も芽留もなにいってんのよランナー2塁じゃ犠牲フライ成立しないじゃない」

「「いや~ここはお約束ということで~~~」」

「てめぇらっ!! 応援する気あるのかないのかどっちだ!」

 

 がるると吠える大鳳とにやにや顔の咲夜たち。

 どうやら彼女らのいじり要員に彼女は入ってしまったようだ。

 

「御三方ここは普通に応援した方が宜しいかと……」

「まあまあ龍宮さん、あの子達なりのコミュニケーション方法でございますわよ」

「そ、そーなの?」

 

 お淑やかお嬢様タイプの乙姫とツインテをふるふるしてる兎は音猫の言動に疑問譜を浮かべる。

 どのみち今日顔を合わしたばかりなのでそれ以上突っ込んだ話もできず、心配そうな顔でとりあえず応援を続ける。

 そして雪那といえば、

 

「打席♪ 振って♪ ほ~~~むらん♪」「投球♪ 直球♪ 三三振♪」「鉄下駄♪ アンクル♪ 根性♪」

 

 なにやら不思議な歌を口ずさむ。

 長く喋れないので区切り区切り歌い続ける。

 

「「「…………(なんか凄く気になる……)」」」

 

 最初はスルーしていた周囲だが、あまりにも突っ込みどころがある内容。

 次第に我慢できなくなったのでチーム一の突っ込み職人咲夜が結局問う事に。

 

「ねぇ……雪那、アンタなに言ってるの……?」

「応援歌(キリ!)」

「お、応援歌?」

「応援歌(キリリ!!)」

「あーうん判った」

 

 ちょっとだけ変な空気が流れた。

 

 

 

 

 

 そんな彼女たちを遠目で見つめている1人の女性がいた。

 

「編集に小突かれてそこらにきたけど…………これはいいネタが入るかも♪」

 

 幾つもある日本の小学校。

 そこで見つめる1人の女性。

 雪那と長く付き合う事になる彼女はまだなにも知らずただ試合を見つめるのだった――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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オーバークラス

すいませんめっちゃ遅くなりました(>_<)

短いですがどうぞです。


 4年生チーム対5年生チーム。

 6-9。 

 5回裏ノーアウトランナー2塁(夕陽)。バッター大鳳。

 

 点差はグランドスラム(満塁打)で逆転打となる。

 しかしここで5年生チームはピッチャー交代を行う。

 

「ことやんドンマイ」

「チッ! 思った以上にやるよこの子ら。笹井でも抑えるのは難しいかも」

「まぁ、流れがあっちにいってるのは判る。でも“オーバークラス”までいるとか化け物だね今年の4年生はさ~」

 

 オーバークラス――――それはある種、尊敬と畏敬の念を込めて呼ばれる1つの呼称だ。

 それは小中高大プロ全てを問わず、フェンスを越え……ホームランを放てるバッターに対して付けられる。

 打高投低が続く女子野球でもホームランを打てる選手というは貴重だ。

 昨今、成長著しい女子野球でも性別の差は絶対的な壁が存在する。

 女性野球選手でも努力でその境地に至れないわけじゃない……しかし全ての者が手に伸ばして至れるほど甘い世界ではない。

 

 弛まぬ努力、強靭な肉体、そしてなにより傑出した打撃センス。野球の神様に愛された者のみが掴める領域なのだ。

 

 1試合に1回は見ることができる男子野球を知っている彼女らはその凄さの意味を真に理解していない。

 彼女らはただの呼称として使用しているが、歳を重ね経験すればおのずと判ることだろう。

 ホームランが打てる選手のいかに少ないかを。

 天才のさらに極一部でしか打てないのだと。

 

 雪那は正しく化け物であり、自分達は凡人なのだと。

 

 静かに偉業を成した人物はといえば、

 

「ふぁいとーふぁいとー」

「雪那の声、なーんか気の抜ける応援になるのよね……子守唄みたい」

「おい、気ィ抜けるからもっと真面目にやってくれよ!」

「大変失礼」

 

 のんびりと脱力応援にいそしんでいるのだった。

 

 

 

 

 

「こ・れ・がぁ~俺様の力だぁーー!」

 

 かこん……。

 

 ピッチャー正面の弱い当たり。

 

