我が名は物部布都である。 (べあるべあ)
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第0話 悪だくみの談合

この話には作者の趣味が過分に含まれます。(古代ファンではありません


 世界は隠しようのない死にあふれていた。

 闇は死であった。

 死は妖魔であった。

 力の弱い人間は群れるしかなかった。

 

 

 

 暗闇に月が浮かんでいた。

 雲は、月の存在を邪魔しないように辺りを群れている。

 いささか肌寒い風が生まれ地表を撫でる。木々を揺らし、草を薙ぐ。区別することなく当たるもの全てに触れていく。

 その行く先に屋敷があった。

 屋敷の縁側に、少女が腰をかけていた。片膝を立てて柱に寄りかかっている。

 風は少女の髪を揺らすと、またどこかへ去っていった。

 少女は呟く。

 

「存外、我は何も知らぬのかもしれん」

 

 自嘲のような笑みを浮かべながら、小さな器を口元へやる。

 中央がくぼんだだけの簡素な平皿。

 器が傾くと、表面に映った月がゆらゆらと揺れ輪郭がぼやけた。

 冷たくも熱い液体が、月ごと喉に滑りこむ。

 

「知らぬことが恐ろしいのか、それとも知ってしまうことが――」

 

 そう呟く少女は、一度見れば忘れないような容姿をしている。

 灰色の瞳に灰色の髪。鋭さを孕んだ怜悧な顔立ち。

 名を物部布都。大豪族、物部氏の姫である。

 通称、布都姫。もしくは”女狐”

 布都には身分が違う雲の上の人というより、世界が違うといった感じを人々に与えさせる雰囲気があった。

 髪や瞳の色が黒ではないとかそんな些細なことではなく、直に接触したときの存在感の圧倒的な異質さ。霊かなにかと思ってしまうような、そんな理外の感触があった。

 そんな布都に気軽に話しかける人間はそうはいない。

 それは同じ物部氏の人間であってもそうであった。時が経つにつれ、布都に接する人間には硬さが生まれ、いつからか数少ない例外を除くと皆、神かなにかに接するようになっていった。

 

「――”また”悪だくみか?」

 

 話しかけられた。

 ここは物部の屋敷。屋敷内で布都に話しかけてくる者など片手で数えても余るほどしかいなく、それが誰か、布都には容易に判別がついた。

 

「これは"兄上"。我に何用でしょう?」

 

 演技がかったうやうやしさで、布都は頭を下げた。布都にはいくらか兄弟がいたが、”兄上”と布都がそう呼ぶのは物部守屋以外にはいなかった。

 

「月が綺麗だと歩いていたら、狐が酒盛りをしていたのでな」

「なるほど、有名な女狐が酒盛りなどしていては思わず声もかけたくもなるでしょう。――ですが、悪だくみまでは分かりますまい」

 

 それも”また”ときた。

 ひどく心外であると、布都は首を残念そうに振ってみせた。 

 

「女狐――、いや物部布都が考え事をしているように見えた。これ以上の説明はいらんだろう?」

 

 言い終わると、守屋が笑った。

 つられて布都も笑う。

 はたから見れば、やはり悪だくみの談合であった。

 

「ですが、本当にただの考え事ですよ、兄上」

「ほう? では、一体何を――」

 

 布都は片手を広げて見せた。

 

「自分という存在がどういうものであるか、ですよ」

「これはまた面倒な」

「しかし大事な事です」

 

 守屋は笑って答えた。

 

「やはり悪だくみではないか」

 

 何故? そういう表情で守屋を見る布都。

 

「人を超越したといってもいいお前が自己について考えるというのは、貧者の前で有り余る財貨を数えて見せるようなものじゃないか」

「そうでしょうか? 手を伸ばせば、背伸びでもすれば、届くかもしれないそんなものであれば嫉妬の一つも浮かぶかもしれないでしょう。だが、それが背を見ることさえもかなわない程に遠いものであれば、――どうです? もう受け入れることしか出来ないでしょう?」

 

 布都はくつくつと笑うと、器に酒を注ぎ、喉に放り込んだ。

 季節は秋。大地が緑からうす茶に変動していく頃。

 すっかり肌寒くなった夜にススキが風にさらりとした揺れる。風はほんのり赤くなった布都の頬にも届けられ、熱っぽくなった体を気持ちよく冷やす。

 鼻を抜ける酒気にさらに気分が良くなり、布都は再び口を開く。

 

「何でもこの世のもの全ては偽りで、自己さえもそうであるとのたまう者もいるそうですが、この不肖布都めには到底分かりそうにもないことです」

 

 守屋は顔を険しくさせた。

 

「――仏教か」

 

 言葉には嫌悪がこもっていた。

 

「国を病ませる邪教よ。何故あのようなものが――」

 

 最後まで言葉にするのも厭い、ただ眉をしかめた。

 仏教が伝来してくる前、この地には神道と呼ばれる宗教があった。およそどこの地にもあっただろう、人智の敵わない自然のあれこれを神として崇めるようなものである。

 雨が続けば神の意思を感じ、日照りが続いてもまた同じ。人が感ずるものすべてに意思のようなものを感じて、それを神としてきたのである。

 であれば、すでに神々が御座すこの大地に何故新たに外から持ってきたものにすげ替えるような真似をするのかと。そこに意思を感じるのならば、間違いなく神々は不快に思うに違いない。では、その神々が不快に思うということはどういうことか。

 

「必ずや国に厄災をもたらすに違いない」

 

 低い声。

 念がこもっている。

 

「――おや、兄上はいつから呪詛吐きになったのか」

 

 布都は空になった酒器の先をつまむと、くるくる回した。

 

 ――国など。

 

 声にして言ってやろうかとも思った布都だったが、わざわざ関係を悪化させる必要もないので言葉を換えた。

 

「我は我以外のものは基本どうでもよいので、どうにも関心が薄いようでございます」

「ほう? 昔はあれほど嫌っていたのにか?」

 

 布都は鼻をならした。

 

「えぇ。我は誤解していたのです。今では手を取り合うどころか、一心同体といってもいい関係です」

「……それはどういう意味だ?」

 

 怪訝な顔をする守屋に、布都は興が乗った。

 

「心一杯の慈悲をもって手を差し伸べることが出来るようになったのですよ」

 

 わざとらしい笑み。

 

「……あぁ、あまりにも哀れで哀れで、思わず涙すら流しそうで」

 

 目を細め、首を振る。

 

「乞食にも色々ありましょうが、あれはいったいどういった種類の乞食なのでしょうなぁ」

 

 顔色に侮蔑が満ちた。

 

「いったいどこの誰に何を乞うておるのか、我には皆目見当がつきませぬ」

 

 布都は心底気に入らない。

 無我だののたまう連中と似たような問いを持っている自分が。

 見えるものも感じるものも全てまやかしであるという仏教と、我に固執する布都とが相容れるわけがない。

 だからこそ布都は天に問う。

 

 ――我はいったい何者であるか。

 

 布都は立ち上がった。

 

「……さすがにもう遅うございますな」

 

 夜は深まり、人ならざるモノが活気づく頃合いで。

 寝るか、それとも――。

 布都は守屋に軽く一礼すると、背を向け歩き始めた。

 

「そろそろ頃合い。まぁ、朝帰りといったところか」

 

 血生臭い遊戯を想うと、口元がつり上がる。 

 退屈な日常の中の楽しみなどこれくらいしかない。

 布都は、屋敷を出ると、道すがら昔のことを思い返した。




 布都ちゃん
この物語の主人公。
歴史上では蘇我馬子と妻となってたり、異母兄弟の妻となってたりあやふやな人。ちなみに後者の場合では、とじこの母になってたりする。

 物部守屋
布都の兄。びっくりするくらい仏教が嫌いな人。読み方はもりや。どこかで聞いたことがあるような……。



 時代が時代なのでここで補足などしていったりもします。舞台は550年より後ろの600年なる前くらいの間らへんとくらいに思っていただければ結構です。物語の都合上、文化の発展度が少々早まっていたりもします。その辺りは寛容にお願いいたします。


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第1話 人とはそんなに美味いものか?

 布都の髪や瞳がまだ黒かったころ。

 とはいえ色は色で、それに意味を持たせるのは人である。それも様々な色に様々な意味を。時には生や死さえも表すことになる。

 どうにも布都の眼前の光景がそうであるらしく――。

 

 

 広い草原。

 通常なれば地は緑一色であるが、所々染色されたらしく赤のまだら模様になっている。

 阿鼻叫喚。布都はそんな言葉を思い起こした。

 

 ――はて、どの書であったか。

 

 父にせがんで読ませてもらった中になにかあったなぁと、どこか他人事のように思った。我が儘を言わないと不自然らしいと適当に見繕ったものであったが、どうにも効果的だったらしく、別に見たかったわけでもないが父親の嬉しそうな笑顔を見た。

 しかしその父も今は、必死の形相をしているのだろうと別に確認する気もないが、そう思った。

 眼前は相も変わらず荒れ狂っている。

 人が嵐にでも吹き散らかされたように動いている。

 その行く先の後ろには、人でもなく獣でもない生き物がえらく楽しそうに踊り狂っていた。それらは大きな蛇のような姿で宙を飛んでいたり、眼がギョロリとした猿のような何かだったり、とにかく様々であった。

 それらはどれも人に向かって飛びかかっていた。

 

「布都! 早くこっちへまいれ!」

 

 父、物部尾輿の声。

 これは危機的状況らしい。

 布都はどうにも冷めたというか、どこか他人事のような気分でそう思った。

 布都の後方、少し先で逃げる尾輿たちは、いかにも必死そうである。

 

「――何故、こんな数の妖魔がっ!」

 

 妖魔を狩りに来た人間が、反対に狩られ逃げ惑っていた。

 妖魔蔓延る大地で人間が生き残る術は、身を寄せ合うことであった。集落を形成し、他の集落と合わさり大きくなり、いつしか小さいなれど国と呼べるまでのものになった。しかしそれでも衣食住は安定したとはいえず、食を求めるのも住居を求めるのにも必要なもの、すなわち土地が要った。だからこうして定期的に武装し、近くの妖魔を追い払ったりして人間の縄張りを広げようとしていた。

 ……というわけであるが、今の状況を見る限りどう見ても負け戦である。

 一体、二体、多くても三、四、といった数がいつもであったが、この度はどうしてかその倍、――どころでなく、数にして三十は優に超えるであろう数がどこからしか集まってきていたのである。

 追うつもりが逃げる者となった人間の数は、だいたい百そこら。倒れてるものが三、四十といったところで、残りはみな襲い来る死に背を向け逃げている。

 物部氏というのは決して戦闘が不得意な氏族ではなかった。一族に伝わる秘術にも加え、体つきも頑強な者も多く、不得意どころか戦闘といえばすぐに名があがるような氏族であった。

 その物部氏が威を振るうために、この度少し遠いところまで足を運んで武を示そうとしたわけである。布都は初参加であった。たとえ女子といえども、物部の本家筋の子である。何より、もうすでにただ者ではないとされる布都に経験を積ませたかった。その上で、安全面も加えて物部の秘術が扱える者を総動員して臨んだこの戦いである。

 しかし、この惨状。

 秘術というものがどういうものか布都も期待していたが、なんというかつまらぬ心地であった。優秀だと聞いていた者の多くはすでに地に伏していて、妖怪に食い散らかされ原形を留めている者すらいなかった。そんな無残に噛み千切られた肉片がまだ正常に組み合わさっていたころは、武具の先を青白く光らせたり、数人が寄り集まってたき火よりは大きな火を生み出していたりしていたが、そのどれもが布都には期待はずれであった。

 もうちょっとこう、具体的にはいえないが、驚いて声を漏らすようなそんなものを想像していた。

 

「逃げろ! 何としても生き延びるのだ!」

 

 荒ぶる視界の中、原色とでもいうような音がそこらじゅうで散らかっている。何の取り繕いのない生の声。音。

 

 ――なるほど、父はたしかに長である。

 

 そんなことを布都は思った。

 思ったその次に、別のことも思った。

 

 ――人とはそんなに美味いものか?