「アウトっ!」

「ぼてぼてのピッチャー打ってどうすんのよ」

「バッターへぼってる~!!」

「まあ、あれですわ……一流バッターも3割しか打てないのですし、気を落とさずに……ですわ」

「ちょ、ちょーっと当たりどころが悪かっただけだ! そんな責めるなよっちっくしょうっ!!」

 

 ケッ! と吐き捨てつつ罰が悪そうに明後日の方向を向く大鳳。

 4年生チームはこれでワンアウト。

 次のバッターは乙姫だった。

 

 守備に関しては雪那のグラブトスを瞬時受け取り送球できる能力がある彼女だが、打撃については素人同然。

 5年生チームもそれを知ってか警戒を若干緩めた。

 内野は通常、外野は2、3mほど前進した。

 長打はないだろうという判断からだ。

 

 こんこんとバットをベースに叩きつつ彼女は冷静にフィールドを見回す。

 

(これは~……いい塩梅かもしれません、ね?)

 

 表情はいつもの笑みを浮かべつつ、フォームはいつも通り。

 心の中でくすりと笑う彼女にはどうやら秘策があるようだった。

 

 5年生の三山はサインを出さずに考える時間を稼ぎつつ投球の組み立てしていた。

 

(コイツは非力だしへっピリ腰だからアンパイだとして次の打線がやべぇな。あの音猫ってーのが俊足巧打……1~3番打者を卒なくこなすタイプ。で、キレまくりの狂犬ちゃんがパワーがある……5番打者。4番もいける口か?

 そして無表情チビが完璧な4番強打者タイプ。しかも超ド級の天才様ってか? 揺さぶりも効かないなんてどうしろっての……)

 

 捕手からすれば頭を抱えたくなるラインナップだった。

 3人とも無視できない実力がある上に8番の雪那は次元が違う。

 総合力がものを言う野球でも実力のある走攻守の揃った選手ななかなかいない。

 なにかしら苦手分野が存在する。そこを基点に攻めれば勝機が見えるものだがそれが無い選手は厄介極まりない。

 打撃守備に関わらず、頼りになる選手の存在はチーム全体の士気を高め、勢い付かせる。

 

 攻撃――外角で攻めようとすれば華麗なバッティングで流し打ち。内角をえぐれば強打で引っ張り、長打かホームラン。ボテボテのゴロも俊足で内野安打。

 守備――初動が早くカバーリングも巧い。送球判断も完璧。さらに球速が100k/mを超えているかと思うほど強烈。

 

 誰だって勝負を放棄したくなる存在だった。

 三山は憎々しげに思いながら結論を出す

 

(……敬遠策しかない、か。その為には7番までで攻撃を絶対に止める。極力ランナー不在でならいけんだろう)

 

 深く考える彼女は気付かない。

 敵の表情に。

 ほほ笑む乙姫が余裕を窺わせる姿を見れば違和感の1つでも感じたものを。

 

 地道な練習が必要な守備で活躍していた彼女。

 野球経験のある彼女が果たして素人まがいのフォームでバットを振るだろうか?

 弧を描いた口元の意味を知ることにはなるのはすぐだった。

 

 

 

 にゃ~ん。

 何処からか捕まえた猫を抱えポーカーフェイス娘は1人と1匹で応援していた。

 

「きゃっとばせー、おっとひめー」

「にゃ~にゃにゃにゃっ!」

「か、かわい――って何でアンタは猫を抱えて応援してるのよ!? 首輪してないし、よく野良を捕まえたわね……」

「呼んだかしら?」

「音猫は呼んでないから。ただの猫だから。アンタはバッターズサークルに戻りなさいな」

「酷いですわ……」

 

 マイペースな雪那は我関さずと応援を続けている。

 

「にゃんとばせー、おっとひめー」

「に~にににっ!」

「微妙に音程が合ってるのがまた可愛い――じゃなくて後でちゃんと離しなさいよ! 猫が迷惑してるだろうし。…………触らせてもらった後でねっ!」

「音猫を呼び――」

「カット!」

「しゅん」

 

 セリフをカットされて音猫はトボトボ戻る。

 背中には哀愁が漂っていた。

 