 

 狂ったように嬉々として人に飛びつく妖魔たちに、そんな感想が出てきた。

 布都は足を止めた。

 言葉が通じるならちょっと聞いてみたい。

 別にふざけているわけではない。

 もしその布都の問いに妖魔が答えたとするなら、『美味い』とこう答えるであろう。もっと凶悪な妖魔なら『中でも力を持った人間は特に美味い』とこう答えるであろう。

 この力を持った人間というのは、肉体的な力ではない、例えるなら物部の秘術を扱えるようなそんな人間のことである。であれば、そんなあまりにも香ばしくそそられるような匂いが集団を成していればどうなるか、それはこの妖怪たちの集まり方が答えである。

 喰いそびれることなどないように我先に飛びつき、喰らう。その内、妖怪も人間も血を流す。辺り一帯がむせかえるような血の匂いが満ち、酔い、興奮し、狂ったように本能に準ずる。もう選んでいられるような知性などない。当たりをひけばこれ幸いとばかりに、手当たり次第に飛びつく。

 霧のように血の匂いが辺りに満ちると、だんだん際立ってくるものがあった。

 それは、隠されていたというよりは、堂々としていて。けれども周囲に溶け込んでいるように、分かりづらく。もはや香りと例えるには不足があるものになっていた。

 点々とした香しいものが潰えていくにしたがって、その様相があらわになっていく。離れていると分かるが、近づくと分からなくなる。誤認するようなものが消えていくとようやく理解できる。

 つまり、この周囲の空間全てに満ちていた。

 艶めかしく香しく、清らかで落ち着いていて。

 混然一体の気。

 その中心にあるのは小さな一人の人間。

 本能を越え、惹かれる。

 恋い焦がれるように、もしくは欠損を埋めるかのように。

 血、肉がそこへ向かう、が――。

 

「――寄るなよ。畜生如きが」

 

 中心にいた人間、物部布都は酷薄に言葉を放つと、腕を振った。

 振った先から青白く光る三日月のようなものが発生すると、刃となって、飛び掛かってきていた妖怪の顔の表面を裂いた。妖怪は醜い奇声を発しながら、もんどり打ち、周囲を跳ねまわった。

 布都は酷く失望していた。

 立って歩けると他人に自慢する人間がいるだろうか。そのような健常な人間であればできることをわざわざ吹聴してまわるなど、恥を超えた何かではないだろうか。

 少なくとも布都はそう思っていた。

 ただそれは、自らの気を光として具現させるという、およそ常人ではできぬ芸当であったということで。

 世界は広く、知らぬこと、自分では到底想像もつかないことに溢れていると、期待にも似た予感がこの場この時でことごとく否定された気分であった。

 人とはこんなものか。

 妖怪とはこんなものか。

 遠くにそびえ立つ山が、急に頭を垂れてきたような想いである。

 

「あぁ、なんとつまらぬ」

 

 後から襲いかかってくる妖怪も、同じように対処する。

 いつしか布都の前には、のたうちまわる醜いものが転がっていた。

 傷をつけることは出来るが、切断し殺傷するまでには至らない。しかし今の布都にはこれ以上刃を鋭くできる気がしなかった。まともに活用したのがこれが初めてなれば、器用に扱えなくても無理はない。人より硬い妖怪の皮膚を裂いただけでも充分すぎる。

 妖怪は人間よりはるかに耐久力のある存在である。それはこの場はこのままでは治まらないということを意味していた。死肉を漁っているまだ無傷の妖怪もまだいる。この状況を打開する術は――。

 布都は、遠くに転がる死肉の横に落ちていた棒状の物に目がいった。

 

 

 ――これを使えば。

 

 布都は振り返ると、

 

「寄こせ――」

 

 いつしか後方で足を止め、布都を見ていた父の一団に向かってそう言い放った。

 手を招く。

 布都の視線の先は、従者がぎゅっと握りしめている槍。

 従者は要請に気づくやいなや、布都に向かって放り投げた。

 そうしているうちに、妖怪は布都に目掛けて飛び掛かっている。

 布都は投げられた槍に合わせて後ろへ跳んだ。

 腕を伸ばし、槍を掴む。

 振り返りざまに槍を振るう。

 槍先は光り輝き、鋭い光刃が飛ぶ。

 光刃は、布都に襲いかかっていた妖怪を両断し、そのあとも数間飛び、その間に触れたものをことごとく切断した。

 

「――今だ! かかれ!」

 

 血の沸騰するような興奮の中、物部尾輿は生き残った者たちへ発破をかけた。

 今の今まで死の寸前、ふちに居た者たちは、黄泉から生還したがごとく、声に魂を乗せ咆哮し、駆けた。

 よくも、と憤る者。人間を舐めるなと奮い立つ者。

 布都を通り過ぎ、前へ前へと勇みだす。

 人の手で作り出された武具でもって、死であった妖怪に迫る。

 硬い皮膚なれど、ところどころ傷を負い肉が露出すれば刃は通る。

 空気が変わった。

 本能で生命の危機を明確に覚らされた妖怪は、次々とこの場から逃げ去った。

 人は、死を追い払い、生を手にした。

 雄雄しい声が上がる。

 布都は、

 

「おい、布都! 無事か? 返事をしろ――」

 

 前のめりに倒れていた。

 薄らぐ意識と視界。肩を揺すられていることは分かったが、どうにも力という力が入らない。肉体の感覚が空に溶けるような感覚が強まると、自然に意識を手放した。





 物部尾輿
布都の父。

 物部の秘術
霊力てきなものを使った何か。



タイトルは作中のセリフとかそんなんから抽出しています(現行
急に変えるかもしれません。言葉が過激すぎてちょっとやりづr
あと4,5話いくとコメディ調も混じってきます


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第2話 いえ、何もありません

 

 門前。

 

「――布都、準備はいいか」

 

 布都は、父に連れられ屋敷から出るところであった。

 屋敷は大きい。

 当然、竪穴住居などではなく、力と権威を感じさせる居館という建物に住んでいた。

 物部氏といえば豪族の中でもかなり上の方に位置する氏族で、その居館は他の豪族と比べても大きなものであった。

 そんな屋敷を布都は名残惜しげに見るわけでもなく、また外出に心躍らせるようなこともなく、ただただ面倒そうに見た。

 ため息まで漏れる。

 

「はぁ」

 

 部屋でゆっくりしていたかった。

 布都からすれば、一体何のつもりだと言いたかった。

 例の件の後、外出が禁止され部屋からもろくに出られない状況が続いた。と、思えば、今回いきなり連れ出されたわけである。

 ため息の一つも出てこようというものである。

 布都はこくりと頭を下げ了解の意を表すと、集団に混じり歩み始めた。

 時刻は、まだ朝の内。

 こんな朝っぱらから歩き始めて一体どこに行くつもりなのかと、身体の内でうずまくが努めて堪える。

 旅の仲間は、約十人。

 布都と、その父、それ以外は護衛。

 この時代、主な移動手段は徒歩である。皆健脚であった。

 屋敷の周辺には多くの田畑があり、その先をさらに行く。

 太陽が頂点に差し掛かったころには、川に差し掛かり、そこで休息をとった。川を越えしばらくすると、また田畑や建物が見えてきて、そのまた先に行くと人工の建物がどんどん増えてきた。

 このころには太陽も少し傾きを見せ始めていた。

 

「もうそろそろだ――」

 

 さらに歩くと、遠景から見えてきた。

 その遠景が近づき、眼前にで来ると、皆顔をほころばせた。

 いわゆる都というやつである。

 

「ご苦労、着いたぞ」

 

 喜色を感じる声で、尾輿は着いて来た者たちにねぎらいの意も込めて言う。

 友の者たちも、皆嬉しそうに「人が多いなぁ」だとか「前より多いんじゃないか」だとか口を交わしていた。

 そんな中、布都だけが表情が薄かった。

 人が多いからなんなのか。人なら真横にいるではないかと。

 とまぁ、なんとも人生がつまらなさそうな事を考えている布都であった。

 だがそんな心の内を口にはしないので、周りから見れば普通の子どもとは違い、はしゃいだりしない不思議な子だと思われている。それも不思議というより、特別という方が近いかもしれない。天からの贈り物かのような、そんな特別さ。

 親である尾輿にとっては気分の良い話で、また物部に仕える者たちも主の子がそういう特別さを持っているとなんだか自分までもが誇らしくなったように感じた。

 

「……布都よ。しばし時間がある。何か欲しいものなどあったら言うといい」

 

 布都に欲しいものはない。

 正確には、尾輿に用意出来るようなものはない。

 なので、

 

「いえ、何もありません」

 

 と、短く答えた。

 事実、それは本音だった。

 あの時、山が頭を垂れてきたような感覚がした例の時にもう色々なものがどうでもよくなった。

 あえて本音を言葉にするのなら、『面白いものが欲しい』といったところで。しかしそれは叶わないことなのかもしれないと諦め始めている。

 

「本当に、何もないのか?」

「はい」

「……そうか」

 

 顔を渋くする父に、布都は望みをひねり出した。

 

「でしたら、少し休みとうございます」

 

 布都はまだ童女の内である。普通なら疲れていて当然。

 

「おお、そうであった。――少し早いが行くとするか」

 

 都の中心には、大きな屋敷があった。

 一行の目的地はそこの敷地内にある。

 そこまでの道のりは大変分かりやすく、大きな路地を真っ直ぐ行くだけであった。

 布都は袖で口元を隠しながら歩いた。

 踏み固められているとはいえ、多くの人間が行き交えばどうしても土埃が舞う。

 背の低い布都にとっては、不快極まりないことであった。

 

 

 

 

 しばらくして、中心にある屋敷の門前まで来た。

 通過しようとすると門番に止められそうになったが、顔を見ただけで頭を下げ、案内の者を寄越してきた。

 屋敷の外れにはまた別の屋敷があって、そこが目的の場所だった。

 案内され中へ入ると、さすがに来たのが早かったらしく、これからに備えててきぱきと用意をしている者しかいなかった。

 なんとなく見覚えがある顔ばかりな気がした。

 尾輿が言う。

 

「順調そうだな」

 

 その場で指示をしていた者が頭を下げ、やってきた。

 どうやら働いている者は物部の家人らしい。

 

「別室に案内しろ。少し休む」

 

 ということで別室に案内された。

 さすがに周りがばたばた動いているところでは、休みづらい。

 案内された部屋で、尾輿や共の者たちが談笑し始めると、布都はそこから見える範囲内で抜け出し、部屋の前の縁側で座りぼけっと空を眺めた。

 しばらくぼんやりとしていた。

 山の向こうには、あたたかそうな夕陽が、灰色の雲と闇色の山に挟まれるようにしてあった。首を上げると、白みがかった水色がまだ残っていた。

 夜がゆっくり訪れている。

 名前を呼ばれた。

 

「布都、そろそろ行くぞ――」

 

 立ち上がり、ついていく。

 中にはいつのまにか多くの人がいた。

 大部屋である。

 部屋の規模、用意されている膳の数から、まだまだ増えるのだろうことが分かった。

 仲良さそうに会話している者や、目を閉じて黙って座っている者、色々な者がいた。

 物部尾輿が中へ入ると、話していた者やじっと座っていた者ら、少なくない人間が集まってきて挨拶をのべた。

 話を聞いているとやはりこの会の主催者は父の尾輿であるらしい。

 布都は視線をよく感じた。

 挨拶に来たものからは特に。

 

「おう、物部殿」

 

 今まで挨拶をしにきた人間はかしこまった感じがあったが、今度の人間はそういったものがなかった。

 

「おう」

 

 友人かなにかだろうか。

 いかにも仲が良さそうな尾輿にそう思う。

 

「そちらが――」

「おぉ、そうだ。これ、布都。挨拶をせい」

 

 肩を叩かれた。

 

「……物部布都と申します」

 

 重く頭を下げる。

 

「どうも無口でな。気を悪くせんでくれ」

「いやいや、構う必要はない。それよりも今日来たかいがあったというもの」

 

 たしかに気を悪くしたというよりは、むしろ気を良くした感じで。

 目が合った。

 

「なるほど、これほどの器量。これではつい自慢話してしまうのも仕方ない」

 

 器量、すなわち顔だち。

 布都のそれは、まだ幼さを多分に残しているのに、どこか惹きつけられるような美しさを感じさせた。

 

「その上、妖怪を多数葬ったという。物部も永く安泰であろうて、――いやはや羨ましい。どうかな、うちの子でも――」

「いや、それはまだ早かろう。それに先のことなど分からぬゆえ」

 

 尾輿は布都の頭に手をやると、少し荒っぽく撫でた。

 布都は唾でも吐いてやろうかという気分になった。

 よくよく理解したのである。

 

 ――見せ物にされに来たのか。

 

 布都は、得意気になっている父親の手から頭を逸らした。

 つまるところここに連れてきたのは、顔見せであって、――それはつまり物部家の力の誇示。

 物部氏が妖怪討伐で多くの人員、それも貴重な術を扱う者を失ったことはすぐに伝わったことであった。家の力が落ちたとされるようなことを口にするのを禁じるものであったが、今回は尾輿自らが周りに吹聴してまわった。物部氏は確かに多くの者を失った。それも貴重な者を。だが、それ以上のものが手に入れば、その損失は、もはやより貴重なものを手に入れるまでの過程となる。それが物部布都。裏切るとか裏切らないとかそういう話じゃない。何と言ったって我が子である。物部尾輿がこれで有頂天にならずにいろというのが難しい話かもしれない。

 それは、敵対している豪族等に見せつけてやりたいほどに――。

 

「……どうもお招きいただきありがとうございます。まさか我らまでお呼びくださるとは思いませんでした」

 

 場の空気が変わった。

 これまでは一定の注目を浴びながらも、ある程度は各々好きに会話をしていた様子だったが――。

 

「おぉう、これは蘇我の。まさか来てくれるとは思わなかった」

 

 およそすべての人間が、両者に注目しているのが分かった。

 互いに友好的な口ぶりであるが、醸し出される雰囲気には明らかに敵意が混じってる。

 主催者である尾輿は得意気に続ける。

 

「おもだった者は皆招待したのでな。大臣である蘇我を除くわけもいくまい?」

「それは良かった。もし誰も来なかったら物部の顔が立たないと思って、いくらか友を連れてこようと思ったところであった」

 

 舌戦が続けられる中、布都はふと視線を感じた。

 周りからではなく、すぐ近く。

 目の前から。

 

 ――ん?