「にゃーんぱすー!」

「にゃーんにゃすー!」

「それは違うっ! 小学生だけどそれは違うから、1年生だからっ! というか今の猫の声おかしくない!? 微妙に人語が混じったわよ!?」 

「「……?」」

「あーーーっもう、2人? して首を傾げないでよ可愛くて抱きしめたくなるじゃないお持ち帰るしたくなるじゃない!!」

「――――と咲夜氏は主張しており、容疑も認めているようですなー♪」

「違うっ!!」

 

 真剣勝負の途中とはいえ何処かほのぼのした4年生チームだった。

 

 

 

 

 

 

 




現在の成績《五回裏 四年生チーム攻撃中》

      ①  ②  ③  ④  ⑤  ⑥  ⑦  計
     五0  5  2  2  0        9
     四1  3  1  0           5

     《五年生チーム》
杉浦(左)1一飛 右安①遊安①   三振
関 (二)2投ゴ 遊ゴ 遊飛    三振
神薙(遊)3三ゴ 三振    右安 三振
久永(一)4   右本①四球 中本②
三山(捕)5   右2 右安 投ゴ
橋元(中)6   左2①遊安 三ゴ
赤井(三)7   遊ゴ 三振 三安
藤 (右)8   左安 四球①中安
琴山(投)9   右2②三振 三振

     《四年生チーム》
輝 (左)1左2 二ゴ    遊併  
芽留(右)2右安 三ゴ       四球
夕陽(捕)3三振    ※右安   左2①   
大鳳(三)4中犠飛①  中犠飛①  投ゴ
乙姫(二)5遊併    四球
咲夜(中)6   右2 三併
音猫(遊)7   中安    遊ゴ
雪那(一)8   左本③   一安
兎 (投)9   三振    三振

五回表守備変更
3塁・大鳳→1塁
投手・兎→3塁
捕手・夕陽→センター
センター・咲夜→捕手
1塁・雪那→投手

※夕陽 第二打席 ライト前ヒットについて
三塁まで進塁していますが、ボールが落ちた後、外野手がトンネル=エラーしたので記録上ではヒットになります
例「打球処理や返球時にエラーした場合」「他の走者を刺そうとした送球の隙をついた場合」


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乙女と執念

 目を閉じる――そこにあるのは暗闇だけ。

 耳に届くのは仲間達の応援と心臓の鼓動。鼻に薫るのは土埃りと僅かに匂う自分の体臭。

 きゅっきゅっとバットを握り直す。

 暗闇からぼんやりと浮かぶのは憧れのあの人。

 プロ野球選手としては華奢な体格、パワータイプではない。走力にも恵まれなかった。

 男が目指した者はただ一つ……地味な守備職人としての道。プロ1年目から渋過ぎる生き方だ。

 打率はプロ一年目の2割7分が精いっぱい。年間本塁打も0、1が並び2進法かと思ってしまう低落ぶり。

 2軍と1軍の往復が彼の人生。しかし彼女は彼が大好きだった。好きなプロ野球選手を聞かれれば即答するほどに。

 だからこそ彼女の野球(たたかい)に才能はいらない。必要ない。

 台風のごとき強力なパワーも風すらおいていく走力もいらない。ただ、ただ――

 

(磨き上げた技術だけを、ください……。どんな石ころだって、ぴかぴかに磨けば綺麗になるもの)

 

 五回裏、6-9。

 ワンアウト、カウントナッシング。

 バッターは乙姫。

 

 投手が振りかぶる。

 リリースした瞬間、ほんの指先……人差し指と中指に引っかかりを覚えた。

 心の中で舌打ちをする。

 低めに真ん中。ギリギリのストライクコースだがボールになるだろう、と。

 

 だが彼女、龍宮乙姫はバットを長く持ち、スイングを開始する。明らかなボール球なのに。

 何千何万と繰り返した練習の成果をいまこの瞬間に発揮する。

 成功率は3割弱――しかし迷いのないバットは奇抜な円を描き、白球を捉えた。

 鋭い音を響かせるも、走者は進めなかった。

 

「うわ、これじゃ進塁できないっ!?」

 

 二塁に居た夕陽が慌てて戻る。

 何故なら打球が内野の頭を超えない程度の飛距離しか出ていなかったからだ。

 フライなら一度、二塁に戻らなくてはアウトになってしまう。

 進むか戻るかが脳裏に浮かんだ時、夕陽は戻ることを選んでいた。

 

 ボールはそのまま飛んでいく。

 落下地点は二塁手のまん前。

 打球に力がないので、頑張ればフライにもできるが、エラー――捕逸の可能性もある。

 無難にワンバンしたあとに取れば問題ないと判断した。

 中腰になり、捕球体勢に入る。しかしこのとき乙姫は全力疾走していた。

 誰もがボールに気を取られていたせいで気付かなかった。

 彼女はそう、

 

「ふふっ♪」

 

 してやったりという風に、笑っていた。

 

 重力に引かれてボールが地面に落下する。

 土煙りを上げた白球はそのまま――転がった(・・・・)

 ワンバウンドすると予想していた守備は予想を裏切られた形をなり、コンマ数秒間の思考停止に陥ってしまう。

 

「しま――ッ!?」

 

 ほとんど跳ねずに転がったボールが股下を通り、背後に転がってしまう。

 急いで振り返り、左手のグラブを伸ばしたものの数cm足らず届かなかった。

 さらに球の勢いが無かったせいで、ボールはライトと二塁手の中間地点で動きを止めてしまった。

 乙姫が大声で叫ぶ。

 

「亀田さん、三塁に――ッ!」

「え、あ、エラー!? 判った!」

 

 乙姫はファーストベースを蹴り上げ二塁に。夕陽は少し体勢を崩しながらも、なんとか無事三塁へと到達する。

 結果としてワンアウト、ランナー2、3塁で絶好の場面に持ち込むことができた。

 その不思議な打球の動きに音猫は首を傾げていた。

 守備の要である遊撃手の彼女としては、少しおかしい打球に思えたのだ。

 

「なんですのあれ? 地面が砂じゃないにしても余裕でバウンドするはずですのに……」

「変則、ライナー」

「ぶ!? え、ええと、どういうことですの、雪那さん?」

 

 頭に猫を乗せた雪那に音猫が吹きだし掛けたあと、とりあえずと本題に入る。目線は頭上で欠伸をしている猫に釘付けだが。

 いつもの無表情で雪那は先ほどの打球について淡々と説明し始める。

 とはいえ単語ばかりなので、聞き手がちゃんと理解しなくてならなかった。

 

「ゴルフスイング、トップスピン」

「スイングは……夕陽さんが必死に打ち返したときと似ていましたわね。でもトップスピンなんて掛かりますの? あんな打ち方ではへんてこな方向にいっちゃいますわよ?」

「正面、打ち返しなら、可能」

「……ですの?」

 

 雪那は昔から言語障害で説明が苦手だ。今も首を傾げたり、猫が滑り落ちて肩に掴まったり、手でジャスチャーしたり――一部関係ない動きがあったが――意思を伝えようとするも音猫の頭上にはクエスチョンマークが浮かんでいた。

 言葉に四苦八苦しているのか、雪那は少しだけ言い淀む。うまく言い表せない。

 そんな二人に大鳳が後ろから声を掛けた。

 

「あー、つまりアレだろ。卓球のラケットで考えろや」

「なんですの藪から棒に」

「いいから聞けって。ようはアッパースイングと同種と思えばいいんだって。卓球のピンポンを下から掬いあげるように打ち返すとドライブが掛かる――つまり、トップスピン。ラインドライブっつー言い方もあっけど、ありゃ確か日本だけの呼び方で正確にはライナーってのが正解だ。さっきの打球は……おそらく狙ってドライブを掛けたんだろうな。中途半端なスイングじゃあ中途半端な効果しかねーし。結果としてほとんどバウンドせずにトンネルエラーを誘えた、と」

 

 「ま、ライナーとフライも明確な基準で分けられてねーけど」と大鳳は締めくくる。

 その言葉に雪那が両手をあげて肯定の意を示した。

 

「それ! それ!」

「お、やっぱか! さっすが俺様、天才的だぜ!」

「あ、貴女……」

「あ? んだよ俺の天才的な推理に恐れおののいたか? い~ぜ褒め称えろガッハッハッハ!」

 

 大鳳が両手に腰をあてて高笑いしている。

 音猫はふるふる震える指で彼女を差しながら大声でいった。、

 