 

 虚空に漂わせていた意識を現実に戻し、気になった視線へと向ける。

 目が合うと、頭を下げられた。

 年の頃は二つか三つ上あたり。

 何故か楽し気な瞳から『互いに大変そうで』といった感じの意味の言葉が伝わってきた。

 耳に意識を向ければ、どうも子どもの自慢合戦が始まっているようで。

 

 ――あぁ、そういうことか。

 

 目の前の男も同じ気分なのかと思うと、なんだか笑えてきた。気づけば二人して似たような笑みを浮かべていた。

 

「――布都」

 

 邪魔が入った。

 

「あぁ、父上、終わりましたか」

 

 つい毒が混じってしまった。

 

「小人はしつこいものだ。よほど心配事が尽きぬらしい」

「はぁ」

 

 曖昧に返事したあたりで、席に移動することになった。




 大王(天皇)>大連、大臣>他
役職の階級はこんなざっくりとした感じで
ボスの下に幹部が2人いるんだけど、互いに仲が悪いと思っていただければ……。

 ちなみにこの時代にはまだ都とよべるものはないそうです。だいたい50年くらい先のお話しだそう。



投稿する直前に見直したところ、2000字減ることになりました。
説明多すぎたので削ったのですが、削りすぎた感が出てきました。



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第3話 どうぞお見知りおきを

 席に着き、料理を口にし酒を飲み始めてからも、尾輿の子ども自慢は尽きなかった。

 自慢するのは布都だけではない。他にも充分に優秀といえる子が尾輿にはいた。その筆頭は物部守屋である。布都の兄で、背が高く体つきも頑強。それに加え弓の名手でもあった。

 尾輿の席の周りには仲の良い者ばかりで、尾輿の自慢話を気分よく続けさせていた。

 それから離れた所では、蘇我を中心に談笑が行われていた。

 ある程度満遍なく招待したといっても、どちらかというと物部派の方が多めに呼んである。

 時間が進むごとに、会は熱を帯びてくる。

 赤ら顔で酒を飲み、歌を歌う。

 布都は居心地が悪いというよりか、胸糞が悪かった。

 使うだけ使われて放り棄てられた気分である。

 構われるのは確かに嫌であったことだが、これはこれで不快だった。というより、そもそもここに来ること自体が気の進まないことであったわけで。

 布都は鼻を鳴らすと、立ち上がった。

 

 ――少し外に出たところで、分かるまい。

 

 どんちゃんと盛り上がってる猿だか人間だか分からぬ集まりから抜け出した。

 小走りで料理や酒を運ぶ家人を横目に、どんどんと前に進んでいく。

 騒ぎの音から遠ざかるにつれ、廊下の気の板のきしむ音が大きく聞こえてきた。

 そうすると、音が多いことに気づいた。

 ちょうど一人分。

 家人ではないような、同じ調子。

 振り返ると、

 

「……何か?」

 

 先ほどの男がいた。

 改めてみると、年齢が分かりづらい。

 少年ではないが、青年というには若く見える。

 

「いえ、退屈そうにしていたので、お仲間かと思いまして」

「……だとすれば確かにお仲間というやつでしょう」

「それは良かった。先ほどは名乗れなかったのがちょっと残念だったので」

 

 布都が歩みを再開すると、男も横に並んで歩き始めた。

 

「蘇我馬子。それが私に与えられた名です。ようやくお仲間に会えた気がして、ちょっと嬉しくなりました」

「それは一体どういう?」

「えぇ、それは――」

 

 曲がり角を曲がると、ちょうどよさげな庭に出た。

 数歩、馬子より前へ出ると、布都は振り返り頭を下げた。

 

「物部布都と申します。どうぞお見知りおきを」

 

 布都は、わざとらしく恰好つけて自己紹介をした。

 

「……長い付き合いになれるといいですね」

 

 馬子は笑みを浮かべてみせる。

 含みのある笑みに、布都は少し首を傾げた。

 

 ――ん? そういえばこいつ、蘇我とか言っていたな。

 

 物部と蘇我。立場上間違いなく将来の敵。

 

 ――あぁ、そういうことか。

 

 布都は理解した。

 

 ――確かに、似たものではあるな。

 

 競い合えるような相手が欲しいだけである。

 何を感じたかは知らないが、おそらく何か普通とは違う何かを感じたのだろうと、布都はそう結論づけた。

 改めて馬子の顔を見ると、笑みから感じるものが凄く独特だった。

 

「――そろそろ戻りましょうか。探しに来られるのも面倒です」

「えぇ、そうですね」

 

 来た道をすぐに戻ることになった。

 探しに来られることなどどうでもいい布都であったが、馬子に呑まれて同意してしまった。

 

 ――もしや負けたのか?

 

 布都はそう思った。

 何に負けたかは分からないしなぜそう思ったのかも分からないが、そう思ったこと自体は否定する気になれなかった。

 思考をやめて鼻を鳴らす布都の口元は、楽しげな笑みが控えめに表れていた。

 

 

 

 

 元の大部屋に戻ると、いっそうがやがやしていた。

 周りの音に消されない程の大きな声が部屋を通る。

 

「布都! いったいどこにいっておったのだ! 探しておったぞ!」

 

 赤ら顔の物部尾輿が、我が子の布都を手招きする。

 仕方なく近寄ると、ご機嫌そうであった。

 ある予感に布都はげんなりとした。

 

「ここの者らに、あれを見せてやれ」

 

 予感は当たったようだったが――。

 

「……あれ、とは?」

「とぼけるでない。あれといえば他にあるか?」

 

 酒臭い息が布都にかかる。

 鼻をつまむのは我慢するも、顔は背ける。

 もう一度とぼけてやろうか。そんなことまで考えた。

 

「そのために連れてこられたのですか」

「そう言うな。――大事な仕事だ。出来るな?」

 

 肩が雑に叩かれる。

 

「はい」

 

 布都は目を閉じ、頭を下げた。

 

「おお、そうかそうか。――おぉい! 皆の者! 今から物部の術を見せてごらんじよう!

 

 尾輿が頭上で喧伝し始める中、布都は同じ体制で固まっていた。

 

 ――くそめ。

 

 目を開けば睨みつけそうで、口を開けば呪詛でも吐きそうで。

 布都は後悔し始めた。

 下手に力など示すからこうなる。ただ怯え震えていればよかったのだ。例えその場の全てが死のうとも、自分さえ生きていればそれでよかった。

 感情とは抑えられないもので、例え普段そう思っていなかろうとその時はとことん行くとこまで行ってしまうもの。

 布都の父の尾輿もそうである。

 まさしく天から遣わされた才というべきものを我が子が持っていた。それも比類のない程に強力な力を。親というのは我が子のことは我が事のように思えるものであるが、決して自分自身ではない。

 

「――では庭にでも行こうか」

 

 布都は引き返したばかりの庭にまた行くことになった。

 先に着いた布都は、後からぞろぞろとやってくるお歴々を眺める。もしかしたら馬子のような者がいるかもしれないといった期待を込め。

 しかし、あんな者はそうそういないものである。

 布都は短く息を吐くと、視線を別の方へとやった。

 弓術の練習で使われる的が用意されているところが見えた。

 

「――物部殿」

 

 人は他人の自慢より自分の自慢をしたいものである。それがまた子ども自慢であれば、さらに。子どもを連れてきていた氏族のいくらかが、尾輿にまずは我が子をと寄っていった。

 

「おお、それはいい。では皆々拝見しようぞ」

 

 こうなると熱が入ってきた。自然とあそこの子より我が子のほうがとかそういうことになってきて、余興から余の字が薄れてきた。

 尾輿は参加するであろう子たちを一瞥すると、気分良さ気に鼻を鳴らした。

 布都の相手になるような者はいないとふんだ。いやそれどころか、布都の兄である守屋でも心配はないだろうと思った。

 つまりはわざわざ引き立て役が現れただけ。

 何やらあれこれ我が子に教えたりはげましたりしている様子を余裕の視線で見た。

 

「布都、お前は最後だ。差を見せつけてやれ」

 

 すでに勝ち誇っている尾興に、布都はまぶたを閉じた。

 

 ――差も何も。

 

 同じ土俵に上げられているというだけで不快だった。お遊戯会で一番になって嬉しいのは親であろう、と。子どもが喜ぶとしたら、親の顔色を見て喜んでいるにすぎないと。

 カメに足の早さで勝って喜べるか。

 否。

 

 ――ほら、ガチガチじゃないか。

 

 何やら親らしき者に肩を叩かれ背を押され出てきた少年が、いかにも緊張しているといった面持ちで出てきた。

 とても上手くいくとは思えず、確認するように見たがやはり駄目だった。力の入りすぎたぎこちない所作から、矢は的の右を抜けていった。

 それから数人が続き弓を引いて、中には的に当たるものもいくらかいたが、布都にとってはどうでもよかった。

 順番待ちがまだいるのも無視し、布都は前へ進んだ。そして、次の競技者に渡すために家人が持っていた弓を横からひっつかんだ。

 

「おい、布都」

 

 止めようとする意を感じる声。

 

「……それでいいのか?」

 

 横目で見ると、父の顔から怪しさと不安の色が見てとれた。

 弓など引いたことがあったか? 術を使わないのか? そう言いたいことは容易に分かった。というか実際引いたことない。実際にやったところで当たるとは到底思えない。

 だがこれは――。

 

「構いませんよ」

 

 布都は弓の下部を掴んでそのまま的に歩み寄った。

 慌てて矢を渡そうとする家人には目もくれず、さらに歩み寄る。

 的まで距離が半分ほどに縮まったころ、足を止めた。

 弓を上に掲げ、斜めに振り下ろす。

 布都は振り返り、元の位置まで戻り始める。

 その後ろでは、二つに割られた的があった。

 現れた青白の刃に皆が驚いた。

 布都はそれらの顔も見ずに、たんたんと歩いた。

 口には出さないでいた。

 阿呆どもは的当て遊びにでも興じていろと。

 差なんてものは無く。そもそも同じ所に立っていない。何処の誰がこれを矢を射って的に当てる遊戯だと決めたのか。

 

 ――この物部布都をつまらぬものに混ぜるなよ。

 

 評価もなにもいらない。自分のことは自分さえ知っていればいいと言わんばかりに、その場を去った。

 その後、家人の一人に案内させた部屋でゆっくり目を閉じた。

 




 蘇我馬子
日本史上の大政治家。
飛鳥時代に飛鳥の地に天皇よりおっきいお墓が建てられたとかいう凄い人。
布都ちゃん見てちょっとテンション上がってる。


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第4話 期待を込めて

 物部の人間はどちらかというと保守的な属性を持っていた。

 それは、現状が続けば氏族の安泰が約束されるものだったからであろうし、元々そういう性格を持っていたということもあった。

 反対に物部の地位を脅かすようなものは、物部と持つ属性が逆の氏族であるというのが非常にわかりやすい。

 例えば、海を越えて大陸から渡って来た人、それに付随する知識や技術を積極的に取り入れて、力を増していくような氏族。

 つまるところの蘇我氏であるが、別に蘇我氏だけが外の国と関係があるわけではない。ヤマト朝廷自体も、朝鮮半島にある国の一つと手を組み、兵も派遣したことがあった。

 人の敵とは妖魔だけではなく、人も含まれている。

 どうにも人は争わないでいるということが出来ない生き物で――。

 武であったり、政であったり、はたまた経済であったり。そういうものでなくても、子どもの遊びでもそうである。

 集団を形成し、手を取り合っていかなければ生きていけないというのに、いつも何かと競っている。

 しかし、競うということは、何かしらの進歩も生むものであった。それは技術や知識として蓄えられ、後世に伝えられていく。中でもごくまれに出てくる傑物が、それを急速に早めていったりもする。

 頭脳面だけでなく、肉体的な、例えば素手で岩を砕いてみせる者、太刀で水を割って見せる者。多種多様であった。

 

 

 

 

 

 

 さて、物部の傑物であるが……。

 

「――布都の様子はどうだ?」

 

 物部尾輿は家人にたずねた。

 問われた家人は、頭を下げたまま、言いにくそうに告げる。

 

「……姫様は、いつもと変わらないようであります」

 

 予想した答えが帰って来て、尾輿は眉を寄せた。

 

「いつも通り、――部屋にいるか、外をぼんやり眺めているだけ、そういうことか?」

「……そうなります」

 

 尾輿は低くうなった。

 心に貼りついた気がかりが日に日に増すのを感じている。

 

「何かいい案はないものか……」

 

 尾輿は、布都のやる気のなさというか、何かをしてやろうかというような気力のなさに、頭を悩ませていた。

 例えるなら、磨く前から光り輝いているような極上の鉱石。しかし、どうやって磨いたらいいのか分からないまま時が過ぎている。

 天上に感謝するどころか、自慢すらしたい程であるのに、どういうことか当の本人に意思が感じられない。すぐにでも、物部が代々受け継いできたノウハウ、すなわち知識、技術、手法を叩き込みたいと思っているというのに。