「おバカじゃなかったんですの!?」

「誰がバカだこの野郎! これでも五教科の平均点数は50点台なんだぞ! すげーだろ!」

「あ、やっぱり馬鹿でしたのね。安心致しましたわ。てっきり頭を強く打ったのかと……」

「なんでそこで心の底から心配そうな顔をするんだよ! 野球ができりゃ問題ねーだろ!」

「勉強ができなきゃ進学できませんわよ?」

「それころスポーツ推薦で行けばいいだけのことじゃねえか」

「仲良し、うんうん」

 

 そんな言い合いをしている二人を余所に、雪那は何故か満足そうに頷きながら次のバッターを見ていた。

 

 

 

(私が狙うのは次に繋げること……ただそれだけを、目指せばいいわ。それにしても暑い……な)

 

 6-9でランナー2、3塁と絶好のチャンス。

 咲夜はバットを握り直し投手の一挙手一投足を見逃さないのう睨み付ける。

 もう終盤だ。

 トクントクン

 彼女の小さな胸がしきりに鼓動を伝えてくる。じとり、額に汗が浮かび、一瞬何をしているのか判らなくなっていく。

 ピッチャーが振りかぶる。ボールが来る。

 そう、それを打ち返せばいい。ただそれだけなのに。

 

「ストライク!」

「……あ」

 

 ……まだ大丈夫。様子を見ただけ。

 自分に言い聞かせる。まだワンストライクなのだから。だけど心臓はやけに大きな音を奏でていた。

 ドクンドクン

 落ちつかせるために咲夜は努めて冷静に、捕手としての見方から分析を始めた。

 

(相手は次のピッチャーを用意してる。けどまだ登板する気配を見せない――つまりこの回はあの琴山って奴にやらせるつもりなんだ。その意図は、次の投手のスタミナ不足か、抑えとしての実力不足か……どっちにしてもこちらに有利に働くはず)

 

 プロ野球なら五回は十分投げた方だ。勝利投手の権利は当然得ているし、2、3塁の大ピンチで投手をマウンドにあげ続けるのは仲間を見殺しにするのと同義。

 だからこそ何かしらの理由が存在するはずと彼女は考えていた。

 相手投手、琴山が第2球目を振りかぶる。

 内角高めの甘いコース。そして球威にも明らかな衰えがあり、二回裏で対決したときのようなキレもなかった。

 これなら当てられると、渾身の一撃を振るう。

 ……スッ

 

「――ッ!」

「ストライクツー! カウントノーボール、ツーストライク!」

「……うしっ、成功!」

 

 カーブ。

 チェンジアップではない。

 右手から放られた球や不安定ながらも確かに変化し、キャッチャーミットへと収まった。

 この回まで琴山はカーブを一切投げなかった。

 ストレート:チャンジアップ=7:3の割合で投じており、咲夜はまったくの無警戒。虚を突かれてしまう。

 マウンドの琴山が漏らした「成功」という言葉。そしてガッツポーズをしたことから、まだ練習中か実戦での使用経験が少なかったのだろう。

 しかし咲夜は必要以上に動揺していた。

 

(カーブ!? セオリーなら変化球なんて一球種しか持ってないんじゃないの!? ……いや咲夜、今大事なのはそういうことじゃない。相手の攻撃の選択肢が一つ増えたってこと。ストレート、チャンジアップ、カーブ――狙い球を絞っても確率は3分の1……とにかく打たなくちゃ!)

 

 普段はマイペースな雪那や天然お嬢様を地で行く音猫を怒鳴ってばかりで気が強い――土壇場にも強いと思われがちだが、咲夜は少し違っていた。

 友達思いで責任感もある彼女だが、大事な場面ではその強すぎる心が逆に足を引っ張ってしまうことがある。

 運動会では緊張しすぎてリレーのバトンを落っことしてしまったり、百点取ったらお小遣いを増やして貰えると言われ頑張ったテストでは解答欄を一段ずつズラして書いてしまったり。

 奔放過ぎる友人たちを前に自分がしっかりしなくちゃと生き続けてきた結果だった。

 明らかに力んでいる。余計な力が入っている

 その様子に雪那が気付き、タイムを掛けようか迷っていたが、相手バッテリーが先に動いてしまった。

 投げられるボール。

 先ほどと同じく、遅く、キレがない。

 だが目算で外角低めのコースを見切ったとき、咲夜は釣り球だと判断し、安堵の息を吐く。

 2ストライクなのだ。1球様子見でボール球を放るのがセオリーだと。

 

(でも、それにしては、気持ち――ッ!? 違う、ストレートだ! 不味い!)