 それは尾輿だけでなく、物部の家全体での懸念だった。

 しかし、布都を目の前にすると、誰もがそれを上手く口にすることが出来なかった。あの大きな瞳に映されただけで、自分の中の何かが縮んだような、そんな気がした。

 というような訳で、布都という約束された大輪の花は咲かずに時だけが過ぎ去っていく。

 とはいえ、可能性というものは一つにあらず、そこらにも散らばっているものであった。

 時が経ち、諦めがさらに強くなったころ。

 

「――なんと、それはまことか?」

 

 喜色を浮かべた尾輿に、家人は力強く頷いた。

 

「ご子息様には、姫様の時を思い返すような力が」

「案内せい!」

 

 言葉の終わりまで待てず、尾輿は足を急いだ。

 

 

 

 

 

 

 夜。

 

「――おめでとう。そう言うべきか?」

 

 布都の部屋に守屋が訪ねてきた。

 

「これは"兄上"。それは言う相手が違うのでは?」

「いやいや、お前に言うのが一番正しいと思うぞ?」

「では、兄上には残念でした、というのがよろしいか?」

「まさか。気分のいいことしかない」

 

 二人は笑い合った。

 

「山を、空を見ていたのは何か理由があったのだろう?」

「探し物があればいいなと」

「ほぅ?」

「地を駆け、山へ昇り、空へと到れば、見つかるやも知れないと、そう思ったのです」

「何がだ?」

「それは自分でも分かりません」

 

 眩い月の光が差す部屋の中、布都はかぶりを振った。

 

「ただ、ここに居ては見つからぬであろうということは分かるのです」

 

 だからといって飛び出してしまうには、生まれが良すぎた。自由が利かないこと以外は最高の環境とすらいえた。他人に全てをやってもらう生活で今生の全てを来ている。今から一人飛び出して、野で山で、一人で生きようとするのはいかに面倒であろうか、考えるまでもなかった。

 だから、機を待った。

 もしかしたら訪れることがないかもしれない。そんな危惧も持ちながら、待った。

 そしてそれは成った。

 

「父上の興味が薄れれば、多少は目をつぶって貰えるでしょう。帰ってくれさえすればいい、そう思われるようになれば――」

 

 その弟とやらに、期待を込めて待つ。

 そんな布都を、守屋は茶化した。

 

「帰ってくれば、お前以上の術者になっているかもしれんぞ?」

 

 布都は楽し気に返す。

 

「それはいい。本当の意味でそうなってくれれば、もう何も気兼ねすることがなくなりますゆえ。それより、兄上こそ、次期当主の座がぐらつくやもしれませんぞ?」

 

 布都が茶化しかえす。

 

「その時は、俺も野でも山でも行くとしようか。まぁ、無いと思うが」

 

 守屋は次に当主になることが内定しているといって間違いはない。もうずっと前からそういう空気が物部氏の中ではあったし、父の尾輿も当の本人もその気である。

 だが、もし本当に守屋が当主にならないとすれば物部は割れることになる。守屋はすでにもう当主として、人心の掌握に手を付けていて、すでに忠誠を尾輿にでなく、守屋に捧げている者のも増えている。

 

「仮定の話ほど、面白いものはないですな。もし、こうだったら、ああだったらと空想に浸る」

「もし、外に自由に出られたら、か?」

「いえ、そこまで強く望んでいたというわけでもありませんよ。大地の気を感じながら、ぼんやりするのも悪くない。少なくとも、阿呆共の中に混ざり無用な些事に心を煩わせられるよりは、はるかに」

「では、"もし"生まれ変われたらのほうが良かったか? 何の変哲のない平凡な家に平凡な子として」

「それこそ、まさか、ですよ。幾度生まれ変わろうと、今生を選びますよ。他の誰かにやらせるなんて、もったいない」

「……もったいないか。しかし、それこそ、"もし"だな」

「おや、兄上は霊魂を信じませんか?」

「気味の悪いことを言うな。肯定すれば、それはまるで仏教ではないか」

「生まれ持った差があまりにも大きく、しかし心がそれを受け入れることが出来ないから、全ては無であると全ては均一で平等であると、全てを地に落として安らぎを得たいのでしょう」

 

 布都は目を鋭くした。

 考えていると、気分が悪くなってきた。

 "皆"というものの中に入ってほしくて仕方がない連中がいる。その中に勝手に混ぜられることが、布都には不快だった。

 




 作中で出てきた弟のモデルは物部贄子(にえこ)とかいう人です。とある書物で布都ちゃんの夫になってたりする人。でも馬子の方が段違いで有力みたいです。

 次話は戦闘が入ってきます。書き直すのにたいへん時間をとられてしまいうんぬん


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第5話 意味はなさない

 さらに月日は過ぎた。

 物部布都は山にいた。

 獣道ではなく、人の切り開いた道路を歩いている。都より離れた地であるが、人の通らない所ではない。昔、大勢で妖怪を追い払った。そんな過去がある山である。とはいえ、深いところまで踏み入れば、妖怪に出くわすかもしれなく、ある程度安全とはいっても、少人数で来ることはまずない。

 布都は、その真ん中を一人堂々と歩いている。

 山というのは危険である。迷うという問題も当然あるが、何より妖怪が潜んでいる可能性がどうしてもある。運よく遭遇しなければそれでいいが、運悪く遭遇してしまえばたいてい死が待っている。

 とはいっても、運が悪いとか良いとかなどは人の考え方によって変わるもので、――この場合、つまり物部布都の場合は、運良く遭遇するか、運悪く遭遇しないかという方が適している。

 つまるところ、布都は妖怪を求めて来ている。

 当然手を取り合うためなどではない。取り合う物は、――命である。

 

 

「さあ、我と混じり合おうではないか。生と生が交配し死が生まれる混濁の中に、我の渇きを癒やすものが――」

 

 布都は首を横に曲げ、それによって空いた箇所で手を振った。

 後方で鮮血が咲く。

 布都は振り返りもしない。

 歩む速度も変わらなかった。頭を掻いた程度の所作でしかなかった。

 

「人であってもそうなのだ。妖怪だって、――そうなのであろう?」

 

 布都から妖怪にとって香しいものがあふれていた。凝縮された人の生命力がその存在を主張するように、あたり溶け混じり、広がっていっている。

 布都は考えている。

 人にも傑物がいるように、妖怪にもいるだろうと。

 目どころか脳までもが眩む誘引に逆らえる者など、そうはいない。

 

「失望させてくれるなよ?」

 

 未来に期待を込めて。

 欲が密接に混ざり合った願いが布都の口元をつりあげる。

 指揮棒を振るうように腕を動かし、深紅の花を咲かせる。

 血が立ち昇り、臭いが溢れ、周囲を満たす。

 ほんの一瞬だけ咲き誇り、瞬く間に枯れてしまった死骸が増えていく。

 

「もっともっと来るがいい。そろそろ数を数えたいころなのだ」

 

 有象無象の雑魚など、一にも満たない。

 だがそれとは別に、布都の気分はだんだん良くなっていった。

 風がそよぎ、衣服をひらひらと揺らす。

 同時に届けられた血の匂いが布都の脳を揺らす。

 歩く姿も、まるで地を泳いでいるかのように、右に、左にと、揺れながら行く。

 

「くふっ――」

 

 嬉しくなった。

 狂気を孕んだ笑い声が漏れる。

 

 ――囲まれている。

 

 どうせ期待外の雑魚であろうが、もはやどうでも良かった。

 身の内に昂ったものに委ねて、気持ちよくなりたい。

 布都は足を止めると、両腕を広げた。

 隙も何も無い。

 足らない思考を働かせずにさっさと来い。

 布都の示した行為に、周りを囲んでいた妖怪は引き寄せられたかのに飛び出してきた。

 布都は腕を交差させ、身を縮こまらせた。

 もはや生物、いや存在の格が違った。来いと言えば来る、去れと言えば去る。自分より上の絶対存在から下される命令のよう。

 布都が交差した腕を開き、身を広げると、西洋のランスを彷彿とさせるような光の槍が針山のように飛び出した。

 糸に引っ張られたように飛びついていた妖怪は、ことごとく串刺しになり、芳醇な血の香りを辺りにまき散らした。

 

「くふっ――」

 

 また笑みが漏れる。

 血だまりを踏み行き、新たな愉悦を求めて前へと進む。

 そら、もっと楽しませてみろよと大手を振り。

 ゆらゆらと揺れる身体。頬は紅潮し、少しだけ開いた口からは湿った息が漏れていて。そこから舌が割り出て、くるりと唇を舐め回す。

 飢えに、欲に、恍惚とする。

 我慢すれば我慢するほど満たされた時の期待が膨らんだ。

 その我慢を解き放ち、ようやく欲に身を投じた。

 もしかすれば酷く狭い世界かもしれない、けれどもしかしたらそうではないかもしれない。終焉と繋がっているかもしれない扉を開け、布都は人の世俗から抜け出ようとした。

 道を赤や緑に染めながら、森をさらに歩み行く。

 

 

 

 

 

 山道には多くの屍が転がった。

 同じように襲い来る妖怪を、同じように処理していく。

 雑魚と呼んでしまえるものは、結局のところ大体似たような動きしかしなかった。いつしか、遊びは作業と化していき、次第に酔いもさめていった。

 何だか妖怪を淡々と始末していると、布都はご丁寧に馬鹿の相手をしているような気分になってきた。

 ため息が出る。

 

「……これでは獣以下ではないか。考える頭どころか、感じる本能すらないのか」

 

 頬に付いた返り血を指ですくう。

 

「――ああ、拙僧もそう思うよ」

 

 「ん?」と感じられなかった気配と人の言葉に、布都の意識が再び戦闘体勢に入った。

 が、遅かった。

 布都が声の主を確認する前に、体が横にぐらついた。

 刹那。ぐぶりという不快な音と腹部の妙な感覚。

 その箇所、右横腹を反射的に手で押さえる。

 

「っぐ――」

 

 痛覚が、傷が浅くないことを教えてくる。

 見ると、押さえた手が赤々と濡れ輝いていた。

 痛みで呼吸が浅くなる。

 鋭敏になった感覚が、その姿を捉えた。

 

 ――……僧か?

 

 それは人の姿をしていた。

 ここらではまだ珍しい服を着た、三十そこらの無精髭の男。

 感情の読めない眼がいかにも不気味であった。

 

「ああ、これかね? これは法衣というもので、この地ではまだ珍しいだろう」

 

 布都は答えない。

 横腹を押さえたまま、じっと男を見ている。

 

「もちろん、このような辺境に来たのも理由がある」

 

 感情が読めなかった眼に、色が映った。

 

「――僧侶の殺し方を知っているかね? 知らぬのならそれでいい。妖怪の殺し方はどうだ? 知らぬなら、そのほうがいい」

 

 口元が獰猛に歪んだ。

 

「死して行き着くところを知っているかね? ――私の中だよ」

 

 ――何か、投げ――。

 

 布都は素早く身をよじり、避けた。

 次の攻撃が来ると、構える布都。

 が、男は動きを見せない。

 勘が働いた。

 とっさに後ろを振り向く。

 避けたばかりの、男から投擲されたものが戻ってきているのが見えた。

 痛覚の訴えを殺し、足に力を入れ、横へ跳ぶ。

 

「これは独鈷杵といって、拙僧の法力がこもっている。人に使っても、見た目以上の効果はないが」

 

 それは、手の平大の短剣の柄を左右にくっつけたような形をしていた。

 

「やけに静かだが、どうかしたのかね? 言葉は通じるだろう? せっかく海を渡り、言葉まで覚えたのだ。通じないわけないだろう?」

 

 布都はゆっくり口を開いた。

 

「……何の用だ」

 

 警戒心があふれ出る布都の言葉。

 僧の男は無精髭の生えた顎を撫でる。

 

「なるほど、確かにそうだった。しかし、利発そうに見えるがそうでもないのかね? 君の手の平の色が答え。つまり、死んでもらう。正確には肝をくれ」

「……肝?」

「ああ、全部じゃなくていい。ある一部分だけでいいのだ」

 

 肝というものは身体の中でも少し特殊なものだった。肝のとある一部分には、通常視認することが出来ないような力の源と呼べるものが存在していた。

 

「己が優れた存在であるという自信、いや自負があるだろう? いやはや羨ましいことだが、――今それはいい。君に用というよりは、君の肝に用があるわけだ」

 

 布都の眉間が寄る。

 

「……人ではないのか?」

「人だよ。――半分だが」

 

 再び独鈷杵が投げられる。

 布都は痛めた脇腹の衝撃を考え、身をよじり避けようとするも、僧の男がそのまま突っ込んできたため、横へ跳び退った。

 動きに合わせてきた男に向かって、腕を横へ薙いだ。

 光刃が飛ぶ。

 男の腕に当たる。

 瞬間。

 刃は散じた。

 

「っな――」

 

 驚いた。

 が、

 

 ――落ち着け、似たように力で対抗しただけだ。

 

 焦ってはいない。

 じっとしている暇もない。

 避けた独鈷杵が、後ろから戻ってきている。

 布都はまた横へ跳ぶ。

 

「凡才が生き抜くにはどうしたらいいか、分かるかね?」

 

 布都は答えない。

 

「答えは簡単、奪うしかない。自分の才に委ね、ただ育てていけばいい人間とは違うのだ。分からんだろう?」

 

 男は返ってきた独鈷杵を掴むと、刃先を布都に突き付けた。

 

「だが、分からぬでもよい。ただ拙僧に寄越せば、それでいい」

 

 布都は腹が立った。

 

 ――物のように見やがって。

 

 布都は目に侮蔑の色を表してみせた。

 

「――負け犬め」

 

 布都はせせら笑う。

 

「おめおめと逃げ回り遠い地よりご苦労なことだが、ここはお前の墓場。お前はただ踏み越えられるがためにやってきたのだ」

 

 怒りを覚えるなというほうが無理な言葉。

 さらに続く。

 

「凡愚が何を身につけたつもりかは知らんが、非才は非才。力のほうが泣くであろうよ」

 

 あからさまな挑発。だがそれは、的確に触れて欲しくないところをえぐるようなものだった。

 男は、その挑発に明確に答えた。

 突進。

 ただ一直線に向かってくるだけ。

 布都は横へ躱す。

 が、男がとっさに伸ばした手に衣服の一部が掴まれる。

 勢いのまま、投げられ、地面を転がる布都。

 止まると、体を起こす前に男が大きく飛び掛かってきていた。

 布都は男に合わせて、自身より大きい程の光槍を生成し、向かい撃つ。

 その先端が、いまだ宙にいる男の腹部に当たると、光の槍は押しつぶされ、はじけた。

 

「なっ――」

 

 驚愕を表に出す布都。

 はじけ宙に散った光の粒子が舞う。

 男が大きく右上半身を後ろへずらし、拳を振りかぶる。

 布都には、その拳に何かしらの尋常ならざる力がこもっているのが、分かった。

 

 ――決めにきたか?

 

 男の着地直前。

 

 ――馬鹿め。

 

 布都は、心の内で嘲笑った。

 

 ――半端な知能持っているから騙されるのだ阿呆め。

 

 投げられたのも、光槍が潰されたのも、目論みを破ったように思わせて警戒心を薄れさせる罠。

 布都は両手を合わせると、男の顔目掛けて開き放った。

 火。

 火とは本能的に恐怖を与えるものだった。

 ましてや顔に向かってくるのであれば、さらに効果は高く。

 体の強張り、視界は火に覆われる。

 布都は身を転がし、男から離れた。

 衣服に火がうつり、激しくもだえる男に、布都は弓矢作り、矢を放った。

 うめき声が上がる。

 矢は消えることなく、そのまま突き刺さった。

 布都は欲しかった情報を手に入れた。

 

 ――なるほど。

 

 意識して消そうとしなければ消えないらしい。

 

 ――ならば、ご苦労。

 

 もう用済みである。

 布都は地を蹴り、男に肉薄すると、

 

「――死ね」

 

 生成した光の剣で男の腹部を貫いた。

 引き抜くと、男は頭を垂れるようにひざまずいた。

 焦げ臭ささが鼻につく。

 布都は見下ろし、言う。

 

「才などと言っておったが、お前には無用のものよ。いかなる才を持ってようが扱うのがお前であれば意味はなさん」

 

 布都は最後に鼻で笑うと、光の剣をくるっと逆さにし、剣先を地に向けた。

 そして男の首に差し入れた。

 ずぶりと音がし、血があふれ地に落ちる。

 音にもならない声が布都の耳にわずかに届いたが、何の感傷もなく光の剣を消し、振り返り足を進めた。

 

 ――時間をくった。

 

 そんな思いで帰路を思い浮かべた。

 とはいえさすがに体力や気力の消耗を感じている。

 高邁な精神がそれを認めまいとするも、体が訴える休息の嘆願をたしかに受け取っていた。

 ずぶり。

 聞いたばかりであるが、今度は深く響く音を布都は聞いた。

 視界の下に何か黒いものが見える。

 視界の中心に持ってくると、黒ではなく赤であったのが分かった。

 手。

 手が腹から生えていた。

 腹から伝わった衝撃が喉奥にまでやってくる。

 そのまま口内までくると、衝撃のままに外へでた。

 口から真っ赤な液体が飛び散る。

 

「――っ」

 

 腹部がひどく熱い。

 首を後ろへやる。

 死んだ、いや殺したはずの男が四つん這いのまま腕を伸ばしていた。

 その先はどう見ても自身の腹部に向かっていて――。

 

「ぁぐっ――」

 

 自身の腹部から生えた手に触れようとすると、その前に手が引っ込んだ。

 膝が折れ、布都は体勢を崩した。

 倒れざまに男の方へ体を向ける。

 男は、見覚えはないが覚えはある臓物を口に運んでいた。

 



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第6話 甘美なもの

 男は口元を拭うと、こちらに近づいてきた。

 

「言ったであろう? 拙僧は半分人間であると」

 

 腹を貫かれ、首を貫かれ、それでも死なない生き物を人間とは呼ばない。

 

「人も喰らうし、妖怪も喰らう」

 

 人の臓物をすするように喰らう姿はまさしく妖怪。

 赤く染まった手と口。

 食べきったと、唾を吐く。

 食べかすの肉片に目が行くが、すぐに視線を戻す。

 

「何事か言っていたようだが、結果はこの通りだ。拙僧は妖怪の肝を喰らい人の身を超えたのだ。いくら優れていようと人の分際では限界があるというものよ」

 

 男が間近に迫る。

 目が合った。

 見下ろされる。

 

「いい目をしている」

 

 腹が立ち、立ち上がろうとするも痛みが邪魔をする。

 少し動いただけで腹部から赤い液体が溢れ、地面に濡らす。

 呼吸するだけでも酷く痛み、自然と浅い呼吸になる。

 

「が、もう肉体のほうは限界のようだな」

 

 余裕を見せる男が気に入らない。

 

「ぁ"ふっ――」

 

 蹴られらた。

 転がる地面に赤い道ができる。 

 痛みと重みが増す身体。

 

 ――ただでは済まさん。

 

 だがやれることなどほとんど無かった。肉体の機能はもうどれも満足には働かないだろう。否定してくても受け入れるしかない事実。だが――。

 

 ――物部布都。それはこの場でこいつに喰われて死ぬような存在ではない。

 

 それは他人が聞いたら眉をひそめるような、布都の持つ強烈な自尊心。だがそれがあることを思いつかせた。その自尊心の源はどこから来たものだったか。

 

 ――肉体が肉体自身で動かせぬのであれば。

 

 布都は目を閉じ、体を弛緩させる。

 意識を全身に張り巡らせ、時を待つ。 

 

「それにしても極上だ。これほどであれば、食う前から分かるというものだ」

 

 熟れる前の極上の果実。まだまだ青いが、秘められたものは変わらない。あと少しでも育っていれば命を取られていたのは自分だっただろうと、抵抗なく男に思わせるほどにすさまじいものを感じさせていた。

 これが手に入るとなるとどれだけの力を得るのだろうか。男はほくそ笑んだ。

 そして、期は訪れる。

 男が布都の胸部に顔を近づけ、口を開け獰猛な歯からよだれを垂らした時。

 布都は目を強く開き、跳ね起きた。

 とっさの動きに男は身を引くが、布都の身体はそれを追っかけるように飛びつく。布都は男の懐に向かって伸ばす。

 

 ――掴んだ。

 

 布都が手にしたのは独鈷杵。

 刃を男に向け、決死の想いで男に当たる。

 怯んで後ろに下がった男と、文字通りの全身全霊、残った霊力で肉体を無理やり動かし飛び掛かった布都とでは、その全てに差があった。

 刃が肉に触れる瞬間、男の纏っていた力とでぶつかり合い、独鈷杵が金色に輝いた。

 法力の込められたその刃は、男の妖力の壁に割り入った。

 その法力というものは布都の知らないものだったが、霊力を流し込めば流し込むほど輝く刃に、どういった作用があるのかは分かった。

 金色の刃は男の腹部に深く刺さった。

 この後などどうせない。そう思った布都は霊力をありったけ流し込む。

 絶叫。

 男が倒れる。

 霊力を使い果たし、もはや自力で立てない布都もつられて倒れた。

 

 

 

 

 日は傾き、影は長く細くなっていく。空気はゆっくりと静けさを増していき、やがて本格的な静寂の訪れを感じさせていく。

 静寂は布都にも訪れようとしていた。

 男の上に前のめりに倒れる形になった布都は、起き上がろうと腕を動かし手を地につくが、まったくといっていいほどに身体が浮かなかった。力が入っているのかさえ、分からなかった。大気が押し潰そうとしているかのように、体が重い。呼吸をするたびに喉の辺りでごぼごぼと血が跳ねる。

 死が明確に迫ってきていた。

 

 ――死ぬのか。

 

 生と死は密接に関わっていて、己の行動がそれをさらに近くするものであることなど重々に承知していたことであったが、不思議と自身に死が訪れるという気だけはしなかった。

 

 ――これでは何もないのと同じであるな。

 

 まだなにも為していない。別に何かを為そうなどという気など無かったが、実際に死が目の前に迫ると何かもったいないと思えた。

 

 ――惜しい。

 

 そう思ったものが、何に対してなのか分からないないが、強く思った。

 あれだけ猛っていた心が深く深海の底に沈み行くかのように重く、もはや身体からは感じられるものがほとんど無かった。

 視界が昏く落ちていく。

 最期に映ったのは、肉。

 

 ――美味そうだな。

 

 何故そう思ったのかは分からなかった。

 奥。そして上。

 そこは、肝。

 もう何も残っていないはずの布都。だが手が、腕が、動いた。

 何故と、考える力も残っていない。

 ただ身体が勝手に動いた。

 腹に空いた穴に布都が手が入り込む。

 場所も知らなければ、どういった力がどのようにして動いているのかも分からない。

 布都は、遠くから自分をぼんやりと観察しているかのように感じていた。

 手はある部分を掴むと、引き出し、口に近づけた。

 口を開き、噛むと、とても柔らかく、とても美味であった。

 何かが満たされた。

 意識の消えるさなか、妙な心地よさを感じた。

 そして物部布都の動きは停止した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜。

 木々生い茂る山であるが、虫の鳴き声すら聞こえない。

 代わりに山は、血と妖気でむせ返る程に溢れていた。あちこちに妖気が蒸気のように立ち上り、まがまがしく天へ昇っていく。

 それは危険と同時に甘美な魅力にもなった。

 時が経つにつれ、生命が大きく減少した山に同じく生命が新たに流入してきていた。

 魅力があった。点々と散らかる死骸は良い餌になる。

 が、それ以上に引き寄せられるものがあった。

 

「ん――」

 

 暗闇の中に、線というか形があった。

 しばらくぼんやりしていると、段々それが何なのかが分かってきた。

 すなわち、ものが見えていて。

 

 ――死んでおらぬ?

 

 しかし、霊魂ということも考えられて――。

 

「ぉおう?」

 

 ゆらり起き上がり、手の平を見る。

 まさしく、自身の肉体である。

 辺りを見渡そうと、身をねじると、

 

「ぐっ――」

 

 痛みがあった。

 即座に動きを止める。

 そして、その痛みで布都の脳がようやく起きた。

 何があってここにいて、倒れていたか。理解した。

 

 ――だが、何故生きている?

 

 間違いなく致命傷だった。

 あれで生きれていられる人間などいるはずがない。

 腹部に手をやると、間違いなく痛みがある。

 だが、どうしてか痛みが鈍い。

 治りかけの傷に触れたような。

 気づいた。

 

「……塞がっておる」

 

 いくら何でもそこまでの力は、――と考えたところで、意識を失うほぼ無意識だった瞬間を思い出した。

 

「――そう、か。そういうことか」

 

 人だか、妖怪だか分からぬものの肉を喰らったのだ。

 布都は喪失感を覚えた。

 人を喰らうものを人とは呼ばない。

 ついに人間では無くなったのだ。

 布都は、整理できない思考や感情を乗せて息を吐いた。

 

「……まぁ、そういうこともあろう」

 

 月明りだけが頼りの中、布都は行動を開始した。

 どこに行くというわけではないが、とどまっているのが嫌だった。

 布都は足を一歩、二歩、三歩と進め、止まった。

 

 ――囲まれておる。

 

 どこにどの程度のものがどれくらい。はっきりと分かった。

 目を使わずとも、はっきりと分かった。

 

「そうだ。良い事を思いついた」

 

 布都は鈍い痛みが残る腹に手を当てる。

 

「――美味いかな?」

 

 布都は、僧の恰好をしていた男の死体に近寄る。

 そして、死体を茂みの向こうへ蹴り飛ばした。

 蹴った後、布都は跳んだ。

 死体の先には急に餌と呼べるものが飛んできて、ひるんだように反応した妖怪数体。

 布都は着地前に、両腕を振り、周囲を木々ごと切り裂いた。

 血が噴出するなか、布都は着地と同時に振り返りざま、後方へ腕を振る。

 針が無数に飛び出し、数秒後には静寂が戻った。

 布都は周りの死骸を見やると、顔をしかめた。

 

 ――えらくまずそうだな。

 

 とても美味そうには見えない。それどころか、食ったら腹痛でも起こしそうだった。

 

 ――あれは美味かった。

 

 当てが外れた布都は、とりあえずこの場を去ることにした。




布都ちゃんついに人外?になるの巻
ところでいつになったら他の東方キャラは出てくるのでしょうね







???「我が出ずっぱりであろう? そうであろう?」


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第7話 水中 

 うっとうしさには敵わなかった。

 変わらない景色。

 生い茂る木々の中を歩く。

 変わらない景色。

 よく見ようとすれば、そのどれもが違っていて新たな発見というものが。――なんてことを言うようなやからがこの場に居たならば、布都は躊躇(ちゅうちょ)なく土に還したに違いない。

 変わらない景色。

 変わらないと言ったら変わらない。つまらないと言ったらつまらない。

 他人の尺度など持ってこられても採用することなどない。無用である。

 枝葉を手でよけ、くぐるように前進する。

 落ちてきた葉や木くずが気になった。

 払おうと自身の体を見る。

 

 ――えらく汚れとる。

 

 服は血まみれ。他にも、土や砂、草や葉。多様なものが付着していた。

 

「……洗うか」

 

 気を遠くに広げるような感覚。布都は感覚を研ぎ澄ませた。

 すると、川の気。そんなものが分かった。

 布都はその方へ向かう。

 途中。

 

 ――ん?