 

 奇しくもボール球だと思い、息をゆっくり吐いたおかげか、少しだけ筋肉も心も緊張状態から解放された――――瞬間、クリアになった脳はその軌道がストライクコースだと反射的に判断を下す。

 ……打ち返さなくちゃ。

 そう判断した咲夜は急いでバットを回し、喰らいつく。

 キィン!

 手に伝わる衝撃。肘を伝い、肩を昇り、頭のてっぺんまで響く。

 

(芯を、捉えたっ!)

 

 金属製のバットが快音を鳴らす。

 衝撃は伝わったものの、そこに残るのは痺れではなく、じんわりと体内に広がっていく快感。

 身体にはさして残らず、だが記憶にははっきりと感触が残っていた。

 バッターだからこそ味わえるもの。

 遅めに打ったことが流し打ちの格好となり、ライナー性の鋭い打球が一塁手の頭上を越え――

 

 

 

 パァン!

 ――無かった。

 捕ったのは五年生チーム一の長身、久永。

 彼女は咲夜の打球が自分の頭上を越えること。それはフェアになるだろうこと。すぐに反応しなくては捕球できないことを瞬時に判断し、全力でジャンプしていたのだ。

 白球は使いこまれてくたびれたグラブにすっぽりと収まり、乾いた音を響かせていたのだった。

 その音に咲夜は一塁に向かって走りながら声を漏らす。

 

「…………え?」

「アウト!」

 

 審判がアウトを宣告する。

 思わず一塁まで馬鹿みたいに走ってしまっていた。

 久永はそのまま着地すると二塁に呼びかけながら即座に送球する。

 

「セカンドッ!」

「そい来たァ!」

「二塁アウト! チェンジ!」

「そんな~……ファインプレーに阻まれるなんて~……」

 

 打球は一塁を超えれば十分フェアになるものであり、ライト横を抉るツーベースヒットになる可能性を秘めていた。

 しかし左中間を破るヒットと違い、ライン際のヒットはフェンスが近いのでツーベースに至らない場合もある。

 乙姫は打球の高さ、鋭さから全力疾走しないとホームに間に合わないと判断し、走り出していた。

 それが裏目となり、二塁ベースに戻れなかったのだ。

 結果としてダブルプレーとなり、四年生の攻撃は終了した。

 チャンスを活かせなかった――俯き気味のまま立ち留まる。

 そんな咲夜の前に巨体が迫る。

 渾身の一打を防いだ女。五年生チームの四番、久永文。

 五年生とは思えないほど仏頂面。しかし155cmの恵まれた体格は強者の雰囲気を醸しだし、並の投手なら萎縮してしまうだろう。

 すれ違い様に呟く。

 

「芯を捉えた良い打球だった。一点の曇りも無い打撃なら、抜かれていた」

「…………ぁ」

 

 そう言い残し、彼女はベンチへと向かっていった。

 他のメンバーにせがまれて、溜め息を吐きながら久永をハイタッチをしていく。

 そして一本の使いこまれたバットを選ぶと、素振りをし始めた。

 六回表――五年生チーム最初のバッターは、四番久永。

 四年生チームの投手、雪那とは本日初めての対決となる。

 

 

 

「御免……チャンスを活かせなかった」

「大丈夫、次、ガンバ!」

「……うん、そう、ね」

 

 肩を落としながら仲間たちに謝った咲夜はプロテクターを付けていく。

 自分の両手を見て、グッグッと握り直してみる。

 震えは無い。嫌な動機も無い。いつも通りだった。

 だが後半の貴重な攻撃のチャンスを潰してしまったのも事実。

 偉そうに言いながらこの様だ、と心の内で自嘲していた。

 パァン!