 

 ふと疑問が浮かんだ。

 前からこんなにも物が見えていたか。こんなにも周りの物を感じることが出来たか。

 まるで世界が変わったかのよう。見ようと思えば見えて、感じようと思えば感じることが出来た。

 その疑問が晴れるまえに、目的地の川に着いた。

 涼やかな水の流れる音。

 川は、月光を受け、ちらちらと輝いていた。

 近づくと、しゃがみこみ、手で水をすくう。

 飲もうと、顔を近づけた時、ふと視界の端に光るものが映った。

 気になった。

 それは糸のようで。

 

 ――蜘蛛の巣にでも引っかけたか?

 

 水がこぼれるのも構わず、手でそれを引っ張った。

 

「いっ――」

 

 布都の顔が傾いた。

 

 ――なんと。

 

 髪だった。

 束ねてみると、月光を受け、銀色に光っていた。

 見惚れた。

 綺麗だと、自身の髪にそう感じた。

 時が止まったかのような感覚すらあった。

 布都が我を取り戻した時、もうどれほどの時間が経ったのかも分からなくなっていた。

 夜の静けさだけは相変わらずで、流れる川も一定で心地よかった。

 布都は覗き込むように上体を傾け、川に映る自分を見た。

 濃い水色の瞳に灰色の髪。そのどれもが見覚えのない色で、どういう理屈でそうなったかは分からないものの、何が起因したのかは分かった。

 喰らった肝は美味かった。

 外からお前はもう普通の人間ではないと言われたようで、どこか喪失感があった。

 色に意味を持たせるのは人。その対象は人が人に対する時にもまた同様で、自身と同じ色というだけで親近感を感じたり、またその逆もあったりと、色というのは判断に大きく作用するものだった。特に周りに違う色が多いような時にこそ、大きく作用される。周囲に溶け込むことや、逆に目立ったり。

 しかし、色自体がそういう特性を持つわけではなく、あくまでも人がそう判断するだけ。

 そして、その判断とやらがやっかいなもの。

 布都の周りには色だけでなく、気が溢れていた。布都は、前より多くの気が感じ取れることが出来るようになっている。木には木の気、川には川の気、土や岩や、それはもう多くのものか感じ取れている。それは良い事、――とするにはあまりにもやっかいなものだった。感じ取れている気、その一つ一つにいちいち判断を下していてはキリがない。布都はそのキリがないものの対処として、大まかにまとめて判断を下すことにしていた。すなわち、木一つ一つ大して意識を向けることなく、たくさんの木、もしくは森の構成物その一といった感じで処理している。そうでもしないと意識がパンクしそうになる。しかし、そうすると周りのものがあまりにも平坦に見えてつまらなかった。

 そして今、自身の容姿に意識の大半があるわけで、その他は限りなくその他として判断されている。

 

 気というものは、生物に対して使うとき、気配という言葉を使ったりする。

 気配というと、気配がする、気配を消す、というような使い方をする。

 では消す、ではなく、溶け込ませるであれば。

 木の気、川の気。

 例えば、川の気に自身の気を溶け込ませている。そんな事が――。

 

「っ――」

 

 布都は視界がぶれるのを視た。認識が確かに視た。

 だが何が起こったのか確認する間もなく、全身に負荷がでたらめに襲う。

 

「がぼっ――」

 

 空気を吸おうとしたが――、水が喉に入り込み、食道を埋める。

 暴音。

 ようやく認識する。

 水の中に潜ったときのような音。

 だが記憶のそれよりはるかに荒れ狂っており。

 意識を向ければ、分かる。

 川の気によく似たそれ。

 溶け込んでいるようだが、細かく探ると感じてくる違い。

 

 ――妖怪。

 

 どうやったかは分からないが、川の中に引きずりこまれた。

 奔流に、身体を動かそうにも、ほとんど自由がきかない。ぐるりぐるり体が回転していることくらいしか分からない。

 上も下も判断つかず。ただ流されている。

 まるで川という大蛇に飲み込まれてしまったがごとく。

 

 昔から川はよく蛇に例えられてきた。

 人の文明というのは大河の近くで発達してきた歴史がある。狩猟から農耕に切り替えた人間に必要だったのは、水だった。川は度々洪水を起こし、辺りのものを根こそぎさらったが、代わりに大地を豊かにした。その洪水は害でもあり、益でもあった。人は川に畏怖の念を抱いた。

 日本の神話にヤマタノオロチの話がある。文字通り八つの頭を持つ大蛇である。これは川が元になっていて、川が分かれているのを八つの首としたのである。その大蛇ヤマトノオロチを倒すと、尾から剣が出てきたという。これは川を制すれば恩恵が待っているという考えにとれるのではないか。ちなみに出てきた剣の名前を天叢雲剣(あめのむらくものけん)。別名で草薙剣(くさなぎのけん)

 大蛇に例えられる人力では到底抗いがたい水の奔流。その大小はあれど、今布都はまさしくその奔流(ほんりゅう)に飲まれていた。

 

 ――おのれっ。

 

 とにかく地の利が悪い。

 そう思った布都は、どうにかして脱出を計ろうとした。

 しかし、その術が思い浮かばなかった。

 上下左右判断つかない。もはや身体がどういう風に動いているのかさえも分からない。絶えず水流が体を叩きつけているが、何かにぶつかるということもなく、羽をもがれた虫が死から逃れようと暴れまわるようで。

 

 ――くそめ。

 

 これではまるで人の一生ではないか。

 そう感じた布都は苛立った。

 否応なしにその中に組み込まれ、ロクに自由も利かずに力尽きるまで流される。

 認めることなど出来なかった。

 布都は抗わんと、力を手に集めた。

 そして、叩きつけた。

 激流に衝撃。水中に生じた波紋、いや波紋というにはあまりにも暴力的だった。

 衝撃を受けたのは布都の身体も同じ。布都は水中を吹っ飛んだ。

 

「がぶっ――」

 

 さらに衝撃。

 底、もしくは側面。判断つかないが、とにかく布都は壁にぶつかった。

 空気が口から逃げ出す。

 絶体絶命とすらいえる最中、ちらり、光を見た。

 夜を照らす光。月光。

 それは水中でも届いた。

 上と下、これで分かった。

 布都はもう一度力を込め、今度は明確に狙いをつけ叩きつけた。

 布都の身体を強い負荷が襲う。

 そう間を置かずに負荷から解放された。すなわち空中。

 布都は辺りの木々より高い位置にいた。

 感覚を研ぎ澄ませる。

 捉えた。

 川の気によく似た気。

 布都は槍のようなものを作ると、ある一点に向かって投げつけた。

 槍身がぶれ、稲妻のように空間を走り、川底へ至り、輝きを起こした。

 その後、布都は空を蹴った。

 蛇の腹を突き破るように、頭から川へ侵入する。荒々しいしぶきが上がる。

 布都はようやく視認した。

 腕くらいの白い蛇。

 川底で槍に縫い付けられている。

 布都はその蛇を殴りつけるように地上へとかち上げた。

 追うように地上へと上がると、びちびちと跳ねまわっている蛇に寄った。

 

「人を衣服のように扱いおって」

 

 確かに汚れは落ちた。

 

「礼だ――」

 

 布都は蛇の頭部を掴むと、口の裂け目に沿って二つに割いた。

 そしてある部分、食指が向く部分に口を近づけると、かぶりついた。

 ごくり、飲み込むと、口内の血を吐き捨てた。

 夜はまだ終わらない。

 月が輝く夜。

 布都はたっぷりと寄り道をして帰ることに決めた。

 

「だいぶ流された」

 

 そもそも現在地が分からない。




後書きに書こうかなって思ったのだけれど、やっぱり本文中にいれました。
しかし、神話等見ていくと東方で見た名称がちらほら散見して別の面白さがありますね。(4,5年前に古事記に挫折した人間ですが。だって辞書くらい厚くてゲーム攻略本くらい大きいんだもの)

それにしても、それにしても暑いです。クーラーなんて上等なものが壊れて久しい自室では、なかなか集中してpcに向かうことが出来ません。大筋のプロットは最後のあたりまであるのですがね。でもなんかちょこちょこ書きたい話が増えていっててどうなることか。
予定では東方キャラは後7体くらい出てくるはずなのですが、……まだ布都ちゃんだけですね、えぇ。



「ヤマタノオロチ号!」


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第8話 恐ろしきもの

 森。

 

「もうすぐだよ――」

 

 布都は、少年に連れられていた。まだ幼さをのこしている。

 連れられてから、そう経たないうちに、着いた。

 村。こじんまりとした村。

 その村は森に隣接していた。半分森の中にあるような村で、村には木々による天井があった。

 ひらけた方から風が届くと、森に吸い込まれるように村を通り、深い茂みを作る木々を揺らした。木々が揺れると、枝葉も引っ張られるように揺れる。したがって、それらで構成される村の天井が揺れる。天井が揺れると、村の光や影が揺れ動く。

 

「……ちょっと待っててね」

 

 森と村の境。――正確にはそんなものは無いが、とにかく村には入っていないところで布都は待たされた。

 日はすでに傾きを見せている。

 布都は木に背を預け、待ってた。

 しばらく待たされた。

 やがて複数の気と声がした。

 

 ――ようやくか。

 

 寄ってくる少年、その後ろには男たちが立っている。心地よいとはいえない視線。

 

「おっとうが、うちに泊まっていいって!」

「そうか」

 

 布都が意を表すと、少年が布都の手を取ろうと手を伸ばしてきた。――が、途中で止まった。

 布都は意に介さない。

 触れられるほうが嫌だったので良かった。

 無視して、待ち構えている男衆にまで歩み寄る。

 

「これは、その、とても奇異な恰好ですが、一体――」

 

 当然の疑問。

 それほどに布都の姿は奇異そのものであった。

 身にまとう衣服は上等なもので、それでいて所々傷んでいて、その傷みも理由が分かりづらいもので、そしてその容姿。くっきりとした輪郭、吸い込まれるような瞳。髪は白か灰か分からない色に、その髪色より白い肌。この世のものなのか、――いや、人なのか。そう思わせる異質さがあった。

 男たちも、遠くからでもそれらを感じ取っていた。だがそれは、近づくとそれはただ奇異であるというだけではなくなって、頭を垂れたくなるような存在の質の違いを――。

 布都は、疑問に答えてやることにした。

 

「好きに考えるがいい」

 

 布都は不愛想に言う。

 一応、一宿一飯を受けようとしている身である。

 が、そのぶしつけな態度は一つの確信に繋げるものになった。

 一人の男が一歩前に出て言う。

 

「もしや、高貴な方であらされましたか。でしたら、大変な失礼を――」

「物部」

 

 と、言い捨てるように短く言った。

 

「な、なんと――」

 

 男たちは一斉に跪いた。

 やはりただ者ではなかった。

 全身を支配する思いが、物部という言葉ですんなりとはまり、頭を垂れる動作に移行させた。

 

「物部様、大変粗末な村ではありますが、なにとぞしばしのご逗留を願います」

「長くは居らん。少し足を休めたら、行く」

「あ、いやっ、どうか、どうかしばし――」

 

 平身低頭。地に頭を擦りつけんばかりに言う男。若干前にいる。

 

「村長はお前か?」

「っは。そうでございます」

 

 上げた顔には、必死さに満ちていた。

 布都は愉快そうに口角を上げた。

 

「――立て。案内しろ」

 

 了承してやったと、布都は急かす。

 村へと足を踏み入れると、すぐに足を止め、ある所を指さした。

 

「村長、あそこはなんだ?」

 

 そこは周りの、木で組んだ骨組みに枝やワラを重ねて作った竪穴式の住居ではなく、まるで豪族の居館の様式と酷似した建物があった。その規模は実際の居館よりはかなり小さいが、それでも村では目立っていた。

 

「あ、いや、あの場所は……、倉庫になっております」

「やけに立派な倉庫だな」

「……この村では幸運にして食料が豊富なので、皆のはからいであのようになり」

「――まぁ、いい。まさか倉庫より拙い所に案内されることもないだろうしな?」

「は、はは……」

 

 言葉を濁しながらも、村長は多少の反意を持って、布都を見た。が、瞳を見た瞬間、息が詰まった。

 

「……わ、私は今より歓待の用意をいたしますので、案内は息子に」

 

 一緒についてきていた少年が布都に寄って、頭を下げた。

 

「お前か」

「は、はい」

「まぁ、思ったよりは退屈せずに済むか」

「は、はぁ」

 

 布都と少年は歩み出した。

 周りよりは多少大きい竪穴式の住居。それが案内された家であった。

 中へ入ると布都は隅に座った。

 家の中には生活用品が少しあるだけで、がらんとしていた。

 

「さて、どうやって暇をつぶそうか」

 

 布都は、かしこまって居心地の悪そうな少年を面白そうに見た。

 

「よもや、遊び相手になれるとは思ってはいまい?」

「は、はぁ」

「だが、話し相手にはなれる」

 

 布都は笑みを作った。悪党の笑み。

 

「何故、お前は森に一人でいたか」

 

 もっと重要なのは。

 

「それも村から離れたところで。――食料は豊富なのだろう? なのにどうして、もしかすると妖怪に会うかもしれないようなところまで出歩いていたのか」

 

 少年は息を呑んだ。

 

「出会った時、お前はぎょっと驚いていた。それはそうだろう。なんせあのようなところに人がいるはずがない。しかし居た。不思議であるな?」

 

 布都は少年にぐっと寄る。

 顔が至近距離にまで近づく。

 

「お前は驚いていたが、同時に恐怖もあった。だが、それはすぐに消え、安堵といってもいい表情に変わった。それもどこか影のある、な」

 

 少年の身は固く強張り、瞳には恐怖が映る。

 

「残念だが、お前の招き寄せた者はお前の希望を叶えるような存在ではない。この物部布都、餌になるような存在ではないのだ」

「もののべ、ふと……?」

 

 それはこのような僻地にも伝わる名前だった。

 少年は頭を地に擦りつけた。

 

「お願いします! 皆を、村を、救ってください!」

「ほぉ?」

 

 布都は愉快そうに笑った。

 

 ――愚か者め。

 

 

 

 

 

 

 大体のことは見当がついていた。ただ遊んでみたかった。醜さをありありと見せられ、興が乗った。堪能するには中に潜りこんでしまうのがいい。布都の考えはシンプルだった。

 自分を、この物部布都を嵌めたつもりになっている阿呆どもを散々コケにした挙句に、願いを一つ叶えてやろうと。

 日はようやく沈んだ。

 

「さて、そろそろ祝宴でも楽しもうか。わざわざ夜になるまで待って欲しかったのだろう?」

 

 布都は夜が好きである。

 夜にぼんやりしていると、昼には溶け混じっていて感じることができないもの、――例えば個とでも言うような何か、そんなものが浮かび上がってくるようなそんな感覚がしてくる。その個のようなものを、愛でるように感じていると、不思議と心地よくなってくる。

 布都の笑みに邪気が消え、ただ娯楽を味あわんとする楽し気な笑みに変容していた。

 

「物部様、準備の方が整いました」

「おう」

 

 布都は立ち上がった。

 

 

 

 案内されたのは、例の倉庫であった。

 

「おや、ここはたしか――」

 

 布都が意地悪く言おうとするも、

 

「物部様が興味を示されていたようなので、村の衆で整理し、なんとか場を整えました」

 

 先手をうたれた。

 

「――ほぅ、それはご苦労なことだ」

「是非、お楽しみください」

「あぁ、そうするとしよう」

 

 布都は中へうながされる。

 村長は一歩後ろで、布都が入るのを待っている。

 

「お主は来ないのか?」

 

 布都はすっとぼけた。

 

「あ、いや、私はまだ次なる膳の用意の為に指示をしなければなりませんので」

「ならば仕方がない」

「申し訳ありません」

「気にすることはない。何も、な」

 

 布都は扉を開いた。入ると、すぐに扉は閉められた。

 中は一室だった。

 四方にかがり火があって、中を火がゆらゆらと揺らしていた。

 人の形をした影が、部屋の壁で伸び縮みしている。

 その影の元に、人と思わしき者が背を向けて座っていた。

 

「――お待ちしておりましたよ」

 

 その声には抑揚が無かった。

 

「存外普通だな」

「普通?」

「どのような化け物が出てくるのかと思えば、どうにもな」

「力の強い者ほど、不思議と人のような形を取ってるそうですが」

 

 背を向けていた者が、こちらを向いた。

 ひらひらとした服の男。顔は、卵に筆で薄く目鼻を描いたような面だった。

 

「では、人が最強であるな」

「本当にそうお思いで?」

「まさか」

 

 もう互いが互いに尋常ならざる者であることは分かっている。

 

「こうして近くで見ると、すさまじい。これほどとは」

 

 壁に映る影が激しく揺れる。

 

「貴女がこの村に足を踏み入れた時から、ただならざるものを感じていました。不思議なのは、色で言うと黒と白、それらが綺麗に混ざり合っているところでしょうか」

「夜空には月であろう?」

「どうでしょうか――」

 

 言い終わるやいなや、口を大きく開け、そこから木の根のような肉の塊が飛び出してきた。

 布都は首を曲げ、避ける。避けざまに、手刀を作り、その伸びてきた肉を切り落とす。

 

「気味の悪い舌だ」

 

 布都は、切り落とされびちびちと魚のように跳ねるそれを踏みつぶした。

 

「奇襲になっておらん。どんなに声や態度を取り繕おうとも、にじみ出る気色の悪い欲が隠せておらん」

 

 本題に入るぞとばかりに、布都は身を広げた。

 

「腹の足しにはなるのだろうな? 祝宴を受けに来たことには、違いないのだ」

 

 布都は腕を振るい、霊力で作った槍を飛ばした。

 男はとっさに腕で身を守ろうとするも、勢いそのまま貫かれ、奥の壁にはりつけになった。

 

「……これは期待はずれか? もう少し良いものを感じたつもりだったのだが」

 

 とはいえ、警戒は解かない。手痛い経験をしたばかりである。

 

「……人とは素晴らしいものです」

「あぁ?」

 

 男から焦りも苦痛も感じられない。

 

「初めは食べるだけで良かった。力が溢れ、身に付いた。でも次第にそれは空腹を満たすだけになっていった」

 

 妖怪にとって人間は力を得る餌であるが、ただの人間を喰い続けても得られるものには限界がある。

 

「空腹を満たすために、人間を飼っていたのか? 面倒なやつめ」

「飢えなければ、焦らずに気長に待つことが出来る。例えば、そう貴女のような――」

 

 男の下半身から木の根のような肉塊、触手がタコのように出てきた。大木の根のようなそれはすぐに部屋の大部分を満たし、建物を壊した。

 

「人は素晴らしい。例え私が傷ついても、食べさえすればすぐに再生が出来る」

 

 男から伸びた肉の先には、人間が刺さっていた。

 あちこちで悲鳴があがる。

 

「何故だ! 供物を用意すれば、村の人間には手を出さないと言ったじゃないか!」

「騒ぐな。助かりたければ、そこの人間を抑え込め。逃げ出した者は例外なく食う」

 

 屋根よりはるかに高くなった男は、この場で平然と立っている布都を睨みつけた。

 

「――だがもしうまくいけば、しばらくの安寧を約束しよう」

 

 村人の目の色が変わった。

 死を目の前にした極限状態で、その甘言は効果的だった。

 

「み、皆、囲め! 囲め!」

 

 総動員で布都を囲んだ。

 その中には、布都を村まで案内してきた少年もいた。

 

「まぁ、何に飼われているかの違いであるか。悪いが、同情なぞ期待するなよ?」

 

 布都は酷薄に笑った。

 人が人を殺そうとする際には、忌避が心の中で働く。であるが、戦場では間違いなく多くの血が流れるのも事実である。

 

「大方その供物とやらが用意できないから、村から人を差し出すしかなかったのだろう?」

 

 肉は柔らかい方が好まれる。

 

「それで目を付けられ逃げたガキと出会ったわけだ。見当はついていたが、ここまではっきりと当たるとは思わなかった」

 

 村人は知らない。

 

「お前らの恐ろしく愚かな間違いを教えてやろう」

 

 布都は腕を広げる。

 

「真に頭を垂れる相手は、その化け物ではなかったのだ」

 

 コマのように回る。

 いくつもの光刃が飛ぶ。

 布都の周りから断末魔が次々とあがった。

 

「それでも願いを一つだけ叶えてやろうというのだ。解放されたかったのであろう? 恐怖から」

 

 この場において、恐怖に、力に従うのなら、従うべきは物部布都という存在であった。その間違えは死という結果に至った。

 

「――おのれぇ!」

 

 布都を貫かんと触手が襲いかかる。

 

「芸がない」

 

 布都はその全てを切り伏せた。

 恐怖の比重が変わる。

 布都を囲っていた村人は、一斉に逃げ出した。

 変わり身の早さに布都は嘲笑する。

 

「げに恐ろしきは何かな」

 

 逃げ惑う村人を触手が貫き、妖怪の養分となった。

 残るは、うごめく触手。

 

「さて、そろそろ飽いた。……しかし、お前は食うにはまずそうだな」

 

 布都は両腕を回し、円を描いた。

 霊力と妖力が練り混ぜられる。

 炎の持つ気というものを布都は再現する。

 練り混ぜられた力は、炎に形を変え、妖怪に襲いかかった。

 

「燃え尽きろ」

 

 それは闇夜を照らす大きなかがり火となった。




8月いっぱい暑いらしいですね
げっそりです


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第9話 酔いと夢

 布都の帰宅はそれなりに騒ぎになった。

 

「な、何奴!」

 

 布都の聞いた第一声はそれであった。

 家を出てからどれだけの日が経ったであろう。もう分からない。

 半ば予想していた通りになり、布都は少しつまらなかった。

 

 敷地の入り口に立っていた門番は、布都の姿を遠い位置から一体何者かと怪しぶんでいた。やがて近づき姿がよく見えるようになってくると、全身に強張った。何だかよく分からないもの。人とするには何か違くて、でも妖怪とするにも違う。

 ゆえに、何者か問うたわけであるが。

 

「いつから我が家に帰るに名乗らなければならなくなったのだ?」

 

 面倒そうに首を傾ける少女。

 灰色の髪が揺れる。

 そんな髪色の人間は記憶にない。が、引っかかりはあった。

 

「……名をお教えください」

 

 もしや、そんな感覚が。

 見覚えがあるが、見覚えのない容姿。

 もしや。

 

「物部布都。よもや忘れたわけではあるまい?」

 

 門番は身を超え精神までも硬直した。名前を聞いた瞬間、理解が頭に叩きつけられた。

 

「し、しばしっ――」

 

 門番は大慌てで、中へ消えていった。

 布都は待たない。構わず進み入る。

 辺りを見渡すも、久しぶりの物部の居館は、特に変わりがなかった。

 とりあえず寝るかと、館の内部に入ろうとすると、あわただしい音が近づいてきた。

 

「ふ、布都!? 真か? お、お前はっ――」

 

 久しぶりに見る父は、動揺一色だった。

 

「しばしの旅より今戻りました。少々疲れたので、休もうと思います」

 

 相手をおもんばかることのない様。間違いなく記憶の中にある物部布都であった。

 

「いや、待て。――その、あれだ」

 

 父、尾輿は何と言えばいいか分からなかった。

 今までどこに行っていたのだと叱ればいいのか。もしくは、ぼろぼろの姿から身を案じればいいのか。それか、明らかな変化である髪の色について問えばいいのか。

 だが、言葉が喉で詰まった。

 どこへ行っていようと、帰ってきたのだから良いとしたかった。変につついて戻ってこなくなるよりかははるかに。

 ぼろぼろであるからといって慰めるような言葉はそぐわないと思った。瞳にはまったく悲愴の色はなく、むしろその逆だった。それによく見ると、服がぼろけているだけで、怪我をしているようには見えなかった。それに何より血が染みているようだったが赤だけでなく緑や青などの色があり、聞くに聞けなかった。

 いやしかし、それでも髪の色くらいは。

 尾輿は唾を飲み込み、怯みを腹に抑え込んだ。

 

「その髪はどうしたのだ」

 

 できるだけ平静に装えるよう、気から絞り出した言葉だったが。

 

「気づいていたらこうなっていました」

 

 布都に簡単に返されてしまった。

 となれば、

 

「そ、そうか」

 

 と返す以外の選択が出てこなかった。

 布都は視線の集中する中、ゆうゆうと自室まで歩いた。

 

 

 

 しばらく自室でぼんやり休んでいると、夕食の準備が出来たと家人が知らせに来た。

 部屋に差し込む日は赤かった。

 時の速さに布都は驚いた。

 思いのほか気が抜けていたようである。

 

 ――いや、どうだろうか。

 

 そのつもりはなくとも、気を張り続けていたのかもしれない。それが、家に帰ったことで緩んだ。

 布都はなんだか複雑な気分になった。

 

 ――結局は人の子か。

 

 布都は部屋を出た。

 出ると、すぐそこで家人が待っていた。

 

「ご案内いたします」

 

 伝わって来た雰囲気に苦笑いする。

 

「別に逃げはしない」

「は?――」

 

 まるで囚人を逃がさないように連行する兵のようで。

 目を丸くした家人を面白がりながら、布都は先をうながした。

 

「ほれ、さっさと案内せんか」

 

 我に返った家人は先行し始めた。

 少しだけ歩いた先、人がいた。

 

「――これは姉上、お久しぶりでござまいす」

 

 布都は固まった。

 記憶を巡る。

 

 ――誰だったか?