 そんな彼女の背中を誰かが叩いた。

 

「~~~~ッ、痛ったいわねぇ! あにすんのよ!」

「な~にへちゃむくれているんですの。まだまだ出番があるんですから次で返せばよろしいじゃありませんか」

「次って……打席が回らないかもしれないじゃない」

 

 四年生チームに残された攻撃のチャンスは6、7回の裏のみ。

 スリーアウトを取るために最低3人は打順が動く。

 5回は咲夜で終わったので次は7番の音猫。

 最悪、6回に7~9番。7回に1~3番で終われば、6番の咲夜に出番が来ることはない。

 彼女がそれを指摘すると音猫はハッと鼻で笑った。

 その仕草に沸点の低い咲夜がイラっとする。

 

「あによっ、その馬鹿をいたみたいなリアクション! 私は現在の状況を正しく言っただけじゃない!」

「いつから咲夜さんはそんなにお利口さんになったのかしら?」

「はぁ? 馬鹿にしてる? ねえ、馬鹿にしてるよね! 喧嘩ならいつでも買うわよ!」

「これが馬鹿にせずにいられますか! 貴女の前には誰がいらっしゃるんですの? その目はいつから曇っていらして?」

「え……?」

 

 汗だらけだがまだやる気に満ちた目をした兎。その隣で明後日の方向を見ながらグラブを叩いてアピールする夕陽。

 乙姫は涼しい顔で二塁手の方へと一足先に向かい、双子の芽留と輝が楽しそうに両手を広げて飛行機の真似をしながら笑顔で外野へと走っていく。

 大鳳は「早く打ちてー」とボヤきながら三塁のベースの上でのんびりしている。

 そして咲夜の前には勝気で金髪ロールな音猫と、純白の肌に蒼髪の少女が無表情なのに気合の入った顔という矛盾した様子で咲夜見上げていた。

 

「キャッチャーはチマチマ考えて過ぎていけませんわ。良く言うではありませんか。野球は9回2アウトからが勝負と!」

「女子は7回だけど」

「シャーーーラァップッッッ! つまり、勝手に落ち込むくらいならガムシャラに暴れようではありませんか、と言いたいのですわ! 終わるまで、結果は神様にだって判らないのですから」

 

 そう言って髪をかきあげた音猫は優雅な足取りで――

 

 ガツッ、べちゃっ!

 ――ベースに足を引っ掛けて転んだ。

 

「ぶ……あははははははははははっっっっっ!!」

 

 咲夜が盛大に吹きだす。雪那も心無しか顔を俯かせて笑っているように見えた。ポーカーフェイスは崩さないが。

 とっておきの決めセリフを言っておきながら転んだ音猫はゴマかすように逆切れした。顔面には砂埃が付いたままなので咲夜が余計笑う羽目になった。

 

「なんですのなんですのなんですの! 何かいいたいなら言ってごらんなさいッ。ワタクシが何かしましたでよーかっ!」

「く、ぷくくくく……いや、そう、ねっ。まだ終わってないもんね。あ~あ、私らしくないことした! 悩んだってしょうがないしね。……よっしゃサクッと6回を終わらせて反撃してやるから!」

 

 気合を入れるために両手を頬を叩くと咲夜は自分の守備位置へと向かう。

 去り際に雪那がそっと声を掛けた。

 

「野球、楽しく」

「判ってるわよ。アンタも気合入れて投げなさいよ。私が、全部受け止めてあげるから!」

「もち!」

 

 先ほどまでの暗い気持ちは吹き飛び、咲夜は心がとても軽くなったのを感じながら守備に付いたのだった――

 

 

 

 

 




現在の成績《五回裏 四年生チーム攻撃中》

      ①  ②  ③  ④  ⑤  ⑥  ⑦  計
     五0  5  2  2  0        9
     四1  3  1  0  1        6

     《五年生チーム》
杉浦(左)1一飛 右安①遊安①   三振
関 (二)2投ゴ 遊ゴ 遊飛    三振
神薙(遊)3三ゴ 三振    右安 三振
久永(一)4   右本①四球 中本②
三山(捕)5   右2 右安 投ゴ
橋元(中)6   左2①遊安 三ゴ
赤井(三)7   遊ゴ 三振 三安
藤 (右)8   左安 四球①中安
琴山(投)9   右2②三振 三振

     《四年生チーム》
輝 (左)1左2 二ゴ    遊併  
芽留(右)2右安 三ゴ       四球
夕陽(捕)3三振    ※右安   左2①   
大鳳(三)4中犠飛①  中犠飛①  投ゴ
乙姫(二)5遊併    四球    二失
咲夜(中)6   右2 三併    一飛
音猫(遊)7   中安    遊ゴ
雪那(一)8   左本③   一安
兎 (投)9   三振    三振


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