 

 眉を寄せた時、直感が働いた。

 わざと鈍らせておいた感覚を澄ませる。

 結構な力を感じた。

 

 ――"弟"だったな。

 

「――あぁ、元気であったか?」

「はい、力に目覚めてから、ずっと体の調子がよいのです」

「それは結構」

 

 布都は歩みを再開しようとした。

 が。

 

「――待ってください」

 

 面倒、そう思った。

 

「……なんじゃ」

 

 弟の顔は真剣そのもので。

 

「……その髪の色は、修練の証なのでしょうか」

 

 なんとなく読めてきた。

 

「いや、まったく」

「……そうですか。でしたら何故そのように?}

「気づいたらなってたにすぎん。お主がいくら修行して力をつけようと、こうなりはせんであろう」

「……そうですか」

 

 嘘は言っていないつもりだった。

 ただ、何となく分かった。そしてそれはこれから確証を得るのだろうと。

 その確証を得る元になろう者は先に席について待っていた。

 部屋に入った布都にまず一声。

 

「おう、やっと来たか」

 

 父、尾輿である。

 食事が進み、酒が進む。

 次第に理性が溶け、抑えていたものが出てくる。

 

「布都、お前は一体何をしていたのだ?」

「何も、父上が気にするようなことは」

「しかし、お前の身に着けていた服には到底人間のものとは思えぬ染み、おそらく血がついていたのだが、それについてはどう説明するというのだ?」

 

 虚実は混ぜる方が効果は高い。布都は戦闘の経験からそれを知っていた。

 

「妖怪のでしょうね」

「とすれば、お前は妖怪を退治しまわっていたのか? であれば、力は相当なものとなっているのではないか?」

「まさか。買いかぶりすぎです。たまたま遭遇した妖怪と戦闘になったにすぎません。第一、物部には優秀な者がたくさんいるでしょう? しかも、稀有なる存在も」

 

 布都は尾輿にも分かるように、"弟"を見た。

 尾輿は鼻を鳴らす。

 酒気が部屋に飛ぶ。

 

「確かにそうであるが、――問題はお前だ、布都」

「はて?」

「何故、力を見せん? わしは確信しているのだ。お前はきっと今まで類を見ないほどの力があると」

「ですから買いかぶりすぎだと」

「いや、そんなことない。そもそもお前は一体何がしたいのだ。匹夫のごとく、目標、もしくは目的無しに生きてるのではあるまい?」

「父上の言う、目的や目標というのはどういったものでしょうか?」

「人生を冠するようなものだ。例えるなら世界一の剣の使い手になるとか、一族の繁栄を築くとかそういうものだ。あるだろう? お前にも」

「……雑魚妖怪倒すだけで精一杯な身では、とてもとても」

「雑魚? 妖怪に雑魚という呼称使うだけでも相当なものだろう?」

 

 布都は内で舌打ちした。

 感覚のズレが出た。

 布都にとっては雑魚妖怪は本当に雑魚で、その雑魚定義はおよそ人の定義と比べるとおそろしく広大なものになっている。

 

「物部を前にしてはいかなるものも"雑魚"でしょう?」

「ふん。それは確かにそうだがな」

 

 布都は話題を逸らし、酒に酔った尾輿はそれにまんまと乗った。

 しかし、それはそれで面倒になった。

 

「だが、わしはさらに上を望む」

「……上とは?」

「今、物部の横には蘇我いる。その上には天皇がいる。だが、そもそも天皇の始まりは何だったか。その当時一番力の強かった一族にすぎないではないか。だからまずは蘇我を下し、天皇に迫る。とはいえ天皇の座をとなれば上手くいかないのは分かっておる。だがそれでも、実質的に天皇より上の権力を手に入れることが出来ると思うのだ。そして、それには他の追従を許さない絶対的な力が必要だ。――そこでお前だ、布都。お前ならばそれが可能ではいかと――」

「飲みすぎですよ父上。そのような大言壮語酔ったからといって言うものではありませんよ。上どころか、下も横も、その全てがなくなってしまいます」

「物部は滅びぬ。我が一族には天啓が下っている」

「はて?」

「我が子たちはどれもが優秀という域を超えている。通常こんなことはない。これは間違いなく、天地におわす神々が我が一族に与えた恩恵であろう。外からこの大地の汚すものを持ち込む蘇我を祓わんとする神の意思であろう」

 

 ――お前の意思だろう? 

 

 布都は口にはしなかった。

 もっと言えば、何故物部のために使われてやらねばならないのかという思いもあった。もし力というもの、もしくは才能、それが神によって与えられたのだとしたら、与えられたのは当人であり、その才をどう使うかは当人が決めるべきであると。それが何故、自己の所有物として扱っているのだ。己の所有者は己のみ。布都の中に、強く確かな思いが芽を出した。

 布都は遠回しに反意を口にする。

 

「では父上は神に使えなければなりませんな」

「何を言うか当然であろう」

「それはすごい」

 

 ――神の意思を推し量ることが出来るのであれば。

 

 父には分からないように鼻で笑うと、布都は立ち上がった。

 

「――では、そろそろ部屋に戻ります。この後は兄上たちと存分に語らいませ」

 

 人に運命を決められることが不快だった。

 目的も目標も、そのほとんどが人の中で決める上下によるもの。剣士に成りたいというのであれば、人より剣が上手く扱えるようにすること。家の繁栄も、他の家と比べての差を広げること。

 血に酔うこと以外に楽しみを覚えたことがないのに、どうやって目標なるものを持てというのか。

 食って寝て、食って寝て。それだけじゃないか。

 布都はすさぶ心に眉を寄せながら、自室まで戻り、すぐに床についた。

 

 ……世界が白くぼやけていく。




次で0話の最後まで時系列が戻ります






ケロちゃんとか加奈子様とかおっきーなとかを一気に出そうと画策中。
多分20話目とかそこらになりそうだけれども……


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第10話 空気

 布都は足を止めた。

 記憶に溶けていた自己が浮かび上がった。

 

「……いくらなんでも浸りすぎたな」

 

 自嘲する。

 気持ちよく歩いているうちに、昔のことを思い返えしすぎた。

 思えばそれからどれだけの年月が経ったことだろうか。

 夜風が頬に当たり、熱をさらっていく。

 

「ここしばらくで、さらに鬱陶しくなってきたものだ」

 

 物部と蘇我の確執が深まり、一族内の空気も変わってきた。変化というよりは、進んだという方が適している。分かりやすくいうと、以前からあった空気が濃くなってきていた。

 この空気とやらがやっかいだった。

 どうにも人間というのは空気というものに影響されやすいらしい。そもそも、この空気とやらがどうにも判断しづらいもので、確かな形でこういうものであるとは出来ない。吸って吐くのも空気で、感じる雰囲気もまた空気。人と同じ空気を吸い、同じものを吐く。そうでなければ気にくわない。同じものを感じなければ、同じように表さなければ。人は追われるように従い、また追い回す。個が顔を出せば出す程に、息が苦しくなってくる。人は空気を所有し、同時に所有されている。

 物部に満ちる空気。

 あれやこれやと期待する視線が布都に向かってくる。また、口で遠回しにほのめかすような事もあった。

 一人、部屋に閉じこもっていても、ここまでくるとその空気というものを常に感じてしまう。

 布都は息が詰まりそうだった。

 しかし無理もない。布都も理解はしていた。

 布都の姿は童女のような見た目であるが、この時代である。とっくに子どもがいてもいい歳である。

 もともと成長の遅かった体が、あの髪の色が変わった時あたりから身体の成長というか、変化というか、とにかくそういったものが無くなっていた。

 しかし時が経過することは変わらない。

 周りの人間が布都に期待することは、単純明快であった。

 物部の家のために働けということ。

 力を使え。そして子を産め。血を濃くしろ。その力を次に繋げ。

 それを直接布都に言わないのは、現在実権を握っている布都の兄の守屋が何も言わないからだった。しかし、それでも周りから伝わる空気がそれを強く訴えており、布都は――本当に鬱陶しくて堪らなかった。

 

「期待されれば応えねばならんのか。力があれば使わなければならないのか」

 

 期待しているから、と。貴方には力があるから、と。要は自分の為に人を使おうとする根性が気にくわなかった。人に従うことに慣れた人間は、人を従わそうとするものらしい。そう思わざるを得なかった。自分は低い位置にいるから、高い位置にいる恵まれている人間は謙虚に低い位置にいる者の願いを叶えねばいけない。だからと、はっきりと見下せば腹を立てる。視線の位置を合わせれば、それは偽りだと文句を言う。

 

「っち」

 

 布都の歩みが速くなる。

 それはいつのまにか、地を蹴り、低い跳躍を繰り返すようになった。

 

 ――当たれ。

 

 おそらく当たらないことくらいは分かってる。山に入り、妖怪を探すだけ。どうせ見つけても、雑魚。それでも、妖怪と戯れている間は人の俗世の鬱陶しさを少し忘れさせてくれる。だが、それでも――。

 

「……つまらん。もう終わりか」

 

 山に入り、茂みに分け入った所で、珍しくすぐに見つけることが出来た。が、腕を一振り。終わり。もう少し楽しめばよかったと思うも、思考が動く前に身体が動いてしまった。

 

「もう少し探すか」

 

 布都は森の奥深くを目指した。

 そもそも布都の住んでいる周りでは妖怪が少ない。それはもちろん人間が団結して開拓した結果であるが、それでもここ最近では妖怪を目撃することさえもまれになってきた。山に入っても中々見ること無くなったことに、逆に恐怖を覚える者もいるくらいだった。

 犯人は布都。面白いことはないかなと、暇つぶし感覚で周囲をぐるり、狩ってまわった。あんまり狩ってまわるものだから、もう遠くまで足を運ばなければならなくなってきた。それについて、なんだか面倒になったと、布都は腹を立てている。とんでもないことである。

 というような状況であれば、いきなり妖怪を見つけて喜びのあまりに思わず即座に狩ってしまっても仕方のないことかもしれない。いや分からない。

 そんなわけで、妖怪探しに森深くまで行ったが、収穫は無かった。珍しくすぐに見つかったから期待した布都は口をすぼめた。

 生存というものを考えると、危機を察知する能力がない者から死んでいくものである。多少の知恵、もしくは本能的な何か、そのようなものがあれば近づかない所というものがあるはずで、妖怪にとってのそれが布都の出没範囲であったということ。なんというか布都に見つかったのが悪い。

 

 

 

 そんな不毛な探索は終わりを見せた。

 夜明け。

 飽きたしちょうどいいと帰ることにした。人の足であれば何日かかるであろうか分からない距離。それを地を跳ぶように駆けていく。

 日が昇りきる前には、物部の居館にまでついてしまった。

 

「今、お帰りですか」

 

 門番が何とも言えない顔をして出迎える。

 

「朝、いや昼帰りというやつか。何か問題があるか?」

「――いえ」

 

 誰に指図をするつもりだと、暗に言った。

 門番にしてみれば、立場もあって何も言えない。

 布都は中へ入っていく。

 

「はふ――」

 

 あくび。

 いい具合に眠気が来ている。

 昇りゆく日を浴びるのはなんとも眠気を誘うものだった。

 

 起きると、すでに日が傾いていた。

 用意されていた夕食を食べると、布都は居館の外に出た。

 家人のことごとくが鬱陶しい視線をぶつけてくるので、居づらくて仕方ない。いつもこの調子なので、布都が居館にいる時間はどんどん減っていっていた。気晴らしの妖怪狩りも狩りすぎて思わしくなく、つまらない日々を送っている。

 落ち着くところがない。

 都などに足を運べば、大注目を浴び、あっちでひそひそ、こっちでひそひそと、やはり鬱陶しかった。気にしないようにしようとしても、優れた認識機能が働いてしまいどうにもならなかった。結局はいつも山野でぼんやりしているだけ。だがそれも最近は飽きてきた。布都は人が好きではないが、嫌いというわけでもない。分かったのは、独りでいてもつまらないということ。だが、一緒に居てもいいと思えるような人間なんてほぼいなかった。だが、思い浮かばないわけでは無かった。ただ、一緒に居たいとまでは思えない。もっというと、一緒にいて苦痛ではないが幸福を感じるだろうと思える者がいない。

 

 ――しかし、それでも。

 

 今よりマシになるやもしれない。

 少なくとも、変な期待を込めて遠巻きにされるよりは、明確に避けてくれた方がいいかもしれない。

 そう考えると、布都はそれを達成するための方法を考えた。

 それは、

 

「物部の我が、蘇我に入り浸る方法はないものか」

 

 あり得ないものだった。

 それも物部布都。布都のことをたいして知らない者でも、妖怪を相手しても苦にしない力の持ち主、といった程度であれば知っている。

 

「うーむ」

 

 良い考えが思い浮かばないまま、月日が過ぎていく。

 

 家にいる以上、回避できない行事というものがある。

 布都は自分の意思ではない遠出に付き合わなければならなくなった。




時系列がようやく0話まで来たので、時が進んでいきます


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